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学園の中は静寂が満ちていた。それを割るように、俺達の駆ける足音が響いていく。 時間はまだ昼時だというのに、空を覆う分厚い黒雲と強い風の音、さらには遠雷まで響いているせいで、夜の学校にも負けず劣らずの不気味さを醸し出している。 昇降口から入った俺達は、校内をぐるりと回りながら上へと続く『無事な』階段を探している。 「あいつら、階段をふさいでルートを潰すとかふざけた真似をしやがって」 「だがこれで彼らが僕らを利用して何事かを企んでいる可能性はほぼ確実だ。見ろ、無事な階段があったぞ」 エーデルが示した先には、確かに階段があった。なるほど、誘われている。 学園内に踏み込んだ俺達が最初に見たのは、瓦礫や氷その他諸々で強引にふさがれた階段や廊下だった。俺達はそこをさけ、こちらを進めとばかりに開かれた道を探してきたのだ。 「むしろここに罠を仕掛けてる可能性もあるんじゃねーか?」 「それは否定できないが……かといって躊躇する時間も、そのつもりもない人間が先頭に立っているんだ、進むしかないだろう。なあヒロト君」 乃愛さんに無言で肯き返し、階段へと踏み込む。が、ざらりとした違和感を覚えた。 すでに慣れたとはいえ、注意していればそれは確かな違和感として感じることができる。つまり――、 「誰かが魔法を使っている! みんな、気をつけろ!」 俺の言葉に、素早く互いの背中を合わせて円を組む。美羽と美優、陽菜をその中に押し込める形だ。 五感を研ぎ澄まし、廊下の向こう、階段の上、窓の外、扉の奥、すべてに注意を向ける。何も異常は見当たらない。だが、違和感は消えない。 「ひ、ヒロ君。誰もいないよ?」 「いや……誰かが魔法を使って、この辺りをその範囲内に捉えていることは間違いない」 だが、術者の姿はない。俺の勘違い? そうかもしれない。だが、もし本当に誰かが今俺達を狙っているのなら、油断するわけにはいかない。 もう誰も、目の前で失うつもりはない。 「結城、誰かがうちらを狙っとんのは間違いないんやな?」 「それだけは確かです」 ふん、と鼻から息を吐く沙良先生。ぶかぶかの白衣の袖をくるくると振り回す。その頭の上で、ぽんとましゅまろがひとはねした。 「よし、せやったらここはうちに任しとき。アンタらは後ろを気にせんで前に進む。うちはここでアンタらの後ろを守る。前にそいつがおったときはまあ、自力で何とかする。それでええやろ」 沙良先生はそういうと、円陣から離れ、廊下の真ん中に立つ。 「どこから狙ってくるかわからん以上、こっちも全力になる。はよう進むんやで、せやないと、全力で巻き込むからな」 「いやでも、それは危険すぎます!」 相手は一人でコミューンを潰してきたような化け物ぞろいだ。さっきのガーガーと沙良先生がもしぶつかれば、沙良先生はひとたまりもないに違いない。そんな危険があるのに、彼女一人を残してはいけるわけがない。 「はぁぁ……。なあ結城、人間誰しもやらなあかん事があんねん。あんたが今やらないかん事はなんや? それをでけへんかったら、あんたは一生それを引きずって歩くことになるんよ? そんなん、うちにおしつけんどいて欲しいわ」 心底面倒くさそうに、しっしとその手を払う。 それでもためらう俺の肩を、乃愛さんが押した。見やると、行け、と顎で階段を指していた。迷う。それは正しいのか、俺の目的のためには、それは間違った選択じゃないのか。 「結城、迷うな。その迷いは、うちの覚悟に対する侮辱と受け取るで」 沙良先生は肩越しにこちらを振り返り、にやりと笑う。 「それに、うちが負けるわけないやろ。たかだかコミューン潰す程度の相手に」 さらりと爆弾発言をかます沙良先生。なんという自信。その小さな背中から溢れる大きなパワー……はいごめんなさい睨まないで。 「わかりました、沙良先生――その覚悟に乗らせてもらいます」 迷いを振り切るように、全力でその足を踏み出す。前だけを見て、ただ突き進むために! その後ろから、次々と足音が並んでくる。 階段を上りきった時、違和感が一瞬強さを増し、ついで衝撃と轟音が足元を揺らした。すぐ下で、何かが起こっている。 「兄貴……」 足を止めた俺を、美羽が訴えかけるような声で呼ぶ。唇を噛む。皮が裂け、血が滲んだ。 こういうことか、親父。こういうことなのか? 誰かの願いと自分の願い。守るべきなのは命か願いか。そういうことなのか? ――ゴッ!!!! 「おに――っ!?」 「――しっ、行くぞ! さっさと全部終わらせて、先生を迎えにいかねーとな!!」 壁におもくそ額をぶつけ、気合を叩き込む。しゃんとしろ、結城大翔! 俺が進まなければ、あの人の意志が死ぬことになる。 大丈夫だ。根拠もなく理由もなく、ただそうだと信じる。 弱い俺にできることは、卑怯にもそれだけだ。だから絶対に信じ切る。そうしなければ、いけないと思う。 沙良先生は、相手が誰であろうと、負けるはずがない。 「行くぞ、また別の階段を探す!」 階段はまたふさがれていたから、次の階段を探す必要がある。まったく、こういうときは無駄に広い校舎が恨めしいな。 「ヒロト殿、平気か、その、いろいろと」 「大丈夫ですよ、俺はそんなやわにはできてはいません」 打たれ強さには定評のある結城大翔とは俺の事だ。不安も何もかもを飲み込んで、レンさんに笑顔で答える。それを見たレンさんは、「ふっ」と小さく笑うともう何もたずねてはこなかった。 大翔たち全員が階段を駆け上がった瞬間だった。唐突に沙良の足元から宙に浮き上がって来た深紅の液体が、鋭い針の形を成して襲い掛かる。だが、 「墜ちろ」 その沙良の言葉に従うかのように、針はことごとく床に叩きつけられ、水滴となってはじけた。 「へぇ、やるじゃないのさぁ!!」 「んなっ!?」 ごがぁん! なんと、壁の中から人間が飛び出してきたのだ。 (ったく、こいつらは埋まるのが趣味かなんかか!?) 素早く体を捻る。ガザベラが手に纏う氷の刃が目の前を通り過ぎる。だがガザベラは慌てた様子もなく左手をかざした。石礫がその意思に従い沙良に襲い掛かる。弾丸のごとき速度とレンガ並みの質量の大量の瓦礫。狭い廊下に、逃げ場はない! が、 「その程度の石ころで、何を貫くつもりや」 カツン! 小さく高いその靴音が廊下に響き、呼び覚まされた水龍のごとき濁流が沙良の体を覆い隠し、礫の悉くを弾き落とす。 「ちょ、ちょっとちょっと、何よそれ!?」 「何も何もないやろ、うちの魔法や」 学園内には無数に水を通すパイプが通っている。その流れを強引に掌握し、壁の配水管から引っ張り出してきたのだ。 沙良の魔法は『流理』。万物中の『流れ』を理解し自在に操る魔法。彼女にとっては、学園は己の武器がそこらじゅうを這い回っているのと同義だ。 「魔法、ね……最初からそんな大技出して、体力もつんだろうね? 途中でへばってもあたしゃ容赦しないよ?」 「くく……あんた、愉快な冗談吐くなぁ。この程度が大技? そう思うんならあんたの実力も底が知れるわ。せいぜいうちが疲れるまでは無様に逃げ惑って見せてほしいわ」 二人の間の空気がぎしりと硬質化する。水流は沙良の周りでうねりを上げ、ガザベラは巨大な氷をその身の周りに生み出す。互いの生み出す魔力が際限なしに高まり、空間をぎりぎりと締め上げる。 「「死ね」」 同時に解き放たれた力は、二人の中間点で衝突、炸裂し、暴風と衝撃を撒き散らした。衝撃は学園を揺るがし、周囲の窓ガラスを次々に破壊する。一瞬のうちに築かれた破壊の山が、一瞬の激しさをいやというほどに表していた。 だが、終わらない。終わるわけがない。 たかだか単体でコミューンを相手取るような存在が。たかだか六人ごときで世界を敵に回すような存在が。 その程度で終わる存在であるはずがない。あってはならない。 そうでなくては。 この、虎宮沙良が彼らの盾になる意味がないのだから。 「うちが全力で盾になるいうたんや。ならこの世界を砕いてでも、あいつらは守ってやらなあかん。それが、大人ってもんや。そうやろ、ましゅまろ」 その言葉に二十年来の相棒が当然だといわんばかりに尻尾を振り回す。 颯爽と白衣を翻し、白煙渦巻く中へと駆け込む。 その身に水を従えて、最強の盾となるために。 ドン、ドン。遠くから響いてくる振動が、戦いが続いている事を教えていた。一撃一撃がよほど重いのだろう、重低音は、走りながらでも感じられるほどに学園を激しく揺さぶる。 「やれやれ、もうすぐ新学期なのに。学校明日まで残ってんだろうな?」 「なに兄貴ってばそんなに学校好きだったの? じゃあ、新学期から生徒会の仕事手伝ってみる?」 「その代わり家事は全部美優に放り投げることになるが?」 「……ごめん兄貴、アタシが悪かったわ」 「ちょ、ちょっと、それ酷い……」 まあ実際のところは美優は料理以外の家事ならそれなりにできるんだけどな。ただ、一つ一つの動きが丁寧というか効率が悪いというかとにかく徹底しているので、仕事が片付かないのが欠点だ。 魔法を使う時はあんなにきびきび動けるんだけどな。不思議なものだ。 「ん? ちょっと待ってくれ、何かおかしな衝撃を感じる」 「え?」 廊下の真ん中で足を止める。すると、乃愛さんの言葉通り確かに遠くから時折響いてくる音とは別に、直下から突き上げてくる衝撃が感じられた。 ……いやな感じだ。一階は通路をふさがれたりしていたせいで、どんな様子なのかほとんど把握できていない。連中が下から不意打ちをかけようと待ち伏せしているかもしれない。 警戒しながら慎重に進むか、無視して一気に突破するか。 「迷ってる場合じゃ、ないからな……行くぞ、足元に気をつけろよ!」 ――ドォン!! 「ひやぁぁぁぁんっ!?」 「ってうぉぉい、美羽!?」 言ったそばからいきなり美羽の足元の床が崩壊し、それに巻き込まれて美羽が落下した。慌てて駆け寄り下を覗き込む。どうやら腰を打ちつけたらしいが他に目立った外傷は見受けられなかった。 まったく、油断できないな。 「待ってろ美羽、今そっちに――」 「だめっ! そんな暇ないでしょ、兄貴は早くユリアさんを迎えに行ってあげて!」 んなっ! なにを言い出すんだこいつは! 「お前ふざけるなよ、どう考えてもそっちには誰かいるに決まってるだろうが! そんなところにお前一人残して……」 「アタシだってお父さんの子供なんだよ、やんなきゃいけないこととか、やりたいこととか――守りたいもの、あるんだよ! だから行ってよ兄貴、アタシの守りたいものは、兄貴が行ってくれないと守れないんだから!!」 ……………………ッ! ああもう、どいつもこいつも!! 迷う悩む躊躇う、どれだけ覚悟を決めてもやることだけを見据えても、誘惑はいつだってどこからだって現れやがる。両立しないものが山ほどあってそのどれもが大切な事だってある。 だから決断しないといけない。ああそうだ、そういう覚悟をすると、腹を括ったんだから! こんなところでまで、人に流されてるわけにはいかない。俺が全部を引っ張る、そのくらいの決意を持たなきゃならない! 「美羽、苦労をかけるぞ」 「まかしてよ、これでもこの馬鹿みたいに騒がしい学校の生徒会役員なんだからね。苦労なんて慣れっこよ!」 ああ、そうだな。お前ほど頼りになる妹なんて滅多にいねーよ。 「いくぞ、美優」 「うん、お兄ちゃん……お姉ちゃん、後でね!!」 「まかせなさい。美優も、兄貴達のことよろしくね」 俺達は駆け出す。大丈夫だ、また会えると。信じて、確信して。 だが……そうだな、あと俺にできることといえば……。 美羽は天井にあいた穴から聞こえてくる足音が遠ざかるのを聞きながら、深く息をついた。 ゆっくりと瓦礫の上に立ち上がる。体のほうは、特に大きな怪我はない。少し腰を強く打ったくらいだが、動くことに支障が出るほどではない。 「風の魔法で空を飛べたらいいんだけどね……」 ユリアがよくやっていたように、風の魔法で空を飛ぶことは不可能ではない。だが、それには高度な技術と魔法の相性が必要になる。ちなみに、美羽の風の魔法との相性は悪くはない、という程度のものだった。 慎重に、周囲の様子をうかがう。何か怪しい気配は感じられないが……戦いに関してはずぶの素人の自分には、よくわからないというのが正直なところだった。 「ていうか、何で兄貴はあんなに戦い慣れしてるわけ? 帰ったら絶対問い詰めてやる……」 確かに、中学時代はたまに喧嘩をしているような話は聞いていたし、噂話程度なら何度も耳にした。だが、大翔のそれはどう考えてもそういうレベルの話ではないと美羽の直感は告げていた。 こと兄に関しては直感が働く美羽である。 「……ここで立ち止まってても仕方ないか。とにかく、どこか上に上るルートを探してみないとね」 瓦礫から下り、ひとまず廊下を進む。今の自分の位置がどの辺りかを確認しながら、暗い廊下の先を睨みつける。 ガラ。 小さな音にびくり、と体が跳ねて振り返る。鼓動が早まり、血流がドクドクと音を立てて流れる。 「なに……誰かいるの!?」 精一杯の虚勢を張って声を出すも、震えることを抑えることはできない。ごくり、と唾を飲み込む。 ガラガラガラッ!! 美羽が立っていた瓦礫の山が音を立てて崩れだす。決して勢いのあるものではない、だが、確実にその下には、何かがいる。 動かなければ。その必死の思いで、美羽は右手に通常魔法で炎を生み出す。しかし炎はうまくまとまらず、勢いも万全のときよりはるかに弱い。それを見て、自分がどれだけ緊張しているのかを思い知った。 ――勝てるの、こんなので? 怖い。足先からゆっくりと、冷たい恐怖が這い上がってくる。目の前の光景すら、恐怖で視界が狭まる。 「――っ、しゃんとしなさい結城美羽! ここがアタシの、正念場よ!!」 自らに活を入れ、奥歯を強くかみ締め目の前の瓦礫の山を睨みつける。恐怖はなくならない、だが恐怖になんか呑まれてやらない。そんなものに負けてやれるほど、自分は弱くできてはいないはずだ! そして―― 「グルアアァァッ!!」 「っ、ガーガー!!」 青い獣人が瓦礫の山を跳ね除けてその姿を現した。瓦礫が飛び散る。美羽はその姿を睨みつけ、焼いて貫けとばかりに炎を放つ。 音を立てて燃え盛る赤い炎は、その熱で空気を歪めながらガーガーへと突き進み、 「ルァゥッ!」 その口の中へ飲み込まれた。 「……………………へ?」 もはや言葉も出ない。 高速で飛来する炎を……魔法を……食った? 想定外もいいところだった。わけがわからずに立ち尽くす美羽。ガーガーは炎を咀嚼し、飲み下す。開いた口からチロリと赤い炎が覗いて、消えた。 反則だ! そう叫びたい気持ちだった。 「グルゥ」 「ひっ!」 いきなり自分の対抗手段を奪われた美羽は、獣の瞳に怯え後ずさる。ゆっくりと、ガーガーがその足を踏み出す。 「あ……」 突然、足から力が抜けた。だがもはや、慌てることすらできない。呆然と、ゆっくりと近づいてくるガーガーを見ることしか。 絶望的な状況。心が砕けそうになる。泣き叫んで、誰かに助けを求めたくなる。 (助けって……誰に?) 真っ先に脳裏に思い浮かんだ顔をかき消した。それはダメだと。もし今ここで自分が彼に助けを求めれば、彼はおそらくどこからでも駆けつけてくれる、駆けつけてしまう。 だけど、だからこそ、それだけはだめだった。 今の彼が何のために走っているのかをおそらく彼以上に理解しているから。だから、今の彼に頼ることはできないのだ。 それが、結城美羽の守りたいもの。命を懸けてでも、絶対に貫かなければならないもの。 これまで自分たちが奪い続けた、兄の『自由に生きる』という、その選択肢。 だから今ここで、泣き叫ぶわけにはいかないのだ。 「……兄貴……がんばって」 絶望と希望。自分の中に渦巻くものがそのどちらなのか、あるいは両方なのか、よくわからないまま。 美羽は、静かな諦念とともに、瞳を閉じる。 ――だから。 「わりーけど、その娘を殺させたりはできねーんだわ、ケダモノ」 その声が自分のすぐ後ろで聞こえてきたときは、心底驚いた。 「グルァッ!?」 ドンッ! 砂袋を叩きくような音が響き、ガーガーはその巨体を砲弾のごとく吹き飛ばされ、瓦礫の山に頭を突っ込んだ。 美羽の横に現れた男――貴俊は、いつものように気の抜けた、だが、瞳だけは鋭い笑みを浮かべていた。 「いよう美羽ちゃん、手伝いに来たぜ?」 「く、黒須川先輩? なんで!?」 「なぁに、大翔に頼まれただけだぜ、心配だからあいつのこと頼むってね」 貴俊はガーガーを吹き飛ばした長い袋から、中身を取り出した。その中から現れたのは、漆黒の一本の槍。槍投げに使うような、まっすぐで先だけが鋭く尖った、そんな一本の槍だった。 それを器用に振り回し、最期にぴたりと脇に添えて構えを取る。 「いやはや、羨ましい話だ。俺が落ちてたら、あいつぜってー誰も助けによこさないに決まってるもんな。ま、それがあいつのいいところでもあるんだけどな~」 などと惚気(?)る貴俊。それを半眼で見ながら、美羽は壁を支えに立ち上がる。 「まあ、その、ありがとうございます。けど、黒須川先輩はいいんですか、それで?」 美羽の疑問に、貴俊は笑って答える。 「なぁに、確かにあいつにずっとついてったほうが俺としては楽しいがお願いされたんじゃぁしょーがねえ。俺は愛に糸目はつけないタイプでね」 「……はぁ」 よくわからないが、とりあえず肯いておいた。一応、大翔から注意されていたことではある。貴俊は無理に理解しようとするな。 とりあえずその兄の言葉に従うことにしながら、まずはガーガーに集中する。 「ところで美羽ちゃん、誰かを殺す覚悟を決めたり、あるいは誰かを殺した経験は?」 「あるわけないじゃないですか、そんなの」 「オッケーいい答えだ。それじゃあ、ちょっくら愛のためにひと働きといきますかね!」 言い終わるが早いか、ガーガーに飛び掛っていく貴俊。その素早さに美羽は目をむいた。速すぎる。何だこの生き物は、本当に人間か。 両手に炎を生み出し、急いでその背中を追う。ガーガーも立ち上がり、その巨大な腕を大きく振りかぶった。 「先輩、作戦とかないんですか!?」 相手は魔法を食らう。しかも人知を超えた暴虐無人とでも言うべき腕力を持っている。近づけばひとたまりもない。相手はまさしく、獣なのだ。 だが。 「そんなもん、後からかんがえりゃあいいってもんだ!」 黒い獣のように、貴俊は恐れることなくその暴風の中に踏み込んでいく。ガーガーの両腕が振り下ろされる。その一撃は床を砕き、穴を開ける。だがすでにそれよりも深くガーガーの懐に入っていた貴俊は、 「でりゃあぁぁっ!!」 槍の石突でガーガーの顎をかち上げる。その一撃が果たしてどれほどの威力だったのか、あのガーガーの巨体が、一瞬、地から離れる。そこへ、さらに胸への容赦のない突き。 再び響き渡る重く苦しい衝突音。その一撃で、再びガーガーは大きく吹き飛ばされた。 なにこれ。意味わかんない。 ガーガーも理解できなかったが、貴俊のあの動きといい腕力といい、こっちのほうがよっぽど理解できなかった。人間かどうかすら疑わしい。 ガーガーがケダモノならば貴俊はバケモノだ。 「ほら、美羽ちゃん、まだまだ終わってないぜ? さすがに大翔ほどじゃあないだろうが、あいつもそれなりには俺を楽しませてくれそうだ」 「え?」 なんとなく引っかかりを覚え、横に並んだ貴俊の顔を見上げる。だが、その瞳は獰猛にガーガーを睨みつけているだけだ。 「ま、気にしても仕方ないか。それじゃあ先輩、あいつを、倒しますよ?」 「ああ、全力でぶっ飛ばしてやるよ!」 二人は同時に、獣へと駆け出す。 迎える獣は無傷の体で、雄叫びを上げた。 どこからか聞こえてくる獣の雄叫びは、ガーガーのものだろう。 「さっきのは、ガーガーの仕業だったのか?」 「君が魔力を感知しなかったところから見ても、その可能性は高いと思うよ。アレは見た目からして、腕力で戦うタイプだ。ま、何か魔法を隠し持っていなければの話だがね」 確かに、あいつの体つきは異常に逞しい。いくら貴俊でもあのガーガーが相手では正面勝負は難しそうだな。とはいえ、あいつに頼るしかなかった状況だったのも確かだ。 ……むしろあいつが今現在美羽の傍にいるってことのほうが嫌な予感を掻き立てる。 「余計なことをぺらぺら話さなきゃいいんだけどな……」 「それって、やっぱり中学時代にくろすんとフルボッコやったこと?」 「だーかーらー! 陽菜もそうやってぺらぺらと喋らない!」 美優が『え、なに? ねえなに何か隠し事?』って視線で猛烈に訴えかけてきている。勘弁してください。 「それほど隠すようなことでもないと思うがね。話してあげたらどうなんだい?」 「単純に起きた事柄だけ説明してもわけわからない話しだし、そもそも俺があんまり鮮明に思い出したくないので」 まあ、どうしてもというのなら話すのは構わないんだけども。 そんな俺達に呆れた様子のエーデル。 「……どうにも君達は緊張感が足りていないようだがね、そう余裕ぶっていられるのもここまでのようだよ」 「あれは……」 廊下の真ん中にずんぐりと岩のように立っていたのは……確か、バードックといったか。この男もガーガーほどではないにしろ、常軌を逸した体格の持ち主だ。その割にやたらと気弱そうな顔をしているのがやたらとバランス悪い。 なんか、何もしてないのにこっちが悪いことしてる気分になってくるな。やりにくいことこの上ないぞこいつ。 「えーっと、ほう……かなりの人数が残っていますね。ガザベラさんとガーガーを相手にたったの三人だけを残してきたんですか? 僕が言うのもなんですけど、それは無謀ですよ?」 敵に本気で心配されたよ、おい。全身からいい人オーラが出てるよ、この人。美優も戸惑っている。 「敵に心配される筋合いはないってーの。心配するくらいなら最初から何もしなけりゃいいだろうが」 「まあそれはそうなんですけども、僕としても叶えたい願いがありまして」 心底すまなそうな顔をしているくせに、願いと口にした瞬間、バードックの瞳からは迷いの色は消えていた。 なるほど、そういうタイプか。 「ふ。結局最期は自分の願いが全て、か。それなら最初から他人に気を遣っていい人の顔をするのはどうかと思うがね、僕は」 「誰にだって、譲れないものがあるでしょう。そのためならなにを犠牲にしてもいいというような」 「程度によるのさ。幾多の世界を巻き込む価値が、君の願いにはあるというのかな?」 「さぁ、それはどうでしょうねぇ……」 バードックは空を見上げて考え込む。普通に隙だらけだった。 ……えーっと、これは、今のうちに通っていいのか、これ? 今まで敵対したことのないタイプだから、対応に困る。 どうしたものかと悩む俺に、エーデルは小声でぼそりと言った。 「そら、なにをしているヒロト君。ここは僕に任せてさっさと姫を助けに行かないか」 その提案は、正直、意外と言うか想定外というか、とにかく予想外のものだった。 「……いいのか? お前のことだから、ユリアを助けるのは僕だとか言い出すと思ってたんだけど」 「やれやれ、君は王道・セオリーというものを理解していないようだね」 エーデルは綺麗にピッと人差し指を立てると、得意満面の表情になる。 「悪の魔法使いに囚われた姫君。それを助け出すのは騎士の役目だ。貴族の役目ではない。貴族の役目は姫を迎える事。だからヒロト君、僕は彼女を迎える準備をしなくてはならない。この目の前の邪魔者を片付けて、この世界の安寧を手に入れてね」 そういうエーデルの瞳には、バードックに対する明らかな敵対心が燃えていた。どうやら、先ほどのやり取りの中でバードックに対して何か特別怒りを覚える部分があったらしい。 こいつも、色々と変わったということだろうか。 「さあ、行きたまえ。そしてしっかりと理解したまえ、姫の騎士役が君だということを。僕がその宝石を君に預けたのは、伊達でもなんでもないのだからね」 俺の胸元……その下にある、エーデルの一族の宝石のひとつ。それをこつんと、服越しに拳で叩かれた。 その笑顔は、もしかしたら信頼とかそういったものなのかもしれない。俺はそれに肯くと、バードックに向けて全速力で駆け出した。 それに気づいたバードックは、その巨大な腕を振り上げる。が、 「甘いなバードック、君の相手はこの僕がしてあげよう。サフィール家次期当主、エーデル・サフィールが!」 「ぬぅ、これは……!」 エーデルの生み出した水流が、獲物を狙う獣のようにうねり、バードックの腕を絡め取り、締め上げる。その巨体の横をすり抜けるように駆け抜けた。一瞬、エーデルを振り返る。 「…………」 「…………」 頼む。 エーデルを残し、俺達は一気にその先にあった階段を駆け上がり、三階へ向かう。 この背に、期待と信頼と、責任を背負いながら。 エーデルは自分の今の心境に驚いていた。しかしそれは、どこかすがすがしい気分でもあった。 結城大翔。自分にとってはその存在は疎ましいものであり、それ以上に危険なものであった。そしてどこまでも相容れない間柄であることはであった頃から今でも変わっていない。 彼にとってはこの世界の存亡よりも、自分の世界の王国のほうが優先度が高いのは当然であり、ユリアの身の安全やその心理状態の健康についても真剣に考えるべきことだった。彼女こそ、国の宝であるのだから。 そんなエーデルの考えを完全に無視し蹴り飛ばす結城大翔という人間を彼が嫌悪するのは、ある意味当然と言えた。 無論、その感情は今でも変わることはない。エーデル・サフィールにとって、結城大翔は気に入らない人間であり、おそらく一生仲良くはなれない人間だ。