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2012.08.23 羊蹄山を望む旅2012(1日目) - ① 参加者 Tabata / Monbetsu / Abiko / Hiura / Miura / Saito / Seguchi 天気 雨のち曇り 走行距離 約95.0km 報告者 Abby 遂にやってきた。 我らがvltccの活動における一つの集大成と言っても過言ならず。初めての一泊二日の自転車旅行である。 目的地はニセコ。雄大な羊蹄山を望む景色豊かな町だ。 我々vltccメンバーもニセコに向けて思いを馳せる。初めてのマイ・スポーツバイクに期待を寄せる者。道中そびえる中山峠を想ってテンションの上がる者。その峠の頂上で食べるあげいもを夢見る者。気持ちは三者三様だ。 当日の出発予定は6 00。生憎天気は小雨、しかし走れない程ではない。 6時にしっかり集合した我々は、結局6 45に研究室を出発した。vltメンバーにとって頼るべくは己の腹時計だ。この程度は誤差の範囲内に過ぎない。 しかし出発を決めた直後、我々を大粒の豪雨が襲う。こっちは予想外。出発早々この仕打ち。誰か雨女でもいるのだろうか…。 結局2度にわたる雨宿りを経ても雨は止まず、最後は部長の決断によって高架下から躍り出た。土砂降りの雨の中を駆け抜ける自転車集団はさぞとち狂って見えただろう。我々は一路Saito君との合流地点である真駒内を目指した。 部長ごめんなさい、てるてる坊主作るの面倒だったんです(一同)。 真駒内に着いた時には、雨に先ほどの勢いはなかった。 が、同時に我々の勢いもなかった。まだ定山渓にも着いてない。我々に不安がよぎる。 だがSaito君は余裕面だ。背中にあずにゃん、荷物にジャガイモ。…彼は何がしたかったのだろう。 定山渓に着いて一つ感じたことがある。坂が軽い…!誰一人として遅れていない。 特にMuller、前回の定山渓とはまるで別人だ。やはりママチャリで登坂できる方が異常なんだね。我々に希望の光が射した。 …しかし今回の旅にとって定山渓は前哨戦でしかない。ある者はカロリーメイトを買い込み、ある者はおにぎりを食べ、ある方々はスポーツドリンクを調合し、敵(友)に備える。さぁ、いざ征かん中山峠! 中山峠では、坂に不慣れなAbbyとTabataの2名をHiuraとSeguchi君が挟んだ先行班、初のマイチャリ登坂であるMullerをベテラン(?)のMonbetsuさんとSaito君がサポートする後続班に隊を二分する作戦に。それぞれが登頂を目指す。 先行班はHiura部長の巧みなリードによって着々と歩を進める。 「きついね、でも景色良いね!」「あと○○km!」「Tabataさんのチャリがカチカチ鳴ってる!」掛け声が飛び交う。いいね、仲間って大事。 「このトンネル長いからダンシングで一気に駆け抜けよう!」 ごめん、自殺行為だった。そこから会話は目減りし、挙句Hiuraは足をつった。 部長、ふくらはぎはスペアないんだよ。 坂は増々きつくなる。こまめに休みつつゆっくりと登坂を進める。大変だ、Hiuraが両足つった!休め休め!…あ、Miura達だ。 …一方後続班も大変だったようだ。Saito君曰く「登りに入ったらスピードがどんどん落ちていくんですよ。で、最初の方は登って休んで登って休んで…でしたね。」どうもMullerは相当苦戦していたご様子。 そんな彼を助けようとMonbetsuさんが先導を務める。しかしにやにやしている! そしてSaito君が殿を務める。しかしにやにやしている!とか思うと少しMullerが不憫に思えてくる。不思議。 しかし、過酷な状況で人は進化する。坂に慣れたか、着々と安定したペースでの登坂を覚えるMuller。最終的には(満身創痍の)先行班に追いつくに至る大躍進を見せてくれた。のちに彼はこう語る。「坂を登るってのは辛い物を食べるのと同じなんだ。」我々が首をかしげたのは言うまでもない。 結局最後は全員で山を登り、遂に望羊中山に辿り着いた。いやー疲れた疲れた。でも楽しかった!望羊中山で昼食を頂く。食後のソフトクリームは戦士の休息だ。でもカツラーメンからのあげいもとジェラートは流石にどうかと思う。何はともあれ楽しい休憩時間を過ごした後、記念撮影を一枚。我々はゴールのニセコを目指して後半戦に赴くのであった。 次回:ニセコ後半戦「霊峰、羊蹄立つ」
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2013.07.28 定山渓の旅 ーアメニモマケズ、カゼニモマケズー 参加者 Abiko / Hidaka / Tabata / Mombetsu / Inagaki / Seguchi / (Hiura) 天気 雨時々曇り 旅程 石山通を直進。帰りも然り。 走行距離 約55km 報告者 Abiko 部長がいない! 寝坊であった。あのHiura部長に限ってそんなことは、という我々の日浦信仰が戸惑いを生んだ。 そのおかげで折角のサプライズに気付かれなかった男が一人。あ、Monbetsuさんヘルメット買ったんですね! 定山渓方面に出掛けると雨にやられる。個人的にそんな気がする。 そもそも「明日の午後は雨が降るらしい…なら午前中だ!」と言って行動してしまうのがVLTCCなのだ、仕方ない。 雨宿りを終えて坂を登り、コンビニで休憩していると我々を横切る黒い影。あっ、あれはHiura部長! かくして部長と合流して定山渓。足湯と饅頭(神聖なる決闘の結果、Hidaka先生自腹)を満喫して午後の雨に備えて早めに帰ってきたのでした。 結局帰りも降られたけどね!
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2012.08.11 小樽の旅 参加者 Hidaka / Tabata / Monbetsu / Abiko / Miura / Hiura 天気 曇り時々晴れ 走行距離 約78km 報告者 Hiura 海が見たい。ただ海が見たかった。 という訳で小樽の旅。Abikoにとってはホームグラウンドも等しい中だったが、頼りになる先導として活躍してくれた。君のローソンをスルーしたのは決して故意ではない。コースの高低差もちょうど良い感じで、Miuraのトレーニングにもなりつつ。 小樽では噂の「若鶏の半身揚げ定食」を食べる。……四分の一身で良い……と多くの人が言う中、ただ一人「丸身揚げ」でないと満足できない方がいらっしゃる。 海で黄昏た後、札幌へ針路を取る。走ったな、という感じがした。ちなみにM2の2名はまだまだ元気な感じだった。 追記:MiuraとMonbetsuさんはチョコレートとフライドポテトで義兄弟の契りを交わしていた。
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Report.10 長門有希の実験 ある実験が行われた。 日常接している人物がある日突然豹変したら、人間はどのような反応をするのか。 日頃との変化が大きい方がより有意な情報が得られるため、わたしが実験台に使用された。これから、わたしの性格が一時的に改変される。 Interface Mode Setup... Download High tension Yukky Database Extract High tension Yukky Database YUKKY.N CREATE TABLE Y.NAGATO AS SELECT * FROM YUKI.N INSERT Y.NAGATO SELECT * FROM YUKKY.N OPTIMIZE TABLE Y.NAGATO SELECT * FROM Y.NAGATO Starting High tension Yukky mode... は~い、ユッキーで~す♪ いやー、いつものわたしと違って、今はと~っても『ユカイ』な気分です。こんな調子でハルにゃんやみくるんに話しかけたらどんな反応をしてくれるのか、めっちゃ楽しみ!! え? キョンくんやいっちゃんの反応はどうでも良いのかって? 実はもう話しかけてみたんですよー。でもでも、あの二人、高校生のくせに、どっちもすっごく落ち着いてるって言うか、 『おやおや、これはまた「ユカイ」な長門さんですな。新境地を開拓でっか?』 【おやおや、これはまた「ユカイ」な長門さんですね。新境地を開拓ですか?】 『……「ユカイ」なお前も結構ええ感じやと思うで、長門。』 【……「ユカイ」なお前も結構良い感じだと思うぞ、長門。】 どんだけ適応力あんねん!! って思わず突っ込んでしまいましたよ。 まあ、いっちゃんは何度も修羅場を掻い潜って来たんだろうし、キョンくんも一般人でありながら身の回りで異常事態が頻発する環境に晒されてるし、不思議なことに慣れっこになってるのかもねー。 鶴屋さんには、 『あっははははは!! 有希っこ、サイッコー!! あっはははははは!!』 爆笑されつつも、すんなりと受け入れられたみたい。この人も包容力あるなー。 キョンくんの妹ちゃんに至っては、 『えへへー、ユカイな有希っこ、楽しー! 一緒にあそぼー!』 この子もハイテンションだからなー。思わず日が暮れるまで一緒に遊んじゃいましたさ。 ちなみに口調だけじゃなくて、声も普段よりかなり高くなってます。結構キャピキャピしてるかな。 さてさて。 そんなわけで、わたしの数少ない交友関係(泣)で、反応を見ていない人は、あと二人。本命ですね。もちろん情報統合思念体的には、本命はハルにゃんだけど、わたし的にはみくるんの反応が一番見てみたいんだよねー。 ハルにゃんとは、まあそのいろいろあって、イロイロエロエロしちゃった関係なんだけど、みくるんとは、まだお近付きになってないんだ。 何か、みくるん、わたしのこと、苦手そうにしてるしね。自分で言うのも何だけど、普段のわたしって、それはもう取っ付き辛いったらないよね。まったく、なんでこんな性格に設定したんだか。責任者出て来ーい! なんてね。 それにハルにゃんの場合、元のあたしでも既に違う一面を見せてるから、もう今回の実験の趣旨は達成されてるとも言えるんだよね。 それはもう、面白かったよー。スプーン取り落としたり、意識がお花畑に飛んでいって三途の川を渡る準備をしたり。 だから、こんなユカイなわたしを見ても、意外と普通な反応されそう。鶴屋さんみたいな感じかな? よし、極(き)めた、じゃなくて決(き)めた! 今回の本命はみくるん! ユカイなハイテンションユッキーで押し切って、一気に仲良くなっちゃおう! ん? 江美里から入電だ。はいはーい! 『わ……情報としては伝わってましたけど、いざ実際に対話すると、すごいですね。普段とのギャップがありすぎて戸惑います。』 ふっふー。萌えるかな? かな? 『さあ、それはわたしには分かりかねるので、コメントは差し控えさせていただきます。それより涼宮さんですが、今日は所用のため、このまま帰るみたいですよ。』 そっかー、帰っちゃうのかー。みくるんは来るのかな? 『朝比奈さんはまだこのことを知らないので、そのまま部室に向かってますね。他の二人は涼宮さんに出会った時に、その場で伝えられたみたいですね。帰ってます。』 じゃ、みくるんにはわたしから伝えてあげないとね。ちょうど良いや。連絡ありがとねー、えみりん。 『えと、えみりんて……と、とにかくそういうことなので。』 えみりんの困惑した様子が目に浮かぶなー。りょーこちゃんだったらどんな反応するんだろうな。 そんな心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなくログファイルに書き付けてると、みくるんがやって来ました。 「こんにちは……あれ? 今日は長門さんだけですか?」 「そう。涼宮ハルヒは所用で帰宅した。他の二人にもその旨は伝えられている。」 まずはいつもの調子で。独白も普段ぽくしてみる。 「そうですか……あ、もしかして長門さん、あたしに伝えるためにわざわざ残っててくれたんですか?」 「そう。」 「わ、す、すいません、ありがとうございます!」 今にも回れ右して帰りだしそうな朝比奈みくる。そんなにわたしと二人きりになるのが嫌なのだろうか。少し悲しい。 「よかったら。」 わたしは彼女を呼び止める。 「わたしと一緒に帰ってほしい。」 「ふぇ!?」 「実は、あなたに相談したいことがある。」 「あ、あたしにですかぁ!?」 「だめ?」 「え!? え、えと、その……」 そう言いながら、彼女は耳に手を当ている。未来からの指示を仰いでいるのだろう。そしてわたしは確信している。未来からの指示は、『おまえの思うように行動せよ。』 「未来からの指示?」 「否定も肯定もされませんでした……『お前に任せる』と。」 「そう。では、あなたの気持ち次第。」 「えと、あ、あたしでお役に立てるかどうか分かりませんけど、お話を聞きますね!」 「ありがとう。」 こうしてわたしは、まんまとみくるんを拉致……違う違う。わたしの部屋へ招待した。 「お茶を淹れる。待ってて。」 わたしはお茶を淹れて、こたつに持っていった。こたつに座って対面する二人。さて、話を切り出しますか。 「あなたに来てもらえて、嬉しい。」 「いえいえ、大したことでは。それで、相談というのは?」 「わたしは今、ある事情で、思考がとても『ユカイ』になっている。」 「『ユカイ』……ですか。」 「そう。普段のわたしからは想像もつかないほど。せっかくなので、あなたに披露して、どう思うか聞いてみたい。そして、これを機会に、あなたと仲良くなりたい。」 「えっ!?」 「あなたは、わたしと二人きりになることを極度に嫌っている。」 「あ、あたしはそんなつもりじゃ……!?」 「気にしなくていい。