約 4,410,064 件
https://w.atwiki.jp/animeoped/pages/160.html
魔法少女リリカルなのはStrikerS まほうしょうじょりりかるなのはストライカーズ 原作・脚本:都築真紀 監督:草川啓造 キャラクターデザイン:奥田泰弘 音楽:佐野広明 アニメーション制作:セブン・アークス オープニング テーマ曲:「SECRET AMBITION」作詞・歌:水樹奈々 作曲:志倉千代丸 編曲:藤間仁 (Elements Garden) オープニング2 テーマ曲:「MASSIVE WONDERS」作詞・歌:水樹奈々 作曲・編曲:矢吹俊郎 エンディング テーマ曲:「星空のSpica」作詞:椎名可憐 作曲・編曲:太田雅友 歌:田村ゆかり エンディング2 テーマ曲:「Beautiful Amulet」作詞:椎名可憐 作曲・編曲:太田雅友 歌:田村ゆかり SECRET AMBITION MASSIVE WONDERS 星空のSpica Beautiful Amulet 2007年 作品名:ま
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3156.html
初対面、まず間違いなくそれは断言できたはずだった。 少なくとも、高町なのはのこの世界における知り合いの中に該当する人物として目の前の少女は存在していない。 故に、それは少女側の勘違いだと切り捨てるには早かった。 しかし――― 「………私と? 貴女が?」 それでも敢えて問い返すようになのはが少女へとそう尋ねたのは、目の前の少女の眼の奥の光、そこに偽りを感じなかったがためだ。 故に、興味を持った。或いはそう言い換えても良いかもしれない。 それに折角知り合ったというのも一つの縁だ。なるべくなら、それを大事にしたいとも思っていたし、任務の面から言っても現地のインナーと接触できるチャンスでもあった。 それらを自身でも気づかぬ言い訳としながら、なのはは少女の対応を待つ。 いきなり自分は何を口走ってしまったのだろうか。 完全に己が失言を悟った由詑かなみはそれ故に、問い返されたその反応に逆に困った。 確かに、何処かで会った……或いは、何処かで見たことがある面影が眼前の女性にはある。 と言っても、これだけ周囲から浮いたインナーと言うのも珍しい。故に、一度でも何処かで会うなり見るなりしていれば、きっと忘れることも無いのだろう。 だがかなみがこの女性に感じた既知感というのはそんな記憶に辿った直接的なものではなかった。 言葉で表現しろと言われれば自分でも戸惑うが、もっと間接的な……そう、まるで『誰か』を通して会ったことがあるというような奇妙な感覚なのだ。 尤も、それがまさか己がいつも見ている例の『夢』に関わったものだなどとは彼女は想像もしていなかったが。 兎に角、喉に魚の小骨が引っかかるようなもどかしい感覚と同時に、自分が如何に奇妙な事を口走ったかということを自覚する気恥ずかしさもあり、彼女は大いに焦ってもいた。 それは皮肉にも、あれ程思い煩っていたカズマのことすら忘れてしまうほどのものですらあった。 何かを言わなければ、勘違いだと謝罪しなければと、そんな焦りと戸惑いばかりが生来の人見知りという気弱さに拍車を掛けて彼女を焦らせる。 流石にそれを何となく悟ったのか、気の毒そうに女性は無言で首を振ったと思うと、今度は穏やかな微笑を見せると共に、こちらに視線を合わせるように屈みながら、頬に手を伸ばして優しく告げてきた。 「いいよ、焦らないで。安心して落ち着いて、それから話そう?」 両頬を両手で優しく包み込まれながら言われたその言葉は、かなみに覚えも無いはずの母を連想させた。 不思議とそれに心地良さと安堵を覚える一方で、あれ程までにあった焦りが嘘のように治まっていくことに逆にかなみは驚いた。 どれ程、そうしていたのだろうか。やがて両手を頬から離す彼女に、名残惜しさすら覚える自分をかなみは不思議と思った。 そしてそれ以上に、ただ目の前の女性を不思議な人だと感じた。 年の頃は凡そヴィヴィオよりは上、丁度エリオやキャロと同じくらいか少し下か。 兎に角、その不思議な少女をとりあえず落ち着かせることが出来たことになのはは胸中で安堵を覚えた。 子どもをあやすという行為は逆立ちしてもフェイトに勝てないなのはであったが、此処最近はヴィヴィオを相手に成果を得られていたのか、何とか目の前の少女にも通用した。 経験は生きるものだとしみじみと改めて思う一方で、この少女は何者なのだろうかと改めて考え直す。 インナー、というのは間違いないだろう。間違いではないが、それだけでは無いのではなかろうかという不思議な思いが彼女にはあった。 その正体が掴めないからこそ、逆になのはの方が内心においては戸惑ってさえいた。 兎に角、折角こうして知り合えたのだしお話をしたいと彼女は思う。 「……少し、私とお話してくれるかな?」 年頃の、それも見るからに内気と思える少女をどう警戒されずに会話へと誘えるか、苦心した結果、なのはが最終的に取ったのは出来るだけ警戒されないような笑顔を浮かべながらの直球勝負だった。 甘言で幼子を攫う誘拐犯にはなれないなと改めて思う。尤も、そんなものにはなりたくもないが。 だが少女の方は若干戸惑いを見せるも、やがてコクリと頷いてくれた。 まるで初めてヴィヴィオをあやした頃のような安堵を覚えながら、なのははそれじゃあと改めて穏やかな笑顔を浮かべると共に己の名を告げた。 「私はなのは。高町なのは。―――貴女の名前は?」 「かなみちゃんなら今日はもう帰ったわよ」 おっかなびっくりの体裁で牧場を訪れたカズマに半眼で睨みながらおばちゃんが告げた言葉は冷たかった。 というより、明らかに非難の籠もった視線も顕に睨まれている。仕事をサボっていることといい、かなみを怒らせていることといい、兎に角、彼女たちの逆鱗に触れる事をし過ぎているのだという事を改めてカズマは実感した。 「……あ、そ、そうですか。……じゃ、じゃあ僕はこの辺で……」 ヘコヘコと普段からは考えられないような低姿勢でそれだけを告げながら、慌てて踵を返しかけるも、 「ちょい待ちな。アンタにやぁ言ってやろうと思ってることが山ほどあるんだよ」 逃げるなと襟首を掴まれ引き摺り戻らされる。逃走に失敗し、慌てて弁解を捲し立てようとするも時既に遅し。 引っ張って連れて行かれた場所には、待ち構えるように他のおばちゃん連中+おっさん連中まで待機していた。 全員の視線がカズマに対して氷点下の如く冷たい、或いは沸騰する熱湯の如く憤怒に満ちたものだったことは今更言うまでもないだろう。 かなみは実に愛されていると安堵と嬉しさを覚える一方で、自分は実に愛されていないのだと絶望と共に実感した。 さて、この後カズマが数時間の後に解放されるまで、彼が如何な説教を受けることになったかは………まぁ、言わぬが華というものだろう。 変化というものを桐生水守は嫌ったことは無い。 根っからの学者畑に帰属する彼女にとって、それは探究心を触発されるに足る未知の刺激だ。 彼女にとってその最たるものこそがロストグラウンドであり、その地より誕生した異能たるアルターだった。 このロストグラウンドに六年の歳月を隔て再び舞い戻った理由の半分に、その未だ未知の領分への研究を望んでの事だったことを否定はしない。 けれど、水守がこの大地を再び訪れた理由はそれだけではない。 もう半分の理由……比重を考えれば、恐らくこちらの方が或いは重く捉えたものだっただろう。 即ち、六年前に巡り会った大切な幼馴染みとの『再会』。 アルターを研究するという理由以上に、それは少女としての水守にとっては重きを置くべきはずのものだった。 ………そう、そのはずだったのだ。 しかし結果はどうだろうか、そう思わずにはいられない程に目の前の幼馴染みは変わってしまっていた。 「………ナカジマは別任務にそのまま就き個別で帰投? 了解した。ではランスター、この報告書を君の上官に提出しておいてもらえるか?」 「分かりました」 本土から来たアルター部隊の一人と帰投後に話し合っているその姿は実直なるホーリー隊員のソレだ。 今ではロストグラウンド中を震え上がらせるホーリー隊員の筆頭が、かつては屋敷の庭先で愛犬と戯れていた少年の未来だと誰が信じるだろうか。 無意識の内に首から提げた首飾りを握る。 あの日、あの時、あの庭先で幼馴染みから友達の証としてプレゼントされたこれは、水守にとって唯一と言って良い宝物だった。 これだけが今の彼女にとっては過去に彼と関わりがあったことを証明する物でもあった。 「おやぁ、何だか浮かない顔をしていますね。みのりさぁん」 「“みもり”です」 切ない郷愁をぶち壊すように聞こえてきたその声に、間髪入れずに水守は訂正の言葉を返して振り向いた。 そこに立っていたのは何かと自分に付き纏いちょっかいをかけてくる一人の男。このホーリー部隊の中でも一際のキワモノの一角を務めるストレイト・クーガーだった。 「いやぁすみません。どうにも人の名前を覚えるのが苦手なもので」 サングラスを持ち上げ悪びれも無く言ってくるその返答は、何度繰り返したか分からないやり取りを終えても一切変わらない。 いい加減名前を間違えるのはやめて欲しいのだが、恐らくそんな日は来ないのではなかろうかと最近では諦めの境地と共に思う彼女が居た。 「………それで、何か御用ですか?」 クーガーにそう尋ねる彼女の声は実に冷たく素っ気無いものであった。 憂鬱そのものの現在の心境とも合わされば、彼のソレが気遣いとは感じ取れていない水守にはクーガーの態度はチャラけた軽薄なものだとしか思えなかったためだ。 恐らくは、彼の方にしても水守がそう思っていることは察することは出来ていたのだろう。それを態度にはおくびにも表さないだけで。 「何だか冷たい物言いで少し残念ですよ、みの「“みもり”です」……失敬」 今度は名前を間違えて言い切られる前に先んじて訂正を割り込ませてくる。 本気で不機嫌そのものの彼女の態度に、クーガーは彼にしては珍しい苦笑を浮かべねばならない始末だった。 「やれやれ、それじゃ今の貴女は想い人とまったく同じですよ?」 何処か肩で溜め息を吐いた態度で言ってきた言葉は、それこそ水守の無自覚の不意を突いた言葉でもあった。 反論も出来ずに黙り込む水守、クーガーは何処か悔しげに見えなくも無い微妙な表情を一瞬浮かべたが、それに水守は気づく事はなかった。 そのまま瞬時に態度をいつものものへと戻しながら、クーガーは次の行動へと移った。 「では気分転換に、少々俺とデートでもしませんか?」 由詑かなみ、そう名乗った少女と会話を始めてまず驚いたのは、彼女があのカズマと共に暮らしていたということだ。 ネイティブアルターの犯罪者NP3228でホーリーのデータベースには登録されているものの、元々は戸籍も何も無いインナーである彼の事はその自ら名乗った名前とアルター能力についてしか分かっていない。 彼が何処に住みどのように暮らしているか……この広大なロストグラウンドの上では人一人を探し出すのも困難だ。興信所等も皆無の無法地帯となれば尚更だ。 故にこそ、目の前のこの少女はカズマという男を知る為にはまたとない情報源であったのは確かだった。 ………尤も、 「………成程、貴女も色々と苦労しているんだね」 「………はい。カズくんはちゃんと働いてくれないし、直ぐに君島さんとどっか行っちゃうんです」 重い溜め息を吐きながらそう話すかなみの姿は歳不相応の苦労人の影を滲み出していた。 それこそ人の良い人間なら思わず同情を抱かずにはいられないかのような。そして高町なのはもまた似たような思いだったのは確かだ。 ………尤も、自分だってヴィヴィオのことがある以上は人の事を言えたものではないので一方的にカズマを非難するような資格は無いが。 それでもこんな年齢の少女でも必死に働かなければ暮らしていけないのだ。改めてなのははこの大地の過酷な現状を思い知ることとなった。 自分がこの少女と同じ年頃の頃はどうだっただろうか、それを何となく思い出し丁度人生の転換期辺りだったと思い至る。 そう、目の前の少女と同じような年頃の時に自分はユーノ・スクライアと出会い魔法という存在を知った。 激闘と呼ぶことも憚られるようなこの大地とはベクトルの異なる過酷な体験を潜り抜けてきた。 それでも自分は大好きな友達と一緒に学校に通えたし、衣食住に困ることもなく家族に養ってもらえていた。 正式に管理局入りしてからは多少の生活の変化はあった、だがそれも中学を卒業するまでは基本的な部分は何一つ変わるものは無かった。 幸せだったか、そう問われれば高町なのはは間違いなく幸せだったと答えられただろう。 ではこの少女はどうなのだろうか? 確かに自分の物差しだけで計ったような勝手な見方なのかもしれない。けれど少女の現状が本当に幸せなのかと思えばなのはにはやはりそうは見えなかった。 学校にも満足に通うことが出来ず、友達………がいるかどうかは知らないが、それでも多感と言っていい時期に遊ぶこともままならずに明日食べるものを得る為に働くしかない。 カズマの養い事態に問題があるのは事実だろうが、それだけが原因ではない。彼女は確かに歳不相応の苦労人だが、それでも彼女のような存在はむしろこの大地ではありふれた存在なのだと言う。 『わたしはまだ良い方です。カズくんがいてくれるし、周りの人も何かと親切に気を遣ってくれますから』 そう苦笑と共に言ってきた彼女の言葉と表情は未だなのはの脳裏に残って新しかった。 かなみだけではない。もっとかなみのような、否、かなみ以上に不幸な子どもたちがこの大地にはごまんと存在するのだ。 優しいフェイトならこの事実を知ればさぞ心痛めることだろう。実際に、時にシビアに物事を割り切る事を徹底しようとするなのはですら心を痛めていたくらいだ。 この大地は………本当に、人が幸せに生きるには厳し過ぎる世界だとそう思う。 少しだけ、反発を微かにも抱きかけていたホーリーのやり方にも理解が生まれたくらいだった。 だからだろう、せめてこの目の前の少女くらいは救えないだろうか? そんな偽善に満ちた考えを思い抱いてしまったのは。 「………ねぇ、かなみちゃん。今より生活が楽になるとしたら………嬉しい?」 世の中には救える人間と救えない人間が存在する。 子どものような稚拙な理想論を語りだすわけでもなく、それが事実として存在する事を大人になった高町なのはは良く知っていた。 自分が助けられる人間には限りがある。全ての人を救うことなどそもそも出来るはずも無ければ、それを本気で実行しようとする決意すらも彼女には無い。 だからこそ、この大地に住む人々が………子どもたちが不幸だといったところで、その全てをヴィヴィオのように引き取ることだって出来ないし、そもそもそんな行動を取ることも出来ない。 護りたい人しか、護れる人しか護らない、護れない。つくづく偽善に満ちたやり方だとは思う。 でもだからこそ、せめて取捨選択として選んだ護りたい人たち、護れる人たちくらいは最後まで護りきりたい。 そう思って、戦う事しか出来ない自分はこの十年を戦い続けて来た。 「私ね、実は市街から来てる人間なの。………だから、かなみちゃんさえ良かったら正式に市街に登録して、生活保障だって受けられる暮らしが出来るように手配をすることも出来る。あ、勿論そのカズマ君たちも一緒だから心配しないで。………悪い話じゃない、どうかな?」 今更この少女一人を今言った様に手配したところで、全体の何かが変わるわけでもない。間違いなく自己満足に終わるのは目に見えている。 そもそもあのカズマが市街への登録………本土への帰属を大人しく受け入れるなどありえるはずもないのは分かっていた。 随分と安い感情で、早計な行動に出ているという自覚だってあった。 それでも、せめて目の前の少女に何かをしてあげたいと思うことは間違いなのだろうか? いけないことなのだろうか? なのはは偽善そのものを悪いと思ったことは無い。確かにそれが人を惑わし、傷つけ、結局は救えないだけの偽善なら、それは彼女とて許せない。 けれど世の中には人を救う偽善が………易しい嘘とでも呼べるようなものがあることを彼女は知っている。 そんな嘘でしか救えない、救われない人だっているのだ。 ならば目の前の少女がせめてそんな嘘ででも救えると言うのなら――― 「………ありがとうございます。………でも―――ごめんなさい」 ―――けれど少女は、ハッキリと自らの意志を持ってそれを断った。 目の前の女の人………高町なのはという人が本当に優しくて良い人なんだということは少しだが会話をしてハッキリと理解できた。 そもそもインナーには不似合い………というより思えない彼女が塀の向こう―――市街の人間だと言い出したときにも、かなみは「ああそうなんだろうな」と素直に信じることが出来た。 彼女が言うのなら、確かに間違いなく彼女の提案さえ受け入れれば今よりはずっと楽な生活だって送ることが出来るのだろう。 カズマやそれに君島、彼らとそんな生活が送れれば………そんな妄想を抱かなかったかと言われれば嘘になる。 彼女だって歳相応に友達を作って遊びたいと思うこともあれば、学校という所に行って勉強をしたいという欲求だってある。 あの塀の向こうの世界なら、そちら側にさえ生まれていたならば自分もまた当然のようにそれらを享受出来たかもしれないのだと何度も夢想してきた。 そして今、思ってもみないこととして手を伸ばせばそれらを目の前の彼女が与えてくれるのだと確信することも出来た。 けれど――― 「………わたしは、わたし一人だけで幸せにはなりたくありませんし、幸せにはなれません」 思い慕うカズマの事がまず最初に脳裏へと浮かんだ。 君島ならば兎も角、カズマが決して市街に登録などしないことは誰に言われるまでも無く明らかだとかなみは思っていた。 それに下働きで世話になっている牧場の親切なおばさんやおじさんたち。彼らもまた市街に自ら登録しようとしないのは目に見えている。 だって彼らは自由だから。与えられるものを当然のように受け入れて満足するのではなく、自らで欲しいもの、やりたい事をするためにそれを選ばない。 そう、例えるならば鳥だ。何者にも侵害されることを拒み、自由を背に大空を飛び続ける。 由詑かなみの周りのインナーはそんな存在ばかりだ。決して、自らで鳥籠に収まる事を善しとはしない、思えない………そんな連中ばかりだ。 そしてかなみ自身もまた、そんな存在でありたかった。 カズマと一緒にいたいから、カズマといられることが他の何よりも幸せだから。 だからこそ、なのはの提案を受け入れてしまえば、それは確実に終わってしまう。 今より安全で楽な生活は確かに出来るだろう。けれど、それはかなみにとって決してイコールで幸せとは直結しない。 だから――― 「わたしは………皆と一緒に、皆と笑えることが幸せだと思うんです。それに偉そうなことかもしれませんけど、本当の幸せは………誰かに与えられるんじゃなくて、自分で手にしなきゃいけないものだと思うんです。 ………上手くは言えませんけど、それでもわたしにとっては……厳しくて苦しいこともあるけど、今の生活がそうだと思うから」 ―――だから、ごめんなさい。 そうもう一度なのはへとかなみは謝り、頭を下げた。 与えられるものだけが全てではない。 それをこんな少女から改めて思い出さされ突きつけられ、しばしなのはは呆然とした。 ―――私がやらなきゃ駄目だと思っていた。 辛い事、苦しい事は他人に背負わせては駄目だ。全部代わりに自分が背負って自分が代わりに戦って―――そして、自分が皆を幸せにして、護らなければいけないと思っていた。 それが単なる自己犠牲という傲慢な過ちだと気づかされたのは八年前。周囲にかけてしまった申し訳なさ、あれほど護りたかったはずの人たちの笑顔を悲しみに変えてしまったことに気づき、深く悔やみ反省したはずだった。 けれどあれから八年、今思えば自分はまた同じ考えに至っているのではないかと由詑かなみの言葉を聞いて思い直した。 無論、自分のやってきたことの全てが過ちだとも思わない。確かに振り返ればエゴを優先したことも時にはあったが、それでも辿ってきた道程を恥じることだけはないはずだと胸を張って言えるはずだった。 けれどそれでも………今の自分は、果たしてかつての自分とどれ程違うのかと疑問に思うところもある。 相変わらずに一人で背負い、一人で悩む。それを繰り返し続けている。 私がやらなきゃ、私が皆を護らなきゃとそうやって今だって心の奥底では悩み焦っていた。 挙句の果てには、今目の前の少女を偽善で救い自己満足を現状の何も出来ないはずの自分へと言い訳にしようとしていた。 改めて思う、自分は何様だったのかと。 自分自身の限界を知り、反省していながらも………自分の限界以上の事を求め、与えることの善意に酔っていた節さえある。 ………これでは、それこそ反発を抱きかけていたはずのホーリーのやり方と何が違う? かつて、この大地の星空を飛んだ時思っていたことを改めて思い出す。 そしてこの大地の上に降り、この大地で暮らす人々の生活を見て思った事を思い出す。 あの反逆者の男と対峙し、覚悟を決めて告げた言葉を思い出す。 あの時、自分が本当に願っていたものは何だった………? 「………そう、だね。……………そう、だったんだよね」 子供の頃、管理局に入った頃、いいや、ユーノと出会って魔法の力を手に入れた時。 自分が願っていたこと、護りたかったものとは何だったのか――― 「………あの、なのは……さん………?」 いつの間にか呆然と空を見上げていた己に気づき、ハッとなってなのはは自分の名を呼んでくる少女へと視線を戻した。 こちらの醜態に何事かと心配そうな様子で視線を向けてくる彼女に、なのははニッコリと笑いながら彼女を抱きしめた。 「え、あ、あの! その……なの―――」 「―――ありがとう。かなみちゃん」 突然の事態に慌てふためくかなみになのははけれど穏やかにハッキリと抱きしめながら礼を述べた。 本当に、かなみには感謝の念で一杯だった。彼女のお蔭で、漸くに自分は迷路の果てにまで探し続けていた答を手に入れられた気分だった。 ………いや、単純に胸の奥に仕舞い込んでいたはずの初心へと立ち戻ることが出来たと言うべきか。 いずれにしろ、感謝をすることには変わらない。彼女は自分にそれを気づかせてくれたのだから。 だからこそ、もう迷わずに――― 「―――私は私の戦いを、壁を乗り越えることが出来るよ」 彼女を抱きしめていたのを放しながら告げたその言葉の意味は、かなみには最後まで分からずに首を傾げるしかない。 だがこうやって至近距離にまで抱きしめられて近づいて漸くにかなみもあることに気づいた。 (―――この香水の匂いは………) そう、あの“りゅうこ”だと思っていたはずの匂いではないか。 彼女は市街の人間だと言っていた。ならば彼女が嗜好品の類としてアウターでは入手が困難なそんなものをつけていたとしても驚かない。 けれど、この偶然の一致は果たして本当に無視できるのか………? (………もしかして、あの時わたしとの約束を破ってカズくんが会っていたのは――) 今まさにその答えへと帰結しようとしたその瞬間だった。 「―――かなみ!?」 自分の名を叫び駆け寄ってくる当の彼女の想い人が姿を現したのは……… デート、とストレイト・クーガーは言った。 だが実際、カフェにて向かい合うこの状況を桐生水守はそう捉えてはいなかった。 それも当然だ、水守が想いを寄せるのはクーガーとはまったく違う別人だし、水守自身もクーガーへとそんな気持ちを寄せるのは金輪際にだってありえないだろうと確信している。 それは態度にもハッキリと出して眼前のこの男にも告げている。クーガーがそれにすら気づかぬ程に無知且つ厚顔な男だとは………言動を見ていれば一部思うものの………兎に角、それは彼とて察せられているはずだ。 だというのにこの男はいつも自分に付き纏う。時に鬱陶しく、時にお節介に………時に助けられ世話になったこともある。その事実は認める。 けれど水守は未だにクーガーが何を考えて行動し、自分に付き纏っているのかが理解出来ていなかった。 これも丁度良い機会か、そう考えて今それに少し触れてみようかとも思った。 「………私は、貴方が私を監視する目的で付きまとってきているのではないかと考えていました」 ロストグラウンドの筆頭スポンサー、本土でもかなりの発言権を有する大財閥桐生家。 水守はその総帥の実子………愛娘だ。 今の水守の立場、大学院への異例のスキップやこのロストグラウンドへもホーリーのスタッフとして派遣されたことも、その全てが確かに彼女の才覚があったこともさることながら家の威光があったからだということを水守はちゃんと認めてもいた。 傍から見れば自分は随分と鼻持ちならぬ世間知らずのお転婆お嬢様なのだろうと皮肉に認めていたし、実際周囲の幾人かは陰でそのように自分を評しているのを知っていた。 実際、程度の差こそあれジグマールや劉鳳でさえも少なからずそう思っていることを水守は知っていた。 