約 1,113,677 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/56.html
第一部『ゼロのルイズ』 ■ DIOが使い魔!?-1~10 ├ DIOが使い魔!?-1 ├ DIOが使い魔!?-2 ├ DIOが使い魔!?-3 ├ DIOが使い魔!?-4 ├ DIOが使い魔!?-5 ├ DIOが使い魔!?-6 ├ DIOが使い魔!?-7 ├ DIOが使い魔!?-8 ├ DIOが使い魔!?-9 └ DIOが使い魔!?-10 ■ DIOが使い魔!?-11~20 ├ DIOが使い魔!?-11 ├ DIOが使い魔!?-12 ├ DIOが使い魔!?-13 ├ DIOが使い魔!?-14 ├ DIOが使い魔!?-15 ├ DIOが使い魔!?-16 ├ DIOが使い魔!?-17 ├ DIOが使い魔!?-18 ├ DIOが使い魔!?-19 └ DIOが使い魔!?-20 ■ DIOが使い魔!?-21~30 ├ DIOが使い魔!?-21 ├ DIOが使い魔!?-22 ├ DIOが使い魔!?-23 ├ DIOが使い魔!?-24 ├ DIOが使い魔!?-25 ├ DIOが使い魔!?-26 ├ DIOが使い魔!?-27 ├ DIOが使い魔!?-28 ├ DIOが使い魔!?-29 └ DIOが使い魔!?-30 ■ DIOが使い魔!?-31~40 ├ DIOが使い魔!?-31 ├ DIOが使い魔!?-32 ├ DIOが使い魔!?-33 ├ DIOが使い魔!?-34 ├ DIOが使い魔!?-35 ├ DIOが使い魔!?-36 ├ DIOが使い魔!?-37 ├ DIOが使い魔!?-38 ├ DIOが使い魔!?-39 └ DIOが使い魔!?-40 ■ DIOが使い魔!?-41~48 ├ DIOが使い魔!?-41 ├ DIOが使い魔!?-42 ├ DIOが使い魔!?-43 ├ DIOが使い魔!?-44 ├ DIOが使い魔!?-45 ├ DIOが使い魔!?-46 ├ DIOが使い魔!?-47 └ DIOが使い魔!?-48 第二部『ファントム・アルビオン』 ■ DIOが使い魔!?-49~50 ├ DIOが使い魔!?-49 └ DIOが使い魔!?-50 ■ DIOが使い魔!?-51~60 ├ DIOが使い魔!?-51 ├ DIOが使い魔!?-52 ├ DIOが使い魔!?-53 ├ DIOが使い魔!?-54 ├ DIOが使い魔!?-55 ├ DIOが使い魔!?-56 ├ DIOが使い魔!?-57 ├ DIOが使い魔!?-58 ├ DIOが使い魔!?-59 └ DIOが使い魔!?-60 ■ タバサの安心・キュルケの不安 ├ タバサの安心・キュルケの不安-1 ├ タバサの安心・キュルケの不安-2 ├ タバサの安心・キュルケの不安-3 ├ タバサの安心・キュルケの不安-4 ├ タバサの安心・キュルケの不安-5 └ タバサの安心・キュルケの不安-6 ■ 親友 ├ 親友-1 ├ 親友-2 └ 親友-3 外伝 ~『恋愛貧乏、モンモランシー』~ 外伝~オスマンの過去~-1
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1028.html
ベッドの上で、ルイズ・フランソワーズは夢を見ていた。 舞台は、生まれ故郷であるラ・ヴァリエールの領地にある屋敷。 夢の中の幼い自分は、屋敷の庭を逃げ回っていた。 それは二つの月の片一方、赤の月の満ちる夜のことだった。 真っ赤な真っ赤な…… 血のように真っ赤なお月様が見下ろす夜。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの!? まだお説教は終わっていませんよ!!」 出来のイイ姉たちと比べて落ちこぼれな自分を、 母は、いつも叱ってきた。 母だけではない。 自分の世話をする召使い達も、影で自分のことを哀れんでいることを、 ルイズは知っていた。 その事が、ますますルイズの自尊心に傷を付ける。 その日もまた母親に叱られた。 それが悔しくて、悲しくて、 思わずルイズは屋敷を飛び出したのだ。 使用人達の目を掻いくぐり、いつもそうしていたように、 中庭の池にある『秘密の場所』へと向かう。 そこは、幼い頃の自分が唯一安心できる場所だった。 あまり人の寄りつかない中庭の池には、小舟が一艘浮かべられている。 昔は家族で舟遊びをして楽しんだものだったが、 時とともに皆離れていった。 この場所に気を留めるものは、もはやルイズしかいないのだった。 夢の中の幼い自分は小舟の中に忍び込み、 用意してあった毛布を纏って、息を潜める。 しばらくそんな風にしていると……霧の中から、 マントを羽織った1人の立派な貴族が現れた 「ルイズ、泣いているのかい?」 つばの広い帽子をかぶっていたので顔はよく見えなかったが、 ルイズはその貴族が誰だかすぐにわかった。 最近、近所の領地を相続したという子爵。 「可哀想に。 また怒られたんだね……」 幼いルイズにとって、憧れの人だった。 近所だったから晩餐会を共にしたこともあったし、 また、父と彼が交わしたある約束も相まって、 ルイズとその子爵は、会う度によく話をしたものだ。 「僕の可愛いルイズ。 ほら、僕の手をお取り。 もうじき晩餐会が始まるよ。 ……安心して。 お父上には、僕からとりなしてあげる」 夢の中の幼い自分は、恥ずかしそうに頷いて立ち上がり、 子爵の手を握ろうとした。 ……が、ルイズがその瞬間、子爵の手がすうっと引っ込められた。 意外な対応に、幼いルイズは当惑する。 それは、夢の中の出来事をぼんやり俯瞰していた現実のルイズも同様だった。 ―――あれ、何だか変だな? この後確か、子爵と共に晩餐会に向かった筈なのに……。 夢と現と、両方のルイズが混乱する中、顔の隠れた子爵が語り掛ける。 「そうだ、ルイズ。 君に見せたいものがあるんだ」 現のルイズが未だに当惑する一方で、 夢のルイズは、子爵を信頼しきった表情で答える。 「まぁ、子爵様。 一体何を見せて下さるの? 楽しみだわ」 子爵は大仰に一礼して、マントを翻した。 「ルイズ、僕のルイズ! とても素晴らしい物だよ。 きっと、我を忘れてしまうほどに! だから、7秒だけ待っててくれるかな?」 は?7秒? ますますもって分からない。 直ぐに持って来たいのは分かるが…… どうしてわざわざ正確な所要時間を言う必要があるのか。 しかもやけに短い。 2人を俯瞰していた現ルイズは、途方もなくいやな予感がし始めた。 そんな現ルイズの不安をよそに、子爵の姿が一瞬で掻き消えた。 『見せたい物』とやらを取りに行ったのだろうか。 そりゃあ、7秒しかないのだ。 急ぐのは尤もだが……素早すぎやしないか? ~1秒経過!~ 「子爵様ったら。 私のために、あんなに一生懸命になられて……」 しかし、夢ルイズは全く疑ってすらいないようだ。 ~2秒経過!~ ……マズい。 これはマズい! 何だかとてもマズい気がする! と、現ルイズ。 ~3秒経過!~ 「子爵様が見せたい物って、一体何かしら?」 と、夢ルイズ。 ~4秒経過!~ 逃げろ。 逃げるのよ、私!! 何やってるの、早く逃げるのよ! と、また現ルイズ。 ~5秒経過!~ 「子爵様のことだから、 本当に我を忘れてしまうほどの物なのだわ……」 ~6秒経過!~ 緩みきってるわね、夢の中の私。 しかし待て夢ルイズッ! 何かただならぬ事がッ! 起こっているのよォオオッ! ~7秒経過!~ 「待たせたね。 上を見てごらん、可愛いルイズ」 夢の中のルイズは、弾かれたように空を仰いだ。 果たして空中には、夢ルイズが乗っている小舟なんかとは比べ物にならないほど大きな物が浮いていた。 馬車のようにも見えるが、 見る者に威圧感を与える凶悪なフォルムをしている。 黄色を基調とした車体の前後には、 ぶっとい石の円柱のようなものが付いていた。 馬車にしてはやけに重そうだ。 馬数頭ぐらいでは、ビクともしなさそうなほど。 その上には子爵が乗っかって、夢の中のルイズを見下ろしている。 その馬車の異様な巨体に、夢と現と、 ルイズは揃って我を忘れた。 無論感動したからではない。 絶望したからだ。 今あれは宙に浮いているが、 やがて重力の法則に従って墜落してくるだろう。 そうなったらどうなるか……。 答えはもうすぐ分かる。 だって、今まさに、あの巨大な馬車が、 夢の中のルイズを乗せた小舟めがけて、落下を始めたからだ。 ふと、落下による風に吹かれて、 子爵の帽子が飛んだ。 「あ」 ルイズは短い声を上げる。 いつの間にか夢と現とが重なり合い 舞台にいるルイズは、6歳から16歳の今の姿になっていた。 そして、帽子の下から現れた顔は憧れの子爵などではなく、 使い魔の……ちょっと髪型だとか、唇の色だとか雰囲気だとか色々変わってるけど…… DIOであった。 ふと目が合う。 DIOは見たこともないほど興奮した笑みを浮かべた。 突如夢の中に乱入してきたDIOは、 奇妙で巨大な馬車に乗って落下しながら、 現実世界ではルイズすら聞いたこともないほどハイテンションな声を上げた。 「ロードローラーだッ!!!」 なんじゃそら、と突っ込む暇など、 もちろん無かった。 DIOが乗っかった馬車が、小舟を直撃したからだ。 ドッバァアアン!という、凄まじい水しぶきと共に、 小舟がバラバラになる。 その小舟ごとペッシャンコになったかと思われたルイズだか、 意外なことに生きていた。 馬車の円柱に、無様な格好でしがみつく。 うまく難を逃れたかに見えたルイズだが、 今度は馬車もろとも、どんどん水中へと沈んでいってしまった。 何とか身を捩って脱出しようとするが、 DIOがそれを許さない。 ガンガンガンガンガンと 車体を殴り付けて沈没を助長する。 ……器用なことに、右は肘、 左はグーと使い分けていた。 「もう遅い! 脱出不可能よッ!」 夢の中なので、水中でも何故か叫び声を上げてくるDIO。 まさしくDIOの言う通りなのだが、 せめてささやかな抵抗くらいさせて欲しい。 だが、 「無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」 「無理無理無理無理無理 無理無理無理無理無理ィッ!!」 現実は……夢か?どうでもいいけど…… やはり非情だった。 抵抗むなしく、グングンと湖底が近づいてくる。 このままではペッチャンコだ。 それにしても、夢の中の使い魔はとんでもなくハイだ。 ひょっとしたらこれがアイツの本性なのだろうか。 そう思う間に水圧が体の自由を奪い、ついに身動きすら取れなくなってしまった。 万事休す。 湖底は目と鼻の先だ。 そのことはDIOも承知なのか、 ダメ押しとばかりに渾身の一撃を打ち込んでくる。 「8秒経過! ウリィイイイヤァアアッー! ぶっ潰れよォォッ!!」 今更ながらのタイムカウント。 しかし凄い。 たった1秒の間なのに、こんなたくさんの描写があるなんて。 さすが夢だ、突拍子もない。 なんて考えていたら、ドグシャァア!と着地の音が聞こえて、 砂利が水中に舞い上がる。 こうして夢の中のルイズは、 地面とロードローラーとに挟まれて、哀れにもサンドイッチになってしまった。 「9秒経過……!!」 DIOのタイムカウントを餞に、私は夢から逃走して目を覚ました。 ―――――――――― 巨大な何かに押しつぶされる夢を見て、 ルイズ・フランソワーズは目を開いた。 あまりにも夢見が悪くかったので気晴らしに伸びをしようとしたが、 何故か体が動かない。 ベッドに横たわったまま、一体どういう事かと、寝ぼけ眼を擦って己の体に目をやるルイズ。 なにやら布団の下に、ゴツゴツした感触がいくつもある。 布団をめくってみると、いかにも重そうな魔法関係の本が、 所狭しとルイズを圧迫していた。 先程の夢はこれのせいか。 それを見て、昨日勉強をしていてそのまま寝入ってしまったことを、ルイズは思い出した。 しかし、ルイズには布団をかぶった記憶などなかった。 なら、この布団は一体誰が掛けてくれたのだろうか……? 取り敢えず布団をのけて、身を起こす。 分厚い本が、バサバサと床に落ちていった。 ルイズは嫌な予感と共に、 ゆっくりとソファーの方を向いた。 そこにはDIOがいた。 ルイズより先に起きて、本を読んでいる。 ルイズが起きたことに気づき、DIOは顔を上げた。 「起きたか。 今日は随分と早いな」 確かにまだ部屋は薄暗い。 とは言っても、DIOを召喚してからというものの、 ルイズの部屋はいつも薄暗かった。 どんなに爽やかな朝だろうと、 蝶々がチューリップにキスをするようなきらめく昼下がりだろうと、 日が出ている間はルイズの部屋は、 窓もカーテンもピッチリと閉められている。 ルイズは太陽が大嫌いになっていた。 何というか、慎みの感じられない、ハナにつく明るさなのだ。 今のルイズは、月明かりの方が断然お好みだった。 それはさておき、ルイズはベッドから立ち上がり、 布団を掴んでDIOに見せた。 「ねぇ。 これ、ひょっとして、ひょっとするんだけど……」 認めたくない現実に果敢に立ち向かうルイズに、 DIOはさも当然と頷いた。 「私が掛けた」 ルイズは思わず布団を取り落とした。 布団がパサッと床の本の上に落ちたが、そんな事全然気にならなかった。 