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こうして間近で見ると、やはりこの死体はただものではないとルイズは感じた。 死体の癖に何とも怪しい魅力を放っている。 それに……その…コレの近くにいると、おかしなことに、何と「心が安らぐ」のだ。 死体なんて、気持ち悪いだけのはずなのに………もっと近くにいたいと思ってしまう。 コレに自分の全てを委ねたくなる衝動を、ルイズは主としてのプライドで必死で抑えた。 深呼吸。 「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ。」 契約の呪文を唱え、目を瞑り、唇を重ねる。 その口付けはしかし、契約の儀式という形式的な物の割には、そして16歳の生娘が初めてする割には、些か情熱的に過ぎる物だったが……… 不意に "ズキュウゥゥン!!!" ヘンな音が聞こえた。 気のせいじゃない。 忘我状態で唇を重ね続けていたルイズだったがふと我にかえってあわてて顔を離す。 その時 「ッ痛ゥ!」 ルイズは何かで唇を切ってしまった。 結構深く切ったようで唇から垂れた血がポタポタと数滴垂れたて死体の顔に掛かってしまった。 痛みに顔をしかめながら見てみると、目を瞑っていたせいで分からなかったが、死体の開いた口元から、異常に発達した犬歯が覗いていた。 まるで牙のように。 これで唇を切ったのか…… 唇を抑えて止血を試みていると、後ろからキュルケの声が聞こえた。 一方のキュルケ達は、危なげなしに契約を完了したルイズに胸をなで下ろしていたが、その安堵は、徐々に疑問に変わっていった。 キスの時間がやたらに長い…… 契約の際のキスなど、それこそ小鳥の啄むようなソレで良いはず。 なのに、ルイズときたらあれではまるで………その……恋人にするようなキスではないか。 もう十分だろう――――――そう判断したキュルケは、ライバルが道を踏み外さないうちに止めることにした。 「ルイズ!あんた大丈夫なの?何ともない?」 三人が自分に対して変態のレッテルを貼ろうとしていたのを知ってか知らずか、ルイズは内心の照れを誤魔化しつつ、疑問文に対して疑問文で答えた。 「ツ、ツェルプストー! 今の聞いた!?」 キュルケは話が通じてないことに少しイライラしつつ意趣返しとばかりに、質問文に対して質問文で返した。 「聞いたって、何よ? 何も聞こえなかったわよ。ねえ、二人共?」 コクリと、二人は肯定する。 三人には聞こえなかったのか? ルイズは混乱した。 「えぇッ!?だってさっき、"ズキュウゥゥン!"ってはっきり……」 1人思考に没し始めたルイズに対し三人は『話の通じないアホ』のレッテルを貼りかけた。 ほとんど完全にイタイ子扱いである。 そんな三人の視線に気づいたのか、ルイズはあわてた。 パラノイア扱いは御免だった。 「ちちちちょっと、ツェルプストー!変な勘違いしないでよ!私はただ……」 そんなルイズの 手の中では。 死体の顔に掛かったルイズの血が、まるで乾いた土に水を垂らしたように、スゥッと死体の肌に吸い込まれていったのだがキュルケの方を向いていたルイズはそのことに気付かなかった。 そして、さっきまであらぬ方向を向いていた死体の目が、ギョロリと一点を見つめだしたことにも……… 3へ 戻る 5へ
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背後から飛来した氷槍は、一発の無駄もなく、ルイズを縛る触手を断ち切った。 次第に晴れる爆煙のなかを、タバサが駆け寄ってきた。 「タバサ、ナイス!!」 細かいことを任せれば、天下一品のタバサに、キュルケは感謝した。 タバサはそれに答えることなく言った。 「今のうち。早く逃げる」 上空から、タバサの使い魔である風竜のシルフィードが舞い降りてきた。その背中には、意識を失ったコルベールを乗せている。 シルフィードで空へ逃げるということか。 キュルケは地面に倒れ伏すルイズに駆けより、その傷だらけの体をソッと抱き上げた。 しこたま吸血されたせいか、ルイズの体は羽根のように軽かった。 (……かっこ…つけて……) 泣いてる暇はない。 ルイズを抱えたキュルケは、シルフィードの元へ駆け寄った。 タバサはすでにシルフィードに乗って、2人を待っていた。 「お待たせ!!」 颯爽とシルフィードの背に跨ったキュルケを見やると、タバサはシルフィードを空へと飛翔させた。 シルフィードが一声きゅる、と鳴いた。 ひとまずは大丈夫だ……。 騎上で2人は今度の今度こそ肩の力を抜いた。 ………。 2人は下を覗いて、あの得体の知れない、ルイズの使い魔の様子を見た。 タバサに断ち切られた触手は既に八割方回復していた。 一体どこまで化け物じみているのか。 そして次に、肉から伸びる触手が、お互いに複雑に絡みついてき、やがて一つの塊を為した。 人類の原始を連想させるような、おぞましい肉塊は、次第に次第にその形を安定させていき、ついには1人の男の人影となった。 下半身は衣服を身につけていたが、上半身はものの見事に裸だった。 太陽光を受け、まるでそれ自体が輝きを放っているかのようなブロンドの髪。 古代オリエントの彫刻を思わせる、艶めかしいが躍動感の溢れる、均整のとれた肉体。 男のくせに、そいつはまるで女のような、怪しい色気を放っていた。 片膝をつき、地に目を落としている。 よく目を凝らしてみないと分からなかったが、その肉体の首の背中の付け根には、星形のようなアザがあった。 広場に現れた場違いなまでの美男子の姿に、2人は釘付けになった。 あまりにも夢中になっていたので、その腕を1人の少女がすり抜けていることに、キュルケは気づくのが遅れた。 「へ……? あっ……!?」 時すでに遅く、いつの間にか意識を取り戻していたルイズが、シルフィードから転げ落ちるように男めがけて落下をしていった。 12へ
