約 3,317,979 件
https://w.atwiki.jp/pyopyo/pages/16.html
日本人の英語 マンガで学べる!統計解析 チャロ2 6月 マンガでわかる統計学 因子分析編 マンガでわかる統計学 回帰分析編 マンガでわかる統計学 ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環 20周年記念版 村上春樹 1Q84 チャロ2 5月 チャロ2 4月 まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2725.html
Report.26 長門有希の報告 観測結果に対する所見を述べる。まず、以下に挿話を示す。 未来からの監視員、朝比奈みくる。 彼女には大変世話になった。多大な迷惑も掛けた。何かお礼をしたいと思った。どうすれば良いか、様々な検討を行う。 その時、わたしの記憶領域に、彼女がお茶を淹れる姿が映し出された。それは、いつもの風景。SOS団の日常。そして、それに見合う、あるものが『連想』された。 わたしは答えを見付けた。わたしはすぐに行動を開始した。 数日後。放課後の部室で、わたしはみくるに、部活後少し残ってほしい旨を書いた栞をそっと渡した。わたしが本を閉じると、それを合図に活動が終了した。着替えるみくるを残して、他の皆は帰途についた。 皆が退室した後、みくるは言った。 「長門さん……『アレ』ですか?」 わたしは首を横に振った。 「ちがう。」 そして彼女の瞳を見つめて言った。 「あなたには大変世話になった。また、多大な迷惑も掛けた。」 彼女は手を振りながら答えた。 「迷惑やなんてそんな。あたしは長門さんを放っとかれへんかっただけですよ?」 【迷惑だなんてそんな。あたしは長門さんを放っとけなかっただけですよ?】 「わたしはあなたに『感謝』している。そして、その気持ちを表したいと思った。」 彼女は少し面食らいながら言った。 「あ、あたしは……長門さんからそんな言葉を聞けただけで十分感動ものです……」 「わたしも、人間に倣って、心ばかりのお礼をしたいと思う。」 わたしは冷蔵庫から、あらかじめ入れておいた密閉容器を取り出した。彼女にそれを渡す。 「開けてみて。」 中には、半透明のゲルに包まれた、黒っぽい物体。 「これは……葛饅頭?」 「そう。」 それは『和菓子』と呼ばれる食品。 「そうした方が気持ちが伝わると思って、情報統合思念体の支援を受けず、また情報操作を一切行わずに、個体としてのわたしの能力だけで作った。」 彼女は目を大きく見開いて驚いた。 「それってつまり……正真正銘、長門さんの手作り……」 「そう。あなたがいつも淹れてくれるお茶に合うものをと考えた。」 彼女の目が潤みだした。 「余り上手くできていないかもしれない。でも、これがわたしにできる精一杯のお礼。」 「うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……めっちゃ嬉しいです……!」 【うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……すっごく嬉しいです……!】 彼女は感極まって泣き出してしまった。泣くほど喜んでもらえて、わたしもうれしい。 「あなたと一緒に、あなたの淹れてくれたお茶で、わたしが作ったお菓子を食べる。作りながらそんなことを想像して、名状し難い気持ちになった。」 「長門さはぁ――――ん!!」 彼女に思いっきり抱き締められた。 「……日持ちしないので、早めに食べることを推奨する。」 「えぐ……すん……は、はいっ! それじゃ飛びっきり美味しいお茶を淹れますね!」 彼女はいそいそとお茶を入れる準備を始めた。程なくして、部室に甘い緑茶の香りが漂う。 盛り付けはよく分からない。人間の美的感覚は、まだよく分からないから。 「こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からへんし。」 【こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からないし。】 このような和菓子に分類されるお菓子は、『黒文字』という道具を使って食べるものらしいので、それも持参した。 人間の味覚についてはまだ把握し切れていないが、彼女は満足してくれた模様。幸せそうに微笑む彼女。多分、成功。 「お菓子って、ほんまに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んどぉ。」 【お菓子って、ほんとに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んでる。】 それは多分、幸せそうにお菓子を食べるあなたの顔を見ていたから。わたしも釣られて『幸せな気分』になったものと推測される。 わたしは、この行為を選択して良かったと思う。今度は別のお菓子にも挑戦してみたい。 そして今度は……涼宮ハルヒ達も一緒に、SOS団全員で食べたい。わたしの大好きな、『仲間達』と一緒に。 仲間外れは、寂しいから。 一人で食べるより、皆で食べた方が美味しいから。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス、パーソナルネーム長門有希は今、人間の感情を一つ理解した。 この感情を、人間は『愛』と呼ぶのかもしれない。 時に、愛ゆえに、ヒトは苦しまねばならない。 時に、愛ゆえに、ヒトは悲しまねばならない。 そして、その苦しみに、その悲しみに、ヒトは迷い、ヒトは嘆く。 それは情報生命体である情報統合思念体から見れば、理解できない概念だった。そんなに悲しいのなら、そんなに苦しいのなら、『愛』など不要だとしか思えなかったから。 しかし、それは違っていた。 有機生命体であるヒトには、避けられないものがある。それは『生老病死』という言葉に代表される。 ヒトは生まれ、老いてゆく。時には病に伏すこともある。そして誰にでも平等に、死が訪れる。 その限られた時間の中で、ヒトは成長し、繁殖しようとする。また単体では無力でも、団結し、支え合い、助け合うことで、大きな力を発揮する。そしてまた、時には情報伝達の齟齬等により、対立し、破壊し合い、殺し合う事さえある。 それらの相反する要素、矛盾を内包しながら、ヒトは生きてゆく。 わたしはそこに、自律進化の一端を垣間見た。 ヒトの行動には、矛盾が多い。そしてその矛盾は、余り問題視されない。情報統合思念体には、このように矛盾が解決されないまま、清濁併せ呑んでも問題が発生しないという現象は理解し難い。 これは、次のような仕組みになっていた。 すなわち、矛盾をそのまま、とりあえず『あるがまま』に受け入れる。しかし、矛盾は何も問題を発生させないわけではないので、ヒトは苦悩する。そして、矛盾……問題の解決のために、ヒトは『創意工夫』する。 情報統合思念体の流儀なら、矛盾そのものを消去すれば良い。しかし、ヒトの場合はそうは行かない。矛盾が発生したままで、問題だけを発生させないようにしなければならないこともある。そしてその矛盾が更なる矛盾を生み、それらをそのままで、とりあえず機能だけは保つようにすることもある。 このような、情報統合思念体にとっては何の解決にもなっていないような方策でも、ヒトはそれを良しとする。問題の『真の解決』を、後の世代に託して。 これを単なる問題の『先送り』と見做す向きもあり、また、実際そうである場合もある。しかし、単なる先送りに止めず、そこに何らかの工夫の跡、付加価値を付けた場合、それは問題の『改善』として、評価される。『改善』を積み重ねていけば、いずれ問題は『解決』されるから。 そして、そのように問題の『改善』に携わることで、ヒトは大きく成長する。成長したヒトは、また別の問題に対して、更なる改善を加え、成長し、それが繰り返される。このようにして、ヒトは進化してきた。 ここで重要なことは、矛盾を取り合えず受け入れながらも、決してそれをそのままにしようとしないこと。必ず何らかの工夫をする。少しでも問題の解決に近付けようと、努力する。 その努力は、必ず成功するとは限らない。全く無意味であったり、逆効果であったりする。それでもヒトは、努力を止めようとはしない。 失敗をそのままにしたり、そこで何の考察もなく努力を放棄する者は、評価されない。しかし、失敗を糧に新たな工夫をする者、何らかの考察を加えて努力を終了する者は、その過程に対して評価される。 情報統合思念体には、このような概念がない。結果がすべてであり、またそもそも『失敗』もないので『工夫』もない。する必要がないから。そのようにして情報統合思念体は進化してきた。その歴史は、常に『成功』の歴史だった。 しかし、実はその『成功』の連続にこそ、大きな『失敗』の原因が存在していたのではないかと思われる。情報統合思念体には、『失敗』の経験がないので、当然に『工夫』し『克服』したという経験もない。それが、現在の進化の閉塞状況を打開できない原因であると思われる。 進化が行き詰ることは、『大きな失敗』。このような『大きな失敗』を『工夫』して『克服』することは、『小さな失敗』を何一つ経験してこなかった情報統合思念体にとっては、極めて荷が重い。『小さな失敗』を一つ一つ『克服』することで、再発防止を図り、もって『大きな失敗』を未然に防ぐべきだった。 ヒトには『急がば回れ』という格言がある。 『急いでいる時に危険な近道を通ろうとすると、その近道が通行不能になっていたら元の道にまた戻る必要があったり、急いでいるせいで注意力散漫になって転んで怪我をして、歩く速度が遅くなるか歩けなくなったりして、急いでいない時より余計に時間が掛かってしまうことがあるので、安全な回り道を通行することを検討する』ことを意味し、転じて、『急いでいる時ほど、遠回りに思えるような安全な方法を選択した方が、結果的に早く結果が得られる』という意味で用いられる。 これを現在の状況に適用すると、何か不具合がある度に、その都度立ち止まって問題を一つ一つ検討し、工夫する。そうすることで問題を解決に導き、将来の大問題の発生を防ぎ、また大問題が発生した時の対応能力を養うこと。それが、結果的に『大きな失敗』を防ぎ、またたとえ『大きな失敗』を犯しても、適切に対処することができるようになっていたということになる。 だが、それも結果論。今更言っても仕方がないこと。これを教訓として、今後の対策を考えなければならない。 そこで、まずは小さな失敗とその克服を経験する必要があると認められる。いきなり『進化の停滞』という大きな問題ではなくて、もっと小さな、瑣末と思えるような問題から取り組む必要がある。そこから少しずつ、段階的に大きな問題へと進むことが望ましい。小さな『改善』を積み重ね、やがて大きな問題の『解決』に至るという、ヒトと同じ道程を辿る必要がある。 ここで忘れてはならないことは、その道程において、決して自らが優れているとは考えないということ。解決できる、また解決すべき問題の規模に差こそあれ、それを改善し、解決していく行為そのものにとっては、その様な差異は問題ではない。 繰り返しになるが、その様な道程を辿り続けて、ヒトは進化してきた。つまり、ヒトは今までずっとそのようなことをしてきた。この行為においては、ヒトの方が『先輩』にあたる。対して、情報統合思念体は、その行為においては『素人』。全くの『初心者』となる。自らの能力及び扱える情報に限界があることを知り、これまでの『成功』……『昔日の栄光』に囚われることなく、事に当たらなければならない。 もしその作業に失敗するようなことがあれば……情報統合思念体は、その程度の存在でしかなかったと言わざるを得ない。そして同時に、そのような存在に作られたわたしもまた、それ相応の存在でしかなかったということになる。 そのような事態は極めて遺憾であり、そうさせないために、わたし達が作られたものと理解している。 したがって本報告は、単に補助資料としての、『人間』涼宮ハルヒの観測記録に止まらない。本報告から、『進化の道』を導き出せることを願って止まない。 検討の材料は揃っている。 例えば、わたしが暴走し、涼宮ハルヒの能力を盗み出して、情報統合思念体を消滅させて世界を改変した事件について。 なぜわたしが『暴走』に至ったのか。どうすれば暴走しないで済んだのか。当事者であるわたしは、既にある程度考察は進んでいる。 また、例えばなぜ朝倉涼子は、わざわざ『自殺』という形を選んだのか。そのまま有機情報連結を解除されても、『死んで』から有機情報連結を解除されても、結果は変わらないのに。 もちろんこれは、今となっては『情報統合思念体の管轄から外れるため』であると言える。しかし、それならなぜ彼女は、情報統合思念体の管轄から外れる必要があったのか。 そしてまた、例えばなぜ喜緑江美里は、朝倉涼子の行動に協力しているのか。情報統合思念体にとって極めて優秀な端末でありながら、なぜその意に反するような行動をする朝倉涼子に協力しているのか。 それらを創造主である情報統合思念体自身に、よく考えてほしいと思う。自らが作り出したものについてさえよく理解できないようならば、もはや自分達に未来はないものと思って、真剣に考えてほしい。 なお、理解の助けとして自ら『肉体を纏った状態』を体験することは、非常に有効であると思われる。本報告は、肉体を持ったわたしを通じて観測した『世界』の姿が記録されている。しかし、『伝聞』として伝わる情報と、直接『実感』する情報は違う。 『百聞は一見に如かず』 この格言を情報統合思念体に贈る。自らの実体験に勝る情報はない。 以上をもって、本報告の所見とする。 ←Report.25|目次|Appendix→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1215.html