すぐにでも関わり合いを断ちたいくらいだった。 (……だが、それでも信じることはできる。託すことはできる。ふ、矛盾しているな) エーデルは国の最有力貴族の一員だ。彼が考えるべきは国のことであり、国の未来である。それだけだった。それだけしか考えていなかった。 (財も、権力も、人も、衣も、食も、住も。全てはその構成であり、ただの数であると思っていた。実に愚かな事だ) 考えるまでもない当然のことだ。国を構成するのはその地に有る全てであり、貴族はただ運営するのみ。確かに上に立つものがなくては国は国としての形を保てなくなるだろう。そのために必要な権力が、財力が、その他全てが与えられるのは当然のことだ。 だが同時に、下々の者達がいなければ、自分達は運営する国そのものをなくしてしまうのだ。 それを、この世界に来て知った。思い知らされた。自分も、所詮は国の中のひとつなのだと。 「バードック。君は先ほど言ったな、譲れないものがあると。何を犠牲にしてもいいと思えるほどのものがあると」 「ええ、確かに言いました。それは間違いではないでしょう?」 「ああそうだとも。僕も確かにそう思う。それが正しい、それが人間だ。だがお前は間違っている。君は――貴様は……」 陽菜がそういったとき、一瞬意味が理解できなかった。 「陽菜、もう一度言ってくれ。なんだって?」 「だからねヒロ君、えーちんが心配だから、陽菜もあの人と戦ってくる」 なんで、そうなるんだよ……。 「あのな陽菜、エーデルなら大丈夫だって。なんだかんだであいつは強いし、本来は異世界に戻るためのものだけど魔力を溜め込んだ宝石だってまだいくつか持っている。攻撃力だけなら、俺達の中でも最大なんだぞ、あいつ」 「でもあのバードックっていう人だって、コミューンを一人で潰して回ってるような人なんだよ。だったら大丈夫なんていえないよ!」 「そんなの、陽菜が行っても変わるもんじゃないだろうが!」 思わず、声を荒げていた。頼むから、そんなこと言わないでくれよ、陽菜。なんでそんな、自分から危険に飛び込むようなことを言うんだ? 回避できる危険は回避したほうがいいに決まっている。それができなくても、少なくとも俺の傍にいてくれれば、俺が守れるかもしれない。 けど、エーデルがいるとはいえ、戦いなんて危険のど真ん中。そんなの。 「……ヒロ君。そんなにヒロ君ばっかりがんばんなくてもいいから。陽菜だって、自分の身くらい自分で守れるんだよ。そういうのにむいてる魔法なんだしね」 陽菜の決意は固いようだった。けどこればっかりは認めるわけにはいかない。 「大体、なんでいきなりそんなことを」 「いきなりなんかじゃない。ずっとだよ、ヒロ君。ずっと陽菜は、ヒロ君にこうしなくちゃいけなかったんだから」 え? 何だそれ、どういう意味だ? 「ヒロ君の心に、いつまでも陽菜がつっかかってるわけにはいかないの。ヒロ君も、いい加減陽菜離れしなくちゃいけないよ」 冗談めかして、それでも、なぜだか必死に訴えかけてきている。 ……なんでそんな風に俺を見るんだよ。陽菜、お前は一体……。 「…………ふぅ、仕方がない。沢井、私が許す。精一杯、やってくるといい」 「乃愛さん!?」 「はい、乃愛先生!」 陽菜はその言葉で、階段を駆け下りる。 「陽菜!」 俺の呼びかけに、陽菜は足を止めて、振り返らずに、 「ヒロ君! ありがとう、あと、ごめんね!!」 そういって、階段を一気に飛び降りていった。その後を追おうとする俺の手が、ぐいと引っ張られる。 「レンさん!」 「ヒロト殿、行くぞ。時間がない。それに……今ヒロト殿が行けば、間違いなく足手まといだ。信じてやれ。せめて迷いなく」 「信じるっていっても、なにを……」 レンさんの手を振りほどく。レンさんは俺達の前に立ち、歩き出す。 「彼女の、信念をだ」 沢井陽菜は走る。零れる涙を拭いながら、走る。切ない胸の痛みを押し殺しながら、ただ走る。走って走って走って、前を向く。 昔、彼女の初恋の男の子が、そうしていたように。 「そう、ヒロ君が陽菜に生き方を教えてくれたんだよ。陽菜にはヒロ君を助けられなかった、救えなかった、取り戻してあげられなかった。だからヒロ君、せめてそのお手伝いだけはしてあげたい」 大翔がその魔法を失う最後の一押しを作ったのは、間違いなく陽菜だった。陽菜を襲う犬を不用意な魔法攻撃で殺してしまったことが、大翔の魔法への不信と拒絶を最大限にまで高めた。それは確かだ。それも、大翔が勝手にやったことだといえばその通りだ。 「でも陽菜はあの時、ヒロ君が助けてくれるのを当たり前だって思った。自分で何とかできなくてヒロ君が苦しんでても、ヒロ君が陽菜を助けてくれるのが普通なんだって思った。そんな事なかったのにね、ヒロ君だって本当は、誰かに助けて欲しかったのに決まっていたのに。だからあれは、陽菜の失敗」 ずっと探していた。自分が大翔を助けられるその瞬間を。 これで終わる。大翔に守られるだけの自分。一度大翔に守られることを当然と思った陽菜は、ずっとその役目を負い続けた。大翔が不用意に魔法のことを思い出さないように、自分に失敗を続けることを課し続けた。 「だけど、それももう終わり。ヒロ君が陽菜たちを頼ってくれるから。自分を縛り続けていたヒロ君が、その枠を打ち壊すから」 まっすぐな廊下に出る。その先では、すでにエーデルとバードックの激戦が始まっていた。水が逆巻き、豪腕がそれを引きちぎる。離れたここまでもそのぶつかり合う轟音が耳を打つ。 だが、沢井陽菜は躊躇いなく走る。魔法で空気に擬態して、ただまっすぐに目標に向かって。 「ありがとう素敵な初恋! ごめんね傷つけて! でも陽菜は、さいっこうに、幸せなんだよ!!」 姿も気配もない、何もない空間から突然響いた声に、バードックが驚愕の表情で振り向いたのを見ながら、 「沢井陽菜、恋する乙女! 全力全開で、ヒロ君の恋とヒロ君への友情のために、がんばりまああああす!!」 その右腕を存分に敵の顔面に叩き付けた。 すでに学園を包む衝撃は絶え間ないものとなっていた。各所で行われている戦いが、それだけ激戦となっているのだろう。 それはつまり、まだみんな生きていることの証拠。誰も俺達は欠けていない。そして最後まで誰一人としてかける事無く家に帰るのだ。 「それにしてもここまでお膳立てされていると、次は誰が出てくるのかつい考えてしまわないかい?」 「ええまあそりゃあ考えますけど……後残ってるのって言うと」 「ファイバー、エラーズ、それからポーキァ……ですね」 ポーキァか。また嫌なやつが残ったもんだ。また絡まれたりするんだろうか。前回存分に罠にはめてぼこぼこにしてやったし、ガキっぽいあいつは相当怒ってるんじゃないだろうか。 ……むしろガキっぽいから逆に忘れてたりな。そっちのほうがありそうだ。 「なぁーんかすっげぇ馬鹿にされてる気がするんだけどぉー?」 「うぉ、ポーキァ!? よう、そんなところで黄昏てどうした」 窓に腰掛けていたポーキァにまったく気づかずに通り過ぎるところだった。思わず普通の知り合いにするように話しかけてしまったではないか。 「どうもこうもねーよ。もう少し早く来るかと思ったんだけどなぁ。待ってるこっちの身にもなれっつーの」 どうやらここで待っている間にやる気がなくなってきたらしい。 「別に無理してやるこたないだろ。んじゃ、俺達は先に行くぜ――っと!」 軽く退いた鼻先を小さな雷撃が走った。ちり、と鼻先が少し焦げた。 ポーキァは窓枠から立ち上がる。ぱりぱりと、青白い電気が弾けた。じり、と何かが焼ける音と嫌な臭いが漂いだす。 「悪ぃけどそーゆーわけにもいかねえんだ。ようやく俺達の目的のブツが手に入るんだからな、アンタ等に余計なことをされちゃあ困る」 「さっきと言ってる事が逆じゃねーか。それなら、俺達を待つのはおかしいだろ」 全員でかかってくるか、あるいは俺達の手の届かないところにさっさと行ってしまえばいいのだ。後者に関しては、この学校に何か仕掛けがしてあるのだろうと大体推測が立つ。だが、前者は? なぜ明らかな邪魔になる俺達をさっさと潰さない? 「俺達にも色々都合があってね。まあとりあえず、あんたらはここで俺と遊んでてよ」 「お断りだクソガキ」 「絶対、や!」 「断固拒否する」 「頼み方に誠意が足りないな誠意が。土下座でもしたまえ少年」 俺達の一斉の拒絶に、ポーキァがこめかみに血管を浮かべ目を吊り上げる。それにしても乃愛さん、何気に一番酷いこと言ってませんでしたか。 「というかだな、ポーキァ。お前は重大なことを忘れている」 ポーキァの背後――俺達が今しがた通ってきた道を指し、その後、俺の背後――これから進むべき方向を指す。 立ち位置が、徹底的に悪すぎる。ていうかアホだろお前。 「そんなわけで、俺達はせっかくだからお前を無視して進ませてもらうぜ!」 「うお、おいこらちょっと待て!!」 ポーキァに背を向けて走り出す――なんて事を、当然黙って見逃すようなやつではない。 逃げる俺達に対して、次々に雷撃を放ちながら追いかけてきた。炎や水、氷やら風ならともかく雷となると基本的に回避は不可能だ。美優の鏡でどうにか防いでいるが、さすがにいつまでも逃げられるとは思えない。何より美優への負担が大きすぎる。 「やっぱり、誰かが足止めしないと無理か……?」 けど、誰にだ? 相手がポーキァで雷電の特殊魔法では、この中でまともに相手ができるのは俺しかいないだろう。何しろこの至近距離、相手の魔法がどこに来るのか感知できる俺でなければかわすことはできないからだ。 ……けど、なぁ。俺がここでポーキァを引き止めて残りの三人だけを進ませるのも気が引ける。エーデルに頼まれた手前もある。 いや、俺は別に物語の主人公でもなんでもないんだ。できる人間がやることをやるべきだろう。 「よし、ここは俺が残って、ポーキァを引き止めます。だからみんなは――」 「だめ、絶対にだめ!!」 美優に全力で否決された。なぜだか怒っている。 「ユリアさんは、お兄ちゃんが助けに行かないとだめなの! お兄ちゃんが行かないとだめなの!」 「いやそんなこと言ってる場合じゃ……大体なんでいきなりそんなルールができてるんだよ」 「だめなものはだめ! じゃないとお兄ちゃんが……」 「あーはいはい、二人とも落ち着いて。ここは私が引き受ける、それで全て解決だろう?」 俺達の間に割って入った乃愛さんは、足を止める。悠然と立つその姿に隙はない。 「いいんですか、乃愛さん? いくらあなたでも、あの雷撃は」 「これでも君よりも長い間タイヨウさんの師事を受けていたんだ。それに絶体絶命の状況など慣れたものだよ。あんな風に、やんちゃな子供の躾もね」 そういって笑った乃愛さんの顔は、なんというかその、ぞっとしないものだった。 ああそういえば、昔乃愛さんが叱る時はあんな顔してたっけ。うん、ひたすらに怖かった。何しろガキ相手に容赦しねぇ。 「わかりました、お願いします。けど、絶対に死んだりしないでくださいよ」 「悪いが、あの程度の相手に死ぬ方法が思いつかないね。さあ行きたまえ少年少女、君達の望むその先へ」 芝居がかった言葉とともに、乃愛さんはポーキァへ一気に距離をつめた。すべるような動作でポーキァに一撃を加えたのを見送り、俺達は逆の方向へと走り出した。 階段は、図ったかのようにすぐそこにあった。 ……やはり、この戦いもやつらの目論見どおりなのだろう。だがその結果まで思い通りにさせはしない。 「ヒロト君」 「え?」 唐突に呼ばれて振り返る。乃愛さんはポーキァを前にしながら、それでも声には余裕が含まれていた。 「世界の終わりって、何だと思う?」 「世界の……終わり?」 放たれたのは意図不明の質問。何故このタイミングで、そんなことをたずねてくるのか、その意味が俺にはわからない。 わからない……が、教師に質問されたのなら答えるのは生徒の役目だろう。ただし俺は出来がそれほどよろしくないので、常に彼女の望む答えを返すことができる保障はどこにもない。 「わかりません。けど、乃愛さんが死んだら、たぶん俺は世界が終わったような気にはなると思います」 「……にくいことを言ってくれるじゃないか」 その答えに果たして満足したのか、顔だけを振り返って彼女は笑顔を見せた。行け、という視線に答えて、前を行く二人を追うように走る。 酷く透き通った、笑顔だった。 大翔の質問に満足したのかどうか、それは乃愛自身にさえもわかっていなかった。 ただ、大翔と別れる瞬間になぜかその言葉が思い浮かんだのだ。思い浮かんだ時には口に出していた。乃愛自身にさえわからぬ衝動に衝き動かされて。 それでも大翔がああやってひとつの見解を示したことは、彼女にとっては喜ぶべきことであった。 「……思考に不純物が多い。さて、どういうことだろうな、これは」 「なにをひとりでボヤボヤしてんだよっ!!」 荒れ狂う雷光が乃愛のすぐ横を通り過ぎる。空気さえも焼き尽くすほどの熱量が乃愛の髪を揺らした。だがそれにも乃愛はさしたる反応を示さずに、視線はポーキァに向けたもののやはり思考に沈んでいた。 「違和感、そう、違和感だ。いかな私とてこの事態を想定することは不可能だ。そもそも相手の最終目的さえも謎で推理の材料すらないとなればそれも無理からぬ話ではある、というよりは当然のことだろう。だが、それならば何故私はこの事態をまるで当然だという心境で迎えているのか。まるで私の知らぬ知識でもこの脳内に封じられているようではないか、それこそ、あらかじめ」 静かに、乃愛自身にさえ聞き取れぬほどの小さな声で思考を整理する。 乃愛にとって何よりも不可解であったのは、この状況の都合のよさであった。まるで状況がすべてはじめから用意されているような、そんな得体の知れなさを感じていた。 事の、始まりの最初から。それこそ、ユリアたちがこの世界へ来たときから。 異世界とこの世界の危機。立ち上がった姫君。断ち切れぬ縁。奇妙な因果。世界中に開いた穴。その中心であるここ、学校。そしてたまたま今日という日に調査を行い、それとあわせて始まった敵のしでかした何事か。まるでパズルのピースのように綺麗に形がはまっていく現実。 まるで踊らされているような不快感があるのだ。得体の知れない、底の知れない、果てしない何者かに。 「おい、いい加減にしろよ、あんた! そんなに死にたいのか!?」 「……まったく、考えることさえもろくに許さないとはね。少しは他人の都合も考え――いや、そんな事考えていないからこそのこの事態か」 できの悪い生徒を前にしたときのような乃愛の態度はポーキァの神経を逆撫でした。ここに大翔がいれば気付いただろう、乃愛が思考を邪魔されたし返しにわざとそうしていることに。 「そもそも私を殺すといっても、どうやってそれをなすのかな?」 「そんなもん見りゃわかるだろうが。俺のこの、雷でだよ!!」 言うが早いかポーキァの腕が白く輝き雷がまっすぐに、何もない空間を薙いだ。 「――あ?」 「ふむ、狙いは正確だな。ま、私としてはその方がありがたいがね」 乃愛の立つ位置は先ほどから変わっていない。大翔と別れてから一歩もその場を動いていないのだ。そしてポーキァは正確に、狂う事無くまっすぐに乃愛を狙い……その雷はまるで見当違いの空間を焼くに終わった。 ポーキァは困惑を隠せない様子で自分に手を見ていた。乃愛はその隙を狙うこともせず、ただ困惑するポーキァを放置していた。 「な、なんだってんだよ、おい!!」 再度の攻撃。だがやはりそれは乃愛を捉えることはない。苛立つポーキァは更に雷撃を放つが、その全てが乃愛の立つ空間を避けて通る。まるで雷が乃愛に触れることを恐れているかのように。 「ああもう、いったいなんだってんだよ、これは!!」 苛立ちが頂点に達したポーキァが怒りのこもった視線を乃愛に向ける。対する乃愛の視線はいたって静かで、冷ややかなものである。 「ふぅ、やれやれ。やはりヒロト君が特殊なのか。彼は私の魔法を受けた時点で研究し、実験し、体感し、推測したのだが」 「さっきから何をぶつぶつ言ってやがんだよあんたは! 何だこりゃ、俺に何かしやがったんだろうが!?」 「何かしたかといえばしたがね、素直に教えてあげる義理はないさ……ま、教えたところで私が君に負けることはないのだが」 その言葉でポーキァがキレた。雷を放つのではなく両手両足に纏ったのだ。 当たらない攻撃を諦めたらしい。 「あんた……ただで済むと思うなよ」 「せいぜい努力したまえよ、少年」 乃愛は実に興味の薄い反応を返した。それがポーキァを爆発させる。 迫り来るポーキァを視界に納めながら、乃愛が考えることはやはり現状を操っているかもしれない何者かの存在。自分たちはすでに決定した形へと収束するためだけの舞台劇の登場人物を演じているとでもいうのか。 もし、そうだというのならば。乃愛は自分が何をすべきかを考える。自分の、最も優先するべきものを。 苅野乃愛にとって、何よりも優先すべきもの。ノア・アメスタシアにとって、何よりも率先すべき行い。 それを考えた時―― 「――――――――世界の、終わり」 ああ。 そうか、と。 誰にもわからぬため息が、くちびるの隙間から小さく漏れて。 そして。 世界が終わるのだと、何も理解せずに、ただそれだけが、自分の、結末が。 「……すまない」 ヒロト君、と名を呼び。 乃愛は。 あと一階。あとひとつ階段を上れば、屋上だ。そして屋上は棟ごとに独立しているため、ファイバーがいる屋上へ通じる階段は必然ひとつに絞られる。 「中央棟の階段!」 中央棟へ向けて駆ける俺達。もはや遮るものはなく、目的地へと向けて突き進むだけだ。 その前に悠然と現れたのは―― 「変態仮面!!」 「ああもう、なんだか訂正するのも面倒になりますね、これは」 狐の面の向こうでため息をついた。確かそう、エラーズといったか。別に変態仮面でいいじゃんか。わかりやすいし。 「んじゃあそのお面を真っ赤に塗りつぶせよ。そしたらなんか別の名前考えるから」 まるちゃんとか。 だがエラーズは俺の親切な提案をさらりと無視した。 「さて少年、ファイバーが御指名だ。ひとりでこの先へ行ってくださ」 そう言って、階段の前から退くエラーズ。随分と親切なことだが……ひとり、だと? 「お前に言われなくても行くのは行くさ。でもわざわざ譲ってもらわなくても、俺達三人でお前を叩き込んで通るって選択肢もあるぜ?」 「また随分と悠長な話を。三人なら私を一瞬で倒せると思うのですか? 舐めないでもらいたいですね」 エラーズが不快そうに声を沈めた。その気配も不気味なものに変わる。 「言っておきますが、そんなことは不可能ですよ」 「随分な自信だな。それでは、試してみるか?」 キン、と静かに剣に手をかけるレンさん。二人の間に静かな緊張が生まれる。 「ふふ……私を甘く見すぎですよ皆さん。私はね……逃げ足にはこの上ない自信があるのですよ!」 「偉ぶって情けない事を大声で宣言してんじゃねえ!」 しかも微妙に共感してしまいそうになった。こいつら本当に世界を滅ぼす気あるんだろうな。 なんか壮大なドッキリにでもはめられているんじゃないかと疑いたくなってきた。 「まあ冗談はともかく、私もそうやすやすとやられはしないということです。そうそう、それから、私達の計画は時間がたてば成就されますとも言っておきましょう」 つまりのんびりしている暇はないということか。でもそれならわざわざ俺を通すのはなぜだ? やはりそれも計画に関係があるのか。もしそうならば、むしろ俺がひとりでのこのこ行くのは逆に危険だともいえる。それでやつらの計画が達成されては元も子もない。 だが、このまま放置していてそれで本当に連中の計画が達成されればそれで終わりだ。さて、どうする――? 「お兄ちゃん、悩んでも仕方ないよ。先に行って」 「そうだな、このままここで悩んでいるわけにもいかないのなら、あとは賭けるしかないだろう」 「美優、レンさん……わかった。それじゃあ、先に行ってまってる」 俺は二人から離れ、階段に向かう。エラーズは面のおかげで、その表情は見えない。なにを仕掛けてくるかもわからない。油断なく注意しながら、その横を通り抜け―― 「まあ、やるだけやってみなさい」 「え?」 ようとしたところで、何か呟きが聞こえた……と、思う、んだが。 エラーズを振り返っても、その顔はただまっすぐと美優とレンさんに向けられていた。励まされた? いや、まさかな。俺は階段を駆け上がり、屋上への扉に手をかけた。 ――ギィン! 背後で金属のぶつかる音。振り返ると、レンさんがエラーズに斬りかかっていた。美優も今にも魔法を放とうとしていた。 美優が、小さく笑った。いつもの、気の弱いものじゃない。しっかりとした笑顔。 行ってらっしゃい。 たぶん、そういわれた。だから俺も、親指と笑顔でそれに返事をする。 行ってきます。 剣戟と爆音を背に、俺は扉を一気に開いた。 エラーズの動きは洗練されていた。なんとなく察してはいたが、実際に戦ってその強さを実感する。 美優が放つ炎に合わせて、突撃。勢いと共に放たれた突きはしかし、エラーズを捉えずに壁を粉砕するのみ。 「先ほどの言葉はある意味冗談ではなかった、ということか。ならば……」 魔法との連携の一撃を事もなくかわすあの動き。只者ではない。だがしかし、レンの攻撃手段は剣だけではない。 「これはどうだ! 『単剣一刃』!」 レンの剣に魔力が宿り、床へと振り下ろした。 瞬間、レンの剣筋をなぞるように白い光が現れ、光は床を砕きながらエラーズへと迫る。だが、まるでそれを知っていたかのように最小限の動きで光の刃をかわし、反撃に打ち込まれる一撃をレンは剣の腹で受け止めた。 重い衝撃が両腕を伝い体を震わす。 「レンさん、下がって!」 剣を弾き、エラーズから距離を離すと同時に美優が魔法を放つ。 氷の刃がエラーズの周囲を覆うように取り囲む。死角から雨のように放たれるそれを一瞥もせずにエラーズはかわす。 「なんなんだあの動きは! あれではまるで――」 「お兄ちゃんみたい」 レンが言葉の途中ではっと息を呑み、その言葉を美優が受け取った。 まるで魔法の発生とその効果を先読みしたような動き。それはまさしく、大翔が違和感を感じるといっていたその動きそのものだった。 「くっ、あの体術に加えてこちらの魔法を感知するとなれば、かなり厄介だぞ」 美優の隣まで下がり、エラーズとの距離を離す。エラーズは積極的に仕掛ける気はないのか、追撃をかけてくる様子はなかった。 「すまないな、ミユ殿。私一人で押さえ込めたのならよかったのだが、それも無理そうだ」 「だいじょうぶです。これでも、お兄ちゃんの妹なんですよ」 美優はまっすぐな瞳でレンを見やる。 「君は本当に、ヒロト殿が好きなのだな。ヒロト殿が羨ましい」 「それを言うなら、レンさんもユリアさんが大好きじゃないですか」 確かに、と笑う。 レンにとっては、ユリアは姫という以上の存在だった。身分など関係ない、ただその存在に自分は仕えると、そう誓えるほどの。 なぜなら、能無しでありそれでも努力し続けた彼女を当然のように迎えてくれた、かけがえのない人だから。 だからこそ、彼女にとって結城大翔という存在は扱い辛い。ユリアが彼に対して、単純な親愛以上の感情を抱いていると察してしまってからそう感じるようになった。しかもレン個人の感情としては親しく思っている分、なお複雑だった。 「ごめんなさい、レンさん。うちのお兄ちゃんがあんなので……」 「ん? ああしまった、顔に出ていたかな」 「いえ、なんとなく。でも、ワタシはああいうお兄ちゃんは、見ていて嬉しいです。正直、うまくいってほしいと思っています」 「私もそう思っているのだが、なかなか感情というものは厄介なものでな」 割り切れないこともある。 いや、レンにとって世界は割り切れないことで溢れている。だがそれでも、その中でも、ただひとつ信じると決めたものがある。 「さて、悩むのは後だ。今は務めを果たさねばな」 「はい、そうですね」 その決意を抱いてからすでに何年も経った。その間その決意が揺らいだことはただの一度も刹那の欠片もなかった。そして今、この瞬間も。それはおそらくこれからも。 「いくぞエラーズ、世界の敵! 我が名はレン・ロバイン。ここより彼方の異世界の王国に属する、ユリア・ジルヴァナただひとりの剣だ!」 「あ、あう……! い、いきます! 私は結城美優。絆だけで繋がった、お兄ちゃんとお姉ちゃんの妹です!」 その二人の名乗りに、仮面の奥でエラーズは小さく笑った。決して馬鹿にしたわけではない。むしろ、どこかうらやむような。 「さあ、かかってきなさい。私はエラーズ。醜く小さな願いを棄てきれずしがみ付く、世界の誤謬!」 割れんばかりに地を蹴り、壁を使って飛び上がるレンとそれに追従する雷を迎え撃つエラーズ。 魔法は悉くかわされ、剣は受け流される。それでも、ひたすらに剣は翻る。剣が魔法が拳が嵐のようにぶつかり合う。 黒い雲に覆われた空。びゅうびゅうと吹き付ける風。 手を離すと、支えを失った扉は重い音を立てて閉じる。視線はまっすぐに前を向いている。その先には両手両足を紐で縛られたユリアと、その横に立つファイバー。二人の視線は向かい合っており、ユリアの瞳には…… 「ファイバアァァァ!」 怒りの声がほとばしる。意識した時にはすでに体は駆け出していた。 「てめえなにユリアを泣かせていやがる!!」 涙に濡れた瞳。やつがなにをしたのかは分からないがそんなこと分かる必要はない。ユリアを泣かせた時点でぶっ飛ばすことは決定事項だ! 右の拳に力を集める。いける! その確信と共に、力を解き放つ! 