約 1,718,652 件
https://w.atwiki.jp/fate_truth/pages/153.html
_,,,,,,_ /◎ _ヽ l <゚Д゚)~ /| /⌒ヽ/⌒ヽ/Oノ _フ⊃ | .ソ ノ ノ ノ _ノ !、__入_入__ノU"U 【CLASS】元キャスター 【真名】 HEBI 【属性】混沌・悪 【ステータス】 筋力C 耐久C 敏捷A 魔力A 幸運Dが 宝具A++ 【クラス別スキル】 陣地作成:A 本来は持ち得ないはずだが、自身のスキルを応用し所持している。 道具作成:A 本来は持ち得ないはずだが、自身のスキルを応用し所持している。 【固有スキル】 ウロボロス:EX 錬金術の象徴である己の尾を貪り食うキャスターの姿。 あらゆる錬金術を行使することが出来、循環を意味するその己の姿によって魔力の消耗すらない 話術:EX 聖書においてイブをそそのかした、天性の話術。 会話の優先権は絶対に譲らず、その言葉を聞いたものは内容によらず実行して見たくなる衝動をもってしまう。 精神耐性があれば惑わされに済むはずだが、強度が強すぎてA+以上同等のランクの精神耐性が無いと 全てがキャスターの言うままになってしまう。 反骨:EX 神にさえ反逆し原初の人類から知恵の実を奪い取ろうとした老獪な反骨心。 如何なる時でも裏切りを想定して動き続ける。 【宝具】 『脱皮(新たに生まれいでる己自身)』 ランク:A++ 対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人 表皮以外の自身を新たに生み出すことによりあらゆるダメージ、災いをなかったコトにする、キャスターの特権。 この宝具はギルガメッシュが落とした不老不死の薬より得ている。 キャスターが致命的なダメージを帯びた時、キャスターはその場に有る己の肉体を捨て、新たに自身を生成する。 キャスターを倒すためには一撃で完全消滅させるか、表皮の再生成が間に合わないほどの速度で倒し続ける他ない…
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5826.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 少女が立ち去って一人残された部屋で、ユーゼスは思案にふける。 この部屋の主である少女―――草原での会話からするに、おそらく彼女が自分を呼んだのだろう。 あくまで彼女の召喚は『きっかけ』であり、実際に自分を必要としているのは彼女ではなく『この世界』そのものであるという線もあるが、自分が呼ばれた意味についてはひとまず保留しておく。 (さて……) クロスゲート・パラダイム・システムを起動させ、先程自分に施されたルーンとやらの詳細な調査を開始する。 ……既に自分の身体に張り付いたと言うか、組み込まれたと言うか、刻み込まれてしまっているため、今更消去したり改変するのはかなり困難だと言える。不可能ではないが。 理屈としては、物を造っている最中ならば、設計図の変更や製作自体の取りやめが容易であるが、完成してしまってから細部を変更したりその物自体を完全に破壊するのには多大な労力がかかるのと同じことである。 (……ふむ) 精神操作以外にも何らかの仕掛けが施されているのは、先程の改変で気付いている。だが、着々と進行する精神への侵食を防ぐのに精一杯で、他の仕掛けを確認する余裕がなかった。 今はとりあえず時間も余裕もあるので、その仕掛けとやらを確認しているのだが……。 (……何だ、これは?) 仕掛け―――いや、このルーンの『機能』はいくつかあった。 精神制御……と言うほど悪辣なものではない。完全に自我を奪って操り人形にするような類ではなく、思考の方向を『この世界を重視する』、『自分の主人を重視する』ように誘導する機能。 『武器』や『兵器』を手にする、操作するという条件によって発動する、その武器の使用方法、および効率的な身体の動かし方などの読み取り機能。 読み取り機能に連動して、感情の振れ幅……テンションの上下によって反応速度や身体能力を向上させる機能。 この世界限定ではあるが、言葉や文字……正確にはそれに込められた『意味』を、一度学習すれば簡単に習得させ、また、その『意味』を要約・翻訳させて脳内に出力させる機能。 主人が危機的状況に見舞われた際、その主人の視覚で捉えたものを『使役される者』の視覚に投影する機能。 主人が要求した場合に限定されるが、口腔粘膜などを通して身体的に深く接触した場合、『使役される者』が持つ情報を主人に与える機能。 また、このルーンは刻まれた人間の心臓が停止した場合、『死んだ』と判断して消去されるようにプログラムされている。 (……一つ一つ検証してみるか) まず精神制御であるが、これは自分のように異世界から召喚された―――自分のような存在が他にもいるのかどうかは不明だが―――者に対しての枷のようなものだろう。 (せっかく呼び出した存在が、勝手に自分の手を離れてしまっては意味がないからな……) ……自分もイングラムにこういう仕掛けを施しておけば良かったかも知れない、などと考えながら、ユーゼスは考察を続ける。 次に、テンションの上下によって反応速度や身体能力を向上させる機能。 (……随分と非効率的なことをするものだな) シャイニングガンダムやゴッドガンダムに搭載されていた、感情フィードバックシステムのようなものだろうが、あれの不安定さは知っている。 確かにかなりのエネルギーを得ることは出来る。しかし下手に感情を高ぶらせれば、周囲の状況が目に入らなくなり、判断を誤る危険性が高い。 現に『怒りのスーパーモード』を発動させた状態のドモン・カッシュは、東方不敗マスターアジアにとって敵ではなく(そもそも東方不敗の『敵』となりえる存在はかなり希少なのだが)、逆に倒すべきデビルガンダムにエネルギーを提供してしまったのである。 デビルガンダム―――DG細胞の制御にも人間の精神力を必要としたが、ウルベ・イシカワなど、どう見ても制御に失敗していた。独力でDG細胞を完全に制御下に置いたのは、後にも先にも東方不敗だけだ。 自分とて、ウルトラマンの力を使ってDG細胞を制御していたのだから。 ……そして何より、自分自身が感情に任せて暴走に近い行動を起こした経験がある。 そもそも『人間の感情や精神』などという時間経過や状況、何気ない他者の一言など、多種多様な要因に多大な影響を受けるものに起点を置く、という発想にユーゼスは疑問を抱く。 (……精神制御もこの機能に関連させているのか) 思考や感情の方向を操作して、その感情を原動力に力を発揮させる。しかし完全に精神を操っているわけではないから、感情の振れ幅が小さければ発揮できる力も少ない。 イングラムやキカイダー、ドモン・カッシュなどを見れば人間の精神に限界はないと信じられもする―――だが、あのような存在がそうそう現れるわけがない。 ならば感情に関わらず、一定の力の発揮が出来るようにした方が効率が良いのではないか、と考えてしまう。……もっとも、その場合は発揮できる力が減りもしないが増えもしないのだが。 (……製作者との見解の相違だな) あらゆる『武器』や『兵器』の使用方法、および効率的な身体の動かし方などの読み取り機能。……これもまた、意図がつかみにくい。 反応速度や身体能力の向上も『武器』を持たなければ発動しないようだが、これは『人間の感情』以上に曖昧な条件である。 そもそも『兵器』はともかくとして、『武器』とは何だろうか? 剣やナイフや銃は『武器』である。 しかし世界にある大抵のものは、『武器』として使おうと思えばいくらでも使えるものばかりだ。 道端に落ちている小石、小枝、少し長めの布、ペンの金属部、部屋に並べられている本、食事に使う皿、メガネのツルの部分―――極端な話、防御に使う盾や鎧であっても武器に出来る。 しかもこの機能、武器の使用方法・効率的な身体の動かし方が分かる『だけ』なのである。 仮に自分がモビルスーツやパーソナルトルーパー、ジェットビートルやウルトラホークなどに搭乗した場合、それをスムーズに動かすことが出来るだろう。 だが、それで例えばライディース・F・ブランシュタインやヒイロ・ユイ、アラシ隊員やソガ隊員を上回れるとは思えない。 ……極端な話、剣や弓を持っても、同じ条件の早川健には絶対に敵わないと確信している。 戦いは身体能力や反応速度だけではなく、経験や勘から来る先読み、駆け引き、戦術の組み立て、一瞬の判断力や決断力など、数え切れないほどの要因が複雑に絡み合うものである。 宇宙刑事と数々の犯罪者との死闘や、部下や協力者として接してきた者たちの戦いからユーゼスはそれを学んでいたし、何よりも自分自身、ガイアセイバーズというこれ以上ないほどの強敵と命がけの戦いを行ったから理解が出来る。 ……要するに武器の『使い方』が分かっても、それを利用した『戦い方』が分からないのだ。 (それに加えて、だ……) 身体能力と反応速度の向上は、この機能に連動している。 つまり、武器を持たないと、いくら感情を高ぶらせようが能力が向上しない。 緊急事態―――突然の襲撃を受けるなどの状況に陥った時、手元に武器がない場合は『ただの人間』のままで対処しなくてはならない。 ……第一、自分は戦う人間ではないのである。 (一体、何だと言うのだ……) 言語や文字の習得機能、これは分かる。いちいち考察するまでもない。 召喚された時点で言葉が通じるのも、おそらくはこれと類似した機能なのだろう。 試しに少女の部屋の本棚に並べられている本を一冊手に取り、読んでみる。 (……まったく読めないな) どうやら一から学習する必要があるらしい。まあ、習得スピードは尋常ではないはずなので、後で少女に頼んで教えてもらえば良い。 続いて視覚の投影機能と、『使役されるもの』の情報の読み取り機能。……当然と言えば当然の機能である。これは少し細工すれば、逆にこちらの情報を主人に送れる目算が高い。 粘膜同士の接触ではなく、念やテレパシーを通じて繋げた上でこの機能をイングラムに付け、イングラムの情報を逐一確認していれば、あるいは自分の目論みは成功していたかもしれない。 (……未練だな) つくづく自分は人間だな、などと自嘲しつつ、考察を続けるユーゼス。 とは言え、最後の一つ―――『心臓の停止に合わせたルーンの消失』は、そう深く考えることでもない。 心臓が停止する、イコール死ぬという図式は絶対ではない。 プロフェッサー・ギルはガイアセイバーズとの戦闘において心臓が停止するまで傷付けられたが、脳死には至っていなかったためにギルハカイダーとして復活した。 だが、建築物から推察するこの世界の文明レベルからするに『心臓の停止』はこの世界にとって絶対の死なのだろう。 死んだ者にいつまでもルーンを貼り付けておく必要もあるまい。 (……理に適っている部分と、そうでない部分が明確に分かれているな) ぜひ製作者に製作理念や意図を問い質したいところである。 ……最初はあの少女がこのルーンを製作したのか、とも考えたが、『平民を使い魔にするなど聞いたことがない』、『珍しいルーン』などの言動からすると、このルーンの機能や存在はほとんど把握されていないようだ。 ほどこす処置の全容くらいは把握しておいて欲しいものだが、どうも自分の召喚やこのルーンはイレギュラーなものであるらしい。 とすると、少女自身もこのルーンについての知識はないと考えられる。 (………) とりあえず、自分の現在の状態は分かった。 では次に、この世界についての情報を収集する必要があるのだが――― ガチャッ 「……言われた通りに大人しくしてたみたいね」 自分の当面の主人と目される、桃色がかったブロンドの少女が部屋に戻ってきた。 「アイツの前に置いといて」 少女は後ろに控えていた黒髪のメイドに指示を出す。言われた黒髪のメイドは部屋の中に入り、パンが乗った皿と水の入ったコップを自分の前に置いた。 「どうぞ」 「……ああ」 どうやら自分のために用意してくれたらしい。 「食べ終わったら部屋の外に出しておくから」 「はい」 メイドを部屋から退出させる。バタン、とドアが閉まった時点で、少女はジーッとユーゼスを見つめてきた。 「……はあぁ~」 ため息をつく少女。その顔には落胆や失望、諦観が見て取れる。 「なんで、こんなハズレを引いちゃったのかしら……。いくら使い魔になる生き物は自分じゃ選べないとは言え……」 「……私に言われても困る」 『使い魔になる生き物は自分では選べない』……聞き逃せない言葉である。加えてこの態度からすると、この少女は自分を呼び出すつもりは毛頭なかったようだ。 「……一応聞いておくけど、アンタ、平民なのよね」 「その『平民』とやらの定義を教えてもらおう」 「……定義って……」 何だか小難しい物言いをする奴ね、などと呟きながら、少女はユーゼスに問いかけていく。 「アンタ、どこかの国に領地を持ってる?」 「無い」 「……じゃあ、魔法は使える?」 「先程見た空を飛ぶ能力が『魔法』だとするなら、『私には』使えない」 ユーゼス単体の特殊能力としては、バード星人特有のテレパシーが少々と、軽い透視能力がある程度使えるくらいである。 大体、それにしても宇宙刑事ギャバンのパートナーであるミミーに劣るものであるし。 クロスゲート・パラダイム・システムを使って効果を増幅することもできるが、それは『自分の能力』とは言えないだろう。 「じゃあ、やっぱり平民じゃない」 「……ふむ、成程な」 「何が『なるほど』なのよ?」 「……領地を持っていて、かつ『魔法』を行使できれば『貴族』なのだろう、ここでは。それに納得しただけだ」 「はぁ……。貴族を知らないって、どんな田舎から来たのよ、アンタ」 「説明すると長くなる上に、話がややこしくなるので詳細は省くが、『遠くから』と言っておこう」 「………」 何かうんざりしたような表情でユーゼスを見る少女。 「……魔法を知らないってことは、使い魔のことも知らないのよね」 「ツカイマ?」 「アンタみたいにメイジに召喚されて、そのメイジと契約した動物や幻獣のことよ。 ……普通はドラゴンとか、グリフォンとか、マンティコアとか、ワシとか、フクロウとか、そういうのが使い魔になるんだけど、人間が召喚されるなんて初めて見たわ」 少女は『しかもよりによって平民だし』と、再びため息をつく。 「ふむ」 やはり自分はイレギュラーな存在だったか。 (もしや……) 脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを使用し、この世界における時空間を大まかにではあるが観測してみる。 すると、無数の地点で簡易的な、あるいは擬似的なゲートが開いた形跡が見つかった。 と言うか、現在もごく少数ではあるがゲートが開いてる反応があるが―――すぐ消えてしまう。 「その召喚とやらは、ここでは普通に行われることなのか?」 「? ええ、メイジと使い魔は切っても切り離せない関係だし、ある程度の年齢になったら私たちみたいに召喚するわよ」 「……ふむ」 「なんでそんなこと聞くのよ?」 (……別に隠すことでもないか) 「私にはその召喚時に発生するゲートを感知する能力があるからな。やたらとゲートが開いたり閉じたりしているようなので、疑問に思ったまでだ」 「……何なのよ、そのムダで役立たずの能力は……」 「私もそう思う」 これほど頻繁にゲートが出現するのであれば、ゲートを開くことはともかくとして、少なくともゲートの感知をする必要はないだろう。 加えて、ゲートの種類や発生した時期程度なら分かるが、そこから『何』が出て来たのかは実際に確かめてみないと分からないのである。 (まあ一応、ゲートの検知機能はオンにしておくが) ユーゼスはパンをかじりつつ、そんなことを考える。 ……そう言えば、まともに食物を摂取するのも随分と久し振りだ。 「そのゲートを開く魔法で呼び出すのは、この周辺の生物に限定されているのか?」 「ええ、召喚の魔法、つまり『サモン・サーヴァント』は、ハルケギニアの生き物を呼び出すのよ」 「……この周辺はハルケギニアという名称なのか」 例えば地球の『極東地区』であるとか『ヨーロッパ地区』のような地方一帯を指す言葉なのか、それとも『世界』そのものを指すのかは不明だが。 「……まあいいわ、それで、使い魔の仕事を説明するけど」 「頼む」 何しろ、自分が呼び出された取りあえずの目的なのだから、これは注意して聞かねばならない。 「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力が与えられるわ」 「………」 向こうが見た物をこちらに投影する機能しかなかったが、それを説明すると『何でそんなことを知っているのか』を説明しなくてはならなくなり、続いて『何でルーンの分析などが出来るのか』、『クロスゲート・パラダイム・システムとは何か』―――と、かなり面倒な事態になりかねないので、あえて沈黙しておく。 「でも、アンタじゃ無理みたいね。わたし、何も見えないもん!」 「そうか」 「………っ」 何の感情も込めずにただ頷くだけの使い魔に、主人である少女のフラストレーションが地味に蓄積されていく。 「……それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」 「秘薬?」 「特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか……」 「ほう……」 『触媒』という化学的な単語が出て来たことに、ユーゼスは興味をそそられる。 「アンタ、そんなの見つけてこれないでしょ? 秘薬の存在すら知らないのに!」 「確かにな」 生息している地点や、採取する対象の特徴など、詳細なデータを得られれば可能だろうが。 ……と言うか、むしろ個人的に採取して色々と観察してみたい。 「そして、これが一番なんだけど……」 『わたし、イライラしています』という態度を顔と声ににじませながら、少女は言葉を続ける。 「使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目!」 (……そういうことか) だとすると、あの妙な付随機能にもある程度の納得がいく。 『武器の使用』など、ほとんど人間を使役することを前提にしているとしか思えない。 つまり、このルーンは確実に『人間を使い魔にすること』を前提に製作され、用意されたものと結論づけられる。 問題は、ただ『守る』だけならば、それこそ少女の言うように人間以外の動物でも十分可能であるという点だ。 (……『製作者』の使い魔が人間でなければならない必然性があったのか?) 例えば、自分がゼットンやパンドンなどの強力な怪獣を操るか、メフィラス星人やミリアルド・ピースクラフトなどの優秀な知的生命体を操るかを選択するとして。……いや、知的生命体に関しては『協力』と表現するべきか。 ともかく、単純に使役するのならば怪獣だろう。ウルトラセブンだってカプセル怪獣を使っていた。 しかし意見を求めたり、臨機応変な対応を期待するのであれば、やはり知的生命体である。 もしくは、その個人を強化するための方法として『使い魔とする』という方法を取ったのだろうか……。 (……そうか、万一の可能性として、反抗してきた場合の弱体化を狙ったのか?) 武器があれば身体能力が強化される。つまり武器がなければ、ただの人間である。 魔法とやらを詳しく知らないため、どの程度のことが可能なのかは不明だが、その魔法を使って武器を取り上げてしまえば簡単に弱体化も可能だ。 (……しかし) 目の前の少女は、このルーンの機能の重要な部分を知らないようだ。 自分が使い魔に与える能力―――見方を変えれば自分の能力も碌に知らないなど、そんなことがあるだろうか。イングラムのように記憶喪失でもあるまいし。 偶発的に発現したのか、とも考えたが、こんな複雑な条件付けが人為的でなくて何だと言うのか。 『このルーンを与える』という能力がどの時点でこの少女に発現、あるいは何者かから与えられたのかは分からないが、それにしても、もう少しやりようがあるようにユーゼスは思う。 「……でも、アンタは弱そうだし、無理ね……」 そんな内心の思考の回転など露知らず、少女は『こいつに戦闘は無理』と断ずる。 「……私の専門は頭脳労働だからな」 ユーゼスとしても、出来れば荒事は回避したいし、可能な限り自分の手は下さない主義である。 「? アンタ、学者か何かなの?」 「そうだな、研究者だ」 研究対象は汚染された大気の浄化であったり、光の巨人であったり、因果律であったりと、一定しないが。 「……平民の学者なんか、いてもいなくても大して変わらないでしょうが。 だから、アンタに出来そうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」 「………」 酷くプライドが傷付けられる内容だが、かつてのように独房に投獄されたりするよりはマシだ、と考えることにした。 それに、せっかく因果地平の彼方から再び顕現が出来たのだ。 何をすれば良いのか、それ以前に何かをする必要があるのかどうかも不明なのである。ならばここでこの少女の世話をしながら、ゆっくりと暮らしてみるのも悪くはないかもしれない。 「それにしても……」 「何だ?」 「うん。考えれば考えるほど、人間が使い魔ってのは変だなって。だって、人間を使い魔にするなんて、古今東西、そんな例はないのよ?」 「………」 聞けば聞くほど、この少女が本当に自分を使い魔にするつもりがなかったことが分かる。 「いっそのこと、トリステインのアカデミーにでも問い合わせてみようかしら」 「『トリステイン』? 『アカデミー』?」 いきなり不明な単語が二つも出て来た。……しかし、『アカデミー』とは懐かしい響きだ。 「……ああもう、そこから説明しないとダメなのね……。 トリステインって言うのは、今わたしたちがいるこの国。ちなみに隣にはゲルマニアとかガリアって国があるわ」 「ふむ」 「で、アカデミーって言うのは王室直属の、魔法ばっかり研究している機関よ」 「……………」 ここに来て、少女の前では初めてユーゼスの表情が動いた。 「ああ、アンタ研究者だったわね。興味でもそそられた?」 「その通りだ。……そうだな。可能であれば、ぜひ連絡して欲しい」 そのユーゼスの言葉を聞き、少女は意地悪そうに笑うと、 「いいの? 多分アンタ、色んな実験されるわよ。身体をバラバラにされたりとか」 常に超然とした雰囲気を持つ、この使い魔を少し脅してやろうとオーバーな表現を持ち出した。 しかし。 「いや、それはまず無い」 「え?」 即座に自分の脅しは否定される。 「『人間の使い魔』のサンプルは、今の所は私一人だけなのだろう? ならばいきなり解剖などはせず、徹底的に観察するはずだ。貴重なサンプルを即座に使い潰すわけがないからな。まずは体組織や髪の毛、血液などを調査したり、使い魔になったことで得た機能・能力などを分析するだろう」 「は、はあ……」 「そうだな……。解剖するのならば、もっとサンプルの数が揃ってからだな。泳がせるなどして観察するサンプル、解剖するサンプル、念のために手元に置いておくサンプル、そして万が一の時のための予備。最低でも4体は必要だ。 ……少なくとも、私ならそうする」 「………」 いきなり饒舌になった研究者の使い魔を見て、少女は呆気に取られる。 「無論、サンプルの数は多ければ多いほど良いのだが、そうすると希少価値が薄れるからな。『多ければ良い』という発想も良し悪しだ。 ……? どうした?」 「いや、アンタ、今まで口数が少なかったのに、いきなりペラペラ喋りだすから……」 「……どうも私は興奮すると口数が増える傾向にあるらしい。悪い癖だ」 ガイアセイバーズとの最終決戦の際にも、自分の動機、取った手段、その経緯に至るまでかなり細かく、自分で説明した覚えがある。……ハッキリ言って、わざわざ説明する必要や意味などほとんど無かったにも関わらず。 ―――今後は自重せねばならんな、などと自分を戒めるユーゼスであった。 「とにかく、そのアカデミーに連絡を取ってくれ。魔法の研究機関とやらは、私にとっても興味深い」 「……ああ、まあ、いいけど。アカデミーにはエレオノール姉さまもいるし」 知的好奇心が刺激されるのを自覚しつつ、ユーゼスはもう一つ頼みを申し出た。 「それと、非常に重要な用件があるのだが」 「な、何?」 「……ここの文字を教えてもらいたい」 アカデミーに行ったところで、自分がその研究内容を閲覧できる可能性はかなり低い、とユーゼスは踏んでいる。 何しろ先程から少女は自分のことを『平民』、『平民』と繰り返し呼んでおり、このことからこの世界において、貴族と平民の間には身分的にかなりの隔たりがあると推測される。 魔法が使えるのは貴族のみ。 アカデミーは魔法の研究機関。 ならば、おそらくではあるがアカデミーにいるのは、ほとんど貴族だけ。 よって、自分が『研究内容を閲覧したい』と申し出たところで、大して話も聞かずに断わられる可能性が極めて高い。 だが、何かの拍子で閲覧できる可能性はゼロではない。 何しろ自分は因果律を操る存在、『確率』や『可能性』の専門家である。 さすがに因果律を操作してまで閲覧したいとは思わないが、ゼロではないならそれに賭けるのもありだろう。 そもそも研究内容の閲覧以前に、字が読めなければ日常生活で苦労することは必至である。 バード星から地球に赴任する際にも、地球の文字を猛勉強したものだ(言葉自体は翻訳機があった)。 幸いにして、今の自分にはルーンの効果による言語の習得を可能にしている。驚異的なスピードでハルケギニアの文字の習得が出来るだろう。 「……もう夜なんだけど、今じゃなきゃダメ?」 「早ければ早いほど良い」 「……そうね、使い魔の面倒を見るのもメイジの務めだものね……」 少女はまず、文字を紙に一つずつ書きだした。 「これがアー、これがベー、これがセー」 一つ一つの文字を指しながら、その発音を教えていく。 発音が地球のドイツ語に似ているな、などと思いながら、ユーゼスは少女から文字の授業を受ける。 そして一時間後。 「……アンタ、物覚えがいいのね」 「……私自身も少し驚いているがな」 ユーゼスは既に、簡単な文章程度なら読めるようになっていた。 (これがルーンの効力か……) やはり自分で実感するなり直接見るなりしてみなければ、効果という物はよく分からない。 机上の空論や理論だけでは、限界があるものだ―――などとユーゼスが研究者独特の思考をしていると、 「……とっかかりは覚えたみたいだから、あとはもう自分で出来るわね?」 そう言って、少女はユーゼスに分厚い本を2冊ほど渡す。 「そっちが普通の単語とかが書いてある辞書で、そっちがルーン文字の解説とかが書いてある本。じゃあ、あとは頑張って」 「分かった」 取りあえず基本さえ覚えてしまえば、そこを起点にした応用は十分に可能である。応用にも技術は必要だが。 「……この本棚にある本は読んで良いのか?」 「別に良いけど、それほとんど魔法についての本よ? 平民のアンタが読んでも、あんまり意味が無いと思うけど」 「……ならば一石二鳥だ」 文章を学べて、魔法についての知識も得られる。実に効率が良い。 「ふわぁ……。……それじゃ、わたしはもう寝るから。アンタは本を読み終わったら、そこのワラ束で寝てなさい」 「分かった」 ワラ束、というのが多少気に入らないが、ともかくユーゼスは早速、本棚にある本を一冊手に取り、辞書を片手に読もうとすると、 「…………ふく」 「?」 「服、脱がせて」 「………そう言えばそうだったな」 雑用とは、こういうこともするのか―――などと考えながら、ユーゼスは少女の服を脱がせていく。 時折、手が少女の胸やヒップに触れたりするが、別にそんなことで興奮を覚えるほど、精神的に若くもない。 年齢を数えることなど止めてしまって久しいが、地球に赴任したのが27歳か28歳ほどのこと。そこから40年かけてクロスゲート・パラダイム・システムを開発したので、単純な精神年齢は70歳近くになっているはずである。 今は、肉体の方は地球赴任時と同程度の年齢になっているようだが。 「じゃあ、これ、明日になったら洗濯しといて」 「……分かった」 寝具のネグリジェを着せると、少女は脱ぎ終わった肌着や下着を指差してそう告げる。 更に少女がベッドに潜ってパチンと指を弾くと、ランプの明かりが消えた。 それを目にして、ユーゼスの表情がピクリと動く。この現象に興味を覚えたらしい。 「……本を読むときは、そこの小さいランプを使いなさい。それじゃおやすみ、……えーと……」 「?」 「……そう言えば、アンタの名前をまだ聞いてなかったわ」 「私もそちらの名前を聞いていなかったな」 何しろ色々とありすぎ、状況把握や説明などで手一杯で、自己紹介などしている精神的余裕や暇がなかったのだ。 「わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。……呼ぶ時は『御主人様』って呼ぶこと。いいわね?」 「承知した、御主人様。……私の名前はユーゼス・ゴッツォ。呼ぶ時はユーゼスで構わん」 「ああそう、それじゃ……おやすみ……、ユー…ゼス……」 精神的な疲労や、自分に文字を教えてくれた疲労が溜まっていたのだろう。すぐに、くうくうと少女―――ルイズの寝息が聞こえ始める。 「……さて」 洗濯はかなり困難な任務だが、ともあれ今は何よりも知識欲が勝る。 ユーゼスは魔法の学術書と辞書とで何度も視線を切り替えながら、知識を吸収していくのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7104.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 翌日。 「…………身体中が痛い」 「そりゃ、アレだけ木の剣でやたらめったら叩かれてたら痛いでしょうけど……。それにしたって、あんな平民の女兵士くらい倒しなさいよ、もう」 「木剣ではガンダールヴのルーンが発動しないからな。いくら公爵夫人から訓練を受けたとは言え、素の状態の私ならあんなものだ」 「……アンタのその素直さって、けなすべきなのか褒めるべきなのかたまに判断に困る時があるわ……」 全身の痛みを訴えるユーゼスと、そんな自分の使い魔に呆れるルイズ。 主従二人は、教室で授業を受けるために席に付いていた。 また、席に付いているのはルイズたちだけではなく他の女子生徒たちも同様である。 「それにしても、てっきり授業は全部軍事教練に差し替えられるのかと思ってたわ」 「……そんな訳がないだろう。いくら王宮からの命令とは言え、通常の授業をまったく無視して全て軍事教練にすれば、それはそれで問題だろうからな。一日の授業時間の半分ほどにとどめておくのは妥当な判断だ」 軍事教練が始まったとは言え、それを朝から晩まで延々と行っているという訳ではない。 魔法学院の教師たちのほぼ半数は男性で、彼らが出征してしまったので授業時間も半分に減ってしまったため、その減ってしまった分の時間を軍事教練に割り当てているのだ。 