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注: この空間は非情に不安定で移ろい易い泡沫の夢のようなもの 登場人物の記憶や人格、人間関係など、何一つ確かなものはありません そして明日には消え去ってしまうであろう そんな休日の一日の出来事である事を、先ずはご了承下さい―――― ―――プロローグ 「ハッ! どうした端女!!? また偉く大人しいではないか!? 我を前に散々に吼え千切ったあの気勢はどこぞへと忘れてきたのか!?」 バチバチと、バチバチと――― 男達と魔道士の女性との間に火花が散っては消える――― 「ふむ――確かに……我らに勝負を挑むには聊か足りんな 空の英雄の異名も水中までは届かぬと言う事か」 「…………」 魔道士は終始、無言 男達の挑発に対し安っぽく言い返したりはしない だが……その脇で彼女の様子を見ている者には分かっていた 相手と目は合わさないものの その瞳の奥にはメラメラと彼女を象徴するかのような 不屈の闘志を称えた光が灯っている事に 「な、なのは……」 その友達を前にして――― 傍に侍って心配そうに声をかける魔道士の友人 顔に映るのは、世界はこんな筈じゃない事ばかり、という そんな誰かの言葉を噛み締めたかのような深い苦渋と後悔のみである ああ、、、どうして――― 何でよりにもよって――― こんな事になってしまうのだろう…――― 、、と 懐にしまわれた包みを握り締めながらに 唇を噛むフェイトテスタロッサハラオウンなのであった ―――――― 「釣り?」 ………我ながら唐突だったかも知れない なのはが素っ頓狂な声で返してくる 「うん……海鳴から少し離れるけど、凄く良い評判の釣堀があるって聞いたから… たまにはこういうのもいいんじゃないかなって」 「でも大丈夫かなぁ? 私、やった事ないよフェイトちゃん、、何か難しそう…」 当然の疑問だ… 私となのはの間の会話ストックを洗いなおしても この十年間、「釣り」とか「フィッシング」とかいう単語が出た事は無い なのはが唐突と感じるのも無理も無い事だろう 「私もだよ……でも大丈夫 初心者同士、二人でチャレンジしてみよう」 私だって、何もいきなり頭の中に釣りの神様が振ってきて無性に竿を握りたくなった、というわけではない むしろ、きっかけは何でもよかったのだ――― 教導に、職務に、ほとんど休み無しで仕事に追われ 少なく見積もっても半年近く稼動しっ放しの友達 放っておくとどこまでも頑張ってしまう、私の大事な親友に半ば強引に休暇を取らせた そのきっかけは―――とある一通のメールから ―――――― 昔のように毎日顔を合わせて互いを認識できた頃とは違い、今現在 私となのはは互いの仕事に忙殺され――直接その顔を合わせる事は少ない 寂しいけれど、互いに選んだ道を進んでいる以上、それは仕方の無い事だ でもそんな状況下でも… 私達は互いの近況を交換し合う電子メールなどのやり取りを欠かした事は無かった どれだけ離れていても、やっぱり互いの事は気になったし きつい職務の中でお互い――少なくとも私にとっては なのはの声は疲れた体を癒してくれる最高の清涼剤だったから… しかしそんな中、、 この前――映像で贈られてきたなのはの その顔色を見た時……思わず息を呑まずにはいられなかった その落ち窪んだ頬を見て先ずは絶句し―― 血色の良くない肌を見て心臓がきゅうっと締め付けられる まるで九死に一生の戦場を連日のように駆け抜けて疲労困憊 そう例えるしか無いような、蒼白を通り越した顔がそこにあり、、 愕然とした私の脳内は暫くフリーズし メールの会話内容はほとんど頭に入ってこなかった ………何があったの? 今の仕事は、なのはにとってはそれほどキツイものじゃなかった筈だ… ましてやあのなのはが疲労を表に出すほどの状況に追い込まれているなど有り得ない 溜まっていた疲れが一気に吹き出してしまったという可能性もあるけど……だけど、、 暫く呆然とした私の脳が、一刻の時を経てクールダウン 一週目には全く吟味できなかったメールの内容を確認しようともう一度再生する そして再び画面に映る痛々しい様相のなのはの口から漏れるように紡がれたメールの内容は、こうだった お久しぶり………… ……………… ん、? あれ? あ、そっか…… ごめん、、メールではちょくちょく顔を合わせてるんだったね 一ヶ月以上顔を合わせてない錯覚に陥ってしまい 一瞬、とても心細い気分になっちゃった……何でだろう? ……何も変わった事はありませんか? 元気でやってるのかな…? 何故かとても不安になってしまい、こういう出だしにしました 私は近頃……夢見が悪いかな 誰か、顔も知らない人と戦っている夢ばかり見ます 朝起きるといつも疲労困憊、、汗びっしょりで…まるで寝た気がしません あと、、ここ最近で分かった事があるの… それは……「英霊」なんてなるものじゃないという事です フェイトちゃんは気をつけてね、、 執務官という特質上、色々なロストロギアに遭遇する事もあると思うけど 特に「聖杯」とかそのテの物に突き当たったら―――全力でスルーして……お願い それと悩み、というほどの事ではないけれど 近頃、周りから将来が不安になるような事ばかり言われます どうやら他の人から見て私はとっても「磨耗」しているらしく 果ては廃人か正義の味方、といった具合に噂されているようです たはは、、そんなに退廃してるかなぁ……私? ところでフェイトちゃん…… 夢を除かれた事、、ある? あれはとても恥ずかしいです 覗いた人をぐーで殴ってしまいました 猫の使い魔には気をつけてください じゃあ、、色々と愚痴っぽくなっちゃったけど… 体に気をつけてお互い頑張ろうね P.S 金という色がとても嫌いになりました 特に金の鎧を着た人には二度と会いたくありません …………… ………わけが分からない、、 三度、四度と再生してみたけれど なのはが何に苦しんでいるのか微塵も理解できなかった 十年来の友人の胸の内が全く分からない……少し情けなくなる でもとにかく今分かる事は、、 そんな状態のなのはに無理をさせるわけにはいかないという事だ 友達が限界に差し掛かってる時にブレーキをかけるのは周りの仕事…… その信号に気づかずに――あんな思いをするのはもうごめんだよ… だから、、、 ―――――― 時は三月中旬 それは期せずして訪れた二人だけの時間 フットワークに定評のあるフェイトテスタロッサハラオウン 彼女は思い立ったらとにかく速い その日のうちに強引に休みをとって なのはにも日時を合わせるように段取りを施した はやてやヴォルケンリッターの皆にも協力を仰いでシフトの穴も埋めた 「あとで好きなだけおっぱい揉んでいいから!」 「ちょ、人を好色魔みたいに……………ま、どうしてもって言うならなー ヴァイスくーん、28日の艦内浴場、私の貸切にしといてな♪」 「模擬戦100連発、血反吐吐くまで付き合います!」 「ほう……言ったな、、後戻りは出来んぞ」 「ガリガリ君1か月分で!」 「安っ!? バカにしてんのかっ! ………たく、、なのはは任せたからな…」 「うん! 任された!」 「マムシドリンク下さい!!」 「な、何する気よ……フェイトちゃん」 「ワン!」 「…………」 そう、、あくまで合理的に最短距離で埋めた 最初は友人の強硬手段に対して驚いていたなのはだったが、そのあまりの勢いと熱意に負け 休暇などほとんど取った事の無い教導官がついにはニコリと優しい微笑と共に承諾する 舞台は整った 本当にたまの、二人っきりの休日だった ボーリング等の体を動かしてリフレッシュする そんなアクティブなコースを回る選択もあったし やはり女性らしくショッピングで責めるのもいいだろう(共に流行には疎い二人だったが) でもそれだと彼女――高町なのはの体を休めるという目的にはそぐわない気がした 映画、ショッピング、ピクニック 共に周囲の喧騒が邪魔をして、疲労に疲労を重ねた心身を癒すにはそぐわないのではないかと だったら……… 「釣りなんかどうッスか?」 執務官にとって全く馴染みの薄いこんな言葉が出たのは本当に些細な事 最近、ナンバーズの姉妹ともよく話をする機会があったのだが その一人が何の気なしに言った言葉である 何でも姉妹の何人かがアロハシャツを着た男の人―― その道のプロと噂される凄い釣り師に出会い、色々と話を聞いているらしい 紅い槍を持っているという言葉が少し、、いや、とっても気になったがそれは後で突き詰めていけばいいとして―― 釣りという行為に抱く一般的なイメージは水面と向き合って静かな時間を過ごしながら日を終えるというもの 本来ならば若い女性の休日のチョイスとしてはまるで相応しくないものであるが――― (………それだ、、) そういうゆったりとした時間が欲しかったフェイトにとっては天恵のような言葉だった 今の疲れ切ったなのはには、そういう静かな空間で心と体を休める事が必要だと思ったし 何よりも今回は――今回だけは二人の時間が欲しかった だから組み立てたのだ フェイトテスタロッサハラオウン・プロデュース――高町なのは慰安計画を 抜かりは無かった 執務官仕込みの下調べも聞き込みも万全 決して華やかではないけれど、静かで穏やかな時間を二人で過ごし そしてその日の最後には―― とにかく計画通りにいけば何の問題も無い そんな一日限りの幸せなひと時、、、 神様も粋である その一言に尽きる… それはもう、、温厚な執務官が天に向ってザンバーをぶち込みたくなるくらいには…… まさか、その自身・完全監修の慰安旅行の先に とんでもない地雷が埋まっていたなどと――― 流石の一流執務官にも、、読める筈もなかったのである
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シグナムとデュークによって突破された結界の中。 そこには、アースラの魔導師達と守護騎士が対峙していた。 いつの間にか結界は強化され、今使った手段では破れない位に頑丈になっている。 「ユーノ君、クロノ君! 手出さないでね! 私、あの子と一対一だから!」 なのはがヴィータを見て言う。 先日一方的にやられた事もあってか、何としても話を聞こうと考えているようだ。 『アルフ、私も……彼女と』 フェイトが念話でアルフに言う。 先日の一戦以来、シグナムとの再戦を望んでいたのだろうか。 「ああ……あたしも野郎に、ちょいと話がある」 アルフがザフィーラを見ながら念話に答える。 先日の戦闘以来の因縁が、再び芽吹いたものと思われる。 「って事は、俺の相手は……あいつか」 甲児はそう言ってデュークを見る。 恐らく相手は自分と同じ……そう考えれば、甲児が相手をするのが一番だろう。 四者四様の思惑と共に、守護騎士達との再戦が幕を開ける。 第六話『機械獣襲来!』 戦場から離れたビルの屋上。そこにユーノとクロノが立っていた。 相手は四人。この場で戦うのも四人。ならば必然的にこの二人が余る事になる。 ――――それならそれで好都合だ。 『ユーノ、それならちょうどいい。僕と君で手分けして、闇の書の主を探すんだ』 『闇の書の?』 この状況を好機と見たクロノがユーノに提案する。 対するユーノはこれを理解していないのか、クロノに問い返した。 『連中は持っていない。恐らくもう一人の仲間か、主がどこかにいる』 ユーノに詳しい事を説明する。 今対峙している四人の中に、闇の書を持っている人物はいない。ならばどこかにもう一人居るはず。 そいつを探し出して押さえれば……こちらの勝利だ。 『僕は結界の外を探す。君は中を』 『分かった』 『Master. Please, call me "cartridge load".』 「うん! レイジングハート、カートリッジロード!」 『Load cartridge.』 なのはがレイジングハートの要請に応え、カートリッジロードの指示を出す。 それに合わせ、レイジングハートがカートリッジをロードし、薬莢を排出。 一時的に魔力が増大するのを確認し、レイジングハートを構えた。 『Sir.』 「うん、私もだね。 バルディッシュ、カートリッジロード!」 『Load cartridge.』 フェイトも同じようにカートリッジロードの指示を出す。 それに合わせ、バルディッシュがカートリッジをロードし、薬莢を排出。 一時的に魔力が増大するのを確認し、バルディッシュを構えた。 それを見た甲児が自分だけセットアップしていない事に気付いたのか、ポケットから待機状態のマジンカイザーを取り出して掲げる。 「マジーン、ゴー!」 唱える言葉は、元いた世界でマジンガーを起動させるための言葉。 それを認識したマジンカイザーがバリアジャケットを展開し、甲児の全身にデバイスとして装着された。 先日暴走していた時とは違い、胸の文字が暴走中を表す『魔』から制御されている状態を表す『Z』へと書き換えられている。 「あいつら、デバイスを強化してきたのか」 「それに奴はこの間の黒い魔導師か……気をつけろ、ヴィータ」 「分かってるよ!」 目の前でカートリッジがロードされ、驚くヴィータ。 それを見たザフィーラがヴィータに注意を促し、ヴィータがそれに答える。 デバイスの差は埋まった。甲児は管理局側だった。もはやどちらに転ぶか分からない。 こちら側にも不確定要素はあるが……そう考えてザフィーラがシグナムの方に目をやった。 正確には、シグナムと共に現れた正体不明の人物……デュークの方に。 シグナムが無言でフェイトの方を向き、レヴァンティンを構える。 その目には再び相見えた宿敵への闘志があった。 「デューク、魔法での戦闘は初めてだろう。無理はするな」 デュークに注意を促すシグナム。一瞬前とは異なり、仲間への気遣いが見て取れる。 だが、デュークとてこちらに飛ばされる前からグレンダイザーを駆る戦士だ。そうそう遅れは取らない。 「いや、大丈夫だ。グレンダイザーは……誰にも負けない」 故に、デュークはシグナムにそう言って、心配は無用であると伝えた。 そして次の瞬間、それぞれが散開し自分の相手へと向かって行った。 なのはとヴィータ。 フェイトとシグナム。 アルフとザフィーラ。 そして、甲児とデューク。 ――――さあ、戦闘開始だ。 「ハンドビーム!」 デュークが甲児に向かって飛来し、両手の甲からハンドビームを放つ。 不意を突かれる形となった甲児に当たるが、元の防御力が高いからか大したダメージではない。 「うわっ!? やりやがったな、てめえ! スクランダークロォォォォス!」 怒った甲児が、背中にカイザースクランダーを展開。冗談みたいに巨大な翼で空を飛び、デュークへと向かって行く。 その巨翼に驚くデュークだが、すぐに気を取り直して戦闘を続けた。 「ショルダースライサー!」 「くっ、ダブルハーケン!」 両者同時に両肩から武器を取り出しての白兵戦。 甲児は双剣『ショルダースライサー』を取り出し、デュークは二振りの鎌『ダブルハーケン』を連結させ、打ち合う。 甲児がショルダースライサーを振るえばデュークはダブルハーケンで受け流す。 デュークがダブルハーケンを振るえば甲児はショルダースライサーで受け止める。 この二人の力量は全くの互角。今ならどちらが勝ってもおかしくない。 「おい、あんた! 何で守護騎士達に協力するんだ! あいつらが何やってんのか、知らない訳じゃねえだろ!」 そんな相手が守護騎士に協力している事に憤る甲児。 闇の書の事はクロノから聞いて知っている。完成した時にロクな事にならないのも知っている。 ならば目の前のこの男は何故、こうして守護騎士に協力しているのか。それが疑問だ。 「知っているさ……だが、それでもやらなくてはいけないんだ!」 対するデュークからは、それを知った上での事だと告げる。 仮面の男から聞いた事ではあるが、彼らにとっての大切な家族が苦しんでいるのだ。 だからこそ、闇の書を完成させて救わねばならない。 「そこまでしてやらなきゃならねえ事って、一体何なんだよ!」 「それを教える気は無い! スペースサンダー!」 甲児の問いを撥ね付け、シグナムとの同時攻撃で結界をぶち抜いた一撃を放つ。 今のグレンダイザーにとって最大の威力を持つ攻撃、スペースサンダー。その直撃を食らい、地面へと落下する甲児。 落下のダメージはともかく、スペースサンダーは相当効いたのだろう。少しふらつきながらも立ち上がる。 「くそぉっ! そっちがその気なら、ぶっ飛ばしてから聞き出してやらあ!」 そう言って両腕を上空に構える甲児。 見るとデュークも、両腕を真下に構えている。 おそらく狙いは同じ。ならばどちらが打ち勝つかの力勝負だ。 「ターボスマッシャー――――」 「スクリュークラッシャー――――」 両者の腕が回転する。そして―――― 「「パァァンチ!!」」 ――――同時に両腕が飛び、空中で激突した。 そして、次元の海に浮かぶ城の中。サーチャーを使ってその激戦を見ている人物がいた。 青い肌をし、顔の大部分が白髪と白い髭で覆われた老人―――― 「ほう、あ奴らが闇の書の守護騎士か」 ――――地獄島の決戦で死んだ筈のDr.ヘルだ。 さて、何故Dr.ヘルがここにいるのか。それを説明した方がいいだろう。 とある世界に飛ばされたこの男は、手元に残っていた最後の機械獣『ダブラスM2』で次元航行艦を襲撃し、艦内の管理局員を皆殺しにして強奪。 その艦を使って世界を巡り、長年の夢である世界征服の為の力を探していた。 この島もそう。かつての基地であり、最終決戦の場であった地獄島。それがかつての時の庭園のような移動要塞と化している。当然、機械獣も島の格納庫に多数存在している。 あしゅら男爵を地獄島の決戦で喪い、たった一人になっても世界征服を諦めるなど出来はしない。 まして、次元世界の存在を知った今となっては世界征服など小さな事。この老人の夢は世界制服から更にランクアップし、全次元世界征服となってしまった。 そして先日、「第97管理外世界の日本にロストロギア『闇の書』がある」という情報を得て、地獄島から地球の様子を見ているのである。 これ程名の知られた危険で強力なロストロギアだ。手に入れられれば大きな戦力になるだろう。 「……むぅ!? あれはマジンカイザー! 兜甲児もこの世界に来ておったと言うのか!」 闇の書をどうやって手に入れるか考えていたDr.ヘルは、結界内の宿敵の姿を見つけ叫んだ。 甲児はDr.ヘルの侵略を幾度となく阻止し、今やDr.ヘルにとっての最大の敵である。 その最大の敵の姿を見つけて驚いたが、次にいぶかしみ、そして呵呵大笑。 「フフフハハハハハハハハ!! 勝てる、今の兜甲児ならば倒せるぞ!!」 そう、かつてDr.ヘルを苦しめたマジンカイザーは巨大ロボ。機械獣と戦う鉄の城であった。 だが、今のマジンカイザーは甲児の身に纏われたデバイス……つまり、人間程度のサイズしかないのだ。 それに対し、機械獣は一切変わっていない。今なら甲児を打ち倒せるだろう。 「ゆけい、ダブラスM2よ! 兜甲児を打ち倒し、闇の書を手に入れるのだ!」 そう考え、機械獣ダブラスM2を海鳴市へと送り込んだ。 「捜索指定ロストロギアの所持・使用の疑いで、あなたを逮捕します。 抵抗しなければ、弁護の機会があなたにはある」 結界の外。クロノがシャマルにS2Uを突きつけている。 結界を破る為にページを使おうとしていた所だったのだが、そこをクロノに見つかってしまった。 仲間の守護騎士は結界の中。この状況を打破する手段は無い。まさに絶体絶命―――― 「同意するなら、武装の解除を「そうはいかんな!」ッ!?」 ――――のはずだった。 声の方を見ると、クロノに向かって青い腕が飛来して来る。 おそらく甲児のターボスマッシャーパンチと同様のもの。なら当たれば相当のダメージになるだろう。 それを防ぐため、腕の方にラウンドシールドを展開して受け止める。 「仲間か……!」 やはり、と言うか……シールドを展開していてもこの衝撃。直撃していれば相当のダメージになっていただろう。 この攻撃はシャマルにも予想外の出来事だったのか、驚いた顔をしている。 しかし、この腕をどこかで見たような…… 「グレートタイフーン!」 「うわぁぁぁぁっ!」 そう考えている間に、更なる攻撃がクロノを襲う。 竜巻がクロノを襲い、隣のビルまで吹き飛ばし、フェンスに叩き付けた。 吹き飛ばされたクロノが顔を上げる。その瞬間、その顔が驚愕に彩られた。 「剣……鉄也……!?」 今の攻撃を放ったのは、かつてフェイトと共闘して甲児を止めた、剣鉄也その人だったのだから。 もっとも今はデバイスを起動しているため、グレートマジンガーの姿ではあったが。 「あなたは?」 「あの結界を破る、下がっていろ……マジンパワー!」 突然現れた鉄也に驚き、シャマルが問いかける。が、鉄也は答えずにマジンパワーを発動させた。 マジンパワー……それは、マジンガーに搭載されている一種のオーバーブースト機能。 一時的に驚異的な力を発揮するこの機能はデバイスになっても健在で、この状態ならば今張られている結界も十分破れる。 マジンパワーを起動させた鉄也は、そのまま結界の真上まで飛び、マジンガーブレードを構える。 そして構えたマジンガーブレードにサンダーブレークの雷を込め―――― 「サンダーブレード!」 ――――思い切り結界目掛けて投げつけた。 サンダーブレークを纏わせた剣。更にマジンパワーによる強化。結界を破るには十分すぎる。 結界にヒビが入り、そのヒビがどんどん拡大。そして砕けた。 ……そして次の瞬間、戦場となっていた場所に巨大な転移魔法陣が出現。 そこから現れたのは……二つの首を持った機械の獣。機械獣ダブラスM2だった。 前へ 目次へ 次へ
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JS事件から1年後。元機動六課のメンバーはそれぞれの道を歩み始めていた。 だが、輝かしい未来に立ち込める暗雲。JS事件の首謀者であるジュエル・スカリエッティの脱獄。 そして人々が頑なに葬り去ろうとした者達がその姿を現し、恰も時代の罪を忘れさせまいとするように輝ける未来の前に立ちはだかる。 戦争が残した癒えぬ傷跡。人々の過ちによって生み出された忌むべき存在。この世に居てはならない者達。 一度は葬り去られた筈のそれらは蘇り、人々に何を伝えようと言うのか。 彼らの悲しみを湛えた瞳が見詰め続けるのは過ぎ去りし破壊の過去か、それとも破滅という名の未来なのか。 やがて訪れる破壊と戦乱、そして愛する者の罪と罰。フェイトにとって最も過酷な戦いが今始まろうとしていた。 ― 魔法少女リリカルなのは 蘇る闇の書 ― 第2話「時空管理局が制止する日」 午後22時50分。 既に廃墟を化した首都中心部。そこに現れた鋼鉄の大巨人。 フェイトはその姿に困惑を覚えていた。何故ならその姿が夢に出てきたあのロボット、鉄人28号と全く同じだったからだ。 寸分の狂いもなく夢と同じ姿で存在する巨人。ならあれが鉄人28号? 「でも、どうしてあんな物が」 単なる夢だと思っていた事が現実になっている。今朝から妙な引っ掛かりを感じてはいたがこういう事だったのか? いや、だがおかしいではないか、夢では確かに自分が鉄人を操縦していた。なのに、この光景はなんだ。 夢の中では味方であったはずの鉄人が街を壊し、魔導師部隊を殺し、そしてなのはをも……。 今だ腕に抱き締めるなのはは、唇を噛み締めて震えを堪えているようだった。だがいくら堪えようとしても小さな震えは確かになのはの肩を通して伝わってくる。 なのはを恐怖させる物が味方であるはずがない。だから目の前に居る物は夢に出て来た正義の味方なんかではない。そう、大切な親友を傷付けようとする悪魔の手先だ。 鉄人に対してフェイトが敵意を剥き出しにしているのと同じ頃、時空管理局本局に設置された作戦司令室では、数十名のスタッフがモニターに映し出される巨体に釘付けとなっていた。 各セクション毎に階層型になった司令室、その最上段でクロノ・ハラオウンは目の前に現れた鋼鉄の兵士に戦意を燃やしていた。 「あれが母さんの言っていた……。まさかこんなに早く来るとはな」 クロノは事前にリンディから鉄人について聞かされていた。その全てをリンディが語る頃はなかったが規格外の兵器である事は確かだった。 その姿は、以前なのは達とプレシア・テスタロッサ確保の際に交戦した傀儡兵にも似ている。 クロノ自身リンディから鉄人の詳細を聞いてはいないので、通常よりも強力な傀儡兵程度にしか見ていなかった。 それに見た所、目立った武装もなく、せいぜい背中に取り付けられた黒いタンクユニットらしき物2つがそれらしいと言えばそれらしい。 だからクロノには分からなかった。何故母が鉄人をあれほどまでに恐れていたのか? 確かにディバインバスターの直撃に耐えうるシールド性能は脅威と言えよう。だが相手に武器がないなら離れて戦えば問題ではない。 そして先程の武装隊に関してもクロノは指揮を取っておらず、現場の指揮官が奇襲攻撃にパニックを起こした事が壊滅の原因であるとクロノは推測していた。 だからこれまでの戦況と敵の能力を総合して指示を出し、なのは、フェイト、はやてにヴォルケンリッターと合わせて計5人を使えば敵を撃破出来る。 クロノはそう確信していたが、念には念を入れるに越した事はない。クロノは階層の一段下を見やるとそこに居る今回の補佐官と技術関係の主任に指示を出した。 「エイミィ、マリー、奴の内部構造の解析出来るか?」 「りょうかーい、司令官どの」 そう茶化したように答えるのはエイミィ・ハラオウン。クロノの妻で現在は海鳴に住んでいるのだが今回リンディの頼みでクロノの補佐として復帰した。 「了解です、司令官」 丸ぶちの眼鏡を輝かせているのはマリエル・アテンザ。技術班出身でマリーの愛称で呼ばれる彼女もまたリンディからの要請で今回の作戦に参加する事となった。 クロノの指示通りマリーが解析を始めると、その眼前のモニターには走る様な速度で様々な文字や数字が羅列されていく。解析中の目標は特にプロテクトも掛けていないようで内部構造のスキャンは非常に容易な物だった。 だが次に次に表示される解析結果にマリーが見たのは驚くべき内部構造の数々。予想とは全く異なるそれにマリーは驚きを露わにしていた。 「内部構造に魔力炉確認出来ず。これは……まさか」 「どうしたマリー」 クロノの呼び掛けに答えずマリーは冷汗混じりに解析を続けている。 「魔法技術を使用した部品が一個ない。でもそんな事があるわけが」 「マリーどうしたの?」 隣に座るエイミィがマリーの驚き、焦り、何よりも科学者としての好奇心に満ちた様子に声を掛ける。それが既存の技術であればマリーがここまで好奇心を露わにする事は滅多にない。 だからこそエイミィは悟るのだった。あの鉄人が只者ではないという事に。クロノもまた普段とぼけている妻の緊迫した表情からマリーの解析結果が自分たちに芳しい結果でない事を直観的に感じていた。 クロノ自身それを聞く事は怖くもあった。だがありとあらゆる情報から敵の正体を正確に把握する事が、作戦成功には欠く事の出来ない重要な要素である。 微笑むマリーの頬を一筋の汗が流れた。それが未知の技術を見た歓喜なのか、はたまたその存在への畏怖を現すのか、それとも純粋な好奇心か。 マリーは確信する。科学技術に疎い者でもこれを知れば驚愕する以外あるまい。何故なら自分達の前に居る者は、次元世界全体の科学技術の根幹を覆すような存在なのだから。 「あれは傀儡兵なんかじゃなりません」 「じゃあ」 もったいぶったマリーの口調に、クロノは急かす様に言葉と視線を送った。それを察してか、それとも知らずか、マリーは満面の笑みを纏わり付かせた表情を見せる。 科学者として歴史的瞬間に立ち会えた喜び。そして全世界に革命を起こすやもしれない技術。 「あれは魔法技術の一切を使用せずに作られた……ロボットです!」 クロノを含めた司令室に居る全員がマリーの放った事実に驚愕した。何故なら魔法技術を使用しない二足歩行型ロボットの開発技術はミッドチルダで発展していないからだ。 正確に言えば、人間と同程度の大きさのロボットなら作れない事もない。だが巨大なロボット、まして戦闘に使えるレベルの物など通常ありえない技術なのだ。 例えばフェイトの母親プレシア・テスタロッサが使用していた傀儡兵は、その名の通り人形を魔力で操るだけの技術であり、ロボットとは到底言えない代物であった。 また傀儡兵を使役する魔導師には、規格外の魔力が要求されるため、誰もが安定して運用出来る兵器ではなく、使用しているのは膨大な魔力を持つ極一部の高ランク魔導師のみに留まっている。 そしてJS事件で日の目を見た戦闘機人も戦闘に耐えうるロボットの開発技術がミッドチルダにないがための、云わば妥協案として考えられたのである。 人間を素体として、そこに機械を埋め込む事で身体能力の向上を図り、才能に依存してしまう魔導師と同等の戦闘能力を持った兵士を安定して量産するのが戦闘機人の開発理由であった。 一見便利に見える戦闘機人だが、素体となる人間に埋め込んだ機械が適応しなければ拒絶反応を起こして、素体の人間は死んでしまう。 その為生産コスト、さらに素体の人権的問題等からその開発は中止され、現在ではスバルにその姉ギンガ、スカリエッティの作ったナンバーズが現存する数少ない戦闘機人となった。 つまりは生産コストや戦場での有用性こそ不明であれ、人権的問題を孕んでおらず且つコストと開発のノウハウさえあれば安定して製造が可能。 しかも強い魔力を持たない人間でも運用する事が出来て、さらに人型をした兵器である鉄人の存在は、管理世界の兵器論を覆す大発見なのだ。 「馬鹿な……何故そんな物が」 だから改めて考えてもクロノは目の前に映し出されている物に使用された技術が信じられないでいた。 魔導師という限られた人間にしか与えられない才能が支配する管理世界で誰でも使えるロボットの登場。 魔力を持たない者はこぞってこの力を手に入れようとする事は容易に想像出来る。 クロノにはリンディの言っていた意味がようやく分かった。こんな力が拡散すれば現在の管理世界のパワーバランスは崩壊する事になる。 ロボットという存在は世界の均衡を保つには危険過ぎる。確実に排除しなければならない。 「技術もそうですが、問題は、高ランク魔導師中隊に匹敵する戦闘力」 そんな思考を遮るようなマリーの言葉にクロノは焦燥をより強くする。そう、例え虚を付かれたにしろAAランク以上を集めた中隊が壊滅したのだ。 ひょっとしたら戦艦に匹敵するやもしれない戦闘力。もしこれが量産可能な代物だとしたら世界は瞬く間に火の海になるだろう。 「だからこそ、ここで確実に破壊しないと。それも徹底的に、パーツ一つ原型を留めずに」 マリーの考えにクロノも同調した。もしその技術が管理局と敵対する者に渡ったらそれこそ世界の均衡は崩れる事になる。 現にこうしてロボットがミッドチルダに攻め込んでいる以上、管理局に敵意を持つ者が手に入れているという事だ。 既にその技術を解析されているかもしれない。ならばロボットを破壊すると同時にロボットを手に入れた敵も叩かねば。 そうなれば、歴戦の勇士たる機動六課のメンバーと言えど、やや分が悪いかも知れない。 とにかく彼女たちに任せるばかりではなく、もっと戦力を投入し敵の破壊を確実な物にしなければならないだろう。 「よしエイミィ、地上本部にも援護の要請を出してくれ」 「了解!」 一刻も早くロボットを倒し、そして敵が他の管理局を敵視する勢力に技術を渡す前に、決着を付けなければならない。 