魔法は空を貫き、ファイバーの鎧の一部を削り取った。くそ、かわされた!? だが距離は開いた。今のうちにユリアを―― 「その程度の腕で、我らの夢を阻めると思うな!」 ドンッ! 脇腹に鋭い一撃。視界が揺れ体が横に折れ曲がり、フェンスに激突する。 「ゲホッ、ぐ……そ……がっ!」 痛みに顔をしかめながら、立ち上がる。衝撃は逃したので、ダメージはそれほど酷くない。 ファイバーを睨みつける。俺とやつの立ち位置はユリアを挟んで対極に位置している。今の状況だとユリアを解放するのはちと無理か。一度動きを封じなくては、ユリアを解放するのは不可能だな。 思考の終了は行動の開始に同期する。再び地を蹴り一息にファイバーとの距離をつめる。ざわりと魔法の気配。ヤツの周囲で風が渦巻いている。収斂されたそれらが、大気をゆがめ次々に撃ちだされる! ドドドドドッ!! 投げ出した体の横を通り過ぎる気配。それらは屋上の床をマシンガンのような勢いで抉り、削っていった。 「おおお!」 ドンッ! 放った拳は太い腕に防がれる。ファイバーは咆哮とともにその腕を大きく振り回した。豪腕は大気を屠り、屈んだ俺の前髪数本を攫う。確かな寒気を感じながらも体は自然に動く。全身のばねをつかい、飛び上がる勢いでファイバーの顔面を蹴り上げた。 「……その、程度、かぁぁ!!」 「ぐあぁっ!?」 俺の蹴りを意に介さず放たれた肘の衝撃は背中まで突き抜けた。さらに放たれる左のこぶしを受け流しながら、一端距離をとる。 一撃一撃が、いちいち重い! それに動きも、本当に鎧を着けているのか疑いたくなるような滑らかさだ。こんなデタラメ千万なヤツをどうにかできるのか? いや、どうにかするんだ。ユリアを、助けるために! 両足で力強く地を踏みしめ、腹に力を込める。倒すべき相手を睨みつけ、俺は躊躇うことなく踏み込んだ――。 呆然と……まるで意識が肉体から遊離したような気分で、私は目の前の戦いを見ていた。 両手両足は魔力を封じる縄で縛られているおかげで、魔法を使うこともできない。いいえ、たとえ魔法を使えたとして、今の私が使うのかどうか。 この瞳から涙が零れていることにさえ、ヒロトさんの言葉でようやく気づいた位に呆けているのに。 「――――ヒロトさん」 かすれた声で、無意識のうちに口をついてでた、彼の名前。それを呼ぶだけでこんなに心が苦しいのは、やはりファイバーが先ほどいった通りなのだろうか。 『貴様は所詮、タイヨウの死の責任の重さを軽くしようとしているだけなのだろう。だからこそ、あの小僧の傍にいるのだろう。そうやってこの世界を守ってあの小僧さえ守りさえすれば、その責任から解放されると思っているのだ!』 違う。そんなの違う。 だって、ヒロトさんは言ってくれた、もう怯えなくていいって。あの瞳で伝えてくれた、もうひとりで背負わなくていいって。 だから……だから私は!! 『冷静に考えて、貴様はもう元の世界へ帰っているべきだった。まあ我々としてはいてもらって助かるが……貴様がそうしなかった理由は何だ。いつまでも縛られているからだ。実に、自分本位な理由にな』 ……そうなのだろうか。そうなのかもしれない。 私も、考えてはいた。なぜ私は帰ろうとしないのか。そう私が決めたから? うん、確かにそう。でもここまで事態が進行した以上、ファイバーたちが現れたあの時点で、一国の王女として私は国へ引き返すべきだった。明確な敵が現れ、それが私を狙っているのだから。 けれど私はどこまでも、自分の力でこの世界を……彼を守ることにこだわった。それは、なぜ? 答えは私自身にも、わからない。けれど、本当にファイバーの言うとおりなら。それなら私はなんて愚かしいのだろう。 この苦しみも悲しみも切なさも全て、私の身勝手なもの。 ヒロトさんのように、純粋な意志のみに根ざしたものではない、卑しいもの。そうだというのなら、私は……彼の前に、いるべきではないのかもしれない。 それはなぜか、胸を締め付けるほどに悲しいこと。ねえヒロトさん、私はあなたの傍にいてもいいのですか? 私は、どうしたら…… 「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ! てめえは質問してばっかだなクソッたれ!!」 はっと顔を上げた。服はところどころ破け傷も負っていたけれど……それでも、ヒロトさんはあの力強い瞳の輝きは決して失っては、いない。 「ならば貴様は答えが出せるのか、自分が今、何のためにここにいるのかという答えを!?」 拳を、体をぶつけ合いながら、ファイバーは問いかけていたのだ。なにをかは分からない。けれど、その言葉は私に全身を強く打ち据えるかのような衝撃を与えた。 「答え? 答えって何だよ。答えがあれば全部納得できるのか、答えさえあれば全部諦められるのか? 大体俺がここにいんのはてめえがユリアを攫ったからだろうが、いちいち答えるまでもない!」 「なぜ彼女を助けようと思う。それは世界を救うためか、それとも個人的な感情によるものか?」 炎や氷、風や雷が次々と放たれ、ヒロトさんはそれをかわす。けれど全てをかわすことはできずに、少しずつ、全身の至る所に傷を増やしていく。シャツは血でにじみ、血は点々と足跡のように続いている。 それでもまっすぐにファイバーを睨みつけ、ヒロトさんは走る。 「理由なんかどうでもいい――」 その心の、赴くままに。 実力差は明らかだった。身体能力にはそこまで目立った差はない。 だがしかし、俺の腕力と技術じゃその鎧の防御を崩せない。魔法を使うにしても完全に扱えない俺じゃ魔法を放つまでにどうしても一瞬の隙を生んでしまう。目の前の男相手にその隙は致命的過ぎた。 そしてその実力差のせいか、ファイバーはやたらと余裕綽々に俺に対してあれこれ質問してきやがるのだ。 何のために戦うのかに始まり、この世界を守る意志があるのか、父の弔いのつもりか、仲間を見捨てることに躊躇いはなかったのか、なぜここまで来たのか。 どれもこれもふざけた質問ばかりだ。 「理由なんかどうでもいい、俺は俺がこうすると決めたようにやっているだけだ!!」 だから足を止めない、下を向かない。前へ進む。それしかできないのなら、できることを貫き通すだけだ! それが今の俺にできること、それが今の俺の為すべきこと。それが、みんなに背中を叩いてもらった俺の役目だ! ガゥンッ! 鎧の板金を強く打ち据える。ただの鋼の感触では感じられない、奇妙な感触。おそらく、魔法か何かの効果でもあるんだろう。 「理由もなく理想もなく願いもなく目的もない、と?」 「そうだよ、なんだ不満そうだな。人のやり方にけちつけんなよ。お前らなんか散々人様に迷惑かけてんだから」 「だが我らには理由があり願いがある。それがある限り貴様に負けはしない」 そうですかそれはえらいですねハナマルくれてやるよ。だから帰って糞して寝てろ。 「お前らのその願いやらなにやらに巻き込まれる人の身にもなって見やがれってんだよ!」 ガゥンッ! ガゥンッ! 体重と遠心力を乗せた回し蹴り。繋いでかかと落し。どれもが正確に防がれてしまう。技術の差というよりは、経験の差か。どうにも動きのある程度の流れを読まれている。厄介だな。 「そうは言うがな、それなら貴様を巻き込んだ姫君を貴様はどうする?」 「あぁ? なんだそれ、どういう意味だ?」 いつの間にかこちらを凝視していたユリアの瞳が揺れた。なぜかそこには迷いの光が見てとれた。 「彼女はタイヨウの死に責任を感じていた。お前も不自然に思っただろう、一国の姫が貴様のような人間の家に来たことを。いつまでもそこに留まり続けたことを」 それは、確かにその通りだ。とはいえ、自分の好きにすればいいといったのが俺だったので特に聞くこともしなかった。 というか正直どうでもいいと思っていたような気がする。結局俺にとって、ユリアはお姫様という認識はあったものの、実感は乏しかった。 ただの、ちょっと変わった女の子がそこにいただけだ。 「彼女はその償いにお前を利用したに過ぎん。貴様は彼女により巻き込まれ今こうして理不尽な戦いに身を投じ、己の大切な人々を危険に晒しているのだぞ!」 親父の死。確かに、ユリアはそれに責任を感じていただろう。それはたぶん、俺が少し何かを言ったくらいでどうにかなるもんじゃない。 今の俺なら、きっと少しはそれがわかる。自分が背負うものの重さの大切さと、その辛さが。それらを背負って、俺も今ここにいるんだから。 けどな、 「それは許す!」 「は……?」 若干呆れた声が聞こえたがとりあえず無視。 「ていうか許すも何もないんだよそんなもん。それでユリアが少しでも心の重荷を減らすことができるんならそれでいいだろ、いくらでも利用してくれて結構だっつーの。それが、俺がこうするって決めたことなんだから」 「わけが分からんな。貴様は他人に迷惑をかけられるのが嫌いなのではないのか」 その言葉に思わず苦笑が浮かんだ。きちんと理解してるくせに理解できていないなんて、やれやれ、ハナマルは取り消しだ。 「分かってんじゃねーか。他人に迷惑かけられるのなんか絶対御免だ、俺はそんなの受け入れられるほど人間できてねーんだよ。だーかーらー、ユリアに迷惑かけられるのは問題ないんだろうが」 「ヒロト、さん? それって、どういう……」 ユリアも困惑している。 ああそういえば、ユリアには言った事はないのか。まあいちいち言うようなことでもないしな。面と向かって言うには少々恥ずかしすぎる言葉だ。 「家族だろ、俺達」 それはいつのまにか俺の中では当然になっていたこと、この数ヶ月の生活でそうなっていたことだ。 「俺はな、決めたんだよ。ずっと忘れてたことだ。そのために俺は親父に鍛えてもらった。俺は家族を守る。家族がいられる場所を守る。そのために、ここに来たんだ。だからファイバーはぶっ飛ばす、ユリアはつれて帰る。そんで世界もついでに守って、あとは新学期に備えるだけだ」 「それが、貴様の戦う理由か」 「戦う理由なんかじゃない。俺が俺でいるために必要なだけだ」 世界も他人も関係ない。一番自分勝手なのは、たぶん俺だ。 家族を守りたいから、家族が家族でいられる場所を守りたいから。そんな理由で、家族を危険に晒している。矛盾している、自分勝手だ。我が侭にもほどがある。 それはひとえに、俺が馬鹿で子供で弱いからだ。そしてそれを理由にして、諦めてしまえるからだ。 「俺はガキだ、ただのガキだ。我が侭で自分勝手な。だからユリア、なーんにも、気にすんな。自分のやりたいようにやればいい、迷うかもしれないし躊躇うかもしれないけど、なにもしないよりきっとマシだ」 何かをすることは常に失敗の恐怖が付きまとう。自分の心が分からないまま動かなくちゃならない事だってある。世界は常に一秒先の結果を求めてくる。一秒前の負債を要求してくる。それらはわずらわしくて面倒で、俺には邪魔臭いことこの上ない。 けど、動けばきっと何かが変わる。動かなければ、たぶん何も変わらない。だから動く、歩く、進む。いい未来か悪い未来かはわからないが、それでもその世界は今よりきっと、新しい何かを見せてくれるのだ。 「理由なんか小さいことだ。ユリアがどんな理由で俺の傍にいてくれたにしろ……俺は君に、目一杯救われてる。だからユリア、ありがとう」 「ヒロトさん……私は、あなたの傍にいても、いいの?」 おいおい、なんつーことで悩んでるんだか。今更も今更、そんな質問、答えるまでもなく答えは決まっている。 「君が望むのなら、俺が望む限り。俺に新しいものを見せて欲しい」 「……うんっ!」 ユリアの涙に濡れた笑顔を見て、ほっとした。ああ、そうだ、俺はこれを取り戻しに来たんだ。 だから、そのためには―― 「さあ――倒すぜ、世界の敵」 「いいだろう――かかって来い。俺の、敵」
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amazonで探す @楽天で #恋のから騒ぎ ドラマスペシャル を探す! 日テレ21 00 2007.11.30~2009.09.25 6.6% wikipedia Hulu NETFLIX dTV PrimeVide U-NEXT TVer Paravi GYAO youtube検索 / Pandora検索 / dailymotion検索 / bilibili検索 4 「ナマイキな女」(主演:堀北真希) 2007/11/30 4 「声が震える女」(主演:石原さとみ) 2007/11/30 4 「殺したい女」(主演:水川あさみ) 2007/11/30 5 「金星から来た女」(主演:相武紗季) 2008/10/10 6.6% 5 「葬儀屋の女」(主演:優香) 2008/10/10 6.6% 5 「電報を打つ女」(主演:酒井若菜) 2008/10/10 6.6% 6 「ライバルの女」(主演:山田優) 2009/09/25 5.1% 6 「教祖と呼ばれた女」(主演:香椎由宇) 2009/09/25 5.1% 6 「尽くす女」(主演:谷村美月) 2009/09/25 5.1%
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やすむ いもうとるーと ……駄目だ、今学校に行ってまともに授業が受けられるとは思えない。 自分一人でまともな考えが浮かぶのかもわからないけれど、何事も一度やってみないとわからない。 俺はこの一年間、崩壊といういつかやってくる未来から逃げていたから。 しかし、逃げきれるわけがなかった。 それは、例えれば影だ。走っても決して振り切れないし、決して切り離せない闇の領域。 後を振り向けば常にそこにあって、俺を嘲笑っている。 「……ねむ」 俺は大きく欠伸をして瞼を擦る。 学校を休みたいと思うのも寝不足から来る気だるさのせいなのかもしれない。 何の解決にもならないけれど、俺はきちりと着ていた制服を崩し、ソファーに横になる。 程なくして、俺は夢の中に沈んでいった。 「大翔や……大翔や……」 じいさん? 死んだじいさんがお花畑の中心に立ってこちらに向けて手を振っている。 闊達として優しい人で、俺はこの人のことが好きだった。夢に出てきてくれたのを嬉しく思う。 ――よっ、じいさん久し振り。 「おっす、おらじいさん!」 なんでいきなりそれなんだよ。 「うるさいっ!」 ばしゃっ! あちぃ!! 孫にいきなりお茶をぶっかけるじいさんがどこにいる!? つーかどこからお茶が!? 「蚊がいたんじゃよ……」 だったら手で叩いてくれよ。 「わかったぞい」 ばしぃっ! いてぇ! 今じゃないだろ! 「ほんのおちゃっぴぃぞい」 おちゃっぴぃって……。 「わしは今日、大翔を試しに夢に出てきたのじゃ」 試す? 何を試すんだ。 「ほほほ、お主にわしが倒せるかな?」 なんでじいさんがが脱ぐんだよ、サービスにならないよ……しかもブリーフかよ……。 つーか下半身の筋肉やべえよ……出来の悪いコラ画像かよ……上半身の貧弱さもあいまってやべえよ……。 「ほーうっ! ローリングソバッツ!」 なっ、はや……。 九十超えたじいさんが軽やかに飛び上がるというありえない出来事に――いや、夢だからありかもしれないが――驚いた俺は、宣言通りのソバットを避けることも出来ずに顔面で受けた。 ――げはっ! 血反吐を吐いて転がる。 じいさんは容赦なく倒れた俺にギロチンをかけ頸椎を圧迫し、俺の意識は段々と遠くなっていく。 ま、まさかじいさんは、三途の河の向こう側からやってきた死神……? 「ぐ、ぐぐ……っ! がああああっ!!」 「ぎゃん!」 「はーっ、はーっ、死ぬかと思った……!」 ギロチンはマジで死ぬって。 ドラマなんかで首絞められてる人なんか見ると、腹でも思いっきり蹴りあげてやればいいのにと思ったこともあるが、それは無理だなと実感した。 つーか、ぎゃん! って誰が言った? 「……はん、ようやくお目覚め?」 声の方に目を向ければ、美羽が尻を抑えながら責めるSの目つきでこちらを睨みつけていた。 「お前か? お前なのか? ギロチンをかけてくれたのは?」 兄の寝首をかこうとするとは何と言う妹……/(^o^)\ いや、冗談では無く俺の中に黒い炎が灯ったんだがどうしてくれようか? 「ギロチンなんてかけてないわよ」 「じゃあ何だって言うんだよ!?」 「地獄の断頭台」 「余計に凶悪じゃねえか!」 俺が怒鳴りつけても美羽はどこ吹く風、ご自慢のツーテールをいじりながら俺を見下して言い放つ。 「そもそも、兄貴が学校をサボるからいけないのよ」 「……いや、それとこれとは関係が……って、今何時だ?」 時計に目をやれば、時刻は十時過ぎ、学校は開店、絶賛授業中といった様子だろう。 「……お前もサボったのか」 「わ、私はサボってないわよ……サボったけど」 「どっちだよ」 「あ、あーもうっ! 兄貴が全部悪い! 様子見に戻ってきたらすやすやと幸せそうに! 幸せそうな人を見たら不幸のどん底に突き落としたくなったからやったのよっ!」 どんだけ最低な女だよ。 「何よ!」 「何だよ?」 兄と妹が睨みあう竜虎の図。陰気な目VS勝気な目。 「あん? ザギンのシースー屋のネタにしてぶっころがすぞコラ?」 「ケツに手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてほしいのかしら?」 一触即発、次に何か音がたてばそれを合図として血で血を洗う兄妹喧嘩が繰り広げられるだろうと予想していたのだが。 「ふ、二人とも落ち着いてよ……」天使が調停に入れば龍も虎も牙を収めざるを得なかった。 「美優、お前もサボったか……」 シーザーが友に向けて放った言葉と共にように振り向けば、美優がトレイにアイスコーヒーを三つ乗せてよろよろしながら運んでくるところだった。 「う、あ……ごめん。お兄ちゃん、心配で……今は、喉渇いてるかと思って……」 あ、ああ、美優が涙目だ。兄が妹を泣かせるなんてあってはいけないことだ! 俺は蝶のように舞い蜂のように冷えたコップをとってアイスコーヒーを一気に飲み干した。 「いやいやいいんだよ! そんな小さなことは。うん、うん、うまいなあ……苦い……苦いなぁ……」 まだミルクもガムシロップも何も入っていなかった。そりゃあありのままの君でいてとは言うがコーヒーをそのまま飲むことなんて俺には出来ない。 もうやってしまったわけだが。 「げほっげほっ」 床に崩れ落ちる俺に、美優がトレイをテーブルに置いて駆け寄ってくれる。 「お、お兄ちゃん大丈夫!?」 「馬鹿兄貴」 苦みが俺の味覚を責め立てて気分が悪い。やはりコーヒーは微糖に限る。 甘すぎず苦すぎず、綱の上を渡るような絶妙なバランスが溜まらないのだ。 し、しかしこれは美優をスーパーイジリータイムだぞ……。 (スーパーイジリータイムとは美優をいじりやすいチャンスが訪れることだ。イジリー岡田とは何の関係も無い) 「うう……美、美優がエロいこと言ってくれたらすぐに立ち直れそうな気がする……」 「え、ええ?」 「この下衆兄貴!! 美優が逆らわないの知ってて言ってるでしょ!?」 「おうっ、おうっ」 容赦ない背中への蹴りを甘んじて受ける。 いやまあ、流石に言ってくれるとも思わないしただ美優の顔を赤くして楽しむのが目的の冗談だったのだけれど。 「――お、おちんちん!!」 「…………」 「…………」 その瞬間、全ての時間が止まる。 美優の顔を真っ赤にしながらの幼い猥語に、唖全とせざるを得なかった。美羽が俺の背中に足を押しつけたまま固まってるのも忘れるほどに。 「ご、ごめんなさい――っ」 自分で自分の言ったことに耐えられなくなったのか、美優は顔を抑えて足早に二階に上がってしまった。 俺と美羽は呆然とその背中を見送ることしか出来ず、部屋の戸がばたんと閉められる音が聞こえてから美羽が言った。 「み、美優が……。結城・おちんちん・美優になっちゃった……」 何そのミドルネーム。 つかお前もおちんちん言うな。 結城家にホームステイしているメイドのRさん(年齢不詳)の証言。 「いや、なんというかその……あれは一言で表せば嵐の後だった。 最近はと言えば何故我々の方が真面目に学校に行っているのか、などといろいろ疑問に思う所もあったのだが、そんなことが吹き飛ぶくらいの衝撃はあったな。 ソファはひっくり返り、置物はゴミ箱にダイブし……とにかく、この家の中で荒れていない場所など無かった。 肝心のヒロト殿は頭に大きなコブを作って気絶しており、美羽も『美優がけがれた……おちんちんになっちゃった……』等と意味不明なことを呟いているのだ。 正直不気味と言わずして何と言うのだという様相だった。大規模な兄弟喧嘩でもあったのではないかとアタリはつけたのだが、そこにようやく赤い顔を引きずった美優が現れたのだ。 美優はこの惨憺たる様子に驚愕し、ヒロト殿と美羽に駆け寄って正気に戻ってもらおうと尽力したようだがどうやら無駄なようだった。 私達は美優に事の始まりについての事情を訊いたのだが……いや、これを話すのはよそう。 あまりにもくだらな……いや、美羽達にとってはこれほどまでに甚大な被害を及ぼす程の兄妹喧嘩を引き起こす衝撃だったのだろうが……。 とにかく、あの二人はとかく美優を大切に――過保護にといいかえてもいい――してきたかが良くわかる一幕だった。 ただ私が不満を言うべきところは、姫様にも無駄な片付け作業を手伝わせねばならなかったことだ。 私の手際が良ければ無駄なお手を煩わせずに済んだものを、メイドとしての自分の手腕の至らなさに、私は遺憾の意を覚えたよ」 ありがとうございます。 「……いつっ……!」 鼻腔をくすぐるいい匂いで目を覚ますと同時に、後頭部に残る疼痛が俺を襲った。 「あ、起きた」 「美羽?」 美羽が床に膝をついて俺の顔を覗き込むようにしている。 妙に顔が近いので、兄として柄にもなく照れてしまう。 「な、何?」 「いんや、べっつに……頭痛くない?」 美羽は興味なさげに心配しているような台詞を吐くものだから、ちぐはぐだ。 えっと、俺は……それで、何で気絶してたんだっけ? 「もう晩御飯だから、早く兄貴も来てよね」 「晩御飯!?」 確かにカーテンの隙間から除く窓の外の風景は、闇に染まっている。 誰かが闇のランプでも使っていない限り俺は十時間以上気絶していたことになる。 「…………はあ~」 せっかくサボってまで得た時間を無駄にしてしまったことに後悔しつつ重い溜息をつく。 こんなんでいいのか、俺。いや良くない決して良くない断じて良くない。 ――けれど。 「お兄ちゃん、早くしないと冷めちゃうよ~」 今は家族の団らんを優先すべきだろうな、兄として。 「うむ、いつものことながら美優の作る料理は美味だな」 「えへへ、ありがとう」 家族みんなで美優の料理に舌鼓をうつ。 みんなが当たり前に賛辞と感謝を送り、美優は少し照れながらもありがとうと返す。それがいつもの食事風景だった。 「兄貴、パスッ」 「っておい、俺の皿に茄子入れてるんだお前はっ!」 俺の皿に茄子の煮物が山盛りになっていた。 いや、まあ味はいいんだが色合い的には少しグロいぞ、茄子って似ると腐ってるみたいに茶色っぽくなるからな。 「お姉ちゃん、好き嫌いは良くないよ……」 「そうですよ、美羽さん。とっても美味しいのですから」 「姫様の言う通りだ」 「う、うう……」 三人に好き嫌い糾弾……というほどでもないか、とにかく注意されて美羽が委縮する。 そう、美羽は茄子がとにかく苦手だった。本人が言うには、「ほらまずむらさきが毒々しいじゃん! 毒属性って感じじゃん!」とのこと。 そしてじゃあお前は葡萄を食わないんだなとデザートにとっておいた巨峰を取り出すと「毒を食らわば皿までよーっ!」と豹変したのはいつかの話。 「ほら、茄子と体の相性が良くない人もいるんだって!」 「どんな人だよ」 いいから黙って食えと山盛りに積まれた茄子を美羽の取り皿に返していく。 「あ、あぁ~ほら! 統計でも茄子を食った場合その五十年後くらいに病気で死んじゃう人もいるんだってっ!」 「五十年たてば仕方ないこともあると思うが」 レンから冷静な突っ込みが入った。 「ふふ、冷製パスタを食べながらの冷静なツッコミ」 しかしギャグはつまらなかった。 「ほら! 東方見聞録を記したかのマルボロも茄子の食べ過ぎで死んだって……」 煙草の名前みたいになってるからな……。 「ほら言うじゃない! 秋茄子は嫁に食わすなって」 「今は秋じゃないしお前はそもそも誰の嫁だ」 しかしそこまで嫌いか。 「お姉ちゃん、茄子には栄養がバランスよく含まれててお得なんだよ?」 「あ、兄貴……他の野菜食べるからってことで助けてよ……」 久々に美羽に頼られた気がするな。この際その内容がしょぼいことは置いといて俺はどちらに味方するか選ぶ……選ぶ? 美羽か、美優を、選ぶ? 「兄貴?」 「お兄ちゃん?」 妹達が途端心配そうな声を上げる。 ユリアもレンも突如様子が変わった俺の様子に表情を変えた。 急に頭がぐるぐると回りだして俺の心を揺さぶり、先ほど胃に収めたばかりの料理がゆっくりとせり上がってくる。 「っ……」 俺はみんなの前で醜態を晒すわけにもいかず、口を押さえてトイレに駆け込んだ。 ――そして、俺はせっかく美優が作ってくれた料理を全て吐いた。色とりどりに並んでいた料理も、一度消化され始めてしまえば気持ち悪い物体でしかなかった。 その日、俺はみんなに心配されつつ、早く着替えて眠った。 今日はまともに何もしていないけれど、明日はそうもいかないだろう。 ……そう、明日。 俺は日付が変わった深夜に、妹達に起きてくるよう言っていた。 