約 1,718,620 件
https://w.atwiki.jp/lasuboss/pages/5.html
雑談などでよくある質問をまとめています。 EXボスについて EXカードについて
https://w.atwiki.jp/mustnotsearch/pages/641.html
登録タグ どうしてこうなった むしろホラー コメントログ有りの記事 ジョーク・ネタ ホラー 危険度1 検索すると、ニコニコ動画に投稿されたある動画が1件目に出てくる。 携帯をレンジでチンするという内容で、加熱中にその携帯がふくれあがり、化け物のような外見になる動画。 実はCGで実際にそうにはならないが、絶対真似しないよう。 分類:ジョーク・ネタ、ホラー 危険度:1 コメント 出たー!出た!出たぁ... -- (非課金TV) 2021-06-05 05 01 01 レンチン! -- (豊臣秀吉) 2021-07-10 17 18 01 画像検索でオチョナンさん出るから注意 -- (名無しさん) 2021-07-14 16 03 17 少しラスボス感がある -- (名無しさん) 2021-09-20 09 23 55 電子レンジでちん -- (マンゴー) 2021-10-03 14 25 45 一番最初に知った検いけだ… -- (猿) 2022-02-05 12 56 46 ガラケー -- (名無しさん) 2022-04-10 08 50 03 雑魚湧かせて遅延してくる系ボス -- (名無しさん) 2022-10-25 09 01 14 携帯をチンしてはいけないという注意喚起に使えそうだね。 -- (名無しさん) 2023-03-27 14 36 48 昔懐かしのガラケー -- (めろん) 2023-08-27 16 07 28 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/kt108stars/pages/7317.html
776 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 21 53 25.88 ID ??? NAGOYAか…… ふと思い出した。俺が困の話だが 以前、ガチガチの近接系キャラを作ったんだ そんでボス戦時、戦闘前会話の最中に「気付かれないよう少しずつ距離を詰める」って宣言をした 移動力も近接戦闘力に注ぎ込んだから、そうしないと攻撃がまず届かない可能性があったんだ そしたらGMから 「そう言う変な動きしたら即座に戦闘突入するよ」 とのお達しが。まあ会話なしで戦闘突入したらなんか嫌だなと思って素直に待ったんだよ で、さして長くない前口上が終わって戦闘突入。GMに彼我の距離を確認すると GMはダイス振って、20mと宣言。俺のPC、全力で移動しても1ターン目に攻撃出来ないこと確定 思わず「その距離で会話は出来ないだろ!」と抗議したら、彼我の距離が半分になり、何とか攻撃が届く距離に 自分で近接特化作ったのに、GMに抗議してNAGOYAに変更させるとか、今にして思えば相当だったな 777 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 21 54 33.15 ID ??? ナイス口プロレスw 778 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 21 59 58.32 ID ??? 近接戦能力って接敵手段を含むもんだろw 781 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 22 05 44.59 ID ??? 778 我ながら馬鹿なことに「全力で走る」以外何も無かった 反省して、後日同コンセプトで遠距離対処法持ったキャラ考えたよ 784 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2012/04/30(月) 22 13 50.53 ID ??? 思わず「その距離で会話は出来ないだろ!」と抗議したら いや、ごもっともの抗議だろこれはw スレ323
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7912.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 トリステイン女王アンリエッタは王宮の執務室で静かに目を閉じ、膝をついて始祖ブリミルの聖像へと祈りを捧げていた。 服装は黒いドレスに、黒いベール。 つい7~8ヶ月前までの彼女しか知らぬ人間がいきなりこの姿を見せられたら、『これが本当にあの王女と同じ人間なのか』と自分の目を疑うだろう。 今のアンリエッタの様子から王女時代のあの花のような可憐さを連想することは、それほどに難しかった。 「―――――」 そうしてアンリエッタが無言で祈っていると、執務室の扉が叩かれる。 「陛下。私です」 枢機卿マザリーニの声だった。 ある意味で今、最も聞きたくない声ではあるが、居留守を使ったり追い返したりするわけにもいかない。 アンリエッタは杖をとり『アンロック』の呪文を唱えようとして……それもまた失礼に当たるのではないかと思い直すと、杖をテーブルに置いてドアまで歩き、マザリーニを迎え入れた。 「……これはこれは、お勤めの最中でございましたか。失礼をいたしました」 「いいのです。……どの道わたくしは明けから宵まで、祈りを捧げております。どの時間にいらしても同じこと」 「……………」 呆れたような目を主君に対して向けるマザリーニ。 『アルビオンへの侵攻が始まってから、アンリエッタは昼も夜もなくずっと祈ってばかりいる』。 王宮でまことしやかに流れている噂であるが、さすがにそれが全部本当だとは思っていなかったようだ。 おそらく『祈っていてもせいぜい一時間程度だ』とでも考えていたのだろう。 そんな枢機卿の視線に気付き、アンリエッタは取り繕うようにして告げる。 「……この無力な女王は、祈りを捧げることしか出来ないのです」 「黒に身を包まれて、ですか。陛下は白がお似合いですのに」 「戦です。倒れる将兵は少なくありません。喪に服しているのです」 マザリーニはよく注意して見なければ分からないほどわずかに肩をすくめ、女王から視線をずらすと、この執務室に来た用件に取り掛かった。 「ご報告いたします」 「……何です?」 「昨日、我が連合軍はシティオブサウスゴータを完全占領いたしました。首都ロンディニウムへの足がかりが、これで確保されたことになります」 「良い知らせですね。ド・ポワチエ将軍には、わたくしの名前で祝辞を送ってください」 「かしこまりました」 祝辞ひとつで士気が上がったり戦の流れが左右されることは有り得ない。 アンリエッタもそれくらいは理解しているが、形式というものは大事であるし、何より『ちゃんとそちらに注意は払っている』というアピールは色々な意味で必要なのだ。 「そして、もう一つ」 「……悪い知らせですね」 「その通りです」 マザリーニはただ淡々と、その報告を読み上げる。 「連合軍は、兵糧の補給を要求しております。すぐに送る必要があるでしょう」 「……たしか計算では、あと三週間はもつはずでしたが」 「シティオブサウスゴータの食糧庫は空っぽでした。アルビオン軍が残らず持ち去って行ったのです。住民たちに、ほどこしをする必要があります」 「…………。敵は、食料に困っているのですか?」 「いいえ。我が軍を困らせるためでありましょう。我々が兵糧を供出することを見越して、住人たちから食糧を取り上げたのです。……要は足止めですな」 「酷いことを……」 「戦ですから」 さすがにこのようなことをやられたら、トリステイン・ゲルマニア連合軍は自分たちの食糧を住人たちに分け与えざるを得ない。 アンリエッタの脳裏に一瞬、『住人たちを見捨てる』という案がよぎったが、人道的見地、シティオブサウスゴータを拠点として使っているという現在の状況、戦後の統治……などの理由から、すぐにその案は却下された。 そのような姑息な嫌がらせを仕掛けてきたクロムウェルを憎々しく思いながら、アンリエッタは頷く。 「では、手配をお願いします」 「かしこまりました」 これで話は終わりと判断したのか、アンリエッタはまた祈りに戻ろうとする。 しかしマザリーニの『悪い知らせ』はまだ終わってはいなかった。 「……しかしながら、そろそろ国庫の心配をしなければなりませぬ」 「国庫の? 財務卿はどうしたのですか?」 「ガリアの大使と会談中です」 「…………ガリア?」 「借金の申し込みです。陛下、戦争には金がかかるのですよ」 舌打ちしたい衝動を噛み殺し、かぶりを振るアンリエッタ。 ゲルマニアにも負担させるべきだとも思うが、マザリーニだってそんなことはもう手配しているはずである。 何せアルビオンに侵攻しているのは『トリステイン・ゲルマニア連合軍』なのだから。 そして手近な同盟国をこれ以上頼れない……搾り取れないとなれば、この件とあまり関係がなく、なおかつ金のある国に頼るのは当然と言える。 これがやがて自分の首を絞めることになるのかも知れないが、ともあれ結果として……。 「……勝てば良いのです。そう、勝てば良いの」 まったくもってその通りである。 勝ってしまえば何の問題もない。 トリステインを悩ませるあらゆる懸案事項は即座に解決、民は喜び、ハルケギニアには平和が訪れる。 まさに良いこと尽くめではないか。 「アルビオンの財布から、返すことにいたしましょう」 「……………」 一方のマザリーニは無表情である。 『勝利を大前提にして今後のことを考える』ということがいかに危険なことか実感……とはいかないまでも、少なくとも理解はしているためだ。 よって、頭に血が上りつつあるこの女王に冷や水を浴びせる意味も込めて、また『悪い知らせ』を告げる。 「その財布が手に入る日なのですが、少し遠ざかることになりそうです」 「……どういうこと?」 思わず素の口調で問い返すアンリエッタ。 その表情はあからさまに曇っている。 「敵は休戦を申し込んでまいりました」 「休戦、ですって? 期間は?」 「明後日より、降臨祭の終了までの期間です。降臨祭の間は、戦も休むのが慣例ですからな」 降臨祭とは、一年の始まりであるヤラの月、第一週の初日から始まるハルケギニア最大のお祭りである。 この日から10日間ほどはハルケギニアのあちこちで、連日に渡って賑やかな祭事や催し物が行われるのだ。 また軍の指揮官が『この戦は降臨祭までに終わる』と言っておいて、本当にそれまでに終わった戦争がハルケギニアに一つも存在しないことでも有名である。 ともあれ、降臨祭が始まるまでにはあと6日間ほどかかる。 つまり。 「……2週間も休戦するですって!? いけません! 慣例だろうが、そんなことは認められませんわ!! それに条約破りの恥知らずとの休戦なんて信用出来ません!! あの恥知らずどもは、魔法学院を襲って子弟を人質に取ろうとしたのよ!!? そんな卑劣な連中と……!!」 アルビオンによる『魔法学院襲撃事件』は、生徒たちに犠牲者こそ出なかったものの、たまたま派遣されていた銃士隊や教師の何名かに死傷者が出ている。 また、この件がトリステインそのものに与える影響もいくつかあった。 第一に『敵はその気になれば、いつでもトリステインの各所を襲撃出来る』という事実。 これが、トリステイン貴族たちに知られてしまったことである。 たとえトリステインへの侵入が幸運や偶然に助けられたものだとしても、事実は事実。 この事実は平民や下級~中級の貴族たちはもちろんだが、特に国に名だたる有力貴族たちにとっては恐怖でしかなかった。 何せ、次に狙われるのは自分の屋敷になるかも知れないからだ。 問題は『実際に襲撃されるか』ではなく、『襲撃されるかも知れない』という可能性が発生してしまった点にこそある。 ただでさえアルビオンへの出兵で困窮しているこの状況。 この上にピンポイントで襲撃を受けたり、あまつさえ捕まって人質にでもされたりしたら、没落どころか家が取り潰されてもおかしくない。 よってトリステインの貴族たちは爵位や王宮の地位が上になればなるほど、これ以上の出兵や上納金を出し渋り、自分の身を守るという行動に出始めている。 人間、誰だって自分が可愛いのだ。 もちろん王宮としても要請は出しているが、この事件を引き合いに出されてはそう強く出れない。 『自分の身くらい自分で守れ』と言ったところで、その『自分の身』から搾り取っているのは他でもない王宮であり、また王宮から兵を出そうにも、この期に及んでそんな余力があるのなら最初から苦労はしていない。 第二に『今のアルビオンがなりふり構っていない』ことが判明した、という点である。 これは貴族も平民も関係なく影響があった。 と言っても、別に実害があるわけではない。 敵に対する印象やイメージの問題である。 失敗に終わったとは言え、アルビオンは『魔法学院を襲撃して、貴族の子弟を人質に取る』という常識外れとも言える策を実行した。 これにより、トリステイン国中にはアルビオンに対する苦手意識のようなものが薄っすらとではあるが生まれつつあるのだ。 前述したように、アルビオンは実質トリステインのどこにでも兵を向かわせることが出来る。 少なくとも魔法学院を襲撃されたトリステインの人間はそう考える。 すると、自分のいる場所が襲撃されるかはともかくとして、『敵は次にどんな恐ろしいことを仕掛けてくるのか』と国民は不安になってくる。 貴族とはいえ子供を平気で人質にとって、その際に人殺しまでやった連中なのだから、不安になるのも当然だ。 その不安は国全体の士気を下げるという効果を生む。 ―――実際にはアルビオン:トリステイン間の哨戒の甘さや、仮にも拠点とも言える場所の防備がほとんど平民まかせだったことなど挙げればキリがないほどにあるのだが、主だったことはこの二点である。 ……少なくとも、トリステインを追い詰めるという意味ではクロムウェルの策は成功したと言えるだろう。 そして、このような男が停戦を呼びかけたところで信用出来るわけがない。 しかし。 「…………。確かに信用はなりませんが、選択の余地はないかと。 何にせよ兵糧は運ばねばなりませんし、その間は動けませんから。また、報告にあった『アインスト』とかいう正体不明の怪物がいつまた現れるとも限らないので、その備えも必要でしょう」 涼しい顔でサラリと正論を言ってのける宰相兼枢機卿。 そんな『正し過ぎる』腹心の態度を見て、アンリエッタの中に溜まっていた色々なモノが思いがけず噴出する。 「っ、ならばあと一週間でロンディニウムを落としなさいっ!! 何のためにあれだけの艦隊を!! あれだけの軍勢を付けたと思っているのですか!! それに怪物ですって!? そんなものを気にかけている暇があったら、一秒でも早く敵をわたくしの前にひれ伏させる策を考えなさい!! ……ああ、もう! こうなれば無理矢理にでも『虚無』を……!!」 「……………」 マザリーニはわざと一呼吸置き、激昂しているアンリエッタをなだめるようにして言い聞かせた。 「陛下。兵も将も、そしてあなたがたった今『虚無』と呼んだラ・ヴァリエール嬢も人ですぞ。 無理をさせるということは、どこかにしわ寄せが来るということ。早く決着をお付けになりたい気持ちは分かりますが……、ここは譲歩なされよ」 「……っ!」 その言葉に多少冷静になったのか、アンリエッタは目を閉じて頭を強く振り、深めに息をつく。 「―――口が過ぎました。忘れてください。皆、よくやってくれている。そうよね」 「はい。……それでは早速、休戦条件の草案を作成します」 「よしなに」 報告を終え、休戦の許可を取り付けると、マザリーニは一礼して部屋から退出しようとして……。 「陛下」 「?」 ドアの前で立ち止まり、振り返ってアンリエッタに話しかけた。 「戦が終わりましたら、黒はお脱ぎなされ。似合いませぬ」 「……………」 「お忘れなさい。永久に喪に服されるのは母君だけで十分です。……その方の復讐を果たそうとしているのならば、なおさら」 「!」 扉を閉じて去っていくマザリーニ。 後に残されたアンリエッタは右手で顔を押さえながら、自分に言い聞かせるようにして呟いた。 「……だって……仕方がないじゃないの。今のわたくしには、それしかないんだから……。それに、初めから……そうよ、初めからルイズが協力してくれていれば、きっとこんなことには……」 アンリエッタにとって、ウェールズ・テューダーという男は特別な男性だった。 全てと言っていいだろう。 少なくとも本人はそう思い込んでいた。 その『全て』を無くしてしまったのだから、自分がこうして喪に服すのは当然だ。 ……そして『全て』を奪い、あまつさえ彼の亡骸を利用して自分をかどわかそうとした輩どもに鉄槌を下すのも、また当然のはず。 「……………」 燃え盛る復讐の炎。 こうしている間にもあの連中がロンディニウムでのうのうと生きているのかと思うと、気が狂いそうになってくる。 そして、それゆえに『虚無』を投入出来なかったことが口惜しい。 アレを最初から使うことが出来ていれば、それこそ降臨祭が終わるまでにクロムウェルを討ち取れていたかも知れないのに。 「……………」 アニエスからの報告によると、襲撃事件のあった魔法学院は近日中に閉鎖され、残っていた女子生徒たちもそれぞれ実家に戻ることになったという。 つまりルイズもラ・ヴァリエールに戻るということだ。 そうなるとますます手が出しにくくなってくる。 「……今のうちに銃士隊を使って、身柄を確保しておけば……」 マザリーニに聞かれたら、呆れられるどころか三行半すら突きつけられそうなことを口走るアンリエッタ。 続いて彼女は『どうやったらルイズに自分の命令を聞かせることが出来るか』を自分なりに考え始め、そして数分ほど経過したところで、ふと我に返った。 「…………何を考えているの、わたくしは」 ちょっと冷静になってみれば、色々と問題があり過ぎる思考だった。 仮に銃士隊を使って身柄を確保したとして、その後が厄介どころではない。 ルイズの実家のラ・ヴァリエール家はトリステインでも三本の指に入る大貴族であり、その娘が王宮の手の者に捕らえられたとなれば内乱に発展する危険性がある。 ヴァリエールが反旗を翻したとなれば、今の王宮に不満を持つ貴族たちがそれに同調するだろう。 アルビオンと戦争をしている今のトリステインでそんな事態になったら、たとえ両方の戦いに勝利したとしてもこの国は終わりだ。 いや、それ以前に両方負けるかも知れない。 「そう言えば……」 以前、ルイズとアルビオンに行くか行かないかで激しく手紙のやり取りをしていたが、その中のルイズの手紙にこんな一文があった。 ―――『仮にわたしが参戦したとして、それでも負けたらどうなさるおつもりなのです?』――― あの時は『敗北を前提にするなんて』と憤ったものだが、時間を置いて振り返ってみればその通りである。 確かに『虚無』は切り札になり得る。 だが、切り札だけで勝負が決まるのならこんなに楽なことはない。 それにこちらが『虚無』を有しているように、アルビオンにだってクロムウェルが言うところの『虚無』らしきものがあるのだ。 どちらの方が優れているかはともかく、『虚無』を投入したからすぐに決着がつきました、我が方の大勝利です……などということにはなるまい。 ……どうして戦というモノは、勝つなら勝つ、負けるなら負けるですぐにハッキリと結果が出ないのだろうか。 「あ……」 と、そこまで考えたところで。 アンリエッタは、自分がルイズのことを『虚無』としてしか認識していないことに気付いた。 「わたくし、は……」 今でも思い出そうと思えば、いくらでも思い出せる。 幼少の頃、何度となく一緒に遊んだ。 一緒に叱られた。 ルイズの姉のカトレアと三人、同じベッドで眠りについた。 そうだ、確かその時、カトレアはこんなことを言っていた。 ―――「恋はね、人の力ではどうにもならない天災のようなモノよ。いくら強力な魔法が扱えたって、地震や洪水に、人間は逆らえないでしょう? それと同じ。自分の心に芽生えた恋心に、勝てる人間なんていやしないわ」――― ―――「それが恋なのかどうなのか、分かる前にわたし逃げ出してしまうの。自信がないのね、多分」――― ―――「恋と同じで理屈じゃないの。心に芽生えたものは、恋であれ不安であれ……、自分の力では決して消すことが出来ないのよ」――― 確かあれは8年か9年くらい前のことだったから、カトレアも16歳くらいの頃だったか。 今の自分と同年代だとはとても思えない言葉であるし、自分自身に照らし合わせると物凄く耳に痛い話なのだが、ともあれ鮮明に思い出せる。 それくらい自分には大切な、大切だったはずの記憶。 そんな記憶にある『おともだち』を、よりにもよって道具か兵器のようにしか見ていないとは。 「…………!」 少し前の自分なら、たとえルイズが虚無の担い手だと知っていても絶対にそんな風には考えなかったはずだ。 アンリエッタはそんな自分に身震いし、そしてあの頃とは違いすぎる現状を憂いながら呟く。 「強い目的は、大事な人をも道具に変えてしまう―――いえ、きっと変わってしまったのはわたくしね……」 ……もはや誰のために流しているのかすら分からないまま、女王の瞳から涙がこぼれ落ちた。 「乾杯ー」 「乾杯」 ギーシュとニコラは木で出来たジョッキをつき合わせ、中に入った酒を一気にあおる。 ここは『魅惑の妖精亭』アルビオン臨時支店。 トリスタニアにあるはずのギーシュ馴染みの店がなぜアルビオンのシティオブサウスゴータにあるのかと言うと、これは疲弊しつつある軍に対する『慰問隊』の一環であった。 降臨祭の期間は戦争すらも一時休止というのはハルケギニアの古くからの慣習である。 実際、アルビオン側からもそれにのっとって休戦の申し入れがあった。 これには『サウスゴータの住人に配って残り少なくなった兵糧を使い潰させよう』というアルビオン側の思惑が見え隠れしていたのだが、兵たちが疲れ切っていたのも事実なので連合軍側も快く……とまではいかないが受け入れることにした。 しかし、ここはあくまで敵地。 決して心の底から安心の出来る場所ではない。 また、変に気を張ったまま二週間も中途半端に休んでは全体の士気に関わる。 よって士気向上、あるいは英気を養わせるためにトリステインの人間や料理などを届けよう、というコンセプトのもと、『慰問隊』が編成されたのだ。 そして、王家とはちょっとした繋がりがある……と言われている『魅惑の妖精亭』もそれに駆り出されたというわけである。 「はあ……うまい。何だか久し振りにマトモな酒を飲んだ気がするなぁ」 「アルビオンの酒は口に合いませんか、中隊長殿?」 「そういうわけじゃないんだが、さすがに麦酒ばっかりだと飽きてくるんだよ」 この『慰問隊』という試み、割と成功はしていた。 アルビオンとトリステインでは料理が根本の味付けからして違うし、アルビオン人はワインをほとんど飲まないのに対してトリステイン人はワインをけっこう飲む。 つまり食生活が全然違うのだが、普段食べ慣れているものが食べられないとなると、誰でも故郷の味に飢えてくる。 なので、少なくとも『英気を養う』という効果はあるのだった。 「しかし貴族の方と杯を合わせられるなんて、光栄ですな」 「何言ってるんだ、ウチの中隊の最大の功労者は君だろ? 正直な話、この街の解放戦のときには僕なんてほとんど何にもしてなかったじゃないか」 首からさげた勲章をいじりつつ、ギーシュが複雑そうな顔で言う。 一応、彼はサウスゴータ解放戦で中隊を率いたことになっているが、実際に中隊を率いていたのはギーシュの隣で酒を飲んでいるニコラである。 彼の指揮ぶりは少なくともギーシュの目には見事に見えた。 あのメチャクチャな戦場で情報を次々に取捨選択し、状況判断は素早く、指示は的確、おまけに隊員への気配りも忘れない。 まさに隊長とはかくあるべしという教本みたいな男。 そんな感想すら抱いたほどである。 ……それに比べて、自分がやったことと言えば。 まず使い魔のヴェルダンデと感覚を繋げて。 ニコラの指示に従い、ヴェルダンデをアインストや敵兵の足場となっている地面まで移動させて。 その地面を掘らせて、敵の体勢を崩させただけ。 まあ、その体勢を崩した敵に中隊で一斉攻撃を浴びせたりしていたのだから、間接的には役に立っていたのだろうが……。 (……僕自身が活躍したわけじゃないんだよなあ) 精神力がほとんど空っぽだったのだから、仕方なくはある。 しかしギーシュとしては、もうちょっと華々しく活躍したかった。 「部下の手柄は上司の手柄、ってやつですよ。それに中隊長殿の兄上さまだって、喜んでたんでしょう?」 「そりゃそうだが」 そしてギーシュが複雑な心境を抱いている最大の理由は、その兄である。 あの戦いで武勲を立てた、ということでギーシュには白毛精霊勲章という勲章が叙勲されることになったのだが、それをギーシュの首にかけたのは誰あろう、ギーシュの二番目の兄だった。 兄は本当に喜んでくれた。 自分はグラモン家の誇りだ、とまで言ってくれた。 嬉しかった。 嬉しかった…………が、前述したようにこれは純粋な自分の手柄ではない。 ギーシュとて副長にオンブにダッコで手に入れた勲章を素直に喜べない、程度のプライドは持ち合わせている。 だから、喜んでくれる兄に対して申し訳ないような気持ちも抱いていたのだ。 しかし。 素直に喜べないということは、素直じゃなければ喜べるということであって。 いくらハルケギニアがしょっちゅう戦争やってるとは言え、こんな手柄を立てられるチャンスはそうそうないだろうし。 正直、次のアルビオン軍との戦いだって手柄を立てられる自信はほとんどない。 だったら内心のわだかまりはひとまず置いといて、ここは喜んでおくべきかも。 ちょっとの間だけ喜びを噛み締めるくらい、きっと始祖ブリミルだってお許しになるさ。 「よぉし……!」 そうと決めると切り替えが早いのが、この少年の長所である。 ギーシュはジョッキに入った酒をグイッと一気に飲み干すと、途端に陽気になってニコラと話を始めた。 「そうだよな! やっぱり手柄は喜んでおくべきだよな!! いやぁ~、実は僕もさ、何て言うの? 遠慮? みたいなのがあってね、大っぴらに騒ぐのもどうかなーって思ってたんだけど、まあせっかくだしパーッとやろうか!」 「…………アンタきっと大物になりますぜ、坊ちゃん」 「おお、やっぱりそう思うかね!!」 わっはっは、と笑うギーシュ。 ニコラはそんな中隊長を見て、こりゃ変に焚き付けない方がよかったかな、などと思うのだった。 