普段のわたしの態度では、仲良くしろと言う方が無理がある。」 そこまで言うと、わたしは、お茶を一口飲んだ。さあ、始めましょうか。 It s a showtime! ハイテンション・ユッキー、いっきまーっす! 「まあ、そう硬くならんとー。りらっくす、りらっくす♪」 【まあ、そう硬くなんないでー。りらっくす、りらっくす♪】 「!?」 おおー、早速目をまん丸にして驚いてる。うんうん、予想通りの反応ありがと、みくるん♪ 「要するにー、今のわたしは普段と違うわたしやから、もっと気楽に喋ってぇやーってこと。」 【要するにー、今のわたしは普段と違うわたしだから、もっと気楽に喋ってよぉーってこと。】 「ふ、ふええ!? な、長門……さん?」 「どうせやから『有希ちゃん』って呼んでぇやぁ、みくるちゃん。それともみくるんって呼んだ方が良い?」 【どうせだから『有希ちゃん』って呼んでよぉ、みくるちゃん。それともみくるんって呼んだ方が良い?】 「みくるんて……」 「ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆」 「いやぁぁぁぁぁ!! その話はせんとってぇぇぇぇぇ!!」 【いやぁぁぁぁぁ!! その話はしないでぇぇぇぇぇ!!】 おおっと、みくるんの意外な一面が。やっぱりあれ、相当堪えてたんだね。 「まあ、そんなわけで。いつものキャラは置いといて、本音でお話しよ?」 「ううう、何か、見透かされてる気がします……」 「まあまあ、わたしもいつもと違(ちゃ)うんやし。あなたと仲良くしたいっていうんも、ほんまの気持ちなんやで?」 【まあまあ、わたしもいつもと違うんだし。あなたと仲良くしたいっていうのも、ほんとの気持ちなんだよ?】 「なが……有希ちゃん……」 ひゃっほぅ、みくるんが『有希ちゃん』って呼んでくれたよー! なんかすっごくうれし――――!! それからみくるちゃんは、必死でわたしと二人きりになりたがらなかった理由を説明してくれたけど、割愛します。なんていうか、そうした方が良いような気がしたから。大事な友達のことだし、少しは胸の奥にしまっておいた方が良いこともあるよね。 要は、お互いが相手を悪くは思っていないってことが伝われば、それで良いのだ! で、分かったところで、新たな関係を築けば良い。人間の縁って、そんなもんじゃないかな。わたしは人間じゃないけど。 「それで、キョンくん、何て言(ゆ)うたと思う? 『……「ユカイ」なお前も結構ええ感じやと思うで、長門。』それだけ。あんたら、どんだけ適応力あるっちゅうねん!」 【それで、キョンくん、何て言ったと思う? 『……「ユカイ」なお前も結構良い感じだと思うぞ、長門。』それだけ。あんたら、どんだけ適応力あるっていうのよ!】 「あははは、キョンくんらしいー!」 話し始めてしばらくして。最初の緊張もどこへやら、二人はすっかり打ち解けました。みくるちゃんたら、目に涙浮かべて笑ってくれたよ。なんかもう、イジり甲斐あるなー。 「ねえねえ、有希ちゃん。今度一緒に買い物行かへん? あたしの知ってる……」 【ねえねえ、有希ちゃん。今度一緒に買い物行かない? あたしの知ってる……】 みくるちゃんからお誘い。わーい、デートデート、って、違ーう! ハルにゃんじゃないんだから。これは健全な、女の子同士のお買い物のお誘い! ありがたいけど、その頃にはもう、実験は終了して、普段の無口なわたしに戻ってるんだよねえ。……あれ、なんか、そう考えたら急に寂しくなっちゃった。どうしたんだろ。 「!? ゆ、有希ちゃん!?」 「なに~?」 「な、何(なん)で泣いとぉや……?」 【な、何(なん)で泣いてるの……?】 「え? あれ?」 ほんとだ、泣いてる。 「何(なん)でやろ、おかしいな。涙が……止まらへん。次から次へと……」 【何(なん)でだろ、おかしいな。涙が……止まらない。次から次へと……】 わたしの目には涙があふれ、止(とど)まる気配がありません。 「何(なん)で、うっ、何(なん)で涙が、ぐすっ、止まらへんの……ひくっ」 【何(なん)で、うっ、何(なん)で涙が、ぐすっ、止まらないの……ひくっ】 せっかくみくるちゃんと楽しくお話してたのに、これじゃまた嫌われちゃう…… 涙を止めなきゃいけないと思うほど、嫌われるんじゃないかという恐怖が沸き上がって、ますます涙が止まりません。完全に悪循環だ。 するとみくるちゃんが、すっと立ち上がって、わたしのそばにやってきました。そしてわたしの頭を優しく抱き締めたのです。 「ほら、有希ちゃん。泣きたい時は、思いっきり泣いた方がええで。」 【ほら、有希ちゃん。泣きたい時は、思いっきり泣いた方が良いわ。】 みくるちゃんの、おっきい胸。柔らかくてあったかい。なんでも、こないだのハルにゃんとみくるんの大乱闘で、ハルにゃんがこの大きな胸が羨ましいって言ったんだって。たしかに尋常じゃない大きさ。 でも、この胸は単に大きい、見掛け倒しの胸じゃない。底なしの優しさに溢れてる。 「うっ、うっ、うううう……うわああああああああああああああああああああんん!!」 わたしは、彼女の胸の中で泣いた。号泣した。 何が悲しかったのか。何が寂しかったのか。 それは結局、今のこのわたしの思考が、一時的なものでしかないことを知っているから。しばらくすれば、また元の無口なわたしに戻る。また、みくるちゃんが近付きたがらなかった頃のわたしに戻ってしまう。 それが嫌だった。せっかくみくるちゃんと仲良くなれると思ったのに。いや、きっとみくるちゃんは優しいから、元のわたしに戻っても、わたしと仲良くしてくれるだろう。でも、わたしはその思いに態度で応えられない。『そう。』とか『いい。』とか、必要最小限しか言葉を発しない子に戻ってしまう。 それがわたしらしいと言ってくれるかもしれない。でもわたしにだって、他の人並みに喋って、普通の女の子みたいに友達と遊びたいという気持ちはある。元のわたしはどうか知らないけれど、少なくとも今のわたしには、そんな気持ちがある。今のわたしはその気持ちを形にすることができる。でも元のわたしにはそんなことできない。 「戻りたない……」 【戻りたくない……】 「え?」 「戻りたない……元のわたしに戻りたない!!」 【戻りたくない……元のわたしに戻りたくない!!】 わたしは叫んでいた。今のわたしは、あくまで実験のために用意された一時的な人格。元のわたしでさえ、作り物、仮初の命で、今のわたしはその上に宿る、さらに一時的な実験用人格。その存在は極めて脆い。 それなのに、こんなことを願うのは罰当たりなのかな。人間じゃないわたしに罰なんか当たるのか分からないけど。 「元のわたしは、笑えもしない、泣けもしない、ただの観測者……! みんなの気持ちに何一つ応えられない!! わたしは……ただの作り物!! ただの……人間モドキ……! 人形にも人間にもなれない半端者!!」 こんなこと、彼女に言ったところでどうしようもないのに、彼女を困らせるだけなのに、止まらない。わたし、どうしちゃったんだろう。とうとう壊れちゃったのかな……? まったく、困った子だ。やれやれ。 それなのに、彼女は優しくわたしの頭を抱きかかえ、撫でてくれました。 「普段口に出されへん分、相当いろんな思いが溜まってたんやね……ごめんね、気ぃ付いてあげられへんで。」 【普段口に出せない分、相当いろんな思いが溜まってたのね……ごめんね、気付いてあげられなくて。】 何でみくるちゃんが謝るの? 謝るのはわたしの方なのに。 「ううん、そんなことない。あたし達、結局いつも有希ちゃん……『長門さん』に頼ってばっかりやもんね。」 【ううん、そんなことない。あたし達、結局いつも有希ちゃん……『長門さん』に頼ってばっかりだもんね。】 彼女は、小さな子供に言い聞かせるような、優しい声で言いました。 「あたしは、いつも無口で頼れる『長門さん』も、とっても可愛い『有希ちゃん』も、どっちも好き。」 そして彼女はわたしの頭を胸から離すと、自分の顔の前に持って行きました。 「せやから、約束して? もう二度と、人形やとか何とか、そんな悲しいこと言わへんって。あたしも、みんなも……『長門有希』さんを大好きなんやから。」 【だから、約束して? もう二度と、人形だとか何とか、そんな悲しいこと言わないって。あたしも、みんなも……『長門有希』さんを大好きなんだから。】 彼女の優しく真っ直ぐな瞳が、わたしの瞳を見つめます。 「……はい。」 今のわたしの顔はきっと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。そんな顔を間近でじっと見つめられてます。ちょっと恥ずかしいな。 「……よくできました。」 彼女は飛びっきりの優しい笑顔で言いました。本当に綺麗な、天使のような笑顔でした。 「ほら、もう泣かない。笑って笑って! 有希ちゃんの笑顔はめっちゃ可愛いんやから!」 【ほら、もう泣かない。笑って笑って! 有希ちゃんの笑顔はすっごく可愛いんだから!】 可愛い……か。なんか、嬉しいな。 「えへへ……」 自然と、笑いがこぼれました。ちょっと照れた笑い。 「きゃー、可愛い――――!!」 彼女はまたわたしの頭を抱き締めました。おっきなおっぱいに埋もれて、ちょっと幸せ。ハルにゃんが揉みまくってた理由の一端が分かったかも。ずっとこうしていたいな。 ああ、それなのにだんだん意識が遠くなってきました。もう実験終了なの? せめて一秒でも長く、この暖かさ、柔らかさ、優しさを感じていたい…… Interface Mode Setup... COPY NAGATO_YUKI.log + YUKKY.log NAGATO_YUKI.log DEL YUKKY.log DROP TABLE Y.NAGATO, YUKKY.N SELECT * FROM YUKI.N Starting NAGATO Yuki original mode... わたしは、朝比奈みくるの胸の中で目を覚ました。二人とも眠っていた模様。早速先ほどまでの行動のログを確認する。 「…………」 わたしは彼女の胸で泣いていたらしい。 『人形にも人間にもなれない半端者』 これほど今のわたしの状態を的確に表現した言葉もないかもしれない。 『わたしにだって、他の人並みに喋って、普通の女の子みたいに友達と遊びたいという気持ちはある。今のわたしはその気持ちを形にすることができる。でも元のわたしにはそんなことできない。』 そういうことか。 これは、実験用人格に用意された感情による言葉ではない。なぜなら、実験用人格が削除された今のわたし……『元のわたし』でも、彼女――朝比奈みくる――のことを考えると、胸が熱くなるから。 これは『わたし』という個体が持つ、固有の『感情』。人間で言うところの……『本音』。 また感情が暴走してしまった。彼女には迷惑を掛けてしまった。 でも、そんなわたしを、彼女は優しく抱き締め、慰め、諭してくれた。涼宮ハルヒを支えたいと願ったわたしだが、朝比奈みくるに支えられた。 ――人間は決して一人では生きていけない。皆支えあって生きている。 何かの本で読んだ言葉。今ならその意味が少しは実感できるかもしれない。 静かに眠る、わたしを支えてくれた人の顔を見る。優しい、安らかな寝顔。 「……ありがとう。」 そう言うとわたしは、朝比奈みくるの額……ではなく、やはり唇に口付けをした。どうやら、あなたのことも好きになってしまったようだ。 『二股』……か。やれやれ。 結局、彼女の強さと、自分の弱さを見せつけられる結果となった。『彼』と言い彼女と言い、どうして涼宮ハルヒの周りには、こんなに優しい人達が集まっているのだろう。 彼女の買い物のお誘いの日を思い出しながら、せめてその日くらいは、少しは口数を増やせないだろうかと考えながら、わたしも彼女と一緒に眠ることにした。 彼女を抱き締めると、彼女も抱き締めてくれた。暖かい。そして強く優しい。 わたしは、涼宮ハルヒとはまた違った安らぎを感じながら眠りに落ちた。 後で聞いた話になる。 実験終了後、わたしの反応が途絶えたため、現場を確認するために喜緑江美里が遣わされた。違う派閥なのに、ご苦労なこと。 「わたしは、あなたの監査役でもあるんですからね。」 現場に踏み込んだ江美里。そこで彼女が見たものは、抱き合って眠るわたしと朝比奈みくる。 「すごい光景でしたよ。人間の言葉で言うところの『感動もの』でした。」 生命活動その他に異状がないことを確認すると、彼女はそのままその光景を眺めていたという。 「正確に言うと、『見とれていた』のかもしれませんね。インターフェイスに過ぎない私にも分かるくらい、そう、『神々しい』光景でした。記念に一枚撮っときましたよ。」 そう言って彼女は、一枚の紙を取り出した。 写真。光を受けて分子構造が変化する素材を利用した、画像の記録手段。 情報統合思念体のような情報生命体からすれば、極めて原始的な情報処理方式だが、『形あるもの』によって情報を取り扱う有機生命体にとっては、適した手段といえる。最近江美里は、この『写真を撮る』という行為がお気に入りなのだという。 差し出された紙片に映し出された、その時の光景の記録を見る。 「…………」 「例えて言うなら、『天使と天女が仲良く眠る図』ですね。」 そこには、安らかで穏やかな顔で抱き合って眠る、二人の少女が写っていた。そこに写っている二人のうち、片方がわたしであることに、すぐには気が付かなかった。それくらい、普段のわたしとは印象がまるで違っていた。 「長門さんの寝顔に涼宮さんが参っちゃうのも、仕方ないのかもしれませんね。」 江美里は、楽しそうに言った。 「それにしても二股とは、あなたも恋多きヒトですねー。この写真を涼宮さんが見たら、どうなるのかなー?」 「……パーソナルネームえみりんを敵性と判定。当該対象の有機情報連結解除を申請する。」 「あーれー、お止めになってぇ~。」 それにしてもこのインターフェイス、ノリノリである。もしかして、彼女はハイテンション・エミリーでも実行しているのだろうか。 「……後でこの光景の詳しいデータも欲しい。」 「あー、何だかお腹が空いたなー。」 「……今日は肉じゃが。カレーと具が共通。」 今晩も、いつもより『美味しい』食事になるようだ。 「……やれやれ。」 【参考:Extra.4 喜緑江美里の報告|Extra.5 涼宮ハルヒの戦後】 ←Report.09|目次|Report.11→
