約 1,718,640 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6266.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ウェストウッド村。 浮遊大陸アルビオンの玄関口である港町ロサイスと、観光名所である古都シティオブサウスゴータを結ぶ街道から、少々外れた森の中にある小さな村である。 知名度は、ハッキリ言って低すぎるほどに低い。 何せ存在する家屋は小さなワラぶきの物が10件ほど、その住民はほとんど子供だらけ、最年長の人間ですら『少女』と形容して問題のない女性であり(今はその女性よりも年上の青年が居候しているが)、知っていてもほとんど意味がないのだ。 そしてその『最年長の女性』ことハーフエルフの少女、ティファニアは家の中で夕食の準備をしていた。 「♪~~♪」 最近はアルビオンもかなり危険な雰囲気が充満しつつあるのだが、それは大きな街や重要拠点の話である。こんな小さな村には、ほとんど関わりがない。 強いて言うなら、最近になってアルビオン各地で出没するようになった『怪物』が真剣に命の危機を感じるほどの脅威なのだが、居候の男が操る『闇色の魔神』にかかれば、チョチョイのチョイである。 「ずっとこのままの暮らしが続いてくれたらなぁ……」 思わずそんなことを呟くティファニア。 ……しかし、それはおそらく無理であろうことは分かっていた。 居候の男は、いつかここを出て行くだろう。『帰ろうと思えばいつでも帰れる』というようなことを言っていたし。 子供たちとて、いつまでもこんな小さな村に閉じ込めておくわけにはいかない。 「…………」 おそらく、自分は最後の一人として死ぬまでここにいることになる。 この楽園は、いつかゆっくりと壊れていくことが決められていた。 「でも……それは、今じゃないよね」 しんみりしかけてしまった気分をわざと声を口に出して切り替えると、ティファニアは夕食の準備を再開する。 そろそろ夕食も完成である。 それでは誰かに頼んで、最近は部屋の中に閉じこもりっきりの居候の男を――― 「お邪魔しますよ、ティファニア」 「あれ、シュウさん?」 ―――呼ばなければと思っていたら、その居候の男……シュウ・シラカワが自分から顔を出した。 珍しい。と言うか、『自分から夕食を取りに来る』など初めてではないだろうか? 特に、近頃は食事に呼んでも『少し手が離せませんので、申し訳ありませんが部屋に持ってきていただけませんか』などと言っていたのに……。 まあ、一緒に食事を取ってくれるのは良いことなのだが。嬉しいし。 しかし一応は聞いておく。 「研究……は、良いんですか?」 「ええ、一段落しましたので。後はデータや結果をまとめるだけですね。それと、一つご報告があります」 「……け、研究の報告とか言われても、わたしには何が何だか分かんないんですけど……」 シュウが何か難しいことを研究しているのは知っている。しかしそれを説明されても理解が出来るほど、自分は頭が良くない。勉強だって、そんなに出来る方ではないのだ。 『“勉学の出来不出来”と、“頭が良い悪い”の間には直接的な関係はありません』とシュウは言っていたが、どっちにしろ理解が出来るとは思えない。 そんな風に困惑するティファニアだったが、シュウは苦笑しながらティファニアの言葉を否定した。 「違いますよ。あなたにミルトカイル石やアインストについて説明しても、あまり意味はありません。……報告と言うのは、外出についてです」 「外出……ですか」 (また何か研究材料を見つけに行ったり、誰かに会いに行ったりするのかな?) このシュウ・シラカワと言う男は、たまにフラリとどこかに『(比喩ではなく本当に)飛んでいく』ことが多かった。 とは言え長期間留守にすることは無かったし、何よりも『闇色の魔神』に乗っているので、ティファニアも特に心配はしていなかったのだが。 「知人に呼ばれましてね。明日はトリステインに向かいます」 知人と言うと、以前にラ・ロシェールで会ったと言っていた人だろうか。 (……シュウさんにはシュウさんのお付き合いとか、都合とかあるわよね) 「はい、分かりました」 笑顔で承諾するティファニアだったが、続いてシュウから発せられた言葉によってその笑顔は少しばかり固まった。 「ありがとうございます。……行き先はトリステインの魔法学院ですからね、ミス・マチルダにもご挨拶をしてきますよ」 「え?」 いきなり姉代わりの女性の名前が出てきたので、困惑するティファニア。 「……え、えっと、マチルダ姉さんに会いに行くんですか?」 「いえ、会いに行くのはあくまで『トリステイン魔法学院にいる別の知人』です。……とは言え、私もその知人がミス・マチルダと同じ場所にいるとは思いませんでしたが」 何か作為的なものを感じますね、などと呟く声が聞こえた気がしたが、ティファニアの心には微妙に波が立っていた。 そんな彼女の様子に気付いているのかいないのか、シュウは今後の予定をスラスラと述べていく。 「明日の朝には出発します。用件を詳しくは知りませんが、もしかすると数日ほどかかるかも知れないとのことでしたので……。一応、チカを置いて行きましょうか?」 「あ、いえ、チカちゃんもシュウさんとずっと離れ離れじゃさみしいでしょうから、一緒に連れて行ってあげてください」 「ではエーテル通信機を置いて行きましょう、何かありましたら呼んで下さい。使い方は私が教えます。 ……最近は、人の周りを嗅ぎ回っている失礼な人間もいるようですから、気を付けて下さい」 「? はい」 後半部分はどういう意味なのかよく分からなかったが、とにかくティファニアは頷いた。 そして台所から出て行くシュウ。 「…………」 ティファニアはしばらく沈黙すると、やがて意を決したように声を上げる。 「チカちゃん、ちょっといいかしらー?」 「はいはいー」 その声に答えて、窓の外からパタパタと青い小鳥が飛んで来た。 シュウのファミリア(使い魔)である、チカである。 何でもハルケギニアのメイジが使っている使い魔とは違って、『召喚で呼び出す』のではなく『シュウの無意識の一部を切り取って作り出した』存在らしい。 しかし、口数が多くて口調はイヤミったらしく、毒をたっぷり含んだ言葉を吐いて、しかも金に意地汚い……と、その性格はお世辞にもシュウに似ているとは言いがたかった。 (チカちゃんを見るたびに思うんだけど、シュウさんも心の奥じゃチカちゃんみたいなことを考えてるのかしら……) それは何か嫌だなぁ、などと思いながら、ティファニアはチカと会話を始める。 「何ですか、ティファニア様? ご夕食の味見か何かでしょうか?」 「ううん、ちょっとチカちゃんに頼みたいことがあるの」 「はあ」 首をちょこんと傾げながら、チカはティファニアの話を聞く。 「さっき聞いたんだけど、シュウさん、トリステインの魔法学院に行くんですって?」 「そうらしいですねぇ。たとえ並行世界の別存在だとしても、ユーゼス・ゴッツォの頼みなんか怪しすぎて普通は受けないでしょうに」 そのユーゼスという人物はよく分からないが、ティファニアにとっての問題はそこではない。 「でね? 魔法学院に行くってことは、そこで働いてるマチルダ姉さんにも会うってことだと思うの。挨拶するって言ってたし」 「そうでしょうね」 知り合いなのだし、挨拶くらいはするだろう。むしろ、会わない方が不自然かもしれない。 ……そう、『会っても別に不自然ではない』のである。 そして、『そのまま二人きりになっても特に怪しまれはしない』のである。 「そこで、チカちゃんにお願い。……シュウさんとマチルダ姉さんの会話とかやり取りをね、こと細かく見張って、観察して、見続けて、帰ってきたらそれをわたしに報告して?」 「え? な、何のためにあたしが御主人様とマチルダ様の会話を……」 「いいから。……ね?」 にこやかに微笑みながら、ティファニアはそっとチカの小さな身体を左手で包み込む。 「あ、あの、ティファニア様?」 「お願い、チカちゃん。……ほら、そんなことはあり得ないってわたしも思うんだけど、マチルダ姉さんも否定はしてたけど、こんな小さな村でそういう微妙な関係が出来ちゃうと、色々と困るでしょう?」 「いえ、御主人様に限って、男女関係でどうこうっていうのはホントにあり得ないと……」 『常日頃から、かなり熱烈なアプローチを受け続けてましたけど、全然なびきませんでしたし』と言おうとしたが、チカの中で『何か』が警報を鳴らしてその言葉を言わせなかった。 「って言うかティファニア様、その右手に持っているナイフは何なんでしょうか?」 「だってお料理の途中だもの、ナイフくらいは持つわ。……さ、チカちゃん。お返事を聞かせて?」 少しずつチカを包む左手に力を込めつつ、更に少しずつ右手のナイフをチカに近付けてくるティファニア。 ……手の中のチカは小刻みに震えているようだったが、寒いのだろうか? 「ティ、ティファニア様、そのにこやかな顔と声で、恐ろしい空気をかもし出すのは……その……」 「え? いやだ、何言ってるのチカちゃんったら。わたしの空気がどうしたんですって?」 グ、と左手に力が込められ、チカの身体が軽く圧迫される。 「ぐぇっ!?」 「……『ぐぇ』? ……わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃないの。ねえ、わたしの頼みを聞いてくれるの? くれないの? 答えて、チカちゃん?」 もはやナイフの切っ先は、完全にチカを向いていた。 チカはアワアワと口ごもりながらも、何とか返答する。 「は、はい、分かりました。帰りましたら、逐一ご報告させていただきます……」 「本当? ありがとう、チカちゃん!」 パッと左手の『抱擁』を解いてチカを開放する。 直後、チカは全力で羽ばたいてティファニアから距離を取った。 「どうしたのチカちゃん、そんなに急いで。もうすぐご飯の時間なんだから、お出かけなんかしちゃ駄目よ?」 そうしてティファニアは、再び夕食の準備に戻る。 チカは恐怖の対象を見る視線で、物陰からティファニアを見ていたが、やがて彼女の姿が見えなくなると溜息を吐いて呟き始めた。 「じ、自覚がないのが恐ろしい……」 シュウに言い寄ってきた2人の女性とは、また違ったベクトルの女性である。 しかも、あの2人の場合は『あの人とこんなコトしてましたよ』と言っても大体は行動の予想がつくが、この少女の場合は迂闊なことを言えば何をしでかすか分からない。 下手をすると、 『今日のメニューは、鳥の丸焼きですよー♪』 『おや、これは美味しそうですね。……そう言えばチカを見ませんでしたか? どうも姿を見かけないのですが』 『どこに行ったんでしょうね?』 ……みたいなことになりかねない。 少し想像が飛躍しすぎな気もするが、あながち的外れでもないような気もする。 「と、取りあえず、御主人様が『そういうこと』をしでかさないことを祈ろう……」 少なくともシュウからどうこうするのはあり得ないだろうが。 マチルダの方から……と言うのも、確率的にはかなり低いだろう。何だかかなり警戒してたみたいだし。 「何もなかったら『何もありませんでした』って報告すれば良いんだし、多分そうなるだろうから、そんなに心配することもないかなー」 半ば強引に自分に言い聞かせて、チカは主人のいる場所へと飛んでいったのだった。 ジェットビートルを中庭から学院の外の平原に移動させたユーゼスは、まず燃料の精製に取りかかった。 と言っても、ハルケギニアの工業技術力では『ジェット燃料』を作り出すことなど不可能であるし、それほど簡単に作れるのであれば60年前に転移してきた科特隊隊員とて苦労はしなかっただろう。 なので、やはり『錬金』に頼ることになる。 「駄目だな、揮発性と燃焼性が低い。……手本がすぐそばにあるのに、なぜ作れないのだ?」 「あのなぁ、こんな特殊な油をパッと見てすぐ作れるわけがないだろう!!」 「……やはり、この場合は『原料』から始めた方が効率が良いのか……」 『錬金』担当のギーシュの叫びに、今更ながらユーゼスは思考を始めた。 ジェット燃料の主成分は、原油を精製して作られたいわゆるガソリンに近い物である。しかし、それに更に様々な化学物質を混入させなければならない。 となると、前段階として『普通のガソリン』を精製しておいた方が良いのだが……。 ……しかし、そのような排気ガスを撒き散らす化石燃料の使用は、大気汚染などの公害に直結してしまうため、ユーゼスとしてはあまり乗り気ではなかった。 ジェットビートルの1台程度がどれだけ空を飛ぼうと、ハルケギニアの環境に与える影響は微々たる物だろうが、自分の存在がきっかけとなって化石燃料が大量に出回るようになってしまう可能性を思うと、やはり二の足を踏んでしまう。 だが一度使ってしまった以上は、もうどんな言い訳も……他の誰でもなく、自分自身に通じるまい。 (そもそも燃料の精製が出来ないのであれば、このような悩みも抱くだけ徒労なのだが……) 少し離れた場所で、ジェットビートルから汲み上げた燃料を『ああでもない、こうでもない』といじり回しているエレオノールが、『作れるのなら作りなさい』と言っている以上、努力はせねばならない。 ……どうでもいいのだが、エレオノールの顔を見ながら話をしている時、ある一定の時間が経過するとプイッと顔を逸らされるのは何故なのだろう。 しかも、その『一定の時間』の間隔は少しずつ短くなってきているような気がする。 (まあ、特に支障があるわけでもないが) ともあれ、ガソリン→ジェット燃料の段階を踏んで精製しなければならないのである。 「ガソリンの原料は石油……。その更に原料となると、微生物や動植物の化石などか」 石炭くらいならばハルケギニアにも存在しているし、本気で探せば石油も採掘が出来るだろうが、そんなものをいちいち探している余裕はない。 (……いっそのこと、クロスゲート・パラダイム・システムを使うか?) そんな考えが頭をよぎるが、すぐに否定する。 体調管理やゲートの感知などはともかく、『ハルケギニアへの過度の干渉』は自分的に最大のタブーだ。 それもよりによって因果律を操作して行うなど、侵してはならない領域に踏み込みすぎている。 ハルケギニアの工業技術力が発展しようが停滞しようがユーゼスとしては別にどちらでも構わないが、発展するにしても『ハルケギニアの人間の力』で成し遂げなければならない。 自分の役割があるとしたら、その『補助』くらいだろう。 「…………」 ちなみに作業開始時に、学院の教師であるミスタ・コルベールが嬉々とした表情で『私にこれを見せてくれ』と申し出てきたが、丁重にお断りした。 あんな(ユーゼス的に)危険な人物にこんな物を見せたりしたら、完全な『オーバーテクノロジーの提供』になってしまう。彼には悪いが、研究は独力で進めてもらおう。 遠くの木陰から羨ましそう……と言うか恨めしそうにこっちに向けられる視線と、禿げた頭が反射する光を感じないでもないが、取りあえずは無視である。 「ふむ……」 ……もうこうなったら、そこそこにギーシュを酷使させて『申し訳ないが、精製に失敗した』とエレオノールに謝るのがベストなような気がしてきた。 『33年前の人は精製してたじゃない』と言われたら、『あれは監督している人間が特殊すぎたのだ』と言おう。 何せ、早川健なのだから。 そうと決まればギーシュに『錬金』を無駄遣いさせよう……などとと密かに決心していると、懐からピピピ、と電子音のような音が鳴った。 「な、何の音だい?」 「……しまった」 突如鳴り響いた『謎の音』に困惑するギーシュをよそに、ユーゼスは自分が呼びつけた男について失念していたことを思い出した。 まさか『呼びつけておいて何だが、やはり帰ってくれ』とは言えない。 ……言ってしまったら、超神ゼストとネオ・グランゾンの戦いという、ハルケギニアどころか近辺の並行世界まで崩壊してしまいそうな事態に発展しかねない。 (…………取りあえず、通信に出るか……) まずは話をしてみてから考えよう、などと思いつつ、ユーゼスはエーテル通信機を手に取った。 「ほう……これはまたクラシカルな……」 ジェットビートルを見たシュウ・シラカワの第一声はそれだった。 自分の目から見ても『古い』のだから、シュウの目から見ればそれは『古い』などというレベルではないだろう。 「ふむ、燃料はジェット式、装甲はそれなりの合金……エンジンは通常の戦闘機とそう変わりがありませんね。バッテリーも同様ですか。私にとっては骨董品に等しいですが、ハルケギニアにしてみれば完全なオーバーテクノロジーですね」 ビーカーに入った燃料を一瞥し、外見をざっと見回し、整備用に少し開けた部分からパッと見ただけでジェットビートルの概要を理解するシュウ。 そんな紫の髪の超天才に対して、銀色の髪の天才は自分の懸念を話す。 「整備もそうだが、何よりも問題はその『燃料』についてだ。『錬金』で精製するのは不可能に近いようだし、仮に精製に成功したとしても……」 「……化石燃料を使用する以上、ハルケギニアの大気が汚染されることになりますね」 「そういうことだ」 『お互いの素性や過去を既に見ている』という前提で、二人は会話を行う。 「では、化石燃料以外の方法でエネルギーを得れば良いのではありませんか?」 「どうやってだ? この世界の魔法には、そこまでの力は無いぞ」 「ええ、『ハルケギニアの魔法』では力不足でしょうね。風石とやらでも出力不足でしょう。……ですが、それならば『ハルケギニア以外』から持って来れば良いのです」 「…………別の世界か?」 その発想はなかった。しかし……。 「この機体にマッチするエネルギーなど、どこから見つけてくるつもりだ? ……いや、それ以前にエネルギー源を変えるとなれば、大幅な改修が必要になるぞ」 「改修については、私とあなたが協力すれば何とかなるでしょう。 ……エネルギーなど、私のいた世界では探すまでもなく転がっています。原子炉、光子力、ゲッター線、超電磁エネルギー、ムートロン、オーラ力、縮退炉―――お望みとあらば、ブラックホールエンジンなどもご提供して差し上げますが?」 「そのような物騒かつ制御の難しいエネルギーなど、いらん」 「それは残念です」 ……冗談だということは分かっているのだが、この男が言うと全然冗談に聞こえないから困る。 そしてシュウは薄く笑いを浮かべながら、おそらくは本命と思われるエネルギー源を提示した。 「ならば、それ以外……比較的入手が容易なプラーナコンバーターをご用意いたしましょう」 「何?」 プラーナコンバーターとは、シュウの故郷であるラ・ギアスの技術である。 『プラーナ』は言うなれば『感情エネルギー』のようなものであり、個人の感情の高ぶりに応じてその値が上下する。『気』や『オーラ』のようなものと捉えても問題はない。 消費しすぎると生命の危険があったり、弱ったプラーナを回復するには口移しが最も手早い……などという話もあるが、本筋と関係がないのでそれについては割愛する。 そのプラーナを、『魔装機』と呼ばれる機動兵器のエネルギー源として変換するための装置が、プラーナコンバーターなのだ。 そのような、ジェットビートルとはまた別の切り口でのオーバーテクノロジーを用意してくれるとは……。 「……見返りは何だ?」 シュウ・シラカワが無償で世話を焼いてくれることなどは、あり得ない。 並行世界を見て、それは熟知していた。 「話が早くて助かります。……私の要求は、あなたの研究している『ハルケギニアの魔法』に関しての資料です」 「?」 それは別に提供しても構わないが、何故わざわざ自分から受け取る必要があるのだろうか。 「お前ならば、独力で研究を進められるのではないか?」 「あいにくと『別の研究対象』を見つけましてね。そこまで手が回らないのですよ」 「『別の研究対象』だと?」 「……あなたも気付いているのではありませんか? 我々以外の『異邦人』に」 自分たち以外の『異邦人』。 それには、確かに心当たりがあった。 (……アインストか) 確かに気にかかる存在ではある。研究する価値もあるだろう。 「ではコンバーターの調達は任せた。こちらもレポートをまとめておこう」 「お願いします。コンバーターはラ・ギアスに行けばすぐに手に入るでしょうから、1日もあればお届け出来ますよ」 では前段階として、まずはジェットビートルをバラバラに分解しよう、という話になる。 装甲板などを外すにはかなりの労力が必要になると思っていたが、そこはシュウが『デモンゴーレム』(土くれに死霊の霊気を宿らせたもの)という兵器を2体ほど召喚することで何とかなった。 さすがにこんなことにネオ・グランゾンを使う気にはなれなかったらしい。 なおプラーナコンバーターについては、ラ・ギアスにいるシュウの仲間に連絡してあらかじめ用意してもらうそうだ。 ミス・ロングビルは、オールド・オスマンに仕事を依頼されていた。 依頼と言っても、そう大したことではない。 『学院の外でミス・ヴァリエールの使い魔が何かやっているようだから、それを見てきてくれ』だそうである。 だったら自分じゃなくても……とは思うが、ちょうど暇でもあったので、軽い運動がてら見に行くことにする。 「ま、どうせ変な実験でもしてるんだろうけど……」 思い返すも忌々しい『フーケ対策会議』が頭をよぎり、表情が苦くなる。 ……とは言え、それも過去のこと。『土くれ』のフーケも現れる予定は当面ないし、自分に影響がなければ実験でも何でもやってくれて一向に構わない。 危ないことをやっているようだったら注意しないといけないか、などと思いながら歩いていると、ズシンズシンと何か重いものが移動する音と振動を感じた。 「?」 ふと音と振動のする……目的地の方へと目をやると、何だか不恰好な20メイルほどの土ゴーレムが2体ほど存在していた。 その2体のゴーレムは、協力して大きな鉄板のようなものを運んでいる。 「……十中八九、例の使い魔が関係してるんだろうねぇ」 『何かをやっている』と言われた現場に、そうそう都合よく『偶然に』巨大な土ゴーレムなど出現はするまい。 ともあれ何をやっているのか、確認はせねばならないだろう。 少しペースを速めながら歩き、目的地に到着すると……。 まず、何だかよく分からないが複雑な鉄のカタマリ。 色々と大きくて重そうなものを運んでいる、2体の土ゴーレム。 例の銀髪の使い魔。 青銅のゴーレムを操って細かいものを運ばせている……確か、ギーシュとか言う生徒。 少し離れた地点でチラチラと作業の様子を見ながら、変な液体をごく少量ずつ触ったり振ったり燃やしたりしている金髪の女性。 更に離れた地点の木陰から、じーっと彼らの様子を見ているコルベール。 (何をやってるんだか……) 特にコルベールに対してそんな感想を抱くミス・ロングビル。 取りあえずあの男は無視しよう、と作業中のユーゼスたちのいる場所へと進んでいき、 「…………!!?」 そこに、あり得ない人間を発見した。 何故、ここにいる。 何故、土ゴーレムに命令を出して……いや、そう言えば『少しだが魔法が使える』とか言ってたっけ。どう見ても『少し』などというレベルではないが。 何故、あの使い魔とペラペラと話をしている。 何故、自分に気付いてこっちに歩いて来る。 「ああ、もう!」 何だかイライラしてきたので、あの男―――シュウに向かって走り出す。 「おや、ミス・マチルダ。作業が一段落したら、ご挨拶に伺おうと思っていたのですが―――」 「いいから、こっちに来る!!」 そのまま腕を掴んで、少しムリヤリではあるがズンズンとコルベールとは別の木陰に入って行くミス・ロングビル。 ……ユーゼスやギーシュが学院長秘書のそんな様子を見て首を傾げていたのだが、そんなことを気にしている余裕など今の彼女からは失われていた。 「……ご婦人が男性を引きずるというのは、あまり上品とは言えませんよ、ミス・マチルダ」 「うるっさいね! 何だってこんなところにいるんだい、アンタは!? それと、私はここじゃマチルダじゃなくてロングビルだっての!」 「そう言えばそうでしたか」 シュウ・シラカワに詰め寄りながら、アッサリと『学院長の秘書』という仮面を取り去るミス・ロングビルこと、マチルダ・オブ・サウスゴータ。 「取りあえず、何のためにいつからここにいて、そして今は何をしてるのかを答えな!」 「知人に呼ばれたので今朝からここにいて、今はある『飛行機械』を分解しているところです」 「ぐっ……」 激昂しながら放った問いがスラスラと冷静に答えられてしまったので、思わずマチルダは言葉に詰まってしまう。 「……『知人』ってのは、あのヴァリエール家の娘の使い魔のことかい?」 「使い魔? ユーゼス・ゴッツォのことですか?」 「あのメンツで『使い魔』なんて、あの男しかいないだろ」 シュウはアゴに手を当てて『ふむ』と頷くと、何かに納得したように呟き始める。 「……そうでしたね。最近はほとんど意識していませんでしたが、私も一応は『使い魔』として召喚されたのでした。ならばユーゼス・ゴッツォもまた『使い魔』として召喚されていると考えるべきでしたか……」 ブツブツと何やらよく分からないことを呟くシュウ。 マチルダはそんな彼の様子を怪訝に思いつつ、次の質問へと移ろうとする。 「それよりもだね……」 「ミス・マチルダ、一つ質問があるのですが」 「……っ、な、何だい?」 だがシュウに視線向けられた途端、その意欲も霧散した。 (コイツの視線……凄みを利かせられてるわけでもないのに、身体がすくむ……。いや、身体だけじゃなくて、魂まで射抜かれたような……) 冷や汗を流しながらも、マチルダはシュウの問いかけを聞く。 「ユーゼス・ゴッツォは、使い魔として契約しているのですか?」 「そのはずだよ。アンタとは違ってね」 「……ほう、そうですか……」 何かに納得したような、あるいは興味深い新発見をしたような様子を見せるシュウだったが、目の前でそれをやられているマチルダは気が気ではない。 「……感謝しますよ、ミス・マチルダ。あなたのおかげで、興味の対象が増えました」 「ああ、そうかい……」 (コイツに比べれば、あの銀髪の使い魔の方が50倍はマシだね……) 『得体の知れなさ』という点ではどっこいだが、シュウにはユーゼスにはない『不気味さ』や『近寄りがたさ』がある。 よくティファニアはこんなのと一緒に住んで、毎日生活が出来るね……などと考えていると、先ほど口から出かかった質問が再び湧き上がってきた。 「そうだ、ティファニアはどうしたんだい? アンタが留守にしてたんじゃ、ほとんど無防備みたいなもんじゃないか」 マチルダにとっての最重要事項はそれである。 この男がいるから、ある程度は安心……などと思っていたのに、これでは元のモクアミだ。 しかし、シュウはそんなマチルダの懸念にも構わず、平然と問いに答える。 「大丈夫でしょう。私がいない時を狙って何者かの襲撃を受けるほど運が悪いとも思えません。私の周囲を探っている人間も、ウェストウッド村までは突き止めていないようですから」 「……『周囲を探っている人間』?」 何だか聞き捨てならないセリフだ。 「ご心配には及びませんよ。ほとんど私が行った場所の足跡を辿ることや『私がどのような人間か』を追っているだけのようですし。……とは言え、目障りなのは確かですからね。機会があれば『お話を伺いたい』とは思っていますが……」 「ふ、ふーん」 (一体、どんな恐ろしい方法で『お話を伺う』んだか……) そいつがどのような人間かは知らないが、もうご愁傷さまとしか言いようがない。 「まあ、取りあえずあの……飛行機械? だかをイジってるってことで良いんだね? 学院長にもそう報告しておくけど」 「それは私ではなくユーゼス・ゴッツォに尋ねるべきですね。この場の責任者は、あくまで彼のはずですから」 「分かったよ、ったく」 そして木陰から出る二人。 マチルダは再びミス・ロングビルの仮面を被り、何食わぬ顔でユーゼスに確認を取って学院長に報告に向かう。 「まさか、これから頻繁に魔法学院に顔を出すんじゃないだろうね、アイツ……」 嫌な予感を感じながらも、その予感が外れることを願うミス・ロングビルであった。 「……えーと、『マチルダ様が御主人様を木陰に引っ張って行って、ちょっと強めの態度で詰め寄ってました』、と……」 なお、シュウのファミリアは居候先の家主の依頼を忠実に果たしていた。 「ふう……」 夕日と共に去っていくシュウを見送りながら、ユーゼスは大きく息を吐いた。 一通りジェットビートルの分解が済んだ所で、本日の作業は終了となったのである。 おそらくこの後、シュウはネオ・グランゾンに搭乗してラ・ギアスに転移を行い――― 「ちょっと、ユーゼス!」 「む?」 考えている途中で、エレオノールから声をかけられた。 次の彼女のセリフは、容易に想像が出来る。 「あの男は一体誰なのよ? あなたの知り合いらしいけど、私たちに何の説明もなしなんて……」 「紹介だけで時間が潰れそうだったからな、省かせてもらった」 取りあえず『燃料の精製は見送った』ことと、『代わりの動力を調達してもらう』ことを説明する。 「……あなたねえ、私に相談もなくそんなことを独断で……!」 「これをタルブ村から譲り受けたのは私であるし、操縦が出来るのも私だけだ。ならば私がどうしようと、問題はあるまい?」 「……………」 ジロリと眼鏡越しに睨まれる。 ……最近はそれなりに『研究者同士の関係』を築けてきたので忘れがちであったが、エレオノールはこのように刺すような視線を放ってくる女性だった。 まあ、変に馴れ合いになってもむしろやりにくいので、これで良いとも思うが。 「改修……いや、改造についてはお前も立ち会うといい。扱う分野は専門外だろうが、『アカデミーの研究員が立ち会った』という事実は王宮からの立ち入り検査があった際などに、カードになり得るからな」 「……つまり『私が立ち会ったのだから、これに関しては問題ありません』と言い張るわけ?」 「ありていに言えばそうなる」 エレオノールの視線が険しさを増した。 ルイズやギーシュであれば向けられただけで平謝りしてしまうような眼力だったが、それをユーゼスは平然と受け流す。 「…………それについては不問にするにしても、まだ私の疑問はかなり残ってるわよ?」 「ではその疑問を言ってみろ。答えられる範囲でならば答えてやる」 そしてエレオノールは矢継ぎ早に質問を繰り出し、ユーゼスはその質問に次々に答えていった。 『あの油を使わない』と言う結論に達した理由―――これについては、『空気中に有害な物質を撒き散らすから』と説明したら一応納得してくれた。 『代わりの動力』とやらの詳細―――プラーナの説明に苦労した(特にメイジが使う『精神力』との違いがネックだった)が、誰もが持っている『意志の力』ということで少し強引に説明した。 ユーゼスが呼んだあの男の素性―――シュウ・シラカワという名前、『自分のいた場所』から『比較的近い場所』の出身であること、自分よりも優秀であることを説明したら、どういうわけか『なるほど』と納得された。 「あなたの知り合いで、しかもあなたが“自分よりも優秀”って認めるくらいなんだから、ある程度は何でもアリでしょう?」 「……私はそれほど得体が知れない存在か?」 「あえてノーコメント、とさせていただくわ」 「……………」 心外であるが、自分がハルケギニアの常識からは少々外れていることは自覚しているので、こちらもノーコメントとさせてもらう。 「それにしても20メイル程度の戦闘用の土ゴーレムを2体も作れるなんて、相当優秀な土メイジなんでしょうね。おまけに知識はあなた以上って、もう手が付けられないじゃないの」 「そうだな」 実際はメイジというわけではないのだが、ある程度『魔法』が使えるのは確かであるし、『手が付けられない』という点に関しても同意は出来るので肯定しておく。 ちなみに作業に使ったデモンゴーレムはそのまま放置しておくと破壊衝動だけで行動してしまうため、召喚した2体を同士討ちさせて相打ちにさせている。 (これでネオ・グランゾンを見せでもしたら気絶するだろうな……) 自分の超神形態については棚に上げて、そんなことを考える。 ……それなりの時間を一緒に過ごして分かったのだが、このエレオノールという女性は確かに優秀ではあるが固定観念に捕らわれすぎている節があった。 自身の予想の範囲内ならばかなり柔軟な対応を取るのだが、それから外れると途端に狼狽したりパニックを起こしかけたりするのである。 (まあ、研究者とはそのようなものだが……) 思い返してみると自分もそうだった。