クロノはロボット倒すだけで事件が解決すると思っていた自分の認識の甘さを後悔した。 目の前の物をスクラップにして解決出来る問題ならどれほど良かっただろうか。今回の事態は単純ではないどころか、世界規模の脅威に繋がる事なのだ。 「頼んだぞなのは、フェイト、はやて」 祈るように手を握り合わせるとクロノは3人の名前を口にした。自分はここで見守る事しか出来ない。だから戦場の仲間を信じて出来る限りのサポートをする。 それが今の自分に出来る事。それがクロノの使命なのだから。今の自分にはそんな事しか出来ないのだから。 そして司令室の外側、出入り口の扉に背を預けながら、ついに始まってしまったこの事件にいかなる解決策を取るべきか考えている人物が一人。 「ついに来たわね」 そう呟いてリンディ・ハラオウンは手袋越しに爪を噛む。先程の武装中隊の壊滅を見れば魔導師の手に負える問題でない事は明らかだった。 リンディが思い描く姿は、この世でたった一つだけ鉄人に対抗しうる力。しかしそれを使う事で事態はより大きな混乱を見せる事になるだろう。 だがこのまま放っておけば大切な友人達が、そして何よりも愛する娘が鉄人に奪われてしまうやもしれない。 「こうなってはやはり『黒い牛』を使うしか……」 意を決したようにリンディは扉から背を離すと廊下を歩き始めた。 自分の娘を守るために必要ならば、それを使う事もやむを得ないだろう。 リンディは制服の内ポケットから携帯電話を取り出すと短縮ダイヤルから電話を掛けた。 「リンディ・ハラオウンです。長距離次元跳躍可能な大型輸送船の用意をしてください。そう今すぐにお願いします」 リンディは電話を切ると次元航行艦のドッグへと向かって歩き出した。その表情に抑え切れぬ懺悔の念を貼り付かせて。 「ごめんなさい。巻き込みたくはないけど。フェイトのため、そう、全てはフェイトのためなのよ」 同時刻 ミッドチルダ中央部。 なのはの眼前に存在している巨体。その艶めかしく光る鉄の身体は彼女の放った砲撃の威力を嘲笑うかのようだった。 なのはにとって砲撃という最大の切り札がまるで効果を成さなかった瞬間。それは今までも何度かあったがこれほどまでに圧倒的な事はなかった。 最大出力の砲撃で傷一つ付かない強固な装甲。いかなる敵をも貫く砲撃を撃つために自分は居るはずなのに、結局最大威力でも傷一つ付ける事さえ敵わなかった。 存在理由とも言うべき砲撃が役に立たないのなら自分がここに居る理由は? 砲撃魔導師としての価値は? これまでの経験と鍛練は何だったのか? 何がエースオブエースだ! 何が六課最強の砲撃魔導師だ! 自身の輝かしい称号と栄光の軌跡がなのはの心を抉り取っていく。 「なのは大丈夫だよ」 「フェイトちゃん……」 フェイトは潤んだ瞳を湛えたなのはの肩に手を置くと名残惜しそうに身体を離した。 本当なら抱き締めて慰め続けたいけど今はなのはを傷つけようとする敵を倒す事が先だ。 「私が君を守るから」 そう、なのはの事を誰よりも大切に思うから、だから誓った。なのはを傷つける物全てを切り裂く戦斧となり。 「なのはには指一本触れさせないから」 なのはを傷付けるいかなる物をも通さぬ強靭な盾となる。 「あの化け物は」 それがどれほど強大であろうとも、どれほど絶対的であっても。 「私が倒す」 そう言ってフェイトはバルディッシュを起動させると瞬時にザンバーフォームを展開する。 煌めく雷光を封じ込めた大剣はフェイトの身の丈さえ上回り、鋼鉄や岩盤でさえも切り裂く威力を持つ。 闇の書の防衛プログラムをも切断した大威力斬撃。例えディバインバスターに耐える装甲であろうと叩き斬る! 「はあぁぁぁぁぁぁ」 雄叫びを上げながらフェイトは装填されているカードリッジ6発を全弾ロードすると、立ちはだかる巨体に大剣を猛然と振り掲げながら飛び出した。 鉄人は正面から突っ込んでくるフェイトを見やると腰を落して身構えた。だがフェイトは鋼鉄の化け物が臨戦態勢に入っても恐れる所か、さらに速度を上げて間合いを詰めようとする。 フェイトは普段おとなしく声を荒げる事も滅多にないがその実、非常に好戦的な性格の持ち主で「短所にもなりうる」とクロノから指摘を受けるほどであった。 攻撃を意識過ぎたり、装甲が薄いのに意地を張って敵の攻撃を正面から受けたりとその性格が災いして敗因となってるケースも少なくはない。 六課の中でも恐らく1、2を争う好戦的な性格でおまけに負けず嫌い、そのくせ精神的には打たれ強くないといった面がフェイトの欠点に拍車をかけている。 今回の鉄人も本来なら距離を取って戦うべき相手なのに、わざわざ敵の間合いに飛び込んで戦おうとしているのがいい例だ。 「うおぉぉぉぉぉぉ」 フェイトがザンバーを天高く掲げると一瞬で鉄人の身の丈にも迫ろうかというほど刀身が伸び上がる。 これこそがフェイトの近接技の中でも最大級の破壊力を持つ金色の斬撃! 「ジェットザンバァァァァ!!」 雷光の如き一撃が鉄人の装甲を切り裂かんと唸りを上げて迫り来る。 それを見た鉄人は、左腕を盾の様に差し出すと巨大な刃を微動だにせず受け止めた。瞬間、耳を劈くような鋼鉄と魔力刃の摩擦音、それに伴う激しい火花が廃墟となった夜の街を眩いばかりに照らし出していた。 フェイトはバルディッシュを握る手に力を込めて振り抜こうとするが刃にはまったく動く気配がない。 正面からザンバーの直撃を受ければ普通の装甲なら切り裂かれているはずだ。なのに刃は一向に進もうとしない。 いくらディバインバスターに耐えると言ってもこれほどの強度があるのかとフェイトは改めて驚愕していた。 「グルルル」 一方唸り声を上げる鉄人にとって、この光刃は歯牙にも掛けない程度の代物であったが、別にこのまま受け続けてやる義理もあるまい。 ならばと左の剛腕に力を込めると勢いよくそれを振り抜いた。轟くのは空を切る轟音と何かが砕け散るような音。 何が起こったのか分からないフェイトが手元に目をやるとそこにはあるべきはずの魔力刃がなくなっている。 まるでハンマーを使ってガラスでも叩き割ったかのように粉々に砕かれたザンバーの破片がフェイトが居る中空を満たしていたのだ。 雪のように降り注ぐ稲妻の欠片は傍目に美しさを感じさせたが、当人にとってはそんな感想を抱いている余地もない。 戦いにおいて猪突猛進と言えるフェイトであってもザンバーの直撃に耐えられた上、容易くその魔力刃を粉砕されては撤退を考えざるを得なかった。 一度距離を取るべくフェイトが後退しようとすれば、すれ違う様にして赤い魔力を纏った鉄球3発が鉄人目掛けて飛んでいく。 時速にして数百kmの速度で飛翔するそれは、鉄人の身体を捉えると同時に、細かい鉄片を撒き散らしながら例外なく砕け散った。 「テスタロッサ下がれ!」 フェイトが声に振り向くとやや離れた位置から怒号を飛ばすヴィータの姿。既に左手には放たれる事を待つようにして鈍く輝く鉄球が3つ、指の間に挟み込まれている。 それを見たフェイトはヴィータの射線を確保するため、言われるままに後退した。フェイトの離脱を確認してからヴィータは鉄球を放り投げると魔力を込めた愛杖グラーフアイゼンで1つ1つ打つ据えていく。 赤い魔力光を伴った鉄球が再び正面から鉄人を捉えると今度は数メートル程の爆発3つが鉄人の装甲に叩き込まれた。貫通出来ないのならば爆風でダメージを与えるというのがヴィータの作戦であった。 しかしその程度の爆発でダメージを与えられるはずもなく、攻撃に対してこれと言ったアクションを見せない鉄人にヴィータは舌打ちをする。 「レヴァンティン!」 ならば自分の攻撃で撃ち砕いてやるとシグナムは手にした剣型アームドデバイス、レヴァンティンのカートリッジを2発ロードした。本体である剣とそれを納める鞘を合わせて形成されるのは弓の形。 シグナムが残った2発のカートリッジをロードすると現れたのは魔力を大量に蓄えた矢。紫の炎を宿したそれはシグナムの最大火力。 やはり魔力で出来た光の弦を力強く引いて。この手が放つのは超音速で飛来する最強の遠距離攻撃。 「シュツルムファルケン!」 叫んだシグナムの指が弦を離すとソニックブームを響かせて突き進む超音速の矢。それは鉄人が反応する間も無く直撃し、その身を包むほどの爆風を生み出した。 しかしその刹那、纏わり付くそれを吹き払う様にして振るわれる巨大な左腕。すると一撃で全長を上回る爆発は退けられ、鉄人は身の無事を誇示する。 シグナムは舌打ちと共に苦々しい表情を浮かべて、一切の攻撃が通じない現状に対して絶望にも似た感情を抱いていた。 「なんてやつや! ファルケンでも抜けん装甲とは!」 はやてにとって、ここまで鉄人の装甲が頑丈に出来ているとはまったくの予想外であった。仮にディバインバスターを防ぐ装甲でも攻撃を受け続ければいつかは摩耗する物だ。 しかし今眼前に立ちはだかる鋼鉄の兵士はそんな様子を微塵も感じさせてはくれない。 それは遠く離れた本局に居るクロノも感じていた。予想を遥か上行く鉄人の実力、もはやオーバーSランク5人と言えど荷が重すぎる。 「みんな聞こえるか!?」 モニター越しに映るなのは達に声を掛けるとはやてが焦りを湛えた様子で応答してきた。 「クロノ君? あいつは、あいつは一体!」 「こっちで内部構造の解析をしたんだがどうやら人型のロボットらしい」 予想の遥か斜め上を行くクロノの回答に、はやてはリンディから直接聞かされる事はなかった敵の正体に驚きを隠せないでいた。 「ロボットって!? でもどうしてそないな物が」 「ああ、しかし問題は誰が操っているかだ」 確かにそのとおりだ。魔法技術を使わずにこんな兵器が造れるようになれば誰でも魔導師を凌駕する力を得る事が出来る。 それは無用な争いの火種になりかねない。まして悪人の手に渡ればどんな事に使われるか。 パワーバランスの崩壊は管理システムと世界秩序の崩壊をも意味する。ならば何としても止めなければ。 「そうかもしれへんけど、でも、でもどうやってあれを」 「さっき地上本部に援護を要請した。君達は地上部隊と連携してあのロボット、鉄人28号を破壊してくれ」 「て、鉄人28号……やっぱりあれは」 クロノが発した聞き知った名前にフェイトは呆然した。鉄人28号、夢の中で確かにフェイトが呼んでいた名前だ。やはりあれは鉄人28号なのか。 フェイトが思い起こすのは夢の事。なのはという最愛の友を亡くしたあの瞬間、あの喪失感とあの怒り。あんな事を現実にしてなる物か。なのはを失う恐怖などもう二度と味わいたくはない。 だがどうだ結局自分の切り札はまるで通用しなかった。それどころか彼は姿を現わしてから一歩も動いてはいない。 なのはを守るために強くなると誓った。しかし今立ちはだかる現実は、まるでそれを嘲笑うかのようにして存在している。 「鉄人ってフェイトちゃんが言ってた……」 そして高町なのはも思った。もしかしてフェイトが夢に見たのはこの事だったのかと。眼前にそびえ立つこの悪魔がフェイトを苦しめていたのかと。 だけどそれを撃ち砕く力は自分にはない。ただこの世界をフェイトの悪夢が蝕んでいく様子を見る事しか出来ないのだろうか。 友はきっと苦しんでいるはずなのに、それをどうする事も出来ない。きっと自分に出来るのは、ありふれた慰めを掛けて、その事実に陶酔して自己満足するだけ。 フェイトちゃん大丈夫? 私が付いてるからね。そんな言葉だけ掛けてから抱き締めて傷を癒したつもりになる。 フェイトが求めているのはそんな言葉じゃない。何よりも求めているのは悪夢を撃ち砕ける力、敵を粉砕する圧倒的な力。 「私の夢は……いや、でもそんな事が」 フェイトに提示されたのは一つの可能性。もしも夢が現実に繋がっているのならきっと高町なのはという人を失う事になる。 なら方法は簡単だ、あの化け物を倒してしまえばいい。そう、確かにその方法は簡単だが問題は、フェイト達にその方法を実現し得る手段が一切ない事だ。 倒すにしても、ビルをも叩いて砕く測り知れぬほどの凄まじい馬力。そしてディバインバスターを始めとした高威力魔法が通じないほど強固な鎧。 敵を打ち砕くパワーも敵の攻撃を阻む装甲も完璧だ。それは正に難攻不落の要塞という形容が一番似合うだろう。 ここまでくれば勝算があるとかないとかそういった次元の話ではなくなってくる。単純に例えるならお手上げ状態、白旗を振い敗北を認める以外にない。 自分達が持ち得る最大火力を撃ち込んで倒せぬとあらば、もはや対抗手段など残されている訳がない。 それでも鉄人の足を止めなければ被害は広がる一方だが勝算はない。 とにかく鉄人相手に、この人数だけで戦うのは分が悪すぎる。とりあえず体勢を立て直してから地上本部の部隊と連携攻撃を掛ける。 それがはやての出した答えだった。この人数で勝ち目はなくとも大隊規模で波状攻撃を掛ければあるいは。 「よしみんな一時後退! 地上本部と連携してあのロボットを攻撃するで!」 はやての指示にフェイト達は頷かざるを得ない。結局留まって魔力が無くなるまで攻撃しても結果は同じだろう。 それが地上本部と合流する事によってどれほど改善されるかは不透明であったが、今5人で戦い続けるよりは建設的に思えたのだ。 撤退は悔しくもあったが仕方がない、そう想いを噛み締めながらフェイト達はそれぞれに色鮮やかな魔力光を纏うと鉄人から距離を取るべく飛び去った。 鉄人はそれを見届けると視線をある方向に合わせ歩き始める。その先にある物は、このミッドチルダでもっと高くそびえ立つビルであった。 一方本局では鉄人28号を撃退するために、地上部隊の配置が急がれていた。 「エイミィ、鉄人の進路予想だ」 「了解」 先程の軽口とは打って変わってエイミィは至極真剣な眼差しでクロノの指示を受けた。彼女自身、既に夫をからかう余裕などなくなっていたのだった。 現在の鉄人の進路を調べると、まるで何かに引き寄せられるように一直線に歩いている事が明らかになり、エイミィはその事実をクロノに伝える。 「あいつ一直線に進んでる。やっぱり明確な目標があって行動を」 「それでどこに向かってる?」 どこにどう部隊を展開するかで戦局という物は著しい変化を見せる。敵の進路さえ分かれば、効果的な配置による効率的な攻撃が可能となるのだ。 エイミィは進路計算シミュレーターを大画面モニターを表示するとキーボードを叩き始める。 計算と言っても目標が一直線に進んでいる以上、その進路上に重要拠点などがないかを調べる程度である。 そして画面上に表示されたのはCGで再現された鉄人。彼は同じくCGで再現されたミッドチルダを闊歩していた。 進路上にはビルが何棟もあり、それを薙ぎ倒しながら鉄人は進んでいく。一見すれば無駄な行動だが、あのパワーならビルを避けて歩く必要もあるまい。 むしろ迂回するよりもビルを壊して直進したほうが目標には早く辿り着けるだろう。 だがそれはクロノ達にとってみれば正に悪夢である。今だ首都中央部にすむ市民の避難は完全には終わっていない。 今も地上本部の魔導師が救助活動に避難誘導にと駆り出されているが、それでも大都市の人間を一斉に避難されるのは容易な芸当ではなかった。 仮に鉄人の進路上にあるビルの中に逃げ遅れた人が居れば、その人たちの命はないだろう。 そんなこちらの想いも知らずに、シミュレーター上の鉄人はミッドチルダを廃墟で侵食していく。 数時間後にはこの光景が現実なるかと思えば、さすがのクロノでも頭を抱えざるおえなかった。 そして街を焦土に変えながら鉄人が辿り着いた先は……。 「なんやて! 地上本部!?」 「ああ、間違いない! あいつは一直線に地上本部を目指してる」 クロノからはやてに告げられたシミュレート結果は鉄人が地上本部を目指しているとの事であった。それも迷う事なく一直線に。 地上本部と言えば1年前、スカリエッティによる襲撃を受けたばかりだ。その時の痛手は地上本部に所属する隊員達の脳裏に刻み込まれている。 はやて率いる機動六課もその現場には居合わせたが、幸い死傷者や本部自体の被害は最低限にとどめられていた。 だが鉄人が相手となれば話は別である。あの巨体にそんな器用な真似が出来るわけがない。恐らくただ闇雲に本部を破壊するのがオチだ。 そうなれば周辺の被害と合わせてどれだけの人々が犠牲になるのか想像もつかない。たった一機のロボットがもたらすのは正に天変地異とも言うべき物であった。 だがあのロボットをこれ以上放置しておくわけにもいかない。市街地への被害も決して多少とは言えないが、ここは目を瞑り地上本部の防衛も優先せねばなるまい。 幸い鉄人の移動方法は徒歩である。歩幅が大きいとは言え、その姿を見てからでも何とか避難は間に合うだろうとクロノは判断した。 とにかく鉄人の撃退が最優先事項。それに必要なのは地上部隊の展開とはやて達の部隊を合流させる事。その一点こそが作戦の成否を分けると考えたクロノは、はやてに作戦の説明をし始めた。 「いいか今鉄人が居る場所から地上本部まで5キロ。部隊の展開時間を考えると地上本部から1キロの地点に集結させるしかない。君達もそこに合流してくれ」 『了解!!』 了解の声を聞いてクロノは願う。そう、あの鉄の化け物を倒す事を。このミッドチルダに平和を取り戻せるように。 全ては現場指揮者であるはやての双肩に掛かっていると言っていい。 「頼んだぞはやて」 クロノは呟いた。祈るように、はやて達の勝利を願って。 だがクロノの思いとは裏腹にミッドチルダ首都部は燃えていた。猛り狂う炎の渦に飲み込まれようとしていた。 全ての元凶は鋼鉄の巨人、全てを破壊する無敵の鋼鉄兵士。鉄人は18メートルの巨体を揺らしながら真っ直ぐに地上本部を目指していた。 その後陣を行くのは破壊の証明たる赤い炎。通り過ぎた後に残るのは、瓦礫と廃墟と死体の山。吐き気を催す匂いは、犠牲者達の焼けた物。 全てが壊れ、燃えていく。そこには有機物や無機物の差別はない。あるのはただ横たわる破壊の証明。 ただ歩いているだけなのに、壊したいわけではないのに、その抑えきれぬ力は無用な破壊までをも齎してしまうのだろうか。 今から10年前、そう10年前だ。自分は確かに破壊のために作られた。全てを破壊し、全てを殺し、そして最後に残るは無の空虚。 だけどただ1つ言える事。全てを破壊する為に生まれたが、それでも家族には間違いなく愛されていた事。 鉄人は、父の溢れんばかりの愛情を受けて生まれ、愛情故に葬られた。そして鉄人の兄弟は溢れんばかりに彼を愛し、そして共に戦い抜いてきた。 戦いの運命は終わり、この身に宿る世界に最後を齎す大罪は葬られた筈だった。もう戦う事はない、これからは安らかに眠り続ける事が出来る。 それが何よりの……たった1つの願いだった。ただ昏々と眠りについて時折兄弟の顔を見ながら彼の成長を見守っていくはずだった。 彼の笑顔が守れるならば世界を敵に回しても構わない。彼を守るためならば自分の命を投げ出す事だって厭わない。 ただこれからは、たった一人の兄弟と、最も大切な友と過ごす日々が欲しかっただけ。 そう、自分が望んでいるのは……望んでいるのは……。 「ガオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」 こんな破壊じゃなかったのに。 時空管理局地上本部正面1キロ地点。 非常に開けた場所である地上部隊との合流ポイントではやて達が見たのは、道路を埋め尽くす勢いで敷き詰められた戦車隊の姿であった。 本来ミッドチルダは質量兵器の使用を禁止しているが、有事に際してはその使用が検討される場合もあり、戦車は低ランク魔導師の戦闘増強にも役立つため地上本部に配備されているのである。 機動性では空戦魔導師や陸戦魔導師のそれに及ばない戦車だが、火力に関しては高ランク魔力砲撃と言われる物に匹敵する威力を持っていた。 少なくともコンクリートや通常装甲であれば訳も貫通する威力を持った戦車砲。その火砲が今向けられているのは鉄人が来るべき方向。 今回の作戦で展開された戦車の数は実に50台。さすがにこれほどの戦車を相手にするのは高ランク魔導師でも不可能と言っていいだろう。 仮に六課最硬の防御力を誇るなのはであっても戦車砲の直撃を受ければタダでは済まない。そして超音速で飛来する弾頭はそう簡単にかわせる物ではない。 その砲門が50機も鉄人を撃つべく待機しているのだから、はやてが先程抱いていた気優は消えつつあった。 これだけの戦車部隊に自分達、元機動六課の隊長陣が加わり、さらに平均C~Bランクとは言え陸戦魔導師100名と空戦魔導師100名がプラスされるのであればその布陣は鉄壁無双と言ったところだろう。 「よく短時間でこれだけの部隊を……」 JS事件の教訓からか地上本部の部隊展開スピードは以前とは比較にならないほど迅速かつ正確な物であった。 クロノが部隊展開の指示を出したのが数十分前。たったそれだけの短時間でこれだけの部隊を展開したのである。 その錬度は目を見張る物であり「地上部隊は小回りが効かない」と憂いていたはやてにとっては非常に嬉しい誤算であった。 機動六課隊長陣とこの地上部隊の共同作戦なら、あの鉄の化け物を確実に葬る事が出来る。はやての淡く儚かった希望は絶対的な勝利の確信へと変わっていったのだ。 そんなはやての思案に割り込むようには居る通信が一つ。 『みなさん聞こえますか。こちらエイミィ・ハラオウンです』 それは本局からバックアップを担当するエイミィからである。 彼女は10年以上のキャリアを誇る局員ではあるが今回の作戦には久しぶりの実戦の上に相手が相手だ。その声には僅かばかりに緊張を含んでいるように聞こえた。 『攻撃目標間もなく射程距離に入ります。戦車隊と各魔導師は攻撃の準備を。以降全部隊の指揮権は八神はやて三佐に譲渡。各部隊は八神三佐の指示に従って行動してください』 『了解!!』 エイミィの指示に作戦に参加している局員全員が声を張り上げる。これ以上自分達の済むミッドチルダを破壊されてたまるか、そんな思いを込めた咆哮だった。 そう、局員達が居抱く願いは只一つ。そこには海だの陸だのと言った事は一切関係がない。あの鉄の化け物を葬り去り、この世界に平和を。 彼らが待望の眼差しで見つめる視線の先に居るのは、本作戦の指揮官である八神はやて三佐。 あのJS事件を解決した奇跡の部隊『機動六課』の部隊長だった人物。彼女ならばきっとこの難解な状況を打破してくれるに違いない。 その想いにはやてが感じるのは押し潰されそうな重圧。この場に居る数百人の命は、今はやての手の上にあるのだ。 一瞬の判断ミスでたくさんの同志を死なせてしまうかもしれない。常人ならば到底耐える事など出来ないプレッシャーがはやてを襲う。 しかし八神はやては退く訳にはいかない。この場に居る全員の命を背負い戦う事が自分の責務なのだ。意を決したはやてに飛び込んでくるのはエイミィからの通信。 『はやてちゃん! 目標射程圏内に入ったよ!』 「よっしゃ! 全部隊攻撃用意! 敵ロボット鉄人28号を破壊するんや!!」 『了解!!』 そんな様子をビルの上、眼下に広がる光景を不吉な笑みで見つめる一人の男。 「この程度で……舐められた物だな」 場違いな白衣を纏い、ビル風に紫色の長髪を靡かせる不気味な男。名をジュエル・スカリエッティ。そう、1ヶ月前、脱獄を果たしたJS事件の主犯である。 彼が持つのは、2本のレバーに3つのダイヤルが付いた箱型の装置。これこそが鉄人28号を唯一制御し得ると共に、持つ者を世界で一番強い存在に変えてくれる物。 そう、これこそが! これこそが! これこそが! 完全無欠! 絶対不死身の兵士にして、戦争と言う名の悲劇が生んだ鋼鉄不落! 完全無敵の人型最高兵器、鉄人28号の操縦機なのだ!! 「さぁ私の娘達、良くご覧! これが私の夢なのだよ!! これから起こる事をその眼に焼き付け、後世に伝えるのだ! 私ジュエル・スカリエッティが如何なる人間だったかをねぇ~! 例えこの身が神と呼ばれようとも! 悪魔と罵られようとも! これから始まる事は誰しもが声を上げる惨事となるだろう! そして世界は知るだろうさ! そして世界に残るだろうさ! 後の世代に語られるだろうさ! この日! この時! この夜が! 時空管理局が制止する日だとね!!」 『はい、ドクター・スカリエッティ』 スカリエッティの背後に光る影達はそう言って頷き微笑んだ。そう、これこそが復讐なのだ。我等が創造神に歯向かった者共への制裁である。 その粛清たるや大胆不敵、居並ぶ敵を真正面から叩いて砕く! 砕く!! 砕く!!! 砕き尽くして廃墟を作れ! 全てを壊して炎と踊れ! 涙の代わりに血を流せ! 笑いの代わりに恐怖の声を! 粛清されるは怨敵六課! ならば狂気の宴を開こうか! 例えそれが悪魔の所業と言われようとも! 「むしろ結構!! 本望さ!!」 神に背くか! 悪魔に背くか! 果たしてどうなるこの戦い!? されど止める事など笑止千万!! さぁ神よ、悪魔よ、ご覧あれ! 今宵の酒は女の血! 今宵の肴は女の悲鳴! 今宵の宴は! 「まっこと、誠に甘美なり!!」 闇夜に響くは男の嬌声。もはやこの男、神も悪魔も恐れぬのか? 『目標をレーダーにて捕捉! 射程距離まであと10秒!』 そんなスカリエッティの言葉を裏腹に、隊員からの通信で緊迫した空気が地上部隊を一瞬で支配する。ついに来たのだ、あの化け物が。 『発射用意!!』 戦車長の指示に戦車砲は一斉の同じ方向へと向けられた。いくら鋼鉄で出来たロボットと言えど、この火砲に耐えられるはずがない。 戦車砲に装填されているのは徹甲弾。その名の通り鋼鉄で出来た装甲を貫く為に作られた弾頭である。正面から迫り来る相手には格好の武器であろう。 敵は目立った武装は装備していない。なら狙うのはアウトレンジからの一斉射撃、敵を近づける事なく集中砲火で撃破する。 砲塔が狙いを済ましてからやや時間が経って、不気味な地鳴りが辺りに木霊し始める。 やがて部隊員の目に映るのは鋼鉄の巨躯。それはもはや見間違えるはず等がない、見間違えようがない。 ついに来たのだ。 『鉄人28号を目視確認!!』 『撃てぇぇぇぇぇぇ!!』 鉄人がその姿を晒した瞬間、敵を貫くべく放たれた弾頭が衝撃波を纏って、ありとあらゆる方向、角度から鉄人に押し寄せる。さすがにこの巨体でこれだけの一斉掃射をかわす事は不可能だ。 その為か鉄人はまったく動こうとはしない。だがそれは決して己の敗北を悟り、抵抗を諦めたのではない。 砲撃の発射音よりも遥か速く鉄人に辿り着いた弾頭は、その鋼鉄の身体に勝負を仕掛ける。 何発もの弾頭がほぼ同じタイミングで命中。勝利を確信する隊員達だが次に響いたのは装甲を貫通する音ではなく激しい炸裂音であった。 その音に何事かと隊員達が思えば、突然鉄人の周囲に建つビルのガラスが粉々に砕け散り、その壁は小さい衝突音を無数に立てて火花を散らすと細かな陥没が幾つも出来ていた。 それらガラスやコンクリート片は、まるで雨のように地面に降り注いでいる。一瞬何が起きたのかまるで見当も付かない隊員達であったがハッとした戦車長が一言発した。 「徹甲弾が……弾かれたのか?」 そう、徹甲弾は敵の装甲を破壊するという役割を果たす事なく、鋼鉄の鎧に阻まれ砕け散ったのだ。結局散らばった破片が壊した物と言えば、付近のビルのガラスや壁だけ。 よもや敵を破壊するための攻撃が市街地に被害を与えるとは。彼等自身、流れ弾による多少の被害は想定していたが敵に効果が無い上に、街だけ壊すとは本末転倒である。 だがこのまま引き下がるわけにも行くまいと、すぐさま第二波攻撃が続行される。しかしまたまた炸裂音が響いたかと思えば、弾き返された弾頭の破片がビルや道路に無数の傷跡だけを残していく。 戦車長は怒声と共に攻撃続行を指示するが、いくら徹甲弾の洗礼を浴びせた所で鉄人の身体は傷一つ負わない綺麗な物であった。 「あかん! 魔導師のみんなは射撃準備! 撃てぇぇぇぇぇぇー!」 これではまずいと思ったはやてが待機していた魔導師大隊に攻撃命令を出す。砲撃が出来る者はその場で、出来ない者は鉄人と距離を取るべく空から陸から近付いていく。 戦車砲の連射に混じって砲撃魔法や射撃魔法の大群が鉄人を襲う。それらの着弾は連鎖するように爆発を起こすが、やはり効果はなかった。 鋼鉄を犯そうと溢れ返る爆風に包まれても、まるで何事もないかのように一歩一歩を踏み締めながら、鉄人は地響きと共に地上本部へと前進を続ける。 少しでも足を止めようと懸命の攻撃が繰り返されるが、鉄人の歩調が変わる事はない。着実に目標へと向かって行進する姿は、宛ら不死身の兵士といった風情で見る者に威圧感と敗北感を与えていく。 魔力砲撃は意味を成さず、射撃魔法に至っては論外。戦車砲の弾頭は砕けてショットガンの様に散らばり、街への被害を広めるだけ。 敵へのダメージがあるなら被害を考慮しても続ける価値はあるだろうが、そんな様子を微塵も見せない鉄人に隊員達が居抱くのは絶望と恐怖。 「な、なんて装甲や。こ、こ、これほどとはっ!」 指揮官たる八神はやても最早戦意を喪失しかけていた。先程の安堵は、落胆と焦燥にすり替わり、はやてを追い詰めるだけであった。 この人数でもさしたるダメージを与える事は出来ないのか? これだけの攻撃でも傷一つ付ける事も叶わないのか? それは装甲が頑丈と言ったレベルを超越している。例えとして適切ではないが『暖簾に腕押し』と言った所であろうか。 ようはこの攻撃自体に全く意味がないのである。つまり作戦行動自体が無駄そのもの。 街の被害に目を瞑り、攻撃を仕掛けた結果は、効果なし。これでは何のための作戦なのか分からないのだ。 意味のない作戦で意味のない被害が生まれ、そして絶対的な存在への畏怖のみが魔導師達を支配する。 「こなくそぉ!!」 だがヴィータはそれを切り払うようにグラーフアイゼンを掲げ、猛然と鉄人に立ち向かおうとしていた。 今だ続く弾幕の雨を縫うようにすり抜けるとカートリッジ3発ロード、振り上げるアイゼンは鉄人に迫る巨鉄槌となり、敵を打ち砕くべく一気に打ち下ろされる。 「食らえぇー!!ギガントォォォハンマァァァァァァァァ!!」 巨人の鉄槌と銘打たれたヴィータの最大火力、圧倒的質量と内包された膨大な魔力を併せ持つそれが、正真正銘の巨人に向かって突き進む。 その威圧感にさしもの鉄人も両手を差し出して、受け止めんとする。やがて鉄人とギガントハンマーが邂逅を果たすと鈍く巨大な衝突音がビル街と大地を揺らした。 既に鉄人の重量を支えるのに精一杯の道路は、さらなる質量の追加に耐え切れなくなったのか、鉄人の足周りを中心にクレーターのような陥没が広がった。 だがその大質量攻撃をも鉄人自体は、微動だにせずに支えている。それもそのはず、鉄人の腕力ならば数百トンの物体を軽々持ち上げ、投げ飛ばす事が出来るのだ。 如何なヴィータのギガントハンマーと言えど、不死身の兵士に対しては破壊力不足と言わざるを得なかったのである。 「ギガントハンマーが……そないな事があるわけ、あるわけが」 そしてその光景は、はやての戦意に止めを刺すには、十分すぎる物であった。ヴィータは六課の中でも最高の物理破壊力を持った騎士である。 それ故にヴィータのギガントハンマーが効かないという事は、少なくとも六課所属のメンバーの攻撃では鉄人を破壊する事は不可能と言う証明でしかなかった。 「だったらぁ!!」 尚も食い下がるヴィータは、ギガントフォルムを解除するとアイゼンを再び振り上げた。ギガントが効かないならそれをも上回る鉄槌を。 グラーフアイゼンが赤い魔力に包まれたかと思えば、弾け現れるのはヴィータのリミットブレイク。 巨大なロケットエンジンの先端にドリルを取り付けたような形状を見せるのは、鋼鉄を爆砕する究極の鉄槌。