Report.12 長門有希の憂鬱 その1 ~長門有希の消失~ 「うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったん違(ちゃ)う!?」 【うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったんじゃない!?】 「わひいぃぃ!?」 涼宮ハルヒが朝比奈みくるの胸を揉む。みくるはいつもなら嫌がるが、今日は余り嫌がっていない。 「はふぅ……涼宮さん、ほんまに胸揉むん好きですね……しかも妙に上手いし……」 【はふぅ……涼宮さん、ほんとに胸揉むの好きですね……しかも妙に上手いし……】 頬を上気させて、荒い息をしながらみくるは言った。 「いや~、みくるちゃんの胸はほんまに揉み応えがあって癖になるわ。」 【いや~、みくるちゃんの胸はほんとに揉み応えがあって癖になるわ。】 ようやくみくるを解放したハルヒは、一仕事終えたかのような表情で言った。 「うふ。じゃあ、こういうのはどうですか?」 そう言うとみくるは、ハルヒの頭を抱きかかえた。 「むー、むー……この程よい窒息感、イイ……」 ややくぐもった声で、ハルヒが答える。 「更にはこんなこととか。」 みくるはハルヒの後ろに回ると、彼女の頭に胸を乗せた。 「おおお、この重量感! 信じられへん……」 【おおお、この重量感! 信じられない……】 「ふふふ。涼宮さんて、ほんま胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?」 【ふふふ。涼宮さんて、ほんと胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?】 「いやいやいや、決してそういうわけ違(ちゃ)うんよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要やねん!」 【いやいやいや、決してそういうわけじゃないのよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要なの!】 「ふぁ……それって、『あたし』の胸やから、ってことですか!?」 【ふぁ……それって、『あたし』の胸だから、ってことですか!?】 ハルヒはみくるに向き直って言った。 「ファイナルアンサー?」 「ふぇ!? フ、ファイナルアンサー……」 ハルヒは眉をしかめながら、長い溜めに入った。 「……正解!」 ハルヒはみくるの胸を、前からパン生地をこねるように弄んだ。 「それじゃご褒美! うりゃうりゃうりゃうりゃ……」 「あっ、あっ、あっ、あっ……」 「……けだもの。」 その時、平坦で冷静な声が二人に浴びせ掛けられる。わたしはとっくに部室に入っていた。いちゃついていた二人の動きが止まる。顔が引き攣っている。わたしはそれ以上何も言わず、いつもの席に着くと、本を読み始めた。今日は『新明解国語辞典』。この辞書は、解説がユニーク。 『…………』 三人分の三点リーダが部室を支配する。 「こほん!」 ハルヒはぎこちなくみくるの胸から手を離すと、わざとらしく咳払いを一つした。 「あー、みくるちゃん! お茶お替りお願いっ!」 「は、はい!? ただいま!」 みくるは、服の乱れを直すのもそこそこに、慌ててお茶の用意をする。 「は、はい涼宮さん!」 「あ、ありがと!」 お茶を机に置くみくる。ハルヒの声は微妙に、みくるの声は明らかに、上ずっている。 「は、はい長門さん!」 わたしのそばにお茶が用意される。普段ならわたしは、少しだけ視線を上げて謝意を表明するが、この時は何もしなかった。したくなかったから。 先ほど、わたしは思わず声を掛けた。普段なら、何も言わず観測に徹していたはずなのに。なぜか、声を掛けずにはいられなかった。 人間の感情に例えると、それは『面白くない』というものだった。 わたしの好きな人同士が、乳繰り合っている光景。それが面白くなかった。なぜ? 答えは簡単に出た。理由は一つ。そこにわたしがいないから。わたしは『嫉妬』していた。 やがて『彼』と古泉一樹が部室に姿を現し、いつものように活動が始まった。しかし、完全に普段通りとはいかなかった。 ハルヒとみくるは、しきりに視線を交わしては、慌てて視線をそらしている。その度にわたしからは、『彼』の表現を借りれば『透明オーラ』が立ち上るような気がした。微妙に張り詰めた空気を察知して、男子二人も気が気ではない様子だった。 何となく気まずい空気に包まれながらの活動も終了し、皆は帰途につく。 わたしは、部室の整理をすると言って部室に残っていた。確かめたいことがあったから。 『団長』と書かれた三角錐が置かれた、ハルヒの席。そのそばに、丸めた紙くずが落ちていた。わたしは活動中から何となく気になっていたその紙くずを開いてみる。そしてわたしは硬直した。 『キョン……あたしの有希を取らないでよ!!』 人間に例えると、『頭が真っ白になった』という状態。わたしの情報処理機能が停止していた。 「有希……?」 その時ハルヒが入ってきた。声を掛けてくるまで気付かなかったとは。以前のわたしなら考えられない出来事。 「何見てんの……!? そ、それは!?」 わたしは未だに動けないでいる。 「な、何を……何を見てんの!!」 叫んで猛然とわたしに向かってくる彼女。ものすごい勢いでわたしから紙を奪い取る。 「何よ何よ何よ何よ!! 何(なん)で見てんの!!」 「あ……」 わたしは声すらもまともに出せない。 「わ、わたしは……不要なら捨てようと思って……大事なものでないか確認しようと……」 「うるさいっ!!」 彼女に突き飛ばされる。わたしはまともに本棚に叩き付けられた。何冊か本が落ちてくる。 「何(なん)で人の、プライバシーを覗いとぉ!」 【何(なん)で人の、プライバシーを覗いてんのよ!】 「違う……わたしはただ……」 その時、額に何か液体が垂れてきた。血。見る見る青ざめていく彼女の顔。『やってしまった』という表情。 「……信じて。」 「あ、あたしは悪くないんやからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんやから!!」 【あ、あたしは悪くないんだからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんだから!!】 彼女はそっぽを向いて……わたしが血を流している姿を見ないようにしながら言った。 「き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときや!」 【き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときなさいよ!】 そう言い捨てると彼女は、バツが悪そうに足早に立ち去った。彼女を怒らせてしまった。不手際。だが……なぜあの時わたしは、まともに行動できなかったのだろう。 彼女があれほど激昂したのは、この紙片が原因であることは間違いない。彼女が立ち去ってから、改めてその紙片を観察する。 そして、その紙片が落ちていた辺りに、他にも幾つか同じように丸めて捨ててある紙片を見付けた。今度は彼女がこの部室に近付いていないことを確認してから、他の紙片も確認する。 それには、『キョン』――『彼』や、わたし、みくる、一樹への、屈折した思いの丈が書き殴られていた。 思い当たることがある。 最近彼女は、Webサイトを閲覧しながら、時々紙に何かを書き付けていた。最初は、何か気に入った情報をメモしているように思われたが、それにしては様子がおかしかった。それを書いているときの彼女は、非常に不機嫌だった。その時に書いていたのが、これらの紙片だろう。こうすることで、彼女は自分のイライラを静めていたということか。 人間には、心の中に、他人には知られたくない、『触れられたくない』と考える情報が存在する。他人へ寄せる好意、悪意等も、そのような情報である場合が多い。ハルヒもそうなのだろう。そんな彼女の……最も他人に触れられたくない領域を、わたしは侵してしまったことになる。 「……うかつ。」 この不手際、どう埋め合わせをするか。重大な懸案事項を抱えてしまった。しかし、事はこれだけでは済まなかった。もっと重大な事態が発生したから。 その夜、小規模ながら、情報フレアが観測された。発生源は涼宮ハルヒ。今回は以前と違って、ごく限定的な範囲に圧縮した情報の奔流が見られた。以前は、ほぼ無秩序に世界を書き換えてしまう形での、文字通り『爆発』であった。 しかし今回は違う。限定的・選択的に情報を書き換えるという、高度に制御された情報操作。力の主は、力の使い方を無意識的にでも、『肌で感じている』のかもしれない。 わたしが部屋で一人、夜を過ごしている時のことだった。わたしは、彼女を怒らせてしまった不手際をどう埋め合わせするか検討していた。 そんな時、突如、わたしの肉体、ヒューマノイド・インターフェイスとしての有機情報連結体が、その形状を保てなくなった。瞬く間に、煌めく砂のような粒子になって崩れていくわたしの身体。それはいつかの、朝倉涼子の姿と同じだった。 わたしは、為す術もなく、空気に溶けていくわたしの身体を見ているしかなかった。……朝倉涼子は、どんな気持ちで、この光景を、自分の身体が崩れていく様子を見ていたのだろうか。 今回引き起こされた現象は、わたし――『長門有希』の消失。 『長門有希』は、消失した。個体としての特異性を失い、無個性な情報生命体として、涼宮ハルヒとその周辺に『漂って』いた。彼女達に働きかける手段を持たない、ただ観測するだけの存在。 情報統合思念体は、個体・長門有希の復元を試みたが、それは徒労に終わった。大きな力――涼宮ハルヒの意思が介在した。 『有希に会いたくない。』 その思いが、長門有希の再生を許可しなかった。 情報統合思念体は、長門有希が消失した現状を維持しながら、観測を継続することにした。長門有希の不在については、人間の意識に無理なく理解される形に情報が操作された。観測そのものは、他の端末や肉体を失った長門有希を通してでも可能。 しかし、涼宮ハルヒの中で、長門有希という個体に関する情報は、既に大きな領域を占有していた。よって、このまま長門有希を廃棄する事はできない。どのような影響があるか予測不可能。したがって、代替インターフェイスを配置する必要があると認められた。 この時点で、涼宮ハルヒはある人物を思い出していた。それは、『朝倉涼子』。 朝倉涼子は、元々は長門有希のバックアップとして、涼宮ハルヒと同じクラスに配置されたインターフェイス。しかし、異常動作による独断専行により、重要観測対象である通称『キョン』を殺害しようとした。そしてそれを阻むために行動した長門有希により、有機情報連結を解除されていた。 朝倉涼子の、インターフェイスとしての性能は、長門有希と遜色ない。そして、涼宮ハルヒの近くに配置しても問題が少ないという、数少ないインターフェイスでもある。 長門有希の再構成は未だ不可能。情報統合思念体は決定した。 長門有希の『バックアップ』、朝倉涼子を再構成し、長門有希の任務を代行させる。つまり、『バックアップ』としての役割を果たさせる。 ――再構成、パーソナルネーム朝倉涼子 ――辞令、長門有希任務代行 朝倉涼子 朝倉涼子が帰ってきた。涼宮ハルヒを観測する任務を帯びて。 「謹慎がようやく解けたと思ったら、ただの仮出所か……」 朝倉涼子の任務は、あくまで『長門有希任務代行』。長門有希が元に戻れば、涼子の任務は終了する。 「所詮わたしはバックアップかあ。長門さんが元に戻ったら、すぐにわたしは消えてしまうのよね。」 涼子は、情報統合思念体の自分に対する扱いに、やや不満を抱いていた。 「そういえば、前も再構成されて、結局同じことをして、また消されたっけ……扱い悪いなあ。」 復元された場所は、今はもぬけの殻となった、708号室。長門有希の部屋の中。 涼子は鏡を見る。自分が明らかに不満そうな表情を浮かべていることを視認する。彼女は両頬を軽く手で叩いた。 「ま、一端末があれこれ言っても仕方ないか。仕事仕事!」 すぐに表情を笑顔にする。彼女は優秀だった。 「涼宮さんに、長門さんにまた会いたいって思わせる必要があるわ。やっぱり、学校行くのが一番有効かな。」 久しぶりに元・1年5組の人たちにも会いたいしね、と涼子は準備に取り掛かる。情報操作。 「時間の流れを無視した記憶改変は危険、というのが、長門さんの暴走で得られた教訓。」 操作の範囲が広がる分、記憶の整合性に注意しつつ十分な時間範囲に改変を行うことは、極めて煩雑。しかも、そこまで行っても、涼宮ハルヒと彼女に近い人間には、違和感に気付かれる恐れがある。 涼子は最小限の改変で済むよう、注意深く改変箇所を選定した。 「……操作完了。やっぱりこうするのが一番合理的かな。……キョンくんは、わたしのことは信用してくれないだろうけど……」 『自業自得』と呼ぶには、彼女にも酌むべきところはある。彼女は任務に忠実だった。しかし事情は、殺害されかけたキョンにとっても同じであることを、彼女は理解していた。それはこれまでの観測による、人間心理の考察によるところも大きい。 彼女は優秀だった。 朝倉涼子は私服で北高に登校した。彼女は、転校先のカナダから一時帰国したことになっている。既に北高に籍はないので、授業には参加しない。本来なら校内への立ち入りも難しい。しかし、元・北高生で、急な転校であったこともあって、特例として校内への立ち入りと、一部授業の見学を許可された。 彼女は涼宮ハルヒとキョンがいるクラスの授業を中心に見学した。