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▽タグ一覧 カラレスミラージュ、エノラ、メジロエスキー ───── ある日の夜。明日提出する課題も終わり、部屋でエノラちゃんとおしゃべり。 「いいなー、エノラちゃん。先輩たちにトレーニング付き合ってもらってさー」 「さっきからそればっかりね……そこまで羨ましいなら貴方も付き合ってもらったらいいじゃない。フラワーさんもエスキーさんも快諾してくれると思うけど」 「それはそれでちょっと気が引けちゃうっていうか……」 「……もう好きにしたら? 私はもう寝るから電気消すわね」 「えーっ!? もう少しおしゃべりしようよー!」 「……明日もおしゃべりできるでしょう?」 「あっ、そっか、そうだね……えへへ……」 「? よく分からないけどおやすみなさい」 「おやすみ、エノラちゃん。私も寝るね」 ───── 部屋の電気を消し、自分のベッドへ潜り込む。だけどすぐには寝つけなくて…… (この前エノラちゃんと走ってから焦りは薄れてきてる、だけどこのままだったらチームの先輩たちはおろか、エノラちゃんにも置いていかれちゃう……だったらやっぱり……) エノラちゃんにだけじゃない。先輩たちにも私の存在を刻みつけたい。できれば自分の背中を見せつける形で、敗北という名の絶望を味わわせて。 レース中でもないのに感情が薄く、鏡を見ていないのに表情が剥がれ落ちていくのを感じる。 (絶対に倒す倒す倒す……だったらそのためには……) 思考の海に溺れていく。今の自分にできる方法、先輩たちに食らいつく方法をただひたすらに頭の中で書いては消し、書いては消しを繰り返して。 ──その結果また寝坊しちゃうんだけど。 ───── 「……レス、カラレス……」 「うーん……あと1時間……」 「寝ぼけたこと言ってないで早く起きなさい」 「……ふぇ?」 「おはよう、ねぼすけさん」 「……えーっとエノラちゃん、今、何時?」 「8時前。私は着替えも朝食もとっくに済ませてあるから先行くわね」 「うそーっ!? なんでこの時間まで起こしてくれなかったの!?」 「目覚ましが鳴って1回、顔を洗ってからもう1回、朝食を食べに食堂に行く前に1回、食堂から戻ってきて1回。そしてさっきので1回」 「……ゴメンナサイ、ワタシガワルカッタデス」 「分かったならよし。遅れないように急ぎなさいよ」 「はぁーい……」 エノラちゃんが部屋を出てから急いで身支度を済ませ、食堂で余ってた朝食を胃の中に流し込み、教室までダッシュで向かう。 (こんな調子で大丈夫かな……幸先悪いなあ……) ───── 授業も終わり、待望のトレーニングの時間。幸か不幸か今日はトレーナーさんが会議で遅くなるということで自主トレという名の白紙委任を申しつけられたのであった。 (だったらいきなりだけど誰か併走してくれる人を……あっ、エスキーちゃん!) コースを見渡していると少し小柄(体型はそうじゃないけど)なウマ娘の姿を認める。どんな子相手でも笑顔でニコニコ接していてとってもキュートな先輩だけど、既に本格化を迎えていて、実力は芝の中長距離ならチームの中でも頭一つ抜けている怖い存在。 (以前の私なら怖くて一緒に走りましょうなんて言えなかった……でも今なら!) 薄紙1枚重ねた自信か、もっと仲良くなりたいという願望か、親友を奪われたくない醜い欲望の顕れなのか、足は自然と倒すべき相手へと向いていた。 ───── 「ねえ、エスキーさ……ちゃん!」 「あっ、ミラちゃん! ミラちゃんもトレーニングですか?」 「そうなの。今日はトレーナーさんが会議でいないからどうしようかなーって思って」 「だったら一緒に走りませんか? 誰かと併走したかったんですけど、エスキモーちゃんもドーベル姉さまも今日は不在ですし相手を探していたところなんですが、もしミラちゃんがよかったら」 「うん、実は私も併走お願いしようと思ってたところ。私でまともな相手になるか分からないけど……」 「……ミラちゃんと一緒に走りたいだけって理由じゃ駄目、ですか?」 「……っ! そんなことない! じゃ、じゃあすぐ準備するね!」 ずるいなあ、あの顔。絶対断れないじゃん。断るつもりはなかったけど。 ───── 「今日は芝右回り2400mでいいですか? 右回りでも少し長めの距離走っておきたくて」 「菊花賞、というより神戸新聞杯対策?」 「うーん、ミラちゃんなら言ってもいいですかね……実はわたし菊花賞ぶっつけで出る予定なんです。神戸新聞杯には出ません。まだ発表してないのでヒミツですよ?」 「えっ! ダービーから直接って!」 「ミラちゃん? 声が大きいですよ?」 「ご、ごめんなさい……」 まさかの衝撃発言に思わず大きな声が出てしまい、エスキーちゃんに窘められてしまう。もしかして併走前に動揺させる高度なテクニック? いやいや私相手にそんなことは……しない、よね? 「すぅー……はぁー……よしっ」 「落ち着きました?」 「うん、ありがと。準備できたよ」 「では3カウントのタイマー鳴らしますよ」 「うん!」 ピッ (息は整ってる) ピッ (脚も軽い) ピッ (頭は冷静) ピーーーーーーッ!!! (よし、出ろ!) ───── 勢いよく飛び出した2つの影。スタート直後は重なっていたけど、1コーナーを迎える頃には少しだけ間隔が開いていた。その差1、2バ身ほど……あれっ? (2人だけで走ってるから、必然的に前にいる人が逃げ・先行、後ろにいる人が差し・追込になるはず……でもこれって……) 2コーナーを過ぎて向こう正面に入ってもそれは変わらない。それでいてペースは遅いわけじゃない。むしろ私にとっては少しハイペースかもしれない。 (エスキーちゃんは脚質の幅は広いけど、基本的に先行のポジションでレースを進めることが多かったはず……この前のエノラちゃんとの併走だって、極端だったかもしれないけどかなり前でのレース運びだった。これは一体……?) 普段だったらとっくに顔から表情が無くなり、視界もモノクロに変化しているはず。それなのに今日はなぜか見えている世界の明度も彩度も落ちることなく、その色鮮やかな光を私に見せてやろうと輝いている。 (駄目駄目、もっと落ち着かないと……いつも通り、いつも通り……) そう心を落ち着かせようとした数瞬、エスキーちゃんが足を踏み込みみるみるうちに私との差を広げていく。3バ身、4バ身……もっと開いただろうか。それが10バ身ほどに開いた時、もう既に3コーナーを迎えるところだった。 ───── (……このままだとやられるっ!) 私もこれ以上突き放されないように足を強く踏み込み、必死に前を追いかける。このまま悠々と逃してしまっては併走の意味が無くなってしまう。 (実力差があるのは分かってる! だけどそれを覆してしまう、世界を欺いてしまうようなそんな力を私は手に入れるんだからっ……!) 目に映る世界の明度が落ちていく。モノクロの世界へと変えていく。 沈む沈む沈む── 『世界に映すは黒き幻影。己(おの)が見るは白き世界』 “Sink into the Mirage ” 走れ走れ走れ。そして己を刻みつけろ。光なんて美しいものじゃない、その暗い影をもって。 (もうすぐ直線。前とは7バ身ぐらいか。まだ差は残ってる。けど、この直線で一気にぶち抜く!) 無敗の2冠ウマ娘がどうした。そんなの勝負に関係ない。ただ後ろから貫くだけ! 「あああああああああああああっ!!!」 前との差がさらに縮まる。5バ身、4バ身、3バ身…… (いけるっ! 勝てるっ!) ───── 最後の直線、ミラちゃんに気づかれないようチラリと後ろを見やる。レースの中盤で広げた分の差は埋まり、むしろ捉えられかねない所まで迫ってきているのが確認できた。顔から表情は抜け落ち、瞳は暗く落ち込んでいる。 (いくら練習でも負けたくないですし、それにここで勝ちを譲ってはミラちゃんのためにもなりません。なのでここは少し気合い入れさせてもらいますよっ!) ───── 残り200m。勢いに乗り、ここで一気に差を塗り潰そうとさらに足を踏み込む。 (あれ……? 脚に力が残ってない……!? でもここで交わさないと……!) 伸びない、交わせない。逆に一度詰めた差が開いていく。 (エスキーちゃん、まだそんなに脚が残っていたなんて……) そして5バ身、6バ身開いたところがゴールだった。 ───── 「ハァ……ハァ……」 「お疲れさまでした、ミラちゃん。併走付き合ってくれてありがとうございましたっ」 「こちらこそありがと……やっぱりエスキーちゃんは強いなあ……」 「まだ本格化してないのにここまで食らいつけるミラちゃんも凄いですよっ! いつか本番のレースで一緒に走りましょうねっ!」 私が息も絶え絶えになっているのとは対照的に、エスキーちゃんはほとんど息が上がっていない。こんなところでも実力差を感じてしまう。 (まだまだ頑張らないと……とりあえず部屋に戻ったら今日の併走の振り返りをして……) そんなうーんうーんと唸っている私を見て、エスキーちゃんはクスリと笑う。 「ねえねえミラちゃん、ちょっと耳貸してもらえますか?」 「? どうしたn……」 「レース中のミラちゃんの顔、素敵でしたよ」 「えっ、うそ……見られて……っ! 違うの、エスキーちゃん! いや、違わないんだけど……そうじゃなくって……」 見られてしまった、無表情の私を、感情が抜け落ちた私を。いずれバレてしまうとは思っていたけど、こんなに早く見抜かれてしまうなんて。 「わたしは好きですよ? 普段のミラちゃんの顔も素敵ですけど、ある意味感情がむき出しになってるあの顔も良いと思いますっ」 「そう、言ってくれるの……?」 「当たり前じゃないですかっ……もっとあの顔、わたしに見せてくださいね?」 「それで負けても知らないからね」 「負けませんよ? ……あっそういえばあともう1つ伝えるの忘れてました」 「どうしたの?」 レースの話だろうか、それともチームのこと? 「エノラちゃんのこと、別に奪ったりしませんから安心してくださいね?」 「〜〜〜っ……! エノラちゃんとは別にそういう仲じゃ……!」 一瞬にして表情が元に戻り、一気に顔が赤くなる。 「ですって、エノラちゃん」 「えっ、うそ、エノラちゃん……?」 「ふふっ、冗談ですよ」 「もーっ! ちょっとエスキーちゃん!」 「ごめんなさい、少しからかっちゃいました。でもエノラちゃんとは仲良く、ですよ。エノラちゃんも気にしてましたから」 「えっと、それはどういう……」 「それはエノラちゃんに聞いてください。わたしの口からは言えません。ではわたしは先に戻ってますからー」 「ちょっと! エスキーちゃん酷くない???」 口元に指で小さくバッテンを作って何も教えてくれなかった……部屋でエノラちゃんを問い詰めるしかないかなあ…… ───── 夜、部屋に戻ってエノラちゃんとおしゃべり。 「──それで最後詰めようとしたんだけど、最後脚が上がっちゃって負けちゃったんだよね……いけると思ったんだけどなあ……」 「それでも私より差がないじゃない。実力、ついてきたんじゃない?」 「いやそれがね、エスキーちゃん何か試してる感じだったんだよね。だから素直に喜べないというか……あっ、そうだ」 「どうしたの?」 「エスキーちゃんが最後に言ってたんだけど……エノラちゃん、最近私のことずっと気にかけてくれてたって本当?」 「……さあ、何のことかしら。ほらもうこんな時間。早く寝ないとまた寝坊するわよ」 「ちょっとエノラちゃん!? 電気も消して……話はまだ終わってないんだけど!?」 「すぅ……すぅ……」 「エノラちゃんが狸寝入り決め込むなんて……いつか話してもらうんだから……!」 ───── 併走で疲れていたのか、その日は早く微睡みの中に落ちていった。翌朝も目覚ましで……じゃなかった、エノラちゃんが2回目に体を揺らしてくれた時に起きることができた。成長、成長!