その名をツェアシューテルングスフォルム。 衝撃波を伴ったロケット噴射とそれに連動して高速回転する巨大なドリルは『聖王のゆりかご』その強固な動力炉を破壊した機動六課最強の物理破壊攻撃だ。 ヴィータ最大のリミットブレイクは、唸るような爆炎を噴射口より吐き散らしながら鉄人を捉えんと振り下ろされる。この一撃に鉄人は、どっしりと腰を落として構えると迎撃すべく拳を突き出した。 破壊の鉄槌とビルをも壊す鉄拳の正面勝負。互いの噴射速度と拳速は持ち得るポテンシャルの最大限を引き出している状態だ。 そして互いに最高の威力を持って激突した鉄槌と鉄拳。耳を劈く衝撃音に皆がどちらが壊れたのかと目をやると。 「ああ……ア……アイゼェェェェェェェェン!!」 泣き叫ぶようなヴィータの声が木霊する。その衝撃に耐え切れなかったのは、鉄槌のほうであった。 「ヴィータのリミットブレイクまで……」 鋼鉄の伯爵の敗北は、はやてに驚嘆の声を上げさせた。鉄人のパンチの直撃を受けたアイゼンは粉々に砕け散り、破片が中空の至る所に散らばっている。 もはや鎚の部分は原型は留めておらず、放心状態のヴィータの手に残されたのは、全体がヒビ割れた柄の部分だけであった。 一方鉄人の拳は、アイゼンの直撃を受けた部分から摩擦熱による白煙こそ上がっている物のこれ言って目立った外傷は見つけられない。 戦車と魔導師部隊があれほどの集中砲火を浴びせた上にヴィータのリミッドブレイクを持ってしても装甲を摩耗させる事さえ敵わないのか。 しかしヴィータの敗北は、はやての尽きかけていた戦意を燃え上がらせるには十分だった。はやては、大切な家族を傷つける者を許すわけにはいくまいと声を荒げる。 「ヴィータは下がるんや! 私達は上空からフォースブレイカーいくで!」 はやてはとにかくヴィータに下がるよう指示。ヴィータは自分の攻撃が効かない悔しさと唯一無二のパートナーであるグラーフアイゼンの全壊に泣きそうな表情を浮かべながら、無言で頷くと自陣の後方へと後退した。 その様子に胸を締め付けられるはやてだったが、今はヴィータを慰めている場合ではないのだ。この戦いが終わった時、せめてこの胸に抱いて大いに泣かせてやろう。 その為にも残された最後の切り札、各人が持つ最大火力を直撃させるフォースブレイカー。強大な『闇の書の防衛プログラム』をも沈黙させたこの攻撃で鉄人に勝負を掛けるしかない。 幸い敵は、遠距離武装の類を装備していない。ならば足を止めたチャージにも時間を取れるし、全魔力を注ぎ込んだ強力な砲撃を撃てば或いは。 「全員高度100メートルまで上昇! 行くで!」 そう言ってから上昇を始めるはやて。続いて、なのは、フェイト、シグナムも伴う様にして飛翔した。砲撃魔法の射程距離と鉄人のリーチを考えれば100~200メートルほど距離を取るのが最善策。 本当ならば万全のため200メートル以上離れるのが一番だが、そこまで離れると魔法の威力が減衰してしまう。危険を伴っても100メートルの距離で撃つのが有効であるとはやては考えたのだ。 最大魔法を放つために空へと昇っていくはやて達に、鉄人が視線を合わせると突然空気を切り裂くような音が辺りに響き始めた。 この異常は遠く離れた本局でもエイミィが察知しており、鉄人のステータス値の変化を司令官であるクロノに伝えた。 「鉄人の背中付近に熱源反応!? これは……」 「何をする気だ!?」 クロノもモニター越しに鉄人の異変に気が付いていた。鉄人の背中で巻き起こるのは激しく燃え上がる陽炎の渦。武装はないとタカを括っていたがこの様子では何か隠し玉を持っているのは間違いない。 それは現場で鉄人と直に対峙しているはやても感じている事だった。背中のユニットが陽炎を起こしている事と鉄人が魔力系統を使用していないのなら予想出来る攻撃は物理的な炎熱攻撃。 その選択肢から考えられるのは、熱線か火炎放射。背中のユニット形状からミサイルやロケット弾等の可能性も捨て切れない。 はやては、このまま足を止めてのチャージは危険と判断。散開を指示しようとしていたその時。 「みんな、さんか……」 はやての言葉を遮る様に突如響いたのは、重々しい爆発音。そしてはやてが見たのは、目の前に居た筈の鉄人の姿が消えている空間。 どれだけ眼下に広がるビル街を見下ろしてみても、その巨大な姿はどこにも存在しない。鉄人ははやて達の前から完全にその巨体を消し去っていたのだ。 あれほど巨大なロボットが一瞬で消えるなど物理的に考えてもあり得ない。魔法技術を使えば転送魔法等の使用で不可能ではないだろうが、それでもあの質量の転送にはそれ相応の装置が居る。 鉄人が内部構造に魔法技術を使用していない以上、転送魔法による瞬間転位は不可能と言っていい。 そんな思案をはやてがしていれば、耳に入ってくるのはどこかで聞いた覚えのあるエンジン音。そう、ロケットやジェット機が飛ぶ時に出すエンジン音。それと似た音がはやて達の後方から聞こえてくるのだ。 やがてはやてを含めた全員が気が付く。鉄人が消えた状況、今後ろから聞こえるエンジン音、鉄人の背中に発生した陽炎。それらを総合して考え出される一つの結論。それははやて達にとって最悪を意味している結果であった。 「ウゥゥゥゥゥ」 はやてが振り返り認めたのは、唸り声を上げる鉄の巨人。もし見間違いならどんなにうれしいか、しかしこの巨体を見間違える訳がない。 間違いなく背後を飛んでいるのは鉄人の姿。見れば背中のユニットから猛炎を噴き出し、空に浮かんでいる。 これまで戦ってきて鉄人が近距離戦闘特化型の格闘専用機体である事は分かっていた。だからこそアウトレンジからの砲撃魔法が唯一安全な攻撃手段であると踏んだのだ。 しかしそれも鉄人の移動手段が歩く以外にはないと思っていたから成立する考え方であり、飛行能力を持っているとなると、もはやアウトレンジからの攻撃も有効な手段とは呼べなくなってくる。 どれほど距離を離してもそれを詰められたら意味がないのだ。まして砲撃魔法は足を止めなければ撃つ事が出来ない。はやての中でヴィータの敗退によって燃え上がっていた闘志も既に風前の灯と化していた。 「そないな……て、鉄人が……空を」 そう漏らしたはやては、鉄人の多機能さに驚嘆を覚える以外になかった。ビルを壊す力と砲撃魔法を防ぎ切る装甲だけでも驚異なのにその上、空まで飛べる機動性と来たのだ。 完全無欠とはこの事を言うのだろう。既にはやて達に付け入る隙は残されていなかった。 「ガアァァァァァァァァァァー!!」 「はやて!」 逆に思案に耽るはやては隙だらけである。咆哮と共に鉄人が右の剛腕をはやて目掛けて突き出すとそれに気が付いたシグナムが庇う様に飛び出した。 全速力で飛んだシグナムは、迫り来る拳の射線からはやてを突き飛ばす。突然の事に、はやては小さな声を上げてバランスを崩し掛けたが、ジグナムのお陰でパンチの直撃する軌道からは外れていた。 シグナムも飛び出した反動を生かして必死に身を捩り、ギリギリの距離で鉄人の拳を回避。触れそうな距離を通過する拳から発生した焼け付くような風圧が騎士甲冑を擦りつける。 単なる拳圧とは言え、それだけで騎士甲冑越しに衝撃を感じるほどである。直撃時の破壊力を想像すれば、歴戦の勇士たるシグナムに戦慄を覚えさせるには十分過ぎるほどであった。 「グオォォォォ!!」 だが相手に安堵の猶予を与えないよう咆哮する鉄人。その左腕は既にシグナムに狙いを付けている。 一方シグナムはと言えば、無茶な体勢から強引に身体を捩って回避したせいで、今だ体勢を整え切れずにいた。 剛風を纏いながら放たれる拳は真っ直ぐにシグナムへ向けて飛翔する。来るのは分かっていても身体が動かず、仮に障壁を展開したとしても直撃を受ければ待つのは確実な死。 もはやこれまでかと覚悟を決めれば突如視界に飛び込んでくる一筋の雷光。それは鉄人の拳が到達するよりも数瞬速くシグナムを救い出していた。 そのあまりのスピードにシグナムは自身の反射神経を持ってしても状況を把握出来ずにいたが、やがて急停止して雷光が弾け飛ぶと、現れたのは見慣れた金髪の靡かせる少女であった。 「テスタロッサ……」 「大丈夫ですか?」 真剣ではあるが、どこか温かみのある顔で問い掛けたフェイトはシグナムを見つめている。シグナムが改めて自分の状況を見ればフェイトに横抱き、俗に言うお姫様抱っこをされている事に気がついた。 まさか守護騎士である自分がこのような格好で助け出されるとは思ってもなく、戦いの最中とは言え、妙な気まずさがシグナムを支配していた。 「グウゥゥゥゥ」 だがそれも束の間、不気味な唸り声に2人が正面を見るとそこに居るのは鉄人の姿。思いもしない状況に驚きを隠せないフェイトだがそれも無理はない。 何せフェイトはスピードと機動性では六課最速なのである。そのフェイトが持ち得る最速の移動魔法ソニックムーブを使ってシグナムを救出した上に、安全のため間合いは十分に取ったつもりであった。 なのに目の前に居るこの巨体は確かに鉄人その物である。フェイトがソニックムーブを発動した瞬間鉄人はパンチを放っていた。もし鉄人が回り込んで来るタイミングがあるとしたら静止してシグナムの安否を聞いた瞬間。 たった数秒で安全圏だと思っていた距離まで回り込んで来るスピードと機動力、それは六課最速と言われるフェイトに匹敵するという意味であった。 本局の指令室でもその様子に驚愕の声を上げる者は多く、普段は冷静なクロノも義妹であるフェイトがスピードで鉄人に負けるとは思ってもなく驚くより他に選択肢はない。 「一体どうなって、フェイトが前を取られるなんて、そんな事が」 「クロノ! あの鉄人、音よりも速く飛んでる!」 「馬鹿な、あの質量が音速だと!?」 エイミィが使うモニターに表示されている分析結果。それは鉄人28号が音速を超えて飛行したという事実を淡々と表示していた。 確かに音よりも早く飛べば短時間でフェイトの前に回り込む事は出来るかもしれない。しかしあれだけの質量が音速で飛び、ましてフェイトの前を行く等、信じられる事ではなかった。 鉄筋コンクリートのビルをも壊してしまうパワー、砲撃魔法や戦車砲の直撃にも耐える装甲、そして高機動魔道師と互角に飛べる音速のスピード。 鉄人28号は高ランク魔道師でもその方面に特化していなければ出来ない事を簡単にそれも単独で成し遂げているのだ。勝ち目などない。直接鉄人と対峙する八神はやてにとって、その事実は認める以外になかったのである。 「完全や、全てに死角がない」 そう呟いて、はやての心は完全に砕け散ったのである。もはや戦車隊も魔道師部隊の誰しもが攻撃の手を止めてしまっていた。 辺りに響くのは鉄人のロケットエンジンの噴射音のみ。誰一人として言葉を発さず、ただ無敵の兵士の姿を見つめ続けるに留まったのである。 シグナムを横抱きにしているフェイトもそのままの姿勢で眼前の鉄人を見つめるしかなくなっていた。スピードでも歯が立たないのだから何をしても無駄だと。 如何なる抵抗も無意味なら、ただ立ち尽くして成り行きを見届けるより他にない。もしも鉄人が拳を突き出せば確実に殺されるだろう。 しかし逃げようとしても速度はこちらと同等か、むしろ向こうが速いのかもしれない。なら回避行動自体が成り立たないと言ってよかった。 絶対的な力量差を突き付けられ、ただ呆然と立ち尽くす魔道師達に鉄人は呆れたのか、目の前のフェイト達に拳を振り上げる事もなく、横を通り過ぎながらゆっくりと地上本部へと飛び去って行く。 フェイトは後方に飛び去っていく鉄人に安堵を覚えていた。しかしそう思うという事は同時に一つの結論に至ったという事でもある。 そう、それは敗北。その場に居る誰もが、鉄人を追おうとはしないし、各隊の隊長陣も迎撃せよとの指示を出す事はなかった。 既に全員が悟っていたのだ。追った所で勝負は見えている、なら抵抗は止めて生き延びた方が得なのではと。地上本部には既に避難命令が出ているはずだから人的被害は最小限で済むはずだと。 あの化け物に勝てる者など居ないのだと。 「諦めたか」 そして離れた位置から鉄人を操縦するスカリエッティは、双眼鏡ではやてたちの顔を見ながらほくそ笑んでいた。もう少し遊んでもよかったのだが、鉄人に対抗出来る者が居ない以上、退屈なだけだ。 プログラム改竄をしてプレイヤーキャラを無敵状態にしたゲームは、始めのうちは面白くとも、普通にやるよりも早い段階で飽きが来てしまう物。 それに目的は何も魔道師連中と遊ぶ事ではない。それはそれで楽しい時間ではあるが仕事は仕事、こちらを優先せねばなるまいて。 「鉄人カプセルを回収しろ」 「ガオー!」 地上本部に辿り着いた鉄人はスカリエッティの指示に咆哮で答えると右腕を突き出した状態で本部目掛けて急降下。地上本部は建物自体が堅牢に出来ており、さらに魔力障壁も張り巡らせた2重構造になっている。 通常攻撃であれば鉄壁を誇るが、圧倒的質量を持ちながら音速のスピードで迫る鉄人には、その防御策も大した効果がある物ではない。 音速で突撃を仕掛けてくる鉄人に、まず魔力障壁が立ちはだかるがまるで銃弾の直撃を受けた窓ガラスのように砕け散り、そして堅牢な外壁構造も爆音と共に障子紙のように破り去られた。 鉄人が鉄筋コンクリートを敷き詰めて作られた分厚い床板を突き破りながら目指すは、地下のロストロギア保管庫。 「そこだ鉄人」 「ガオー!」 ちょうどその位置に差し掛かった所でスカリエッティは鉄人に停止の指示を出す。既に地下数十メートルまで突き進み、鉄人の真下がロストロギア保管庫だ。 鉄人は薄い発砲スチロールを相手にするかのように保管庫の天井を破壊すると中から薄汚れた一つのカプセルを取り出した。 その光景を双眼鏡越しに見つめていたスカリエッティは、粘り付く様な気味の悪い笑みを浮かべると鉄人と背後に控えるナンバーズ達に指示を出す。 「よし鉄人退却だ。クアットロ、シルバーカーテンで鉄人をステルスにしてくれ。追跡されても面倒だ」 「はいドクター」 そう言って眼鏡を光らせるのは戦闘機人ナンバー4『クアットロ』電子戦を得意としており諜報戦やジャミングなどに長けている戦闘機人である。 彼女の固有技能『シルバーカーテン』はレーザー撹乱やステルス迷彩等の機能を持っており、偽装工作や潜入のサポートなどその使用方法は多岐に渡り、戦術性の高い能力であった。 今回も巨大な鉄人を飛ばしていては非常に目立つため当然時空管理局から追跡を受ける。そうなれば自由に行動が取り辛くなるがために彼女の出番と言う訳だ。 スカリエッティの予想通り、本局ではクロノ達が鉄人の追跡準備を急いでいた。仮に倒せないまでも位置を把握しておく事が戦略的に重要だからである。 「エイミィ! 鉄人を追跡するんだ!」 「それがレーダーに機影が映らなくって! これじゃあ追跡出来ないよ……」 エイミィの言葉にクロノは愕然とした。この上ステルス機能まで兼ね備えた機体なのかと。これでは相手がどこから来るのかも、どこに行くのかも分からない。 悔しさを紛らわせるように握り締めた右の拳をデスクに叩きつける。 「くそぉぉぉぉ!!」 鈍い音を立てて叩きつけた拳は切れ、血が滲む様にデスクに広がっていった。 遥か遠くで起きているそれを嘲笑うかのようにスカリエッティは実に愉快な笑顔を浮かべている。 「地上はまた今度でいい。さて」 「次はどうしますかドクター」 そう聞くのはスカリエッティの右腕たる戦闘機人ナンバー1『ウーノ』簡潔に説明すればスカリエッティの右腕のような存在で、クアットロ同様彼女も情報戦や電子戦と戦闘補助の能力に長けている スカリエッティは微笑みかけながらウーノに向き直った。 「次元航行艦の用意は出来ているね?」 「もちろんです」 「いい子だねウーノ。なら行こうか時空管理局本局へ!!」 午後23時50分 時空管理局地上本部付近。 「まるで廃墟だ……。そう、私の夢に出てきたあの……」 煌々と炎が照らし出す廃墟でフェイト佇むようにただ呆然としていた。目の前に広がる光景は間違いなく今朝見た夢に似ている物。 そう、高町なのはという大切な人を失い、この破壊の張本人『鉄人28号』を我が手に操っていた夢。 結局鉄人という存在は現実の物になってしまった。もしかしたらこれも夢の延長ではと考えもしたが、焼ける炎の匂いや土埃が身体を打ち付ける感覚が現実である事を否応無しに伝えていた。 これが夢だったらどんなに良かっただろう。今この状況が現実なのだとしたら、夢の中でなのはを喪失した事もまた現実になり得ると言うのか? そうでないと誰が言える。現にフェイトの夢は正夢となり現実世界に襲いかかったのだ。それならばなのはを失う事も現実になる。 そんな事実断固として認めたくはない。認めたくはないが、しかし鉄人の存在を否定する事が出来ないならなのはの死を否定する事も出来ないのだ。 「全部壊れちゃったね」 「なのは……」 なのは、そんな悲しそうな顔をしないでおくれ。君の悲しみは私にとっての身を切り裂かれるよりも辛いんだ。だから笑っておくれよ。 そう願うフェイトの隣になのはは寄り添うようにして近付いて、フェイトの左腕に縋るように抱き付いた。 腕を通して伝わる温もりにフェイトは最愛の親友の生を実感する。よかった彼女はまだ生きている。だったら守る事が出来るんだ。 もう傷付かない様に守り抜いて行こう。この手に伝わる温もりを失う事は、自分にとっての死と同意義なのだから。決して失ってなる物か。 そう、自分を犠牲にしてでも彼女だけは守らねば。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンに始まりをくれた誰よりも温もりに溢れた手、誰よりも眩しい笑顔。 生涯始めての友達で、今までもこれからも誰よりもかけがえのない存在。フェイトにとってのすべてに勝る大切な人。 「どうしてかな、どうしてこんな事をするのかな」 ポツリと漏らした言葉は独り言のように聞こえるが、なのははフェイトに問いかけているのだろう。しかしそれに対する答えをフェイトは持っていなかったのだ。 むしろ教えてほしいぐらいだ。なんでこんな事になっているのか。そしてなぜ夢が現実になっているのか。分からないから言える言葉は少ないけど。 「分からない。私にも何も分からない。どうしてこんな事になったのかなんて、どうして現実になってるのかなんて」 「じゃあやっぱり……」 そう、夢が現実になっている。いやもしかしたら現実を夢に見たのか? いやそれだけはダメだ。もしそうならなのはが死ぬ事が現実になってしまうではないか。 絶対にそんな事があってはならない。だから決めた。初めて彼女と友達になった日からずっと思ってきた事。それは彼女を守り抜く事。 そう、だから今ここに誓おう。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが全力を持って全うするべき誓いを、絶対に曲がる事のない信念の誓いを。 「なのは、私はいつでも傍に居る。どんな時でも君の傍に居る。そう、この世の全てが敵だって私は君だけの盾になる」 「フェイトちゃん……」 フェイトの言葉になのはは戸惑いを覚えていた。なぜこんな事を言うかと、でも不思議と彼女の言葉は心地よいのだ。 自分を守ってくれる騎士の様で。守られるのが好きという訳ではないが、この人であれば自分の命を預けてもいいと思える存在。 そしてきっとこの人は自分の命に代えても自分を守ろうとするだろう。だけどそんな事は絶対に嫌だ。大切な親友を自分のために失うなんて。 「無茶は、しちゃダメだよ」 「君もね」 釘を刺すように言われて逆になのはは恥ずかしくなっていた。まさかここでカウンターを食らうとは思ってもないのであった。 だがフェイト自身、無茶の塊であるなのはに、そんな事を言われなくはないのだ。誰よりも無茶をするくせに人には無理をするなという矛盾した性格。 それが高町なのはが持つ最大の欠点である。なのはの身体は1年前行使したブラスターモードの副作用が抜け切っていない状態なのだ。 本来なら戦闘などもってのほかで絶対安静の療養が数年必要とはやての守護騎士であるシャマルから念を押されていた。しかしそれでもなのははこうして最前線に出て戦っている。 こんな無茶を続ければいずれ身体が壊れてしまう。それは9年前に身を持って経験した事なのに。 フェイトと言う人間は、なのはに対して否定的な意見を言う事はないし、直してほしいと思う部分も皆無に等しい。そのフェイトが唯一なのはの性格において直してくれと切に願う部分なのである。 「にゃはは、気を付けます」 その言葉となのはの幼い頃から変わらぬ笑顔で誤魔化されたような気もする。でも隣で見守り、彼女が無茶をしないように気を付ければいい。 「よろしい」 だからフェイトも微笑みを交えて答えるのだ。少しでも彼女と笑みを交わし合いたいから、笑顔で居たいから。 「まぁせやけど問題は山積みやな」 フェイト達から少し離れた位置で、廃墟となった都心部を見つめる八神はやての憂鬱は膨らみに膨らんでいた。結局リンディから頼まれた事を何も出来ずに終わってしまった。 それは八神はやてにとって完全な敗北。世界を滅ぼせる力とは聞いていたがこれほどの物と誰が想像出来ただろうか。 自分に認識の甘さを恨みつつもそれで敵を倒す事など出来ないという事は十二分に理解している。だから今するべきは後悔ではなく、敵を屈するための方法を考える事だ。 「やっぱりあれを使うしかないんかな」 「はやて、あれとはもしや」 はやてから一歩引いた後背に立つシグナムが声を掛ける。以前にも似たような状況に陥った事はあった。それは自分たちが当事者となった闇の書事件。 あの時も通常攻撃では倒し切れぬ『闇の書の防衛プログラム』を消滅させる威力を持った魔力砲。たった一撃で都市を消滅させる威力を持った時空管理局が誇る最強の魔法兵器。 「アルカンシェル。あれなら鉄人でも」 そう、時空管理局保有兵器の中でも最大の破壊力を持った『アルカンシェル』物体を対消滅させるあの破壊力なら鉄人を倒すには十分だろう。 「ですがアルカンシェルを地上に向けて撃てば甚大な被害が。それはあなたも分かっているはずです」 「そうやね。でも11年前みたいに衛星軌道上で狙撃すれば被害は抑えられる。問題は転送時間をどう稼ぐかやな」 シグナムの言う問題は11年前『闇の書の防衛プログラム』を倒した時に解消されているから特に気にする必要はない。だがどうやって衛星軌道上まで連れ出すか、それが問題であった。 あの質量を転送する事は転送魔法に長けた魔道師が数名居れば不可能ではない。しかし高速処理に優れた魔道師でも転送には、それなりの時間を要する。 最大の問題は、転送時にあの巨体の動きを長時間止めなければならないという点であった。それが不可能に近い事は誰の目に見ても明らかである。 「まぁでもなんとかするしかないか」 そう、ここまで来ればアルカンシェル以外に鉄人を撃退する手段は残されていない。もしもそれさえ通じないとなれば。 「そう、もしもダメならリンディさんの言う通りになるかもしれんな」 はやては火の子の舞い散る空を仰ぐ。今日味わった敗北の苦さと明日に得るべき勝利への待望を胸に秘めて。 午後23時50分。 瓦礫の山となったミッドチルダ中心部。そこでは救助活動のために地上部隊の魔導師が派遣されていた。 以前機動六課に所属していたスバル・ナカジマもその救助隊の一人だ。 デバイス、マッハキャリバーを使って廃墟を駆ける彼女の目に映るのは、瓦礫の下敷きになった人々の姿。 最も人が居る時間帯に起きた惨事。その被害者数は想像を絶するもので、スバルがどこに目をやろうとも見えるのは死体と瓦礫の山々。 だがこの地獄の中でも助けを待っている人が居るかもしれない。スバルは涙を堪えて走り続ける。 やがて見えてくるのは一人の幼い、歳は7~8才ぐらいか? その少女は瓦礫の山の上でしゃがみ込んで何かをしているようだった。 「そこの君! 大丈夫!?」 猛烈なスピードで近付いてくるスバルの問い掛けに、少女はちらっと目を向けるもすぐに俯いてしまう。 すぐ近くまで来たスバルは、少女が何をしているのか気になり見ると、彼女は小さな手を血塗れにしながら瓦礫を退かしていた。 少女の手はあちこちが切れており、彼女が退かした瓦礫には、少女の物と思しき鮮血がべったりと付いている。 その痛々しい様子にスバルは眉をひそめた。恐らく恐怖でパニックを起こしてこんな事をしているのだと。 とりあえず安全な場所まで連れて行こう。そう考えたスバルは少女を安心させようと優しく微笑みながらそっと手を差し出した。 「私の名前はスバル、助けに来たよ。さぁ安全な所まで行こう」 「ダメなの」 無表情のままでスバルの言葉を遮る少女に、スバルは困惑していた。 どうしてこんな場所に残ろうとするのか? とにかく理由を知らねばとスバルは微笑みを浮かべたまま少女の目線までしゃがみ込み、話し掛けた。 「君はここで何をしているの? ここはすっごく危ないんだよ」 「私ね、ママに妹をお願いねって言われたの」 スバルは少女の一言で彼女の行動の意味を察したのだった。そう彼女は妹を助けようとしている。そして少女がしゃがみ込むこの瓦礫の下に妹が埋まっているのだという事も。 スバルが瓦礫を退かすのを手伝おうとした時、少女の座り込む瓦礫の隙間から血が流れ出しているのを見つけた。 それは少量ではなく隙間から幾筋もの血流が流れ出しており、その様子からこの下に居る少女の妹がどんな状態は簡単に想像出来た。 少女の妹が何歳かは分からないが、この出血量では大人でも確実に助からないだろう。 顔色一つ変えずに瓦礫を退かし続ける少女はその事を悟っているのだろうか。スバルは少女の姿に溢れそうになる涙を堪えて、その小さな身体をそっと抱き締めた。 「どうして、どうしてこんなひどい事が……どうして……どうして」 今まで数多くの災害現場を見てきたが今日ほど酷い物はなかった。スバルがこの日を忘れる事はない、いや忘れる事など出来ないだろう。 あのJS事件とは比較にならないほどの大惨事。この日は後に歴史的事件として人々に記憶されていく事になる。 そして今日の事件は人々にこう呼ばれる事になるのだ。決して凝った名前ではなかったがそれでも人々に鮮明に記憶されるその名を『鉄人事件』と。 午後23時50分 時空管理局本局 鉄人28号対策司令室。 鉄人との交戦終了から数十分が経過し、司令室に居る者は半ば放心状態となっていた。 作戦は失敗。鉄人には決定打となるダメージを与える事もなく逃げられ、しかも追跡不能という状態である。 敗北ムードが漂う司令室の最上層のデスクでは、落ち込んだ様子で座るクロノと救急箱から薬品や包帯を取り出すエイミィの姿。 完全な敗北にショックを受けている職人の中でも特にクロノは決定的な敗北感を引きずりながらエイミィから机を叩いた際に右手に負った傷の手当てを受けていた。 「大丈夫?」 優しく問い掛けるエイミィの存在はクロノにとって非常にありがたい物であった。包帯を巻く手が触れ合う度にクロノの心を少しずつではあったが溶かしていく。 普段会う事は少ないが、それでも献身的な妻にクロノは愛しさを抱き、暫くぶりに触れる手をそっと握り締めた。 「包帯、巻けないよ」 「いいんだ。少しこのまま……」 普段クロノがこうして甘えてくる事は滅多にない。海鳴に住む様になってからは会う機会もめっきり少なくなっていたから尚更である。 元々努力家で自分に厳しい性格のクロノは昔からエイミィはおろか母親にも甘えを見せる事は少なく、何かあっても自分の中に仕舞い込む癖のある人間であった。 だからエイミィにとって弱さを見せてくれる夫の姿は、不謹慎とは思いつつも素直に嬉しくもある。エイミィはクロノの両手をそっと包み込むとその指先に口付けを落としてから顔を上げて微笑み掛けた。 「大丈夫、傍に居るから。辛くても私が居るから」 「ありがとうエイミィ」 そう言ってくれる夫の顔は真剣だけど、それがなんだか可笑しくて、エイミィはクロノの頭に手を置くと優しく撫で始めた。 いつもならこんな事を人前でされれば「からかうな」と怒る所だが、今はその感触がとても心地よくてそんな事を言う気分になれなかった。 ただ慰めようとしてくれる心遣いが嬉しくて、微笑みかけてくれる笑顔が暖かくて、子供っぽいかもしれないが頭を撫でられる事がこんなにも心を落ち着けてくれるなんて。 今なら自分の子供たちがエイミィに頭を撫でられると喜んでいる理由が分かる気がする。確かにこの温もりは、大いに心を落ち着けてくれる。 本当ならこのまま抱き締めて縋りたいが、勤務中であるし人目がある事からも憚られた。しかしそんな心情を悟ったのかエイミィはそっとクロノの背中に手を回した。 その瞬間クロノが全身を温もりに包まれるような感触を覚えて、自分の背中をゆっくりと摩る様にして撫でる手に涙が出そうになる。 もう勤務中だろうと人目だろうとなんだっていい。クロノはエイミィを引き寄せると想いをぶつけるように力強く抱き締めた。 けれどエイミィが抗議の声を上げる事はない。ただ口を閉ざして、愛しそうに優しく背中を撫で続けて、その手の温かさは、クロノにとってどんな事よりも嬉しかった。 そうして二人が抱き締めあったまま、数分の時間が過ぎていく。それは短い出来事だったかもしれないがクロノの心を癒すには十分過ぎる物だった。 「すまない、もう大丈夫だ」 「本当に?」 囁き掛ける声は耳に心地よさを与えてくれる。これだけ愛する人と触れ合えたのだからもう大丈夫。クロノはエイミィの両肩に手を置いて身体を離した。 身体を離しても尚見つめ合う二人、だがそんな余韻を吹き飛ばすように突然司令室にけたたましいサイレンが響き始めた。 『緊急事態! 緊急事態! 所属不明の機体が本局内部に侵入! 繰り返す所属不明の機体が本局内部に侵入! 総員戦闘態勢に移れ!』 突然の警報。それは本局の内部に敵が侵入したという通常では考えられない事態を告げていた。司令室に居る局員も突然の敵襲にパニックを起こす寸前になっていた。 『これは訓練ではない! 至急本局所属の魔道師は戦闘態勢を取れ! 繰り返すこれは訓練ではない! 至急戦闘態勢を取れ!』 これで確定だ。本局内部に敵が侵入した。だがこの本局に侵入するとは何を考えているのか、万単位の魔道師と数千単位の戦艦を保有している本局にわざわざ乗り込んでくるとは自殺行為に等しい。 しかし妙と言えば妙だ。本局のレーダー設備で敵が内部に侵入するまで気が付けなかったのか? 本来、未確認機が飛来すれば、かなり離れた距離でも補足する事が出来る。そして通常ならば所属を聞き、もし返答がないならその時点で警戒レベルを上げるという処置をとるはずだ。 だが今回はいきなり懐に飛び込まれており、なぜそんな事になってしまっているのかクロノには理解出来なかったのである。 「エイミィ、侵入機をモニターに」 「了解」 エイミィはクロノの傍から先程まで使っていたデスクに戻ると敵機が居る区画の監視カメラの映像を司令室に設置されている大画面モニターに映し出した。 するとそこに映るのは燃え上がる次元航行隊所属艦の格納庫。赤々とした炎に支配された格納庫は、そこら中に魔道師の遺体が存在し、生き残った一般の局員や整備員は炎から逃れようと逃げ惑っている。 クロノは何が起きているのかと目を凝らして見ればやがて炎中に浮かぶ影を認めた。背景に映る格納庫の規模や逃げ惑う人々と比較して影の主は10~20メートルほどある様に見える。 その姿は、誰の目に見ても巨大な影が犯人である事を悟らせていた。ここでクロノは考えたくもない、ある最悪の可能性に気が付いていた。 まずはレーダー網に引っ掛からず本局に侵入したという事は、敵が高度なステルス機能を持っているという事。