約 85,635 件
https://w.atwiki.jp/bokurobo/pages/469.html
戦闘士 シャンアイアン・SS 単発 第1記録「陰謀のざわめき」 DBへ SS保管庫へ
https://w.atwiki.jp/jyugoya/pages/1062.html
SS分類/Aの魔法陣 NOTボーナス(1) Aの魔法陣Ver3 NOTボーナス(2) Aの魔法陣Ver3 NOTボーナス(3) Aの魔法陣Ver3 NOTボーナス(4) Aの魔法陣Ver3 NOTボーナス(5) Aの魔法陣ver3 NOTボーナストラック(6) Aの魔法陣ver3ファンタジー NOTボーナストラック(7) Aの魔法陣ver3ファンタジー NOTボーナストラック(8) Aの魔法陣ver3ファンタジー NOTボーナストラック(9) Aの魔法陣ver3ファンタジー 戻る→SS分類
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/175.html
第二回戦【ジャンボジェット機】SSその3 ――六月二日 ジャンボジェット機内 ミツコが鋏を繰り出せば猪狩がそれを躱し、体を立て直す反動でミツコではなく拾翠に攻撃を仕掛ける。後の先を制した拾翠の蹴りを猪狩は両腕で受け止めた。ミツコはその隙に二人の攻撃射程から離れている。 動きやすいとは言えない機内を、三つの影が飛び違うように交差していた。それぞれが優先とする撃破対象を定めずに、咄嗟に状況を判断しながら攻撃を捌き合う乱戦である。 この状態を好んで作り出したのは、ミツコだった。三つの意識を持つ彼は、対戦相手である猪狩や拾翠よりも機転が利く。誰か一人を不利にする二対一よりも、自分一人だけがその機転の分で有利に戦える乱戦のほうが合理的だと考えたらしい。果たして、ここまでの戦いを最も有利に進めているのは彼である。 奇声をあげながら、蜜子が猪狩と拾翠の競り合いに乱入する。鋭い鋏の一撃は今度は拾翠に向けられている。ここまでの戦いから心得るものがあったのか、猪狩はすっと間合いを外す。 蜜子は拾翠の反撃を巧く捌き、小さな傷を負わせることに成功する。障害物が多く狭い戦場、そして息をつく間のない乱戦に、拾翠は巧く仮面から力を引き出すことが出来ず、苦戦を強いられていた。追い打ちをかけるように機体が大きく傾ぎ、体勢を崩しかけていた拾翠が更に大きくよろめいた。機敏に反応した光吾が左手から糸を繰り出す。 「まずは一人!」 「よし!今だ!!」 光吾の糸に全身を搦め捕られた拾翠に光吾が襲い掛かる。続いて猪狩も絶好のタイミングで床を蹴る。 しかし、拾翠を拘束していたはずの糸はいつの間にか全て解かれ、拾翠の右手に束となって握られていた。手の届く範囲であれば、それが自身を縛る拘束具であろうと拾翠の特殊能力は機能する。 「没収だ」 短く言い放ち、光吾に右のパンチを繰り出す。決定打を加える為とはいえ、やや無造作に仕掛けていた光吾はそれを躱しきる事が出来ない。 「ミツゴ君!」 「みっちゃん!」 光吾の口から二人の姉の警告が発せられるも、ひしゃげたアイアンロッドと一緒に光吾の体は後方へと吹っ飛ばされた。光吾の攻撃に合わせて絶好だった猪狩の殺到は、光吾に先んじて攻撃を成功させた拾翠に対しては半歩タイミングが遅い。ステップを踏みながら体を反転させて繰り出された拾翠の左の拳が下から猪狩の顔面を捉え、光吾とは反対方向へと弾き返した。 天井に叩きつけられた猪狩を拾翠の追撃が襲う。辛うじて捌かれた拾翠の蹴りは、ジャンボジェットの側壁から天井付近までをバッサリと切り裂いた。 機体が大きくその身を揺らし、穿たれた亀裂は、ギシギシと不穏な音を立てながら冷たい外気を猛然と吸い込みだす。 猪狩はすぐさま近くの座席に掴まり、体を安定させた。 拾翠もこれ以上の追撃は自重し、身を低くし冷気に備えている。 遥か風下では、致命傷は免れたらしい満子が肩を押さえていた。 その圧倒的なスケールから考えてあまりにも脆弱なジャンボジェットの外壁は、その亀裂から設計外の負荷を受け、少しずつ裂け始めていた。戦闘の衝撃によって、一気に限界を超えてしまう危険がある。目まぐるしく戦ってきた三人だが、ここに来て迂闊には動きが取れなくなった。 傷を負わされたものの、満子には主張がある。格闘以外の戦闘力を持たない猪狩と拾翠に対し、満子には機体にダメージを与えない農作業用劇物による攻撃手段がある。二人の、或いはどちらかの風上に立てれば、膠着を有利に打破できる。 拾翠にも成算があった。彼の金属の手足は他の二人に比べて冷気に強い。睨み合いが続けば有利になる。しかし、機体の損傷を考えると仮面の力はより一層使いづらくなった。 猪狩もまた、この状況を自分の優位に結び付けられないかを考えていた。少なくとも、今風上に立っているのは自分だ。分が悪いはずがない。 何より、猪狩は「たとえ飛行機が落ちても自分だけは死なずに助かる」と半ば本気で信じている人種である。拾翠やミツコに比べて、機体の損傷への遠慮があまりない。 ふと、その時。猪狩は自分の身体に強い力が流れ込んでくるのを感じた。すぐさま、園長とマサのことを思い出した。 二人は試合の直前、マサの運転する車でどんぐりの家に向かっている途中の事故により、意識不明の重傷を負っていた。その二人の力を借りて、猪狩はこの試合を戦ってきた。 誰よりも猪狩を応援してくれていた園長。そして、誰よりもどんぐりの家の子供たちのことを案じてくれていたマサ。そのどちらかが、たった今死んだのだ。 「この感覚は……園長!?」 胸の底から溢れてくるものをこらえきれず、猪狩は一筋の涙を流した。 「泣いていらっしゃるの?」 怪訝そうに満子が首をかしげる。 どんぐりの家の子供たちにとってそうであったように、猪狩にとっても園長は父親同然だった。 「あなたが居なくなったら、俺は……子供たちは、この先いったいどうすれば……」 悲しみ、途方に暮れる猪狩だが、全身に漲る熱が、吹き付ける冷気を遥かに上回ってゆく。 猪狩の瞳が強い色に変わる。そう、今は明日を憂いている時ではない。今こそは戦うべき時。 「この、託された力で!!」 より近い拾翠に狙いを決め、猪狩は最大限の力で踏み切った。間近で大きな衝撃を受けた亀裂は悲鳴を上げ、いよいよ機体が反りかえり始める。 一直線。あまりに無謀に映る猪狩の突進は、あっさりと拾翠の左のカウンターで咎められた。続けざまに右の打ち下ろしが猪狩の側頭に突き刺さる。しかし―― 「その程度か?」 「――っ!!」 猪狩は拾翠の頭を掴むと、前方の床に目いっぱい叩きつけた。激しく機体を揺らしながら、拾翠の体は満子の更に風下へと床を転がってゆく。 「これもお持ちになって?」 狙っていた好機、すかさず満子は薬品瓶を拾翠に投げつけた。目と鼻を襲う激痛に拾翠は呻き顔を覆う。その隙を見逃さず、風下へ流され弱くなった薬品の残り香の中を猪狩が走り抜ける。満子は敢えて猪狩に先を譲り、背後から二人を狙う形を作る。 拾翠の掌底と猪狩の拳が交差する。猪狩の拳は拾翠の頬をかすめて空を切り、拾翠の掌は猪狩の顔面を的確に捉えているものの、ほとんどダメージを与えることが出来ていない。 「園長!俺に最後の力を!!」 そう叫び、再び拳に活を入れようとした刹那、猪狩を奇妙な脱力感が襲う。 「ち、力が……!園長が俺に与えてくれた力が消えていく!?」 目の前で露わになっている拾翠の素顔に、猪狩の目は戦慄に見開かれた。そういえば、さっきの掌底は感触がおかしかった。 光吾の拘束糸を取り払ったように、拾翠の能力は自分自身を対象にしても発動する。そして、手錠や足枷などの物理的な拘束は勿論、魔人能力によって固定され本来なら外すことが出来ない仮面すらも、その手が届く範囲であれば奪うことが出来た。 猪狩の顔には拾翠の顔から剥がされた仮面が着けられていた。猪狩の特殊能力「All for one」は同じ身体強化系能力である仮面に上書きされて、その効果を失った。 「くっ、そんな手が!?」 不利を察した猪狩は、距離をとろうと飛び退く。1歩、そして2歩――。 猪狩の体は天井を突き破り、飛行機の上空に投げ出されていた。首から上が、不自然な方向に曲がっている。 「え……?」 仮面の力は精妙な加減を要諦とする。体の動きに合わせて激しくON、OFFが切り替わる仮面の力は、その感覚に慣れないうちは、体を意図せぬ方向へ跳ね飛ばしてしまう。仮面の力を完璧にコントロールできるのは仮面自身である冷泉を除けば拾翠ただ一人だけである。 「う、うわぁあああああああ!!!」 遮るもののない風に煽られながら、それでも猪狩は後方に飛ばされまいと外壁の突起にしがみついた。 「嫌だ!俺は、負けたくない!こんなところで、負けるわけにはいかないんだ!!」 必死にもがき、叫ぶ猪狩の顔を、冷気が容赦なく叩く。 「まゆ!めい!ま、まさる!!うわぁあああああああ!!」 外から聞こえる猪狩の悲痛な叫び声に、拾翠は苦々しく顔をしかめた。 