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その日は『風』魔法の授業であった。 教室の扉がガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れると、 生徒達は一斉に席に着く。 長い黒髪に、漆黒のマントを纏ったミスタ・ギトーの姿は、 何とも不気味である。 その不気味さと、冷たい雰囲気のせいか、 彼は生徒達に人気がなかった。 まだ若いのに、損な人である。 「では授業を始める。 知っての通り、私の二つ名は『疾風』。 疾風のギトーだ」 教室がシーンとする。 その様子を満足げに見つめ、ギトーは続けた。 「最強の系統は何だか知っているかね、ミス・ツェルプストー」 突然槍玉に挙げられて、キュルケはぶっきらぼうに答えた。 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。 私は現実的な答えを聞いているのだ」 いちいち引っかかる言い方をするギトーに、キュルケはちょっとカチンときた。 「それなら、『火』に決まってますわ。 全てを焼き尽くす炎と情熱。 最強の名にふさわしいと思いませんこと?」 不敵な笑みを浮かべて、自らの属性である『火』を推すキュルケ。 だがギトーは、フンと鼻を鳴らし、 キュルケの主張を切って捨てた。 「残念ながらそうではない」 腰に差した杖を引き抜き、ギトーは傲慢な声色で言い放つ。 「試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ。 本気でね。」 あからさまな挑発に、キュルケは目を細めた。 この教師はいきなり何を言い出すのだと思ったのだ。 「どうした、その有名なツェルプストーの赤毛は飾りなのかね?」 キュルケの顔から笑みが消えた。 胸の谷間から杖を引き抜き、呪文を詠唱する。 すると、キュルケの目の前に小さな炎の玉が現れた。 キュルケの詠唱が続くにつれて、その玉は膨れ上がる。 直径1メイルほどの大きさにまでなると、 キュルケは杖を振るって、炎の玉を押し出した。 空気を裂きながら飛来する火球を、しかし、 ギトーは避ける仕草も見せない。 杖を構え、ギトーはそれを剣を振るうようにして薙ぎ払った。 烈風一閃、たちどころに火球は掻き消え、 キュルケは吹き飛ばされた。 悠然としてギトーが生徒達に向き直る。 「今見たとおり、答えは『風』だ。 風は全てを薙ぎ払う。 残念ながら試した事はないが、 我が風は『虚無』すら吹き飛ばすだろう」 これ以上はないほどふんぞり返って勝ち誇るギトーに、 一同揃って眉をひそめる生徒達。 立ち上がったキュルケは、不満そうに両手を広げた。 「……ふむ。 その様子では、ミス・ツェルプストーだけでは 完全に納得してもらえないようだな」 生徒達の白い視線にさらされて、ギトーは妙な勘違いをした。 いや、それとも分かっていて知らぬ振りをしているのか。 いずれにせよ、ギトーによる実験台が、 新たに1人増えることになるのは確かだった。 ギトーはニヤニヤとした笑みを浮かべて、 窓際で頬杖をついている生徒を指さした。 「そこの君。 ……ミス・ヴァリエール、君のことだ。 立ちなさい」 ギトーによって白羽の矢を立てられたルイズは、 面倒くさそうにゆるゆると立ち上がった。 昨夜の夢見が悪かったせいであまり眠れなかったルイズは、 睡眠不足で頭がボーッとしていたのだ。 ルイズの体が、右に左に危なっかしくフラフラと揺れる。 その脱力しきった態度が癪に障ったのか、 ギトーの声に少しだけ鋭さが増した。 「君の得意な魔法を、私に放ってみなさい。 ……フン、使える魔法があれば、だがな 『ゼロ』のルイズ君」 油断と傲慢から、ギトーは言ってはいけない一言を ポロッと口に出してしまった。 ルイズの体の揺れが、ピタリと止まった。 眠気に緩んだ目が、ギラギラと危険な光を放ち始める。 周りの生徒は、もうとっくに机の下に避難して 身を守る姿勢を取っている。 慣れた手つきで杖を取り出して、 ルイズは高らかに詠唱を始めた。 その魔法は、ギトー達『風』を司るメイジにとって、 馴染み深いものであった。 その証拠に、ギトーだけでなく、机の下のタバサも怪訝な表情をしている。 やがて呪文の詠唱が終わり、ルイズはゆっくりと杖を振った。 「『ウインド・ブレイク』」 もちろん風の壁など発生するはずもなく、 代わりにギトーの足元で大爆発が起こった。 反応する間もなくギトーは天井まで吹き飛び、 頭を強打した。 そしてそのまま重力の法則に従って落下し、 床に激突してまたもや頭を強打した。 自慢の『風』を披露することなく、 ギトーはうつ伏せに伸びてしまった。 ルイズはギトーの背中を踏みつけ、桃色の髪をかきあげた。 「ちょっと失敗したみたいね」 わざわざ『風』魔法を使ったのは、 ギトーに対する単純な当てつけだった。 ギトーに対する粛清を終え、ルイズの顔から険が取れていった。 危機が去り、1人また1人と生徒が机の下からはいでてくる。 いつもならルイズの失敗を冷やかすところだが、 今回は違った。 誰も彼もが、心なしかすっきりした表情だ。 皆、ギトーの傍若無人な振る舞いに辟易していたので、 彼をやっつけたルイズは今、ちょっとしたヒーローだった。 最後に机の下から出てきたタバサが、 ギトーを指差してポツリと呟いた。 「三日天下」 ちなみに、マリコルヌはいつものようにDIOによって身代わりにされていた。 その時教室の扉がガラッと開き、 緊張した顔のミスタ・コルベールが現れた。 いつもと違って、頭に金髪ロールのカツラを乗っけていて、 かなり珍妙だった。 珍妙なのは何もカツラだけではなかった。 ローブには、レースの飾りや刺繍が躍っている。 大層なおめかしをしたコルベールは、 床に転がったギトーを目にすると飛び上がった。 「ややや、ミスタ・ギトー!! こ、これは何としたこと!」 コルベールは床のギトーとルイズを交互に眺め、 大体の経緯を掴んだようである。 落ち着きを取り戻し、重々しく告げる。 「……おっほん。 今日の授業はすべて中止であります!」 教室から歓声が上がるが、その歓声を抑えるように両手を振って、 コルベールは言葉を続けた。 「えー、皆さん。 本日はトリステイン魔法学院にとって、 よき日であります」 コルベールは横を向くと、後ろ手に手を組んだ。 「恐れ多くも、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の華、 アンリエッタ殿下が、 本日この魔法学院に行幸なされます」 教室がどよめいた。 「粗相があってはいけません。 急なことですが、今より全力を挙げて、 歓迎式典の準備を行います。 本日の授業は中止。 正装をして、門に整列すること」 生徒達は、緊張した面持ちになると一斉に頷いた。 コルベールは重々しげに頷くと、思いっきりのけぞった。