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概要 日本在住、男性3人で構成される音楽グループ。 【キャラレス:リ.リー.とア.ネ.モ.ネ(2含む)に登場する架空グループ】 2004年6月28日結成。所属:Prism-R メンバー 時東夕里(24):ボーカル 比奈沢慎吾(26):ギター 楠木浩輔(25):キーボード/ピアノ
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自己紹介 ネットゲームの初心者なのでお手柔らかに^^ 愛称 ソラ 名前の由来 テキトウで~ MHF歴 MH2Gから始めました~ よく使う武器 ガンランスとランス~ 愛用武器 とくにありません 出没時間 21時ぐらいから寝るまで~ コメント 同じランサーとして手厚いサポートをお約束します(`・ω・´)シャキーン -- テヌ (2009-06-11 12 31 35) これからよろしくお願いします^^ -- MAX (2009-06-13 14 24 22) 100(*^◇^)/°・ *【祝】* ・°\(^◇^*)草むしりへれっつご~! -- \(^o^)/ (2009-11-05 22 20 06) 名前 コメント
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前回のあらすじ 気分転換に出かけたコンビニで、ハルヒは佐々木と連れ立って歩くキョンと出くわしてしまいます。 ハルヒは、キョンがバイトを休んでまで佐々木と一緒にいたことに反感を覚えました。キョンが自分に、バイトを休むということを黙っていたからです。でもすぐに、あることに気づきます。 いい年した男が女性とふたりで歩いている。そんなどこにでもある光景に憤りを感じるのは、自分がキョンを、SOS団メンバーたちを、無理につなぎとめていたからではないのか。 当たらずとも遠からずと言えなくもありませんが、ハルヒは冷静さを欠いた頭でそれを勘違いします。自分がみんなを力ずくで悪い方向に導いてしまったのではないかと思い込んだのです。 そして、ついにハルヒの奇怪不可解摩訶不思議パワーが炸裂したようです。 ~~~~~ どすっという音が聞こえてきそうなほどの衝撃が、俺の腹部を襲った。マグニチュード7.5の激震が走ったかのように揺れ動いた俺の身体は、見事にベッドの上から転げ落ちた。 ぐふぅ…と息を漏らしながら眠い目をこすり、顔を上げる。 「キョンくん、朝だよ!」 窓から差し込む陽の光と、それに負けないくらい明るく爽やかに微笑む妹の笑顔を見て、今が早朝であることをぼやけた脳が理解する。いつものこととはいえ、妹のこのモーニング・ボディプレスには不覚をとってばかりだ。 いつかきっと仕返しのモーニング・トペコンヒーロを極めてやろうと画策しているのだが、いかんせんどう足掻いても妹の起床時間にはかなわないわけだから、結局のところ俺は負けっぱなしというわけだ。 のそのそと緩慢な動作で布団の中に戻ろうと試みるも、いつものごとく妹にぐいぐいと引っ張られて部屋から連れ出されてしまうのだった。相手が小5の女の子とはいえ、全体重をかけて腕を引かれると逆らえないものなのだ。 しかし、ふと。少しづつ頭の中が冴え、思考が鮮明になってきたところで、俺はあることに気づく。 あれ? 妹が、小学生? え? 俺……俺も……高校生? 一気に目が覚め、頭が覚醒する。不思議な違和感を覚えた俺は両手で自分の顔から身体を撫で回し、きょろきょろと部屋の中を見回した。 間違いない。ここは俺の部屋。それも、高校生の頃の自分の部屋の内装だ。学校に持って行っていた鞄や教科書の類も机の上に載っている。よく見るとさっきまで俺が頭を乗せていた枕は、去年破れて捨てた物じゃないか。 「どうしたの、キョンくん? まだ目が覚めないの? 顔を洗ったらすっきりするよ」 しきりに俺の手を引く妹の声も、天真爛漫で甲高い小学生の頃のものだ。慎みと落ち着きの出てきた二十歳前の女性の声じゃない。 「うん? 変なキョンくん」 俺の奇行を見て、俺が寝ぼけていると思っているのだろう。妹はけらけらと楽しげに笑った。 夢……だったのだろうか? 俺は階段を下りつつ、霧のかかったような記憶をたどりながら考えていた。 確か俺は高卒の無学な無職で、就職活動もろくにせずダラダラと過ごしていた24の若造で、先日友人の紹介でバイトを始めたばかりで、それで、それで……。 薄ぼんやりとした記憶が、次第に遠のいていく。考えれば考えるほど、高校卒業後の俺の記憶が現実感を失っていく。 そして階段を下りきり、居間に着く頃には、俺の頭の中に明確な答えが弾き出されていた。 あれは、悪い夢だったんだ。 登校途中の例の上り坂で、大あくびをしていた谷口と国木田に出くわした。 いつも通り谷口は学生服を着て、薄い鞄を持って今日の「1時限目、自習にならねえかな?」と典型的なダメ生徒発言を口にしていた。 どこからどう見てもこのお調子者が一流企業に就職できるわけないし、スーツ姿だって似合いやしない。やはり、あれは俺のタチの悪いふざけた夢だったのだ。 家を出る時からずっと思っていたことだが、今こそ確信が持てた。俺たちSOS団がそろって無職だったなんてバカげた未来があるわけない。あれは夢だった。そうなんだ。 前日の晩に親が俺の成績に嘆息しながら将来がどうこうという話をしてたから、あんな下らない夢を見てしまったんだ。現実であろうはずがない。 だから、それが妙に嬉しくて、俺は上機嫌で谷口の肩をたたいてやった。 うちで飼っているシャミセンは大人しい部類の猫なのだが、猫にもいろんな性格のやつがいる。シャミセンとは正反対にやたらうるさい猫や、飼い主の言うことを聞かない猫、従順な猫、様々だ。 たとえば食事時になるとギャーギャーと鳴きだすうるさい猫が、ある日突然うんともすんとも言わなくなったとする。すると飼い主は、どこか具合でも悪いんじゃないだろうか?悪いものでも食べたんだじゃないだろうか?と心配するらしい。 逆に普段おとなしい猫が突然けたたましく騒ぎ出すと、これまた何か異変があっておかしくなってるんじゃないかと心配するだろう。 飼い猫に限らず犬でも猿でも人間でも、何に対しても言えることだが、普段と様子が違うと何か悪いことでもあったんじゃないだろうかと勘ぐってしまうものだ。 その日ハルヒは、朝からやたらと大人しかった。いつも後ろの席から感じさせられる溢れんばかりのエネルギッシュオーラが一切放出されていないのだ。 ハルヒだって一応人間なんだから気持ちの上がり下がりがある。こいつが教室で物静かになることは珍しいことじゃない。 それでもいつものハルヒなら廃工場から漏れ出すメタンガスのように、「退屈な時間がつまらない!」 「さっさと休み時間にならないかしら」 などと不平不満オーラをバリバリと漂わせているはずだ。 なのに今日はそれが一切ないのだ。何かに苛立ってカリカリしているというふうもないし、ネガティブになって落ち込んでいるというワケでもなさそうだ。 以前ENOZのメンバーたちに感謝された時のように、慣れないことに照れて消化不良を起こしているという様子でもない。 とにかくボーっとしていて、俺が何を話しかけても気のない返事を口にするばかり。心ここにあらずといった感じで、ずっと物思いにふけっているのだ。 まるで別人のようだ。存在感だけは誰にも負けない、それが俺の知っている涼宮ハルヒという人物だったのに。まるで周囲の大気に溶け込んだかのように気配を感じられない。 「なあハルヒ、お前どうかしたのか? 元気ないじゃないか」 「別に……」 「悪いもんでも食ったんじゃないだろうな? 腹が減ってる時にビスケットが落ちてても、拾って食べたら腹こわすぜ」 「別に……」 いかん。本格的に重症だ。いつものハルヒなら、拳の2,3発が飛んできてたっておかしくないのに。こうも様子がおかしいと何か不幸な出来事があったのではないかと心配になってしまうし、俺自身も調子が狂ってしまう。 しかし考えてみれば、ハルヒだって年がら年中その場その場の思いつきや気分だけで行動する年でもない。そろそろこうして深く沈思黙考することがあってもいいじゃないか。これは、こいつも落ち着きが出てきた瑞兆として受け止めてやるべきなんだ。 ハルヒは昼になってもボーっとした表情で、ひとりで弁当を食べていた。妙に居心地の悪さを感じてしまった俺は、谷口と国木田との会食後、早々に席を立って教室を出た。いつもと違うハルヒの姿を見るのがいたたまれない気がしたからだ。 教室を出たはいいが特に行くあてもなかったので、とりあえず文芸部室にやってきた。長門がいるかな、と思ったら大ハズレ。そこにいたのは古泉だった。 「確かに、あなたの仰る通り悪いことではないですね。深い思索は人の思考を豊かにします。ですが、あなたの言い方だと、まるで涼宮さんが常日頃、考えなしに生活しているように聞こえますね。彼女も人並みに考えて日々を送っているのですよ」 文芸部室のパイプ椅子に腰をかけ、いつも通りのニヤケ顔で古泉がそう言った。あいつが人並みに考えて生活してるとは思えないんだがねえ。俺よりずっと頭がよくて成績も良いことは認めざるを得ないが。 「勉学の問題ではありませんよ。涼宮さんは自分の中の行動理念に基づいて、物事を考え、判断し、その上で決断をされています。非常に価値観が前衛的であるがために、我々凡人の目にそう映らないだけの話です」 そういうもんかね。バカと天才は紙一重というが、あれは紙一重の方だと思うぜ。 「ははは。そんなことはさしたる問題ではありませんよ。それより、僕にとって興味深いのは……あなたが先ほど話された、今朝見たあなたの夢の方ですね」 俺の夢? 俺たちが20代中盤に差しかかる年になっても、働きもせずにご近所様から白い目で見られつつSOS団を存続させている、という最悪な夢の話か? やめてくれよ。どうせお前のことだから、深層心理で分析すると……なんて言いだすんだろ? 「夢は人の心理を表層化したものだと言いますし、夢のデータから推理を深めて行くというのも大変好奇心をくすぐられることではありますが。それは別の機会に譲りましょう」 じゃあなんだよ。夢に出てやったんだから出演料をよこせ、なんて言うんじゃないだろうな。 「ここからは、冗談やからかいの類は一切無しでいきましょう」 いつものニヤケ顔が、ふっとなりを潜める。真剣な眼差しをした古泉が、目の前のオセロ盤を脇に押しのけてテーブルに身を乗り出してきた。賭けオセロで負けそうになったから勝負をウヤムヤにした、というワケではなさそうだ。 「実はですね。先ほどあなたが語った夢。そっくりそのまま同じ内容のものを、僕も見たのですよ」 昨夜のことです。そう言って古泉は腕を組んだ。 俺の頭から血の気が引いていく音が聞こえた気がした。 俺の見た夢と……同じ内容を……古泉も……? それって……つまり…… 「あなたの話を聞いていて、まるで昨夜自分の見たテレビ番組の内容を逐一教えられているような気分でしたよ」 古泉は苦笑まじりに肩をひそめたが、俺は苦笑する気にもならなかった。五感が急に冴え渡るような錯覚に、耳に遠鳴りが響いた。 「僕も夕べ見たその夢があまりにもリアリティを持っていたもので、もしやと思い、朝比奈さんと長門さんにも携帯で連絡してみたのですよ」 あなたは携帯電話の電源をオフにされていましたから今、初めてお話ししているわけですが。そんな古泉のセリフも、まるで壁の向こう側から聞こえてくる音のように、身近には感じられなかった。 「そうすると、どうだったと思いますか?」 俺は心の中で 「やめろ!」 と呟く。 想像はついている。予想できることだ。朝比奈さんが、長門が、古泉の問いになんと答えたか。 だが、その答えを聞いてしまうと、俺の中の不安が一気に肯定されてしまい、嫌な、とても苦しい思いをしてしまうに違いない。 もう分かっていることだ。もうすでに分かっていることだが、それでも俺は、まだそれを認めたくなかった。 だから 「やめろ!」 と呟いた。本当は口に出して 「やめろ!」 と宣言するつもりだった。だが、あまりにもそれは弱々しくて…… 「もうあなたも想像がついていると思いますが。朝比奈さんも長門さんも。見たそうですよ。僕らと同じ 『夢』 を」 俺は頭を抱えた。自分の中にありながら目を反らし続けていた嫌悪の対象にスポットライトをあてられたような気がして、思わず目を閉じてしまった。 一瞬にして夢だと思い込んでいた 「高校卒業後の記憶」 が俺の頭にガスのごとく充満していく。そしてみっしりと充満したガスは、耳から、鼻から、毛穴から、しゅうしゅうと音をたてて漏れていく。 このガスは呪いのガスだ。浦島太郎が開いてしまった玉手箱から出てきた煙のように、次第にそれは俺の身体を余すところ無く包み込む。やがて、俺は徐々に、いや、むしろ一気に、老化する。 今この高校生男子の肉体の中に在るのは、さっきまでの 『俺』 ではない。昨日までの 『俺』 だった。 その日、結局ハルヒは放課後まで放心状態のままだった。まるで他人事のように俺に 「今日はSOS団休むわ」 と一言告げ、荷物をまとめてさっさと帰ってしまった。 不条理な理由で掃除当番を押し付けられたことに対して何の感慨もわかないほど、ハルヒの様子は痛々しいものだった。 それはそれとして、結果的にハルヒがSOS団を欠席してくれたのは都合がよかった。ハルヒ以外のメンバーだけで裏サミット的緊急会議が開けたわけだからな。 もっと楽しくて心躍るような議題ならみんなハッピーだったろうに。生憎今日の会議の討論の題は最悪に近い物だった。いや、最悪だと言い切っていいだろう。 なんせ悪夢だと思ってさっさと忘れ去りたかった、喜劇のような暗い未来が現実でした、さあどうする? という内容なんだからな。朝比奈さんじゃなくたって泣き崩れたい心境だぜ。 「これは、あれですね。夏休みの時のように、涼宮さんが何らかの思いを以って、時間を巻き戻してしまったと考えて間違いない事態でしょう」 古泉に同意を求められ、それに合意する長門。長門がそう言うんじゃ、もう否定できないな。悪夢だと思っていた方が現実で、現実だと思っていた居心地の良い今が夢だったわけだ。泣けてくるね。 「僕らに取ることのできる方策は二つあります。一つは何とか力を尽くし、涼宮さんの能力で再び元の時代に戻ること」 つまり、あの夢を完全に現実として受け入れるということだな。 「そうです。そしてもう一つは、このままあの 『夢』 を夢として忘れ、僕たち自身が進んでこの時間軸に溶け込み、人生をやり直すという方法です」 それは、あまりにも甘美な提案だった。 人は誰しも後悔をしながら生きている。「あの時ああしておけば」 「あの場面でこう行動していれば、きっと今の俺の人生は」 そんな思いを一生持たない人間が、果たして存在するだろうか? 今の記憶を持ったまま子供の頃に帰れたなら。その願いこそが人間の持つタイムスリップ願望の原点であり、基本であり、全てであるに違いない。 朝比奈さんたち未来人は厳しい規則の下、未来世界に悪影響が出ないよう活動している。 自分の過去を変え、今の自分を少しでも理想とするものに改善しようという個人の勝手な行動を管理するとなれば、きっと俺なんかの想像以上に厳しい戒律が存在しているのだろう。 だから、こういった時間関係の話なら、エキスパートである朝比奈さんに意見を伺うのが良いのではないだろうか。 「えと、えと、すいません。上の方からは何も指示がないもので……。私も、あの、あの、どうして良いか……その、その」 ああ、そうか。時間関係の専門家は厳密には朝比奈さんじゃなくて、朝比奈さん(大)の方だったな。朝比奈さん(大)がまだ指令を出してくれないということは、朝比奈さんにはどうしようもないか。 となれば、次に頼りになるのは長門だ。あまり長門に頼りすぎるのは良くないと常々思っているが、この緊急事態では仕方ない。 「時間を元の時間軸に修正することが望ましいと思われる」 いつも通りの口調で長門はそう言った。 あの夢が現実であったことは既に受け入れた。本当は受け入れたくないことだが、受け入れないわけにはいかないからな。だから俺はそれを享受した上で、古泉の前者の案を望んでいた。 理由は先に述べたとおりだ。今の記憶を持って過去の世界へタイムスリップし、もう一度人生をやり直せるなら、これほどおいしい話はない。俺の長年の苦悩と後悔の日々を丸々リセットし、更正の機会を得られるわけだからな。 だが、やはり人生はそう甘くないということを、長門は淡々と説明してくれた。 「涼宮ハルヒが何らかの願望を抱き、時間を過去に巻き戻したことは疑いようのない事実。しかしこの大規模な時間修正は涼宮ハルヒの無意識レベルでの事。彼女が意識して行ったものではない」 そりゃそうだろうな。こんな大それた事をあいつが自分の考えひとつで起こせるようになったら、世界はメチャクチャになっちまう。 「つまりこの時間軸は非常に不安定であるということ。涼宮ハルヒは元の時間軸に失意を抱いていたわけではない。いつ元の時間軸に戻るか分からない。それは涼宮ハルヒの希望のみによるものであるため、変数的であり情報統合思念体にも予測不能」 確かにハルヒは元の時間 (今から見て未来) に、必ずしも悲観していたわけじゃないと思う。 あんな状況 (無職) であったにも関わらず、あいつはいつも前向きだった。過去に戻って人生をやり直したいなんて後ろ向きな発言をしたことはないし、そんなことは考えてもいなかっただろう。 じゃあ、何故。なんでいきなりあいつは、過去に帰りたいだなんて願ったんだろう。あいつの能力が発動するとなれば、生半可な気持ちで願ったわけじゃないはずだ。 俺があいつと最後に会ったのは佐々木と一緒にコンビニの前を通りかかった時だったが、ちょっと様子がおかしいかな?とは思ったが、特に思いつめていたというふうでもなかったはずだ。 「我々がこの時間軸に馴染んだ時に突然元の時間軸へ戻る可能性もある。そうなれば時間修正間の僅かなズレが歪となり、世界規模の異常事象を引き起こすことも予想される。この時間軸が定着しないうちに、元の時間軸に戻るべき」 俺には話の半分以上が理解できなかったが、要するに俺たちに元の20代の大人に戻れと言ってることは分かった。とても残酷で反発したい結論だが、それが原因で取り返しのつかない事態に発展する危惧があるからこそ長門はそう主張しているのだろう。 俺は自分の人生をやり直したいという気持ちを押し殺し、長門の進言に従おうと思った。それはとても苦しい決断であった。だが、俺はそう決めたんだ。 けれど、それに従わない主張をする者がいた。古泉だ。 「長門さんの仰ることも分かります。万が一の場合、世界規模の混乱が生じる可能性があるということですよね」 「そう」 「しかしそれは涼宮さんが、再び未来の、僕らが元いた時間軸に戻りたいと願い、未来へ向けた時間移動を行った場合のみの話ですよね?」 「そう。数年規模の長期間の時間修正は不安定。涼宮ハルヒが時間修正を行った原因が分からないことも要因のひとつ。何が引き金となってどのような事態が起こるか分からない」 「しかし、それでも涼宮さんは過去へ帰りたいと強く願った。強く願ったからこそ、過去へ戻った。一度願いをかなえた彼女が、再び受難の未来へ戻りたいと願うとは思えませんが?」 長門はじっと古泉の目を見つめたまま、押し黙った。古泉が何を言わんとしているのかを理解したのだろう。 「元の時間軸へ戻らなければ、世界規模の混乱が起こることもない」 「長門さん。涼宮さんが元の時間軸へ帰還したいと願う可能性はいかほどか、分かりますか?」 「既に言った通り。時間修正の原因が判明しない限り、それを割り出すことはできない。しかし理由の如何に関わらず、涼宮ハルヒが元の時間軸への帰還を望む可能性は低いと思われる」 「ならば、涼宮さんの時間修正の原因を探り、それを成就させてあげれば、元の時間軸へ戻り不測の事態が起きる可能性はなくなるわけですね」 「それは不明。全ては可能性の話。憶測の段階で危険を看過した判断を下すわけにはいかない」 その後も古泉と長門は差し向かって議論を交し合っていたが、淡々とした中でも白熱するふたりの姿を眺めながら、置いてけぼりにされた俺と朝比奈さんは暗澹とした気分のままお茶を飲んでいた。 長門は現状を是とせず、元の時間に戻ろうと主張している。古泉は逆に、無理にハルヒの意向に逆らわず、この時代で新たな人生を送って生きたいと主張しているようだ。 非常に重要な話をしていることは分かるのだが、残念ながら俺にはついていけない次元の会話だ。 だが、それでも、議論に加わることはできなくても。ひとつだけ俺の頭の中に浮かんでいる、主張したいことがあった。 この議論の采配が長門に挙がろうと古泉に挙がろうと、そんなことは関係ない。もっと大事なことが、他にあるだろうという思いだ。最初は気づかないくらい小さな火種だったが、長門たちの議論が熱を帯びるごとに大きくなってきたのだ。 「ふ、ふたりとも、いい加減にしてください!」 俺が声を上げて二人の話を止めようとした瞬間、長門と古泉の討議を制止したのは、俺の目の前で真摯な顔つきでうつむいていた朝比奈さんだった。 「元の時間軸に戻るかどうかも確かに大事なことですよ。私たちだけじゃなくて、世界中に関わってくることでもありますから。でも、今はもっと優先するべきことがあるんじゃないですか?」 朝比奈さんの目にうっすらと浮かぶ涙は、彼女が不安だからじゃない。悲しいから流しているんだ。長門も古泉もそれに気づかず、目先のことばかりを話し合っている。それに気づいてもらえないのが悲しいから、涙を浮かべているんだ。 朝比奈さんも俺と同じことを考えていてくれたんだと気づいたから、俺は安心することができた。 「そんな話はいつでもできるじゃないですか。そんなことで仲間割れしている暇があったら、みんなで力をあわせて仲間のことを考えてあげるべきなんじゃないですか?」 「いえ、僕らは決して仲間割れしてるわけではないのですよ」 「してるじゃないですか! 古泉くんは後々の身の振り方ばかり気にして、長門さんは可能性の話ばかり。どうして? どうして涼宮さんがこの時代に帰りたいと願ったのかを親身になって考えてあげようとしないんですか!?」 朝比奈さんの必死な姿に、古泉も長門も声を発することもなく、ただうなだれているように見えた。 そう。今もっとも論議しなければならないことは、今後の俺たちの進むべき方向じゃない。世界への悪影響の可能性でもない。そればかりを意識して、足元のもっと大事なことに目を向けないなんてバカバカしいにもほどがある。 それらも大事なことだろうよ。俺たち自身の人生に関わる問題だもんな。世界規模の問題だもんな。だが、俺は朝比奈さんと共に敢えて言おう。「それがどうした!?」 と。 俺の脳裏に、今日のハルヒの姿が浮かび上がる。ボーっとしていて、覇気がなく、空気のようなあいつ。その姿はまるで屍のようで、いつもの活発なあいつを知る俺には正視に堪えないと言っても過言ではなかった。 ハルヒは仲間だ。俺たちの自称上司で、馬鹿なことばかりして、問題を起こして、思いつきで俺たちを奴隷のごとくこき遣う。 それでも、ハルヒは俺たちの仲間だ。抜け殻みたいなハルヒを見て、それを放置しておくなんてできっこない。 俺は椅子から立ち上がり、朝比奈さんの隣に立った。 つづく
