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日本よいとこ摩訶不思議(にほんよいとこまかふしぎ) ■作詞・作曲:野村義男 編曲:船山基紀 ■原曲はSMAPの曲 「Sexy Six Show」等に収録 和風メドレーの1曲として歌われることが多い
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空を飛ぶ姿
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#contents *単品 ***宿題忘れた! 朝。 「なっちゃーん! 宿題みして!」~ 「だめだこのばか」 ぱこーん、という音が響く。 丸めた大判の教科書を手で弄ぶ夏希は渋い表情をしていたが、~ 一方の遥は、叩かれ断られたにも関わらず、底抜けに明るく笑っていた。 「さっきリッチーにはみしてたじゃんか!」~ 「そりゃ10回中3回くらいまでは許すわ!」~ 「えー?」 教室内で雑談をしていたリッチーが二人へ苦笑いを向ける。~ 遥の宿題達成率が限りなくゼロに近いことは、周知の事実だった。 「他の人に見せてもらって答えだけ写すのも禁止な」~ 「お、おぉ……」~ 「途方に暮れた顔をするな!」 もう一度、丸めた地理で頭を叩く。 弾力性に富む教本のせいか、それとも叩かれた側の中身が空っぽだからか、~ 小気味のいい音がした。 「たまにはさー、自力でやってみたらどうよ?」~ 「そうは言うがなあ、大佐」 机に広げた自分のノートを見て、遥が呻いた。 「誰かに教えてもらうとかは? 須磨川さんとか数学得意だし、頼んでくるか?」~ 「やー、そんじゃ、なっちゃんおせーてくりよ」 今度は夏希が渋面になった。 「え、いやあたし教えるの苦手だし」~ 「そっかなー?」 遥は無理に頼むことはなかったが、~ 納得のいってなさそうな顔が、夏希の心に引っ掛かった。 「……じゃあ、今回はあたしが教えてやる」~ 「え、いいの?」~ 「外れてたら許せ」~ 「ぜんぜん!」 遥が夏希の席に座り、夏希はその隣に立って。~ 二人は数学の宿題に取り掛かった。 ~ ~ ***春隣 夏希が鍵を閉めたのに気付いて、遥は目蓋を上げた。~ 普段、二人は寝るときに部屋の鍵を閉めない。これは合図だった。 「……」 無言のまま、夏希は二段ベッドの下側に入り込む。~ 遥と目が合って、気まずげに顔を逸らした。 「しよっか」~ 「ん」 仰向けになった夏希の上に覆いかぶさり、遥は唇を重ねた。~ Tシャツの裾から手を差し入れ、夏希の胸をやんわりと揉みしだく。 「ん、ん」 口元、首すじ、耳元へ舌を這わせると、夏希は目を伏せた。~ 所在なげに投げ出された右手に左手を絡ませ、もう片方の手を夏希のショーツの中へ滑り込ませる。 それを待ち望んでいたかのように、すぐに夏希の左手も遥の内腿に伸ばされる。 「……、」 二人でこういったことをするとき、夏希は基本的に喋らない。~ また、どうしても必要な場合は小声で話す。 「ゆび入れるよー……?」 遥にはそれがいつも不思議だった。~ しかし特に問題もないので、夏希に合わせて小声でそう言った。 沈黙で肯定に代え、夏希は遥のショーツを後ろからずり下げた。~ 夏希が脱がしやすいように腰の位置を調整しながら、遥は指を動かし続ける。 「んひひ、今日も濡れ濡れだね」~ 「べつに……」 普段の振る舞いからはとても想像できないほど、遥の指は優しい。~ 膝立ちした遥のショーツを片手で脱がせながら、夏希は強いてゆっくり呼吸を繰り返した。 「いしょ」 遥は、ふくらはぎの辺りに残っていた自分の下着を完全に脱ぎ捨てた。~ そこで一旦手を止め、夏希のそれも自分と同じように取り払う。 夏希は自分のそれを隠すように片足を上げかけたが、再び遥の手が添えられるのを見て力を抜いた。くにくにと小さく蠢きながら、遥の指がやわらかな肉を割って沈んでいく。 遅れて、そっと夏希の指が遥の秘部に触れた。控えめに動く指に、遥の口から笑いが零れる。 「んっひはは、こそばいって。もっと強くしていいよぉ、この前みたいにさ」 無言のまま、夏希の指の動きが幾分か積極的なものに変わる。~ 遥の手と絡ませていたもう一方の手が離れ、遥のTシャツの中へ侵入していく。 「そそ、そんくらいで……ん、ちょうど」 体を小さく震わせながら遥は満足げに笑った。~ 夏希は仏頂面で、遥の薄い胸に押し付けた手に強く力を込めた。 ~ しばらくの間、そのままお互いの体を愛撫し続ける。~ 時折、思わずといった風に吐息が漏れると、片方は笑い、片方は眉間の皺を深くした。 遥の内股に愛液が垂れるようになる頃には、~ 二人ともすっかり息も荒くなり、顔を紅潮させていた。 「どうする? もういっちゃう?」~ 「……や、一旦ストップ。ちょい待ってて」~ 「???」 夏希はそう言い残して、半ば遥を押しのけてベッドから降りた。~ なすすべもなく、遥は疑問符だらけの顔で正座の足を両脇に崩した形で座り込んだ。 夏希は二段ベッドの梯子に足をかけ、自分の布団の枕元を漁っていた。~ 手を伸ばして、何かを探している様子と見て取れる。 「わり」~ 「え? え?」 小さく謝りながら、夏希は遥の元へ帰ってきた。~ 手に何かを持って。 「え、それなに? その、」 夏希はベッドに入り、遥と向かい合って座る。その手には小さな小瓶が握られていた。~ 瓶は茶色。蓋は白。ラベルが貼られておらず、市販品には見えない。 夏希はその小さな瓶の蓋を外すと、一気にそれを煽った。 「もしかして、それ――」~ 「く、ぁ……」 こみ上げる熱さに、夏希は思わず上半身を前に倒した。~ 体が熱い。腰が震える。そして、腹部には何か、何かおかしな感触がむくむくと―― 「触手が生える薬!」~ 「ちゃうわ!」 そんなものが生えてくるのは春咲遥ただ一人だ。今のところは。 嫌な予感に襲われ、夏希は自らの股間に手を伸ばした。~ 果たして、そこには無事に男性器と化した自らの突起があった。~ 自分の意思で動くような、あるいは自分の意思に寄らず動いてしまうようなものではない。 「うーん」~ 「なんだよ」 遥は無言で手を差し出した。~ 視線から意思を汲み取り、夏樹は中身を飲み干したばかりの小瓶を手渡す。 遥はその蓋を外し、上を向き、中身のないはずのそれを口の上で逆さにした。 「あーーーん」 小瓶をぶんぶんと上下に振ると、ぽたぽたと薬の残滓が零れ落ちてくる。~ 最後の一滴と思われるところまで振り尽くしてから、遥は小瓶の蓋を戻した。 そして、腰元に力を込めてふんふんと踏ん張り始める。 「んむ、んーーーむぐぐぐ」 顔を赤くしていた。必死だった。 「そんなに触手が恋しいか、オマエは……」~ 「一本くらい出てこないかな」~ 「包丁かなんか持ってきていいか?」 二人にとっては幸運なことに残念なことに、いくら遥が頑張って踏ん張ってみても、遥の股間から本来人間に存在してはいけない器官が発生する兆しは見られなかった。~ やはり数滴程度では効果が薄いのか、と夏希は適当に想像する。 「残念だね」~ 「同意を求めるな!」 雰囲気が台無しどころの話ではなかったが。~ そんな空気とは全く関係のないところで、夏希の男性器は先ほどから勃起しっ放しだった。 先ほど呷った怪しげな小瓶の中身には、当然のように媚薬効果も付属されている。~ 実のところ随分と興奮していた。そして、そろそろ我慢の限界でもあった。 「そろそろ諦めろ」~ 「ウワアー」 棒読みもいいとこの声をあげながら自らの布団に押し倒され、~ それから自らM字に脚を開きTシャツをまくりあげて、遥は恥ずかしげに笑った。 「にへへ」 腰の位置を調整しながら、夏希は内心で不可思議な感覚に首を傾げていた。 「……」 夏希が自分からこうして遥のことを押し倒していることに、~ 遥が今まさに夏希のものを受け入れようとしていることに、~ そして何より、そういった事実を自分がごく自然に受け入れていることに。 「いいよ」 あの人との行為ではあんなにも困惑し、躊躇し、右往左往していたというのに。 夏希は、ここでこうしていることが自分にとって最も自然なことであると、~ 確信めいた気持ちさえ抱いてしまっていた。 「入れるぞ」~ 「ういうい」 挿れやすいよう、両手を使って遥は自分の秘部を開いた。~ さすがに恥ずかしいのか、苦笑いを浮かべている。 くだらない掛け合いを挟んではいたが、遥の秘部はしっかりと濡れていた。~ その入り口に夏希が性器を押し付けると柔らかなピンク色がぴったりと吸い付く。 吸い込まれるように、夏希は腰を前に進めた。 「く、ぅ」~ 「んほー」 喜色満面の奇妙な喘ぎ声に突っ込む余力もあればこそ。~ 夏希は深呼吸をし、早々に訪れそうになった限界を意識の外へ追いやるので必死になっていた。 「な、んじゃ、こりゃ」 遥の膣内はまるで生き物のように蠢いていた。吸い付くような押し出すような、きつい感触だ。~ うねうねと動く肉が、夏希は動いてもいないのに快感を与えてくる。 「なーんか今日は調子がいいのさ」~ 「そういうレベルじゃないだろこれは……」 驚くべきは、それの半ば以上が遥の意思によって行われているという点だ。~ 人間はここまで自分の意思でこんな部分を動かせるものなのか、夏希は本気で疑問だった。 しかし、前回はこんな風ではなかったことを考えれば、結論は簡単に出る。 「(さっきの、薬か……)」 先ほど、ほんの少量だけ遥の体内に摂取されたあの飲み薬が怪しかった。目に見える変化はなくとも、今の遥の言うような『調子がいい』状態になるくらいなら十分ありえる。 しかし問題はそんなことより、夏希が今もなお性器への刺激を受け続けていることだった。~ 部位的には全く別の場所ではあるが、遥の手でしごかれているような錯覚さえある。 「ハル」~ 「なんだい?」~ 「ええと」 この変な動きをやめてくれ。出ちゃいそうだから。~ とは、プライドの問題で言い出せなかった。 代わりに何か気の紛れるような話を夏希は考えた。思わず萎えてしまうような話題を。 「豚のどこが好きだ?」 夏希は後悔するのはわずか十秒後のことだった。 「んーーー、色々あって迷うね」~ 「色々あるのかよ……」~ 「土……じゃなくて、ドリルちんこ!」~ 「他にどんな好きな部分があるのか真剣に聞きたくねえ!」~ 「よだ」~ 「うるせえ黙れこのバカっ!」 話の内容は酷かったが、お陰で夏希は気を紛らわせることができた。 「わかった。あんがと」~ 「うん。それで、他にはし――あんっ」 唐突に動き始めた腰が、遥の言葉を遮る。 「話を続けようとすんなっつーの」~ 「けど、なっちゃはむ」 『ナッチャハム』などという異国のムエタイ戦士のような愛称で呼んだわけではなく、~ 夏希の口で口を塞がれ、強引に喋りを中断させられていた。 「ん、えあ、はぷ……っんしし」 口を離すと、遥はいつも通りの顔で笑った。 「……」~ 「んっ、、あ」 構わず、夏希は無言で腰を振った。~ 少なくともそうしている間だけは、何も考えずにいられる。 首すじに吸い付き肉を食むと、夏希の背中に両手が回った。~ 抱き寄せる腕はあくまでも優しい。 「どーしたさー……?」~ 「いや、」 夏希はほんの少し、そう気取られないくらい短い時間だけ逡巡して、 「…………や、もう出そうなんだわ」 笑みを作って、そう答えた。 「おっけー、いいよ」~ 「ん」 二人はいよいよ無言になり、唇と唇を、胸と胸を、性器と性器を擦り合わせる。 「はっ……はっ……」 夏希がそろそろ限界だというのもあながち嘘でもなく。~ 腰の奥が痺れるような感覚に、夏希は動きをより速めた。 「っぅ、んっ」~ 「も、出るかも……ッ」 思いっきり奥まで押し込まれたものの先端から、堰を切ったように白い液体が吐き出された。~ 断続的に叩き付けられるどろりとしたそれを、遥は恍惚とした表情で受け止める。~ 「っぁ、ふ――」 それが完全に収まってから、遥と夏希はほとんど同時に体から力を抜いた。~ 夏希は小さくなった男性器を引き抜くと、ほとんど倒れ込むように遥の脇に寝転んだ。 「はあー……」~ 「おつかれちゃん」~ 「ん」 遥はにこにことした笑顔で、夏希の肩を労わるようにぽんぽんと叩いた。~ 夏希は何度か深呼吸をして荒れた息を整えると、むっくりと起き上がって、 「それ拭くから。垂れるとまずい」 傍らに置いておいた箱ティッシュを手に取り、遥の足の間に割り込んだ。 「あーやー、そんくらい自分でやるよ」~ 「任せてたらやんないだろ。ちょっと指入れるからな」~ 「ほいさっさ」 ついさっき自分で放出したそれを、今度は指で掻き出してティッシュの上に載せる。~ あらかた取り除いたら、今度はべたべたになった周囲をそっと拭う。 「ありがとさん」~ 「おう。それじゃ、そろそろ寝るから」~ 「ほいほい、おやすみちゃん」 その夜は何も考えずに熟睡できたことを、翌朝に目が覚めたとき夏希は喜んだ。~ が、寝坊した。 ~ ~ *連作 **落とし物は持ち主に届けてあげましょう ***落し物 便座に座ったまま脱力していた夏希は、ふと我に返り立ち上がった。三階から一階まで移動するには時間が掛かる。そろそろ教室に戻らなくてはならない。~ 手早く身だしなみを整えてから個室を出て、夏希は洗面所出入り口の扉を押し開けた。 「っ」~ 「あっと、すんませ」 普段あまり人気のない場所だったから、勢いよく開けすぎてしまった。夏希は目の前で立ちすくんでいる人に頭を下げようとして、それが顔見知りであることに気が付いた。 「あれ」~ 「どうも」 三好ゆたかだった。彼女はさっと脇に退き、夏希に先に出るよう促した。夏希は小さく頭を下げ、そそくさと外へ出て教室へと向かった。 「……?」 その後、個室に入った三好ゆたかは、とあるものを発見した。 ~ ~ ***言えないっ! 『北校舎三階西側のトイレに忘れ物をしていきませんでしたか?』 五時限目の授業後の休み時間、夏希は受信したメールを見て硬直した。慌てて愛用の手提げを確認してみると、うん、ない。アレが見当たらない。それは夏希の忘れ物で間違いない。~ しかし、ブツのことを考えると素直に『はい、それは私のものです』などとは口に出せない。 『いえ、あたしは特に。ところで、落とし物って何なんです?』~ 『何に使うものなのかは判別しかねているんですが、小型のマッサージ器のように見えます。スイッチを入れると球体部分が細かく振動するようです。色はピンク』 そんな詳細に説明しなくていいですよ! と心の中でツッコんでから、夏希はあることに気が付いた。