約 4,733,976 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2419.html
戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (21)爆発 両手を広げ、今ぞ抱きつかんとしたワルド。 だがその刹那、横殴りに現れた旋風がワルドの頬を殴りつけ吹き飛ばした。 ワルドを殴り飛ばしたそれは、鋼鉄で武装した人間の腕。 ワルドの計画は九分九厘まで成功したといって過言ではなかった。 アルビオン掌握から始まり、ガリア王暗殺、傀儡の女王を擁立してその側近達を自分の意のままに操る。 軍事大国二国を手中に収め、トリステインにガリア方面から圧力をかけつつ、一方でゲルマニアを制圧。 ロマリアと交渉し、最終目標を聖地の奪還であることを盾にトリステインへの不干渉を取り付けた。 孤立無援となったトリステインを鼠をいたぶる猫のようにもてあそび、王都にいる人間達を人質にしてルイズを手に入れる。 ウェザーライトの起動を食い止めることは適わなかったが、最大の障害と目された老いぼれは無力化した。 もう何も、ワルドの前に立ちふさがるものは存在しない。 その慢心が、先の一人語りへと繋がった。 その中の一つ、ルイズに見せ付けた左手に握られた眼球。その気配が眠れる獅子を起こすことになるとも知らずに。 長身であるワルドを三メイルは吹き飛ばした腕。それは空間を渡り現れた虚無の使い魔ウルザの片腕であった。 その全身はルイズの見たこともない鎧に覆われており、左手にはデルフリンガー、背には杖を背負っている。 異様な戦装束。けれど、ウルザというこの老人が纏うと、まるでそれが彼本来の在り方であるかのように違和感を感じさせないのであった。 「無事かね、ミス・ヴァリエール」 仰向けに倒れたまま動かないワルドを、鋭く一瞥しながらウルザが言った。 「あ、ええ、勿論よっ」 心臓を鷲掴みにされたような恐怖が、いつの間にか薄れていた。 先ほどまで心臓を停止して倒れていた人間が、何事も無かったかのように現れたことに驚きを感じてはいたが、それ以上に強い安心をルイズは感じていた。 ルイズが気付いた時、ウルザの視線はルイズの手の中の『始祖の祈祷書』へと注がれていた。 「あの、ミスタ・ウルザ……これは」 けれど、ウルザは首を振って応える。聞き分けの悪い生徒に諭すように、優しさと威厳を込めて。 「君のやりたいように、すると良い」 そう応えたウルザが、体をワルドに向け、一歩前進する。 ウルザのその一歩を待っていたかのようにワルドは倒れた姿勢のまま浮き上がり、体を甲板に対して垂直に起こした。 「やはり君か、子爵」 「ご無沙汰です、使い魔どの」 ここに至って、ウルザは今出せる全力を以て目の前の敵を迎え撃つ決意をした。 今引き出せるプレインズウォーカーとしての力の総力を以て滅ぼす決意を。 ワルドの左手から感じる波動、それはまごうことなきファイレクシアの力。 かの暗黒王に察知されてしまったのなら、既にプレインズウォーカーとしての力を隠蔽する理由はなく。また、出し惜しみして屠れるほど目の前の男は弱くはないと感じ取った。 「愚かな。それほどの才能を持ちながら、何故ファイレクシアの狗に成り下がった!」 「違うな、私の力にファイレクシアが惹かれたのだ!」 同時に甲板から宙へと浮き上がるウルザとワルド。 ここから始まる戦いは、正しく人間を超えたものとなった。 「デルフリンガー!肉体の制御は任せた!」 「おうよ相棒!合点承知!」 人間以上の親和性によって放たれる、凶悪化した大量の魔法の槌。 ウルザ、いや、ウルザの体を操るデルフリンガーはこれを巧みに操り回避し続ける。 一方的に放たれ続ける風の凶器、その間隙を縫ってウルザは近づいていく。 「……来たれ第一槍!」 ウルザの召喚の呪文が高らかに響く。召喚の気配を察してすかさず距離を離そうとするワルド。 そのワルドに異変が襲う。 最初は体内の異物感、それは激痛へ変化しすぐさま外界へと飛び出した。 「があああっ!?」 ワルドの腹部を穿ちながら現れた鋸刃を持つ機械の槍。ウルザに召喚されたアーティファクトはワルドを腹部を貫きながら召喚主の手元へと飛んだ。 仕掛けたウルザは右手で機械槍を掴みながら、敵の傷の具合を観察する。 敵の手の内を知らぬ状態で攻撃を仕掛けるのは高いリスクを伴う、そのことをウルザは長いプレインズウォーカーとしての生涯で学んでいた。 腹部を貫かれたワルドは素早く牽制のウインド・ブレイクを放ちながら、左手の眼球を操作する。 果たして変化は直ちに訪れた。 ワルドの内部から光の触手が伸び、それが負傷した部分を組み替えるように動き回り、一瞬の後には何事も無かったかのように傷は完治していた。 「ミスタ・ウルザ、それがあなたのアーティファクトか。なるほど、知識で知っていても実際に目にするのとは大分違う」 「貴様のそれは……ファイレクシアのスフィアコアかっ!?」 ウルザの分析眼はアーティファクトに限定するならば多次元宇宙世界ドミニアの中でも最高位に属する。 その彼にとっても既に数度目にしたことのあるアーティファクト、多層構造を持つファイレクシアスフィアの各層を管轄するスフィアコアユニット。 かつてナインタイタンズが精神爆弾をもって破壊しようとしたファイレクシアの核の一つ。それこそがワルドの手に納まっているものの正体であった。 稀代のアーティフィクサーウルザをもってしても、そのスフィアコアにどれほどの知識が納められているのか推し量ることはできない。 だがしかし、ウルザは誰よりもそのコアの危険性を理解していた。 「それはお前を蝕む毒だ」 先駆者として、最も新しい後輩への助言を与える。 「毒ならば、食らい尽くして力に変えてやろう」 だが、逸る若輩にはその言葉は届くことは無い。 「……ならば取り込まれる前に私が引導を渡すまでだ、プレインズウォーカー・ワルド」 月光の下、ウルザとワルドの空中戦が行われる一方で甲板ではルイズの朗々とした詠唱の声が響いていた。 ――ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシュラ 今のルイズには前方に広がる大艦隊も、空で戦う二人のプレインズウォーカー達も見えてはいない。 彼女に見えているものはただ己の内側のみ、彼女に聞こえているのはただ自分の心臓の音のみ。 彼女の戦いは、自分自身との戦いであった。 ところ変わって、ブリッジの操舵席。 そこに腰を下ろしたギーシュと、その横にモンモランシーが立っていた。 「ねぇギーシュ!もう良いじゃない!あなたは良くやったわ、逃げずにここまで頑張った、でももう無理よ。敵があんなに近づいて……もう目と鼻の先よ! ルイズは失敗したのよ。そう、きっと上手くいかなかったのよ。だからギーシュ、もう……」 引き返すようにギーシュに言うモンモランシー、その言葉にギーシュは頑なに首を左右に振る。 「ルイズは、ルイズはここで僕がフネを動かすことが、僕の戦いだと言った。何をやっても中途半端で、大した力が無いくせに自分を大きくばかり 見せたがる、この僕を見て、これが僕の戦いだと言ってくれた。 そんな彼女が自分の戦いに向かったんだ、だから……僕は何があっても、彼女を信じる」 これが決意、ギーシュ・ド・グラモンの決意。 自分は自分の戦いをする、ただそれだけの平凡な、そして彼らしい決意。 そして二人に訪れるしばしの沈黙。 充血するほどにかたく操舵環を握ったギーシュの手に、そっと柔らかな手が添えられた。 「モンモランシー?」 「馬鹿、そんな意地に女の子を巻き込むなんて、ホント最低、自己中心的だわ」 「……ごめん」 「そんなことじゃ、絶対女の子に嫌われちゃうんだから」 「……」 「そんなあなたについて行ってあげようって言うんだから、大切にしてよね」 「え、モンモ……」 彼はそれ以上続けることができなかった、なぜならその唇を彼女が塞いでしまったから。 一瞬のキス、けれどそれは、永遠よりも長く切なく。 名残惜しそうに離れていくモンモランシーのうっすらと朱をひいたような顔。 それを見たギーシュは、これまで目にした女性より、どんな彫刻より、どんな夜空の星の煌きよりも彼女こそが世界一美しいと、心底思った。 「最後かも、しれないから、ね」 「いいや……そんなことは無いさ、こんなところで終わってなるものか。僕達は、きっと生き残る!」 タバサがうっすらと目を開けた。 経験豊富なシュヴァリエは、まずは現状の把握に努めた。 空中で戦っている使い魔ウルザと魔人ワルド、フネは進路を変えずに正面の大艦隊へと向かっている。そしてルイズは、祈祷書のルーンを読み上げていた。 体は――動かない。 ――ジュラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル 独特の韻を踏んだ古代ルーンによる詠唱。 それがどのような呪文であるのか、タバサには分からない。 けれど、その始めて耳にするはずの呪文を、タバサはなぜか懐かしいと感じた。 まるで母の子守唄のような、意識ではない、もっと深いところで覚えている郷愁を感じさせる不思議な詠唱。 そして直感的に理解した。これこそがルイズにとって本当の、自分の系統魔法なのだと。 そう思いながら、タバサの意識は再びまどろみへと落ちていった。 長い詠唱が終わり、遂に呪文が完成した。 その瞬間、ルイズは己がこれから放つ呪文の威力を理解した。 この呪文は巻き込む、全てを巻き込む。 だが同時に理解した。 自分が放つ呪文の範囲、生きているのはほんの数名。 ワルド、そしてその使い魔である一人と一匹。 それ以外は全て、全て死者であると。 視界に入る無数の巨艦、それらの中にいるはずの人間達は、既にこの世の者ではないのだと。 ルイズは口の中に苦く広がるせつなさを感じながら、杖を振り下ろした。 「爆発/Explosion」 ルイズが杖を振り下ろすと同時、甲板上に溢れんばかりの白光が満ちた。 放たれようとする虚無の魔法の予兆。 だが、事態は何人も予期せぬ方向へ転がり落ちようとしていたのである。 一見して白光に見える光、だがその真実は虹の光であった。 ルイズの右手と左手に嵌めた、水と風のルビー。 それが相互に干渉し合い、かつてイーグル号で皇太子ウェールズが見せた虹と同質のものを発生させていた。 ただ一つ違うのは、その規模と共鳴体。 かつて共鳴を引き起こしたものはウルザの両の瞳に納まるウィークストーンとマイトストーン、二つのパワーストーンであったが、今回共鳴を起こしたのは、ウェザーライトⅡに据えられたスランエンジンであった。 古代スラン文明の英知によって創造されたスランエンジンが、自身にとっての本来の動力源であるパワーストーンと共鳴し、その力を存分に増幅する。 即ち、ルイズの指に嵌った二つの指輪、風と水のルビーと呼ばれる、二つのパワーストーンである。 「ぬ、お、おおおおおお!!」 パワーストーンによる共鳴現象の余波は、ウルザのパワーストーンにも襲い掛かった。 強大なマナを内包するパワーストーンが、始祖のパワーストーンとの共鳴増幅によって、その力を爆発的に増大させる。 脳内に早鐘のように響くグレイシャンの呻き、体中の神経は溶鉄を流し込まれたかのように焼け爛れ焦げ付く。 押さえ込むことさえ敵わぬ強大な力の暴走にウルザは耐える。 「か、はっ!」 一方のワルドも、大きく血の塊を吐き出した。 その右手に嵌めたパワーストーン、土のルビーがウルザのウイークストーン・マイトストーンと同様に、共振を引き起こしたのである。 体中に裂傷が走り、裂けた部分からマナが噴出する。マナが溢れ出す度に傷口は広がり血とマナを溢れさせた。 「共感作用かっ、しかし、これはまるで……」 搾り出すように言葉を紡ぐウルザ。 「狂人め!何故こんなことを、彼女にさせるっ!生身の人間に、耐えられるはずがないではないか!」 純白であった制服を鮮血に染めながらワルドが叫ぶ。 そう、これは二人にとって誤算以外の何ものでもなかった。 ウルザとワルド、両者は共にルイズの力を求めている。故に危害を加える気などありえるはずも無かった。 だが、二人の思惑が交錯した時、互いの意図の超えた誤算が生じた。 ワルドにとってはルイズがアルビオンの大艦隊に対して正面から立ち向かうことが想定外であり、ウルザにとってはルイズの指に嵌ったパワーストーンが自分の設計したスランエンジンと共感増幅を引き起こすことが想定外であった。 「いかん、これでは……彼女の肉体が焼き切れるっ。エンジンを停止させねば……」 だが、消耗し疲弊し体内を荒れ狂うマナの濁流に翻弄されるウルザにとっては、宙に留まることすら困難であった。 対して、パワーストーン一つのフィードバックしか受けていないワルドは、ウルザに比べれば健在であると言えた。 ワルドはデルフリンガーを片手に胸を押さえて蹲るウルザを見て一瞬の躊躇を見せたものの、眼下のルイズへと体勢を向けて、大きく手を広げた。 「死にぞこないめ、見ているがいい。この程度の力……飲み込めぬ私ではないぞ!」 かっ、と眩しくワルドの体が輝いたかと思うと、その大きく開かれた口、そして目、鼻、耳、両手、そして体中の裂傷から光の触手が伸び、宙に浮んで全身から光を放つルイズに先端を『接続』した。 次の瞬間、繋がった触手を伝わり、ルイズの体内を駆け巡っていたパワーストーンの超大な魔力がワルドへと押し寄せる。 「――ッ!! ■■■■■!!!!!!! ――――――ッ!!」 言葉にならない絶叫がワルドの口から迸る。ワルドの魔力が風船のように膨れ上がっていく。 だが、ウルザの目から見て、それも一時の時間稼ぎに過ぎないことは明白であった。 ワルドに魔力を吸い出されながらも、ルイズの肉体は確実にパワーストーンに蝕まれている。 やはり、彼女を救うにはウェザーライトⅡのスランエンジンを停止する他に道は無い。 だが、どこの誰がそのようなことを行える? 自分自身はこの肉体を保つことで精一杯である。 オスマン・タバサは甲板の端に転がったまま動かない。 ギーシュとモンモランシーは? いや、そんな時間は無い。 誰か、誰かいないか、彼女を救えるものは…… ウルザは艦内に意識を飛ばし、注意深く探った。 想定外を超える想定外を。予期せぬ事態に対応しうる、予期せぬ存在を。 そして、それは見つかった。 小さく音と立てて、両開きの扉が開いた。 それまで錬金、その他の方策を試し、結果としてびくともしなかった強固な守りが、突然に開け放たれたのだ。 流石にこの変化に彼女もいぶかしんだが、何はともあれ厄介ごとが解決したのである、中へと入らない道理は無かった。 足を踏み入れた部屋は、めぼしをつけた通りの場所であった。 きらびやかな宝石類が棚に納められ、一方でどんな用途に使うのかも分からないガラクタが転がっている。武器や鎧、大きな鐘や中から釣り下がった円形をした何かの模型もある。 見覚えの無いものはちらほら目に付くが、それらの大部分は彼女が以前学院の宝物庫に侵入した際に目にしたマジックアイテムの数々であった。 「やっぱりね。最初から襲撃を予測して、こっちに移してたって訳ね。ふふん」 そう彼女がつぶやいたのと、彼女の目の前に男が現れたのは同時であった。 「ちっ!やっぱり罠か!」 『待て……土くれのフーケよ』 そう、船の宝物庫に忍び込んだのはブリッジから隙を見て姿を消していたフーケその人であった。 そして、その正面に立った男こそは、フーケが投獄されることとなった事件の当事者が一人、虚無の使い魔ウルザ。 だがその体は半透明でおぼろげ、背後が透けて見えている様子は誰に聞いても幽霊と答えるに違いない姿である。 『取引をしよう』 「……取引?」 『そうだ……今から私の言うことに従ってくれるというなら、この宝物庫にあるどのようなものでも一つ君に譲ることを約束しよう』 「へぇ、随分と気前がいいじゃないのさ。学院長でも無いのにそんな事言ってもいいわけ?」 『構わない、私が交渉する……』 口元に手を当てて目を泳がせて思考するフーケ、相手の提案を吟味する。 悪い話ではない、だが。 「それで、嫌だといったら?」 『君を、ここで殺す。そして君の大切なものにも消えぬ呪いを刻み付ける』 波一つ無い湖畔のような静謐さで呟くウルザ、だがその瞳はらんらんと輝いており、それが脅しでないという恐ろしいまでの圧迫感をフーケに与えた。 それは、いつかワルドから感じたあの恐ろしいまでの狂気と同質のものであるように思えた。 ならばフーケのとる道は一つ……。 「交渉も何も、強制じゃないか……」 『返事は?』 「……分かった、やるよ」 フーケは投射されたウルザの幻影の指示に従い、宝物庫から一つのマジックアイテムが納められた箱を持ち出した。 一メイルほどの大きさのその箱を両手に抱え、宝物庫から一区画離れた動力室へと走るフーケ。 フーケがそこに到着した時、動力室の扉は開け放たれており、中からはスランエンジンの咆えたける唸り声が轟いていた。 「それで、これからどうすればいいんだい?」 『箱を開き、中にあるものを取り出すのだ』 「はいはい……って、これが杖?何かの間違いじゃないの?」 フーケが取り出したのは、見たことも無い、筒状の物体。 その名は――『破壊の杖』 ウルザの指示通りの射撃姿勢を取り、引き金を引くフーケ。 肩に担がれた破壊の杖から三○○mm以上の装甲を貫通する六六mmの成形炸薬弾が発射され、ウェザーライトⅡのスランエンジンは停止した。 