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人間は遠い昔から、あの大空に無限の夢を見てきた。 白く、そして時には黒くたなびく雲の群れ。夜にはそこに目を奪われるほどに美しい星々を撒き散らし、心を妖しくかきたてる月を浮かべる。 何者も畏敬の念を抱かずにはいられない雄々しい太陽。そして誰も逆らうことのできない神の雷。青々とした、澄み渡った空は常に変化を続け、川底の小石を撫でる水のように我々地上の動植物を包み込んできた。 だからこそ人は鳥に憧れ、翼に信仰を抱いた。偽の翼で大空を我が物にしようとした愚かなイカロスは、だから侵すことのできない大いなる神の領域に力及ばず散ったのだ。 人は神には及べない。ここで言う神とはハルヒのような例外は別として、大自然のことだ。物理法則ってやつだな。 人は神に及ぶべくも無い。天を目指した長大な塔は砕け、神をたぶかそうとした愚かな人間は惨めな罰を受けた。 人は飛行機や飛行船など、物理法則に忠実に従った方法で神にお伺いをたて、許されて初めて空を飛ぶことができるのだ。 自ずから飛行することとは、まさに万物を超越した超自然的存在にしかかなわない偉大なる行為なのだ。 「飛んでる、飛んでるっておい! ㌧㌦!」 頭の中がゴッチャになってぐるぐる回っている! こんな状況で俺たち肉団子5兄弟は何をすれば良いというのか!? 「落ち着きなさいよ、キョン! 私たち、ついに宇宙人と遭遇したのよ! そして宇宙船に招待されたのよ! これは類まれなる貴重な体験よ! 今のうちにこの感覚を胸のうちに刻んでおきなさい!」 ダメだ、この肉団長は。突如として現れた巨大宇宙船に吸い上げられているというのに、このアクシデントに対して何の不安も持っていないというのか? こいつに本物の宇宙人を見せて満足させ、迷いの樹海を脱出しようと目論んでいたのに……。これは計算外の出来事だぜ。まさかこいつがタコ型宇宙人だけじゃなく宇宙船まで呼び出してしまうとは! 「弱りましたね。まさか宇宙船に招かれてしまうとは。まあ、被検体として解剖されることはないでしょうが……」 そう言いながら俺の隣をふわふわ浮き上がっていく風船人間は、SOS団副団長こと古泉一樹だ。 解剖なんてされてたまるかよ。ハルヒだってさすがにそこまでは望んでいないだろうから、おそらく友好的な宇宙人だとは思うが。 「みんな、気合を入れて宇宙船を乗っとるのよ! ヘマしたら、捕まってキャトルミューティレーションされるか、頭に変な金属欠片を埋め込まれて宇宙人のスパイにされちゃうわよ!」 勘弁してくれよ。頼むから余計なことは考えずに町に帰ることだけを考えててくれ。 こうして5体のトドは、あっけなく巨大宇宙船に収容されてしまったのだった。 ~1ヶ月目 ・ 痩せたい理由~ 宇宙船に格納された俺たちは、まとめて小さな灰色の壁に覆われた無機質な部屋に放り込まれた。くそ、タコどもめ。いづれ鉄板であぶっておいしくいただいてやる。 「宇宙人め。こんなところに連れてきやがって」 縦長の直方体の形をした部屋の中は空気がこもっているのか、やたら蒸し暑かった。蒸し返す部屋の中でだらだらと汗をかいていると、それが蒸発して周囲に漂い、刺激臭とともに室内の温度を引き上げる。なんという悪循環! ちくしょう、出しやがれ! 俺たちを蒸し団子にするつもりなのか!? 「とにかく、ここを脱出しないことには話が始まらないわね」 ハルヒはぴったり閉じられた扉を内側からどんどんと叩きながら、舌打ちとともに悪態をついた。 そんなハルヒのぬりかべのような後姿を眺めながら、俺は長門にひそひそと耳打ちした。 「なあ、まだ情報統合唐揚体とは連絡がとれないのか?」 「情報統合唐揚体ではない。情報統合思念体。まだアクセスすることは不可能」 「これって宇宙船なんだろ? お前たちの仲間じゃないのか?」 「これは涼宮ハルヒが形而下的イメージにより生み出した宇宙人。形而上的願望により彼女と接触した我々とは、そもそも存在の根本が異なる。仲間という語義が同種という意味ならば、それは間違った認識であると言わざるをえない」 「私もまだ未来世界と連絡をとることができません。私たちがいるこの空間も、まだ亜空間であると推測されます」 まいったな。朝比奈さんはともかく、長門はあてにしてたんだが。古泉はどうだ? ここはハルヒが望んで生み出した空間なんだろ? 前のカマドウマの時みたいに、赤い玉を出したりできないのか? 「やればできそうではありますが、エネルギーが不足しています。空腹過ぎて体力が出ませんよ」 くそ、やはり絶望的な状況であることには変わりなしか。食料さえあれば古泉の超能力で宇宙人をなぎ倒せそうな気もしたんだが。 「キョン、古泉くん! 体当たりよ! この扉をぶち破るの!」 ぶち破るって、ハルヒ……お前な。こんな硬そうな金属扉を体力下降状態の俺たちが開けられると思ってるのか? 「やってみないとわからないじゃない。このまま手をこまねいて人体解剖を待つのみって言うのも嫌じゃない。やれることを全部やって、悔いの残らないようにしないと!」 そうか。そうだな。そうだよな。このままこんなクソ暑いサウナの中で、あんなタコどものいいようにされてたまるか。絶対に脱出してやろうぜ。 「そうそう。その意気よ。やつらに捕まっちゃったら、きっと麻酔なしで開腹されちゃうんだから。そんなの絶対にごめん被りたいじゃないの。だから頑張るの!」 おい、ちょっと待て。やるから。体当たりでもトラースキックでもなんでもやるから、余計な妄想を膨らませるだけは勘弁してくれよ。最悪でも麻酔ありにしてくれよ、頼むから。 「いい? そんじゃ、行くわよ!」 肩を寄せ合ってクラウチングスタートの体勢をとった俺たちは、一様に緊張の息をはいて互いの武運を祈りあった。 「はっきょ────い!!」 その掛け声はやめてくれよ…… 「のこった!!」 合図と同時に、はじかれたように扉へ飛び掛る5体の巨大なゴムマリ。速度、威力、質量ともに最高のタイミングだぜ! 固形物が砕けるような音をたて、俺たちを閉じ込めていた金属の扉がいきおいよく開かれる。かくして5人の太い英雄たちは再び野に放たれたのだった。 「きゅーきゅー!」 「きゅきゅ、きゅー!」 扁平に広がる無機質なロビーのような空間が俺たちの眼前に広がる。そこに立っていた、例の幼児本に出てきそうなタコ型宇宙人たちが混乱したようにきゅっきゅっきゅと騒ぎたてる。 「目指すはコクピットか司令室! きっと宇宙船の中央あたりにあるはずだから、1秒でも早くそこを制圧するのよ!」 ハルヒの怒号をかき消すように、重大な事態を報せるブザーが大音量で船内に響き渡る。おそらく俺たちが脱走したことを報告するアラームに違いない。 「私とキョンは右、古泉くんはみくるちゃんと有希をつれて左の通路を行ってちょうだい!」 「了解です! ふたりとも、お気をつけて!」 迷うことなく団員たちへ指示を出すハルヒ。やっぱこういう時にはこの決断力が頼りになるぜ。 上司との連絡をとれなくなった長門と朝比奈さんのことは心配だが、古泉がきっとなんとかしてくれるに違いない。ふたりになんかあったら許さないぜ、古泉! 「おやおや、手厳しいですね。善処しますよ!」 襲いくるタコどもに体当たりをくらわせ、2,3匹まとめてふっとばす古泉を見ていると、あっちはきっと大丈夫だろうと思えてくる。よし、俺も負けていられないぜ! 「うおおおおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!」 硬質プラスチックのような床を蹴り、ハルヒとともに駆け出す。2つのボーリング玉となった俺たちは、並み居るタコどもを次々と吹き飛ばして宇宙船内を突き進んでいく! その姿はまさに2台の大型トラック! 俺たちを止めようと飛び出してくる土星人はことごとく大きすぎる質量差の前に為す術なくはねとばされ、憐れにも白い壁にスルメのように叩きつけられる。 今ばかりはこの身がメタボ体型であることに感謝してもいいと思えるぜ。この圧倒的なまでの質量、重量感あふれる脂肪があるおかげで、宇宙人たちをぶちのめせるのだから! にしても、このタコ宇宙人弱いな。ちょっと当たっただけで、こんなにも簡単にぶっ飛んでいくなんて。これもハルヒのイメージなのか? 「はあはあはあ、ようやくそれっぽ場所までたどり着いたわね!」 疲れた身体を休めながら、俺とハルヒは今まで見かけたドアとは明らかに異質な、物々しい扉の前に立っていた。 「よし、相手に反撃の余裕をあたえずにこのまま突入よ! 後少しの辛抱だから、頑張りましょう!」 ああ、そうだな。ここさえ占拠すれば……宇宙船の操作方法は分からないが、長門ならなんとか分かるかも。 「準備はいい? 一気に踏み込むわよ!」 流れる脂汗を拭いもせず俺とハルヒが扉の前に立つと、氷のように冷たく立ち竦んでいた扉は音もなくスライドして開いた。これは自動ドアだったのか。 少し意表をつかれて一歩を踏みとどまった俺たちは気づく。部屋の中から、そして廊下の左右からも。タコ型土星人たちが光線銃っぽい物を手 (触手) に構え、俺とハルヒを睨んでいたのだ。 しまった、罠だったのか!? 「ようこそ、勇敢なる地球人たちよ」 ハンドアップ状態で苦虫をかみつぶす俺とハルヒの前へ現れたのは、周囲のタコどもとは明らかに雰囲気の異なる、上官っぽい感じのイカだった。このイカは、日本語が話せるのか。意思の疎通ができて助かるぜ。 まさかタコの次がイカとは……。やれやれ、ハルヒのイマジネーションの貧困さ加減にも困ったもんだ。 何が困ったかって? 簡単なことだ。そのイカは、白い胴体から生えている10本の触手すべてに光線銃を構えていたのさ。 「ちょうど良いモルモットが手に入ったかと思ったが、予想以上にこの星の高等生物は蛮行が好きなようだ。これほどまでに我が隊が屈辱の辛酸をなめさせられるとは思わなかった」 隊ってことは、あれが軍兵なのか? えらくひ弱なんだな、土星人って。さすがに銃を出されちゃ手も足も出ないが。 どうする、ハルヒ? このままじゃまた捕まってあの白い部屋行きだぜ? 「そんなのはゴメンよ。でも、さすがにこの数相手に戦う余裕はないわね。相手も素手ならいいんだけど、飛び道具を持たれていたんじゃ勝算は薄いわ……」 俺たちを取り囲む廊下のタコたちが、じりじりとその包囲網の枠を狭めてくる。反撃の糸口をつかめず、俺とハルヒはそのプレッシャーに圧されるように背を合わせ、絶体絶命の状況に歯がみする。 俺たちに少しづつにじり寄ってくるタコたちは、イカ司令官からの合図が下り次第一斉に銃の引き金を引く気なのだ。 「これは……さすがに万事休すね」 「おいおい、諦めるなんてお前らしくもないぜ。最後の最後まで、希望を信じていこうじゃないか」 「そうね。このまま何もせず、ただ黙って敗北を招くなんて私らしくないものね。最後まで助かると信じて、あがきましょう」 背中越しに、ふるえるハルヒの厚い肉が感じられる。 そうかお前も怖いんだな、ハルヒ。俺もだぜ。怖いさ。だがな、俺は信じてるんだ。お前がいれば、きっと道は開かれるってな。 頼りにしてるぜ、ハルヒ! また一歩、タコたちが前へ踏み出す。俺たちはわずかに膝を丸め、駆け出せる体勢に入る。万分の一にでも助かる可能性があるなら、こうするべきなんだ。 「死ね、野蛮な地球人どもめ!」 イカがヒステリックに触手を振り上げる。同時に、きゅーと声を発してタコたちが銃を構える! その瞬間、俺とハルヒは腰に溜めていたエネルギーを解放して駆け出した! 一瞬頭の中が真っ白になった。何が起こったのか理解しかねたが、次の瞬間には何が起こったのかを感知した。 銃を構えた土星人たちの足元が突如爆発し、ことごとくタコたちが爆風でふっとんだのだ! なんだ、これは、ハルヒが起こした奇跡なのか!? 「な、何事だ!? 何が起こったんだ!?」 爆破の威力で舞い上がった粉塵は周囲を覆い隠し、俺たちの視界を奪い去る。 もうもうと立ち込める煙の向こう側から狼狽したイカの声が聞こえてくる。これがやつらの作戦じゃないのだとしたら、まさか……! 「涼宮さん! 大丈夫ですか!?」 煙の中にシルエットとして見えていた丸い人影が熱を持ったほこりの遮断を越えて俺たちの前に現れる! 古泉、無事だったのか! 「あなたも無事のようで、安心しましたよ」 頼もしくも俺の横に並ぶ古泉の手の中には、見覚えのある赤い光球が! 「キョンくん、涼宮さん! 私たち、この宇宙船の食料庫を見つけて、食料を奪ってきたんです! さあ、これを食べて体力を取り戻してくださぁい!」 全身がたゆんたゆんした朝比奈さんの投げてくれた食料を、俺は手にするのももどかしく口でキャッチして一気にかみ砕く! 宇宙人の食料というからどんな物かと思ったが、パンのような物だし、けっこういける味だ。これもハルヒの好みか? それにしても久しぶりの食事だぜ。どんな食材かは知らないが、まるでストンと胃袋にたまるように腹に重みが感じられ、一瞬のうちに栄養価が全て体内に吸収されたように元気が湧き上がってくる! いける、これならいける! 脆弱な宇宙人ごとき、俺たちファットマンブラザーズの手にかかれば容易く圧殺できると確信できるぜ! 「武器を」 長門が俺とハルヒに、倒れているタコ型宇宙人の手から奪った光線銃を手渡す。むくれた顔をゆがませ、ハルヒが不敵に微笑む。こいつ、やる気だ! 「これさえあれば、SOS団に敗北の2文字はないわよ! 憎き土星人たちに、目にもの見せてくれるわ!」 「い、いかん! ドアを閉めろ! あの猿どもを中に入れてはいかん! 宇宙空間まで搬送して、放り出してやるんだ!」 まずい、開いていたドアが再び閉まっていく! さっきは自動で開いたが、今度はどうだか分からないぞ! 「駆け込むのよ!」 パンを口に放り込み、腹の肉をたぷんたぷんと揺らしながらハルヒが走る! しかしドアに駆け寄らせまいと、イカ型宇宙人が10本の触手に握っていた光線銃を発射した! 「危ない!」 床に倒れこむように、間一髪で銃から放たれた光線を避けるハルヒ。危機を回避できたのを確認してホッと安堵したのも束の間、次第に閉まり行くドアと高らかに響くイカ野郎の哄笑が俺たちを嘲る。 「あのドアが閉まってしまっては、僕らに勝ち目はありません!」 倒れたハルヒの横を駆け過ぎ、古泉がパンを口につっこんで徐々に狭くなる扉に突っ込んでいく! これがラストチャンスなんだ、絶対にものにしなければ! 俺も古泉に続く、長門も朝比奈さんも、立ち上がったハルヒも走り出す! 「愚かな地球人め! お前たちにこの光線銃の集中砲火はかいくぐれまい!」 出た、イカ野郎の光線銃10発同時発射! どうする古泉、あれがある限り、俺たちはドアに近づけないぜ!? 「愚かなのはあなたですよ! 同じ手が我々に何度も通用するとは思わない方がいい!」 イカの銃が構えられる直前、野球ボールのような古泉の身体が宙に浮かび上がる。その手の中にはあの赤い光球! 「ふんもっふ!」 イカの光線銃が白い光を放つ前に、古泉の光球がドアの向こうへ打ち込まれる! 「ぎゃ────────っ!!」 赤い閃光と爆風をともない、司令室からイカのものと思われる断末魔が響き渡ったのだった。 「どうだ、操縦できそうか!?」 香ばしいタコやイカの焼けるにおいが漂うコクピットで、俺たちは操縦席らしきシートに座った長門に尋ねる。 「解析中」 むっちりした尻がシートからはみ出す長門の隣に立ち、いらついた様子のハルヒが 「もどかしいわね!」 と叫び、長門の手の先にあるコンソールパネルに手をあてる。おい、お前なにやってんだ!? せっかく長門がなんとかしてくれてるのに! 「うっさいわね、こういうのはテレビのリモコンと同じで、適当にピコピコやってりゃうまくいくもんなのよ!」 宇宙船の操縦と家庭用テレビの操縦を同レベルに考えるって、どんだけだよ!? 後は長門に任せてお前は後ろでイカでも食ってろよ! 「うるさいうるわい! 私に任せておけば万事解決オールオッケーなの! この赤いボタン押したら、きっと着陸するはずよ! えい!」 アッー! お、おま、なんてことを! 赤いボタンって言ったら危険度100%と相場が決まtt その時だった。突然、ガクンと宇宙船の地盤が大きくゆらいだ。 『エンジンキンキュウテイシ システムレッド ドウリョクキュウミンニハイリマス バイバイサルサン』 明らかにヤバイ系のブザーが鳴り渡る。そして現状を報せるアナウンスの機械音が俺たちに窮状を教えてくれた。 「え、ええ!? ここ、この宇宙船、エンジン停まっちゃうって言ってますよ!? ってことは、まさか、つ、墜落!?」 ちょwwwエンジンが緊急停止とか言ってるぞwwwご丁寧に日本語でwwwどう考えてもこれはお前の押した赤いボタンの恩恵だろ!? 「うっさいわね、男が細かいことでグチグチ言わないの!」 細かいことじゃねえだろ! おい長門、なんとかエンジンを復旧できないのか? 「不可能。そもそも復旧の方法を解析していては、墜落までに間に合わない。今は早急に脱出することが得策と思われる」 脱出!? だ、脱出って、どうやって!? パラシュートがどっかそのへんに積んであるって言うのかよ!? 「何してるのよキョンも有希も! ほら、さっさと脱出するわよ! じゃないと、墜落に巻き込まれちゃう!」 人の危機感を極限にまでかきたてるブザー音にせきたてられるように後方を振り返ると、ハルヒがパラシュートの袋を片手に手を振っていた。パラシュートあったのかよ!? あ、いや、驚かないぞ。ハルヒのやることなんだからな。 「涼宮さん、さあ、早く脱出してください!」 『EXIT』とアルファベットがふられた脱出口が、古泉の指差す方向に口を広げてごうごうと風を巻き込んでいた。非難口までご丁寧に構えていたとは。なんだか、ここが宇宙船のコクピットじゃなくて市民体育館の一角のように思えてきた。 「団長である私は最後よ! 先にみくるちゃんと有希、それから古泉くんとキョンが脱出して!」 「ええ!? でで、でも私、パラシュートなんて使ったことないし、不安で、不安で……」 涙目のまま脱出口の前で震え始める朝比奈さん。気持ちはわかりますが、今は非常事態なんです! 急いでください! 「先ほど僕がお教えした通りにやれば、絶対に大丈夫ですから!」 「ひぅぅ、それでも怖いですぅ」 「それじゃあ僕が先に行きますから、僕に続いてください。それならいいですよね?」 立っているのが精一杯というくらい揺れ動く宇宙船内。ガラスの外を見ると、どんどんと高度が下がっている。このままじゃ、脱出が間に合わないのではという不安が胸に去来する。 パラシュートを背負った古泉が真剣な面持ちで片手を挙げる。 「それでは、失礼。先に行かせていただきます……って、あれ? あれれ?」 熟年のパラシューターのように渋く決めて脱出口から外へ飛び出そうとした古泉が、出口の前で困ったふうに立ちつくす。 「どうかしたのか、古泉?」 「いえ、あの……」 「なんだよ、早くしろよ、後がつかえているんだ!」 「………すません。腹が、おなかがつっかえて出られません……」 我が耳を疑ったね。 腹がつかえて脱出できない!? どんな理由だよそれ!? 「いえ、本当なんですよ。この脱出口、思ったよりも狭くてですね。よっ! はっ! ほっ! ……ど、どうやっても、横を向いても縦を向いても……う~ん!」 鏡餅のような腹を右往左往させて脱出口に詰まっている古泉。この緊急時になにやってんだ、馬鹿野郎! 腹なんて引っ込めろ! それが無理なら肉を切り落とせ! 今すぐ! あああ、どんどん高度が下がっていく!! 「そう言われましても」 「ええい、まだるっこしい!」 もたもたすることが大嫌いなハルヒのイライラが限界まで達したようだ。つりあがった目で、脱出口に詰まってウネウネダンスを踊る古泉のブリブリヒップを蹴り飛ばす! 