約 1,319,903 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1786.html
「本当はこんな危険な任務などさせたくない。 でも私には貴方以外に頼れる人間がいないのです」 頼れるというのは実力としてではない。 信頼できるかどうか、つまりは密命の類だとルイズは理解した。 『ゼロ』であるが為、あまりに人に頼られる事も無かったルイズにとって、 親友、それも姫様が頼りにしていると言われればその気になるのも当然。 たとえ命の危険があろうとも躊躇する者は貴族ではない。 誇りの後押しを受けて彼女は自信満々でその依頼を引き受けるつもりでいた。 だが彼は鼻を鳴らす。 危険な場所に自ら踏み込む事はない。 親友の頼みといっても相手は姫様、他にも頼れる人間はいるだろう。 例えば……。 「ダメです」 突如としてアニエスがキッパリと反対を表明する。 いきなり話の腰を折られた形になったアンリエッタがむくれるが、 子供のワガママと取り合う気は毛頭無いようだ。 「私は枢機卿から姫様の動向の監視を仰せつかりました。 故に、姫様であろうとも私の意見に耳を貸して頂きます」 『意見に従わせる』の間違いじゃねえのか?とデルフは考える。 (まあ、嬢ちゃんが国を治めるなんざ無理だと思ってたが、やっぱりただのお飾りか) ちらりと彼女達を見回すアニエスの視線。 まずはミス・ヴァリエール。メイジではあるが場数を踏んでいるようには見えない。 どうみても甘やかされて育った貴族のお嬢様だ。 仮にトライアングルクラスの実力があったとしても問題なく制圧できる。 次に、使い魔である犬。使い魔の中にはグリフォンや竜など強力な物もいる。 が、これを戦力として数えるのは無理があるだろう。 最後に良く喋るインテリジェンスソード。 ところで、これは誰の持ち物なのか? よく見ると犬のソリに取り付けられているが犬が剣を振れる訳もない。 ミス・ヴァリエールの細腕ではあの大剣は扱い切れまい。 よって、これも戦力外。 見れば見るほど任務とか密命とは程遠いメンバーだ。 友人としてはともかく、戦力としては全く頼りにならない。 それを把握した上でアニエスは姫殿下に諫言する。 「学生如きに密命を与えるなど無謀にも程があります。 友人をみすみす死地に追いやるようなものです」 「しかし他に誰がいると言うのですか?」 「ならば私が同行します。それならば構いませんでしょう?」 本当なら一人の方が望ましいのだが、それでは姫様が納得しない。 ならば例え足手まといと分かっていても彼女を連れて行くしかない。 「……でも」 しかしアンリエッタは困惑を隠せない。 彼女の王宮に対する不信は根強い。 ましてや彼女の嫌うマザリーニの監視役だ。 こちらでも護衛を手配をしようとしているのだから必要ない。 そう断ろうとした時、アニエスは己の懐に手を伸ばした。 次の瞬間、彼女が取り出したのは拳銃だった。 「!!?」 部屋にいた全員が凍りつく。 突如として起こった事態に誰も反応できなかった。 彼女は銃を手の内で反転させると目の前に差し出した。 銃口はアニエスに向けたまま、引き金をルイズへと向ける。 「私の銃を貴殿に預ける。 もし私が不審な行動を取っていると判断したなら、その時は容赦なく引き金を引け」 ルイズへと手渡される拳銃。 ずしりと腕全体に掛かる重みがどことなくアニエスの覚悟を感じさせた。 そしてルイズに背を向けると今度はアンリエッタと向かい合う。 彼女はアニエスの見せた覚悟に安心よりも恐怖を覚えた。 もしかしたら殺されるかもしれないというのにアニエスは平然としている。 これから臨む任務とは命懸け、だからその程度の覚悟は当然なのだが、 世間と隔離された彼女はその事を本当に理解していなかったのだ。 「これでご満足ですか姫様?」 「あ…あの…私は…」 まるでアニエスに責められているような気がして彼女は狼狽する。 あれだけの覚悟を見せられた今、もはや反対する事など出来る筈が無い。 会話が途絶えた二人の間に緊張感が漂う。 いつまでも続くかのような沈黙、それを打ち破ったのは一発の甲高い銃声だった。 「姫様!!」 「きゃっ…!?」 咄嗟にアンリエッタを押し倒して伏せさせる。 今のは狙撃か!? しかし、ここにいる事を知っているのは王宮でもごく一部。 内部、それも深い所に内通者がいる…! 伏せたままアニエスが室内に視界を巡らせる。 扉には弾痕なし、それに窓も割れていない。 どこから撃ってきたのか思案する彼女の目に飛び込んで来たものは。 「わっ、びっくりしたぁ」 「あーあ、俺知らねえっと」 白煙を吐く銃口を上に向けたルイズの姿だった。 その光景に思考が停止し固まりかけたアニエス。 だが、それも一瞬の事。 すぐさま湧き上がる激情が彼女を突き動かす。 つかつかとルイズの前まで歩むと手にあった銃を取り上げる。 「何をしているか! 何を!」 「だ…だって、銃の扱い方なんて知らないもの」 いきなり発砲してしまった事に戸惑ってはいたが、 フンと鼻を鳴らしルイズはあくまで自分は悪くないという態度を崩さない。 その態度にアニエスの頭からブチブチと何かが断線していく音が響く。 公爵家のご令嬢と男勝りの女剣士、これ以上相性の悪い物があるだろうか。 「なら弄るな! 撃鉄を下ろすな! 引き金に指を掛けるな!」 「何よ! 大体あんたがこんな物騒な物預けたのが悪いんじゃない!」 二人の間で飛び散る火花。 それを見ておろおろとうろたえるアンリエッタと、 完全に観戦モードに入った彼とデルフリンガー。 女同士の争いに首を突っ込む危険性を彼らは熟知していたのだ。 「ったく…今度からは気をつけろ。懐にでもしまっておくんだな」 「はいはい、言われた通りにすればいいんでしょう」 更に悪態を付くルイズにアニエスの拳がプルプルと震える。 もし、ルイズが公爵令嬢ではなく彼女の部下だったら、 『おはようからおやすみまでランニング』か『城下町・下水道一人大掃除』の刑である。 勿論、彼女の手で直に二、三発焼きを入れた後の話だ。 なんとかケンカは避けられたとアンリエッタが胸を撫で下ろした瞬間。 突如、扉が大きな音を立てて開け放たれた。 全員の視線が入ってきた人間に注目する一瞬、相手もこちらを視認した。 姫様がいる事に驚愕した侵入者の隙をアニエスは見逃さなかった。 「何をするんだルイズ! いきなり君の部屋から銃弾が…」 喋り終わる前に扉を開けようとした手を掴み、体勢を前へと崩す。 さらに重心の乗った足を払い、そのまま体落としで床に叩きつけた。 そして受身も取れずにのたうつ男の首に膝を落として制圧した。 電光石火の早業におおっ!と二人と一振りの感嘆の声が上がる。 何が起きたのか分からずに悶絶するギーシュの目前に剣が突き立てられた。 「……貴様、見たな」 心底震えているギーシュがぶるぶると首を振る。 喉が押し潰されて弁明の声も出せないのだ。 しかし、この状況は一体何だろうか? いきなり銃弾が飛んできたと思ったらルイズの部屋に姫様がいて、 そしたら急に投げ飛ばされて剣を突きつけられて…。 「返答がないという事は答える気はないという事か?」 「…………!」 勝手に話を進めるアニエスにギーシュは必死で首を振ろうとする。 しかし首を動かそうとした瞬間、膝の圧力が増し床に縫い止められた。 「口を割る気はないか。しかし、そのような態度を取られると密偵と見なされても仕方ないが?」 「!!?」 「そうか、見上げた覚悟だ。私も拷問など掛けたくはないのだが止むを得んな」 そう告げる彼女の顔はとても楽しげで愉悦に歪んでいた。 まるで猫が鼠をいたぶるかのようにアニS、もといアニエスは目を輝かせる。 これからどうやって男を虐めてやろうかという妄想に身を震わせる。 怒りのやり場がなく極限まで溜め込んだ彼女の前に飛び込んできた獲物。 それが今のギーシュだった。 艶のある唇を舐め取り、己の悪意でメイクする女。 その女に囚われ、ギーシュは絶望の淵にいた。 (話が噛み合わない! というよりも、させてもらえないッ!) しかし、彼はある意味納得してしまった。 ありえない光景に、理不尽な展開。 抵抗する事も許されずに身動きが取れない状況。 これらの条件から導き出される答えは唯一つ。 その答えに彼は僅かな安堵を得た。 なんだ、よくよく考えればただの悪夢じゃないか。 目が覚めると僕は草原に寝転んでいて、 ふと上を見上げるとモンモランシーの顔があるんだ。 それで気付くんだ、頭の下の柔らかい感触は彼女の太ももだって…。 だが、そんな淡い期待はアニエスの拳一つで容易く打ち崩された。 「アニエス! ストップ、ストップ!」 抑え込まれたギーシュへの連打をルイズが止める。 ち、とアニエスが舌打ちしたものの、ギーシュが二目と見れない顔になる前に阻止できた。 彼女はようやくギーシュを介抱すると姫の傍まで下がる。 「う…うう…なんで僕がこんな目に…」 肉体的なものより精神的なダメージが大きかったのか、ギーシュが泣き崩れる。 惚れ薬を飲まされたせいでモンモランシーとは疎遠になるし、 あの光景を目撃した一部生徒の間でとてつもない性癖の持ち主って噂されるし。 もうダメかもしれない、と体育座りのまま現実に打ちひしがれる。 そんな彼に優しく手を差し伸べる者がいた。 ルイズではなくアニエスでもない。 「あの、大丈夫ですか?」 声に気付いたギーシュが顔を上げる。 そこには後光を背にした美しき女神がいた。 スイカに降りかけた塩の辛さが甘みを引き立てるように、 アニエスという地獄の後で見たアンリエッタがギーシュには女神に見えたのだ。 同時にむくむくと湧き上がる気力と根拠の無い自信。 「もちろんですとも! このギーシュ・ド・グラモンがこの程度の事で」 「グラモン…、では貴方はグラモン元帥の?」 「はい。息子です」 姫殿下の前で恭しく頭を下げる。 それを聞いたアニエスが眉を顰める。 まだ会話の内容を聞かれた訳ではないが姫様が来た事を知られたのだ。 口封じの為に殺すとはいかなくとも監禁するつもりでいた。 しかし相手が元帥の息子ではそうもいかない。 だが、どこをどう見ても軽薄そうな男だ。 すぐにでも姫殿下の事を口外する恐れがある。 ならば、どうするべきか…? ギーシュの今後の処理に頭を悩ます横で本人は更に調子に乗る。 「姫様の為ならば僕は命を投げ出す事さえ厭いません」 「…今の言葉に二言は無いわね」 「はっはっは。当たり前じゃない…か…」 ギーシュが振り向くと同時に凍りついた。 たった一瞬の出来事だったが彼にはルイズの鋭い目が光ったように見えた。 「ありゃりゃ、運が無かったな坊主」 ご愁傷様、と呟くデルフの声がやけに鮮明に耳に届いた。 彼はこの日ほど自分の口の軽さを後悔した事は無かった…。 先だって伝えられたようにアンリエッタ姫殿下とゲルマニア皇帝の間で婚姻が決まった。 これは向こう側が同盟締結の条件として提示してきたもので断れなかった。 この同盟が結ばれればトリステイン・ゲルマニアは軍事的に頂点に立つだろう。 しかし、それを黙って各国が見逃す筈が無い。 その同盟を破棄させる為の手段を講じてくるに違いない。 モット伯の報告を信じるならアルビオンの貴族派の動向も怪しい。 だからこそ迅速に対応しなければならないのだ。 「ルイズ、この手紙をアルビオンの皇太子ウェールズ様に届けて欲しいの。 詳しい事はこの中に書いてあるわ、彼に見せれば全て判って貰えるはず」 「分かりました、一命に懸けても任務を遂行します」 姫様から封をされた手紙を受け取る。 何が書かれているかなど知る必要はない。 