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、 姫殿下にお見せする絶好の機会です。 御覚えがよろしくなりように、しっかりと杖を磨いておきなさい!」 コルベールがのけぞると、 その拍子にカツラがとれて、床に落っこちた。 コルベールのツルツル頭が、余すところなく披露される。 おかしくて、思わず笑い出さずにはいられない光景だが、 不思議なことに誰もが無視をした。 ただ1人、一番前に座ったタバサが、 コルベールのツルツル禿げ頭を指差して、ポツリと呟いた。 「滑りやすい」 「ば、バカ、タバサ!」 教室が爆笑に包まれるかと思われたが、 逆に静まり返った。 皆真っ青になって震えている。 キュルケが慌てて止めたが、もう遅かった。 タバサが言い終わるや否や、タバサの座っている机がベッコリと凹んだ。 瞬速のコルベールの拳が、机にめり込んでいたのだ。 「……あ?」 顔面に無数の青筋を浮かばせて、 コルベールがタバサにガンを飛ばした。 いつも穏やかなコルベールの突然の豹変に、 タバサは珍しく冷や汗をかいた。 「……私、の頭、が、何だって?」 噴火寸前の火山のような静かな問いに、 タバサはブルブルと頭を振った。 必死にさっきの言葉を取り消そうとしたが、 恐怖で声が出なかった。 ……それが命取りだった。 「私の頭が 波〇さんみたいだとおおぉおおおお!?」 とんでもない言いがかりであるが、今の彼に聞く耳などあろうはずもない。 コルベールはタバサの頭を鷲掴みにして、 そのまま持ち上げた。 宙に浮かんだタバサの足がプラ~ンプランと揺れ、目線が上がった先には、 その二つ名の通り、蛇のような冷たい目をしたコルベールの顔があった。 「これはこれはミス・タバサ。 先ほどの発言、貴族としては少々慎みに欠けますぞ? 教育的指導が必要なようだ………」 シュルル、と蛇のような舌なめずりをするコルベール。 今頃になってようやく相手がタバサだと気がついたようだが、それでもコルベールは容赦しない。 ギリギリと頭を締め付ける握力が、 彼の怒りを如実に示していた。 「ああああぁぁぁ………」 憤怒のコルベールにズルズルと引きずられて、 タバサは廊下の奥の闇へと消えていった。 ジャン・コルベール。 勤続二十年を越える、トリステイン魔法学院のベテラン教師。 性格は穏やかで、人当たりがよい。 生徒の面倒見もよく、絵に描いたような優しい中年教師だったが、 頭のハゲをバカにされると途端にキレ出し、 手がつけられなくなるという爆弾を背負っていた。 二つ名は、『炎蛇』。 to be continued…… 49へ 戻る 51へ
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あの事件のあと、ルイズのクラスは3日間の学級閉鎖が行われた。例の使い魔は、即座に拘束された後、ルイズの部屋に軟禁された。 事の顛末を知るタバサとキュルケが、交代で見張りについた。 コルベールとルイズはあの後速やかに医務室へ運び込まれ、治療専門のメイジに処置を受けた。 コルベールの左足の傷は出血こそ激しかったものの、命に別状はなく、このまま秘薬による治療を受け続ければ、問題は無いそうだ。 問題はルイズの方であった。 全身にビッシリと空けられた細かな穴もそうだが、左肩に受けた傷は深く、骨まで抉られていた。そしてルイズの体から失われた大量の血液。 増血剤の投与によって一時はしのいだものの少女の命は消えゆく一方で、治療にあたったメイジは、おそらく今夜が峠だろうと判断した。 今からオールド・オスマンにこの事実を伝え、彼女の実家のヴァリエール家に早馬を飛ばしたとしても、到底間に合わない。 この少女は1人寂しくこのベッドの上で死んでゆくのだと思うと胸が痛んだが、どうしようもなかった。 少女の苦痛にあえぐ声が、医務室に響いた。 意外なことに、少女はその夜の峠を越えた。 この華奢な体の中にどこにそんな体力があるのだろうと、そのメイジは訝しんだが、助かったのならそれに越したことはないと思った。 翌朝、依然苦悶の表情を浮かべる少女に、彼はともかくも少女の包帯を換えようとして、腕の包帯をとった。 (…………え?) 彼は思わぬものを見た。傷が………ない。 バカな、夕方見たときは確かに、痛々しい傷が無数に刻み込まれていたはずなのに……。 包帯の下には、何事もなかったかのように、ルイズの透き通るような白い肌が覗いているだけだ。 その光景に唖然としていたが、すぐに気を取り直すと、今度は1番傷が酷かった左肩の包帯を、彼は恐る恐る外した。 (……これ、は………) 彼はゴクリと唾を飲んだ。 左肩には確かに傷はまだあった。 『まだ』。 だが、その傷口の組織が不気味に蠢き、互いに結びつき、少しづつ少しづつ 閉じていっていた。 常人からすればあり得ない治癒の速度を目の当たりにして、彼は後ずさった。 化け物を目にした心地だった。 しかし、彼女がどうであれ、自分のすることは変わらないと思い直し、彼はおっかなびっくり再び治療に専念した。 そのかいあってか、少女の傷は事件から二日目の昼には完全に塞がった。後は意識が戻るのを待つだけだ。 その旨をオールド・オスマンに報告した彼は、オスマンからの労いを受けた。 曰わく、「ヴァリエール嬢が命を取り留めたのは、自らの治療能力の高さのおかげである」。 怯えたような表情を見せ、彼は何も答えなかった。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――夢、夢を見ている。 夢の中の私は見事、サモン・サーヴァントを成功させ、契約も滞りなく完了させていた。 もう私は『ゼロ』じゃないわ、と夢の中の私はクラスメイトに対して胸を張った。 キュルケが、タバサが、ギーシュが、モンモランシーが、マリコルヌが……皆が私を祝福してくれていた。 『おめでとう、ルイズ。おめでとう。』 スポットライトが当たる私を中心にして輪になって、私に拍手を送ってくれていた。 自分は立派なメイジだ。自分はここにいてもいいんだ……!! そうして、みごと自己肯定に成功した夢の中の私は、周りの皆を笑顔で見渡した。 ふと、男が目に入った。 自分の知らない、若い男が、皆がつくった輪の外で、真っ黒な壁にもたれかかって腕を組んでいる。 闇に包まれていて、顔はよく見えなかったが、よく見ると変な靴を履いていた。 