「こんな立派な勲章をもらったんだから、きっと本国の父上や他の兄さんたちも褒めてくれるだろうなぁ。……いや、学院のみんなだって僕を見る目が変わるはずだし、あの滅多に人を褒めたりしないユーゼスからだって褒められるかも知れないぞ。それに……」 「それに、何です?」 「モンモランシーだって僕のことを見直して、認めてくれる!」 「はあ。そのモンモンだかいう方は、中隊長殿の恋人か何かですかい?」 「分かるかね? いやぁ、参ったなぁ! さすがに歴戦のつわものの洞察力は誤魔化せないようだ! ははは!!」 「いや誰でも分かると思いますが」 ボソッと放ったニコラのツッコミも、酒の回ったギーシュの耳には届いていないようである。 ギーシュは『ツンと済ましたところが可愛い』だとか『どっちかって言うとやせ型だけど、そこがいいんだ』だとか、延々とモンモランシーの魅力を語り続ける。 ……が、顔も知らない女の話なんぞ、ハッキリ言って聞いてる方はちっとも面白くない。 ニコラに出来ることは、せいぜいがニコニコしながら相槌を返すか、 「しかし、どっかで聞いたような名前ですな。……確か、そんな家名の貴族がいたような……」 「彼女の実家のモンモランシ家の長女は、代々『モンモランシー』って名乗るのが伝統なんだそうだよ。そうだ、彼女の系統は『水』でね。二つ名は『香水』って言うんだが……」 このようにちょっとした疑問を間に挟むくらいだった。 そしてギーシュはひとしきり(自称)自分の恋人の少女について語り終え、ぐでんぐでんに酔っぱらってテーブルに倒れ伏した。 その寝顔には、心地良さそうな笑みが浮かんでいる。 「……ふう」 気楽なもんだ、などとニコラは思わない。 この少年はまだ17である。 それがいきなり中隊長で、成り行きとは言え一番槍、その上に武勲を立てて勲章なんてものまで貰ってしまった。 おまけに、それが全部初陣でのもの。 本人が意識しようがしまいが、これはけっこうな重圧になる。 色々と気負うこともあるはずだ。 「……………」 もっとも、重圧の出所が自分自身だった場合はまだやりようはあるが、問題は他人から重圧をかけられる場合だ。 何せ下手に大きな手柄を立ててしまうと、次からの戦ではそれと同等かそれ以上の戦果を求められてしまう。 少なくとも上層部はそう判断する可能性が高い。 これでまかり間違って連戦連勝などしたら、『英雄』にまつり上げられて敵からは必要以上に警戒され、味方からは旗印にされて過剰な期待を押し付けられることになるだろう。 いくら何でも、この少年にそれは酷だ。 ニコラの見立てでは磨けば光るものは持っているはずだが、磨くのだって時間がかかる。 たまたま上手くいったからと言って、その『たまたま』を『標準』だと考えてもらっては困るのだ。 ……しかし、その理屈が通用するようならトリステインという国は今よりもう少しマシな状態になっているはず。 「やれやれ……」 内心で祖国の批判をしつつ、今後の中隊長の人生について同情を禁じえないニコラ。 こりゃ次の戦いではほどほどにしとくのがいいのかな……などと考えながら、しかしその『ほどほど』というのがいかに難しいのかを思うと頭が痛くなってくる。 ―――とは言っても自分だって、ギーシュに一生付き合うってわけでもない。 どう転んだところでこの戦争が終われば連合軍は解散、次の戦があるまではお役御免になるだろう。 「……まあ、こんなことを考えられる内が華ってことかね」 このようにアレコレ考えてはみたものの、実際に命のやり取りをする戦場に出たらこんなことを考える余裕はなくなってしまう。 死ねば終わり。 命あっての物種。 貴族はともかく平民の自分にとっては、死んだら名誉も何もないのである。 だったら今はせいぜいこの場の喧騒を肴に、酒をあおるのが正しい過ごし方というものだろう。 「……………」 しかし、皆とりとめもないことを気ままに話しているものである。 少し耳を澄ませるだけでも、本当かどうか疑わしい噂がそこかしこで流れていた。 ―――曰く。 アルビオン軍が使っているあのおかしな銃は、どうやらエルフの技術を使って作られているものらしい。 魔法学院が賊に襲われて人死にが出たが、その賊は平民によって倒された。 あのアインストという怪物はこのハルケギニアの精霊たちの化身で、おごれる人間たちに天罰を下しに現れた。 アルビオンのどこかには妖精が棲んでおり、現にその妖精に救われた人間が我が軍にも何人かいる。 トリステインじゃ、とうとうアンリエッタ女王の圧政に耐えかねて逃げ出す連中が出始めた。 などなど。 噂の一つ一つにいちいち反応するほどニコラも過敏ではないが、それでも明るい噂が一つもないのでゲンナリしてしまう。 と言うか、不穏な噂が多過ぎだ。 ついこの間までは戦争がたまに起こりはしても、ここまであっちこっちで妙な話が聞こえてくることはなかったはずである。 今は戦乱の時代なんだから、と一言で済ませるのは簡単だ。 だが、何と言うか……表現しがたい『何か』が自分のすぐ近くで動いているのが分かっているのに、その姿だけが見えないような、そんな自分でもよく分からない感覚がする。 「……ふにゃ……どぉだぃ、ューゼス……。これできみも……ちょっとはぼくのこと、みなぉした……だろぉ……」 「……………」 一方、そんなニコラの奇妙な違和感などどこ吹く風、と言わんばかりにギーシュは寝言などを呟いていた。 「ったく……」 ―――何だかそんな中隊長の寝顔を見ていると、どうにもならないことを何だかんだ考えているのがアホらしくなってくる。 身の丈に合わない悩みは持つだけ無駄、ということだろうか。 まあ、確かによく分からない『異変』なんかよりは、今自分が持っているジョッキに残っている酒の量の方が現実的、かつ切実な問題ではある。 「……………」 のんきに寝息を立てているギーシュを眺めるニコラ。 こうして見ていると、若過ぎるほどに若い。 と言うか、まだ大人になりかけの子供にしか見えない。 ……しかしいくら若いと言っても、仮にも中隊長という立場の人間が酒に酔い潰れてぶっ倒れてるってのはどうだろう。 「今度、酒の飲み方くらいは教えてやるか……」 そしてニコラは木のジョッキに入った酒を飲み干し、ギーシュをかついで大隊が寝泊りしている天幕へと戻っていくのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8450.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「ふう、……さすが魔法。強力だな」 意識を失って倒れ込みそうになったギーシュを支え、ニコラは小さく息を吐く。 仕掛けは単純だ。 前々から用意していた魔法の睡眠薬。 それを入れた酒を、ギーシュに飲ませただけ。 本来ならギーシュが無謀な突撃でもしようとした時に飲ませるつもりだったが、意外なところで使うことになった。 ちなみに『酒をサウスゴータから失敬した』というのは本当である。 「さてと」 ニコラは眠るギーシュを抱え、いまだ激戦を続ける周囲に気を配りながらも『下』に向かって怒鳴り声を上げる。 「おい、モグラ!! いるんだろ!!!」 ダンダン、とギーシュの見よう見まねで強く地面を踏む。 すると目の前の地面がズズズズと盛り上がり、土を掻き分けて一匹のジャイアントモールが姿を現した。 ギーシュの使い魔、ヴェルダンデである。 主人であるギーシュはこの決戦におもむく前に『ヴェルダンデとは別れた』と言っていたのだが、ニコラはこの主人思いの使い魔がそう簡単にギーシュのそばを離れるとは思えず、こうして呼んでみたのだった。 「よし。……お前さんがいなかったら馬にでも縛り付けて逃がすつもりだったが、いるとなりゃ話は早い」 傷だらけで眠るギーシュをヴェルダンデに渡す。 この傷で放っておいて生き残れるかどうかは微妙なところだが、少なくともこの場にいるよりは生存確率は高いだろう。 「モグ……」 「ん?」 ニコラがまた戦場に戻ろうとしたところで、ヴェルダンデがギーシュを抱えたままこっちを見ていることに気付いた。 ……まあ、このモグラが言わんとすることは、何となく分かる。 分かるのだが。 「……いいんだよ俺は。こんな状況で俺だけが逃げ出したって、どうにもなりゃしないんだ」 「…………モグモグ」 「いいから行けって。……ったく」 ヴェルダンデが掘って来た穴の中に、一人と一匹を押し込むようにして脱出を促すニコラ。 ヴェルダンデもまた観念したのか、ニコラの方をチラチラと見ながらも穴の中へ戻っていく。 そんな主従を見送りながら、 「―――生きなよ、坊ちゃん」 ニコラは苦笑混じりに一人呟いた。 「アンタはまだ若い。……本当なら、こんな戦場なんかに出ていい年じゃあないんだ」 そう言えば。 『家族』なんてものを持っていたら、自分はちょうどあの中隊長くらいの年齢の息子がいてもおかしくない年だったか。 傭兵なんていうロクでもない稼業をしていることと、一人の方が気楽だったこともあって、妻も子供も持とうとしたことはないが……案外、そういうのも悪くはなかったかも知れない。 「…………。ま、今となっちゃ全部が遅いが」 ギーシュとヴェルダンデが穴の中に消えたのを見届けて、ニコラはまた改めて戦場に向かう。 自分たちのいた場所はささやかな安全地帯になってはいたが、それもそう長く続かず、怪物たちはもうそこまで迫っていた。 「……………」 『グゥゥゥウウウウ……!!』 その中の一匹。 『骨』のアインストが、今まさに自分に襲い掛かろうとしている。 「……っ」 ニコラは流れるような動作で自分の火縄銃に弾と火薬を込め、火打ち石を使って火縄に火を付ける。 しかしこっちが狙いを付けるよりも早く、『骨』のアインストは胸の光球の周りに生えているトゲを撃ち出して来た。 「ぐっ!」 銃弾を十数発ほどまとめて撃ったような攻撃を辛うじて避けつつ、ニコラは火縄銃の引き金を引く。 しかし。 『ゥゥウ……!』 「防いだ!?」 『骨』のアインストは両腕を使い、弱点である胸の赤い光球を防御した。 驚くニコラだが、同時に妙な納得もしていた。 弱点を防御する。 当然の行為だ。 それに『攻撃の気配を感じて警戒する』なんて、幻獣や亜人、ただの動物……それどころか虫だってやっている。 改めて考えてみれば、驚くことでも何でもない。 ―――その『考える』という行為が、ニコラに隙を生じさせた。 『…………オォッ!!』 「!」 こちらに飛びかかって来る『骨』のアインスト。 自分の迂闊さに内心で舌打ちしながらも、ニコラは後ろに飛びすさって迫り来る爪を避けようとする。 「ぐっ!!」 鉄の胸当てと、その下に着込んだ厚皮、更にその下の胸部に少々深い傷を負うという犠牲を払いながらも、後ろに飛びすさって何とか横薙ぎに振るわれた爪を回避した。 (いつまた攻撃が来るか……!) ニコラはそこから反撃に転じようとするが、生憎と銃は撃ったばかりで、弾込めや火縄の準備をしている余裕はない。 『骨』はもう既に二度目の攻撃態勢に入っている。 グズグズしていたら、こちらがやられる。 ニコラは腰の短刀に手を伸ばし、踏み込みながら、 「らぁぁあああっ!!」 『…………グォオオ……!』 ドスッ 結果。 その攻撃は命中した。 腹部を完全に貫通している。 素人が見ても、どちらに軍配が上がったかは理解出来るだろう。 そして。 「ご…………、っぶ」 口から勝手に溢れ出てくる大量の血。 ガハッ、という自分の咳き込みで『骨』の白い身体が赤く染まることと、腹から走る激痛とを認識して、ニコラは自分が致命傷を負ったのだと自覚した。 「……ぁ……、ぁ」 『骨』の黄色い爪は、いまだに自分の腹に突き刺さったままだ。 おそらくあと数秒もしないうちにこの爪は引き抜かれ、この『骨』はまた別の獲物を求めて去って行くのだろう。 それで終わり。 それが、終わり。 (って、おい……) その時ニコラの胸に去来したのは、死への恐怖でも嘆きでもなく、怒りだった。 必要性があるんだか無いんだか、よく分からない戦争。 それでも勝ってたはずなのに、いきなり味方に裏切られて敗走して。 敵の足止めのために捨て石扱いの戦場に回され。 あげくの果てには、こんなワケの分からない骨野郎に殺されるなんて。 前々から自分でもロクな死に方はしないだろうなと思ってはいたが、ロクでもないにしても限度ってもんがあるだろう。 だから。 いい加減に。 「…………、……っっ!」 堪忍袋の緒が切れたニコラは、八つ当たりにも近い憤怒でもって、抜きかけていた腰の短刀を鞘から完全に抜き出す。 その動きのせいで腹の肉やら中身やらが掻き回され、尋常ではない痛みを味わうハメになったが、限界まで歯を食いしばって無理矢理に耐えた。 今にも引き抜かれそうな『骨』の爪。 そうされたら、『支え』と『腹の穴を塞いでいたモノ』が無くなることで、自分はすぐにヴァルハラ行きだ。 いや、ヴァルハラに行くのは『聖戦』で死んだときだけだったか? まあいい。 そんなことよりも。 今はただ、素直な気持ちを。 この目の前の相手にぶつけよう。 「…………っざけんなよ、このっ……、……クソバケモンがぁあああ!!!!」 血を吐きながら叫び、手に持った短刀を振り下ろす。 ニコラの放ったその一撃は、彼自身を突き刺している『骨』のアインストのコア―――赤い光球を砕かんばかりの勢いで突き刺さった。 『ォ…………!!!』 「――――っ」 呻き声を上げ、すぐに全身を灰化させて消えるアインスト。 ……当然、ニコラの『支え』と『腹の穴を塞いでいたモノ』もまた、その瞬間に消えることになる。 「――――ぁぁ、ちく……しょぅ」 仰向けに倒れこむニコラ。 確認していない、確認する余力も無いが、腹にポッカリと開いているはずの穴からは血がドクドクと流れていっているはずだ。 その感触がある。 いや、流れているのは血だけじゃない。 自分の中の熱と言うか、色んなモノも血と一緒に流れて消えていく感じがする。 「……………」 遠くには、戦場の音。 炎のくすぶり、魔法によって上がる火柱、大きな風のうねり、断続的な銃弾、大砲、武器と武器とのぶつかり合い、人とも獣ともつかない叫び、破砕、巨大なゴーレムから小柄な人間まで多種多様な足音。 すぐそばで行われていて、さっきまで自分もそこにいたのに、今はそれが随分と遠くに聞こえた。 「…………、…………ぅ」 霞みつつある視界で、ぼんやりと空を見る。 青い。 雲一つない。 あっちこっちで煙が上がっているせいで少し汚れて見えるが、いい天気だ。 「…………ぁん?」 そんな空の中。 どこかから光が飛んで来た。 光は次第にこっちに―――この戦場に近付いてきて、その輪郭をハッキリさせていく。 (何だろうなぁ、ありゃあ………………) 巨大で人のカタチをした、金色の輪のようなものが背中にある、空よりも蒼い何か。 それが、ニコラの生涯において最後に見た光景だった。 「うーん……」 トリスタニアの西端にあるアカデミー。 その中にある自分の研究室で、エレオノールは魔法学院への出向中に溜まっていた仕事を消化していた。 戻って来てから数日で事務系の仕事は完全に終わらせたが、メインの仕事は今まさに取り掛かっている最中だ。 いや、取り掛かってはいるのだが、難航している。 「……よく分からないとしか言えないわね……」 ぐりぐりと人差し指でこめかみを押しながら、頭を悩ませる。 『赤い鉱石』と『青い鉱石』の分析という、魔法学院に出向する前からの仕事。 これがどうにも進まない。 いや、ある程度は分かっているのだ。 ハルケギニア中のあっちこっちに現れていること。 ハルケギニアにある―――自分の知っているあらゆる物質にも似ていないということ。 とにかく硬いこと。 『錬金』の魔法すら受けつけないということ。 『青い鉱石』よりも『赤い鉱石』の方が硬度が高いということ。 何らかの『力』を内包しているということ。 更に、信じられないことだが……この『赤い鉱石』と『青い鉱石』は、限りなく鉱物に近い存在でありながら『生きて』いるらしい、ということだ。 「はあ~……」 エレオノールがこの『石が生きている』という結論に行き着くまでには、それなりの手間と時間を要した。 それこそコモンマジックや『土』系統だけではなく、あらゆる系統の魔法を試して。 彼女の専攻は土魔法で、アカデミーでの研究テーマは『聖像の作成』となっているが、だからと言って聖像の材質や加工技術の研究のみに特化している訳ではなく、また決して『土』系統だけしか使えないという訳ではない。 むしろ聖像を作るためには『土』だけでは駄目なのだ。 例えば石や金属の加工のために『火』を扱ったり、熱したそれを急激に冷やすために『風』や『水』を使ったり、あるいは聖像の素材を作る過程で魔法薬の知識などが必要になる時もある。 こうした魔法技術や知識の積み重ねが、エレオノールを主席研究員たらしめていた。 だが。 「……この石がどうして最近になっていきなり現れたのかとか、どうやって生きてるのか、とかが分からないのよね」 思わず独り言を呟く。 一人で研究に没頭していると、よくあることだ。 「……………」 ハルケギニアの中で似た性質のものを強いて挙げるとするなら、ガーゴイルの動力にも使われている『土石』が近いかも知れない。 だが、似ているだけで同一では決してない。 何せ中身の『力』の取り出し方がサッパリ分からないし、精霊の力が込められているにしては出現場所に節操がなさすぎる。 よって、結局『肝心な部分は分からない』としか言えなかった。 おそらく他の研究者が調べても、同じ結論に行き着くだろう。 何せ、この自分が調べても詳細が不明なのだから。 ―――こういう根拠のない自信は、エレオノールならではである。 「あ」 と、ここで彼女はひらめいた。 現状を打開するための画期的なアイディア。 それは、 「ユーゼスに手伝わせましょう!」 パン、と手を打って、その『画期的なアイディア』を口に出す。 「そうよね、どうせアイツも暇だろうし、私とは違う視点で何かに気付くかも知れないし、二人で……そう、二人で一緒にやれば色々と進展するかも知れないし」 別に彼に会う口実が欲しいわけでも何でもないが、研究のため、アカデミーの仕事のためなら仕方がない。 そう、これは自分の仕事を仕上げるための、やむを得ない措置なのだ。 なので、エレオノールは早速ユーゼスにその旨を伝えるべく紙とペンを取る。 「もう、しょうがないわね。ホントなら私一人でやるべきなんだけど……」 とか何とか言いつつ、エレオノールの顔には笑顔が浮かんでいた。 そうして『手早く研究が少しはかどらないから来て手助けしなさい』、『息抜きも兼ねて一緒にトリスタニアに行くから準備しておきなさい』、『来る日の日時』、『遅れたらお仕置き』と、必要な要件をスラスラと書いていく。 最後にその手紙に厳重に封をして『ユーゼス・ゴッツォへ』とあて先を書いた上で、アカデミーに勤めている小姓にラ・ヴァリエールへそれを届けるように命じ、ついでに研究の途中経過をレポートにまとめたものをアカデミーの上層部に運ばせる。 「ふう……」 さて。 研究進展の見通しはついたので、取りあえず仮眠でもとろう。 こういう研究職は自分の性に合っているとは思うのだが、長く続けていると昼夜の感覚が狂ってきたり、体内時計がズレてくるのが玉にキズだ。 「ま、こんなことに文句を言っても仕方がないんだけど」 手早く寝巻きに着替え、眼鏡を外し、研究室の一角に用意してあるやや小さめのベッドに横になる。 エレオノールはそのまま目を閉じて、実にスムーズに眠りへと落ちていった。 <―――よし、ここだな> (あら?) 眠っている最中、エレオノールは奇妙な感覚に捕らわれていた。 眠っているはずなのに、意識がある。 (……夢かしら?) だが、夢にしては色々と変だ。 起きている最中のように意識がハッキリしすぎているし、夢だったら何らかの光景が見えるはずなのに、周りは真っ暗で何も見えない。 (金縛り……とも違うわよね) 身体が動かなくて苦しい、ということもない。 むしろ何だか『レビテーション』でも使っている……いや誰かに使われている最中のように自分の身体がフワフワしているみたいな、いや、自分の身体の感覚があやふやと言うか、何と言うか。 とにかく奇妙だ。 何なんだろう。 そんな風にエレオノールが困惑していると、どこからともなく声が聞こえてきた。 <……接触には成功したようだな> (え?) いや、『聞こえる』という表現は適切ではない。 この声は、頭の中に直接響いてくる。 <あの世界でユーゼス・ゴッツォと最も強い繋がりを持つ者……。……お前は知らなければならない。かつてユーゼス・ゴッツォが犯した罪を……> (な、何? 誰なのよ、あなた!?) 意識だけで呼びかける。 身体の感覚がよく分からない状態になっている以上、こうするしか方法がなかった。 すると、『声の主』はエレオノールのその問いに答える。 <並行世界の番人、虚空の使者、世界の歪みを修正する者、銃神の担い手……> (?) 何だろう、それは。 呼び名が複数あるということだろうか。 <だが、この場において俺が誰かなどということは大した問題ではない> (何よ、それ!?) さっぱり分からない。 大体、ユーゼスが犯した罪がどうとか言っていたが、 (話をするんだったら声だけじゃなく、せめて自分の姿くらいは見せなさいよ!!) <……そうしたいのは山々だが、それが出来ない理由がいくつかあってな> (は?) <まず、俺がお前の前に姿を現すか……もしくは直接的なリンクを行えば、確実にユーゼス・ゴッツォに気付かれるからだ> (…………???) どういう意味だろう。 いくらユーゼスが伝説のガンダールヴとは言え、こんなワケの分からない声だけの奴に気付けるとも思えないのだが。 <……『あの男』の影響の強い俺がユーゼス・ゴッツォの存在を感知することが出来るように、奴もまた俺の存在を感知することが出来るはずなんだ。例え、それが僅かな残滓であろうと……> (感知?) それはいくら何でも、ユーゼスを過大評価しすぎだ。 ……そう言えば、ルイズは以前に“ユーゼスは『サモン・サーヴァント』で開かれるゲートを感じられる”と言っていた。 でも、それがこんな声だけのヤツを感知することに繋がるとも思えない。 <それに、因子が足りないあの世界とは逆に、お前のいるその世界は因子が揃い過ぎている……> (……………) 頼むから、分かるような言葉で言って欲しい。 <『ユーゼス・ゴッツォ』が確実に存在しているという時点で『俺』がその世界に干渉出来る因子は揃っているが、直接的な干渉を行えば他の因子たち……シュウ・シラカワ、そして『監視者』と『闇黒の叡智』に気付かれる可能性がある> (え?) 『カンシシャ』と『アンコクノエイチ』というのは意味不明だが、そこでどうしてシュウの名前が出て来るのだろう。 <……いずれも世界を変容させて余りあるほどの存在だ。お前のいる世界はもはや飽和状態と言っていい> (飽和状態って……) ハルケギニアはそんなに危険な状態なんだろうか。 まあ、確かに戦争はしょっちゅう起こってるけど。 <そのような状態で俺がまた直接的な干渉を行えば、その世界はより混沌とした状態になってしまうんだ> (……………) どうやら『姿を見せない理由』の説明は終わったようだが、その内容はエレオノールには理解不能だった。 いや、むしろいきなり専門用語を並べ立てられて、理解しろと言う方に無理がある。 その辺の不満をぶつけるため、エレオノールはまた意識で『声の主』に呼びかけた。 (あのねえ、人に何かを説明するんだったら、分かるように言いなさい!! 簡単な言葉で、最初から最後まで!!) <……その通りだな> (ああ、もうっ) 何だか、調子が狂う。 だが、それと同時にこの会話には妙な既知感があった。 こっちが懸命に訴えているというのに、いたって平然としたペースで対応するところとか。 一歩か二歩くらい引いた視点で物事を捉えているところとか。 言葉によるコミュニケーションを最低限で済ませようとするところとか。 世間一般の常識とズレているところとか。 (……?) そんな人間と、つい最近まで毎日のように会話をしていた気がするのだが……。 <では、お前にはこれからユーゼス・ゴッツォの過去の所業を見てもらおう> (えっ) エレオノールが既知感の正体について考えていると、『声の主』はいきなりワケの分からないことを言い出した。 (見てもらう?) <そうだ> どういうことだろう。 ユーゼスが昔に何をやっていたのか知らないが、それを『聞かせる』のではなく『見せる』とは一体何のことなのか。 (あ) そう考えて思い出す。 いや、思い至るといった方が正確か。 コイツの喋り方は誰かに似ていると思ったが、他でもないユーゼスに似ているのだ。 けれど、それとこれとが直接的に結びつくというわけでも――― <行くぞ> (ちょ、ちょっと……) 考える時間も、詳しい話を聞くゆとりも与えず、『声の主』は開始を宣言する。 そして、エレオノールの意識に未知の光景が流れ込んできた。 「あなたのお話はイングラム少佐から聞いていました」 「シュウ・シラカワ……。我々が送り込んだブラックホールエンジンの仕掛けを見抜いた男か」 「ええ、そうです。アレのおかげで私はグランゾンの縮退炉を完成させることが出来ました。その点に関しては感謝しています」 (え? な、何、これ?) そこは真っ暗な空間だった。 と言っても、先程までいた『何もない空間』ではなく、周りのあちこちには星のきらめきが見える。 ……自分の身体の感覚は相変わらずあやふやなままだが、あの『声だけ』のヤツがただ話しかけてくるだけの状態よりはかなりマシと言えるだろう。 だが……。 「あの男には我々地球人を……そして私を利用しようとした罪をあがなってもらわねばなりません」 「…………。私を倒すつもりか?」 「あなたを生かしておく意味はありませんからね」 「フッ……。確かに、お前のグランゾンが真の力を発揮すれば私を倒すことが可能かも知れぬ。……だが、その時はこの宇宙が消滅することになるぞ……?」 (ミスタ・シラカワ?) どういう仕組みか知らないが、蒼い巨人に乗っているシュウや、その周りにいる様々な鉄の巨人たち、更にそれに対峙している―――何と言うか、形容しにくいカタチの巨大なモノに乗っている仮面の男の会話が、エレオノールの意識に流れ込んできた。 いや、それはどうでもいい。 ……実の所どうでもよくないが、おそらくはこれがあの『声の主』の言っていた『ユーゼスの過去を見てもらう』ということなのだろう。 (でも、どうしてミスタ・シラカワがそれに出て来るの……?) ユーゼスとシュウは以前からの知り合いだったようだが、それに関係があるのだろうか。 