二人の接触に異変を感じ、後方に自重していた満子が拾翠の素顔に感嘆の声をあげた。 「あら、ずいぶんハンサムでいらっしゃるのね?」 仮面の下から覗く半分だけでも十分すぎるほどだった拾翠の美貌は、その全貌が晒されたことで更に際立っている。 「……続けるのか?」 敢えて降参を促した。猪狩を倒す為に仮面は手放したが、武器による戦闘がメインの、ましてや傷を負ったミツコは拾翠にとってあまりに与しやすい相手だ。 「確かに、僕たちにとってあなたは相性が良い相手とは言えないかもしれないけど」 いつの間にか猪狩の声は聞こえなくなっていた。死んだか。拾翠はそう思った。 「だからってさぁー!ひぃー、まいりましたぁ。なんて!言うわけねぇだろォー!?」 蜜子が武器を抜き放ったその瞬間、彼の首筋からは四本の『茎』のようなものが生えていた。 蜜子に向けてまっすぐ向けられた拾翠の左腕の先から4筋の煙が立ちのぼっている。 「迂闊だな。仕掛けのない義手なんてあると思ったか?」 「が……ごぼっ」 血の泡を吹きながら、2歩、3歩と拾翠に近づき、ミツコは床に崩れ落ちた。 まだ息がある。トドメを刺すべきか逡巡する拾翠の背後で、メキメキと何かが剥がれる音がした。いよいよ、機体のダメージが全体に伝播しだしたか?そう思って振り返った拾翠の視線の先で、天井から大きな塊が床に落下した。――猪狩だ。 「馬鹿な……!」 拾翠の狼狽をよそに、半分だけが露わになった猪狩の顔は穏やかな微笑みを浮かべていた。 気が付けば、猪狩の身体は拾翠の脇をすり抜け、ミツコの傍らに立っていた。猪狩はミツコの身体をひょいと持ち上げて外へ投げ捨てた。 誤算だった。拾翠が自身を対象に能力を使用できるように、猪狩も自身を能力の「リソース」に使うことが出来たのだ。その力は他者を生贄にした時の比ではない。 相変わらず、猪狩は穏やかな表情を浮かべている。そのあまりにも不気味な静謐に、拾翠は思わず飛びずさった。 その瞬間、鼻先を掠めた手刀に、拾翠は総毛だった。 ――もし、あのままそこに立ち続けていたとしたら……? 寸で命を落としかけた拾翠は反射的に、更に後ろへと飛び退いた。 床に転がる自分の頭の上半分を想像し、早くなった鼓動がすべての息を吐き出せと肺を圧迫する。しかし、胸と喉を押しつぶす緊張は、逆に拾翠に開き直りのような冷静さも与えた。 拾翠は両手首をすり合わせるような仕草で構えを取る。金属が擦れるような音を立てて、ミツコに向けて射出された指の残骸が4本の短い薄刃型の鉤爪に換装された。 カラードネイル(血染めの爪)。数ある仕込みの中で接近戦最強の攻撃力を誇る切り札である。 三度、猪狩の体が床の上を滑る。それは仮面の力が発動して「All for one」が打ち消されるのを回避するための動き、いわば非常手段。錯覚で目には速く映るが、実際の速度はそれほどでもない。 既に三度それを見た拾翠は、仮面の力を使いこなすために鍛え上げた反射神経で先手を奪う。 猪狩はその動きが制限されているにも関わらず、二度、三度と繰り出された鉤爪を躱して見せると、虫でも追い払うように腕を振った。猪狩にとって攻撃ですらないその動作は拾翠を大きく後ろにのけぞらせ、後退を強いる。 素早く体を立て直した拾翠は、鉤爪の射程に入ろうと距離を詰めると見せ、その場から腕を振るった。上腕が蛇腹状に伸び、間合いの外から攻撃を届かせる。仕留めた!確信をもって繰り出された意表の一撃だったが、猪狩は喉元数ミリでその鉤爪を手刀で払いのけた。破壊された掌が破片となって飛び散り、鉤爪が床に突き刺さる。 拾翠は僅か数秒、数度の攻防で、自分の技が何一つ通用しないのだと思い知らされた。 絶望感が、鉛のような重さで全身に圧し掛かってくる。せめて、仮面の力が使えたならば――。 「仮面」。その言葉を頭に思い浮かべた瞬間、拾翠は背中に走る悪寒に震え上がった。 猪狩は既に死んでいる。その意識は既にこの世にはない。 それが何を意味するのか。拾翠は奥歯をかみしめた。 「裏切ったか……冷泉!」 機体がひときわ大きく揺れ、二人は咄嗟に近くの座席を掴んだ。キィキィと悲鳴をあげながら揺れは更に大きくなり、遂に機体の耐久は限界を迎える。 つんのめるような衝撃が走り、機体がぐしゃりと二つに割れた。 ヒダのついた急斜面を滑り落ちるように細かく身を震わせながら、飛行機は地面へと速度を上げてゆく。 拾翠は大きく傾いた機体の下方で、同じように座席に掴まり体を安定させている猪狩を、冷泉を見た。 二人の実力は、攻撃を当てることはおろか、体勢を崩す事すらできない程に隔たっている。それでももし、冷泉に攻撃を当てられるとしたら、今この瞬間こそが最大にして最後のチャンスだった。 だが、拾翠の身体は動かなくなっていた。 ――怖い。 全身を締め付ける加速度が心拍数を押し上げてゆく。 奥歯が音をたてて震えることを、止めることが出来ずにいた。 乱暴なスピードで、自分の身体が死に向かって運ばれている。それが恐ろしかった。 走馬灯ではないが、拾翠は仮面を手にした日のことを思い出す。 (冷泉。お前に嘘をついていた) (俺は、自分の意思でお前を手に取り) (自分の意思でお前を被ったのさ) (何も考えられなかった。なぜなら……) (なぜなら、お前は美しかった) (そう、この震えは、初めてお前に手を伸ばしたあの時と同じ) 体を縛っていた迷いが解けてゆく。恐怖が去ったわけではない。それでも、腕は、脚はもう一度動いてくれるようだった。 拾翠は飛び降りるように、斜めになった床を蹴った。厚い空気の壁が彼を押し返そうとする。 だからもう一度、蹴る。もっと強く、届くように強く。 互いに差し伸べあった手を取り違うかのように、二人の腕が交差する。 冷泉の腕は拾翠の身体の中心から肩口までを深く切り裂いた。 紅い血の滴がぱらぱらと散る。 仮面を奪い取ろうと突き立てられた拾翠の指は、それを果たすことが出来なかった。 拾翠の能力はその射程の短さから強い強制力をもつ。しかし、対象の生命維持を脅かすものは奪うことが出来ない。 今の猪狩を生かすのは、脳でも心臓でも、血液ですらなく、仮面だった。 (夕霧、あなたは知らない) (私はあの時、あなたの心を完全に隠すことが出来たのに) (自らを二つに裂いてまで、あなたを半分隠すにとどめた) (強く、まっすぐに立っているようで) (戸惑い、迷うあなたの弱さに寄り添いたいと思ったから) (でも、私は仮面。隠すことこそが世に在る喜び) (あなたを隠せない私ならせめて、あなたを殺して、あなたを隠す) ――六月四日 拾翠亭 色とりどりの花が咲く池に木造の橋がかかっている。 拾翠がどこからか仕入れて来た資金と伝手で復旧した庭園である。 庭園の西側には二階建ての木造住宅が、やはり彼の手に依って復元されている。拾翠亭と呼ばれるその建物のたたずまいを、彼はとても気にいり、偽名に使っている。 縁側に座り、庭園を眺めながら拾翠は心を落ち着かせた。 禅と呼べるような大層なものではない。ただ、うとうとと意識を緩めているだけである。そうやって仮面の意識に語りかけようとしていた。 「……冷泉。応えろ、冷泉」 意識の中を夕霧の声が波紋のように伝わってゆく。 不意にその円の端が別の波に触れた。 「あなたはもう、私と話をするつもりは無いのだと思っていましたよ、夕霧」 冷泉の少しつっかかるような態度を夕霧は無視した。 「お前に確認したい事がある」 「ええ、どうぞ」 「このあいだの試合、俺は確かに殺された」 「はい?」 「しかし、記録では俺は殺されるどころか、試合の勝者となっている」 「私の記憶でもそうなっていますが」 「だが、俺は自分の断末魔を、覚えている」 「不思議だこと。で、私の考えを聞きたいと?」 「冷泉、俺はいったいどうなってしまったのだろう」 あなたは、意外と甘えん坊ですね――。冷泉はそう言いかけてやめた。 短い沈黙ののち、冷泉から返された言葉は意外なものだった。 「夕霧、あなたは神さまを信じますか?」 「神さま……?あまりピンと来ないな」 夕霧は海賊を辞めて暫くの間、高野山で密教に匿われて隠遁生活を送っている。しかし、それはそれとして、神仏問わず宗教に対する関心は非常に低い。 「じゃあ、この世界には一定のルールが存在しますよね。たとえば気まぐれに今日が昨日より長くなったりはしないでしょう?」 「認める」 「夕霧、あなたはルールの境目をまたいでしまったのだと思います」 予想していなかった冷泉の言葉に夕霧の思考は追いつけずにいた。それをわかってか、冷泉は間を取りながら、ゆっくりと話す。 「たとえば、あなたが漂流者だった世界のルールと、この世界のルールは違うものなのかもしれません」 「或いは、あなたが海賊だった世界もまた、この世界のそれとは別の誰かが作ったルールが存在していたのでしょう」 「あなたはいつの間にか、それぞれ異なるルールが支配する世界と世界の境界を越えてしまったのでしょう」 「異なる世界のルールから生まれ、この世界のルールから外れた存在。