約 1,390,165 件
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/30.html
議題、胸はどれくらいのサイズが一番殿方に喜ばれるか? やっぱり大きい方が喜ばれるでしょ。シンプル・イズ・ベスト! いやいやそれより形ですよ形、美乳の時代です。 ツルペタが好きな変態もいますよ……。 大きさも形も関係ない、君の胸だから好きなんだ……って彼は言ってくれたわ。 そうそう、殿方によって好みは変わるのだから、万人受けする胸なんて無いわよ。 くだらん、剣を振るには大きすぎる胸などわずらわしいだけだ。 キャンプ中のテントの中で、みんなの視線が一点集中する。アグリアスに。 「な、何だその目は」 「空気読みなさいよ」 メリアドールが軽蔑の視線を向け、レーゼがくすくすと笑った。 「あらあら、アグリアスは邪魔なくらい胸が大きかったのかしら?」 言いながら、胸の谷間を寄せ上げてレーゼは迫った。 その圧倒的迫力にアグリアスは固唾を呑む。 このボリュームのおかげでレーゼは、戦闘中に拳を振り回して戦う際、 胸があっちへプルン、こっちへプルンと揺れ動き、 敵味方(男限定)の視線を釘付けにして動きを止めるすんごい女なのだ! 「とりあえずこのメンバーで見ると、下から数えた方が早いと思うんだけど」 「いやいやレーゼさん、隊長こう見えて、脱ぐとすごいんですよ」 ラヴィアンの要らぬ告げ口を聞き、レーゼがにんまりと笑う。 「あら、そうなの。それじゃ、次の街に着いたら一緒に温泉でも入らない?」 「え、遠慮する」 腕に胸を押しつけられながらアグリアスは狼狽し、 これ以上ここにいては窮地に立たされると思い「トイレ」と言ってテントを出た。 キャンプ地は森の中で、アグリアスは適当な木の幹に背中を預けて座り込んだ。 そして、自分の両胸を両手でガシッと掴んでみる。 丈夫な生地の上からだからちょっと硬く感じたけど、 入浴中などに洗う際に触れた時などは抜群の弾力を持っているのを本人は自覚している。 「むぅ……」 しばし、服の上から胸を揉む。 顔を真っ赤にしながら思うのは、この大きさはラムザの好みだろうか? という事。 ラムザはああ見えてエッチだ。 自制心があるから他のエロ男(ラッド、デコ、蛙)とは違うが、 街を歩けば無意識に美人の顔や胸やお尻に視線を向けるし、 戦闘中はレーゼの胸を見まいと振舞って動きがぎこちなくなるし、 ラヴィアンやアリシアがジョブチェンジで際どい服装になってる時も同じような感じだ。 弓使いのミニスカとブーツの絶対領域に見惚れ、モンクの胸の谷間に見惚れ、 シーフのカモシカのような脚線美に見惚れ、風水士のチラリズムに見惚れ、 踊り子の際どい服装に見惚れる。 だから、ラムザはエッチなのだ。 アグリアスは溜め息をつき、両手を胸から下ろして、ぼんやりと空を見上げる。 「ラムザは、大きいのと小さいの、どっちが好きなのだろうか?」 「何がですか?」 突然横から声がして振り向くと、ラムザが、いた。 「い、いつからそこに!」 「えと、今さっきからですけど」 ラムザの反応を見るに、胸を揉んでたところは見られなかったらしい。多分。 アグリアスはホッと胸を撫で下ろし、 「で、大きいのと小さいのって、何がですか?」 胸の上で手を止めた、っていうか氷のように固まった。 ラムザは首を傾げつつ、アグリアスの胸の上で止まっている手を見る。 と。 「あれ? アグリアスさん、胸――」 「むむむ、胸が何だ!? ちち、小さいと、申すのか!?」 「あ、いえ、胸の所で今――」 「いいいいいい、言いたい事があるのなら、はは、はっきり言え! 大きいのと、小さいのと、どど、どっちが、好みなのあひゃいっ!?」 突然胸をくすぐられたような感触に、アグリアスは両胸を抱えて飛び上がった。 くすぐられるような感触は、服の内側で続いている。 というか、この感触は、何というか、むしろ、 「ど、どうしました!?」 「服の中に、な、何かが!」 「えっ! 多分虫です、クモか何かだと。さっき、服の上に虫がいたように見えて」 「あぐっ! ら、ラムザ、何とかしてくれ」 涙目になりながらアグリアスは悶え、胸を両腕で押さえつける。 「落ち着いてください! とりあえず服を脱いで――」 「わわわ、解った!」 ブチブチブチン、と音を立てて、アグリアスの青い服が真っ二つに開かれた。 アグリアスの服は、身体の中心線に沿ってボタンで留めるタイプだ。 だから力いっぱい両側に引っ張ればボタンがちぎれて、中身があらわになる。 服の中を蠢く虫を一刻も早く何とかしたいアグリアスは、 冷静さを完全に失い力任せの行動に出てしまったのだ。 唐突だが季節の話をしよう。 季節は春夏秋冬に分けられる。 夏は暑く、冬は寒い。 暑い時には薄着をし、寒い時は厚着をする。 これは全世界共通のルールと言っても過言ではない。 で、今の季節。 夏。 蒸し暑い夜。 アグリアスは、丈夫な生地の青い服の下に、さらしを巻いているだけだった。 で、さらし。 アグリアスが胸を押さえて悶えたもんだから、はだけてしまっていた。 月明かりの下、突然現れた白いふたつの丘を見て、ラムザの全身に稲妻が走る。 これはサンダーでもサンダラでもサンダガでもラムウでもらいじんのたまでもない。 無双稲妻突き? 違う、無双ではない、胸双稲妻見せだ! しかもしかも、はだけたさらしが微妙に大事な部分を隠したりしていて、 これ、何ていうチラリズム? 丸見えよりも扇情的ですよ。 アグリアスのそれはレーゼほど大きくはない。 レーゼをメロンとするなら、アグリアスはちょっと大きめのリンゴだ。 そしてリンゴの上を這う黒い影にラムザは気づく。 混乱していたラムザは、その黒い影、虫を、はたき落とそうとした。 ぷにっ。 「あぐっ!?」 「あっ」 リンゴをもぎ取るかのようにラムザの手はそれを包み、心地よい弾力に指が沈む。 本物の無双稲妻突きが落ちた――。 アグリアスが無双稲妻突きを放った事で敵襲と勘違いした仲間が駆けつけた時、 そこにはアグリアスの姿は無く、焼け焦げて倒れるラムザだけが残されていた。 アグリアスは敵を追ったのだろうか? とりあえず事情を聞くためラムザの治療をしつつ、ムスタディオは訊ねた。 「ラムザ、いったい何があったんだ?」 「じゃ、ジャストフィット……だった……ガクッ」 「ふぇ、フェニックスの尾ー! フェニックスの尾はどこだー!」 アグリアスが帰ってきたのは翌朝になってからだったという。 議題、胸はどれくらいのサイズが一番揉みごたえがあるか? デカければそれでいい。 柔らかければそれでいい。 ツルペタならそれでいい。 若いな。私はどれだけ美しい曲線を描くかが大事だと思うのだが。 愛しい彼女の胸ならどんな大きさでも形でも構わないさ。 …………ジャストフィット……。 虚空を眺めながらニヤけ、さらに右手で何も無い空間を揉む仕草をするラムザに、 男達の視線が集まる。ラムザは柔らかい感触を思い出して悦に浸っていた。 それ以来、ラムザはレーゼの胸にすら惑わされる事がなくなったが、 なぜか服と鎧でガッチリとガードされている、 アグリアスの胸に気を取られるようになったとか。 おしまい
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/120.html
※アグリアス×ラムザss 男の子がイジめられますので、苦手な方はご注意を 『アグリアスさん』が「わたしは針仕事は苦手なんだぞ」とブツブツいいながらラムザのズボンひったくって尻部分の裂けを補修してる。 で、何故か残っていた針がラムザの尻に刺さって、『アグリアスさん』が慌てて薬を塗ってるうちに 勃起し始めて『アグリアスさん』がカァーっとなってラムザの尻を叩く するとますます勃起するのでムラムラした『アグリアスさん』傷口をペロリと舐める 「はぅ」と艶かしい声を上げるラムザに辛抱たまらん『アグリアスさん』が素手(グローブ)の指一本で聖剣技をかける 聖光爆裂破でアヌスを沈黙状態にほぐしてから、 「心配するな。男は初めてだが、数多くのアナル処女を奪ってきた指だ。 ラヴィアンもアリシアもわたしが初めてを担当した。あやつらと棒姉妹になれて、嬉しいか?」 「そんな。や、やめてください」 期待に震えつつも抵抗の意を示すラムザ。 「それはヤってくれという声色だぞ、ラムザ…。くっ、貴公とこのような仲になるとは……ラムザ!」 思いのたけと鍛えた技を中指にこめて無双稲妻突きで突きまくる麗しの女騎士。 「あああ!ああ!」 間髪なく、何かに吸い込まれるように鳴くラムザ。 女騎士、冷静沈着な面影はどこへやら、はぁはぁと息を切らして頬を紅潮させ、すぐにも汗くさいフェロモンを撒き散らすだけのメスに変わった。 だがその「あられもない」表情を、責められっぱなしの当の美青年(少年にも等しい体躯と風貌)が見ることはできない。 恥ずかしさと未知の快感、いや、そのくすぐったいような痛みを快感の始まりと認めるには青年ラムザは、うぶだ。 『アグリアスさん』がすでにモンクをもマスターしていたことを思い出し、秘孔を突かれてこのまま死んでしまうのではと思うばかり。 「あ、あふ、あ、やめ、てくださ、アグリア、スさ、ん、ん」 「すぐに、好くなるから…」 育ちのいい貴族出身の青年は、こんな異常事態でも相手に呼びかける言葉を丁寧につむぎだそうとする。 しかし喘ぎ混じりのそれは女騎士の眼の中の炎に油をそそぐ。 そして更に”穿つ”作業に没頭させていくのだった…。 そして2時間ほど後。 魔道士系ばかりを極めてきたか弱い青年”騎士”ラムザは、力で劣る女騎士に完全に篭絡されていた。 体力がなくとも長時間を耐えているのは、ひとえに青年の性的欲求の、生まれたばかりの若々しさからか。 「感じるか」 「あっ、、あっ、、あっ、、はっあっ……」 乱暴ではないがスムーズなピストン運動が青年のケツ穴を貫き続けている。 「早いな。貴公は可愛い。いや、いやらしい」 「あっそんあっ、、んあっ、、あっ、、」 舌が回っておらず否定になっていない。 いや、否定ではない。否定する癖で『アグリアスさん』をその気にさせているだけなのだ。 女騎士はその反応に大いに満足した。 「そうか。今、貴公は女のわたしに何をされているのか分かっているのか?ラムザ隊長どの」 『アグリアスさん』は指を挿したまま動きを止めた。 ラムザは息を切らしながら、次第に冷めていく熱気を、 股間や背中、はいつくばった両手の甲、そして自らの汗したたる頬に感じていた。 それとともに言いようのない屈辱感が押し寄せてくる。 今さら動いて、この背後のサディスト女騎士から逃れる気にもなれない。 しかしこのままの姿勢でいると、刺さったまま動かない指の感触が気になって…。 そして気付かないうちにグローブを外して指を挿入されていることをすべすべの感触で知ったのだった。 アグリアスさんの生の指が…。 そしてラムザは中途半端に勃起したまま射精もしていない童貞チンポを前に突き出すように腰を振り、往復する動きで自分から『アグリアスさん』を飲み込んでいった。 「あ、ああ」 自分で腰を振ることは、快楽に消耗した今のラムザには一動作で激しい運動だったが、それはこれまでにないよさを味わわせた。 もう一度、もう一度、そうして四つんばいで獣のように体を前後にそらすたびに、 何かの家畜のようにケツを突き出すたびに、相手がいつも自分の命令通りに動いてくれる、『アグリアスさん』だということを忘れていった。 「みっともないラムザ。貴公は本当に私を助けてくれた、」 「あ、、あぅ、あぅ、あ、」 そして『アグリアスさん』は笑いの息を止めた。この上なく冷たい声でささやく…。 「勇ましくわたしに語りかけた、あのラムザなのか?貴族が、まるで、豚ではないか…」 とたんに惨めさが吹き上がってきた。今すぐやめようとか、そういう考えは微塵もなく、ただ惨めさが。 「あうっ、、ご、ごめん、なさ、さ、さあ、、あっ」 「しかし、貴公はどんなになっても、可愛いな」 おわり
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/125.html
まだ本当の意味での外に出た事の無い、小さな勇者である、子供のころ。 前日に、彼女に微笑みを投げかけるような色彩豊かな自家の庭の前で、雨にも挫けずに丹念に剣の素振りを行っていた少女は、心挫けずとも体が挫け、自室で寝込んでいた。 普段、時計の針が半周するほどの長い時間を布団で過ごした事の無かった少女は、 外に出られないもどかしさを切に感じ、自らの弱さについて切に省み、そのせいあってか彼女はなかなか睡魔とは無縁の関係が程暫く続いていた。 ごろんごろんと、冷たさを失った布団の中で、何度も何度も寝返りをうち、やがて心地よい眠りが彼女を包み始めた時、少女は何の気なしに状態を仰向けに戻した。 すると、どうだろうか。今までは気付きもしなかった、天井に得体の知れない物がいることに少女は突如気がついた。そこには少女の目から見たら、可笑しな顔をした“異形の者たち”がいた。 それは、誰の目からも動いていないように見えながらも、自分を襲わんばかりに今や今やと天井の中で蠢いているように少女には感じられた。 少女は独り、慄いた。 顔の形をした魔物が、果たして天井のシミや模様によって見える錯覚だと、当時の少女は気付くことはなかった。 彼女は一瞬でも怯えた気持ちを追い払い、たくさんの顔が蠢いている“異形の者たち”に言葉を語らずして、 自分の寝床に、そして万が一にでも自家に舞い降りて襲ってこないよう、目で彼等を牽制した。 数刻の後、少女は人知れず、高揚感に似たものを感じた。 剣の師から褒詞を賜ること、同年代の異性を自らの実力で負かした事、頭の中で瞬間的に感じたそれは、少女にとってそれらと似た気持ちを抱かせた。 自らの勇敢さに半ば満足した少女は、最も充足感を得ることができる眠りの動作に入った。天井に嫌が追うにも意識を集中させたのだ。 幼い少女がある物事に意識を長時間保たせることなど、苦に近い行いであった。 だが、彼女の研ぎ澄まされた神経は眠っても尚休むことをしらない。少なくとも、少女はそう自負していた。 瞼を閉じていても、“異形の者たち”が襲いかかってきて構わないように意識を天井に集中させていた。ふと、少女は休憩の意味を込めて、意識を手放した。 幼いながらも、自らの限界を、この少女は十二分に理解していたのである。 自然と肩にかかっていた力が、霧のように霞んでいく。彼女の瞳の中には、一面の緑が広がっていた。 今までに、数える程しか来た事がないドレス、いつか大切な人にこの姿を見せる日は来るのだろうか、 それを見につけた少女はそのような思いを頭の中に霞めながらも、緑の中を走る。 終わらない緑、 いつまでも、いつまでも。 長いような、短いような時間。 次に重い瞼を自らの意思で開けた時、視界には穏やかな笑顔を浮かべた母と、この世で最も幸福感を得ることができる母からの抱擁が待っていた。顔いっぱいに広がる母の大海原から、天井を垣間見ることはできなかったが、少女はそれを行おうとはしなかった。なぜか。 少女は母の胸の中で確信したのだ。 私は勝ったのだ。 一歩も動かずとも、敵を打ち破ることが私には可能なのだ。 風邪、という単語を聞くと、騎士アグリアスは幼少期の体験として以上のことを、言わずとも思い出すのである。 ――――― Antipyretic ――――― 巨蟹の月の2日目。その日は、騎士アグリアスの生誕日の翌日にあたる。 前日までの貿易都市ドーター周辺の特有のカラッとした天候は鳴りを潜め、 その日は、どす黒い雨雲からまるで異星人の襲来とばかりに放たれる強烈な雨の雫が、ラムザ一行の宿泊する宿の窓に容赦なくうちつけていた。 ムスタディオを始めとする男性陣からの贈り物、祝辞、苦楽をともにした仲間からのお祝いの花束などをもらい、人生で一番の幸せな瞬間を噛みしめていたアグリアスだが、 日を跨ぐに従って、アグリアスの体調と機嫌は次第に雨模様となっていったのであった。 そして、まるでアグリアスが雨雲を、焼き酒に付き合わせるために呼び寄せたかのようにドーター市街に悲しみの雨がシトシトと、 そして突然怒りにかわったかのように盆をかえしたような降りになって今にいたるのであった。 そして、幼い頃寝込んでいた時と同じように、アグリアスは額に濡れ布巾を乗せながら、今、天井を迷いなき目で見つめていたのであった。 アグリアスは布団の裾を顔に近づかせた。 天井に潜んでいるこやつらは私が何度追い払おうとも、私が寝込んでいる隙を見つけてはすぐにその姿を現す。 襲ってはこないものの、いつでも気を張りつめておかないといけない。 顔の半分を布団に隠しながらも、三つ編みを下ろしたブロンドの髪の間から覗いている二つの瞳だけは天井にしっかりと向けたまま、アグリアスはそのように思った。 アグリアスの寝床での宿敵が今日も天井に顔を覗かせていた。彼女はその存在に気づくや否や、すぐさま自分が寝込んでいる部屋の天井全てを見まわした。 その数はおよそ60。 天井に張り付いている顔の数のことである。 騎士は常人が驚くほどの速さで、すぐさま敵の数を確認するに至った。 敵を知らないことには戦略を立てることなど不可能であるのだ。騎士は風邪にうなされながらも、自らの騎士としての仕事を見事に全うした。 アグリアスは、枕元に立て掛けてある愛剣に手を伸ばすような事はしなかったが、あくる日の再現のように、目で“異形の者たち”の牽制を続けた。 アグリアスの両の目の先には、60もの敵の中でひと際顔の形が大きく、“ひょっとこ”のように左右に顔がくしゃりと曲がった、ひと際目につく下賤な顔を持った異形の者の姿があった。 彼女は寝床の上から、それを数ある敵集団の中の親玉と推測した。たとえ風邪で寝込んでいようとも、騎士は冷静にそして瞬時に敵の内状を見極めなくてはならないのだ。 アカデミー時代に教官から教わった訓示が実践されている瞬間であった。 辺りからの音が一瞬途絶えたようにアグリアスは思えた。 時が静止したようであった。 そんな事態にも、アグリアスは目をカッと開いて天井を見続けた。傍から見れば十分に危険な行為ではあった。しかし、たとえアグリアスの傍に第二者が立っていたとしても、彼女を止める事は出来なかったに違いない。 それほど、彼女は余すことなく、戦士特有の気を放っていた。 その後、それを打ち破るように響いてきた音は、窓に叩きつけるように降っている雨音だった。 自然の摂理からすれば、雨音が聞こえるのは当然のことであるが、アグリアスはその音に心を揺らされたかのように酷く驚いた。 もしかすると、自然の摂理ではなく、アグリアスの尋常ではない様子に、心配をして雨音で窓を叩いたのかもしれない。 万物の自然とは、総じてお節介な性格をしている。 昔の書物にそのように書かれていた文章を、アグリアスは読んだ事があった。 途端に聞こえ始めた雨音が、先程まで少しの休暇をもらっていた彼女の耳の中に広がっていった。 彼女は幼いころ、中耳炎にかかったことがあったが、その片鱗ともいえる痛みが瞬間的に彼女を襲った。 ふと、アグリアスは視線を天井から逸らした。 敵の圧倒的な数の前にさしもの騎士も恐れをなしたか、 はたまた天井の事を投げ出すほどの痛みであったのか。 果たして、前者でも後者でもなかった。 彼女は、急にこの遊びが馬鹿らしくなったのである。 幼いころ、少女は病気で寝込むと必ずと言っていいほど、天井を見上げては“異形の者たち”を睨んだ。 少女アグリアスは初め本当に天井には魔物の類が住み着いているものであると思い込んでいた。 その家屋の住人に天井に潜む魔物討伐の案を出したことは、元来、正義感に熱い彼女からすれば、想像に難くない出来事であった。 その夜、少女一人で過ごすには不釣り合いなほどの大きさをほこる自室のベッドの上で、彼女は今日の自分の愚行をしきりに恥じた。 羽毛の布団を頭まですっぽりとかぶり外の世界から、正確には天井にいる忌々しい魔物と同じ空気を吸わないように、自分の殻に閉じこもった。 その結果、何の罪もない枕がおおよそ窒息するかのような勢いで彼女にきつく抱きしめられながら、彼女と夜をともにすることとなった。 質素で殺風景ながら生活の最低限を取りそろえるために端に置かれていた肩身が狭い家具たちからは、恐らく遠慮がちな悲鳴があがったに違いない。 顔から火が出る思いを、少女は初めて感じた。 それとともに、少女は誰に宣言するでもなく堅く誓った。 もう二度とあのような馬鹿げたことは言わない、と。 しかし、誓約を終えた彼女が布団の中で三度目の寝返りをうった時、こうも思い始めた。 別に、他人に口外しなければいい。 この馬鹿げた楽しみを、自分だけの楽しみにすればいいのだ。 少女はハッとした気持ちで、自分の殻を破り、勢いよく天井を眺めた。 そこには相変わらずギラギラと視線をぎらつかせた下賤のような顔を持った魔物たちがひしめいていた。 まるで自分の考えが全て見透かされているようなそれらの目に、少女は内心で怒りを覚えながらも、前と変えることなく目でそれらを牽制した。 その日から、少女が魔物たちを睨む度合いはそれまでと比べて、穏やかにして力強くなった。 ちなみに、一旦は少女の手から離れ九死に一生を得た枕は一息つく間もなく すぐに自らの考えに満足感を得た少女に先ほどよりもきつく、きつく、抱きしめられることとなった事をここに捕捉しておく。 以来、彼女は風邪という単語を聞くと、 寝込むことによる苦しさと、その中で生まれるほんの少しの暇つぶしに心を躍らせる気持ちを思い出すようになったのであった。 先日、大地に足をつけてから23年目を迎えた彼女は、この暇つぶしにいい加減飽き飽きとした気持ちを抱いたのであろうか。 周りから見れば、はたまた奇妙な事を彼女は行っているものである。 彼女は状態をうつ伏せにした。 湿度の影響か、木造の部屋からは微かにお互いを押しあうかのような、こそばゆい音が響いていた。 仲間たちの声は聞こえてこない。朝食の直後なら、今は広間で会議を行っているに違いない。本当なら、その場に私が、ラムザの隣に… 彼女はそこで、誰に対するわけでもなくかぶりをふった。 そして両手で枕を益々顔に近づけた。今日の生贄は彼であろうか。 魔物たちの顔をこれ以上凝視していたくなかった事もあるが、別の要因で彼女はまた自分の殻に入ろうとしていた。 彼女は暫く、一人心の中でごねていた。 