アンリエッタは詳細な内容もルイズに伝えるつもりだった。 しかしアニエスやギ-シュを信じ切れずに押し隠した。 未だに彼女の不安は拭えない。 いくらフーケを撃退したといってもまだ学生の身。 内乱の最中にあるアルビオンに潜入し無事に帰って来られる保証はない。 しかし同時に仄かな期待もしていた。 ルイズがウェールズを連れ帰って来てくれるという都合のいい夢を。 内戦中のアルビオン。 戦いの趨勢は決まり圧倒的な戦力差で押し潰されようとしている王党派。 その彼等に接触して手紙を渡して帰還する。 考えるだけでギーシュの膝はがくがくと震えていた。 どうやってこの場から逃げ出そうか頭脳を最高速度で回転させる。 しかし、それをルイズの一言が遮った。 「ここは女子の寮塔よ、上の部屋で何やってたのかしらね」 「っ……!!」 「部屋割りを全部把握してる訳じゃないけど、モンモランシーの部屋じゃないわよね」 「そ、それは…!」 自分とて男である。 モンモランシーに冷たくされご機嫌取りもなしのつぶて。 そうなれば他の女に目が向くのも自然な事。 自分が辛い時に優しくされれば、ホイホイ付いていってしまうのだ。 決して節操無しなどではない、と必死に自己弁護する。 だが一度掴んだ弱みをルイズが見逃す筈が無い。 「あとアニエスに襲われた時も助けてあげたから借りは二つね。 必死になって返しなさいよ、期待してるわギーシュ」 ドンとギーシュの胸を拳で叩く。 これから戦地に放り込まれるというにルイズは笑っていた。 ああ、そうだな。 美人二人に期待されたんじゃ裏切れないよな。 いいだろう、戦場に咲く薔薇というのも悪くない。 せいぜい死なない程度に頑張るとしよう。 この時、ギーシュの胸には期待に応えようという強い意思があった。 されどルイズの言う期待とは囮役とか弾除けの類。 ギーシュの活躍などこれっっぽちも期待していなかった。 悪いのはルイズではない、ギーシュの過去の実績の積み重ねである。 「はぁ……」 居並ぶ面子を眺めアニエスが溜息をつく。 足手まといがまた増えた。 置いていけない以上、連れて行くしかないのだから仕方ない。 自分が何とか指揮していくしかないが貴族の子弟を死なせたとなれば大問題だ。 一人なら大抵の窮地は切り抜ける自信はあるのだが…。 ふとアニエスがルイズのベッドに視線を向ける。 いいなぁ、ふかふかしてそうで。 宿舎のベッドって硬くて寝ているだけで痣が出来そうになる。 そんな事を考えていた彼女の思考がぶっ飛んだ。 柔らかそうなベッドの上、そこに投げ出されているのは自分の拳銃。 それをカチャカチャと犬が興味深そうに弄り回している。 「犬の玩具にするなーー!!」 きゃうーん、と勢い良く奪い取られ転倒する。 アニエスは“あげちゃってもいいや”とは考えない。 顔を怒りで紅潮させたままルイズに詰め寄る。 「アホかお前は! 銃をそこらに置いておくな!」 「弾入ってなんでしょ? だったらいいじゃない!」 「それでもだ!!」 正直、アニエスは頭を抱えたくなった。 いっその事、途中で全員事故に見せかけて始末して、 自分一人でやった方が確実に任務を遂行できるんじゃないだろうかと、 本気でルイズ達の命と使命を天秤に掛けていた。 「あともう一人、護衛をつけますので…」 「要りません」 アニエスがまたもやキッパリと断る。 どんな人物を選んだのか知らないがルイズを見る限り信用は出来ない。 このままズルズルとメンバーが増えていったら修学旅行の引率だ。 頼むからこれ以上心労の種を増やさないでと心で懇願する。 「下手に数が多いと悟られやすくなります。ここは少数精鋭でいくべきかと」 「そ…そうですか。では仕方ありませんね、貴方に任せます」 「はい」 精鋭と呼ばれて鼻高々なアホ二人を背にしホッと一息つく。 まあ、私一人では限界があるのも確かだ。 これで護衛がスクエアクラスのメイジとかなら話は別だが、 どんなのが来るか分からないなら断った方が得策だろう。 しかし、このメンバーで本当に大丈夫なのか不安になってきた。 「トリステインの未来は貴女方に懸かっています。どうかよろしくお願いします」 「はっ!」 全員の掛け声が一致する。 それを見てルイズはおかしそうに笑った。 これじゃあ、まるでフーケの時と同じだと。 全く変わらない自分達の姿がどこか愛しく思えた。 「くしゅ!」 「大丈夫か? 仕事前に風邪を引かれると困るのだが」 「いいや、心配ないよ。ったく、誰かに噂されたのかね?」 まあ、私の噂するようなのはあの子ぐらいか。 フーケとロングビルの方だったら心当たりが多すぎるけどね。 ラ・ロシェールの酒場はかなりの賑わいを見せていた。 近々やってくるアルビオンへの渡航客がほとんどだろう。 酒場にいる客の多くが傭兵や商人といった連中ばかりだ。 それを証明するように、これでもかと柄の悪そうな顔が並んでいる。 そんな連中ばかりだからこそ今度の商談相手も探すのに苦労は無かった。 もっとも悪名と腕じゃ私の足元には及びもしないんだけどね。 まあ上品とは程遠い飲み方をする私には周りの奴等の品性が無くとも関係ない。 こんな酒場でワインなんて嗜むこいつにとっては不味く感じるのかもしれないけど。 元から表情の読めないヤツだけにマスクをつけていても違和感を感じない。 一人で飲むのにも飽きて話を振る。 「手土産はちゃんと届けてくれたのかい?」 「ああ。雇い主も喜んでいたよ」 「…分からないね。中身が分からなきゃ、あんなのただの紙切れと同じだろ?」 「そうだな。何が書かれているのか分からなければ、な」 「……! それって」 「話はここまでだ。どうやら相手が来たようだ」 ガタリと空いていた椅子に厳つい男が腰掛ける。 体にはあちこち刀傷や銃創などが付いており、いかにも歴戦といった感じを醸し出す。 もっとも本当に強ければ傷なんて負わないんだろうけど。 「あんたかい? 俺達を雇いたいってのは」 「そうだ。とりあえず前金でこれだけ、残りは仕事の後だ」 すっと差し出された袋からジャリジャリと金貨の擦れ合う音が響く。 その中身を確認した後で男から呆れるような声が漏れる。 「前に俺達はアルビオンの王党派で仕事をしてたんだが…その時の報酬と同額はあるぞ」 「仕事に見合った報酬を払う、それが自然の流れだろう?」 傭兵の額から汗が流れ落ちる。 高額の報酬は確かに魅力的だがそれは危険と比例する。 仮面で顔を隠している事からヤバイ仕事というのは分かっていた。 下手したら王族を暗殺しろなんて内容かもしれない。 だが躊躇してももう遅い。 最悪、受けなければ消される可能性だってあるのだ。 意を決して傭兵の頭がマスクの男に尋ねる。 「…内容は?」 「ある場所で馬車を待ち伏せし襲撃して欲しい」 「たった、それだけか…? 相手はどれぐらいいる?」 「数人、メイジもいるが大した腕じゃない」 「…どういう事だ? これだけの数を揃えなくても十分だろう」 「僕はね臆病なのだよ。必ず勝てる状況を作らなければ安心出来ない、そんな小心者でね」 仮面の男が自虐そうに笑う。 もっとも顔が見えない以上、声と雰囲気で判断するしかないが。 「いやいや、あんたは賢い。戦場で生き残れるのは臆病者だけさ」 提示したいくつかの条件を承諾した後、頭領は受け取った金貨の袋を背後のテーブルにいた男に回す。 それを黙って受け取ると数人の男が金貨を運んで行った。 その後に頭領は私達を残し席を後にした。 すでにこの酒場に多くの手下を忍び込ませていたのだろう。 もし何かあれば私達を消すつもりだった。 そして足元を見られていれば脅されて身包みを剥がされていただろう。 抜け目の無い男だが道具として使うには最適だ。 「あの連中、生きて帰れるかねぇ」 「どちらでも構わんさ、どちらでもな」 仮面の男の返答にフーケは笑う。 この男がやろうとしているのは前の私と同じ事だ。 私以上の念の入れ様と手際。 そして犠牲を躊躇わない非情さを兼ね揃えている。 あるいはこいつなら成し遂げるかもしれない。 あの死を運ぶ魔獣、その打倒を……!
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/22660.html
登録日:2013/09/04 Wed 20 47 45 更新日:2023/09/04 Mon 16 40 08 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 お前たち、これで終わったと思うなよ~! シルクハット ステッキ ゼロ卿 タキシード トレジャーハンター モンタナ・ジョーンズ 三悪 三悪ポジ 主人公より先に立った項目 伊達男 大友龍三郎 弁解は罪悪と知りたまえ! 悪役 憎めない悪役 世界の考古学的遺産は全てこのゼロ卿のコレクションに! 『モンタナ・ジョーンズ』(冒険航空会社モンタナ)の登場人物。 声 大友龍三郎 【人物】 考古学的遺産のコレクションを生き甲斐とするトレジャーハンター。どこからともなく秘宝の情報をかぎつけてはモンタナたちと争奪戦を繰り広げる。 本人はあくまでも「考古学的遺産」にしか興味がないようで、金塊を見つけても目もくれず、中尊寺金色堂を見たときには目を輝かせていたが、目当ての品ではないので奪おうとはしなかった。 タキシードにシルクハット、マントとステッキにモノクルという貴族のような出で立ちとキザな振る舞いが特徴で、現地の民族衣装やサファリルックも着こなす。 回によってはステッキに通信機や銃、ハサミ、飛行用のプロペラなどが仕込まれることがあり、握りのデザインも各回で異なるなど、持ち物にもこだわるおしゃれさんである。 世界中に悪人の友人や知り合いがおり、財宝の情報はそのネットワークから仕入れていると思われる。また、現地の悪人と意気投合して手を組むこともしばしばである。 性格はずる賢く目的のためなら手段を選ばないが、短気で人使いが荒く、目立ちたがりでケチでセコいうえに詰めが甘いという典型的な三枚目。 特に執念深さは筋金入りで、モンタナからは「友人になるくらいならゴキブリと兄弟になった方がマシ」と言われ、手下のスラムからも「ああいう性格にだけはならないでおこう」と言われるほど評判が悪い。寝起きもとても悪い(自覚有り)。 私生活については不明で本当に爵位を持っているのかも怪しいが、自邸と思われる城が登場していることや世界中どこにでも現れる行動力、幅広い交友関係、ニトロ博士への資金援助などを考えると、資産家であることは間違いないだろう。 【関連人物】 スリム 手下その1で太った方。 メカローバーの動力をはじめ見張りなどの雑用をやらされている。 スラム 手下その2で悪知恵の働く方。 スリム同様、雑用を押しつけられている。ご当地ジュースを買いに行かされることが多いが、分け前にありつけたことはない。 ニトロ博士 お抱えの科学者。メカローバーをはじめとするさまざまなメカを開発している。 予算をケチったり無茶な要求をしたりするゼロ卿には不満を抱いており、最終回では愛想を尽かす。 メカローバーが撃破されたときの、 「ニトロ博士、事情を説明してもらおうか」 「いま少し、時間と予算をいただければ…」 「弁解は罪悪と知りたまえ!」 「お前たち、これで終わったと思うなよ~!!」 というやり取りは番組のお約束。回によっては言うのが遅れてメリッサにツッコまれたり、モンタナたちにメカローバーごとセリフを取られていたりする。 モンタナ・ジョーンズ 主人公でありライバル。自分のことを棚に上げて「100回叩きのめしても101回起き上がるかわいげのない男」と評している。 