約 1,493,429 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7396.html
前ページ次ページ赤目の使い魔 雲ひとつ無い空、まさしく晴天の天気の下で、おおよそ似つかわしくない爆発音が響く 音源は、荘厳な造りの、西洋の王城を思わせる建築物。 しかし、それは城ではなくれっきとした『学校』であった。 名を、トリステイン魔法学院。その名の通り、魔術の教育を行う場である 今も、その建物の中では授業が行われている。それも、今後の成績、学校生活、ひいては人生さえも大きく左右する内容のものが。 そこに再び響く爆発音。 生徒が一人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの、通算12回目の「サモン・サーヴァント」失敗であった。 ● ● ● 「………ぅぅぅぅぅうううううううっ!」 もうもうと立ち込める煙の中、桃色の髪を振り乱し、童顔の美少女ルイズは、その容貌に不似合いな癇癪を起こし、人目もはばからず歯噛みし、地団太を踏む。 彼女の視線の先、いち早く煙が晴れた爆発の中心には、前後で変わらず何も無い。それは、「サモン・サーヴァント」の失敗を如実に表していた。 その様子を見て、担当教師であるジャン・コルベールはかぶりを振る。 「ミス・ヴァリエール。残念だが、今日はここまでとしよう」 口調は諭すように優しいものであったが、それを聞いたルイズはびくりと体を震わせて、必死に食い下がる。 「そんな!お、お願いですミスタ・コルベール!どうか、続けさせてください!」 その必死な様子に周りの生徒から失笑が漏れるが、気にしている余裕は無い。 ほかの生徒が皆使い魔を連れている中、たった一人でいる自分へ向けられるだろう嘲り、侮蔑を思えば、何倍もマシだった。 「時間も押している。それに、他の方達のことも考えるんだ」 彼の言うとおり、最初こそ生徒たちもルイズが失敗をするたびに、馬鹿にした笑い声を上げていたが、 五回目を超えたあたりからそれらも成りを潜め、顔に浮かんでいた嘲笑も、十回目を越える頃には単調な場景に対する辟易としたものへと変わっていた。 しかし、ルイズも引くわけにはいかない。 「お願いです……、どうか、後一回だけ…」 懇願するような彼女の様子を見て、コルベールは困ったように唸る。 彼とて、このまま彼女だけを未遂のまま終わらせるのは忍びない。 しかし、教師としての責務も軽々しく無視するわけにはいかない。 しばらく、彼は俯いて考えていたが、 「……これで最後だよ。必ず成功させなさい」 結局、天秤は生徒への情の方に傾いたらしい。 「は、はい!」 顔を輝かせて返事をするや否や、ルイズは直ぐに真剣な面持ちで魔方陣へと向き直る。 ワンチャンス。そう自分に言い聞かせ、彼女は大きく深呼吸をする。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴える! 我が導きに、応えなさい!!」 唱えるというよりは、叫ぶに近い彼女の呪文。 その後、暫しの沈黙が流れた。 成功か、とルイズは顔を輝く。 しかし、そんな彼女の目前で通産13回目にして本日最大級の爆発が起きた。 爆風を身に受けながら、ルイズは膝をついた。 自分への情けなさ、恥ずかしさ。そのすべてがこみ上げてきて、その双眸に涙が浮かぶ。 「うぅ…」 思わず両手で顔を覆う。 おそらく、あと少しもすれば周りから貶され、罵倒され、蔑まれるのだろう。彼女は身をこわばらせた。 しかし、何時まで経っても周りから言葉らしい言葉はかけられない。 ざわ、ざわ、と聞こえるのはどよめきのみ。 流石におかしい、彼女はそう思って、恐る恐る顔を上げる。 そして見た。煙の中で揺らめく、確実に先程までなかったモノの姿を。 「あっ!」 ルイズの表情が歓喜にあふれた。 さっきまで浮かんでいた絶望の色は、最早顔面のどこにも見受けられない。 視界が晴れるのに比例して、彼女の期待も右肩上がりで上昇する。 知識の象徴であるグリフォンだろうか。はたまた力溢れるドラゴンだろうか。前置きの長さの分、上昇の比率も倍加する。 そして、煙が完全に消えた先にいたのは、 「…………………人間?」 それは、うつ伏せに倒れた人間であった。 体系から見るに男だろうか。茶色でセミロングの髪を紐でくくり、貴重となる上着、ズボンはどこと無く赤黒く、襟元は真紅となっている。見る人によると中世の貴族のような印象を与えるが、そう判断できる人物は少なくとも『この場』にはいなかった。 彼らにとって一番重要だったのは、それが魔獣でもなんでもなく、ただの人間であったこと。 そして二番目に重要だったのは、その者が貴族の象徴であるマントを身につけていなかったこと。 即ち、 「平民?」 遠めに見守っていた生徒の間で聞こえたこの一言。 まるで、それが起爆剤になったかのように、彼らの間で先程までの爆発にも劣らない大きさの笑い声が起こる。 「おいおい、何かと思ったら平民かよ!」 「少し期待しちゃったじゃない!」 ……あんまりだ。 罵声を受けながら、ルイズは肩を落とした。 散々焦らしておいて、召還されたのは只の平民。これならば、延期してでも万全の調子で臨んだほうが良かった。 恨みますよ、始祖ブリミル。 「ミスタ・コルベール、儀式のやり直しを…」 「出来ない。残念だが」 最後まで言えずに否定された。 往生際が悪いと彼女自身も感じる。が、しかし、平民を使い魔にするなんてものも彼女にはありえない選択肢だ。 「お願いです!明日でも明後日でも幾らでも延期してかまいませんから!」 「伝統なんだ。ミス・ヴァリエール」 にべもなくコルベールは続ける。 「召喚された以上、平民だろうがなんだろうがあの人間には君の使い魔になってもらうしかない。これは絶対の掟だ。」 万事休す。八方塞。ルイズは方と共に頭も垂らした。 のろのろふらふらとした足取りで、魔方陣の中心へと向かう。 男は相変わらずうつ伏せのまま動いていなかった。 ルイズは溜息をつくと、男の体を揺り動かす。 「ほら、起きなさい」 それでも、男はピクリとも動かない。 しばらく手を止めなかったが、数分経ったところで我慢の限界が来た。 「いい加減に…」 しなさい、と言う言葉と共に、男の腹に手をまわして無理やり仰向けにしようとする。 しかし、 どろり。 手の広に不愉快なぬめりと暖かさを感じた。 「えっ?」 生理的な嫌悪からか、ルイズは素早く手を引っ込める。 見ると、手は袖口まで真っ赤に染まっていた。 「あ」 そこで、気付いた。 男の服の一部が切り裂かれており、服の赤黒さはそこから広がっているという事。 男の体の下から少しずつ赤い領域が広がっている事。 男が少しずつ、しかし確実に死へと向かっている事。 「あ、あ、あぁぁぁあああっ!」 取り乱したルイズを見て、コルベールが慌てて駆け寄る。 「どうした!ミス・ヴァ…!」 そして、目の前の惨状に気付いた。 驚愕して目を見開くが、年長者というだけあって状況の判断も早かった。直ぐに大声で周りの生徒に呼びかける。 「水系統のメイジを!他の者は救護室に向かえ!」 何事かと覗き込んでいた彼らも、状況に気付くと血相を変えた。ある物は魔方陣のもとに走り、またある物は校舎へと戻っていく。 「あ……あ…」 見ると、ルイズはまだ冷静を取り戻していなかった。 コルベールは落ち着かせんと彼女に駆け寄る。 「ミス・ヴァリエール、冷静になれ。出血は酷いが、まだ生きている」 彼の言うとおりその男の首筋はまだかすかに赤みが差している。 それを見て、ルイズもいくらか落ち着きを取り戻し、呼吸も落ち着いた。 そこに、 「う…ぁ………」 男の口元から、くぐもった呻き声が漏れた。 「だ、大丈夫!?」 いち早く反応したのはルイズだった。 男に顔を寄せ、大声で呼びかける。 男が顔を上げ、その目がゆっくりと開いていく。 そして、彼女と目が合った。 「…え……?」 当惑の声を発したのは、ルイズ。 男の顔は、どちらかと言えば端正なほうだ。まだ若く、青年と呼ぶのがちょうど良い。 服の調子と相まって、どこか高貴な雰囲気を感じさせる。 混乱の原因は、男の目にあった。 本来白いはずの部分は、すべてが真紅に染められており、瞳は逆に淀みのない純白。 色相を反転したような眼球の中心に、すべてを飲み込むような漆黒の瞳孔。 明らかに、異常。 しばらく視線を交わしていたが、やがて男が静かに口を開く。 そこに見えたものによって、ルイズの頭は強制的に驚愕から恐怖へと変換された。 男の歯は、その全てが鋭く研ぎ揃えられた八重歯であった。 普通ならば切歯や臼歯が存在する場所にも、等しく槍のような犬歯が生えている。 その青年がいた場所では、その外見からしばしば「吸血鬼のようだ」と言われていたが、『この場』の吸血鬼はまた違う外見をしているため、そのような言葉を発するものはいない。 しかし、それ故にその容貌は周囲の人間を理解不能な恐怖へと叩き落す。 口を開いた青年は暫しひゅうひゅうと呼吸をしていたが、 やがて、笑った。 笑うと、生えそろった八重歯がうまく噛み合わさり、その不気味さがさらに増す。 しかし、青年の顔に浮かんでいるそれは、まさしく微笑みといっていいほどに穏やか。 異常なコントラスト。周囲にいた人間はみなそう思った。 そして、青年は言葉を紡ぐ。 「やぁ…………」 あくまでも、優しく、朗らかに。 「友達に…ならないか?」 前ページ次ページ赤目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5055.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 泣き腫らした瞼が、風に当たってひやりとする。 ルイズがそんな感想を抱きながらも、背中の問答を特に気にもしないシルフィードは悠々と空を飛び、眼下には馴染みの魔法学院が見える。 シルフィードはいつものように、手近な広場に下りようと旋回を始めた瞬間、翼の端に『何か』が当たったと思った。 その『何か』は今度は当たった翼の端から伸びてシルフィードの頭に影を作るように覆いかぶさってくるようだった。 シルフィードは焦った。このあたりで自分と同じ高さを飛べるものはそれほど居ないはず。 動転した幼生竜は背中の主人達を一瞬忘れて、大きく傾斜して旋回し、自分に当たりそうになった『何か』から逃れようとした。 疲れで気が抜けていた背中の四人は、急な動きを見せるシルフィードに驚き、傾いていく竜の背中から落とされないように手近い背びれに捕まる。 キュルケはびっくりしてぎゅっと、目の前のこりこりとした触感のひれを抱きしめ、ギュスターヴは少しざらつくうろことひれの前のこぶを掴んで踏ん張った。 タバサもシルフィードの首根元に抱きつき、急に動き出した使い魔を叱咤しようと考えていた。 そしてルイズは………泣き疲れていたせいか、三人よりも反応が遅かった。 シルフィードの背中の何処にも捕まる事ができなかった。 「あ……」 遠心力に流れるように自分が竜の背中から引き剥がされた時、ルイズは浮遊感の中で一瞬愉しんだ。しかし次の瞬間、落下する感覚と風の音に恐怖した。 「あーーーーーー!!」 「ルイズーー!」 いち早く気付いたギュスターヴが手を伸ばすも、指はルイズに届かない。 どんどんと加速する落下速度がルイズに死の恐怖を与えつつあった次の瞬間、ルイズの体に掛かっていた落下加速が落ち、地面に近づくほどに落下が緩やかになる。 地面に付いた時、ルイズはぺたん、と尻をついただけで傷一つ負わなかったが、流石に腰が抜け、全身から脱力してへたり込んだ。 「は……はぇ……」 へたったルイズに近寄るのは、後退した壮年の男性。 「大丈夫ですかな?ミス・ヴァリエール」 コルベールその人だった。彼は広場に出ており、片手には糸を巻いた棒のようなものを握り、もう一方の手には魔法を使うための杖を持っていた。 落ち着いたシルフィードが広場に下りると、背中の三人は腰が抜けたままのルイズに駆け寄った。 「大丈夫なのルイズ?」 「も…もう落ちるのはいや……」 アルビオンから脱出した時もかなりの高度から落下したため、今のルイズは落下浮遊にかなり敏感になっているようだ。 ギュスターヴに手を引いてもらいどうにかこうにか、小鹿のような足取りで立ち上がったルイズに、コルベールは緩く頭を垂れた。 「いやぁ、申し訳ありませんミス・ヴァリエール。実験中のカイトが風に流れてしまって。ミス・タバサの風竜を驚かせてしまったようですね」 どうやらコルベールは空にカイト(凧)を飛ばしてなにやら実験をしていたらしい。そそくさと糸を巻き取り始めると、鳥のように左右に羽を広げた形のカイトが降りてきて、 器用に地面に落下させる。 「一体何の実験をしていらしたんですの?」 「え?…それは…まだ、ナイショですぞ」 コルベールはばつが悪そうに笑った。 カイトを回収したコルベールは咳払いを一つしてならぶルイズ、キュルケ、タバサを見た。 「しかし、ミス・ツェルプストーとミス・タバサはともかく、ミス・ヴァリエール。貴方は今まで何処へ行っていたのです?」 「え?…それはその…」 ルイズは密命ということで早急ぎ、楽員に休む旨の知らせをせずに学校を起った為、ここ数日は無断欠席の扱いになっていたのである。 もちろん、ここで密命をうけていたことを話すわけにはいかない。 「…い、今からオールド・オスマンへ報告してきますわ!では失礼!…行くわよ、ギュスターヴ」 まだ足腰がはっきりしないルイズがぐいぐいとギュスターヴの腕を引く姿は、遠めに見てもおかしなものだった。 『百貨店 建設』 それより3日後、トリステイン内にアンリエッタ王女殿下と帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚約、それにあわせて両国の軍事協約を結んだ事が発表された。 さらにその翌日、アルビオン貴族連合『レコン・キスタ』はアルビオンの『統一』を宣言、国号を『神聖アルビオン共和国』と改名し、その初代皇帝としてレコン・キスタの首魁 オリヴァー・クロムウェルが新設された貴族統一議会の満場一致で就任した。 クロムウェルは皇帝として就任すると、アルビオン新政府は瞬く間にアルビオン国内の騒乱を鎮圧し、最も近いトリステインとゲルマニアに対し『不可侵条約』を打診した。 王政を打破して士気が上がっているはずのアルビオンからの打診に両国はそれを受諾する旨を共同して発表。トリステイン・ゲルマニア軍事協約が発効する翌月 ニューイの5日までには不可侵条約に関する三国共同の文書を作成する確約をとった。 