そして人間を遥かに上回るこの巨大な姿は間違いなく。 とても信じたくはない、信じたくはないが恐らく自分の予想は当たっているだろう。目の前で破壊の限りを尽くす影の正体。 それは……。 『ガオォォォォ!!』 「て……鉄人28号!!」 咆哮で猛炎を吹き払い現れたのは、間違いなくつい先程まで対峙していた鉄人28号の姿。その行いたるや大胆不敵、まさか時空管理局本局に正面から勝負を挑むとは。 如何に本局魔道師中隊を壊滅させた鉄人28号と言えど、地上本部以上に戦力が充実したこの時空管理局本局を相手に戦うなど愚の骨頂とも言える行為である。 しかしその風貌たるや、正に勝利するために作られた不死身の兵士。何に恐れるでもなく地上本部を目指していた時と同じような歩調で歩き続けていた。 その様子に数十分前に抱いていた苛立ちと怒りを募らせるクロノだったが、その状態でも鉄人の背中にロケットエンジンとは別の巨大な装置が背負わされている事には気が付いた。 クロノが何かと思い見てみれば、背中の装置は巨大な円柱状の本体に、金属製の杭に似た装置が下部に数個取り付けられている。 また数字の書かれたパネルやデジタル表示の時計画面の様な物も確認出来る。それらのパーツから判断するに、鉄人28号が背負っている物の正体は。 「まさか爆弾か!」 「ハハハハハハ! そう、その通り!」 時空管理局本局が存在する宙域に浮かぶスカリエッティの次元航行船。その船室でスカリエッティは高笑いを抑える事が出来なかった。 スカリエッティの乗る航行船は、鉄人28号を運搬して来たため、船体サイズは大型であったがクアットロのシルバーカーテンによって実質ステルス船となっていたのだ。 「しかしクアットロ。君の能力は実に使い勝手に優れる。素晴らしいよ」 「ドクター、そんなに褒められると照れてしまいます」 時空管理局が鉄人28号の接近に気が付けなかったのも彼女の能力があるからこそ。肉眼にもレーダーにも捉える事が出来ない完全ステルス機能を実現したクアットロの能力。 事、強襲任務においては、鉄人のような強力な機体をカモフラージュ出来る故にその性能は折り紙付き。強力だが同時に巨大で目立つ鉄人とそれを隠蔽出来るクアットロの組み合わせは、まさに相性抜群と言っていいだろう。 「さて八神はやての事だ。やりそうな事は想像がつく」 「と言いますと?」 ウーノから疑問の声が上がるとスカリエッティは椅子に深く腰掛け、ひじ掛けを撫でながら口を開いた。 「ああ、彼女は案外と短絡的だからねぇ。せいぜいあの頭で思い付くのはアルカンシェルを使う程度だろうさ」 「ではアルカンシェルを?」 確かに鉄人28号と言えど、アルカンシェルの直撃を受ければ、どうなるか分からない。通常攻撃が効果を成さないのであれば都市部から離れた海上か宇宙空間に誘い出してアルカンシェルを使うだろう事は予想出来る。 アルカンシェルの効果範囲を考えれば鉄人の飛行速度を持ってしても回避は難しい。ならば撃たれる前に撃てないようにするのが最善策だ。 しかしスカリエッティがわざわざ危険を冒してまで本局に攻め込んだのには他の理由もある。 「それもそうだが、今本局に動かれては些か厄介な事も事実。こちらの思惑を実現にするには、しばらく動きを止めねばなるまいて」 「では、やはりあれを蘇らせるのですか?」 そう、何も鉄人を守る事も重要ではあるが、ミッドチルダに埋められた『カプセル』の回収もスカリエッティに課せられた急務であった。 その中に封印された鉄人にも匹敵する力は、これから管理局を相手に戦い続けるには必要不可欠な物。 「そのための封印カプセルだ。1年前は使えなかったが今は頃合いになっているだろうからね。しかし惜しいなぁ。 そう、もしもあの時カプセルと鉄人を使えていたら確実に勝てたのにねぇ。すべては私が無知故の過ち」 無知、敬愛するスカリエッティが自らを無知と罵る。それはウーノにとってあってはならない事なのだ。 彼女とってジュエル・スカリエッティは神。自らの神が我を蔑み、無知を謳うなど言語道断。それは絶対的と信じて止まない愛と信仰心を否する事ではないか。 「いえ! ドクターは無知などではありません! あの時の失態は全て我々ナンバーズの力不足による物。攻めるのならばどうか! どうかこの私めを!」 ウーノが椅子に腰かけたスカリエッティよりもさらに低く跪く。そう、1年前の失態は全てこの身による物。魔道師風情に頭脳を覗かれ、スカリエッティに信頼されればこそ知り得る情報を引き出されるという痴態。 この身を鞭で打たれようとも本望! いやむしろ敬愛するお方に敗北を与えたこの身に罰を! だが微笑みを浮かべるスカリエッティはウーノの頭を、その髪の感触を楽しむ様に撫で始めた。 「気に病む事はないよ。あの時は私にも落ち度があった。だが今回は違う! これから我々が手にするのは勝利あるのみ!」 「おおドクタースカリエッティ! なんと慈悲に溢れるお言葉。ならばこのナンバーズが長女ウーノ、貴方がお与え下さったこの身体と力は勝利のために!」 恍惚と瞳を潤ませるウーノの髪をスカリエッティは嫌味な薄ら笑いを浮かべて撫で続ける。 そして管理局の監視カメラをハッキングした映像が送られて来るモニターに映される光景は、スカリエッティの邪悪な欲望を満足させるには十分な物であった。 「さぁ進もうか鉄人よ! 目指すはアルカンシェル保管庫! ハハハハハハ!!」 スカリエッティの指示を受け、鉄人は炎の海と化した格納庫を行く。この奥の扉、そこが管理局の最強兵器アルカンシェルの格納庫。 アルカンシェルは百数十キロ四方の物体を対消滅させる危険な兵器で普段は格納庫に仕舞い込まれている。その格納庫も万全を期して分厚い特殊合金性の扉によって堅く守られていた。 その前に辿り着いた鉄人は、両手を扉の隙間に差し込み、こじ開けようとする。鉄人の怪力に格納庫の扉は軋む音を立てながらひしゃげていった。 「あいつアルカンシェルを!」 抵抗も出来ずに開かれていく扉にクロノが見たのは抗う事の出来ない力の差。やがて完全に開かれた扉から見えるのは、戦艦が何個も入るような巨大な空間、そしてそこに大量に設置されたアルカンシェル砲台の数々。 現在目立った犯罪もない事から管理局が保有する全てのアルカンシェルがこの格納庫に保管されていると言ってもよい。鉄人は格納庫の中程まで歩くと背中に背負っていた装置を床に置く。 すると下部に設置された杭の様な物がバンカーの要領で床に深々と突き刺さり本体を固定した。鉄人が数字の書かれたパネル部分を押していくと表示盤にデジタル表記の数字が表示されていく。 鉄人が入力しているのはスカリエッティ特製の巨大爆弾の起爆コード。タイマーを30秒にセット、さすがに無敵の兵士と言えど数百メートル規模の爆発に巻き込まれれば無傷といくまいから退避の時間が必要だった。 鉄人は爆弾から少し距離を取ってから床板に拳を振るい、機体が通れるほどの大穴を開けた。これでは爆発のエネルギーが逃げてしまうように思えるが、これだけの規模の爆弾ではそのような心配はない。 仮に多少逃げた所でビルをも吹き飛ばす衝撃波と数千度の熱流は、この規模の格納庫を吹き飛ばすには十分過ぎるほどの威力があるのだ。 巻き込まれては敵わないと言わんばかりに、鉄人は床に空いた大穴から下の階に飛び降りる。その様子を見ていたクロノは今更気が付いたのだ。そう、鉄人に対抗し得る唯一の手段が。 「アルカンシェルが」 「ドカーン!」 スカリエッティの嬉々とした声が船内に響くと同時に、アルカンシェルは猛炎に飲み込まれていた。灼熱の支配する格納庫の中は、宛ら溶鉱炉と言った風情で、溶けた壁やアルカンシェルが床一面に広がっていく。 アルカンシェル砲台の中には、爆風の熱で魔力炉が融点を越えて引火爆発してしまう物もあり、それらが隣の砲台に爆風を浴びせ、ついには連鎖的な誘爆をも生み出していたのだ。 格納庫内の監視カメラは全て爆発で壊れてしまったらしく、司令室のモニターには離れた位置の監視カメラからの映像が送られている。 内部の状況は分からないが、炎が渦巻き、今尚爆発が止まないその様を見れば、アルカンシェルの全滅を疑う者はなかった。 それは航行船の中で様子を見ているスカリエッティも同じであったが、もっとも彼の場合抱く感情は落胆ではなく狂わんばかりの狂喜である。 スカリエッティは、モニターをあらゆる位置のカメラ映像に切り替えて、青ざめていく局員の顔を見るのが楽しくてしょうがないと言った様子を見せた。 「ハハハハハハ! 滑稽だな諸君。そんなに怖いかね、この鉄人が」 しかしこれはまだ序の口。本当の闘いはこれから始まるのだ。アルカンシェルさえ破壊すれば鉄人への対抗手段はなくなったに等しい。 だがこのまま終えてしまっては面白くない。折角の余興、どうせならとことん時空管理局を破壊してやろうじゃないか。 この日は歴史に残る日となるだろう。次元世界の守護神たる時空管理局本局がたった一人の犯罪者の手によって落ちた日、その機能を完全に停止してしまう日。 自分をコケにしてくれた者達への復讐にこれほどの物はない。今後語り伝えられる瞬間は目の前にある! 「そう、今日こそが我が宿願成就の時! 後に語られるその名を『時空管理局制止する日』とは今日この日の事よ! ハハハハハハハハ!!」 「そしてその瞬間、我等ナンバーズこの眼に焼き付け、永久の時を過ごしたとしても忘れる事はないでしょう!」 跪き、待望の眼差しで見つめるウーノに、スカリエッティは椅子から立ち上がり、左手を肩に置くと右の手でウーノの顎を持ち上げた。 交わる視線は同じ金色の瞳。自分が作り上げた美しき戦闘機人ウーノ。もっとも愛着を持っている彼女の励ましは、実に気分を高揚させる物だった。 「ウーノ嬉しいよ。そうなればこちらも張り合いが出てくるという物」 「でもドクター、鉄人単騎で管理局を相手にするのはちょーっと厳しいのでは?」 水を差すようなクアットロの言葉にスカリエッティはまだ自分の温もりが残る椅子に座り直した。確かにもっともな意見かもしれない。 さすがの鉄人28号と言えど時空管理局本局の全戦力を相手にすれば、敗北の可能性がないとは言い切れなかった。 しかし強大な力であるからと言って正面からぶつけるのは知恵のない人間がする事である。有り余る力はおとりにもなるのだ。 それは伏兵を忍び込ませるには絶好の隠れ蓑になる。おそらく管理局は伏兵の存在に気がついてはいない。 仮に気が付いていたとしても、鉄人との対決に戦力を集中せざるを得ないから、どうする事も出来ないだろう。 そもそも見つける事など不可能と言っていい。何故ならそれはスカリエッティが作り上げたナンバーズの中でも最も異質な能力の持ち主。 「そうかもしれないねぇ。だが鉄人だけではないよ。なぁセイン」 『はいドクター』 通信をしてきたのは戦闘機人ナンバー6『セイン』その能力は無機物に潜航出来るディープダイバー。直接戦闘力は低いセインだが特殊工作員や偵察員として非常に優秀で、今日も本局の内部破壊の任務を負っていた。 既に本局への潜入を果たして、その内壁を泳ぐセインの背中にはスカリエッティ手製の爆弾が大量に入ったリュックサックが背負われている。小型ではあるが破壊力は抜群でセインの目標を爆破するには十分だった。 セインの目的はあくまで鉄人のサポート。本局の壊滅をより完全な物にして、復旧までの時間を引き延ばす事。本局の動きを止める事は、これからの行動に大きな意味を持つ事になる。 「ふふふ、機人に鉄人。これこそ完璧な陣形。さて、そろそろメインディッシュと行こうか」 スカリエッティが不敵に笑う頃、クロノとエイミィは今だ内部に留まる鉄人の動きを追っていた。モニターに表示される監視カメラの映像が次々に切り替わり鉄人を追跡していく。 進行を留めようと隔壁が展開されるが鉄人の腕力の前にはとても敵わず、引き裂かれ、こじ開けられてしまう。本局の魔道師部隊も鉄人を撃退すべく立ち向かうがいくら攻撃しても装甲に傷一つ付ける事すら出来ない。 色取り取りの魔力弾や砲撃が鉄人に着弾する度、弾け飛んでは光の粒子となって一帯を染め上げていく。その様子は幻想的であったが同時に、本局一面に広がる炎が現実を突き付けていた。 鉄人が通り過ぎた後に残るのは、燃え盛る炎と勇敢な戦士達の血肉。燃える赤と生臭い赤によって管理局は染められていった。 視覚を支配するのは、凄惨なまでの破壊の痕跡。嗅覚を突くのは、炎と亡骸が焼ける匂い。心を支配するのは、威風堂々たる姿で立ちはだかる者への恐怖。 尚も突き進む力に拮抗出来る手段があり得るのか、いいやそんな物は存在しない。ほんの数分前にはあったとしてもそれは既に灰へと姿を変えていた。 司令室で見つめるクロノが悔し紛れに拳を握り締める。するとエイミィに巻かれた白い包帯に徐々に赤い血が滲んでいく。 「あいつはどこへ向かって。エイミィ!」 「分かってる! このまま行くと」 先程地上本部襲撃の差にも使われた進路計算シミュレーター。場所を時空管理局本局に設定してエイミィは再び鉄人の進路を予想する。 「このまま行くと……まさか!?」 「どうした! 奴はどこへ!」 エイミィの様子から今日何度目か分からない悪い知らせである事を悟ったクロノは声を荒げた。エイミィは苦虫を噛み潰す様に言葉を発した。 「この本局の中心……メインシステム制御室」 「そんな、まさか鉄人はメインシステムを落とす気なのか?」 時空管理局を機能させるには全ステータスをカバーできる膨大なエネルギーが必要であり、まして宇宙空間に浮かぶ本局は酸素供給等のライフラインを確保するシステムが必要不可欠である。 地上と同じ酸素と重力を生み出し、さらには次元航行艦の発着に、管理局全体の通信機能、レーダー等の軍事的設備。全ての機能を使うには大量の電力とエネルギーを安定供給させるシステムを両立しなければならない。 そしてそれらの管理局が持ち得る全ての機能を統括するのがメインシステムである。生命維持機能、軍事設備、電力供給ユニット、それら設備毎に配された管理ユニットを管理統括するためのシステム。 それが万が一破壊されれば、一時的にではあるが管理局のシステム系統が完全停止する事を意味していた。もちろん制御用のサブユニットは用意されているのだが。 「そう、サブユニットの破壊はセインの出番と言う訳だ」 スカリエッティの戦略は、まず鉄人がおとりも兼任してメインシステムを破壊。その後も各設備の管理システムや重要施設等を攻撃する。その間にセインがディープダイバーを生かして発見されずにサブシステムを爆破。 たった2人で行う作戦だが、それには理由があった。まず第1に鉄人が内部に侵入したとなれば、当然これを撃破しようと全戦力が集中するからセインの存在が気取られる可能性はかなり低い。 第2に如何に戦力を集中しようと魔道師の攻撃で鉄人が破壊される可能性は極めて低く、全戦力を長時間鉄人に釘付け出来て、且つ攻撃に居も解さず破壊行動の継続が出来る事。 第3にセインの能力ディープダイバーは無機物の中を潜航する事が出来る。つまり目視による発見は非常に困難で、鉄人への戦力集中と合わせて手薄となった本局の至る所に移動出来る事。 如何にセキュリティーが厳しくとも壁の中を進まれては対応出来ないし、さらに鉄人に戦力を割かねばないから警備は当然手薄になり、セインに入れない場所はないと言っていいだろう。 万が一セインが局員に発見されてもディープダイバーで壁の中に逃げ込めばいいし、鉄人を救助に回す事も出来る。 これが下手にナンバーズ全員を投入してしまうと複数人が同時に捕らえられた時、救助が間に合わない可能性が高い。つまりこの作戦はセインと鉄人二人で行うのが一番効果的なのである。 そしてスカリエッティの思惑通り、本局は鉄人の対応に追われセインの存在に気付く事はなかった。 「最強の切り札だからと言って、単独で使うほど愚かな行為はない。それのサポート、さらに見合った戦術と運用と言う物があるのだよ」 逃げ惑う魔道師たちに問いかけるようにスカリエッティは実に愉快そうな笑みを浮かべていた。たった二人に落とされるというのはどんな気分か。 きっと煮え返るほど悔しいに違いない。反面それを見る襲撃者の表情はまるで子供の様に喜んでいるのだ。 「こんな事が……本局がたった1機に翻弄されるなんて」 しかし襲撃を受けている当人にとってはたまった物ではない。エイミィ・ハラオウンはただ呆然と鉄人が本局を破壊していく様子を見つめる事しか出来なかった。 壁を壊し、床を抜きながら鉄人が目指すのはメインシステム制御室。巨大なマザーコンピューターが置かれた空間は、システム警護のために配置された魔道師数十人が滞空して尚余裕のあるほど巨大な物であった。 時空管理局の全設備、全データを統括し管理するためにはこの規模の制御ユニットでなければ対応する事が出来ないのである。 もちろん万が一のために、これよりも小型のサブユニットがいくつか存在しているが、切り替え時には一瞬とは言え管理局全体のシステムがダウンしてしまう。 その一瞬が巨大な設備を兼ね備えた時空管理局という場所であるからこそ脅威となり得るのだ。再起動した各システムの動作チェックなどには何日も掛かる。 その間に敵に攻められれば、万全の態勢で迎え撃つ事は出来ない。だからこそメインシステムだけは死守しなければならないのだ。 『敵機接近! 頭上から来るぞ全隊射撃用意!』 メインシステム防衛を任された魔道師部隊の隊長が通信で、その場に居る全員に指示を飛ばした。 隊員達が迎え撃つべく神経を集中すると頭上から小さく聞こえてくるのは衝撃音。その音が少しずつ近付いて来るのを誰もが感じていた。 そして耳を塞ぎたくなるほどに音が大きく響いたその瞬間、突如天井が崩れ、瓦礫と共に落下してくる巨体が一つ。その光景に思わず声を上げる一人の魔道師。 「まさかこれが!?」 「ガオォォォォォォォ!!」 咆哮を上げた鉄人が目指すのは直下、そこにあるマザーコンピューター。そうはさせまいと魔道師部隊が一斉に射撃を浴びせるが装甲に弾かれてしまって効果はない。 そのまま鉄人は拳を構え自由落下に身を任せた。鉄人が持つ質量、そこに自由落下のスピードと敵を叩き砕くパンチ力が上乗せされているのだからその破壊力は想像を絶する。 マザーコンピューターと接触する瞬間、鉄人は自由落下のエネルギーを生かしながら風切り音を伴って拳を突き出した。 防御用に本体自体が堅牢に作られ、魔力障壁で守られているマザーコンピューターであったがこのパンチ力に抗う事は不可能である。 激しい衝撃音が辺りに響くと鉄人の拳が自身よりもやや小さい程度の巨大なコンピュータを貫通していた。鉄人の腕が突き刺さって開いた穴からは電流と炎が迸っている。 やがて電流と炎はわずかな時間で巨大な物となり、一際眩しく輝くとマザーコンピューターは内から爆炎を撒き散らして破裂した。 その瞬間、時空管理局をメインシステム停止を知らせるサイレンが鳴り響く。クロノが居る司令室でも電灯は落ちて部屋を照らすのは非常事態を告げる赤い光。 先程まで鉄人を映していたモニターも機能を停止して画面は黒く塗り潰されていた。 「やられたか!?」 「でもサブシステムがあるからすぐに復旧するはず」 焦るクロノを宥める様にエイミィは言った。事実その通りで、メインシステムが機能停止すれば自動的にサブシステムに切り替わるように作られている。 このサブシステムは複数個存在しており、さらにその内のいくつかが機能停止しても管理局の機能をある程度は維持出来た。 エイミィの言う通り、メインシステムの機能停止から10秒程度でサブシステムへの切り替えは円滑に行われ、部屋を照らす電灯と鉄人を映すモニターも復旧した。 しかし画面に現れたのは燃え盛るマザーコンピューターだけで、肝心の鉄人の姿はどこにも存在しない。 「鉄人が消えた……ん? こ、これは!?」 エイミィは鉄人の所在を確かめようとサーチを起動し掛けたが何かに驚いたように手を止める。それを見つめるクロノは訝しげに問い掛けた。 「どうしたんだ?」 「サブシステムが……次々に停止していく」 自分で放った言葉にエイミィは凍りつく。彼女の使うモニター画面に表示されるのは、1番と2番サブシステム停止を告げる警告文。 次々に目まぐるしい速度でサブシステムが停止していき、その事実をただ淡々と表示する画面。 もしもサブシステムまで停止したら本局は完全に制御系統を失う事になる。そうなれば内部に入った鉄人への対抗手段を完璧に無くす所か、生命維持のライフラインまで断たれる事になる。 ライフラインが切断されると言う事は当然重力発生や酸素生成等、人間がこの本局で過ごす上で必要不可欠な環境を失う事に直結しているのだ。 「鉄人の仕業か!?」 「いや違う。これは、これは鉄人じゃないよ!」 エイミィの言葉にクロノは動揺を露わにする。鉄人ではないのなら一体誰が。そしてクロノの中で1つの可能性が浮かんで来た。 「まさか伏兵が居たのか……」 クロノは今更伏兵の存在に気が付いた自分を恥じていた。鉄人は武装を装備していないから広範囲を瞬時に破壊する事を不得手としている。 アルカンシェルの破壊にわざわざ爆弾を持ち込んだ事からもそれは明らかだった。つまり目立つ鉄人をメインシステムに向かわせる事で伏兵の存在を気取られないようにする。 手薄になった警備網を伏兵が掻い潜り、重要施設を爆破する作戦。非常に単純だが鉄人と言う手札を使ったこの戦略は非常に効率的で、効果的な作戦だ。 「司令官! 鉄人28号発見! 発電施設へ向かっています!」 クロノが思案の最中、司令室のオペレーターの一人が声を上げる。今度はエネルギー供給を断つつもりなのか、クロノの頬を冷たい汗が伝い落ちた。 発電施設も非常事態に備えて複数設置されているが、鉄人であれば全て壊すのにも大した時間は掛からないだろう。 もし電力施設を全て破壊された場合、管理局は完全に機能を停止する事になる。備蓄された予備電源もあるがサブシステムが完全に破壊されれば切り替えるためのシステムが存在しない事になる。 「サブシステム損耗数6機! あっ5、4、3、どんどん破壊されていきます!」 「鉄人28号第1発電ユニット破壊! 今度は第2ユニットが爆破! 被害甚大です!」 「鉄人が第3電力ユニットに接近中! 第4ユニットは何者かによって爆破!」 「酸素生成設備が爆破されました! このままでは局内の酸素が」 「内部に火災が広がっています! 火の手が強くて消火活動が間に合いません!!」 「発電ユニット次々に破壊されています! このまま行くと本局が機能出来なくなってしまいます!」 次々に知らされる施設破壊の知らせ。もはや本局は機能停止寸前まで追い込まれていた。クロノは悟った、本局は完全に破壊されるのだろうと。 仮に重要施設の爆破を繰り返す伏兵を見つけ拘束したとしても鉄人による破壊を止める事は出来ない。全ての施設が破壊される時間が少し伸びるだけだろう。 既に敗北は、鉄人の本局への侵入を許してしまった時点で決まっていたのだ。例えアルカンシェルが使えたとしても本局に撃ち込むわけにはいかない。 始めから勝ち目などなかった。たった1機のロボット相手に次元世界を統括する管理局が敗北する。それは全世界が鉄人に屈したという証明でもあった。 たった1機に敗北。その事実を提示された局員達はついに戦意を喪失してしまったのである。そして突然クロノ達の居る司令室の機能は停止した。 「クロノ、サブシステム大破……システム完全停止」 暗闇が支配する司令室。そこに聞こえるのはエイミィからの報告の声だけ。サブシステムの大破、それは完全な敗北を意味していた。 酸素供給等のライフラインが断たれたも同然の状態。中に留まり続ければいずれ酸素がなくなり、死んでしまう事になるだろう。 そうなってはここに残る事が危険だ。敗北を噛み締める様にクロノが天井を仰ぐと通信装置にコールが入って来た。 この状況に置いて通信とはおそらく可能性は1つしかない。クロノは通信装置を開くと通話のボタンを押した。 「こちらクロノ・ハラオウン……はい、はい、はい了解しました」 3度相槌を打って何かを了承したクロノ。エイミィはクロノに向き直ると誰からの通信で何を言われたのか聞く事にした。 「クロノ今のは? なんて?」 「上層部からだ。本局を……本局を破棄する……。総員撤退準備」 本局の惨状を目の当たりにした上層部は全局員の撤退命令を出した。もはや留まって戦っても勝ち目がないと考えたのだ。 クロノは悔しさに歯を食いしばりながらもこの命令に従わざるを得なかったのである。仮に残ったとしてもそれこそ命を棒を振るような行為だ。 今は逃げて体制を整え、時が来たら反撃をする。それが上層部のそして管理局にとっても一番の最善策だった。 「ここに居る者は全員クラウディアに乗って脱出。さぁ退避準備だ」 クロノは意を決して自分の部下達に伝えた。これが最善策なのだと、今は全員の命を守る事が大事なのだと。 鉄人相手に、一矢報いるか、敵わなくともせめて一太刀浴びせてやりたかったが、指揮官として仲間の安全を蔑ろには出来ない。 「どうかね諸君、敗北の味は! ハハハハハハ!」 一方のスカリエッティは、そんなクロノ達を嘲笑うかのように満面の笑みで時空管理局を見つめていた。 1年もの間復讐を望んだ相手についに報いる事が出来た喜び、その美酒は今まで味わったどんな快楽よりも素晴らしい物だった。 後に『時空管理局が制止した日』と呼ばれる日。長きに渡り次元世界に君臨した組織が壊滅した日。それはJS事件から1年が過ぎた夏の日。 そしてこの日を境に、フェイトとなのはの運命が戦争という名の坂道へと転げ落ちていく事を二人はまだ知らない。 続く。 前へ 目次へ 次へ
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12月2日、時空管理局本局にて。 「いや、君のケガも軽くてよかった」 本局の医務室から黒髪の少年『クロノ・ハラオウン』が出てくる。 遅れて出てきたのはフェイト。シグナムやマジンカイザーとの戦闘のせいか、左腕に包帯を巻いている。 心配をかけてしまった。そう言いたげな表情をするフェイト。そして申し訳なさそうに謝罪した。 「クロノ……ごめんね、心配かけて」 その言葉にクロノは一瞬きょとんとし、そして笑って答えた。 「君となのはでもう慣れた。気にするな」 それから少し経った頃の別の医務室では、なのはが医者から検診を受けていた。 管理局の医療用装置がなのはに光を当て、その光の動きに合わせて表示されたグラフが変動する。 なのはの現状がどんなものかの結論を出したのか、しばらくそれを見ていた医者が装置を止め、笑顔で状態を教えた。 「さすが若いね、もうリンカーコアの再生が始まっている。 ただ、少しの間魔法がほとんど使えないから、気をつけるんだよ」 「あ、はい。ありがとうございます」 とりあえず、特に深刻な問題と言えるようなものは無いようだ。あるとしても、魔力を奪われたことでリンカーコアが縮小し、それが原因で少しの間魔法が使えないことくらいか。 そしてその縮小自体もマジンカイザーの妨害があり、大した量は奪われていない。これならば回復もすぐだろう。 ……と、ドアの方から開閉音。その方向を見ると、フェイトとクロノが来ていた。目的はなのはの見舞いである。 「ああ、ハラオウン執務官。ちょっとよろしいでしょうか?」 「はい、何でしょう?」 医者がクロノに用があるを言い、クロノはそれに答える。 すると医者はクロノを外へと連れ出した。せっかくの友達同士の再会を邪魔しては悪いと思ったのだろう。空気が読めていて何よりである。 そして医者が告げた内容……それは大いにクロノの興味を引くこととなった。 「実は、例の時空遭難者が先ほど目を覚ましました。今はハラオウン提督が話を聞いているようです」 第三話『魔神と魔法』 時間は少しだけ遡る。 なのはやフェイトがいた所とはさらに別の医務室。甲児はそこで目を覚ました。 困惑の表情をし、あたりを見回す。どうやら状況が理解できていないようだ。 「ここはどこだ?俺は確かカイザーであしゅらを倒して、それからDr.ヘルの所に乗り込んだはずだってのに……」 頭に疑問符を浮かべ、記憶を掘り返す甲児。だが、どんなに思い出そうとしてもDr.ヘルが脱出し、自身も地獄島の爆発の中マジンカイザーに乗った所までしか思い出せない。 もっとも、そこから先は気絶していたのだから覚えていないのも無理は無いが。 そして今の訳が分からない状況は、甲児にある突拍子も無い結論を叩き出させた。 「まさかあの爆発で異世界にでも飛んじまったとか……そんなわけねえか」 「いいえ、残念ながらそのまさかよ」 最も可能性の低いであろう結論を肯定され、驚いてその声の方向へと振り向く甲児。 その方向にいたのは、クロノの母であり時空管理局提督でもある女性『リンディ・ハラオウン』である。 ちなみに外見年齢は甲児と大して変わらないため、甲児は同年代かそれより少し上くらいだと勘違いしているようだがそれはまた別の話。 「……あんたは誰だ? それにここは一体……」 眼前に現れた人物へと質問する甲児。それに対してリンディも答える。 「私は時空管理局提督のリンディ・ハラオウンです。そしてここは、時空管理局本局の医務室。 あなたは次元震に巻き込まれて、なのはさん達のいた世界に飛ばされたのよ」 そう言うと、緑茶の乗った盆を近くの台に置き、甲児へと湯のみを差し出す。 甲児はそれを受け取ると、リンディ好みの味付け(砂糖とミルクがたっぷり)になっているとも気付かず一口飲み―――― (´゜ω゜) ;*. ;ブッ 「それで、兜甲児さん……でいいのかしら? あなたがこの世界に来るきっかけに、何か心当たりは無いかしら?」 気を取り直してリンディが甲児へと事情を聞く。当の甲児は先ほどのお茶を吹き出したせいで申し訳なさそうな顔で聞いている。 ……ん?待てよ?確か甲児はまだ名乗ってはいないはず。それなのに何故リンディがその名を知っているのだろうか? そう言いたそうな表情の甲児を見て、リンディが察してその答えを言った。 「あなたの事は鉄也さんから聞きました。名前と、あなた達が次元遭難者であるという事くらいですが」 「鉄也さんだって!? まさか、鉄也さんまでこっちに来てるのか!?」 食いついた。甲児と鉄也はやはり元の世界での知り合いだったらしい。 これを聞いた甲児はリンディへと詰め寄り、そしてリンディも答える。 「え、ええ。でも鉄也さんはあなたの暴走を止めた後、どこかに行ってしまったわ」 事実だ。フェイトがアースラへと連絡を入れた頃には、鉄也はもう近くにはいなかった。 どこに行ったのかも分からなかったので、捜索はしている……が、まだ見つかっていない。 とにかく、これでリンディが甲児を知っている理由はこれで判明した。甲児にとっても納得のいく理由である。 甲児はその心当たりである出来事……地獄島での死闘の事を話した。 もちろん次元震や時空管理局など、訳の分からない事もあるのだが…… ちなみに「暴走」のくだりには心当たりがあるためあえて言及しなかったらしい。「カイザーもこっちに来ている可能性」には気付いていないにもかかわらず。 「――――それで、Dr.ヘルを追うのを諦めてカイザーに乗ったんだ。そこから先は俺も覚えてねえ」 甲児が全てを話し終え、その内容をリンディが理解する。 島が一つ吹き飛ぶほどの爆発だ。それならば次元震に気付かなくても無理は無い。 いや、多少苦しいが、その爆発で次元震が起こったのだろうか?真相は闇の中である。 いずれにせよ、甲児はその爆発の時に次元震に巻き込まれ、そして異世界へと飛ばされた。