同時、張り詰めていた糸が切れるようにして、ルイズの『爆発』が発動し、世界を覆った。 トリステインだけでなく、ガリア、アルビオン、ロマリア、そしてエルフの聖地。 全ての国の全ての人がそれを目撃した。 この現象を、ある者はブリミルを御業だと涙し、ある者は世界の終わりと嘆いた。 各国に、この光によってアルビオンの無敵艦隊が全滅したと伝えられたのは、この暫く後のことである。 ただ一人戦場に残され、天を見上げていたジュール・ド・モットはことの顛末の一部始終を目撃した唯一の証言者となった。 彼はこの後に、アンリエッタに以下のような報告を行っている。 ――まるで、一瞬で夜と昼が入れ替わったかのようでした。 最初に単騎でアルビオン軍と戦っていたフネの上空に光の球が現れました。 それはまるで、小さな太陽のようにまばゆい光を放っていました。 続いて、その光の球が膨れ上がり、フネを包んだのです。 そのまま光の塊はどんどんと大きくなって、遂にはアルビオン艦隊にまで及びました。 それでも膨らむことをやめない光の球は、遂には空全体を覆い尽くし、やがては私自身も光に覆われてしまいました。 目を瞑り、両手で顔を覆っても、光はそれらを貫いて私の目に届くほどでした。 どれくらいの時間がたったのか分かりません、一瞬だったのか、それとも一分だったのか。 光が晴れ、再び夜の闇が訪れた時、アルビオンの全てのフネは青い炎を上げて燃えていました。 悪夢のように、朧のように背後に控えていたアルビオンも消えていました。 何が起こったのか私には分かりません。 ただ一つ、私にも分かることは、あの光こそがトリステイン王国を救ったということです。 ―――ジュール・ド・モット 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2709.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 突然の訪問に立ちつくすルイズに、アンリエッタ王女は涙まで浮かべて頬を寄せた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「いけません、姫殿下!」 その声でルイズはようやく我に返り、自分の不敬に気づいた。 「こんな下賎な場所にお一人で」 ルイズはかしこまって膝をつく。 「そんな堅苦しい行儀はやめて、ルイズ・フランソワーズ。私たちはお友達じゃないの」 「もったいないお言葉です。姫様」 アンリエッタ王女は膝をつき、驚くルイズの両手を握った。 「ああ、ずっと会いたかった」 「姫殿下……」 「父上がなくなって以来、ずっと心を開いて話せる相手もいなかったの。それなのに、あなたにまでそんなよそよそしい態度をとられたら、私どうしたらいいか解らなくなってしまうわ」 「姫さま……」 「ほら、幼い頃、中庭の蝶を追いかけたことを追いかけ覚えているでしょう?」 「ええ、ええ。あのときには二人とも泥だらけになって怒られてしまいました」 二人は昔話を進めるうちにどんどんうち解けていく。 その様子を見ながら、ユーノは部屋の隅に下がった。 「なあ、あの二人どういう知り合いなんだ?」 「僕も知らないんだ」 女同士のお喋りに男二人が入り込む余地は全くなかった。 二つの月がちょうど窓の真ん中に来た頃、それまで昔話に花を咲かせていたいたアンリエッタ王女が言葉を詰まらせた。 「姫さま?」 アンリエッタ王女はすぐには答えない。 胸のあたりをつかみ、一度大きく息を吸った後にようやく切り出した。 「ねえ、ルイズ。あなた、近頃何か困ったことがない?」 「え?わたし、なにもないですけど」 アンリエッタ王女はルイズの目のじっとのぞき込む。 ルイズは驚いてアンリエッタ王女の目を見返すが、彼女が何を言おうとしているかはさっぱり解っていなかった。 「数日前、町で何が起こったか覚えてる?」 「え?」 「大きな木の怪物が突然生えて、町を壊した事件」 「あっ」 ルイズが2番のジュエルシードを回収した時の事件だ。 あのときは町に少なくない被害が出ていた。 「あの事件自体は、城に侵入した賊が何らかのマジックアイテムを使って引き起こしたものだと解ったわ。でもね、それだけじゃ終わらなかったの」 「何があったんですか?」 何かいやな予感がする。とてもいやな予感だ。 実はその予感に気づいているが気づきたくない、そういう予感だ。 「あの事件では突然のことというのもあったけど、魔法衛士隊は手が出せなかったわ。そんな中、木の怪物を倒したメイジがいたの」 「え!」「え!」 ルイズとユーノは思わず声を出してしまう。 「あらま」 デルフリンガーもついでに声をだしだ。 「あら、今の声は?」 あわててルイズは壁際に立てかけているデルフリンガーを指さす。 「あ、あ、あ、あれです、姫さま。この前、インテリジェンスソードを買ったんです」 「そうだったの。話を続けるわね。フライを使いながら見たこともない魔法一つで魔法衛士隊も手が出せなかった木の怪物を倒したメイジ。その捜索が今行われているわ」 「は、はぁ」 ルイズは背中に冷たい汗を流した。 ──まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。 ──ばれてしまう、ばれてしまう、ばれてしまう、ばれてしまう、ばれてしまう。 顔から滝のように汗が流れているようだったが、気のせいであることを祈る。 「目撃者から集めたそのメイジの特徴は、白い服と桃色がかったブロンド……そう、ルイズ、ちょうどあなたみたいな色の髪の持ち主なの」 「そ、そうなんですか」 ──そんなに! キュルケにも見られていたのだ。誰にも見られていないはずがなかった。 あのあと学院であの話があまり話題に上らなかったから、たいしたことがないと思っていたが、甘かった。 「もちろん、それだけで誰かは特定できないわ。そんな髪の持ち主はヴァリエール家以外にもいるから。でも私はその話を聞いて真っ先にあなたを思い出したの。ねえ、ルイズ!」 アンリエッタ王女のわずかに強くなった語気にルイズはまたも体をびくつかせた。 「あれって、あなたじゃないわよね。あなた、何か困ったことに巻き込まれてないわよね?」 「そ、それは……」 それでもユーノとジュエルシードのことは隠さなければいけない。 ルイズは自分を見つめるアンリエッタ王女の視線に耐えられなくなり、視線をそっと外してしまう。 「何も、ありません」 「ルイズ、誰にも言わないわ。私には本当のことを言って」 「何も、ないです」 「そう……」 アンリエッタ王女の声に少し悲しいものが混じったのはルイズの気のせいだろうか。 ルイズは自分も耳をふさぎたい衝動におそわれた。 「話したくないことって、あるものね。私もだし」 「姫さま……」 「でもね、ルイズ。本当に困った時には抱え込まずに私に相談して。私はずっとあなたの友達よ。昔、約束したわよね。必ず助けてあげるって」 「姫さま、まだそんな約束を覚えていたくださっていたのですか?」 「もちんろんです。それに私も本当に困ったときにはルイズに相談するかもしれませんし」 「あ……もしかして、それがここに来た本当の目的ですか?」 「ばれましたか?ルイズ・フランソワーズ」 二人は言葉を詰まらせる。 こらえて、こらえて、ついに笑い出してしまった。 とてもおかしかった、うれしかった、楽しかった。 楽しい時間はあっという間に過ぎる。 気づけば双月はとうに窓から外れ、中天にかかろうとしていた。 こっそり抜け出てきたアンリエッタ王女も、もう帰らなければならない。 扉の外に見送られたアンリエッタ王女はルイズの両手を握って、今日最後の挨拶を交わす。 「ここ数年で一番楽しい一時でした」 ルイズの手を強く握る。この手を次に握れるのはいつのことだろうか。 見下ろす視線の先に琥珀色の小動物が入ってきた。 「忘れていたわ。ルイズ、あなたの使い魔も紹介してもらえないかしら」 「あ、はい。ユーノ」 ユーノがルイズの肩に駆け上がる。 目線をアンリエッタ王女とあわせたユーノがぴょこんとお辞儀をした。 「私の使い魔。ユーノ・スクライアです」 「まぁ」 アンリエッタ王女がさも驚いたような声を上げる。 「あなたの使い魔って、さっきのインテリジェンスソードじゃなかったの?」 「ち、違います!あんなもの召喚するはずがありません!」 きっぱり言い放つルイズ。 「冗談よ。冗談。解ってるわ。ユーノ・スクライア、ルイズをお願いね」 ユーノはまたお辞儀で返す。 「もう、姫さまったら」 ユーノのすぐ横でルイズがほおをふくらせていた。 その頃のデルフリンガー。 「あんなもの扱いはねーよな。あんなもの扱いは」 ルイズは扉を静かに閉めた。 アンリエッタ王女はもう戻られたはずだ。 「ねえ、ユーノ」 「なに?」 ルイズは眉を寄せる。 このことだけはユーノと話し合わなければならない。 「あのね、姫さまにジュエルシードのことはいつか話さないといけないとおもう」 「ルイズ……」 いつか話さなければならない。 そうでなければ、姫さまの信頼を裏切ってしまう。 「そのときは私に決めさせて。お願い」 そのことがユーノを危険にさらしてしまうかもしれないのは解っている。 だがルイズにはアンリエッタ王女の信頼も、ユーノの信頼も裏切るなんてできない。 その果てに出した結論がこれだった。 沈黙が続いた。静けさが聞こえる。そんな沈黙だ。 「いいよ。ルイズが決めて」 「ありがとう」 ルイズは肩に乗せたユーノをそっとなでた。 そして品評会当日。 この日を待っていたのか、来て欲しくなかったのか複雑な心境でルイズは自分の出番を待っていた。 他の生徒が演技をしていくが、ルイズにはそれが目に入らない。 「えーと……それから……」 自分の演技の手順の確認で精一杯だ。 何回目かの確認を終えた頃、周りから今までにない歓声が起こった。 順番がルイズの前のタバサの演技が始まったのだ。 皆がうらやむような風竜の背中に乗って飛んでいる。 しかも、ただ飛んでいるだけではない。竜騎士にも劣らないような曲芸飛行をしているのだ。 「ルイズ、すごいよ。うわ、宙返りだ」 ユーノの声も耳に入らないルイズがようやく気づいたのは、司会進行役のコルベールに自分の名前を呼ばれたときだった。 「続きまして、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」 まばたきも忘れて妙にぎこちなく歩いていく。 シエスタの作ってくれた大道具が重たかったが、これも姫さまにみっともないところを見せないためだ。仕方がない。 観客の注目が集まる中、ルイズは大道具を下ろして準備を整える。 あまり難しいことはない。準備はすぐに終わった。 観客に向き、胸を張って遠くまで響くように声を出す。 「紹介いたします。私の使い魔、ユーノ・スクライアです」 周りからおざなりな拍手が聞こえてきた。 その頃、ロングビルは宝物庫のある塔のすぐそばに立っていた。 周りに人影はいない。 予定通り衛士はすべて品評会場周辺に配置されている。 しかも今は風竜を召喚した学生が演技しているときだ。 すべての目がそちらに集まっているはず。 今から始めるかなり乱暴な計画にはうってつけの状況だ。 ロングビルはマントのローブを深くかぶり、唇を青い三日月のようにゆがめる。 その姿こそ彼女の本性である土くれのフーケのものだ。 「さあ、始めるとしようか」 ロングビル改めフーケが呪文を唱える。 杖で叩かれた地面が急速に盛り上がり、土のゴーレムを作り上げていった。 地中に埋もれていた青い宝石はじっと目覚めの時を待っていた。 それがいつ目覚めるかは誰にも解らない。 だが、目覚めるきっかけになりうる事象がある。 強い魔力を浴びたとき、強い願いを感じたときがそれだ。 それが今、青い宝石の近くにあった。 宝を手に入れるという強い願い。 そのために使われているゴーレムを作り出す魔法。 それを感じた青い宝石、ジュエルシードは魔力と土の流れにのり、土のゴーレムの中に入っていった。 そのとき、ルイズの脳裏には閃光のような感覚が走った。 「ジュエルシード!?」 連日の練習でルイズの魔力コントロールは上達してきている。 それに伴い、魔力に対する感覚も鋭くなっていた。 「ユーノ!行くわよ」 舞台を降りたルイズは感知した閃光の源に走る。 「ミス・ルイズ!どこに行くのです?待ちなさい!」 アンリエッタ王女の居るこんな場所でジュエルシードが発動しようとしているのだ。 コルベールの声が聞こえたが待てるわけがない。 演技の終わったタバサは観客席に戻っていた。 その後、ルイズの演技を見るのかと言えばそうではなく、いつものように本を広げていたのであるが、ルイズが突然舞台を降りて走り出したと同時に本を閉じた。 「あら、どうしたの?」 キュルケは珍しいものを見たような気がした。 タバサがこんな風に自分から読書をやめてしまう時なんて滅多にないからだ。 タバサが立ち上がり、ルイズとは逆の方向に走り出していく。 あまり面白くもない品評会だったが、ここでおもしろくなってきた。 ルイズがいきなり舞台を放棄したのだ。 これは何かおもしろいことがあるに違いない!と思って追いかけようとするが、隣に座っていたタバサまで走り出してどこかに行く。 しかもルイズとは逆の方向だ。 どちらも何かありそうではあるが、両方を追いかけることはできない。 「あー、もー、どうなってるのよ」 どちらを追いかけるか、早く決めなければならなかった。 タバサは走りながら誰にも見られない陰を探していた。 このあたりには警備の衛士も観客もいない。 そういう場所はどこにでもあるはずだ。 ちょうど良さそうな建物の影に飛び込み壁を背にする。 薄い胸元に手を当て、魔力を集め、あの言葉を唱えようとする。 「バ……」 「ねえ、タバサ。何してるの?」 元来た道に目をやると、息を切らせたキュルケが赤い髪が少し乱れさせていた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6002.html
前ページ次ページ聖剣と、ルイズ 「すげ……」 誰かの呟きの通り、それは凄まじかった。 今までの爆発とは、明らかに規模が違った。爆風や爆音はいつもの通りだったが、絶対的な範囲の違いが感じられた。爆心は遥か遠くだったのが、その場にいた者達の命を救った。今まで彼女を野次っていた同輩の少年少女達は、爆煙に巻かれながら、自分達と彼女が『全くの別物』である事を、この時点で知ってしまった。 「手応えありよ!絶対に成功したわ!」 自信満々で宣言する、見えざる同級生の少女。恐らく小さな胸を張り、煙が晴れて使い魔の姿を見る事を心待ちにしているのだろう。今まで自分を嘲ってきた連中を見返す事が、やっとできると。既にそれは達成されているが、憐れな同級生の姿が、彼女────ルイズには見えなかった。 やがて、煙は少しずつ晴れ、だんだんとそのシルエットを現す────筈だった。 その場にいる全員の視線の先に、いつまで経ってもそれは姿を見せない。全員が、今までの爆発の中心を見ていた。抉られた大地、それだけだ。 「なんだよ、驚かせやがって」 「やっぱりゼロはゼロね」 「これが最後って約束だろ?」 「何が『絶対に成功したわ!』よ。ただ派手になっただけじゃない」 皆が口々にルイズを罵る。不安の裏返しだった。あんな威力、どんなメイジであっても絶対に出せない。自らの存在理由を脅かされそうな、そんな予感から自分を護るための、僅かな抵抗だった。 少ない例外は、赤い髪の少女と蒼い髪の少女、そして禿げ上がった中年くらいだった。 彼らも、失敗したと思っていた。この時は、まだ。 「あー……、ミス・ヴァリエール。残念だが……」 「……なあ、あれ、さっきまであそこにあんな塔あったか?」 禿げ上がった中年、コルベールの言葉は、その小さな問答により、波紋の様に広がったざわめきにかき消された。 「塔?」 「あれだよ。かなり高い」 「何個かあるぞ?」 「何あれ」 学園の塀の向こう、森の先に、空を切り裂く様な長い黒いシルエットが見えた。細く遠く、高い。幾つかの最も近い『それ』もかなり高いが。最も遠いそれは、一際眼を惹いた。 「なあ、もしかして……」 「もしかすると、ね」 数人の生徒達が、レビテーションやフライの魔法で宙に浮かぶ。上からなら、何か見えるかも知れない。そう思ったのだろう。 果たしてそれは正解だった。彼等の眼には、有り得ないものが映っていた。 やたらと静かな上空が気になったのか、一人、また一人と彼等に続いて宙に浮かぶ生徒が増える。そして、それを見て絶句するのだ。 唯一飛べないルイズと、赤髪と蒼髪の少女達、そして教師であるコルベールだけが、大地に残された。 「なんかとんでもないものが見えるみたいね」 赤髪の少女、キュルケが最も遠い塔を見て呟く。 「…………」 蒼髪の少女、タバサは無言だ。何かを考えている様にも見える。 「なに……なんなのよ……私にも見せなさいよー!」 ルイズは喚いている。 それを尻目に、タバサは召喚したばかりの使い魔、風竜の背に乗る。そしてキュルケに眼をやると、彼女は頷いた。最後にルイズに視線をやり、 「乗る」 とだけ、言う。その意味を理解した瞬間、ルイズは風竜に飛び乗った。 そこには、壮大としか言えない光景があった。 森だった場所が綺麗に円形に切り取られ、その中心に最も高い、有り得ないくらい高い塔がある。