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▽タグ一覧 SS カラレスミラージュ ──ウマ娘には、18歳の誕生日を迎えると同時に、人と同じような姓名を名乗る権利が与えられる。 国内人口に対し、ウマ娘の総数が少ないことは皆様ご存知であろう。トレセン学園に所属し、或いは無所属であったとしても、レースに出走している間はウマ娘としての名前を使うのが常である。しかし卒業を迎え、人間中心の社会に出る際には……社会のシステムに迎合する形で、人の名前を名乗れた方が便利になる場面が多い。 もっとも、与えられるのはあくまで「権利」である。18歳になってすぐではなく、20歳や30歳を迎えてから名乗ってもいいし、名乗らなくてもいい。それに、ウマ娘の名を捨てろという意味ではないので、「○○ ○○を名乗っています、ウマ娘の××××××です」ということも問題なく可能なのだ。まあ、お役所仕事の為と言ってしまえばそこまでなのだが。 前置きが長くなった。つい自分の時のことを思い出して、話が長くなるのは私の悪い癖だ。 ……私の母も、人間の姓名を使っているウマ娘。姓は文野、名は……重要じゃないか。トレセン学園の中でもそれなりに……いや、かなり優秀な生徒だったと思う。何せ重賞で4勝を挙げたウマ娘。G1にこそ届かなかったが、関係者から話を聞けばその素晴らしさを耳にすることばかりだった。 「3%の法則」という言葉を教えてもらったことがある。ある年に生まれたウマ娘のうち、学園へ入学し勝利を重ねてオープンクラスに至る生徒の割合。私の母はその3%で……父は、そうじゃない少女達を見続けていたトレーナーだった。 卒業と同時にサブトレーナーから始めて、三十路も超えて少しした頃に出会った生徒が、他ならぬ母であった。それまでは、やはり苦悩の日々だったという。ウマ娘たちにとって憧れの舞台、重賞レース。そこに辿り着けぬまま6年間を迎え、或いは怪我や病気、心労で道半ばに学園を去って行く少女の、なんと多かったことか。 だからこそ、母の走りは鮮烈だったという。悩み全てを吹き飛ばすような、最後の一瞬まで目が離せないような素晴らしい追込脚質。思い焦がれるのも当然の帰結か。母もそこまで導いてくれた父に好意を持ったらしく、学園卒業と同時に電撃結婚。そうして私が生まれたわけである。 ……ここまで散々語ったが、母も父も自身の現役時代にはあまり触れない人物だった。2人の逢瀬や走り方は、一切聞いたことが無かったものだ。 恐らくは、無理して両親の影を追う必要はないと考えてくれたのだろう。嘗ての私が「あのような」気性だった時にも、変わらず接してくれて。それでいて直したいと言った日には手助けしてくれた、そんな優しい両親だから。 閑話休題。母の走りを知ったのは、トレセン学園に入学した後だ。「文野」という、父とは全く違う苗字。父のトレーナーとしての名と、その経歴に初めて重賞勝利という栄誉を刻んだウマ娘。これだけ分かれば、特定することはそう困難ではなかった。 フミノ◼️◼️◼️◼️◼️。それが母の、ウマ娘としての名前。まあ今更名前を知ったところで、私の母は母であるからそこまで感慨は無かった。それよりも、彼女の走りがあまりに見事だったから、そちらに記憶の大半が偏ったのも大きいだろう。 いずれにせよ、私にとって母の名は長年「文野◼️◼️」であったから、元の名を知ったところでその印象は変わらなかったという話である。 ………… 「そう……だったら、今後は『彩ちゃん』って呼んだ方がいいかしら?」 「どっちでも大丈夫。今まで通りミラージュでも……新しい名前に合わせて彩でも」 「だったらミラちゃんのままにするわね、そっちの方が馴染み深いから」 「分かった」 大学進学にあたって、私は早々にこの権利を行使することを決めた。唐隅彩(からすみ-あや)、もう少しどうにかならなかったのかとは思うが、自分の名は自分で決めるべきということで私なりに頭を回した結果である。両親からもNGは受けなかったので大丈夫だろう。これで「魅羅亜樹」とか名乗っていたら流石に怒られたと思うけど。分かる人には分かる、ただ一見しただけでは気付けなさそうな文字と音のチョイスに難儀したものだ。 ……私の将来の夢、怪我や心労に苦しむウマ娘を支えたいという願い。いくらかあの男に影響されてしまった気もするが、まあ構わないだろう。人は誰しも他者に影響されるものだから。 かつて共に切磋琢磨した先輩の顔を思い出す。「より多くのウマ娘が、より幸福になれる社会を」……流石に政界へ出ると聞いた時には驚かされたが、彼女も彼女なりに勉学へ励み、着々と目標へ近づいているという。 ……素晴らしい夢、途方も無い夢。罷り間違っても私には無理だろう、兎にも角にも自分を隠すので精一杯、とんだ自己中ウマ娘だった私には。嗚呼、だからこそ、そういった素晴らしい野望は相応の人に任せるのが良い。 私が人間と同じ姓名を名乗ることにした理由は、極めて単純。「カラレスミラージュ」という名が伝わってしまっては困るからだ。だって、そうでしょう? 例えば保健室に居着いたとして、そこに座る相手が大々的に「私はGIグランプリウマ娘」だなんて名乗っていれば、相談する気も失せるはずだ。こんな相手に相談したところで、私とは住んでいる世界が違うから、なんて。 というか私なら失せる。嘗てのトレーナーとの初対面で「特に重要な案件でもないのに、生徒会役員へ声を掛けられるか」と聞かれてNOを返したのは、他ならぬ私だから。 だから、私は隠す。匿す。騙す。気になった娘は自分で調べればいい、その上で私に対してどう振る舞うか考えればいい。結局、私には万人を相手取ることなんて不可能なのだから、私に助けを求める相手だけを救えばいい。それが、唐隅彩としての私の立場だ。 もっとも、少しでも頼りたいと思ってもらえるよう努力はするつもりだけど。 ……年若い少女たちを騙すような真似、申し訳ないと思わないのか、ですか。けれど、そちらも忘れているんじゃないですか? 私はカラレスミラージュ……無彩色の蜃気楼。今まで数多の相手を騙し欺き討ち倒してきた、それはそれは人でなしで薄情者のウマ娘。 そんな私が抱いた、誰かの助けになりたいという大願の前には、名を偽ることくらい些末事でしょう? ……安心してください、もう以前のような笑顔は浮かべませんよ。あるがままの自分を助けて欲しい、そんな少女たちの支えになりたいと言うならば。まず私があるがままの姿を見せませんと。 これは、唐隅彩としての第一歩。もう必要のない仮面を放り投げて、ターフを走るウマ娘から、新たな私に生まれ変わるための儀式。 さあ、どうぞご笑覧あれ! 果たして嘗ての少女が、誰かにとっての救いに成らんとする願いは、成就するか否か! ……まあ、私としては「成就する」に賭けることをオススメしておきますよ。というか、せめて私くらいはこちらにベットしておかないと……ね?
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極度の乾燥肌であり、地肌を晒すとすぐに乾燥により痛みを感じだすので、それを抑えるために全身タイツを着ている。
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▽タグ一覧 SS カラレスミラージュ シュウマツノカジツ ミラー「カジツさん、こんにちは……ずびっ」 カジツ「ミラちゃん、こんにちはッス。風邪でも引いたッスか?」 ミラー「花粉症ですね、ちょうど薬切らしちゃってまして……今日が休日でさえなければ、なんですけど」 カジツ「……そうッスか、自分の薬でよかったら持ってくる? 確かミラちゃんのと同じはずだし」 ミラー「めっちゃ助かります……ずずっ。正直、人と話すのも支障きたしちゃってるので」 カジツ「マジで辛いッスからね……無縁な皆が羨ましいッスよ。とりあえず飲むために何か食べよっか」 ミラー「でしたら、折角だしラーメン頼もうかな……カジツさん、オススメあります?」 カジツ「今日だったら……いや、聞いてから考えるッス。ミラちゃんの好みも知りたいしね」 ミラー「……! はい、お願いします!」 和気藹々と談笑している2人、運んできたラーメンの香りが食欲を刺激する…… その時、ふと閃いた! このアイディアは、ブレイブロードとのトレーニングに活かせるかもしれない!
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▽タグ一覧 SS エノラ カラレスミラージュ 燦々と照らされた砂の上で、カラレスミラージュは 「海ー!」 と騒いでいた。 今は夏合宿中。ビーチが宿舎の近くにあるので遊びに来る生徒が多い。カラレスと、私もその1人だ。 「動力パイプよし…問題ないみたいね。」 「?なにそれ?」 私がメンテナンスを済ませると、カラレスが子供のように駆け寄ってきた。 「モーターボート。海は祈りだから。」 「祈り?」 とにかくモーターボートを担いで海に投げる。ボシャン!と音がして、ボートは居るべき所で起動を待っていた。 「何しに行くの?」 「見回り。溺れてる人が居ないかどうかね。」 エノラの奥に染み付いた行動が、この救命活動だ。 「それじゃ行ってくるわ。sailor.」 「せ、セーラー…」 エノラが行ってしまった。 「わーい!」 バシャバシャと音を立て、カラレスは海に入っていく。 着てきた水着が映えるいい天気だ。 海で泳いでいたカラレスの目線は、ある1点に集中していった。 エノラだ。 目立つ紫色のボートを駆り、海の上を滑るように移動する様は魚のようだった。 「かっこいいなぁ。私も乗せて欲しいなぁ…」 なんてボヤいてみる。 すると、ボートの向きが急転換した。ヘルメットからはみ出た髪が重圧でなびくのが見える。 「まさか…聞こえたの!?おーい!」 もしかしたら乗せてくれるかもしれない。そんな一抹の期待を乗せた後部座席は。 「大丈夫ですか!?」 誰とも知らないウマ娘が奪っていった。 「…………」 エノラの声からして心底心配しているであろう声だ。そこにそれ以外何もありはしない。だけど…… 「私も…乗せて…?」 醜い嫉妬にまみれた呟きは、波が持って行ってしまったようだ。 回収されたウマ娘は海の家の救護班に引き渡されたらしく、後部座席には空気が胡座をかいていた。 「……おーい!」 手を振ってエノラにアピールしてみる。 最初は無視されていたが、数十秒後にボートがこちらを向いた。 ブオオオン!と声を荒らげて走ってくる。 「どうしたの?」 メットを被ったエノラが声をかけてくれる。それだけで嬉しくて、目的を忘れてしまいそうだった。 「えーっとね、私も乗せて欲しいなー……なんて。」 エノラは心の底から人助けの為にボートに乗っている。自分がしようとしていることは、それを邪魔する行為に他ならない。 流石に一蹴されるだろう。言葉を待った。 「………今は、無理ね。」 少し考える素振りを見せたあと、エノラはそういった。 「……あ、あはは、まあそうだよね。」 空元気によってこの喪失感を押さえつけようとしたが、どうやらその必要はないようだ。 「夕方の海のほうが、あなたには似合うもの。」 そういうとこが、ズルいのだ。エノラは。 「…うんっ!」 最早空元気は不要だ。カラレスの笑顔は、バイザー越しのエノラの顔を柔らかくしたのを、確かに感じた。
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▽タグ一覧 SS メジロエスキモー 「ねえトレーナー。明日って予定、ある?」 バレンタインデー前日。緊張しているのを悟られないように、そして顔が紅潮しているのをごまかせるようにトレーニング後の帰り道で声をかける。 「明日? いつも通りに仕事こなしてエスキモーのトレーニング見るぐらいだけど」 よし。トレーナーに見られないように小さくガッツポーズ。これで予定が入ってたりしたら、せっかく練習したのが無駄になっちゃってた。 「じゃあそのまま予定空けたままにしておいてね。あと夕食も用意しちゃダメだから」 少し抜けたところがある私のトレーナーは 「? 分かったよ。明日は夕方からフリーにしとく」 と絶対分かってない返事。こんなにカッコいいのにチョコもらったことないのかな……出鼻をくじかれたみたいで少しよろけそうになる。だけど。 外泊届も出した。チョコはエスキーやフラりんに試食してもらって太鼓判を押してもらった。 ──乙女の決戦日。絶対失敗するわけにはいかない。 ───── バレンタインデー当日。トレーナーの家にて。 「ごちそうさまでした」 「お粗末さまでした」 「本当料理上手になったよな。契約して最初にお弁当作ってもらった時なんか……」 「もうっ! その時のことは忘れてよっ!」 トレーナーになってもらって最初の年、トレーニング見てもらってるお礼の意味で作ったお弁当は散々な出来で…… 「見た目は良かったんだけどな……」 この時のショックが大きすぎて、これまでのバレンタインもずっと既製品をプレゼントしていた。それでもトレーナーは喜んでくれたんだけど、せっかく部長との特訓で上達した腕前、ここで発揮せずにしていつ使うのか。 「ねえ、トレーナー」 意を決してトレーナーの隣の椅子に座り声をかける。 「ん? どうした?」 「はい、ハッピーバレンタイン」 綺麗に包装してお洒落な手提げ袋に入れたバレンタインチョコ。それをトレーナーにスッと差し出す。緊張、バレてないよね。 「おぉ! そっか、今日バレンタインだったな。ありがとう!」 やっぱり抜けてる。 「もう、去年もあげたでしょ。既製品だったけど」 ふと漏らした言葉が気になったのか、 「ということは……もしかして今年は手作り? うわー、嬉しいなあ。手作りチョコなんて初めてもらったよ」 「……えっ? だってトレーナー……」 こんなにカッコいいのに。 そんな言葉をぐっと飲み込んでいると、トレーナーがフッと笑い、 「そんなに意外だった? モテたことなんてないよ、今の今まで。彼女は……まあいたことはあるけど長続きしなかったし、付き合ってた期間バレンタイン被ってなかったから、手作りなんて本当に初めてだよ」 「そっか、そうなんだ……」 私が、初めて……嬉しいな。 緩みそうになる顔にグッと力を入れてなんとかこらえる。そして、 「あのねトレーナー。私、私ね。トレーナーのことが……」 その続きを言おうとした瞬間、トレーナーが手で遮る。 「あのなエスキモー。今エスキモーが言おうとしてること、流石のオレも分かるよ。だけどな、オレはトレーナー、エスキモーは学生だ。嬉しいけど今その気持ちに応えることはできない」 「えっ、でも私、本当にトレーナーのこと……」 声が詰まり、涙が零れる。こんなはずじゃ…… 「泣くな泣くな。何もお前の気持ちが嫌だって言ってないだろ? だからさ」 そこで言葉を区切り、じっと私の瞳を見つめる。 「続きは卒業する時に聞かせてくれ。