と言うか、今でもそうだ。 「……な、何よ、人の顔をじっと見たりして」 「いや、少し考えごとをしていただけだ」 心なしかエレオノールの顔が赤いが、これは夕日に照らされているせいだろう。 「そう言えば、あのジェット燃料はどうする? 使用しないことが決まったわけだが」 ジェットエンジンと宇宙用ブースターは、すでにシュウのデモンゴーレムに破壊してもらっている(その残骸も、周囲に人がいなくなった時を見計らって『消滅』させる予定である)。 エレオノールがもったいなさそうな顔をしていたが、ユーゼスとしてはあまり好ましい類の物ではないので、『代用品の方が良い物だ』と何とか説得した。 ……なお、破壊する際に『壊すくらいなら私に』という男の悲鳴が聞こえたような気がしたが、これは無視した。 燃料についても、燃料タンクの中に入っていたものはユーゼスが『タンク内にゲートを開いて』あらかた片づけている。 だが、サンプルとして採取したジェット燃料だけは、そのままだった。 「アカデミーで預かるわ。色々と研究する価値はありそうだし」 「……………」 ……アレが研究されて大量に精製された場合、どのように使われるかは大体想像がつく。 大気汚染が生じることは伝えてあるし、少し調べれば燃焼性や爆発性に関してはすぐに分かるので、『エレオノールだけが扱う以上は』それほど心配していない。 問題なのは他の人間だ。 ジェット燃料やガソリンの性質を知れば、間違いなくこれを武器や兵器に転用する人間が現れる。 ユーゼスは『人間はそういうものだ』とある意味で諦めており、別に兵器として使われても構いはしない。大気汚染が気にかかりはするが、『燃料』として頻繁に使用されない限りはそれほど深刻な事態にはならないだろう。 33年前に『錬金』で作り出したものが流通しなかったのは、単純に運が良かったか、あるいは固く口止めされていたかのどちらかだろう。早川健ならば後者を選択しそうなものだが。 ……自分や自然環境、33年前のことなどはともかくとして、気がかりはエレオノールがどうなるのか、である。 『自分が“有効利用しよう”と思って作り出したものが人を殺す』ということになった場合……、エレオノールの精神は果たして耐えられるのだろうか? 下手をすると、良心の呵責や罪の意識に一生苦しみ続けるかも知れないが……。 「……それがどのような結果をもたらすか、気付いているか?」 思わず声に出して『確認』しまった。 かつての自分……いや、召喚された直後の自分であれば、考えられないセリフである。 ハルケギニアという環境の影響もあるのだろうが、やはり分野は違えど同じ研究者だからか。 若く才能もある彼女が―――道を踏み違えて、下手をすると自分のようになってしまうのを見るのは、正直忍びない。 そんなユーゼスの内心は知らないだろうが、エレオノールは毅然と言い放つ。 「馬鹿にしないで。……気付いてるわよ、『どう使われるか』くらいは」 フラスコに入ったジェット燃料を眺めながら、淡々と語っていく。 「だから、あくまで『比較的よく燃える油』として研究するわ。……仮に王宮に提出することになったら、劣化品でも送れば良いでしょう」 「その『劣化品』を発展させる可能性もあるが?」 「……その時は、発展させた人間を褒めるわよ」 決して根本的な解決にはなっていないのだが、これが彼女なりの『戦争行為への貢献』に対する拒否反応なのだろう。 罪の分散化、とでも言えば良いのだろうか。 ……よく見るとその手は硬く握り締められており、表情も若干ではあるが、こわばっている。 「だから『息苦しさを感じている』と言ったのだ」 「……大きなお世話よ」 ユーゼスにしてみれば、あの時の言葉に特に深い意味を込めたわけではない。 ただ単に、常に気を張っているように見えたこの女性に、少し忠告するつもりであった。 言われた当の本人は、予想以上にその言葉を重く受け止めてしまったようだが……。それが巡り巡って、このような形でまた同じセリフを口にするとは。 「そうなった場合の決着は……自分で付けられるな?」 「当然よ。私を誰だと思ってるの?」 ならば良い、とユーゼスはそれ以上の追求を止める。 エレオノールは、若干引っ掛かる点があるようだったが……すぐに気を取り直して、いつもの気の強そうな顔に戻る。 「では日も暮れてきたから、戻るか」 「そうね」 雨が降る様子もないし、明日まで分解状態で放置しても特に構うまい。 そして二人は魔法学院に戻っていった。 「……僕のあの油を作った努力は、一体なんだったんだろう……」 すっかり存在を忘れ去られてしまった、ギーシュを残して。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8492.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ―――最初の光景は、水だった。 緑色の水。 それで満たされた透明な容器の中に『その男』はいた。 (……?) 透明な容器ごしに、仮面を付けた何者かが『その男』のことを見ている。 エレオノールはその仮面に見覚えがあった。 確か最初に『声の主』から見せられた光景の中に、それと全く同じ、悪趣味な四つ目の仮面を被った男が出て来ていた。 でも、変だ。 あの時、自分はこの『仮面の男』に対して言いようのない強烈な違和感を感じたはずなのに、今はそんなに違和感を感じない。 むしろ妙な親近感のような、それでいて胸が苦しくなるような感覚さえ覚える。 (何なのかしら……?) だがそれについて考える暇などは与えないと言わんばかりに、場面は転換した。 「……またあの夢か……」 (えっ!?) 今度は、どこかの部屋の中。 ハルケギニアとは違う建築様式のようだが、そんなことはエレオノールにとってどうでもよかった。 ここで重要なのは、 (これって……ユーゼス、なの?) たった今この部屋のベッドから目覚めたこの男の顔が、ユーゼスと瓜二つという点だ。 (でも……) しかし、顔は本当にそっくりだが声が違うし、髪の色も銀色ではなく青だ。 それに……若い。 ユーゼスは自分のことを28歳と言っていたし外見もそのくらいだが、この男の外見はどう見ても20歳前後にしか見えない。 (どういうこと?) さすがに声変わりするような年齢ではないだろう。 ……『何らかの事情があって髪の色と声を変えることになった』、と考えられなくもないが……。 「俺の数少ない記憶……。あの夢の中で俺を覗き込む奴は誰なんだ……?」 『イングラム、すまないが作戦室まで来てくれないか?』 「分かった」 どうやらこの男の名前はイングラムというらしい。 いきなり部屋の中に声が響いてきたのは少し驚いたが、これは多分ジェットビートルにも付いている『つうしんき』とやらだろう。 「おお、イングラム・プリスケン」 「ハワード、俺に何か用か?」 「お前が我々の組織ピースクラフトに来てから半年が経つ……それ以前の記憶を思い出したかね?」 「断片的にはな……」 「そうか。お前は瀕死の重傷で宇宙を漂っていたからな……」 「命があるだけマシだと思っている。そして、そんな俺を拾ってくれたアンタたちにも感謝している」 「今、入った情報によると……ネオジャパンコロニーのライゾウ・カッシュ博士がアルティメットガンダムを完成させたらしい」 「!」 (その名前……どこかで聞き覚えが……?) (!) 何と、相手が内心で思ったことまで伝わってきた。 どういう仕組みなんだ、これは。 (心の中で思ったことまで分かるなんて……) ありがたいが、少し不気味な気もする。 などとエレオノールが複雑な気持ちを抱いていると、また『声の主』がいきなり話しかけてきた。 <これはオプション機能のようなものだ> (お、おぷしょん?) <既に確定している世界の事象を追うのであれば、割と簡単なことだからな。それにこの場合、内心が分かった方が一連の流れをより深く理解出来るだろう。無論、イングラム以外の人間の思考も『聞き取れる』ようにしている> (……………) 相変わらず何だかよく分からない話をするヤツである。 まあ、この場合は『そういうもの』だと割り切るしかないのかも知れない。 「イングラム、君に……アルティメットガンダムを破壊してもらいたい!」 「君のアールガンは、過去に何らかの理由で廃棄されたパーソナルトルーパーだ。どこのデータバンクにも識別番号が登録されていない、今回の作戦にもっとも適した機体なのだ」 (アールガンよりも、俺はアルティメットガンダムのことが気にかかる……。その名前に聞き覚えがある……。もしそれを見ることが出来れば、俺の記憶が戻るかも知れない……。それに、俺を助けてくれたハワードやピースクラフトにも恩がある……) 話は少し飛んで、その『ネオジャパンコロニー』とかいう、何だか変な島みたいなカタチをした、恐ろしく大きい建物の中。 イングラムは、依頼された『アルティメットガンダム』を見つける。 「これだな! これがアルティメットガンダム!! ……俺はこいつを……知っているぞ! ……どうしたんだ……この震えは何なんだ……。うぅ! う……何故……体が動かない……」 イングラムがどうしてか身動きが取れなくなっていると、白衣を着た数人の男女と、銃を持った軍隊のような連中が彼が入って来たのとは別の入口から現れた。 イングラムは身動きが取れないながらも何とか身を隠して、彼らのやり取りを見る。 「キョウジ! ウルベにアルティメットガンダムを渡してはならん! アルティメットガンダムに乗れ!」 「はい、父さん!」 「アルティメットガンダムを渡すものか! 死ねぇ、キョウジ!」 「逃げて! キョウジ!!」 「母さん!」 「行くんだ! キョウジ!」 「くっ!」 「キョウジ、アルティメットガンダムを破壊してくれ。頼んだぞ……」 「私たちは……ユーゼスにそそのかされて、とんでもないモノを造り出してしまった……!!」 (!!?) ライゾウとかいう男の口からいきなりユーゼスの名前が出て来たことに、エレオノールは驚いた。 だがそんなことはお構いなしに、目の前の光景は進んでいく。 「こ、こいつぁ……昔、地球に現れたっていう『怪獣』みたいなガンダムだな! まったくプロフェッサーGも無茶な命令をしてくれるぜ! こんな奴を持って帰れってか!?」 「地球へ逃げるつもりか……そうはさせねえ!」 「何とか無事に地球へ降下出来たか……。それにしても、俺と同時に地球へ落ちた5つの流星……あれらもガンダムなのか? そしてアルティメットガンダムを追っているのだろうか? まあいい、アルティメットガンダムの降下地点はこのあたりのはず……」 「そこのお前! 聞きたいことがある。この写真の男を知っているか!?」 「!! その男は……」 「知っているらしいな。どこでこの男を見たんだ!? そしてお前は何故ここにいる!? お前もデビルガンダムと関係があるのか!?」 「デビルガンダムだと? アルティメットガンダムのことか?」 「やはり関係があるらしいな。答えろ!!」 (どうやらそうらしいな……。なるほど、デビルガンダムか……) 「出ろぉぉぉぉっ! ガンダァァァァァァム!!」 「俺の機体はガンダムじゃない!」 「行くぞ! ガンダムファイトォ! レディィゴォォォッ!!」 「チッ!」 「何だ、いきなり!?」 「戦闘記録001。記録者名、トロワとでも名乗っておこう」 「あれは……デビルガンダム!!」 「以前よりも巨大化している!? このままでは3人ともやられてしまうぞ!」 「ちょうどいい。貴様ら、死にたくなければデビルガンダムの破壊を手伝え!!」 「……言われるまでもない。それが俺の目的でもあるからな」 「戦闘記録……今後の作戦のため、アルティメットガンダムの現状データを収集する」 「何だ!? 破壊したんじゃないのか!?」 「この程度でヤツが倒せれば苦労はしない!!」 アールガンという鉄の巨人と、ガンダムというらしき二つの鉄の巨人。 その三つが力を合わせて巨大な怪物のような……あの粗暴な男がデビルガンダムと呼んでいたモノと戦い、それを追い詰めたと思ったら、デビルガンダムはいきなり全身から強烈な光と衝撃を放った。 光はアールガンや二体のガンダム、更にその周辺一帯までをも巻き込みながら広がる。 イングラムはそれに取り込まれる形で意識を失い、次に目覚めた時には……。 「う……うう……一体、何が起きたんだ……?」 「大丈夫か、君!?」 「……お前は?」 「科学特捜隊のハヤタだ。このロボットは君の機体か?」 「……そうだ」 「なら、君はTDFの……地球防衛軍の隊員か?」 (ここはどこだ……? デビルガンダムが放った光で俺はどうなったんだ?) 「ハヤタ隊員! 無事だったんですか!?」 「やれやれ……てっきり死んだのかと思ったぜ」 「彼に助けてもらったのさ」 「彼?」 「彼って……そこにいる人かい?」 「いや、それよりも……特殊潜航艇S16号を運んできてくれたのか」 「青い球体が湖に落下したと報告してきたのは、ハヤタ君じゃないですか!」 (……あの飛行機といい、潜航艇といい……やけに時代がかった機体だ。それに科学特捜隊と言ったな……まさか……) 「いたぞ、ベムラーだ!! ―――ハヤタからアラシへ!」 「こちら、アラシ」 「怪獣を発見した。ただちに攻撃を開始する」 「了解!」 「で、出た! 怪獣だあ!!」 「まさか……本物の怪獣? これが40年前の『混乱の時代』に存在していたと言われる、超生物か!」 「ジェットビートルで応戦するぞ!!」 (はあ!?) またも驚くエレオノール。 カガクトクソウタイとかいう言葉は確かどこかで聞いた覚えがあったが、ジェットビートルに至っては聞き覚えがあるどころではない。 いや、よくよく見てみればこの男たちが身につけている服や、変な丸い兜などに描かれているマークは、ジェットビートルに描かれていたそれと同じものだ。 (ど、どういうこと?) 「何て奴だ! こっちの攻撃が効いていない!!」 「ほ、本部に応援を頼もう!」 「何言ってんだ! キャップたちが来る前にこっちがやられてしまう!」 エレオノールの混乱をよそに、状況は推移していった。 アールガンとジェットビートルは協力してべムラーという巨大な幻獣……いや『怪獣』と戦うが、その攻撃も効果はない。 もはや絶体絶命かと思われたその時……。 「ひか……!! ……『光の巨人』!」 まばゆい光と共に、銀色の巨人が現れた。 「!! 何故だ……何故、俺は……アレが『光の巨人』だと分かったんだ……? それに……俺は光の巨人に見覚えがある……俺の記憶の中に、光の巨人がいる……」 銀色の巨人の力は凄まじく、アールガンの助力もあってべムラーはアッサリと倒された。 そして一件落着し、イングラムとカガクトクソウタイの面々が集まって『センコウテイ』とやらで湖の中に潜ったままのハヤタの身を案じていると……。 「おおーい!」 「ハヤタ! 大丈夫か!?」 「この通りだ」 「君は……本当にハヤタなのかい?」 「本当も嘘もない。実物はたった一つだよ。ところでベムラーはどうなったんだ?」 「銀色の巨人がやっつけたよ」 「やっぱり彼が出てきたか。僕もそうじゃないかと思って安心してたんだ」 「すると、お前を助けてくれたのも……」 「彼だ」 「ちょ、ちょ、ちょい待ち! 彼、彼って親しそうに言うけど、一体名前は何て言うんだ?」 「名前なんかないよ」 「よせやい、名前がないなんて」 「そうだな……じゃあ、ウルトラマンっていうのはどうだ?」 (科学特捜隊……確か40年ほど前、そんな組織が地球にあったと聞いた。怪獣や科学特捜隊が存在するということは、まさか……) (……………) あっけに取られるエレオノール。 何と言うか、あまりにも情報が多過ぎる。 いきなり現れた謎の声。 その『声の主』に見せられた、見たことも聞いたこともない光景。 ユーゼスと同じ顔の男。 突然出て来たユーゼスの名前。 タルブ村にあり、今はユーゼスが所有しているジェットビートルが、この『光景』の中にあること。 そして、銀色の―――光の巨人、ウルトラマン。 <……ふむ。今回はここまでだな> (え?) ワケが分からないなりにどうにかして状況を整理しようとするエレオノールに、『声の主』はそんな言葉をかけた。 <これ以上続ければ、お前の睡眠に支障が出る。睡眠不足にはなりたくないだろう?> それはそうだが、今はそれどころじゃないだろう。 全てを知っているらしいこの『声の主』には、聞きたいことが山ほどある。 だが何から聞けばいいのか分からない。 いや、ここはやはり、この『光景』がユーゼスとどう繋がるのかということを……。 <それでは、次の機会にまた会おう> (え? あ、あの、ちょっと待っ―――) 「ん……」 まぶたの重さを少々わずらわしく感じつつ、エレオノールは仮眠から目覚めた。 何だか随分とグッスリ眠った気がする。 「…………ぇぁ?」 いまいちハッキリしない意識で窓の外を見てみると、既に夕日の光は陰り、夜の時刻に入り始めているようだった。 どうりでグッスリ眠ったように感じたわけだ。 ……いや、むしろ眠り過ぎか。 仮眠のつもりでベッドに入ったのに、本格的に眠ってしまうとは迂闊である。 若い時はもっと短い睡眠時間でもやっていけたはずなのだが。 「年かしら……」 あんまり考えたくはないが、今年で28歳を迎えるこの身としては、もう考えざるを得ない。 「…………もう無理のきく年齢でもないかも知れないわね」 などと微妙にネガティブなことを考えていると研究室のドアがノックされ、ドア越しに女性が話しかけてきた。 「エレオノール、入ってもいいかしら?」 同僚のヴァレリーの声である。 「ヴァレリー? ちょ、ちょっと待って!」 エレオノールは急いでベッドから起きると寝巻きから普段着に着替え、眼鏡をかけて髪を梳き、ついでに姿見の前で人前に出ても恥ずかしくない程度に身なりを微調整すると、自分の手でドアを開ける。 「あら、何かの作業中……って言うか、お休み中だったみたいね」 「む……いいでしょ、別に」 眼鏡をかけ、黒髪を後ろに束ねた女性はクスリと笑ってエレオノールの現状を看破する。 一応それがバレないようにしておいたのだが、エレオノールと同じ30人からいるアカデミーの主席研究員であり、割と長い付き合いの友人でもあるヴァレリーの目は誤魔化せなかったようだ。 「それで、何? わざわざ私の様子を見に来たって訳でもないんでしょう?」 「まあ、それもあるわね。あなた最近、根を詰めてるみたいだったし。だけど……」 「だけど?」 「もちろんそれだけじゃないわ。一応、トリステイン国民としての報告ってところかしら」 「?」 『トリステイン国民として』って。 何だ、その大げさな物言いは。 「それじゃ、言うわね」 ヴァレリーはもったいぶった口調で、エレオノールに対してその知らせを告げる。 「『我が国はアルビオン本国からは退却したが、戦争には勝った』だそうよ」 「……何、それ?」 「さあ? 私も人づてに聞いた話だし」 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/wiki7_will/pages/87.html
■潰せ!:ラスボス攻略-カオス・ルーラー:術式を知る編 □術式を知る編です。 術というのは全体的な傾向として、HP攻撃力は高いがその他は低い値を示しています。 例えば【炎の矢】ですがHP攻撃力は【独妙点穴】並みに高いのですが成長度・LP攻撃力が【本手打ち】並み、攻撃回数が1なので最終的にはたいしたダメージを与えられずLPダメージも期待薄という始末です。 もっともある程度ならばHP攻撃力の高さを活かし、HPを削る役には立てますけれど、結局の所ダメージを与える用途よりもむしろ補助系統の術の方がカオス・ルーラー戦では貢献できます。 というわけでの術を知る編だ! □術 おさらいになりますが、術を使用するにはまずその術を修得していることが絶対条件となります。 キャラクターが最初から修得しているものを除けば、術は魔道板を読解していくことで修得します。 魔道板はキャラクターが最初からスキルパネル上に所持している以外では、宝箱からの入手、ボスモンスターまたはトレジャースライムからの入手が主です。 修得している術を戦闘中に使用するには、対応する【○行術】というアビリティが引き出された武器・防具が必要です。 ○行術アビリティは対応する素材【水術なら玄武石】製のアイテムならそのアビリティが宿っている場合があります。また、その素材を改造で掛け合わせれば○行術アビリティが付く可能性があります。 他に、ファミリアのスキルパネルを所持していれば、レベルに応じた術を武器耐久度などを気にせず使用することができます。 術のダメージ・回復量に影響する主なステータスは【魔】【五行値】【術者の現在HP】【術リールの五行配分】の4つです。 魔と五行値は五行値の方が影響大。 術リールは同系統の術を使用しつづければ効果を上げられるが、気にしすぎは本末転倒。 重要なのは現在HP。HPが減っているほど効果が弱まります。術を使用する際はここに気を付けましょう。 以下はカオス・ルーラー戦で使えると思われる術です。 【ピュリファイ】 水術。 水の魔道板レベル1~2・4他で修得。または水のファミリアレベル4以上で使用可。 BACK
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6621.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 トリステイン王国とガリア王国との国境から南に1000リーグほど離れた位置にある、ガリア王国の王都リュティスの東端。 そこには、ガリアを統べる王族の人間が暮らすヴェルサルテイルという宮殿が存在している。 そして、更にその中に存在する、青色の大理石で構成された建築物。 この美しさと荘厳さと壮麗さを兼ね備えたグラン・トロワの最奥には、現ガリア王、ジョゼフ一世が暮らしていた。 その自室にて、ジョゼフは黒いローブを着込んだ老人とチェスを指し合っている。 「ふぅ……むぅ……」 「……………」 時刻はもはや深夜を過ぎていると言うのに、両者は全く疲れた様子も見せずにチェスに興じていた。 特に老人の方は、チェス盤を前にして『考える素振り』すら見せていない。 「……よし、これでどうだ!」 不敵な笑みを浮かべつつ、カン、と高らかに音を響かせて盤上の黒の駒を動かすジョゼフ。 しかし相手をしている黒衣の老人は眉一つ動かさずに白の駒を手に取ると、それを無造作にある一点に移動させる。 「チェックメイト」 老人はポツリと呟くが、窮地に追い込まれたはずのジョゼフは笑みを崩さない。 「フン、その手は既に考えて……」 ジョゼフは自分の思惑通りに対局が動いたことに喜色を浮かべながら、駒を手に取り、そして先の先の更に先まで展開を予測し……。 「……ん? いや、ちょっと待て!」 頭の中でこの対局の『終局図』まで描き終わった時点で、今の今まで自分が抱いていた思惑に致命的な欠点があることに気付き、唐突に慌て始めた。 「『待った』はもう使い果たしているはずじゃが」 「いや、しかし……う、ぐ、ぬ、ぅぅぅうううううう~~~……」 ジョゼフはその驚異的な頭脳の回転により次から次へと攻め手を考えるが、シミュレーションすればするほど手詰まりであることを思い知ってしまう。 そしてたっぷり十五分間ほど悩み抜き、百数十通りものパターンの手を頭の中で試した末……。 「…………投了だ」 肩を落としながら、その言葉を口にした。 「まったく……またこれで全敗記録が更新してしまったか」 そんなことを言いつつも、ジョゼフの口調に悔しげな色はあまりない。 ……最近の彼は、『比較的』ではあるが上機嫌であった。 この目の前にいる老人の正体は、伝説の『虚無』の魔法を操る自分の力ですら及びもつかない……四系統のメイジも虚無もエルフも全てひっくるめた『ハルケギニアの全戦力』を投入したとしても、負けてしまう可能性の方が圧倒的に高いほどの超越的な存在である。 もはや形容する言葉すら見つからない。 『怪物』や『バケモノ』などの言葉では、とても表現しきれない。 『悪魔』などという生易しいレベルではない。 それでも強いて言うのなら……。 (『神』か? いや、本物の『神』であるのならば、わざわざ人であるこの俺とこのような遊びに興じはすまい……) ならば神とは似て非なるモノか、と自分なりにこの存在を形容する言葉の結論に達するジョゼフ。 ふと現在時刻を確認すると、 「……おお、もうこんな時間か! いやはや、お前とチェスをしているとつい時間を忘れてしまうな! なかなか良い『退屈しのぎ』だ!!」 退屈しのぎ。 ジョゼフにとって、老人との対局は娯楽にはならなかった。 既に老人との対局回数は300回を越えていたが、その中でジョゼフは一度も『楽しみ』を感じていない。 …………なぜなら彼がチェスの指し合いを『楽しく』感じる相手は、もういないのだから。 「……そもそも人間ごときが、ワシの開明脳の演算処理能力に勝てるわけがないじゃろうに。お前のやっていることは、単なる徒労に過ぎんぞ?」 「そうか? まあ、人間というモノは、無駄と分かっていてもそれに挑んでみたくなるものでな。大体、傷が癒えるまではお前もやることがないのだろう? ならば俺に付き合っても構うまい」 「断る理由はないがな……」 黒衣の老人―――ブレイン卿と名乗っている人物は、若干呆れたような様子で呟く。 その本性である『闇黒の叡智』こと『ダークブレイン』は、本来ならばこのように人間のような仕草や動作を見せることなどは決して在り得ない。 だが、仮の姿とは言え人間の形態を取っていると、思考パターンや行動パターン、細かい挙動に至るまでが人間のようになってしまうのである。 『至高の想念集積体』、と自分で言うだけあって様々な思念や人格が渦を巻いているのだが、その内包している無数の想念からも少なからず影響を受けている。 これは『決まった形を持たず、その時々で姿を変える』という、ダークブレインの特質がもたらす弊害であった。 「さぁて、このチェスが取りあえず片付いた所で……それでは『もう少し規模の大きな盤』の方はどうなっている?」 盤と駒を片付けつつ、ジョゼフはブレイン卿に尋ねる。 世界の全てを看破し見透かすことの出来る『暗邪眼』にかかれば、ハルケギニアの情勢の把握などは本日の天候を確認することと大差がないからだ。 使い魔の契約を結んでいるのでジョゼフはブレイン卿と五感を繋ぐことが出来るのだが、人間などを遥かに超越した存在であるダークブレインと感覚を共有することは危険すぎる、とブレイン卿に忠告されてからは自重している。 ちなみに契約を結んだ当初はブレイン卿の額に使い魔のルーンが刻まれていたが、今は刻まれていない。 これはブレイン卿がもたらされた『使い魔としての力』……あらゆるマジックアイテムを操る『ミョズニトニルン』の能力を、 『要らん』 という一言で消し去ってしまったためである。 なお、『思考の方向を主人やハルケギニアに向ける』というルーンの効果はダークブレイン相手には全く効果がなく、しかし干渉が煩わしいのは確かなのでその部分も消去していた。 ……と言うより『主人との感覚の接続機能』以外、ルーンの機能は全て消去している。 ならば使い魔の契約そのものを結ぶ意味があるのかどうか疑問ではあるが、これで両人は納得しているらしい。 閑話休題。 先ほど放たれたジョゼフの問いに、ブレイン卿は無感情に答えた。 「……今の所、大した動きは無い。とは言え水面下で着々と戦争の準備は進めているようだし、あと2~3ヶ月もすれば本格的な戦争が始まるじゃろうな」 「ふむ、2~3ヶ月か……待ち遠しいな……」 最初に起こしてみたのは、クロムウェルという男を焚き付けたことによるアルビオンの内乱であったが……ジョゼフはこれに何の面白味も感じなかった。 何せ一方的過ぎて最初から勝利が決まっていたのだ。今となっては、むしろ圧倒的不利な状況で奮戦したというアルビオン王軍の方に魅力を感じている。 続いて、そのクロムウェルが征服したアルビオンによるトリステインへの侵攻。これは少しだが興味を引かれた。 トリステインの『虚無』が目覚めた記念すべき戦いである。どのような担い手なのか、その使い魔はどのような存在なのか、『虚無』をどのようにして使うのか、興味は尽きない。 そしてそう遠くない将来、アルビオンとトリステインは本格的な戦争を始めようとしている。 ガリアとしては当面『我関せず』の立場を貫くつもりではあるが、いつでも参戦が出来るように準備はしておくつもりだ。 なぜなら……。 「ふぅむ、どのタイミングでどちらに仕掛けるのが最も面白いのやら。トリステインか? アルビオンか? あるいは両方か? 消耗戦になりでもしたら観客としては詰まらんしなぁ」 これは悩みどころだ、と唸るジョゼフ。 「……お前は自分の精神的充足のためだけに、自分が統べる国を戦争に参戦させるのか?」 「それ以外に何がある?」 今更な質問に対して、ジョゼフは何を言っているんだ、とばかりに疑問の声を上げる。 (…………この男が我らに繋がるゲートを開けたことの理由の一つは、これか) 無表情にジョゼフを観察しながら、内心でダークブレインとしての思考を行うブレイン卿。 召喚された直後に既に分かっていたことだが、この男は人間としては致命的な欠陥を抱えている。 通常、知的生命体が持っている『感情』が無いのだ。 まるで壊れた機械のように。 加えて妙なことに、この青髪の男は自分が壊れていることをハッキリと自覚している。 そして、それを正常に戻そうと足掻いていた。 痛み、苦しみ、悲しみ、憎しみ、蔑み、妬み、怒りなどのマイナスの感情を得ようと世界を乱し。 夢、希望、心、勇気、優しさ、善、想い、信頼、絆、友情、願い、愛などのプラスの感情を得ようと愛人をかこい、その彼女に何とかそれらの感情を抱けぬものかと試行錯誤する。 だが、結果は今のところ全て失敗。 せいぜいが『面白そうな事象に対して軽い興奮を覚える』程度であった。 そんなジョゼフなのだから、マイナスの感情をエネルギーとし、プラスの感情を滅ぼし尽くすダークブレインとは『それなりに』相性が良い。 (『因子』だけではなく、ある意味で我らはこの男に召喚されるべくして召喚されたのかも知れぬ……) そこまで一瞬で思考して、しかしそんな様子は微塵も表に出さずにブレイン卿は会話を続ける。 「そうじゃな、つい失念していた。ワシとしても世界が混乱に包まれるのは望むところじゃし、ここはお前の演出に期待するとしようかの」 と、ブレイン卿が発したその言葉にジョゼフが反応した。 「演出? ……おお、そうか、『演出』か! そうだな、この戦争の発端は俺が引き起こしたことだし、その後もあのオモチャを操って色々と手を出した! ハハ、何だ、舞台劇の演出家というのはこういう気分なのか! これは良いことに気付いた!!」 そしてジョゼフは、再びガリア参戦のタイミングについてアレコレと悩み始めた。 「役者はほとんど俺の予想外の動きをするというのが難点ではあるが、それもまた面白い! ……ならば幕引きのタイミングを決めるのも『演出家』の仕事だな!」 ああでもないこうでもない、と自分の頭の中に入っているガリア艦隊の規模や兵力を整理しつつ、ジョゼフはこの戦争におけるガリアの大まかな方針を決めにかかる。 「トリステインかアルビオンか……いずれにせよ、しばらくは静観だ。まずはこのゲームの途中経過を見て楽しむ。その上で……まあ、どちらにするかはその時に決めるか。 お前がこの世界のメイジを分析して『造った』デブデダビデとかいう輩にも、逐一あのオモチャの様子を報告してもらうが、それで構わんか?」 「構わん。どの道アレらは使い捨てじゃ」 アッサリと言うブレイン卿。 「何だ、使い捨てることを前提であの連中を造ったのか? 酷い奴だな、お前は!」 「自分が造った道具を自分がどう使おうと、別に自分の自由じゃろう?」 「おお、確かに」 噛み合っていないようで噛み合っているジョゼフとブレイン卿。 そして時刻もいい加減に深夜を過ぎつつあったので、さすがにそろそろ眠くなってきた、とジョゼフは寝室に向かった。 ちなみにブレイン卿は眠る必要がない、と言うより『眠るという機能』がないのでジョゼフの私室で起き続けている。 「それではお休み、ダークブレイン」 「ああ」 ドアを開け、部屋の明かりを落として退室するジョゼフ。 残されたブレイン卿は、暗闇の中で何をするでもなくじっと佇んでいる。 「……………」 眼を閉じ、沈黙を続けるブレイン卿。 