モリアーティ教授 『名探偵ホームズ』に登場するホームズのライバル。 制作会社が同じためか、シルクハットとタキシードにマントという服装、2人組の手下を連れている点、動物型のメカに乗る点、諦めが悪い点など、共通するところが多い。 ウルフ 『アリス探偵局』の登場人物。近隣住民の間ではドケチで有名なオオカミの大家さん。 「全ての秘宝は全て我がゼロ…んっんん! ウルフ様のコレクションに!」という中の人ネタを披露した。 「ニトロ博士、項目を追記・修正してもらおうか」 「いま少し、文章と容量をいただければ…」 「弁解は罪悪と知りたまえ!」 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] ガキの頃好きだったな~ まさに大友さんの 代表キャラ -- 松永さん (2013-09-04 22 59 44) ニトロ博士とのやり取りが好きだったから、気が付いたら愛着がわきました。 ちなみに、何話か忘れましたが、やり取りの会話が少し変わります。 博士「今少し時間と~」 卿「弁解は~」→博士「見ての通りです」 卿「知っているわ!」 みたいな感じで。 -- 名無しさん (2013-09-05 07 47 15) 本当にいい悪役だった。こんなキャラが出せる当時のNHKは本当に面白かった -- 名無しさん (2014-01-26 20 35 53) 毎回メカローバー壊して 良く予算がもつな -- 名無しさん (2014-01-26 20 47 46) 秘宝には興味あっても、秘宝じゃない金塊(秘宝だった金貨は興味あった)には興味ないんだよな。そーいう意味では本当に金持ちなんだろうな。まあ、この時はそれが原因でスラムニとトロ博士がその金塊を勝手に回収したのが敗因だったけど。 -- 名無しさん (2014-06-24 06 37 45) ウルフさんがゼロ郷のセリフを言ったときは嬉しかったです! いつの日かクロコダイルにも言って欲しいな~ -- ドクガン (2014-11-10 00 37 50) ゼロ卿の私生活って、4話で城住まいをしてる描写があったぞ -- 名無しさん (2015-02-17 05 47 25) ボンボンの漫画版のゼロ卿が好きだった。漫画の最終回爽やかな終わり方だったなあ -- 名無しさん (2015-12-13 20 15 21) フォーマットがそこはかとなくタイムボカンシリーズの三悪っぽい -- 名無しさん (2015-12-13 21 21 54) ↑というかタイムボカンの三悪の系譜のひとつだぞ。ほかにはポケモンのロケット団やナディアのグランディス一味があるけど、みんな源流はタイムボカン -- 名無しさん (2015-12-30 08 47 09) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/zeromoon/pages/85.html
前ページ次ページゼロの白猫 「い゛っーーー!?」 「動くんじゃないよ? 怪しい動きをしたら即座に殺す。全員杖を捨てな」 腕を極められた激痛に喘ぐルイズに酷薄な声をかける。未だ自分が置かれた状況を理解し切れていない、呆然とした瞳で見上げてくるルイズに、無慈悲な冷笑を返してやった。 そこまできてようやく全員状況を飲み込めたらしい。だが、もう遅い。 「あなたが、フーケだったのね……!」 「ご名答。ちょっとばかり答えを出すのが遅かったようだね」 もはや学院で見せていた作り笑いを見せ続ける必要も無い。歯噛みするメイジ三人だが、ルイズを人質に取られてしまっては迂闊な行動は不可能である。やむを得ず、言われたとおりに杖を捨てた。 「なんで、学院に戻ってきたのよ……!? とっとと逃げれば良かったじゃない!」 「なに、間抜けな話さ。せっかく手に入れた破壊の杖だってのに、使い方は分からない、ディテクトマジックにも反応しないと来たもんだ」 「だから、使い方を確かめるために……!?」 「そういうこと。偽物を掴まされたかもしれないとも思ってね。学院の誰かなら知っているんじゃないかと思ったけど、まさか使い魔が知っているとは思わなかったよ」 フーケは杖をルイズに突きつけたまま、油断なくレンへと視線を向ける。 「そこの白い奴。お前、この破壊の杖の使い方を知っているのかい?」 「いいえ」 「これが何かは知っているんだろう? 言いな」 と、フーケはルイズの首にぐりっと杖をめり込ませる。ルイズは痛みと怒りで般若のような顔になっていた。 先程、ルイズを助けた際に聞こえた会話では、この白い幼女は破壊の杖の正体を知っているようなことをほのめかしていた。どんなものかさえ判れば、使い方を推測することはできるはず。もし判らなくても効果さえ知れれば売る方法はある。それがフーケの考えだった。 「別に言う必要もないでしょ」 だが、レンはフーケの予想とは反対の方向に動いた。ルイズを無視するように一歩、踏み出してきたのだ。 「何してるのよ!?」 悲鳴のような金切り声を上げたのはキュルケである。フーケは顔をしかめた。 「本気かい? あんたのご主人様がどうなっても良いって言うの?」 「人質を取るって、あまり賢い手段と思えないのよね。だって危険にさらされるのは人質と加害者でしょ? 仕掛ける側には全くリスクが無い」 こちらの言葉を無視しながら、一歩、また一歩とレンはこちらへ近づいてくる。人質をまるで気にしていないような行いに、フーケの心に焦りが浮かぶ。 「それ以上近寄るんじゃないよ! もう呪文は唱え終わってるんだ! あんたのご主人様が死ぬよ!?」 このエルフもどきが先程ルイズ救出のために動いたのは間違いない。なのに何故、今回はまるで主人の無事に頓着せず、平然と自分へ向かって歩いてくるのか。 「あら、私はマスターの事を思ってやっているのよ?」 「どこを取ったらそうなるんだい!?」 「この任務の肝は『フーケの討伐』と『破壊の杖』の奪還。せっかくマスターが両方の目的達成のチャンスを作ってくれてるんだから、これを見逃すほうが使い魔失格よ。ねえルイズ?」 ウィンクをルイズにしながら飄々と答えるレン。ルイズは使い魔に見捨てられて呆然としているようだ。 もうレンとフーケの距離は数歩分まで近づいていた。フーケは背中に流れる汗を感じる。有利なのは自分のはずなのに、まるで自分が追い詰められているようだ。 自分の判断ミスに内心舌打ちする。今、ルイズに向かって魔法を放った場合、その隙をこの使い魔に襲われるだろう。もっと早く行動を起こすべきだったのだ。 「それと、一つ申し上げておきますが」 す、とレンが口元に人差し指を当て、笑みを深める。 「私、残酷でしてよ?」 その言葉を聴いた瞬間。 頭をハンマーで殴られたような衝撃が走った。 「―――がっ!?」 いや、殴られたわけではない。感じるのは痛みではなく、凄まじい眠気。 (しまった―――!?) フーケは自分の考えの浅さを呪った。目の前の白い奴が先住魔法の使い手だということは、昨日学院で変身を見た時から知っていたのに。自分に気付かぬように魔法を使えること位、何故想定できなかったのか――! 膝が折れる。ルイズを掴んでいるのかもあやふやだ。ぐらぐらと揺れる視界が、勝手に閉じる瞼で狭まってゆく。 (こんな、所で……!) 何とか気力を振り絞り、杖を前方へと向け、魔法を発動させようとする。もう視界はほとんど闇。何処に誰が居るかも分からない。 それでも闇雲に魔法を使おうとした所で、足首に衝撃が走った。最早フーケには体勢を維持するだけの力も残っておらず、最後に土の感触を顔に感じて意識が途切れた。 「はい、おしまい」 くずおれたフーケは追い討ちに足払いを掛けられ、顔面から倒れこんだ。起き上がる気配はない。魔眼とやらを発動させたのだろう。便利な能力だ。 レンは爪先でフーケの頭をつついている。完全にオチているのを確認すると、レンはルイズへと向き直った。 「よく暴れなかったわね。そこだけはありがたかったわ」 「……目で合図してたのはあんたじゃない」 「ちゃんと気付いてたのね。上出来よ」 レンが主人の安否を気遣わずにこちらに向かって歩いてきた時は、ありったけの罵詈雑言を放ってやろうと思った。だが、こちらへウィンクしてきたときに思い出したのだ。こいつは確か、目を合わせることで相手を眠らせることができると。 手を差し伸べてくるレンの手を掴んで立ち上がる。その時睨んでやったが、レンは動じた様子も無く、いつもの微笑をルイズへ返してくるだけだった。 「任務完了ね。さっさと帰りましょうか」 そう言って元来た道へと向かおうとしたレンに、険しい顔のキュルケが立ちふさがる。 「あら、どうかしましたか?」 「あなた、ルイズを見捨てる気だったの?」 「さあ、どうでしょう?」 「誤魔化さないで! 苦し紛れにでもルイズが攻撃されてたらどうするつもりだったのよ!?」 ヒステリーのように叫ぶキュルケを冷めた顔になって見返すレン。 何の説明もされていないキュルケやタバサには、レンの行動が主人を見放して動いたように見えたらしい。 レンの能力をルイズは説明しようとするが、それより早くレンが口を開いた。 「あの場で人質が通用すると思われる方が問題よ。ルイズを盾にして『破壊の杖』の正体を話させて、用済みになったら皆殺し。フーケが考えてたのはそんなところでしょ。自分たちに危険が及ばなかったんだから良しとしなさいな」 確かに、フーケの正体を知った自分たちを五体満足で学院に返したとは思えない。 それでも、先程のやり取りはキュルケにとって見過ごせるものではなかったらしい。怒りを隠さずにレンへ反論しようとする。 「けど「そういう貴女はどうするつもりだったの? フーケに命令されて言われるがまま杖を捨てて降参して、全部終わった後で他人の批判? 判断も考え方もお子様ね」 キュルケの言葉は、レンの彼女をなじる言葉にかき消された。レンの言葉で、キュルケの顔が激怒と形容する他無い程に歪んむ。怒りの炎を放つべく杖をレンに向ける。 「よしなさいってばキュルケ! この子は最初から私を助けられる算段があったの!」 ルイズはレンの前へ跳びだして言った。 「この子の眼は特別なの。目を合わせたらそいつを眠らせる能力を持ってるのよ。さっきの言い回しは自分にフーケの眼を向けさせるためでしょ」 確かに最初は自分もレンへの怒りが合った。けれど、その怒りが向けられるべきはレンではなく、ルイズ自身だと理解していた。 主人が庇ったことで、納得いかないような顔だが、キュルケが杖を下ろす。レンを助けたルイズの行動に、しかしレンは渋面を返した。 「ルイズ、余計なこと言わないでよ」 「あんたがキュルケを挑発するからでしょ! 余計な事って何よ!」 「切り札の存在をバラしてほしくなかったってことよ。因縁があるんでしょ、キュルケとは」 そういえば、召喚した翌日にそんなことを言った気がする。けれど、彼女は今、自分の身を案じてくれていたのだ。そして怒ってくれたのだ。その相手に敵対するような発言などしたくなかったし、レンにもしてほしくなかった。 主の想いなど知らないとばかりに、レンはそっぽを向くと歩き出した。 「いい加減疲れたわ。早く帰りましょ」 一人ですたすたと元来た道へと戻っていくレン。ルイズたちも帰途へ向かう準備をするが、その場の全員の気持ちに何かもやもやしたものが残った。 ロングビルことフーケは、両手両足をロープできつく縛った上、万が一を考えて猿轡を噛ませていた。未だ眠ったままだが、これならば目を覚ましても抵抗できないだろう。 馬車の手綱を握るのはタバサである。御車役だったフーケを拘束して転がしているのだから仕方あるまい。 