もっとも、さすがにそっくりそのまま軍事教練に差し替えては『一時間目に軍事教練の後、二~三時間目に通常授業、四時間目にまた軍事教練』……と言った具合にアンバランスな構成になってしまうため、『午前は通常授業、午後は軍事教練』などとしている。 そんな訳で、戦争中でも一応授業は続くのであった。 「でも男の先生たちが減っちゃったせいで、何だか『先生がいる系統』と『先生がいない系統』に偏りがあるような気がするわね」 「そうだな。こういう時に『全ての系統の知識を網羅した教師』がいれば便利なのだが」 しかしユーゼスとルイズが知る限り、そんな教師は学院にいない。 これは教師に限らずほとんどのメイジに共通したことなのだが、『自分の系統こそ最高、他の系統はそのオマケ』というような考えが割と広くはびこっている。 要するに自分の系統に誇りを持つあまり、自分の系統だけに研究が集中しすぎて他がおざなりになってしまうのだ。 『専門家』と言えば聞こえは良いが、ユーゼスに言わせればそんなものはただ視野が狭いだけである。 (『多角的』という概念そのものが薄いのかも知れんな……) 全くないということは無いにしても、少なくとも一般的なものではあるまい。 そもそも多角的に物を考える人間が多かったら、とっくの昔にハルケギニアで思想革命なり文明の発達なりが起こっていなければおかしいだろう。 (だからこそ戦争が起こった、とも言えるが) まあ、そこに口を出すのは自分の領分ではない。 教師の数も少ないなら少ないで、どうにかやりくりはするだろう。 (しかし『全ての系統の知識を網羅した人間』か……) 魔法学院の教壇に立つ以上、うわべだけの網羅ではなくそれなりに深い内容をそらんじるくらいのことが出来なければなるまい。 ユーゼスの知る限り、トリステインでそのようなメイジは一人くらいしかいなかった。 ……が、そのメイジはそれこそ『魔法の研究』に従事しているため、この学院にやってくることはないのだ。 (彼女がどのような授業を行うのか興味はあるが) などとユーゼスが考えていると、教室の扉が開いてオールド・オスマンが入って来た。 「?」 一様に疑問の声を上げる女子生徒たち。 まさか足りない教師の代わりとして学院長が授業を行うのでは、などとにわかに教室がざわつき始める。 「あー、静かにしなさい、君たち」 教壇の前に立ったオスマンは杖で床を二、三度小突いて女子生徒たちを沈黙させると、その彼女たちに向かって話を始めた。 「おほん。諸君らも知っての通り、男の教師たちはほとんど戦に行ってしまったため、この魔法学院の教師は半分ほどゴッソリといなくなっておる」 知ってますけどそれがどうかしたんですか、と言わんばかりの女子生徒一同。 うら若き乙女たちのそんな視線に答えるかのように、オスマンは言葉を続けた。 「そのため授業の内容に若干かたよりが出てしまうということで、それを補うために王立魔法アカデミーから臨時教師を招いた。……入りなさい」 自分が入って来た扉に向かって声をかけるオスマン。 次の瞬間、ガチャリとその扉が開き……。 「!」「何?」「あら」「………」「ええ!?」 ルイズ、ユーゼス、キュルケ、タバサ、モンモランシーの五人は、そこから現れた『見知った顔の金髪眼鏡の女性』の姿を確認してそれぞれ驚いた(タバサは驚いているのかどうか不明だったが)。 その女性はニッコリに微笑むと、 「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールです。……短い間だとは思いますが、皆さん一緒に楽しくお勉強しましょう」 そこだけ抜き出せば実に親しみやすそうな口調で、自己紹介を行うのであった。 授業終了後、昼休み。 女子寮の空き部屋の前には、ドカドカと荷物が置かれている。 その部屋の中では、 「何で姉さまが教師なんですか!?」 「それはこっちの方が聞きたいわよ。アカデミーで特殊な鉱石の研究に取り掛かろうかと思ってたら、いきなり女王陛下から書状が来て『魔法学院の教師になれ』って命じられたんだもの」 「……姫さまが、ですか?」 エレオノールが下の妹とその使い魔に向かって、ことの経緯を説明していた。 「ええ。しかも私を名指しでね。……ルイズ、あなた女王陛下に何か言ったの?」 「いえ、特に思い当たる節はありませんけど……」 強いて言うなら従軍を断ったことくらいだが、それとエレオノールが学院に派遣されてくることに繋がりがあるとも思えない。 あの人は一体何を考えてるのかしら……などとルイズが思っていると、エレオノールは妹への追及をひとまず止めて、入り口付近の壁に背を預けていた妹の使い魔と軽くではあるが視線を絡ませていた。 「……………」 「何よ、相変わらずつまらなそうな顔をして。……そんなに私が魔法学院に来たことが不満?」 ムッとした様子のエレオノール。 対するユーゼスはエレオノール曰く『つまらなそうな顔』でサラリと、 「いや、それなりに喜んでいるのだが」 「!」 そんなことを口走った。 「っ、なっ、なななっ……何よ、いきなり!!?」 「……そこまで動揺することもないだろう。これでも私はお前のことを高く評価している。これで停滞するかと思っていた研究もはかどるかも知れん」 「あ、ああ……そういうこと……」 要するに『優秀な人材が来てくれて嬉しい』、ということか。 「…………もう、紛らわしい言い方をして…………」 そして微妙にガックリしているエレオノールに、ユーゼスは更に言葉を続けた。 「それにお前が学生相手に授業を行うという姿も見れたからな。なかなか興味深く拝見させてもらったよ」 「う……」 あらためてそう言われると、エレオノールの心中に気恥ずかしさが湧き上がってくる。 今日は初日ということで、取りあえず自分が土系統のメイジであることと授業については全系統をまんべんなく担当することを伝え、また生徒たちの基本的な学力やメイジとしてのクラスなどを見てみたのだが……。 「な、何か不手際とかがあったかしら」 「特に見当たらなかった。……まあ、お前の魔法理論についてはレポートを通じて大部分を把握しているが、それをどのようにして口頭で伝えるのかについては知らなかったからな。これからどのような授業を行うのか期待させていただこう、ヴァリエール先生」 「……微妙に馬鹿にされてるような気がするんだけど」 「他意はない」 ルイズに初めてアカデミーに連れられて以降、ユーゼスとエレオノールとでやり取りしたレポートの数は既に二十を超えている。 その間、ユーゼスの魔法についての考察をエレオノールが指摘することは何度もあったし、逆にエレオノールが記述した魔法についての内容をユーゼスが指摘することも数え切れないほどあった。 そんな訳で互いの魔法理論については誰よりもよく知っているこの二人なのだが、エレオノールが他の第三者を指導することは今までにほとんど無かったため(ユーゼスはギーシュなどに指導を行っている)、ユーゼスとしてはこれはなかなか興味深い事例なのである。 そのようにして銀髪の男と金髪の女が何だか独特な空気を形成していると、少々と言うにはやや激しすぎる不機嫌っぷりでルイズが横から口を挟んできた。 「ほら、ユーゼス! いつまでもノンビリしてないで、軍事教練に行くわよっ!」 ユーゼスの白衣の裾を掴んで、グイグイと引っ張るルイズ。 と、その時、ルイズの言葉の中に不穏な点を見つけたエレオノールが疑問の声を上げる。 「……? ルイズはまだ分かるとして、どうしてユーゼスが軍事教練の場に行く必要があるのよ?」 「私にもよく分からないが、成り行きでな。おかげでミス・ミランに痛めつけられている」 「………………『ミス』・ミラン、ですって?」 いきなりエレオノールの声のトーンが低くなり、また目元が見る見る内につり上がっていった。 「ああ。魔法学院の女子生徒に軍事教練を施すために、王宮から派遣されてきた銃士隊の隊長だ。少々理不尽ではあるが彼女に目を付けられて一対一の訓練を受けている」 「銃士隊……ああ、確か最近新設された、女王陛下直属の部隊だったわね。 ……確か構成人員は、全員が平民の若い女性だとか」 「その通りだ」 「それで、あなたはその『女性の隊長さん』と一対一で訓練を行っている、と」 「うむ」 「……一応聞いておくけど、その隊長さんとやらは私より若いのかしら?」 「確かその筈だが」 「……………」 ユーゼスとしてはただ単に事実を述べ、質問されたことに答えているだけなのだが、どういう訳か会話が進むたびにエレオノールにギロリと睨まれる。 「ふ、ふぅん……。……もしやとは思ってたけど、やっぱりまた別の女を引っ掛けて……」 「?」 エレオノールはブルブルと小刻みに震え、そして強めの口調で宣言を行った。 「…………いいわ。良い機会だから、私はここであなたの行動を監視します!」 「……何故そうなる?」 何も悪いことはしていない筈だし、これから何かをするつもりもないのに、どうしていきなり監視という言葉が出てくるのだろうか。 「っ、いつまでもエレオノール姉さまとばっかり話してないで、来なさい!」 「む……」 首を傾げるユーゼスだったが、しかし今度はルイズに裾を引かれる形で強引に移動させられてしまう。 すると怒った様子のエレオノールがついて来て、結局は三人でゾロゾロと移動する羽目になってしまった。 (……ヴァリエール家にいた頃と大して状況が変わっていないような気がするな……) いや、考えようによってはむしろ悪くなっているようにも思える。 (カトレアの所に行くのは……三日後か) つい昨日にラ・フォンティーヌの領地に行って診察がてらカトレアと会話をしたばかりなのだが、無性にあの安らぎの時間を渇望し始めるユーゼス・ゴッツォであった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6352.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 タルブ一帯は、アルビオンの軍勢で埋められていた。 村は焼き払われ、村人の姿は見えない。広い草原は兵士や傭兵、メイジなどでごった返している。更にその上空には竜騎兵や戦艦が陣取っている。 彼らは、やがて来るであろうトリステイン軍との戦闘を今か今かと待ち構えていた。 少なくとも初手はこれ以上ないほど上手くいっている。 騙し討ちではあるが完全に敵の不意を突き、今頃あちらの本陣は大混乱だろう。この期に及んでこの大部隊に散発的な攻撃しかしてこないのがその証拠だ。 浮き足立ってロクに統率も取れていない集団など、物の数ではない。そう時間をかけずにこちらの勝利で終わる。 それがアルビオン軍のほとんどの人間が抱いている、この戦争の共通認識であった。 そして、彼らの中から『もうこちらからトリスタニアに攻め込んだ方が良いのではないか』などという意見が出始めた頃に、それはやって来た。 最初に気付いたのは、一人の竜騎士である。 タルブ上空を哨戒していた彼は、上空約2500メイルほどのある一点に『影』を一つ見つけた。 その『影』は少しずつ大きくなっていく。こちらに接近しているのだ。 竜騎士は、その『影』を敵の竜騎兵だと判断する。 彼は味方に敵の接近を知らせると、その竜騎兵を迎撃するために飛び出していった。 ……随分と速度が早いようだが、所詮は一騎。この大軍団の前にかかれば、何の脅威にも成り得ない。 そのような『常識的な考え』を持ちながら、竜騎士は敵に接近して――― ―――その姿をハッキリと肉眼で捉えた直後、自分の乗っている竜と共にその命を散らしたのだった。 「……………」 機体に取り付けられている機銃を使い、ユーゼスは空を飛ぶ竜騎兵たちを次々と撃ち落していく。 (……もろいな、ハルケギニアの幻獣は) 連発とは言え、たかが銃程度で絶命するとは。 ユーゼスの知っている『怪獣』は機銃どころかミサイルやレーザーを食らってもピンピンしている場合がほとんどだったと言うのに、この『幻獣』はかなり脆弱である。 (……どういうことだ?) 宇宙怪獣などはともかくとして、自分の世界の地球怪獣が『天然』であれほどの脅威となっていたことに、今更ながら疑問を抱いた。 それともハルケギニアの幻獣が弱いのか。 『星や世界が違えば生物の性質も違う』と納得してしまうのは簡単ではあるのだが、それに簡単に納得が出来ないのがユーゼス・ゴッツォという人間である。 (人間に飼い慣らされるような個体がそれほど強力であるはずもないが、それにしても攻略が容易すぎる……) 生物は環境によってその能力を進化・強化・付随、あるいは退化させていくものだが、地球とハルケギニアの間にそこまでの違いがあるとも思えない。 最大の違いと言えば、やはり環境の汚染度だろうか。 (ふむ、やはりあの時の私の考えは間違っていなかったのか……) ……地球に赴任したばかりの頃の話になるが、ユーゼスはあの星に怪獣が生息しすぎている理由を『地球の環境汚染が原因である』と考えていた。 異常な環境が異常な進化を引き起こし、その結果として異常な生物を誕生させるのだ……と読み、よって大気を浄化し、環境を再生すれば、怪獣の出現も減るはず……と結論づけた。 その理論は、実際には地球の美しさに魅せられたユーゼスが大気浄化を強行するための方便に近いものだったのだが、しかし今でもそれなりに筋の通った理論だとユーゼスは思っている。 (やはりあの強靭さは、地球の環境汚染が原因だったのだろうか……) ほとんど環境が汚染されていないということは、異常な進化を遂げる可能性もほとんどないということである。 (……やはりハルケギニアに度を越えた超技術など必要ないな) 今後もコルベールあたりには自分やシュウの持つ技術が行き渡らないようにしよう、とあらためて決意するユーゼスであった。 「ちょ、ちょっとこの銃、強力すぎない!? 竜をアッサリ撃ち落とすって、どういう仕組みなのよ!?」 「すすす、すごいじゃないの! 天下無双とうたわれたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたいに落ちていくわ!」 横の座席のエレオノールと後部座席のルイズが興奮してまくし立てるが、取りあえず無視する。 戦闘中に余計な会話をしている余裕など、そうそう無いのである。 「……………」 と言うか、テンションの上がっているヴァリエール姉妹とは対照的に、ユーゼスのテンションは全く動いていなかった。 戦争に参加する。 引き金を引く。 他人を傷つける。 人殺しを行う。 断末魔の光景を目にする。 墜落の様子を眺める。 あるいは、ボタン一つで大量虐殺を行う。 これら直接的にせよ間接的にせよ『殺害』という行為に対して、ユーゼス・ゴッツォは良い感情を持っていない。 だが、だからと言って悪感情を持っているわけでもない。 好きでも嫌いでもない、『ただの行為』や『作業』として捉えている。 自分が狙いを定め、銃を撃つ。弾丸が発射される。その弾丸が敵に命中する。敵は傷付き、血を流す。そして生命活動が停止する。それだけのことだ。 奪う命の一つ一つに思いを馳せるような感傷や、その死に対しての悼み、哀れみなどは持ち合わせていない。 そもそも、『命を奪う行為』は誰もがやっていることだ。 生まれてから『人間以外の生命体』の肉を全く口に入れない人間など、ほとんどいまい。 生命として成立する前の鳥類や魚類の卵すら、食べる者は無数にいる。 また、『生命体としての形態』は異なるが、植物とてれっきとした生命体である。誰もがそれを躊躇なく摂取しているではないか。 道の上を歩いていて、小さな虫や微生物を踏み潰さない者など、いるはずがない。 このハルケギニアとて、それは同じだ。 水と光と二酸化炭素さえあればやっていける植物はともかくとして、『動物』である以上、他の生命体を殺すことは逃れられない宿命なのである。 それなのに、なぜ同じ人間だけを特別扱いしなくてはならないのだろう。 ……顔見知りの相手である場合や、何らかの思い入れのある相手ならばそれも理解が出来なくはないが、今自分が相手をしているのは何の縁もゆかりもない他人である。 ウルトラマンたちも宇宙刑事たちも、一度相手を『敵』と認識したら、ほとんどの場合は容赦などせず速やかにその相手を殺していたではないか。 例外として、『殺人が出来ない』というプログラムを植え付けられている良心回路や自省回路を持つ人造人間たちについては―――ある意味『理想的』ではあるが、だからこそ苦しみ、悩み、もがいていた。 感情ではなく理屈として、自分は『殺人』を嫌わないし、ためらわないし、苦しまないし、悩まない。もがく必要など全くない。 ……もっとも、『暴力』は嫌っているのだが。 「か、火竜のブレスを浴びてもビクともしないって、どうなってるの、この乗り物!?」 「む」 エレオノールの驚愕の声を聞いて、淡々と機械的に殺し続けていた精神がふと我に返る。 見回してみると、敵の竜騎兵は全滅している。 ユーゼスは残弾数を見てミサイルやレーザーを一発も使っていなかったことを確認しながら、ポツリと呟いた。 「……さて、艦隊に対してはどこまで通用するものか」 一方、縦横無尽に飛び回る改造ジェットビートルの中で、ルイズはガクガクと震えていた。 この機のスペックを全く理解していないので、竜騎兵程度の攻撃はまず当たらず、仮に当たったとしてもビクともしないことを知らないのである。 ……ちなみにユーゼスやシュウと一緒にビートルの整備をしていたエレオノールにはある程度の知識はあったが、それでも手を固く握り締めたり、ビートルの性能にいちいち驚愕したりしている。 ある程度知っているはずのエレオノールですらそうなのだから、知らないルイズはパニック寸前だった。 しかし恐怖に負けてなるものか、とルイズはポケットの中をまさぐり、アンリエッタから貰った『水のルビー』をはめる。以前の任務の際の報酬として受け取っていたのである。 「姫さま、どうかわたしたちをお守りください……」 今までずっと肌身離さず持ち歩いていた『始祖の祈祷書』を撫でながら、祈りをささげた。 (……そう言えば、もう結婚式は取りやめになったんだから、コレを持ってる意味もなかったのよね) 祈りをささげながら、そんなことを考える。 (…………一応は『“始祖の”祈祷書』なんだから、コレにも祈っておきましょうか) 気休めでも何でも、とにかく今は安心が出来る材料が欲しい。 ルイズはそう考えて『水のルビー』をはめた手で『始祖の祈祷書』のページを開き……。 その瞬間、ルイズの手の中にあったその二つが輝きだした。 「えっ!?」 その光に驚いたルイズは思わず声を上げる。 間もなく『水のルビー』からの発光は治まるが、『始祖の祈祷書』からの発光は依然として続いていた。 「ルイズ、どうしたの―――、!?」 後ろにいるルイズの様子がおかしいことを察したエレオノールが振り向いて妹に尋ね、その光景に度肝を抜かれる。 「ね、姉さま、『始祖の祈祷書』が……!」 「そんな、どういうこと……!?」 ユーゼスにも意見を聞いてみたいが、戦闘中でそれどころではないので話しかけることは出来ない。 一体どういうことなのよ、とやたらと光り輝いて存在をアピールしている『始祖の祈祷書』を見つめるルイズだったが、目を凝らしてみると光の中に文字を見つけた。 「……これ、古代ルーン文字……?」 「―――読んでみなさい、ルイズ」 呆然としたルイズの言葉を聞いて、神妙な様子でエレオノールがその朗読を促した。 「は、はい。えっと……。 『序文。 これより我が知りし真理を、この書に記す。 この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 その四つの系統は、“火”、“水”、“風”、“土”と為す』」 「『小さな粒』……? ユーゼスのレポートにあった『ブンシ』や『ゲンシ』のこと……?」 内容を聞いてエレオノールがブツブツと呟くが、ルイズは構わずに朗読を続ける。 「『神は我にさらなる力を与えられた。 四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。 我が系統は更なる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零(ゼロ)。 零、すなわちこれ“虚無”。 我は神が我に与えし零を“虚無の系統”と名付けん』……って、虚無の系統!? 伝説じゃないの! 伝説の系統じゃないの!!」 ルイズは鼓動を早めながら、『始祖の祈祷書』のページをめくっていく。 木造の艦隊に近付いていく改造ジェットビートルの操縦席に座りながら、ユーゼスは事態を楽観していた。 (……あれならばミサイルやレーザーを一発撃ち込めば、大破させることが出来るな) その分析に間違いは無い。 所詮は木造……いや仮に艦が鉄で造られていたとしても、このビートルに搭載されている兵器を使えば確実に致命傷を与えることが出来るだろう。 これは逆に言うと、『そこまでの威力を行使しても地球の怪獣には牽制程度にしかならない』ということになるのだが……。 ともあれハルケギニアに怪獣はいないので、気にせずユーゼスは最も巨大な戦艦に接近していく。 ……あのような巨大な戦艦は、大抵の場合は『旗艦』なのである。 艦隊司令や重要人物が乗っているのだから自然と武装や人員は満載になり、その武装や人員を収容するために艦の大きさは増大していく。明解な理由だ。 そしてその分かりやすい旗艦を狙い撃つためにミサイルのトリガーに指をかけて発射のタイミングを見計らっていると、艦隊がチカチカと光った。 「む?」 直後、機体にガツンと何かがぶつかる。 「……対空砲火か」 接近しているのだから迎撃されるのは当然である。今までほとんど一方的に攻撃するばかりだったので、そのことを失念していた。 だがハルケギニアの技術力による砲弾など、ジェットビートルには大したダメージには成り得ない。 『昔の物だから』というわけではないが、この機体はかなり頑丈に作られているのだ。 ……頑丈と言っても、『怪獣の攻撃を受けても辛うじて不時着が出来る』程度の頑丈さだが。 しかし攻撃を受け続けるのも気分が悪いので、機動性を駆使して回避することにする。 「………」 大きく旋回する改造ジェットビートル。 それにしても、先ほどまでワーワーキャーキャーとわめいていたエレオノールとルイズがやたらと大人しい。横や後ろを確認している余裕がないので彼女たちの様子は分からないが、どうしたのだろうか。 ……まあ、静かな方が集中もしやすいので構うまい。 「ふむ」 ともあれ、対空砲火のせいで少しやりにくくはなったが、それでもこちらの優位は動かない。 適当な位置まで移動したら手早くミサイルを撃たなくては……などと考えていると、大砲の砲弾とは別の『何か』が飛んできて、数発ほどカンカンと機体に当たった。 「……何だ?」 少なくとも砲弾ではない。音や衝撃が少なすぎる。 ならば小さい散弾か何かをバラまいたのか……と、ユーゼスは一瞬だけ艦に装備された砲塔に目をやる。 そして自分の眼球が捉えた情報が、予想と違うことに驚いた。 「アレは……」 敵艦の舷側からは、確かに金属の砲塔が突き出ている。しかし、装備されているのは大砲だけではなかった。 その細身の砲身―――いや、銃身を震わせて弾丸を吐き出し続けるそれは……。 「……機関銃だと?」 初歩的ではあるが、確かに固定式の機関銃だ。 よくよく目を凝らしてみると、後ろに銃を操作する人間が配置されている。いわゆる銃架というやつだろうか。 「どういうことだ……」 ハルケギニアの技術レベルではせいぜいマスケット銃が精一杯であったはずなのに、いきなり機関銃とは。 この短期間に発明されて装備されたのか……と考えるが、この魔法至上主義の世界でそんな『急激な技術の発展』や、まして『新装備の迅速な普及』などがなされる可能性は極めて低いはずだ。 予想外の攻撃にさらされて混乱しかけるユーゼスだったが、『大砲からの砲弾』や『機関銃からの銃弾』だけではなく、『別の攻撃』もビートルを狙っていた。 それにユーゼスが気付けたのは、持ち前の知的好奇心から敵の旗艦を観察していたためだった。 『鉛の弾丸とは明らかに別の物』が、敵艦から発射されたのだ。 ただ物理法則や慣性に任せて、真っ直ぐに飛んで来る物ではない。どう見ても『自力の推進力』を備えている。狙いはかなりあやふやだが、煙を巻き上げて迫るそれは、 「ミサイル―――いや、ロケット弾か!」 どうなっている、と回避行動を取りながら珍しく焦った様子を見せるユーゼス。 (唐突に軍事技術の革命でも起こったのか? それとも……) ……それとも、誰かが技術供与を行ったのか。 疑問は尽きないが、戦場においてそんな疑問を深く考えている暇などは、存在しない。 ユーゼスはいきなりの『新兵器』の登場に慌てていたが、ルイズとエレオノールの姉妹はいきなりの『伝説』の登場という事態にもっと慌てていた。 「ルイズ、その本を私に渡して……いえ、内容が書かれているページを私に向けなさい!」 これはまず自分が目を通しておくべきだと判断したエレオノールは、ルイズに祈祷書を見せるように命じる。 『渡せ』と言わなかったのは、自分が持ったら本からの発光が消えてしまうと考えたためである。 そして座席ごしにルイズに祈祷書を見せてもらったのだが……。 「見えない……!?」 ルイズのように光の中に文字を見つけることは出来なかった。 どうやらその文字とやらは、妹にしか見えないらしい。 仕方がないので、続きを朗読させる。 「……えっと……。 『これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者なり。 またそのための力を担いし者なり。 “虚無”を扱う者は心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし“聖地”を取り戻すべく努力せよ。 “虚無”は強力なり。 また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。 時として“虚無”はその強力により命を削る。 したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格なき者が指輪をはめても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は“四の系統”の指輪をはめよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ』」 「………!!」 エレオノールの頭の中で、急速に今までの情報が組み合わさっていく。 『通常の四系統の魔法』を失敗し続けた妹。 ユーゼス・ゴッツォに刻まれたルーン。 始祖の使い魔と伝えられている、ガンダールヴ。 それを使役する、自分の妹。 王家に伝わる、年代物の『始祖の祈祷書』。 妹にしか読めない、『虚無』に関する情報。 始祖からのメッセージ。 ……もう、答えは一つしか考えられない。 「『以下に、我が扱いし“虚無”の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。“エクスプロージョン”』……」 その後には古代後の呪文が続いているらしく、ルイズはそこで朗読を打ち切った。 そして呆れたように呟く。 「……ねえ、始祖ブリミル。アンタ、ヌケてんじゃないの? この指輪がなくっちゃ『始祖の祈祷書』は読めないんでしょ? その読み手とやらも……、注意書きの意味がないじゃないの」 その呟きにも一理はあるが、エレオノールは別の側面から『注意書き』について考えていた。 (……そこまで分かりにくい条件にする理由がある、ということ?) 注意書きによると、『虚無』は術者自身の命すら危うくしてしまう類の物らしい。 あるいは強力すぎて、使い方を誤れば取り返しのつかない事態になってしまうからか。 しかしハッキリと『聖地を取り戻せ』と明記されている以上、この力を使わねばエルフには勝てないとも考えていたはず。 とは言え、本当にブリミルがドジをしたという可能性も捨てきれないが……。 (…………頭がこんがらがってきたわ) もし6000年前に飛んで行けるのならば、今すぐに行って始祖ブリミルにこの件について問い質したい気分である。 まあ、そんなことは神でもなければ不可能だが。 「……!」 雨あられと撃ち込まれる弾丸や砲弾を回避するため、機体を大きく旋回させる。 使用されているのは、初歩的な大砲と機関銃とロケット弾。 頑丈さに定評があるジェットビートルとは言え、さすがにそんな攻撃にさらされ続ければ撃墜されてしまうだろう。 (……出所はともかく、あれらを存在させ続けるわけにはいかんか……!) ごく初歩的な銃火器では威力はそれほどでもないし、連射性や速射性も低く、命中精度も高いとは言えず、ハッキリ言って『単発では』ビートルの脅威には成り得ない。 だが、これがハルケギニアの竜騎兵や人間相手にならば、十分すぎるほどの脅威になる。 加えて、銃火器を作る技術力があるということは、どこかに必ずそれを製造するための工場があるはずだ。 技術力や工業力のむやみな発展は、自然や環境の破壊を引き起こす。 ……そのような愚にもつかない発展をする可能性がごく低いからこそ、自分はこのハルケギニアに高い価値を見出したのに、これでは何の意味もない。 アレは、ここで潰しておく必要がある。 (とは言え、どうする……?) こうも弾幕を張られていては、近付くことも出来ない。 ……出力を全開にして最大速度であるマッハ2.2を出せば話は早くなるのだが、ぶっつけ本番のプラーナコンバーターにそこまでの無茶が可能なのかは不明だ。 戦闘中でなければテストも兼ねて最大速度を試しても良いのだが、さすがに銃弾や砲弾が飛び交う中でそんなバクチなど打てない。 ユーゼスは『分の悪い賭け』というものが、大嫌いなのである。 それにコンバーターに問題が無いとしても、ただまっすぐに直進するのならばともかく、旋回や回避運動をしながらではそんな速度は出せない。 自分は戦闘機操縦の訓練など、全く受けていないのだ。 マッハで機動を行った際に生じる過負荷など、とても耐えられまい。 クロスゲート・パラダイム・システムを使ってそれをカット出来るかとも思ったが、そこまでフレキシブルな使い方など今までやったことが無いので出来るかどうか分からない。 最も手っ取り早いのは超神形態になることだが、『戦争』などという俗で下らないことのために自分の研究成果や光の巨人の力を使いたくはない。そもそも『ハルケギニアへの過度の干渉を控える』という自分のポリシーを逸脱しすぎる。 (ええい、ギャバンがいれば……) 思わず、とっくの昔に縁を切ったはずのかつての友人のことを思い浮かべてしまう。 あの男ならコンバットスーツを着ているのでちょっとやそっとの過負荷など全く気にしないだろうし、そもそも電子星獣ドルがあれば一網打尽に出来る。 ……そもそも、何故自分はこんなことをしているのだろう。 