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Report.19 長門有希の憂鬱 その8 ~涼宮ハルヒの告白~ 部室の扉がノックされる音が響いた。わたし、涼宮ハルヒ、朝倉涼子の三人は、互いに顔を見合わせた。 「どうぞー。」 結局、ハルヒが返答した。扉が開き、四人の人物が入ってきた。 「ちょっと失礼しますよ。」 喜緑江美里、古泉一樹、朝比奈みくる、『彼』……通称キョン。 「あんたは、生徒会の……何でここに?」 「実は我々は、長門さんが北高に向かっていたという話を聞いて、戻ってきたところなのですが、そこでたまたま彼女に会いまして。彼女……生徒会の方でも、何やら長門さんに用があるとかで、御一緒した、というわけなんですよ。」 古泉一樹が答えた。……話し方が変わっている。 「そんなに睨まないでくださいな。活動状況を簡単に確認するだけですから。」 ハルヒが江美里を睨み付けているのは、先の文芸部会誌を作成した時のことを踏まえてのものだろう。 「文芸部の活動は 極 め て 順 調 やから、どうぞご心配なく!!」 【文芸部の活動は 極 め て 順 調 だから、どうぞご心配なく!!】 彼女は目を三角に怒らせて、江美里を威嚇している。江美里は全く意に介していないが。 「長門さん……お久しぶりです……」 みくるが声を掛けてきた。そういえば、既に会ってはいるものの、まだ彼らには言っていない。わたしは彼らに視線を向けて、言った。 「ただいま。」 「……おかえり、長門。」 『彼』が答えてくれた。わたしは、帰ってきたことの『実感』が湧いた、ような気がした。皆は一様に、わたしの帰還を喜んでいるようだった。 その中で、ハルヒからすれば部外者である江美里が、わたしに向けて口を開いた。 「今年度の文芸部の活動状況についてですが。」 『御承知のように、敵対勢力の排除は完了しました。』 「…………」 『協力に感謝する。』 かぎ括弧は声に出した会話。二重かぎは通信の内容。 「昨年度は会誌の発行が、例年に比べてかなり遅延していました。まあ、内容は充実していたようなので、その点は心配していませんが。」 『《全員で突入する》という要請でしたけど、期待には応えられたでしょうか。』 「…………」 『十分。予想以上。』 「ここだけの話ですけど、うちの会長も、口ではああ言ってますけど、次の刊行を心待ちにしてるんですよ。文芸部の会誌をこっそり読んで、お腹抱えて笑ってましたから。特に鶴屋さんが書いた小説には、腹筋を破壊されたみたいでしたね。」 『皆さん、とんでもない戦闘能力を持ってますね。さすがは涼宮さんに選ばれし兵(つわもの)達、といったところですか。』 「……善処する。」 『……同意する。』 江美里は、絵に描かれた貴婦人のような微笑を浮かべて、 『彼女の感情がそろそろ限界のようなので、会話相手は譲りましょうかね。ほら、あなたもボーっとしてないで。』 『んあ!? ちょっと! 急に話を振らないでくれる!?』 涼子が不意を突かれて慌てている。このような反応は、我々インターフェイスのものとは思えないほど人間的だった。 『どうしたのでしょうね。あなたらしくもない。』 『いや、ちょっと……涼宮さんと長門さんの表情に見とれちゃって……』 わたしの表情? わたしは何か表情を浮かべていたとでも言うのだろうか。 涼子はわたしをまじまじと見つめた。 『……本気で言ってるの?』 嘘をつく理由も利益もない。 『……無自覚、か。なるほどね……』 話が見えない。 『長門さん。あなたは、さっき涼宮さんに「ただいま」って言った後、目を細めて微笑したのよ。』 ……身に覚えがない。 『じゃあ、無意識のうちに、微笑してたのね。』 わたしに表情を作る機能がないわけではなく、また、誰にでも分かるほどはっきりと表情を変えることも、できなくはないことは知っている。実際に、『微笑』という表情をハルヒには見せたことがある。しかし、先ほどの会話では、特に表情を作った記憶はない。 『だからさ……それは「自然な表情」って言うのよ。「自然と笑みがこぼれる」っていうやつ。』 それは、本にも頻繁に登場する表現。しかし、実際にどのような状態なのかは、分からなかったもの。そのような理解不能だった状態に、わたしがなっていたと言うのか。信じられない。 『……変わったわね。』 『……変わりましたね。』 二人は、嬉しそうに顔を見合わせた。 わたしは、そこまで自由に、任意の表情を浮かべることはできないはず。それに、なぜ二人が『嬉しそう』なのかの理由も分からなかった。 「有希……有希……!」 ハルヒの声。見ると、人間の言葉で言う『感極まった』様子だった。 「有希ぃ――――!」 彼女は、わたしのそばに駆け寄るとわたしを強く抱き締めた。そして一気にまくし立てた。 「有希! ごめん! ごめんなさい! あんな、あんなことして……! あんたを突き飛ばして怪我さして! それで、怪我したあんたをほったらかしにして!」 【有希! ごめん! ごめんなさい! あんな、あんなことして……! あんたを突き飛ばして怪我させて! それで、怪我したあんたをほったらかしにして!】 彼女は、泣きながら詫びている。先日の、わたしが消失した日の出来事。わたしがうっかり、彼女の心にある、侵してはならない領域を侵してしまった、あの日の出来事。 「いい。気にしてない。」 「ほんま?」 【ほんと?】 彼女は潤んだ瞳でわたしを見つめる。わたしは、誰にでも分かるほど大きく、はっきりと頷いた。彼女はまたわたしを抱き締めた。そして、人間の言葉で言うと『堰を切ったように』、語り始めた。わたしがいなくなったことで、どれだけ自分が寂しかったかを。 「……他にも数え上げたらキリないけど、とにかく! それぐらい寂しかったんやから!」 【……他にも数え上げたらキリがないけど、とにかく! それぐらい寂しかったんだから!】 「事情はよく分かった。」 わたしは、素っ気なく答えた。本当は、とても嬉しい。彼女にここまで強く気に掛けてもらえて。 「でも、これだけは言わして?」 【でも、これだけは言わせて?】 と、彼女は涙目で言った。 「なに。」 彼女は、大きく深呼吸した。そして、意を決して言った。 「有希――――!! 愛してる――――!!」 ざわ……ざわ…… そんな擬音語を背景につけるのがふさわしいと思った。わたしと彼女以外のその場にいた者は皆、目を丸くして驚愕している。彼女は、わたしを強く抱き締めてきた。 「もう、絶対に、あんたを、失いたくない! 離したくない!!」 そして彼女は……わたしの唇を奪った。 『んっ、んっ、んっ……んむ……んむ……』 濃厚な接吻。それも、他人の目の前で。 『んっ……はっぁ……あむ……んっ……』 彼女の口付けは終わらない。彼女の、暖かい気持ちが伝わってくるような気がする。 ようやく彼女の濃厚な接吻が終わった。口を離すと、お互いの唇から唾液が糸を引いて繋がっていた。 彼女は滔々と語り始めた。それは紛れもなく、わたしへの『愛の告白』だった。 「最初は単なる好奇心やった。無口で無表情な娘やなーって。泣いたり笑ったりせえへんのかなーって。まるで部室の付属物みたいに、存在感のない娘、っていうのが最初の頃の印象やったわ。」 【最初は単なる好奇心だった。無口で無表情な娘だなーって。泣いたり笑ったりしないのかなーって。まるで部室の付属物みたいに、存在感のない娘、っていうのが最初の頃の印象だったわ。】 それが、共に過ごすうちに、だんだん見る目が変わっていった。 「毎日なんとなく眺めてるうちに、だんだん気になりだしてん。あんたは無口で無表情やったけど、万能やった。何でもそつなくこなせた。その時に思ってたんは、どうやったら有希と仲良くなれるかってことやった。」 【毎日なんとなく眺めてるうちに、だんだん気になりだしたの。あんたは無口で無表情だったけど、万能だった。何でもそつなくこなせた。その時に思ってたのは、どうやったら有希と仲良くなれるかってことだった。】 彼女は遠い目をして言った。 「決定的やったんは、一年の時の文化祭。気ぃ付いてた? あんたの情熱的なギターは、一緒に舞台に立ったあたし達も含めて、その場にいた誰もを魅了したんやで。あの時あたしは、最高に気持ち良く歌ってたけど、それはきっと、あんたがギターで支えてくれたからなんやと、今になって思うわ。急遽代役で立った舞台で、どうなるか分からへん一発勝負。いくらあたしでも、緊張せえへんかった、って言(ゆ)うたら嘘になるわ。それでも何とか乗り切れた。今なら理由が分かるわ。それは有希が、いつもあたし達の期待に応えてくれる有希が、そばにおってくれたから。一緒に舞台に立ってくれたから。体育祭では、文武両道さを存分に見せ付けてくれたし、バレンタインデーの時は料理も振舞ってくれた。あの時作ってくれたうどん、めっちゃ美味しかったで。今でも忘れられへんもん。阪中の家の犬を治した時は、正直感動したわ。いつもいっぱい本読んどぉけど、ただ読むんやなくて、ちゃんとその知識を役立たせてるんやから、改めてすごいと思ったわ。それで、ますます有希から目が離されへんようになった。」 【決定的だったのは、一年の時の文化祭。気付いてた? あんたの情熱的なギターは、一緒に舞台に立ったあたし達も含めて、その場にいた誰もを魅了したのよ。あの時あたしは、最高に気持ち良く歌ってたけど、それはきっと、あんたがギターで支えてくれたからなんだと、今になって思うわ。急遽代役で立った舞台で、どうなるか分からない一発勝負。いくらあたしでも、緊張しなかった、って言ったら嘘になるわ。それでも何とか乗り切れた。今なら理由が分かるわ。それは有希が、いつもあたし達の期待に応えてくれる有希が、そばにいてくれたから。一緒に舞台に立ってくれたから。体育祭では、文武両道さを存分に見せ付けてくれたし、バレンタインデーの時は料理も振舞ってくれた。あの時作ってくれたうどん、すっごく美味しかったわ。今でも忘れられないもん。阪中の家の犬を治した時は、正直感動したわ。いつもいっぱい本を読んでるけど、ただ読むんじゃなくて、ちゃんとその知識を役立たせてるんだから、改めてすごいと思ったわ。それで、ますます有希から目が離せないようになった。】 それに、と彼女は続けた。 「あれは夢やったみたいやけど、未だに忘れられへんことがあんねん。覚えとぉ? 一年の冬休み、鶴屋さん家の別荘に合宿に行った時の事。」 【あれは夢だったみたいだけど、未だに忘れられないことがあるの。覚えてる? 一年の冬休み、鶴屋さん家の別荘に合宿に行った時の事。】 周囲に緊張が走った。 「あの時、あたしはやけにあんたのことを心配しとったやろ? あれな、あたしの夢の中で、あんたが熱出して倒れてんけど、それはもう、心配したで。夢から覚めても、全然気が付かずにあんたのことを心配するくらい。それで、気ぃ付いてん。あたしは、夢にまで見るくらい、あんたのことを意識してるんやな、って。」 【あの時、あたしはやけにあんたのことを心配してたでしょ? あれはね、あたしの夢の中で、あんたが熱出して倒れたんだけど、それはもう、心配したわよ。夢から覚めても、全然気が付かずにあんたのことを心配するくらい。それで、気が付いたの。あたしは、夢にまで見るくらい、あんたのことを意識してるんだな、って。】 その時は『無口で頼れる万能選手』として。 「その時はそう思(おも)てたけど、今にして思うと、既に違(ちご)てたんかもしれへん。でも、自覚はしてへんかったな。思いが変わった、あるいは自覚したんは、この間のこと。あたしが変質者を捕まえて新聞に載って、それから、変な奴らに付きまとわれてた時のことやわ。」 【その時はそう思ってたけど、今にして思うと、既に違ってたのかもしれない。でも、自覚はしてなかったな。思いが変わった、あるいは自覚したのは、この間のこと。あたしが変質者を捕まえて新聞に載って、それから、変な奴らに付きまとわれてた時のことだわ。】 彼女はその時のことを思い出すように、 「あの時あたしは……ほんまはめっちゃ辛かった。団員達に……特に有希、あんたに会われへんことに。それから、変な奴らへの対応も。どうってことないつもりやったけど……やっぱりきつかった。あたしは、もう、一杯一杯やった。そんなあたしを救ってくれたんが、あんた。」 【あの時あたしは……ほんとはすっごく辛かった。団員達に……特に有希、あんたに会えないことに。それから、変な奴らへの対応も。どうってことないつもりだったけど……やっぱりきつかった。あたしは、もう、一杯一杯だった。そんなあたしを救ってくれたのが、あんた。】 ここで彼女は周囲を見渡した。 「みんなの前でこんなこと言(ゆ)うてるなんて、我ながら大胆やと思うけど、どういうわけか、有希の前やと素直になれるわ。こんな……恥ずかしいことを告白できるくらいに。」 【みんなの前でこんなこと言ってるなんて、我ながら大胆だと思うけど、どういうわけか、有希の前だと素直になれるわ。こんな……恥ずかしいことを告白できるくらいに。】 彼女は再びわたしに視線を戻した。 「あの時、あたしがあんたを呼び出した時、あんたは来てくれた。あたしの恥ずかしい話を黙って聞いてくれた。泣き出したあたしのそばにずっとおってくれた。