各国の首脳陣はそれらの折衝に追われる日々を過すのだが、国に暮す人々にとっては概ね平和な時間が流れることになった。 勿論それは、トリステイン魔法学院の中も例外ではなかった。 アルビオンから帰還して数日経ったある日の夜のことである。 ギュスターヴは相変わらずルイズの部屋で寝泊りしていた。ルイズ本人も何も言わないから余人がとやかく言うことも出来なかった。 とはいえ、多少の住環境の改善がされているらしく、始めの頃毛布一枚だった寝床が、ルイズのベッドと並べられるようにマットが置かれるようになった。 「なぁルイズ」 「なによ」 ルイズは寝間着で机に向かって本を読んでいた。振り向けばギュスターヴは、見慣れない真新しい帳面を広げている。 「商売を始めたいんだが…」 「そう……?…商売?!」 「ああ」 一瞬聞き流しかけたルイズだが、ぐっと抑える。 「どうしたのよいきなり」 ギュスターヴも佇まいを少し直し、ルイズを見て話した。 「ルイズの使い魔をやり続けるにしても帰る道筋を探すにしても、色々と資金が居るだろうと思ってな」 「……やっぱり、帰りたいんだ…」 ルイズの声色がよろしくない、と思いながらも、ギュスターヴは包み隠さず話した。 「そりゃあ、帰りたくないといえば嘘になる。此処には俺を本当に知っているものは誰も居ないんだから…」 ギュスターヴの言葉にルイズはくしゃ、と顔を崩す。そしておもむろに立ち上がって、ベッドに身を投げた。 「勝手にすればいいんだわ。どうせ私は使い魔も御せないだめなメイジなんだもん。使い魔に相応しいメイジじゃ、ないんだもん…」 綺麗に敷かれたシーツに顔をぐりぐりとしているルイズは稚い。 「そんなことを言うなよ。…少なくとも、こうやってルイズ、お前の隣に居るのは嫌いじゃあないんだ」 ギュスターヴは、そんなルイズの頭を撫でてやった。年の割に発育の悪いルイズは、そうされていると幼児のようにも見えるのだった。 「……じゃあ、どうしてよ。どうして帰るかも知れないなんていうの。ずっと居るって言ってくれないの…」 自分が甘えているという自覚を持ちつつもルイズは聞かずに居られない。 寝物語を聞かせるように、ギュスターヴは優しく話した。 「…俺はサンダイルで、過分にも色々と人の上に立って人生を過してきた。俺が居なくなってもう、一月以上になるだろう。 俺が居なくなった後、サンダイルがどうなったのか興味があるのさ」 ギュスターヴの脳裏に、アルビオンで死地に赴いていったウェールズの姿がよぎる。 あれは俺だ。ルイズに呼ばれなかった時の俺だ…。 ウェールズは自分が死んでも何かが誰かに託されるだろうことを願って、戦場に逝った。 サンダイルの覇王ギュスターヴもまた、あの砦の炎の中で死んだのだ。 ならば、俺が社会に投げ込んだ鉄鋼は、どうなっていくだろう?誰かが引き継いでいってくれるものなのだろうか? 優しく撫でられていたルイズは、まどろみを感じながらぶちぶちしている。 「…皆魔法が使える中で、魔法の使えないあんたがどうして人の上に立てるのよ…嘘ばっかり…本当はこんなところからさっさと逃げ出したいんでしょう……」 重くなっていく瞼に抗えない。 「本当…嫌になっちゃう…商売がしたいんなら……勝手に……やりなさい……よ……」 「ありがとうルイズ。……おやすみ」 寝付いたらしいルイズからギュスターヴが離れる。 「でも……っちゃ……や…ん……」 「ん?」 ルイズが何か言っているかとギュスターヴは振り向くが、既にルイズの意識は落ちて静かな寝息に変わっていた。 ギュスターヴはルイズの許可をもらうと、フーケ捕縛時やモット伯告発で得た資金を元手に、まず最も近場である王都トリスタニアの経済状況を調べた。 しかし、そこで困ったことが判る。トリスタニアを中心とする首都経済圏の規模が、ギュスターヴの予想のそれを下回っていたのだ。 トリスタニア『を含めた』周辺の村や町を含めて23,000人程度の経済圏では個人の起業参入の選択肢がかなり限定される。 (因みにサンダイルのハン・ノヴァは1260年代で40万人弱の人口に膨らんでいた) ギュスターヴは以前トリスタニアを歩いた時に見た光景を思い出した。大小の商店が店を構える中、その軒先を露天商が有料で借り受けて商売をしていた。 露天商とはいえやはり商売人なら立派な店を持ちたいのが人情だろう。 ギュスターヴの発想。それはそのような露天商達を相手に商売をすることだった。 まず、ブリトンネ街等を始めとする商店街の一角に数階建ての建物を用意する。次に露天商を勧誘し、そこで店を開いてもらう。 張れて店もちになった商人達には売り上げの一部を場所代として支払ってもらうのだ。 この案を現実にするにはいくつかの問題があった。まずトリスタニアの商工ギルドの許可がいる。 これについてはコルベールやマルトーといった知己の協力を得て事なきを得た。 次に、露天商が招けるような建物の取得である。これが一番の問題で、結局取得できた物件を大幅に改装して用意する事になった。 後は建物に呼べる露天商と、常在できないギュスターヴの変わりに管理をしてくれる人間の手配である。 この問題ではなんとシエスタから意外な援助をもらうことが出来た。 「王都には親戚の親子がお店を持ってるんですよ。お手伝いになるか判りませんけど、紹介の手紙を書いておきますね」 シエスタの手紙と簡単な地図を手に王都に出かけた折、ギュスターヴは『魅惑の妖精』亭を訪ねた。 「そうね。そのお店でうちの店の宣伝とかもできるし、優先的になにか利用させてくれるなら全然オッケーよ」 『魅惑の妖精』亭オーナー、ミ・マドモワゼルことスカロン氏は独特な風貌であったが悪人ではなさそうだ。 「露天商の誘致と管理が出来る人間ね。ちょうど良い子がいるわよ」 そう言って奥のドアから現れ、紹介されたのはスカロン氏の娘ジェシカ嬢であった。 「この子もそろそろ商売人として独り立ちさせたかったし、人の使い方も巧いわよ。ジェシカ。あんたこの仕事できそう?」 言われて計画を書いた書類をまじまじと見たジェシカはにっと笑って答えた。 「面白そうだね、お父さん。ギュスターヴさん、だったっけ。このお店の開店までの手配、私に任せてみてくれないっかなっ?」 どうにょろ?と言いたげなジェシカの眼を見て、ギュスターヴは応と答えた。 それからの行動は殆どジェシカの独壇場だった。商店街から腕利きの露天商を引っ張り込み、店舗の改装にも着手。あれよあれよという間にブリトンネ街の一角には 地上3階建て、半地下の一階、内3階に計6人の店主が店を構える驚異の新商店が誕生する事になった。 それから後日、或る日のコルベール研究塔にギュスターヴはルイズを訪ねた。 ぼわん、と開けられた出入り口から砂埃を吐き出して、埃にまみれたルイズとギーシュが出てくる。 「げっほ、げっほ…ミスタ・コルベール!持ってきて欲しいものってこれですか?」 ギーシュとルイズは二人がかりで埃塗れの布に包まれた謎の物体を引っ張り出していたのだ。 「ギーシュ、あんた『レビテーション』で持って行きなさいよ」 「こんなかさばるもの一人で『レビテーション』かけても持っていけるわけないじゃないか」 「まったく、なんで私がこんな目に…」 二人に呼ばれていたコルベールは、自分の研究塔の脇に設営した大きな天幕から姿を現す。 「いやいや、ご苦労様でしたミスタ・グラモン、ミス・ヴァリエール。手が離せなかったもので」 「なんなんですかこれは?」 目の前に置かれた物体の布を剥ぐ。それは黒塗りにされ、一方から取っ手の付いた棒が張り出した『箱』だった。 「以前ゲルマニアに行った時に買ったきりで放置してたものです」 一応状態を確かめたコルベールは、二人係りで引っ張り出してきたものを軽々と引き上げる。 「これを取り付ければ…」 そういって大きく開けられた天幕に箱を引き込む。天幕の中にはレンガや土壁で出来た人一人入れるようなドーム状の建物のようなものが作られていた。 コルベールは箱を立て、建物のようなものの脇にくっつけた。 「ふむ。これで完成ですぞ」 「ミスタ・コルベール。これは一体…」 いぶかしむギーシュにコルベールは自慢げに答えた。 「これはですね。ミスタ・ギュスより伝授していただいた製鉄法を用いた溶鉱炉なのです」 「「溶鉱炉?」」 声を揃えるルイズとギーシュ。 「二人に持ってきていただいたのは箱型のふいごですよ。火入れはまだですが、これが使えればトリステイン産の鋼材よりも質の高い錬鉄が作れるようになります」 「しかしなんでまた自前の溶鉱炉なんて作るんですか?」 「今私のやっている実験は色々と複雑な要素が絡んでおりましてな…詳しくはまだ、秘密です」 なんとなく不満気なルイズとギーシュであった。 「でも最初に聞いた時は驚いたね。露天商にわざわざ店自体を貸して営業させるなんて」 天幕の外に簡易なデッキセットが置かれ、そこでギーシュが葡萄水を飲んでいた。 彼はルイズ達が留守にしている間、ちゃっかりコルベールの助手として居座っていた。モンモランシーやケティから逃げるにも体が良いからだ。 シエスタはこまごまと給仕をして回っている。 「店の名前はどうするんだい?」 「ん?…そういえばまだ決めてなかったな…」 手の手紙を弄びながら答えるギュスターヴ。 手紙には店舗の準備、商人の手配が出来たこと、4日後に控えた開店には顔を出して欲しい旨が書かれていた。 「開店直前まで店の名前が決まってないって、どういうことよ」 「でもこういうお店って何屋さんっていうべきなんでしょう?」 手紙には誘致した商人が主に扱っている商品についても書かれていた。日用品、食料、アクセサリー、などなど。変わったところでは 床屋と香水の計り売りなんてものも名前の中に入っていた。 「ギュスターヴ、ちゃっちゃと決めなさいよ」 「そうだなぁ……『百貨店』、なんていうのはどうだろう」 「「「ひゃっかてん?」」」 コルベールを除く三人が聞き直す。 「いろいろな物を置いているって感じがするだろう?」 「ま、いいんじゃない?」 「いいですね」 「うーん、僕なら『七色の薔薇園、五色の敷石、三色の川の流れる場所』とか名づけるなぁ」 まるで『明日の天気は晴かな』くらいの気軽さで言ったギーシュの言葉に、シエスタとルイズは冷たい声で答えた。 「それはないわ、ギーシュ」 「ないですね」 「えぇ?!ひどいなぁ」 「略すと七五三だな」 「なんだかもっと馬鹿にされている気がする?!」 そう言ったギュスターヴも特に他意のあるコメントではなかったりする。 そんな風に談笑がされるコルベール塔前に、風鳴りをして一体の竜が降りてくる。青い鱗のその竜に、蒼紅の二色の髪が風にはためいていた。 「ハァイ?お元気」 「ミス・ツェルプストー!」 シエスタはキュルケを認めると、サッと輪の中から一歩下がってみせたが、キュルケは手を振って制止した。 「あら、大丈夫よ?今日は談笑したいところだけど、ちょっと用事が違うの」 「用事?」 「私の用というか、タバサがね…」 キュルケが振り返ると、タバサはシルフィードから降りて談笑の輪に近づいていった。その手にはいつも持っている、身の丈を越える長い杖が、ない。 「貴方に」 「僕?」 声をかけたのはルイズでもギュスターヴでもなく、ギーシュだった。 「貴方に決闘を申し込む」 悠長にグラスに葡萄水をかっくらっていたギーシュは、貴族の息子らしくなく含んでいたものを盛大に噴出した。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1016.html
ルイズはその魔法を即座に思い出した。 『ライトニング・クラウド』 雷を発生させる凶悪な攻撃魔法、それが扉にいた四人のワルド、風の遍在に よって放たれたのだ。 青白い光が空気中をジグザグに走り、炸裂。よくて大怪我、悪ければ死亡。だが、 ルイズとキュルケ、タバサは怪我ひとつしていなかった。 失敗した、わけではないはずだった。空間を叩き割る音、それがいまも耳鳴り として残っている。 耳鳴り、とは。 「ンドゥール!」 ルイズが呼びかけるが、返事はなかった。彼は杖を突いたまま立ち、微動だに していない。心配は杞憂に終わったのか、いや、そうではなかった。彼はただ、 倒れることを拒否しているのだ。耳の穴から真っ赤な液体が流れ出しているにも かかわらず。 「保険が効いたみたいだ」 ワルドが服のほこりを払い、立ち上がった。ウェールズたちは逆に窮地に立たさ れてしまった。一人と四人、計五人のワルドに囲まれている。式の前からすでに 作り上げていたのだ。ンドゥールは呪文を聞いていたかもしれなかったが、どの ようなものかはわかるはずもない。 「……よくぞ四人も遍在を作り上げるものだ。その技量には敬服しよう。しかし、 同じことができないとは考えなかったのか」 ウェールズが腕を押さえながら言った。苦渋に満ちた顔。 「そんなことはない。だが、詠唱の暇は与えなければ問題はない!」 戸から四人のワルドが襲い掛かる。杖は魔法を付加され、鋭利な刃物と化している。 ウェールズが女子たちを守るために立ちはだかろうとする。しかし、一体はふわりと 彼を飛び越し、四人に向かっていった。 「もらった!」 遍在のワルドが持つ杖、その切っ先がンドゥールの肩を突き刺した。もちろん 頭部を狙ったものだったが、ほんの一瞬早くルイズが彼を突き飛ばしたのだった。 「いい判断だよ」 本体のワルドがその遍在を自分の下に引き寄せた。 「しかし、先延ばしにしたに過ぎない。婦女子方、覚悟はよろしいかな」 笑ってそんなことを口にする。ンドゥールに止めを刺さないのは、いつでもできる からである。聴覚を破壊されては、ただの死んでいないだけの男だ。そんな死に 際の相手より生きて牙を剥いている方に目を向ける。集団で戦う際には当たり前だ。 それが、普通の相手であったならばだが。 ワルドは嘗め回すようにルイズたちを見やる。三人は杖を向け、戦う意思を見せて いる。どうも大人しく命を絶ってはくれなさそうであった。トライアングル二人と、いまだ 自分の力を理解していないメイジ、実質二人のスクウェアを相手にするには不足である。 それに、敵はまだいるのだ。 礼拝堂に突如大きな振動が襲ってきた。 「なによ今度は!」 ルイズが声を上げる。響きは外から聞こえてくる。それだけでなく大地が不規則な震動を している。明らかに自然の現象ではない。疑問に答えるように、いやらしさを含んだ優しい 声でワルドが言った。 「攻城が始まったのだよ。約束を守ると思っていたのかい?」 ルイズとンドゥールの二人は横っ腹を空気の塊で殴られた。力は強く、大きなゴーレムに 殴られたかのようだった。 キュルケが炎を生み、タバサが氷の槍を作り向かわせた。