まるで絵本の中の魔女が履くようなトンガリ靴だ。 その実にセンスの悪い靴にルイズは見覚えがあったが、どこで見たのか生憎と思い出せなかった。 この祝いの席で、主役である自分を無視している男が、夢の中の私は癪に障ったようだ。 ちょっと。アンタ、そんな所で何してるのよ! そういって男を指さす私。 どことなく得意げだ、調子に乗りやがって……ルイズはそう思った。 男は、その時になってようやくルイズに気づいたように顔をこちらに向けた。 相変わらず顔はよく見えなかった。 組んでいた腕を解いた男が、パンパンッと、主人が召使いを呼ぶときのように二度手を打った。 次の瞬間、男の姿がかき消えた。 ハッと周りを見渡すと夢の中の私以外の全員が死んでいた。 キュルケはナイフが全身に突き刺さって死んでいた。 タバサは腹部を何かに貫かれて絶命していた。 コルベール先生の顔には、目の上にさらに二つの穴があいて死んでいた。ギーシュは体を輪切りにされ、仰向けになって息絶えていた。 モンモランシーは、巨大な何かに押し潰されたようにペチャンコになっていた。 マリコルヌは、全身血まみれで死んでいた。 何故か前歯が二本なかった。 夢の中の私は恐怖でガタガタ震えていた。 みんな死ん……いや殺されてしまった。 腰の力が抜けて、その場に座り込んだ。 手をついたらベチャッと音がしたので、見てみたら案の定血だった。 はぁっとうなじに息がかかった。 振り返ると、先ほどの男の顔がすぐ目の前にあった。 こんなに近くにいても、男の顔は分からなかった。 今度はお前の番だ--無言で男は、夢の中の私にそう宣言する。 男の頭部から無数の触手が生え、当たり前のように夢の中の私の全身を貫いた。 そうして悪夢は終わりを迎え、ルイズは意識を取り戻した。 15へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/499.html
突如、大きな音と共に医務室の扉が開かれた。 3人の視線が扉へ一斉に向けられる。 果たして、そこから現れたのはルイズ・フランソワーズであった。 ヴァリエール公爵家の息女であり、魔法が使えない『ゼロ』。 3人とも、ウワサには聞いていた。 特に、コルベールは彼女と……というより、彼女の召喚した使い魔とだが……ちょっとした因縁があったので、 彼女の姿を見た彼は、少々複雑な心境だった。 「なっ…ミ、ミスヴァリエール!? 何事ですか。 取り込み中ですぞ!」 というより、授業はどうした---コルベールはどこから突っ込んだらよいやらわからなかった。 取り敢えず怒声をあげてはみたもののそこから言葉が続かず、うぅとか、むむとか、唸るばかりだった。 そんなコルベールには一瞥もくれず、 ルイズはコツコツコツと靴の音を響かせてオスマンの前まで進むと、片膝をついた。 マントがふわりと舞う。 オスマンの鋭い視線がルイズを貫く。 ルイズはその眼光に怯えることなく、真正面からオスマンの目を見返した。 視線を交えること数瞬。 最初に切り出したのは、オスマンだった。 「ミス・ヴァリエール…じゃな。 さっきの我々の会話、聞いていたと伺える」 ロングビルとコルベールが、弾かれたようにルイズを見た。 ルイズはオスマンの目を見据えたまま、きっと唇を真一文字に結んで答えた。 「オールド・オスマン。 偶然とはいえ、盗み聞きをしてしまったことを、まずはお許しください」 やはり、と思ったが、オスマンが聞きたいのはそんな事ではない。 何も言わないことで、先を促した。 「不躾を承知でお願い申しあげます、オールド・オスマン。 フーケ討伐の任務、どうかこのルイズ・フランソワーズにお任せを…!」 コルベールは我が耳を疑った。 生徒が、しかも、年端もゆかぬ少女が、フーケ討伐に向かうなどと、 彼の道徳規準からすればとうてい受け入れられないことだ。 「な、何を言うのです! ミス・ヴァリエール! あなたは生徒ではないですか!」 「少し…口を塞いでおれ、ミスタ・コルベール」 声を張り上げるコルベールだったが、 オスマンの苛立ちの言葉が、彼の喉を鷲掴みにした。 「何故、ワザワザ危険を冒すようなマネをする?」 オスマンがアゴヒゲを一撫でした。 ルイズは、フーケに対する憤りを露わに(見えるように)して答えた。 「『土くれ』のフーケは、 その卑劣な手段を以て、我々貴族の牙城であるトリステイン魔法学院に侵入しました。 これは学院のみならず、貴族全てに対する侮辱に他なりません…! 私は貴族です。 貴族としての誇りがございます! フーケ討伐を志願する理由は、それ以上でもそれ以下でもありません! オールド・オスマン、どうかお許しを!!」 ルイズのはっきりとした声が、医務室に響く。 コルベールは、その堂々としたルイズの態度を見せられると、 オスマンに先遣調査隊の志願を募られた時の教師達の様子が思い出されて、 ヒドく恥ずかしい思いがした。 オールド・オスマンはというと、しばらく黙っていたと思ったら、突如大きな声で笑い出した。 「……ホ、ホッホッホッホッ!!! なんと、まっこと、良き貴族じゃな、ミス・ヴァリエール…! 腰抜けの教師どもに、聞かせてやりたいくらいじゃて!」 一通り笑うと、オスマンはルイズの肩に手を置いた。 「よかろう。 魔法学院は、そなたの努力と貴族の義務に期待する」 ルイズは真顔で直立すると、「我が杖にかけて」と宣誓をした。 そして、スカートの裾をつまみ、恭しく礼をする。 「では、早速馬車を用意しよう。 魔法は目的地につくまで温存するのじゃ。 ミス・ロングビル、詳しい道のりを教えてやりなさい」 言葉をかけられたロングビルが、何やら慌てた様子でオスマンに進言した。 「オ、オールド・オスマン! その件ですが、どうか 私も同行させて下さい…!」 ルイズがギラリとロングビルを睨みつけた。 その異様な視線に、ロングビルの喉が、ヒュウと鳴った。 直ぐに視線を逸らすルイズ。 コルベールが、ロングビルの言葉にとうとう我慢できずに声を上げた。 「な、何を言うのです! ミス・ロングビル、無茶ですぞ! 秘薬を使っているとはいえ、 あなたはまだ歩くことすらままならないのですぞ…!」 意見はオスマンも同じらしく、怪訝な顔をしている。 ルイズは沈黙を続けた。 「フーケの隠れ家の位置を正確に知っているのは、私だけです。 相手は百戦錬磨の盗賊。 曖昧な位置情報だけでは気配を悟られ、 私の二の舞になってしまいます…!」 コルベールは言葉に窮した。 