「ねむ……」 「お兄ちゃん、お腹は大丈夫?」 大きく欠伸をしている美羽と、遅くにも関わらずぱっちり目を開いている美優と向かい合いながら、俺は言葉を選ぶように唸る。 「そうだな……」 「何も無いなら寝たいんだけど?」 「ま、まあまあ、お姉ちゃん、もうちょっと待とう?」 どっちが姉かわからないな、なんてたわごとは置いておこう。 悩みを具現するような息をひとつ吐いて、こうなったらサプライズを狙ってしまえと口を開く。 「明日、ユリアとデートする」 翌朝、美羽と美優を学校に送り出してから、ユリアとレンには残ってもらっていた。 「はあ……でーと、ですか?」 「でーとだと!?」 レンがいきり立って剣の柄に手をかける。 「で、でーととはつまり、逢引きのことではないか! 姫様に不埒な真似を働く気かっ!」 おうおうおうと昭和の不良よろしくメンチを切ってくるレンに、俺は多少引き気味に答えた。 「いやいやいやいや……そんなつもりはないって、ただちょっと遊ぶだけでいいんだよ」 「遊ぶ、ですか? 学校もありますし、どうせなら皆さん一緒の方が……」 猫のように首を傾げるユリアの肩を掴んで、ぐっと引き寄せる。 「頼むよ」 「…………」 エメラルドグリーンに輝く宝石をはめ込まれたかのように美しい瞳が、少しだけ上向きになって俺の顔を見上げていた。 そして三十秒ほどじっと見つめられ、レンの無言のプレッシャーを背に受けながらユリアが言った。 「行きましょうか」 「姫!」 レンの咎めるような声にユリアはゆるりと笑みを浮かべて柔らかく答える。 「思い出作りも、いいでしょう?」 ……ああ、本当に柔らかいな。例えれば高級羽毛布団くらいだ。 なんてどうでもいい感想を抱いていると、レンはどうも渋々了承したようだった。 「……御意に。ですが、どうかお気をつけて。貴女一人のお体では無いのですから」 「ありがとう、レン」 主従関係だから、という話ではない。 丁寧な物腰、誠実な態度、柔らかい雰囲気に加え、ユリアには周りの人を無理なく納得させてしまう気品がある。 ああ、そこで更に少し抜けているところが放っておけないというのもあって、慕われるんだろうな。 「……ヒロトさん?」 「え!? あ、ああ、どうした?」 想像に耽っていると、ユリアがくっと顔を近づけてくるものだから飛び上がるまではいかないが、かなり驚いてしまった。 ユリアは少し困ったように首を傾げて。 「どうしたもこうしたもないのです。でーとするというのなら、服装はどういたしましょう?」 「……服か」 俺は前日からデートするつもりだったので、自分の出来る限り最高のコーディネートをしてある。 それでもユリアには到底釣り合わないだろうが、男として最低限のマナーだ。 だが、ユリアの方は……やはり、ドレスか? そのままはしゃげば、舞踏会から抜け出してきたお姫様と没落貴族みたいだな。 「制服にしておこう。補導される可能性もなくはないけど、今から着替えなおすのも面倒だろうしね」 「はい、わかりました」 「それじゃあレン。行ってくるな。学校で何かあったら美羽達に言ってくれ」 出がけの言葉に対して、レンは急に何かを考えだしたようで、俺には一瞥をくれて「ああ、姫様を危ない目に遭わせるなよ」とだけ返した。 そこにわずかな違和感を感じ、「尾行とかすんなよー」と冗談めかして言ってみる。 「な、何故わかった!?」 するつもりだったのかよっ!! 全く油断も隙もありはしない。 そして玄関前に出た俺達なわけですが。 「ヒロトさん」 「ん?」 「でーととは何をして遊べばいいんでしょう?」 それは男と女の永遠の命題だ。 しかも俺は昨日考え付いたばかりの為に全く計画を立てていない。神風特攻、帰りを考えないノープランだ。 「とりあえず、適当に話しながらあるこうか」 「はい、ヒロトさんがそう仰るのなら」 今日の日差しは、ユリアの纏う雰囲気に感化されたみたいに温かく柔らかい。 春に逆戻りしたような錯覚を覚えながら。 ゆっくりゆっくり、時速2kmで行先も決めないままに歩く。 「そういえば、ヒロトさん」 不意にユリアが口を開いた。 「ん?」 「お体の方は大丈夫ですか? 昨日の食事の時は……」 「ああ、もう大丈夫だよ」 一晩ゆっくり休んだから、今日の朝にはすっかりと良くなっていた。 「そうですか……ですがヒロトさんは、心労もいろいろ溜めてらっしゃるでしょうし……」 わかっているのだろうけれど、ユリアは敢えて具体的な言葉にはしない。 それは俺に気を使っているのか、それとも自分が言いたくないだけなのかわからない。 だけれど今はその方がいい、俺は「ほんとに大丈夫だから」とだけ答えた。 そして公園の辺りにまで来た頃だった。 「そういえば」 「まただね」 「はい?」 不思議そうに首を傾げるユリア、俺は少しからかうように言った。 「また『そういえば』って、ユリアって、いろいろと唐突に思い立ったりすることが良くあるよね」 ユリアの頬にすっと朱がさして照れたのかと思えば、それを厭うようにむすっとしてしまった。 「そ、そんなこと……ある、かもしれないですけど。いつもではありませんっ」 「あはは、わかってるって。それで、何?」 まだ少し拗ねているようだったが、ふっと一息つけばすぐに元通りで話を始める。 「……夢を見たんです」 「夢の話か、いいね」 大体は、この世でどうでもいい話の二大巨頭と言えば他人のペット自慢に他人の夢の話である。 だがユリアの夢の話は他の人のそれとは毛色が違う。 ユリアは夢の中でもう一つ、自分だけの世界を構築している。そう思わせられるほどに『出来上がった』ものなのだ。 「昨夜のそれは、皆さんが私達の国の住人として暮らしていました……」 「へえ、俺はやっぱり美羽達と一緒に?」 「いえ、ヒロトさんは宿屋の息子でした。そう、宿屋『夜のおかし』の放蕩息子でした……」 うなぎパイ? しかも放蕩息子なんだ……。 「ヒロトさんは橋の下で拾われた子供だったのです……」 これまた微妙に重い話だ。 「それなりに幸せな暮らしを送っていたヒロトさんだったのですが、ある日屋根の修理の最中に、風に煽られて屋根から落ちてしまうのです」 「ええ?」 俺は大丈夫なのか、夢の話なのに自分の身が心配になった。正夢になったらどうしてくれよう。 「その光景を見ていたさすらいの女剣士美羽はこう言いました。『これもまた、いとおかし……』と」 「下手なギャグ言ってる場合じゃねーぞ」 助けないのかよ。つーかおかしってそっちかよ。 「もちろん美羽さんはヒロトさんを助けようと抱きかかえました。しかしそこにさすらいの女剣士美優がやってきて……」 設定が被っているということにはもうこの際目を瞑ろう。 「『待ちなさい、そこの宿屋の放蕩息子は私が助けます』と言いだしたのです」 さすらいの女剣士が宿屋の放蕩息子だと一目みただけでよくわかったものだ。慧眼というレベルではない。 「美羽はこう答えました。『私が助けてお礼をせしめようと思ったのだ、貴方には譲れない』と、美優はこう言いました。『私が助けて売り飛ばそうと思ったのだ、貴方には譲れない』と」 泣けてくるね。もちろんうれし泣きではない。 「『では剣で勝負をつけよう』『そうしよう』二人は同意しました。ですがどちらも睨みあいいつまでたっても勝負は始まりません。その内美羽が言いました。 『痛いのは嫌だな』『そうですね』美優が同意しました。二人はそこで宿屋の放蕩息子を二つに割ってわけることにしました」 グロいよ!!!!!!! っていうかその時点で助けていない、殺人だ。 「するとどうしたことでしょう!」本当にどうしたことだよ。「真っ二つに割れたそれぞれのヒロトさんが復元を始めたのです!」ええー。 「そうして二人の小さなヒロトさんが新たにこの世に誕生しました。生命の神秘を目の当たりにした女剣士の二人は、四人で末永く幸せにくらしましたとさ……そこで、目が覚めました」 ユリアはそう満足げに語り終えて、二コリとこちらに微笑みかけた。 「どうでしたか?」 「どうでしたかと言われても」 こちらとしては返事に窮する夢だったぞ。 「……というか、俺達ばっかりでてて自分は出てないんだね」 「出てましたよ? 宿屋のおかみとして……」 「そこにいたんだ!?」 そんなくだらない雑談をしながら、俺達は自然と街の中心部へ向かっていた。 人通りが多い場所まで来てしまえば、ユリアの容姿は嫌でも視線を集めてしまう。 確かにユリアはとんでもないクラスの美人だし、そんな女性を連れて歩けるのはとても名誉なことだと俺は思う。 「やっぱり慣れない?」 「……はい、やっぱり目立つのはどうにも」 俺は、なるべくユリアを好奇の視線から守るように立って歩く。 ここまで来る内に向かう場所は決めていた。 「ここは……?」 「喫茶店だよ、結構穴場なんだ」 路地に入って少しだけ進んだ場所に、ひっそりと構えている店。 美羽と美優に教えてもらい、今度一緒に行こうと決めていた店だ。 カランカラン。 入店を知らせるベルが店内に鳴り響き、ユリアをエスコートするように中に入る。 木の優しい香りと、コーヒーの香ばしい香りとが混ざり合い、不思議と気分を落ち着かせてくれる。 微妙に薄暗い店内にはテーブル席が二つにカウンター席が五つまでしかなく、狭い店内にはそれが限界だった。 しかしまあ、美羽の話によれば、「あそこのマスター客が一杯入るの嫌がるから」とのこと。喫茶店のマスターとしては儲かった方がいいんじゃないかとは思うが、まあそこは個人の自由だ。 それに客に話しかけたり干渉したりということは絶対にしない、こちらも「面倒なのは嫌いだから」という理由らしい。たまに「コーヒー淹れるのも面倒」とか言いだすこともあると言う。いやもう喫茶店じゃないだろそれ。 ……しかしまあ、サボりにはうってつけではあるんだが。 「いいお店ですね」 店内を見渡して、ユリアが一言感想を漏らした。そしてカウンターの端の方に立っていたマスターと目が合い、ぺこりと一礼する。 だがマスターの方は全く無反応、俺達は互いに顔を合わせて苦笑するしかない。 「とりあえず、座ろう」 「はい」 俺達以外に客はいないので席は自由に選ぶことができる。 とりあえず奥のテーブ席に腰かけると、ギッと軋む音がした。……かなり古い椅子だ。 いや、こういうのをアンティークというのかもしれないが俺にはあまり理解できない趣味だな。 「注文はどうする?」 「……ここはコーヒーが美味しいというお話でしたよね?」 「うん、美羽が言うには……だけどね」 世界中どんなコーヒーでも取りそろえているという話だったが、メニューが無いのでコーヒーに詳しくない俺には良くわからない。 だがそれは美羽にしても同じだったようだ。 美優と二人で来た際、マスターの無言のプレッシャーに急かされ「い、インスタント!」と学の無い発言で恥をかいたと言う。(ちなみにその後本当にインスタントのコーヒーが出てきたらしい) 俺はその話を思い出して苦笑する、ユリアが「どうしたんですか?」不安そうに訊いてきたが、「ちょっと思い出し笑いだよ」と答えておく。 「俺はエスプレッソにしようと思うんだけど……」 豆については全くわからないのでマスターに任せよう。 「私は紅茶に……」 思わずこけそうになった。 「な、なんですか?」 「いや、コーヒーがうまいって言ったよね」 ユリアはあたふたとうろたえだして、「え、わ、私駄目でしたか? この様なお店には紅茶も揃えてあると思ったのは私の記憶違いでしゅか?」噛んだ。 「あぅ……」 恥ずかしそうに俯くユリアを可愛らしく思いながら、俺はフォローを入れた。 「いやいや、ごめんね。紅茶もあるかもしれないし頼んでみようよ。茶葉は何にする?」 「…………ダージリンでお願いします」 「わかった。……あのー、エスプレッソ一つと……紅茶ってありますか?」 マスターの機嫌を伺うようにそう問えば、彼は余程凝視していないとわからないくらいの微細な動作で頷く。 「だったら、ダージリンをお願いします」 注文を聞き届けたマスターがゆらりと動きだす。 暗い店内も相まって、失礼ながらもどこか幽鬼を連想させられてしまった。 「ヒロトさん」 「ん」 程なくしてコーヒーと紅茶が届き、二人で舌鼓をうっている最中にユリアが口を開く。 「美味しいですねっ」 確かにうまい。 やはりブラックでは飲めないので砂糖を多少混ぜさせてもらってはいるが、この香りと風味、そしてきめ細やかな泡は今まで自分が飲んでいたコーヒーがどれだけ安っぽいものだったのかを教えてくれる。 一口含み舌で弄ぶように味わえば、口内に広がるのは独特な苦みとほのかな甘み。これならいくらでもおかわりしてしまいそうだ。 「こうして安心して紅茶を楽しむのも、久し振り……」 上品にカップを口に運ぶユリアが、何気なく漏らしたその言葉が気になった。 「安心して、ってどういうこと?」 ユリアにしてみれば、特に意識する風でも無く何気なく出てしまったのだろう。しばらくきょとんと思い返すようにして、すぐに少しだけ気まずそうに笑った。 「何でもないです、忘れてください」 ……隠し事。 誰にだって話たくない過去の一つや二つはあるだろう。余程のことが無い限りそこに土足で踏み込もうとするべきではない。 だけれどユリアの隠しかた、取り繕いかたは、『下手くそ』だ。中身が見えないように袋に入れたけれどその袋は半透明でした。みたいな。 レンのように鉄面皮を装うことが出来ない、年相応の少女程度の処世術。 その甘さに付け込もうと思ったわけじゃない、そこは関係ないんだ、ただ俺は……目的の為に知りたいと思ったから、言ったんだ。 「聞かせて欲しいな」って。 「ごめんなさい、楽しいデートに水を差したくないの。……本当に、嫌な話ですから」 彼女には似合わない、苦虫を噛み潰すような顔。 「俺はさ、ユリアのこともっと知りたいと思ってる」 「……え?」 「今日誘ったのは、ユリアのことをもっといっぱい知りたかったからなんだ」 「……何故?」 何でそんなことをするのだろう。 踏み込まないで欲しい、その言葉からはそんな壁を感じた。 だけれど俺は、それに答えるだけの言葉を持ち合わせていない。だから屁理屈を言うしかなかった。 「知りたいから、かな」 「…………余計なこと、言わなきゃ良かったですね」 別に、何だって良かったのかもしれない。 ただ目の前を通り過ぎたから反射的に掴んだだけ、そう言われても仕方ないような話題の振り方。 でも、そこに運命を……違う、ユリアのルーツを見た気がしたんだ。 「レンは私の専属のメイドで、護衛などと言った点ではレン以上に優秀な人間はいないと思うのですが……。 彼女の料理などの才能は……非常に言いにくいのですが、無いに等しいと言ってもいいくらいです」 ……そこまで言うか。 そういえば、レンは掃除やらはてきぱきとこなしてはいたけれど、美優の料理を手伝おうとした時なんかはユリアがやんわりと止めていた。 レンの親切を止める意味がわからないと思っていたが、あれはユリアなりの心遣いだったんだな。 「私もいけなかったのです、はっきり一言『美味しくない』と言ってあげるのが本人の為にもなるとわかっているのに、それがいつまで経っても言えずに……」 ユリアがカップを両手で包み、もう一度温め直すように力を入れる。 ……その手は、僅かに震えていた。 「でも……特に……」 「?」 「特に紅茶がひどかったんです! 閉口する程に、まずかったんです! レンは茶葉のファーストラッシュやセカンドラッシュという言葉を聞いて、どんな剣の技ですか? などと質問してきたのですよ! 何が『ファーストラーーーッシュ!』ですか! 紅茶を侮辱する気ですかっ!」 爆発した。 静かだった店内に吐露されたユリアの怒りが響き渡り、すぐに静寂が戻ってくる。 大きく息を吐き出して、自らの動悸を抑え込むように紅茶を飲みほすユリア。 「……お恥ずかしいところをお見せしました」 「ああ、いや、その……ずいぶんと紅茶にはこだわってるんだな」 「ええ、美優さんの淹れてくださる紅茶は美味しかったので、安心しました」 「そ、そう」 ……こだわりは人を変えるんだな……しみじみとそう感じる。 だけれど、あの姿がユリアの最も自然なそれなのだろう。 いつもの優雅さを崩さない態度も、幼い頃から培われてきた彼女の一面であることには、違いないのだろうけれど……。 「……でも、つまらない話だったでしょう?」 「いや、そんなことはなかったよ」 ごまかされたのは明白だ。だけれどそれは口に出さないでおく。 それでも新たな一面を見つけられたということを、嬉しく思っておこう。 「不公平ですよね」 「何が?」 その言葉の意図をまるで汲めていない俺に、少しだけむっとしながらユリアは言った。 「私ばっかり話してるからですよ、自爆がなかったとは言いませんけれど……ヒロトさんのことも、教えてください」 「俺のことと言ってもな……」 何を話したら良いものかと考えていると、ユリアの方から話題を振ってくれる。 「やっぱり、ミウさん達とは昔から仲が良かったんですか?」 「……まあ、ね。ミウとはいつも一緒だったよ。喧嘩もめちゃくちゃ多かったけど」 「昨日もすごかったですものね」 「昨日? ああ、昨日ね」 確かに昨日も喧嘩した気がするが、美羽に頭を強打されたせいか記憶は朧気だ。そもそも何が発端だったのかすら覚えていない。 それからは、互いのことをとりとめも無く語り合った。 昔は美羽とこんな遊びをした、だとか。 ユリアは昔礼儀作法が苦手でさんざん怒られた、だとか。 そんな雑談ばかりだった。 そしてコーヒーと紅茶のおかわりが三杯目にさしかかった頃、俺は「ユリアの世界の人間は、皆魔法を使えるのか?」と興味本位で質問をぶつけた。 「ええ、訓練をすればどなたでも使えるようになりますよ。才能と言うか……魔力のキャパシティに個人個々の違いはありますけれど」 「へえ、じゃあ俺も練習したら魔法を使えるようになったりするのかな?」 ユリアは苦笑する。 「難しいと思いますよ。どう言えばいいんでしょうか、私達の体にはこの世界に人々には無い魔法の為の器官が存在するのです。 もちろん、それは外科しゅじゅちゅ……手術などしてもわからないでしょうけど」 噛んだのは流してあげるのが優しさだろう。 「へえ……」 なるほどな、じゃあ俺達の世界で魔法が発達することはありえないってことか。時間的な問題ではなく。 「実際、そうでもないのですよ」 「え?」 「魔法が現在存在しない世界でも、何年かに一人はその才能を持った人間は生まれてくるらしいということはわかっているのです。 ほとんどは、その才能に気付かないままになるのですけどね」 「だ、だったら俺にも魔法を使える可能性が!?」 「無いとは言い切れませんね」 そうか……そうなのか……。 「くく、くくくくく……」 「ど、どうかしましたか?」 不気味に喉を鳴らす俺を、不安と怯えがないまぜになった瞳で心配そうに見つめている。 「ふははははは! 実は俺はすでに魔法を習得しているのだよ!」 「え、ええーーー!?」 本気で驚くユリアだった。ああもう、可愛いなあこの人は。 「手始めにニューヨークを夜にしてやったわ! 今ここはお昼なのにな!」 「じ、時間操作! なんて高度な魔法を……!」 「ふふ、俺の手にかかれば日本の経済も円高ドル安……気圧配置も西高東低よ!」 「わ、私にはわからない用語をいくつも……実は物凄い大魔法使いだったのですか!?」 「あっはははははははははは、もちろん嘘だけどね」 「わかってますよ」 あるぇーーーーーー? ユリアはくすくすと小悪魔的な笑みを浮かべ、俺の浅い嘘を僅かに嘲笑うように言った。 「クス、最近私に天然さんという印象ばかりがついてまわっているような気がしたので、少しだけ意趣返しをしてみました」 「……なるほどね。やられたよ」 俺は自らピエロを演じていたわけだ。 普段は、天然ほわほわ脳内小春日和のお姫様ではあるけれど、それだけが自分では無いということを言いたかったのだろう。 一年間一緒に暮らしてきて、知らないことがとても多かったということを痛感させられる。 ……でも、一年というのは人が完全に打ち解けるのに最低限必要な準備期間なのかもしれない、俺はそう思った。 だとしたら、本当に惜しい。もう俺に残された時間は少ないのだから。 「じゃあ、そろそろでようか。もうお昼だしね」 「はい」 ここは軽食なんかは一切やっていない。理由はやはり面倒だからなのだろう。 俺はマスターが口にした値段分の小銭――味の割に良心的な値段だった――を取り出してカウンターに置いたのだが、その内の百円玉を一枚爪弾きされる。 「……?」 なんなのだろう、少しだけ汚れているのが気に食わなかったのだろうか。いくらなんでも客商売だからその態度はないだろう……と思っていたのだけれど。 マスターは厳かに「裏側」と一言呟いて、気付いた。 ――それはトリックコインだったのだ。どこかの雑貨屋で面白半分に買った両表のコイン。コイントス時に小銭を取り出す際、怪しまれないように財布に忍ばせておいたのを忘れていたのだ。 「すいません」 俺は素直に頭を下げ、変わりの百円玉を置いてユリアと共に店を出た。 街中を歩きながら、ユリアがぽつりと呟く。 「変わった方でしたね」 ちょっと失礼ですけど、と付け足す。 俺も確かに変だね、と同意した。 「でも――さっきの硬貨、あれは何ですか?」 「何ですか……と訊かれたら、嘘つきの道具と答えるね」 ユリアはきょとんと首を傾げた。 「コイントスって賭け事があるんだ、コインをこう指で弾いて隠して、裏か表かどちらが出るかを当てるっていうね」 「でも、そのコインは両方表で――ああ!」 ポンと手を打つ。コイントスのルールさえわかれば誰にでも理解できることだろう。 「そ、これはどっちも表だから、先に表とさえ宣言してしまえば負けることは無い。……相手にばれなければね」 「嘘も、ばれなければ嘘になりませんものね」 「…………」 「? どうかしましたか?」 「いや……何でも無いよ」 ユリアは、何となく嘘を嫌いそうな印象があった。 だけれど、先ほどの喫茶店での意趣返しのように、年相応の少女らしい一面も当然のごとく持っているのだ。 別段不思議なことではないと俺は心の中で折り合いをつけた。 「でも、使う機会はほとんどないんだけどね」 「何故ですか?」 「嘘をつくと、美羽が怒るからさ」 美羽は俺が嘘をつくことを何よりも嫌った。 その原因ともなる一つの事件を思い出そうとして、やめる。古傷が疼く気がしたから。 「……どうかしましたか?」 「ん?」 「いえ、少し苦しそうに見えたので……」 どうやら無意識の内に表情を歪めてしまっていたらしい。 俺はすぐに「何でもないよ」とテンプレートな対応で取り繕った。 ……ああ、なんだかんだ言って俺の方から壁を作っているなと、自己嫌悪。 それから俺たちは昼食をハンバーガーで済ませ、そこら中を遊んでまわった。 まとわりつく視線もその内気にならなくなるほどに楽しい時間が続き、やがてそれにも終りがやってくる。 俺は最後にとユリアを近所の公園に誘った。 空という名のスクリーンにはオレンジ色のグラデーションが浮かんでいて、美しい夕方を演出していた。 「…………」 楽しい時の終りが近づくことを感じているのか、ユリアは俺の半歩後ろを歩いてついてくる。 俺はその足音に耳を澄ませながら、どこか安心感を覚えていた。 それは、ユリアを信頼する心から来ているのかもしれない。俺の求める答えを返してくれるだろうという。 でも人の心、例えそれが家族のそれでも完璧に読み切ることなんて出来ない。そんなことが出来るのは漫画や小説の中の超能力者だけだ。 ――これからどうなるかなんて、誰にもわからない。 公園には二人の少女が立っていた。 夕日を 背負っており逆光になっているので、その顔までは窺い知ることが出来ない。 だけれどその必要も無いことはわかっていた。何故なら彼女達は俺の妹であり、この時間にこの場所に来るよう予め指示しておいたからだ。 「兄貴、遅いよ」 「悪い悪い」 十分程とは言え、遅刻は遅刻だった。 「美優なんか待ってるのに飽きてコサックダンスとセクシーコマンドーを融合した踊りを始めるところだったんだから」 「えっ……私そんなことシテナイヨ……」 「ああごめん、ジョン・マクレーンの物まねだっけ?」 「してナイヨッ……」 「お前ら、意味のない会話は止めろ」 いつまでたっても本題が切り出せないじゃねーか。 「そうね、火の鳥を彷彿とさせる壮大なループをしてしまうところだったわ」 どんだけ続ける気だったんだよ。 「……あの」 それまで黙っていたユリアが口を開く。 「何か、言いたいことがあったのではないのですか?」 「ああ、そうだよ。ごめんね」 美羽も話す前にその場の空気を和やかにしようとしてくれたのだろう、結局本当の話題からしてそれは無駄なのだけれど。 「いえ、別にかまいません。ヒロトさん達が言いたいことは、何となくわかっていましたから」 「……へえ」 「崩壊に対しての、答えでしょう?」 「……あたり」 「すいません、魔法で心の表層を読み取るような真似をして。……普段は絶対にこんなことはしないのですが……少しだけ、不安で……ごめんなさい」 そうか、さっきは心を読むなんて漫画などの登場人物にしか出来ないとは言ったが、ユリアはこの世界の人からすればファンタジーな存在に違いなかった。 心を読むという芸当も、魔法を使えば可能なのだろう。 だとしたら、これから言うこともわかっているのではないか? そんな不安が脳裏を過った。だけれどユリアは静かに目を閉じて俺たちの言葉を待っている。 「答えを、お聞かせください」 俺達三人は、互いに目を合わせて頷いた。 そして俺だけが一歩前にでて、ゆっくりと口火を切る。 「昨日、美羽と美優には話をしたんだ。ユリアとの約束は破ることになっちゃったけど、やっぱり一人じゃどうにもならないことだったから……」 「はい」 短く同意して、続きを促す。 「最初は、二人とも信じてはくれなかったけれど、根気よく話せば信じてくれた。……嘘は、美羽の嫌う所だしね」 少しだけ皮肉だと思う。 俺が嘘をつくことを最も許さない美羽。 その俺が『一週間で世界が崩壊する』なんて突拍子も無いことを言いだした。 美羽はまた馬鹿兄貴が変なこと言いだしたと俺を叱りつける。 だけれど俺は真剣に信じてくれと主張する。そこまで真剣に言うのならばと信じてやりたいところなのだけれど、人間としての常識が、理性が、世界の崩壊を否定する。 随分と、あの晩は長い葛藤をしていたな――。 対して美優の方は、美羽程俺を疑おうとはしなかった。 もちろん最初は否定したけれど、説得する内に割とあっさりと受け入れてくれた。やっぱり、いざとなると美優の方が頼りになるのかもしれない。