だが両者とも強力な風に煽られ あらぬ方向へ飛ばされてしまった。しかし、二人のワルドは優位さを確かめるよ うに静々と近寄って きている。 「ルイズ。君は諦めないのだね」 「当たり前だわ。殺されるのは嫌だもの」 「でも、どうやってだい? 後ろの級友も不安げな顔つきだ。味方を巻き込んで自爆してくれるのなら 手間も省けるんだが」 嫌なところを突かれた。 (でもわたしにはこれしか戦う方法がないんだもの。仕方ないじゃな……まだあったわ。戦う術は なにも魔法だけじゃない) ルイズは地面に転がっていたデルフリンガーを拾った。手にずしりとくる重たさだが、 振れないことはない。むしろちょうどいいぐらいだ。剣もよろこんで手伝うといってくれた。 「伝言だ! 時間を稼げ、だとよ!」 デルフリンガーがそう言った。それはンドゥールが、あのような状況でもいまだ諦めて いないこと、勝利を模索していること。 それは勇気を与えてくれる。不屈の魂がルイズの幼い身体を奮い立たせる。 彼女は剣を構え、まさしく騎士のような姿を取った。 ワルドは驚きながらも若干楽しそうに声を上げた。 「すばらしいよ。君はいい。妻になってほしかった女性だよ」 「ぜえったいに、いや!」 強い拒絶。その後に小さな笑いが起こった。 「見事に振られたわね。あんたは退場なさい!」 キュルケが火を放つ。タバサもタイミングをずらし、氷の槍を打ち出した。 風の盾で火を防いだのでこと受けきることはできない。ならばと、二人のワルドは 蝶のように舞い、華麗に避けて見せた。その最中にも魔法の詠唱をしていた。 それは風の魔法を使うタバサにはわかった。先ほどと同じもの。 『ライトニング・クラウド』 二つの雷が絡み合いながら三人に襲い掛かった。 炸裂、またしても空気を叩き割る音がした。ところが、タバサもキュルケも無傷のまま だった。静電気すら起こっていない。その理由は、目の前の小さ な少女がその身で 庇ってくれたからだった。 ルイズは、立っていた。二つの足と一つの剣で身体を支えていた。両腕が焼け爛れ、 今にも気を失ってしまいそうだった。だが彼女は朦朧とした意識である疑問にぶつかっていた。 それは単純なことである。 なぜ生きているのか―― 彼女はおちこぼれではあったが勉強には熱心だった。そのためワルドの使った魔法がいかな 威力か、それは頭に入っている。だからこその疑問。まず、 二重で受けてしまえば生存できる はずがないのだ。 「……イズ!」 誰かの声が聴こえた。心配してくれるのがよくわかった。 頭の中は衝撃で混濁している。家族や友達、使い魔の顔が浮かんでくる。そして、憧れていた 男の顔も。いまそれは憎き敵である。忘れてしまいたい。記憶を消してしまいたい。でも、それ は逃げだ。敵から逃げてはいけない。 戦わなくてはいけない。ルイズは叫んだ。 「キュルケ! タバサ! わたしが守るから好きにやって!」 「……わかったわ!」 今度はキュルケはより巨大な炎を作り出した。さらにタバサは風を吹かせ、その炎を圧倒的な 津波へと成長させる。それが飛んだ。 あまりの巨大さ、避けれるものではない。ワルドは二人で力を合わせ、その攻撃に飲み込まれ ることのないように竜巻を作った。ワルドたちの目前で炎が壁となり視界を包む。だが、所詮、 それだけ。時間が経つにつれ徐々に勢いを弱め、彼の眼に三人の姿が映りこだした。 このとき、ワルドは不思議に思った。とっておきの攻撃を防いだのだ。 それなのに、なぜ、してやったりとした顔をしているのか。 視界が開けたまさにその瞬間、背後から答えが襲ってきた。 「ざまあ!」 キュルケが歓喜の声を上げた。彼女の自慢の使い魔、フレイムがワルドの背後から炎を 吹きかけたのだ。至近距離からのそれ、人間に耐え切れるようなものではない。見事に ワルドの一人は消し炭になってしまった。 が、惜しいことに本体ではなかったようである。すぐさまフレイムは魔法で殴り飛ばされた。 「ひどいことをするわ。人の使い魔に」 そうぼやきながら、キュルケは事態が悪くなったことを悟る。もはや小細工は通用しない だろう。ウェールズも三人が相手なため徐々に押され始めている。助けは来ない。 ンドゥールは意識が戻ってきているのかゆっくりと体を起こし始めているが、戦力にはな らない。耳から血が出ているということは鼓膜を破られたのだ。 無音の暗闇に彼は閉じ込められている。 「さあ、もう十分だろう」 ワルドは笑っている。彼にとってこれはお遊びなのだ。子供が蟻をいたぶるのと同等。 それだけの実力差がある。キュルケはつばを飲む。汗が体中に浮かんできていた。額 に前髪が張り付い ていて、うっとおしかった。 「タバサ、あなたの使い魔は来れないの?」 「できない。レコン・キスタが邪魔」 キュルケが舌打ちする。 ワルドが呪文の詠唱を始めだした。キュルケも対抗して魔法を唱える、が、杖の先から 炎は出てこなかった。魔力が尽きてしまったのだ。タバサは氷の槍を飛ばす。それは、 またしても軽々と避けられる。 詠唱が終わった。 『ライトニング・クラウド』 今度こそ死んじゃうかも。ルイズは雷を眺めながらそう思った。 悔しくてたまらなかったが身体の痛みが意識を朦朧とさせ、感情は爆発しなかった。 だから静かに思った。アンリエッタとの約束が守れなかった。ウェールズを守れなかった。 ワルドを倒せなかった。キュルケやタバサ、ギーシュを巻添えにしてしまった。 ただ一人の使い魔、ンドゥールになにもできなかった。 ごめん 青白い蛇はルイズに迫ってくる。彼女はそれを見て、死を嫌った。嫌ったものの、 受け入れるしかないと諦めたまさにそのとき、ひょうきんな声がした。 「思い出したぜえ!」 手に握っていたデルフリンガーが雄たけびを上げた。途端、その錆びついた刀身が 太陽のような輝きを放ち、殺意を持った雷という蛇を『食って』しまったではないか。 「雷を二発も食らったショックで思い出した! 俺はよお、あまりに暇だったんで身体 を変えてたんだ!」 輝きが収まると、そこにはいま磨き上げたかのような剣があった。 白銀のような美しい刀身だ。 「おい娘っこ、あいつの魔法は全部俺が止めてやる!」 「もっとはやく、気づきなさい、よ」 憎たらしい口を利かせたが、ルイズはほっとした。防御はこれでいい。あとは、後ろの 二人が、やってくれる。 そう『安心』して、彼女は気絶した。 「あとは私たちに任せなさい」 キュルケは倒れるルイズを抱きとめ、額にキスをしてデルフリンガーを取った。 びゅん、と、振ってからワルドに剣先を突きつける。ちらとウェールズを見るもこちらに 気を向ける余裕はなさそうだった。だったら自分たちだけでなんとかしてみよう。 「ねえ、ちょっと作戦があるんだけど」 「……わかった」 タバサに伝え終えると、キュルケはゆっくりと足をすすめ始めた。ワルドの杖はいま、 風の魔法が掛けられてあるようだった。白い竜巻のようなものがついている。確実に それは彼女の肉体を貫くだろう。 キュルケは脳内でどう動くかを考える。先日のンドゥールとの決闘からして、剣で戦って も勝ち目はない。どう攻めても防がれ、胸かのどか額に穴を開けられるだろう。ならば どうしたらいいのか、簡単なことだ。 彼女は地面を 蹴った。 ワルドは迎え撃とうと、風のように静かに迫った。技量は天と地ほどの差がある。彼の勝利 は必然。 だからキュルケは、振りかぶった剣を目前で止めた。 「ほお!」 杖先は剣の腹に衝突した。キュルケはわかっていた。振り下ろそうと、払おうと、突きをしようと、 すべて避けられるか流されるかして杖先で貫かれるということを。だから彼女は、それらすべて をしなかった。戦わなかった。防御に徹した。 それすらも難しくあったがワルドの慢心が可能にした。 しかし、そんなことをしたところで止められるのは一瞬だが、その一瞬さえあれば作戦は完成 する。キュルケはすぐさま後ろへ跳んだ。 ワルドは見た。タバサ、彼女の周囲には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの氷の槍が 浮かんでいるのを。十や二十どころではない。彼は後ろに下がり壁を作る詠唱を始めた。 おそらくそれでも防ぎきれない。ならばあとは肉体を駆使しかわすだけしかない。 風の壁を作る。氷の槍が飛来する。一撃でも食らえば致命傷になりかねない太さだ。 銃弾のごとき速度をもったそれらが風と衝突した。拮抗は一瞬、風は易々と槍を弾き飛ばしたかのように 見えた。だが、実際は違う。ワルドもそれに気づいた。 槍は、風の力を利用し方向を変えただけだったのだ。 新たに切っ先が向いたのは、ウェールズを狙っているワルドの遍在たち。急ぎ意思を送り、背後に迫る 脅威をどうにかするべく命令する。だが、ワンテンポ遅い。無傷ではすまないと判断し、一人が腹に槍を ぶち込まれながらも呪文を詠唱する。他の二人は避けながら時間を待つ。やがて呪文が完成し、今度 こそ風は槍を散らしていった。 「甘く見ていたよ。なかなかやる」 ワルドは遍在たちを一旦自分の下に引き寄せた。五人が三人になっているが、これは キュルケの計算違いだった。本来ならさっきの作戦で遍在を全て倒して、ウェールズに とどめを決めてもらおうとしたのだ。 「タバサ、まだいける?」 小声で尋ねると、否定の返答がされた。これで魔力が残っているものはいなくなった。 ウェールズが彼女たちのもとにやってきて、眼前にたった。 「援護を感謝しよう」 「あら、どういたしまして。でも、どうします?」 「なに、勝算はないことはない。外の戦よりも遥かにましだ」 ウェールズは笑っていた。たしかに、三人を相手にするだけなのだから十倍以上の軍勢 とは比べようもない。 だが、そんな彼の笑みを吹き飛ばすことが起こった。 大地からより大きな震動が伝わってきた。 それはこれまでのものとは大きく違っていた。 真下からなにかが上ってきているのだ。 ウェールズはとっさの判断で四人をその場から突き飛ばした。 直後、彼の足元から何かが生えてきた。 「な、なんだこれは!」 ウェールズにはわからない。しかし、キュルケにはわかった。多少小さくなっていようと 間違いなかった。ほんの数ヶ月前、自分たちを殺そうとした女盗賊、フーケのゴーレム だった。本人はウェールズの目の前にいる。 彼女は高笑いを上げ、ウェールズに詰め寄った。 「やあ、久しぶりじゃないかっていっても覚えてないでしょうねえ。あんたはまだガキだったもの」 フーケはうろたえているウェールズを一発、素手でぶん殴り地面に蹴り落とした。 彼はレビテーションを唱え、床に静かに降り立つ。頬を押さえフーケを見上げた。 「まさか、サウスゴータ家のものか」 「そのとおりだよ。なんだ、覚えてるんじゃないか」 フーケは笑っていた。どうやら二人の間にはなにがしかの関係があるようだが、それはいまは どうでもいい。 問題は勝算が消えてしまったことである。 「そうそう、こいつらを渡しておくわ。なかなか頑張ったわよ」 彼女はゴーレムの中からギーシュとヴェルダンデを引っ張り出してきた。気絶しているギーシュ をヴェルダンデが担いでウェールズたちの下に走った。 「言っとくけど、俺ができるのは魔法の吸収だかんな。あんなゴーレムを土 に戻すのは無理だぞ」 「役立たずねえ」 「うっせえ」 デルフリンガーに軽口を叩くも、キュルケの心には敗北感が広がり始めていた。 ウェールズも同様だろう。苦々しい顔をしている。 ワルドがゴーレムの影から姿を出す。もう一度魔法を使ったのだろう、五人に戻っていた。 これでもうウェールズに勝ち目は、なくなった。 ワルドが告げた。 「観念したまえ。王族らしく自決させてやるぞ」 「断る!」 「ではどうするのだ?」 ウェールズは苦虫を噛んだ。これでは勝てない。勝てるはずがない。それならせめて客人だけ でも助けたい、と、彼は思っているが、目の前の敵がそれを許すはずがない。己の裏切りを知る ものを生かしはしない。 ワルドはこの戦いが終わるとトリステインに戻り、そのまま魔法衛士隊に戻るだろう。誰もが婚約者を 失った彼に同情する。そして愛しい姫のそばに居座る。許せられない。しかし、それを止める力がない。 悔しさで死んでしまいそうだった。 ワルドが近づいてくる。ウェールズが睨む。 歩みは止まらない。 彼らに死が着々と 近づいてくる。だが、ウェールズはそんなものが怖いのではない。あの愛しい姫と、 勇敢な客人をみすみす死なせてしまうのが怖いのだ。 このとき、彼は始祖ブリミルに願った。みっともなく、助けてくれと。 それは、叶えられる。もっともそれはそんな大昔に死んでしまったものではなかった。 自分が間諜ではない証拠に、やろうと思えばいつでも殺せると証明した、物騒な男だった。
https://w.atwiki.jp/eojpsp/pages/127.html
No.013 フリードニアの使い魔 使いやすい2マナ再行動1マナ魔道師の内の一枚。 主にアルージアの修道女は一致Fでの回避、女エルフの狂魔道師とは堅牢さで差別化されている。 F維持力に欠けるクリーチャーの多い火であることも重要で 脇さえ押さえれば狂魔道師と同じ堅さを発揮できる。 もちろん機巧偏重型のデッキに対する強撃も強力で 相手にとってみれば放置できないが一撃で落とせない嫌味なクリーチャーとなりうる。 コメント 名前
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7883.html