そのクラスは、元・1年5組の生徒が多かったこともあって、朝のHRから登場し、挨拶を行った。 「えー、今日はみんなに紹介する人がおる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もおるかもしれん。」 【えー、今日はみんなに紹介する人がいる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もいるかもしれん。】 そう言うと担任の岡部教諭は、廊下にいる人物に、教室への入室を促した。教室に彼女が入ってくる。 「おはようございます。初めての人は、はじめまして。覚えている人は、お久しぶり。去年、1年5組にいた、朝倉涼子です。父の仕事の都合で、カナダに転校しました。親族での用事なんかがあって、今は日本に一時帰国してます。それで、せっかくなので、北高に来させてもらいました。短い間ですが、よろしくお願いします。」 教室にどよめきが起こった。ハルヒは目を輝かせ、対照的にキョンは真っ青な顔をした。涼子は、彼らへの対応を最優先させる必要があった。 なお余談であるが、『見学』ではあるものの、設定上『英語』という言語を使用するカナダという国へ転校したことになっているので、英語の授業では、例文の朗読係として重宝された。 「うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音やな。完璧や。というか、正直、教師を超えてるな……」 【うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音だな。完璧だ。というか、正直、教師を超えてるな……】 「いえいえ、まだ一年ほどですから、そんなには……」 挨拶を行ったHR後、早速元・1年5組の女子に囲まれ、質問攻めに遭う涼子。その輪の中にいながら、彼女の接近を認めると、涼子は視線を彼女に向ける。 「久しぶりやね、朝倉。」 【久しぶりね、朝倉。】 「お久しぶり、涼宮さん。」 周りを囲んでいた女子達も、彼女達の会話に注目している。 「急に転校して、あの時はびっくりしたで。あの日すぐにあんたのマンション行ってみたんやけど、もう荷物とか何もなかったわ。えらい引っ越しの手際がええなー思(おも)てた。」 【急に転校して、あの時はびっくりしたわ。あの日すぐにあんたのマンションに行ってみたんだけど、もう荷物とか何もなかったわ。やけに引っ越しの手際が良いなーって思ってた。】 涼子は答える。 「詳しいことはよぉ知らへんけど、会社の方で何もかも手配済みやったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりやったわ。おかげでろくに挨拶もできひんで。みんなごめんな?」 【詳しいことはよく知らないけど、会社の方で何もかも手配済みだったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりだったわ。おかげでろくに挨拶もできなくて。みんなごめんね?】 涼子は周囲の女子達を見回しながら謝罪する。予鈴が鳴ると、涼子は職員室へ向かった。 校長室で校長への挨拶等をしたり、職員室の応接室で教師達と談笑したりするうちに、昼休みとなる。そろそろ昼食を、と思うと同時に、応接室の扉が勢い良く開いた。 「朝倉ー! 一緒にごはん食べよー!!」 涼宮ハルヒはやっぱり涼宮ハルヒだった。後ろには、ネクタイを掴まれて引きずり回されたであろうキョンの姿もあった。 彼女達は外のベンチに陣取った。キョンは弁当、ハルヒと涼子は学食から持ち出してきた。 「ここの学食の料理を食べるのも久しぶりやわあ。」 【ここの学食の料理を食べるのも久しぶりだわ。】 涼子はしみじみと感想を述べる。ハルヒが答えた。 「残念ながら、全然味は美味しくなってへんけどね。」 【残念ながら、全然味は美味しくなってないけどね。】 涼子は、にこにこしながら言った。 「それにしても、涼宮さん。しばらく見いひん間に、結構変わったね。」 【それにしても、涼宮さん。しばらく見ない間に、結構変わったわね。】 「何が?」 きょとんとした顔で、ハルヒは答える。 「クラスの人とも打ち解けてるみたいやし、何より、表情が変わったわ。」 【クラスの人とも打ち解けてるみたいだし、何より、表情が変わったわ。】 「そうかな? よぉ分からへんけど。」 【そうかな? よく分かんないけど。】 「変わった変わった。前はすごかったんやで? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気やってんから。『SOS団』、やったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいんかな?」 【変わった変わった。前はすごかったのよ? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気だったんだから。『SOS団』、だったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいのかな?】 「まあ、楽しくない言(ゆ)うたら嘘になるかな。」 【まあ、楽しくないって言ったら嘘になるかな。】 ハルヒは、学食から運んできた日替わり定食の唐揚げを食べながら答えた。 「ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいねん。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。」 【ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいのよ。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。】 それは間違いなく、涼子が原因。過去二回も、『彼』は涼子に殺害されかけている。そんな相手が目の前に現れたら、平静ではいられないだろう。 「何(なん)か心当たりある?」 「うーん、しばらくぶりに帰国した早々言われても……」 涼子は、困った顔をして答えた。もちろん理由については大いに心当たりがあるが、それを口にするわけにはいかない。 「あんたが転校する前に、キョンと何かあったとか?」 「えー、それはないと思うな。」 涼子はそう答えながらも、複雑な表情をしていることに、ハルヒは気付いていた。だが、その理由をこの場で問いただすことは何となく憚られたので、その点については触れないでおいた。 キョンは終始、憔悴しきった顔で無言を貫いていた。『彼』にはきちんと説明しなければならない。涼子はそう痛感した。『彼』の協力を得られなければ、任務は達成できない。 だが彼女が単独で、『彼』に接触して冷静に話を聞いてもらうことは、不可能に近い。『彼』にとって『朝倉涼子』は、完全に精神的外傷となっていた。 それに、ハルヒの周辺にいるのは、『彼』だけではない。朝比奈みくる、古泉一樹。未来人と超能力者の勢力からそれぞれ派遣された人員。彼らにも協力を要請する必要がある。 そのためには、まず派閥が違うとは言え、同類である宇宙人の勢力で話をつけておく必要がある。涼子は、別の派閥に属する対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスに通信を試みる。 『派閥が違うのは重々承知の上で、お願いするわ。喜緑江美里。協力を要請します。』 『このままでは、うちの派閥にとっても、ひいては情報統合思念体にとってもまずいことになりそうなので、わたしもできる限り協力しますよ。』 『感謝します。』 宇宙人勢力の協力は取り付けた。次は人間勢の協力が必要。 だが、三人同時にハルヒから離すことは危険。ただでさえ彼女は今、『朝倉涼子』の登場で興奮状態にある。そして『長門有希』は今、そばにはいない。どんな反応をするか、正確に特定できない。 (これまでの観測データによると……古泉くんの協力が得られれば、根回しが自然にできる……ふむ。) まずは古泉一樹と朝比奈みくる。二大勢力の協力を取り付けよう。そう考えながら涼子は、素うどんを食べ終えた。午後は忙しくなる。適当に授業の見学名目でハルヒを観測しつつ、江美里と打ち合わせを行わなければならない。 ←Report.11|目次|Report.13→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1251.html
Report.15 長門有希の憂鬱 その4 ~過激派端末の強襲~ 部室での会話の後、なし崩しに涼宮ハルヒと朝倉涼子は、一緒に帰ることになった。 「何であんたと一緒に帰らなあかんのよ……」 【何であんたと一緒に帰らなきゃならないのよ……】 「まあまあ。たまにはええやん。」 【まあまあ。たまには良いじゃない。】 ふてくされたようなハルヒと対照的に、涼子は上機嫌に見えた。 涼子は、見かけ上、喜怒哀楽がはっきり現れるように設定されている。その点では長門有希と対照的。しかしその内実は、あくまで基礎的な人間の観測データに基づき計算された、『恐らくこのようなものだろう』というモデルを基に構築されたものに過ぎなかった。過ぎなかったが。 二度の『死亡』と『復活』を経て、今や涼子は人間に存在する『感情』に限りなく近いものを獲得した。その『感情』が、涼子を上機嫌な表情にさせていた。涼子の誘導は成功した。ハルヒは、有希に会いたいと思っている。今や、有希に対する負の感情は、わずかばかりの気まずさと罪悪感を残すばかりとなっていた。 ハルヒと涼子二人の帰り道。二人は他愛のない話に裏話を追加した、意外とためになる話をしていた。 どこか寄り道でもしようか、と話していた時、急に空の色が変わった。そして同時に、涼子にある異変が起こった。情報統合思念体に接続できない。そして襲い掛かる高負荷。 (っ……!? 何、これ!?) 彼女の五感が、次々に感度を落としていく。そして緩やかに拘束される身体能力。 (普通の人間と同じくらいしか能力が無くなってる……っ!) ハルヒも異変に気付いた。 「ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もせえへんようになって……」 【ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もしなくなって……】 灰色に塗り潰されたような世界。まるでハルヒが生み出す閉鎖空間のよう。生命の気配が感じられないことも同じ。しかし、決定的に違っていることがあった。そこに『神人』の気配はない。この空間の発生は、ハルヒの能力によるものではない。 (これは……空間封鎖!?) 空間封鎖は、涼子達、情報統合思念体の勢力が得意とする手段。広く言えば、情報統合思念体と起源を異にする広域帯宇宙存在も空間封鎖を行うが、彼らの手法は術式が違う。 今のこの空間封鎖は、光学的には偽装しているが、紛れもなく涼子が良く知る勢力の手法だった。 (そんな……情報統合思念体の一派の行動だったら、わたしが感知できないはずないのに……!) 今の空間封鎖は、全くの不意打ちだった。焦る涼子。涼子はハルヒの手を取った。 「ちょっと!? 何すん……」 言いかけたハルヒの言葉が止まる。ハルヒの手を取った涼子の顔には、焦燥の表情が浮かんでいた。そして、冷や汗で、顔も手のひらも、じっとりと濡れていた。 「……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれたらあかんような気がすんの。」 【……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれちゃいけないような気がするの。】 「……分かった。」 涼子のただならぬ気配に、ハルヒもおとなしく涼子の手を握り返す。命の気配が感じられないこの空間で、握り締めた掌だけが、命の存在を伝えている。 『江美里! 江美里っ! 応答して!!』 涼子は協力者である別のインターフェイスに交信を試みるが、応答はない。 (まずい……完全に孤立した……) しかも現状は、涼子は宇宙的な力をほとんど使用できない。身体能力は、辛うじてハルヒの能力に勝っている程度。人間の枠を超えた能力は使えない。例えば、もし肉体を損傷しても、即座に修復することはできない。 「誰かに連絡を……」 「あかん! 携帯は圏外やわ!!」 【だめ! 携帯は圏外だわ!!】 ハルヒは、携帯電話の画面を睨み付けながら答えた。 (この状況は……わたしを無力化させるため……? だとしたら、相手の目的は……) 涼子は、たとえ情報統合思念体と接続していなくても、通常の人間以上には高度な思考力を持つように設計されている。ただし、この設計は、あくまで不測の事態に対処するために設けられた『セイフティネット』。この設計が役に立つような事態は、本来あってはならない非常事態。早急な事態への対応が求められる。 そして涼子は思い当たった。 涼子を無力化することを、実行し得るのは誰なのか。 涼子を無力化することで、得をするのは誰なのか。 ……すなわち、この事件の首謀者は誰なのか。 (これは……過激派……! まずい! あいつらの目的は……っ!) その時涼子は何かに気付いた。そして迷わずハルヒの腰にタックルした。 「おわ……っ!」 不意にタックルを喰らい、盛大に地面に叩き付けられるハルヒ。 「痛いなー、もう! いきなり何すん……」 怒鳴りかけたハルヒの声が止まる。ハルヒの腰にしがみつく涼子は、衣服の肩の辺りを赤く染めていた。 「ちょっ、どないしたん!?」 【ちょっ、どうしたの!?】 「涼宮さんの死角から、何かが飛んできて……」 起き上がりながら答える涼子。