レンはさっさと猫になろうとしていたようだが、そうなる前にルイズは、 「まだ猫になっちゃ駄目。聞きたいことがあるんだから」 と釘をさした。その時のレンは大いに不満そうだった。そして馬車が学院へ向かう途中、レンへの質問会が始まっていたのである。 「レン、あなたどうやってゴーレムを消したの?」 「そうよ、あんなことまでできるなんて聞いてないわよ? 何が『戦いは得意じゃない』よ」 「嘘は言ってないわよ。本当に戦うことは専門じゃないもの。緊急の時だけよ。特にさっきのはね。すごく魔力を消費するんだから、もう眠らせてよ……」 くああ、と抑え切れないあくびをしながらレンは言う。あのゴーレムを消すのはやはり大技だったらしい。レンの目は半分閉じかかっている。今にも夢の世界へ旅たちそうだ。 「ねえ、この『破壊の杖』って一体何なの?」 「私も聞きたいわね。さっきルイズが振ってたけど何も起こらなかったし」 オスマンが秘蔵しながらも、使い方が分からないマジックアイテム。フーケは学院の教師たちに期待していたようだが、果たして教師たちも知っていたのかどうか。 レンは眠たそうに目をこすりながら、ぼんやりした瞳で呟くように言った。 「鉄砲って言って何か分かる?」 唐突に話が飛んだ。脈絡の無さにきょとんとする二人だが、記憶の中の『鉄砲』を思い出してレンに答える。 「平民が使う武器でしょ? 火薬で金属の玉を飛ばすらしいけど」 「え? まさかこれが鉄砲だって言うの?」 「その一種よ」 淀みなく言われたレンの答えに、しばらくルイズとキュルケは返事をすることを忘れていた。たっぷり数秒は経った後。 「「嘘でしょ!?」」 ルイズとキュルケの声が重なる。タバサまで興味を引かれたのか、振り返って『破壊の杖』を見ていた。 確かにこの鉄の筒は、魔法の杖には見えないが、銃にはもっと見えない。弾を込める穴も空いてないし、手に持つ為のグリップも見当たらない。 第一、本当に銃だというのなら、何故メイジであるオスマンが所有し、また秘法として保管していたのか分からない。 「信じられないなら学院長にでも聞いてみたら? 持ち主なら色々知ってるでしょ」 どうでも良さそうに応じていたレンだが、何かを思い出したのか、ルイズに向き直って言った。 「そうそうルイズ。 戻ったら学院長から『破壊の杖』の入手経路を聞いておいて」 「何でよ?」 「それは私が居た所にあった武器だもの。入手先が分かれば元の世界への手がかりになるかもしれないわ」 「何、元の世界って?」 「私の故郷よ。随分遠くから召喚されたから、帰る手段を探してもらってるの」 突っ込んでくるキュルケにさらっと答えるレン。嘘は言っていないが、大事な部分はぼかしている。この会話スタイルがレンのやり方なのだろう、とルイズは理解した。 「もう限界。寝るわ」 その言葉と共に、レンは一瞬で猫の姿になった。白い毛玉状態である。完全に熟睡していた。 「……ルイズ、あなた変わった使い魔を召喚したわねえ」 「うっさい」 正直、まだまだ聞きたい事はあったが、今は眠らせてやる事にした。レンも確かに疲れたのだろう、あんなゴーレムを相手にしたのだから。続きはまた夢の中で聞いてやろう。 ルイズは、今回頑張った慰労の想いを込めて、ゆっくりとレンの背中を撫でてやるのだった。 「それからあんたたち。この子が人間になれたり、先住魔法を使えたりすることは黙ってなさいよ」 「あら、何で? ゼロのルイズの使い魔がそんなすごい奴だと分かれば皆見直すんじゃないの?」 「この子、ちょっと珍しすぎるでしょ。下手したらアカデミーとかに連れて行かれるかもしれないもの。だから黙ってて」 「う~~ん、どうしようかしらね~~?」 わざとらしく迷うような声をあげるキュルケ。ルイズは、こいつ絶対何か吹っかけてくる気だと、次のキュルケの答えを警戒した。 「言わない」 だが、キュルケよりも早く、馬車の運転に専念していたはずのタバサが答えてきた。 「あ、ありがとう、タバサ」 「いい」 それで話は終わりだ、とばかりにタバサは再度前に向き直る。タバサの背中にもう一度感謝を返すと、ルイズはキュルケの方を向いた。 キュルケはタバサが珍しく会話に参加してきた事に、きょとんとした顔でタバサの背中を見ていたが、ルイズの真剣な顔をみて苦笑を一つ返した。 「タバサがああいってるんじゃ仕方ないわね。けど、貸し一つよ?」 「……仕方ないわね」 ツェルプストー家に貸しを作るなど癪だが、この場合は仕方あるまい。 あんたのせいなんだからね、と思いながらもルイズはレンの背中を撫でる手をずっと止めることはなかった。 「……ここは……?」 フーケの意識が覚醒する。目に入るのは見慣れた天井。辺りを見回してみると、そこは学院寮の自室だった。 「何で、またここに……?」 もう自分の正体は露見したのだ。なのにここにいる理由が皆目見当がつかない。盗賊である自分が放り込まれるとしたら牢獄しかないはずなのに。 「ご機嫌いかが? 怪盗さん?」 不敵な笑みを浮かべながら入ってきたそいつは、あの白いエルフもどき、レンだった。 自分の敵をみて、体を起き上がらせようとするフーケだが、そこでようやく体が動かない事に気がついた。首から上は動くし、声を出す事も問題ないのだが、首から下がまるで鉛のように重い。 「何を、した……!?」 「動けないようになってもらっただけよ」 どうやって、と聞こうとしたフーケだが、それについては聞くだけムダだと判断した。先住魔法の使い手に聞いても、恐らく理解などできまい。 「あたしをどうするつもりだい?」 「最初はオスマンやコルベール、あとギトー? とにかく学院の男性全員の相手をさせようかと思ってたんだけど」 さらりと言った内容は、とても看過できるものではなかった。フーケの背筋が寒くなる。主人を危険に晒した報復行為ということか。しかしこの幼女は『思っていた』といった。心変わりした、という事だろうか。相手の真意を確かめるため、慎重に聞く。 「……やめたのに理由はあるのかい」 「だって、ねえ」 レンはフーケの腕を持ち上げた。冷たい。何故身体の自由は全く利かないのに、いつもよりも感覚が冴え冴えとしているのか。 まるでフーケの言うことを聞かない腕に、レンはかぷりと噛み付いた。 「――ッ!!」 鋭い痛み。まず感じたのはそれだった。そして出血に伴う痛みがじりじりと腕に走る。血を、吸われている―――!? 「あんた、吸血鬼か!?」 「違うわよ。まあ、血からも吸えるけど、私はグールを作ったりはできないもの。これはちょっと確かめてるだけ」 じわじわと、熱が腕に広がってゆく。歯はすぐに引き抜かれた。その後、口の中でうごめく舌が滲んできた血を舐めとっていく。レンの舌はざらざらとしており、まるで肉の鑢だった。 血を全て舐め終えると、にやりと笑ったレンが一言。 「貴女、処女でしょ?」 フーケは自分の顔が朱に染まるのをはっきりと自覚した。ぱくぱくと口を開くも、レンへ言いたい言葉がうまく出てこない。 「初めての思い出だもの。ちょっとした趣向を凝らしてあげようと、私自ら出てきたわけ」 そう言うと、レンはフーケの腰に跨り、行儀よく手を合わせた。 「なにを……」 「いただきます」 微笑んで宣言するレンの顔。彼女にはまるで、肉食の獣が獲物を喰らおうとしているように見えた。 「っ……ふっ……」 流れる風景をぼんやりと眺めていると、後ろから聞こえる吐息が気になった。 振り向いてみると、相変わらずフーケが眠りこけている。 だが、何だか先程より呼吸が荒くなっているような―――? 「キュルケ。フーケが起きるかもしれないわ」 「杖も奪ったし、しっかり縛ってあるし、問題ないでしょ」 「そうだけど」 キュルケは興味なさげに答えてくる。 「んぐ……ふーぅっ――ふーっ」 先程に比べ、明らかに寝息が激しくなった。しかし彼女の目は閉じたままである。 「ね、ねえキュルケ」 「なあに? またフーケの事?」 「そうなんだけど、何か様子が変なのよ」 轡から漏れ出る彼女の吐息は熱がこもっている。まるで熱病にうなされているように。 「まさか、何か病気とか?」 「ほっときなさいよ」 「でも」 「あれだけ元気にゴーレムを操ってたのよ? どう見ても病人には見えなかったわ。もう起きていて、寝たフリをしながらの演技かもしれないし」 ごろん、とフーケが寝返りを打つ。手を握ったり開いたりを繰り返し、 時折びくっと痙攣する。顔は上気し、何かを耐えるように猿轡を噛み締め、その口の端からは涎が流れ落ちていた。 「あんたの白猫がなんかしてるんじゃない?」 「レンが? 何でよ」 「ほら、その子夢魔なんでしょ? 一応ご主人様と自分に危害を加えようとしてたわけだし」 そういえば、以前ギーシュにも何かしたような事を言っていたか。つまりフーケも今レンに『踏まれて』いるのだろうか。 そんな事を考えていると、一層フーケの痙攣が激しくなってきた。まるで釣った海老のように、がくっがくっと反ったり戻ったりを繰り返す。 「―――っ!! ぐ――んうぅぅぅぅっ!!」 一際大きい呻き声を発して、フーケの身体がビンッ弓なりに反った。そのままびくびくと痙攣を繰り返すと、急にくたっと寝転がってしまった。 「ふーーーっ……ふーーーっ……ふーーーっ……」 全力疾走を終えた後のように、深く、しかし間隔は短い息継ぎになるフーケ。 荒い呼吸共に動く胸は、先ほど見た時より容積が増しているように見える上、先端が盛り上って激しく自己主張していた。 しばらくその状態が続き、落ち着いたのかと思ったら、またびくびくと震えだした。 「ぶふううぅっ! ふぐーっ! ひゅふーーーっ!!」 「……こ、こここここれって」 「言わなくてもいいのよルイズ。分かってるから」 フーケ並に真っ赤になって、ぶるぶる震える指でフーケを指差すルイズ。 キュルケはフーケを苦笑しながら眺めている。 タバサはさっきから馬を走らせることに集中している。それは後ろの状況に極力目を向けないで済むようにしているように見えないこともなかった。 「お、起こした方がいいかしら!?」 「……やめといたら? 寝てる事には違いないんだし」 「はうううっ!! んうーーーッ!!」 結局。学院に到着する寸前まで、時間にして3時間以上の間。フーケはずっと悶え続け、馬車の中はとても気まずい空気に相成ったのであった。 「はーーーっ……はーーーっ……はぁあっ……」 「御愉しみいただけましたか?」 レンが指で弄んでいる、二人の分泌物。 粘土のような、青臭く匂う白濁物。さらさらした、酸っぱい匂いの透明な液。 レンは二つの混合物を指で捏ね回した後、糸を引くそれをじゅるるっと音を立てて啜った。 「ホント、濃いわね。喉にへばり付いてくるわよ?」 動けない。肢体の自由は戻ってきている。しかし、フーケにはこの幼女に言葉を返すことすらできなかった。 先程までの行為で、自分の体力、精神力、精力、全てこの使い魔に吸い取られてしまった。正直、今生きているのかが不思議だ。声を出すことも、指一本動かすことすらできない。 レンは口の中のものを全て飲み込むと、露わになっている臍に舌を入れてきた。 「あ……く……」 ぐりゅぐりゅとほじるように動く舌は、まるで彼女の内蔵まで犯そうとしているようだ。 そこから胸元、谷間、喉の道順でレンの舌が、珠のような汗と白濁を肉のブラシでこそげ取るように舐めとっていく。その時間はゆっくりで、フーケにとっては殊更長く感じられた。 そのままフーケの顔にレンの顔が近づき、頬にべたりと舌を貼り付けた。 匂う。先程レンが飲み込んだ物の匂いだ。鼻腔を犯すような悪臭と、それを擦り付けようとする舌の動きに、整えようとしていた思考がグチャグチャになる。 舌が頬から更に上へとなぞられていき、目尻に辿りつくとちゅっと吸われた。どうやら涙を舐め取っていたらしい。それだけの行為が、消耗しきっているフーケの背筋を再度ゾクゾクと震えさせた。 「ご馳走様でした。少しは足しになったわ。それでは、束の間の良い眠りを」 耳元で囁かれた言葉を合図にしたように、フーケに残されていた意識はぷっつりと消失した。 前ページ次ページゼロの白猫