「うほっ!」 その勢いで一気に宇宙船外へ弾き出される古泉。そのピンボールのような巨体は、夜闇の中を下へ下へと降下して行き、豆粒ほどの大きさになったところでぱっと白い落下傘の花を咲かせた。 「無事に古泉くんは脱出できたようね。さ、次はみくるちゃんよ!」 まだ決心が固まらないよう朝比奈さんはガクガクと震える足取りのまま、しかし果敢にも脱出口の前に立つ。 「大丈夫! 絶対に大丈夫だからね、みくるちゃん! 私たちもすぐに続くから、ね。先に行ってて」 古泉の光球の爆発で破損していたのだろうか。背後のコンソールパネルの一部が音を立てて破裂した。その音に背を押されるように、朝比奈さんは脱出口へ身を乗り出す。 「はひぃん、お、おなかが……肉がつっかえて出られませぇん」 「あんたもかい!」 脱出口の前で芸人のようにバタバタする朝比奈さんへ、すかさずハルヒのツッコミが入る。こう言っちゃなんだが、俺もハルヒと同意見ですよ、朝比奈さん。 「キョン、ちょっと手伝って。時間がないから、このまま有希も一緒に脱出させるのよ!」 ハルヒの言っていることがイマイチ理解できずに呆けていた俺に、ハルヒは長門の腕を持つように指示を出す。 全てを納得して俺が長門の腕を持つと、ハルヒが長門の足を持つ。担架をかつぐレスキュー隊員のように、俺とハルヒは長門をハンモック状にゆさぶった。 「いくわよ、みくるちゃん!」 ぶんぶんと振り回され、最大まで位置エネルギーを加えられた長門の串かつみたいな肉体は、手足の枷をはずされたことで解き放たれ、もがく朝比奈さんの背に激突。その勢いでスポンと音を立てて2人の身体は暗い夜の空に消えていった。 「さて。これであらかた片付いたわね」 激しく揺れる宇宙船の中で、俺とハルヒはパラシュートのパックを背に装着していた。慣れない作業の上に気ばかりが焦ってうまく背負うことができなかったが、なんとか背に装備することができた。 「ねえ、知ってる? パラシュートって、100個に1個くらいの割合で開かない物があるんだって」 こんな状況なのに、まだ冗談を言う余裕が残っているんだな。俺をビビらせようったって、そうはいかないぜ。というわけで、お先にどうぞ団長さん。 「何言ってるのよ。団員の無事を確認してから最後に脱出するのが、団長の役目よ。あんたもほら、さっさと行きなさいよ。腹がつかえるんなら、背中を押してあげるから」 ほら、と言って俺を脱出口へと導くハルヒの手をとった。 俺もきっと、この狭い脱出口に腹がつっかえてひとりじゃ出られないだろう。しかしそれは俺だけじゃな。お前もそうだろ? ハルヒは、神妙な顔をしてうつむいた。 「わ、私は大丈夫よ! あんたはつっかえるでしょうけど、私は見た目より細いのよ? これは着ぶくれしてるだけなんだから!」 俺はハルヒの両肩をつかみ、言い聞かせるようにその目を見据える。 こんなところで宇宙人なんかと心中する気かよ!? ダメだぜ。いくらデブチンになっても、お前はSOS団の団長だ。リーダーがいなくなっちまったら、俺たち団員は一体どうすりゃいいんだ!? 「それは私だって同じよ! あんたが……雑用係のあんたがいなくなっちゃったら、私はどうすればいいのよ!?」 雑用なんて探せばいくらでもいるだろう? それこそ俺が二階級特進するようなことがあれば、準団員の谷口か国木田あたりを引き込めばいい。少なくとも俺よりはいい働きするだろうぜ。 「ダメよ! あんたじゃなきゃ、絶対にダメなの!」 機関部がいかれちまったのだろうか。宇宙船のあちこちから破裂音が巻きあがる。危険を報せる赤いブザーが、まるで色濃い夕焼けの中にいるかのように、俺たちの身体を包み込んでいる。 宇宙船の落ち行く先に、小さく家々の屋根が見え始める。本格的に不時着の時が迫っているのだ。早く脱出しなけりゃ、俺もハルヒも……くそっ! 芋虫のように太い指で俺の身体を押すハルヒの腕をつかむ。やわらかいその手を、強く、ぎゅっと握った。 「なあ、ハルヒ。痩せてりゃ……俺たちが前のようにスリムな身体だったなら、こんな脱出口、すんなり通過できたのにな」 「……今さらそんなこと言ったって、仕方ないわよ」 黒々とした夜の闇を、明々とした町の光が下方から照らし出す。ここがどこなのかは知らないが、眼下に、高層ビルがもうそこまで迫っていた。 言うべきか。言わざるべきか。ほんの数瞬の躊躇の末、俺は覚悟を決めた。 「なあ、ハルヒ。SOS団を結成して、俺たちはいろんなことをしてきたよな。SOS団の知名度をあげようと躍起になったり、不思議探索やったり草野球やったり。思えば、町中を駆け回ってたっけ」 「それがどうしたのよ……」 宇宙船に、身体が跳ね上がるほどの激震が走る。どうやらビルの頭頂部に激突したらしい。 「俺、黙っていたけどアスリート萌だったんだ。引き締まった四肢で駆け回るお前の姿が、いつもまぶしかったのを覚えている」 「はあ!?」 俺とハルヒは折り重なるように部屋の隅まで吹っ飛ばされた。ビルを脳天から叩き折りながら落下を続け、とうとう宇宙船は水平を維持できなくなってしまったようだ。 「うぅぅ……さ、最後だ。これが、最後だから。だから……言わせてくれ……」 床にぶつかり割れるように痛む頭を抑え、俺は隣に転がるハルヒの手を強くにぎった。 こうなったらもう、どうなってもいい。宇宙船がぶっ壊れようが、俺たちが押しつぶされて消えてしまおうが。ただ一言。一言だけ、そうなる前に口にしたい言葉がある。 それは…… 「ハルヒ。もう一度、お前のひきしまった腹筋が見たかった」 ───────。 あれほど激しい音をたて、世界の終わりを告げるように鳴り響いていた地響きが、ぴたりとやんだ。 不思議と心は落ち着いていた。わずかに、動悸の音が耳に入る程度の興奮。何故だか全身を満たす安堵感。 俺は突然宙に放り出されたような感覚に包まれ、閉じていた瞳をそっと開いた。 そこには山篭り前まで毎日見ていた、数日ぶりの懐かしき我が部屋の内装があった。 寝ぼけ眼のまま部屋を抜け出した俺は階段を降り、洗面所へ向かった。 パジャマを脱ぎ、電灯に照らされた鏡の前で俺は生まれたままの姿をさらけ出す。たったひとり、風呂場で催すストリップショーだ。 バランスよく伸びた腕。すらりとした両の脚。細い首筋。しまった輪郭。影をうつす鎖骨。 「……痩せてる……」 なんだか、とてもおかしくなって整わない笑い声をもらした。 俺、人生のうちで何度、夢オチを経験すりゃいいんだろうな。 あれが夢だったのか。それともハルヒお得意の夢オチだったのか。相変わらず俺には確かめる術もない。今朝のニュースを見る限りでは、世界中のどこにもUFOが墜落したという速報は入っていないようだしな。 ま、今さえよけりゃそれでいいや。難しく考えたって仕方ない。あの1ヶ月が全て悪い夢だったとしても俺はいっこうにかまわないからな。 だから、俺は教室に入ったところで、ハルヒが自分の席でクロームダンベルを担いでいるのを見て、そっと苦笑した。 どうしたんだ。朝っぱらから筋トレか? 「まあね。ゆうべ変な夢を見てね。なんかじっとしてられなくて、ダンベル持ってきたの」 ジャイアント馬場やアントニオ猪木も、力道山の下でダンベルを常備して身体を鍛えたって言うし。いいんじゃないか? 「ふーん。ま、いいけどね。私はただ、最近運動不足だなって思って、自主的に健康管理のために筋トレ始めたの。それだけのことよ。他意はないわよ」 口をへの字に曲げてまくしたてるハルヒの様子が、とても滑稽でおもしろかった。 「ねえキョン。あんた、腹筋とか割れてる方が好みなの?」 はあ? なんだそりゃ? 「別に。ただちょっと訊いてみただけよ」 そう言ってガムシャラにダンベルをリフトアップするハルヒの二の腕はたくましく、とても美しく見えた。 「いやはや。それにしても酷い目に遭いましたね。あっはっは」 その割には、ずいぶん愉快そうに笑うじゃないか、古泉。 昼休みだというのに、ハルヒ以外のSOS団の団員たちは暇を持てあましてか呼ばれてもないのに文芸部室に勢ぞろいしていた。 「それにしてもみんな、無事に痩せられてよかったですね。UFOの一件がなかったことになっているのも、ホッとしました」 メイド服を着て急須にお湯を注ぐ朝比奈さんの姿は、やはり小柄でキュートな今の姿が一番似合っていますよ。 「危ないところだった。後2分ほど涼宮ハルヒの情報干渉が遅れていれば、あなたともども涼宮ハルヒは生命活動を継続できなくなっていた」 けっこうギリギリだったからな。もう少しで宇宙船に圧殺されるところだったよ。 やはり長門は、こうして窓辺の椅子に腰を下ろして静かに読書している細身の文芸部員って立ち位置が似合ってるよ。 あの脱出口を出られなかったことがショックで、きっとハルヒも本気で痩せないといけないと意識できたのだろう。命がけの状態だったもんな。あんだけの思いをすれば、相撲取りだって痩せたいと思うよな。 笑い半分にそれを口にすると、古泉と朝比奈さんから意外そうな目線を向けられた。俺、何か変なこと言ったか? 「私、お茶の水を汲んできますね」 かわいらしく小さな手を振ると、朝比奈さんはポットを片手に部室を出て行った。 「これで世界がピザ化する事態は回避できたようですね。ひとまず安心と言ったところです」 パイプ椅子にもたれかかり息をはくと、俺は天井を見上げながら背筋を伸ばした。 これで朝比奈さん (大) のいる未来世界も、正常な世界に戻ったんだよな。いやあ、めでたしめでたしじゃないか。 「………」 気づくと、長門が物言いたげな表情で俺の方を見ていた。どうかしたのか? お菓子でも食べたいのか? 長門はゆっくりと手を持ち上げ、俺と古泉に振り向くようジェスチャーで指示した。後ろを向けっての? 後ろって…… 俺と古泉は疑問を感じながらも、長門の指差しに従い部室の入り口へ視線を向ける。 そこには、ボディービルダーも真っ青なほどに筋肉隆々の肉体を持つ超絶肉体美な女性、朝比奈さん (大) が恨めしげな表情で立っていた。 …………。 え、またこのパターンですか? SOS団のメタボ ・ 完
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人間は遠い昔から、あの大空に無限の夢を見てきた。 白く、そして時には黒くたなびく雲の群れ。夜にはそこに目を奪われるほどに美しい星々を撒き散らし、心を妖しくかきたてる月を浮かべる。 何者も畏敬の念を抱かずにはいられない雄々しい太陽。そして誰も逆らうことのできない神の雷。青々とした、澄み渡った空は常に変化を続け、川底の小石を撫でる水のように我々地上の動植物を包み込んできた。 だからこそ人は鳥に憧れ、翼に信仰を抱いた。偽の翼で大空を我が物にしようとした愚かなイカロスは、だから侵すことのできない大いなる神の領域に力及ばず散ったのだ。 人は神には及べない。ここで言う神とはハルヒのような例外は別として、大自然のことだ。物理法則ってやつだな。 人は神に及ぶべくも無い。天を目指した長大な塔は砕け、神をたぶかそうとした愚かな人間は惨めな罰を受けた。 人は飛行機や飛行船など、物理法則に忠実に従った方法で神にお伺いをたて、許されて初めて空を飛ぶことができるのだ。 自ずから飛行することとは、まさに万物を超越した超自然的存在にしかかなわない偉大なる行為なのだ。 「飛んでる、飛んでるっておい! ㌧㌦!」 頭の中がゴッチャになってぐるぐる回っている! こんな状況で俺たち肉団子5兄弟は何をすれば良いというのか!? 「落ち着きなさいよ、キョン! 私たち、ついに宇宙人と遭遇したのよ! そして宇宙船に招待されたのよ! これは類まれなる貴重な体験よ! 今のうちにこの感覚を胸のうちに刻んでおきなさい!」 ダメだ、この肉団長は。突如として現れた巨大宇宙船に吸い上げられているというのに、このアクシデントに対して何の不安も持っていないというのか? こいつに本物の宇宙人を見せて満足させ、迷いの樹海を脱出しようと目論んでいたのに……。これは計算外の出来事だぜ。まさかこいつがタコ型宇宙人だけじゃなく宇宙船まで呼び出してしまうとは! 「弱りましたね。まさか宇宙船に招かれてしまうとは。まあ、被検体として解剖されることはないでしょうが……」 そう言いながら俺の隣をふわふわ浮き上がっていく風船人間は、SOS団副団長こと古泉一樹だ。 解剖なんてされてたまるかよ。ハルヒだってさすがにそこまでは望んでいないだろうから、おそらく友好的な宇宙人だとは思うが。 「みんな、気合を入れて宇宙船を乗っとるのよ! ヘマしたら、捕まってキャトルミューティレーションされるか、頭に変な金属欠片を埋め込まれて宇宙人のスパイにされちゃうわよ!」 勘弁してくれよ。頼むから余計なことは考えずに町に帰ることだけを考えててくれ。 こうして5体のトドは、あっけなく巨大宇宙船に収容されてしまったのだった。 ~1ヶ月目 ・ 痩せたい理由~ 宇宙船に格納された俺たちは、まとめて小さな灰色の壁に覆われた無機質な部屋に放り込まれた。くそ、タコどもめ。いづれ鉄板であぶっておいしくいただいてやる。 「宇宙人め。こんなところに連れてきやがって」 縦長の直方体の形をした部屋の中は空気がこもっているのか、やたら蒸し暑かった。蒸し返す部屋の中でだらだらと汗をかいていると、それが蒸発して周囲に漂い、刺激臭とともに室内の温度を引き上げる。なんという悪循環! ちくしょう、出しやがれ! 俺たちを蒸し団子にするつもりなのか!? 「とにかく、ここを脱出しないことには話が始まらないわね」 ハルヒはぴったり閉じられた扉を内側からどんどんと叩きながら、舌打ちとともに悪態をついた。 そんなハルヒのぬりかべのような後姿を眺めながら、俺は長門にひそひそと耳打ちした。 「なあ、まだ情報統合唐揚体とは連絡がとれないのか?」 「情報統合唐揚体ではない。情報統合思念体。まだアクセスすることは不可能」 「これって宇宙船なんだろ? お前たちの仲間じゃないのか?」 「これは涼宮ハルヒが形而下的イメージにより生み出した宇宙人。形而上的願望により彼女と接触した我々とは、そもそも存在の根本が異なる。仲間という語義が同種という意味ならば、それは間違った認識であると言わざるをえない」 「私もまだ未来世界と連絡をとることができません。私たちがいるこの空間も、まだ亜空間であると推測されます」 まいったな。朝比奈さんはともかく、長門はあてにしてたんだが。古泉はどうだ? ここはハルヒが望んで生み出した空間なんだろ? 前のカマドウマの時みたいに、赤い玉を出したりできないのか? 「やればできそうではありますが、エネルギーが不足しています。空腹過ぎて体力が出ませんよ」 くそ、やはり絶望的な状況であることには変わりなしか。食料さえあれば古泉の超能力で宇宙人をなぎ倒せそうな気もしたんだが。 「キョン、古泉くん! 体当たりよ! この扉をぶち破るの!」 ぶち破るって、ハルヒ……お前な。こんな硬そうな金属扉を体力下降状態の俺たちが開けられると思ってるのか? 「やってみないとわからないじゃない。このまま手をこまねいて人体解剖を待つのみって言うのも嫌じゃない。やれることを全部やって、悔いの残らないようにしないと!」 そうか。そうだな。そうだよな。このままこんなクソ暑いサウナの中で、あんなタコどものいいようにされてたまるか。絶対に脱出してやろうぜ。 「そうそう。その意気よ。やつらに捕まっちゃったら、きっと麻酔なしで開腹されちゃうんだから。そんなの絶対にごめん被りたいじゃないの。だから頑張るの!」 おい、ちょっと待て。やるから。体当たりでもトラースキックでもなんでもやるから、余計な妄想を膨らませるだけは勘弁してくれよ。最悪でも麻酔ありにしてくれよ、頼むから。 「いい? そんじゃ、行くわよ!」 肩を寄せ合ってクラウチングスタートの体勢をとった俺たちは、一様に緊張の息をはいて互いの武運を祈りあった。 「はっきょ────い!!」 その掛け声はやめてくれよ…… 「のこった!!」 合図と同時に、はじかれたように扉へ飛び掛る5体の巨大なゴムマリ。速度、威力、質量ともに最高のタイミングだぜ! 固形物が砕けるような音をたて、俺たちを閉じ込めていた金属の扉がいきおいよく開かれる。かくして5人の太い英雄たちは再び野に放たれたのだった。 「きゅーきゅー!」 「きゅきゅ、きゅー!」 扁平に広がる無機質なロビーのような空間が俺たちの眼前に広がる。そこに立っていた、例の幼児本に出てきそうなタコ型宇宙人たちが混乱したようにきゅっきゅっきゅと騒ぎたてる。 「目指すはコクピットか司令室! きっと宇宙船の中央あたりにあるはずだから、1秒でも早くそこを制圧するのよ!」 ハルヒの怒号をかき消すように、重大な事態を報せるブザーが大音量で船内に響き渡る。おそらく俺たちが脱走したことを報告するアラームに違いない。 「私とキョンは右、古泉くんはみくるちゃんと有希をつれて左の通路を行ってちょうだい!」 「了解です! ふたりとも、お気をつけて!」 迷うことなく団員たちへ指示を出すハルヒ。やっぱこういう時にはこの決断力が頼りになるぜ。 上司との連絡をとれなくなった長門と朝比奈さんのことは心配だが、古泉がきっとなんとかしてくれるに違いない。ふたりになんかあったら許さないぜ、古泉! 「おやおや、手厳しいですね。善処しますよ!」 襲いくるタコどもに体当たりをくらわせ、2,3匹まとめてふっとばす古泉を見ていると、あっちはきっと大丈夫だろうと思えてくる。よし、俺も負けていられないぜ! 「うおおおおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!」 硬質プラスチックのような床を蹴り、ハルヒとともに駆け出す。2つのボーリング玉となった俺たちは、並み居るタコどもを次々と吹き飛ばして宇宙船内を突き進んでいく! その姿はまさに2台の大型トラック! 俺たちを止めようと飛び出してくる土星人はことごとく大きすぎる質量差の前に為す術なくはねとばされ、憐れにも白い壁にスルメのように叩きつけられる。 今ばかりはこの身がメタボ体型であることに感謝してもいいと思えるぜ。この圧倒的なまでの質量、重量感あふれる脂肪があるおかげで、宇宙人たちをぶちのめせるのだから! にしても、このタコ宇宙人弱いな。ちょっと当たっただけで、こんなにも簡単にぶっ飛んでいくなんて。これもハルヒのイメージなのか? 「はあはあはあ、ようやくそれっぽ場所までたどり着いたわね!」 疲れた身体を休めながら、俺とハルヒは今まで見かけたドアとは明らかに異質な、物々しい扉の前に立っていた。 「よし、相手に反撃の余裕をあたえずにこのまま突入よ! 後少しの辛抱だから、頑張りましょう!」 ああ、そうだな。ここさえ占拠すれば……宇宙船の操作方法は分からないが、長門ならなんとか分かるかも。 「準備はいい? 一気に踏み込むわよ!」 流れる脂汗を拭いもせず俺とハルヒが扉の前に立つと、氷のように冷たく立ち竦んでいた扉は音もなくスライドして開いた。これは自動ドアだったのか。 少し意表をつかれて一歩を踏みとどまった俺たちは気づく。部屋の中から、そして廊下の左右からも。タコ型土星人たちが光線銃っぽい物を手 (触手) に構え、俺とハルヒを睨んでいたのだ。 しまった、罠だったのか!? 「ようこそ、勇敢なる地球人たちよ」 ハンドアップ状態で苦虫をかみつぶす俺とハルヒの前へ現れたのは、周囲のタコどもとは明らかに雰囲気の異なる、上官っぽい感じのイカだった。このイカは、日本語が話せるのか。意思の疎通ができて助かるぜ。 まさかタコの次がイカとは……。やれやれ、ハルヒのイマジネーションの貧困さ加減にも困ったもんだ。 何が困ったかって? 簡単なことだ。そのイカは、白い胴体から生えている10本の触手すべてに光線銃を構えていたのさ。 「ちょうど良いモルモットが手に入ったかと思ったが、予想以上にこの星の高等生物は蛮行が好きなようだ。これほどまでに我が隊が屈辱の辛酸をなめさせられるとは思わなかった」 隊ってことは、あれが軍兵なのか? えらくひ弱なんだな、土星人って。さすがに銃を出されちゃ手も足も出ないが。 どうする、ハルヒ? このままじゃまた捕まってあの白い部屋行きだぜ? 「そんなのはゴメンよ。でも、さすがにこの数相手に戦う余裕はないわね。相手も素手ならいいんだけど、飛び道具を持たれていたんじゃ勝算は薄いわ……」 俺たちを取り囲む廊下のタコたちが、じりじりとその包囲網の枠を狭めてくる。反撃の糸口をつかめず、俺とハルヒはそのプレッシャーに圧されるように背を合わせ、絶体絶命の状況に歯がみする。 俺たちに少しづつにじり寄ってくるタコたちは、イカ司令官からの合図が下り次第一斉に銃の引き金を引く気なのだ。 「これは……さすがに万事休すね」 「おいおい、諦めるなんてお前らしくもないぜ。最後の最後まで、希望を信じていこうじゃないか」 「そうね。このまま何もせず、ただ黙って敗北を招くなんて私らしくないものね。最後まで助かると信じて、あがきましょう」 背中越しに、ふるえるハルヒの厚い肉が感じられる。 そうかお前も怖いんだな、ハルヒ。俺もだぜ。怖いさ。だがな、俺は信じてるんだ。お前がいれば、きっと道は開かれるってな。 頼りにしてるぜ、ハルヒ! また一歩、タコたちが前へ踏み出す。俺たちはわずかに膝を丸め、駆け出せる体勢に入る。万分の一にでも助かる可能性があるなら、こうするべきなんだ。 「死ね、野蛮な地球人どもめ!」 イカがヒステリックに触手を振り上げる。同時に、きゅーと声を発してタコたちが銃を構える! その瞬間、俺とハルヒは腰に溜めていたエネルギーを解放して駆け出した! 一瞬頭の中が真っ白になった。