感動で震える両手を、自分の頬に添える。 手のひらから伝わる、若干火照った頬の感触。 不覚にもルイズの胸はきゅんとなっていたのだった。 ……ウソ。 なんて事。 いやあね冗談に決まってるわなんでコイツったらいきなりそんな使い魔の鏡みたいな真似を白々しいったらありゃしないわ そういえば近頃私ったら魔力上がってるしもしかしてとうとうコイツ私の軍門に下ったというわけかしら でもでもでもイキナリこんな甲斐甲斐しく接してくるなんておかしいわ不自然よひょっとしてコイツってば あああダメよいくら私が前途有望でプリティな女の子だからってつつ使い魔と御主人様なんだからそんなのダメよ!! …………でもコイツ、本はどけてくれなかったわ。 散々1人でヒートアップしたルイズだったが、 そう考えると今までの興奮が一気に冷めてしまうのだった。 途端に口をへの字に曲げ、白い目でDIOを見る。 「あのね。 布団を掛けてくれたのはスゴ~く有り難かったんだけど…… それならまず最初に本をどけなさいよ」 「てっきり本に埋もれて眠るのが好みなのだと思って、 そのままにした」 ルイズは怒鳴った。 「本まみれで寝るのが好きな奴なんているわけないじゃない!! ……1人心当たりがあるけど。 っとにかく! 潰れちゃうかと思ったわよ、ほんとに!」 ほんとにふんとに。 ギャースカ喚いてみせても、DIOは笑って受け流してしまう。 結局からかわれていただけだったのだ。 一瞬でも胸きゅんしてしまった自分が恥ずかしくて、 ルイズは悶えた。 どうにも近頃、自分の使い魔は陽気だ。 それはおそらく、ようやっとコイツが服を着るようになった頃からだ。 私がせっかく選んでやったレディーメイドは気に食わなかったようで、 勝手に注文していたのいやがったのだ。 コッテリ叱りつけたのだが、馬耳東風、DIOに説教。 素知らぬ顔をされてしまった。 ちぇ、服を着たぐらいでテンション上がるなんて、 まるで子供じゃない。 そう思って、ルイズは先ほどの夢を思い出していた。 あの、異様にハイだったDIOの顔を。 ちらっと奴の顔を見る。 そういえばコイツ、フリッグの舞踏会で私と踊った時も、 いやに紳士然としてたわね。 ……なるほど、そういうことか。 ウシシ……と下品な笑みを浮かべて、 ルイズはDIOの肩を叩いた。 「ねぇ、DIO」 「……?」 「あんたって、実は結構ノりやすいタイプでしょ」 藪から棒なルイズの指摘に、 DIOは驚いたような、困ったような、複雑な顔をした。 【DIOが使い魔!?】 第二部 『ファントム・アルビオン』 to be continued…… 戻る 50へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/246.html
ある虚無の曜日、ルイズは朝からウンウン唸っていた。 その隣のソファーでは、DIOが図書室から新しく借りた(強奪に近いものと思われる)本を、無言で読んでいた。 『僕の私のハルケギニア大陸』というタイトルで、凡その子供が読むような、簡単な地理書だ。 DIOは、コツを掴んだ人間が、自転車をあっと言う間に乗りこなしてしまうように、ドンドンとハルケギニアの知識を得ていた。 そんなDIOを脇目に、暫く唸っていたルイズだったが、突然雷に打たれたようにその顔を上げた。 「…そう、そうよ! 今は考えたってしょうがないわ。 何と言われようが、こいつは私の使い魔。 そうよ! 忘れてたわ、私、どんなことがあろうと乗り越えてみせるって、あの時誓ったじゃない!」 あの時、とは契約の時のことだろうが、とにもかくにも、ルイズは一人でヒートアップしていった。 そして、ベッドから立ち上がって、DIOを指差した。 腰に手まで当てて、随分と興に入った雰囲気である。 「DIO! 本を仕舞いなさい! すぐ街に行くわよ!」 「これまた突然だな。……何をしに?」 DIOはチラッとルイズを見て、ため息をつきつつ本を閉じた。 「ナイフ、買ってあげるわ! あと服も! 何かある度にいちいち厨房からガメられたんじゃ、私たちの食事がまずくなるし、あんただって、いつまでも上半身裸じゃやってられないでしょ?」 どうやら買い物に連れていくようだ。 武器を買うということは、ルイズがDIOを本格的に自分の使い魔であると認めた証拠である。 「珍しいじゃないか、使い魔に贅沢をさせるなんて…」 DIOはしかし、全く何とも思っていないようだ。 言葉とは裏腹に、自分が使い魔であるなどとは全く考えてはいないようにも取れる。 だが、ルイズは別にそれでもよかった。締めるところでビッチリ締めればいいのだと、割り切っていたからだ。 「必要な物は、きちんと買うわ。私は別にケチじゃないのよ」 ルイズは得意げにいい、もう話は決まったばかりに荷物をまとめ始めた。 あれよあれよという間に外出の準備を完了させてしまう。 早業であった。 「わかったら、さっさと行くわよ。今日は虚無の曜日なんだか ら」 DIOはゆっくりと立ち上がって、ドアに手をかけた。 「ところでDIO、その本どうしたの?」 ルイズの質問に、DIOは動きを止めて、ルイズの方に振り返った。 「モンモランシーという子が、選んでくれたのさ」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― キュルケは昼前に目覚めた。 今日は虚無の曜日である。 窓を眺めて、そこから見える太陽の黄色さに目が眩んだ。 まぶしさと眠気に目をつぶりながら、キュルケは昨晩の出来事を思いかえす。 「そうだわ、ふぁ、昨晩はいろいろ大変だったわ…」 ペリッソンに、スティックスに、マニカンにエイジャックスにギムリに……etc. さすがの『微熱』も燃え尽きそうになるほどだった。 これからはブッキングは避けた方が良さそうね…と思いながら、キュルケは起き上がり、化粧を始めた。 夜明けまで起きていた割にはやけにツヤツヤしている彼女の肌には、化粧は必要なさそうだが、女の嗜みというやつだ。 パタパタと化粧をしながら、キュルケはこれまでの出来事を思い出した。 主にルイズの。 途端に、キュルケの顔に影がさした。 最近のルイズは、どうにもおかしい。 いや、いつもおかしいのだが、あの使い魔を召喚してからはそれが顕著になってきている。 キュルケは、ルイズが腹に抱えている黒い爆弾のことを知ってはいた。 プライドの高いルイズは、『ゼロ』とバカにされてもそう軽率に怒りを表すような人間ではない。 ……ないのだが、『ゼロ』と呼ばれる度に、彼女の心にストレスは確実に蓄積されていくということを、キュルケは知っていた。 そして精神の均衡を保つため、そのストレスは定期的に爆発をするということも。 その時、ルイズは世にも恐ろしい悪鬼になる。 シュヴルーズの件が、良い例だ。 あと、ギーシュの時も。 キュルケは、以前あの状態になったルイズに一発かまされたことがあったので、ルイズの恐ろしさは重々承知していた。 その時のことを思い出すだけで、キュルケは震えがくるのだが、そのおかげでルイズのストレスが爆発するギリギリのラインも、ある程度は心得たのだった。 その範囲内でルイズをからかうのが、キュルケの最近の楽しみでもあった。 しかし……キュルケは疑問に思う。 最近のルイズは、どうにもおかしい。 何だか、爆発の頻度が高くなったような気がする。 というより、寧ろ自分からそれを楽しんでいるような印象さえ受ける。 キュルケの脳裏に、ギーシュとの決闘の時、瀕死のギーシュに対して、いとも簡単に処刑宣告をしたルイズの姿が映し出される。 やはり、あの使い魔のせいだろうか。 だとしたら、釘を刺しておく必要がある。 彼女は自分のライバルなのだ。 勝手な手出しは、その使い魔だろうと許さない。 キュルケは化粧を終えて、立ち上がった。 自分の部屋から出て、ルイズの部屋の扉をノックする。 扉が開くまでの間、キュルケはなるべくルイズ本人が出てくることを願った。 無論、使い魔のDIOの方が出てくる可能性の方が高いのだが、キュルケはそう願った。 何と言おうか、DIOを前にすると、言い知れない緊張を感じてしまう。 萎縮してしまう、といってもよかった。 それは、自分の使い魔であるサラマンダーのフレイムも同じであるらしい。 初めてDIOを見たとき、フレイムはひどく怯えていた。 自分の命令なしでも、DIOを攻撃しそうな勢いだった。 火流山脈のサラマンダーが怖がるほどだ。 そのDIOがどれだけの力を持っているのかは、一応は、ギーシュとの決闘でその片鱗を見ることは出来た。 見たというより全く理解を越えていたのだが、決して無駄にはならないだろう、とキュルケは思った。 そこまで考えたところで、キュルケは開かないドアをもう一度ノックした。 しかし、ノックの返事はない。 開けようとしたら、鍵がかかっていた。 キュルケは少し躊躇った後、ドアに『アンロック』の呪文をかけた。 学院内で『アンロック』の呪文を唱えることは、重大な校則違反だ。 これが色事に関わることなら、躊躇いはしなかっただろうが……。 しかし、そうしてドアを開けてみると、部屋はもぬけの殻だった。 二人ともいない。 キュルケは部屋を見回した。 カーテンはしっかりと閉められていて、部屋は薄暗い。 ルイズがいつも使っているベッドの側には、豪華なソファーが横たわっている。 DIOが使っているのだろうか? だとしたら、随分と生意気な使い魔だと思った。 だとしたら、随分と生意気な使い魔だと思った。ルイズが使っているベッドよりも下手したら高そうだ。 キュルケはさらに部屋を見回して、ギョッとした。 そこには、様々な調度品が、所狭しと並べられていたからだ。 棚の上には壷と皿。 壁には、様々な絵画と、そしてプラチナとゴールドで出来た一対の剣が飾られていた。 隅の壁には甲冑が立っている。 その隣には、両腕のない女神を象った彫刻がデンと置いてあった。 どれもこれもが、憎らしいくらいに完璧に配置されていて、一瞬ここが美術館かと思ってしまったほどだ。 ていうかここはホントにルイズの部屋なのだろうか? チラりと棚に目をやると、開いた扉から、いかにもわたくし宝箱ですと言わんばかりの重々しい箱があり、これまたいかにも年代物そうな金貨銀貨が、溢れだしているのが見えた。 天井には大きなシャンデリアが下がっているが、その大きさの割には、放つ光は柔らかで弱い。 香を焚いているのだろうか、部屋にはほのかに靄がかかっていて、エキゾチックな空気が立ちこめている。 ふらふらと目眩がするのは、決して香の匂いに当てられただけではないだろう。 キュルケは我が目を疑った。 つい先日ルイズの部屋を見たときは、いつも通りだった。 色気も何もないが、こざっぱりしていて、いかにもルイズらしい部屋だと思ったものだ。 「ル、ルイズ…趣味変わったわね……」 キュルケはポツリと呟いた。 そして、キュルケは、ルイズの鞄が無いことに気がついた。 虚無の曜日なのに、鞄がないということは、どこかに出かけたということだろうか。 キュルケは窓を開けて、外を見回した。 辛気くさいルイズの部屋に日光が差す。 門から馬に乗って出ていく二人の人影が見えた。 目を凝らす。 果たして、それはDIOとルイズであった。 「なによー、出かけるの?」 キュルケは、つまらなさそうに言った。 それから、ちよっと考えて、ルイズの部屋を飛び出した。 タバサは、寮の自分の部屋で、いつものように本に目を通していた。 しかし、いつもなら流れるようにめくられる本のページは、先ほどからちっとも変わってない。 タバサは、本を開いているだけで、心ここにあらずだった。 タバサは虚無の曜日が好きだった。 誰にも邪魔されずに、自分の世界に没頭出来るからだ。 しかし、タバサは今日、全く別のことを考えていた。 あの使い魔だ。 タバサは、その特殊な家庭環境から様々な危険を冒してきた。 つまり、モンスター関係に対してはある程度免疫があるつもりだったのだ。 しかしその認識は、ルイズが召喚した使い魔によって改められることになった。 あれこそまさに化け物ではないか。 一見穏やかで、紳士的に見えるあの使い魔は、心の底にはマグマのような激情を籠もらせていることは、ギーシュとの決闘でよくわかった。 決闘……。 タバサは本から顔を上げた。 あの時、追い詰められたDIOが本性を垣間見せたとき、DIOの左手のルーンが光ったのをタバサは見ていた。 そう、見ていたのだ。 欠片も漏らさず。 タバサは、自分の身長ほどもある大きな杖を手繰り寄せて、ギュッと握りしめた。 ルーンが光ったと同時にDIOが、高笑いと共に響かせた言葉『ざわーるど』…。 異国の言葉らしく、タバサの耳に覚えはなかったが、とにかくそのDIOの一言の後に全ては終わっていた。 そして、ギーシュは倒れた。 『見えているのか、我が『ザ・ワールド』が…』。 『ざわーるど』…『ざわーるど』……。 タバサはその言葉を自分の口で紡いだ。 DIOはメイジではない。 とすれば、あの幽霊みたいなものの能力だろうか。 例えば、自分の使い魔であるシルフィードが、人語を話し、己の姿を変えられるように…。 ダメだ。手がかりが少なすぎる。 あの決闘のあと、タバサはDIOのことばかり考えていた。 思考を中断して、タバサはため息をついた。 