自分の担当は『現場』ではなく、『後方支援』や『研究』や『分析』のはず……と、ふと気付いてみると自分の思考が銀河連邦警察にいた頃のものに戻っていたことに気付いた。 (……かなり焦っているな) 回避運動を取り続けながら、内心で苦笑する。 このまま撤退するのも一つの手かも知れないな、などと考えていると、後ろからガチャガチャと金属音が聞こえた。 先頭中に振り向くわけにもいかないので、声を上げて確認を取る。 「何をしている?」 すると、ポツリポツリとルイズが喋り始めた。 「いや……、信じられないんだけど……、上手く言えないけど、わたし、選ばれちゃったかもしれない。いや、なにかの間違いかもしれないけど」 「?」 「……いいから、コレをあの巨大戦艦に近付けて。ペテンかもしれないけど……。何もしないよりは試した方がマシだし、他にあの戦艦をやっつける方法はなさそうだし……」 「何を言っている?」 戦場の空気に当てられて、気でも触れたのだろうか。 「ま、やるしかないのよね。分かった、取りあえずやってみるわ。やってみましょう」 「ミス・ヴァリエール」 「…………悪いけど、今はひとまずルイズのいうコトを聞いて」 ワケが分からない。 これは本当に撤退した方が良いか、と理性を保っていそうなエレオノールに提案をしようとすると、ルイズは後ろからユーゼスを怒鳴りつけた。 「ああもう、近付けなさいって言ってるでしょうが! わたしはアンタの御主人様よ!! 使い魔は! 黙って! 主人の言うことに従うッ!!」 「……………了解した」 従わなければ後ろから首を絞められかねない勢いだったので、渋々だが引き受ける。 ……とは言え、どうやって近付いたものか。 砲撃は続き、回避運動も続く。 武装は両舷に設置されているので、側面は論外。 艦の底にも砲身を確認出来るので、真下も却下。 と、なると……。 「キャッ!?」 「ちょ、ちょっと、もう少しゆっくり出来ないの!?」 グン、と機体に負荷を受けながら、ジェットビートルは上昇する。 横も下も駄目ならば、上に行くしかない。 「……ふむ」 予想通り、そこは死角だった。砲弾も銃弾も存在していない。 「それで、この後はどうするのだ?」 と言うか、この位置からミサイルを撃てばそれで終わるのでは―――とも思うのだが、主人のやる気を削ぐのも何なので黙っておく。 そして、余裕が出て来たので振り向いてルイズの様子を確認したユーゼスは、そこにある光景を見て仰天した。 「えっと……、コレどうやって開けるのよ!?」 なんと飛行中だと言うのに、搭乗口を開けようとしているのである。 馬鹿かお前は、と言おうとしたが、どうせ言ってもまた怒鳴られて黙らされるのが目に見えているので、初めから黙っておく。 まあ、そう危険な場所でもないのだし……と搭乗口の開け方を教えようとしたら、ジェットビートルに衝撃が走った。 「!」 一体何だ、と驚くが、すぐに新たな敵だと思い至る。ここは戦場なのだ。 前方を見ると、素早く動く風竜に乗った騎士が一人。 その竜騎兵は小刻みに動いて、こちらに上手く狙いを付けさせてくれない。 ……顔の確認こそ出来ないが、相当な手練だろう。まともに戦えば、一筋縄では行くまい。 だが。 あいにくとこちらは、ハルケギニアの範疇の『一筋縄』ではない。 そして何より、ユーゼスは目の前の竜騎兵に対して『ある感情』を明確に感じていた。 これから事を成そうという時に現れた障害に対する感情とは、すなわち……。 「邪魔だ……!」 ユーゼスの苛立ちに反応して、左手のルーンが輝いた。 身体が軽くなり、反応速度が上昇する。 ガンダールヴの特殊能力を実感しながら、ユーゼスは引き金を引き、ミサイルを発射した。 「―――――」 そしてある程度ミサイルが離れた位置―――まだ敵には届いていないポイントで素早く機銃を撃ち、ミサイルを撃ち落とした。 すると盛大な爆発が発生し、しかしその爆風は敵には全く届かなかった。 「よし」 「どこが『よし』なのよ!?」 エレオノールがわめいて文句を言ってくるが、取りあえず無視。 ……このような至近距離であんな小さな的にミサイルを発射しても、スピードが乗らずに回避されるに決まっている。 どうせ回避されることが分かりきっているのならば、その逃げ道を限定させれば、行動も読みやすくなる。 今の行為によって、敵はミサイルのことを『飛んで来る爆弾』と認識したはずだ。 そして、『先ほどの攻撃は爆発させるポイントを誤ったのだ』とも。 「―――――」 続いてミサイルを3発ほど、“相手のやや下方に向かって”連射。 3発はそれぞれ左右と中央の3方向に向かっている。 爆発の衝撃力は、すでに見せ付けた。 直撃などしたら即死、中途半端な回避も意味がない、迎撃しても爆風の影響からは逃れられないかも知れない。 よって、敵の取る行動は1つ。 唯一空いている、上に逃げるしかない。 「っ!」 敵が上に方向転換した直後、ガツンという衝撃と共に風防の正面ガラスにわずかにヒビが入った。 どうやら風魔法を放たれたらしいが、このジェットビートルは音速を突破する機体なのだ。その際に生じる衝撃波に比べれば、ちょっとやそっとの風魔法などは大した問題ではない。 しかし何発も連発で受ければ危ないことは間違いないので、短時間で決着をつけるべくスロットルを操作して急加速を行う。 まずは直進。 ドン、という衝撃と轟音。 どうやら音速を突破してしまったようだが……この際だ、別に構わない。 先に発射したミサイルに追いついた(ミサイルはビートルの下を並行して飛んでいる)時点で機体底部のジェット噴射口に火を入れ、機首を垂直まで上げる。 続いてミサイルを遠隔操作で自爆させ、同時に背部のジェット噴射口を全力で噴射。 ミサイル爆発によって生じた衝撃と、ユーゼスの感情・生体エネルギー……プラーナを吸って得た推進力を使い、ビートルは急激な勢いで垂直上昇する。 横で『女性の絶叫』が、後ろで『少女の悲鳴』と『何か人間大の物が転がる音』がしたが、無視。 そしてそのまま上に向かって直進。 向かう先には、敵の竜騎兵。 「む?」 ……何か半透明な膜のような物が、カーテンのように機首にかかっている。 この時ユーゼスに現象を考察している余裕があれば、この『膜』は自分のプラーナがカタチになって展開されたものだと気付けたかもしれないのだが、今はいちいち考えている暇などない。 (この位置は砲撃の死角でもあるし……、最大速度を試してみるか) ある程度の安全が確認されたのならば、そうためらう必要もあるまい。 ユーゼスはそう判断すると、プラーナコンバーターの出力を上げていく。 「……!!」 ビートルは瞬く間に、当初の設計上の最大速度を突破した。 そして衝突する直前、敵の竜騎兵は見事な反応で自分の乗る風竜から飛び降り、脱出しようとしたが……。 「ぐ、うぉぉおおおおおおおっっ!!?」 機体を覆うプラーナの膜がその身体をわずかにかすめただけで、遠くまで吹き飛ばされてしまった。 飛ばされた際の叫び声に、どこかで聞いたような覚えがあったが……、特に思い出す必要も感じないので放っておくことにする。 「ふう……」 邪魔な敵を撃退したことで、ユーゼスはようやく一息をつく。ビートルを減速させて戦闘機動から通常機動に戻すことも忘れない。 それにしても今回は危なかった。 普通なら、急加速の過負荷などには耐えられなかっただろう。身体能力を向上させるガンダールヴのルーンの効力が無ければ、もっと別の戦法を考え出さなければならないところだった。 ともあれこれで主人も、心おきなく自分のやりたいことを行えるはずだ。 きっとヴァリエール姉妹の二人も満足げな、あるいは安堵した表情をしているに違いあるまい。そう思って、横のエレオノールと後ろのルイズの様子を確認する。 そして振り向いた瞬間に『乱暴すぎるわよこの馬鹿』、『わたしたちを殺すつもり』という賛辞の言葉を受け、姉妹そろっての平手打ちという祝福を受けた。 かなり痛かった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6062.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「貴様がバディムの首領か! ここであったが100年目だ、覚悟しろ!!」 「どうやら予定より少々長居してしまったようだな……。……また会う機会があったら、その時は相手をしてやろう……」 かつて志を同じくした男が、あの時のまま―――自分だけが40年の時を経てしまったので当然だが―――真っ直ぐな視線で、男を射抜く。 男は諦観と、覚悟と、そしてほんの僅かの寂寥を覚えながら、その場を後にした。 「ウルトラ族を倒すには、ウルトラ族の力が必要だ。ETFのおかげで彼らの力を解明することが出来た。 ご苦労だったな、メフィラス」 「……わ、私を……ETFを……ウルトラ族の戦闘データを取得するためだけに利用していたというのか!」 それはお互い様だ、と男の傍らに立つ赤い異形が答える。 ……この存在は確かに優秀だったが、その野心と我が強すぎた。 男が造った組織に、二人も長は要らないのである。 「凱聖クールギンよ……準備は整った。我らが千年王国の誕生は近い」 「………」 「さあ、来い。私の世界へ……」 銀の鎧でその身を包んだ剣士を勧誘し、男の陣営に引き入れた。 これで磐石―――とは言えないが、それなりの人材が揃ったことになる。 ……それでは、残りの人材を集めに動くとしよう。 「……………」 覚醒する。 始めは戸惑った奇妙な夢も、今となってはもう慣れた。 しかし、この『舞台』に出て来る『男』がどのような心境なのか―――それに関しての理解が出来ない。 「……って、たかが夢に、ここまで考え込むこともないわね」 所詮、夢は夢だ。 それに毎日この夢を見るわけでもないから、特に脳裏をよぎることもない。 気にせずに、今日も一日を過ごそう。 「ふむ、こんなものか」 オールド・オスマンに机と本棚を頼んでから10日ほど経過した日の夜、ようやく机や本棚の設置が完了した。 机の上にはペンとこれまで書いた数稿のレポート、そして鞘に収まった二本の剣と鞭以外は何も置かれてもおらず、本棚には一冊の本も収納されてもいないが、それはこれから徐々に増やしていけば良い。 では取りあえず、隣の御主人様の部屋に戻ろうか……とドアに向かって歩くと、 「おお、なかなか立派な部屋じゃないか!」 「……ミスタ・グラモン?」 ノックもせずに、ギーシュ・ド・グラモンが入室してきた。 「何の用だ?」 「おいおい、せっかく君の研究室の完成―――と言うのとは違うか、とにかくそれを構えたことを祝いに来たのに、その言い草はないだろう」 「……………」 怪訝そうな顔でギーシュを見るユーゼス。 「本当の目的は何だ?」 「う゛……い、いや、僕は本当に祝いに……」 「お前がそこまで殊勝な人間だとは思えん」 「な、何だか、けなされているような……。……ええい、分かったよ! 本当の用件を言うよ!」 ギーシュは観念したのか、半ばヤケになって語り始めた。 「実は、君に僕のワルキューレの」 「断る」 「まだ最後まで言ってないじゃないか!!?」 はあ、とユーゼスは溜息をついて椅子に腰掛けた。……なかなか悪くない座り心地だが、椅子が一つしかないというのは少し問題がある。あとで2、3個ほど取り寄せよう。 「お前のゴーレム……ワルキューレの強化方法なり、効果的な運用方法なりを聞きに来たのだろう?」 「う、うむ、まあその通りだが」 「……それを考察し、お前に教授したとして、私に何のメリットがあるのだ?」 「い、いや、それを言われると……」 言葉に詰まるギーシュ。 普通、貴族が頼めば―――と言うか、命令すれば平民はホイホイ言うことを聞くものなのだが、この男に限ってそれは例外のようだ。 確かにユーゼス自身に得はほとんどないだろうし、興味も動かないらしいし。 ……脅しても効果は無いだろうから、ここは『別の付加価値』を考えなければならないだろう。 (価値、価値……う~~ん……あ、そうか、『価値』か!!) 突っ立ったままアレコレ考えたギーシュだったが、この偏屈な男を動かすナイスなアイディアが天啓の如く頭に閃いた。 「か、金を出そう!」 「……む?」 ピクリ、と反応するユーゼス。 「この部屋にある本棚の大きさと数を見るに、かなり大量の本を購入するつもりらしいが、その本の代金だって馬鹿になるまい? 悪くない条件だと思うがね?」 確かにそれは魅力的だ。事実、ユーゼスには金がないのだから。 「分かった、引き受けよう」 「即決か。……現金な男だな、君は」 「現実的と言ってもらいたい」 (論文を売却……いや、『原稿』を売却するようなものだな) 本を買うなり、研究機材を揃えるなり、服を買うなり、食糧を買うなり、その他の費用なり……とかくある程度以上の文明レベルを誇る星で生きていくためには、その星の通貨が必要なことは間違いない。 「それでは、値段の交渉に入ろう」 「うむ、では100エキューでどうだね?」 「安すぎる。500だ」 あの錆びたインテリジェンスソードと同額とは、自分の価値を安く見るにも程がある。 「……吹っかけすぎだろう、それは。せめて200で」 「400」 「…………250」 「350」 「……………………300」 「良し。交渉は成立だな」 ガックリとうなだれるギーシュ。『うう、しかし背に腹は……』などと呟いている。 「料金は先払いだ」 「ぐっ……、結構シビアだな、君」 しかし、300エキューともなればそれなりの大金であり、学院内でそうそうサイフなどは持ち歩いていない。 (仕方ない、明日にでも金を渡して、その後にユーゼスの意見を聞こう……) はあ、と溜息をついてユーゼスの研究室を後にしようとトボトボ歩くギーシュ。 「それじゃあ、明日にお金を……」 しかし、その時。 「邪魔するわよ!!」 「……今度はミス・ツェルプストーか」 何かイライラした様子で、キュルケが研究室に入ってくる。 驚くギーシュを気にも留めずに、キュルケはビシッとユーゼスを指差して、 「あなた、火系統で風系統に勝てる方法を考えなさい!」 いきなりそう命令した。 「なぜだ?」 「……今日のミスタ・ギトーの授業を見てたでしょう?」 「成程」 教師であるギトーが風系統の優秀さを証明するため、キュルケの火球をアッサリと掻き消した一件のことを言っているのである。 ……ことプライドの高さにかけては、ルイズにも匹敵するキュルケだ。何とかして意趣返しをしたいのだろう。 「納得したなら考えなさい、今すぐに!」 「ちょ、ちょっと待ってくれ、キュルケ!」 その時、無視されていたギーシュが慌ててキュルケを止めに入る。 「ユーゼスへの相談なら、僕の方が先約だ! わざわざ金まで払って頼んだんだぞ!」 「お金? いくらよ?」 「300エキューもしたんだ。……ハッキリ言って痛手だが……」 「あたしは1000エキュー出すわ」 「……君の依頼が最優先だ、ミス・ツェルプストー」 「おい、ユーゼス・ゴッツォ!!」 ユーゼスはアッサリと約束の順番を入れ替える。 怒るギーシュだったが、『お前が私の立場なら、どちらを優先する?』と聞かれてしまっては、沈黙するしかない。 ……どの道、料金は先払いなので、この男の話を聞けるのは支払いをする明日以降になる。 仕方がないので、今日は引き下がろう―――と、ギーシュはやはりトボトボと退室しようとドアの前まで歩き、 「……ん?」 隣の部屋から、女性の声が聞こえてくることに気付いた。 (この声は……ルイズ? いや、もう一人……) 隣はルイズの部屋なのだからルイズの声が聞こえてくるのは当然だが、ユーゼスがこの研究室にいる以上、誰か他の話し相手がいることになる。 ルイズには大声で独り言を喋るクセなどなかったはずなので、その予想は十中八九当たっているはずだ。 「うぅむ……」 気になる。 『ルイズ以外の声』が、どこかで聞いた覚えがあるような気がすることが余計に興味を掻き立てる。 「よし、覗いてみよう!」 「?」 「はぁ?」 犯罪スレスレの行為を決意するギーシュと、脈絡もなく唐突にそんな決意をされて困惑するユーゼスとキュルケ。 ……ちなみに『スレスレ』とは『擦れ擦れ』とも書き、つまり軽く接触していることを指す。 しゃがみ込んで、ルイズの部屋のドアの鍵穴を覗き込むギーシュ。 「どれどれ……」 そんなギーシュの様子を見て、ユーゼスは思わずキュルケに目配せする。 ユーゼスの視線を受けて、その意味するところを察したキュルケは、ふるふる、と首を横に振った。 「「……はぁ」」 そして二人で同時に溜息を吐く。 二人がギーシュを放って研究室の中に戻ろう、ときびすを返した時、 「やや、あれはアンリエッタ姫殿下ではないか!」 「え?」 ギーシュが驚いて漏らした声に、キュルケが足を止めた。 「アンリエッタ姫? トリステインのお姫さまが、なんでこんなところにいるのよ?」 「その口ぶりからすると、姫殿下とやらがここにいるのは異常な事態らしいな」 「……あのね、普通お姫さまは学院寮なんかに来ないの」 「私は『遠く』から来たからな、ハルケギニアの『常識』が今ひとつ分からないのだ」 「―――あなたがどこから来たのか知らないけど、あなたの出身地じゃお姫さまがいきなり学院寮に来たりするの?」 「……そんな訳が無いだろう。『常識』で考えろ」 「……………」 ユーゼスとキュルケがそんなやり取りをしている間にも、ギーシュはルイズの部屋を覗き続け、聞き耳を立て続ける。 「な、何!? トリステインとゲルマニアの同盟を崩壊させかねない物が、アルビオンに!?」 「はー、そりゃ大変ねぇ」 他人事のように呟くキュルケに、ユーゼスが問いかける。 「……アルビオンが内乱中で、改革派―――『貴族派』だったか? それが勝利を目前にしていることは知っている。 貴族派が勝利し次第、ゆくゆくは標的をトリステインやゲルマニアに向けるであろうこともな。 その改革後のアルビオンに対抗するためには、トリステインとゲルマニアが同盟を組んだ方がやりやすいのではないか?」 その同盟が結ばれない、ともなればゲルマニアにとっても痛手になりかねないのに、ゲルマニア出身のキュルケが涼しい顔をしているのが疑問だったのである。 「……あなた、ゲルマニアの国力を舐めてるでしょう? 一国だけでも、改革が終わったばっかりで基盤がしっかりしてない国になんか負けるはずない―――とは言い切れないけど、少なくとも後れを取ることはないわよ」 「ならば、なぜトリステインと同盟を?」 「ゲルマニアには国土も軍事力も人材もあるんだけど、『歴史』がないのよ。だから、無駄に歴史の長いトリステインを取り込もうってわけ」 あたしに言わせれば『歴史』なんてどうでもいいんだけど、とキュルケが付け加える。 (……国が抱えるコンプレックス、か) トリステインとしては、アルビオンとの戦いに備えて国土と軍事力と人材が欲しいわけだから、互いの利害が一致していることになる。 だが、仮に同盟を結んだとしても、国民の意見のまとめと調整、主導権の行方、資金や資材や兵糧や軍備の配分、下手をすると併合にもなりかねないので、そのための処理―――などなど、問題は山積みだ。 (政治という物はややこしいな) どう考えても畑違いの分野なので、自分はおそらく一生関わることがないだろうが。 「ええい、こうしてはおれん!」 フン、と荒く鼻息を出すと、ギーシュは勢い勇んでルイズの部屋の中に入った。 「お待ちを、姫殿下!!」 「えっ!?」 「ギ、ギーシュ!? アンタ、今の話を立ち聞きしてたの!?」 仰天するルイズと、黒いマントの女性。 ―――ここまで接近して見るのは初めてだが、おそらくはあれがアンリエッタ王女なのだろう。 なお、ルイズとアンリエッタの注目はギーシュに集中していて、ユーゼスとキュルケにまで意識が回っていないようだった。 「……面白そうだから、私たちはドアの外から成りゆきを聞いてましょ」 「そうだな。ゲルマニア出身のお前が参加すると、ややこしくなりそうだ」 部屋の中からドアの外を見ると、かなり視界が限られる。 つまり身を隠すだけなら、簡単なのである。 「こっ、このっ! 姫さまの……いえ、女の子の部屋を覗くなんて!」 「あだっ! 叩かないでくれたまえ、ルイズ!」 「……どうしますか、姫さま? 極秘事項を聞かれてしまったわけですが……」 「そうね……、今の話を聞かれたのは、まずいわね……」 「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう!」 「グラモン? あのグラモン元帥の?」 「息子でございます、姫殿下」 「あなたも、わたくしの力になってくれると言うの?」 「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」 「ありがとう。あなたのお父さまも立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお救いください、ギーシュさん」 それを聞いて『姫殿下が僕の名前を呼んでくださった!』と叫びながら喜ぶギーシュ。 ……声だけしか聞こえないが、大体の状況は理解が出来た。 おそらく、ルイズの使い魔である自分も、その『任務』とやらに同行するのだろう。 だが……。 (……『不幸な姫』、か) 自分で自分のことをそう呼ぶとは、あのアンリエッタ姫にはどうも自己陶酔の傾向があるようだ。 あの年齢の姫君となると、ユーゼスとしては真っ先にリリーナ・ピースクラフトが頭に浮かぶが、彼女とはかなりの違いが見て取れる。 (……私が口を出すことではないな) 何にせよ、明日からはアルビオンに行くことになる。 エレオノールから『話があるから、至急アカデミーに来なさい』という文面の手紙が来ていたのだが、先送りするしかないようだ。 『何についての話』なのかは大まかな想像がつくが―――国にとっての一大事となれば、こちらを優先するしかあるまい。 ユーゼスはやれやれ、と呟くと研究室に戻る。 (取りあえず、剣と鞭は持って行くか) 荒事にならなければ良いのだが……と思うのだが、戦争中の国に忍び込むのだから、その可能性は低そうだった。 「……面白そうじゃない?」 キュルケがニヤリと笑ったが、取りあえず無視しておくこととする。 明けて、翌日の早朝。 馬を前にして、ユーゼスは悩んでいた。 「……確認するが、中継点のラ・ロシェールまでかかる時間は……」 「早馬で2日、途中で馬を乗り継ぎして、ノンストップでどんなに飛ばしても14~15時間ほどかかるだろうね」 「……………」 ギーシュの話を聞いて、沈黙するユーゼス。 先のトリスタニアまでかかった時間から考えると、自分が馬でラ・ロシェールに向かった場合、最短でも24時間以上かかる計算になってしまう。 ハッキリ言ってユーゼスにそんな体力は、無い。 どうすれば、と長い時間をかけて考え込んでいると、いつの間にか巨大なモグラが現れてルイズにジャレ付いているのが見えた。 「おや、その指輪が気に入ったのかい、ヴェルダンデ? 君は宝石などのキラキラ光るものが大好きだからね」 「……モグラが光を好む?」 ギーシュのセリフを聞いて、ユーゼスの顔に疑問符が浮かぶ。 通常、モグラの目は退化していて視力がほとんどなく、光などは感じられないはずなのだが……。 (この世界のモグラは違うのか) 異世界、ということで納得する。世界が違えば、生物の能力も違って当然だ。 「ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を、僕のために見つけてきてくれるんだ。土系統のメイジの僕にとって、この上もない素敵な協力者さ」 「ほう、それは確かに優秀だな」 「そうだろう? ハッハッハ、もっと僕やヴェルダンデに対して、惜しみない賞賛の嵐を浴びせても良いのだよ?」 フフン、と自慢げなギーシュ。 すぐ調子に乗る男だな、などとユーゼスが思っていると、 ヒュゴッ!! 「モグッ!」 「ああっ、ヴェルダンデ!!」 突然、風のカタマリが飛んできて、ルイズに抱きついていたヴェルダンデを吹き飛ばす。 「誰だっ!? 僕の、僕の使い魔に……!!」 「……すまない。婚約者がモグラに襲われているのを、見て見ぬ振りは出来なくてね」 ギーシュの怒りの声に答えるように、朝もやの中から羽帽子をかぶった長身の男が現れた。 (……貴族か) マントを羽織っているし、何よりさっきの風は魔法だろう。 「姫殿下より、君たちに同行することを命じられた。君たちだけでは、やはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊をつけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名された……というわけだ」 帽子を取り、長身の貴族は丁寧に礼をする。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵だ」 ワルド子爵の自己紹介を聞き、文句を言おうとしたギーシュは沈黙した。相手が魔法衛士隊の隊長では、さすがに文句を言うわけにもいかない。 「ワルド様……!」 倒れていたルイズが起き上がり、驚いた様子でワルド子爵に語りかけた。 「久し振りだな! ルイズ! 僕のルイズ!!」 「お久し振りでございます……」 顔を赤らめながら、ワルドに抱きかかえられるルイズ。 「そう言えば、婚約者と言っていたが……」 「つまり、あのワルド子爵はルイズの婚約者か。……うーむ、さすがはヴァリエール家、将来有望そうな男に目を付けているものだなぁ」 ギーシュが使い魔を攻撃された怒りを押し止めつつ、それでも感心した様子で呟く。 一方のユーゼスは『名門貴族らしいから、婚約者がいても不思議ではないな』などと、あまり興味がなさそうであった。 そうやってルイズとワルドを見ていると、そのワルドがこちらに歩み寄ってくる。 「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」 (……人間が使い魔であるというのに、あまり驚いた様子がないな) コルベールにしろ、キュルケにしろ、エレオノールにしろ、必ず何らかの疑問なり驚きなりのリアクションを起こしたのだが、この男にはそれがない。 (……まあ、婚約者の情報ならば、常に収集しているのだろうが) 考えても仕方がないので、ユーゼスも挨拶をする。 「僕の婚約者がお世話になっているよ」 「……御主人様の婚約者とあらば、我が主人も同然。何か御用がありましたら、何なりとお命じください」 「は!?」 「ええ!!?」 うやうやしく頭を下げるユーゼスを見て、ルイズとギーシュが仰天する。 その彼らの様子を見たワルドが首を傾げるが、取りあえずユーゼスに返答した。 「うむ、その時はよろしく頼もう。君はなかなか博識と聞いているから、その知識を発揮される所を見たくもあるからね」 「は……」 頷いてルイズの元へと戻るワルドと、控えめにギーシュの元へと下がるユーゼス。 ギーシュは怪訝な顔でユーゼスに問いかける。 「ど、どういうことだね、ユーゼス!?」 「……『取りあえず』恭順しておくべきだと判断した。人間的にも実力的にも、まだ掴めない部分が多いからな」 「掴めない部分って……」 それに、敬語の練習を試す良い機会でもある。 「外面で大人しく従っていても、内面では何を考えているのか分からない―――ということもあると覚えておくのだな、ミスタ・グラモン」 「……そういうものかぁ」 色々あるのだなぁ、とこれもまた取りあえず納得するギーシュ。 だがユーゼスは、このワルドという男の言動をじっと分析していた。 (……私に関しての情報も持っている……。この男……) 婚約者が心配で、情報を集めていた。そう言われてしまえば、それまでである。 ……少なくとも優秀ではあるようだ、とユーゼスは評価を下した。 ワルドはそわそわした様子のルイズを見て微笑むと、口笛を吹く。 すると、ワルドがそうだったように朝もやの中からグリフォンが現れ、2人の前に着地した。 そしてグリフォンに颯爽とまたがり、ルイズに手を差し伸べる。 「おいで、ルイズ」 「……は、はい……」 しばらくモジモジしていたが、やがておずおずとワルドの手をとり、グリフォンにまたがるルイズ。 「では諸君! 出撃だ!!」 「あっ、ちょっと……」 「どうしたんだい、ルイズ?」 早速出発しよう、と意気込むワルドだったが、ルイズに制止されてしまった。 「あの、私の使い魔は、乗馬が凄く下手で……」 「そうなのかい?」 ワルドに問われて、ユーゼスは正直に告げた。 「はい。ですが、私には構わず先に進んでいただいて結構です。一刻を争う任務なのでしょう?」 「……ふむ、君はなかなか冷静だな。普通なら『追いついて見せます!』などと息巻くものなのだが」 「虚勢を張っても意味がないでしょう」 「確かに。……では、置いて行っても構わないのだね?」 「その方が効率が良いのであれば、そうするべきかと」 「ちょ、ちょっと、ユーゼス!?」 自分の記憶にない態度を取り続ける使い魔に対して、ルイズが文句を言おうとするが、構わずにワルドはグリフォンを飛び立たせる。 そして、ユーゼスとギーシュを置き去りにしたまま、ルイズとワルドはラ・ロシェールに向かったのだった。 「行ってしまったな」 「……『行ってしまったな』じゃあないっ!! 君は何を考えているんだね!!? 置いていかれてしまっては、手柄を立てることが出来ないじゃないか!!」 激昂するギーシュを見つめながら、ユーゼスは相変わらず考え込んでいた。 「……私の乗馬技術が低いのは本当だぞ」 「しかしだね、追いついた時には既に任務が完了していました……などとなっては、間抜けもいいところじゃないか!!」 「別に手柄がなくても、死ぬわけではあるまい?」 「手柄や名誉というのは、貴族にとってはある意味で命よりも重いものなんだよぉ!!」 ギーシュが悲痛に叫ぶ。そんなに手柄が上げたかったのだろうか。 「む?」 ギーシュの文句を聞き流していると、青い風竜が飛んでいくのが見えた。 「あれは……ミス・タバサのシルフィードか?」 よく観察してみると、その背にはキュルケも乗っている。 そう言えば、昨日の話は彼女にも聞かれていたことを思い出す。 「……御主人様たちの後を追うつもりだな」 「だから、何で君はそんなに冷静なんだね!? 手柄を取られるかもしれないんだぞ! しかも彼女たちはゲルマニアとガリアの留学生だ!! トリステインの危機を外国人が救ったとなれば、笑い話にもならない!!」 「少し落ち着け、ミスタ・グラモン」 ユーゼスは黙考する。 ……さすがに何もしない、というわけには行くまい。 かと言って、通常の移動手段では彼女たちに追いつくのは無理だ。 と、なると……。 「……やむを得んな」 逡巡の末、一つの決断を下す。 「ミスタ・グラモン」 「何だね!?」 「……お前を貴族と見込んで、頼みがある」 「ん? ど、どうしたんだい、改まって」 「これから私が使う『移動手段』を、絶対に口外しないで貰いたい」 「え?」 唐突にそんなことを言われたので、ギーシュは困惑するしかない。 