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帰宅すると美優がなんかすっごい恨めしそうな視線をしていた。 視線で人が呪い殺せるのなら体調不良になりそうな視線で。つまるところ迫力のない視線なのだが。 「遅い」 「いやあの」 「……、遅い」 「……ごめんなさい」 あれれ、何で俺謝ってるの? 「ていうか確かに普段より遅いけど、怒られるほど遅くはないよな?」 それだったら美羽はどうなるって話しになるし。 美優はかぁぁっと耳まで真っ赤にして。 「……おなかすいた」 あんたね。 俺は呆れながらも笑ってしまった。まあ、こういう我が侭なら笑って許せるしな。 「わかったよ。晩飯までのつなぎに何か作ってやるよ」 「ありがとう」 美優の顔がやわらかにほころぶ。そうそう、美優はそういう顔のほうが似合ってるって。 台所に立つ。包丁を握る手が少し震えた。ふと、夕日を反射してオレンジに輝く鋭い切っ先の感触が蘇る。リアルな錯覚にくらりと気が遠くなる気さえした。 ……おいおい、これは料理をするためのもんだろう。怖がるようなもんじゃないっての。 自分に苦笑して、もう一度包丁を強く握る。今度は震えなかった。 なんつーか、自分のチキン具合を再確認しているみたいだな、これ。 「けど遅くなったのは悪かったな」 「いいよ、本当は怒ってないから。考え事、してたんでしょ」 両手が止まる。 「……なんでわかったんだ?」 「朝、お兄ちゃん、苦しそうだったから」 美優……。 「お前それ誰のせいで苦しかったかわかってていってんだろうなこらぁ!!」 「きゃあああ! ごめんなさぁぁいっ!!」 少し遅いな。 ていうかやたら遅いなこら。 「お、お兄ちゃん、落ち着いて……びんぼうゆすりはよくないよ」 「そういう美優も、さっきから部屋何往復してるのか知ってるか」 互いに沈黙。苦笑しあって、ため息をつく。 こうなったのも美羽の帰りがあまりにも遅いせいだった。 確かに今までに帰りが遅くなったことはある。しかし今日ほど遅くなったことなんか一度もない。ましてや連絡もないなんて。 これで不安になるなというほうがおかしい、とは思うのだが。 「八時……もう八時というべきか、まだ八時というべきか」 「で、でもお姉ちゃん、今までこんなに遅くなって連絡しなかったこと、ないし」 「それはそうだけどな高校生だろ、高校生ってほら、なんか夜とか遅そうなイメージないか?」 「それはちょっと、あるかも……」 現役高校生が現役高校生の実態について疑問を持っています。 俺ら二人とも学校が終わり次第帰宅するタイプだからな……あんまり遊び歩かないんだよな。その点、美羽は友達との付き合いや生徒会もあるからたまに遅くなることはある。とはいえ、そういう時はきちんと連絡を入れるんだけど。 何かあったのか、と兄妹二人の心配がピークに達した頃。 「ただいまぁ~」 「美羽っ!」 「おねえちゃん!」 俺たちは先を争うように玄関に飛び出し、同時に停止した。 「やあ、こんばんは、ヒロト君、ミユ」 「えっと、お邪魔します……あ」 「失礼する……あ」 何故か美羽と一緒に入ってきている乃愛さんに……放課後の、コスプレ二人組み。 向こうも俺に気付いて驚いている。特に姫と呼ばれたほうの少女なんかは……え? 「……………………」 気のせいか? どこか、嬉しそうにみえる。 「さて、驚いている二人に紹介しよう」 乃愛さんが大仰なしぐさで腕を広げる。そちらをみて再び視線を戻すと、彼女はさっきまでの感情を綺麗に引っ込めていた。あるいは、俺の気のせい、かも知れない。 ていうかたぶんそうだろ。俺を見て喜ぶ理由がないし。 「彼女らはさる国からやってきた、王女とその騎士だ」 ……………………、は? 「へぇ~、お姫様なんです…………か?」 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。 え? あれ? と、ここでネタばらし、みたいなノリは? 数ヵ月後そこには元気に走り回る俺の姿とかあの時はもうだめかと思ったよとかは? え、嘘。 …………マジにお姫様? 美羽を見る。 「こくん」 乃愛さん。 「にやにや」 少女達。 「にこにこ」 「きりっ」 最後に、美優を見て、その表情を見て。 ああ、こいつも俺と同じ気持ちなんだなぁ、なんて思って。今の俺たちにできることをするだけだ。 はい、じゃあ、せーの。 「「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」」 俺たちの叫びは、隣近所中に響き渡ったという。 乃愛さんはソファに腰を深く沈めたまま、静かな瞳で俺たちを見ていった。 「というわけで、彼女達をしばらくここに泊めてあげてほしいわけだ」 「先生、ちょっといいですか」 「なんだい?」 「というわけでからいきなり話始めないで下さい! 事情くらいきちんと説明してくださいよ!!」 「どうせ最後には泊めることになるんだし、細かい事情なんかどうだっていいだろう」 うわなんかすごい理不尽だー!? 「……別に二人住人が増えることは問題だとは思いませんよ、ええ。確かに部屋は余ってますから」 最大で四人いた頃ですら広かったんだし。それも、俺たちが今より小さい頃の話だ。 両親共に、もういない。美優がうちに来たのは母さんが死んでからだ。 そんなわけで、部屋の数は余っている。 「だからって、素性や事情もわからない人を泊められないし……それに、年頃の女性二人ですよ? そんなのと俺みたいな年頃の男がひとつ屋根の下ってのは問題でしょう、どう考えても」 むしろ学園としては止めるべきなんじゃないだろうか。どこぞのお姫さまだというのならなおさらだ。 ていうか、お姫様ならなおさらうちなんかに来る理由がわからない。 俺は二人に視線をむけた。 綺麗な長い金髪の彼女はどこかの国のお姫様で、ユリア・ジルヴァナ様というそうだ。ありきたりな表現だが、人形のようなというたとえがとてもよく似合う。 また、纏った雰囲気も一般人とは一線を画したものがあるのだが、人を拒絶するようなものではない。むしろ親しみやすい雰囲気だ。 そして付き従うのがレン・ロバインさん。ユリア様に従う騎士でありメイドでもあるらしい。その強さの一端はすでに見た。高速にして優雅な剣技は明らかに俺の数段上のステージにいる人間の動きだった。 初対面の時の印象も手伝ってとっつきにくい感じを受けるが、この場での彼女は毅然としていた。どうやらユリア様が関わると見境がなくなるらしい。それだけ、大切なんだということだろう。 その気持ちには共感できる。 「そうだね、確かに君の言う通りだ。言う通りなんだが……その辺の理由については今は『話さない』」 「……話せない、じゃないんですか?」 「ああ、話さない。私が話すつもりがないだけだ。どうしても聞きたければ他のみなに聞けばいいさ、答えるかどうかは、別だがね」 俺は他の三人、つまりは美羽とユリア様とレンさんを見回した。美羽はまあ、答えないだろう。ユリア様は聞けば答えてくれるかもしれないが、真実を話しているのかどうか、判断できない。レンさんは……むしろにらまれてますが、俺。 「それに一つ屋根の下問題だが大丈夫だろう、キミはヘタレだからたとえ裸で彼女らが歩いていたところで襲わないさ」 「なんかそういわれると男として無性に腹立たしいんですけどねぇ!?」 「はんっ」 鼻で笑われた。うう、そんな目で見ないで下さいよ! ええそうですとも、チキンですよヘタレですよ、襲う勇気なんかありませんとも! でもほら、俺だって青少年なんだし、ちょっとこう、暴走したりするかもだし! 「まあ兄貴が何かしたら、あたしが奪いつくすし。色々と」 「ちくしょう、自宅のリビングなのにアウェーの空気じゃねえか!!」 せめて優しくして! 「て、いうかですね。二人はいいんですか、こんなのがいて」 「ノアさんからは、ヒロト様は安全すぎるから好きなようにしろと」 だからその評価はどうなんだ。明らかに俺で遊んでるな、乃愛さん。 「そもそもお姫様だって言うのなら、それなりの扱いがあるんじゃ……」 「まさか魔法使いを大々的に迎えるわけにもいかないだろう」 いや、そんなの魔法使いだってことを隠せばいいだけで……。大体危険な連中って言うのはどれだけ隠蔽しても暴いてしまうようなイメージがあるんだけど。 そもそも、だ。その、なんだ。こんなに可愛い人が家の中にいるって俺の理性が色々大変な事になるんだが。俺だって健全な男子高校生だ。確かにチキンだが、それでもほらなんか若い衝動とかね、あるわけよ。 そんなもん炸裂させたら美羽に文字通り冷たくされてしまいそうだが。 「まあ何かあれば彼女がちょん切ってくれるさ」 「何をですか、何をちょんぎるんですかっていうかあなたもカチカチ鍔を鳴らさないで!!」 目がマジなんだよ、レンさん。 「ああもう、どうせ俺が何を言ってもむだなんでしょう! 別に構いやしませんよ、二人を泊める位なら」 「そうか、それはたすかる。ああちなみに期限は決まっていないから最悪一年くらいいるかもしれないからその辺りよろしく」 「長いなおい!?」 せいぜい数日から数週間、長くともひとつき程度だと勝手に思っていたんですがっ! 「まあまあ、お兄ちゃん……どうせ今更何言っても仕方ないんだし……」 「いやまあそうだけどさ。それよりもお前はいいのか、あの人たち。美優は人見知りするだろ」 美優は困ったような笑顔を浮かべる。 「あ……うん、なんか、たぶん、平気」 妙に言葉に詰まっているな。 美羽はさっきから緊張しっぱなしだ。お姫様とその付き人に緊張してるんじゃなく、俺が何かやらかさないかと緊張しているように見える。 そんなに常識がないようにみえるか、俺は。 「はぁ……とりあえず美羽、部屋割りとかはお前に任せるから、二人を案内してくれ。俺は乃愛さんともう少し話があるから」 美優も行ってこい、と送り出す。その二人に連れられてユリア様とレンさんは部屋を出て行った。 その時、ユリア様がこちらをちらりと見た。なんだろう? だがその疑問の答えはなく、彼女はそのまま美羽についていった。 ……なんとなく好意的な視線を送られている気がするのは、自意識過剰だろうな。 「何を一人しきりに首をかしげているんだい?」 「いや、別に……それよりも乃愛さん、これ一体どういうことです?」 わけがわからない状況全てをまとめて、これ。何が問題でどうなっているのかいまいち把握できない。 まあ乃愛さんならこれで意味を汲み取ってくれるだろう。 「私としても少々困惑しているというのが現状だね」 乃愛さんはタバコに火をつける。 本来嫌煙家の彼女がこのしぐさを見せるのは自分に対する喝入れのようなものらしい。 曰く、 『失敗したらまたこれを体内に充満させる。そんなことにならないためにも頑張ろうという、そういうことだ』 せめて褒美でもやればいいのにと思ったのだが、乃愛さんは『これでいいんだよ、これで。褒美はもう十分だ』なんて言っていた。 乃愛さんと出会ってからもう十年近くになるだろうか。初めて会ったのは、母さんの葬儀のときだった。親父と母さんに、よく世話になっていたそうだ。その関係なのか、今では俺たちが乃愛さんによくしてもらっている。 「黒須川が言っていたが、少々私の周りが騒がしくなりそうでね」 「だから『説明しない』んですか。俺って力になれないですかね」 「君の力を借りてしまえば楽ではあるだろうがね、それでは私が満足しない」 ぷかーっと煙を吐き出す。薄く広く、見えなくなるくらいに広がる。乃愛さんはその煙を視線で追う。俺も釣られてその動きを追った。 「まあぶっちゃけ君を驚かせたいだけって言うのもあるんだけどね、九割九分九厘九毛九糸くらい」 「それは十割って言っちゃったほうが早いでしょう。てか十割って正直に言えよ!」 「いや、君の驚いた顔はなんと言うか魅力的でね、何かあるたびにその顔が見れないかとつい考えてしまうわけだ」 意地の悪い笑顔は本気だった。本気でそんな事を考えている顔だった。 「大概ですね、あなたも……学園のことを知らされたときなんか、本気で驚きましたよ」 「ああ、あれはよかったね、君の表情の中でも歴代三位には入る」 うわーい、全然嬉しくねぇ。 「まあ、何かあれば彼女らもついでに守ってあげてくれ」 「別についでにするつもりもありませんけどね」 「それは助かる。それから、これ、当面の生活費だ」 どん、と机の上に置かれたのは決して小さくないサイズの鞄だった。どっからとリ出したのか疑問だが。 やたらと重量の詰まっていそうなそれの中を開くと、 「ぶーっ!? 乃愛さん、いくらなんでも銀行強盗ははんざがはぁっ!?」 「君は私をなんだと思っているんだ? 銀行強盗なんかやらないよ、やるなら口座の値段を書き換えるぐらいさ」 よりタチが悪いと思うのは俺だけだろうか。 「何、遠慮することはない。仮にも一国の姫を迎え入れるんだ、当然の流れだろう」 鞄の中の見たこともないくらいの量の札束にくらりとする。圧巻だった。これだけの数の福沢諭吉を見る機会なんて、この先一生ないだろう。 心臓に悪い。 「……けどうちで生活する以上、生活レベルはうちに合わせてもらうわけですし。正直助かりますけど、これは量が多すぎる気が」 「一国の姫を迎え入れるんだ、何が起こるか、わからないだろう?」 「…………」 なるほど、あんまり気分のいい話じゃないな。 つまりはこの先俺たちが被る物理的精神的被害に対する保証金のようなものだろう。 「まあ、受け取っておきます」 明日にでも口座に……って、明日は土曜日か。まあ早いところ銀行に入れてしまおう。 手元においていても気分が悪くなるだけだしな。 「理解が早くて助かる」 こういうことにばかり理解が早い自分はあんまりまともな人間じゃないよなぁとか思ったりする。美羽や美優なら今のやり取りだけでこの大金の意味を察することは難しいだろう。それは俺の理解力というより、発想力の問題だ。 他人に対しての善意が前提にある人間とそうでない人間の違い、というかなんと言うか。単純にひねくれているだけだが。 乃愛さんは頭上に視線を向けた。なにやら騒がしい足音と声。 「これから――」 「はい?」 「もしかしたら、色々な事が変わっていくかもしれないね。望む方向へ、あるいは、望まぬ方向へ」 そうかもしれない。俺は無言で乃愛さんの視線を追った。 彼女達がなぜ現れたのか、これからどんな風に俺たちの日常が変わっていくのか。 変わらない、なんてことはないだろう。人と人が関われば、そこでは何かしらの変化が生まれる。 「ああ」 思い出した、今朝の夢を。 なんだ、ほんとに益体のない夢だな。俺なんかが考えてもどうしようもないことだ。 世界がどうなっているかなんて。 でも。それでもたぶん。 変わっていく。俺はそれに巻き込まれずには、いられないだろう。 俺のすぐ傍に現れた、可愛らしいお姫様と、その騎士という、二つの世界に。 「まあ、なんですね」 「うん?」 「親父はこういうの、好きそうですよね」 俺の言葉にきょとんとした乃愛さんは、しかしすぐに相好を崩した。 「何を言ってるんだか。君だって好きだろうに」 乃愛さんの言葉を、俺は。否定しなかった。 ま、嫌いじゃないですよ。 疲れていたんだろう、ユリア様とレンさんは早く就寝についた。 なんだかんだで俺たちも疲れていたので、今日はみんな早めに寝る事にした。 問題を先送りしているような気もするが今更言っても仕方がない。とにかく、明日から順番に事実を整理していくしかないだろうな、なんてのんきにぼんやり考えていた。 「とまあ、なんかうちが騒がしくなりそうだよ」 電気もつけずに、暗闇の中で呟く。 目も閉じたまま。世界は完全な闇に覆われている。心地よい闇に身を沈め、無音の静寂に浸る。 「親父も母さんも、生きてたらなんて言ったかな。俺みたいにごねたりはしなさそうだよな」 暗闇に、その奥にある遺影に、その更に奥の、あるいは、そのずっと手前の、記憶へ語りかける。 親父も母さんも、もう声もうまく思い出せない。時折耳の奥に声が響くが、はっきりと聞き取れない曖昧なものだ。 記憶って言うのは、残酷だと思う。それでも、思い出が、一緒にいた頃の気持ちがあるからこうやって思い出したくなるときがある。 「色々気になることはあるけど……ま、精一杯やってみるよ」 立ち上がる。 親不孝な話だが、こうやって互いの顔も見えない状況でないと仏壇の前に座ることもできないんだから情けない話だ。 「変わる、か……日常だけじゃなくて、俺も変わっていけるのかな。なんていったら、母さんに怒られるな」 変わりたいのなら他人に頼らずに自分で変わりなさい。さもないと、変わりたくないときに他人に変えられてしまうわよ。 幼稚園児に何言ってるんだと思わなくもないが、あの人はいつも本気だったから。本気で自分の子供と、結城大翔という人格と向き合っていたから。 「じゃあ、お休み……ん」 部屋を後にして、静かに扉を閉じる。 月明かり差し込む廊下はしんと静まりかえり、生きた気配が何一つない。死んでいるのとは違う、静寂、停滞。 その中に、空気の中に、わずかに静電気のようにぴりぴりとした気配が混ざっている。違う、気配よりももっと曖昧な何か。 それに、一抹の不安を覚えた。 このときから、俺の世界は変わっていっていたんだと思う。 けど俺は知る由もなかった世界が、加速して。周りだした事など。 同時刻。 結城家より遥か南の異国の地の荒野の中にいくつかの人影があった。 暗闇の中で薄暗い影しか見えないが、その集団の湛えた異様な雰囲気は隠し通せるものではなかった。おそらく、その場に人がいたのならばわけもわからぬままに腰をぬかしたであろう。 得体の知れない恐怖。未知のものに対する危機感。そういったものを感じずにはいられない集団だった。 影のひとつが口を開いた。決して大きな声ではない。しかし、聞くものを震え上がらせるような響きを持った声。 「現在の進捗度は?」 声に答えたのは若い男の声だった。仮面でもしているのか、声がこもっている。 「順調は順調ですね。が、少々予定外の事態も発生しています。僥倖ともいえますがね」 そこに割り込む、少年らしき声。 「あんだよ、その事態って。面倒なことじゃないだろうな」 「予定外は予定外ですから、面倒に変わりはありません。ただ、うまくすれば計画を早められます」 「その、予定外とはなんだ?」 男は声を切る。 「どうやら、彼女がこちらへ来たようです。場所などはわかりませんが、穴に大きな揺らぎができました。あの世界でこれだけ派手に穴を開けられるのは彼女くらいなものでしょう」 「あっはは! なぁに、あのお嬢さんったら、結局そんなバカな事やっちゃうんだ! 話どおりじゃない、ねえ!?」 「は、はぁ……」 甲高い女の声に答える男の声は、情けないものだった。その声に、ちっと舌を鳴らす女。 「ふん……誰が現れようとも我々がまずやるべきことは変わらん。とはいえ、やはり使えるものは使うに限るか……各自で一応の注意は払っておけ」 どうやら最初の男がリーダー格らしい。 しかしながら、その男の声に答える声は散漫だ。男はそれになれているのか特に気にした風もない。 「集まる地点だけ把握しておけ。そうだな、ポーキァ、お前が一度集中点を見ておけ。あるいはそこに彼女が現れている可能性が高いからな」 「えぇ? めんどくせぇなぁ」 ポーキァと呼ばれた少年は、言葉とは裏腹に残虐な響きのこもった声を上げた。 「それでは……ん? ガーガーは何をしている?」 「ああ、ガーガーは、その……臭いを感じて、先に行ってしまったようです」 男の言葉にやれやれとため息をつき、鋭い瞳に鋼鉄の意志を覗かせ、男は言った。 「では、我々の最後の務めを果たそう。遍く世界の敵となり、悉くの全てを斬り捨て、ただ願いのためだけに邁進しよう」 ゆらり、と景色が歪む。 なにをしたわけでもない、彼らの強烈な意志に当てられ、世界が揺らいだただそれだけ。 「往くぞ、何も躊躇うことはない、視界に入る障害は全て蹴散らし打ち砕け。我らの周りは、全て敵だ」 答える声はない。 応える意志があり、それらは思い思いの方向へ歩き出す。 ただひとつの目的へ向けて、散り散りに。 「世界の全てを、喰らい尽くせ」 どこかで、夜が明ける。 どこかで、日が暮れる。 いつもと変わらぬ世界のどこかで、常ならぬ者達が動き出した。 その事に世界が気付くには、今しばらくの時が必要となる。
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親父について世界中――といわないでも、かなりいろんな場所を回った。 時には、命の危険が突いて回るような地域に行った事だってある。無論、安全には気を使っていたけども。 ……親父は、特に俺の安全には気を使っていた。やりすぎなんじゃないかと思うくらいに。 『何でそんなに神経質になるの?』 小学五年生の、冬。どこか北の国で、窓の外の吹雪を眺めながら親父に尋ねた。 俺のどこか言葉の足りない疑問も、親父はちゃんと理解して答えてくれた。 『うん。僕は美玖を守れなかったから、どうしてもそれが気になっているんだよ。だから、ヒロが危ないことにならないか、どうしても気にしてしまうんだ』 『じゃあ、なんで俺をいろんなところに連れてってくれるの? それだって、十分危ないと思うよ』 『あはは……そうなんだけどね。でも困ったことに、僕はヒロの気持ちを尊重したい、その願いを可能な限り、叶えたいと思っているんだ。それは僕が、いや、誰もがきっと一度は願うことだからね』 親父はそういって、窓の外をさびしそうに眺めるのだった。 『だから今でも迷う。迷い続けている。果たして僕は、どうするべきなんだろう。守りたい大切な人たちがいる。でもその人たちは、たとえ危険を犯してでも叶えたい願いがあるんだ。僕は、迷う。僕の願いと大切な人たちの願い、果たして、どちらを優先するべきなんだろうね』 俺は母さんがどうして死んだのか、知らない。ただ親父が、葬儀の時に小さく謝ったのだけは知っていた。 迷ったのだろうか。母さんを守るべきなのか、母さんの願いを守るべきなのか。そして、親父はそのどちらかを選んだ。結果を見るのなら、おそらく、後者を守ったのかもしれない。 でもそれは正しいのか。きっと、ずっと、悩んでいる。 ――たぶん、親父はその答えを見つけたんだと思う。それがどんなものだったのかはわからないけど、でも少なくとも親父が一人の少女を守り抜いた事だけは、今ここにいる俺は知っている。 『僕は生きた、こうして生きている』と、ユリアさんが伝えてくれた親父の最後の言葉。最後の最後まで、親父は生きていた。 そんな人を、俺は、ずっと、追い続けている。その背中を、思い出している。 拳が朝の清涼な空気を切り裂き、汗が朝陽に輝く。 もう完全に日課となった朝の鍛錬。俺は一人河川敷で汗を流していた。 結局ファイバー達の襲撃はないまま、夏休みの終了まで残り一週間を切っていた。俺達はどこかほっとした様な、それでも小さく胸の奥でざわつく不安を抱えながら日常を過ごしていた。 こうして体を動かしていると、親父のことを思い出す。俺の動きはすべて親父に教わったものから出来上がったものだ。多少自分なりにアレンジしたり工夫を凝らしたりしてみたりもしているが、根底の部分は変わらない。 体を動かしていると、昔に還るような気分になるのかもしれない。だから、あんな昔のことを思い出したのだろうか。 最期の掌底を虚空に打ち込み、体をぴたりと止める。ぴんと張り詰めた空気が最後に残った。 「そういえば、結局親父ってどれくらい強かったんだろうな」 ふと思う。異世界じゃ何でも最強とまで呼ばれていたらしい。無論今の俺とじゃ比べるまでもない強さなんだろうけど、それほどまでに強いといわれると想像がつきにくい。 ……かといって、誰某の何倍強いなんていわれてもそれはそれでわかりにくいけど。 「はい、ヒロトさん。タオルですよ」 「ああ、ありがとう……ってうおわっ!? ユリアさん、いつからそこにっ!?」 ひとりだったはずなのにいつの間にかユリアさんがタオルを持っていた。ありがたく使わせてもらうけど……。 「実はヒナさんが空気に擬態して隠れるというのを聞いて、似たようなことができないか試してみたんです。