そして、この仮面の男。 ……この男に関しては、何か筆舌しがたいほどの物凄い違和感を感じる。 どうしてだろう。 自分はこんな男なんて知らないはずなのに。 「お前か……我々を何かと嗅ぎ回っていた男は」 「そうだ。火星にあったメガノイド計画のデータがハッキングされてから、僕はずっとお前たちを追い続けていた」 「メガノイド計画……。そうか、お前が波嵐創造の……。 ……我が帝国監察軍が地球圏を制圧したあかつきには、私がお前の父親の遺志を継ぎ、地球人をメガノイド化するも良かろう」 「!! エンジェル・ハイロゥのサイキッカーに脳髄の摘出手術をしたようにか……!? そんなことをこの僕が許すと思っているのか!」 <待て> (きゃっ!) 先程までの『声の主』がいきなり割り込んできたことに驚くエレオノール。 (い、いたの?) <当然だ> 『当然だ』とか言われても、何が当然なのかサッパリだ。 そんなエレオノールの困惑をよそに、『声の主』は相変わらず勝手に話を進める。 <……これは『俺のいた世界』の過去のことであって、『お前の知るユーゼス・ゴッツォ』本人ではない> (どういうこと?) <お前に見せたいものはこれではないんだ> シュン、と。 まるで本を数十ページほど飛ばしたかのように、目に映る光景が切り替わった。 「ここはアースクレイドルの人工冬眠施設……もっとも、誰もその中で眠ってはいないけどね」 「どういう意味だ!?」 「全ての人工冬眠者はメイガスによって処理されたのさ」 「何だって!?」 「旧人類の生き残りなど、僕らが管理する世界には不要な存在だったからねえ、フハハハハ!!」 「て、てめえら……!!」 今度はまた趣きが変わって、何かの建物の中。 真っ白な床に、丸い天井……だが、まるで墓場みたいな印象を受ける。 そして、今度もまた様々なカタチをした鉄の巨人たちがいた。 (……これが『私に見せたいもの』?) おそらくはまた自分の近くに(『近く』という表現で正しいのかは分からないが)いるのだろう、『声の主』に呼びかける。 すると『声の主』は神妙そうな声色で唸った。 <……む、これは……> 「あなたたちは人間を何だと思ってるんですか!?」 「ぜい弱なタンパク質のカタマリだろ? そして、僕たちマシンナリーチルドレンの足下にも及ばない……取るに足らない存在……」 「そう。愚かな争いを繰り返し、地球を汚染するだけの存在でもある」 「お前たちでは地球を存続させることは出来ない……メイガスはそう判断したんだよ」 「だから、僕たちはお前たちをこの星から消去するんだ」 <……また失敗か> 何だか溜息まで聞こえてきそうな感じだ。 案外、この『声の主』は人間臭いヤツなのかも知れない。 とは言え、こう失敗が続いてもらっても困る。 「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! お前ら、何様のつもりだ!?」 「だから、言っただろう? 僕たちアンセスターは地球の管理者……そして、真の後継者さ」 暗転する。 場面が変わるという意味ではなく、本当に『暗転』した。 ……要するに、最初の真っ暗な空間に戻ったのだが。 それでこれからどうなるのよ、とエレオノールが困惑していると、『声の主』が申し訳なさそうに語りかけてきた。 <……すまない。どうやらこの方法でお前にユーゼスの過去を伝えることは、極めて困難なようだ> (はあ) <おそらくあのシステムを持ち、『ユーゼス・ゴッツォ』としての存在を確立している者ならば、無数に存在する並行世界から任意のものを選んで他者の意識に投射することも可能なのだろうが……。いや、ユーゼス・ゴッツォ自身が行おうとしても無意識的にフィルターがかかって、奴の言動などがぼやかされる可能性もあるか> (?) <……アストラナガンのティプラー・シリンダーを使い、それをディス・レヴで後押しすればと考えたのだが、見通しが甘かったとしか言いようがないな> (そ、そう……) <それに、俺のいた世界やユーゼス・ゴッツォが元々存在していた世界は次元交錯線がかなり不安定だったからな。色々と込み入っているんだ> (…………ふーん) 適当に相槌こそ打っているが、正直この『声の主』が何を言っているのかエレオノールには全然分からなかった。 いや、それ以前の問題として、分からないことが多過ぎる。 自分が今置かれている状況も。 あの見せられた『光景』が一体何なのかも。 そして、物凄い違和感を覚えた『仮面の男』のことも。 全然、分からない。 <こうなったら仕方がない> すると、『声の主』は意を決したように告げる。 <『俺』という存在の中にある『あの男』との因果律……、そして『あの男』とユーゼスの因果律を辿り、お前に『最初の世界』を見せる> (え?) <……ユーゼスと『あの男』がその場にいた事象しか追うことが出来ないのが欠点だが、得るべき情報としてはそれでも十分なはずだ> (……………) だから。 自分にもすんなり飲み込めるような言葉を使って、喋って欲しいってのに。 <あるいは俺の中にある『あの男』の記憶をサルベージして、お前の脳に投射するという手もあるが……それでは下手をすると脳の情報処理が追い付かなくなって、何らかの障害が出る危険性があるからな> (は? 脳?) <ああ> (ちょ、ちょっと待って。よく分からないけど、今からその……あなたがやろうとしてることって、私には何の影響もないんでしょうね!?) いきなり脳がどうこう言われて、不安になるエレオノール。 ハルケギニアでは、脳に関する研究も行われている。 魔法の源である魔力―――ユーゼスは自身のレポートにおいて精神力を『エネルギー源』、魔力を『出力値』と位置づけていたが―――は脳に由来していることが分かっているし、禁忌とされているが高度な水魔法を使った脳移植すら、理論上は可能だ。 いや、それでなくても脳が大事な器官だということくらい、誰でも知っている。 そんな大事な器官に障害が出るかもなどと言われて、黙っていられるか。 <大丈夫だ。今から行う方法ならば、後遺症が残る確率はきわめて低い。せいぜい10日ほど昏睡状態におちいる程度だ> ―――などと考えていたら、別な方向で障害がありそうだった。 (全然大丈夫じゃないわよ、それ!!) <そうか?> (そうよ!!!) ……何だか、本当にユーゼスと話しているような気分になってきた。 だが、この『声の主』はユーゼスではない。 どこがどう違うとハッキリとは言えないが、とにかくユーゼスとは違う。 それだけは分かる。 <ふむ……。では少しずつ小出しにするしかないな> (小出しって何よ?) <100の情報を一度に100送るのではなく、3か4ずつお前に送るということだ。回数はかかるが、これならば普通の人間の睡眠時間以下で済む> (まあ、それなら……) 何だか眠るたびにコイツと話をしなくちゃいけなくなりそうだが、どうも雰囲気からして自分に拒否権はなさそうだし。 ここはこれで妥協するべきか。 <お前に憑依して『あの男』の記憶を追体験させるなどの手も考えたが、お前はユーゼス・ゴッツォによって『精神干渉を受けつけない』ように因果律を操作されている。……そうでなければ、俺もここまで回りくどい手を使う必要はなかった> (ユーゼスが……?) 言っている内容は相変わらず理解出来ないが、どうやらユーゼスは自分に何かをしたらしい。 でもユーゼスに変なことなんてされたかしら、とエレオノールが記憶を辿っていると、 <……どうやらユーゼス・ゴッツォは、随分とお前のことを大事に扱っているようだな> (んなっ!?) それこそ変なことを、『声の主』から告げられた。 (ちょ、ちょっと、いきなりおかしなことを言わないでよ!!) <何がおかしいんだ?> (~~~~っ) ヤキモキすると同時に、エレオノールは今の身体の感覚があやふやな状態に少しだけ感謝する。 …………もしもちゃんとした状態でそんなことを言われていたら、自分の顔が赤くなったり、心臓の鼓動が強く速くなっていることを嫌でも自覚しなければならないだろうから。 <ああ、それと> (……今度は何?) <ここに関する記憶は、お前が通常空間に復帰―――要するに目が覚めると同時に封印させてもらう。もちろん、俺がこうして干渉を行うたびに封印を解いて思い出してもらうがな> (え? どうしてよ?) <……お前は隠し事が得意なタイプには見えん。リュウセイや豹馬のように態度に出る可能性が高い> (失礼ね! そいつらが誰かは知らないけど、私だって隠し事くらいは―――) <そうやってすぐに感情的になるのが良い証拠だな> (ぐっ……) 悔しいが、反論出来ない。 ちょっと自分のこれまでを振り返ってみれば、隠し事をするのが苦手というのは本当だし。 ユーゼスにも普段から『お前は感情的になりやすい』とか言われてるし。 って言うか、この『声の主』は歯に布を着せないでズバズバ物事を言うところなんかもユーゼスに似ている。 一体コイツはユーゼスの何なのかしら……とエレオノールが考えていると、『声の主』は今度こそと言わんばかりに周囲の空間を変化させ始めた。 <では始めよう。始まりの世界……二人の男の物語の、発端から終焉までを……> 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7237.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 同日、同時刻、魔法学院にて。 午前の軍事教練を終えたユーゼスは、研究室でアニエスと話をしていた。 「では、あの『ビートル』というマジックアイテムは、お前でなければ扱えないということか?」 話の内容は、魔法学院の敷地の外にある平原にドーンと置いてあるマジックアイテム(だと多くの人間は思っている)、ジェットビートルに関してである。 「……それなりの期間を浪費して専用の訓練を行えば、私以外の人間でも扱えるようになるとは思いますが……今のところ『トリステインで』アレを自在に扱えるのは私だけでしょうね」 自在に扱えるも何もユーゼスに付与されたガンダールヴのルーンの最大の機能はそこにあるのだが、このアニエス相手にそれを明かしてしまうと少々面倒な事態になりそうなので、そこを隠して話を進めるユーゼス。 そしてアニエスはユーゼスの言葉を聞いて『うーむ』と唸り、質問を続ける。 「その訓練とやらに必要な期間は?」 「戦闘に使えるまでに仕込むのであれば、基礎知識から仕込んで一年は頂きたいところです」 ハルケギニアの人間に機械知識や航空力学などを説明したとして、すんなりと納得してくれるのかどうかはまた別問題だが……と、ユーゼスはこれもまた肝心な部分を隠す。 「……長過ぎる。それでは戦が終わってしまうぞ」 「私に言われても困ります」 しれっと答える銀髪の男。 まあ本当のところを言えば、自分がマニュアルや学術関連の事項をまとめて、エレオノールあたりにでも頼んで『ハルケギニア人に分かりやすいように』内容を噛み砕かせた上で編纂すればその期間を大幅に短縮出来る自信があるのだが、そこまでする義理はない。 それに……。 「では、『ビートル』を新しく造り上げるというのはどうだ?」 「それは不可能です」 ……どれだけの時間を費やそうが、ハルケギニア人ではどう足掻いてもジェットビートルを使いこなすことは限りなく不可能に近いのである。 幾つかあるその理由の中でも主なものは、やはり工業技術力の低さだろう。 装甲板として使われている特殊合金どころか、内部に使われているちょっとしたネジ一本のための金属ですらまともに精製が出来ないのだから、どうしようもあるまい。 スクウェアクラスの『錬金』を使えば可能性はあることはあるが、精神力や集中力という不確定な物に左右されるこの世界の魔法では、どうやっても不純物が混ざる。 その難しさについては、王立魔法アカデミーの主席研究員であるエレオノールの『あなたの故郷の冶金技術は一体どうなってるのよ?』と言うセリフからも推し量ることが出来るだろう。 また、製鉄だけでなく金属の加工技術にも問題があった。 何せハルケギニアで最も複雑な金属の加工品である鉄砲にしても『工業製品』ではなく『工芸品』扱い、つまり手作業で作っているのである。 要するに『全く同じ物を量産する』という概念そのものが存在しないのだ。 同じ人間が作った、同じ形の銃で、同じ弾丸を使ったとしても、一つ一つがほんの僅かずつ異なっている。 これでは『工業製品』とは言えない。 しかし、これに困ったのは他でもないユーゼスだった。 ビートルに備え付けられている機銃の弾丸の補給、という問題があったのである。 ……弾丸の材質については目をつぶらざるを得なかった。 どの道、弾丸は撃てば無くなってしまう物なのだし、そもそもハルケギニアでは対怪獣用の銃弾に使われる特殊合金を調達することは不可能だからだ。 よって『弾丸の材質』については、多少不純物が混ざろうが鉛なり鉄なり真鍮なりで妥協することにした。 しかし『弾丸の形状』についてはそうはいかない。 ユーゼスとしては、銃身や銃口、および弾倉などの規格と微妙に合わない銃弾や薬莢を使い続けるなどという、下手をすると空を飛んでいる途中に墜落しかねない危険な行為は避けたいのである。 無論、ユーゼスとて対策を何もしなかったわけではない。 『弾丸と薬莢の鋳型を作って、それをトリスタニアの鍛冶場に持っていき、金を払って弾丸と薬莢を作ってもらう』ということを試してはみたのだ。 だが、それも結局は『手作業』の限界にぶつかり、失敗してしまった。 ……そもそもタルブ戦でアルビオンの戦艦に搭載されていたような、ごく初歩的な機銃ですらかなりのオーバーテクノロジーと言えるのである。 だと言うのに、それから更に二世代か三世代ほど発展してしまっている戦闘機の機銃の弾丸を作成、しかも厳密な『規格品』として作り上げることなど『現時点の』ハルケギニア人には不可能だということを、ユーゼスはあらためて思い知ったのだった。 そして最大の問題点である電子機器。 これはもう材質とか加工技術とかいう次元の話ではなく、完全にどうにもならないと言っていい。 ハルケギニア人にとって電気を使った機械や精密機器など、オーバーテクノロジーを通り越してブラックボックス扱いである。 ……バッテリーの充電すらもマトモに出来ず、『フルに充電されている状態に“錬金”する』という離れ業を使わざるを得なかったほどなのだ。 中に使われているコンピュータなど、概念を説明するだけでも一ヶ月くらいはかかりそうである。 おまけに機体の動力として使われているプラーナコンバーターに関しては、ユーゼスですらその仕組みを『何となく』程度にしか把握していない。 『ハルケギニアの魔法』と『ラ・ギアスの魔法』は、名前だけは同じようだが中身は完全に別物であるし、何よりラ・ギアスには『錬金学』というそれ専用の学問すら存在する。 それを修得するとなると、また長い時間が必要になるだろう。 ……シュウ・シラカワもビートルの動力をジェットエンジンからプラーナコンバーターに換装した際、整備用としてコンバーターの図面を残してくれてはいたが、それに書かれているのはあくまで『内部の機構』である。 決して『人間のプラーナを動力に変換する』仕組みが書かれているわけではないのだ。 その仕組みをまたハルケギニア人に説明するとなると、もうシュウ自身かラ・ギアスで錬金学を修めている人間を引っ張ってくるしかあるまい。 と言うか、非常に興味深いテーマなのでむしろユーゼスの方が説明して欲しいくらいだった。 閑話休題。 とにかく、物理法則や質量保存の法則を『魔法』によって簡単に覆してしまうようなハルケギニアという世界にとって、学術的にも技術的にも概念的にも『工業』だとか『科学』と言ったモノは異質と言っていい。 …………あくまで仮にだが、今からその科学技術を発展させようとした場合。 まずその技術が受け入れられる下地として平民や貴族の意識改革から始めなければならないし、 そうなると魔法至上主義であるハルケギニアのメイジの立場とのすり合わせがあり、 下手をすると国どころかハルケギニアそのものを相手にしなければならず、 そして技術の発展には多大な資金と資源と時間と労力が必要で……。 (―――やはり不可能だ) 無理矢理に『科学兵器を使った軍事革命』でも起こせば話は別だろうが、そのための準備にもやはり様々な障害が存在するだろう。 ……そして何より、ユーゼス個人としてハルケギニアの技術発展を見過ごせない理由もある。 今のハルケギニアが初歩的にでも科学・工業技術を手に入れたとして、その源となるエネルギーは何になるのか? 風石や土石などの精霊の力の結晶体―――動力源として考えられなくはないのだが、扱いが少々難しすぎる。それに産出量も少なかったはずだ。 メイジの魔法―――まず有り得ない。それだと結局は個人の力で魔法を行使した方が効率がいい。 エルフの先住魔法―――どのような物か詳細はよく知らないが、利用するためには六千年にも及ぶエルフとの確執を解消する必要が生じる。現実的ではない。 未知のエネルギー源―――そうそう都合よく発見されはしまい。 そうなると、残った手段は必然的に化石燃料くらいしかなくなってしまうのだ。 この世界には『錬金』という比較的手軽な物質変換システムが存在するため、通常の惑星の石油のように『掘り尽くして枯渇する』ということはまず有り得まい。 そして無自覚に石油やそこから派生したガソリンなどを乱用し……結果、この星の大気や自然環境は物凄い勢いで汚染され尽くしてしまうのである。 おそらく自分一人がいくら声高に大気汚染や自然破壊を叫んだとしても、ほとんどの人間は耳を貸そうとすらしないだろう。 かつてユーゼスが愚かと蔑んだ、地球人たちのように。 ―――「私は……間違っていない。私はこの星のために……あれを使ったんだ……美しい自然を守るために……」――― ―――「壊れていく……この美しい自然が……早急に手を打たなければいけなかったんだ……」――― (…………我ながら下らん感傷だな) 昔の記憶に浸りそうになってしまったので、強引に思考を切り上げる。 未練がましく過去に思いを馳せても意味はない。 ここは地球ではないし、重要なのは現在や未来のことだ。 まあ、若干反則気味ではあるがクロスゲート・パラダイム・システムを使えば弾丸の加工も故障箇所の修復も可能なので、ジェットビートルの整備については構うまい。 言い訳としては『コレには自分にしか理解の出来ない技術が使われている』というところだろうか。……あながち間違いでもない。 今のアニエスのように技術供与を要求されても首を縦に振らばければいいだけの話であるし、強硬手段に出られたら『何処までも』逃げればいい。 仮にビートルを強制的に接収されたとしてもハルケギニア人にアレは扱えないし、扱い方だけ分かったとしても整備方法が分からなければ、いずれどこかが壊れて終わる。 ともあれ、当面の問題としては目の前のアニエスをどうにかしてやり過ごすことだが……。 「不可能です、と一言だけで言われてもな。……つまりお前の故郷で使われている技術と、トリステインの技術とではそれだけの隔たりがあるということか?」 「短く言えばそうなりますね。何でしたら詳しく解説しても構いませんが」 「遠慮しておこう。理解の出来ないことを延々と説明されても困る」 やはり腑に落ちない点が多々あるようで、アニエスは腕を組みながら自分を軽く睨みつけている。 ……とは言え『あなたたちでは私の使う武器は扱えません』と言われて引き下がるくらいなら、始めから追及などはしないだろうが。 (ここは攻め方を変えてみるか) ユーゼスは頑なそうなアニエスをはぐらかすため、話の方向性を変えるべく口を開いた。 「ところで王宮から命じられた任務は他にないのですか?」 「!」 アニエスの顔色が変わる。 思った通り、顔に出やすい人間のようだ。 「……なぜ王宮からの命令だと考えた?」 「あなた個人がジェットビートルに対してあまり興味を抱いていないことは、見れば分かります。内部構造の詳細を根掘り葉掘り聞いてくるでもなく、ただ『使えるのか』『造ることが出来るのか』を尋ねるだけですからね。 失礼ですが、あなたは自分が諜報活動や交渉ごとには向いていないことをもう少し自覚するべきです」 「……………」 そう言うユーゼスとて、それほど話術に長けているわけではないのだが。 ともあれ話は続いていく。 「おそらくあなたが請け負った任務は最低でも三つ。 一つ目はあなたが言っていたように魔法学院の生徒への軍事教練。 二つ目は男手が極端に減った魔法学院の警護役。 そして三つ目は今話していたジェットビートルについての調査……あるいは接収でしょうか」 そこで少々もったいつけて言葉を切り、アニエスの表情の変化を確認する。 ……顔をしかめていることからして、どうやらそれなりに図星を突いていたらしい。 「しかし、その三つだけでは『わざわざ女王陛下直属の近衛の隊が派遣されてくる理由』として弱いのです。おそらく今挙げた三つと同等、あるいはそれ以上に重要な任務があなたたち銃士隊には課せられていると私は考えているのですが……」 「……………」 アニエスは一度目を閉じて何か考える素振りを見せると、やがて意を決したようにまた目を開いた。 「なかなか鋭いな、お前は……」 溜息を吐きつつ、銀髪の男を見る銃士隊隊長。 その視線は今までとは違い、目の前の男を値踏みするかのようなものになっている。 「確かに我々は、たった今お前が言ったこととほぼ同じ内容の命令を受け……そして最後に『もう一つの任務』を与えられて、この魔法学院に来た」 「ほう」 …………半分冗談のつもりで、少しカマをかけただけだったのだが。 言ってみるものだ。 (そう言えば、ギャバンもイングラムに少し詰め寄られただけで任務の内容を話していたな……) 戦闘面においては右に出る者がいないほど優秀だったが、言葉の駆け引きや交渉ごとになると途端にからっきしになる元同僚の宇宙刑事を思い出すユーゼス。 あの男も隠し事の出来ない人間だった。 もっともそういう人間だからこそ、ユーゼスと同じく地球圏という危険極まりない宙域に『自分から志願して』来たのだろうが。 ……と、また思い出に浸りそうになっている場合ではない。 「しかし、陛下から直々に賜ったその任務の内容を軽々しく明かす訳にはいかない」 「そうでしょうね」 当然の反応である。 だが、それをアッサリ喋ってしまっていたかつての友人のお人好しぷりに、40年越しの頭痛を覚えてしまった。 ―――いや、別にギャバンが駄目だったという訳ではない。 仲間との信頼関係を築くためには、秘密を抱えたままではいけないだろうし。 「しかし、その任務はお前ともあながち無関係というわけでもないからな。あるいはお前にも協力してもらうことがあるかも知れん」 「『私と無関係ではない』?」 どういう意味なのだろう、と考えかけて、ユーゼスは考えることをやめた。 他人の事情に深入りするとロクなことにはならない。 それに自分から話を振っておいて何ではあるが、別にユーゼスとしてもアニエスが受けた『秘密の任務』とやらに対してそれほど興味があるわけではないのだ。 「宮仕えも大変ですね」 「全くだ」 せいぜい私に影響を与えない程度に頑張ってくれ……と心の中でアニエスにささやかなエールを送りつつ、ユーゼスは更に話を誤魔化すべく適当な話でお茶を濁していく。 ……そしてそんな二人の会話を、部屋の外のドアに貼り付いて盗み聞きしようとする女性が一人。 「うぅ~~~……」 トリステインでも三本の指に入る名門貴族であるラ・ヴァリエール家の長女にして王立魔法研究所『アカデミー』の主席研究員、そして今は魔法学院の臨時教員のエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールである。 「何よ何よ、二人っきりで何を話してるのよ、まったく……!」 エレオノールは歯ぎしりしながら耳をドアにくっつけて中の会話を聞こうとするが、声は何とか聞こえても詳しい会話の内容までは分からなかった。 思わず貼り付いているドアをカリカリと爪で引っ掻きそうになるが、音がして気付かれると元も子もないのでどうにか自重する。 その姿は、どうひいき目に見ても『名門貴族の長女』や『研究機関の主席研究員』には見えなかった。 「なあ、貴族の姉ちゃんよぉ」 「何よ?」 傍らに置かれていたインテリジェンスソードのデルフリンガーが、からかうような口調でエレオノールに問いかける。 「最近の貴族の女の間じゃ、こうやって平民の男の様子をうかがうのが流行りなのかね?」 「流行りなわけないじゃない」 「だったら、どうしてそんなコソコソと間諜みたいに隠れて聞き耳を立てるんだね?」 「……だって見つかったら、カッコ悪いじゃないの」 眼鏡越しにデルフリンガーを睨みつけるエレオノール。 デルフリンガーはカチャ、と鍔を慣らして呆れたように言った。 「だったらハナっからユーゼスのことなんざ気にしなけりゃいいじゃねえか。平民のすることなんか、放っときゃいいじゃねえか」 「そういうわけにはいかないの。……アイツってば……あのバカ、最近は『軍事教練だから時間がない』とか、『気分転換のためにビートルを飛ばす』とか言って、明らかに私といる時間が減ってるんだから」 「いや、お前さんとは十分に一緒にいると思うがね」 「どこがよ!? ヴァリエールの屋敷にいた時は最低でも一日の内に二時間か三時間は顔を合わせてたのに、今じゃここ一週間の平均が四十二分しかないんだから!」 「はあ」 「だって言うのに、私とはあんまり話さないのに、あんな何処の馬の骨とも分からない平民あがりの女と話なんかして……」 「別に男と女の話をしてるってワケでもないだろうに」 「そんなことは分かってるわ」 しかし『ユーゼスが自分以外の女と二人っきりの空間で話をしている』という時点で、何だか嫌なのである。 デルフリンガーに言った通りアニエスとはそういう空気が微塵も感じられはしないのだが、それでも嫌なものは嫌なのだ。 と言うか、思えばユーゼスの周囲には女の影がチラつきすぎている。 主人であるルイズは五千歩ほど譲って仕方がないにしても、あんまり接点がないはずのカトレアだとか、今こうして話しているアニエスだとか。 それに今のこの状況。 魔法学院に男がわずかしかおらず、他は女ばっかり。 これではほとんどユーゼスのハーレム状態ではないか。 いや、あの朴念仁にそんな気はサラサラないことくらいは分かっているけれども。 「やきもち」 「っ、違うわ。絶対違うんだから」 デルフリンガーの呟きが耳に入った途端に顔を赤らめ、ぷいっと顔を背けてそれを否定するエレオノール。 