顔の二倍の面積はあるであろう枕に顔を押し付け、誰にも聞こえないほど小さな声で、しかしはっきりと、こう呟いた。 ――ラムザの、バカ。 隊の長たる、青年ラムザが並み相応の感覚を持ち合わせてはいないということはラムザを知る者からすれば、周知の事実であった。 詰まる所、彼は鈍感であった。 彼の鈍感さには度々、頭を捻る者、彼の脛をけり上げる者、枕に泣きごとを言う者が現れ、自覚がないまでも周りを振り回していた。 参考までに、該当者は一名である。 その該当者はある時、周りの者に、自らの隊の長への気持ちを尋ねられた時に、こう声高に公言した。 ――ラムザは隊の長で、あくまで私はその片腕だ。万が一でも、そのような立場にいる者が、その、そういった関係を持つことは好ましくない。 第一、私はラムザを人柄の良さ、統率力、戦略面の発案家という点で尊敬している。 単純にそのような好いた気持ちを向けているわけではないことをここに言わせてもらおう。 アグリアスを良く知る者も、知らぬ者も、彼女の口から出た言葉が真意であるとは誰も信じてはいなかった。 ただ一人の、愛想をふりまく朴念仁を除いて。 ラムザとアグリアスはお互いを憎からず思っている、と常時変わらず下馬評は上がっていた。 噂に違わず、確かに二人はお互いの事を特別な思いで見つめていた。 見つめていた、だけである。 そんなある時、色恋関係に敏い部下二人にけしかけられるように、アグリアスはラムザと、戦略面関係以外の、下心ある話を漕ぎつけるに至った。 ――今日は空が綺麗だな。どうやら明日も、この天候は続きそうだ。 ――へえ、アグリアスさんは明日の天気がわかるんですか? ――うむ。風と雲の向き、それとボコの毛並みの具合でだ。天気が崩れる直前だとボコの毛並みはゴワゴワとした触感になるんだ。晴れているときはサラサラと。 ――すごいですね、アグリアスさん。 ――いや、騎士たるもの明日の行き先がわからないようではオヴェリア様の護衛など… 本来、三社が意図している話の雲行きが怪しくなってきたため、 部下の一人が、崇拝の対象である上司に向けて、傍に転がっていた木の実を投げつけた。 ――アグリアスさん!?うずくまってどうしたんですか。 ――ラヴィアン、覚えていろよ…いや、なんでもないんだ。ところで、ラムザ。明日もこの天候は続きそうなんだ。 ――その話は先程聞きましたよ。 ――それで、だ。よかったら、貴殿とともに、明日… ――ああ、わかりました。 ――なに!?私の言うことがわかったのか? ――ええ。前にアグリアスさんが話していた、明日この町で開かれるカエル取り大会のことですよね? ――…いや、ラムザ。私の話を… ――その大会に参加したかったんですよ。是非、一緒に出ましょう。 ――…ああ。 上司の方向性の違った成就に、物陰で成り行きを見守っていた部下二人は涙を流さずにはいられなかった。 それが果たして、上司の複雑な気持ちを理解できたからか、はたまたこれから迫りくる恐ろしい出来事に恐れをなしたか。 どちらにしろ、二人は次の日、顔と体のあちこちを腫らせて一行に姿を見せた。 あの二人は足からも涙を流す事が出来るのか。 長年、国を跨いでまでも人々の成り行きを肌で感じるまでとなっていた自分が、まさか新しい発見をする日が来るとは。そう言外に感嘆と恐れをにじませながら、剣聖シドはそう言葉を発した。他の仲間は目を背けた。 真相は今も不明である。 少女は今日も寝込んでいた。 そして、今日も天井の異形の者たちとの戦いを行っていた。 少女は思った。 今日は100人いる。前日より増えている、と。 少女は知っていた。これは遊びでしかないということを。 天井にへばりついている顔のようなものは天井のシミや建築材料の模様でしかないということを。 しかし、正しいはずの彼女の考えは、有り得ない出来事とともにうち破られた。 決して顔を動かすことのない魔物たちが一斉に少女へ目を向けたのである。 起こり得ない事態に、少女は目をパチクリとさせた。幼き騎士の心はどこかに吹き飛び、この時ばかりは幼く儚い少女の心が彼女の心情を占めるに至った。 そのうちに、一匹の魔物が天井からニュッと擬音が辺りに響くような顔の覗かせ方をした。 魔物の顔が外気に触れる。どす黒い、絵具の色でも表せないようなどぎつい色彩をはなっている。 最初の一匹に続くように、次々に魔物が天井から姿を出し彼女に向かって彼女にとって、最低とも言える下衆な笑いをカラカラとした。 あたかも逆立ちをしているような魔物たちの恰好は、少女の予感が正しければ、間もなく、ベッドの上に続々と降り立つことだろう。 身の危険を感じた少女は、風邪だという事を微塵も感じさせないような、驚くほどの身のこなしで半身を上げ、枕元にある剣を手に取ろうとした。 少女は途端にハッとした。 剣?どうして? 少女は自らの潜在意識に困惑した。 若干5歳を迎えた少女の枕元に剣を置くことは、いくら護衛騎士を幾度も輩出した名門オークス家といえども、まだ許可を下ろすことはできなかったのだ。 では、なぜ自分は有るはずの無い剣をとろうとしたのか? 少女は自問した。すぐに、答えを導き出した。 ――そうか。これは夢なのだ。 言葉に出して、少女は呟いた。そうだ、夢に違いない。 何者も寄せ付けない気をはなっていた少女は途端に、空気の抜けた人形のように少女は起き上げた上半身をベッドにうちつけた。 弾力のあるベッドの心地よさに少女は、ほう、と息を吐き、瞼を閉じた。 自分に向かってきているであろう異形の者たちなど、すでに少女は気にも留めていなかった。 これは夢なのだ。 少女は再びそう呟いた。汗で顔にへばりついている長いブロンドの髪をかき上げた。 あれほど体が熱く汗で濡れていた服がうっとうしかったというのに、今は服が冷気をまとっているかのようだ。 少女は言いようのない心地よさを感じた。 この夢が終わり瞼を開ければ、そこには穏やかな優しい笑みを浮かべた母が待っているのである。 少女は期待に胸を膨らませ、腕を目元にかぶせた。途端に視界が暗くなる。 ―― アグ…ス…。 ―― ほら、私を呼ぶ声が聞こえてきた。少女は暗闇の世界の中で、笑みを浮かべずにはいられない。 ――アグリ…ん。 ―― そうだ。目が覚めたら、母の胸に飛び込んで驚かせてやろう。母が心配するまで、寝たふりを続けるのも悪くない。 そして、そして… 「アグリアスさん。」 アグリアスはゆっくりと瞼を開けた。 そこには、自分と同じ金色の髪を後ろで束ね、薄い化粧が様になっている少女の母の姿はなく、 少々頼りの無い、しかし外見とは裏腹に芯の強い瞳を携えた優男がアグリアスを心配そうに見つめていた。 「目が覚めましたか。よかった。とてもうなされていたようなので。」 アグリアスの無事を見て安堵した気持ちと、寝ている合間に無理やり起こしてしまったことに対する申し訳なさとを複雑に絡ませた表情を浮かべながら、 ラムザはベッドに横たわっているアグリアスにそう告げた。 アグリアスはほんの一瞬だけポカンとしたような表情を見せたが、すぐに緊張感ある、 否、仏頂面に表情を変えラムザに背を向けるように寝返りをうった。 「何の用だ、出発は明日のはずだろう。安心しろ、貴公に迷惑はかけぬ。明日にはこの風邪もすっかり治っている。」 アグリアスは半ば物事を投げ出すような心持で、背中越しのラムザにそう告げた。 ラムザは頬を人差し指でポリポリとかいた。アグリアスのその態度に、決して覚えがないわけではない。だが、このような弱みに付け込むかのような状況に乗じて彼女の許しを得ようとは考えていなかった。 彼は、ただ彼女の看病をする一心でこの部屋に訪れたからであった。 その裏にはアグリアスの部下である二人がニタニタ顔で暗躍していたそうだが、幸い騎士に伝わる事はなかった。 彼女等も毎回命がけでこの千載一遇の機会に取り組んでいるのである。 今のこのような状況は、事情を知らぬものが見ようものなら二人が佳境に入っているように見える。 しかし、決して二人はこのような倦怠期さながらの間柄ではなかった。 アグリアスをこのような状況に追い込んだ原因は、今アグリアスを心配そうに見つめているラムザの人柄にあった。 時間はその前の日まで遡る。巨蟹の月の一日目。ラムザ隊一行は、ドーターに宿を借り、そこでアグリアスの誕生日パーティを開いていた。 宴も酣、皆が皆、美酒に酔いしがれているときに、その日の主賓と隊の長はテラスに降り立ち、 視界では捉えきれないほど、無造作に、しかし決して雑ではなく埋め尽くされた満点の星空を眺めていた。手を伸ばせばあの星に届いていまいそうだ。ラムザはふとそう思った。 「綺麗ですね、アグリアスさん。」 「うむ。」 二人はグラスを片手に、飽くことなく星空を見つめていた。言葉で語ることはない。 誰よりも信頼しきっている二人にお互いが陳腐な甘い言葉をかけあうことなど不要な行為であった。 どれくらいの時間が経ったのだろうか。暫くしたのち、手元にある酒を口に含むために視線を戻したアグリアスはラムザに見つからないように頬をパンパンと叩いた。 思ってもみないような展開。彼女の心は、星空の華麗さと相まって舞い上がっていた。 彼女はこれから交わされる自分と彼の会話風景を思い起こし、一人頬を赤らめた。 岩よりも堅物、と評されていた彼女を茹でダコのようにしてしまうとは、さしもの預言者も言い当てることはできなかったに違いない。ちなみに、今回、部下二人はノータッチである。 暫くしたのち、彼女は顔を静かに、少年のように目をきらめかせて星を眺めている青年ラムザに向けた。 そして、意を決して、長い間心の中の酒樽で醸造していた想いを開けてみることにした。 「なあ、ラムザ。私が貴殿に付き添ってから、もう幾重の月日が流れようとしている。」 言いたいことをいうがために、このような堅苦しい文章を始めに語らないといけない自分を、アグリアスは改めて恥じた。 ラムザは、アグリアスの張りつめたような緊張感を感じ取ったのか、少し驚いたようにアグリアスを見つめた。 「私は今までの自分の行ってきた行為に後悔を覚えたことはない。 近衛騎士としてルザリア聖近衛騎士団に入ったこと、オヴェリア様の護衛についたこと、 そして、貴殿と出会えたこと。」 アグリアスは、自らが述べていることを一字一句確かめるように、ラムザに向かって話し続けた。 ラムザはそんな彼女の思いを知ってか知らずか、彼女に向かって優しく相槌をうち、先を促した。 「貴公は、どうなのだ。私と出会って、迷惑をしなかったか。」 おっかなびっくりなアグリアスの言い方に、ラムザは彼女に一種の愛着を感じた。 「いえ、そのようなことは一度もありません。あなたと出会えて、僕はとても…ええ、とても幸運でした。」 言葉を言い終えてから星空から目を背く形でうつむいていたアグリアスは、その言葉にすぐさまラムザに顔を向けた。 ラムザは一旦言葉を切り、笑顔とともに次の言葉を口にした。 「僕なんかより遥かにお強いので。」 アグリアスは昨日の顛末を思い出し、かぶりをふった。 私はただの戦力としてしか見られていなかったのか。私は歩く兵隊なのか。 またも枕の中でアグリアスはかぶりをふった。 違う。わかっている。 ラムザがそんなことを考えるはずがない。わかっている。ラムザは心優しい男だ。 アグリアスはラムザの良き理解者であり、良き片腕であった。 彼のそのような所に惹かれ、そしてそのような所に悩まされた彼女が彼の性格を理解できないはずはなかった。 彼のその性格にアグリアスは人知れず笑みを浮かべていたのだ。 だからこそ、ただ、言ってほしかっただけなのだ。 再びアグリアスは思考の海に身を委ねた。 自分にとって私は必要だ、と、ただその言葉がほしかっただけなのだ。なのに、なのに、ラムザは… 枕元で唸っているアグリアスに、堪らずラムザは声をかける。 「あ、アグリアスさん。大丈夫ですか。今、濡れ布巾を取り替えて…」 突然のラムザの声。 その時、アグリアスは急に思考の海を、モーゼのように水を二つに割ることに成功した。 そうか、聞けばいいんだ、もう一度。強引に。 待て!そんな事は騎士道に反している! 思考の中で、エジプト軍と同立場にいる“正義と大義を重んじる騎士アグリアス”の軍団がその言葉を述べるや否や、既に川を渡り終えた“真実の愛を求める女性としてのアグリアス”の軍団に迫った。 だが、アグリアスは迷う事をしない。 間髪をいれずに、騎士としてのアグリアスを洗い流した。 何故、こんな初歩的なことがわからなかったのだろう。アグリアスは、一瞬で辿り着いた答えに驚きと同時に期待を抱いた。 ラムザがそう告げた直後であった。 枕の中で、うーうーと唸っていたアグリアスは、いきなり糸を弾かれた人形のように上半身をおこし、ラムザにくるりと顔を向けた。 ラムザは思わず目を丸くした。 普段、人ひとり分はあるであろう重さの鎧を身に着けていた彼女の姿を見慣れていただけに、薄生地の絹の服を身につけている今の彼女の体の線が現れているその恰好は、ラムザの胸を飛びあがらせるには十分であった。 風邪で薄っすらと頬が朱をさしている顔、何か言葉を発そうとしているのか半開きになっている口、三つ編みの髪を解き、汗で濡れた髪が額に幾つかへばり付いているその恰好も、ラムザの胸の高鳴りに益々拍車をかけた。 「ラムザ。はっきりと言ってくれ。私のことを思っているのか、否か。」 アグリアスはそう尋ねながら、枕元に置いてある愛剣の鞘に手を伸ばした。 ラムザは、瞬間、一気に背中から汗がひいていくのを感じ取った。 「アグリアスさん!?落ち着いてください、目がすわってます!」 突然の出来事にラムザは別の意味で胸を高鳴らせた。 命が危ない。 人生において常人ならぬ戦の場数を踏んだ彼は、歴戦で培った神経を最大限に研ぎ澄ませた。 「さあ、言え。ラムザ。どうなのか。」 アグリアスがゆっくりと足を床につけると同時に、ベッドが悲鳴をあげた。 悲鳴をあげたくなる気持ちもわかる、ラムザは頭の隅でそう同調した。ベッドはラムザと同じ気持ちを共有していたのであろうか。 それは定かではないが、ラムザは背中に冷や汗をかきながら、じりじりと扉の付近まで後退を始めた。 「何故逃げる。好きか嫌いか答えるだけだぞ。」 「答えられないのは、アグリアスさんの右手に持っている物が原因だと思います。」 あまり刺激を加えないよう、ラムザは引きつる顔を見せないように、必死にアグリアスにそう告げた。 聞こえているのか、いないのか、アグリアスはそれでもふらふらと、そしてゆっくりとした足取りでラムザに近づいていく。 熱に浮かされたように顔を赤くしたアグリアスは手には愛用の剣を持ち、一歩間違えれば狂気ともとれる笑みを浮かべていた。 後退を続けていたラムザだが、扉と背中が遂に対面を果たしてしまったため、 彼は次に、アグリアスを説得しようと試みた。 「落ち着いてください、アグリアスさん!今のあなたは熱に浮かされているんです!だから、その鞘を抜こうとしている左手をおろしてください!」 ラムザは助けを呼びたかったが、下手に大声を出すとアグリアスが強硬手段に出るかもしれない。 そもそも、それは彼女の本意ではないだろう。鈍感たる彼も、この時ばかりは彼女の気持ちをくみ取っていた。 「ふ、ふふ。ラムザ。さあ答えろ。好いているのか、いないのか。」 アグリアスの思考はもはや熱に浮かされているといった具合ではなくなっていたように見えた。 あるいはこれが、身も心も鎧で束縛されていた彼女の本当の姿なのかもしれない。 だとしたら、このような姿は二度と拝めないかもしれない。 死の淵にいるであろうラムザに一瞬、そのような邪念が浮かんだ。瞬時に彼は、彼女のあられもない姿と自らの命を天秤にかけた。 誇張表現だった。 彼はすぐさまに天秤の中身を、狂気にまみれ剣を振り回す彼女の暴走行為と自らの命、とに修正した。 状況が状況であった。うっかり見とれていると、それが自分の網膜が映す生前の最後の映像にならざるを得ない。 考える暇など寸分しかなかった。 ええい、ままよ。 ラムザはそう呟き、一世一代の賭けに出た。 「さあラムザ!こたえ…」 随分と凶暴化していたアグリアスの言葉はここで途絶えた。 目を丸く見開いた彼女は、もしかしたら人生で一番の予期せぬ事態に出くわしたのかもしれない。 ラムザが、抱きついている。私に。 いつの間にか背伸びをしないと自分と身長が同等にならなくなってしまった彼に気づいたら首元まで手を回されていた事に、彼女は数秒後やっと気付いた。 元来堅物である彼女にその手の類のうわさ話や、よもやその手の行為を致す事は言語道断であり、ラムザもそれは重々と承知していた。 勿論、彼にこの戦場においての勝算があっての行為であるはずがない。彼はそのような計算高い男ではない。それに、そもそも、ラムザはアグリアスが自分の事をなんとも思ってない、と根本的な考えを否定していたからである。 アグリアスがその事を知ったら恐らくため息をつくに違いない。 そんなアグリアスとて、ラムザは自分の事をなんとも思っていないと否定している分に、人の事は言えなかった。 彼が私に抱擁をしている。 その事実を理解した途端、アグリアスは体が硬直してしまった。 しかし、とても不思議なことに、堅物が売りの彼女は自然と今の事態もこれから起こる事も受け止めることができた。 そのままどちらともなく唇をあわせる。アグリアスは終始目をつむっていた。 全ての時間が静止したように彼女は思えた。 また雨音が聞こえなくなった。 ラムザの口から離れたアグリアスは、ぼうとした頭の中でそう思った。 「アグリアスさん。質問にお答えできなくてすみません。ですが、これが僕の答えです。」 アグリアスを力強く抱きしめながら、ラムザはそう告げた。 アグリアスはというと、今の出来事に頭がクラクラとなっていた。気づかぬうちに、手から鞘が離れていく。直後、剣が床に落ちる乾いた音が響いた。 アグリアスは、しかし、愛剣は気にも留めず、熱だけが原因ではないであろう耳まで真っ赤にした顔をラムザ首元に預け、おずおずと必死にラムザの腰に手を回し彼の言葉に応えた。 「わかっています。愚かな行為だとは。隊の長と副隊長がこのような関係になってはいけないとおっしゃったのは貴方自身ですから。 誓約を破るような形になってしまいすみません。今後、こんなことはしませんから、せめて今だけでも。」 ラムザはそうポツリポツリと告げ、実力の立つ腕前とは比例しない、線が細く美しい女性から体を離した。否、離したつもりであった。 「待て。」 その言葉とともに、彼女は掴んでいた彼の腰を離れないように強く引き付けた。 結果として、頭がアグリアスから離れ、腰より下が彼女に密接するという弓張のようになったラムザは一連の事件の後、酷い腰痛に悩まされたという。 「愚かな、お前は愚かな行為と言うのか。 …お前は、本当に鈍感な奴だ。どんな気持ちで私が、今まで貴公と接してきたか、知らないとでも言うのか。 この身を貴公に預けると、確かにそう告げたではないか。」 最初は弱弱しかった口調も、最後はラムザをキッと見上げ自らの言える精一杯の言葉で紡いだ。 同時に、アグリアスは掴んでいるラムザの服の裾を強く握りしめた。 ラムザはアグリアスの言葉に呆気にとられていたような顔を彼女に向けていた。 先程の汗が残っていたのか、ラムザの額に一筋の汗が流れた。暗い室内にそれだけが光を反射しており、アグリアスはまぶしそうに眼を細めた。 「…本当に、僕なんかでいいんですか。」 「何度も言わせるな。」 説教めいた口調にラムザは内心でくすりと笑った。 そして、精一杯気丈に振ふるまっている目の前の愛しい女性に、腰痛をなんとも思わせないような笑顔で告げた。 「わかりました。」 ラムザの答えに納得したのか、ラムザの首元でアグリアスは、うんうん、と何度も頷いた。 頷くたびに彼女の揺れる髪の臭いを感じていたラムザは、今日何度目かの意識を飛ばしそうになった。 しかし、彼は必死に耐えた。そのような事で意識を手放しては自分の、男としての面目が立たない。 彼のそのような葛藤に当然アグリアスは気付く事はなかったが、彼女は一旦顔を首元から離した。ラムザの心中には、気絶を免れた事に対する安堵と、離れてしまった事に対する寂しさが残った。 そして、ラムザに向き合わせいつもの命令的な口調で、ラムザに遠まわしにおねだりをした。 「うむ。わかったのだな。うん、わかったら、ほら。その、行動で示せ。」 ラムザは彼女の言葉に思わずくすりと笑った。彼の笑顔に感化されたのか、アグリアスもラムザにつられるように笑った。 そして、和やかなムードが部屋を包み込む中、二人の姿が再び重なり合った。 窓がガタガタと音を立てて揺れた。 二人の空模様とは違った様相を見せている外の天候も窓に何度も雨をうちつけ、拍手で二人を祝福した、のかもしれない。 やはり彼等はどこかお節介なのかもしれない。 次の日、案の定と言うべきか、隊の長が副隊長と同じく夏風邪をこじらせた。 前日の風邪はどこへやら、ピンピンとした副隊長が隊長の看病をすることになったのだが、それはまた別の話として語られるべきであろう。 はてさて、彼女の体温を著しく上げていたように思えるものの、隊長はさながら副隊長の解熱剤というところであろうか。 この真相を知るは当人たちだけであり、疑われはするもののこの件に関して確たる証拠を掴んだ者はいなかったそうである。事実は闇に消えた。 ただ、アグリアスがラムザと二人きりになると手を繋ぐようになったという事実は残った。 以来、風邪という単語を耳にすると幼少期の奮闘、そして甘い甘い、朝食で彼が飲んだミルクの味がアグリアスの記憶から引っ張り出されるようになった。 こうして、雨降る巨蟹の2日、幼き頃と変わらぬ生真面目さと純粋さを持ち合わせた騎士は、 酒樽で、あるいはワインセーラーで大切に保管していた自らの思いを成就させることができたのであった。 ――――――― 「プレゼントがあるんですよ、アグリアスさん。」 「本当か!?今だから言うが、昨日は少し期待していたんだぞ。(わくわく もそもそ)」 「すいません。ですが、渡す機会を損ねてしまって。」 「いいんだ。(ごそごそ) …これは?」 「双眼鏡と呼ばれるものらしいです。昨日、アグリアスさんが突然、機嫌を悪くされたのは星空をよく観察できないからだと思って。 ほら、見てください。遠くまでよく見えますよ!」 「……」 二人の意思疎通がお互いに絡み合うようになるには、今暫くの時が必要であった。 fin.