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5589.html
魔界戦記ディスガイアよりエトナ召喚 ゼロディス~プロローグ~ ゼロディス~第一話 魔神少女エトナ~ ゼロディス~第二話 トリステイン魔法学院春の乱~
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2415.html
前ページ次ページDISCはゼロを駆り立てる 基本的にルイズの日常は平穏だ。 ちょっかいを出してくるキュルケが居るとはいえ、お互いに分かっているので本格的な喧嘩に発展する事は無い。 トライアングルと言い張っていても実技では常にトップに固定されているほどだし、座学でも似たような成績を収めている。 正に文武両道を地で行く鉄人であり、そんなルイズを馬鹿にできる生徒など誰もおらず、大貴族の娘である事に恥じぬ優等生として通っていた。 嫉妬や理不尽な怒りを勝手に覚える者も少数はいたが、目に留まらぬように隅でこそこそと陰口を叩くのが関の山だ。 そんなルイズを最も苦しめているのは、地平線の向こう側から昇ってくる太陽だろう。 ヴァリエール家の三女ともあろうともが遅刻寸前の時間まで寝ている事は出来ぬ、と無理に早起きしているだけあって、寝起きは最悪を通り越してなお悪い。 それでも一般的に見れば特別早くも無いのだが、ルイズにとっては夜明け前に叩き起こされるような物だった。 朝日への呪詛の念と共に、残り僅かな歯磨き粉の如く搾り出されたホワイトスネイクによって、布団からずるずると引きずり出されるのが毎朝だ。 今のところ朝日は、唯一ルイズを完敗させている最大のライバルだった。いい加減に諦めてシエスタに起こしてもらおうかとも思う。 一度起きてしまえば大概は大丈夫なのだが、どうしても眠ければ授業中に補ったりもした。 教室の後ろにあるドアから入って右側の前から5番目、教師から死角になり易い場所がルイズの定位置だった。 タバサはいつからかルイズの隣に座るようになったが、キュルケは出来るだけ後ろのほうで男子生徒に囲まれて楽しく授業を過ごすのが常だ。 最も、席順などをを気にしている人物はこの教室に居なかった。 昨日ならば居たかもしれないが、今は各々の使い魔を見せ合っては評論会が開くのに大忙し。あちらこちらで会話に大輪の花が咲いている。 相変わらず無表情のタバサを除いて、特に珍しい使い魔を引き当てた者は大騒ぎで、でかいモグラに抱きついて周囲を引かせている男性生徒も居た。 「はい……! 皆さん、おはようございます。春の使い魔召喚の儀式は、皆さん大成功だったようですね。 このシュヴルーズ、こうして春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ローブと帽子を身につけた、ふくよかで優しげな女性メイジが入ってくるまで、その騒ぎは留まる所を知らなかった。 よく通る声が教室に響いて、気づいた彼等はようやくお喋りの手を止める。慌てて椅子を前に向ける音が教室のあちこちから響いた。 「そうとも! ああ、僕のヴェルダンデ!」 そう叫びながら更なる抱擁を交わす金髪に、教室は楽しげな笑いとジョークの混じったブーイングで沸く。 シュヴルーズは生徒たちをなだめ、殆どのメイジがそうであるように、やはり自分の属性を贔屓するような発言をいくつか飛ばした。 おさらいとして彼女自ら錬金の実演すると、机の上に黄金色の鈍い輝きを放つ金属が作られた。 大きさは握りこぶしほどで、もし金だとすればシュヴルーズはかなりの実力者という事になる。キュルケを筆頭に何人かが驚きの声をあげた。 「私はただの……。トライアングル、ですから」 すぐさま訂正しながらも、ややもったいぶってそう続ける。遠目からでも真鍮だと看破していたルイズは、わざわざ生徒に誤解させるのはみっともないと目を細めた。 その後でシュヴルーズは何人かの生徒を前に呼び出し、自分がやったのと同じように錬金の実演をさせた。錫や鉛や単なる砂などを錬金する生徒が多い中、ギーシュは得意の青銅で美しい彫刻入りの剣を作って賞賛を浴びた。 更に発音や杖の振り方を軽くおさらいした後で、やっと土の本格的な授業が始まるが、その内容は実に教科書通りのものだった。ルイズにとっては、ヴァリエール家に居た頃から知っている記憶でしかない。 「先ほども言った様に、スクェアになれば金を錬金することが可能になります。 しかし膨大な精神力が必要な一方で、得られるのは僅かな量だけ。自分の実力を測りたいときには有効ですが、実用的とはいえません。 火や風が破壊を司っているように、土の真価は生活の向上といった、最も身近な場所で……」 ルイズはばれない様に最低限気を使いながらも、小さな手の中でインクのついていない羽ペンをくるくると回しつつ溜息を吐いた。 ぼんやり黒板を眺めていると、無数の記憶が頭の中を駆け巡っていく。ルイズは久しぶりに自分の意思で記憶の中へと旅立つ事にした。 一人の人間が持つには多すぎるほどの記憶を、ルイズは何年もかけて手に入れてきた。 その殆どは犯罪者から奪った物だが、いくつかは善良な人間からの略奪物だし、かつて憧れであった人間からも抜き去った物もある。 ルイズが手に入れた最初の一枚にして最強の力、それを胸に抱いた時の事を思い出していた。 「私、まだマホウが使えないの……。ちぃ姉さまみたいなメイジには、なれないのかな……」 夕暮れの太陽が木々の隙間から差込み、周囲をオレンジ色に染め抜いている。 幼いルイズは背中を木に預け、今にも泣きそうな表情で小さな腕を握り締めていた。泣き顔を見られたくないのか視線を下げ、地面を見つめながらそう呟く。 声には人生を諦めた老人のような虚しさが混じっており、先ほどまで華のような笑顔を浮かべていた見る影も無い。 ワルドは悲しげな表情をして地面に膝を着き、幼い婚約者の肩を抱きしめた。香水の甘い匂いが彼の鼻をくすぐる。 「ルイズ……。君の努力は僕も知っているよ。そして君のお母様やお父様も、お姉さま方も、知らないはずが無い。 まだ、もう少し時間がかかるだけさ。きっと君は、僕なんかより凄いメイジになる」 まだ親同士の口約束だけであるとはいえ、お互いの事を嫌いだとは思っていなかったが、恋をするにはルイズはまだ幼すぎた。 ワルドはルイズに愛情を感じてはいるものの、無知をいい事に操るなどという愚行を犯すつもりは彼に無い。やがて二人が大人になって、出来れば本当の愛を感じあった時に一緒になりたいと思っていた。 彼がもう少し足しげくこの家に通っていたら未来は違っただろう。必死で強がっているルイズの顔の裏側に押し込められた、暗黒のヘドロに気づいてさえいれば。 「わるどさま……。抱っこして、くれませんか?」 木に寄りかかっていたルイズは体を起こし、幽霊を思わせる儚げな笑顔を浮かべた。 拒む理由も無いワルドだが、いつに無く積極的なルイズに悲しみと喜びを同時に覚えた。 ワルドにも思い起こせば胸を掻き毟りたくなる記憶はあるが、この小さな少女はその苦しみが永遠に続いているような環境にいるのだ。彼は思わず顔をしかめそうになって、ルイズの視線に気づいて慌てて表情を戻した。 ならば、せめて少しでも癒してあげようと、ふわりと軽くて柔らかいルイズの体を抱き上げる。若くしてグリフォン隊の一員となったワルドの肉体は頑強そのもので、彼にとってルイズは軽すぎるぐらいだった。 「わるどさま……」 「ん……? なんだい、ルイズ」 「あの、ね……。ごめんなさい」 「ルイズ……?」 この位の子供ともなれば不思議な行動を取るものだが、それとは何か違う気配を感じたワルドは背筋に冷たいものを覚えた。 ルイズの瞳は何か、人間が抱いてはいけないおぞましい何かを持ってしまったような。深淵を覗き込み、深淵に覗かれたような。 自分の腕の中にある物体は本当にルイズなのだろうか。それどころか同じ人間であるのか疑いたくなるような寒気を発している。 「……ッ!」 いつの間にか異様な男がワルドの真横に立っていた。全身には奇妙な刺青のような物が無数に刻まれており、頭には異常としか思えないマスクのような物をつけている。 どこかの少数部族の亜人だろうか。一瞬だけ浮かんだ考えは、男から発される圧倒的なオーラに吹き飛ばされた。 ワルドの手に無意識のうちに震えが走り、右手でルイズを抱きしめたまま、左手で腰に挿していた杖を取った。何者か知らないが、こいつが敵であることは間違いない。 「だめですよ、ワルド様……」 ルイズが悪魔のような邪悪な笑みを浮かべ、エア・カッターを詠唱しようとしていたワルドの喉に小さなナイフを衝き立てた。 冷たい鉄が柔らかい肉を裂き、壁となってアダムのリンゴを二つに断ち割る。内側から漏れ出した空気によって、小さな泡が無数に湧き出した。 「グ……ガァッ……」 反射的に喉を押さえようとしたのか、ルイズを抱いていた腕から力が抜ける。 ルイズは小さく悲鳴を上げながら尻餅をつき、地面とぶつかった痛みで眉をひそめた。 「きゃっ……。痛いじゃないですか、ワルド様」 ワルドが血濡れになったナイフを震える腕で引き抜くと、隙間の開いた喉はヒューヒューと音を立てる。 魔法を使おうと必死で杖を振りかざしているが、声帯が壊れてしまったのか声になっていない。溢れ出した血で首周りが真っ赤に染まった。 ルイズはつい昨日まで憧れだった獲物の末路を、哀れみの視線すら込めて傍観する。 「ワルド様が悪いんですよ……? 私のスタンドを攻撃しようとするなんて……。 これは……そう、正当防衛。当然の反撃です」 スタンドを攻撃されれば本体も傷つく。これはホワイトスネイクに教えられたことだし、実際に体感した事でもあった。 もしエア・カッターがホワイトスネイクに直撃していれば、ルイズもただでは済まないだろう。本当に命を落としていたかもしれない。 だからこそルイズの行動は自衛であり、それは認められている権利である。だから犯罪ではないのだと。 白蛇はそう説いたし、ルイズもへ理屈ではあると思いながら否定しなかった。 「……さようなら、ワルド様。憧れだったかもしれませんが、私は……愛して、おりました」 声にならない音がワルドの喉から響き、彼は呆然とした表情のまま、小さくて可愛く笑う悪魔の姿を見続けた。 ホワイトスネイクの腕が一閃し、キラリと光る2枚の円盤を抜き取る。硬く握り締められていたワルドの手から杖が転がり落ちた。 記憶と才能の全てを失った抜け殻が、どうと音を立てて草の上に崩れる。糸の切れた人形のように脱力し、二度と動き出す事はなかった。 「始祖よ。不幸な彼の魂を癒したまえ」 ルイズは彼の傍で膝を着き、始祖へ魂の平安を祈った。小さな唇を動かして定型文を言い終わると、今にも踊りだしそうな笑顔でホワイトスネイクへと向き直る。 不思議な光を発する2枚の円盤を見つめ、高鳴りすぎて破裂してしまいそうな心臓を胸の上から押さえつけた。 五月蝿いほどの脈動が内側から胸をノックし、手の平にまで振動が伝わる。ごくりと喉がなった。 