「そのうえ、フーケはどうやら、あの隠れ家から動こうとする気がないようなのです。 もしかしたら、罠を張っているやも…! 事を性急に進めるのは、危険と存じます!」 気を張りすぎたのがケガに障ったのか、 ロングビルは途端に苦痛の喘ぎ声をあげて腕を押さえた。 コルベールが即座に介抱する。 ふぅふぅと呼吸を整えるロングビルを見て、オスマンは困ったような声を出した。 「ミス・ロングビルの言うことが本当だとすれば …ふむ、確かにこれ幸いと赴くのは危険が大きいかのぅ。 …………よろしい、ミス・ロングビル。 そこまで言うからにはそなたにも同行を願おう。 とっておきの秘薬を出してやろう。 地獄を見るが、明日の朝には、動ける位には治ろうぞ」 オスマンの言葉に、ロングビルの顔が安心したように綻んだ。 コルベールはまだ何か言いたそうだったが、 ロングビルの覚悟に溢れた言葉に、とても口を挟めなかった。 一方のルイズは、皆にわからぬように舌打ちした。 ---チクショウが。 怪我人はおとなしくベッドに伏せっていればよいものを! 出来れば夜の内に事を済ませたかったが、これではそうもいくまい。 それに、ロングビルが同行することで、 自分がフーケを始末しているところを、目撃されてしまうかもしれないではないか…! もちろんそうなった場合は、フーケの卑劣な手口による哀れな犠牲者が、 また1人増えることになるだけだが……。 いや、寧ろ道中で予め始末しておこうか? しかし、いずれにせよ、全くもって無駄な手間だ。 ルイズは無駄が大嫌いだった。 無駄無駄。 そう考えていると、オスマンがルイズの方に振り返った。 慌てて取り澄ますルイズ。 「今聞いた通りじゃ、ミス・ヴァリエール。 フーケ討伐には、ミス・ロングビルが動けるようになる明朝、出発してもらうことになる。 異存はないかの?」 ルイズは仕方なしに承諾した。 まぁ、やむを得まい。 少々のイレギュラーは覚悟の上だ。 幸いほぼ思い通りに事は運んだ。 それで良しとするか---そう思い直して、 密かに肩の力を抜くルイズだったが、次のオスマンの言葉に、 ルイズは完全に意表をつかれた。 「今夜は、双方共に、ゆっくりと英気を養うとよい。 ミス・ロングビルもそうじゃが、ミス・ヴァリエールもまた、 たいそう疲れておるようじゃしのう…」 オスマンはいかにも好々爺といった笑顔を浮かべて、 ルイズのスカートの端を見た。 見れば、ルイズのスカートの端には、少しばかり土が付着していた。 恐らく昼間、フーケの手掛かりを求めて、 学院周辺を駆けずり回った時についたものだろう 。 スカートからルイズの顔へと視線を移したオスマンの目は …見事に全く笑っていなかった。 (しまった!) 自分の未熟を恥じながら、 ルイズの体が一瞬強張る。 が、何とか直ぐに平静を取り戻した。 「…これは、お目汚しを……」 頭を下げるルイズに対して、オスマンは「いいんじゃよ」と笑うばかりだ。 「…………………」 「…………………」 暫くお互い何も言わなかったが、 やがてルイズはオスマンに礼をして、医務室から退室した。 オスマンはルイズの後ろ姿を、その鷹のような目でじぃっと見つめていた。 コルベールは何が何だかわからなかったが、 2人の間のただならぬ緊張に、胃がキリキリ痛んで、何も言えなかった。 ---狩りが始まる to be continued… 37へ
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『失敗魔法初心者』なキュルケの状況を心得ているのか、ルイズは口を使わず、ハンドサインでキュルケに何かを伝えようとしていた。 もくもくとあたりに舞う煙のせいでキュルケはよく見えなかったが、どうやらルイズは、「今のうちにケツをまくれ」と言っているらしかった。 ルイズの機転で後退の時間を得て、2人はタバサのいる方へ向かった。 地面に残っている引きずったようなコルベールの血痕をたよりに、2人は煙の中から脱出した。 少し先にコルベールの右足を掴んだまま立っているタバサが見えた。 どうやらあの状態でコルベールを引きずったらしい。 結構手荒な所業だった。もう少し離れれば、あの触手の射程圏外だろうと判断した二人は、ふっと肩の力を抜いた。 ---抜いてしまった。次の瞬間、タバサの目が驚愕で見開かれた。 「後ろ!!」 珍しく取り乱した様子タバサの叫びと同時に、煙の中から飛び出してきた何かが、キュルケの足を掴んだ。 凄まじい力で引っ張られて、足を取られたキュルケは地面に倒れた。 慌てて足元を見てみれば、千切れた左腕が、キュルケの足をひしと掴んでいた。 「「なぁっ……!?」」 一瞬あっけに取られた2人だった。 足を掴む左腕は、人知を越えた力で、キュルケをグイと引っぱった。 "ズザザザザザ…!!" 「うひゃぁぁ!?ぁあああぁあ……」 情けない悲鳴とともに地を滑り、あっという間に煙の中へ引きずり込れて行くキュルケを、ルイズとタバサは指をくわえて見ているだけだった。 キュルケの悲鳴は徐々に小さくなっていき、やがて完全に聞こえなくなった。 B級ホラー映画のような展開から、先に現実に復帰したのはルイズだった。 1も2もなく煙の中に駆け込んでいくルイズをしかし、タバサが止めた。 「危険…!私も行く…!」 「タバサはそこにいて!コルベール先生の様子を見てて!!」 振り返らずにそう答えるルイズ。 またさっきみたいに死体の体の一部が飛んでくるかもしれなかったので、タバサは従うしかなかった。 一方キュルケは-- 「うひゃぁぁぁあああ…!」 まだ引きずられていた。(油断してた……!) キュルケは反省したが、もう遅かった。 とりあえず、引きずられても手放さなかった杖を 、自分の足を掴む筋肉質な左腕に向けた。 「ファイヤ!」 キュルケは火の魔法で左腕を焼き払った。 ボドリッと足から腕が離れ、ジューッと音を立てた。 9へ