その周りに中央の塔の半分くらいの背丈の塔が六つ囲んでいる。かなり間を開けて、その更に外周に背丈の低い建造物と得体の知れない何かが四つ。後は手前側に建造物が四つ密集していた。塔から伸びる道が、離れたそれらが付属物であることを示していた。 余りにも巨大で、余りにも美しく、余りにも禍々しい、余りにも巨大な施設だった。誰もが絶句するくらいに。 そしてこれ程の物を造る技術は、この世界、ハルケギニアには絶対存在しない。有り得ないのだ。せいぜい数十メイルが限度の技術で、何百メイルもある塔をどうやって造るのだろうか。 「綺麗……」 ぽつりと、ルイズが呟いた。確かに、ここまで巨大で、かつ精密な建造物は美しかった。感動、いや、畏怖すら覚える。そこにいる全員がそう感じただろう。 「あー、すまないが、コントラクト・サーヴァントを済ませて貰えないだろうか、ミス・ヴァリエール?」 情緒もへったくれもあったものではない。が、コルベールが声をかけたお陰で、その場の全員が正気に戻った。 「ミスタ・コルベール……これも……使い魔なんですか?」 ルイズが不安げに問うが、 「状況から言って、ミス・ヴァリエール。あなたの召喚した使い魔で間違いないでしょう」 と、太鼓判を捺した。 「…………。……タバサ、あの塔に。お願い」 数瞬悩んだが、すぐに彼女はその光景について考えるのをやめた。これは人知を越えたもの、これが何かなんて考えるのは愚かしい、と、あ、タバサのこと、初めて名前で呼んだ、なんてことは思っていた。 タバサは頷き、中央の塔に風竜を飛ばす。あまりにも巨大で広大なため、風竜でもそこそこ時間がかかる。後ろから同級生達が追ってくるが、風竜に追い付ける筈がなく、次々に諦め、高見の見物に入る。 やがて風竜は高度を下げ、中央の塔の根元の近く、ではなく、それよりかなり手前に着地した。塔の非常識な大きさが、距離を見誤らせたのだ。 「嘘、まだあんなに遠いの?」 どれだけの距離があるのかは判らない。だが、ルイズは風竜を飛び降り、塔に向かって駆け出す。 案外短かったが、それでも走るには長い。一体、幅は何メイルあるのだろうか。天辺からは何が見えるのだろうか。汗だくになりながら、その塔の壁に手を突き、霞んで見えない天頂を見る。初めての、成功した魔法が、前例の無いくらい大規模な『施設』。ひょっとして、私は凄い存在なのか、などと思うのも無理はない。 一通り感慨に耽り、しかし風竜の羽音を聞き、あまりゆっくりしていられないと思ったルイズは、さっさと契約してしまう事にした。 「……我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」 呪文を唱え、塔にキスをする。途端、地面が光り、ルイズに何かが流れ込んだ。 その頃、コルベールをはじめ生徒達は中央の塔に向かいながらその光景を見ていた。 巨大すぎて時間がかかる。先行したルイズ達が豆粒の様に小さく見えるのだ、無理もない。 「コルベール先生、この施設、一体何なんですか?」 生徒の一人に訊かれ、師は困り果てた。一見して、ハルケギニアには存在しないものなのだ。学者としての性格が強い彼にも、この施設が一体、どんな目的で、どんな用途があり、どう使うのか、皆目見当がつかなかった。 「わかりかねますな。ハルケギニアにはこんなもの、存在しませんからな。異世界かも知れませんぞ」 故に、そう答えるしかなかった。彼のその言葉は正解だったのだが、今は知る由もない。 と、その施設に変化が起きた。綺麗に舗装された地面が光り輝いていた。 「先生!なにが……」 「わかりません!皆さん落ち着いて!」 騒ぎのだす生徒達を制し、その光景をじっと観察する。眩しい。 やがて光は外側からゆっくりと輝きを失い、一部を除いて完全に消えた。 それはまるで、何かの紋様に見えた。 「まさか、これは……ルーンか?いやはや、これ程大きいと、案外判らないものですな。しかし珍しい形だ……ッ!」 慌ててメモ帳にその図形を書き写すコルベール。今まで抑えていたが、学者としての血は騒ぎまくっていた。 タバサは、眼下に倒れているルイズに向かい、風竜を下ろした。 駆け寄り、首に手を当て、脈が有ることを確認し、ゆさぶる。 「う……」 ただ気絶していただけのようだ。すぐに眼を醒ます。 「う……ん。頭、痛い……」 頭に手を当て、躯を起こそうとはしない。 「大丈夫?」 タバサも心配するが、全く動かない。ぶつぶつと、痛みを訴えるだけだ。眼に光が無い。 「え……?これ、もしかして……ハルケギニア?あれ?」 だんだんと痛みを訴える呟きから、意味の判らない単語を呟く。 「私……?なんで?い……嫌……これ……」 「ここ……世界の……外側?」 彼女の眼は、自分を、いや、世界を『外側』から見ていた。使い魔の一部によって。 痛みを対価にする様に、それが『何』なのか、ゆっくりと理解する。 「凄いわ……私……力を、手に入れちゃった」 感覚の共有で、視界をジャックしていた。この施設と共に召喚された、遥か天空の彼方に存在する、軍事衛星の視界を。 そして、知識も。 「素晴らしいわ、エクスキャリバー。私の、使い魔」 彼女は、聖剣の名と共に、それが異世界の戦略兵器だという事を知った。 前ページ次ページ聖剣と、ルイズ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/709.html
マジシャン ザ ルイズ 進む 春の使い魔召喚の日、ルイズは召喚に成功した。 そして、それは前代未聞の使い魔の召喚であった。 ルイズが呼び出したそれは、杖を持ちローブを着たメイジらしき色眼鏡をつけ髭を生やした初老の男であった。 周囲を取り囲む学生達も唖然とする、勿論ルイズも。 「あ、あ、あああんた、誰よ」 人間を使い魔として呼び出すなんて、聞いたことが無い。 問われた男は、周囲を睥睨し呟いた。 「………ウルザ」 ウルザはプレインズウォーカーと呼ばれる多次元宇宙を渡る力を得た魔法使いである。 彼はドミナリアと呼ばれる世界に生を受け、彼の弟であるミシュラとの争い―兄弟戦争―の末に大陸一つを吹き飛ばしたことがきっかけとなりプレインズウォーカーとしての力に目覚めた。 それ以後、彼は弟を誑かした機械生命体が支配する暗黒の次元ファイレクシアに復讐を誓う。 そして、数百年にわたる準備の末、他の八人のプレインズウォーカー達と「ナインタイタンズ」を結成し、ファイレクシアの中枢へ攻撃を開始。 戦い、暴走、裏切り。 ナインタイタンズの仲間が次々と無念の内に帰らぬ人となり、ウルザ自身も囚われの身となってしまう。 ―そして、終幕の場面。 ウルザは彼と同様に捕まり、操られてしまった自分の子孫であり同志でもあるジェラードとファイレクシアの闘技場で対峙することとなる。 目前にはファイレクシアの王、宿敵ヨーグモスの姿。 ジェラードを倒しヨーグモスを葬ろうとするウルザ。 しかし、その願いは適わずジェラード首を落とされ彼は長い生涯を閉じたのであった。 (ここは…どこだ? ファイレクシアの闘技場では無いようだが…ドミナリアでもないようだな) 「あ、あ、あああんた、誰よ」 自分を召喚したらしい、桃色の髪の娘が問いかけてきている。 周囲を見回す。 どうやらここは教育施設か何かのようで、周りにいるのは10代の子供達ばかりである。 全員が同じような服装をしていることからも、この推測は的外れでは無さそうである。 例外として一人だけ禿げ上がった成人男性がいるが、これは教師だろうか。 正面に視線を戻し、桃色の娘を注視する。 「………っ!」 ぶるっと震える桃色。 どうやら召喚を行ったらしい娘といい、周囲の生徒といい、マジックユーザーであることは間違い無いようである。 その証拠にマナの流れが感じられる。 それならば、事情を話し協力してもらうことも可能であろうと思い至った。 「………ウルザ」 マジシャン ザ ルイズ (1)ワールド・シフト 「ミ、ミスタ・コルベール!やり直しを!やり直しをさせてください! 何かあの人!…ええと、ミスタ・ウルザ、怖いです!」 色眼鏡で直接に目を見たわけではないが、ウルザに見られた瞬間思ったのだ、「こいつはヤバイ」と。 「こらこら、初対面の人をいきなり『怖い』とは何ですか。 それに召喚のやり直しは無理です、契約をしない限り、進級できませんよミス・ヴァリエール」 そこで、これまで沈黙を続けてきたウルザを口を開く。 「ミスタ・コルベール、この世界は、なんと言うのでしたかな?」 「は?世界?それは一体どういう…」 「召喚の影響で記憶が混乱しているのです、教えていただけませんかな?」 「ああ、そういうことでしたか。 確かにメイジを使い魔として呼び出すというのは前例がありません、そういうこともあるでしょう。 この世界の名前はハルケギニアです。加えてここはトリステイン魔法学院です。」 「ハルケギニア…トリステイン…………聞いたことが無いな………」 それだけ聞くと、ウルザはぶつぶつと独り言を始めてしまった。 「ほら!ミスタ・コルベール!怖いですよ!何かぶつぶつ喋ってるし!あれ絶対マイワールドに引きこもる人種ですよ!」 「だからミス・ヴァリエール、やり直しは認められないと…」 「しかし!」 「ミス・ヴァリエール」 不毛な押し問答が正に開始されようと言うところで、案外早く思考の世界から帰ってきたウルザが声をかけた。 「おおよその状況は把握した。 私と『契約』しなければ、君は留年になってしまう。そして私は記憶が曖昧で右も左も分からない。 利害は一致している。 ここは契約をしてしまうのが丸く収める方法ではないかね?」 「けけけけ、け契約って、そんな!使い魔の契約なのですよ!ミスタ・ウルザ」 「…ふむ、使い魔か、長いこと生きているがそんな経験は初めてだが、中々に興味深い。 少なくとも私を使い魔にすればフェイジングをする以上の働きをしてみせよう」 「で、でも………」 話はメイジと使い魔として契約を結ぶという流れになってきたことで周囲の生徒達が騒ぎ始める。 「メイジがメイジを使い魔に!聞いたことが無い!」「しかもあんな凄そうなのを!」「でもおじさんでしょ?四六時中おじさんと一緒は…」 「つか、あの歳の差でキスは犯罪じゃね?」 ビビクッ! 真っ白に思考停止していたルイズであったが、生徒の一人が発した台詞で我に返った。 (そ、そうよ…わ、私のファーストキスの相手が、あんな、あんなお爺ちゃん…!) 「どうしたのかね。契約をしたまえ、ミス・ヴァリエール」 「早く契約を済ませたまえ、ミス・ヴァリエール」 周囲の生徒達も口々に「契約」と騒ぎ始める。 『契約』…『契約』…『契約』…『契約』…『契約』 ルイズの周囲を『契約』という言葉が渦巻き始める。 それらと場の空気がルイズの乙女心を侵食し始める。 (で、でもでも、メイジと契約しちゃうなんて前代未聞じゃない! もしかしたら歴史に残っちゃうかもしれないし、それにこの人、なんか凄そうな雰囲気だし、もしかしたらトライアングル…いえ!スクエアクラスのメイジかもしれないじゃない! そんなメイジを召喚しちゃう私ってば、もしかしたらスクエアを超える、それこそ虚無の魔法使いとかになっちゃうんじゃないの!? そうなったらクラスの皆に笑われて、ゼロのルイズなんて呼ばれなくて済むわ! わ、わ、私を馬鹿にしてた連中なんてそうなったら、……うふ、うふっ、ふふふふふふふふふふ) 「じゃ、じゃあちょっと屈んで頂けるかしらミスタ・ウルザ」 思考のループに嵌ってしまい口元が緩んでいるルイズであった。 「こうかね?」 「そ、それで大丈夫です」 乙女なルイズが心の何処かで静止しているのを感じるが、暴走した思考は止まらない。 ルイズは呪文詠唱を開始した。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ」 こうして彼女は4200歳ほど年上の男と口付けを交わし、使い魔の契約を交わしたのであった。 何事にも不測の事態は起こり得る。起こったならば予測の事態だったことにすればいい。 ――ウルザ マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2462.html
俺の名前は平賀才人。ルイズの『二人目』の使い魔だ。 元々俺は地球の日本にいたのだが何の因果かハルケギニアっていう場所に呼び出されちまった。 召喚されたときはそりゃ泣いたりしたが『住めば都』っていう言葉通り結構環境が良かった。 ご主人様であるルイズは以前までは結構厳しい性格だったらしいが。 『最初に召喚した使い魔』のおかげでその性格を改善したらしい。恩に着るよ。 俺がルイズに怒ったことは、初めてルイズの部屋に入った時にドアを開けたら本の山が俺に襲いかかってきたことだ。 そのとき俺は本の中に埋まって危うく死にかけるところだった。 部屋の中も凄まじく、ところせましに本の塔が建てられていた。 俺はルイズに少しは片づけたらどうだって言ったらルイズは返事をしただけで以来ちっとも片づけようともしない。 しょうがなく使い魔として掃除しようとしたら乗馬用の鞭で叩かれちまった。痛かったぜ…。 そんなあくる日のこと、ルイズのいない部屋でのんびりしていたらふとある物が目に入った。 それは『帽子』だった。よく魔法使いが被る黒い帽子、それがベッドの横に置いてある。 俺は何故かそれが気になったので帽子を手に取ってみると帽子の下に日記が置いてあった。 タイトルが書かれてあったがこの国の言葉はまだわからなかったら何なのかさっぱりだった。 俺は気になったのでページを開いてみると…そこには懐かしい日本語が書かれていた。 俺はプライバシーに関わりそうな事を理解して、日記を読む事にした。 ○月○日 (これは私が元いた世界の日にちだが) 私を召喚したルイズって奴から日記を借りた。 こんなに珍しい事は無い、珍しい事があったら日記に書き取っておこう。 しかしルイズから聞いた話だけだがこの世界には珍しい物がたくさんありそうでワクワクするぜ。 ▽月⊿日 今日ルイズやキュルケ達と一緒に『土くれ』のフーケとか言う奴を退治しにいった。 そいつはでかいゴーレムを作って襲いかかって来たが私の『マスタースパーク』であっという間に倒してやったぜ。 その後にノコノコと出てきたフーケの正体はなんと学院長の秘書だった。あの時は驚いたぜ。 『破壊の杖』は手に入れたかったが学院長が断固として断ったため代わりに『遠見の鏡』をもらった。 ★月★日 アルビオンから久方ぶりに帰ってきた。 まさかあのワルドって野郎が敵だったとは知らなかった。まぁすぐに倒してやったけど。 後帰るついでにアルビオンの宝物庫からいろいろと拝借してきたぜ。 でもそのせいでお姫様の愛人をむざむざ見殺しにしてしまった。 あの時気づいていれば助けられたのに…本当に情けないぜ。 ☆月☆日 やっと元の世界に帰れる方法を見つけた。 ルイズはそれを聞いて帰らせまいと私にしがみついたが仕方なく自作の眠り粉をかがせた。 この日記は置いておこう、短い間だったがルイズは私のことを本当の親子か何かのように慕ってくれた。 だから私がここにいたことをここに残しておくぜ。後、名残惜しいが良く喋る剣も残しておこう。 本当ならすぐにでも帰りたいがなんかこの国にレコン・キスタとかいう連中が近づいているらしい。 どうせ最後だ、この霧雨魔理沙がハルケギニアにいたことを記録に刻んでやるぜ。 追伸、恐らく次に召喚される奴。人間で日本語が分かる奴に伝えておく。 私の代わりにルイズの世話を見てくれ。 『タルブ会戦』の折、箒に跨りたった一人でレコンキスタの旗艦『レキンシントン』号を沈めたうえに竜騎兵を全滅させたメイジがいた。 その者の名は……キリサメマリサ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、霧雨魔理沙。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/270.html