「コレガ記憶DISC、コッチガ……才能ノDISCダ」 差し出されたそれを、聖なる供物のように恭しく受け取った。硬いのに柔らかい不思議な弾力があり、ルイズは薄氷にするようにおっかなびっくりな手つきだ。 DISCはまるで神様の持ち物のように幻想的に見える。傾けて太陽の光を当てると、キラキラと虹色の光を反射した。 例え1年中見ていても飽きないだろう。まだ幼いルイズでは理解し得なかったが、性の悦びにさえ近いほどの感動を感じていた。 手をそっと口に近づけ、DISCの表面に赤い舌を這わせていく。正に恍惚の表情を浮かべながら、乙女の首筋に牙を突き立てようとする吸血鬼のように笑った。 「はぁぁ……。素晴らしい……」 唇からは熱い吐息が洩れ、体が芯から燃え始めた様な錯覚を感じる。無機質なはずのDISCが、何よりも甘い甘いキャンディのように味わえた。 何度も舌をうねらせた後で、名残惜しそうに舌を離し、ホワイトスネイクに教えられたように額へと押し当てる。 僅かな抵抗を感じたが、それを過ぎるとスムーズに頭の中へDISCが収納されていった。やがて奥の方で、カチリと何かが嵌まり込んだような軽い刺激があった。 「成功、ダナ。……ルイズ。君ハタッタ今、風ノ力ヲ手ニ入レタゾ」 ルイズは目を閉じて両腕を広げ、木々の間を吹き抜けるそよ風を肌で視た。まるで風の流れに色がついたように、周囲を取り巻いている大気の動きが自然と頭に入る。 まるでつむじ風が体の中を循環しているような、今までに無い不思議な、しかし不快ではない感覚だ。ずっと欠けていた何かを手に入れたのだと悟った。 ホワイトスネイクは幸福の絶頂にある主の邪魔をするほど無粋ではななかったので、周囲を警戒しつつ死体の後処理を進めておく事にした。 マネキンのように手足をバタつかせる死体を小船へと積み込み、その後は本体の邪魔をしない程度に警護をしようと戻る。 幸福による茫然自失から立ち直ったルイズと共に泉へと船を進め、その中ほどでワルドの死体を船から落として水に浮かべた。 「さようなら、さようならワルド様。あなたはここで、弱かった私と共に眠っていてください」 ルイズの呟きと共にワルドの死体はどろどろに溶け始め、水と同化しながら泉の底へと霧散していった。 「……はい! 以上で本日の授業、"身近にある土の魔法とその応用"を終わります。 明日は教科書12ページからのスタートとなりますので、予習、復習は欠かさず行うように」 息継ぎをするように意識の表面へ顔を出すと、教室は授業を終えてざわめきを取り戻すところであった。 いつの間にか手に持っていた羽ペンを落としていたようで、真っ白な羊皮紙の上に投げ出されている。どうやら意識を飛ばしていたのは気づかれなかったようだ。 手早く机の上にある自分の道具を片付けながら、あのときの後始末も容易だったことを思い出した。 自分の体をエア・カッターの魔法で適当に傷つけた後で、庭師の一人をホワイトスネイクの能力で証人に仕立て上げたのだ。 二人してフェイス・チェンジの魔法でワルドに化けていた賊だったと証言すると、無能な大人たちは永久に見つかるはずも無い賊を探し続け、ルイズには優しく接してくれた。 それから1ヶ月は寝こんだ演技を続けなければならず、生活の面で少々不自由を強いられたが、それからの生活は薔薇色の一言に尽きた。 1週間ほどかけてコモン・マジックを少しずつ成功させ、2週間目にはコモンならほぼ完璧、系統も少しづつ解禁していった。 1ヶ月もする頃には自然に同年代のメイジたちに追いついていたし、誰もそれを不審には思わなかった。ワルド様の敵討ちという題目を掲げていたのだから、傍目にはサクセスストーリー物の演劇のように映っただろう。 今思い出しても顔が綻んでしまう。社交界の場にて「さんざ自慢してくれましたが、私のルイズは1ヶ月で追いつきましたわよ? もうそろそろ追い越しますわね」という意味の言葉に、醜く顔を歪めた豚どもの表情は傑作だった。 ルイズは力を手に入れる快楽に酔いしれ、麻薬患者のように虜になった。僅かながら感じていた罪悪感も、いつの間にか全く気にならなくなった。 露見さえしなければ罪ではないのだ。どれほどの努力を重ねても結果が出なければ無意味であるように、どのような悪行も白日の下に晒されない限り問題にはならない。 事実、ルイズの正しさは周囲が証明してくれた。奪った力を見せ付ければ、家族だけに留まらず誰も彼も褒めてくれたし、より力を望めば勉強熱心だと讃えられた。 どれほど貴族らしく在ろうと、力が無ければ蛆虫と同じなのだ。暴君であろうとも権力を持っていれば王であり、神のごとき聖人君子だろうが乞食なら野垂れ死ぬ。 ルイズは過去に復讐するように腕を磨き、知識を吸収しながら独自の世界を築き上げていった。 ガラスのような心は完全に砕け散り、ルイズが望むがままに変質し、金剛石のような硬度を得た。 憎悪を糧に根を張った暗黒のイグドラシルは、今も着実に成長を続けている。 過去に何十人もの人間を殺してきたルイズだが、自分の事は悪人だと思って居なかった。 なにしろ、まだ誰にもばれていないのだ。証拠を残すような馬鹿な真似はしておらず、つまりルイズは善良な貴族である。 そして、ルイズは強い。本気を出した彼女を止められる人物はこの学院でも片手の指に満たず、それは正しさの証明賞となった。 力こそ正義であり貴族の証だ。罪とは無力である事であり、神のごとき力の前には法も信仰も意味を成さない。 もし世界を作り直す力がある神が居たとして、箱庭の住民が神を裁けるだろうか? 答えはNOである。絶大なる力の前には、道理や法律は踏み潰されるだけなのだ。 強者であるという事は幸福である。天国へ行く方法をルイズは力に見出し、ただそれの為だけに存在していると言っても過言ではない。 ルイズは幸せになりたかった。無力であった頃のなんと惨めな事か、あの時のような屈辱は二度と味会わないたくなかった。 正直に言えば魔法学院など時間の無駄だとルイズは思っているが、外面があるので辞める訳にもいかない。傲慢さとは強者のみが持てるアクセサリーであり、まだ自分は実力不足だと思っていた。 まだその日には遠いが、目標さえ達成できれば、ルイズは絶頂に辿り着ける筈なのだから。 大切な宝石箱を開けるのは、そのときまでの辛抱だった。 前ページ次ページDISCはゼロを駆り立てる
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1027.html
ダダンダダンダダンダダンダダダン ダダンダダンダダンダダンダダダン ダダンダダンダダンダダンダダダン ダダンダダンダダンダダンダダダン ダダンダダンダダンダダンダダダン ダダンダダンダダンダダンダダダンジャン 風の中の 『変な帽子みたいな使い魔』 トリステイン魔法学院、学院長室。 前日の『土くれ』のフーケ襲撃により、部屋の中教師たちは混乱を極めていた。 学院の名誉や責任という問題もあるが、なによりもフーケが盗み出した物が問題であった。 盗み出されたのは『破壊の杖』。それはパッと見『M72ロケットランチャー』のような外見で、 使い方こそ不明なものの、まるで『M72ロケットランチャー』をぶっ放したような爆発を起こす、 『M72ロケットランチャー』みたいな兵器である。 そのような物騒なマジックアイテムをまんまと盗まれたとなれば、 学院の存亡にもかかわる大スキャンダルである。 トリステイン魔法学院は今まさに破滅の危機にあった。 しかしそのとき、一つの朗報がミス・ロングビルによってもたらされた。 「Oh!GoodNews!フーケの居所がわかりました」 ロングビルの情報によればフーケは近くの森に潜伏しているらしいとのこと。 フーケに盗まれた物を学院自身で取り戻せれば、決して大きな問題にはならない。 早速フーケ討伐隊を結成しようとその場で志願者を募ったが、 その場にいた教師たちで志願したものはいなかった。 相手は巨大なゴーレムを操る凄腕のメイジ、下手すれば死ぬ恐れもあるし、 失敗すれば全ての責任を負うのだから、尻込みするのも致し方ないだろう。 しかしそんな空気を読まずに杖を掲げた者がいた! 「わたしがいきます!」 ご存じピラニアだ。じゃなくてルイズだった。 ルイズ+帽子、キュルケ、タバサの三人は前日のフーケ襲撃の目撃者としてこの部屋にいたのだ。 しかし生徒であるルイズにそんな危険な任務を任せるのを教師たちが反対する。 「オールド・オスマン!そんな変な帽子を使い魔にしているミス・ヴァリエールには無茶ですわ!」 「そのとおりですぞ!ミス・ヴァリエール、変な帽子といっしょにおとなしくしていたほうがいいですぞ!」 「魔法も満足に使えない上に変な帽子が使い魔なミス・ヴァリエールは引っ込んでいろ」 「帽子!」「帽子!」「帽子!」「帽子!」「帽子!」「帽子!」「帽子!」・・・ ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・ ひさびさの帽子コールに邪悪の化身ZEROになりそうなルイズだったが、 聖人的自制心でこれを乗り切るとこう言い返した。 「じゃあ先生方が行ってきてください」 そっぽを向いて口笛を吹き始める教師たち。駄目だこいつら。 そんなルイズを見てキュルケも杖を掲げた。 「ふん、変な帽子とヴァリエールには負けれませんわ」 (ツェルプストー、お前もか) ルイズはキュルケを睨んでそう思った。 キュルケが行くならとタバサも杖を掲げる。 「帽子」 (この学院にまともなヤツはいないのォォォッ!?) 結局、オールド・オスマンの許しを得て、 ルイズ、キュルケ、タバサと案内役のミス・ロングビル、 以上四名の『土くれ』のフーケ討伐隊が結成されたのだった。 ルイズは自分の部屋で討伐への準備をしていた。 といっても気合を入れるぐらいのことだったのであるが。 「私は天才私は天才私は天才私は天才私は天才私は天才私は天才私は天才・・・」 しかし気合を入れすぎても、プレッシャーになる。 「私はゼロ私はゼロ私はゼロ私はゼロ私はゼロ私はゼロ私はゼロ私はゼロ・・・ って誰がゼロよ――――ッ!!」 準備万端となったルイズはドアを開けた。 「先輩ッ!」 「・・・はぁ?」 ドアの前には、見知らぬメイドが立っていた。 ルイズにメイドから『先輩』と呼ばれる理由は思いつかない。 「あんた誰?」 「シエスタですッ!これ、お持ちくださいッ!」 そういってそのメイドはルイズに大きなガラス瓶を差し出した。 中には何故かレモンのハチミツ漬けがいっぱい入っている。 「頑張ってくださいね!フレー!フレー!先輩!ファイト!ファイト!先輩!」 そう言いながらシエスタというメイドはものすごい勢いで去っていった。 ルイズは呆然と、瓶を抱えてそれを見送った。 待ち合わせの場所に行くと、すでに他の三人が待っていた。 早速キュルケが遅れてきたルイズに文句を言ってきた。 「ちょっと!遅いじゃないのルイズ。なにしてたの?」 「いや・・・ちょっとね」 キュルケの非難に口を濁すルイズ。そしてキュルケはルイズの持っているものに気づいた。 「なにそれ?レモンのハチミツ漬け?あんたねぇ、ピクニックじゃないんだから・・・ ・・・ジュル・・・一つもらっていい?」 「え?・・・いいけど」 美味しそうにレモンを頬張るキュルケを見てルイズは思った。 (・・・毒は入ってないみたいね) ミス・ロングビルが御者をつとめ、四人と帽子を乗せた馬車が出発した。 シルフィードもやや離れて馬車についていく。 目指すは『土くれ』のフーケの隠れ家。 前人未踏の『土くれ』のフーケ討伐作戦。 生徒三名、秘書一名、風竜一頭、そして帽子一つ。 彼女達の挑戦が今始まった・・・ 第九話『プロジェクト「ゼロ」―挑戦者たち―』完ッ! へぇぇぇぇどらぁぁ~ぁあぁぃぃ、てぇぇぇぇらぁぁぁあい・・・ To Be Continued → 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2448.html