~ 文面からするにこの三好ゆたか、自分で拾ったものが何に使用するものなのか分かっていないらしい。もし知っていればこんな冷静にはしていられないだろう。~ かと言って、『それはあたしのだ』と言えるようになるわけではない。夏希が頭を抱えていると、ゆたかから再度メールが送られてきた。 『ともかく、職員室前のボックスに入れておくことにします。ありがとうございました』 「(まてまてまてまてまってえええ!)」 ここで言うボックスとは、校内で発見した落とし物を入れておくためのボックスだ。シャーペン、教科書、ジャージなどと一緒にとんでもない物が入ることになりかねない。~ そんな物が職員室の前に置かれでもしたら、学園中がその噂で持ちきりになるだろう。全校集会も開かれるかも知れない。理事長からの一家言だって出そうなものだ。~ そんなことになったら回収のしようがない。断固阻止するべきだ。 『あ、いま落とした本人を発見しました。放課後にでも受け取りに行きます』~ 『本当ですか? よろしくお願いします』 頭の中で様々な言い訳をシミュレートしながら、夏希は放課後を待った。 ~ ~ ***知らぬは 放課後。 「失礼しまーす」~ 「ゆたかー。帰ろー」 拾得物をその手に持って夏希のことを待つゆたかのところへ、いつものように英美と唯がやってきた。 「あ、すみません。今日は少し用事があるので、よければ、」 自らの名前を呼ぶ声にゆたかが振り向くと、二つの顔が不可思議な表情を浮かべた。見れば、二人の目線はゆたかの手元に向けられている。 「……どうしました? これが何か、」 油の切れたブリキ人形のような動きで、英美が首を横に振る。あっという間に泣きそうだ。~ じりじりと後退る英美を庇うように、やはりイヤそうな目をした唯がその前に立った。 「それはこっちの台詞です。なんでそんなもの持ってるんです?」 ゆたかは内心、二人の反応に首を傾げた。 「ああ、これは一年生の落とし物です。これから夏希さんが取りに来る予定なので、すみませんが少し待っていただけると助かります」~ 「なっちゃんのなの!?」~ 「いえ、別の生徒のだそうです。夏希さんが代わりに届けてくれるそうで」 ようやく二人は何かに納得したかのように肩の力を抜いた。 「はあ……にしても、もう少し隠すなり何なりしてくださいよ。そんなものを堂々と校内で手に持ってるなんて、信じられないです」~ 「確かに校則違反と言えば違反ですが、こんな玩具のようなマッサージ器をムキになって隠す必要はないでしょう。携帯電話のストラップでもこういった機能の付いたものはありますし。彩水さんも同じようなものを持っていた記憶がありますが」~ 「そ、そんな機能の付いたの私持ってないです!」~ 「私にも見せていたじゃないですか。ライトだとか、赤いペンだとか」 ピントのずれた答えに、唯は数秒ほど硬直してから、 「……ブふッんむ!」 何か噴き出しそうになって、慌てて口を両手で押さえ込んだ。 「大丈夫ですか?」~ 「あハ、あーいえいえ何でもありません。ところで、ちょっと写メいいです?」~ 「はい?」~ 「実はその……マッサージ器? って、かなりのレア物なんですよー。お願いしますっ」 いそいそと携帯電話を取り出す唯。~ 少しおかしいとは思いながらも、ゆたかは右手に持ったそれを差し出す。 「はあ。では、どうぞ」~ 「あーいえいえ、そのままでお願いします。自分で持つと撮りにくいですし、ちゃちゃっと済ませちゃいますですから」~ 「そうですか?」 右手を出したままの姿勢で動きを止めたゆたかへ、携帯電話のレンズが向けられる。撮影結果を表示する画面には、右手に乗った例のブツとゆたかの顔の両方がしっかり収められていた。 「撮りますよー」 ~ ~ ***嘘は自然に 「あっ」 突然に横から携帯電話を取り上げられて唯が振り返ると、苦笑い顔の夏希がいた。いいところで邪魔をされた唯は、ぷくぷくと頬を膨らませて夏希を見上げる。 「むー」~ 「ごめんごめん、急いでるから」 取り上げた携帯電話を唯に返し、ゆたかから拾得物を引き取り手早くポケットに仕舞い込むと、夏希はさっさと二人に背を向けて教室から出て行ってしまった。 「……」 ゆたかは、この一連の流れに何か違和感を覚えていた。~ 急につまらなそうな顔になって黙る唯も、もうずっと前から廊下に避難していた英美が今になっておずおずと戻ってきたのも。現在進行形で何かがおかしい。 「彩水さん、ひとつお聞きしたいことが――」~ 「あ、用事を思い出しました。すみません、私お先に失礼しますね。それじゃ!」 文字通り、逃げるように唯も姿を消した。残ったのはゆたかと英美の二人だけ。 「先輩。ひとつお尋ねしたいのですが」~ 「あ、えっとね、うん、実は私も用事が」 英美は逃げ出した。 「すぐ済みます」 しかし腕を掴まれてしまった。 「先輩。先ほどの小型の玩具についてですが」~ 「う、うん」 英美は逃げ出そうとした名残でゆたかに背を向けたまま、ゆたかへ顔を向けようとしない。 「私は体の一部に押し当てて使うマッサージ器の類だと思っていたのですが、もしやあれはまた別の用途のある品物なのでしょうか」~ 「いや、それで合ってると思うよ、うん」 掴まれた手に力が籠もるのを感じ、英美の首が後ろを振り向きかけ、止まる。 「……」~ 「……」 双方動かず。数秒の沈黙。 「…………本当ですか?」 トーン低めの問い掛けに、英美の肩がびくりと震える。~ 英美は振り向かない。 「ほんとだよ?」~ 「そうですか?」 腕を掴んだまま、ゆたかは英美の前に回り込む。一歩、二歩、三歩。 「そうですとも」 腕を掴まれたまま、英美はゆたかに合わせて顔を逸らす。正面、左、後ろ。 「……」~ 「……」 ~ その膠着状態は、通り掛かった古河みちるが仲裁に入る十分後まで延々と続いた。 ~ ~ **ゆいちゃんがぎゅーっとなるおはなし 書いてたらいつの間にか流れ変わっちゃったヨ ***ボクの先輩 現代社会の科目を受け持つ教師は、しばし迷った末、やはり声を掛けないことにした。~ 目の前に、見るからに上の空で授業を聞いていない生徒がいても、それが普段から真面目な優等生であれば、まあ一度や二度であれば見逃してやろうという気にもなる。 それでも彼が声を掛けようかと迷ったのは、その『見るからに上の空で授業を聞いていない』状態が、たまにとは言え、かれこれもう一週間も続いているからだった。 ~ 三十路手前の男性教諭の心中も知らず、三好ゆたかは、今日も彼女へ想いを馳せていた。~ 三好ゆたかにとって唯一の、本当の気持ちを話せる特別な友達。 「(……友達)」 『友達』という言葉を使ったが、それなら同級生の古河のほうが余程その響きがしっくり来る。~ それに、ゆたかと英美は既に、三好ゆたかの判断基準では、普通の友達ならまずしないようなことをしてしまっている。ゆたかはもう、古河と英美を同列に扱うことなど不可能だ。 しかし、あちらがどう思っているかというのは、また別の話になる。ゆたかにとっての英美が特別でも、英美にとってのゆたかが同じだとは限らない。~ 例えば、英美が普段から周囲の友人にあんなことをしている、としたら? 「(まさか)」 努めて冷静に、吐き捨てるようにその可能性を棄却しようとして、否定できる要素に心当たりがないと気付いた。むしろ彼女の人気はそういった行為の積み重ねで出来上がった可能性すらある。~ しかし、もしそうだとしても、かといってどうしろと言うのか。 (『私は貴方にとってただの友達ですか?』)」 ない。ありえない。口に出して言えたものではないし、他意があってもなくても大問題だ。それくらいはわかる。 しかし、そうなると何でも話せるというのも正しくないのではないか。~ ならば自分はただの友達で、英美先輩は普通の友達にあんな―― 「(あ、)」 何故こんなことを考えているのか、何が嫌でどんな答えが出れば自分は満足なのかということに気付いて、ゆたかはそこで考えるのをやめた。~ あの人は自分のことをどう思っているのだろう。そればかりが頭を占め、今日も教師の声はゆたかの耳に入らなかった。 ~ ~ ***私のセンパイ 最近、二人の仲が怪しい。~ 唯がそう考え始めたのは、つい最近のことだ。 例えば昼休み、英美にメールを出してみると、こんな返事が返ってくることが多くなった。 『せーんぱい。お昼ご一緒しませんか?』~ 『ごめんねー、今日は先約があるの。また今度』 ~ あるいは放課後、教室まで出向いて誘ってみれば、 『せーんぱい。帰りご一緒しませんか?』~ 『今日は、えっと、』~ そこで英美はちらりと、隣に立つ三好ゆたかの顔色を窺って、彼女がムッとした顔で押し黙っているのを確認してから、やはりこの言葉を口にする。 『ごめんね、また今度』 ~ 英美の付き合いが悪くなった。~ それも単純に忙しいのではなく、唯より三好ゆたかを優先するようになったのが原因で。 おかげで唯は現在、折角の昼休みに独り屋上で菓子パンをパクつく羽目になっていた。放課後の予定がないせいで、午後の授業もすこぶる憂鬱だ。~ 昨日の特番のこととか、新しく買った可愛い服のこととか、話したいことがいくつもあるのに。満足いくまでゆっくり話をする機会すら、今の唯には与えられない。 転機はおそらく、先日の学園祭だろう。~ あの祭を終えてから、英美とゆたかの間に流れる雰囲気は、それまでとは明らかに違うものになっていた。何があったのかは唯には分からないが、何かがあったことだけは間違いない。 だからどうというわけでも、何かアクションを起こすわけでもない。ただ、今まで通りに英美と付き合えないということだけが、唯には残念だった。 唯は想像する。~ あの二人はこれから先、二人だけで昼食を食べたり、お互いの用事が終わるのを待ってから一緒に帰ったり、休日は映画を見に出掛けたりするんだろう。~ 彼女たちがどれだけ本気かによっては、もっと進んだことをするのかも知れない。笑い合って、手を繋いで、キスをして、抱き合って―― 「(んー?)」 英美とそういうことをするのが自分ではないことに、唯は自分でも驚くほどの不満を感じた。 屋上のフェンス越しに、遠く見下ろす中庭のベンチに見える、長い黒髪の後姿。~ それに寄り添うように座るあの先輩と同じような気持ちを、唯は少しずつ自覚し始めていた。 ~ ~ ***涙の訳 「うお、そろそろ肌寒くなってきましたねえ」 夏希は両の腕で自らの体を抱えた。ウォームパンツやオーバーニーを装着していても、ガードしようのない小さな隙間から、秋の冷気は入り込んでくる。~ 今日は特にいやな風が吹いている。乾いた秋風が巻き上げた埃が、夏希の頬をちりちりと擦った。 「え、まだ全然寒くないよ?」 かたや英美は、あろうことか木々もいよいよ裸になろうというこの時節に、膝上十五センチのミニスカで自慢の美脚を風前に晒していた。屋上を吹き抜ける寒風くらいでは、この高温動物に『寒い』という単語を言わせることもできはしない。 「普通は寒いんです、普通は」 右手で左腕を擦りながら、夏希はゆっくりと屋上を見渡した。~ 屋上へと上がる出入り口は、重い両開きの鉄扉だ。その上には、巨大な貯水槽。転落防止の背の高いフェンスがぐるりと取り囲む中には、長方形をした六つの花壇と、それを区切るように走るレンガの歩道がある。~白いベンチと、ゴミ箱と、からからと転がる空き缶と、誰かが投げ捨てたプリント。~ 立入禁止の北校舎屋上と違い、暖かな時期になるとここには沢山の生徒が集まる。春になれば花壇には様々な花が咲き、明るい笑い声で賑わうようになる。~ が、今はざっと見る限り、ここ南校舎屋上には、二人以外には誰の姿もなかった。それも当然、こんな寒い風の吹く日の放課後に、わざわざ体を冷やしに来る理由もない。 「ふーん。それじゃ、早く済ませて帰ろっか?」~ 「ですね、はい」 では二人は何故こんなところにいるのかと言うと、夏希は風紀委員として、英美はその付き合いで、放課後の巡回中であった。より正確には、英美はゆたかの付き合いで、と言うのが正しい。~ 南校舎屋上に、人の隠れられるような場所はほとんどない。屋上の一通りを見回って、念のため貯水槽の上を見上げてみたりして、それでおしまい。 「誰もいないね。行こ、なっちゃん」~ 「あ、ちょい。待ってください」 校舎内へ戻るろうとする英美を、夏希が呼び止めた。夏希は背の高いフェンスに張り付くように、中庭のほうを見下ろしている。 「あれって唯ちゃんじゃないですか?」~ 「え、どれ? どこ?」 南校舎の屋上からは、中庭と北校舎の教室がよく見える。言われて見下ろした視線の先、中庭に面する1-Cのベランダに、一人の少女が座り込んでいた。 「ほんとだ。どうしたんだろ」~ 「部活の帰りとかですかね」 部活の帰りに、わざわざ教室に戻ってきてベランダで体育座り? なんで?~ 納得できず頭を悩ませていた英美は、一つおかしなことに気が付いた。 「ね、唯ちゃん上履き履いてなくない?」~ 「……んん? 遠くてよく見えないけど、言われてみれば、」 だからなんなんだ? という二人の考えは、わずか数秒で打ち砕かれることになる。 「ね、ねえあれ」~ 「いや、ちょい、待て、」 唯の手が自身の両目を覆った。~ 手の甲を押し当て、目尻に向けて何かを払う仕草。それを何度も何度も繰り返す。目の中の何かを取り除こうとするかのように。何度拭っても拭いきれないとでも言うように。 それはまるで、泣いているように見えた。 「(唯ちゃんが泣いてる)」 そう思った瞬間、英美の胸中は荒れに荒れた。~ 動揺、怒り、悲しみ、恐怖……様々な感情がない交ぜになり、英美はただ絶句した。 「……美さん。英美さん?」 しかし、それはほんの数秒のこと。~ 夏希の声で我に返った英美は、弾かれたように駆け出した。 「っておおい!? どこ行くんですか!」~ 「唯ちゃんのとこ!」 追ってきた声に返事を返しながら、英美は屋上を駆け抜ける。夏希が慌てて足を動かし出した頃には、英美はもう扉に手を掛けていた。 「でも、あたしらに言ってないのにいきなり聞くのってどうよ!?」~ 「……っ」 扉を開け放したところで、英美の体が急停止する。~ ゆっくりと振り向いた英美の顔は、何かを堪えているかのようにひどく歪んでいた。 「いえあの、英美さ――」~ 「わかってる」 思い出すのは、ほんの数週間前、文化祭の準備期間に起きた事件のことだ。心無い生徒たちによる陰湿なイジメ。その標的にされた唯の、あの泣きそうな笑顔を、英美は一生忘れないだろう。~ 二度とあんな顔はさせない。