ペシペシ 「きゃぁ、きゃぁ」 ペシペシ 「きゃぁ、きゃぁ」 ルイズは「おとーさん」と名乗る白いゴーレムをほうきで叩きながらぐるぐるその場を追いかけ回しているのでした。 生徒たちのほとんどは、その光景を見ながら腹を抱えて笑っていました。 さすがにコルベールは笑いを堪えていたのでしたが、「コホン」と咳払いをし 「ミス・ヴァリエール。ミス・ヴァリエール!! そろそろ追いかけっこを辞めてコントラクト・サーヴァントを済ませてしまいなさい」 と、ルイズに対して声をかけました。 ルイズは立ち止まり肩で息をしながら考えました (ちょっと変わってるけど、コントラクト・サーヴァントを済ませて躾けてしまえば・・・) ルイズはコルベールに返事をすると、おとーさんに向き直り深呼吸をして落ち着いた上で詠唱を開始しました おとーさんは不思議と逃げずにルイズを呆けたように見ていました。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 詠唱終了と同時に、突然おとーさんの口が開くと黒く「げしょげしょ」と鳴く何かを大量に吐き出しました 「!!!!!!!!!!!!!!!」 ルイズは悲鳴こそ上げなかったものの、内心かなりビビっていた。 しかしそこは貴族、そんな事はおくびにも見せずにささやかな胸を再度張って問いかけました 「いい、今の何よ」 「げしょ」 「げしょ?」 「げしょ」 おとーさんは頷くと聞きなおすルイズそう答えました 「げげ、げしょくらい何だって言うのよ」 ルイズはそう言うとおとーさんの額に杖をつきつけ契約をするのでした 「ミス・ヴァリエール、何とか終わったようですね。さて、ルーンを拝見させてもらいましょうか・・・・」 コルベールはそう言って、おとーさんに近づくと左手に刻まれたルーンを見ながら首をかしげるのであった。 おとーさんも不思議そうにルーンを見ているのでした。 「珍しいルーンですね。宙に浮いて喋るゴーレムも初めて見ます・・・おっといけない」 コルベールはルーンをノートに書き写すと待っていた生徒に向かって 「みなさん、本日はこれにて終了します。学園内に戻りましょう」 「ミス・ヴァリエール、あなたも戻りなさい」 ルイズに向き直りにこやかにそう告げるとコルベールは戻って行きました コルベールと生徒は空を飛んで行くのでしたが、ルイズは飛ぶ事も出来なかったので歩いて帰るしかありませんでした。 一歩踏み出したところでおとーさんを振り返り、 「ほら、行くわよ。ぼーとしてないで歩いて行くからグズグズしないの」 一言言うとため息混じりにまた歩き出した おとーさんは空を見上げていましたが、ルイズに言われて素直にその後をついて行くのでした。 その見上げていた空には二つの月が浮かんでいました。 ルイズは部屋に着くと早速おとーさんに色々説明を始めました 自分はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという名前で貴族である事 この世界には貴族と平民がいる事 貴族は魔法が使える事 おとーさんを使い魔として召喚したのは自分の魔法である事 召喚した使い魔は主人に服従する事 途中から夜食で用意させたサンドイッチを食べながらの説明はそろそろ終わりを迎えようとしていました。 「後、使い魔は主人の目となり耳となり・・・って出来ないみたいだし。秘薬の材料集めも無理そうね。ゴーレムみたいだからそこそこ強いと思うけど主人を守れるかどうかはまだわからないし・・」 そこでちょっと考えたルイズだったが 「とりあえず、出てきたときに掃除してたぐらいだから。掃除、洗濯と身の回りの世話でもしてもら・・・え? そろそろ帰りたい???」 ルイズは「うーん」と唸りながらこう答えた 「サモン・サーヴァントで呼び出した使い魔は、帰る事は出来ないの・・・・え? 自分で何とかする? あんた何言ってるの??」 おとーさんはそのまま部屋から出て行ってしまいました ルイズが困惑しているとほどなくしておとーさんが帰ってきました。古くてボロボロになったドアを抱えて 「何そのドア・・・拾った? 壁につけて特異点をつなげる??? 意味わかんないんだけど」 ルイズに説明しながらおとーさんは部屋の壁にドアを据え付けていきます 「危ないから下がってて? その前にそんな所にドアなんかつけないでよ!! 壁に穴でもあけたら承知しないわよ!!」 ルイズやっぱりこの使い魔はわけがわからないと頭を抱えていると、突然ドアの方から 「シババババババババババババババババッ」 と聞いたことも無いような激しい音と眩いばかりの光が発生しました 「ここ、このバカ使い魔!!! いきなり何やってんのよ!!!」 怒鳴るルイズをよそにおとーさんはおもむろにドアを開きました。 「ただいま~」 「あ、おとーさんお帰りなさ~い」 「ちょっとアンタ!どこほっつき歩いてたんだい!! それにこんなドア作って!!!」 「げしょげしょ」 ルイズは呆然としているのだったた。理解の範疇を完全に超えていたので無理もありません。 その後、キュルケとタバサがうるさいと文句を言いに来たのだがルイズは口をパクパクするだけで何も答えられませんでした・・・
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8119.html
前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 「さて、それでは本題に入るとしようか」 正面の椅子に座りなおした柊を見やりながらフール=ムールは何事もなかったかのように切り出した。 ちなみに今までその席に座っていたルイズは――卒倒したシエスタと共にベッドに身を横たえ、涙で枕を濡らしている。 ……そっとしておいた方がよさそうだ。 「ん~……本題っつってもなあ」 フール=ムールの言葉に柊は困ったように眉根を寄せて頭をかく。 何しろ今までのやりとりで事実上ここにきた目的は果たしてしまったと言ってもいいぐらいなのだ。 「とりあえず確認しとくが、お前はこの世界で物騒な事をする気はないんだな?」 「世界をどうこうするつもりは毛頭ないよ。無銘の神として少しばかりの信仰を受けつつのんびり暮らせればそれでいい」 「……本当だな?」 「私は百年前にこの世界に召喚され、そして今こうしてハルケギニアが存在している。……それでは証にならないかね?」 フール=ムールは柊の視線を真正面から受け止めてそう返した。 口元に薄い笑みを浮かべたままではあるが、その二色の瞳は揺らぎもせずに柊の眼を捉えている。 しばしの沈黙の後、視線を先に外したのは柊だった。 「……わかった。お前はタルブ村の『護神様』だ」 「ありがとう」 嘆息しながら呟いた柊に彼女は眼を細めて微笑を漏らした。 これで完全にタルブ村を訪れた目的は完全に遂げられた。 シエスタにとっても、この世界にとってもまあ悪くはない結末だろう。 まあそれはそれとして、こういう事になったのなら柊には色々と彼女に聞きたい事もできてくる。 「せっかくだから聞きたい事が――あー。その前にもう一つ確認してもいいか?」 「構わないよ。見逃してくれた礼……という訳ではないが、可能な限りは協力しよう」 言われて柊は一つ頷き、表情を引き締めた。 そして目の前にいる魔王に向けて、尋ねる。 「――この世界にお前以外の魔王はいるのか?」 「……、」 フール=ムールの眼が細まり、僅かに微笑みが剣呑さを帯びた。 今までの好々爺とした表情ではなく、魔王と呼ぶに相応しい不敵さを思わせる顔で彼女は目の前のウィザードを見つめる。 「……流石に抜け目がないね、柊 蓮司」 「当たり前だろ。お前みたいなのはいいにしても、ベルあたりが来てたら洒落にならねえ」 刺すような視線でフール=ムールをねめつけながら柊が言うと、彼女はふと笑いを零して小さく頷いた。 「では断言しておこう。少なくとも今現在においてハルケギニアに存在している魔王は私ただ一柱のみだ。魔王級だけでなく、それ未満の侵魔達もこの世界には存在しない」 「そっか。わかった」 フール=ムールの返答に柊は安堵の息を漏らした。 この先魔王が召喚されるかもしれないという可能性はあるにしても、とりあえず現在の危険性が払拭されたのは大きい。 柊は気を取り直して彼女に向かい直った。 ウィザードとしての確認は終わったので、彼個人の本題に入るのだ。 「んじゃ、本題なんだけどさ。お前、ファー・ジ・アースに繋がるゲートって創れるか?」 「ん? 次元回廊かね? できるよ」 「マジかっ!」 柊は思わず叫んで身を乗り出してしまった。 全うに探そうとしたら一体どれだけ労力と時間が必要になるかわからない命題が一瞬にして解決してしまったのだ。 流石は魔王、流石は古代神である。 彼女を召喚してくれたサロウォンに感謝してもいいぐらいだった。 「だ、だったらよ」 「だが断る」 「おぉい!? 協力してくれるんじゃなかったのかよ!?」 テーブルを叩いて抗議する柊だったが、フール=ムールは涼しい顔でそれをやりすごすと、口角を歪めて彼を見据えて口を開く。 「『ここにいる私』としてはそれに協力するのもやぶさかではない。だが、『裏界にいる私』としてはキミのようなウィザードをファー・ジ・アースへ戻すのはあまり気が進まない。 ……勘違いしてはいけないな。私はキミ達の『敵』なのだよ」 今柊の目の前にいる『フール=ムール』は『現身』と呼ばれる“彼女であって彼女でない”存在だ。 彼女等のような魔王級の侵魔は本来裏界の奥底に封印されており、そこから出ることは敵わない。 故に魔王達は己の魔力を分けて己の分身――現身を作り上げ、それによって封印をすり抜けてファー・ジ・アースへと侵攻するのだ。 百年前のハルケギニアに召喚され、以降今までそこで生きているフール=ムールが柊の事を知っているのも、裏界にある本体を通じてファー・ジ・アースの事も知っているためなのである。 「よって私はキミをファー・ジ・アースへ帰す手伝いはしない。その代わり、キミが自分で方法を探して帰る分には、邪魔もしない。……こんな所で手打ちにしてくれないかね」 「……」 柊は顔を歪めて舌打ちすると、椅子に腰を下ろした。 降って沸いた解決法がなくなってしまったのは痛いが、そんな事を簡単にできるような相手に帰るのを邪魔されると本気で帰れそうもない。 妥当な取引と思うしかなかった。 しかしこうなると本格的にもう用事はない。強いて気になる事があるとすれば、 「なら……ファー・ジ・アースは今どうなってる? それぐらいは教えてくれるよな?」 「ああ、それは構わないよ」 頬杖をついてフール=ムールをねめつけながら尋ねると、彼女は指を額に当て眼を瞑った。 少しばかりの沈黙の後、彼女は薄く眼を開いて言う。 「結論から言えば、何も変わっていない。キミがいなくなった程度で揺らいでしまうほどかの世界は脆弱ではない」 「……そりゃわかってるよ」 ぶっきらぼうに答えながらも柊の表情は心なし得意気だった。 柊が信頼を寄せる仲間達は勿論、ファー・ジ・アースを守るウィザード達は数多く存在している。 なので彼がそれを聞いたのは心配からではなくなんとなく気になった程度のことでしかないのだ。 しかしフール=ムールはそんな柊を見据えたまま、更に言葉を続けた。 「ただ、情勢自体は変わらないがウィザードの陣営で動きがあるね。アンゼロットがファー・ジ・アースを離れた」 「……は!?」 柊は思わず呻いて目を剥いた。 アンゼロットは神より『世界の守護者』の役目を与えられウィザード達の陣頭に立って指揮している人物だ。 彼女は七徳の宝玉にまつわる一連の事件の際、事実上その神から離反するに近しい行動を取ったのだが――その辺りに起因するものなのだろうか。 柊は僅かに身を乗り出しかけたが、フール=ムールはそれを制するように手をかざすと、重ねて言葉を紡ぐ。 「彼女の故郷の世界の情勢が芳しくないそうでね、その救済のためにそちらに向かったそうだ。 今は代行の人間の下で侵魔達との戦いにあたっている……つまり現在のファー・ジ・アースの守護者はキミ等人間自身というわけだ」 侵魔――つまり彼女からすれば敵対する相手の事を語っているにも拘らず、フール=ムールは何故か嬉しそうに口の端を歪めた。 世界にとってはあまり好ましい事態ではないのだろうが、柊個人としてはそういう事情で彼女が世界を離れるのなら否応などない。 それに、彼女がいなくなってなお情勢が変わっていないという事はその代行による指揮もそれなりに上手く回ってはいるのだろう。 「アイツの代わりができるなんざ、その代行ってのは大したもんだな」 「……ふ」 するとフール=ムールは唐突に噴き出し、可笑しそうにくすくすと息を漏らした。 怪訝そうに柊が睨みつけると、彼女は明らかに笑いを堪えながら口を開く。 「……いや、すまない。守護者代行が聞けばさぞ喜んだろうと思ってね」 「なんだよ、俺が知ってる奴なのか?」 「まあそんな所かな。とにかく、急な体制移行などで慌しくやっているので捜索の方はほとんど出来ていないのが現状と言ったところだよ」 「捜索……?」 言われて柊は首を捻った。 心当たりがいまいち浮かばないので柊は少し考え込み、そしてはたと思い至って声を上げた。 「もしかして俺達の?」 実の所、エリスはどうだかわからないが柊はアンゼロット側からの捜索には全く期待していなかったのだ。 というのも、アンゼロットは公私の別を厳然とつける主義であるので、たかだか人間が一人二人異世界に迷い込んだところでいちいち捜索したりはしない。 正義の宝玉の時のように何か特別な事情があるというならまだしも、現状においてエリスはもはやただの一般人であり、柊は数多いるウィザードの中の一人でしかないのだ。 「まあ見つけてくれりゃ儲けもんって所か……」 「そうだね。もっとも――」 言ってフール=ムールは柊から視線を外した。 いつも浮かべている余裕を含んだ微笑を収めて、バルコニーから広がるタルブ村の草原――その果てまでもを見通すかのように彼女は眼を細めた。 「――見つけたところで喚ばれぬ限り“辿り着く”ことはできまいがね」 「……? どういうことだ」 「ここは『ハルケギニア』だという事さ。 キミ達――彼の世界の者達にも、此の世界の者達にももはや関係のない……現実(イグジスタンセア)を追われた幻想(ハルケギニア)の物語だよ」 「……どういう事なんだよ」 「言ったはずだ。私はキミが帰るのを邪魔はしないし、協力もしない……とね」 誰に言うでもなく彼女は語り、口を閉ざした。 ファー・ジ・アースへ帰還したい柊としては問い詰めておきたいところだが、彼女の表情はそれを語るのを拒絶している。 彼女の言を信じるならば、今語った事は元の世界に帰る手がかりとしては何ら影響がないことなのだろう。 柊は肩を落として溜息をつくと、頭をかいた。 「……お前らはほんとそういう婉曲的な物言いが好きだよな」 「長く生きていると無意味に語りたくなるものなのだよ。年寄りの話好きという奴だね」 元の超然とした態度に戻ってフール=ムールは小さく笑った。 「さて、他に聞きたいことはあるのかな?」 「んー……」 言われて柊は椅子に背を深く預けて額を指で掻いた。 タルブ村に召喚された魔王が無害だというのは確認できた。 帰る方法に関して情報を得られなかったのは残念ではあるが、それは元より期待していた訳ではないしファー・ジ・アースの現状も知る事ができたので十分な収穫だったというべきだろう。 現状においては特に知りたい事もないのでもうこの場所に用は――とぼんやり考えながら視線を巡らせると、部屋のベッドで横になっているルイズが目に入った。 「……おい、フール=ムール。お前、百年この世界に居たなら、ハルケギニアの事も結構知ってるのか?」 「まあね。大体のことは把握しているが……世界滅亡の危惧でもしているのかね?」 「ちげーよ。ファー・ジ・アースじゃあるまいし、そんなホイホイ世界の危機が起こってたまるかってんだ」 揶揄するように語ったフール=ムールに吐き捨てるようにして返すと、柊は立ち上がって部屋の中へ戻っていく。 ベッドで横になっているルイズに歩み寄ると、彼女はもぞりと身を起こして胡乱気な表情で柊をねめつけた。 「……なに、話は終わったの? だったら早く帰りましょう。この村は危険だわ……」 「俺の話は終わったけど……ちょっと来てくれ」 「……?」 ルイズは僅かに小首を傾げた後、不承不承といった感じでベッドから身体を下ろした。 ちなみに隣で眠っているシエスタはまだ気を失ったままだ。 まあ彼女は少しばかり縁のある一般人でしかないので、帰るときに起こせば問題はないだろう。 柊はルイズと連れ立ってバルコニーへと戻ると、フール=ムールの前に座らせる。 そして彼は状況を把握できずに怪訝な視線を送るルイズの肩を軽く叩くと、フール=ムールに向かって言った。 「コイツ、メイジなのに魔法が使えねえんだ。なんで使えないのか理由とかわかるか?」 「!?」 途端今までの倦怠感が総て吹き飛び、ルイズの瞳が驚愕に染まる。 愕然と柊を見上げると、彼は口の端を歪めてルイズの薄桃の頭に軽く手を載せた。 「今まで何やってもダメだったんだろ? せっかくだから聞いとけよ……文字通りの神頼みって奴だな」 「え、あ……あり、がと」 普段なら不遜だと手を払うところなのだが、ルイズは半ば呆けたように頭を叩かれながらおずおずと言った。 そんな彼女を見て柊はふと笑うと、改めてフール=ムールを見やる。 「で、どうだ? 何かわかるか?」 問われた彼女は二色の瞳でルイズをじっと見つめた。 そして静かに答える。 「――わかるよ」 「……っ」 その声にルイズは思わず息を呑みフール=ムールを凝視する。 いつも微笑を称えている彼女はいつの間にかその笑顔を潜め、僅かな寒気を覚えるほどの鋭さでルイズを見返していた。 「だったら教えてやってくれねえか。今までそれで色々大変だったみたいだし……」 「……まあいいだろう。ただ、これは彼女のプライバシーに関わる事ゆえ、キミは退席してほしい。――少なくとも今は聞くべき時ではない」 「またよくわかんねえ言い回ししやがって……まあいいけど」 フール=ムールの言葉に嘆息交じりに答えると、呆然としたままのルイズの肩を軽く叩いて柊はその場を後にした。 シエスタを起こすために部屋に戻ろうとしたところに、フール=ムールの声が響く。 「彼女はそのままにしておいていいよ。せっかくの里帰りだしね……夜になったら私が直接学院に送り届けよう」 「そうか? そりゃすまねえな……ってぇっ!?」 言われて柊はフール=ムールを振り返り――そしてぎょっと眼を剥いた。 いつの間にか彼女の脇には、そこから伸びているのか紐が垂れ下がっていたのだ。 「お、おい、お前……! それは……!?」 「柊 蓮司を送り出すときにはこうするのが慣例だと思っていたのだが、違うのかね?」 