しかし金髪眼鏡の女性は何かに気付いたように再びデルフリンガーに目をやると、神妙な顔で問いかけた。 「ねえ、あなたって長生きだけはしてるのよね」 「……いかにも俺は六千年もの間生き続けてきた伝説の剣だが、どうしたね?」 「じゃあ、そんな無駄に長生きしてきたあなたに仕方なく尋ねてあげるわ。由緒正しい貴族であるこの私が、あなたみたいなボロ剣に尋ねるのよ。感謝しなさいよね」 「何だね?」 そしてエレオノールはわざとらしく咳払いをすると、耳まで赤くしながら、貴族としての威厳を何とかキープしようとしている声でインテリジェンスソードに質問をぶつける。 「……ルイズと、カトレアと、ついでにあのアニエスって女を比べて、今挙げた各人が私より魅力で勝ってる点を述べなさい。簡潔に、要点を踏まえ、分かりやすく」 「…………聞いてどうするんだね?」 「あなたには関係ないわ。いいから尋ねたことに答えなさい」 「やきもち」 「だから違うって言ってるでしょ!」 カタカタ震えるデルフリンガー。どうも笑っているようである。何でこんなのが初代ガンダールヴが使った剣なのかしら、などと考えながらも、エレオノールは答えを要求した。 「で、どうなのよ?」 「年齢」 「イル・アース・デル」 端的に提示された答えを聞いた瞬間、エレオノールは杖を取り出して『錬金』の呪文を唱えた。 するとたちまちデルフリンガーの周辺が輝き、インテリジェンスソードは切っ先から柄まで綺麗に石でコーティングされる。事情を知らない人間が見れば、元から『石の剣』だと思うに違いあるまい。 アカデミーで『美しい始祖の聖像を作るための研究』に従事している、エレオノールならではの技術であった。 「……………」 そしてエレオノールは『石の剣』を放ってその場から無言で立ち去ろうとするが、その『石の剣』がブルブルと小刻みに震えていることに気付く。 たっぷり五分ほどそれを眺めた後で、エレオノールは再び『石の剣』に『錬金』をかけた。 「ぶはっ! い、いきなり何しやがる!?」 「……女性に対していきなり年齢のことを引き合いに出すような、失礼な剣に言われなくはないわね」 石の束縛から解放されたデルフリンガーは即座に抗議を行うが、抗議された側は逆にそっちが悪いのよと抗議し返す。 「…………ユーゼスはよくこんな女と毎日話が出来るね」 「どういう意味よ?」 「さて、どうだか」 お互い相手に対して色々と言いたいことはあるようだったが、ここで何やかんや言い争っても何にもならないと判断して先程の話題を続けることにした。 「で、他には?」 「顔は……まあ、好み次第だあね。お前さんはそれなりに整ってる方だが、あの貴族の娘っ子も、銃士隊の隊長も、それからカトレアって姉ちゃんもそれぞれ違った魅力を持ってるわな」 「……一理あるわね」 「つっても、ユーゼスはどうも見た目がキレイだとかいうのには、それほどこだわらねえように思うが」 うーむ、アカデミーの主席研究員は考え込む。 と、そんなエレオノールの顔色を変えさせる一言が、デルフリンガーから発せられた。 「…………だが、お前さんは他の三人に比べて持ち合わせていない武器がある」 「な、何よ?」 やや焦った様子でそれが何なのかを尋ねるエレオノールだったが、返って来た言葉は……。 「むね」 「……………………イル・アース・デル」 デルフリンガーに三度目の『錬金』がかけられた。 今度は石ではなく鉛でデルフリンガーを、しかも先程よりも厚くコーティングしたエレオノールは、下に誰もいないことを確認してその鉛の剣を窓から放り投げた。 ドスンと音がして、鉛の剣が地面に突き刺さる。 エレオノールは溜息を吐きながら、ゆっくりと20分ほど費やして下に降りてデルフリンガーの着地点へと移動した。 「……………」 ガタガタと震えながら地面に刺さっていたデルフリンガーを『レビテーション』で引き抜き、更にそれを地面に無造作に放り投げる金髪眼鏡の女性。 彼女は実に冷ややかな瞳で四度目の『錬金』をインテリジェンスソードにかけ、鉛で固められたデルフリンガーを解放した。 「……う……ううう、くらいよう、くるしいよう、さみしいよう……。……はっ!?」 何やらブツブツと独り言を呟いていたデルフリンガーだったが、自分を覆っていた鉛のカタマリが消えたことを感知するとすぐに正気に戻った。 そして再び抗議を行おうとするが、 「どうして本当のことを言ったくらいで……!! ……いや、何でもありません」 「フン」 また杖が振り上げられたので、慌てて言葉を途中で方向転換させる。また何かで固められてはたまらない。 「はあ……。難儀な女だね、まったく」 「何か言った?」 「別に」 一方、デルフリンガーに『難儀な女』と形容されたエレオノールは自分の胸をぺたぺたと触りながら、その『持ち合わせていない武器』について考えていた。 ぺたぺた。 ……そう、【ぐにゅっ】でも【ぷにっ】でもなく、【ぺたぺた】なのである。 擬音の感じ方など人によってはまちまちだが、おそらく十人中で七人か八人くらいは【ぺたぺた】と形容するだろう、そんな【ぺたぺた】っぷりだ。 そんな具合であるから、大きく運動してみても自分の胸は小揺るぎもしない。 って言うか、揺れるものがない。 上の妹のカトレアなど、歩いているだけで(実際に音が聞こえるわけではないが)【ゆさっ】という音が聞こえんばかりだと言うのに。 「ぐ、ぐむぅ……」 しかしそのような『感覚的擬音』を自分の胸から感じたことなど、27年ほど生きてきたエレオノールの人生の中で、ただの一度もありはしなかった。 ―――別にエレオノールとて、触った時に【むにゅん】とか【ぽよんっ】とか、動いた時に【たゆんっ】とか【ぶるんっ】とか、そこまでのものを求めているわけではない。いや、出来れば欲しいけど。 でも、それにしたって【ふにっ】や【ふるっ】くらいはあってもいいじゃない。 たかが擬音、と言うなかれ。 女にとっては(一部の男にとっても)、かなり重要な音なのだから。 そして見た目。 これはもう『板』と言うか、『壁』と言うか、そんな感じである。 ……下の妹のルイズにだって本当にささやかながらも、辛うじて、わずかに、注意しなければ分からないが『盛り上がり』はあると言うのに、自分のはもう完全に『平面』だ。 完全なるゼロと0.1とでは、そりゃもう『無し』と『有り』ほどの差があるのである。 自分と同等の相手を探すとなると……強いて言うならあのタバサという青髪の少女くらいだったが、そんな低い次元で比較したくない。 いや、タバサの場合は見た目が小さいから許されるかもしれない。 しかし自分はどうだろう。 「……………」 何だか思考がどんどんネガティブな方向に向かって行きつつあるので、気持ちを切り替えることにする。 そうよ、胸が何よ。 あ、あんな無駄な脂肪のカタマリなんかで、女の価値は測れや……しないわ。 欲しいと、思ったことなんて……う、うう、羨ましい、と思った、こと、なん、て……。 「……う。うぅううぅうぅぅぅぅ、ぅうう……」 自己暗示に失敗し、ガクリと膝から崩れ落ちるエレオノール。 だが自分自身を説得する材料は、まだ残されている。 「そ、それにユーゼスだって、胸にはこだわらないって言うか、興味はなさそうだし……」 「まあ確かにユーゼスは、そういうの興味なさそうだわな。大抵の人間の男は、胸の大きい女が好きだっつうのに」 「そう! そうよ!! ま、まあ、私はあの男のことなんて別にどうとも思ってないけど? やっぱり、私みたくスリムで細身でスレンダーで機能的な女の良さは、分かる人には分かるって言うか?」 いや、ユーゼスは『胸にこだわりがない』ってだけで、別に『ない方がいい』ってんじゃないぞ。 機能的って、全くない胸にどんな機能があるっつうんだよ。 セリフの内容と、表情や仕草が一致してねえぞ。 『どうとも思ってない』んなら、そんなにウキウキするんじゃねえよ。 何だ、その小躍りしそうな嬉しがりっぷりは。 ……などなど、言いたいことが山ほど出てくるデルフリンガーであったが、言ったら今度は固められた上に『固定化』までかけられそうなので黙っておくことにした。 「ま、それはそれとして」 上機嫌のままで、また話題を元に戻すエレオノール。 「他に何かないの?」 「え、まだ続いてたの、この話?」 「当たり前でしょう」 もういいんじゃねえのかなあ、というインテリジェンスソードの呟きを華麗に無視して、ヴァリエール家の長女は続きを急かした。 デルフリンガーは仕方なさそうに『エレオノールが他の三人に確実に劣る部分』を考える仕草を見せて……。 「あー……でもアレは他の三人って言うよりは、カトレアって姉ちゃんだけが飛びぬけてる部分だからなあ」 「ん?」 気になることを口走る。 「何よ、それは?」 「いや、何つうか……アレだな、ちょいとあやふやな言い方になっちまうが、『包容力』ってヤツだな」 「ほうようりょく?」 また抽象的な物言いである。 だが……。 「それなら私にだってあるじゃないの」 「…………本気で言ってるのかね?」 「え?」 首を傾げるエレオノール。 「だって私はラ・ヴァリエール家の長女よ。下に妹が二人もいるんだから、自分で言うのもなんだけど面倒見はいい方だと思うし、貴族としてある程度の度量はあるわ」 「いや、そういうのじゃなくてだね」 そんな彼女に向かって、デルフリンガーは『包容力』の何たるかを説き始めた。 「いいか? 包容力ってのはな、単なる面倒見とか度量とか優しさじゃなくて……いや、そもそもその優しさ自体がお前さんには今ひとつ欠けてる気がするが……ああクソ、難しいな。 とにかく、こう、何だ、『男が甘えられる女』とか、『男が最終的に帰ってくる場所』とか、『一緒にいて心の底から安心出来る』とか、そういうのなんだよ」 「むう……」 言われてみれば、確かに自分にはそういうものが欠けている……ような気が、しないでもない。 とは言え。 「どうやったら身に付くのよ、それ?」 「身に付けようと思って、すぐに身に付くくらいなら苦労しねえわな。それに少なくとも年単位は時間が必要だね」 「……………」 デルフリンガーを睨みつけるエレオノール。 しかしそんなデルフリンガーは飄々とした様子で話を続けた。 「だがまあ、お前さんにも他の連中にはない武器はある」 「え、そう?」 パッとエレオノールの表情が明るくなる。 「やっぱり、隠そうとしても隠し切れない全身から漂う高貴さとか、他の追随を許さない知的な空気とか、レディとしての余裕とか、そういうのかしら?」 「いや、違う」 そしてデルフリンガーは、自分が思いつく限りでエレオノールの最大の長所を告げた。 「お前さんは……今は『女教師』で、しかも眼鏡をかけてるじゃあないか」 「は?」 何を言われているのかよく分からないエレオノールであった。 「……本日、トリステイン・ゲルマニア連合軍の六十隻の戦列艦が、ラ・ロシェールより我が国に向けて出発しました」 「うむ」 「…………これは我が軍の保有する戦列艦の数に匹敵する数、しかも向こうは艦齢の新しい物ばかりです。加えて、こちらは革命時およびタルブでの敗戦で優秀な将官・士官の大多数を失った結果、著しい錬度の低下をきたしています」 「そうだな」 神聖アルビオン共和国初代皇帝にして、現在開かれている議会の議長であるオリヴァー・クロムウェルは、ホーキンス将軍の報告を受けて頷いた。 かつて司教だった男のそんな暢気な様子に、白髪白髭の歴戦の将軍は不機嫌さを隠そうともせずに話を続ける。 「しかも、以前より散発的に出現していた例の怪物……そこにいるミスタ・デブデダビデは『アインスト』とか呼んでいましたかな。その出現頻度が加速度的に増加しており、兵たちはその対応に追われて戦の準備もおぼつきません」 「確か、彼からアインストについての対処法は聞いていたはずではなかったかね?」 「……その対処法を実践した上で、です」 ジロリとクロムウェルの後ろに付き人として控える小太りな男を睨みつけるホーキンス。 ホーキンスは―――と言うよりこの場にいるクロムウェル以外の全員は、大なり小なりこの正体不明の男を怪しみ、訝しんでいた。 それはデブデダビデを付き人としている本人も察している筈なのだが、そのアルビオン皇帝は気にした風もなく話を続けようとする。 「暗い材料ばかりだな」 「……………」 ホーキンスは無言のままでテーブルを強く叩くと、やや語気を荒げて皇帝に問いかけた。 「で、質問です。これらの問題に対する、閣下の『有効な対応策』をお聞かせ願いたい。 ……艦隊を迎え撃つのは簡単ですが、もし決戦で敗北すれば我らは裸です。敵軍を上陸させたら―――アインスト共と合わせて、もはや泥沼などという言葉ですら生ぬるい状態になります。革命戦争やタルブ戦で疲弊した我が軍は、まず持ちこたえられないでしょう」 そんなことを言う歴戦の将軍に、血気盛んな若い将軍が非難の言葉を浴びせる。 「それは敗北主義者の思想だ!!」 「……私は現実的な話をしている」 今にも言い争いになりそうな険悪な空気が漂い始めるが、クロムウェルは彼らを片手を上げて制するとニッコリと笑い、ホーキンスを諭すようにして話を始めた。 「まあ待ちたまえ、ホーキンス君。……そもそもの前提として、彼らがこのアルビオンを攻めるためには全軍を動員する必要がある」 「さようです。と言いますか、もはや全軍を動員しております。何せ、彼らには国に兵を残す必要がありませぬゆえ」 「何故かな?」 「……彼らには、我が国以外の敵がおりませぬ」 「トリステインもゲルマニアも、背中をおろそかにするつもりかな?」 「ガリアは中立声明を発表しました。それを踏まえての全軍侵攻なのでありましょう」 「ふむ」 後ろを振り返り、クロムウェルはデブデダビデと目を合わせ、互いに小さくではあるが首を縦に振った。 「その中立が、偽りだとしたら?」 「…………まことですか?」 疑わしいような喜ばしいような、複雑な顔でホーキンスが問いを重ねた。 「つまりガリアが我が方に立って参戦する、と?」 「そこまでは申しておらぬ。なに、ことは高度な外交機密であるのだ」 「……………」 途端にザワつき始める議会場。 確かにその話が本当ならば、戦況をひっくり返す心強い援軍となるだろう。 何せガリアはハルケギニア最大の国家である。直接にトリステインやゲルマニアを攻めずとも、その戦力をチラつかせるだけで連合軍は撤退を余儀なくされるに違いあるまい。 そう、例えアルビオン艦隊を打ち破り、大陸に上陸した後だとしても。 「……それがまことだとすれば、この上もなく明るい知らせですな」 「案ずることなく諸君は軍務に励みたまえ。攻めようが、守ろうが、我らの勝利は動かない」 クロムウェルはそこで一旦言葉を区切ると、ゴホンと咳払いをして次の議題へと移行させる。 「さて諸君。今の話を踏まえた上で、余から諸君に要請しなければならないことがある」 ザワついていた議会場が静まり、一同の注目が再びクロムウェルへと集まった。 アルビオン皇帝はその光景に満足げに頷くと、声を上げて議会場の外に控えていた男を呼んだ。 「メンヌヴィル君」 クロムウェルの口から出た言葉を聞いて、その場にいた将軍の内、何人かの顔色が変わる。 そして議会場のドアがやや無遠慮に開け放たれ、白髪の男が入ってきた。 ……顔の皺からするに年齢は40ほどかと思われたが、その顔には額の中央部あたりから左頬にかけて眼を巻き込んでの大火傷の痕が生々しく残されており、一見しても年齢がよく分からなくなっている。 だが、所々に傷が見える筋骨隆々のその身体は、彼の歳を10は若く見せていた。 更に平民の剣士と見間違えるような粗雑な格好をしていたが、よく見れば腰に杖を下げている。どうやらメイジ崩れの傭兵かと思われたが……。 「諸君の中にも、彼の名前を聞いたことがある者はいると思うが……。彼が『白炎』メンヌヴィルだ」 途端に緊張感が走る。 その二つ名を耳にしたことのある人間は、この議会場でも少なくはない。 伝説のメイジ傭兵。 白髪の炎使い。 卑怯な決闘を行い、結果として貴族の名を取り上げられ、傭兵に身をやつした。 家族全員を焼き殺して家を捨てた。 彼が焼き殺した人間の数は、彼がこれまで焼いて食べた鳥の数より多い。 ……そのような噂ばかりが先行しがちなメンヌヴィルであったが、断言出来ることが一つだけ存在した。 戦場では徹底的に冷酷に炎を操り、その対象に認定されれば老若男女を問わず誰も彼も『平等に』燃やし尽くす、ということである。 ―――当然、そんな男と同席している将軍たちはたまったものではない。 中には額に脂汗を浮かべている者までいたが、クロムウェルは気にした風もなく話を進める。 「で、諸君。君たちが抱えている人材の中で、誰か腕利きの『風』のメイジはいないかね?」 「『風』、ですか?」 一人の将軍が、疑問の声を上げた。 「そうだ。ワルド子爵が生きていれば彼にでも頼んだのだが、死んでしまっては何を頼むことも出来ぬからな。そうなれば部下が持っている人間を使うしかあるまい」 「何のためにです?」 「……余は万全を尽くしたいのだ。小部隊とは言え、隠密裏に船で運ぶためには『風』のエキスパートが必要だ」 「……………」 今ひとつ話を掴みかねている将軍たちに向かって、クロムウェルは説明を続ける。 「『不意に現れた第三の勢力』が現れた場合、彼らが全てを占拠したとあっては何も発言が出来なくなってしまう。よって、余はせめて『そこ』を押さえておきたいのだ。仕事をしたのだ、という既成事実を多少なりとも作っておかねばならない」 やや曖昧な言い方をするが、要はガリアに対して対等な立場を維持したいのだろう……と考えたホーキンスは、皇帝により詳しい説明を求めた。 「『そこ』とは、どこなのでしょうか?」 「…………まず、防備が薄く占拠しやすい場所であること。つまり、首都トリスタニアから近すぎてはいかん。次に、政治的なカードとして重要な場所であること。ということは、逆に遠すぎてもいかん」 「『政治的なカード』、ですか?」 「貴族の子弟を人質に取ることは、『政治的なカード』としての効果を高めてくれるだろう」 ホーキンスのみならず、将軍たち全員の目が見開かれる。 そしてクロムウェルは、大げさな動作を交えながらその標的の名を口にする。 「魔法学院だ、諸君。……諸君の中の誰でもいい、手持ちの優秀な『風』メイジを使い、このメンヌヴィル君を隊長とする一隊を夜陰に乗じてそこに送り込みたまえ」 『人質を取る』という発想自体がなかった将軍たちの中で、自分から立候補してその作戦に参加しようとする者は誰もいなかった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7103.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 夏期休暇が終わり、魔法学院の生徒たちは各々実家から学び舎へと戻って来た。 だが学院には長い休みが終わった直後のざわめきや落ち着きのなさが見られず、その代わりに妙な緊張感が蔓延している。 その理由は言わずもがな、もはや秒読み段階となったアルビオンへの侵攻である。 耳ざとい貴族諸侯の中には『王軍の仕官不足はかなり深刻で、学生仕官を登用することを検討しているらしい』という噂を早くから聞きつけ、それを自分の息子や娘に伝えている者もいた。 無論、いくら学生とは言え、親から伝え聞いたその情報を学院で声高に叫ぶような真似はしない。 だが『貴族たる者、国家の命あらば戦争に行かねばならない』という気負いのようなものが彼らの中では発生してしまい、それが独特の緊張感を生んでいるのだ。 また、学生仕官登用の情報を聞いていない、あるいは親から聞かされていない学生も多くいたが、そんなグループの人間とて『近い内に本格的なアルビオンへの侵攻が始まる』というムードは察していた。 そして学院中に漂っている『変に張り詰めた空気』を感じ取り、やはり緊張感を募らせる……という結果になっている。 つまり、緊張感が緊張感を呼んでいたのである。 「……うぅむ」 ギーシュ・ド・グラモンもまた、そんな緊張感を感じている一人だ。 彼の場合は父が王軍の元帥なため、軍の事情によく精通している。 よって学生仕官の話もかなり早い段階から掴んでおり、グラモン元帥はそれを聞くや否や息子のギーシュをこれでもかと言うほど激励したのであった。 ちなみにグラモン元帥は老齢のため軍務をすでに退いており(元帥は終身職のため、軍務を退いても死ぬまで元帥である)、今回の戦争に自分が出陣出来ないことを非常に残念がっていた。 生粋の武人である元帥は、いつもの文句である『命を惜しむな、名を惜しめ』という言葉をギーシュとその三人の兄たちに重ねて送り、特に一番若いギーシュに対して『王宮から仕官を募る触れが出たら真っ先に志願しろ』と言ったのである。 「うーん……」 父が言うにはそのお触れは夏期休暇が終わってすぐ、早ければ今日中で遅くとも今週中までには出るとのこと。 根が素直な、悪く言えば単純なギーシュはこれを聞いてすぐにやる気になり、『王宮からのお触れはまだか』と息巻きながら魔法学院に戻ったのだが……。 「……い、息が詰まる」 こうも学院のそこかしこで戦争間近な雰囲気が漂っていては、その意気込みもやや消沈してしまう。 とは言えアルビオンとの戦争に際して気負っている自分もまた、この空気を形成するのに一役かっていたりはするが。 「はぁ……」 溜息などをついてみても、それでこの緊張感が緩和されるわけでもない。 ……実はギーシュとしては、戦争は戦争、学院は学院、と分けて考えていたかった。 何故なら。 (戦争になったら多分、モンモランシーを始めとするたくさんの女の子に会えなくなってしまうじゃあないか) おそらく仕官すれば、しばらくは学院に戻って来れまい。 いや、下手をすれば命を落とす可能性だって十分にありえるのだ。 だったら、今くらいは女の子たちとのひと時をたっぷりと満喫しておきたい。 具体的に言うと、女の子を口説いておきたい。 もう少し欲を言ってしまうと、命をかける前にアレコレと忘れられない思い出を作っておきたいなぁウヘヘ。 実際にモンモンランシーに聞かれたら殴られて蹴られて踏まれて水責めされても文句の言えないような内容の考えだったが、ギーシュ的には大真面目なのである。 「……………」 だと言うのに、この空気は何だろう。 学院全体は落ち着かないムード、女子生徒たちの間では軽く悲愴感すら漂い始め、男子生徒たちの間では『仕官した後にどの部隊に配属されたいか』などと話している始末。 臆病で知られているマリコルヌや、見るからに荒事には向いていなさそうなレイナールまでがそんな会話に参加していたのだから驚きだった。 ……そんなわけで、とてもじゃないが誰かを口説いてる空気ではないのだ。 いや、ギーシュも最初は果敢に挑戦はしていた。 学院に戻るなり真っ先にモンモランシーの部屋に駆け込み(女子寮への忍び込み方はユーゼスの研究室に通っている間に慣れていた)、彼女の顔を見た直後、 「やあ、会いたかったよモンモランシー! あまりにも君に会いたかったから、もう僕はどうにかなってしまいそうさ! ああっ、僕の心と身体がこれ以上どうにかなってしまう前に、君のその心と身体で僕をどうにかしてはくれまいか!!」 と言ったら、 「ええ、確かにどうにかなってるみたいね」 という金髪巻き毛の少女の言葉と共に、水のカタマリをぶつけられて吹っ飛ばされてしまった。 ……この口説き文句は、けっこう自信があったのだが。 まあ、それはそれとして。 「……ユーゼスの研究室にでも行こうかなぁ」 何もやることがない時はユーゼス・ゴッツォの研究室に入りびたる……というのが、アルビオンで一騒動あってからのギーシュのライフスタイルである。 あの静かな部屋は、意外と憩いの空間としての機能もある。 それに何より、女子寮の真っ只中という立地が素晴らしい。……下手に動くと騒がれるので、そんなに活発には行動出来ないのが残念ではあるが。 「アイツ、二ヶ月の間に少しは成長したかな……」 『どの方面の成長』なのかは、言わずもがな女性方面だ。 聞く所によると、ユーゼスは夏期休暇の間ずっとラ・ヴァリエールの家にいたとか。 となると、当然そこに住んでいるエレオノールと何がしかのアクションはあったに違いあるまい。 いや、その場面にルイズが絡んでくる可能性も大いにあるし、下手をすると彼女たちの両親も出て来て、てんやわんやの大騒ぎになってしまったかも。 「まあ、話してみれば分かるか」 一体どんな感じになってるんだろう、と期待を抱きつつ研究室のドアを開けるギーシュ。 そこには……。 「……………」 「あれ?」 銀髪の男が、グッタリとした様子で机の上に突っ伏していた。 まるで糸の切れた操り人形のようだ。 「お、おい、ユーゼス?」 慌てて駆け寄ってユーゼスと思しき男の肩を揺するギーシュ。 するとその男は墓場から今まさに蘇えらんとでもするかのような動作でゆっくりと身体を起こし、どろりと濁った眼差しでギーシュを見つめた。 「…………ミスタ・グラモンか。久し振りだな…………」 「……何があったんだ?」 ギーシュの予想通り、その男はやはりユーゼス・ゴッツォであった。 しかし、何だか心身ともにボロボロな様子である。 と言っても、別にどこか怪我をしているとか精神的に追い詰められたという感じではない。 適切な表現を探すのなら……。 「どうしたんだい? どうも、凄く……疲れているみたいだけど」 そう、疲弊しきっているのだ。 それも長期間の疲労が蓄積しているっぽい。 「まあ……夏期休暇の間に……色々と、あってな……」 グッタリしながらそう言うユーゼス。 本当に何があったんだろう、と首を傾げつつ、ギーシュは詳しい話を聞こうとする。 「もしかしてルイズの実家で一悶着あった、とか?」 「…………『一悶着』で済めば良かったのだがな」 そうしてユーゼスは、この二ヶ月間に起こったことをポツリポツリと語り始めた。 「まず……御主人様の母親に、『訓練』もしくは『稽古』という名の拷問を受けてな……」 「うん?」 初っぱなから、何かがおかしい。 ……まあいいや、黙って続きを聞いてみよう。 「それだけならまだ良かったのだが、他に御主人様から乗馬の指導を受け……」 「はあ」 「更に何故かよく分からないが、エレオノールが私にダンスの踊り方や女性のエスコートの仕方、服の着こなし方まで仕込もうとして……」 「……ふ、ふぅん」 「心が休まる時と言えば部屋に一人でいる時や、カトレアと二人で茶を飲んでいる時くらいだったか」 「……………」 そこまで聞いて、ギーシュは取りあえず話の中の疑問点をぶつけてみることにした。 「どうして君がルイズの母君から稽古を?」 「……どうも、私の実力についてかなりの不満があったらしい」 まあ、おせじにもユーゼスは『強い』とは言えない。 