前ページ次ページ風の使い魔 MUROMACHI歴155年――両親を亡くした少年は、己の命と人生を懸けるに足る力と出会った。 MUROMACHI歴157年――諸国に戦乱の兆しあり。いち早く戦の臭いを感じ取った男は、 素質ある若者達を『虹を翔る銀嶺』に招集した。時代を動かす力、最強の武術『忍空』のすべてを携えて。 彼らはそれぞれの決意を胸に、一人、また一人と時代のうねりに漕ぎだしていく。 次々と邂逅を果たす十二人の弟子達によって、次なる忍空の歴史が刻まれようとしていた。 風の使い魔 1-3 「……なるほど。そして戦後、君は師の遺した畑の面倒を見つつ、故郷で暮らしていた。 収穫したトウモロコシをかつての仲間に届ける旅の途中、現れたゲートを潜ったと、こういうわけじゃな?」 学院長、オールド・オスマンは、机を挟んで立つカエルと見紛う顔の少年に語りかけた。 少年は幼く、まだ十二かそこらであるが、彼が見た目通りの少年でないことは、部屋にいる誰もが知るところであった。 少年――風助はオスマンの問いに、照れ笑いで頷く。とても戦闘集団の一隊長として戦場を駆けたとは思えない顔である。 「ああ、道に迷って腹減らしてたから、なんか食い物ねぇかと思って覗いたら吸い込まれちまってた」 あまりに馬鹿馬鹿しい理由に一同溜息。しかし、一番溜息を吐くべき少女は、いつもの無表情で風助の横に立っていた。 それは広場での騒動の後、タバサが風助と話そうと思った矢先のこと。駆けつけたコルベールによって、 タバサと風助は半ば強制的に院長室に、当事者だと主張して、ルイズとキュルケも強引に付いてきていた。 「未だに信じられません。あれが魔法でないということよりも、君が少年兵……しかも、 一部隊の隊長として戦場に立っていたことが……」 同席したコルベールは、風助の過去を聞いて苦い顔した。オスマンもそれには頷く。 風助はとても人を殺せる、殺した経験があるとは思えなかったからだ。 キュルケは感心した様子で、ルイズは半信半疑といったところか。相変わらず、タバサの表情は読めない。 しかしほんの一瞬、タバサは表情を強張らせた。両親は戦争で死んだ――さらりと、事もなげに風助が言った瞬間だった。 タバサの心情など知る由もなく、オスマンは引き続き風助を質問責めにする。 「それを可能にしたのが、忍空という武術なのかのう……。風助君、その忍空とやらを使える人間なら、 みんなあのような竜巻が出せるのかの?」 そもそも忍空とは何か。まずはそこから説明しなければならなかった。風助は拙い表現で説明したが、要約するとこうなる。 忍空――それは忍者の『忍』、空手の『空』。スピードとパワー、両者の長点を併せ持ち、増幅・発展させた武術。 武装は基本的になく、持ってナイフといったところ。 「強力な忍空技を使えるのは、隊長クラスだけだぞ。それに、空子旋を使えんのは俺だけだ。他は炎や氷、大地みてぇに使える力が違ってんだ」 そして忍空組とは、天下分け目の大戦において数千数万を相手取り、縦横無尽の活躍を示した部隊である。 隊員は約百人程度。子~亥の十二支に対応した部隊に分けられ、それぞれの隊の頂点に立つのが『干支忍』と呼ばれる十二人の隊長。 「なんとまあ……。すると他の隊長も、それぞれ自然を操る能力を持っておるわけで。 あれほどの現象を詠唱もなしに引き起こせる。そら恐ろしいことじゃの」 干支忍は単純な戦闘力においても、並の隊員をはるかに上回っているのは勿論、子忍の風、酉忍の空といったように自然を操る能力を持っている。 それこそが、忍空が忍空たる所以である。 「風助君、あの竜巻は魔力で出したのかね? 君には魔力がないはず……となると精霊との契約なのか?」 と、これまで黙っていたコルベールが割って入った。 「せーれーってなんだ? 忍空の技は、龍さんの身体を触って使うんだぞ」 コルベールは首を傾げる。そもそも、風助は精霊の概念を理解していなかった。 「竜? ドラゴンかね?」と、言ったのはオスマン。今度は風助が首を傾げた。 「風助君、その竜について聞きたいんだが……」と、次にコルベール。 長くて、でかくて、太くて……と、とりとめのない説明に、一同首を傾げる。頭上に?をいくつも浮かべるルイズ、 妙な想像に微笑むキュルケ、やっぱり無表情のタバサ、それぞれである。 が、よくよく話を聞いてみると、どうやら自然の中に宿る力のようなものらしい。 龍の身体、突く部位によって異なる技が発現するとのこと。 「しかし、一口に竜と言っても、こちらとは造形が違うのですな。文化圏が違うようですし、東国の辺りなのでしょうか……」 しかし、風助は自分のいた国の名前も知らないらしい。場所も国名も分からないのでは、推察しようがなかった。 拙い説明で辛うじて理解できたのは、三年前MUROMACHIからEDOに年号が変わったこと。 技術レベルは比較的近くとも、文化は違うということだけ。 「ふぅむ……、自然に宿る竜、もとい龍か……」 「おそらく、精霊に近い存在と見ていいと思われます。万物に宿る意思、力の源……そういったものの力を借りて行使する点では、 先住魔法と似ていますね」 意志と魔力で法則を歪めるのでなく、自然の力を引き出す術。その点では、確かに先住魔法に近いと言えよう。 「第一に必要なのは天賦の才。素養があっても、大抵は修行により龍を感じることで初めて見られる。 そして力を借りるに至り、自在に操れる域にまで達するには更なる修行……か」 修行、修行、また修行。頂点まで登り詰めることができるのは、ほんの一握りにも満たない数名。面倒臭さ、育成の手間では魔法以上か。 やはり、それほどの使い手はごく僅からしい。 オスマンは、ほっと胸を撫で下ろした。遠い遠い他国といえど、そんな怪物が何十人もおり、量産も可能となれば、 一国どころか大陸を制することさえ容易い。あのレベルの使い手が十二人でさえ、一国には十分対抗できる可能性を有しているのだろうが。 ルイズとキュルケは、それぞれ目を丸くしていた。あの小さな身体に、どれだけの力が秘められているのか。正直疑わしかったが、 つい先刻の竜巻を見せられては信じるしかなかった。 「しかし風や大地はともかく、炎や氷はそうそう手元にあるわけでもあるまい。その辺りはどうなっとるのかね?」 オスマンがそんなことを問う理由は、系統魔法で最も破壊力が高いとされるのが火であるからだ。戦場においても活躍する系統。 火種や氷、ないしは水を常に持ち歩かないと力を発揮できないとなれば、風や大地と比べて利便性は格段に劣る。 炎と氷と聞いて、風助が思い出すのは二人。 一人は垂れ目の男。何時でも何処でも、火事の中でさえ寝ている、放浪の絵描き。 一人は長い金髪の美形。虚弱体質でしばしば貧血を起こす、突発性自殺癖持ちのピアニスト。 どちらもオスマンの想像とはほど遠いだろう。 癖は強いが実力も結束も強い。今でも親しい干支忍の内の二人、炎の辰忍『赤雷』と、氷の午忍『黄純』だった。 「よく分かんねぇけど……龍が見えなくても、どっちも空気を操って氷や炎は出せる……みてぇに赤雷と黄純が言ってたっけかな」 そう語る風助は、実に楽しそうな顔をしていた。 破壊力に優れた火が制限されるなら、個々はともかく戦においての戦闘力はそれほどでもないかと思ったが、甘かったか。 ますます隙がないと感心してしまう。 しかも、聞く限りでは四系統魔法の仕組みと共通している部分もあるかもしれない。まだまだ世界は広いと、この歳でしみじみ思う。 「じっちゃん……まだ聞くのか? さっきから説明ばっかで疲れちまったぞ」 思案に耽っていると、風助がぼやいた。じっちゃん呼ばわりは違和感があったが、不思議と悪い気はしない。 「おお、すまんがもうちょっとじゃ。さて、ここからが本題。あれだけの騒動じゃ、君ら四人が頑張った結果、死傷者が出んかったのは僥倖。 被害が樹二本で済んだのは奇跡と言うより他ない」 オスマンの視線が、風助とタバサを捉える。髭に隠れた口から出るのは、威厳と風格を併せ持った声。 風助がごくりと息を呑む音が、タバサにも聞こえた。タバサも内心では緊張している。 「しかし、風助君、ミス・タバサ。君ら二人には、なんらかの罰が必要になる」 未だにああなった経緯が理解できないルイズは傍観。キュルケもよほど重い処分でもなければ黙っておくつもりだった。 そしてタバサは、やはり沈黙。そんな中、一列に並んだ四人から一人、オスマンに進み出る者がいた。 「待ってくれ、じっちゃん! 悪ぃのは俺だ、タバサは関係ねぇ! だから、罰なら俺だけにしてくれ!」 真っ先に進み出た風助は、自分でなくタバサの罰の軽減を訴えた。 タバサ――初めて名前を呼ばれた。それだけ、自分は風助とのコミュニケーションを疎かにしていたのに。数えるほどしか会話していないのに。 「風助君、君の言い分は尤もかもしれんが、使い魔の責任は主の責任じゃ。主人と使い魔は一蓮托生。それは全うしてもらわんといかん」 「頼む、じっちゃん!」 タバサは、下げた頭をなおも低くしようとする風助を、 「別に構わない」と手で制した。 そんな主人を何故、そうまでして庇うのかは分からなかった。ただこの瞬間、初めてこの使い魔を信じてもいいと思えた。 「まあ聞きたまえ。不服を言うのは、それからでも遅くはないだろう?」 コルベールが風助を諫め、一同オスマンの裁決を待つ。 オスマンは長い髭を撫で摩り、 「そうじゃの……今後、学院内での忍空の使用は厳禁。後は……樹が二本じゃから、向こう二ヶ月の奉仕活動とでもしておくかの」 と急に気の抜けた声で言った。危うく学院を崩壊させるところだった騒動の罰としては軽いものだ。 「ほうしかつどう……ってなんだ?」 「平たく言えば、掃除を始めとする学院の雑用じゃな。内容は必要な時に沙汰しよう」 タバサは安堵よりも、その意図を疑わずにいられなかった。だが、そう思っていたのはどうやら自分だけらしい。 ルイズとキュルケは、互いに目を見合わせ苦笑。風助はいつも丸い目を、更に丸くしていた。 「そんだけでいいのか……?」 「当座はそれだけ、としておこう。手始めに、広場の樹の残骸を処分してもらおうかのう。 おお、それと図書館の司書が蔵書の整理をしたいと言うとったな。そっちはミス・タバサが得意じゃろう」 無邪気な笑顔の風助が、オスマンの座った机に飛び乗って手を握る。 「サンキュー、じっちゃん! 俺がんばるぞ!」 「ほっほっほ……これ、机に乗るでない! 隠しきれるものでもあるまい。教師連中には私から説明しておこう」 タバサの魔法としておく手もあるが、トライアングルで出せる魔法でもない。何よりも、風助が許さないだろう。 今は様子を見るべきとの判断だった。 風助の嬉しそうな顔にコルベールも、ルイズもキュルケも微笑んでいる。そんな顔を見せられてはタバサも、 疑問は一時保留しておこうという気分になってしまった。 無邪気な風助にコルベールが、 「忍空の使用を禁止されても困ることは少ないだろうが、使い魔としての役割も頑張りたまえよ。 困ったことがあれば、私もできる限り力になろう」 「ああ。それでおっちゃん、使い魔ってのはどうやったら終わりなんだ?」 その答えに、室内にいた全員が固まった。 「は……?」 「え……?」 「まさか……」 「ふむ……」 最初にコルベール。続いてルイズ、キュルケ。オスマンまでもが、意外そうに唸る。 驚きの目が集中しているのに、風助は気付かない。一人、決意も新たに拳を握って意気込んでいる。 「俺、頑張って使い魔終わらせるぞ。けど、どうすりゃいいんだ? おっちゃん」 「まさか君は知らないのか? ミス・タバサ……君も説明してないのか?」 コルベールが風助からタバサへ視線を移す。タバサはぶつかった視線を一旦は受け……やや気まずそうに外した。 しまった。 顔は平静を装っていても、彼女がそう思っているのは誰から見ても明らかだった。 使い魔は召喚された時から自分の役割を理解していると文献にはあったが、風助は何一つ理解していなかった。 だというのに、面倒だったので説明を簡潔に済ませてしまっていたのだ。 ルイズは口に手をやって驚き、キュルケは悩ましげに額に手を当てた。 きょろきょろと周囲を見回す風助にコルベールが告げる。気まずく、この上なく言い辛そうに。 「風助君……使い魔とは、メイジを一生サポートするパートナーなのだ。つまり……死ぬまで終わらない」 風助の顔が歪み、 「うぇぇええええええええ!!」 学院中に聞こえるかと思うほどの声がこだました。 そのうち帰れるだろうと楽観的に考えていただけに、風助はこれ以上ないほど仰天した。 それはもう、筆舌に尽くし難い顔芸で、驚愕を露わにしたのだった。 「君の国に帰れる方法も探しておこう。それまでは我慢してくれたまえ」 コルベールに苦笑いで送り出された風助。その横にタバサ、後ろをキュルケとルイズが歩く。 前を歩く二人は、珍しく困り顔だった。 「一生は……ちょっと困ったぞ。ばあちゃんと……お師さんの畑もあるしなぁ」 親代わりでもある隣の老婆は身体が弱く、臥せりがちである。最近は元気だし、村の人間は仲がいいので、しばらくは心配いらないだろうが。 畑も面倒を見てくれる当てはある。忍空の里の忍犬、ポチはちょくちょく里を抜け出しているので、戻らなければ面倒くらいは見てくれるだろう。 どちらも焦る必要はないと分かっていても、心配には変わりなかった。 一方、タバサは申し訳ない気持ちを抱えていた。今更になって、自分のらしくなさが悔やまれた。かと言って、掛ける言葉も見つからない。 見かねたキュルケは空気を変えようと、 「しかし、ヴァリエールはともかく、なんであなたは人間を召喚したのかしらねぇ?」 「ちょっと、ツェルプストー! わたしはともかくってどういう意味よ!!」 敢えてケンカを吹っ掛けてみる。案の定、ルイズはすぐに乗ってきた。 意図を汲み取った上で怒ってくれているのか、それとも天然なのか。多分後者だろうが、どちらにせよありがたい。 「カエルみたいな顔してるから、亜人と間違えられちゃったのかしら……なんて」 「そんなわけないでしょ!」 怒るルイズ、さらっと流すキュルケ、いつも通りのやり取り。見ていた風助も、いつの間にか笑顔になっていた。 「んじゃ、俺は広場の片付けに行ってくるぞ。俺がやったんだから、俺一人でいいや」 風助は三人と別れて外に出る。タバサは迷った末、彼の背中にたった一言問う。 「いいの?」 それは広場の片づけを一人でさせることに対してか、使い魔を続けることに対してなのか。 言ってから、また言葉が足りなかったかと不安になったが、 「まぁな。くよくよしてもしょうがねぇし。それにここはここで、いろいろ面白ぇぞ」 今度はちゃんと伝わったらしい。どちらの意味にも取れたが、きっと後者だろう。 能天気な笑顔の裏に秘められた逞しさをタバサは感じ取った。 「……わたしも次の講義は休むわ。先生には伝えておいて。治療の魔法の準備をしてもらわなきゃ」 あんなバカ犬でも使い魔は使い魔だからね、と言い残してルイズも去っていく。残されたタバサとキュルケは暫し逡巡したが、 大人しく講義に向かうことにした。 風助が迷いながらヴェストリの広場にたどり着いたのは学院長室を出てから約十分後。広場には杖を持った教師が二人と、 手作業で樹の破片を拾い集める男が二人、既に作業を始めていた。二人は貴族ではなく、いわゆる用務員。敷地の整備や雑務を担当する仕事らしい。 四人に風助も混じり、散乱した木切れを集める。突然、子供が手伝いをしたいと現れたので教師達は訝しんでいたが、 コルベールから話は聞いていたらしく、事情を話すと驚きと共に迎えられた。 作業は順調に進み、始めてから三十分後には広場は綺麗さっぱり片付けられた。へし折れた樹の幹は、 教師達が魔法で掘り起こし焼却。二人は土のメイジと火のメイジなのだそうだ。 「やっぱ魔法って凄ぇなぁ。なんでもできんだな」 風助の素直な賛辞に教師は照れ臭そうに笑い、これには他の二人も頷いていた。 