すると、ドアがドンドンドンと叩かれた。 いつもなら軽く無視するところなのだが、気分転換の良い機会とも思い、タバサは杖を振った。 ドアがするりと開いた。 入ってきたのはキュルケだった。 タバサの友人である。 タバサはキュルケを見ると、結局1ページもめくらなかった本を閉じた。 「タバサ。今から出かけるわよ。支度をしてちょうだい」 「虚無の曜日」 タバサは話をするのは良いと思ったが、外出する気にはなれなかった。 タバサは首を振った。 キュルケは感情で動くが、タバサは理屈で動く。対照的な2人だが、何故か仲はよい。 「そうね。あなたは説明しないと動かないのよね。…あのね、タバサ。 ルイズの様子が最近おかしいの。私は多分DIOのせいだと思っているわ。 その2人が今日、どこかへ馬に乗って出かけていったの!2人っきりで! DIOがルイズに何かしないか、監視しないといけないの! わかった?」 ぼんやりと聞いていたタバサだったが、DIOという言葉を聞いた瞬間、ハッと顔を上げた。 しばらく悩んで、タバサは頷いた。 自分もちょうど手詰まりになっていたところだ。 直接相手をお目にかかるのも悪くない、とタバサは思った。 キュルケは、案外あっさりと承諾をしてくれたタバサを一瞬訝しんだが、機嫌が良いのだろうと思って流すことにした。 「ありがとう! 追いかけてくれるのね!」 タバサは再び頷いた。 窓をあけ、指笛を吹いた。 ピューッという甲高い音が、青空に吸い込まれる。 タバサは窓枠によじ登り、外に飛び降りた。 キュルケもそれに続く。 落下する2人を、タバサの使い魔である風竜のシルフィードが受け止めた。 シルフィードは上空へ抜ける気流を器用に捕らえ、空へと駆け上った。 「いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」 キュルケが感嘆の声を上げた。 タバサはそれを無視して、キュルケに尋ねた。 「どっち?」 キュルケが、あっ、と声にならない声を上げた。 タバサはキュルケが当てにならないことを改めて認識し直して、シルフィードに命じた。 「馬二頭。食べちゃだめ」 風竜は、きゅいきゅいと鳴いて了解の意を伝えると、高空へ上り、その卓越した視力で目標をたやすく捉え、力強く翼を振り始めた。 自分の使い魔が、仕事を開始したことを認めると、風竜の背びれを背もたれにして、再び本を開いた。 しかしやはり、そのページがめくられることはなかった。 to be continued…… 30へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/881.html
キュルケとタバサは、 ルイズがレビテーションも使わずに見事地表に到達してみせたことに対して、 激しく引いていた。 2人とも何も口にせず、 ただシルフィードがバッサバッサとはばたく音しかしない。 「……………………」 「……………………」 おそらく、考えていることは一緒なのだろうが、 それを口に出すのは、何というか ……とてもルイズに対して失礼な気がして、憚られた。 しかし、その気まずい沈黙をキュルケが破った。 「………………ねぇ」 「…………………?」 「人間って、こんな高い所から飛び降りても、 動けるんだ………」 「………………さぁ」 下ではルイズが、 ゴーレムをあっさりと倒したDIOと何やら話をしていた。 これからフーケを拘束する手順でも確認しているのだろうか。 そう思い至ったら、今まで呆けていたキュルケの心に、 メラメラと自尊心の炎が燃え上がった。 自分達は、ほとんど何もしてない。 ルイズを助けるためにゴーレムと一戦したが、 ほんの3、4合だけ、交えただけだ。 これではまるで、ルイズ…ヴァリエール家とDIOが主役で、 自分たちは引き立て役みたいに見えはしないか。 そんなこと、ツェルプストー家の血を引くキュルケが 許すはずがない。 ゴーレムを失ったとはいえ、 フーケはまだやられてはいないだろう。 イタチの最後っ屁くらいのことはする可能性が十二分にある。 それなら、自分たちがそこをやってしまえばいい。 ルイズよりも先に、フーケを捕らえるのだ。 何だか横取りするみたいだが、 それはツェルプストー家とヴァリエール家では日常茶飯事だから問題ない。 フーケを捕まえれば、美味しいところも取れるし、 フーケに対する意趣返しにもなるし、 何よりルイズはさぞ悔しがるに違いない。 油揚げをさらわれて、 顔を真っ赤にして地団太踏むルイズを想像して、 キュルケはウキウキしてきた。 善は急げと、キュルケはタバサに話しかけた。 「タバサ、私たちも降りるわよ!! ヴァリエールなんかに手柄を独り占めさせてたまりますかってぇの! GOよ、GO!」 バタバタと急かすキュルケに、タバサは普段と変わらない無表情で頷いた。 タバサ自身もそうするつもりだった。 今、あの2人をフリーにしておくのは、危険だと思ったからだった。 タバサの脳裏に、ブルドンネ街での出来事がフラッシュバックした。 (無駄無駄…) あの時のルイズの威圧感に、 珍しくタバサは逃げの一手を打った。 自分たちの知らないところで、 何かとても恐ろしい事が進んでいるのではという不安が、グルグルと渦を巻く。 目の前でやきもきしているキュルケは、 ルイズに対する対抗心や、功名心でフーケと戦おうとしているが、 それに比べて、ルイズはどうだろう。 名誉だとか、貴族としての誇りだとか ……そんなものよりも、もっと俗っぽくて、 大きな野望の為に杖を振るっているような印象を受けた。 その姿勢が微かに自分と重なって、 タバサはルイズに対して、奇妙な親近感も覚えていた。 タバサはシルフィードに、降下の指示を出した。 シルフィードがきゅいと主に応じて、ゆっくりと高度を下げていく。 半分ほど下がったところで、キュルケが疑問の声を上げた。 「……あら、ルイズの使い魔がいないわ。 どこ行ったのかしら? トイレ?」 ……………いない? それを聞いて、ゾワッと身の毛がよだつ感覚が、 タバサを包んだ。 今まで積んだ経験が、やかましく警報を鳴らす。 このまま降下することは、非常にマズいことだと直感で確信し、 タバサは1も2もなく上昇の指示をシルフィードに出した。 シルフィードは忠実に主の命令に従って、下降を止めた。 ――――しかしそれも失策だった。 一時的にだが、シルフィードの体が低空で停止してしまったのだ。 「失礼、お嬢様方」 突如、その場にはいないはずの、 第三者の声がして、2人は弾かれたように後ろを振り向いた。 ルイズがいなくなったことで出来たスペースに、 1人の男が腰を掛けていた。 脚を組んで、綺麗な紅い瞳で2人を見つめているその男は、DIOだった。 いつのまにか、そしてどうやってか、シルフィードに乗り込んでいたのだ。 いきなり積載人数が3人に増えたことに驚いたのか、 シルフィードの体は硬直してしまった。 DIOが瞬間移動らしき技を使える事は、 2人は先ほどのゴーレムを見て重々承知したが、 こうして音もなく背後に迫られると、改めて脅威を感じざるを得ない。 しかし、彼は現在ルイズの使い魔であり、 自分たちサイドであるはずだ。 まさか襲ってくるなんてこと、 あるはずがない………。 DIOに対する恐怖が、そのまま微かな甘えにつながり、 キュルケに間違った行動を取らせた。 キュルケは少々キョドった調子でDIOに話しかけた。 「な………何か用なわけ? あんた、御主人様を1人きりにしちゃ 危ないんじゃないの?」こっそりと距離を取りつつそう言うキュルケに、 DIOは静かに笑って、立ち上がった。 風竜の背中は、凹凸があってバランスが取りにくいにもかかわらず、 身じろぎすることなく、しっかりと両足で立っている。 その腰には、デルフリンガーが下げられているが、 鞘に入れられていて、沈黙を保っている。 ブロンドの髪が、風に吹かれてフワフワ揺れる。 キュルケを見下ろすDIOは、 キュルケから視線を外さずにゆっくりと背中に手を回して……………… "ズジャラァアァア!!" と、どこからともなくナイフの束を取り出した。 まさに魔法のズボンだ。 ジャラジャラと金属の擦れる音を鳴らせながら、 これ見よがしにナイフを握った手を揺らすDIOを見て、 キュルケの顔から、一気に血の気が引いた。 「あ………………まじ?」 その光景に、かつての決闘の折りのギーシュの末路が連想され、 キュルケはゴクッと唾を飲み込んだ。 「突然で不躾だが…私と一曲お願いできるかな、 ミス?」 フフフ…と妖しく微笑む様は、一見冗談めかしたようにも思えるが、 放つ殺気が、これは冗談ではないということを 雄弁に物語っている。 突如牙を剥いたDIOに、 キュルケはすぐさま杖を向けようとしたが……それよりも先にタバサが動いた。 タバサが高速で詠唱を行い、杖を振っていた。 次の瞬間、質量を持った風がキュルケ越しにDIOを襲い、 DIOはシルフィードの上からドカンと吹き飛ばされた。 「エア・ハンマー……!」 空中に投げ出されたDIOが、木の葉のように落下していく。 タバサはそれをじっと眺めていた。 「…ありがと。 助かったわ」 しかしタバサはキュルケに答えなかった。 下の森へと姿を消してゆくDIOを見て、 タバサは周囲に視線を巡らせる。 果たして、森へ墜落したはずのDIOが、2人の目前の宙に浮かんでいた。 瞬間移動だ。 気付いたと同時に2人ともが詠唱を行うが、 DIOはそれを許さなかった。 「視界が効くからな……空にいられては困る。 そら、そんな魔法より、 レビテーションとやらを唱えた方がいいぞ」 からかうように忠告をした後、DIOが軽く手を振った。 DIOの体から『ザ・ワールド』が浮かび上がり、 シルフィードの顎を強打した。 鋼鉄をも粉砕する『ザ・ワールド』の一撃で 脳をシェイクされたシルフィードは、白目を剥いて気絶した。 今度は、キュルケ達の方が木の葉のように落下する番だった。 2人とも大慌てで自らにレビテーションをかけ、 そのあと、タバサがシルフィードにもレビテーションをかけた。 ゆっくりと地面に降り立った2人は互いに背合わせに構え、 隙をなくす。 すると、時間的にはまだ宙にいるはずのDIOが、 木の陰から姿を現した。 不可解な現象を疑問に思う暇もなく、 2人は攻撃魔法を詠唱した。 最初に詠唱が完成したキュルケの『フレイム・ボール』が、 唸りをあげてDIOに飛来した。 しかしDIOは、飛んでくる炎の玉を避ける仕草すら見せず、 パンパンと手を二度打った。 すると、炎の玉がDIOの体をすり抜けた。 DIOが一瞬で2人の方へと移動したからだ。 炎の玉は、虚しく空気を裂きながら、 森の奥へと消えていった。 キュルケはその光景に唖然としたが、 惚けている暇などもちろんない。 「ラグース・ウォータル・イス・イーサ・ ハガラース……」 再び詠唱を始めるキュルケの隣で、 タバサが呪文を完成させて、杖を回転させた。 大蛇のような氷の槍が何本も現れ、 回転を始め、太く、鋭く、青い輝きを増していく。 「"氷槍(ジャベリン)"!!」 タバサの声と共に、トライアングルスペルであるジャベリンが、 DIOに襲いかかった。 それを見て、DIOは手を軽く振る。 『ザ・ワールド』が、DIOの体から浮かび上がり、 両の拳の壮絶なラッシュで、ジャベリンを迎え撃った。 「えぇい、貧弱!貧弱ゥ!」 拳と氷の槍が交差する。 『ザ・ワールド』によって亜音速で繰り出される拳の弾幕は、 ジャベリンを1本も後ろに通すことなく、 その全てをガラスのように粉々に砕いた。 トライアングルスペルが真正面からあっさりと破られ、 流石のタバサも動揺を隠せない。 攻撃の手が緩まったその一瞬の間をとって、 DIOがタバサに話しかけた。 「面白い魔法だ。 お前のような攻撃をする者を、私は1人知っている。 ………死んだがね。 もちろん私が殺した。 お前もあいつのようになりたいかな?」 タバサは聞こえない振りをした。 今や敵となったDIOの言葉など、聞くだけ無駄だと思ったからだった。 すぐに次の魔法を唱え始めるタバサだったが……… 「…やはり君は彼に似ている。 彼もそうだった。 心にぽっかり穴が開いていて、 決して満たされることがない。 心から望むものを、手に入れていないからだ。 ………違うかな?」 DIOの、心の隙間をつく言葉にタバサの詠唱が止まった。 ピンで止められたみたいに、 タバサは微動だにできなかった。 「私はそれを君に与えてやることができる。 …教えてくれ。 お前が欲しい物は……何だ?」 ―――私が、欲しい、物…………。 タバサはDIOの目を見た。 優しげな紅い瞳が、タバサを見返した。 その慈愛に満ちた眼差しに包まれて、 タバサは微かな安心を感じ始めてしまっていた。 まるで、母に抱きしめられているような安らぎを。 この人なら…………… 私の望みを叶えてくれるのではないか…? そう考えてしまうほど、 DIOの言葉は不思議な魅力に溢れていた。 ぱったりと攻撃の手を休めてしまったタバサを、 キュルケが叱責した。 「タバサ!! 何やってるの!!!」 キュルケが再びフレイム・ボールをDIOに放った。 しかし、やはりそれは瞬間移動によってかわされてしまう。 