そうして『はじまり』はやり直された。 広場に数いた生徒たちの姿はなく、桃みがかった髪の少女を中心に、 褐色の肌の少女と青い髪の少女、そして眼鏡をかけた教師が見守るように立つのみ。 あの日よりも温かな風が木の葉を運んで吹き抜けていく。 彼女の前には火が焚かれ、それがパチパチと音を立てる。 ソリが黒く焦げて焼け落ち、彼女の日記と研究資料もただの灰へと変わる。 記録も思い出も等しく炎の中へと消え去っていく。 穏やかな風が灰を舞い上げて彼方へと運び去る。 「本当にもう大丈夫なの?」 心配そうに訊ねるキュルケにルイズは小さく頷いた。 答える彼女の瞳からは意志の力が感じ取れた。 余計な心配だったと安堵の溜息を漏らすキュルケの横で、 タバサは黙って事の成り行きを見守る。 彼女は知っている、人は大切な者を失う事で強くなるのだと。 悲しみを乗り越えた時、人はそれを糧にして成長する。 同類だからこそ分かる。彼女は完全に過去を払拭したわけではない。 今も燻るような炎が彼女の胸の内を焼いているのだろう。 だから見届けようと思う。それが彼女の運命に関わった自分の務めだと思うから。 「では、よろしいですね。ミス・ヴァリエール」 「はい。ミスタ・コルベール」 教師の指示を受けて、彼女は杖を天高く掲げた。 空をキャンバスに絵を描くように杖の先端を振るう。 かの時をなぞる様に紡がれる詠唱。 しかし、その仔細は微妙に異なっていた。 「宇宙の果てのどこかにいる私と運命を共にする者よ!」 従者としてではなく、共に肩を並べて苦難な道程を歩もう。 悲しい時は慰め、辛い時は肩を貸し、互いの背を預けて戦おう。 「誇り高き魂と、曇る事なき意志を、そして絶望に屈さぬ勇気を継ぐ使い魔よ!」 名前も残す事さえ許されなかった彼のルーンを、その想いと共に受け取って欲しい。 彼が遺したものを明日へと、そして未来へと伝えて欲しい。 それがいつの日か、誰かの希望として伝わっていくように。 「私は心より求めうったえるわ!」 そこまで告げてルイズの動きが止まった。 ここから先の言葉を紡ぐのを躊躇ったのだ。 言えば、それは彼との決別を意味する事になる。 前の使い魔との契約が終わり、新しい使い魔が呼び出される。 それは彼が死んだ時点でも決まっていた事だ。 だけど、彼女はその一歩が踏み出せずにいた。 まるで夢のような日々だった。 あの日、彼を召喚した時からずっと。 守ってあげると誓ったのも。 街でデルフと出会って、首輪を買ってあげたのも。 フーケのゴーレムを退治したのも。 モット伯との騒動だって。 姫様に頼まれてアルビオンに行った事も。 私が虚無の担い手だなんてことも。 そして、タルブでの戦いも。 ずっと、ずっと、夢だったんじゃないかって、そう思った。 本当の私はうたた寝の中にあって、明日の召喚が上手くいくかどうか、 ベッドの上で不安そうにしてるんじゃないかって。 誰かが夢だと言ってくれれば気が休まったかもしれない。 もし、そうなら彼もどこかで生きていてくれる、 私の存在も知らずに、楽しげに野原を駆け回っているだろう。 夢から醒めて、私は新しい一日を過ごせばいい。 でも、夢じゃない。夢で終わらせたくはない。 あの日々が幻なんかじゃない、かけがえのない宝だったから。 だから幕を引こう。他ならぬ私自身の手で。 「我が導きに答えなさい!」 それは出会いと別れの言葉。 一つの物語は終わり、そして少女は少年と出会った。 彼女の使い魔、『ゼロの使い魔』に―――。 「デルフ」 「何だ相棒?」 「俺は前の奴の事なんて、これっぽちも知らねえけど」 全てを聞き終えた才人は扉に背を預けながら、ずるずると腰を下ろした。 気力を使い果たしたかのように座り込んで呟く。 あまりにも違いすぎる。才人には彼のような力も覚悟もない。 背負った物があまりに大きすぎる、その現実に立ち上がる気力さえ失われていた。 何故、自分なのか、それを問いかけようにも神にまで声は届かない。 愚痴を零すように才人は続ける。 「……とんだ大馬鹿野郎だ。何にも報われねえじゃねえか。 何にも遺せなかった、そいつの一生に意味なんてあったのかよ」 「意味はあったさ。それもとびきりデカイやつがな」 デルフの意外な返答に、俯いた顔を起こす。 それに、まるで当然のようにデルフは告げた。 「相棒は、嬢ちゃんは命に代えても守り通した。 だから生きている。だからお前さんとも出会えた。 それ以外に何の意味が必要だって言うんだ、この大馬鹿野郎」 デルフの叱咤が部屋に強く響き渡る。 二人の巡り会いは運命だったのかもしれない。 だけど、それに繋がる未来を勝ち取ったのは彼だった。 今があるのは惰性なんかじゃない。 過去という時間を瞬間として生きて戦った者がいたから。 ここにあるのは誰かに守られてきたものなのだ。 処分しろと命じられた首輪を彼女が隠し通したように。 「やっと分かったような気がするぜ、相棒。 なんで今頃になって、その首輪が出てきたのかな」 視線を落とした先には擦り切れ褪せた首輪。 その感触を確かめながらデルフの言葉に耳を傾ける。 「それはバトンだ。前の相棒から今の相棒へ受け渡されたバトンだ」 寿命のないデルフは多くの生命を生まれ死んでいくのを見つめてきた。 彼の目を通して見た人の一生はゴールの見えない競争のようだと思った。 あっという間に駆け抜けていく者、ゆっくりと一歩ずつ踏み締めていく者、 倒れても立ち上がり、足を止めても再び歩き出し、自分の歩んだ道を振り返る。 善も悪もなく一人一人が、ただあるかどうかも判らないゴールへと向かう。 それは長命の種族から見れば儚く、また愚かしい行為に映るかもしれない。 しかし、デルフはそれを羨ましくも思う。 そう思うからこそ剣として彼らの人生に関わるのだ。 デルフは一度だけ前の相棒に生まれを聞いた事がある。 ここに来るまでの彼は生きていなかった。 生きる意味も知らずに、ただ心臓と脳が動いているだけの実験材料。 きっと嬉しかったに違いない。自分の人生が得られた歓喜に沸いたのだろう。 誰よりも早く走り続けてゴールを駆け抜けてしまった。 それできっと満足だった。 ただ、一人残されるルイズの事を不安に思ったんだろう。 だから袖を引っ張って相棒を連れてきた。 共に支えあいながら彼女と一緒に歩んでくれる奴を。 「お前さんに未来を託したい、そんな気持ちの表れなのかも知れねえな」 「……買いかぶりすぎだ。俺はそんな御大層な奴じゃない」 デルフの言葉に才人は謙遜ではなく本心で答えた。 彼の覚悟も勇気も力も引き継げるほど自分は強くないと。 だけど、と付け加えて首輪を力強く握り締めた。 「俺は絶対にルイズを一人にしない、それだけは誓える」 「ああ、きっとそれが聞きたかったんだよ、アイツはな」 この宣誓は前の相棒に届いただろうか。 いや、聞こえているはずだ。 だから安心してくれ。お前が選んだ奴に間違いはなかった。 そして俺も全てをかけてでも相棒を守る。 それがお前を死なせちまった、俺のせめてもの償いだ。 「いつまで掃除してるのよ! 早くしないとラ・ロシェール行きの馬車が出ちゃうわよ!」 ばんと景気よく開け放たれ、主人である少女が飛び込んでくる。 見渡せば掃除は途中で放棄され、デルフとお喋りしている使い魔一匹。 凄まじい剣幕で捲くし立てる彼女の言葉を背中で受け止めながら、 才人はそっと首輪をポケットにしまった。 しばらく、ここには戻っては来れない。 これからルイズと共にアルビオンに、戦場に赴くのだ。 だから一緒に戦場に連れて行こうと思った。 背中に蹴りを受けながら、平賀才人は雑巾の入ったバケツを手に立ち上がる。 「すぐに終わらせるから待ってろ」 「え? う、うん」 文句の1つも言わずに作業に戻る才人にルイズは違和感を覚えた。 もしかして、どこか頭を強く打ちつけてしまったのかとさえ思った。 手際よく掃除を始めた才人の背中を遠い景色のように見つめながら、 ふとルイズは思いついたように彼に訊ねた。 「……ねえ、アンタ、ひょっとして背伸びた?」 戻る 目次 進む
https://w.atwiki.jp/genkiracegame/pages/52.html
概要 本名 梶岡泰明 性別 男性 所属チーム 無し 初登場は2から。LOVERS、PRIZEを全部集めると箱根に出現する正体不明の走り屋。 ライバルのタイプは「トリッカー」。 峠の伝説から「グランドゼロ」として独立したライバルとして登場。フォーエバーナイツ撃破後、FAN1800人以上、PRIZE40以上で現れる。 プロフィール +街道バトル2 突如嵐の晩、閃光と共に現れた。彼のことについては何も解らない。 ただ「グランドゼロ」と呼ばれている事以外・・・・。 34のドライバー自体、見た事のある人がいないので本当に人間が運転をしているのかも謎である。 +KAIDO 峠の伝説 依然、正体は不明。解っている事は、嵐が続く晩のみ出現し、想像を絶するスピードで街道を駆け抜けていく。 最近、このグランドゼロの噂を聞きつけ、勝負を試みようとする走り屋が後を絶たないが、 グランドゼロは、望む相手と必ずしも勝負するとは限らない。 搭乗車種/登場作品 日産・SKYLINE GT-R V-SpecII(BNR34) (街道バトル2) RIVALCAR 000(日産・SKYLINE GT-R V-SpecII(BNR34)) (KAIDO 峠の伝説) 登場車種について 2作目ではライバル専用カスタムカーでなく、ノーマルのBNR34。ボディカラーはマジョーラ。車の外観から「孤高の女帝」と対を成している。 峠の伝説ではライバル専用カスタムカーとして登場。全体のボディカラーはつや消し黒/赤色/黄色。 R34の原型は留めてあるも、ヘッドライトはアイラインで緑色、テールランプは青色と独特なエアロを装着している。 ウイングはアクティブエアロシステムらしく、速度によって傾く模様。 更に内装をよく見てみるとセンターコックピットの一人乗りとなっている。 ナンバープレートはバーコードと、点字が特徴(解読出来る方がいたら追記お願いします)。 カッティングシートには何か文字が刻まれているが解読しづらい。 セリフ集 「・・・・」(街道バトル2/勝利後BBSでのコメント) 「俺とやるのか? その資格が貴様にあるというのか? それをここで証明するというのか?」(峠の伝説/バトル前) 「・・・・」(峠の伝説/勝利後の2回目以降のバトル前) 「この星にも、まだこんな走りをする者がいたとはな・・・」(峠の伝説/勝利後BBSでのコメント) 備考 ストーリーにどう関連しているのかおろか、どんな存在すら分かっておらず、謎に包まれた存在である。 峠の伝説のR34のカラーリング、フロントバンパー、マフラーから、車の元ネタは「サイコガンダム」と言われているが、ヘッドライトの色から「プロトタイプサイコガンダム」が最有力。また「ゼロ」という要素から「プロトガンダムMk2」という可能性も。 カッティングシートの大文字の「YK」は彼の名前のイニシャル。 更に細かく見ると「Kajioka Laboractory Japanese Proto Type Training Place」の文字が。「ムラサメ研究所」が元ネタだろうか?