やはり魔法は発想が大事ですね、こんな使い方、私は考えたこともなかったです」 風でも操って気配を消したのかもしれない。しかしなぜ、いきなりそんなことを。 「タイヨウ様がどれほどの強さだったのか、気になるのですか?」 「うん……俺、親父が戦ってるところってほとんど見たことないんだよな」 見たことがあるものにしたって、戦いと呼べるようなものじゃなかった。街で絡んでくるような連中は、よってくる虫を払うような、親父にとってはそんな程度のものだった。そして、そんな突発的なトラブルでも起きない限りは親父の戦う姿なんて見る機会はなかった。 それ以上に危険極まりない場所へは、いつだって親父一人で行っていたからだ。 「でも、ヒロトさんはそういうことを気にしないでいいと思います」 「気にしてもしょうがないってのはわかってるんだけど、な」 「いえ、そうじゃなくて。なんて言うんでしょう、うーん……」 ユリアさんは少しだけ宙に視線をさまよわせた。 「なんていうか、ヒロトさんは戦いに勝つ事は望んでないと思うんです。といいますか、勝つ事は二の次といいますか……ヒロトさんが戦っているところは見たことがないので、よくわからないんですけど」 「……いや、いいよ。ありがとう。言いたいことはなんとなくわかったから」 ユリアさんの言うとおりだった。俺が戦うのは勝ちたいからじゃないんだっけ。 それが、今回は相手があんな化け物連中で、しかもこっちを――ユリアさんを狙っている。世界を壊すなんて平然と言い放つ常識はずれの連中だったから。どうやら俺はまた、流されていたらしい。 「うん……そうだな、俺はいつもそんな感じだったんだ。思い出したよ」 気負いすぎるのは、なんつーか俺のキャラじゃない。俺はもっとこういい加減な人間だからな。面倒くさいと思わず朝食を手抜きにしてしまうようなそんな男だ。 「そんなわけで本来の俺を思い出したので、今日の朝食は手抜きにするか」 「えぇっ!? 毎朝ヒロトさんのご飯が楽しみで起きているのに、そんなのあんまりです!!」 「ユリアさん、その食いしん坊な発言は年頃の女の子としてどうかと思うぞ、さすがに」 さらに言えばお姫様としてはどうなんだそれ。いや、お姫様だって別においしいものを食べるためにおきたって問題ない……のか? でもなぁ……。 釈然としない気持ちを抱えていると、ユリアさんが手を引いた。 「ほら、戻りましょう。今日は久しぶりに学校の蓋を点検する日ですよ。力のでる朝食を、期待していますからね」 そう。 夏休みも残り少なくなってきたところで、俺達は長らく放置したままだった蓋の点検をすることにした。 蓋はファイバーの襲撃以来実は一度も点検も再構成もしていない。危険だからだ。 でも、もうそうも言っていられない。蓋の強度からして限界はあるはずだし、もしかしたらやつらの手によって壊されている可能性も否定できないのだから。 そんなわけで、今日。 俺達は学校へ行くことになっている。 朝日が、まぶしい朝だった。 この朝日を、俺はずっと忘れない事になる。 俺の人生が、大きく変わった、この朝と、そして―― 「がんばりましょうね、ヒロトさん」 輝く、たった一つの笑顔を。 いつもと変わらぬ夏の日。 焼き殺すつもりかと文句を言いたくなるような日差しの中、俺達は学校にいた。さすがにばらばらで行動するわけにも行かないので固まって動くことになる。そうなると、全体の確認には時間がかかってしまうがその辺りは乃愛さんが助っ人を呼んでくれたので、数でカバーだ。本当に顔が広い。 「とはいえ、一番手馴れているのはなんだかんだで私達だからな。とりあえず、学校の敷地内は私達の担当だ」 他の人たちは学校の外のポイントを回っているらしい。こんな時でも、学校は部外者立ち入り禁止のようだ。 しかし何度考えてもおかしいと思う。 異世界の穴は学校内含め、こちら側の世界――コミューンの至る所にある。確かに、学校の外の街中にまでぼっこんぼっこん穴が開いている。 けれども。 「その地図が気になるのか、大翔? まあ確かに何かあると思うよな。何しろ、学校を中心にして螺旋を描くようにして穴が開けられてるんじゃな」 弓を入れるような長い袋を肩に担いだ貴俊が、ひょいと俺の手元を覗き込んできた。 袋の中身は、ついに完成した貴俊専用の危険極まりないオモチャだ。実際にこの目で見てはいないのでその形まではわからないが、長さだけを見ればかなりのものだ。 ……高校に入りたての頃に俺が言ったアイデアが採用されているらしい。非常に複雑な心境だ。 さておき。 「ああ……それも、同じ世界から開いた穴が近くにないように、ある程度の距離が開けられている。そして学校の中の穴はといえば、こちらは無秩序に穴を開けられるだけ開けた感じだ」 それはつまり、この学校こそがエネルギーの集中点とされているようには見えないだろうか。 何か、いやな予感がする。それも、途轍もないいやな予感だ。 「みんな早く戻ってこないかなぁ、さすがに不安だよね、こんなの」 陽菜はびくびくと周りを見回している。視線をあちこちに飛ばしながら、それでも不安でずっと俺の服の裾を掴んでいた。 ……一度狙われたからこっちのほうが安全かと思ってつれてきたんだけど、さすがにこれなら残してきたほうがよかったかもしれないな。 「沢井は擬態の魔法使いだし、周囲の空気に敏感なんだろうな。何か不穏な空気を感じてるんじゃないのか?」 そう貴俊が言った時、林の向こうからぞろぞろと人が出てきた。美羽、美優、ユリアさん、レンさん、乃愛さん、沙良先生、エーデル。特に問題はなかったようで、その表情には若干の余裕が伺える。これじゃあびくびくしていた俺達が間抜けだ。 俺は地図をたたむと、ポケットに捻じ込んだ。皆を出迎える言葉を口にしようとしたとき――その横を猛烈な勢いで駆け抜けた影がひとつ。 「せえええええぇぇぇぇんせええぇぇぇぇぇえいっ!!!!」 自慢の脚力を存分に生かし、乃愛さんに特攻をかます陽菜。ぽーんと勢いよく宙に飛び上がった体はまっすぐに乃愛さんへと飛んで――ひょいとその場を退いた乃愛さんに受け止められずに、背後の林へと突っ込んだ。 「うきゃぁああぁぁぁっ!? あ、あだだ、いだーっ!?」 バキバキバキィッ!! うわぁ……すごい音。低めの樹が茂っている部分にダイブしてる。枝が刺さったりしてないよな? 「乃愛さん……何してるんすか、仮にも先生でしょうに」 「いや、彼女のタックルには手加減とかそういった要素が絶無なのでつい、ね」 どんな時でも全力全開、ツッコミに使うのは鋼の拳という、猛進する猪突さえも轢殺するような性格が災いしたらしい。 「ひ、酷いよ先生! 愛すべき生徒が不安でどうしようもなくて助けを求めて抱きついたって言うのに、無残にもそれをさらりと回避するなんて!」 頭から木の枝を生やしたお前の顔も相当に無残なものだぞ。だがしかしそれでもなぜか傷ひとつ負っていない辺り頑丈とかそういうのを超越している気がする。あれか、ギャグ漫画体質とかいうやつか。 とか思ったが、よくよく見てみると陽菜の頭の一部がささくれ立っていた。剣山……らしい。よりにもよって身を守るためのチョイスがそれかよ。 「まったくもう、みんなよく平気だよね。こんなに空気が歪んでるのに。正直陽菜は呼吸するのだってしんどいんだよ?」 「陽菜ちゃん、そんなに辛いの……?」 「しんどいよー。富士山の頂上にいるくらいしんどいよ、いったことないけど。それに何かよくわからないけど、不気味な感じがするもん」 「うーん、アタシはよくわかんないなぁ……」 確かに、今日の空気はどこか違う様な気がする。何がと聞かれても答えられないし、明確な形を持った違和感じゃないんだが。強いて言うのなら、勘や本能の部分が鳴らす警鐘とでもいうのか。 この場所を早く離れたくて仕方がない。 「一応、蓋の確認はほとんど終わっていますし、一度この場所を離れませんか?」 ユリアさんの提案に一同は肯いた。とりあえず、特別に学校の外へ出してもらい、そこで一度他のグループと合流することにする。 「ユリアさんは、特に何も感じない?」 「そうですね……確かに、何か違和感を覚えるのですが、それがなんなのかまでは。何かこう、引っかかるんですけど……」 ユリアさんも釈然としない表情のままだ。こういう、形のない不安は単純な性格の俺にとっては鬱陶しいことこの上ない。 なんだろうなぁ、本当。 気にしすぎたせいか、なんだか背中がむずむずしてきた。 「ヒロトさん、どうかしたんですか?」 「いや、なんか背中がかゆいんだけど……ほら、なんていうか肌の裏がかゆいっていうか、かいてもぜんぜん収まらなくて」 そもそも背中は手が届きにくいからうまくかけないわけで。 そんな俺をくすりとわらって、「それじゃあ私がしてあげましょう」なんて得意げな表情のユリアさんの手が背中を撫でた。 ……逆におもくそかゆくなった気がする。 ううう、気持ちいいのになんだかそわそわする、この違和感は一体……違和……感? そういえば。 俺は今まで連中――というか、ポーキァと戦う時に利用してきたのが例の正体不明の違和感だ。アレでなぜかユリアさん達の世界の魔法を彼女達以上の感度で感知していた。 だというのに、ここしばらくの美羽、美優の通常魔法の訓練中にユリアさんが魔法を使っても、俺はそこまで大きな違和感に苛まれなかった。いや、それは正確じゃない。 違和感に、だんだん慣れてきている。 確かに違和感自体も感じなくなってきているが、それ以上にその違和感を気にしなくなってきている。 ぐらり、と足元が揺らいだ気がした。 「ヒロトさん、どうしたんですか?」 もしも、今感じているこの違和感がそれと同種のものだとしたらどうだろう。慣れによる感覚の麻痺で小さな違和感として感じているだけで、実はこの学園全体で魔法が使われている……あるいは、その下準備が行われているのだとしたら。 陽菜がそれに気づくことがあるのかどうかだが、陽菜は『擬態』の魔法使いだから自分の魔法の対象である周囲の空気に対しての感覚が鋭敏になっている。何かしら違和感を覚えても不思議じゃあない。 そしてユリアさんは、ずば抜けた魔法の才能を持っていると言う。そんな彼女なら、魔法を感知する能力もずば抜けているんじゃないだろうか。 もしこの考えが正しいのなら。俺たち三人以外の人間が、この違和感を感じていないことの理由だと言うのなら。 「考えすぎ……なのか?」 俺はゆっくりと校門を振り返った。 青空を背景にシンと静まり返った学校は、どこか不気味に見える。 「ユリアさん、ちょっと――」 聞きたいことがある。そう続けようとした瞬間、 ――ドォォォォンッ!!!!!! 「うわっ!?」 「きゃぁぁっ!!」 突然の爆音に遮られて言葉を続けることができなかった。なんだ、襲撃か!? 「ユリアさん!」 とにかく、ユリアさんを抱き寄せる。何が起こるかわからない状況だ。油断はできない。 そしてそれに続いて、 ドォン! ドォン! ドォン!! 今度は、遠くから何かの爆発するような音。見れば、街のほうでもくもくと黒煙が上がっている。 「姫、お怪我はありませんか!?」 「だ、大丈夫です……それよりも、これはいったい……」 爆発は今も続いている。北から南から、近くから遠くから。街のあちこちで、次々に爆発が起きている。 いったい、何が起きてるっていうんだ!? 「なんや、よくない流れを感じるな……感知の得意な魔法使いは、周りの空気に気をむけてみ。なんや空気がざわつきだしたで」 沙良先生が油断無く周囲を見回す。今も爆発は続いていて、街は騒然としている。何が起こっているのか、誰にもわかっていないようだ。 誰かがどこかで泣いている。悲鳴が空引き裂いていく。 くそ、なんだよこれ……なんだってんだよ!! 「ヒロト君、地図を貸してくれ。まさかとは思うが――」 俺から地図を受け取った乃愛さんの顔が、苦いものへ変わる。ちっと舌打ちをして、遠くを睨みつけた。その視線の先で―― ドォォンッ!! 「なっ!?」 炎が上がり、黒煙が昇る。 何で乃愛さん、今の爆発がわかってるみたいに……。 ま、さ、か? 俺は乃愛さんの手にある地図を覗き込む。そこには街中の穴の位置が記録されている。その方位や距離を見れば、ここからの大体の位置も推測できる。そして、記された穴の位置は……。 「異世界の穴が、爆発してるのか? それとも、その地点で爆発を起こしているのか!?」 「なんですって!? そんな事をしたら蓋がはじけ飛ぶどころか、集まったエネルギーによって穴がさらに広げられてしまいます!」 連中の目的は、最初からこれだったのか? それじゃあ、あいつらの次の目的は、いったいなんだ。やつらは何を企んでいる? 異世界の穴をこじ開けて、いったい何を。 ――ドクン。 あ……。 心臓を、氷の手で鷲掴みにされたのかと思った。それほどの、冷たい恐怖が、襲い掛かってきた。 後ろ。後ろを振り返る。学園がある。そこには、異世界への入り口が無作為に無造作に、あまりにも大量に密集して存在する、学園。何一つとして爆発していない穴を大量に抱えた。 巨大な、力の群。 「伏せろ――――ッ!!!!」 衝動に衝き動かされるまま、がむしゃらで周りの人たちを掴み、地面に押し付けた。俺の言葉に真っ先に反応した貴俊も、俺と同じように周りの人間を地面に押し付け、その上に覆いかぶさった。 そして。 ッッッッパアァァァン!!!! 「ぐああぁぁぁっ!?」 大気が破裂し、暴風が世界を薙ぎ払う。伏せている体が無理矢理大地から引っぺがされそうになる。荒れ狂い逆巻く風が大気を切り裂き、悲鳴のような音を立ててびゅうびゅうごうごうと暴れまわった。 果たしてどれくらいの時間そうしていたのか。目をつぶって全身に力を込めて、ひたすらに耐える時間は、長いようにも短いようにも感じた。 いつの間にか、体が軽くなっている。すでに世界は静けさを取り戻していた。寒気がするような静けさを。 恐る恐る、顔を上げて――絶句した。 なんだ……これ……むちゃくちゃにも、程があるだろうがっ! 学園を中心に渦巻く黒い雲。それはどこまでも広がり、世界を黒く闇に隠してしまっている。暴風のせいか、辺りの建物はいくらか倒壊してしまっている。近くの地面に鉄パイプが突き立っている。あんなものがぶつかっていたら、ただじゃ済まなかっただろう。 先ほどまでではないにしろ、やや強めの風がずっと吹きつけている。街は停電してしまっているのか、炎以外の明かりは見えない。 ほんの、数分だぞ? たったそれだけの時間で、世界がまるっきり、別物になってしまった。 「これも……ファイバーたちの狙いだって言うのか?」 「そんな、ひ、酷いよ……」 「むちゃくちゃだわ! こんなの、許されるわけ無い!」 「とこっとん悪者だよ、あの人たちは!」 俺達は学園を見上げる。やはり、あいつらはこの中にいるんだろうか。俺達が日常を謳歌する、この場所で。だったら、無性に腹が立つ。 「へっ、ここまでやってくれてんだから、こっちから手ェ出したって問題ねーよなぁ?」 「まったく、彼らは実に美しくないな。何から何まで、破壊的だ」 貴俊は荒々しい笑みを浮かべ、エーデルは乱れた髪を直しながら、キザったらしい笑みを浮かべる。 どーでもいいが、お前あの暴風の中一人風に向かって立ってたけどよく平気だよな。アホか。 「ふむ……どうやら協力してくれていた人たちには連絡がつかないか。学園長もどこにいるかわからないし、ここは私達教師の出番かな?」 「ま、ガッコと生徒を守るのがうちらの仕事で、役目で、義務で、趣味やしな」 乃愛さんと沙良先生は、不敵な様子で静かに立つ。 「姫様。彼等の行い、もはやこの手で討たねば私の信念が許しませぬ」 「私もよ、レン。王国の英雄の仇というだけではない。彼等の行いは、幸福の敵です!」 まっすぐな瞳に決意を込め、凛として空を見上げて立つレンさんとユリアさん。 俺達は互いに肯きあい、その足を学園へと戻るために踏み出して……いきなり止まった。 「先生方、質問が」 「はい、ヒロト君どうぞ」 「あの……地面から生えている腕は、なんですか」 校門の向こうのグラウンド。その地面から巨大な腕が突き出していた。いつ生えた、あんなの。 腕は子供の胴体ほどの太さはあるだろうか。正直腕と言われても信じがたい太さを持っている。巨大な木の根といわれたほうが信じられる。 「巨こ」 「それ以上喋ったら上下一本残らず歯を抜きつくすぞ」 あれを見てまだふざけたことをいえる貴俊の神経にはある意味感服する。あんな青い腕。あんなの人間の腕じゃない。化け物の腕だ。 って、化け物? 「まあ、おそらくはガーガーとかいうヤツだろうな。何故あんなところに生えているのかなんて知らないが」 それにしても近寄りづらい。なんだあれ、罠か。罠にしては随分とあからさまだろ。 対処に困っていると、背後で足音が聞こえた。 「誰かいるのかっ!?」 慌てて振り返るが、そこにいたのはただの男性だった。敵意などは感じない。学園に避難しにきた……わけじゃないよな? 基本立ち入り禁止だし。じゃあ、何をしにこんなところへ? 「おい、アンタ。ここはあぶねーからさっさとどっか行っちまった方が――あ?」 ぞろ。 ぞろぞろ。 ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろっ!!!! その男性の後を追うように、次々と人が押し寄せてきた。 「な、何よこの人たち、気味悪い」 よくみれば、その顔は一様に感情というものが感じられず、視線は虚ろをさまよっている。まるでゾンビのようだ。 人々は不気味な足取りで俺達を囲んでいく。その動きは奇妙に機械的で生気が感じられず、異常なまでに統制が取れている。 なんだこいつら、敵なのか? でもそれにしては敵意はさっぱり感じられないし、何をするつもりなのかもわからない。かといって、このまま黙って囲まれたら、何をされるのかわかったもんじゃない。 「ちっ。こいつら、操られとんのか? 厄介やな」 人々は次から次へと押し寄せ、俺達から一定の距離をとってその密度を高めていく。まるで人の壁だ。 「ああもう、何から何までわけのわからないことをしやがって! もっとわかりやすく動けっての!!」 「ふむ。ならそうさせてもらいましょう。みな、行け」 え? なんて疑問を持つ暇もなかった。今まで一定の距離を保っていた人の群れが、どっと押し寄せてきたからだ! 「ぬあああっ!? く、そ! なんだよ、放しやがれ!!」 「お、おにーちゃんが余計なこと言うからぁ!!」 何だと、俺のせいか!? わらわらと集まり、体に掴みかかってくる人人人! くそ、操られているからと思って加減してやってれば調子に乗りやがって! 「ええい放せ、は・な・せ!!」 ガスガスガスガス! ドスドスドスドス!! 次から次へと急所に拳を蹴りを叩き込む。いくら操られているとはいえ、気を失ってしまってはどうしようもあるまい! 「ちょっと兄貴、なんか兄貴のほうが悪者っぽいよ!?」 「うるせえ、一撃で眠らせてんだからいいだろうが! 鉄腕パンチ振り回してる陽菜より百倍マシだ!」 すでに陽菜の周りはちょっとした惨劇の様相を呈している。全力でないのが救いだ。 「でも、これでは何がなんだか――きゃぁっ!?」 「ユリアさん!?」 突然、ユリアさんの体がふっとその場から消えた。 今度は何だよ!? 「ヒロトさん、助け――うっ!?」 「ユリアさん!」 声の聞こえたほうへ視線を向けると、そこには。 「貴様、今すぐにその手を姫から離したまえ!」 木の上に立ち、ぐったりと気を失ったユリアさんを抱えた変態仮面――エラーズがいた。 今の人ごみにまぎれて、さらって行ったのか。俺の、目の前で。 「お前……!」 くそ、人が邪魔で進めない! 「今彼女を放せば大変なことになりますがそれでもよろしいので? さて、それでは彼女は頂きました」 「ふざけんじゃねぇ!!」 轟! 空を切り裂く音。エラーズの髪が、ざわりと揺れる。 「……ふん、魔法ですか。だが、その距離で魔法を使えば姫君が巻き添えを食うかもしれませんよ?」 それに、と、その視線を学園のグラウンドへと向ける。 「操られているだけのこの人々を、無視してしまうのですか?」 何? その言葉に、つられてそちらを見て――開いた口がふさがらないってのはまさしくこのことだ。 「グルウゥァァァッ」 ガーガーが、巨大な岩盤を持ち上げて立っていた。 自分の体重の何倍あるモンを持ち上げてるんだよ、あの怪獣は! ぎょろり。目が合った。あ、なんかヤベえ。 「グルウウゥゥゥゥッ!!」 「エーデル、美優、周りの連中を全部後ろに吹き飛ばせ! 生きてりゃ問題ない下手に傍にいれば逆に危険だ、手加減すんな! 美羽とレンさんは――」 ブォン! 一体何トンあるのか想像もできない巨大な岩盤を、ガーガーはよりにもよって放り投げてきた。なんという驚異的な膂力。岩盤はほぼ地面と平行に飛来する。 「ゴアァァァッ!!」 「あれの処理だ!!」 咆哮をあげるガーガーの姿と、その横に立つエラーズの姿を一瞬だけ睨みつけてから、手と目の前の岩盤に意識を集中させる。 周囲で風と水が渦巻き、邪魔な人々が勢いよく引き剥がれ、流されていった。だが、そんなものを気にしない。目の前にまで迫った、黒い巨大な死を――打ち抜く! 「今だ!!」 魔法を解き放つ。確かな実感とともに打ち出された力は、岩盤の中心をを確かな手ごたえと共に抉り削る。そこに、美羽の放った炎とレンさんの刃が襲い掛かり岩盤を砕いた。 ガラガラと轟音を立てて砕け散る岩盤。だが、そんなものには目もくれない! 「待てヒロト君、危険だぞ!」 制止する声も聞かずに、崩れ落ちた岩盤の破片を乗り越えたが、そこにはやはり、誰もいなかった。 間に合わなかった。わかっていた。わざわざ待っている理由なんかないんだから。 まただ。いつもそうだ。俺は間に合わない。手遅れだ。 ――ふざけるな。 「兄貴」「お兄ちゃん」「ヒロ君」「大翔」「ヒロト殿」「ヒロト君」「結城」 みんなが心配してくれている。 けど。 足りない声がある。 それをみすみす手放したのは、俺が弱いから。 ああ、くそ。 目の前だって言うのに。俺はまた何もできなかった。 ふざけるな。ふざけるなよ。ふざけんじゃねえよ。 「ふざっけんなあああああああっ!!!」 腹の奥底から、叫ぶ。怒りが脳を焼き尽くす。 自分への怒りが、止まらなかった。 抑えきれない激情に、空を見上げ――、 「……………………」 「……………………」 上がって来い。 そう瞳で告げ、ファイバーはその体を翻した。 それも、お前の計画とやらの一環か? 俺たちをこの中へ呼び入れることに何かの意図があるのか? まあいい、乗ってやろう。いずれにせよ俺達はお前を止めなくてはならない。何よりもユリアは絶対に取り戻す。お前が何を考えていようと、それは変わらない。やることはすでに確定された。 「ファイバーが、屋上にいる……」 「何、本当か!?」 レンさんが屋上を見やるが、すでにその姿を見ることはできない。 「空を飛んでいっても、すぐに落とされちゃうかな……」 「ここから魔法で狙っても、もし姫がいれば巻き添えにしてしまうな」 つまり、俺達は地道に階段を使って上るしかない。まあ、いつも学校を使っているんだ、普段どおりというわけだ。 こんな時に。 「何企んでるんだかしらねーが、まあやることはかわんねーんだ」 貴俊は肩の袋を担ぎなおす。 「最初からそう簡単に事が運ぶわけはないと思っていたんだ。目的がひとつ増えたとて、なぁに、かえってやる気がわくというものだ」 「うちらのホームが敵陣いうわけやな。あいつら、うちらをバカにしすぎとるな、ちとお仕置きしてやらないかんな、結城」 な、と乃愛さんが頭をくしゃくしゃと撫でる。それで少し、冷静さを取り戻す。 「悪者に捕まったお姫様は、みんなで助けなくちゃ。ね、ヒロ君」 陽菜の明るい、真剣な笑顔。友達を思いやる、暖かな。 「兄貴、今度はへましないでよね」 バカにするように信頼を向けてくる妹。 情けない俺がいる。弱い俺がいる。でもだからといって、諦めていいわけじゃない。諦めきれるわけじゃない。 だから動く、歩く、足掻く。自分の足で、自分の意思で。 もう一度その手を掴むために。そしてその手を放さないために。 「よっしゃお前ら。気合は入れたか、覚悟は決めたか? バカを殴り飛ばしてお姫様を取り戻す、ついでに世界まで救えるぞ。敵が何を考えてるのかはわからないし、どこで待ち伏せされてるかもわからない。俺達はそんな中に正面から突っ込む特攻やろうYチームだ」 本当は、陽菜や美羽や美優には引き返してもらいたい。わざわざ、危険なことに首を突っ込んでほしくはない。 けど、絶対に退いたりはしないだろう。何が何でもついてくるだろう。それなら、俺も最初から腹を括って覚悟を決めるしかない。 「あいつらに俺達の意地を見せてやる。あいつらが夢を叶えるついでに世界を壊すのなら、俺達はユリアを取り戻して世界を救うついでにあいつらの夢を粉微塵に砕いてやるだけだ。俺達は俺達のやりたいようにやる。俺達の我が侭で、あいつらの我が侭をぶち抜き壊す!」 ごちゃごちゃ考えるのはもうやめた。 そうだ、やることなんかいつだって変わりはしないのなら、後は覚悟を決めるだけだ。 他人の迷惑顧みず、自分の意志を貫く覚悟を。 俺は踏み出す。 戦いへの一歩を。 今、ここは。 世界の、中心だ。