「違ぇーよ!? 勝手に慣例とかにしてんじゃねえよ!!」 柊は顔を青くして叫ぶが、フール=ムールは委細構わずに極上の笑みを浮かべた。 美少女然としたアンゼロットのような(見た目)可憐なものとは違う、たおやかな大人の女が放つ笑顔だった。 ……まあどちらだろうと、柊にとってはその表情の意味するところは同じである。 柊は渾身の力で地を蹴ってその場から逃げ出した。 ――逃げ出そうとした瞬間フール=ムールが紐を引き、蹴るべき床がぱかっと割れて柊の体が消えていった。 「くっそぉおおおぉおお覚えてやがれぇぇええぇぇぇ!!!」 搾り出すような悲鳴が段々と遠ざかり、そしてかすれて消えた。 ――後に柊はこう語ったという。 『ハルケギニアも青かった』 ※ ※ ※ そんな柊とフール=ムールとのやりとりの間も、ルイズは強張った顔で固まったままだった。 まるで彼女だけ時間を切り取ったかのように微動だにせず、椅子に腰を下ろしたままじっとフール=ムールの顔を窺っている。 柊が消え去った後フール=ムールはルイズに向き直り、小さく息を吐いて瞑目した。 そしてゆっくりと眼を開く。 その二色の瞳が称える表情は今までの遊びのようなソレとは違い、酷く怜悧で心の奥底まで見透かすような輝きが込められている。 「さて、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。キミが魔法を使えない理由だったね」 「……!」 その言葉に、ルイズの肩がびくんと震えた。 いくらかの期待と多分の不安を乗せた鳶色の視線をフール=ムールに向けながら、彼女は覚悟を決めるかのように唾を飲み込んだ。 「確認しておくが、キミは今も全く魔法が使えないのかね?」 「え……あ、っ」 言われてルイズは思い出した。 魔法が使えない、というのは大筋で正しいが、ごく最近になって厳密には少し異なるようになったのである。 「コモンマジックは最近使えるようになったわ。……なんで使えるようになったのかわからないけど」 「だろうね。おそらく『彼女』のせいだろう」 まるでそれを知っていたかのような物言いにルイズは僅かに眉を潜める。 しかも、フール=ムールは『彼女』と言った。 コモンマジックが使えるようになった最近で心当たりのある『彼女』は使い魔になった志宝エリス以外にいない。 だが、彼女の『せい』とはどういう事なのだろうか。 それで魔法が使えるようになったのなら彼女の『おかげ』というべきではないのか。 「ど、どういうこと?」 「まあ順を追って話すとしよう。その前にもう一つ確認する事がある」 ルイズの疑問を遮るようにしてフール=ムールは言うと、真っ直ぐにルイズを見つめたまま言った。 「脱ぎたまえ」 「………………はい?」 ルイズはぽかんと口を開いたまま首だけを捻った。 しかしフール=ムールは一切表情を変える事なく、重ねるように口を開く。 「服を脱げと言った。勿論下着もだよ。キミのカラダを私に見せてくれ」 「ええぇぇぇっ!?」 思わずルイズは叫び、椅子を蹴倒して立ち上がると後ずさった。 彼女のように整いすぎた美人は異性よりもむしろ同性に興味を持つという聞きかじりの四方山話を思い出した。 何となく貞操の危機を感じてフール=ムールを見やったが、ルイズは小さく息を呑んでしまった。 じっと自分を見つめてくる二色の瞳はまったく揺らがない。 ルイズが懸念しているような下世話なモノなど微塵も感じられなかった。 その視線を受けてルイズは覚悟を決め、服に手をかけて脱ぎ始める。 下着も脱いで一糸纏わぬ姿になると、シミひとつない真白の肢体を手で隠そうともせずにフール=ムールの前に晒した。 促されて振り向き、後姿も彼女に見せる。 しばしの沈黙の後、フール=ムールは深く頷いた。 「わかった。もういいよ」 「……一体何なの?」 「ちょっとした確認だよ」 服を身に纏いながら尋ねたルイズに、ほんの少しだけ遊び心を含ませた笑みを浮かべてフール=ムールは答えた。 なんとなくはぐらかされたような気がしてルイズは小さく口を尖らせたが、自身を宥めるように桃髪を手で梳いたあと再び席に座る。 それを見計らってフール=ムールは静かに言葉を紡いだ。 「それでは本題に入ろう……と言いたい所だが、重要な事を聞くのを忘れていた」 「重要なこと?」 「ああ」 フール=ムールは頷くと僅かに身を傾がせ、覗き込むようにしてルイズの鳶色の瞳を捉えたまま言葉を投げかけた。 「キミは一体何を知りたいのか。キミは一体何を希んでいるのか。キミは何故それを望むのか。まだそれをキミの口から聞いていない」 「……!」 「願いは己の口から紡いでこそ意味があるものだ。――キミの言の葉を聞かせてくれ」 心の芯を刺すような言葉にルイズは僅かに瞳を揺らがせた。 だがここまできたのならもはや皿までだろうといってしまわねば収まりが悪い。 それに、この舞台を用意してくれた柊にも申し訳がたたないだろう。 ルイズは一つ大きく深呼吸すると、静かに語り始めた。 大貴族たるヴァリエールの家に生まれ極めて優秀なメイジの血を継ぎながらも魔法が使えなかったこと。 家族からも半ば見放され周囲の者達からゼロと蔑まれていること。 彼等を見返したい……というほどではないが、せめて彼等に認められ自分を誇れるような貴族になりたいこと。 そのために魔法を使えるようになろうとして……どんな努力も全く結実しなかったこと。 普通の人間とは明らかに異なる気配をもつフール=ムールを相手に語っているからだろう、彼女は感情に流されることなく坦々と自分の思いを連ねた。 「わたしは魔法が使えるようになりたい。使えさえすればいいって訳じゃないのはわかってるの。でもそこからじゃないと何も始まらないの。だから……何か知っているなら、教えてちょうだい」 「……わかった。ならばキミの問いに答えよう、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 フール=ムールの返答にルイズははっとして顔を上げた。 思わず身を乗り出すようにしてフール=ムールを覗き込む。 彼女は怜悧な表情を一切崩す事なく、告げた。 「キミが系統魔法を使えない理由。それは至って簡単……器が小さすぎるからだ」 「な、っ」 頭を鈍器で殴られたような気がした。 それは言葉の表現が違うだけで、彼女がこれまでにさんざん言われ続けてきた台詞と同じ内容だったからだ。 ここまで来て、この相手からにさえ、そう言われてしまった。 掴もうとした糸が途切れてしまったような失望感が一気にのしかかった。 「そ、それ、って……やっぱり、わたしに、才能がない……ってこと……?」 震える声で尋ねる。 するとフール=ムールは瞑目し――首を左右に振った。 「違う。逆だよ……キミが系統魔法を使うに値しないのではない。系統魔法の方こそが、キミが使うに値しないのだ」 「……へ?」 言っている意味がいまいち理解できなかった。 しかしフール=ムールはそんなルイズの動揺をよそに更に言葉を続ける。 「普通のメイジの場合は魔法の構築に失敗して爆発がおこる正真正銘の『失敗』だが、キミの場合は構築に成功していても爆発が起きる。系統魔法の成否は関係ないのだよ」 魔法に失敗して爆発が起こる――という現象はルイズに限らずどのメイジにでも起こり得る事だ。 例えばドットメイジがラインスペルを使うなどという風に扱いきれない魔法を行使しようとしたり、集中を欠いた状態で魔法を使ったり。 そんな風に不相応な魔法を行使しようとした場合魔法は失敗し何も起こらない……あるいは、爆発が起こる。 もっとも爆発と言ってもそれは風船が弾けて割れるといった程度のもので、ルイズのような大規模な爆発は起こらない。 そして修練を積んで力量をわきまえられるようになればそもそも失敗自体が滅多に起こるものではなくなる。 ゆえにルイズはいくら修練を積んでも魔法を使えない劣等生――『ゼロ』の烙印を押されているのだ。 しかし目の前の彼女はまるで教師のようにルイズに言う。 「簡単に言ってしまえば、キミが扱う『力』は四大系統の魔法では収まりきれないのだ。 結果キミが力を使えば術式の方が耐えられず規格が崩壊――つまりは『爆発』してしまう、という訳だ」 「な……に、それ……」 そんな話聞いた事がない。 というか、魔法の方が耐えられないなんて事が起こりうるのか。 稀代のメイジと呼ばれた彼女の両親でさえ爆発するなんて事は起こらないというのに。 「なんなの、それ……わたしの力って……?」 体と声の震えが止まらない。 これ以上言葉を投げかけられる事に恐ろしさを覚えながらも、ルイズは問うことを止められなかった。 フール=ムールは僅かに眼を細め、瞳を揺らす彼女を見据えたまま言った。 「予想はつくのではないかね? 消去法は些か短絡だが、この場合は正しい。キミは土水火風いずれの系統にも属さない。ならば残る系統はただ一つ」 「ちょっ……」 「――四にあらざれば零。然り、キミの系統はキミ達が『虚無』と呼んでいるモノだ。 キミはかつて始祖が神より賜ったとされる大いなる力――その『欠片』の『担い手』なのだよ」 「……」 フール=ムールの言葉にルイズは言葉を発することができなかった。 呆然としたまま力なく椅子に背を預け、僅かに身体を傾がせる。 冗談と笑おうとして僅かに片頬を持ち上げたが、引きつった微笑にしかならなかった。 かつて始祖ブリミルが用いたという伝説の系統、『虚無』。 異世界だのなんだのと言ったおとぎ話めいた事を語る柊達を胡乱気に受け止めていた自分自身が、同じようにおとぎ話めいた『伝説』を受け継ぐなど笑えもしない冗談だ。 そう、まったく笑えない。 しかもそれは冗談ではない。 真っ直ぐに見つめてくるフール=ムールの二色の瞳が否応なくルイズにそれが事実だと告げていた。 そんなルイズを宥めるようにフール=ムールは口を開いた。 「だが、実の所『担い手』であること自体はさほど問題ではないのだよ」 「……へ」 「虚無を継いだ担い手達は歴史上少なからず生まれている。そしてキミのように覚醒に至った者もゼロではない」 「か、覚醒? わたしが? その……虚無に?」 「そう。コモンマジックを使えるようになったのがその証左だよ。同時にそれこそが――」 「ま、待って……待って!!」 思わずルイズは叫んでフール=ムールの言葉を遮った。 ただでさえ途方もない話だというのに、投げかけられる言葉が重すぎて頭がついていかない。 それは投げかけたフール=ムールもわかっているのだろう、彼女は瞑目すると席から立ち、ルイズを置いてその場から歩き去った。 ルイズはフール=ムールが離れたことを気にするでもなく俯いてじっとテーブルを凝視し続ける。 ふと視界の端に風に揺られた桃髪が掠め、彼女はソレを追う様に顔を上げて視線を外へと向けた。 その先に広がるのはタルブの丘陵。どこまでも続く草原と向こうに聳える山々。 その草原の只中に立ち、天を抱くようにして手をかざす護神。 穏やかな風が駆け抜けてルイズの桃色の髪と、フール=ムールの翡翠の髪を揺らした。 その風は魔法か何かだったのだろうか、それともその情景が幻想的だったからか、ルイズの心がいくらか平静を取り戻してきた。 「……整理できたかね?」 しばしの間風を躍らせた後、ルイズの下に戻ってきたフール=ムールが尋ねると彼女は小さく頷いた。 それを見てフール=ムールが応えるように頷いて席に着くのを見届けた後、ルイズは確認するように口を開いた。 「……わたしは『虚無』の系統のメイジなの? 始祖ブリミルが使ってたっていう、伝説の」 「その通り」 「……そしてわたしは、その虚無に覚醒している」 「そうだね。危険な兆候だ」 「き、危険? 虚無が?」 「“キミが”だ」 息を呑むルイズにフール=ムールは僅かに眼を細めた。 射すくめるような彼女の視線がルイズを貫き、そして放つ言葉がルイズを打つ。 「……本来、担い手は『しかるべき手順』を経て虚無に覚醒するものだ。しかしキミはその手順を無視して覚醒してしまっている。 いわゆる“ずる(チート)”という奴だな。おそらく『彼女』にひきずられているのだろうが――」 『彼女』。 先程も出てきたフレーズである。 フール=ムールの話によるなら自分が虚無とやらに覚醒したのも危険な兆候とやらになっているのもその『彼女』が要因のようだ。 ルイズはおずおずと尋ねた。 「その『彼女』って……エリスのことなの?」 「……」 フール=ムールは答えない。 しかしこの状況で『彼女』という言葉が当てはまるのはエリスの他にいなかった。 「エリスは……あの子は何なの? ヒイラギの後輩で、元ウィザード……」 フーケによる襲撃があったその夜、ルイズはエリスの事をそれなりに聞いてはいた。 身寄りがなく孤児院で育ったこと。 最近になってヒイラギの通う学校(ファー・ジ・アースでは彼女くらいの子はほぼ全員学校に通うのだという)に転入したこと。 そこでウィザードとなって、『七徳の宝玉』というマジックアイテムを巡る事件に関わったこと。 その事件の解決と共にエリスはウィザードとしての力を失ってしまったこと。 詳しい顛末については尋ねても苦笑を浮かべて言葉を濁すだけだったのだが、その辺りに何かがあるのだろうか。 「志宝エリス。彼女は……そうだね、例えて言うなら『姉の落し物を拾った妹』と言ったところかな」 「姉……あの子にお姉さんなんていたの?」 「ただの例えだよ。厳密に言うなら姉妹どころの話ではないが――まあ、あの子に関しては何ら問題はない。元々彼女はそういう存在なのだし、それゆえの『四番目』なのだから」 「……??」 「問題はキミだけだ、という事だよ」 「……っ、そんな事言われても、ワケわかんないわよっ!」 ついに堪えられなくなってルイズは叫んでしまった。 虚無の担い手であるという事でさえ処理能力を越えているというのに、そこから更に問題があるといわれても正直どうすればいいのか全くわからないのだ。 「問題だの危険だのって! わたしにどうしろっていうのよ!!」 テーブルを荒々しく叩いて訴えるルイズに、しかしフール=ムールは些かも動揺する事なく、小さく溜息をついてから答えた。 「すまないが、それには明確な答えは返せない。なにしろキミのケースは今まで前例がない。強いて妥協案を出すとするなら、正規の手順を踏むことくらいだ」 「正規の、手順……!?」 「そう。始祖のルビーを手に始祖の秘宝と接触する。これが担い手として覚醒する正規の手順だ。……ただ、今更その手順を踏んで“戻れる”保障はないが」 始祖のルビーに始祖の秘宝。 いずれも王家に伝わるという国宝だ。 当然ながらそんなもの、話には聞いたことがあっても眼にした事などない。 それに接触するなど、それこそ王家の人間でもなければ不可能だ。 「そんなの無理よ……! 王宮に行って貸してくれるよう頼めとでもいうの!?」 「ならばキミができる範囲で私ができる忠告はただ一つ」 怒気をはらませて睨みつけてくる鳶色の瞳を冷たく見据えたまま、フール=ムールは静かに告げた。 「――何もしない事。眼を瞑り、耳を塞ぎ、口を噤む事。巡り合せがよければ始祖の遺産に辿り着くこともあるだろう。 その時まで心静かに暮らしたまえ。志宝エリスと共にあるというのなら、殊更にね」 ――これ以上彼女に付き合っていると、取り返しがつかなくなってしまうよ。 「――っ!!」 いっそ威圧感すら感じるようなフール=ムールの宣告に、しかしルイズは怒りに顔を紅潮させた。 彼女は椅子を蹴倒して立ち上がると、身を乗り出して叫ぶ。 「神様だかなんだか知らないけど、部外者にとやかく言われる筋合いなんてないわ! わたしはあの子と一緒に歩いていくって決めたんだから!」 そう契約し、そう誓約し、そう約束した。 それを違うことなど彼女の矜持が許さない。 ルイズが灼くような視線でフール=ムールを睨みつけると、彼女はどこか満足そうに微笑んでから瞑目した。 「……世界の真実がそれを識る者にとっての真実とは限らない。キミは私に問い、私はキミに応えた。それを識ってどうするのかは、キミの自由だ」 「……なら、勝手にさせてもらうわ……!」 吐き捨ててルイズは踵を返し、荒々しくその場を離れた。 頭の片隅で本当ならもっと色々と聞くべき事があるとは思いもしたが、誓いと誇りを侮辱した彼女とはもう話したくもない。 入ってきた扉に手をかけて乱暴に開け放ち真っ直ぐに続く回廊に足を踏み入れたとき、ルイズは不意に足を止めた。 ――もう話したくはなかったが、最後に一つだけ、どうしても聞いておきたい事がある。 「……わたしが虚無の担い手なんだとしたら。……わたしは、普通の系統魔法を使うことはできないの?」 振り返らないまま、背中越しにそう問うた。 それは独り言に近い囁き声だったが、フール=ムールは僅かな沈黙の後答えた。 「……理屈の上では使えるようになる可能性はある。だがそのためには手掴みで正確に分量を量れるような、そんな緻密な制御能力が必要だ。 知らぬこととはいえ、これまで修練を重ねて僅かなりとも実感が得られていないのなら……そちらに関しては本当に才能がないのだろう」 「……」 フール=ムールの声にルイズは何も声を返さず、僅かに頭を俯ける。 そして異界の神に見送られながら、彼女は後ろ手に扉を閉ざした。 ※ ※ ※ 薄暗い回廊を俯いたまま歩きながら、ルイズは手で目元に浮いた雫を必死で拭った。 出口が近づくに連れて明るくなっていく回廊を感じながら、彼女は一度立ち止まって顔を上げ、大きく深呼吸をする。 