このままじっと朝まで過ごす、というのが彼の夜の過ごし方だった。 だが。 「………」 数十分ほど経過した時点で、ブレイン卿は突然パチリとその眼を見開く。 召喚されてからハルケギニアの暦で2ヶ月以上が経過しているが、その間この『夜の沈黙』の最中に何らかのアクションを起こすということは今までになかったことである。 「……………」 ブレイン卿は首をぐるりと北の方向に向け、ポツリと呟いた。 「……因果律が変動している……」 ―――その言葉の意味を正確に理解が出来る者は、現在のハルケギニアにはブレイン卿を含めて3人しか存在していない。 トリステインとガリアの国境をまたぐ形で存在している、ラグドリアン湖。 時刻は既に深夜2時を過ぎていると言うのに、その湖畔の前には総勢9名の男女が集まっていた。 彼らの目的はただ一つ、水の精霊との交渉である。 「水の精霊よ、もうあなたを襲う者はいなくなったわ。約束通り、あなたの一部をちょうだい」 「……………」 主な交渉役であるモンモランシーの姿を模している水の精霊は、その言葉に反応して小刻みにブルブルと震える。 そして自らの身体を切り離し、一同へと飛ばしてきた。 「うわ! うわわっ!」 ギーシュは慌ててビンを使い、その『水の精霊の涙』を受け止める。 「……ようやくか」 これで主人が元に戻る目処がついた、と息をつくユーゼス。 それでは自分たちの当面の目的も果たしたことだし、今度はタバサたちの目的を果たすべく水の精霊に質問を……と口を開きかけたところで、予想していなかった事態が起きた。 「…………因果の糸を操りし者よ。お前に一つ問いがある」 何と、水の精霊の方から問いかけがあったのである。 「はぁ?」 「インガの糸?」 無論、いきなり『因果の糸』などと言われても、それが何を意味しているのか分からない人間にとってはただの意味不明な単語だ。 しかし。 (気付かれるとはな……。精霊の名は伊達ではないということか) (……ふむ、アレに因果律への干渉が出来るとも思えませんが……。それを察知する程度の能力はあるようですね) それを理解してるユーゼス・ゴッツォとシュウ・シラカワの2人は、若干ではあるが水の精霊を警戒し始めた。 もっとも主に警戒しているのはユーゼスで、シュウの方は興味深げに水の精霊の言動を聞いているだけだったが……。 ともあれ、知らない振りを貫き通せる相手でもなさそうである。 ユーゼスは仕方なさそうに一歩前に出て、答えの分かりきっている確認を行った。 ちなみにユーゼスに張り付いているルイズは会話の内容などはどうでもいいようで、ふにゃっとしながらユーゼスに寄りそっている。 「……その『因果の糸を操りし者』とは、私のことか?」 「そうだ。我はお前に問いがある」 水の精霊はまた何度もぐねぐねと形を変え、またモンモランシーの姿に落ち着くと、その確認を肯定する。 さて何を聞かれるのか……とユーゼスが身構えていると、横にいるエレオノールから質問が放たれた。 「ちょっとユーゼス、『インガの糸を操りし』って何よ?」 「……おそらく先ほどミス・ツェルプストーとミス・タバサを治療した方法を、何か特殊な方法だと思っているのだろう。アレはどうもハルケギニアにとっては未知の手段らしいから、それを水の精霊なりに解釈したようだ。 …………私は魔法も何も使えない、ただの人間だというのにな」 実際にはこれ以上の『特殊な治療方法』などは存在しないと言っても過言ではないのだが、それを説明するわけにはいかない。 それにクロスゲート・パラダイム・システムがなければ、自分は本当にただの人間でしかないのである。 「……?」 だがエレオノールはそのユーゼスの言葉に、妙な引っ掛かりを感じていた。 「水の精霊が注目するような『特殊な方法』で、『未知の手段』……?」 何だと言うのだろうか、それは。 傍から見ていた分には『単なる気付け』にしか見えなかったのだが、あの行為のどこにそんな要素があったのだろう? いや、それ以前にあの行為は一体何をしていたのだろうか? 具体的に何をやっていたのかなど、全く聞いていない。 「……………」 考えれば考えるほど、エレオノールの内心に疑問が湧き出てくる。 しかしいくら頭の中で考えていてもラチが明かないので、こうなったら直接聞くしかない、と口を開いた。 「ユーゼス、それは……」 「水の精霊よ、お前の問いとやらには答えてやっても構わないが、その代わりに私からも質問を行って構わないだろうか」 「良いだろう。それではまず、お前から問いを放つがいい」 しかしエレオノールの問いを遮るようにして、ユーゼスは水の精霊との会話を続ける。 「ちょっと! アッサリ私を無視するんじゃ……」 「……今は取りあえず水の精霊とのやり取りが第一だ、ミス・ヴァリエール」 「むぅ……」 まあ確かに人間とのやり取りと精霊とのやり取りだったら、後者を優先するのが当然ではある。 当然ではある、のだが……。 (……何よ。私の方を優先してくれたっていいじゃないの、もう) だが『当然のこと』や『正論』に対して、全ての人間がアッサリ納得出来るかと言うと、そうでもなかったりするのであった。 そしてユーゼスは、改めて水の精霊に問いかける。 「湖の水かさを増やす理由を教えてもらおう。そして、出来ればそれを止めてもらいたいのだが」 「……………」 水の精霊はモンモランシーの姿のままで手足を動かし、様々なポーズを取る。どうやら色々と考え込んでいるらしい。 ちなみにモデルにされているモンモランシー本人の方は、どうにも複雑そうな表情だった。 「……お前とその周りの単なる者たちに話して良いものか、我は悩む。 しかし、お前たちは我との約束を守った。ならば信用して話しても良いことと思う」 「ふむ」 わざわざ内心の葛藤まで独白してくれるとは思わなかったが、話してくれる気になったのならば特に問題はない。 そしてもう何度目になるのか、水の精霊はぐねぐねと形を変えてからモンモランシーの姿に戻り、湖の水かさを増やし続ける理由を話し始めた。 「……数えるのも愚かしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」 「秘宝だと?」 「そうだ。我が暮らす最も濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の晩のこと」 約二年ほど前か、とユーゼスはハルケギニアにおける二つの月の運行周期を思い出しながら水の精霊の話を聞く。だが、同時に疑問も発生してきていた。 「その秘宝とやらが盗まれたことと、水かさを増やすことに何の関連性がある? 人間への意趣返しか?」 「……我はそのような目的は持たない。ただ、秘法を取り返したいと願うだけ。 ゆっくりと水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。水が全てを覆い尽くすその暁には、我が身体が秘宝のありかを知るだろう」 「成程」 「って、アッサリ納得してるんじゃないわよっ!!」 後ろで話を聞いていたエレオノールが、いきなり叫び声を上げる。 「ミス・ヴァリエール、お前はこの理屈に納得がいかないのか?」 「いくわけないでしょう! 気が長すぎる上に、放っておいたらトリステインどころかハルケギニア中が水浸しになっちゃうじゃないの!!」 「……そう言えばそうだな」 割と最近まで過去と未来を行き来したり、時間と空間を超越した空間にいたりしていたので、『気が長い』とかいう感覚が麻痺していたことに気付いた。 それにハルケギニア中が水浸し……などという事態になってしまっては、自然環境に与える影響は計り知れない。 ならばここは、この水の精霊の暴挙を止めておくべきだろう。 「では、その秘宝を……私かこの場にいる誰かが見つけて、お前に渡そう。それで構わないか?」 「構わぬ。……秘宝の名は『アンドバリ』の指輪。我が共に、時を過ごした指輪だ」 出されたその名称に、水メイジであるモンモランシーと、知識量が豊富なエレオノールが反応する。 「それって確か、水系統の伝説のマジックアイテムだったかしら?」 「はい。えっと、偽りの生命を死者に与える、とかいう効果があったはずですけど……」 「その通り。 ……我には『死』という概念がないゆえ理解が出来ぬが、死を免れることが出来ぬお前たちにはなるほど『生命』を与える力は魅力と思えるのかも知れぬ。 しかしながら、『アンドバリ』の指輪がもたらすものは偽りの生命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ」 「ほう、お前には『死』という概念がないのか……」 ウルトラマンたちですら死んだり生き返ったり『生命を持ち運びしたり』すると言うのに、その『生命』すら完全に超越しているとは驚きである。 いや、そもそも精霊とは、生命体や思念体の範疇に収まる存在ではないのかも知れない。 (……そのような存在であるのならば、因果律の動きを察知しても不思議ではないか) 何となく納得しつつ、ユーゼスは水の精霊に質問を重ねる。 「その指輪を盗んだ相手の情報は?」 「……風の力を行使して、我の住処にやって来たのは数個体。眠る我には手を触れず、秘宝のみを持ち去って行った。 また、個体の一人は『クロムウェル』と呼ばれていた」 それを聞いたキュルケが、ぽつりと呟いた。 「アルビオンの新皇帝の名前?」 「可能性はあるが……ふむ。それで、その偽りの生命を与えられた死者とやらは、どうなるのだ?」 「指輪を使った者に従うようになる。個々に意思があると言うのは、不便なものだな」 「生きている人間に使った場合は?」 「生命についてはそのままで、同じく指輪を使った者に従う」 (……効果は『人間の精神』に限定されているが、私の能力に少し似ているな) クロスゲート・パラダイム・システムの能力が完全に発揮され、真の意味で因果律を調整することが可能になった場合には、個人の意思や思考すら自在に操作することが可能なはずである。 もっとも、今のユーゼスが使っているものは不完全な状態のものなので、ユーゼスに出来るのはせいぜい『本人の意思を無視して無理矢理に行動を操作する』程度だが……。 (いずれにせよ、放っておくわけにも行かんか) 決心したように頷くユーゼスは、水の精霊に向かって了承の意を告げる。 「分かった。その『アンドバリ』の指輪は、奪還してお前に渡そう。引き換えに水かさを増やすことを止めてくれ」 「……良いだろう。お前たちを信用しよう。指輪が戻るのなら、水を増やす必要もない」 「では、奪還までの期限は?」 「……お前たちの寿命が尽きるまでで構わぬ」 ふるふると震えながら、平坦な口調で言う水の精霊。 「また随分と気の長い話ね……」 「……我にとっては、明日も未来もあまり変わらぬ」 そう言うと水の精霊はぐねぐねと形を変え、やはりモンモランシーの姿に落ち着くとユーゼスに問いを投げかける。 「お前からの問いはこれで終わりか? ならば、因果の糸を操りし者よ。次は我の問いに答えよ」 「良いだろう」 その問いの内容は、いたってシンプルな物だった。 「お前の目的は何だ?」 「む……」 そう来たか、とユーゼスは考え込む。 もっともらしい言葉を並べるのは簡単だが、誤魔化してうやむやにするという手が通用する相手とも思えない。 「……目的らしい目的などは、何もないよ」 なので、ここは正直に言うことにした。 だが水の精霊も、それでアッサリと納得は出来ないようである。 「本当か?」 「ここで虚言を弄してどうする」 「…………お前はその意思さえあれば、我をも滅ぼし、世の全てを支配出来るかも知れぬほどの力を持っているはずだ。そうであるのに、お前は何もしないと言うのか?」 (……すぐ近くに事情を知られたくない者たちがいるというのに、口はばかることがないな……) 水の精霊からすれば自分の事情などは知ったことではないのだろうが、ユーゼスにしてみれば迷惑なことこの上ない内容の会話である。 なので、否定すべき部分の否定はしておく。 「……過大評価だ。私にそこまでの力はない。 仮に……あくまで『仮に』ではあるが……私にそのような超絶的な、神の如き力があったとしよう。 だが、それで世界の支配や滅亡などを行って何になると言うのだ?」 「……………」 「それを成したとしても、結果はせいぜいが私の精神にささやかな満足感を与える程度だろう。『より崇高な存在へと昇華する』ことが目的ならばともかく、そのような下らないことに興味はない。 ……もっとも、今の私にとっては存在の昇華すら『下らないこと』に過ぎないが……」 ユーゼスは自重気味に呟き、そして結論の一言を口にする。 「いずれにせよ、私は自分から行動を起こすつもりはない」 「……………」 水の精霊はユーゼスのその言葉をどう受け取ったのか、沈黙したままでふるふるぐねぐねと変形を繰り返し……。 「…………良いだろう。因果の糸を操りし者よ、お前を信用しよう」 「感謝する、水の精霊」 やれやれと肩をすくめながら、ユーゼスは水の精霊との会話を終了させたのだった。 そして一同のいる場所に戻るなり、エレオノールが少し怯みながらも話しかけてくる。 「ユーゼス、あなた……何者なの?」 「む?」 気が付けば、一同は(一部を除いて)まるで得体の知れない者を見るような目をこちらに向けている。 どうやら水の精霊とあのような会話をしたせいで、余計な警戒心を与えてしまったようだ。 仕方がないので、何とか誤魔化してみる。 「……どうやら水の精霊は、何かを致命的に勘違いしているようだな」 「勘違いって……。……それじゃあ私からも一つだけ質問させてもらうけど、良いかしら?」 「何だ?」 エレオノールは考え込みながらも、ユーゼスにその質問をぶつけた。 「あなたは、私の……私たちの敵なの? 味方なの?」 (……ふむ) なかなか鋭い質問である。 『目的』はどうだか知らないが、少なくとも『現在の立ち位置』は明確にしておこう……という腹積もりなのだろうか。 だが、改めて聞かれると難しい質問だ。 敵か味方か、など所詮は立場の違いでしかないのだが……。 (……この女が曖昧な返事で納得するとも思えん) 少々諦めに近い思いを抱きながら、ユーゼスはエレオノールの問いに答える。 「……今の私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔だ。御主人様が進む道を違えない限り、少なくともお前たちの敵ではない」 (そう、少なくとも今の内はな……) 内心の呟きを隠しつつ、自分の『現在の立ち位置』を語るユーゼス。 ―――『味方だ』と断言しないあたりが、ユーゼス・ゴッツォという男の人間性を端的に表していた。 「信じて良いのね?」 「それはそちらが決めることだ、ミス・ヴァリエール」 「……………」 「……………」 ユーゼスとエレオノールは、無言で視線を交錯させる。 そのまましばらく見つめ合い……。 「うぅぅぅっ……、や、やっぱり、ユーゼスは、エレオノール姉さまのことが好きなのね……」 「……今の会話の内容で、何をどうしたらその結論に至るのだ、御主人様」 「ああもうっ、ルイズ! いきなり突拍子もないことを言うんじゃありません!!」 横から聞こえてきたルイズのすすり泣きによって、二人の腹の探り合いは中断されるのであった。 一方で水の精霊は『もう自分の役割は終わった』とばかりに、ごぼごぼと水中に姿を消そうとしていた。 実際、一同としてはもはや水の精霊に用件などはないので、ただ黙ってその光景を見送っている。 「待って」 しかしその時、タバサが声を上げて水の精霊を呼び止めた。 「タバサ?」 「め、珍しいわね……」 「どうしたのよ、いきなり?」 「きゅい?」 ギーシュとモンモランシー、そしてキュルケの三人のみならず、使い魔のシルフィードまでもが驚いてタバサを見る。 タバサが自分から誰かに話しかけ、しかも呼び止める光景など滅多に見られるものではないからだ。 「水の精霊。わたしからもあなたに一つ聞きたい」 「何だ、単なる者よ?」 普段は無表情かつ無感情に見えるタバサだったが、この時ばかりは薄くではあるが微妙に感情が見え隠れしていた。 ……もっともその感情にしても薄すぎるため、余人には何なのか判別が出来なかったが。 「あなたはわたしたちの間で、『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」 ごく薄い感情で問いかけるタバサに対して、水の精霊は無感情に返答する。 「……単なる者よ。我とお前たちとでは存在の根底と、時に対する概念が違う。 我にとって全は個。個は全。時もまた然り。今も未来も過去も、いずれも我には違いない。いずれも我が存在する時間ゆえ」 「……………」 「ふむ……。ラ・ギアスでも水系の最高位である『聖位』に『刻』の精霊というものの存在が語られていますが、概念的には同じことなのでしょうか」 シュウは『妙な共通点ですね』などと呟きながら、水の精霊の話に耳を傾けている。 「……故に、お前たちの考えは我には深く理解が出来ぬ。 しかし察するに、我の存在自体がそう呼ばれる理由と思う。我に決まったカタチはない。しかし、我は変わらぬ。お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの水と共にあった」 モンモランシーの姿の水の精霊は、震えながら言葉を発する。 「……変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」 その言葉にタバサは頷いて、目を閉じて手を組む。更にキュルケがその肩にそっと手を置いた。 どうやら『二人にしか分からない何か』を誓っているらしい。 また、そんな様子を見たモンモランシーがジトッとした目付きをしながらギーシュを急かす。 「……アンタも誓約しなさいよ、ほら」 「え?」 いきなり何を誓約すれば……と、本気で分からない様子のギーシュ。 モンモランシーはベシッと馬鹿の頭を叩きつつ、その意味をわざわざ説明してやった。 「アンタねえ、何のためにわたしが惚れ薬を調合したと思ってるの!」 「あ、ああ。えっと、これから先、ギーシュ・ド・グラモンはモンモランシーを一番目に愛することを……、はぐおっ!?」 そこまでギーシュが言った時点で、ごく小さめの水の弾丸が彼の腹部にぶつけられる。 「い、いきなり何を!?」 「それじゃ駄目よ! わたし『だけ』を愛するって誓いなさい!! それだとどうせ、二番三番四番五番が出来るんでしょ!? ほら、とっとと言う!!」 「うぅ……」 また、その様子を見たミス・ロングビルは何かを期待するようにシュウを見ていた。 ……だが、ある程度『シュウ・シラカワ』という人間と接していたことで、その期待が叶わないことも理解していた。 「……誓っては下さらないのですか?」 それでも僅かな望みを託して、問いを投げかける。 ―――その返答は、予想通りのものだった。 「あいにくと『誓約』や『契約』という言葉に良い思い出がありませんのでね。……それに、自らの行動を束縛するような真似をする訳にはいきません」 「そう、ですか……」 どことなく残念そうに呟くミス・ロングビル。 シュウはそんな彼女に向かって、諭すように話しかけた。 「それがどのような感情にせよ、あまり私に執着し過ぎないことです。……意識の方向が特定の個人に凝り固まりすぎていると、周囲だけではなく自分すら見えなくなってしまいますからね。 ……少なくとも自分を見失うような真似はおよしなさい、マチルダ」 「…………はい」 分かっているのかいないのか、曖昧な返事を返すミス・ロングビル。 しかし本名を呼ばれたことで、ほんの少しだけではあるが嬉しさを覗かせているようではあった。 「ユーゼス、誓って」 不安そうな顔でユーゼスにしがみ付きながら、ルイズはそう言う。 「……………」 ユーゼスは何度かルイズと水の精霊とで視線を往復させて、そのルイズの懇願に対する自分の答えを口にした。 「……それは出来ない」 「えっ……」 見る見る内に、ルイズの瞳に涙が溢れていく。 そして涙声になりながらも、ルイズはその理由を問いかけた。 「祈って……くれないの? わたしに、愛を誓ってくれないの? ……やっぱり、エレオノール姉さまのことが……?」 「理由はいくつかあるが……」 正気を失っている今の主人に愛を誓ったところで、意味がない。 こんな実体があるのかどうか分からないモノに何かを誓ったところで、それを貫き通せるとも思えない。 そもそも誰か特定の個人を愛したことがないので、『愛する』ということがよく分からない。 しかし、最大の理由は……。 「……『永遠』などという曖昧で無責任なものは、誓えないからだ」 「うぅ……っ、うっ、ぅぅううう…………っ」 泣き崩れるルイズ。 抽象的な物言いだったので言葉の意味はあまり理解が出来なかったようだが、それでも『誓いを行わない』という意思だけは伝わったようである。 「……………」 ユーゼスは声をあげて泣きじゃくるルイズを、ほとんど放置している。 「……はぁ。まったく……」 それを見かねたエレオノールが、ルイズに駆け寄って頭や肩を撫で始めた。 しかしルイズは『エレオノールの手は借りない』、とばかりにその手を振り払う。 やれやれと溜息をついたエレオノールは、さめざめと泣き続ける妹を気にかけながらも、その妹を泣かせた相手に向かって呆れた口調で話しかけた。 「断るにしても、もう少し言いようがあるでしょうに」 「私に向かって、気の利いた言い回しを求められても困るのだがな」 そんな二人の様子を見て、ますますルイズは泣き叫ぶ。 「うっ……っ、ぅ、ぅわぁぁあああああああああんんんっっ!!」 その後、二人はルイズをなだめることと、ルイズをその場から動かすことに多大な労力を費やすこととなった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5939.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「ぐっ、あ、がぁぁぁああ……!!」 決闘直後の気絶より目覚めたユーゼス・ゴッツォは、苦痛に責め苛まれていた。 ……それは、彼のような人間が戦いに身を投じることによって生じる、宿命のようなモノ。 回避しようと思って回避が出来るモノではなく、また、これを経験しない人間はほぼいない、と断言が出来るだろう。 「っ、迂闊だった……!」 この可能性を考慮していなかったとは、自分らしくないミスである。 恨めしいのは、自分はこの苦痛を味わっていても、同じく対戦者であるギーシュ・ド・グラモンはまず間違いなく苦痛など味わっていない、という点だ。 「ぬぅぅううう……!」 何十年か振りに味わう痛み。 身体中が、軋みを上げる。 その痛みとは、すなわち――― ガチャッ 「筋肉痛は治ったの、ユーゼス?」 「……一時間やそこらで治るわけがないだろう、御主人様」 ―――運動不足から来る、筋肉痛である。 「ったく、アンタどんだけ体力ないのよ。魔法を使う貴族だってね、イザという時のために最低限は身体を鍛えてるわよ?」 「……私は魔法が使えない平民だ」 「なら、なおさら鍛えてるべきでしょ」 「鍛える必要がなかったからな」 今までのユーゼスの人生は、ひたすら研究に打ち込むものだったため、肉体を行使する必要が皆無だったのである。 「……筋肉痛を治す秘薬を手に入れる、という話はどうなった?」 「よくよく考えたら、筋肉痛って自然に治るんだから必要ないんじゃないかしら」 「……………」 確かにその通りなのだが、何となく納得のいかないユーゼスだった。 翌日の早朝。 痛む身体に鞭を打って、とにかく本日の仕事の手始めである洗濯に取りかかる。 ギギギギギ、と錆びたブリキの人形のような動きで洗い場に到着。 グググググ、とスローな動きで洗濯を開始。 洗濯の内容そのものよりも自分の身体の動かし方で四苦八苦していると、 「……おはようございます、使い魔さん」 「ああ」 昨日の黒髪のメイドが、やはり大量の洗濯物を抱えてやって来た。 メイドは洗濯物を置くと、少し落ち込んだように目を伏せる。 「あの……すいませんでした」 「何の話だ」 「昨日のミスタ・グラモンとのことです。あの時、逃げ出してしまって」 ユーゼスは、ああ、と呟くと、メイドの方を見ずに口から言葉だけを放つ。 「あれが『普通の反応』なのだろう? 謝ることでもあるまい」 「……ほんとに、貴族は怖いんです。私みたいな、魔法を使えないただの平民にとっては……」 そして昨日と同じように、黒髪メイドは自分の横で洗濯を始める。 ……昨日との違いと言えば、少し沈んだ様子であるということくらいだろうか。 「でも、使い魔さんを見てて思いました。平民でも、貴族に立ち向かっていけるんだって。 ……マルトーさんも―――あ、厨房のコック長の方なんですけど―――、『ひ弱そうな感じだが、なかなか骨のある兄ちゃんだ』なんて言ってましたし」 あはは、と笑うメイド。その笑い声にも、やはりどこか力が無かった。 (………?) 違和感は感じる―――が、このメイドの個人的事情がどうだろうと、ハッキリ言って自分には関係がない。 何か困ったことでもあるのか、と少々気にはなるし、洗濯を教えてもらった恩もあるが、だからと言って深入りする筋合いはない。 と言うより、このメイドとの関係は、深入りするほど長くも濃密でも強くもないのである。 若干の違和感を残しつつも洗濯を終え、ルイズを起こして身支度を整え、朝食の席(と言っても床だが)に着く。 と、そこでまた違和感を発見した。 「……御主人様、私の食事に野菜と肉が付いているが」 「え? ……あら、ホントだわ。手違いかしら?」 最初は僅かでも待遇が改善されたのか、とも思ったが、この主人に限ってそれはないらしい。 はてな、と主人と使い魔が揃って首をかしげ、ふと周りを見回してみると、 またギーシュ・ド・グラモンと目が合った。 「……………」 「―――――」 パチ、と軽く片目をつぶるギーシュ。 ―――どうやら、察するに『平民とは言え、仮にも自分と引き分けた男がうんぬん』という所だろうか。 (……妙な所で律儀と言うか、プライドの張り所を間違えているような気もするが) 「―――どうやら、奇特な貴族が差し入れてくれたらしい」 「? ふーん、ホントに奇特なヤツがいるのね」 「全くだ」 まあ、せっかくなので、ありがたく頂いておくが。 そして、時間は更に少々流れ、ギーシュとの決闘より4日目。 筋肉痛もようやく完治した朝。 洗い場に到着すると、いつもの黒髪のメイドではなく、金髪のローラというメイドがいた。 そして、黒髪のメイド―――ユーゼスは彼女が『シエスタ』という名前であることを今、知った―――が、魔法学院からモット伯という貴族の屋敷へ奉公先を変えた(実際は強引な引き抜きに近いそうだが)、という話を聞いたのだった。 (そういうこともあるか) 人身売買まがいの人材の引き抜きなど、別に珍しくもない。 世界が違えば、多少の習慣や常識の違いなどはあって当たり前だ。 何より、周囲の人間が渋々ながらも納得しているということは、一応の正当性はある、ということである。 異邦人で平民の自分が口を出す問題でも、口を出してどうにかなる問題でもないのだ。 『銀の方舟』とやらの情報は少し惜しいが、別になければ困るという程でもない。 (そんなことより、目の前の洗濯だな) そうして、主人から渡された洗濯物を洗い始める。 ユーゼス・ゴッツォ。この男は、かつて――― 「て、てめえ! 何様のつもりだ!! 人間を何だと思っていやがる!!」 「単なる道具……という答えでは不服か?」 ―――このように言い切った男でもあった。 人間、多少環境が変わった程度では、根本は変わらないのである。 その日の昼前。 ルイズが授業を受けている横で、ユーゼスはカリカリとペンを羊皮紙に走らせていた。 「……何やってるの、アンタ?」 「レポートの作成だ」 「れぽーと?」 主からの問いに素っ気なく答えると、黒板に書かれた文字へと目を移し、それを更に別の羊皮紙に書き記す。 「『れぽーと』って、何よ?」 「報告書、研究成果の簡易的なまとめ、小論文―――呼び方は様々だがな。自分なりの『魔法』の考察、というところだ」 ルイズは、ふーん、と興味なさげに頷くと、次の瞬間には何かに気付いて顔をしかめる。 「……アンタ、まさかそれをアカデミーに持っていくつもりじゃないでしょうね?」 この使い魔を召喚したその日の晩、ルイズは『アカデミーに連絡を取ってみる』と約束していた。 ……実際、長姉への手紙という形でアカデミーへ連絡を取り、今はその返事を待っているのだが。 「それこそまさかだ。……平民の素人のレポートだぞ? メイジの専門家に見せられるようなレベルには、とても達していない。 あくまで『現時点でのまとめと考察』だからな、もっと知識や実地、研究、推敲が必要だ。 ……どちらかと言うと、『字の練習』の方がウェイトが多いと言える」 「それもそっか」 当たり前よね、と再び興味なさげに頷き、ルイズもまた授業へと意識を移した。 教師の声と、黒板に書くチョークの音、生徒がペンを走らせる音、そしてわずかな雑談の声が、魔法学院の教室に響く。 「……………」 ふと、ユーゼスが顔を上げた。 そのまま何事か考える素振りを見せると、 「……御主人様、外出する許可をもらいたい」 無表情に、ルイズへ外出を申請する。 「? どこ行くのよ?」 「少し『そこまで』だ」 そう言って、窓の外を指差すユーゼス。 ルイズはそれを見て『森の中に何かあるのかしら?』と呟いた後、 「ま、いいけど。……昼食までには戻って来るのよ、いいわね?」 決して快く、とは言えないが承諾した。 「感謝する」 短く礼を告げ、ユーゼスは速やかに教室から出る。 そして周囲に誰もいない場所まで移動すると、脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させ、自身の周囲に虹色がかった立方体のエネルギーフィールドを展開させた。 「……………」 時空間移動の、転移先を設定する。 目的地は、先程ルイズに申告した『そこ』―――魔法学院の周囲にある森を越えた先だった。 場所は変わって、魔法学院より少々……と言うには遠すぎるほど離れた地点の上空。 北花壇騎士七号こと『雪風』のタバサは、ガリア王女の裸踊りという珍妙な見世物を後にして、取りあえずの住居である魔法学院に戻るところであった。 「あー、それにしてもケッサクだったのね、あの王女の踊り! お姉さまも『趣味が悪い』なんて言わずに、後々からかうために見ておけばよかったのに! きゅい!」 青い鱗の竜は、その背に主人であるタバサを乗せながらウキウキと話す。 この竜はその名をシルフィードと言い、ルイズにとってのユーゼスと同じく、タバサの使い魔である。 ただし、いくら使い魔だからと言っても、契約して間もなく易々と人語は操れない。 風の古代竜、『風韻竜』と呼ばれる伝説の幻獣であるシルフィードだからこそ可能なことだった。 なお、『伝説の幻獣』であることが発覚すると、かなりややこしい事態になることが予想されるので、シルフィードは自分以外の人間がいるときは一切喋らせず、『ただの風竜』で通している。 このあたり、クロスゲート・パラダイム・システムを隠しているユーゼスと共通点があるかもしれない。 「それにしても、最近になってお城に現れた、あのお爺さん! ……えーと、名前はなんだっけ? ぶ、ブルブル卿?」 「ブレイン卿」 「そうそう、それそれ! いっつも黒いローブばっかり着て、なんだか怪しいことこの上ないのね! あの王女やお姉さまを見て、『よいよい、その調子でな』とか言うし!」 「どうでもいい」 そう、タバサにとって、『自分の目的』を果たすためならば、周囲の人間など直接的に関与しない限りはどうでもいいのである。 「……あのね、お姉さま?」 使い魔の呼びかけに、主人は答えない。 「召喚されて契約したときから思ってたけど、お姉さまは愛想がなさすぎなのね! もっと、こう、シルフィと少しは会話を楽しむのね! ペラペラ喋りまくるお姉さまもそれはそれで違和感あるけど、だからと言って今のままでもダメだと思うのね! ……そうだ、自分一人でダメなら、気のきいた会話が出来るようなお友達をお作りになるがいいのね! きゅい!」 「友達ならいる」 「あのキュルキュルとかいう享楽主義者のあばずれの不真面目者は、シルフィ、好きじゃありません。 じゃあ、友達がダメとなると……恋人! そう、恋人を作るべきよ! そうすればお姉さまももっと愛想がよくなって、わたしも楽しい! 