と言うか、弱い。 そんな男が娘の使い魔だということに、親として納得が行かなかったのだろう。いや、あるいは……ギーシュにはよく分からないが、『娘を取られる親の心境』というヤツなのだろうか。 しかし、どうして公爵じゃなくて『公爵夫人』がユーゼスに稽古をつけるのだろう? (公爵が忙しかったから、その代わりだった……とかかなぁ) 実際の事情とはかなり異なっているギーシュの予想だったが、ともあれそれで納得した彼は質問を重ねる。 「『カトレア』ってのは誰だい?」 「御主人様の姉で、エレオノールの妹……要するにヴァリエール家の人間だ。彼女たちは三人姉妹ということになるな」 それを聞いて、ギーシュがその顔を露骨にしかめた。 別にそのカトレア嬢とやらの容姿や性格がどうとか(『ルイズの姉でエレオノールの妹』という時点で大まかな想像はつくが)、ラ・ヴァリエール家の家族構成とかは重要ではない。 問題なのは。 「…………その、ルイズの姉君と、君が、『二人でお茶を飲む』という、関係に、至った、経緯が、よく分からない、んだが」 「?」 彼は『質問の内容の伝達に齟齬があってはいけない』という思いを込め、一句一句を噛み締めるようにしてゆっくりと発声しつつユーゼスに問いかけていく。 ルイズが乗馬の指導をして、エレオノールがダンスの踊り方とかを教えるのは分かる。 この男の乗馬の下手さ加減もまた折り紙付きだし、ダンスうんぬんに関してはいつかそんなことを話した覚えもある。 だが、茶を飲むって何だ。茶って。 しかもその口振りからすると、日常的に行っていたらしいし。 おまけにファーストネームの呼び捨てで呼んでいる。 これはエレオノールだけじゃなかったのか。 「よく分からない、と言われてもな。向こうの方から『お茶でも一緒にどうですか』と頻繁に声を掛けてきて、私がそれに応じた……というだけだぞ」 「………………それについて、ミス・ヴァリエールやルイズはどうしてたんだね?」 「そう言えば、茶を飲んでいる時に後から同席してくることが多かったな」 「~~~~~っ」 うめき声とも唸り声ともつかない奇妙な声を発し、頭を抱えるギーシュ。 何でコイツは理論とか考察とかについては周囲を驚愕させるほど凄いのに、女性関係とか恋愛方面とかになると周囲を驚愕させるほどダメなんだろう。 ついでに、稽古という名目ではあるが母親にまで手を出しやがって。 ……いや、これはおそらく『純粋に稽古をつけられて』いるか、あるいは色々なストレスをぶつけられているかのどちらかだとは思うが。 って言うか、本当に母親まで『そういうこと』になっていたら、ギーシュはこの男を許せないかも知れない。 むしろ、理性を抑えきれる自信がない。 下手すると殺してしまうかも。 ……………………まあ、取りあえず。 「もう君は……アレだ。『ヴァリエールキラー』とでも名乗ったらどうかね?」 「エースキラーのような呼び名だな」 「えーすきらー?」 「いや、こちらの話だ」 気を取り直して、ユーゼスはギーシュとの会話を再開させる。 「……いちいち二つ名を名乗るような面倒なことはしたくない。大体、私はヴァリエールの人間に対して何かをしたという訳ではないぞ。むしろ何かをされた方だ」 「……………」 ギーシュは呆れた。 コイツ、全然成長してない。 いや、むしろ酷くなってないか? (逆の方向に成長したってことなんだろうか……) もはや諦めにも似た境地に達しつつあるギーシュであったが、しかしこの男を何とかして(ある意味)真人間にするのも自分の使命であるような気がするので、ここはグッと我慢する。 と、そこでユーゼスがあらためて無表情な顔をギーシュに向け、逆に質問を繰り出してきた。 「……私の方はこんな所だが、お前の方はどうだったのだ、ミスタ・グラモン?」 「うん? いや、『どうだった』って言われても……」 ギーシュとしては、夏期休暇中に特筆すべきことが起こった訳でもない。 途中までモンモランシーと一緒に学院に残っていたが、実家から『帰って来い』と手紙で催促が来たので帰り、その実家で父や母や兄たちと過ごした……と、このくらいである。 まあ、強いて言うなら父に『戦とはうんぬんかんぬん』、『戦場における貴族のあり方とはああだこうだ』、『手柄を立てるにはどうしたこうした』とかの事項を、ことあるごとに言われたくらいか。 「……ほう。ということは、お前はやはりアルビオンに向かうのか」 「まあね。貴族たる者、イザという時にはこの身を投げ打ってでも祖国の為に尽くすものさ」 得意げにそんなことを言うギーシュ。 彼としては、この無愛想な男からも激励――とまでは行かずとも、ささやかな応援の言葉くらいは欲しかったのだが……。 「ふむ。……まあ、せいぜい死なないようにするのだな」 しかし投げかけられたのは、そんな素っ気ない一言だった。 「…………君なぁ。これから戦に向かおうって人間に向かって、そりゃないだろう?」 「どういう意味だ?」 「普通なら、ここで『手柄を立てて来い』とか、『頑張れよ』とか言うべきじゃないか」 ギーシュにそう言われたが、ユーゼスはあくまで興味がなさそうに応答する。 「それでお前の生還率や手柄を立てられる確率が上がる、と言うのならそうするが」 「……………」 何ともまあ、ミもフタもない言葉である。 そりゃ、言葉一つでそんな劇的に何かが変わるってわけじゃないだろうけど、それにしたってちょっとくらい励ましてくれても構わないのではなかろうか。 などとギーシュが不満に思っていると、ユーゼスは更に追い討ちをかけるように言葉を重ねた。 「率直な意見を言わせて貰えば、五体満足で生きて帰って来れれば良い方だろうな。学生にたかが二ヶ月程度の訓練を施したところで、マトモな働きは期待出来ん。これは私自身がこの二ヶ月で体験したことでもある」 「そうなのかい?」 「まったくの素人がゼロから訓練を始めたのだからな。少なくとも、劇的に強くなるのは無理だった。……もっとも、公爵夫人が言うには『余程の天才が連日昼夜を問わず訓練に明け暮れ、かつ指導者が優秀だった場合は話が違ってくる』らしいが」 「……君はそうじゃなかったのか」 「夫人には『肉体を使った戦闘の才能がほとんどない』と言い切られてしまってな。『下手に応用を教えたら逆効果になる』と言うことで、基本的な戦い方のみを二ヶ月間で仕込まれるだけ仕込まれてしまった。 ……おそらくお前の場合も似たようなことになるのではないかと思うが」 「う……」 自分の力不足に関しては、それなりに実感しているギーシュである。 これは中々に痛いところを突かれてしまった。 「それでなくとも初陣なのだ。『戦場の空気』というものは独特だからな、まずはそれに順応するだけで手一杯だろう」 「……何だか実際に戦争を体験してきたみたいな言い方だな」 「昔に少しあってな」 やけに具体的に語るユーゼスに対してギーシュが疑問の声を上げるが、サラリと返されてしまった。 (コイツの『昔』って一体何なんだろう……) 興味はあるが、今はそれよりもユーゼスの語る戦争について、である。 「また、場合にもよるが『普通の兵士』が戦局に与える影響はあくまで微々たるものでしかない。トリステインとゲルマニアの連合軍の兵力は合計で六万ほどらしいが、お前に与えられた役割はその『六万分の一』が良い所だろう」 「…………何で君は、こう、やる気を削ぐようなことを言うかな」 「自分の意見を言っているまでだ」 その言葉通り、ユーゼスは感情を交えずにただ自分の予想を述べていく。 これがまた納得出来る部分がそれなりに多いので、ギーシュとしても『聞かなきゃ良かったかなぁ』と思いつつ、話自体を止めようとはしなかった。 「私はお前に対して『死ぬな』などという無責任なことを口にするつもりはないし、『死んでも手柄を立てて来い』と強制する権限も持ち合わせていない。 よって、『死なないように努力しろ』としか言えない訳だ」 ユーゼスはそこで一旦言葉を切ると、あらためてギーシュの顔を見て何かを考え込んだ。 「……とは言え、知人が死んだという知らせを聞かされるのは私としても辛いものがあるからな。参考になるかどうかはともかく、戦場に行くに当たっての軽いレクチャー程度ならばしても構わんが……どうする?」 「むぅ……」 そういうものならば、戦争が始まる前……いや、魔法学院に入学する前から父に飽きるほど聞かされている。 だが、この男のアイディアや意見は今までにあの『土くれ』のフーケのゴーレムを攻略し、不意打ちとは言えワルド子爵を打ち破り、オーク鬼の群れを片付け、キュルケとタバサを殺しかけて、『アンドバリ』の指輪で操られたアルビオン兵を封じてきた。 実績だけ見れば、ハッキリ言って驚異的である。 だから……。 「…………お願いしよう」 取りあえず聞けるものならば聞いておこう、とギーシュはそのレクチャーとやらを頼むのであった。 三日後、魔法学院の学院長室。 学院長たるオールド・オスマンは、ヒゲをいじりながらボヤき声を上げていた。 「……トリステインも何だか、せっぱ詰まってきたのう」 「グチを言ったところでどうにかなるものでもないでしょうに」 「いいんじゃよ、言うだけタダなんじゃし」 ボヤきを秘書のミス・ロングビルにたしなめられつつ、しかし態度を改めようとしないオスマン。 つい二日前、アルビオンへの侵攻作戦が魔法学院に正式に発布され、それと同時に王軍は学生仕官の志願を募った。 当然と言えば当然だが、それを受けて学院の男子生徒たちや男性教師たちは我先にと志願。昨日から即席の士官教育を二ヶ月ほど受けることになっている。 おかげで魔法学院の人口は半分ほどにまで減少し、いつもなら賑わっているはずのこのトリステイン魔法学院もすっかりガランとしていたのだが……。 そんな閑散としていた魔法学院に昨晩、王政府から『残った女子生徒たちにも軍事教練を施す』という連絡が舞い込んできた。 そして先ほど、その教練のために銃士隊の隊長であるアニエス・シュヴァリエ・ド・ミランが現れ、『これから軍事教練を行います』とかなり一方的に告げてきた。 「……ミス・ロングビル」 「何でしょうか」 「忌憚なき意見を聞かせてもらいたいんじゃが……この軍事教練について、君はどう思うかね?」 オスマンはカリカリと書類に向かってペンを走らせるミス・ロングビルに、いつになく真剣な目で問いかける。 「どう、と言いますと?」 「そのまんまの意味じゃよ。第一印象ってヤツじゃな」 「―――率直な所を言ってもよろしいのでしょうか?」 「構わん、構わん。誰かに聞かれても困ることはありゃあせん」 「……………」 ミス・ロングビルはペンを止めて少し考え込むが、やがて本当に『率直な第一印象』を口にした。 「『気休めにもならない』、ですかね」 「……キッパリ言うのう」 「『言え』、と言ったのは学院長ですわ」 だが、オスマンもミス・ロングビルのそのセリフを否定はしない。 トリステイン……いやアンリエッタの王政府は、割と早くから国中の貴族をこの戦に投入する構えを見せていた。女子生徒まで予備士官として確保しておき、アルビオンで実際に戦っている戦力が消耗した場合には彼女たちを向かわせるつもりらしい。 オスマンは、そんな王政府の姿勢に疑問を感じる一人であった。 百歩譲って男子学生ならともかく、女子生徒まで戦に巻き込もうとすることを良しとしなかったのである。 無論、男子生徒の徴用も含めて反対意見は出したのだが『勉学は戦争が終わってからだ』と王政府に言い切られてしまってはどうにもならない。 よって、ささやかな嫌がらせ……もとい、抵抗の意志を示すため、男子生徒たちの士官教育が終わる二ヵ月後に予定されている王軍見送りの式に出席せず、また女子生徒たちにも出席を禁じさせる旨を伝えたら……。 「それが余計に向こうを刺激しちゃった、ってことじゃな」 はあ、と溜息をつくオスマン。 ミス・ロングビルはそんな老人に頓着せず、ただ黙々と書類を片付けている。 「……なあ、ミス・ロングビルや」 「何でしょうか」 「こんな風に可哀想な老人がこれ見よがしに溜息をつき、若者たちの未来を憂いていると言うのに、慰めの言葉の一つもない……というのは少し酷くはないかね?」 「……………」 物凄く嫌そうな顔で、本人曰く『可哀想な老人』を見るミス・ロングビル。 その『可哀想な老人』は、何かを期待するような瞳で自分を見つめている。 「はぁ……」 仕方がないのでミス・ロングビルは再び仕事の手を止めて、その慰めの言葉とやらを言ってやることにした。 「げんきだしてくださいよ、そのうちきっといいことありますって」 「何、その適当なセリフ!? しかも棒読み!!」 「……下らないこと言ってる暇があったら、夏期休暇中に溜まっていた仕事を片付けてください」 ピシャリと言い放ち、仕事に戻るミス・ロングビル。 夏期休暇の間、彼女は実家(厳密に言うと『実家』ではないが)に帰省していた。 そして当たり前だが、夏期休暇中であろうがなかろうが、秘書がいようがいなかろうが書類やら何やらの処理は発生する。 ……だと言うのに、オールド・オスマンはその色々な仕事をほとんど手付かずのまま放置していたのである。 「って言うか、何で仕事してないんですか!? 時間はたっぷりあったでしょう、それこそ二ヶ月も!」 「だ、だって……生徒たちは休みで実家に帰ったりして夏を満喫しとるのに、魔法学院で一番偉い私が仕事に忙殺されるなんて、理不尽だとは思わんかね?」 「つまりずっと遊んでたんですか、あなた!?」 「『遊んでた』とは失敬な! この夏という一瞬の輝きを逃さないために、日々酒場やカジノに繰り出したりして最大限の努力を行っていただけじゃあ!!」 「それを遊んでたって言うんだよ、このボケジジイ!!」 思わず口調を巣に戻してオスマンをなじるミス・ロングビル。 その秘書の剣幕に押されてか、学院長はシュンと小さくなってうなだれてしまった。 「くすん……。最近キツいのう、ミス・ロングビル」 「キツくなるようなことを言ってるのはそっちでしょう。それと変な泣き真似なんかしないでください、気色悪いですから」 「ひどっ」 しかし、かく言うミス・ロングビルもまた夏期休暇で帰省していた際には、妹代わりの少女や居候の男などと割と楽しく過ごしていのだが……。 (それにしてもシュウの奴、『アインストの研究はほぼ終わりましたが、アレよりも厄介で興味深い研究対象を見つけました』とか言ってたけど、一体何なんだろうねぇ……) シュウが『厄介』と言うくらいなのだから、きっと物凄いモノなのだろうが……まあ、あの男の得体が知れなくて何を考えているのか分からないのは、いつものことだ。 (それに『厄介』だって言うんなら、私にとってはティファニアの誤解を解く方が厄介だったし……) いやもう、アレには本当に苦労した。 自分が何を言っても『いいの、わたしに気を使わなくっても……』とか『そうよね、シュウさんもわたしなんかよりマチルダ姉さんの方が……』とか言うばかりで、誤解を解くと言うよりはもはや説得に近かったほどだ。 何せ、どうにかティファニアを納得させるまでに一週間もかかったのである。 「ふぅ……」 まあ、過去のことはともかくとして。 「明日にはアカデミーから臨時教師の方も来られるんですから、その時はキチンとしてもらいますよ」 「えー」 「『えー』じゃありませんっ!」 何でこんなのが魔法学院の学院長になれたのかねぇ……などと思いつつ、ミス・ロングビルはその学院長のサインを残すのみとなった書類を次々とオスマンへ回していく。 アウストリの広場。 いつもならば男子女子ひっくるめた学院生徒たちの声で賑わっているこの広場も、男子生徒たちの全員が軍へと志願してからはガランとしてしまっている……はずであったのだが。 「えいっ、やあっ!」 「とぉ~!」 「たぁぁ~~っ」 「きゃあっ!」 授業中のこの時間、アウストリの広場は女子生徒たちのきゃあきゃあ騒ぐ声で賑わっていた。 彼女たちは例外なく『布で包んだワタを先端にくくりつけた木の棒』を手に持っており、その棒を女子生徒同士でカコカコと突き合わせている。 「痛っ! もう、そんなに強くしないでよ!」 「ご、ごめん~」 ……どうやら槍の訓練をしているらしいのだが、どうにも緊張感がないというか真剣味が足りなかった。 まあ、無理もない。 現在トリステイン各地の練兵場にいる男子生徒たちならともかく、この彼女たちは基本的には『貴族のご令嬢』であって、このような荒事には無縁の生活を送ってきた者がほとんどなのである。 では何故、そんな女子生徒たちがこのような訓練をしているのかと言うと。 「―――お前たち、もっと真剣にやれ! いっそのこと、目の前の相手を殺すつもりでやっても構わんぞ!!」 突然この魔法学院にやって来た『女王陛下の銃士隊』である所の女性たち……特にその隊長のアニエスという女が先頭に立ち、女子生徒たちに軍事教練を施しているからである。 名目としては『杖が使えない場合でも最低限、自分の身を守るための訓練』なのだそうだ。 (その発想は間違っていないと思うが……) そんな女子生徒たちをボンヤリと眺めながら、ユーゼスは一人やることもないのでこの軍事教練について考えていた。 (……しかし、これでは『軍事教練』と言うよりも『護身術の稽古』だな) まあ本格的に軍事教練などをやろうとしたら、それこそ男子生徒たちと同じように専用の施設と人材とそれなりの期間を用意しなければなるまい。 だが、今のトリステインにそんな余裕がある訳もなく。 かと言ってイザと言う時のための『頭数』(ユーゼスはあえて『戦力』という言葉は使わなかった)は確保しておきたいので、取りあえずの『軍事教練』を行っている……と、こんな所だろう。 (……ふむ) 一応の可能性として、『この少女たちが実際に戦場に行った場合』を想定してみる。 戦力がかなり消耗してから投入されるだろうことはユーゼスにも予想が出来るが、そんな『かなり消耗した戦局』で『にわか仕込みにもなっていない少女たち』を放り込んだら、果たしてどうなるか。 (…………良くて囮、普通に考えて防壁代わり、最悪の場合は特攻要員だろうか?) 中々に暗澹とした未来予想図であるが、100%否定することも出来ない。 ……加えて言うなら、この軍事教練はアンリエッタ女王陛下の名において命じられたものであるため、教練を施す方にも施される方にも拒否権は無い。 (それがハルケギニアにおける必然であるならば、仕方がないな……) ちなみに彼の主人である桃髪の少女も当然ながらこの軍事教練に参加しているのだが、この軍事教練についての彼女の意見は、 「『魔法学院の生徒として』なら受けるわ」 だそうだ。 ルイズとしてもこの軍事教練について思う所はあるようなのだが、今の所は『一人のトリステイン貴族』としての立場でいることにしたらしい。 (とは言え、それも今後の展開次第だろうが……) ユーゼスがその気になれば今後の戦局の詳細かつ正確な予測どころか、この戦争の展開そのものを自在に操ること、本格的な戦争状態に突入する前のこの状態で両国の問題を解決することすら可能である。 ……だが、彼はそれをすることを良しとしない。 そのような絶対者の存在は、必ず世界に何らかの歪みを生じさせるということを身に染みて理解しているからだ。 地球の環境再生のために作り出されたアルティメットガンダム、正義のために作られたはずの人造人間たち、そして宇宙の守護神と呼ばれていたウルトラマンですらそうだったのだから。 ……もっともアルティメットガンダムに関して言うのであれば、自分の思惑もそれなりに入っているが。 ともかくそんな無用の混乱を避けるため、ユーゼスは御主人様たちがせっせと訓練に励んでいる光景を眺めつつ、こうして広場の隅に腰掛け、読みかけの本を手に取るのである。 「………」 一応ラ・ヴァリエールの領地を発つ時にカリーヌから『身体をなまらせないためにも、毎日最低限の訓練を欠かさないように』と言われていたが、『自分の現状の維持』など因果律のほんの少し操作で事足りる。 「……そう言えば」 今日はラーグの曜日である。 これもまたラ・ヴァリエールの領地を発つ前あたりにカトレアと話して決めたことなのだが、週に二度、虚無の曜日とラーグの曜日にはカトレアの診察のためにラ・フォンティーヌの領地に向かうことになっていた。 しかも、何故かエレオノールやルイズには秘密で。 「必然的に移動にはジェットビートルを使わなければならんのだが……まあ、御主人様には『一人で空の散歩がしたい』とでも言っておくことにするか」 なお、例によって例のごとく『断わる理由が特にない』といういつもの理由でもって、ユーゼスはカトレアの頼みをほぼ全面的に承諾している。 取りあえず彼女たちの訓練が終わって一段落したら、御主人様に許可を貰おうか……などとユーゼスが考えていると。 「おい、そこのお前!」 「?」 いきなり誰かに声をかけられた。 声の方に顔を向けてみれば、そこには金髪を短くカットし、鎖かたびらや簡易的な鎧を着込んだ女性の姿。 アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン。 何でも先のタルブ戦で貴族にもひけを取らない戦果を上げ、平民でありながら『シュヴァリエ』の称号を授与、更にはつい最近発足した女王直属の『銃士隊』とやらの隊長に任命された、という女傑である。 また外見から分かるように相当に気が強く、授業の真っ最中だというのにヅカヅカと教室の中に入ってきて問答無用で授業を中止させ、半ば強制的に現在行っている『軍事教練』へと移行させたほどだ。 ……授業を行っていたコルベールは落ち込んでいた様子だったが、まあそれはどうでもいい。 しかし学院の男手は教師も含めてほぼ全員が王軍に志願したと言うのに、なぜあの男だけは学院に残っていたのだろうか。 本人は『戦が恐い』と言っていたが……。 (…………それこそどうでもいいか) あの男の研究内容はユーゼスにとっては唾棄すべき物だが、その人間性まで否定が出来るほど彼のことを知っているわけではない。 今は目の前のアニエスである。 「……私がどうかしましたか、ミス・ミラン」 ユーゼスは立ち上がってアニエスに返答した。 なお、元々は平民とは言え彼女は初対面の貴族なので敬語を使っている。 対するアニエスはやや不機嫌そうな様子で、そんなユーゼスに質問をぶつけてきた。 「あの場にいる女子生徒の誰かの従者か何かだと見受けるが、主人が軍事教練を行っている最中だというのに、お前は何もしないのか?」 「……………」 何かと思えば、そんなことか。 「私の専門は戦闘ではなく研究や分析ですので」 一部の隙もない完璧な返答(だと言った本人は思っている)を行うユーゼス。 ……人間には適材適所、というものがある。 メイジにはメイジの、兵士には兵士の、そして研究者には研究者の役割があるのだ。 そして研究者の役割とは、連日に渡ってスクウェアクラスの風メイジに拷問じみた訓練を受けることなどでは断じてないはずなのである。 と、言うか。 (学院では牧歌的な生活を送りたいのだが……) しかし、どうもアニエスはユーゼスの言葉に納得がいかないらしい。 「今は戦時だぞ。専門であろうがなかろうが、イザという時のための備えはするべきだ。……それに本当に敵が攻めて来れば、お前とて戦うのだろう?」 「……戦いの専門家であるあなた方には遠く及ばないと思いますが」 「フン」 そしてユーゼスのことをジロジロと見つめた後、部下の銃士隊隊員に命じて木剣を二本持って来させる。 「……ミス・ミラン、何を?」 「おおよその察しは付いているのではないか、研究者殿?」 嫌な予感がしたユーゼスはアニエスのその行為の意図を問い質そうとするが、時すでに遅し。 アニエスはユーゼスに向かって木剣を一本放ると、もう一本の木剣をおもむろに構えた。 そして。 「貴族のお嬢さん方の相手ばかりしていても退屈だからな。暇潰しに貴様を鍛えてやる。喜べ」 「……少し待っていただきたいのですが」 一応の抗議を試みるユーゼスだったが、アニエスは『聞く耳持たぬ』と言わんばかりに木剣の切っ先をユーゼスの頭部に向けて振るう。 「!」 ユーゼスはそれを咄嗟にギリギリで回避し、しかしそのせいで体勢を崩して地面をゴロゴロと転がった。 「ほう、かわしたか。……避け方はてんでなっていないが、どうやらある程度の基本は出来ているようだな」 それはそうだ。 二ヶ月間も毎日実戦形式で戦闘訓練をやらされていれば、どんなに才能がない人間でも嫌でも戦い方の基本くらいは身に付いてしまうものである。 「単なる青びょうたんかと思ったら、意外と骨がありそうだ。……だが基本だけでは敵に勝てん。そこからいかにして『自分の戦い方』を模索するのかが重要になってくるのだが……まあいい、それをこれからみっちりと教えてやる」 「いえ、遠慮して……」 訓練終了時にカリーヌから言われたこととほとんど同じことをアニエスから言われたので、ユーゼスの感じていた嫌な予感が十倍くらいに膨れ上がった。 なので、アニエスの申し出を丁重に断ろうとしたのだが。 「遠慮することはない。……お前は鍛えられて実力が上がる、お前の主人は従者の実力が上がるので安全性が高まる、私は暇潰しが出来る。そら、一石三鳥ではないか」 ニヤリと笑うアニエス。 何だか押し切られそうな感じになってしまっている。 (……ハルケギニアに召喚されてから、やたらとこの手の女に縁があるな……) もしや、そのような因果律か何かでも働いているのでは―――などと考えるが、そんな妙な因果律があるとも思えないのですぐに思考を打ち切る。 「さて、話はここまでだ!」 そしてその途端、互いの会話もここで打ち切りとばかりにアニエスが木剣を構えてこちらに突きを叩き込んできた。 「っ!」 カリーヌとの訓練の賜物か、ユーゼスは反射的にその切っ先を自分の木剣で払い、すかさずアニエスと距離を取った。 (本格的な対人戦の訓練は、それほどやっていないのだが……) 二ヶ月の間に魔法の刃である『ブレイド』を使ったカリーヌに一方的に斬りかかられたり突き込まれたりされた経験は多少あるが、それにしても『対メイジ戦』である。 直接戦闘と言えばギーシュのワルキューレとの戦いは単調な動きの隙を突けば何とかなったが、今の相手は本格的な『剣士』だ。参考にはなるまい。 それに何より、木剣ではガンダールヴのルーンが発動してくれない。 これは大問題だった。 カリーヌに受けた訓練も、オリハルコニウムの剣やデルフリンガーがあり、かつルーンの身体強化の効力があったからこそギリギリで乗り切れたのである。 訓練によって多少体力や腕力、そして技術が身に付いたとは言え、ハッキリ言ってガンダールヴのルーンなしのユーゼスの身体能力は『平均的な平民』とほぼ同じと言っていい。 (取りあえず、防戦に徹するか) シャイニングガンダムに乗っていた頃のドモン・カッシュでもあるまいし、真正面からやたらめったら突っ込んでいく、というスタイルはユーゼスの望むところではない。 それに攻撃の際に出来た隙を突かれて、逆に反撃もされたくもない。 何より初見の相手である。迂闊に仕掛けるわけには行くまい。 (しかし、なぜ公爵夫人から解放されたと思った途端、魔法学院でまで訓練を受けければならないのだろう……) 別に強くなって困るという訳ではないのだが、自分の本来の担当は肉体労働ではなくて頭脳労働なのだ。 いわゆる『畑違い』というやつである。 それにそろそろ魔法学院の自分の研究室で本格的に『虚無』の研究を始めようかと思っていたのに、初手からつまずくことになってしまった。 (とんだ計算違いだな) 辟易しつつ、アニエスの攻撃をどうにかこうにか捌いていくユーゼス。 まあとにかく軍事教練の時間が終わるまでしのいでいれば、この自分に対する訓練も終わるだろう。 ということで、ユーゼスはアニエスの攻撃に対して回避と防御のみに専念するのであった。 なお、余談ではあるが。 この後、ユーゼスは『お前は避けることと受けることしか知らんのか』とアニエスに怒鳴られ、その直後に烈火の如き連撃でその防御を打ち破られ、全身を木剣でしたたかに打たれることになる。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7550.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「ルイズ……。ちょっと、ルイズ!」 「……んんぅ……ん……?」 ゆさゆさゆさ、と誰かに身体を揺さぶられてルイズは目を覚ました。 「ぅ……、……ぇぁ……」 ―――眠い。 寝たい。 惰眠を貪っていたい。 しかし、起こされてしまったからには起きなければならない。 「………………えぇ、と?」 ぼんやりとした思考と視界で現状を把握しようとする。 取りあえず部屋の中は真っ暗。 現在時刻は四時ちょっと過ぎ。 いくら今が冬で日が落ちるのが早いとは言え、四時ちょっと過ぎでここまで暗いことはありえない。つまり今は午前四時過ぎということか。 一瞬午後の四時かと思って焦りかけてしまったが、どうやら杞憂だったようだ。 安心、安心。 「じゃあ、おやすみなさい……」 ほっとしたルイズは再びベッドの中に潜り込む。 次の瞬間、 「って、せっかく起こしたのにまた寝てんじゃないわよ!!」 「ひゃぅうっ!?」 何故か響いてきたキュルケの声と共に、その身体にかぶさっていた布団や毛布がガバッと取り去られた。 「さ、さむっ、さむさむさむさむいいぃぃいいっ!!」 今は暮れも押しせまって雪もチラつき始めたフレイヤの月である。 簡単に言えば本格的な冬に入り始めた頃だ。 そんな季節の午前四時ごろ、暖房も入っていない部屋の中で、就寝中にいきなり毛布と布団が消失してしまえば寒いに決まっていた。 「キュ、キュキュキュルキュルルルケケケ、い、い、い、いきなななりっ、なにっ、すんのよよよょよ!!?」 寒さでガタガタと激しく震えながら、ルイズは自分からぬくもりを奪い去った赤い髪の女に抗議する。 一方のキュルケはそんな桃髪の少女に呆れつつ、少々緊迫した面持ちで話を始めた。 「……どうも様子がおかしいの。一番初めに気付いたのはタバサなんだけど、それに合わせてフレイムも何かに警戒してるみたいだし……」 「タバサと、アンタの使い魔が?」 いきさつはよく知らないが仮にもシュヴァリエの称号を持つメイジと、火竜山脈生まれの高ランクの幻獣。 前者は積み重ねた戦闘経験から、後者は純粋に野生の力によっていわゆる『勘』が発達している。 それらが揃って『様子がおかしい』とは……。 「……何かが起こったってこと?」 「もしくは今まさに何かが起こってる最中かもしれないわね。……とにかく早く着替えなさい。一度引いて様子を見るわよ」 「分かったわ」 軽く頭を振って目を覚ましたルイズは素早く服を着込む。 そして着終わった直後、ドアの外からタバサが無表情で部屋へと入り込んできた。 タバサは無言でルイズとキュルケの元へと歩くと、ルイズに向かってポツリと呟く。 「あなたの使い魔がいない」 「え? ……隣の研究室にいるんじゃないの?」 「いなかった」 「………」 思いがけない言葉にきょとんとするルイズ。 (……どういうこと?) ユーゼスが週に二度、規則正しく虚無の曜日とラーグの曜日にジェットビートルでどこかに出かけていることは知っている。 どこに出かけているのかは知らないが、それでもその日の内にちゃんと戻って来るのでまあいいか、などと思っていたが……まさか戻って来ていないとは。 「はぁ……監督不行き届きね、ルイズ。こういう時こそユーゼスの出番だっていうのに」 「……っ」 返す言葉もない。 エレオノールと何かの話をしていようが、アニエスに鍛えられていようが、ユーゼスはあくまでルイズの使い魔なのだ。 その『自分の使い魔』が、『完全に自分の知らない行動を取っている』という事実。 これを認識してしまい、ルイズは軽く打ちのめされつつあった。 だがルイズが本格的に落ち込むよりも早く、下の階から女子寮の扉が派手に破られる音と、何者かが無遠慮に侵入してくる音が響いてきた。 「!」 「……一旦引く」 「賛成」 顔を見合わせて一時撤退を決める少女たち。 いくら何でも、ここまで不透明な状況で『じっと黙って様子を窺う』という行動を選択するような真似はしない。 三人はルイズの部屋の窓からそれぞれ魔法を使って飛び降り(ルイズは風メイジであるタバサに抱えられながらだったが)、茂みに姿を隠すことにした。 「…………ユーゼス」 その途中、ルイズは他の二人には聞こえないほどの小声で使い魔の名を呼ぶ。 ―――誰も応えることのないその呼びかけは、夜明け前の暗闇に消えていった。 「あっけないな」 アルビオン皇帝クロムウェルの『トリステイン魔法学院の生徒たちを人質にせよ』という命を受け、部下を率いて魔法学院を襲撃したメンヌヴィルは、そう感想を抱く。 敵の警戒網をくぐり抜け、魔法学院まで辿り着き、見張りに立っていた二人の女兵士を殺して、学院の各塔を制圧し、続いて人質を食堂と思しき場所に集める。 ここに至るまで、スムーズ過ぎるほどにスムーズな進行だ。 学院生徒たちは拍子抜けするくらいに抵抗せず、怯えた様子でアッサリとこちらの指示に従い、杖を取り上げる時もビクビクと怯えながら……と、実に従順なものだった。 遮二無二にでも攻撃してくれれば少しは楽しめただろうに、何となく肩透かしを食らった気分だ。 (一人か二人くらいなら焼くことが出来るかと思ったんだが……まあ、いいか) 自分はあくまで金で雇われた傭兵である。 個人的な享楽よりは、取りあえず仕事を優先させねばならない立場にあるのだ。 そう、『取りあえず』は。 「さて」 生徒だけでなく教師たちも食堂に集められ、メンヌヴィルはあらためて捕虜となった面々を確認する。 寝巻きのままの学院の女子生徒が90人ほど、これまた女ばかりの教師たち、そして学院長のオールド・オスマン。 これだけの貴族に危害が及ぶとなれば、確かに国も動きかねない。 メンヌヴィルは部下に命じて全員の手をロープで後ろ手に縛ってから、怯える女生徒たちに向かって優しい声で語りかけた。 「なぁに。むやみに立ち上がったり、騒いだり、我らが困るようなことをしなければ、お命を奪うことはありません。ご安心めされい」 (そんな言葉でご安心出来るようなヤツはいないってんだよ、まったく……) ミス・ロングビルこと本名マチルダ・オブ・サウスゴータは寝巻き姿で後ろ手に縛られながら、内心で呟きつつ溜息を吐く。 実は彼女は、いち早くこの襲撃者の存在に気付いていた。 『とある事情』から、彼女は自分に対して迫る追っ手などの類には敏感なのである。 そして彼女が本気を出せば、このリーダー格の男はともかくとして、自分が寝泊りしている本塔を襲撃した者たちを倒すことくらいは出来たかも知れない。 しかし。 (そんなことしたら、また話がややこしくなりかねないからねぇ……) 自分はあくまで『元貴族の学院長秘書』なのだ。 決して荒事は得意ではない。 ……ということになっている。 ただでさえ自分は過去に『土くれ』のフーケなのではないかという疑惑を(軽くではあるが)かけられていたのだ。 せっかく定職に就いて収入も安定してきたと言うのに、また疑惑が再燃、いやそうでなくとも『経歴詐称だ』とか言われて職を失ってはたまらない。 要するにマチルダは『将来的な安定』と『今この場の身の安全』を天秤にかけて前者を取ったのである。 (ま、イザとなったら私だけでも逃げさせてもらうけど……) 左肩のあたりにくくり付けて仕込んでおいたタクト状の杖を確認する。 いよいよとなったら口でコレを咥えるなり何なりしてこの杖を取り出し、この場を切り抜ける算段だ。 そんな状態で詠唱が出来るかどうかは少し怪しいが、まあ自分が得意な『錬金』の魔法は詠唱も短いし、どうにかなる……と思いたい。 マチルダがそんなことを考えていると、女子生徒の誰かがうめくようにして泣き始めた。 「ぅぅ……うっ、……ぐすっ、ひっく……っ」 「―――静かにしなさい」 鬱陶しそうに言うメンヌヴィル。 しかし女子生徒は泣き止まず、むしろ泣き声を大きくする。 「ひくっ……うっ、く……ぅえ、っあ、ぅぁあああんっ」 「……………」 メンヌヴィルは無言でその女子生徒の近くへ歩いていくと、その手に持っている金属製の杖で女生徒のアゴを持ち上げ、強引に自分の方を向かせた。 「ひっ!?」 「消し炭になりたいか?」 「……!!」 泣きはらした顔のままでブンブンブン、と首を横に振る女子生徒。 そして次の瞬間、彼女は無理矢理に泣き声を押し込んだ。 このようなタイプの人間や状況とはほとんど無縁の人生を送ってきたであろう彼女でも、その言葉が単に自分を黙らせるための方便ではないことを感じ取ったのだろう。 そのような様子を見かねたのか、オールド・オスマンが傭兵たちに話しかけた。 「あー、君たち」 「何だね?」 「女性に乱暴するのは、よしてくれんかね。察するに君たちはアルビオンの手の者で、人質が欲しいのじゃろう? 我々を何らかの交渉のカードにするつもりなのじゃろう?」 「ほう、どうして分かる」 なるべく刺激しないようにしているのか、平静な口調で話すオスマン。 「長く生きていれば、そいつがどんな人間で、どこから来て、何を欲しがっているのか分かるようになるものじゃ。……とにかく贅沢はいかん。この老いぼれだけで我慢しなさい」 傭兵たちはその言葉を聞いてゲラゲラと笑い声を上げた。 「……おいジジイ、自分の価値を分かってんのか? お前一人だけのために国の大事を曲げるなんてヤツはいねえだろうが。その古ぼけた頭で考えろ」 「……………」 首をすくめてまた黙るオスマン。 確かに魔法学院の学院長ともなれば要職であるし、ある意味で国の重鎮と言えなくもないが、貴族の息女90人に教師を含めた数の貴族とではつり合いは取れまい。 それだけの『量』と一人で、あるいはごく少数でつり合いの取れる価値を持った人間など、もう王族でもおいそれと手を出せないほどの身分の人間になってしまう。 そんな大貴族はそうそういまい。 ―――と、マチルダが考えた直後。 「げっ……」 マチルダのちょうど隣で縛られていた『トリステインでも三本の指に入る名門貴族』で、かつ『この家の動向次第で下手をすると国の動向も決まりかねないほどの影響力を持った家』の長女が、今まさに勢い勇んで立ち上がらんとしている光景が目に飛び込んできた。 (ああもう、何しようとしてるんだい……!) マチルダは慌てた。 このやたらと気位の高い女が次の瞬間に取るであろう行動は、容易に予測が出来る。 ……冗談じゃない。 先程の女子生徒を黙らせたやり取りを見るに、あの男の沸点はかなり低そうである。 こういう相手はうかつに手を出したり話しかけたりしないで、取りあえずやり過ごすべきなのだ。 と言うか、『自分のすぐ隣』という彼女の位置も不味い。 正直な話、この女が犯されようが売られようが殺されようが自分には直接は関係ないが、下手をすると自分にそのとばっちりが飛んできかねない。 火薬庫にたいまつを持って近付こうとしているようなものだ。 そして一歩でも間違えば大爆発の大惨事となり、自分はその爆発に巻き込まれてしまう可能性が割と高い。 よって、マチルダはその彼女を止めるべく小声で話しかけた。 「ミス・ヴァリエールっ。ここは大人しくしててくださいっ」 「……止めないでください、ミス・ロングビル。ラ・ヴァリエール公爵家の名前を出せば、もしかしたら人質は私一人で済むかも……」 気丈に言うエレオノールだったが、その決意の言葉の端々には恐怖が見え隠れしている。 (…………危なっかしすぎて、とても出せたもんじゃないね) エレオノールが魔法学院に派遣されてから二ヶ月。 その間、学院長秘書という立場からマチルダは彼女と何度か話をする機会があり、それを通じてエレオノールがどのような人間なのかも『表面的に』ではあるが分かっていた。 やたらとプライドが高くて、頭に血が上りやすく、良くも悪くも自分の意見を曲げたりしない。 ―――以上のことから考えるにエレオノールの『交渉役としての適性』はかなり低く、また変な話だが『人質として適している』とも思えなかった。 こんな我の強い女が、あんな何をするのか分からない男と衝突でもしたらどうなることか。 勢いあまって10人くらい殺してしまった、なんてことも考えられなくはない。 そしてその10人の中に自分が含まれない保証など、どこにもありはしないのだ。 「不用意に刺激したりすれば、生徒たちに危害が及ぶかもしれません。今のところ私たちに危害を加える気もないようですし、ここはじっとしてるのが得策です」 マチルダは取りあえず『自分の身の安全』を『自分“たち”の身の安全』に置き換えてエレオノールを引き止める。 しかしエレオノールはまだ納得しなかった。 「っ……、で、でも、何もしていなかったら、それこそどんな扱いをされるか……」 「……仮に公爵家だと名乗り出たって、それで素直に私たちを解放してくれるとは思えません。むしろ『人質の中にはこんな重要人物がいる』ってカードの一つにしかされませんよ、きっと」 「う……」 「それに……もし名乗り出た結果、あなたが殺されるようなことになったら、色々な意味で問題が起きてしまいます。単にあなたが死ぬだけではなく」 「ううぅ……」 「第一、向こうがその申し出を受けたとしても、根本的な解決になってないじゃないですか」 「……………」 マチルダの言葉を聞いて消沈するエレオノール。 行動を起こそうとした途端に立て続けて否定的な材料を並べられては、その意志をくじかれてしまうのも無理はない。 しかも今はかなり切羽詰まったシチュエーションにあるので、色々な意味で思考が短絡的になってもいた。 「……じっとしてるしかないのかしら」 「少なくとも今はそうです」 こういう時に下手に最善の方法を取ろうとするとかえって失敗することが多く、むしろある程度妥協した方が良い結果を残したりする。 マチルダは魔法学院に就職する以前の経験から、それを学んでいた。 (……さて、いずれにせよ状況が動くまではこのままか……) 持久戦になるかねぇ、などと考えつつ周囲を見回すマチルダ。 他の女子生徒や教師たちはほぼ全員が不安そうに周囲を見回したり俯いたりしており、オスマンは拘束されながらも先頭に立って傭兵たちの相手をしていた。 「ジジイ、これで学院の連中は全部か?」 「そうじゃ。これで全部じゃ」 (取りあえず向こうの相手はあの爺さんで大丈夫だとしても、だ……) ここから状況がどう動くかによって、自分の動き方もかなり変わってくる。 まずはその『状況が動く時』を見極めなければならない。 (ふぅむ) あわよくば事前に縄抜けでも出来ないものか、とマチルダは手首に巻かれたロープと格闘を始めた。 その時。 ゴォオオ…………ンン 「……何の音だ?」 炎が燃え上がるのに似たような音……聞く者が聞けばプラーナコンバーターの駆動音と理解出来る音と、何か大きな物が地面に着陸する音とが響いてきた。 当然、学院の部外者であるメンヌヴィルら襲撃部隊はその音に心当たりなどない。 傭兵の中の一人が疑問を解消するべくオスマンに詰め寄る。 「おい老いぼれ、この音は何だ?」 「さて? 私もそれなりに長いこと生きてはいるが、この世にあるものを何でもかんでも知っておるという訳ではないのでのう」 チッ、と舌打ちする傭兵。 取りあえずは様子を見に行った方がいいのではないか……と傭兵たちが話し合いを始める。 すると、今度は食堂の外から女の声が聞こえてきた。 「―――食堂にこもった連中! 聞け! 我々は女王陛下の銃士隊だ!!」 顔を見合わせるメンヌヴィルら傭兵部隊。 「……どうやらセレスタンたちはやられたようだな」 セレスタン、というのは同じ傭兵部隊の仲間のことなのだろう。 しかし『仲間がやられた』という事実を間接的に突きつけられたと言うのに、メンヌヴィルたちには全く動揺した素振りがない。 先程オスマンと話していた傭兵が再び老人へと詰め寄った。 「ジジイ、『これで全部』じゃねえじゃねえか』 「銃士は数には入れとらん」 魔法学院学院長は、強い睨みの視線を飄々と受け流す。 一方、メンヌヴィルはニヤリと笑みを浮かべて部下たちに指示を飛ばした。 「ジャン、ルードヴィヒ。裏口から出てさっきの音の出所を調べて来い。表にいる銃士隊とやらに気付かれんようにな。俺はこれから『交渉』を行う」 命令を受けた二人のメイジが言われた通りに裏から出て行き、メンヌヴィルは入り口へと歩いていく。 (……色々といきなりだねぇ、まったく) そんな目まぐるしい様子を黙って見ていたマチルダは、流動的すぎる状況に辟易し始めていた。 彼女の予想では、状況が動くにしてももう少し穏やかと言うか、ゆっくりとしたものであったのだが……。 (おや?) と、ここでかつて自分と同行して『土くれ』のフーケを討伐に向かったメンバーが、揃ってこの場にいないことに気付く。 (とは言え、今回はあの時とは状況が違いすぎるし……) 毎回そうそう都合よく事が運ぶとは思えない。 しかし『もしかしたら』という、ある種の期待感のようなものはある。 (一体どうなるのかねぇ) いずれにせよ自分にだけは被害が及ばぬよう、信じてもいない始祖ブリミルにそっと祈りを捧げるマチルダ・オブ・サウスゴータであった。 真夜中の空気の中、ちょうど一リーグほど離れた地点にあるシティオブサウスゴータを見つめながら(と言っても暗闇でほとんど見えないが)ギーシュは緊張に震えていた。 今、自分がいるのは突撃開始点であり、後ろを振り向けば総勢150人にものぼる兵たちが『自分の号令』を待っている。 ……泣いても笑っても喚いても、間もなく侵攻が開始される。 ギーシュはド・ヴィヌイーユ独立大隊の第二中隊を率いる中隊長として、その先頭に立っているのだ。 だが。 「中隊長殿」 「な、なな、何だっ?」 彼はすぐ近くに控えている副官のニコラの呼びかけに答えるだけでも、もはやいっぱいいっぱいの状態だった。 身体と声の両方を小刻みに震わせて、ギーシュは軍曹と会話を行う。 「杖を落っことしてますぜ」 「え? あ、ああ、杖ね。……って、杖? ……杖!?」 言われて汗まみれの手の中を見てみれば、確かにバラを模した自分の杖がない。 胸やズボンのポケットの中を探ってみても、ない。 そして足下に視線を向けて、ようやくバラを模した自分の魔法の杖を発見した。 「わ、わわわっ!」 うろたえながら杖を拾い、胸ポケットにしまうギーシュ。 そしてゴホンとわざとらしく咳払いをして威厳を保とうとするが、もともとギーシュは『威厳』などというものは持ち合わせていないので保ちようがなかった。 「中隊長殿」 「な、何だ?」 「……大きなお世話かもしれませんが、小便を垂れといた方が良いですぜ」 「僕を馬鹿にするな、軍曹」 「おや」 ジロリとニコラを見て、ギーシュは言い放つ。 「もう済ませた」 「そりゃ結構で。……と言っても、そんなガチガチに緊張することはありませんや。敵の大砲は先立っての艦砲射撃でほとんど潰したって言うし、どういうわけだか向こうに配備されてるのは大部分が亜人の部隊だって話じゃないですか」 軽い調子で言うニコラだったが、ギーシュはとてもそう考えられなかった。 以前、宝探しに出かけた時にオーク鬼の群れと戦わされた記憶が頭をよぎる。 確か自分のワルキューレは、あの時メチャクチャに苦戦して……いやむしろほとんど負けていなかったか。 しかも今回はオーク鬼だけでなく、オグル鬼やトロル鬼までいるとか。 それらの亜人に共通していることと言えば……。 「あ、亜人は凶暴で、でっかくて……あと力が強くて、身体が固くて……」 「でも、くみしやすい相手ですよ」 サラリと言ってのける副官。 そんなニコラの姿を見て、ギーシュは何とも言えない頼もしさを感じた。 知識やアイディアを提供してくれるユーゼスとは、また違う頼もしさだ。 それに、この状況で他に頼れる人間もいない。 (よ、よし……) 現金なもので、頼りになる人間を見つけた途端に心も落ち着いてくる。 そして落ち着いてくると、疑問を抱く余裕が出てきた。 「でも……一体どこから攻め込めばいいんだ? このサウスゴータって街は周りを高い石壁で囲まれてるし、それに丘の上に建ってるから普通に行くにはやりにくいし」 そんなギーシュの問いに、ニコラは上空を指差して答える。 「今、『工事』をしてくれますよ」 「え?」 ニコラが指差した方を見てみると、暗闇で見えにくくはあるが上空に十数隻ほどの戦列艦で編成された艦隊が出現していた。 ボンヤリとその艦隊を眺めていると、 ドォォオンッ!! ドンッ!! ドォンッ!! ドドドォォオオンッッ!!! 戦列艦は一斉に砲撃を開始し、サウスゴータの城壁を破壊していった。 「うわ……」 思わず感嘆の声を上げるギーシュ。 無数の砲塔から煙が舞い、轟音が響くたびに城壁の内の何箇所かが崩されていき、それと呼応して周囲の兵士たちから歓声が上がった。 どうやらあれがニコラが言う所の『工事』とやららしい。 しかし、単純に城壁を壊しただけではガレキが生産されるだけでどうにもならないのだが……。 「ん? アレは……」 そう思っていると、自陣の中から巨大な土ゴーレムが集団で現れる。 見たところ、どれもこれも身長20メイルほどの大きさのようだ。 「……トライアングルクラスが作ったゴーレムだな」 以前に自分も参加させられた『土くれ』のフーケのゴーレム対策会議がギーシュの頭をよぎった。 確かフーケのゴーレムは30メイル程度だったはずだが、皆それよりも小さいのは単純にフーケの実力が飛び抜けているのか、それとも敢えて20メイルの大きさに統一しているのか。 (この場合は後者かな?) 大きさがバラバラなゴーレムが同じ集団で動いたとして、統制が取れるとも思えない。 自分のワルキューレだって手の平くらいの小さいサイズから3メイルほどの大きいサイズまで作れるが、集団で動かす時は全て同じサイズだ。 「ん?」 ギーシュが何となく得心していると、崩された城壁へと向かって歩いていく土ゴーレムの集団の中に見慣れた紋章が一つあることに気付いた。 「アレは……」 土ゴーレムは、それぞれ作成者の家の旗を背中に立てている。 ほとんどの旗は目立つようにラメなどを編みこんでいるため、暗闇の中でも識別が出来た。 そしてあの旗に描かれているバラと豹でデザインされた紋章は、まさしく自分の家の……グラモン家の紋章だ。 ということは、 「兄さん! 兄さんのゴーレムだ!!」 思わず叫びを上げるギーシュ。 他の家のゴーレムと一緒に侵攻していることから、おそらく王軍に所属している二番目の兄か三番目の兄のどちらかかと思われた。 やがて、敵も接近してくるゴーレムを迎撃すべく巨大な飛び道具(ニコラの解説によれば『巨大バリスタ』というらしい)を使い、前の方にいたゴーレムの内の何体かが打ち砕かれる。 しかしそれに対応するかのようにして連合軍から竜騎士が飛来し、その巨大バリスタへとブレスや魔法で攻撃を加えていった。 「に、兄さんの作ったゴーレムは……まだ無事か……」 戦いの規模が大きすぎて呆気に取られるばかりのギーシュだったが、兄のゴーレムが生き残ってることを確認してほっと胸を撫で下ろす。 と、そこで隣にいたニコラが興味深そうな顔で質問してきた。 「あのグラモン家のゴーレムにご執心のようですが……中隊長殿はグラモン家にゆかりがおありで?」 「末っ子だ」 「……ほう! ということは元帥のお坊ちゃんで!? こりゃおったまげた!」 その答えを聞き、ニコラは驚いた様子で中隊長の姿を見つめ直す。 「ですが……何でまたこんな場末の鉄砲大隊なんかに? 父上のお名前を借りれば、近衛の騎士隊だろうが、一流の連隊参謀部だろうが、お望みのままでしょうが!」 するとギーシュは、グラモン家の旗を背中にひるがえす兄のゴーレムを見ながらポツリと口にした。 「……父の名前を使ったら、僕の手柄にならんじゃないか」 ポカーンとするニコラ。 だが、やがてその言葉の意味を飲み込んだのか面白そうに笑って中隊長の肩を叩く。 「はははっ! 気に入りましたよ、坊ちゃん! こりゃあ手柄を立てんことには国には帰れませんなあ!」 「……………」 そうこうしている内に巨大バリスタは竜騎士隊によって沈黙し、生き残りのゴーレムたちはガレキだらけのサウスゴータの城壁にようやくたどり着いた。 そしてゴーレムたちは、せっせとそのガレキを取り除き始める。 「何をやってるんだ?」 「入口を作ってるんでさ」 「……『入口』って言うと……や、やっぱり、アレかな」 「そのアレってのがどれなのかはよく分かりませんが、少なくともあの入口は我々が突入するためのものだと思いますぜ」 「………………だよね」 ここに至って緊張がぶり返してきたのか、ギーシュはまた震えだす。 「震えてますぜ、中隊長殿」 「……む、武者震いと言いたいが……恐いだけだな。うん」 ニコラは頷いた。 「正直でいいですな。むやみに勇気を奮ったって手柄は立てられねえ。かと言って臆病もんでも困っちまう。……とにかく、任せておいてくだせえ」 「う、うむ」 言われた通りに任せておくことにしたギーシュ。 そこから先はニコラがテキパキと指揮をしていった。 まず150人の兵の内、100人の銃兵(ちなみに残りの50人は護衛の短槍隊である)に弾込めを指示する。 それからギーシュの魔法で火縄に火をつけてもらい、その火を銃兵たちに配る。 中隊員たちはあまりやる気が感じられず、動作もとても機敏とは言い難かったが、とにかく突撃前の準備は進んでいった。 