作業を終えて四人と別れると、ぐぅぅと控えめに腹の虫が鳴くので、厨房に向かってみる。 この時、食後からまだ一時間も経っていないのだが、風助には関係なかった。 厨房に向かい扉を開けると、マルトーが昼食を片付けていた。その隣ではシエスタも手伝っている。 「おっちゃーん、なんか食わせてくんねぇか?」 「おお、風助坊……っておめぇまた来たのか」 振り向いたマルトーが呆れ顔で溜息を吐く。片やシエスタの表情には、感嘆と驚きと、ほんの少しの怯えが表れていた。 「あ……風助君、いらっしゃい……」 「ったくおめぇはどれだけ食うんだ……まぁ、ちょうど残りがあったところだ。食わせてやるから、座って待ってな」 「ありがとな、おっちゃん」 呆れながらも準備を始めるマルトー。手近なイスに腰掛けると、こちらを見ているシエスタの視線に気付く。 「ねぇ、風助君。さっきの竜巻って風助君がやったの……? 風助君ってメイジだったの?」 おずおずと話し掛けてくるシエスタ。流石の風助でも、声に帯びた不安の色を察した。 その対象が自分であることも。 「ああ。けど俺はメイジってのじゃねぇぞ。あれは忍空ってんだ」 「にんくう……?」 「ちょっと失敗して、あんなことになっちまったんだ。けど、もうここじゃ使わねぇから心配すんな」 「そうなんだ……」 シエスタが躊躇いがちに頷く。詳しい説明を省いたからか、シエスタの不安は完全には払拭されなかった。 だが、たとえ力を持っていたとしても、風助が弱い者を傷つけるとも思えなかった。 そこへマルトーが大きな器をドンとテーブルに置いた。入っているのは琥珀色に透き通ったスープ。 先程のシチューと違い、如何にも上品そうだ。 「ああ、シエスタから聞いてるぜ? やるじゃねぇか、ケンカの仲裁でどでかい竜巻を起こしたとかなんとか……それが魔法じゃなく忍空ってのか?」 マルトーは、竜巻の暴威を目の当たりにしたわけではないので、特に畏れもしない。 「おー、罰として奉仕活動をしなきゃなんねぇんだ」 「奉仕活動? そりゃ難儀だなぁ。こんなガキをこき使おうなんざ、まったく貴族ってのは……」 「気にしてねぇぞ。することなくて退屈してたんだ、ちょうどいいや。元いたとこじゃ畑耕してたし、ただで飯食わせてもらうのも悪ぃと思ってたしな」 子供っぽく笑う風助に、シエスタも次第に警戒心を解いていく。不思議なものだ、今日出会ったばかりだというのに。 「人の五倍は食べるもんね、風助君。また手伝ってくれると助かるな……」 スープを掻き込みながら、 「おー、なんでも言え」とスプーンを振り上げて宣言した風助だったが、不意にピタリと食事の手を止めた。不意に背後のマルトーを振り向く。 「そういや気になってたんだよな。おっちゃんは、じっちゃん達のこと嫌ぇなのか?」 「嫌ぇって言うかだな……」 マルトーは言葉に詰まった。この場合、風助の言うあいつらとはオスマン達個人の好き嫌いだからだ。 「じっちゃんも、坊主頭のおっちゃんもいい奴だったぞ。罰も軽くしてくれたしな」 貴族は嫌いだ。我が儘で横暴で、身分を鼻に掛けている連中がほとんど。それはこの学院の生徒教職員も決して例外ではない。 しかし、貴族は嫌いだが、生徒や教職員達に特別恨みがあるわけではなかった。 平民と貴族の関係ではあるが、教師とも時には関係を深め、連携を取ることはある。そうでなければ仕事も円滑にいかない。 豪勢な料理だって、栄養には十分留意している。育ち盛りの生徒の健康を管理しているのは自分だという自負があった。 何より、自分の料理を美味そうに食べる生徒達を見ると悪い気はしない。 口ではなんだかんだ言っても、学院の食を司る身としては、すくすくと育ってくれるのは感慨深いものである。 つまるところ、嫌いなのは貴族という身分であって、彼らではない。そこまで嫌いなら、どれだけ給料が良くても貴族の学院でなど働かない。 故に、改めて嫌いなのかと聞かれると――。 「コック長……口に出てますよ?」 「おっちゃんも、やっぱいい奴だなぁ」 どうやら柄にもなく考え込んでいると、口に出てしまっていたらしい。呆れ混じりの微笑むシエスタと、舌を出して笑う風助。 顔を真っ赤にしたマルトーは、 「よせやい! こっ恥ずかしいこと言わせるんじゃねぃよ、このベロ!!」 言いながら風助の後頭部にゲンコツ。思いのほか強い力に風助が、 「ん~!! 前が見えねぇぞ」 「きゃー! 風助君、顔! 顔がはまってます!!」 顔面からスープの器に突っ込む。ぴっちり顔にフィットした器は、風助が顔を上げても取れなかった。 「ふぃ~、死ぬかと思ったぞ」 「ははは、悪かったなぁ、風助坊」 ようやく器を外した風助の背中を、マルトーがバンバン叩いた。スープ塗れになった服は脱いで干し、今の風助は上半身裸。 にも拘わらず叩くものだから、背中に赤い手形が付く。 「いて! 痛ぇなぁ、おっちゃん」 マルトーをジト目で見る風助に、シエスタが尋ねる。 「そういえば風助君……さっきは名前が出なかったけど、ミス・タバサは風助君から見てどうなの?」 「タバサは……無口でよく分かんねぇけど、いい奴だぞ。飯も食わせてくれるしな」 「風助君はご飯を食べさせてくれたらいい人なの?」 「まぁな。少なくとも、俺が腹減らしてた時、飯食わせてくれたおっちゃんやおばちゃんは、みんな優しくてあったかかったぞ」 戦前、戦後と国は荒れ、民衆は貧しく、その日食べるものにさえ困窮する者もいた。 そんな時勢で、誰とも知れない子供に食べ物を恵んでくれるようなお人好しは十分信頼に値する。 いつからかそう思うようになっていた。無意識的ではあるが、それは風助の人を見分ける術の一つだった。 「いつだったか……行き倒れてた俺に飯食わせてくれたおっちゃんは、どっかおっちゃんに似てたかもしんねぇな。飯は凄ぇくそまずかったけど」 「飯のまずい野郎と俺を一緒にすんじゃねぇよ! いい度胸じゃねぇか、このベロ!」 またも風助がマルトーにヘッドロックされ、その頭を小突かれる。 「悪ぃ悪ぃ、けどおっちゃんの飯はうめぇぞ。ほんとだ」 どちらも顔は綻んでおり、それが新愛の表現であることは、傍目にも明らか。 シエスタは感心してしまった。風助は、たった数十分でマルトーの心に入り込んでしまったのだ。 「おっちゃんもシエスタもタバサも、俺にとっちゃみんないい奴だ。だから困ったことがあったら、言ってくれりゃ手伝うぞ」 それは自分も同じ。彼に抱いていた恐怖心、警戒心はものの数分で氷解していたのだから。 「うん、私はもうちょっとしたらサイトさんの看病のお手伝いに行くから、風助君手伝ってくれる?」 「その前に、こっちは薪でも割ってもらいてぇな」 「よし、そんじゃやるか」 意気込む風助は裸のまま、マルトーと厨房の扉を開いて出ていく。彼が開いた扉からは爽やかな昼下がりの風が吹き、 見送るシエスタの髪を揺らした。 時刻が夕刻に差し掛かる頃、風助はシエスタを伴ってルイズの部屋に向かう。手にはシエスタの用意した、大きな器一杯の湯。 何しろ、風助はタバサの部屋に帰る道ですら迷う始末。一人では無駄な時間を食うばかりだった。 ルイズの部屋の前まで来ると、僅かに開いたドアの隙間から光が漏れていた。二人は互いに顔を見合せて、隙間から覗きこむ。 ベッドに横たわった才人。その横に教師らしき壮年の男性が立ち、隣には両手を組み合わせるルイズ。 「何やってんだ? あれ」 「サイトさんの治療中みたいだね。ちょっと待ってよっか」 小声で会話しながら治療を見守る。やがて教師がルーンを唱えると、才人の身体を淡い光が包む。 「おお……むぐっ!」 塞がる傷に感嘆の声を上げかけた口を、シエスタの手が塞ぐ。 「風助君、静かに。お邪魔になるわ」 「すまねぇ……。しっかし凄ぇんだなぁ……」 子供のように(実際子供なのだが)目を輝かせる風助に、シエスタも微笑を漏らす。シエスタからすれば、風助も相当凄いことをしているのだが。 「あ、終わったみたい」 二言、三言ルイズと会話を交わし、教師が向かってきた。二人はたった今来たように振る舞い、一礼してすれ違う。 改めてドアを叩くと、ノックから数秒遅れて声が返る。 「誰?」 「あ、その、シエスタです。サイトさんのお湯をお持ちしました」 「開いてるわ、入って」 「失礼します」 入ると、真っ先に部屋の奥のベッドが目に入る。ベッドに横たわる才人、隣にルイズが腰掛けていた。 振り向いたルイズは、一緒に入ってきた風助を見るなり、 「何よ、あんたも来たの?」 「おー、才人はまだ寝てんのか?」 「見ての通りよ」 答えるルイズの口調はどこか棘があった。否、どこかではない。ピリピリと明らかに張り詰めた空気を、シエスタは感じた。 風助は知ってか知らずか、ベッドでいびきを掻いている才人の頬を軽く突く。「しっかし……変な顔して寝てんなぁ」 瞬間、ルイズの眉がピクリと跳ねた。同時に、シエスタの肩も寒気で跳ねた。 「ねぇ……シエスタって言ったわよね」 「は、はい!? 何かお手伝いすることはありますか!?」 「今は特にないわ。ちょっとこいつと二人にしてくれない……?」 「え……と……こいつって風助君ですか?」 この場合、才人は数に入るのだろうか。シエスタは答えに窮したが、ルイズは無言。となると、おそらくは正解。 狭い室内を支配する重圧は、更に重みを増す。 ルイズが何を言うのか、大方の察しはついていた。しかし、シエスタには何も言えない。 事実だからだ。彼女の抱く怒りも、これから風助にぶつけるであろう言葉も。 「それじゃあ、失礼します……」 一礼して去っていくシエスタを確認したルイズが、風助に顔を戻す。目を離した隙に、彼は仰向けで寝ている才人に跨って、 傷を確認しながら身体のあちこちを指圧していた。空気の読めるシエスタとは大違いだ。 「……何やってんの?」 「身体の回復力を高めるツボってのがあるんだ。ちょっとはましになるだろ」 「ふーん、それも忍空ってやつ?」 「まぁな」と言いつつ、風助は才人をひっくり返して背中も指圧する。 されるがままの才人は苦しそうに唸っているのだが、二人とも特に気に止めていない。 返答から暫くして、ぽつりと呟くようにルイズは話しだす。 「……あんたが、なんだか知らないけど凄いってのは分かるわ。 だったら、あんな大騒ぎしなくてもこの馬鹿犬を助けられたんじゃないの?」 才人を指差す。爆睡中の使い魔は二回、三回と転がされても起きる気配はまるでない。 「死にかけたのよ? そいつもギーシュも、それにあの場にいた全員も」 少しでも歯車が食い違っていたら、未曾有の大惨事になっていた。才人も、ギーシュも、タバサも引き裂かれていた。 暴風に絡め取られ、風龍の顎に噛み砕かれた広場の樹のように。 一人になって想像すると、怒りにも似た感情が湧いてきたのだ。 分かっている。止めようともしなかった観衆と、止められなかった自分の代わりに、彼は進み出た。 それを咎める資格はないのかもしれない、と。 理解していても、やり場のない気持ちは溢れてしまう。唇を噛んだルイズは黙して風助を見た。 「そうだな……すまねぇ、余計なことしちまった。俺が手出しなんかしなくても、多分才人は勝ってたと思うぞ。 ただ、放っときゃこいつは死ぬまでやりそうだったからな」 「嫌味? 別にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」 「俺だってそんなつもりで言ったんじゃねぇぞ……っと」 才人を元の姿勢に戻した風助は、ベッドから飛び降りてドアに向かう。勝手に帰ろうとする風助を、ルイズは慌てて呼び止める。 「ちょ、ちょっとどういう意味よ!」 「俺にもよく分かんねぇぞ」 ただ、あの暴風の中でギーシュを掴んでしがみ付くのは簡単ではない。ましてや満身創痍の身体で。同じことができる人間は、そうはいないだろう。 そして何より、剣を握り締めて立ち上がった時の才人の表情が、力強い闘気が風助に確信を抱かせた。完全な直感であり、理屈は分かるわけもない。 またしても頭上に? を浮かべるルイズに、風助は笑いながら問う。 「と、そうだ。一つ聞きてぇんだけど……」 ベッドに寝た少年の傍らに座る少女。ここでも、ルイズの部屋と同様の光景があった。違うのは、 少年に外傷はなく、少女は心配などしていないという点。 「う~ん、苦しい……。まだ回ってるような……君の水魔法で助けておくれよ、モンモランシ~」 「はいはい、元はと言えばあなたのせいでしょ。付いててあげるだけでもありがたいと思いなさい」 「いや……これは僕のせいじゃなくて、あのタバサの使い魔が……」 「なんでそこでタバサの使い魔が出てくるのよ。言い訳なんて男らしくないわねっ!」 ベッドの中から助けを求めるギーシュの手をぺしっと払い、そっぽを向くモンモランシー。 浮気をされて傷ついた彼女のプライドと機嫌はまだ直っていなかった。 ギーシュが決闘で重傷と人伝に聞いたので駆けつけてみれば、なんのことはない、目を回して吐いただけだった。 今は流れで付き添っているだけ。こっちが負った傷は、かすり傷のギーシュなんかよりもはるかに深いのだ。 ギーシュは泣きながら、起こし掛けた身体を横たえた。あの場にいなかったモンモランシーには、 何度事情を話しても理解してもらえなかった。聞いてさえもらなかった。 「うぅ……どうして分かってくれないんだい、モンモランシー……」 ギーシュはわざとらしく大げさに落ち込む。意外なことに、これが効を奏した。 気障な男が自分だけに見せる情けなさ。不覚にも母性本能をくすぐられそうになる。計算ではないのだろうが、天然だとしても大したものだ。 「まぁ……私も鬼じゃないしね。いいわ、聞いてあげる。話してごらんなさいな」 「あぁ……嬉しいよ、モンモランシー! 実はね……」 今度は伸ばした手が振り払われない。 重ねた手に、きゅっと力を込める。 見つめ合う二人。近づく距離。 「えーっと……ここで合ってんのか?」 そこへ、ノックもせずに闖入者が現れた。モンモランシーは素早く手を引っ込めた。心なしか顔は赤らんでいる。 寝転んだ状態で手を伸ばしていたギーシュは、 「ぅぅぅうわぁぁあああああ!! タ、タバサの使い魔ぁぁぁぁ!!」 一瞬でベッドから跳ね起き、壁に張り付く。 「なんだ、元気そうじゃねぇか。才人があんなだかんな、おめぇは大丈夫かって心配してたぞ」 竜巻に巻き込まれた恐怖は、ギーシュの精神に半ばトラウマとして焼き付けられていた。 それこそ使い手の顔を見た瞬間に拒否反応をもよおすほどに。 が、風助はまったく気付いてない。ギーシュの言動に疑問は呈したが、彼自身に恨みがあるわけでもなく、 巻き込んだ立場なので見舞いに来ただけだった。 