一石二鳥なのね!」 「……………」 一人で勝手に盛り上がるシルフィードだったが、タバサはローテンションであった。 「好きな男の子、いないの?」 「いない」 「だったら作るの。 ……ええと、お姉さまの恋人となると……魔法学院の魔法使いたちは、みんな気取ってるからシルフィ好きじゃないし……う~ん……」 シルフィードは空を飛びながら、うんうん唸る。 「ああ! あの人なんかどう? あのギーシュさまと引き分けた、平民の男の人! お姉さまが初めてお付き合いするにはぴったりじゃない? はじめは人間の使い魔なんてみっともないって思ったけど、なんか物静かで、理屈っぽくて、それでいて変にガンコなところなんて、お姉さまに似てるような気がするし! ちょっと年が離れすぎてる気もするけど、恋愛入門者のお姉さまは年上にリードしてもらえばいいのね!」 まくし立てる使い魔の言葉を聞き流しながら、タバサは本に目を移す。 「じゃあ今度、デートに誘いなさい。いや、お姉さまが誘ったのでは、はしたないから――― ―――――!!!??」 ビクン、と突然シルフィードの身体が硬直する。 「!?」 空中でいきなり停止したため、ガクンとシルフィードの巨体が揺れ、自然とタバサの小さな身体も大きく揺れる。 タバサは慌てて本から目を離し、自分の使い魔に呼びかけた。 「どうしたの?」 「あ、ああ……」 「しっかりして」 「で、出て来るのね……!」 「……?」 怯えた様子のシルフィードをなだめながら、何があったのかを尋ねるタバサ。 そして次の瞬間、 ヴンッ!! 赤い光と共に、『それ』が出現した。 ―――『それ』は、一言で言い表すと、『骨』。 黄色い角と爪を持った、巨大な―――20メイル弱ほどの、骨の怪物であった。 「い、いやなのね……!」 その姿を見たシルフィードが、よりいっそう怯えの色を濃くする。 「アレを知っているの?」 「お、お姉さま……あれは……いけない……。う、うまく、説明は出来ないけど……あれは……出て来ちゃいけないものなのね……!」 「……しっかりして!」 シルフィードを叱咤しながら、タバサはとにかく落ち着けるように彼女を着地させる。 おっかなびっくりシルフィードは地面に降り、タバサはその頭を撫でながら『骨』の様子を見る。 『……グォオオオオオオ……!』 『骨』が低い唸り声を上げると、腹部にある赤い光球が輝き、その輝きが左腕の爪に移る。 次の瞬間、左腕の爪は『骨』自身の体長並に巨大化し、 ドシャァアアアアアアアアアンンン!!! 近くにあった屋敷が、薙ぎ払われた。 そこから多くの衛兵や使用人たちが吹き飛ばされるのを見て、タバサは即座に決断する。 「……………」 「お、お姉さま、どこ行くのね! きゅい!」 「……アレを止める」 「ダ、ダメなのね! シルフィの感覚が言ってるの、アレは関わらない方がいいって! それにお姉さまなら、アレが簡単に勝てる相手かどうかくらいは分かるはずでしょ!? シルフィと一緒に逃げるのね、お姉さま!!」 「見過ごせない。……待ってて」 使い魔が発する最大限の警告を押し留めて、一歩を踏み出すタバサ。 ……シルフィードは、恐怖に震えながらその背中を見送ることしか出来なかった。 タバサは『フライ』の低空飛行を使い、高速で『骨』に接近する。 無論、一直線に向かうような愚は犯さない。 左右はもちろん、時には後ろに下がり、直線と曲線を織り交ぜながら、接近と同時に撹乱を仕掛けているのである。 『……グォオオオオオオ……!』 巨大な爪が振るわれる。 「………」 それなりの余裕を持って回避したつもりのタバサだったが、しかし、 ドガァアアアアアアンンン!!! 「…………っ!」 『骨』の爪が地面に激突した衝撃、その余波だけでタバサの小さな身体がぐらついた。 タバサは若干慌てて体勢を立て直し、更に接近―――懐に飛び込む。 「………」 その無機質な赤い眼球に違和感を覚える。 こんな幻獣は見たことも聞いたこともない。ゴーレムにしては材質が未知の物質すぎるし、かと言ってガーゴイルにしては生物的すぎる。 ……その正体はハッキリ言って気になるが、今はそんなことを考えている場合ではない。 懐の死角に入り、呼吸を落ち着けて詠唱を開始する。 「ラグーズ・ウォータル―――」 ……しかし、この『呪文の詠唱』には、全ての系統魔法に共通した欠点がある。 一つは、使い手であるメイジが変わろうと、その詠唱の内容は寸分違わぬ物になってしまうこと。 つまり『詠唱の内容』さえ把握してしまえば、どのような魔法が繰り出されるのか簡単に判明してしまうのだ。 とは言え、それは魔法を使う側のメイジも百も承知であり、特に実戦派のメイジは詠唱を最小限の声量で行ったり、唇などの動きから悟られないように極力口を動かさないようにする訓練を行うことに余念がない。 加えて、もう一つ。魔法の詠唱の長さは、威力に比例している。 『詠唱の内容は寸分違わぬ物』である以上、これはいくら訓練してもどうしようもないことである。 ……対応策としては、可能な限り早口で詠唱するしかないが、それにも限界はある。 すなわち、メイジが魔法を発動する際には、最低でも一瞬程度の隙が生じてしまうことになるのだ。 『……グォオオオオオオ……!』 低い唸り声と共に、『骨』の腹部の光球が鈍く輝き、その光は今度は左腕ではなく、両肩の角のような器官に移動した。 そしてその角は、爪と同じように巨大化し、『骨』の足下にいるタバサを、 「イス・イーサ―――、っ!!」 ドガッッ!! 刺し貫かれる、と詠唱中のタバサが思った次の瞬間、『骨』の巨体が大きくブレる。 その結果、自分に向かって伸びていた角はその狙いを大きく外し、地面を穿つに留まった。 一体何が、と思って『骨』の本体を見ると、 「きゅ、きゅい……。コイツは嫌だけど……、恐いのは嫌だけど……、でも、お姉さまが傷付いたりするのはもっと嫌なのね……!」 シルフィードが『骨』の背中に体当たりをしていた。 (……ありがとう) 詠唱を中断するわけにはいかないので、心の中で礼を言う。 学院に帰ったら、あの子の好きなお肉を多めにあげよう―――そう思いつつ、しかし使い魔の行為に報いるためにも、今は敵への攻撃に集中する。 「―――ウィンデ!」 ヒュゴッ!! タバサの得意とするトライアングルスペル、『ウィンディ・アイシクル』。 『風』2つと『水』1つの要素により、空気中の水蒸気を凝縮させて水のカタマリを形成、集めた水を数十個もの氷の矢に凍結、そしてそれを発射する―――というプロセスの魔法である。 その威力はかなりのものではあるが、あの爪の威力からこの『骨』の体表の硬度を推察すると、この巨体を『傷付ける』のがせいぜい……倒すことは出来ないだろう。 ならば、狙うのはあの『あからさまな部分』しかない。 ドガガガガガガガガガガガッッ!!! これ見よがしに露出している、腹部の赤い光球。それにいくつもの氷の矢が突き刺さった。 ……この『骨』が攻撃する際には、必ずこの光球が輝いている。 ならば、そこを攻撃すればあるいは―――と、なかば博打のような試みだったのだが。 『グ、ォオォオ、グォォォオォォ…………!』 『骨』の動きが止まり、身体がパラパラと灰に変わっていく。 どうやら自分の博打は成功したようだ、とタバサはホッと息をついた。 「お姉さま!」 自分の元へと降りてくるシルフィード。 タバサはほんの少しだけ、目の前にいる使い魔のシルフィードか、唯一の友人と言えるキュルケくらいにしか判別できないほど微かに微笑むと、その頭を優しく撫でてやる。 「きゅいきゅい。……それにしても、コレ、何だったのかしら」 少しずつ灰となっていく『骨』を眺めつつ、更に念のために距離を取りながら、シルフィードは疑問の声を上げる。 「分からないの?」 「シルフィに分かるのは、これが『いけないモノ』だってことだけなのね。何て言うか、こう―――お姉さまたちみたいな『普通』なのとも、シルフィたちみたいな『古代種』とも違う、全然別なモノって感じなのね」 「……………」 シルフィードがそこまで言うのだから、よほど異質な存在なのだろう。 『ディテクト・マジック』でも試しにかけてみようか、とも思うが、下手に手を出せばヤブを突いてヘビを出す結果にもなりかねない。 ここはひとまず、この『骨』が完全に灰になるのを見届けて、その後で残った灰を持ち帰るなり何なりすればいいか。 と、タバサが結論づけた、その時。 ヴゥゥウウウウウンン!!! 「!?」「きゅい!!?」 突如、『骨』の背後の空間に、赤い穴が開いた。 「……!?」 次から次に起こる事態に、さすがのタバサも訳が分からなくなってくる。 それでも彼女の冷静な部分は、発生した『赤い穴』は『サモン・サーヴァント』を使用した際に発生するゲートに似ている―――と、分析を続けていた。 そして『赤い穴』は急速な勢いで拡大していき――― 「きゅいぃ!!」 「っ、逃げて!」 ヴゥォオオオオンン!!! ―――タバサとシルフィードに離脱する暇さえ与えず、彼女たちごと『骨』を飲み込んだ後、その口を閉じたのだった。 その一部始終を、離れた地点からつぶさに観察していた人間がいた。 「……………」 虹色のエネルギーフィールドによって空中に浮遊する、ユーゼス・ゴッツォである。 通常のゲートとは若干異なる転移反応を検知したので、ここまで見に来たのだが……。 「アレは……並行世界を覗いていた時に見た覚えがあるな……」 確かアインストクノッヘン、とかいう名前だったはずだ。 「……それが何故ここに存在している? この世界に『監視者』がいるのか?」 あるいは、群れからはぐれた個体が、何かのはずみで転移してきたか。 いずれにせよ、少々厄介な事態になりつつある。 「……まさか、アレに対処するために私が呼び寄せられたのではあるまいな」 アインストが出現したから自分が呼び寄せられたのか、それとも自分が出現したからアインストが呼び寄せられたのか。 ……タマゴが先か鳥が先か、というループに陥りそうである。 「そう言えば、アインストと戦っていたあの少女……」 名前は知らないが、見覚えのあるような気がする顔だった。 魔法学院のマントを羽織っていたし、おそらくは学院の生徒なのだろう。 「……戦闘能力は高いようだし、崩壊寸前のアインストになど遅れは取らないだろうが……」 しかし、彼女とその使い魔である青い竜が飲み込まれた空間が、マクー空間や幻夢界、不思議時空のようなものだとするなら……。 「……見過ごすのも後味が悪いか」 仕方がない、と呟いて、ユーゼスは脳内にナノチップとして埋め込んであるクロスゲート・パラダイム・システムを最大限に起動させる。 ナノチップサイズでは、その機能にかなりの制限がある。 故に、『それ以上の機能』を発揮するためには『召喚』を行う必要があった。 カァァァァアアアアアアアアア……!! ユーゼスの背後に、巨大な物体が出現した。 金属で形成された、人型の赤い上半身。 巨大な人間の頭部を思わせる、球形に近い下半身。 ―――デビルガンダムと呼ばれるその物体に、ユーゼスは己の肉体を同化させる。 瞬時にデビルガンダムは黒い液状に変化し、新たな別のカタチを形成し始めた。 そして青い光の結晶―――カラータイマーが虚空より現れ、人型に近いカタチの『それ』の胸部のあたりに収まる。 バチバチバチバチ……!! 銀色の身体に黒いラインが入った巨人が、誕生する。 バサッ!! 巨人が胸にあるカラータイマーを光らせると、その背中に悪魔を連想させる黒い翼が出現した。 『………ふむ、問題はないようだな』 光の巨人、ウルトラマンの力を満たした『容器』であるデビルガンダムに、自分自身がパイロット―――生体ユニットとなることで得られる力。 これぞクロスゲート・パラダイム・システムと、光の巨人の力を融合させた新たなる神の姿。 自己再生・自己進化・自己修復の機能を備え、時の流れや因果律をも操る。 神をも超えた存在―――超神形態ゼストである。 ……もっとも、実際にはこの力を以ってしても、ガイアセイバーズに破れてしまったのだが。 『さて……』 ヴゥォオン!! 空間に穴が開く。 ユーゼスが持つナノチップサイズのクロスゲート・パラダイム・システムでは、単体で時空間を超えることは出来ない。 よって、空間を超えるためにはより大規模で強力なクロスゲート・パラダイム・システムを内蔵しているデビルガンダムを使う必要があるのだ。 ゼストは先程発生した赤いゲートの痕跡を発見し、その後を追っていく。 「……!?」 赤い空がある場所。そうとしか表現の仕様がなかった。 タバサとシルフィードが『赤い穴』に飲み込まれ、思わず目をつぶって、次に目を開けたら、ここにいた。 地面はある。 だが、周囲には何もない。 木も、草も、雲も、壊された屋敷の残骸も。 あるのは赤い空と、荒涼とした地面だけだ。 「きゅ、きゅい……! し、静かなのね……」 「静か?」 「せ、精霊の声が、なんにも聞こえてこないのね。静かすぎて気持ち悪いのね……。安らぎを感じるくらいに静かだけど、それが逆に不気味と言うか……」 どうやら、本格的に『自分のいた場所』とは違う場所のようだ。 どうやって脱出すればいいのか、と考えようとするタバサだったが、そこで重大なことに気がついた。 あの『赤い穴』に飲み込まれたのは、自分と、シルフィードと、そして灰として崩れかけた『骨』。 自分とシルフィードは、ここにいる。 ならば、『骨』は―――? 「きゅい!」 タバサが周囲を見回すよりも速く、彼女のマントがシルフィードが咥えられ、持ち上げられる。 ……驚きはするが、それで使い魔を咎めたりはしない。 なぜなら、咥えられながら大急ぎでこの場から離れていく視点から、急速な勢いでその身体と赤い光球を再生させていく『骨』が見えたからである。 「………!!」 出現した時に見た赤い光と、ここに広がる赤い空から考えるに、どうやらここは『骨』のテリトリーらしい。 (勝てるの……?) 戦いになれば、この『骨』はおそらく本領を発揮するだろう。つまり先程よりも強力になっている。 しかも、首尾よく倒せたとして、『この場所』から『元の場所』に戻る方法も、その手掛かりすら分からない。 (こんな所で……!) ギリ、と奥歯を噛むタバサ。 生きる目的も果たせず、こんな……どことも知れぬわけの分からない場所で、自分は終わるのか。 自分自身に課せられた運命を本格的に呪い始めたタバサだったが、その思いは十秒もしない内に掻き消える。 驚くことばかりだった、この一連の事件。 その最大の驚愕が、目の前に現れたのだから。 カッッ!! 赤い空間に、超神ゼストが現れる。 ゆっくりと周りを見ると、すぐ近くには再生を終えたばかりのアインストクノッヘン。少し離れた地点には、青い髪の少女とその使い魔である青い竜。 『………』 ゼストはクノッヘンの方に向き直ると、無造作に歩みを進めていく。 『……グォオオオオオオ……!』 唸りを上げるアインストクノッヘン。 タバサに対して何度かそうしたように、左腕の爪を巨大化させて自身の『敵』へと振るう。 それに対してゼストは、右腕を使ってその爪を弾き、 ドガァァアアアンッ!! 『!』 『!?』 勢いあまって、弾くどころか左腕を丸ごと吹き飛ばしてしまった。 しかしクノッヘンはまるで痛覚など持ち合わせていないかのように、今度は肩にある角を伸ばしてくる。 ヒュッ! ―――その攻撃を回避しながら、ゼストは……ユーゼスは自身の力について考えていた。 (……強力すぎる……!) 先程の爪を弾いた一連の動作は、本当に『弾くだけ』のつもりだった。 今の回避にしても、これほどスムーズに回避できるのはおかしい。 考えられる線としては――― (……ルーンか。おそらくデビルガンダムを『兵器』として認識しているな) 元々デビルガンダムは正式名称をアルティメットガンダムと言い、ライゾウ・カッシュ博士が望んだ『地球環境を再生する機能』と、自分が望んだ『時空間を移動する機能』をあわせ持つ機体だった。 決して最初から『兵器』として開発したわけではないのだが、やはりその性質上『兵器』というカテゴリーに分類されるようだ。 そして、ルーンの効果による身体機能の上昇。 『デビルガンダムの生体ユニットは強靭な肉体を持つ者でなければならない』という東方不敗マスターアジアの理論は、あながち的外れでもない。 自分の肉体をパーツとするのだから、強靭であればあるほど良いに決まっている。 その上で更に女性であれば、三大機能である自己再生・自己進化・自己修復もより強力になるのだが―――まあ、それはこの際どうでもいい。 とにかく結論としては、今の超神ゼストはガイアセイバーズとの戦闘時より強力になっている、ということである。 (……手早く終わらせるか) バリィ……ッ!! 右手にエネルギーを集中させ、腰のあたりに構える。 見ると、クノッヘンは吹き飛ばされた左腕を、その断面から徐々に再生させているところだった。 (……まるでDG細胞だな) そのような感想を抱くが、アインストの肉体構成などに興味はあまりない。 今、自分の目の前にいるのは、ただの目障りな『敵』である。 シュドッ!! ドガァァアアアアアアアアンン!!! 逡巡などは全くなく、ゼストは右手の光球を『敵』にぶつけてその身体を爆散させたのだった。 おかしい。 自分は確か、昨日づけで魔法学院のメイドを辞めて、今日からモット伯の屋敷で働く(どのような『扱い』を受けるのかは、大体察していた)はずだったのに。 気が重いけど給金は今までの3倍だし、故郷のタルブの村では弟や妹たちが、お腹を空かせたヒナ鳥のごとく自分の仕送りを待っている。 8人兄弟の長女ともなると、こういう時に責任が圧しかかってくるのである。 だと言うのに。 「……………」 シエスタは混乱していた。 さあとうとうモット伯のお屋敷が見えてきた、という時に、いきなり骨のバケモノが現れてそのお屋敷を木っ端微塵に壊してしまった。 遠くからだったのでよく分からないが、誰かメイジが現れて骨のバケモノと戦い、バケモノの動きを止めた。 そうかと思ったら、いきなり空に赤い穴が開いて、メイジとその援護していた青い竜、そして骨のバケモノを消してしまった。 そのまましばらく呆然としていると、また空に穴が開いて、中から銀色の巨人と、さっき消えてしまったメイジと青い竜が現れた(角度の問題から、シエスタは超神ゼストがハルケギニアにおいて最初に出現するシーンを目撃していない)。 (……わけが分からないわ……。けど……) あの銀色の巨人。 メイジと竜が着地するのを見ると、全身を発光させて消えてしまったが、あの存在にシエスタは心当たりがあった。 自分が生まれる前に死んでしまった曽祖父から伝え聞いたとされる、おとぎ話。 人々が持てる力の全てを出し尽くし、それでもどうにもならない程の強力な敵が現れたときにやって来る、光の巨人。 「……ウルトラ……マン……?」 シエスタは襟元に留めてある流星のマークを軽く握りながら、銀色の巨人へと思いを馳せる。 「……ふむ、やはり巨大なものでは小回りが利きませんね……」 ロマリア教皇ヴィットーリオは、召喚した自身の使い魔―――ヴァールシャイン・リヒカイトを通じて、青い髪のメイジと、ヴァールシャインより生み出した『骨のような幻獣』の戦いを見ていた。 使い魔とメイジの感覚は、繋がっている。 よって、その繋がりをコントロールすれば、ヴァールシャインを中継点として『骨のような幻獣』の視点を見ることも可能なのである。 「それにあまり大きすぎるものですと、ヴァールシャインも消耗するようですし……」 召喚された際にボロボロだったヴァールシャインは、いまだ完治していない。 それどころか新たな個体を生み出すと、より損傷が酷くなっていく。 『ヴァールシャインの空間』の展開も、あまり良い影響は与えないようだ。 「焦りは禁物、ということですか。しかしあまり悠長にやっていてもいけません。……そうですね、ここは巨大なものではなく、小さな―――人間ほどのサイズの個体を、複数生み出してみましょうか」 それに、出現させた地点もまずかった。 ロマリアとしては大して重要でもないゲルマニアや、国王が今のジョゼフⅠ世に変わってから妙にキナ臭くなったガリアあたりならともかく、トリステインというのは良くない。 あの国は後々、役に立ってもらわなければならないのだから。 「出現地点にある程度のコントロールは利きそうですが……ふむ……」 ならば、次はどこに出現させるべきか。 出現させても大して問題はなく、むしろ出現させた方が良く、出現させた個体の能力も測れる地点。 「……アルビオンあたりにでも出してみますか」 ちょうど内乱の真っ最中であるし、戦いには事欠くまい。 『レコン・キスタ』という集団も、エルフを倒して聖地を取り返そうという理念自体には理解も共感もするが、そのやり方に問題がありすぎる。 エルフを倒すためには『虚無』が必要不可欠であるのに、『虚無』の担い手である可能性を持つ、王家の血を引く者を殺してどうしようというのか―――まあ、これは知りようのない情報ではあるが。 それを差し引いても、今までのアルビオン王国、ひいてはハルケギニアの歴史や伝統を真っ向から否定するような連中である。 百害と一利が同時に存在するような集団だが、百害を除くことと一利を得ることを天秤にかけるとするなら、前者を取るのは当然だ。 「今更、『彼ら』を投入したところで、大勢に変化があるとは思えませんが……」 何しろ、敵は5万の兵。 ちょっとやそっと数を減らしたところで、どうにもなるまい。 何とかしてやりたいとも思うが、あまり数を出しすぎるとヴァールシャインが本当に『崩壊』してしまいかねない。 「まあ、しばらくは『実験』に徹するとしましょう」 そうして、ヴィットーリオはヴァールシャインからどのような個体が生成可能なのか情報を引き出すため、彼が安置されている部屋へと向かう。 「……修正する……世界を……静寂……の……」 自分の思考に、僅かずつではあるが雑音のようなものが混ざりつつある、とは気付かないままで。 「……『始まりの地』に、未だ人間が存在していなかった時、『思念体』が命の種子を飛ばした」 「………」 「その種子は銀河を超え、次元の壁を超え―――多くの世界へと散っていった」 「………」 「数多くの世界に存在する『人間』の姿形が同一なのは、その大元が同一だからじゃろうな」 「……ということは、このハルケギニアにもその『種子』とやらが飛んできたのか?」 「可能性はある。 ……そして、その種子から生まれた生命体たちを監視することを目的とするのが、奴らじゃ」 「ほう……」 テーブルを挟み、椅子に座りながら会話するガリア王ジョゼフと黒いローブに身を包んだ―――ダークブレインの仮の姿である―――老人。 老人は今、ブレイン卿と名乗ってグラン・トロワに住み着いていた。 「あの『監視者』たちは、育った生命体が宇宙に『不適切』であると判断した場合、その生命体を排除するように仕組まれておる」 「では、ハルケギニアの人間たちは『不適切』だと? ……まあ、言われてみれば思い当たる節がないでもないがな」 ジョゼフがハルケギニアの貴族たちの振る舞いを思い返していると、ブレイン卿から訂正が加えられた。 「いや、アレはどちらかと言うと、その『監視者』のはぐれ者―――というところじゃな」 「はぐれ者?」 「そう。大方、何かの手違いかトラブルで、次元の狭間にでも押しやられた個体が、偶然この世界に転移してきたとワシは予測するが」 髭を撫でつつ、自分の考えを述べるブレイン卿。 「アレもワシらと同じく、古(イニシエ)の……」 小さく漏らした声だったが、それをジョゼフは聞き逃さない。 「…ほう、ほうほう。聞いたぞ、今のセリフ。―――ふむ、薄々ではあるが、お前の正体が読めてきた」 「……なかなか耳ざとい男じゃな、お前は」 ブレイン卿はそんなジョゼフに感心するが、当のジョゼフはそんなことには構わずにブレイン卿の―――ダークブレインの能力について話してきた。 「しかし、それにしても凄いな、お前の『暗邪眼』とやらは! ガリアからトリステインまでの距離をものともせず、その目に遠く離れた景色を映すのだから!」 「……単純な距離程度なら、大して問題でもないわい。しかも同じ大陸の中じゃしな」 「ははは、そうか、大したことがないか! ……いや、お前にとっては大したことはなくても、俺にとっては『大したこと』でな。お前の視界に俺の視覚を繋げてもらうことで、俺もまた世界を看破できる。これは感動ものだぞ! ……いや、お前を召喚してから、俺は感動し通しだがな!」 興奮するジョゼフを冷静に見ながら、ブレイン卿は淡々と返答していく。 「―――ワシが本当に『世界を看破』すれば、お前の脳なんぞ一瞬でパンクするわい」 そんなブレイン卿の言葉にも、ジョゼフは『そうか、そうか』と愉快げに応えるだけである。 (……この男……) なかなか尺度が測りにくい、と『ブレイン卿』ではなく『ダークブレイン』として考察する。 「それはそうと、お前の『敵』とやらに受けた傷はどの程度まで回復したのだ?」 「……そうそう簡単に治るものではなくての。今のところ、回復度合は―――3割、と言ったところか」 それを聞いたジョゼフは、うーむ、と唸る。 「3割か……。……ふむ、まあ、そう焦ることでもないな。何事も、一気にやってしまっては面白味に欠けてしまうからな」 まるで玩具や歌劇を楽しみに待つ子供のようである。 「おお、そうだ、あの赤い世界に現れた銀色の巨人! あれも気になるな! 教えてくれ、ダークブレイン!」 「……アレについては、ワシも推測が多くなってしまうんじゃが」 どうも自分が戦ってきた『光の巨人』とは、タイプが違うようである。それに妙な能力も付随している。 しかし、当面の『協力者』に問われたからには答えなければならないので、ブレイン卿はとりあえず自分の知っている『光の巨人』についての情報をジョゼフに話すのだった。 アインストと戦闘を行った、翌日の朝。 今日も早朝から洗濯を行うため、ユーゼスは洗い場にやって来た。 水が冷たいな、などと思いつつ、ジャブジャブと主人の下着を洗っていると、 「おはようございます、使い魔さん」 もう聞こえないはずの声が、横から響いてくる。 見ると、そこには黒髪のメイド―――シエスタが、相変わらず大量の洗濯物を抱えて立っていた。 「……勤め先が変わった、と聞いたが」 「あ、はい、そうなんですけど、そのお屋敷がバラバラに壊されちゃったんで……」 仕方がないので学院に戻ったら、 『じゃあ今まで通りにここで働きなさい。……それと、君が見たという“骨のバケモノ”については、なるべく他言しないように。無用な混乱を招きかねんからな』 と、学院長であるオールド・オスマンに言われてしまったのである。 「別のお勤め先も見当たらないので、お言葉に甘えることにしました」 「そうか」 意外とアバウトな組織だな、とユーゼスは思った。……が、たかがメイド一人が辞めようが雇われようが、自分には大して関係もない。 無言で洗濯を続けるユーゼスの横で、シエスタもまた黙々と洗濯をこなしていく。 魔法学院の、新たな一日の始まりである。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6986.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「ふむ」 「なあ、ユーゼスよぉ。久し振りに鞘から出してくれたのはいいんだけど、そうやってシゲシゲ眺めるだけってのはちょっと……」 ラ・ヴァリエールの城の近くにある平原に着陸させたジェットビートルの付近で、ユーゼス・ゴッツォはデルフリンガーの刀身を眺めていた。 無論、このインテリジェンスソードの声を聞きたくなっただとか、剣の訓練を行おうだとか、ましてや手入れをしようなどという殊勝な心がけは微塵もない。 「なあってばあ。お前さんもガンダールヴなら、もうちょっと、こう、身体を鍛えるとか、俺と効果的な戦術を話し合うとか、色々……あるだろ? あるよね?」 デルフリンガーの言葉は、完璧に無視されていた。 「……………」 では、ユーゼスはデルフリンガーを手に一体何をしているのかと言うと。 (やはりこの剣は、私には扱いにくい……) この剣の今後の使い道について悩んでいたのである。 デルフリンガーは『インテリジェンスソード』と『系統魔法の吸収』という能力を抜かして考えると、『細身の大剣』と分類することが出来る。 もう少し詳しく記述すると、刀身の太さは普通の剣と変わらないが、長さが1.5メイルほど。 この大きさは、ユーゼスにとって負担だった。 (大き過ぎるな) 昔のガンダールヴがどのような人間だったのかは知らないが、おそらく今のユーゼスよりは基礎的な身体能力は高く、また精神的な触れ幅……デルフリンガーが言う所の『心の震え』も強かったはずだ。 つまり強化される前の能力と、ガンダールヴのルーンによって強化される度合の両方がユーゼスよりも高かったと推察が出来る。 (むう……) 伝説に残るほどの使い魔であるガンダールヴならば、おそらくルーンを本格的に発動させた場合には今のユーゼスよりも遥かに強かったに違いない。 それはもう、このデルフリンガーという大剣を軽々と振り回すほどに。 だが、ユーゼスは例えルーンの補助があろうとも、デルフリンガーを『軽々と振り回す』ほどの力はないのだ。 ―――ちなみに超神形態に変身した場合、肉体として使うデビルガンダムをルーンが『武器』として認識してくれるので以前よりもパワーアップしているが、ハルケギニアで超神形態になるつもりはほとんどないので除外する。 ともあれ、デルフリンガーはユーゼスにとっては扱いにくい。 これは厳然たる事実である。 しかしこの剣が持つ能力である『系統魔法の吸収』は惜しい。 よって、デルフリンガーは主に武器ではなく防具として使用することがユーゼスの中では決定しているのだが。 (……問題は武器だ) そうなると手持ちの武器が、快傑ズバットが使っていた鞭くらいしかなくなってしまう。 あの鞭も応用範囲はかなり広いのだが、扱いにやはり高い身体能力と、そして何より習熟を要する。 ガンダールヴの力で『使い方』が分かったからと言って、それですぐに実戦で通用するほど自由自在に扱えるかというと、必ずしもそうではないのだ。 そうなると……。 (新しく武器を手に入れる必要がある) ついこの間までメインで使用していた、もっと扱いやすい『普通の剣』は先のウェールズ・テューダーとの戦いで粉砕されてしまった。 形や長さ的にはアレと同じで良いのだが、問題は材質だ。 普通の金属で作られた剣では高レベルのメイジと戦った場合、前のものと同じく破壊されてしまう。 よって。 (アレを使うか) 「あ、おい、ユーゼス?」 ユーゼスはデルフリンガーを放って……と言うよりも『デルフリンガーに見られると都合が悪い』ので、ハシゴを登ってジェットビートルの中に向かった。 「……………」 ユーゼスはビートルの中に入り、誰もいないことを確認すると脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させる。 そして『自分の空間』へのゲートを開くと、そこに仕舞っておいた50サントほどの大きさの金属のカタマリを四個ほど取り出した。 「む……」 さすがにこんな物をユーゼスの腕力で持てるわけがないので、軽く因果律を操作してゆっくりと床に下ろす。 「……オリハルコニウム、か」 ラ・ヴァリエールの土地に向かう直前、シュウ・シラカワと情報交換を行った際に『土産』としてミルトカイル石と共に受け取った希少金属、オリハルコニウム。 これは本来、シュウの出身地である異世界ラ・ギアスの物質である。 『魔装機』と呼ばれる巨大人型兵器の装甲に用いられている物質で、硬度は高く、強度は折り紙つき、しかも軽い……と、まさに装甲材には申し分のない金属だ。 だがどうにも産出量が少なく、しかも加工に特殊な技術と魔力(ラ・ギアスの魔法によるもの)を要求されるため、それこそ魔装機の装甲として採用されるまでは兵装として使用されたことはほとんどなかった。 その希少かつ扱いの困難な物質が、今インゴットとしてユーゼスの目の前にある。 「ふむ」 コンコンと軽く手で叩いてみるだけでも、相当な硬度を持っていることが窺える。 ハルケギニアの技術力では、スクウェアクラスの『錬金』を使おうともまず間違いなく単純な加工すら出来ないだろう。 だが。 「……………」 ユーゼスが一睨みした瞬間、オリハルコニウムのインゴットは虹色の光に包まれる。 「長さは1.2メイルほど……刀身の幅はデルフリンガーと同程度で良いとして……」 そして10秒もしない内に、見事な一本の剣が出来上がった。 