極端に強くあり、或いは弱く居る事も出来る」 「そのような異端の存在を、あなたも知っているでしょう、夕霧。『転校生』と呼ぶんですよ」 「俺が、転校生だと?」 「実際には転校生の成り損ないといったところなのでしょうね」 「心しておきなさいね、夕霧。あなたの存在は複数の世界のルールの干渉を受け、ぶれて重なり不安定になっています」 「俺が、俺ではいられなくなる。そう言いたいのか?」 「或いは、突然にふっと消えて無くなってしまうかも。そして、それは私も同じです。夕霧」 冷泉はそれっきり何もしゃべらなかった。 夕霧の意識は覚醒へと向かい、ゆっくりと閉じていた瞳が開かれた。 サラサラと草木が風に揺れ、チラチラと水面は赤く夕陽に輝いている。 夕霧は冷泉がその体を支配している時と同じように、ぼんやりとそれを眺め続けていた。 ――六月二日 墜ちる飛行機の中で 仮面にかけられた拾翠の手に、猪狩の、冷泉の手が重ねられた。 氷よりも冷たい金属の手が、その指を紅く焼く。 拾翠の意識が少しずつ遠ざかっていくのが分かる。 いつもなら、聞こえてくるはずの夕霧が冷泉を呼ぶ声が、今は聞こえない。 (冷泉、お前を手に取った時、俺は何も考えられなくなっていた) (お前は美しかった) (だから俺はいつの日か、お前を元の姿に戻したかったんだ) (例えばお前が) (俺を裏切ったとしても) 仮面に触れた拾翠の指に、ほんの少しだけ強く力が籠められたように感じた。 (未練ですか、夕霧?) 冷泉の指が、初めて戸惑うように小さく震えた。 (ええ、そう……。私もです) どちらの指に籠められた力だったのか。霜をふむような音をたて、仮面が顔の表面ごと猪狩の顔から引きはがされた。 死体に戻った猪狩の身体は、飛行機の振動に翻弄されながら、ずるずると床の上を這っている。 粗末に成り果てた座席の上で、冷泉は自らが付けた傷の痛みに浸っていた。 ※補足:冷泉院=転校生もどき 冷泉院は特殊能力ガイドラインやBLダンゲロスのノリをSSキャンペーンに持ち込んでいるので、トリニティの能力をガイドラインで分析したり、夕霧として冷泉を落とそうとしたりします(冷泉は無性だけど)。拾翠が転校生並みに強いという意味ではありません。 このページのトップに戻る|トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/tokimeki_dictionary/pages/627.html
Height 身長【しんちょう】 文字通りキャラクターの背の高さのことで、ときめきメモリアルシリーズには、およそ100人近いのキャラクターがおり、 背が低い男性キャラクターがいれば、背が高い女性キャラクターがいるなど様々である。 なお、桜井琥一以外のメイン王子は180㎝で固定されている。 身長一覧 ここでキャラクターを主人公が3年次の身長別で掲載するが、小数点第1位まで表示されている『3』のキャラクターに関しては小数点は切り捨てることにする。 145cm:音成遊 147cm:尽(小学生時) 148cm:弥生水奈 149cm:赤井ほむら、伊集院メイ 150cm:美樹原愛、水月春奈、小野田千代美 151cm:美咲鈴音、紺野珠美 152cm:秋穂みのり 153cm:館林見晴、野咲すみれ、坂城匠、柳冨美子、宇賀神みよ 154cm:火の玉番長 155cm:早乙女優美、寿美幸、渡井かずみ、語堂つぐみ、井ノ倉唯、西本はるひ 156cm:如月未緒、虹野沙希、白雪美帆、佐倉楓子、白雪真帆、河合理佳、前田一稀 157cm:古式ゆかり、和泉恭子、陽ノ下光、春日つかさ 158cm:藤崎詩織、春日太陽 159cm:片桐彩子、朝日奈夕子、一文字茜、牧原優紀子、星川真希、皐月優、須藤瑞希 161cm:紐緒結奈、和泉穂多琉、藤井奈津実、天地翔太、大迫力 162cm:宗像尚美、相沢ちとせ、天宮小百合、井ノ倉葵歩 163cm:清川望、花椿みちる、花椿ひかる 164cm:麻生華澄、橘恵美、響野里澄、水島密 165cm:大倉都子、守村桜弥、日比谷渉 166cm:水無月琴子、神条芹華、エリサ・D・鳴瀬 167cm:鏡魅羅、早乙女好雄、九段下舞佳、龍光寺カイ、小林学、巴征道 168cm:パトリシア・マクグラス、御田万里 169cm:八重花桜梨、七河瑠依、有沢志穂 170cm:郡山知姫、花椿カレン 171cm:藤堂竜子 172cm:伊集院レイ、古森拓 173cm:設楽聖司、氷室一紀 174cm:針谷幸之進、平健太 175cm:穂刈純一郎、矢部卓男、鈴鹿和馬、蒼樹千晴、蓮見達也、本多行、白羽大地 176cm:赤城一雪、新名旬平 177cm:桜井晴 178cm:赤上武、三原色、天童壬、氷上格、不二山嵐、柊夜ノ介 179cm:花椿吾郎 180cm:白鳥正輝、七河正志、葉月珪、佐伯瑛、若王子貴文、桜井琉夏、風真玲太、大成功 181cm:三原咲之進、紺野玉緒 182cm:天之橋一鶴、真嶋太郎 183cm:木枯らし番長、クリストファー・ウェザーフィールド、藍沢秋吾、颯砂希 184cm:白羽空也 185cm:姫条まどか、七ツ森実 186cm:真咲元春 187cm:志波勝己、御影小次郎 188cm:爆裂山和美、氷室零一 190cm:桜井琥一 191cm:一文字薫 208cm:筋肉番長 関連項目 システム
https://w.atwiki.jp/tokimeki_dictionary/pages/155.html
Ghost house ゴーストハウス【ごーすとはうす】 概要 『1』『3』の遊園地のアトラクションの一つ。 『1』では3年目の11月まで選ぶことが出来るが、『3』では2年目6月にメルヘンワールドが無くなりこれに代わる。 『3』では、通常デートおよびダブルデートでゴーストハウスに行けば、以降ミニゲームでプレイ可能になる。(1,2年目の7月下旬のダブルデート時に行く事になるので、自動的に遊べるようになる。) ダブルデートでは、どのアトラクションにも言える事だが、指名した女の子を白鳥正輝に橫取りされるのが鬱陶しいなら、普段から登場した全ての女の子とは仲良くしておこう。 作品別の評価 『1』では、ときめき度が高い鏡魅羅をここに連れて行った場合、イベントが発生するが友好度が低下し、傷心度が上がってしまう。 逆に、古式ゆかり・美樹原愛といったホラー物が大好きな子の受けは非常に良い。 入る時の美樹原の台詞は、何かしらの大胆な行動を狙っているように聞こえてしまうのだが…。 『3』では、スタート時のみ表示される地図を頭に入れておけば、あとはゴーストにだけ注意すれば良いのでそれほど難しくはないと思われる。 迷った場合は、ワザとゴーストに捕まってスタート地点に連れ戻されるか、○ボタンを押して現在位置を確かめるかのどちらかにしよう。(ゴーストが都合良く見つかるわけではないので、後者がオススメ) ただ、どちらにしても時間だけは過ぎていくので、闇雲に歩き回らないよう注意すること。 暗記が苦手な人は、スタート時に表示される地図を紙に描いておくか、スクショを撮るのも良いだろう。(スタート前なので時間は経過しない) なお、このアトラクションだが、好相性なのは和泉穂多琉だけなので(他には河合理佳と橘恵美が可もなく不可でもない状態)、ダブルデートで三者のいずれかが絡む組み合わせで無かった場合(相沢ちとせ&牧原優紀子or御田万里の2パターン)は素直に諦めよう。 ちなみに、和泉と通常時で遊園地デートをする場合はメルヘンワールドを一番お勧めしたいが、上記の通りメルヘンワールドは2年目6月には無くなってしまうので、これ以降は必然的にゴーストハウスしか選ばざるを得ない(彼女はジェットコースターと観覧車が苦手なため)。 これと似たようなアトラクションは、『4』のゴースト迷宮とGSシリーズのお化け屋敷があるが、何故か『2』にはこれに相当するアトラクションは存在しない。お化けの類が大嫌いな陽ノ下光に配慮したのだろうか。 光がお化けを怖がる話は夏合宿の肝試しで使ってしまったという事もあるだろうが、他のヒロインの為にも導入して欲しかったところである。 無論、光を連れ込んでも最悪の印象しか与えられなかっただろうが…… 関連項目 ダブルデート ミニゲームetc
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/169.html