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四方八方から襲いくる触手に、キュルケは辟易していた。 もともとこんなチマチマした闘い方は、彼女の流儀ではなかった。 『微熱』の名の通り、周囲もろとも焼き尽くしてしまいたかったが、ルイズがいる手前、そうもいかなかった。 1つ1丁寧に確実に触手を捌いてゆくキュルケだったが、徐々に枯渇してゆく魔力が彼女を焦らせた。 (~~~ッッッ反則じゃないの……!!) 再生能力。 いくら魔法で焼こうとも、焼いてる側から復活してしまう触手に、ウンザリしつつも、ジリジリと下がってゆくが、ハッキリした後退のチャンスを掴めずにいた。 そうこうしていると、先に痺れを切らしたルイズが、前に出た。 キュルケが聞いたのは、レビテーションの詠唱だった。 こんな状況ではあまりに場違いなルイズの選択に、一瞬怒声をあげようとしたが、それよりもルイズの詠唱が終わる方が早かった。 何しろレビテーションの呪文は基礎の基礎。 詠唱の短さは1、2を争うシンプル魔法だった。 ---瞬間、爆発。 続く爆風がキュルケを襲った。 『ゼロ』のルイズ十八番の失敗魔法だ。 なるほど、どうせ失敗するとわかっているなら、どんな魔法だろうとかまわない、詠唱が短いに越したことはなかったということか。 あの状況で最適な選択をしたルイズに、キュルケは素直に感心した。 それと同時に、いつも遠くで見ているだけだったが、今回初めて間近でルイズの『失敗魔法』を受けてみて、その凄まじさにキュルケは舌を巻いた。 あんな、いかにも魔力をバカ喰いしそうな魔法(?)を、ルイズは日常茶飯事に連発していたというのか…… 無駄に魔力だけは有り余っているルイズならではの攻撃だった。 しかし、間近で爆発を受けたせいで、どうやら聴覚が麻痺してしまったようだ。 無音の世界に突如放り込まれたキュルケは、自分よりもさらに間近で爆発を受けたはずのルイズを見やった。 体重が軽いせいもあり、地面に倒れてしまっていたルイズは、ムクリと顔をあげ、ペッペッと口の中の砂利を吐き出していた。 爆発の時、ちゃっかり口を開けて鼓膜を保護していたようだ。 手慣れた様子のルイズに、キュルケは経験の差を感じた。 そんなことで悔しがっても意味がないのだが、生憎キュルケは負けず嫌いだった。 ……ルイズ程ではないが。 6へ 戻る 8へ
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肉の焼け焦げるニオイがが漂い、キュルケは眉をひそめた。 やれやれだわ…、と一息ついてキュルケは辺りの様子を窺った。 一面煙に包まれて、よく分からない。 ひとまず体を起こそうと腹筋に力を込めたが、次の瞬間キュルケは凍りついた。 "ズル…ッズルズル……ッズチャッ…ビチョビチョ…" ダラダラとヘンな汗を流すキュルケ。 (な、何よ…。この音…何なのよぉぉおお~…!?) キュルケは耳障りで生理的にアレな音に鳥肌を立てた。 その音は、360度から少しずつだが確実に近づいてくる。 まずいまずいまずい…… この状況非常にまずい。煙の中から這いよってきたのは、はたして死体の各パーツだった。 右半身やら左足やら、それに細かな肉片やらが、それぞれあの頭部と同じように触手を生やしてズリズリと近寄って来ていたのだ。 「ひぃゃぁぁああ~ッ!?」 慌てて立ち上がってレビテーションを使おうとしたキュルケだったが、再び足をひっぱられてこれまた再びズテンと転んだ。 見ればそれはやはり、先ほどの左腕だった。 まだ煙がくすぶってグズグズいっているが、その火傷も次第にふさがっていった。 その転倒を合図にしたかのように、肉片の群れが、仰向けに転がる飛びかかり、キュルケの四肢を拘束した。 雁字搦めに固められて、キュルケはまな板の上の鯉のような心情だった。 もがくことすら出来なかった。 ---ドス、ドス、ドス… 今度はそんな音が近づいてきた。 キュルケは辛うじて動くことを許されていた頭をその方向に向けた。 予想通り、あの頭部が、地面に触手を突き刺して移動してくる音だった。 『URYYYYY…』 感情のこもらない目が、自分を見下ろした。 絶体絶命だった。 そこで問題だ。 この雁字搦めにされた状態で、どうやって反撃するか? キュルケは考えた。 3択--ひとつだけえらびなさい。 ①グラマーなキュルケは突如反撃のアイデアが閃く。 ②仲間がきて助けてくれる。 ③どうにもならない。現実は非情である。 負けず嫌いなキュルケは①に○を付けたかったが、背に腹は代えられない……キュルケは現実的な②を選んだ。 「ちょ、タバサ…!?ルイズ…!?どっちでもいいけど、助けてくれないかしらぁぁあああ!!」 恥も外聞もなく叫んだが、しかし応答はなかった。 これが返答だとばかりに、生首から触手が伸びてきた。 答え--③。答え③。答え③。 キュルケの頭の中でそんな文字がドアップで表示された。 万事休すだ--キュルケは次に自分に襲いかかるだろう痛みに備え、ギュット目を瞑った。 10へ
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その惨状にさすがのルイズも息をのんだが、自分が召喚したのだからという思いから、ルイズは目前のバラバラ死体に改めて目を向けた。 バラバラ死体――――――そう表現するしかなかったが、よくよく見れば(見る気になんかとてもならなかったが)奇妙な死体だった。 まるで何かに引き裂かれたような、いや砕かれたみたいだという印象を受けた。 起点はおそらく左足だろうか? そこから始まった亀裂が上半身に向かい、頭部まで回ったところで一気に体が爆砕した……そんなかんじだった。 胴体はほとんど吹き飛んでおり左の肩から下が近くにゴロンと転がっていた。 ルイズが亀裂の起点と判断した左足は、一番損傷が激しいらしく、グチャグチャになって同じく遠くに転がっていた。 その近くに目をやると、ハンマーで割られたスイカみたいなものが転がっていたが、ソレが何なのかルイズはわかりたくもなかった。 周囲には細かな肉片が散らばっていて、とにかくもうグチャグチャのグッチョグッチョだった。 しばらくミートスパゲッティは食べられないだろうなぁ、などと、ルイズは思わずそんな的外れなことを考えた。 奇跡的に右半身は無傷のようだ。 (けど、ヘンね。コレだけグチャグチャなのに、出血が少なすぎるわ) そここそが、ルイズが奇妙に思った点である。 そもそもルイズが他の生徒のようにパニックに陥らなかったのは、『血』という、もっとも身近なスパイスがこの死体には効いていなかったからなのだ。 出血があまりないから、些か現実味に欠けると、間近で見ているからこそルイズはそう思った。 そのおかげか若干落ち着いたルイズは、この死体を観察する余裕がでてきた。 よくみるとかなり筋肉質で立派な体格をしている。 190サントはあるだろうか。生前は屈強な若者だったのだろう。 (ヘ~ンな靴はいてるわね……センスを疑うわ) 次に目に入ったのは、死体が履いている靴だった。 まるで絵本の中の魔女が履いているような悪趣味なトンガリ靴だった。 階段で躓いたりしなかっのだろうか? 味をしめて次第に大胆になりつつあるルイズは、次に死体を杖で突っついてみた。 "ツンツクツン" "…………" (ホントに死んでる……のよね…) 当然だが反応はない。死体だから当たり前なのだが、この死体、どういうわけだかルイズには本当に死んでいるだと確信できなかった。 ルイズが杖で死体を突っついていた頃、トリステイン学院の教員であるコルベールは、騒ぎを収めようと必死だった。 大パニックに陥る生徒達を宥め、すかし、諭し、時に叱咤する。 苦労人の体現者のようにあちこち廻るコルベールの姿は、結構生徒達の点数を稼いでいた。 だが、実のところ出来ることなら彼はずっと生徒達の相手をしていたい気分だった。 何故なら、この混乱が収拾したあとは、必然的にあの死体の処置に回らなければならないからだ。死体を召喚したなどと、前代未聞である以前にナンセンスだった。 一体どうしろというのか…… 大方の混乱が収まりつつあるなか、コルベールは内心頭を抱えた。 ――――――時でも止まってくれればいいのに… 思わずそう願った。 (取りあえず、生徒は全員教室に戻すべきだな) そう判断したコルベールは、内心生徒に混じって逃げ出したいと思いながらも、生徒達の誘導を始めた。 死体を興味深そうにツンツン突っついていたルイズは、周りの状況をものの見事に忘れていた。 何故だかわからないのだが、ルイズは自分がこの死体に強く引きつけられているのを自覚していた。 死体が放つ強烈な存在感に、目が離せない。 「……ェール。ミス・ヴァリエール!」 ハッと、現実に引き戻された。 「あなたはここで待機していなさい。私は他の生徒達を教室につれていきます。良いですね?」 「は、はい。ミスタ・コルベール……」 上の空の返事をする。 コルベールは、そんなルイズを訝しみつつも、生徒達を教室に誘導し始めた。 途中、幾人かの生徒が、ルイズを非難の目で睨んだ。 何てものを見せてくれたんだ! 彼らの目はそう言っていたが、普段自分を『ゼロ』と呼んでバカにしていた彼らが、無様な姿をさらしていた光景を思い出し、ルイズは逆に心の中で黒い微笑みを浮かべた。 ふん、いい気味だわ 飾りっけなくそう思った。 そうしてまた、コルベールが帰ってくるまでのしばらくの間死体を眺めつづけることにしたルイズであった。 心の中の恐怖は、すでに霧散していた。 1へ 戻る 3へ
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『土くれ』のフーケという盗賊がいる。 東西南北、ありとあらゆる秘宝財宝を神出鬼没に現れて根こそぎ頂戴する謎の人物。 今現在トリステイン中の貴族を恐怖に陥れている 怪盗だった。 行動パターンが全く読めず、トリステインの治安を預かる王室衛士隊の魔法衛士達も、振り回されるばかり。 主に『錬金』の魔法を使うフーケに対し、メイジ達は『固定化』の魔法で対処しようとしたのだが、 フーケの魔法は強力で、その壁や扉をあざ笑うかのように土くれに変えてしまう。 また、フーケは30メイルはあろうかという巨大な土ゴーレムを使うことでも知られている。 その技量の高さから、フーケは『トライアングル』クラスのメイジと推測されているが、 男か女かさえ定かではない。 ----------- 巨大な二つの月が、五階に宝物庫がある魔法学院の本塔の外壁を照らしている。 その五階の宝物庫、巨大な扉の前に1人の人影。 『土くれ』のフーケその人だった。 フーケは以前のように、扉に手を滑らせて、舌打ちした。 「…物理攻撃が弱点? 冗談きついわ。こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法うじゃ、 どうにもならないじゃないの!」 フーケは日中、コルベールと共に図書室をひっくり返しながら、さりげなく宝物庫の弱点を聞き出していた。 あらかた聞き出した後、フーケは口車に乗せて本の捜索をコルベールに押し付け、 図書室を後にした。 とにかく、物理攻撃が弱点らしい………のだが、自分のゴーレムの力では、壊せそうにもない。 フーケは腕を組んで悩んだ。 そして、チラッと扉の端を見た。 幾つもの小さな拳の跡が、壁に刻まれている。 以前自分が触ったら、脆くも崩れた箇所だ。 あの時は、誤魔化すのに苦労した。 コルベールの話で、フーケは改めてその拳の跡の異常性を認識した。 あれは、つまり、自分のゴーレムよりも、腕力が上だという何よりの証拠だ。 そんな人間がいることに対して、フーケはまだ半信半疑だったが、今はそんな事は問題ではない。 ……これを利用しない手はない。 フーケはそう決意すると、宝物庫から離れ、呪文を詠唱し始めた。 長い詠唱だった。 詠唱が完了すると、地に向けて杖を振る。 フーケの薄ら笑いとともに、石造りの地面が音を立てて盛り上がる。 そして、フーケの身長よりも大きな腕がボコリと生えた。 ゴーレムの右腕だ。 右腕だけを錬金で作り上げたフーケは、そのまま杖を振った。 ゴーレムの右腕が、壁のひび割れた部分に向けて、唸りを上げて振り下ろされた。 フーケは、インパクトの瞬間、ゴーレムの拳を鉄に変えた。 たやすく壁に拳がめり込み、バカッと鈍い音を立てて、再び壁が崩れた。 以前よりも若干穴が大きくなったが、どうでもいい。 フーケは錬金を解くと、壁にあいた穴から、宝物庫の中に侵入した。 中には様々な宝物があった。 だが、どうも様子がおかしい。 所々空になったショーケースがあったり、壁掛けにあるはずの絵が無くなっている所もある。 ……まさか先客がいたとは---フーケは舌打ちした。 なるほど、あれは自分が来る前に、他の盗賊があけた穴だったということか。 …まさか、自分の目的である破壊の杖も、既に奪われた後なのでは、と思い至り、フーケは焦った。 宝物庫の中を駆けずり回っていると、多種多様な杖が壁に掛かった一角があった。 やはり所々無くなっている物があったので、フーケは焦りに焦ったが、 その中に、どうみても魔法の杖には見えない品があった。 全長1メイル程の長さで、見たこともない金属でできていた。 その下の鉄製のプレート には、 『破壊の杖、持ち出し不可』 と書いてある。 