戦場で攻撃を躊躇するなど、 普段のタバサではありえないことなのだが、 キュルケの叱責をうけてもなお、 タバサは詠唱を再開することはなかった。 挙げ句の果てに、ぺたんと座り込んでしまい、 考えごとをするように沈黙している。 攻撃するのがキュルケだけになってしまい、 その結果、攻撃の間の隙が大きくなってしまった。 その隙を縫って、 DIOがゆっくりと近づいてゆく。 やろうと思えば、瞬時に距離をゼロにすることだってできるだろうに、 DIOは何故かそれをしない。 まるで時間稼ぎをしているようだった。 しかし、徐々に徐々に距離が縮まっていく様は、 逆にキュルケの神経に負担を掛ける。 それがさらなる隙につながり、ついに2人はDIOの射程圏に入ってしまった。 約8メイル。 まずい、と思う暇なく、 『ザ・ワールド』が現れた。 まさしく幽霊のような、 軌道を読ませない動き方でキュルケに迫った『ザ・ワールド』は、 その拳でキュルケの杖を弾き飛ばした。 「くっ…!」 杖を握っていた手に、鈍い痛みが走り、 キュルケは苦悶の表情を浮かべた。 「杖が無ければ、メイジはかくも無力だな。 我が『ザ・ワールド』の敵ではなかった」 もはや警戒する必要すらなくなり、 DIOはスタスタとキュルケに歩み寄った。 タバサはその傍で座り込んだままだ。 「なんで、いきなりこんなこと………! わけわかんないわよ!!」 理由もなく、突然襲いかかられたことに対する怒りから、 キュルケは怒声を張り上げた。 「残念ながら、私には答える必要がない。 ……雷に打たれたと思って、諦めるんだな」 キュルケの言葉をそう受け流し、 DIOはとどめをさすべく『ザ・ワールド』ではなく、 自分自身の手を振り上げた。 それを見たキュルケは、 直ぐに襲いかかるだろう痛みに備えて、体を硬直させた。 ―――そのとき、遠くから何かが爆発する音が聞こえた。 すると、DIOの左手のルーンがぼぅっ…と怪しい光を放ち始めた。 その光が輝きを増すにつれて、DIOが苦痛に身を捩る。 「……ッ! 良いところで茶々を入れるか…!! ………わかった。 すぐにそっちに行けばいいのだろう、ルイズ」 忌々しげな口調でブツブツと呟きだしたDIOに、 キュルケはただただ狼狽した。 暫くしたあと、DIOがキュルケに向き直った。 「『マスター』が呼んでいる。 残念ながら、ここまでだ。 もう少しだったが……まぁいい、収穫はあった」 チラリとタバサに視線を向けてそう言ったDIOは、 最後とばかりにナイフの束を取り出して、優雅に一礼した。 「途中でおいとまさせてもらう、私なりのお詫びだ。 遠慮なくとっておいてくれ」 DIOはパチンと指を鳴らした。 すると、DIOの姿が忽然と掻き消えた。 キュルケは、いきなりDIOが姿を消した事にも驚いたが、 目の前に広がる光景には更に驚いた。 何と、幾本もの鋭いナイフが、2人めがけて飛来してきていたのだ。 「ひぃぇ!?」 キュルケは情けない悲鳴を上げた。 "ドバァアー!" と、凄まじい勢いで接近するナイフを見て、いつぞやのギーシュのように、 ハリネズミになってしまう自分の姿が想像される。 しかし、そのナイフは2人に到達することはなかった。 キュルケの隣から発生した風の壁が、 ナイフを弾き飛ばしたのだ。 「ウィンド・ブレイク…」 力のない詠唱は、タバサから発せられたものだった。 魔力は精神力。 今、精神的に沈んでいるタバサでは、 いつものような烈風は起こせなかったが、 それでもナイフを弾き飛ばすには十分であった。 ガチャガチャと音を立てて落下していくナイフを見て、 安堵のため息をついたキュルケは、隣に座り込んでいるタバサを見た。 力の込もっていない瞳が、虚空を見つめていた。 タバサの杖が、コロンと転がった。 「タバサ……?」 キュルケの呼びかけに、タバサは虚ろな目をキュルケに向けた。 「………なさい」 「…え?」 「……ごめんなさい」 キュルケに視線を向けてはいるが、しかし、 キュルケではない誰かを見ているような視線で、 タバサはそう呟いた。 キュルケは一瞬、 あのとき詠唱を止めてしまったことを謝っているのかとも思ったが、 どうも違うようである。キュルケはひとまず、タバサに手を差し出して、 彼女が立ち上がるのを助けた。 しかし、立ち上がってからもタバサはただ、 ごめんなさい…と繰り返すだけだった。 それが誰に向けた謝罪なのか、 キュルケにはようとして分からなかった。 to be continued……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/149.html
ルイズはニヤニヤしながら自分の使い魔の背中を見送った。 ルイズには考えがあった。 どうせ怒りのやり場を失っているギーシュは、DIOに決闘を申し込んで憂さを晴らそうとするに決まっている。 平民が貴族に勝てるわけがないという前提がその根拠だ。 しかし、ルイズにとっては、DIOがギーシュに勝とうが負けようがどうでもよかった。 DIOがギーシュに勝てば……それでいい。 自分は何もする必要がない。 ただ、DIOがギーシュを殺そうとしたなら、それを止めればいいだけだ。 万一DIOが逆らっても、強制執行してしまえばいい。 気絶してでも。 それは別にいい。 DIOがメイジに勝つほどの強さを秘めているのなら、それくらいの覚悟はしよう。 そしてもしDIOが負けたなら、ルイズはDIOを吹き飛ばすつもりだった。 所詮カリスマだけの使い魔なら、ルイズは用はなかった。 ルイズが求めるのは、真に力を持つ使い魔だ。 ギーシュ程度におくれをとるなら、問答無用で吹き飛ばして、改めてサモン・サーヴァントを行えばいい。 『ゼロ』と呼ばれることには変わりないけど、少なくとも安穏とした生活が戻ってくる。 『旧い使い魔を殺せば、新しい使い魔を召喚できる』 これはルールだった。 つまり、どう転ぼうがルイズに損はないのだ。 ルイズは、自分がDIOを吹き飛ばして、粉々の肉片にする様を想像して、ウットリした。 正直に言うと、どちらかというとルイズはDIOに負けてほしかったのだった。 だが、ルイズにとっての目下の問題は、これから起こる決闘の行く末ではなく、目の前に置かれているワインだった。 ルイズはDIOが飲み残した、アルビオン産のワインボトルに手を伸ばした。 一口飲む。 実に旨かった。 ギーシュは、突如後ろからメイドの両肩に手を乗せた男に、鋭い視線を向けた。 メイドが振り向いて一言「DIO様」と呟いた。 DIOはシエスタの肩に手を置いたまま、ギーシュに言った。 「『君が軽率に…香水の瓶なんか落としてくれたおかげで…二人のレディと、私のメイドの名誉が傷ついた。……どうしてくれるんだね?』」 DIOはクックッと笑った。 明らかに先ほどのギーシュの言葉に対する当てつけだった。 ギーシュの取り巻きが、どっと笑った。 「そのとおりだギーシュ!お前が悪い!」 ギーシュの顔が、屈辱で真っ赤に染まった。 「ふん……!お前は確か、平民だったな。あの『ゼロ』が呼び出したっていう」 ギーシュはルイズの方をチラと見た。 ルイズはワインを飲んでいた。 いい具合にほろ酔いなルイズは幸せそうだった。 こちらを全く気にした様子もないことが、ギーシュの癪に障った。 「そろいもそろって、貴族に対する礼儀を知らない奴らだ。 君たちのようなものを野放しにしたら、我々貴族の沽券に関わる!」 自分はともかく、己の主をこき下ろされて、シエスタの目が怒りに染まった。 ギロリと睨みつけてくるシエスタに、ギーシュは思わず気圧された。 「だとしたら、どうするかね…?」 DIOはシエスタを抱き寄せながら言った。 シエスタの顔が嬉しそうにほぅと和らいだ。 ギーシュはそんな二人にますます顔を赤くし、マントを翻して言い放った。 「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」 DIOはギーシュに分からぬようにほくそ笑んだ。 「ヴェストリの広場で待っている。 いつでも来たまえ」 ギーシュの取り巻きが、わくわくした顔で立ち上がり、ギーシュを追った。 ギーシュの姿が見えなくなると、DIOはシエスタを放した。 シエスタはその場に畏まった。 「申し訳ありません、DIO様! 私が至らぬばかりに、DIO様にとんでもないご迷惑を…!」 「シエスタは自分の仕事をしただけだ。 気にするな」 「あぁ、DIO様。御慈悲に感謝いたします……!」 さっきのギーシュに対する謝罪とは全然違うシエスタの態度に、ルイズは笑いを堪えきれなかった。 クスクス笑っているルイズの席の方へ、DIOは戻っていった。 シエスタはしずしずと彼に従った。 ルイズは、決闘になることは分かっていたが、それをDIOの方からけしかけていたことが、不思議だった。 ルイズは笑いながらDIOに聞いた。 「どうしたのよ?自分からふっかけるなんて。 キャラじゃないわよ?」 ルイズの問いに答える前に、DIOは空になったグラスにワインを注ごうとボトルを傾けた。 が、何もでてこない。 DIOははぁ、とため息をつき、ルイズを見た。 ルイズはチシャ猫のような、してやったりの表情を浮かべていた。 「……君の話と、さっきの授業で、この世界の魔法という技術体系は概ね把握したつもりだ。 私はそれを身をもって知る必要がある。 そしてもう一つ……」 ルイズは微笑みながら先を促した。 「私の『スタンド』の回復具合のチェックだ」 聞き慣れない単語に、ルイズは首を捻ったが、ようは自分の実力試しをするつもりなのだろうと結論した。 「まぁ、別にアンタの意図はどうでもいいわ。 でも……」 途端に、ルイズの笑顔がピタリと消えた。 さっきまでの微笑みが嘘のような無表情だ。 ルイズはDIOの目を覗き込んだ。 「でも、さっきアイツは私のことを『ゼロ』と呼んだわ」 DIOは何も言わない。ルイズは続ける。 「もし…アンタがギーシュに勝ったら、構わないわ……そのままギーシュを殺しなさい」 許可でも懇願でもない、冷徹な命令だった。 「だが…色々と問題があるんじゃないか?」 そういうDIOに、ルイズは一転して笑顔になり、杖を取り出した。 「あら、大丈夫よ。粉々に吹っ飛ばすから。 それに、使い魔の責任は、御主人様の責任よ?」ルイズは笑顔で言った。 ルイズの杖が"ミシッ"と音を立てた。 今にもへし折れそうだ。 DIOは一言「おぉ、コワい」と言った。 しかし、言葉とは裏腹に、DIOの顔には笑みが浮かんでいた。 「そう?これでも最初は死人沙汰は避けようと思って『いた』のよ?」 ルイズはDIOからちょろまかしたワインの最後を飲み干した。 どうやら彼女は、まだあの授業の時にからかわれたことを根に持っているようだった。 「で、これからどうするの?すぐにヴェストリ広場まで行く?」 そう聞いてくるルイズに、DIOはかぶりを振った。 「いや、これから少し厨房に寄る。色々と入り用のものがある」 ルイズはそれまで一度も 厨房に入ったことがなかったので、興味をそそられた。 ついて行くと言うルイズを、DIOは無言で承諾した。 「DIO様、ミス・ヴァリエール、どうぞこちらへ」 シエスタの案内で厨房についたルイズは、予想外にごちゃごちゃしている様子に眉をひそめた。 こんな汚い場所に、何の用があるというのだろうか。 すると、奥で鍋をふるっていた男がこちらに気づき、ドスドスと音を立てて近づいてきた。 「おぅ、誰かと思ったら、DIOじゃねぇか!」 そう叫んでDIOを歓迎したのは、料理長のマルトーであった。 DIOにワインを振る舞った人物である。 彼は平民なのだが、魔法学院の料理長ともなれば、その収入は身分の低い貴族なんかは及びもつかなく、羽振りはいい。 そしてマルトーは、そんな裕福な平民の多分に漏れず、貴族と魔法を毛嫌いしていた。 シエスタは二人の邪魔にならないように、少し離れた場所に控えた。 豪快なマルトーの態度だが、意外にもDIOは気にせず答えた。 「やぁマルトー。君のイタズラは、どうやら大成功のようだったな」 マルトーはそれを聞くと、喜びと苛つきが混ざったような矛盾した顔をした。 ルイズはわけがわからず二人の顔を交互に見やった。 「ハンッ、それみたことか! 貴族の連中め、散々っぱら威張り散らすくせに、味の違いもわからねぇときたもんだ。恐れ入るぜぃ!」 そういうと同時に、マルトーがルイズに顔を向けた。 「誰でぇ?貴族様がこんなところに、何か用かい?」 「彼女は、私のご主人様だよ、マルトー。 ルイズ、という」 DIOがそういうと、マルトーはその大きな目をさらに大きく見開いて、ルイズを見た。 そして、大声で笑いだした。 「ブッハハハハ! ご主人様!?この小娘が?お前さんの?冗談きっついぜおい!」 ガハハと笑うマルトーに、DIOは低い声で言った。 「ルイズは、君のイタズラに気付いていたぞ?」 マルトーの笑いがピタリと止まった。 そして、しげしげとルイズを眺め回した。 その視線を不快に感じて、ルイズは一歩退いた。 「何よ、さっぱり話が見えないんだけど!? 説明しなさいよ!」 マルトーは頭にかぶっている大きな帽子をかぶりなおした。 「……俺は貴族が嫌ぇだ。奴らは口を開けばやれ魔法だの、やれ貴族の教養だのとぬかしやがるからな。 だから、俺はチョイと試してみたくなったのさ」 ルイズは未だに話が見えず、首をかしげた。 