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/59.html
聖ミュロンド寺院礼拝堂―――。 異界の悪魔に魅入られ、生ける屍と化したザルバックの鋭い牙が アグリアスの首に突き立てられた。 滴り落ちる鮮血のしずくが床と彼女の服を紅く染める。 人ではないモノに血を啜られるという嫌悪感と、戦士としての矜持が 彼女に抵抗を命じる。このモノを振りほどき、反撃せよ、と。 しかし何かがそれを許さない。全身を巡る、未だかつて体験したことのない 強烈な快感が思考を溶かし、意識を蝕んでいく。 総身を支配する快楽を前に成す術もなく、心の中に流れ込む 得体の知れない黒い何かを受け入れ、彼女は意識を闇に委ねた。 。 アグリアスが眠るように床にくずおれた直後、 聖騎士の生き血をむさぼったザルバックはラムザの手によって殲滅された。 変わり果てた兄を手にかけたラムザは、無力感と絶望で涙を流す以外になかった。 戦闘終了後、アグリアスは何事も無かったように自分で目を覚ました。 出血量も命に関わるようなものではなく、首すじに突き立てられた牙の 跡が残っていたが、それも治療魔法によって綺麗に回復された。 線の細い女性であるにも関わらず、気の遠くなる鍛錬を積み重ねた アグリアスは外見以上に丈夫であり、これしきは怪我の内に入らない瑣事である。 一行は旅を続け、野を越え山を越えていく。 照る日差しに長時間の歩行が重なり、並の者ならば音を上げて当然の 過酷な旅路であるが、幾多の戦場と地獄を潜り抜けてきた彼らにとっては 何のことはない、既に日常の一部である。 平然と歩を進める仲間たちの中、アグリアスは自身の違和感に困惑していた。 妙な倦怠感と、それに反するような異様な精神の高揚。 そして―――水を飲んでも飲んでも癒えない喉の渇き。 食事で腹は満たされても、それでもなお満たされない飢餓感―――。 人の血を……吸ってみたいと思った。 アグリアスは自身の異変を包み隠さず隊長であるラムザに報告した。 恐らくはザルバックに吸血されたことが原因であること、 その結果自分が不調になり、意識が少しずつ人のそれから離れ始めていることを。 他人に迷惑をかけるからという理由で個人の怪我や病気を 隠蔽するのは、団体においては美徳ではなくむしろ悪徳である。 対策を打たずに放置された個人の問題は、団体の命運が左右される 重要な局面で、必ず大きな問題に発展して団体全体を混乱の極みに陥れる。 逆に言えば、そういった個人の問題を早期に包み隠さず報告し、 広く解決案を募れば問題の肥大化は未然に防ぐことができる。 このあたりの機序は、長く団体に身を置き部下の采配を振る アグリアスにとっては経験則として骨身に染みていた。 この報告を受け、ラムザは隊随一の白魔導師ルナにアグリアスの治療を命じた。 ルナは戦闘能力はからっきしなのだが、白魔法に異常なまでに突出し、 医学方面の知識も豊富に備えているため、怪我人治療専門の隊員として働いている。 アグリアスはだるい体を引きずりつつ、憂鬱な面持ちでルナのもとへ向かう。 ルナは確かに腕のいい白魔法の使い手だが、1つの大きな問題を抱えていた。 いわゆる一種の破綻者なのである。白魔法と医学の知識の探求を至高の 娯楽と認識し、病人は自分の欲求を満たす為の最高の素材だと捉えている節がある。 治療という目的と己が知識欲の為には手段を選ばず、 彼女の治療を受けて、体の傷は癒えても心の傷が増えたという隊員は後を絶たなかった。 今となっては自分の身に対する不安よりもルナの診察を受けることの方が より大きな不安を感じる。アグリアスは恐る恐るルナの控えるテントに足を踏み入れた。 山積みにされた医学書と論文と古文書、実験器具と白魔法の儀式に使われる小道具が 散乱する中に埋もれるように、狂気の白魔導師ルナがちょこんと座っていた。 「やあ!私の診察室へようこそ!ちょっと散らかってますけど、適当にどけて座って下さいね」 大きな青い瞳を爛々と輝かせ、銀髪の少女ルナが満面の笑みでアグリアスに語りかける。 おもちゃを手渡された子供のようなわくわくとしたルナの笑顔に、アグリアスは一抹の不安を 抱かざるを得なかった。 3日前に吸血されたことから、その後の現在の体調の変化、 妙な喉の渇きとえも言われぬ飢餓感、そして断続的におとずれる、 人の血を吸いたいという衝動…その全てを隠さず詳細に話した。 意外にもルナはおとなしくアグリアスの話を聴いていたが、 話し終わると同時に歓喜に身を打ち震わせて立ち上がった。 「素晴らしいです!今までに見たことも聞いたことも無い症例ですよ! これは治療のしがいがありますね!」 アグリアスは頭を抱えてうずくまりたくなった。自分はこんな人間に 身を委ねるしかないのか…人の不幸を喜ぶ医者など、 こちらこそ見たことも聞いたことも無い。 「吸血時に感じた快感というのも気になりますねー。 どのくらい気持ちよかったんですか?」 興味津々といった様子で顔を覗き込んでくるルナに対し、 アグリアスは返答に窮する。快楽に呑まれ、成す術も無く 気を失った自分を思い出し、暗澹とした気持ちになる。 「…さぁ…?よくは覚えてないが…剣の鍛錬に励んだ後、 汗を流すために湯で体を洗う時と同じくらい…か…?」 実際はそんなものとは比較にならない、意識も矜持も 何もかもを溶かしてしまうような強烈な快楽に襲われたのだが、 そんな事をよりにもよってこのルナに話しても何の得にもならない。 「それくらいの気持ちよさで気を失うわけないでしょ? 性行為以上の快楽だったんですか?」 「なっ…!?」 顔を赤く染め、たじろぐアグリアスに、にやにやとした顔でルナは追撃する。 「アグリアスさん…これは治療上必要な情報なのでお尋ねするのですが… 男性経験はおありですか?」 「ぐっ…そっ…それは…その…」 顔を真っ赤にし、うつむいてモジモジとするアグリアスをひとしきり観察して楽しんだ後、 「まあ無理に患者のプライバシーを侵害するわけにもいきませんし、 答えたくないのなら答えずとも結構です。…女性は若いうちが華ですよ。 さっさと済ませておくことです」 「ぐっ…!」 隠し事をまんまと暴かれた上に、いいように弄ばれてしまった。 ルナは確かに稀代の天才少女なのかもしれないが、医者とは思えない 気質の上に性格まで捻じ曲がっている。どこか頭の歯車が狂っているとしか思えない。 「吸血時に生じる快楽の理由というのは大体想像がつきます。 恐らく快楽を送り込むことで身動きを封じ、吸血を成功しやすくするのでしょう。 吸血という行為の為の麻酔の一種、もしくは快楽という報酬と 吸血という搾取の、単純なギブ&テイクの結果とも考えられます」 先ほどの簡単な問診でここまで組み立てられるルナの手腕は認めざるを得ない。 だかいかに医者として有能でも、ルナは人間としてどこか破綻しているのは間違いない。 「では触診に移りましょう!血を吸われた箇所を診せてください」 常軌を逸したものを瞳に滲ませながら迫るルナに対し、 恐怖すら抱きながらアグリアスはおずおずと首を差し出した。 「ふ~ん…膿んだり腫れたりしている様子はないですね。 よいしょっ!」 ごきっ! 「ぐあっ!?」 突然首を捻られ、アグリアスは思わず悶絶する。 「首の筋肉コリすぎですよ!アグリアスさんは胸が小さいんですから、 肩肘張らずに生きていけば肩こりせずに済みますよ」 「…お、お前みたいな子供に言われたくない…」 「私はまだ15歳ですからね。まだまだ未来が残されているのです」 無い胸を張るルナに対し、アグリアスは言葉も無かった。 もう吸血のことなどどうでもいい。一刻も早くこの悪魔の前から立ち去りたい。 「肺の様子と心音の確認をしたいので、上の服を全部脱いで下さい」 「えっ…!?じょ、上半身裸になれ、というのか…?」 「そうですが、それが何か?女同士恥ずかしがることもないでしょう?」 「そ、それはそうだが…」 渋々アグリアスは言われたとおりにする。別に他の女の前では これほど躊躇することもない。しかし、この悪魔だけは別だった。 案の定、胸が小さいやら、それでも形は良いなどととってつけたように褒められたり 女性なのにたくましいなどと、およそ言われたくない事の全ては言い尽くされてしまった。 「検査用の試料として採血させてもらいます」 注射針が血管に刺し込まれ、注射器の中に血液が満ちていく。 赤黒い液体を見つめるアグリアスは、素人目にも分かるほど呼吸が早く、 興奮状態に陥っていた。その目にはもはや血しか映っていない。 「(…ふーん。なるほど…これは面白い)」 ルナは採取した血液をしまい、テントの隅のゴミの山の中から皿を引きずり出し、 皿の中に、保存してあった実験用の血液を広げた。 「少し前に採取したヤギの血液です。今、あなたは何を感じますか?」 「………」 抑えても抑えても沸々と湧き上がる、目の前の血を飲み干してしまいたいと いう衝動……しかしそれは人として禁忌とされる欲望だった。 今は理性でその衝動を抑えていられるが…いずれは…。 呆然と皿の中身を見つめ続けるアグリアスに返事を期待できないと 悟ったルナは、皿の中身を手早くしまった。 「結論から言いましょう。肉体的には何の問題もありません。 健康そのものです。先ほど採取した血液を検査にかけないことには 確証は持てませんが、恐らく何らかの異変や病原体の類は検出できないでしょう」 「で、では私は何が原因で…血を…欲しているんだ?」 「病気が原因ではありません。少なくとも、病原体への感染や 臓器の疾患・損傷が原因で血を飲みたくなる・吸いたくなるといった 病名は、私は1つも知りません。医学的に説明がつかないのなら、 原因は魔術・呪術の方面に求めるべきです。 多分、あなたは少しずつ吸血鬼化してるんですよ」 ルナは華のような笑顔で、とんでもない診断結果を直球でぶちまけた。 いや、そこは笑うところじゃないだろうという意見は、混乱や絶望のるつぼに 飲み込まれてかき消えた。 「そのザルバックとかいう元人間の吸血には、対象の血を吸うことで 自分と同じ吸血鬼に変えてしまうという効果があったんだと思います。 吸血が戦闘において敵を減らし味方を増やす上で有効な攻撃手段ならば 即効性でなければ意味がありませんが、あなたが吸血された直後にザルバックは 隊長によって殲滅されている。もしもそうでなかったなら、あなたはその場で即座に 吸血鬼化して隊長達に襲い掛かっていたはずですよ」 考えるだけでぞっとする。人外の存在に生まれ変わり、 かつての仲間に剣を向けるなど、悪夢以外の何物でもない。 「あなたは血を吸われ、吸血鬼化が完了する前に 支配者になるはずだったザルバックが滅んでしまった。 しかしザルバックが滅んでもなお、吸血鬼化に必要な因子は 体内で潜伏しつづけた。ザルバックに吸血された際、 快楽以外に何か感じませんでしたか?何かを植えつけられた、 注入された感覚のようなものを」 そう言われ、アグリアスはハッとする。血を吸われたあの時、 確かに感じた心に染み入るような黒い何か。 それが何かは理解できなかったが、本能的に忌避すべきものだと感じた。 「あ、ああ…。何かは分からないが、心の中に何かが入り込んだ ような感覚があったんだ…」 ルナは満足そうにうなずき、話を進める一方で嬉々としてカルテに 病状と推定される原因を書き込み続ける。 「あなたの体内…心の中…この際どちらでも構いませんが、 とにかく侵入したソレは今もなおあなたの吸血鬼化を進めています。 倦怠感を感じるのは、体質が少しずつ吸血鬼のそれに近づいているので 人間としての肉体が拒絶反応を起こしている結果だと考えられます。 親であるザルバックが滅んでいますから変化が劇的に進むということは 今までの経過から考えにくいのですが、放っておけばいずれ 完全な吸血鬼になりますよ」 普通、医者というものは患者に刺激を与えないように穏便に 病状を説明するものではないだろうか…?ルナはそういった繊細な 配慮にまるで頓着せず、無慈悲…というよりも無邪気に死の宣告にも近い告知をした。 「ち、治療法は無いのか…!?私はこのまま吸血鬼になる以外に道はないのか!?」 「ありません。医学会でも魔術学界でも報告されたことのない初めての症例です」 絶句する以外になかった。人間としての人生は近い将来に終了し、 人を護る側から人を脅かす側へ、人外化生としての未来がこれから広がっていくのだ。 幾多の絶望と死を超えてきた彼女の鋼の心も、今回ばかりは残酷すぎる現実に 打ちのめされ顔を上げることもかなわない。 「既存の治療法は存在しない、と言ったんですよ。私が新しく治療法を 見つければ吸血鬼化は防げます」 「それを早く言え!!お前は医者のくせにどうしてそう人を 絶望させるのが好きなんだ!」 首を絞められ前後にがくがくと頭を揺さぶられながらも、 ルナはさも楽しげにからからと笑うだけで反省の色など微塵も無い。 そんなルナを解放し、アグリアスはため息をつきながら座りなおした。 「…で…治療法が見つかる可能性はあるのか? 私はあとどのくらいで吸血鬼になるんだ…?」 「とりあえず、今私が持っている文献を洗いなおして 似たような症例がないかを探しますが、多分無駄だと思います。 資料の絶対数がまるで足りないからです。街の大図書館で 魔術書を片っ端から調べる必要があるでしょう。 それで治療法が見つかれば解決、見つからなければ 吸血鬼として第二の人生を歩むだけです」 「私は吸血鬼として生きるなんて真っ平御免だ!」 「いやいや、吸血鬼も捨てたものじゃありませんって。 伝承によれば、不老の上に不死の体。おまけに 時間を停止させる能力も身に付くそうですよ。完璧です!」 「真・面・目・に・話せ!」 首をギリギリと締め上げられ、さしものルナも苦しそうだ。 「前例が報告されていないので吸血鬼化するまで どのくらいの猶予があるのか正直分かりませんが、 私はあと一週間ほどで完全に吸血鬼化すると思っています。 根拠はありませんが、医者としてのカンと女のカンを組み合わせて」 頭が痛くなってくる。 「私はこれから街に出向き、治療方法を調べます。 5日以内に戻ってくるつもりですが、今日明日にでも あなたが吸血鬼化しないとも限らない。私がここに戻るまでの間、 あなたの身柄を拘束します」 「こ、拘束…!?」 「はい。さしあたって、手と足を鉄の鎖で封じて行動できない ようになってもらいましょう。どうやら吸血鬼に血を吸われた 人間は吸血鬼になるようです。つまり伝染するんですよ。 私が帰ってきたら、仲間が全員吸血鬼になっているようでは困ります。 まあそうなっても私には関係ありませんが、研究場所とパトロンを失うと 医学と白魔法の研究ができなくなってしまうので困るんですよ」 「………」 「今分かる範囲で発症しうる症状と、それに対する対処療法を 一覧にして他の白魔導師に渡します。ケアはその白魔導師から 受けてください。それと、もしも急激に吸血鬼化が進行し、 もうだめだ、人であるうちに人のままで死にたい…とか思うようになったら」 棚から青色の粉の入った袋を取り出し、アグリアスの手の平にポンと乗せた。 「コレを水に溶かして、静脈注射して下さい。10分以内に 何の苦しみもなく眠るように死ねるスグレモノですよ♪」 「…お前はそれでも医者か…」 「本人の意思を無視した無意味な延命治療には興味がありませんので。 生きるか死ぬかを選ぶのは患者の自由というのが私のスタンスです」 アグリアスは思わず天を仰いだ。 「もしも治療法が見つからず、不幸にして吸血鬼になってしまった場合ですが… 私は吸血鬼というものを目にしたことがありません。本当に人の血を 吸うのかどうかも事実を確認しない限り分かりません。 案外普通の人間と大差ないのかも知れません。人に害を及ぼさない ようならば、私はどうもしません。放っておくだけです。 症例には興味があるので、標本として研究に協力してくれるのなら大歓迎です。 ただし、人に害をなすような存在になるようならば、医者としてではなく、 人の世を健全に保つ為の白魔導師…エクソシスト(悪魔祓い)として 私自らが責任をもって殲滅して差し上げますので、ご心配なきように。 医者としても白魔導師としても最後までしっかり面倒を見るのが私のポリシーですので」 15歳の少女相応のあどけない笑顔に、アグリアスは何と応えれば良いのか分からなかった。 ルナが治療の一時的引継ぎを済ませ、調査の手伝い数人と 護衛(これには何とオルランドゥ伯が自ら志願した。愛弟子のアグリアスの 危機に際して、積極的に助力したいと申し出たからだった)を 引き連れ、街を目指して出発した。 アグリアスはテントの中で、手足を鉄鎖で拘束され、一人寝転がっていた。 「緊縛される聖騎士ですかぁ…う~んフェティッシュですねぇ」 この非常事態をまるで理解していないような、 頼みの綱のルナの発言がいつまでも耳に残響していた。 一週間で吸血鬼になるなど、散々ルナに脅かされはしたが、 今のところどうということはない。発作的に血が欲しくはなるが、 後は全身がだるいというだけのものだ。 とんでもない診察による心労と倦怠感によってまどろみかけていた時、 二人の訪問者がやってきた。 「吸血鬼になりかけてるんだって?あなたも苦労人ね」 「どんな気分ですか?辛いですか?気持ちいいですか?」 さもうざったいと言わんばかりのアグリアスの顔を覗きこむのは、 メリアドールとレーゼだった。アグリアスはこの二人とよく行動を共にしていた。 「…お前ら…私は一応病人で疲れてるんだが…」 「あら、だからこうしてお見舞いに来てあげたんじゃない」 ねー♪とメリアドールとレーゼは顔を見合わせて微笑みあう。 この二人は何か企んでいる。アグリアスは直感的にそう感じた。 「お土産があるんです。ラムザを散々脅し…じゃなくて頼み込んで、 やっと使わせてもらえるようになった貴重品なんですから」 …さっきから断続的に続いていた地鳴りのような音は、 レーゼがラムザを脅迫する為に樹か地面でも殴っていた音だったのだろうか…。 「じゃじゃ~ん!リボンです!」 リボンを誇らしげに掲げるレーゼに、メリアドールがわざとらしく わあーーーっなどと感嘆し、拍手を贈る。 「このリボンにはありとあらゆるステータス異常を予防する、 世にもありがたい効果があるのです。隊で二つしかない貴重なアイテムなんですよ」 「吸血鬼化で苦しむアグリアスのために私たちがしてあげられること… このリボンさえあれば救ってあげられるかもしれない…。 そう思ってリボンを始め、色んなレアアイテムを用意してきたのよ」 妙に演技じみた仰々しいメリアドールの台詞に、アグリアスは不安を覚えてきた。 「…いや…気持ちは嬉しいが、リボンはあくまで予防のための 装備品であって、私は既に感染している訳だから意味が…」 「まあ細かいことはどうでもいいのよ。物は試しって言うでしょ? アグリアスってばいつも三つ編みだから、この際いろいろな髪型を 試してみましょ」 アグリアスが鉄鎖で身動きができないのをいいことに、二人は 驚くほどの手際のよいコンビプレイで、アグリアスの結った髪を解き始めた。 「うわ!?おい!こらバカ共やめろ!」 「いいからいいから…全て私たちに任せて下さい」 アグリアスは必死に抵抗を試みるが、手足の自由が奪われているため イモムシのように左右にゴロゴロと寝返りを打つので精一杯である。 繊細で夏の日差しを思わせるような金色の髪が、さらさらと床に広がった。 「「おお~~~っ」」 二人は同時に声を上げる。普段は髪を結い、男以上に漢らしいなどと 評判のアグリアスが見せる、意外な乙女としての一面。 元々顔立ちが整っているため、美しい黄金色の長髪をはだけ、 手足の自由を奪われたその姿はさながら囚われの姫君… というよりも頬を真紅に染め、「見るな…見るな…」と つぶやくアグリアスの姿は、女から見ても妙に扇情的であった。 「貴女長髪も似合うじゃない。女の子っぽいわよ」 「わ、私は元々女だ!」 「これはイジりがいがありますね~!まず何から試しましょうか? ポニーテール?ツインテール?」 リボンを両手にわくわくとした表情で迫るレーゼ。 「リボンだけじゃなくてバレッタとかカチューシャとか… 他にも香水とか指輪なんかも持ってきたから、今日は存分に女の子の オシャレを堪能するがいいわ」 「や…やめろぉ…」 結局この後、アグリアスは二人が知りうる限りの髪型を試され、 しかもそれを逐一鏡でアグリアスに見せつけ、感想を聞かれる事になった。 調子に乗った二人はくつやら服やら帽子やらローブなどを かき集め、それらを拘束中のアグリアスにあてがい、 アグリアスの町娘バージョン、白衣の天使バージョン、 ウエディングドレスバージョン、ゴシック&ロリータバージョン、 お姫様バージョン、メイドバージョンなど、ありとあらゆる服飾を施し、 あまつさえそれらの姿を他の女性隊員達に自由公開した。 アグリアスは始終恥辱で顔を真っ赤に染め、吸血鬼になるのを待たずに 今ここで死にたいと思った。そしてその前に二人の息の根を止めたいとも思った。 その2へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/68.html