色々とあたしに良くしてくれた。それから……あんたの意外な一面も見せてくれた。あの時のあんたの仕草、反則的なまでに可愛かったわ。」 【あの時、あたしがあんたを呼び出した時、あんたは来てくれた。あたしの恥ずかしい話を黙って聞いてくれた。泣き出したあたしのそばにずっといてくれた。色々とあたしに良くしてくれた。それから……あんたの意外な一面も見せてくれた。あの時のあんたの仕草、反則的なまでに可愛かったわ。】 そして気が付けば、ただの気になる人から、愛しい人に変わっていた。 「あたしは必死でその気持ちを否定した。だって、おかしいやん? 女同士でこんなこと思うなんて。相手が、宇宙人とかっていうならまだしも、有希は物静かな……可愛い人間の女の子やんか。でも、今日のことで実感したわ。あたしの中で、あんたの存在がどれだけ大きくなってたか。それで、あんたの顔を見て思った。もう、この気持ちは抑えられへんって。」 【あたしは必死でその気持ちを否定した。だって、おかしいじゃない? 女同士でこんなこと思うなんて。相手が、宇宙人とかっていうならまだしも、有希は物静かな……可愛い人間の女の子じゃないの。でも、今日のことで実感したわ。あたしの中で、あんたの存在がどれだけ大きくなってたか。それで、あんたの顔を見て思った。もう、この気持ちは抑えられないって。】 いつの間にか、恋に落ちていた……気が付いたときには、既に。 「さっきあったことを話すわ。また夢を見てたらしいんやけど。」 【さっきあったことを話すわ。また夢を見てたらしいんだけど。】 先ほどの情報統合思念体過激派による襲撃のことだろう。 「夢の中で、あたしと朝倉は、変態に襲われた。ストッキングで覆面した変態。朝倉がそいつと戦ってたんやけど、ピンチになってん。もう絶体絶命。そこに颯爽と現れたんが、有希、あんたや。朝倉にも言われてんけど、その時のあんたは、マジでヒーローやった。かっこよかった。そのあとそのまま今の場面に続いとぉから、正直、どこまでが夢で、どこからが現実か分からへん。もしかしたら、今この瞬間も夢かもしれへんし。でも、それでもあたしは確信した。」 【夢の中で、あたしと朝倉は、変態に襲われた。ストッキングで覆面した変態。朝倉がそいつと戦ってたんだけど、ピンチになったの。もう絶体絶命。そこに颯爽と現れたのが、有希、あんたよ。朝倉にも言われたんだけど、その時のあんたは、マジでヒーローだった。かっこよかった。そのあとそのまま今の場面に続いてるから、正直、どこまでが夢で、どこからが現実か分からない。もしかしたら、今この瞬間も夢かもしれないし。でも、それでもあたしは確信した。】 彼女はわたしの瞳を真っ直ぐに見据えて言った。 「やっぱりあたしは、あんたが好き。大好き。」 彼女の気持ちは伝わった。今度はわたしが答える番。わたしは彼女に言った。禁じられた言葉を。 「わたしは……わたしも、あなたを、愛している。」 観測とか、処分とか、そんなものはどうでも良いと思えた。 彼女は、わたしを愛している。 わたしも、彼女を愛している。 それで十分だと思えた。それでわたしは――幸せだと思った。 「有希、有希っ!」 また彼女が抱き締めてくる。わたしも彼女を抱き締め返す。とても幸せで、そして、だからこそ……『悲しい』。 これから、わたしが行うことを思うと、悲しくなった。 わたしがこれから行うこと。それは涼宮ハルヒへの情報操作。今まで決して許されることがなかった行為。 今回の過激派による襲撃の記憶を消すことだけではない。わたしは、彼女の『長門有希への思い』を操作する。 彼女のわたしへの感情には、明らかに『性愛』が含まれている。それは本来、『異性』に対して向けられるもの。一部に例外はあるものの、大多数の雌雄の別がある有機生命体はそのようにしている。それが、有機生命体の繁殖に必要不可欠だから。だから、今の彼女は……『異常動作』。そしてわたしも異常動作。 わたしの口から明確に、わたしの想いを彼女に伝えられた。それだけで十分。彼女の行動を修正しなければならない。 提案したのは、わたし。情報統合思念体の許可は下りている。いよいよ、これまで最大の禁則事項だった行為を行う。 わたしは操作を開始した。 「あれ……? なんか急に眠く……」 彼女の身体が崩れ落ちる。わたしは彼女の身体を抱きかかえるようにして支えた。彼女が完全に眠ったことを確認すると、彼女の精神に干渉する。そして、彼女のわたしへの想いから、性愛に関する部分を削除する。今後彼女は、わたしをこれまで通り『無口で頼れるSOS団随一の万能選手』として見るだろう。ただし、わたしへの想いは大きく発達していたため、元通りとはいかないかもしれない。それでも、『仲の良い女友達』程度には抑えられたはず。わたしに、あのような行為に及ぶことは、もうないだろう。 操作終了。 「…………」 わたしは無言で、彼女の身体を抱きかかえながら、静かに眠る彼女の寝顔を見ていた。 事態の推移を見守っていた『彼』が、やっとの思いで口を開いた。 「……長門。お前はハルヒに一体何をしたんや?」 【……長門。お前はハルヒに一体何をしたんだ?】 「行動の修正。」 わたしは平坦な声で答える。 「最近の涼宮ハルヒの行動は、明らかに異常動作。先ほどのわたしへの行為もそう。」 わたしは、ぼんやりと彼女の顔を眺めていた。名残惜しいのだろうか? わたしは彼女の顔から視線を外すことができないでいる。 「修正は完了した。問題ない。」 そう、これで問題ない。何も。 その時、何かがわたしの頬を伝った。 涙が一粒、頬を伝った。 ←Report.18|目次|Report.20→
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Report.19 長門有希の憂鬱 その8 ~涼宮ハルヒの告白~ 部室の扉がノックされる音が響いた。わたし、涼宮ハルヒ、朝倉涼子の三人は、互いに顔を見合わせた。 「どうぞー。」 結局、ハルヒが返答した。扉が開き、四人の人物が入ってきた。 「ちょっと失礼しますよ。」 喜緑江美里、古泉一樹、朝比奈みくる、『彼』……通称キョン。 「あんたは、生徒会の……何でここに?」 「実は我々は、長門さんが北高に向かっていたという話を聞いて、戻ってきたところなのですが、そこでたまたま彼女に会いまして。彼女……生徒会の方でも、何やら長門さんに用があるとかで、御一緒した、というわけなんですよ。」 古泉一樹が答えた。……話し方が変わっている。 「そんなに睨まないでくださいな。活動状況を簡単に確認するだけですから。」 ハルヒが江美里を睨み付けているのは、先の文芸部会誌を作成した時のことを踏まえてのものだろう。 「文芸部の活動は 極 め て 順 調 やから、どうぞご心配なく!!」 【文芸部の活動は 極 め て 順 調 だから、どうぞご心配なく!!】 彼女は目を三角に怒らせて、江美里を威嚇している。江美里は全く意に介していないが。 「長門さん……お久しぶりです……」 みくるが声を掛けてきた。そういえば、既に会ってはいるものの、まだ彼らには言っていない。わたしは彼らに視線を向けて、言った。 「ただいま。」 「……おかえり、長門。」 『彼』が答えてくれた。わたしは、帰ってきたことの『実感』が湧いた、ような気がした。皆は一様に、わたしの帰還を喜んでいるようだった。 その中で、ハルヒからすれば部外者である江美里が、わたしに向けて口を開いた。 「今年度の文芸部の活動状況についてですが。」 『御承知のように、敵対勢力の排除は完了しました。』 「…………」 『協力に感謝する。』 かぎ括弧は声に出した会話。二重かぎは通信の内容。 「昨年度は会誌の発行が、例年に比べてかなり遅延していました。まあ、内容は充実していたようなので、その点は心配していませんが。」 『《全員で突入する》という要請でしたけど、期待には応えられたでしょうか。』 「…………」 『十分。予想以上。』 「ここだけの話ですけど、うちの会長も、口ではああ言ってますけど、次の刊行を心待ちにしてるんですよ。文芸部の会誌をこっそり読んで、お腹抱えて笑ってましたから。特に鶴屋さんが書いた小説には、腹筋を破壊されたみたいでしたね。」 『皆さん、とんでもない戦闘能力を持ってますね。さすがは涼宮さんに選ばれし兵(つわもの)達、といったところですか。』 「……善処する。」 『……同意する。』 江美里は、絵に描かれた貴婦人のような微笑を浮かべて、 『彼女の感情がそろそろ限界のようなので、会話相手は譲りましょうかね。ほら、あなたもボーっとしてないで。』 『んあ!? ちょっと! 急に話を振らないでくれる!?』 涼子が不意を突かれて慌てている。このような反応は、我々インターフェイスのものとは思えないほど人間的だった。 『どうしたのでしょうね。あなたらしくもない。』 『いや、ちょっと……涼宮さんと長門さんの表情に見とれちゃって……』 わたしの表情? わたしは何か表情を浮かべていたとでも言うのだろうか。 涼子はわたしをまじまじと見つめた。 『……本気で言ってるの?』 嘘をつく理由も利益もない。 『……無自覚、か。なるほどね……』 話が見えない。 『長門さん。あなたは、さっき涼宮さんに「ただいま」って言った後、目を細めて微笑したのよ。』 ……身に覚えがない。 『じゃあ、無意識のうちに、微笑してたのね。』 わたしに表情を作る機能がないわけではなく、また、誰にでも分かるほどはっきりと表情を変えることも、できなくはないことは知っている。実際に、『微笑』という表情をハルヒには見せたことがある。しかし、先ほどの会話では、特に表情を作った記憶はない。 『だからさ……それは「自然な表情」って言うのよ。「自然と笑みがこぼれる」っていうやつ。』 それは、本にも頻繁に登場する表現。しかし、実際にどのような状態なのかは、分からなかったもの。そのような理解不能だった状態に、わたしがなっていたと言うのか。信じられない。 『……変わったわね。』 『……変わりましたね。』 二人は、嬉しそうに顔を見合わせた。 わたしは、そこまで自由に、任意の表情を浮かべることはできないはず。それに、なぜ二人が『嬉しそう』なのかの理由も分からなかった。 「有希……有希……!」 ハルヒの声。見ると、人間の言葉で言う『感極まった』様子だった。 「有希ぃ――――!」 彼女は、わたしのそばに駆け寄るとわたしを強く抱き締めた。そして一気にまくし立てた。 「有希! ごめん! ごめんなさい! あんな、あんなことして……! あんたを突き飛ばして怪我さして! それで、怪我したあんたをほったらかしにして!」 【有希! ごめん! ごめんなさい! あんな、あんなことして……! あんたを突き飛ばして怪我させて! それで、怪我したあんたをほったらかしにして!】 彼女は、泣きながら詫びている。先日の、わたしが消失した日の出来事。わたしがうっかり、彼女の心にある、侵してはならない領域を侵してしまった、あの日の出来事。 「いい。気にしてない。」 「ほんま?」 【ほんと?】 彼女は潤んだ瞳でわたしを見つめる。わたしは、誰にでも分かるほど大きく、はっきりと頷いた。彼女はまたわたしを抱き締めた。そして、人間の言葉で言うと『堰を切ったように』、語り始めた。わたしがいなくなったことで、どれだけ自分が寂しかったかを。 「……他にも数え上げたらキリないけど、とにかく! それぐらい寂しかったんやから!」 【……他にも数え上げたらキリがないけど、とにかく! それぐらい寂しかったんだから!】 「事情はよく分かった。」 わたしは、素っ気なく答えた。本当は、とても嬉しい。彼女にここまで強く気に掛けてもらえて。 「でも、これだけは言わして?」 【でも、これだけは言わせて?】 と、彼女は涙目で言った。 「なに。」 彼女は、大きく深呼吸した。そして、意を決して言った。 「有希――――!! 愛してる――――!!」 ざわ……ざわ…… そんな擬音語を背景につけるのがふさわしいと思った。わたしと彼女以外のその場にいた者は皆、目を丸くして驚愕している。彼女は、わたしを強く抱き締めてきた。 「もう、絶対に、あんたを、失いたくない! 離したくない!!」 そして彼女は……わたしの唇を奪った。 『んっ、んっ、んっ……んむ……んむ……』 濃厚な接吻。それも、他人の目の前で。 『んっ……はっぁ……あむ……んっ……』 彼女の口付けは終わらない。彼女の、暖かい気持ちが伝わってくるような気がする。 ようやく彼女の濃厚な接吻が終わった。口を離すと、お互いの唇から唾液が糸を引いて繋がっていた。 彼女は滔々と語り始めた。それは紛れもなく、わたしへの『愛の告白』だった。 「最初は単なる好奇心やった。無口で無表情な娘やなーって。泣いたり笑ったりせえへんのかなーって。まるで部室の付属物みたいに、存在感のない娘、っていうのが最初の頃の印象やったわ。」 【最初は単なる好奇心だった。無口で無表情な娘だなーって。泣いたり笑ったりしないのかなーって。まるで部室の付属物みたいに、存在感のない娘、っていうのが最初の頃の印象だったわ。】 それが、共に過ごすうちに、だんだん見る目が変わっていった。 「毎日なんとなく眺めてるうちに、だんだん気になりだしてん。あんたは無口で無表情やったけど、万能やった。何でもそつなくこなせた。その時に思ってたんは、どうやったら有希と仲良くなれるかってことやった。」 【毎日なんとなく眺めてるうちに、だんだん気になりだしたの。あんたは無口で無表情だったけど、万能だった。何でもそつなくこなせた。その時に思ってたのは、どうやったら有希と仲良くなれるかってことだった。】 彼女は遠い目をして言った。 「決定的やったんは、一年の時の文化祭。気ぃ付いてた? あんたの情熱的なギターは、一緒に舞台に立ったあたし達も含めて、その場にいた誰もを魅了したんやで。