何が起こったのか理解しかねたが、次の瞬間には何が起こったのかを感知した。 銃を構えた土星人たちの足元が突如爆発し、ことごとくタコたちが爆風でふっとんだのだ! なんだ、これは、ハルヒが起こした奇跡なのか!? 「な、何事だ!? 何が起こったんだ!?」 爆破の威力で舞い上がった粉塵は周囲を覆い隠し、俺たちの視界を奪い去る。 もうもうと立ち込める煙の向こう側から狼狽したイカの声が聞こえてくる。これがやつらの作戦じゃないのだとしたら、まさか……! 「涼宮さん! 大丈夫ですか!?」 煙の中にシルエットとして見えていた丸い人影が熱を持ったほこりの遮断を越えて俺たちの前に現れる! 古泉、無事だったのか! 「あなたも無事のようで、安心しましたよ」 頼もしくも俺の横に並ぶ古泉の手の中には、見覚えのある赤い光球が! 「キョンくん、涼宮さん! 私たち、この宇宙船の食料庫を見つけて、食料を奪ってきたんです! さあ、これを食べて体力を取り戻してくださぁい!」 全身がたゆんたゆんした朝比奈さんの投げてくれた食料を、俺は手にするのももどかしく口でキャッチして一気にかみ砕く! 宇宙人の食料というからどんな物かと思ったが、パンのような物だし、けっこういける味だ。これもハルヒの好みか? それにしても久しぶりの食事だぜ。どんな食材かは知らないが、まるでストンと胃袋にたまるように腹に重みが感じられ、一瞬のうちに栄養価が全て体内に吸収されたように元気が湧き上がってくる! いける、これならいける! 脆弱な宇宙人ごとき、俺たちファットマンブラザーズの手にかかれば容易く圧殺できると確信できるぜ! 「武器を」 長門が俺とハルヒに、倒れているタコ型宇宙人の手から奪った光線銃を手渡す。むくれた顔をゆがませ、ハルヒが不敵に微笑む。こいつ、やる気だ! 「これさえあれば、SOS団に敗北の2文字はないわよ! 憎き土星人たちに、目にもの見せてくれるわ!」 「い、いかん! ドアを閉めろ! あの猿どもを中に入れてはいかん! 宇宙空間まで搬送して、放り出してやるんだ!」 まずい、開いていたドアが再び閉まっていく! さっきは自動で開いたが、今度はどうだか分からないぞ! 「駆け込むのよ!」 パンを口に放り込み、腹の肉をたぷんたぷんと揺らしながらハルヒが走る! しかしドアに駆け寄らせまいと、イカ型宇宙人が10本の触手に握っていた光線銃を発射した! 「危ない!」 床に倒れこむように、間一髪で銃から放たれた光線を避けるハルヒ。危機を回避できたのを確認してホッと安堵したのも束の間、次第に閉まり行くドアと高らかに響くイカ野郎の哄笑が俺たちを嘲る。 「あのドアが閉まってしまっては、僕らに勝ち目はありません!」 倒れたハルヒの横を駆け過ぎ、古泉がパンを口につっこんで徐々に狭くなる扉に突っ込んでいく! これがラストチャンスなんだ、絶対にものにしなければ! 俺も古泉に続く、長門も朝比奈さんも、立ち上がったハルヒも走り出す! 「愚かな地球人め! お前たちにこの光線銃の集中砲火はかいくぐれまい!」 出た、イカ野郎の光線銃10発同時発射! どうする古泉、あれがある限り、俺たちはドアに近づけないぜ!? 「愚かなのはあなたですよ! 同じ手が我々に何度も通用するとは思わない方がいい!」 イカの銃が構えられる直前、野球ボールのような古泉の身体が宙に浮かび上がる。その手の中にはあの赤い光球! 「ふんもっふ!」 イカの光線銃が白い光を放つ前に、古泉の光球がドアの向こうへ打ち込まれる! 「ぎゃ────────っ!!」 赤い閃光と爆風をともない、司令室からイカのものと思われる断末魔が響き渡ったのだった。 「どうだ、操縦できそうか!?」 香ばしいタコやイカの焼けるにおいが漂うコクピットで、俺たちは操縦席らしきシートに座った長門に尋ねる。 「解析中」 むっちりした尻がシートからはみ出す長門の隣に立ち、いらついた様子のハルヒが 「もどかしいわね!」 と叫び、長門の手の先にあるコンソールパネルに手をあてる。おい、お前なにやってんだ!? せっかく長門がなんとかしてくれてるのに! 「うっさいわね、こういうのはテレビのリモコンと同じで、適当にピコピコやってりゃうまくいくもんなのよ!」 宇宙船の操縦と家庭用テレビの操縦を同レベルに考えるって、どんだけだよ!? 後は長門に任せてお前は後ろでイカでも食ってろよ! 「うるさいうるわい! 私に任せておけば万事解決オールオッケーなの! この赤いボタン押したら、きっと着陸するはずよ! えい!」 アッー! お、おま、なんてことを! 赤いボタンって言ったら危険度100%と相場が決まtt その時だった。突然、ガクンと宇宙船の地盤が大きくゆらいだ。 『エンジンキンキュウテイシ システムレッド ドウリョクキュウミンニハイリマス バイバイサルサン』 明らかにヤバイ系のブザーが鳴り渡る。そして現状を報せるアナウンスの機械音が俺たちに窮状を教えてくれた。 「え、ええ!? ここ、この宇宙船、エンジン停まっちゃうって言ってますよ!? ってことは、まさか、つ、墜落!?」 ちょwwwエンジンが緊急停止とか言ってるぞwwwご丁寧に日本語でwwwどう考えてもこれはお前の押した赤いボタンの恩恵だろ!? 「うっさいわね、男が細かいことでグチグチ言わないの!」 細かいことじゃねえだろ! おい長門、なんとかエンジンを復旧できないのか? 「不可能。そもそも復旧の方法を解析していては、墜落までに間に合わない。今は早急に脱出することが得策と思われる」 脱出!? だ、脱出って、どうやって!? パラシュートがどっかそのへんに積んであるって言うのかよ!? 「何してるのよキョンも有希も! ほら、さっさと脱出するわよ! じゃないと、墜落に巻き込まれちゃう!」 人の危機感を極限にまでかきたてるブザー音にせきたてられるように後方を振り返ると、ハルヒがパラシュートの袋を片手に手を振っていた。パラシュートあったのかよ!? あ、いや、驚かないぞ。ハルヒのやることなんだからな。 「涼宮さん、さあ、早く脱出してください!」 『EXIT』とアルファベットがふられた脱出口が、古泉の指差す方向に口を広げてごうごうと風を巻き込んでいた。非難口までご丁寧に構えていたとは。なんだか、ここが宇宙船のコクピットじゃなくて市民体育館の一角のように思えてきた。 「団長である私は最後よ! 先にみくるちゃんと有希、それから古泉くんとキョンが脱出して!」 「ええ!? でで、でも私、パラシュートなんて使ったことないし、不安で、不安で……」 涙目のまま脱出口の前で震え始める朝比奈さん。気持ちはわかりますが、今は非常事態なんです! 急いでください! 「先ほど僕がお教えした通りにやれば、絶対に大丈夫ですから!」 「ひぅぅ、それでも怖いですぅ」 「それじゃあ僕が先に行きますから、僕に続いてください。それならいいですよね?」 立っているのが精一杯というくらい揺れ動く宇宙船内。ガラスの外を見ると、どんどんと高度が下がっている。このままじゃ、脱出が間に合わないのではという不安が胸に去来する。 パラシュートを背負った古泉が真剣な面持ちで片手を挙げる。 「それでは、失礼。先に行かせていただきます……って、あれ? あれれ?」 熟年のパラシューターのように渋く決めて脱出口から外へ飛び出そうとした古泉が、出口の前で困ったふうに立ちつくす。 「どうかしたのか、古泉?」 「いえ、あの……」 「なんだよ、早くしろよ、後がつかえているんだ!」 「………すません。腹が、おなかがつっかえて出られません……」 我が耳を疑ったね。 腹がつかえて脱出できない!? どんな理由だよそれ!? 「いえ、本当なんですよ。この脱出口、思ったよりも狭くてですね。よっ! はっ! ほっ! ……ど、どうやっても、横を向いても縦を向いても……う~ん!」 鏡餅のような腹を右往左往させて脱出口に詰まっている古泉。この緊急時になにやってんだ、馬鹿野郎! 腹なんて引っ込めろ! それが無理なら肉を切り落とせ! 今すぐ! あああ、どんどん高度が下がっていく!! 「そう言われましても」 「ええい、まだるっこしい!」 もたもたすることが大嫌いなハルヒのイライラが限界まで達したようだ。つりあがった目で、脱出口に詰まってウネウネダンスを踊る古泉のブリブリヒップを蹴り飛ばす! 「うほっ!」 その勢いで一気に宇宙船外へ弾き出される古泉。そのピンボールのような巨体は、夜闇の中を下へ下へと降下して行き、豆粒ほどの大きさになったところでぱっと白い落下傘の花を咲かせた。 「無事に古泉くんは脱出できたようね。さ、次はみくるちゃんよ!」 まだ決心が固まらないよう朝比奈さんはガクガクと震える足取りのまま、しかし果敢にも脱出口の前に立つ。 「大丈夫! 絶対に大丈夫だからね、みくるちゃん! 私たちもすぐに続くから、ね。先に行ってて」 古泉の光球の爆発で破損していたのだろうか。背後のコンソールパネルの一部が音を立てて破裂した。その音に背を押されるように、朝比奈さんは脱出口へ身を乗り出す。 「はひぃん、お、おなかが……肉がつっかえて出られませぇん」 「あんたもかい!」 脱出口の前で芸人のようにバタバタする朝比奈さんへ、すかさずハルヒのツッコミが入る。こう言っちゃなんだが、俺もハルヒと同意見ですよ、朝比奈さん。 「キョン、ちょっと手伝って。時間がないから、このまま有希も一緒に脱出させるのよ!」 ハルヒの言っていることがイマイチ理解できずに呆けていた俺に、ハルヒは長門の腕を持つように指示を出す。 全てを納得して俺が長門の腕を持つと、ハルヒが長門の足を持つ。担架をかつぐレスキュー隊員のように、俺とハルヒは長門をハンモック状にゆさぶった。 「いくわよ、みくるちゃん!」 ぶんぶんと振り回され、最大まで位置エネルギーを加えられた長門の串かつみたいな肉体は、手足の枷をはずされたことで解き放たれ、もがく朝比奈さんの背に激突。その勢いでスポンと音を立てて2人の身体は暗い夜の空に消えていった。 「さて。これであらかた片付いたわね」 激しく揺れる宇宙船の中で、俺とハルヒはパラシュートのパックを背に装着していた。慣れない作業の上に気ばかりが焦ってうまく背負うことができなかったが、なんとか背に装備することができた。 「ねえ、知ってる? パラシュートって、100個に1個くらいの割合で開かない物があるんだって」 こんな状況なのに、まだ冗談を言う余裕が残っているんだな。俺をビビらせようったって、そうはいかないぜ。というわけで、お先にどうぞ団長さん。 「何言ってるのよ。団員の無事を確認してから最後に脱出するのが、団長の役目よ。あんたもほら、さっさと行きなさいよ。腹がつかえるんなら、背中を押してあげるから」 ほら、と言って俺を脱出口へと導くハルヒの手をとった。 俺もきっと、この狭い脱出口に腹がつっかえてひとりじゃ出られないだろう。しかしそれは俺だけじゃな。お前もそうだろ? ハルヒは、神妙な顔をしてうつむいた。 「わ、私は大丈夫よ! あんたはつっかえるでしょうけど、私は見た目より細いのよ? これは着ぶくれしてるだけなんだから!」 俺はハルヒの両肩をつかみ、言い聞かせるようにその目を見据える。 こんなところで宇宙人なんかと心中する気かよ!? ダメだぜ。いくらデブチンになっても、お前はSOS団の団長だ。リーダーがいなくなっちまったら、俺たち団員は一体どうすりゃいいんだ!? 「それは私だって同じよ! あんたが……雑用係のあんたがいなくなっちゃったら、私はどうすればいいのよ!?」 雑用なんて探せばいくらでもいるだろう? それこそ俺が二階級特進するようなことがあれば、準団員の谷口か国木田あたりを引き込めばいい。少なくとも俺よりはいい働きするだろうぜ。 「ダメよ! あんたじゃなきゃ、絶対にダメなの!」 機関部がいかれちまったのだろうか。宇宙船のあちこちから破裂音が巻きあがる。危険を報せる赤いブザーが、まるで色濃い夕焼けの中にいるかのように、俺たちの身体を包み込んでいる。 宇宙船の落ち行く先に、小さく家々の屋根が見え始める。本格的に不時着の時が迫っているのだ。早く脱出しなけりゃ、俺もハルヒも……くそっ! 芋虫のように太い指で俺の身体を押すハルヒの腕をつかむ。やわらかいその手を、強く、ぎゅっと握った。 「なあ、ハルヒ。痩せてりゃ……俺たちが前のようにスリムな身体だったなら、こんな脱出口、すんなり通過できたのにな」 「……今さらそんなこと言ったって、仕方ないわよ」 黒々とした夜の闇を、明々とした町の光が下方から照らし出す。ここがどこなのかは知らないが、眼下に、高層ビルがもうそこまで迫っていた。 言うべきか。言わざるべきか。ほんの数瞬の躊躇の末、俺は覚悟を決めた。 「なあ、ハルヒ。SOS団を結成して、俺たちはいろんなことをしてきたよな。SOS団の知名度をあげようと躍起になったり、不思議探索やったり草野球やったり。思えば、町中を駆け回ってたっけ」 「それがどうしたのよ……」 宇宙船に、身体が跳ね上がるほどの激震が走る。どうやらビルの頭頂部に激突したらしい。 「俺、黙っていたけどアスリート萌だったんだ。引き締まった四肢で駆け回るお前の姿が、いつもまぶしかったのを覚えている」 「はあ!?」 俺とハルヒは折り重なるように部屋の隅まで吹っ飛ばされた。ビルを脳天から叩き折りながら落下を続け、とうとう宇宙船は水平を維持できなくなってしまったようだ。 「うぅぅ……さ、最後だ。これが、最後だから。だから……言わせてくれ……」 床にぶつかり割れるように痛む頭を抑え、俺は隣に転がるハルヒの手を強くにぎった。 こうなったらもう、どうなってもいい。宇宙船がぶっ壊れようが、俺たちが押しつぶされて消えてしまおうが。ただ一言。一言だけ、そうなる前に口にしたい言葉がある。 それは…… 「ハルヒ。もう一度、お前のひきしまった腹筋が見たかった」 ───────。 あれほど激しい音をたて、世界の終わりを告げるように鳴り響いていた地響きが、ぴたりとやんだ。 不思議と心は落ち着いていた。わずかに、動悸の音が耳に入る程度の興奮。何故だか全身を満たす安堵感。 俺は突然宙に放り出されたような感覚に包まれ、閉じていた瞳をそっと開いた。 そこには山篭り前まで毎日見ていた、数日ぶりの懐かしき我が部屋の内装があった。 寝ぼけ眼のまま部屋を抜け出した俺は階段を降り、洗面所へ向かった。 パジャマを脱ぎ、電灯に照らされた鏡の前で俺は生まれたままの姿をさらけ出す。たったひとり、風呂場で催すストリップショーだ。 バランスよく伸びた腕。すらりとした両の脚。細い首筋。しまった輪郭。影をうつす鎖骨。 「……痩せてる……」 なんだか、とてもおかしくなって整わない笑い声をもらした。 俺、人生のうちで何度、夢オチを経験すりゃいいんだろうな。 あれが夢だったのか。それともハルヒお得意の夢オチだったのか。相変わらず俺には確かめる術もない。今朝のニュースを見る限りでは、世界中のどこにもUFOが墜落したという速報は入っていないようだしな。 ま、今さえよけりゃそれでいいや。難しく考えたって仕方ない。あの1ヶ月が全て悪い夢だったとしても俺はいっこうにかまわないからな。 だから、俺は教室に入ったところで、ハルヒが自分の席でクロームダンベルを担いでいるのを見て、そっと苦笑した。 どうしたんだ。朝っぱらから筋トレか? 「まあね。ゆうべ変な夢を見てね。なんかじっとしてられなくて、ダンベル持ってきたの」 ジャイアント馬場やアントニオ猪木も、力道山の下でダンベルを常備して身体を鍛えたって言うし。いいんじゃないか? 「ふーん。ま、いいけどね。私はただ、最近運動不足だなって思って、自主的に健康管理のために筋トレ始めたの。それだけのことよ。他意はないわよ」 口をへの字に曲げてまくしたてるハルヒの様子が、とても滑稽でおもしろかった。 「ねえキョン。あんた、腹筋とか割れてる方が好みなの?」 はあ? なんだそりゃ? 「別に。ただちょっと訊いてみただけよ」 そう言ってガムシャラにダンベルをリフトアップするハルヒの二の腕はたくましく、とても美しく見えた。 「いやはや。それにしても酷い目に遭いましたね。あっはっは」 その割には、ずいぶん愉快そうに笑うじゃないか、古泉。 昼休みだというのに、ハルヒ以外のSOS団の団員たちは暇を持てあましてか呼ばれてもないのに文芸部室に勢ぞろいしていた。 「それにしてもみんな、無事に痩せられてよかったですね。UFOの一件がなかったことになっているのも、ホッとしました」 メイド服を着て急須にお湯を注ぐ朝比奈さんの姿は、やはり小柄でキュートな今の姿が一番似合っていますよ。 「危ないところだった。後2分ほど涼宮ハルヒの情報干渉が遅れていれば、あなたともども涼宮ハルヒは生命活動を継続できなくなっていた」 けっこうギリギリだったからな。もう少しで宇宙船に圧殺されるところだったよ。 やはり長門は、こうして窓辺の椅子に腰を下ろして静かに読書している細身の文芸部員って立ち位置が似合ってるよ。 あの脱出口を出られなかったことがショックで、きっとハルヒも本気で痩せないといけないと意識できたのだろう。命がけの状態だったもんな。あんだけの思いをすれば、相撲取りだって痩せたいと思うよな。 笑い半分にそれを口にすると、古泉と朝比奈さんから意外そうな目線を向けられた。俺、何か変なこと言ったか? 「私、お茶の水を汲んできますね」 かわいらしく小さな手を振ると、朝比奈さんはポットを片手に部室を出て行った。 「これで世界がピザ化する事態は回避できたようですね。ひとまず安心と言ったところです」 パイプ椅子にもたれかかり息をはくと、俺は天井を見上げながら背筋を伸ばした。 これで朝比奈さん (大) のいる未来世界も、正常な世界に戻ったんだよな。いやあ、めでたしめでたしじゃないか。 「………」 気づくと、長門が物言いたげな表情で俺の方を見ていた。どうかしたのか? お菓子でも食べたいのか? 長門はゆっくりと手を持ち上げ、俺と古泉に振り向くようジェスチャーで指示した。後ろを向けっての? 後ろって…… 俺と古泉は疑問を感じながらも、長門の指差しに従い部室の入り口へ視線を向ける。 そこには、ボディービルダーも真っ青なほどに筋肉隆々の肉体を持つ超絶肉体美な女性、朝比奈さん (大) が恨めしげな表情で立っていた。 …………。 え、またこのパターンですか? SOS団のメタボ ・ 完
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2009/05/16 PS THEシューティング 安価条件 クリア 実況時間54分 安価人さん生存 このゲームはTV番組D sGarage21見てて面白そうだと思って買ったゲームでした。 ゲーム自体はそんなに難易度高くないですが、スコアが兆まであるのでハイスコア目指してよくやってたきがします。 今回、其のとき以来でかなり久しぶりでした。 1面クリアして、やっぱり簡単だなと思ったもののあっさり死んだりコンテニューしたりと思ったより苦戦してしまいましたorz しかもクリア後に攻撃方法が他にもあること思い出したり。 其のせいで難しく感じたのかもしれない。 前にも1度とられたことあったんですが、 其のときは安価人が開始前に逃亡したので今回はプレイできてよかった^^ 名前 コメント すべてのコメントを見る てst -- (yoshua) 2009-05-16 17 03 00
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(カオス成分を大量に含有しています。おふざけが苦手な方はスルーお願いします) ハルヒ 今日からSOS団でも、刑事ものを導入するわ。 キョン なんだか、ものすごく予想がついていやなんだが、ニックネームでもつけて呼びあうのか? ハルヒ そうよ。手始めに、キョン、あんたは「ノーパン刑事(デカ)」よ! キョン 絶対に嫌だ。安易なダジャレだし、何よりそういう言い方は、今も何もはいてないみたいだろ。 ハルヒ じゃあ、証拠を見せなさい。 キョン なんどもいうが、それがセクハラだ。あと俺の場合、キョンがすでにニックネームだろ。 ハルヒ キョンって、刑事な感じがしないもの。 キョン 「ノーパン」が刑事になれるのは、あっても両さんの世界だけだ。 ハルヒ それから、キョンあらためノーパン、あんた殉職よ。 キョン ちょっとまて、ノーパンのまま殉職かよ。二重にいやな死に方だぞ。 ハルヒ つぎはみくるちゃんね。あなたの特徴からとって「ちち刑事(でか)」よ。ちなみに「でかい」と「刑事(でか)」をかけてるの。 キョン なに「うまいこと言ってやった」みたいな顔してんだよ!そんなオヤジギャグの解説なんか聞きたくねえよ! ハルヒ 当然、殉職するの。 キョン どういうシチュエーションでだよ。 ハルヒ 腹上死。 キョン いっぺん辞書で意味を確認して来い。 ハルヒ 有希は「万能刑事(でか)」ね。 キョン ちょっとはマシになってきたな。 ハルヒ でも殉職するの。 キョン はいはい。もう好きにしてくれ。 ハルヒ 気が変わったわ。 キョン もう、かよ! ハルヒ 有希、あんたは本当は富豪刑事(デカ)よ。 キョン そのネタは各方面にまずいって! ハルヒ 殉職したら遺産はあたしによこしなさい。 キョン 狙いは長門のマンションかよ!まず死をいたんでやれよ! ハルヒ それからキョン! キョン なんだよ!? ハルヒ あんたノーパンはやめて、ハ行つながりってことで、源氏名はパパラッチ刑事(デカ)で行きなさい! キョン まだノーパンになってねえよ。それと張りこみする動機が違ってるよ!刑事に源氏名はないし、ああ、一行じゃツッコミ切れねえ!それと古泉にもなんかつけてやれ!