「俺は今日の生徒の昼食にだすワインを、普通の庶民が飲むような安物にすり替えてやったわけよ。お嬢ちゃんは気づいたみてえだがな」 ルイズはハッとした。 あのワインはそういうことだったのか。 貴族である自分を試されたと言う事実と、一口とはいえ、安物を飲まされたという事実に、ルイズは腹を立てた。 そんなルイズを見て、マルトーは反論した。 「お怒りのようだがよ、お嬢ちゃん。あんたの周りに気づいた奴がいたか?これっぽっちでも、怪しんだ奴がいたか?」 ルイズは言葉に窮した。誰も少しもおかしいと思っていなかったのは事実だ。 「おたくらが豪語する貴族の教養ってのは、所詮そんなもんなんだよ。 その点、DIOは本物だ。こいつは違いが分かる奴だ。こいつに飲まれたあのアルビオンのワインは幸せものってやつよ」 ルイズは何も言い返せなかった。 「だが、あれに気づいたお嬢ちゃんも、てえしたもんだ。 次からは、お嬢ちゃんにも他の奴らよりチョイと良いヤツを出してやるよ」 ルイズは何だか納得がいかなかったが、相手が料理長ということもあり、その場は矛を収めた。 「ところで、マルトー。……頼みがあるんだが」 話の区切りを見たDIOは、自分の用事に入った。 自分には関係ない話だと思い、ルイズはその場を離れた。 ふと横を見ると、シエスタがこちらをじーっと見つめていた。 「……何よ?何か用?」 「いえ、何も、ミス・ヴァリエール」 それっきり、シエスタは視線を逸らした。 そんなシエスタの態度にルイズが居心地の悪さを感じていると、DIOがルイズの方に戻ってきた。 話は終わったようだ。 シエスタがDIOに深くお辞儀した。 「で、一体何の用だったわけ?」 とりあえずルイズは聞いた。 「……ちょっとした借り物だ」 DIOは答をはぐらかしたが、ルイズはそれ以上追及しなかった。 「では、ヴェストリ広場とやらに向かうとするか。 シエスタ、案内しろ」 シエスタはかしこまりましたと言った。 ルイズはマルトーの言葉の意味を深く考えていた。 to be continued…… 22へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/131.html
結果的にルイズの企みはほぼ失敗したといえる。 あのあとDIOが帰ってきてから、ルイズは1も2もなくDIOに魔力を流す訓練をした。 少しずつ少しずつ流してゆくのは実に骨が折れた。 気を抜けば、蛇口を壊したみたいに抜けていってしまう。 2、3時間の試行錯誤の後、ルイズは肌でその調整を覚えた。 そして、DIOの意に反する命令を聞かせるには、相応の魔力を代償にされることを、数回の気絶の後、ルイズは知った。 仮にルイズが一時間に生産できる魔力を10として、DIOに強制命令執行を行うには15必要とすれば、その差額の5が、気絶というかたちでルイズに跳ね返ってくるのだ。 巨大なダンプカーを操縦しているような気分だった。 操作性最悪だ。 燃費も余りに悪すぎる。 取り敢えずルイズはルーンを介してDIOに洗濯を命令してみた。 当たり前のようにルイズは気絶した。 しかし、二時間後に失敗を悟ったルイズが目を覚まして裏庭に向かうと、意外や意外、自分の服が綺麗に洗濯されて整然と干されていた。 ルイズの純白の下着が、ユラユラと風に揺れていた。 怪訝な顔を向けるルイズに、DIOは答えた。 「使い魔になると、約束したじゃあないか、『マスター』。 これくらいのことはするさ」 「せ、洗濯、上手ね」 「……昔とった杵柄だ」 完璧すぎて、嫌みにしか聞こえない。 DIOは表面上は穏やかだが、すねたような、嫌そうな雰囲気がルーンを介してしっかり伝わってきて、実に心地よかった。 しかしなんだ、別に無理やりさせなくても、使い魔としての仕事はやってくれるらしい。 ありがたいといえば、ありがたいが、素直すぎて逆にルイズは不気味だった。 一線を越えるような命令には従わないが、何を考えているのかわからない。 一応警戒するものの、同時にルイズは、化け物のくせに優雅で貴族然としたDIOにこうした汚れ仕事をさせることに、ゾクゾクするような背徳的な喜びを覚えた。 気がしただけだが。 2メイル近い屈強な男が、自分の命令でゴシゴシ洗濯していただろう姿を想像して、ルイズはうっとりした。 (今度から見学してみようかしら……) ルイズは案外ダメな人間だった。 使い魔として働いてくれるDIOにすっかり味を占めたルイズは、段々調子に乗り始めた。 ルイズそれを自覚していたが、こんな楽しいこと、止められそうにもなかった。 掃除をさせて、キレイになった部屋のぐるりを見回して、ルイズは得意になった。 (もっと鍛錬を積んで、魔力を増やしてゆけばゆくゆくは……) 輝かしい未来を妄想して、ルイズはウキウキした。 床につく前、ルイズはDIOに一冊の本を貸した。 彼女が子供の頃、よく姉のカトレアに読んでもらった、思い出の品だった。 ありがたく読むようにと言うルイズに、DIOは何も言わずに本を受け取り、宝物庫からパチってきたソファーに横になった。 (……………………………) ルイズは今度はDIOに床で寝るように命令してみた。 ルイズの意識が急速に遠のいた。 何故だろうか、昨日と違って、DIOには何の変化もなく、ソファーでルイズが貸した本を読み始めていた。 いずれにせよどうやらルイズにはまだ過ぎた命令らしかった。 レベル不足という奴だ。 だが、今度はちゃっかりベッドの上からためしていたので、問題は無かった。 いつか絶対に床に寝かしちゃる……と薄れる意識の中で固く決意しながら、ルイズはポテンとベッドに伏せった。 明日は学級閉鎖が解かれ、召喚を行ったクラスメイト達が初めて顔を合わせる日だ。 そう思うと、ルイズは複雑な気持ちでいっぱいだった。 翌朝、ルイズはやはり部屋に溢れる陽光で目を覚ました。 カーテンは閉められていて薄暗いものの、その光をウザったく思いながら、ルイズはもぞもぞとベッドから起きた。 「服~」 薄闇の向こうから、ポーンと上下が飛んできた。 「下着~」 薄闇の向こうから、ポーンと上下が飛んできた。 「着せて~」 「…………………」 今度は何も反応がなかった。 渋々ルイズは自分でそれらを身につけた。 もう目は覚めていた。 「今日は授業があるわ。あんたにも同伴してもらうから」 DIOは無言でルイズに従った。 ルイズが使い魔と共に部屋を出るのとちょうど同じく、隣のドアが開いて、中から燃えるような赤い髪をしたキュルケが出てきた。 メロンみたいなバストが艶めかしく、身長、肌の色、雰囲気……、全てがルイズと対照的だった。。 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。 「おはよう。ルイズ、もう大丈夫みたいね」 とりあえずは契約に協力してくれた恩人なのだが、ルイズは嫌そうに挨拶を返した。 「おはよ、キュルケ」 挨拶もそこそこに、キュルケはその隣にいる男に鋭い視線を向けた。 「で、これがあなたの使い魔ってわけね」 「そうよ」 「まぁ、契約したあとは、ご主人様と使い魔の間の問題だから、 口出しはしないわ。 でも、サモン・サーヴァントで化け物喚んじゃうなんて、あな たらしいわ。さすが『ゼロ』。 クラスはあんたの噂で持ちきりよ~?」 ルイズの白い頬に、さっと朱がさした。 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね~。 フレイムー」 キュルケの呼び声に応じて、彼女の部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。 廊下の気温がグッとあがった気がする。 それを見たDIOは、実に興味深いといった風に、そのトカゲ…サラマンダーに視線を向けた。 サラマンダーがビクリと震えて、己の主を守ろうとキュルケの前に進み出た。 「平気よ。あたしが命令しない限り、襲ったりしないわ」 しかしサラマンダーは、牙を剥き出しにしてDIOを威嚇している。 今にも炎を口から吐き出しそうだ。 しげしげとサラマンダーを観察しながら、DIOが聞いた。 「こんな生き物が、この世界には当たり前のように存在してるの か」 「えぇ、そうよ。でも、そのセリフ、そっくりあなたに返してあ げるわ。 あんた、何者?」 「…………DIO、だ」 サラマンダーに目を向けたまま、名乗った。 「へぇ、ディオね。名前だけはマトモね」 そこにルイズが割り込んできた。 「DIOよ。ディオじゃなくて、DIO」 「はぁ?どう違うのよ?」 「私に聞かないでよ。あいつがそう言ってしつこいから、先に言 っておいただけよ」 「ふぅ~ん。ま、どうでもいいけど。 じゃあ、お先に失礼」 炎のような赤髪をかきあげ、キュルケは去っていった。 フレイムはこちらに視線を向けたままジリジリと後ずさり、やがて振り返って自分の主を追った。 キュルケがいなくなると、ルイズは拳を握り締めた。 「キーっ!なんなのよあの女!自分が火竜山脈のサラマンダーを 召喚したからって! ……あぁ、もう!」 「何か問題でも?」 「おおアリよ! メイジの実力を計るには、使い魔を見ろって言 われているぐらいよ! なんであのツェルプストーがサラマンダーで、わたしがあんた なのよ! 化け物? わたし化け物なの? 冗談じゃないわ!」 「……もし、本当に使い魔がメイジの写し身なのだとしたら…… ふん、君が私を喚んだとしても不思議ではないね」 思わぬ返答だった。 「どういうことよ。やっぱり私が化け物だって言いたいの? 朝食抜くわよ?」 「…………………」 トリステイン魔法学院の食堂『アルヴィーズ』。 3つのやたらと長いテーブルが並んでおり、百人は優に座れそうだ。 ルイズたち二年生は真ん中のテーブルらしかった。 一階の上に、ロフトの中階があった。 教師たちはそこで食べるようだ。 その中に、コルベールの姿を窺うことは出来なかった。 まだ回復していないらしい。 自分の未熟のせいでケガをしたコルベールを思うと、ルイズの胸は痛んだ 。 ルイズは気を取り直すと、得意気に指を立てて説明にはいった。 「トリステイン魔法学院では、魔法だけでなく、貴族たるべき教 育を存分に受けるの。 だから食堂も、貴族の食卓にふさわし云々……」 ペラペラとまくしたてるルイズだが、DIOは全く聞いていなかった。 サッサと席について、その豪華な食事にありついていた。 突然現れて、勝手に席についた大男に、生徒は眉をひそめたが、男の発する『自分はここにいて当たり前』オーラのせいで口出しが出来ないでいた。 そしてその作法は完璧だった。 誰も、目の前に座っている男が、三日前に見た死体だとは露とも思わなかった。 それに気づかず話し続けるルイズの話はとうとうクライマックスを迎えたようだ。 サッパリした顔をして振り返ったが、そこにはもちろん誰もいなかった。 慌ててテーブルに目をやると、DIOは既に食事を終えていた。 「んな、ななななな、何してるのよ!?」 ドカドカとクラスメイトにぶつかりながら、DIOに詰め寄る。 「食事を終わらせた。外で待っているよ、『マスター』」 去り際の、"まぁまぁだ"というDIOのセリフが、癪に障った。 自分に逆らったらどうなるか、朝食で教えてやろうと思っていた目論見は御破算になり、ルイズはプルプルと震えながらDIOの背中を見送った。 to be continued…… 18へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1132.html
魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れた。 整列した生徒達が一斉に杖を掲げて、歓迎の意を表す。 本塔の玄関にはオスマン氏が立ち、王女の一行を出迎えた。 呼び出しの衛士が、緊張した声で王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなりであるッ!」 枢機卿のマザリーニに続いて現れた姫殿下の姿を見て、 生徒達は歓声を上げた。 アンリエッタはニッコリと微笑を浮かべて、優雅に手を振った。 誰も彼もが、緋毛氈の絨毯を進む一輪の華に釘付けかと思われたが、 いつの時も、例外はある。 「ねぇ、ルイズ。 さっきの授業……少しばかりやりすぎじゃなかった? そりゃあ、胸がスッとしたのは確かだけど」 観衆達より一歩引いた場所にいたルイズ御一行である。 キュルケは、最初こそ異国トリステインの王女を物珍しげに眺めていたが、 あらかた値踏みをすると、瞬く間に興味を失っていた。 「言及無用よツェルプストー。 あのゲス、思い返しただけでムカムカするわ。 あんなのがのさばってたら、貴族の格が落ちるっての。 殺したいほどだわ……!」 物騒なルイズの返答に、キュルケは空恐ろしいものを感じた。 皆王女に夢中なので、今現在話し相手がルイズしかいないキュルケは、 自己憐憫に終始することとなった。 タバサは……まだ帰ってきていない。 心配といえば心配だが、まさか取って食われたりはしないだろう。 そう考えて、この場にいない親友の無事を祈りつつ、 キュルケは再びルイズを見た。 先程まで、キュルケと同じように暇そうな空気を纏っていたルイズが、 途端に真面目な顔つきで一点を見つめている。 何事かと思い、キュルケはルイズの見ている方に目を凝らした。 その先には、見事な羽帽子をかぶり、これまた見事な髭をたくわえた、 凛々しい貴族の姿があった。 特に、髭のもたらすダンディーな雰囲気が、 キュルケにとってストライクであった。 久方ぶりに己の胸に去来する微熱を感じつつ、 キュルケはしたり顔で笑った。 ほほぅヴァリエールめ、近頃妙に豪儀に見えたが やはり色事には弱いと見える――― そう思い、早速からかってやろうとしたが、 ルイズの真面目な表情は、 次第に苦虫を噛み潰したようなそれへと移り変わった。 そして、見ているだけで不安になってくる程真っ青になって、 ブルブル震え始めた。 「ロ、ロードローラーが……」 などとブツブツ独り言を言い出す始末。 少なくとも、好いた惚れたといったような反応ではない。 どう声をかけてやればよいか分からず、その場に立ちすくむキュルケをよそに、 ルイズは踵を返して、寮の方へと帰っていってしまった。 そして、のっしのっしと肩を怒らせて歩み去るルイズと入れ替わるように、 タバサがキュルケの方に歩いてきた。 ミスタ・コルベールによる教育的指導が終わったのだ。 本を片手に俯いているので、どんな顔をしているのかは分からなかったが、 大丈夫なようだ。 「あらタバサ! お勤めご苦労様といったところね。 心配してたわよ!」 そう労って、キュルケはタバサの頭をガシガシと撫でた。 綺麗な空色の髪がボサボサになったが、 いつものことながらタバサは無反応だった。 「ま、これでわかったでしょ? あの先生の前で、頭の話は禁句なの」 キュルケのからかい半分の言葉に、タバサの肩が僅かに揺れ、 ゆっくりと顔を上げた。 顔を上げたタバサの目には、 光が全くなかった。 虚ろな、死んだ魚のように黒く澱んだ瞳が、 ぼんやりと虚空を捉えている。 「彼ノ頭ハ素晴ラシイ」「へ?」 突如口を開いたタバサ。 キュルケはタバサの声を聞いて、ようやく彼女の異変に気づいた。 彼女の形相はまさに、邪教徒が教祖を崇めるそれであったのだ。 「彼ノ頭ハ、コノ黄金ニ輝ク太陽ヨリモ明ルク、 私達ノ道ヲ照ラシ出シテイル……」 まるで無理やり合成して絞り出したかのような無機質な声である。 キュルケの目から、ポロポロと涙が零れた。 ―――あぁ、何ということか。 あまりにも過酷な仕打ちに、このか弱い少女の心は 耐えきれずに押し潰されてしまったのだ。 流れる涙を拭いもせず、キュルケはタバサを抱きしめた。 温かな胸の中で、タバサがもがいたが、 それは余りにも弱々しいものだった。 「彼ノ頭ハ……!」 「えぇ……えぇ! 分かったわ。 分かったから、私達も行きましょう、ね?」 譫言のように繰り返すタバサの手をそっと取って、 キュルケは学生寮へと向かった。 おぼつかない足取りのタバサだが、それでも握った手は離さない。 2人の手は固い何かで結ばれているかのように、 しっかりと繋がれていた。 ……まぁ、一晩したら治るだろう。多分。 その日の夜、ルイズはベッドに腰掛け、 枕を抱いてぼんやりと自分の使い魔を見つめていた。 ソファーに横たわるDIOは、相変わらず本を読んでいる。 もう殆どトリステインの言語体系を身につけたのか、 本のレベルが近頃上がっている気がする。 明けても暮れても本本本なこの使い魔、図書館をコンプリートするつもりだろうか。 ルイズは思う。 これまでの立ち振る舞いで分かったが、 元いた世界では、DIOはかなり身分の高い者だったのだろう。 実際はジャイアニズムの体現みたいなことばかりやってるくせに、 文句一つ言われないのがいい証拠だ。 みんな自覚の有る無しは別として、無意識下で認めてしまっているのだ。常に人を使役する者のみが身に纏うオーラ。 DIOからはそれが痛いほどに伝わってくる。 だからこそ不思議だった。 そこまで唯我独尊な奴が、どうしてホイホイ私の使い魔なんかになってくれているのか。 そしてそれよりも、DIOがこれまで送ってきた人生に強い興味を持っている自分がいた。 「そういえば、アンタってば召喚された時、 バラバラのグッチョグチヨだったのよね……」 何の気なしに声を掛けられて、 DIOは本から顔を上げた。 「何があったのかしら? よければ教えて頂戴。 興味があるの」 DIOは深い苦悩のため息をついた。 およそ自分を帝王と名乗るような男には不釣り合いな行動に、 ルイズは少し眉をひそめた。 DIOは暫く言うべきかどうか悩んだ後、 ようやっと口を開いた。 「……ルイズ、君は『運命』を信じるか?」 何を急にロマンチックな事を言い出すのかと思ったが、 DIOの顔は真剣そのものである。 部屋を支配し始めた緊張に、ルイズは背筋を伸ばした。 「運命……?」 「そうだ。 どれだけ絢爛な路を歩んでいようが、 ふとした瞬間、何の間違いか道端に転がる石に躓いてしまう。 ……神が本当にこの世にいるとして、 そうした采配を司る運命というものの存在を、 君は信じるか?」 言われて、ルイズの脳裏には、仇敵であるツェルプストーの顔が浮かんだ。 何代にもわたって紡がれてきた因縁の歴史。 殺し殺された一族の人数は、双方とももはや数え切れないほどだ。 領地も隣同士で、その上魔術学院では部屋も隣同士。 なるほど、運命と言っても過言ではないかもしれない。 ツェルプストーの胸が豊かなのに比べて、 私の胸が、その、お世辞にも大きいとは言えないのも。 私が魔法を使えない『ゼロ』なのも、 ひょっとすると運命なのだろうか。 「私が若い頃……まだ人間だった頃…… ジョースターという一族の男と争うことになった。 ジョナサンという名でな。 叩けば叩くほど伸びる、爆発力を持った男だった。 奴との争いの日々の中、私は吸血鬼となり、 人間という枠を超えた生物となったが……」 「その、ジョースターって奴に?」 「…うむ、不覚を取った。 私は敗れ、海中に逃れ、百年の眠りにつく羽目になった。 そして目覚めた後も……そう、一度ならず二度も、 私は同じ一族の末裔に敗れたのだ。 まさに運命の巡り合わせによる皮肉と言えるだろう」 ルイズは目を見開いた。 信じられない。 負けたというのだ、このDIOが。 それも二度も。 どんな傷だって治るし、 どんな貴族だってかなわないほどエレガントなこのDIOが。 変な能力だって持ってるし、 目からビームだってだせるのに。 敗れたというのか。 最初こそ何てキモい使い魔かと思ったものだが、 今ではすっかり慣れたものだし、慣れればなかなか役に立つ奴だ。 何を考えているかとんと分からないが、 強いし頼りになる。 俄かには受け入れられない話だった。 「それが、あんたの人生で、 取り除かねばならない汚点……!!」 唇を血が滲むほどに噛み締め、ルイズは震えた。 我が事のように、ルイズは怒りを覚えていたのだ。 見たことも、聞いたこともない一族に対して、 メラメラと黒い炎が燃え上がる。 それは、ルーン越しに伝わってくるDIOの感情なのか、 それともルイズのシンパシーなのかは最後まで分からなかったが。 怒りに打ち震えるルイズの前に、DIOが立ち上がった。 「ルイズ、覚えておけ。 君が覇道を進むにおいて、いつか、何らかの形で障害が現れるだろう。 それは試練のようなものだ。 君はそれを乗り越えねばならない。 あらゆる恐怖を克服しろ…… 帝王にはそれが必要だ」 もちろん、彼の話は他人事として聞き流すことが出来ないものであった。 得体の知れない怒りの中であっても、ルイズの心の冷静な部分が、 DIOの話を一つの教訓として刻んでいた。 「……って、ちょっと待ってよ! それじゃまるで、私が世界征服でも目論んでるみたいじゃない!!」 ルイズの突っ込みに、DIOはさぞ驚いたというような顔をして笑った。 「じ、冗談じゃない!…………………かな? い、いや、私の言いたいことはそういうことじゃなくって!」 否定しきれないところが、ルイズの迷いの現れだった。 モニョモニョと指をいじくりながら、 恥ずかしそうに俯くルイズだが、意を決して顔を上げた。 「……やっぱり私は『運命』なんて受け入れない。 信じるとしても、良い運命しか信じないわ。 例え崖から突き落とされたって私は諦めない。 最後の最後まで、ロープが垂れてくるって信じてる。 悪い運命なんて、それこそ叩き潰してしまえばいいんだわ。 あんただってそうするでしょう、違う?」 DIOはルイズの目を覗き込んで、笑みを深めた。 そして、ルイズの頭をクシャクシャと撫でた。 綺麗な桃色の髪がボサボサになったが、 ルイズは思わず目をつむってされるに任せた。 カトレアに抱き締められるのとはまた違った安心感が、 ルイズを包む。 「ハハハハハ……だからこそ君は私の 『マスター』なのだよ、ルイズ」 DIOの手は冷たくて、死人のように温度を感じなかったけれど、 ルイズは確かな温もりを覚えていた。 「な、何笑ってんのよこのバカ!!」 慌てて頭に置かれた手をはねのけて、 ルイズはDIOの胸をバシバシと叩いた。 本当は頭を叩いてやりたいところだったが、 悲しいかな、ルイズの身長ではどれだけ背伸びをしても、 胸のあたりで精一杯だった。 羞恥心で真っ赤になりながら叩くルイズだが、 DIOはそれでも笑っていた。 子供扱いされている気がして、ルイズの羞恥は頂点に達した。 「ッッ~~~笑うなァ!」 とうとう蹴りを入れはじめたのであった。 そんな風にルイズが一人相撲をしていると、 ドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回と……。 規則正しく繰り返されるそのノックの仕方に覚えがあるのか、 ルイズがはっとした顔になった。 いそいそと乱れたブラウスを正してドアへと駆けより、 ルイズはドアを開いた。そこに立っていたのは、 真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。 to be continued…… 50へ 戻る 52へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/173.html
六体のワルキューレを捌きつつ、DIOは己の半身である『ザ・ワールド』を見て歯噛みする。 これが、我が最強の『スタンド』の……そして、このDIOの成れの果てなのだ、と。 何と無様な姿ではないか。 以前のような勢力は伺えようもない。 これでは、『ザ・ワールド』の真の能力など、発揮できるはずがない。 しかし、とDIOは思い出す。 しかし、あの授業の時ルイズの策謀が実を結ぼうとしていた時、自分は確かに『動けた』。 一秒にも満たない時間だったが、とにかく動けたのだ。 それこそが、この下らない決闘の真似事をする気になった最大の理由なのだが……『動けない』。 あの時はただの偶然だったのだろうか? (………ジョースターめ!!) DIOは焦っていた。 ギーシュは、六体のワルキューレが平民を翻弄する様を見て、決闘の勝利をほぼ確信した。 どうやらあの平民は、例の幽霊と同じくらいの腕力を有しているようだが……それだけだ。 四方八方から襲いかかるワルキューレに、段々対応しきれなくなってきている。 平民と幽霊が、いくら青銅をへこませようと、無機物であるワルキューレにとっては屁でもないのだ。 ギーシュは、圧倒的優位によって、自分の貴族としてのプライドが満たされ、満足していた。 (これでいい、これでこそが貴族さ) ギーシュは余裕の笑みを浮かべた。 同じくルイズも、決闘の勝敗をほぼ確信していた。 やはり平民は貴族に勝てないということかと思うと同時に、珍しくDIOが焦っている様子を見て、何だか心がざわついた。 あれは、使いたいものがあるけど、それを使えない人間が浮かべる表情だ。 たとえば、コモン・マジックは使えるのに、普通の魔法が使えない、自分のような人間の。 ルイズはDIOを爆破するのはもう暫く後にしようと考えた。 ルイズの杖は、早いとこギーシュかDIOのどちらかの血をすすりたいと、慟哭していた。 ズバッと肉が切断される音が響き、DIOの左腕が宙を舞った。 周囲の人間がキャアと悲鳴を上げた。 DIOの傷口から、血が吹き出した。 ワルキューレに蹴り飛ばされて、DIOは地面に転がった。 ギーシュは微笑みながら薔薇を振った。 一枚の花びらが、一本の剣に変わる。 その剣は、うつ伏せに転がるDIOの隣の地面に突き立った。 DIOはチラとそれを見た。 「君、これ以上続ける気があるのなら、その剣を取りたまえ。 そうじゃなかったら、こう言いたまえ、ごめんなさい、とな。それで手打ちにしようじゃないか」 DIOは何も言わない。 ルイズは黙して動かない。 シエスタも黙して動かない。 「わかるか?剣だ。つまり『武器』だ。 平民どもが、せめてメイジに一矢報いようと磨いた牙さ。まだ噛みつく気があるのなら、その剣を取りたまえ」 と、DIOがそろそろとその剣に右腕を伸ばした。 ルイズは、その様を見て唾棄した。 そろそろ消し時かしら、と思った。 しかし、DIOがその剣をつかんだ瞬間、その剣が、あたかも繊細なガラス細工のようにコナゴナに砕け散った。 DIOの体がブルブルと震えだし、辺りに嫌な空気が漂い始めた。 