眼前の男にもこの大地に舞い戻った直後に言われたが、つくづくこの大地には不似合いな人間なのだろうと最近では自身でも認めつつある。 「心外ですねぇ。私を隊長の回し者とでも?………まぁ、確かにそう疑われても可笑しくない立場の人間が貴女です。そして私もそう疑われても仕方がない振る舞いを………まぁしてきたのかもしれません。しかしですね、みのりさん、前にも言いましたが俺は―――」 「“みもり”です。ああ、それとそこからの長い講釈は今は結構です」 名前を訂正、そしてマシンガントークへとクーガーがこれから突入していくのを察して機先を制しそれを防ぐ。大分、クーガーの付き合い方………否、あしらい方に慣れてきた自分を不本意ながらも認める。………少し悲しくなってくるのは恐らく気のせいだ。 一方、クーガーといえば「………俺が機先を制された………?………俺がスロウリィ………?」などと何やら大変にショックを受けた態度でブツブツと呟いていた。 まぁそれも今はどうでも良い、そう考えを改め直し水守は本題を切り出した。 「クーガーさん、以前に私を助けてくれた時に貴方は言っていましたよね? 本土に送られたアルター使いがどうなっているのか知っていると」 以前、水守は本土側のデータベースを介してホーリーのメインコンピューターへとアクセスするという手段………当然ながら服務規程違反を犯したことがあった。 あの時は何者かの介入を途中で受けてしまいアクセスし情報を得るどころかログインした痕跡を抹消すること自体が危うかった。何せ不審に思ったその場の職員に作業を覗き込まれるところだったのだ。 それを寸前で防いでくれたのが飄々とその場に現れたクーガーだった。彼が職員を追い払っていてくれなければ、恐らく自分はタダでは済まぬ事態となっていただろう。 そういう意味で言えば、クーガーは窮地を救ってくれた恩人であり水守も感謝の念を抱いている。 だがその後に彼と交わした会話で、水守の抱いていた懸念にクーガーはハッキリと言ったのだ。 『勿論知っていますよ。俺たちが捨て駒だってね』 『何処に居たって俺たちアルター能力者は嫌われ者です。だったら少しでも人間らしく扱ってくれる場所を望んでも良いでしょう?………例えそれが、刹那的な時間であったとしても』 そう言ってきた彼に水守は思わず反発しようとした。尤も、あの場では他者の目があり騒ぎ立てる事を懸念したクーガーに咄嗟に止められたが。 今でも水守はしかしあの時のクーガーの言には納得しかねていた。 「私の口からは何とも言えません。それがみのりさん、例え貴女の頼みだとしても、です。これでもジグマール隊長には恩義もあります、納得しかねる事、約束を破られた事は色々と遺憾ですが………それでも俺はあの人の部下であり、ホーリーですから」 また名前を間違えられた。だがそれ以外の言動に関してはそう語るクーガーの態度にはいつもの飄々とした雲を掴むようなものではなかった。 珍しい、そう言って良いほどに真剣で誠実な態度だった。 「だいたい俺はあの時にも言いましたよ? ならばその事実を皆に明かすのか、それも劉鳳にも、と。………どうなんです、みのりさん? 貴女にその勇気と覚悟がお有りですか?誰も知りたくもない、求めてもいない真実を、お嬢様の一方的な正義感で暴露され傷つく者がいるかもしれないことを考えていますか? ………およしなさい。お嬢さんにそれは茨の道です。何よりも、その選択を選べば傷つくのは貴女自身だ。………俺は、そんな傷つく貴女を見たくは無い」 グッと前面に押し出すようにその顔を近づけてきて、一度も目を逸らすこともない真剣な態度でクーガーは水守へと静かにそう告げてきた。 普段のクーガーらしからぬ、けれど彼の本心が本当に垣間見られた、それは諭すような説得だったのかもしれない。 だからこそ、水守もまたそれと真剣に向かい合い、彼の言葉、促がす覚悟の一つ一つを真剣に考え、吟味する。 その結論は――― 漸くに牧場のおばちゃんおっちゃん連中から解放された頃には、それこそ精も根も尽き果てたかのように疲労困憊で千鳥足のカズマが誕生していた。 この“シェルブリット”のカズマにも苦手なモノは二つある。 それは笑っていないかなみの顔とあの連中の説教だ。 ………つくづくそれを改めて思い知らされた。尤も、その大半は自業自得だが。 「………にしても、かなみが行ってないならまったくの無駄足だったじゃねえかよ」 毒づくように文句を垂れるカズマだが、連中に聞かれていれば間違いなく恐怖の延長一時間コースだっただろう。 兎も角、最前のことは悪夢と割り切り出来るだけ忘れるようにしながらカズマは寝ぐらへの道を戻る。 かなみが帰っているというのなら、自宅で話し合えばいい。 だがそれを考えるだけでもまた再び、柄にもなく緊張してきた。 憂鬱になりかねない帰路の足取りは重い。何でこんな面倒なことになっているのかと改めて噴飯ものの気持ちだった。 「それもこれも………全部あの野郎のせいじゃねえか」 高町なのは。いけ好かない………けれど何処か己と似ている本土から来たアルター使い。 アイツの相手なんぞしていたからこんな面倒なことになってかなみに怒られているのだ。改めてあの女は気に入らないにプラスして疫病神だと認定した。 そもそもそれ以前に彼女を見つけて自分から喧嘩を吹っ掛けようとしたのが始まりだったことを既に忘れている辺りがカズマらしかった。 次に出会ったらやはりぶっ飛ばす、そんな決意を苛立ちと共に固めていた瞬間だった。 ―――目の前の光景を見て、それこそカズマの思考は止まった。 それこそその件の女―――高町なのはがまたいやがった。 しょうこりもなくまたか、そんな思いを抱く以前にその彼女と一緒にいる人物が問題でカズマの思考はそこまで進まなかった。 「………なんでかなみとアイツが一緒にいるんだよ………?」 それもなのははかなみを拘束するように両腕で彼女の体を外側から抱きすくめている。 それを抱擁とは素直に取れない辺りがカズマらしいと言えばらしかった。 けれど勝手にあらぬ方向に疑問への解答を自己完結に進めるカズマが出した結論は早計で単純、そして明白だった。 ―――かなみが危ない。 それだけを結論として弾き出したカズマはそれこそ思い切り地を蹴飛ばしながら彼女たちの居る場所へと駆け寄る。 「―――かなみ!?」 なのはの拘束を逃れたのか、呆然として驚いているかなみを他所にカズマは彼女となのはの間に割り込むように立ち塞がる。 当然、その光景は傍から見ればかなみをなのはより護ろうとするソレだ。 「………カズマ君」 「テメエ、かなみに何しやがった!?」 カズマの突然の乱入にはなのはも驚いたのか目を見開き彼を見つめる始末だ。しかしそれすらもカズマは遮るように問答無用の恫喝で彼女に詰め寄らんばかりの勢いだった。 「カズくん、落ち着いて! なのはさんは別に―――」 「騙されんじゃねえ、かなみ! こいつはホー………市街の人間なんだよ!」 咄嗟にホーリーと口走りそうになるのをかなみが驚き怯えるのではないかと配慮して言い換えられたのは一つの奇蹟だっただろう。 カズマの狼藉を止めようと彼の服の裾を引っ張っていたかなみも流石にそう叫ぶ彼の激しい剣幕には咄嗟に怯えて後ずさってしまった。 「カズマ君、かなみちゃんが怖がってる。駄目だよ、そんなに怒鳴り散らしちゃ」 「うるせえ! テメエこそそれ以上かなみに近寄るんじゃねえ!」 そう言って牽制する様に拳を横薙ぎに振り払う。 無論、なのはにはそもそも距離が足らずに当たらなかったが、それでも一歩近づこうと踏み出しかけていたなのはの足が思わず止まったのも事実だった。 傍から見ればそれこそカズマの方が暴挙に出て錯乱するチンピラだ。そうなってしまっているのもこの二人が同時に自分の前にいるからだ。 一方は自分が背負い、護ると誓った家族。 もう一方は明確でいけ好かぬ敵であり、越えるべき立ち塞がった壁。 まさに日常と非日常が同時に混在するカオス空間にでも踏み入った心境で冷静さを欠いていた。 だがそれでもまだアルター能力を発動していないだけ最後の理性が残されていたのも確かだ。尤も、相手の出方が変わればその均衡は崩れ、激突は避けられなくなるが。 正に火薬庫、そう呼んでもいいほどに危うい状況だった。 そしてなのはもまたそれを瞬時に悟ってもいた。 だからこそ、これ以上彼を刺激するのは危険だと判断した。 この場での最も穏便な解決策―――それはやはり自分の撤退だろう。 今のカズマの状況が状況だ、カズマはおろかかなみとも話し合いはおろかその余地すらもカズマは許さないだろう。 随分と嫌われている、その事実は苦々しく、そして悲しい笑みとなって表情に表れていた。 けれどそれも今は仕方の無いことだと、なのははグッと耐え忍ぶことを選んだ。 「………じゃあ残念だけど、今日はもう私は帰った方がよさそうだね」 残念だよ、とそう最後に告げながら彼女はもう一度だけ二人に微笑みながらそのまま背を向けてこの場を去るために歩き出す。 「おい、テメエ! かなみに―――」 「―――安心していいよ」 背を向けて去ろうとしているこちらに彼が声をかけたのは、かなみに自分がアルター使いなのをばらしていないかを懸念してのことだろう事は直ぐに察しが付いた。 なのはは凡そかなみがカズマがどんな事をしているのか殆ど何も知らないだろう事は彼女の話を聞き察することが出来ていた。 だからこそ、心配しなくても何も話していない。言葉ではなく態度でカズマに察せられるように一度だけ振り向き、彼を安心させる為の微笑を向けてそう言ったのだ。 カズマはこちらの笑み、そして言葉で通じたのだろう、憮然とした態度で鼻を鳴らしながら視線を逸らした。 それに改めて笑みを浮かべながら、最後にと折角振り向いたことだし一つだけ思っている願いを二人へと告げた。 「またいつか………私は二人とお話がしたいな」 それだけを告げると後は一度も振り返ることなく、颯爽とした態度も顕にその場を立ち去っていた。 その彼女の歩みは、何処か迷いや重荷の吹っ切れた軽やかなものとなっていたことを本人もまた気づいていた。 何が何だか分からぬままに急展開した事態は自分を置いてけぼりにして終了してしまった。 何故カズマはああも彼女へと激昂した怒りをぶつけたのか。 何故なのははこちらを見た時にあんな悲しそうな笑みを向けたのか。 そもそもなのはは“りゅうこ”なのか、そしてカズマとなのはの関係は何なのか。 全てがサッパリ分からなかった。 けれど此処まで激しく怒り取り乱すカズマを見たのは久しぶりだった。そして彼がここまで激しく市街の人間に敵愾心を持っているのを改めて思い知った。 「………大丈夫だったか。アイツに………何もされなかったか?」 漸くに落ち着いてきたのか、先程よりは随分緊張感も解いた態度で改めて心配げに尋ねてくるカズマ。 ここまで自分を心配する彼も珍しいと思う半面、自分をこれだけ心配に大事に思ってくれていることに気づき、嬉しかったのも事実だった。 「………わたしは大丈夫だけど……カズくんこそ大丈夫? あんなに取り乱してらしくなかったよ?」 それになのはさんに対してもあんまりな態度だったんじゃないか、と思いもした。 だがカズマの方はかなみのその言葉に彼女の頭を乱暴に撫でてクシャクシャにするので応える。 「………何でもねえさ。ああ、何でもねえ。………お前が無事だったんなら、それで良いさ」 「あ、ちょっとカズくん! 酷いよ、髪の毛がクシャクシャだよぉ」 「あ………悪い、すまねえ、許せ」 非難してくるかなみに思わず罰が悪いように謝るカズマ。 それはいつも通りに展開されていたやり取り。あれ程、気まずく縁遠くなっていたはずの二人のどちらもが求めていたはずのものだった。 「………かなみ、帰るか」 「うん。帰ろう、カズくん」 聞きたいことは、知りたいことは山ほどあった。 いずれはこの疑念たちの真実を知りたいという欲求がかなみにもある。 けれど………今は、今だけはそれも置いておこう。 なのはには悪いとも思うし、カズマにも思うところはある。 けれどこの瞬間は、せめて家に帰るまでのこの瞬間くらいは――― 「………カズくん。………手、繋いでもいい?」 「………ハァ、しゃあねえな。好きにしろ」 「うん、じゃあ好きにする!」 「っておいこら、引っ張るな!」 ―――何よりも尊い、自分が望んでいた幸せへと浸りたい。 青空がそろそろ傾きかける黄昏への一時。 並んで歩く影法師が二つ。 手を繋ぎ、家路に着くその光景は疑うことなく家族のソレであったことだろう。 次回予告 第4話 スーパーピンチ 窮地! 追い詰められた者は生き延びたいと強く願う。生を渇望する 崖っぷちに追い詰められたエマージー・マクスウェルもまた大声で泣き叫ぶ。 そして天空からの来訪者は、 神か? 悪魔か? スーパーピンチか? 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 前へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3149.html 次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3150.html
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3318.html
暗雲で覆われていたはずの空。光を遮りこの大地を暗闇に閉ざした中で突如発生した閃光。 轟音と共に星が爆発したかのような錯覚を思わず抱かせる閃光と衝撃を発しながら、空を覆っていたはずの雲が切り裂かれていく。 「なのかさん……カズヤ………」 ストレイト・クーガーはサングラス越しにその爆発をしかと見届けながら、恐らくはこの現象を起こしたのであろう張本人たちの名を思わず呟いていた。 勘にしか過ぎないが……恐らくは、これで決着がついたのでは無いだろうか。 勝ったのはなのはか、或いはカズマなのか……… 「……約束だったんだが」 カズマを彼女に任せ、自分は少女を探し出して保護する。 割り決めた役割分担は決して容易く破棄していい事柄ではない。 なのはがなのはの務めを果たしたというのなら、クーガーにはクーガーの務めを果たす義務がある。 それを放棄することは、むしろ彼女へと抱き彼女もまた抱いてくれた真摯な信頼への裏切りも同じ。 男としての誇りをもってしても故にこそ無碍には出来ない。 しかし……… 「……やっぱ放っておけないってのも事実だしな」 深く、深く息を吐いて溜め息。 胸中にて詫びの言葉をなのはへと、スバルへと、そして探している少女へも告げる。 都合一分、黙祷のようにそれを行った後再び顔を上げたクーガーにもはや迷いは一つたりともない。 即断即決、こうと思ったこと、やりたいと思ったことを躊躇わずにやる、最速で。 それこそが彼の本当にやり遂げるべき生き方。 「人生は短い……偶には俺の我が儘の方もお願いしますよ」 即ち、二人の決着を見届けたい。 その願望を果たす為に、探索作業を一時中断したクーガーはそのまま爆心地を目指して駆け出した。 「……ありゃあ一体何なんだ?」 先の大規模な地鳴り騒ぎも冷めやらぬ内のこの光景。 丸っきり蚊帳の外そのものの立場にいる自覚はヴィータにもあったものの思わずそう呟かずにはいられなかった。 歯痒い……そう正直に思う。強制待機を命じられている身分。これ以上勝手な事をして部隊に迷惑をかけるわけにはいかないのは分かっていたが、それでも胸中は嫌な胸騒ぎがやむことも無く沸き続けて仕方が無い。 あれはいったい何なのだ? 今何が起こっている? それに何より……… 「………なのは……無事、だよな………?」 自分の戦友。護ると決めたその対象。 彼女の安否が今無性に気になって仕方がなかった。 なのはは本当に無事だろうか? 「無事に……帰ってきて、くれるよな?」 八年前のようなことなどあってはならない。あっていいはずがない。 縁起でもない事を脳裏に浮かべかけたのを、慌てて苛立たしげに打ち払い否定しながらヴィータは呟く。 「帰って来い……ちゃんと帰って来いよ…………なのは」 己の願望とも言えるその祈りを。 「………なのはさん」 曇天を切り裂いた光を見上げながらスバル・ナカジマが呟くのは憧れの人のその名前。 帰ってくることを約束して、誰にも負けはしないと笑ってくれたあの人。 故にこそ、スバルはただその約束、その言葉を信じてこの場を動かない。 任された己の責務を全うし、帰って来てくれる彼女へと『お帰りなさい』のその言葉を告げる為に。 スバル・ナカジマは高町なのはの帰還を信じて待ち続ける。 何が起こった、いったいどうなった。 俺は勝ったのか、それとも………負けたのか。 閃光が視界を焼き、先程まで浴びせられていたモノの比ではない衝撃を全身に叩き込まれ、吹き飛んだのは覚えている。 情けないことにそれで意識が飛んでいたらしい、漸くにうっすらと覚醒し始めた意識の中で自分はどの程度の時間落ちていたのかをカズマは考えようとする。 だが指一本すら本当にもう動かせそうもない痛みと疲労、これによってマトモな思考すら形成することもままなっていないというのが正直な現状だった。 右目は開かない。先の劉鳳も加えてやりあっていた時の最後辺りからそうだったが、完全に目としての機能を失ってしまったらしい。 だがまだもう片方……そう、左目がある。こっちはまだ機能しているはずだ。 そう思い至りながら、カズマは閉じていた左目の瞼を無理矢理こじ開ける。瞼一つあけるのにも信じられぬ労力を要した事実から考えても、本格的にもはやヤバイらしい。 開けた左目はしかし未だ朧に霞んだ世界を映すのみであり、何がなにやらサッパリ分からないというのが現状。 漸く暫く経った後に、回復してきた視力が自分が現在うつ伏せに倒れていることを認識する。 全身を覆っていたはずのアルターは既に砕け散って欠片も残っていない。そもそも指先一つ動かすのに激痛が走る現状ではアルターの維持も不可能なのは明らか。 これ以上の戦闘続行は不可能……絶対に認めたくも無いことだが、体がそれを正直に引っ切り無しに訴えていた。 ……あの女はどうなった? 先程までの喧嘩の相手。猛る激情を一身に叩き込み続けていた対象。 乗り越えねばならぬ、立ち塞がってきた俺の壁。 まさか、あの爆発で自分同様に吹っ飛んでしまったのだろうか。それが最も可能性のある予測だったが、断定できない。 結局、何も白黒はっきりしていないまま。収まりがつかないのは当たり前。 あの女を……あの女を倒して、自分は前に進まねばならないのだ。 それまでおちおちこんな所で寝てもいられない。そう決心しながら、カズマは悲鳴上げる体の訴えを強引に無視しながら、無理矢理に立ち上がった。 二本の足で辛うじて立っているのが精々であり、マトモに歩行へと移ろうものなら即座に転びかねない。 それ程に、立っているのがやっとと言っていい状態だった。 だがそれでも構うものかと、俺の体なら意地を見せろとカズマは自身の体に苛立ちを叩き込めながら、首を回して周囲を見回す。 爆発の影響だろう、盛り上がって突き出していた岩壁の数々は砕け散り、自分が立っている地面もスプーンでそこを切り取ったような深いクレーターの中の中心。 この体で上まで上るのはキツイなと早くもうんざりしかけていたその時だった。 「……カズ……マ………くん……」 ふと己の名を呼ぶ聞きなれた……否、あれとは違う忌々しい声。 それが宿敵のものだと察し、それが頭上から聞こえてきたものだと分かったカズマは即座に視線を上へと向ける。 見上げるカズマの上空。 そこにボロボロになったバリアジャケットを纏い、一見して明らかな重傷を全身の至る所に負った白い魔導師が浮かんでいた。 「………テメエ……ッ……!?」 敵意を剥き出しにして、睨み上げながら怨嗟の声を漏らすカズマ。 だが彼女―――高町なのはは未だ治まらぬ敵意をぶつけられながらも、それに臆した様子も無く、ゆっくりと彼が立っている場所まで下降してくる。 体に鞭打ちながら何とか形だけは身構えるカズマだが、正直、拳を握り繰り出すことすらマトモに出来るかどうか分からない。 けれど逃げない、逃げられない。 この女にだけは逃げられなければ、負けられない。 これは理屈ではない。 カズマの中の本能がそうさせるのだ。 だから――― 「がぁぁああああああああああああああああああああああ!!」 余力など欠片もない。無駄な叫びを上げること自体が体力の浪費。 だが知ったことかと言わんばかりに、カズマは目の前にまで降りて来たなのはへと拳を振り上げ、殴りつける。 普段の彼の放つソレとは比べるべくも無い程に力ない、そうヘナチョコと笑われる様な無様な一撃。 子供が癇癪を起こしてぶつけるのと大差ない……否、それにも劣るような一撃。 「―――ぐっ!?」 けれどなのははそれをかわすこともなく受け止める。 否、かわせるだけの余力すら今の彼女には無いというのが事実。 カズマ同様に、なのはもまた既に立っているのが辛うじてと言っていい状態だったのだ。 それでも、それでもなのははカズマにぶつけられた拳を喰らい、思わず倒れそうになるほどによろめきながら。 けれどギリギリで踏ん張り、持ち堪える。 なのははそのまま真っ直ぐにカズマを見据えながら、辛うじて無事な方の右腕を彼へと向かって伸ばしながら――― ―――ゆっくりと、なのははカズマを抱きしめた。 「―――ッ!? テメエ、離―――」 思ってもいなかったなのはの行動に、カズマは驚きながら反射的に振り払おうと身を捻ろうとして。 だが彼がそうする前に、その叫び上げようとするその声すら遮って。 彼女は静かに、けれど力強くはっきりとその言葉を彼へと告げる。 「もういい。もういいんだよ、カズマ君。君は――――今、泣いていい」 泣いて、いいんだよ。 そうしっかりと抱きしめながら、なのははカズマへとその言葉を告げる。 ずっと、この戦いを始める前から、ずっと言わなければ、伝えなければいけないと思っていたその言葉を。 泣けない獣に、そうじゃないのだと告げる為に。 高町なのははその言葉をカズマへと告げる。 泣いて、いい。 自分は今泣いてもいいのだと、そう自分を抱きしめてくる女は言ってくる。 訳が分からない。いったいどういう意味だというのか。 その瞬間、脳裏に走ったのは言うまでもないあの光景。 大切だった、護りたかった、背負うべきはずだった、アイツの姿。 ―――君島邦彦。 アイツが殺されたと知った時、信じられなくて、悔しくて、許せなくて。 復讐を誓った。アイツを殺した連中だけは絶対に許さないと。 そしてアイツが大切にしていた、あの車も取り戻すと。 そうして激情に駆られ、連中の駐屯地に殴りこみ、力を振るって連中を残らず薙ぎ払った。 そして取り返した、アレだけは……アレだけは奪われるわけにはいかなかったから。 アレはアイツの物だったのだから。 けれど、思いの全てを拳に込めて連中を叩きのめそうと、そして目的の物を取り戻そうと。 結局は、何も治まりがつくこともなかった。 何も決着などつくことすらもなかった。 けれど…… 「……泣けねえ……泣けるわけねえだろ。……んなこと……出来るかッ!」 搾り出すように反論の言葉を怒鳴りつける。 泣いてもいいだと? ふざけるな! 「……泣いちまったら……認めちまうことに……なるだろうがッ!」 涙は弱さだ。そんなもの幾ら流そうが何の意味も無い。 この最低で最悪の大地の上で、そんなものは最も無意味で無価値なもの。 弱者の証だ。泣くということは、己が弱者であると認めるようなもの。 出来ない、そんなこと出来るはずも認められるはずもない。 俺は弱者じゃない。奪われる立場じゃない。 “シェルブリット”のカズマ………アイツの、君島邦彦の相棒だ! そんな俺が涙など……流すことなど絶対にあってはならない。 だから泣かない、泣かなかった。 泣きたくても、泣くのは駄目だから……泣けなかった。 今更、今更になってかなみすら失ってしまった後にどうして掌を返すようなそんな事が出来る? どうして弱者になど戻れる? だから俺は涙なんて――― 「……違う。違うよ、カズマ君。……涙は、決して弱さなんかじゃない」 誰かを思って泣くことは、決して間違っていることでもなければ恥かしいことではない。 だってその痛みと悲しみこそが、その思っている者への自分にとっての真実の価値。 心から偽らずに、思うことを許された証明だ。 だから泣いていい。悲しい時には泣いていい。泣いて、いいのだ。 そうでなければ、本当に泣きたい時に泣けなければ――― 「本当に、泣きたい時に泣かないと……もう、本当の意味で笑えなくもなるんだよ?」 自分を偽ってしまえば、仮面を被る事を了承してしまえば、嘘を肯定してしまえば。 その瞬間から、自分は自分で無くなる。自分としての本当の思いを、曝け出せなくなる。 「……そんなの……そんなの………ずっと、辛いよ」 辛い、辛すぎることなんだとカズマを更に抱きしめながらなのはは告げる。 悲しみに暮れろと言っているわけではない。そこで立ち止まることを肯定しているわけでもない。 