これが事実である。 そして甲児はとある可能性に気付き、リンディへと聞いた。 「……そうだ! 俺がこの世界に来てるってことは、もしかしたらカイザーも……! リンディさん、俺がこっちに飛ばされたときに、近くにでかいロボットは無かったか?」 「ロボット? あなたが話していたマジンカイザーの事かしら? 残念だけど、ロボットは無かったわ。でも……」 リンディが制服のポケットに手を入れ、そしてあるものを取り出して甲児へと手渡した。 それに対して甲児の表情に変化があった。驚愕という形の変化が。 「代わりにこれがあったわ。何か心当たりは無いかしら?」 「こいつは……カイザーパイルダーじゃないか!?」 そう、リンディが取り出したのはマジンカイザーのコクピットにもなる戦闘機『カイザーパイルダー』だ。 但し、現在はアクセサリー程度に小さく、さらにはキーチェーンまで付いている。 これはカイザーパイルダーを模したキーチェーンだ。そう言われても納得できそうなものだが…… 「そう……やっぱり見覚えがあったのね」 どうやらその線は消えたようだ。だとしたら何故ここまで小さくなったのだろうか? それを考えていると、リンディの口から甲児にとってあまりにも非現実的すぎる言葉が飛び出した。 「落ち着いて聞いて。この世界には魔法が存在していて、もしかしたらマジンカイザーは魔法を使うための道具に、デバイスになったのかもしれないわ」 ……はい? 何を言っているのか分からない。いきなり異世界に飛んだだけで頭がこんがらがっているというのに、その上に魔法がどうとか言う非現実的な事が。挙句の果てにはカイザーが魔法の道具へと変化、である。 さすがに理解できなかったのか、甲児が慌てて言い返す。 「ちょっ、ちょっと待ってくれよリンディさん! 違う世界だってんなら魔法があるのも分かるけど、カイザーがそのための道具になるなんて……冗談だろ?」 「私もできればそう思いたいわ。これまで前例も無い事だし……でも、あなたがデバイスを使ってフェイトさんと戦ったのは事実よ。 鉄也さんからは「マジンカイザーには暴走機能が付いている」って聞かされているし、この世界に来たときにマジンカイザーがデバイスになって、その後に暴走したと考えれば不思議じゃないわ」 もっともこれは、マジンカイザーがロボットだった時の事情であり、デバイスとなった今それが残っていない可能性もある。 ……いや、恐らく暴走は残っている。そうでなければ甲児が知らない人物に攻撃を仕掛けるなどという行動に出る理由が無い。 「それで、甲児さん。あなたにお願いしたいことがあるんだけど……」 「お願い? もしかして、この世界で何かあったのか?」 「ええ……魔導師や魔法生物が襲撃されて、魔力を奪われる事件が多発しているの。その解決に協力してくれないかしら? あなたならマジンカイザーで犯人に対抗できるでしょうし……もちろん、嫌なら断ってくれてもかまわないわ。 もし断ったとしても、元の世界が見つかるまでの間の生活は保障するわ」 この話に、甲児は乗ろうと考えた。何の関係も無い人を襲うのを見過ごせるほど、甲児は卑怯な男ではない。 だが、その一方でとある考えが浮かぶ。暴走の話が本当なら、もしまた暴走してしまったら仲間を傷つけることになる。それだけは避けたい。 ならばどうするか……少し考え、そして決まった。 「分かった、協力する。だけど、もしまた暴走しちまったら……」 「ええ、その時は私達が絶対に止めるわ。だから安心して」 同時刻、八神家にて。 「シグナムは、お風呂どうします?」 「私は今夜はいい。明日の朝にする」 「お風呂好きが珍しいじゃん」 「たまには、そういう日もあるさ」 シャマルがヴィータを連れ、自身の主である少女『八神はやて』を連れて浴室へと向かう。 シグナムとの問答で多少珍しいと感じたようだが、それも一瞬。そのまま浴室へと入って行った。 残されたザフィーラはというと……同じく残ったシグナムへと、その真意を問うた。 「今日の戦闘か」 「聡いな、その通りだ」 今日の戦闘……すなわち、甲児がこの世界に来る前のフェイトとの戦闘である。 シグナムはその戦闘を思い返しながら、自らの服をたくし上げた。 そこから見えたシグナムの腹部には、生々しい痣が。これが意味することはただ一つ。 「お前の鎧を打ち抜くとは……」 そう、バリアジャケットの防御の上からダメージを与えた。そういう事である。 その時のことを思い返すシグナムの顔は、どこか嬉しそうだった。 久しく見なかった強敵と会えて嬉しい、といった感じの笑顔。まるで戦闘狂(バトルマニア)である。 「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな。武器の差が無ければ、少々苦戦したかもしれん」 「それでもシグナムさんなら負けない。そうだろう?」 シグナムとザフィーラの会話に、突然割り込んできた三人目の声。 その方向を見ると、彼女達より少し前にこの家の一員となった青年の姿が。 そしてシグナムは彼……『デューク・フリード』の方を向き、答えた。 「……そうだな」 前へ 目次へ 次へ
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第一回戦:試合場【硫酸風呂】結果 このページではダンゲロスSS3第一回戦、硫酸風呂の試合結果を公開します。 投票結果 試合SS キャラクター名 得票数 第一回戦【硫酸風呂】SSその1 儒楽第 10票 第一回戦【硫酸風呂】SSその2 猪狩誠 24票 コメント 「それでは硫酸風呂の激戦・投票状況について、大会実況の私、佐倉光素と」 「解説の埴井きららが紹介するよ!」 「両選手、大変に面白いカードを切ってきた硫酸風呂でしたね!」 「ふたりともやりたいことを全力でやりきったって感じだったね!」 「票の動きについては猪狩選手が先行逃げ切りを決めました」 「儒楽第さんもいろんな人のハートを掴んだみたいだけど……」 「そこは猪狩選手の家族(リソース)の力が上回ったというところでしょうか」 「二回戦でどんな戦いを見せてくれるかなー。楽しみ!」 「ということで第一回戦、硫酸風呂の試合を制したのはー」 「「正統派主人公(ゲス)強し!猪狩誠選手です!!!」」 「「おめでとうございまーす!!!」」 「あっ!そういえばここは投票期間を何日か過ぎてからも猪狩さんに投票があったっけ」 「得票数には入れてませんが、コメントは期限を過ぎたものでも拾わせてもらいます!」 儒楽第 森田の腕立てとか良いからww 儒楽さんのSS読んだとき、対戦相手への尊重が少なく感じたので負けてほしいと思ったけど、誠君の方が負けてほしい度合いがはるかに上だった。 その1:儒楽第の殺し方を知るために大会へ参加させるというのが面白い。能力が万能すぎる気も… その2:ネタは面白いけど、冒頭でネタを明かしてしまい、その後の展開も予想通り SSその2には意表を突かれたしすごいと思ったが、能力バトルとして面白かったのはこっち。 次の展開が気になって引き込まれるように読みました。繰り返される表現が独特の味を出していていいですね まだまだ底の見えない聚楽第に一票。猪狩君は未強化だと躱して急所一撃の実力差なら3人じゃ物足りないというか一旦ここでリソース全損ぐらいの事を見てみたかった。 1回戦目は瞬殺ですよねー 同じ考えだった 先に公開は羨ましいなぁ マナー違反の先行公開SSは評価に値しない。 孤児院の子供達を救うために、儒楽さんに投票します。 猪狩誠 うわー、こいつはひでえ。自分が悪だと気づいていない最悪って奴だッ! 正統派主人公VS悪の親玉かと思ったらそんなことはなかった!! 純粋悪ここに極まれりとでも言うべき恐るべき初見殺し……いやあ、面白かった。 いやそう来るなんて思ってねえよ。それでそう来させたらそりゃあこの人強いんだよ…… インパクトだけの試合内容は厳しめに見るように心構えをしていたけど、それでもこの外道っぷりはおぞましすぎる。投票せざるを得ない。 すべてが”ひっくり返る”とはまさにこのこと。その1も面白かっただけに、これは本当紙一重。 これは見事に騙された……なんたる混じり気のない純粋な邪悪……。この事件を解決する探偵は誰だろうか……? 二人とも硫酸に浸かって耐えてるのがいいですね。 こんな邪悪な輩を、果たして勝たせてしまってよいのでしょうか。 どちらも甲乙つけがたかったが、キャラシからは想像も出来ない邪悪さに一票 園長の「(いかん!)」と、名前を叫びながらのラッシュで声を出して笑ってしまいました。プロローグと幕間を使ったミスリードが上手かったです。 どっちもかっこよかったけど、ワッチはお互いのパワーを出し合うプロレスが好きなんだ。 その1⇒なかなかやりにくい「瞬殺」の試合の描き方がすさまじいがなんだかホモくさい。 その2⇒誠死ね 猪狩くんの外道キャラは何となく想像が付いてて幕間SSも前振りにしか見えずニヤニヤして読んでたのですが、本編の方も「実は外道キャラ」というサプライズだけに留まらず期待以上のSSでした! 次の試合でどれぐらい屍が増えるか楽しみです! 「まゆ!」「めい!」「まさる!」「まゆ!」「めい!」「まさる!」 圧倒的な下衆ぶりが良かった 完全なわからん殺しの不意打ち攻撃だけれど まあゲス面白いから仕方ない
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魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 第七話「Devils Never Cry」 日の光の一切届かぬ地下研究施設、生体ポットやガジェットが並び、壁には岩がむき出しの部分すらあり、余計にその場を殺風景な様にしている。 「まだ落ち込んでいるのか?」 銀髪に眼帯という似つかわしくない組み合わせに、さらに小柄な体格を引き立てるような大きなコートの少女、機人5番チンクが施設の隅で座り込む赤毛の少女に話しかける。 「…セッテ泣いてた…」 うずくまって顔を伏せる機人9番ノーヴェが今にも泣きそうな声で答える。 「まあ師であり敬愛するトーレがああなってはな…」 トーレは先のバージルとの戦いで重症を負い、7時間以上の手術の末、今は生体ポットで意識を闇に落としていた。 彼女を師として戦闘技術を磨いた機人7番セッテは常の冷静さを忘れさせる狼狽を見せ、手術中は泣き続け、泣き疲れた今はトーレのポットに寄り添うように眠っていた。 「…あたしが悪いんだ…あたしが無理にでも出てたら…」 姉妹が傷ついた事実に出動できなかった自分を責め、目に大粒の涙を溜めるノーヴェ。 「何故そうなる、まだお前の武装は未完成だなのだぞ?」 「…チンク姉…」 「何だ?」 「チンク姉は死なないよな…」 トーレの姿に姉妹の“死”を感じたノーヴェは自分が最も恐れることを聞かずにはおけなかった。 「当たり前だ、妹たちを残して逝けるものか、それにな…」 チンクはノーヴェの頭を優しく撫でる。 「もしもの時はお前が守ってくれ。」 ノーヴェはそのチンクの優しさに更に顔を伏せ涙を噛み締める。 「…ぐすっ…うん」 「これこれ、泣くな」 そんな二人を施設内に設置されたカメラで見るものが二人。 「君の作った作品は随分と”人間“らしいな、感動のあまり涙が出そうだよ。」 毛髪の全く無い頭に左右で色の違う目オッドアイに司祭の服を着た男が呟く。 「思ってもない事を言うものじゃないよ、アーカム」 司祭服の男アーカムに答えるのは白衣の狂科学者、ジェイル・スカリエッティ、レリック事件の首謀者にして戦闘機人の生みの親である。 「しかしレリックによる悪魔の従順化は順調のようだな」 「アーカム、君の魔道知識のお陰さ、これからはもっと上位の悪魔の呼び出しを試してみよう、それと…」 「何だね?」 「君の言っていた“半魔”の彼にも興味があるな、戦闘機人や悪魔すら凌駕する力、正に魔剣士という名にふさわしい」 「彼は危険だ、接触には細心の注意を払いたまえ」 地下の闇の中、悪魔を求める男と混沌を求める男は静かに破滅の調べを奏でつつあった。 嬉しかった、バージルさんがシャマルたちを助けてくれたことが…でも現場に急行した私を待ってたんは目に痛いくらいの血の赤に、切り落とされた人の手やった。 「何や…これ?」 「敵を取り逃がした、残念だったな」 私は我慢できずにバージルさんの胸倉を掴んどった。 「そんな事やない!殺傷設定で魔法使ったんか?何でや!?バージルさんなら非殺傷かて出来たやろ!」 「別にお前に力を貸すのにそんな約束はしていない、それともヘリを見捨てた方がよかったか?」 バージルさんはまるで何事でもなかったように血痕を眺めながら答えた。 「安心しろ“未確認の敵個体にやむを得ず”と言えば上には説明が付くだろう、それに敵の一部が手に入ったのだから捜査も進むだろう」 冷静な答えやったし筋は通っとる、私は何も言い返せへんかった。 試運転は上々、術式の構築とデバイスの補助を利用した、高速転移と高貫通力で展開数を増やした幻影剣は、使っても予想をはるかに下回る魔力使用量だった、俺の全魔力の5%に満たない…これならば高町あたりにでも通用するだろう。 この世界の魔道は俺の力を更に高めた…後は最高の力を持つ者との実戦で研ぎ澄ますだけだ、八神には感謝しよう。 だが自分の身内を殺そうとした者まで同情するとは、よほど自分以外の命が失われるのが嫌なようだ、甘すぎる…一戦力の長ならもっと冷徹になるべきだぞ八神。 その他の隊長陣は複雑そうな顔をしていたが、俺の行動にある程度は理解できる様子だった、現場での実戦経験の差だな、結局は八神も他の隊長陣の言葉に落ち着いたようだ。 六課の連中の反応は嬉しさ半分、驚愕半分といった所だ、特にヒヨッ子どもは躊躇のない実戦での殺傷設定魔法の使用に驚いていた(脆い人間ならば躊躇は命取りだぞ…)。 悪魔に対する説明はしなかった、下手に知識を与えて対策を練られては有事の際の“獲物”が減るからな、管理局には無限書庫という大型データベースがある以上は杞憂ではない筈。 例の子供は病院へ搬送された、検査の結果、異常は認められなかったらしいが敵が狙っているとしたら必ずその存在には裏があるだろう…後日、俺も目を通すとするか。 病院にて検査及び治療を終えた保護児童に会いにシグナムに伴われなのはが向かう事となった、そして何故かバージルも同行を申し込んできた。 「すいません、シグナムさん車だしてもらっちゃって」 「なに、車はテスタロッサからの借り物だし向こうにはシスターシャッハもいらっしゃる、私が仲介した方が良いだろう、それより何故バージルまで…」 「気にするなヌエラという尼に少し興味があるだけだ」 なのはとシグナムの話に応えながらバージルは一人、心中で呟く。 (話の流れでは子供は教会か六課の預かりになるらしいな、六課に来てもらわなければ敵が集まらない…更なる“試し切り”の為にも) そんな三人にシャッハから通信が入り、子供の行方を見失ったと告げられた。 シャッハから説明を受け、なのは・シグナム・バージルは子供の捜索を手伝う事となる。 「小さな生命反応を感じるな、こちらか…」 バージルは魔力と悪魔の持つ超感覚で子供の位置を探していた、学んだサーチ魔法を試す良い機会でもあった。 「しかし…せっかくのサーチ魔法の試しが迷子探しか…」 バージルは探った反応に近づきつつ、一人で毒ずく、例の子供はもう目の前だった。 「探したぞ娘」 バージルに声をかけられた子供は身体を震わせ手にしたヌイグルミを抱きしめた、突然声をかけた制服姿の男の眼光に今にも泣きそうになる。 (…やれやれ、烈火、確保した中庭だ) バージルは怯える子供に呆れながらシグナムたちに念話を送る。 「ううっ ぐすっ」 「どうした娘…」 怖がる子供にバージルが面倒そうに聞く。 「ママ…いないの」 「……」 母がいない…どうと言うこともないよくある話。 しかし母という言葉は彼には特別で、そして六課の子供たちやシグナムと触れ合った彼の心には彼自身も気づかぬうちに心の芯に熱を与えられていた。 「…そうか」 思い出されるのは母を喪失したあの日の悪夢、バージルは小さく呟くと手を静かに差し出す。 「来い娘、共に探してやる」 「…ヴィヴィオ」 「何?」 「あたしのおなまえ、おにいさんは?」 「…バージルだ」 ヴィヴィオの手を取ったバージルは少女に歩幅を合わせて歩き始める、ふと幼い頃に母と手を繋いで弟と三人並んで歩いた時の事を思い出していた。 「あれはっ!」 中庭を歩く例の保護児童とバージルを見たシャッハは自分のデバイス、トンファー型の双剣“ヴィンデルシャフト”を機動。 壁を抜けバリアジャケットを装着、臨戦態勢をとり少女の前に降り立つ…がその喉下には音速に達する程の速さで抜かれた閻魔刀が突きつけられた。 「…バージルさん、何を…その子供はどんな危険があるか…」 「お前が勝負を挑んできたのかと思ってな…それに俺は“確保した”と言った筈だぞヌエラ」 一瞬、場には張り詰めた空気が流れる、ヴィヴィオは迫力に尻餅をついて倒れる。 「あうっ」 倒れたヴィヴィオになのはが近づき話しかけていた。 (二人とも落ちついてください、この子は私が見ますから武装は解いてください) なのはの念話が響く、なのははヴィヴィオに穏やかに話しかけ、すっかり安心させていた。 (それとバージルさん…見つけてくれてありがとうございます) バージルは何も言わずにシャッハがデバイスを待機状態に戻したのを確認して閻魔刀を刀袋に戻しその場を離れる、ヴィヴィオはそのバージルに寂しそうな視線を送っていた。 「モテモテだなバージル」 「癒し手のような事を言うな…さっさと連れて戻るぞ」 風の癒し手シャマルのようなシグナムの冗談にバージルはバツが悪そうに応えた。 機動六課隊舎で、はやてはフェイトに地上本部からの査察要請を告げ、そして六課設立の“本当の理由”を聞かせようと聖王教会に行くと話していたとき通信にて泣き喚くヴィヴィオに困るなのはから助けを求められていた。 「エース・オブ・エースにも勝てへん相手がいるもんやねえ」 ヴィヴィオに泣きつかれるなのはを見て、はやてとフェイトは苦笑する。 (フェイトちゃんはやてちゃん、あの…たすけて) 念話にて助けを求めるなのはにはやてとフェイトは微笑んだ、しかし次に発せられたヴィヴィオのセリフに場は凍りつく。 「びえ~ん なのはさんとバージルおにいちゃんがいないとやだ~」 「お…お兄ちゃん?」 「何や…なんなんや?バージルさんこんな幼女にナニを吹きこんどるんや!」 「落ち着いてはやて、別に変な事教えたって訳じゃ」 隊長陣は大いに慌て、フォワード陣も目を丸くしていた。 「ずるい~私もバージルさんの事“お兄ちゃん”って呼びたいよ~ ねえ?ティアもそう思うでしょ?」 「何言ってんの!このバカスバル!」 相変わらず天然オーラ全開のスバルにティアナが突っ込みを入れ、エリオとキャロの年少二人組みは場の勢いについていけなかった… 「どうした?お前たち」 そんな混乱する場所に話題の中心であるバージル本人がやって来た。 「おにいちゃ~ん なのはさんとおにいちゃんがいないとやだ~」 一瞬、不思議そうな顔をしたバージルだが次の瞬間には絶対零度のセリフを放っていた。 「高町が困っている、早く離れろ」 先ほどの混乱の熱は一気に冷め、一同はヴィヴィオに視線をやる、やはり大決壊寸前の泣き顔で目に涙を溜めていた。 (ちょっバージルさん!) (ひどいです!いくらなんでも!) (そうやそうや!男なら責任とらんかい!) 姦しい三人の念話にさしものバージルもたじろぐ、正に悪魔も泣き出さん気迫を三人は放っていた。 「やれやれ…わかった高町がおらん間は俺が共にいよう」 バージルが座って本(デバイス工学 高速無詠唱の課題)を読むなか、その隣では年少組みと遊び疲れたヴィヴィオが寝息を立てていた。 「本当に懐かれちゃいましたね」 「いい迷惑だ」 エリオの言葉にバージルは冷たく返すが、彼に身体を傾けて眠るヴィヴィオには何も言わなかった。 「こらああああ!!バージルーー!!」 突如として騎士甲冑姿にレヴァンティンを持ったシグナムがドアを蹴破り乱入してきた(自動ドアなのだが…) 「今日は模擬戦の約束だろうが!!まさか忘れたとは言わせんぞ!!!」 「忘れてはいない、だが断る」 「しかも、即答か!!」 二人がそんな漫才じみたやりとりを年少組みに見せるなか、ヴィヴィオが起きそうになる。 「…うう~ん」 「烈火よ静かにしろ、起きてしまう」 「ええ~い、模擬戦とその子供のどちらが大事だ!!」 「高町らと約束したのでな、今日は諦めろ」 二人のそんなやりとりは、なのは達が帰って来るまで続いた。 聖王教会ではカリム・クロノ・はやてから六課設立の真の目的“管理局崩壊の阻止”がなのはとフェイトに語られた、その中でなのはとフェイトの倒したアンノウンの話が浮かぶ。 「それにあの“死神”とか“悪魔”とか分析班の言っとった黒いアンノウンもおるしな…」 「悪魔ねえ、あの男の関係者ってことか?」 はやての言葉にクロノが返す。 「そんな事、言わんといて!バージルさんはフォワードの子らにも良くしてくれてる、シャマルだって助けてくれた…」 「でも得体が知れないのは確かだ、殺傷設定の魔法を使ったって話しも聞いた、今だから聞くが君たちは彼をどう思っている?特にはやては」 三人は揃って複雑そうな顔をする。 「きっと…悪い人じゃないと思うよ、ヴィヴィオも懐いてくれたみたいだし」 「私もなのはと同じ意見、エリオ達もお世話になってるし」 「私は…」 なのはとフェイトは即答するがはやては口ごもる。 「はやて、君は一部隊の責任者なんだぞ!下手な同情で爆弾を抱えて部下を危険に晒したいのか!」 俯くはやてにクロノは叱責を飛ばす。 「確かに同情もあった!けど…私は嫌なんや人の一番大事なもん奪うんは!」 はやては目に涙を浮かべるが決して曲げない意志を込めた強い瞳でクロノを見据える。 「もし私らがバージルさんを厳正な法の目で見るなら、アミュレットを奪わなあかん、そしたら絶対に血が流れる、人の大事なもん奪って傷付け合って…そんなん絶対に嫌や!」 クロノははやての眼力に圧せられ何も言う事ができない。 「私はもう…誰かが目の前で大事なもの奪われるんは見たくない…」 思い出されるのは10年前、それは”闇の書事件“で目の前で消されたヴィータに悲しみと絶望の涙を流した時、そして雪の降る中を散っていった管制人格、初代リィン・フォースを失った記憶。 「それに市街地での殺傷設定魔法の事やったら部隊長の私の責任や…」 「はやて…なにもそこまで」 「クロノがそんな事を言うからよ、はやて…クロノも心配で言ったんだから泣かないで、私も彼は悪い人じゃないと思うわ」 狼狽するクロノにカリムが助け舟を出す、結局バージルの件はクロノが出身世界を調べ、表向きは時空遭難者として人間でない事は六課隊長陣とクロノにカリムのみで口外無用となった。 高町らが帰ってきて結局は烈火とやりあう事になった(本当に戦闘狂だな)、俺はまた戦いで“熱”を持った心身を冷まそうと宿舎屋上で夜空を見ていた。 ふと幼い頃に母が口ずさんでいた歌が静かに口から漏れる。 「どうした?」 屋上出入り口に今日覚えたばかりの気配を感じて声をかける、ドアから出てきたのは予想どうりヴィヴィオだった。 「うう…」 「寝れんのか?」 「…うん」 寝付けず、不安で部屋を無断で出てきたんだろう、やれやれとため息をつく、このまま駄々を捏ねられても困る、早く寝かせるとしよう。 「こちらへ来い、冷えるぞ」 そう言うとヴィヴィオは迷うことなく俺の隣へ腰掛ける。 「さっきのおうたは?」 「昔、俺の母が歌っていた子守唄だ」 「おにいちゃんのママ?いいなママがいて…」 「とっくの昔に死んでいるがな」 「えっ…」 八神や六課の連中にもしていない母の話が何故かこの時は自然と口に出た、烈火のつける熱はやけに俺の理性を溶かす… 「それじゃあ…ヴィヴィオのママも?」 「何故そうなる?俺の母とは無関係だろうが…お前の母はそのうち見つかるだろう」 「ほんと?よかった」 また泣きそうになるヴィヴィオを慰める…気休めだな、この娘は人造魔道師素体だとか言うものらしい、詳しくは知らんが“本当の母”などいない。 「おにいちゃん、おうたきかせて」 「…いいだろう」 俺は隣に座ったヴィヴィオに聞こえる程度の声で、また懐かしい歌を聞かせた、ヴィヴィオは10分もしない内に寝息を立てていた。 「本当にどうかしているな…俺は」 俺は高町にヴィヴィオの旨を念話で送り、また小さな声で口ずさむ“悪魔は泣かない”と言う名のあの歌を… 続く。 前へ 目次へ 次へ
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すると、 「クロ殿、あの、……宜しいですか」 シグナムが、彼女らしくなくおずおずとそう尋ねてきたのは、歩き出してすぐのこと。 少し離れた前方には、子供達にいじくられているヴィータが歩いていた。 「はい、何でしょうか」 特に表情を変えず、返事をするクロ。 しかし、シグナムはその時、己の心をすでに見透かされているような錯覚を、クロの瞳を見つめた瞬間に実感した。 シグナムは、取り敢えず咳払いをする。 「あー、……失礼ながら、クロ殿」「はい」 「もしかし、……いや、単刀直入にお伺いします」「はい」 あまりに自然体のクロを見て、シグナムは一瞬ためらう。が、意を決する。 「あなたは何故、その、『棺桶』を担いで、旅をなさっておられるのでしょうか」 「やはり、そのことでしたか」 クロは、微笑んだ。嫌みな感じは、受けなかった。何時も尋ねられているだろうに。 「……えっと、実は私も、思ってました」 「私も、実のところ……」 なのはとはやてが、おずおずと手を挙げる。 シャマルは、黙して挙手。 リインは、ただコクコクと頷いていた。 アギトは、雰囲気を察して、さっさと前に進む。「こう言うの苦手なんだよな」と呟いて。 「見たところ、その棺桶、ずいぶんと、その、くたびれている様子で……」 「そうですね。旅を初めて半年くらい過ぎた頃から、ずっと一緒に旅をしている棺桶ですから」 「そっ、そんなに長くッ!?」 なのはが、素っ頓狂な声を上げた。 「何で、また、あの、そのようなものを」 「うん、まあ、色々思うところがありまして」 困ったような顔で、クロはぽりぽりと後頭部を掻いた。 センは、我関せずと飛び続ける。 「成る程。しかし、その棺桶のために、色々と」 あごに手を当てたクロが、シグナムを遮って、 「そうですね。葬儀屋と言われるのが多いですか。 あと、死体を運んでるとか、死神とか、果ては吸血鬼、……まあ、色々言われますね」 悲観するでなく、おどけるでもなく、淡々と答え、周りをポカンとさせる。 シグナム、「そんな誤解を受けるなら」と咳払いをして、 「差し出がましいようですが、その棺桶、そろそろ処分……」 「するつもりは、申し訳ありませんが、今の私にはありません」 シグナムの申し出を、クロはきっぱりと断った。 「シグナムさん、他の皆さん、お心遣い、ありがとうございます」 頭を下げる。 「ですが、今の、……このままだと」 シグナムを、じっと見据える。 「私の旅が終わる何時かには」 そしてまた、優しく微笑んだ。 「きっとこの棺桶が必要になりますから」 この言葉に、セン以外は言葉を無くした。 どういう、事なの、か。 そんな、周囲の心を見透かすように、 「その理由を、何時かお話しできれば幸いかな、とは思っています」 クロはそう言った。 「まあ、そんな訳でさ、取り敢えず今は、それ以上は聞かないでやってくれよ。クロにも、色々思うところがあるんだ」 そして、センのこの言葉で、 「……了解した、セン殿」 シグナム以下全員、今は詮索終了とせざるを得なかった。 そんな後ろの様子に目もくれず、子供達はヴィータに夢中です。 「って、お前等、何してくれるんだよッ!」 「んー、いろわけたげてるのー」 「ヴィーちゃん、ぐっどだよー」 「わー、ふくたいちょー、格好いいよぉ♪」 白い双子の力で、ヴィータの両腕はカラフルに染まっていた、いつの間にか。 「……はぁ」 怒るに怒れず、ヴィータはため息をつくしか無く。 「子供の相手は疲れるぜ……」 しばし、海鳴の某老人会の面々を、懐かしく思い浮かべるのだった。 「おっ、ヴィータ、なかなかお洒落だな♪」 そう声をかけたのは、アギト。ニヤニヤが止まらないらしい。 「んっ、なぁんだ、アギちゃんか♪」 ヴィータ、さらりとおどけて反撃。 「なっ、だからそれは」 「おー、アギちゃだ」 「アギちゃん、アギちゃん♪」 双子は、無邪気にはしゃぎました。 「おい、だから」 「おい、アギちゃん、大人なところ見せてやろうぜ」 苦笑しつつも、両腕をまだら模様にされても、それなりに子供達に付き合っているヴィータにそう言われると、 「……はあ、解った」 アギトは渋々同意せざるを得なかった。 そんなアギトに構わないのが、白い双子です。 「ねえねえ、アギちゃ」 「あん、何だよ」 「おそら、とべるんだね」 ニジュクが尋ねます。興味津々と言った様子で。 「でも、はね、うごかないね」 サンジュが尋ねます。不思議そうに首をかしげて。 「ああ、大体、魔力使って飛んでるからな。あまり羽ばたかせない、かな」 「ふぅん」 「そーなんだー」 「ふくたいちょーも、飛べるんだよ」 ヴィヴィオが双子に話しかけました。 「そうなの、ヴィヴィちゃ?」 「ふくたいちょーも、おそら、とべるんだ」 「おーい、お前等はヴィーちゃんで良いって」 ヴィータ、苦笑い。 「じゃあ、ヴィーちゃも、とべるんだ」 「ああ。まあ、それなりにな」 「へぇ、とべるんだぁ」 「ふくたいちょーやアギトだけじゃないよ、なのはママもはやてお姉ちゃんも、みぃんな飛べるよ。……ヴィヴィオは、違うけど」 ヴィヴィオは少し、寂しそうです。 双子はうんうんと、眼をキラキラさせて頷きました。 「そっかあ、とべるんだぁ」 「あたしたちみたいに、とべるんだぁ」 双子は何気なく言いました。 「おう、お前等みた、い、……はい?」 「えっ、あっ、なあ、二人とも?」 「あの、お空、飛べるの?」 ヴィータ、アギト、そしてヴィヴィオは、目を見開いて聞き返します。 「うん、とべるよー」 「まりょくじゃなくて、はねだけど」 そう言うと、二人はいきなりエプロンドレスを脱ぎ始めました。人目をはばかりません。 「ちょっと、二人とも」 ヴィヴィオの制止も聞かず、下着姿になった、ニジュクとサンジュです。 「ヴィヴイちゃ、こうしないと」 「はね、じょうずにだせないの」 すると、不意に猫耳と尻尾が消えました。 「えっ?」「はッ?」「何だッ?」 そして、 「ふえっ?」「何だぁッ!」「うっそぉッ!」 三人が驚くのも無理もありません。 双子の背中に、いきなり羽がでたのですから。 ただし、ニジュクは右側に黒い羽、サンジュは左側に白い羽と、それぞれかたっぽずつなんですがね。 「あの、よ、二人とも」 「なにー、ヴィーちゃ?」 「かたっぽずつ、だな」 「そだよー、アギちゃん」 「飛べる、の?」 「「とべるよー、ヴィヴィちゃ(ちゃん)」」 二人はニコニコしています。 他の三人は、不思議そうな顔をしています。 「だいじょぶだよ」 「『かたっぽ』が『かたっぽ』に、なるから」 ますます、不思議そうな顔の三人。 だから、二人は、 「こうするのっ!」 「いっしょにとぶのっ!」 そう叫んだ、その時でした。 風が、強く吹きました。 「サンジュっ、いくよっ!」 「ニジュクっ、いいよっ!」 「「せぇのっっ!!」」 