「……これで良いか」 その剣を手に取り、振るってみる。 軽い。 刃渡りが短く、扱いやすい。 何より、うるさくない。 これ以上は実際に使ってみないと分からないが、今の所このオリハルコニウム製の剣はユーゼス的にあらゆる面でデルフリンガーを上回っていた。 強いて難点を挙げるとするならば。 「…………また因果律を操作してしまった」 ユーゼス自身の良心の呵責、という点である。 どうもここ最近、禁止していたはずのこの行為を頻繁に行っている気がする。 アインストの反応を感知して超神形態に変身、結果としてタバサを助けた……まあ、これは仕方がないとしてもだ。 タバサの使い魔に乗ったら酔ったのでそれをキャンセルした、だとか。 死ぬ直前の状態だったタバサとキュルケを助ける、だとか。 エレオノールへの精神干渉を遮断する、だとか。 そして今また、因果律を操作してオリハルコニウムを加工し、剣を作り上げてしまった。 「…………うぅむ」 まあ、今回は別にハルケギニアそのものだとか、その住人たちに直接干渉を行ったわけではないのだから、そんなに気にする必要もないかも知れないのだが。 と言うか、オリハルコニウムはハルケギニアの物質ではなくてラ・ギアスの物質なのだから、別に『ハルケギニアへの干渉』にはならない、はず、だと思いたい。 それにシュウ・シラカワだってこの金属をまた別の世界に持ち込んで機動兵器の装甲や武装に使っていた。 また、シュウの知人であるマサキ・アンドーなどオリハルコニウムのカタマリである魔装機神で別の世界を縦横無尽に駆け巡っていたではないか。彼と直接の面識はないが。 ともかく、この程度の干渉は大目に見ても構うまい……と、自己弁護して多少強引に自分を納得させるユーゼス。 閑話休題。 とにかく、いつまでもビートルの中にいるわけにはいかない。 それに鞭と組み合わせた戦法なども考えるためには、広い場所に出て色々と試す必要がある。 と、そう言えば……。 「……いくらかオリハルコニウムが余ったな」 シュウから貰ったオリハルコニウムのインゴットは、50サントほどの物が四個。 それを使って1.2メイルの剣を作ったのだから、余りが出るのは必然とも言える。 「仕舞っておくか」 後々になって活用が出来るかも知れないので、取りあえず『自分の空間』に戻すことにする。 さて、それでは下に降りるとしよう。 ユーゼスが地面に降り立つと……。 「まあ。それじゃユーゼスさんに買われてから、今までほとんど鞘の中だったんですか?」 「そうなんだよぉ~。アイツってホントに必要な時以外に俺を抜こうとしやがらねぇし、抜いたとしてもほとんど魔法を受け止めるためにしか使ってくれねぇし……」 何故かヴァリエール家の次女がいて、インテリジェンスソードと会話を行っていた。 「……………」 事情がよく分からないので、その事情を聞くために一人と一本に近付いていくユーゼス。 そして桃髪の女性……カトレアはユーゼスに気付くと、にこやかに話しかけてくる。 「あらユーゼスさん、用事は終わったんですか?」 「確かにひとまずは終わったが。……何故ここにいて何をやっている、カトレア」 「お散歩をしてたら見慣れない物がお城の近くにあったから、気になって来ちゃいました。そしたらそこのデルフさんが無造作に置かれてたので、ちょっとお話でもって」 「そうか」 ひょい、と鞘に仕舞うべくデルフリンガーを手に取るユーゼス。 「いや、あの…………ユーゼス? その腰にある剣は…………何なのかな?」 何やら非常に不安げな様子でデルフリンガーから問いかけられたが、答える義務はない。 「ね、ねえ、ちょっと、ちゃんと答え」 ガシャンッ なので、無視してこの剣を鞘に押し込んだ。 (それにしても……) 『見慣れない巨大な物体』がいきなり自分の家の近くに置かれていたら普通は警戒するものだとユーゼスは思うのだが、そのあたりどうもカトレアは肝が据わっているらしい。 いや、ただ単に好奇心が旺盛なだけなのだろうか。 「ねえ、ユーゼスさん」 「何だ」 「あなた、何者ですか?」 「―――どういう意味だ?」 薮から棒にカトレアから投げかけられた問いに、ユーゼスは思わず警戒する。 しかしそんなユーゼスに構わず、カトレアは微笑んだままで言葉を続けた。 「ハルケギニアの人間じゃないってことは、初めて会った時すぐに分かりました。あなたは『遠くから来た』って言ってましたけど……それも東方のロバ・アル・カリイエとかエルフが住んでる土地じゃない。 って言うか、もっと、こう……えっと、上手く言い表せないんですけど、何だか根っこから違う人間のような気がします。多分、あなたが来たのはもっとずっと遠く。私たちが名前すら聞いたことのない場所のはずです。……違って?」 「……………」 驚いた。 エレオノールにもルイズにも、その辺りのことは話していないと言うのに。 「『どうして知ってるんだ?』って顔してますね。でも分かるんです。私、昔から妙に鋭いみたいで。……うふふ。ユーゼスさんの驚いた顔なんて初めて見ちゃいました」 まさか単なる洞察力や勘だけでここまで言い当てたと言うのだろうか。 しかし、彼女から敵意は感じない。 「……目的は何だ?」 「いえ、特に何も。ただお話をしたかっただけです」 どうも真面目に話をしているのか冗談交じりに話をしているのか、判断が付きにくい人物である。 カトレアはやはり笑みを崩さないままで、ユーゼスと会話を行う。 「そして……あなた、さっき言った理由とは別に、常に人と距離を置いてるわ。私にも、ルイズにも、エレオノール姉さまにも――――きっと、誰にでも」 その通りだった。 何せ、自分のスタンスは『ハルケギニアに積極的な干渉はしない』である。 自然とハルケギニアの住人であるエレオノールたちとは、距離と言うか『壁』のような物を作ってしまうのだ。 (……私自身ですら意識はしていなかったのだが) だが、それを容易く見抜いたこのカトレアという女性は何なのだろう。 単純に自分に興味があるのか、それとも……。 ……いずれにせよここであれこれと詮索しても意味はないと判断したユーゼスは、顔を無表情に戻して先程の問いに答える。 「そうだ。私はこの世界の人間ではない」 「やっぱりそうだったんですね」 『違う人間だ』というカトレアの言葉を肯定するユーゼス。 やはりと言うべきか、彼女は驚かなかった。 「帰りたい、とは思わないんですか?」 「思わん」 少し不安げに聞いてくるカトレアだったが、ユーゼスはアッサリとそれを否定した。 「……断言するんですね」 「その通りなのだから仕方があるまい。……故郷などとっくの昔に捨てているし、何よりも私はハルケギニアに来る直前に『全てを失って』いるからな。その中には郷愁の念も含まれていたかも知れんが」 バード星。 もはや思い出すことすら困難な、遠い故郷。 今更あの星に戻ったところで、どうにかなるものでもあるまい。 「お父さんや、お母さんは?」 「父と母? ……ああ、そう言えばそんな人物もいたか」 「そう言えば、って……」 何やら呆れている様子のカトレアだったが、ユーゼスはその『父』と『母』の追憶に集中していてそれに気付かない。 (…………何も思い出せんな) 自分という人間がいる以上、『父』や『母』という類の人間もいなければおかしいのであるが、どうにも記憶から抜け落ちている。 どんな人物で、自分とどんな会話をして、どんな声で、どんな顔だったか。 困ったことに、全く記憶に残っていない。 なので、カトレアの問いに答えようもなかった。 「悪いが、覚えていない」 「……それは……寂しいですね」 「そうか?」 両親の記憶など、別になくとも困らない。 イングラム風に言うとするなら、こうなる。 「……そんな者がいなくとも、私は今まで生きてきた。そして、これからもそうだ」 もっとも、これは『超絶的な力を持つ存在』に対する言葉なのだが。 「でも、『心の拠り所』みたいなものは必要でしょう?」 「それは弱さだよ。信じるものは己のみ。孤高の存在とはそうあるべきだ」 そう言ってから、ユーゼスはあることに気付いた。 どうにも……このカトレアと言う女性と話していると、自分の口が軽くなっているのである。 (エレオノールと話していても似たような状態になったことがあるな……) この二人には、何か自分に対して働きかける因子のような物でもあるのだろうか。 密かにユーゼスが首を捻っていると、カトレアが少しだけ悲しそうな顔になって話しかけてきた。 「違います、ユーゼスさん」 「む?」 何が違うと言うのだろうか。 「あなたのそれは……きっと『孤高』じゃなくて、『孤独』です」 「……………」 「だって、本当に自分しか信じてないのなら……そもそも私や姉さまたちと、こうして一緒にいる必要なんてないでしょう?」 ユーゼスは、黙ってカトレアの話を聞いている。 「本当はユーゼスさんも、誰かを信じて……いえ、信じられるものや、『心の拠り所』が欲しいんじゃないんですか?」 「……………」 じっと自分を見つめるカトレア。 その視線と言葉を受け止め、ユーゼスは心の中でそれを反芻し……。 「……フッ、そうかも知れんな」 自嘲の笑みを浮かべつつ、それを認めた。 ―――「私は……お前が……うらやましい。地球人に受け入れられた……お前がな……」――― 死の直前、イングラムに対して告げた羨望の言葉。 あれは本心だった。 自分と同じはずでありながら、自分にはなかったものを持っていた存在。 ……今更考えても意味のないことではあるが……もし何かの歯車が一つか二つほどズレていたら、あるいは自分もイングラムのようになれていたのだろうか。 (本当に考えても意味がないな……) 無数にある並行世界の中には、もしかしたらそのような世界があるかも知れない。 だが、それがごく自然に発生したものだろうと、あるいは人為的に発生したものだろうと、『このユーゼス・ゴッツォ』には何の関係もないものだ。 ゼ・バルマリィ帝国の中で野心に燃え、自分のように『人間を超えること』ではなく『全能なる調停者となること』に固執しすぎていた、『あのユーゼス・ゴッツォ』のように。 (……まあ、いい。並行世界の自分などに今更興味はない……) 気を取り直し、目の前のカトレアとの会話に意識を戻す。 『心の拠り所』を求めている、と自分を評したこの女性に対し、何を言うべきなのだろうか。 ユーゼスはそう考え、そして……。 「……そう言うお前はどうなのだ?」 「え?」 意趣返しという訳ではないが、逆にカトレアの人格の分析をしてみることにした。 「私は確かに『拠り所』となるものはない。そしてお前の言う通り、常に孤独を感じて生きている。……だが私には、お前もそう変わらんように見えるぞ」 「…………どうして、そう思うんですか?」 驚き、わずかに息を呑む様子を見せるカトレア。 ユーゼスはそんな彼女を見て内心で若干得意になりながらも言葉を続けた。 「……お前は私とは違った意味で異質だ。ハルケギニアの人間でありながら、ハルケギニアの人間とはメンタリティが異なっている。……いや、正確に言えば『ヴァリエールの中で異質』と言うべきか?」 「……………」 ヴァリエール公爵、公爵夫人、エレオノール、そしてルイズ。 前者の二人についてはそれほどよく知っているわけではないが、少なくとも第一印象はカトレアと随分異なるし、後者の二人については言うまでもない。 以前、キュルケがルイズを評して『プライドばかりムダに高く、少しつつけば必要以上に熱くなり、短気なところなどまさにヴァリエールの血筋そのものだ』と言ったことがある。 その内面の深い所までは窺い知れないが、カトレアからはそのような印象は全く感じない。 ……事実、ユーゼスは最初にカトレアを見た時に『外見がルイズに似ている』とは思ったものの、直接的な血縁関係があるという考えには至らなかった。 「私はお前の過去を知らないので、人格を形成する経緯にも考えが及ばんが……それで『明確な孤独』を感じたことがない、ということはあるまい? いや、あるいは孤独が先にあって人格が後から形成されたのか……」 「…………そう、なんですかね?」 こうも勝手に自分の人格を定義されれば普通は怒りそうなものだが、カトレアはやや複雑そうな表情を浮かべただけで、特に否定も肯定もしない。 「……人間は自分のことを見つめられるようには出来ていませんし、そのあたりは私にもいまいちよく分かりませんわ」 「確かにな……。……人間は、自分自身のことが最も分からないものだ」 カトレアの言葉に頷くユーゼス。 ―――「フフ……私は、お前に自分が失ってしまったものを……与えたのかも知れんな」――― 再び、あの時の光景が脳裏をよぎる。 ユーゼス・ゴッツォが失ってしまったもの。 イングラム・プリスケンに与えたもの。 あの時は『自分の良心』だと思ったが、果たしてそれだけだっただろうか。 ……その答えは今の自分には分からないが、あるいはこの目の前の女性ならば、それが分かるのでは……。 (いや、それは『拠り所』と言うよりも、単なる『甘え』に過ぎんか……) 自分の答えを他人の中に求めるなど、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。 それはユーゼスだけではなく、カトレアも同じだろう。 「……ふむ。これ以上は互いの精神衛生上、よろしくないと思うのだが」 「そうですか? 私はもう少し続けても構いませんけど。けっこう楽しいですし」 「……………」 軽く息をつくユーゼスと、微笑みを浮かべるカトレア。 ユーゼスにとっては強制的に自己分析をさせられるような感じだったが、カトレアにとってはこれもまた『楽しいこと』らしい。 「まあ、機会があればいずれまた……ということにでもしておいてくれ」 「はい。それじゃ、その時を待ってます」 にこやかに言われてしまう。 参った。 これで、最低でもあと一回はこのような問答をしなくてはならなくなってしまったではないか。 (やれやれ……) やや辟易しつつ、しかしそれを少しだけ楽しみにしている自分を自覚しながら、ユーゼスは改めてカトレアを見る。 彼女は相変わらずにこやかに微笑んでいたが、ユーゼスと目が合うと少しだけその微笑みに儚げなものを混ぜ、そしてユーゼスを見つめながら、こう言った。 「……でも嬉しかったです。やっと分かってくれる人が現れて」 「何?」 その言葉に、どのような意味があったのか。 ユーゼスが問い質すよりも早く、カトレアはやや強引にではあるが話題を別の方向に持って行く。 「あ、そうだ、ユーゼスさん」 「……む?」 「この……『びーとる』、でしたっけ? デルフさんが言うには『凄い速さで空を飛ぶ鉄の箱』って話でしたけど、本当にそうなんですか?」 すぐ傍にある巨大な物体を指差し、桃髪の女性はそんなことを聞いてくる。 先程の呟きが気になる所ではあったが、その前に自分から止めるような発言をしてしまった以上、追及するのもためらわれる。 なので、ここは切り替えることにした。 「……概ねその通りだ」 ユーゼスがそう答えると、カトレアはパッと表情を明るくさせてユーゼスに要求してくる。 「じゃあ、私をこれに乗せてくれるか……出来れば動かさせてくれません?」 「何?」 いきなり乗せてくれ、あわよくば操縦させてくれ、と来た。 まさかデルフリンガーから『エレオノールもルイズもこれに乗ったことがある』とでも聞いて、また『私だけ乗ってないのは不公平です』とか言い出すのだろうか。 などとユーゼスが思っていると、 「……だって、これに乗って飛べばどこにでも行けるんでしょう?」 カトレアの口から、予想外の言葉が語られた。 「―――どこかへ行きたいのか?」 「ええ。だって私、このラ・ヴァリエールの領地から一歩も外に出たことがないんですもの」 微笑みを崩さないまま、桃髪の女性はそんなことを言う。 (この女の根幹にあるのはこれか……?) 先程の人格の分析と、今のこのカトレアの言葉を照らし合わせるユーゼス。 聞いた所によると、カトレアの年齢は確か24歳。 ユーゼスで言うなら、大気浄化に心血を注いで多くの星の大気汚染を解消していた頃だろうか。 ……このラ・ヴァリエールの領地も決して狭いという訳ではないだろうが、しかし生まれてから現在に至るまで24年間もずっと同じ場所にいれば『そこから出たい』と思うのも無理はない。 いや、むしろ『そこから出たい』思わなければおかしいだろう。 (……とは言え……) しかし。 銀髪の男はそんな彼女に同情も憐憫も抱くことはなく、ただ淡々と事実だけを述べる。 「結論から言うが。お前にはビートルを操縦させることも、搭乗を許可することも出来ない」 「!」 カトレアの瞳が、軽く見開かれた。 「操縦そのものは私が教えるなりすれば何とかなるだろうが、これは動かす際に人間の生命エネルギーのような物を吸い上げるからな。お前が操縦した場合、下手をすると命に関わる」 「……それじゃあ、ユーゼスさんが操縦するのはいいんですか?」 「お前は基本的な生命力が常人に比べて弱いからな。消費して構わない『許容量』も、それに比例して小さくなってしまうのだ」 普通なら言いにくいであろうことだが、ユーゼスは構わずに語り続ける。 「搭乗することを許可出来ないのも似たような理由だ。ジェットビートルは曲がりなりにも戦闘用の機体だからな、発進時や加速時の衝撃はかなりものになる。 それで『万一のこと』が起きた場合、私に責任は持てん」 そこまで言ったところで、ユーゼスはカトレアの表情が呆れと苦笑が混ざったようなものに変わっていることに気付いた。 「どうした? 納得が行かないのか?」 「……違います。多分断られるとは思ってましたけど、あんまりにもハッキリ言うものだからちょっと驚いちゃって」 「驚いただと?」 どういう意味なのだろうか。 「だって、今まで私に『外に出れない』ってことを言った人たちはみんな遠回しな言い方をしてたのに、あなたは躊躇もしないで『出来ない』って言い切るんですもの」 それがおかしくて、とカトレアは笑う。 対するユーゼスは、目の前の女性が笑っている理由がいまいち理解出来ない。 「……よく分からないが。遠回しに言った方が良かったのか?」 「いいえ。むしろハッキリ言ってくれて感謝してます。回りくどく言われたりすると、中途半端に期待しちゃいますから」 何かに疲れたような様子を見せるカトレア。 しかし、それでもカトレアは笑みを絶やさなかった。 「でも……」 だが軽く息をつくと、ふとその表情に憂いの色を混ぜながら遠くの景色を見つめ始める。 これまでの生涯をずっとこの土地で過ごしてきた彼女にとっては、既に見慣れた……いや、見飽きたはずの景色であろうが、その目には一体どのように映っているのだろうか。 と、その時。 「……やはり『銀の方舟』ね」 「む……」 「あら、母さま」 ユーゼスもカトレアもお互いの会話に集中していてほとんど気付かなかったが、いつの間にかこの場にラ・ヴァリエール公爵夫人が現れていた。 鋭くつり上がったキツめの目、桃色がかった長いブロンドの髪、鳶色の瞳、そして圧倒されそうな威圧感。……まさにルイズとエレオノールを外見的にも年齢的にも足したような女性である。 「どうなさったんですか? 主だった仕事はルイズや姉さまたちが来る前に片づけてましたから、てっきりお休みになっているかと思っていましたのに」 「休んでいる最中に、城の窓からこれが見えたのです」 すぐさまカトレアは表情を『いつもの物』に戻して母親に語りかけ、ユーゼスも反射的に一歩を下がって頭を下げる。 夫人の性格を『ルイズやエレオノールの拡大発展版』と当たりをつけたユーゼスが神経を逆撫でしないために取った、ある意味で処世術のような態度であった。 だが公爵夫人はそんなユーゼスを見ると、少し厳しい口調で語りかけてくる。 「そこの平民」 「……私が何か」 何故この家の女はそれぞれタイプは違えど、四人全員が自分に接触しようとするのだろう……などと思いつつ、ユーゼスは公爵夫人に答える。 「これはタルブにあった物ですね?」 「その通りです。『銀の方舟』という名前で保管されていました。公爵夫人におかれましては、過去にご覧になったことがあるとお伺いしておりますが」 「……ええ。懐かしい物です」 言いつつ、ジェットビートルを眺める公爵夫人。 オールド・オスマンやタルブ村の住人の話によると、ヴァリエール姉妹の母親であるこの公爵夫人は、かつてタルブに来訪してこれを実際に見たことがあるらしい。 ユーゼスとしては機会があれば話でもしてみたかったのだが、夫人の第一印象からしてそれは難しそうだ、と諦めていた。 しかし、まさか自分から来てくれるとは。 「……あなたがこれを持ち出したのですか?」 「はい。その場にはエレオノール様もおりましたので、詳しい話はそちらに伺えばよろしいかと」 「エレオノールが……?」 夫人は娘の名前が出て来たことに多少驚きつつも、更にユーゼスに対して問いを重ねる。 「このような巨大な物をこの場所に置くに際して、公爵の許可は取っているのですか? もし無許可ならば……」 今すぐ許可を取るか、もしくは別の場所に移動させなさい……と公爵夫人は言おうとしたが、それよりも先にユーゼスが言う。 「いえ、公爵の許可は取っています」 「……よく貰えましたね。予備知識のある私やオスマンならともかく、何も知らない人間がこのような得体の知れない物を城のすぐ近くに置くのは抵抗を感じると思いますが」 あの人はそこまで度量が深かったかしら、などと首を傾げていると、銀髪の男からその辺りの詳しい説明が語られた。 「私もそう思って先日、公爵に話をしに書斎に行ったのですが、あの方は何やら忙しい様子で『ああ、分かった分かった』と許可をくださいました」 「そう言えば、父さまは最近ずっと書斎にこもりきりで何か調べ物をしていらっしゃるようですけど……何をしているんでしょう?」 ユーゼスの言葉を聞いて、カトレアもまた疑問を口にする。 「……取りあえずあなたが気にすることではありません、カトレア。……まったく、『取りあえず見守っておけ』とあれほど言っておいたのに……」 カトレアに答えつつ、額を押さえる公爵夫人。 どうやら公爵の行動に心当たりがあるようだが、何だと言うのだろうか。 しかし夫人は咳払いを一つすると、今度はユーゼスに対して命令を出した。 「顔を上げなさい、平民」 「は……」 言われた通りに頭を上げ、顔を見せるユーゼス。 公爵夫人は露わになった銀髪の男の顔をまじまじと見つめるが、やがて一つ溜息を吐いた。 「……似ていませんね」 「早川健のことを言っているのであれば、私と彼に血縁関係などは全くありませんが」 「!」 ユーゼスの口から放たれた言葉に、公爵夫人は今度こそハッキリと驚いた様子を見せる。 そして、やや落ち着かない様子で問いを投げかけてくる。 「…………あなたはケンのことを知っているのですか?」 「知人です。それほど親しい仲ではありませんでしたが」 「ほう」 『あの男とその仲間たちに、かつて自分の野望を叩き潰されました』とはさすがに言えない。 「そう言えばオールド・オスマンから、彼が使っていた鞭を渡されていますが」 「何ですって?」 いきなり公爵夫人の顔が険しくなった。 はて、何か気に触ることを言っただろうか。 「……それは、オスマンから渡されたのですか?」 「? はい。『宝物庫の中で腐らせておくよりは、私が使った方が有意義だ』と言われまして」 「…………あのボケ爺、人の思い出の品を勝手に…………」 何やらブツブツ呟く公爵夫人だったが、ユーゼスもカトレアもその詳しい内容は聞き取れなかった。 ともあれ、ユーゼスは常に携行している鞭を取り出す。 目の前に出されたそれを公爵夫人は実に懐かしそうにそれを見ていたが、ふと横にいるカトレアが声を上げた。 「あの、ユーゼスさん」 「どうなされました、ミス・フォンティーヌ?」 いきなり敬語を使われて、しかも『ミス付きの名字』で呼ばれたのでカトレアの顔が不機嫌なものに変わるが、今は『母親の前』だということを思い出し、気を取り直して質問する。 「それって私にはロープにしか見えないんですけど、本当に鞭なんですか?」 「ロープのように使うこともありますが、基本的には鞭……の、はずです」 セリフの最後に自信のなさが見て取れるが、何にせよこの鞭と新しく作った剣との組み合わせを考えなければならないため、オリハルコニウムの剣を抜きつつ鞭を振るうユーゼス。 「はあっ!」 すると鞭は『ビュッ』と鋭い音を立てて数メートル離れた場所にある木に当たり、その枝に付いた葉を一、二、三、四、五、と叩き落とした。 「まあ、凄い」 それを見ていたカトレアは感嘆しながら拍手を送り。 「……っ」 そして公爵夫人は険しかった顔をもっと険しくさせて。 「全然、違う!!!」 物凄い剣幕で、ユーゼスに怒鳴りつけた。 「む……」 いきなり大声で『違う』と言われてしまったユーゼスは、やや困惑しつつもその言葉の意味を問いかける。 「違う、とは?」 「……鞭の持ち方、構え方、腕の振り方、スピード、威力、そして身のこなし! ある程度の違いがあるのは仕方がないにしても、何から何まで酷すぎる!! それでよくケンが使っていた鞭を使う気になれましたね!!?」 「はあ……」 そんなことを言われても、この鞭は成り行きでオールド・オスマンから受け取ったのだから、仕方があるまい。 それに自分が早川健に比べて身体能力が低いのは、嫌と言うほど自覚している。 と、言うか……。 「……あんなメチャクチャな男と比較しないでいただきたいのですが」 「メチャクチャって……まあ、確かにメチャクチャでしたが……」 ユーゼスも早川健のメチャクチャっぷりの全てを知っているわけではない。 しかし、自分が知る限りのものを挙げてみると。 鞭を振るって一瞬で大・中・小の三つのサイズの石球を空中に飛ばし、更に『飛ばした石が落下している最中に』鞭でそれぞれの石を削ってウルトラマンの形に加工、あまつさえそれを三段重ねにしてしまったり。 不思議界が崩壊する時、宇宙刑事たちはそれぞれの専用マシンを使って脱出していたのに、ズバットだけ超空間に浮かんでいた鉄パイプに『自力で』鞭を巻きつけて脱出していたり。 自分からはほとんど断片的にしか情報を与えていないのに、ガイアセイバーズの中であの男だけが『時間を越える方法』や『クロスゲート・パラダイム・システムの大まかな理論』まで言い当てていたり。 「……………」 思い出せば思い出すほど、規格外な男であった。 一方、公爵夫人も三十数年前に会ったあの黒髪の男のことを思い出していた。 マンティコア隊の新任隊長として意気込んでいた自分の前に前触れもなくフラリと現れ、いきなりマンティコアを自分よりも上手く乗りこなしてプライドを砕かれたり。 火竜山脈のドラゴンと一対一で戦い、苦戦しつつもそれに勝利してしまったり。 若気の至りでエスターシュ卿の反乱を一人で鎮圧しに向かった時、一瞬だけ気が緩んだ際に助けてもらったり。 オーク鬼に都市が襲われた際に、先陣を切って向かおうとしたら諌められたり。 一緒にダンスを踊ったり。 別れ際に互いの帽子を交換したり。 ―――「おっと、お嬢さん。俺に惚れちゃあいけないぜ?」――― ―――「惚れません。大体、私には婚約者がいるんですからっ」――― ―――「おや、それは残念。口説こうかと思ったんだがね」――― (……思い出したらイライラしてきたわ) 別に……まあ、自分はあの男のことが、その、好き……というわけではなかった、と思う。うん、そのはずだ。向こうはどうだか知らないけれども。 好きではなかったのだが、それにしたって、もっと、こう……ちょっとくらい優しくしてくれるとか、別れる時に名残惜しそうにしてくれても良かったのに。 いや、今にして思えば、それも去り行く宿命にあったあの男なりの優しさだったような気もするが。 しかし、それで割り切れないのが女という人種なのである。 おかげで丸二日くらい部屋にこもって泣き腫らしたし。 まあ、ともかく。 「……ケンとの比較は置いておくにしても、あなたのその技量と身体能力の低さは目に余ります。……鞭や剣の扱いは誰に習ったのです?」 「いえ、独学ですが」 ピク、と公爵夫人の表情が強張る。 「…………つまり、あなたは見様見真似で今までその鞭や剣を振るってきたと?」 「その通りです」 ピクピク、と公爵夫人の顔が震える。 「………………今後、誰か師匠を探したり修行をする予定は?」 「ありません」 ユーゼスがそう言うと、公爵夫人は一気に無表情になった。 どうかなされましたかとユーゼスが質問するよりも先に、公爵夫人の口が開かれる。 「三十分ほどこの場で待っていなさい」 「は?」 「あの、母さま?」 ポツリとそう言うと、公爵夫人は城へと戻って行った。 残されたユーゼスとカトレアは、揃って首を傾げる。 「……あの公爵夫人の態度は何なのだ?」 「うーん……私のこれまでの経験からすると、あの顔つきは『何かを決めた時』の顔でしたけど」 「……何を決めたと言うのだ」 「さあ?」 ちなみに公爵夫人がいなくなったので、ユーゼスもカトレアに対する口調を元に戻していた。 そして三十分後。 魔法衛士隊の制服を着込み、幻獣マンティコアの刺繍がなされた黒いマントを羽織り、羽飾りの付いた帽子を被って、更に顔の下半分を鉄の仮面で覆った、完全武装の騎士がそこにいた。 「……?」 いきなり正体不明の人物が現れたので、当然ユーゼスは警戒して身構える。 そして隣にいるカトレアに離れるように言おうとした所で、彼女が呆気に取られたような表情をしていることに気付いた。 「どうした、カトレア」 「…………母さま」 「何だと?」 ユーゼスが困惑の声を上げる。 その直後に小型の竜巻が発生し、ユーゼスは吹き飛んだ。 銀髪の男は瞬く間に二百メイルほどを『強制的に』飛翔させられ、軽く放物線を描いて落ちてくる。 「がっ!! ……ぐ、ぐぅ……っ、何を……?」 たった今自分を吹き飛ばした竜巻が目の前の正体不明の騎士によるものだという程度は、ユーゼスにも分かる。 しかし、自分が攻撃される理由がさっぱり分からない。 いや、そもそもこの騎士は……。 「ちょ、ちょっとお待ちになってください、母さま! いきなりユーゼスさんを吹き飛ばすなんて、酷いじゃありませんか!」 (やはり、これは公爵夫人か) カトレアが『母さま』と呼んでいることからして、この騎士の正体は公爵夫人らしい。 なるほど、マスクと帽子に隠れていて分かりにくくはあるが、よくよく目を凝らして見ればその眼光は公爵夫人のものだった。 ユーゼスは痛む身体を何とか立たせ、騎士姿の公爵夫人に質問する。 「……公爵夫人、そのお姿は?」 「昔の服を引っ張り出しました」 何とも簡潔な答えである。 (そう言えばオールド・オスマンが、『御主人様の母親はかつてのマンティコア隊の隊長だ』と言っていたな……) しかもあの老人の話によればこの女性はかつて『烈風』などと呼ばれ、今ユーゼスが持っている鞭の『本来の持ち主』とコンビを組むほどの実力の持ち主であるとか。 (……今更思い出しても、もう遅いかも知れんが……) 道理で自分の動きの不満点をあれだけつらつらと並べ立てられるはずだ、と納得しつつ、更に激しく嫌な予感に襲われながらもユーゼスは問いを重ねる。 「それで……何をするつもりなのです?」 「あなたを鍛えます」 ユーゼスは絶句した。 そんな突然言われても、正直困る。 「か、母さま。それはあまりにも……」 また、カトレアとしてもさすがにそれは聞き捨てならなかったようで、思わず制止が入った。 母の苛烈さと実力は娘である彼女も十分すぎるほどによく知っており、そんな母に一対一で鍛えられなどすれば普通の人間はどうなるのかくらい、容易に想像がつくからだ。 「『あまりにも』? ……『あまりにも』と言うのであれば、この男の実力こそがあまりにも酷すぎます。基本も何も全くなっていない。それに見た所、基礎的な体力すら平均以下。 ―――ええ、これは本当に鍛え甲斐がありそうだわ」 「普通の男の人ですら音を上げそうなのに、体力の無いユーゼスさんが母さまの訓練を受けたりしたら、死んでしまいます!」 「ならば所詮、それまでの男だったと言うだけの話です」 (何故、訓練をするかしないかの話が、いつの間にか生きるか死ぬかの話にまでなっているのだろう……) しかし、この女性がルイズとエレオノールの母親だということと、比較対象があの早川健だということを考えればそれにも納得が出来てしまうのが少し悲しい。 と言うか、その訓練とやらを実際に受ける立場のはずの、自分の意見を聞く気は無いのだろうか。 「ユーゼス……とか言いましたね。