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ガチャとはカプセルトイの通称、および商標だが ゲームではランダムで特定のアイテムが手に入るシステム。 トリックスターのガチャ トリックスターの課金サービスの一つであるガチャドリルのこと。 ガチャコイン(200P)を購入し、コインを利用してガチャドリルをすることができる。 基本的にはガチャには手を出さない方がいいが装備品はチャージクーポンの消費が3日2枚というマイショップ品よりもコスパが良いことからそれらを狙う人も。 運がよければNPCをモチーフにした装備やペットを入手できるが、大抵は必要の無いアイテムが出てくる。 そのため目的のものが出るまで万単位のリアルマネーをつぎ込む人が多い。 しかし中には1発でガチャペットを当ててしまう強運も存在する。 また行事などにはガチャコインを2枚消費するスペシャルフィールドが登場することも。 (色んな意味で)上位互換の鬱箱も存在する。 この頃は5000~10000円ぐらいで当たりのガチャペットが出る程度の確率で(それでも100回回しても出ない人もいたが) 近年のソシャゲのような大金を注ぎ込むことはなかった。 グラブルやFGOの件からしてインフレし過ぎでは PSO2のガチャ スクラッチという名称で健在。 殆どがコスチュームなどのアバター系アイテムなので強さにはそこまで影響しないが、わが娘のためにかわいい服を狙ってスクラッチして惨敗するユーザーは数知れず。 一応取引は可能なため無課金でも手に入るが、女性モノの服は需要が高いため高価なパターンが多い。 近年では過去の景品の色違いなどで水増ししており本命を当てるのが難しくなっている。 ボクラガソンヲシテシマウ グラブルのガチャ 地獄である ガチャからは武器と召喚石が入手でき、特定の武器を引き当てるとキャラクターが加入するという形式。 R召喚石という明らかなゴミが入ってるにもかかわらずSSRの確率が低い。 幸い武器は課金せずともマグナ装備で強くなれる…が可能ならSSRキャラを構成できるに越したことはない。 時々販売されるサプライズガチャチケットで好きなものが一つ選べるが、一部強力なモノは選べないため自力で出す必要がある。 「シヴァなら俺は持ってるよ^^^」 ちなみにラインナップが変わる前に9万円分ガチャを回すと(無償のものでも可)ピックアップされた当たりと交換できる、いわゆる天井が設定されている。 …非課金でも天井狙えるとはいえ9万は高すぎなぁい?( アニバーサリーイベントや年末、会員○○人突破などで無料でガチャを引けるキャンペーンなどが行われる。 特に大きな行事は100回ガチャなんてのもある。バブルかな? 一部イベント報酬もガチャ形式だが中身が無くなるまで引くと思うので問題ない。 放サモのガチャ 他のソシャゲとほぼ同様のガチャだが 全キャラに低レアバージョンの☆3キャラが存在する、ダブったときに上昇する神器レベルが100になると以降のガチャで排出されなくなる、といった特徴がある。 特に☆3キャラでもキャラクエストの解放条件を満たせるので無理して高レアを狙う必要がないのは嬉しい。それでも出ないときは出ないけどね あと男性キャラが多数を占めるためガチャのバナーがむさ苦しくなる。 なおヨウルなどの期間限定イベントの報酬で貰えるキャラだった場合、再復刻されるまで入手不可。 入手し損ねると復刻を待つ羽目になる。ある意味ガチャよりレアかも? 一部の配布キャラはショップにて購入が可能になった。 だがウィークリーミッションの虹のかけらが必要なため神器100は敷居が高い。 ガンオンのガチャ 地獄である 強い機体は軒並み新機体になっており、苦労して入手しても下方修正で型落ちとなるケースが多数。 金ユニコーンが無いと人権は無いとか言われていた。 一応課金せずともプレボによる機体やガシャチケットは入手できるが…レンタル券だった?涙ふけよ 昔はカラースプレーやエンブレムシートがレア枠で出ていた やったー赤箱だー!! エ ン ブ レ ム シ ー ト ▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂ FGOのガチャ 天井なし、鯖と礼装の闇鍋ガチャとこっちはこっちで地獄である 低レアと高レアとでは泥雲の差ほどステータスの強さが違うので必然と高レアを狙うことに。 一部イベントの報酬がガチャの場合も(要はグラブルと同じ) FGOの強化素材は出にくい&大量に必要になるためしっかり回しておかないと後悔する。 予感がしますか?安心なさい、錯覚です。 ガチャコンプ 2012年5月5日、グリー、モバゲーの騒ぎでコンプリートガチャが違法懸賞として指摘された。 絵合わせ規制は昔からあったのだがガチャコンプが蔓延しすぎて誰も疑問に思わなかった。 あのトリックスターもガチャコンプとして4Gが実装されており PSO2でさえクローズドテスト時にはガチャコンプがあったのだ(景品はあのラッピースーツである) さすがにやばいということで前者は4G提供取り止め、後者はガチャコンプの景品であるラッピースーツを通常通りガチャで排出となった。 5%の確率で○器を露出するドラえもん 2時間ごとにさまざまな道具をつぶやくが5%の確率でチ○ポ(ボロンとツイートすることがある誰得TwitterBOTだが 何故か「チン○を出したときにガチャを引くと当たりが出やすい」という噂が立つようになった。 そのせいでリプ欄にはガチャ報告がされるカオスな状況に。 しまいには「ガチャを引きたいから○ンポ出せ!」と言う始末。目的と手段が入れ替わってません? なにげに道具の種類は豊富。 名前 コメント
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俺は、米軍と戦った。 俺は、豪軍と戦った。 俺は、飢餓と戦った。 俺は、病気と戦った。 俺は、自身と戦った。 ~第三章 同期の櫻~ 走る俺。走るSOS団。 俺たちSOS団を含む歩兵第四十一連隊は、無事にニューギニア島に上陸した。そして、前線に合流するために 絶賛徒競走中ってわけだ。 「伏せろ!」 中隊長の声が木霊する。脊髄反射で身を屈める。乾いた草があっけなく下敷きになる。 直後、全身に響く爆音。 「古泉、この爆撃はいつまで続くんだ」 土に触れないように気をつけながら、顔を左に向けて問う。 「味方の直掩機が飛来するまでの辛抱ですね。 それに、今はこちらが優勢です。本格的な空襲ではないので、憂慮する必要はありません」 自信たっぷりに答えてくれる。 「お前の言葉、信じるぞ」 古泉は、顔についた泥を払いもせず、にっこりと頷いた。 さて、俺たちはニューギニア島に足をつけ、この通り作戦行動を展開している。 目指すは、島南東の要地ポートモレスビー。攻略目標が、そのまま作戦名になっている。通称はスタンレー作戦だ。 目的地がどういう場所かは、残念ながら一兵卒の俺には全くわからない。まあ、直接見に行けばいいだけだ。 そんなこんなで前線に辿り着いた俺たちSOS団は、休む間も無く次の指示を出された。 敵部隊を迂回して、包囲殲滅するとのことだ。 鬱蒼と生い茂る草木を掻き分け、前へ前へと体を押していく。俺と谷口で先頭を突き進む。 前面に照りつける太陽が眩しい。暑い。いっそのこと脱いでしまいたい。 それにしても、どこを見ても草ばかりだな。方向感覚が全く掴めない。 「長門、こっちで合ってるよな?」 頷きを返答とする長門。 お前がいなかったら、とっくに迷っていたかもしれない。SOS団発足当時から、感謝しても しきれないほどの活躍だな。 長門の指示通りに進んでいくと、次第に銃声が大きくなってきた。 「ここから先は戦闘区域。総員戦闘配置」 淡々と宣言する長門。あれ、それはハルヒの役目じゃないのか? 少し進んで、適当な叢に隠れる。 「ハルヒ、指示頼むぞ」 「任せなさい! ……、今よ! 一斉射撃!」 引き金をカチリと引く。弾が散らばる。 敵の姿は微かにしか見えない。まだ近づいてはいないな。 「豪軍が退却を開始した。追撃戦に移行」 長門の言葉を聞いてから、俺と谷口が同時に飛び出す。 しかし、えらくあっさりしているな。濠太剌利軍というのは、こうも簡単に逃げるものなのだろうか。 「つい、激戦になっちまったな」 谷口、言葉の意味がさっぱりわからない。 それから軽い衝突があったものの、これといった被害も無く敵は逃げていった。 夕陽が空を紅く染めている。 「豪軍も大したこと無いわね!」 手頃な大きさの岩の上で、夕陽を背に仁王立ちをするハルヒ。 「明日から登山だから、今日はしっかり休んでね」 登山か、すっかり忘れていた。 それにしても、こんなところに来て山登りをさせられるとは、何とものんきな話だ。 俺は、南に連なるいくつもの三角に冷ややかな視線を送った。 登山といっても、俺は大層な覚悟などしていなかった。 どこの誰が、何日もかけて登る山だと想像しただろうか。実際は、背負っている荷物が重いゆえに、 余計に時間がかかるだけなのだが。 結局、四日後にようやく峠へと辿り着いた。 無理のない進軍速度ではあったものの、山の斜面は予想以上に酷なもので、登りきる頃には 足が悲鳴を上げていた。 さらに、二倍ほどの高さはあろう山が隣に聳え立っているから、達成感も何もあったものじゃない。 だが、一人だけ疲れを知らない超人がいた。 「見て! すごい景色が広がってるわ。 みんな早く!」 お前は子どもか。いや、誰がどう見てもちびっ子だ。性質の悪い餓鬼だ。 ハルヒに引っ張られて崖に連れられる。 どこまでも続くような緑と、それをくりぬいたように一部分だけが白くなっていた。 その先には、群青色が延々と。 「あの辺りがポートモレスビーよ! もうちょっとね」 どこがもうちょっとだ。 どれだけの森を越えねばならんか、もう一度見てみるがいい。途中に小高い山があることも、だ。 そこから一週間ほどかけて密林を踏破し、最終目標のポートモレスビーまであと少しのところまで迫っていた。 「これより、豪軍前衛基地のイオリバイワに進軍します! 敵を捕捉するまでは縦隊で、交戦状態に入ったら散開隊形よ!」 イオリバイワ? 何が何だかもうわからん。 こういう風に元気に話すのは我らが団長だけで、俺たちの頭上には見えない雲が覆い被さっていた。 この疲労感、普段行う訓練の比ではない。谷口に至っては座らせてしまったら最後、 石のように動かなくなりそうだ。 もしこの場に他の部隊がいたら、だらけることすらできなくなってしまうわけだが。 「みんな構えたわね。全軍前進!」 ハルヒの叫びが、辺りに虚しく響いた。 それから二日ほどは、南国の木々でつくられた森の中で、ひたすら敵との遭遇戦を繰り返した。 銃声が響くたびに体が痙攣する。なぜかって? どこから敵が来るかがわからない。奇襲されては即座に対処できない。撃たれてしまえば一巻の終わり。 そういうことだ。 朝比奈さんが縮こまって動かなくなってしまったり、谷口が転んだ瞬間に銃弾がやつの頭上を掠めたりと、 とても日常では味わえそうに無い光景が広がっていた。 思い出としては愉快なものかもしれないが、直面している間はとても楽しめそうにない。 そうして、明くる日の朝、ようやく前方の視界が開けた。森を抜けたのである。 「本部から連絡! 午前九時より一斉攻撃とのこと!」 国木田が柄にも無く叫ぶ。ストレスが溜まっているのだろうか。 「みんな、それまでここを死守するわよ!」 その前に、俺たちの命を死守しなければならんぞ。 敵との衝突も無く、予定時刻を迎えようとしていた。 「五、四、三、二、一……、全軍突撃!」 ハルヒの掛け声と共に、襤褸を身に纏う俺たちが走り出す。同時に、辺りを包むは突撃ラッパ。 訓練通りの継続躍進。だが、訓練にこれほどの疲れは無かった、と思う。 反撃の銃弾をかわしつつ、少しずつ前へ進んでいく。地を這って進む。 時折、右側から一際大きな衝撃が来る。古泉の迫撃砲だ。いつもは全身を震わせるその響き、 今日は俺たちを奮わせる。 それを後ろ盾に、俺たちは終わりの見えない終着点へ向かって、一心不乱に歩を進めた。 SOS団が所属する中隊は、一日かけて小高い丘の敵陣を占領した。 翌日には、他の部隊と協力して全土を占領。 イオリバイワとやらを手中に収め、ポートモレスビーは手の届く範囲に来ていた。 そう思っていたときだった。 「大変よ! 倉庫の食料が一つも残ってないわ」 ハルヒがこちらに走ってきたかと思えば、こんなことを口走った。 なんだ? そんなに肉が食べたかったのか? お前も食い意地の張るやつだな。 「無いものは仕方ないだろ。おにぎりで我慢しておけ」 「バカなこと言わないで!」 銃弾のように勢いよく飛ばされたハルヒの怒号が、待った無しに俺を威圧する。 「ここの食料を目当てに進軍してきたの! 補給だってまともに機能していないのよ! あんたわかってる!?」 焦りと憤りを思いっきり顔に浮かべて、ハルヒはそう叫んだ。 ここで初めて、俺は日本軍の実情を知った。 浅はかだった。 確かに、ここ最近は弾薬の補充が無いと思っていたさ。しかし、まさかそこまで深刻だったとは、 今まで頭の片隅にも考えなかった。 「落ち着け。まず、これからどうするかを考えよう。な?」 狼狽しているのは俺だってのに。 「これから? そんなの、さっさとポートモレスビーを獲りに行くしかないでしょ! 他の部隊にはケガ人だっているんだから、そこで早く治療してあげないと……」 そう言いかけて、ハルヒは後ろを向いてしまった。小刻みに震えている。 俺はどうすることもできなかった。 これまで惰性で進軍して、突然とんでもないことを突きつけられたのだ。 部隊全体の存続に関わる問題だけに、ある意味結核の発見よりも辛い。 俺たちは、ここまで文字通り必死にがんばった。それなのに、それなのに。 容赦なく降りかかってしまったこの仕打ちは、俺たちの戦意を挫くのには十分過ぎた。 翌日から、星印の飛行機が上空を飛び回り始めた。置き土産よろしく爆弾を落としていく。 しかし、その黒い物体が俺たちに降りかかることは稀だった。どの機体も、俺たちを通り過ぎて 後方を潰しにかかっていくのである。 おかげで、ただでさえ脆弱な補給線は崩壊寸前だ。 そんな折、国木田からある宣告が下された。 「連隊本部、並びに第十七軍参謀本部から連絡が来たから、その内容を伝えるよ」 廃墟の横で円陣を組んで座っている中、国木田は細々と語り始めた。 「まず援軍だけど、ラバウル基地の航空隊は全部ガダルカナル方面に回して、こっちにはこないんだって」 国木田が今にも泣きそうだ。目が潤んでいる。 その姿を見て、思わず涙をもらいそうになる。 「それで、補給が続かないから僕たちを含む南海支隊は全面撤退、とのこと」 南海支隊か。久しぶりに聞く名前だな。 再度補足しておくが、俺たち歩兵第四十一連隊が臨時で所属している部隊だ。 「で、で、で……」 連絡事項を言い切る前に、国木田は言葉を詰まらせてしまった。 慌てて駆け寄る俺と谷口、あと古泉。 「国木田、無理しなくてもいいぞ。 無理のない調子で言えばいい」 「キョンの言うとおりだ。 それともなんだ? 俺の裸踊りが恋しくなったのか?」 「国木田くん、まずはゆっくり深呼吸から。 落ち着きました?」 三人が、それぞれの方法で国木田を宥めようと試みる。 「……、うん。ありがとう」 国木田は、ゆっくりと顔を上げた。 「じゃあ言うよ。みんな驚かないでね」 一瞬の間が空く。思わず固唾を呑んじまった。 「第〇七〇七小隊、いやSOS団が、最後までここに残れ、だって」 俺も、他の全員も、一瞬にして言葉を失った。 溜まった疲れが全身を襲う。何も言えない。 「なんだそれは! 俺たちに死ねって言うのかよ!」 谷口が立ち上がって声を荒げる。 「谷口くん、冷静になってください。 暫くの間は盾になれ、としか言われていないでしょう?」 今にも暴れそうな谷口を、古泉が体を張って引き止める。 「そう! 古泉くんの言うとおりよ! こんなところで死んだら、それこそ敵の思うツボだわ。しぶとく生き残ってやるのよ!」 先ほどの暴露の後にも、少しも動揺することなく話すハルヒ。いつの間にか、お前も大人になったな。 いや、ここまで平静を保てるのもおかしな話じゃないか? 「わかったよ。隊長様がそういうなら仕方がねえな」 谷口も、感情をある程度抑えることができるようになったようだ。 「こうしちゃいられないわ。すぐに陣地を立て直すわよ!」 俺たちが辛うじて団体を維持できるのも、殆どこいつのおかげなんだろうな。涼宮中尉。 せっせと陣地構築を進めて防衛体制を整えたが、暗い森の中から敵が顔を出すことは無かった。 それからも一週間かけて順調に転進が進み、あとは俺たちを残すのみだ。 ちなみに、転進とは撤退を美化したものである。負けているという事実を、国民にばらさないための処置らしい。 現場の俺たちにとっては迷惑なだけだ。 「敵が接近している。すぐに撤退するべき」 この日の昼頃、長門の言葉で俺たちは動き始めた。 余力を振り絞って準備を進め、夕方までに態勢が整ったわけだが。 「出発するわ! 目的地は、峠の陣地を超えた先にある後方拠点よ!」 ハルヒは遥か西を指差しながら、張りのある声を響かせた。 この状態においても、あくまで気丈に振舞うハルヒ。 その笑顔が見ていられない。泥だらけの俺たちには眩しすぎる。 それから足を引き摺って目的地を目指し、月を跨いで十日ほどで到着した。 峠を再び越えるとは思っていなかっただけに、この行軍は俺を隅に追い詰めた。ちょっとは休ませてくれよ。 その後の二週間ほどは、戦いも無く後方の物資輸送に従事していた。 森の中を歩き、他の部隊に荷物を渡していく作業だ。 なぜ、さっきまで最前線にいた俺たちがこんなことをしなければならないのか。そんなことを薄闇の中で考えた。 だが、峠に残っている部隊のことを考えると、それは一瞬にして掻き消された。 十月も終わりに近づいた頃、またしてもムチャな命令が下された。 「SOS団は峠の陣地に移動して、峠の部隊が撤退するまで駐留よ」 疲労を顔一杯に露出したハルヒが、俺たちに淡々と移動を命じた。 「また山を登るのか?」 わかっている。こんな質問が何の意味を持たないことぐらい。 「そうよ。みんながんばりましょ」 声に張りが無い。誰だ、ハルヒから燃料を奪ったやつは。 シレイに抗うこともできず、俺たちは再三の登山を終えた。かかった日数は五日。 登りきった瞬間に倒れたくなったが、他の部隊がいるため座ることすらままならない。 結局、到着するとすぐに持ち場に連れて行かれた。 俺と谷口、長門と朝倉の二手に分かれて、陣地の最前線で哨戒にあたる。 あとの四人は、すぐ後ろの陣地に隠れているようだ。 目の前には彩度を失った森が続く。何も知らない空だけが、晴れ色を全面に広げていた。 「そこのみんな、夕食よ。