ばさばさばさばさ……。 「あっ、二人、とも……」 「まじかよ……」 「本当に、飛びやがった……」 空を見上げた三人の視線の先に、双子がいました。 さっきの風に、乗ったのもあるのでしょう。 高く高く、少なくとも近くの樹木よりも高く、舞い上がっています。 背中の羽を、その羽ばたきを、きちんと同調させて。 ばさっばさっ、ばさっばさっ、と。 そして、ポカンと自分達を見つめる三人に、 「いったでしょーーっっ♪」 「あたしたちもとべるよーーっっ♪」 ニコニコ笑いながら、双子は叫んだのでした。 少し後ろに離れたところで、なのは達はその光景を目の当たりにした。 「へっ?」「嘘や……」「いや、……主はやて、これは」「あは、あはは……」「信じられないです……」 「申し訳ありませんが、皆さん」 「ほっぺ、つねってみな。現実だから」 クロとセンは、見慣れた光景なので、全く平静であった。 「……やっぱり、ヤン提督は、正しかったんや」 「そうだね……」 ようやく、声を絞り出したはやてに、呆然としつつ相づちを、なのはは打った。 「まあ、珍しい。この世界で、翼の力だけで浮かぶなんて」 その婦人は、物珍しそうに、駅構内から双子を見つめていた。 「互いに協力し合って、空に浮かんでいるのね」 一見すると品が良く、穏和そうに見える顔立ちの女性の瞳は、しかし、興味深くものを凝視する、まるで幼子の瞳のようだった。 「互いの信頼がなければ、ああ上手くはいかない。まるで、そう、まるで」 「お待たせしました。お預かりしていた、お荷物で御座います」 背後から駅員が、その婦人に声をかけ、大きなスーツケースを押して差し出した。 「ありがとう」 婦人は、駅員に礼を言って受け取る。 そして、再び空舞う双子に目をやって、 「……残念、もう降りてしまっているわ」 肩を軽くすくめ、視線を下ろす。 「あら、あれって」 そこにいた一団。どうやら、見覚えがあるようだ。 腕時計を見る。 「まだ、時間は、ある」 時計から、目を離す。 その婦人の表情は、友人との再会に胸躍らせる、少女の顔、そのものであった。 「いや、本当にびっくりした」 「羽の力だけで、まさかあそこまで、なぁ……」 「間近に見とっただけ、そら、びっくりの度合いも大きいわなぁ」 ヴィータとアギトの言葉に、うんうんとはやては頷いた。 あれからすぐになのは達が合流。 クロとセン以外がまだ驚き目を見開いている中で、ニジュクとサンジュは、ふわりと降り立ちました。 「「ただいまー」」 元気よく、挨拶。 「お帰り二人とも」 「こっちの世界の空は、どうだった?」 クロとセンだけが、双子に声をかける。 「やっぱり、あおかった」「でも、ぽかぽかあったかかった」 「へえ、暖かだったのかい」 「うん、なんかね……」「うとね、クロちゃんみたいだったよ」 「ヘッ、私、みたい?」 流石に、クロも驚いた。何を言っているのか、理解できず。 「あっ、そっか、そんなだたかも」 「でしょ、ニジュク?」 「うんっ!」 相変わらずニコニコしている双子の言葉に、クロは戸惑った。 確かに、自分達の世界よりもここの世界は温暖なようであるが、しかし、それが何故、自分のような暖かさなのか、ということを。 「……」 未だ頭に疑問符が浮かびまくっているクロに、なのはがそっと耳打ちする。 「それだけ、クロさんがあの二人を大切にしてることの証明、じゃないんですか?」 クロ、現実感がとぼしいといった顔で、後頭部を掻いていた。「はあ」と呟くのが精一杯だった。 「あの、ところで、まだ他に何か有りますか、二人とも?」 リインが双子に尋ねた。 「リイちゃ、なにかって?」 「えと、つまり、こんな事ができる、とか、こんな事が起きる、とか」 「あっ、あるよ、リイちゃん」 サンジュが手を挙げて言いました。 「あたしたちの『かげ』、あたしちより」 「うん、ちょっとがまんのたりない『こ』」 「だから、かってにはなれるとき、あるよ」 時が、凍った。 「皆さん、あのー」 「事実なのでー、きちんと受け止めてやってねー」 「すごぉい、ニジュクとサンジュ、やっぱりすごぉいっ!」 クロとセンとはしゃぐヴィヴィオ以外は、全員、頭を抱えていた。「影が勝手に離れるって、何?」と。 当のニジュクとサンジュは、 「えへへ」 「すごいかな?」 ヴィヴィオの目の前で、ほっぺをほんのり赤くして、照れていました。 「にゃはは……」 「もう、なんちうか」 「言葉も、有りません」 「言葉がある方がおかしいって、絶対」 「はうう、ヤン提督にはどう報告すれば……」 「あは、あはは……」 「普通、影が離れるかっての……」 公園最寄りの駅はもう目前。 されど、一部の人間を除き、その足取りは、何故か重く。 呆然とする者、ブツブツと独り言を呟く者、現実から逃避しようとする者、頭を抱える者、様々である。 「ねぇ、クロちゃ?」 「みんな、どうしたの」 「ん、大丈夫だよ、気にしなくていい」 クロは二人の頭を優しく撫で回した。 「みんな、ちょっと戸惑ってるだけだから」 「とまど、う?」 「なんで、なの?」 「大きくなれば、解るよ」 「ふぅん」 でも、やっぱり不思議そう。 「ヴィヴィちゃん、どうなのかな?」 ヴィヴィオは双子よりもお姉さんだから、何となく解ります。だから、 「クロさんの、言うとおりだと思うよ」 二人に大きく頷きました。 「ふぅん……」 まだちょっと納得のいかない様子ですが、 「ヴィヴィちゃがそうゆうなら」 「それでいいや♪」 と言うことで、気にするのを止めて、歩きます。 と、そうする内に、ようやく駅前に到着。 まだまだ元気にはしゃぐ子供達。 その様子を微笑ましくクロが、些か気だるそうにセンが見つめる。 しかし、クロがふと振り向くと。 なのは以下、その他大勢は、心なしかぐったりした表情を見せていた。 その様子に、クロは思わず、 「あの、本日はどうも、突然この世界に現れた、しがない旅人の私達のために――」 「せやから、はい、変に恐縮するの、禁止ぃッ!」 びしいッ! とクロを指さして、はやてが叫んだ。 「気持ちは解らんでも無いですけど、私ら、好きでやらせてもらうて、さっきも言ったばかりですやん」 「はやてちゃんの言うとおり。それは、私も言ったはずですよ?」 なのはが、しょうがないなぁ、と言うニュアンスも込めて、苦笑い。 「困った時は、お互い様だから」 「それに、おかげで今夜は楽しいことになりそうやし」 「楽しい、こと?」 「そうです」とはやてが頷く。 「なのはちゃんも思うてること。ふふ、帰ったら、な?」 「もちろん、歓迎パーティ、やらなくちゃ、ね?」 先程のぐったりした様子から、気力を取り戻した様子で、なのはが宣言した。 クロ、一瞬、目が点になる。 「えッ、あの、私達、の?」 己を指さして、あたふたした様子だ。 なのは、「もちろん」と頷いて、 「それに、せっかく、はやてちゃん達と休日が一緒だったんだし」 「久しぶりに、六課の一部再集結を祝すのもかねて、……ええなぁ♪」 「要は俺達のこと、そのダシにする訳かい?」 センは不敵な笑みを浮かべた。 「嫌ですか?」 はやてが、やはり不敵な笑みを浮かべる。 「全然、嫌じゃない。むしろ宴会大歓迎ッ!よぉしっ、酒だッ! 酒もってこぉいッッ!! 浴びるほど飲むぞぉぉッッッ!!!」 コウモリ、はしゃぎまくる、飛び回りまくる。 「おいおい、セン。私達はいわば居候――」 「遠慮はいらないと思うぜ、クロさん?」 「せっかく、この世界にいらしたからには、少しでも、多くの良い思い出を作られた方が宜しくはありませんか?」 「ヴィータさん、シグナムさん」 「それに、私達も久しぶりに楽しいお酒、飲めそうですし」 「シャマルさんも」 「私達、クロさんのこと、本当に歓迎したいんですよ」 「リインさんまで……」 クロ、嬉しいと思うより、むしろ心配になってきた。 おいおい、私達はつい今し方突然あなた達の目の前に現れた、言わばこの世界の不法侵入者みたいな者ですよ? そんな人間をほいほい歓迎します、パーティしましょう、なんていともたやすく受け入れるってのは、些かやっぱり問題がありはしませんか? て言うか、仮にもし私達が実は凶悪犯且つ逃亡者で、人殺しも全く厭わないようなならず者の本性を平然とひた隠せるような演技者で、 寝首かくのも平然と実行できるような人間だったら云々カンぬん、かくかくしかじか、うまうましまうま、エトセラえとせら――。 軽く混乱気味なクロの肩を、ポン、と叩く、小さな手が一つ。 「あんたが何考えてるか、何となくだけど解るよ」 それはアギトのものだった。 「だけど、そりゃ心配無用な話だと思う」 少し呆け気味のクロに構わず、アギトは続ける。 「あたしも、色々あって、最近、こいつらと一緒に生活し始めたんだけど、……まあ、底抜けとまでは行かないけど、人が良いよ」 「……」 「でもさ」 そう言って、アギトはクロの肩に乗った。 「一緒になって解った。こいつらも、色々辛いこと乗り越えて、今、そんな風に振る舞えるんだって」 「そう、なんですか」 「だからさ」 やおら、アギトはクロの頬をつねった。端から見ると、引っ張っているようにしか見えないが。 「痛たた、な、何を」 「もうちょっと気楽に行こうぜ。肩肘張らずにさ」 「痛い、いたい」 「大丈夫。あたしの言葉、信じてみろって」 アギト、手を離す。 「しばらく前までこいつらの敵だった、あたしの言葉を」 「ヘッ、そう、なんです、か?」 つねられた頬をさすりつつ、クロは呆然としてつぶやいた。 その時だった。 「その通りよ、別世界から来た旅人さん」 品の良い、女性の声がした。 「その小さな烈火の剣精さんの言うとおり、なのはさんやはやてさん達は、あなたのことを心から受け入れてくれるはずだわ」 そして、声の主は駅舎から姿を現した。やはり品良く、しかし、聡明そうな婦人だった。 その婦人は、双子に目をやって、 「この可愛いおちびちゃん二人のことも、ね」 クロ以下その場の一同、一瞬言葉を失う。 「あら、思った以上にびっくりさせてしまったようね。こっそり影からあなた達のことを伺っていたのだけど、……いたずらが過ぎたかしら」 婦人は頬に手を当て、困った表情を浮かべる。何しろ、その場の様子と言えば。 クロやセンに双子は、突然のことで、ただ呆然。 なのはやはやて達は、まさかの出会いに拍子抜け、と言った顔をしていた。 アギトを除いて。 「おい、あんた、何であたしの二つ名を知っているんだ。ッ! まさか、あんた……」 「……ジャクスンさん、何でここに?」 「スパイ、……えッ、あの、はやて、このおばさんが、前に聞いた?」 「あの、皆さん、お知り合いの方ですか?」 「ええ」 クロの言葉に、なのはが頷いた。 「初めまして、アギトさん、それと旅人のクロさんにお連れの二人のおちびちゃん」 婦人は胸に手を当てて、 「私は、リン・ジャクスン。フリーのジャーナリストをやっています」 そう、自己紹介した。 「ジャーナリストって言うのは、新聞や雑誌の記事を書いたり提供したりする人のことですよ」 なのはの言葉に、クロとセンが頷いた。 双子もコクコクと頷きました。 「ああ、これはご丁寧に。私は、今更かも知れませんが、しがない旅人をしております、 クロと申します。こちらの二人は、双子の姉妹で、ニジュクとサンジュ」 クロ、いつも通りに慇懃に挨拶し、双子をそれぞれ紹介した。 「そして」と、センに目をやる。 「おまけのコウモリ、センです」 「……せめて、マスコット、って言ってくんない、クロさん?」 セン、もはや抗議する気力も起こらないようで、ただ涙目である。 「こちらこそ、ご丁寧にどうも」 リン・ジャクスンは手を差し出した。 それにクロが応じ、握手。 そしてアギトは、少し戸惑って、 「いや、あの、ジャクスンさん、あたしその、……さん付け、止めてくれねぇかな、いや、下さい。 あの、何か、……恥ずかしいってか、くすぐったい、って言うのか」 「そう? でも、失礼じゃないかしら?」 「いや、頼む、じゃなくて、お願いしま、す……」 「あー、アギちゃ、かおまっかー」 「ほんとだ、まっかっかー」 「うるせーッ! 笑うな、指さすな、ニジュク、サンジュッ!」 二人はアギトに怒鳴られて、でも「わーい♪」と笑って退散です。 そんな二人を「待ちやがれー」とアギトが追いかけ回し始めた。 「うふふ、元気いっぱい、って感じね」 ある種、微笑ましい光景に、リン・ジャクスンの顔がほころぶ。 「こんにちは、ジャクスンさん」 「ホンマ、お久しぶりです」 「本当、半年ぶりかしらね、なのはさん、はやてさん。それに、ヴォルケンリッターの皆さんも」 なのはとはやて、そしてはやての家族に、リン・ジャクスンは微笑み返した。 そんな彼女に、シグナムも声をかける。 「お久しぶりです、ジャクスンさん。あの、アギトの失礼は私が謝罪します。彼女は、まだ」 「大丈夫、解っているわ。彼女、人付き合いになれていないだけ」 そして、うん、と頷いて、 「でも、きっと、彼女なりの人付き合いの術を見つけられるでしょう。――あなた達と一緒に暮らしていれば」 「そうやったらええなって、私も思います」 「それ、さっきジャックさんにも言われてたな、あいつ」 「あら、この自然公園で?」 ヴィータの言葉に、リンは目を見張る。 「ええ。一時間ほど前、駐車場の方で」 シャマルが答えた。 「それは残念、ついさっきまで併設の植物園にいたのよ。最近のFAFの動向を少しでも伺うことのできるチャンスだったのに」 至極残念そうに、リン・ジャクスンは呟いた。 「その、ジャックさんを、追いかけていらっしゃるのですか?」 「ジャック、――ブッカー少佐を、と言うより、彼の属している組織と、それが対峙している存在を、と言うべきでしょうね」 リンは、クロにそう告げた。 「でも、今はそれだけではないわ」 「と、仰いますと、マダム?」 センが身を乗り出してくる。 「あら、マダムだなんて、このコウモリさんたら、うふふ。――そう、このなのはさんやはやてさん、 それにここにはいないフェイトさん達とその仲間、教え子さん達の動向を追いかけるのも今の仕事かしら」 「そうなんだよなー、この人、結構しつこく聞いてくるからなー」 ヴィータが不意にげんなりとした顔になった。 「うふふ、ごめんなさいね、それが私の仕事だから。でも、今回は残念ながらあなた達の取材予定はないの」 「アポイント、入ってませんしね」 と、なのは。 「でも、それなら、ここでもやれるんじゃないですか?」 そう尋ねたのは、リインだった。 「そうなのだけど、色々仕事が入ってて、今ここにいるのも、束の間の息抜きのため、ってところだから」 リン・ジャクスンは苦笑した。 「これから明日のインタビューに備えてクラナガンのホテルに帰るところなの。もうすぐ来る快速列車に乗ってね」 「私達、その後の各駅停車の電車に乗る予定やから、ホンマ、ちょっと残念ですわ」 「ええ、とっても残念だわ」 リンは、はやてに頷いた。 「でも、嬉しい出会いもあった」 そう言うと、「ごめんなさいね」と断って、走り疲れてハアハアと荒く息を、しかし、ニコニコしながらしている白い双子に、リンは近づいた。 「あっ」 「リンおばちゃん」 「あら、もう私の名前を? おばさん、嬉しいわ」 にこやかに微笑んで、リン・ジャクスンは二人の頭を優しく撫でる。 「ええっと、あなたが」 「ニジュクっ!」 「で、あなたが」 「サンジュっ!」 「そう、とっても不思議な響の名前ね」 撫でながら言った。 「でも、二人にお似合いの、とっても可愛らしい名前だわ」 「えへへぇー」 「なんか、てれるぅ」 「うふふ。それにしても、二人ともさっき空を飛んでいたでしょう?」 「おばちゃ、みてたの?」 「ええ。とても気持ちよさそうに飛んでいるのを、ね」 「おばちゃん、わかるの?」 「何となくだったけど、ね」 そう言って、またリンは微笑んだ。 「うん、そうだよ」 「きもち、とってもよかったよ」 「いつものかぜやきのにおいとは、ちょとちがうかおり、してたけど」 「でも、やっぱりものすごくいいかおりしてて、とってもきもちよかった」 「おひさまもぽかぽかだった」 「かぜがゆらゆら、ちょっとこそばしかったかな」 「そう、とても楽しかったのね」 「「うんっっ!!」」 二人はヒマワリのような笑顔をリンおばさんに投げかけました。 「うん、二人ともおばさんに話してくれてありがとう。これはね、そのお礼」 そう言って、リンは二人に白い包み紙にくるんだものを差し出す。 「これ、なに?」 「ミルクキャンディーよ。どうぞ召し上がれ」 「ほんとに、いいの?」 「ええ、どうぞ」 言われて二人は「ありがとう」と言うと、早速口に放り込みます。 そして、すぐにお耳と尻尾がピンッ、と立ちました。 「まあ、気に入ってもらえたみたいね」 双子はリンおばさんにコクコク頷きました。 「じゃあ、サービスしちゃおうかしら」 リン・ジャクスンはそう言うと、袋ごと二人に差し出した。 「仲良く、食べてちょうだいね」 双子のお顔が、更にぱぁっと明るくなります。 「「ありがとうっっ!!」」 元気よくお礼を言って、「クロちゃぁあっ」「おばちゃんからもらったぁっ」と、クロめがけて駆けていきました。 その様子を微笑ましく見つめつつ、リンは歩いてクロ達にまた合流した。 「良いなぁ、二人とも……」 ヴィヴィオは、はしゃぐ二人を見てしょぼんとしています。 そんなヴィヴィオに、「はい」とそっとリンが袋を差し出す。 「……チュッ◯チャッ◯スだぁっ♪」 曇ったお顔が、ぱあっと明るくなりました。 そう、チュッ◯チャッ◯スの袋詰めでした。 「この間、約束してたでしょう?」 「忘れてなかったんだね、ありがとう♪」 「いいえ、どういたしまして。――ねぇ、学校は、楽しい?」 「えっ? うん、楽しい、よ……」 微かに顔を、また曇らせたヴィヴィオに、 「……えっ?」 リンは何も言わず、そっと抱きしめた。 ヴィヴィオの耳元で囁く。 「何かあったら、なのはママでも、フェイトママでも良いわ、必ず、誰かに伝えるのよ」 ヴィヴィオは黙って聞いています。 「私に電話でも良い、必ず誰かに話しなさい。必ず、誰かがあなたの心強い味方になってくれるわ」 優しく髪を撫で、優しくリンは諭す。 「あなたは一人じゃないわ、ヴィヴィオ。それだけは、解って、ね」 「……うん、ありがとう、リンおばさん」 ヴィヴィオは、心の底から暖かくなっていく自分を、感じていました。 そして、いつの間にかまた、ニジュクとサンジュがリンおばさんによって来ました。 「どしたの、ヴィヴィちゃ?」 「おばちゃん、なにしてるの?」 「うん、ちょっと、ね」「ねー♪」 おばさんとヴィヴィオは、笑って顔を見合わせます。 「そうそう三人とも、今渡したものは、仲良く分けあうこと。独り占めしちゃ、ダメよ?」 「うん、もちろん!」「はーい!」「わかったのー!」 「うふふ、良いお返事だわ。――あら、もうこんな時間」 リンは残念そうに時計を見て、言った。 「じゃ、私はそろそろ行くわね」 「おばさん、またねー」「またねー」「きゃんでぃー、ありがとー」 子供達に手を振って、スーツケースを手にしたリン・ジャクスンに、 「あの、ジャクスンさん、お忙しい中でいつもヴィヴィオにお土産をありがとうございます」 なのはが声をかけ、礼を言った。 「良いのよ。好きでやっているのだから、気になさらないで」 リンははにかみながら、手を振って、 「あと、あの子のお話、もっと聞いてあげて。お仕事で疲れているかも知れないけど、 それが、家族というものだから。――もっとも、解ってらっしゃるでしょうけど」 「……はい、努力します」 なのははリン・ジャクスンを見つめて、頷く。 「ジャクスンさん、私の連れの双子にも、お菓子をありがとうございました」 なのはに続いて、クロが礼を言った。 「うふふ、本当に可愛らしいおちびちゃん達ね。あの二人は、ご家族、……ではないわね」 我ながら的はずれな質問だと思って、リンは苦笑した。外見から、解るではないか、と。 「ひょんなことから最近、共に旅をするようになりまして。色々、大変です」 クロも、微かに苦笑。 「でも、決して、嫌ではないのでしょう? あの子達の笑顔を見ていると、そう思えるのだけど」 「……たぶん、そうだと思います」 はにかみながら、クロは答えた。 リンは、「正直な人」と微笑む。 「本当、あなたにも会えて、ちょっと話もできて、良かったと思うわ。私こそ、ありがとう、クロさん」 「ジャクスンさん……」 「それにしても、この世界に来ると、いつでも新鮮な出会いが待ってる。特に人との出会いがね」 「そうなんですか」 「まるで、ターミナル駅みたいな世界だわ」 「ターミナル駅、みたい、な?」 「ええ、そうよ」リンはにっこりと微笑む。 「様々な世界から多くの人がやって来て、行き交って、また様々な世界に旅立っていくターミナル駅。 気付かなければ、ただすれ違うだけ。でも、ふと気付いて話してみれば、更に世界が広がっていく、 自分の世界が更に広く、――そんな出会いのある、ね。だから、この世界に来ることが、例え仕事でも楽しくて仕方ないの」 「はあ……」 「だから、あなたもこの世界を思い切り楽しんじゃいなさいな。そうすれば、世界の広がった自分に、出会えるわ、きっと」 そして、なのは達にそっと目をやって、クロに戻す。 「あなたと彼女達との出会いは、きっとそういうこと」 「……できるでしょうか、私に」 「それもまた、旅をすることなのではなくて?」 言われてクロは、はッ、となった。 「解りました、せっかくですし、私も楽しんでみましょう」 「それが良いわ」と、微笑んで 「じゃあ、本当に時間だから」 なのは達に手を振り、 「あの、ジャクスンさん、明日のインタビューの相手って、誰ですの」 はやての問いかけに、 「スカリエッティ容疑者よ。彼直々の指名なの」 肩を軽くすくめて、はにかみながらリンは言った。 驚く一同に、目もくれない様子で、 「それじゃあ、また会いましょう、皆さん。それと、棺を担いだ黒い旅人さんと、そのお連れの可愛いおちびちゃん達の旅が、 幸せに満ちたものであることを、お祈りしているわ」 そう言って、リン・ジャクスンは駅舎の奥に、スーツケースを手で押ししつつ、消えていった。 「何か、不思議なというか、面白いというか、そんな人だったな」 しみじみと、センが呟く。 「歩く好奇心の塊、みたいな人ですから」 「おい、シャマル、良いのかそんなこと言って」 「そう言うヴィータちゃんは、今どんな顔をしているのかしら、ふふ」 「ま、言わなくても解るだろ、へへ」 「何となく、シャマルさんの言われたことも解るような気がします」 「あと、世話好きなひとでもあるんよなぁ」 「だよねぇ」 「あと、おかしくれた」 「とってもやさしい、おばちゃん」 「だよね、ヴィヴィオのことも、優しくしてくれるし」 「でも、私もキャンディー、欲しかったですぅ」 「ヴィヴィオやチビ達から貰えばいいじゃん。相変わらず、いやしんぼだな」 「それにしても、あのスカリエッティ直々の、ですか」 「ホンマ、一流のジャーナリストって、すごいんやなぁ」 がやがやとその一画だけ、賑やかになる。 そして、クロはふと思った。 そう言えば、こんなに大人数で賑やかにおしゃべりするのって、どのくらいぶりだろうか。本当に久しぶりだ。そして、 「こんなにも楽しいもの、だったことなのに、……何で忘れてしまっていたのかな」 微かに、口に出していた。 「クロ」 センが声をかけた。 「あのマダムにも言われたろ。きっと、そう言うことなのさ」 そして、クロに顔を近づけて、 「楽しもうぜ、俺や、あの二匹みたいにな」 そして、 「もちろん、旅の目的を忘れない程度に、だけどな」 と付け加えて。 「……ああ、解ってる」 センにそう呟きつつ、 「だから、今はなのはさん達と、この世界を楽しんでみたい」 クロは、微笑んだ。 センは「もちろんだ」と言って、 「取り敢えずは、今晩、この世界の酒という酒を、浴びるほど飲んでやるぜぇ~~~ッッッ!!!」 「全く、センはいつもいつも」 クロは呆れ顔である。 「いつも二日酔いのコウモリを、介抱する身にも、なって貰いたいものだな」 「あっ、それは今回はシャマルすわぁ~ン♪にやって貰うから、無問題」 「ゑッ、決定事項なんですかッ!」 シャマル、あからさまに嫌そうである。 「ねえねえ、ヴィヴィちゃ」 「なに、ニジュク?」 「ぱーてぃ、って、たのしい?」 「楽しいよ」 「ねえねえ、ヴィヴィちゃん」 「なに、サンジュ?」 「ぱーてぃ、って、おもしろい?」 「もちろん、だって」 ヴィヴィオはにっこり微笑みました。 「ふくたいちょーやリインやアギトもいるしザフィーラもいるし、それに」 そして、がばっと二人を捕まえて、 「ニジュクとサンジュがいるもん、絶対、楽しいよ♪」 双子はそう言われて、「たのしみぃ♪」と、コロコロ笑ったのでした。 「さて、そろそろ電車が来る頃や、はよ切符買わんとな」 「そうですね、それでは私がみんなの分を、まとめて」 「シグナム、頼むわ」 一礼し、駅舎に入るシグナム。 「クロさん」 「はい、何でしょう、なのはさん」 「せっかくだし、この世界で欲しいものとか、食べたいものとかって、有りますか?」 「それは……」 特にありませんと言いかけて、止めた。そうだ、今はこの世界を楽しむと言ったばかりではないか。 「……ココア」「えっ?」 「この世界のココア、どんなものか、飲んでみたい、かな」 はにかむ、クロ。思わず、鍔で顔を隠す。 「ココア、ですか」 「ええ、割と、好きなもので。――あの、ここにはありますか?」 「ええ、もちろん。だって」 なのはが、言った。 「ここは、クロさんの世界に遠いようで、近いような世界ですから」 「……そう、でしたね」 そして、笑いあう。 「あーあ、何や、なのはちゃんは幼なじみを置いてけぼりにして。そのまんま、二人仲良うしてれば、いいんや」 「もしかして、はやてちゃん、妬いてるの?」 なのはがおどけた。 「んー……」 小さく唸って、突然、 「えッ?」「きゃッ!」 二人に抱きついた。 「私もクロさんと仲良うなりたいんやッ!」 そして「きゃっははッ」と笑った。 「もう、はやてちゃん」「あの、はやてさん」 「ええやろ? 絶対、楽しい筈やもん♪」 顔を見合わせる、三人。そして、 「にゃははは……」 「あっははは……」 「ふふ、全く、ふふふ……」 まるで幼い少女のように、笑いあったのだった。 陽は、更に傾きを増し、空は徐々に茜色に染まり始め、 「クロがあんな顔するの、何年ぶりだろうなあ」 センは、らしくない優しい笑みを、その顔に浮かべていた――。 旅を続けていると、誰でも必ず道に迷うもの。 そんな時は、素直に人に道を尋ねてみましょう。 強がって、恥ずかしがって、道を尋ね損ねて、道に迷うよりも。 「旅の恥はかき捨て」とは、つまりは、そう言うことなのでは、ないでしょうか。 『棺担ぎのクロ。リリカル旅話』 第三章・了 「おうっし、次はいよいよ酒が飲めるぞぉッ!芸のためなら、女房も泣かすんやッ! とにかく酒だぁッ! 酒だ酒、酒もってこぉ」 カッきぃぃぃぃーーーんんッッ!!「あーーーれぇぇぇ……」(キラン☆) 「……なぁ、本当に、良かったのか?」 おーけー、ぐっじょぶ、ヴィータ♪ 戻る 目次へ 次へ