あの時あたしは、最高に気持ち良く歌ってたけど、それはきっと、あんたがギターで支えてくれたからなんやと、今になって思うわ。急遽代役で立った舞台で、どうなるか分からへん一発勝負。いくらあたしでも、緊張せえへんかった、って言(ゆ)うたら嘘になるわ。それでも何とか乗り切れた。今なら理由が分かるわ。それは有希が、いつもあたし達の期待に応えてくれる有希が、そばにおってくれたから。一緒に舞台に立ってくれたから。体育祭では、文武両道さを存分に見せ付けてくれたし、バレンタインデーの時は料理も振舞ってくれた。あの時作ってくれたうどん、めっちゃ美味しかったで。今でも忘れられへんもん。阪中の家の犬を治した時は、正直感動したわ。いつもいっぱい本読んどぉけど、ただ読むんやなくて、ちゃんとその知識を役立たせてるんやから、改めてすごいと思ったわ。それで、ますます有希から目が離されへんようになった。」 【決定的だったのは、一年の時の文化祭。気付いてた? あんたの情熱的なギターは、一緒に舞台に立ったあたし達も含めて、その場にいた誰もを魅了したのよ。あの時あたしは、最高に気持ち良く歌ってたけど、それはきっと、あんたがギターで支えてくれたからなんだと、今になって思うわ。急遽代役で立った舞台で、どうなるか分からない一発勝負。いくらあたしでも、緊張しなかった、って言ったら嘘になるわ。それでも何とか乗り切れた。今なら理由が分かるわ。それは有希が、いつもあたし達の期待に応えてくれる有希が、そばにいてくれたから。一緒に舞台に立ってくれたから。体育祭では、文武両道さを存分に見せ付けてくれたし、バレンタインデーの時は料理も振舞ってくれた。あの時作ってくれたうどん、すっごく美味しかったわ。今でも忘れられないもん。阪中の家の犬を治した時は、正直感動したわ。いつもいっぱい本を読んでるけど、ただ読むんじゃなくて、ちゃんとその知識を役立たせてるんだから、改めてすごいと思ったわ。それで、ますます有希から目が離せないようになった。】 それに、と彼女は続けた。 「あれは夢やったみたいやけど、未だに忘れられへんことがあんねん。覚えとぉ? 一年の冬休み、鶴屋さん家の別荘に合宿に行った時の事。」 【あれは夢だったみたいだけど、未だに忘れられないことがあるの。覚えてる? 一年の冬休み、鶴屋さん家の別荘に合宿に行った時の事。】 周囲に緊張が走った。 「あの時、あたしはやけにあんたのことを心配しとったやろ? あれな、あたしの夢の中で、あんたが熱出して倒れてんけど、それはもう、心配したで。夢から覚めても、全然気が付かずにあんたのことを心配するくらい。それで、気ぃ付いてん。あたしは、夢にまで見るくらい、あんたのことを意識してるんやな、って。」 【あの時、あたしはやけにあんたのことを心配してたでしょ? あれはね、あたしの夢の中で、あんたが熱出して倒れたんだけど、それはもう、心配したわよ。夢から覚めても、全然気が付かずにあんたのことを心配するくらい。それで、気が付いたの。あたしは、夢にまで見るくらい、あんたのことを意識してるんだな、って。】 その時は『無口で頼れる万能選手』として。 「その時はそう思(おも)てたけど、今にして思うと、既に違(ちご)てたんかもしれへん。でも、自覚はしてへんかったな。思いが変わった、あるいは自覚したんは、この間のこと。あたしが変質者を捕まえて新聞に載って、それから、変な奴らに付きまとわれてた時のことやわ。」 【その時はそう思ってたけど、今にして思うと、既に違ってたのかもしれない。でも、自覚はしてなかったな。思いが変わった、あるいは自覚したのは、この間のこと。あたしが変質者を捕まえて新聞に載って、それから、変な奴らに付きまとわれてた時のことだわ。】 彼女はその時のことを思い出すように、 「あの時あたしは……ほんまはめっちゃ辛かった。団員達に……特に有希、あんたに会われへんことに。それから、変な奴らへの対応も。どうってことないつもりやったけど……やっぱりきつかった。あたしは、もう、一杯一杯やった。そんなあたしを救ってくれたんが、あんた。」 【あの時あたしは……ほんとはすっごく辛かった。団員達に……特に有希、あんたに会えないことに。それから、変な奴らへの対応も。どうってことないつもりだったけど……やっぱりきつかった。あたしは、もう、一杯一杯だった。そんなあたしを救ってくれたのが、あんた。】 ここで彼女は周囲を見渡した。 「みんなの前でこんなこと言(ゆ)うてるなんて、我ながら大胆やと思うけど、どういうわけか、有希の前やと素直になれるわ。こんな……恥ずかしいことを告白できるくらいに。」 【みんなの前でこんなこと言ってるなんて、我ながら大胆だと思うけど、どういうわけか、有希の前だと素直になれるわ。こんな……恥ずかしいことを告白できるくらいに。】 彼女は再びわたしに視線を戻した。 「あの時、あたしがあんたを呼び出した時、あんたは来てくれた。あたしの恥ずかしい話を黙って聞いてくれた。泣き出したあたしのそばにずっとおってくれた。色々とあたしに良くしてくれた。それから……あんたの意外な一面も見せてくれた。あの時のあんたの仕草、反則的なまでに可愛かったわ。」 【あの時、あたしがあんたを呼び出した時、あんたは来てくれた。あたしの恥ずかしい話を黙って聞いてくれた。泣き出したあたしのそばにずっといてくれた。色々とあたしに良くしてくれた。それから……あんたの意外な一面も見せてくれた。あの時のあんたの仕草、反則的なまでに可愛かったわ。】 そして気が付けば、ただの気になる人から、愛しい人に変わっていた。 「あたしは必死でその気持ちを否定した。だって、おかしいやん? 女同士でこんなこと思うなんて。相手が、宇宙人とかっていうならまだしも、有希は物静かな……可愛い人間の女の子やんか。でも、今日のことで実感したわ。あたしの中で、あんたの存在がどれだけ大きくなってたか。それで、あんたの顔を見て思った。もう、この気持ちは抑えられへんって。」 【あたしは必死でその気持ちを否定した。だって、おかしいじゃない? 女同士でこんなこと思うなんて。相手が、宇宙人とかっていうならまだしも、有希は物静かな……可愛い人間の女の子じゃないの。でも、今日のことで実感したわ。あたしの中で、あんたの存在がどれだけ大きくなってたか。それで、あんたの顔を見て思った。もう、この気持ちは抑えられないって。】 いつの間にか、恋に落ちていた……気が付いたときには、既に。 「さっきあったことを話すわ。また夢を見てたらしいんやけど。」 【さっきあったことを話すわ。また夢を見てたらしいんだけど。】 先ほどの情報統合思念体過激派による襲撃のことだろう。 「夢の中で、あたしと朝倉は、変態に襲われた。ストッキングで覆面した変態。朝倉がそいつと戦ってたんやけど、ピンチになってん。もう絶体絶命。そこに颯爽と現れたんが、有希、あんたや。朝倉にも言われてんけど、その時のあんたは、マジでヒーローやった。かっこよかった。そのあとそのまま今の場面に続いとぉから、正直、どこまでが夢で、どこからが現実か分からへん。もしかしたら、今この瞬間も夢かもしれへんし。でも、それでもあたしは確信した。」 【夢の中で、あたしと朝倉は、変態に襲われた。ストッキングで覆面した変態。朝倉がそいつと戦ってたんだけど、ピンチになったの。もう絶体絶命。そこに颯爽と現れたのが、有希、あんたよ。朝倉にも言われたんだけど、その時のあんたは、マジでヒーローだった。かっこよかった。そのあとそのまま今の場面に続いてるから、正直、どこまでが夢で、どこからが現実か分からない。もしかしたら、今この瞬間も夢かもしれないし。でも、それでもあたしは確信した。】 彼女はわたしの瞳を真っ直ぐに見据えて言った。 「やっぱりあたしは、あんたが好き。大好き。」 彼女の気持ちは伝わった。今度はわたしが答える番。わたしは彼女に言った。禁じられた言葉を。 「わたしは……わたしも、あなたを、愛している。」 観測とか、処分とか、そんなものはどうでも良いと思えた。 彼女は、わたしを愛している。 わたしも、彼女を愛している。 それで十分だと思えた。それでわたしは――幸せだと思った。 「有希、有希っ!」 また彼女が抱き締めてくる。わたしも彼女を抱き締め返す。とても幸せで、そして、だからこそ……『悲しい』。 これから、わたしが行うことを思うと、悲しくなった。 わたしがこれから行うこと。それは涼宮ハルヒへの情報操作。今まで決して許されることがなかった行為。 今回の過激派による襲撃の記憶を消すことだけではない。わたしは、彼女の『長門有希への思い』を操作する。 彼女のわたしへの感情には、明らかに『性愛』が含まれている。それは本来、『異性』に対して向けられるもの。一部に例外はあるものの、大多数の雌雄の別がある有機生命体はそのようにしている。それが、有機生命体の繁殖に必要不可欠だから。だから、今の彼女は……『異常動作』。そしてわたしも異常動作。 わたしの口から明確に、わたしの想いを彼女に伝えられた。それだけで十分。彼女の行動を修正しなければならない。 提案したのは、わたし。情報統合思念体の許可は下りている。いよいよ、これまで最大の禁則事項だった行為を行う。 わたしは操作を開始した。 「あれ……? なんか急に眠く……」 彼女の身体が崩れ落ちる。わたしは彼女の身体を抱きかかえるようにして支えた。彼女が完全に眠ったことを確認すると、彼女の精神に干渉する。そして、彼女のわたしへの想いから、性愛に関する部分を削除する。今後彼女は、わたしをこれまで通り『無口で頼れるSOS団随一の万能選手』として見るだろう。ただし、わたしへの想いは大きく発達していたため、元通りとはいかないかもしれない。それでも、『仲の良い女友達』程度には抑えられたはず。わたしに、あのような行為に及ぶことは、もうないだろう。 操作終了。 「…………」 わたしは無言で、彼女の身体を抱きかかえながら、静かに眠る彼女の寝顔を見ていた。 事態の推移を見守っていた『彼』が、やっとの思いで口を開いた。 「……長門。お前はハルヒに一体何をしたんや?」 【……長門。お前はハルヒに一体何をしたんだ?】 「行動の修正。」 わたしは平坦な声で答える。 「最近の涼宮ハルヒの行動は、明らかに異常動作。先ほどのわたしへの行為もそう。」 わたしは、ぼんやりと彼女の顔を眺めていた。名残惜しいのだろうか? わたしは彼女の顔から視線を外すことができないでいる。 「修正は完了した。問題ない。」 そう、これで問題ない。何も。 その時、何かがわたしの頬を伝った。 涙が一粒、頬を伝った。 ←Report.18|目次|Report.20→
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Report.24 長門有希の憂鬱 その13 ~朝倉涼子の手紙~ それにしても気になるのは、涼宮ハルヒが見たという夢。朝倉涼子が出てきたという。そして、あの『手記』を見せられた時の突然の閃き。あの時わたしは、誰かが囁く声を聞いたような感覚を覚えた。 あれは何だったのか。わたしの感覚器の誤作動か。 ここでわたしは、ある仮説に辿り着いた。喜緑江美里にその仮説を伝えると、彼女もそれを支持した。しかしその仮説を検証することはできない。なぜなら、それはわたしの感覚では知覚できないから。 江美里は、あるいは知覚しているのかもしれない。 「わたしが知っているかどうかは、不開示情報です。もし知っていたとしても、それを長門さんに教えるつもりはありません。……意味が無くなってしまいますから。」 わたしが辿り着き、そして検証することができない仮説。 それは情報統合思念体の把握している情報には存在しない概念。むしろ、人間に存在する概念。だから、あえて人間の言葉で表現する。 朝倉涼子は、『あの世』に逝った。 説明を要する。 人間には『宗教』が存在するが、人間の『死』についての概念は宗教によって区々。 代表的なものは、死ねばそれですべてが終わるという概念と、死んだ後、別の世界に行くという概念。わたしの仮説は、後者の説を採用する。 最期のあの日。橋の欄干から飛び降り、『入水自殺』した涼子。あの時彼女は、落水後すぐに、意図的に水を大量に飲み込んだ。ヒトとしての『死』を迎えるために。当時のわたしは、人間の言葉で言えば『動転』していて、正常な判断を下すことができなかったので、そのことに気付かなかった。 しかし落ち着いた今、冷静に当時のログを分析してみると、前記の状況を把握した。あの時の涼子は、情報統合思念体との接続を完全に切断していた。インターフェイスとしての機能を完全に停止させたまま、水中で『呼吸』しようとすればどうなるか。 当然、ヒトと同様に生命活動は停止する。もちろん、その後再接続すれば、何事もなかったように活動を再開できるが、その時の涼子には、その選択肢はなかった。待つのは有機情報連結解除だけ。だから、なぜ涼子がそのような『無意味』な行動を取ったのか、その時のわたしには分からなかった。 呼吸器官を水で満たしても、すぐに『死亡』するわけではない。しばらくは意識もあるし、生命活動は続く。それが急速に生命活動が低下し、死に至る。その過程は、ヒトと同じ。よって、たとえインターフェイスであっても、その瞬間には相当な苦痛を伴う。それなのになぜ。 その考察の結果、辿り着いたのが、前記の仮説。涼子は、人間で例えると『霊魂』として『あの世』で活動しているのではないか。 情報統合思念体との接続を切断した状態では、情報統合思念体は即座にインターフェイスの情報を把握することができない。ほんの僅かながら、情報取得までに時間差が発生する。 涼子は、その時間差を突いたのではないか。『肉体』が機能を停止し、情報生命体だけの状態となって、情報統合思念体に強制的に接続され、情報生命体は回収、肉体は有機情報連結を解除されるまでの、ほんの僅かな時間差。