ギーシュは、むっと方眉を上げた。 DIOがぽつりと呟いた。 「……よくも。この若造が…!」 DIOがばっと顔を上げた。 地獄から響き渡る、悪鬼の雄叫びだった。 世にも恐ろしい怒りの形相だ。 ギーシュはジリジリと後退した。 急に口調が変わったこともそうだが、何よりもDIOが放つ威圧感に、ギーシュを含めたその場の全員が気圧された。 さっきまでの嵐のような歓声が、嘘のような沈黙だ。 「カエルの小便よりも……! 下衆な! …下衆な魔法なんぞでよくも! …よくもこの俺に…!」 DIOがむくりと立ち上がった。 傷口から数本の触手が生え、地面に転がる左腕にピタリとくっついた。 左腕が引き寄せられ、傷口と接合し、瞬く間にそれは『馴染んだ』。 DIOの左手の甲のルーンが、まばゆい光を放った。 瞬間、左腕のみならず、いままで思うように動かせなかった己の肉体が、あっと言う間に『馴染んで』ゆくのを、DIOは感じた。 不可解な現象に、DIOは一瞬戸惑ったが、次第にそれは歓喜に変わった。 「……フ、フフフフ……」 のどの奥から笑いが溢れて止まらなかった。 「…フ、フハ、ハハハハハハハハハハハハハハ! 『馴染む』! 『馴染む』ぞぉ! 実に! フハフハフハフハフハハハハハハ!!!!」 DIOは己の頭を掻く。 行き過ぎた握力が、頭皮を抉って血が吹き出たが、DIOは構わず掻き続ける。 ブシュブシュという嫌な音が周囲に響く。 その傷は、掻き抉るそばから治っていった。 狂気の表情を浮かべるDIOに、ギーシュはひどい吐き気と怯えを感じた。 恐怖に駆られ、ギーシュは慌てて薔薇を振るう。六体のゴーレムが、DIOを取り囲み、一斉に踊りかかった。 「『ザ・…………」 それに対して、DIOは喜びで口を歪めながら、両腕を広げて高らかに言い放った。 「………ワールド(世界)』!!!!!!」 to be continued…… 24へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1129.html
魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れた。 整列した生徒達が一斉に杖を掲げて、歓迎の意を表す。 本塔の玄関にはオスマン氏が立ち、王女の一行を出迎えた。 呼び出しの衛士が、緊張した声で王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなりであるッ!」 枢機卿のマザリーニに続いて現れた姫殿下の姿を見て、 生徒達は歓声を上げた。 アンリエッタはニッコリと微笑を浮かべて、優雅に手を振った。 誰も彼もが、緋毛氈の絨毯を進む一輪の華に釘付けかと思われたが、 いつの時も、例外はある。 「ねぇ、ルイズ。 さっきの授業……少しばかりやりすぎじゃなかった? そりゃあ、胸がスッとしたのは確かだけど」 観衆達より一歩引いた場所にいたルイズ御一行である。 キュルケは、最初こそ異国トリステインの王女を物珍しげに眺めていたが、 あらかた値踏みをすると、瞬く間に興味を失っていた。 「言及無用よツェルプストー。 あのゲス、思い返しただけでムカムカするわ。 あんなのがのさばってたら、貴族の格が落ちるっての。 殺したいほどだわ……!」 物騒なルイズの返答に、キュルケは空恐ろしいものを感じた。 皆王女に夢中なので、今現在話し相手がルイズしかいないキュルケは、 自己憐憫に終始することとなった。 タバサは……まだ帰ってきていない。 心配といえば心配だが、まさか取って食われたりはしないだろう。 そう考えて、この場にいない親友の無事を祈りつつ、 キュルケは再びルイズを見た。 先程まで、キュルケと同じように暇そうな空気を纏っていたルイズが、 途端に真面目な顔つきで一点を見つめている。 何事かと思い、キュルケはルイズの見ている方に目を凝らした。 その先には、見事な羽帽子をかぶり、これまた見事な髭をたくわえた、 凛々しい貴族の姿があった。 特に、髭のもたらすダンディーな雰囲気が、 キュルケにとってストライクであった。 久方ぶりに己の胸に去来する微熱を感じつつ、 キュルケはしたり顔で笑った。 ほほぅヴァリエールめ、近頃妙に豪儀に見えたが やはり色事には弱いと見える――― そう思い、早速からかってやろうとしたが、 ルイズの真面目な表情は、 次第に苦虫を噛み潰したようなそれへと移り変わった。 そして、見ているだけで不安になってくる程真っ青になって、 ブルブル震え始めた。 「ロ、ロードローラーが……」 などとブツブツ独り言を言い出す始末。 少なくとも、好いた惚れたといったような反応ではない。 どう声をかけてやればよいか分からず、その場に立ちすくむキュルケをよそに、 ルイズは踵を返して、寮の方へと帰っていってしまった。 そして、のっしのっしと肩を怒らせて歩み去るルイズと入れ替わるように、 タバサがキュルケの方に歩いてきた。 ミスタ・コルベールによる教育的指導が終わったのだ。 本を片手に俯いているので、どんな顔をしているのかは分からなかったが、 大丈夫なようだ。 「あらタバサ! お勤めご苦労様といったところね。 心配してたわよ!」 そう労って、キュルケはタバサの頭をガシガシと撫でた。 綺麗な空色の髪がボサボサになったが、 いつものことながらタバサは無反応だった。 「ま、これでわかったでしょ? あの先生の前で、頭の話は禁句なの」 キュルケのからかい半分の言葉に、タバサの肩が僅かに揺れ、 ゆっくりと顔を上げた。 顔を上げたタバサの目には、 光が全くなかった。 虚ろな、死んだ魚のように黒く澱んだ瞳が、 ぼんやりと虚空を捉えている。 「彼ノ頭ハ素晴ラシイ」「へ?」 突如口を開いたタバサ。 キュルケはタバサの声を聞いて、ようやく彼女の異変に気づいた。 彼女の形相はまさに、邪教徒が教祖を崇めるそれであったのだ。 「彼ノ頭ハ、コノ黄金ニ輝ク太陽ヨリモ明ルク、 私達ノ道ヲ照ラシ出シテイル……」 まるで無理やり合成して絞り出したかのような無機質な声である。 キュルケの目から、ポロポロと涙が零れた。 ―――あぁ、何ということか。 あまりにも過酷な仕打ちに、このか弱い少女の心は 耐えきれずに押し潰されてしまったのだ。 流れる涙を拭いもせず、キュルケはタバサを抱きしめた。 温かな胸の中で、タバサがもがいたが、 それは余りにも弱々しいものだった。 「彼ノ頭ハ……!」 「えぇ……えぇ! 分かったわ。 分かったから、私達も行きましょう、ね?」 譫言のように繰り返すタバサの手をそっと取って、 キュルケは学生寮へと向かった。 おぼつかない足取りのタバサだが、それでも握った手は離さない。 2人の手は固い何かで結ばれているかのように、 しっかりと繋がれていた。 ……まぁ、一晩したら治るだろう。多分。 その日の夜、ルイズはベッドに腰掛け、 枕を抱いてぼんやりと自分の使い魔を見つめていた。 ソファーに横たわるDIOは、相変わらず本を読んでいる。 もう殆どトリステインの言語体系を身につけたのか、 本のレベルが近頃上がっている気がする。 明けても暮れても本本本なこの使い魔、図書館をコンプリートするつもりだろうか。 ルイズは思う。 これまでの立ち振る舞いで分かったが、 元いた世界では、DIOはかなり身分の高い者だったのだろう。 実際はジャイアニズムの体現みたいなことばかりやってるくせに、 文句一つ言われないのがいい証拠だ。 みんな自覚の有る無しは別として、無意識下で認めてしまっているのだ。常に人を使役する者のみが身に纏うオーラ。 DIOからはそれが痛いほどに伝わってくる。 だからこそ不思議だった。 そこまで唯我独尊な奴が、どうしてホイホイ私の使い魔なんかになってくれているのか。 そしてそれよりも、DIOがこれまで送ってきた人生に強い興味を持っている自分がいた。 「そういえば、アンタってば召喚された時、 バラバラのグッチョグチヨだったのよね……」 何の気なしに声を掛けられて、 DIOは本から顔を上げた。 「何があったのかしら? よければ教えて頂戴。 興味があるの」 DIOは深い苦悩のため息をついた。 およそ自分を帝王と名乗るような男には不釣り合いな行動に、 ルイズは少し眉をひそめた。 DIOは暫く言うべきかどうか悩んだ後、 ようやっと口を開いた。 「……ルイズ、君は『運命』を信じるか?」 何を急にロマンチックな事を言い出すのかと思ったが、 DIOの顔は真剣そのものである。 部屋を支配し始めた緊張に、ルイズは背筋を伸ばした。 「運命……?」 「そうだ。 どれだけ絢爛な路を歩んでいようが、 ふとした瞬間、何の間違いか道端に転がる石に躓いてしまう。 ……神が本当にこの世にいるとして、 そうした采配を司る運命というものの存在を、 君は信じるか?」 言われて、ルイズの脳裏には、仇敵であるツェルプストーの顔が浮かんだ。 何代にもわたって紡がれてきた因縁の歴史。 殺し殺された一族の人数は、双方とももはや数え切れないほどだ。 領地も隣同士で、その上魔術学院では部屋も隣同士。 なるほど、運命と言っても過言ではないかもしれない。 ツェルプストーの胸が豊かなのに比べて、 私の胸が、その、お世辞にも大きいとは言えないのも。 私が魔法を使えない『ゼロ』なのも、 ひょっとすると運命なのだろうか。 「私が若い頃……まだ人間だった頃…… ジョースターという一族の男と争うことになった。 ジョナサンという名でな。 叩けば叩くほど伸びる、爆発力を持った男だった。 奴との争いの日々の中、私は吸血鬼となり、 人間という枠を超えた生物となったが……」 「その、ジョースターって奴に?」 「…うむ、不覚を取った。 私は敗れ、海中に逃れ、百年の眠りにつく羽目になった。 そして目覚めた後も……そう、一度ならず二度も、 私は同じ一族の末裔に敗れたのだ。 まさに運命の巡り合わせによる皮肉と言えるだろう」 ルイズは目を見開いた。 信じられない。 負けたというのだ、このDIOが。 それも二度も。 どんな傷だって治るし、 どんな貴族だってかなわないほどエレガントなこのDIOが。 変な能力だって持ってるし、 目からビームだってだせるのに。 敗れたというのか。 最初こそ何てキモい使い魔かと思ったものだが、 今ではすっかり慣れたものだし、慣れればなかなか役に立つ奴だ。 何を考えているかとんと分からないが、 強いし頼りになる。 俄かには受け入れられない話だった。 「それが、あんたの人生で、 取り除かねばならない汚点……!!」 唇を血が滲むほどに噛み締め、ルイズは震えた。 我が事のように、ルイズは怒りを覚えていたのだ。 見たことも、聞いたこともない一族に対して、 メラメラと黒い炎が燃え上がる。 それは、ルーン越しに伝わってくるDIOの感情なのか、 それともルイズのシンパシーなのかは最後まで分からなかったが。 怒りに打ち震えるルイズの前に、DIOが立ち上がった。 「ルイズ、覚えておけ。 君が覇道を進むにおいて、いつか、何らかの形で障害が現れるだろう。 それは試練のようなものだ。 君はそれを乗り越えねばならない。 あらゆる恐怖を克服しろ…… 帝王にはそれが必要だ」 もちろん、彼の話は他人事として聞き流すことが出来ないものであった。 得体の知れない怒りの中であっても、ルイズの心の冷静な部分が、 DIOの話を一つの教訓として刻んでいた。 「……って、ちょっと待ってよ! それじゃまるで、私が世界征服でも目論んでるみたいじゃない!!」 ルイズの突っ込みに、DIOはさぞ驚いたというような顔をして笑った。 「じ、冗談じゃない!…………………かな? い、いや、私の言いたいことはそういうことじゃなくって!」 否定しきれないところが、ルイズの迷いの現れだった。 モニョモニョと指をいじくりながら、 恥ずかしそうに俯くルイズだが、意を決して顔を上げた。 「……やっぱり私は『運命』なんて受け入れない。 信じるとしても、良い運命しか信じないわ。 例え崖から突き落とされたって私は諦めない。 最後の最後まで、ロープが垂れてくるって信じてる。 悪い運命なんて、それこそ叩き潰してしまえばいいんだわ。 あんただってそうするでしょう、違う?」 DIOはルイズの目を覗き込んで、笑みを深めた。 そして、ルイズの頭をクシャクシャと撫でた。 綺麗な桃色の髪がボサボサになったが、 ルイズは思わず目をつむってされるに任せた。 カトレアに抱き締められるのとはまた違った安心感が、 ルイズを包む。 「ハハハハハ……だからこそ君は私の 『マスター』なのだよ、ルイズ」 DIOの手は冷たくて、死人のように温度を感じなかったけれど、 ルイズは確かな温もりを覚えていた。 「な、何笑ってんのよこのバカ!!」 慌てて頭に置かれた手をはねのけて、 ルイズはDIOの胸をバシバシと叩いた。 本当は頭を叩いてやりたいところだったが、 悲しいかな、ルイズの身長ではどれだけ背伸びをしても、 胸のあたりで精一杯だった。 羞恥心で真っ赤になりながら叩くルイズだが、 DIOはそれでも笑っていた。 子供扱いされている気がして、ルイズの羞恥は頂点に達した。 「ッッ~~~笑うなァ!」 とうとう蹴りを入れはじめたのであった。 そんな風にルイズが一人相撲をしていると、 ドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回と……。 規則正しく繰り返されるそのノックの仕方に覚えがあるのか、 ルイズがはっとした顔になった。 いそいそと乱れたブラウスを正してドアへと駆けより、 ルイズはドアを開いた。そこに立っていたのは、 真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。 to be continued……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/992.html