人通りの少ない、急な斜面と林に挟まれたとある峠道。 太陽が照りつける急勾配の山道を、一人の竜騎士が甲冑姿で槍を構えていた。長身痩躯、独特の フォルムを描く兜が、竜騎士の顔を太陽の日差しから覆い隠している。見るからに熱そうだが、 その表情は兜が作る黒い影に遮られ窺い知ることはできない。 そして、その竜騎士の周囲に屯するのは、無数のゴブリンたちだった。中には竜騎士に討ち取られ、その身を 物言わぬ骸となした者もいる。槍を手に、しかし無形の型にて微動だにせぬ竜騎士の姿からは一部の隙も伺えない。 その一方で仲間をやられたゴブリンは敵意を剥き出しにして、竜騎士を威嚇しながら取り囲んでいる。 見るからに多勢に無勢。しかし竜騎士は動じることなく、半歩間合いに足を踏み入れたゴブリンの額を 寸分たがわず突き破る。そのたびにゴブリン達はわさわさと周囲をうごめき、また先ほどと同じく竜騎士の 周囲に輪を作っていた。 かくして拮抗すること暫く、しかし数で勝るゴブリンたちが一斉に竜騎士に飛びかからんと したその瞬間のことである。 「とーーッ!」 誰のものでもない掛け声は、竜騎士が背にした斜面の上から轟いてきた。思わぬ伏兵に完全に意表を 突かれた竜騎士が振り向いた瞬間、かけ声とともに闖入してきた剣を構えた女が、斜面の上から 飛び降りた勢いのままゴブリンの一匹を力任せに一刀両断する。 突然の出来事に驚いたのは竜騎士だけではなかった。ゴブリンたちもまた慌てふためき、女騎士の 踊り出た方向から飛び交う矢やら手裏剣やらに右往左往を繰り返す。騎士二人はお互いに背を向けて、 眼前のゴブリンをまさしく舞うが如く切り捨てる。ダンスを終えた二人が足を止めると、ゴブリンの骸が 四つ五つと増えていた。 「キキッ、キキイーッ!」 かくして竜騎士と女騎士は揃って身構えたまま、身を翻して林の中に消えるゴブリンたちが消えるのを見送った。 「ここは追うべきではないな」 「吾輩も同感だ。彼奴等のテリトリーに押し入って危険を冒す必要はない」 女騎士の言葉に竜騎士が答える。 「無事か?」 女騎士が向き直る。 「うむ。…礼を言いたいが、その前にまずはここを離れるとしよう」 顔を林の中に向けたまま、竜騎士は静かに答えた。 「ここまでくれば安心でしょう」 小高い岡の上で弓を携えた女性が背伸びをする。 「ラヴィアン、油断は禁物だ。まだここは奴らの縄張りなのだぞ」 「はーい。アグリアス様は相変わらずお厳しい~」 そのアグリアスにラヴィアンと呼ばれた女性が、ぺろりと舌を出して誤魔化すように笑っている。 「さて」 仲間達と共に林から離れたアグリアスが、先ほどの竜騎士に向き直る。 「先ほどは危ないところだったな」 「うむ。しかしながら、お仲間がおらるるとはいえその危地に飛び込む貴君もなかなか命知らずと見える」 「…おかしいか?」 「いいや。吾輩と気が合いそうだ」 相変わらず兜で面が見えない竜騎士だが、実に楽しそうに笑っている。 「それにしても、なぜこのような場所を一人で? その声の調子では、まだお若いのではないか?」 そう、この竜騎士、口調こそ古風ではあるが男としては高い声の持ち主だった。おそらくは変声前の 男子であろう、察して問いを発するアグリアスに竜騎士は笑うのをやめる。 「いかにも。吾輩は騎士として仕官先を探している。確かに若輩者であるが、あの程度の魔物如きに遅れを とるような腕では騎士が勤まると思えぬ。修行もかねての一人旅だ」 「なるほど…」 随分と殊勝な心がけだ。アグリアスは感心しながら頷いた。 「ふむ、そういえばまだ礼と名を名乗るのがまだであった」 そう言って、竜騎士が兜を脱ぐ。いびつな竜の頭を模した兜の下から現れたのは――それはそれは美しい、 女性の顔。 「吾輩の名はマチルダ。アグリアス殿の助太刀感謝いたす」 アグリアスは目を丸くした。無論アグリアスの後ろから彼女の素顔を見ていた仲間たちも、 突然の美女の出現にただ事ではない様相を呈している。 「袖触れ合うも他生の縁でありましょうな。よろしくお頼み申し上げる」 そんな周囲の意も介さず、マチルダと名乗った竜騎士は胸に手を当て優雅に会釈し、にっこりと 微笑んで見せたのだった。 「すっごい美人だ…こんなことってあるもんだな~」 単純に美人に会えてはしゃぐのはラッドである。一方隣のアリシアは今ひとつ表情が暗い。 「ラッド…あんた鼻息荒いわよ…。は~ぁ、今までにいない硬派な紳士タイプだと思ってたのに…」 「なんだアリシア、狙ってたのか」 「…別に? そういうムスタディオこそ狙ってるんでしょう?」 「んー? そうかな…ま、そういうことにしとくか」 のらりくらりとかわすムスタディオ。 「でもよ、ありゃちょっと綺麗過ぎて近づきがたいな。言うだろ、綺麗な薔薇には刺があるとか。 なんか俺は手を出したくないね」 「刺がありそうには見えないけどなあ~…いて、いててて!! なにすんだよラヴィアン!」 「あ、ごめんね、ラッドの顔に刺がついてたから~」 「こっちにもついてるわ」 「いていていていていてーーー!!!」 「アリシア、モンクのお前の腕力だとラッドの顔が伸びるぞ?」 「いいのよ、どうせ鼻の下が伸びきってるんだから、他のどこが伸びたって同じよ」 と、仲間たちがマチルダを肴に談笑する一方、そのマチルダとアグリアスはというと。 「口調で間違えてしまったが…いや失礼した。女性だとは驚いた」 素直に感想を述べるアグリアス。しかしその言葉にマチルダは意外な反応を示していた。 「女性?」 「…どうかしたのか?」 アグリアスがマチルダの様子に首を傾げた。 「いやさ、女性とはなんと?」 当を得ないマチルダの問い返しに、アグリアスもマチルダも同じく困った顔をする。 「マチルダ殿? 貴公は女子ではないのか?」 「吾輩は騎士ゆえ、そのようなことを気にしたことがないが」 逆に返したアグリアスの問いに、マチルダがまたずれた返事をする。 「アグリアスさん、もしかして…」 返答に窮したアグリアスの横からラムザが口を挟んだ。 「彼女、もしかして自分のことを男だと思ってるんじゃないですか?」 「馬鹿な」 アグリアスが即座に否定するが、彼女の顔はその可能性を否定しきっていない顔だ。 「では訊いてみましょうか? マチルダさん、失礼ですが、あなたは男性ですか?」 「少なくとも我が家では斯様な話題が上がった覚えがない。察するにそれは、身体の線が細いか太いか、 それだけの差異のことであろう?」 と、ラムザの問いに答えるマチルダ。どうやら本当に彼女は自分が女であることに気が付いていないようだ。 「いや…そもそも女性とか男性とか、性別の概念が欠落してるようですね」 ラムザが困った顔でアグリアスを覗き込む。勿論アグリアスも当惑した顔でラムザに視線を投げ返す。 「…とりあえず…女性ですよね?」 「だと思う…が、自信がない」 ラムザの呟きにアグリアスも呟くように答える。 しばし沈黙。とうのマチルダは首を傾げて二人のやり取りを眺めている。 「であれば、確かめる…しかないんじゃ?」 「…どうやって」 ラムザの発した一言に、あからさまに憮然としたアグリアスが言い返す。 「僕は男ですから…その…ちょっと…問題が…」 要するにそういうことだ。アグリアスも理解してはいるものの、単に言い渋っているだけのようである。 実際のところはラムザの発言で結論は出ているはずだが、やはり確信が欲しいのだろう。 「ぐっ…わ、わかっている! ラヴィアン! ちょっと確かめてだな…」 「えー、女性だと思いますよ? 私は確かめる必要ないですし、疑問をもたない私が確かめるのは 筋が違うと思いまーす」 「なら俺グァッ」 ラッドがアリシアの秘孔拳に沈む。…はて、秘孔拳のもたらす効果は死の宣告ではなかったか。 「アリシア!!」 「私はどちらでもかまいません。というか興味ないです」 「さっき溜息ついてたゲゥッ」 今しがたアリシアに蘇生されたラッドが再び彼女の秘孔拳…と思われる一撃に沈む。 「とにかく。疑念が払えないのであれば、私達の手を借りるまでもなくご自身の目で確かめるべきでしょう?」 「うぐ…」 かつての部下にけんもほろろの返事を返され、ぐうの音も出ないアグリアス。 やむなくアグリアスとマチルダが草むらに消えて… 「…なかった。正真正銘、女だ」 帰ってきた。アグリアスの顔は真っ赤だ。かたやマチルダはなんのことかわからぬ、といった顔つきである。 「なかったというのは、貴君の言う上のことか? 下のことか?」 「いや、それ以上喋らないでくれ…」 なぜ私がこんな真似を、と頭を抱えるアグリアスに、マチルダはやはり今ひとつ納得の行かない表情を 浮かべている。そうしてふと何か気が付いたのか、マチルダはおもむろにラムザに近づいた。 むんず。 「はうッ!?」 「おおなるほど。そういえば父上もここに斯様なでっぱりがあった、これが男か」 恥ずかしげもなく、むしろ興味津々といったふうでのたまうマチルダに、ラムザもアグリアスも目を見開き、 顔は鍋に煮られてゆであがったかのようにお互い真っ赤にしている。傍から見れば愛を告白したばかりの 奥手なカップルに見えなくもない。そのままラムザとアグリアスが見つめ合うこと暫くして…悲しい異変が起きた。 「む? だんだんと大きくなっておるな」 ュゴ ヴ ァ そのときアグリアスの右手は光速の世界を超えたであろうか。彼女のびんたがラムザの頬を直撃し、 周囲に衝撃波を巻き起こす。まさに天国から地獄へと叩き飛ばされたかのようにラムザがきりもみ回転で 吹っ飛んでいき、そのまま土煙と血煙を上げて地表を削り取ること十数メートル。 「う…ッ!? こ、こりゃひでえ…」 ようやく止まったラムザのその顔を見るなり、ムスタディオがその無残さに目を覆った。 「し、しっかりしろラムザ! ちょっと姐さん、そりゃちょっとばかり大人げな…ッ」 おろおろしながらケアルジャを詠唱するラッドを、アグリアスがギロリと一睨みする。 「ひ…ラ、ラムザは悪くない! 悪くないぞー!! うわああぁぁん!」 …ラッドが泣き出してしまった。そばにいたラヴィアンも腰を抜かしてがくがくとおびえている。 どんな鬼の形相だったのだろうか、ムスタディオはそれを見逃したことをちょっとだけ後悔した。 「ふぅむ。アグリアス殿はここが大きいのだな」 「き、きゃあああ!?」 そしていつの間にかアグリアスの前に回ったマチルダが、今度はアグリアスの胸をわしと掴んでいる。 これにはさしものアグリアスも、普段の彼女らしからぬ悲鳴を上げてマチルダを振りほどく。 「や、や、やめんかッ!!」 「いやしかし、吾輩は男女の見分け方がわからんのだ」 「男女を確かめるのに身体をみだりに触っては駄目だッ!!」 顔を真っ赤にしてアグリアスがマチルダを怒鳴る。 「さ、然様か…しかしどちらにしても吾輩には無いものゆえ、ちょっと珍しくてだな…」 「珍しくても駄目だ!」 「吾輩としてはもう少し触っていたかったのだが…特にアグリアス殿の胸はやわらかく非常によい揉み心地で」 「詳細を説明するなーッッ!!」 「ぶははは、ムスタディオ、お前なに鼻血出してんだ」 「うるせえ」 名残惜しそうに手を伸ばすマチルダと半泣き状態のアグリアス、響く銃声、ラッドの悲鳴。 混沌とした一連のやりとりを眺めたラヴィアンが、眉をひそめてため息をつく。 「マチルダさんて、まるで男の人みたいねえ?」 「なんていうか…基本的な性教育が必要みたいね」 アリシアが冷静に、しかし他人事のように言い放つ。鼻に詰め物をして黙って頷くムスタディオ。 「…それはそんなに重要なことなのか?」 しかし問題は当事者であるマチルダである。本人は眉根に皺を寄せ、それを全く重要視していないようだ。 「少なくとも、騎士を名乗るのであれば礼儀作法…というか、常識をそれなりに身につけておいたほうが いいでしょう。貴族に対しても勿論ですが、特に世の言う『レディー』に対しては尚更。 粗相があっては家名にも傷がつくと思いますので」 うずくまってべそをかいているアグリアスをちらりと見ながら、アリシアがもっともらしいことを言う。 ちなみにそのとき、地面に「ムスタ…」と途中まで書いて倒れているラッドの姿が視界に入ったが、 彼女は小さく溜息をついてそれを黙殺した。 「う、うむ…そうか。吾輩は武勲にて身を立てようと思っていたのだが…それだけでは駄目なのか」 家名に傷がつくの一言が効いたのか、マチルダはひどく気落ちしてがっくりと肩を落とす。 「な、なれば、は…恥を忍んでお頼み申す。吾輩に…その、女性とやらを教えてはくださらんか」 ゆっくりと顔を上げたマチルダに、顔を見合わせるアリシア、ラヴィアン、そしてムスタディオ。 「まあ、とりあえず自覚がないのは問題だよな」 「教育が騎士道に偏重してたのが原因なんだから、騎士の立場から教えてあげたらいいのかな?」 「とすれば、やはり本職に訊くべきでしょうね」 そう言ってアリシアはうずくまっている人物に目を向ける。 ちなみにそのとき、地面に「ムスタ…」と途中まで書いた後に「俺が手取り足取り教えてやるんだああ」と 続けて書いて倒れているラッドの姿が視界に入ったが、彼女は大きく溜息をついてそれを黙殺した。 「というわけでアグリアス様。道中のマチルダさんの教育をお願い致します」 「何故私が」 そう言わずともわかる露骨な表情をアグリアスがアリシアに投げ返す。 「少なくとも女性に関しての知識が欠けている以上、私、ラヴィアン、そしてアグリアス様のいずれかが 教育を考えるべきであり、かつ、彼女に近しい観念を持ち、かつて私たちが師事したアグリアス様こそが 適任だと思います。まして今の私はモンク、ラヴィアンは弓使い。ナイトのアグリアス様を差し置いて 私たちが出るべき処ではないかと」 ちなみにラムザは忍者、ラッドは白魔道士、ムスタディオが話術士である。 「い、一般常識というか一般教養だぞ。教えるだけなら誰でも構わないだろう。それに貴族としての 心得やマナーを教えるならラムザのほうが適任では」 「ラムザさんはまだ意識が戻りません。断っておきますが原因はアグリアス様のびんたです」 眉一つ動かさず冷徹に言うアリシア。 「ぐ…。一応訊くがムスタディオはどうだ。話術士ならば上手に教えられるんじゃないか」 「マチルダさんの口調から、おそらく彼女はやんごとなき身分の人間と思われます。だとすれば、 なんらかの身分である彼女が平民に教えを請うのは問題だろうと言っていました」 「た、確かに…となるとラッ」 「論外です」 名前を言い切る前に斬られてしまったアグリアスの口が『ど』の形のまま硬直している。 「むしろ枠外圏外想定外の上問題外であり女の敵は鉄拳制裁、悪・即・殴! であります」 言葉が加速するたびに指をばきばき鳴らしながらだんだん凄みを帯びていくアリシア。 「何かあったのか」 「いいえ何も」 アリシアはそう即答して、何事も無かったように殺気を納めていつもと変わらぬ冷めた彼女に戻っている。 そういえばラッドの姿が見当たらない。まだ倒れているのだろうか。それとも…いや言うまい。 「とにかく…私しかいないわけか」 「はい」 ふてくされるアグリアスに、アリシアはつとめて冷静に、しかしうっすら笑みを浮かべつつそう答えた。 さて。問題はこの後である。 「しかしだアグリアス殿。吾輩が思うに、戦場に於いては性別とやらは意味を為さぬのではないか?」 マチルダの第一声はこうだ。 「そもそも、民を守り主君に仇なす輩を討つのが戦場に於ける戦士の務め。戦士であれば、年齢も 性別も関係ないものではないか?」 「そういう意味ではない。女性として留意しておかなければならないことがあるということだ」 彼女の主張が間違ってはいないと思うが、その彼女が知る世界はあまりに狭く、聊か趣旨も食い違っている。 マチルダが知らない世界の話を彼女に理解させるというのは、アグリアスの想像以上に困難なことであった。 「吾輩は諸氏の言う女性という認識を持つ以前に、吾輩は騎士であると認識している。故に吾輩は 武技にすべてを捧げんとしてきた。そこで今更に騎士である前に女性としての認識を持てというのは、 吾輩にとっては今までの吾輩そのものを否定された気がしてならぬ」 マチルダはアグリアスの言葉に頷くことなく、再び主張を繰り返す。 「私は、いずれ武勲を以て戦乱の世を平定させようと思っている。雷神と名高い南天騎士団に居らるる オルランドゥ伯爵のように、吾輩の名が知れ渡ることで兵や民の士気が上がるのであれば、これ以上の 誉れはない。吾輩は吾輩の仰ぐべき主君のもと、騎士として皆を導きたいのだ」 そして彼女の主張を聞けば聞くほどに自分に似ている、と、アグリアスは思う。騎士に憧れる幼い子供の ように、意思の強さが視野を狭めている彼女の姿は、かつての自分自身のようだとアグリアスは感じていた。 「アグリアス殿も騎士であるならば、貴君にもまた主君があり、主君のために剣を取るのであろう? そう吾輩は推察するのだが、それは違うと仰られるのか?」 「………」 時折、無垢な子供は理論武装した大人の痛いところをつく。 「貴君とて吾輩と同じ女性なのであろう? なれば吾輩に異を唱える貴君の行為は矛盾しているのではないか」 「…私が考えるに」 アグリアスがマチルダを制して、一息つく。 「貴公の心が騎士であることは紛れもなく事実であろう。だが、それ以前に我らは女だ。精神論ではなく、 肉体的な、物理的な事実だ。残念だが、騎士であるかどうかは人が決めること、しかし男女の決定は神の領分。 その事実を覆すのは到底無理というものだ」 「それでは…不公平ではないか」 マチルダがぼやく。 「確かにな。私も過去、男であればと思うこともあった。だが、男だからと言って必ずしも騎士になれるとは 限らないし、女だからと自分を責めてもそれが言い訳にしかならないことも事実だ」 「ならば何故、自らを女と認めなければならんのだ?」 「それが事実だからだ。見苦しいぞマチルダ殿」 駄々をこねるマチルダを正視してアグリアスが一喝する。 「私たちが生きる場所は戦場だけではない。よもや社交の場においても、貴公は鎧に身を包んで歩く気では あるまい?」 「そ、そうかもしれぬ。が、しかし、騎士の正装はやはり」 「貴公の父上がどうかはわからないが、騎士だからと常に剣を帯び鎧を着て生活しているわけでもないだろう? そもそも貴公は男女の身体の仕組みを理解しておいでか? 仮に性別を偽るにしても留意する点は いくらでもあるし、説得力のある嘘をつかないと簡単に見破られてしまうだろうな。そして嘘をついた理由を 貴公は胸を張って言うことができるか?」 「む……」 言われてマチルダの眉間に皺がよる。 「なにも貴公に今すぐ女になれというわけではない。まずは己を知ることが重要だ。兵法にも言うだろう、 敵を知り己を知れば百戦危うからず、とな」 アグリアスは笑ってそう締める。 「む、むうう…難しそうだな」 「なに、そう身構えるな。社交マナーのひとつと覚えれば良い」 そう言って、二人は笑うのをやめた。 「その前に」 「うむ」 アグリアスが剣を抜き、マチルダが兜を身につける。 次の瞬間、ぞわり、と周囲の林がざわめき、夥しい数のゴブリンが二人の前に現れた。 「聊かに分が悪いか」 「否、吾輩の槍ならばこれしきを討つは容易い」 自信に満ち満ちた声でマチルダが答える。 「ほう。