オレもエスキモーからその言葉を聞くのを待ってるから」 「えっ、それって……」 「言わないからなっ!? 言ったらオレが我慢できなくなるんだから」 そう言って顔を背けるトレーナー。だけどその頬はちょっと赤くなっていた。そんな後ろ顔を見て思わず、 「ありがとうトレーナー! 私、頑張るから!」 横からギュッと抱きついちゃった。 「大丈夫かなほんと……」 トレーナーがポツリと零した一言は聞かないことにした。今はこの幸せを噛み締めたいから。 ───── 「味、どうかな?」 「こっちはシンプルなトリュフで、こっちは抹茶……これは……お酒入ってるのか?」 「そう、ラム酒入れてるの。トレーナーお酒好きだって言ってたから。他にもいろんな種類作ったから美味しく食べてね?」 お互い気持ちを落ち着いたところでプレゼントしたバレンタインチョコを食べてもらっている。やっぱりちょっと味が心配だったけど大丈夫みたいね。 「これだけ作るの大変だっただろ?」 「ううん、そんなことない。トレーナーのこと想って作ってたから全然大変じゃなかったよ」 「よくもそんな恥ずかしいことを……でも本当にありがとうな。お返しはちゃんとするから」 「3倍返しだからね」 なんて冗談を言うとトレーナーも、 「ハハッ、それは大変だ」 って笑って返してくれた。 ……なんかいいな、この会話。 ───── トレーナーがチョコを全部食べ終わって、私がキッチンで食器の後片付けをしていると、 「エスキモー、門限は大丈夫か? もうそろそろ出ないと間に合わないんじゃないか?」 とトレーナーがリビングから声をかけてきた。 「大丈夫だよ。外泊届、出してきたから」 「えっ、おい、もしかして……」 「泊まらせてもらうから。いいでしょ?」 「荷物多かったのってそういうことか……」 ため息をこぼし、しばし逡巡。ただ寒空の下追い出すのは躊躇われたのか、 「分かった。泊まっていいよ」 「やった! ありがとうトレーナー!」 「ただし寝るのは別々だからな?」 「えー」 「えーじゃない。何かあったら駄目なんだからな?」 「でもトレーナーのベッド大きいよ? ちょっと離れてても大丈夫じゃない?」 「おい、いつの間に寝室見てたんだ……」 「それはナイショ♪」 トレーナーがお手洗いに行ってる間にこっそり見ちゃった♪ 「それにソファとか床で寝たら体痛めるよ? それで明日から私のトレーニング見るのに支障出たら大変だよ? 一緒のベッドで寝よっ?」 もっともらしい理由を並びたて、同じベッドで寝られるように圧をかけていく。すると諦めたのか折れたのか、 「分かった分かった。ただ、くっつくのは絶対禁止だからな。それだけは守ってくれ」 と条件つきで一緒に寝るのを許してくれた。 「ありがとね、トレーナー!」 ───── 2人ともお風呂に入り少しの間ゆっくりしていると、お互い疲れが溜まっていたのかうつらうつらとしていた。 「どうする、もう寝るか?」 「うん、そうする……」 私がもぞもぞと布団に潜り込むのを確認すると、トレーナーが部屋の電気を消してくれた。 トレーナーが布団に潜り込んだのを確認したところで、眠気が頂点に達した。 「トレーナー、おやすみなさい」 「ああ、おやすみ」 ───── 「それでエスキモーちゃんはそのまま朝まで寝ちゃっていたと」 「朝は私が先に起きてご飯作ったんだよ? トレーナーも美味しかったって言ってくれたし」 「うーん、そうじゃなくてですね……」 翌日学園に戻ったところをエスキーに捕まってしまい、仕方なしに昨晩の結果報告をすると、はぁ〜っとため息をつかれた。なんでよ。 「仕方ないでしょ!? あんなこと言われたら無理じゃない!?」 「うーん……まあ真面目なエスキモーちゃんにしては頑張ったと思います。卒業するまで頑張りましょうね。応援してますから」 「なんか納得いかないなあ……」 けなされたというかなんというか…… 「まあいいか。明日からまた頑張ろっと」 そう呟いて私は自分の部屋に駆けていくのであった。 ──トレーナーから「いつでもご飯作りにきていいから」ってもらった合鍵のことはみんなに内緒にしておこうっと。
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肩が凝る。息を吐く。……少しだけ、気が滅入る。 『1着はレッドレジスタンス!その後にはブランケットブルー、グリードグリーンが続きました!』 耳の奥で鳴り響いているのは、先ほどのレースの結果。学園内選抜レース、右回り芝2000m競走。全10人の走者の中、私は……4着だった。 決して喜ぶべきではない、さりとて悲嘆に沈み泣き喚くようなものでもない結果。だからこそ私は笑う。程々に眉を寄せて残念がりながら、しかし次は勝つと意気込んでみせる。 そうして1人、私はレース場から離れる。何せ今の私には、微妙な順位を慰め合う友人も居なければ、スカウトを考える酔狂なトレーナー候補も居ない。 選抜レースなどというスタートライン以前の場所で、3度に渡る挑戦の果てに……銅メダルの1枚も取れないウマ娘へ関心を持つ者は居ないだろうから。 カラレスミラージュ、無彩色の蜃気楼。名は体を表すとの言葉通り、私というウマ娘の素性というものは酷く可笑しなもので。無言無表情無感情無愛想、愛嬌あるウマ娘が持ち合わせるべき悉くを私は有していなかった。光の差さない濁り瞳を鏡越しに眺め、自分のことながら嘆息したのを覚えている。 その割に肉体は高身長で脚も長く、出る場所は女らしく出た図体のみ大きい小娘。そんな存在が小学校という場で異端とされぬ筈もなく、表立った被害こそ無いものの私に話し掛けてくる奇特な子供は1人として居ない6年間。……とても寂しかった。 こんな気性の私をも、両親は暖かく育ててくれていたが、流石に変わらねばならないと決心。2人の協力を得て笑顔の作り方や明るい話し方、他者との距離の取り方を特訓した。幸いに脚は早く、持久性以外の能力は身に付いていたため、募集の掛かっていた中央トレセンに無事合格。きゃぴきゃぴ明るく楽しげな少女を装い、新生活の幕開けと相成ったのだが── ──夕焼けを越え、日が沈んだ頃に屋外へ戻る。手続きの不備ということで私と同室の相手は決まっていない。とことん私は孤独だと恵まれぬ運を悔やんだものだが、今は却ってありがたい。 適度に身体を温め、コースを駆ける。始めの2周は軽く息を整えながら、コース中の荒れを確認するように。多くのウマ娘によって踏み荒らされた芝と土、その中でも目を引く……大きいながらも、踏み込みの甘い足跡を見咎めながら。 両の人差し指で唇を押し広げ、無理矢理に笑顔を作る。誰にも見られていないというのは気楽なものだが、こういった場面での綻びこそが後々に響くものだと、自らへ言い聞かせるように。 「位置について。よーい、どん!」 わざとらしい程に愉快な声を張って、1人きりのスタートを切る。私は逃げや先行策よりも、最後の追込が得意なウマ娘。序盤は適度に力を抜き、最後に後ろから仕留める戦法を好む。昼間、私が走ったコースをなぞるように、ゆったりとしたペースで後方に付けた。 第一コーナー、第二コーナー……淀みなくレースは進み、いよいよ最終盤面。大丈夫、笑顔は崩れていない。ちゃんと『私らしく』走れている。さあ最後の直線前、ここで一気に踏み込む……ッ!? 明らかに、踏み込みが浅い。足が滑る。なんとかバランスを取り、蹴り込んだ足からの僅かな力で加速する。加速、する、加速……し……て…… ゴール板を越えた瞬間、両足から力が抜けてへたり込む。情けなく空を見上げながら、にへらと弱々しい笑みが浮かぶ。昼よりは良かった、それでも酷い終わり方。嗚呼、早く立ち上がらなければ。此処で切り上げるにせよ続けるにせよ、只々みっともなく座り込んでいる暇なんてない、そう心中で唱え、震える両脚に力を込め── 「無理はいけませんよ、とりあえずこちらに」 「──えっ……」 何処からともなく現れた男性に腕を引かれ、私は近場のベンチに座らせられた。ご丁寧にドリンクのボトルまで持たせながら。 「んくっ、んくっ……ぷはぁ、ありがとうございます!」 「いい飲みっぷりですね、カラレスミラージュさん。相当根を詰められていたご様子で」 「え、私のこと知ってるんですか!?」 「今日の選抜レースも拝見させてもらっていたので。貴女を含め、出走者の名前は全員覚えていますよ」 男性……トレーナーさんはそう答える。短めの黒髪を綺麗に整えた、眼鏡の似合う好青年という風貌。 詳しく聞いてみれば、少し前まで医者をやっていたけど今はトレーナーに転身したとのこと。ドリンクの飲み方は少し注意された。それで、気になる娘が何人か居た中で、うち一人の私が夜になっても練習していたから眺めていたとのこと。そして…… 「カラレスミラージュさん、何か……悩みとかお持ちではありません?」 「悩み、ですか。やっぱりレースに勝てないのは堪えますね! 私も頑張っているんですが、皆さんすごいので!」 ふわりとした笑みに促され、『明るい私』の持つ悩みを暴露する。取り立てて隠すような秘密でもない内容、しかしそれを聞いたトレーナーさんは眉間に皺を寄せた。 「いえ、そうではなく……走ることを苦にされてはいないか、そう思いましたから」 トレーナーさんは至って優しく、心配そうに問い掛けているだけ。ウマ娘の不調を疑い、叶うならば吐露させて楽になって欲しい、そんな気持ちが伝わってくる。けれど。そんな言葉を聞く私の心中は、ぞわりと虫が這った様に震え上がっていた。 まさか、バレている? いや、昼のレース中も一貫してボロを出すような失態は犯していない、はず。ならばどちらにせよ、此処は心配を素直に受け取るべきなのに……「……どうして、そう思ったんですか?」 無意識のうちに溢れ出したのは、少し冷えた声音。ハッと目尻に力が籠る。大丈夫、危うく口を抑えそうになったのは抑え込んだ。あからさまに露呈するような真似は、まだ。 「……他のこと比べ、やけに震えの少ない脚でレース場を出て行ったこと。パドックにいた時から、少し上の空に見えたこと。色々ありますが、1番の決め手は、最後のスパートの時に──」 ──逡巡と躊躇。自問自答していたんじゃないのかい? 私は本当に走っていいのか、なんて。 両手に抱えていたボトルが滑り落ち、土の上に色濃い染みを広げる。心臓に氷を押し当てられたような錯覚。全身から血の気が引いていくのを実感する。思考は硬直して、肉体の統制権が放り出された状態。なんとか両手だけは動かし、必死に微笑みだけは絶やさないよう……「もういいぞ。大体キミの気性は把握したし、俺相手に取り繕わなくて構わない」 「ッ……」 駄目だ、完全に露見した。入学してから今日この日まで、必死に作り上げてきた『明るい私』が崩れ落ちる。このまま彼の口から、私の本性は知れ渡って……「ああ、別に言いふらしたりはしないから安心しろ。患者の……そうでなくても生徒の情報漏らすような真似は、な」 コンプラまみれの元医者を無礼るなよ、なんて呟いてから、私を見つめてくる双眸。 優しげな気配を捨て、射抜くように私を貫くその視界には、さぞ燻んだ『私』が映っているんだろう。 そのまま寸刻、互いに沈黙の時が過ぎる。彼から問い質すようなことはない、私から話せということか。何れにせよ……此処まで剥がれた化けの皮なら、もう価値はない。ならば、付き合ってくれた義理と、本心を暴いてみせた報酬はきっと必要なのだろう。 「……怖い、から」 「…………」 「怖がられる、離れられる……孤立する。もう慣れた、でも……嫌」 「…………」 ぽつり、ぽつり。あれほど軽快に話していた少女の姿は見る影もなく。それでも、私は『私』を晒していく。 「変わらなきゃ、抑えなきゃ……だから、私は……」 「仲良しごっこのために手を抜いたと」 「違っ──、ううん、……そう、なのかも」 思い出すのは、選抜レースの最終コーナー。前方には9人、私は最後尾。ヘロヘロに疲れ果てていた他の娘達に対して、私は上手く潜り込めていたから脚も残って少し余裕があった。あのままトップスパートで行けていれば……でも、それはつまり。 『明るく可愛い私』を諦めないと、勝てない。何も『無い』私じゃないと……なら、その後は? 一度取り繕うことを覚えた私が、それを捨ててしまったら? ほんの一瞬の思考、でもレース中の一瞬は、あまりに長い。意識しないでいようと集中しても、その時が来れば思考が向いてしまい……その結果が、3度の敗北。 ウマ娘である以上は勝つことに全力を注ぐべきなのに、何という有様か。こんな話を聞かされて、彼も心底失望しただろう。これ以上時間を使わせるのも申し訳ない、早く謝罪を告げて此処から……「……なんだ、そんな事かよ」 「……なんて、言ったの」 「そんな事かよ、と。生来の脚部不安で走るのが不安とか、そういう話だと思ったら『ぼっち嫌だから走らない』とか言われた日には力抜けるぞ」 「……ふざけないでっ!」 嗚呼、自分は何を言っているんだろう。この場を100人が見れば100人とも、ふざけているのは私だと言うだろう。いっそ自分自身自覚があるから101人か。理不尽極まりない罵倒にも言い返す事なく、トレーナーは肩を竦める。 「事実とはいえ、言い方ってモノがあったな。悪かった。だが俺もこのまま引き下がるのは癪なんで……1つ、勝負しないか?」 私に背を向け、コースを眺めるトレーナー。その表情は、愉快なものを見つめるような喜悦に満ちていた。 「右回り芝2000m、あの時と同じコースだ。さっきの走りの疲労も勘案して……2分8秒5。このタイムを切れればキミの勝ち。遅ければ俺の勝ち」 「は……!?」 2分8秒5、それは選抜レースの平均より1秒以上も早いペースだ。今日のレースで1着を取った娘も、絶好調の状態でギリギリ9秒台だったはず。それほど無茶な提案なんて。 「当然シビアな条件なのは承知済みさ。だから、もし勝てばキミにいいヒントを教えてあげよう」 「……私が、負けたら?」 「『八つ当たりしてごめんなさい』、13音で構わないぞ。何なら条件キツ過ぎたってことで言わなくても構わない。どうする?」 挙句の果てに、勝てば有益なヒントを、負けても何も無いと来た。その声を聞けば、顔を見ずとも、本能で分かる。……私は、彼に、バカにされていると。ならば、私の答えは。 「……勝つ、絶対」 「おう、精々足掻いてくれよ?」 2枠2番。何度も脳内で繰り返した、あの時の繰り返し。今までと少し違うのは、『私』の振る舞いに、意識を向ける必要がなくなったことだろうか。何せ、私の素は彼に露呈しきった後だから。自然体で程々に脱力した身体……少し、気分が楽だ。 「それじゃ始めるぞ。位置について、よーい……」 トレーナーからの声で意識を引き締める。これは雪辱戦なんて大層なレースじゃない。ただ、私をバカにした人間に報いるためだけの走り。並走者の1人も居ない夜のコースで── パァンッ……!! ──高らかに、銃声と似た電子音が響き渡る。 取り立ててコース取りの変わることがないレース冒頭。