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大海と称すに相応しい光景がそこにあった。 青天と青海が水平線を希薄にし、風景を蒼一色にする。他に色があるとすれば浮かぶ雲の白さだけだろう。 平穏、その一文字のみがそこにあった。 しかし、 『ガァ―――――――――――ッ!!』 怒濤の音響によってそれが破られた。同時に生じるのは海を内側から破る音、水は舞い上がって柱となり、飛沫は雨となって海に落ちる。 そして現出するのは巨大極まりない海蛇と人型ロボットだ。 『オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!』 海蛇は牙の乱立する顎を持ってロボットの肩に食らいついている。……否、海蛇では正しく形容出来ない。その生物の頭部は角と赤い瞳を持ち、全身を鱗で覆い四本の足さえある。最早それは海蛇ではなく、海竜と呼ぶに足る姿だ。 対するロボットは銀の機体を赤、青、黄に彩られた派手な塗装がされている。青の両眼と五指を持つ両手は海竜の頭部を捕らえて離さず、その暴力を正面から受け止める。 だが押さえ切れない。長大な海竜はロボットを捉え、海上を押し進んでいく。明らかなロボットの劣勢だ。 そこでロボットは通信機能を起動させた。だがそれは救助を願うものではない。自分が遂行しなければならない作戦の継続を伝える為だ。 故にロボットは遠方の仲間へ意思を伝えた。己の名前と共に。 『当方ジェットジャガー! ――マンダ現出、作戦段階・移行申請!!』 新暦77年、第97管理外世界、惑星名・地球に一つの災害が発生した。 それはバイオハザード、つまりとある生物によって起こされたものであった。 生物の名は―――ゴジラ。 史上初、『生体ロストロギア』という分類を受けた名実共に最大最強の生命体である。 マンダと称された海竜によってジェットジャガーは海上を高速で押される。 だがそこへ二つの影が迫った。片や白、片や黒のそれらは白雲を貫いて両者を行き過ぎる。影達が着地するのはマンダの鱗の上、……そう、影の正体は人間、それも二十歳程度の女性二人だった。 「行くよ、フェイトちゃん!」 「――うん!」 少女達、なのはとフェイトは得物を出現させる。白の少女は杖、黒の少女は長柄の斧だ。 「レイジングハート・エクセリオン! ――エクセリオンモード!!」 「バルディッシュ・アサルト! ―――ザンバーフォーム!!」 《――了解!!》 命ずるは少女、応じるは得物、生じるのは得物の変形だ。 杖はその先端が細分化されて再構成、槍に似たフォルムとなる。対して斧はその柄を縮ませ、刃が分裂して左右に展開、大きな柄となる。 だが生じた結果はそのだけではない。ば、という雷電の弾ける様な音と共に光を放出、やがて形を作った。槍は桜色の四翼、柄は金色の巨大な刀身だ。 「……はっ!」 黒の少女は大剣と化した得物を逆手に持ち替え、マンダの体に突き立てる。そうして鱗と微量な血が散る向こう、白の少女は翼を伸ばした槍を穂先をやや下げて構える。 そして、 「「あああああああああああああああああッ!!」」 飛んだ。しかし海竜の身から離れるという意味ではない。それは海竜の身をなぞる様な低空飛行、それも攻撃力たる翼と刀身を切迫させたままで、だ。 為した結果は、鱗とは逆剥ぎにマンダの長胴を引き裂くという攻撃。 『ギャァアアアアアアアアアアッ!!!』 胴の中程から始まった切開は首に至った所で終えた。少女達が離れ、一拍遅れて血と鱗の飛沫が飛ぶ。 咆哮によってジェットジャガーはマンダの牙から解き放たれ、少女達と共に海竜を離れる。 (――次! 撹乱、波状攻撃!!) なのはが念話を持って指示を叫ぶ。見る先は自分達が飛び立った場所、定位飛行を続けるストームレイダーだ。開かれた扉は内部を、そこに立つ四人の少女と一人の少年を烈風に晒している。 ゴジラの戦闘力、そして凶暴性は全くの予想外であった。 誰が予想出来ただろう、管理局が全力をかけても勝てない相手を。 誰が予想出来ただろう、数十のアルカンシェル一斉砲撃に耐えきる肉体を。 誰が予想出来ただろう、管理局の最大戦力、ヴォルテールと白天王を虐殺する攻撃力を。 結果は時空管理局の惨敗、実に地球の約1割がゴジラによって焦土と化した。 定位飛行を続けるストームレイダー、開かれた扉の縁にティアナはいた。その両手には双銃となったクロスミラージュが握られ、背後にはキャロが立っている。 白の少女、高町なのはの通信を受けてティアナは、了解、と短く返答する。 「――キャロ、お願い!!」 「はいっ! ケリュケイオン、威力加圧を!!」 『了承しました。……Energy Boost!』 キャロの両手を覆うケリュケイオンが発光、それは威力強化の魔法となってクロスミラージュに届く。 『威力加圧を確認。……マスター、射撃準備を完了しました』 「オッケー! 双砲狙撃、行くわよ!!」 少女と双銃は応え合い、魔法陣を展開する。番の銃口に魔力が蓄積され、ターゲットリングが表示され、 「――ファントムブレイザー!!」 『Twinbarrel Shift』 一対の魔力砲撃が放たれた。JS事件より一年、鍛錬を友とする銃使いは当時よりも早く、多く、正確に、そして強い威力を持って射撃をこなす。 狙う先は、マンダの両眼だ。 「―――――ッ!!?」 裂傷の海竜は音もなく悲鳴をあげる。強靭な怪獣の肉体は眼球ですら屈強だが、しかし激痛とそれによる短時間の失明は免れない。その隙をつくべくティアナの後ろから三つの影が飛び出す。 青髪の姉妹と赤髪の少年、スバルとギンガにエリオだ。 少女達はウイングロード、少年はデューゼンフォルムとなった愛槍ストラーダによって空を駆ける。やがて姉妹は白黒のリボルバーナックルを構え、ストラーダの穂先と共に、 「どっっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!!」 苦悶するマンダの額に打ちつけた。 「オ…………ッ」 長細い舌を嘔吐せんばかりに伸ばしてマンダは唸る。姉妹の打撃も、少年の突撃も、海竜の鱗と頭蓋を抜く事はない。しかし衝撃は伝わり、頭部の内容物を揺すって脳震盪を起こさせたのだ。 目を塞がれ、脳震盪を起こしたマンダは青海をただ突き進む。最早水平線に大地が、そして自分を襲う最後の敵が待つ事も知らずに。 『ルーちゃん、最後だよ!』 『…うん。やるよ、クモンガ』 『――ケキュ』 キャロは最後の仲間に念話、その答えはガス漏れも似た奇怪な鳴き声と共に返された。 地球は滅ぼされる、そう思われた戦況に転機がもたらされた。 無限書庫史書長、ユーノ・スクライアが新型結界を発明したのだ。 次元世界型結界魔法、『妖星ゴラス』は成功、ゴジラを封印した。ゴジラの同種族ミニラと、疑似人間ヴォルケンリッターを媒介として。 しかしミニラやヴォルケンリッターの肉体的耐久力や出力の問題から、その維持は1年が限界であった。 故に時空管理局は、来るゴジラ再臨に備えて一つの計画を打ち立てた。 その名を――『オペレーションFINAL WAS』。 マンダが迫る大地、その岸辺には巨大な影があった。 要約すれば、一匹の蜘蛛である。ただし人間を遥かに超える巨体を持ち、その頭上に一人の少女を乗せる。そういう蜘蛛である。 蜘蛛はクモンガ、その上に乗る少女はルーテシア・アルピーノといった。 両者の関係は、――魔導師と使い魔。 「クモンガ、糸を」 「キュギュッ!」 主の指示にクモンガは応じ、迫るマンダに対してその命令を果たした。 柔軟にして強靭、粘着性をも持つクモンガ特有の糸を放射したのだ。 「―――――!!?」 おそらくマンダは混乱の極地であっただろう。視覚を殺され、脳髄を揺すられ、その果ては強靭な糸を吹きかけられたのだから。黄味を帯びた糸は海竜の長胴を何重にも縛り上げ、前半身に至っては繭と言える程だ。 そうして身動きさえも封じられたマンダは慣性のまま大地に突っ込み、岸に衝突し、轟音をあげて肉体を叩き付けた。打ち上げられた海竜は身をうねらすが、束縛と脳震盪の前に意味をなさない。 巨大な蜘蛛が、少女達を乗せたヘリが、翼の道に乗った姉妹と少年が、鋼鉄の巨人が、そして白黒の女性達が、マンダを取り囲む。それさえも解らない海竜を見下ろしてなのはは一声。 「作戦完了。――マンダの捕獲に、成功」 『オペレーションFINAL WAS』、それは時空管理局が仕掛ける最初で最後の“戦争”。 簡単に言えば、1年後に迫るゴジラ再臨に備えての軍備増強計画である。 各次元世界に生息する強大な怪獣達を――捕縛、屠殺、使い魔の素体とする。 そうして完成するのは怪獣素体の強大な使い魔。 それらに加え、超法規的措置によって仮釈放されたジェイル・スカリエッティ開発の決戦兵器を持って、復活したゴジラを今度こそ抹殺する計画が、『オペレーションFINAL WAS』である。 簡素とも言うべき部屋がそこにある。内部には何もなく、いるのは捕縛されたマンダだけだ。 『ギャァァオオオオオオオオオオ!!!』 陸に上げられた海竜は必死にその身を壁にぶつける。だが生じるのは轟音と衝撃ばかり、対怪獣用に設計された牢獄とも言うべきその部屋はびくともしない。 ――それはある種の予感だったのだろう。直後その身に起こる事についての。 部屋の下方から黄色いガスが溢れ出し、やがてそれは上方へと立ち上っていく。 『オオッ! オオオオオッ!! ――ゴオォォォォォォォォォォオンッ!!!』 マンダは身を伸ばし、天井に対して頭突きを繰り返す。ここから出せ、と言うかの様に。 否、強靭な筈の額から血を流す程に頭突きを繰り返すその様子は、もはや懇願だった。 ――お願いだからここから出して下さい、殺さないで下さい。 流血は目元を横断し、涙の如く頬を伝う。しかしその願いは果たされない。海竜を密室に閉じ込めた時空管理局、その狙いは彼の遺骸なのだから。 遂に黄色いガスが天井まで届き、鳴き叫ぶマンダがそれを吸い込んだ。瞬間、 『――――ゴバァァァァッ!!?』 目から、鼻から、口から、あらゆる穴から血が噴き出した。そして、全身の筋肉が蠢く。 『ギャァァァアアァァアッ!!? ギャン!! ギャァアアアアアアーーーッ!!!』 のたうち回る海竜、喘ぐその呼吸は更にガスを吸い込む結果に繋がる。 黄色いガス、それは肉体強化の作用をもたらす特殊なガスである。ただし、強化の余り対象はそれに耐え切れず必ず死亡するが。 だがこの場合、それは問題ではない。繰り返して言うが、時空管理局の狙いは強靭な遺骸だからだ。 時空管理局は、支配出来ない意思を持つ弱い肉体を望んでいない。文字通り、死ぬ程強い肉体があれば良いのだ。彼等にはその肉体に従順な意思を移植して操る術があるのだから。 『ギョォオオオオオオオオッ!!! ガ……ベヘェェェェェェェェェッ!!!』 牢獄の部屋たる部屋に満ちるのは黄色のガスとマンダの悲鳴。そこには頑強なそれであるが、しかしある一点において苦情が耐えない。 ――防音性に欠いているぞ、という苦情が。 時空管理局本局、そこにマンダの悲鳴が響きわたる。それを聞く局員達の反応はまちまちだ。 煩いぞ、可哀想、仕方ない、黙って死ね、俺が知るか、様々な意思がある。 そして、御免なさい、という意思も。 「―――――――」 高町なのはは震えていた。その両手は耳を塞ぎ、瞼はきつく閉じられている。 しかし消えない。海竜の肉を裂いた感覚が。 しかし消えない。海竜が悶えたあの情景が。 そして閉ざせない。今、自分達の手で捕らえた命が、その遺骸目当てに殺される悲鳴を。 『ギャヒィィィィィィィッ!!』 消えない。 『ヒィィィギィィィィィィィィィッ!!』 消えない。 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』 消えない。 「――消えない、よぉ……っ」 悲鳴が、罪が、自責が、何もかもが消えず、ただ積もっていく。高町なのはの心の中に。 ――生き延びる為に怪獣達を虐殺し、その遺骸を武器とする管理局。 ―――そこに正義も、大義も、倫理も、何もない。 ――――あるのは、浅ましいまでに生存を望む意思。……ただ、それだけ。 ――『魔法少女リリカルなのは FINAL WARS』、始まります。 単発総合目次へ その他系目次へ TOPページへ
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リリカル遊戯王GX 第三話 飛べスバル! ペガサスに乗る魔法拳士! 「レイ、大丈夫か!?」 「じゅ、うだい……」 レイの悲鳴で飛び起きた十代とオブライエンは、途中でヨハンとアモン、なのは達と合流しながらレイの下へ向かった。 倒れていたレイを十代が慌てて抱き起すと、レイはわずかに目を開けて苦しそうに言葉を絞りだす。 「十代……マルっちが……一年の、加納 マルタン君が……」 「マルタン? そいつがどうしたんだ?」 「オレンジ色の影に、襲われて……」 「なっ!?」 オレンジの影、十代は自分たちがこの世界に飛ばされる直前に出会った人影を思い出す、 まさかそいつがアカデミアに入り込んでいるとは思ていなかった。 十代が考え込んでる間に、ヨハン達は二手に別れマルタンの捜索を開始する。 「十代君、その子の肩を見せて」 「なのはさん? あ、ああ……」 なのはに言われるまま、レイの肩口をなのはへと向ける。 その肩には痛々しい、明らかに普通ではない傷があった。 「何なんだ、この傷は……!」 「そこまではわからないけど、このままじゃ危険だね」 「くそっ、早く保健室に――」 「待って、その前に簡単な回復だけでも……」 言いながらなのはは治療魔法をレイへとかける。 多少レイの顔色はよくなったが、肝心の傷は少し塞がっただけだった。 「これは……この傷自体が魔力を消している……?」 「治せないのか?」 「ごめん、私じゃ体力を回復させることが限界みたい」 「いや、十分だぜ。俺はレイを保健室に連れていくよ」 シャマルさえいればなんとかできるかもしれないのに…… なのはは自分が無力だと沈みかけるが、今はそんな場合ではないと十代と共にレイを保健室へと連れていく。 「貴様・・・・・・!?」 図書室に来たアモンは目の前の光景に驚愕する。 レイと一緒にいたはずのマルタンが――左腕がモンスターのようになっている――どうやって作ったか、玉座のような椅子に座っていたのだ。 「何故だ、何故この少年を選んだ? お前が望んでいるものは何なんだ! 俺たちをこの世界へつれてきたのはお前なんだろう!?」 「ああ、アモン、やはりお前は賢い」 「っ!?」 「ボクの僕として働いてくれないか? 人間としてのお前の知恵を貸してほしいんだ」 マルタンが手を差し伸べる。 アモンはその手を睨みながら思考を巡らし―― 結局その後もマルタンを見つけることはできず、早朝に十代達は保健室へ集まっていた。 レイは傷の影響か、高熱を出して寝込んでいる。 なのはが再び魔法をかけるが、ほとんど効果はない。 「この感じ、AMFに似てるね、体に触れた途端に魔力が消えてる」 「魔力が消される……レイちゃんを襲った奴は通信や転移を封じてる奴と同じ……?」 フェイトとティアナは思考を巡らせるが、さすがにこれだけの情報からでは大したことはわからない。 魔法が効かないとなると通常の医療技術が頼みだが、鮎川も首を横に振る。 「保健室の医薬品じゃ足りないの、この薬が必要なんだけど……」 「……聞いたこともねぇ」 鮎川にメモを渡されるが、十代にはさっぱりだ、 横からオブライエンが覗き込み、無表情でいることの多い顔を顰める。 「専門的な薬品だ、このような世界で見つかるかどうか……」 「そんな、それじゃレイは!」 「待て、薬ならあるかも知れないぞ」 思わず叫びそうになる十代を、三沢の声が静止する。 一同の視線が三沢に集まり――いくつか「そういえばいたっけ……」という視線があるのを感じ少し落ち込みかけるが、気を取り直して言葉を続ける。 「ここに来る途中、なのはさん達と出会う前に潜水艦を見つけたんだ」 「潜水艦!? こんな砂漠に?」 その場の全員が信じられないといった反応だったが、 ただ一人、アモンだけが必要以上に動揺していることにティアナは気づく。 だがその事を追及するよりも前に「どこかの軍の物なら専門的な医薬品もあるかもしれないな」と言われ、タイミングを逃してしまう。 確かにその通りだ、何らおかしいところは無い――だが、今の反応が妙に気になった。 「スバル、あのアモンって人、注意して見てて」 「ティア? うん……いいけど」 ただの気のせいかもしれない可能性の方が高いのだ、迂闊にトラブルの種になりかねない話題を広めるべきではない。 そう判断し、すぐ横にいたスバルにだけ自身が疑いの念を持っていることを伝える。 自分の気のせいなら問題無し、 もしも何かよからぬ事を企んでいたとしたら……その時は何としても止めなくてはならない。 「それじゃ、アカデミアは任せたぜ」 「ふっ、この万丈目サンダーに任せておけ」 「イヤン、兄貴格好いい~」 「……貴様らは黙っていろ」 十代・ヨハン・オブライエン・ジム・アモン、そしてスターズ隊が潜水艦へと薬や食糧等を探しに行く事となった。 残るメンバーはモンスターがアカデミアに来た時のための防衛要員である。 「フェイトちゃん、そっちをお願いね」 「うん、なのは達も気を付けて」 スターズが行くことになったのは、エリオやキャロよりもスバル達の方が体力が高いから、 そして、ティアナがアモンといる事を希望したからだ。 「……なのは、どう思う?」 「私はティアナがそう判断した材料を見逃しちゃったからなんとも言えないよ、今はティアナ達に任せるしかない」 なのはとフェイトはティアナが疑惑の眼でアモンを見ていることに気づいてはいた、 ただ、ここで自分たちも必要以上に疑いをかけるとどうしても不自然になってしまい、いらぬ争いを生む可能性が高い。 今はティアナに任せるのみである……ただでさえ、この二人は嘘が下手なのだから。 「マルタンが、マルタンが見つからないのであ~る!」 「ナポレオン教頭、少しは落ち付くノーネ」 校長室――だがアカデミアの校長、鮫島は学園にはいなかった――で、ひたすら嘆き続けるナポレオンをクロノスは持て余していた。 十代達からマルタンが行方不明になったと聞かされてから、ずっとこの調子なのだ。 「教頭、加納 マルタン君と何か関係があるノーネ?」 「な、な、ないのであ~る! せ、生徒の無事を願うのは教師として当然のことであ~る!」 間違いない、何か関係があるようだ。 だがこの様子では詳しいことは言わないだろう、何よりそれが事件解決の鍵になる訳がない。 そう考え、クロノスは半ば無理矢理潜水艦の探索へと向かった十代達が早く帰ってくることを祈るのであった。 「それにしても……鮫島校長は肝心な時にいつもいないノーネ」 その頃、十代達の元の世界…… 「これは……いったいどういうことだ」 鮫島は呆然としながら目の前の光景を見ていた。 デュエルアカデミアのある島、その一部が、ぽっかりと削り取られたように消失していたのだから無理もない。 尚も呆然とする鮫島だったが、上空からやってきたヘリの音に我を取り戻す。 「ミスター鮫島、お久し振りデ~ス!」 「ペガサス会長!」 ヘリから降りてきた銀髪の男、デュエルモンスターズを作り出したペガサス=ジェイ=クロフォードと握手をかわす。 ペガサスもアカデミアが消えた情報を入手し、急きょ駆け付けたそうだ。 不安そうに生徒たちの無事を祈る鮫島に、ペガサスは優しく声をかける。 「大丈夫です、ミスター鮫島」 「……ペガサス会長?」 「行方不明になった生徒の名簿には、十代ボーイの名前もありました。十代ボーイはミラクルボーイ、きっとこの事件もなんとかしてくれマース」 「……はい」 ――私たちは無力デース、ですが、決して諦めはしまセーン。だから十代ボーイ、不安に怯える生徒たちを勇気づけてあげてくだサーイ 更に同刻、とある時空世界…… 「主はやて! それは本当ですか!?」 「どうやらそうみたいや……まさか、こんなことになるなんて……」 「は、はやてのせいじゃねぇよ! だからそんな顔しないでくれってば!」 なのは達との連絡が取れなくなった事を伝えられ、はやて、そしてその守護騎士であるヴォルケンリッター達はかなり動揺していた。 通話だけでなく、転移することさえできなくなってしまったというのだ、 その仕事を持ち込んだはやてとしては、自分のせいだと思わざるおえない。 「……主はやて、テスタロッサ達なら少々の困難、平気なはずです」 「それは、私も十分承知や。だけど……」 「はやてちゃん、私たちは誰よりなのはちゃん達の力を知っているはずよ……信じましょう」 「そうだよ! なのはとスバル達ならきっと全員無事に帰ってくる!」 シグナム達が次々と励ましていくが、はやては相変わらず顔を上げられなかった。 そこで、今まで黙っていたザフィーラが口を開く。 「主、そこまで不安ならば、直接行くしかない」 「ザフィーラ……だけど、それは無理や、ここの事件が……」 「わかっています。だからこそ、今は俯き止まっている場合ではない。早急にこの事件を解決し、高町なのは達の救援に」 「――っ、そう、やな……そうや、今はこの事件を終わらす、それしかない! いくで、みんな!」 『はい(おう)!』 ――なのはちゃん、フェイトちゃん、みんなもう少しだけ待ってて! 私らも、すぐに行くから! 「なあ、せっかく精霊を実体化できるんだしさ、ネオスに乗っていかねぇか? あっという間だぜ!」 「いや……昨日サファイヤ・ペガサスを召喚した時デスベルトが作動した、カードを使うのは慎重になったほうがいい」 まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように十代が言うが、すぐにヨハンが静止する。 「ちぇ、せっかくなのにな……」 「クリクリー?」 「あはは、はねクリボーはいいんだよ」 笑いながらはねクリボーとじゃれる十代を見て、ヨハンは何か言おうとするが、なのはに止められる。 そのままなのはが十代と目線を合わせるようにかがみ、肩を掴みながら語りかけた。 「十代君、これは遊びじゃない、人の生死がかかっていることなんだよ。 勿論私達は君たちを守ることを優先する、だけど、それでも守りきれない可能性は十分にある。 その時、迂闊な行動を取ったら高い可能性でその人だけじゃなく、他の人も死ぬ……ここは、そういう世界なの」 「っ……ああ、わかってるてば、ごめん」 真剣な瞳でじっと見つめられ、初めは適当な返事をしていた十代もこの状況を正常に理解してきたようだった。 それを察すると、なのはは一転して笑顔になる。 「うん、それじゃあ急ごうか、レイちゃんが待ってるよ」 「よっしゃあ! 早く行こうぜ!」 あっという間に立ち直り、さっさと自分一人だけで先行してしまう。 「……少し、頭冷やさせたほうがいいかな?」 「やめてあげてくださいなのはさん、お願いですから」 マルタンは十代達が外へ向かったのを見て、笑いながらその左腕に意識を集中させる。 するとその腕がまるでデュエルディスクのように変化し、マルタンは一枚のカードを取り出しセットした。 「砂漠の僕を、君たちに送ろう・・・・・・」 「あ、あれ潜水艦じゃないか!?」 「本当だ・・・・・・っておい十代! 一人で行くな!」 「ヘイ十代! 足元に気をつけろ!」 「へ? うわわ!?」 ジムの忠告を受けた直後、十代の足元が突然蟻地獄のようになり十代は砂に飲み込まれていく。 「いかん! ロープを……」 「マッハキャリバー!」 『Wing Road』 オブライエンが命綱を用意して飛び込むよりも速く、 スバルが魔力で作った道を十代のところまで伸ばし引き上げる。 「大丈夫!?」 「あ、ああ……すっげぇ」 「トラップ発動、マジックジャマー!」 その声が聞こえた瞬間、スバルは自分の直感を信じ十代を蟻地獄の外まで投げ飛ばす。 そして次の瞬間――ウイングロードは消えスバルが蟻地獄へと落とされた。 「スバル!?」 「今のは、マジックジャマー、魔法を一つ打ち消す罠だ!」 ヨハンの説明になのは達は顔を青くする。 まさか問答無用で魔法を打ち消すなどと、理不尽なカードがあるとは思わなかった、 もしもそんなカードが何枚もあるのだったら自分達にとっては致命的だ。 「アモン、このロープを頼む!」 「あ、ああ……」 オブライエンが自分の腰に巻きつけたロープをアモンに渡し飛び降りる。 砂に埋もれていくスバルを捕まえるが、蟻地獄の中心の砂が盛り上がり、一人――一匹と言うべきだろうか?――のモンスターが現れる。 ―岩の精霊 タイタン― 攻撃力1700 防御力1000 効果モンスター 「我が聖なる砂漠に入りし邪なる者達よ、岩の精霊 タイタンの名に置いて成敗する!」 「あれは、デュエルディスク!?」 タイタンの左腕に装着されている機械、十代達のものとは形状が違うが、それは間違いなくデュエルディスクだった。 そのディスクを見て、ヨハンは自分のディスクを作動させる。 「ヨハン!? ここは俺が……」 「いや、みんなはオブライエンとスバルを頼む!」 十代を制しヨハンは皆と少し離れた場所でタイタンと向き合う。 「異世界の者よ、貴様が相手か」 「ああ! いくぜ、デュエル!」 ―タイタン LP4000― ―ヨハン LP4000― 「私のターン、サンド・ドゥードゥルバグを召喚!」 タイタンがディスクにカードをセットすると、蟻地獄の中心に蠍とも蟻地獄ともとれないモンスターが現れる。 ―サンド・ドゥードゥルバグ― 攻撃力1200 防御力800 効果モンスター なのは達は初めて見るが、これがデュエルモンスターズの基本の流れなのだ。 ヨハンがデュエルをしている間にスバル達を引っ張りあげようとはするのだが、蟻地獄に囚われ中々上手くいかない、 飛行魔法で助けに行くことも考えたが、またあの罠カードを使われたら重量が一人分増えるだけである。 「スバル、ウイングロードは!? 例え消されても一瞬だけでも出せればあんたならこっちまで跳べるでしょ!」 「ダメ、さっき消された時から魔力が結合してくれない!」 ティアナが苦し紛れに考えた策もあっさりと却下される、 それを見ながらヨハンは決着を急ごうとカードを引く。 「俺のターン! アメジスト・キャットを召喚!」 美しい毛並の豹のようなモンスターが召喚される。 ―宝玉獣アメジスト・キャット― 攻撃力1200 防御力400 効果モンスター 「頼むぞ、アメジスト・キャット!」 「任せといて!」 「アメジスト・ネイル!」 アメジスト・キャットがタイタンの召喚したモンスターへ飛び掛るが、 その相手が砂の中に潜ってしまい振りかざした爪は空を斬る。 「何!? 宝玉獣の攻撃を回避するなんて……!」 「やはりこの世界でもデュエルモンスターズの基本は成り立っている。 あのモンスターはフィールドが砂漠の時、1ターンに一度だけ攻撃をかわすことができるんだ」 アモンの冷静な考察に、ジムはある事を思い出し表情を強張らせる。 「おい、そうなるとこの蟻地獄は……!」 「メサイアの蟻地獄だとしたら、レベル3以下のモンスターは召喚されたターンの終了時に破壊される……!」 「そんな、ヨハン!」 「くっ、アメジスト・キャット!」 その危惧は当たり、アメジスト・キャットはどんどん砂の中へと沈み込んでいき、倒される。 アメジスト・キャットの効果によってその宝石がヨハンの横に現れるが―― 「まずい! ヨハンの場はがら空きだ!」 「ふはは! サンド・ドゥードゥルバグで攻撃!」 相手モンスターの直接攻撃に備えてヨハンは身を堅くする。 しかしいつまで経っても攻撃が来ることは無く、顔を上げ…… 「スバル!」 「何だと!?」 サンド・ドゥードゥルバグはヨハンではなく、スバルの足にその強靭なアゴで噛み付いていた。 スバルは痛みを必死で堪え振り払うが、すぐ側のオブライエンはヴァーチャル映像による痛みとは比べ物にならない、 本物の傷みというものがスバルを襲っている事に気づいた。 実際にスバルが傷ついていてもなのはは動けなかった、いつの間にかタイタンの場に伏せられている一枚のカード、 デュエルについてはよく知らないなのはだったが、あのカードから受ける感覚、それは先ほどスバルのウイングロードを消したのと同じものだ。 ――恐らくあれも魔法を解除する罠……間違いなく、敵は私達の存在を知って対策を取っている! 「貴様! 何故俺を狙わない!?」 「何を言っている? 確実に仕留められる獲物からやっているだけだ。 これは貴様らのやっていた児戯等とは違うことがまだ理解できんか!?」 「児戯だと……!」 今まで自分達が真剣に向き合ってきたデュエルを馬鹿にされヨハンの頭に血が上る、 それは彼の思考を短絡化させ、戦略を安直な物へと劣化させていってしまう。 「砂漠では確かに宝玉獣の方が圧倒的に不利、ならば空から攻撃だ! コバルト・イーグルを召喚!」 「よっしゃ、久々ー! やってやるぜ!」 ヨハンの場に新たな宝玉獣が現れる。 ―宝玉獣コバルト・イーグル― 攻撃力1400 防御力800 効果モンスター 先ほどのスバルへの攻撃で、これは普通のデュエルでは無いことがわかった。 ――ならば、こういう事も! 「行け! コバルト・ウイング!」 「おっしゃぁ!」 通常のデュエルではまたモンスター効果で攻撃を無効化されるだけだろう、 だが、アメジスト・キャットよりも遥かにスピードのある攻撃で潜る前に捕えられれば―― 「砂漠の守りを甘く見るな!」 「何!?」 突如コバルト・イーグルの真下から砂が吹き上がり、コバルト・イーグルを空高く吹っ飛ばす、 これは完全にヨハンのミスだ、普段の彼ならばこんなミスはしなかっただろうが、先ほどの挑発にまんまと乗せられてしまった。 「ふっ、貴様の場はまたがら空きだな!」 「しまった!」 コバルト・イーグルはまだ体勢を立て直せていない、 これが普通のデュエルならば場にモンスターがいる以上プレイヤーへは攻撃できないだろうが、あいにくこのデュエルは普通じゃない。 「行け! サンド・ドゥードゥルバグ!」 「うわああああ!!」 先ほどとは逆の足に噛み付かれ、スバルは今度こそ悲鳴を上げる。 このままでは自分を掴んでいるオブライエンも危険だ、何度も「自分の事はいい」と言おうと思ったが、 それでは意味がない、自分がいなくなれば今度はヨハンが直接狙われるだけなのだ。 だが、冷静さを欠いたヨハンでは1ターンに一度攻撃を回避するあのモンスターへの有効策は思いつくのに時間がかかるかもしれない。 ――1ターン……? 一度だけ…… そこでスバルはある対抗策を思いつく、うまくいくかどうかわからない、自分の相棒、そして憧れの人物がこちらの狙いに気づいてくれなければ―― ――いや、絶対に気づいてくれる! スバルの心に、この二人に対する疑いなど欠片もない。思うが早いか、スバルは声を上げる。 「ティア! クロスシフトD!」 「なっ!? 何言ってるのよスバル! こんな状況で……それに、魔法は消されちゃう!」 「――っ!? ティアナ、スバルの言う通りにして、ヨハン君! お願い、スバルに翼を!」 スバルとなのは、二人の言葉にタイタンを含む全員が困惑する、 しかしヨハンはいち早くその意味に気づき、カードを引き当てる。 「サファイヤ・ペガサス、召喚! サファイヤ・トルネード!」 「ちぃ、無駄だ! サンド・ドゥードゥルバグにはどんな攻撃も効かぬ!」 タイタンの言葉通り、サファイヤ・ペガサスの放った竜巻もかわされてしまう、 だが、ヨハンは不適に笑いかける。 「確かに宝玉獣の攻撃でさえもそいつには効かない、だが、それは1ターンに一度だけだ!」 「何を言うかと思えば、コバルト・イーグルはまだ攻撃できる状態ではな――!?」 「そう、デュエルに関わらなくても攻撃できる人はいる……あなた自身がスバルを攻撃したことで教えてくれた!」 なのはがサンド・ドゥードゥルバグへと狙いをつける、 タイタンはその姿に慌てて場のカードを発動させた、それが狙いだとも気づかずに。 「ディバイーン、バスター!」 「罠カード! マジックドレイン!」 発動された罠によってなのはの魔法はかき消され、タイタンは冷や汗を拭う、 だが、直後に聞こえた声によってその表情は凍り付いてしまう。 「クロスファイア……シュート!」 「しまった! 罠が間に合わん!?」 「うおおおぉぉぉぉ! クロスファイア……バスター!」 タイタンが対抗策を思案する間も与えず、 オブライエンに頼んで投げ飛ばしてもらったスバルは、サンド・ドゥードゥルバグに魔力球を叩き付けて破壊する。 「ぐぅぅぅ!!」 ―タイタン LP3400― 「タイタンのライフが減った!?」 「まさか、ガール達のマジックにも攻撃力があるのか!?」 「くっ! だが、そのまま砂に埋もれることは避けられまい!」 この時にタイタンの犯したミスは二つ。 一つはなのは達への牽制は一回で十分だとトラップカードを一枚しか伏せておかなかったこと。 そしてもう一つは、本来のデュエル相手であったヨハンを軽視しすぎたことだ。 「サファイヤ・ペガサス!」 「お嬢さん、大丈夫か?」 「うわぁ! ありがと、このまま行こう!」 「おう!」 スバルが砂に叩き付けられる直前、スバルはサファイヤ・ペガサスの背に乗せられ助け出される。 そのまま驚愕しているタイタン目掛け、体勢を立て直したコバルト・イーグルと共に攻撃をしかける! 「ディバイーン……トルネード!」 「コバルト・ウイング!」 「ぐわあああああああ!!」 ―タイタン LP0000― 「やったぜ、ヨハン!」 タイタンは倒れ、蟻地獄も消えていく。 ヨハンの下へみんなが駆け寄り、デスベルトが作動しヨハンは顔を歪める。 「ヨハン、大丈夫か?」 「ああ、俺は平気さ、それよりすまない。俺のせいで余計な怪我をさせちまった」 「ううん、全然平気だよ、丈夫さだけが取り得だから!」 謝るヨハンに、ペガサスに乗ったままのスバルは笑いながら返す。 その様子を見ていたなのはは、妙な事に気づいた。 「スバル……傷は?」 『え?』 全員がスバルの足を見る。 そこにはモンスターに噛み付かれた痛々しい傷跡が―― 「……ない」 「スバル、立てる?」 「えっと……うん、平気、歩けるし全然痛くないし……あ、ちょっと離れてて、ウイングロード!」 困惑しながら、試しに先ほど発動できなかった魔力の道を生み出そうとすると、あっさりと作り出される。 「これって、どういうことなんだ?」 「デュエルの最中に受けたものは、デュエルの時にしか残らない、って事なのかも……」 「そうか、ライフポイントもデュエルごとにリセットされる、そう考えれば納得できる」 多少無理矢理なところがあるが、そうと考えるしかない。 十代達はそう結論付けて潜水艦へと足を進めるのだった。 続く 十代「くっそぉ! 潜水艦の中でまで襲ってくるなんて! 急がないとレイがやばいってのに!」 なのは「落ち着いて十代君、出口を塞がれたなら、別の場所に作ればいい!」 次回 リリカル遊戯王GX 第四話 潜水艦の罠! 打ち破れディバインバスター! 十代「すっげぇけど、怖ぇ……」 なのは「……何か言ったかな?」 十代「今回の最強カードはこれ!」 ―ペガサスに乗った魔法拳士― 攻撃力2400 防御力2000 融合カード 「スターズ3 スバル・ナカジマ」+「宝石獣サファイヤ・ペガサス」 守備モンスターを攻撃した時そのモンスターを破壊する(ダメージ計算は行う) 守備モンスターの守備力より攻撃力が勝っていた場合、その分だけダメージを与える なのは「スバルに翼を与えてくれた、ヨハン君に感謝しないとだね」 十代「それじゃ、次回もよろしくな!」 前へ 目次へ 次へ