そのためなら英美は、自分にできる全てのことをしようと思っているし、夏希もゆたかも、同じように思っていた。~ 『これからは、何かあったら私たちに頼ればいい』という言葉に、唯は嬉しそうな顔で頷いた。はずだった。 「わかってる、けど……っ」 ところが現状はどうだ。~ 唯はこうして放課後にただ独りで涙を流していて、英美たちは偶然それを目にするまで、彼女の身に何が起こっているか全く気付けなかった。いや、今だってまだ、自分たちは唯がどうして泣いているのかさえ分からずにいる。それが英美には、泣きたいほど悔しかった。~ だから、叫んだ。 「そんなの知らないっ!」~ 「おいいい!?」 目尻に浮かぶ涙を振り切るように、英美は再度駆け出した。~ 鉄扉をくぐり、階段の最上段で足を踏み切り、跳ぶ。一息に折り返しの踊り場へ着地し、壁に手を突き身を翻し、また跳躍。~ わずか数歩で一階分の距離を疾駆し、長い黒髪は三秒で夏希の視界から消えた。 「あ、え」 追いかけるのも忘れて、夏希はぽかんと口を開けた。まさか、自分が走り出す前に振り切られるとは思わなかった。~ が、いつまでも呆けているわけにもいかない。とにかくまずは事情を把握しないと。今のままでは、自分が介入できる問題か、そうでないかも判断できない。 「……あーもう!」 悪態を吐きながら、夏希も段を飛ばして階段を駆け下りた。 ~ ~ ***差 夏希のことを置き去りにして、英美は走った。十秒もかけずに一階まで駆け下り、南校舎を過ぎ、渡り廊下を抜けて、北校舎へと。~ そうして、あとは最後の角を曲がれば目当ての教室までほんの数十メートルというところで、 「英美さん?」~ 「み……ッ!?」 曲がり角の向こう側から、北校舎の巡回をしていた三好ゆたかが現れた。~ 彼我の距離は三メートルもなく、減速するには短すぎる。衝突を避けるため、英美は右足に力を込め、左側へ大きく踏み込んだ、が―― 「廊下を走らないでください!」 あろうことかゆたかは、両手を広げて英美の進路を塞ぎにかかった。それどころか英美の進行方向に半歩移動して、真正面から英美を受け止める姿勢を見せる。 「ったぁあわわごめーん!」 減速する暇もなく、英美は進行上に立ちはだかるゆたかに全身で突っ込んだ。~ 万全の体勢でそれを受けたゆたかだったが、英美を受け止めるにはいかんせん体格差と速度がありすぎた。英美の胸に顔を埋め、ゆたかはあっさりと足を浮かせた。 「ゎぶっ」~ 「ん……ッ」 強い衝撃で、ゆたかの体がくるくると横に回る。ゆたかは思わず身を竦め目を瞑ったが、予測していた痛みが体を打つことはなかった。~ 代わりに、なにかとてもいい匂いと、体を柔らかく締め付ける感触がある。 「……?」 不思議に思い、目を開けてみると、 「あぶ、あ、あぶなかったぁ……っ」 何かの間違いがあれば触れ合ってしまいそうな至近距離に英美の顔があって、ゆたかは、ものすごく動揺した。 「っっっ!?」 慌てて距離を取ろうとすると、足が空しく宙を蹴った。自分は英美に抱きかかえられているのだと、ゆたかはようやく理解した。~ 先ほどの事故の瞬間、衝突した勢いでゆたかを廊下に打ち倒してしまわないように、英美はゆたかの体に両腕を回し、しっかりと抱きしめていたのだ。 「……、」 今がどういう状況なのか分かれば、慌てるようなことは何もない。都合良く胸元で畳まれた手を使って英美を押し退けることもできそうだったが、ゆたかは黙って全身から力を抜いた。 「は、はは、あはは」 ゆたかの手に伝わるくらい激しく鼓動を打ち鳴らしながら、英美は乾いた笑いを漏らした。笑えない勢いで衝突したと思っていたし、実際あのままゆたかを突き飛ばしていたら、壁なり床なりにどこかしらを強くぶつけてしまっていただろう。~ こんなときに限って、英美の体は思うように動いてくれない。本当は今すぐゆたかの安否を確認したいのに、体はガチガチに固まっていて、両腕から力を緩めるのもうまくいかない。 「み、三好さん、だいじょうぶ、かな?」 代わりに訊ねたその声も震え、視線を下ろすこともできず、明後日の方向を向いている。~ 過剰な心配に反して、言葉はすぐに返ってきた。ただし、それは英美の望んでいた答えでなく、 「……“三好さん”?」~ 「ゆ、ゆたかさん、ああっじゃなくて、ゆたか!」 呼び方に対するただの文句だったが。 「ええ、大丈夫です。どこも痛めてはいません。ですから、そろそろ離していただけますか?」~ 「ご、ごめん、ごめんなさい!」 英美は両の腕から力を抜いて、ゆたかの体をゆっくりと下ろした。ようやく血が巡ってきて、体が思い通りに動くようになってきていた。~ 英美は、ああよかった、などと安心して肩から力を抜いて、 「――って、そんな場合じゃないんだよ!」~ 「ひゃぇっ」 ようやく自分が何をしていたのか思い出した。~ 勢いよくがっしりと掴まれた両肩に、ゆたかが小さく悲鳴をあげる。 「なななんですか」~ 「それが、さっき屋上で――!」 がらり、という戸が開く音がした。英美とゆたかのいる位置から、ちょうど教室二つ分くらい離れた位置にある引き戸だ。~ 二人がそちらを向く。教室から出てきた生徒と目が合った。 開いたのは一年Cクラスの戸で。出てきた生徒は一年、彩水唯だった。 「あ、」 初めに、それに気付いた英美が声を漏らした。 「え?」 視線につられて、ゆたかが後ろを向く。 「……」 二人の視線の先、英美が考えていたよりずっとまともな顔をしていた唯は、無言で背を向け、駆け出した。 「ちょっ、なん……っつ!?」 慌てて追いかけようとした英美の体が、一歩を踏み出したところで停止する。~ 振り向くと、英美の腕をゆたかが掴んでいた。 「な、なに?」~ 「いいえ、あの、なんでもないですからっ」 当惑した英美が問いかけると、ゆたかはパッと手を離した。自分でも何故そんなことをしたのか分からない、というような顔をして。~ 英美が前に向き直ったときには、もう唯の姿は消えていた。 ~ ~ ***安定しない前提 昨日の唯の様子を見ても安穏としていられるほど、英美は楽天家ではない。唯の身にまた何かあったに違いないと、英美はそう確信していた。~ が、ともあれ本人に逃げられてしまったのでは、何がどうなっているのか確認のしようもない。前回のこともあり、とりあえず翌日に夏希が唯の様子を窺うという方向で意見が一致し、三人はそのまま帰路についた。 しかし。 「普通?」~ 「んです」 翌日の昼休み。~ 英美、ゆたか、夏希の3人は生徒会室に集まっていた。唯のことを話し合うためだ。 「もう少し詳しく説明して頂けますか?」 二つ並べた長テーブルに、英美とゆたかが片一方に、向かいに夏希が一人座っている。昼食後に始まったこの会議は、まず午前中に唯を監視していた夏希の報告から始まった。~ 「はい。午前いっぱい観察しましたけど、おかしいところは全然なかった感じでですね」~ 「え? ええっと、ほんとに?」 そんな報告が上がってくるとは全く想定していなかった英美は、少し慌てた。 「ホントです。ヤなことがあった風もないし、すこぶるいつも通りでした。体育の時間なんかハルと一緒にものっそいハシャいでて、いつもより騒がしいくらいでしたよ」~ 「えええ……?」 仮説が揺らぐ。今回の報告を聞いて、唯の様子が変だと確信を持って事に当たろうと思っていたところが、初っ端から躓いてしまった。~ そんなはずはない、何か見落としがあるはずだと、英美は思う。 「く、靴は!?」~ 「クツ?」 藁にも縋るような顔で、英美が語気荒く訊ねる。 「靴! っていうか上履き!」~ 「んん? ……あ、ああー、はいはい」 その様子から、夏希はその質問の意図を正しく把握した。~ 唯が上履きを履いていなかったのは誰かに盗まれたからからじゃないかと、英美はそう言いたいに違いなかった。 「普通に履いてたと思います」~ 「じゃあ、新品とか借り物だったりとか」~ 「や、そこまではちょっと……」 しつこく食い下がる英美を見かねて、それまで黙っていたゆたかが口を開く。 「さすがにそれは難しいでしょう。買うのも借りるのも、一晩では」~ 「でも、それじゃあ」 英美は一旦そこで言葉を止めたが、 「……唯ちゃん、なんで泣いてたのかわかんないじゃん」 抑え切れなかったように、ぽつりと呟いた。 「……」~ 「…………」~ 「………………(ん?)」 沈黙が下りる室内で、ふと夏希の頭の中に閃いたものがあった。 「(唯ちゃん、なんで逃げたんだろ)」 例えば唯が本当に嫌がらせを受けていたとしても、あのタイミングで逃げる必要はないように思える。むしろ最も誤解を受けやすく、後々のことを考えると最悪の対応ではないだろうか。~ それこそ、目にゴミが入ったとでも言って誤魔化してしまえばいいはずだ。あの唯がそんなところで下手をするとは、夏希には思えない。英美の言うようなことが原因ではなく、自分たちはどこか勘違いをしているのではないか……? 「(たとえば、アレだ、ええと)」 仮説、逃げ出した理由がその場にいた誰かにあるとすれば。唯はなぜ逃げたのか。いや、誰から逃げたのか。~ 当時について、英美は『唯は意外なくらいまともな顔をしていた』と供述しているため、英美に顔を見られたくなかったという線もない。とすれば、他に考えられるのはひとつだけだ。 「(三好先輩)」 彼女が原因だとすれば全てに説明が通る。 そう、実は唯はゆたかと喧嘩していて―― 「へは」 夏希の口の端から漏れ出た奇声に、じっと床を向いていたゆたかの目が夏希の顔を写す。 「どうかしましたか?」~ 「や、さっぱりわけわかんねえなーと思って」~ 「? そうですか」 夏希は大きく背を反らし、両腕をぐぐっと伸ばす。その顔には、自分の突拍子のない推理にうんざりな表情を浮かべていた。~ なぜゆたかと唯が反目するのか。現時点では、夏希にはそんな理由に全く心当たりがなかった。なにせ唯は、勉強も運動も素行も人間関係も全てにおいて良好な状態を維持しているのだから。風紀委員三好ゆたかとして反目する理由は、一つもないはずだ。~ それでも敢えて、強引に理由をでっち上げるなら…… 「(ないない、ありえない)」 夏希にとっては、それこそ一番ありえない話だった。夏希の中の三好ゆたかという人物は『鉄の風紀委員』であり『無法者の天敵』であり、ただそれだけでしかないのだから。~ 夏希は自分の推理をあっさりと放棄し、また別の方向から今回の問題を考え始めた。 そして、三人目。~ 今日のほとんどの時間を黙りこくったままでいる三好ゆたかは、今回の問題についてどのように考えていたかと言うと。 「(………………あの、)」 誰にもそれを伝えないままに、三好ゆたかは限りなく確信に近いものを胸に秘めていた。~ その考えは驚くほどすんなりとゆたかの頭に思い浮かんできた。 「(あの目は、よく知っている)」 結局、現状を打破できるような解決策の出ないまま、昼休みは終了した。 ~ ~ ***久しぶりのいつもの 放課後。唯は三年教室のエリアにやってきていた。~ 昨日わけもわからず逃げ出してしまったことを、気にしていないわけではもちろんなかったが、やましいことがあるわけでもなし、早めに有耶無耶にしてしまうのがいいと考えたからだ。~ 英美のクラスは、どうやらまだHR中のようだった。 他の学年はどうなのか気になって、唯は窓の向こうに目をやった。~ 二年のクラスは、既にふたつほどHRが終わっているようだ。 「んん?」 向こうから誰かに見られているような気がして、唯は目を細めた。~ しかしこの距離では、唯の目では向こうの生徒の顔までは判別することができない。 「あ、と」 ガタガタと椅子の動く音が聞こえて、唯は目を前に戻した。BクラスのHRが終わったらしい。~ 確認のしようもないので、先ほどの視線はもう気にしないことにした。 「うおー! 終わったー!」 勢いよく戸が開き、背の低いツインテールの女子が飛び出してきた。 「って、おお、唯っちではないか!」 唯に気付いて親しげに笑いかけてきたその生徒は、唯とも顔見知りだった。~ すぐさま教室に取って返し、英美のことを呼んでくれる。 「松! 唯っちが待ってるよ!」~ 「え……!? ありがと鏡ちゃん!」 そんな短いやり取りのあと、英美はすぐ姿を現した。 「おつかれさまですっ」~ 「お疲れさまー」 昨日の一件のせいか、少しだけ表情が硬く見える。 「ごめんね、待った?」~ 「いえ、全然です。それより、」~ 「ね、唯ちゃん。もしよかったらさ、今日は一緒に帰らない?」 唯の言葉を慌てて遮るように、英美が言った。 「え……?」 心底から驚いた顔をして、唯は呆然と立ち尽くした。~ 英美のほうから誘われるのは、どれくらい久々のことだろうか。 「ほんとですかっ!?」~ 「う、うん」 自分から誘いに来たこともすっかり忘れて、唯は瞳を輝かせた。~ そして、英美の左腕にがばっと抱きつく。 「それじゃ、早く行きましょうっ。あ、持ち合わせは?」~ 「うん、大丈夫」 笑顔の裏に真意を隠し、英美は歩き出した。~ 彼女は、この機会に唯の様子を探る気でいた。 ~ ~ ***ほんとのこと 街を適当に回ったあと、二人はオープンカフェで一休みしていくことにした。 「先輩、寒くないですか?」~ 「むしろ暑いような。冷たいのでよかったかなー」 確かに昨日に比べればいくらか温かいが、暑いと言っていいほどではない。~ 風もそれなりに吹き回っているし、むしろ肌寒い日だと言えるだろう。 唯は温もったカップを両手で包むように持ち、チョコラテを一口飲み込んだ。 「……あの、さ」~ 「はい?」 どう言おうか迷っているのがあからさまに分かるような様子で、~ 英美は口ごもり、人差し指で頬を掻いた。 「えーと……最近、調子どう?」~ 「はあ」 どうと言われても。~ 唯は困った。困った末に。 「ぼちぼちです」~ 「じゃなくてほら、悩みがあるとか、嫌なことがあったとか、そういうその」 あっという間に言い方が直球になったが、唯にはさっぱり心当たりがなかった。~ 強いて言えば、英美の付き合いが悪いとかそれくらいで。 「んー……んぇっ」 空を仰いで悩んでいたら、巻き上がった埃が目に入った。~ 唯が目をこしこしと両手で擦る。 「ぅー」 一昨日切れたっきり、新しい目薬を買うのをすっかり忘れていたのだった。~ 今から買いに行けばいいよね、などと思っていた唯を、 「泣かないで」 そんな言葉とともに、英美が優しく抱きしめた。 「(んなにがどうして?)」 いつの間にか席を立った英美は、周囲の目も気にせず、お腹のあたりにある唯の顔を両腕で包み込んでいた。 