普段よりも気持ち前傾になりながら、前に出過ぎないよう状況を伺う。無人のレース場と、走者で沸き立つレース場が視界の中で混ざっていく。逃げを打ったのが2人、先行策に付けたのが5人。後は差しを狙う2人と、最後尾の私。 レースは淀みなく進み、中盤。まだデビュー前の娘に2000mは長いのか、既に疲れ始めている娘が数名。それを上手く風避けに使いながら、未だ最後尾で脚を溜めつつ外側を目指す。呼吸は乱れない。 ……最終コーナー。ヘロヘロにふらつきながら後ろへ流されていく前方のウマ娘。此処だ、と一気に力を込める。地面を踏み……蹴り抜くッ! さあ後ろから上がってくるのはカラレスミラージュ! 1人、また1人と千切って、前に見えるのはあと4人! 軽快に逃げてきたレッドレジスタンス、先行策からの猛追を狙うブランケットブルーとグリードグリーン。何バ身も差を付けられて負けた彼女達との距離は、200mを残した今なら3バ身程度! ……そして、もう1人。ロクに加速も出来ないまま、それでも必死に喰らい付こうとする無彩のウマ娘。嗚呼、『彼女』は傍から見ればこのように映っていたのか。自分の目的のため、過去の孤独を振り払うため懸命に藻搔いた少女。その姿は応援したいものだと思う。でも……「貴女(わたし)に、『それ』は、似合わないッ……!」 彼女の歩幅を越えるように脚を踏み出し、抜き去る。過去の自分を置いて行くように、振り払うように。少しずつ、視界の端から虚像が消えて行く。景色の流れが速くなっていく。残り100m、かつて捉えきれなかった影が目前に迫る。 ……皆、あの時に十分満足したでしょう? 勝った、或いは眼前まで勝ちに迫れた、強い強いウマ娘さん? 私はあの時、其処まで至れなかったんだ。だから、今くらいは……「私、に……ッ! 寄越せ……!」 幻影を切り裂き、捩じ伏せる。全員をまとめて置き去りにするように、一歩また一歩と加速する私の身体。眼前の光景が少しずつ色褪せ、肉体の悲鳴をも無視して── 「──ッ、ゴールイン! 終わりだ!」 フェンス越しに聞こえるトレーナーの声に、手を振って応えようとして……脚から力が抜ける。 「かはっ、コヒュ……ゲホゲホッ!」 肺が破れそうになり、呼吸が儘ならない。なんとか速度だけは抑えて小走りになりながら、芝に倒れ込む。必死に酸素を取り込もうと試みるけど、咳が止まらないせいで上手くいかない。 「流石に、煽り過ぎたか……!」 少しずつ、少しずつ頭の中に靄が掛かっていく。このまま死ぬと思考は理解しても、身体は必死に主人を苦しめながら生に抗う。……でも、もういいか。何も考えられなくなってきたし、ちょっとだけ楽にしても── 「──よし、メンタルは落ち着いてるな。そのままゆっくり……浅くでいい、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐くんだ」 「……? すぅ……ふぅ……っ」 いつの間に近付いて来たのか、トレーナーが私の身体を抱き上げて座らせていた。背中をトントンと叩かれると嘘のように咳が引っ込み、言われた通りに苦痛なく呼吸できる。何分くらい経っただろうか、安静に戻ったのを見たトレーナーが私から離れて立ち上がると、頭を下げて来た。 「本当にすまなかった……キミがここまで全力を費やしてくれたことは感謝するが、俺の指示で危険な走りをさせたのは事実だ」 ……正直、謝罪されることではない。無茶をしたのは私で、体力が無いのも私の責任だ。それを伝えるのは私に出来る最低限の誠意だろう。 そのまま立って頭を上げろと言いたかったが、病人は安静にしていろと返されたので代わりに彼を座らせる。 「……それで、タイムは? そのために、走った……けほっ」 「無理して話すな、黙ってた方がいい。……安心しろ、2分8秒3。ざっくり0.2秒、キミの方が上だ」 「そう……よかった」 大体6バ身と付け加えたのは、きっと「そういう」ことなんだろう。ひとまず目の前の彼から誇りを勝ち取ったことに安堵する。まあその彼に看護されているわけだが。 「それで、約束だったが……今のキミに喋らせるのも問題だ。だから返事は肯定か否定、首を振るだけにしてくれ。いいか?」 コクリ、と首肯。考えてみれば彼の提案はそれだった。勝手に私が逆上しただけで。 「なら初めに、生徒会役員が3人いたろ、頭の中で名前言えるか?」 コクリ。シンボリルドルフ会長を筆頭に、残りの2人も行事などで見る顔だからよく覚えている。 「なら次だ。彼女らに話しかけてこいって言われて、行けるか?」 ……ふるり。首を横に振る。特段の事情がない限り、畏れ多くて話しかけるなんて考えられない。 「じゃあ次。もしこの3人とレース出来るって言われたら、走りたいか?」 一瞬の逡巡、返答はコクリと首肯。エアグルーヴ副会長とは距離適正の問題があるけど、他2人と中長距離で走りたい気持ちがないかって聞かれれば……間違いなく嘘になる。 「ならこれでラストだ。まあこれはYES/NOじゃないから胸の中で考えてくれ。『どうしてだ?』」 「……!」 質問の意図に気付いた瞬間、落雷が落ちたかのように全身が跳ねる。話し掛けるのが怖い相手と、しかしレースでは競いたい。それって……つまり。 「キミの過去に何があったかは知らない。普段の生活でイメチェンしたいっていうなら止めはしないさ。ただ重要なことが一点あるとすれば──」 ウマ娘としての理性と本能。最後に彼が言った言葉は、私にとってその方向性を決定付けるものだった……「──忘れるな、ここは『トレセン学園』……『中央』だ」 肩が凝る。息を吐く。……あぁもう、全く落ち着かない! あの後、なんとか少し話せるようになって、トレーナーさんに謝罪したのはいい。勝敗云々関係なく、あの場で当たり散らしたのは間違いなく私の非だから。翌日の自主トレを休んだのも別にいい。明らかにオーバーワークだったし、体調崩さなかったのを喜ぶべきくらいだ。 そして今日の選抜レース、1着に輝いてみせたのは……うん、いいと言うより最高だった。後続に何バ身もの差を付けてのゴールイン。実際のレースで1着になるというのは、これほど心を躍らせるものかと感動した。……此処まではよかったのだ。此処までは。 誰とも一緒に歩くことなく、学園内を彷徨き回って30分。遂に下手人を見つけた私は、 「トォォォレェェェナァァァァァ!!」 怨嗟の声を撒き散らしながら目の前の男に突っ込んで行った。 「カラレスミラージュさん、お久しぶりですね。3日ぶりでしょうか。本日の選抜レースは素晴らしいものでしたよ」 「あ、ありがとうございます! お陰様で無事に勝てました! ……じゃなくてですねぇ!」 初めて会った時と同じく、礼儀正しい好青年を装って応対するトレーナーさん。その手に持つスマホが動いているのは気になるけど、今はそれどころじゃない。 「しかし、6バ身差を付けて圧倒的勝利を収めた貴女がこんなところを彷徨っているなんて……スカウトなどは受けなかったのですか?」 「私の着差まで知ってるなら、その後の顛末もご存知でしょうに……!」 どの面下げて、そんな罵倒が口を突きそうになるが抑え込む。落ち着け私、彼はただ私に唆しただけ……唆しただけ…… 私の圧勝で幕を下ろした選抜レース。別に、私が不正を犯したわけではない。正々堂々、全員を抜いて勝利した。面白みのないレースだったというわけでもない。先頭集団が懸命に勝利を目指す、その競り合いを後ろから撫で切った。何処ぞの令嬢が負けて空気が凍ったとか、そういう話でもない。 問題は、無かった。うん。「無かった」のが問題だった。結論から言おう。無表情でコースに現れた私は、無言でゲートに入り、無感情に相手を仕留め……ゴールの後、申し訳程度に笑顔を見せたくらいでは、刻み込まれた恐怖を拭い去ることなど叶わなかったらしい。 一緒に走った娘が怯えるのは分かる。観戦してた子が慄くのも分かる。……どうしてトレーナーの皆様も避けてるの!? 結構いいタイムだったよね!? 私から話し掛けようとしても逃げられるし……そんな行き場のない感情をぶつけるため、貴方を探していたという次第です。 「いやぁ、凄まじい走りでしたね。私も学園に来て間もないとは言え、あんな復讐鬼めいた生徒は初めて見ました」 ゴール後の笑顔も、獣の威嚇に見えたんじゃないです? なんて軽々しく宣うトレーナーさん。私がウマ娘のパワーを持っていなかったら、既に手が出ていたと思う。 「けどトレーナーさん、あの日言っていたじゃないですか! 普段は恐れるような相手でも、レースでは競い合いたくなる! それが、ウマ娘の本能……って……」 遂に限界が来て、トレーナーさんに本音をブチ撒ける……いや待って。彼は本当にそんなことを言っていたか? 確かあの日の質問って、生徒会のメンバーと、話しかけやすいか、レースで勝負したいか、そして……「あぁ、あの話でしたか。それなら……」 そんな私に、トドメを刺すように。 「よっぽどの上位層だけですよ」 言い訳のしようもない答えが、 「恐ろしいと言われる相手に、それでもなお普段通りに接し合える関係性なんて」 突き付けられた。 「終わった……私の学園デビュー、終わっちゃった……あはは……♪」 拝啓、お父さん、お母さん。貴方たちの愛する娘は、1歩目からひっくり返って地に沈みました。もうすぐお家に帰ります 「カラレスミラージュさん、帰る前にこれ見てくれません?」 そんな私を慮ることもなく、自身のスマホを差し出してくるトレーナーさん。画面に映ってるのは、ウマッター? その検索欄に入力されたワードは……「私の、名前?」 トレセン学園の中でもよく知られた有名人。生徒会関係者を筆頭に、入学前の私ですら見知ったユーザー名の彼女らが呟いている内容は……数十分前のレースについてだった。 「あんな走りを見せられて、興奮しないはずないんですよ……彼女らは」 たった1戦、取り繕うことなく夢中で走っただけ。それなのに、まさか、こんなことになるなんて。 「それにですね……『楽しかった』だろ? あのレース」 ゾクリ。あの一瞬。網膜に焼き付いた映像がフラッシュバックする。口の中がカラカラに渇いていくのに、言葉は止め処なく溢れてくる。 「……あの日。その場にいた全員が、今度こそ自分が勝つって信じていたんですよ」 「仲のいい娘たちも集まって、一生懸命応援して」 「もう勝ってる娘も、これからって娘も。先輩たちも後輩たちも集まって、それぞれ良く知った娘を応援してました」 自身の声を紡ぐほどに、全身が熱を持つ。あの一瞬が、脳内で何度もリフレインし続ける。 「そんな中、私は圧倒的に異物でした。パッとしない戦績で、誰からも応援されず、ヤケになったような振る舞いで」 「元々私、嫉妬がちなんですよ。あの子に出来ることが、何故私に出来ないのかと。だからずっと思ってました。勝てる娘が妬ましいって。惜しいところまでいける娘が羨ましいって」 「今日の本命はあの娘だ。見に来てる職員さん達もトレーナーさん達も、あの娘が華々しく勝ってスカウトを貰うのを期待してる。そんな前評判」 「誰も弱いウマ娘に興味なんてない。路傍の石を見るより、輝かしい原石の方が目を惹きますから」 ごくり。私が飲み下したのは、唾液か空気か、それとも。 「だから、ですね。あの時、観戦席に集まっていた娘たちの困惑した表情。トレーナーさん達の驚愕する顔。私に勝てなかった娘たちが浮かべた、絶望に満ちたあの姿を見て……」 晴れ渡る青空を仰ぎ、手を伸ばす。その視界の端には、巨大な暗雲が立ち込めていた。 『嗚呼! 全てを壊し、ひっくり返して得た勝利の、なんと素晴らしいことでしょうか!』 『私に及ばなかった、私を見ていなかった者たちの末路がこれか! それは……なんて愉快な様なのでしょう!』 「……ええ、楽しかったですよ。それこそ軽蔑されたって文句言えない楽しみ方でしたが」 ほぼ一息に語り切って酸素が尽きたのか、ふらりと後ろへ倒れ込みそうになる。眼前の彼は私の手首を取って、倒れないよう掬い上げてくれた。 「とんだ悪役だよ、キミ。絶対主人公にはなれない……なっちゃいけない存在だ」 「でも、その味を教えてくれたのは貴方でしょう?」 「俺はただ、素直に走れと言っただけだ。そんな倒錯趣味の元凶を擦り付けないで欲しい」 太陽が覆い尽くされ、どんよりと曇り切った空模様。その中で言葉を交わす私達は、どこか心が通じ合っているような気がしました。 「……責任、取って」 「……まずは、皮の被り方から教えてやるよ。大根ウマ娘」 ~~~ 「それでは、私と貴女で契約を結ぶということで……改めて、名前を教えていただけますか?」 「はい、カラレスミラージュです! トレーナーさんの下でも、精一杯頑張りますよ!」 「元気なことはいいですね、カラレスミラージュさん。私としても担当の甲斐がある。では、ひとまずの目標は何を考えていますか?」 「やっぱり中距離長距離が得意なので! クラシック三冠、挑戦したいです!」 「そうですか、ではみっちり特訓と行きましょう。あとは──」 「──カラレスミラージュ、キミの目指す果ては何だ? 俺をトレーナーにして、何を目指す?」 「……勝つ、全部」 「どんな風に?」 「誰かへの夢、誰かへの希望……台無しにして」 「とんだヒールの言動だが、覚悟はあるのか?」 「…………」(コクリ) 「そうか、なら……契約完了だ。明日から早速練習やるぞ、準備はいいか?」 「……もちろん」
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私はミノワクルマサト、前世の記憶があって、小学校低学年ぐらいの体型で、常に全身タイツを着ている普通の中央トレセン生。 一応トレーナーの資格は持っているから、自分で自分を担当してレースに出ているけど、仲間がいないのが寂しく感じてきたからチームに入ることにした。 掲示板に行ってチームの募集のポスターを見ていたんだけど、その中に一際目を引くものがあった。 ぶり大根を背景に星条旗ビキニやネグリジェが書かれた、どう考えても勧誘する気のないポスター。 そんなイカレたポスターを堂々と貼るようなチームに興味が出た私は、チーム名を確認し、早速行ってみることにした。 「チームカオス、かぁ。3年の時と比べて、どっちがぶっ飛んでるんだろうなぁ」 ──放課後── 「こんにちは。ここでぶり大根の大食い大会をしてると聞いてやってきたんですけど。」 そんな無礼てるのかと言いたくなるような挨拶をしてみたら、 「すいません。ぶり大根の大食い大会は5分前に終わったんです。」 思ってた以上にノリのいい返事が帰ってきた。 「チームカオスに入りたくて来ました、ミノワクルマサトです。ぶり大根は別にどうでもいいです。」 「分かりました。入っていいですよ。」 「失礼します。」 そう言いながら部室に入ってみたら、本当にぶり大根が盛り付けられていたであろう皿と腹を物理的に膨らませている先輩たちがいた。本当にぶり大根の大食い大会してたのか。 「もう3日はぶり大根は食べたくないな。あ、君は入部希望者であってる?」 あんなに腹を膨らませるほど食べて、3日でまた食べようとするのか。そう考えながら、私は自己紹介をすることにした。 「はい、ミノワクルマサトです、ミノと呼んでください。得意バ場は芝で得意距離は中長距離、逃げを主戦術にしています。この黒い全身タイツは気にしないでください。」 「チームカオスへようこそミノワクルマサトさん。」 「え、試験とかないんですか?」 「万年人材不足のここでそんなことする余裕ないですよ、それにこの状況を見てなんとも無いようなら雰囲気が合わないということは無いでしょうし。」 「勝手に大食い大会を開くようなチームにいられる子は早々いない」 そう小柄だけど胸が大きい子が口をはさんできた。言っても良いことと悪いことがあるのでは? 「じゃあライン交換しましょう。次にいつ集まるかとかが公開されてるから。」 「分かりました。」 その日はラインを交換して、ぶり大根の皿を洗って帰った。 明日の放課後に歓迎会を行うらしいから、楽しみだなぁ。 そう考えながら私は寝るのだった。