裏第一回戦【遊園地】SSその2 2015年、関西滅亡の日――衛星軌道上から降り注ぐレーザーの雨は日本はもとよりアジア圏全域から視認出来、その様に人々は終末を予感した。 それから5年――2020年4月某日、千葉県浦安市のとある遊園地にも同じことが起こっていた。直径3mの光の柱は空をまばらに覆っていた雲を容易く貫通。命中したアトラクションのレールを飴細工の如く刳り貫き、チュロスを売る屋台を炭化させ、プールの水を蒸発させた。 その時、園内にいた数少ない人間である雨竜院雨弓も偽名探偵こまねも、浦安市民も、数km離れた大会本部から光の雨を目撃した者たちも、この試合を警戒していたはずの政府・自衛隊関係者も、つまりはあらゆる目撃者が五年前のあの日と同様、その様に度肝を抜かれていた。 (うん、上々ね――) 雨が止んだ後、唯一平静な人物・高島平四葉は目の前の窓から覗く光景と、手元の端末に表示される俯瞰での光景――「夢と魔法の王国」の無惨な姿に満足気に頷く。殺したり壊したりすることで自分がそれを手に入れたと再確認する。白のワンピースに身を包んだ清純を絵に描いたような美少女・高島平四葉はそういう人種だった。 (流石だわ、『伯母』) 「伯母」とは彼女の頭上500kmを漂う、このレーザーの雨を降らせた人工衛星を指していた。 彼女の魔人能力「モア」は敵対する相手の持つ「武器」を、少しだけ強化してコピーすることが出来る。数日前、彼女は世界の裏で暗躍する巨大組織「スズハラ機関」の仮面の13人(マスケーラ・サーティン)が1人、飛騨はじめの地元商店街を襲撃した。高校時代から、実家の和菓子屋を継いだ今はよりいっそう商店街を愛する彼は、自分のいぬ間に商店街を灰にして去っていった「高島平四葉」なる悪魔を激しく憎んだ。その時から、紛れもなく彼は四葉の「敵」となったのだ。 何故彼女はそんなことをしたのか? それは、飛騨が2015年に関西を焼いた衛星兵器「母」の現所有者だったから。 つまり「伯母」とは、四葉の「モア」で生み出された「母」の上位互換なのである。出力は5%上昇し、レーザーの発射間隔は0.2秒縮んだ。雪山より障害物が格段に多い遊園地に合わせて、また赤羽ハルに敗れた反省から防御不可能な攻撃として衛星砲を選んだのは四葉にとって大正解と言えた。 レーザーは照射位置を計算し、他の2選手には命中しないように撃っているが、その気になれば彼らも一瞬で蒸発させられる。圧倒的戦力差。況してや、彼らは雪山での試合で(四葉の電波妨害により)何があったか知らず、四葉のことをただの幼女と思っているはずだ。そこにこれである。あまりの落差から勝てるはずが無いと思うに違いない。 秀麗な顔に氷の微笑を浮かべ、四葉はマイクのスイッチをONにする。 「夢と魔法の王国」はそのイメージを守るため、園内放送を極力していなかったが、無論設備自体は緊急時に使えるよう存在していた。 放送で降伏を呼びかけるのだ。1回戦の2人は理解し難いことに拒んだが、この2人は受け入れるに違いない。もし断るならレーザーを浴びせるまでだが。 「…………?」 口を動かし、紡いだはずの言葉の代わりに口から出たのは1つのシャボン玉。 そのシャボン玉はやけに頑丈で指でつついても割れる気配を見せないが、摘んで力を込めれば流石に弾ける。 『雨竜院雨弓、偽名探偵こまね。降伏なさい。キミたちに勝ち目は無い』 と同時に響く四葉の声。マイクからは距離があるので、流れはしなかった。 (この能力……偽名探偵こまねの……) 「音玉」――有効範囲内で発生した「音」をシャボン玉に変える能力である。 そういった情報を知らない四葉が見た1回戦では「おちんぽおっきぃれしゅう♡」という自分の言葉だけを飛ばす使い方をしていたので、他人の声(音?)もシャボン玉に出来るというのには少しばかり驚いた。 この状況でこの能力に対処するのは簡単だ。掴んだシャボン玉をマイクに近づけて割れば問題無く用を果たせる。 (でも……気に入らないわね) 自分がこまねの能力に合わせなくてはならないことが、である。世界征服を目指す程だから生来驕慢な性質なのは言うまでもないが、幼さもそれに拍車をかけていた。警告なしで蒸発させてやろうか、と考えていたところでその思考は遮られる。 “マスター、ヒトト思ワレル熱源体接近中。サイズカラ『偽名探偵こまね』デアルト判断。迎撃態勢ニ移行シマス” オペレーションルームのすぐ外に待機するガードロボットがそう伝えてくる。飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。 「わっ……ちょ! 撃たないで!」 ガードロボットが光学迷彩を解除し、銃を向けたのだろう。外から聞こえてくるこまねの慌てた声。いつもの間延びした口調とは違う。アレはキャラ作りなのだろうか。 端末には、シャボン玉数個を引き連れた少女の姿が映し出されていた。首にヘッドホンをかけているあたり1回戦とはやや趣が異なるが、制服の上に羽織ったパーカー、銀のショートボブ、紛れもなく偽名探偵こまねだ。 ドアを開け、ガードロボットの陰から半身を出す形で外に出る。そこは焦げ臭い、戦場の空気の中だった。 「四葉ちゃんだ~可愛い。あ、もう喋っても大丈夫だよぉ」 また締りのない口調に戻ったこまねが言う。姿勢はホールドアップ。スカートに差した拳銃を、ガードロボットに射殺されず抜くのは不可能だろう。 「何故ここが?」 オペレーションルームの場所は地図には載っておらず、また園内放送もされていない状況ではそこに人がいるという予想すらつかないはずだ。 「私の能力、有効範囲の特定の音をシャボン玉にするってのは察しがついてると思うけどぉ~、それを操作も出来るのね。 だから、能力でシャボン玉が出来れば、それがどの辺にあるかってのも感じれるのさ~」 「……成る程」 四葉が1回戦の映像を見て持った印象よりは、ずっと便利な能力と言えた。とはいえ、この状況で役に立つとは思えない。能力に直接的攻撃力は無く、こんな風に正面切って向かい合っていては撹乱の余地も無い。 加えてガードロボットは、身長3mと1回戦で用いたTA‐35に比べると遥かに小型だが、しかし標準的な魔人数名を簡単に駆逐できる能力を持っている。こまねが銃を持っているだけで太刀打ち出来るはずがなかった。 「私聖槍院さんに聞いて四葉ちゃんがいっぱい兵器をぶっ込んで来るって知っててさ~。勝つなら奇襲をかけるっきゃ無いってことで来たんだけど~、こんな風にバレてるんじ ゃもう勝ち目無いしぃ、降参で。四葉様の軍門に降りますぅ」 ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべてこまねは言う。四葉にはその態度は不快だったが、しかし楽に勝てたなら言うことは無い。ガードロボットに銃を取り上げさせると、AIの敵選手認識を解除する。 (まずは1人目、後はあの雨竜院雨弓だけか) こまねから奪った銃を手に、ふと考える。彼女はこうして簡単に拘束できたが、しかしあの男は幻術に加え、あの「ファントム」化が完全に抜けているのかわからない。もしファントム化され、あのファントムルージュを叩きつけられたら……。一応対策はしているが、リスクは排除した方がいい。ならば近づけるなどあってはならない。 「悪いけど、キミにはそのまま死んでもらうわ」 直後、視界の右奥、サイバーパンクな外観の建物の裏にまた光の柱が降りる。対魔人手錠をかけられたこまねはそちらを見やった後、四葉の顔に視線を戻した。 「……あそこに雨竜院雨弓がいたの。今死んだわ」 「じゃあ四葉様の勝ちか~。こんな楽勝なんて流石だね~。 私、仲間になってよかった~」 軽薄を絵に描いたような態度だが、しかしこれがこれから支配する愚民共の本質なのだと、四葉は彼らを導く自分の姿を頭に描いた。そのとき、ひゅう、と爽やかな春風が彼女の黒髪をなびかせる。何の気なしに、彼女は後ろを振り向いた。 黒曜石のような瞳に映るのは、背後の空間を埋める圧倒的な数の泡の群れ。 「……は?」 さっと再び元の方向――こまねの方へと向き直れば、彼女は繋がれた両手で首にかけていたヘッドホンを着けている。 「ごめんねぇ四葉ちゃん。弾けて、響けぇ~」 次々と破裂する、背後のシャボン玉。そして解放される、閉じ込められていた言葉たち。 「俺、――になら裏切られてもいいよ」「自分らしく生きるってことじゃねぇのか?」「――は人殺しじゃない」 「あっあああああああああああああああっ!!」 それはどれも、こまねが悍ましい記憶の中から再現した「ファントムルージュ」の台詞だった。無論、単に台詞だけを切り出したならそれは他のクソ映画のそれと大差ない陳腐なものである。 が、こまねはその異能レベルの声真似スキルによって役者の声や口調のみならず、ファントムルージュを見せつけられた際、台詞の1つ1つに覚えた絶望感(◯◯はこんなこと言わない)をも再現し、それらを呪言めいた言霊へと昇華したのだ。映像の数百分の一という情報量の差は埋めがたいが、それでも精神汚染能力はハレルア・トップライトや黄樺地セニオが「ファントム雨弓」に受けたそれに匹敵する。 「外の世界は楽しかった?」「昔からそこで隙が出来んだよ」「友達なんかいらない」 「なんでぇっ!! 私特訓したのにぃ!!」 こまねは、哀れむような視線を足元でもがき苦しむ四葉へ向けていた。自分がこれを作り出した、というのが我ながら恐ろしい。 彼女には武器が、必殺技が必要だった。警察がいなくても、強い相棒がいなくても、ドーピングコンソメスープ(犯人の暴力)に対抗できるキック力増強シューズ(必殺の武器)が。 ガードロボットは、半径500mの熱源、音を探知できるセンサーを備え、AIによる高度な迎撃能力を持つ。