「……口外したら、あらゆる手段を使ってでもお前の存在を『抹消』する」 「お、穏やかじゃないね……」 この男がそこまで言うのだから、きっと凄いことなのだろうな……などと思ったが、一体何をするつもりなのだろうか? 「お前の使い魔も連れて行くぞ」 「え、いいのかい?」 「定員以内だからな。……それに同じ使い魔として、主人に置いて行かれるのを見るのは忍びない」 「おお……」 「モグ……」 ヴェルダンデを指差すユーゼスに、ギーシュとヴェルダンデは感激したようだった。 (そう言えば、ミス・ツェルプストーは使い魔を連れて行ったのだろうか) ふと学院寮の方―――キュルケの部屋のあたりを見ると、一匹のサラマンダーがこちらにジッと視線を注いでいた。 「……あれも連れて行くか?」 「うーん、しかしキュルケの使い魔を勝手に連れて行くのはな……。よし、ちょっと待っていてくれたまえ」 言うと、ギーシュはヴェルダンデを抱えたまま『レビテーション』でキュルケの部屋の前まで移動し、何やらフレイムとコミュニケーションを取り始めた。 少しすると、ギーシュはまた戻って来る。 「……幻獣と話が出来たのか?」 「まさか。ヴェルダンデに通訳を頼んだのさ。 ……結論から言うと、彼は行かないらしい。どうやらキュルケに留守番を頼まれたようだね」 「そうか」 まあ、無理強いは出来まい。 「では、少し移動するぞ。どこに目があるとも限らんからな」 そして、一向は少し歩いて森の中に入った。 「……誰もいないな?」 「随分と慎重だね。……と言うか、本当にその『移動手段』とやらはあるんだろうね?」 「少なくとも、私が馬で移動するよりは早く到着するはずだ」 言って、脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させる。 次の瞬間、ユーゼスとギーシュ、そしてヴェルダンデは虹色をした立方体のエネルギーフィールドに包まれた。 「う、うわ、わわわわわ!!? なん、ななななな、何だね、これは!!?」 「モグーーー!?」 「暴れるな。……ラ・ロシェールはこちらの方向で合っているな?」 「あ、ああ」 方向を確認し、ユーゼスは座標を設定する。 「距離は―――馬の最高時速は瞬間的には100キロを超えるが、平均となると……取りあえず、800リーグほど移動するぞ」 「は、はっぴゃくリーグ!?」 驚くギーシュを尻目に、空間転移を開始する。 ―――その後も微調整を繰り返し、結果としてユーゼスとギーシュとヴェルダンデは30分ほどでラ・ロシェールに到着した。 「……と言うか、始めからこれでアルビオンまで行けば良いのでは?」 「なるべくなら、これは秘密にしておきたいのでな。しかし分かっているだろうな、ミスタ・グラモン?」 「任せてくれ、僕はこう見えても口が堅い男だ。……まだ死にたくもないし」 「モグモグ」 一方、学院長室ではアンリエッタが出発する一行を見送っていた。 「彼女たちに加護をお与えください、始祖ブリミルよ……」 祈るアンリエッタの横では、オールド・オスマンがのんきに鼻毛を抜いている。 「……見送らないのですか?」 「ほほ、見ての通り、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますでな」 「……………」 なぜこの老人は、ここまで余裕の態度なのだろう……とアンリエッタは疑問に思う。 「既に杖は振られたのですぞ。我々に出来ることは、ただ待つだけ。違いますかな?」 「そうですが……」 「まあそこまで心配せずとも、彼ならば道中どんな困難があろうと、やってくれるかも知れませんでな」 「『彼』? あのグラモン元帥のご子息が? それともワルド子爵が?」 オスマンは首を横に振って、アンリエッタの言葉を否定する。 「……まさか、あのルイズの使い魔とかいう男が? 彼はただの平民という話ではありませんか!」 「ただの平民……そうですな」 自分も最初は、あの男―――古い友人のことをそう思っていた。 「時に、姫は始祖ブリミルの……いえ、『快傑ズバット』の話はご存知ですかな?」 「はあ、少しは。……しかし、あれは平民が作ったおとぎ話なのでしょう? 実際の戦果は、ほとんどあなたと当時のマンティコア隊の隊長である『烈風』カリン殿が成し遂げた……と聞きましたが」 「まあ、当時の王室の面目を保つために、そういうことになってはおりますな」 「……もしや、彼はその血を引いているとでも?」 さすがに30年も前の話である。あの若い外見からすると、本人であるとも思えない。 「もしかしたら、再来となるやも知れない……私はそう思っております。同じ異世界から来た、彼ならば」 ユーゼスが聞いたら、確実に『無茶を言うな』と言うだろうセリフである。 「異世界?」 「そうですじゃ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』とは違う世界。そこからやって来た彼ならば、かつてあらゆる危機を涼しげな顔で片づけた我が友のようにやってくれると、この老いぼれは信じておりますでな。 余裕の態度も、そのせいなのですじゃ」 「『ここ』とは違う、異世界……」 いまいちピンと来ていないようだったが、アンリエッタは微笑んでオスマンに同意する。 「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」 「……ところで姫、もうしばらくこの部屋にいてはくれませんかな?」 「はい?」 さてそろそろ自分が滞在している部屋に戻ろうか、と思ったら、いきなりそんなことを頼まれてしまった。 「いや、秘書のミス・ロングビルが『勤め先が決まったことを家族に報告する』とか言って、休暇を申請しましてな。女性の華やかさが足りぬと思っていたところでして」 「は、はあ」 「どうか、この寂しくも老い先短い老人に、若くみずみずしい女性の、こう、何と申しますかオーラのようなものを浴びせていただければ……」 「……こ、ここは魔法学院なのですから、若い女性はたくさんいらっしゃるのでは?」 「なにをおっしゃいますか! 姫とその辺にいる貴族とでは、身体からかもし出される高貴さが違うのです!」 「……そ、そうですか……」 どうやってこの状況を乗り切ったものか、と悩むアンリエッタであった。 ラ・ロシェールに到着したユーゼスとギーシュは、中の中の上程度の宿に泊まることにした。 本当は最上級の『女神の杵』に泊まりたかったのだが、そんな金は持ち合わせていない。 ……実際には、ユーゼスはキュルケとギーシュからの依頼料である1300エキューを持っていたのだが、常日頃から床で寝起きしているユーゼスにとって、たかが宿程度にそこまで金額をかける気は起きなかったのである。 そしてそこにデルフリンガーを置き、もう一本の剣と鞭を持って古書店へと向かった。ギーシュは観光である。 ちなみに、なぜデルフリンガーを持ってきたのかと言うと、出発の準備をしている最中に誤って鞘から出してしまい、 「つ、連れてっておくれよぅ……剣として扱っておくれよぅ……かまっておくれよぅ……もう火であぶられたり、水に漬けられたり、氷で冷やされたり、金槌で叩かれたり、『ふむふむ』とか言われながら撫で回されるのは嫌なんだよぅ……」 と、呪詛のごとき懇願を受けたため、夜な夜な怨み言を呟かれても困るので、やむなく持参したのだ。 ともあれ、使うつもりは全くないが。 「ふむ」 それはともかく、本の物色である。 魔法学院の図書館も良いが、このような市井の本屋も悪くはない。 それにラ・ロシェールは港町なので、トリステインにはない本も期待できた。 ユーゼスは目ぼしい物を見つけると、その重さにフラつきながらも、それを店主の所まで持っていく。 「この5冊を貰おう。これをトリステイン魔法学院の、ユーゼス・ゴッツォまで届けてくれ」 「へい、それで運賃の方は……」 「無論、出す」 金は使うときは使うべきなのである。 そして勘定を済ませたユーゼスは別の古書店に行こうと出口に向かい、 「……………」 「……………」 一人の男と、出口で鉢合わせした。 ―――外見はどちらかと言うと長身。紫がかった髪をしており、その眼光には常に余裕の色が見て取れる。服装は、自分と同じような白衣だった。 ……どこかで見た覚えがあるが、明確な記憶が無い。 (これは―――ハルケギニアに召喚される直前に受け取った、『別のユーゼス・ゴッツォ』の記憶か?) 男は、興味深げに自分を見る。 「ほう……。アインストの物とは違う転移反応を検知して来てみれば、面白い人間に会えましたね……」 「……アインストと、転移反応だと?」 聞き捨てならない単語が、男の口から出て来た。そして、男は更に聞き捨てならない言葉を喋りだす。 「あなたはイングラム・プリスケン……いえ、クォヴレー・ゴードンですか?」 「何!?」 後者の名前には心当たりすら無いが、前者の名前には心当たりがあるどころではない。 ユーゼスは、反射的に男から飛び退いた。 「これは警戒されたものですね。少なくとも、今はあなたと事を構えるつもりはありませんよ。……申し訳ありませんが、お名前を教えてはいただけませんか?」 「……ユーゼス・ゴッツォだ」 「…………なんと。まさかこのような形で再び……。しかも私の存在を知らない、となると……」 男の目が見開かれる。……どうやら驚いたようだが、つまりそれは自分の存在が予想外だった、ということでもある。 「お前は何者だ?」 「……これは失礼を。相手に名を問うのであれば、先に自分から名乗るべきでしたね」 そうして、男は丁寧に自己紹介を行った。 「私の名はシュウ。シュウ・シラカワと言います。……以後、お見知りおきを」 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6084.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 トリステインとアルビオンを繋ぐ港町、ラ・ロシェール。 峡谷に挟まれて日当たりの悪いこの町の、更に日当たりの悪い路地裏の一角に『金の酒樽亭』という居酒屋がある。 「私たちの話をこのハルケギニアの人間が理解出来るとも思えませんが、万が一……ということもありますからね」 「……密談に適している場所とも思えんがな」 その中では、お世辞にも品が良いとは言えない傭兵やガラの悪い男たちが、騒ぎながら酒を飲んでいた。 「むしろこのような雑然とした空間の方が、機密情報のやり取りには向いています。覚えておいた方が良いですよ」 「そんなものか」 ユーゼスはシュウに誘われるまま『金の酒樽亭』に入り、店内の隅の一角に腰掛けることになった。 ……正体不明の人間について行くなど、普通であれば考えられない。だがこの男が発した言葉は、無視をするにはあまりにも意味がありすぎた。 ―――イングラム・プリスケンの存在を知っている。 これだけで、自分にとって無関係ではあり得ない。 おそらくどこかの並行世界からやって来たのだろうが、そこにはイングラム・プリスケンが存在したのだろう。 そして、ユーゼス・ゴッツォも。 イングラムが存在するのならばユーゼスが存在し、ユーゼスが存在するのならばイングラムが存在する。 因果の鎖で縛られた、互いの鏡像。 『ユーゼスとイングラム』は、真の意味での運命共同体である。接触するかしないかの『ユーゼスとラオデキヤ』程度の関係ではないのだ。 もっとも、『自分』と『自分の鏡像のイングラム』との決着は既に付いているので、『このユーゼス・ゴッツォ』と『それから生み出されたイングラム・プリスケン』との因果の鎖は、切れているのだが。 ……そこまで考えたところで、ふと店内に気になる点を見つけた。 白い仮面を被った黒いマントの人物が、こちらに視線を向けているのである。 まあ、明らかにこの店の雰囲気にそぐわない白衣を着た男二人がいるのだから、ある程度の注目は集めて当然なのだが。 取りあえず気にせず、シュウとの会話を始める。 「……しかし、仮面の下の素顔がそれだとは思いませんでしたね」 シュウは薄く笑いを浮かべながら、ユーゼスの顔を見る。 そんな意見に対して、ユーゼスは無表情に答えた。 「お前の知っているユーゼスと『私』は別人だ。素顔が同じとも限らない。……現に、私は一度顔を変えているからな」 「ふむ、人に歴史あり……というやつですか」 言いつつ、ワインと軽いツマミを頼むシュウ。 「あなたもどうです?」 「遠慮しておく。酒は思考を鈍らせるからな」 「たしなむ程度には、覚えておいて損はありませんよ」 ワインとツマミが運ばれて来ると、シュウは早速グラスを傾け始める。そんな仕草にも、なぜか気品と言うか優雅さのような物がにじみ出ていた。 (……この男、底が見えんな……) 只者ではないことは一目で分かるが、その『本質の読みにくさ』に関しては、先程会ったワルド子爵などと明らかにタイプが異なる。 ワルドが本質を『厚く重い布で隠している』とするならば、シュウは『恐ろしく深い湖の底にある』とでも表現すべきような……。 「……やはり警戒は解けませんか。まあ、無理もありませんね」 ユーゼスの様子を見て、シュウは仕方なげに息を吐く。 「それでは、まず『お互いの世界』について情報を交換しましょうか」 「『互いの世界』だと?」 「ええ。あなたの存在した世界と、私の存在した世界―――それらが異なることは確実ですが、『世界を構成している要素』については共通部分がある可能性があります」 「ふむ……」 確かに自分は様々な世界を取り込んだ、新たな世界を作ったが……。この男の世界もそうだと言うのだろうか? ともあれ、何にせよ反対する理由はない。 「良いだろう」 「感謝します。では……『クロスゲート・パラダイム・システム』という単語に聞き覚えは?」 「私が開発したシステムだ。因果律の把握と操作、時空間の移動などが主な機能だが……やはり『ユーゼス・ゴッツォ』が存在する以上、それも存在しているか」 「世界が違おうと、同じ人間は同じような行動を取りますからね」 サラリと言うシュウ。まるで実際に見て来たかのような口振りである。 「では次は私だな。『ガイアセイバーズ』を知っているか?」 「……新西暦50年代に、そのような名の特殊部隊が存在したことは知っていますが、さすがに詳細までは知りませんね」 「ふむ……。では『バディム』は?」 「そのガイアセイバーズによって壊滅させられた組織だと聞いています。同じく詳細は不明ですが」 「成程、『新西暦』という点では共通しているな……」 この男が存在していた世界が、おぼろげながら見えてきた。 ―――つまり『自分の行動が生み出した結果』、ということだろうか。 「次に移りますか。『サイコドライバー』…………いえ、少々お待ちを」 「?」 言うなり、シュウはワインとツマミを一口ずつ口に入れて、直後に懐から素早く一枚の紙と一本のペンを取り出した。 そしてかなりのスピードで、その紙に文字を走らせていく。ユーゼスも知っている、地球の文字だった。 『この字が読めますね? YESならばテーブルを一回叩いてください』 ユーゼスは指で軽くトン、とテーブルを叩く。 『私たちの会話に、注意を払っている人間がいます』 (……何?) 思わず振り向こうとするが、シュウにペン先を顔に突きつけられた。 仕方なく、視線を紙に戻す。 『下手にリアクションは起こさないように。悟られてしまっては、あなたにとっても私にとってもマイナスになりかねません。ここは全く関係のない話をしながら、筆談を行うべきです』 「……………」 理には適っているので、ユーゼスもシュウにならって懐から紙とペンを出す。 「……二流品ですね、ここのチーズは。ワインも質が悪い」 『あの聞き耳を立てている相手に、心当たりは?』 「たかが酒とツマミに、こだわりすぎだ。そもそも店構えを見た時点で、味の方も想像しておくべきだろう」 『無い。私に質問するということは、お前も無いのか』 「案外、このような店が『隠れた名店』であることも多いのですが……」 『はい。しかし、筆談では効率が悪いですね』 「外見で店を判断するのは間違い、ということだ。やはり頼りになるのは他人からの情報だな」 『私の世界の座標を教える。並行世界を覗き見ることは可能か?』 「しかし、他人の味覚と私の味覚は違いますからね。……結局は、自分で実際に足を運び、口に入れてみるしかないということですか」 『可能です。しかし、よろしいのですか? あなたの世界を見るということは、あなたの人生をそのまま見ることになってしまいますが』 「時間と手間を惜しまなければ、の話になるがな。難しい問題だ」 『構わん。見られて困る物でもない』 「そう構えることでもないのではないですか? 取りあえずは食べたいものを食べてみる。これが大事だと思いますが」 『それでは、私のいた世界の座標もお教えしましょう。少しばかり次元境界線がややこしいことになっていますので、混線しないように気をつけてください』 「確かにな」 『了解』 そして二人は、互いの『世界の座標』を書き記し、紙を交換する。 筆談を切り上げ、二人は席を立った。 「……さて、なかなか面白い時間でした。今度はもっとゆっくりとお話がしたいものですね」 「全くだな」 勘定を支払い、『金の酒樽亭』を後にする。 そして外に出て、後ろに誰もいないことを確認すると、 「……あの仮面の男でしたね、私たちの様子を窺っていたのは」 視線を鋭くして、シュウは『金の酒樽亭』を見る。 「分かるのか?」 「『気配を読む気配』が消しきれていませんでしたからね。周囲の空気の流れが不自然にスムーズでしたから、どうやら風のメイジのようですが……」 「……………」 なぜ分かる、と聞いて良いのだろうか。 「それでは、これを渡しておきましょう」 言って、シュウは笛のような物をユーゼスに手渡した。 「これは?」 「エーテル通信機と言います。地上とラ・ギアス―――異なる世界間でも通信が出来る、便利な物です」 「ほう……」 興味深げにエーテル通信機を眺めるユーゼス。 「何か私にご用がありましたら、それを使って連絡を。私から連絡があるかも知れませんがね」 「分かった」 (始終、この男のペースで話が進んだな……) どうもこのシュウ・シラカワという男は、自分と『格』が違うらしい。 「最後に、一つだけ聞かせて欲しいのですが」 「何だ?」 「……あなたは因果律を操作し、神に近い存在になりたいと思っていますか?」 「―――神、か」 それと似て非なる存在になろうとしたことは、確かにある。しかし。 「今更そんなモノになったところで、意味はあるまい? それに私は一度失敗している。もう一度挑戦する気力など無いよ」 そのユーゼスのセリフを聞いて、シュウの表情が驚きとも感心ともつかない物に変わった。 「……どうやら、本当に私の知る『ユーゼス・ゴッツォ』とは違うようですね。安心したような、拍子抜けしたような気分ですが……」 「気を張る必要が無くて良いのではないか?」 「気を許しても良い、と判断したわけでもありません。 ……それと、一つだけ忠告しておきます」 スッと、シュウがその身にまとう空気が一変する。殺気を放つでもなく、威圧するでもなく、凄みを利かせるでもなく―――しかし、個人から発せられる『圧力』のようなものが段違いに増していた。 「……………」 「間違っても、私を利用したり操ったりしようなどとは考えないことです。その場合、『それ相応の報い』を受けていただくことになりますので」 「……覚えておこう」 気圧されつつも答えるユーゼス。 ……自分が汗をかいていると気付いたのは、シュウと完全に別れて数秒ほどした後だった。 「へえ、それじゃトリステインの魔法学院で働いてるの?」 「ああ。……さすがに『マチルダ・オブ・サウスゴータ』と名乗るわけにはいかないから、偽名を使ってるけどね」 マチルダ・オブ・サウスゴータ―――トリステイン魔法学院ではミス・ロングビルと名乗っている女性は、妹のような娘のようなハーフエルフの少女に、現在の自分の職業を語る。 「まあ正直、今までは酒場の給仕とか『あまり褒められない仕事』で食いつないで来たんだけど……」 もちろん『あまり褒められない仕事』の詳細は秘密だ。 「それでわたしが仕事を聞いても、教えてくれなかったの? もう、別にそんなことで姉さんを軽蔑なんてしないのに」 ……この優しい子は、自分の所業を聞けば悲しむだろうから。 「私にもプライドって物があったからね。……ところでティファニア」 「なに、マチルダ姉さん?」 可愛く首をかしげる少女―――ティファニア。首を動かした拍子に、その長く美しい金髪と、少々……いやかなり常識外れなサイズのバストが動いた。 マチルダは『相変わらずだねぇ』などと心の中で呟きつつ、あらためてティファニアに賛辞を送る。 「使い魔の召喚に成功したみたいじゃないか。おめでとう」 言って、窓の外を指差す。 そこには、子供たちとたわむれる青い鳥が一羽いた。 「きゃははっ! ほらほらチカ、こっちおいでー」 「わ、キレイな羽~」 「うりゃうりゃ! 僕を引っ張って飛んでみろー!」 「ほらほらチカちゃん、これ食べてー」 「ああもう、何でこのあたしがこんなガキ共の面倒を……あ、こら、やめなさい、鳥(ヒト)の羽をむしらないで、足を掴まないで、得体の知れない虫をモガガガガガガ」 (……たわむれるって言うか、玩(モテアソ)ばれてるような気もするけど) ともかく、あの鳥がティファニアが召喚した使い魔なのだろう。 「しかし召喚して間もないだろうに、もう喋ってるとは……なかなか優秀じゃないか?」 「あ、あの、えっと……」 「?」 賞賛の言葉を送るマチルダだったが、どうもティファニアの様子がおかしいことに気付く。 まるでバツが悪いというか、自分の手柄じゃないのに自分の手柄のように褒められていると言うか……。 「その……マチルダ姉さん、あの子は実はわたしの使い魔じゃないの」 「は?」 「ちょっとややこしいんだけど、わたしが使い魔として召喚した人が連れてた使い魔、じゃなくてファミリアで……」 「……どういう意味だい?」 一度聞いただけではよく分からないので、もう一度聞きなおす。 「えっとね? わたしが『サモン・サーヴァント』で呼び出したのは―――」 それに答えてティファニアが順序立てて説明を行おうとすると、 「戻りましたよ、ティファニア。……おや、お客様ですか?」 いきなりよく分からない男が、家の中に入ってきた。 (……何だ、この男?) 物腰と身にまとう空気からして『普通の人間』ではないことは分かる。 だが軍人ではない。訓練された人間ならば、どうしても身に付けてしまう『画一さ』がないからだ。 傭兵でもない。ああいう連中が放つ独特の空気というか、殺気がない。そもそも武器らしい武器を持っていない。 メイジでもない。マントも杖も『イザとなれば杖をいつでも取り出す』空気すらも見当たらない。 ―――では、何だと言うのか。 マチルダは杖に手を伸ばし、注意深く男を見ながら出方を窺う。 (ティファニアに何か怪しい真似を……指一本でも触れたら、その時は……) 即座にこの家の敷居をまたいだことを後悔させてやる―――と息巻いていたのだが。 「あ、おかえりなさい、シュウさん!」 「えっ?」 そのティファニアは嬉しそうに立ち上がり、ててて、と男の元へと駆けていった。 そして親しげに会話などを始めてしまう。 「『気になることがある』って言ってましたけど、どうだったんですか?」 「なかなか面白い人物に会うことが出来ましたよ。少なくとも無駄足ではありませんでした」 「ネオ・グランゾンは見つかって……ないです、よね?」 「『かくれみの』は、このような時には便利ですからね。このハルケギニアでは常に張っていなければならないのは、少々面倒ですが」 (うっ、ティファニアがあんな顔を……!?) これまでのマチルダの知識には無い表情を、ティファニアは見せていた。 ……何だかんだ言って、自分とティファニアとの付き合いは長い。 サウスゴータ地方の太守だった父(その名前も土地も剥奪されて久しいが)との繋がりで、アルビオン大公の娘だったこのティファニアと初めて会ってから……いや、本当にいつ出会ったのか覚えていないほど、昔からの付き合いなのである。 最初はエルフということで怖がりもしたが、誤解が解けてからは良い関係を気付くことが出来た。 幼なじみでもあり、妹代わりでもあり、ティファニアの母のエルフが殺害されてからは母親代わりでもあった。 だが。 今のティファニアの顔は、友人でも妹でも娘でも、孤児たちに見せるような姉でも母親でもない。ある時期から自分に対して向けるようになった『尊敬の眼差し』とも違う。 (『女の顔』……ってほどじゃないね。『恋する瞳』ってやつか) よく見ると顔は赤らんでいるし、態度もどこかソワソワと言うかモジモジしている。 (……………) これが普通の男(少なくとも自分の審査をパスしない限り許すつもりはないが)であったら、まあ微笑ましい目で見られるのだが……どうにもタイプが特殊すぎると言うか、何と言うか。 「私からの報告はこんなものですね。……では、そこの方に紹介していただけませんか。何やら私のことを警戒しているようですので」 「あ、はいっ」 男に言われて、ティファニアは少しはにかみながら紹介を始めた。 「この人は、私が『サモン・サーヴァント』で召喚したシュウ・シラカワさん。今は一緒に住んでるの」 「はあ!?」 一緒に住んでいる―――いや、それも確かに聞き逃せないが、それ以上に聞き逃せない言葉が出て来た。 (人間を召喚した、だって?) それは、あの少女と同じく――― 「で、この人はマチルダ・オブ・サウスゴータさん……って言うんですけど、今はその、貴族の名前を取り上げられちゃってて……」 「サウスゴータ……以前お話ししていただいた、太守の娘の方ですね。そう言えば、この家の生活費などを仕送りしてもらっているのでしたか」 「はい。わたしの恩人で、憧れの人です」 言ってくれるセリフは嬉しいのだが、いきなり色々な情報が出現しすぎて、マチルダの頭は混乱し始めていた。 夜もすっかり暮れて、もはや夜中と言える時間帯。 ユーゼスとギーシュは、ラ・ロシェールの入り口でルイズたちを待っていた。 「うーむ、しかしルイズと子爵は驚くだろうな! 何せとっくに置いてきたと思っていた僕たちが、先にラ・ロシェールに着いているんだから!」 ギーシュからはどう自慢してやろうか、という様子がありありと見て取れる。 「……言っておくが、私たちがここで御主人様たちを待っているのは、出迎えるためではないぞ」 「え!?」 そんなギーシュに、ユーゼスは釘を刺す。 「もし『どうやって移動した』と聞かれたら、お前は何と答えるつもりだ?」 「そ、それは……えーと、し、新種の幻獣で」 「ほう、その幻獣は今どこにいる?」 「こ、ここに」 指差した先には、白衣を着込んだ銀髪の男がいる。 「……『消す』ぞ、ギーシュ・ド・グラモン」 「ご、ごめん、何されるのかよく分からないが、ホントごめん。じょ、冗談だよ、冗談! わはははは!」 「……………」 「……すいません」 ふう、と溜息を吐くユーゼス。……どうもこの少年といると、溜息の回数が増える。 「私たちは、御主人様たちが到着した1時間ほど後に、改めてラ・ロシェールに入る。それならば怪しまれはすまい」 「移動方法は、どう説明するんだい?」 「それに関しては、口裏を合わせてもらおう」 そしてルイズとワルド、予想通りについて来たキュルケとタバサがラ・ロシェールに到着してから、きっかり1時間後。 「いやぁー、ようやく着いたよ!」 「なかなか面白い道のりだったな」 『只今到着したばかりです』という風を装って、ユーゼスとギーシュは『女神の杵』亭に顔を出した。 なぜ真っ先にこの宿に向かったかと言うと、『御主人様とミス・ツェルプストーは、とにかく見栄を張りたがる傾向があるからな。ワルド子爵とミス・タバサが反対しなければ、ここに行くはずだ』というユーゼスの意見を聞いたためである。 「……ヤケに早いわね。明日の夕方頃にならないと着かないんじゃないか、って話してたんだけど」 「私たちもそう思っていたのだがな。ちょうど魔法学院を出てすぐの辺りで、飛竜に乗った一団がいた」 「飛竜?」 「旅芸人……いや曲芸団とか言ってたね。町から町、国から国を流れて芸を披露していくそうだよ」 「ふーん?」 そんなのがいたんだ、と初めて得る知識に頷くルイズ。 「私が乗馬で四苦八苦している時に、ちょうどその一団の目に留まったらしくてな。事情を話したら、ここまで乗せて行ってくれた」 「え? ……それじゃ、お礼を言っておかないと! 使い魔がお世話になったのに、主人が礼の一つも言わないなんて……」 慌てて外に出ようとするルイズを、ユーゼスが止める。 「彼らなら、もう行ってしまったよ。何でも『東に向かう』とか言っていたが……」 「そう……。残念ね、その一団っていうのを見てみたかったんだけど」 と、そこでタバサが無表情にユーゼスに問いかける。 「竜酔いは?」 「酔い止めの水魔法とやらをかけてもらったのでな。何とか途中でリタイアせずに済んだ」 「……あれ、そんな魔法あったかしら?」 「一般には知られていないが、あのように長距離を渡る者の間ではポピュラーらしいぞ」 (……よくもまあ、ここまで嘘を並べられるものだなぁ……) 疑問を浮かべるキュルケに、これもまたサラリと存在しもしない魔法を語るユーゼス。そんな彼に、ギーシュは舌を巻いていた。 「道中、ミスタ・グラモンが竜を操る女性を口説こうともしていたな」 「……あっきれた。親切にも乗せてもらってるってのに。モンモランシーが聞いたら何て言うかしら?」 「なっ、バ、バラの存在の意味というのはだね……!」 いきなり話を振られたので慌てるギーシュ。だが、他の面々はそれを『モンモランシーに告げ口されることで慌てた』と解釈する。 そして100%嘘だらけの話をさも本当のように二人で語った後、明日の打ち合わせをし、『さすがに疲れたから、町の入り口のすぐ近くの宿を取ってしまった』と言い残して、その場を別れたのであった。 明けて、翌朝。 ユーゼスは、ギーシュとの相部屋をノックする音で目覚めた。 「……む?」 隣にいるひとまずの同居人は、熟睡しているようである。 ルームサービスか何かだろうか……などと考えながら、ドアを開ける。 「おはよう、使い魔君」 「……おはようございます」 そこにいたのは、ワルドであった。早朝だと言うのにバッチリと目が覚めているらしい。 「何か?」 この男がわざわざこんな所に来る理由が本当に分からなかったので、ユーゼスは短く質問した。 「君は伝説の使い魔、『ガンダールヴ』なんだろう?」 「………」 ワルドに対する警戒度合を高める。 どこからその情報を探り当てたのか。 なぜ、このタイミングでそれを聞く必要があるのか。 なぜ……『ガンダールヴなのかい?』という疑問系ではなく『ガンダールヴなのだろう?』という確認なのか。 そんなユーゼスの雰囲気を感じ取ったのか、ワルドは少し慌てて言葉を発する。 「その……あれだ。『土くれ』のフーケの一件で、僕は君に興味を抱いたのだ。昨日、グリフォンの上でルイズに聞いたが、君は『ハルケギニアではないどこか』からやって来たそうじゃないか。