けれど悲しい時には悲しまないと、泣きたい時にはちゃんと泣かないと。 笑いたい時にも、笑えなくなってしまう。 そんなのは駄目だ、絶対に駄目だ。 「君島くんやかなみちゃんは………今の君のそんな姿を、本当に望んでいるの?」 「―――――――――――――――ッ!?」 なのはに告げられたその言葉に、カズマはビクリと体を震わせ反応を示す。 君島とかなみ……カズマにとって誰よりも大切だった者達。 彼らを護りたいと思った、背負いたいと思った。 その為に、その為に自分は戦ってきたはずだった。 そんな彼らが自分へと望んでいること……………? 君島の顔が脳裏へと浮かぶ。 かなみの顔が脳裏へと浮かぶ。 これまでの彼らとの日々が、脳裏へと浮かぶ。 失って初めて気付いた自分にとって心の底から幸せだった過去。 もう取り戻せない彼にとっての日溜りの地。 涙が、気付けば頬から一滴零れ落ちていた。 思い出してしまった。 ……思い出して、しまった。 「………俺は、泣いてもいいのか………?」 本当に泣いていいのか? そんな都合の良い事、身勝手なこと、許してもらえるのか。 君島やかなみは……涙を流す自分を許してくれるのか? 「うん……泣いていい。君は………今、泣いていいんだよ」 それが限界だった。 堤防が決壊する。もう我慢も出来ない。 ずっと溜め込んでいた悔しさが、無念が、喪失感が、悲しみが、カズマの中から次から次へと溢れ出てくる。 カズマは泣いた。悲しみを貪るように、慟哭を発しながら。 自分が失ってしまったものが、本当にどれだけ大切なものだったかを改めて噛み締めながら。 泣けないはずの獣は、しかし涙を流し続けた。 漸くに、泣いてくれたカズマに安堵しながら、高町なのはは優しく彼を抱きとめ続けた。 彼が泣き止むまで、それに付き合おうと。 この後に、彼が再び笑えるように願って。 彼が、本当の意味で強くなってくれることを願って。 (………けど、やっぱりもう一度、君とちゃんとしたお話が……したかったな………) 彼との間に後悔があるとすればそのこと。 そして、結局は彼の助けも出来なさそうだという事。 それから、後一つは――― (……あれ?………おかしいな……結局、私って後悔ばっかりだ………) まるで糸が切れたマリオネットにでもなったように不意に全身の力が抜けていく。 彼を抱きとめ続けることはおろか、もう立っていることも出来ない。 ……ああ、限界か。そうなのはは他人事のような遠い意識の中で思い至る。 限界を超えた代償……文字通り、命を燃やし尽くしたその最期。 遠ざかっていく意識。霞む視界。形として纏まらない思考。 眠い………酷く、眠い。 もう、眠ってもいいのかな。 そう、ふと思いながらそれでも消え行く最期の意識で彼女が脳裏へと思い浮かべたのは二人の人物。 今最も逢いたくて、言葉を交わしたい大切な人たち。 最期にあの二人に逢いたいな、そう思いながら……高町なのはの意識は断絶した。 急に高町なのはが押しかけてきたこと。その事実にユーノ・スクライアは戸惑っていた。 それこそ奇妙だと思う怪しむべきことは山ほどある。 どうしてなのはが此処にいるのか。いったいいつロストグラウンドから戻ってきたのか。 そして、何の為に自分に逢いに来てくれたのか。 分からない。大まかな疑問であるこれらの解となるべき情報をユーノは持ち得ていない。 故に戸惑う。彼女への対応を測りかねる。 とりあえず向かい合って座りながらコーヒーを用意して彼女へと差し出す。 微笑と共になのはは礼を言ってくる。 ふとした彼女の笑みや仕草に思わずドキリとしてしまうのは、先程からずっと彼女のことばかりを意識していたからか。 兎に角、落ち着けと逸る動悸を抑えようと言いきかせながら、ユーノは自分が冷静であるようにと極力努める。 深夜、誰もいない広大な無限書庫内部。 高町なのはと二人きり………。 拙い、落ち着こうにも落ち着けない。 表面上くらいは冷静さを保ちたいのだが、どうにもチラチラと先程から彼女へと視線を向けるのをやめられない。 不意になのはがこちらを見てくる視線とかち合う。慌てて目を逸らす、彼女はそれに不思議そうに首を傾げている。 これ以上は醜態を曝せない、落ち着けユーノ・スクライアと彼は胸中で自分へと必死にそう言いきかせながら、今度は人という字を掌に書いてそれを飲み込む。 気休めなおまじないだがやらないよりはましだろう、気分的に。そう思っていたら不思議と逸る己の内心も少しはマシになってきたような気がした。 「それで、急な来訪だけど………どうしたの?」 とりあえず会話をしていけばいい。それで場は保てるはず。 故に当然といえる切り出し方だが、まずこの疑問を解消したいとユーノはなのはへと問いかける。 それに対してなのはは、 「うん、ちょっとね。………ユーノ君と逢って、お話がしたいかなって」 いきなりに破壊力抜群の先制攻撃を叩き込まれる。 思わず、ぐはっとでも血反吐を吐き出したいところだがそんなことやったら引かれるだけだ。絶対にそんなことは出来ない。 落ち着け、落ち着けと普段の自分で良いんだと自己暗示をかけるのに突入しようとしていたユーノになのはは語りかけてくる。 「……早いものだよね、ユーノ君と出逢ってもう十年にもなるんだよ」 光陰矢のごとし、そんな言葉が彼女の世界の諺にあるのをユーノは思い出す。 明らかに郷愁に満ちた彼女の様子をどこか不思議と感じながらも、それ以上は踏み込まない。 きっと言いたくないことくらいは彼女にだってあるだろう。それを無理に聞き出すことは出来ない。 昔を懐かしんで、愚痴にでも付き合ってもらいたいのかなと思ったユーノは彼女の会話に合わせる事にした。 「始まりは……本当に偶然の小さな出会い、だったよね?」 「そうだね。……あれから今日まで本当に色々あったよね」 そう互いに笑い合いながら、思い出話へと花を咲かす。 ジュエルシードを巡ったあのPT事件、そして『闇の書』事件。 フェイトやはやてとも一緒に管理局入りして、局員として働き続けたこれまでの日々。 辛い事や悲しい事、苦しい事も色々とあったのは確かだ。 だがそれでも――― 「私は今まで私のやってきた事に、後悔はないよ」 「………なのは?」 凛として告げる彼女の姿を気高く美しいと正直に思う反面、何故か彼女が消え入りそうなほど儚く霞んで見えた気がした。 ゴシゴシと目を擦り改めて彼女を見直すも、おかしなところは何も無い。彼女はいつも通りだ。 ………見間違いだろうか? きっとそうなのだろうと不安を払拭するようにそう思おうとしたその時だった。 「ユーノ君。今まで……本当にありがとう」 急にそう微笑みながら言ってきた唐突な彼女の言葉。 ユーノはそれこそいきなりらしくもない彼女の言葉にどうしたのかと問い直そうとする。 けれどなのははそれを遮るように小さく首を振ると座っていた椅子から立ち上がる。 「そろそろいかなきゃ。……ユーノ君も、あんまり無理しちゃ駄目だよ」 体は大切にしないと、そう笑ってきながら一度だけ真っ直ぐに目を逸らすこともなく真剣にこちらへと視線を向けた後、 「ユーノ君が色々と支えてくれて、私はここまでやってこれたんだと思ってる。……出来れば、ヴィヴィオの事も良くしてあげてくれないかな。あの子、ユーノ君には凄く懐いてるみたいなの」 別にそれは構わない。彼とてヴィヴィオの事は好きだ。なのはに頼まれなくてもそれくらいは任せてくれて良い。 将来、司書になりたいというのなら自分の方から色々と教えてもいいと思っているくらいだ。 だからヴィヴィオの事は問題ない。こちらだってその心算だ。 けれど、このなのはの言い分はまるで――― 「なのは……君はいったい………?」 「友情に見返りは求めないけど、私はユーノ君には恩返しは色々としておくべきだったって思ってる」 それが出来そうにないのは申し訳ないと唐突に彼女は謝ってきた。 恩返し、それこそそんなものは欲していない。ユーノが欲するものがあるとすればそれは――― 「な、なのは! 僕は―――」 礼を示した後、背を向けて立ち去ろうとする彼女へユーノは思わず声を張り上げながら呼び止めようとする。 止めなければ、行かせてはいけないと思った。 呼び止めないと、もう二度と彼女には――― 「………ユーノ君?」 声を張り上げて呼び止められたことに驚いたのか、なのはは不思議そうに首を傾げながらこちらへと振り返ってくる。 言え、心の内からもう一人の自分がそう言ってくるのをユーノは自覚した。 言え、自分の想いを、十年間秘めてきたその想いを伝えろ。 今ここで言わないと、ずっと後悔することになる。 そう何故か確信したからこそ、想いを解き放てとユーノの中のもう一人のユーノが告げてくる。 それに対してユーノは………躊躇いを抱いていた。 本当にここで言って良いのか、本当にこの告白は上手く行くのか? 自分の中の臆病な部分が、あれ程に先に固めていたはずの決意にすら待ったをかけた躊躇いを示す。 情けない……本当に度し難い、チキン野郎だ。 自分自身を罵る言葉なら即座に百通り以上は瞬時に思いついただろう。それくらいに土壇場で踏み止まっている自分が見苦しいとユーノは思っていた。 しかしなのははそんな押し黙っているユーノにさえ、文句一つ言う様子もなくただ静かにユーノから視線を逸らすこともなく彼が言葉を紡ぐのを待ち続けている。 それに彼女もまた何かを期待しているように見えたなどと思えたのは、ユーノ自身の単なる勘違いの自惚れだったのか。 どちらにしろ、もうこれ以上行かなければならないと言っている彼女を、自分の中の訳の分からない確証もない予感で止めておいていいはずも無い。 そう思ったからこそ、ユーノは――― 「―――僕も、今まで君がいたからこそやってこれたんだと思ってる。……ありがとう、なのは」 ―――結局、選んで告げたのはそんな無難な言葉だった。 一瞬、なのはが悲しげな顔を見せたような気がしたのは見間違いだったのか。 なのははただ笑みを浮かべて、うんと頷きを示した後、 「それじゃあ、ユーノ君………バイバイ」 「うん、またね。なのは」 最後にもう一度、そんな別れの言葉を交し合ってなのはは背を向け無限書庫を出て行く。 その後姿を見送りながら、結局また素直に本音を言えなかった己の無様さをユーノは認め、溜め息を吐いた。 深い、深い溜め息だった。 「……でも、次こそは絶対―――」 言おう、胸中で今度こそ改めた決意を抱き直したその時だった。 「―――それから私、たぶんユーノ君の事が好きだったんだと思う」 不意に去ったと思っていた彼女の声が、言ってくるとは思わないようなそんな言葉を発してきたことにユーノは驚きながら反射的に入り口のほうへと視線を向ける。 「なのは!?」 彼女の名前を呼ぶ。視線をあちこちへと向けて彼女を探す。 けれど、もう何処にも影も形も高町なのはの姿は見当たらない。 「………幻聴?」 きっとそうだろうとは自分でも思っている。自分の妄想が幻聴となって聞こえてきたのだと思った。 だってこっちが彼女の事を想うなら兎も角、彼女が自分のことなど……… 「疲れてるのかな」 もう帰って寝た方がいいだろう。アルフはおろかなのはにまで釘を刺されたばかりだ。 作業の続きは明日にでもしよう。そう思い中断されていた作業等の片づけへと入ったその時だった。 「………本当に、彼女だったんだよな」 出したコーヒーは手付かずのまま、もうすっかりと冷め切って湯気すら出していない。 それを自分が飲んだコーヒーカップと一緒に片付けながら、今夜のことは色々な意味で忘れられそうに無いだろうなとユーノは思っていた。 これが、ユーノ・スクライアと高町なのはが顔を合わせ、言葉を交わした最後の機会だった。 夢を、夢を見ていました。 それはとても穏やかで、優しい夢でした。 なのはママがいて、フェイトママがいて、ユーノ君やアイナさん、ザフィーラや皆がわたしの傍に居てくれる。 わたしにとっての一番の幸せを、形にしてくれた夢でした。 とっても楽しくて、平和で、賑やかで、優しい。 わたしが居ても良いって言ってくれる、わたしを独りぼっちから解放してくれたわたしにとっての最高の幸せ。 ママ……なのはママ、ありがとう。 わたしを引き取ってくれて、わたしをママの娘にしてくれて。 わたしを―――助けてくれて。 わたしは……高町ヴィヴィオは凄く幸せです。 本当に、本当に幸せです。 この幸せがいつまでもずっと続いてくれれば良い。 それが今のわたしの心からの願いです。 「………ママ?」 「あれ、起こしちゃった? ゴメンね、ヴィヴィオ」 不意に己にとっての幸せを形とした夢が終わりを告げ、朧気ながらも眠っていた状態から目を覚ましたヴィヴィオは寝ている自分を覗き込んでいる人物に気付いた。 薄っすらと未だ明確でない視界と寝起きで形を保てていない思考ではあったものの、段々とそれが誰なのかを認識していくにつれて彼女の意識は一気に覚醒した。 「―――ママ!?」 「うん、なのはママだよ。ヴィヴィオ」 そう言って優しく微笑みかけてくる彼女―――高町なのはの姿はいつも通り。 ヴィヴィオが良く知る、誇りに思う、自分にとっての最愛の人物。 自分を引き取ってくれた、自分の母となってくれた人。 「ゴメンね、こんな夜遅くに起こしちゃったみたいで。顔だけ見られればそれで良いと思ってたんだけど」 そう詫びながら申し訳無さそうに苦笑を浮かべるなのは。 確かに普段のヴィヴィオならばもう眠くて仕方の無い時間であったのは事実だが、そんなことは今何の問題でもなかった。 久しぶりになのはが戻ってきてくれた。その事実だけでヴィヴィオにとっては他の何よりにも勝る吉報も同じ。 彼女が忙しいことは知っていたし、我が儘を言ってはいけないと思ってずっと我慢していたが逢いたかったというのはヴィヴィオにとっての紛うことなき本心でもある。 いっぱいお話をしたいことがあった。なのはがいない間に自分がしてきたこと、ユーノのお手伝いだって少しは覚えた。聖王教会の学校では友達と一緒に楽しく学び、過ごしてきた。 それらをずっとなのはへとヴィヴィオは話をしたかったのだ。 「ママ、ママ、聞いて。わたしね―――」 「うん、聞くよ。ちゃんとヴィヴィオのお話は最後まで聞くよ」 そう言いながらヴィヴィオが嬉々として語るなのはが不在の間に起こってきたこと。 その体験、その思い出、その時に感じた感情を。 拙い会話ではあるものの、一つ一つヴィヴィオはなのはへと話していく。 なのはもまた嬉しそうに、娘が語る話の全てを、相槌を打って応えながら全て最後まで聞き続ける。 傍から見るならばそれは、優しい親子の触れ合いの一幕だったのだろう。 やがて語ることも語りつくしたヴィヴィオは、段々と疲れて眠気が再び襲ってきた。 ここで眠ってしまうのは嫌だと思ったヴィヴィオは目を擦ったりしながら必死に眠気に抗おうとしているものの、 「駄目だよ、ヴィヴィオ。眠いなら、もう寝ないと」 自分に付き合わせてゴメンねと謝りながら、もう寝なさいと優しく諭され、渋々ではあったもののヴィヴィオはそれに従った。 ベッドに戻り横になるヴィヴィオは傍になのはが居てくれることを改めて確認しながら、大事な事を問う。 「ママ……明日はちゃんと居てくれる?」 今夜までに語りたいことの多くを語った。だが明日以降にもあるであろう様々なことをいち早く語りたいというのも事実。 まだまだ、ずっとずっと彼女とお話をし続けたかった。 だがヴィヴィオのそんな儚い願いにも、なのはは申し訳無さそうに表情を曇らせて、 「……ゴメンね。また明日からもママ……お仕事にいかなきゃならないの」 そして今度のお仕事は結構時間が掛かるらしく、暫くはまた帰ってこられないとのこと。 当然、そう言われてヴィヴィオの表情もまた曇らないわけではなかった。 しかし――― 「うん。そうだよね。……ママのお仕事は大変だもんね」 そう自分自身に言いきかせて納得させようとする。 我が儘を言ってママを困らせちゃ駄目だ。良い子にしていないといけない。 そう自らに仕方の無いことなのだとヴィヴィオは言い聞かせた。 寂しいのは間違いの無いことだが、それでもなのはが皆を守る為に働いているとても立派な仕事なのだということに誇りを持っているヴィヴィオは、だからこそこれをちゃんと受け入れられてもいた。 ただ……それでも少しだけの我が儘が許されるのなら…… 「……ねぇママ。わたしが寝るまでは傍に居てくれる?」 そのヴィヴィオの言葉に不覚にも泣きそうになったなのはだったが、それを必死に自制する。 悟られるわけにも、心配もかけさせるわけにもいかない。 それに何より……最愛の娘のこんな儚い小さな願いを無碍になど出来なかったから。 「うん、居るよ。ヴィヴィオが眠るまで、ママはずっとヴィヴィオの傍にいるから」 だから、安心してゆっくり眠りなさいとなのははヴィヴィオへと告げる。 ヴィヴィオもまた嬉しそうに頷きながら、ゆっくりと自身の瞼を閉じる。 なのはの姿は見えなくなったが、それでも約束通りに傍に居てくれているのがその優しげで温かな気配から直ぐに分かった。 これで安心して眠れる。きっと良い夢だって見れることだろう。 「……ねぇヴィヴィオ、ママがお仕事で出かける前に言った約束は覚えてる?」 勿論だ。ずっとずっと考えていたのだ。片時だって忘れていない。 そう、わたしが行きたい場所……それは――― 「……ママのところ」 ポツリと呟くヴィヴィオの言葉になのはは「え?」と言った様子で聞き返してくる。 ヴィヴィオは照れ臭く恥かしくなったが、構わないと思い直し自分の望みを告げた。 「わたし、ママの居るところなら何処でも良いよ。時間が掛かってもいいから、いつか……ママが立っている場所の傍に、わたしも一緒に立ちたい」 それがわたしの―――高町ヴィヴィオの偽らざる、たった一つの小さな願い。 場所云々は関係ない。そんなものは何処でも良い。 大切なのは……なのはと一緒に居られること。 同じ大地の上に立ち、同じ空を見上げて、同じ風を肌で感じ取る。 最愛の母親と一緒に居たいというのが娘にとっての唯一の願望だった。 改めて言うには照れ臭い、そんな気恥ずかしさを覚えながらも、けれどハッキリとなのはへと告げることが出来てよかったとヴィヴィオは思った。 また娘が自分をそんなに慕ってくれている事に嬉しさと共に申し訳なさを感じながらも、それでもなのはが愛する娘へと告げるべきことは…… 「ヴィヴィオ。……ママはずっとヴィヴィオの傍にいるよ。どれだけ離れてても、ちゃんと心で繋がってる。ちゃんとヴィヴィオのことを見守ってるから」 そう言ってくれることに嬉しいと思う反面、何だかいつものなのはらしくもない言葉だとも感じた。 だが眠気が強まり朧気になっていく意識の中では、もうそれについても深く考えられない。 幼い子供として睡魔には抗えない事例を示すように、ヴィヴィオの一時の楽しい夜更かしは終わりを告げようとしていた。 霞がかかって眠りへと落ちていく意識の中で、それでもヴィヴィオの耳が最後に聞き拾った言葉は、 「ありがとう。それから―――愛してるよ、ヴィヴィオ」 自分もまた母へと抱いている感情と同じ言葉であった。 そうして分散し、乖離していた意識は急激に元の場所へと呼び戻されるように戻っていく。 最後の最期に、本当に愛していたその者たちへと告げたかった言葉を告げ終えながら……… 誰かが自分の名を呼んでいる気がする。 必死になって呼びかけながら、揺り起こそうとでもするように強引に体を揺さぶられる。 痛覚をはじめとした感覚など、それこそ既に根こそぎ消失したはずだというのに、何故だかそれが分かった。 そして少し不満にも思う。女の子をこんな強引なやり方で起こすのはデリカシーに欠けると。 白雪姫などと柄にも無い事を言う心算は無いが、起こそうとするのならもう少し優しく起こして欲しい。 ただでさえもう全てを出し切りスッカラカンと言っても良い現状で、疲れているのだからこのままもうずっと眠りたいと思っているのに。 ………そう、もうこのままずっと……… ――――――――は! 全てを出し切り、やるべき事をやり、伝えたい事を伝えたとは思っている。 無論、何から何まで満足がいく結果だったわけでもなければ、自分でもこのやり方が本当に正しかったかなど分からない。 もっと上手く立ち回れるやり方はあったのかもしれない。幾つかの悲しみだって或いは起こすことすら事前に防ぎ回避できたものだってあったのかもしれない。 自分のやった事など、結局激流の中に何の効果も無い無意味な一石を投じただけだったかもしれないとは思わないわけではないのだ。 ―――――――のは! けれど、それでも私は自分がしてきたこと、成し遂げたこと、残したものが間違っていたとは思わない。思いたくはない。 まったく後悔がないわけじゃない。未練が無いわけでも無論の事ながらありえない。 それでも……それでも、私は私を偽らなかった。 百点万点には程遠い、自己満足に過ぎない結果だったとしても。 それでも……それでも私は、自身の中にあった信念を確信を信じている。 あの日、あの時、あの瞬間に。 こんなにも星が近い空の上から、この大地を見下ろして思ったこと。感じたこと。 信じて、突き進んだこと。 ……勝手で我が儘なことは承知の上だけど、それでもこれを誇りたい。 十年前から変わらずに抱き続けてきたもの、これを最後まで捻じ曲げることなく戦いきったこと。 自分の持つ魔法の力が、きっと何処かの誰かの笑顔を護る為の一助となれたこと。 それを誇りながら私は――― ―――――――なのは! …………え? 「おい、しっかりしろよ!? なのは!」 強く引っ張られるように揺さぶられ、がなり立てるように響く切羽詰った叫び声。 バラバラに細分化し、そのまま消えてなくなるはずだった彼女の意識を一時とはいえ繋ぎとめ、呼び戻してきたその呼びかけ。 力強い意志。 それがいったい何者が行ったのかを高町なのはは僅かとはいえ復活した意識からそれを悟った。 「……カ……ズ……マ……く…ん………?」 必死になって倒れ行くこちらの体を抱きとめ、必死になって呼びかけてくるその少年の姿。 覚えてる……無論、まだ忘れていない。 自分が助けようと願い、手を伸ばし、名前を呼んだ相手。 先程まではそれこそ命の取り合いだったというのに、今ではどういうわけかこちらを心配して呼びかけてくれているようだ。 嬉しい、そう正直に思う反面、しかしこれも意味のないことだと知ってしまっていれば申し訳ないことだとも思う。 「しっかりしろ! 直ぐに医者の所まで連れてってやる! だから……だから、死ぬな!」 必死にそう励ましてくれているのは嬉しいが、それも残念ながら聞き入れられない要望でもある。 自分の体は自分が一番よく分かっている。だからこそ、これはもう決まってしまったことだ。 全身に負った重傷の数々、そして何より魔導師にとっては第二の心臓とも言って良いリンカーコアが回復も効かないほどに損壊してしまっている。 先のブラスターの限界を遙かに超えた行使の濫用が原因だが、これも仕方のないこと。 命を代償にしてでも、それでもなのはは力を望んだ。 カズマを止める為の、助ける為の。 その結果がこれ……もうどうしようもない。これは覆せない。 自分はもう………助からない。 後悔や諦め云々は抜きにしても、認める他にない現実だ。 だからこそ、カズマにはもう意味が無いのだと分からせるように静かに首を振った。 だがそれを見て尚更に、カズマは感情を爆発させながら叫ぶ。 「ふざけんな!……んなこと……そんなこと、認められるか! 勝ち逃げなんて許さねえ!」 だから死なせてたまるかと怒鳴ってくるカズマに、実に理由が彼らしいとなのはは笑う。 勝ち逃げ……そう、勝ち逃げか。 実力ではこっちが完全に圧倒されていたようにも思えたし、ラストも不意打ちに近かったのではなかろうかとは自分でも思っている。 加え、死にかけている自分と比べても酷くボロボロではあるものの、まだカズマは大丈夫そうではある。 この結果を踏まえても、彼にとってこれは勝ち逃げになるらしい。 勝ち負け云々に拘りを持つ方かと言われれば……確かに、勝った方が気分が良かったり気持ちが良いものだとは時折思う。 こんな強い男の子を相手に自分は勝てたのか……ふむ、少しだけ、ほんの少しだけだが嬉しいと思っている部分がないわけではない。 無茶をした上での勝利など本当は論外なのだが、最後の最期である。大目に見てもらおう。 そして今は、そんな勝ち逃げ云々など以上に――― 「おい、なのは! しっかり―――」 「………な、まえ………」 不意にこちらがポツリと口を開いて零した言葉に、一体何の事かとカズマが怪訝そうな顔をする。 けれどなのははそれを気にした様子も見せず、ただ心から嬉しいと思える表情を精一杯に浮かべながら、 「………やっと、名前……呼んで…くれた……ね……?」 『テメエじゃないよ。わたしの名前は高町なのは。まだ名乗ってなかったよね? 改めてよろしくね、カズマ君』 『………おい、テメエ』 『何かな? あ、それと私の事も名前でちゃんと呼んで欲しい―――』 『んなことはどうでもいい! それより俺の後を付いて来るんじゃねえ!』 