それでは、貴公の腕を拝見させて頂こう」 アグリアスもわずかに笑みを浮かべ、二人は魔物の群れに向かっていったのだった。 * * * 「いったいなんだというのだ、あの、目玉がいっぱいついた、強烈な臭気を伴う醜悪な生き物は…!」 肩で息をするマチルダが、さも忌々しげに朽ちたモルボルを睨んでいる。 「貴公はモルボルを見たことがなかったのか?」 「うむ…見た目もさることながら特筆すべきは筆舌に尽くしがたい腐敗臭。吐き気はするわ目には染みるわ、 この世の地獄を味わった気分だ! 世界はあのような生物の跳梁を許していいものなのか? あのモルモル などという生物が市街地に蔓延れば、市井の者たちなどひとたまりもあるまい、すぐに討伐せねば脅威となり得るぞ!」 ぼろぼろになりながら熱弁を振るうマチルダを、手当てするアリシアが冷静に諌める。 「モルモルじゃなくて、モルボルです。モルボル。それに心配は要りません。主に湿地帯に棲息していて、 乾燥した場所では生活できないようですから」 「そ、そうなのか?」 「今回のように人為的に飼育誘導されたりなければ、野生生物が縄張りから出てくることなどそうそうあるまい」 同じくぼろぼろのアグリアスが、ラヴィアンの手当てを受けながら言う。 「これほどの大群を率いるならまだしも、まさかモルボルを連れてくるなんて、随分知恵をつけたゴブリンが いたものですね。二人ともよくご無事で」 周囲を見渡しながらアリシアが感嘆する。見れば一面に無数のゴブリンの屍が転がり、この二人が どれほどの大群と戦っていたかを物語っている。 「お前たちこそよく助けに来てくれた。二人だけでは流石にもたなかったろう」 「へっ、あれだけ派手に暴れてたら、否応なしに気付くもんだぜ」 というのは建前で、目を覚ましたラッドがアグリアスたちを追い駆けたところ、戦闘している二人に出くわした、 というのが真相である。ちなみにそのラッドは、マチルダに回復と称して抱きつこうとしたところを ジャンプでかわされ、アグリアスの聖光爆裂破の巻き添えという名の餌食になって気絶している。 「それにしてもラムザには悪いことをした。ろくに手当てもせず…本当にすまない」 「気にしないでください。それにアグリアスさんはマチルダさんと二人だけでモルボルと戦っていたんですから、 結果的にだとしても僕達を守ってくれたわけじゃないですか。そんなに萎縮しないでください」 縮こまるアグリアスにラムザが優しく微笑む…が、その顔にくっきり残る痛々しい真っ赤な手のひら マークが全てを台無しにしている。 「ラムザ…本当にすまん」 「まあまあ、ラムザさんもそう言ってるんですし、気にしないほうがいいですよ! こうやってアグリアス様が 戦ってくださったおかげで、ラムザさんはゆっくり休めたんですから!」 うなだれるアグリアスを慰めようとラヴィアンが割って入る。 「そうか…そうだな…悪いなラヴィアン」 「いえいえ、私もいいものが見られましたし!」 「いいもの?」 「はい! 看病ってことであたしが膝枕してあげてたんですけど、ラムザさんの寝顔が可愛かったんですよ~」 「そうか、それは良かったな…?」 「改めてラムザさんの顔を眺めてたんですけど、じっくり見てるといろいろわかるんですよね! やっぱり育ちが顔に出てるっていうか!」 「ほう」 「あーんな無防備なラムザさんの顔、そう滅多に見られるもんじゃありません!」 「ちょっとラヴィアン、その辺に…」 興奮冷めやらぬラヴィアンをアリシアが制している。アグリアスがどんな顔をしているか、言うまでもあるまい。 「猫みたいにあたしの脚に頬を摺り寄せてきたときなんか、もーこのまま連れて帰りたいっていうか!!」 め゛ご どぉぉん アグリアスの右後ろ回し蹴りに、ラムザが天高く舞い上がる。暫くして巻き起こる土煙、そして地面から はえた人の脚…一行はいつの間にかイヌガミ家に来ていたようである。 「ちょ、何をなさるんですかアグリアスさ…まッ」 抗議の声を上げるラヴィアンにアグリアスが睨みをきかせると。 「…う、うぇへええぇん、アリシア~! 暴君よ! 暴君がいるわ~ッ!」 と、へなへなと腰を抜かしてアリシアに泣きつく始末。おそらく嫉妬に駆られた鬼女のような形相だったの だろうな、と、アリシアとムスタディオが勝手に納得する。 この後ラムザの看病をアグリアスが我先にと買って出て、ラムザに対する自身の仕打ちに懺悔の涙で顔を ぐじゅぐじゅにしながらラッドを呼び出して徹夜でケアルジャを唱えさせていたり、マチルダの勘違い行動に ラッドが幾度となく興奮状態から戦闘不能に陥ったり、そのとばっちりをラムザが食らっていたりと、 様々なトラブルを繰り返してラムザ一行がマチルダと道行きを共にすること一週間。ようやく一行はマチルダの 目指したライオネルへと到着したのだった。 「実に有意義な一週間であった」 そう言って、マチルダは満面の笑みを浮かべてラムザたちに向き直る。 「この一週間に賜ったご厚意の数々、吾輩は生涯忘れ得ぬ」 「大げさですねえ」 「否、吾輩が如何に狭い世界で生きてきたか、この旅路で得たものは計り知れぬ」 ラムザの一言にも、マチルダは感慨深そうに目を閉じる。 「特にアグリアス殿、貴君には本当に世話になった。吾輩はこれまで一人で戦ってきた故、こうして背を預ける 相手がいるというのは、本当に嬉しいことだった」 「貴公の夢、かなえられると良いな」 「うむ。早く独り立ちして父上に認めてもらえるよう、精進するつもりだ」 そうして、アグリアスと硬く握手を交わしたマチルダが手を振りながら町の中に消えていく。一行は、 彼女が見えなくなるまでその背中を眺めていたのだった。 「すごい人でしたね」 「ああ…だが、まっすぐな人物だ、良い主に出会えるといいな。それに…私もいろいろ考えさせられたよ」 「…なるほど」 そう言って複雑な笑顔を浮かべるアグリアスに、ラムザがやはり複雑そうな笑みを返す。 「あああぁぁああ!!!」 そんな感動のさなか、突然の大声を上げたのはラッドだった。 「大事なことを忘れてた…ッ! お前は見たんだろアグリアス!」 「な、なんだ! なにをだ!?」 「鎧のせいでずっとわからなかったんだ! マチルダちゃんの胸のサイズ!!」 カ ッ 閃光の後には、ぼろ雑巾のように地面に這い蹲るラッドの姿。 ラッドの戦線復帰はラヴィアンの見立てで2週間後ということである。 END
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/79.html
王妃オヴェリアの訃報。 その報せを知ることなく、彼女はこの世を去った。 アグリアス・オークスの突然の死…ディリータが王位に就いてから半年後、ラムザ一行がイヴァリースに 帰還してからおよそ七ヵ月後のことだった。 死の原因は…わからない。 アルマの救出後、機工都市ゴーグに身を潜めていた一行は、少しずつではあったが人並みの生活を 取り戻していた。数人はゴーグから旅立ち、また別の旅を始めた。今ゴーグにいるのは、ラムザ、アルマ、 ムスタディオ、ラッド、アリシア、ラヴィアン、そしてアグリアスという、古い付き合いの面々である。 ドラクロワ枢機卿亡き後から教会の影響力から解放されつつあったゴーグの町は、ムスタディオという 友人の力もあって、異端者であるラムザにとって格好の潜伏場所であった。悪名高いバート商会を追っ払った ことも、彼らが歓迎された一因である。そのためムスタディオにとっては普段通りの、アグリアスやラヴィアン、 アリシアといった元オーボンヌ修道院の3人にとっては昔に近しい生活を営むことができていた。 この日もまた、朝食を取り終え、日課であった剣の素振りを始めよう、というときのことだった。 いつも最初に庭に出ていたアグリアスが、胸をおさえて倒れていたのだ。すぐにムスタディオが医者を呼んだが、 奇怪なことに原因がわからない、という。 外傷もなければ病気やなんらかの中毒といった症状もなく、魔法による治癒すら効果がないとあっては、その医者が いかな名医であってもアグリアスを救うことは困難…いや、できなかったであろう。 彼女を救うことができない。 皆が絶望している中、アグリアスはラムザを呼び出した。 「ラムザ。悪いが、おまじないをかけてくれるか…?」 「ええ、すぐに」 さまざまな治癒の魔法を試したが、アグリアスの容態は変わらない。おまじないとてそうは変わるまい。 そうは思っても他ならぬアグリアスの頼みである。ラムザは、藁にも縋る思いで、アグリアスにおまじないを 施した。 「…すごいな、本当に苦しさが和らいでいく」 その言葉にラムザは素直に喜んだ。 少しでも力になりたい、元気になって欲しいという願いが届いたのだ。それこそがおまじないだ。 「ありがとう。安心した…」 そのアグリアスの表情には、安堵とともに、何故か達成感が見て取れた。しかしその数時間後、アグリアスは 眠るように、穏やかな顔で息を引き取ったのだった。 「ったく、やってらんないわよっ!」 ラヴィアンがそう言って、がん、と乱暴にグラスをテーブルに叩きつける。 「ほらっ、ムスタ『ひ』オも飲みなさいよ! マスター! おかわぃ早く持ってきてっ!」 「ちょっとっ、その辺にしなさいよラヴィアン。いい加減にしないと体を壊すわよ」 「いーのっ、壊れたってっ。もーお、壊れてますもーーんキャハハハハ! あー、面白くなーい!!」 自棄酒を呷るラヴィアンを、必死にアリシアがなだめている。 「だいったい、あんな地獄に行ってきて、それをなんとか生きて帰ってきて、それでいて、一体全体 何なのよこの仕打ちは! そんなに神様ってのはあらひらぃが嫌いあのかってーの!!」 「ばーか、あっちの世界にゃあ神様なんかいなかったろ。つまりそういうこった」 「あやぁ、ラッド君てば、じゅいぶん達観してやっひゃるのねええ、むっかつくうーー」 壁に寄りかかったラッドが蔑むような目つきで、呂律の回らないラヴィアンと睨みあう。 「あーっもう、こういう時は酒でしょ! 飲めばいいのよ飲めばっ! ほらっ、のめーー!」 誰も寄せ付けないようなオーラを放っていたムスタディオが、目の前に突きつけられたグラスを手にする。 「………」 そしてそのまま中の液体を一息に飲み干した。おお、という表情でその様を覗き込むラヴィアン。 「不味い」 ムスタディオがそう言って、だん、と力任せにグラスをテーブルに叩きつけた。 「まじゅいぃ? そんなぅあけある筈ないじゃない、酔いが足りないんだわ、きっとそうっ!」 「お前がそうやって酒に溺れたところで、アグリアスが喜ぶとは思えないがな」 表情を変えず言い捨てて、ムスタディオが席を立つ。 「なによぉ、喜ぶとか喜ばないとか…もう、死んじゃったんあもん、喜んれくれぅも何もないじゃない!!」 酒場を後にしたムスタディオの椅子を睨みながら、ラヴィアンが堰を切れたように泣き喚きはじめた。 「喜ぶどころか、叱ってもくえないんだよ! ふじゃけんなっちゅーの! あたしが、あたしが欲しかったのあ、 昔みたいな、みんなと一緒の毎日がっ、なんで、なんで…うぐ、うああああん」 「ちょっとやめてよラヴィアン! ぐすっ、そ、その辺にしなさいよ!」 「…仕方ねえ。付き合ってやるよ」 ぼろぼろと泣き出す二人を見かねてか、ラッドが渋々ムスタディオの席に座る。 「泣き上戸じゃねえんで薄情と思うかもしれねえがな。話を聞くだけでいいなら、俺だってできら」 そう言ってラッドが飲む。そして女たちが飲んでは泣き、泣いては飲む。 ――そういや、ガフガリオンの時は、こんなんじゃなかったな…。 ラッドは少しだけ、昔の上司を哀れんでいた。 星が良く見える丘の上、ラムザの隣にムスタディオが座る。 空を見つめ、流れる星に願いを込めていたのだろうか、ラムザは何も言わない。時折瞼を閉じたまま、 小さくため息をついてはまた夜空を仰ぐ。 「俺はオーボンヌには行かねえ」 そのムスタディオの言葉にラムザは驚いて彼の顔を見た。アグリアスの遺言により、ラムザは彼女とともに 明日船に乗る。当然ムスタディオも一緒に来るとラムザは思っていた。 「俺は、もう、お別れを済ませちまったからな」 アグリアスが息を引き取った日、ムスタディオは彼女に愛の告白をしていた。 気になり始めたのはいつからだ、いついつに告白するつもりだった、こんな形で花を捧げたくなかったと、 号泣し、叫んでいた。ラムザもまたそれを目にして少なくない嫉妬を覚え、それが自分もまたアグリアスに 恋心に近しいものを抱いていたことを自覚させた。ラムザは、この時点でムスタディオに後れを取って いたのである。 だからこそ、そのムスタディオの言葉に驚いた。 「それに…ほら、仕事もあるし、忙しいからさ。落ち着いたら、そのとき花でも持っていくさ」 寂しそうに笑うムスタディオに、ラムザは「うん」としか返す返事がなかった。 「俺も辛気臭いのはごめんだ。ラムザ、お前が見届けろ。…ったく、世話が焼けるぜあいつらは」 ラッドもまた行く気がないらしい。酔い潰れた二人が心配なのか、それとも本当に彼の言うとおりなのかは わからない。 そしてアルマもまた残ることにした。 「ごめんねラムザ兄さん、ちょっと疲れちゃって」 目元を泣き腫らしたアルマに、ラムザは黙って頷いた。アグリアスの死んだ翌日、オヴェリアの訃が 知らされたのだ。アグリアスだけではなく、オヴェリアについても理解していたアルマにはつらすぎる。 結局、オーボンヌへ向かうのはラムザ一人となった。 航海は順調だった。喪に服した姿ならば顔を隠していても不思議がられないし、人も寄ってこない。港に ついてからはチョコボが引く鳥車を借り、オーボンヌで簡単な葬儀を済ませる。小さいながら立派な墓碑も 作ってもらえた。彼女が好きだった花も供えた。 こうして、ついにラムザがすることは何もなくなった。 曇り空。 修道院跡地のそばにあるそれなりの広さの墓所、そのひとつにアグリアス・オークスの名が刻まれた 墓碑の前で、ラムザは立ち尽くしていた。ただぼんやりと、アグリアスの早すぎた死を受け入れられずにいた。 「もし」 不意に背後から声がかかる。上品な口調ではあるが、何故か古臭い男物の外套を羽織った、やつれた感じの女。 「こちらに、アグリアス…アグリアス様はいらっしゃいますか?」 「いえ…。彼女は…亡くなりました」 ラムザはその声に振り向こうともせず、努めて感情を抑えて言う。 「では、アグリアスは今…」 感情を抑えたつもりだったが、自分が今言った事実に涙が出そうになる。ラムザは眼を閉じて、ほんの少しだけ 声のほうに振り向いて、 「こちらです」 と、言った。女はああ、と息をのみ、ラムザの…否、アグリアスの墓へと歩み寄る。 「ああ…アグリアス、あなたは…私のために」 ラムザがその声とその言葉にぎょっとする。そこにいたのは、かつてのアグリアスの主、オヴェリア・ アトカーシャその人だったのだ。 「オ、オヴェリア…様っ!?」 肩口で無造作に切られた髪の毛に、男物の外套…それはとても王妃と呼ばれる姿ではない。それにオヴェリアは 死んだはず。ディリータとともに賊に襲われ死亡したとイヴァリース全土に伝えられ、大々的に葬儀も執り行われた。 しかし、ここにいる彼女は確かにオヴェリアだ。 …ディリータが嘘をついた? いや、だとしたら何故!? 「あなたこそ亡くなられたと聞きましたが…一体どうやってここに!? その髪は!? 何故死んだと…」 混乱するラムザがオヴェリアへ矢継ぎ早に問いを放つ。 「そんなに一度に訊かれても、お答えできません」 狼狽するラムザに、オヴェリアは落ち着いた口調で答える。 「ラムザ・ベオルブ様ですね。アルマ様のお兄様」 「は、はい…!」 ラムザは慌てて跪くが、オヴェリアが微笑みながらそれを制した。 「ああ、どうぞ畏まらないで。ここにいるのはただの女、自分の名もしらない女なのですから」 オヴェリアはそう告げてラムザの顔を覗き込む。 「衣服や髪は路銀にしました。だって、あんなに目立っていては、ここへ来るのに邪魔だと思って」 顔を上げたラムザの前で、オヴェリアがおもむろにラムザに跪く。 「私は、王妃オヴェリアの身代わりとなる筈だった者です。王の命にて、政略の争いに巻き込まれぬよう、 オヴェリア様の影武者として用意された者です。しかし、王妃は私が用意される前に崩御されました。 もはや私が王都にいる理由もございません、僅かながら宝石を戴いています、これでオーボンヌまで お連れくださいませんでしょうか」 突然のオヴェリアの熱演に、ラムザはただただ目を見開くばかり。 「こうやって、私はここまで来たのです。それにしても…オヴェリアの偽物、なんて、誰が考えたのでしょうね」 唖然とするラムザの前でオヴェリアがくすくすと笑っている。笑ってはいるが、その笑いに感情らしい 感情はない。まるで他人事、といった風に、オヴェリアは笑っている。 「それではオヴェリア様が…あなたが亡くなったというのは嘘だったのですか?」 ラムザが悲痛な面持ちで、オヴェリアに問いかける。 「いいえ、私は死にました。ナイフであの男を刺し、私もまたあの男にこのナイフで貫かれて死んだのです」 「ま、待ってください。あの男を刺した…って」 「ディリータを刺したのは私です」 まるで鈍器で殴られたような衝撃。ラムザは襲ってくる眩暈をこらえ、オヴェリアに更に問うた。 「何故、何故そんなことを…」 「あの男が許せなかったのです」 何の感情の抑揚もなく、オヴェリアは言う。 「ラムザ、あなたは今でもディリータを信じていますか?」 「はい」 「…それは、どうして!?」 躊躇わず答えるラムザに、オヴェリアは初めて感情をあらわにした。 「ディリータは、あなたを利用したのよ? あなたや私だけじゃなく、もっとたくさんの、全ての人間を 利用して王の座についたのよ? それでも、あなたはあの男を信じるの?」 「僕は…ディリータを信じています。彼なりの信念が、考えがあってのことでしょう」 重い沈黙。 「そう…大切な友達なのね」 オヴェリアは悲しげな微笑みを浮かべてから首を振る。 「でも、私には…もう、無理。彼を信じられない…」 「だから刺した…と?」 オヴェリアは静かに頷いて、短剣を取り出して見せた。 「これは、アグリアスが私に握らせたの。お守り代わりに、って。つらいとき、さびしいとき、私はこれを見て、 アグリアスのことを思い出したの。アグリアスが一緒にいると思うと、それで大分気が紛れたわ。そして、 あの時も、これを見て、勇気を出した…」 否。勇気ではない。そこにあったのは覚悟だった。命を投げ出す覚悟。誰かのために…或いは、誇りのために。 オヴェリアは天を仰いだ。 「不思議なのはその後。死んだ私は夢を見たの…アグリアスの夢」 そして手にした短剣を、自分の前にかざしてみせる。 「アグリアスが夢に出てきて、私を護ると、剣に誓ってみせたの」 オヴェリアが目を閉じる。 「私が目を覚ましたのは棺の中だったわ。真っ暗で、最初はわけがわからなくって、とてもびっくりした。 どうにかして出られないか、って思っていたらこの剣が光って、次の瞬間どこなのかよくわからない草原に 倒れてたわ。その後、歩いたり、通りがかった鳥車に拾ってもらって、ここまで来たの。きっと、この短剣に おまじないがかかっていたんだわ。私に何かがあったとき、アグリアスが助けてくれる…私を守ってくれる、 力になってくれる…そんなおまじない」 「おまじない…?」 ――ラムザ。悪いが、おまじないをかけてくれるか…? ――ありがとう。安心した…。 「まさか…そんな馬鹿な」 ラムザがアグリアスが今わの際に遺した言葉を思い出して愕然とする。彼女の言葉がオヴェリアの 言うとおりだとしたら、オヴェリアを守るというアグリアスの目的が果たされたことを、彼女は満足 していた、ということになる。 引き替えは…自らの命。 「アグリアス…あなたはずっと、私のことを心配してくれていたのね…」 オヴェリアの生還は果たされた。では、ラムザは何をすべきか? 「僕たちと一緒に行きましょう。アグリアスさんが守ってくださったんです、これからは僕たちが…」 「駄目よ」 その答えを必死に探るラムザの言葉を遮って、オヴェリアは寂しそうに微笑んだ。 「あなたは今でもディリータを信じてる。それが私には苦痛でしかないの」 その一言にラムザは言葉を失う。 「私はここにいるわ…アグリアスと一緒にいたいの」 そう言って、オヴェリアはアグリアスの墓碑の前に跪き、祈りを捧げた…ように見えた。 「…ぐ」 小さな呻き声に続いて、どたり、とラムザの目の前でオヴェリアが倒れる。 「オ、オヴェリア様ッ!?」 倒れたオヴェリアにラムザが駆け寄る。 オヴェリアは、自らの喉をあの短剣で突いていた。 …助からない、とラムザは即座に判断した。 助けたとしても、彼女は生きようとしただろうか? オヴェリアは、アグリアスとともに眠ることを、自分の意思で選択したのだ。今まで誰かに利用され続けた、 人間が、ようやく自分の手で掴んだ初めての自由を行使した行為だ。 …彼女を真に尊重するのならば、この行為を僕は侵すべきではない。 ラムザは差し伸べようとした手を抑え、オヴェリアを見守る。 彼女の口が、アグリアス、と動いて、微笑んだままこときれた。 その一部始終を見送ったラムザが、くそっ、と、小さく、しかし抱えきれぬ悲憤の念を口にする。 アグリアスが望んだオヴェリアの守護は果たされた。そして得たオヴェリアの生は、アグリアスのために、 死という形で果たされた。お互いがお互いを望んだ結果のすれ違いに、ラムザは彼女たちの運命を呪った。 雲の切れ間から陽光が差し込み、オヴェリアの頬をなで、そしてアグリアスの墓碑をなでる。 それはあたかも神が天から手を差し伸べ、祝福し天国に招き入れるかのように。 しかしその神々しい光景を、ラムザは憎悪と、そして嫉妬とともに凝視していた。 神様は本当にいるのだろうか? いるとしたらそれはなんと意地悪で我侭な神だろう。アグリアスとオヴェリアを、人間の手の届かぬ場所へ、 自分の庭へと連れ去って行ったのだから。 ラムザが天を仰ぐと、陽光は逃げるように雲間に隠れて見えなくなった。 ラムザが天を睨むと、大空はゴロゴロと雷を響かせて矮小な人間を威嚇する。 神に祈りを捧げ続けた二人は、この世界にはいない。おそらくは、一緒に神のもとにいるのかもしれない。 ラムザは神を呪った。 そして同時に、ラムザは、二人が幸せであるように、祈らずにはいられなかった。 楽園が、神の世界であることを忌々しく思いながら。 END