ハルヒを助け起こすと、何かが飛んできた辺りを睨み付ける。そこには何の痕跡も見付ける事はできなかった。あるのはただ、誰もいない、何もない空間。 しかし、涼子は気付いていた。 飛翔体の軌道。出現時間。出現場所。飛行速度。 これらはすべて、涼子がその存在に気付き、取るべき行動を判断し、実行した時に、ちょうど涼子の肩を掠めるように設定されていた。 (これは……涼宮さんじゃない、わたしを狙った攻撃!?) 『涼宮ハルヒの観測と保全』が任務である今の涼子は、もしハルヒに危害が加えられるような事態になれば、最優先でハルヒを守る行動を取るであろうことは、容易に推測できる。だから、その危機がより切迫しているほど、涼子は確実に、ハルヒを守る行動を取る。場合によっては、身代わりに攻撃を受けることもあるだろう。 それが『奴ら』の狙い。 通常の涼子なら、そのような切迫した状況でも、難なくハルヒも自分も守れる。 では、情報統合思念体のサポートなしでは? 端末単体の能力で対処せざるを得ない状況では? 涼子が危機を『回避』する可能性を奪うことができる。確実に攻撃できる。 そしてまた、これはハルヒにとって強力な精神攻撃ともなる。 涼子は、ハルヒを庇って負傷する。そうして損傷を蓄積したところで、止めを刺す。 ハルヒから見れば、ハルヒを庇ったせいで涼子は怪我をし、そして殺害されることになる。 『自分のせいで人が苦しみ、死んでしまう』 これはハルヒに、己の無力さと自己の存在意義を強く意識させる事象となる。自らに『力』と『存在意義』が欲しいと強く願ったハルヒからは、間違いなく、巨大な情報爆発が観測できる。 これが『奴ら』のシナリオ。合理的で、的確な洞察。 また飛翔体。今度はハルヒの正面から。 涼子は飛翔体の射線上に躍り出ると、手ではたいて飛翔体の軌道を変えた。涼子達の背後にあった庭木の天辺が切り落とされた。 (随分と舐められたものね……さっきは不覚を取ったけど、いくら情報統合思念体との接続が切れてるからって、そう簡単にやられてたまるもんですか! これでもわたしは、『あの』長門有希の代理者なんだから!) 『奴ら』の思い通りにはさせない。たとえこの身が果てようとも、ただではやられない。少なくともハルヒだけは逃がしてみせる。それが朝倉涼子の意思。そして長門有希の意思。涼子は覚悟を完了した。 「涼宮さん、わたしのそばから離れんとってよ。」 【涼宮さん、わたしのそばから離れないでよ。】 涼子は、ハルヒを背に庇う位置に立ちながら言った。 「朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったん……!?」 【朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったの……!?】 ハルヒは、恐怖と好奇心が7:3の割合で混合された瞳で、涼子に尋ねた。 「それは……ふっ!」 答えの途中で涼子は両手を身体の前で素早く広げた。後方にあるブロック塀に、貫通痕が二つできる。 「実は少々、武術の心得があって……はっ!」 右足でアウトサイドキック。後方の電柱がえぐられる。 「少々ってレベル違(ちゃ)うやろ、コレは!?」 【少々ってレベルじゃないでしょ、コレは!?】 ハルヒのツッコミ。涼子は、前方から視線を外さず答える。 「……カナダに行ってる間に、マーシャルアーツの先生の下で武者修行を……やぁっ!」 左手で飛翔体を掴もうとするが、失敗。後方で植木鉢が弾け飛び、窓ガラスが割れた。 (だめだ……全然見えない。せめて何が飛んで来てるのか分からないことには……) それに、肉体の損傷を修復できない以上、素手での対処にも限界がある。涼子の手は、飛翔体を弾いた時の損傷で、所々出血している。損傷の蓄積は望ましくない。 (ここは涼宮さんの能力に賭けるしかないか。少なくとも今のわたしの能力では対処できないわね。) 「朝倉……大丈夫? その手……」 心配そうに聞いてくるハルヒに、涼子はすかさず誘導を仕掛けた。 「問題ない……って言(ゆ)うたら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来(き)とぉ物(もん)を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんやけど……残念ながら、成功のイメージが湧かへんわ。」 【問題ない……って言ったら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来てる物を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんだけど……残念ながら、成功のイメージが湧かないわ。】 「成功の……イメージ……」 ハルヒは思案顔で呟く。 (さあ、想像して、涼宮さん。成功のイメージを……わたしが、飛んでくる『何か』を掴む姿を。) 次々に飛来する飛翔体。涼子は両手両足をフル稼働させて処理していくが、次第に処理が飽和していく。 真正面に飛翔体。近い。よけられない。捌き切れない。そう思った時、涼子に見える景色がスローモーションになる。 (……! 見切った!) 涼子は両手で挟むように、飛来する『それ』を掴んで受け止めた。 「……鉄筋!?」 ハルヒが恐る恐る覗き込み、驚いた。飛翔体の正体は、コンクリート構造物の補強に使われる『鉄筋』だった。 涼子の誘導は功を奏した。ハルヒは『成功のイメージ』を作り上げた。それはハルヒが、『そうなること』を願うことに他ならない。かくしてハルヒの望み通りに周囲の環境が書き換えられ、涼子は飛翔体を掴み取ることに成功した。 「こんな物(もん)が次から次へと飛んで来てたんやね……」 【こんな物が次から次へと飛んで来てたのね……】 言い終わらないうちに、涼子は飛んでくる鉄筋を、右手に持った鉄筋で真下に叩き落とした。激しい金属音と共に、足元に転がる鉄筋。素早く涼子は落ちた鉄筋を拾う。両手に鉄筋を持った涼子は仁王立ちになった。 一度成功のイメージを作らせてしまえば、後は話が早い。情報統合思念体との接続は切れたままでも、今はハルヒの情報改変能力の援護を受けている。ハルヒが成功のイメージを思い描く限り、涼子に『負け』はない。涼子は両手の鉄筋を巧みに操り、的確に飛来する鉄筋を叩き落としていく。 (こうやって物質に干渉してきている以上、『奴ら』も何か端末を介して情報操作を行っているはず。そいつを見付けてどうにかしないと。) 涼子は感覚を研ぎ澄まして、周囲の気配を探るが、ここは相手の作り出した空間。かつて涼子が自ら言ったように、この空間は、相手の情報制御下にある。相手の意のままに操れる。通常時ならともかく、今の涼子では、索敵は不可能。ここもやはり、ハルヒの力を借りるしかない。涼子はハルヒに話を振る。 「誰か知らんけど、相手も相当卑怯で臆病やと思わへん? 姿も見せへんで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。」 【誰だか知らないけど、相手も相当卑怯で臆病だと思わない? 姿も見せないで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。】 「そうやね……確かに、かなりヘタレかもしれへんわ。」 【そうね……確かに、かなりヘタレかもしれないわ。】 ハルヒが話に乗ってきた。涼子は更に話を続ける。 「こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきやと思わへん?」 【こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきだと思わない?】 「主人公……」 「どう見ても、わたしらが主人公やんな? 常識的に考えて。」 【どう見ても、わたし達が主人公じゃない? 常識的に考えて。】 「……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチやわ。」 【……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチだわ。】 涼子は畳み掛ける。 「ほな、わたしらで、その状況を再現してやらへん?」 【じゃあさ、わたし達で、その状況を再現してやらない?】 ハルヒは、100Wの笑顔で答えた。 「うん、それ賛成!」 再び索敵に集中する涼子。今度はハルヒの能力の援護付きで。 「……そこっ!」 言うや否や、涼子は何もない空間に、手にした鉄筋を投げ付ける。メジャーリーガーのバックホーム返球のごとく、一直線に何もないはずの空間を貫く鉄筋。中空で鉄筋が、何かに当たったかのように弾ける。すかさず走り込んだ涼子が、その空間を鉄筋で殴り付ける。しかし何かの力に弾き飛ばされ、涼子は元いた場所まで押し戻された。 「……手応えあり。」 涼子が殴り付けた空間が歪み、人型を取る。 「…………」 絶句するハルヒ。姿を現した攻撃者をしばらく呆然と見つめていたハルヒは、ぽつりと呟いた。 「……ねえ、朝倉。言(ゆ)うても良い?」 【……ねえ、朝倉。言っても良い?】 「どうぞ。」 「……あたしら、こんな奴に苦しめられとったんやな。」 【……あたし達、こんな奴に苦しめられてたのよね。】 「そやね。」 【そうね。】 「……何(なん)か、めっちゃ腹立ってきたんやけど。」 【……何(なん)か、すごく腹立ってきたんだけど。】 「その反応は、たぶん正しいと思うわ。」 「……あたしら襲うより、銀行かどっか行った方がええと思わへん?」 【……あたし達襲うより、銀行かどっか行った方が良いと思わない?】 「ある意味、悪役らしい格好と言えなくもないとは思うかな。」 「……ねえ、朝倉。こいつ、しばいて良い?」 「危ないから、下がっとって。」 【危ないから、下がってて。】 「……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろか思うんやけど。」 【……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろかと思うんだけど。】 「代わりにやっとくから。何しよるか分からへんから、下がっとって。」 【代わりにやっとくから。何してくるか分からないから、下がってて。】 「……ケツの穴から手ぇ……」 「女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれへんで?」 【女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれないわよ?】 「……女やったら、ヒィヒィ言わす。」 【……女だったら、ヒィヒィ言わす。】 「えっちなのはいけないと思います。」 姿を現した攻撃者は、覆面姿だった。性別は分からない。覆面が完璧だったから。 『奴』は『ストッキング』で覆面していた。 ――変態が、そこにいた。 女子高生二人組(うち一人は、両手に鉄筋を持っている)と、女性用の下着であるストッキングで覆面した人型が対峙する。人間の言葉で言うと、非常にシュールな画だった。 覆面の攻撃者は、無言で手らしきものを涼子に向けて突き出した。途端に、攻撃者の背後に鉄筋が数本出現し、涼子に向けて撃ち出された。涼子は両手の鉄筋で、それらを残らず叩き落とす。人型が間合いを取りながら数度、それが繰り返された。 こちらの攻撃の届かない距離まで離脱して射撃してくることを感知した涼子は、させじと素早く間合いを詰めて、鉄筋で殴り掛かった。その攻撃を、瞬時に手らしきものの中に出現させた鉄筋で防ぐ攻撃者。もう片方の鉄筋で殴りつけようとする涼子に、今度は攻撃者がもう片方の手らしきものに鉄筋を出して殴りつける。涼子は攻撃を中断し、繰り出された攻撃を防がざるを得なかった。 そうして数度、鉄筋での攻防が続いた後、両者はいったん離れて睨み合う。 外見上は、相変わらず睨み合い、時折攻撃者が鉄筋を撃ち出しては、涼子がそれを叩き落とすという状態。しかし、実は先手の取り合いで、両者の間には仮想段階での攻防がものすごい勢いで繰り広げられている。 正にハルヒが望んだ『超能力』が眼前で展開されている状況。しかし、ハルヒはそれに気が付いていなかった。 彼女は口ではいくら不思議を追い求めることを言っていても、心の中ではそのようなものは存在しないと否定する、自己矛盾の塊。眼前に繰り広げられる、超能力者VS美少女女子高生という奇抜な光景を、どこか遠くの景色を眺めているかのような瞳で見つめていた。 ハルヒには、眼前の光景が酷く現実的でないものに思われた。白昼夢を見ているように感じられた。まるで、あの冬休みの合宿で見た白昼夢のように。 「あんまり激しく動いたら、見えるでー……」 【あんまり激しく動いたら、見えるわよー……】 ぼそりと投げやりに呟くハルヒ。彼女は急速に現実感を喪失していった。希薄になる『成功のイメージ』。 ハルヒの呟きが聞こえたわけではないだろうが、まるでそれを合図にしたかのように、睨み合いを続けていた涼子と攻撃者の均衡が崩れた。 攻撃者は同時に撃ち出される鉄筋の数を急増させた。鉄筋による射撃への対処が遅れ気味になっていく涼子。攻撃者は印を切るように、激しく手らしきものを動かすと、今までより高い位置に、膨大な数の鉄筋が出現した。まさしく雨のように大量の鉄筋が涼子に襲い掛かる。とても迎撃できる数ではない。 「朝倉――――!?」 ハルヒの叫び声は、鉄筋が地面に突き刺さる音にかき消された。 「くっ……! だ、だい、じょう……ぶっ……」 涼子は倒れ込んで巧みに鉄筋の直撃をかわしていた。しかし、地面に突き刺さり折れ曲がった鉄筋に阻まれて、身動きが取れない。このまま追撃されれば、今度は持たないだろう。 「大丈夫って……そんなん、全然大丈夫そうに見えへんわ!!」 