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」 「……御主人様には、私が『ガンダールヴ』だということを話した覚えはありませんが」 「……………いや、その特徴的なルーンから、魔法学院ではかなり初期から当たりをつけていたそうだよ?」 「魔法学院で当たりをつけた情報を、なぜあなたが掴んでいるのです?」 「ん、ああ、この任務に就くに当たって、事前に魔法学院の学院長と話をしていてね。そこから得たんだ」 「オールド・オスマン氏は『ガンダールヴを王室に知られてはいけない』と言っていましたが」 「いや、……トリステインの存亡に関わる事態だからね。戦力の把握は重要だろう? 私がどうしても、と頭を下げて頼んだんだよ」 「……………」 怪しい。 後から言いつくろった感が、かなり出ている。 そもそも見るからにプライドが高そうなこの男が『自分から頭を下げる』という光景を、どうにも想像が出来ない。 「と、ともかく、だ!」 ゴホンと咳払いをして、ユーゼスの追求を打ち切るワルド。 ますますユーゼスの疑念は膨らんでいく。 「僕は歴史と、強者に興味があってね。学院長に話を聞いたときに君に興味を抱き、すぐさま……魔法学院の図書館で、『ガンダールヴ』について調べたのさ。 ……伝説にうたわれたその実力、そして君が持つ知識。その実力がどの程度の物なのか、僕は知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 「お断りします」 ユーゼスは即答した。 「……おじけづいたのかい?」 挑発するような口調で言うワルドだったが、ユーゼスは構わず『戦わない理由』を言う。 「あなたのメイジとしてのクラスは?」 「スクウェアだ」 「……私はドットクラスのメイジと引き分ける程度の実力です。スクウェアのあなたに勝てるわけがないでしょう」 「何?」 思わず拍子抜けしたような声を出すワルド。 「それにあなたは……素人目に見ても、かなり鍛えられている。私はこのハルケギニアに来るまで、ほとんど戦闘の訓練も経験もゼロでした」 「……それでよく、ルイズを守れるね」 「御主人様は、私にそのような役割を期待していないようですから」 これは本当である。 フーケの一件以来、ルイズは自分と競うようにして知識をあさり始めた。しまいには『アンタとわたしが同じ量を勉強してたら、わたしがアンタに追いつけないでしょ!』とまで言われる始末。 ……どうにも本格的に『越えるべき壁』として認定されたようだ。 「いや、しかし―――そう、実力だ。任務を遂行するためには、仲間の実力を知っておく必要もある」 「ですから、ドットクラスのメイジと同程度だと……」 「まあまあ、実際の実力など戦ってみるまでは分かるまい! ともかくお互いの腕試しと行こうじゃないか!」 そうして、半ば強引にワルドと戦うことになってしまった。 朝食を済ませ、身支度を整え、『デルフリンガーだけ』を持って、かつて使われていたという練兵場に辿り着く。 ……『デルフリンガーだけ』という時点で、ユーゼスのモチベーションの低さは理解が出来るだろう。 「昔―――と言っても君には分からんだろうが、かのフィリップ三世の時代には、ここでよく貴族が決闘したものさ」 「はあ、そうですか」 「おおおおお……、よ、ようやく、ようやく俺を剣として使ってくれるんだな、兄ちゃん!? しかも貴族との決闘だって!? そんなここ一番に俺を使ってくれるなんて……!!」 「ああ、そうか」 ……ワルドとデルフリンガーは勝手に盛り上がっているが、ユーゼスのテンションは下がりっぱなしであった。ハッキリ言って、やる気が起きない。 「王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った、古き良き時代……。名誉と誇りをかけて、貴族たちは魔法を唱えあった。 でも、実際は下らないことで杖を抜きあったものさ。―――そう、例えば女を取りあったりね」 「はあ、そうですか」 「よ、よぉし、俺はやるぜ、兄ちゃん……いや、相棒! なあに、ちょいとくらい身体を動かすのが苦手だろうが、このデルフリンガー様がキッチリと手助けしてやるぜ!!」 「ああ、そうか」 なぜ、この連中はこれほどまでにモチベーションが高いのだろう……と本気で疑問に思い始めていると、 「……ワルド、来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」 物陰から、ルイズが現れた。 「彼の実力を、ちょっと試してみたくなってね。介添え人と言うか、見届けてもらいたい」 「もう、そんなバカなことは止めて。今は、そんなことをしている場合じゃないでしょう?」 「そうだね。でも、貴族というヤツは厄介でね。強いか弱いか……それが気になると、もうどうにもならなくなるのさ」 「いや、間違いなくあなたの方が強いと思いますが」 「……意外と、彼はその実力を隠しているのかも知れないしね」 ユーゼスの言葉をはねのけて、ワルドは決闘を開始しようとする。 「―――やめなさい、ユーゼス。これは命令よ?」 「了解した」 言うと、ユーゼスはデルフリンガーを鞘に仕舞って、宿屋に戻ろうとする。 「お、おい、相棒!?」 「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」 慌てて引き止めるワルドとデルフリンガー。 「せっかくの見せ場だってのに、ここで引き下がるのかよ!?」 「そのインテリジェンスソードの言う通りだ。君とてルイズに『弱い』と思われたままでは屈辱ではないかね?」 「いえ、別に」 「……だって、みんなそう思ってるものねぇ?」 『ユーゼス・ゴッツォが弱い』というのは、ラ・ロシェールにいるワルド以外のメンバーにとって、共通認識である。 今更それを覆そうなどという気は起きないし、そもそも覆し方が検討もつかない。 「……ええい、ならばルイズの婚約者として命じる! 私と戦いたまえ!!」 「?」 イライラした様子で、ワルドは強くそう言った。 「君は私と会った時に、『御主人様の婚約者とあらば、我が主人も同然』と言ったな!? いや言った、確かに言った!! ならば主人の命令を聞くのは当然!!」 「はあ」 その言葉に間違いはないので、取りあえず頷く。 「よし、その態度は了承と受け取る!! ならば戦おう!! いざ!!」 腰から杖を引き抜き、構えるワルド。 仕方がないので、自分もデルフリンガーをどうでもよさげに構える。 ルイズがなおもワルドに向かって抗議するが、ワルドは『下がっていてくれ』というばかりで取りあおうとしなかった。 (……手早く負けるか) 自分からそれなりに攻撃すれば、反撃を受けて負けられるだろう。 そう判断したユーゼスは、作戦も分析も思案も考察も過去の知識から照らし合わせることも、一切行わずに真正面からワルドに向かった。 そして馬鹿正直に縦一文字にデルフリンガーを振るい、ワルドは杖でその一撃を受け止める。 わずかに火花が散った直後、自分から後ろに下がってシュッ! と驚異的なスピードで杖を突いてくるワルド。 「ぐっ!」 数箇所ほど刺され、ダメージよって後ろに下がるユーゼス。 「……魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱えるだけじゃない。詠唱さえ、戦いに特化されている。 杖を構える仕草、突き出す動作……、杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」 ―――面白い話だったが、出来ればもっと穏やかな状況で聞きたかった。 その後、斬られて突かれて叩かれて殴られて蹴られて投げられて踏まれて、トドメに魔法で吹き飛ばされて、ユーゼスは積み上げられていたタルに激突した。 「……、っ、あ」 全身が、物凄く痛い。 そんな痛む身体とは別に、ユーゼスは冷静にワルドの行為を考える。 (…………なぜ、ここまで痛めつける必要がある?) これほどの実力者なら、最初に自分の攻撃を受けた時にその実力を見抜けそうなものである。 だと言うのに、まるで見せ付けるかのようにして自分に攻撃を重ねた。 (……婚約者に自分の実力をアピールでもしたかったのか?) それにしても、少々やり過ぎなような気もする。ただ実力を見せるだけならば、戦争中のアルビオンでその機会はいくらでもありそうなものだが。 「勝負あり、だ」 分かりきっていることを、もったいつけて宣言するワルド。 「分かっただろう、ルイズ? 彼では君を守れ―――」 「っ、ワルド!!」 ルイズに向けてユーゼスの無能ぶりをアピールしようとするワルドだったが、他でもないそのルイズの怒鳴り声によってそれは遮られた。 「……どうしたんだい、ルイズ? そりゃあ、使い魔を傷付けられて怒るのは分かるが」 「わたしはね、コイツが傷付こうがボロボロになろうが、別に構わないわ……」 かなり酷いことを言ってのけるルイズである。 「でも、わたしは昨日、グリフォンの上であなたに言ったわよね? 『わたしの目標は、ユーゼスにわたしの存在を認めさせて、“自分の 御主人様は立派な人で立派なメイジです”、って屈服させること』だって」 「ああ、だから本当にそれに値する人間か調べようと……」 「違うわ! わたしはね、わたし自身の力で、『人間として』、そして『メイジとして』コイツを屈服させたいのよ!! むやみやたらに痛めつけるんじゃなくて!!」 「……………」 その剣幕に、思わずワルドはたじろいだ。 「あなた自身も言ってたでしょう? コイツの本当の価値はね、知識や発想にあるの。それを……ユーゼス自身も拒否してたのに、あなたはムリヤリ……」 「……待ってくれ、ルイズ。どうやら誤解が……」 「しかも―――『わたしを守る』、ですって? 知識で……頭脳の面で言えば本当に尊敬が出来る人なのに、この上『わたしを守らせる』? 冗談じゃないわ!! 自分の身ぐらい、自分で守ってみせる!!」 「ル、ルイズ……」 「それとも何? わたしはこんな実力的に弱いヤツに守られなきゃいけないほど、弱く見えた? 乗馬も出来ない、飛竜に乗れば酔う、剣もほとんど振れない、こんなヤツに守ってもらうほど? ……これ以上ない侮辱だわ!!」 (―――私は褒められているのか、それともけなされているのか……) 嬉しいような惨めなような、複雑なユーゼスである。 そしてルイズはもう一度ワルドを睨みつけ、 「……行きましょう、ユーゼス。手を貸すわ。確か、近くに秘薬屋があったはずだから」 「く……っ、ああ、分かった」 痛む身体をルイズに支えてもらいながら、その場を後にする。 ―――小柄な少女の助けを借りると言うのは……なかなかプライドが痛む光景だったが、そんな何の得にもならないプライドなどユーゼスは持ち合わせていない。 「……なぜ、だ……」 後には、呆然とするワルドだけが残される。 「お、俺の……剣としての、俺の……」 なお、あるインテリジェンスソードは、鞘の中で自分のアイデンティティについて深く考え込んでいた。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6737.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 もはや馴染みになりつつある感覚の中を漂いながら、ルイズは夢を見る。 (……でも何て言うか、前触れなくやって来るから困るのよね、この夢……) いっそのこと、普通の劇場のように『上映日時』でも決めてくれないものか……などと思うが、さすがに夢にそこまでの柔軟さを求めるのは無理だろう。 (まあ、とにかく……) ルイズは用意された『舞台』を鑑賞し始める。どうせ見せられるのなら、じっくりと見た方が得だと思うからだ。 ……だが、今回は今までの物とは少々異なる点があった。 「お前はETFのメフィラス星人!」 「久し振りだな、ウルトラマン。君たちが光の国から地球へ戻って来なければ、こんな真似はしなかったのだが……」 十字架に磔にされている『光の巨人』たちと、それに対峙する『黒い異形』と『赤い異形』……確か名前はメフィラスとヤプール、だっただろうか。 いや、この際その名前はいいとして、問題はその登場人物である。 (仮面の男が、いない……?) 今までの夢には必ずあの男がいたはずなのに、今回に限ってその姿がない。 どういうことだろうか。 「地球のことはもう諦めるんだ!」 「それはこちらの台詞だ。……地球圏は銀河系の中でも封鎖された宙域。君たちM78星雲の宇宙警備隊や銀河連邦警察は、干渉を避けているはずではなかったのかね?」 しかしそんなルイズの疑問に構わず、登場人物たちはやり取りを続けていく。 「……地球人は若い種族だ。他星系と接触するのはまだ早い」 「彼らは愛と凶暴さを危ういバランスで両立させている種族だからな……」 (危ういバランス、って……) ……言い得て妙な表現かも知れないが、それをこんな人間とは似ても似つかない赤いトゲトゲだらけのヤツに言われたくない。 「だからこそ我々は地球人が銀河連邦の仲間入りを果たすその日まで、君たちのような侵略者から地球を守っているのだ」 「……我々を地球に追い詰めたのは君たちなのだぞ。この宇宙でETFにとって安息の地は、あの封鎖宙域しかない」 「ETFが惑星間規模での犯罪行為を行なわなければ何も問題はない!」 (う、うーん) 完全な水掛け論である。 この悪いヤツらは『光の巨人』に追い立てられたからチキュウとやらに来ざるを得なくて。 『光の巨人』は、この悪いヤツらを追いかけていって、結果としてチキュウにやって来た。 この場合……。 (悪いのはメフィラスとヤプール……って言うのは簡単だけど、こっちの『光の巨人』にも責任が全くないって訳じゃないし……) 悪いヤツには悪いヤツなりの理由がある。 それに納得が出来るかどうかはまた別問題だが、その理由にある程度の筋が通っていた場合、判断に物凄く困ってしまう。 ……などとルイズが思っていると、『舞台』の上のメフィラスとヤプールは更に言葉に続けた。 「犯罪? 違うね……我々は自らの意思や欲求に従っただけだ」 「それに何故、我々が宇宙の守護神を気取るウルトラ族や銀河連邦ごときの言いなりになる必要があるというのだ? この宇宙にはお前たちの作る秩序なぞ要らぬ。……必要なのは混沌だ」 (……やっぱり悪いヤツだわ、コイツら) 危うく真剣に考えそうになってしまった自分に腹が立つ。 要するにこの連中は、他人の迷惑を考えずに自分のやりたいことを好き放題にやった結果、『光の巨人』と……ギンガレンポウとやらに追い立てられたのだ。 だったら、同情する余地など全くない。 ここで、いきなり場面が変わった。 先程までは荒涼とした荒野のような場所だったのに、いきなりどこかの建物の中になったのだ。 そして登場人物も、『光の巨人』や異形たちではなく、普通の人間……と、片目を隠すデザインの妙な兜を被った男に変わった。 今回もまた『仮面の男』はいない。 「ハンターキラー! 宇宙刑事でありながら、銀河連邦警察を裏切り……俺の父さんをマクーに引き渡した男! 貴様が何度よみがえろうとも、父さんの遺志を継いだこの俺が……必ず倒す!!」 ……どうも、仇討ちの場面らしい。 話を聞く分には、一方的にこの『兜の男』が悪いようだが……。 「フン、青いな……ギャバン」 「何だと!?」 「お前は、銀河連邦警察の本性に気付いているのか?」 「どういうことだ!?」 (ま、また……?) ついさっきにせよ、この場面にせよ、どうも『悪人の言い分』を聞かせられている。 ……前の『力の使い方』のように、そういうコンセプトなのだろうか? 「ペガッサシティ爆破事件後、銀河連邦警察は地球圏への干渉を中止した……」 「……ああ」 「それが何を意味しているか……考えたことはあるか? 銀河連邦警察は地球圏を封鎖し……、そこに我々やETFの宇宙人共を閉じ込めるつもりなのだ!」 (? えっと……) チキュウとかチキュウ圏、というのはおそらくハルケギニアではない『別の地方』、例えばロバ・アル・カリイエみたいなものだろう。 しかし、『そこに閉じ込める』とはどういうことだろうか? そのようにしてルイズが『舞台』の中のセリフに疑問を抱いていると、『兜の男』は補足するように解説してくれた。 「奴等は地球圏を救う気など無い。 それどころか……地球圏を巨大な牢獄に仕立て上げ、地球人を犠牲にすることで宇宙の平和を保とうと目論んでいる。 奴らは『正義』という大義名分を振りかざし、自分たちの都合を押し付けているだけだ!」 つまり、犯罪者をまとめてチキュウ一帯に押し込めて、そこから出さないようにするということか。 (……何よ、それ) それじゃあ、そこに元々住んでいる人間たちは犯罪者に蹂躙されてしまうではないか。 確かに理には適っているかも知れないが……。 「それに、お前の父ボイサーが命をかけて守り抜いた、ホシノスペースカノンを量産し……その力で、他の星を支配する気だ。 所詮、奴らも『正義』という名の暴力を振りかざす組織に過ぎん!!」 『正義』という名の暴力と、大義名分を振りかざす。 それは、自分のいるハルケギニアでも日常のように行われていることだった。 ……いや、もしかすればトリステインだって、『正義』の名の元に他国を侵略することもあるかも知れない。 (……………) 思考の淵に沈みかけるルイズ。 だが……。 「……分かっていたさ」 『兜の男』が原因で父を殺された……と言った男は、それを承知した上で啖呵を切る。 「だが、そんな組織の中にも……コム長官のように、陰ながら支援してくれる人もいる。 ……だから、たとえ銀河連邦警察が手を引こうと……たとえ戦いの中で、傷つき、力尽きて倒れることになろうと……俺は……この地球を見捨てはしない! 母さんが生まれ、父さんが愛したこの星を……共に戦った仲間のいる地球を、必ず……必ず守ってみせる!!」 またいきなり場面が変わる。 今度は……何だろう、巨大な顔が壁にめり込んでいるようなバケモノが、白銀、赤、青の鎧を着込んだ三人の男と、そして一人だけ趣の異なる赤い服を着込んだ男と会話をしていた。 相変わらずと言うか何と言うか、やはり『仮面の男』は見当たらない。 「人間……特に地球人は、心の中に強力な悪意を持っておる……」 「そんなことはない!!」 「愚かな……。その証拠に、この星には悪がはびこっているではないか。 ダークのプロフェッサー・ギルしかり、ネロスの桐原剛造しかり……奴らは、自分の心の解放に成功した者たちだ」 ルイズの脳裏に、豹変したワルドと乱心したアンリエッタの姿がよぎる。 ……いや、アンリエッタを『そのカテゴリー』に分類するのは早計だとは思うのだが、最近に起こったことでもあるし、『心の移ろいやすさ』という観点からすれば……まあ、事例の一つではあるだろう。 「我がフーマが、不思議ソングによって悪を植え付けなくとも……この星は悪に染まっておる。悪の美しさに彩られておる。 何故、お前たちは自分の心に対して素直になれんのだ? 何故、心を抑圧する必要があるのだ?」 これはチキュウという場所の話だ。 ハルケギニアとは、何の関係もない。 だが……かと言ってハルケギニアが悪に染まっていない、ということにはならない。 ……果たして、自分の住んでいる世界は……どうなのだろうか? 「銀河連邦警察は、地球人を悪とみなし地球圏の封鎖を決定した……。お前たちは、銀河の同胞から見捨てられたのだ。 だが、我がフーマは違う。お前たちを悪の同胞として迎えてやる」 『顔のバケモノ』は、笑いながら悪への誘惑を行う。 「さあ……己の本質を……悪を素直に認めるのだ……」 「違う!!」 しかし青い鎧を身にまとう男は、その誘惑をキッパリと跳ね除けた。 「自分の中の悪を認めることは……確かに辛いことだ。 だが、それが全てではない! 人を思いやる心や、愛……そんな素晴らしい物を、みんな心の中に持っているんだ! 悪に流された者は……自分自身に負けた者たちだ!」 (……………) そう、確かに人間の心は悪だけで出来ているわけではない。 それくらいは、ルイズにも分かる。 「……だが悪に負けないということは、正しく強く自分の心を持つこと……それは孤独で辛い戦いだ……」 …………分かってはいるが、同時に悪に流される者がいるのも事実。 それを否定することは出来ない。 「お前たちは、そんな人の心の弱さを利用しているだけに過ぎない! そんな力なく弱い人々の為にも、俺たちは、お前たちに負けはしない!! クビライ! 貴様を、倒す!!」 そして鎧を着込んだ男たちと『顔のバケモノ』の戦いが始まる……。 ……と思ったら、また場面が転換した。 今度は、数人の男女と……妙に顔がシワクチャの、変な鎧兜を着ている老人のような人物が対峙している。 『仮面の男』は、いない。 「これ以上悲しい戦闘ロボットを造り出さないために……地球の平和と未来を守るために……僕はお前を倒す!!」 「愚かな……。人造人間こそ次世代の地球を担う存在だというのが分からぬか? か弱い人間に取って代わる存在だというのが分からぬか?」 「何だと!?」 ジンゾウニンゲン、というのが何のことなのかルイズにはよく分からないが、会話の内容からすると『人間とは違うもの』のようである。 「脆弱な肉体を持ち、感情に左右され、つまらぬ争いを繰り返す生き物なぞ……この星には必要ないのだ。 お前たちも知っておろう……。この地球は様々な敵に狙われておる。宇宙人、怪獣、超科学兵器……それらの脅威に対して人間はあまりにも無力だ」 (な、何だかやたらと危ない場所みたいね、チキュウってところは……) よくそんな危険なところで生活が出来るなぁ、とそのチキュウ人とやらに対して変な感心を抱いてしまうルイズ。 しかし『様々な敵に狙われている』ということよりも、ルイズの心を掴んだのはその前のセリフだった。 ……感情に左右され、つまらない争いを繰り返す生き物。 どうにも……いわゆる『悪』と呼ばれている人間たちの言葉は、自分の心を揺さぶってくる。 「人間では第三の敵からこの地球を守ることは出来ぬ。不死身の身体を持ち、永遠の帝国・ネロスを支配する余こそが地球の守護神となり得るのだ!!」 だからと言って、この傲慢さは受け入れられる物ではないが……。 「不老不死の身体と揺るぎのない精神を持つ人造人間たちよ……余の傘下にくだれ。そして余と共にこの地球を支配しようではないか」 先程の『顔のバケモノ』と同じように、敵である者たちを引き入れようとする『鎧を着たシワクチャ』。 しかしこれもまた先程と同じく、彼の敵たちはその勧誘を拒絶した。 「断る! 古賀博士はそんなことのために僕を……超人機を造ったんじゃない!」 「そうだ。光明寺博士も弱き人々を悪の手から守るために、俺やイチロー兄さんを造った!」 『鎧を着たシワクチャ』は、そんなジンゾウニンゲンたちの主張を一笑に付す。 「笑止! 人間共がお前たちをどんな目で見ていたか忘れたのか? 人外の力を持つお前たちを恐れ……時には敵視し、あまつさえ戦いの道具として利用する! お前たちは兵器として人間共に使役されているだけなのだ。その証拠に人間共はお前たちだけをこのゴーストバンクへよこしたではないか!!」 (兵器、として……) ルイズの心に影が差す。 自分の『虚無』……いや、それを扱う自分自身とて、そう扱われる可能性は高い。 自分が今抱えている問題と照らし合わせながら、ルイズは悩み始め……。 「違う!」 しかしその自分の悩みを消し飛ばそうとでもするかのように、ジンゾウニンゲンたちは叫ぶ。 「僕たちのことを理解し、同じ人間として認めてくれる人たちもいる!」 「そんな人たちを守るために、俺たちは戦っているんだ!!」 だが『鎧を着たシワクチャ』は低く笑いながら、彼らを馬鹿にするような口調でこう言った。 「クッ、ククク……そうか。だが、お前たちはいずれ人間の本性を知ることになるだろう。憎しみ、妬み、残忍さで彩られた人間のあさましい本性をな……」 「……むにゃ」 夢から覚める。 「…………?」 ルイズがまず最初に思ったのは、今の夢にいつもの『仮面の男』が出ていないことについてだった。 「別にいないからどうしたってワケでもないんだけど……」 気になることは、気になるのである。 「う~ん……」 取りあえずの仮説くらいは、すぐに立てられた。 これまでの夢の内容からすると、あの仮面の男は(理屈はよく分からないが)時間とか空間をあっちこっちに行き来したりすることが可能らしい。 とすると、もしかしたら今の夢は『仮面の男は直接には関わっていないが、仮面の男が見ていた光景』であるとも考えられる。 まあ、ほとんどこじつけに近い理屈だが。 「……でも、それでどうして、そんな光景をわたしが見ちゃうのかしら……?」 最大の疑問は、そこだ。 あの夢の意味。 ……最初はそうでもなかったが、回を重ねるごとに少しずつメッセージ性が強くなっている。 しかも微妙に今の自分が置かれた状況と関わりのある内容だ。 「……………」 ルイズは上半身を起こし、自分の机の上に置かれている手紙に目をやった。 つい先日に伝書フクロウが運んできたその手紙には、物凄く大まかに言うとこのようなことが書かれている。 『近々行われる予定のアルビオン侵攻作戦に当たり、従軍せよ』。 差出人はもちろん、アンリエッタである。 実際には挨拶や『これは極秘事項であって絶対に他言してはならない』などという前置きが書かれており、加えてもう少し柔らかく諭すような言い方なのだが、要約するとそうなるのだ。 「……………」 祖国の……トリステインのためを思うのなら、一も二もなく了承して、帰郷のついでに両親に従軍への許可を貰うべきである。 だが、ルイズは了承が出来なかった。 ……正確に言うと、その場での即座の了承が出来なかった。 『取りあえず考える時間をください』と書いた返事の手紙をしたため、伝書フクロウに持たせて帰させたのだ。 その返事に書いた回答の期限は、この夏期休暇が終わるまで。 それまでに、従軍するかしないかを決めてアンリエッタに報告しなければならない。 「はあ……」 溜息をつく。 アンリエッタの思惑は分かっている。 自分の『虚無』を戦場に投入して、あのタルブでの光景を再現させたいのだ。 当然と言えば、当然の考えだろう。 しかしそのような力の使い方は……ハッキリ言って『自分の望む力の使い方』ではない。 いや、アルビオンだけに向けられるのならまだ良いが、この自分の力がゲルマニアやガリアなどの他の国に向けられない保証などどこにもない。 自分が兵器扱いされることを、果たして自分は許容が出来るのだろうか? 出来るわけがない。 ……いや、そこに正当性や深い理由があれば話は別だが、少なくとも一方的に『使え』と命令されただけで使う気などはない。 「……………」 この問題ばかりは自分の使い魔であるユーゼスにも相談してみたのだが、その回答は……。 ―――「お前の出した結論には従うが、最終的にその結論を出すのはあくまでお前だろう。自分で考えることだ」――― という、にべもない物であった。 「それは確かにその通りだけど、せめて少しくらいアドバイスとかくれたっていいじゃないの……」 そのユーゼスは今、三日ほど休暇を貰ってアルビオンのシュウの所に行っている。 ルイズとしてもこの問題をしばらく一人で考えたくあったので、許可を出したのだ。 そしてユーゼスが戻った直後に、自分たちはそのままラ・ヴァリエールの領地に向かう予定となっていた。 「やっぱり、父さまにもお話を伺った方が良いのかしら……」 とにかく、時間は有限だ。 従軍するにせよ、しないにせよ、いずれ近い内に結論は出さなくてはならない。 出さなくてはならないのだが……。 「うぅ~……」 どうしても、夢の内容が頭をよぎる。 何でこんなタイミングで、あんな夢を見てしまうのだろう。 『悪』と呼ばれたそれぞれの存在たちは、口々に『人間の本質は悪だ』と言っていた。 ……一理ある、と思う。 チキュウとやらだけではなく、このハルケギニアでもそうだ。 各地ではほとんど絶え間なく戦争が起こり、表には出て来ないしルイズも直接見たわけではないが……人身売買まがいのやり取りが平気で行われ、ささいなことで傷付け合い、殺し合う。 夢の中の登場人物の一人は、『彼らは若い種族だ』と擁護した。 また別の登場人物は、『それでも自分はチキュウを守る』と言い切った。 また別の登場人物は、『素晴らしい物を、みんな心の中に持っている』と語った。 また別の登場人物は、『自分たち理解してくれる人たちを守るために戦う』と断言した。 ―――自分では、あそこまでキッパリと言うことは出来ない。 それだけでも彼らは、凄いと思える。 「でも、それじゃわたしは……」 自分は、どう結論を出せばいいのか。 彼らにならって『人間の中にも良い人は沢山いる』とでも言って、自分が『悪』と判断した者を倒すのか? 何の感情も思考も差し挟まず、ただ人形のようにアンリエッタに従い、敵を屠るのか? それとも……逆に『人間など下らない』と断じて、この国を見捨てるのか? 「……ああ、もう……!」 どうにも判断がつかない。 善と悪。 強さと弱さ。 美しさと醜さ。 人間は、一体……どちらが本当なんだろうか? そして。 「わたしは……どうすればいいんだろう」 従軍するか、しないか。 ……おそらくは、ここが大きな分かれ道になるはずだ。 アルビオンの首都、ロンディニウムから南に約三百リーグほど離れた地点に、ロサイスという港町がある。 通常であればトリステインの港町であるラ・ロシェールなどとの交易によって、かなり賑わっているはずの町なのだが、戦争気運が高まっている現在の情勢では、その賑わいも鳴りを潜めていた。 とは言え、都市機能が完全にストップしているわけではない。 観光客は激減したが、元々その地で暮らしている人間たちの生活は続いているし、町にある様々な店も営業中である。 ……その営業している店の一つの、とある宿屋にて。 ユーゼス・ゴッツォとシュウ・シラカワが対面していた。 「…………お前の滞在している村とやらに行く予定が、何故ロサイスの宿屋になるのだ?」 「申し訳ありません。あなたが来ることを話したら、同居人の一人が猛反対してしまいまして」 物凄い剣幕で『不用意にティファニアの近くに人間を招くなんて、何考えてるんだい!!』と自分に詰め寄ってくる緑髪の女性と、『ね、姉さん、落ち着いて~!』とその女性をなだめるハーフエルフの少女を思い出し、苦笑するシュウ。 ……ユーゼスがティファニアを見てどうこうするとも思えないが、マチルダがあれだけ反対している以上、無理に連れてくることも出来ないだろう。 というわけでユーゼスとシュウの落ち合う場所は、急遽ウェストウッド村からロサイスになったのである。 「そう言えば、ビートルはどこに隠しました? あれだけの大きさです。私のように『かくれみの』でも使えない限り、そうそう都合のいい隠し場所があるとも思えませんが……」 「……心配するな、『誰にも見つからない場所』に隠してある」 「『誰にも見つからない場所』……? ああ、成程。