https://w.atwiki.jp/flowershop/pages/67.html
誕生花の花束 L:誕生花の花束 = { t:名称 = 誕生花の花束(アイテム) t:要点 = 大きな,花束,祝う人 t:周辺環境 = 誕生日を迎える相手 t:評価 = なし t:特殊 = { *誕生花の花束のアイテムカテゴリ = 消費型アイテムとして扱う。 *誕生花の花束の効果1 = 贈る相手の誕生花で出来た花束とみなす。 *誕生花の花束の効果2 = 誕生日を迎える人にしか贈ることはできない。 *誕生花の花束の効果3 = 誕生日を祝う特別なイベントが発生する。 *誕生花の花束の効果4 = 1回使用した後は上記特殊のみが消滅し、花束自体は残る。 } t:→次のアイドレス = 来年も一緒に(絶技) } 価格 20マイル
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1628.html
悩み多き乙女、ルイズは思案に暮れていた。 窓の外を眺めながら、心ここにあらずという表情。 構ってもらえず彼は一人、棒を掴んだりかじって遊ぶ。 「よし、決めたわ!」 決意と共に彼女は立ち上がる。 先程までの憂鬱そうな顔とは打って変わり、実に活き活きとした感じが見て取れる。 突然の変化と大声に、思わず彼も棒を取り落とす。 彼女は出掛ける支度を整えると、棚から金貨が入った袋を取り出す。 親からの仕送りを溜め込んだ彼女の貯金である。 それをちゃりちゃりと数えると『これだけあれば十分』と一人頷く。 何をしているのか判らず、戸惑う彼にルイズは話しかける。 「ほら、何してるのよ。買い物に行くから付いてきなさい」 それは唐突な発言、もとい命令であった。 事の起こりは数日前の事。 その時はギトー先生が講師を務める授業が行われていた。 講義の内容は風属性の魔法についてのものだったが、それは次第にいかに風の属性が優れているかという自説に変わっていった。 他教師も自分の系統が最も有意義であると公言しており、対抗意識を持ってしまうのも仕方が無いがギトーはその際たる者だった。 そこで終わっていれば『いつもの授業』だっただろう。 だがギトーが『最強の属性とは何か?』というのに触れた時、キュルケの反発を招いた。 風の系統が応用が利くのは認めるが、最強は全てを燃やし尽くす火であると彼女は譲らない。 何よりも我を通す二人である、もはや言葉による解決は無いだろう。 「…判った。物覚えの悪い生徒には実際に体験してもらうのが早いようだな。 ミス・ツェルプストー、君の得意な火の魔法、私にぶつけてみたまえ」 キュルケの目が驚愕に開く。 いくら授業とは教師に魔術を放つなど普通は無い。 だが、ここまであからさまに挑発されて彼女が引ける筈が無い。 呪文を唱え、作り出したのは1メイルはある火球。 直撃すれば火傷程度では済まないだろう。 しかしギトーは動じる事なく杖を振る。 同時に巻き起こった突風にキュルケの炎が掻き消されていく。 しかも、それだけでは収まらずキュルケの体さえも吹き飛ばす。 「諸君、見たかね? 見ての通り、風は全てを薙ぎ払う事が出来る。 火も土も水も、風の前では立つ事さえ……」 得意満面にギトーがそこまで話した所で止まった。 講義を聞くべき生徒達が吹き飛ばされたキュルケの方を見ているのだ。 ギトーが見た感じでは大した怪我は負っていないし、それほど騒ぐ事ではない。 むしろ自分が無視されているかのようで彼は無性に腹が立った。 しかし、彼等が見ていたのはキュルケではない。 注目を浴びているのは、突風が吹いた際に吹き飛ばされた一匹の使い魔。 そのまま壁に叩きつけられ倒れた彼が身を起こす。 床に立てられる鋭い爪。低く上げられた唸り声。 そして敵意を剥き出しにした視線。 それは広場で行われた決闘を思い起こすのに十分だった。 生徒達の脳裏に過ぎる、かの使い魔の噂。 『その逆鱗に触れた瞬間、悪魔はその本性を現す』 あの決闘を目にした者、噂を聞いた者、誰もがその恐怖に怯えた。 触れてはならない不発弾、それが壁へと叩き付けられたのだ。 次に起きるのは衝撃による誘爆。 耐え切れなくなった生徒の一人が教室の外へと逃げ出す。 その行動が彼等の最後の理性を断ち切った。 我先にと教室から逃げ出す生徒達。 余所見を注意しようと席に向かったギトーが押し流されていく。 自慢の風の魔法など使う暇さえない。 「うるさいですぞ! 何の騒ぎですか!?」 教室の扉を開け、コルベールが怒鳴り込む。 だが、タイミングがあまりにも悪すぎた。 雪崩と化した生徒の群れにあっさりと飲み込まれ消えていく。 まさに台風一過。 服に幾つかの靴跡を残したまま、よろよろとコルベールが立ち上がる。 全く…貴族としての教育が…、と小言を述べながら頭に手をやる。 そして何かに気付いたのか、辺りを必死に探し回る。 視線の先には襤褸と成り果てた金髪のカツラ。 恐らくは安いものではないだろう。 それが誰にも見せる機会もなく失われたのだ。 「おおう…」 ハラハラと涙を零しながらそれを拾い頭に被せる。 だが、既にカツラとしての意味を失っているそれは、カツラとして扱われるのを拒むように床へと落ちる。 「滑りやすい」 教室に残っていた数名の生徒が爆笑に沸く。 普段無口なだけにタバサが言った一言は強力だった。 プルプル震えるコルベールの頭が茹蛸のように赤く染まる。 そして彼は、この騒動を巻き起こしたであろう張本人の名を呼ぶ。 「ええい、黙りなさい! ミス・ヴァリエール、話があるので付いて来なさい!」 なんで私が呼び出されなきゃいけないのよ。 ルイズが初めに思った事はそれだった。 ギトー先生の挑発に乗って魔法勝負を挑んだのはキュルケ。 コルベール先生の頭を皮肉ったのはタバサ。 なんで唯一、無関係な私が怒らなくちゃいけないのか。 実はその場にもう一人、薔薇を咥えたのもいたのだが彼女は覚えていない。 『今回の騒動は君の使い魔が周りを威嚇した事で起きたもので、使い魔の主である君は自分の使い魔をきちんと管理する義務がある』 先生の話は要約するとそんな内容だった。 「…でも先生、私の使い魔は犬ですよ?」 「でも、じゃありません。犬だろうと猫だろうと竜だろうと一緒です」 「……………」 なんか先生の話は飛躍しすぎてるというか。 竜ならまだしも犬が吼えたぐらいで、あそこまではならないと思うんだけど。 これも例の突拍子もない噂のせいだろうか。 それは『メイジ相手に勝った』だの『悪魔が取り付いてる』だのという根も葉もないデタラメの事だ。 決闘相手のメイジが酷く怯えていたように見えたけど、どうせ急に腕を噛まれて杖を取り落としたか何かしたのだろう。 それに尾ひれが付いて怪物騒ぎにまで発展している。 彼女はそう考えていた。 とはいえ放し飼いにしているのは事実。 使い魔は本来、主に絶対服従。 ところが私の犬は言う事聞かないし、そこら辺をウロウロしている。 学院ならまだしも、外に出た時の事を考えると悩みは尽きない。 少なくとも、この犬が自分の管理下にある事を証明する必要がある。 その為に必要な物といえば……。 トリステイン城下町、その大通りを一人と一匹が行く。 時代や場所が違えど人の活気に変わりはない。 通りに面した店や道端の露店から景気のいい声が響く。 あちこちから漂ってくる美味しそうな匂いに誘われ、きょろきょろと視線と顔を動かし忙しなく駆け回る。 向こうとこちら、二つの世界を合わせても、町に買い物に行くなど、彼にとってはこれが初めての体験だった。 いつもとは違う景色に気持ちを抑えきれず、はしゃぎ回る。 馬に乗れず仕方なく犬用の檻で運ばれていた不機嫌など既に吹き飛んでいた。 「こら。あんまりウロチョロしない。 人通りが激しいんだから…迷子になったらどうするのよ」 彼にそう注意して再び辺りを見回す。 ここら辺の地理に詳しくない訳ではないのだが、 いつもとは用向きが違う為に少しだけ迷っているのだ。 そのオロオロした様子に、彼も不安そうに彼女を見つめる。 ご主人様としてこれ以上情けない所は見せられない。 さらに焦る彼女の前にお目当ての看板が現れた。 花開くように綻ぶ笑顔。 やはり自分はやれば出来るのだ。 自信満々で振り返る。 「ほら。ちゃんと見つけられた…で…」 背後を見つめたまま、彼女が凍る。 そこには誰もいない。 探していた店は見つかった。 だが今度は肝心の彼の姿が見当たらなくなっていたのだ。 「はぁ…暇だな」 「ああ…暇だよな」 一人愚痴る武器屋の店主。 その言葉にどこからともなく響く声が返答する。 最近は土くれのフーケとかいうメイジの盗賊が貴族の屋敷に出没するってんで、下僕に武器を持たせる領主が増えるだろうと当て込んでの投資。 それが物の見事に大外れしたのだ。 確かに客は増えた。 それも何本もまとめて買っていく大口の顧客だ。 だが買っていくのはどれも切れ味の悪い安物ばかり。 どうせ下僕に持たせるのだから根の張る物は要らないらしい。 手元に残ったのは観賞用の物と、そこそこ値の張る品が多数。 それと…。 「これだけ在庫余ったら首括らなきゃいけなくなるなあ」 「…その時はテメエも道連れだデル公」 「へっ。俺のどこに首があるってんだ」 喧しいオンボロが一本。 売れて欲しかった物が全て売れ残っているという悪夢。 下手な欲をかくと碌な事にならない事を店主は身を以って知った。 いっそ、ここの商品を使って盗賊にでもなるかとまで追い詰められていた。 そんな時だった。 突然、デルフリンガーの軽口が止まったのは。 不意に訪れた沈黙。 張り詰めた空気が冷たくなっていくのを店主は感じた。 「…おい親父」 「なんだ? デル公」 「今すぐ強力な得物を用意しろ。間違っても客に出す紛い物じゃねえぞ」 「…随分と物騒な物言いだな。ドラゴンでも来るってのか?」 デルフに冗談を言いながらも手に掛けたのは大型のボウガン。 鎧だって貫通する殺傷力を秘めたそれに矢を番える。 心臓に喰らえば大型の獣だって一撃で仕留められるだろう。 店主は知っていた。 こいつとは長い付き合いだがデルフがこの手の冗談は言わない事を。 そして自分以上に長い時間を生きているコイツの勘は確かだと。 「いや下手したら、それ以上かも知れねえ……来るぞ!」 店主がボウガンを構える。 だが羽扉ごしに見える風景には怪物の影も形もない。 何かの勘違いか、そう安堵し弓を下ろした瞬間だった。 羽扉の下を何かが潜り抜けた。 それは店主も無視し乱雑に積み上げられた剣の束…否、デルフへと襲い掛かる。 「くっ…デル公ッ!」 再び照準を入り込んできた怪物に合わせる。 その怪物は器用な前足でデルフを掴むとその柄にがじがじと牙を突き立てた。 大きさは1メイルにも満たない。 ハッハッと息を荒げ、夢中で目の前の剣を弄ぶ。 「ぎゃー、止めてくれェー!」 「は……?」 怪物の姿を視認した親父から気の抜けた声が出た。 その正体、それは一般に犬と呼ばれる生き物だった。 「何だって犬がこんな所に…」 「…おでれーた」 「そりゃ、こっちの台詞だっての。さんざ脅かしやがって」 ボウガンを戻し、店主は再びパイプを咥える。 だがデルフリンガーが驚いた理由は別にあった。 この犬に触れた瞬間に感じ取った気配。 それが『使い手』の物だと理解できたのだ。 人間以外にも使い手となる者がいたという事実が彼を驚愕させた。 「見つけた!」 羽扉が開き、誰かが店の中へと飛び込む。 はあはあと息を切らせ、桃色の髪を振り乱しているが、その格好からメイジ、それも魔法学院に在籍する貴族の子弟だと窺えた。 キッと見つめる先には剣で遊ぶ犬が一匹。 この貴族の飼い犬か何かだろうか、それはともかく降って湧いた大チャンスに、武器屋の親父の眼がきらりと光る。 「失礼ですが、こちらの犬のご主人様で?」 「ええ、そうよ。私の使い魔よ」 「誠に申し訳無いんですが。実は見ての通り、売り物を一本ダメにされちまいまして…」 男の嫌らしい顔つきに、ルイズも呆れ果てる。 損害の賠償を求めている事は一目見て明らかだった。 剣の相場は知らないが、どうせ古びた剣だ。 大した額ではないだろう。 「…そう。で、幾らなの?」 「厄介払いって事で新金貨百枚で」 ルイズは溜息をついた。 金貨百枚といえば高い金額でもないが安くもない。 買い物にと持ってきた財布のほとんどを使う事になる。 それも私にも使い魔にも必要の無い剣の為にである。 だけど支払わなければ貴族の名誉に傷が付く。 全くとんだ買い物である。 「ああもう!」 叩き付けるように財布をカウンターに投げ捨てる。 そして剣を置き、しゅんとしているバカ犬へと振り返った。 怒鳴り声を上げようとした彼女をデルフが制する。 「まあまあ、そう怒りなさんな。 こいつ、“変な気配を感じたから、つい…”って謝ってるし」 「インテリジェンスソード? また変な物を…」 不意に会話が止まった。 今、この剣はなんと言った? 謝った? 誰が? この場でそれに該当するのは一匹しかしない。 困惑する彼女が一つの仮説に行き当たる。 「もしかして、こいつと話せるの?」 「おう。剣と使い手は一心同体だからよ」 意外な事実にルイズは目を白黒させる。 しかし、そう考えると金貨百枚はいい買い物だったのかもしれない。 今までは言葉が通じている感じはしたけど、向こうからは何を伝えたいのか判らなかった。 その翻訳をこの剣がしてくれるというなら利点は大きい。 「デルフリンガーだ。よろしくな、相棒」 「わん!」 何より本人も気に入ったみたいで、喜んで貰えるならいいや。 そう割り切って財布ごとお釣りと鞘を受け取り、彼女は店を後にした。 「痛ででででで…!! 相棒、もう少しお手柔らかに」 ずりずりと鞘に付いた帯を咥え、彼はデルフを引きずる。 デルフは剣の中でも大型に入る。 犬が背に負うのは少し厳しい。 だからこうして引っ張って運んでいるのだが、その度に段差にぶつかったりとデルフは散々な目に合っている。 「嬢ちゃん! 嬢ちゃんが運んでくれ、頼むからよ!」 「嫌よ。どうして使い魔の物を私が持たなきゃいけないのよ」 「そんな殺生な…! 相棒、鼻歌なんか歌ってないで…ギャアー!」 横を通り掛った馬車の車輪に潰され掛けたデルフが悲鳴を上げる。 それに構う事なく彼は跳ねるような足取りで歩む。 今日一日、彼は買い物を楽しんだ。 ご主人様から買って貰った物は二つ。 一つは咥えているデルフリンガー。 そしてもう一つは…。 「大体、アンタなんか買わなければもっと良いのが買えたのに」 「いいじゃねえか。相棒も気に入ったみたいなんだし」 「まあいいわ。今度来た時にまた新しいのを買えばいいんだから」 彼の首元で鮮やかに映える皮の首輪。 この首輪は“ルイズとの絆の証”と彼は受け取っていた。 だから、これがある限り、自分とルイズが離れる事は無い。 彼はそう信じていた…。 そして今。 彼の大事な宝物、それは二つとも才人の手の中に。 この場にいないのは『彼』だけだった…。