『私は私のやり方で壁を乗り越える。だから―――今度は名前を呼んでもらえると嬉しいかな』 それはあの時、あの再会の時に交わした言葉の数々。 少女が願った小さな頼み。 「ずっと……呼んで…くれない、から……忘れちゃってたんじゃ……ないかなって……思ってた……」 けどやっぱりちゃんと覚えていてくれたんだね、と嬉しそうになのはは笑う。 互いが互いの名前を呼び交わす。 高町なのはにとってそれは神聖とも言って良い行為のひとつ。 理解というものを他者との間で進めていく上で、心を触れ合わせる為の最初のステップ。 友達になるための、はじまりの言葉。 高町なのはにとってのカズマとの間にあった三つの後悔。 一つは、彼との間に充分なお話の機会をもう一度設けることが出来なかったということ。 もう一つは、これから激動の渦中で戦い続けるであろう彼を支えて一緒に戦えないこと。 そして最後の一つ、これこそがそれだった。 お互いの名を呼び合い、友達となること。 この三つを叶える事が出来ないままで終るのは本当に無念だと思っていたのだが、最後の最期で、この一つだけでも叶ったことは或いは彼女にとっても唯一の救いともなった。 「カズマ……くん……君は……ひとりじゃ…ないよ……」 どんなに苦しくて辛い時でも、決して一人ではない。 死んでしまったとしても、それでも君島邦彦の信念は彼の中で生き続けている。 由詑かなみはどんな時でも、決して諦めることなく彼の帰りを待っている。 そして自分もまた……この想いだけでも彼と共にあろうと思う。 だから――― 「……諦めちゃ……駄目だよ………最後まで……最後まで……」 ―――この大地の上で、しっかりと生きていかなきゃいけないよ。 そう彼女は最後に彼へと伝えるべき事を伝えた。 「おい……おい! なのは! おい、しっかりしろ!?」 再びに叫び声を上げながら体を揺さぶられるが、それも正直限界だ。 眠い……本当に、凄く眠い。 もっと色々彼と交わしたい言葉もあれば、この大地の上で成すべき事も残っている。 やり遂げるべき事を、残した者達へと押し付けるような形となってしまったことには自分とてそれが己自身の罪だろうとは思っている。 スバルに帰ると約束し、ヴィータたちを護ろうとも思っていた。 はやてやフェイト……生涯最高の親友たちを置き去りにしていってしまうことのなんと薄情なことか。 また、ユーノやヴィヴィオ以外にだって他にも別れを告げたい人たちは沢山いる。 死にたくない。綺麗事で格好をつけて誤魔化すこともできない、それが己の中にある本音であることも間違いの無い事実だ。 けれど……けれど、高町なのはが終ってしまうということもまた避けられない事実。 『なのはちゃんにしか出来ない事、きっとあるよ』 十年前に抱いた想い、運命との出会い、駆け抜けてきた日々。 今まで必死になって、精一杯に護ってきた私の大好きだった人たち。 大好きだったその笑顔と、そこにある幸せ。 ……私は、護れたのかな? 成し遂げられたのかな。自分にしか出来ないことが出来たのだろうか。 「――――――――――――あ」 不意に、覗き込んでくるカズマの表情の向こう、分厚い暗雲に覆われていたはずの空へと視線を向ける。 満開の夜空。宝石が散りばめられたような、手を伸ばせば届きそうとも思えるくらいに空を近く感じるこの大地。 こんなにも、星が近い空の下で。 こんなにも、美しいものを最後に眼に焼き付けながら。 私は、終ろうとしている。 護りたい、護って欲しい。 こんなにも美しいこの大地を、この大地に住むことを誇りに思う人々を。 いつか、いつの日か、それがずっと遠い未来のことなのだとしても、それでもいつか――― ―――この大地に住む人々が笑って過ごせる未来を願って。 それが叶わぬ夢物語だとしても、それでもいつかきっととそれをと願って。 高町なのはは静かにその瞼を閉じた。 青い青い澄み切った空。どこまでも果てしなく続いていると錯覚させるように広い草原。 年の頃は十歳前後だろうか、栗色の髪を両端で縛ったどこかの学校のものであろう白い制服を着た少女が走っていた。 ただ空を見上げて、真っ直ぐ、真っ直ぐに。 少女は走る。走り続ける。 不意に、草原を駆けていた少女の足がピタリと止まる。 不思議そうに前方を見据える彼女の視線の先には一人の女性が立っていた。 年の頃は凡そ二十歳前後。これまた少女と同じ色合いの栗色の髪をサイドポニーで纏めた髪型であり、身に纏っているのは青と白を基調とした動きやすそうな制服。 じっとその女性の事を見つめていた少女は、一度頷くと共に意を決したように女性へと向かって走り出す。 彼女の傍らまで近寄り、彼女の手を掴み、彼女を見上げる。 掴まれた方である女性も別段に驚いた様子もなく、見上げていた空から自分の手を掴む少女へとゆっくりその視線を下ろし、見つめ合う。 交錯する視線、対面する両者。 十年前のわたしと十年後の私。 かつてのわたしといつかの私。 互いが互いの視線から逸らすことなくしっかりと見つめあいながら、最初に言葉を切り出したのは幼い方の高町なのは。 「これで……本当に、良かったの?」 明確な疑問を顕にした問い。後悔や未練の有無を尋ねるかつての自分。 真っ直ぐに、目を逸らさずに効いてくる子供のなのはに、大人のなのははそうだねと一度頷きながら、 「………分からない、かな」 そう苦笑を浮かべて静かに首を振った。 正直な本音。偽りで誤魔化そうとは思わない自分自身へと告げる言葉。 子供のなのははその彼女の返答に困ったように首を傾げる。当然ではあるだろう。これだけの事をしておいて、結局は答が分からないではハッキリともしないではないか。 子供のなのはの不満が分かったのだろう、大人のなのはもしかしその言葉の続きをまた口にしていく。 「分からないけど……それでも、多分同じ場面が繰り返されたとしても、また何度でも私はこの選択肢を選んだとは思うよ」 たとえ何度繰り返そうと、別の選択肢を選んでしまえば自分の命が助かることになったとしても。 それでも自分は同じ選択肢を選ぶのだろう。何度でも。 何度でも、彼の前に立ち、彼を止める為に、彼の名前を呼び、彼に向かって手を伸ばす。 それが自分のしなければならないことだと思ったから。 それが自分のしたいことだと思ったから。 死ぬのは当然嫌だ、痛いのだって勘弁してもらいたい。戦いなどよりも話し合いで済むなら喜んでそちらの選択肢を選ぶだろう。 けれど、これしかなかった。今回はこのやり方しかなかった。他の者ならもっと上手いやり方を思いついたのかもしれないが不器用な自分ではこれが限界だった。 結局、はやての言う通り、自分勝手に一人で背負って一人で潰れてしまったのだろう。 自己満足の代償が己の護りたかった人たちから笑顔を奪うという結果ならば、これは本末転倒だとさえ言える。 罪深い……そう、己は罪深いのだろう。 「……けどね、皆ならきっとそれも乗り越えて行ってくれるよ」 勝手な願望は承知の上、彼女たちが立ち直るまでにはそれこそ酷く時間だってかかるだろう。 沢山迷い、沢山苦しみ、沢山傷つき、或いは沢山間違う事だってあるかもしれない。 「それでも………私は、信じてる」 あの時に、あの瞬間に、スバルが己を超えていってくれる希望の一端を垣間見せてくれた時に感じたのだ。 彼女なら……否、彼女たちならそれがきっと可能だ。 あの教え子たちならばきっと自分を、自分たちを超えて、高く空を飛んで行くことだって出来る。 自分はもう手助けできないが、親友たちや仲間達がきっとそれを支えてくれる。 希望はある、希望の芽はちゃんと残っている。 「私には後を託せる人たちがいるから」 それがきっと一人ではないと言うことの意味の一つでもあると思う。 だから――― 「私は私が果たすべき役目をやり終えたんだって思うんだ」 舞台から退場するのは名残惜しいが、散々我が儘を既に通してしまっている。これ以上のルール違反も出来ない。 だから潔く、この結果を受け入れて、それでも叶うことならこれからもずっと皆の事を見守っていきたい。 繋いだ心の絆を通して、ずっと傍から。 「………うん、分かった」 大人のなのはの話を、子供のなのはもまたそうして静かに聞き終えた後に、頷いた。 全てに納得し、了承を示したわけでもないのだろうが、それでも分かってはもらえたらしい。 「……ねえ、一つ聞いてもいい?」 子供のなのはが次に告げてくることに、大人のなのはは頷きながら何が聞きたいのかと質問を促がす。 子供のなのはは一度間を区切った後、意を決したように真剣な表情で真っ直ぐに大人のなのはを見ながら尋ねる。 「わたしは……わたしにしか出来ないことがちゃんと出来た?」 十年前の始まりの疑問。 将来の夢、進むべき道、選び取りたい未来。 そして―――本当にやりたい事と護りたいもの。 駆け抜け続けた十年、その終わりで彼女が告げる答は――― 「―――――――――――――――――――――うん」 やがて大人のなのはは子供のなのはへとハッキリとそう頷いた。 大人のなのはの返答を見て、子供のなのはもまた嬉しげに笑いながら。 「そっか……じゃあ、ありがとう。わたし」 そう微笑みながら、握っていたこちらの手を離して走り去っていく。 一度だけバイバイと振り返って手を振りながら、けれど以降は二度と振り返ることもなく。 なのはは黙ってその後姿を見送った。駆け去っていくかつての自分の後姿を、やがて彼女の姿が霞んで消えていくまでずっと見送っていた。 そうして、ただ一人だけ取り残されたなのはは空を見上げる。 青い青い、澄み渡るような、そして広大でもある悠久の青空。 良い空だと思う、実に澄んだ良い空だ。 自分もまたレイジングハートと共に仲間達と一緒にこんな空を駆け抜けていたのだろうかと思い返しながら、いつかあの教え子たちがこんな空の下でしっかりと力強く羽ばたいて行って欲しいと願い続けた。 いつまでも……そう、いつまでも……… 「………なのは?」 静かに最期に微笑みながら息を引き取った己の腕の中で眠った女の名を、カズマは呼ぶ。 それに返ってくる応えはない。 それが示す意味、その結果を身を震わせながらやがてカズマもまた理解する。 気に入らない……本当に、気に入らない女だった。 しつこくて、ワケ分からなくて、ムカつく、そんなよく分からない女だった。 けれど………最期まで自分から逃げずに立ち向かってくれてきた女でもあった。 「……何だよ、こりゃあ………」 いったい何だというのか、結局これで俺にどうしろというのか。 また一人……刻んで背負わなければならない十字架が、増えたのではないのか。 「……散々こっちをボコって……ヘコませて……挙句の果てには泣かせやがったくせに」 それで本人は満足気に勝ち逃げ?……ふざけんなよ。 ああ、ふざけんなよ! 畜生っ! 結局情けなく柄にもなく日和っちまったこっちの立つ瀬はどうなるってんだよ。 畜生……ッ……畜生ッ! 「……俺にまた……重てぇモン背負えってことかよ……ッ!?」 なぁ、何とか言えよ? 黙ってたら分かんねえだろ? 眼ェあけろよ、何とか言えよ……? 「……俺と、お話するんじゃなかったのかよ……ッ!?」 今なら何でも聞いてやるから、目を開けろよ。 何か言えよ……言ってくれよ。 「なぁ………なのは」 名前だって呼んでやってるだろう? なぁ、だから――― ―――もう一度、俺の名前を呼んでくれよ。 「………っくしょう!」 ギリっと奥歯を噛み砕かんばかりに歯を食い縛る。 何故だか目頭が熱くなってくる。 胸の奥までムカムカしてくる。もう何が何だか分からない。 ……あぁ、こんな感情は何度目だ? それを押さえ込もうと更に強く歯を食い縛って耐えようとしたところ、ふと見下ろす物言わぬ少女が先程言っていた言葉を思い出す。 「……泣きたい時は、泣いてもいいんだったよな………?」 なら、もう我慢しなくても良いのかと思った瞬間だった。 気付けば、頬に何だか生温い液体が流れ落ちてきていた。 無性に、叫びだしたいそんな衝動に従って。 慟哭が、荒野へと響き渡る。 再び大切な何かを失った、その確信と共に。 或いは勝ち逃げして空へ還ったムカつく女の事でも柄にもなく思うように。 なのはを抱きしめたカズマの慟哭が、ロストグラウンドの荒野へと響き渡っていた。 それが全ての結果だったのだろう。 全速力、最速で駆けつけたストレイト・クーガーが見たのは、暗雲晴れ、いつの間にか姿を表していた星空の下。抉れたクレーターの中心、そこで静かに息を引き取ったであろう白い魔法使いの亡骸を抱えて慟哭の叫びを上げる獣の姿。 何があって、それがどうなったのか……凡そでもクーガーとて分からないわけでは無かった。 こんな結果になるのではなかろうかと予想し得なかった訳ではない。 むしろ、こうなる事を心の奥底では恐れていたからこそ、彼女を止めようともしていたのだ。 けれど結局、自分は彼女を信じ、彼女に託し、彼女に行かせ―― ―――そうして、彼女はこうして帰らぬ人になってしまった。 その罪科はいったい誰にあるのだろう。 彼女をその手へとかけたと思わしきカズマか? それとも自分の言い分を聞き入れず愚かな行動に先走ったなのは自身か? 或いは、そんな彼女を結局行かせることに選び、護ってやれなかった己自身か? 分からない……その明確な解答をストレイト・クーガーは持ち合わせていない。 だから結局、クーガーが選んだのはただ無言でサングラスを掛け直しながら、静かに空を見上げること。 綺麗な、とても綺麗な星空だった。 桐生水守が魅せられ、高町なのはもまた魅せられていたのだろうそんな星空。 彼女は空へと還ったのだろうか、そう思いながらクーガーが幻視したのはいつかのこの空の上を飛んでいる白い魔法使いたる彼女の姿。 酒もタバコも嗜んではいないクーガーだったが、ここで文化的にハードボイルドに決めようと思うならば、それらのオプションもふと欲しいと思った。 まぁ、それは無いので仕方が無い。 仕方が無いのだが…… 「……いつか、一緒に酒くらいは飲みたかったですね」 桐生水守やスバル・ナカジマ、ホーリーや機動六課のその他のメンバーが一緒でもいい。 ただもう一度、いつかそういう風に笑い合って酒でも酌み交わしてみたい、そう思っただけだ。 結局は、それも無いものねだりに過ぎない、もう二度とは叶わぬ願いだが。 ……強い、強い女性(ひと)だった。 そう素直に賞賛し、故にこそ桐生水守に続いてその行動を見届けたいとも思った人だった。 「……貴女は、自分の標識を見間違わずに進めましたか?」 詮無い質問ではあるが、クーガーからすればこれに是と答えられると言うのなら、むしろ羨ましいとも思った。 そう、或いはそれを完全には出来なかった者としては。 高町なのはという少女の生き方は、或いはストレイト・クーガーがかつて羨んだ光景だったのかもしれない。 どちらにしろ、もはやその詮索もそれこそ意味は無い。 憧れは、もう二度と手の届かないところに行ってしまった。 翼を持たず、この大地に二本の足で立ち、駆け続けるしかないクーガーには、幾ら近かろうともこの空は手を伸ばしてもやはり遠過ぎる。 だから結局は、短いこの余生、この大地でしっかり生きていくしかない。 空に還ってそこから見守っているであろう彼女に、恥かしい様を曝さない為にも。 「まぁ、出来る限りの残ったフォローは約束しますよ」 だから―――今はサヨウナラ。 安心して休んで、そこから見守り続けていてください。 ニヤリとニヒルでふてぶてしい、自分でも中々に決まったと思う笑みを浮かべながら、逝った彼女を安心させるようにそう告げた。 そして最後に、最大限の心から敬意を込めたこの言葉を貴女に―― 「ゴッドスピード―――高町なのはさん」 名前、今度はちゃんと合ってるでしょう? 夢を、夢を見ていました。 それはとても荒々しく、激しい、そして悲しい夢でした。 己の腕の中で逝ってしまった、強くて優しかったあの女の人の喪失を知って慟哭を上げるあの人。 あの人の胸の中にまた一つ刻まれてしまった想いと名前。 やり場の無い自身の感情に押し負けてしまいそうになりながら、あの人は慟哭をあげ続けます。 悲しい、とても悲しい。 あの人が傷ついたことも、あの女の人とも二度とお話が出来なくなったということも。 わたしにとっても……堪らなく悲しい。 悲劇の連鎖が続いていく中で、わたしはそれでも夢の中のあの人が立ち上がってくれることを信じたい。 けれど、段々と途切れていくわたしの意識の中であの人はどんどん遠くに行ってしまって。 もう二度と手を伸ばしても届かないのではと思うくらいに、遠くに行こうとしているあの人に何も出来ず、わたしは取り残されます。 それがわたしが見た最後の夢。 わたしはこれ以降、夢であの人を見ることが出来なくなりました。 いったいあの人は何処へ行ってしまったのか、あの人は帰ってきてくれるのか。 分からないまま、わたしは途方に暮れていました。 もう、願いを叶えてくれる魔法使いは何処にもいないのだという絶望を共に抱きながら。 ロストグラウンド。 二十二年前の大隆起現象を原因として、世界から隔絶された失われた大地。 大隆起現象による影響により、標高の高いこの大地の上は空に非常に近いとも言われることがある。 夜空の一面に広がる星々。宝石を散りばめた様なこの夜空は、手を伸ばせば届くのではないかと余人に錯覚を抱かせるほどに圧巻としたもの。 故にこそ、こんなにも星に近い大地だったからこそ。 一つの強い輝きに満ちていた星は、落ちてしまったのかもしれない。 星もまた、自分に近しきこの大地を求めて。 どちらにしろ、これが現実であり結果だ。 一つの星は自身の在り方がどうあるべきかを追い求め、結果、成すべき事を成し遂げようとしてこの大地へと流れてしまった。 その星が流れる間際に発した輝きは、その残光がこの大地にこれからどんな影響を及ぼすのか。 そしてこの大地で生きる者たちはその輝きをどう受け入れるのか。 どちらにしろ、その答は未だ出ていない。 その答に向かって事態が動き出すのはこれより暫し間を置いた八ヵ月後。 混迷極まるこの大地に飢(かつ)えた野望を胸に秘めた蛇が来訪し、残された者たちの前へと現れるその時まで。 また己の正義と信念を喪失してしまった男が、零からの再スタートでとある少女と邂逅し絆を深め合うその時まで。 また同じく背負うべきものも何も無い、全てを失い戦いしか残っていない獣の前に、かつて獣を止めた女の意志を受け継ぐ者が現れるその日まで。 暫しの間、混迷を極めるこの大地の物語は一時の閉幕を迎える。 次回予告 幕間1 ユーノ・スクライア 幕間劇の舞台は異世界。 かつて此処から旅立った彼女たちを送り出し、残された者達。 喪失の虚しさが、悲しさが。 導を失った彼らにどのような影響を与えるのか。 既にその想い伝えるべき者……此処にはいない。 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 前へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3317.html 次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3324.html
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3185.html
それは本当に唐突な襲撃だった。 駐屯するホールド部隊の陣営へとふらりと現れ近付いてくる人影。 それを最初に見つけた隊員は、まるで幽鬼のようにたった一人で黙々とこちらの陣営へと足を踏み込んでくるその男を見て言葉を失った。 その隊員は先遣部隊に所属し、何とか軽傷で難を逃れた一人だったのだが、やはり肉体的な負傷よりも精神的な負傷の方が重く、それ故に先の襲撃はトラウマにもなっていた。 そんな中でその襲撃を仕掛けてきた当人……NP3228が再び戻ってきたのだ。恐怖が再発し絶叫を上げたとしてもおかしくはない。 駐屯地に響く隊員の叫びは、瞬く間に何事かと部隊全体に混乱と動揺、そして警戒を生み出す。 だがそんな慌ただしく動き出すホールドの部隊に対しても、獣はただ容赦なく破壊の限りを尽くさんために動き出していた。 まずはこちらを最初に発見し叫び声を上げた隊員、これをカズマはシェルブリットを纏った拳で容赦なく殴り飛ばす。 潰された蛙のような呻き声を上げながら殴り飛ばされた隊員はそのまま背後の装甲車へと直撃していたが、そんなものを最後まで確認するはずもなく次の行動へと既にカズマは移っていた。 ドタドタと騒がしい足音を立てながら駆けつけてくるホールド隊員たち。カズマは拳で地面を叩き跳躍しながら、彼らが密集するど真ん中へと着地する。 突如、自分たちの懐に詰め寄ってきたカズマに隊員たちは同士討ちを恐れて小銃を咄嗟に向けながらも発砲出来ずに躊躇う。その隙を突いてカズマは手当たり次第に連中を殴り、蹴り、叩き伏せていく。 喧嘩で鍛えたステゴロの体術と言えど、シェルブリットを纏っている拳もある。隊員たちは近接戦に対応する前に次々と薙ぎ倒されていく。 とりあえず手の届く範囲内に叩きのめせる対象がいなくなったことを理解したカズマは、次に漸く動き出し始めた装甲車やトレーラーに向かって今度は挑みかかる。 備わっている銃口が火を吹く前に、また火を吹こうが潜り抜け、迫る弾丸を右腕で弾き飛ばしながら、カズマは装甲車に接近すると共に容赦なく拳を叩き込む。 強固な装甲車の装甲がまるでチャチなプラスチックのようにカズマの拳を叩きこまれて凹んでいるが、決して装甲が脆いわけではない。むしろ感情の昂ぶりで強度の上がっているシェルブリットの拳の威力が異常なのだ。 力任せに装甲車の装甲を引っぺがし、その装甲を銃を構えてこちらを狙っているホールド隊員たちへと投げつける。投擲された装甲板の直撃を受け、隊員たちが吹っ飛んでいく。 カズマはそのまま力任せに装甲車を破壊し、同じ要領で次々に対象を移していき破壊を続ける。 流石にトレーラーの方は質量もあり一筋縄では行かないが、それでも今の怒れるカズマの拳の前に堅牢さを保てるはずも無く、拳が擦過した箇所から次々に爆発を起こしていく。 車両のこと如くを破壊され、群がる隊員たちも蟻を蹴散らす如く蹂躙し、無双ぶりを見せるカズマを前に、抵抗する隊員たちの感情が段々と恐怖に負けていくのは時間の問題だった。 中には武器を放り捨て悲鳴を上げながら逃げようとする隊員まで出始めるが、カズマはそれすらも許さない。 握りつぶした装甲板などを飛礫に変えて、逃げようとする隊員たちの背を目掛けて容赦なく叩きつける。 「……今更逃げようなんて、なに虫の良いことしようとしてんだッ!」 俺から全てを奪い、壊し、相棒まで殺しやがった連中にそんな権利などあるものか。 君島は死んだ……ああ、テメエらに殺されたんだ! だって言うのにテメエらはまだ我が物顔で人様の庭先をうろついて好き勝手を続け、挙句の果てに襲われだしたら逃げるだと……? 「……ふざけてんじゃねえぞ、テメエらぁぁぁああああああああああああああああ!!」 こちらが失ったものに相応する……否、それ以上の対価を支払わせずにどうして収まりが付く? 君島の弔いの為にも、コイツら全員叩き潰してやらないでどうして許せようか? ……ああ、許せない。許せる筈が無い! コイツらは敵だ! 俺が叩き潰す、叩き潰さずにはいられない、憎い敵。 だからこそ、一人残らず――― 「―――やめろッ!」 そう思いながら泣き叫び尻餅をついているホールド隊員へと拳を叩き込もうとした直後だった。 雷光がまるで割って入るようにすかさず二人の間に飛び込み、振り下ろしたカズマの拳を受け止める。 「……テメエッ……このガキッ……!?」 ストラーダで振り下ろすシェルブリットを必死に受け止めているエリオを、カズマは忌々しげに吐き捨てるように叫びながら睨みつける。 圧倒的な怒気と殺気を至近距離から浴びせられながらも、しかしエリオは屈さない。 「早く……ッ……逃げて……ッ!」 ジリジリと押され始める中で、自分が背後に庇っている隊員に対してそう叱咤する。 意外な人物からの救出に隊員は呆然としていたが、エリオが再び強く叱咤するその言葉に促がされ、立ち上がりこの場を脱兎の如く離れていく。 なんとか隊員を逃がせたことにホッとしようとしたエリオだったが……カズマはそんな暇すら与えない。 当然だ、不快で邪魔な横槍を入れられた。それもあのムカつく女の関係者だ。 そもそもコイツもホーリー……そして立ち向かってくる敵である以上カズマがガキだからと躊躇う理由ももはや何処にもない。 瞬間、カズマは押し込んでいる拳を槍で拮抗するように防いでいるエリオを容赦なく蹴り上げた。 拳の方を押し返すことに集中していたエリオにとってそれは不意打ち。防ぐ暇も無くカズマの蹴りはエリオに直撃し、吹き飛ばした。 だがそれだけでカズマが断じて許すはずも無い。吹き飛ぶエリオを追走、その足を掴むとそのまま地面へと叩きつける。 背中を地面に叩きつけられ強打した影響で咳き込もうとするエリオだが、カズマはそんな余裕すらも与えない。 