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目を覚ますとファミリーに囲まれていた。 おう……ぱーどぅん? 「えーっと、これはどういう状況だ?」 疑問を素直に口にする。美羽が猛然と怒りだした。 「どういうもこういうもないでしょ!? 聞いたわよ黒須川先輩に! 何危ないことしてんのよ!!」 あー、なるほど。だんだん記憶が戻ってきた。 つまりあれか。気絶した俺を貴俊がうちまで運んできたのか。この間遊びに行ったときに俺の家の場所はばれてるしな。 いつつ……体を起こすのも一苦労だ。こりゃしばらくは日常生活も苦労しそうだな。 リビングにはかつてない人数が集まっていた。美羽、美優、ユリアさん、レンさん、乃愛さん、沙良先生、貴俊。俺の顔見知りはほとんど集まっている。 それにしても何年ぶりになるんだろう、美羽がここまで怒りを露にするのは。 「なんだ、貴俊もいたのか。あ、沙良先生もありがとうございました。それで、どこまで?」 「全部話したぜ。そうでもしないと納得してくれそうになかったからな」 まあ、そうだろうな。それは仕方がないか。 美羽、美優、レンさんそして――ユリアさん。それぞれ思うところはあるだろうが、全員が共通しているところは、俺に対して少なからず怒りを感じているという点だろう。この表情を見てそれを察せないなら、そいつは鈍いとか通り越してる。 さて、どう答えたものか。 「えーっと、とりあえずごめんなさい?」 逆鱗に触れた。美羽の平手が頬に炸裂した。きれいに吹き飛ばされて床にごろんと転がってしまう。 美羽……か、仮にも怪我人に対してその仕打ちは酷いのでは……おや? か、体に力が入らないぞ。てこれはまさか! 「美羽さん!? あなたもしかして俺の体力根こそぎ奪ってませんか今!?」 視線だけを美羽に向けると、鬼の形相で手の平をこちらに向けていた。怖い! あの目は俺を殺す目だ! 美羽の魔法『弦衰』は、触れた対象と自分に不可視の糸を繋ぎ、その糸を介して対象のエネルギーを吸収するというものだ。この吸収するエネルギーはなんでもいいらしく、熱エネルギーから運動エネルギー、位置エネルギーなどさまざまなエネルギーを吸収してしまう。もっとも、巨大なエネルギーを吸収すると美羽の肉体のほうが持たないから限度はあるが。 んで、そんな魔法を使って美羽は俺のエネルギーを根こそぎ奪っているのだ。勘弁! 勘弁して!! それ結構生死に直結しちゃうから! お兄ちゃんマジ冷たくなっちゃうから!! おのれよもやポーキァではなく妹の手で命の危機を迎えることになるとは!? 「無茶する兄貴にはこれでいいのよ、少しは反省しなさい! なんなら今後動けないように常に体力一定ずつ奪っていこうか!?」 「お、鬼子じゃあ、ここに鬼子がおる! ていうかお前今のは人の子の発言としてどうかとお兄ちゃんは思うわけですが!? 人権って言葉知ってるかお前!?」 恐ろしいライフプランに背筋が凍る。この歳でベッドで介護生活は本気で勘弁いただきたい。あと指先がそろそろ本格的に動かなくなってきたんでやめて。なんかまぶたも重くなってきたんで本当にやめてくださいお願いします美羽様!! 「お姉ちゃん、このままだとお兄ちゃん明日には燃やさないといけなくなるから、もうやめよう?」 「葬式をやたらと遠まわしかつ恐ろしく表現するのはやめて下さい!」 美羽の怒りを灼熱の烈火とするなら美優の怒りは極寒の氷河。 「ねえ、お兄ちゃん。みんながなんで怒ってるのか、わかる? あ、ふざけるのはダメだよ?」 殺される。 俺は今日、ここで殺される。本気でそう思った。 「……なんとなく、わかる。俺が、美羽の話を聞いたときと同じ理由、だよな」 何よりも許せないこと。それは、自分の大切な人が、どこかで傷ついてしまうこと。自分に何の相談もなく、危険に飛び込んでしまうこと。自分が何もできないと思われていること。他にもいろいろあるかもしれない。一言じゃ説明できない、山ほど積み重なった泥沼みたいに重くて深い、いろいろな感情。 「うん、そうだよ。でもね、ワタシはそれ以外でも、ものすごく怒ってることがあるんだよ、お兄ちゃん」 美優は俺の顔に手を当て、まっすぐに視線を合わせた。静かな深い怒り。その中にある、俺を思ってくれている気持ち。 ああ、重いな。そう思う。その重みに押しつぶされないように、視線を合わせる。 「どうして言ってくれなかったの。言おうとも考えてくれないの。最初から最後まで、ワタシ達に少しでも話すことを相談することを、欠片も迷わずに選択せずにやってしまうの」 静かな目。俺だけを静かに映す瞳。湖を覗き込んでいるような錯覚にとらわれる。水鏡のように。 「何でだろうな。性分ってことでも、ないと思うけど」 ただ思考と感情がポーキァに限定されたとき、そのように体が動いていた。やるべきことを自分の中で考えて、それだけをひたすらに実行するように動いていた。 人に説教しておきながら自分が同じことをするのは、まったくもってガキくさいと思う。やった後に気づいても意味がないけど。 俺の言葉に美優がため息をつく。俺を見る瞳が――なんだろう、普段よりも柔らかくなっている。もしかしたら、美優は俺の行動の理由を俺よりずっとわかっているのかもしれない。 「ともあれ、ヒロト殿が無事で何よりだった。今後は同じようなことがないように願いたいものだがな。さすがに君が傷だらけでクロスガワ殿に抱えられてきたときは私も驚いた」 「すみません、心配かけまして」 素直に謝る。 「本当だよ」 ぎうぅぅぅぅっ!! 「いったい痛い痛い! ちぎれる、ほっぺが千切れる!!」 今回のことは失敗だらけだったと思う。彼女達の日常を守るために、その不安要素を捕らえようとして失敗。話も何も聞けなかった。その上、こんな有様で帰ってきたものだから酷く驚かせただろう。 日常を守ろうとして、日常にひびを入れてしまったわけだ。本末転倒てのはこういうことを言うんだろう。 貴俊と目が合う。苦笑していた。 乃愛さんと沙良先生は同じような表情で見ていた。説明は難しいが、なんかこう、見守られているというか、そんな感じだ。こそばゆい。 「ともあれ、これでこの件を知ってしまった人間がまた増えたわけだ。さらに複数の襲撃者も確認されたわけだな」 「ていうか、乃愛さんがバカ兄貴のことを止めてくれればよかったんじゃないですか?」 美羽は頬を膨らませる。怒りは当然ながらまだ収まっていないらしい。まあ、まだまともに謝っていないしな。 俺は美優の手を借りて、どうにか体を起こす。ああもう、美羽のヤツ。きれいさっぱり体力を抉り取っていきやがって。 「今日のことは、本当にすまなかった。俺一人でどうにかしようなんて思って、悪かった。心配をかけて、本当に、ごめん」 謝罪の言葉を述べ頭を下げる。体がぐらつくけど根性で押さえ込んだ。 「……今度同じようなことしたら、うちの敷居はまたがせないからね」 「ああ……ありがとう」 そっぽを向いたままの美羽の言葉に苦笑する。みんなの顔を見渡して、ああ、帰ってきたなと実感した。 「さて、今後の方針だが私は今後も君達を見守る立場を取り、同時にヒロト君の意思を尊重する。何しろ彼は放って置いたら勝手にしでかすからね。それならば協力をして万全の体制を整えた方が安全だ」 まったくもっておっしゃるとおりなのでぐうの音も出ない。いつもながらきっついなぁ、この人は。 「ま、事情を知ったのがサラとタカトシ君というのは不幸中の幸いだといえるね。サラはこれでも様々なことに精通しているし、タカトシ君は……ま、これは私が言うことではないな」 「雑学を溜め込むいい機会だと思ってんで、まあテキトーに巻き込んでくれると嬉しいね」 というよりは、久々に全力で暴れる機会ができて嬉しいだけだろう、お前は。 貴俊の性格をある程度把握しているはずの乃愛さんは、貴俊の建前に苦笑する。嘘は言っていないけど本当は言ってないからな、否定しない。 「それで、私の提案だが……この三人ももう調査に加えるべきだと思う。というか、ある程度固まっていたほうがいい。何しろ敵は姫を狙ってきているしヒロト君とタカトシ君は相手に顔を覚えられている。それを夏休みの間中単独で行動させるのは、多少危険が伴うと考えられる」 乃愛さんの言葉に納得の表情を見せるみんな。確かに、そのとおりかもしれない。特にポーキァは俺達に対して敵愾心を強く持っていてもおかしくない。あれだけ罠にはめてはめてはめてやったんだし。 あれだけ罠にきれいにはまってくれるとこっちとしてはものすごくやりがいがあったのは事実だけど。 「というわけで、夏休み中タカトシ君は彼らとなるべく行動をともにしてくれ」 「ういーっす。まあこっちとしても四六時中一緒にいられるなら願ったりっすよ」 おい、こら。なぜこっちを見る。体にしなを作るんじゃない、気色悪い。 「サラは保健室にいるのだろう? なら彼らを……特に、ヒロト君達と一緒にいない人を気遣ってくれ。敵の顔がわかっているのはこの中では君達だけだからね」 「ん、まかしとき。ましゅまろも、がんばろな」 ぽんぽんと跳ねるましゅまろ。だからどういう原理で動いてるんだ、それ。 「今後は敵の存在にも気をつけながらの調査となるから、君達それぞれがよく気をつけてくれよ。こちらも、一応各所と連絡をしてはいるが色々と難しいことになってきているからね」 「ああ、わかった。調査はもう数日もかからないうちに詳しい結果が出せると思う」 レンさんの話によれば、数日前に仕掛けた探査の魔法で詳しい魔力の配分や量の分析ができるので、その結果をみればどんな原因があるのかを特定できるということだ。 後数日。それで調査は終わり。 その結果しだいで、今後の動き方が決まってくる。 「今日はお兄ちゃんのこと、ありがとうございました」 「それが教師の仕事やからな。あんたも見送り、ありがとな。馬鹿兄貴はしっかりベッドに縛りつけておくこと。治るもんも治らんくなるからな」 まさか生徒と共に命を賭けて戦うのが仕事の教師など聞いた事がない。沙良の言葉に美優は小さく笑った。沙良はその意味を悟りながらも何を言うでもなく、美優に背中を向けた。 「それより黙っててええんか、あんたがあの場に来たことは」 「言っても仕方ないですし、本当に、私は見に来ただけ、ですから」 その声だけでわかる。美優が嘘をついていると。しかし沙良の知る限りでは美優がポーキァとの戦いに参加した事実はない。となれば……。 「ヒロト君たちが見たという、狐の面の男、かな?」 「あははは、何のことでしょう」 その余りの白々しさに、乃愛も眉をひそめた。 「……ミユ、君は何を考えている?」 「『何も』」 小さな声で、それでも力のこもった声で。けれども視線は合わせずに。美優は小さくくちびるを噛む。乃愛はそれを見て続けようとした言葉を飲み込む。 美優は嘘をついていることを隠そうとしていない。そもそも隠しごとができるような性格ではないのだ。それでも嘘をついていると示すことで、相手の意思を拒絶している。 はぁ、と大きなため息が場の空気を破った。貴俊だ。 「ま、いいんじゃないすか。今後はみんなまとまって行動するんですし、特別美優ちゃんが危険になるってこともないっしょ」 「しかしだね……」 「どーせ何も言いませんって。あいつの妹なんですよ? こういっちゃあなんですが、美優ちゃんは美羽ちゃんよりずっと大翔よりの性格してると思います」 その言葉に乃愛も大きくため息をついた。あまりといえばあまりな言い分だが、妙な説得力を持っていたからだ。 「血よりも濃いものに毒されとるんやなぁ、ましゅまろ」 「サラ、星を見上げながらしみじみ言わないでくれ」 三人を見送った美優は小さく肩を落とした。 美優がエラーズとの接触について語らなかった理由はただひとつ。彼の魔法あるいは能力についての話になることを恐れたからだ。そうなれば、自分の魔法についても語る必要性が出てくるかもしれない。 結城美優の持つもうひとつの魔法――ユリアたちの世界の通常魔法。 「魔法、かぁ……」 手を月にかざす。柔らかな光が遮られ、指の隙間から淡い輝きが漏れた。 その指先に小さく光がともる。蛍の光のような、幻想的な小さな光。 「美優ーっ、何してるの?」 「うひゃあっ!?」 突然の背中からの声に急いで振り返れば、そこには姉の姿が。いつも通りの元気な姿に見えるが、美優にはそれが無理をしているのだと当然のように理解できる。 「ううん、なんでも」 「それなら早く家に入りなさい、もう、夜も遅いんだから」 そしてそれは自分も同じだろうな、などという考えがふと浮かんだ。 失いたくない。ただその一心が美優を衝き動かした。だからこそ、もう一度手にしたこの力。しかしそれでもやはりそれを打ち明けることには恐怖が付きまとう。 だから、 「……うん、お姉ちゃん」 笑顔で忘れる。そうすれば心に残るのは、今ここにある全てだけになる。 失いたくないこの全てに包まれることができる。 ベッドには貴俊に運んでもらった。食事する気力もなかったので、ブロック型のバランス栄養食をジュースで無理やり喉に流し込む。体は疲労でもすぐにでも眠ってしまいたかったが、やっぱり戦いのことが響いているのか寝付けない。 暗い部屋の天井を見上げ、ぼんやりと今後のことについて考えていた。 俺は明日からの調査に参加。とはいえ、俺達のやることはほとんどないだろう。護衛……するのかされるのか微妙なラインだな。まあせいぜい、ポーキァや変態仮面がいないか注意するくらいだろう。 相変わらず、何もできないな。はぁ……。 そのとき、きぃ、と扉の開く音がした。静かな足音がゆっくりと近づいてくる。 「ん、誰……?」 「ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」 ユリアさんだった。そういえば、さっきの話し合いの間中ずっと暗い顔をしていた。何か気になることがあったんだろうか。 首をめぐらせてユリアさんを見ると、どこか落ち込んでいるような雰囲気だった。どうしたんだろう? 「立っていないで、その辺にある椅子でも座布団でも、好きに使いなよ」 「はい……あの、ベッドに腰掛けてもいいですか?」 ……いや、いいけども。いいけども! なぜか胸の鼓動が高まる。おいおい、別に他意はないんだって落ち着けよ結城大翔。 俺は体を少しずらして、ユリアさんが座るスペースを空ける。体を起こそうともしたんだけど、寝ていてくれといわれたのだ。まあ確かに体はしんどいままなのでお言葉に甘えさせてもらうことにした。 すっと、やさしい手つきで柔らかなユリアさんの指が、俺の腕の火傷のあとをなでた。それだけで、痛みが少し引いたような気になってしまうのはどうしてだろう。 「痛かった、ですか? こんなに酷い怪我をたくさんして、辛くはなかったですか?」 「いや、痛かったし、辛かったよ。あんなに痛い思いをしたのは、そんなにないと思う」 火傷もそうだが、打ち身や切り傷もいくつも負った。全身、傷を負わなかった場所はないくらいにいろんな場所に傷を残した。 「それでも、ヒロトさんは少しも泣こうとは思わなかったんですか?」 「うーん、泣こうとは思わなかったなぁ」 泣くことはできないと、なんとなく思う。 「そうですか……ねえヒロトさん。あなたにとって、泣くって、どんなことですか?」 不思議な質問をするなと思う。でもなんか声が心地いいし、疑問なんかどうでもいいか。 「泣く……かぁ。どうなんだろうな。そういえば、もう結構な間、泣いてないような気はするけど」 ぼんやりと、意識が朦朧としてくる。まるで子守唄を聞いているみたいだ。 「ヒロトさん。私があなたが帰ってきたとき、その姿を見て、そしてあなたが何をしていたのかの話を聞いて、すごく、悲しかったです。寂しかったです」 柔らかな暖かさが手を握る。眠りにつこうとする体で、小さく握り返した。 「ヒロトさんは、きっとこんな気持ちだったんですね。あなたが時々浮かべていた辛そうな笑顔の意味が、わかった気がします」 あれ。そんな顔、してたんだ。参ったな、今度からは、もっと、気をつけ、ないと。 「どうしよう、ヒロトさん。私には我慢できないよ」 握った手が引き寄せられて、熱い雫が指を打った。 どうすることもできなくて、ただ、その手を強く握り返す。 「どうしてそんなに、あなたは強いのかな」 そんなことない。強いなんて、そんなこと。 俺は、ただ……。 「意地……はってる、だけだから。もう自力で立ってられない、気がするから。だから、強いんじゃなくて、怖がりなんだ、俺」 もう、眠いな。何を言ってるのか、自分でも、もう……。 「泣くのが、怖いんだ……あの、」 ああ、なんだろう。この暖かい雫が、なんだか懐かしい。 「雨の日から」 ――耳の奥で、雨がざあざあと、大地を叩いていた。 いつの間にか、彼は寝てしまっていました。 あの雨の日。それが、果たしてあの日なのか、それはとても気になったけど、でも結局聞けませんでした。怖くて。 ねえ、ヒロトさん。 「私は、あなたの傍にいていいのかなぁ」 この胸にこみ上げるのは、小さな希望? それとも絶望? 湧き上がる涙を堪え切れなくて、私は彼の手をただ握り締めるしかなかった。暗いこの世界で、それだけがただひとつの暖かな光に思えた。 ざあ、ざあ。ざあ、ざあ。 灰色の景色の中、透明な雨が体をぬらしていく。すべてが終わった今、俺の心にはうすぼんやりとした疲労感だけが残っていた。 あたまはぼうっとして、何を考えているのか自分でもよくわからない。目を閉じると浮かんでくるのは、親父の安らかな顔だった。同じような顔は、四年前に見た。そのときは、母さんだった。 結局、俺の両親は俺達兄妹の制服姿を見ることができなかったことになる。それを、俺は寂しいと思う。両親も妹達も、とても寂しいと。 だから、俺ががんばろう。 親父と母さんの代わりなんてできないだろうけど、せめて親父達ができなかったことを代わりにしてあげよう。料理も、洗濯も、掃除だって全部できるようになってやる。妹達が入学して卒業するのも、全部お祝いする。俺が全部やってやらなくちゃいけない。 今日からは、やることがたくさんある。だから休むのはこれで最後だ。 「立たないと」 口に出して、歯を食いしばる。頑張ろう。その決意を込めて立ち上がる。 ブランコが、きぃ、となった。 そういえば親父と数日前に、なぜかブランコに誘われた。この年にもなってなんて思ったけど、親父に無理やり引っ張られて。あのときから、なんとなく今日という日を迎えることはもうわかっていた。ううん、ずっと前から、本当はわかっていた。 思い出が、心を押し潰す。 あんなに楽しい思い出たちが、笑顔がいっぱい詰まった思い出たちが、こんなに、苦しいんだ。 空を見上げる。瞳の奥が加熱したから、それを冷やさないといけない。零れそうになるものを、無理矢理押さえつける。 突然、誰かから声をかけられた。 「ねえ、なにをしてるの?」 俺と同じくらいの、女の子の声だった。 「別に。空を見てただけ」 「どうして空を見てるの?」 「理由なんかないよ。ちょっと、見たくなっただけ」 強い雨が顔を流れていく。額を流れていく。あごを流れていく。頬を流れていく。目じりを、流れていく。顔に当たって暖かくなった雫たちが、流れていく。 「そうなの。でもあなた、まるで――」 ――泣いているみたい。 はっと目を覚ますと、朝日が顔を差した。どうやら昨日はあのまま寝てしまっていたらしい。 全身に残る疲労感を感じ、昨日の一連の出来事が頭をよぎった。今日の朝食は多めに取っておいたほうがよさそうだな。普段よりも空腹な気もするし、今日もまだしんどい一日になりそうだ。 心なしか体も硬い。いや、体が硬いというよりは、まるで全身を締め付けられているようだ。さらに言えば、布団とはまったく別種のぬくもりに包まれている。これがまたなんとも安心できる暖かさなのだ。そして柔らかい。うん、まあ、なんだ。 視線を、横に移すのがこんなに怖いことだとは知りませんでした。 はっはっは。まあまあ落ち着きたまえよ結城大翔。いいかい、いくらなんでもそんなことがそうそうあってはいけないに決まっている。これは俺の気のせいだそうに違いない。そんな、美優みたいなこと、ねえ? ぎぎぎ、と顔をゆっくりと回転させると、そこにはほら。 ユリアさんの寝顔がありました。ていうか抱き付かれております、ハイ。 「う――わ」 いやいやいやいや、え、なにこれデジャブ? 結構前に美優が同じようなトラップを仕掛けていったことがあった気がするけど、あれ、今度は、あれ? と、とにかく落ち着くんだ結城大翔。動悸を抑えろ、そう、心臓が停止するほどまでに抑えるんだ! 死ぬやん。 まずは落ち着け、冷静になれ! そう、落ち着け、落ち着いて……はぁぁ、今日もいい天気だ。いい終業式になりそうだなぁ。 違ぁー! 落ち着きすぎても意味がないんだよ、なんだ今の、縁側のおじーちゃんか!? とにかく、ユリアさんを起こさないと! ユリアさんの顔を見る。そういえば、学園案内のときにもこんなに近くになったっけ。やっぱり、綺麗な顔立ちをしていると思う。朝日に輝く髪も見事だった。その唇からは、ゆっくりと呼吸が漏れている。 「…………………………………………はぁっ!?」 だから! 見とれてる場合じゃないんだってば! 「ユリアさーん! おきて、起きてくださーい!」 小声で強く訴えかけるという器用な技を編み出した。人間やれば何でもできる。 何度か声をかけているうちに、ようやくユリアさんがゆっくりと目を覚ました。 「……………………ぇ? ええぇええぇええええ!?」 がばぁっ! ごちんっ! と布団から飛び起き、ベッドから転げ落ち、ずざあぁぁ! とすさまじい勢いで壁まで後ずさる。 「お、落ち着いてユリアさん! ほら、大丈夫、俺は何もしていませんから!」 ……してないよね? ちょっぴり自信が持てない俺だった。 だが、ユリアさんはどうやら思い当たることがあるらしく、すぐに冷静になる。 「ふぅ……よかった。この光景を人に見られたらどうなっていたことか」 「どーなるの?」 「そりゃあお前、やっぱりいつものパターンとしてはどつかれ……っておい!? 陽菜、お前そんなところで何してる!?」 陽菜が部屋の窓枠に座っていた。いつの間にっていうか、見た? 見られた!? 「いやぁ、陽菜ちゃんビックりだね。まさかヒロ君が朝から野獣にトランスフォームしちゃってるなんてねー」 「おおおおおちおち、落ち着け陽菜! おおお、俺は何もややや、やましいことはしていないぞっ!?」 「うん、とりあえずヒロ君が落ち着こうね? ところでヒロ君、本日の朝の感想は?」 「とても柔らかかったです」 焦ったせいか、口が勝手に動いていた。 しまった、と思ったときにはもう遅い。鋼の拳が、吸い込まれるように顔面へ。 「ぶげふぅっ!?」 朝日を受け、華麗な放物線を描く俺。ああ、朝からなんでこんなことって、着地点にユリアさんが! 危ない、危なーい! どしん、と重苦しい音を立てて、ユリアさんにぶつかってしまった。音の割に柔らかいというか気持ちいい感触が広がる。 「う……ユリアさん、平気?」 まともに受身を取れなかったせいで、ユリアさんに覆いかぶさる形になってしまった。いつかとは逆の光景だ。 つまり近い。 「ひ、ひゃい! だいじょうぶれふ!」 お互いに顔を真っ赤にして硬直。 そんなこんなでもたくさしていたのがいけなかった。 「ちょっと兄貴ー。朝から何ばたばた……何してんのよこのバカ兄貴ぃぃぃぃ!!!!」 「お、落ち着け美羽! これは陽菜の大いなる陰謀がってあのやろういつの間にか姿消しやがった!?」 「言い訳は結構よ! 今日はもう許さないわ、その体中の変態エネルギー、枯渇させてやるから覚悟しなさい!!」 「とか言いつつ目は、目潰しは――ッ!? うぎゃあああああああ!!!!」 お父様お母様へ。今日も妹は無闇に元気です。 追伸。 近々そちらへいくかもしれません。