【大丈夫って……そんなの、全然大丈夫そうに見えないわよ!!】 ハルヒが叫ぶ。涼子は静かな声で答えた。 「大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けへん。」 【大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けない。】 「そんな都合の良い精神論をしてる場合違(ちゃ)うやろ――――!?」 【そんな都合の良い精神論をしてる場合じゃないでしょ――――!?】 「信じて!」 朝倉の叫びに、ハルヒはぴたりと止まる。 「前にも言(ゆ)うた通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うんよ。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なんやで。」 【前にも言った通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うの。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なのよ。】 涼子は、何とか一つずつ動きを阻む鉄筋を引き抜きながら、続ける。 「せやから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれへんで?」 【だから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれないわよ?】 ――それは涼子の『賭け』だった。 このまま追撃を受ければ、そう長くは持たないかもしれない。しかし、ハルヒを上手く誘導して長門有希を復活させられれば、涼子の任務は達成される。長門有希なら、こんな状況でも上手くやってくれるだろう。『あの』長門有希なのだから。 「有希が……助けに来る……?」 「だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束やろ?」 【だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束でしょ?】 顔を赤らめるハルヒ。 「もうそろそろ、現れてもええん違(ちゃ)う? あなたのヒーローが。」 【もうそろそろ、現れても良いんじゃない? あなたのヒーローが。】 そう言った涼子の声に釣られて、有希の姿を思い描くハルヒ。 攻撃者は、先ほどより更に大量の鉄筋を出現させていた。大量の鉄筋が涼子に襲い掛かったその時。 何か硬いものが破壊される音。涼子達の近くの空間にひびが入る。そこから飛び出す、小柄な人影。無言のショートカットが揺れる。人影が手をかざし、何やら早口で呪文のようなものを唱えると、たちまち鉄筋の雨が爆散した。 ――涼子は、賭けに勝った。 ←Report.14|目次|Report.16→
https://w.atwiki.jp/designnohikidashi/pages/63.html
INFRAMINCE 港千尋/松田行正 牛若丸 松田行正 No2 P071 amazon 印刷美術大観 No27 P007 石をつむ(特装版) 高橋宗正 VERO 塚原敬史 No27 P024 印刷美術年鑑 No27 P008 解業 鈴木育郎 赤々舎 塚原敬史 No27 P029 悲しみの航海 伊井直行 朝日新聞 祖父江慎+木庭貴信(cozfish) No2 P068 amazon グラフィックトライアル 凸版印刷 グラフィック社 No27 P135 amazon code 松田行正 牛若丸 松田行正 No2 P072 amazon 新版 春琴抄 谷崎潤一郎 創元社 No27 P096~101 昭和9年 初版 ないもの、あります クラフト・エヴィング商會 筑摩書房 クラフト・エヴィング商會 No2 P066 amazon ニート 絲山秋子 角川書店 鈴木成一デザイン室 No2 P066 amazon 日本印刷年鑑 No27 P009 花と俺 東信 求龍堂 塚原敬史 No27 P026 花の栞 No27 P010~015 美少女の美術史 「美少女の美術史」展実行委員会 青幻舎 塚原敬史 No27 P028 function 佐々木光/米澤敬 牛若丸 松田行正 No2 P073 BROOCH(英語版) 渡邊良重/内田也哉子 リトルモア 渡邊良重(DRAFT) No2 P067 amazon 僕はこうしてデザイナーになった 立古和智 グラフィック社 名久井直子 No2 P067 amazon Mass 滝沢広 Newfave 塚原敬史 No27 P027 無用のかがやき リリー・フランキー 新風舎 寄藤文平 No2 P069 amazon もののふの記 ほりのぶゆき 竹書房 祖父江慎+木庭貴信(cozfish) No2 P068 amazon
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1218.html
Report.15 長門有希の憂鬱 その4 ~過激派端末の強襲~ 部室での会話の後、なし崩しに涼宮ハルヒと朝倉涼子は、一緒に帰ることになった。 「何であんたと一緒に帰らなあかんのよ……」 【何であんたと一緒に帰らなきゃならないのよ……】 「まあまあ。たまにはええやん。」 【まあまあ。たまには良いじゃない。】 ふてくされたようなハルヒと対照的に、涼子は上機嫌に見えた。 涼子は、見かけ上、喜怒哀楽がはっきり現れるように設定されている。その点では長門有希と対照的。しかしその内実は、あくまで基礎的な人間の観測データに基づき計算された、『恐らくこのようなものだろう』というモデルを基に構築されたものに過ぎなかった。過ぎなかったが。 二度の『死亡』と『復活』を経て、今や涼子は人間に存在する『感情』に限りなく近いものを獲得した。その『感情』が、涼子を上機嫌な表情にさせていた。涼子の誘導は成功した。ハルヒは、有希に会いたいと思っている。今や、有希に対する負の感情は、わずかばかりの気まずさと罪悪感を残すばかりとなっていた。 ハルヒと涼子二人の帰り道。二人は他愛のない話に裏話を追加した、意外とためになる話をしていた。 どこか寄り道でもしようか、と話していた時、急に空の色が変わった。そして同時に、涼子にある異変が起こった。情報統合思念体に接続できない。そして襲い掛かる高負荷。 (っ……!? 何、これ!?) 彼女の五感が、次々に感度を落としていく。そして緩やかに拘束される身体能力。 (普通の人間と同じくらいしか能力が無くなってる……っ!) ハルヒも異変に気付いた。 「ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もせえへんようになって……」 【ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もしなくなって……】 灰色に塗り潰されたような世界。まるでハルヒが生み出す閉鎖空間のよう。生命の気配が感じられないことも同じ。しかし、決定的に違っていることがあった。そこに『神人』の気配はない。この空間の発生は、ハルヒの能力によるものではない。 (これは……空間封鎖!?) 空間封鎖は、涼子達、情報統合思念体の勢力が得意とする手段。広く言えば、情報統合思念体と起源を異にする広域帯宇宙存在も空間封鎖を行うが、彼らの手法は術式が違う。 今のこの空間封鎖は、光学的には偽装しているが、紛れもなく涼子が良く知る勢力の手法だった。 (そんな……情報統合思念体の一派の行動だったら、わたしが感知できないはずないのに……!) 今の空間封鎖は、全くの不意打ちだった。焦る涼子。涼子はハルヒの手を取った。 「ちょっと!? 何すん……」 言いかけたハルヒの言葉が止まる。ハルヒの手を取った涼子の顔には、焦燥の表情が浮かんでいた。そして、冷や汗で、顔も手のひらも、じっとりと濡れていた。 「……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれたらあかんような気がすんの。」 【……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれちゃいけないような気がするの。】 「……分かった。」 涼子のただならぬ気配に、ハルヒもおとなしく涼子の手を握り返す。命の気配が感じられないこの空間で、握り締めた掌だけが、命の存在を伝えている。 『江美里! 江美里っ! 応答して!!』 涼子は協力者である別のインターフェイスに交信を試みるが、応答はない。 (まずい……完全に孤立した……) しかも現状は、涼子は宇宙的な力をほとんど使用できない。身体能力は、辛うじてハルヒの能力に勝っている程度。人間の枠を超えた能力は使えない。例えば、もし肉体を損傷しても、即座に修復することはできない。 「誰かに連絡を……」 「あかん! 携帯は圏外やわ!!」 【だめ! 携帯は圏外だわ!!】 ハルヒは、携帯電話の画面を睨み付けながら答えた。 (この状況は……わたしを無力化させるため……? だとしたら、相手の目的は……) 涼子は、たとえ情報統合思念体と接続していなくても、通常の人間以上には高度な思考力を持つように設計されている。ただし、この設計は、あくまで不測の事態に対処するために設けられた『セイフティネット』。この設計が役に立つような事態は、本来あってはならない非常事態。早急な事態への対応が求められる。 そして涼子は思い当たった。 涼子を無力化することを、実行し得るのは誰なのか。 涼子を無力化することで、得をするのは誰なのか。 ……すなわち、この事件の首謀者は誰なのか。 (これは……過激派……! まずい! あいつらの目的は……っ!) その時涼子は何かに気付いた。そして迷わずハルヒの腰にタックルした。 「おわ……っ!」 不意にタックルを喰らい、盛大に地面に叩き付けられるハルヒ。 「痛いなー、もう! いきなり何すん……」 怒鳴りかけたハルヒの声が止まる。ハルヒの腰にしがみつく涼子は、衣服の肩の辺りを赤く染めていた。 「ちょっ、どないしたん!?」 【ちょっ、どうしたの!?】 「涼宮さんの死角から、何かが飛んできて……」 起き上がりながら答える涼子。ハルヒを助け起こすと、何かが飛んできた辺りを睨み付ける。そこには何の痕跡も見付ける事はできなかった。あるのはただ、誰もいない、何もない空間。 しかし、涼子は気付いていた。 飛翔体の軌道。出現時間。出現場所。飛行速度。 これらはすべて、涼子がその存在に気付き、取るべき行動を判断し、実行した時に、ちょうど涼子の肩を掠めるように設定されていた。 (これは……涼宮さんじゃない、わたしを狙った攻撃!?) 『涼宮ハルヒの観測と保全』が任務である今の涼子は、もしハルヒに危害が加えられるような事態になれば、最優先でハルヒを守る行動を取るであろうことは、容易に推測できる。だから、その危機がより切迫しているほど、涼子は確実に、ハルヒを守る行動を取る。場合によっては、身代わりに攻撃を受けることもあるだろう。 それが『奴ら』の狙い。 通常の涼子なら、そのような切迫した状況でも、難なくハルヒも自分も守れる。 では、情報統合思念体のサポートなしでは? 端末単体の能力で対処せざるを得ない状況では? 涼子が危機を『回避』する可能性を奪うことができる。確実に攻撃できる。 そしてまた、これはハルヒにとって強力な精神攻撃ともなる。 涼子は、ハルヒを庇って負傷する。そうして損傷を蓄積したところで、止めを刺す。 ハルヒから見れば、ハルヒを庇ったせいで涼子は怪我をし、そして殺害されることになる。 『自分のせいで人が苦しみ、死んでしまう』 これはハルヒに、己の無力さと自己の存在意義を強く意識させる事象となる。自らに『力』と『存在意義』が欲しいと強く願ったハルヒからは、間違いなく、巨大な情報爆発が観測できる。 これが『奴ら』のシナリオ。合理的で、的確な洞察。 また飛翔体。今度はハルヒの正面から。 涼子は飛翔体の射線上に躍り出ると、手ではたいて飛翔体の軌道を変えた。涼子達の背後にあった庭木の天辺が切り落とされた。 (随分と舐められたものね……さっきは不覚を取ったけど、いくら情報統合思念体との接続が切れてるからって、そう簡単にやられてたまるもんですか! これでもわたしは、『あの』長門有希の代理者なんだから!) 『奴ら』の思い通りにはさせない。たとえこの身が果てようとも、ただではやられない。少なくともハルヒだけは逃がしてみせる。それが朝倉涼子の意思。そして長門有希の意思。涼子は覚悟を完了した。 「涼宮さん、わたしのそばから離れんとってよ。」 【涼宮さん、わたしのそばから離れないでよ。】 涼子は、ハルヒを背に庇う位置に立ちながら言った。 「朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったん……!?」 【朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったの……!?】 ハルヒは、恐怖と好奇心が7:3の割合で混合された瞳で、涼子に尋ねた。 「それは……ふっ!」 答えの途中で涼子は両手を身体の前で素早く広げた。後方にあるブロック塀に、貫通痕が二つできる。 「実は少々、武術の心得があって……はっ!」 右足でアウトサイドキック。後方の電柱がえぐられる。 「少々ってレベル違(ちゃ)うやろ、コレは!?」 【少々ってレベルじゃないでしょ、コレは!?】 ハルヒのツッコミ。涼子は、前方から視線を外さず答える。 「……カナダに行ってる間に、マーシャルアーツの先生の下で武者修行を……やぁっ!」 左手で飛翔体を掴もうとするが、失敗。