両の手で顔を軽く叩いて気合を入れて、努めて強気な表情を浮かべて外へと踏み出した。 降り注ぐ陽光にルイズは眼を細める。 一瞬だけ白く染まった視界が元に戻ると、そこには―― 「おう、お帰り」 なぜかぼろぼろになり、そしてげんなりとした柊が待っていた。 そして更に。 「あ、お帰りなさい」 お仕着せを纏ったエリスがそこにいて、ぺこりと頭を下げた。 「……っ」 膝から力が抜けてルイズは地面に崩れ落ちた。 「ルイズさん!?」 慌ててエリスがルイズに駆け寄る。 そう、今眼の間にいるエリスは幻でもなんでもない、正真正銘の志宝エリスだ。 だが彼女が『ここ』にいるのは別段おかしいことではない。 むしろおかしいのはルイズや柊が『ここ』にいることだ。 なぜならここはトリステインの魔法学院だからである。 最後の最後でフール=ムールがやってくれたようだ。 ルイズは柊の表情の意味を理解した。そしてたぶん自分も同じような表情をしているだろう。 「大丈夫ですか?」 「……平気。平気だから……」 肩に当てられた手を握り返し、ルイズはよろよろと立ち上がったエリスを見た。 心配そうにこちらを窺うエリスの姿を見て、彼女は重要な事を聞き忘れていたことを思い出した。 結局『彼女』――エリスの事を何も聞いていない。 フール=ムールはルイズを虚無の担い手だと言った。 そしてルイズを覚醒させたのはエリスだと。 ……正規の手順とやらを無視して覚醒させた、とも。 ルイズは背後を振り返るが、今しがた通ってきたはずの回廊は既に姿を消していた。 目の前に広がるのは何の変哲もないただの学院の広場である。 柊の箒で再びタルブ村に行き、改めて聞きなおすべきなのだろうか。 「……で、ちゃんと理由は聞けたのか?」 柊の声でルイズは我に返り、彼を振り返った。 怪訝そうに見つめてくる柊に向かって、ルイズは口を閉ざしたまま小さく頷く。 すると目の前のエリスが喜色を称えて彼女の手を強く握りしめた。 「じゃあ、魔法が使えるようになるんですね……!」 柊から話を聞いていたのだろう、エリスは我が事のように喜んでルイズに笑顔を向けた。 そんな彼女の顔を見て、ルイズは僅かに視線を彷徨わせた後――ふと微笑を漏らした。 「……そう、ね。そうかも。まだこれからだけど……」 濁して言いながら、ルイズはタルブ村に戻って聞きなおすのをやめることにした。 例え彼女が何者であろうと関係ない。 自分が虚無の担い手だという事も、それに覚醒しているというのもいまいち実感することはできないが、少なくともエリスや柊が来てから色々と回り始めたのは間違いないのだ。 歩き始めた以上、もう立ち止まりたくはなかった。 それが彼女のおかげだというのなら、なおさら繋がれたこの手を離す訳にはいかない。 ルイズはエリスの両の手を自分のそれを重ね、強く握った。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2853.html
俺の名前は平賀才人。ルイズの『二人目』の使い魔だ。 元々俺は地球の日本にいたのだが何の因果かハルケギニアっていう場所に呼び出されちまった。 召喚されたときはそりゃ泣いたりしたが『住めば都』っていう言葉通り結構環境が良かった。 ご主人様であるルイズは以前までは結構厳しい性格だったらしいが。 『最初に召喚した使い魔』のおかげでその性格を改善したらしい。恩に着るよ。 俺がルイズに怒ったことは、初めてルイズの部屋に入った時にドアを開けたら本の山が俺に襲いかかってきたことだ。 そのとき俺は本の中に埋まって危うく死にかけるところだった。 部屋の中も凄まじく、ところせましに本の塔が建てられていた。 俺はルイズに少しは片づけたらどうだって言ったらルイズは返事をしただけで以来ちっとも片づけようともしない。 しょうがなく使い魔として掃除しようとしたら乗馬用の鞭で叩かれちまった。痛かったぜ…。 そんなあくる日のこと、ルイズのいない部屋でのんびりしていたらふとある物が目に入った。 それは『帽子』だった。よく魔法使いが被る黒い帽子、それがベッドの横に置いてある。 俺は何故かそれが気になったので帽子を手に取ってみると帽子の下に日記が置いてあった。 タイトルが書かれてあったがこの国の言葉はまだわからなかったら何なのかさっぱりだった。 俺は気になったのでページを開いてみると…そこには懐かしい日本語が書かれていた。 俺はプライバシーに関わりそうな事を理解して、日記を読む事にした。 ○月○日 (これは私が元いた世界の日にちだが) 私を召喚したルイズって奴から日記を借りた。 こんなに珍しい事は無い、珍しい事があったら日記に書き取っておこう。 しかしルイズから聞いた話だけだがこの世界には珍しい物がたくさんありそうでワクワクするぜ。 ▽月⊿日 今日ルイズやキュルケ達と一緒に『土くれ』のフーケとか言う奴を退治しにいった。 そいつはでかいゴーレムを作って襲いかかって来たが私の『マスタースパーク』であっという間に倒してやったぜ。 その後にノコノコと出てきたフーケの正体はなんと学院長の秘書だった。あの時は驚いたぜ。 『破壊の杖』は手に入れたかったが学院長が断固として断ったため代わりに『遠見の鏡』をもらった。 ★月★日 アルビオンから久方ぶりに帰ってきた。 まさかあのワルドって野郎が敵だったとは知らなかった。まぁすぐに倒してやったけど。 後帰るついでにアルビオンの宝物庫からいろいろと拝借してきたぜ。 でもそのせいでお姫様の愛人をむざむざ見殺しにしてしまった。 あの時気づいていれば助けられたのに…本当に情けないぜ。 ☆月☆日 やっと元の世界に帰れる方法を見つけた。 ルイズはそれを聞いて帰らせまいと私にしがみついたが仕方なく自作の眠り粉をかがせた。 この日記は置いておこう、短い間だったがルイズは私のことを本当の親子か何かのように慕ってくれた。 だから私がここにいたことをここに残しておくぜ。後、名残惜しいが良く喋る剣も残しておこう。 本当ならすぐにでも帰りたいがなんかこの国にレコン・キスタとかいう連中が近づいているらしい。 どうせ最後だ、この霧雨魔理沙がハルケギニアにいたことを記録に刻んでやるぜ。 追伸、恐らく次に召喚される奴。人間で日本語が分かる奴に伝えておく。 私の代わりにルイズの世話を見てくれ。 『タルブ会戦』の折、箒に跨りたった一人でレコンキスタの旗艦『レキンシントン』号を沈めたうえに竜騎兵を全滅させたメイジがいた。 その者の名は……キリサメマリサ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、霧雨魔理沙。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1023.html
朝もやの中、ルイズとギーシュが馬に鞍をつけていると、ギーシュが心配そうに何かをルイズに頼み始めた。 「頼みがあるんだが…」 「何よ?」 「ぼくの使い魔を連れて行ってもいいかな?」 「連れて行けばいいじゃない?さっさと連れてきなさいよ」 「いや、もうここにいるんだ」 そういってギーシュはみかんのいるあたりを指した。 「え?わたし?」 「ちょっとギーシュ!!みかんは私の使い魔でしょうが!!調子に乗ってんじゃないわよ!!」 「違う、そうじゃないんだよ。おいでヴェルダンデ!!」 途端みかんの足元が盛り上がったかと思うとビッグモールが顔を出した。 「もぐらさん?おっきい!!」 「ああ!!僕のヴェルダンデ!!いつ見ても可愛らしいよ!!」 「あんたの使い魔ってビッグモールだったのね」 ルイズがヴェルダンデを覗き込むとヴェルダンデもルイズを見上げ、そして襲った。 「ちょ!!何よこいつ!!」 「ああ、ルイズ、君の指輪に反応してるんだよ。ヴェルダンデは宝石が大好物だからね」 「ふざけないでー!!」 ルイズとヴェルダンデが格闘していると一陣の突風が吹き荒れヴェルダンデを吹き飛ばす。 「な!!誰だ!!僕の可愛いヴェルダンデに何をする!!」 ギーシュの問いかけに上空よりグリフォンに乗った羽帽子の貴族が返答を返す。 「いや、すまないね。婚約者がモグラに襲われていたものでつい、ね」 「こんやくしゃ?」 グリフォンが降り立ち、長身の男がルイズを抱きかかえる。 「ああ、僕はグリフォン隊隊長ワルド子爵だ」 一向が港町ラ・ロシェールにつく頃にはすでに日が傾いていた。 皆一刻も早く休みたいとそうそうに宿を決め酒場で今後の方針を話し合う。 ちなみに部屋割りはルイズ・みかん、ワルド・ギーシュである。 ルイズがワルドとの相部屋を恥ずかしがったための部屋割りだ。 ワルドが小さな女の子の前で食い下がることに気がひけたことや、ギーシュの意見もありこの部屋割りとなった。 まずワルドが口を開いた。 「さて、明後日にならねば船が出港しないことや途中襲ってきた盗賊の話などいろいろ話たいことはあるのだが、何よりもまず君たちは一体何だ?」 キュルケが嬉しそうに答える。 「はじめましておじ様♪私は微熱のキュルケ。こっちは雪風のタバサ。あんまりにもおじ様が素敵だからこっそり後をつけてきましたの」 ワルドは少し困ったよう答える。 「そうか…。助けてもらっておいて何だが、僕にはルイズという婚約者がいるのでね。残念だが君の気持には答えられない。」 「そんなぁ~!!」 キュルケがなおもワルドに言い寄っている隣では、タバサがみかんを見つめていた。 「……」 「な、なぁに?タバサお姉ちゃん?」 「別に」 「…(やっぱりあやしまれてるのかな?もういっそ話しちゃう?…でも、やっぱり秘密にしといた方がいいよね)」 みかんが自分の力を下手に秘密にするべきではなかったかと少し後悔し始めるころには話合いが終わっていた。 「じゃあ、今日は解散にしようか?ああ、そうだ、ルイズ」 「なにかしら?」 「大事な話があるんだ、ちょっとついてきてくれ」 「ええ、分かったわ」 席を立った二人を見てキュルケが口を開く。 「じゃぁ、タバサ、お部屋に戻りましょうか、明日も早いみたいだし」 視線を本から話すことなくうなずくタバサと驚きを隠せないギーシュ。 「なんだい?もう君たちが来た目的は無意味になったじゃないか?まだ付いてくるのかい?」 「あら、確かにおじ様は振り向いてはくれなかったけど、なんだか面白そうな話じゃない?」 「面白そうだからって君、これは内密な任務で」 「それじゃあおやすみなさい♪」 気にする風もなく酒場を後にするキュルケ。 「全く…しょうがないな」 ギーシュ自身偶然一緒に来ることになっただけだということはあまり覚えていないらしい。 ギーシュとみかんが少しだけ談笑をした後に各々が部屋に帰ると、困惑気味のルイズがベッドに腰かけていた。 部屋に入ってきたみかんに気づいていないわけもないだろうに何の反応も示さないルイズにみかんは違和感を覚え声をかけた。 「ねぇ、ルイズお姉ちゃん、どうしたの?」 「私、この任務が終わったら結婚するわ」 「え?!」 いきなりそんなことを言われればだれだって驚く。 みかんだって驚く。 しかもこんな状況ならなおさらだ。 「けっこん?!いきなり?!」 「いきなりではないわ、婚約者だもの。いずれ結婚することはずっと前から決まっていたもの」 確かにいいなずけ同士が結婚したところで何もおかしくはないんだが、なぜこのタイミングで? それに、ルイズが手放しで喜んでいるようでないことも気になる。 いくら年が離れているとは言ってもみかんも女性である。 恋の悩みに関しては少なくとも男よりは敏感である自信がある。 「でも、あんあまりうれしそうじゃないよ、どうして?」 言葉に詰まったようにうつむくルイズを見てみかんはこれはいよいよたたごとではないかもしれないと思い始めた。 結婚そのものも重大な問題ではあるが、それ以上にルイズを悩ませている何かがあるとすればそれはいったいどれほど大きな問題なのだろうか? しばらく悩んだ後に、みかんはルイズにはっきりと声をかけた。 「ルイズお姉ちゃん」 「何?」 「なにかなやみがあるなら、なやめばいいよ。答えを出すのは本当に今じゃないとダメ?」 「……!!」 ハッとした。 確かにその通りではないか。 ワルドの強引な求婚に少しばかり混乱してしまっていたようだ。 別に今結婚する必要はない。 それでワルドが自分を突き放すようになるかもしれないという不安もあるにはあったがその程度まぁ待ってくれるだろうと楽観して考えることができた。 いや、今すぐに結婚することには自分自身もともと否定的だったではないか。 自分は誰かにそれを肯定してほしかったのだ。 そう考えると一気に気が楽になり途端に疲れを強く感じたのでベッドに潜り込んだ。 みかんと逆の方向を向いて、ぼそぼいそと、しかし聞こえるようにつぶやく。 「…ありがとう」 その声を聞いたみかんはルイズと左右反対にベッドに潜り込んだ。 ここで下手に返事を返すほどに野暮ではない。 しばらくして、部屋には二人と一頭の規則正しい寝息のみが残された。 早朝、みかんは昨日の疲れが幼い体にはきつかったのか、誰よりも遅く目を覚ました。 隣で待機していたオルトロスを連れ一階に降りると、ルイズをワルドが説得しているのが目に入る。 どうやらまだ任務が終わってすぐの結婚をあきらめていないようだ。 しかしルイズにまともに取り合っている様子はない。 ワルドの勇敢さや有望さを褒めつつも結婚はもう少し後だとはっきりと口にしていた。 それどころか自分をなだめるワルドの言葉に酔っているようにも見える。 それに気付かないワルドでもないのだろう、どちらかといえば本気というよりもいかにルイズを満足させるかを考えて言葉を選んでいるように見える。 苦笑交じりにみかんが二人に近づくとワルドがこっちに気づいたのか手を振ってくる。 こちらも振り返そうとはしたのだが、周りに集まっていた面々の微妙な表情を見てその手が止まった。 タバサの表情こそいつもと同じだが、明らかにおかしい。 「どうしたの?みんな?」 ルイズが俯き、ギーシュが申し訳なさそうに答える 「いや、実はだね……」 その言葉を引き継ぐかのようにワルドが口を開いた。 「君に決闘を申し込みたいのだよ」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7562.html
前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 遠ざかっていく青髪の少女を、ルイズは呆然と見つめている事しかできなかった。 そして柊とエリスも、そんなルイズを言葉なく見守っている事しかできない。 もはや力一杯声を出しても届かない程に離れてしまった小さな背中に、ルイズは隣にいても聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、呟く。 「……なんなのよ……ワケわかんない事言って……」 顔を俯けて、肩を震わせる。 声を漏らした事で、心の裡に留めていたモノがぼろぼろと零れ出してくる。 それが一日前のこの場所から始まったことと、回りにほとんど人がいないこともあったのだろう、彼女は誰に言うでもなく叫んだ。 「ワケ分かんない事言わないでよっ!! あの子も、あんた達も、誰も彼も!! 知った風な顔で勝手な事言ってっ!!」 流れるようなピンクブロンドの髪を苛立たしげにかきむしり、子供のように地面を蹴りつける。 「わたしが何したって言うの!? 禁則を犯したワケじゃない、禁呪を使ったワケじゃない、ただ普通に『サモン・サーヴァント』を使っただけじゃない! なのになんでこんな事になるのよ! なんでこんな、なんでわたしだけが、なんっ……!」 ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは別に『特別』を望んでいた訳ではない。 もちろん、物心が付き始め魔法の事を理解しはじめた頃には、子供らしくそんな夢想を抱いていた事はあった。 だが今となっては、もはや彼女が望んでいるのはこの世界ではごく当たり前の事――メイジらしく普通に魔法を使う事だけだった。 母のようなスクエアでなくともいい。キュルケのようなトライアングルでなくとも構わない。 ギーシュのようなドットでも……いや、極論すればドットでさえようやく使える程度の『おちこぼれ』でもよかった。 『できそこない』――『ゼロ』でさえなければ、どうでもよかったのだ。 根本的に魔法を使えない平民ならまだしも、メイジの血脈を継ぐ貴族であるなら、それはどれほど譲っても高望みとはいえない願望だった。 なのに、そんなことでさえ彼女には届き得ない。 「ルイズさん……」 「――あんた達もそう!」 エリスが小さく漏らすと、ルイズは振り返って二人をにらみつけた。 今にも零れそうなほどに涙を浮かべた鳶色の瞳は、柊達を見ているようで、その実別のものを見ているような気がする。 「ワケのわからない事ばっかり言って、好き勝手な事ばっかり言って! 異世界から来た? 元の世界に戻る? だから契約はしない!? だったらファー・ジ・アースでも何処でも帰りなさいよ! どっか行って! ちゃんと契約してくれる、普通の奴を連れてきてよ!!」 「帰れるもんなら帰ってるっつうんだよ……」 感情を叩きつけるルイズに柊は小さく溜息を吐き出すことしかできなかった。 元の世界に帰る方法がないからこそ柊達は学院に留まり、こんな厄介ごとに巻き込まれることになってしまったのだ。 