勘違いしていた。~ 今日だけでなく、昨日も。 「なんでも話してくれていいんだよ。絶対助けになるから」~ 「???」 勘違いしていた。~ 涙だと思っていたのは目にゴミが入ったから擦ってただけで、~ 靴下なのは上履きを出すのが面倒だったからなんていう真相を、英美はすっかり勘違いしていた。 詳細はともかく、英美が何かを勘違いしていることだけは唯にも理解できた。できたが、~ 「せ、せんぱーい……あのですね……」~ 「ん?」 抱きしめる腕が温かい。聞き返す声が優しい。~ 久しぶりの、安心できる腕の中だった。 「その………………もごもご」 それから五分経ってから、唯はようやく英美の腕の中から離れた。 ~ ~ ***ということだったんだよ! その後、唯から涙と靴下についての勘違いを正された英美は、~ 翌日の昼休み、夏希とゆたかにも同じ説明を行った。 「というわけで、全部私の勘違いでした。ごめんなさい」 座ったままでぺこりと頭を下げた英美を、二人が宥める。 「何もなかったんだし、よかったってことで」~ 「そうですね」~ 「ごめんねー、二人とも」 夏希はすっかり解決気分で完全に忘れ去っていたが。 唯はなぜ逃げたのか。~ その理由が説明されていないことを、ゆたかだけが覚えていた。 ~ ~ **プールのあとって眠くなるよね ***日の当たらない部屋 「あずいーうおー」 ヘッドスライディングの要領で、遥は畳の上に飛び込んだ。 「なにを、負けるかっ!」 白衣を脱ぎ捨てた五十鈴がそれに続き、いそいそと畳に寝転がる。~ 擦り傷が嫌なのか、飛び込まないあたりが一般人である。 「うおー暑い!」 ごろごろと転がる二人。茶道室はそれほど広くもないため、すぐに衝突する。 「はうっ」~ 「んぶっ」 五十鈴の腹に遥の頭がめり込み、二人の動きが止まる。~ 片方は悶絶し、もう片方はまた転がり始めた。 「元気がいいのね~」~ 「暑苦しい」 続いて茶道室に入ってきたのは、いつにも増してダル顔の夏希と、 この四人の中で唯一の正式な茶道部員である小夜だった。 「なっちゃん、畳が冷たい!」~ 「おーうやばいな、新発見だぞハル。学会に発表だ」~ 「んんー、ピューマ賞はいただきか!?」~ 「おまえはサバンナで狩りでもしてきたのか……?」 ちなみにピューリッツァー賞でも間違っている。 脱ぎ捨てられた白衣を回収してから、夏希も壁際に座り込む。~ 小夜もすぐ傍に腰を落ち着けた。 「んー、涼しい」~ 「日が当たらないからね~」 エアコンのある職員室には敵わないまでも、 学園内でこの茶道室より涼しい場所はほとんどない。 夏希は鞄からスポーツ飲料のペットボトルを取り出した。 それをぐいと呷ると、そのまま壁を擦るようにずりずりと横に倒れていく。 「どうしたの?」~ 「今日の水泳が長距離でさあ」 水着の入ったサブバッグを枕代わりに、夏希は完全に横になった。~ すぐ傍に落ちた夏希の髪に、小夜が軽く指を通す。夏希はくすぐったそうに目を細めた。 「それなら、少し寝ていてもいいんじゃないかしら」~ 「んー」 元気に転げ回る二人を眺めながら、夏希はゆっくりと目を閉じた。 ~ ~ ***まくあい 「……ん!? 私の足が! 取られた!?」 遥と体をぶつけ合う遊びに飽きて振り向いた五十鈴は、~ 夏希が小夜の膝枕で寝ているのを見て、叫んだ。 「しずかにね~」~ 「ぬぐぐ……」 五十鈴は心底悔しそうだ。 「私だってあんまりやってもらったことないのにっ」~ 「だって五十鈴ちゃん、くすぐるんだもの」~ 「だって柔らかいんだもの」~ 「ほーん」 夏希の顔を覗き込みながら、遥は携帯電話をいじくっている。 「鈴やん、サッカーしに行かない?」~ 「なに? 私よりサッカーの好きなやつはそんなにいないよ?」~ 「よーし、これでメンツ集まったや。グラウンドいこっ」~ 「バッチコイ!」 サブバッグをリュックのように背負い、遥は茶道室を飛び出した。~ 五十鈴もそれに続く。 「ソッケルソッケル!」 と思ったらすぐに引き返してきた。 「はいこれ」~ 「ソッケリング!」 小夜に差し出された白衣を受け取り、謎の言葉と共に五十鈴は走り去った。 「……そっけりんぐ~」 夏希の髪を弄りながら、小夜はくすくすと笑った。 ~ ~ ***やわらたたかい 「ん?」 夏希が目を開けると、遥と五十鈴の姿が消えていた。~ やけに体がだるく感じる。 「起きた~?」~ 「寝てた?」 そう訊ねた自分の声がいかにも眠そうで、 夏希はどうやら自分が昼寝していたらしいことを自覚した。 「ぐっすり」~ 「二人は?」~ 「サッカー」~ 「今何時?」~ 「四時ね」~ 「これは?」~ 「ひざまくら~!」 夏希の位置からでは顔は見えないが、とても嬉しそうな声だった。~ 今にも『夢だったの』とでも言い出しそうな具合だ。 「んー」 意識を失う前と比べて格段に柔らかくなった枕に、夏希の起きる気がどんどん削がれていく。~ 首の位置を微調整して、夏希はまだ少し強張っていた体から完全に力を抜いた。 「まだ寝る~?」~ 「もうちっとしたら起きる……かも……?」~ 「は~い」
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真っ赤なブレス
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ティラノ剣山:いいとこ見せるドン! 攻略 合計40枚+00枚 上級0?枚 下級1?枚 大くしゃみのカバザウルス×2 マッド・ロブスター×3 アトランティスの戦士×3 異形の従者×3 グリズリーマザー×3 ハイドロゲドン×3 爆風トカゲ×2 魔法12枚 サイクロン サルベージ×2 伝説の都 アトランティス×3 突進×2 早すぎた埋葬 光の護封剣(D) 魔法石の採掘 レベル制限B地区(D) 罠09枚 威嚇する咆哮×2 追い剥ぎゴブリン×3 グラヴィティ・バインド-超重力の網-(D) 激流葬 ジュラシック・インパクト リビングデッドの呼び声 エクストラ00枚
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FOMAで使える特番通話 待受 着信音 動画 URL その他 FOMAで使える特番通話 詳しくは... 104 番号案内 案内料金100円+通話料 115 電報の発信 117 時報 (知りたい地域の市外局番)+177 天気予報 110 警察への緊急通報 「緊急通報位置通知」に対応 119 消防・救急への緊急通報 「緊急通報位置通知」に対応 118 海上での事件・事故の緊急通報 「緊急通報位置通知」に対応 171 災害用伝言ダイヤル 106 コレクトコール 電話をかけた相手に、通話料と手数料90円が請求される。 待受 Qube FWVGA待受 http //qwe.jp/fwvga/ 着信音 mp3から着うたを作成できる無料サービス - 3gp.fm http //3gp.fm/ 着もと - うたフルを無料で着信音に http //www.chitora.jp/tyaku.html 動画 携帯向けに簡単に動画を変換してみよう(携帯動画変換君) - MobileHackerz http //mobilehackerz.jp/contents/3GPConv URL QRコード作成&活用のススメ 【無料でQRコード】 http //qr.quel.jp/ その他 docomo PRO Series SH-04Aまとめ http //www19.atwiki.jp/docomoprosh04a/
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ティラノ剣山:いいとこ見せるドン! 攻略 合計40枚+00枚 上級0?枚 下級1?枚 大くしゃみのカバザウルス×2 マッド・ロブスター×3 アトランティスの戦士×3 異形の従者×3 グリズリーマザー×3 ハイドロゲドン×3 爆風トカゲ×2 魔法12枚 サイクロン サルベージ×2 伝説の都 アトランティス×3 突進×2 早すぎた埋葬 光の護封剣(D) 魔法石の採掘 レベル制限B地区(D) 罠09枚 威嚇する咆哮×2 追い剥ぎゴブリン×3 グラヴィティ・バインド-超重力の網-(D) 激流葬 ジュラシック・インパクト リビングデッドの呼び声 エクストラ00枚
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CATCH UP DERAM 丹下桜演唱的曲目之一。 本曲是彩之爱歌使用的插入曲,游戏中使用的是裁剪版。 有与此曲部分同名的CD,详情请参阅CATCH UP DERAM/それがあなたのいいところ。 歌曲信息 作词:丹下桜 作曲:宮島律子 编曲:岩本正樹 演唱:丹下桜 歌词 (红字部分为游戏中使用的裁剪版) 春のそよ風に 揺られながら ため息ばかり出ちゃう訳があるのよ いつかわたしより 大切な人の すぐそばにいれるのが あなただなんて ただのやきもちじゃね 子供すぎるけど くじけないでと背中押したのは 恋をしたわたし それがきっと わたしのいいところ 自分でもねびっくりしてるの ホントは 胸の奥で がんばってる人が 輝くよと エールくれた 空回りしてた 勇気をだして “今まで ごめんなさい”やっと言えたね すぐに笑顔見せて 許してくれたね あなたの作る幸せの空気は 誰もかなわない それがきっと あなたのいいところ 自分でもめ素直に言えるよ 今なら すごく好きよ あなたのいいところ 失くさないで 大事にして あなたいつも わたしのいいところだけを 見てる人じゃなかった どんな時も わたしらしさ 守ってくれたよね 間違っても チャンスくれた それがきっと あなたのいいところ 自分でもね心から言える 今なら すごく好きよ あなたのいいところ 失くさないで 大事にして それがきっと 收录CD 丹下桜 CATCH UP DERAM/それがあなたのいいところ (1998/03/27) 相关页面 音乐
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高いところでも平気 アイドレスWiKiの該当ページ L:高いところでも平気 = { t:名称 = 高いところでも平気(絶技) t:要点 = 高笑い,ぼろぼろ,また落ちる t:周辺環境 = 山 t:評価 = なし t:特殊 = { *高いところでも平気の絶技カテゴリ = 個人絶技として扱う。 *高いところでも平気の効果 = もはや意地で高いところは平気、落ちても大丈夫。 } t:→次のアイドレス = さらなる高い山(絶技),後で入院(絶技) } 派生前 危険な修行→1/1プロモチケット→1/2プロモチケット
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■慣れないことをしようとしても失敗するだけ ※引く順番: 唯⇒夏希⇒ゆたか⇒みちる⇒紗霧⇒英美⇒唯 ■ ■ 昼休み。 二年Aクラスの教室、三好ゆたかの机の周辺に、少女たちがたむろしている。 ゆたかの机の上には、ばらばらで整頓されていないカードの山。少女たちの手にもカードがある。 少女たちは全員、周囲の席から拝借した椅子に腰掛けている。 「では」 「どうぞ」 英美が扇状に広げたカードたちの中から、紗霧の指が一番左端のそれをひたりと摘まむ。 「……こちら」 英美の肩がぐっと強張る。それを見て、紗霧はカードを摘まんでいた指を離し、そのひとつ隣を迷いなく引き抜いた。一拍置いて、手に取ったそれの数字を見た顔が微笑む。 「はい、あがりですね」 「なんでよー!」 数字の揃った2枚の手札を捨て山に置く紗霧は、古河みちるに続き二番手の上がりだ。 満足げな顔を悔しそうに横目で見ながら、英美は唯の手札から1枚を抜き取った。 「揃わないーなんでー」 引いたカードと手札とを照らし合わせる。が、数字は重ならない。 不揃いのカードが3枚と、先程から付き合いの切れない、不気味に笑う魔女が1枚。 昼休みのカードゲーム、ババ抜きは今日も英美が劣勢だった。 「せんぱいはすぐ顔に出ちゃうんですから」 「分かりやすいときもありますね」 「そうかなあ」 唯とみちるの言い草に、英美は不満げに眉を寄せる。 「あたしみたいに初めっから笑ってればいいんですって」 そう自慢げに言う夏希は、表情を隠すため『カードを引かれる際には常にめいっぱいの作り笑いを浮かべる』という戦法をとっていた。その成果か、勝率はそこそこ悪くない。 「それはそれで難しいと思うのよ」 「いやいや、そんなことはないですよ」 「でも、正直あの作り笑いは不気味ですよ」 「マジで!?」 さらりと差し込まれた唯の本音に、条件反射的に夏希が叫ぶ。 「すごい不自然ですし」 「それはしょうがねーじゃん! それが目的なんだし!」 「あはは」 笑いながら、唯は体を前傾に、椅子から少し身を乗り出した。そして、夏希が胸元に構えているカードに手を伸ばす。 「どれにしましょうかねー」 「ふふふふふ」 瞳をギラつかせた夏希がにやにやと笑う。作り笑いの迎撃態勢。 唯のカードは1枚、対して夏希は残り3枚。唯は相札を引ければ上がりだ。これで唯が上がれば、残るのは英美、ゆたか、夏希の3人になる。 うかうかしている場合ではないと、英美は自分の手札のシャッフルに勤しもうとして、自分の手元にジョーカーがいることに気付いた。 「(あれ? そもそもジョーカー絡まないんだから、なっちゃん作り笑いする必要ないんじゃ…)」 「これです! …よしっ、あーがりー!」 英美が顔を上げると、わーい、と唯が諸手を挙げていた。 「うぇーマジでか! そろそろやばいなあ」 言葉のわりに楽しげな夏希が引くのは、ゆたかの手札だ。 「はい、どうぞ」 「あたれー」 ゆたかが差し出した2枚から、夏希は随分と気楽にカードを抜いた。ジョーカーが英美の手札にあるのはこれまでの英美の反応からモロバレだったため、夏希は自分の当たりにだけ期待していればいい。 「うう、当たんねえ!」 はずれ。悶える夏希を、紗霧が微笑みながら眺めている。 「次は私の番ですね」 「あ、うん」 ゆたかに声をかけられ、英美はそちらに体を向けた。 ゆたかの手札は残り1枚。上がる可能性も、ジョーカーを引く可能性もある。勝負どころだ。 「それでは、いきます」 「は、はい。どうぞ」 気合の篭もったゆたかの声に、思わず英美は引き気味に手札を構えた。 