まったく、便利な能力ですねぇ」 ちなみにこのロサイスまでの移動手段については、普通に(ハルケギニアの感覚からすれば『普通』でもないが)ジェットビートルを使っていた。 本来ならば空間転移を使って一瞬で移動したかったのだが、ユーゼス以外に扱えないとは言え、色々な意味でジェットビートルは目立ちすぎている。 アレを魔法学院近くの広場などに置きっ放しにしていると、 『ユーゼスはアルビオンに行ったそうだが、ビートルはあそこにあるぞ』 『じゃあユーゼスはどうやって移動したんだ?』 『そもそも本当にアルビオンに行ったのか?』 『アイツは何を隠しているんだ』 ……などということになりかねない。 よって、ビートルで移動せざるを得なかったのだ。 なお、シュウに話した『隠し場所』だが……。 (……さすがに『私の空間』に隠しておくのはやり過ぎかとも思うが、下手に人目に晒すわけにも行かんからな……) ユーゼスは、自分が創り出した空間にジェットビートルを押し込めたのである。 かつてガイアセイバーズとの決戦の時にユーゼスが創造した世界。 亜空間、異次元空間、簡易的な並行宇宙……呼び方は様々だが、少なくとも通常空間ではない。 本来ならばそのような世界を創り出したり、クロスゲートを開いたりするためには様々な条件が必要なのだが、このハルケギニアは次元交錯線が極度に不安定な上に、時間軸と空間軸が複雑に絡み合っている。 つまり、やたらとゲートが開きやすくなっているのだ。 そこに付け込みさえすれば、今の不完全なクロスゲート・パラダイム・システムでもかなりのことが出来る。 ……もっとも、本格的に因果律を操作する気などユーゼスには無い。 せいぜい創った空間を物置の代わりに使う程度である。 ある意味では『能力の盛大な無駄遣い』と言えるだろう。 「……私はお前と雑談をするためにここまで来たのではない。早速、話に移らせてもらうぞ」 「ええ。何をするにも、情報の整理は必須ですからね」 ともあれ二人はそれぞれの目的を果たすために、話し合いを開始した。 トリステインの首都、トリスタニアの西の端にある魔法研究所……通称アカデミー。 高くそびえるその塔の四階に、エレオノールの研究室がある。 「……………」 飾り気のほとんどない研究室の中で、エレオノールは書類仕事に打ち込んでいた。 彼女の専攻は土魔法……『美しい聖像を作るための研究』なのだが、王立魔法研究所の主席研究員ともなればそれだけに専念しているわけにもいかない。 特に、ここ最近は(許可は取っていたとは言え)個人的な事情から魔法学院に出向しっぱなしだったので、様々な仕事が溜まりまくっていたのであった。 「……ふう」 ペンを置いて、息をつく。 考えるべきことは、山ほどあった。 迫りつつあるアルビオンとの戦い。 妹の得た力、『虚無』。 王宮の今後の動向。 実家はどう動くのか。 そして……ユーゼス・ゴッツォのこと。 特に妹の『虚無』がアルビオンとの戦いにおいてどのように使われるのかは、最大の懸念事項である。 妹もまさか自分から『戦場に行きたい』などと言うほど愚かでもないだろうが、王宮からゴリ押しでもされたら拒否のしようがない。 あるいは……人質でも取られて脅迫される、とか。 「有り得なくはないから、困るのよね……」 しかしその場合、人質候補になるのは自分なのだろうか。 ……いや、脅迫とは実際にそれを行う必要などない。 『それをやるぞ』と少しほのめかすだけで、立派に効果を発揮出来るのだ。 「まあ、ここで私がアレコレ考えても、どうにもならないんだけど……」 そのような政治方面は、主に父であるヴァリエール公爵の領分である。 ……確か、今の魔法学院は夏期休暇で、近々ルイズは実家に帰省するとか言っていたか。 せっかくだから、自分も帰ってそのあたりを家族でよく話し合ってみよう。 ルイズが帰って来るということは、その使い魔であるユーゼスも一緒にヴァリエール領に来るということだから、ユーゼスともルイズの今後について話し合おう。 いや、待てよ。 魔法学院の夏期休暇は、確か二ヵ月半ほど。 その期間中、ユーゼスはずっとヴァリエール領にいるわけである。 だったらその間、ヴァリエール家の長女たる自分は、ユーゼスと一緒にいても何も問題がないのではなかろうか? まあ、さすがにアカデミーの仕事もあるし、四六時中一緒にいるわけにはいかないが。 しかし、二ヵ月半。 これは長い。かなり長い。 これだけあれば、男女の仲などどう転がったっておかしくはない。 二人きりになったり、急接近したり、良いムードになったりすることだって一度や二度や三度じゃないだろう。 「……いや、別にそういうことになって欲しいわけじゃないのよ、うん。ただ……可能性、そう、可能性の話なの。あくまで『そうなるかも』って可能性。 それに、私は別にユーゼスのことが……す、好きってわけでも、何でもないんだから。向こうはどうだか……知らないけど」 誰が聞いているわけでもないのに、わざわざ声にまで出してそう自分に言い聞かせつつ、脳内で二ヵ月半という時間を活用したアレコレを練り始めるエレオノール。 「そうね……まずはダンスの手ほどきくらいはしてあげなくちゃ。あとはエスコートの仕方ね。それと、たまには二人でトリスタニアまで遊びに行ったりして……」 もはや自分の思考が完全に脇道に逸れていることにも気付いていない。 「せ、せっかくだから、私の部屋に通しても……い、いえ、駄目よ、いきなり男性を自分の部屋に連れ込むなんて、レディのすることではないわ!! ……でも、彼がどうしてもって言うんなら……」 そして椅子に座ったままで身体を微妙にくねらせながら、エレオノールは色々と突っ走り始める。 「ああ、いけないわ、ユーゼス! そういうことは結婚するまで……いえ、結婚しても三ヶ月は駄目なんだから! ああ、でも、そんな強引に迫られたりしたら、私……!」 冷静に考えてみれば、今エレオノールの頭の中で行っているようなことをユーゼスがするわけがないのだが、妄想が少しばかり暴走しているエレオノールはそれに気付かない。 そしてそのまま約5分ほどが経過し……。 「……はっ!?」 脳内劇場が『末の妹と誠心誠意話し合った結果、ユーゼスを助手兼召使いとして正式に譲り受けた』という場面になって、ようやくエレオノールは正気に戻った。 「い、いけないいけない。つい考え込みすぎてしまったわ……」 そしてアカデミーの主席研究員は、気を取り直して思考を元に戻す。 「ま、まあともかく、今後のことは今後に考えるとして……」 今は取りあえず、仕事である。 差し当たって書類の片付けと、もう一つの仕事……『最近になって新しく発見された鉱石の分析』を行わなくてはならない。 「『鉱石の分析』、ねぇ……」 まあ、自分の研究のメインテーマは『美しい聖像を作ること』なのだから、その原料になる可能性を考慮して、様々な物質の特性を把握しておく必要はある。 その繋がりで、『物質の分析』もまた自分の領域ではある。 「ここ数ヶ月の間に、アルビオンやロマリアの各地で見つかった鉱石……」 エレオノールは箱の中に仕舞われていたそれを開封する。 出て来たのは、『青い鉱石』と『赤い鉱石』である。 エレオノールはその二つをそれぞれ直接左右の手に取って、まじまじと観察を始めた。 色は、透き通るような青と赤。 サファイアやルビーよりは、どちらかと言うと水晶に近い色合いをしている。 一応『ディテクト・マジック』をかけてみたところ、この二つの鉱石は同じ性質を有しているらしいことが分かった。 また、風石や土石のように魔法力に近い物が込められていることも分かったのだが、その『込められている力』の正体が何であるのかは分からない。 よって、その力を引き出す方法もよく分からない。……と言うより、燃料として使用が出来るのかどうかすら分からない。 産出された土地についての情報も目を通してみたが、これが本当に『各地』に……山の中、洞窟の中、平原、荒野、果ては建築物の中からも発見された例があり、どのようにして産出されるかの手掛かりすら分からない。 「うーん……」 このように分からないことだらけの『青い鉱石』と『赤い鉱石』ではあるが、もう一つだけ分かっていることがあった。 硬いのである。 それはもう、考え付くだけのあらゆる手段を用いてもヒビ一つ入らず、スクウェアクラスの土メイジが『錬金』をかけてみても何の変化も起きないほどに。 「何なのかしらね、これ……」 カンカン、と二つの鉱石を打ち合わせてみるが、それでどうなるわけでもなかった。 ……ともかく、仕事として渡されたからには何らかの結果は残さなければなるまい。 「さて、と」 よく分からないモノを理解するための第一歩は、まずはジッと観察してみることだ。 そうすることによって他の人間では気付かなかったことに気付くかも知れないし、またパッと見ただけでは気付かなかったことに気付くかも知れない。 よって、エレオノールは『青い鉱石』と『赤い鉱石』を手に取り、それらから発せられる奇妙な輝きに意識を集中し……。 (あ……れ……?) それを見ている内に、何だか。 (…………ぁ…………) 意識が遠く、なって……。 コンコン、と木材を叩く音が部屋に響いた。 「!」 その音でエレオノールは我に返る。 「私、何を……?」 ふと手元を見れば、詳細を調べるように言われた『青い鉱石』と『赤い鉱石』がある。 それをじっくりと観察しようとした所までは記憶があるのだが、それ以降の記憶がない。 「おかしいわね……」 『青い鉱石』と『赤い鉱石』は、相変わらず奇妙な輝きを放ち続けている。 まさか……自分の意識が遠くなったのは、この二つの鉱石のせいなのだろうか? 「…………っ!」 反射的に『青い鉱石』と『赤い鉱石』から手を離すエレオノール。 ……一度そう思ってしまうと、今自分が手に持っているこの得体の知れない物質が、とてつもなく危険なものに思えてきてしまった。 「って、研究者にあるまじき考えね……」 何でもそうだが、余計な先入観は『正しい結果』を導くための最大の障害となる。 まあ、『そのような可能性がある』程度に留意しておくのが無難なところだろう。 と、そこまで考えたところで、再びコンコン、と木材を叩く……ノックの音が響く。 「……ミス・ヴァリエール? いらっしゃらないのですか?」 「あ、待って。すぐに出るわ」 どうやら来客のようだ。 エレオノールは頭をブンブンと振って意識をハッキリさせると、その来客を迎えるべくドアへと向かった。 「あ、どうも。いつもの方からのお届け物ですよ」 「いつもの方? ……ああ、ユーゼスね」 そのやり取りで、そろそろユーゼスからレポートが送られてくる頃だったことを思い出す。 二人の魔法に関するレポートのやり取りは、まだ続いているのだ。 そしてエレオノールは封に包まれたレポートを受け取り、運んできたアカデミーの事務員に礼を言うと、あらためて椅子に座り直した。 「えーと……。今回のテーマは何だったかしら」 丁寧な手つきで封を開けながら、何について書かれているのかを思い出す。 しかし思い出すまでもなく、そのテーマは開封された包みの中から自分の目の中に飛び込んできた。 ―――提供された『患者』の情報から判断を行った、個人的な見立て――― 「……………」 思わず手が止まる。 そう言えばラグドリアン湖での一件が終わった後に、色々な情報をユーゼスに渡して上の妹の『病状の把握』を依頼していたのだった。 どのような結果が書かれているのか……不安ではあるが、期待もある。 「……取りあえず、読んでみないことには始まらないわね……」 恐る恐る、ページをめくる。 最初の但し書きに『私は専門の水メイジでも医者でもなく、また直接その“患者”を見てもいないので推察が多くなる』と書かれているが、それは承知の上だ。 そしてエレオノールは長々とユーゼスの筆跡で書かれたそのレポートを熟読し……。 結論の部分に差し掛かった所で、動きをピタリと止め。 その部分を何度も何度も読み返し。 どうやら自分が初見で捉えた意味以外に、解釈のしようがない……と、納得が行かないまでも辛うじて理解すると。 自分が読んでいたレポートを、感情に任せて机に叩き付けた。 ―――そのレポートの結論部分には、こう記述されている。 他に良い例えが思い浮かばないので、建築物に例えてみる。 建築物を建てるには、まず設計図を描き、それを元にしてしかるべき土地に土台を作る。 続いてその土台を軸として、建築物の骨組みを作る。 そして骨組みを文字通り骨子として、壁や屋根などを作るという手順になっている。 しかし、この家が何らかの事情によって破損なり老朽化なり劣化なりした場合、その部分を継ぎ足す、作り変える、外から支えるなどして『補修』を行う。 これが『通常の治療』である。 しかし、この『患者』の場合は根本となる『土地』か、あるいは『設計図』に致命的なミスがあると思われる。 治療すべき箇所を治療すれば、それに呼応するかのように別の部分が警鐘を鳴らす。……通常の疾病であれば、まずこのような事態にはならない。 この『患者』は、バランスを取ろうとして問題があると思われる部分の重量を増減などしても、結果的にバランスが取れずに揺れ続けている状態に等しい。 『建築物』自体をいくら補修しても、不安定な揺れは治まらない。ならば『土地』自体か『設計図』に欠陥があると見るのが妥当だ。 なお、その対応策として『土地』に杭を打ち込んで強引に地盤を強化させる、という手段もある。 しかし、それでは表面的にはしっかりしたように見えても、確実にその『土地』の寿命は削られるだろう。 『崩壊』までのカウントが目減りするだけだ。 また、提供されたそれぞれの情報から判断するに、この『患者』の残りの寿命を大まかに算出した場合。 もっとも、これは『安静にしていた場合』の話で、肉体的・精神的な負担が重なれば寿命は更に縮まる可能性が非常に高いが、この場では端的な結論のみを記述する。 私の見立てでは、短くて1年。 どんなに長くても、あと5年以内にこの『患者』は確実に死ぬ。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6499.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ルイズとミス・ロングビルが惚れ薬を飲んでしまった翌日の夕方。 「解除薬が作れない、ですってぇ!!?」 「す、すいませぇん……」 その惚れ薬の製作者であるモンモランシーは、エレオノールに怒鳴られていた。 「どういうことよ!?」 「それが、その……解除薬の調合に必要な秘薬の『水の精霊の涙』が、売り切れで……」 「っ………、…っ」 エレオノールは昨晩ベッドの中で『眠れない夜』を過ごしたため、目の下にクマを作って明らかに寝不足な状態であった。 何せユーゼスが目覚めて最初に目にした光景が、『どんよりした目で自分を見るエレオノール』だったほどなのである。徹夜をしたと言ってもいいだろう。 モンモランシーの作った『眠気覚まし用ポーション』で一時しのぎはしているが、それも所詮は気休めに過ぎない。眠気は隙あらば襲って来ようとしている。 そんな寝不足な状態でいきなり頭に血が上ったせいか、エレオノールはクラリとめまいに襲われた。しかし頭をブンブンと振って強制的に意識をハッキリさせると、モンモランシーへの詰問を再開する。 「くっ……、……次に手に入るのはいつなの?」 「ラグドリアン湖に住んでる水の精霊と接触が出来なくなったみたいですから……、多分もう、絶望的なんじゃ……?」 「何ですってぇ!!?」 「……少し冷静になれ、ミス・ヴァリエール」 激昂したエレオノールがモンモランシーの胸倉を掴もうとしたが、後ろで話を聞いていたユーゼスがエレオノールに声をかけてそれを制止する。 「お前は確かに優秀ではあるが、感情のコントロールが不得手なのが最大の欠点だな」 「あなたは感情をコントロールしすぎよ!」 「そうか? 自分ではかなり苦手な方だと思っているのだが」 「あなたが感情的になってるところなんて、今まで見せたことないじゃないの!」 「……むぅ~……」 感情の薄い銀髪の男性と、感情むき出しの金髪の女性のそんなやり取りを見て、カヤの外に置かれた桃髪の少女は不満そうに頬を膨らませた。 「ユーゼスは、やっぱりエレオノール姉さまの方がいいの? わたしより姉さまと一緒にいたいの?」 「む?」 不安そうな顔で自分の使い魔を見上げるルイズ。 ユーゼスはその問いかけに『ふむ』、と頷いてしばらく考え込んだ後、 「……そうだな、少なくとも今の御主人様よりは『共にいたい』と思うが」 サラリとそんなことを口走った。 「!」 「…………!!!」 その言葉に、ヴァリエール姉妹は過敏に反応する。 「うぅぅぅううう~~……!」 「なっ、ななな、いきなり何を言ってんのよ、あなたは!!」 ルイズは涙目でポカポカとユーゼスの背中を叩き、エレオノールは強めに一度だけバシンとユーゼスの頭を叩いた。変なところで似ている姉妹である。 ……ちなみに他の面々は、と言うと……。 「何とまあ、臆面もなくあんなセリフを言うとは……」 「うーむ、アレは狙って言っているのだろうか……。それとも何も考えていないのか……」 「あたしは『何も考えていない』だと思いますけどねぇ。『朴念仁』って言葉が服着て歩いてるようなあの男が、意識してあんな言葉を言えるワケありません。 ……大体、狙って言ってるとしたら相当な恋愛巧者ですよ、アレ」 「やはり君もそう思うかね、鳥くん。……だが、『下手に言葉を並べ立てるよりも、単純な一言の方が女性の心を打つこともある』というのは意外に真理かもしれないな……」 「あたしの名前は『鳥』じゃなくてチカです。……まああたしも昨日悟ったんですけど、回りくどいやり方よりはそっちの方が効果的なこともあるっぽいんですよねぇ。 特にエレオノールさんとか、ルイズさんとか、それと貴族のボンボンさんのお相手のお嬢さんみたいな、『素直じゃなくて少々ひねくれてる方』には」 「僕は『貴族のボンボン』じゃなくてギーシュだ。あとモンモランシーはひねくれてないぞ、多分。……しかし『女性を口説く時には最大限の言葉を尽くす』というのが僕のポリシーであって……」 「……そんな風に『他の女性を口説くこと前提』で話を進めてるようだから、彼女の愛想が尽きかけてんじゃないですか?」 「何気に失礼なヤツだな、君は!」 ギーシュとチカのコンビは、ユーゼスたちをダシに親交を深めており。 「ほう……。一段階クラスが異なるだけで、随分と可能な範囲が異なるようですね……」 「あぁん、シュウ様ぁ~♪」 シュウはユーゼスが製作したレポート(エレオノールの添削つき)を次から次に読みふけり、ミス・ロングビルはウットリしながらそんなシュウに張り付いていた。 ……なお、ミス・ロングビルはその本名が知れ渡ってしまうとかなり問題になってしまうため、魔法学院内においてシュウと二人きりでいる時以外は『ミス・ロングビル』で通すことにしている。 「と、ともかく!」 何だか微妙な空気になりつつあったユーゼスの研究室内で、エレオノールはゴホンと咳払いをした後に高らかに宣言した。 「取り寄せが望めないのなら、こっちからラグドリアン湖に行くしかないわ!!」 「えええええっ!? が、学校はどうするんですか!? それに水の精霊は滅多に人間の前に姿を現さないし、しかも物凄く強いし、怒らせでもしたら……!!」 「学校なんてサボりなさい。1日や2日休んだくらいでどうなるものでもないわ。……それに、モンモランシ家はその『水の精霊との交渉役』を代々勤めて来たんでしょう。ご機嫌取りの方法くらい伝わってないの?」 「そんな都合の良い物があったら、苦労してません……!」 アワアワしながらラグドリアン湖行きを回避しようとするモンモランシーだったが、続いてエレオノールが放った言葉によってその態度は一変する。 「じゃあ、王宮にあなたの所業を……」 「い、行きますぅぅぅうううううう……! …………ううぅっ」 さすがに自分の将来や命、家の衰退までかかってしまっては頷かざるを得ない。 「安心してくれ、恋人よ。僕がついてるじゃないか」 ガックリと肩を落とすモンモンランシーに対して、ギーシュが肩を抱こうとするが……。 「……気休めにもならないわ。あなた、弱っちいし」 モンモランシーはスルリとその手をすりぬけ、ボソッと呟いた。 ルイズとミス・ロングビルが惚れ薬を飲んでから、2回目の朝。 『今日はもう日が暮れかけているし、出発は明日の朝にしよう』ということであの場は解散となり、ユーゼスは今、ルイズの部屋のベッドの上で睡眠を取っていた。 なお、移動手段はジェットビートルを使うことになっている。 シュウによればプラーナコンバーターの調整は既に終了しているらしいので、もうプラーナ切れを起こす心配はないだろうが、操縦者であるユーゼスはいち早く起床して発進準備を進めなくてはならない。 「……む」 目を閉じたままで、意識が覚醒する。 現在時刻は、起床予定時間ピッタリのはずだ。 クロスゲート・パラダイム・システムを使えば、目的通りの時間まで完全に熟睡し、更に眠気の余韻などを残すことなく完全に目覚めることなどは造作もないのである。 (……イングラムに知られたら、卒倒されそうな使い方だが……) まあ、特に因果律を乱しているわけでもないのだから、大目に見てもらおう。 「……………」 身体の状態を確認してみると、どうやら自分は今、右半身を下にして横向きで寝ているらしい。眠る直前には仰向けだったはずなのだが……おそらく寝返りでも打ったのだろう。 「ふむ」 少し身じろぎして目を開く。 すると、目の前にエレオノールの寝顔があった。 (そう言えば一昨日と同じく、昨日も御主人様とミス・ヴァリエールと三人で眠ったのだったか……) 再び『三人での睡眠』に至った経緯については、以前の焼き直しになるので割愛する。 「……………」 「……すぅ……すぅ……」 エレオノールは昨日よく眠れなかった反動か、今日はよく眠っているようだ。『眠れなかった理由』は自分にはよく分からないが。 眠る前にあおった、睡眠導入用のポーションも効いたらしい。 (……起こすのも気が引けるな) 音を立てないよう、慎重に身体を起こそうとするユーゼス。 だが、それがかえって動きにぎこちなさを生じさせてしまい、結果としてユーゼスとエレオノールの膝がガツンとぶつかってしまう。 「ぬ……」 「…………んぅ、ぅ……?」 (いかんな……) エレオノールの瞳が開き始める。 「ぁ……ユー、ゼス……?」 どうやらほとんど覚醒しつつあるようだ。 ……起こすつもりはなかったのだが、起こしてしまった以上は謝るしかあるまい。 いや、それよりも先に挨拶をするべきか。 「お早う、ミス・ヴァリエール」 (……しまった) 挨拶をしてから気付くのも何なのだが、自分もエレオノールも、まだお互いに横になっているままだった。 せめて起き上がってから挨拶をするべきだった。これでは礼を失することになってしまう……と後悔するが、すぐに『それも含めて謝ろう』と切り替える。 ―――ユーゼス・ゴッツォという人間は、一度執着し始めた対象に対しては『死ぬまで』執着するのだが、割り切るべきだと判断した対象に対しては恐ろしいまでの割り切りを見せるのである。 ともあれ、ユーゼスからの目覚めの挨拶を受けたエレオノールは、徐々にではあるが意識をハッキリとさせていった。 「…………ぅゅ……、ぉはょ……………、……!?」 自分と相手との距離を認識し、自分の体勢と言うか姿勢を認識し、そして相手の姿勢も認識し、自分の今の服装を思い出し、『自分が現在置かれているシチュエーション』を確認し……。 「き、き、きゃぁぁあああああああああああああああああああああ!!!??」 「ぐぅ!?」 軽いパニックに陥って絶叫しながら、エレオノールはユーゼスの腹部に蹴りを叩き込んだのであった。 「わ、わわ、高い! 速い! 凄い! 何この乗り物、一体何なの!!?」 「はっはっは。モンモランシー、興奮するのは分かるけど落ち着きたまえよ? 迂闊に動いたら危険だからね」 『初めてジェットビートルに乗ったハルケギニア人』として非常に正しいリアクションをするモンモランシーと、そんな彼女をたしなめるギーシュ。 ギーシュとてビートルに乗り込むのは二度目なのだが、少なくとも初回よりは余裕のある態度であった。 何せ、今回は前のようにいきなり猛烈な加速はしていないし、ユーゼスも操縦に慣れたのか振動やグラつきが少ない。要するにかなり快適なのだ。 「しかし、これが音に聞こえたラグドリアン湖か! いやぁ、なんとも綺麗な湖だな! ここに水の精霊がいるのか! 感激だ! ヤッホー! ホホホホ!!」 旅行気分、精神的な余裕、更にモンモランシーの前という状況のせいかテンションが上がって浮かれまくるギーシュ。 「ええい、邪魔だな、この『べると』とか言うのは!」 ベルトで固定された状態から身をひねって窓の外を眺めるのがわずらわしくなったのか、ギーシュはガチャガチャとその金具を外し、立ち上がる。 「そろそろ着陸するぞ」 「え?」 そしてギーシュが立ち上がった瞬間、ユーゼスの報告と共にガクンと機体が揺れた。 固定器具を外した上に、座席に腰掛けてすらいないギーシュは当然バランスを崩し……。 「うぉおおおおおっっ!!?」 盛大に頭から転んで、派手に顔面を床に叩き付けることとなった。 「い、痛い、痛いぃぃぃいいいいいいいい!!」 「……はあ。やっぱり付き合いを考えた方がいいのかしら」 鼻血を流してのた打ち回るギーシュを見て、モンモランシーが溜息をつきながら呟く。 一方、そんな彼らには構わず、ユーゼスはゆっくりとビートルを着陸させつつラグドリアン湖を眺めていた。 「ほう、美しい湖だ……」 これはユーゼスの素直な感想であったが、その言葉に過敏に反応する者がいた。 「……ね、ユーゼス」 ジェットビートルを操縦しているユーゼスの膝の上に座っている、ルイズである。 ビートルを発進させる際、一人で座席に座るのを嫌がって駄々をこねまくり、まんまと『絶好の位置』を獲得したのだ。 ルイズは少し拗ねたような顔で、愛しい使い魔に問いかける。 「わたしとラグドリアン湖と、どっちが綺麗?」 「む?」 いきなりそんな質問をぶつけられたので、ユーゼスは少々困惑してしまう。 だが、問われたからには答えねばなるまい。 と言うか、そんな質問の答えなど考えるまでもなく決まっている。 「ラグドリアン湖だな」 「!!」 ガーン、とショックを受けるルイズ。 ……そもそもユーゼスは『人間の“外見の”美醜』に対して、あまり興味がない。 そのような時代・世代・国・地域・個々人の判断や精神状態によって評価が大きく異なるような薄っぺらいモノなどに、価値を見出せないのである。 強いて言うなら『人間の“生き方”の美醜』、あるいは『人間の“在り方”の美醜』に対しては惹かれる物を感じはするが、少なくとも現在のルイズからそれは感じない。 『外面的な美しさ』でユーゼスが感じ入るのは、やはり自然などの『普遍的なモノ』に対してのみだ。 「う、うぅぅう~~~……!!」 しかしそれを『恋は盲目』状態のルイズが理解も納得も出来るはずがなく、ポカポカとユーゼスの胸を叩くことで抗議の意をアピールする。 「ぐっ……。叩くのはやめろ、御主人様」 苦悶の表情を浮かべて主人の行動を止めさせるユーゼス。 そんな苦しそうな様子を見て、ルイズは途端に心配そうな顔でユーゼスの身体をさすり始めた。 「どうしたの、ユーゼス? 身体の具合が悪いの?」 「……いや、今日は起きた直後に、腹部に強い衝撃を受けたのでな。そのダメージが残っている」 言った直後に、ガタンと隣で音がした。 その方向を見れば、エレオノールが赤い顔をしながら横目でこちらに視線を向けている。 「…………ともあれ、着陸するぞ」 ユーゼスはあえて言及せず、手頃な場所にビートルを着陸させた。 「着きましたか、ユーゼス・ゴッツォ」 先にラグドリアン湖に到着していたシュウとミス・ロングビルが、ユーゼスたちを出迎える形で歩いてくる。 この二人はネオ・グランゾンを使って移動していたのだが、さすがに戦闘機程度でネオ・グランゾンのスピードに敵うわけもなく、こうして大きく引き離されたのだ。 「……ネオ・グランゾンはどこに隠した?」 「そこの森の中です。『かくれみの』は使っていますから、余程のことがなければ発見されることはありませんよ」 そしてシュウはラグドリアン湖を見回して呟いた。 「しかし、この景観……さすがはトリステイン随一の名所と言われるだけのことはありますね。水の精霊がここに存在しているということも納得がいきます」 「……シュウ様、シュウ様」 「何です、ミス・ロングビル?」 その呟きを聞いたミス・ロングビルは、若干の期待を込めた態度でシュウに尋ねた。 「私と、このラグドリアン湖……どちらが綺麗ですか?」 ピク、とルイズが反応する。 シュウは一瞬だけ妙な動きをしたルイズに目をやるが、すぐに気を取り直してミス・ロングビルへと返答を行った。 「難しい質問ですね……一概に比べることは出来ません。何せ『美しさ』の種類が異なります。物理的な『強さ』と精神的な『強さ』を同列に扱うことが困難なようにね」 「そうですか……」 シュン、となるミス・ロングビル。 しかしそんな緑髪の女性に、紫髪の男は続けて声をかける。 「ですが、この湖が『この湖にしかない美しさ』を持つように、あなたには『あなたにしかない美しさ』があります。 それが外面的なものなのか、内面的なものなのかはそちらの判断にお任せしますが、それを生かすも殺すもあなた次第だということは覚えておいて下さい」 「……あ、はいっ、シュウ様!」 その言葉を聞いた途端、ミス・ロングビルはパッと表情を明るくする。 なお、他にそのやりとりを聞いていた面々は、『よくあんなセリフがサラッと出て来るなぁ』と感心する者、ジトッと自分の使い魔を睨む者、『おお、ああいう風に言えば……!』と学習する者、そんな馬鹿の頭を叩く者、と様々なリアクションを見せていた。 ともあれ、いつまでも喋ってはいられない。 早速、水の精霊とやらとの交渉を行わなければならないのだが……。 「……変ね、湖の水位が上がってるわ」 「水位だと?」 「ええ。ラグドリアン湖の周辺は、ここよりもずっと向こうだったはずなのよ。……ほら、あそこに屋根が出てるわ。村が湖に呑まれてしまったみたいね」 「ふむ……」 モンモランシーが指差した先には、確かにワラぶきの屋根が湖から突き出ている。更に水面をよく注意して見れば、家が丸ごと水の中に沈んでいることが分かった。 ユーゼスとエレオノールとシュウの研究者組が首を傾げていると、モンモランシーは波打ち際まで歩いていって水に手をかざして目を閉じる。 「……水の精霊は、どうやら怒っているようね」 「ほう、よく精霊の感情などというものが分かりますね。契約でもしているのですか?」 感心したように言うシュウ。 「『契約』じゃなくて、どっちかって言うと『交渉』に近いです。『水』のモンモランシ家は、水の精霊との交渉役を何代も務めてきましたから」 「『務めてきた』……過去形ですね」 「うっ……そ、それは……」 シュウの指摘に、思わずモンモランシーは口ごもる。 