とはいえ、そんな理屈が今の彼女に通じるはずもなかった。 「だったら今すぐわたしと契約しなさい! あんた達は私の使い魔なんだから! わたしが召喚したんだから!!」 「それは嫌だ」 胸倉を掴まんとするほどに詰め寄って叫ぶルイズに、柊は断固としてそれを拒絶した。 「……なん……っ」 にべもなく言い放った――少なくともルイズにはそう見えた――柊の言葉にルイズは絶句し、ややあって呻くように声を上げる。 「なんでそんなに嫌がるのよ……わたしがゼロだから!? わたしが主人としてふさわしくないから!?」 「いや、魔法が使えるの使えないのはどうでもいい」 「どう……っ!?」 搾り出すように吐いた台詞を切り捨てられ、ルイズは言葉を失ってしまった。 メイジ――貴族達にとっての象徴であり、寄って立つ精神である魔法。 平民達にとって畏敬の対象であり、畏怖の対象でもある魔法。 ハルケギニアに生きる以上魔法はあらゆる意味で切り離せない概念だ。 それを『どうでもいい』。 学院の生徒達からも教師からも、貴族にも平民にも、親からでさえも言われ続けてきた魔法の事を、『どうでもいい』と言い切った。 僅かに息を呑んだルイズの視線を受けて、柊はどこか遠い眼をして言った。 「魔法が使えるってんなら隕石降らせるだの戦艦ブチ抜くだのできる奴知ってっからなあ……」 「な、なんなのそれ……また訳のわかんない事言って……!」 「凄ぇ魔法が使えるってのはそれはそれで認めるが、契約するしないとは別の話ってことだよ」 「っ……じゃあ、わたしの何がダメだっていうの!! 魔法が関係ないなら、なんでわたしと契約するのが嫌なの!?」 柊が契約を拒絶する理由はただ一点だ。 望まずに召喚されたことに関して不満はないでもないが、彼女にも召喚の魔法にも何ら憤りや不快は感じてはいない。 登校中に黒服の男に迫られリムジンに押し込められたとか、 登校中に空から鉄格子が降ってきて閉じ込められ連れ去られたとか、 登校して靴箱を空けたら腕が伸びてきて引きずり込まれたとか、 登校すると教室に世界の守護者が優雅に紅茶を飲んでいて連行されたとか、 登校中に異空間からキャッチャーが伸びてきて捕獲されたとか、 昼休みエリス達と弁当を食べてたらヘリから伸びたフックに引っ掛けられて連れて行かれたとか、 卒業式直後にトラクタービームに捉えられ誘拐されたとか、 これらの拉致っぷりにくらべれば『たまたま開いたゲートに運悪く突っ込んでしまった』などは極めて平和的な分類であり、事故以外の何者でもない。 「……思い返すによくもまあ色々とやってくれるじゃねえかあの女っ!?」 思わず柊は怒りに震えた拳を手のひらに叩きつけていた。 何となく別の方向に向きかけた雰囲気にルイズは気勢を殺がれ、ぽかんと彼を見ることしかできなかった。 彼女の視線に気付いて柊は咳払いすると、改めてルイズに向き直って表情を引き締めた。 「すまねえ、俺が契約しない理由だったな」 空気に呑まれたまま小さく頷く彼女に、柊はその顔を真っ向からみつめたまま、口を開く。 「わからねえ。……『わからねえ』から、嫌だ」 真顔で断言されたその言葉の意味を理解できず、ルイズは言葉を失ってしまった。 柊はそんな彼女に向かって更に言葉を続ける。 「使い魔ってのはメイジにとって大事な存在なんだろ?」 「そ……そうよ。使い魔は一心同体のパートナー。だからわたしは――」 「俺は昨日会ったばっかりのお前のこと、何も知らねえ。 何も知らない奴のパートナーになって信頼を預けるなんて事はできねえ。……そんな大事な契約って奴をするならなおさらだ」 心底から信頼を預けられる相手であるなら、パートナーとして力を貸したり助けたりすることに何ら迷いはない。 というより、使い魔だの契約だのと言った面倒なものさえも柊には必要がなかった。 「ルイズは違うのか? 昨日会ったばっかで、しかも異世界の人間とか訳のわからねえ事ばっかり言う俺達をパートナーとして信頼してくれんのか?」 「そんなの……っ」 問われてルイズは小さく呟き、視線をそらした。 そして彼女は身体を震わせて、搾り出すように声を上げる。 「そんなの……できる訳ないじゃない!! わたしだっていやよ、こんなの!! 凄い力なんて持ってなくったって、ちゃんと契約してちゃんと使い魔になってくれる奴のほうがずっといい!!」 柊達を喚び出す以前は強大な使い魔が召喚されればいいとも思っていた。 だが実際にそうなってみれば自分の心に沸くのは満足感ではなく劣等感でしかなかった。 相手が力を持っていれば持っているほど、魔法一つ満足に使えないゼロの自分が酷く惨めになる。 『メイジの力量を測るには使い魔を見ろ』などという格言を自信を持って掲げられるほど、彼女は自らに築いたモノが何もなかった。 それならいっそゼロらしく、毒にも薬にもならないような生物が召喚されていた方がずっと良かった。 「だからって、わたしにどうしろって言うのよ! 先生達はあんた達を使い魔にしろって言って、でもあんた達は使い魔にはなりたくないって言って……わたしはどうすればいいのよっ!?」 お互いに契約が嫌だというなら、召喚をやりなおす事もできるのかもしれない。幸いにして立会いのメイジもここにはいない。 だが、柊達は何度も失敗した上でようやく召喚できた相手なのだ。 しかも『サモン・サーヴァント』のゲートをくぐってきた相手を目の前にして、他の相手が召喚されるかどうかもわからない。 それに何より、万が一他の相手を使い魔にできたとしても、教師達を巻き込んでこんな事態になった以上『やっぱり別の使い魔にしました』では通らないだろう。 結局、ルイズには選択肢などなかったのだ。 「……どうしたらいいのよ……」 「……」 力なくうな垂れた彼女に、柊は答えを返すことができなかった。 とりあえず『元の世界に戻る方法が見つかるまで』という条件で契約を呑むという方法を思いつかないわけではない。 だが、後にその方法が見つかったとして契約を解除できるのか、あるいはファー・ジ・アースの技術でそれが解除できるのか判別ができない。 それに『使い魔との契約』はこの世界では神聖なものであることは既に知っている。 であれば、そんな一時しのぎで場を誤魔化し、ルイズを誤魔化すなどという事は、柊にとっては普通に契約を拒絶する以上に選択肢としてありえなかった。 「……あの」 沈黙が降りた二人の間に、おずおずと小さな声が漏れた。 声の主――今まで沈黙を保っていたエリスは二人の視線を受け止めて、静かに口を開く。 「私と契約するのは、いけませんか?」 「え……」 「エリス!?」 わずかな驚きと共に、嫌な予感が柊の脳裏を掠める。 ひどく温厚で献身的な側面のある彼女の事であるから、ルイズを見かねて契約に応じるのかと思ったのだ。 そんな柊の懸念を察してか、エリスは彼に視線を移してから言葉を続ける。 「私、柊先輩を信頼しています。柊先輩も、私を信頼してくれてる……と思います。 でも、柊先輩が最初に私の護衛を引き受けたとき、柊先輩は私の事知りませんでしたよね?」 「……いや、そりゃそうだけど……」 柊がエリスの事を知ったのはアンゼロットによる依頼が始まりだ。 時間が押しているとの事で一切の詳細を伝えられないまま彼女の保護を命じられ、その任務の達成後そのまま続けて護衛の任を与えられたのである。 志宝 エリスはその任務の直前に輝明学園に転校してきたということもあって、写真で見せられた容姿以外何一つ知らなかった。 柊がエリスのことを知り始めたのは彼が彼女や赤羽くれはと同居し始めてからのことだ。 「ちょ、ちょっと待った。それとこれとは――」 「あんまり関係ないのかもしれません。でも、形から入るのもいいんじゃないですか? 護衛のことだって、私、柊先輩のこと何も知らなかったけどそれでもいいって思ったから受け入れたんです。 だから……ルイズさんとなら、契約してもいいです」 柊は完全に納得することはできなかったが、エリスがそう言う以上はもう何も口出しできない。 柊が契約を拒絶するのも信念とか信条とかそういった大層なものではなく『なんとなく』なのだ。 賢しらにエリスを諭すことはできなかった。 エリスはとりあえずは引き下がった形になった柊からルイズに向き直った。 ルイズにとっては望んでいた状況のはずなのだが、彼女は喜びよりも疑惑と不安の方が勝った表情でエリスを窺っている。 「……本当に、いいの?」 「はい、いいですよ。でも、その代わりに――」 言いながらエリスはルイズの手を取り、不安に揺れるルイズの瞳を真っ直ぐに見据える。 「貴女のこと、教えてください。魔法が使えるとか使えないとかじゃなくって、いいところもわるいところもひっくるめて『ルイズさん』のことを知りたいんです。 貴女の使い魔になってよかったって、思わせてください」 「わたしのこと……」 エリスを見つめるルイズの視線が僅かに揺れた。 魔法ではない、自分の何か。 貴族だという事? ヴァリエール家の生まれだと言う事? それは違う。それは確かに自分ではあるが、身に纏っている装束でしかない。 それがわかっているから、学院で謗りを受けても決して振りかざす事はしなかった。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが目の前の少女に見せるべきモノ。 それを信頼とでも言うのだろうか。 ……信頼と祝福を刻みに行く、と言っていた青髪の少女を思い出した。 彼女はきっと、パートナーに示すべきモノを見つけたのだろう。 しかし今のルイズは、それを見つけることができなかった。 「……大丈夫です。そんな難しいことじゃないですから」 黙り込んでしまったルイズにエリスは優しく微笑みかけた。 そして彼女は微笑を称えたまま、信頼を込めた調子で言葉を継いだ。 「――柊先輩だって魔法使い(ウィザード)なのに魔法が使えませんけど、私はちゃんと信頼してますから」 「そこで俺を引き合いに出すのおっ!?」 至って真面目な表情で放ったエリスの言葉に柊が素っ頓狂な声を上げた。 その声でエリスは我に返り、慌てて柊を振り返って釈明するように手をぶんぶんと振る。 「あ、ああっ!? 違っ、違うんですっ! そういう意味じゃなくってっ!?」 「い、いや、いいんだ……」 『ウィザード』とは超常的な力を持つ者達の総称の事であって、別に魔法を使えるからウィザードと呼ぶ訳ではない。 柊も魔法を使えない訳ではなく、装備魔法――『魔装』という新しい魔法形態に転換する際に、その適性の薄さから自分で魔法を刻む事をしなかっただけなのである。 とはいえ、今ここでエリスにそれを詳しく解説するような場面ではなかった。 「ご、ごめんなさいっ! 私はただ魔法なんて使えなくても大丈夫だって、別に特別なことなんてしなくていいって……!」 「うん、わかった、わかってっから……」 わたわたと釈明するエリスを柊はどことなく生暖かい表情で宥める。 そんな二人を、ルイズはじっと見つめていた。 仕草や態度で二人が互いに信頼し合っているのが見て取れる。 それが彼女にはひどく眩しかった。 ルイズがああいう風に付き合える相手は学院には存在しない。 それどころか、これまで生きてきた中で無条件に心を開けたのは実家にいる姉ただ一人だけだ。 使い魔が主人と一心同体のパートナーだというなら、自分とエリスもああいう風になれるのだろうか―― 「と、とにかく、そういうことです! だから安心してください!」 誤魔化すようにしてエリスが叫んで、改めてルイズに向かい直った。 その背後で柊はやはり生暖かい目線で呟く。 「エリス……」 そういうことってどういうことなのか安心とはなんなのか突っ込みたかったがあえて口を噤んだ。 ルイズは意気込んで見やってくるエリスをしばし見つめると、一度瞑目して背筋を伸ばした。 「本当にわたしと契約するのね?」 「はい。私はいいです」 エリスは向けられた鳶色の目線を反らす事なく受け止め、翠色の瞳で応えた。 「……。わかった」 言ってルイズは自らの杖を取り出し、軽く振った後言霊を紡ぐ。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 謳い上げて彼女はエリスの額に杖を添えた。 静かに眼を閉じたエリスに、ルイズはそっと顔を寄せて――彼女だけに聞こえるよう、小さく呟いた。 「――そして誓う。我は使い魔に祝福を与うる主とならんことを」 「――」 契約と誓約の言葉と共に、少女は唇を重ねた。 「ルイズさん……」 契約を終えた後の余韻の中で、エリスはルイズの囁きを反芻して彼女を見やった。 すると彼女は僅かに頬を染めながら慌てて顔を反らす。 「な、なによ。もう契約はしちゃったんだから。神聖な儀式なんだから、やり直しなんてないし虚偽なんて許されないわよ」 「――」 何故か怒ったように言うルイズの表情がなんとなく可笑しくて、エリスは思わず笑みを漏らしてしまった。 するとルイズは眉を吊り上げて更に声を荒らげる。 「なに笑ってるのよ! とにかくこれでアンタは私の使い魔なんだから! 契約した以上ちゃんと使い魔として働いてもらうんだからね!」 「……はい」 どうにか答える事はできたが、笑いを抑えることができない。 それが気に食わないのか、ルイズは頬を膨らませて完全にエリスから身体を背けてしまった。 エリスは肩を怒らせたルイズの背中を少し見やったあと、少し離れて契約を見守っていた柊に向き直る。 「あ、あの……先輩。勝手にこんな事になっちゃって――」 「ん? あー、いや。俺が契約しないのは俺の問題だから、エリスがそうしたいっていうんなら俺がとやかく言う事じゃねえよ」 どこか申し訳なさそうに言ってくるエリスに軽く返して、柊は腕を組んだ。 「けど、元の世界に戻る方法は探すぞ。俺は向こうに帰るつもりだし、お前がこっちに残るにしてもくれはとかに連絡入れなきゃな」 「……ぁ」 柊の言葉でエリスの表情が僅かに曇る。 契約をして使い魔になれば、ルイズと共にこの世界で生きる事になる――ということに今更ながらに気付いたのだろう。 視線をルイズに向けると、柊の言葉を聴いていたのか彼女もまた複雑そうな表情を浮かべていた。 使い魔になったとはいえエリスはちゃんとした人間なのだ。 彼女にも元の世界(だか場所だか)での生活があり、家族や友人がいるのだという事にルイズはようやく気付いた。 何を言うべきかに窮してルイズは視線だけをさまよわせ、そんな態度を見てエリスも更に表情を曇らせる。 だが二人の様子とは対照的に軽く声を上げたのは、柊だった。 「そんな深刻になる必要ねえよ。ファー・ジ・アースと連絡が取れればハルケギニアの場所……場所? とにかくこの世界の存在がわかるんだから、行き来は難しくても連絡くらいはどうにかなるだろ。海外に移住するのと同じようなもんだ」 「は、はあ……そんなものなんですか……」 「またそんなこと言って……あらかじめ言っとくけど、これからは他の奴にそんな妄言吐かないでよ。本気で頭を疑われかねないから」 「……」 呆れ顔で嘆息交じりの息を吐き出すルイズを、エリスと柊はまじまじと見やった。 二つの視線を向けられて彼女は軽く身を引いてから呻くように言う。 「な、なによ」 「いや……俺達の話、ちっとは信じる気になったのか?」 柊の言葉にルイズはうっと言葉を詰まらせた。 そして彼女は二・三度何事かを言おうと口を開きかけ、眉根を寄せてそっぽを向いてしまった。 「そりゃ、昨日見せてもらった魔法とか授業の時に見せてもらった奴とかあるし……そ、それに、エリスはわたしの使い魔なんだから、主人のわたしくらいは信じてやらなきゃ可哀想でしょ!」 「現金だな、おい……」 つい先程までは頭ごなしに否定していたはずなのに、契約した途端に態度を翻したルイズの態度に柊は嘆息した。 とはいえ、頭ごなしに否定され続けるよりは幾分マシだ。 ルイズにしてもどちらかといえば信じざるを得なかったものを信用する理由が欲しかっただけなのだろう。 なんとなくそれを察してエリスは小さく笑みを漏らし―― 「――っ」 不意に身体に痛みが走って表情を歪め、膝から崩れ落ちた。 「エリス!?」 唐突にうずくまったエリスに柊は慌てて駆け寄ろうとしたが、それを制したのはルイズだった。 「……使い魔のルーンが刻まれてるのよ。すぐに終わるわ」 「そ、そうなのか」 ルイズに別段驚いた様子はなかったので異常事態ということはないのだろう、柊は足を止めてエリスを見やった。 苦しそうに胸に手を当てて震えるエリスを二人は見守る。 ……が、エリスは顔を俯けたままで一向に震えが収まる気配がない。 「お、おい。本当に大丈夫なのか?」 「ちょ、ちょっと……」 怪訝そうに柊が声を上げると、ルイズも不安になってエリスに駆け寄った。 もしかしたら失敗したのかもしれない。 サモン・サーヴァントも何度も失敗していたし、契約の時にも本来の詠唱にはない余計な文言を含めてしまった。 「エリス、大丈夫なの?」 ルイズが膝を突いてうずくまったエリスの肩に手を添えると、彼女はそれに応えるようにルイズの腕を掴んだ。 様子を窺うように俯いたエリスの顔を覗き込む。 僅かにエリスの顔が持ち上がり、『眼』が合った。 「っ!?」 ルイズは思わず悲鳴を上げかけ、しかしそれを声にすることができなかった。 エメラルドのようだったエリスの翠色の瞳。その左眼が青く青く染まっている。 それは蒼穹の青というより、深海の青。 