ゆたかはそれを追うように、先ほどの唯と同じようにぐいっと上半身を前傾させて手を伸ばす。 英美は何気なく視線を手元から前へ向け、息を呑んだ。 「(あっ!)」 前かがみになったゆたかの襟元に空いている隙間を、英美は見た。 奥が覗ける。胸元が見えてしまっている。清楚な印象を抱かせる控えめなレースの装飾も、普段であれば絶対に見えない、鎖骨から胸骨にかけての肌色も。 致命的な先端部分までは見えないものの、それが逆に強く英美の目を惹き付けた。 「(?)」 横から視線を感じ、英美は手札を晒しながら、目だけを右へ向けた。 夏希が笑っていた。先ほども見た、あの不気味で不自然な笑みだ。 「(私を見て笑ってる? いや違う、この子……まるで“私はもう十分に堪能した”とでも言いたげな顔をしている!)」 瞬間、英美の脳裏に思い浮かんだのは、つい先ほど、今と同じ顔で不気味に笑っていた夏希と、その夏希の手元からカードを引く唯の姿だった。 不自然なまでに手元に構えられた手札。身を乗り出して前屈みになる唯。それは今現在の英美とゆたかの位置関係と、完全に一致している。 「(にまにま)」 「(か、完全に同類だと思われている)」 いやいや、と英美は内心で首を左右にぶんぶんと振った。 夏希にどんな目で見られようと、そんなことは問題ではない。 「(注意しなきゃ)」 英美がまず思ったことはそれだった。相手が気付いていないのをいいことに『この光景を堪能してしまおう』などという考えは、英美の頭には欠片も浮かばなかった。 「これです」 「あ、」 そのとき、折り悪くも英美の手元からカードが1枚抜き取られ、ゆたかの体が離れていった。タイミングを外されて、英美は口を半開きにして硬直する。 ゆたかは英美の様子をさして疑問に思うこともなく、今引いたばかりのカードの数字に目を移し、肩を竦めて手札の中に入れた。揃わず、だ。 「(えと、ええと、)」 言い出す機会を逸し、狼狽する英美。ここで言い出すか? と考えて、いやいや、と思い直す。ここで言い出したら完全に事後じゃないか。堪能した後で注意したと思われるに決まっている。『見てたんですね! 変態』とか言われるに決まっている。それは避けたい。見てない。ちょっとしか見てない。だからノットギルティを主張したい。 そうだ、次に前かがみになったタイミングで言えばいいんだ。『あ、見えそうだよ、気を付けて』と。これなら自然。まさに自然。 そうと決まれば、まずはゲームを進めることにするべきだろう。次は、英美が夏希からカードを引く番だ。 「んふ」 「……」 ギリギリ不自然にならない程度の遠い位置で、夏希が待ち構えていた。 堪えきれないといった風に、夏希は口を閉じたまま含み笑っている。エロスに濁った眼がギラついていた。 「英美先輩の順番ですよー」 「ウン、ソウダネ」 夏希の思惑通り、英美は上半身を乗り出して手を伸ばした。 ただし、自分の手札を持った左手を胸元に添えた状態でだ。ガードされた胸元に隙はなかった。 硬直する夏希からカードを引く。揃った。ペアの2枚を山に捨て、英美の残り手札は2枚、うち魔女1枚。 「無念……!」 「う、うん」 何に対してか悔しがる夏希に、引きながらも応える英美。 その2人を眺めながら、紗霧は微笑んでいた。唯は声をあげて笑っていた。みちるは含み笑いを隠すため、口許に手を当てていた。 そして三好ゆたかは―― 「……っ!」 三好ゆたかは、顔をほのかに火照らせていた。 そう。英美の様子を見て、彼女はようやく気付いたのだ。先ほどの自分の体勢と、英美と夏希の不審な挙動の意味に。 「ちぇー……次あたしですね。よしあがった。トイレー」 硬直したままのゆたかの手札を1枚引き抜いてアガリを宣言すると、夏希は席を立った。 現在ゲームに残っているのは英美とゆたかの2人のみ。次はゆたかが英美のカードを引く番だ。 「それでは、次は私が引きますね」 「(きた!)」 英美はまず、注意する際の言葉を考えた。『あ、胸元見えそうだよ。気をつけて』。これだ。さも今気付いたかのようで、かつ、いやらしくない。最初の『あ、』がポイントなのは言うまでもない。 では言うタイミングはどうか。見えそうだよと言うからには、見えそうになっていなくてはならないだろう。これは間違いない。見えそうでもないのに『見えそうだよ』などと言えば変態認定は免れない。ゆたかの胸元が見えそうな状態になったら言う。すかさず言う。これだ。いける。 状況は英美の味方をしている気がした。勝利の予感があった。 「(いつでも来なさい!)」 タイミングを見誤ってはいけない。ゆたかの胸元が見える瞬間を見逃してはいけない。 じっと。英美はゆたかの胸元を注視した。凝視した。英美は真剣だった。真剣な眼差しをゆたかの胸元に向けていた。その瞳には真摯な光があった。 「(たいへん凝視していらっしゃる!?)」 ゆたかの目から見た英美は、それはもう変態そのものだった。 カッと見開いた、怖いほどの迫力を宿した目が見つめる先はゆたかの胸元。一瞬を見逃すまいとまばたきをしないせいで目が充血して、その危うさに拍車をかけている。 半開きになった口が浅く呼吸を繰り返し、何か言いたげに開閉を繰り返している。 「さあ、ほら、カード引いていいよ」 息を荒くしながらそんなこと言われても困る。そんなに見たいのか。そんなにか。 ゆたかは心の中で叫んだ。 これから起こる惨劇に備え、みちるは音を立てずに椅子をずり動かして退避の体勢。 唯は『やれやれ、またか』とでも言いたげに嘲りの笑みを浮かべた。 紗霧は表面上は無表情で動向を注視している。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 【条件分岐】 Q.ゆたかの英美への好感度が70以上ある? →はい いいえ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 「……ふぅ」 ひとつ息をついて心を落ち着かせ、ゆたかはおずおずと英美の手札に右手を伸ばした。 ただし、胸元を左手で押さえた体勢で。 「あっ」 その瞬間、英美がどう思っていたかは定かではない。 胸元を見ていたことに気付かれて焦っていたのかも知れないし、ただ単純に気付いてくれて良かった、と思っていたのかも知れない。ひとつだけ確かなことは、 「(そんなに、)」 確かなことは、次の瞬間、英美の頭は真っ白になったということだけだ。 「(そんなに見たいなら……!)」 英美は自身の目を疑った。次に頭を疑った。 それでも目だけは食い入るようにその光景を見つめていた。 熱を帯びた頬。 強がり顔で恥じらいながら、窺うような視線には少しの怯えを滲ませて。 どうぞと言わんばかりに、英美だけに向けて、左手の指で摘み、広げられた胸元。 「……~~!」 数秒で我慢の限界に達したゆたかは、英美の手元からカードを一枚抜き出して元の位置に戻った。 しかし、英美の精神を沸騰させるには、その数秒だけで十分だったようだ。 「……………………ほわっ?」 しばらく放心していた英美は、自分の鼻から垂れた液体の感触で我に帰ることとなった。 それに気付いた周囲の少女たちも声をあげる。 「あら、血が出ていますよ」 「おやおや」 「い、い、今ティッシュ出しますっ」 ゆたかの暴挙が有耶無耶になっていく空気の中、ひとり唯だけは唾でも吐き出しそうな顔をしていた。 **あくまでも救い ■ ■ 謎があれば、人はそれを調べ、あるいは人に尋ねることで答えを得ようとするだろう。隠蔽された秘密があれば、人はそれを解明し、時には邪推し、またある時は暴こうとするだろう。 不明とは火種であり、好奇心は燃料だ。燃え上がった知的好奇心という名の欲望を抑え込むのは、難しい。 ■ ■ 昼休みの喧騒の中。三好ゆたかは一人、自分の教室である2-Aクラス前の廊下にいた。 昼食を終えて早めに戻ってきたはいいが、教室では折り悪く弁当組にゆたかの机を使われていたせいだ。声を掛けて机を返して貰う必要もないかと、ゆたかはこうして壁に寄り掛かっている。 「……出ませんね」 手元の携帯電話の画面を見つめながら、三好ゆたかはそう呟いた。 画面に表示されている検索サイトのテキストボックスには、『電動 丸い 玩具 ピンク』という言葉が並んでいる。 「(やはり、ただの玩具としか思えませんが)」 つい先日の話、ゆたかはある玩具を拾得した。いや、正確には、玩具と思われる正体不明の物体を、だ。 結果だけ見るなら、落とし物は無事に持ち主の手に戻ったわけで、一件落着と言えるだろう。しかしゆたかにしてみれば、自分はただあの玩具を手に持っていただけだというのに、松島英美は涙目で逃げるわ彩水唯からは汚いものでも見るかのような目で見られるわ、思い返してみれば随分と散々な目に遭ったものだ。 しかも、最も納得いかないのは、当事者に説明を求めても逃げられるかはぐらかされるかで、あの拾得物がどんな用途で使う何物なのか未だに分かっていないことだ。曰く『ただのマッサージ器だ』という説明を受けてはいたが、今となってはそれが真実だとは到底思えず、内心穏やかではいられない。 そういった事情から、ゆたかはこうして携帯電話からあのアンノウンについての調査を行っていたわけだが――商品名か通称くらい分からないことには、無理だ。結果が出ない。 「ふぅ」 「こんにちは」 「はい、こんにちは。……会長?」 いつもの癖で半ば自動的に挨拶を返しながら顔を上げ、ゆたかはわずかに目を見開いた。そこにいたのは、穏やかな微笑を湛えた奥村紗霧生徒会長だった。 「どうも。そんなため息をついて、どうかなさいました?」 「あ、いえ、大したことではありませんので」 風紀委員と生徒会の連携で顔を合わせる機会は多いが、立場を抜かせば『友人の友人』程度の関係でしかない。そんな相手に相談に乗ってもらうほどの話ではないはずだと、ゆたかは愛想笑いを浮かべた。 「大したことでないのなら、三日も前から暗い顔はしませんでしょう?」 「え? あ、あの」 「いえ、実はですね。誰とは申しませんけれど、三好さんのご様子がおかしいという話を、少し前に聞いていたものですから」 「それは……その、すみません」 ゆたかは少し俯き、顔を赤らめた。 誰かは分からないが、余計なことを話してくれたものだ。私の周囲の人間で、三年の奥村会長に相談を持ちかける人間と言えば――最も確率が高いのはやはり、秘密を隠している当事者で、かつ三年の――いや、本当に誰かは全く分からないけれど、余計なことを話してくれたものだ。全く。ほんとに。あの人は。もう。 「親しい人には相談し辛いこともありますでしょう。私で良ければ、話してみてくれませんか?」 「いえ、そこまでご迷惑をお掛けするわけには」 「そのお気持ちがあるのなら、相談に乗らせてくださいな」 「……うぅ」 微笑みが目に眩しい。相手が完全な親切心から言っているであろうこと、他の人から話がいってしまっていることなどを考えると、ノーと言うことは躊躇われた。 「本当につまらない話なんですが」 そうしてゆたかは、事の顛末を紗霧へ話し始めた。 かくかくしかじか。 「それで、こうして自分で調べてもみたのですが、一向に正体が掴めないものですから」 「そういうことでしたか」 話の大まかなところを話し終えたところで、ゆたかはふと思いついて訊ねてみた。 「そうだ、会長は心当たりはありませんか? その、あのマッサージ器のようなものの正体が何なのか、について」 「ふ、む……済みません、見当もつきません」 「そうですか、いえ、ありがとうございます」 悩むような間を置いて返ってきた返事はしかし、ゆたかの望み通りとはいかなかった。小さな落胆に、ゆたかが肩を落とす。 「けれど三好さん。貴女、ソレの正体を知って、それからどうなさるおつもりですか?」 「? どうする、とは、」 曖昧な問いに当惑しながら、ゆたかは鸚鵡返しに問い返した。紗霧の表情がやけに冷たく見える。いつの間に笑みを消したのだろう。 「例えばその正体を知ったとして、それを貴女は皆さんに話されるのですか?」 「え……いえ、その、話せ、ません」 「――――」 それきり紗霧は沈黙した。真っ直ぐにゆたかの目を見つめたまま、ゆたかの答えを待っている。 ゆたかは、紗霧の言いたいことを理解した。理解してしまった。つまり紗霧は、ゆたかにこう言いたいのだ。 『皆が自分に対して口を閉ざすのは何故?』 『ゆたかに真実を伝えない理由は?』 『それは誰のため?』 『それを考えた上で、貴女はまだ知ろうとするの?』 「……」 沈黙の視線のうちに込められた糾弾に、ゆたかは思わず視線を逸らした。自分のしていたことが急に恥ずかしく思えてきて、唇を軽く噛む。私は一体何をやっていたのか。それを、皆がどんな気持ちで見ていたのかも知らずに。 「そんなに暗い顔をなさらないで下さい、三好さん。貴女だけが悪いわけでは、決してないのですから」 「え……?」 全ての過ちを赦す慈母の微笑みに、ゆたかは逆に戸惑った。こんな悪い自分に、何故この人はこんな優しい笑みをくれるのだろう? 「秘密にされたら知りたくなるのが道理です。せめて隠す理由くらい知らないことには、三好さんが調べたくなるのも当然の話」 「そうですけど、でも、やはり秘密を無闇に暴き立てるのは」 「直接聞いてみればいいんですよ。隠す理由を」 「理由を、直接?」 「そうです。今回足りなかったのは、対話と歩み寄りです。今の三好さんの気持ちを素直に伝えれば、皆さんもきっと分かってくれるはずです」 「今の、気持ち……」 「偉そうなことを言いましたけれど、実際さして大した理由もない可能性だってありますし、ね」 最後にそう、おかしそうに笑いながら言い残して、奥村紗霧は去っていった。 残されたゆたかはその背中を尊敬の眼差しで見送りながら、彼女のことを想った。会長へ相談を持ちかけてくれたに違いない彼女へ。 そうして紗霧の言う通り、今の気持ちを素直に伝えるために、今日の放課後の予定を尋ねるメールを作成し始めた。 ■ ■ 廊下の角を曲がり、ようやく背中に感じていた視線がなくなったことを確認してから、紗霧は小さく笑った。 不明とは餌であり、好奇心は猫だ。走り出した猫を捕まえるのは難しい。しかし道を用意してやれば、その方向を誘導することは、かくも容易い。 ■ ■ 自室にて。 松島英美はテーブルの前に正座して、膝の上に置いた両手をぐっと握りしめながら、長いことその物体をじっと凝視していた。 窓から見える爽やかな青空とは対照的に、思いつめた顔で。気恥ずかしそうに。その目に、僅かな好奇心を覗かせながら。 