ちなみに、モンモランシーはシュウに対しては敬語を使っている。 「察するに、交渉時に何らかの不手際、あるいはトラブルが発生して交渉役を解約された……というところですか?」 「……その通りです」 その推察がほとんど的を射ていたので、モンモランシーとしても肯定せざるを得ない。 「しかし『長年に渡って交渉役を務めてきた』というのが事実であれば、我々のような何の繋がりもない人間が接触しようとするより、よい結果を得られる可能性があるでしょう。ではお願いしますよ、ミス・モンモランシー」 「……はい」 若干シュウに気圧されつつも、モンモランシーは腰に下げた袋から自分の使い魔のカエルを取り出し、自らの血液を媒介として水の精霊との交渉を開始した。 岸辺より30メイルほど離れた水面が輝き、ゴボリとうねり始めた。そして見る間に水面が盛り上がり、その水はぐねぐねと形を変え続ける。 「アメーバ……不定形生物か?」 「いえ、さすがにそれを『精霊』呼ばわりはしないでしょう。不定形という点では共通しているようですが、本質的には全く異なる存在のようです」 「……ユーゼス、『あめーば』って何のこと?」 「……後で説明する。今は水の精霊とのやり取りに集中するべきだ、ミス・ヴァリエール」 研究者組の言葉の応酬に構わず、モンモランシーは姿を現した水の精霊に話しかけた。 「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、わたしたちに分かるやり方と言葉で返事をしてちょうだい」 その言葉に反応したのか、水の精霊とおぼしき水のカタマリは大きくうごめいて、人の―――モンモランシーの姿を模して彼女と会話を始める。 「…………覚えている。単なる者よ。貴様の身体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が52回交差した」 「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部を分けて欲しいの」 「……………」 沈黙する水の精霊。 そんなモンモランシーと水の精霊の交渉をじっと見ているユーゼスたちは、それぞれの考察を交えながらこの『水の精霊』について議論を行っていた。 「一部……ということは、アレは水の秘薬の集合体なのか?」 「『水の精霊の涙』って名目で秘薬が市場に出回ってるくらいだから、そのはずよ。まあ、精霊がホントに涙を流すわけがないとは思ってたけど」 「私としては、精霊に『形』があることの方が驚きですね。ラ・ギアスの精霊は人と心を通わせることはままありますが、このように物理的な形をとって『会話』を行うとは……」 「ふむ。水そのものに意思があるのか、何らかの意識体が水を媒体として意思を現出させているのか……ただ見ているだけでは判断が付かんな」 「『水の精霊は個にして全。全にして個』って話は聞いたことがあるわ。『千切れても繋がっていても、その意思は一つ』とも。少なくとも、私たちとは全く違う生き物なのは確かね」 「『生き物』と分類が出来るのかどうかも、議論が分かれるでしょうね。 ……精霊レーダーやREBスキャンを使えば何らかの分析結果が出るでしょうが、それを察知されて下手に機嫌を損ねられるわけにもいきません」 「私のシステムも同じ理由で使えないな。……アレが因果律を感知する可能性もゼロではない」 「ちょっと、『れーだー』とか『すきゃん』とか『しすてむ』とか、何の話?」 「我々の出身地の技術だ。長くなるので詳しい話は避けるが……、しかし分析結果か。許されるのなら、ぜひじっくりとアレを研究してみたいものだ」 「確かに。私もかなり興味があります」 「それについては同意するわ」 ユーゼスとエレオノールとシュウは、水の精霊をほとんど実験動物のように見ているが、そこには特に気負った様子も後ろめたさもない。 この3人は、良くも悪くも『研究者』であった。 そしてしばしの沈黙の後、モンモランシーの願いに対して水の精霊はキッパリと告げる。 「断る。単なる者よ」 その言葉を聞いて、今まで興味深げに水の精霊を観察していたエレオノールの表情が一変した。 「ちょ、ちょっと待ちなさい! ルイズはどうするのよ!?」 ずい、とモンモランシーを押しのけて水の精霊と対峙するエレオノール。 「ミ、ミス・ヴァリエール、水の精霊を怒らせたらどうするんですか!?」 「ミス・モンモランシ、あなたも交渉役を自称するんだったら、もう少し食い下がりなさい! ……とにかく、水の精霊! 私の妹のために、あなたの身体の一部を分けてちょうだい!!」 「……………」 エレオノールが叫ぶが、水の精霊は何も答えない。 「お願い! 何でも言うことを聞くから―――」 頭まで下げて、悲痛に訴え続けるエレオノール。 プライドの高い彼女がそこまでしたという事実に、他の面々は驚いたり感心したりしていた。 その訴えに効果があったのかどうかは分からないが、水の精霊はまたぐねぐねと何度も姿を変え、再びモンモランシーの姿に落ち着くと一つの問いを投げかけた。 「世の理を知らぬ単なる者よ。貴様は『何でもする』と申したな?」 「い、言ったわ!」 一縷の望みが出て来たことで、エレオノールの顔に喜色が差す。 「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を、退治して見せよ」 「退治?」 一同は顔を見合わせる。 「左様。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ。その者どもを退治すれば、望み通りに我の一部を進呈しよう」 「……分かったわ。引き受けましょう」 「ええええっ!!? そんな安請け合いしないでくださいよぉ!!」 「うるさいわね。お望みなら、牢獄の中で一生を送らせてあげても良いのよ? それで問題が解決するわけじゃないけど、少なくとも私の不満は少しだけ解消されるでしょうから」 禁制の惚れ薬を作ったことを、あることないこと付け足した上で王宮に報告してやる……と、エレオノールはモンモランシーを暗に脅しているのである。 このカードを切られてしまっては、モンモランシーは嫌でも協力せざるを得ない。 「うう、分かりました……。協力させていただきます……」 「じゃあ取りあえず、その相手の情報を聞きましょう」 こうして一同は、水の精霊に対する襲撃者とやらを撃退することになったのだった。 「私は直接には手を出しませんよ」 では作戦会議を……という段階になるや否や、いきなりシュウが言い放った。 「ちょ、ちょっと、どうしてよ? あなたのあの……デモンゴーレム? だっけ? アレはかなり戦力になると思ってたのに、いきなりそんな……」 エレオノールはその言葉に面食らいつつも、何とか引き留めようとする。……貴重かつ強力な戦力を、みすみす手放すわけにはいかないのだ。 ちなみにネオ・グランゾンのことを知っているのは、この場ではシュウ以外にユーゼスとミス・ロングビルだけである。 「デモンゴーレムなどを使ってしまっては、このラグドリアン湖周辺の地形が変わってしまいますからね。それはあの水の精霊としても望むところではないでしょう。 それに……」 「そ、それに?」 シュウは、自身の『根幹』とも言えるセリフを口にする。 「いかなる世界であろうと……私に命令が出来るのは、私だけなのです」 「っ……」 圧力を感じ、エレオノールは思わず一歩後ずさった。 しかし、そんなエレオノールをかばうようにしてユーゼスが割って入る。 「……そこまでにしておけ、シュウ・シラカワ」 「フッ……、そうですね。少し脅かしすぎましたか」 肩をすくめつつ、薄い笑みをエレオノールとユーゼスに向けるシュウ。 「『直接に手を出すことはしない』とは言いましたが、アドバイス程度ならば構いません。『手は出さないが口を出す』、ということです」 「ほう……良いスタンスだ。私も見習わせてもらおう」 シュウの宣言に対してユーゼスは感心したように呟くが、即座にエレオノールから口を挟まれた。 「って、あなたは前衛で戦うに決まってるでしょう!!」 「私が? 何故?」 「あなたのそのインテリジェンスソードはメイジに対してかなり有効な防御手段になるんだから、当然よ!!」 「……別に私が使う必然性も無いのではないか? 御主人様あたりでも構わないはずだが」 「…………この中で『武器を上手く使うこと』に関して、あなた以上の人間がいる?」 「ミスタ・グラモンのワルキューレならば、あるいは……」 「あんなドットメイジが作ったゴーレムごときが、腕の立つメイジ相手にそうそう役に立つわけないでしょうが!!」 「何気に馬鹿にされてないか、僕……?」 「でも事実でしょ」 話を聞いて微妙な表情になるギーシュと、それにツッコミを入れるモンモランシー。 ついでに言うと普通にガンダールヴを発動させた時の『生身の』ユーゼスの戦闘力は、通常のワルキューレ3~4体分ほどである。 「ミス・ロングビルはどうする? そう言えば戦えるのかどうかも知らないが」 「私はシュウ様が命じられるのであれば戦いますが……」 とろんとした目でシュウを見るミス・ロングビル。 「ふむ……。あなたの戦法では、私と同じようにこの辺りの地形に影響を及ぼしてしまうでしょうね。ここは私と一緒に観戦していましょう」 「はい、分かりましたぁ。……シュウ様と一緒に……シュウ様と……」 うふふ、とミス・ロングビルは笑みを浮かべながらシュウの台詞を反芻する。 ユーゼスは続いてモンモランシーの方を向き、一方的に彼女の参戦決定を告げた。 「ミス・モンモランシは参戦してもらうぞ」 「ええっ!? 嫌よわたし、ケンカなんて!!」 「戦闘において水メイジは重要だからな。試してみたいこともある」 「どうしてわたしがあなたの実験台にならなくちゃいけないのよ!?」 「……いやモンモランシー。ユーゼスが一度こうなったら、もう彼がある程度納得するまでは開放してくれないんだよ……」 「何それ!?」 諦めたように言われたギーシュのセリフに、モンモランシーは悲鳴を上げるのだった。 「では、戦闘に参加するのは私と、ミスタ・グラモン、ミス・モンモランシに……御主人様か」 「…………ちょっと、何で最初からミス・ヴァリエールが除外されてるのよ?」 戦闘メンバーを発表するユーゼスに、モンモランシーが噛み付く。……自分の時は問答無用で参入させたのに、この扱いの差は一体何だと言うのだろうか。 「………」 そしてそのモンモランシーの言葉で、あらためて自分が『最初から』除外されていることに気付いたエレオノールがユーゼスの方を見て、他のメンバーもまた同じくユーゼスを見た。 「……説明が必要か?」 「必要よ!」 ユーゼスは仕方なさそうに、エレオノールが戦闘メンバーに含まれていない理由を説明した。 「ミス・ヴァリエールは、理論の組み立てや『魔法の使い方』の運用・応用方法の考案については目を見張るものがあるが、決定的に直接戦闘に向いていないからだ」 「わたしだって向いてないって言ってるじゃない!」 「サポート程度ならば出来るだろう? 何も先頭に立って戦えと言っている訳ではない」 モンモランシーは納得の行かない顔でユーゼスを睨むと、ポツリと小声で言った。 「……あなた、何だかミス・ヴァリエールに甘くない?」 「む?」 「なっ……!」 「え……っ!?」 僅かに反応するユーゼスと、うろたえるエレオノール、そして一気に不安そうな顔になるルイズ。 「そんなつもりは無いのだが」 「そうかしら……」 しれっと否定するユーゼスに対してなおも訝しげなモンモランシーだったが、そこにエレオノールが口を出してきた。 「そ、そうよ! ヤブから棒に変なこと言わないでちょうだい! そんな、ユーゼスが私だけ特別扱いしてるとか、私のことを守ろうとしてるとか、私のことを大切に思ってるとか……そんなことは全然、別に、あんまり、そんなに、少しも……いえ、少しくらいは……とにかく無いかも知れないはずなんだから!!」 少々パニックと言うか暴走しながら、否定なのか肯定なのか判断の付きにくいアピールを行うエレオノール。 「……お前は何を言っている、ミス・ヴァリエール」 そんな支離滅裂なことを口走る金髪の女性に、銀髪の男は冷静にツッコミを入れた。 「…………そこでアッサリ切って捨てないでよ、もう」 「? 何か言ったか?」 「何にも言ってないわよっ!!」 「……?」 顔を赤くしながら怒るエレオノールに、ユーゼスは首を傾げる程度しかリアクションが出来ない。 ―――そして、モンモランシーの言葉に過剰に反応する人物は、エレオノール以外にもう一人いた。 「うっ……、ううぅ……っ、ひっく、ぐすっ……」 言わずもがな、惚れ薬の影響の真っ最中にあるルイズである。 「や、やっぱり……ひっく、やっぱりユーゼスは、わたしよりエレオノール姉さまが……良いのね、うぅ、好きなのね……うっ、うぅっ」 「……またか」 どうしてこの状態のルイズは、やたらと自分とエレオノールの関係を意識するのだろう……と、再び首を傾げるユーゼス。 「いいもん、いいもん……勝手にすれば? ……ぐすん。 で、でも……わたしのこと嫌いにならないでぇ~! うわぁぁあ~~ん!!」 泣いたり怒ったり、わめいたり叫んだり、すねたり駄々をこねたり、と酷く情緒不安定な様子である。 ユーゼスとしては『泣いている女性への対処』など、どうすれば良いのかサッパリ分からないので、取りあえず放っておくことにしたのだが……。 その内、ミス・ロングビルがそのルイズの言動に触発されたのか『わ、私を捨てないでください、シュウ様ぁ~!』とシュウに泣き付き始め、余計にワケの分からない事態になってしまった。 「ぐぅ……」 「……すぅ」 ラチが明かないと判断したシュウの手によって、ルイズとミス・ロングビルは眠らされ、ようやく正常な作戦会議がスタートする。 「ではまず、相手の情報についてだが……」 「水の精霊の話によると、『背の低い風系統のメイジ』と『背の高い火系統のメイジ』の二人らしいですね。直接に水の精霊のテリトリーである水中に入り込んで攻撃を仕掛けている以上、かなり自分の実力に自信がある……と見て良いでしょう」 なお、この会議の司会は『対フーケ会議』と同じく、ユーゼスである。 「となると……この際、敵の実力はスクウェアクラスと仮定しておくべきだな」 「……それはちょっと、高く見積もりすぎなんじゃないかしら。スクウェアメイジなんて、そうそうお目にかかれるものじゃないわよ?」 『敵の実力』の見当を付けたユーゼスに対して、エレオノールが意見を出した。 確かに水の精霊に挑むくらいなのだから『敵』の実力はかなり高いのだろうが、スクウェアが二人というのは過大評価が過ぎると考えたのである。 「一理あるが、敵の実力は高く見積もっておくに越したことはあるまい。相手の力を低く見積もって、結果として敗北した例を私は数多く知っているぞ」 「まあ、そういうことなら良いけど……」 そしてユーゼスは『仮想敵』に対するイメージを明確にするべく補足を行う。 「……ミス・タバサとミス・ツェルプストーをそれぞれグレードアップさせた相手を、同時に敵にすると思えば良いだろう。連携を使うことも考えられるから、それもあの二人のレベルを上げれば良い」 良い手本が身近にあって幸運だ、と頷くユーゼス。 その言葉にギョッとしたのは、ギーシュとモンモランシーである。 「ちょっ、ちょっと待ってくれ! サラッと言うが、『あの二人をグレードアップさせて同時に敵に回す』ってメチャクチャな前提条件だぞ!?」 「そうよ、大体キュルケとタバサがスクウェアになったら、ドットのわたしたちじゃ対処のしようが……。……いや、でも、あくまで仮定の話だし……」 この二人は、要するに『もう少しハードルを下げようよ』と言っているのである。 そんなカップル未満の二人に対し、ユーゼスは冷静に告げた。 「……では、現れた敵が本当に二人ともスクウェアクラスの実力者で、ミス・タバサとミス・ツェルプストー以上の連携を見せた場合、どうするつもりだ? 『ここまで強いとは思っていなかった』とでも言いながら敗北するか?」 「「うっ……」」 言葉に詰まるギーシュとモンモランシー。そう言われてしまっては、言い返すことも出来ない。 「では、前提条件も決まったところで、作戦立案に入るが……」 「……その前に、少しよろしいでしょうか?」 それぞれの意見を出し合おう、という段階になって、シュウが口を挟んでくる。 「何だ、シュウ・シラカワ?」 「『前提条件』……と言いますか、ユーゼス・ゴッツォはともかく、ミスタ・ギーシュとミス・モンモランシーにはお話をしておきたいことがあります」 「え? 僕たちに?」 「な、何でしょう……」 身構える二人に向けて、シュウはある確認を取る。 「ミス・モンモランシー。あなたは先程、『ケンカは嫌だ』と言っていましたね? そしてミスタ・ギーシュもその言葉に対してあまり反応はしなかった……これはミスタ・ギーシュも戦闘行為に対しては同じ見解、と捉えてよろしいのでしょうか?」 ジッと見られて、ギーシュとモンモランシーは怯みつつも答えた。 「ま、まあ、生身の人間相手には、ちょっと……。ワルド子爵は『偏在』で作られた分身だったし……」 「ケンカが好きな人なんて、そんなにはいないと思いますけど……」 シュウはその言葉を聞くと、二人に向かってキッパリと言う。 「―――では生き残りたいのであれば、そのような甘い考えは今すぐ捨てることです」 「え?」 「そもそも戦闘行為を『ケンカ』と表現している時点で、あなたたちの認識の甘さがうかがえます。 ……これから行うのは『殺し合い』のための作戦会議です。せめて相手を殺す覚悟程度はしておいてください」 「なっ……」 「そ、そんな……!」 言われた言葉に絶句するギーシュとモンモランシー。 「な、何も殺すことはないんじゃ……!」 「ほう、それでは相手が我々のことを『殺しに来ない』という保証がどこかにあるのですか? 下手に手心を加えて、結果は殺された……などと、笑い話にもなりませんよ?」 畳み掛けるように、シュウは言葉を続ける。 「戦いで人が死ぬのは当然のことです。そしてあなたたちメイジには、最下級のドットであろうともそれを容易に行えるだけの力がある。しかしどうしても人を殺したくない、と言うのであれば……」 「……………」 二人は息を呑んで、その言葉を聞いていた。 「……敵を生かすために、あなたたちが殺されることですね」 その非情とも取れる勧告に、ギーシュは声を絞り出すようにして反論する。 「っ……必ずしも、殺す必要はない、はずでしょう?」 「ええ、『今回は』そうですね。……ですが『次の戦闘』は? 特にミスタ・ギーシュ。あなたも一応は貴族の子息であるならば、戦場に立つこともあるはずです。その時に戦場で『人を殺さずに済ませよう』と虫の良いことを言うつもりですか? 相手は確実にあなたを殺しに来ますよ?」 「そ、それは……」 動揺する様子を見せるギーシュ。 この目の前の男に対して何とか言い返そうとするが、上手い言葉が出て来ない。 横を見れば、モンモランシーが不安げな顔で自分を見ていた。 彼女を安心させるためにも、せめて何かを言わなくてはならないのだが……。 「僕は……」 敵を殺す。 たったそれだけのセリフが、どうしてか酷く、重い。 そうやってギーシュが逡巡していると、横から助け舟が出された。 「……シュウ・シラカワ、戦闘前に士気を下げ過ぎるな。全滅してしまったらどう責任を取るつもりだ?」 ほんの僅かに表情を厳しくしたユーゼスが、会話に歯止めをかけたのである。 シュウは悪びれもせずにユーゼスに向き直り、自分の発言の意図を説明した。 「フフ……、これは申し訳ありません。いずれ必ずぶつかってしまう壁ならば、早い方が良いと思ったのですが……余計なお世話というやつでしたか?」 「そんなものは『時期』が来るなり『事件』が起こるなりすれば、本人がどれだけ拒否しようとも身に付いてしまうものだ。意図的に与える類のものではない」 「確かに」 それきり、この話については打ち切られた。 ギーシュとモンモランシーは今の話が少々応えたのか、俯いているが……それに構っている余裕も、それほどない。 そして今度こそ作戦会議を……とユーゼスが場を仕切ろうとしたら、エレオノールが少し緊張した顔で話しかけてきた。 「……ユーゼス、少しいいかしら?」 「何だ、ミス・ヴァリエール? ……先程の心構えについての話なら、お前は直接戦闘に参加はしないのだから―――」 「いいえ。私のことじゃないし、彼らの問題は彼らに考えてもらうわ。ただ……」 「ただ?」 「……一つ、いえ二つだけ聞かせて。あなたは、その……『心構え』が出来ているの?」 「ああ」 何でもないことのように、ユーゼスはエレオノールの問いを肯定する。 シュウとの会話の内容から察しは付いていたが、やはりユーゼスはとっくの昔に『殺す覚悟』を済ませていたらしい。 ……今更ながら、タルブで『作業』のように竜騎士を撃ち落していたことを思い出す。 あの時は色々ありすぎて、ユーゼスの細かい部分にまで注意が回らなかったが……。 「なら、あなたはどうやって……何がきっかけで『心構え』が出来たの?」 「知りたいのか?」 「ええ」 エレオノールとて、普通ならここまでヅカヅカと他人の事情に踏み込んだりはしない。……しかし『ユーゼスに対しては変に遠慮はしない』と、これもあの時に決めたのだ。 「……………」 言ってくれるまで引き下がらない、という意思を込めて、エレオノールはユーゼスを見る。 やがてユーゼスは軽く溜息をつくと、別に構わないかと口を開く。 「…………これはあくまで『私の経験』であって、御主人様やミスタ・グラモンの参考にはならないだろうが」 「別に参考にさせるつもりはないわよ」 やり取りの後で、ユーゼスはごく簡単に『自分の体験』を語った。 「今となっては、何が引き金となったのかすら曖昧だが……。……そうだな、一度目に死んだことが『きっかけ』の一つではあるだろう」 「……どういう意味?」 今まで問われたことに対して淡々と事実を答えていたユーゼス・ゴッツォにしては、随分と抽象的な表現である。 「―――私は今までに、二度ほど死んでいるからな」 「?」 今度は具体的な答えが返って来るだろう、とエレオノールは思っていたのだが、それに対する補足もまた彼女にとっては抽象的なものだった。 「……無駄話はここまでだ。襲撃者の対策について話し合うぞ」 「え、ええ……」 そうして、対象の殺害まで視野に入れた対策会議が始まる。 だが……。 (二度、死んでる……?) 会議を続けながらも、エレオノールの心の片隅には疑問が渦を巻いていたのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/toho/pages/6282.html
東方見聞録 vol.2 ~ラスボス009 恐れ多き神々の戯れ~ サークル アフターバーナー Number Track Name Arranger Original Works Original Tune Length 01 楼 勝田一樹 東方永夜抄 恋色マスタースパーク [04 19] 02 耀 勝田一樹 東方紅魔郷 おてんば恋娘 [04 23] 03 烈 勝田一樹 東方妖々夢 ネクロファンタジア [06 22] 04 蓮 勝田一樹 東方風神録 信仰は儚き人間の為に [05 41] 05 妙 勝田一樹 東方紅魔郷 亡き王女の為のセプテット [06 31] 詳細 (2012/03/22)に頒布 サークル通販価格:1,000円 ショップ価格:1,500円(税込) Players ギター:野呂一生(カシオペア)、増崎孝司(ディメンション)、菰口雄矢 ドラム:神保彰(ex.カシオペア)、則竹裕之(ex.T-スクエア)、坂東慧(T-スクエア) キーボード プログラム:小野塚晃(ディメンション) ベース:櫻井哲夫(ex.カシオペア) サックス:勝田一樹(ディメンション) レビュー 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6778.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「ふぁ……」 朝の光を浴びながら、ルイズは目覚めた。 例の夢は見ていない。 まあ、いつもいつも見ているわけではないし、『見たからどうした』とか『見なかったからどうした』というわけでもないから、別に気にすることでもないのだが。 「……ぅにゃ」 今日はシュウに会いにアルビオンに行ったユーゼスが帰ってくる日である。 明日には二人でヴァリエール領に向かう予定だ。 帰ったら、父さまに色々と相談をして、久し振りに家族一緒に食事でも取って、ちい姉さまとたくさんお話をして……と、色々やりたいことは多い。 「でも……」 しかし、物凄く当たり前の話だが。 実家に帰った場合には、朝の決まった時間に召使いが自分の部屋にやって来て、規則正しい起床を促すはずである。 厳格な父や母は、余程のことがない限りは『二度寝』などという暴挙を許しはすまい。 ……それはつまり、今日が全力でダラダラ出来る最後の日だと言うことだ。 よって、ルイズはその与えられたチャンスを最大限に生かす決意を固め……。 「…………おやすみなさい」 今ここに、断固たる二度寝を決行した。 「………………ぐぅ………………」 くぅくぅすやすや、と眠りこけるルイズ。 その可愛らしい寝顔だけを見れば、普段の気難しさや短気さや怒りっぽさなどを想像するのは少々困難だろう。 「………………すぅ………………」 ルイズの判断では、今はしばしの間ではあるが惰眠を謳歌する時なのである。 どうせ実家に帰ったら母あたりから色々と小言とか説教とかを言われるのだから、せめて今くらいはいいじゃないか。 「………………むにゃ………………」 だが。 その安眠は、突然の来訪者によってアッサリと崩壊させられてしまう。 ダダダダ……ガチャッ! 「ルイズっ! ユーゼスはどこにいるの!!?」 「ふ、ふぇっ!?」 いきなり現れたエレオノールに騒々しく自室のドアを開け放たれ、怒鳴りつけられるルイズ。 寝ぼけた頭にけたたましい長姉の叫び声は、結構キツいものがある。 しかし幼少の頃からエレオノールに叱られ続けて、彼女に対してはすっかり頭が上がらなくなったルイズは条件反射的にその問いに答えてしまった。 「え、えっと、今はアルビオンにいますけど……」 「アルビオン!? どうしてよ!!?」 「ミスタ・シラカワに会いに……」 そのルイズの言葉を聞いて、エレオノールは『タイミングの悪い……』などと言いながら小さく舌打ちする。 「……それで、いつ帰って来るの?」 「いつって……今日中には帰って来ることになってますけど」 「具体的な時間は?」 「さあ? 午前中かも知れませんし、夕方かも知れませんし、もしかしたら真夜中になるのかも……」 「ああもう、こんな時にっ!!」 露骨に苛立った様子で、靴のカカト部分をカンカンカン、と床に打ち付け始めるエレオノール。 (?) ルイズとしては正直、ワケが分からない。 時計を見てみれば、現在時刻は午前九時を少し過ぎたあたり。 ハッキリ言って『朝』である。 今までにエレオノールが魔法学院に来ることは何度かあったが、こんな時間に来たことは一度だってなかったはずだ。 しかも、この慌てた……いや、焦った様子は何だろうか? どうやら自分の使い魔に関係しているらしいが……。 (ケンカでもしたのかしら?) そんな考えが少し頭をよぎるが、ケンカしたら普通は『顔も見たくない』とか『謝らなくちゃいけない』などという態度を取るはずだ。 少なくとも、こんな『とにかく一刻も早く会って話を聞きたい』などという態度は取らないだろう。 (……?) 何だかよく分からない今のエレオノールだが、一つだけ分かっていることがある。 今のこの姉の様子は、どうやら自分の使い魔に原因があるらしいということだ。 なので、そのあたりを詳しく聞いてみることにする。 「……ユ、ユーゼスがどうしたんですか、姉さま?」 「どうしたもこうしたも……」 イライラした……と言うよりもどこか切羽詰まったような印象を受ける口調でエレオノールは『その理由』を語ろうとする。 だが、何かに気付いたようにハッと口をつぐむと、また慌てたように言葉を選び始めた。 「……その、昨日ユーゼスから送られてきたレポートに、少し納得の行かない部分があったのよ。疑問がある部分をそのままにしておくのも気持ちが悪いから、すぐに説明してもらおうと思って急いで来たの」 「はあ」 取りあえず相槌は打ったが、逆に質問したこっちの方が疑問を抱く回答である。 (エレオノール姉さまって、こんなに完璧主義者だったかしら……?) 長姉の気が短いのは知っているが、いくら『少しばかり』納得が行かないからと言って、ここまで急いで説明を求めるほど常にカリカリしている人間でもなかったはずだ。 自分も決して気が長い方とは言えないが、少なくとも今のエレオノールよりは精神的な余裕を持っている自信がある。 「まあ、今日中には帰って来ると思いますから、ゆっくり待てばいいんじゃないですか?」 差し当たって落ち着くことが大事だと思ったルイズは、エレオノールに余裕を持つように促すが……。 「それじゃ遅いわ!」 「っ……」 ビシリと強い口調で言い返されてしまい、思わず怯んでしまう。 そんなルイズの様子に気付いたのか、エレオノールは少し慌てて取り繕うように言った。 「あ……ごめんなさい、出来れば早目に説明を聞きたかったから、ついあなたに当たっちゃったわね」 「い、いえ……」 これもまた相槌を返すルイズ。 しかし今度の相槌に込められているのは『疑問』ではなく、『驚愕』であった。 (……あの姉さまが、わたしに対して素直に『ごめんなさい』って言うなんて……) 一体エレオノールが抱いている『納得の行かない部分』や『疑問がある部分』というのは、どんなものなのだろう。 どうせ専門的で自分には理解の出来ない分野の話なのだろうが、ここまで姉が普段と違う様子を見せているほどなのだから、おそらく物凄い問題点なのだろうが……。 (どうせ、わたしに理解は出来ないだろうし、そもそも関係ないだろうし) 何なのか知らないが、所詮これは『姉の問題』である。 『自分の問題』ではない。 まあ頑張ってください、と心の中でささやかなエールを送りつつ、ルイズは姉に退室を願おうとして……。 「仕方ないわね……。……それじゃあ、私たちで先にラ・ヴァリエールに戻るわよ、ルイズ」 「ええ!?」 明日に帰省する予定が、いきなり今日これから帰省することになってしまい、仰天するのだった。 その日の夕刻を過ぎた頃。 ユーゼス・ゴッツォは、比較的ではあるが上機嫌で魔法学院に帰ってきた。 ……シュウ・シラカワとの『情報の交換』は予想以上に上手く進み、そのおかげで様々な情報や思いがけない『土産』を得ることが出来たのだ。 アインスト、地上とラ・ギアス、エンドレス・フロンティア(これについては概要だけだが)、そして自分以外のユーゼス・ゴッツォについてなど、有益な情報は多い。 