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+ 目次 登場人物紹介 第1部 1話「夢を教えて」 2話「夢を探して」 3話「夢を語って」 4話「夢を見つけて」 育成開始時「アナタの夢の少女」 ジュニア期3月前半「コンドルの夢の世界」 ジュニア期5月後半「ツヨシの夢の強さ」 ジュニア期7月後半「キングの夢の不屈」 メイクデビューに向けて「みんなの夢の始まり」 メイクデビューの後に「お母様の夢のティアラ」 阪神JFの前に「みんなの夢のG1」 阪神JFにて 阪神JFの後に「誰かの夢のG1」 クラシック級2月前半「誰かの夢の責任」 チューリップ賞「ティアラの夢のはじまり」 弥生賞を見て「クラシックの夢のはじまり」 桜花賞前夜「わたくしの夢のはじまり?」 桜花賞の前に「栄冠の夢の前に」 桜花賞「栄冠の夢の1つ目」 桜花賞の後に「栄冠の夢の余韻」 皐月賞の後に「彼女の夢の拠り所」 オークスの前に「………の夢のオークス」 オークス「わたくしの夢のオークス?」 オークスの後に「???の夢のオークス」 日本ダービー「日本一の夢のダービー」 安田記念「みんなの夢の先輩」 安田記念の後に「わたくしの夢の先輩」 夏合宿の裏側「黄金の夢の月」 夏合宿の裏側「星の夢の跡」 秋華賞の前に「お母様の夢の秋華賞」 秋華賞「お母様の夢の重み」 秋華賞の後に「名前の夢の栄冠」 菊花賞「クラシックの夢の終着点」 菊花賞の裏側「黄金の夢のクラシック」 エリザベス女王杯の前に「メジロの夢の栄冠」 エリザべス女王杯「………の夢の………」 エリザベス女王杯の後に「???の夢の???」 エリザベス女王杯の後に「☆!◇の夢の↓♪※」 トレーニング中「白紙の夢の話」 トレーニング中「だれかの夢の輝き」 有馬記念「黄金の夢の年末」 有馬記念の後に「泡沫の夢の年末」 正月「あの日の夢の不安」 正月「あの日の夢の勘違い」 正月「あの子の夢のこれから」 シニア級2月後半「君の夢のこれから」 シニア級2月後半「君の夢の切符」 シニア2月後半「アタシの夢の後輩」 シニア級2月後半「君の夢の在処」 高松宮記念の前に「何かの夢の高松宮記念」 高松宮記念「先輩たちの夢の高松宮記念」 高松宮記念の後に「___の夢の高松宮記念」 高松宮記念の後に「___の夢のレース」 安田記念の前に「誰の夢のレース」 安田記念「君の夢のレース」 安田記念の後に「わたくしの夢の、はじまり」 コメントくれると私が喜ぶ 登場人物紹介 オリジナルキャラクターは全員記載、アプリキャラは一部のみ + クアドラプルグロウ 夢を託され、夢に生き、夢を探すウマ娘。 クアドラプルグロウ 母親と名前に託された「三冠を超える栄冠」を掴み取ろうとしている。 + クアドラプルグロウのトレーナー なんてことない、どこにでもいるトレーナー。 ”クアドラプルグロウの夢”を叶える手伝いをしている。 + ツキノエルドラド ゴールドシチーに憧れ、シチーが取れなかったクラシックの頂を掴み取ろうとするウマ娘。 その性格はかなり子供っぽい。 + ツキノミフネ かつて”星”に手が届かなかったウマ娘。 エルドラドの”天命”を見届けようとしている。 + スペシャルウィーク クアドラプルグロウの同期。 日本一のウマ娘になろうと、クアドラプルグロウのティアラの裏でクラシックを駆ける。 + バンブーメモリー クアドラプルグロウが憧れ、唯一「先輩」とつけて呼ぶ存在。 クアドラプルグロウのことは可愛い後輩だと思っている。 第1部 + 〜安田記念 1話「夢を教えて」 その日は選抜レースの日だった。 「いっちに、さんし…」 「すぅー…はぁ…」 『みんなやっぱり緊張してるんだな…』 そんなことを考えつつ、一人一人ウマ娘を眺めていた。 「ゲートイン完了、出走の準備が整いました…スタート!」 直後、ざわめきが起こる。 「はっ、はっ、はっ…やあああああああ!!!」 「な、なんだあの子…!?前に出過ぎじゃないか!?」 「既に2番手の子を5バ身は引き離してるわね…単なるアホなのか、作戦なのか…」 「ふふっ…!!!えりゃああああああ!!!」 後続は追いつききれず、その娘は選抜レースを逃げ切ってしまった。 『…すごい娘だ…!』 「ふぅ…」 これは是非スカウトしたい…! そう思ったが、周りも考えることは同じだった。 「すごいわあなた!あなたなら”桜花賞”も夢じゃない!」 「いや、君なら”オークス”をとれるね!俺と駆けてくれないか?」 「いやいや…クラシックで”エリザベス女王杯”だって取れるさ!間違いなくな!」 「…わぁ、ありがとう!」 「それで、それがあなたたちの”夢”かな?」 「…え?」 「わたくし、たくさんの”夢”を託されてるんだ。それがわたくしの力。だから、素敵な”夢”を持ったトレーナーにスカウトされたいかな。だから…ごめんね!その3つのレース、”全部”取る予定だから!1つだけじゃ満足できないかな!」 …そう、彼女は不敵に宣言した。 その日の夕方、その娘の情報を調べてみた。 『クアドラプルグロウ…』 …三冠を超える、栄冠。 2話「夢を探して」 …最近は彼女のことしか頭になかった。 ”クアドラプルグロウ”。彼女が鮮やかに逃げ切った様子が、頭から離れない。 『夢、かぁ…』 彼女は素敵な”夢”を持ったトレーナーにスカウトされたいと言っていた。 なら、彼女の心を動かせるような夢を語らないと… 『…そういえば』 既に彼女は”夢”を託されていると言っていた。 それが、参考になるかもしれない… 『…悲願、か…』 彼女の母親はオークスウマ娘。 ゆえに、託されている。願われている。 母親を超える、活躍を。 『…苦しくないのか…?』 「苦しくないよ」 不意に声をかけられる。 『…クアドラプルグロウ!?』 「クアでいいかな!…というか、ちゃんと自己紹介したことないかな」 そう言って彼女は背筋を伸ばし、上品にお辞儀をしながら自己紹介をする。 「わたくしはクアドラプルグロウ。夢はトリプルティアラにエリザベス女王杯、その他たくさんかな!」 …そう、彼女は言った。 「それで、わたくしの家について調べてどうしたのかな?ストーカーかな?」 『ち、違うんだ…!』 だが、まさか彼女をスカウトするための”夢”を考えていたなんて言うわけには行かないだろう… 「…?まあいいや、苦しくなんてないかな!だって、うちのみんながわたくしに”夢”を託してくれていて…あ」 そこで彼女はふと言葉を詰まらせる。 「…みんな、じゃなかったな。姉やは…」 …彼女は、表情を曇らせた。 「…姉やは、わたくしに”夢”をくれなかった」 3話「夢を語って」 「姉やは、わたくしの大切な人。忙しかったお父様やお母様に変わって、いつもお世話をしてくれて、いつも遊んでくれた。血は繋がってないけど、大切な姉や」 〜〜〜〜〜 「…姉や!わたくしね!大きくなったらトレセンいくの!」 「わぁ…!すごいじゃない!姉や、応援してるからね!」 「ありがとー!それでねそれでね!お母様を超えたトリプルティアラ…ううん、エリザベス女王杯もとって”クアドラプルティアラ”になってみせるかな!だって、お母様がそれが”夢”だったって言ってたから!」 「…そっか」 〜〜〜〜〜 「…そんな姉やは、わたくしが”夢”を語るたび顔を曇らせたんだ」 〜〜〜〜〜 「…姉や…」 「…寂しいよね。トレセンは寮制だもんね」 「…ううん!姉やがいなくても、わたくし1人でも大丈夫かな!」 「ふふっ、そっかそっか!えらいね…ねえ、クア」 「どうか、夢を叶えてきてね」 〜〜〜〜〜 「なのに、最後だけ姉やは”夢”を叶えてきてって言ったんだ。…でも、姉やはわたくしにどんな夢を叶えて欲しいのかわからないかな…」 …そこまでの話を聞いて、思ったことがあった。 『なあ、クア…』 その時、タイミング悪くチャイムがなる。 「あっ、門限が…!ごめんねどこかのトレーナー、わたくし帰らなきゃいけないかな!」 そう言って彼女は去ってしまった。 4話「夢を見つけて」 ある日、夕暮れの屋上でクアが電話をしているのを見つけた。 「…姉や、わたくしは元気でやってるかな。だから心配しないで?…夢?うん、いい感じのスカウトが来たらティアラに挑戦かな!…なんで、そんな悲しそうな声をするのかな…?」 盗み聞きは悪いなと、帰ろうとした時。 「あ、この間のトレーナー!」 ちょうど電話が終わったようだった。 「…最近よく会うかな?もしかしてわたくしにスカウトかな!」 『ああ、実は…』 「ふふ、じゃあ”夢”を教えて欲しいな」 『…』 この間思ったことを、気持ちに込めて。 『君の夢を見つけることだ』 「…うん?どういうことかな?わたくしはもうたくさんの夢を持って…」 『それは誰かに託されたものだ。それが君の力なのはわかってる。けれど…きっと君の姉やが叶えて欲しい夢は、君の夢そのものだ』 「………」 『俺の夢は、君の夢だ。俺の夢を一緒に見つけてくれ、クアドラプルグロウ』 「…ふふっ、なにそれ!まるで口説き文句かな!」 『そ、そう言われると恥ずかしいな…』 「…でもいいよ。面白いな。そんなスカウトは初めて」 『じゃ、じゃあ…!』 「うん!じゃあ、改めて…」 彼女は姿勢を伸ばし、上品にお辞儀をしながら言う。 「わたくしはクアドラプルグロウ!夢は未定、あなたの担当ウマ娘かな!」 育成開始時「アナタの夢の少女」 「ゃあああああああああああああああ!!!」 朝から元気な声が響き渡っている。 その声の主は_ 「ふぅ!スペちゃん!今日も並走ありがとうかな!」 「いやいや…クアちゃんもすごいよ!あんな大逃げ、私にはできないもん…」 「でも、わたくしにはスペちゃんみたいな差し切りはできないかな。羨ましいよ」 「そ、そうかな?えへへ…」 『お疲れ様、クア』 「あっ、トレーナー!」 同期であるスペシャルウィークと並走する担当に、声をかけた。 トレーナー室にて。 「それで、トレーナー。わざわざ呼び出してどうしたのかな?」 『ああ、それがな…デビュー戦が決まったんだ』 「えっ!?本当かな!?わぁ、嬉しいなぁ…!わたくし、ようやっと”夢”を叶えるために歩き出せるんだね」 『…ああ』 彼女は誰かの”夢”を背負ってレースをする。 それは、とても良い心構えのはずだが… 『…その、無理はしないでくれよ』 「トレーナーは心配性だなぁ。大丈夫に決まってるかな!」 こうして、デビューに向けてのトレーニングが始まった! ジュニア期3月前半「コンドルの夢の世界」 クアドラプルグロウとトレーニングを続けていたある日のこと。 「世界最強は!そう!」 「エルコンドルパサー!かな?ふふ、でも負けるつもりはないかな!」 「デース!そうこなくっちゃデス!相手が強ければ強いほど、世界最強もまた強くなるのデスから!」 「うん、一緒に強くなる!かな!」 「…あ、トレーナー!」 『エルコンドルパサーと話してたのか?』 「うん!エルちゃんはすごいかな…あんなすごい”夢”を背負ってる」 『…背負ってる、か』 「…?どうしたのかな、トレーナー?」 『ああいや、なんでもないよ』 …結局言い出すことはできなかった。 ⦅…夢は、背負うものじゃなくて…⦆ ジュニア期5月後半「ツヨシの夢の強さ」 「ツルちゃん!がんばって!あとちょっとかな!」 「ひぃ、はぁ…ゴール…」 「もう、ツルちゃんまた無茶してるかな…でもゴールしてえらいよ!」 『クア』 「トレーナー!」 2人はツヨシを保健室へ送ったあと、話をしていた。 「ねえねえトレーナー、ツルちゃんもすごいかな!会長さんみたいになりたいって、”強し”になりたいって…そんな”夢”を、背負ってる」 『…そうか』 「うん!」 『…なぁ、クア』 「ん…?」 『…なんでもないよ』 その日は、そのままトレーニングをした。 ジュニア期7月後半「キングの夢の不屈」 「…トレーナー!今日はキングちゃんと並走だった…かな?」 『ああ、合ってるぞ』 「やったぁ!キングちゃんとの並走、楽しみかな!」 「ええ!価値ある時間をあげるわ!」 「わたくしも!キングちゃんにふさわしい一流の兵装相手になってみせるかな!」 2人はじっくりと並走トレーニングをしていた。 「…ふぅ、疲れたわね」 「ねえねえ、キングちゃんはどうしてそんなに頑張るの?」 「…お母様を見返したいからよ。私は、レースでやれる。ちゃんと一流なんだって、証明してみせるの」 「なるほど…!すごい”夢”を背負ってるんだね…」 ⦅あ…⦆ その時ようやく気がついた。 彼女にとって夢は”背負う”もの。 キングヘイローのように、背負うもの。 ⦅………⦆ けれど、それでいいのだろうか。 悩むまま、その日は終わった。 メイクデビューに向けて「みんなの夢の始まり」 「トレーナー!わたくし、ついにメイクデビューかな…!」 『ああ、ここまでよく頑張ったよ』 「ふふ、それを言うのはまだ早いかな、トレーナー」 「__労いの言葉は、わたくしが勝ってからでお願いしたいかな!」 レースが始まった。 「はっ、はっ、はっ、はっ___」 「おい、なんだあの子!?大逃げをかましてるぞ!?」 「デビュー戦で大逃げ…?よっぽど無謀なことをするアホなのか、それとも…」 (いい、呼吸は一切乱れてない!このまま押し切るしかない…!) レースは淀みなく進んだ。 淀みがなさすぎて、恐ろしいほどに。 (いけっ!) 「◯▷×■↑→▽___夢を追いかけて Lv.1」 彼女は加速した。 その先にある”夢”を追いかけるように。 …大逃げでメイクデビューを制した彼女の名前は、瞬く間に広まった。 ”三冠を超える栄冠”というその名が。 メイクデビューの後に「お母様の夢のティアラ」 「トレーナーっ!!!!!」 …いきなり、大声で彼女は叫ぶ。 「メイクデビュー終わりだね…これで、わたくしの”夢”を叶える旅路が始まるかな…!!!」 『ああ、これから頑張ろう!』 「次のレース、考えてあるの!”阪神JF”に出たいかな!」 