まっさらなテーブルの上に、ぽつねんと小さな何かが置かれている。 その物体は、2つのパーツとそれを繋ぐ細いケーブルで構成されていた。片方は2センチ程度の小さな楕円球で、もう片方は小さなツマミの付いた長方形。2つのパーツとそれらを繋ぐ紐の色は、全て白い。色は違うが、つい先日、ゆたかが拾ったという持ち主不詳の落とし物とほぼ同型の物だ。 「……」 もちろん、と言うべきか、これは英美の私物ではない。朝起きて、自分の部屋の床にこれが転がっているのをついさっき発見したところだ。 そして持ち主は既に判明している。昨日……金曜日の放課後に遊びに来た後輩、伊織夏希だ。学校からの帰り、英美の家に寄り道をしていった彼女がこれを“置き忘れて”いった。たった今メールで本人に確認したから間違いない。 学校での件も持ち主は夏希だったのでは? と英美は推測していたが、直接夏希に訊ねてはいない。もし夏希が持ち主だったとしたら、つい『これは私の物ではありません』と言ってしまう気持ちは英美にも簡単に想像がついた。こんな恥ずかしいものを他人に拾われて、『それは私の持ち物です!』と言える人間がいるだろうか。いや、いるわけがない。 どうしたらこんなものを学校のトイレや他人の家に忘れてくることが出来るのか英美には分からなかったが、深くは考えないことにした。人には大なり小なり秘密があるものだ。うん。 しかし詳しいことの追求はしないにしても、これを夏希に返すときには、『今後またどこかに置き忘れたりしないように注意しなさい』と言っておこう、と英美は決めていた。前回と今回は運良く何事もなく終わったが、教師や他人に知られたときに困るのは夏希なのだから。 「うん?」 テーブルに置いていた携帯電話がチカチカと光を放ちながら、ポップでキュートなメロディを奏で始める。メールだ。 送信者の名前を確認して、英美は首を傾げた。夏希からだ。忘れ物の引き取りは明日にしよう、ということで先ほど話はついたはず……だが、はて、まだ何か話すことがあっただろうか? 「て、ちょ、しないよそんなこと!」 本文を確認して、英美は思わずそう叫んだ。 メールにはこうある。 『洗って綺麗にしてありますから、興味があったら使ってみて下さい! よければ!』 よければ! ではない。何も良くはない。お前は一体何を言っているんだ! 「だ、大体、話に聞いたことくらいあるけど、使い方も分からないし、それに、そんなこと出来る時間も、ないし」 今日はこれからゆたかが遊びに来ることになっている。だから、昼間は無理だ。夕方からは時間が空くけど、出来てもやらないよ。もちろん。 えっと、こういうの使うのって、風呂入ってからのほうがいいのかな……じゃなくて、どうせ汚れる? んだし、風呂入ってからのほうが――って、いやいや、使わないけどね! 「……興味も、ないし」 左手に携帯電話を持ったまま、右手がおそるおそる前に伸ばされる。テーブルの上に鎮座ましましている、未知の塊へ。 興味はないんだけども! 全然ないんだけども! 単4電池とかでいいのかな。変な形の電池だったら―― 「きゃわー!?」 左手の携帯電話が電話着信のハードロックを喚き立てる。 英美は驚いて叫びながら机上の物体Xを引っ掴んで、隠すように両手で包み込み胸元に寄せた。激しい動悸を手で押さえるように。 「び、び、っくりしたよ、一体誰、」 着信:三好ゆたか 「……あ、そっか、だよね」 当然。納得。であった。 今日は家で話をしたいとのことで、どこにも遊びに行かず英美の部屋でゆっくりする予定になっていたのだ。だから、 「ゆたかが来る前に、これはどこかに隠さなきゃ、だよね。えっと、えっと」 ぴ、と通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てながら、英美は立ち上がった。 第一級隠匿指定物の隠し場所を求めて視線を巡らせる。 「はい、もしもし」 戸棚、ベッドの下、机、クローゼット……相応しい隠し場所かを考える。 その過程、置時計で時間を確認した。11時、ほぼ丁度。ん? 『もしもし』 受話口から聞こえてくる声。 それと同時。部屋にチャイムが響き、来客を告げる。 「ちょ、」 もしもしわたしゆたか。いまあなたのへやのまえにいるの。 「ごめん、ごめんちょっと待ってね? 今開けるから」 『はい』 右手に携帯電話、左手に大変いかがわしい物を持ったまま、英美はものすごく慌てていた。 「えと、えーと、えい!」 後で考えてみれば、机の中にでも隠しておけばよかったと思うが、この時の英美の頭の中は限りなく透明に近い白だった。 何を思ったのか、英美は左手に持ったそれをポケットにねじ込んだ。 そして入り口の鍵を開けて、ゆたかを招き入れた。 ■ ■ 「あの、英美さん」 「うん?」 部屋に招き入れられて、いつもの位置に腰を下ろして。 世間話もそこそこに、ゆたかは本題を切り出した。 「この間の、落とし物の玩具の話なんですが」 「あ、あー、うん」 英美が気まずげに目を逸らす。 「(アレがなんなのか分かっちゃったのかな……うわー、謝ったほうがいいかなあ)」 あんなものの解説をするのは恥ずかしい、というだけの理由で逃げ回っていたのが英美だ。 積極的にゆたかのことをからかおうとしていた唯ほどではないにせよ、自分にも責はある、と英美は思った。 「あのね、ゆたか、その」 「いいえ英美先輩、まずは聞いてください。私は、貴方に謝らなければなりません」 「え?」 なぜ自分が謝られなければいけないんだろうか。英美にはわけがわからなかった。 アレの正体が分かって『なんで黙ってたんですか!』とか、あるいは未だに分からなくて『なんで教えてくれないんですか!』とか、そういう話ではないのだろうか? 「私は今日まで、あれが一体何なのかについて調べていました。本日までの調査の結果として、結局、まだ何も分かってはいなかったのですが」 「……うん」 とにもかくにも、声の調子から改まった話だということだけは分かる。 ベッドにあぐらをかいていた英美は、居住まいを正して聞く態勢を取った。 「皆さんが知っているのに、私にだけ教えてもらえない。それが許せなかったんです」 ゆたかの声は落ち着いていた。言葉とは裏腹に、表情も至極穏やかだった。 少なくとも今は、怒ったり悲しんだりといった激情とは無縁のように、英美には思える。 「けれど、あの落とし物が何なのか皆さんが教えてくれなかったことにも、理由があるんですよね」 「ん……?」 英美はもぞもぞと尻の位置を直した。視線が、少し、その。 「隠し事をされるのは哀しいですが」 「う」 「皆さんのことを思えば」 「うう」 「私がしていた行為は、皆さんへの裏切りに他なりません」 「ううう」 眩しい。 信頼に満ちた瞳が。 「なので、今後は気にしないことにしようと思います」 「(そんな)」 そんなことを言われても困る。 そんな風に思われても困る。 「でも……いえ、往生際が悪いですね、すみません」 「や、」 この話はこれで終わりです、ご清聴ありがとうございました、と。 ゆたかは正座の姿勢のままで、深々と頭を下げた。 「――――」 そのお辞儀に、英美は言葉をなくした。 なんだろうこれは。なんなんだろう。私はただ。ただ恥ずかしくて。それで黙って。 「(なんで?)」 それが一体全体なんでこんな展開になるのか。 なんでこんな悟った風の笑みを浮かべさせることになったのか。いったいそしてぜんたい。 かと言って『あれはエログッズだったんだよ!』なんて今更言えるか? そんな空気か? 「こっちこそごめん!」 英美は感極まって、居ても立ってもいられず……いや、居てもいられず立ち上がり、ほとんど叫ぶようにこう言った。 先のことは全く考えていなかった。 そのしゅんかんにポケットから、ぽーんととびだす、しろいアレ。 「あっ」 勢い良く伸び上がった英美の腰のポケットから飛び出したソレは放物線を描き、床にクッションを置いて座っていたゆたかの目の前に着地した。 「あ、これ」 「はわ!?」 思わずといった風に手を伸ばすゆたかに先んじて、英美はベッドから飛び降り、落としたソレを慌てて拾い上げた。 取りこぼしそうになりながらも両手で胸に押し付けるようにソレを抱え、そのままぺたりとカーペットに腰を下ろし、猫背になって目を逸らす。 指の隙間から、白いコードがはみ出ていた。 時、既に遅し。 「英美さんも持ってたんですね」 英美の視界がぐるぐる回る。ぐるぐる。ぐるぐる。 「はわ、はう、ちゃわ」 ちがうこれはなっちゃんのでだから あれちがうゆーちゃんは知らないんだっけでも 「もしかして、流行っているんでしょうか……」 こんなのが大っぴらに流行してる街なんていやだ! 「こ、、や」 と英美は思ったが、ゆたかのほうは『流行の話を教えてもらえないなんてさみしいなあ』みたいな顔をしていた。 だから違うんだってば。大変な誤解。ほんとうにひどい誤解なんです。 「話すよ!」 「え?」 一瞬の沈黙。 英美はテンパっていて、ゆたかは普通に落ち着いていた。 無知と既知との埋められない溝がそこにある。 「え……っと、宜しいんですか?」 「い、いいよ!」 勢いに任せて、英美はそう言った。 わたしには別に隠す理由なんてないんだ。ただ、そう、話すのがちょっと、かなり、すごく、ものすごーく、恥ずかしいだけで! 「それは確かに、私としても望むところではありますが……」 できればもう少し落ち着いて、考えなおしてもらっても構いませんが、と、ゆたかの目はそう言っていた。 しかし、ここで止まって後で知られたほうが英美としてはよほど恥ずかしい。走るべし。走り抜けるべし。 「えとね、あのね、そんなに大した理由もないんだ。実は」 「そうなん、ですか……?」 ゆたかの目が眇められる。 怖い。 「ちょ、あ、違う、言い方まちがえました。じゃなくてその、」 まって。わかって。いま言うから。いま。そしたらわかるから。 「その、あの、その」 「……」 100%菩薩だった笑みに、若干の陰りが見えてきた。 まずい。早く言わねば。一秒ごとに危険指数が上昇していく。 「びっくりしないで聞いてください」 「これは」 「その」 ■ ■ 「……なことに使う道具なの」 「え?」 俯いて、目を逸らして、小声で、赤面しながら。 もごもご、と口の中でだけ呟いた言葉は、当然のようにゆたかには聞き取ることができなかった。 「だから、その、もごもごで」 もにゅもにゅ。 妙に身をくねらせながら、英美の態度ははっきりしない。 ゆたかも、そろそろ苛立ってきた。 「すみません、もう少し大きな声で言って頂けませんか?」 ずずいと身を寄せ、耳をそばだてるゆたか。 英美の顔の赤みが増す。 「だから、その……えっちなこと」 ん? 「え?」 なんだって? 「だから、えっちなこと! えっちなことに使うの!」 今度はゆたかが赤くなる番だった。 絶句。赤面。戦慄。羞恥。 「なっ、なっ、なっ」 目を閉じたままがーっと言って、やり尽くした感のある顔で英美は思いっきり顔を逸らした。 ゆたかはあまりの衝撃から少し仰け反った姿勢で、英美の手元からちらりと見えるそれを思わず凝視。 赤い顔がふたつ。 「黙っててごめんね……!」 「そこで謝られても困ります!」 むしろ黙ってて欲しかった! 言わなくてもいいって言ったのに! と今更ながらに、本当に今更ながら思うゆたかだった。 「だからその、説明できなかったのは、そういうわけで」 「へ、へえー」 今度のもごもごは、ゆたかにもよく理解できた。 あの日よく分からなかったアレコレも。あの小娘はあとで説教。 「ということでした……」 観念したのか、それとも秘密を共有する人間ができて少しは楽になったのか、英美は固く握っていた両手を広げ、ゆたかの眼前に差し出すようにして、その全貌をあからさまにした。 「へ、へえー」 その事実を知ってから見ると、物の見え方も全く違ってくる。 「そうだったんですか。これが。はあー……」 ゆたかは興味津々にそれを観察した。 これが、その、そういうアレコレに使うものなのか。言われてみれば、 「いえ、しかし、玩具にしか見えません、よね」 「ん、うん、だね……」 結局、ただの丸くて震えるだけのものだ。 露骨に怪しい形をしているわけでもないし。色も清潔感の溢れる白。 「……」 「…………」 少しの沈黙のあと。 「……どうやって使うんでしょう?」 ゆたかは頭の中に浮かんだその疑問を、そのまま口に出していた。 尋ねるでもなく、自問自答でもなく。思わず。 「そ、それはほら、えっと、」 英美も使ったことはない。あるわけがない。 けれど話には聞いたことがある。局部に押し付けて使うのだ。確か。 「なんかこう、そういうところに、さ、ほら」 「あ、あぁ、はい、その、そういう所にですよね。ええ」 お互いが、お互いの『そういうところ』を、ちらちらと盗むように見る。 「こ、こうかな……なんて」 乾ききった笑みを浮かべながら、英美は試しにローターの球体部分を自らの右の胸に押し当ててみた。 電池が入っていないから、当然動かない。にも関わらず、英美は自分の鼓動が早まっていくのを自覚した。 そして、そんな英美を止めるでも咎めるでもなく見つめるゆたかも、同じような心持ちでいた。 「試しに、ですけど」 「うん」 新しい世界、知らない世界。 一人じゃないから、怖くない。一人じゃないから、いつでも笑い話にできる。覗き見るくらいなら。たぶん。 この時点ではまだ、二人とも、そんな風に思っていた。 「使って、みます?」 「……っ」 言ってしまった。言われてしまった。 まだ大丈夫。笑い飛ばしてもいい。 でも、じゃあ――どうする? 「…………でんち」 「あ、」 ぎこちなく英美は立ち上がり。 「でんちとってきます」 ゆたかはその背中を、無言で見送った。 **落ち葉を蹴っ飛ばしたりはしない。 昨晩の話になるが。 三好ゆたかは天気予報で明日の最高気温を確認していたから、寒いのは分かっていた。明日は大分冷え込むようだからと、厚い上着を出しもした。だが、 「……」 風を見ていなかった。手袋を持ってきていなかった。 ダウンジャケットで確かに体は温かいが、鞄を持つ右手は言わずもがな、ポケットに入れている左手もどんどん冷たくなってきていた。 放課後の帰り道。 「えっと、ゆたか」 「はい、なんでしょう」 温かそうなニットのポンチョとグローブをモフモフと見せびらかしながら(ゆたかの主観である。念のため)、ゆたかの左側に並んで歩く松島英美は、言いにくそうにだがこう尋ねた。 「暗い顔してるけど、どうかしたの?」 