後方で植木鉢が弾け飛び、窓ガラスが割れた。 (だめだ……全然見えない。せめて何が飛んで来てるのか分からないことには……) それに、肉体の損傷を修復できない以上、素手での対処にも限界がある。涼子の手は、飛翔体を弾いた時の損傷で、所々出血している。損傷の蓄積は望ましくない。 (ここは涼宮さんの能力に賭けるしかないか。少なくとも今のわたしの能力では対処できないわね。) 「朝倉……大丈夫? その手……」 心配そうに聞いてくるハルヒに、涼子はすかさず誘導を仕掛けた。 「問題ない……って言(ゆ)うたら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来(き)とぉ物(もん)を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんやけど……残念ながら、成功のイメージが湧かへんわ。」 【問題ない……って言ったら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来てる物を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんだけど……残念ながら、成功のイメージが湧かないわ。】 「成功の……イメージ……」 ハルヒは思案顔で呟く。 (さあ、想像して、涼宮さん。成功のイメージを……わたしが、飛んでくる『何か』を掴む姿を。) 次々に飛来する飛翔体。涼子は両手両足をフル稼働させて処理していくが、次第に処理が飽和していく。 真正面に飛翔体。近い。よけられない。捌き切れない。そう思った時、涼子に見える景色がスローモーションになる。 (……! 見切った!) 涼子は両手で挟むように、飛来する『それ』を掴んで受け止めた。 「……鉄筋!?」 ハルヒが恐る恐る覗き込み、驚いた。飛翔体の正体は、コンクリート構造物の補強に使われる『鉄筋』だった。 涼子の誘導は功を奏した。ハルヒは『成功のイメージ』を作り上げた。それはハルヒが、『そうなること』を願うことに他ならない。かくしてハルヒの望み通りに周囲の環境が書き換えられ、涼子は飛翔体を掴み取ることに成功した。 「こんな物(もん)が次から次へと飛んで来てたんやね……」 【こんな物が次から次へと飛んで来てたのね……】 言い終わらないうちに、涼子は飛んでくる鉄筋を、右手に持った鉄筋で真下に叩き落とした。激しい金属音と共に、足元に転がる鉄筋。素早く涼子は落ちた鉄筋を拾う。両手に鉄筋を持った涼子は仁王立ちになった。 一度成功のイメージを作らせてしまえば、後は話が早い。情報統合思念体との接続は切れたままでも、今はハルヒの情報改変能力の援護を受けている。ハルヒが成功のイメージを思い描く限り、涼子に『負け』はない。涼子は両手の鉄筋を巧みに操り、的確に飛来する鉄筋を叩き落としていく。 (こうやって物質に干渉してきている以上、『奴ら』も何か端末を介して情報操作を行っているはず。そいつを見付けてどうにかしないと。) 涼子は感覚を研ぎ澄まして、周囲の気配を探るが、ここは相手の作り出した空間。かつて涼子が自ら言ったように、この空間は、相手の情報制御下にある。相手の意のままに操れる。通常時ならともかく、今の涼子では、索敵は不可能。ここもやはり、ハルヒの力を借りるしかない。涼子はハルヒに話を振る。 「誰か知らんけど、相手も相当卑怯で臆病やと思わへん? 姿も見せへんで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。」 【誰だか知らないけど、相手も相当卑怯で臆病だと思わない? 姿も見せないで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。】 「そうやね……確かに、かなりヘタレかもしれへんわ。」 【そうね……確かに、かなりヘタレかもしれないわ。】 ハルヒが話に乗ってきた。涼子は更に話を続ける。 「こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきやと思わへん?」 【こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきだと思わない?】 「主人公……」 「どう見ても、わたしらが主人公やんな? 常識的に考えて。」 【どう見ても、わたし達が主人公じゃない? 常識的に考えて。】 「……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチやわ。」 【……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチだわ。】 涼子は畳み掛ける。 「ほな、わたしらで、その状況を再現してやらへん?」 【じゃあさ、わたし達で、その状況を再現してやらない?】 ハルヒは、100Wの笑顔で答えた。 「うん、それ賛成!」 再び索敵に集中する涼子。今度はハルヒの能力の援護付きで。 「……そこっ!」 言うや否や、涼子は何もない空間に、手にした鉄筋を投げ付ける。メジャーリーガーのバックホーム返球のごとく、一直線に何もないはずの空間を貫く鉄筋。中空で鉄筋が、何かに当たったかのように弾ける。すかさず走り込んだ涼子が、その空間を鉄筋で殴り付ける。しかし何かの力に弾き飛ばされ、涼子は元いた場所まで押し戻された。 「……手応えあり。」 涼子が殴り付けた空間が歪み、人型を取る。 「…………」 絶句するハルヒ。姿を現した攻撃者をしばらく呆然と見つめていたハルヒは、ぽつりと呟いた。 「……ねえ、朝倉。言(ゆ)うても良い?」 【……ねえ、朝倉。言っても良い?】 「どうぞ。」 「……あたしら、こんな奴に苦しめられとったんやな。」 【……あたし達、こんな奴に苦しめられてたのよね。】 「そやね。」 【そうね。】 「……何(なん)か、めっちゃ腹立ってきたんやけど。」 【……何(なん)か、すごく腹立ってきたんだけど。】 「その反応は、たぶん正しいと思うわ。」 「……あたしら襲うより、銀行かどっか行った方がええと思わへん?」 【……あたし達襲うより、銀行かどっか行った方が良いと思わない?】 「ある意味、悪役らしい格好と言えなくもないとは思うかな。」 「……ねえ、朝倉。こいつ、しばいて良い?」 「危ないから、下がっとって。」 【危ないから、下がってて。】 「……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろか思うんやけど。」 【……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろかと思うんだけど。】 「代わりにやっとくから。何しよるか分からへんから、下がっとって。」 【代わりにやっとくから。何してくるか分からないから、下がってて。】 「……ケツの穴から手ぇ……」 「女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれへんで?」 【女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれないわよ?】 「……女やったら、ヒィヒィ言わす。」 【……女だったら、ヒィヒィ言わす。】 「えっちなのはいけないと思います。」 姿を現した攻撃者は、覆面姿だった。性別は分からない。覆面が完璧だったから。 『奴』は『ストッキング』で覆面していた。 ――変態が、そこにいた。 女子高生二人組(うち一人は、両手に鉄筋を持っている)と、女性用の下着であるストッキングで覆面した人型が対峙する。人間の言葉で言うと、非常にシュールな画だった。 覆面の攻撃者は、無言で手らしきものを涼子に向けて突き出した。途端に、攻撃者の背後に鉄筋が数本出現し、涼子に向けて撃ち出された。涼子は両手の鉄筋で、それらを残らず叩き落とす。人型が間合いを取りながら数度、それが繰り返された。 こちらの攻撃の届かない距離まで離脱して射撃してくることを感知した涼子は、させじと素早く間合いを詰めて、鉄筋で殴り掛かった。その攻撃を、瞬時に手らしきものの中に出現させた鉄筋で防ぐ攻撃者。もう片方の鉄筋で殴りつけようとする涼子に、今度は攻撃者がもう片方の手らしきものに鉄筋を出して殴りつける。涼子は攻撃を中断し、繰り出された攻撃を防がざるを得なかった。 そうして数度、鉄筋での攻防が続いた後、両者はいったん離れて睨み合う。 外見上は、相変わらず睨み合い、時折攻撃者が鉄筋を撃ち出しては、涼子がそれを叩き落とすという状態。しかし、実は先手の取り合いで、両者の間には仮想段階での攻防がものすごい勢いで繰り広げられている。 正にハルヒが望んだ『超能力』が眼前で展開されている状況。しかし、ハルヒはそれに気が付いていなかった。 彼女は口ではいくら不思議を追い求めることを言っていても、心の中ではそのようなものは存在しないと否定する、自己矛盾の塊。眼前に繰り広げられる、超能力者VS美少女女子高生という奇抜な光景を、どこか遠くの景色を眺めているかのような瞳で見つめていた。 ハルヒには、眼前の光景が酷く現実的でないものに思われた。白昼夢を見ているように感じられた。まるで、あの冬休みの合宿で見た白昼夢のように。 「あんまり激しく動いたら、見えるでー……」 【あんまり激しく動いたら、見えるわよー……】 ぼそりと投げやりに呟くハルヒ。彼女は急速に現実感を喪失していった。希薄になる『成功のイメージ』。 ハルヒの呟きが聞こえたわけではないだろうが、まるでそれを合図にしたかのように、睨み合いを続けていた涼子と攻撃者の均衡が崩れた。 攻撃者は同時に撃ち出される鉄筋の数を急増させた。鉄筋による射撃への対処が遅れ気味になっていく涼子。攻撃者は印を切るように、激しく手らしきものを動かすと、今までより高い位置に、膨大な数の鉄筋が出現した。まさしく雨のように大量の鉄筋が涼子に襲い掛かる。とても迎撃できる数ではない。 「朝倉――――!?」 ハルヒの叫び声は、鉄筋が地面に突き刺さる音にかき消された。 「くっ……! だ、だい、じょう……ぶっ……」 涼子は倒れ込んで巧みに鉄筋の直撃をかわしていた。しかし、地面に突き刺さり折れ曲がった鉄筋に阻まれて、身動きが取れない。このまま追撃されれば、今度は持たないだろう。 「大丈夫って……そんなん、全然大丈夫そうに見えへんわ!!」 【大丈夫って……そんなの、全然大丈夫そうに見えないわよ!!】 ハルヒが叫ぶ。涼子は静かな声で答えた。 「大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けへん。」 【大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けない。】 「そんな都合の良い精神論をしてる場合違(ちゃ)うやろ――――!?」 【そんな都合の良い精神論をしてる場合じゃないでしょ――――!?】 「信じて!」 朝倉の叫びに、ハルヒはぴたりと止まる。 「前にも言(ゆ)うた通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うんよ。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なんやで。」 【前にも言った通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うの。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なのよ。】 涼子は、何とか一つずつ動きを阻む鉄筋を引き抜きながら、続ける。 「せやから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれへんで?」 【だから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれないわよ?】 ――それは涼子の『賭け』だった。 このまま追撃を受ければ、そう長くは持たないかもしれない。しかし、ハルヒを上手く誘導して長門有希を復活させられれば、涼子の任務は達成される。長門有希なら、こんな状況でも上手くやってくれるだろう。『あの』長門有希なのだから。 「有希が……助けに来る……?」 「だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束やろ?」 【だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束でしょ?】 顔を赤らめるハルヒ。 「もうそろそろ、現れてもええん違(ちゃ)う? あなたのヒーローが。」 【もうそろそろ、現れても良いんじゃない? あなたのヒーローが。】 そう言った涼子の声に釣られて、有希の姿を思い描くハルヒ。 攻撃者は、先ほどより更に大量の鉄筋を出現させていた。大量の鉄筋が涼子に襲い掛かったその時。 何か硬いものが破壊される音。涼子達の近くの空間にひびが入る。そこから飛び出す、小柄な人影。無言のショートカットが揺れる。人影が手をかざし、何やら早口で呪文のようなものを唱えると、たちまち鉄筋の雨が爆散した。 ――涼子は、賭けに勝った。 ←Report.14|目次|Report.16→
https://w.atwiki.jp/dollbook_wiki/pages/659.html
もっとかわいくできる! 推しぬい 理想の「お顔」「髪型」つくりかたBOOK (コツがわかる本!) 監修 ぴよぴっこ、 しらたま 発行日 2023/12/4 発行所 メイツ出版 ISBN 978-4780428421 基本的なボディ型紙作り方あり。 表情や髪型、耳や骨入れなど初心者レベルより少し上の情報を収録。 ○コメント○ ~実際に作ってみての感想やその他この本の情報をお気軽にどうぞ 名前 コメント すべてのコメントを見る 関連項目 創作人形(球体関節人形、布人形等)