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/40.html
「正直に出て来い・・・さすれば、その目と愚息を潰し、今月分の記憶を消すだけで済ませてやる」 なんというか・・・ルカヴィすら素っ裸でしかも全力ダテレポ連打で逃げるような気配と声でこちらに警告をしているのはアグリアス。 そしてその警告に対し、偶然とはいえ鉢合わせてしまいしかも出なければもっと恐ろしい目にあうのがわかっていながらも出るに出れないラムザが居た・・・・ 少しばかり時間を遡ろう。 その日、ラムザたち一行は教会の追撃などを避けながら中部の山岳地帯を北進していた。 もうすぐ日が落ちるかという頃になってようやく野営の出来そうな地点に到達した。 日ごろの善行の賜物かそれとも偶然の幸運か、なんと野営予定地点には温泉が沸いていた。 しかも温泉が川と繋がっているので常に綺麗な湯を使えるとあって女性陣の喜びは一押しだった。 しかもラッドとムスタディオら男性陣が惚れた弱みか彼女らの喜びをさらに高めようと簡易ながらも湯殿を作ってしまった。 当然ながら一日の疲れを落とさんと準備が出来たものは我先にと湯殿に突入していった。 そんな喧騒を他所にラムザとアグリアスとオルランドゥ伯は翌日以降の行軍予定について会議をしていた。 隊長のラムザと自他共にラムザの片腕とされるアグリアス、雷神と恐れられるほどのオルランドゥ伯に加え、本来ならベイオウーフも知恵袋その2号として参加するはずだった なのだが恋人のレーゼによって強制連行されてしまったので今は居ない。 ようやく予定が決まり、解散しようとした矢先、会議用テントの入り口にラッドが現れ、湯が空いたことを伝えにきた。 その言葉にオルランドゥ伯は普段の彼からは想像できないくらいはしゃぎながら湯殿に向かっていった。 恐らく今宵は綺麗な満月なので湯につかりながらゆったりと月見酒としゃれ込むのだろう。 そんな伯の後姿を見送り、アグリアスもテントに戻っていった。 しばらくしてオルランドゥ伯がほろ酔い状態でラムザのテントを訪れ、湯が空いたことを伝えてくれた。 アグリアスから最後に入ると伝言をアリシアから言付かったので、自分も月見酒を楽しもうとこっそり仕入れた清酒を片手に湯殿に向かった。 ゆったりと浸りながらつまみを着替えのそばに忘れたのを思い出し、取ってきて再開しようと湯を出た矢先、人気を感じ、つい反射的に物陰に隠れてしまった。 暫く様子を見ているとアグリアスが一糸纏わぬ格好で現れた。 普段の勇ましくも美しい彼女に見慣れていたが流石にこのようなことは初めてだったので思わず見惚れてしまった。 しかしながらラムザもまた風呂に使っていた途中なので一糸纏わぬ格好だ。 当然湯で温まった身体も冷えてくる。 思わず身震いした際に不覚にも身体が草むらを少しばかり揺らしてしまった。 彼女以外であれば風のいたずらと思う程度であったが、アグリアスは即座に警戒態勢に入ってしまった。 そして冒頭の状態になってしまったわけである。 今出てしまえば彼女のことだ、叱責で許してくれるだろう。 しかしながらラムザも人の子、しかも健全な男子である。 女体の神秘を目の当たりにしたせいで一部が非常に元気一杯の状態でしかも少なからず好意を持った女性の前に出るほど無神経でもない。 結局出るに出れずに居るラムザと未婚の娘が肌をみだりに晒すわけにもいかず湯に使った状態のアグリアスである。 暫くしてようやく収まった愚息を桶で隠し、ラムザはアグリアスの前に出た。 流石のアグリアスもまさか、ラムザが覗き見をしていた事実には驚いたが事情を聞き、夜更けに大騒ぎをして騒ぎを大きくするわけにもいかないので許すことに下。 しかしながらお互いに裸と言うのは流石に不味いのでラムザは大急ぎでタオルを2枚取りに行き、アグリアスに片方を渡した。 「すみません・・・こんなことになってしまって・・・」 「気にするな。私と貴殿の間柄だ。気にしないでくれ。」 「あ、はい・・・いえ、でもアグリアスさんの裸を・・・その、見ちゃってすいません」 「そのことは気にするなといったはずだ。それに私の裸なんぞみても何も得にはなるまいて」 「いえ!そんなことはありません!」 「え?」 「こんなこと言うのはおかしいかもしれませんが少なくとも僕は欲情してしまいました!」 「えっ?ええっ!?」 「だから必ずこの責任は取ります!」 「そ、そうか・・・こんな私でも貴殿に女と認めてもらえるのか」 「そ、そんなこと言ってご自身を卑下しないで下さい!少なくとも、僕がこんな感情を持つのは貴女だけなんですから・・・」 「そ、そうか・・・ありがとう・・・・そ、そうだ・・・その・・・清酒を一口頂いても良いかな?」 「ど、どうぞ」 それからしばらく月見酒を楽しむ若いカップルを天から星と月が見守っていた。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/132.html
先程までの草木が折れるこそばゆい音ではない、力強い大地を噛みしめる音が響き渡る。 アグリアスとラムザは靄のかかった町に入ったのだ。お互いはお互いの足音で存在を確認し合いながら片手を鞘に、 もう片手を柄にかけ態勢を低く保ちながら慎重に一歩ずつ歩く。 町の中だというのに人の声、生の声がこだましない。そして二人の前に広がる靄。警戒をしない理由はなかった。 「…ラムザ。目の前に何かないか?…」 アグリアスの声に、靄に塞がれている辺りを見回していたラムザが前方に目を凝らす。 暗がりで徐々に目が冴えてくるのと同じ要領で、白い靄にラムザの目は、少しずつではあるが回復へ向かっていた。 立ち止まる。 ラムザは目の前にある、不安定な一本脚で直立不動を心がける看板を見上げた。 「なんと書いてあるんでしょうか」 「…畏国語ではなさそうだな。貴公は読めんのか?」 「鴎国の言語は少し齧った程度ですけど、これはそれでもないようです。えーと、これは…」 看板の文字が靄で見え隠れする。見慣れない文字だ。 「ようこそ。『ハミサイダル・ガッド』へ」 ラムザでもアグリアスでもない、凛とした声が辺りに響いた。 二人は突然聞こえた第三者の声に驚きながらも、 解きかけていた緊張感をすぐに張り巡らせた。 「ラムザ…靄が晴れていくぞ」 あれほど周りを覆い隠していた靄が、先程の声を皮切りに波を引いたように一様に消えていく。 建物、田畑、そして城壁が、次々と二人の周りに姿を現した。 人の気配だ。ラムザは身構えた。 すると、看板の右横、つまりラムザ達から見て左横に、微笑を浮かべた少年が二人を見つめていた。 少年はラムザと同じ栗毛の短髪で、前髪をおかっぱのように揃えている。背丈はアグリアスの肩幅にやや届かない辺り。 年頃の男子の背丈を考えれば、十分に長身と成りえる資格を備えていると言える。 「ようこそ。『ハミサイダル・ガッド』へ」 先程の張り上げたような口調ではなく、優しげな口調で少年は再びそう告げた。 「ハミサイダル・ガッド。それが、この村の名か?…」 異国の言葉を口にするように、ラムザは怪訝な面持で呟いた。 「うん。僕たちの言葉で“目に見えぬ幸せ”という意味さ」 実に嬉しそうに少年は答えた。 「皆が待ッてるよ。僕に付いてきて!」 二人の返事を聞く前に、少年は踵を返し村の中心部へと走っていく。 「あ!待て!」 ラムザはそう声をあげると、半ば呆然としているアグリアスの手を掴み少年の後を追いかけた。 「僕の名はラムザ。隣がアグリアスさんだ」 先程から歩くほどの速度に戻った少年へ、ラムザはそう伝えた。 「僕はマズラ。この村唯一の宿屋の一人息子さ」 ラムザの肩越しに嬉しそうなマズラの声が響く。彼はとても嬉しそうにステップを踏みながら村を練り歩いている。 「貴君に訊ねたい。この村に、私たちより前に数人の旅の者が訪れなかっただろうか?」 マズラは横から投げかけられた彼女の言葉に目を丸くした。 そして物珍しそうな目でアグリアスを見つめ、瞬間、マズラは悪戯っ子のようにニッと笑って次のように答えた。 「お姉さん、お堅いなあ。そんなに生真面目だとせっかくの美貌を生かしきれないよ?」 思いもしなかった返答にアグリアスは一瞬歩みをとめたが、次の瞬間、 耳まで真っ赤にしながらラムザ越しにいるマズラに向かって怒号を浴びせた。 「き、貴様!大きなお世話だ!!自分の身ぐらい自分で心配する!!それに、私だって、私だって…!!」 怒りに身を任せ彼女は柄に手をかけした。大慌てでラムザがアグリアスの前に両手を広げ、その動きを制する。 「落ち着いてくださいアグリアスさん!相手はまだほんの子供です」 猫のように口から一定のリズムで息を洩らし、アグリアスは少年に威嚇をした。困ったような笑みを浮かべていたラムザは、 しかし後方のマズラを横目で睨んだ。彼からの攻撃を同じく横目で流したマズラは、二人の前に一歩出て振り返った。 その顔は喜びに満ちている。 「素直になりなよお姉さん。なに、簡単なことだよ。心を開け渡せばいいのさ」 「心を、開け渡す…?」 聞きなれないマズラの言葉に、抵抗を止めたアグリアスが眉を潜めた。 「そう、開け渡す。欲望を曝け出す。うーん、言い方が悪いや。 つまり、他人に心を渡して有りのままの自分を見てもらうのさ。 ここにいる皆はそれができるよ。ああ、でも花屋のシュガリーはまだだけど」 マズラは跳ねるように二人の前に出た。 「さあ、着いたよ。“お連れさん”がお待ちさ」 マズラの指さす方向には、赤い屋根に白いレンガという平凡陳腐な造りの群落の中で黒い屋根にクリーム色のレンガ造りという、 周りとは一線を画した建物がちょこんと建っていた。 ただ、クリーム色で塗られた壁のペンキは年月の所為かところどころはがれかけており、建物全体の印象は薄暗い。 「“お連れさん”…まさか!」 マズラの言葉に真っ先に反応したアグリアスが宿に向かって走りだした。今度は慌ててラムザがその後を追った。 宿までは数秒もかからなかった。 扉の前に到達すると無礼も承知で、アグリアスは宿の扉を強引に勢いよく開けた。 宿屋の一階は大広間となっていて、宿の入り口と居間が併設した造りとなっていた。 そんな居間に、神妙な面持ちで議論を行っていた騎士の姿が二人。 扉の音に驚き目を丸くしているオルランドゥ伯とベイオウーフ、二人が隊で最も信頼を置く人物たちであった。 「伯!それにベイオウーフ殿も!」 自分でも驚くほどの声量で叫んだアグリアスの声を聞きつけ、階上から続々と見知った顔が姿を現した。 「アグリアスさん!それにラムザも!!」 一人が歓喜を含んだ大声でそう言ったのが二人の運のツキか。続々と仲間が階下に押し寄せる中で、 二人はまるで雪崩のように押し寄せる仲間たちから祝福を受けた。握手、抱擁、終いには胴上げまで。 激しい揺れに気分の悪化を訴えた二人がテーブルを支えに体を崩していると、二人の後ろから、 頭の中で残響しそうな程のマズラの笑い声が二人に届いた。 「それで…私たち以外の者たちは皆無事なのか?」 口を開けることすらできないラムザに変わり、幾分か具合を戻したアグリアスがオルランドゥに訊ねた。 彼女の片腕の中にはやんちゃなマズラ坊がもがいている。 「うむ。皆無事だ。君たちが揃えば隊は全員揃った事になる。行幸、行幸。」 オルランドゥが満足そうに頷いた。 「怪我は無さそうだな」 「はい。不幸中の幸いでした」 アグリアスの言葉に思うところがあったのか、オルランドゥが深く頷いた。 「不思議な事に、我々の中にも怪我ひとつ負った者はいないのだよ。最初は皆、草原に投げ出されていてな。 君たちだけがいないことに気付いたのだよ」 「どうやら馬車とボコも行方不明になったみたいで」 ポーキーもいなくなったことを言外に匂わせながら、ムスタディオは悲痛な面持ちでそう割り込んだ。 「ラムザもアグリアスさんもいなくなるし。一時はどうなることかと」 「この人たちもあんた達と同じようなものさ。ふらふらとこの村にやってきたんだ。 まあ、そんなことよりこの態勢をどうにかしておくれよ」 足をぶらつかせながら、マズラはそう訴えた。アグリアスはそうか、とマズラの言葉に頷いた。 無論、訴えは却下された。 「…皆さんは何時頃ここに到着したんですか?」 アグリアスの横で、ようやく立ち上がったラムザが周りに尋ねる。顔色は心なしか青い。 「…二日前、いや昨日の今頃だった気がするな」 ベイオウーフが思案するように答えた。 会話はそこで一旦途切れ、駘蕩とした村の様子に感化されたのか居間は暫しの休息を求めた。 「只今、戻りましたー」 二人にとって、聞きなれた声が扉から響いた。 村の探索から戻ったラヴィアンは、入口前で集まっている仲間に驚いたぎょっとした。入口付近にいたラムザとアグリアスを 囲むようにして仲間が扉の前に溢れていたのだ。 「一体なんの集まりで……アグリアス様」 仲間をかき分けてラヴィアンはテーブル前に辿り着いた。 ラヴィアンとアグリアスの視線が合う。 よく人の酒癖を注意し、夕食に出る人参を残そうとすると怒鳴り、そのくせ本人は出されたゴブリンのしっぽをこっそりと残そうとし、 更には朝には弱く、他人を叱りつけるくせに自分には一切無頓着で、何事にも不器用で、そのくせ努力は人一倍で、 戦場では驚くほど冷静で、首尾一貫で正々堂々としていて、とどのつまり、心底から尊敬する上司が、そこにはいた。 手に抱えていたバスケットが落ちる。 後ろで人垣をかき分けていたアリシアもアグリアスの姿を見てはっと息を呑んだ。 「アグリアス様!!…とラムザ隊長!」 横でラムザが苦笑した。 知ってか知らずか、二人はアグリアスの元へ駆けていった。 「いやー。隊長、もとい、アグリアス様と再会できて本当によかったですよー!」 「ラヴィアン、飲みすぎだぞ。お前は昔から酒癖が悪い」 「気難しい顔しちゃってー。このこのー、嬉しいくせに」 「こら、アリシア!絡むな、酒くさい!」 満月が夜空に浮かぶ中、ハミサイダル・ガッドで唯一の宿屋の居間では盛大な祝宴が開かれていた。 静まりかえった村の中で、まるで村の活気を根こそぎ奪っているかのようだ。酒の席で隊の吟遊詩人がそう呟いた。 豪勢に振る舞われる酒と食事を思う存分満喫しながら、ラムザ隊は馬鹿騒ぎを続けていた。 「いやー、あのときは駄目かと思いましたよねー」 「へー。そんなに危険だったの」 「そうよそうよー。昨日飲み過ぎたからあんたがおかしくなったかと思ったわよ」 「何言ってるのよラヴィアン!あたしは飲兵衛よ!」 「へー。そうなの。確かに酒豪という感じはするわね」 「…アリシア。この女の子は誰だ?」 「あー、それはーですねー、…誰でしたっけ?えへへー」 「飲兵衛さんはダメダメのようね。今日の昼間に挨拶をしたばかりだというのに。 いいわ、自己紹介させてもらうから。私の名はシュガリーよ」 居間に取り付けられているカウンターでいつの間にか横で当然のように飲んでいる少女は、 アグリアスに手を伸ばした。 少女は丁度、少年マズラと齢同じ程の容姿であった。腰にまで届きそうなクリーム色の髪、背は年相応といったところであろうか。 少年マズラよろしく、彼女もあまり着飾ることはせず、白を基調とした木綿服を着用している。 少女の手を拒む理由もなく、アグリアスは差し出された手を握った。ガラスのように透き通った手。 マメが幾重にも連なっている自分の手とは大違いだ。アグリアスは内心でそう独りごちた。 「アグリアスだ。その隣の、テーブルに突っ伏しているのがアリシア、酒樽をまるごと担いで来そうな眼をしているのがラヴィアンだ」 「よろしく。私もこの宿に泊まらせてもらっているの。知り合って早速で悪いけれど、貴方今日は私と相部屋みたい。宿屋の主人がそう話していたわ」 見かけに反しこれまた少年マズラよろしく、相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらシュガリーはそう告げた。 「そうか。…ん?シュガリー。貴公はもしかして花屋を営んでいる家系か?」 花屋に家系も何もないだろうに。シュガリーはそう思いはしたが否定しなかった。 真面目な物言いは寧ろシュガリーには好意に値した。手にある杯の中身をあおる。中身はワインに似て非なる葡萄ジュースだ。 「貴方とは気が合いそう。予感…いえ、願望でしかないけれど」 レーゼみたいな喋り方をするような少女だ。アグリアスは第一にそう思った。小馬鹿にするような喋り方はまさにそれだ。 しかし、年下だからといってそのような態度にアグリアスは別段思うところはなかった。 アグリアスは彼女の言葉に肯定的な意味を込めた返答をした。 「ええ。そうだといいわね」 時を同じくして、居間に置かれた大テーブルを囲むように、村の住人を交えて行われた ムスタディオ主催の田舎っぺトークショーも終盤にさしかかり、それまで笑顔を介していた 隊の兵たちは段々と落ち着いた雰囲気を持ち会話を始めた。 「よく無事だったなラムザ」 「ご心配をおかけしました。伯もご無事で何よりです」 周りの馬鹿騒ぎの中で、テーブルの端に構えるオルランドゥとラムザは静かに語らっていた。 普段は余り自ら進んで酒を口にしないラムザも、この時ばかりは喜びの味とやらを体感してみたくなったのか、 常人の飲むペースの1.5倍の勢いで飲んでいる。今また、ラムザは手に持っている杯の中身を空にしたところであった。 「いい飲みっぷりぞ。流石はバルバネスの末子といったところ」 「得意な方ではないんですが…すみません。頂きます」 すぐにオルランドゥの手によって空いた杯が満たされていく。 「しかし、ここは一体どこなんでしょうか」 「ふむ。言葉は通じるようなのだが、文字はちんぷんかんぷん。畏国でも欧国のそれでもない。 村人にその事を訊ねても要領を得ない答えが返ってくる」 そこで言葉を切り、オルランドゥは手にしていた杯を口に含む程度に飲んだ。 酒瓶を用意して今か今かと注ぐ機会を待っていたラムザは、彼の杯がまだ酒で満ち足りている事に気づき少々落胆した。 「畏国の外れでしょうか」 気持ちを入れ替え、ラムザは目の前にある杯を飲み干した。 そして流れ作業のようにオルランドゥがラムザの杯をすぐに満たらせる。 