「……いえ、別に」 横目で英美を見ながらの返答は、今のゆたかの手と同じように冷たかった。 「そ、そっか。ごめんね、変なこと聞いて」 あはは、と愛想笑いを浮かべる英美。 その一瞬前に悄然としていたのを横目でしっかり目撃して、ゆたかは狼狽えた。 「あ! いえ! そうではなくてですね!」 「う、うん?」 ゆたかは八つ当たり気味に黙秘しようとしていた自分を恥じながら、左手をポケットから出して英美の目の前でぶんぶんと振る。 「つまらない事なんですが、手袋を持ってこなかったものですから」 「あ、そっか、そうだったの」 目の前でひらひら動く手が寒そうに震えているのを見て、英美はさっとそれを両手で包んだ。 「(はわっ)」 思わず立ち止まるゆたかに合わせて、英美も足を止める。 「あ、ごめん、痛かった?」 「い、いえ」 公衆の面前でんなになにを、などとゆたかが考えているうちに、英美が手袋を外す。 今度は手と手が直接触れ合った。 「わー、すごい冷えてる」 「え、ええ、まあ、それは、そうでしょうね」 ほう、と安心してしまう内心を押し隠して、ゆたかはあくまで冷静を装った。 素っ気ない返事にもめげず、英美の手の動きは優しい。 「あったかい?」 「それは、ええ」 さすりさすり。 「……」 「…………あの」 さすりさすりさすりさすり。 「うん?」 「もう大丈夫です。行きましょう」 心地良さよりも恥ずかしさと申し訳なさが先に立って、ゆたかはそう言った。 と言いつつも、手を振りほどきはしないわけだが。 「でも、まだもう片方あるし」 「いいですから」 両手やるつもりだったのか。 ゆたかは空いていた右手で英美の手をそっと押しのけて、さっさと歩き出すことにした。 「あ、右手も今すごい冷たかったよ!」 「それほどでもありません」 つかつかと歩くゆたかに追いすがり、英美が食い下がる。 「手袋貸すよ」 「それでは英美先輩の手が冷えます」 「私はいいよ」 「よくありません」 「じゃ、じゃあ半分こ」 「……はあ」 善意を断り続けるのも疲れる。落ち込まれる前に観念して、ゆたかは差し出されていた手袋を受け取った。 そして、それを右手に装着する。 「(あ、あったかい)」 まだ残っていた英美の温もりが、かじかむ右手を包む。 右手がだいぶ楽になった。ありがたい。 「さあ、行きましょう」 「待って待って」 顔が弛緩していないか左手で確かめながら、ゆたかが先を歩く。 それを英美が慌てて追いかける。 「あ」 「わ」 英美が追い付いて隣に並ぶのと、ゆたかが左手を下ろしたのはほぼ同時だった。 英美の右手とゆたかの左手――互いに手袋をしていない手が触れ合って声をあげたのも、ほぼ同時だった。 「えっと、」 『いい?』と、窺うような視線。 視線を外してそっぽを向いて、ゆたかがこくりと頷く。 両手を温かくして、2人は帰宅した。 **あるものしりとり 夏希ばーさす遥 「あるものしりとり?」 「そ。今ここにある物の名前だけしか使えないっての」 「へえー。オモシロソだね。それじゃ、最初どうしよっか」 「『り』スタートだろ。んじゃーあたしからな。『理科』」 「『か』かあ。か、か、か、かー……あ、『カラス』」 「『水曜』」 「う、『ウノ』」 「『の』ってなんだ、なんかあるか、ないだろ、の、『のり』」 「あらビック! えと、んーーー『リフ』!」 「なにそれ音楽的な意味でか。グレーゾーンだなあ」 「大丈夫、問題ないさ」 「んじゃあ『フェルマータ』。教科書のどっかにはある。多分」 「むむ。『たくわん』」 「胃袋の中にか。ていうかアウト」 「しまった、1落ちした!」 「残機制なのかよ!?」 「『たまごやき』でー」 「……これで残機ゼロだからな。『教科書』」 「『しょ』? 『よ』?」 「どっちでも」 「『賞状』」 「うn――じゃなくて、『運動部』」 「なんで言い直したの?」 「深い意味はない」 「ほむ。『部活』」 「んー…………つち、『土踏まず』」 「おお」 「ふはは」 「『ず』ってむずかしいなあ」 「降参か。いいぞ降参で」 「『ずらし押し』」 「あたしの体を押すな! ってかそれ名詞じゃねーし!」 「(ふんっ)」 「ドヤ顔をするな。まあいいや、『しま』」 「パンツが?」 「どう見てもソックスだろーが!」 「すとっぷばいおれんす!」 「次、『ま』」 「まnモゴモゴ」 「別のにしろ!」 「んじゃあ、えーと、『万札』」 「あるのか今」 「あ、あるよ!」 「確かめていいか?」 「と、友達に噂とかされると恥ずかしいし!」 「じゃあしょうがねーなー。あー、と、『土』」 「『ちんこ』!」 「ねーだろ!」 「じゃあ出す」 「いややめろださなくていいコラやめろやめろやめろ」 「えー」 「あたし降参!」 「なんと!」 「帰るぞ!」 「よしわかった!」 **ニャーさまをぼんやり鑑賞するの会 文房具屋に行ってきた、その帰り道のこと。 「あら」 車のほとんど通らない、住宅地の隙間を縫うような小道で。 三好ゆたかは猫を見かけた。 「ニャー」 誰とも知れない他人の家の駐車場のど真ん中に、首輪のない猫がくてりと転がっている。車はない。どこかに出掛けているのだろう。 あらん限り背伸びをするように体を捻って伸ばしながら、こちらを向いて我が物顔でニャーと鳴いた猫の頭は上下が逆で、明後日の方向を向いた後肢はなんと卑猥に90度まで開脚していた。 今日はぽかぽかといい陽気で、程よく温もったコンクリートがいかにも気持ち良さそうである。 ゆたかはしゃがみ込み自分の足に頬杖をついて、その猫をぼんやりと眺めた。 遠くの公園から小さな子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。 温かな陽射しでゆたかの頭もほくほく温もる、日曜午前11時のこと。 **もちのきもち 1-Aの前方窓際には、白くて大きなヒーターが据え置かれている。 教師最優先で暖気を提供する小憎らしいやつだが、そのパワフルさには定評がある。あまりにもパワフルすぎるため、目の前に立っていると即座に尻が焼ける。 「――――」 それでも付き合いようはある。今まさに伊織夏希がしているように、横からもたれ掛かるのが彼と上手に付き合う最良の方法だった。 ヒーター脇にある丁度いい高さの石の棚に腰を掛け、上半身全部をヒーターに預けるように横になる。ペタリと頬に付けた鉄の箱は、ほんのり暖かい。 「ぐぅ」 片方の耳を白い彼に押し付けて、こうこうと乾いた風の音を耳の奥で聴いていると、先ほど満たしたばかりの腹が眠気をもりもり作り出す。 倦怠感に身を任せ、夏希の意識がゆっくりと沈んでいく。 「すぅ、すぅ」 吐息は徐々に規則正しく、大きく深く。 クラスメイトたちの雑談をBGMに、夏希はそのまま夢の世界へ 「モフり」 「……んぅ」 は、入れなかった。 背中に重り。モフり。誰。 「あれ、反応にぶいです」 「んん」 彩水唯は不満そうな声色で不満顔を浮かべたが、夏希は頓着しない。 「つまんなーいでーすよー」 「んん」 抱きつくように密着されても、耳元で囁かれても、頬の肉をむにむにと引っ張られても、夏希は無反応を貫いた。なにしろ眠い。眠いのだ。 あと実は、適度な重みも密着されるのも、耳元に息がかかったり顔をぺちぺちされたりするのもイヤじゃなかった……というか気持ちよかった。 「あ? んー、ナツさんの体あったかいですね。んー」 睡眠に入る直前は、最も体温が高まるという。 腰から首すじまでぺたりと密着してみると、人肌の温もりが唯の眠気も誘う。 「んー、なんか、ねむ……」 「んん」 1名様入りました。 「追加で1名様はいりまーす! いらっしゃいませー!」 その光景を発見した春咲遥が、迷いなく両手を広げて飛び込んだ。 「はわっ?」 「ぐぇえ!?」 2人分はさすがに重すぎた。 潰れた両生類のような鳴き声をあげて、夏希が悶絶する。唯を背負ってもまだ許容範囲内だったヒーターの角が、夏希の脇腹にメリメリと食い込んでいる。痛い。超痛い。マジで。 「痛てぇっつーのぉおお!」 あまりの痛みに一瞬で覚醒。 枕にしていた両腕をフル活用して、背中に乗っていた2匹の小動物を跳ね飛ばした。 そして丁度いい位置にあった教壇に座り込んだ遥をビシッと指差して、ツッコむ。 「重いわ! さすがに!」 「てへ」 「反省の色がねぇ!」 「あはは……」 鏡餅の一番下の気分を味わって、すっかり眠気が飛んでしまった。 しょうがないので適当に雑談をして過ごした。 あと、遥のことは1回殴った。 **余計なことを言わないこと 『Yeah!』 ――何が悪かったのか。 松島英美は自問する。何故こんなことになってしまったのか。初めはただ、借りてきた映画のDVDを一緒に見ようという、ただそれだけの話だったはずなのに。 真っ先に思い浮かぶのは、先日この部屋に遊びに来た妹の顔だ。 『Oh……Ah!』 しかし、妹に落ち度はない。あの自分なんかより綺麗でカッコよくて頭が切れて要領のいい妹は、しっかりとクギを刺しておいてくれたではないか。それこそまさに、『うっかり誰かに見られないように注意してね』と。 『Yes! Come! Come on!』 悪いのは、こんなモノが入れてあるのをうっかり忘れて、そして間抜けなことに『あれ、何のビデオが入ってたんだっけ?』などと再生ボタンを押してしまった自分のほうだ。 だからこの状況は、誰のせいにすることもできない。 「…………」 隣で黙り込んでいる三好ゆたかも。 『――Please!』 『こっくぷりーず!』などと(なんだろう、この味噌汁を作ったのは誰だ!的な……?)全裸で叫んでいる白人の美女と、その美女に噛み付いて食べようとしている(そうとしか見えない)やたら筋肉質な白人の男性を映し出しているうちのテレビも。 自分でなんとかしなくてはならないのだ。 ■ ■ まず何よりも先に行うべきは、この膠着した状況からの脱却だ。 今この部屋に横たわっている“気まずい沈黙”は長ければ長いほど重圧を増し、また三好ゆたかの怒りは加速度的に増していくだろう。怒り心頭に達したゆたかのアクションを固まって待つだけの人形になるのは愚策でしかない。 英美は萎縮した自分を奮い立たせリモコンに手を伸ばした。停止ボタンを確認し、押す。 『Oh, Ple――』 ぷつん、と。音が消える。肌色多めだった画面が黒で占められる。これで第一段階はクリアした。次は今回の件についてしっかり話し合う。 ごめん、と謝るだけでは勿論ダメだ。しっかり事情を説明し、悪いのは英美なのだと理解してもらう。嘘もつかないし誤魔化しもしない。常に真摯たれ。正直こそ美徳なのだ。 「あのね、」 すぐ隣に座るゆたかに、英美はまず微笑みを向けた。 そのあと。 押し倒された。 ■ ■ 天井が見える。仰向けになっている。背中には少し固い感触。毛の深い絨毯。目の前には端正な顔。眼鏡がややズレている。瞳を閉じて、頬は紅潮していた。 「(あわ、ぅわ)」 英美は動揺していた。動揺する以外のことをする余裕がなかった。 悲鳴もあがらなかった。より正確には、あげられなかった。 「……ん」 口を塞がれていた。 「(うわわわわわわ)」 やわらかなモノが意識の大半を塗り潰してゆく。 ほとんど何も考えられないのに、唇の感触だけがやけにハッキリしている。 「……っ」 わずかに残った英美の理性が思い至ったのは、『突然だからって拒んだら傷付けちゃう』だった。イヤじゃないよという言葉に代えて、床に放り出していた両手をゆたかの背中にそっと添える。 「はぅ」 返ってきたのは鈍い快感だった。英美の両足の間に割り込んできた膝頭が、ショーツの上からアレな場所をぐりぐりとこね回してくる。 緩慢で大雑把な刺激だが、自分で位置を調節すればその限りではない。英美は腰の位置を調節し、気持ちのいい場所をゆたかの膝頭に押し付ける。 「ど、どうですか?」 「……ふへ?」 すっかり惚けた表情をしていた英美は、ゆたかの問い掛けで我に返った。 「その……欲求不満、だったんですよね?」 「――――」 その問い掛けで、英美は停止した。 「最近あまりこういったことが出来ていませんでしたし、それであの、あんなモノを購入してまで遠回しな要求を!」 「……」 ふにふにと乳房を揉み上げられながら、英美は沈黙した。 「そんなに不満を抱えていたことに気付かなくて、本当にごめんなさい」 「……………………う、うん」 そして、申し訳なさそうに謝罪するゆたかに、英美は頷き返した。 嘘が相手を幸せにすることもある。正直なだけでは世間は回らないのだ。 「気にしてないよ、大丈夫。こっちこそごめんね、あんな変なもの見せちゃって」 言いながら英美は、ゆたかの腰を抱き寄せた。 ボロが出ないうちに会話を切り上げ、なし崩し的に誤魔化そうという魂胆だった。平穏を守るために、隠しておかなければならない現実もあるのだ。 「そ、そんなことより、ゆたかも、ね」 「あっ」 ゆたかを横にころりと転がして体勢を入れ替える。 潤んだ瞳で見上げてくる可愛い恋人に、英美は覆い被さった。 **柚瀬吉佳チュートリアル ■ ■1.エッチウーマン 賑わうカウンター、押し寄せる生徒達の行列から少し離れたところ。 観葉植物の大きな鉢の端に腰掛け、唯と五十鈴は人を待っていた。 「むー」 まだそれほど待ってはいないが、焦りは強い。こうしている間にも席はどんどん埋まってゆく。 食堂組にとって、昼休み開始直後の一分一秒の価値は平常の三倍なのだ。 「腹が減ったぞーい」 「そうですねー」 五十鈴がぼやく。唯は立ち上がり、混雑の中から先行組を探してみた。 すぐに発見できた別働隊の四人は、丁度空いている席に座るところだった。こちらの不遇も知らず楽しそうな笑顔が並んでいる。 背中を撫でさする五十鈴の手を払いながら自問する。なぜ、なぜチョキを出した。 「おぉお待たせしやしたァ!!」 「んきゃーっ!」 侠気溢れる挨拶と共に背後から自分の胸を鷲掴みにされ、衆目も鑑みず彩水唯は泣き叫んだ。 一見乱暴なようで繊細、露骨に露骨なその手付きに犯人をぴたり特定し、唯が身をよじる。 「やーです! 離してください柚瀬先輩!」 「うんしかしね三好くん、育ち盛りのこの蕾を手ばいでっ?!」 足の甲に踵を落とし、怯んだ隙に手の内から逃げ出す。 抱きしめられて苦しかったのか、唯は妙に赤い顔をしていた。 「遅っそいです先輩。もうみんな先に行っちゃってます」 「ごーめんごめん待たせちゃったかなー! ね! メンゴ!」 片手を謝罪の形にして唯に笑いかけているのが、三年の柚瀬吉佳だ。 八重歯が覗く笑顔は、爽やかと言うより豪快に感じられる。背は高く肉付きのいい体つきをしていて、トレードマークのウルフカットは背中まである金髪だ。 