https://w.atwiki.jp/reportdesigner/pages/22.html
#blognavi 質問 SymfoWareのDBにつながりますか? 回答 SymfoWareのDBにReport Designerは直接つながります。 (通常のDBと同様の設定で接続できます) お客様の名前は出せませんが、事例もありますのでご安心ください。 カテゴリ [DB関係] - trackback- 2009年08月21日 14 06 57 名前 コメント #blognavi
https://w.atwiki.jp/sunao/pages/17.html
さあ読むぞ~ 超人類へ! バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会 ラメズ・ナム (著) 西尾 香苗 (翻訳) 価格: ¥ 2,310 脳は空より広いか―「私」という現象を考える ジェラルド M. エーデルマン (著) 冬樹 純子 (翻訳) 豊嶋 良一 (監修) 小山 毅, 高畑 圭輔 価格: ¥ 1,890 赤を見る―感覚の進化と意識の存在理由 ニコラス ハンフリー (著) Nicholas Humphrey (原著) 柴田 裕之 (翻訳) 価格: ¥ 2,100 肉体のヌートピア―ロボット、パワード・スーツ、サイボーグの考古学 永瀬 唯 (著) 価格: ¥ 2,730 サイボーグ・フェミニズム ダナ ハラウェイ (著) ジェシカ・アマンダ サーモンスン (著) サミュエル ディレイニー (著) Donna Haraway (原著) Jessica Amanda Salmonson (原著) Samuel R. Delany (原著) 巽 孝之 (翻訳) 小谷 真理 (翻訳) 価格: ¥ 3,150
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1249.html
Report.13 長門有希の憂鬱 その2 ~朝倉涼子の交渉~ 午後の授業を見学しながら、朝倉涼子は喜緑江美里と遠隔通信で今後の対応を協議した。 喜緑『まずは、古泉一樹と朝比奈みくるに説明して、協力を求めるという方針で、問題ないと思います。』 朝倉『わたしはしばらく謹慎中で、人間社会から離れていたから、勝手が分からないの。そう言ってもらえると助かるわ。』 喜緑『彼らは我々に協力的ではないものの、涼宮ハルヒが関係することとなれば、利害が一致します。ひいては彼らの利益にもなることを納得させられれば、彼らも協力を惜しまないと思います。』 朝倉『そうね。朝比奈みくる……「未来人」勢力は禁則事項と既定事項に縛られてるから、どう動くかはちょっと分からないけど、少なくとも古泉一樹……「機関」の協力は得たいところね。長門さんの観測データによれば、彼は「人間の常識の範囲内への収束担当」といった役回りらしいし。』 喜緑『そうですね。彼ら「機関」の手の者は、わたしが今所属する生徒会を含めて既に多数、この北高内に潜入しています。彼らは元々、彼らが「閉鎖空間」と呼ぶ異空間内部で、同じく《神人》と呼んでいる涼宮ハルヒの「力」を狩り、閉鎖空間拡大を防止する目的で設立されました。でも今は、むしろ閉鎖空間発生の予防に重点を置いているようで、彼女に暇つぶしのネタを提供するなど、能動的に行動しているようです。』 朝倉『そんな活動の一環として、涼宮ハルヒ関連事件の後始末を担当してるってわけよね。』 喜緑『それが機関の総意なのか、古泉一樹個人の素質によるものかは分かりませんけどね。』 朝倉『いずれにせよ、彼の協力が得られれば、事前準備、進行、事後処理と、非常にやりやすくなるのは確かね。』 喜緑『我々の情報操作では、涼宮ハルヒに気付かれる恐れが払拭し切れませんからね。長門さんも、彼の事後処理に期待して、活動を行っていた節もありますし。』 朝倉『やっぱり「操作」という面では、超能力以外は彼女と同じ「この時代の同じ人間」という事実は、大きな優位性だわ。』 喜緑『朝比奈みくるについては、どうします?』 朝倉『彼女は、もう完全にSOS団の「癒し」担当ってとこかしら?』 喜緑『そうですね。様々な意味で、SOS団の「癒し」を司っているみたいですね。』 朝倉『長門さんのログによると、長門さんでさえも、彼女に「癒されて」いるみたいだけど、この件については、あなたの方が詳しいかしら。』 喜緑『いやー、あの場面はすごかったですね。その場面の映像を送りますね。』 ――涼子の記憶領域内に、ある映像が展開される。 朝倉『……わーお♪』 喜緑『長門さんにも言いましたが、例えるなら「天使と天女が仲良く眠る図」といった光景でした。』 朝倉『長門さん、こんな顔して眠るんだ……』 喜緑『可愛いと思いませんか? こう、「庇護欲」をくすぐるというか。』 朝倉『……喜緑さん、あなた随分「人間的」な台詞を言うようになったのね。』 喜緑『有機生命体として人間社会で生活していると、やはり色々と影響を受けて変わっていくものなんですよ。』 これが謹慎中の自分と、ずっと人間社会で生活していた者との差なのかと、涼子は思った。有機生命体には、時間の経過が極めて重要な意味を持つ。 喜緑『もはや朝比奈みくるも、涼宮ハルヒの中で大きな領域を占めています。彼女を除いた形での涼宮ハルヒへの介入方法は、検討する価値もないですね。』 朝倉『彼女を突破口とするってことね。』 喜緑『それが今の涼宮ハルヒに対しては一番無難な導入かと思います。』 朝倉『わたしが表立って動くと目立つから、彼らへの交渉はお願いしちゃって良いかな?』 喜緑『ええ、良いですよ。』 朝倉『あ、でも、キョンくんへは、やっぱりわたしからちゃんと話した方が良いかな?』 喜緑『んー、どうでしょう。「彼」にとってあなたは、完全に精神的外傷になってますからねえ。「彼」の中では、あなたは完全に「殺人鬼」朝倉涼子です。』 朝倉『…………』 涼子は沈黙した。ややあって、 朝倉『……イヤ。やっぱりそのままじゃイヤ。わたし、キョンくんときちんとお話したい!』 喜緑『「彼」は十中八九、拒絶すると思いますけどね。』 朝倉『それでも、イヤなの。「彼」に「殺人鬼」と思われたままでいるのは。』 涼子も変わったと、江美里は思った。そもそも、彼女がキョンを殺害しようとした原因の一端は、未熟ながら『感情』が宿りつつあったからなのではないかと思料された。 未熟な『感情』の暴走。 その結果、朝倉涼子はキョンを殺害しようとして、長門有希に消された。そして長門有希は後日、感情の暴走により世界を改変、情報統合思念体をも消去した。これは異時間同位体の長門有希自身と、キョン、朝比奈みくる及びその二人の異時間同位体によって修正された。 喜緑『あなたがどうしてもそうしたいなら、止めはしませんよ。支援できるかは保証できませんけど。』 朝倉『うん、これはわたしの問題。できる限りのことをやってみるわ。ただ、二人きりで話すのはさすがに無理だと思うから……』 喜緑『でしょうね。わたしも同席しましょう。それから、彼らにも同席してもらえば良いのでは?』 話はまとまった。 一樹とみくるには、昼休みに江美里が持ち回りで説明して同意を得ることとなった。やはり江美里が睨んだ通り、状況を説明すると、彼らはすぐに同意した。 『僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからな。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですわ。』 【僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからね。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですよ。】 『あたし、どれだけお役に立てるか分かりませんけど、長門さんのために頑張ります!』 部活後、キョン、みくる、一樹の三人で、ハルヒのクラスの教室へ行くことになった。 部活後。教室に向かう三人。キョンには一樹が、 『喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうですわ。』 【喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうです。】 と説明した。 教室前では江美里が待っていた。 「さあ、中にどうぞ。」 江美里が、教室への入室を促す。みくる、キョン、古泉、江美里の順に教室に入ろうとする。 しかしキョンは、教室内に彼女の姿を認めると、硬直した。『彼』はかすれた声で、搾り出すように言った。 「何で、お前が、ここに、いる……!」 夕日に照らされ、オレンジ色に染まる教室。その中に、同じくオレンジ色に染まった朝倉涼子が佇んでいた。 「遅いわ。」 【遅いよ。】 いつかのように、同じ台詞を言う彼女。キョンは、硬直したまま、脂汗をかいている。 「ほら、キョンくん。中、入ろ?」 みくるが入室を促すが、キョンは微動だにしない。 「……こら、相当なトラウマになっとるみたいですなあ。」 【……これは、相当なトラウマになってるみたいですね。】 一樹は苦笑する。 「今日は、僕らも一緒やさかい、大丈夫でっしゃろ。ねえ、喜緑さん?」 【今日は、僕らも一緒ですから、大丈夫でしょう。ねえ、喜緑さん?】 「以前の彼女は、様々な複合要因から、あなたを殺害しようとしました。でも今は、そのような命令も受けていませんし、その気もありません。彼女は今、あなたに危害を加える存在ではありません。わたしが保証します。」 「そ、そんなもん!」 キョンは叫んだ。 「そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうけどなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんやぞ!? あれは本気の殺意やった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴おったら、今すぐ連れて来い! 代わったるから!」 【そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうがなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんだぞ!? あれは本気の殺意だった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴いたら、今すぐ連れて来い! 代わってやるから!】 キョンは半狂乱になりながら叫んでいる。同じ人物に二度も、むき出しの殺意を向けられ、二度目は実際に刃物で刺され、死亡寸前にまで追い込まれたとあって、彼の拒絶反応は凄まじかった。涼子はある程度予想はしていたものの、想定以上の絶対的な拒絶だった。 「こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらわれへんか。」 【こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらえないか。】 涼子は溜め息を一つつくと、寂しそうな声で言った。そして、ゆっくりと入り口近くにいる彼らの方へ近付いていった。 「こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似や! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!」 【こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似だ! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!】 逃げようとするキョンを、三人が取り押さえている。涼子は、彼らのすぐそばまで来た。 「くぁwせdrftgyふじおklp;!?」 もはやキョンは何を言っているのかすらわからない。混乱の極致。 「……やっぱり、信じてもらうんは無理やろうね……」 【……やっぱり、信じてもらうのは無理でしょうね……】 ぽつりと呟く涼子。心底寂しそうな表情で。 「それでも……それでもわたしは……」 大粒の涙を流し始める涼子。 「そ、そんな『女の涙』なんかに騙されへんぞ!?」 【そ、そんな『女の涙』なんかに騙されないぞ!?】 言いながらもキョンは、動揺を隠せない。 「わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれへんでも良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためやの!!」 【わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれなくても良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためなの!!】 ぴたり、とキョンの動きが止まった。 「長門のためやと!?」 【長門のためだと!?】 泣きながら、涼子は土下座した。 「あなたを、二回も殺そうとして、ごめんなさい! これはどんな言い訳もできません! 許してもらおうとも、許してもらえるとも、思ってません!」 驚き戸惑うキョン。 「わたしのことはどうでも良い! でも、これだけは聞いて!!」 