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目が覚めたとき、ゆっくりてんこはラッパに似ているとても無骨な楽器を手にしている事に気づいた。 酷く不吉な物に思えたが、無意識に後生大事に握り締めていた。 確か、「ブブゼラ」という奴だろう。至近距離で聞いた機会があったはずだが、正直楽器として音色を 楽しむ用途には向かないと思ったものだ。 周囲を見回すと、自分と同じゆっくりてんこが5名と、人間が一人不自然な姿勢で眠っていた。 よく見ると、隅にゆっくりぱちぇさんとゆっくりメルランも転がっている。 空調の効いた、小奇麗な部屋だった。 四方を面白そうな本が詰まった本棚に囲まれ、テーブルの上には最新のゲーム機と有名なソフトが 積まれていた。部屋の隅の箱から覗く玩具の数々も、中々魅力的だ。 ―――しかし、出口が無い。 トイレにもいけないが、食料も一切無い 日付は、テーブルにあった日めくりの卓上カレンダーで確認した。 「ぬう………」 いつからこの部屋に入れられたのだろうか? 寝起きという事もあるのだろうが、全く思い出せないのが自分でも不気味だった。 (――そういや、いつからゆっくりマフィアになったんだっけかな) 前は警察官をやっていたのだが、正確な年数は覚えていなかった。そんな事だから、昨日食べたものが 何だったのかも思い出せない。 いや、確か魚やら煎餅やらを野外で貪っていた記憶がある。 ―――少し思い出せそうだ。 その一方で、ゲームソフトには目配りしてしまう。 まずは部屋の中で眠りこけているほかのゆっくりどもと人間一匹を叩き起さねばと歩み寄った所で、 部屋のどこからか声が聞こえた。 『お目覚めかね りぐる君』 「わたしはゆっくりてんしだが……」 『……………』 「……………」 『……………』 「……………」 離れた所で、ひどく言い争う聞こえが暫く聞こえた ―――何間違えてんだ ―――どっちも対して変わらねえ 等等。 どうやら声は天井から 聞こえている事が解った。 少し気を取り直したように、落ち着いた声が続いた。 『これは失礼。 メディスンファミリー のてんし君』 「いや、てんこ大家族(ファミリー)だ」 『………………………』 「メディスンファミリー の構成員に、何でてんしがいるんだ?」 今度はもう喧騒は聞こえなかったが、声の主は大きく咳き込んでいるのが解った。 無視してぱちぇさんとメルラン以外の全員を起して回りながらも、声は何とか続いた。 しかし、誰も起きようとしない。 『少々手違いはあったが』 「誰よあんた………」 『本当の名前を教えても解らないだろう』 「どこのファミリーのもんだか。兵糧攻め?」 『いやいや、我々の秘密基地の一つを発見できる程度のゆっくりだ。元々君達のチームについては評価 していたのだよ』 「組織名も私等の名前も間違えたくせいに……」 『 ”AYAYA BLOSSOM” に入らないかえ? てんし君』 ――本当に知らない名前だった。 AYAYAという事は、きめぇ丸の偽者が運営しているのだろうか? 何にせよセンスのなさにうんざりする、 「トレードが目的だからと、ゆっくりをわざわざ監禁するとか、卑怯すぐるでしょう? 汚い流石中小マフィア汚い」 大体評価されるほどの事はしていない。 裏切り者の始末も、ボスの娘の護衛も全て断ってきた事なかれ主義のチームなのだ。 それに、秘密基地の発見とは―――――? 『汚い は褒め言葉だね』 「貶されて喜ぶとか、Mなの? 馬鹿なの?」 『――君達にはどちらにせよ選択の余地はないんだがね」 と、テーブルの上のアナクロなTVが点いた。 そこで映っていたのは――― ―――老いぼれダカラといって用捨するてんこではにい 気炎万丈の剣でバラバラに引き裂いてやろうか? ―――臍がチャを沸かすな。そんな、 ブン………ブン………ブン……… なテンポでは蚊も殺せん。 「あ、ボス」 去年のクリスマスパーティーか、下手をすると任男児の面接が最後、という奴もいるかもしれない。100人近くの やさぐれてんこ達を従え、この界隈では193ファミリーと覇権を争う、名門ゆっくりマフィアのドン、その人である。 「ボス―――でも、何でこんな所で?」 一緒に撃つ行っているゆっくりもみじとは、一触即発の状況であろう。 が、その疑問は多少的が外れていることも解っていた。何故ならその映像の背景は、全員目にした事があった からだ。留守にする事の多いボスだが、入団初期には皆割りと勝手に入り込んで探検したもので…… 「いや、何でボスの自室が映ってる?」 中に対しては甘いも良いところだが、外部の者に関しては、決して用意に入り込める場所ではないはずだ。 『てんこ大家族など、我々にかかれば敵ではないのだよ。 ボスの部屋に到達する事など造作も無い。 将来性もあり、クレーバーな君達だ。 とっとと転職を決めたらどうかね? AYAYA BLOSSOM の、超科学の前に、全てのゆっくりも人間もひれ伏すのみなのだよ!!!』 「こ、ことわる!!!!」 『―――ならば、君達のボスが、今から無様に朽ち果てていく所を目に焼き付けるがいい! そして絶望するがいい!』 と、TVの中では早、てんこボスが両手持ちでもみじに切りかかっていた。 しかし、いかにも余裕綽々といった様子で、もみじは抜刀し、ボスてんこの一撃を迎え撃つ。 決してゆっくりした斬撃ではなかった。恐るべき反応速度である。 逆手で一撃を防いだもみじの得物は、重量級のおそらく中国汲んだりの長刀で、その重さで剣を弾くと、返す形で 斧のような振り下ろしがやってくる。 轟音! 紙一重でこれを右手で持った剣でふさいだボスだったが、斬られるにはいたらずとも、その腕の衝撃たるや、想像も 及ぶまい。 「ぼ、ボス!!」 「きもちi………いや痛い! 主に私が痛い!」 右足で大きく踏み込んで、相手の勢いを殺そうとしたようだが、剣を持つ右手はもう使い物になるまい。 が―――ボスの一瞬のうち震えが、苦痛ではない事はファミリーの一員として、解っていた。 支えにしていた左足をバネに、剣を軸にしてボスは、ダメージなど最初から無いかのようにもみじの懐に入り込む。 そして、腹部に強烈な拳が何発も降り注ぐのだった。 たまらず後退しつつ、剣をぶらせたもみじのこめかみに、とどめとばかりに回し蹴りが追撃した。 「しびれるねい」 後は一方的だった。 「流石一級天人は格が違った!」 お互い既になったゆっくり2体。 ―――しゃがんでガードするもみじに――― 「えーい! こら!」 「やめてー」 ポカッ ポコッ 左手だけだが、同じくいかにも卑怯そうな両足での蹴りが…… 『…………………』 「えーという訳でして……」 経緯までは解らないが、その肝心のボスがこれだけ健在なのだから、今のてんこ達が軍門に下る必要はどこにも あるまい。 「ていうか、この部屋から出せよ!おう早くしろよ」 『………………』 小さくだが、声は心底困った呻きをあげていた。 スカウトが上手く行かないとか恥をかいたとか以前に、ゆっくりマフィアのアジトを襲撃して明らかに失敗いているのだか 無理も無い。 「―――って…」 ┌───────────────────────┐│ _,,...._ |\ ......││ ゝ,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\ ..││ /_,,....,,_\、' r''''/\''ヽ ) ...││ _..,,-" {二__二}r-''''フ ..││ "-..,,_ r''''''''''''''''''''''''''''''''''''''( ▽ )____ノ - ,, .││ // '; i i i ! i i ヽ ',' |''" ..││ .' ' ; ゝ、人人ノ/_ノノ } } i ....││ ,' i /レ ⌒ ,___, ⌒ ! / ノ | ││ i ヽ! /// ヽ _ノ /// / / i | ......││ ! レl ( /| | | .....││ ヽ V.ヽ、 ノ ! 人 | .││ 、_)ノ ノ .>.、.,_____,,...ィ´/イ/ } .| ....││ i / i``iァ-==7´/ `ヽ' | ││ | .i 'ヽr、,.-‐ァ' / Y ! ...││ ノ ` 、 ! | 8 | i 〉 ', .││ Y .__r‐=i 」i/8|i;/ ヽ_ノ_ヘr、 .i ....││ {r'_,. -‐| ',ヘ、レ ,'〈 ,` ,マ .....││ ,.r'"´_,, -‐'| Y / ,ハ ,、 ヾi ││ ,.--、!」 /ゝr-‐'ハ'--、.,_ / `''ヽ, ,'ァ │└───────────────────────┘ と、TVの画面が切り替わる。 今までの映像ではなく、スライドショーが始まっていた。 映るはやはりボスである ┌─────────────────────────────────────────────┐│ ,、 /iヽ ..││ く \{ i }_. -――─‐- 、 /} .││ ,ゝ、_ヽ∠ ___ ; -v⌒iヽY-'"フ ......││ ∠,,...- =  ̄ ̄ (_{__{ /ヽ-'> ..││ , '´ , '"´ ̄ ̄ ̄ ̄ ー‐`ーく `'.、 .││ / / .,r' , , ! ! ', 、ヽ ヽ ', ││ ! f | ./ 八 ! ,ハ i } ', Y i ....││ "-..i Vノゝ、'、ノノ /_ノノi i !;; ー" こっ、これがどうやって詰め物だって証拠だよ!? ││ i ! rr=-, r=;ァ | l .i 言っとくけど詰め物じゃないから ││ .! |"  ̄,__  ̄ "" ! ./ i あんまりしつこいと緋想スウィフトでバラバラに引き裂くぞ .││ ゝ .ヽ、 Y____ノ U / .λ '、 ││ /\| !>.、_ ,.イ/ ハ ', .││ / ! !_ ,,ィ に7 ̄ ̄レ| /ー-、 } ..││ ! >、| ̄7‐r´ ̄|.//レ' ヽ .! .....││ y′´ム_/ァrヘ_/ ヽ \. ...││ / くノ/く_ゝ Y ヾ. ..││ ,′ l | ; イ ││ ;′ {! l} , ___/i | ..│└─────────────────────────────────────────────┘ 「…………これは…………」 ┌─────────────────────────┐│ ,‐-、, , -‐.-..、 _ .││. i ヽ`ー‐ ´ ゙;;''_、_,-'´// ││ ! .> 、 l´ Y ヽゝ,/ ..││ ヽ,./. . . . .`..ー、__ー'ーく ,ノ三`_、 .││ /. . . .. ... ` ー‐ ̄---、_ ││ /. . . . . . . . . . . . .ト、 . . . . . . . . . . . | ) .││ i . . . .斗ハ . . /レ__Lノ / . . . . . . . . .i.__, -' ......││ | .;. . i从__V レ'j`! . . . . . . . ∧ ││ `゚| . .'rr=-, r=;ァノ . . .! . . . . .∧ ││ | . ヘ , ! . .!、, . . .∧ ││ | . i . 、 _ /! . !,ゝ, ヽ_∧ ││ ,| !´ ゝ __ , - ! . | `ー゙\ ││ |.レ /,. ヽ ! ,人 . | \ ││ ル'".//‐-.、 , --,//. .ヽ| _,,, `i ....││ /´ .ノ 、_ /___./, ' / / | ...││ i ∠ .-‐ .'゙`ー、 i ノ ./ ノ | ..││. i. {l ・ .l} V ´ -゙゙| / ! .││ i .{l . . l} |.ノ / ハ ....││ i .{l ・ .l} ._,/! / .| | ││ i {l . . l} | . i ,l ││ |. {l ・ .l} , /. _| .| ...││ {、 .. {l . . l} ./ .'l―---,- ´ |, .....││ / -`ー {l ・ .l} _, " | ! /イ ..││ /.',ー-- . {l . . l} / !,// ! ..││. / く`ー-- {l ・ .l} .,, , -‐/ /, -" | ││ / .-‐ ヘl ` ー -{_ _ l} . / ,. ‐´ .!ヽ i .││ { ヽ ヽ, _,, |,_  ̄ Tー,/ , ". .| \,' ││ ヽ 、_,二 )ゝ ‐ ` 、_/ ,. ‐ i , ....││ ヽ. - ,__(,‐-、 ,人, ! / ...││ >゙- ‐'`ゝ。 , ´. ! ! / ..││. / /`ー-‐ '' i`ー‐´_゛ 、 |./l .││ / / ,/ ゝー―‐´" .││ / ノ´ ......│└─────────────────────────┘ 『まあ何だ。 ―――確かに、腕は立つかもしれないが、君達のボスの知られざる素顔というか―――つまるところは、 こんなゆっくりなんだよ』 「………………」 相手はそこで、落胆するてんこのようすだけでも見たかったのだ折る。 しかし、てんこは無言で帽子の中から大事にタオルで包んでしまっていたPSPを取り出した。 「何処にカメラがあるか知らないが、見てみねえ」 上向きに、テーブルに置いた。 そこには、去年のクリスマスパーティーの様子が動画として記録されていた。 ┌────────────────────────────────────────┐│ p三三ニニ==- ,----、 / _,,...,,.,,... ヾ=- ..││ /ニニ==-‐ / / ̄ヾミ、/ / ヾミ三三 ││...._ |\ /==―- p三三ニニ==\\ ),/ ./==‐ .││,,,, \| ) )_,,....,,....,,....,.,,. )\ / p三三ニニ==- / ヽヽ // \ ......││_,,....,,_\、' r''''ヽ''ヽ/) /==―- ,' 「\ // ̄7 =― .││,,-" { ,ノ'ノ}r/'''' / ̄ ̄ヽ r-{ / ̄ ̄ ̄ ̄ヽ ││-..,,_ r''''''''''''''''''''''''''''''''''''''( (乙ノて_ノ 巛巛 巛 巛 巛 _..,,-"-----'--'--'--'----------- - == ││// r ; ! ヽ i ヽ巛 /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄"-..,,/ ヽ; | !''―‐ ..││' '; i i i ! i r\ 三三ニニ==- ./ ;ハ/トゝ人'、 人/ i ヽ ヽ; ニ=-- .││,' i ' ; ゝ、人人ノ/ノ丿  ̄== 、==============| / | rr=-, \( r=;ァ |; \=- ││i ヽ | 〃 . 从人 〉パ ◎-‐\ニ \三ニ= /∨ VV| " ̄  ̄" | i | 三ニ ....││. |\.| `((((<(( てν ニ=―/ /彡 ! | ト', 'ー=ョ ノ( | | | | ......││ヽ V 人 `、ヾ∠ そゝ-ーヽ_二二二/ /`ヽ ! | へ、 ⌒ ノ 人 / ニ== ││_)ノ ノ ヽ..,__,ヾ、"^Y´ィ人/(〔 て___=/\ ̄三三ニ=∨´\ へ `>r-‐--イ ノ /」-= 人人ヾ .....││/ ノ´ . `ヽ__つ`__/' |=-ニニニ―,--/´ { (永) } | ノ」 三-= │└────────────────────────────────────────┘┌────────────────────────┐│ ト、 .| .| .....││ __|\,>-─‐‐ , - 、_ /| .| .| .....││ ⌒ヽ,.∠ -──-( ノ )`メ /__|_」__ .....││ / `゙' <´ <. / ..││ 〈 ; > ''ア´ ̄`Y'`"< ` 、 `Y´| .││ .`f´/ ./ 八 ! ,ハ i }ヽ \l| | .││ iィ イ ==\/"== / │\ ヽ ││ 〈 |"U ,___, U"! ,イ |/| ......││. λゝ/// ヽ_ ノ ///|/八. ! | | ......││ i iゝ、 'J / ,.イ \| | | ......││. ! | ノ>.、.,,_ イ / | /-、 \| ......││ ! '´/i_.r'` ─r' レ ´ Ⅵ ヽ ......││ ', i { `>彡'´ j 〉 ││ ヽ∧ハ'、 /}ノ lト、 ││ ゜ヾ、 //|/ l| ヽ .││ ヘ -_.ノ/イハ .. ハ ハ .││ {ミ/ー<彡'´ ′ }/ ハ ...││ {ハ ̄ / ∧ .││ ヾ } l ││ | l .│└────────────────────────┘ 『………………………………』 「………………………………」 『………………………………』 「………………………………」 『………………………………』 「………………………………こんな威お前の盗撮程度で、ぐらつく我等のボスのイメージではにい」 今更恥ずかしいとすら思わない。ただ段々記憶が蘇るうちに、「正義」というものの存在を信じていた頃の自分yと、 今の自分を照らし合わせて、少し涙が出た。 が、それは相手も同じだろう。 すごすごとPSPをしまう頃には、ほんの僅かながら相手に親近感が湧いていた。 天井を見上げて、何かを語ろうとした時―――足場が消えた。 出口は別にどこかにあったとは思うが、床にすっぽりと穴が開いてテーブルと他のメンバーは残したまま、てんこ一人のみが 外部に放り出されたのだった。 仰向けに落下しながら、てんこは自分が今までいた場所が何だったのかを知った。 性格には、たくさんある内の一つ。 島のような大きさの―――比喩ではなく本当にそうした規模の、平たいゆっくりはたてが空に幾つも浮遊していた。 その内の一体が口を開いていて、中に何か正方形の影がある事が確認できたので、そこから落ちたのだろう。 「なんてこと……」 ボスを攻撃したもみじはあまり大した事はなかったが、武力とは単なる個々人の戦闘力によるものではない。 あんなはたて『?』一体にどれ程の技術力と財力がこめられ、何のポテンシャルを秘めているか想像も出来ないが、 AYAYA BLOSSAMなる組織が、世界征服とか、そんなマヌケな事を言い始めても絵空事とはいえないだろう。 「超科学」とか、既にマヌケな事を言っていたのだし。 そして、てんこは色々思い出した。 日本の北海道の真上を遮る形で、衛星写真にあの平たいはたてが写ったことでパニックが起こり、更にどこぞの高校生が 夏休みの宿題に適当に書いた「ゆっくりの人類侵略論」とやらを、馬鹿なマスコミが出版までさせて地味に売れ――――― 一部では「反ゆっくりブーム」とやらが到来した。 その被害は、テンコ自身も見知らぬ人間から顔にバナナを突き立てられる程度に拡大したのだった。 そんな中、仕事中ヨットで遭難したてんこ達のチームは、流れに流れ、海を漂っていた平たいはたての一体と遭遇し、 しばらくその上で生活していたのだった。秘密基地のひとつとは、先程の部屋が内蔵された、平たいはたての一つの事自体に 違いない。 「あれ? 私は何でかっこつけてたんだろう?」 ボスの事は、確かに誰よりも好きだが、あんな状況なのだから、表向きだけでもナが得る素振りを見せておけばこうして 海に投げられ事はなかったのだ。 ―――ボスともみじの対決の結果は、今の保身に、実は、関係ない。 はたての陰で昼間なのに真っ暗な海に投げ出され、無意識に握っていたブブゼラを口に咥えて、シュノーケル代わりにしようと もがき続けた。 (く……… 苦しい!) やさぐれ街道をひた走ってきたゆっくりマフィアの一人である。 事なかれ主義のチームとは言えど、修羅場の経験が無いわけではない。 それでも、彼女は口に出してしまったのだった。 「し、死にたくない!」 それに、即座に答えるものがあった。 「助かる方法があるよ!」 海面に、両手を挙げた胡散臭いポーズで漂うゆっくりがいた。 「封印を解いてくれてありがとう!」 ――超科学、とかさっき聞いたばかりだというのに…… 「ブブゼラから出してくれたお礼をするよ!」 「―――……」 いきなり世界が変わってしまう。 てんこは喋る余裕も無かったのだが、閉じ込められていたのがブブゼラで、その本人がゆっくりこいし、という事を考えると、 それとなく閉じ込めた張本人は別に悪人ではないだろうと思えてきた。 明らかに、まともなゆっくりではない。 本物の魔物 悪魔 海の怪 そういえば、一昔前に、ゆいタニック号が沈没した海域をヨットで進んでいたと思う。 ―――多分、このこいしは、封印を解いた相手の願い事を聞き届けねば、自由になれない生物なのだろう。 そして、ストレートに素直に叶える気など、毛頭無いのだろう それでも―――― 海水を飲み込んでは吐き出して、てんこは何とか話せた。 「―――そりゃ、助けてくれるとか?」 「そうだよ! 願い事を一つだけ何でもかなえるよ!」 全く代わらない姿勢と、波に影響を受けないこいしに、恐怖を覚える。 ―――恐らく、単純に、ただ「助けて欲しい」と言うだけでは、ロクな目にあわないだろう 上手く、相手の悪意に付け込まれない様な願いごと―――とは言っても。 この状況で機転など利かせられず、てんこは、咄嗟に言ってしまった。 「―――時間を戻して欲しい」 「えっ いつ?」 「…………この海に落ちる前………」 「いっその事、人生やり直さない?」 それは――――なんだか意味が無い気がする 「いやいや、大丈夫だって。 言いたい事は解るよ? そんなの、実際に死んだのと同じじゃないか? って思うんでしょ? だから、サービスして、生まれ変わって、今この海に落ちるのと同じ時間が経ったら、その時の記憶が 戻るようにしてあげる」 「がぼぼぼぼおぼ」 「ま――――ちょっと目を閉じて、開けたら、やり直した人生が待ってるって事ね」 成る程。 しかし、それはそれで、やり直した人生の記憶などはどうなるのだろうか……? それに、全く代わっていなかったら? 目を開けて、さっきと同じ部屋だったら? 「大丈夫。やり直すんだから、それとなく今までの記憶はほんのり残した人生になるのよ? 全く同じ道は歩まないでしょ」 聞いている間にも、肺に辛い水が流れ込んできて、てんこは反射的に頷いていた。 「OK! じゃあ、目を閉じてね――――― 幸せな第二の人生を! 目を開けたら、すぐに何が変わっているか 解るはずよ 2点程ね」 ―――そして、てんこは目を閉じた。 -------------------------------------------------------------------------------- 目を開けると、同じ部屋にいた。 「……………………」 結局こうなる運命なのか、何か別の形で騙されているのかと、絶望的な気分で叫びたくなった――――が、 気を取り直して考える。 「一応、私は、記憶が多少残ってたんだよな?」 ―――という事は 「多少は変わっているところもあるはずだ」 が、転がっているチームメンバー・風景・自身の身なりなど、本当に時間がそのまま単純に戻ったとしか思えない。 改めて落ち込んだが 「助かるには助かったんだ」 テーブルの上のTVでは、ちょうどボスともみじのやり取りが始まった所。 ―――老いぼれダカラといって用捨するてんこではにい 気炎万丈の剣でバラバラに引き裂いてやろうか? ―――臍がチャを沸かすな。そんな、 ブン………ブン………ブン……… なテンポでは蚊も殺せん。 これはこれで、対策は立てられる。 ようやく胸を撫で下ろしたが―――――手には、まだブブゼラがあった事に、彼女は驚愕した。 そして、卓上カレンダーを見て、更に首を傾げた。 ―――世界自体の暦がかわってしまったのか ―――誰に、どう騙されているのか? ―――もう1点の変化とはどこだろう? 日付は、 8月32日 となっていた 了 オチがぼくのなつやすみのバグみたいで怖いw -- 名無しさん (2010-08-31 22 21 09) 詰め物どころじゃないw -- 名無しさん (2010-09-01 12 24 29) 最後が何か奇妙な感じ。 何気にクリスマスやら何やらの過去作と繋がってるね。 -- 名無しさん (2010-09-04 12 56 21) 名前 コメント
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ドラマ ライアーゲーム 第一話 喰いタン 第一話 1/7
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このページはこちらに移転しました 妹がBL雑誌を買っていた 作詞/231スレ92 イェイイェイイェイイェイ イェイェイェイ イェイイェイ 妹が(hoo!) BL(BL?) za za 雑誌を 帰りの(イェイ) 本屋で(ho-ho-) 買っていた もっと自由に もっと激しく 愛されたい 愛したいトキメキ zen zen zen zen問題ない(ブォー) 俺はガチホモ王子 tai tai tai taiタイ米は(イェイ) そうさ君はメカニック イェイイェイイェイイェイ ブルーレイ(レイレイ!) イェイェイェイ イェイイェイ ハードレイ(ゲイ!)
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足の太さが気になるもで、いつもゆとりのある幅のパンツばかり穿いていました。 確かにゆとりがあると履きやすいんですけどね。 でもそれが、足の太さを強調してしまっていることがあるってことを知ってあれは間違いだったんだと思いましたね~。 こうした形でいつもなんとなく足が太く見えてしまいがちだったんですが、適度に足に沿った形で動きを邪魔しない、ストレッチパンツを取り入れてみたらわりといけるじゃんって思ったんです。 友達からも褒められるようになったし、可愛いデザインのパンプス(http //kawaiipumps.info/)と合わせるとよりスマートに見せることができるので、この組み合わせがお気に入りです。 動きやすさを確保したうえで、しっかり美脚に見せてくれますし、不必要な余裕をなくした分、足がほっそり美しくみえるんでしょうね。 どの程度布地が伸びるのかはその商品によって異なりますから、必ず試着してみることが大切です。 いくらストレッチだからと言ってもあまりにきついものでは不自然にしわがよったり足の肉感を拾ってしまうことがあり、逆に足の太さを強調してしまうことがありますから。 もちろん形も商品によって大きく異なります。足を美しく見せるためには試着をしたうえで自分の足が美しくみえるストレッチパンツかどうかをしっかり確認して選んだほうが確実です。