この間、およそ数秒。剣聖としての鋭い感性が、宴という戦場でもどうやら発揮されている。 「私たちも昨日到着したばかりで碌に情報収集はできていない。村の外に捜索隊を何人か出す予定だったのだが、 村人に止められてしまってな。 『外は地獄です。恐ろしい怪物がうようよと蠢いております。外に出るのはおやめください。』とな。 鳥の囀りさえ聞こえないというのに。ハッハッハッ…」 よほど可笑しかったのか、珍しくオルランドゥは声を上げて笑った。 「明日から村人に話を聞いてみます。その間に、もしかしたらボコ達がふらふらとここに来るかもしれないし」 居間に再びあの靄が発生したと勘違いをする程に、その時のラムザの視界は酔いによるものからか、薄ぼんやりとしていた。 しかし目の前のオルランドゥの杯が確かに空になったのを目をこらし確認したラムザは、 オルランドゥにほんのばかりの意趣を試みようと目の前の酒瓶に手を伸ばした。やった、勝ったぞ。 ラムザの手が届くほんの僅かの間に、ひょいとオルランドゥが酒瓶を取り上げた。 「おやおや、ラムザ。杯が空じゃないか」 呆然としながら本来酒瓶があった場所に手を突き出しているままのラムザに、満面の笑みを浮かべた彼はそう告げた。 剣聖はどの場にあっても剣聖のままでいた。 時刻はそろそろ日付を跨ぐ。 少女シュガリーとともに一足早く階上へ向かったアグリアスは、部屋の窓から外の村の風景を垣間見ていた。 辺りに同じ高さほどの建物が無い事もあり、窓からは家屋の屋根だけがちょこんと出ている。 一直線上には村の象徴ともいえる教会がそびえ立っている。 月の光だけがこの村の唯一の街灯なのだろうか、それほどまでに村の電灯といえる電灯はその機能を果たしていなかった。 そもそも電灯など無いのかもしれない。ただ、月光に照らされるこの村はとても幻想的だ。 アグリアスはしみじみとそう実感した。 「静かでしょう、この村は」 寝巻に着替え終わり、自慢の髪を櫛で梳かしながら、ベッドの上のシュガリーはアグリアスにそう告げた。 「ええ、それにとても美しいわ」 アグリアスの言葉に自慢げにシュガリーは頷く。 「この村は素晴らしい所だと村の人たちは口を揃えて言うわ。勿論私もね」 「そうね」 アグリアスはシュガリーに微笑を向けながら言った。 すると、体に蓄積された疲労と睡魔が突如として彼女に押し寄せた。 鎧はとうに着外していたが、体が鉛のように重い。 「今日はもう寝るよ」 「あらそう。まあ積もる話は明日に持ち越しということでいいのかしら」 シュガリーの言葉に反応する気力も起こらず、三つ編みも解かずにアグリアスはベッドに倒れこんだ。 「あらあら」 階下にいるレーゼ嬢の口癖がシュガリーにもうつったようだ。立ち上がり、毛布を手に取りアグリアスにかける。 彼女は窓の外を何の気なしに見つめる。 満月が同じように彼女を見つめていた。 明朝、シュガリーに叩き起こされたアグリアスは不貞腐れた顔で朝の食卓に着いた。 彼女曰く“朝食は一日の元気の源よ!欠かすなんて私が許さないわ!”だそうで、 毛布をひっぺがされた彼女は渋々と起き上がり、自身の三つ編みを結い始めた。 酒気と疲労とが複雑に絡み合ったアグリアスがやっとのことで居間に辿り着くと、そこには既に席に着いているシュガリー、 そしてアグリアスと同じ状況なのだろうか、朝食を心待ちにしているマズラと、今にも倒れそうなラムザがいた。 軽い挨拶を終え、対面に座るラムザにアグリアスは小声で話しかけた。 「貴公も、連れてこられたのか」 言葉なくしてラムザは渋い顔をつくり懸命に頷いた。 「他の者たちはどうした?」 「多分起きてこられないんでしょう。私たちが寝た後もまだ相当飲んでいたみたいだから」 目の前に出されたミルクをがぶがぶと飲みながらシュガリーがそう答えた。 ラヴィアンとアリシアもこの苦行に付き合わせたいと思ったが、気づくとアグリアスの眼前には朝食の盆が広がっていた。 「いただきます」 食事は派手すぎず淡泊ではない、丁度いい分量だった。たいそう食欲の無かったラムザとアグリアスも朝食の味に舌鼓をうちながら ぺろりとたいらげ食後のコーヒーまで飲みほした。 「とても美味しかったです。夫人にお礼を」 立ち上がろうとしたラムザを慌ててマズラが制した。 「いいよいいよ、そんなの。水臭いじゃないか」 「しかし、せめて礼だけでも…」 「いいじゃないの、マズラがそう言っているんですもの。それより」 アグリアスの言葉を今度はシュガリーが制した。そしてパンくずを膝から払いながら立ち上がった。 「市場へ行くの。よかったら付いてこない?」 市場は宿屋から数分歩いた場所で行われていた。 開けた広場に集まった商人は早速店構えを始めている。見上げればすぐ近くには教会がこちらを見かえしている状況だ。 「広場自体はこの村にたくさんあるわ。だけどここはこの村で一番人の流通量が多い場所なの」 広場に到着して早々、シュガリーは二人に説明するような口調でそう言った。 広場の一角に畳んであった日傘とシートをシュガリーは慣れた手つきで用意し始める。 「貴公自身が商売をしているのか?」 アグリアスが驚いたようにシュガリーに訊ねた。シュガリーは、お堅い口調ねえ、と軽口をたたきながらも アグリアスの質問にはしっかりと答えた。 「ええ、そうよ。私の花屋よ。経営は私の手腕、収入はがっぽり私の下よ」 子供っぽい笑顔で、おおよそ子供には似つかわしくない事をシュガリーは平然と述べた。 ビーチに置かれるような巨大な傘を組み終える。どこから用意したのか手にしたエプロンに袖を通し、 長い髪をヘアピンで一つに束ねた。 脇に積み上げられた古びた樽が椅子代わりとなっているのか、一仕事を終えたシュガリーはどかりと身を下ろした。 「あれ?花は?」 店頭に何も置かずに悠然と構えている店主、シュガリーにラムザが訊ねた。 「来るわよ。もうすぐね。…ほら、来たわ」 シュガリーが先程来た通りとは真逆の道を指で示す。ラムザ達が振り返ると、細い路地から荷台を引きずりながら こちらに手をふる若い二人の女性の姿が見えた。 「紹介するわ。おさげの髪がナヴァリ、クルクルした髪がカイリアよ。」 ゆっくりとした速さで荷台は彼等の前に停車した。 二人はどちらも灰色の作業服を着用しており、泥だらけだ。 ナヴァリは泥まみれの服の袖をまくってタンクトップのように着崩している。男勝りな性格であることが伺える。 対してカイリアは同じように泥だらけでありながらも自らの顔には泥の一粒だってついてはいない。 ナヴァリには無い気品さが前面に表れていた。かくに、こうまでも差が出るものなのか。 遠目ながらラムザはそう観察し、次に二人の後ろにある荷台の中身を確認した。汚らしい荷台に似合わず、 中は色とりどりのちょっとした庭園ができあがっている。橙、赤、白という目が眩みそうな程の元気な色の花が 束ねられたブーケ、陽光に似た色を放つ蕾をつけた花壇など。 芽吹きの季節ということもあってか、荷台の中の花畑は普段以上に厚い化粧を施しているようだった。 「あんたねえ、もうちょっとちゃんとした紹介の仕方が…ん?」 ナヴァリがそこで言葉を切り、アグリアスの顔をじっと見つめた。 「なにか」 アグリアスは若干困惑した。 「あんた…アグリアスさんかい?」 「そうだが…どうして私の名を」 そこでナヴァリは驚いた表情で隣にいたカイリアに顔を向けた。カイリアも驚いた表情をナヴァリに向けている。 勢いよくナヴァリはアグリアスの手をとった。 「いやー!あんたがアグリアスさんかい!!皆と再会できてよかったねー!!」 ぶんぶん、と効果音がつきそうな程に手を振られるアグリアスに、カイリアが口に手を当て、笑みを浮かべている。 「あの。どうしてアグリアスさんのことを…」 ラムザが遠慮がちにナヴァリに問いかけた。その言葉でナヴァリは初めてラムザがアグリアスの横にいることに気付いたのか、 同じように彼にもアグレシッブな握手をした。 「あんたが隊長さんだね。噂はかねがね。お二方、本当に無事でよかったね!」 呆れた顔でシュガリーがため息をついた。横に控えていたカイリアが助け船を出す。 「実はアグリアスさん。あなたのお部下さん方と昨日お会いする機会がありまして」 そういえば昨日ラヴィアンとアリシアは村の探索に出たと話していたな。 アグリアスは酒で浸食されていた脳を洗い出しそのような話を思い出した。 「そこであまりにもお二方が浮かない顔をしていらしたので、ナヴァリが訊いたんですよ」 カイリアの説明を引き継ぐように、ナヴァリが話し始めた。 「そうさ。そしたらポツリポツリと話を聞く事が出来てさ。不慮の事故で最愛の上司と、隊長がいなくなってしまったていうじゃないか。 その日は家の農園で採れた果物をあげて返したんだけどさ」 そう言ってナヴァリはカラカラと笑う。 何と親切な方か。部下二人も見習うべきだ。 アグリアスは勢いよく頭を下げた。 「品物まで頂いて、私の部下が大変世話になった。礼を言います!」 「やりすぎだって姉ちゃん…」 商人全員が注目する中でマズラの呆れた言葉に、市場は普段以上の和やかさを取り戻したようだった。 「こんにちは。花を一本くださいな」 市場が多少の賑わいを見せる中で、まるで冬が到来したかのように通行人の気配が無かったシュガリーの花屋にも 遂に春が訪れた。 「あら。マウリドじゃない」 読んでいた本から目を離したシュガリーはその客人を見つけると喜んだように手をうった。 「早いじゃない。今日は何にするのかしら?」 「青いバラを一輪くださいな」 笑顔でマウリドはそう告げた。袖口のないワンピースからは健康的な素肌が露わになっている。 優しげな笑顔は清楚な雰囲気を与えた。 「青いバラ…花言葉は“神の祝福”、か」 後方で樽に座っていたアグリアスがそう呟いた。 「へぇ。詳しいんですね、アグリアスさん」 「うむ。オヴェリア様の影響だが」 シュガリーは刺を切り、そのままマウリドに手渡した。青いバラは太陽の光に反射することなく独特の色合いを維持していた。 「ありがとう」 嬉しそうにマウリドは花の匂いをかんでいる。 そしてバラを手にしたマウリドはアグリアスにそのバラを差し出した。 「差し上げます」 アグリアスは目を丸くした。 「私にか?」 「アグリアスさん。祝福ですよ」 横にいるラムザがそう茶化した。 アグリアスは少し唸ったが、差し出された花を静かに摘み取った。 「ありがとう、マウリド」 少女は嬉しそうに微笑んだ。 「ちょっと待ちなさいな。マウリド」 帰る素振りを見せる少女にそう言を発したシュガリーは、次いで後ろを振り返った。 「マズラ。あなた、確か家の手伝いがあるんじゃなかったっけ?」 シュガリーの突然の言葉に、マズラは面食らった。 「何を言っているんだいシュガ…」 「あるんでしょう?」 マズラの言葉を遮ったシュガリーは悪戯小僧のような笑みを浮かべていた。それに刺激される形で、 マズラも同じような笑みを浮かべた。 「ああ、そうだった。じゃあ僕は一旦戻るよ」 壁に積み上がった樽から降り、マズラは食べ終わった林檎の骨を辺りに投げ捨てた。ちなみに、林檎は 隣の商店で先程、カイリアが人数分購入した物である。 「あらそう。残念だわ」 シュガリーがそう述べた。言葉と顔が合致していない。 「では僕も。この村を探索してこようと思います」 横で同じく林檎を齧っていたラムザも、マズラの後に続く。 「それでは私も…」 なし崩し的に進む展開に待ったをかけたのはやはり若店主、シュガリーその人だった。 「駄目よアグリアス、貴方はここに残るの」 ポカンとするアグリアスを尻目に、シュガリーは目の前のマズラとラムザにも視線を向けた。 「マズラ、優先順位が変わったわ。ラムザにこの村を紹介してあげて。頼んだわよ」 「ああ。仰せの通りに」 仰々しい態度をとり、マズラとラムザは路地に姿を消した。 「ふぅ。やっとお邪魔虫がいなくなったわね」 二人が路地へ入るのを確認してから、先程から立ちすくんでいたアグリアスとマウリドにシュガリーはそう話しかけた。 「なぜ、私をここに残した?」 「その理由を語るには、まず貴方のその堅い口調が解けなければね」 身長も齢もまるで違う相手にここまで翻弄されてしまうものかと、どこか客観的な思いでアグリアスは事態を眺めていた。 普段なら子供相手に説教の一つでもかましているアグリアスだが、どうしてか彼女にはそうする気にはなれなかった。 彼女は分かっているのかもしれない。自分が子供っぽく、生意気で口が悪く、やる気がないように見えている事を。 全てを知っているうえで彼女はそれを続けているのかもしれない。アグリアスが小さき店主シュガリーに若干の好感を抱いているのは、 初志貫徹とした彼女のその行動が起因になっているからかもしれない。 「わかったわ。これでいい?さあ、教えて」 額の汗でへばりついた前髪を払いながらアグリアスはそう告げた。 「昨日言ったでしょう。積もる話がある、と。まあ焦ってはいけないわ。とりあえず水汲みをお願い」 本日二度目の笑顔を浮かべ、シュガリーはアグリアスに向かって如雨露を突き出した。 その横ではマウリドが困ったような笑顔を浮かべている。 やはり叱っておくべきなのかもしれない。 日差しを一重にうけながら、アグリアスはそう熟慮した。 陽炎が蝋燭のように何度も立ち揺らめく中、一戸建て集落の中で、この村の象徴ともいえる教会は異様な存在感を放っていた。 ところどころペンキがはがれた箇所は、ススのようなもので薄汚れている。 およそ厳かで聖なる印象とはかけ離れた教会は、それでも開かれた戸口から村人を何人も招き入れている。 「大きいなあ」 ラムザの言うとおり、教会の高さは畏国の平均以上だ。 「大きいだけさ。中は以外と狭いよ」 マズラとラムザは開け放たれていた扉をくぐった。 中は外面以上に簡素な造りであった。信者が崇拝する偶像、神や祈り子が描かれている ネオステンドグラスは一切描かれていない。そもそも窓が一切取り付けられていないのだ。 ラムザは上を見た。塔の最上まで続くだろう天井はほの暗く、より一層不気味さを煽っていた。 「村人全員はここに来たらあの壺に蝋燭を立てる。毎日、それだけのためにここを訪れる」 広い広間の中心には、大人の顔を十人あわせたような巨大な壺が無造作に置かれている。 そこから、白く細長い蝋燭が突き出ている。 壺の横に無造作に積まれている蝋燭の中から一本を取り出して、マズラは火をつけた。 横では村人が同じように蝋燭を灯している。 マズラは既に半分近く埋まっている壺の端に、遠慮がちに蝋燭を立てた。 「行こう。ここで話はしづらい」 ラムザは無言で彼の言葉に頷いた。 「あれが崇拝?」 不思議な光景を見たかのように、ラムザは開口一番、マズラにそう尋ねた。 「ああ、そうさ。田畑を耕しているように見えたかい?」 マズラは言った。 「蝋燭を立てる事が崇拝なのか?」 「村人は必ず一日一本蝋燭を立てる。それに、偶像崇拝なんてこの村の風習にはない。 何千年も前にいた神の姿をした石像に拝んだところで何になるというのさ」 「君たちの神はファーラムじゃないのか」 「ファー…なんだって?神に名前なんてないよ。神は神さ」 マズラの言葉にラムザは唸るばかりであった。この村の宗教は大よそイヴァリース全土に広がるグレバドス教とは 全く異なるものだった。やはり、別大陸に来てしまったのか。ラムザは考えを煮詰めることができずにいた。 「ああ。知りたいのならもう一つ。僕だけじゃなくて、村人全員がだけど。僕たちの名前は皆、洗礼名なんだよ」 「洗礼名?」 「そうさ。子の名前を実の親ではなくて、神様が名付けるんだ。僕のこのマズラという名前もシュガリーもナヴァリも、 ほかのみんなも全て教会から授かったものさ」 その言葉の真意をラムザは汲み取ることができなかった。 「帰ろう。このままだと母さんに薪割りでも頼まれそうだ」 その夜、ハミサイダル・ガッドの一角では再度宴による盛り上がりを見せた。噂を聞きつけたお調子者たちがこぞって現れたのだ。 初対面といえど、ラムザ隊も村人も物おじせず誰彼かまわず酌を勧めるものだから、ただでさえ近隣住民に迷惑をかける程の騒音を 発生させる宴にはますます拍車がかかった。 あれから本当に薪割りを手伝わされ、更に食事の支度まで手伝わされ、頃あいを見てマズラ一家から逃げ出したラムザは その身体を先刻ぶりに休息の地へと運んだ。 昨夜、杯をともにあわせたオルランドゥは、村で腕の立つ老剣士ルナードなる者と会話を弾ませていた。 親友ムスタディオは村で機械工具をいじっているマドーシャスという若者と一緒に馬鹿騒ぎをおこしている。 どうやら個人個人は村人と相手を見つけて飲みあっているみたいだ。 ラムザはカウンターの一角の席に座る、一人で杯を注ぐアグリアスの姿を見つけた。久方ぶりだ。 何時も飲んでいるラヴィアンとアリシアは同年代と思われるナヴァリ、カイリアと意気投合している。 「隣、よろしいですか」 「む。ラムザか」 ラムザの姿を見て、アグリアスは若干取り乱したようにラムザは見えたが、 気にかけずに彼は、自分の席を用意した。 「村の探索はできたか?」 そう切り出しながらアグリアスはラムザの分の杯を用意し、並々と注ぐ。 「見物なんてほんの僅かな時間ですよ。ここに帰ってからは薪割りに釜戸に火をつけ、配膳まで。 ここの夫人は意外と人使いが荒いです」 斧は他の隊の仲間が使っているため使う機会がないと考えていただけに、掌にできた代償をラムザは真摯にうけとめた。 杯を傾ける。 疲れた体に染みわたる酒の成分はラムザの体の至るところに瞬時に行き渡った。 「アグリアスさんは何をなさっていたんですか?」 途端にアグリアスは狼狽した。 「う…最近の若い者は、その、色々と知りすぎている」 ラムザの質問には答えずに、赤裸々にそう語ったアグリアスは手に持った杯を一気に飲み干した。 昨日の剣聖よろしくいい飲みっぷりだ。 口をついて出そうになったその言葉を何とか呑みこんだ。。彼女の行動の理由が非常に気になるラムザではあったが、 如何せん彼女の今の状態を見る限り、箸に当たり棒に当たりそうである。 名残惜しいながらもラムザはそこで話を転換させることにした。 「マズラと村の教会に行ってきました」 アグリアスの顔が一瞬で緊迫した表情へと変わる。 目で続きを促され、ラムザは話を続けた。 「教会と言ってもそれは名ばかりのものです。中は普通の家屋を広くしたばかりで、中央に壺が置いてあっただけでした」 「壺とは?」 「蝋燭を、村人一人一人が毎日、蝋燭を立てるためのものです。彼等にとっての崇拝はそれが全てです」 「聞いた事の無い崇拝の仕方だな。教団名を聞いたのか?」 「それが…教団名も神の名も、彼等にとっては無意味な行いらしいんです」 ムスタディオのトークが終わったのか、テーブル席からどっと笑い声があがった。 アグリアスは思案するような面持ちで、空になった杯を見つめた。 「グレバドス教の影響をこの地は全くと言っていいほど受けていません。やはりここは別なのか、それとも…」 「アグリアス。部屋に行きましょう」 ラムザの言葉はそこで遮られた。二人が振り返ると、先程のムスタディオのトークショーを眺めていたのだろうか、 笑いによるものか目じりに涙を浮かべたシュガリーが立っていた。 アグリアスは沈思黙考していたが、やがて遠慮がちにラムザを見つめた。 「すまないラムザ。この話はまた今度にでも」 「いえ、レディーファーストです」 彼女の元来の生真面目さをよく理解しているラムザは拙者扼腕することなく笑顔でそう返した。 アグリアスは申し訳なさそうにラムザに振り返りながらシュガリーとともに階上に上がっていった。 ラムザは彼女の姿が見えなくなるとカウンターの上に重たい頭を乗せた。 ひんやりとしていて気持ちいい。 彼は次の朝食時まで同じ態勢を取りつづけることとなる。 「お熱いところを申し訳なかったわね」 部屋に着き、開口一番、シュガリーは昨日と同じように窓の外を見つめるアグリアスにそう告げた。 「構わない。シュガリーはまだ幼いから貴公は何も悪くはない」 「…口調、戻っているわよ」 シュガリーの言葉を聞き流し、アグリアスは窓の外の景色を眺めつづけた。その顔は美しくも儚く、 月光が彼女の顔を照らし続けていなければそのまま闇に溶けてしまいそうなものだ。 暫くの静寂が部屋を包み込んだ後、耐えきれなくなったのかシュガリーが喚きだした。 「あーはいはい。私が悪かったわよ。今日の昼ね?昼の事で怒っているんでしょう! 確かに私やマウリドはからかいすぎたかもしれないわ!あの子ったら可愛い顔して私以上に 突っ込んでくるから…でも事実でしょうに!貴方がラムザのことを異性の対象として見つめているなんて初対面でわかったことよ!」 恐らく昼から抱え込んでいた罪悪感に蝕まれた胸中の内を罵声とともに放出したシュガリーは、 免罪符を発行して安心したのか、ベッドに倒れこんだ。 「あら。私は怒ってなんかいないわ。それにお相子よ。あなたもマズラのことが好きなんでしょう?」 「なっ!!」 心底驚いたのか、反射的にシュガリーは羽毛枕から起き上がりアグリアスを見つめた。 アグリアスは先刻とは真逆の、好奇心、そして悪戯心に満ち溢れていた表情をしている。 「どうしてそんな…」 「あら。私も初対面でわかったわよ」 悪びれもなくアグリアスはさらりとそう告げた。シュガリーは咄嗟に言葉を詰まらせる。否定をしないことが 肯定の意味合いを醸し出していた。窓から身を離したアグリアスは三つ編みを自ら解きながらこう言った。 「積もる話があると言っていたわね。実は私もなの。今日は色々と話し合いましょう。 マズラの事について、ね」 「な、な、…」 口をパクパクと開き、シュガリーはベッドに近寄るアグリアスから逃げることもできずにその場にすくんだ。 普段は強気で斜に構えている彼女は今、生真面目で純粋な彼女に見事に料理されようとしていた。 アグリアスは思った。 彼女はやはり私に似ている。どんなに生意気でも、純粋な部分は見事に私と合致しているのだ。 その後、夜通しかけて行われた彼女たちの会合を見聞していたのは、空にぽっかりと 穴が空いたように浮かぶ満月だけだった。 彼はいつもそこに居続けた。 そこが彼の特等席なのだ。そこから村を見下ろせる。 村の全てを。 だから彼は席を構えその夜も、明くる夜も、その明くる夜も… その3へ