トリステイン魔法学院、学院長室。 この部屋の主であるオールド・オスマンは、戻った4人の報告を聞いていた。 もっとも、報告をしていたのは専らルイズであった。 オスマン氏は、キュルケとタバサにも状況報告を求めたのだが、 フーケとの戦いで疲労が限界に達したのか、2人の返答は要領を得ない。 キュルケは暇さえあればチラチラとルイズとDIOを見ているし、 タバサは俯いて黙ったままだ。 オスマンは、ルイズの報告を鵜呑みにするしかなかった。 「ほほぅ。 では、『破壊の杖』は取り戻したが、 『土くれのフーケ』は取り逃がしてしまったと…… そう申すのじゃな、ミス・ヴァリエール?」 泣く子も黙るオスマンが、偽証を許さぬ鋭い視線をルイズに向けるが、 ルイズは堂々と胸を張り、ハキハキと嘘八百を並べ立ててみせた。 どうせ確認する方法など、無いのだから。 「はい。 そしてロングビル……つまりフーケがわざわざこのような遠回しな罠を仕掛けたのは ……これはフーケ自らが言ったことですが…… どうやら『破壊の杖』を私達に使用させ、 使い方を知るためだったようです。 私もそれで間違いないと思います」 「お主個人の感想など無用じゃ」 「その通りであります。 お許しを」 ルイズはビシッとあらたまった。 オスマンは顎髭を撫で回すと、深いため息をついた。 年相応の、そして、深い苦悩が混じったため息であった。 「ミス・ロングビルがか……そうか…………そうじゃったか……」 裏切りなど日常茶飯事だろうに、 オスマンは珍しく辛そうな表情を浮かべた。 しかし、それも一瞬のこと。 すぐに鋼鉄の仮面がオスマンを包み込み、あたりに威圧感をばらまき始める。 その空気に当てられて、キュルケとタバサもその場にあらたまった。 「さて、諸君。 よくぞ『破壊の杖』を取り戻した」 ルイズが礼をし、それに続く形でキュルケとタバサが、ぎこちない礼をした。 DIOは壁にもたれかかって、本を読んでいる。 「『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。 これで我が学院の体裁は、一応保たれたことになる。 一件落着とまではいかんが、後は我々の……いや、ワシの仕事じゃ。 諸君はゆるりと休むがよい」 後始末をすると言うオスマンの言葉に、コルベールの肩が少し震えたような気がした。 おそらくは、隠蔽のためにクビを飛ばされることになるだろう教師達の何人かのことでも考えているのだろう。 「フーケを取り逃がしてしまったからのぅ、 『シュヴァリエ』の爵位を申請するとまではいかんが、 王宮には報告をしておくぞい。 目をかけてくれることじゃろうて」 ルイズ達は、特に反応を返さなかった。 オスマン自身もどうでもよいのか、少々投げやりだった。 「ふむ、そういえば、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。 予定通り行うこととなった。 今日の主役は君たちという事になっておる。 せいぜい着飾るが良いぞ」 ふぉっふぉっと笑うオスマンに、3人は礼をするとドアに向かった。 ルイズはDIOをチラッと見つめて、立ち止まった。 「先に行くといい」 DIOは、本に目を落としたままルイズに言った。 ルイズは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐにどうでも良くなったのか、 さっさと部屋を出ていってしまった。 ルイズが出ていった後、DIOは本を閉じ、オスマンに向き直った。 「用がある……とでも言いたげじゃのう。 残念ながら、お主には報酬はだせん。 貴族ではないからのう。 代わりにといっては何じゃが……二、三の質問には答えてやろう」 オスマンは、DIOが何故この場に残ったのか、おおまかに把握しているようであった。 引き出しからパイプを取り出し、 煙をふかし始めたオスマンに、DIOは質問をした。 「『破壊の杖』……あれは、 私が元いた世界の人間達が作り出した武器だ。 なぜここにある?」 「ほっ、『元いた世界』とな?」 オスマンの目が光った。しかし、オスマンの言葉をDIOは無視した。 質問をしているのは、DIOなのだ。 「あれは何故……どうやってここにやってきた」 取り付く島もないDIOに、オスマンはつまらなさそうなため息をついた。 それと一緒に煙が吐き出され、DIOにかかる。 「あれを私にくれたのは、ワシの命の恩人じゃ」 オスマンは己の過去をあまり話さない。 しかし、今回ばかりは話さないことにはどうにもならない。 仕方なしといったふうに、オスマンは三十年前の過去を話した。 ワイバーンに襲われたこと。 突如あらわれた異様な身なりの男が、『破壊の杖』で助けてくれたこと。 看護をしたが、死んでしまったという事。 話を全部聞き終えた後、 DIOは一つだけ気になる事を尋ねた。 「その男の遺体は、墓の下にあるのかな?」 DIOの奇妙な質問に、オスマンは怪訝な表情を浮かべたが、答えてはいけないというわけではない。 オスマンは答えた。 「墓はこの学院内にある。 しかし、遺体はもう存在しておらんよ」 それを聞いて、DIOは顔をしかめた。 「ない……だと?」 「彼の遺言での。 骨も残さずに焼き尽くしたのじゃ。 ワシが責任を持って執り行った」 元の世界に戻る手掛かりが一つ消えたことに、DIOは舌打ちをした。 骨さえ残っていれば、瞬く間に屍生人として再生させて、 尋問をすることも出来ただろうに。 しかしすぐに気を取り直し、 DIOは己の左手に刻まれているルーンをオスマンに見せた。 「では次に、このルーンだ……。 このルーンが光ると、私の傷は瞬く間に塞がり、『馴染んだ』。 今まで一度しか光っていないが……何故だかわかるか?」 オスマンは、話すべきかどうかしばし悩んだ後、口を開いた。 「お主の言う『馴染む』が、どういう意味なのかは分かりかねるがの……。 まぁよい。 それは、ガンダールヴの印じゃ。 お主達が出かけておった間に、コルベールが文献を見つけだした。 伝説の使い魔の印じゃ。」 「伝説?」 「そうじゃ。 伝説によるとガンダールヴは、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ」 DIOは首をかしげた。 「……なんとも言いがたいな。 この世界にきて、今まで私が触れてきた武器は、 どれもこれも使い方を知っているものだらけだ。 全く使い方のわからない武器があれば、確かめようもあるが…… この世界の文明レベルでは、無理だろうな」 話はこれまでと、DIOは踵を返した。 部屋の出口まで進み、扉を開けたところで、DIOは思い出したように振り返った。 「あぁ、ところで、鏡の調子はどうかな?」 オスマンがピクリと反応したが、すぐに嘘にまみれた笑顔を向けた。 「おぉ、どこかの誰かさんのおかげさんでの。 しばらく再起不能じゃ。 まったく困った事じゃて」 ホッホッホッと屈託ない(ように思える)笑い声を上げるオスマンを、 DIOはしばらく眺めていた。 が、やがて興味がなくなったのかパタンと、扉を閉めた。 DIOがいなくなった後、オスマンはおもむろにパイプを口から放し、 地面に叩きつけた。 そして、忌々しげにグジグジと踏みにじった。 木屑になるまで踏みつけていても、 オスマンは無表情のままだった。 ――――――――― アルヴィーズの食堂の上の階。 そこが、『フリッグの舞踏会』の会場だった。 着飾った生徒や教師達が、 豪華な料理盛られたテーブルの周りで歓談している。 だが、この舞踏会は、 いつもと少々様子が異なっていた。 土くれのフーケが、学院に現れたという話は、 既に学院中に広まっていた。 そして、3人のメイジによって撃退されたという話も。 だから、今回の舞踏会はどちらかというと、 祝勝会という色合いの強いものであった。 しかし、その主賓……つまりはフーケを撃退したメイジ達の顔は、 ちっとも晴れやかではない。 黒いパーティードレスを着たタバサは、ただ黙々とテーブルの上の料理と格闘している。 だが、タバサが無口なのはいつものことなので、 誰もそんなに気にはとめなかった。 問題はキュルケであった。 ゲルマニア出身の彼女は、 引っ込み思案な傾向のあるトリステインの女性と比べて、 情熱に溢れた積極的な性格をしている。 ダンスパーティーともなれば、 それこそ取っ替え引っ替えで男達と友好を深めたりするはずなのだが…… それをしない。 憂鬱な顔をして壁にもたれ掛かり、 ただぼんやりとパーティーの様子を眺めているだけだ。 幾人もの魅力的な男達がダンスに誘っても、 彼女はやんわりと断るばかり。 中には、いつも明るいはずの彼女が見せる、 物憂げな表情に心打たれて、などという輩もいたが、 彼女はそれも断った。 男達はがっかりしたものだが、 やがては各々別のパートナーを見つけ、それぞれにパーティーを満喫し始めた。 そこに、ホールの壮麗な扉が開いてルイズが姿を現した。 門に控えた呼び出しの衛士がルイズの到着を告げると、 その場にいた貴族達の視線が彼女に集中する。 そして、彼女の美しさに息をのんだ。 バレッタにまとめた桃色の髪。 肘までの白い手袋。 ホワイトのパーティードレス。 どれもこれもが、彼女の高貴さを輝かせている。 その姿と美貌に、ダンスを申し込む男達が列をなすかと思われたが、 不思議なことにそうはならなかった。 誰も彼もが、遠巻きに彼女を眺めるだけ。 彼女を中心にして、まるでドーナッツのような現象になっていた。 それは、彼女の纏う雰囲気のせいとでもいうのだろうか。 貴族達がダンスを申し込むにしても、彼女は高貴にすぎた。 いや、高貴というよりも、何者をも近づけない絶対的な何か…… それこそ王が身に纏うようなオーラが、 まだ弱いながらもしっかりと彼女から振りまかれている。 そのオーラのせいで、誰も近づけないでいたのだ。 ルイズ自身も、他の男には興味がないのかサクサクと歩を進めて、 バルコニーへと姿を消した。 突如現れた一輪の華に、一時は会場も静まり返ったが、 やがて元の喧噪を取り戻し始めていった。 バルコニーに姿を現したルイズは、その贅沢っぷりに頭を押さえた。 バルコニーに急遽設置されたテーブルの上には、 パーティー会場のものもかくやというほど豪華な料理が並べられ、 DIOが1人でそれを楽しんでいる。 給仕をしているのはシエスタのみだが、 それで十分事足りているようだった。 テーブルにはイスが2脚あった。 ルイズの為に、予め用意されていたのだろう。 当たり前のように、ルイズはそこに座った。 「お楽しみみたいね」 「……君は踊らないのか?」 ルイズはふっと笑った。 「相手がいないのよ」 「そうか」 それっきり2人は黙り込み、しばらく料理に舌鼓を打つ。 やがて、ゆっくりとルイズが沈黙を破った。 「ねぇ、帰りたい? 元いた世界へ」 つまり、ルイズはDIOが異世界から来た者であると認めたのだ。 「帰りたい? ……そうだな、帰らなければならないな。 やり残したことがある」「例えば?」 DIOは珍しくも苦々しげな表情を浮かべた。 「私の運命という路上から、取り除かねばならない汚点がある」 「へえ」 「だが、今はまだ帰るわけにはいかないな」 ルイズは首をかしげた。 「この世界を私のものにしてからでも、 帰るのは遅くない」 ルイズは溜息をついた。 このDIO、やはり冗談を言っているのか、 真面目なのか、判断に困る。 取り敢えずさらっと受け流すことにして、 ルイズはワインを飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。 DIOに歩み寄り、すっと手を差し出す。 「えぇっと、まぁ、今回は、 あんたのお陰で事をうまく運ぶことができたわ。 そこの所は……認めてあげる」 それを受けてDIOも席を立つ。 「だから、その、踊ってあげてもよろしくてよ?」 DIOは静かに笑って、御主人様の求めに答えてやることにした。 素直でないルイズは、男性の方から誘うという形を取らねば、 すぐにヘソを曲げてしまうことを、DIOは朧気ながら理解していた。 ルイズの手に接吻をして、ダンスを申し込む。 「私と一曲踊っていただけますか、ミ・レイディ?」 ルイズは微笑んでDIOの手を取った。 2人は並んで、ホールへと消えていった。 ……ちなみに、このときDIOはまだ上半身裸で、 オーダーメイドの服が届くのは、舞踏会が終わってからしばらくあとの事になる。 ―――――――――― 第一部、『ゼロのルイズ』終了!!! 第二部、『ファントム・アルビオン』へと続く!! 47へ 戻る