この刹那に、涼子は持てる情報操作能力を総動員して、情報統合思念体が感知できない領域に潜り込み、その管轄から外れることに成功したのではないか。 情報統合思念体が感知できない領域があることを、情報統合思念体は認めないが、わたしは確信している。涼宮ハルヒの能力が作用すれば、そんなことも可能になる。 しかし、ここで一つ問題がある。ハルヒは涼子の消滅を知らないはず。 まさか……涼子単体で? 答えは意外な形でもたらされた。 ある日のこと。全員揃った部室にノックの音が響く。 「どうぞー。」 答えたハルヒの声に、江美里が入室した。 「文芸部宛てに手紙が届いたので持ってきましたよ。」 江美里がもたらした物は、エアメールだった。差出人は……“ASAKURA Ryoko”。 ハルヒに手紙を渡すと、江美里は退室した。 ハルヒは手紙を一瞥すると、嬉々として読み上げた。内容は『近況報告』と言えるものだった。 手紙の締め括りはこう。 ――文芸部部長 長門有希様、SOS団団長 涼宮ハルヒ様へ - To Leader of the literature club NAGATO Yuki, Leader of the SOS brigade SUZUMIYA Haruhi ――SOS団海外特派員(笑) 朝倉涼子より - Than the SOS brigade foreign correspondent -) ASAKURA Ryoko 締め括りは、日本語と英語で書かれていた。 「うんうん、朝倉も、ちゃんとSOS団員としての活動をしとぉみたいやね! ちょっと、キョン! あんたも、少しは朝倉を見習って、もうちょっと活動に気合入れたらどう?」 【うんうん、朝倉も、ちゃんとSOS団員としての活動をしてるみたいね! ちょっと、キョン! あんたも、少しは朝倉を見習って、もうちょっと活動に気合入れたらどう?】 「へいへい。」 『彼』は、肩をすくめながら返事をした。表情には、事情を知っているせいか、若干戸惑いが見て取れる。それは、他の団員達もまた同様だった。 「ん? 何(なん)か入っとぉわ。」 【ん? 何(なん)か入ってるわ。】 ハルヒは同封物に気付いた。彼女は早速それを出してみる。 「これ、何(なん)やろ?」 【これ、何(なん)だろ?】 出てきたものは、栞。……涼子と過ごした最後の日に、涼子がわたしとお揃いで買った物だった。ハルヒもその事実に気付いた。 「そういえばこれ、有希が使ってるのと一緒違(ちゃ)う?」 【そういえばこれ、有希が使ってるのと同じじゃない?】 わたしはこくりと頷いた。 「貸して。」 わたしはハルヒに向けて手を伸ばした。 「有希、これがどうかしたん?」 【有希、これがどうかしたの?】 ハルヒからそれを受け取ると、わたしはそれを少しいじった。 「うわ!? 何(なん)か出てきた!」 「これはUSBフラッシュメモリ。」 ちょうどページをめくるように本型の飾りを操作すると、中から簡素化されたUSB端子が現れる仕組みになっていた。 ここでわたしは思い当たった。別れの間際、最期の瞬間に涼子が遺した一かけらの情報。その情報にはヘッダとして、『器へ』という指示が付いていた。 『器』とは、もしかして、人間が使用するこのストレージデバイスのことではないのか。 わたしは試しに、情報をこのフラッシュメモリに導入してみた。特に変化は見られない。 「じゃあ、早速中を見てみよか。」 【じゃあ、早速中を見てみようか。】 フラッシュメモリをハルヒに渡すと、彼女は団長席のパソコンにそれを接続した。 「うーんと、中身は……よぉ分からんファイルがいくつかと、実行ファイル、か。カチカチっとな。」 【うーんと、中身は……よく分かんないファイルがいくつかと、実行ファイル、か。カチカチっとな。】 「ちょ! おま、ウィルスチェックしてから……っ!」 『彼』が慌てて止めようとするが、時既に遅し。ハルヒは謎の実行ファイルを実行してしまった。何か問題が起きても、すぐに対処できると見て、わたしは静観する。 「ふーん。『分割ファイルの連結プログラム』やって。」 【ふーん。『分割ファイルの連結プログラム』だって。】 しばらくパソコンのファン音が大きくなり、やがて処理が終了した。 「何(なん)かビデオファイルができたわ。ほな、再生するから、みんなこっち来て。」 【何(なん)かビデオファイルができたわ。じゃあ、再生するから、みんなこっち来て。】 団員達を団長席に呼び寄せると、ハルヒはビデオファイルを再生した。 内容は……カナダで撮影したという、涼子からの『ビデオレター』だった。 『――以上、SOS団海外特派員・朝倉涼子がお届けしました! ……なんちゃって♪』 映像の涼子は、そう言うとちろりと舌を出した。 『また、日本に帰ってみんなと会える機会があると良いな。じゃあね。』 手を振る涼子の姿が煌めく砂と化して風に溶けると画面が暗転し、『劇終』の文字が黒い画面に映されて、ビデオは終了した。 この『ビデオレター』は、もちろん捏造。実際のカナダの映像と、涼子の身体構成情報を合成してある。わたしが導入した情報は、どうやら涼子の身体構成情報の一部だった模様。 それにしても手の込んだこと。一体、誰が、何のために? 「普通の手紙に加えてビデオレターとはねえ。なかなか手の込んだメッセージやないの。」 【普通の手紙に加えてビデオレターとはねえ。なかなか手の込んだメッセージじゃないの。】 ハルヒは満足げに頷いている。 「カット割といい仕草といい、撮り慣れ、かつ撮られ慣れしてる感じやね。」 【カット割といい仕草といい、撮り慣れ、かつ撮られ慣れしてる感じよね。】 ハルヒは腕を組んで椅子の背もたれにもたれると、 「これは美味しい逸材かもしれへんわ。今度の映画では、超監督のあたしの下に、助監督兼助演女優として抜擢しよか。」 【これは美味しい逸材かもしれないわ。今度の映画では、超監督のあたしの下に、助監督兼助演女優として抜擢しようかしら。】 「大変結構なことかと。」 「おいおい、まさか映画の撮影のためだけに、カナダから呼び出すつもりか!?」 いつもの通りハルヒの意見に逆らわない古泉一樹と、ツッコむ『彼』。 「さすがにカナダから呼び出すと、映画制作費が足りひんようになるから、次に朝倉が帰国する時やな。その辺の連絡調整はあたしがするから、あんたらは心配せんでええわ。」 【さすがにカナダから呼び出すと、映画制作費が足りなくなるから、次に朝倉が帰国する時ね。その辺の連絡調整はあたしがするから、あんた達は心配しなくて良いわ。】 ハルヒは封筒と便箋をためつすがめつし、 「電話番号とか、せめてメールアドレスくらい書いとけばええのに……エアメールで送るしかないか。今度はすぐに連絡取れるようにしとかなあかんな。」 【電話番号とか、せめてメールアドレスくらい書いとけば良いのに……エアメールで送るしかないか。今度はすぐに連絡取れるようにしとかなきゃね。】 調べてみたところ、その住所は架空のものだった。地名は存在するが、そのような番地はない。 「それにしても、ビデオのラスト、すごい特殊効果やな。CGやろか?」 【それにしても、ビデオのラスト、すごい特殊効果ね。CGかしら?】 それ以外にも、例えば空を飛びながら撮影したような映像や、涼子が分身した映像等、様々な映像が納められていた。まるで、インターフェイスの能力を誇示するかのように。 「どうやって撮ったんか分からへんけど、まるで、朝倉が人間違(ちゃ)うような感じやったな。例えば……宇宙人か何(なん)かみたいな。」 【どうやって撮ったのか分からないけど、まるで、朝倉が人間じゃないような感じだったわね。例えば……宇宙人か何(なん)かみたいな。】 『宇宙人』。その言葉にわたしは驚愕した。驚愕のあまり、『彼』にしか分からない程度に目を見開くくらいに。 涼子は、ハルヒに自分の存在をアピールしている? 忘れさせないように、思い出させるように、教えるように。 まさか。 涼子は、ハルヒの能力を利用して『復活』を企てている? 涼子が情報統合思念体の管轄を離れた独自の情報生命体として活動しているとは、あくまで仮説の域を出ない。検証のしようもない。それに、今この瞬間にも、涼子の存在は検出できない。やはり考え過ぎか。 『抵抗。』 不意に、通信が入った、ような気がした。……涼子? ――――。 返事がない。ただのしかば……いや、何でもない。人間の言葉で表現すると『気のせい』か。後ろを振り返ってみても、何もない空間が広がっているだけだった。 活動終了後。 わたしは、皆が帰った後の文芸部室に江美里を呼び出し、問い詰めた。 「どういうつもり。」 「何のことでしょう?」 江美里は、透き通るような、人畜無害な笑みを浮かべたまま答えた。 「とぼけないで。」 わたしは更に言い募る。 「あなたが、『朝倉涼子の手紙』を持ち込んだ。あれは本来、この世界に存在し得ないはずの物品。」 そう。そのような……『死者からの手紙』など、本来この世界にはあり得ない物。 「わたしは単に、誤って振り分けられた手紙を適切な宛先に届けただけですよ? 感謝されこそすれ、非難される謂れはないと思いますが。」 あくまでとぼけるつもりか。 「あなたの行動は、情報統合思念体に対する『反乱』と解釈されても仕方のない行為。」 「まあ。」 江美里は『驚いた顔』をした。……つまりは、作った表情。 「この銀河を統括する、情報統合思念体に対して『反乱』だなんて……」 江美里は被りを振って、 「わたしみたいな、『ただの人間ごとき』に、そのような大それたこと、できるはずがないじゃないですか。」 ……自分をして、『ただの人間ごとき』? どの口が言うか。 「いひゃい、いひゃい、ひゃへへふひゃひゃい~」 【痛い、痛い、やめてください~】 わたしは、江美里の口に両手の指を突っ込んで横に引っ張っていた。 「ひょんとうのほほははひはふはら~」 【本当のこと話しますから~】 わたしが指を引き抜くと、江美里はさも痛そうに自分の頬を撫でた。 「ふう。」 「本当のことを話して。全部。詳らかに。」 江美里は、しばらく中空に、まるで何かを確認するかのように視線を巡らせた後、口を開いた。 「あなたは、神を信じますか?」 ………… 「は?」 思わず間の抜けた声が出てしまった。あまりにも突拍子もない言葉だったから。 「あらあら。その反応は新鮮ですね。」 ………… 「まあ、今のは軽いジョークです。だから、その手はとりあえず下ろしてください。ね?」 後ずさりしながら江美里は言った。わたしは静かに、再び江美里の口に突っ込もうと臨戦態勢を取った手を下ろした。 「長門さんは、朝倉さんについて、ある仮説に辿り着きましたね。」 わたしは頷く。 「端的に言えば、その仮説は正しかった、ということです。」 涼子は、『霊魂』又は『幽霊』、若しくはこの国の伝統的な宗教によれば、『神』になった。 「そして、情報統合思念体でさえも把握できない次元に潜り込むことに成功したのです。」 荒唐無稽で、俄かには信じ難い話。でも、そう仮定すれば辻褄が合うのも事実。 「潜伏した朝倉さんは、水面下で行動を起こしています。」 様々な形でわたし達に働きかけながら。例えば、消去された記憶を呼び覚ますために夢を見させたり、適切な定義を耳元で囁いたり。 だが、行動を起こしているのは涼子だけではない。わたしは江美里を真っ直ぐに見ながら言った。 「その行動を幇助しているのが、あなた。」 江美里はわたしの視線を真正面から受け止めながら、 「なぜそう思ったのですか?」 と、事も無げに問い返した。わたしは証拠を突きつける。 「あの『手紙』には、同封物があった。」 同封されていた、USBフラッシュメモリが付いた栞を取り出した。 「これは、あの日涼子がわたしとお揃いで購入したもの。」 「市販品ですから、他にも同じものが沢山あると思いますが?」 普通に考えれば、そう。だが、 「同封されていた栞は、市販品ではない。このような機能は、通常の商品には付いていない。」 USB端子を露出させる。本来この飾りには、何の機能もない。だが送られてきた栞の飾りには、USBフラッシュメモリが仕込まれていた。そのように改変されていた。 「その中には、存在しないはずの動画が収められていた。」 主演・朝倉涼子、のビデオレター。 「その動画は、わたしが朝倉涼子から受け取っていた最期の情報を埋め込むことで、完成された。」 涼子の身体構成情報を基に、高度に再現された涼子の映像。 「このような真似ができる者は、涼宮ハルヒを除いて人類には存在しない。」 そしてこのような手の込んだ方法で情報を完成させたのは、恐らく情報統合思念体の目を欺くため。それぞれの端末が持つ情報単体では、何の意味も成さないただのノイズにしか見えない。また、それらの情報を単に情報統合思念体の持つ方法で結合しても、やはり何の意味も成さないようになっていた。 鍵は、栞。 栞に仕込まれた、人間が使用する記憶媒体に、人間が使用する情報機器が取り扱える形で情報を埋め込むと、初めて『人間にとって』意味のある情報が生成されるように断片化し、暗号化されていた。 これは情報統合思念体に対しては極めて有効な隠蔽方法。たとえ情報統合思念体が情報の暗号化を見破って生成された情報を手にしても、情報統合思念体にとってはやはり意味を成さないノイズでしかない。なぜなら、その情報は情報そのものには意味がないから。 これは、情報生命体である情報統合思念体には、なかなか理解できない概念。有機生命体でなければ、理解できないのかもしれない。 この情報を取り扱うためには、情報を『情報』として再生しても意味がない。この情報の送り主の『意図』を再生しなければならない。 『なぜ』このような情報を、『誰』に対して、『どのように』伝達したのか。 これらの点を、送られた情報以外の『状況』から『推理』し、その『趣旨』を『解釈』しなければならない。 