フーケは自分の獲物が無事であったことに安堵し、『破壊の杖』を手にとった。 その軽さに驚いた。 いったい何でできているのか…? しかし、今は考えている暇はない。 杖を振ると、壁に文字が刻まれた。 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』 よし、と頷いてフーケは『破壊の杖』を抱えるて、その場を立ち去ろうとした。 『……………さん』 不意に、変な声が聞こえて、フーケの足が止まった。 小さくて、ギリギリ聞こえるか聞こえないか位の声量だったが、 怪盗として聴覚も鋭かったフーケの耳は、確かにそれを捉えた。 …しまった、誰か来たのだろうか? フーケは『破壊の杖』を床に置くと、懐から杖を取り出した。 見回りに来た教師の1人だろうか? いや違う。 確か、今日の見回りはミセス・シュヴルーズだったはずだが、 彼女が見回りをサボって自室で寝ぼけているのは、確認済みだ。 フーケは息を殺した。 耳を澄ませる。 『…………………ンさん』 カタカタと何かが震える小さな音と共に、確かに聞いた。 少し高い、良く通る声だった。 その声色には、少しばかりの苛立ちがこもっていて、威圧感があった。 本棚の方から聞こえてくるようだ。 フーケは、『破壊の杖』を抱えると、誘われるように本棚に向かった。 古今東西の貴重な本や、禁書が並べられている本棚がいくつも並んでいる。 しかし、異常は見あたらない。 フーケは首を傾げた。 『………………ーボンさん』 また、あの声。 どうやら本棚の向こうから聞こえてくるようだ。 フーケはやけにその声が気になった。 本当は今すぐにでもこの場から立ち去らねばならないのだが、 何かが自分の足を止めるのだ。 フーケは中央にある本棚を調べてみた。 どれもこれも埃を被っているが、いくつか埃が被っていない物がある。 最近動かしたことのある証拠だ。 フーケは震える手で、その本を一冊ずつ傾けていった。 全て傾けると、カチッという音がした。 何事かと思う暇なく、"ゴゴゴゴゴ"と重い音を立てて、本棚が左右に割れ、 続いてその後ろの壁が動いて、奥に小部屋が現れた。 ---隠し扉だ。 フーケはゴクリと唾を飲み込んだ。 嫌な予感がして、フーケは逃げようと思ったが、自分の意志に反して、足は隠し部屋の中に向かって行った。 中は暗く、ロウソクが辺りを照らしているだけだ。 中央には台座があった。 台座の上には、大きな本が、鎖でぐるぐる巻きにされて安置されている。台座と鎖には、ルーンがビッシリと刻まれている。 フーケはルーンを見て、顔をしかめた。 そのルーンは、どれもこれもが、台座に安置されている本を、罵り、憎み、嘲り、謗り、呪い、縛り付ける内容だったのだ。 一文字一文字から、途方もない魔力を感じる。 おそらく、一文字一文字が、強力な呪縛の層を形成し、 それが何百層と、さながらバームクーヘンのように重なって、結界を為していたに違いなかった。 こんな大魔法が、この世に存在することに、フーケは驚いた。 術者はきっと、途方もない時間と怒りを込めて、ルーンを刻んだのだろう。 しかし、今はそのルーンは光を失っている。 1度封印が破られたのだ。 これほどの結界を破れるものが、この世に存在しているのかと、フーケは再度驚いた。 自分より先に侵入した奴の仕業だろうか? タイトルは…………異国語のようだ。 見たこともない文字で書かれている。 しかし、フーケには何故かその文字を読みとることが出来た。 ……というより、意味が直接頭に流れ込んできたような感じだったが。 『おかあさんがいない』……? なんだ、このタイトルは?フーケが本に顔を近づけて、目を凝らしたのと同時に、本がひとりでにガタガタと動きだした。 『…ザーボンさん…!』地獄から響いてくるような声が、部屋に響いた。 本に巻かれた鎖がジャラジャラと音を立てる。 フーケはその声をハッキリ聞いて、背筋が凍り付く思いがした。 バッと顔を離す。 心臓がバクバクと暴れ出し、ハァハァと犬のような呼吸が止まらない。 ---ヤバい…! なんだか知らないが、こいつはこの世に在ってはならないものだ。 破壊せねば---! 本能の警告に従うままに、フーケは片手に杖を構えた。 本の動きが活発になってきた。 また声が聞こえる。 『ザーボンさん…』 『…ハッ!!!』 『上部ハッチを開けなさい………!』 『り、了解いたしました!!!!!』 どうやら、2人の人間のやり取りのようだ。 上司と部下のような…。 フーケは思わず詠唱を止めて、耳を傾けてしまった。 やり取りが終わると同時に、鎖が切れ、本が宙にすうっと浮かんだ。 本が徐々に開いていく。 早く魔法を唱えなければならないのに、フーケの体は蛇に睨まれた蛙のように動かせない。 本の中から、暗い灰色の肌をした小さな亜人が姿を浮かび上がった。 何かの精霊だろうか? ネズミを擬人化したようなそのネズミは、人差し指を天に向けて構えた。 すると、指の先に、小さな小さな半透明の球体が出現した。 コインくらいの直径しかないその球体はしかし、フーケに絶大な恐怖を与えた。 フーケは動かぬ体を叱咤し、なんとか杖を構えて、火の魔法を唱えた。 直径数メイルにもなる火球が、空気を引き裂きながら、ネズミに向けて飛来した。 …………しかし、火球が亜人に直撃する前に、ネズミの指先の球体が、瞬く間に巨大に膨らんでいった。 ドンドンと雪だるま式に膨らんでいくソレは、火球が届く前には、部屋全体を占めてしまうほどになっていた。 火球がその球体に直撃する。 しかし、火球は当たり前のように球体に飲み込まれて霧散した。 …………勝負にならない。 フーケは絶望した。 『ホッホッホッホッホ…!』 嘲笑と同時に、ネズミが人差し指をフーケに向けた。 巨大な半透明の球体がフーケに向けて放たれた。球体は、その巨大さに反した高スピードでフーケに直撃した。 フーケは『破壊の杖』を持ったまま、球体に飲み込まれて、そのまま小部屋から吹っ飛ばされた。 尚も勢いを増す球体は、その破壊力でもって、宝物庫の宝を粉々にしながら、 最後に宝物庫の扉を破壊して、森の方へ飛んでいった。 「カカロットよぉぉおおおー!!!!!」 球体に巻き込まれたままのフーケの、未来へ託す悲痛な魂の叫びが、トリステインに虚しく響いた。 -----かくして、『破壊の杖』が強奪されるという、前代未聞の大事件が、 トリステイン魔法学院を襲ったのだった。 to be continued…… 34へ