そのままエリオの腹部にシェルブリットを容赦なく振り下ろした。 地に伏せ衝撃で九の字に体が折れ曲がるエリオの口から血塊が飛び散る。がカズマは無論、気にした素振りもない。 そのままエリオの髪を掴み上げると、近くの装甲車の残骸へと容赦なく投げつけた。 「エリオ君ッ!?」 そのエリオの惨状を丁度駆けつけ目撃してしまったキャロが叫び声を上げるが、カズマはそのキャロへと今度はギロリと睨みつけるとズンズンと彼女へと向かって歩き出す。 流石に身の危険を察したキャロを護るように、既に成竜化しているフリードがカズマに向かってブラストレイを放つが、 「しゃらくせえんだよッ!」 雄叫びと共に右腕で薙ぎ払うようにそれを掻き消しながら駆け込んでくる。 瞬時に間合いを詰めたカズマは、フリードの首を掴むとそのまま地面へと叩きつけながら首の骨を圧し折るように力を込める。 その様子に咄嗟にフリードの命の危機を察したキャロがアルケミックチェーンを発動、カズマを拘束する。 魔力で編まれた鎖で拘束されたカズマはそれを振り解こうともがくが、ソレに全力を込めているキャロがそれを許しはしない。 だが――― 「……こんなもんでなぁ………」 ポツリとカズマが零した言葉にキャロがその視線をカズマへと向ける。 眼が合う、瞬間ゾッとするほどの恐怖が全身を駆け抜けていくのをキャロは感じていた。 それこそ視線ですら殺す気だと言わんばかりの迫力でキャロを睨みつけながら、カズマは叫ぶ。 「こんなもんで………今の俺を、どうにか出来ると思うなぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」 瞬間、絶叫と同時カズマの背中の羽根の一片が砕け散る。 本来ならば拳を突きこむ噴出剤として溜め込んでいるエネルギーを、指向性も持たせずに爆発させる。 緑色の粒子を噴出させながら、カズマを中心に凄まじい爆風が発生。 フリード諸共にキャロはその場に踏ん張れるはずも無く吹き飛ばされる。 そのままキャロもまた吹き飛ばされる勢いのままに進行方向上のトレーラーの残骸へと叩きつけられようとした瞬間だった。 「―――キャロッ!?」 ボロボロに叩きのめされたはずのエリオが暴風の中、ソニックムーブを発動し突っ切りながら彼女を庇うように抱きとめる。 幼き召喚師を抱き留めながら勇敢な騎士は彼女諸共にトレーラーの残骸へと直撃、瞬間、衝撃がどのように影響したのかトレーラーが爆炎を上げ始める。 「エリオ!? キャロ!?」 二人の名を叫びながら駆け寄ろうとするティアナの首を横合いから握り潰さんばかりに掴みかかってくる影―――怒りに狂うカズマである。 「おい、何処行こうとしてんだよ、テメエは!? 誰の許可貰って好き勝手動き回ってんだよ!? ああ!?」 それこそチンピラそのものの形相と態度でそんなことを言ってくるカズマに、ティアナは知るかと怒りで叫び返したいところだったが首を握り締められていてそんな余裕すらも無い。 それこそこのままでは窒息……否、あと少しでも力を余計に込められればマッチ棒のように自分の首など呆気なく圧し折られるだろう。 苦しさや痛み以上に、ティアナが感じたのは恐怖だった。……そう、怖かった。ただ只管に自分の首を絞めているこの眼前の餓えた怒れる獣のような男がティアナは怖かった。 (……兄さん……なのはさん……スバル……) 胸中で思わず大切な人である彼らに助けを求めた程だった。 脳にまで酸素が行き届かず、それこそこのままでは窒息死すると死を覚悟しかけたその時。 獣の咆哮が辺りに響いた。 それは眼前の男とは別種……生物として根本的に異なる獣の叫び。 「またテメエかよッ!?」 ティアナの首を圧し折らんとするカズマを横合いから阻止するように突っ込んでぶつかってきたのは……フリードだった。 キャロの使役竜であるフリードは成竜状態の体躯を活かし、質量で押し飛ばしながらカズマをティアナから引き剥がす。 フリードに吹き飛ばされて諸共にカズマは装甲車の残骸へと叩きつけられる。前後挟まれての衝撃に流石のカズマも効いたのだろう、思わず息を吐き痛みで顔を顰めていた。 だが主の仲間を助ける為に行った使役竜の勇敢なる行動も、カズマに更なる怒りの火を点けるだけであった。 「撃滅のぉぉぉおおおお………」 密着し押し潰してこようとするフリードへとカズマは拳を振りかぶりながら叫ぶ。 その光景を燃え盛るトレーラーからエリオを担ぎながら何とか脱出したキャロは目撃し思わず自らの使役竜の名を叫ぼうとするよりも早く――― 「ッ!? フリ――――」 「セカンドブリットォォォオオオオオオオオオ!!」 破壊の拳が容赦なく振り下ろされる。 獣の絶叫が周囲へと響いた。 「……何てことッ……逃げて! 逃げるのよ、皆! 早く!」 再びの破壊の惨劇の舞台となった駐屯地でシェリス・アジャーニは一般のスタッフやホールド隊員たちへと必死にそう呼びかけ回る。 あのNP3228……カズマの無茶苦茶振りにはもはや対抗できるだけの戦力が自分たちには残っていない。劉鳳や瓜核が居ればまだ違ったのかもしれないが二人は気づいたらいつの間にかその姿を消していた。 「……何処行ったのよ……劉鳳ぉ……」 本来ならば頼りになるはずの、あんな野蛮な獣は問題なく倒してくれるはずの彼が今居ない。 自分だけが置いていかれたというのもそうだが、己の身にも直前にまで迫っている恐怖や不安にシェリスは泣き出したい気分にすらなってきた。 だが運命はそんな暇すら彼女へと許さない。 直ぐ近くに停まっていた装甲車が突如爆発、いきなりの事態に近距離であったことも災いしシェリスは対応することも出来ずに吹き飛ぶ。 地面へと叩き落される衝撃や痛みに顔を顰めながら、爆発の起きた方向を見ると…… 「ホォォオオオオオリィィィィイイイイイイイ!」 まるで地の底から沸いて出てきたような怨嗟の声を響かせながら爆炎の向こうからこちらへと近付いてきたのは最悪の相手だった。 NP3228……カズマ。この場で二度もこんな惨劇を引き起こした張本人。怒れる獣。 睨み付けてこちらを見下ろしているカズマの右腕がこちらへと伸ばされる。力づくに肩を掴まれ持ち上げられ、万力で締め付けられるかのような力に骨が悲鳴を上げていた。 肩の骨が確実にイッた痛みに顔を歪めながら、それでもシェリスに残るホーリー隊員としての矜持が破壊の暴君へと気丈に睨み返しながら叫ぶ。 「NP…3228……ッ……アンタのせいで―――ッ!」 コイツがいたから、こんな奴がいるから、罪も無い多くの人が傷ついた。 劉鳳までもが心を痛め、変わってしまった。 エマージーだって、コイツがいなければあんなことにはならなかった。 あんなことにさえならなければ……スバルたちだって傷つかずに済んだのだ。 全部……全部ッ、コイツのせいだッ! 湧き上がる怒りのままにそうシェリスはカズマを睨みつける。 だが――― 「……ああ、NP何とかで充分だッ!……だからッ……お前らはッ……俺の―――敵だ!」 そんなシェリスの怒りすらも尚も激しくどす黒く凌駕するほどにカズマの憤怒と憎悪の感情は大きかった。 相棒を奪われ、大切な少女を泣かされ、背負うべきものの全てを奪われた。 何もかもを失い、誇りや矜持の拠り所となるべきものがもはやないからこそ、カズマはもっとシンプルに己の拳を振るうに足る理由と拠り所を求めた。 即ち仇討ち、即ち破壊、即ち敵………。 もういい、もうそれだけで充分だ。 それら全てを潰し、破壊し、絶対に許しはしない。 だからこそ求める、この拳を振るう標的を。 劉鳳を、高町なのはを、ホーリーを、敵を――― ―――獣はただそれだけを今は餓えたように求め続けていた。 カズマが去り、再び物言わぬ君島と自分だけが残され、かなみはこれからどうすれば良いのかを迷っていた。 ……カズくんはもういない。少なくとも、先の言葉が自分の前でいつも在り続けてくれた優しい彼の訣別だったことはかなみにも分かった。 けれど、かなみにとってはやはりカズくんはカズくんである。 いつも真面目に働いてくれず、皆に迷惑ばかりをかける甲斐性無しのロクデナシ、後本人曰くにそこにクズも追加して良いと言う彼。 そんなカズマがかなみは好きで、だからこそそんなカズマにかなみは戻って欲しかった。帰ってきて欲しかった。 だからかなみはカズマを信じて待ち続けていた。動かずに、此処でずっと、彼がまたいつものようにふらりと戻ってきてくれるのを待ち続けていた。 だって此処が自分たちが暮らしてきた、自分たちの家なんだから。 此処が存在し、自分が此処で待ち続けている限り、カズくんだってきっと――― だが、そんな彼女の最後に縋った儚い願いもまた無情に叩き壊されることになる。 カズマを待ち続けるかなみ、ふとその診療所の前に前触れも無く突如出現する巨大な西瓜。 一体何事かとこの不可思議な現象にかなみの理解が追いつくよりも早くその西瓜の中から現れた二人の男。 「この辺りの筈なんだが……」 瓜核のアルター“瓜核”、その能力の一つである瞬間移動で短距離転移を果たし此処まで辿り着いた劉鳳と瓜核である。 イーリャンから指定された座標軸、だが現れてみればそこに標的のカズマは居らず、居るのは突如現れた自分たちに戸惑っている年端も行かない少女が一人である。 「お嬢ちゃん、こんな所に一人で居ちゃあ危ねえぞ。危険なアルター使いがうろついてるからな」 見た限りでもインナーの少女。この辺りでまだ保護されていないインナーが居たというのも驚いたが、故にこそ戦いに巻き込むわけにもいかない。 そう思ったからこそ二人は彼女へと近付いてそう声をかけた。 しかし……… 「アルター……使い……?」 瓜核に言われた言葉にかなみは戸惑ったように聞き返す。 「ああ、右腕の形を変える奴だ」 「ソイツがまたとんでもねえ野郎でなぁ……」 二人が返してきた特徴的な説明にかなみはハッとなった。 それこそかなみの知り合いにアルター使いは一人だけ。そして彼のアルターを使うその姿は先程ありありと見せられていた。 故にこそ、ホーリーたちの言葉でかなみが結び付けれた対象は唯一人。 「それって、カズ――――ッ!?」 思わず彼の名を叫びそうになり相手がホーリーであることを思い出したかなみは、慌てて口を噤むも半ば言いかけていた言葉では既に遅い。 瞬時に二人も少女の言いかけた言葉の意味を悟る。そしてこの少女があの男と何がしかの関係者であろうことも。 「カズマを知っているのか!? そうなのか!?」 少女を逃がさぬよう、詰め寄って肩をシッカリと掴みながら劉鳳はまるで恫喝するようにかなみへと容赦なく問い質す。 強硬な劉鳳の詰問にかなみがそれこそ驚き怯えを見せるも劉鳳にとってそんなことは知ったことではなかった。 漸く掴んだ打倒すべき宿敵の手がかり……それを逃す好機などあろうはずがない。 「ち、違います! そ……そんなんじゃ、ありません」 それでもカズマを危険には曝せない。健気ながらも必死にそう思っていたかなみは詰め寄る劉鳳に対して何とか首を振りながらそう告げた。 だが既にカズマのことで頭の中が一色に染まっている劉鳳にそんな言い訳が通じるはずも無い。 「……そうか。やはり此処か」 そう言って劉鳳が視線を向けたのはかなみとカズマが暮らしてきた廃墟と化した診療所。 此処があのネイティブアルターの棲家……そう判断した劉鳳はだからこそ今もこの中に彼が居ると思い込んでもいた。 「カズマァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 宿敵の名を雄叫びのように叫び上げながら、劉鳳は己がアルター“絶影”を顕現させる。 劉鳳の怒りの思念に促がされ、宙を舞った絶影はそのまま診療所をその両肩の触鞭を振るい瞬時に瓦礫の山へと変えてしまった。 音を立てて崩れていく。 思い出が、幸せな日々が、自分たちの家が、カズくんの帰ってくる場所が……。 かなみにとって儚く残った最後の希望であったはずの拠り所は、突如振って沸いて現れた理不尽によって蹂躙され、破壊された。 カズマと自分が暮らしてきた家が、自分たち二人と……そして死んだ君島とだって残っていたはずの思い出の日々が詰まった場所が、完膚なきまでに破壊された。 かなみは何も出来ないまま、また唐突に理不尽に全てを奪われた。 カズくんだって、まだ戻れたかもしれない最後の希望だったのに…… 「う~ん、どうやら此処には居ねえみたいだな」 瓜核の外れかという他人事のような声がやけに遠く空々しく響く。 あまりにも理不尽なホーリーの暴挙に、さしもの心優しき少女もまた爆発した感情をぶつけずにはいられなかった。 「酷いッ! 何をするんですかッ!?」 どうして……どうして彼らはそうやって自分たちからまた奪うのだろうか。 牧場の人たちから牧場を奪い、カズマから君島を奪い。 今度は自分たちの帰るべき場所まで奪おうというのか……。 酷い、あまりにも理不尽だった。こんなことをされるほどの重い罪を自分たちはいつ犯したというのだろうか。 己が無力であることを悔やみ、この理不尽で救いの無い現状をかなみは悲しみ、恨まずにはいられなかった。 ……だがそんな少女の感情の爆発すら、完全なる秩序の構築を目指す劉鳳が掲げる絶対正義の前では無力。 ましてや滾る宿敵への思いを、少女の無力な糾弾一つで揺らがすことなど端から不可能。 「……カズマは何処だ? 何処に居る!?」 正真正銘の恫喝、かなみを逃がさぬよう絶影で背後を取り、その触鞭までをも鋭く突きつけながら容赦なく劉鳳はかなみへと問い質す。 年端も行かぬ少女……関係ない。犯罪者の関係者であり、協力し、庇い立てするようなら、それは悪……断罪すべき毒虫の一種。 この少女がそうだというのなら、劉鳳は更々それを躊躇う気すらも無かった。 だが劉鳳のあまりにも強硬な姿勢には、やはり瓜核が見過ごせなかったのは事実。 エリオたちと同様にあまりにも問題がありすぎる劉鳳の姿勢に躊躇いを憶え、やめさせようと声をかけようとした時だった。 「……かなみちゃん? それに、劉鳳君………何、やってるの?」 唐突に聞こえてきたその聞きなれた声に三者がそちらの方向へと振り向く。 そこには三人ともが偶然にも知っている人物―――高町なのはが其処に立っていた。 高町なのはがこれからの行動として選んだこと……それはまず、ホーリーとカズマの対立を止めさせることだった。 ホーリーのやり方、その背後にある本土の意向には問題がある。なのは自身もそれを許せず正すと決めた。 だがやはりジグマールはそれに賛同を示すことは無く、彼とは訣別と言う形で道を別つことになってしまった。 言うなればコレは……ホーリーそのものを敵に回したのと同じと言い換えても良いのかもしれない。 無論、ホーリーの中にもあのストレイト・クーガーのような自分の行動に協力をしてくれる者だってまだ居るかもしれない。 ホーリーと、そしてジグマールとだっていつかは共に手を取り合える事をなのはは未だ諦めてはいなかった。 だがだからこそ、このままホーリーとそしてカズマが対立し、潰し合い続けることは避けねばならないとも思っていた。こんなことを続けても、互いに傷つき合い、不信感が積もり合うばかりだったからだ。 しかし、口で言うほど簡単にはこれを上手く止める事ができないであろう事はなのはとて承知の上。お話を全然聞いてもらえなかったという前科だってある。 それでも無茶を承知でやらなければならない。これ以上、エマージー・マクスフェルのような犠牲者を生み出さないためにも、部下たちが重い責任で傷ついたりしないためにも。 高町なのはにはそれをやり遂げると決意したものとしての責務があった。 故に、まずはカズマがこれ以上のホーリーとの対立を深めない為にも、話し合って説得する為になのはは彼の元へと向かった。 幸いにも、以前かなみと偶然接触した時に彼らの住んでいる場所は聞き出していたので知っていた。……今までホーリーにも報告せず隠し通してきたことには罪悪感がなかったわけではない。 けれど言えなかった。由詑かなみが幸せを夢見ている暖かな居場所を、カズマが大切な少女に隠し通してでも護り続けようとしていたものを。 それを壊すことなんて……そう考えてしまえばなのはに出来るはずもなかった。 だから今までずっと黙っていた。己に彼と向き合えるだけの決意が固まり、資格を有したなら、改めて自分から会いに行こうと決めて。 ずっとずっとその機会を待ち続け、それを今だと考え、覚悟を抱いてなのははカズマへと会いに向かい――― ―――そうして瓦礫と化した廃墟の前で無垢な少女にアルターを突きつけている劉鳳を目撃した。 「……劉鳳君、ソレ……何してるの?」 「……高町、貴様こそこんな所で何をしている?」 お互いに睨み合うように言葉を発し合う両者。凄まじいまでの緊張感が帯電するかのように発生していることをこの場にいる誰もが感じ取っていた。 なのはから見て劉鳳のしていること……それは信じられない蛮行だった。無力な少女を相手に歴戦のアルターを突きつけ脅しつけるかのような行動、無論見過ごせるはずが無い。 そして劉鳳からしても高町なのはの登場というのは奇異そのものであった。どうして彼女が此処に居る? 此処はカズマの棲家、つまり自分たちの敵が居る場所。そんな所に単身で理由も分からず唐突に現れるなど、不自然以外の何ものでもない。 かねてより機動六課には不信感も溜まっていた劉鳳である……行動の真意も分からぬなのはの登場、先のエマージーの一件や、スバル逃亡の件まで含めれば……安直過ぎるがそれでもある種の疑いを抱いたとしても仕方なきこと。 即ち、やはり機動六課という部隊はカズマと通じているのではないのか? 本土から来た詳しい情報すら公開されていない部隊でもある。何がしかを隠し立てて行動しているのも知っている。不自然そのもの過ぎるこの部隊をそもそも信頼しろということからして無理もある。 ましてやカズマの事で怒り一色となり冷静な判断力に欠けている今の劉鳳にとってならばそれも尚更。 「……これが、こんなやり方が……君たちの言う正義なの?」 「……何も知らないものが、俺たちの正義を批判するのか。……そもそも、ならば貴様たちに正義はあるのか?」 「……少なくとも、大義を盾に弱者を虐げるような正義なら私たちは持ってないよ」 なのはの痛烈な皮肉は劉鳳にとっては戯言であれ聞き逃せぬ罵詈雑言だった。 杓子定規で崇高なはずの自分たちの正義をそんな低俗なもののように表現されるという事実が劉鳳には許せない。 ……やはりコイツは俺の正義の敵か、そう劉鳳が決めかけた時だった。 「かなみちゃんを離して。彼女に危害を加えるようなら……これ以上は見過ごせないよ」 それはなのは側からの宣戦布告のように劉鳳には聞こえた。 先の発言といい、この少女の名を知り、知り合いのようであることから見ても、やはりこの女はカズマとも何某かの繋がりがある。 ……よくも、今までよくものうのうと味方面をして好き勝手やってくれたものだ。やはりエマージーはこいつらにやられた犠牲者だ。 もはや高町なのはは劉鳳にとってカズマ同様に完全に断罪すべき悪……毒虫どもの仲間と認識されていた。 「……ほざくな、犯罪者! 貴様も此処で断罪して―――」 劉鳳がそう叫び上げながら問答無用で絶影を嗾け様としたその瞬間だった。 懐の通信機が急に鳴り響く。機先を制された事態にピタリと両者の動きが止まる。 「……え、何?……ティアナ、何があったの?……聞こえないよ、どうしたの……無事なの?」 急になのはの方もぶつぶつと何かを喋りだし始める。 問答無用でこの隙を突いて絶影で叩き伏せてやろうかと思いはしたものの、こちらも鳴り響いている通信機の不吉な予感に促がされ、そちらの対応を優先することにした。 「……りゅ……劉……鳳……」 通信機に表示されている発信先はシェリス・アジャーニのもの。その表示通り、通信機からは彼女の声が聞こえてきているが様子がどうもおかしい。 「シェリスか!? 何があった!?」 「……ごめん……あたし……………」 「シェリス!? 何があったんだ!?」 只事ではない不吉な事態を通信機越しに予見し、彼女の身に何かがあったのだと瞬時に悟った劉鳳は必死に彼女へと呼びかける。 だがその劉鳳の言葉に応えたのは――― 「へ、何処に居やがる劉鳳ッ! クソッタレのホーリー野郎はよぉ!?」 ―――獰猛に餓えた、怨嗟響かす獣の声であった。 『まさかッ!?』 『ッ!? カズマッ!?』 シェリスから奪い取った通信機越しから聞こえてくるあのムカつくホーリー野郎どもの慌てふためいた声。 その相手の慌て、悔しがり、歯噛みしているであろう姿に多少の溜飲も下がる暗い心地良さを芽生えさせながら、カズマは本題である劉鳳の居場所を直接聞き出そうと口を開きかけたその時だった。 『―――カズくん!?』 ……………何? どうして………どうして、今その声がホーリー野郎どもの近くで聞こえる? 聞き間違い?……否、それは断じてありえない。他の誰ならいざ知らず、自分が彼女の声を、その呼び方を聞き間違えるはずが断じてない。 「なっ!? かなみか!?」 先程まであった勝利の優越感などその全てが一瞬で吹き飛んだ。 もう二度と傷つけない為、悲しませない為、泣かせない為に置いてきたはずの少女。 カズマがカズくんでいる為に誰よりも大切だったはずの彼女。 天涯孤独で身寄りの無い、カズマにとってたった一人の家族とも言って良い彼女が。 ……何故、ホーリー野郎どもの近くになどいるのだ? またか、またなのか……カズマの中に決して消えない怒りの炎が、一時とはいえ沈静化しかけていたはずのソレが再び、過去最大級の勢いで燃え上がる。 コイツらは……今度はかなみまで奪おうっていうのかッ!? 君島だけでは飽き足らず、かなみまでも……ッ!? ふざけるなッ! そんな怒りが憎悪が、抑えきれずに身の内からすら弾け出してこんばかりの勢いとなって爆発する。 「テメエ……ッ…かなみに何しやがったッ!? 劉鳳ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」 通信機を握り潰さんばかりの勢いで掴みながら、通信機越しの宿敵へとカズマは怨嗟の叫びを叩きつけた。 そうか……そういうことなのか。 卑劣で低俗で野蛮で救いようの無い毒虫に、自分は一杯食わされたということか。 自分たちが本隊を離れている間に、アイツはそれを狙って卑劣にもシェリスたちを襲ったということか。 あの場にはまだアイツに傷つけられた負傷者だって多く残っていたというのに。 そんな者たちにまで再び主義も主張も必然性すらも無い、ただ反社会的で刹那的な快楽に酔っただけの暴力を振るおうなどとは……ッ! 改めて確信した。アイツは……やはりカズマは社会に必要の無いゴミクズも同然の男。 断罪せねばならない―――悪! 「そういうことか……ッ……カズマァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」 通信機を叩きつけんばかりの勢いで掴みながら、通信機越しの宿敵へと劉鳳は憤怒の叫びを叩きつけた。 そしてその瞬間だった。 「―――かなみちゃんッ!?」 割り込むように少女の名を叫びながら駆け込んでくる白い影。 咄嗟に反応した劉鳳が絶影に命じて触鞭を迎撃に振るわせるも、それを白い影は黄金の杖で弾き受け流しながら掻い潜りそのままの勢いでかなみを担ぎ上空へと飛翔する。 上空へと逃げられたことに、劉鳳は咄嗟に絶影の真の姿を解き放ち追いかけさせようかと考えたが、 「おい! それよりシェリスたちの所へ戻ろうぜ!?」 そんなものに構っている暇は無いと言ってくる瓜核に、劉鳳は眼前の悪を取り逃がすことに歯噛みする。 瓜核にとってもかなみがなのはに連れ去られていく事を放置するのは吝かでは無い。だが今はカズマがシェリスたちに何をしたのか、仲間の安否を確かめることの方が優先度として高い。 それに瓜核は劉鳳ほどにまだなのはを完全には敵だとは認識しきっていない。流石にあんな少女に何がしかの危害を加えるような人物だとも思っていなかった。 だからこそ瓜核の言い分も尤も。劉鳳にとってもシェリスたちの安否を確かめることは最優先事項であり、宿敵もまたその場に居るはずである以上は放置も出来ない。 断罪すべき悪の優先順位……脳裏に天秤に掛けた結果、劉鳳はソレをカズマの方が高い事を判断した。 だが、この場ではそう見逃すことになったとはいえ、いずれ――― 「いずれ貴様も断罪するッ! 憶えておけ……高町ィィィイイイイイイイイイイイイイ!」 少女を連れ去り上空を飛び去っていく白い影―――高町なのはへと劉鳳はそう叫び上げた。 なのはは劉鳳との一触即発の対峙の最中、部下であるティアナたちがカズマに襲撃を受けた事をティアナ自身の念話による報告で知った。 知った直後にその身に走った衝撃は、それこそ凄まじいまでのものだった。何せ損害の内容が、キャロは幸いにも軽傷だっとはいえ、エリオとキャロの使役竜たるフリードはかなり大きな負傷を負ったのだという。念話による報告を気丈にも続けてくれたティアナの様子だって気がかりだった。 