「ぼ、ぼ、僕になんの用だ……まさかここで決闘の続きを……」 「なにこんな子供相手に怯えてるのよ。タバサの使い魔の……あなた、何しに来たの?」 モンモランシーは、事情を知らなかった。竜巻が発生した時も広場から遠く離れていたので、大変な騒ぎがあったとしか。 「さっきはすまねぇな。それを言いに来たんだ」 「……へ?」 ぺこりと素直に頭を下げた風助に、対するギーシュは間の抜けた声。 それもそのはず。ギーシュにとって風助は、決闘に割り込んで痛いところを突いてきた奴。自分を挑発し、本気で怒らせた愚かな子供。 その程度の存在でしかなかった。竜巻を発生させ、自身を含めた三人を諸共に巻き込む瞬間までは。 「おめぇのことも気になってたから、才人の見舞のついでに部屋を聞いてきたんだ」 今では畏怖の対象ですらあったが、それが何故か謝罪している。よく分からないが、自分が優位にあると知ったギーシュは咄嗟に取り繕い、 「なんだ、そんなことか……。ま、いいだろう。子供の不始末にいつまでも腹を立てているのも大人げないからね。 見ての通り、僕はあの程度では"まったく"堪えていないよ」 「さっきまで泣きついてたくせに、何言ってんだか……」 髪を掻き上げて、精一杯の虚勢を張ってみせる。突っ込みには聞こえない振りでOK。 「おお、よかったぞ。そんじゃさっきの続きなんだけどな……」 風助の言葉に、さぁっと血の気が引く感覚。 あれから冷静に考えてみたのだ。才人を担いだ状態で一瞬にして背後に回り、竜巻の中では二人を支えていたと聞く。これは流石に分が悪い。 青ざめたギーシュは、必死で説き伏せようと試みる。 「いや待て! じゃなくて待ってくれ!! 僕はもう気にしていない。君の無礼な振舞いは水に流そうじゃないか。 僕にも、その、ほんの少しは落ち度があったわけだし……」 「才人の傷が治ったら、またケンカの続きをしてくれていいぞ。俺はじっちゃんと約束しちまったからできねぇけど、 今度は才人一人でいい勝負になるかもしんねぇからな」 「はぁ……」 怒りも水――もとい風に流されて、そもそも何故決闘をしたのかも忘れかけていたところである。 もう戦う理由もなかったギーシュであったが、屈託なく笑う風助に乗せられたのか、理由も分からず頷く。 そして呆気に取られている内に、 「じゃあなー」 風助は去っていった。台風の過ぎ去った後のように、二人は呆然と言葉もなく開け放たれたままのドアを見ていた。 前ページ次ページ風の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1080.html
トリステイン魔法学院開設以来の大惨事となった使い魔暴走事件より一夜明け、学院の教師たちは事件の 後処理に追われ、被害にあった生徒たちは、ある者は死に、又ある者は未だ治療を受け続け生死の境を彷徨う中、 中庭のテラスでのん気に紅茶と会話を楽しむ者たちがいた。 「いやあ~モンモランシーとデートの約束をしてね~。今度の虚無の日に街に出かけるんだよ~~」 「ギーシュ。それもう五回目だよ」 「聞いてないわよ、マリコルヌ」 声高く笑い嬉しさの余り顔が崩れているギーシュと、それを呆れた顔で見るトリッシュとマリコルヌである。 「でもさ、よく許してくれたわよね。普通は暫く顔なんか見たくないと思うけど」 「よくぞ聞いてくれた!実は全てヴェルダンデのおかげなんだよ!!」 トリッシュが嫌そうな顔で見ている事にも気付かず、ギーシュは顔を綻ばせ傍らに侍る巨大なモグラに頬擦りをする。 マリコルヌはギーシュとヴェルダンデのスキンシップを見て、自分がトリッシュに頬擦りをする光景を想像して 恍惚の表情を浮かべ、気持ち悪い物を見るようなトリッシュの視線にやはり気付かなかった。 「……それで、そのモグラがどうしたのよ」 「そうだ!その話だったね!!」 トリッシュとルイズが決闘の最中、広場の隅でいじけていたギーシュにヴェルダンデが地中から可愛い洋服を 掘り出してそれを差し出した事を幸福の絶頂と言った顔でギーシュが語り、その話を聞いていたマリコルヌは その洋服は自分が埋めた物と気付き、顔を引き攣らせた。 幸いなことにトリッシュはギーシュの話を聞いていた為、マリコルヌの表情に気付かなかった。 「お待たせしました」 ギーシュの話が八回目を迎える頃に、シエスタがイチゴのショートケーキが乗ったトレイを持って現れ配膳を始める。 トリッシュがトレイを見ると、テーブルには三人しか居ないのに何故かケーキが四つ置かれていた。 その『四つ』のケーキを見て、ある人物の事を思い出したトリッシュは、以前から疑問に思っていて聞き辛かった事を 思い切って聞いてみることにした。 「あのさ、『ミスタ』って敬称よね?」 「そうですけど、それがどうかしましたか?」 改まった様子のトリッシュに三人の視線が集まり、トリッシュは心に渦巻く疑念を吐露する。 「もしよ?グイード・ミスタって貴族が居たら『ミスタ・ミスタ』になるじゃない。それってどう?」 「どうって言われても…貴族の方なら敬称は付けないと」 困った様子で答えるシエスタと、トリッシュの疑問を考えるギーシュとマリコルヌ。 トリッシュは更に言葉を重ねる。 「でもさ、その人は名前を二回呼ばれる事になるでしょ?それって失礼じゃあないの?」 「ええと…だったらミスタ・グイードになるんじゃないですか?」 「シエスタ、それ名前を逆さまに呼んでるだけだから」 「しかしだね、他に呼びようがないじゃないか」 トリッシュの疑問に四人揃って頭を悩ますが結局答えは出ず、質問自体をなかった事にして決着となった。 「あら、楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら?」 「モンモランシー!勿論だとも!ささ、僕の隣が空いてるよ」 ギーシュの隣にモンモランシーが座り、紅茶とケーキを用意する為にシエスタが厨房へ向かおうと歩き出すが その背中をギーシュが呼び止めて立ち止まらせた。 そしてギーシュは皆を見つめて突然頭を下げ、テーブルに額を擦り付ける。 「ちょっと!どうしたのよギーシュ?!」 モンモランシーがギーシュの肩を掴み身体を起こすと、その顔はいつになく真剣な表情を浮かべていた。 「実はみんなに頼みがあるんだ。とりあえずこれを見て欲しい」 そう言ってギーシュは懐から何枚かの紙片を取り出し、シエスタを含めたテーブルに着いている者たちに その紙片を配り始める。皆が一様に怪訝な顔をして紙片を見ると、そこには数行の文字が書かれていた。 「マリコルヌ。これなんて書いてあるの?私、字が読めないのよ」 マリコルヌはトリッシュから紙片を受け取りそれを読み上げる。 「ええと…ギーシュ様と言って眼に涙を浮かべ……って何だよこれ?!」 「ちょっとギーシュ!なんで私がワインをあなたの頭にかけなきゃいけないのよ!?」 「あの……私、何か粗相を致しましたでしょうか?」 口々に疑問と叫びを上げながらギーシュに詰め寄るが、その反応を予想していたのか詰め寄るマリコルヌたちを 手で制すると真面目な顔で皆を見渡し語りだした。 「みんなの疑問は当然だ。しかし!ここは僕の言う通りに行動して欲しい!このギーシュ・ド・グラモンの 一生に一度のお願いだ。どうかこの通りだ!是非!!僕に力を貸してくれ!!」 ギーシュが今度は地面に額を擦りつけ土下座する。その心の奥底から出る叫びに一同は静まり返り それぞれが了承したとばかりに頷き返し、ギーシュは涙を流しながら皆に感謝の言葉を述べた。 「サイトさんか私が、ミスタ・グラモンが落とした香水の壜を拾えば良いのですね?」 「それで僕が冷やかすと……」 判らない箇所をギーシュに質問しながらそれぞれが役割を把握し、打ち合わせが終わると それを待っていたかの様なタイミングでターゲットが現れた。ルイズとその使い魔である平賀才人である。 「よーっす、シエスター!」 「あ、さいとさん。こんにちは」 呼びかけられたシエスタが台詞を読む様にぎこちなく挨拶を交わす。物凄く不自然なシエスタの態度を サイトは不思議に思いながらも、ルイズと共にギーシュたちの座るテーブルに近づいて行くと、 太陽光を反射して光る小壜がギーシュのポケットから転がり落ちた。 「ギーシュ。なんか落としたわよ」 「「「あーーーーーーっ!!!」」」 ギーシュのポケットから転がり落ちた小壜をルイズが拾おうとし、一同、顔を蒼白にしながら叫びを上げる。 その声に驚いたルイズが身体を竦ませると、その隙にシエスタがサイトの方へ小壜を蹴る。 ギーシュ以下も役者たちがシエスタのファインプレーに心の中でガッツポーズを取るが、ルイズは蹴られた小壜を あっさりと拾いギーシュに差し出す。 「ハイこれ。大丈夫よ割れてないから」 ルイズとしては、自分が小壜を渡すことでギーシュからシエスタを守ろうとしたのだろうが、それはこのテーブルに 着く者たちにとって要らぬ気遣いであった。 「どうしたのよ?受け取りなさいよ」 ギーシュは石の様に固まった。ここで香水の壜を受け取ってしまっては全てが終わりである。 如何したものかとマリコルヌに視線を送るが、マリコルヌは黙って首を振る。 全てはサイトかシエスタが香水の壜を拾う所から始まるのである。ここで冷やかせばルイズと決闘になる。 それではダメなのだ。 「ほら!ギーシュッ!……あれ?」 (スパイス・ガール……香水の壜を柔らかくした。壜はルイズの手を貫通するみたいに通り抜ける) ルイズの手から逃げる様に壜が地面に落ちる。それをルイズは拾おうとするが、手から滑り落ちて拾えない。 ギーシュたちは何が起こったのか理解できなかったが、ルイズが壜に触れないことを見て胸を撫で下ろす。 「なんでよ~ど~して拾えないの~?」 「なにやってんだよルイズ。ほら、俺に任せろ」 サイトがルイズの隣から手を伸ばし香水の壜を拾おうとする。それを見てトリッシュが能力を解除した。 ギーシュ、演出、脚本の舞台が始まった。 「ほら、お前のだろ」 ルイズがジト眼でサイトを睨むが、サイトはその視線に気付かずに香水の壜をギーシュに渡そうとする。 「おお?そのあざやかなむらさきいろのこうすいはもしや、もんもらんしーのこうすいじゃないのか?」 「え?本当なの?モンモランシー」 マリコルヌは大根役者の様に抑揚のない声でギーシュを囃し立て、ルイズがモンモランシーに尋ねるも それを黙殺し、舞台は続く。 「違う。いいかい?彼女の名誉の為に言っておくが……」 トリッシュが突然立ち上がり、眼に涙を浮かべながらギーシュの前に立つ。 「ギーシュ様……」 「ちょ、ちょっとどうしたのよ?!」 眼に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔でギーシュを見るトリッシュ。 自分の指をヘシ折り、顔を蹴り飛ばしたトリッシュの泣き顔を見てルイズは混乱した。 「やはり、ミス・モンモランシーと……」 「いや、これは誤解だよ。僕の心の中には君への想いだけ……」 「え?え?なになにどゆこと?」 混乱の度合いを増すルイズを置いてきぼりにして、二股かけられた女の子になりきったトリッシュは 思いっきりギーシュを殴り飛ばし、泣きながら何処かに走り去っていった。 「やっぱり、あの一年生に、手を出してたのね?」 「え?一年生って?マリコルヌの使い魔じゃなかったの?ひょっとしてメイジ?」 「お願いだよ。モンモランシー。咲き誇る……」 モンモランシーは、シエスタから受け取ったワインの中身を満身創痍のギーシュの頭にブチ撒けると トリッシュと同じく走り去ってしまった。 「なんだお前、二股かけてたのか?」 「あのレディたちは薔薇の存在の意味を理解してないようだ。そう言う訳で決闘だ!使い魔君!!」 「ちょっと!どういうこと!ぐえ…」 戻ってきたトリッシュにルイズは絞め落とされ、気絶したルイズを担ぎ上げて大急ぎで姿を消した。 「なんなんだ……?」 「さ、さいとさん、ころされちゃう。きぞくをほんきでおこらせたら……」 精一杯に怯えた顔を見せながらシエスタも何処かに走って行ってしまった。 「ギーシュなら昨日の広場で待ってるから、行ってあげなよ」 マリコルヌはサイトに決闘の場所を教えて中庭から立ち去った。 一人残されたサイトは何が何だか訳が判らないが、無視すると色々とマズそうなので仕方ないと言った様子で ギーシュの待つ広場へと歩き始めた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2369.html
「サイト! 助けて!」 ルイズは絶叫した。 呪文が完成し、ワルドがルイズに向かって杖を振り下ろそうとした瞬間……。 礼拝堂の壁が轟音と共に崩れ、外から烈風が飛び込んできた。 「貴様……」 ワルドが呟く。 壁をぶち破り、間一髪飛び込んできた才人らしき人物が、ワルドの杖をはっしとデルフリンガーでうけとめていた。 そしてルイズを横抱きに抱えて、ワルドから距離をとる。 なぜ「らしき人物」かというと、飛び込んできた人物は覆面のようなもので顔の下半分を覆っていたからだ。 「大丈夫かっ!?」 「サ……サイト……助けに来てくれたんだ……」 「ルイズの使い魔め! 邪魔だてするか! この変態めが!」 ワルドは絶叫する。 まあ、無理もあるまい。 そのサイトらしき人物は上半身はランニングシャツ、下半身はトランクス一丁という、有り体に言って下着姿だったのだから。 「ちっ…違う! そ、それがしは才人でも才人に憑いている物でもないっ!! 全くの別人だッ!!」 「どっから見てもサイトそのものじゃないのよっ!!」 「いやっ違うっ!! とてもよく似ているが違うのだあっ!!」 才人(仮)は冷や汗を流しながら叫ぶ。 「それがしは……それがしは……ルイズの使い魔そっくりの人間が大勢住むツカイマ星からやってきた宇宙人、 ツカイマンだああっ!!」 無論神族の一員である韋駄天ツカイマンにワルドごときが敵う筈もなく、ワルドは捕らえられた。 クロムウェルもシェフィールドもフーケも捕まった。 彼らの証言でガリアの「無能王」ジョゼフが裏で糸を引いていることがわかり、アルビオン王党派・トリスティン・ゲルマニアの連合軍がガリアに攻め入り、ジョゼフを討とうとしたが、ジョゼフは「逃げるんだよォォォォォォ!」と叫びつつ走り去っていった。 そしてジョゼフの行方は杳としてわからないという。 いろいろあったけど、ハルケギニアはおおむね平和だった。 完。 -「GS美神極楽大作戦!」から韋駄天八兵衛を召喚
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1319.html