しかし、シャボン玉の温度は外気と変わらず、その接近は無音であった。だから「音玉」による攻撃は隙を突いたものと言えるのだが、四葉の敗因は本質的にそこには無い。 「ファントムルージュは雨竜院雨弓1人じゃない。ここにもいたということだ」 「腐った林檎のように生涯を閉じろおおお!!」「一緒だぞ、――」「人形を宿せば、その念能力が使えるのだ」「俺は絶対に、友達を裏切ったりしない!!」 「やめてえええええっ!! なんか、なんか来ちゃうううううううううううっ!!」 「――は俺の傍にいてよ!! 俺、――と一緒がいい!!」 「ゔあ゛っ!!」 全てのシャボン玉が割れると、カッと白目を剥き、大きく身体を反って痙攣をやめる四葉。そのままどう、と倒れて動かなくなる。 あたりは四葉が撒き散らした吐瀉物と尿で汚れており、清純(っぽい外見)な美少女の面影は無い。 「いっぱい悪いことしてたみたいだしぃ自業自得だけどぉ~これで終わりにしたげるねぇ」 ヘッドホンを外し、四葉に預けて落とした銃を拾い上げる。まず手錠の鎖を撃ち抜き、そして浅く呼吸を繰り返す四葉の額に照準を合わせ、引き金を引く。 「バイバイ」 「『モア』」 額に風穴を空けるはずの銃弾は虚無から突如出現した朱塗りの番傘に弾かれ、届くことは無かった。 「……え?」 驚きに眠たげな半目が見開かれる。先程、シャボン玉の大群を見た四葉のように。 「起こしてくれてありがとう、名探偵」 「……っ!」 言葉を返す暇も与えず。突剣はこまねの胸を貫く。 こふっ、と血を吐いて倒れた足元のこまねを、緋色の双眸が見下ろしていた。 ざわざわと黒髪が蠢き、そしてその内の半分ほどが急激に伸びて触手のように彼女に絡みつく。陵辱? 否、食事である。絡みついた触手は服の下に入り込み、その柔肌の細胞から直接精気を吸収し始めたのだ。 「処女の血ならぬ精気……『ファントム四葉』誕生祭のメインディッシュには相応しい。ん? おお、おお!!」 精気を啜っていた四葉が突如歓喜の声をあげ、見やった先。道の角から現れたのは、死んだはずの男だった。 熱線に焼かれたはずの身体には火傷1つなく、それを包むジャケットとジーンズにも、手にした得物「九頭竜」にも焦げ跡は見当たらない。雨竜院雨弓、無傷。 「生きていたか兄弟!! 嬉しいぞぉ!!」 「誰だ……お前?」 緋の眼を持つ四葉を見たとき、雨弓は心の奥底にざわつきを感じていた。 ✝✝✝✝✝ 「これが……『ファントムルージュ』」 四葉は手の中のBlu-rayディスクを見つめ、ゴクリと生唾を飲んだ。闇のルートで手に入れたそれは、見てもいない現時点では単なる記録媒体に過ぎないのだが、何か瘴気めいたものが漂って感じられる。 世界征服を企む四葉が人類を滅ぼし得ると言われる悪魔の映画「ファントムルージュ」に強い興味を抱いたのは当然のことだった。ディスクを彼女に売った老境の商人は語っていた。 「芸術作品ってぇのは時として魔が宿ることがある。 持っていると破滅する絵、聴くと自殺する音楽、人を斬りたくなる妖刀……。 そして『紅の章』はそれらの中でも最も濃い魔を秘めている。 こいつはカルピスで言えば空き瓶に水を注いで振った程度の劣化版だが、それでも覚悟した方がいいぜお譲ちゃん」 「紅の章」とはこの映画の名前を呼ぶことさえ恐れる者達が付けた通名だという。いくらなんでも馬鹿な、たかが映画だろうと、四葉にはどこか馬鹿にした気持ちがあった。 Blu-rayの再生が始まり、95分が過ぎたとき、四葉は嘔吐し、糞尿を漏らし、放心していた。劣化してこれならば、本物はどれほどのものなのか、とまた恐怖した。 だが四葉はこの映画を毎日見なければならなかった。「夕闇の覇者」(ザ・キング・オブ・トワイライト)を世界征服への足がかりとするなら、きっとあの男・ファントムルージュの化身偽原光義との対決は避けられまい、何らかの耐性はつけておくべきと。 だから四葉は毎日ファントムルージュを見た。毎晩悪夢にうなされ、夜尿をするようになっても、見るのをやめなかった。気づけば「世界征服のため、耐性を得るため必死に見ている」のでは無く、この悪魔の映画に魅入られていたことに、四葉は気づいていかなかった。 その後まさかの1回戦負けを喫した四葉だが、しかしなんたる上映(うんめい)……否運命の悪戯か。或いはファントムルージュが運命を引き寄せたのか。今、3人のファントムルージュが揃ったこの裏トーナメント1回戦第1試合において、植え付けられた「種」は萌芽の時を迎えていた。 ✝✝✝✝✝ 高度500km――衛星兵器「伯母」は地上の雨弓へと照準を合わせる。エネルギー充填完了。誤差0.002%以内。照射。 地上――光の中に消えるはずの雨弓は、何食わぬ顔でそこに立っている。彼を狙ったはずの熱線はその上空で大きく軌道を変え、数十m離れたガードロボットへと降り注いでいた。 ボディを構成する合金が耐熱限界を超えて融解し、そして巨大な爆炎をあげてこの命なき従者は哀れにも砕け散る。後に残ったのは、残骸と黒く焼け焦げた地面。 「『幻術』じゃない……『光を操る能力』。お前に光線は効かないというわけか」 雨弓の「睫毛の虹」は、本来光の反射や屈折を操る能力であり、幻術はその最も使用頻度の高い応用に過ぎない。因みに、この技のスケールダウン版として彼は夏、自分に降り注ぐ光量を調節して暑さを凌いでいる。 「そういうことさ。まあ、乾燥した晴れの日だったらアウトだったけどな」 荒れ果てた王国で、対峙する2人の戦士。 片や赤い番傘を手にした偉丈夫。片や瀕死の少女を抱いた緋の眼の幼女。 (こいつ……やっぱあの時の俺と同じか) 雨弓は四葉が何故こうなったのかは全く知らない。だから根拠は特に無い。ただ、「兄弟」と呼ばれたことを抜きにしても、確信があった。 (ま、どうでもいいやその辺は。こいつとは……) どうやら最後までやれそうだ、と舌なめずりし、武傘「九頭龍」を構えた。 「『モア』」 精気を吸われ、死が間近のこまねを四葉はその場に放り捨て、戦闘態勢に入る。 コピーしたのは3つ――「雨竜院雨弓の筋力」と「ベンズナイフ」、そして……。 「行くぞ、兄弟」 「兄弟言うな」 四葉は愛らしくその場で小さく跳ねる。 ――トン――、――トン――、――ドッ――。 爆ぜる足元! 四葉、消失! 次の瞬間、20m近い間合いがあったはずの雨弓にナイフによる斬撃! 170kgの雨弓の脚力を25kgの四葉がコピーしたのだ。当然遥かに速く動ける。 (迅えぇっ!) しかし斬撃は回転する九頭龍に止められ、届くことは無い。激しく火花を散らしてぶつかり合う。 「やるな」 四葉は九頭龍の骨にナイフを思い切り振り下ろした。ナイフは砕けたが、その反動で高く跳び上がる。 「『モア』」 新たなナイフが2本手元に出現、そして投擲。 雨弓は四葉を追って跳躍し、上空からの投げナイフを「雨流」で防ぎながら刺突を繰り出した。 対空の雨月――逆雨(さかさめ)。 空中では身動きも取れず、そのまま串刺しになるかと思われた四葉は、髪の毛が変化した触手を伸ばして最も近いガス灯を模したオブジェに絡ませ、それを支えに自身を引くことで回避する。 「ハーン……!」 刺突が空を切り、今度は自分が空中で隙を晒す形となった雨弓だが、嗤う。 オブジェを支えに滞空する四葉は更に「モア」でこまねのマシンガンをコピー。発射。と、同時に髪を鞭の如くしならせて打つ。音速の数倍の一撃は受ければ雨弓でも致命傷を負うだろう。 銃撃と鞭。両方を傘で防ぐ余裕は無い。重傷は必至。 「甘ぇよ!」 雨弓は九頭龍で銃弾を弾きつつ四葉に向け、引き金を引いた。 大気を劈く爆裂音と共に放たれる九頭龍の牙は四葉の脇腹を大きく抉って後ろのホラーハウスの外壁に突き刺さり、そして猛烈な反動は雨弓を触手の横薙ぎの軌道の外へ吹き飛ばした。 「ぬっ……!」 それだけのダメージを負っても四葉は怯む様子を見せず、剣の刺さった外壁へピタリと身体をつけ、そして全力で蹴った。オブジェに撃ち込んだままの触手もパチンコのように使い、超音速の砲弾と化して反対側の建物の壁に貼り付いた雨弓へ直進する。 (あの傷で死なねえ上に突進かよ……!) 獣はまた嗤う。 「九頭龍」が分解したため四葉の突進を両腕で受け止めた雨弓だが、そのまま壁をぶち抜き、更に2階の空間へ転がり込んだ。 土産物屋であったその建物からは数秒間、ガラスの工芸品が次々に粉砕される音や数発の銃声、何かが崩れるような轟音が聞こえ、そして最後、今度は1階の外壁を破壊して2人が飛び出してくる。 先に飛び出した雨弓は四葉が先程使い捨てた九頭龍のコピーを拾い上げ、遅れて出てきた四葉は弾切れの銃を捨て、また「モア」でベンズナイフを生成する。 共に重傷だった。互いにあちこち流血しているのに加え、雨弓は腹と脚を撃たれ、四葉は首筋に九頭龍の親骨が突き刺さっている。 (あー……たーのしぃなあ) 雨弓は眼前の幼女を見据える。見た目には彼我のダメージは同等に思われるが、まるで違った。 「ふんっ……!!」 