代わりにこちらも光の巨人やクロスゲート・パラダイム・システムの詳しい情報などを提供することになったが、それはギブアンドテイクという物である。 そして何より、シュウ・シラカワもまた『使い魔』として召喚されていたという事実。 これは自分がこのハルケギニアに召喚された理由を探る、大きなヒントになり得る。 (まあ、慌てて考える必要もないのだが……) ユーゼスがシュウから情報を得たのは、別に『積極的にアインストに対処しよう』とか『ハルケギニアに危機が迫っているのならば救おう』などという殊勝な考えからではない。 ただ単に、自分に騒動が振りかかる可能性を事前に把握しておきたかっただけである。 また仮に対処するとしても、『慌てたり焦ったりするとロクなことにはならない』というのは今までの様々な自分の経験から得た教訓でもあった。 ここは『ゆっくりやっていく』という初志を貫徹し、一歩ずつ着実に進めていくべきだ。 (……思えば、私のこれまでの人生は焦り過ぎていたような気もするからな) とにかく焦って結果ばかりをひたすらに求め続け、そして行き着いた先がこの有様である。 大気浄化に専心していた頃も、仮面を被り続けていた頃も、どちらも色々な意味で若かった……と言ってしまえばそれまでだが、共通しているのは『精神的な余裕がなかった』という点に尽きる。 言い換えれば『余裕をなくすほど物事に打ち込んでいた』とも表現が出来るが、今の自分にはそんな『人生を懸けるほど打ち込むべき物』などは存在していないので、それほど余裕をなくすこともないだろう。 さしたる目的もなく。 それなりに自分が興味のある研究に打ち込んで。 御主人様の世話を適度にこなし。 散発的に起こる事件を解決しながら。 このハルケギニアで生きていく。 (理想的な人生だ……) やはり人間、平穏無事が一番である。 大冒険とか波乱万丈とか存在の超越とかを求めている人間は、そちらで勝手に冒険でも何でもやってもらいたい。ただし可能な限りこちらを巻き込まずに。 「うむ」 自分のハルケギニアにおけるスタンスを再確認しつつ、ユーゼスはルイズの部屋のドアを開ける。 『自分の立ち位置』や『様々な存在がハルケギニアに与える影響』なども確かに大事だが、自分にとって『御主人様の世話』は一応、この世界に召喚された目的なのである。 これをあまり、おろそかにするわけにはいかないのだ。 「御主人様、戻ったぞ」 そしてユーゼスは期間の挨拶を、その主人たる少女に告げ……。 「む?」 ……告げようとして、部屋の中に誰もいないことに気付いた。 「……? 早めの夕食でも取りに行ったのか」 しかし、それにしては部屋が片付きすぎている。 いちいち食事に出向くくらいで整理整頓を行うなど、そんな殊勝な行いはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールには有り得ない。 自分の主人ならば、移動範囲が学院内に限定されている場合はもっと部屋が雑然としている……と言うか、散らかっているはずなのだ。 そしてその散らかっている部屋を片付けるのは自分の仕事なのだが、この際それは良いとして。 とにかく、ルイズの怠け具合を甘く見てはいけない。 「……………」 三日間も留守にしていたのだから、あるいはかなり混沌とした状況になっているのではないか……などと考えていたユーゼスとしては手間が省けて良かったと思う反面、妙な訝しさも覚えていた。 あの御主人様が、自発的に部屋の片付けを? 有り得ない。 そんな真面目で几帳面で細かい人間であれば、自分の中にもう少し忠誠心や尊敬心らしき物が芽生えていなければおかしいではないか。 「もしや、何者かに連れ去られたのか……?」 主人の力である『虚無』の情報がどこかから漏れたか、単なる身代金目的か、緊迫状態が続いているトリステインとアルビオンの関係に一石を投じるつもりか、あるいは……。 思考を巡らせてみても、答えは出ない。 「とにかく、誰もいない部屋にいても始まらんな……」 まずは落ち着ける環境で考えよう、とすぐ隣にある自分の研究室に移動するユーゼス。 ……と、そこには、 『この手紙を読み次第、すぐに全速力でラ・ヴァリエールの領地に向かいなさい。 エレオノール』 『よく分からないけどエレオノール姉さまがやたらと急ぐので、先に帰省してます。 ルイズ』 そんなことを書かれた二枚の紙が貼ってあった。 「?」 ユーゼスとしては、ワケが分からない。 主人が実家に帰省するのは確か明日だったはずなのに、それがどうしていきなり今日になったのだろうか。 何故エレオノールが一緒に帰省するのだろうか。 どうもこれを見る限り、エレオノールがルイズを引っ張って行ったようだが……。 「そこまで急ぐ理由は何だ?」 主人の部屋が片付いていたのはエレオノールが命じたからなのだろう。と言うか、あの御主人様が自分から部屋の片付けを行うなど、『エレオノールに言われたから』以外に考えられない。 だが、彼女が一刻を争って帰省する理由が分からない。 自分の知るエレオノールは、いきなり理由もなく突飛な行動に出たりする女性ではないのである。 「ふむ……」 まあ、彼女には彼女なりの理由があるのだろう。自分にはよく分からないが。 それでは理由の推察はこのくらいにして、自分も早くラ・ヴァリエールの領地とやらに向かうべきである。 しかし……。 「…………そのラ・ヴァリエールの領地というのは、どこにあるのだろうか」 その目的地に向かうに当たって、根本的な部分が抜けていた。 明けて翌日の朝。 プラーナコンバーターが発生させる粒子をトリステインの空に撒き散らしつつ、ユーゼスはジェットビートルを可能な限りの低速で飛行させている。 あの後で図書館に向かい、トリステインの地図を借りてラ・ヴァリエールの領地の大まかな位置は把握することは出来た。 ……位置を把握することは出来たのだが、その時点で日は完全に暮れていた。 星明りや月明かり程度の光源で、地図と照らし合わせつつ、それなりのスピードで上空を飛んで移動するなど、そんな技術や経験をユーゼスは持ち合わせていない。 よって、出発を夜明け以降に延期したのだ。 「……………」 だがそれでも問題が無くなったわけではない。 確かにラ・ヴァリエールの領地の大まかな位置は把握した。 確かに太陽が出て、地図と照らし合わせやすくなった。 問題は。 「ハルケギニアの地図は随分とアバウトだな……」 描かれている地図の精度である。 測量技術が発達していないハルケギニアでは、地図にそこまでの正確さを求めることは出来ない。 目印か何かがあればそこを起点にすることも出来るのだが、そうそう都合よく目印があれば苦労はしない。 加えてこの地図を見るに、ラ・ヴァリエールは大き目の人口密集地ほどの広さがあるようなのだ。 おそらく領主の屋敷に向かえば良いのだろうが、こんな広い敷地の中から『アバウトな地図を指針に目測で屋敷を探せ』と言われても、どこにあるのか分かりはしない。 と言うか、このヴァリエールの領地にくっ付いている『フォンティーヌ領』というのは何なのだろうか。 自分の今いる位置がちょうどそのあたりを過ぎた所らしいのだが、やはり地図が分かりにくいので、どうも把握がしにくい。 「むう……」 こうなったら、最後の手段を使うしかないようである。 出来れば使いたくはなかったが、この際やむを得まい。 ユーゼスは意を決し、ビートルを森の中の開けた場所に着陸させ……。 「……誰かに聞きに行くか」 おそらく自分よりはこのラ・ヴァリエールの領地に詳しいであろう、領民に詳しい位置を教えてもらうことにした。 だが、いくら領民でも森のど真ん中に常時いるわけではない。 一度通りに出て、民家か何かを探さねばなるまい。 ……クロスゲート・パラダイム・システムを使って、自分とエレオノールやルイズとの因果律を辿るなり何なりすればもっとスムーズに行けるのだが、そんな下らないことのためにわざわざ因果律を辿りたくはない。 それに自分の感覚と足で一歩ずつ進むのも、これはこれで悪くはないのである。 ほぼ手付かずの自然の中を、のんびりと歩く。 ハルケギニアの人間にしてみれば敬遠されがちなことではあるが、ユーゼスにしてみればかなり貴重な経験だ。 「……………」 意外と早く通りに出た。 出来ればもう少し森の中を散策していたかったが、まあこれは仕方があるまい。 さて、民家なり領民なりはどこにあるのか……と辺りを見回したところで、ユーゼスの視界の隅にあるものが飛び込んできた。 「アレは……」 気になったので近付いてみると、その姿が次第に明確になってくる。 「……鳥か」 翼に怪我をした鳥が道の端に横たわっている。 見たところ怪我はあまり大したことはなさそうだが、放っておけば飛べずにこのままここで死ぬだろう。 「……………」 ユーゼスは少しの間だけその場で怪我を負った鳥を眺め、そのまま通り過ぎていく。 酷かも知れないが、これも自然の摂理というものだ。 下手に人間が手を出しても、ためにはなるまい。 と、その時、 「……ちょっと、あなた!」 「む?」 まったく意識していなかった方向から、女性の声が響いてきた。 声のした方に視線を向ければ、そこには妙齢の女性が一人。 年の頃は20代半ば……あるいはもう少し若いくらいだろうか。 羽根のついたつばが大き目の帽子を被り、腰の細いドレスを上品に着込んでいる。 その服装からして、貴族のようだが……。 「……私が、何か?」 声をかけられた理由がよく分からないので、取りあえず用件を聞いてみることにする。 すると、少し強目の調子で返答が返って来た。 「『何か』、じゃありません! その怪我をしている鳥に気付かないのならともかく、気付いていてわざと通り過ぎるなんて酷いじゃないですか! てっきり助けるのかと思ったのに!」 そんなことをユーゼスに言いつつ、女性は倒れた鳥を優しく両手ですくい上げる。 ……帽子の下から見えるその表情を見るに、どうも本気であの鳥のことを心配しているらしい。 「……………」 あえてこの鳥を見捨てることを選んだユーゼスは、この女性に質問することにした。 「その鳥をどうなさるおつもりです?」 なお、口調が敬語なのは、この女性が『ある程度以上の社会的地位があり』、『ある程度以上、腹の内が読めず』、『ある程度以上、気を許せない』の三つの条件に合致しているためである。 「怪我を治して、その後でまた放してあげます」 女性はくるりとユーゼスの方を向いて、キッパリと言う。 予想通りの回答に、ユーゼスはごく軽い溜息を吐いた後で反論を開始した。 「……その鳥の怪我を治すことはともかくとして、また放すのは賛成しかねますが」 「あら、どうしてですか?」 ユーゼスとて過去に瀕死の重傷を負った際、ザラブ星人の気まぐれによって救われている。 よって怪我を治すこと自体は構わない。 だが……。 「危険や脅威が溢れている外に放り出すよりも、鳥かごの中にいた方が長く生きられるでしょう」 その怪我を治して外に放した結果、より深い傷を負ってしまうかも知れない。 今度も救われるとは限らないのである。 女性はそのユーゼスの言葉に頷き、しかし毅然とした態度で言葉を返してきた。 「……そうかも知れませんね。でも『生きている』ってことと『生かされている』ってことは、違うことなんじゃないでしょうか?」 ここで、ようやくユーゼスは真正面から女性の顔を見た。 (……御主人様に似ているな) 帽子から覗く髪の色は桃色がかったブロンド、瞳の色は鳶色。 ルイズから気の短さと癇癪と無駄なプライドを取り払って、落ち着きと穏やかさと無垢さ……ついでに年齢と少々の肉付きをプラスすればこのような感じになるのでは、という感じの女性である。 (親戚か何かだろうか) 血がある程度繋がっているのであれば、外見的特徴が似ても何ら不思議ではない。 しかしエレオノールにはあまり似ていないことから考えるに、直接の姉妹などではないと思われる。 (……どうでもいいな) 今はそんな考察よりも会話である。 「その鳥にとって、ここはようやく辿り着いた安息の地かも知れませんよ? あなたはそれを強制的に追い出すと言うのですか?」 少々嫌味な言い方ではあるが、ある意味では真実だ。 ……ユーゼスが元いた世界では、銀河連邦警察という組織が『地球圏』という巨大な牢獄を用意して、犯罪者たちをそこに封印しようとしていた。 そして閉じ込められた犯罪者たちのリーダーは、そこを『安息の地』と呼んだのだ。 追い立てられ、追い詰められた末に、ようやく辿り着いた場所をそう呼ぶ気持ちは……ユーゼスにも、分からなくはない。 もっとも、この地が彼にとって安息をもたらすかどうかは不明だが……。 「……それでも……」 女性は、両手の中にある鳥を眺めながら語り始める。 「…………それでも、外の世界を自由に羽ばたける翼があるのなら、羽ばたいていくべきではなくて?」 「羽ばたいた先には、苦難や困難が待ち受けているかも知れない」 「それを乗り越えられない、なんて私たちが決めることでもないでしょう?」 「また傷付き、倒れ……最悪の場合は死ぬかも知れない」 「それは、この子を信じてあげるしかないんじゃないかしら」 「もし、また戻って来てしまったら?」 「その時は……迎えてあげます」 ユーゼスと女性の視線が交錯する。 ……どうもこの女性は、『自由』とか『解放』とかいう言葉にこだわりがあるようだが……まあ、ユーゼスとしてもその意見にあれこれと口出しをする気はない。 「見解の相違ですね」 「ええ。分かり合えないみたいです、私たち」 そう言いながらも、女性は薄く微笑みを浮かべている。 どうやら今のやり取りが少し面白かったらしいが、一体何が面白かったと言うのだろうか。 (苦手なタイプだ……) このような掴みどころのない人間が、一番やりにくい。 だが女性の方はユーゼスと同じようには思っていないようで、親しげに話しかけてきた。 「……そう言えば、あなたはどうしてこんな場所にいるんです? ここは領民の方の家もなければ農地もない、あるのは森だけですよ」 「ああ、少々道に迷ってしまいまして」 そうしてユーゼスは、自分がラ・ヴァリエールの屋敷に向かっていることを話した。 すると女性は『まあ』と驚いたような声を上げ、続いて嬉しそうな表情になり、更にユーゼスの手を引いて自分が乗って来た馬車に連れ込もうとする。 「? いえ、私は道を教えてくれればそれで……」 「うふふ、私もちょうどその屋敷に向かうところなんです。せっかくだから一緒に行った方が良いでしょう?」 「貴族の方と同じ馬車に乗るわけにも……」 「どうせなら一緒の方が楽しいじゃないですか」 「……………」 女性の押しの強さに少々戸惑いながらも、半ば押し切られる形でユーゼスは大き目の馬車に乗り込んだ。 「む……」 その馬車の中に入ると、虎や熊や犬や猫や蛇などの様々な動物が、それぞれのんびりと過ごしている光景が目に飛び込んでくる。 まるでちょっとした動物園だ。 「あら、驚きました?」 「……ええ」 そんな馬車の先客たちに若干気圧されつつも、ユーゼスは空いているスペースに腰掛け、女性もまたユーゼスの向かい側に座る。 女性は再び会話をしようとして……そこで、何かに気付いたようにポン、と手を打った。 「そう言えば私、あなたのお名前をうかがってませんでしたわ」 「私もあなたの名前を聞いた覚えはありませんね」 お互いに自己紹介をしていないことに、ようやく気付く二人。 そして女性は、笑みを浮かべながら自分の名前を語る。 「私はカトレア。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌです」 主人たちと名字が違うことから、やはり親戚か何かか……と当たりを付けるユーゼス。 ともあれ、このカトレアという女性がエレオノールたちと何親等の親戚だろうと、別に問題はあるまい。 取りあえず、自分もカトレアにならって自分の名前を告げた。 「……ユーゼス・ゴッツォと申します。以後お見知りおきを、ミス・フォンティーヌ」 「はい、よろしくお願いしますね」 見れば、女性はニコニコしながらこちらに視線を向けている。 恐らくではあるが、もっと自分と話をしたいようだ。 別にユーゼスもカトレアと話をしたくないというわけではないのだが、そんなに進んで会話を行う人間ではないことは自分が一番よく分かっている。 しかし、それにしても……。 (……どうにも、やりにくい女だな) それがユーゼス・ゴッツォの、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌに対する第一印象だった。 その後、ユーゼスはカトレアに自分のことを根掘り葉掘り質問された。 年齢はいくつか、出身はどこか、普段は何をやっているのか、どのような用件でラ・ヴァリエールに来たのか……とにかく根掘り葉掘りである。 ユーゼスも律儀にそれらの質問に一つ一つ答えていったのだが、そうしている内にカトレアの表情が少しずつではあるが不機嫌になってきたことに気付いた。 (……私は何か不味いことを言っただろうか) しかし聞かれたことに答えただけで不機嫌になられても、などと少し困惑していると……。 「…………何だか私ばっかり質問してて、あなたからの質問がないんですけど」 カトレアは少し拗ねたような表情で、そんなことを言い出した。 「……………」 だがユーゼスがカトレアについて知りたいことなど、少なくとも今の時点では無いのだから仕方がない。 強いて言うならエレオノールやルイズとはどのような関係なのかを知りたかったが、逆に言うとそれくらいしか『知りたいこと』がない。 (どうしたものか……) 人付き合いが苦手なユーゼスとしては、なかなかに困難な問題である。 と、そうしてユーゼスが頭を悩ませていると、不意にカトレアが窓の外の景色を見て声を上げた。 「あら? あの馬車は……」 「馬車?」 その声につられてユーゼスも外を見ると、確かに窓から見える旅籠(旅人の休憩所のような物)の傍には、一台の馬車が停まっていた。 しかもユーゼスにとっては見覚えのあることに、その馬車は魔法学院のものである。 「……………」 ラ・ヴァリエールの領地の中で、魔法学院の関係者……となると、ユーゼスには一人か二人しか心当たりがない。 相変わらずの因果の導きに内心で苦笑するユーゼスだったが、そうしている内にカトレアは従者に命じて自分の馬車を停めさせ、いそいそと旅籠に向かっていく。 「少し待っていてくださいね、ユーゼスさん。あの馬車がどなたのものかは分かりませんけど、せっかくですから少し挨拶をしてきます」 「……ええ。私も特に急いでいるわけではありませんので、ごゆっくり」 そしてそのまま待つことしばし。 再び馬車の扉が開き、カトレアは戻って来た。 …………ユーゼスの予想通りの人間を、二人ばかり引き連れて。 「こちらはユーゼス・ゴッツォさん。お屋敷に向かってる途中で行き会ったんだけど、この方もヴァリエールのお屋敷に用があるらしいからご一緒することにしたの」 「……………」 「……………」 カトレアに引き連れられてきた金髪眼鏡の女性と桃髪の少女は、『何故こいつがここに』と言わんばかりの視線をユーゼスに向ける。 そんな二人の様子に気付いているのかいないのか、カトレアは続いて『ユーゼスと初対面だと思われる』二人を紹介し始めた。 「ご紹介しますね、ユーゼスさん。私の姉のエレオノールと、妹のルイズです」 「……む?」 ユーゼスにとっては今更紹介されるまでもなく見知った顔だったのでその紹介を聞き流そうとしていたが、カトレアの言葉の中には少し聞き捨てならない単語が含まれていた。 「姉と妹?」 「ええ。妹はそろそろ帰省すると聞いていましたので、運が良ければ紹介が出来ると思ってましたが……嬉しい誤算でしたわ」 「……………」 どうにも納得の出来ない事象を目の当たりにしてしまい、思わずカトレアとエレオノールとルイズを見比べる。 ユーゼスはジロジロと三姉妹の顔つき、身体つき、雰囲気などをよく観察し……。 「……極端な姉妹だな」 「「どういう意味よっ!!?」」 それによって導き出された結論を口に出したら、長女と三女に睨まれてしまった。 「で、昨日の夕方に学院に帰って来て、今日の朝に出発した、と……」 「そうだ」 「ビートルはどうしたのよ?」 「フォンティーヌ領の森の中だ。……取りに戻っても良いが、急ぐのであれば後日に回すことをお勧めする」 「って言うか、どうしてアンタがちい姉さまと一緒にいるの?」 「ミス・フォンティーヌとは……成り行きだ」 「……その言い方は、何だか誤解を招くんだけど」 カトレアの質問攻めの次は、エレオノールとルイズの質問攻めに晒されるユーゼス。 しかしこの二人の相手ならば慣れた物なので、カトレアとのやり取りに比べればかなりスムーズに受け答えをしている。 「む?」 そして一通り話し終えたところで、ユーゼスはエレオノールに対して違和感を二つ覚えた。 一つは、妙に表情が強張っている……と言うか『聞きたいことがあるが聞けない』ような顔をしていること。 どうやらルイズやカトレアが周りにいる状況では聞きにくいことでもあるらしく、もどかしそうにしている。……まあ、これは後でも受け答えは出来るだろうから、どうしても気にするほどでもあるまい。 問題は二つ目だ。 「……エレオノール、少し動くな」 「え?」 そう言うや否やユーゼスはエレオノールに接近し、右手で彼女のアゴをくいっと上向かせる。 「え、ええ……!?」 「まあ」 「ちょ、ちょっと、ユーゼス!?」 三者三様に驚くヴァリエール姉妹に構わず、ユーゼスは脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させてエレオノールに絡みつく因果律を調べ始める。 (これは、思念波か催眠誘導波……いや、思考の侵食……とにかく精神操作の類か?) 感じた二つ目の違和感とは、これだった。 エレオノールが何らかの精神的な干渉を受けているのである。 「……ふむ」 「ちょ、ちょっと、ユ、ユユ、ユーゼス、そんな、いきなり、カトレアやルイズの見てる前で……!」 (これは……シュウ・シラカワからサンプルとして貰った『ミルトカイル石』に接触した時と同じ症状か?) シュウと行った三日間に渡る『情報の交換』から得た知識や、いくつか貰った『土産』の内の二つである『赤い鉱石』と『青い鉱石』を思い出すユーゼス。 ミルトカイル―――アインストと同じ材質で出来ているハルケギニアに存在しないはずの物質は、限りなく鉱物に近い存在でありながら『生きて』いるという、奇妙な性質を持っている。 その硬度はなかなか高く、シュウの分析では『ハルケギニアの技術ではこれを破砕することは不可能』であるらしい。 また特筆すべきは、『これに接触した人間をアインストの思念の影響下に置く』という点である。 もっとも行動を強制するのではなく、それが自然であると認識させる催眠術に近いものらしいが……。 「……………」 ユーゼスはエレオノールの顔を至近距離から見る。 ……まさかとは思うが、エレオノールがミルトカイル石に接触でもしたのだろうか。 何でもアレは純度の高い物になると、あのシュウ・シラカワですら少しばかり気が遠くなるほどの効果があるらしい。 今は大して影響はないだろうが、このまま放置すれば厄介なことになりかねない。 取りあえず、エレオノールに確認を取ってみる。 「エレオノール、最近何かと接触したか?」 「せ、接触!?」 何か外面的な変化はないものか、とより注意深くエレオノールの顔を観察しつつ、その詳細な原因を探るユーゼス。 しかしエレオノールは顔を真っ赤にしながら『あうあう』と困惑しているばかりで、どうにも要領を得ない。 (明らかに様子がおかしい……) やはり精神への影響を受けつつあるようだ。 まだ原因がミルトカイル石によるものだと断定は出来ないが、しかし……。 (……やむを得んか) クロスゲート・パラダイム・システムを使い、因果律の操作を開始する。 対象はエレオノール。 効果は、以前にルイズが惚れ薬を飲んだ時に使おうかとも考えた物……『外部から精神的な影響を与える事象についての、対象への一切の遮断』。 ―――完了。 と、因果律を操作し終わってから重大なことに気付く。 (…………これはハルケギニアへの干渉にならないだろうか?) つい昨日に『平穏無事が一番』とか考えていたはずなのに、その平穏を破りかねない行動を自分からやってしまってどうするのだ。 と言うか、ルイズが精神操作された時には何もしなかったのに、何故自分はエレオノールに対して突発的にこんなことをしてしまったのだろう? もしやほぼゼロにまで無力化したはずのガンダールヴのルーンによる精神干渉が、この時になって活性化でも始めたのだろうか。 ……いや、それならば対象はエレオノールではなくルイズになるはず。 ならば何が原因だと言うのだろう。 (……分からない……) 人間は自分のことが一番分からないものである、ということは経験として知ってはいるが、まさかそれをまた味わうことになるとは思わなかった。 まあやってしまったことは仕方がないので、これは今後の反省としておこう。 ……とにかく、いつまでもエレオノールのアゴを掴んでいるわけにもいかない。 ユーゼスは右手をエレオノールから放すと、自分が元いた席に戻って行った。 「あ……あれ?」 だがエレオノールは何かに納得が行かないようで、しきりに先程までユーゼスに掴まれていたアゴを撫でさすったり、ユーゼスに視線を向けたりしている。 「どうした、エレオノール」 「ど、どうしたって……えーと。い、今の行為は何なのかしら?」 「……少し気になることがあったのだが、気のせいだった。特に深い意味はない」 まさか『お前の精神が何かに侵食されかかっていた』などと言えるはずもなく、適当な言葉でお茶を濁そうとするユーゼス。 しかし。 「ふ、ふぅん……。あなたは特に深い意味もなく、女性の顔を手で掴んだり、その後でジッと意味ありげに見つめたりするんだ……」 「こ、こ、この使い魔は、どうしてたまにこんな突飛な行動をするのかしら……」 エレオノールは物凄い表情でこちらを睨み、それに追随するようにルイズの表情がピクピクと痙攣していた。 どうやら、お茶は濁らなかったようである。 「待て、二人とも。別に何かをしたわけでもないのだから、問題はないのでは―――」 「……一度死んで! 生まれ変わって!! もう一度死んでやり直しなさぁぁぁああああああい!!!」 「こぉの、朴念仁!! 研究オタク!! バカ白衣ぃぃぃいいいいいいいいい!!!」 「ぐごぉっ!!?」 『やはり極端な姉妹だな』などと感想を抱きながら、ヴァリエールの長女と三女に蹴り飛ばされ、馬車の扉を突き破って外に放り出されるユーゼス。 ……ちなみに彼は、本人主観でもう二度ほど死んでいる。 10分ほど後。 ユーゼスは自分を放って進み続ける馬車をガンダールヴのルーンまで発動させて追いかけ、かつて快傑ズバットが使っていた鞭を馬車の一部に巻きつかせ、しばらく引きずられながらもどうにかして馬車の中に戻ることに成功した。 「ゼェ、ゼェ、ゼェ……。……お、お前たちは、ゼェ、何故、時たま、ゼェ、理不尽な、ゼェ、懲罰を行うのだ……」 「……自分の胸に聞いてみなさい」 ボロボロかつ体力を消耗し尽くしているユーゼスに向かって、エレオノールは冷ややかに言い放つ。 しかしさすがに見かねたのか、カトレアがそんなエレオノールをたしなめた。 「まあ、エレオノール姉さま。男性をそう邪険に扱うものではありませんわ」 「いいのよ、コイツに対してはこのくらいで」 横を見れば、ルイズもまたエレオノールと同じようにツンとしている……のだが、その目には単純な『ユーゼスの行為に対する怒り』だけではなく、なぜか『エレオノールに対する羨ましさ』のようなものも含まれていた。 「?」 そんな妹の様子に首を傾げるカトレアだが、とにかくボロボロな彼を介抱しなければ、とユーゼスに歩み寄る。 「ほらユーゼスさん、白衣に付いた土だけでもはらわないと……」 「……ありがとうございます」 手早くユーゼスの白衣を脱がせて、こびり付いた土をパッパッとはらうカトレア。 そして軽く白衣の土を落とし終えた時点で、彼女は一つの質問をぶつけてきた。 「あの、聞きたいんですけど」 「……何か?」 「あなたはエレオノール姉さまの恋人なんですか?」 瞬間。 色々な意味で、馬車の中の時間が止まった。 「?」 ユーゼスはそもそも『恋人』というものが何なのかよく分からないので、困惑し。 「な……!」 ルイズはいきなりとんでもないことを言い出した次姉を『信じられない』という目で凝視し。 「…………っ!!」 エレオノールはまた見る見る内に顔を紅潮させていく。 やがて三人は、それぞれ同時に同じ意味の言葉を発した。 「……何のことなのかよく分かりませんが、おそらく違います」 「違うわ! そんなわけないじゃない!」 「ち、違うわよ!! わ、私とユーゼスは、その、恋人……なんて、そんなのじゃ、ないんだからっ!!」 各人ニュアンスに若干の差があるような気もするが、とにかく質問された当人も含めた三人が揃って否定しているので、カトレアもそれで納得する。 「あら、そうなんですか? エレオノール姉さまと対等にお話ししたり、おもむろに近付いたりする男性なんて初めて見たから、間違えちゃったわね」 うふふ、と笑みを浮かべるカトレア。 その直後に彼女は、自分以外には少々聞き取りにくい声で呟いた。 「……そっか。彼は姉さまの恋人じゃないのね」 「何か言った、カトレア?」 「いえ、少し独り言を」 「……?」 エレオノールの質問をはぐらかしつつ、カトレアはポンと手を打って話題を転換する。 「それより私、ルイズや姉さまからお話を聞きたいわ。ユーゼスさんにも色々聞いてみたけど、この方ったら私が聞いたこと以外には何も喋ろうとしないんですもの」 「またアンタは……。ちい姉さま相手にもそんな態度を取ってるの!?」 そしてルイズとカトレアは、ユーゼスへの日頃の不満、日常に起こったこと、つい先ほど拾ったつぐみ、学院の同級生についてなど、様々な話題で盛り上がりながら楽しそうなお喋りを始めた。 「はぁ……。相変わらずね、この二人は」 そんな二人を見て溜息をつくエレオノール。 どうやらこの姉妹にとっては、これは割と日常的に繰り広げられる光景のようだ。 「……………」 兄弟姉妹どころか『家族』という存在そのものの記憶すらほぼ完全に消えてしまっているユーゼスにとっては、実感のしにくいものではあったが……主人とカトレアは楽しそうだし、エレオノールも呆れてはいるが嫌という訳ではないらしい。 ならば、これはこれで良いことなのだろう。 (……ヴァリエールの姉妹か) 自分の主人である気の強い三女、どうにも掴みどころのない次女、そして理由は不明だが自分が時たま意識してしまう長女。 (何度考えても極端な面々だな……) ともあれ、そんな極端な姉妹と、かつて全てを超越しようとした存在、そして多くの動物たちを乗せた馬車は、ラ・ヴァリエールの屋敷へと向かっていった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