幸いにも、今は応急処置にキャロが治癒魔法をエリオとフリードに施した為、命に別状は無いそうだがそれでも酷い負傷を負っているのは事実だということ。 上官として、師として、教え子であり大切な部下である彼女たちの元へとすぐさま飛んで帰りたい思いに支配されるも、それでもなのはは鋼の自制心でそれを押さえ込む。 まだ目の前のかなみが劉鳳に捕らわれたままだ。彼女を彼の手から解放させねばならないという見過ごせない責任感が一つ。 もう一つは、尋常な様子ではなかったと言うカズマの豹変。そして知らされた彼が行ったこと。 どうしてカズマがそのような暴走紛いな事をしているのか。カズマを信じていたなのはは理由も無くそんな事を彼がしているとは思えない。 きっと何かがあったのだ……彼にとって暴走せずにはいられないような辛い何かが。 もしかしたならかなみはそれを知っており、何とかカズマを止める方法だって知っているかもしれない。 そう思ったなのははだからこそ無茶な行動を承知で、絶影を掻い潜りかなみを救出した。 今は少し此処から離れ、今までの自分の知らない彼女たちの経緯を聞きだす為に。 そして絶対に、暴走しているカズマを止める為に……… 瓜核のアルター能力によって再びスタート地点へと戻ってきた二人が目にした光景は、まさに惨劇の一言で片付けるのも酷すぎるものであった。 大穴を穿たれた大地、破壊され炎上している車両の数々、そして瀕死の呻き声を上げて倒れているホールド隊員たち。 ……そして、その惨状の中でも最も酷く二人の目に留まったのは――― 「―――シェリス!?」 「エリオ!? キャロ!?」 劉鳳の傍らを駆け抜け地面に倒れこんでいる仲間たちへと駆け寄っていく瓜核。 シェリスもエリオも酷い状態だ。どちらもボロボロの姿で気を失っている。幸いにもキャロには大きな外傷らしいものも見つかってはいないが、その手に抱いている瀕死の子竜を見下ろしながら心此処にあらずとでも言った状況だった。 「……劉鳳、さん……瓜核さん……も……」 ふと呆然としていた劉鳳の耳に届いてきた声に彼は勢い良く振り向く。 其処にはボロボロの体を引き摺りながらこちらへと近寄ってくるティアナ・ランスターがいた。 彼女もシェリスたち程でないにしても酷い状態だ。動くこともキツイだろう体を引き摺りながら必死にこちらへと近寄ってくる。 先程断罪すべき対象と定めた高町なのはの部下ではあったが、流石に劉鳳もその彼女の姿を見てまで彼女をカズマの仲間と断ずるほどに狭量ではない。 むしろ彼女がシェリスや仲間達を護る為に命を懸けて戦った勇敢な戦士であったことは一目で理解できた。 「ランスター!?……大丈夫か?」 こちらに歩いてくる途中で限界が来たのか、つんのめって倒れかけるティアナを劉鳳は慌てて駆け寄って支えた。 なのはは兎も角として、此処で仲間を護る為にあのカズマと戦ったのであろうティアナたちは劉鳳にとっても今や掛け替えの無い仲間だと評価が戻ってもいた。 だからこそ、尚更やはりカズマへと怒りが沸々と蘇ってくる。 許せん、よくも俺の仲間達をこのような目に……ッ! そんな怒りを表面上は静かに燃え滾らせながら、劉鳳は支えられたことに安堵したのかそのまま気を失ったティアナを抱き上げると彼女をシェリスたちの近くにまで連れてきて、そこに優しく横たわらせてやった。 ティアナを横たわらせた時、隣で気絶しているシェリスの痛々しい姿が目に留まり、尚更にやるせない怒りが沸き立ってくる。 許さない、絶対に許さない。カズマは自分の大切な者たちをまた再び傷つけた。 主義も主張も必然性も何も無い、刹那的な快楽に酔いしれただけの卑劣で低俗な暴力を持って彼女たちを蹂躙したのだ。 やはり……あの男はこの手で始末をつけねばならない、処断しなければならない毒虫……悪、だ。 もはやこれ以上は捨て置けん。今日此処で、今から奴の命ごとその因縁を断ち切る事を劉鳳は決め、立ち上がった。 「お、おい!? 劉鳳ッ!?」 去り往く己の背中へと呼び止めるように瓜核が声をかけてきたが、生憎と今の劉鳳はそれを聞くわけにはいかない。 そしてこれは己の因縁の清算である以上、彼の手助けや介入も許さない。 だからこそ、劉鳳が瓜核へと頼み込むことがあるとすればそれはたった一つ。 「……シェリスたちを、頼む」 ただ、その一言だけであった。 まさに飛んで戻るとでも言う勢いで、出戻りもよろしく少女と別れを告げた棲家へと戻ってきてカズマが目にした光景は信じられないものだった。 自分とかなみが暮らしてきた診療所……それが完膚なきまでに破壊され、瓦礫の山と化していたのだ。 周囲の何処にもかなみの姿が見当たらないこと、そしてその棲家の凄惨な末路から、カズマが想像した光景が何であったのかは誰でも容易く予想がつくだろう。 「―――かなみ!?」 それこそ顔を青くしながら血相変えてカズマは瓦礫の山へと駆け寄り、次々に積まれている瓦礫を力任せにどけ始める。 こんな所にいるはずがない……かなみがこんな瓦礫の下敷きになっているはずがない。 そう必死に胸中で言いきかせながらも、それでも瓦礫を必死に力づくで押しのけていくカズマの作業は止まらない。 ……おい、嘘だろ? そんなはずねえ、そんなはずあるわけねえ! かなみはただのガキだ……ただのガキなんだぞ。幾らホーリーの奴らがクソ外道の集まりだからって問答無用の生き埋めになんざするはずがねえ。 かなみは此処には居ない……此処には居ない。きっとホーリー野郎どもから逃げる為に此処を離れたんだ。……そうだ、そうに違いない。 きっと誰かに助けられて、今頃安全な場所へ――― 「……助けるって、誰がだよ」 己の胸中で沸きあがっていたあまりにも情けない言い訳を否定するようにカズマは呟いていた。 今更、かなみみたいなガキを何処の誰が助けるってんだ? 牧場のおばちゃんたちはホールドの連中に連れて行かれた。もうかなみを助けてくれない。 唯一信頼していた相棒だってもう死んでしまっている。……もう、二度と命懸けでかなみを助けてくれるような真似はいくらアイツにだって出来やしない。 ……だったら、かなみを助けてくれる奴なんてもう誰も――― 握っていた瓦礫の破片を力任せに握り潰す。言葉にならない雄叫びを上げながら眼前の瓦礫の山を拳を叩き込んで破壊する。 かなみはいない……何処にもいない。此処にあるのは、自分と彼女が暮らしていたという文字通りの夢の残骸。ただ、それだけだ。 彼女が死んだとは思わない、否、絶対にそんなものは認めない。 だが現実として此処には…………いない。 「……っくしょう」 ガリッと奥歯を噛み砕かん勢いで噛み締めながら、カズマの口から零れ出た声は情けないほどに震えていた。 彼女がいない、何処にもいない。 ホーリーの連中に連れて行かれたのだろうか、自分の関係者だとバレたのならその可能性は高い……否、その可能性しか思い浮かばない。 奪われた……かなみを奪われた。 その事実は、君島邦彦を連中に殺されたと理解した直後に匹敵する感情の爆発をカズマへと与えていた。 「……してやる」 自分でもゾッとするほどの重く響く声を呟き漏らしながら、カズマはゆっくりと歩き出した。 「……潰してやる」 周りの物質を分解しながら、先の大暴れで消費したシェルブリットを再装填しながらカズマは怒れる感情も顕に突き進み続ける。 「ぶっ潰してやる……ホォォオオオオオオオオオリィィィイイイイイイイイイイイイ!!」 大切な、己にとって何よりも大切な、最後に残った唯一の宝物を取り戻す為に。 ―――そうして、互いに絶対に退けない怒りを抱いた男が二人、遂に邂逅する。 「テメエ……かなみに何をした!?」 カズマは吼える。返答の如何に関わらず全殺し、最悪の答なら殺した後にもう一度殺す心算で問い質す。 「貴様こそシェリスたちに何をした!?」 対する劉鳳、彼もまた相手へと勝るとも劣らぬ怒りの剣幕で問い返す。既に処断は決定済みだが罪状次第では与える痛みを更に加える必要があった。 「このアルター犯罪者が!」 故に劉鳳の怒りは止まらない。彼が忌むべき悪の中でも眼前の男はそのカテゴリ内ですら極め付きの別格、おぞましいなどというレベルですらない。 「勝手に人を枠に嵌めやがって!」 こちらの大切な問いを無視しての挑発。何から何まで上から目線で何様を気取って俺から全てを奪おうとしてやがんのかとカズマは改めて怒りを更なる高みにまで燃え上がらせる。 「貴様の存在が社会を乱す!」 不必要な人間の、私欲にまみれた自分勝手な低俗な行い。貴様の蛮行の陰でどれ程の人間が涙を流してきたのかと劉鳳は更に問い詰める。 「何様の心算だ!」 馬鹿で結構、クズで上等、好きなだけ嘲って好きなだけ嗤えばいい。……だがな、それでもそんな生き方を死ぬまで貫いた馬鹿だって俺の隣には居たんだと思い返し、カズマはその遺志を引き継いだ事を思い出す。 「大勢の犠牲者が出る!」 たった一人の悪が、社会の秩序を乱し、混乱させ、その結果として人々が傷つき、悲しみ、そして大切なものを奪われる。かつて経験した者の一人として、だからこそアレと同類であるこの男が尚更劉鳳には許せない。 「君島が逝った!」 たった一人のダチ、掛け替えのなかった相棒、誰よりも勇敢に『生きた証』を立てて死んでいった本物の男。コイツらは、アイツを殺しやがった。絶対にそれだけはカズマにとって許せない事実。 「故に―――」 「だから―――」 拳を握り、ただ眼前の相手のみを見据えながら、両者にとってこれからやることはたった一つのシンプルな共通事項。即ち、それは――― 「―――貴様を裁く!」 「―――仇を取る!」 ただ只管に、目の前の気に入らない相手を全否定し、消し去ること。ただそれだけだ。 そして、その為に行う手段こそが――― 「貴様が―――」 「テメエが―――」 ―――闘争。万の言葉を費やすよりも遙かに単純にして手っ取り早い、最も原始的で最も救いの無い、最も愚かな手段。 だが――― 「「テメエ(貴様)が俺の敵だぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」」 ―――二人の男たちにとって、これ以上に勝る手段など最初から存在などしていない。 まるでそれは宿命、運命とも呼べるものだったのだろう。 違う生き方を選んでいれば、あの時に出会いさえしなければ、きっとここまで救いようのない事態にもならなかった。 だが二人は互いに出会い、互いに争い、互いに認め、そして互いを憎んだ。 一度点いてしまった火は、縛られてしまった運命という名の鎖は、二人の男をこれ以外の道へと歩ませることを許さない。 否、例え違う道を提示されたとしても、やはり両者はこの道を選んだだろう。 どれ程凄惨で、どれ程救いようの無い、どれ程愚かな道かも承知の上で。 ただ二人、馬鹿な二人の男たちはこの道以外を選ばない。 何故ならこの道が最も――― ―――この眼前の心底気に入らない馬鹿野郎に目に物見せてやることが出来るのだから。 そうして叫びと同時、カズマと劉鳳。二人の男は同時に相手へと向かって駆け出し、激突する。 破壊の宴はいよいよその激しさを増していく。 「……やはり止められんか」 カズマと劉鳳、二人の男たちの激突の様子をイーリャンの“絶対知覚”を通して見物しながらジグマールが抱いたのはそんな諦めの感情だった。 万が一にも、ここで両者が潰し合うなどという事態になれば恐らく最も困るのはジグマールだ。何せ彼はこの二人の男にこのロストグラウンドの未来の命運すらも託し、期待しているのだから。 だがそう思う一方で、とっくに枯れ果てたはずのアルター使いとしての……否、男としての意地がこの宿命の戦いに横槍を入れる無粋さを躊躇わせていた。 目的の為ならば、あらゆる手段を容認する。何よりも大切なものを選び間違えてはならないはずの自分が、この男たちの戦いに疼きにも似たものを感じている。 「……救えないな、やはり私は」 男としての枯れ果てた意地よりも、一組織の長としての、この大地の守護者としての責務があるというのに、それを蔑ろにしかけるなど。 二度とはあってはならないこと、そう己を戒めながらも、ああも己がアルターを拮抗するライバルへと振るうことが出来るというのは羨ましいものだなと考えてしまったのは最後の未練か。 「……どちらにしろ、今の私には不要なものだ」 故に棄てる。男としてよりも、親として、組織の長として、選ぶべきものの方が自分には大事だ。それにもう自身も自分で思っているほどにも若くはない。 そんなことを考え苦笑を浮かべながらも、さてとジグマールは思考を切り替え、この二人の馬鹿をどうやって止めるかを考える。 カズマはおろかもはや劉鳳でさえ、今の自分が言葉で命じても聞き入れはしないだろう。それ程に取り返しの付かない領域にまで二人は踏み込みかけている。 だからといって現有戦力で無理矢理にでも彼らを止めることは可能か……恐らくこれも不可だ。 今の二人はその凄まじいまでの潜在能力を引き出してくる直前の状態。中継される映像を見ていても分かるが、その実力は最早尋常なレベルですらない。 明らかにSクラス……今のホーリーの隊員にこの二人を真っ向から力づくでも止められる程の実力者は……自分を含めても二人くらいか。 そしてジグマールは自身のその体の性質上、アルター能力を使用するわけにもいかない。それこそ最悪の場合を除いて、自ら出向いて彼らを鎮圧するというのも不可能と言って良い。 ならばもう一人……ハッキリ言ってこちらも下策だ。実力の程は保障できる。それは先のちょっとしたイレギュラーからも遺憾なく思い出さされた。だからこそ、扱い辛さは兎も角としても、あの男の実力なら二人を止めることもできるだろう。 ……最悪、あの男をここで使い潰す覚悟があれば、だが。 しかしジグマールにはやはりその気は無かった。アレに思い入れがあるとかそのような理由などでは断じてなく、ただ単純に使い辛さを差し引いて尚、あの男はジグマールにとって最強と言っても良い持ち駒だったからだ。ここで切り札を切るのは……早すぎる。 「……ならばやはり、ここは彼女に期待するしかないか」 扱い辛さ以前に最早味方ですらないのだが、それでもあの綺麗事が大好きなお人好しの小娘ならこの状況とて看過はすまい。 十中八九、あの二人を止める為にしゃしゃり出てくる。そうなれば、あの二人との激突もまた避けきれまい。 ジグマールとしてはその結果で彼女がどうなろうともどうでも良い。ただ重要なのはあの二人の激突は現時点では拙く止めねばならないということのみ。 結果として、彼女があの二人を止める為にどうなろうが、ジグマールはあの二人さえ止めてくれるならそれで良かった。それ以上は高望みと割り切り、望もうとも思わない。 それに今の彼女の実力をもってしても同時にあの二人を止められるかどうかは甚だ怪しい。最悪、返り討ちもありえる。 「……だがそれでも、今の私は君のその愚直な信念に期待せざるを得ない」 チラリと執務室に置かれた観葉植物を見る。見ればその葉が不安定に霞み歪み始めてもいた。 非常に拙い事態だ、『向こう側』と『こちら側』が繋がりかけている予兆を感じる。 かつて『向こう側』を垣間見た者の一人として、ジグマールにはそれが分かってしまっていた。 下手をしたらこのままでは六年前……否、それ以上の未曾有の大災害が発生しかねない。 だからこそ――― 「……今この時だけは君に期待する………高町君」 それがジグマールの数少なく珍しい、彼女を信じて漏らす本音だった。 市街を疾走……否、爆走している紫の厳つい車両。 ソレは彼―――ストレイト・クーガーが己のアルターである“ラディカルグッドスピード”を使用して再構成した彼専用の改造車である。 速度違反だとかそんな概念を逸脱して暴走する彼の車は文字通り急いでいた。 その運転している彼自身にもまたいつものキャラの濃い余裕さが今は何処にも存在していなかった。 滅多に見れないほど真剣に焦っているクーガーは、愛車を爆走させてただ只管に世界を縮める為に先を急いでいた。 そこに余裕や優雅さは欠片も無く、あるのは文字通りの決死を覚悟した焦りのみ。 クーガーは行かねばならなかった。かつて道を別つた弟分と、自分の想い人がぞっこんに惚れ込んでいる同僚……その二人の馬鹿どもを止める為に。 何故なら彼もまた感じたのだ。繋がろうとしている『向こう側』の残滓を。 止めなければならない、何としても止めなければ大惨事に……いや、あの馬鹿ども自身の身だって危ない。 どちらも死なせるわけにはいかない以上は自分が止める為に急ぐしかない。 本当にハードでトンデモナイ状況だ。それを改めて認識しながらも、彼は諦めてブレーキを踏もうとはしない。当然スピードだって緩めない。 当たり前だ、彼はストレイト・クーガー……最速で世界を縮める男なのだから。 「……そう、そんなことが」 かなみからこれまでの経緯を一通り聞き終えたなのはに呟けた言葉はそれだけだった。 親友であり相棒でもあった男の死。 かなみの話通りなら、今カズマを怒り狂わせている最大の原因こそがソレなのだろう。 なのははそのカズマの友であったという君島邦彦の事は直接的には知らない。だが少女の説明や話の流れから考えてみても、恐らくは以前自分とカズマの戦いに乱入し、彼を連れて脱出したあの車に乗っていた共犯者がその君島邦彦という人物なのだろう。 カズマとその君島邦彦が互いにどれ程の絆で結ばれていたのか……予想するには易いとは決して言えはしないが、かなみの話しぶりと先の一件の決死行の敢行から鑑みても、余程強い友情で結ばれていたのは間違いないだろう。 例えば自分やフェイト、それにはやてのような……… 想像してみる、もし自分がフェイトやはやてを失ったと仮定して耐え切ることが出来るだろうか? ……分からない。どれ程理性で押さえ込もうと、親友が誰かに殺されたとしたのなら自分は決して殺した犯人を許しはしないだろう。 だからこそ、今のカズマの暴走……正直、分からないわけではない。 不幸な出来事だった、悲しくても耐えるしかない……そんな綺麗事だけでは割り切れない本能としての感情の爆発を抑え切れなかったとしてもそれは決して間違ったことだとは言いきれない。 その形と理由はどうあれ、決して許されたものでないとしてもカズマが行っていることは弔い合戦の名を借りた喪った者への哀悼だ。 だがそうだとしても――― 『世界はいつだって……こんなはずじゃない事ばっかりだよ!』 『ずっと昔から、いつだって誰だってそうなんだ!』 『こんな筈じゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ!』 『だけど……自分の勝手な悲しみに、無関係な人間まで巻き込んで良い権利は……何処の誰にもありはしない!』 自分たちにとって兄代わりの青年がいつも自論としていたその言葉を思い出す。 なのはやフェイトもまた、彼の言い分が正しいと思ったし、だからこそプレシア・テスタロッサの行いもまた否定した。 そしてなのはは魔導師として、目の前のそんな理不尽を撃ち抜く為に戦ってきた。 今更にその足は止まれない。そして理由はどうあれ、どれだけの同情の余地があろうとも今のカズマの暴走を肯定する事だって出来はしない。 これは一般的な社会規範と倫理に則った恐らくは傲慢とも言える正しさなのだろう。 今まさにそれを通そうというのなら、彼との激突もまた避けきれないことになる。 彼と再び戦えるのか? 自分は彼に勝つことが出来るのか? ……いいや、それ以上にもっと重要なことがある。 自分の言葉は果たして彼へと届くのか、そしてもう一度差し伸ばそうとするこの手を彼は取ってくれるのか……? 恐らくは、どれも絶望的なまでに低い可能性であるのは分かっている。 それでも――― 「……かなみちゃん。君はどうしたい?」 ふと尋ねてきたなのはのその言葉に、かなみは一瞬呆然としながらもそれでも次瞬には儚き願い事を希うように叫ぶ。 「……わたし……わたし……カズくんに会いたい! カズくんに戻ってきて欲しい!」 それがもう完全には元通りにはならない不可能な願いだとは承知の上。 それでもかなみは今のカズマを見ている事に耐え切れない。癒されること無く自らを傷つけながら進んでいく彼を救いたい。 もう一度……甲斐性無しのロクデナシでクズだろうとも優しかったカズくんに戻って欲しい。 それが由詑かなみが唯一つだけ願い続ける、たった一つの儚き思い。 それはとても小さな願いだった。 だがそれでも、高町なのはには捨て置くことは出来ない―――純粋な助けを求める無垢な叫びだ。 だったら、自分が取るべき道は決まっている。 「……分かった。任せて、かなみちゃん。私がカズマ君を―――助けるよ、助けてみせる」 それが自分、不可能を可能へと引っくり返す無敵のエースオブエース。 十年前から願い続け、戦い続けてきた、己が取るべき真のスタンスだ。 今この大地に舞い降りて、不屈の魔法使いとしての本当の意味での戦いの決意を初めてなのはは抱いた。 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 前へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3184.html 次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3186.html
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3337.html