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此処は首都グラナガンから少し離れた地区、辺りには廃墟ビルが立ち並び その上には高速道路が牽かれ、其処ではスバルとノーヴェが戦闘を行っており、 後方ではギンガが二人の戦いを腕を組みながら見守っていた。 リリカルプロファイル 第三十一話 軛 戦況は白熱しておりノーヴェの左ハイキックをスバルは右手で受け止め、 左足でノーヴェの右足を蹴ると体勢を崩しノーヴェは仰向けの状態で倒れ 其処に間髪入れずスバルは右拳を振り下ろすが、ノーヴェはバク転のような 弧を描いて起きあがる動きを用いて、右のつま先でスバルの顎を狙う。 しかしスバルは頭を左に振り、かすめる程度で終わらせるとスバルの右拳は地面に突き刺さり 体勢を立て直したノーヴェは右腕を向け光弾を連射、スバルは右手をかざしプロテクションにて攻撃を受け止める。 するとノーヴェは徐々に距離を詰めていき、薙ぎ倒すかのような水面蹴りを放つ …がスバルは飛び跳ねて回避、更にウィングロードにて空を滑走しノーヴェも負けじとエアライナーでスバルの後を追った。 スバルは後ろから追いかけてくるノーヴェに対し目線だけ向けると、 前方に大きく上へと弧を描いたウィングロードを作り出し滑走、後ろを取ろうとした、 …がノーヴェはエアライナーを右へ弧を描くように伸ばしそのまま滑走 そして弧を描いた先にある直線部分のウィングロードへエアライナーを交差させて、そこを目標に右拳を握り始めていた。 だがスバルは直線部分のウィングロードを捻らせて逆さまになって滑走 ノーヴェの攻撃を回避すると、更に右斜め上へと弧を描くように伸ばして滑走 ひねり込むようにしてノーヴェの下へ向かい攻撃を仕掛けるが ノーヴェは加速して更にエアライナーを上に向けて弧を描き滑走、スバルの攻撃を強引に回避した。 「くぅ!やるなぁ!」 スバルは一つ舌打ちを鳴らしながら後ろに気配を感じ振り向くとノーヴェが追いかけてきており、 右腕をかざして光弾を撃ち出そうと構えていた。 するとスバルはついて来いとばかりに急上昇、更に鍔を返すように急下降して、廃ビルの群の中へと突撃 ゴミを撒き散らしながらビルの裏路地を走り、カーブ部分ではウィングロードの面を斜めにして縫うように滑走、 そのまま大通りを抜けてウィングロードを上空へ向かうように伸ばし一気に上昇 ノーヴェも後に続くと、スバルは大きく弧を描き、ノーヴェは逆さまになってスバルとは逆方向に弧を描くと ウィングロードとエアライナーの先端がぶつかり合い、ノーヴェは右拳を構え振り抜くが、スバルは右手で受け止める。 しかしノーヴェは左ハイキックをこめかみに向け蹴り上げるが、スバルは腰を落とし頭を下げてて回避 そしてマッハキャリバーを用いて逆時計回りでスピンしながら左裏拳をノーヴェの腹部を打ち抜こうとした。 ところがノーヴェは左ハイキックの態勢から右足を逆時計回りにスピンさせて、左回し蹴りに切り替えてスバルの裏拳を受け止める。 互いの一撃は互角であったが、ノーヴェは踵に取り付けられているジェットエッジのブーストを点火し、 噴射の力を利用してスバルを高速道路に向けて吹き飛ばすがスバルは途中で態勢を立て直し着地、構え始める。 スバルの反応にいらつきを見せているノーヴェは高速道路に降りると、 その足でスバルに向かい左拳を振り下ろし、更に振り上げるストームトゥースを打ち抜くのだが スバルはスウェイバックを用いてノーヴェの攻撃を回避しつつ右腕のスピナーが回転、リボルバーショットを撃ち抜く するとノーヴェは右腕を盾にしてリボルバーショットを防ぎ分散させると、お返しとばかりに光弾を連射する ノーヴェの攻撃に対しスバルは右にウィングロードを伸ばし回避しつつノーヴェの頭上でウィングロードを途切れさせ 飛び降りる形で右足によるかかと落としを狙うがノーヴェは左に回避お返しとばかりに右のミドルキックを決めようとする だがスバルはウィングロードにてノーヴェの蹴りを防ぎ 更にウィングロードはスバルを中心に半月を描くと、そのままスバルは右足を乗せる そして左足の右回転と右足を加速させた高速スピンによる回し蹴りがノーヴェのこめかみに突き刺さり ノーヴェはそのまま吹き飛ばされ対面の高速道路の壁に激突した。 そしてスバルの目の前で土煙が舞う中でノーヴェがゆらりと起き上がりスバルを睨みつける。 スバルの実力はノーヴェが考えていた以上に向上していた。 しかも地上本部壊滅の際に起動させた戦闘機人の能力を使わずにである。 更にいえばエアライナー、いやウィングロードの使い方が今までとは全く異なっている。 何故此処まで強くなっているのかは分からないが、どちらにしろ此処で負ける訳にはいかない、 そう考え腹を決めるノーヴェ、一方でスバルもノーヴェの動きに対して考えていた。 ノーヴェの動きはギンガの動きを模倣した印象を受けていた。 恐らくギンガとの模擬戦によってノーヴェが参考したのであろう。 しかしギンガ程の鋭さは無く荒削りなところも多い、 しかし…打撃を主としたシューティングアーツを蹴撃に変えてある発想は驚くものがある。 それでも此方は本家、更には創始者との実戦も行っている…負けるハズがない そんな事を考えているとノーヴェのジェットエッジから一対の黄色いエネルギー翼が展開される。 その姿はまるでA.C.Sドライバーを彷彿しており流石にスバルも驚きの様子を隠せないでいた。 「A.C.S!ドライブイグニッション!!」 ノーヴェは一気加速してスバルに迫ると右ハイキックにてスバルのこめかみを蹴り抜き吹き飛ばす だがスバルは高速道路の壁に激突する前に止まりノーヴェを睨みつけるが既に姿は無く 目の前に姿を現すと右回し蹴りにて今度は脇腹を蹴り抜き、またもや吹き飛ばされる。 だがノーヴェは追撃とばかりにスバルを追いつき右の踵落としの体勢を取っていると スバルのマッハキャリバーから一対の魔力翼A.C.Sドライバーを起動させて 左足を軸に腰をひねり右拳をノーヴェの鳩尾に叩き込むとそれと同時にノーヴェの踵落としが左肩に入る。 しかしスバルは気にすることなくA.C.Sドライバーを起動させて一気に加速、そのままの体勢で高速道路の壁に叩き付けた。 そしてスバルは距離をあけると、飛び出す形でノーヴェが現れ右のミドルキックでスバルの腹部を狙うがプロテクションにて止められる。 しかしノーヴェはジェットエッジのブーストを点火させて威力を高めプロテクションを打ち砕くが スバルはA.C.Sドライバーを用いて後方へ回避 ノーヴェは追いかける形でA.C.Sを起動させるが、スバルは鍔を返すように突進、 右腕のスピナーが回転し始めるとノーヴェもまた左足のスピナーを回転させる 「ブレイクギアァ!!」 「リボルバーキャノン!!」 互いに気合いを込めた一撃をスバルは右側に広げたプロテクションで、ノーヴェは右腕のガンナックルを盾にして受け止めた。 するとノーヴェはブーストを点火させて一気にプロテクションを破壊、スバルの頭部にノーヴェの一撃が迫る中、 スバルはガンナックルを破壊、ノーヴェの懐に素早く入り込みノーヴェの一撃から間一髪逃れると 左拳を開き手の平の中で増幅・加速させた魔力球をノーヴェの腹部に押し込め、更に突き上げるかのように持ち上げる。 「一撃必倒!!ディバインバスタァァァァ!!!」 左手から繰り出されたディバインバスターはノーヴェの体を持ち上げ更に高々と上っていき背後にある廃ビルに激突、 ノーヴェは壁にめり込む形で意識を失うと、スバルはギンガの立つ場所に目を向ける。 ギンガは一部始終残さず見ており、組んでいた手を解くと左手を伸ばし手招く、 それを見たスバルは気合いを入れ替えるように目を鋭くさせて、ギンガが待つ場所へ足を運んだ。 一方でティアナはウェンディとディエチの相手をしていた。 ウェンディはライディングボードの面に対消滅バリアを張り滑走、そのままティアナに迫るが ティアナは左に飛び跳ねるように回避、そしてウェンディ目掛けて右のクロスミラージュから魔力弾を撃ち鳴らすが ウェンディは乗ったままライディングボードを傾けそのまま魔力弾を防ぎ難を逃れる。 一方でディエチは廃ビルの屋上に位置を陣取り、イノーメスカノンにてティアナを狙撃しようとしていた。 しかしティアナに隙が無く、此方の位置を把握した上でウェンディと対戦しているようである。 それを証拠に先程イノーメスカノンから誘導性を持つエネルギー弾を大回りで撃ち込んだところ、 ティアナの左のクロスミラージュから魔力弾を撃ち抜き相殺させたのだ。 そして今もウェンディと交戦しながら此方に警戒している、むしろ隙あらば狙ってきそうな気配がある。 だがウェンディには援護は必要不可欠、何故ならウェンディが追加された能力は突撃による接近戦が主 此方が相手の動きを牽制する事で、発揮する能力である。 …それにウェンディは細かい誘導などが性格的に苦手で猪突猛進バカである。 まぁ、そこが可愛さなのではあるが今は相手が悪い、現にウェンディの突進は軽々と避けられ、 エリアルショットとフローターマインは相殺、エリアルキャノンも簡単に避けられ更には反撃を食らっているという状況なのである。 「だぁぁぁ!強えぇぇぇッス!!」 ウェンディは髪を掻き揚げながら文句を叫び、その行動に言いようの無い目で見つめるティアナ。 …今までで一番やりづらい…しかし後方にいる戦闘機人の事もある、 きっとあの行動は此方の油断を誘う為の罠なのではないだろうか? となれば隙を見せる訳にはいかない、そんなことを考え気を引き締めている中で 当のウェンディはエリアルキャノンを発射、ティアナは高々と飛び跳ねて回避すると 高速道路の壁に足をかけて飛び降り、それを見て後を追うウェンディ。 そして高速道路の壁に足をかけてウェンディは下を見ると、左のアンカーショットを廃ビルの壁に撃ち込み 右のクロスミラージュで窓を撃ち割り、弧を描きながら廃ビルの中に入り込もうとしていた。 それを見たウェンディは「させないッス」とばかりにエリアルショットを撃ち込むが ティアナは相殺しながら廃ビルの中に身を隠す。 「くっそぉ!!後を追うッス!!」 「待って」 ライディングボードに足を掛けて飛び乗ろうとした瞬間ディエチが止めに入り、 妙案があると言ってディエチはイノーメスカノンのエネルギーをチャージを始める。 そして誘導と反応炸裂の特性を添加させるとチャージを完了させた。 「行け!」 イノーメスカノンから撃ち出されたエネルギー砲はティアナが侵入した窓へと向かい入り込むと 反応炸裂効果により廃ビルのフロア全体を爆発、 暫くして被爆した廃ビルの路地裏からティアナが逃げるように姿を現し、 それを目撃したウェンディはライディングボードに乗りティアナに迫る。 「オレンジ頭!覚悟しろッス!!」 ウェンディとティアナの距離がどんどんと狭まり、真後ろ付近まで近づくと対消滅バリアを盾前方に集め刃に変えて一気に突撃する。 するとティアナは陽炎のように姿を消し、思わぬ反応に目を大きく開き困惑するウェンディ。 そして今までの戦闘を遠くで目撃していたディエチは思わぬ結果にティアナを捜そうと立ち上がった瞬間、 首の根っこ…つまりは延髄のところに堅くて冷たい物を感じ動きを止める。 するとディエチの後ろからティアナがゆっくりと姿を現し始める。 ティアナは廃ビルに潜り込んだ後、一階に降りてフェイクシルエットで自分の分身を作り出し 更に自身をオプティックハイドで包み込み身を隠すと、廃ビルに衝撃が走り それを合図に分身を走らせて、更に自分はディエチのいる廃ビルに向かいアンカーショットで屋上まで上り ゆっくりとディエチの背後に近づき左のクロスミラージュを向けたという事である。 「これで終わりね、あなたを逮捕する!」 「ディエチ姉!!」 「動かないで!!」 ウェンディが上空からディエチを助けようと迫っていると ティアナは右のクロスミラージュを向け制止を促し目を向ける。 その時、ディエチはティアナの目線がウェンディに変わったことを察し 頭を下げ腰を下ろし低姿勢をとりながら左に高速回転、そして右足でティアナを蹴り飛ばし 腰に添えてあったスコーピオンに手を伸ばし撃ち抜く。 しかし全てとっさの動きであった為に命中率低く、ティアナの足下を撃ち抜のみであったが威嚇としては十分であった。、 その為ティアナは危機感を感じ、屋上から飛び降りて先程と同様に アンカーショットと魔力弾を用いて足場であった廃ビルの中へと飛び込んだ。 ティアナを逃がしたディエチであったが、すぐさまウェンディを呼びつけ 自分を乗せてティアナを追うように指示すると、ウェンディは頷きライディングボードを駆りティアナの後を追う。 その時ウェンディの後ろに乗っているディエチは考え事をしていた。 …あの女は姿を消したり自身の分身などの幻術を多様に使用する。 此処で逃がせばまた幻術を使われ動きが把握出来なくなってしまう。 そんな事を考えているとライディングボードの動きが急に止まり ディエチはウェンディの背中に額をぶつけ、手で額を撫でながらウェンディに問い掛ける。 「どうしたの?急に止まって」 「ディエチ姉…アレ……」 ウェンディは驚いた様子で目先を指で指すとその方向をじっと見つめるディエチ、 二人の目の前には多数のティアナが二丁のクロスミラージュを向けて佇んでいた。 「うっうわあああ!!撃ってきたッス!!!」 「落ち着きなさい!ウェンディ!!」 ティアナのシューティングシルエットから無数の魔力弾が襲い掛かり、ウェンディはライディングボードを横に傾け盾にして攻撃を防ぐが ウェンディは慌てふためいており、ディエチはウェンディを窘めるように叱りつける。 恐らくアレは幻術の類、故にウェンディの目に搭載されている索敵センサー 特に赤外線センサーを用いて調べるように指示、早速ウェンディはディエチの指示通り赤外線センサーに切り替え盾の向こう側を調べる。 そしてシューティングシルエットの中に移動する物体を発見し、ウェンディはディエチに伝える。 「ディエチ姉!此処から二時の方向に発見ッス!」 「分かった」 ディエチは一言で答えると盾にしているライディングボードからスコーピオンだけを覗かせ、実弾を連射させる。 スコーピオンからは勢い良く薬莢が排出されていき、その一つがウェンディの頭を直撃したらしく熱さと痛さに頭を押さえていた。 一方でティアナはスコーピオンから発射された実弾を回避、 または左のクロスミラージュで撃ち落としながら近くにあった剥き出しの柱を盾にして隠れ込む。 そして使い切った右のカートリッジバレルを取り出し新しいのに入れ替え、ロードしながら左のクロスミラージュで牽制を促す。 その行動の最中、ティアナは二人の行動を分析していた、 濃いピンク髪の方はスバルと同じ猪突猛進型で考えるより行動なタイプ、自分にとっては楽な相手である、 だがもう一人の茶色の髪方は冷静沈着で頭の回転も早い、故にピンク髪の暴走を止める事が出来るようである。 「さて…どうしようか?」 左のクロスミラージュを撃ち終わりティアナ一言呟くと素早く柱に隠れ 空になった左のカートリッジバレルを排出、新しいのに入れ替えロード 足下に魔法陣を広げてクロスファイアの体勢に入ろうとした瞬間 左右から大きく弧を描いてエネルギー弾が迫ってきており、ティアナはクロスファイアを中断 すぐさま両銃を向けてエネルギー弾を相殺、その場から避難すると今まで存在していたライディングボードが無いことに気が付く。 するとティアナの後方からウェンディがライディングボードに乗って姿を現し ライディングボードの先端部分には対消滅バリアがまるで両刃のように形取ってティアナに迫る。 しかしティアナはすぐさま転がるようにして回避すると、ウェンディはライディングボードから降りて手に持ちそのまま振り抜いた。 「とぉぉぉりゃあああッス!!!」 ウェンディは気合いと共に次々に振り払い、柱を切り裂き、壁を砕き、床を貫き、ティアナを窓まで追いつめると、 覚悟とばかりにライディングボードに乗りティアナに迫る。 だがティアナはクロスミラージュをダガーモードに変えて目の前で交差、 ウェンディの突進を受け止めようとするが、抑えきる事が出来ず窓を突き破り外へと飛び出す。 …このままでは地面に激突する、其処でティアナはダガーモードを解除、 アンカーショットを壁に撃ち抜き登り始め、開いている窓へ飛び込もうとした。 しかしその先にはディエチがスコーピオンを構えていた、彼女の後ろには大きな穴が空いており、 どうやらウェンディを囮にして先に上へと移動、指示を促しながら此処へ誘導されていたようである。 「くっ!!」 「遅い!!」 ティアナは右のクロスミラージュをディエチに向けるが、既にスコーピオンを向けていたディエチには叶わず流石に覚悟を決める。 しかし次の瞬間、ディエチの後方から無数の魔力の矢が襲い掛かり ディエチの身を掠め、両肩・腿・腕を貫き、前のめりで倒れると背中には多数の矢が突き刺さっていた。 そしてディエチを貫いた矢はティアナにも襲いかかり、魔力弾を撃ち鳴らし次々と相殺していった。 そしてディエチの後方には一つの影が佇んでいた、エインフェリアの一体リディアである。 「一石二鳥……とはいかなかったか」 「ディエチ姉!!」 リディアは残念そうな表情を浮かべる中、ライディングボードを駆りディエチの下へ急ぐ そしてウェンディはディエチの姿に慌てふためいていると、其処にティアナが現れディエチの様態を調べる。 ディエチの様態は思わしくないが、どうやら急所だけは免れた様子であった。 その内容にウェンディはほっと胸をなで下ろしリディアは舌打ちを鳴らす、 その音を耳にしたウェンディはゆっくりと立ち上がり怒りの眼差しで睨みつけていると ティアナも立ち上がりリディアにクロスミラージュを向け始める。 「手伝ってくれるんッスか?」 「あなた一人じゃ勝てないでしょうから」 それに利害も一致している為、一時休戦が妥当であるとティアナが提案すると ウェンディは腕を組み考えるポーズをとりながらも直ぐに二つ返事で答え 余りにもの判断の素早さに苦笑いを浮かべるティアナ。 先程まで命のやりとりをしていた相手の提案を素直に受け取る、 何も考えず答えたのか、それとも利用出来ると踏んだからなのか…どちらにせよ戦力としては十分な相手である。 「宜しくッス!え~っと……」 「ティアナよ」 ティアナは名乗るとウェンディも自分の名を名乗って左拳を作り、ティアナは右手にクロスミラージュを持ちながら 軽く拳を合わせ挨拶を交わすと目の前にいるリディアと対峙するのであった。 場所は変わり東地区パークロード、地雷王によって破壊された施設上空ではエリオがガリューの相手をしており、 デューゼンフォルムを起動させて飛び回りつつ攻撃を仕掛けていた。 しかしエリオの攻撃は直線的でガリューのような単独で飛行できる相手では分が悪い、 それでもエリオは破壊された施設を足場にしてUターンを行ったり、バーニアの逆噴射を利用したりと奮闘していた。 一方でキャロはフリードリヒに乗りルーテシアと戦闘を行っていた。 ルーテシアはクールダンセルを唱えると目の前に氷人形が現れ、キャロに襲い掛かるが キャロはフリードリヒにブラストレイを指示、巨大な火球がクールダンセルを溶かし ルーテシアに迫るが、左手を払い衝撃波を放ちブラストレイを相殺、 更に右手からファイアランスを放つとキャロは手の甲の魔力の翼から魔力弾シューティングレイを撃ち抜き相殺させた。 そんな攻防戦を繰り広げている中でキャロはルーテシアの説得に努めていた。 「どうして!どうしてこんな事をするの!!」 「博士の命令だから」 「命令だからって……命令なら人を殺してもいいの!?」 キャロの言葉にルーテシアは小さく頷く、今まで自分はそういう風に生きてきた、 それに自分には目的がある、それを叶える為には博士やドクターの協力が不可欠 博士達も自分の力を必要としている、お互いが利用し合う事で協力体制を保っていると語る。 キャロは困惑していた、人殺しをしても叶えたい目的とは一体… 興味本位…一言で言えばこれに尽きるが、それでも罪を背負ってでも叶えたい目的とは何か キャロは恐る恐るルーテシアに問い掛けてみる事にした。 「アナタの…それ程まで叶えたい目的ってなに?」 「………………お母さんの病気を治す為……」 ルーテシアは一言答えるとしばらく沈黙し、意を決した様に言葉を口にし始める。 母は重い病気を患っており、治すにはレリックが必要不可欠であると 母を救う事が出来れば一緒に暮らす事が出来る、 だから…その為であれば、たとえ自分の手を血に染めても構わない ルーテシアは凛とした表情でキャロ達を見つめ説明を終えると、 ガリューと戦闘を行いながらルーテシアの話を聞いていたエリオが叫ぶように応える。 「そんなのは間違っている!そんな事で救えても君のお母さんは喜ぶハズが無いよ!!」 それにあの男…レザードやスカリエッティが言った言葉が本当である保証は無い それに治療法はそれ一つではないハズ、きっと他の治療法があるハズだ だからこの場を納めて欲しい、これ以上母の為にと罪を重ねて欲しく無い… エリオの悲痛な願いが込められた言葉には偽りの色は無く、本気でそう考えている事がルーテシアに伝わる中で、 エリオの説得に呼応するかのようにキャロが説得を促す。 「私達が!アナタのお母さんの治療法を見つけるから!!」 その言葉にルーテシアは動きを止め俯くと小刻みに震え始める。 ルーテシアの変化に自分達の想いが伝わったと考えたキャロはフリードリヒに命じルーテシアに近づき、 右手をルーテシアの肩に伸ばし優しく触れるとルーテシアもまた右手でキャロの手を取る。 …しかし次の瞬間、ルーテシアはキャロの手首を強く握り締め、その痛みに苦痛を浮かべつつキャロは戸惑っていると ルーテシアは顔を上げ怒りに満ちた表情を浮かべていた。 「じゃあ聞くけど…どうやってお母さんを助ける気なの!!」 「そっそれは……」 キャロはルーテシアの質問に答える事が出来ず沈黙すると その反応にルーテシアは怒りを通り越し憎しみに満ちた表情を浮かべフリードリヒから引きずりおろす。 するとフリードリヒはキャロを助けようとルーテシアに襲い掛かるが、 左手からライトニングボルトを撃ち出され呆気なく撃ち落とされる、 その光景にエリオはキャロの元へ向かおうとしたが、ガリューに行く手を阻まれ苦虫を噛む表情を浮かべ キャロは右手を掴まれたまま宙を浮かせられている中で、ルーテシアは吐き捨てるかのように言葉を口にする。 「答えられないの?そうよね…所詮はただのその場任せの言葉だものね!!」 キャロはルーテシアの答えに反論できず沈黙を続ける中で更に話を続ける。 …所詮貴女達は私を哀れんでいるだけ、確かに方法は一つだけじゃ無いかもしれない。 だが他の方法を見つからない事だってある、その時貴女達はどうするつもりなの? レリックはロストロギアである、つまりレリックを用いた治療法は管理局は許さない。 だが博士達はレリックを安全なエネルギー資源に変える事に成功している。 つまり安全なレリックを実現させた今、管理局よりも博士達の方が母を助ける事が出来る可能性が高い。 だから自分は博士達について行く、どれだけ手を血に染めても母が助かる可能性を信じて…… 「そんな易い言葉で……私を惑わすな!!!」 そう言うとルーテシアはキャロを投げ飛ばし、地に向かって落ちていく中、気が付いたフリードリヒがキャロをその身で受け止め、 キャロはフリードリヒに礼を述べつつルーテシアを見上げると ルーテシアは決意ある瞳で見下ろしており、その姿に戸惑いつつも更に説得を続ける。 「だからって自分の我が儘の為に召喚獣をこんな風に操るなんて! 彼等は道具じゃない!彼等だってこんな風に使役されたくないと思っているハズだよ!!」 「……また哀れみ?それに…ガリュー達は自分達の意志で私に使役されている」 ルーテシアの台詞に呼応するように他の場所で戦っているガリューは小さく頷き、それを目撃するエリオ。 しかしガリューの考えはそれだけではなかった、ガリューはルーテシアの母メガーヌの真相を知る存在である。 だがガリューはルーテシアに真相を話す事は無かった、何故ならもし真相を知れば、ルーテシアは逆上しレザードに襲いかかるだろう。 しかしガリューはレザードの実力を鱗片とはいえ知っており、十中八九返り討ちに合う。 それは前のマスターであるメガーヌが望むところでは無い… 故に仇をとる事より生きる事を優先させたのである。 しかしガリューはスカリエッティ、ましてや仇であるレザードの為には動かない。 結果的にあの二人に力を貸す事になっても、自分のマスターはルーテシア只一人である。 その誇りを持ってガリューは行動しているのである。 話は戻り、たとえ犯罪に協力する形であっても決して絆を断ち切られる事は無い そう強くルーテシアは言葉を口にする、しかしそれでもキャロは納得した表情を浮かべる事が出来なかった。 「それでも…私はアナタにこれ以上手を汚して欲しく無いの!!」 「これ以上の問答は…無意味ね」 ルーテシアは呆れた様子を浮かべると右手を下にかざし足元に巨大な召喚魔法陣を広げ キャロもまた足元に巨大な召喚魔法陣を広げ詠唱を始める、そして―――― 「邪竜召喚…ブラッドヴェイン!!」 「龍騎召喚…ヴォルテール!!」 互いに巨大な竜を召喚すると肩に乗り対峙する。 先ずはブラッドヴェインは巨大な炎を吐きヴォルテールを包み込むが、 元々火竜であるヴォルテールには効かずブラッドヴェインの下へと迫る。 其処でブラッドヴェインはヴォルテールに向けてイグニートジャベリンを放つが、 ヴォルテールは平然と受け止めつつブラッドヴェインの懐に入ると、その鋭利な爪でブラッドヴェインの皮膚を切り裂く。 しかしブラッドヴェインはキュアプラムスを唱え傷口を瞬時に治す キュアプラムスとはレザードがいた世界で使われている治癒魔法でその治癒能力は目を見張るものがある。 そして傷を癒やしたブラッドヴェインは左拳でヴォルテールの顔面を強打 更に右のフックに左のアッパーという連打を叩き込み顎を跳ね上げると、勝機とばかりに追い打ちを掛けようとした。 だがヴォルテールは両手を合わせ巨大な拳を作り上げると一気に振り下ろしブラッドヴェインの頭部を強打 ブラッドヴェインの癖である優勢の場合に起こる油断をつかれた為、なす統べ無く大地に叩き付けられた。 そしてヴォルテールを見上げる形でブラッドヴェインは位置に立つとルーテシアはグラビディブレスを指示、 ルーテシアの行動を見たキャロはグラビディブレスに対抗する為、ヴォルテールにギオ・エルガを指示する。 ブラッドヴェインは詠唱を始め目の前に黒い球体を生み出し、ヴォルテールもまた地上の魔力が集まり 目の前で強力な炎が集まっていく、そして準備が整うと互いに手を向けて発動させた。 「グラビディブレス!!」 「ギオ・エルガ!!」 両者の広域攻撃魔法は放たれ両陣営の中心でぶつかり合い、広範囲に渡って炎と雷が混じった衝撃波が辺りを吹き飛ばす。 その中でブラッドヴェインはヴォルテールの懐に飛び込むと右拳でヴォルテールの左頬を殴りつける。 だがヴォルテールは怯むことなく左アッパーでブラッドヴェインの鳩尾辺りを殴りつけ、 ブラッドヴェインは体を九の字に折るが、臆すること無くヴォルテールの左の二の腕に噛みつき肉を引き千切る。 左の二の腕から大量に出血する中で、ブラッドヴェインは素早く弧を描く様に回転、巨大な尻尾でヴォルテールの腹部を強打した。 ブラッドヴェインの攻撃は重く九の字のまま吹き飛ばされるヴォルテールに、追い打ちとばかりに迫り右拳を振り下ろし 更に右拳を押し込み、その巨体を大地に突き刺し、巨大なクレーターを生み出すと ブラッドヴェインは飛び立ちキュアプラムスで傷を治しつつプリズミックミサイルを撃ち込んだ。 だがヴォルテールはゆっくりと立ち上がりブラッドヴェインを睨みつけようとしたが体が言う事を聞かず膝を付き 更に体全体も重く体力が削られていくのを感じていた。 どうやら先程受けたプリズミックミサイルによって麻痺と毒を貰ったようである。 其処でヴォルテールの苦しみを取り除こうとキャロは治癒魔法を掛けている中で、未だにルーテシアの事を諦めきれずにいた。 だがルーテシアには強い決意と意志がある、自分達では説得出来ない、 このまま戦うしかないのか…そんな矢先、周囲に大きな声が響き渡る。 「ルゥゥルゥゥゥゥゥッ!!!」 「……メル……姉?」 ルーテシアは声が響いた方向へ目を向けると其処には黄緑色の長い髪に 左手には金の腕輪、右手にはユニコーンズホーンを携えた人物メルティーナが佇んでいた。 メルティーナは地上部隊の援護を行う為に本局から派遣されたのだが キャロとルーテシアの会話を聞き、その話の内容に怒りと言うより呆れ果て、 ルーテシアを叱りつける為、そして真相を話す為に此処へ赴いたのである。 「メル姉―――」 「ルールー!この大バカ!!」 メルティーナの怒りにルーテシアは身を竦めると呆れたようにメルティーナは真相を話し始める。 先ずメガーヌは病気などになっていない、メガーヌはレザードの手によって魂を抜かれた状態であると、 次にレリックであるが、レリック自体は高エネルギー結晶体、 たとえ安全なエネルギー資源になったとしても傷はともかく病気を治す確証など無いと 最後にメガーヌを助け出す方法であるが、既に実行していると告げる。 メルティーナの同期にアリューゼと呼ばれる人物がおり、彼は常にゼストとメガーヌの魂を御守りとして身につけているという。 その彼は今ゆりかご内に潜入していている、目的はゼストに会う事であるがそれだけではない。 五年前のゼストの行動とその際にルーテシアが念話で告げた言葉、そしてレザードとスカリエッティへの協力、 それらを統合すればゆりかご内にはメガーヌの肉体が存在しているという考えに至る。 そしてアリューゼならメガーヌを助ける事が出来る、寧ろ助けだそうとするだろうとルーテシアに力強く告げた。 「つまり!ルールーは騙されていたのよ!!」 メルティーナはルーテシアに杖を向け断言するとルーテシアは俯き頭を押さえ 必死に何度も横に振りメルティーナの言葉の前に混乱していた。 何故ならここで認めてしまえば自分がしてきた事は無意味になる、 それだけではない、その為に沢山の人々を殺してきた、 人を殺すのは罪である、しかしルーテシアは自分の目的を名目として罪を背負ってきた。 しかし今、その目的が偽りで自分の行動が無意味であった事を知る事で 本来の罪の重さが全身にのし掛かり、その苦しみから逃れる為メルティーナの言葉を必死に否定し始める。 「そんな………そんなの嘘だ!!」 「何言ってんの!私の言葉が信用出来ないの!!」 「だって…メル姉は本当の姉――」 「いい加減にしな!!!」 ルーテシアは必死に否定の言葉を浮かべるがメルティーナは一喝すると、身を竦め動きが止まり言葉を紡ぐ、 その行動にメルティーナは目を瞑り暫く沈黙すると、意を決した様に言葉を口にする。 「血が何!確かに血は繋がっていないけど………アンタは私の“妹”なのよ!!」 自分にとって大切な“妹”がその手を血に染め罪を重ねている、しかも誤った情報に踊らされて… 罪は償わなければならない、だからルーテシアを止める、局員として姉として…… 凛とした表情でメルティーナは言葉を口にし、ルーテシアはその瞳に迷いも偽りも無い事を知ると、不意に涙がこぼれ始める。 それは今まで押し殺してきた感情が溢れ出した結果であり、 己が罪を認め今まで着込んでいた鎧を脱ぎ捨てた結果である。 「ご…めんな………さいごめん…な……さい」 そして何度も何度も声を引き付かせながら謝罪を口にすると、周囲に低い声が響き渡る。 前へ 目次へ 次へ