涼子は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、言った。 「長門さんを助けて!!」 「や、やめてくれ。お前の気持ちは分かった。土下座なんかやめてくれ。」 キョンは涼子に言った。 「とにかく、話は聞くから。な?」 まだ泣き止まないながらも、涼子はのそのそと立ち上がった。 「ひっく、うっ……ごめんなさい、取り乱して……ひっく。」 「まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんまに、俺に危害は加えへんのやな?」 【まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんとに、俺に危害は加えないんだな?】 涼子に問い掛けるキョン。 「ぐすっ、は、ひっく、はい……」 「わたしからも補足しますと、朝倉涼子は以前とは役割が違います。以前、あなたを殺害しようとした、あの『インターフェイス』とは形が同じなだけで、中身は別物と考えて差し支えありません。」 と、江美里が補足した。 「それで、さっき『長門さんのため』って言(ゆ)うたな。で、『長門さんを助けて』とも。」 【それで、さっき『長門さんのため』って言ったな。で、『長門さんを助けて』とも。】 涼子は、一樹が差し出したハンカチで涙を拭いながら言った。 「はい……話、聞いてくれる?」 「ああ。」 「やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるんやね。」 【やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるのね。】 「俺にとってあいつは、命の恩人でもあるしな。」 「…………」 寂しげな表情で視線を落とし、沈黙する涼子。 「大体やな。」 【大体だな。】 キョンは続ける。 「俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間違(ちゃ)うつもりや。」 【俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間じゃないつもりだ。】 涼子はハッと視線を上げた。潤んだ瞳でキョンを見つめる格好となった。 「許して……くれるの?」 「正直、複雑な気分や。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。」 【正直、複雑な気分だ。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。】 「……ありがとう……」 「それで、一体何がどうなってるんか、順を追って詳しく説明してくれるか。」 【それで、一体何がどうなってるのか、順を追って詳しく説明してくれるか。】 まずは江美里が説明を始める。 「単刀直入に言います。長門有希が消失しました。」 目を見開き驚くキョン。江美里は続けた。 「事の発端は、あの日。朝比奈さん、あなたも知っている『あの行為』を涼宮さんが長門さんに見られた日のことです。」 「ひっ!?」 突然名指しされたみくるは身体を強張らせる。キョンと一樹の視線がみくるに向けられる。 「その日の部活は、微妙に張り詰めた空気だったと思います。でも原因はそれではありません。その日の部活後の出来事です。」 そして江美里は、その後の経過を説明した。皆が帰った後の部室での、ちょっとした心のすれ違いが原因で起こったこと。それによってハルヒが非常に動揺したこと。 「その夜、涼宮さんはこう思ったんでしょうね。『有希に会いたくない』と。」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。そしたら、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言(ゆ)うんか!?」 【ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃ、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言うのか!?】 キョンが声を荒げる。 「そんな……そんな身勝手が許されるんか!?」 【そんな……そんな身勝手が許されるのか!?】 「あんまり涼宮さんを責めんといたって。」 【あんまり涼宮さんを責めないであげて。】 涼子が諌める。 「涼宮さんだって、自覚してへんから、自分の力を完全には制御できてへんの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけ違(ちゃ)うの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれへん。」 【涼宮さんだって、自覚してないから、自分の力を完全には制御できてないの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけじゃないの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれない。】 「……それで?」 不承不承ながら、キョンは先を促す。今度は涼子が説明する。 「情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかへんかった。」 【情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかなかった。】 そこに涼宮ハルヒの力が介在したから、と涼子は続ける。 「このままやったらあかんと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしもた長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入っとぉで。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。」 【このままではいけないと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしまった長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入ってるわ。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。】 『守護者』を強調して、涼子は続けた。 「わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかへんの。わたしはここにおったらあかん存在やから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れへん。」 【わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかないの。わたしはここにいてはいけない存在だから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れない。】 「何(なん)でや?」 【何(なん)でだ?】 と問うキョン。涼子は言葉を選びながら、慎重に答えた。 「今の長門さんは、涼宮さんにとって……とても大切な『お友達』。ある『気持ち』を分かち合える存在。『行為』だけなら、わたしでもできるけど……『心』を通い合わせるのは、たぶん無理。」 「どうも、要領を得(え)ーへんな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんや?」 【どうも、要領を得ないな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんだ?】 「それは、」 涼子は指を組んで言った。 「禁則事項。」 「禁則事項て……」 「お察しください。頑張ってます。」 涼子は咳払いを一つすると、続けた。 「……とにかく、このままやと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻されへんの。彼女、意地っ張りやから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなあかんの。」 【……とにかく、このままだと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻せないの。彼女、意地っ張りだから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなきゃならないの。】 「それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんやな?」 【それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんだな?】 「そうです。わたし達長門さんを知る者全員の協力が必要です。」 と江美里が答えた。涼子は続けた。 「涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導せなあかんの。」 【涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導しなきゃならないの。】 「それで、あたし達も呼んだんですね?」 と、みくるが声を上げる。 「そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導せなあかん。」 【そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導しなきゃならない。】 こうして、五人は長門有希再起に向けて協調して行動することを確認。涼子、江美里ら宇宙人勢力を中心に、協力していくことで一致した。 「わたし達五人、所属も立場も違いますが、長門有希の帰還のため、一致団結して行動しましょう!」 「そう言えば……」 キョンが思い付いたように言う。 「俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんや?」 【俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんだ?】 涼子は視線を床に落とすと、寂しそうに言った。 「わたしはあくまで長門さんの『バックアップ』。それに、以前の独断専行の廉(かど)でいわば『謹慎中』の身。この問題が解決されれば、再び情報連結が解除されることになるわ……」 「……お前は、それでええんか?」 【……お前は、それで良いのか?】 「…………」 沈黙。しばらくの後、涼子は口を開いた。 「……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できひん。でも、それに近い状態を経験した。」 【……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できない。でも、それに近い状態を経験した。】 涼子は顔を上げた。 「今なら分かる。『死ぬ』のはイヤ。」 『中身は別物と思って差し支えありません』 江美里の説明を思い出すキョン。 「でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。せやから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからやし。もし状況が違(ちご)てたら、わたしは再構成されへんかったかもしれへん。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなもんやから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれへんけど、どうなるかは……」 【でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。だから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからだし。もし状況が違ってたら、わたしは再構成されなかったかもしれない。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなものだから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれないけど、どうなるかは……】 涼子は指を組みながら言った。 「人間の言葉で言うところの、『神のみぞ知る』。」 彼女は今、自分の立場を理解している。用が済めば再び消される存在。それでも彼女は、その任務を果たそうとしている。それが彼女の存在意義。 だが、それだけではない。彼女は、同じ境遇を経験した者として、『自らの意思』でも行動していた。彼女は自らの『運命』を受け入れ、それでも前向きに行動しようとしていた。 「やらなくて後悔するよりも、わたしはやって後悔しようと思う。」 涼子の顔に、迷いはない。 「現状を維持するままではジリ貧になるんやったら、わたしは何でもええから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みやから。」 【現状を維持するままではジリ貧になるんだったら、わたしは何でも良いから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みだから。】 ←Report.12|目次|Report.14→