さあ構えなさい。あなたがこのラ・ヴァリエールにいる間、この私が『ラ・ヴァリエール公爵夫人』としてではなく、ケン・ハヤカワの友人『カリーヌ・デジレ』として存分にあなたを鍛えて差し上げましょう」 無さそうだった。 「……………」 構えなかった場合には即座に先程のような風で吹き飛ばされそうだったので、ユーゼスはやや慌てつつも魔法防御用にデルフリンガーを構えようとする。 だが。 「構えるのが遅い!!」 「ぐあっ!!?」 「ああっ、ユーゼスさん!」 構えるよりも速く公爵夫人……カリーヌが放った風で吹き飛ばされてしまった。 (それにしても、私から『訓練を受けたことがない』と話を聞いて、すぐさまこのように行動に移すとは……) ユーゼスはカトレアのことを『ヴァリエールの中で異質』と評したが、実は一つだけカトレアも含めたヴァリエールの女性全員に共通している事柄を見つけてもいた。 『思い立ったらすぐ実行』。 その実行のカタチはそれぞれ異なっているが、このスタンスだけは良くも悪くも同じだ、と言い切ることが出来る。 (……大元はこの公爵夫人なのだろうか) そんな感想を抱きつつ、ユーゼスは舞い上げられた空から落下していくのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6649.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 時刻は夜の9時頃。 トリステイン魔法学院の女子寮の一室、モンモランシーの部屋にて。 「うわぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!」 「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっっ!!」 桃髪の美少女と緑髪の美女は、激しくもがき苦しんでいた。 「解除薬には副作用があるのか?」 「……まあ、惚れ薬を飲んでメロメロになってた時間の記憶は、無くなるわけじゃないし」 「ふむ……。『自分が自分ではない時の記憶』など、忌々しい物でしかありませんからね」 周囲の面々は、割と冷静にそんなルイズとミス・ロングビルを眺めていたが、惚れ薬の呪縛から解放されたばかりの二人はとても冷静ではいられない。 「嫌な記憶に苛まれる……か。分からんでもないが」 まあ、要するに。 ルイズとミス・ロングビルは、先ほどまで自分たちが行っていた『自発的に取った行動』を思い返し、のたうち回り、嘆き悲しみ、精神的苦痛に苛まれ、自責と後悔の念に襲われ、過去の自分を必死で拒絶しようとし、人生最大級の辛苦を味わっているのである。 「ぅ、ぅぅう、ぅぉおおおおおおお……」 そしてルイズはユーゼスを睨みつけて、相変わらず涼しい顔をしている自分の使い魔へと詰め寄った。 顔は羞恥と怒りで真っ赤に染まり、杖を持つ手は震えている。 「ア、ア、アアアア、アンタを殺して! その後でわたしも死んでやるわぁぁああああああ!!」 「……その行為に何の意味があるのだ、御主人様」 「うっさいわね!! わたしの尊厳とか色々なものを守るためには、もうこれしかないのよぉぉおおおお!!」 ガアアアアア、と杖を振り上げ、魔法を放とうとするルイズ。 ユーゼスはそんな主人に対して、無駄かと思いつつも取りあえず理知的な思考を促してみた。 「まあ、不幸中の幸いと言うべきか、性交には及んでいないのだから……」 その直後。 ユーゼスの身体はルイズの失敗魔法による爆風によって吹き飛ばされ、また倒れ伏している状態でエレオノールによる乗馬用の鞭の洗礼を受けまくることになる。 一方、ミス・ロングビルはと言うと。 「……うう、もうアルビオンに帰る! 帰って、ウェストウッド村でティファニアに頼んで、全部、全部忘れて暮らすぅぅぅうう~!!」 地の自分を出してしまうどころか、軽く幼児退行すら起こしていた。 「少し落ち着きなさい、ミス・ロングビル。そんなことをしても何の意味もありません」 「うるさぁ~~~いっ!! ……ぅぅううううぅっ……」 そしてボロボロと泣き崩れ、とうとう自分の境遇にまで愚痴を言い始める。 「ああ、私はどこで道を間違えちまったんだい……。そもそも4年前のあの日に、馬鹿な連中が……」 「そのような過去を振り返ったところで、虚しくなるだけですよ。それならば現在や未来に目を向けた方が建設的というものです」 「いちいち悟ったようなこと言ってんじゃないよ、もうっ!」 口調が素に戻っていることにも気付かず、シュウに噛み付くミス・ロングビル。 さめざめと泣き続ける彼女は、その後一時間に渡ってシュウになだめられたのであった。 「……まさか問答無用でいきなり爆発をぶつけられて、鞭でしたたかに叩かれるとは思わなかった」 「………………自業自得よ、この馬鹿」 ユーゼスの研究室にて、モンモランシーから貰った水の秘薬を使って自分の傷の治療を行うユーゼスを、エレオノールは冷ややかな瞳で見下ろしている。 エレオノールにとっても、さすがに『性交』うんぬんの発言は腹に据えかねているのである。 ちなみにルイズも同室の隅にいることはいるのだが、プンスカ怒りながら椅子に座ってそっぽを向いている様子を見るに、まだ許す気はないらしい。 ……とは言え、チラチラとこちらの様子を窺っていることからするに、ユーゼスに話しかけるタイミングを計っているようではあるが。 「まあいずれにせよ、今回の騒動が終わったのは何よりね。ミスタ・シラカワも帰ったし」 「『暇があれば遊びに来い』とも言われたがな」 別れ際に、自分の仮住まいの詳細な地図を渡してきたシュウを思い出し、ユーゼスは溜息をつく。 どうにも、あの『シュウ・シラカワの住まいに自分から向かう』ということに対して、抵抗を感じているのである。 しかし彼とは話をしておきたいことがある、というのも確かだった。 「……近い内に行かねばならんか」 「私だったら、そんな申し出は絶対に断らせてもらうけど……」 そのユーゼスの言葉を聞いて、露骨に怪訝な顔を浮かべるエレオノール。どうやらシュウにあまり近付きたくないのは、エレオノールも同じらしい。 「はあ、でも慌ただしい数日間だったわね。せっかくラグドリアン湖に行ったって言うのに、懐かしんでる暇もなかったわ」 「行ったことがあったのか?」 「3年前にマリアンヌ大后陛下の誕生日を祝う園遊会があって、そのお供……と言うか、付き添いみたいなものでね。水の精霊を見たのは、あれが初めてだったけど」 「ふむ」 エレオノールは昔を懐かしむように語り始めるが、不意にその表情に陰りが現れる。 「……そう言えば、ラグドリアン湖の園遊会にはウェールズ皇太子も出席なさっていたわね。あの時は、まさかアルビオンがあんなことになるなんて思ってもみなかったけど……」 「………」 ウェールズに対しては、ユーゼスとしても思うところがない訳ではない。 だが、死んだ人間に対していつまでも執着した所で意味がないとも思っているので、ふと生じてきた微妙な感傷については早々に切り上げることにする。 と、そこで、研究室の外からドドド、と何か重い物が崩れるような音が響いてきた。 「む?」 「!」 「な、何?」 驚いたユーゼスとエレオノール、そしてルイズは警戒しながらドアを開け、何が起こったのかを確認する。 そこには体勢を崩して転倒でもしたのか、ギーシュとキュルケが折り重なって倒れていた。 「……何をやっているのだ、お前たちは?」 「あ、いや、あんな状態から復帰したルイズが、これからどんな行動を取るのか気になって……」 「修羅場にせよ甘々になるにせよ、傍から見る分にはウキウキするじゃないの」 「……………」 何を言っているんだこいつらは、とでも言いたげな目でギーシュとキュルケを見るユーゼス。ふと横に視線を向ければ、タバサまでいる。メンバーの中にモンモランシーがいないのは、徹夜で解除薬を作って今は睡眠中だからだろうか。 「……盗み聞きをするのならば、もう少し隠密性というものを考えろ」 「いや、キュルケがいきなりウェールズ皇太子がどうとか言い出して、そのままグラッといって、ドシャッとなって……」 要するに、ドア付近で密集しながら盗み聞きをしていたら、いきなりバランスを崩したキュルケに引きずられる形で、二人まとめて転んでしまったらしい。 そこでギーシュに話を振られたキュルケが、頷きながら立ち上がる。 「そうそう、そのウェールズ皇太子よ! ラグドリアン湖に向かう途中、馬に乗った連中とすれ違ったんだけど、その顔がもう、ウェールズ皇太子そのものでね」 「はぁ?」 この言葉に訝しげな声を上げたのは、ルイズである。 「そんなワケがないでしょう。ウェールズ皇太子が殺されたところは、アンタだって見たはずじゃないの」 「まあね。でも、ホントにウェールズ皇太子に瓜二つだったのよ。まるで死んだ人間が生き返ったみたいに。……って、あれ?」 「そんなことあるわけが……。……え!?」 そこまで言った所で、ルイズとキュルケの中である仮説が浮かんできた。 死んだアルビオンの皇太子、ウェールズ。 死人に偽りの命を与えるという『アンドバリ』の指輪。 その『アンドバリ』の指輪は、クロムウェルという名の人間によって水の精霊から奪われており。 アルビオンの新皇帝の名は、クロムウェルである。 「……キュルケ、その連中はどこに行ったの!?」 「えっと……トリスタニアの方角だったわ」 「っ! ユーゼス、ビートルを出しなさい!!」 「む……」 ユーゼスの腕を掴み、駆け出すルイズ。 キュルケもまた『これはちょっと危ないかも知れないわね』、などと言いながらその後を付いて行き、ギーシュとタバサもそれに続く。 「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたのよ!?」 この場でアルビオンでの一件を知らないのはエレオノールだけであったので、彼女は完全に話題のカヤの外である。 しかし相変わらず無表情なユーゼスはともかく、ルイズたちのやけに切迫した様子が気になり、その後に続いて行った。 首都トリスタニアから港町ラ・ロシェールへと向かう街道で、トリステインの女王であるアンリエッタは呆然とウェールズであるはずの男を見つめていた。 「ウェールズ様、あなた……、……いったい、何てことを……!」 「驚かせてしまったようだね」 そのウェールズは、にこやかな顔をアンリエッタに向けている。 「あなたは……誰なの?」 怯えながら問いを放つアンリエッタ。 ……つい先程まで、自分は王宮の居室にいた。 女王としての重圧や責任などに辟易しつつ、ワインをあおり、かつての幸せだった日を思い返し、その思い出にひたっていた。 そうしていたら……唐突に、彼が現れたのだ。 最初は、幻覚か幻聴だと思った。 しかし、それには確固たる存在感がある。 偽者ではないのか、とも思った。 しかし、それは自分とウェールズしか知らないはずの合言葉を知っている。 そしてウェールズと言葉を交わし、唇を触れ合わせた途端に、意識が遠くなり……。 ふと気が付けば、ウェールズとその周囲にいるアルビオンの兵たちは、自分を追って来たのだろう魔法衛士隊のヒポグリフ隊を殺していたのだ。 「僕はウェールズだよ」 笑みを崩さず、ウェールズはそう言う。 「嘘! よくも魔法衛士隊の隊員たちを……!」 「……仇を取りたいのかい? 良いとも。僕を君の魔法で抉ってくれたまえ。君の魔法でこの胸を貫かれるなら本望だ」 ぶるぶると震える手で、水晶が付いた杖をウェールズに向けるアンリエッタ。 だが、その杖から魔法が放たれることはなかった。 その代わりに、アンリエッタの口から嗚咽の言葉が漏れ始める。 「なんで……こんなことになってしまったの……? どうしてあなたが、こんなことを……」 「……君がラグドリアンの湖畔で口にした誓約の言葉を覚えているかい、アンリエッタ?」 アンリエッタは瞳に涙を浮かべながら、かつて誓った言葉を語る。 「…………トリステイン王国王女アンリエッタは、水の精霊の御許で誓約いたします。ウェールズ様を、永久に愛することを」 「そう。その制約の中で以前と変わったことがあるとすれば、ただ一つ。君は今では女王ということさ。でも、他のすべては変わらないだろう? 変わるわけがないだろう?」 力なく頷きながらも、ウェールズに抱き寄せられるアンリエッタ。 そう。 こうやってウェールズの腕に抱かれることが、自分の望みだった。 こうやってウェールズの胸に自分の身体を預けることが、自分の夢だった。 ……叶わぬ望みだとは知りながらも、それだけを支えにして、今まで生きてきたのだ。 そして彼女は、次第に考えることを放棄し始め……。 ただ黙って、自分が待ち望んでいたこのウェールズに付いて行けばそれで良い、という結論に至るのであった。 ルイズたちはまずジェットビートルとシルフィードでトリスタニアに向かい、かなり強引にではあるが混乱の最中にあった王宮の中庭に直接ビートルを着陸させた。 ただでさえ混乱しているところに、いきなりこのような飛行物体がやって来れば、当然のことながらいっそうの大混乱になる。 しかし、そこでルイズがアンリエッタから渡された許可証を取り出しながら『これは新しく開発したマジックアイテムですから、お気になさらず』とこれもまた強引に説明し、更にまた強引に事情を説明させた。 それに応対したマンティコア隊の隊長が言うには……。 2時間ほど前に、アンリエッタが何者かに連れ去られた。 今はヒポグリフ隊がそれを追っている。 賊は街道を南下し、ラ・ロシェールの方面に向かっているようだ。 間違いなくアルビオンの手の者と思われる。 「……!!」 そこまで聞いたところで、ルイズはまたユーゼスの腕を掴み、ビートルに向かう。 ジェットビートルはプラーナコンバーターによる粒子を撒き散らしながら再び夜空へと飛び上がり、シルフィードもまた飛翔してそれを追い越していった。 ……ちなみにジェットビートルに乗り込んでいるのは、操縦者であるユーゼスと、ルイズ、エレオノール、ギーシュ、キュルケの5人であり、シルフィードにはタバサが1人で乗っている。 本当に急いでいるのであれば、タバサは強引にでもビートルの中に押し込んでシルフィードを置いて行くべきなのだが、ここはそうも行かない事情があった。 ほとんど真っ暗闇のハルケギニアの夜においては、ユーゼスは安全に飛行が出来ないのだ。 ある程度以上のレベルの文明社会であれば光源もそれなりにあるのだが、このハルケギニアではそんなものは望めない。 ビートルにも前方を照らす照明くらいはあるのだが、それで何の目印もない闇の中を躊躇なく全速力で進めるほど、ユーゼスの操縦技術は高くない。 と言うか、太陽が出ている時ですら少々危なっかしい。 そういう訳なので、まずは風竜に乗り慣れているタバサがシルフィードで先行して、風竜の鋭敏な感覚で進行方向を探りながら全速力で進み、ユーゼスたちの乗るビートルはそれに追随する……という方法を取っている。 「ああ、もう! じれったいわね……!!」 「……これでもかなり速い方だと思うがな」 「わたしは一秒でも早く姫さまに追い付きたいのよ!!」 「……ルイズ、気持ちは分かるけど少し冷静になりなさい。それにいくら気が立っているとは言え、そう当たり散らす物ではないわよ」 「そのセリフ、姉さまにだけは言われたくないんですけど……」 「何ですって?」 そんなやり取りをしつつ、街道を南へと向かう一同。 やがて前方を飛ぶシルフィードとタバサが街道の上に転がる人間の死体を見つけて停止し、ユーゼスもそれにならってビートルを着陸させた。 「酷いな……」 ギーシュの呟きが示す通り、とにかく惨憺たる有様だった。 真っ黒に焼け焦げたモノ、四肢が切断されてそこらに転がっているモノたちなどが多数と、血を吐いて倒れている何匹もの馬とヒポグリフたち。 「先行していたヒポグリフ隊、とやらか」 ほとんどの人間が目を背ける中で、ユーゼスは冷静に述べる。 一同はその冷静さに多少ギョッとなったが、それでもその言葉をきっかけにして行動を起こし始める。 まずは生存者の確認だが……。 「生きてる人がいるわ!」 探し始めて間もなく生存者は見つかり、一同はその場に駆け寄った。 どうやら腕に深い怪我を負っているようだったが、何とか生きているようだ。この分なら、他にも生存者がいるかも知れない。 ……それはともかく、今は情報である。 ルイズは内心の焦りを押し留めながら、倒れた騎士に問いかける。 「一体、何があったの?」 「あ……あいつら、致命傷を負わせたはず、なのに……」 それだけ言って、騎士は意識を失った。 ……死んだのかとも思ったが、どうやら単に『助けが来た』という安心感から気を失っただけらしい。 さて、それではこれからどうしよう、と一同が首を捻ったその瞬間。 周囲の草むらから、ルイズたちに向かって魔法の攻撃が放たれた。 「!」 それに即座に反応したのは、風竜の上から油断なく周辺を警戒していたタバサである。 タバサはあらかじめ奇襲を察知していたのか、即座に空気の壁を作り上げて一同の周囲に展開し、襲いかかる魔法攻撃を弾き飛ばした。 また、その攻撃を皮切りにして、他の面々も即座に戦闘態勢に移行する。 「……………」 そして魔法が飛んで来た草むらを注視していると、やがてその草むらから人影が立ち上がった。 「!! こ、この人たちは……!」 「アルビオンの貴族!? ったく、参ったわね。あの時のパーティで見た顔ばっかりじゃないの……!」 エレオノール以外のメンバー……決戦直前のアルビオン貴族たちと触れ合った面々に緊張が走る。 ギーシュにワインや料理を勧めた男がいた。 キュルケが酌をした男がいた。 タバサの顔を見て、『見覚えがあるような』と首をかしげていた男がいた。 空賊の格好をして、ルイズと話をした男がいた。 そして……。 「……取りあえず『久し振り』と言っておこうか、ウェールズ・テューダー」 「ああ、確かラ・ヴァリエール嬢の使い魔だったね。あの時から、もう一ヶ月半……いやそれ以上にもなるか」 キュルケから情報を得ていたために予測の範囲内ではあったが、やはりその中にはウェールズがいた。 おそらく現アルビオン皇帝のクロムウェルが水の精霊から奪ったという『アンドバリ』の指輪により、死体に偽りの生命とやらを与えられたのだろうが……。 (……水の精霊から、その話を聞いた途端にこれとはな) どうにも都合の良すぎる展開に溜息を吐きながら、ユーゼスは周囲を確認する。 話の通りなら、ウェールズはアンリエッタ女王をさらっているはずだ。 つまりこの近くにそのアンリエッタ女王がいるはずなのだが……。 (…………いないな) この場にいる女性は、自分の関係者を除けばウェールズの後ろで小さくなっているガウン姿の少女くらいである。 (どこかに隠したか……?) 連行する必要がある人質をこの場に出して取引を行うメリットよりも、どこかに身動きの出来ない状態で束縛するなり閉じ込めるなりするメリットを選択したのだろうか。 微妙な判断ではあるが、間違ってはいない。 そう言えば、あの少女の顔はどこかで見たような気がするのだが……誰だっただろうか。 まあ正体不明の少女はともかく、今はウェールズに注目するべきである。 と……。 「姫さまを返せ!」 「おかしなことを言うね。……返せも何も、彼女は彼女の意思で僕に付き従っているのだ」 「何だって……?」 ギーシュたちとウェールズとのやり取りの中で、不可解な言葉が飛び出してきた。 「姫さま、こちらにいらしてください!! そのウェールズ皇太子は、ウェールズさまではありません! クロムウェルの手によって『アンドバリ』の指輪で蘇った、皇太子の亡霊です!!」 ルイズが、ウェールズの傍らに立つガウン姿の少女を『姫さま』などと呼んだのである。 (……?) その言葉を聞いて、ようやくユーゼスの記憶からアンリエッタの姿が思い起こされてきた。 確かに言われてみれば、アンリエッタ女王……一度だけ姿を見た時はまだ王女だったが……は、あのような顔をしていたような気がする。それほど記憶力が良い方ではないので、確信は持てないが。 しかし。 「……ミス・ヴァリエール、質問があるのだが」 「何よ、こんな時に?」 どうにも納得がいかないことがあったので、ユーゼスは小声でエレオノールに質問をぶつける。 「アレは……あの少女は、本当にこの国の女王なのか?」 「はぁ?」 突然のユーゼスの発言に対して間の抜けた声を上げてしまうエレオノールだったが、すぐに気を取り直して素っ頓狂な質問をしてきた銀髪の男に向き直る。 「この状況で今更何を言ってるのよ、あなたは?」 「それは私も分かっているつもりなのだが……」 だが納得の行かないことは、早めに解決しておきたいのだ。 幸いにして、エレオノールはこのメンバーの中で唯一アルビオンの騒動と関係がない人物である。つまりウェールズたちとのやり取りに参加しなくても大して問題がない。 加えてヴァリエール家はトリステイン王家とも繋がりが強いらしい……つまりルイズと同じくエレオノールもアンリエッタと面識がある可能性が高いので、確認してもらうには打ってつけだ。 「ともあれ、どうなのだ?」 「どうなのだ、って……」 ジッ、とアンリエッタと思しき少女を見るエレオノール。 そして得られた結論は、と言うと……。 「……私の目には、アンリエッタ女王陛下に見えるけど」 「間違いないのか?」 「私より姫様と親交の深いルイズが、真剣な顔で話をしてるんだから……そうなんじゃない?」 「影武者などではなく?」 「そんな話は聞いたこともないわね」 「………………むう」 思わず閉口してしまうユーゼス。 もう一度、可能な限り先入観を排除してアンリエッタを見てみるが……。 「どう見ても女王の器ではないように思えるが」 「……あなた、自分が物凄く失礼なことを言ってるって分かってるのかしら?」 『そういうことは仮に思っていたとしても実際に口には出さないものよ』とエレオノールにたしなめられるが、彼女もユーゼスの言葉を否定はしていなかった。 ユーゼスはその言葉に頷きつつも、アンリエッタに対する率直な感想を述べていく。 「女王に見えなかったのだから仕方があるまい。私も『王』と自分で名乗っていた者や指導者の地位にあった者は何人か知っているが、いずれもアレなど比較にもならなかったぞ」 帝王ゴッドネロス、大帝王クビライ、メフィラス星人、トレーズ・クシュリナーダ、ミリアルド・ピースクラフト……そしてリリーナ・ピースクラフト。 それぞれ大なり小なり問題はあったが、少なくとも一つの組織をまとめ上げるだけの実力は持っていた。 だが、あの少女にはそれが感じられない。 もっと時間をかけてじっくりと観察すればそれに値する『何か』が見つかるかも知れないが、この期に及んでウェールズの陰に隠れ、怯えるようにしている光景からするに、無理なように思える。 まあ、自分とて指導者の器ではないのだが、だからこそ見えるものがあるのだ。 「あのような……自分の意思すら持っていないような人間が、女王だと? ……この国も長くはないかも知れんな」 「…………そのセリフを言う所で言えば、その場で殺されても文句が言えないわよ」 「だが今、この場では問題あるまい」 威厳、気概、カリスマ、才覚、誇り、理想、野望、意地、迫力、決断力……指導者の立場にある人間が持つべき要素は様々であるが、アンリエッタからはその中の一つも見えない。 特に同じ女王だったリリーナ・ピースクラフトなど、自分と相対した時には逆にこちらが気圧されるほどだったというのに、アレはむしろこちらに気圧されそうではないか。 「これ以上の言及は避けるが……ふむ、トリステインの民も苦労するだろうな」 「あのねえ……ああ、もういいわ。そもそも今は、政治批判や女王陛下に対する文句を言ってる場合じゃないでしょうに」 「それもそうか」 二人は会話を切り上げ、ルイズたちのやり取りに意識を戻す。 ……なお、このユーゼスとエレオノールの会話はごく小さな声で行われていた上に、他の面々は主にウェールズたちに注意を向けていたので、当人たち以外の誰にも聞かれることはなかった。 二人がそんな話をしている間に、タバサが放った『ウィンディ・アイシクル』がウェールズの身体を貫き、しかし見る見る内にその傷が塞がっていく……という現象が発生していた。 それを見たルイズがアンリエッタに目を覚ますように訴えるが、アンリエッタは聞く耳を持たない。 「ルイズ、あなたは人を好きになったことがないのね……」 にっこりと、軽く狂気すら感じさせる笑みをその顔に浮かべて、女王であるはずの少女は告げる。 「本気で好きになったら、何もかもを捨てても、付いて行きたいと思うものよ。嘘かも知れなくても、信じざるを得ないものよ。 ……わたしは誓ったのよ、ルイズ。水の精霊の前で、誓約の言葉を口にしたの。『ウェールズさまに、変わらぬ愛を誓います』と。世の全てに嘘をついても、自分の気持ちにだけは嘘はつけないわ。 だから行かせて、ルイズ」 「姫さま……!」 「これは命令よ、ルイズ・フランソワーズ。わたしのあなたに対する、最後の命令。……道を開けてちょうだい」 「う、うぅ……」 杖を掲げてウェールズたちの前に立ちはだかっていたルイズの手が、力なく下ろされようとする。 自分とて、出来ることならばアンリエッタの願いは叶えてやりたい。 二人が愛し合っていると言うのならば、その愛を成就させてやりたい。 あのニューカッスル城でウェールズから話を聞いたときに、自分は確かにそう思ったのではなかったか。 そして今また、これほどまでに愛していると断言されてしまっては、自分に彼女を止めることなど出来ようはずがない。 (……そう、姫さまはウェールズ皇太子を愛して……) しかしルイズの心の中で何かが引っ掛かり、完全に道を明け渡すことを良しとしない。 無論、ここはアンリエッタを通すべき場面ではない。 トリステインのことを考えるのならば、ここはアンリエッタの意思を踏みにじろうが、その身体を多少傷つけてしまおうが、断固として通すべきでないなのである。 ……だが、そんな『正論』とは別に、ルイズの中では『何か』が、それは違うと叫んでいた。 何だろうか、今のアンリエッタの言葉には物凄い違和感を……。 「…………どきなさい、ルイズ」 「!」 再びアンリエッタが告げる。 そしてルイズはアンリエッタを引き止める言葉を持たぬままで、あらためてウェールズとアンリエッタの……『愛し合う二人』の様子を見た。 不敵な笑みを浮かべるウェールズ。 その彼に寄り添って、しかし身体を少しだけ震わせながら自分に視線を向けるアンリエッタ。 二人の間には、何者も立ち入ることは出来ないように見える。 (これが……『愛し合う二人』の姿……?) 違う。 何が違うのかはよく分からないが、とにかく違うはずだ。 自分だって、恋や愛に憧れたことはある。 しかしその憧れていた姿は、こんなモノではない。 それに……『アンリエッタからウェールズに対する愛の言葉』は今までに幾度となく聞かされたが、『ウェールズからアンリエッタに対する愛の言葉』は、少なくとも自分は一度も聞いていないではないか。 ……と、ルイズの中の違和感が次第に明確になっていく中で、ふと後ろにいたユーゼスの呟きが聞こえてきた。 「ふむ……。『愛とはためらわないこと』、というやつか?」 「……!!」 バッ、とユーゼスの方を振り向くルイズ。 いきなり振り向かれたユーゼスは、自分の発言に何かおかしい点でもあったのかと主人に確認した。 「昔の知人からの受け売りなのだが……。……気に障ったか?」 ユーゼスとしては、アンリエッタとウェールズの関係やルイズの内心での葛藤などは別に知ったことではない。 だが一応は現在の状況を把握しておくべきだ、と判断したのである。 ……『人の心の機微を察する』ということが致命的に下手なユーゼスが、ユーゼスなりにこの状況を判断するために当たって、今のアンリエッタのセリフを材料にするしかなかった。 この場面に至るまでの途中経過をほとんど飛ばし、しかしたった一つだけ分かったのは『アンリエッタはウェールズを愛しているらしい』という事実のみ。 その事実を内心で繰り返し、ふと『昔の知人』から聞いた言葉が思い起こされただけに過ぎない。 ―――もはや記憶もおぼろげではあるが、かろうじて覚えている。 地球に赴任する直前、あの男と話したこと。 バード星の銀河連邦警察から危険宙域に指定されている地球圏に向かうことに、ためらいはないのか……と聞いて、あの男は確かこう言ったのだ。 「なあユーゼス……愛って何だ?」 「……愛だと?」 正直、それを聞いた時は何を言っているのか分からなかった。 「ためらわないってことさ! ……俺は母さんが生まれ、父さんが愛した地球を悪の手から守るために宇宙刑事になったんだぜ。お前だって地球に行くことを自分から志願したんだろ?」 「よく分からんが……私もやる以上は全力を尽くすさ」 「ハハ、そうだな。俺は宇宙犯罪者たちと戦うこと、そしてお前は地球で発生する怪奇現象と大気汚染……あとは『地球圏が何故危険な宙域なのか』の調査だったか。 まあ『光の巨人』の調査もあるが、遭遇出来るかどうかは分からないし……とにかく、お互いに精一杯やろうぜ!」 「分かっているつもりだ、ギャバン」 愛とは何か。 『ためらわないこと』というのは、その一つの答えなのだろう。 自分も大気浄化弾を強行使用した時には、ためらいなど感じていなかった。 今にして思えば、アレは自分の『地球を愛する心』がいびつな形で発現してしまった結果だったのかも知れない。 また、自分がいた世界には他にも『愛』はあった。 ドモン・カッシュとレイン・ミカムラ……まあ、これは分かりやす過ぎる例ではある。男女の愛というものをストレートに体現しているのがあの二人だろう。 ヒイロ・ユイとリリーナ・ピースクラフト……これも少々不器用ではあるが、愛だろう。『リリーナ・ピースクラフトを殺してリリーナ・ドーリアンを助ける』という目的のために命をかけた少年と、その少年を信じた少女。彼らには、確かに通じ合うものがあったはずだ。 『愛』なのかどうか、少々自信がないものもある。 鎧聖バルスキーと、強闘士ローテール。 ローテールはバルスキーを戦いに向かわせないために、自分が蓄えた戦闘データを渡すことを拒否し……しかし、そのバルスキーをかばって致命的なダメージを負い、死に際に戦闘データを渡した。 あれは果たして、愛だったのだろうか? その答えは分からない。 そしてこの目の前の二人……アンリエッタ・ド・トリステインとウェールズ・テューダーの関係もまた、愛なのかどうか分からない。 何しろ、自分は誰かを愛したことがないのだから。 だがユーゼスの主人であるルイズはその呟きに何か感じ入る所があったらしく、一度だけ頷くとユーゼスに礼を言った。 「……ありがとう、おかげで踏ん切りがついたわ」 「?」 いきなりそんなことを言われても、ユーゼスとしては何のことやら分からない。 そんな使い魔の疑問にも構わず、ルイズはその鳶色の瞳に再び力を込めると、この場から立ち去ろうとしていたアンリエッタたちの前にもう一度毅然として立ちはだかった。 「ルイズ……?」 思わずアンリエッタがたじろぐ。 先程までのルイズとは、まるで別人だ。 ……彼女の知っているルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、このような強い瞳をしてはいなかった。 そして淡々とした口調で、ルイズはアンリエッタに問いかける。 「姫さま、最後に確認をさせていただきます」 「な、何を……」 「姫さまはウェールズ皇太子に付いて行くことに、ためらいはあるのですか?」 「あ、ありません! ある訳がないでしょう!!」 「後悔は?」 「……っ、何が言いたいの、ルイズ!?」 一連の問いに対する返答を聞いて、ルイズの表情と声と、そして身にまとう空気が冷たくなっていく。 「そうですか、それでは……」 ルイズは数歩ほど下がり、杖を振り上げて『エクスプロージョン』の詠唱を開始する。 その視線の先には、ウェールズの姿があった。 「……! ルイズっ!!」 アンリエッタは激昂して杖を振り上げ、呪文を唱え始める。 そして大量の水と、不完全ではあるが『虚無』の魔法による爆発とがぶつかり合った。 「!!」 「っ……!」 魔法の激突の余波を受けて、ルイズとアンリエッタはお互いに吹き飛んでしまう。 それを見たユーゼスはすかさずデルフリンガーを抜き、ガンダールヴのルーンを発動させてルイズの元に走ると、倒れてしまった主人をかばいながら声をかける。 「もう少しやりようがあったのではないか?」 