首の筋肉の力で、刺さっていた親骨が勢い良く抜け落ちる。わずかな血が噴き出したがすぐに収まり、そして数秒で傷は塞がってしまう。無論、先程腹に負った傷、各所の小さな傷もだ。再生力のみならず、敵との衝突時は皮膚が硬化することで打撃力・防御力共に大きく増大する。この力が無ければ、速さで勝っても体重が5倍近く離れた四葉は今のように雨弓と狭い空間で組み合えばすぐに殺されてしまうだろう。 ファントムルージュによる肉体の変質だけでは無い。「農大」で、上級教員に移植されている万能細胞(通称・農大細胞。准教授以上で無ければ拒絶反応で死ぬと言われている)もモアでコピーし、2つの相互作用がファントム四葉を超生物たらしめていた。 「さあ、続きをしようか」 「……」 新たな傘を構える雨弓。血に染まった顔に狂笑を浮かべて。 四葉もまた、ナイフを構え、そしてじりじりと距離を詰めていく。 そんな2人を、死んでいるのか生きているのかも定かで無い状態のこまねが虚ろな瞳で見つめていた。 ✝✝✝✝✝ ――暗い……、暗い意識の底にて。 『おい、このままじゃあ死ぬぞ』 「黙れ!! 知るか」 『俺に代われ、俺なら勝てる』 「黙れって言ってんだ。クソッタレ」 ✝✝✝✝✝ 『お前の願いを叶えてやる……大人しくそこで見ていろ』 「違う……こんなの、違う……私は」 『何をほざこうと、そこではどうすることも出来まい』 「嫌だ……私は、私の」 ✝✝✝✝✝ ――噴水前広場。戦いは続いていた。 アトラクション、シアター、モニュメント、売店やレストランを2人は次々に破壊し、レーザーの雨で既に穴だらけになっていた園内は加速度的にその無残さを増してゆく。 世界征服を企み、その上ファントム化した高島平四葉も、市民の平和と安全を守る警察官・雨竜院雨弓も、夢と魔法の王国には純然たる破壊者――まさに「魔人」と呼ぶに相応しい存在だった。 (脳味噌が焼き切れそうだ……いつ以来だこんな戦いは……) 雨弓は四葉の触手を掴んで振り回した上城壁にハンマーのように叩きつけ、全身に「篠突く雨」を見舞い、四葉はその圧倒的な速度で雨弓の全身を切り刻み、肩や腕に何本ものナイフを突き立てた。 互角の戦い。否、雨弓はどんどん死へ近づくのに対し、四葉はダメージが遅くとも数分で治癒してしまい、無限とさえ思われる体力を見せている。勿論実際には限界が存在する。先程こまねから精気を吸収していたことから、体力切れは懸念しているのだろう。ただ、先に限界を迎えるのが雨弓なのは間違い無い。 (互角じゃあ……ジリ貧だわな……確かにそろそろ死にそうだ。 勝負、決めに行くか) 楽しい時間が終わるのは寂しいが、終わらせるつもりで戦うからこそ、戦いは楽しい。 雨弓が濡れた地面に剣先が着くかどうかというくらいに九頭龍を垂らし、高速で回転させる。と、風圧で足元の水が巻き上がり、周囲を濃い霧となって覆う。「霧雨」という、本来単に意表を突き隙を作るための技だが、雨弓が用いれば意味は違う。大気中により多量の水分を存在させ、彼の魔人能力「睫毛の虹」を高精度で展開できる幻覚空間を形成するのだ。 「ぬ……!」 一瞬、霧に溶けて消えたかの如く映った彼の姿が再び現れる。そして、今までと違う構えを取った。突進からの全運動エネルギーを乗せた刺突、最大の威力を誇る傘技「雨竜」の構えである。 「行くぜ……!」 水飛沫をあげ、最高速の「蛟」で突進する。 (疾い……! 濡れているとこうも違うか) しかし、直線的な攻撃。捌くのは容易い、と思った四葉の目に映ったのは、右肩から伸びる9本の腕と、それぞれに握られた武傘。 (これは……!?) (さあ、当てっこだ……) 全くの同時に迫る9つの剣閃。 九頭龍――八虚一閃。 (頭(ここ)狙いだろう!?) 恐るべき再生力を持つファントム四葉を倒すには、また、今の体力を考えれば即死させる部位で無ければ……両方の観点から言って、脳を破壊するため頭部を突くのは当然に思われた。逆に、他の部位を突いても殺されるだけだ。 眉間を狙って突き出された九頭龍に四葉は手をかざし、そして触手で彼の胴を貫こうとする。しかしその刺突は、否、他の全ての刺突が四葉の身体をすり抜けた。そして触手もまた雨弓の身体を。 「は?」 雨弓は突いていなかった。それ以前に、彼の身体そのものがもう1m程後ろを走っていた。そして、今生まれた致命的な隙を突かんと、今度は本物の雨竜を繰り出す。 音の壁を破った破裂音、そして爆裂音。 九頭龍の牙は四葉の頭部の上半分を爆砕し、数百m先まで霧の中に赤い尾を描いて消えていった。 「凄い男だな……」 「ガッ……フッ……!!」 「私が脳を動かせなければ、確かに負けていたよ」 触手に貫かれて血を吐く雨弓の目に映るのは抉れた頭皮と頭蓋の断面から覗く、無傷の脳。 四葉が触手を引き抜けば血が噴き出し、雨弓はよろよろと後退する。致死量の出血に力が入らず、九頭龍を手から落とす寸前だ。 「お前はよくやったが、限界だ。さあ、出てこい兄弟」 『おう』 雨弓の口が、その意志とは全く無関係に言葉を発した。右目が端から緋色に染まってゆく。 ファントム雨弓、再臨。 雨弓の中のファントムルージュは、消えてはいなかった。美術館での試合において、雨弓が自らの意志で支配に抗い、その後死によってリセットされたことで表面的には見えなくなっていたが、精神の奥底、雨弓も自覚せぬ深みから再浮上の機会を伺っていたのだ。 それは雨弓が再びファントムルージュを摂取するか、或いは彼の意志力が限りなく弱まる瞬間。つまり今のような――。 「この男には強靭な肉体と、我らとの相性が素晴らしい魔人能力がある……」 「ああ、この能力なら世界を緋色に染め上げることが出来そうだ、感謝する」 ファントム四葉は雨弓に接触した瞬間から、彼の中にファントムの残り火があることを感じ、その「残り火」もファントム四葉に共鳴し、顕在化しようと、戦いに夢中になる雨弓の精神世界で自身の存在を肥大化させていた。 そしてファントム四葉はファントム化で得た戦闘力で雨弓を圧倒し、自身から滲みだすファントムルージュのオーラを浴びせつつ死の寸前まで追い込むことで再ファントム化を促したのだ。 「この試合の勝ちはお前に譲ろう。 勝ち上がってより多くに『ファントムルージュ』の上映を見せてやってくれ。 あの偽原という男とも接触が必要だ」 「ああ、わかっ……んぅ!?」 ファントム雨弓が呻き声をあげた。右足に鈍い痛み。九頭龍の親骨が、足の甲を貫き、地面へと突き刺さっている。 「どうした?」 「いや、俺の右腕が勝『いいかげんにしろ』なんだ『出て行け!!』動いて『俺の喧嘩だ』 オッ……オオオオオオオオオオオオオッ!?」 ファントム雨弓の右腕は自分の意志を持つかのように動き、そして緋色に染まった右の瞳を抉り取ろうとしていた。 「待てっ……やめ『うるせえええええええええええええええええええええええ』」 左手に掴まれても尚右手は止まること無く眼窩に指を突っ込み、そして眼球に指を突き立てて引き抜いた。 「……っ」 「……またか。情け無ぇ……」 「貴様……戦いが好きではなかったのか? 世界を緋色に染め上げる――その過程でいくらでも戦いは……」 「そりゃあ……お前らの戦い、だろうがっ……」 右目があった黒い穴からボタボタと血を零しながら、絶叫するように雨弓は言葉を搾り出す。 「俺が、勝つのも……負けるのも全部、俺のもんだ……。 俺の戦いも、人生も……俺の、アイツの……人生はアイツの……。 お前らなんざに……やれるかよ……!」 「アイツ」が誰を指すのか、知る者はこの場にいない。ロケットペンダントがチャリ、と鳴った。 「理解出来ぬ……殺『私の』何? これ『征服は』おいやめ……」 ファントム四葉もまた、苦悶の声をあげる。雨弓がそうであったように、それとも雨弓に触発されてなのか四葉もまた抗っていた。 「そこで見ていれば『私の世』お前の望んだ世界征服を我々が『邪魔を』!! この世界は、緋色に、染まるのだあああああ」 1度敗れているファントム雨弓に比べ、ファントム四葉の意志力は強固であった。両腕がわなわなと震えてはいるが、ファントムの支配力が上回っているようで、自由にはさせていない。 『海は見ている~世界の始まりを~ 海は知っている~世界の終わりも』 「な、なんだこれは……?」 やけに渋い、中年男の歌声が突如響き渡る。 『アイツ……とんでもないぞ!!』 『いいえ。あなたはただの人殺しです』 『空、零れ落ちた2つの星が~』 見ると、数m程離れた宙にフワフワと浮遊していたシャボン玉が次々に割れ、そこから声の違ういくつもの台詞が飛び出している。 それはどれも、サバンナ戦後、集中治療室でこまねが見せられた、原作を尊重したメディアミックス作品の台詞だった。ファントムルージュの絶望に比べれば吹けば飛ぶような希望だが、それでもこの世には幸せな作品があるのだと。ファントムルージュが存在しても、いい作品は生まれるのだと、思うことが出来た。 自分がファントム化させてしまった少女の元へ、死を待つだけのこまねはシャボン玉に先程と真逆の思いを込めて送っていた。 