『……ごめん』 無常が告げてきた言葉が真実かどうか、機動六課に与えられた仕事部屋に戻ると同時に真っ先にロングアーチへと念話を繋げてシグナムは確認を取った。 そしてそれに八神はやてが第一声に返したその言葉がそれだった。 シグナムにはその一言だけで、はやてがどれ程の無念と屈辱、そして後悔を抱いているのかを察することが出来た。 当然だ。主はお優しい……否、元来は優し過ぎると言ってもいい性格だ。 だからこそ、得体の知れないあんな男に自分の大切な身内を言いように使われることが申し訳ないと思わないはずがないのだ。 ……ああ、だから彼女は何も悪くない。少なくともシグナムはそれを理解しているし、故にこそ彼女を責めるなどというお門違いに馬鹿げた行いをする心算も無い。 ただ…… 「了解しました、主。テスタロッサを含め新人たちも……私が必ず護ってみせます」 故にご安心を、と少しでも彼女が自分を責めなくてもいいようにシグナムは己でも不器用と思う笑みと穏やかな態度を精一杯に保ちながら彼女へと告げる。 『……私、シグナムに迷惑かけてばっかりや』 「いえ、主の苦行は我ら守護騎士の苦行も同じ。貴女がそれに気を病む必要はありません」 そう、気を病む必要などない。 申し訳ないなどと追い目を抱く必要だって何もありはしない。 今誰よりも六課を護る為の辛い戦いを孤独に続けている彼女を守護騎士たる自分がどうして責められよう。 否、機動六課に属する者の誰にその資格があるというのか? あるはずなどない。もしそんな輩がいるというのなら、そんな恥知らずはシグナムが自らで切り伏せる心算だ。 「主、今は耐えましょう。諦めなければ必ず再起の目はある。……我々はいつもそうして何度も立ち上がってきたではありませんか」 ――そして、不屈の想いはこの胸に。 その言葉を信じて駆け抜けてきた自分たちが、この程度の逆境で崩れてなどいられない。 それはこれまで駆け抜けてきた今までの全てまで否定することになりかねないのだから。 だから大丈夫だ、自分たちはまだ負けてなどいない。 勝負は、これからだ。 そう主を励ますように騎士は優しく泣きそうな彼女を安心させるように言葉をかけていた。 親友であるなのはをあの日、引き止めることも出来ずに戦いへと赴かせて死なせてしまった責任。 暴走した己の身内の不始末、もうどうしようも弁解は効かないのを分かりきっていてもそれでも少しでも彼女の罪が軽くなるように背負おうとする責任。 残されたもう一人の親友までもが精神的に壊れてしまった中ですら、残された部下たちの為に自分だけは弱い方向には逃げられないという責任。 機動六課の長として、それら一つ一つですら重過ぎる責任をそれでも皆を護る為にその小さな背で賢明にはやては背負っているのだ。 彼女を護ることを誓い、二度とそれを違えぬと決めたはずのシグナムが、今ここで彼女を護れないでいつ護るというのか。 ああ、そうだ護る。彼女を……彼女たちの夢たる機動六課を。 ――たとえ、この命に代えても。 「……シグナム副隊長」 「……ティアナ、か」 とりあえず通信で落ち込んでいるはやてを出来る限りに慰め終えた後に通信を切り、一息入れようとしていたのを見計らったようにかかってきたその声にシグナムは振り向いた。 「……これから、ホーリー隊員の方々と共に哨戒任務に向かいます」 報告をしてくるティアナにそうかと頷いた。 確かメンバーはティアナにエリオにキャロ、ホーリーの方には彼女たちともそれなりに親しいシェリスや瓜核もいたはずだから大丈夫だとは思っている。 「エリオとキャロはまだ幼い。……お前にばかり負担をかけさせて悪いとは思うが二人を頼んだ」 「はい、任せてください。あたしなら大丈夫ですから」 こちらを安心させるように覇気の入った返答をしてくれるティアナは頼もしかったが、出来るならば彼女たちを護る為にも自分もまた付いて行きたかった。 しかしフェイトの状態が不安定な現状では任務に従事させることも、逆に一人置いていくことも出来ない。 フェイトを護るようにはやてから頼まれ、己自身でも彼女の守護を自負しているシグナムは下手に傍を離れるわけにもいかないのだ。 「……スバルの件は色々と辛いとは思う。だが今は済まないが耐えてくれ」 「いえ、それを言うならシグナム副隊長もヴィータ副隊長のことが……」 「我らの事は気遣い無用だ。アレとはいずれ私がケジメをつける。心配しなくていい」 守護騎士を纏め上げる将としても、それは避けては通れぬ道だとシグナムは厳かな態度でそう告げた。 そうヴィータと決着を付けねばならぬのは、誰よりも彼女と共に永き時を過ごしてきた自分だ。その覚悟は既に固めてある。 恨みっこはなし……否、憎まれ役こそ我が務めかとシグナムは自嘲した。 シグナムのそんな態度に多少戸惑いながらも、それが己の口出しすべきものではないと察したのだろう、ティアナはそこで話を打ち切って任務へと向かう為に退出していく。 「ティアナ、お前は六課が好きか?」 その背に不意に投げかけられてきたその問いにティアナは戸惑いながらも立ち止まり、振り返った。 急な質問の意図が分からぬといった様子の彼女に、シグナムはそのままの意味だと告げた。 それに対してティアナは―― 「あたしは……なのはさんが護ろうとしたこの隊を護りたいからこそ今も頑張っている心算です」 ティアナがハッキリとした態度で返してきた答えに、シグナムはそれで良いと満足気に頷いた。 「これからも……お前の力を貸して欲しい」 「幾らでも。だからこそ自分は此処にいるんです」 今は互いが互いに笑みを浮かべながら見るソレが、二人には他の何よりも頼もしく映った。 「フェイトちゃん」 なのはが自分の名を呼んでいることに気付いたフェイトは声が聞こえてきた方向へと振り向いた。 見ればそこに彼女と……そして自分たちの娘のヴィヴィオもいる。 「こっちこっち、早くこっちに来なよー」 「フェイトママー、早く~」 最愛の二人が自分を呼んでいる、その事実を至上の幸福のように実感しながら、フェイトは先程から早く来いと自分を呼んでいる二人の下へと駆け出した。 「待ってよ、二人とも足が早いよ」 焦ることは無い。二人は自分を置いていきなどしない。 ずっと、ずっと三人一緒にいることは出来る。 幸せは永遠なのだ。奪われなどしない。無くなりもしない。 自分が此処にあると思い続ける限りは――――此処にちゃんとあるのだから。 「……なのは……ヴィヴィオ……」 寝台に横たわり幸せそうな寝顔で最愛の者達の名を呼んでいるフェイトの姿を見て、運慶もまたこれで良しと頷きながら、後ろで控えているエリオとキャロの二人へと告げる。 「終わったのである。これで暫くの間は……彼女も幸せな夢を見続けよう」 運慶がそれを示すように持っていた原稿用紙をエリオたちにも分かるように見せる。 そこには、『フェイト、夢の中で最愛の者達との一時の幸せな時間を過ごす』と書いてあった。 無論、これはただの原稿用紙ではない。彼のアルター“最悪の脚本(マッド・スプリクト)”によって形成された確かな能力の効果を示すその証拠だ。 事実、この原稿用紙に書かれている通りに今はフェイトは夢の中でなのはやヴィヴィオと幸せな一時を過ごす日々を過ごしているのだ。 それこそが運慶のアルター能力。他者の思考を変換し、物語の登場人物として洗脳する“最悪の脚本”なのである。 洗脳という言葉は悪いが……しかしこの大地に来て以降も精神的に不安定な状態が多い彼女はこれによって仮初とはいえ精神の均衡を保っているのだ。 特に、彼女が精神を乱す切っ掛けともなりかねないエリオやキャロが任務で彼女の傍を離れなければならない時には、度々この能力でフェイトに幻を見させてあげてくれているようにと頼んでいるのだ。 「ありがとうございます、運慶さん」 「……う、うむ。まぁ我輩の脚本を持ってすればこの程度のことはお茶の子さいさい。……だからな、うむ、エリオもそれにキャロも……そんなに感謝せずとも良い」 年端も行かぬ子供から真剣に感謝の言葉を貰うのが照れ臭いとでも言うように、頬を赤くしながらぎこちなさげに顔を逸らす運慶。 彼にはエリオとキャロの自分に向ける感謝の言葉とその笑みが、眩しすぎたのである。 「では彼女も心配ない故に、お前たちも安心して任務に向かうが良いぞ」 「はい、本当に……本当にありがとうございます。運慶さん」 「フェイトさんのこと、よろしくお願いします」 何度ももう良いと言っているのに頭を下げて言ってくる少年たちを、早く行けと見送りながら、やれやれと運慶は照れ臭げに頭を掻きながら、思わず笑みが零れ落ちてもいた。 「……我輩の脚本にありがとう、か………」 そんな言葉を言われるのも満更悪くは無いものだな、そう思ってしまっている自分自身に運慶はまだ気付いていなかった。 「……とりあえず、これで暫くはフェイトさんも大丈夫だと思う」 今まで何度か同じような状態で任務に赴いてはいた。だからこそ運慶を信頼しているその意味を含めても、殊更に後顧の憂いを抱かずに今は任務に集中すべきだ。 集合場所であるこれから乗車するホールドのトレーラー、そこにキャロの手を引いて向かいながら出来るだけ手を繋ぐこの少女を安心させる為にエリオは微笑む。 「一緒に無事に戻ってきて、フェイトさんを安心させてあげよう」 「……うん、そうだね」 エリオの言葉に同意するようにキャロは頷いた。そして、いつまでも彼に手を引かれて後ろで護られてばかりもいられないと、並んで一緒に戦うんだというように進んで歩く速度を上げてエリオの隣へと並ぶ。 「……キャロ?」 「エリオ君、……エリオ君はわたしがちゃんと護るから」 今度こそ、あの時のようにはフリードのように二度と傷つけさせはしないとキャロは決意をしたようにそう言ってくる。 だがそんなキャロの姿を見ながらも……否、尚更に見たからこそ、エリオ・モンディアルは男の子として燻っているものをそのままにはしておけない。 「大丈夫。ならキャロもフリードも、フェイトさんも……皆を護れるように僕も強くなるから」 ぎゅっと離さぬ様にキャロの手をしっかりと握りながら、頬を赤く染めた照れ臭さも抜けきってはいないもののそれでも誓うようにエリオはそう告げた。 護る……キャロをフェイトを、六課の仲間達を。 皆を護って背負えるような男にならねばならぬのだと、あの日、無力だった自分に向けて誓ったのだ。 クーガーに教えてもらった弱い自分の考えに反逆していくというその生き方を。 だから―― 「――行こう」 「うん」 今は精一杯にこの道を信じて真っ直ぐに駆け抜ける。 それが幼き槍騎士と竜召喚師が強くなる為に踏み出した始まりの一歩でもあった。 ……夢を、夢を見ていました。 夢の中のあの人は直ぐにも消え入りそうな感じで……優しく手で包んでも壊れそうな程で…… ……ああ、誰か、誰か……誰か、あの人を―― 「OH! じゃまじゃま!」 何の前触れも無く橘あすかが経営している運送店、その事務室へとやってきたストレイト・クーガーはいきなりにそんな奇妙な言葉を口走ってくる。 仕事をしていた橘もスバルも、そして直接にそれを言われた水守もまた反応に困ったように唖然とするしかなかった。 「これ今市街で流行ってるんですよ、つまらないですかさむいですか引きましたか痛かったですかぁ?」 矢継ぎ早に見事に外したその挨拶を上機嫌で笑顔を浮かべて説明してくるクーガーではあるが、一応経営者である橘としても黙っているわけにもいかない。 「すいません、此処一応仕事場なんですけど」 TPOを弁えていない来客に苦言を呈す橘だが、それにすら気にした様子も無いままクーガーは水守の元へと近付いていく。 「今度はもっといいのを仕込んできますね、みのりさん」 「“みもり”です!」 「ああ、流石に腹が据わっているだけあって返す言葉も手厳しい」 いつものやり取りを平然と楽しげに繰り返すクーガーだが、水守の方はと言えば迷惑この上ないと言わんばかりの対応だ。 流石に自分の言動を無視され、社員が迷惑を被っているこの状況に橘もまた割って入らぬわけにもいかない。 「無視しないでください!」 「ごめんねぇ、社長~」 言葉とは裏腹にまったく反省した様子も無い。 ホーリー隊員はそんなに暇じゃないだろうがと呆れながら、仕事をしろよと呆れたように溜め息を零す橘。 丁度お茶汲みに動きかけていたスバルとしては、さてどうしたものかと戸惑いながらも苦笑を濃くする他にもなかった。 「あの、仕事中ですので」 悪いが構っていられない、そうクーガーを追い払おうとする水守であったが、その程度の言葉で引き下がるような男なら、彼はとっくに水守へのアプローチなど諦めていただろう。 「やだなぁ、そんなに怒った顔しないでくださいよ」 「これは生まれつきです!」 まったく気にした様子も無く構ってくることを諦めないクーガーの物言いに、ついつい水守としても厳しく怒鳴り返さざるを得ない。 しかしクーガーはやはりマイペースも崩さぬまま、懐から何やら取り出す仕草を見せると共に、 「そんな貴女にプレゼント」 そう言いながら水守の目の前の差し出されたのは一輪の花。 思わず戸惑う水守の様子に、しめたものだと言った様子も顕に得意気な顔になるクーガー。 「本土のカレンダーだと今日は十月三日。つまり貴女の誕生日です」 おめでとうございます、そうニッコリと笑いながらクーガーは水守へと花を差し出す。 意中の女性への気配り、誕生日のチェックなど初歩の初歩、このストレイト・クーガーを舐めてもらっては困るとでもそれは言いたげな程に得意気だった。 「わぁ、綺麗な花ですね」 水守の席へと近付いてきたスバルがクーガーのプレゼントを見て声を上げてそんなコメントを示す。 水守としては何と言うか……反応に困る、としか言えなかった。 「だろう、ヒバル。これでも一時間も花屋で考えて選んだ一品なんだぜ」 時間を何よりも尊び、物事を早く成し遂げることこそを至上命題にしている男が一時間も時間をかけて選んだのだと言ってくるその事実は水守も流石に唖然とした。 ……しかし申し訳ないが、 「……でも、貴方から受け取る理由が……」 クーガーの自分へと向けてきてくれる想いに関しては知っている。多少……というかそのテンションにかなり引いてはいるものの純粋に嬉しいと思わないわけでもない。 だがやはり水守は己の想いが劉鳳へと向いていることを自覚している。だからこそ、申し訳ないが彼の想いには応えられない。 「……そうですか。この中にホーリーの最新情報が詰まっていても?」 残念だぁと態度に示しながら、水守にもチラチラとアピールするように、花びらの中に挟まっているメモリースティックを見せる。 それに水守が目を丸くして驚くのを見て、クーガーもここが攻め時と判断したように取っておいた情報をニヤリと笑みを浮かべながら口にしていく。 「昨日の情報にありました。治安の悪くなった山脈の向こう側に、最近滅法強いアルター使いが現れたらしいですよ」 滅法強いアルター使い、その部分に水守は食いつくように身を乗り出してくる。。 やはり彼女ならこの情報で誰を連想するかは……語るまでもないだろう。 「それって、まさか!?」 「そのまさかかもしれません。……受け取ってもらえますか?」 そう言いながら水守の前へと恭しく花を差し出すクーガー。水守もまたありがとうございますと礼を告げながら今度は躊躇わずにその花を受け取った。 いえいえと笑みを浮かべながらクーガーは、貴女のそんな嬉しげな様子が見れただけで結構ですよと満足気に頷く。 「……クーガーさんって、あれで良いんですかね?」 「さぁ。……正直、彼の考えてることなんて分かりませんよ」 自ら己の恋路が遠ざかるようなことをしているクーガーを見て、スバルは不思議そうに橘へとそんな事を尋ねていたが、橘も橘でその様子に呆れたように肩を竦めているだけだった。 本当に、ストレイト・クーガーは何を考えているのかよく分からない。それが二人の共通認識だった。 「……でも、こんな事ジグマール隊長に知れれば」 明らかに規則違反の外部への情報漏洩。これまでクーガーはなのはと共に危ない橋を渡って手助けしてくれてきたが、今のような現状でそれを続けるのは彼にとっても立場を危うくする行為なのではないだろうか。 「その時はその時です」 なるようになるさ、とでも言わんばかりの気楽な態度で、クーガーはそれこそまた早口で今度は自由とは何だの拒否権云々がどうだのと盛大に語り始める。 流石にそんな話には付き合ってもいられない。慣れたものだとでも言った様子で橘が早速其処へ行ってみましょうと残る二人を促がしながら建物の外へと出て行く。 長くなるのが分かりきっているのだ。聞いていてもそれこそ時間の無駄だし行動した方が良い。そんなテキパキとした徹底した橘のクーガーへのスルーっぷりに苦笑を浮かべながらスバルも二人の後へと続く。 「あ、クーガーさん。鍵はいつもの場所にお願いしますね」 もはや日常、勝手知ったる何とやらとでも言わんばかりに慣れた口調で事務所を出ながらスバルは最後にそう頼んでおいた。 そしてそのまま三人を乗せた車がエンジンをかけて動き始めた頃になって漸く、熱心に語っていたクーガーも肝心の聴衆が居なくなっている事に気付き、慌ててて事務所を飛び出す。 「あれ?……あーららー、みのりさぁぁぁあああん!」 しかしクーガーが名を呼ぶ彼女は既に車に乗って行ってしまった後でしかない。 その事実を噛み締めながらクーガーは呟いたのは、 「う~ん、敵に塩を送りすぎたか?」 俺は馬鹿だと自らでも自覚しながら呟くストレイト・クーガー。 はたして、彼の真摯な想いがみのりさんへと届く日は来るのだろうか……? 再隆起現象によって市街と分断された向こう側。 そこで行われている採掘作業という強制労働に従事させられた人々の中にとある少女の姿があった。 由詑かなみ。カズマが護ろうとし、高町なのはがその願いを叶えようとしたあの少女だ。 何故、少女がそのよう場でそんなことをしているのか。当然ながら理由はある。 八ヶ月前のあの日、かなみは再隆起現象が発生したあの現場の直ぐ近くにて目を覚ました。 傍には誰もいない。……愛しいカズマも自分を護ってくれたなのはも、誰もいなかった。 変わり果てた大地の上で、再び独りぼっちになってしまった少女は、それでもカズマを探して歩き出した。 カズマに逢いたい、その一心のみを支えに孤独な放浪の旅をかなみは続けたのだ。 しかし、そんな儚い少女の願いも……この無情な大地の上では叶うべくもない遠いもの。 再隆起が起こった場所を中心に各地をカズマを探して回っていた少女は、あっさりと荒廃した大地で勢力を取り戻した無法者どもに捕まることとなった。 大地が再び隆起した山脈を境に、都市部とのライフラインが断線したここら一帯は治安維持組織HOLDの手すらも届かぬ無法地帯。 ここぞとばかりにチャンスと判断したしぶとくも生き残っていた無法者たちは、この機会に放置され埋まったままの金目となる物を掘り出して一攫千金を狙い始めた。 その為に暴力や巧妙な口車を駆使して各地より無理矢理集めてきた人々を劣悪な労働条件の中で奴隷のように働かせ始めたのだ。 逆らう者には容赦の無い制裁が加えられ、誰もが暴力に怯え従う他になかった。連中のリーダーがネイティブアルターであったというのも大きいだろう。 アルター……そう、この大地に再び未曾有の混乱を招きいれたソレを人々は恐れ、それ故に逆らえない。 強者が弱者を虐げ、搾取する。……この場で行われている光景はまさにそんなものでしかなかった。 そうして、来る日も来る日も容赦なく、由詑かなみもまた此処で働かされ続けていた。 幼いその身には過酷過ぎる扱いを受け、それでもかなみの心が未だ折れていなかったのは、諦めていなかったのは、胸の中に一つの想いが残っていたからだ。 ―――負けたくない。 そう、負けたくない。こんな暴力を傘に好き放題やるような連中に、そんな事が罷り通っているこの現実に。 負けたくはない。そう、夢の中の“あの人”がそうだったように。 自分を助けてくれたあの白い魔法使いがそうであったように。 夢すら見れなくなった過酷な現実の中で、それでも歯を食いしばるようにかなみはそれに耐えて諦めなかった。 ……いつか、いつかカズくんにまた逢う為に。 絶対にもう一度逢える、逢わせてくれるとあの魔法使いだって約束してくれた。 だからそれを信じて、最後まで諦めずに信じぬく。 だから耐える。決して屈さずに、心を折らせないように自らの力で抗い続ける。 それが今、由詑かなみに唯一出来る精一杯の小さな反逆。 ――しかし、やはり現実は何処までも無情で厳しい。 精神的には精一杯に抗い続ける少女も、幼き肉体にはその限界というものがある。 休みもままならぬ連日の過酷な労働は、少女の身体を疲労に蝕んでいたのは事実。 採掘した重たい運搬物を運んでいた途中、遂に限界が来たようにかなみは身体から力を失い地面へと倒れこみかける。 ――と、そこで地面にぶつかる寸前で彼女の体を優しく抱きとめる一つの手。 「……あ……すみ…ません………」 疲労で朦朧としかけていた意識の中、たどたどしい言葉の中でそれでも親切にその助けてくれた相手へとかなみは礼を述べる。 襤褸布に近いフードを目深に被って顔も分からぬ、しかし年若いだろうその人物は無言のままにかなみを親切に立たせてくれる。 素顔の分からぬ相手の姿を見上げながらかなみがその人物に不思議と重ねた姿は、他ならぬカズマであった。 この人は一体………? そんな疑問を抱きかけていたその時だった。突如その場へと響き渡る悲鳴。 何事かとかなみをはじめとしたその場にいた者たち全員の視線がそちらへと向く。 見れば、そこに倒れているおばさんに対して無法者が警棒を振り上げている姿があった。 「おら! 休んでんじゃねえぞババア!」 そう言いながら警棒で何度も何度もおばさんを殴打する無法者。 その光景にかなみは言葉を失っていた。 何故ならその折檻を受けているおばさんは、かなみがこの採掘場に連れて来られて以来、ずっと自分に親切にしてくれていた、護ってくれていた恩人とも言って良い人物だったのだから。 ずっと精神的に張り詰めながらも、それでも耐え切れずに涙を流した夜に優しく抱きしめてくれたことを憶えている。 かなみにとってそのおばさんに対して行われている仕打ちは決して見捨ててはおけないものだった。 「やめてください!……誰か、誰か止めてあげて! あの人を助けて!」 周りに懇願するように声を張り上げ呼びかけるも、皆それに対して罰が悪そうに申し訳なさ気に視線を逸らすだけだった。 誰もが分かっているのだ。逆らえば今度は自分がやられる、と。 そして恐れてもいる。振るわれる暴力に、その仕打ちに。抗う術など何一つもない事を。 それは悔しいほどに明確にこの現状を証明している一つの答えだ。 だがその現実に、だからといって納得が出来るわけがない。受け入れていいはずがない。 そうだ、誰も助けてくれないというのならそれで黙って諦めるのか? そんなはずない。そんなことをしていいはずがない。 “あの人”もなのはさんも、きっとそんな事は許さないはずだ。 だからこそ―― 「――やめてください!」 動かない周囲の連中に見切りをつけて、かなみは自らおばさんを庇うように前へと飛び出した。 「あぁ!? またお前か……退け!」 度々、かなみは同じように酷い暴力を受ける者達を庇うように前へと出ていたことがある。 おばさんに暴力を振るっていた男もそれを覚えていたのか、かなみの姿に不機嫌に顔を歪めながら怒鳴りつける。 「嫌です!」 しかし、かなみは退かない。退いて堪るか。この人を護るんだという決意があった。 だが少女のそんな高潔な姿に胸打たれるほど殊勝なはずもないのが人々を奴隷のように扱っているこの無法者たちだ。 むしろその生意気な反抗は彼らにとって制裁の対象でしかない。 故に――― 「分かったよ……好きにしろやぁ!」 纏めて痛めつける、そんな態度も顕に男が警棒を振り上げたその瞬間だった。 ――靴音を鳴らして先程のかなみを助けた男が近付いて来たのは。 「おい、待ちな兄ちゃん。勝手なことされっとこっちが困るんだよ」 かなみたちを助ける為に近付いてきたと察したのだろう、男の仲間がその前方を遮るように出てきて威圧的な態度を示す。 暴力でこの場を支配していた無法者たちも、そしてかなみをはじめとした全員の視線もまたそのフードの男へと一心に注がれていた。 だが皆の注目を集めるその中ですら、フードの男は無言。 「あぁ!? なに黙ってんだよッ!?」 「つーか、面ァ見せろよッ!?」 男の態度が気に入らないと言った様子で無法者たちは荒々しく男のフードを剥ぎ取る。 顕となったその顔は――― 「―――え?」 それに誰よりも驚いていたのは他ならぬ由詑かなみであった。 何せその人物の顔を彼女は知っていたのだから。 「あの人は………」 その男は確か、なのは達にこう呼ばれていた。 ―――劉鳳。 そう、あの日、自分の前に現れて自分とカズマの家を破壊したはずのホーリー隊員だった。 「……その人たちを、許してあげてください」 無表情のままに、ポツリと呟くに静かにその男――劉鳳は眼前の己を威嚇してきている男たちへとそう告げた。 「あぁ!? 今なんつった!?」 「その人たちを、許してあげてください」 聞こえねえよと怒鳴り返してくる相手に、今度は聞こえるように声量を上げたハッキリとした声で劉鳳は再びその言葉を告げた。 しかし、だからといってそれを聞き入れるはずが連中にないのは傍から見ても分かりきっていたこと。 「そんな敬語で頼まれたって、聞けねえなぁ」 「何故ですか?」 酷く真面目に問い返してくる劉鳳の態度に苛立ったように連中の一人が胸倉を掴み上げながら怒鳴ってくる。 「んなことも分からねえのかぁ!? このクズが!」 罵声を向けられて尚、それでも劉鳳は悲しげな顔こそ浮かべはするものの、怯えや動じた様子も見せない。 ただ…… 「その人たちを――」 「オウムかテメエは!?」 繰り返し示す懇願を連中は問答無用の怒鳴り声で掻き消す。 ここまでしつこく食い下がってくる輩など今までいなかったのだろう、いい加減に我慢も出来ないといった様子に劉鳳を不快気に厳しく睨みつけていく。 しかしそれでも尚、根気強くも説得を止めようとはしない。 「……その人たちは、嫌がっています。貴方達が嫌がらせています」 だからやめてあげてください、などと根が真面目な子供の様な言い分にそれこそ連中は「はぁ?」と訳も分からないといった小馬鹿にした態度を露骨に見せながら、まるで当然のような素振りで説明し始める。 「こいつらは俺らが護ってやってるんだよ」 「その代わりに労働してもらうってわけ」 「どうだ? 見事なギブ&テイクの関係だろう?」 分かりましたかぁ、と嘲笑うようなニヤついた言葉を締めに、男はその警棒を宙へと掲げ―― 「だからよぉ―――文句を言われる筋合いはねえってわけだ!」 そう叫びながら問答無用で劉鳳を黙らせるように力任せに振り下ろしてくる。 それを劉鳳は――― ―――掲げた人差し指と中指、その二本でアッサリと受け止める。 「………それが、お前たちの理屈か?」 先程までの物静かな様子は鳴りを潜めたように、一変した静かでありながらも滾る思いを爆発させるような鋭い口調で劉鳳は問い返す。 突然の相手の反抗に男たちの間に動揺が広がっていく。 「その理屈で俺の道理は覆せない」 ハッキリとそう告げた劉鳳を警戒しながらも睨みつけ、声を荒げながら連中は次々に周りを取り囲むようにやって来て身構える。 受け止めた右手とは逆の左手で相手の手首をしっかりと固めて警棒を奪い取りながら劉鳳は男たちへと宣戦布告のようにそう告げた。 「俺には分かる。俺の中にある何かが、お前たちを“悪”だと確信させる。 ……ああ、そうだ。お前たちは―――」 そうして奪い取った警棒を、未だかなみへと警棒を向けていた男の警棒を握る手首を目掛けて投げつける。 「―――悪だ!」 咄嗟におばさんの手を引きながらその場から離れるかなみ。 物陰から覗き見るように殺気を滾らせている連中に取り囲まれた劉鳳を心配気に見やっていた。 しかしかなみのその視線とは裏腹に、周りを大人数に囲まれながらも当人はまったく怯えや恐れなど微塵も見せず、 「悪は処断されねばならない。罪は処断されなければならない」 自らの信ずる正義を遂行すると言った様子で、周りの連中へとハッキリとそう告げる。 「ほぉ、やってみろよ!?」 「ああ、やってやろう」 罵声を上げながら警棒で殴りかかってきた相手に劉鳳は瞬時に反応、高々に真上へと跳躍し回避した後、そいつを踏みつけ無力化され素早く疾走。