一人! 使い魔が征く! 人気の無い寺院の中、承太郎はルイズを抱き上げて振り返ると、 いつの間にか扉の前に立っていた個性的な髪型の男に気づく。 「承太郎さん……これからどうする気っスか? 七万の軍隊を足止めしないと、連合軍は壊滅確定っスよー」 「仗助か……。丁度いいところに来た、頼みがある」 「おッ! さっすが承太郎さん! 何か『策』があるんスねッ!」 もう勝利したも同然とばかりに楽観的な笑みを浮かべる仗助を連れて、 承太郎はルイズをお姫様抱っこしたまま寺院から出た。 そこには仗助の風竜アズーロが待っていた。 「仗助……。お前はルイズを連れて、ギーシュかシエスタのいる艦に戻れ」 「……援軍を呼ぶんスか? それはちょっと難しいんじゃ……」 「アルビオン軍は……俺一人で足止めする」 「……は?」 仗助は耳を疑い、顔をしかめた。 「すいません……ちょっと言葉の意味が理解できなかったっつ~か……」 「聞こえなかったのか? アルビオン軍は俺一人で足止めする。 お前はルイズを連れて艦隊に帰って、一緒に逃げるんだな……」 あまりにもプッツンした発言に仗助はめまいさえ起こした。 あの冷静で判断力に優れる承太郎さんが、なぜ自殺まがいの戦いに挑むのか? 「いったいどうしちまったんスか!? そんな無謀なセリフ、承太郎さんのキャラクターじゃないっスよ~!! 無敵のスタープラチナとガンダールヴでも、敵は七万、絶対殺されるっス!」 「何を勘違いしてやがる、俺はおめーの知ってる空条承太郎じゃあねえ。 お前と同じ高校生で、ガンダールヴの承太郎だ」 承太郎はルイズを仗助に向かって差し出すが、仗助は受け取ろうとしない。 「冗談じゃないっスよ~! 例え十七歳の承太郎さんでも、 俺にとっては誰よりも頼りになって尊敬できる人なんスから!」 拒絶の意を示した仗助を見ると、承太郎は無言でルイズを地面に寝かせた。 「俺は馬で行く。ルイズをここに置いてくっつーなら勝手にしな」 「……グレート。他に言葉が出ねー……」 「あばよ、仗助」 馬に乗るべく承太郎が仗助に背中を見せた瞬間、仗助はスタンドを出し殴りかかった。 「ドラァッ!」 間一髪、承太郎は半身を引いて拳を回避したが、 学ランにつけてある鎖を根元近くから真っ二つに割った。 ジャラジャラと音を立てて鎖が地面に落ちると、承太郎は鋭い双眸を仗助に向ける。 「力ずくで止めるつもりなら……相手になるぜ」 しかし仗助は両手を上げて降参の合図。 「いえ、奇襲が失敗した今……スタープラチナに肉弾戦で勝てるとは思ってないっス。 ルイズさんは責任持って艦に送り届けますから……死なないでくださいよ」 身長の低いルイズを小脇に抱えながら、仗助はちぎれた鎖を拾ってポケットに放り込む。 「それじゃ、ルイズさんは責任を持って預からせていただきます」 「……適当に引っ掻き回したら逃げるから安心しな。 おめーとは日本に帰ってから、改めて話をしたいからな……」 承太郎は馬に、仗助はルイズを抱えて風竜に。 承太郎は戦場へ、仗助は撤退する艦へ。 逆方向へと分かれ、向かっていった。 地図に記された小高い丘の上、朝日が暗闇に光を与えていった。 視界が開け、眼下にはタルブの村のような美しい草原が広がっている。 さらにその向こう、朝もやの中からアルビオンの主力軍が進行してきた。 承太郎は馬を逃がすと、デルフリンガーを抜く。 「意外だねぇ。相棒は精神を操作されてるってのが嫌だったんだろ? なのに何でこんな事するのかね。相棒は強いのは認めるけど、間違いなく死ぬぜ」 「……だろうな。だが、俺は仲間を二度と死なせたくない……。 その気持ちだけは、ルーンに操られたものじゃあない俺の意志だと確信を持てる」 「その確信のために戦うのかね。いや、立派、お見事。 そんな相棒のために俺がとっておきのアドバイスしてやる。 真っ直ぐ突っ込め。こうなったらどっから行っても同じだからよ。 そんでもって指揮官狙いまくれ、頭をやれば身体は混乱するし足も止まる。 一日ぐらいの時間は稼げるかもよ。時間を止めながらなら何とかなるだろ」 「……行くぜッ!」 「おうッ!」 朝もやをついて突っ込む承太郎に最初に気づいたのは前衛の捜索騎兵隊ではなく、 後続の銃兵を指揮する士官の使い魔のフクロウだった。 「……何、一人だと?」 敵が一人である事をいぶかしく思いながらも、馬のような速力に驚き、 銃兵に弾込めを命じた。その間に承太郎は捜索騎兵隊を斬り飛ばす。 あまりの速さに騎兵隊はタイミングを見誤り、一方的に馬から落とされてしまった。 さらに銃兵が弾を装填する前に仕官を発見すると、杖を持っている手を剣で切断。 慌てて銃兵達が承太郎に向けて発砲するが、 気がついたら承太郎は土煙を残して消え去っていた。 使い魔を使役し上空から承太郎の姿を見ていたメイジ達は、 承太郎が物凄い勢いで空に跳び上がった事に驚愕した。 「オラァッ!」 腕からわずかにスタープラチナの腕だけを浮かせた承太郎は、 銃弾を指で弾き四方八方へと飛ばして使い魔と思われる鳥を次々に撃ち落とす。 承太郎が地面に着地するタイミングを見計らって他のメイジが魔法を放つも、 それらはすべてデルフリンガーの口に吸い込まれて消えてしまう。 着地した承太郎は一足飛びに騎兵隊の隊長へ肉薄してスタープラチナの拳を叩き込んだ。 承太郎は時に跳び、時に駆け、敵軍を翻弄する。 単騎であったため同士討ちを避けるべく銃や投射武器の発砲が禁止され、 メイジ以外の兵隊はガンダールヴの承太郎相手に接近戦をしいられた。 だが兵士達は平民には見えないスタンドの拳の弾幕により四方八方へ吹っ飛ばされる。 吹っ飛んだ兵士の重量を受け、他の兵士にまで被害が及ぶ中、 メイジ達は次々に承太郎へと魔法を放った。 さすがにガンダールヴの速度を持ってしても受け切れない数だが、 スタープラチナの髪の毛が逆立つと同時にそれらは空中で停止した。 「スタープラチナ・ザ・ワールド!!」 氷の矢、炎の球、風の刃、すべてが静止した中、承太郎はスタープラチナで地面を殴る。 「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」 あっという間に承太郎の周囲はめくり返された土で覆われ姿を隠すと、 地面すれすれを駆け抜けながら銃弾を指で弾き飛ばし、ターゲットに向かって疾駆する。 時が動き出した直後、突然現れた土の幕に魔法が命中する。中身は当然空っぽだ。 承太郎を見失ったメイジ達は慌ててその姿を探すが、その身体に突然銃弾が命中する。 時間を止めている間に承太郎が放ったものだ。 当然銃声など無く、メイジ達は何にやられたのかすら理解せぬまま倒れた。 「オオラァッ!」 マンティコアにまたがった偉そうな騎士を発見した承太郎は、 デルフリンガーを横薙ぎにして周囲にいた兵士を吹っ飛ばす。 騎士はマンティコアを承太郎にけしかけるが、 鋭い牙を生やした口がスタープラチナのアッパーで無理矢理閉じられ、あごが砕ける。 マンティコアから落っこちた騎士の足をデルフリンガーで深く斬りつけた承太郎は、 続いて槍ぶすまを作っている部隊へと跳躍した。 槍ぶすまを飛び越えられ、指揮官のメイジは咄嗟に詠唱するが間に合わず、 スタープラチナで顔面を踏みつけられて昏倒、顔を足場にして承太郎は再び跳躍した。 弓兵隊を指揮していた若い士官は慌てていたため、誤って弓の発射を命じてしまった。 上空から舞い降りる承太郎は自分に命中する矢だけを狙い、 スタープラチナの拳の弾幕で撃ち落とす。はずれた弓は味方に辺り同士討ちが始まった。 お礼とばかりに承太郎は銃弾を指で弾き飛ばし、弓兵隊の仕官の肩を射抜く。 着地した承太郎は、近くにいた兵士達を剣で薙ぎ払った。ただし峰を使ってだ。 「相棒! さっきから致命傷を与えねーように戦ってねーか!?」 「俺の敵はクロムウェルとレコン・キスタだ! アルビオン軍じゃねーぜ!」 まるで流星のように承太郎は戦場を駆け抜ける。 近距離をデルフリンガー、中距離をスタープラチナ、遠距離を銃弾で攻撃し、 敵軍の放つ魔法を回避しきれない状況に陥った時のみ時間を止める。 突然消え、突然現れ、あるいは気がついたら倒されていたりと、 アルビオン軍は時間の経過に比例して混乱を高めていった。 その混乱が、歯車を狂わせる。 完全に指揮を失ったメイジ達が、連携も何もない滅茶苦茶な魔法を放った。 時間停止は、一度行うと再び行うためには数呼吸分の休息が必要だ。 だから時間停止せずに対処できる攻撃はできる限りスタンドとデルフリンガーで防ぐ。 そのようにして承太郎は斜め前方から飛んできた無数の氷の槍を拳の弾幕で叩き落し、 左側から飛んできた巨大な炎の球、恐らく火の三乗くらいの威力だろう、 それをデルフリンガーの口で素早く吸い込ませる。 直後、右の脇腹が突然裂けた。 「な……にィッ!?」 隊列を乱してしまい偶然承太郎の背後を取ったメイジが、エア・カッターを放ったのだ。 承太郎、スタープラチナ、デルフリンガー、三つの目を持つ彼等が、 戦場の中で偶然生んでしまった死角にそのメイジはいたのだ。 「今だ! やれ!」 メイジの一群の中から号令が聞こえ、メイジ達が次々と魔法を放つ。 氷の粒を孕んだ風が左足を切り刻み、スタープラチナの右肩を火球が焼く。 「くっ……スタープラチナ・ザ・ワールド!!」 咄嗟に時を止め、先程号令をかけた男へと向かって承太郎は跳び上がる。 あれほどの数のメイジに守られている男、恐らくこの大軍を率いる将と見た。 ならばそいつさえ倒せば軍の混乱は頂点を極めるだろう、後は逃げるだけだ。 しかし負傷のためか、連続して時を止めて戦った疲労のせいか、 敵大将を射程圏内に納めるよりも早く時間停止は解除される。 突然前方から飛んで迫ってくる承太郎の姿に気づいた将軍は、素早く杖を抜いて詠唱。 妨害すべくスタープラチナで銃弾を一発弾き飛ばすが、 将軍はその弾道を見切ると杖で叩き落すした。 承太郎と将軍の距離が詰まる。 「スタープラチナ!」 「エア・カッター!」 風の刃がスタープラチナの強靭な肉体を切り裂いていく、 それでも承太郎は止まらず将軍に拳をマシンガンのように浴びせると、 着地に失敗してその場に転がった。 将軍も吹っ飛ばされ気絶してしまったため、連合軍撤退までの時間稼ぎは成功した。 が、この場で戦闘不能に陥った承太郎の末路はたったひとつしかなかった。 「ぐっ……」 学ランを血でにじませる承太郎に、将軍の周囲を固めていたメイジ達が杖を向ける。 (これ……までか……) デルフリンガーを握っていても、身体の痛みは引かないし力も湧いてこない。 「もう駄目だね。相棒、さよなら」 別れを告げるデルフリンガー、メイジ達の詠唱が終わるのを待つ承太郎。 その時、ほんのわずか……誰も気づかない程度だが、承太郎達の身体に薄い影が落ちた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6011.html
前ページ次ページ死人の使い魔 第三話 グレイヴを召喚してから数日が過ぎた。ルイズとグレイヴの生活にも 一定のパターンができあがってきていた。 朝、ルイズがベットで目覚めるとともにグレイヴは初日に与えられた イスで目を開く。特に本人からの要望はなかったのでイスが彼の寝床と なった。寝床兼生活スペースかもしれなかった。ルイズの部屋にいる間は、 ほとんどをそこに座って過ごしている。 案外気に入っているのかしらね。そんな風に思う。 グレイヴとの生活が始まってからルイズの目覚めはよくなった。 一度寝坊しかけて彼に起こされたときは心臓が止まるかと思った。 割と本気で。それ以来、彼より早く起きるように心がけている。 朝の準備を終えるとルイズは朝食をとるために食堂へと向かう。 グレイヴは食事をとらないため、授業まで部屋で待機させている。 授業の時間になると教室でグレイヴと合流する。 恐らく、グレイヴは教室に移動するときまで、部屋のイスに 座りっぱなしのはずだ。確認したことはないが正しいと思う。 もしかして私が部屋を出たあと、私のベットでゴロゴロしてたりして。 そんなことを想像する。 ……ありえないわね。万が一それが真実だったとしてもその場面だけは 目撃しないようにしないと。私の今後のために。 グレイヴは喋らない平民の使い魔として学院で少し知られてきた。 ときどき、本当にときどきだが彼の正体について言ってやりたくなる ときがある。 昼食の時間になると再びグレイヴと別れる。部屋で午後の授業まで 待たせているのだが、コルベールに呼ばれ彼の研究室、もしくは トレーラーに行くことがある。少しでも手掛かりが欲しいらしいが 結果は芳しくないようだ。 そんなある日、コルベールは彼の左手に目をやる。 召喚されたものにばかり気を取られていましたが、珍しいルーンですね。 一応メモしておきましょう。 その日の夜、彼はそのルーンが伝説の『ガンダールヴ』のルーンと 同じであることに気づく。すぐにオスマンに知らせたが、彼も頭を 抱えていた。 『ガンダールヴ』とは始祖ブリミルの使い魔であったされるものだ。 あらゆる武器をつかいこなし、その強さは並みのメイジでは歯が 立たないくらいだったとされている。 「ただでさえ厄介なのにこのうえ『ガンダールヴ』じゃと」 「とりあえずこれも秘密じゃな、ミス・ヴァリエールにもな」 「彼女にもですか?」 「これ以上秘密を抱えさせるのもかわいそうじゃろ、それに、この問題は ひょっとしたらガーゴイルということよりもやっかいかもしれんしな、 他言無用じゃ」 「わかりました」 最近というかグレイヴを召喚してからルイズは、彼のことを考える時間が 多くなった。もちろん、恋などではない。グレイヴの正体についてだ。 彼はなんのために作られたのだろうか?そう彼が人為的に生み出されたの ならきっと何か目的があるはずだ。それも並大抵ではない。なんせ人の血で 動くのだ。家事などをするために作られたのだとしたら、ちぐはぐ過ぎる。 人の生き血をすする召使い。ありえないわね。 しかし想像はつく。ミスタ・コルベールも気づいているだろう。 彼は戦うために生み出されたのではないか?その想像はきっと正しい。 想像を裏付けるものの一つとは彼の持っている鞄と棺桶だ。 非常に重いのだ。それを軽々と持ち運ぶ怪力。鞄の中に入っている二つの ものは鈍器なのでは?棺桶もなんらかの武器かもしれない。 そう考えると彼が鞄を手放さない理由もわかる。戦うために生み出された 彼が武器を手放すわけにはいかないのだ。 両手にあの鈍器を持って戦う彼を想像する。少し、いや大分かっこ悪い気がする。 ちゃんとした武器を与えたほうがいいかしら?見栄えのする大剣とか。 でも買う前にミスタ・コルベールに相談したほうがいいかもしれないわね。 剣を持たせるなどとんでもないと反対されるかもしれないし。 