そして……。 「中隊長殿、行きますぜ」 「……グ、グラモン中隊前進!」 震えながらもバラを模した杖を高く掲げて、ギーシュが号令をかける。 老兵を中心にして構成された中隊はのっそりと、しかしどの隊よりも先んじて動き出した。 ギーシュは自分の隊だけが突出していることに焦ったが、ニコラが言うには『自分たちの隊は年寄りばっかりなので、早めに出発しておかないと間に合わない』そうである。 実際、自分の号令に二十秒くらい遅れて他の隊も突撃の号令を出し、先頭を行くグラモン中隊を他の隊が追随するという形になっていた。 そしてそのままグラモン中隊は真っ先にシティオブサウスゴータの城壁に辿り着き……。 後から馬で駆けて来た数人の騎士たちに追い抜かれたのだった。 「ああっ、一番槍だったのに!」 何だかんだ言っても一番槍の栄誉が欲しかったギーシュは、横取りされてたまるかと慌てて城壁の中に飛び込もうとする。 「!」 「うわぁっ!?」 が、飛び込もうとした瞬間にニコラによって押さえつけられ、更にその直後、 「うっ……!」 「……………」 ぐしゃ、めしゃ、などという音。 それが何度か響いたと思ったら、原形をとどめなくなった『さっきまで人間だったもの』や『さっきまで馬だったもの』の残骸が、ギーシュたちのちょうど目の前の地面に飛んで来た。 凄惨な光景と、生々しい音と、血の臭い。 トドメに『何か水滴のようなもの』までもがいくつか顔に付着して、一斉にギーシュの五感を刺激する。 「ぁ……」 『暗闇の中』というシチュエーションが、むしろ状況の酷さを際立たせた。 「っ、う、ぐ……っぅ!!」 こみ上げる吐き気を必死で抑えるギーシュ。 ついさっき自分に先んじて城壁の中に突入した騎士たちは、一人残らずオーク鬼が振るう棍棒の餌食になってしまった。 侵入者を殴り殺したオーク鬼たちはこちらに気付いたのか、のっしのっしとその巨体を城壁の側へと移動させる。 「ぅ……うっ、ぐっ!!!」 人間の死体。いや、死骸。 自分もこうなる。 死ぬ。 殺される。 ……オーク鬼に襲われるのはこれが初めてではなかったが、実際に『人の死』を間近で見せ付けられ、それがすぐそばまで迫っていると自覚してしまうと、どうしようもない恐怖感が物凄い勢いでギーシュを侵食していった。 「うぁぁあ!! 撃て!! 撃て、撃てぇえっ!!!」 「駄目だ!! まだ撃つな!!!」 軽い恐慌状態におちいったギーシュが必死になって叫ぶが、すかさずニコラに止められる。 「ふ……ふく、副長!?」 ギーシュは半ばパニック状態で自分の副官を見るが、そんな中隊長の状態を考慮しているのかいないのか、ニコラは矢継ぎ早にギーシュに指示を出した。 「中隊長殿! 一番後ろの奴に転ばす呪文を!!」 「え?」 「早く!!」 判断力が大きく低下しているギーシュは、ニコラの言う通りに『アース・ハンド』の呪文を唱える。 すると最後尾のオーク鬼が立っているあたりの土が突然盛り上がり、更に腕の形になったかと思うと、その土の腕はオーク鬼の足をつかんで盛大に転ばせた。 「ふぎぃっ!」 耳障りなオーク鬼の叫び声が聞こえる。 その次にギーシュの耳に響いたのは、ニコラの射撃命令だった。 「第一小隊! 目標、先頭集団!! てえーーーーーーーーっ!!」 続いて数十発もの射撃音。 ギーシュたちを標的と定めて向かっていたオーク鬼の集団、その先頭に位置している数匹のオーク鬼の身体に次々と穴が開いていく。 そして先頭グループが撃ち倒されたことによって、後続のグループの動きも鈍り……。 「第二小隊! てえーーーーーーーーっ!!」 その後続のグループも銃弾の雨に襲われる。 分厚い皮膚と皮下脂肪とが鎧のように身体をガードしているオーク鬼にとって、銃弾の一発や二発、あるいは少しばかりの剣や槍など脅威にはなり得ない。 それでも、さすがに至近距離かつ数十発の一斉射撃を受けてはひとたまりもなかった。 「ぴぎっ! あぎっ!」 射撃から生き残ったオーク鬼たちは危険を感じて逃げようとする。 だが、ただでさえ狭くて身動きの取りにくい城壁の亀裂の中、最後尾のオーク鬼はギーシュが唱えた魔法によって転倒しており、その巨体で道を塞いがれているために後退もままならない。 体重が人間の五倍もあるオーク鬼が転んだ場合、立ち上がるのにもかなりの労力を必要とするのだ。 「んぐぃぃいいいいいッ!!」 そんな最後尾のオーク鬼と、前方の同族の死体とに挟まれてモタモタとしている生き残りのオーク鬼たち。 当然、そんな隙を見逃すニコラではない。 「第三小隊! てえーーーーーーーーっ!!」 オーク鬼の集団は鉄砲隊の一斉射撃を受け、ばったばったと倒れていく。 それでもしぶとく何匹かの生き残りは出たが、そんな彼らも短槍隊の突撃を受けて壊滅した。 かくして、ギーシュの目の前にはオーク鬼の死体が大量生産されることとなったのである。 「す、凄いな……」 「こいつらは単純だからね。敵と見ればまっすぐ襲い掛かってくるんでさ」 目下のところの安全を確認し、銃兵たちに弾丸を込めさせつつニコラは言う。 その副官の笑みに、ギーシュはこの上ない頼もしさを感じていた。 「中隊長殿。さ、一番槍ですぜ」 「あ、ああ!」 騎士たちの死骸に軽く黙祷を捧げ、オーク鬼たちの死体を踏み越えてグラモン中隊は進む。 「この奥にも亜人どもはまだウジャウジャいるって話ですから、気を引き締めて行きましょうや」 「分かった」 そうしてグラモン中隊が警戒しつつシティオブサウスゴータの内部へと踏み込んでみると、確かにニコラの言葉通りに亜人がウジャウジャと存在していた。 ……もう少し正確に言うと、オーク鬼やトロル鬼などの亜人が、アルビオンの兵士やメイジと一緒になって自分たちを待ち構えていた。比率としては亜人が6か7に対して、人間が3か4と言ったところか。 どうやらアルビオン軍は本当に亜人たちと結託しているらしい。 「む、むぅ……」 殺気立った目を自分たちに向ける亜人交じりのアルビオン軍。 ギーシュは再びの戦いの予感に身震いし、ニコラは『さてどうしたものか』と考え込む。 こちらの手駒は、100人の鉄砲隊と50人の短槍隊。加えてドットの土メイジが1人。 対する敵側は、オーク鬼・トロル鬼・オグル鬼の亜人軍団が少なく見積もって50匹ほどに、アルビオン貴族と兵士たちが合わせて20~30名ほど。 (……何だかこっちの旗色が悪い気がするが……) 取りあえず隣にいるニコラの顔を見てみるが、それほど慌てたり切羽詰まったりといった顔はしていない。 ギーシュは副官が慌てていない様子にホッとしつつ、彼の口からこの場の方針が出されるのを待った。 果たしてどのような指示が下るのだろう。 攻撃、突撃、それとも分散、あるいは一時撤退か。 いやいや、もしかしたらそれより先に敵の攻撃が始まるのかもしれないぞ。 取りあえず思いつく限りの展開を予想してみるギーシュだが、士官学校で即席の講習を受けただけの自分ではただ考えるだけの『予想』が出来ても、様々な要素から割り出す戦局の『予測』は出来ない。 ……果たして敵はどう動くのか。 そしてニコラは自分たちをどう動かすのか。 緊張感を漂わせつつ、シティオブサウスゴータの街道の真ん中で両軍がにらみ合いを続ける中……。 『それ』は、唐突に現れた。 ビキッ…… 「ん?」 ギーシュの耳に、何かにヒビが入るような音が聞こえた。 亜人が路面の石畳でも強く踏んだのか……と思った次の瞬間。 ―――ゴッッ!!! 「うわぁ!!?」「っ!?」「な、何だあ!!??」「コイツは……!」「んぎぃぃぃいいいいッッ!?」 轟音と激しい地響きが、トリステイン・ゲルマニア連合軍もアルビオン軍も問わず、シティオブサウスゴータにいる全ての存在を襲った。 「じ、地震か!?」 「地震って……ここはアルビオンですぜ!?」 アルビオンでは地震は起こらない。 これはハルケギニアの多くの人間の共通認識である。 そもそも地震とは二枚以上の岩盤プレートがぶつかり合ったり引っ張り合ったりした結果に起きるものであって、単一で空中に浮かんでいるアルビオン大陸では起きようがない(人為的に地面を振動させるなどした場合はその限りではないが)。 ハルケギニアではこのような地震のメカニズムはほとんど解明されていないが、長い歴史の中で『アルビオンでは地震は起こらない』ということは常識として浸透していた。 第一、浮遊大陸であるアルビオンでそうそう地震など起きようものなら、とっくの昔にこの大陸は崩壊している。 「そんなこと言ったって、実際に地震が起こってるんだから……」 「! ……中隊長殿、アレを!!」 「え?」 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りが響く中でニコラと話そうとしていると、そのニコラが前方を指差した。 言われてギーシュも前を見てみると、 「な……何だぁ?」 赤紫色の結晶のようなモノが生えて、シティオブサウスゴータの街道のみならず街のあらゆる部分を侵食している。 ―――ギーシュだけではなく中隊全員、敵に至るまでが呆然としている中、ニコラが怪訝な顔でギーシュに質問した。 「……中隊長殿、自分は学がないんでよく分からんのですが……。あの赤っぽいのに心当たりはありますかい?」 「いや、僕も知らない……」 自分たちが今いる地点のすぐそばにも、その『赤紫色の結晶』は出現している。 危険かもしれないので直接手に取ることはしないが……本当にこんな物体は、見たことも聞いたこともなかった。 透明度はけっこう高い。 地面を突き破るように出現したことから、それなりに硬度もあるようだ。 「ガラス? 氷? いや……やっぱり何かの結晶なのか?」 そう言えば、前に女王陛下の密命でアルビオンに来た時も(あの時のアンリエッタは『姫殿下』だったが)、船から見たアルビオン大陸には青い結晶のようなものがチラホラと見えていた。 今回の上陸は、いつ敵が襲って来るのか分からないので大陸の様子を見る余裕などなかったが……思い返してみれば、その『青い結晶』と目の前にある『赤紫色の結晶』は、色が違うだけでほとんど同じような、そうでないような……。 (ダメだ、確信が持てない) ギーシュはそれほど記憶力が良い方ではないのである。 「え、えぇと……」 しかしこの結晶の正体が何であれ、ただごとではない様子はひしひしと感じる。 これから一体どうするべきなのだろうか。 ……取りあえずニコラの判断を仰ごうとギーシュはまた隣を向こうとする。 だがそれより早く、今度はもっと強烈な変化が起こった。 ヴンッ!! 「!!?」「何だっ!?」 突然、赤い光が発生し、その光の中から異形の存在が出現したのだ。 「ほ……骨の、怪物?」 思わず呟くギーシュだったが、まさにそうとしか表現のしようのない存在だった。 角ばった白い骨の各所に黄色いツノのような突起物がついた、全長2.5メイルほどの大きさの怪物。 そんなモノが、いきなり赤い光と共に現れたのだ。 しかも、その光は一つだけに留まらず……。 「ま、まだ出て来るのか!?」 次から次へとサウスゴータの街を埋め尽くすほどに出現し、その後に怪物を残しては消えていった。 「…………ざっと見たところ、三ケタは下らん数ですぜ」 「それに、何だか『骨のヤツ』以外にも色々と…………何だアレ、甲冑にツタが絡まってるような……」 「あとは一回りほどデカい、紫色の鎧のヤツに……」 「少し小さめの、甲冑に魚のヒレがついたようなヤツ……」 総数100以上、合計四種類。 正体不明の怪物の群れを前にして、歴戦の傭兵であるニコラですら困惑や動揺から面食らってしまっている。 もはやほぼ完全に動きを停止してしまったグラモン中隊だったが、しかしそこで別の陣営が動きを見せた。 「……っ、各隊に伝達! 『アインスト』が現れたぞ!!」 「すぐに機関銃をこっちに持って来い!!」 ギーシュたちと対峙していたアルビオン軍である。 彼らは緊張した面持ちで戦闘態勢を整えると、怪物の群れに向かって魔法や剣、槍などで攻撃を開始した。 『グゥゥゥウウウウウウ……!』『ガァァアアアアアァァ……!』『オォォォオオ……!』『…………ァァア!』 そして怪物たちもまた、アルビオン軍へと襲い掛かっていく。 骨の怪物は、黄色い爪を巨大化させて。 ツタの怪物は、普通の生物で言うなら頭部に位置するあたりの甲冑のスキマから破壊力をともなう光を放出し。 鎧の怪物は、両腕を浮遊させてそれを敵にぶつけ。 魚の怪物は、甲冑のスキマから電撃を放つ。 怪物の群れは人間にも亜人にも関係なく攻撃を加えていた。 そして襲い掛かられている以上、アルビオン軍も応戦せざるを得ない。 「……凄い光景だな……」 「…………まったくですな」 ギーシュたちは少し離れた地点でそんな戦いを見ていた。 「しかし、さっきアルビオンの連中が言ってた『アインスト』ってのは何なんだ?」 「察するにあのバケモノたちの呼び名ってところだと思いますが……」 いずれにせよ、こうまで戦況が変わってしまっては迂闊に手を出すのは得策ではあるまい。そのくらいはギーシュにも分かる。 「軍曹、ここは……」 撤退するべきなんじゃ、と言いかけたところでギーシュのセリフが中断された。 否、中断しなければならない状況になってしまった。 「う、うわ、うわわわわっ! こっちにも向かってきたぁ!!?」 「……クソッ、アルビオンの連中だけを攻撃してくれりゃあいいものを……そうそう都合よくはいかんか!」 中隊に迎撃態勢を取るよう命じるニコラ。 しかし、敵は正体不明の怪物である。 それなりの数の戦場を渡り歩いてきたニコラの経験にも、魔法学院で知識を学んだギーシュの知識にもない相手だ。 どんな習性があって、どんな攻撃が有効なのか、まるで分かりはしない。 「ああもう、こんな時にユーゼスがいてくれたらなあ……」 いつも沈着冷静で、たまに信じられない発想をするあの銀髪の男ならば……あるいは打開策を見つけられるかもしれない。 だがここはアルビオンで、今ユーゼスはトリステインにいるはず。 アンリエッタの密命を受けた時に見せた、あの『一瞬で数百リーグを移動した移動方法』を使えば距離の問題などはないも同然だが、だからと言って都合よくこのタイミングで現れてくれるわけもない。 この危機は、ギーシュたち自身の力で乗り越えなければならないのだ。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/yakudatu/pages/16.html
無料サービス ネットに接続し無料で利用できるサービスです。 ■i-Friends http //www.i-friends.st/ ■ポケットスペース http //www.pksp.jp/ ■FHP http //pc.fhp.jp/ ■ハムスター島 http //hamq.jp/pc.html ■@peps! http //c.peps.jp/ ■Mobile Sweet Society http //www.ms-s.net/index.php?ad= ■mp7 http //pc.mp7.jp/ ■female(フィメイル) http //www.fe.2ml.jp/ ■エキサイト http //k.excite.co.jp/hp/w/pc/Search/TospSearch010.asp ■モバジェネ http //mg1.jp/ ■無料ホムペ・プロフ@ロッピー http //lopy.biz/hp_index.php ■携帯ホームページの無料レンタル http //www.0yen.tv/MB/ ■携帯かきこ.com http //keitai.kakiko.com/ ■MAYA-マヤ- http //mayaweb.jp/ ■katy(ケイティ) http //katy.jp/ 有料サービス ■MobileController http //www.mobilecontroller.jp/mc/msite.html ■CaMoMe http //www.rockwave.ne.jp/mobile.html ■ACTOSモバイルC http //www.mobile-c.com/ ■ケータイサラダ http //www.nec-mobiling.com/k-sal/ ■ビートレンド http //www.betrend.com/index.html ■笑得パッケージサービス http //www.boofee.co.jp/ ■モバイルエグゼ http //www.m-exe.com/ ■モバイル店長 http //www.pripress.co.jp/moba-ten/sp/index.html ■MO-ON(ムーン) http //www.mo-on.net/ ■モバプラス http //www.mobaplus.jp/index.html ■mb ENGINE http //engine.co.jp/ ■Let sケータイ! http //www.lets-ktai.jp/ ■モバイルクロス http //mobile-x.jp/index.html ■ケータイ画 http //www.ktga.jp/
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8303.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ドォ――――ンッ!! ドンッッ!!! 「ななな、何だぁ!?」 大隊が駐屯地としているテントの一つで簡素な食事をとっていたギーシュは、外からいきなり響いてきた轟音に仰天した。 驚いた拍子にスープの取り皿をひっくり返してしまい、その中身を地面にくれてやることになってしまったが、今はそんなことはどうでもいい。 ギーシュはこの突然の轟音に、慌てて立ち上がろうとするが……。 「……落ち着いてくだせえ、中隊長殿。こういう時はむやみやたらに動き回るより、とにかく今の状況を把握することでさ。この場合は、差し当たって上からの連絡を待つことですな」 「う、うん」 副官のニコラにいさめられ、ひとまずは落ち着くことにする。 周りを見れば多少ザワついてはいるものの、確かに浮き足立って行動しようとしている人間など一人もいない。 ……もっとも、そのことでド・ヴィヌイーユ独立大隊の兵士が歴戦の勇士ということになるのか、それともただ単に彼らのやる気がないだけなのかは判別しかねるところではあったけれど。 「しかし一体何だったんだ、今の音?」 「爆発ですな。方向からすると、街の中からのようですが」 「爆発? ……敵襲かな?」 「それでしたら、真っ先にそういう伝令があるでしょう」 「じゃあ、誰かが間違って火薬袋でも爆発させたとか」 「……………、『間違って』だといいんですがね」 「?」 ギーシュがニコラとそんな会話をしている間にも、爆発音は鳴り続けた。 しかも途中からは明らかに銃声と思われるものや、複数人の怒号まで混じっている。 「い、一体何なんだ?」 「……………」 「なあ、軍曹……」 おっかなびっくりしつつ、いい加減に不安が高まってきたギーシュは、せめて外の様子だけでも見てくるべきかとニコラに相談しようとする。 その時。 「反乱だぁーーーーっ!!!!」 そんな叫び声が、駐屯地に届いた。 「え?」 耳に入ってきた言葉が今ひとつ理解出来ず、首をかしげるギーシュ。 なので、ここは頼りになる副長に尋ねてみることにする。 「……軍曹、今なんて聞こえた?」 「『反乱だぁ』と聞こえましたな。……ああ、それと失礼ですが、耳が悪いってのは戦場に出る人間に取っちゃ致命的ですぜ、中隊長殿」 「あ、うん、すまん」 思わず素直に謝ってしまうが、それよりもだ。 「反乱って……、あの、反乱?」 「どの反乱かは存じませんが、自分が思うに、これは十中八九『味方が裏切った』って意味かと」 「だよね」 「そうでさ」 あまりにも現実味がなさ過ぎ、そして突然過ぎる事態にギーシュは今ひとつ実感がわいていなかった。 ロッシャ連隊、ラ・ロシェーヌ連隊などの街の西区に駐屯していた連隊、および一部のゲルマニア軍が、降臨祭最終日の朝に起こした反乱。 これによって生じた被害は、以下のようなものである。 まず、街の至る箇所で起こった爆発、および反乱を鎮圧するための連合軍同士の戦闘によってシティオブサウスゴータの被害は甚大。 連合軍総司令官のド・ポワチエ将軍、ゲルマニアの将軍であるハルデンベルグ侯爵は戦死。 これによって指揮系統は大混乱におちいり、連合軍はしばらくの間、現場の人間が場当たり的な対応を取るしか出来なくなる。 だが対応を取ろうにも、相手は昨日まで笑いながら酒を酌み交わした仲間なのだ。 躊躇なく攻撃の出来る人間は皆無で、しかも彼らは説得にも全く応じない。 それどころか反乱兵は一言の会話すらせずに、無表情に淡々と攻撃を加えてくる。 どうにもならないのでジリジリと退却戦を続けていると、昼前になる頃には市内の防衛線は崩壊。 市内各地の連合軍は、散り散りになって逃げざるを得なかった。 そして、サウスゴータ市内の防衛線が崩壊したのとほぼ同時刻。 偵察の竜騎士から、『ロンディニウムのアルビオン主力が動き出し、こちらを目指して進軍中である』という火急の報が入り……。 総司令官ウィンプフェン(本来ならば参謀総長なのだが、上の人間が死んでしまったので繰り上がり式に総司令官となった)は、港町ロサイスまでの撤退を全軍に命じることとなる。 「……………」 「……………」 五万五千人で来た道を二万五千人に減らして、連合軍は敗走していた。 「……………」 ふとギーシュが周りを見渡してみれば、誰も彼もがこの世の終わりみたいな顔をしている。 当たり前だ。 つい昨日まで『我が軍は連戦連勝、このままロンディニウムを包囲して勝利を収めるのは時間の問題』とか言っていたのに、いきなりこの状況。 おそらくギーシュ自身も似たような顔をしているに違いない。 「……………………」 言いたいことやら聞きたいことは、山ほどある。 何でいきなり反乱なんか起こったのか、とか。 このままだとトリステインはどうなるんだろう、とか。 何より僕ら自身はどうなるんだ、とか。 あるいは無性に叫びたくなったり、とか。 「……………………」 しかし、そんなことやっても何の解決にもならないし、誰が答えを出してくれるわけでもない。 噂だけなら、ド・ポワチエ将軍自身が反乱軍を組織して裏切った、将軍は戦死した、彼らは未知の魔法で操られている、大金をつかまされた……などなど、どれが本当のことなのか分からないものがそこかしこで囁かれているが、噂の真偽なんかこの際どうでもよかった。 とにかく、生き延びたい。 死にたくない。 全員が、そう思っていた。 「…………ん?」 何やら騒がしいので後ろを振り向くと、怒鳴り散らした集団が、馬で強引に敗走の行列を割っていくのが見えた。 その手には武器など持っておらず、何の兵士なのかも分からない。 (……武器は捨ててきたのか) 何だかなあ、とギーシュは思う。 『王軍の勝利万歳』、『我らの正義は絶対に勝つ』、『名誉の戦死を遂げてやる』。 威勢よくそんなことを言っていた連中に限って、我先にと逃げ出している。 「……………………」 ギーシュは何だかモヤモヤしたものを心に感じ、隣にいるニコラに声をかけようとして…………やめた。 いちいち喋るのも面倒臭くなってきたというのもあるが、この気持ちを尋ねたところで、お互いにイライラして終わるだけのような気がしたからだ。 「はぁ……」 溜息を吐く。 何にせよ、今はとっととトリステインに帰りたい。 モンモランシーの顔が見たい。ユーゼスのあの感情があるのかないのかよく分からない喋りが懐かしい。ギムリやレイナールなんかとアレコレ下らない話がしたい。 色々と事件はあったが、それなりに平和だった魔法学院の生活が今は恋しかった。 「……………………」 ふと自分の胸元を見れば、そこには自分の栄誉を示す勲章がある。 昨日までは自信を与えてくれたその輝きが、今のギーシュには酷く頼りないものに感じられていた。 やっとの思いで連合軍がロサイスに辿り着くと、今度は半日待たされた。 伝わってきた噂によると、トリステイン本国が『こちら側の半数が敵に寝返って、ド・ポワチエ将軍が戦死した。退却の許可をくれ』という報告を全然本気にしてくれず、説得というか請願にそれだけの時間を要したらしい。 こんな情報が噂レベルとはいえ流布してしまうあたり、もう機密もへったくれもなかった。 それだけ連合軍の首脳部から末端に至るまでが混乱していると言うことだろう。 ギーシュは『本国の連中は物分かりが悪い』とイライラを募らせる反面、『そりゃそうだよなぁ』と納得もしていた。 何せ、当事者である自分たちだっていまだに信じられないんだから。 報告を聞いて判断するしかない本国のお偉方については、推して知るべしである。 そうしている内に日も傾き、ストレスを溜めつつもテントの中で撤退のための乗船を待っていると。 ギーシュの所属するド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊の元に、ある命令書が届けられた。 杖を支えに立つ大隊長のド・ヴィヌイーユは、その命令書を受け取り、熟読した上で……。 「あ、あ~~……、我が栄えあるド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊の諸君!!」 声を張り上げ、兵士たちに呼びかける。 ギーシュやニコラを始めとした各員は、何事かと大隊長の声を聞くために集まった。 『順番が最後の方にでも回されたのかな』、などとギーシュはある意味で楽観的なことを考える。 「これより、総司令部より受けたまわった命令を諸君らに伝える!!」 だが、現実はもっと非情な形で彼らに襲い掛かった。 「……死んでくれ!!」 「え?」 この命令が出されるに至った経緯はこうだ。 まず、ギーシュも噂で聞いたようにトリステイン本国が退却を許可するまで半日かかった。 そして連合軍がノロノロと乗船を始めたタイミングで、偵察に出した竜騎士から報告があったのである。 曰く、『ロンディニウムから発したアルビオン軍の進軍がこちらの予想よりも早く、このままでは明日の昼にこのロサイスに到着してしまう』とのこと。 全軍が乗船してアルビオンから脱出するには、どんなに急いでも明後日の朝まではかかる。 よって、敵軍の足を丸一日ほど止める必要がある。 そしてその足止め役に、このド・ヴィヌイーユ独立大隊が選ばれた。 なお、この作戦に関しては撤退も降伏も認めない。 「…………………………」 ギーシュは開いた口が塞がらなかった。 向こうは四万、いやこっちから寝返った兵も含めれば七万の大軍団。 