「これは……あの探偵『私、自分の』おのれ私を起こしたのは貴様『世界が欲しい』だろうがあああああ『お前なんかに』この腐った林檎めがああああ『私の世界征服は譲らない』」 ファントムの支配を突破した四葉の両腕はその顔を覆い、そして雨弓と同様に、緋色の両目を抉り抜いた。 「あああああああああああああああああああああああッ」 「……っ!」 顔に暗い穴が空くだけになった美少女は、絶叫した後、一呼吸置いて言葉を発する。 「私……戻ってこれた……?」 「……みたいだな」 彼らの足元に転がっている3つの目玉がシューシューと赤い煙をあげ、元の白へと戻っていった。 「そうか……私」 赤羽ハルに敗れて以来、四葉の心にはずっと引っかかりがあった。 「お前は武器を持っている『だけ』の子供だ」という彼の言葉。アレは単に挑発だったのかも知れないが、それでも四葉の心に波紋を起こす力を持っていた。 自分の能力は強い。天才の自分が強い能力を十全に使っているのだから、それ以上の強さなど無い。そう思っていた。 しかし今ならば少しわかる気がする。恐らく、赤羽ハルと聖槍院九鈴が自分の誘いを拒んだのも、彼らの「強さ」と無関係で無いのだろう。 「きっと、さっきのが私の……うっぐ!」 ほぼ無傷だった四葉が突然激しく血を吐く。 ファントムルージュの力が失くなった今、農大細胞への拒絶反応や異形化した肉体の反動が一気に押し寄せて来ている。 「なんか……お互い死が近いみてえだな」 両目の無い四葉にはわからないが、雨弓がまた笑ってそう言う。 「そう、ゴホッ……ね」 「じゃあ、決着を、つけ……ようか」 そう言って、自分の残った左目も抉ろうとした雨弓は、そこでぐらりと傾き水飛沫をあげて前のめりに倒れた。水が赤く染まってゆき、ピクリとも動かない。 「……死んだ、のか」 心臓の鼓動を聴こうと胸に耳を当ててみれば、彼の死はいっそう確実なものとわかる。その際、彼が自分の左目に指を突っ込んでいると気づいた。 ここに来てもまだ。思えば彼は、あのレーザーをガードロボットでなく四葉に当てれば勝てていたはずだった。 「戦うことしか考えてない。 大人のくせに、馬鹿なんだから……でも……」 そこまで言ってまた激しく血を吐き、そして彼女も仰向けに倒れる。頭を強く打ったが、何も感じなかった。 (私の欲しい世界……生き返ったらもっとちゃんと、考えて、みよう……) 薄れ行く意識の中で、そう思った。四葉には見えなかったが、彼女が雲を消し飛ばした青空には大きな虹がかかっていた。 裏トーナメント1回戦結果:選手全員死亡。各人の死亡時刻は判然としなかったが、偽名探偵こまねを倒した(当人の談)高島平四葉の推薦により、雨竜院雨弓の勝利とする。 このページのトップに戻る|トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/bokurobo/pages/255.html
勇猛果敢ヤブレイザー!・SS 単発 第1話 DBへ SS保管庫へ戻る
https://w.atwiki.jp/support00/pages/126.html
I=D移動 作成者:荒川真介(SS)、那限逢真・三影(イラスト)、海堂 玲(イラスト) 大車座「コトラ機動開始」 部隊のリーダをつとみる大車座の声が響く 白河 輝「落ち着けよ新兵ども、実戦で焦っていいことはないぞ」 古参兵である白河輝は言った とゆ「コパイロットなのにもう腕立てはやりたくないであります古参兵殿」 白河 輝「半分は身体鍛えてなんぼの歩兵だろうがルーキー。じゃあ背嚢持ってピクニックでもいいぞ」 理不尽な古参兵の鑑のように言った。 とゆ「嘘であります、自分は腕立てが大好きであります」 白河 輝「よく言った2セットで勘弁してやろうじゃないか」 八岐 颱梦「あっちは熱血ねえ、それとも余裕なのかしら」 荒ポン「まあ彼らなりのリラックス方法なんだろうさ」 とゆ「こっちも気を引き締めていきましょう、自分達の庭先でヘマするわけにいかないしな」 荒ポン「どれだけ演習を繰り返したと思う、嵐がなければ目をつぶったって問題ないさ」 湊 行希「大敵と見て恐れず、小敵と見て侮らずですよ」 大 車座「わかってる、いくぞ!」 #ref error :画像を取得できませんでした。しばらく時間を置いてから再度お試しください。 http //s00.sakura.ne.jp/support/gallup/kadai50/photo/1173534764.jpg 歩兵移動 東堂 悠司「移動だ、目標地点まで移動する」 松林ぼたん「了解です。移動開始します。」 霧原 涼「…慎重に、かつ素早く。行きましょう。」 常世 知行「どこから攻撃が来るかわからないですから、慎重に行きましょう」 Sydney「これ終わったら荒川になんか奢ってもらわにゃ割りにあわんな」 如月一司「あー、オレこないだまで引きこもってたはずなんだけどなー」 ウーリー「・・・さっさと走れ、嫌な予感がする」 #ref error :画像を取得できませんでした。しばらく時間を置いてから再度お試しください。 http //s00.sakura.ne.jp/support/gallup/kadai50/photo/1173514475.jpg 作成者:霧原 涼
https://w.atwiki.jp/dangerousss3/pages/165.html
第二回戦【鍾乳洞】SSその2 ザ・キングオブトワイライト第二回戦、第一試合とほぼ同時刻――。 本会場近くの警察署、地下留置場の一室。 「こちらです。南刑事」 南と呼ばれたコート姿の男は、隣の警官に促され、留置場の中へと入った。 そして視線を留置場の隅に向ける。そこでは拘束衣をつけた一人の女が座り込んで震えていた。 「彼女か」 「はい。本日午前10時頃、下着姿で街を徘徊しているところを保護されました」 警官は手にした資料を読み上げながら、南に報告する。 「目立った外傷は無かったのですが、その……、精神的な錯乱状態にあるようでして、保護された際も、よく分からないうわ言の様なことを叫びながら激しく抵抗しました」 「その際に、彼女が魔人であることが判明しました。攻撃に特化した能力は持たないようですが、常人を凌駕した身体能力を持っています。警官数人がかりでやっと取り押さえることが可能でした」 南は留置場の中の女へ目を向ける。 背格好は、10代後半程度だろうか。顔は、元々は幼さを残す、愛らしいものであったことが想像できるが、今は衰弱によって酷くやつれていた。 「また、先ほど判明したことですが、彼女が保護された個所から2、3キロメートル程離れた裏通りにて、街の不良が数人惨殺されているのが判明したそうです」 「おそらく、彼女を暴行しようとして、逆に返り討ちにあったものと思われます。発見された時の彼女は、数か所程血に汚れていた状態だったそうです」 「そうか……とにかく俺が話してみよう」 「お願いします。拘束衣を着た状態ですが、注意してください。」 南は留置場の扉を潜り、震える女の元へ近づいて、声をかけた。 「初めまして。私は南。魔人公安だ」 「ま、魔人……公安……」 女は顔を上げ、南の顔を見つめる。 「ああ、君に何が起こったのか聞かせて……」 「ひいっ……!」 女は突然小さく飛び上がり、そのまま反対側の部屋の隅へと這いずって行った。 「お、おい……ちょっと待ってくれ」 「い、いやっ……いやあ……」 南は咄嗟に駆け寄り、女を押さえようとした。 しかし女は激しく痙攣し、南は思わず手を放した。 「はあー……はあー、もう、もう止めてーー!」 「お、おい、俺は君に危害を加えるつもりはない。落ち着いて話を聞いてくれ」 「もう嫌、もう嫌なのお……。もう話したでしょうーー!」 女ひたすら何かに怯えたような様子でじりじりと後ずさる。 その視線は全く焦点があってない。 ただならぬ様子に、南は女を追うのを止め、落ち着いた口調で女に語りかけた。 「何があったんだ。何が君をそんなに怯えさせている。まずそこから話してくれ」 女は一旦動きを止め、そして言葉を発した。 「ファ、ファントム、ルージュ……」 「何……?」 (ファントムルージュ……だと……?) ファントムルージュ……、その言葉は南の心に、いや一部のベテランの魔人公安の心に今も暗い影を落とす言葉であった。 「ファントムルージュだって!?おい、君……どこでそれを?」 思わず詰め寄ってしまう南。 だが、女は再び大きく後ずさり、頭を抱えて蹲った。 「いやあーーーー!!もう止めてぇーーーーー!!」 「ひ……、お、恐ろしいーーーーー!!」 涙を流しながらガクガクと震え、大きな叫び声を上げる女。 そのただならぬ様に、南はただ立ち尽くすのだった……。 「一体彼女に何が起こったというんだ……」 ********************************************* ザ・キングオブトワイライト第二回戦、第一試合。 本試合会場――。 