引き込まれそうなほどに澄み渡っていて、それでいて引き摺り込まれそうなほどに深い。 目つきと表情は普段のエリスそのままに、得体が知れないほどに深く冷たい瞳がルイズを貫いている。 「――エ、」 「エリス!」 割って入るような柊の声で、二人の少女は同時に時間を取り戻した。 腕を掴むエリスの手の力が抜け、表情が柔らかくなる。 そして彼女は小さく息を吐くと、ぺたんとその場に座り込んで柊へ顔を向けた。 「先輩……」 「エリス、大丈夫なのか?」 「はい。少し身体……と、頭が痛かっただけで」 「……そっか」 柊は大きく安堵の息を漏らした。 それを見届けるとエリスはすぐ傍で固まっているルイズに目を向けた。 「ごめんなさい、心配かけちゃって」 「……いえ、別に……こっちも説明しなかったし……」 呆然と応えながら、ルイズはエリスをじっと見つめる。 目の前に映っているエリスの瞳は、いつもと同じ翠色だった。その表情も、今までと何一つ変わらない。 (見間違い? でも……) 「えっと……ちゃんとルーンは刻まれてるの?」 「あ、はい。多分……」 言いながらエリスは僅かに頬を染め、自分の胸に手を当てた。おそらくはそこに刻まれているのだろう。 エリスの瞳の事は気になるが、とりあえず契約の儀式が無事に終わったのは確かだ。 「とりあえず、学院に戻りましょう。先生方に報告しないと」 気を取り直すようにしてルイズは言い、立ち上がった。 そしてエリスに向かって手を差し出す。 「いくわよ、エリス」 「あ……はい」 エリスは答えてルイズの手を取り、立ち上がる。 別になにか特別なことをしたという訳でもなかったが、ルイズは何故かそんなやりとりが嬉しかった。 ※ ※ ※ 約一時間後、学院に戻ったルイズ達三人を待っていたのは――特に何事もない、普通の学院だった。 戻るなり教師達に囲まれて杖を突きつけられる事を危惧していたのだがそのような事はなく、授業中ということもあって学院内はむしろ静かだった。 というのも、ギトー達は追っ手を出すと騒いでいたが学院全体の授業を中止してまで生徒一人の問題に教師を割くことなどできようはずもなく、 更に集めた教師達も柊がギトー――スクエアメイジの杖を斬った事を知って及び腰になってしまっていたのである。 無論、ルイズ達が一向に結論を見ない教師達の会議の場に顔を出した時は騒然となった。 だがルイズが事態を解決した旨をするとその場の全員が安堵の息を漏らした……ただ一名、メイジとしての矜持を傷つけられたギトーを除いて、ではあるが。 ともかく、ルイズはその場で議長を務めていた(半分眠っていたが)オスマンにその経過を報告すべく学院長室に場所を移したのである。 そうして今現在。 ルイズ達は正面の机を挟んで椅子に腰掛けたオールド・オスマン、その脇に侍るトライアングルメイジ(おそらく護衛だろう)のコルベール、 そして入り口の脇に立つ秘書のロングビルに囲まれる形で立ち尽くしていた。 「……では単刀直入に聞こうかの」 机に両肘を突き、組んだ拳で口元を隠したオスマンが厳かに口を開いた。 眠そうにしながらも、その奥からは心を覗き見るような鋭さで正面に立つルイズを見据える。 「ちゃんと『コントラクト・サーヴァント』はできたのかね?」 オスマンの言葉にルイズは僅かに口を結んだ。 両脇から感じる柊とエリスの視線を感じながら、ルイズは毅然とした口調で返した。 「はい。両方……とまではいきませんが、こちらの少女――エリスをわたしの使い魔にしました」 はっきりと言い切ったルイズをじっと見つめながらオスマンはふむ、と呟いた。 彼はちらりと柊に目線を移した後、ルイズに向かって口を開く。 「立会いもなしに契約を行ったことはまあ置くとしよう。じゃが、これだけの騒ぎになった経緯を踏まえれば『契約しました』と言うだけでは収まるまい。それはわかるな?」 「……はい」 「契約を交わして使い魔としたなら、そちらの少女にはその証たるルーンが身体の何処かに刻まれておるはず。それを確認させてもらおう」 オスマンの言葉にルイズは黙り込んでしまった。 そんな彼女を見てオスマンは僅かに眉を持ち上げたが、何も言わずにただ彼女の返答を待つ。 ルイズは顔を俯けて少しの間沈黙すると、覚悟を決めたように顔を挙げ真っ直ぐにオスマンを見据えた。 「わかりました。ただ……」 「ただ?」 言ってルイズは再び口ごもる。 努めて気まずそうな表情を浮かべながらエリスに視線をやり、 「その。殿方に見せるには少々憚られる所に刻まれてて……エリスは使い魔とはいえれっきとした人間で、女の子ですし……」 「ほほぅ……!」 途端、オスマンの眼がぎらりと輝いてその身を乗り出した。 『なんだよその反応はっ!?』 と反射的に柊はつっこみかけたが、場が場だけにその言葉を必死に飲み込んだ。 柊の代わりに隣にいたコルベールが冷ややかな調子で言った。 「犯罪ですぞ、オールド・オスマン」 「なぁにを言っとるのかねェ!? わしはただこの学院を預かるものとしての責任をだねえ……!!」 「ミス・ロングビル。お願いできますか?」 「わかりました」 裏返った声で喚くオスマンを華麗に無視してコルベールが言うと、ロングビルがやはり何事もなかったかのように頷いてエリスを促した。 エリスは不安そうにルイズと柊を見やる。 二人が小さく頷くのを見て彼女も頷いて返すと、ロングビルと共に学院長室から退室した。 「服を脱がなければいけないなら、別室まで案内しますが?」 「え、あ……いえ、そこまで大げさな場所では……」 部屋を辞してすぐ、尋ねてきたロングビルにエリスはおずおずと返した。 するとロングビルは廊下を一瞥した後、再びエリスを見て口を開く。 「では、ここでも?」 「えっ……」 そう言われてエリスは慌てて周囲を見やった。 人通りは全くないが、それでも廊下のど真ん中である。 服を脱ぐ訳ではないとはいえ、こんな場所でするのは流石に戸惑う。 そんなエリスの不安を見て取ったか、ロングビルは軽く笑って彼女に声をかけた。 「ここは塔の最上階ですから、生徒はまず通りませんよ。教師もよほどの用事がなければ来ませんから」 「は、はあ……」 とりあえず納得する事にしてエリスは大きく深呼吸した。 眼鏡ごしにじっと見つめてくるロングビルの視線は冷たくはなかったが、これから『それ』を見せる事にはやはり緊張してしまう。 意を決してエリスはブラウスのボタンをはずすと、服を少しだけはだけて見せた。 「それでは」 そう言ってロングビルが身を僅かに屈め覗き込むと、彼女の年相応――と言うには少々物足りない程度に隆起した胸元に、ルーンが刻まれているのが確認できた。 それを見てロングビルの眼が細まる。 彼女はしばしそのルーンを観察した後、小さく首を傾げた。 「あ……あの……何か変でしたか?」 「……あぁ、お気になさらず。少々見慣れないルーンだったもので」 ロングビルの様子に不安になったエリスが尋ねると彼女はそう答え、顎に手を添える。 基本、使い魔に刻まれるルーンはその動物の系統……つまりは主人たるメイジが先天的に相性の良い系統に関するルーンが刻まれる。 例えばサラマンダーなら火に関する意味合いのルーンが刻まれるし、風竜ならば風に類する意味合いのルーンが……といった具合だ。 だが、エリスに刻まれたルーンはそれに該当しない見慣れないものだった。 ルーンには違いないが、蛇がのたくったような文字で形も意味合いも漠然として読み取れない。 もっともロングビル自身その手の知識が豊富という訳でもないので単に知らないだけなのかもしれない。 だが、彼女の知識で強いて言うのなら―― 「あの……もういいですか?」 「あ、もう結構ですよ」 エリスの声にロングビルは思考を中断して答えた。 別に誰か通りかかったという訳ではないが慌てて衣服を正したエリスを見つめながら、ロングビルはふと思い立って彼女に声をかける。 「よかったの?」 「え?」 エリスは言われたことの意味がいまいち理解できずに首を傾げてロングビルを見やった。 すると彼女は普段の冷淡な表情を僅かに崩し、針のような視線でエリスを見据えている。 「契約のこと。流石にあの子が貴女を犬猫のそれと同じように扱うとは思わないけど……それでも、人間が使い魔になるなんて常識ではありえない。……本当に良かったの?」 エリスは今までと違う態度、今までと違う口調で――しかしはっきりと感情の篭った声で問うてくるロングビルをまじまじと見やった。 そこでロングビルの方も自分の態度に気付いたのか、眉を顰めて視線をさまよわせ、気まずそうに顔を逸らしてしまう。 エリスは彼女に投げられた言葉を反芻するように僅かに顔を俯けると、呟くように言った。 「……私、誰かの役に立ちたいんです。『向こう』では世界に生きる皆のために頑張って……頑張ったけど、結局皆や柊先輩達に迷惑どころの話じゃない事をしちゃって」 『向こう』――ファー・ジ・アースの事など知る由もないロングビルとしては彼女の言葉に眉を潜めるしかなかった。 だが、相手にというよりは自分に向かって語るような調子にロングビルは口を噤んでエリスを見守る。 「力を失った私には、もう柊先輩や皆の役には立てません。でも、ルイズさんの役には立てるかもしれないんじゃないかって。 私がこの世界に来た意味があるんじゃないかって。自分でもよくわかりませんけど……たぶん、だから契約したんだと思います」 「そう……ですか」 話の中身はさっぱりわからなかったが、ともかく彼女なりにちゃんと思うところがあって契約をしたのは確かなようだ。 エリスの表情を見て取ったロングビルは諦めたように吐息を漏らした。 「貴女がちゃんと決めたというのなら、私からはもう何も。頑張ってくださいね」 「はい。心配してくれてありがとうございます」 口調と態度を元に戻してそう言ったロングビルにエリスは屈託のない笑みを返し、深く頭を下げた。 そして様子を窺うように彼女を見上げると、おずおずと尋ねる。 「あの……さっきの口調……」 「……。さっきのが私の素なんですよ。あまり学がありませんので、それらしく見えるように普段は"作って"るんです」 「そ、そうなんですか?」 「そうなんです。恥ずかしいので内緒にしておいて下さいね」 「わかりました」 くすりと笑みを零すエリスを見て、ロングビルはとりあえずは取り繕えた事に安堵の息を吐き出した。 端的に言って可愛げなど微塵もない貴族やその卵達に囲まれていたこともあって、エリスの柔らかい物腰に釣られて迂闊にも口を滑らせてしまった。 顔立ちは全く似ていないが、なんとなく遠い地にいる『あの子』を思い出したのだ。 だからだろう、柄にもなくあんなことを聞いてしまった。 それは別に彼女を心配していた訳ではなく、契約を拒絶した柊や自分で契約を選んだエリスを見て―― 「身につまされた、ってトコかね」 「はい?」 「いえ、なんでも。とにかくルーンの確認は終わりましたから、部屋に戻りましょう」 首を傾げたエリスを努めて平静に受け流し、ロングビルは彼女を学院長室に促した。 部屋に戻った二人を待ち受けていたのは、四人四種の視線だった。 自分達に集中してくる眼にエリスは少し萎縮してしまうが、ロングビルは委細構わぬ様子で歩を進め、退室した時と変わらぬ姿勢を保ったオスマンの元へと歩み寄った。 「確認しました。彼女の身体にはちゃんと使い魔のルーンが刻まれています」 「確かかね?」 「はい。少々見慣れない珍しいルーンでしたが……」 「見慣れないルーンですと?」 ロングビルの言葉を耳にしたコルベールが眼と頭を輝かせて身を乗り出した。 しかし彼女は至って平静に、しかし僅かに冷たい口調でコルベールに告げる。 「犯罪ですよ、ミスタ・コルベール?」 「な、なァにを言っておるのです!? 私はただ学術的な好奇心からですなあ……!!」 「とにかく、彼女がミス・ヴァリエールの使い魔であることは間違いありません」 「ふむ」 裏返った声で喚くコルベールを華麗に無視してロングビルが言うと、オスマンは一つ頷いてから改めてルイズ達を見やった。 「まあよかろう。ともかく、キミの『使い魔召喚の儀式』に関してはこれで完了とする」 「おめでとうございます、ミス・ヴァリエール」 「ありがとうございます」 コルベールから向けられた賛辞の言葉にルイズは恭しく頭を垂れる。 彼はそんな彼女を喜色も露にして大きく頷くと、次いで隣にいる柊に眼を向けた。 「ときにミス・ヴァリエール。契約を交わした彼女はいいとして、そちらの彼はどうするのです。後ほど使い魔に?」 話を振られて柊は思わず身を硬くしてしまった。 集中する視線に軽く首を掻くと、彼はおずおずとコルベールに向かって言う。 「いや、俺は契約はしません。とりあえず元のせ……あー。元いた場所に戻ろうかと」 「元いた場所……そういえば召喚された時に何か言っておりましたな。元の世界がどうとか」 「え、ええと! か、彼等はとても遠い場所……そう、ロバ・アル・カリイエから来たんです!」 首を捻って自問しかけたコルベールに、ルイズは慌てて口を挟んだ。 「ロバ……何?」 聞いた事のない単語が出てきて柊が首を傾げると、ルイズがギラリと突き刺すように睨みつけた。 どうやら黙っていろという事らしい。 ともあれ、ルイズの言葉でコルベールは納得したらしく大きく頷いた。 「なるほど。あそこはサハラを挟んでいて交流などあってなきのごとしですからな。別の世界と言ってもあながち間違いではないかもしれません」 「と、とにかくそういう事なのでどうにか帰る方法を探してあげようと思います」 取り繕うようにルイズは身振りを加えて訴えると、オスマンは唸るように声を漏らした。 「ふぅむ……しかし、契約せぬというのであれば彼は部外者、という事になってしまう。 仮にもここは由緒正しき貴族の子弟を預かる魔法学院……来歴も定かではない平民を置いておくのは少々憚られるが」 「しかしですな、オールド・オスマン」 「無論わしとしてはやぶさかではない。 だが生徒達は勿論彼等を学院に預けておる諸氏もいい顔をせんじゃろうし、教師達にもあまり受けは良くなかろう。特にスクエアの名を折られた約一名などはな」 「それは……」 もっともと言えばもっともと言えるオスマンの主張に、コルベールだけではなく柊も返す言葉がなくなってしまった。 雇われてこの学院にいる者たちは別にして、柊達はこの学院に来てから様々な意味で生徒達から注目を集め、また様々な意味の視線を受けている。 成り行き上仕方ないとはいえギトーとかいう教師の面目を潰してしまった事もあった。 見通しが甘かったか……と心中で柊が唸っていると、ルイズがオスマン達に一歩踏み寄った。 彼女はオスマン達を真っ直ぐに見つめると、胸を張って毅然と言う。 「彼を喚び出したのはわたしです。契約をしない以上、彼を元の場所に戻すのはわたしが負うべき責任。 それを放り出すつもりはありません」 「……お前」 柊はわずかに驚いてルイズに見入った。 彼女はちらりと彼に視線を返すと、ふんと小さく鼻を鳴らして眼をきった。 そして自分を見つめてくるオスマンやコルベールの視線を正面から受け、それでもゆるぎない態度で受け止めた。 コルベールはルイズを見つめて眩しそうに眼を細め、オスマンは満足気に息を吐いた。 「よろしい、ならば彼はキミの預かりとしよう。名目上はそこの彼女とともにミス・ヴァリエールの使い魔という扱いにするが……よろしいかね?」 「……まあ、形だけってんならそれでいいっす」 向けられたオスマンの視線に柊は頭を掻きながら頷いた。 形だけであるならばその環境は願ったりといったところなので何も問題はない。 隣のエリスもしっかりと頷いた。 そしてルイズは―― 「いえ。わたしが使い魔にしたのはエリスですから、ヒイラギは使い魔としては扱いません」 はっきりとそう言った。 弛緩した空気が微妙に張り詰めた。 オスマンの片眉が僅かに持ち上がり、コルベールは息を呑んだ。 柊とエリスはここにきてのルイズの発言に驚いたように彼女を凝視した。 ルイズはそれらの視線を動じる事なく受け止め、ピンクブロンドの髪を轟然とかき上げて、言った。 「ですので、ヒイラギはわたしとエリスの――ゲボク、ということで」 「おいコラァ! なんでそこでオトすんだよ!?」 「オトす? 何言ってんの? わたしは正真正銘本気よ?」 「これはアレじゃないのかよ! 俺がお前をちょっと見直して、いい話で終わるんじゃないのかよ!?」 「いい話じゃない。本来なら放逐されるところを面倒見てあげるっていうんだから」 「お前……っ!」 慌てて食って掛かる柊に、ルイズは聞く耳持たないと顔を背けた。 二人の様子を見やっていたオスマンが鋭い視線をルイズに向け、厳かに口を開く。 「ゲボク、とな」 「そうです。コイツはゲボク」 「それでよいのかね?」 「いいです」 「じゃあそれで」 「よくねえだろ!! 俺を無視してあっさり認めてんじゃねえよじじぃーっ!?」 柊が叫ぶとルイズは煩わしそうに顔を顰めた。 「うるっさいわね、アンタわたしと契約しないんでしょ!? でもここには残りたいんでしょ!? だったらそれくらい当然じゃない! わたしが主人、エリスが使い魔!」 彼女は自分とエリスを順繰りに指差し、そして最後にびしりと柊を指差した。 「アンタはその下! ゲボクよ!!」 「ふざけんなーっ!?」 絶叫が学院長室に響き渡る。 こうして使い魔とゲボクの新しい生活が始まった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い