「……ふん、口で言っても分かんない相手には、行動でどうにかするしかないでしょ。アンタとの付き合いで学んだことよ」 「お前と私の場合は、『口より先に手が出る』だと思うがな」 「アンタの場合は『ああ言えばこう言う』でしょうが!」 言いつつ、ウェールズからルイズに向かって放たれた風の刃をデルフリンガーで吸収するユーゼス。 どうやら向こうは様子を見守ることを止めて戦闘態勢に移行したらしく、周囲にいるアルビオンの騎士たちも次々に魔法を唱えようとしていた。 また、その魔法の応酬を皮切りにして、今まで呆然と成り行きを眺めていただけのキュルケとタバサとギーシュ、エレオノールまでもが呪文を詠唱し始める。 戦いが、始まった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6210.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 トリステインの王宮の門の前に、巨大なモグラをくわえた青い風竜が降り立つ。 その背に乗っているのは、5人。 桃色がかったブロンドの美少女、燃えるような赤毛の長身の女、眼鏡をかけた青い髪の少女、金髪の少年、そして……やたらと気分が悪そうな、銀髪の男である。 「ぐっ……き、気分が、悪……い……」 「あーもう、やっぱり酔ったか。もう目的地には到着したから、取りあえず深呼吸でもしたらどうだね?」 「……下手に深く呼吸をすると、むしろ……」 「これでよく吐かなかったよなぁ」 金髪の少年と銀髪の男のそんなやり取りが交わされている間に、幻獣……マンティコアにまたがった兵士たちが、彼女たちを取り囲んだ。 「杖を捨てろ!」 隊長らしきヒゲ面の男が叫ぶ。 彼女たちは少し相談した結果、言われた通りに杖を地面に投げ捨てた。 そして桃髪の少女が前に出て、隊長らしき男と話を始める。 「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」 「……わたくしはラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しい者じゃありません。姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」 やり取りをする少女と隊長を横目に『かつて全てを超越しようとした男』―――ユーゼス・ゴッツォは竜酔いに苦しみつつも、その竜の背から降りた。 別に自分の主人を守ろうとか、援護しようとか思ったわけではない。 ただ竜の背中に乗っているよりは、平坦な地面にいた方が幾分マシだろうと判断したのである。 その情けない姿が見ていられなくなったのか、他のメンバーも風竜の背中から降りて行く。 「動くな!!」 しかし、その動きを警戒したマンティコア隊の隊長に制止されてしまった。 途端に他の隊員たちは見事な手際で杖を構え、呪文を詠唱し――― 「ルイズ!」 その詠唱終了まであとわずかとなった時、宮殿から鮮やかな紫のローブとマントを羽織った女性……アンリエッタ王女が駆け寄ってきた。 「姫さま!」 アンリエッタの姿を見て、ぱっと表情を明るくするルイズ。 そしてそのまま二人はひしっと抱き合あった後、ルイズは自分自身と今回の任務の主目的である手紙の無事を示し、アンリエッタはそのことを大いに喜ぶ。 だが、帰ってきたメンバーの中に自分の愛する人物がいないことに気付くと、アンリエッタの顔は曇ってしまった。 「……ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね……」 と、その時、 「…………アンリエッタ姫殿下」 ユーゼスが青い顔をしながら、アンリエッタに話しかけた。 「あなたは確か、ルイズの使い魔の……」 「……ユーゼス・ゴッツォと申します」 相変わらず気分は悪いが、取りあえずこれは果たしておかねばなるまい。 「これを」 懐から『風のルビー』を取り出し、アンリエッタに手渡す。 「これは……『風のルビー』ではありませんか。ウェールズ皇太子から預かってきたのですか?」 「そのようなものです」 本当は死体から抜き取っただけなのだが、あのまま放置しておくよりはマシだと考えたのである。 そして次に、その今は亡き皇太子からの伝言を伝えた。 「『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』……これだけを伝えてくれれば心残りはない、ともおっしゃられていました」 「そう……ですか」 ますますアンリエッタの表情が曇っていく。 だが彼女は周囲にいるマンティコア隊の面々の視線に気付くと、気を取り直して彼らに説明した。 「……彼らはわたくしの客人ですわ、隊長殿」 「さようですか」 それだけで、アッサリとマンティコア隊は引き下がっていく。 君主制における王族の権力は凄いな……などと、ユーゼスは思わず変な感心をしてしまった。 まあ、それはさておき。 「……それでは、私はこれで」 「はあ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ユーゼス! どこに行こうって言うの!?」 いきなりその場を立ち去ろうとしたユーゼスに、ルイズは仰天した。 ユーゼスは、体調の悪さが窺える口調で話す。 「……あの風竜に酔ったので、気分が悪い。酔い覚ましに風に当たっていたいのだが」 「だからってねぇ……!」 「……それに、こんな格好で王宮の中に入るわけにもいくまい?」 言って、自分の服装を改めてルイズに見せた。 その白衣は道中の戦闘で、かなりボロボロになっている。確かに『王宮の中にふさわしい服装』とは言えない。 「……まあ、そうね」 納得してしまうルイズ。 よくよく考えてみれば別にユーゼスがいなくとも、自分とギーシュとキュルケとタバサで詳しい状況の説明は出来るだろう。 「じゃあ、適当にトリスタニアをブラついてなさい。何だったら、そのまま魔法学院に戻ってもいいわよ」 「そうしておく。……ついでに白衣も新調しておこう」 言って、ユーゼスはブルドンネ街へと、ルイズたちは王宮の中へと入っていった。 「……やれやれ」 溜息と共に、ストレスを吐き出すユーゼス。 実を言うと、体調管理などクロスゲート・パラダイム・システムを使えば一瞬で解決が出来た。 と言うかたった今、酔いは消した。 自分自身の因果律も操作が出来ないようでは、このシステムを持っている意味がない。 何せ、やりようによっては死人ですら無傷で復活させることが出来るのだ。 今までユーゼスが自分の身体に対してそれをしなかったのは、怪我などの『痛みをともなう』ものはあまり急激に回復すると怪しまれるし、自分は『痛い振り』が出来るような演技力も持ち合わせていないからだった。 ……なお、筋肉痛を治さなかったのは『中途半端に腕力や体力があると思われても困る』からである。 なのでこれらに関してはシステムを使わず自然回復や秘薬に任せているが、酔いのような『少し時間を置けば回復する』ものならば別に構わないだろう。 ―――また、言えば確実に主人から怒鳴り声が飛んだだろうから言うつもりはないが、ユーゼスは『王宮の中』などという空間があまり好きではない。 どうせ無駄な装飾でゴチャゴチャした内装をして、高飛車な貴族でごった返しているに決まっているのだし。 「さて……」 まずは白衣を新調する必要がある。 そしてその後は、 「そう言えば、呼び出しを受けていたな……」 直接会うのはこれが二度目になるが、あの眼鏡の女性の所に行かなければならないだろう。 ぺたぺたぺた。 「ふぅーん……」 「……………」 ぺたぺたぺた。 「外面的には、これと言って特長的な部分はないわね……」 「……終わったか、ミス・ヴァリエール?」 少しゲンナリした様子で、エレオノールに語りかけるユーゼス。 彼は、御主人様の姉に身体中を触られまくっていた。 白衣を新調し、次にアカデミーに向かい、衛兵に自分の名前とエレオノールに用がある旨を告げ、そして前にも来たことのあるエレオノールの研究室に通された直後、 「あなたの身体を調査するから、脱ぎなさい」 と、金髪眼鏡の美人から、いきなり出会い頭にそう命令されてしまったのである。 言われるがままにユーゼスは上半身裸になり(下半身を脱がない程度の羞恥心やプライドは、まだ彼にもあった)、そしてそのままぺたぺたぺたぺたと触診されていたのだが。 「…………よく分からないわ」 「何だ、それは?」 エレオノールからその結果を聞いて、ユーゼスは更にゲンナリした。 「取りあえず、そこに座りなさい」 いつまでも上半身裸でいるわけにもいかないので上着と白衣を着直し、言われた通りにその辺りにあった椅子に腰掛ける。 エレオノールは何かを考え込む素振りを見せた後、ユーゼスを見てゆっくりと口を開いた。 「……あなた、自分の身体に何か変化は感じる?」 「変化だと?」 「例えば、ルイズと使い魔の契約をする前と比べて、『道具を上手く扱えるようになった』とか……」 じっとユーゼスを見ながら問いかけるエレオノール。 ……前置きなしで物を言う女だな、などと思ったが、これはこれで話が早くて良いかも知れない。 ならばこちらも、余計な前置きや詮索はなしで行くとしよう。 「私をここに呼び出した用件とは、ガンダールヴのことか?」 「!」 エレオノールの目が見開かれるが、その目はすぐにスッと細まった。そして一瞬の沈黙の後、警戒するような口調で質問を開始する。 「……どこまで知っているのかしら?」 「『伝説の使い魔である』こと、『かつて同じ存在がハルケギニアで確認されていた』こと、『あらゆる武器を使いこなした』……いや、『使いこなせる』こと、『武器を持てば身体能力が強化される』こと、『身体能力の強化は感情の高ぶりに比例する』こと―――この程度か」 「そう……。まあ、あなたなら自分でその程度は調べられるでしょうね」 意図的に隠している部分もあるが、精神操作や言語の理解などの機能は、別に明かさずとも良いだろう。 では、次はこちらが質問する番だ。 「そちらの持っている情報は?」 「あなたと大差はないわね。ただ……」 「ただ?」 エレオノールは少し躊躇したようだが、やがて意を決したように告げる。 「……これから話すことは他言無用でお願いしたいのだけど、良いかしら」 「その内容によるな」 「……………」 躊躇の度合が深くなる。 自分の持っている情報を、果たしてこの男に明かすべきかどうか……。 「……『他の人間に話さない』と確約が出来なければ、私からあなたに情報を与えることは出来ないわ」 「ほう、ならば『私が自分でその情報を掴んだ』のならば、いくらでも話して構わないのだな?」 「っ……」 眼鏡越しに睨まれる。 それ自体は彼女の妹から頻繁にされているので慣れたものだが、年齢や経験を経た『鋭さ』のようなものが加味されている分、いくらかプレッシャーを感じた。 やがて、ふう、と大きく溜息を吐き、諦めたようにエレオノールは手持ちのカードをさらす。 「……ガンダールヴは、かつて始祖ブリミルが使役したとされる使い魔なのよ」 「…………始祖だと?」 ユーゼスの表情が動いた。 魔法学院の図書館で様々な書物を読んでいれば、始祖ブリミルに関して書かれた本に行き当たることも珍しくはない。 よって、ユーゼスもハルケギニアの一般常識程度には始祖とやらの知識があったのだが……。 「人間を使い魔にしていたのか、ブリミルは?」 「そうらしいわね。かなり古い本に書かれていたことだから、真偽は疑わしいんだけど」 曰く、始祖は4体の使い魔を使役していた。 曰く、それらの名称はガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルン、そして名称不明のものが1体。 そしてユーゼスの左手に刻まれているルーンは、記録されているガンダールヴのそれと同じである。 「名称不明とはどういうことだ?」 「『記すことすらはばかられる』って書いていたけど……記録されていないのなら、知る方法はないわね」 ふむ、と思考するユーゼス。 (……つまり、私は『始祖ブリミルが使役していた使い魔』と同じ存在ということか) もしそれが本当ならば、『それを使役する自分の主人』は――― 「―――ならば私の御主人様は、始祖と同じ存在ということになるな」 「……………」 これで、この女が伝えることを躊躇した理由が分かった。 まさか『自分の妹が始祖ブリミルと同じです』などと、軽々しく口に出来ようはずもない。 難しい顔をしているエレオノールに構わず、ユーゼスは言葉を続ける。 「始祖の系統は、四系統のいずれにも属さない『虚無』……。 これでいくら系統魔法を使おうとしても『不可解な爆発』しか起こらない理由に、ある程度の説明がつく」 全く系統が異なるのであれば、他のメイジたちと同じようにやっても成功するわけはあるまい。 「『ゼロ』が転じて、『虚無』のルイズか。知れば笑いが止まらないだろうな、御主人様は」 「……笑いごとじゃないわよ!」 平然と言うユーゼスに向かって、エレオノールは怒鳴り声に近い叫びをぶつけた。 そして左手で額を押さえたまま、悩みながら喋り出す。 「…………私だってね、いまだに自分の妹が『始祖が使った伝説の系統』だなんて信じられないわ。でも、あなたの存在がそれを裏付ける証拠になってしまう……」 「まるで自分の妹が『虚無』では都合が悪いような言い草だが……」 「悪いわよ、物凄くね」 もはや恨みすらこもった視線を向けられる。 「……これが私以外の研究員や、王室に直接知られてごらんなさい! ルイズは良くて『道具』や『兵器』扱い、下手をすれば『実験動物』や『解剖のサンプル』よ!?」 そのエレオノールの剣幕に、ユーゼスは意外そうな顔をした。 「……何よ?」 「お前はもう少し割り切った考え方をするものと思っていたのでな、驚いただけだ。研究者ならば、まずは調査や実験が最優先なのではないか?」 自分ならそうする……と言おうとして、眼鏡越しに睨む視線がキツくなったことに気付いた。 「……確かに興味や好奇心はあるわ。それは認めましょう。 …………でもね、好きこのんで自分の妹をサンプル扱いするわけがないでしょう!! 私は研究者である前に、ルイズの姉なのよ!!」 「ふむ」 怒り方がどことなくルイズに似ているな、などとユーゼスはどこかズレた感想を抱く。 しかし、どうもこの女は自分とは―――少なくとも過去の自分とは、違うタイプの研究者のようだ。 何せ自分にはクロスゲート・パラダイム・システムの実験がてら時空間と因果律を操作して異星人連合ETFを乗っ取ったり、 ウルトラマンをデビルガンダムに取り込ませよう……などと考えて実行しようとしたり(それは失敗したが)、 そのデビルガンダムの生体ユニットの予備として操るため、5人の少年たちにナノマシンを注入した(ナノマシンは抹消されたが)前歴がある。 それに比べれば、甘いと言わざるを得ない。 しかし。 「……人間としては、それが正しいのだろうな」 「当然よ!」 人としての一線。倫理観や道徳の縛り。人間を『単なる道具』として見れるかどうか。 かつて自分が踏み越えた道ではあるが、そのあげくの果てが『今の自分』であることを考えると、決してお勧めは出来ない道である。 まあ、エレオノールがその道を選ぶとも思えないが。 「……話を戻すわね。 それで、ガンダールヴの身体を直接調べてみれば『虚無』の片鱗くらいは分かるんじゃないかと思ったんだけど……」 「見事に当てが外れたわけだな」 「まあ、ね。 ……そもそも触って分かるくらいなら、『ディテクト・マジック』をかけた時点で分かってるはずだし……」 エレオノールはユーゼスを見て考え込む。 「あなたの方で、ガンダールヴの能力以外に何か分かっていることはある?」 「それならば私よりも、この剣に聞いた方が良いだろうな」 そう言うと、ユーゼスは近くに置いていたデルフリンガーを鞘から抜いた。 「デルフリンガー、お前の知っている『虚無』の情報を提供しろ」 「…………いきなり抜いてそれかよ。もうちょっと、こう……愛情とまでは言わねえけど、愛着って言うか、さ。 仮にも命がけの戦いを共に潜り抜けた『戦友』に対する―――」 「いいから言え」 ぶつくさ文句を言うデルフリンガーだったが、その途中でユーゼスに黙らされてしまう。 と、そんな様子を見てエレオノールが眉をひそめた。 「何、そのうるさそうなインテリジェンスソードは?」 「この剣が言うには、『自分はかつてガンダールヴに握られていた』そうだ」 「……本当?」 「真偽は怪しいがな」 「おい、引っ張り出しといて何だ、その言い草は!?」 自分のすぐ近くでかなり失礼な会話をされて、さすがにデルフリンガーも怒る。 研究者2人は、揃って『大して期待していません』という視線をデルフリンガーに向けて、 「では、あらためて質問するが。かつての『虚無』やガンダールヴについて、お前が記憶―――この場合は記録か? ともかく、知っていることを話せ」 ぞんざいな口調で質問した。 だが、返って来た回答は、 「覚えてねえ」 「……捨てるか」 「そうね」 ほとんど感情を込めずにそう判断するユーゼスとエレオノール。 そして『この剣は頑丈で、魔法も吸収するから炉に直接放り投げて―――』などとユーゼスが説明し始めると、デルフリンガーは慌てて弁明を始めた。 「ちょ、ちょっと待てって! 俺は六千年も長いこと剣をやってきたんだぞ!? そんだけ時間が経てば、そりゃ忘れもするって!!」 「……私は二万年以上もの間、生き続けている種族を知っているぞ」 「何それ!? どんなバケモンだよ!!? ああもう、とにかく捨てないで、溶かさないでぇ……!!」 鍔をガチャガチャ鳴らして自分の存在を主張するデルフリンガー。 彼の一応の主人であるはずの男は、一瞥すると黙って彼を鞘に仕舞った。 「余計な時間を取らせてしまったな」 「まあ、良いわ。……でも、結局『虚無』については何も判明してないわね……」 「いずれ御主人様が系統に目覚めれば、判明することもあるだろうが」 「……それじゃ遅いのよ」 少し苛立たしげに言うエレオノール。 そんな彼女に構わず、ユーゼスは立ち上がる。 「これ以上、ここにいても意味がないな。 私は魔法学院に戻る。連絡があれば、手紙なり直接足を運ぶなりしてくれ」 「ええ」 ユーゼスはそのままドアへと向かい、取っ手に手をかけたが、そこでエレオノールがあることに気付いた。 「…………待ちなさい」 「まだ何かあるのか、ミス・ヴァリエール?」 振り向くと、ルイズと同じようなジトっとした目が自分を見ていた。 「私、あなたが前に来た時に『喋り方を直しておきなさい』って言ったわよね?」 「む?」 そう言えば、そんなことも言われていたか。 それに対して、確か自分は……、 「『考えておこう』と返したはずだがな。確かに『考えた』ぞ? おかげで敬語を使わねばならん状況では役に立っている」 「……じゃあ、なんで私には使おうとしないのよ?」 「その気にならんだけだ」 取りあえず自分が敬語を使うのは『ある程度以上の社会的地位があり』、『ある程度以上、腹の内が読めず』、『ある程度以上、気を許せない』と判断した相手としている。 ちなみに『ある程度』の基準は、かなり曖昧だが。 「何だか、ごく自然にあなたのその口調を聞いてたけど……」 「……では、これからはこのような口調であなたに対して接することにいたしましょうか、ミス・ヴァリエール?」 試しにエレオノールに対して敬語で話してみると、不機嫌そうな顔が余計に不機嫌になった。 「…………今更そんな風に喋られても、気持ちが悪いことが判明したわね」 「私も違和感があるな」 この辺りは、主人に対して敬語を使わないのと同じだろうか。 はあ、とエレオノールは溜息を吐き、ユーゼスに退室をうながす。 「ああもう、じゃあ口調はそのままで良いわ。……私も仕事があるから、今日はここまでね。 分かってるとは思うけど……」 「“御主人様に『虚無』のことは伏せておけ”だろう、承知している。私もそこまで短慮ではないよ」 これでまた『考えておこう』などと抜かしたら、そこらにある本を手に取って思いっきり投げつけよう―――などと思っていたが、さすがにそんなことはなかったようだ。 「……信用するわよ? 良いのよね?」 「それこそ『信用する』しかあるまい」 そう言って、今度こそユーゼスは退室した。 自分一人となった研究室の中でエレオノールは本日何度目かの溜息を吐き、こめかみを押さえる。 「何かあの男といると変に口が回ると言うか、ペースがおかしくなると言うか……」 よくよく考えてみると『自分と対等に話す男』というのは、アレが初めてなような気がする。 他にリラックスして話せる男と言えば父親くらいだが、親子の関係を『対等』とは言えないだろう。 「……そう言えば、あの男に関しては何も聞いてないわね」 研究内容に関してはレポートを見せてもらっているし、そのレポートから薄くではあるが人間性も読み取れている。 だが、ユーゼス個人については何も知らないことに気付いた。 「……今度会った時にでも、聞いてみるか」 しかし次に直接会う機会はいつになるのだろう……などと考えていると、自分のデスクの上の一枚の書類が目に入った。 王宮からの仕事の依頼だが、アカデミー内では断る方向で話が進んでいたものである。 「……そうね、ガンダールヴの戦闘能力を見る良い機会だし……」 自分の仕事がある程度落ち着いたら持ちかけてみるか、とエレオノールは画策するのであった。 アルビオンから帰還した翌日。 いつものようにルイズの世話をしようとしたユーゼスは、困惑していた。 ルイズの態度がおかしいのである。 洗濯を済ませ、身体を揺らして起こすことまでは同じであるのだが、顔を洗おうとしたら『自分で洗うから、いいわ』などと言い出した。 これは明らかに変だ。 ユーゼスの記憶にあるルイズは、『さっさと洗いなさいよ』とか『まったく、これだから平民は……』とか『閉じこもって本ばっかり読んでるから動作が遅いのよ』とか、そのようなセリフをバシバシ飛ばすはずだったのに。 頭に疑問符を多く浮かべながら黙って下着を替える光景を眺めていると、顔を赤くしながら『あ、あっち向いてなさい!』と言われた。 ……以前、羞恥心を感じないのかと質問したら『使い魔に見られたって、何とも思わないわ』と言っていたはずのに、一体どういうことなのだろうか。 次は着替えさせようとすると、今度は慌てた様子で『服、置いといて』と言い放った。いつもなら眠そうな目をしながら腕をダランとさせて『早く着せなさいー』という感じだったのに、何があったのだろう。 更に、下着だけではなく普通に服を着替える時まで見ることを禁止された。何なのだ、この豹変ぶりは。 さすがに髪を梳くのは普通にやらせていたが、顔が妙に紅潮していた。意味がよく分からない。 変化はまだあった。 食堂に移動し、またいつものように床で食事を取ろうとしたら、その食事がなかったのである。 理由を問い質そうとすると『今日からアンタ、テーブルで食べなさい』と言われてしまった。『アンタはわたしの特別な計らいで、床』と言っていたのに。 ルイズが指差した席に本来座るはずだったマリコルヌという生徒と一悶着あったが、そこはユーゼスが自分で椅子を持って来ることで解決した。それについてルイズは良い顔をしなかったが。 (…………?) おかしい。変だ。怪しい。 この少女が自分を懐柔しようとしたり、何らかの罠を仕掛けようとしているのか、あるいは別の何者かの陰謀か? まさか何者かが過去に時空間移動してルイズの人格を改変したのでは―――などと考えてクロスゲート・パラダイム・システムを起動させてみたが、特にそんな形跡は見当たらない。 自分が何かしたのだろうか、とも考えたが、特に思い当たる節もない。 (……全く分からない……) 本当に分からないので、やむを得ず無駄に人生経験(人ではないが)が豊富そうなデルフリンガーに聞いてみると『駄目だこりゃ』と言われた。何が駄目だと言うのか。 (…………まあ、私に実害があるわけでもないのだから、構わない……のか……?) どことなくしっくり来ないのだが、とにかく半ば強引に納得しようとするユーゼスであった。 それはともかくとして、その日の授業はコルベールが担当だった。 彼は自慢げに教卓の上へと妙な物を置くと『早くこれについて説明したいなぁ』とばかりにニヤニヤする。 (……アレは……) ユーゼスはその『妙な物』が何なのか、一目で理解した。 円筒状の金属の筒に、また金属のパイプが付属。 そのパイプは簡単な造りではあるが送風機のような部分に繋がっている。 円筒の頂上にはこれも簡単ではあるがピストンがあり、ピストンは更に円筒の脇にある車輪に繋がる。 そして車輪は扉のついた箱に、数個の歯車を経由して接続されていた。 「……………」 ユーゼスは黙ってそれを見ている。 やがてコルベールは『これは油と火の魔法を使って、動力を得る装置です』と説明し、その『原始的な動力装置』を起動させた。 「ほら! 見てごらんなさい! この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力でピストンが動いておる!」 興奮しながら原理を説明するコルベール。 ……それに対する魔法学院の生徒たちの反応は冷ややかで何の感想も抱いていないようだったが、ユーゼスだけは『ある感想』を抱いていた。 (……危険だな、この男) 自分の専門は工学系ではないが、多少の知識や実務経験はある。 アレはあのまま順調に改良・発展を重ねれば、間違いなく兵器に転用されるだろう。 それはこの世界の文明に多大な貢献をもたらすだろうが、引き換えにこの世界の住人たちを傷つけ、殺し―――大気を汚染し、自然を破壊するのだ。 たとえ発端の思想が『平和利用』だったとしても、それを悪用する人間は必ず存在する。 かつて自分が所属していた、銀河連邦警察ですらそうだった。 宇宙刑事ギャバンの父であるボイサーが命懸けで守り抜いた超兵器、ホシノスペースカノンの設計図。それを元にホシノスペースカノンを量産し、他星に対する自分たちの戦力として配備した。 ……ユーゼスが『人間』というモノを嫌悪した一因でもある。 「で? それがどうしたって言うんですか?」 「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないですか」 「何も、そんな妙ちきりんな装置を使わなくても……」 ―――まあ、この生徒たちの反応を見るに、そこまで危険視する必要もないかも知れないが。 なお、その後『アレを動かしてみなさいよ』と金髪巻き毛の少女に挑発されたユーゼスの御主人様が、勢いあまってあの装置を木っ端微塵に爆発させて火事が起こしたりしていた。 これであの男の研究意欲も削がれれば良いのだが……と思ったが、おそらく無理だろう。研究者とはそういうものだ。 何よりも、今の時点での問題は……。 ……この滅茶苦茶になってしまった教室を、また自分たちが片づけなくてはならないということである。 教室の片づけが終わったのは、日が暮れてからだった。 相変わらずルイズは肉体労働をユーゼスに担当させるものだから、とにかく疲れた。 藁束の上に倒れ伏すユーゼス。……そう言えば、そろそろ就寝の時間である。 疲労でクタクタの身体をどうにか奮い立たせ、御主人様の着替えを取り出そうとクローゼットに向かうと、その御主人様はハッと慌てたようにベッドに立ち上がり、天井からシーツを吊り下げ始めた。 「?」 何なのだ、と思ってその行動を眺めていると、ルイズはベッドから降りて小走りにユーゼスを追い越し、自分の手でクローゼットから着替えを取り出した。 「…………馬鹿な」 思わず声が出てしまう。 『そのような雑用をやれ』と召喚した初日に言いつけたのは、他でもないルイズではないか。 更にルイズは着替えを持ったままシーツのカーテンの中に入り、その中で着替え始める。 もしや自分を警戒しているのか? とも思ったが、その後は黙ってブラシで自分に髪を梳かせていたので、そういう訳でもないらしい。 そして髪を梳き終わり、ルイズは魔法のランプの明かりを消して就寝しようとしたところで、話しかけられる。 「ね、ねえ、ユーゼス」 「……何だ、御主人様」 言いにくそうなルイズと警戒しているユーゼスとでは、どうにも互いの会話がぎこちない。 「いつまでも、床ってのはあんまりよね」 「? ……ああ、寝床か。もう慣れた」 最初はあまり寝付けなかったが、今では普通に眠ることが出来る。 今更、何なのだ―――と思っていると、本日最大の爆弾発言が飛び出してきた。 「だ、だから、その……ベッドで寝ても、いいわよ」 「―――――」 ユーゼスの身体が硬直する。するとまた慌てたように、ルイズは言いつくろった。 「勘違いしないで! ヘ、変なコトしたら、殴るんだから!」 そんなつもりはチリほどもないが、いい加減に混乱してきた。 (まさか、寝首を掻こうとしているのか……?) 油断させておいて、などと言うのは暗殺の常套手段である。 いや、そもそも目の前にいるのは、本当に一応の自分の主人であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのだろうか? (何者かに乗り移られている、という可能性もあるな) ウルトラ族がよく使っていた手だ。同じような能力を持つ存在がいても、別に不思議ではない。 (あるいは偽者か……) ザラブ星人が使ったような方法かとも考えたが、じっと見てみても外見的には全く差異が見当たらない。 と言うか、じっと見ていたら顔を赤らめてぷいっと逸らされた。 (いや待て、乗り移りなり偽者なりだった場合、クロスゲート・パラダイム・システムを使った時点で判明しているだろう……) 個人に絡みつく因果律が二人分であったり、本来のものとは明らかに異なっていたりすれば、さすがに気付く。 (……もしや、これが『虚無』発現の前兆か……?) そんなことまで考えるが、少し冷静になると違うに決まっていると気付いた。 (洗脳、催眠術、禁制の水の秘薬、水魔法の『制約(ギアス)』……どれも違うか……) とにかく、分からない。 他に人格が大きく変わるようなことと言えば『衝撃的な事件』くらいだが……。 (……あのアルビオンでの一件が、何か影響を与えたのか?) おそらく、あの旅路の自分の知らない場面で『何か』が起こり、それが今の自分に対するルイズの態度へと繋がっているのだろう。 ―――それが最もしっくり来るような気がする。完全に納得は出来ないが。 かと言って、それで一緒のベッドで眠れるかと言うと、そうでもない。 「いや、注文していた本がラ・ロシェールから届いたのでな、今夜はそれを読もうと思っている」 「あ……、ふ、ふーん、そう。相変わらず研究や読書が大好きなのね」 「性分なのでな」 そうしてルイズの部屋から出て、隣の研究室へと移動するユーゼス。 その中で本のページをめくりながら、今度からは研究室で寝るか、などと彼は密かに決意した。 ユーゼスが出て行って、ルイズは一人でベッドに寝転んでいた。 「……何よ、もう。せっかくベッドで寝てもいいって言ってるのに……」 しかも、このわたしと一緒に寝れるって言うのに、それよりも本を優先するとは。 本や研究なんかより優先するコトがあるでしょ、色々と。 「でも……」 胸に手を当てて、考える。 ユーゼスのことは……、まあ、ある意味では尊敬している。 いつも冷静だし、自分の知らないことをたくさん知っているし、たまに思いもよらない発想をしたりするし、研究熱心だし……、少なくとも無能ということはないだろう。 それに、自分を助けてくれたという恩もある。 ルイズのユーゼスに対する優しさや親切心はその恩返しでもあるのだが、こうして胸に手を当てて考えると、それだけではないことに気付く。 最初は、単なる理屈っぽい使い魔。 それが、屈服させる目標になって。 今では……、 「今では……、どうなんだろ?」 何だかうまく説明がつかない気持ちが、ルイズの中に芽生え始めていたのである。 それを意識し始めたら今までの行為がいきなり恥ずかしくなって、肌を見られることが耐えられなくなった。実を言うと、寝起きの顔も見られたくない。 どうしてこんな気持ちを……と考えてみると、真っ先に浮かぶのは先日のワルドとの一件だ。 したたかに頭を打たれたせいで意識はかすんでいたが、断片的にユーゼスとワルドの会話は耳に入っていた。 ―――『……使い魔はその主人に対して……、……情も感じて……!』 ―――『私が御主人様に従っているのは……、あの少女…………たからだ』 「わ、わたしに対して、何を感じてるって言うのかしら……?」 恩義? 忠義? 義理? 同情? 憐憫? 仕事としての義務感? それとも……愛情? 「……!!」 自分で考えて、自分で赤面するルイズ。 なぜこんなにスラスラとユーゼスの自分に対する感情の推察が出来るのか分からなかったが、これもきっとユーゼスとワルドの会話に出て来た単語だからだろう。 そしてルイズの推察は、一つの結論に行き着く。 もしかして、あの使い魔は……自分のことが好きなのではないか? と。 「~~~~~……!」 その結論にベッドの中で身もだえするルイズ。 しかし、そう考えるとツジツマの合わない部分もある。 例えば今、この瞬間。 御主人様の隣で寝れると言うのに、どうしてそそくさと部屋を出て行ってしまうのか。 ユーゼスがいるすぐ隣の部屋の方を、小さな唸り声を上げながらじーっと見つめてみるが、それで答えが返ってくるわけでもない。 しばらくの間、ああでもないこうでもないと使い魔の心理の推察を行っていたが、どうにもならないと気付いて……。 ……考えることに疲れたので、ルイズはそのまま眠りに落ちたのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/pokecharaneta/pages/18901.html
悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。 キャラクター コメント 2023年7月からスタートしたアニメ。 キャラクター ヘルガーorガオガエン:プライド 元々は極悪非道な女王キャラだったのと赤い髪から フクスローorユンゲラー:ステイル フクスローは雰囲気、ユンゲラーは能力から ドレディア:ティアラ エンペルト:アルバート ロズレイド:ローザ リーフィア:ロッテ グレイシア:マリー エルレイド:アーサー インテレオン:ジルベール サイドン:アラン ジュカイン:カラム マッスグマ:エリック ワルビアル:ヴァル 地属性の魔法が使える悪党なので ユキメノコ:マリアンヌ ウェルカモ:セフェク ニャオハ:ケメト ゼブライカ:パウエル コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6124.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ユーゼス・ゴッツォが、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドに完膚なきまでに叩きのめされたのと、ほぼ同時刻。 マチルダ・オブ・サウスゴータは顔を洗うために水を汲もうとして、シュウ・シラカワと鉢合わせていた。 「おはようございます、ミス・マチルダ」 「……おはよう、えーと……そう言えば何て呼べばいいんだい?」 「お好きなようにお呼びになって結構ですよ。呼び捨てでも一向に構いません」 「それじゃ、シュウ。……アンタ、本当にティファニアをどうこうするつもりはないんだね?」 「それについては、信用していただくしかありませんが……」 この二人は、昨日からこのような調子であった。 どうにかしてシュウの腹の内を探ろうとするマチルダと、そのマチルダの追求をのらりくらりとかわすシュウ。 会話は平行線を描き続けている。 「……使い魔として召喚されたってのに、使い魔としての契約を拒否するって時点で、信用が出来ないんだよ」 「『普通の動物や幻獣などならともかく、人間を使い魔にするわけにはいかない』と、ティファニアも納得していることです。 ……それに、私は『束縛』というものを何よりも嫌っていますからね。お互いの意見が一致したまでですよ」 ふん、と息巻きながら、マチルダは井戸から水を汲み上げ、桶に移す。 「アンタの出身地―――ラ・ギアス……だったっけ? そこには帰らなくていいのかい?」 「帰ろうと思えば、いつでも帰ることが出来ますからね。情勢も一時期に比べればかなり落ち着いていますし、今は無理に戻る必要もないでしょう。 それに、このハルケギニアは……なかなかに、良い所ですから」 「『良い所』ぉ?」 マチルダも見せてもらって度肝を抜かれたが、あのネオ・グランゾンのような兵器を製造するような技術を有し、更に『かくれみの』などという、その姿を完璧に隠蔽する『ハルケギニアとは異なる魔法技術』を持つ場所と比べて、ハルケギニアが『良い所』とは、どういうことだろうか。 「ええ。ほとんど開発が進んでいませんから空気は清浄ですし、過ごしやすい。……そして精霊は存在するようですが、それに反する邪神や怨霊、亡霊の類が渦を巻いているわけでもない。つまり余計な手間がかからない。 この要因だけで『環境』としては、かなり優れていると言えます」 「……邪神に、怨霊に、亡霊? なんでアンタがそんなことを気にするのさ?」 「同質のモノに心当たりがありましてね。……まさかとは思いますが、私やネオ・グランゾンの中にその残滓が残っていた場合、共鳴を起こす危険性もありますから」 (一体何なんだい、コイツ……?) 話を聞けば聞くほど……得体が知れなくなると言うか、底が見えなくなってくる。 「何よりも、このハルケギニアには『私を知っている人間』がほとんど存在しません。わずらわしいしがらみから開放されるこの世界は、まさにバカンスに最適です」 「バカンスって……」 (……もっとも、ユーゼス・ゴッツォやアインストが存在する世界が『平穏無事』で終わるとは、とても思えませんが……) 呆れるマチルダの顔を眺めつつ、内心では今後のことを予測するシュウ。 最近このアルビオンで度々出現しているアインストを(ウエストウッド村の近辺に出現した個体のみではあるが)、彼は何度か始末していた。 ネオ・グランゾンにかかれば、雑兵のアインスト程度などチリにも等しいが、それにしても気になることがある。 (人間サイズのアインストとは……。私が得ている情報とは食い違いがありますね) 『実際に見る』のはハルケギニアに来てからが初めてだが、『通常の』アインストのサイズは最低でも20メートル弱ほどのはずである。 (アインストの亜種……ということでしょうか。ここは『エンドレス・フロンティア』についての調査を進めてみた方が良さそうですか) 興味深くはあったが『シュウ・シラカワ』との接点はほぼゼロのため、把握が出来なかった世界……そこにもまた、アインストが存在したはずである。 (―――いずれにせよ、この世界もまた一筋縄では行かないようですね) シュウは思考を切り上げ、あらためてマチルダを見て―――そして、薄く微笑んだ。 「な、何だい、人の顔をニヤけながらジロジロ見たりして」 「……いえ、その髪を見ていると、ある人物を思い出しましてね。髪の色合いは微妙に異なるのですが」 「私の髪が?」 思わず自分の髪をつまんで、目の前に運ぶマチルダ。 「?」 この緑色の髪が、誰を連想させると言うのだろうか。 「……昔の女か何かかい?」 「残念ながら、不正解です。 ―――さて、少しばかり研究に打ち込みたいので、部屋に閉じこもらせていただきますよ」 「研究だって?」 マチルダは自分の予想が外れたことに少しばかり悔しさを覚えつつ、ここで初めてシュウがその手に持つ青い水晶のような物に注目した。 「……何だい、その水晶みたいなの?」 (って、聞いてばっかりだね、私は……) ―――この男に対して自分はほとんど質問しかしていないことに、今更ながら気付く。 しかしシュウはそんな質問だらけのマチルダに気分を害した風もなく、それに答えた。 「ここ最近、アルビオン各地で発生している鉱物です。妙なエネルギー反応がありましてね、詳しく調査してみようかと」 「……まあ、良いけどさ」 何だかよく分からない話である。 まあ、いつまでもここにいてシュウと話をしていても仕方があるまい。 そもそも自分は、ここに水を汲みに来たのである。 ―――それに、物陰から妙な視線でこちらをチラチラと窺っている『長い金髪の誰か』に、事情を説明しておかなくてはならないようだし。 「私もそろそろトリステインに戻らなきゃならないし、そうそうここに顔を出せるってワケでもないからね。 一応、任せるよ?」 「絶対に、とは言い切れませんがね。私も留守にすることは多いですから」 「…………妙な所で現実的だね、アンタ」 「出来もしないことを『出来る』と言い切るよりは、マシだと思いますが」 ふう、と溜息を吐くと、マチルダは水の入った桶から手で水をすくい、バシャバシャと顔を洗った。 そして顔を洗っている間にシュウがいなくなっていることを確認する。 (さてと……) トリステインに戻る前の下準備として、まずは――― ―――おそらく本人にその自覚はないのだろうが、少し恨めしそうな目で自分を見ているハーフエルフの少女の、見当外れにも程がある誤解を解いておかなくては。 「見てたわよ? ギッタギッタにやられてたじゃないの」 「しかし、君も災難だったなぁ。よりによって魔法衛士隊の隊長に因縁をつけられるとは……」 『女神の杵』亭の一階の酒場で、ユーゼスとギーシュとキュルケ、そしてルイズとタバサはテーブルを囲んでいた。 一応ゴロツキ対策で念のため、ということで全員が杖や武器を持って来ている。 ちなみに、ワルドは一人で二階に上がっていた。 ワルドとの決闘もどきの後、ルイズは全て自分で代金を支払ってユーゼスに水の秘薬を購入し、その外傷を完治させていた。 「まあ、私の実力不足が最大の原因ではあるが。……やはり、ある程度の戦闘訓練はしておいた方が良いのだろうか?」 「付け焼き刃だと、かえって危ない」 さすがに身に染みて自分の弱さを痛感したのか、思いつくまま自分の訓練の開始を提案するユーゼスだったが、タバサにポツリと忠告されてしまう。 「……はあ」 ルイズは溜息を吐いた。 ―――ユーゼスに対してバツが悪くて、気まずいのである。 まさか自分の婚約者が、あんなことをするとは思っていなかった。加えて、あの時に言った『頭脳の面で言えば本当に尊敬が出来る人』という発言も、今から考えれば顔から火が出そうだ。 まあ幸いにして、その発言については追求されていないし、離れた場所から見ていたキュルケたちにも聞かれなかったようだが。 何よりルイズの気が重いのは、決闘もどきを止められなかったルイズに対しても、実際に痛めつけたワルドに対しても、この使い魔は文句の一つも言わないことである。 (……どうしてなのよ……) 何だかユーゼスに負い目を作ってしまったようで、自分から積極的に会話が出来ないルイズであった。 そして、『そろそろ本格的にワインや料理を注文しましょうか』とキュルケが手を上げて店員を呼ぼうとしたその時、 「―――いたぞ、アイツらだ!!」 「相手はメイジだ、油断するな!」 いきなり玄関からゾロゾロと傭兵がなだれ込み、襲いかかって来た。 「!」「……」 「何?」「え!?」「ちょ、ちょっと!?」 驚く5人だったが、最も素早く対応したのはキュルケとタバサである。 まず、キュルケがテーブルの上に乗っていた皿やグラスを一気に払い落とす。 すかさずタバサが『錬金』を使って床と一体化した岩のテーブルの脚を砂に変えて根元から折る(風系統のタバサは土系統の『錬金』が苦手であったが、石を砂にする程度のことは軽くこなせた)。 更にキュルケがそれを『念力』で横たわらせて盾にする。 テキパキと行動する2人に、他の3人はあっけに取られていたが、キュルケに叱咤されて慌ててテーブルの盾に身を隠した。 「さすがだな」 「褒めても何にも出ないわよ? それに残念だけど、あなたはあたしの好みじゃないし」 「それは何よりだ」 「……どういう意味よ?」 ユーゼスは自分のタイプではないが、こうまでハッキリ言われてしまうとキュルケも腹が立つ。 実はこのラ・ロシェールに向かう道中、『ヴァリエールの恋人を寝取るのはツェルプストーの宿命』などと息巻きながらキュルケはワルドにもモーションをかけていたのだが、ワルドの目を見て妙な違和感を覚えたので、その熱も急激に冷めてしまっていた。 ワルドの瞳の奥の光が、冷たかったのである。 キュルケとしては、もっと情熱的な、互いに燃え合うような恋に身を焦がしていたいのだ。 その基準に照らし合わせてみると、ワルドは『あれならユーゼスの方がまだマシ』だと判断されていた。 ……もっとも、先程キュルケ自身が言っていたように、そのユーゼスもキュルケの趣味からは大きく外れているのだが。 知的な感じも悪くはないが、何だかこの男は……『燃え尽きてしまった後』のような印象を受けてしまう。 (どこかにあたしにふさわしい、情熱的な男はいないのかしらね……) 「矢を放て! 決して魔法の射程内に入るんじゃないぞ!!」 「……っと。いけない、いけない」 そこまで考えて、そんなことを考えている場合ではないことを思い出す。 どうも相手はメイジとの戦いに慣れているらしく、牽制に放った魔法からこちらの射程を見極め、矢で攻撃してきた。 迂闊に盾代わりのテーブルから出て反撃しようものなら、即座に全身を串刺しにされてしまうだろう。 「ど、どうするんだね?」 「どうするって……そりゃ、何とかして突破して、脱出しないと」 「だから、その方法をどうするかと聞いているんじゃないか!?」 うろたえるルイズとギーシュを横目に、ユーゼスとキュルケとタバサはこの傭兵たちについて話し合っていた。 「……明らかに狙いを我々に定めているな」 「同感ね。対メイジ用の戦術を使ってるし、最初に『アイツらだ』とか言ってたし」 「数も多い。慎重さや容赦のなさからして、おそらく手錬れ。突破するのは難しい」 周囲を見てみると、自分たちとは関係のない店員や客まで巻き添えを食っている。 「あなたの意見が聞きたい」 タバサの言葉に反応して、他の3人もユーゼスをジッと見つめてきた。 「…………そう過大な期待されても困るのだが」 何しろ自分はメイジでも超人でも神でもない、ただの人間である。 (……『ただの人間』、か) と、そんな思考をした自分自身に、少し驚いた。 かつて、あれだけ人間を否定していた自分が、まさかこんな考え方をするようになるとは。 (この短期間で、ハルケギニアに毒されたか?) と言うより、人間に接しすぎたのだろうか。 ……思えば、自分は極端に他人との接触を断ち切った人生を送ってきた。 それがいきなり頻繁に他人と接するようになったので、その影響を受け過ぎたのかも知れない。 喜ぶべきか、嫌悪するべきか―――などと思考の海に沈みかけていると、 「大丈夫か、みんな!」 「ワルド!」 騒ぎを聞きつけたのか、二階からワルドが降りて来た。 ワルドもまたテーブルの盾に潜り込み、相談に加わる。 「……良いか諸君。このような任務では、半数が目的地に辿り着けば成功とされる」 「? ……申し訳ありませんが、質問してよろしいでしょうか」 「―――何かね、使い魔君? 事態は見ての通り切迫しているのだから、手短に頼むよ」 指示を出そうとしたところで、いきなりその出鼻をくじかれたので、ワルドは不機嫌そうにユーゼスに発言を許可した。 「……半数と言いますか、極端な話、最終的には御主人様だけが目的地に着けば良いのではないですか?」 出発する前に任務の詳細をルイズから聞かされていたが、この任務はアルビオンにいるウェールズ皇太子とやらと面会し、トリステインの命運を左右するという触れ込みの手紙を回収し、更にアンリエッタから渡された手紙をウェールズに渡すことが目的らしい。 ならば、まずそれだけ果たすことを考えるべきだろう。 そしてその場合、優先するべきはルイズの安全のみである。 アンリエッタから直接に任務を頼まれたのはルイズなのだし、アンリエッタの手紙を持っているのもルイズだ。 ―――ユーゼスやワルドも含めた上での他のメンバーの重要度は、言っては何だがルイズに比べれば、かなり低い。 何しろ、ただの『護衛』なのだから。 「つまり、僕たちで捨て駒になって、ルイズだけを守り通す……ということかい?」 だが、そのユーゼスの提案に強く反応したのも、またルイズであった。 「ユーゼス! わたしにあなたたちを盾やオトリにしろって言うの!?」 「その通りだ。国の存亡と、たかが4人か5人程度の命。単純な比較だと思うがな」 「っ……!」 正論である。 正論ではある、が……。 「…………ユーゼス、ちょっと良いかしら?」 「何だ?」 ちょいちょい、と手招きしてユーゼスを近寄らせるルイズ。伏せている上に密集していたので動きにくかったが、どうにか移動する。 そして手を伸ばせば振れられる距離まで近付くとルイズはニッコリと微笑んで、 パァァアアン!! ユーゼスの頬を、盛大に引っぱたいた。 「……いきなり何をする?」 少し口の中が切れてしまい、血の味が広がっている。 ルイズは怒りを隠そうともせずに、ユーゼスに語り始めた。 「良いこと、ユーゼス? 人間って言うのはね、正論だけで動く生き物じゃないの」 「………」 「理屈だけ並べて、何でも自分の思い通りに動くと思ったら、大間違いなんだから。そんなに自分の指示通りに動くヤツが欲しかったらね、意思のないガーゴイルでも使ってなさい」 「………」 「……………」 黙ってルイズの言葉を聞くユーゼス。他のメンバーも―――なぜかタバサはより真面目に―――ルイズの言葉に耳を傾けていた。 「分かった? ……分かったなら返事!」 「……了解した、御主人様」 「よろしい。それじゃ『全員で』この場を切り抜ける方法を考えなさい、今すぐに」 それには簡単に頷けなかった。 何しろ、かなり難しい注文だ。 ―――たった今、この場において即席で考え付いたものだけしか、考えの持ち合わせがない。 (と言うか、私は戦術家でも軍師でもないのだが……) どうも自分が意図していた立ち位置と違ってきているな、などと思いつつ、ユーゼスは各員に自分の考えを披露するのだった。 身を低くしながら、可能な限り全速力で走り出す。 先頭を行くのはワルド、続いてキュルケとタバサ、その後ろにルイズとギーシュとユーゼス―――そして後方の3人の周囲には、7体のワルキューレがバリケードを作るように配置されていた。 合計13の人影は、密集しながら進んでいく。 「しかしまあ、えらく単純な手だね」 「……だから、私に戦術や知略や策謀などを期待するなと言っている」 ユーゼスの提案は、いたってシンプルな物であった。 まず、ギーシュ以外のメイジが『そこそこの魔法』で総攻撃して包囲網の一角を崩す。これにはルイズの爆発の連続で怯ませた隙に、キュルケの炎をワルドとタバサの風に乗せて撃ち出す、という方法が取られた。 あとは、その一角に向かって一点突破を仕掛ける。戦闘能力の高い3人は自力で自分の防御を行い、戦闘能力の低い3人はワルキューレを盾代わりにして進む。 なお、万が一にも途中で怪我人や死人が出た場合、それを無視して進み続けることを言い含めていた。 当然ながらルイズは猛反対、ギーシュは閉口、キュルケも良い顔はしなかったが、ワルドは賛成し、タバサも『妥当』と同意したので、『取りあえずそれでいこう』という方向で進んでいる。 「それにしても……まあ、何だか変わったわねぇ」 「何?」 走りながら、キュルケはチラッと後ろを振り向いて感慨深げに呟く。 「ルイズよ、ルイズ。ついこの間までは、もうちょっと子供っぽかった……って言うか、あんなにしっかりした考えはしてなかったって言うか……」 「………」 確かに、とタバサは思った。 根本は変わっていない。感情的なところは相変わらずだし、『ゼロ』のコンプレックスも見え隠れはしている。 だがキュルケの言う通り、考え方に一本スジが通るようになっていた。 昔であれば『自分だけを生き残らせることを最優先とする』などと言われたら、目に涙くらいは浮かべそうなものだったのだが。 あの使い魔の影響かとも考えるが、それにしても変化が急激すぎるような気がする。 ……まるで、この短期間に何年か分の人生経験をまとめて積んできたような……。 (………そんなことは出来ない) 自分で自分の考えを否定する。時間を短縮するマジックアイテムなど作ることは不可能だし、仮にあったとしても精神年齢だけが上がっているのはおかしい。 それに、そんな経験をどこで経ると言うのだろうか。 まあ、他人の人生をそのまま追経験する、などということでも出来るのであれば話は別だが、それこそそんな話は聞いたこともない。 「桟橋が見えたぞ!」 「………」 ワルドの叫びで、思考が現実に返る。 見れば、確かに巨大な樹の枝に横づけする形で、船がぶら下がっていた。 「急げ!」 『アルビオン・スカボロー港』と書かれた鉄のプレートが貼ってある階段に駆け込む一同。 そしてそのまま息を切らしながら階段を駆け上っていく。 と、そこで、 「……!」 タバサは、何者かが風を切りながら高速でこちらに近付いてくるのを感知した。 風のトライアングルメイジである彼女は、空気の流れに敏感なのだ。 そして、確認を取るために同じく風のメイジ、しかもスクウェアであるワルドの方を見るが、 「?」 彼は真っ直ぐに階段を上り続けており、何かに気付いた様子がなかった。 一瞬、接近は自分の気のせいかとも思ったが、確かにすぐ近くまで『何者か』が近付いている感じがする。 (どういうこと?) トライアングルの自分が気付いていて、スクウェアのワルドが気付かない―――なんてことがある訳はない。 とにかく、警戒しておかなくては……と身構えつつも踊り場に出た途端、 ドガァァアアアアアン!! 「ぐっ!」「うわぁぁあああ!?」 ワルキューレ3体と、ユーゼスとギーシュが吹き飛ばされた。 操り主であるギーシュが攻撃されたので、自然とワルキューレ全ての動きが止まる。 「ユーゼス! ギーシュ!」 何が起こったのかはよく分からなかったが、とにかく攻撃されたのは間違いない―――と、ルイズは周囲を確認するために足を止め――― 「っ、構うな、進め!」「止まってはいけない、ルイズ!」 「あ……!」 ―――足を止めようとしたら、ユーゼスに叫ばれ、ワルドに強引に腕を引っ張られ、止まることが出来なかった。 「ワルド、でもユーゼスたちが…!」 「行くぞ、ルイズ!」 ワルキューレの護衛がいなくなったために無防備になるルイズだったが、すかさずワルドが隣に付いてルイズを守る。 そして事前の打ち合わせ通り『襲われたユーゼスとギーシュに構わずに』進み続けた。 「止まって、止まりなさいワルド!! 私は……!!」 「使い魔君の気持ちと覚悟を、無駄にしてはいけない! 悪いがここは彼らに任せて、僕たちはアルビオンに行くぞ!」 セリフの中にギーシュが含まれていなかったが、ともかく『任務遂行が第一』なのは間違いない。 「……、~~~~!!」 わずかな逡巡と葛藤の後、歯ぎしりしながらルイズは前へと進んでいく。 後ろ髪を猛烈に引っ張られる思いだったが、ここは――― 「……はあ。それじゃ、あたしに任せておきなさいな」 「え?」 任務遂行が最優先、と強引に自分に言い聞かせようとしていたら、キュルケが溜息と共に立ち止まった。 そしてユーゼスに向かって杖を振り上げて攻撃しようとしていた白い仮面の男に、ファイヤーボールを放つ。 しかし、その火球は風によって掻き消された。 「ああもう、また風系統!?」 先日の焼き直しのように自分の攻撃が無効化されたので、思わず舌打ちするキュルケ。 「……ちょうどいいわ、そいつから聞いた『アレ』を、アンタで試してあげる!」 アルビオンに向かう前夜、ユーゼスから聞いた『火』と『風』の関係を思い出しながら、キュルケは火球を作り始めた。 そのまま敵がどの方向に動いても対応が出来るように狙いを定めていると、スッと隣にタバサが現れる。 「タバサ? どうしてあなたまで?」 「多分、あなたと同じ」 杖を構え、仮面の男に向かって呪文の詠唱を開始するタバサ。 キュルケは微笑を浮かべると、タバサと合わせるようにして火球の温度を上げていく。 「―――――」 さすがに旗色が悪いと見たのか、仮面の男は一度ユーゼスたちから距離を取った。 その間に、ギーシュは止まっていたワルキューレを再起動させ、ユーゼスは吹き飛ばされた拍子に落としてしまった剣を拾おうとする。 だが。 「……! 構えて!」 「!?」 少し遠くに剣が飛ばされてしまったため、急いでその場所に向かおうとしたところで、切迫したタバサの声が聞こえてきた。 (唐突に『構えろ』と言われてもな……!) 剣には手が届かない。どのような危機が迫っているのかは知らないが、鞭では防げまい。ならば最後の一つを使うしかないだろう。 背中に背負っていはいたが、背中に手を伸ばして抜き放つなどやりにくいことこの上ないので、鞘に入れたまま『それ』を構える。 直後、 バリィイイイイインッ!! 稲妻がユーゼスを襲った。 衝撃と威力で、鞘が砕け散る。 「うおっ!? な、なんだなんだ!?」 いきなり電撃を浴びせられたので、仰天するデルフリンガー。今までずっと鞘に入れられっぱなしだったので、状況の把握が出来ていないようだ。 「……ぐ……ぅ……」 ユーゼスは痛みにうめいており、その顔にはビッシリと汗が浮かんでいる。 見ると、左腕が大火傷を通り越して、軽く炭化していた。 (『ライトニング・クラウド』……) ユーゼスを攻撃した魔法の名称に、タバサが思い当たる。 しかし、今は敵の魔法について、いちいち考えている場合ではない。 キュルケとタバサは即座に詠唱と攻撃準備を終了させると、二人同時に魔法を放った。 「―――――」 白仮面の男はそれを見てすぐに階段から飛び降り、地面へと落下する。 一瞬後、白仮面のいた位置を高温の火球と風の刃が通り過ぎ、目標を見失った攻撃は大樹の壁に盛大に穴を開けた。 「逃がしちゃったか……」 「あの男を倒すことは、最優先じゃない。それより―――」 「だ、大丈夫かい!?」 重傷を負ったユーゼスの元に駆け寄る3人。 ……あらためてその怪我を見たキュルケが、苦い顔をした。 「これは……ちょっと酷すぎるわね」 「応急手当をする」 タバサがルーンを唱えて、ユーゼスの左腕に『治癒』をかける。 「ぎ……、っ、っっ!!」 「ギーシュ、ワルキューレを使ってそいつを押さえてて!」 「わ、分かった」 痛んだ細胞が動き始めたので、激烈な痛みがユーゼスを苦しめる。本人が意図せずとも、生物的な機能として痛みから逃れようとユーゼスが身をよじるが、キュルケの素早い指示によってそれは最小限に食い止められた。 そしてしばらくタバサは『治癒』をかけ続けていたが、 「……ごめんなさい、わたしの精神力ではここまで」 『軽い炭化』が『大火傷』にランクダウンしたあたりで、彼女の精神力が切れた。気絶するわけにはいかないので、ギリギリの所で『治癒』を切り上げる。 「カハッ! ハア、ハア、ハア……!!」 荒く息を吐くユーゼスに、ギーシュは心配そうに、だが意外そうに声をかける。 「み、見るからに痛そうだが……しかし、よく生きてたな。さっきの魔法は『ライトニング・クラウド』だろう? 確か、まともに受けたら命がないと教わったような気がするんだが」 「それは間違いないはず」 ギーシュの意見にタバサが同意した。 キュルケはデルフリンガーを拾い上げると、まじまじと観察し始める。 「この剣が、『ライトニング・クラウド』の威力を軽減したみたいね……。……アンタ、金属じゃないの?」 ハルケギニアの人間にとって『電気』の概念は一般的ではないが、授業で得た知識として『ライトニング・クラウド』は鉄などの金属では防げない、とキュルケは覚えていた。 「んー、知らん。忘れた」 「何よ、それ?」 「しょうがねぇだろ、自分でも覚えてねえくらい長くインテリジェンスソードやってんだ。 いや、しかし、剣としての……存在意義? みたいなのに悩んでたら、いきなり剣として使われるとはなぁ」 厳密に言うと『剣』じゃなくて『盾代わり』じゃないかね、とギーシュは言おうとしたが、何だかヤケにデルフリンガーが嬉しそうだったので、言うのを止めておいた。 と、いきなりユーゼスが立ち上がって剣を拾い、前に進もうとする。 「ちょ、ちょっと、どこに行こうってのよ!?」 「一旦町に戻って、ちゃんとした手当てを受けた方が……」 「―――御主人様たちを追う。まだ間に合う可能性もゼロではない」 「その怪我で!?」 ギーシュに言われて、ユーゼスは自分の傷の具合を確認した。そして冷静な口調で言う。 「……この程度なら、問題はない。私は全身にこれよりも酷い怪我を負ったことがある」 「「「……………」」」 この男は一体どのような人生を送ってきたのだろう、と3人は同時に思った。 それからすぐに思考を戻して、ユーゼスの体調を気遣い始める。 「いや、100歩譲って追うのは良いが、せめてゆっくり行くべきだよ」 「そうよ、無理をして途中で倒れられても困るし」 「……何か、運ぶためのものがあれば……」 担架でもあればそれにユーゼスを乗せ、ワルキューレにでも持たせて移動するのだが、そんな便利なものが都合よくあるはずもない。 『錬金』で作ろうかとも考えたが、土系統のギーシュはどちらかと言うと金属が専門で、しかも既にワルキューレを7体出しているので精神力は限界に近かったし、タバサも前述の通り精神力が限界寸前、キュルケに至っては火系統以外がほとんどからっきし、という状態である。 悩む3人だったが、それに構わずユーゼスは進もうとしていた。 (あの仮面の男……) 自分に『ライトニング・クラウド』を見舞った相手は、まず間違いなく昨日『金の酒樽亭』で自分とシュウ・シラカワとの会話を窺っていた男である。 そして必要以上にルイズへと実力をアピールしようとした、朝のワルドの態度も少しばかり気になる。 とにかく確信らしいものはなかったが、ユーゼスはワルドに対して妙な予感を覚えていた。 誰なのかは今ひとつ思い出せないのだが、とにかく彼は自分の知っている誰かにタイプが似ているような気がするのである。 と言うか、キュルケとタバサが残ると思っていたから、自分は早々にリタイア宣言をしたのだが……。 一方キュルケたちは、おぼつかない足取りで歩き続けるユーゼスにかける言葉を探していた。 しかし理屈でこの男を納得させるのは困難だ、と頭を悩ませていると、 「モグ!」 「おお、ヴェルダンデ!」 先程キュルケとタバサが空けた大穴から、ギーシュの使い魔のジャイアントモールであるヴェルダンデが顔を出した。 「ごめんよ、ヴェルダンデ! 急いでいたとは言え、君を置いて行ってしまって……。この樹を登って来たのかい?」 「モグモグ」 「樹を登ったって……器用なモグラね」 呆れたような感心したような声を漏らすキュルケ。 「そうだ! ユーゼス、ヴェルダンデに背負ってもらったらどうだね?」 「……む」 悪くない提案に思えた。 『問題はない』と強がってはみたが、実際のところはいつ倒れてしまってもおかしくない状態である―――と自分の容態を分析していたユーゼスにとって、この申し出はありがたい。 「……では、その言葉に甘えさせてもらおう」 「うむ。では頼むよ、ヴェルダンデ」 「モグモグ」 そうしてジャイアントモールの背に横たわるという少しばかり間抜けな格好で、ユーゼスはギーシュとキュルケとタバサと一緒にルイズたちの後を追った。 「ユーゼス……。ツェルプストー、タバサ、ギーシュ……」 ルイズは意気消沈しながら、遠ざかっていくラ・ロシェールの灯を眺めていた。 ……結局、彼らは自分たちに追いついてこなかった。 無事だろうか? 怪我などしていないだろうか? 生きて……いるのだろうか? 心配すれば、キリがない。 「ルイズ……」 そんな彼女を心配してか、ワルドが歩み寄ってルイズの肩に手を伸ばしたその時、 「ああ、いたいた! ルイズー! ワルド子爵ー!」 「だぁ~! 何でこの僕が風竜の口に咥えられなきゃいけないのかね!?」 「定員オーバー。 ……ちゃんと噛み砕かないように気をつけさせるから、安心して」 「いや、そういう問題じゃなくてだね!?」 「モグモグ」 「……ミス・タバサ、もう少し穏やかに、飛んで……。ぐっ、傷と酔いが……」 置いて来てしまったメンバーが、青い風竜―――タバサの使い魔のシルフィードに乗って飛行する船に追いついてきた。 「みんな……!!」 ルイズの顔がパッと明るくなり、彼らのいる方へと走っていく。 ワルドの手は、空を切った。 見ると、ルイズは風竜から船へと乗り移るキュルケたちに手を貸し、そしてユーゼスの左腕を見て顔を青くしている。 「……ええい、どうしてこうも……!」 ―――彼の悪態は、幸いにして誰にも聞かれることはなかった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