しかしそれは杞憂に終わった。彼は特に反対しなかった。 コルベールは相談されたことについて考えていた。グレイヴに剣を持たせる。 彼は『ガンダールヴ』でもあるのだ。どんな反応をするか、持ち前の好奇心が うずいた。 彼が剣を持つ危険についても考えてみたが、剣を持たせるくらいは 大丈夫な気がする。ここ数日、彼と付き合ってみての印象だ。少なくとも 学院の人々に危害は加えないと思う。もしかしたらこの学院で一番 グレイヴを信用している人物は彼かもしれなかった。 虚無の曜日になりルイズはグレイヴを連れ剣を買いに出かけた。 遠出をするとグレイヴに伝えると、彼はいつもの鞄に加え棺桶まで 持っていこうとした。あんなもの馬に乗せられるわけないと置いてこさせたが、 鞄はしっかり持ってきている。 トリステインの城下町を武器屋に向けて歩いているが、グレイヴはやはり 目立っていた。長身に加えてあの格好である。かなり目を引く。 それに彼の雰囲気を感じてか、微妙にだが周りの人が道を譲ってくれている ように思える。見た目だけでも護衛の役目を果たしているわね。そんなことを 考えながら歩いていると、武器屋に到着した。 どんな剣がいいか分からないので、グレイヴに選ばせてみる。 「グレイヴ、好きな剣を選んでいいのよ」 しかし彼は何も選ばない。イライラし声をかけようとすると、不意に声が 聞こえた。 「迷っているなら俺を買え、おめえさん『使い手』だろう?体格も立派だし、 雰囲気もただもんじゃねえ。是非とも、おめえさんに使って貰いてえ」 グレイヴは声のほうを向く。ルイズには彼が驚いているようにみえた。 そこには一本のボロボロの剣があった。ルイズも最初驚いたが インテリジェンスソードと知って納得する。 それよりもグレイヴの反応が気になった。いつもと明らかに違う反応。 もしやあの剣の言ったことに何か関係しているのだろうか?確か『使い手』 とか言っていた。 本当はインテリジェンスソードの存在を知らなかったからの反応だったの だが、ルイズには分からなかった。まさかインテリジェンスソードの存在を 知らないとは思いもしなかったのだ。 よし、これにしよう。 見た目はみすぼらしくグレイヴに持たせたくはなかったが、彼の正体を知る きっかけになるかもしれない。インテリジェンスソードを買い、グレイヴに 持たせる。デルフリンガーというらしい。 帰る道中デルフリンガーにグレイヴのことや、『使い手』のことを尋ねて みるが、どうにも要領を得ない。 グレイヴも特に反応はしないし、あの剣を買ったのは失敗だったかしら? 学院に着くとルイズはグレイヴを連れて中庭に向かう。そこでルイズは グレイヴにデルフリンガーを抜かせてみた。詳しいことは分からないが様に なっているようにみえる。するとデルフリンガーが気になることを言う。 「おでれーた、相棒、おめえさん人間じゃないな?それに心も感じられねえ」 ルイズが驚きながらに言う。 「あんたグレイヴのことが分かるの?教えなさい。今すぐ、できる限り詳しく」 「待て、待て、落ち着け、俺もそんなに詳しく分かるわけじゃねえ。 ただなんとなくそう感じただけだ」 「なによ、当てにならないわね。でもグレイヴが人間じゃないってことは 秘密だからね、誰にも言うんじゃないわよ。それからグレイヴのことが何か 分かったらすぐに教えなさい。いいわね」 「いいともさ、俺も相棒のことを言いふらしたりはしないよ」 そんな会話の中、グレイヴは突然デルフリンガーを地面に突き立てる。 「おーい、相棒?」 アタッシュケースを開けケルベロスを手に取る。 何をしたいのかしら?ルイズは疑問に思うが、デルフリンガーは気づいた ようだった。 「そりゃないよ、せっかく俺を買ったんだから俺を使ってくれよ。銃より剣の ほうがいいぜ」 「あれって銃なの?」 あんな形の銃など見たことがない。そういわれてみれば引き金らしきものがある。 「ねえ、グレイヴ、一発撃ってみなさい。どれくらいの威力があるか 見てみたいわ」 横でデルフリンガーが銃なんて邪道だ、などと言っているが無視する。 しかしグレイヴは撃たない。何故かしら?目標を決めてないから? 周囲を見ると丁度いい目標があった。本塔の壁である。確か固定化の魔法が かかっていて、そのうえ厚みもあり凄い丈夫なはずだ。いい的だと思ったのだ。 そのときは。 変な形をしているし片手で扱う銃のようなので、かなり距離のある的まで 届きすらしないかも、そう思い気軽に言う。 「ほら、撃ってみてって」 グレイヴが本塔の壁に銃を向ける。 せめて届いてほしいわねなどと考える 引き金が引かれる。 轟音が響き、思わず耳を押さえる。本塔に近づき銃弾のあとを確かめようと する。しかしそんなに近づかずとも本塔の壁にヒビが入っているのが見えた。 「嘘……」 思わず声が漏れる。あれがあの変な銃の威力?信じられない威力だ。 「おでれーた、これが相棒の銃の威力かい?」 デルフリンガーも驚いている。 突然、グレイヴの気配が変わった。持っていたデルフリンガーを投げ捨て、 先ほど撃った銃を一丁ずつ両手に構える。下からデルフリンガーの苦情が 聞こえてくる。 どうかしたの?と聞こうとするが、その言葉を発する前に巨大な土ゴーレムが 現れた。ゴーレムはルイズ達のことなど気にもせず、本塔のヒビの入っている 壁を殴り、穴を開ける。 ルイズはあまりのことに頭がついていってなかった。グレイヴも銃を構えた まま動かない、様子をうかがっているのかもしれない。 それからゴーレムは学院の外へと歩き出す。 我に返ったルイズがあわてて言う。 「あそこは確か宝物庫だったはずよ、急いで追いかけないと」 「もう無理だ、追いつけないって。ずいぶん離されちまった」 デルフリンガーが引き止める。しかし追いつけなくとも、何か手がかり くらいは見つけられるかもしれない。ゴーレムの逃げたほうへ走り出す。 グレイヴもついてくる。 「お~い、置いていかないでくれえ」 後ろでデルフリンガーが叫んでいたが気にしている余裕はない。 上空には何か飛んでいるのが見える。あの盗賊の使い魔だろうか? 空を飛んで逃げられたら絶対に追いつけない。焦りながら懸命に走る、 すると遠くでゴーレムが突然崩れるのが見えた。 空を飛んでいた何かも、いつの間にかいなくなっていた。崩れたゴーレムに 追いついたが、そこには土の山があるだけだった。 こういうときこそ、落ち着かなくては。そう自分に言い聞かせ事態を 整理する。 あのゴーレムは本塔にあったヒビを殴っていた。その結果穴が開き、 宝物庫が襲われた。つまり襲われた原因、少なくとも穴が開いた原因は あのヒビのせいということになる。あのヒビの原因は考えるまでもない。 盗賊について思いだそうとするが離れていたこともあり、黒いローブに すっぽり身を包んでいたことくらいしか分からない。 盗賊には逃げられ、手がかりもない。ルイズは頭を抱えた。 前ページ次ページ死人の使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1756.html
早朝、朝靄が漂う魔法学院の玄関先に私とルイズは立っていた。ただ立っているわけではない。王宮からの馬車を待っているのだ。 王女アンリエッタとゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世との結婚式はゲルマニアの首府ヴィンドボナという場所で、2日後のニューイの月の1日に行われる。 その結婚式の場でルイズは巫女として『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげなければならない。 つまり、ルイズはヴィンドボナに行かなければ行かなければいけないのだ。お姫様がヴィンドボナへ行く際、一緒に行くことになっている。 そのためお姫様のいる宮殿から王宮の馬車が迎えに来るというわけだ。学院に帰ってくるのは大体1週間後だろう。 ちなみに私はルイズの使い魔ということで随伴しなければいけないらしい。 ルイズは『始祖の祈祷書』を胸に抱えながら、私はデルフを使って足元にいる猫を地面に押し付けあることを考えながら時間を潰していた。 あることというのは無論最近の生活についてだ。特に生活が苦しいところは無い。『幸福』ではないが前に比べ随分と充実している。 しかし、不満が無いわけではない。今私が大いに不満に思っていることはルイズと同じベッドで眠っているというところだ。 なぜルイズなんかと一緒に寝なくちゃいけないんだ?ルイズがキュルケのようにボンキュボンならむしろ喜んで一緒に眠るがルイズにはそういった魅力が感じられない。 ルイズは13歳か14歳ほどだろうから当然かも知れない。だが、そうなると一緒に寝ているときは邪魔なのだ。何故他人のことに配慮して眠らなくちゃいけないんだ。 一人で好きなときに好きな体勢で眠りたい。つまり自分のベッドがほしい。それが今の切実な願いだった。 剣を売った金で画材を買おうと思っていたが変更してベッドを買ったほうがいいかもしれないと本気で思っている。安物なら買えるだろう。 それと、 「ルイズ」 「なに?あ、ヨシカゲ!あんた何時までいじめてんのよ!」 「ミー!」 そう言ってルイズは猫を助けようとデルフを蹴飛ばそうとしてくる。 だが、デルフに蹴りを当てさせるわけにはいかないので、猫をいじるのを止めデルフをルイズの蹴りの場所へ移動させる。 猫はその隙をつきどこかへ走り去っていった。しかし、これでいい。猫をヴォンドボナへ連れて行く気がなかったので離れてくれて助かった。 「まったく、趣味悪いわ」 「そんなことはどうでもいい。ルイズ、トリステインに帰ってきてからでいいんだが、服を買ってくれないか?」 「服?」 「そうだ。私の服だ」 そう、服。今現在私は衣服の替えを持っていない。それはなかなか由々しきことだ。この先一張羅で生きていくわけにもいかない。 人が寝しまっている間に自分の服を洗濯したり、夜じゃあまり乾かないので生乾きで着たりと面倒くさいしな。 「そういえば、あんたそれしか服持ってなかったわね」 「ああ、さすがにもう色々と限界だ。使い魔に必要なものぐらいは買ってくれるよな?」 「ま、まあ……今までよく働いてくれたからそれぐらいしてあげてもいいわね。それと同じ服を何着か作らせればいいんでしょ」 「ああ、助かる。ついでに手袋と帽子の予備もあればもっと助かる」 よし、衣服の問題は無事解決したな。しかし、こういったことはルイズが私に賃金をくれれば起こらないんだがな。だが、自分の使い魔に金を渡す奴がいるか?いるわけがない。普通使い魔ってのは下等動物(竜やなんかは例外だ)だ。 そんな文明もない奴らに金を渡しても意味がないからな。私は人間だが、使い魔だからルイズは金をくれない。わかりやすい方程式だ。わかりやすくてむかついてくる。 幽霊でも金が要る世の中なのに金が手に入らないなんて。剣を売れば自分の自由な金が手に入るが所詮一回こっきりだしな。どうせならルイズに賃金でもくれるように交渉してみるか? 「あれ?だれかしら?」 「あ?」 交渉するべきか否かを悩んでいる所に、ルイズの声が聞こえてきた。その声に反応しルイズを見るとルイズは玄関外の朝靄を見つめている。 いや、人影を見詰めている。人影はこちらになかなかの勢いで近づいてきている。やがて朝靄が薄れ始め、人影がはっきりし始めた。 「あれは……、王宮の使者だわ」 「王宮の使者?」 王宮の使者は髪を振り乱し必死の形相でこちらへ走りよってきた。尋常と言える様子ではないことは一目瞭然だ。使者は私たちに気がつくと私たちに近寄ってきた。 「ハァハァハァハァ……き、きみたち」 「ど、どうかしたんですか?」 ルイズも使者の様子におどいた様子で少し焦っている。 「オールド・オスマンは今どちらに?と、取り急ぎ伝えねばいけないことが……」 そういえばオスマンは今何をしているのだろうか?オスマンも私たちと一緒に宮殿へ行くことになっていたはずだ。準備に手間取っているのだろうか? 「オールド・オスマンなら学院長室にいるかと」 「ありがとう。では急ぐので」 そう言うと使者は学院長室を目指し走っていった。 「ねえ、いったいなにがあったのかしら」 「さあな。少なくともいいことではなさそうだったけど」 あの使者の眼にあったのは焦りと悲しみだった。そんな感情を抱いている時点でいいことのはずがない。 「なんだか胸騒ぎがするわ。わたしも行ってみる」 「じゃあ私はここで王宮の迎えを待っておこう。迎えが来たときに誰も居なかったじゃあっちもこっちも困るからな」 というか、いくらよくないことが起ころうと、私に害が及ばない限り知ったこっちゃない。 「……わかったわよ!勝手にしなさい!」 ルイズはどこか怒ったような声を出すと使者のあとを追っていった。やれやれ、何を怒っているんだか…… まあ、そんなことはどうでもいい。迎えが来るまで暇だな。何をして時間を潰そうか……。デルフと喋るか?そうだな、そうしよう。 デルフを完全に抜きはなつ必要は無い。喋れる程度に抜けばいいんだ。そうすれば不意に見られたとしても怪しまれる心配は殆んどない……と思いたい。 さて、何を話そうか。いや、そんなの考える必要は無いな。会話の内容は重要じゃあない。真に重要なのは会話をするということなのだ。 デルフを喋れる程度に引き抜く。 「おはよう相棒」 「ああ」 「相棒ってよ。あれか?好きな子ほどいじめたいってやつか?」 は?抜いて早々何を言ってるんだこいつは? 「何で?って顔だな。だってよ。相棒はあのこねこのことが好きなんだぜ。なのにいじめてるじゃねえか。もし好きじゃねえって言うなら相棒が気づいてないだけさね。ってか、これ前にも話したような気もするけどな」 デルフ、お前はあの猫が気にっているのか?なかなか話題に出すことが多いが、まさか気に入っているのか? ちっ!私は別に好きだからいじっているわけではない!猫自体は……まあ、デルフほどではないが愛着を感じ始めていることは確かだ。 だが、勘違いするな!暇だからいじっていただけだ!それだけなんだぞ! なんてことは口が裂けてもいえない。だから私は、 「ふ~ん」 とだけ返しておいた。自分が好感を抱いている者に素直な感情を発露するには多大な勇気が必要だ。私も早くそんな勇気を身につけたいものだ。 そんなとき、不意に何かが私の足に触れた。下を見るとそこには、 「ほら、こいつも相棒のことが好きだとよ」 どこかへ去ったはずの猫が私の足に前足を乗せ私を見上げている。 「……肩、乗るか?」 「ニャー」 ……首輪を買うのもいいかもしれないな。 そんな気持ちを黙殺しようと努力しながら私は猫を抱き寄せた。