「ややや遅かったですな。謝罪はいりませんが謝ってください!」 元気良く挙手をしながら、五十鈴が得意げにそう要求する。 明城五十鈴は時たまこうして矛盾した日本語を使いたがる悪癖があった。 「メンゴメンゴ」 「おっおぅっ」 手刀で頭をびしびし叩かれ、五十鈴がよろける。 「ほら、遊んでないで早く並ぶよ。唯ちゃん、先行こっか」 「あ、はい」 「待ちたまえよ!」 先行組から五分遅れで、ようやく三人も列に加わった。 ■ ■2.メニューはいつも三種類 「なーに食べよっかなー」 「Aランチ! A!」 「ほう、アタシの唐揚げと勝負するのかい」 じりじりと進む列の中から、三人は掲示されたメニュー表を見上げる。 唯はBランチのムニエルの残数を気にしながら、今日のAランチは人気筆頭ハンバーグであり、唐揚げ定食は出ていないことに気付いて疑問符を浮かべた。 「あれ、先輩。今日は唐揚げないですよ。ハンバーグです」 「なに!? いやいや、あるじゃないか。ほれあれ」 吉佳が指差すのは、固定メニュー側のカウンター、その一角にあるカレーコーナーだった。 カレー。チーズカレー。唐揚げカレー。 消え入るような声でやっぱりカレーなんだ、と呟く唯。 ああ、この人にはもう見えていないのだ。カレーコーナー以外のメニューは何一つ。 「カレー定食があったらねえ」 「カレー定食ですか?」 唯は想像してみる。今日のAランチのハンバーグ部分をカレーに置き換える。 「(……それはただのカレーライスでは)」 味噌汁とサラダ付きの。 「か、考えてみると、吉佳さんとお昼を一緒に食べるのって初めてなんですよね!」 「あれ? そうだっけ?」 「たぶんですけど」 カレー定食の話題をなんとか避けたところで、すぐ隣から奇声が発せられて、二人は言葉を止めた。 「ぬおおーっ」 五十鈴が気の抜ける雄叫びをあげながらぴょこぴょこ跳ねている。 Aランチの残数が気になっているのだろう。何しろAのハンバーグ定食は絶品と名高く、あっという間に売り切れるレア定食なのだ。 「たかいたかーい!」 「ぬおおお!? 高い! 高い!」 その必死な姿を見かねた吉佳が五十鈴の脇に両手を差し込み、体をぐいと高く持ち上げる。 五十鈴は二メーターほどの高みから、人垣の向こうのカウンターの奥にあるハンバーグの残数を覗き見た。 「見えました! 感謝です!」 そう言って吉佳のほうへ顔を向ける五十鈴。しかし、 「…………」 「も、もういいですよ! 下ろしてくださって!」 吉佳は動かない。爽やかな笑顔で五十鈴の体をより高く持ち上げ、言い放つ。 「たかいたかーい!」 そこで、周囲の視線が自分に集まっていることに気付き、五十鈴が慌て始める。 手足をばたばたと動かしてみるが、その手足はどこにも触れない。 「おろしたまえ! おろしたまえ!」 間抜けな光景に、人ごみの中からくすくすという笑いが漏れる。 知った顔がいたのか一層強くもがき始める五十鈴を、吉佳はようやく地上へ下ろした。 「これは虐待ではないかと思いますよ!」 「やーだな、ただのスキンシップじゃん。楽しかった? たかいたかーい」 吉佳がぽんぽんと頭を撫でる。 思わず笑った唯に対しても、五十鈴はびゅーびゅーと抗議の声を張り上げた。 ■ ■3.それは宇宙レベル なんとか空いている席を見つけ、三者三様の挨拶と共に昼食が始まる。 「いただきます」 「いただきまーす」 「いただきません」 「あ、じゃあソレもらうよ。いやーアリガトウ五十鈴くん」 「ああ! やめたまえ!」 お盆を持って騒ぐ二人をよそに、唯はさっさと魚の切り身を口に運んだ。 二人には悪いが、自分はさっさと昼食を済ませてあっちに合流したいのだ。 もくもくと小さな口を動かしながら視線を送るその先には、松島英美の姿がある。 そのテーブルには、英美、ゆたか、夏希、小夜が座っていた。 彼女らは既にほとんど食べ終えてしまっていて、残すはデザートのみといったところだ。 急げば、あちらがダベっているうちにこちらが追い付くのも不可能ではないはず。 「んぐんぐ」 唯があまり噛まずに三口目を嚥下したところで、なぜか吉佳が席を立った。 持ち上げた盆の上にあるカレー皿は、なんと既に空。 「え? ええ?」 「アタシちょっとあっち行ってくるねー」 英美達のいるテーブルを親指で差し示し、吉佳が席を立つ。 「やっぱりもう一杯……いや、ダメだ、ダメ、金が」 ぶつぶつと何事かを呟きながら食器を返し、英美達のところへ歩いてゆく背中を、唯は呆然と見送った。 **おや、ゆたかのようすが…… 放課直前、帰りのSHR中。 ぴんと背を伸ばして担任教師の話す連絡事項に耳を傾けていた三好ゆたかは、ぱたぱたと忙しない足音に反応して廊下へ目を向けた。 出入り口の小窓から一瞬だけ見えたその3つの横顔は、どれもゆたかの知り合いだった。1年の3バ……彩水唯、伊織夏希、春咲遥の3人だ。 姫室小夜か明城五十鈴あたりに用事があるのだろう、足音はゆたかのクラスを通り過ぎ、隣のBクラスのあたりで停止した。 「はい、先生からは以上です」 「きりーつ」 ゆたかが廊下に意識を傾けている間に、AクラスのSHRは終わりを迎えていた。 ガタガタと机を鳴らして生徒たちが立ち上がる。壁を挟んだ隣のクラスからもほぼ同時に机と椅子の動く音が聞こえてくる。 うっかり机に伏して眠っていた数人が寝ぼけ眼で顔を上げたあたりで、日直の号令が掛かる。 「礼」 静かにしていた鬱憤を晴らすかのように、弾ける勢いで生徒たちが動き出す。 いち早く教室を出ようとする者と、他のクラスから雑談のために外から入ろうとする者。出入り口周辺は激しい出入りが引きも切らず、とても外へ出られたものではない。 一度ゆたかは自分の席に座り直して、混雑が収まるのを待つことにした。 「やい小春、終わったわよ!」 「終わったね。今日もお疲れ様ー」 「帰るよ! そんでアタシ、今日は大福が食べたい!」 「うーん、ごめんねしーちゃん。今日は部活に顔を出そうかと思うんだ」 「ぎゃー!?」 他クラスの生徒も加わって、いくつかのグループがさっそく騒ぎ始めている。 ゆたかはかしましいお喋りたちに背を向けて、何も書かれていない黒板をぼんやりと眺めた。 「ゆたかさんゆたかさん」 「はい?」 古河みちるだ。 首だけだったのを体ごと向き直り、ゆたかは話を聞く体勢を整える。それを待ってから、みちるは人差し指を立ててこう提案した。 「もし時間があったら、一緒にBクラスに行ってみませんか?」 廊下を通る3人に、みちるも気が付いていたらしい。 特にこれから用事もないしと、ゆたかはホイホイとみちるに付いてBクラスの教室へ行くことにした。 Bクラスでは、見知った顔が姫室小夜の席の周囲に群がっていた。先ほど廊下にいた唯、夏希、遥の1年3人に、2年Bクラスの姫室小夜と明城五十鈴で合計5人。 引き戸を開けて教室内に踏み入ったところで、彼女たちの話し声が聞こえてくる。 「だぁって、あんなおっきいなんて思わなかったんですもん!」 「んだね、あたしも一番初めのときは大変だったよ」 「口に入れてみると意外と大きいんだよね」 前を歩くみちるの歩きがよれた。昼間のしかも学校で、楽しそうな顔をしてこの人たちはなんの話をしているのか。 怒っているであろうゆたかを宥めようと、みちるが振り向く。 「?」 「……」 向けられた視線に小首を傾げるゆたかは、一見冷静そうに見えた。 が、みちるは誤魔化すように笑って前に向き直った。怒気は隠せていなかった。 「なかなかうまく飲み込めぬのですよね!」 「でも、噛むのはよくないわ。危ないもの」 「気を付けないとですね」 もちろん、内心ゆたかは憤慨していた。 例の薬のことはゆたかも既に知っている。あんな破廉恥でいかがわしい薬を使って得られるものなんて、得られるものなんて―― 「(……、…………はっ!?)」 さっさとあの話を中断しないといけない。 ゆたかは若干赤面しながらつかつかと歩を進め、唯と夏希の後ろで立ち止まった。 みちるは無言で、半歩引いた位置に控える。 「こんにちは」 「はい? あ、先輩。おつかれさまです」 「うわ、っと。どもです」 場にいる5人が口々に挨拶をしてくるのにまとめて「はい、こんにちは」とだけ返しながら、ゆたかは唯たちの自然体っぷりに困惑していた。 今まで自分たちがしてきた話への羞恥心はないのだろうか。 「な何の話をしていたのですか?」 どもった。 気にせず、夏希がさらりと回答をする。 「唯ちゃんがカプセル薬を飲み込めないって話をしてたんですよ」 「え?」 ゆたかは思わず聞き返した。 それをどう思ったのか、当の本人が口を挟んできた。 「飲み込めないことはないですよう」 「代わりに水でお腹いっぱいになったみたいだけどね?」 「むぐぐ」 「かぷ……?」 かぷせるやく。 確認するように口の中で呟く。 「あの、先輩はどうです?」 「……ぁゎ」 恥ずかしいのは自分のほうだった。こんな昼間のうちからそんな自分の想像していたような話なんかするわけがないではないか。常識的に考えて! 皆がカプセルがどうの話している間に自分はなんてなんてなんてことを―― 「先輩?」 「な、なんでしょう、か」 呼び掛けられてゆたかが我に返ると、唯が顔を覗き込んでいた。 なんとか澄ました顔を作って返事をしてはみたが、うまく出来ているかどうかはゆたか自身かなり疑問だ。 「だから、ゆたか先輩はカプセルのお薬がばっと飲める人ですか? って」 「それは勿論。当然です」 なんだそんなことかと、ゆたかはさらりと答えて見せる。 落ち着いてきた。冷静だ。 「じゃあ、みちる先輩は?」 「すみません、右に同じです」 「むー」 不満げな唯を、周囲の声が茶化す。 「ふふ、やっぱり唯ちゃんだけみたいね~」 「しょうがないしょうがない」 「んはは」 「ぷー! 彩水後輩、ぷー!」 「うわあ納得いかないです! 特に最後の人!」 五十鈴に馬鹿にされたのがそんなにショックだったのか、唯はその場にいる人間をざっと見回したあと、夏希に頭から抱きついた。 「ナツさあん、あの変態がいじめるんですよう……」 「よし、おまえが悪い!」 「そうね、悪いわね~」 「これはもう悪いですね」 「よくわかんないけど悪いね!」 「この変態! ちび! メガネ!」 「こんなに責められるほど悪くないと思うのですが!?」 計算ずくの訴えで形勢はあっという間に逆転した。 びゅーびゅー喚く五十鈴を見かねてか、ゆたかが口を開いた。 「さっきから見苦しいですよ彩水さん。子供ですか、全く」 「んなっ」 泣き真似をやめて図々しく五十鈴を罵っていた唯の顔が衝撃に歪む。 どう言い返してやろうか考えて、そこで唯は先ほどゆたかの様子が変だったことを思い出した。思い出して、閃いてしまった。 「そういえばー、さっき先輩なんか様子変じゃありませんでしたかー?」 「そうですか?」 平静を装ってはいるが、顔を作っているのが唯にはバレバレだった。理由は分からないが、明らかに動揺している。 唯の頭の中に早くもファンファーレが流れ出す。 「ほんとにお薬きちんと飲めるんですかあー?」 「なんで飲めない貴方にそんなことを……飲めます、当たり前じゃないですか」 「それじゃあ実演して見せてくださいよう。今、ここで」 「今……?」 そこで唯はくるりと振り返って、夏希の顔を仰ぎ見た。 意地の悪い笑みでしきりにウィンクをして、夏希に何かを訴えかけている。 「ナツさん、あれ1粒貰えませんか?」 「アレって?」 「ほら、ダイエットサプリあったじゃないですか。この前飲んでたやつ」 「この前って……アレは」 「1粒くらいいいじゃないですか。いっぱいあるんですから。ダイエットサプリ」 「わっ、とと、おいおい」 唯は勝手に夏希のカバンに手を突っ込み、赤と黒のカラーリングのカプセルの詰まった小瓶を取り出してしまった。 「さあ三好先輩。飲んでみてくださいよお。それともまさかやっぱり?」 「……」 暫しの沈黙の後、ゆたかはやれやれといった調子で頷いた。 「言い掛かりもいいところですが、よいでしょう。たかが薬ひとつです」 「あ、水はお持ちですか?」 「都合よく。すみませんがひとつ頂きますね、夏希さん」 「あー、えー、あー、はい、どうぞ」 夏希は投げやりに頷いた。もうどうにでもなーれ。 「ではいざ。んむ」 唯はゆたかのことを本当に『実はうまく薬を飲めるなんて嘘なのではないか?』などと疑っているわけではない。ただ意識を逸らせればよかった。 ダイエットサプリなどでは断じてない、その薬の効用から。 「……飲みましたよ。納得いきましたか?」 唯が隠れて取っていたガッツポーズは、ゆたかの位置からは見えなかった。 「えーはい、了解です。疑ってしまってすいませんでしたどうも」 「はい? ま、まあ分かって頂ければ私としては別にええ」 あっさり身を引いた唯に拍子抜けしてか、ゆたかの言葉もどこか上滑りだ。 「サプリですか」 「サプリねえ~」 物言いたげに自分を見る小夜とみちるの視線を意識しないようにしながら、聞いてもないのに夏希は言い訳がましくサプリの解説を始めた。 「ええはい、どっかの薬屋で衝動買いしちゃったやつでして」 実際は買ってなどいない。 「効果はあったんですか?」 「ええまあ、ある程度は」 体の一部が目に見えて変わる。 「飲むだけでいいんですか?」 「それでもいいけど、適度な運動をすると効果が高まる、らしいよ」 そ知らぬ顔で訊ねてくる唯に、これが厚顔かと夏希はやや引きつった笑みで答えてやる。 「(運動……)」 運動と聞いて、ゆたかは近くにいた遥の顔を見た。 「?」 「(……いやいや)」 やはり思いつく顔はひとつだけだ。 「そろそろ私は失礼します」 「そうですか? それじゃあ」 「お疲れ様でした」 「また明日」 「ういすー」 運動について軽く訊ねるだけ。あるいは一緒に少しくらいジョギングとか―― そんなことを目論みながら、三好ゆたかは教室を去った。向かう先はグラウンド、部活をしてる彼女の元へ。 その後。 「唯! 唯ちゃん! どうすんのアレ!」 「だーいじょぶですようナツさん。家に帰る頃に効果が出て、朝起きたらなくなってる感じですよ。ね」 「まあうんそりゃあそうなんだけど、明らかにうちらの仕業だってバレるよね」 「怒られるのは誰なのかしら~」 「……ナツさん?」 「よくわかってるね? 唯ちゃんのせいなのにね? なんであたしなんだろうね?」 「わたしそろそろかえらなきゃいけないんですそれじゃあさよn」 「待てコラ。さて唯ちゃん、きみに個人的な制裁を加える。手伝えハル」 「あいわかった!」 「に゛ゃーっ!」