彼女はそう、いきなりはっきりと伝えてくる。 『いいぞ!…ちなみに、なんでだ?』 「え?”ティアラ路線”のウマ娘は、ここに出るといいんでしょ?」 『…ティアラ路線』 それは彼女が家から託された悲願。 言い換えれば”夢”。 それを彼女は背負って、クラシックを走る… 『…なあ、その』 「ん?」 『…無理は、しないでな』 「…へへっ、変なトレーナー!」 阪神JFの前に「みんなの夢のG1」 「…これが、G1」 クアドラプルグロウは身を震わせる。 それは恐怖ではなく… (…すごい!) 興奮だった。 「…わたくし」 「ようやく、この”夢”の舞台に…!!!」 ゲートが、開く。 阪神JFにて 「……………ふっ!!!」 彼女は相変わらず先頭でハイペースで飛ばしていく。 (いける、いけるいけるいけるいけるいける!!!!!) 彼女の目は輝いている。 …獲物を狙うかのように。 彼女の目が、ゴール板を捉えた。 「いけるうううううううううぅぅぅうあああああああああ!!!」 その時、横を通って行った影。 「……………え?」 「…1着は____!2着は、クアドラプルグロウ………」 「…にちゃ、く………?」 阪神JFの後に「誰かの夢のG1」 「…2着…2着2着にちゃくにちゃくにちゃくにちゃく………」 …レース後、明らかに精神的なダメージを受けているクアを見かけた。 『お、落ち着け、クア!!!』 「あっ…トレーナー………どうしよう、負けちゃった…わたくし、みんなの、夢を背負ってるのにっ………!」 『落ち着くんだ!!!』 しばらくそんなやりとりを繰り返し、なんとかクアを落ち着ける。 「あはは…ごめんね、取り乱しちゃったかな…」 『………本当に、大丈夫か?無理はしないでくれよ……』 「うん、大丈夫。無理はしないかな」 そうして彼女は遠くを見るような目をする。 「ねえ、トレーナー。次のレースは…」 『”チューリップ賞”かな』 「だよね。よーし、そこを目指して頑張るしかないかな!!!」 …彼女はいつものように戻り、次を目指し出した。 だが、彼女はどこか…無理をしているような気がした。 クラシック級2月前半「誰かの夢の責任」 「………」 『………』 明らかに上の空なクアドラプルグロウ。 ”阪神JF”で負けたのが、そんなにショックだったのだろうか… 『…クア』 「あっ!?な、何かな?」 『……その』 無理はするなよ。その言葉が、出てこなかった。 だって、彼女の覚悟を知っているから。 彼女が無理をしてでも背負う覚悟をしているのを、知っているから。 『…この間、負けてショックだったのか?』 ただそれだけは興味があった。 「…うん、そうだね。ショックだったのかもしれないかな」 『…かも?』 「ただそれより…苦しかった、かな」 『苦しかった?』 「うん。…誰かがわたくしにみていた”夢”を、裏切ってしまったのが」 クアドラプルグロウ 「きっと”三冠を超える栄冠”は、こんなところで負けちゃいけない。きっと、絶対に、いつでも負けちゃいけないのに」 『…クア……』 やっぱりこの子は背負いすぎだ。 『……やっぱり、無理はするなよ』 「…ありがとう、トレーナー。でもわたくしは、無理をしてでもこの名前とお母様の期待に応えたいかな」 そう言って、彼女は張り裂けそうな微笑みを浮かべた。 チューリップ賞「ティアラの夢のはじまり」 「すぅー…はぁ…」 クアドラプルグロウは、チューリップ賞のパドックにいた。 (今度こそ負けない…栄冠を掴む…今度こそ…) そんなどこか不安定な精神状態のまま、ゲートが開いた。 (…今日も先頭。後ろは誰もついてこれていない) ひたすらに早く早く足を動かす。前へ前へ、少しでも前へ………逃げる。 彼女の目がゴール版を捉えた、その時。 ____「……………え?」 「っ!!!!!」 思い出されたのは”阪神JF”の記憶。 自分の背負った夢に応えられなかった時の記憶。 「やだ」 「やだああああああああああうわあああああああああああああああああああっ!!!」 …彼女は悲痛な叫びをあげて再加速した。 無事に逃げ切り勝利となったが……… 『…クア』 トレーナーの心には、不安しか残っていなかった。 弥生賞を見て「クラシックの夢のはじまり」 「スペちゃーんがんばれー!!!セイちゃんも負けちゃダメかなー!!!」 大声で友人を応援するクアドラプルグロウ。 『仲良いんだな』 「同期だからね!」 「あっゴールだ…わあああああ!スペちゃーんおめでとー!!!」 そう言って無邪気に喜ぶ彼女。 ⦅…ああ⦆ ずっとこんな顔をしてくれていれば良いのに。 あの悲痛な叫びを上げた彼女が、忘れられない。 「はぁああぁ〜…!ここからスペちゃんたちの”夢”を叶える旅路が始まるんだね…!」 『…そうだな』 桜花賞前夜「わたくしの夢のはじまり?」 「…わたくしの、夢?」 『ああ』 「うーん…?なんで急に聞き直してきたのかな?わたくしの夢は未定だって……あ、でも」 クアは思いついたような顔をする。 「…うん、わかったよわたくし。わたくしの”夢”」 『本当か!?』 「うん!わたくしの夢は、”夢”を叶えること!」 『…ん?』 「わたくしは、背負った”夢”を叶えることが”夢”!わかりやすいかな!」 ……… 『なぁ、クア………』 声をかけようとすると、チャイムが鳴り響く。 …そろそろ寮の門限だ。 「明日に向けて準備しないとかな…また明日、トレーナー!」 そう言って彼女は行ってしまった。 …釈然としない”夢”の結論を置いて。 わざわざ聞き直した理由は、彼女を楽にするためだったのに。 また、重荷を増やしてしまった気がした。 桜花賞の前に「栄冠の夢の前に」 「…”ティアラ”」 クアドラプルグロウの中で重くのしかかるその言葉の重圧。 (…大丈夫。今日は勝つ。勝つ) (勝つ勝つ勝つ勝つ勝つ…」 気がつけばその念は口からぼそぼそとこぼれている。 「ね…ねえあの子、なんか怖くない…?」 「う、うん…何かに追われてるみたいな……」 「…はっ。ダメダメ、もうちょっと気楽に行かないとだめかな…!」 「見ててねお母様。わたくし、お母様の悲願を…”トリプルティアラ”を、取るから」 桜花賞「栄冠の夢の1つ目」 ゲートが、開いた。 (このレースの距離はマイル。短い。一瞬で決着がついてしまう) 彼女は足を全力で動かし、前へ前へと進んでいく。 「おーっとクアドラプルグロウ!今回も大逃げ!流石といったところか!」 実際一瞬だ。あっという間に最終コーナーに差し掛かる。 (走れ走れ走れ…目の前にティアラがあるんだ…!お母様の、”夢”が…!) 「こ…こだあっ!!!」 「夢を追いかけて Lv.1」 「ぁぁぁああああああああああああっ!!!」 「クアドラプルグロウ!桜花賞も逃げ切り!逃げ切りました!!!ここに桜花賞ウマ娘の誕生です!!!」 「はぁっ…はぁっ…とっ…た…! 桜花賞の後に「栄冠の夢の余韻」 「トレーナー!わたくし、桜花賞ウマ娘だよ!」 『やったな!』 「うん!やったよ…」 「お母様の”夢”に、応えられた!」 『っ…!』 また、”夢”だ。 『…なあ、嬉しいか?』 「うん!これでお母様が喜んでくれるかな…!」 『いや、そうじゃなくて…桜花賞、取ったわけだし…』 「…?だから嬉しいよ?桜花賞とったから、お母様喜んでくれるかな!」 『……そうか』 それ以上は、何も言えなかった。 「次は”オークス”かぁ…!頑張らなきゃ…!お母様も取った、”オークス”だから…!」 皐月賞の後に「彼女の夢の拠り所」 「___皐月賞、すごかったかな!ねえねえトレーナー!すごかった!!!」 『そうだな、すごかった』 セイウンスカイが逃げ切り勝ち、スペシャルウィークは届かず… スペシャルウィークの顔が、少し気がかりだった。 ………トレーナーと別れたクアドラプルグロウは、一人夜遅い学園を歩いていた。 「うぅ…遅くなっちゃったかな…門限が…先輩に怒られちゃうかな…」 そう歩いていると、木のウロに向かって伏せるスペシャルウィークを見かけた。 「…スペちゃん?」 「うっ…うっ…!お母ちゃんと約束したのに…!日本一になるって…!」 「す、スペちゃん!?大丈夫かな!?」 「あっ…クアちゃん………」 「…そんなに辛かったのかな。皐月賞負けちゃって…」 スペシャルウィークは静かに頷く。 「そうだよね…だって、スペちゃんのお母様の期待に…」 「…悔しい」 「え?」 「私、セイちゃんに負けて…悔しい…!」 「………そう、なん………だ」 離れて、クアドラプルグロウは1人考え込む。 「…わたくしは」 あの日負けた時。 ___ 「二着二着にちゃくにちゃくにちゃく…」 (…わたくしが感じていたのは、悔しさじゃなくて) (…めんなさい) (ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった勝てなかった期待に応えられなかった夢を潰したわたくしのせいでわたくしのせいでわたくしのせいで) 「………」 あの日感じていたのは、悔しさではない…自分への自己嫌悪だった。 「……違う?」 「スペちゃんとわたくしで、何が違うのかな……?」 オークスの前に「………の夢のオークス」 「………」 『クア?…クア!!!クアドラプルグロウ!!!』 「はっ…ごめんねトレーナー!何かな?」 『何かな、じゃないだろう…”オークス”が、始まるぞ』 「あ…うん、そうだね!………」 『クア!!!』 ___”皐月賞”以来、クアは少しおかしい。 『…皐月賞の日、何か見たのか?』 「…気づかれちゃったかな。平静を装ってたつもりなんだけど」 『一切装えてなかったぞ…』 「…わからないの」 『わからない?』 「わたくしの”夢”と、スペちゃんの”夢”の違いが」 彼女はそう語る。 「わたくしはお母様の夢のティアラを勝ちたい。スペちゃんはスペちゃんのお母様に託された日本一のウマ娘になりたい。…同じ、じゃないの?」 たしかに言葉を聞けば同じように聞こえる。 「なのに…なんでわたくしは”ごめんなさい”で、スペちゃんは”悔しい”なの?」 …なんとなく、話は見えた。 おそらくレースに負けた後の気持ちの話だろう。 『それは…スペシャルウィークにとっての”日本一”は、”スペシャルウィークの夢”だからじゃないかな』 「…?わたくしも、わたくしの”夢”だよ?お母様の夢を叶えることが、わたくしの…」 『その結論を出すのはまだ早い。とりあえず走ってこよう』 「そうだね…オークス、走るかな!」 オークス「わたくしの夢のオークス?」 「さあ、ゲートが___開いた!」 彼女は今回も1番に飛び出す。 2番手に大差をつけ、コーナーへと差し掛かっていく。 (…わからない) 彼女は悩みながら走っていた。 足が、緩む。 「っ……!ダメだ」 (今は、レースに集中…!!!) のぼり、くだり、またのぼり。 府中の坂を駆けていくウマ娘たち。 …その先頭にいるのが、クアドラプルグロウだった。 「いっ…けぇええええええええええええええっ!!!」 オークスの後に「???の夢のオークス」 『クア、オークス制覇、おめでとう!これでダブルティアラだな』 「ありがとう、トレーナー……」 『どうしたんだ?』 喜ぶそぶりを一切見せず。クアはどこか遠くを見るような、他人を見るような顔をしている。 「…ねえ、トレーナー」 『なんだ、言ってみてくれ』 「来週の”日本ダービー”…見にいきたい。今日のレースの結果は、そうしてから決まるかな」 『…わかった』 着順は当然もう決まっている。 彼女は1着だった。 それでも彼女は、「今日のレースの結果は日本ダービーの後に決まる」と、そう言った。 日本ダービー「日本一の夢のダービー」 大歓声が沸き起こっている。 「夢を掴んだスペシャルウィークっ!!!!!」 「…スペちゃん………」 日本ダービーを掴んだスペシャルウィークを、クアドラプルグロウはどこか寂しそうな眼差しで見つめていた。 「嬉しい…!私、日本一に近づけたんだ…!」 「…ねえ、トレーナー。帰ろうか」 『え?スペシャルウィーク達に声をかけなくていいのか?』 「いいの。…今話しかけるのは、恥ずかしいかな」 そう言ってクアとトレーナーは帰り道を辿りだした。 「…オークスの結果、出たかな」 着順ではなく結果。それが出た。 「オークスは…”わたくしの夢”じゃ、ない」 彼女はそう言い切った。 「これは…”お母様の夢”。わたくしが背負っているもの。わたくしが見ているものじゃない。だって…勝っても、わたくしはスペちゃんみたいに喜べない。負けても、スペちゃんみたいに悔しがれない」 『クア………』 「…ねえ、トレーナーは、わたくしが”夢”を見つけるためにトレーナーになってくれたんだよね?」 『ああ』 「…そっか」 クアは、夕焼け空に視線を向けながら、儚い笑みを浮かべた。 『…次のレースは、秋華賞…でいいんだよな?』 トレーナーは確かめるように言う。 「もちろん。ここまできたら狙うしかないかな、トリプルティアラ!」 先ほどとはうって変わって、元気に答えるクアドラプルグロウ。 「それに…”お母様の夢”を、捨てるつもりじゃないからね」 『…無理はするなよ』 「うん、しないかな!」 安田記念「みんなの夢の先輩」 その日は1人で安田記念の観戦に来ていた。 というのも、今朝… 「トレーナー!今日はわたくし用事があるから、トレーニングとかできないかな…ごめんね!」 『わかった。行ってらっしゃい』 …クアが用事でトレーニングを外すのは珍しいことだった。 たまにはいいかと思い、1人で安田記念の観戦に向かうことにしたわけだが… 「おぉっと、後方から…バンブーメモリー!飛んできました!」 「わあああああ!先輩!バンブー先輩!頑張ってほしいなー!」 『…ん?』 「あとちょっと!差し切れ差し切れバンブーせんぱーい!!!」 『………クア?』 「…トレーナーっ!?」 流れで、バンブーメモリーの控室に行くことになった。 「バンブー先輩!今回もお疲れ様かな!かっこよかったぁ…!!!」 「おっ、クア!へへっ、ありがとっス!」 「ウイニングライブ、絶対最前列で応援するかな!」 「今日のために練習してきたっス!楽しみにしてるといいっスよー!」 …最前列でバンブーメモリーに向かってペンライトを振るクアドラプルグロウを眺めた。 意外な一面を知れた気がする… 安田記念の後に「わたくしの夢の先輩」 夕暮れの中、帰路を辿っていた。 「はぁ〜…先輩かっこよかったなぁ…いつかわたくしも、先輩みたいに…!」 『…本当に憧れているんだな』 「もちろん!…先輩はね、すごい人かな。いろんな人の”夢”を背負って、走ってる………」 そこでふと、クアドラプルグロウは足を止める。 「…先輩は、なんで”夢”をあんなに背負ってるのに、苦しくないのかな」 『…クア』 やっぱり、彼女は背負っていて苦しみを感じている。 『無理はしないでいいんだ』 「無理なんてしてないかな!ただ…」 『ただ…?』 「…わからないの」 「わからないの。わたくしは先輩みたいになれないの?先輩はなんであんなに…人の夢を、キラキラさせられるの?