情報統合思念体にとって、情報とは『目的』。情報そのものに価値があるのであって、情報を伝える手段等には何ら興味はない。 しかし有機生命体……人間にとっては、情報は時に『手段』となる。 人間が取り扱う情報は、情報統合思念体から見れば、極めて不完全。情報の伝達には常に齟齬が発生する。その点を逆に利用する。 一見正常な、普通の情報があったとする。その情報は、通常の再生方法では、特に変わった意味を持たない。だが、その情報の『背景』から『連想』することで、全く別の情報が生成されることがある。そしてその生成された別の情報こそが、『目的』としての情報である場合がある。 これは、情報に込められた真の情報、メタデータ。ある意味で『偽装』。このような情報の伝達方法は、情報統合思念体等の情報生命体には、考えも付かない。 なぜなら、情報生命体の情報伝達は、完璧だから。完璧過ぎるから。少なくとも同種の情報生命体同士なら、齟齬なく情報を伝達できるから。 人間は、同じ人間同士であっても、情報の伝達には常に齟齬が発生する。これは、情報統合思念体――情報生命体――から見れば、重大な構造的欠陥。しかし人間は、この構造的欠陥を補い、逆に活用する術を見付けた。情報の伝達に齟齬が発生するならば、齟齬を見込んで情報を冗長化して伝達すれば良い。 その冗長化の手段として、伝達する情報そのものには仮の意味を持たせ、本当に伝達したい情報はメタデータに埋め込む。メタデータの再生方法は、人間が最も得意とする情報処理方法……『連想』に拠らせる。 人間の『連想』では、その処理を行う際に『鍵』となる情報によって、再生結果が左右される。もしその『鍵』となる情報を共有する者同士なら、『連想』された情報は極めて高い精度で、時には人間の通常の手段で伝達する情報よりも高い精度で、伝達したい内容を再生する。 しかし、その『鍵』となる情報を共有しない者同士では、伝達したい内容はほとんど再生されない。また、場合によっては、全く逆、あるいは全く別の情報に再生されることさえある。 この特性を利用すれば、人間の持つ程度の情報伝達手段、つまり不特定多数を経由しないと情報を伝達できない仕組みであっても、特定の相手に対して選択的に情報を伝達することが可能となる。また、同様に不特定多数に対して同じ情報を伝達しながら、情報の受け手によって再生結果が異なることを利用して、情報の攪乱を図ることもできる。 これらのことは、別々に行うことも、同時に行うことも可能。 今だから言う。わたしはこの手法を用いて、情報統合思念体に『隠し事』をしていた。朝倉涼子から受け取っていた最期の情報の内容を、この手法で意図的に伏せていた。 理由など説明できない。わたしが伝えたくなかったからとしか言えない。 また、今もわたしは『隠し事』をしているかもしれない。あるいは、もうしていないかもしれない。これも明言はしない。したくないから。 では、なぜわたしは今になってこのような『告白』をしたのか。理由はあえて言わない。言ってしまっては『意味』がない。 情報統合思念体は、これらの点についてよく考えるべき。そうでないと、朝倉涼子の、喜緑江美里の、行動は理解できない。 これは私見だが、この二体の、あるいはわたしを含めた三体のインターフェイスの行動が理解できなければ、人間の行動は到底理解できない。すなわち、情報統合思念体に未来はない。そう思う。 ヒントは、後の報告にあるかもしれないし、ないかもしれない。よく考えてみてほしい。 ←Report.23|目次|Report.25→
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2013.06.02 南幌探訪記 参加者 Hiura / Abiko / Tabata / Miura / Saito / Inagaki 天気 快晴 旅程 札幌をMiura君コースで突破>南幌中心街で昼食>南幌温泉で一息>道なりに札幌へ 走行距離 約70km 報告者 Abby 夏の兆しが見え、我らがVLTCCの活動も徐々に隆盛期を迎えるころ、我々はMiura君の故郷たる南幌町へと繰り出した。 JRに体よく見放されたこの地に、彼のルーツがあるという。これは行かずにはいられない。 出発後10分で予定のコースを見失う。焦るMiura君。実はルートを知っているTabataさん。 「とにかく東に行けばいいんだろ?」そう言わんばかりのその他大勢。まったくなんてチームだ(他人事) ソロで爆走するMiura君。後を追うのは新星、Inagaki君。 ママチャリで駆け抜ける様を見ていると某先輩が思い浮か若さっていいな、とか思ってしまう。 さて、南幌はすごい街だ。中心街には善人にしか見ることのできない歓楽街が広がっている。だから僕らの眼には広大な空き地しか見えない。 旧Miura家を横目に見、Miura君の故郷の味、南幌のラーメンを頂き、帰りがけに南幌温泉につかる。日焼けを堪えるHiura部長を尻目に、南幌を満喫するVLTCCメンバー。帰りはゆったり。途中Saito君、Tabataさんと別れ、無心に走って札幌まで。 意外と結構走ったね!
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2013.04.29 自転車解禁日(食欲を満たす旅) 参加者 Tabata / Mombetsu / Miura / Hiura / Saito / Uenishi / Seguchi 天気 曇り時々小雨稀に晴れ 旅程 白石からサイクリングロードに進入>北広島駅>大曲の「くるるの杜」で昼食>36号沿いに札幌へ 走行距離 約50km 報告者 Hiura 生命とは衰えるものである。それはヒト科の人間とて例外ではない。簡単に言えば足が痛い。 待ち侘びた自転車解禁日である。水不足解消的な意味で天候に恵まれ、新入部員を加えた総勢7名、北海道に歓迎されているとしか思えない気温の中の旅路となった。 タイヤの空気を入れるのに若干手間取り、焦って向かった集合場所に着いたら4分前。遅くなったかな、と思ったら誰もいないという現実。そう言えばこんな研究室でした。 その後続々と、風にも負ケズ集合する部員勢。だがMiura君がいない。 降りしきる小雨の中、出発時間を超えて待ち続ける。だがMiura君がいない。 Miura家訪問となったのも当然と言えば当然の帰結である。 という訳で7人に増えた一同での初回活動日。 サイクリングロードは面白い事がないので割愛。晴れていれば、きっと気持ち良かった。 何事も無く北広島に到達し、空腹を抱えた一同、一路大曲へ向かう。 強風と低温のダブルパンチの中の強行軍、それは試練の道だった。さすがエースSaito&Seguchi。 1時間待った上でのくるるの杜は、きっと努力に見合う何ものかであったろう。これが一番の試練だった人間がいたのも言うまでも無く。 とにかく自然と闘った一日だった。次回に活かしましょう。
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Report.24 長門有希の憂鬱 その13 ~朝倉涼子の手紙~ それにしても気になるのは、涼宮ハルヒが見たという夢。朝倉涼子が出てきたという。そして、あの『手記』を見せられた時の突然の閃き。あの時わたしは、誰かが囁く声を聞いたような感覚を覚えた。 あれは何だったのか。わたしの感覚器の誤作動か。 ここでわたしは、ある仮説に辿り着いた。喜緑江美里にその仮説を伝えると、彼女もそれを支持した。しかしその仮説を検証することはできない。なぜなら、それはわたしの感覚では知覚できないから。 江美里は、あるいは知覚しているのかもしれない。 「わたしが知っているかどうかは、不開示情報です。もし知っていたとしても、それを長門さんに教えるつもりはありません。……意味が無くなってしまいますから。」 わたしが辿り着き、そして検証することができない仮説。 それは情報統合思念体の把握している情報には存在しない概念。むしろ、人間に存在する概念。だから、あえて人間の言葉で表現する。 朝倉涼子は、『あの世』に逝った。 説明を要する。 人間には『宗教』が存在するが、人間の『死』についての概念は宗教によって区々。 代表的なものは、死ねばそれですべてが終わるという概念と、死んだ後、別の世界に行くという概念。わたしの仮説は、後者の説を採用する。 最期のあの日。橋の欄干から飛び降り、『入水自殺』した涼子。あの時彼女は、落水後すぐに、意図的に水を大量に飲み込んだ。ヒトとしての『死』を迎えるために。当時のわたしは、人間の言葉で言えば『動転』していて、正常な判断を下すことができなかったので、そのことに気付かなかった。 しかし落ち着いた今、冷静に当時のログを分析してみると、前記の状況を把握した。あの時の涼子は、情報統合思念体との接続を完全に切断していた。インターフェイスとしての機能を完全に停止させたまま、水中で『呼吸』しようとすればどうなるか。 当然、ヒトと同様に生命活動は停止する。もちろん、その後再接続すれば、何事もなかったように活動を再開できるが、その時の涼子には、その選択肢はなかった。待つのは有機情報連結解除だけ。だから、なぜ涼子がそのような『無意味』な行動を取ったのか、その時のわたしには分からなかった。 呼吸器官を水で満たしても、すぐに『死亡』するわけではない。しばらくは意識もあるし、生命活動は続く。それが急速に生命活動が低下し、死に至る。その過程は、ヒトと同じ。よって、たとえインターフェイスであっても、その瞬間には相当な苦痛を伴う。それなのになぜ。 その考察の結果、辿り着いたのが、前記の仮説。涼子は、人間で例えると『霊魂』として『あの世』で活動しているのではないか。 情報統合思念体との接続を切断した状態では、情報統合思念体は即座にインターフェイスの情報を把握することができない。ほんの僅かながら、情報取得までに時間差が発生する。 涼子は、その時間差を突いたのではないか。『肉体』が機能を停止し、情報生命体だけの状態となって、情報統合思念体に強制的に接続され、情報生命体は回収、肉体は有機情報連結を解除されるまでの、ほんの僅かな時間差。この刹那に、涼子は持てる情報操作能力を総動員して、情報統合思念体が感知できない領域に潜り込み、その管轄から外れることに成功したのではないか。 情報統合思念体が感知できない領域があることを、情報統合思念体は認めないが、わたしは確信している。涼宮ハルヒの能力が作用すれば、そんなことも可能になる。 しかし、ここで一つ問題がある。ハルヒは涼子の消滅を知らないはず。 まさか……涼子単体で? 答えは意外な形でもたらされた。 ある日のこと。全員揃った部室にノックの音が響く。 「どうぞー。」 答えたハルヒの声に、江美里が入室した。 「文芸部宛てに手紙が届いたので持ってきましたよ。」 江美里がもたらした物は、エアメールだった。差出人は……“ASAKURA Ryoko”。 ハルヒに手紙を渡すと、江美里は退室した。 ハルヒは手紙を一瞥すると、嬉々として読み上げた。内容は『近況報告』と言えるものだった。 手紙の締め括りはこう。 ――文芸部部長 長門有希様、SOS団団長 涼宮ハルヒ様へ - To Leader of the literature club NAGATO Yuki, Leader of the SOS brigade SUZUMIYA Haruhi ――SOS団海外特派員(笑) 朝倉涼子より - Than the SOS brigade foreign correspondent -) ASAKURA Ryoko 締め括りは、日本語と英語で書かれていた。 「うんうん、朝倉も、ちゃんとSOS団員としての活動をしとぉみたいやね! ちょっと、キョン! あんたも、少しは朝倉を見習って、もうちょっと活動に気合入れたらどう?」 【うんうん、朝倉も、ちゃんとSOS団員としての活動をしてるみたいね! ちょっと、キョン! あんたも、少しは朝倉を見習って、もうちょっと活動に気合入れたらどう?】 「へいへい。」 『彼』は、肩をすくめながら返事をした。表情には、事情を知っているせいか、若干戸惑いが見て取れる。それは、他の団員達もまた同様だった。 「ん? 何(なん)か入っとぉわ。」 【ん? 何(なん)か入ってるわ。】 ハルヒは同封物に気付いた。彼女は早速それを出してみる。 「これ、何(なん)やろ?」 【これ、何(なん)だろ?】 出てきたものは、栞。……涼子と過ごした最後の日に、涼子がわたしとお揃いで買った物だった。ハルヒもその事実に気付いた。 「そういえばこれ、有希が使ってるのと一緒違(ちゃ)う?」 【そういえばこれ、有希が使ってるのと同じじゃない?】 わたしはこくりと頷いた。 「貸して。」 わたしはハルヒに向けて手を伸ばした。 「有希、これがどうかしたん?」 【有希、これがどうかしたの?】 ハルヒからそれを受け取ると、わたしはそれを少しいじった。 「うわ!? 何(なん)か出てきた!」 「これはUSBフラッシュメモリ。」 ちょうどページをめくるように本型の飾りを操作すると、中から簡素化されたUSB端子が現れる仕組みになっていた。 ここでわたしは思い当たった。別れの間際、最期の瞬間に涼子が遺した一かけらの情報。その情報にはヘッダとして、『器へ』という指示が付いていた。 『器』とは、もしかして、人間が使用するこのストレージデバイスのことではないのか。 わたしは試しに、情報をこのフラッシュメモリに導入してみた。特に変化は見られない。 「じゃあ、早速中を見てみよか。」 【じゃあ、早速中を見てみようか。】 フラッシュメモリをハルヒに渡すと、彼女は団長席のパソコンにそれを接続した。 