監視は一旦止めていいらしいわ」 ハルヒが、用件を無気力に伝える。 元の世界だったら、閉鎖空間が世界を支配している頃だろうな。 とぼとぼと陣地へ歩いていく俺たち。 焚き火のある広場に足を踏み入れると、後方担当の四人に加えて、普段はいない人物が加わっていた。 「ち、中隊長殿」 慌てて敬礼する俺たち四人。 「そう固くならんでもいい。まあまあ、こっちに来い」 微笑を顔に浮かべながら、張りのある右手を上下させて俺たちを招く。 「今日は、お前たちに伝えたいことがあって来た」 この瞬間、中隊長が真剣な面持ちで俺たちを見据えた。 誰もが口を噤んでいる。 「余計なことは省くぞ。 まず、最後まで諦めるな」 全員、食い入るようにして中隊長を見ている。 「但し、これだけは覚えておいてほしい。 俺も、前途あるお前たちにこんなことを言いたくないんだが……」 束の間の後。 「生きて祖国の地を踏めるなんて、甘い考えは今すぐ捨てろ。 その代わり、何があっても最後まで戦え。命がある限り、精一杯生きるんだ。 俺もすぐに行く。靖國で会おう」 誰も、何も言わない。だが、心強い。 深い深い落とし穴で何年も待ち続け、やっと救い出されたような気分だ。 みんなの表情が、少しだけ元気づいたのがわかった。 俺たちは、誰かに激励してもらうのをずっと待っていたのかもしれないな。 しかし、この台詞、どこかで聞いたことがある。 「きっさまっと おーれーとーーはー どうきのさーくーらー」 何の前触れも無く、谷口が口を大きく開けて歌い始めた。これは軍歌か。 「「おーなじ へいがっこーぉのー にーわーにーさぁくー」」 続いて歌声を響かせたのは、なんと長門だった。これには驚いた。 「「「「さーいた はーなーなーーらーー ちーるーのーーは かーくーごー」」」」 俺とハルヒが追従する。 「「「「「「「「みーごと ちーりーまーぁしょー くぅにぃのーたーめー」」」」」」」」 いつの間にか、みんなで声を張り上げて斉唱していた。 肩を組んで、体を揺らして、一心不乱に歌い上げた。 静寂の森の中、八つの歌声が絡み合う。 結局、最後の五番まで歌いきってしまった。体が火照っているのがわかる。 どの顔も、いつの間にか上陸したばかりの輝きを取り戻している。そんな気がする。 俺の心を支配していた雲は、眩い光に紛れてしまったようだ。 無言で敬礼する中隊長。俺も、すっと右手を額に添える。 中隊長は、回れ右をして、闇に溶けていった。 それから三日間かけて各部隊が撤退し、陣中はいよいよ静寂を露にしていた。 辺りの木々は、風に揺られながら無知にはしゃいでいる。 明くる日の朝、貴重な玄米を食べ終えたばかりの席で、煤けた服を纏う長門が口の結び目を解いた。 「今日の未明、敵の捜索隊に発見された。 今すぐ撤退するべき」 つまり敵が迫っているってことなんだが、今更これを聞いてうろたえるやつは誰もいなかった。 俺に至っては、ようやっとこの場を離れて逃げられることに尋常でない喜びを感じていた。 「わかったわ。でもちょっと待って」 みんなの顔がどことなく綻んだとき、ハルヒが重い口調で喋り始めた。 「いい? よく聞いて。 みんな、ここまでの行軍で疲れきってるはずよ。だから……、今の内に必要でない武器は全部捨ててちょうだい」 後ろめたそうに、だがはっきりと、ハルヒはそう言ってのけた。 なぜこの台詞に抵抗があったのかと言うと、この発言は日本軍として大問題だからだ。 俺たちが入隊したときから、ハルヒを含む上官たちから散々言われてきたことがある。 軍靴から戦車まで、今所有している武器その他は天皇陛下から頂いたものだから、如何なるときも 失ってはならない。 この考えが当たり前だった。そして、俺たちもこれに従順だった。理由はともかく、物資を大切にするのは 何ら間違っていないことだからな。 つまり、今から実行しようとしていることは、明らかな軍律違反である。 国木田辺りから反発されるだろう、俺はそう思った。 だが、俺たちは日本軍である以前に、生粋のSOS団だった。 「よし! じゃあこの迫撃砲はさっさと捨てちまおうぜ!」 ハルヒが澱ませた空気を真っ先に払いのけたのは、なんとなく予想していたが谷口である。 それから谷口の言動を皮切りに、他のやつらも大型の武器を捨て始めた。 俺も、これ見よがしに筒を崖下に投げ捨ててやった。 全員が身軽になった後、俺たちは見慣れた道を下り始めた。 不自然にできた砂利道を、黙々と進んでいく。 この木々の先には、一体何があるんだろうな。 翌朝、俺たちは山の中腹にある小さな陣地に到着した。 穴を掘っただけのものだ。既に人はいない。 本部からの指示により、俺たちはここに駐留することになった。 「なあキョン」 俺の左で哨戒に当たる谷口が、こちらを向いて不意に口を開いた。 「なんだ?」 「俺たち、これからどうなるんだろうな」 真顔でそんな質問をされると、どう返せばいいか迷うのだが。 「天に召されてサヨウナラ、だろうな」 真面目に返答するのが馬鹿馬鹿しくなった俺は、思いついたことを適当に口にしてしまった。 谷口は、物言わず俺の首を見つめている。 「元気出せよ谷口。お前らしくないぞ。 そうなる前に、生きて帰るんだろ?」 俺は、ひたすら陳腐な言葉を並べることしかできなかった。 「第十七軍からの連絡で、後方の一拠点に撤退とのこと」 翌日、国木田の機械的な口調から、再三の転進が始まった。 それから十日ほどかけて悪路を進み、溢れ出る感情を押し殺しながらもようやく拠点に到着した。 だが、そこに人の気配は無かった。 なんだ、俺たちは味方に騙されたのか? そう思っていたときだった。 「今来た通信によると、この先に川があって、その河口近くにある拠点まで撤退してるんだって」 本当に騙されていたようだ。 影を引き摺りながら、ひたすら拠点を目指す。だが、まだ川すら見えていないとはどういうことだ。 陽が沈み始めた頃、俺たちは適当な更地を見つけて転がっていた。 右を向くと、朝比奈さんが仰向けで伸びていた。髪に土がつきますよ。 目を瞑り、ほんのりと茶色に焼けた両腕を斜め下に伸ばしている。こんな状況でなかったら、 気を失ったようにしか見えない。 いつだったか役に立てないと嘆いていたことがあったが、そう思っているのは本人だけだ。 朝比奈さんは、俺たちが戦っている後ろで食事の準備などの雑用を一通りこなしている。 国木田と並んで、縁の下の双璧と言うべきか。 弱音を吐かず懸命に仕事をする姿を思い浮かべつつ、額の汗をそっと拭ってやった。 数日後、俺たちはようやくせせらぎを耳にした。 目の前には恋い焦がれていた水が、大きな川幅を取って悠々と流れている。 「みんな! 昼間でここで休憩よ! 泳ぎたい人は好きにしてちょうだい!」 少し元気を取り戻したハルヒが、俺たちに向かってそう叫んだ。まさに水を得た魚だな。 俺と谷口は一度視線を合わせた後、迷うことなく軍服を脱ぎ捨て、そして川の中へ足を突っ込んだ。 冷たい水が、俺の皮膚に心地よく刺さる。 何の躊躇いも無く水に浸かるなんて、一体いつ以来だろうか。 水が岩に弾ける音を背景曲に、俺は水にとろけていった。 さて、俺たちは容赦なく降り注ぐ光の下で、額に汗をしてせっせと木を運んでいる。 これから川を下るために筏をつくろうってわけだ。 学校の野外活動なんかでありそうな作業だが、そんなお気楽なものではない。 これまで度重なる無茶な命令を受け、心身ともに底辺スレスレを滑空する日々である。 こんな肉体労働の、どこに価値を見出せって言うんだ。 結局、半日がかりで筏を完成させた。 目の前には、茶色の小島が鎮座している。 その両脇には、これまた木でできた櫂が我が物顔で寝そべっている。 「これなら百人乗っても大丈夫ね!」 ハルヒは、腕組みをしながらそう頷いた。多く見積もっても二十人分の隙間しかないわけだが。 まあそんなことを言いたくなるぐらい、大した完成度だった。今の俺たちにとっては、連合艦隊の旗艦ぐらい頼もしい。 右を向くと、微動だにせず筏を見つめている長門がいた。髪の毛がそよ風になびいている。 お前もそう思うか、長門。 翌朝から、筏に乗り込んでのんびりと川を下り始め、その日の夕方には目標の対岸に辿り着いた。 しかし、ここから先の道のりがわからなくなってしまった。てっきり一部の友軍が残っていると思っていたからだ。 他全員も、俺と同じような考えだったのだろう。ここに来て、目標を完全に失ってしまった。 「長門、本隊がいる場所はわからないか」 困ったときのなんとやら、俺は長門に頼み込むことしかできなかった。 だが、俺が掴んだのは幻覚だったようだ。 「この近辺には存在しない。 統合思念体との交信が断たれている今、遠距離の情報は特定できない」 俺は、暗闇の中を逆さまに転落してしまった。駄目だ、何も見えない。 先の見えなくなった俺たちは、取り敢えずこの場で一晩を明かした。けれども、これでは何の解決にもならない。 そう思っていたところ、前方から見知らぬ人物が勇み足で歩いてきた。 葉っぱの冠を頭に被り、腰には木の皮のようなものを身につけている。これは、間違いない。原住民だ。 体格が俺よりもひと回り大きい。ここで暮らしていたら、いずれこんな頼もしい肉体になるのだろうか。 身長ほどの槍を持った黒色の人物は、俺たちを見るや否や突然こちらへ駆けてきた。 銃を向けるわけにもいかず、思わず右足を一歩退いてしまう。 「そうだわ! この人に道案内をしてもらいましょう!」 ハルヒは、顔をぱあっと輝かせてそう言った。 この様子を見て、ちょっとは驚いたらどうだ。 「どうやって案内してもらうんだよ」 俺は、みんなが今考えているであろうことを代弁してやった。 「あたしに任せなさい」 ハルヒは俺にそう言い残して、臆することなく招いてもいない来客に近づいていった。 状況がいまいち掴めないが、ハルヒが身振り手振りで何かしている。 おい! あれは煙草じゃねえか! どこで手に入れたんだよ。 決着したのだろう、ハルヒは踵を返した。 「みんな! あの人に着いていくわよ!」 あの間に何が起こったんだ。わかるやつは説明してくれ。 数時間ほど歩いていくと、叢の奥に蠢く人々の塊を発見した。 みな同じような服を着て、いや、こいつらどこかで見たことがあるぞ。 偶然に偶然が重なる、俺たちは今まさにこれを体験しているのか。 「中隊長! 第〇七〇七小隊、只今戻りました!」 元気一杯のハルヒの声で、予想は現実になって俺の前に現れた。 俺は、もう何も言えなかった。 「今、俺は臨時で連隊長を任されている。 先任が名誉の――」 俺たちがいない間に、連隊本部も色々とあったようだ。 思いがけず歩兵第四十一連隊に復帰した後は、二日ほどで海に近い中継陣地に辿りついた。 そして、駐留を担当された部隊を残して、SOS団を含む連隊主力は舟で海沿いを進むことになった。 目の前には、陽が暮れて色を失った海が続く。誰かが墨汁でも零したのだろうか。 その黒に吸い込まれるようにして、俺たちは切り傷のついた大発動艇に乗り込んだ。 敵との接触も無く、海岸沿いに航行して目標の拠点に辿り着いた。 だが、孤独な旅路を乗り越えた俺たちに与えられたのは、休息ではなく新たな仕事だった。 そういうわけで、俺たちは哨戒やら運搬やら掃除やら、とにかく雑務に追われているのである。 今日の任務を終え、俺は夕食の席についた。石の椅子に空気の机、天井無しの開放的な空間だ。 体を起こして待っているのが辛かったので、膝に頬杖をついて食事の時を待つ。 「みんな! 今日は豪勢に野鼠の丸焼きよ!」 ハルヒの声と共に、どこからか焦げたような香りが漂ってきた。 「野鼠なんていつ捕まえたんだよ」 黙っているのもなんだ、俺はハルヒに疑問をぶつけた。 「その質問を待っていたわ! 原住民の集落に行って貰ってきたのよ! 純度完璧の真水だってあるんだから」 満面の笑みを浮かべながら自慢げに話すハルヒ。 まさかとは思うが、奪ったんじゃないだろうな。ハルヒのことだ、放っておいたら何をしでかすか。 ともかく、今日は久しぶりにまともな食事にありつけそうだ。 この会話だけを取り出すと、いかにも賑やかな会食に見えるかもしれない。 だがこうして騒いでいるのはハルヒだけで、俺たち七人はひたすら聞き手に回るばかりだった。 俯きながら鼠を齧っている朝比奈さん。激務の連続で疲れが溜まっているのだろう。 左隣の古泉は、ひたすら無言でニヤけたままだ。喋れよ。 こんな調子で夕食を取っているうちに、周囲の闇が次第に濃くなっていった。 片付けと団員の安全確認を終えた後、これといってすることも無かったので、俺はさっさと茅葺きの寝床へ向かった。 軍服を脱ぎ、下着だけの涼しい格好になる。 その後すぐに男子全員が揃い、俺たちは床に転がった。 おかしい。なかなか寝付けない。 今日食った野鼠の影響だろうか。いや、いくらまともに食事していないからといって、そんなはずは無いよな。 もっと概念的なもの、そうだな、第六感ってやつだろうか。俺の脳が危険信号を出している、気がする。 突然、足先に寒気が走る。風邪でも引いちまったのだろうか。 寝たいのに寝られない。隣で寝ている谷口でも起こすか? さすがにそれは気が引けるな。 ああ、体が重くなってきた。これは本格的にまずいぞ。 そうだ、古泉を呼ぼう。あいつなら、安眠を妨げたところで大した文句も言わないだろう。 「おーい古泉、起きてるか?」 俺は、まずは様子見で、古泉がいるだろう方向に掠れ声で囁いた。 「起きていますよ」 返答は、生温かい吐息と共に俺の頭上から降りかかってきた。 「古泉、なんだこれは」 実態の無い木槌で頭を殴られてしまった俺は、先程よりも声量を大きくして、俺の腰の上に座っている 古泉に声をかけた。 「見ての通り、あなたの上に座っています。馬乗りですね」 古泉は、さも常識を語っているかのように言ってのけた。 「どうして俺の上に座る必要があるんだ」 駄目だ、思考が上手くまとまらない。俺が本当に訊きたい質問は、もっと他にあるはずなのに。 だが、俺が新たな問いを吹っかける必要はこの瞬間に無くなった。 「あのですね、あなたを見ていますと、その、何といいますか、気持ちが抑えられなくなったんですよ。 もう我慢できません。脱ぎます」 息を荒げながら喋り、古泉は一通り言いたいことを言ったのだろう、上側の下着を勢いよく脱ぎ捨てやがった。 ここまで俺はわりと平静を保っていたが、ようやく事態が尋常でないことを理解した。おい何のつもりだ。 まずは逃げなければ……、しまった、両腕の付け根が押さえつけられているじゃねえか! 古泉の鍛え上げられた筋肉に、俺は抗う術を失ってしまった。 こうなったら仕方が無い。何やってもいいよな。 後で上官に怒鳴られるのを覚悟して、俺は大きく息を吸い込んだ。 「んぐ」 大声を出そうとした矢先、古泉に口を押さえつけられてしまった。 代わりに左腕が自由になったが、満足に呼吸もできない今、はっきり言ってどうしようもない。 最後の望みをかけて、俺は左手で古泉の腹を殴りまくった。だが力が入らない。 四発目を放とうとした瞬間、最後の希望は古泉の右足で踏みにじられてしまった。 「安心してください。大人しくしていれば乱暴しませんから」 そもそも、両手を押さえられている状態でどうしろってんだ。 はあ、もうどうでもいい。降参だ。 よく考えたら、殺されるわけじゃあるまいし古泉に何をされようとも別にいいよな。 助けてもらえたらツイている、みたいな。その程度のことだ。 こんな思考をしちまっている時点で、既に古泉の術中に嵌っているのだろうか。 当の古泉は、器用に足だけで俺の下着を脱がそうとしている。足の指がちょっとくすぐったい。 「はい、手を挙げてください。バンザーイ」 お前が無理やり俺の腕を動かしているじゃねえか。 おい、布が俺の首にひっかっかっているぞ。苦しい助けて。 耐え切れず頭を上げると、古泉があまりに力強く引っ張っていたため、下着は勢いよく俺の顔をすり抜けた。 つまり脱げちゃったのである。 土で茶色くなった俺の下着は古泉の足先を離れ、円弧を描いて宙を舞い、谷口の顔面に着地した。 「くっせー!」 谷口が、高電圧治療を受けたかのように飛び起きた。それと共に俺の下着が再発進し、二回転に成功した後、 国木田の寝顔に突撃した。 「うわあ!」 国木田は一度飛び跳ねた後、助けてと言いながら床をのた打ち回っている。俺を助けてくれよ。 「なんなんだよ、ってお前ら何してるんだ?」 眠そうに目を擦りながら、谷口が能天気な口調で俺たちに問いかけてくる。 俺、助かったのか。そう思って安心した矢先。 「邪魔しないで下さい! 今いいところなんですよ」 そう言ってから思いっきり俺に抱きつく古泉。暑苦しい止めてくれ。 俺は、自由に動かせる首を必死に横に振って、谷口に意思表示をした。ついでに、古泉の肩に 頭突きをかましてやった。 ようやく事態を理解したのだろう。谷口は国木田を無理やり起こして、二人がかりで古泉を引っぺがしてくれた。 「何するんですか! これからだって言うのに!」 足をバタつかせながら、古泉は拘束を必死に振りほどこうとしている。 見苦しいから止めてくれ。 「古泉、話の続きは医務室で聞いてやるって。だからこっちに来い」 谷口に促され、古泉はトボトボと部屋を出て行く。 一人部屋に取り残された俺は、一連のできごとに呆気に取られたままだった。 あれは何だったんだ。夢の続きだろうか。 俺は、どうしようもなく疲れが溜まっていたので、そのまま横になって目を閉じた。 「昨日は申し訳ありませんでした」 SOS団男性陣で、青々とした海に向かって釣り糸を垂らしているとき、古泉がこちらを向いて不意に口を開いた。 「いいって。精神異常なら、俺も責めようが無いからな」 振り向きもせず、俺は古泉に本心を晒した。 少し木の竿を揺らしてみる。なかなか食いついてこないな。 「まさかこんなことをしてしまうとは。油断していました」 横目で古泉の様子を見る。 古泉は、力無く頭を垂れて、釣り糸の先を見つめ始めた。 よし、今日の業務も終わりだ。俺と谷口は、海岸から炊事場まで競争した。 目を輝かせて待っている俺たちに、一つ一つ丁寧に配膳される。 目の前に現れたのは、黒ずんだ小さなヤモリだった。 ま、わけのわからん草が出てくるよりはマシか。 俺は頭から齧り付いた。三口で終わった。 ハルヒが調達した、随分と透き通った水を口に含んでいると、朝比奈さんが俺の左にさりげなく擦り寄ってきた。 「この後、ちょっと話を聞いてもらってもいいですか?」 朝比奈さんは、そっと俺の耳元で囁いた。少し寒気がした。 またハルヒ絡みのことだろう。俺は大した覚悟もせず、朝比奈さんたちが使う部屋へと足を向けた。 俺たちと同じような茅葺きの屋根。その中には、朝比奈さんが一人で鎮座していた。 俺が光を遮っているので、表情はよく見えない。 「話ってなんです?」 靴を脱いで正面に座ってから、当たり障りの無い問いで会話を切り出す。 