わたくしの背負った夢は、”お母様の夢”は…なんでこんなに苦しいものなの…?わからない…わからないよ…」 『…クア…きっとそれは、彼女が………”自分の夢”を見ているからだ』 「え…?でも、先輩は”みんなの夢”なんだよ…?わたくしの、理想みたいな…」 『いや、違う。彼女は結果的に”夢を見せた”。それだけなんだ』 「…?どういう、ことなのかな…?」 『誰かの夢を背負っているわけではないんだよ』 彼女はよくわからないと言った顔をする。 「…わからない、けど。わからないけど…わかった。わたくしは…”自分の夢”を見つけながら、”お母様の夢”を叶えればいいんだね」 『ああ。君の”お母様の夢”も、立派な”夢”だからな。叶えるのは大切なことだ。…秋華賞、勝つぞ!』 「おー!もうすぐ夏合宿だし、頑張るかなー!」 夏合宿の裏側「黄金の夢の月」 クアドラプルグロウが夏合宿に励む裏側の話。 「………はぁっ!!!」 先輩に見守られながら、トレーニングに励む1人のウマ娘がいた。 「…おっ、タイム縮まってんじゃん!すごいよ、エルドラド!」 「ほんと!?へへっ、シチ姉が見ててくれたおかげだよ!!!」 …ゴールドシチーに見守られながら走るウマ娘。 〈ツキノエルドラド〉は、嬉しそうに微笑んでいた。 「…皐月もダービーも惜しかった。菊花賞、アンタならきっと取れるよ」 「だよねだよね!シチ姉のお墨付きもらっちゃった〜…!アタシ、このままじゃ終われないから…!」 「…”スプリングS”1着、”青葉賞”1着…前哨戦を勝ててる実力はあるんだからさ。きっと行けるよ」 「うん………!シチ姉。アタシはクラシック、勝つから!シチ姉の見た”夢”を掴むよ!」 「…ふふっ、ありがと。期待してるよ」 「うん!期待してて!次は神戸新聞杯…勝つぞー!!!」 そう言って彼女はまた走り出す。 「…なんでだろうね。アタシ、エルドラド見てると…あの子のこと、信じてるけど」 「信じてるけど、あの子がこれから苦しむ気がしてならないんだ」 「苦しむね。そういう〝天命〟だから」 「…ん、ミフネか」 現れたのは、ツキノミフネ。 夏合宿の裏側「星の夢の跡」 「私は〝星〟に負けた。どう足掻いても覆せなかった」 「………」 「この気持ち、あなたならわかるよね? クラシックの頂に届かなかったんだから」 「…そーだね。アタシも結局、クラシックには手が届かずに…」 「それがあなたの天命。視えていてもそう簡単には覆せない絶対。あなたも私も、天命には勝てなかった」 …そこまでを聞いて、シチーはハッと顔を上げる。 「…ねえまさか、エルドラドにもその”天命”だかなんだかがあるっていうの!?」 ミフネは何も言わず、意味深に口角を上げる。 「そんな…!」 「天命を覆せるか、私たちみたいに覆せないまま終わるのか」 「………」 「楽しみだね。一緒に応援していこ、私たちの”夢”を」 2人はただ静かに、無邪気に走るエルドラドを見ていた。 秋華賞の前に「お母様の夢の秋華賞」 「………秋華賞、かぁ」 彼女はどこか遠くを見るように言う。 『大丈夫か?』 「ん?何がかな?」 『…これは、君の”お母様の夢”の…』 「あぁ…!」 彼女はどこか、晴れ晴れとした顔で言う。 「うん、逆に大丈夫かな」 『そうなのか?』 「ダービーを見て、安田記念の後トレーナーに言われて…わかったの。これが”お母様の夢”だって…だから、わたくしはこれを”お母様の夢”として走れる」 彼女はそう語る。 「だからね、だから…わたくしは、このレース、”お母様の夢”のために走るよ。そして、”わたくしの夢”のきっかけも、出来ればつかみたいかな」 『…そうか』 「さあ…走って、くるよ!」 秋華賞「お母様の夢の重み」 ゲートが開く。 彼女は今日も一番に飛び出していく。 (………お母様の、”夢”) それを背中に感じながら、彼女は走る。 (………このレースに勝てば、お母様は喜んでくれる) スピードを上げ、先頭をひたすらに駆ける。 (そう、喜んでくれるんだ) (………これが、”お母様の夢”だから) (まだ何もわからない。けど、今は…わたくしは…今は、お母様のために!) 彼女の抱える悩み。 自分の”夢”はまだわからない。 だが、他人に託された”夢”を、他人に託されたものとして認識することができた。 それは彼女の成長。 成長した彼女はまた、新しい一歩を刻む。 「___クアドラプルグロウ!トリプルティアラ達成っ!!!!!」 秋華賞の後に「名前の夢の栄冠」 ”トリプルティアラ”達成のウイニングライブ。 曲は”彩Phantasia”。 この歴史的瞬間を、観客は精一杯に祝っていた。 そのセンターで踊るクアドラプルグロウの内心には、ライブ前のトレーナーとのやりとりが残っていた。 『おめでとう!クア!!!』 「えへへ…!ありがとうありがとう!ありがとうトレーナー!”お母様の夢”叶えたよ!」 『ああ!次は君自身の…』 そう言うと、クアドラプルグロウの顔が一瞬曇った気がした。 「…そう、だね!うん、そうだ!…けどその前に、”エリザベス女王杯”に行きたいかな!」 『エリ女か?』 クアドラプルグロウ 「うん。”三冠を超える栄冠”には、あと1つ足りないかな!」 『…そうか。名前に答えたら、その次こそ”君の夢”だな!』 「…うん!」 (………なのに) わからなかった。 この後に及んで、あと1レースしか他人に託された”夢”が残ってない状況で。 まだ、彼女は”自分の夢”がわからなかった。 このレースで、きっかけを掴めなかった。 「…”きゅんとぎゅっと、鼓動が…こんなに、苦しい”。」 菊花賞「クラシックの夢の終着点」 菊花賞。 クラシックロードの終着点。 クアドラプルグロウはどこか上の空でそのレースを眺めていた。 その帰り道。 「…ねえ、トレーナー」 結果はセイウンスカイの逃げ切り勝ち。 それを見て、彼女は何を思ったのだろうか。 「………負けた子、見たの」 『ん?』 「…金色の髪が綺麗な子。すごく、すごく悔しそうな顔してたんだ」 『………そうか』 「…皐月賞の時の、スペちゃんみたいな顔してたかな」 『………そうか』 それ以降の会話は続かないまま、帰り道を辿る。 菊花賞の裏側「黄金の夢のクラシック」 ツキノエルドラドの菊花賞は、大敗に終わった。 「………」 「お疲れ、エルドラド」 控室で待っていたのはゴールドシチー。 「…シチ姉」 「ん」 「………負け、ちゃった」 「…」 「負けちゃった…まけちゃったぁ…!クラシック…っ!とれなかった…!」 「………エルドラドはよく頑張ったよ」 「でもでも!!!前哨戦ばっか勝ったって意味ないんだよ!スプリングS、青葉賞、神戸新聞杯…全部、勝った。でも、本番は勝ててない」 「………エルドラド」 「アタシがとりたかったのは!!!”夢”だったのは!クラシックだったのに!!!」 彼女は泣きそうな顔で叫ぶ。いや、すでに涙が溢れていた。 「………大丈夫だよ」 「っ………」 シチーはそっとエルドラドを抱きしめた。 「アンタはよく頑張った。これだけ頑張れたなら、いつかG1に手が届く。…アタシが保証する」 「…シチねえぇぇぇ…」 「だから、今は…お疲れ。って、そう言いたい」 「…うん…!アタシがんばった…がんばったよぉおお…!!!いつかG1とってやるんだ…!」 「よしよし、その意気!」 ツキノエルドラドのクラシックが終わる。 そしてまた、次のレースへの日々が始まっていく。 エリザベス女王杯の前に「メジロの夢の栄冠」 エリザベス女王杯の日。 クアドラプルグロウはエリザベス女王杯への地下バ道を歩いていた。 「………G1の歓声にも慣れてきたかな…っとと、あれは…」 「………今日こそ、エアグルーヴ先輩に………!」 視線の先にいたのはメジロドーベル。 1つ上の世代の先輩で、名門”メジロ家”のウマ娘だった。 「こんにちは、ドーベルさん!今日はよろしくお願いするかな!」 「あ…クアドラプルグロウ、だっけ。こちらこそ、よろしく」 「長いからクアでいいかな!」 2人は何となく歩調を合わせて地下バ道を進んでいく。 「…クラシックでエリザベス女王杯出てくるなんて、すごいよね。そんなにこのレースに思い入れがあるの?」 「思い入れ…とは違うかな。名前に…”三冠を超える栄冠”に、応えたいかな。だから、このレースを勝って、超えるの」 「…?そうなんだ…?じゃあ、自分自身の目標っていうより、周りからの期待ってこと…?辛くないの?」 「あー、あはは…今まさにそこをトレーナーと悩み中かな…」 「………アタシ、先輩に挨拶してくるから。またね」 そう言ってドーベルは行ってしまった。 (…今辛いのは、怖いのは。期待より…) (このレースで、”夢”が見つからなかったら、わたくしは…) エリザべス女王杯「………の夢の………」 ゲートが、開いた。 彼女は今日も一番に飛び出していく。 それ以外の戦い方を知らないから。 (………このレースは、ドーベルさんとエアグルーヴさんの対決。そこにわたくしが割り込んでいるような形) だがそんなことを気にしていられない。彼女は走る、走る、走る。 「………あああああああ゛あ゛あ゛っ!!!」 悲鳴にも近い絶叫をあげながら、今この1レースに全力を注ぐ。 だって、このレース以外のレースなんて思いつかないから。 そんな中、最終コーナーに差し掛かった。 「………!」 来る。 後ろから、来る。 「…はぁああああああああっ!!!」 「………ふっ!!!」 「だああああありゃあああああああああ!!!」 (やだっ、やだ、負けない!わたくしは、負けたくない………!) そんな願いを抱いて必死に足を動かす。 ………それでも。 3つの影が、自分の髪を掠めていくのがわかった。 「………1着は、メジロドーベル!4度目の挑戦で、エアグルーヴを破りました!エアグルーヴは3着、2着は…」 エリザベス女王杯の後に「???の夢の???」 ターフに膝をつく。 「はぁっ…!はぁっ…!!!」 でも、そんなことをしていられない。 「………ドーベルさん!おめでとう!!!いやぁ、完敗かな!!!」 「あ、クア。ありがとう。…”いいレース”だったよ」 「え…あ…」 差し伸べられた手。 それを、戸惑いながらクアドラプルグロウは握った。 「…また、レースしようね」 「うん………」 どこか上の空で、そう返事をする。 ドーベルが去った後も、しばらくそこで立ち尽くしていた。 数分ののちに、やっと絞り出した言葉は。 「…悔しい、なぁ」 エリザベス女王杯の後に「☆!◇の夢の↓♪※」 『お疲れ、クア』 「ありがとう………トレーナー………」 『………どうしたんだ?』 「………”いいレース”だったなぁって…まだ現実に帰ってこれない…感じかな」 そう、クアドラプルグロウは何も読み取れない表情で言った。 『それで、クア、次のレースだけど………』 「…つ、ぎ?」 彼女の顔が曇る。 そう。ついにきてしまった。この時が。 「…つぎって、何?つぎは何があるの?」 『次のレースの候補か?例えば…』 「つぎなんてわからない。もう”お母様の夢”のトリプルティアラは終わった。”名前の夢”の栄冠…4つ目と言われる、エリ女も終わった。じゃあ、次は?」 『“君の夢”だよ』 「“わたくしの夢”って、なんなの?わからない。わからないよ…」 彼女はだんだん取り乱していく。 『お、落ち着け、クア…!』 「落ち着いてなんていられない。わたくしは何もわからない。わからないわからないわからない…この先のわたくしが何一つ見えない」 「わたくし…これから何のために走るの?」 ………彼女は青白い顔で学園まで帰った。 トレーナーとして、とりあえず目標を設定しよう。そう思い、とりあえず「ヴィクトリアマイル」に狙いを定めることにした。 彼女がここまで歩んできた、ティアラ路線に連なるレースだからだ。 …最も、そのティアラは“彼女の夢”ではないわけだが。 トレーニング中「白紙の夢の話」 『クア』 「………」 『クア!!!』 「ぁ………とれー、なー…何かな………?」 …ここのところ、彼女はトレーニング中にぼうっとすることが多い気がする。 『次のレースなんだが、とりあえず”ヴィクトリアマイル”を目指そうと思ってる』 「………そうなんだ」 彼女は他人事のように言う。どこか誰かの、知らない予定を聞いたように。 『………君のレースだぞ?』 「うん。そうだね………わたくしのレースだ」 …どうも、あれ以来彼女はおかしい。 理由ははっきりしている。さすがにわかる。 けれど、解決の方法は……… 『…”君の夢”の話なんだが』 「っ…!知らない!わからないよ!!!わたくしの夢?そんなの私が知りた………!」 『落ち着け!』 「あ、ごめんなさい…本当にわからないかな。”わたくしの夢”。誰か、わたくしに夢をくれないかな…」 『…また潰されそうになるだけだ』 「う………」 彼女はあれ以来”夢”の話を極端に嫌う。 前はあんなにも”夢”の話を楽しそうにしていたのに。 …早く彼女に”夢”を………そう思ってしまう。 トレーニング中「だれかの夢の輝き」 「………レース、それでいいかな。じゃあわたくし、また走るね」 『あぁ、待ってくれ。その前に期間が空くから、どこか1戦くらい走りたいんだが…』 「ぁ…?えっと…どこでもいいかな。トレーナーに任せるよ」 『え………』 …彼女はそのまま行ってしまった。 すっかり、レースに消極的になってしまっている… それを、遠くから見守る一つの影があった。 「………」 その影に近づく、もう一つの影。 「ハァイ!…貴方も、あの子が気になる?」 「___」 「えぇ、わかるわよ。私もあの子は心配だもの。…あなたの大切な後輩なんでしょう?」 「___」 「…そんな貴方に、私は提案をしに来たの。」 「___」 「えぇ。…彼女には、少し酷かもしれないけど…今のままの方が、きっと辛いもの」 後日。 トレーナーの元に1枚の「果たし状」が届いた。 だがそれに応えるのは、まだ先の話。 有馬記念「黄金の夢の年末」 年末の大一番、”有馬記念”。 ツキノエルドラドも、それを走ることになっていた。 「よーし!今日こそ勝つんだ…!シチ姉に、見ててもらうんだ…!」 周りを見渡す。 同期のグラスワンダーやセイウンスカイ、キングヘイロー… 一つ上の世代の、メジロブライトやマチカネフクキタル、キンイロリョテイなどもいた。 (…アタシ、こんな中で走るんだ…!) …ゲートが開いた。 (…体が、軽い) 彼女は軽い足取りで駆けていく。 (今なら絶対勝てそう…!!!) 軽い、軽い足取りで駆けてゆく。 「…あ、れ?」 不意に足がうまく動かなくなる。 目の前が揺れる。違う、揺れているのは自分だ。 「う、あ…」 最後尾でターフに倒れ込むエルドラド。 「…エルドラドっ!?」 シチーの悲鳴にも近い叫びだけが響いた。 有馬記念の後に「泡沫の夢の年末」 「…心房細動ですね。おそらくしばらくすれば自然に良くなると思います」 医者はそう告げる。 「よ、よかった…本当によかった…!」 「………シチ姉」 「あ、エルドラド…?まだ安静に…」 「…有馬記念は?」 「………いいから。