「うーんと、中身は……よぉ分からんファイルがいくつかと、実行ファイル、か。カチカチっとな。」 【うーんと、中身は……よく分かんないファイルがいくつかと、実行ファイル、か。カチカチっとな。】 「ちょ! おま、ウィルスチェックしてから……っ!」 『彼』が慌てて止めようとするが、時既に遅し。ハルヒは謎の実行ファイルを実行してしまった。何か問題が起きても、すぐに対処できると見て、わたしは静観する。 「ふーん。『分割ファイルの連結プログラム』やって。」 【ふーん。『分割ファイルの連結プログラム』だって。】 しばらくパソコンのファン音が大きくなり、やがて処理が終了した。 「何(なん)かビデオファイルができたわ。ほな、再生するから、みんなこっち来て。」 【何(なん)かビデオファイルができたわ。じゃあ、再生するから、みんなこっち来て。】 団員達を団長席に呼び寄せると、ハルヒはビデオファイルを再生した。 内容は……カナダで撮影したという、涼子からの『ビデオレター』だった。 『――以上、SOS団海外特派員・朝倉涼子がお届けしました! ……なんちゃって♪』 映像の涼子は、そう言うとちろりと舌を出した。 『また、日本に帰ってみんなと会える機会があると良いな。じゃあね。』 手を振る涼子の姿が煌めく砂と化して風に溶けると画面が暗転し、『劇終』の文字が黒い画面に映されて、ビデオは終了した。 この『ビデオレター』は、もちろん捏造。実際のカナダの映像と、涼子の身体構成情報を合成してある。わたしが導入した情報は、どうやら涼子の身体構成情報の一部だった模様。 それにしても手の込んだこと。一体、誰が、何のために? 「普通の手紙に加えてビデオレターとはねえ。なかなか手の込んだメッセージやないの。」 【普通の手紙に加えてビデオレターとはねえ。なかなか手の込んだメッセージじゃないの。】 ハルヒは満足げに頷いている。 「カット割といい仕草といい、撮り慣れ、かつ撮られ慣れしてる感じやね。」 【カット割といい仕草といい、撮り慣れ、かつ撮られ慣れしてる感じよね。】 ハルヒは腕を組んで椅子の背もたれにもたれると、 「これは美味しい逸材かもしれへんわ。今度の映画では、超監督のあたしの下に、助監督兼助演女優として抜擢しよか。」 【これは美味しい逸材かもしれないわ。今度の映画では、超監督のあたしの下に、助監督兼助演女優として抜擢しようかしら。】 「大変結構なことかと。」 「おいおい、まさか映画の撮影のためだけに、カナダから呼び出すつもりか!?」 いつもの通りハルヒの意見に逆らわない古泉一樹と、ツッコむ『彼』。 「さすがにカナダから呼び出すと、映画制作費が足りひんようになるから、次に朝倉が帰国する時やな。その辺の連絡調整はあたしがするから、あんたらは心配せんでええわ。」 【さすがにカナダから呼び出すと、映画制作費が足りなくなるから、次に朝倉が帰国する時ね。その辺の連絡調整はあたしがするから、あんた達は心配しなくて良いわ。】 ハルヒは封筒と便箋をためつすがめつし、 「電話番号とか、せめてメールアドレスくらい書いとけばええのに……エアメールで送るしかないか。今度はすぐに連絡取れるようにしとかなあかんな。」 【電話番号とか、せめてメールアドレスくらい書いとけば良いのに……エアメールで送るしかないか。今度はすぐに連絡取れるようにしとかなきゃね。】 調べてみたところ、その住所は架空のものだった。地名は存在するが、そのような番地はない。 「それにしても、ビデオのラスト、すごい特殊効果やな。CGやろか?」 【それにしても、ビデオのラスト、すごい特殊効果ね。CGかしら?】 それ以外にも、例えば空を飛びながら撮影したような映像や、涼子が分身した映像等、様々な映像が納められていた。まるで、インターフェイスの能力を誇示するかのように。 「どうやって撮ったんか分からへんけど、まるで、朝倉が人間違(ちゃ)うような感じやったな。例えば……宇宙人か何(なん)かみたいな。」 【どうやって撮ったのか分からないけど、まるで、朝倉が人間じゃないような感じだったわね。例えば……宇宙人か何(なん)かみたいな。】 『宇宙人』。その言葉にわたしは驚愕した。驚愕のあまり、『彼』にしか分からない程度に目を見開くくらいに。 涼子は、ハルヒに自分の存在をアピールしている? 忘れさせないように、思い出させるように、教えるように。 まさか。 涼子は、ハルヒの能力を利用して『復活』を企てている? 涼子が情報統合思念体の管轄を離れた独自の情報生命体として活動しているとは、あくまで仮説の域を出ない。検証のしようもない。それに、今この瞬間にも、涼子の存在は検出できない。やはり考え過ぎか。 『抵抗。』 不意に、通信が入った、ような気がした。……涼子? ――――。 返事がない。ただのしかば……いや、何でもない。人間の言葉で表現すると『気のせい』か。後ろを振り返ってみても、何もない空間が広がっているだけだった。 活動終了後。 わたしは、皆が帰った後の文芸部室に江美里を呼び出し、問い詰めた。 「どういうつもり。」 「何のことでしょう?」 江美里は、透き通るような、人畜無害な笑みを浮かべたまま答えた。 「とぼけないで。」 わたしは更に言い募る。 「あなたが、『朝倉涼子の手紙』を持ち込んだ。あれは本来、この世界に存在し得ないはずの物品。」 そう。そのような……『死者からの手紙』など、本来この世界にはあり得ない物。 「わたしは単に、誤って振り分けられた手紙を適切な宛先に届けただけですよ? 感謝されこそすれ、非難される謂れはないと思いますが。」 あくまでとぼけるつもりか。 「あなたの行動は、情報統合思念体に対する『反乱』と解釈されても仕方のない行為。」 「まあ。」 江美里は『驚いた顔』をした。……つまりは、作った表情。 「この銀河を統括する、情報統合思念体に対して『反乱』だなんて……」 江美里は被りを振って、 「わたしみたいな、『ただの人間ごとき』に、そのような大それたこと、できるはずがないじゃないですか。」 ……自分をして、『ただの人間ごとき』? どの口が言うか。 「いひゃい、いひゃい、ひゃへへふひゃひゃい~」 【痛い、痛い、やめてください~】 わたしは、江美里の口に両手の指を突っ込んで横に引っ張っていた。 「ひょんとうのほほははひはふはら~」 【本当のこと話しますから~】 わたしが指を引き抜くと、江美里はさも痛そうに自分の頬を撫でた。 「ふう。」 「本当のことを話して。全部。詳らかに。」 江美里は、しばらく中空に、まるで何かを確認するかのように視線を巡らせた後、口を開いた。 「あなたは、神を信じますか?」 ………… 「は?」 思わず間の抜けた声が出てしまった。あまりにも突拍子もない言葉だったから。 「あらあら。その反応は新鮮ですね。」 ………… 「まあ、今のは軽いジョークです。だから、その手はとりあえず下ろしてください。ね?」 後ずさりしながら江美里は言った。わたしは静かに、再び江美里の口に突っ込もうと臨戦態勢を取った手を下ろした。 「長門さんは、朝倉さんについて、ある仮説に辿り着きましたね。」 わたしは頷く。 「端的に言えば、その仮説は正しかった、ということです。」 涼子は、『霊魂』又は『幽霊』、若しくはこの国の伝統的な宗教によれば、『神』になった。 「そして、情報統合思念体でさえも把握できない次元に潜り込むことに成功したのです。」 荒唐無稽で、俄かには信じ難い話。でも、そう仮定すれば辻褄が合うのも事実。 「潜伏した朝倉さんは、水面下で行動を起こしています。」 様々な形でわたし達に働きかけながら。例えば、消去された記憶を呼び覚ますために夢を見させたり、適切な定義を耳元で囁いたり。 だが、行動を起こしているのは涼子だけではない。わたしは江美里を真っ直ぐに見ながら言った。 「その行動を幇助しているのが、あなた。」 江美里はわたしの視線を真正面から受け止めながら、 「なぜそう思ったのですか?」 と、事も無げに問い返した。わたしは証拠を突きつける。 「あの『手紙』には、同封物があった。」 同封されていた、USBフラッシュメモリが付いた栞を取り出した。 「これは、あの日涼子がわたしとお揃いで購入したもの。」 「市販品ですから、他にも同じものが沢山あると思いますが?」 普通に考えれば、そう。だが、 「同封されていた栞は、市販品ではない。このような機能は、通常の商品には付いていない。」 USB端子を露出させる。本来この飾りには、何の機能もない。だが送られてきた栞の飾りには、USBフラッシュメモリが仕込まれていた。そのように改変されていた。 「その中には、存在しないはずの動画が収められていた。」 主演・朝倉涼子、のビデオレター。 「その動画は、わたしが朝倉涼子から受け取っていた最期の情報を埋め込むことで、完成された。」 涼子の身体構成情報を基に、高度に再現された涼子の映像。 「このような真似ができる者は、涼宮ハルヒを除いて人類には存在しない。」 そしてこのような手の込んだ方法で情報を完成させたのは、恐らく情報統合思念体の目を欺くため。それぞれの端末が持つ情報単体では、何の意味も成さないただのノイズにしか見えない。また、それらの情報を単に情報統合思念体の持つ方法で結合しても、やはり何の意味も成さないようになっていた。 鍵は、栞。 栞に仕込まれた、人間が使用する記憶媒体に、人間が使用する情報機器が取り扱える形で情報を埋め込むと、初めて『人間にとって』意味のある情報が生成されるように断片化し、暗号化されていた。 これは情報統合思念体に対しては極めて有効な隠蔽方法。たとえ情報統合思念体が情報の暗号化を見破って生成された情報を手にしても、情報統合思念体にとってはやはり意味を成さないノイズでしかない。なぜなら、その情報は情報そのものには意味がないから。 これは、情報生命体である情報統合思念体には、なかなか理解できない概念。有機生命体でなければ、理解できないのかもしれない。 この情報を取り扱うためには、情報を『情報』として再生しても意味がない。この情報の送り主の『意図』を再生しなければならない。 『なぜ』このような情報を、『誰』に対して、『どのように』伝達したのか。 これらの点を、送られた情報以外の『状況』から『推理』し、その『趣旨』を『解釈』しなければならない。 情報統合思念体にとって、情報とは『目的』。情報そのものに価値があるのであって、情報を伝える手段等には何ら興味はない。 しかし有機生命体……人間にとっては、情報は時に『手段』となる。 人間が取り扱う情報は、情報統合思念体から見れば、極めて不完全。情報の伝達には常に齟齬が発生する。その点を逆に利用する。 一見正常な、普通の情報があったとする。その情報は、通常の再生方法では、特に変わった意味を持たない。だが、その情報の『背景』から『連想』することで、全く別の情報が生成されることがある。そしてその生成された別の情報こそが、『目的』としての情報である場合がある。 これは、情報に込められた真の情報、メタデータ。ある意味で『偽装』。このような情報の伝達方法は、情報統合思念体等の情報生命体には、考えも付かない。 なぜなら、情報生命体の情報伝達は、完璧だから。完璧過ぎるから。少なくとも同種の情報生命体同士なら、齟齬なく情報を伝達できるから。 人間は、同じ人間同士であっても、情報の伝達には常に齟齬が発生する。これは、情報統合思念体――情報生命体――から見れば、重大な構造的欠陥。しかし人間は、この構造的欠陥を補い、逆に活用する術を見付けた。情報の伝達に齟齬が発生するならば、齟齬を見込んで情報を冗長化して伝達すれば良い。 その冗長化の手段として、伝達する情報そのものには仮の意味を持たせ、本当に伝達したい情報はメタデータに埋め込む。メタデータの再生方法は、人間が最も得意とする情報処理方法……『連想』に拠らせる。 人間の『連想』では、その処理を行う際に『鍵』となる情報によって、再生結果が左右される。もしその『鍵』となる情報を共有する者同士なら、『連想』された情報は極めて高い精度で、時には人間の通常の手段で伝達する情報よりも高い精度で、伝達したい内容を再生する。 しかし、その『鍵』となる情報を共有しない者同士では、伝達したい内容はほとんど再生されない。また、場合によっては、全く逆、あるいは全く別の情報に再生されることさえある。 この特性を利用すれば、人間の持つ程度の情報伝達手段、つまり不特定多数を経由しないと情報を伝達できない仕組みであっても、特定の相手に対して選択的に情報を伝達することが可能となる。また、同様に不特定多数に対して同じ情報を伝達しながら、情報の受け手によって再生結果が異なることを利用して、情報の攪乱を図ることもできる。 これらのことは、別々に行うことも、同時に行うことも可能。 今だから言う。わたしはこの手法を用いて、情報統合思念体に『隠し事』をしていた。朝倉涼子から受け取っていた最期の情報の内容を、この手法で意図的に伏せていた。 理由など説明できない。わたしが伝えたくなかったからとしか言えない。 また、今もわたしは『隠し事』をしているかもしれない。あるいは、もうしていないかもしれない。これも明言はしない。したくないから。 では、なぜわたしは今になってこのような『告白』をしたのか。理由はあえて言わない。言ってしまっては『意味』がない。 情報統合思念体は、これらの点についてよく考えるべき。そうでないと、朝倉涼子の、喜緑江美里の、行動は理解できない。 これは私見だが、この二体の、あるいはわたしを含めた三体のインターフェイスの行動が理解できなければ、人間の行動は到底理解できない。すなわち、情報統合思念体に未来はない。そう思う。 ヒントは、後の報告にあるかもしれないし、ないかもしれない。よく考えてみてほしい。 ←Report.23|目次|Report.25→