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/139.html
(元ネタは勿論…) ~ラムザさんのエッチ!~ 「ラ、ラムザ、まだ昼のさなかだぞ」 「時間なんて関係ありません。僕はアグリアスさんが欲しいんです」 「し、しかし野外でこのようなことを」 「僕が嫌いなんですか?」 「そんなことは無い!断じて無い。しかし、皆も見ているというのに…」 「それがどうしたっていうんですか?」 ある日を境に、ラムザは変わってしまった。女の身体を知ってから。 正確に言うと、初めてアグリアスと結ばれた、その日にだ。 ラムザ・ベオルブとアグリアス・オークスは、神ならぬ人の前で婚姻の誓いを交わした。 異端者の身では大々的に式を挙げる事など出来るはずも無い。 おままごとのような結婚式だが、隊の皆は祝福してくれた。 そしてその夜、宿屋の2階で二人は契りを交わすのだが…。 それからというもの、ラムザは事あるごとにアグリアスを求めるようになった。 最初はたしなめていたアグリアスだが、惚れた弱みと言うやつか。 熱に浮かされたように自分を慕うラムザを突き放せず、皆の目を盗んで逢瀬を重ねた。 幾度と無く肌をあわせてもラムザの熱は治まらず、やがてはその熱がアグリアスにも飛び火した。 その結果が今の惨状である。除名という最終手段までちらつかせて我を通すラムザに 意見できるものは誰もいない。オルランドゥ伯ですら、だ。 オルランドゥ伯はため息を付き、ムスタディオはうらやましそうに眺め、 ラッドは前かがみになり、クラウドは興味が無いといった風情だ。 アリシアは頬を染め、ラヴィアンは興味津々。メリアドールは嫌悪を表し、 ラファは嫌なことを思い出したような顔をする。そんな妹を守るよう肩に手を回すマラーク。 反応は様々だが、次に取る動作は一致している。皆無言のままその場を離れるのだ。 二人の痴態を覗き見するものは誰もいない。紳士淑女の集まりである。 ベイオウーフとレーゼの姿が見えないが、きっと遠くで見張りをしているのだろう。 ボコと鉄巨人、正体不明の生物であるビブロスだけがその場に残っている。 色魔に侵されたラムザだが、それ以外はいつもの通りである。 仲間への気遣いと優しさを忘れず、戦闘時はリーダーとして的確な指示を取る。 だから誰も離反できない。ラムザへの信頼が根底にあり、それが見えない鎖となって 心を縛っているのである。 そんなある日、事件は起きた。 マインドブラストにより、ラムザの脳みそが変色してしまったのである。 これ以上おかしくなっては一大事と心配する皆を他所に、ラムザは冷静に敵を屠って戦闘を完了させた。 しかし、マインドブラストの毒は、確実にラムザの脳を蝕んでいたのである。 その日を境に、ラムザは変わってしまった。 今までどおりアグリアスを求めるものの、その回数はめっきり減った。 町について宿に止まった時、しかも夜だけである。アグリアスと同じベッドにいながら 指一本触れずに寝付いてしまうことも珍しくない。 こうなるとたまらないのはアグリアスである。持ち前の精神力で不純な考えを振り払うも、 身体の芯にやどる火は消えてくれない。いきおい、アグリアスの方から誘いをかけることになる。 「大事な話ってこういうことだったんですか」 「し、仕方ないだろう。このところ野営が続いて、同衾することも無いのだから」 「テントは男性用と女性用しかありませんからね。町まで我慢できないんですか?」 「それが出来れば呼び出したりするものか……これ以上恥をかかせるな」 そんな中、他のメンバーは会議を開いていた。軍議ではなく、会議。 議題は、どうしたらアグリアスをもとのお堅い騎士に戻せるか、である。 ラムザと同じ方法を用いるのが最良策だが、必ずしもマインドフレアに出会えるとは限らない。 仮に出くわしたとして、そうそう都合よくマインドブラストを放ってくれるかどうか。 ピスコディーモンを仲間に加えて養殖するという案が出たが、問題が一つ。 パーティーメンバーに空きがない。 「いっそ誰か除名するか」 誰とも無くつぶやいた一言。小さな石がパーティー内に大きな波紋を起こすことになるのだが、 それはまた別のお話。
https://w.atwiki.jp/agu-agu/pages/109.html
5- ぐったりとリリスに凭れかかるラムザ。 「貴様、ラムザに何をしたッ!?」 「暴れたら面倒だから、寝て貰っただけ。―今夜は良い夜ね」 「何!?」 「お酒の匂いでまた来てみれば、お酒の他にオ・ト・コ付き☆」 「ふ、ふざけるなッ!だいたい、逃げられると思うか!」 聖剣技を繰り出す。 リリスはラムザを離し、回避する 「聖剣技が使えるのね~。感心感心」 「ああ。神の加護より繰り出される剣技だ。ラムザは渡さんぞ、妖魔!」 「"は"…って。何?貴女、仕事よりラムザちゃんが大事なの?」 「む…つ、積み荷も渡さんぞ!」 「! は~ん、貴女、彼のこと好きなのね?」 「そ、そんな事は―」 「そう、そうなんですよ!隊長は――」 「アリシアァ!」 「………ゴメンナサイ。何デモナイデス」 「ラムザは隊の長だ。…尊敬はしている」 「それだけ?」 「それだけだ!」 「ふ~ん、そう」 少し思案した後、リリスは予想外の言葉を発した。 「ねぇ、貴女のしぶとさに免じてお酒、置いていってあげる」 「何?」 「お酒も良いけどたまには男も良いな~って☆」 「ふ、ふざけるな!それに貴様を倒す事がそもそもの目的!!積み荷は消えても、貴様をかえすわけにはいかん!」 「あ、そう。馬鹿ね貴女。折角私が見逃して上げるって言ってるのに」 リリスはヤレヤレと肩をすくめた。 「私ね。リリスの中でも結構好き嫌いない方だけど、どうしても我慢できないものがあるの。それが―」 高スピードで跳躍してくるリリス。 「―貴女みたいに自分の気持ちに嘘をついてる人よっ!!」 アグリアスに爪攻撃を仕掛ける それをを左後方に転がり避ける。 起き際に聖剣技を繰り出そうとするが、見当たらない 「鈍~い♪」 右後方から声がし、咄嗟に盾で防御 リリスの回し蹴りをもろに食らい吹っ飛ぶアグリアス。 「ホーリー!」 アリシアが唱えたホーリーがリリスに直撃する 「うふふ♪私には聖魔法なんて効かないわよ?」 「青き海に意識薄れ、沈み行く闇 深き静寂に意識閉ざす… 夢邪睡符!」 アリシアが力なく倒れる。 「ホーリーが駄目なら、これならどうだ!」 アグリアスの乱命割殺打がリリスに向かって放たれる。 しかしリリスはさっと飛び去り、聖剣技を避ける。 「はい、ハズレ」 「チッ!」 「貴女はだいぶ鍛錬を積んでるわね」 「何だと?」 「剣技を見てれば判るわ。所々鋭く、綺麗な剣線をしてるもの」 「――何が言いたい」 「リリス族って、相手の心が読めるの。心に隙のある人は特にね。だから貴女の攻撃も避けれた」 心が読める?―剣を極めて行くと相手の心が読めるようになると聞くが・・・。 「そんなんじゃないわ。例えば…ふ~ん、貴女、今の隊に居場所がないようね。強い人が入って居場所がなくなったってところかしら?」 ――! 本当に自分の心が読まれている事をしり、動揺を隠せない。 「その人が入るまで自分は腕のたつ剣士だ~、そこら辺の騎士より優れている~って思ってたでしょ?そう言うのをね、慢心って言うのよ!」 リリスの爪がアグリアスに迫る。 「クッ!」 アグリアスは迎撃するように剣を振る。 しかし、驚いた事にリリスの爪はアグリアスではなく、剣をしっかりと掴んでいた。 「貴女より強い人間なんて沢山いるわっ!―自分の慢心に気がつかない限り、貴女の居場所は見つからないし、自分より強い人にも勝てない! どんなに鍛錬を積んだってねッ!!」 言い終わるや、もう片方の爪がに迫る。 アグリアスはそれを寸前のところでかわす。 だが避けた直ぐ後、爪を追うように回し蹴りが迫って来た。 「心が影響を及ぼすのは剣だけじゃないわ。当然動きも鈍る!!」 ――避け切れない! アグリアスは咄嗟に盾で防御をする。 「そんなヘタれた盾じゃ防げないよ!」 リリスの回し蹴りをもろに受け盾が砕ける。 衝撃で吹っ飛んだアグリアスは山の岩肌に叩きつけられた。 「グハッ!」 拙い―!予想よりダメージが大きい。 だんだんと口の中に血の味が広がるのを感じる。 「あはは☆――動きも鈍い、剣も鈍い、そして自分の気持ちにも鈍い!ホントにイライラすわ、貴女を見てると!!」 確かに自分は慢心していたのかもしれない。 以前から雷神シドの噂は聞いてたし、騎士として尊敬している人物である。 騎士団時代はそのオルランドゥをも超えるよう鍛錬を怠らないようにしていた。 だから、聖剣技を自在に駆使し、ラムザと一緒に旅をするようになってからも頼りにされていた。 多種多数のモンスターを倒し、伝説に詠われるルカヴィとも渡り合った。 それがため、「もはや自分はオルランドゥ伯に並んだ。いや、超えたかも知れぬ」と慢心に繋がっていたのだ。 6- アグリアスは重い体に鞭をうちなんとか立ちあがる。 「まだ戦うの?シブトイわね」 戦況は確実に不利。 敵にこちらの攻撃はあたらなく、盾も壊れてしまった。 叩きつけられた影響で、体も重く感じる。 ケアルで何とか出来るだろうが、唱えている間にやられるのがオチだ。 「ねぇ、最後に教えてよ。何のために剣を振るうの?」 剣を振るう理由、戦う理由―― 「名誉を挽回したいから?」 そうじゃない違う。 「アハハ!騎士って人種は本当に哀れね。民を守るとか言いながら、心の中では卑下している。貴女が騎士になったのも地位と名誉が欲しかったからなんでしょ?」 私は―――― 「サヨウナラ、騎士さん」 リリスの爪がアグリアスに伸びる。 その攻撃を剣で弾くアグリアス。 「―確かに私は弱い。慢心し、守るべき君主の側にも居ず、今も貴様にやられそうだ」 突然のアグリアスの言葉に怪訝な顔をするリリス。 だが、止めを刺さんと再び回し蹴りを繰り出す。 「だが、どんなに弱くても、どんなに鈍くても譲れないものがある」 回し蹴りをしゃがんで避けるアグリアス。 「権力や地位など関係ない」 右斬上に剣を振り上げる。 「助けを求められれば助けたい」 (早い―!?) 予想外のスピードに避ける事も出来ず慌てて爪で受け止める。 「大切な人を守りたい」 リリスはいったん距離を取ろうと翼を羽ばたかせる。 「私は、私を必要としてくれる者の為に戦う!それが私の戦う理由だ!!」 アグリアスは逃げようとするリリスの手を掴む。 「死兆の星の七つの影の 経路を断つ! 北斗骨砕打! リリスはアグリアスに掴まれ避ける事ができず、放たれた北斗骨砕打が体を貫いた。 「あ…」 小さく呻き崩れ落ちた。 暫く倒れたリリスの様子を伺うアグリアス。 リリスからは殺気も戦意も感じ取れない。 北斗骨砕打が綺麗に決まったから良いようなものの、決らなかったらやられていたのは私の方だった。 妖魔リリス――、破廉恥で心を読む厄介な敵だった。 だが、おかげで自分の間違いに気づく事ができた。 それに忘れれかけていた戦う理由も。 きっと止めを刺そうとすればいつでも刺せたのだろう。 何のためにリリスがあんな無駄口を叩いたのかは判らない。 そういう性格なのかもしれない。 ――だが、もしかすると自分を諭すために? もしそうだとするなら相当な御節介者だ。 「…!」 突然、眩暈がし思わず片膝を付く。 やはり叩きつけられたダメージがそうとう効いているようだ。 ケアルラを唱え、体力の回復を図る。 癒しの光が体を包み、次第に体も軽くなって行く。 積み荷も完全な状態とは言えないが、なんと守る事も出来た。 ラムザとアリシアも夢邪睡符で寝ているだけだから、問題あるまい。 しかし、依頼とはこんなに大変なものなのだろうか? だとすればいつも儲け話に行っているラヴィアン・アリシアの評価をもっと上げる必要があるな。 ケアルラをかけ終わり、体に力が戻って来たのを確認するアグリアス。 ふと視線を上に戻すと、そこに倒れているはずのリリスの姿がない。 「逃げた――か?」 そう思ったが、倒れていた場所に掌大の石像が落ちている。 それは羽の生えた女性像で先ほどまで倒れていたリリスに似ている。 「あぁ、そうか。リオファネス城で倒したアルケオデーモンも倒したら石になったな」 悪魔種とはきっとそういうものなのだろう。 アグリアスは地面に落ちているリリス像を手に取った。 ――フフフ。私を倒すなんてやるじゃない。これからは自分の気持ちに正直になりなさいよ そんな、リリスの声が聞こえた。 少し驚いたアグリアスだが、直に苦笑する。 「本当に御節介だな、貴様は」 7- ハッー!ヤッ!フッ! ラムザ一行が宿泊する宿の裏手で、アグリアスはいつものように鍛錬に勤しむ。 依頼を受けてから4日目でドーターに戻った。 酒場では異例の速さに報酬にイロを付けてくれ、休暇を楽しんでいたメンバーも称賛の言葉をかけてくれた。 だが、夜間戦闘からの帰還で眠さがピークに達していた為、直ぐに寝てしまった。 そして今日にはドーターを発たなくてはいけない。 だから、朝から鍛錬に勤しんでいるのだ。 そんなアグリアスを心配して、ラムザが声を掛けて来た。 「アグリアスさん、大丈夫ですか?昨日帰ったばかりなのに休まなくて」 「なに、心配するなラムザ。今日は素振りだけにするよ。あと300回程で止める」 (300回のどこが軽いんだろう?) ラムザも鍛錬をするが、300回と言ったら普通の鍛錬と変わらない気がした。 「おぉ、今日も鍛錬をしておるのか。結構結構」 「あ、伯。おはようございます」 「おはようございます、オルランドゥ伯」 「うむ、二人ともおはよう」 一旦、素振りを止めたアグリアスだが、挨拶を終えると直ぐに素振りを始めた。 そんなアグリアスをじっと見るシド。 「―うむ。迷いがない良い剣線だ。迷いが吹っ切れたようだな」 「はい!ですが、まだまだオルランドゥ伯の足元には及びません」 「なに、儂は長い年月を経て今の力を手に入れたのだ。きっと貴殿と同じ頃の儂なら負けておるよ」 「ご謙遜を」 「ときにラムザ。報告書は読ませてもらったよ、妖魔リリスとはなかなかの相手だっただろう」 「いえ、僕なんか直ぐに眠らされちゃって戦ってないんです」 「ならば、君もアグリアスを見習って鍛錬に勤しむがよい。 君はどこか自分の命を軽率に見ている感がある。 己が死んでしまったら、多くの人が悲しむことになる。そうならないようにな」 「はい」 シドの言葉をおもおもしく受け止めるラムザ。 「とこで、リリスを倒したとなれば、リリス像が手に入ってのではないか?」 「あ、はい。あの像ですか。他の財宝と一緒に管理してありますよ?」 「うむ、昔からリリス像は持つ者の力を高めると云われ、歴代の武人が好んで収集したものなのだよ」 「へ~」 「でな、少し儂に貸してくれんか?」 「え?構いませんが――」 「そうかそうか。ではさっそく―――」 上機嫌に去っていくシド。 「ねぇ、アグリアスさん」 「何だ?」 「伯が言っていていたように依頼を終えてから、 特にリリスを倒したあとから以前のように何か吹っ切れたような気がするんですけど、何があったんですか?」 「ん―知りたいか?」 アグリアスは素振りを止め、ラムザに向き合う。 「ラムザもアリシアも眠らされた後も、あのリリスは色々な罵声を私に浴びせて来たんだ。 その中でリリスは私に戦う理由を詰問してきた」 「戦う理由ですか?」 「あぁ。だから言ってやった。私は私を必要としてくれる人のために戦うのだと」 「―なるほど。でも、リリスも何でそんな事を言ったんでしょうね」 「さぁ、私にも判らない。だが、おかげで自分を再認識する事が出来た」 少し間が空いた後、アグリアスが真剣な面持ちで言う。 「ラムザ、これからも――私を必要としてくれるか?」 それはとても深くて、重みのある言葉。 だけど、ラムザはいつもの笑顔で答える。 「もちろんです。僕にはアグリアスさんが必要です」 「ありがとう」 ラムザは出発の準備をすると言い、その場から離れて行った。 それを見送り、アグリアスは鍛錬を再開する。 正直にいえば、自分の気持ちを伝えたかった。 リリスは自分の気持ちに正直にと言っていたが、今はその時ではない。 ラムザはその身にアルマの事、ルカヴィの事、隊のメンバーの事などたくさんの重荷を背負っている。 そこに自分の気持ちを伝えれば、良いにしろ悪いにしろ私はスッキリするだろう。 だが、それはラムザにまた一つ重荷を背負わせる事に他ならない。 ならば、今は言う時ではない。 今は側にいてラムザを支える――― それが最善の方法だろう。 剣線は 黒珊瑚の海から吹きあげる風を切っていく。 その剣の鍛錬に一層の気合が入る。 以前のように己のためではなく―― ―――――その剣で自分の大切な人を守るために。 次の朝――― 「あれ~、フェニックスの尾が減ってる…。おかしいな~?昨日確認した時はもっとあったのにな」 「ラムザ!」 「あ、アグリアスさん。丁度良かった―って、どうしたんです?そんなに怖い顔して」 「見てくれ、これを!」 「あぁん、返してくださいよ!私のお酒ぇ~」 「あ、これって依頼で運んだ―」 「そうだ。幻の酒と言われるバッカスの酒だ!」 「でもあれってリリスに全部飲まれたんじゃ?」 「たしか もう飲んじゃったって」 「ヘッヘー、このアシリアがちゃんと手を打っておいたんですよ♪」 「お前が隠しておいただけだろうが!!」 「良いじゃないですか一本くらい。私達のおかげでイヴァリース中においしいお酒が届くんですから」 「だからと言って積み荷を盗ってしまっては盗賊と同じだろうがッ!!」 「む?なんの騒ぎかね?」 「あぁ、伯、見てください。アリシアが―って風呂あがりですか?」 「うむ。昨日の夜は少し鍛錬に気合が入りすぎての、朝までヤってしまったわい」 「朝まで鍛錬とは…私も頑張らねば」 「イイ汗かいたおかげで若返ったようだ!」 「そうそう、ラムザ。フェニックスの尾が必要だったのでちょっと使わせてもらったぞ」 「あ、伯だったんですか?でも、鍛錬でフェニックスの尾なんて何に使ったんです?」 「レイズでも良いのだが、それだとかなり手間がかかるのでな。体力がギリギリの状態で生き返ってた方が、鍛錬に勤しめるのだよ」 「?」 おしまい