「わたし、もう嫌です」 朝比奈さんは、俯いたまま呟いた。開口一番、嫌です、か。 これまでの様子からもなんとなくわかっていたが、やはり限界が来ていたのだろう。 「どうしてこんなに辛いの? ねえ、どうして!?」 朝比奈さんは、突然俺の両肩を鷲掴みにして、俺の体を強く揺すった。柄にも無く取り乱している。 そして、そのまま俺の前に崩れ落ち、うつ伏せで啜り泣きを始めてしまった。 その姿を見かねた俺は、朝比奈さんの顔をそっと俺の膝に乗せた。軍服がじんわりと湿る。 入り口から漏れる月明かりが、俺たちをぼんやりと映し出す。 「キョンくん、助けて、ここから連れ出して」 両手で俺のズボンを握り締める朝比奈さん。 俺は気の利いた言葉もかけてやれず、頭を撫でることしかできなかった。 就寝までの空いた時間を使って、俺たち男四人は部屋の掃除をすることにした。 しかし、どうしても作業が身に入らない。表面では落ち着いているように振舞っていても、頭は忙しなく 回転しているからだ。 あんな朝比奈さんを見てしまったんだ。誰だって動揺するのが普通だろう。 あの後、俺は部屋に入ってきた長門に朝比奈さんを任せ、逃げるようにしてその場を離れた。 今更だが、もう少し居てやればよかったと強く後悔している。バカだ俺は。 気晴らしに、外を出て空を見上げてみた。 無数の星が俺を圧迫する。空との距離感が曖昧になる。 俺も、いつかは夜空に飾られる存在になるのか。いや、宇宙の塵ぐらいが限界だろう。 深夜、俺は金切り声を目覚ましに飛び起きた。 こんな甲高い声を出せる人間なんて、SOS団にしかいないじゃねえか。 寝ぼけている場合じゃない。 妙に頭が冴えていた俺は、考えるよりも先に足を動かして、急いで靴を履いて部屋を抜け出した。 実を言うと、部屋の中で声を聞いたので、厳密な方向がわかっていなかった。 そのため、愚かにも俺は直感で走り出していた。 草を踏み分ける音が、辺りに鈍く響く。 勢い余って体が前に倒れる。痛い。平坦な場所で転んじまった。 俺はすぐに体を起こして、砂を払うこともせず、ひたすら闇の中を走り抜けていった。 空腹が体中に響く。 走っていると、目の前に数人の日本兵を発見した。三人、いや四人か。 彼らは円陣を組んでおり、その中には……。俺の予想通りだった。 「お前らあ!」 俺は、誰彼お構い無しに思いっきり怒号を浴びせた。 俺の声が届いたのだろう。朝比奈さんがこちらを振り向いた。 ん、その奥にもう一人転がっている。あれは、長門! 「貴様! この徽章が見えんのか!」 そう叫んだ人物の服には、平行四辺形の襟章が存在を誇示していた。 黄地に、極太の赤い線が二本。左に寄った位置に、白色の星が一つ輝いている。つまり少尉だ。 しまった。俺は後先考えずに突っ込んだのだ。 階級を盾にされてしまっては、たかが一等兵の俺にはどうすることもできない。 「やめてや、ってくれませんか」 俺は、恥を捨ててそいつに頼み込んだ。無言で腹を蹴られた。 勢いよく地面に倒れて、その先には縮こまった朝比奈さんがいた。 こんな画ってありかよ。情けなさ過ぎる。 ああ、すぐ近くにいるのに。どうして、俺は大事なとき、こんなにも無力なんだろうか。 俺を蹴った男が、朝比奈さんの釦に手をかける。 こんなことをするようなやつだ。顔に艶があるところからして、どうせ士官学校を出たばかりの 口だけ野郎なんだろう。 そんな屑にすら抵抗できないなんて。俺はなんなんだ。 俺は、這い蹲って様子を見守ることしかできなかった。と思っていたが。 「ちょっとあんたたち! そこで何やってんのよ!」 鼓膜が破れそうなほどの声を森全体に響かせたのは、俺が一番待ち望んでいたやつだった。 余力を振り絞って体を回転させると、どっかの銅像みたいに仁王立ちしているハルヒが目に飛び込んだ。 まるで地獄の番人だ。 対する兵士たちは、ハルヒを前に何も言わなくなった。いや、言えなくなったのだろう。 単純なこと。ハルヒはやつらよりも階級が上だ。くだらん。 ただそれだけのことなのに、一瞬にしてしおらしくなってしまった。ざまあみやがれ。 こいつらは、最後まで口を開かずに帰っていった。カス少尉だけが、しぶとくハルヒを睨みつけていた。 そして、ハルヒは長門、俺は朝比奈さんを負ぶって、往路を辿って部屋へと戻った。 翌朝、重りがぶら下がった空気の中で朝食が配られる。また変な草かよ。 俺はさっさと不味そうな草をかき込んで、味を感じる前に水でそれを押し流した。消化に悪いかもな。 全員が食べ終わって片付けを始めたとき、俺は朝比奈さんに話しかけることにした。 昨日は何も喋りたく無さそうだったからな。 「朝比奈さん、その、今日の雑草は一段と不味かったですね」 俺は慎重に言葉を選んだ。核心を突くのはよろしくない思ったからだ。 けれども、返答は無い。 聞こえてはいるのだろう。その証拠に、朝比奈さんはこちらを向いている。 だが、目に活力が無い。表情も、能面のように動かない。 「朝比奈さん?」 俺はもう一度呼びかけた。やはり返事が来ない。 朝比奈さんは、何も言わずに俺の前を去ってしまった。後に残ったのは、風で舞う砂埃のみ。 俺の視界が濁った。 この場で暫く蹲っていた俺だったが、ある大事なことを思い出した。 長門は? 長門は今どうしているのだろうか。 俺は駆け足で長門を探し、まだ炊事場に残っている長門を発見した。 「長門、心配してやれなくてごめんな。大丈夫か?」 長門相手にまどろっこしいのは抜きだ。俺は、単刀直入に尋ねた。 長門は、真夏なのに冷え切った瞳を俺に向けてこう言った。 「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」 前置きが必要なぐらい、長門にとっても相当嫌なことだったのだろう。当たり前か。 「ああ。聞いてやるよ」 俺は、微動だにしない長門の目をしっかりと見てから、はっきりと言ってやった。 「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」 「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」 「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」 いやちょっと待て。これはおかしい。 長門が、さっきから機械みたいに繰り返し呟くのである。 「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」 「もう止めてくれ!」 耐え切れなくなった俺は、そう叫びながら長門を思いっきり抱きしめた。 「情報の伝達に……」 ようやく、長門は自力で電源を切った。 「お前も辛かったんだよな」 長門は、もう宇宙人製インターフェースなんかじゃない。一人の人間だ。 どうしてそれを忘れていたのか。俺は長門に頼りすぎていたのだ。 俺は自分の額にできた小汚い川をそのままにして、空いた左手で長門の頭を撫で続けた。 それから一ヶ月ほどは、敵の襲来も内部事件も無く平穏に過ごすことができた。 とは言うものの、SOS団に立ち込める空気が確実に分厚くなっている。俺に圧し掛かってくる。 寧ろ、歪んでいると例えるのが適当だろうか。とにかくそんな感じだ。 今更だが、ここには日本のような四季は存在しないようだ。 雪も降らないまま、俺たちは異国の地で年明けを迎えた。 「みんな、あけましておめでとう!」 薄闇の中、輪郭だけが浮いたハルヒが何やら叫んでいる。 どんな状況でも気力十分、それがハルヒである。 いや、そんなはずないだろ。こいつだって、人並みに悩み、人並みに落ち込むはずだ。 それなのに、どうしてこんなにも溌剌としているんだ。 「みんな、こんなめでたい日なのにどうしちゃったのよ。 もっと盛り上がらないと!」 ハルヒの声が虚しく木霊する。聞いているこっちが辛い。 ハルヒの献身的な働きかけによって、俺たちはどうにか新年を迎えることができた。 それから二週間ほど経った頃のことである。 「今から重大な発表をする」 そう切り出したのは、臨時で連隊長になった元中隊長だ。 歩兵第四十一連隊は、出発前と比べると既に半数以下の人数になっていた。 さらに、今こうして立っていられるのは、出発前の四分の一程度しかいない。 俺たちは、文字通り死線を掻い潜ってきたと言えるのかもしれない。まだ終わっていないけどな。 「今朝、連隊本部から第十八軍司令部へ向けて、決別電報を打電した。 近日中に、我々は敵陣に向けて最後の突撃を敢行する」 あくまで感情を交えずに、粛々と事の次第を述べる隊長。 ついにこのときが来てしまった。 ちなみに、第十八軍司令部とあるが、部隊の再編によってニューギニアに派遣された部隊は 第十八軍の管轄下に入った。 それと、決別電報とは、簡単に言うと部隊が終わることを伝えるものだ。 つまり、玉砕だ。俺たちは死ぬんだ。 「詳しい予定は各中隊に追って連絡する。では解散」 連隊の各構成員は何も言わず、散り散りに自分の部屋へと戻っていった。 心なしか、彼らに元気が湧いているような気がする。まあ、こいつらは根っからの天皇信者だから、 何ら不自然ではない。 もしかすると、この閉塞状態から早く解放されたいだけなのかもしれんな。それについては俺も同意見だ。 だが俺たちは、そう簡単には死なない。死ねない。ハルヒがよしと言うまでは。 入れ違いで第十八軍から撤退命令が届いたのは、その三日後のことだった。 そして、誰もが万歳突撃を覚悟していただけに、当然ながら連隊内で混乱が生じてしまった。 一番の問題は、傷病者の処遇についてだ。突き詰めて言えば、連れて行くか放棄するかのどちらかになる。 重症患者の中には、自決したいがそれすらもままならないってやつまでいる。 当然というべきか、緊急で連隊幹部の会議が始まったようだ。 残された俺たちは、ひたすら決議を待つことしかできなかった。 翌日、眩い朝陽の中、あちこちで味方の銃声が響いた。 敵が攻めてきたわけではない。患者が処分を切望したからである。 こうして、俺たちの撤退準備は厳かに進められた。 その日の夜、重い荷物を担いだ俺は、他の兵士たちと共に指定の場所へ集合した。 夕方から滝のような豪雨が降り続いているため、ただでさえ狭い視界が余計に心許ない。 ほぼ全員が揃い、いよいよ動き始めると思ったとき、びしょ濡れの長門が俺に話しかけてきた。 「左前方に米軍集団を発見した。こちらには気付いていない」 そう言いながら長門が指差す。 その小さな人差し指に、容赦なく雨が降り注ぐ。 「長門、俺には何も見えないんだが」 事実、その先には延々と漆黒が続いているだけだった。 「この豪雨なら問題ない。今すぐ撤退するべき」 瞬きもせずに、じっと俺を見据える長門。 表情こそ変わらないものの、俺にはそれが悲痛な眼差しに見えて仕方が無かった。 「まあ、もう少し待っていようぜ。すぐに動き出すからさ」 俺は、無理に笑顔を作ってそう言った。 このやり取りがあった直後に、連隊長の指示によって俺たちは闇の中を手探りに進み始めた。 そろそろ三十分ほど経ったのだろうか。 辺りは、依然吸い込まれそうな黒色ばかりだ。 右手で木を伝いながら、終わりの無い逃避行を続ける。 そのとき、俺の右手を何者かが掴んだ。いや、何かに引っかかったようだ。 近づいても何も見えない。触ってみると、細い糸のような物が張られているのがわかる。 この固さ、蜘蛛の糸ではないだろう。 「ちょっと待ってくれハルヒ。ここに何かがあって、上手く進めん」 俺は、先を行くハルヒをすかさず制止させた。 俺の声を聞いて、鞄を揺らしながら駆け足で戻ってくるハルヒ。 「だらしないわね」 各士官に支給された懐中電灯を照らしながら、俺への文句を垂れ流している。 どうせ俺はその程度ですよ。そう言おうとしたが、この台詞はハルヒの言動によって遮られた。 「これ、電話線よ!」 突然、ハルヒが飛び退いた。 ぼんやりと映し出された顔は、少し目が泳いでいた。 「誰がここに電話線を架けたか、あんたわかってるの?」 今の連隊には、電話線なんてものは殆ど残っていない。となると。 「敵の物に決まってるじゃない! みんな、いい? 位置がばれるから絶対に触っちゃ駄目よ」 ハルヒは両手で握り拳を作りながら、俺たちに向かってそう叫んだ。 こんな雨の中じゃなかったら、速攻で敵が駆けつけてくるだろうな。 それからというものの、道中の至るところに電話線が敷設してあった。 敵がいかに大規模な軍勢であるかが、一兵卒の俺にもよくわかる。 ついでに、敵が豊かな物資に囲まれて進軍している、ってこともな。忌々しい。 出発してから二時間が経過した頃、突如として俺たちを腐乱臭が包んだ。 慌てて鼻を手で覆う。指の間から臭いが漏れる。 行ったことは無いが、生ゴミの集積場に来た気分だ。 「なんなんだここは」 鼻を摘んだまま、濁った声で長門に問いかける。 「ここは旧野戦病院の南に位置する。放棄された日本兵の死体が臭いの発生源」 くぐもった声が返ってくる。見ると、長門も両手で鼻と口を覆っている。 息が詰まる。吐きそう。早いとこ抜け出したい。俺はそう思うばかりだった。 だが、我らが団長様は、俺とは全く違った思考回路をお持ちのようで。 「みんな! 死んだ英霊たちが守ってくれてるのよ! さ、がんばりましょ」 ハルヒは顔を覆っていた手を振り解いて、俺たちに向かって必死に声援を送っている。 どうして、どうしてお前はそう健気なんだ。寧ろハルヒらしくない。 俺は、一度立ち止まって両手を合わせてから、再び見えない道を進み始めた。 どうにか臭いから抜け出すことができた俺たちは、その後も夜明けまで慎重に歩を進めていった。 早くこの島を脱出したい。しかし、それまでの道のりが果てしなく長い。腹立たしい。 陽が昇り、気持ち程度の朝食を終えてから、連隊は少し速力を上げて進み始めた。 辺りは、背の高い広葉樹が鬱蒼と生い茂っている。 夜の間にあれほど俺たちを襲った雨は、いつの間にか完全に止んでいた。 それから三時間ほど経ったとき、前方から連続した爆音が聞こえてきた。 音はそれほど大きくないから、遠めの位置だろう。 だが、この音は何だろうか。見渡しても、爆弾が炸裂している様子では無さそうだ。 「これは、重機の音ね」 機関銃を両手に担ぐ朝倉が、前方の俺たちにそう言った。久々に口を利いた気がする。 「重機? どういうことだ?」 いや、なんとなくわかるんだが、俺はどうしても誰かの説明を仰ぎたくなった。 「そうね、道路の敷設でもやってるんじゃない?」 朝倉は、真顔のまま淡々と告げた。 日本軍には重機と呼ばれるものは殆ど存在しない。つまり、敵が近くにいることを意味するのだ。 そうなると、もう迂闊に動けない。 先頭の連隊長もそれを察知したのだろう。 「先頭と合流して、円陣で待機しろとのことだ」 そんな指示が、見知らぬ兵士から伝言形式で届いた。 結局日暮れまで待機状態が続き、再び人工の明かりを頼りにしなければならなくなったときだった。 「これより、連隊を二つに分けて進軍する。第一、第二大隊は出発だ」 闇の中で、連隊長が少し大きめの声で指示を下した。 一応説明しておくが、大隊とは、連隊直下に位置する部隊だ。もちろん大隊長という補職も存在する。 俺たちは第二大隊に所属している。すぐに行かなければ。 昼間に寝たので、体力面では問題ない。けれども、いつどこで敵と出くわすかわからない夜の行軍は、 俺の精神を確実に蝕んでいる気がする。 俺たちは斥候として先頭を担当されている。いっそのこと後続を置いていって、森の中を 当ても無く思いっきり走り抜けたい。 薄暮の中を早足で進み、建設中の道路が俺の目に映ったときだった。 「あれ、敵じゃねえか!」 谷口の声で全員が振り向く。その先には、薄闇に浮かぶ数人の白人が、既にこちらを向いていた。 まずい、このままでは最悪全滅じゃねえか。 「ハルヒ、どうする?」 俺は、情けないがハルヒに頼るしかなかった。 ハルヒは、俺たち一人一人に目を合わせながらこう言った。 「まだよ。まだ動いちゃ駄目。 有希以外は銃を向けないでね」 俺が思ったとおりだ。ハルヒは表情一つ変えず、奇妙なぐらい冷静沈着に指令を出した。 暫くの間、SOS団は初対面の外人との睨み合いを続けていた。 もう一時間ほど経ったような気がする。それは無いか。 これが夜明けまで続くのだろうか。そう思っていた矢先、星印の連中は静かにその場を去った。 おいおい、これはどういうことだ。本隊まで連絡しに行ったのだろうか。 「今よ! 全軍前進!」 待っていましたとばかりに、ハルヒが高らかに進軍を告げた。 必死に道路を走り抜ける俺たち。後ろから、続々と仲間たちが着いてくる。 ふと左を向くと、谷口が顔をくしゃくしゃにして走っていた。歯を食い縛る必要は無いだろうに。 そんなこんなで、幸運にも無傷で敵の道路を横断できた。ここまであっさりと終わるとは、正直拍子抜けだ。 それからも森に身を隠しつつ足を柔軟に動かし続け、敵と遭遇することも無く二日が経過した。 今、目の前には荒れ放題の道なき道が広がっている。 これまでは天然の獣道を頼りに行軍していたが、この先には道と呼べる地面が見当たらない。 地面には大小さまざまな石が転がっており、その間には濃い緑色の雑草が生えまくっている。 さらに、背の高い木々が無造作に立ち並んでいる状況だ。 「なあキョン、あの草食えるかな」 勝手に食ってろ。谷口の犠牲、無駄にはしないから。 「さあ行くわよ! ここさえ超えれば、後はどうにでもなるわ」 空を切るハルヒのかけ声で、俺たちは意を決して足を踏み出した。 悪路の中、実態のわからない終着点に向かって、一心不乱に歩き続ける。 けれども一日では走破できず、ボコボコした地面の上で一泊することになった。 「朝比奈さん、今日の夕食はなんですか?」 俺の声だけが虚しく風を切る。しまったやっちまった。 あの暴行未遂事件からというものの、朝比奈さんは誰とも口を利かなくなってしまっていたのだ。 俺はごめんなさいをしてからその場を去り、ハルヒの背中に声をかけた。 「ハルヒ、今日は何を食べるんだ?」 返事が無い。あれ、俺の言葉は明後日の方向にでも飛んでいっているのだろうか。 「ハルヒ?」 語尾を上げてもう一度問いかける。 「ない」 後ろを向いたまま、ハルヒが呟いた。 「ない」ってなんだ? 俺が聞き取れていなかったのだろうか。 「すまん、もう一度言ってくれ」 「食料なんて無いわよ! 雑草でも食べたらいいじゃない!」 ハルヒの怒声が俺の耳を劈く。慌てて耳を押さえる。 直後、ハルヒは悲しげな目を俺に向けてから、俺の横を通り過ぎていった。 翌朝、空気が澱んでいる中で俺たちは進軍を再開した。 その空気で腹を膨らせながら、荒地を一歩一歩確実に踏みしめていく。 そして、この日の夕方にようやく難所を突破した。 達成感? あるわけが無い。 というのも、この二日間であった被害は甚大なものだった。 