無理はしないで…」 「アタシの”夢”のG1レースは…グランプリは…?」 「っ………」 言葉に詰まるシチー。 エルドラドの悔しそうな顔。 「…次こそ」 「え?」 「次こそ勝ってやるんだから!!!」 その目はすでに次を見据えていた。 「…すごいね、エルドラドは」 「シチ姉に褒められた!」 正月「あの日の夢の不安」 「…おかえり、クア!」 「姉や…!」 その日、クアドラプルグロウは正月ということもあり、実家に帰省していた。 クアが是非紹介したいとのことで、トレーナーも一緒だった。 (…”姉や”さんか) 事前にメールで今のクアの状況については伝えてある。 どこにでもいるような、普通の女性だった。 それより気になるのは… 『初めまして、クアドラプルグロウさんのトレーナーをしています。その…クアの両親は…』 「あ…っ」 「…中で話しましょう。ここでは寒いですよね?」 そう言って姉やは中に入れてくれた。 「クア、よければご飯作ってくれないかな?せっかくきてくれたのにお手伝い頼んでごめんね」 「全然大丈夫かな!姉やのお手伝い久しぶりだなぁ…!」 彼女は無邪気な表情で台所へと駆けて行った。 …少し前のぼうっとした彼女とは別人のようだ。 ”姉や”の存在はそれだけ大きいのだろう… 「…先ほど、クアの両親…旦那様と奥様の話をされましたね。今から話しますよ」 『難しい話題なら無理に聞きませんよ?』 「いえ。クアを担当する以上、いつかは知って…というより、私から知らせるべきでした」 そう言って、姉やは語り出した。 正月「あの日の夢の勘違い」 …クアは、小さい頃から両親とほとんど話せませんでした。 旦那様も奥様も忙しく、海外を飛び回ってばかりで… お世話係として住み込みで私を雇うほどです。 そんなクアが、奥様と話した時のことでした。 奥様は、思春期の頃の…レースをしていた時の”夢”を、クアに語りました。 本人は自覚していませんが、幼いクアはきっと…それで思ってしまったんでしょう。 この”夢”を叶えれば、奥様にもっと構ってもらえる…と。 もちろんこれが本当かは分かりません。ですが、小さい頃からたまに帰ってくる旦那様や奥様に頼まれごとをして、それを達成した時に褒めてもらって… そういう小さな小さなやりとりのたびに、クアは幸せそうな笑顔を浮かべていたのです。 あの子はきっと…”夢”とあの日の”頼まれごと”を混同している。 だから、自分で自分にする頼み事なんてないから…”夢”がわからない。 そうなんだろうな、と…思います。 トレーナーさん。是非あの子に、本当の”夢”を見つけさせてあげてください。 正月「あの子の夢のこれから」 …言葉が出なかった。 何も、言えなかった。 あの子の”夢”。 それを見つけることは、気軽に決めてはいけなかったのかもしれない。 けれど、後悔はしない。 あの子の”夢”を、一緒に叶えたいから。 「…姉やー!トレーナー!ご飯できたよ!!!…って、あれ?どうしたのかな…?」 『あ、あぁ…なんでもないよ』 「ご飯にしよっか、クア」 「うん!見て見て、うまくできたかな!」 …出された料理は…お世辞にも美味しいとは言えなかった。 「ふふ…昔より上手くなったね、クア!」 「ほんと!?やったー!」 けれど、なぜだか優しい味な気がした。 …”彼女の夢”。 それに近づけそうな切符がポケットに入っていることを思い出した。 シニア級2月後半「君の夢のこれから」 その日はトレーナー室でミーティングをしていた。 「………それで、次のレース…だった、かな?」 『ああ』 「…何でもいいかな。この時期だと”大阪杯”とかかな?それとも、そのほかの___」 『”高松宮記念”を走ろう』 「そっか、高松宮___」 「………へ?」 彼女は目を丸くした。 シニア級2月後半「君の夢の切符」 「ど、どういうことかなトレーナー!?その、わたくし短距離なんて走ったことないよ!?それに___」 『まずはこれを見てくれ』 「え?これは…何?」 それは彼女の夢への切符。 「___”果たし状”」 彼女はそっとそれを開いた。 ===== クアドラプルグロウへ 高松宮で待つ。 共にサイコーのレースをしよう。 シーキングザパール・バンブーメモリー ===== 内容はただ簡潔に、それだけだった。 「…パールさんは、まだわかるけど…バンブー先輩って確か、そろそろ”ドリームトロフィーリーグ”に進むんじゃ…」 ”ドリームトロフィーリーグ”。 それは”サマードリームトロフィー”と”ウィンタードリームトロフィー”の2つのレースと、その予選で構成されるレースである。 しかし、このリーグに進むと…”トゥインクル・シリーズ”には出走できなくなる。 『君と走るために、まだ残ることにしたそうだ』 「ぇ………」 シニア2月後半「アタシの夢の後輩」 「たのもーっ!!!」 「ハァイ!お邪魔するわよ!」 『うわぁっ!?』 …それは年が明ける前のことの話だった。 『果たし状…?』 「ええ。私がバンブーに提案したのだけれど…迷惑だったかしら?」 『いやいや、クアの状況的にそんなことは…高松宮記念!?』 「アタシも走るっス!だから、クアと是非!対決させて欲しいっス!」 『え?君はそろそろ…』 「…あんなクアを放っておくことなんて、できないっスから」 その2人の目は真剣にこちらを見つめている。 どうやら、本気で彼女を心配しているようだ。 『…わかった、彼女に提案してみる』 「ほんとっスかー!?」 『ああ、本当だとも。…君にクアが憧れる理由、少しわかった気がするよ』 「んー…?そうっスか?よくわからないけど嬉しいっス!」 「…ふふ…エクセレント、って感じね」 「パール先輩!?どういう意味っスか!?」 シニア級2月後半「君の夢の在処」 「………」 『まあ、間違いなく適正は合わない。君が走りたくないなら、走らなくても…』 「走るよ」 彼女ははっきりと言い切った。 「走るよ、わたくし。走る。先輩と、パールさんと、走る。そこに…あるかもしれないから。”わたくしの夢”が…」 『…そうか。出走の手続きをしておくよ』 「うん、ありがとうトレーナー」 (…わからないよ。先輩は何を考えてるのか) 彼女はそっと何かを見上げる。少し上を見上げて、まるでそこに誰かの視線があるかのように。 (でも、わたくし…先輩と走ってみたい。そこに何かが、ある気がするから) 高松宮記念の前に「何かの夢の高松宮記念」 「………きちゃ、った」 クアドラプルグロウは中京レース場のターフを踏み締める。 (………なんでわたくし、ここにいるのかな) 何かがある気がする、あの時そう感じたのは事実。 自分の意思でここに来たのも事実。 それでも、そう感じた。 「おっ、来た!おーい、クアー!」 「ハァイ、クアドラプルグロウ!…今日はよろしくお願いするわね」 「あっ…バンブー先輩、パールさん!よろしくお願いするかな!」 その2人___クアをこのレースに誘った2人が、話しかけてくる。 (…なんで先輩たちは、わたくしをこのレースに誘ったのかな) バンブーメモリーとシーキングザパールは短距離のレースを得意としている。 しかしクアドラプルグロウに短距離の適性がないことは、今までのレースでわかっていたことだ。 それでも彼女達はクアをこのレースに誘った。 (………わからない、けど) 「各ウマ娘、ゲートに収まります」 (きっと走ったらわかるんだよね、”何か”が) その、”何か”を求めて。 ゲートが、開く。 高松宮記念「先輩たちの夢の高松宮記念」 彼女はいつも通り一番に飛び出した…はずだった。 (…いつもより逃げる子が多い!?) 「くっ………ハナが、取れない…!」 逃げが4、5、6…とにかく多い。 ハナを取りつつ取られつつ、ごちゃごちゃと進んでゆく。 「あぁあああ!!!わたくしが先頭だあああああ!!!」 そんな叫びも虚しく、なかなかハナがとれない。 「あれ…もう、ゴールが…!?」 ………短距離レースは、とても短い。炎の煌めきの様に、一瞬で終わってしまう。 「だあああああああああっ!!!」 「はぁああああっ!!!」 (………!先輩、パールさん………それに他の人も…) 後ろから、また”影”が自分を追い抜いてゆく。 たくさんの影、影、影……… (………いや、違う………) それは影ではなく。 「………眩しい、なぁ」 輝き、だった。 この日クアドラプルグロウは、初めて掲示板を外した。 高松宮記念の後に「___の夢の高松宮記念」 「………負けちゃった、なぁ」 彼女はターフに立ち尽くす。 「…悔しい、なぁ」 彼女は再びその言葉を口にする。 (………あれ?) エリザベス女王杯、メジロドーベルに負けた時。 今日の高松宮記念、掲示板を外した時。 …湧き上がってきた、この言葉は。 「………そっか、悔しいんだ。わたくし。………そうだ」 …それを遠くから眺める2人。 「………お疲れ様でした、パール先輩!」 「ええ。…あの子、何かに気づいた顔、してるわね」 「へへっ………クア、頑張るっスよ………!」 クアドラプルグロウは控室のトレーナーのもとに戻る。 『お疲れ様、クア。次は元通りの距離の、マイルのヴィクトリアマイルに____』 「出ない」 『………え?』 高松宮記念の後に「___の夢のレース」 「わたくし、ヴィクトリアマイル………出ない!」 『………もしかして、もう走る気が………』 「ううん、そうじゃないの。………他に、出たいレースがあるかな」 『!』 彼女が、自分から出たいレースを言う。 それは、”母の夢”に沿ってティアラ路線を選んだあの時以来だ。 「わたくしは………”安田記念”に、出る!」 安田記念。 ヴィクトリアマイルと全く条件は同じレースだ。 だが、そのレースは……… 『…ティアラじゃなくて、どちらかと言うとクラシックに連なるレースだな』 「うん、そうなるかな」 ………彼女は、ティアラから離れる。そういうことだ。 「わたくし、そこに走りたい相手がいるかな」 『………走りたい相手、か』 「うん。そこに、出るから」 「キングヘイロー。グラスワンダー。そして………ジハードインジエア。わたくしの…走ってみたい、相手が」 安田記念の前に「誰の夢のレース」 「………うわぁ」 そこに広がる光景。 今まで一緒に走ったことのないウマ娘がたくさんいた。 「………あっ、グラスちゃん!キングちゃん!それにジハードちゃ___」 彼女たちに駆け寄ろうとして、その足が止まる。 (………すごい) 今まで、日常を共に過ごした彼女たちとは違う。 レースに向けて、勝利に向けて、ただ一つの栄冠を掴むために。 その全ては今、目の前のレースへと向けられていた。 (…すごい。すごいすごいすごいすごい!!!) 「わたくし、こんなみんなと走るんだぁ…っ!」 彼女は興奮した表情を見せる。 それは、純粋な感情。 目の前にあるレースを、”楽しみ”にする感情。 安田記念「君の夢のレース」 「さあゲートが開きました、各ウマ娘そろって綺麗なスタートを…おぉっと!クアドラプルグロウ!得意の大逃げを打った!」 (勝ちたい) もうわからない。 なんの夢がその背に乗っているのか。 なんのために自分が走っているのか。 そのはずだった。 (けれど、勝ちたい) 今自分を突き動かすこの感情はなんなのだろう。 何故、こんなにも。 (勝ちたい。勝ちたい勝ちたい勝ちたい!!!) 勝ちたいと、願っているのだろう。 「さぁ後ろが上がってきた上がってきた!グラスワンダー、そしてシーキングザパール…!外からジハードインジエア!」 「っ………!あははっ!」 たくさんのウマ娘たちが自分を追い抜いてゆく。 しかし、それでも…楽しい。 そうだ。きっとこれが___ (わたくしが、本当に求めていたもの) 「…追いかけて」 追いかけて追いかけて追いかけて。 「………夢を追いかけて Lv.1」 追いかけた先に在るものが、ようやく見えた気がした。 「わたくしの夢を追いかけて Lv.1」 「っはああぁぁぁあぁああああぁあぁぁあぁああ!!!」 「…グラスワンダー!ジハードインジエア!並んでゴールイン!!!」 ………現実はそこまで甘くはない。 彼女はたくさんのウマ娘に追い抜かれ、9着に終わった。 安田記念の後に「わたくしの夢の、はじまり」 「はぁっ、はぁ…」 天を仰ぐ。 青空が、青色が鮮やかな勝負服を纏う今日の勝者… 「1着は、ジハードインジエアあああああっ!!!」 ジハードインジエアを、祝福しているように見えた。 「…っ!おめでとうっ!ジハードちゃんっ!!!」 「あ…クアちゃん、だね」 「うん!すごかったかな!いやぁ、本当に…!」 「「”いいレース”だった」」 「えっ…?」 「いいレースだったよ。私も、またこんなレースがしたいって思う。クアちゃん…すっごく楽しそうに全力で飛ばしていくんだもん。焦ったよ」 彼女はやわらかい笑みを浮かべて語る。 「…また、道が交わるのかはわからない。けれど、その時は…また、”いいレース”をしようね。クアドラプルグロウちゃん」 「…もちろんかな!ジハードインジエアちゃんっ!!!」 「………」 『お、お疲れ様、クア………』 彼女は確かな実力者だ。 しかしその彼女が、ここまで惨敗するとは……… どう声をかけて良いか、わからなかった。 『その………』 「トレーナーっ!次のレースは!?」 『えっ!?』 彼女は晴れ晴れとした顔で、元気いっぱいにそう聞いてくる。 「わたくしね、気が付いたかな。ようやく気が付いた…わたくしは、”夢”を感じるのが好きなんだ。全身で、ビリビリするほど”夢”と”夢”がぶつかり合うこのレース…!ティアラも嫌いじゃなかった。でもね、何故か…”何かが欠けている”そんな気がしたかな」 『クア………』 「だからね、わたくし…これから、色んなレースに出る!色んなレースに出て、いろんな”夢”をこの身で感じる!」 『………』 「それが…わたくしの走る理由。わたくしの…”夢”!」 『…クア…!!!』 「まぁ…名前の意味に応えたい気持ちは、まだあるけどね…でも、それでも、四つ目の栄冠より… 『両方だ』 「ん?」 『君の出るレースはどれも素晴らしいものだ。だから、君が出るレースを栄冠にすれば良い』 「トレーナー…?」 『君は”四つ目の栄冠”じゃない。”三冠を超える栄冠”だ。君のレースを、三冠を超えるほど素晴らしいものにすれば良いんだ』 「………あははっ!なにそれ!無茶苦茶な理論かな!」 『や、やっぱりか…?』 「…でもね、だからわたくしトレーナーがトレーナーでよかったって思うかな。…出会った時から、無茶苦茶な理論を言ってた。そんなトレーナーだから、わたくしはいま支えられてる。そんな気がするかな」 『………そう言ってもらえると、嬉しいよ』 自分に、手が差し伸べられる。 「これからもよろしくね………わたくしの、トレーナー!」 コメントくれると私が喜ぶ かーなかなかな!しっかり読ませて貰ったかな!続きが気になるから待たせて頂くかなーっ!クア様の夢を見せてくださいませかなーっ! -- エアプクアタイム (2022-11-19 17 19 32) 名前 コメント