手近にいた男へと掌低を繰り出して叩き飛ばす。 周りで心配気に見守っていた連中もまた劉鳳の快進撃に思わず感嘆の声を上げる中で、肘打ち、蹴撃と次々と繰り出す打撃の数々で周りの男を薙ぎ倒していく。 単純に、鍛え方と動きのレベルが違う。並大抵ではない修練を積んできた鍛え上げた格闘術を駆使する劉鳳と、数と武器任せの喧嘩自慢が精々のゴロツキでは力の差は明白。 劉鳳がかかってきた連中の全てを制圧しきるまで、そう大層な時間はかかりもしなかった。 「大丈夫ですか?」 叩き伏せた連中になど一瞥すらも向けることなく、劉鳳はゴロツキの制圧が終わると共にかなみたちの元まで近付いて来ると共に心配気にそう尋ねかけてきていた。 先の圧倒的な強さもそうだったが、そのこちらを気遣ってくる優しさはあの日、容赦もない苛烈な脅しを向けてきた人物と同じ人間なのかと正直戸惑いすらも抱く。 だがそれ以上に…… (この人……この人なら、カズくんのことを……) あの日、尋常ならざる様子でカズマを探していたその事から察しても、行方知れずの彼の事を何か知っているのでは、そう淡い期待をかなみは思わず抱いていた。 しかしその時―― 「おい、アンタ! 早く逃げろ!」 「こいつらを幾ら倒そうが意味なんてない。こいつらのリーダーはアルター使いなんだ」 いくらアンタが強くてもアルター使いには勝てない、だから早く逃げろと勇敢な青年が恐ろしい目に合わされぬようせめて逃がそうと傍観していた人々が劉鳳を促がす。 だが、それもまた既に手遅れ。 「その通りだ!」 傲岸な態度で居丈高に靴音を鳴らしながら現れた一人の男。 件の連中のリーダー……アルター使いを確認したことに人々の間に動揺と悲鳴が上がる。 「おうおう、やってくれたなぁ。泣けてくるぜぇ」 周りを見回し手下がやられている様子をそんな風に評するドレッド頭。指先に絡めた知恵の輪をくるくると回しながらこの惨状の下手人――劉鳳を見ながら男は告げる。 「……まぁ、こんな奴らでも一応は部下なんでねぇ。俺の目的を達成するにはリーダーっぽいこともしなきゃならねえのよ」 故にこその制裁。小生意気な反逆者を問答無用の力で押し潰す。 そう宣言するかのように男――ドレッド・レッドと呼ばれる彼は叫び上げると同時に自身の身体より虹色の粒子を展開。 呼応するかのように周囲の岩などが次々に破壊……否、分解されていく。 アルター。物質を分解・再変換するロストグラウンドで生まれる新生児にしか備わっていない特殊能力。 選ばれた者にだけ与えられる圧倒的な暴力。 逃げ出す人間たちを嘲笑うように、見せ付けるように展開するのはタコに酷似した異形。 ディレイ・オクトパス。ドレッド・レッドの誇る具現型のアルターである。 「アルター使いに勝てる奴なんていないんだよ。……テメエの知恵のなさを思い知れ!」 叫びと同時、叩き込むように迫り来る無数の触手。叩き込まれてくるタコの足めいたそれを瞬時に見切りながら回避し続ける劉鳳であったが、それもジリ貧。 鋭く地面を穿つソレは、生身の劉鳳が直撃を受ければ容赦なく串刺しとなるだろう。 そして圧倒的な相手のリーチは猛攻とも合わさって無手の劉鳳では近付く余裕すらない。 ……ならば何故、彼は自分も持っているはずの己のアルターを使わないのか? 実を言えば劉鳳にはそんな思考すらも抱いていない。 否、むしろ知らない。そう、彼は己がアルター使いだという事実すらも忘れてしまっている。 記憶喪失。先のカズマたちとの激突の末に起こった何がしかを原因にそれに陥った劉鳳には、だからこそ無手以外の道がないのだ。 しかし繰り出される猛攻の中では、それでは防戦一方にならざるを得ないのも事実であり、 「おっと、そっちに逃げるのは許せないねぇ。俺の大事な収入源なんだからよ!」 劉鳳が相手の猛攻を躱しながら下がった方向、そこが発掘していた金目の物が残っている場所だと判断したドレッド・レッドは戦法を変える。 叩き込んでいたタコの足を引っ込めたかとも思えば、その先端を劉鳳へ目掛けて開く。 「だから―――止まりな!」 瞬間、まるでタコが吐き出す墨のような黒色で粘性のソレが一斉に劉鳳を目掛けて発射された。 飛んで躱す劉鳳だったが数が多すぎた。その内の一つに直撃すると共に身動きを奪われ、そのままビルの壁面へと叩きつけられる。 その衝撃と威力に息を吐く劉鳳だが、それでも毅然と相手を睨み据える眼光の鋭さは衰えない。 その様子を見てドレッド・レッドは鼻を鳴らして嘲笑いながら、見下すような素振りを持って劉鳳へと言葉を投げかける。 「さあ、お前に知恵があるってんなら、俺に勝てないことは充分に分かっただろう? 助かる術は一つだ。謝った上で俺の部下となること……尤も、その前に歓迎は受けてもらうがなぁ」 サディスティックな笑みを浮かべながらディレイ・オクトパスの上から見下ろし告げるドレッドの言葉に、劉鳳は歯噛みと共に睨み返す。 墨に締め付けられる激痛に呻きながら、それでも己の内に確かにある誇りと信念は決して手放さない。 「早く答えろ!」 劉鳳のそんな態度が気に入らないと言った様子で、まるで業を煮やしたように身動きの出来ない劉鳳に追加で触手を叩き込んでいくドレッド。 拷問紛いのその行いを受けて尚、それでも劉鳳の中の意志は折れない。 「どうしたどうした! すいませんでした! 私が馬鹿でした!……って早く叫んでみろよぉ!」 醜悪な外道の下劣な暴力。 それらを叩き込まれて尚、沸きあがる怒りは増せども恐れなど抱かない。 やはり、眼前の男は悪。 己の理屈だけで暴力を振るって他者を屈服させる、そんな最低の―― 『……これが、こんなやり方が……君たちの言う正義なの?』 『……何も知らないものが、俺たちの正義を批判するのか。……そもそも、ならば貴様たちに正義はあるのか?』 『……少なくとも、大義を盾に弱者を虐げるような正義なら私たちは持ってないよ』 「―――ッ!?」 ……何だ、今のは? 一瞬、フラッシュバックのように駆け抜けた何かの光景。その会話。 あれは自分と……そして、彼女は誰だ? 分からない。痛む頭がそれを思い出すことを求めているのか拒絶しているのか。 どちらにしろ身体に現在進行形で打ち込まれている痛み以上にそれは劉鳳の傷を抉ってくるかのようだった。 思い出したいはずなのに、思い出せない。その苛立ちは外的ストレスと合わさって劉鳳の怒りに拍車を掛ける。 ……違う、俺はこんな外道とは違う。 ただ護ろうとしているだけだ。あの少女を、女性を、理不尽な暴力に怯えている彼らを。 そしてそんな彼らを今尚、傷つけようとしているこの眼前の男がだから許せない。 『……君は、本当に高潔で純粋だね』 真っ直ぐだ、何故かそれを讃えるように微笑んでくる若い女の姿が眼前に現れる。 先程脳裏に走った己と対峙していた人物と寸分違わぬその姿。 驚きと同時に何者なのかと劉鳳が問うよりも先にその女はこちらを見据え、 『劉鳳君……かなみちゃんの事、護ってあげて』 そう頼み込むように言葉を投げかけ頭を下げられる。 意味が分からずに戸惑いを抱くよりも早く、女は自分の眼前から消えていこうとする。 「待ッ―――!?」 思わず手を伸ばそうとするが拘束されていて動けない。 そして見計らったように叩き込まれてくる触手の衝撃。 女の姿が消えていく。呼びかけようにも拘束が邪魔で動けず、外野が鬱陶しい。 ……ああ、だからお前は邪魔だ。引っ込んでろ! 「……この……ッ……毒虫がッ!」 瞬間、叩き込むように眼前まで迫ってきていた触手が急停止。 それどころか劉鳳を拘束している墨もろとも、瞬時に分解されていく。 誰もが突然のその現象に目を疑い、驚愕を顕にする。 だがそんな中で一人颯爽と動き出したのが劉鳳。 とりあえず眼前の好き放題やってくれて邪魔なドレッドをまずは沈黙させるべく彼はビルの壁面より跳躍してオクトパスの上にいる相手目掛けて飛び込んでいく。 「な、何で動けるんだよ!?」 その事実に慌てふためきながらも咄嗟に迎撃するように残った全触手を一斉に向かってくる劉鳳目掛けて叩き込んでいく。 眼前に迫ってくる巨大な剣山めいたソレにすら劉鳳は臆することもなく突っ込む。 串刺しにせんと迫る触手は、しかし劉鳳が前方に掲げた手に触れると共に先程と同じように瞬時に分解されていく。 驚愕の声を上げて追撃しようとするドレッドだったが……既に、遅い。 劉鳳は見事にドレッドの眼前に着地、同時に伸ばした手で逃がさぬように相手の顔を鷲掴みにする。 「て……テメエ、何者だ……?」 「さぁな。それを必死に思い出そうとしている最中だ」 だから――― 「姑息な卑劣漢は話の邪魔だ―――引っ込んでいろ!」 叫びと同時、もう一方の空いた拳でトドメとばかりに鳩尾へと一撃を叩き込む。 それが決着だった。意識を断たれたドレッド・レッドは簡単に戦闘続行不可能。 使役者の意識の断絶によって維持できなくなったアルターはそのまま分解していった。 「ば、馬鹿な……」 「へ、ヘッドがやられた!」 その様子を見ていたドレッドの手下たちは、頭を失った烏合の衆よろしくに慌てふためきながら我先にと逃げ出していった。 彼らに虐げられた人々もまた、その眼前で起こっていた信じられない展開にただ呆然としている他になかった。 相手を倒したこと、事実はどうあれそれ自体は劉鳳にとってはどうでもよかった。 とりあえず鬱陶しくて邪魔だった相手を黙らせたことを確認した劉鳳は、直ぐに周囲へと慌ただしくその視線を動かしながら先の若い女の姿を探す。 だが……… 「……居ない、か」 やはり幻だったのか、その事実に大きな落胆を込めた呟きを漏らしながら、劉鳳は黄昏の空を見上げた。 ……彼女は何者で、そして俺はいったい誰なんだ? 知りたくても分からない、答えとなる手掛かりを失った彼は失意も顕に呆然と見上げた空を見続けていたその時だった。 「あ、あの!」 意を決したように投げかけられた言葉に気付き、劉鳳は背後を振り返った。 そこに居たのは先程自分が助けようとしていたあの少女だ。 少女は恐る恐ると言った様子で、若干躊躇いと怯えを見せてはいたものの、それでもそれを超えて尚も抱く想いがあると言わんばかりの態度で尋ねてくる。 「……あの、あなたは……カズくんを……それに、なのはさんを……」 「……カズくん? なのはさん?」 どこか頭の隅に引っかかるその名を鸚鵡返しのように問い返す劉鳳に、少女は頷きながら告げた。 「はい、カズくんとなのはさんです。……名前はカズマ。“シェルブリット”のカズマ。それから高町なのは」 「……カズ……マ……高…町………ッ!?」 少女が告げる名を自らでも口ずさむように呟いたその瞬間だった。 脳裏に走った激痛と、ソレと共に駆け抜けてくる映像。 『今日はつくづく俺がぶちのめしたいと思った奴の方から沸いて来やがる』 そう叫び上げる怒りも顕に猛る獣。 燃え上がる気性も、猛々しいその姿も、この目に焼きついて離れない自分へと刻まされたもの。 『………上等だ! 来いよ、纏めてテメエら叩き潰してやる!』 『悲しいのは分かるけど、こんなことやっても何の解決にもならないことは分かってるでしょ? 今は争うよりお互い付いていなくちゃいけない人のところに戻るのが大事なはずじゃないの?』 そう滲み出る怒りを抑えるよう諭すように言ってくる白い魔法使い。 勇ましい気性も、こちらを必死に止めようとしてくるその姿も、この目に焼きついて離れない自らで刻んだもの。 『……ねぇ、私の言ってることそんなにも間違ってる?』 「カズマ………高町………」 呆然と、痛む頭を押さえ込みながら何度もその名前を呟いていく劉鳳。 あの炎のような二人、荒々しく猛る炎と静かに激しく燃え上がる炎のようなあの二人。 知っている……ああ、俺はあいつらを知っているはずだ。 だが思い出せない。もう少し、後数歩というところのはずなのに思い出すことが出来ない。 「俺は……俺は……ッ!?」 頭を押さえ膝をついた劉鳳に慌てたようにかなみが近づいて来て大丈夫ですかと必死に呼びかけてきている。 それを朧とした意識の中で聞きながら、劉鳳が思い出していたのは先の幻の女の言葉。 『劉鳳君……かなみちゃんの事、護ってあげて』 あれは……あの女が高町なのはか? 何故、あんなことを彼女は言ってきたのか、そもそも彼女は何者なのか。 だがどちらにしろ、その答えはその言葉の中にあるはずだと劉鳳は考えてもいた。 だから――― 「……あなたの、名前は?」 不意にそんなことを訊いてきたこちらに驚いたような顔をしながらも、しかし少女は若干戸惑いは見せはしたがやがて決心したように頷くと共に告げてきた。 「かなみ……由詑かなみ、です」 ……やはりそうか、と劉鳳は頷く。 何となくではあったが、聞く前から少女の名前がそうだという不思議な確信が劉鳳にはあった。 だからこそ、そうだというのなら構わない。 高町なのは、貴女が何者で俺について何を知っているのかは分からない。気になりもするが……今はいい。 今は、貴女が託したその願い……俺が叶えよう。 きっとその先に、俺が俺を取り戻せる答えも待っているはずだから。 故に――― 「―――貴女を、護らせてください」 しっかりと、けれど優しく由詑かなみの手を握り返しながら決意を込めて、劉鳳は少女へとその誓いの言葉を投げかけていた。 橘あすかが運転する車の中で外の荒野を見ながら、ふとスバル・ナカジマが思い返していたのは君島邦彦のことだった。 こんな夕焼けに染まった黄昏時の別れが、彼と顔を合わして言葉を交わした最後でもあった。 あの日、スバルは君島の芝居に付き合い、嘘を吐き、そして『生きた証』を背負った。 なのはに告げたあの涙の誓いに偽りは無いし、それをこれからも貫き続ける意志もある。 きっとなのはや君島もまた自分のことを見守っていてくれていると思ったからだ。 だがそう思う一方で、きっと二人が見守っている別の人物の事を考えれば複雑な想いすらも抱かずにはいられない。 『……ヒバル、お前はカズヤの事が憎いか?』 クーガーからなのはの墓前で問われたその言葉、結局それに自分は分からないと答えた。 彼と……そして眠っているなのはを前に嘘は吐きたくなかったから正直な言葉を言った心算ではあった。 しかし、そんな自分の返答にクーガーは次に彼と向かい合う時には決めておけと言ってきた。 その意味は分かる。仮にも役者不足を承知の上でなのはの後を継ごうと言うのだ、ならばいつまでも迷ったままではいられないのは当然のことだ。 “シェルブリット”のカズマ。 面識は二度ほどあれど、君島を通じて以外にはまともな会話すらも結局は交わしてもいないあの相手。 君島が並び立つ為に命を懸けた相棒であり。 なのはが命を懸けて悲しみから救おうとした相手。 ……彼を、自分は赦すことが出来るのだろうか? 分からない。今までずっと考え続けてきたことだが、未だに答えは出てくれない。 罪を憎んで人を憎まず、君島やなのはがそう願っていると思う以上は、自分もまたそうやって割り切らなければならないのは分かっている。 ……けれど、これは理屈ではないのだ。 自分たちからカズマがなのはを奪ったというその事実。 そこを思い出してしまえば、どうしても拳を固く握らずにもいられない。 そんな自分を情けなく弱いと思うのと同時に、そんな自分ではいけないのだとも言い聞かせる。 だというのに…… (……ごめんなさい。なのはさん、君島さん) もしあたしがあの人を赦せないって言ったら、やっぱり怒っちゃいますよね? けれど、やはりどうしてもそんな激情を抑えきれない。 だからこそ、まだ彼とは出来れば…………逢いたくない。 コツコツと階段を下りてくる足音に気付いたファニはハッとなって凭れていたその壁から通路の真ん中へと戻った。 「……あの、またですか?」 この所、そう間も空けずに行われている呼び出しに、若干心配気になりながらもそう思わず尋ねてしまっていた。 しかしそんな少年の言葉などまるで気にとめた様子もなく、その迎えにやって来たスキンヘッドの大男は鼻を鳴らしながら、ファニに一瞥をくれてやると共に告げるだけ。 「鍵を開けろ」 その言葉に若干怯えながら、逆らえるはずも無く言われた通りに少年は鉄扉にかけられていたロックを外した。 分厚い鉄扉が開いていくそれを確認しながら、スキンヘッドはその開いた扉の部屋の中へと荒々しい声と共にいつも通りの指示を飛ばす。 「仕事だ、出ろ」 スキンヘッドの横からファニもまた覗きこむようにその部屋の中……赤い常夜灯に照らされたその空間の奥へと視線を向ける。 「此処から出ろと言っている! 聞こえないのか!?」 一度の投げかけで寝台に座ったまま動こうとしないその人物を急かす様に、語調を強くして促がすスキンヘッド。 その言葉が密閉された空間に響くことに煩わしげに顔を顰めながら、その人物はやれやれと言った億劫な態度も顕に、壁に手をつけて支えながら立ち上がる。 「……聞こえてるよ」 それは静かな、けれど何処となく身に秘めた野生を隠しているかのような、獰猛な呟きだ。 まるでこの空間そのものが猛獣を閉じ込める檻の様なものだと言われても、或いはその人物を見たならば信じられただろう。 事実、そこにいたのは一匹の獣。 「……ああ、聞こえてる」 ―――かつて“シェルブリット”のカズマと呼ばれた獣だった。 次回予告 第10話 スバル・ナカジマ 行き場を失ったカズマの前に現れる、桐生水守と橘あすか。 そして、スバル・ナカジマ。 背負う者を失った獣を前に、かつて獣を止めた女の弟子は何を思い、何を為すか。 邂逅を凌駕する再会は、流転する運命の中で その二つの拳に一体何を掴ませるのか? 少女と獣、二つの拳が再び……交わる! 目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html 前へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3336.html 次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3406.html
https://w.atwiki.jp/iamkenzen/pages/275.html
「portable.ini」は、StepMania5系においてセーブデータの保存場所を変更するために必要なファイルである。 概要 概要 StepMania5系列でユーザデータなどセーブデータを保存する場所を変更するために必要なファイル。 このファイルが無い場合、 %UserProfile%\AppData\Roaming\StepMania 5 の中にデータが保存されることとなる。 そうなると、別環境にデータを移行する際にはここに保存されてるデータも一緒に移行しないといけなくなってしまう。 このファイルが存在する場合、StepManiaのインストールフォルダの中にセーブデータが保存されるようになる。 なので、別環境にデータを移行する際にはインストールフォルダをコピーすれば済む。 ファイルの有無しか判断していないので、新規のテキストファイルを作ったものを「portable.ini」にリネームするだけでよい。 作成する場所は「uninstall.exe」がある階層に作ること。 Stepmania5.3(Project OutFox)では、インストール時にportable.iniを作成するかどうかの設定が可能となっている。 特にこだわりがなければ、作ることを推奨する。 最終更新:(2022/08/24)
https://w.atwiki.jp/nanoha_data/pages/14.html
古代遺物管理部機動六課/Lost Property Riot Force 6 スターズ分隊/Forward Stars ライトニング分隊/Forward Lightning ロングアーチ/H.Q.Longarch 時空管理局陸士108部隊/Battalion 108 時空管理局本局/Administrative Bureau 時空管理局地上本部/Midchilda Center Office 聖王教会/Saint Church 一般/Ordinary People ルーテシア一行/Relic Weapon スカリエッティ&ナンバーズ/Unlimited Desire&Numbers
https://w.atwiki.jp/usbportable/pages/161.html
GIMP Portable フォトレタッチソフト (2000/XP/Vista) 画像編集 ダウンロードサイト
https://w.atwiki.jp/a_nanoha/pages/133.html
カートリッジ作製 他に供給源を持たない騎士たちは、バックアップ担当であり、戦闘で大きな魔力を必要としないシャマルが単身でシグナム・ヴィータの分のカートリッジを作製している。 バックス能力の高いシャマルは、他の三人に比べて、若干少ない魔力で圧縮率の高いカートリッジを作製することが可能なようである。 スティンガーブレイド・エクスキューションシフト クロノの中規模範囲攻撃魔法。魔力刃「スティンガーブレイド」の一斉射撃によって、場を制圧する。 爆散する魔力刃による資格攪乱の効果もある。 レイジングハートエクセリオン ベルカ式カートリッジシステムを搭載し、自らの意志で生まれ変わったレイジングハート。追加部品名は「CVK792-A」。 6連装オートマチック式のカートリッジシステムである。 基本形となるアクセルモードでは「加速(アクセル)」の名の通り、射撃魔法における弾体の加速と威力強化に徹底したリソース振りがされており、 中距離射撃と誘導管制、早い攻撃に対する強靭な防御を含めた中距離高速戦専用のモードとなっている。 バリアジャケット セイクリッドモード レイジングハートが再構築した、なのはの新型バリアジャケット。 詰め襟状のインナースーツ、肩部のフィールドジェネレーター(赤い宝石)追加、 袖部の強化・グラブの追加など、主に上半身の防御性能強化に対して徹底したこだわりが見られる。 反面、構築・維持のための魔力消費量は大きく、同時にもとより重めだった機動がさらに重くなる強化のため、 なめらかな回避運動や出入りの激しい高速機動戦は若干困難になったが、なのはの優れた射撃制御能力と空間戦術を信頼しての選択のようである。 バルディッシュアサルト ベルカ式カートリッジシステムを搭載し、自らの意志で生まれ変わったバルディッシュ。追加部品名は「CVK792-R」。 6連装リボルバー式のカートリッジシステムである。 「白兵戦(アサルト)」の名の通り、近接~中距離射撃戦を得意とするフェイトのため、双方にバランスよくリソースを振っている他、 純粋な近接武器としての強度や堅牢性にも重点が置かれており、打撃・斬撃の打ち合いで破損することがないようなセッティングがなされている。 リボルバーユニットを覆うコッキングカバーが、撃鉄の役目を持つと同時にユニットの保護も兼ねているのも、その思想の現れである。 フェイトの武器として不足なく働けるようバルディッシュが選択した、「閃光の戦斧」の新たな姿である。 バリアジャケット ライトニングフォーム バルディッシュによってリファインされた、フェイトの新型バリアジャケット。 基礎ラインはそのままに、前回負傷を負わせてしまった左手部・足回りの装甲化をはじめ、高速機動補助の機能が強化されており、 速度・運動性・装甲化部分の物理防御性能が格段にアップしている。 構築・維持のための魔力消費増加は、強化部分の限定の分、なのはと比較すると幾分控えめで、 機動・攻撃特化型のフェイトの魔力運用の邪魔をしないよう細心の注意を払って調整された、極めてバランスの良い防護形態である。
https://w.atwiki.jp/adx992/pages/81.html
基本的に相手が強すぎて、勝てない。また、リリカルポイントが入手できない -- (名無しさん) 2011-12-23 23 15 45 どの面で勝てないかによる。 序盤で勝てないならトレーニングで鍛えろ -- (名無しさん) 2011-12-23 23 55 43 了解、つかリリカルポイントってどうやったら手に入るの?? -- (名無しさん) 2011-12-24 00 37 31 クロノ対なのは。開始で速攻エターナルコフィンかます。あとはスティンガーを撃ちまくる。一発撃ったら右移動、一発打ったら左移動の繰り返しで。 -- (よだきがり) 2011-12-24 01 40 37 S6のなのはは楽だったけど4のU-Dがきつかったかな。S10のU-Dが第2形態は判定勝ちがやっとです。 -- (名無しさん) 2011-12-24 02 37 25 S3のレヴィは結構きついなクロスレンジ挑んだらほぼはめ殺しにされるwしかしアルフしか使えないという -- (名無しさん) 2011-12-24 10 48 10 オートセーブにしてるんだけど、これっていつセーブされるの? -- (名無しさん) 2011-12-24 15 36 46