対するこっちは千人ちょっと。 彼我戦力差は1 70。 それで丸一日持ちこたえろって、何だそりゃ。 総司令部は馬鹿なのか? 「……………」 朝と同じように周りを見てみると、さすがにこのやる気のない大隊にも緊張の色が見えていた。 と言うか、この大隊でここまで緊張感のある空気って初めてな気がする。 ド・ヴィヌイーユもそんな空気を察したのか、咳払いをすると更に詳しい説明を始めた。 ただし、かなり砕けた口調で。 「……まあ、察しのついてる者もおるとは思うが、要はちょこっとでも味方が逃げる時間を稼げってことじゃな! そんで我々が敗れた場合、今度はちょっと離れたところに陣取る別の隊がこの『死守命令』を引き継ぐ! つまり、我々は一番最初に切り捨てられたってことじゃ!!」 ぷるぷると震えつつ、あっけらかんととんでもないことを言ってのける大隊長。 要するに、戦力を小出しにしていって、その間に本隊が逃げるということらしい。 もっとざっくばらんに言うなら『トカゲのシッポ切りをちょっとずつ行う』みたいなものだろうか。 自分たちはそのシッポの先端部というわけだ。 「はぁ……」 もう何度目になるかも分からない溜息をつくギーシュ。 トカゲのシッポ切り。 理屈の上では分からないでもない。 少数の犠牲で多数を生かすというのは、まあ、取りあえず理に適ってはいる。 でも、切られて犠牲になる方だって、切られたくないし、犠牲になんかなりたくない。 かと言って、自分たちがやらなければ他の誰かが切られるだけだし。 誰もやらなかったら、味方が全滅してしまう。 今回は、その役が自分に回ってきた。 それだけの話。 それだけの話なのだが、やっぱり死にたくはない。 でも理屈の上では……。 指定された『防衛点』であるロサイスから50リーグほど離れた小高い丘に向かう途中、ギーシュは丸々一晩を費やしてそんなことを延々と考え続けていた。 あの大隊長の説明が終わってから、ド・ヴィヌイーユ大隊はあれよあれよと言う間に出撃準備を行わされ、更にロサイスから強制的に追い出されるようにして出撃させられたのである。 それからギーシュなりに、どうにかしてこの状況を納得しようとしているものの、上手くいかない。 そして『防衛点』に到着してもうまく納得は出来ず、更にこんなことを考えている間にも敵は迫ってくる。 ―――ここからロサイス側に10リーグ離れた地点では『第二陣』、そこから更に10リーグ離れた地点に『第三陣』、また10リーグ後ろに『第四陣』がいるとのことだが、そんなことは何の慰めにもなりはしない。 これはむしろ、自分たちの失敗を見越しての配置なのだ。 総司令部としては『第一陣』で5時間、『第二陣』で3時間……というように、結果として丸一日の時間を稼げさえすれば、それでいいのである。 「いやあ、貧乏クジを引いちまいましたなあ。副隊長殿」 「…………副長」 自分の気持ちに折り合いを付けられずにいると、妙に軽い調子のニコラに声をかけられた。 その顔には、少なくとも表面上は悲壮感も絶望感も漂っていない。 「副長は、その……いいのかい?」 「……ま、兵隊は『死ね』って言われるのも仕事の内ですからな。いつかはこんな日が来るんじゃないか……とは思っとりましたよ、そりゃ」 なるべくなら来て欲しくはなかったですがね、と肩をすくめながら言うニコラ。 そう言えば、と思い出す。 彼は自分が配属されてくるよりも前から、この中隊の副長として働いてきたと言っていた。 それはつまり、兵士としてそれなりの数の戦場をくぐり抜けてきているということだ。 ならば今ギーシュが悩んでいることなど、とっくの昔に折り合いを付けているのだろう。 「……………」 周りを見渡してみれば、ド・ヴィヌイーユ大隊の象徴とも言える老兵たちや、やる気の無い不良兵士たちは、それほど悲壮感を漂わせてはいない。 さすがに皆無ということはないみたいだが、しかし彼らも彼らで、それぞれ腹は決めているようだ。 それこそ、とっくの昔に。 ……そう考えると、自分がえらくちっぽけに思えてきた。 「……はぁ」 ガックリと肩を落とすギーシュ。 そんな中隊長に対して、補佐役である副長は、 「……逃げてもいいんですぜ、坊ちゃん」 「!」 今、彼が最も言って欲しい言葉を、気軽に投げかけた。 けれど、それは逆に萎えていたギーシュの心を取りあえずでも奮い立たせるきっかけとなる。 「ああ、うん……。……正直に言うと、今すぐにでも逃げ出したいんだけど」 勝手に騒ごうとする心臓の鼓動を強引に無視して、後から後からわいてくる手のひらの汗を握りしめて、どんどん乾いていく口の中を無理矢理に湿らせて、それでも隠し切れない震えをにじませながら、ギーシュは言った。 「何だか、ここで逃げ出したら、この先ずっと逃げ続けながら生きていくことになりそうでさ。 ……それに、僕も軍曹と同じ兵士なんだし。仕事の内ってヤツだよ」 これがギーシュなりに搾り出した結論だ。 後半部分が目の前の人物からの受け売りというのが、何とも情けないが。 ニコラは苦笑しながらギーシュの言葉に頷く。 「……それが、坊ちゃん流のやせ我慢の建前ですかい?」 「うん」 見栄も何もなく、正直にギーシュは言った。 言った直後で何だが、これは建前だ。 こういうカッコよさげな建前でもなければ、とても命がけの意地なんて張ってられない。 やせ我慢をするにも、意地を張るにも、理由ってのは必要なのだ。 「でも、一応は本音なんだぜ?」 「分かっとりますよ。こじつけだろうが馬鹿馬鹿しかろうが、支えは必要ですからな」 やっぱり見透かされてたか。 ま、この期に及んで、いちいち虚勢を張る必要もない。 ギーシュとニコラは妙に締まりのない空気のまま、大隊長に指定された地点へと中隊を率いていく。 「……………。大変ですな、貴族ってのも」 「まあね」 朝もやの向こう、静かな地響きをともなって現れる大軍団を眺めながら、二人はそんな会話を交わすのだった。 朝もやが徐々に晴れていき、朝日に照らされ、そして距離が近づいてくるに連れて、敵の輪郭がだんだんとハッキリしてくる。 横に広がってはいないのでそれほど多い人数には見えないが、その後ろに大量に控えている軍団も合わせれば七万の大軍になるはずだった。 銃兵、槍兵、弓兵。 魔法を使うメイジ。 大砲、機関銃。 オーク鬼、トロル鬼、オグル鬼などの亜人。 竜、ヒポグリフ、マンティコア、グリフォンなどの幻獣に乗った騎士。 あとは何だろう。 ああ、幻獣とかじゃなくって、馬に乗った兵士もいるだろうなぁ。 「はぁ……」 ギーシュはまた溜息をつくと、もう恐怖も虚勢も昂揚もない、淡々とした口調でニコラに話しかけた。 「軍曹」 そしてニコラもまた、淡々とそれに応える。 「何ですかい、中隊長殿」 「死にたくない」 「自分もでさ」 「そうか。……うん、安心した」 「結構なことで」 それきり黙って、二人はボンヤリと七万の兵を眺める。 そしてアルビオン軍の先頭集団が、ド・ヴィヌイーユ大隊の前方500メイルにまで接近したところで、 「てえーーーーーーーーーーっっ!!!!」 大隊長の号令が響き、大隊の銃歩兵たちが一斉に銃弾を発射した。 ……ド・ヴィヌイーユ大隊が使用している火縄銃の有効射程は、最大で500メイルほど。 確実に殺傷能力を発揮させたいのならば、50メイルほどには距離を詰める必要があるだろう。 ではどうしてそんな有効射程ギリギリで銃撃を開始したのかと言うと、それは敵の出鼻をくじくためであった。 効果が薄くとも構わない。 こちらの目的は足止めなのだから、この銃撃で僅かなりとも怯んでくれれば……。 そんな期待を込めた銃撃。 しかし。 敵の足は多少の怯みこそ見せたものの、停滞するには至らなかった。 「だぁ~っ! 効果なしだぁ!!」 「いや、効果はあったようですが……コイツは……、ああクソ、成程」 望遠鏡で敵軍の様子を観察していたニコラは、今の銃撃の結果について何とも判別のしにくい感想を漏らす。 ギーシュはそんな副官に対し、即座に質問した。 「どういうことなんだ、軍曹!?」 「……ヤツら、先頭をオーク鬼やオグル鬼なんかの亜人で固めてます。連中の分厚い皮膚じゃ、届くか届かないかの威力しかねぇ銃弾なんざ、それこそ豆鉄砲みたいなもんでしょうよ」 「う……」 つまりは頑丈で、知能が低いが故にあまり怯むこともなく、なおかつ別に消耗したところで直接的な被害にはカウントされない戦力。 そんなのを先頭に置いているということか。 確かに、先頭集団と言えば真っ先に敵と戦い、そして真っ先に命を落とす可能性が高い、捨て駒みたいな役割である(捉え方にもよるが)。 ある意味、亜人には最適のポジションと言えよう。 引っ掛かるのは、名誉を重んじるハルケギニアの貴族が『一番槍の栄誉』をそんな亜人連中に譲ったということだが……。 まあ、アルビオン軍の行動がよく分からないのは、今に始まったことでもない。 それに『合理的』という面だけを見てみれば、この布陣はある意味……。 「か、賢いな」 「敵を褒めても何も出ませんぜ。……しかしその亜人の後ろにいる連中は、さすがに人間みたいですな。後続のヤツらは止まっとるようです」 マトモな人間なら、銃撃音が響けば警戒くらいはする。 ましてや今は戦争中で行軍中だ。 あっちも連合軍側からの襲撃くらいは少なからず考えているはずで、足を止めて状況の確認くらいはするだろう。 おそらく今頃はメイジの使い魔の……鳥か何かがこっちの布陣を見つけて、その視界を主人に提供しているに違いあるまい。 「これだけでも足止めは…………えっと、どのくらい出来るんだろ?」 「ま、少なくとも丸一日ってことはないでしょうな」 そりゃそうだ、とギーシュは肩を落とす。 まあいい。 時間を稼ごうが稼ぐまいが、どっちにしろ自分たちの生存は絶望的なのだ。 ……自分で思ってて悲しくなってきたけど。 何はともあれ、当面の敵は銃弾にも怯まず進んでくる亜人たちの集団だ。 それじゃあ、せいぜいより多くの時間を稼いで……。 と、その時。 ピキッ…… 「?」 どこかで聞いたような音が響く。 何だったか。 硬いものにヒビが入った音に似た、この音は――― ゴッッッ!!!!! 「げぇっ!!?」 続いて地震が発生。 ギーシュの中で、嫌な予感が加速度的に膨れ上がっていく。 この現象は覚えている。 地震のないアルビオンで発生する地震。 そして、この後に起こるのは……。 ―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!! 地面から赤紫と青、二つの結晶のようなモノが突き出してきた。 前回は赤紫の結晶だけで、せいぜい膝から下くらいのサイズのものがほとんどだった。 だがが、今回は赤紫と青の両方で、小石サイズから2~3メイルほどまでと大小さまざまである。 (……前にアルビオンに来た時に見た『青い結晶』って、やっぱりコレか!) シティオブサウスゴータでは『赤紫と青は同じものなのか分からない』とか考えたが、両方いっぺんに出て来られたらもう同種のものだと認定するしかない。 ユーゼスやエレオノール女史にこのことを話したら、研究対象として喜びそうだなぁ。 …………いやいや、そんなことを考えている場合ではなくてだ。 地震、結晶の出現、と来れば、次に来るのは、 ヴンッ!! ヴンッ!! ヴンッ!! ヴンッ!! ヴンッ!! ヴンッ!! ヴンッ!! 「やっぱりそう来るかぁ……」 大量の赤い光と共に、『アインスト』と呼ばれる異形の怪物たちが現れる。 まるでアルビオン軍と自分たちの間に、割って入るかのように。 しかし今回は、前回に比べてべらぼうに数が多い。 種類こそ『骨』、『ツタ』、『鎧』、『魚』と前回と同じだが、その総数はハッキリ言って桁違いだ。 その数は……ざっと……いくつくらいだろうか。 ウジャウジャウジャウジャとひしめき合っていて、数えるのも馬鹿らしい。 むしろ怪物の数なんて、数えたくない。 って言うか。 「前回といい今回といい、何で僕たちが亜人と戦おうとするとコイツらが出て来るんだ!!?」 「タイミングを見計らってたのかも知れませんなぁ」 「だったらもうちょっと早く出て来て、アルビオン軍を足止めしててくれよ!!」 「自分に言われましても。……ま、あのバケモノが何考えてるのかなんざ知ったことじゃありませんが、これで少なくとも足止めが出来る時間は増えましたか」 「……………」 それは、確かにそうだ。 これだけの数のアインストが現れれば、さしものアルビオン軍だって、もしかしたら丸一日くらいの足止めを食らってくれるかもしれない。 ただし。 「ま、我々がここで死んじまう確率も跳ね上がりましたけど」 それは、このアインストの群れがアルビオン軍だけを狙ってくれた場合であって。 そんな都合のいい展開は……。 『グォォォオオオオオ……!』『グゥゥゥウウウウウウ……!』『ガァァアアアアアァァ……!』『オォォォオオ……!』『…………ァァア!』 「ないよな、やっぱり!!」 「そりゃそうです!」 アルビオン軍と、ド・ヴィヌイーユ大隊の両方に等しく襲い掛かってくるアインスト。 ギーシュはそれに対抗するためにバラの造花を構え、ニコラは中隊員たちに攻撃の指示を出した。 ―――『レコン・キスタ』の台頭に始まり、アルビオン王家の瓦解、アルビオンのトリステイン領タルブへの侵攻、トリステイン・ゲルマニア連合軍とアルビオン軍によるアルビオン本土での戦い。 後の世において『レコン・キスタ戦争』、あるいは単純に『アルビオン戦争』と呼ばれることになる、この一連の流れ。 その最終局面は、こうして混沌の度合いを深めていく。 「♪~~♪~♪♪~~~♪」 ラ・ヴァリエールの屋敷の近くの小道を、ハミングしながら歩くカトレア。 ここ最近の彼女は、非常に機嫌がよかった。 ついこの間までの塞ぎ込みぶりが、嘘のようである。 「ふふ……うふふふっ」 左手首にキラリと光る鎖状のブレスレットに視線を移すと、思わず笑い声があがってしまう。 ユーゼスからの贈り物。 他の誰も持っていない。 私だけのもの。 これはユーゼス本人にもしつこいくらい確認したのだから、間違いない。 「♪~~~♪♪~~♪」 そしてこれを身につけていると、いや『これを手に入れた』という事実だけで、何だかもう居ても立ってもいられなくなって、こうして外に軽い散策に出たのだ。 まあ、ユーゼスや医者からも『健康のためには少しくらい軽い運動をした方がいい』と言われているし。 いくら自分が病弱だとは言え、こうして屋敷の近くをちょっと歩くくらいは何の問題もない。 それに、この散策には別の目的もある。 むしろそっちの『別の目的』の方がメインと言うか。 まあ、そんな大げさなものではないのだけれども。 しかし決して大げさ過ぎもしないと言うか、でも……いや、ちょっと待って。 落ち着きましょう。 まずは深呼吸。 すぅ……。 ……はぁ。 よし、落ち着き終了。 そしてふと視線を左手首に移せば、そこには銀色に光る――― 「……うふふふっ」 おっと、いけない。 落ち着ききれてないじゃない。 「…………どうしましょ」 ―――そう、今回のカトレアの目的はまさにそれ。 落ち着くことだった。 テンションのクールダウンと言ってもいい。 何せ、今日は週に二回の『診察の日』なのである。 もう数ヶ月にも渡って続けられていることなので、する方のユーゼスとしても、される方のカトレアとしても慣れたものだったが……いや、慣れているはずだったのだが。 今回はその慣れた行為が問題だった。 だって、肌を晒すのである(主に背中だけだが)。 そして、その肌を直に触られるのである。 ちょっと誇張した表現をすれば、まさぐられるのである。 いつもならそれに対して身体的だけではないくすぐったさやら、気恥ずかしさやら、決して少なくない幸福感やらを感じるだけで終わる。 けれど。 今は気分がとっても高揚、ありていに言えば幸せ気分でハイテンション。 こんな幸せな気持ちでいつもの『診察』をされてしまったら、自分はいったいどうなってしまうんだろう。 ユーゼスに晒して、 ユーゼスに見せて、 ユーゼスに触れられて、 ユーゼスに撫でられて、 ユーゼスにまさぐられたりしたら、 もう。 ああ、もう。 ホントに、もう。 「…………きゃっ」 顔を赤らめて頬を両手に当てつつ、身体をくねらせるカトレア。 普段は全くと言っていいほど表面には出ないが―――と言うよりも最近になって芽生えてきたものではあるが、このあたりがルイズの姉で、なおかつエレオノールの妹たる所以であった。 ともかく。 そういうわけで、落ち着かなければならない。 このままではドキドキしすぎて倒れてしまうか、最悪の場合は心臓発作が起こりかねない。 心拍数を少し上げるだけでも、病弱なカトレアの身体には害悪となる。 迂闊にドキドキしたり、ときめいたりも出来ないのだ。 「我ながら、難儀な身体ね……」 溜息をつきつつ、意識してゆっくり歩くカトレア。 まあ、幸いにして今は冬だ。 朝の空気もあいまって、頭を冷やすには持ってこいのはず。 診察の予定は午後だが、それまでにはぜひ落ち着いておきたい。 それがダメなら、せめて心の準備だけでも……。 ……などとカトレアが考え始めた、その時。 ヴンッ!! 「え?」 カトレアの目の前に、いきなり赤くて丸い石が現れた。 本当にいきなりである。 何の前触れもなかった。 「……?」 大きさは……片手で持つには大き過ぎて、両手で持つにはちょうど良いくらい。 ちょっと不謹慎な表現だが、人間の頭ほどだ。 そして最大の特徴は、その大きさでも、ましてや『赤』という色でもなく、 「浮かんでる……」 宙に浮いているのである。 何だろう、風石の一種か何かだろうか。 赤い風石なんて聞いたこともないが。 「……ユーゼスさんか、エレオノール姉さまなら分かるかしら?」 二人とも学者だし、特に姉はアカデミーで始祖の聖像を作ることを仕事にしているのだから、鉱石には詳しいだろう。 あるいは持って帰ったら、ユーゼスとの話のタネにもなるかもしれない。 「……………」 それにしても……本当に、きれいで、真っ赤な石だ。 宝石と言っても通用しそうなほど、きれいで。 「…………、…………………」 その輝きを見つめていたら、何だか自然と、宙に浮かぶ赤い石へと足が進んだ。 とても赤い。 赤い。 紅い。 まるで血のように。 「…………ぅ…………」 ふらふらとした足取りで、赤い石へと歩を進めるカトレア。 石は、まるで脈動するかのようにしてゆるやかな赤い明滅を繰り返している。 その輝きは、 赤くて、 紅くて、 とても、あかくて。 思わず近づいて、手を伸ばしてしまいそうに――― 「………………、ぁ」 「―――――」 ラ・ヴァリエールの屋敷。 あてがわれた部屋の中で、ユーゼスはジッと目を閉じていた。 別に眠っているわけではない。 瞑想しているわけでもない。 複雑な思考や計算に埋没しているわけでもない。 何かに悩んでいるわけでもない。 ……特にやることが無いので、ただ無為に過ごしているのである。 「―――――」 酷く無駄な時間の使い道ではあるが、今のユーゼスにやることが何も無いのは事実である。 それにユーゼス自身、このような時間を貴重に感じていた。 何もせずに過ごす。 考えることすら放棄する。 なんと愚かしく、贅沢で、素晴らしいことか。 一分一秒、一瞬たりとも停滞してくれない時の流れを、自分という存在は今、思い切り無駄に消費し続けているのだ。 過去の自分を振り返ってみると、自分はいつも急いでいた。 生前のウェールズ・テューダーの言葉ではないが、『生き急いでいた』と言っていい。 銀河連邦警察科学アカデミー、大気浄化、ギャバンなどの宇宙刑事との仕事、地球への派遣、光の巨人、決定的な失敗と挫折、瀕死の重傷、因果律の研究・操作、イングラムとの戦い…………特に地球に赴任して以降は気を休めた覚えがない。 このあたりで一息いれても、誰も文句は言わないはず。 えらく年寄りじみた考えだが、実際に自分の実年齢は年寄りなので別にいいだろう。 「―――――」 そんな風に激しくもゆったりとした時の流れを感じながら、ユーゼスはまた思考と行動を停止させ、 「!」 停滞を楽しもうとした矢先に、自分の脳に埋め込んであるクロスゲート・パラダイム・システムが反応した。 「これは……空間転移か」 反応はアインストのものが二つ。 どうやら、二箇所でほぼ同時に現れたらしい。 「……………」 アインストが二箇所に現れた。 それだけならば、別にどうでもいいことだ。 だが今回のその『二つの反応』は、どちらも通常とはやや異なっていた。 一つは、アルビオンに現れたもの。 今までにもアインストはアルビオンに……と言うよりも、ここ最近はアルビオンにしか現れていないかったのだから、その点はいい。 問題はその数である。 システムが弾き出した累計転移数は、2071。 つまり、2071体のアインストがアルビオン大陸に出現したということになる。 これは今までにない規模だった。 「……ふむ」 …………今までに無い規模だが、だからどうした、ということもない。 アルビオンのことは、アルビオンのこと。 今現在トリステインにいる自分に関係がないのならば、構うまい。 ハルケギニア人のことはハルケギニア人が解決するべきであって、自分のような存在は露骨な干渉を行うべきではないのだ。 アインストが自分に襲い掛かってくるなりすれば、その時には対処するが、それだけである。 まあ、アルビオンの方は放置で良かろう。 問題はもう一つの反応だ。 「……………」 こちらの転移数は、1。 転移の規模も、アルビオンに現れた一つ一つに比べてえらく小さい。 小型のアインストでも現れたのか。 ……それだけならばアルビオンのものと同じく放置するのだが、これは出現した場所が大問題である。 「この屋敷から、歩いて行ける距離に出現しただと?」 そう。 出現地点はトリステイン、ラ・ヴァリエール領内。 それも今現在、自分がいるこの屋敷から目と鼻の先の場所だった。 「……あからさま過ぎる」 これまでにも何度か『絶妙なタイミング』で事件が発生したことはある。 例えば自分が召喚されて間もなく、付与されたガンダールヴのルーンの性能を試すかのようにして、ギーシュ・ド・グラモンや『土くれ』のフーケのゴーレムと戦闘を行うことになったこと。 それから時間を置かずにアルビオンへと行かされることになり、その道中でシュウ・シラカワと遭遇したこと。 ジェットビートルを使えるようにすれば、それを活用しろと言わんばかりにアルビオン軍がタルブへと攻めてきたこと。 惚れ薬の解毒薬を作るためにラグドリアン湖で水の精霊に会って、『アンドバリ』の指輪の話を聞かされた直後に、その指輪の力で甦った死者と戦ったこと。 20年前のダングルテール事件の主犯であるジャン・コルベールが魔法学院で働いており、それと鉢合わせるようにして被害者のアニエス・シュヴァリエ・ド・ミランがトリステイン王宮より派遣され、更に事件に少なからず関与していたメンヌヴィルまでもが現れたこと。 これらの『事件の連続性』に対して、ユーゼスも前々から怪しんではいた。 しかし、これらの事件は連続性はあっても関連性は薄い。 極端な話、『偶然』の一言で片付けてしまっても問題はないのである(とは言え、無視の出来るものでもないが)。 だが。 今回のアインストの出現は、明らかに何者かの意思を感じる。 特に、ラ・ヴァリエールに転移してきた方だ。 自分もアインストについて全てを知っているわけではないが、確かアレは『自分たちが求めるもの』の前に堂々と出現し、襲撃することはあっても、このようにコソコソと隠れるようにして出現したことはないはず。 「…………ふむ」 何にせよ、ここで考え込んで解決する問題ではなさそうだ。 ユーゼスはクロスゲート・パラダイム・システムを起動させ、自身を立方体のエネルギーフィールドに包むと、空間転移を行った。 行き先はもちろん、ラ・ヴァリエールに転移してきたアインストの転移地点である。 ロマリア大聖堂の地下に設けられた一室。 アルビオンに出現した赤と青の鉱石が、壁や床を侵食するようにしてひしめき合っているその場所で、ロマリア教皇ヴィットーリオ・セレヴァレは一人、笑みを浮かべていた。 「フ……フフフ、順調ですね」 今回、ヴィットーリオがヴァールシャイン・リヒカイトを使って行った二つの行為には、それぞれ重要な意味があった。 まずアルビオンに出現させた、おおよそ2000体ほど(指示を下したヴィットーリオも発生させたヴァールシャイン自身も、正確な数は把握していない)のアインスト。 四ケタ規模でのアインスト発生が、実際に可能と判明したことは大きな意味がある。 あとはこれをヴァールシャインを中継して自由自在に操れるようになれば完璧だが、今の段階でさすがにそこまでは無理だ。 ヴァールシャインの話では、そもそもアインストには『群体』として見境なく暴れるだけならば問題はないが、特定個人の意識を反映させるとなると相当な慣熟が必要になるらしい。 現在のヴィットーリオでは、せいぜい1体か2体程度のアインストの『行動の方向性』を定めるだけで精一杯だとか。 まあ、これはいい。 コツコツと訓練を重ねることにより、操作可能な数をそこから徐々に増やせばいいのだから。 操作は結局、不可能だった……ということになっても、エルフ本国にアインストを出現させ、適当に暴れてもらえばよかろう。 「さて……」 ある意味、これよりも重要なのは『もう一つの方』である。 カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。 ラ・ヴァリエール家の次女……トリステインの『虚無』の担い手の姉である彼女をこちら側に引き込んだことは、大変喜ばしい。 家族全員を支配下に置くという案もあるにはあったが、あまり派手に動くのは避けたいし、何よりもあのカトレアという女性はトリステインの『虚無』に対してかなり大きな影響力を持っている。 ならば、彼女一人で十分だろうと判断したのだ。 身体が弱いのが気にかかったが、そこは『治療』……いや『再生』をほどこして解決した。 これで彼女は健康体。 むしろ感謝されてしかるべきである。 まあ、こちらからの『指令』には強制的に従ってもらうことになるが……。 ともあれ、これで彼女を通じてトリステインの『虚無』を操作することが出来るはずだ。 「フフ……、達成しなければいけないことはまだまだ山積みですが、今は一つ一つこなしていくとしましょう……」 今のところは順調に進んでいる自分の計画。 ヴィットーリオはそれに対して満足げな笑みを浮かべると、アルビオンに発生させたアインストを通し、更に使い魔であるヴァールシャイン・リヒカイトを中継して、戦場の様子を見守り始めた。 前ページ次ページラスボスだった使い魔