まず、食料が無い。それに加えて急勾配の行軍は困難を極める。実数はわからないが、 他の部隊でかなりの落伍者が出てしまったようだ。 SOS団にはこれといった被害は無かった。それだけが唯一の救いだ。 陽が暮れたので、溢れんばかりの窒素を頬張って、さっさと寝ることにした。 翌日、生き地獄を突き進んでいた俺たちに、一筋の光明が刺さった。 「集落よ! 現地人の集落があるわ!」 藁のような屋根を見て、目を輝かせたハルヒは一目散に走り出した。 俺たち七人も、それに負けじと追従する。 先ほど目に映ったあばら家に辿りついた頃には、既にハルヒが現地の黒人と交渉を始めていた。 その夜俺たちの視界に飛び込んできたのは、丸焼けの野豚一匹だった。 次の日から、俺たちは平坦な道をのろのろと進んでいった。 なぜ急がないのか。答えはこうだ。急げないのだ。 食料が無ければ、遅かれ早かれ餓死してしまう。そういうわけで、一人でも多く無事に生き延びるためには、 食料を探しながらの進軍が不可欠となった。 捜索中に迷う可能性も考慮されたが、川がすぐ傍に流れる道だったため、その心配はすぐに潰された。 そんな生活が始まった翌日のこと、俺たちはまたしても鼻がもげる思いをしてしまった。 前方の地面を注視すると、蝿が集って見るも無残な兵士の遺骸が、物言わず転がっている。 直後、強烈な吐き気が俺の脳天を襲う。 ああ、俺もいつかはあんな風になるのだろうか。 延々と絶望に苛まれそうになったので、俺は慌てて土から目線を逸らした。 後からわかったことだが、この辺り一体に敷き詰められていた死体は、独断で撤退した部隊のものらしい。 敵と戦ったような形跡は無かった。俺たちと行動を共にしていれば、いや、そんなことを考えるのはやめよう。 空になった集落を発見したり、同じ第四十一連隊に所属する者の遺体を発見したりといろいろなことがあった。 それでもSOS団内にこれといった被害は無く、二日ほどで川の河口に近い拠点に到達した。 もちろん人はいない。だが、戦闘があった跡も無い。元々ここを利用していた部隊は、米軍に攻められる前に さっさと退却したのだろう。 その日はそこで宿を取り、それから二日後、生き残りは河口に集結した。 「第十八軍から連絡で、味方の捜索隊がこっちに向かっているとのこと」 国木田が、通信機器を使って俺たちに助け舟を渡してくれた。 ようやく帰れるのか。もう喜ぶ元気も無いけどな。 他のみんなも、表情が少し緩んだだけだ。声を上げてはしゃぎ回る者はいない。 上陸したのが八月で今が一月の末だから、半年近くニューギニアにいたことになるな。 常夏の南国は、もううんざりだ。雪が恋しい。 勝ち負けなんて、今の俺にとっちゃあ部屋の隅っこにあるホコリのようなものだ。 夜が明け、国木田が言った通り、綺麗な軍服を身につけた友軍が固まってこちらへ歩いてきた。 土に塗れた俺たちを素通りして、傷病者が集められたところに駆け出していく。 SOS団を初めとする、正常に機能している各小隊には水と白銀のおにぎりが配られている。 手渡されたその瞬間、一気に緊張の意図が緩み、俺は力なくその場に座り込んでしまった。 視界の先には、穏やかな海が気ままに旅をしている姿が映った。 いつかはわからないが、戦争が全て終わったときも、きっとこんな状態なんだろうなあ。そう思わずには いられなかった。 それから一週間かけて海岸沿いを歩き、小さな港に辿り着いてから、俺たちは海に浮かぶ城で順に運ばれていった。 無事にラバウルまで輸送され、それからすぐに治療を受けることになった。 歩兵第四十一連隊の内訳は、船に乗り込んだのが五百人程度。その内、外傷が無いものはSOS団を含めて 二百人ぐらいしかいなかった。 出発時には五千人ぐらいいたはずなのに、いつの間にか零細部隊になっちまった。 緊急事態が発生した。俺たち全員、ラバウルの療養所に強制入院させられたのである。 事の発端は健康調査だった。 俺たちSOS団は、順にマラリアの検査を受けていた。 発熱すらないので当然引っかかるはずも無く、無事に検査が終わるかと思っていたのだが。 先に検査を終えた男四人で待っていると、白衣の軍医にこう伝えられたのだ。 「失語症の患者を一人、言語障害かつ錯乱状態に近い患者を一人、さらに 躁状態の疑いがある患者を一人発見しました。あなたたちにも精神障害の可能性があります。 早急に治療するため、本日より入院してもらいます。そのつもりで」 どこかで見たことのあるような、均整のとれた顔立ちで艶やかな黒髪を二本に縛った女性軍医は、 粘土でできた俺たちの足場を潰しやがった。 数時間後、男四人は土色の部屋に押し込められてしまった。畳の匂いが妙に鼻につく。 八枚の畳が敷かれた和室で、右側には押し入れであろう真っ白の引き戸が立てかけられている。 奥にある窓から差す西陽が、せっせと部屋を暖めている。 俺たちは入り口で呆然と突っ立っていたが、それから仕方なく靴を脱いで、部屋の隅に鞄を置いた。 そしてその場に座り込んだ。 誰も喋らない。何をしようともしない。 文字通り地獄の戦線を掻い潜って生き延びたと思ったら、途端に病人扱いである。しかも精神病患者かよ。 毎日忙しく動き回るのはこの上なく辛かったが、こうして窓際に追いやられるのも極端な話だ。 誰か、早く俺たちを連れ出してくれ。 そんなことを考えているうちに、陽はあっという間に暮れた。 翌朝、それは唐突に起こった。 「あれ? 俺なんでこんなところで寝てるんだ?」 眠い目を擦っている谷口がそう言った。どうせまた寝ぼけているんだろう。 だが、明らかに様子がおかしい。谷口は、しきりに左右を向いてうろたえている。 「おいキョン! ここどこだよ!」 そう言うや否や、谷口は弾丸の如く俺に飛びかかってきた。 「よせ谷口! 何のマネだ」 意表を突かれてしまった俺は、碌な応対もできなかった。 「俺ら、昨日は石の上で寝たよな? なあ?」 俺の腕を掴みながら、必死の形相で訴える谷口。 何言ってんだお前、とは言えなかった。どう見ても本気で言ってやがる。 俺が対応にあぐねていると、絶好の折に古泉が助け舟を出してくれた。 「これは、短期記憶障害でしょうか? すぐに診察室に連れて行かなければ」 古泉が判断を下してから、谷口は俺たち三人がかりで引き摺られていった。 結果から言うと、古泉の予想通りだった。 短期記憶障害とは、新しいことが覚えづらくなっている状態だ。 ここ最近の間に、不幸にも発症してしまったのだろう。 俺は、今まで隣にいた友人が狂っていく過程を見てしまったことに対し、何も言葉をかけてやれなかった。 焦点の合わない目。異様に噴き出した汗。 一連の光景は、否応にも俺の脳内に彫刻されてしまった。 谷口が個人部屋に隔離され、部屋で動く塊は三つだけになってしまった。 やはり、雑談に興じようとする者はいない。かく言う俺も何も話したくない。 だが、このままではさすがに時間の無駄ってものだ。というわけで、俺はある提案をした。 「古泉、国木田。指相撲でもするか」 部屋の中心で、俺たち三人は右手を組み合っていた。 三つの拳で作られた土俵に、三匹の力士が立ち並ぶ。 「では行きます。よーいどん」 あっさりした古泉の掛け声に合わせて、三本の指が一斉にうねり始める。様子見、ってやつだ。 誰もが指先を凝視して、一瞬の隙を窺っている。 ふと、古泉の指がこちら側に動いた! 俺は、すかさずそれを外側から絡め取る。古泉山は油断していたのだろう、脆くも土俵に倒れた。 「よし! 一、二、……」 確実に固めることに成功した俺は、ゆっくりと数を勘定していく。 古泉の親指が、見る見るうちに青白くなっていく。 その時、国木田の小さな親指が俺の上に被さった! その外見とは裏腹に、重石のような圧力が俺の指にかかる。 「キョン欧州、敗れたり」 ニタニタ笑いを浮かべる国木田。くそ、完全に虚を突かれてしまった。 それから三つの肉塊が動くことは無く、あっさりと国木田の勝利が確定した。 「ああやっちまった」 思わず声が漏れる。 「横綱昇進おめでとうございます」 いちいち現実味を持たせるな。 「たまたま運がよかっただけだよ」 左手で頭を掻きながら、国木田は申し訳無さそうに答えた。勝って甲の緒を締める、ってか。 その後、汗が流れるほどの熱気は、窓から流れる風によって急速に冷めていった。 次の日、俺たち三人にようやく外出許可が出された。但し建物の中のみだ。 俺は、せっせと腕立て伏せをしている二人を尻目に、独りで部屋を抜け出した。 もちろん、目的はSOS団全員に会いに行くことだ。谷口は、まあいいか。 あの女医の話によると、女性陣は全員が個人部屋を使用しているらしい。 大っぴらには言えないが、SOS団が入院に至った切欠だ、仕方あるまい。 俺はところどころが黒くなっている木造の階段を登り、誰かは分からないがとりあえず一番手前の部屋に 入ることにした。 黄色がかった茶色の扉の前で立ち止まってから、間隔を開けて三回叩き、それからゆっくりと押し開けた。 中では、浅葱色の髪を持つ女性が、窓の桟に手をかけて外を眺めている。 陽の光が、彼女を優しく包んでいる。 扉を開ける音に気付いていないのだろうか、こちらを振り向こうともしない。 「朝倉」 靴を脱ぎながら、軽い調子で朝倉に呼びかけてみた。 すると、朝倉は体をゆっくりとこちらに向けた。長髪がふわりと揺れる。 「キョンくん」 目に力の無い朝倉は、俺の足元を見てから数秒後、掠れ声でそう言った。 「どうした。俺が来るのが意外だったか?」 俺は、いつぞやに言われたような気がする台詞を、そっくりそのまま返してやった。 「わたし、なんて駄目なのかしら」 一緒になって外を見ていると、不意に朝倉が小声でそう言った。 俺は、余計な返事をして朝倉の喋りを遮らないようにと、何も言わず朝倉の顔を見据えた。 「この世界に来るまで、こんな思いはしなかった。 それなのに、今はとても自分が憎い。 復活しただけで何の力にもなれない、そんな自分が嫌」 朝倉は目線を外に向けたまま、読経のように口を動かし続ける。 朝比奈さんといい、SOS団では自虐が流行っているのか? もしそうなら、今すぐ打ち止めにしてほしい。 「そんなことは無い。お前は、自分が思ってる以上に俺たちの役に立ってるから」 これは慰めでもなんでもない。 だが、こんな言い方でいいのかと、後悔が心の端に引っかかった。 俺は、とにかく傷だらけの朝倉を少しでも癒してあげたかった。そのために本心を口にしたまでだ。 「どうして、そんなに優しいの」 今日初めて、朝倉は俺の顔を見た。 そっと扉を閉め、俺は隣の部屋へ向かった。 扉を開けた途端、地響きが俺を襲う。 どうやら、部屋の奥から何者かが豪快に走ってきたようだ。 「ちょっと! 誰だか知らないけど勝手に部屋に入ってくるな!」 俺だ、ハルヒ。ついでに言うと、ちゃんと扉をトントンしたぞ。 ハルヒは、部屋の真ん中にドスンと胡坐を掻いた。下に響くぞ。 俺も、その隣にある隙間にそっと座る。 「で、何の用?」 右手の人差し指で膝を何度も小突きながら、不愉快そうな表情で俺に問いかけるハルヒ。 「お前のことだから、今頃一人で暇してるんじゃないか、って思ってさ」 「そうよ、その通りよ! いきなりこんな部屋に閉じ込められて、一体どういう神経してるのかしら」 ハルヒはこちらに身を乗り出してきて、勢いよく話し始めた。 大方予想通りだ。ハルヒが、こんな窮屈なところで満足できるはずが無い。 ちょっと不満をぶつけ過ぎている気もするが。 「あんたもよ! せっかく部屋に来たんだから、何かしなさい。 ああイライラするわ」 お前はどこぞの公爵夫人か。ま、いつも通りなようでよかった。 「それから聞いてよ! 毎日毎日女医がここに来ては、つまらない話を垂れ流すのよ。 うっとうしいったらありゃしないわ」 おいおい、これはちょっと喋り過ぎじゃないか? 「あの太陽だって! 毎日毎日」 「そこまでだハルヒ。俺は愚痴を聞きに来たわけじゃない」 耐えられなくなった俺は、慌てて機関銃ハルヒを制止させた。 「何よ。ちょっとぐらい、どうってことないじゃない」 口を家鴨みたいにするハルヒ。 そう言われると、些か応対に困るのだが。 「よし元気みたいだなそろそろ出るとしようまたな」 俺は、返答も待たずにそそくさと部屋を飛び出した。すまんハルヒ。 なぜなら、喋っているときのハルヒの目が、猫のように爛々と輝いていたからである。 手は、今にも俺を掴みにかかろうとしていたしな。 思い出して、少し寒気がした。 さて次は誰かな。といっても、二者択一であることに違いないのだが。 深呼吸をしてから、俺は冷たい取っ手を捻った。畳の床が目に入る。 部屋の右奥には、朝比奈さんが膝を抱えて蹲っている。体調が悪いわけでは無さそうだ。 「朝比奈さん、どうもこんにちは」 以前話しかけたときと同じく、下を向いたまま反応しない。 俺は、靴を揃えてから部屋に入り、すっと隣に座った。 「やっぱり、喋る気分じゃないですか?」 微動だにしない。肯定と受け取っていいのだろう。 あの女医を含めて、殆どの人間があの事件によって言葉を失ったと解釈しているが、俺はそう思わない。 傍から見ていても、朝比奈さんは、これまで様々な悩みを抱え込んでいたように映った。 そして、それぞれの苦痛は自分の存在価値に対する問いかけが根底にあるはずだ。 これまでの言動から、俺はそう考える。 自分の存在意義に疑問を感じていた矢先、あのような扱いを受けてしまった。 詰まるところ、あのできごとは引き金に過ぎなかったのだ。 そう考えると、矛盾点はどこにも見当たらない。我ながら、的を射た推理だと思う。 もっとも、こんな議論を展開する必要が無い方が、よっぽど望ましいに決まっている。 再び朝比奈さんを見る。依然俯いたままだ。俺を受け入れようとも、追い出そうともしない。 さすがに、黙ったまま居座るのはよろしくないよな。 「もしも今すぐ日本に帰れたら、どうします?」 こんなときだからこそ、夢のある話をしなければ。俺はそう思った。 「俺は、そうですね、まず家族に会いたいですね。 家に帰って、妹と遊んで、母さんの手料理を腹いっぱい食べて。 それから、そうだ、鶴屋さんのところにも顔を出しておきましょうよ。 鶴屋さんの支援があったからこそ、俺たちはここまで無事に生き残ることができたわけですから。 みんなに、会いたいですよね……」 バカ野郎。俺が泣いてどうする。 俺は、濡れた額を袖で拭ってから、ゆっくりと言葉を続ける。 「だから、絶対にみんなで帰りましょう。朝比奈さん」 光の無い横顔を見据えてから、少し強めた調子で、俺は語りを締めくくった。 朝比奈さんの顔が、少しだけ下に動いた気がした。 赤みがかった光が、廊下の奥にある窓から差し込んでいる。 床には、俺の細長い影がまっすぐに伸びている。 さて、日が暮れる前に行くか。俺は、意を決して扉に手をかけた。 「おかえりなさい」 何の前触れも無く出現した長門の囁きが、容赦なく俺の度肝を抜いた。あれ、ここが俺の家だっけ? 考えすぎるのは止めよう。部屋に足を踏み入れる。 「夕飯の支度をする」 そう言って、長門は小走りに部屋を出て行こうとした。いやちょっと待て。 咄嗟の判断で、去りゆく長門の左手を掴んだ。 「長門、夕食なら炊事班が作ってくれるじゃないか。 それとも、気分転換も兼ねて手伝いに行きたいのか?」 俺は、思いついた仮定をそのままぶつけた。 対する長門は、俺の言うことに対して首を傾げるばかりだ。一体どうなってやがる。 「お風呂が先?」 いやだから風呂も、とは敢えて言わなかった。これ以上事態をややこしくはしないぞ俺は。 「それとも、」 「待った!」 なんとか暴走を食い止めることに成功した。 この台詞、どこかで聞いたことがあるかと思えば。 「長門、今のは新婚さんごっこか? お前にしちゃあ、なかなかおもしろい冗談だな」 いつの間にこんな技術を身につけたんだ。斬新すぎて何も言えない。 これこそ自立進化の可能性だ。それはないか。 長門は、未だ俺から視線を逸らさない。遊んでほしいのだろうか。寂しかった、が正しいかな。 「その、まずは俺を部屋に入れてくれないか」 俺の目の前に立っていた長門は、ようやく道を空けてくれた。 一応座ってはみたものの、さっきまであれほど饒舌だった長門は、喋りだす素振りを見せない。 辺りを見回してみる。物は何も無く、入り口のすぐ脇に真っ黒の大きな鞄が一つあるだけだ。 恐らく、あの中に全ての荷物が整頓されて入っているのだろう。俺を含む男連中は、初日で 荷物を散らかしてしまったってのに。 観察はそろそろ止めよう。 「寂しくなかったか?」 静かに問いかける。 「寂しい、先日そのような感情を検知した経験はある。 だけど、ここの女性軍医が頻繁に部屋にやってくる。今ではその心配は無い」 そうか。そりゃよかった。 長門のことだから、てっきり誰とも話せていないんじゃないかと思っていただけに、な。 「ところで、さっきのは何だったんだ?」 俺は、頭の片隅にこびり付いていた疑問を、今の内に解消しておくことにした。 「一般的な夫婦の生活様式」 じっとこちらを見つめたまま答える長門。いや、俺が訊きたいのはそういうことじゃなくてだな。 まあ、いいか。ネタをいつまでも引っ張るのは寒いだけだ。 窓をの外では既に陽が沈みかけており、空が群青色に染まっている。 「長門、夜になるしそろそろ帰るからな」 特に問題無さそうだし、もう大丈夫だよな。 俺は、右手を振って部屋を後にした。 去り際、送り出しの挨拶が微かに俺の耳に入った。 それから一ヶ月ほど、戦闘からはかけ離れた時間を過ごした。 女性四人は知らんが、俺たちには完全な外出許可が与えられたので、退屈することはあまり無かった。 週に一度はSOS団会議も行われた。単に顔合わせをするだけの集まりだったが。 そしてとある朝、部屋に訪れたいつもの軍医から、こんな告知があった。 「まだ完璧とはいえませんが、現時点で全員の精神状態が安定しています。 明後日、駆逐艦でフィリピンのミンダナオ島に行って、歩兵第四十一連隊と合流してもらいます。 準備に怠りが無きよう、心構えを」 そう言って、軍医は二束の髪を揺らしながら部屋を去った。 もうこの女医さんともお別れか。 「フィリピンかあ。日本に帰らせろって話だぜ」 いつの間にか復帰していた谷口が漏らした。全くその通りだ。 「前線から離れられるだけでも善しとしましょう。 さて、早速準備をしなくては」 古泉ってこんな前向き人間だったか? そんなやり取りをしながら、俺たちはのらりくらりと準備を進めた。 予定通り二日後に、SOS団は小さな鉄の塊に身を寄せた。 何の気なしに、鉄の甲板に上ってみる。 あの辺がラバウルか。俺の手のひらぐらいに小さくなってやがる。 右側を向くと、ニューギニア島であろう陸地が薄っすらと見えた。 俺は、この世の地獄に向かって、静かに手を合わせる。 太陽が、雲から半分顔を出した。