「さあ、ザ・キングオブトワイライト第二回戦、第一試合の開始はもう間もなくです!」 「こちらは本試合場から。まずは各転送ルームの様子を実況します!」 明るい声で実況を行う少女、「佐倉光素(さくらこうそ)」。 彼女は本会場にて、解説役の少女「埴井(はにい)きらら」と共に、モニター観戦している観客へ試合の解説を行っていた。 「さて、まずは山田選手の転送ルームの様子です。きららちゃん、どうでしょうか」 「えーっと、何やら巨大なライフルを抱えていますね。形状から察するに、これは……狙撃用のスナイパーライフルでしょうか。光素ちゃん、分かりますか?」 「そうですね。うーん……、私、ライフルには詳しくないので、どんな銃かは不明ですが、後で情報を入手しましょう。しかし山田選手、準備は万端のようですね」 「そうですねー。随分と気合が入っている雰囲気です。これは相当心に燃えているものがありそうですね!私には分かります!」 モニターに映された山田はライフルを両手で握り、ガッチリと構えている。 埴井きららは、自身も熟練の格闘家である。彼のただならぬ雰囲気をモニター越しからでも感じ取ったようだ、 「さて、他の二選手はですが……、なんと既に試合場入りしているようです!」 「なんと!光素ちゃんの転送を使わない!?あの鍾乳洞、かなりの僻地なんですけどねー」 「早速、今回の試合場、鍾乳洞の様子をモニターしましょう!まずは偽原光義(ぎばらみつよし)選手の方から」 二人の発言と同時に、モニターが鍾乳洞の映像へと切り替わる。 「おおっと!確かに開始地点の入り口付近に、偽原選手の姿が見えます!」 「偽原選手。今回は随分と厚手のコートを着ていますね」 「おそらくは、防弾コートでしょうが……、まあ今回は前回のサバンナと違って、内部はひんやりしていますからねー。厚着で臨んだというところでしょうかー」 「いや、きららちゃん。そういう意味ではないと思いますけど……。なお、前回はアサルトライフルを所持していた偽原選手ですが、今回は手ぶらです」 「むむー、ということは……、あのコートの中に色々仕込んでいるなー!」 「偽原選手もやはり準備万端、整っているようですねー」 なお、彼女らの実況は、選手の耳には届いていない。 ゆえに、彼らが試合前にどのような装備で望んでいるかは他の選手には伝わらない。あくまで観客が知るのみである。 「さて、最後はアキカン選手……じゃなかったぁー!!オーウェン・ハワード選手です」 モニターの映像が、今度は鍾乳洞の別の入り口へと切り替わる。 そこでは一個のアキカンが、ポツンと佇んでいた。 「オーウェン選手は一回戦と同じ、武器はパームピストル一丁の様ですね」 「他に武器を隠し持ってる……様子はないですね。アキカンですから」 「ま、まあこっちも準備は万端ですかね……。わざわざ試合場まで直接来ていることですし」 「アキカンって、車とか電車に乗るときに料金払うのかなー。それとも、アキカンの振りしてタダ乗りかなー」 「と、ともあれ三選手とも遅刻せず、開始地点には来ているようですね」 モニターは、三人の選手の様子を画面に三分割して同時に映し出す。 三人とも特に動く様子も無く、じっと開始の合図を待っていた。 「この大会は遅刻、即失格ですからね。一回戦では幸い遅刻者は誰もなく、各試合場で激戦が繰り広げられました!」 「ええ、この三選手全員、一回戦で強豪の魔人を打倒して二回戦へ勝ち上がった猛者達です!」 「それだけに二回戦も、一回戦以上の死闘が期待できます!」 「あ、そうこう話している内に試合開始三分前だよ、光素ちゃん!」 「おっと、もうそんな時間!それでは山田選手も試合場の入口へ転送しましょう!」 光素は目を閉じ、手を前方に掲げる。 すると転送ルームにいる、山田の姿が一瞬で消滅する。 「さて、モニターの方をどうぞ!山田選手、無事試合開始地点に転送されたようです」 モニターには、他の二選手とは別の入り口へ山田が一瞬で転送された様子が映し出されていた。 「これで三選手それぞれが試合開始の位置に転送されましたね」 「はい、後は開始時刻を待つだけです。ううー、緊張してきたぁー!」 少女二人はその後、他愛もない会話をしながら、じっと開始を待ち続けた、 「さて、開始十秒前です」 「観客の皆様も、準備はよろしいでしょうか!」 「5、4、3、2、1、ゼロッ!それでは、ザ・キングオブトワイライト、第二回戦、第一試合!」 「スタァーーートォーーーーッッ!!」 そして、決戦の火蓋が切られた。 ********************************************* 試合開始の合図が告げられるやいなや、山田はすぐに両手でライフルを携えながら、鍾乳洞の入り口へと進んだ。 入り口からしばらく歩いていくと、すぐに下りの坂が見える。 (偽原光義、オーウェン・ハワード) (二人のどちらかが、澄診(すみ)ちゃんと穢璃(えり)さんを……!!) 落ち着いた足取りで坂を下りながらも、山田の心の中は静かな怒りで燃えていた。 三日前。 「遅いな、澄診ちゃん……」 「そうですね。約束の時間に遅刻するなんてこと、無いはずなんですが」 「だよな、この時間に作戦会議しようって言ってたの、澄診ちゃんだし」 四つ目興信所所有のパネルバンの中、山田と兎賀笈穢璃(とがおいえり)の二人は互いに首をひねって顔を見合わせた。 彼らは毎日この時間に、次の試合の対策会議を行うのが常であった。 各々が調査した敵の分析結果を報告し、そしてその報告を元に、次の敵に対して有効な対策を練るのである。。 だが本日、彼ら三人の中の一人、魔人の能力分析を担当する兎賀笈澄診(とがおいすみ)が約束の時間を30分過ぎても姿を現さなかったのだ。 「まさか、敵の調査をする時に何かあったんじゃ」 「それは考えたくないです……。澄診さんは素人じゃありません。戦闘だってこなせますし、もし危険を感じたなら、私たちのところへすぐに連絡がくるはずです」 「だよな。けど、だからこそこれは只事じゃない気が」 次第に、二人の表情が深刻なものになっていく。 不安が、徐々に大きくなっていく。 「山田さん、とりあえずここまでの敵の分析結果を話してもいいですか?気もまぎれると思いますし」 「そうだな。とりあえず始めよう、穢璃さん」 「はい。ではモニターを見てください」 穢璃は手元のノートPCを操作し、前方の大きなモニターへ画像を映し出す。 モニターには、一枚の経歴書が映し出された。 「まず二回戦の対戦相手の一人。偽原光義」 「39歳。元魔人公安。公安時代は、それは正義と理想に情熱を燃やす人物であったそうで、凶悪な魔人犯罪者達を逮捕、あるいは殲滅する作戦の中心に何度も立っています」 「任務においては常に冷静沈着。犯罪者を倒すことにかけては一切の容赦が無く、事前に綿密なプランを立てて、徹底的に追い詰めていくやり方を得意としたそうです」 モニターの画像がスライドされ、魔人公安時代の偽原が、多くの悪行魔人達と戦うシーンが映し出されていく。 「ふうん、1回戦を見る限りでも、俺たちと同じ、あらかじめ敵や戦場の情報を詳細に調査した上で、どう戦うかを具体的に詰めているタイプですね」 「そうですね。しかし7年前に彼は突如として魔人公安を退職しています……。そしてそれからの経歴は一切不明」 穢璃はPCを操作し、モニターの画面を切り替える。 7年前の精悍な偽原の画像は、現在の頬が痩せこけた姿へと変わった。 「そして今回、突如として今回の大会に姿を現しました」 「そこですよね。まず、なんで魔人公安を退職したんですか?」 「そこについては私も手を尽くして調べようとしたんですが。7年前に起きたある事件がきっかけということしか……。その事件で彼の妻子が死亡したそうです。彼は事件の直後もしばらくは魔人公安を続けたそうなのですが……結局やがて退職したそうです」 「その事件の詳細は?」 「そこがまったく分からなかったんです」 「穢璃さんでも調べられなかったんですか!?」 「はい。警視庁のコンピュータにもハッキングを試みましたが、その部分に関してだけ何重にも厳重なロックがかけられていて、とても情報を盗み出すのは不可能でした」 表情を曇らせる穢璃。 更にPCを操作し、モニターの映像を切り替える。 「分かったのはこの、『ファントムルージュ』という単語のみ……」 「ファントムルージュ……、なんなんですか?それは」 「どうやら都市伝説の一種ですね。これは映画のタイトルで、その映画が7年前、関西に甚大な被害をもたらした原因だとか」 「7年前の関西?確か、その年も魔人能力による大規模テロ事件が関西地方で起きてますが……。その原因が映画?」 「ええ、ネットの一部ではそんな噂が流れているようです」 「馬鹿馬鹿しい話ですね。いくら魔人の力でも、映画だけで関西は滅ぼせないですよ」 山田はやれやれといった感じで首を振った。 しかし次の瞬間、あっ、と穢璃の方を向きなおす。 「けど、こいつの能力、確か敵に映像を見せる能力みたいでしたよね」 「はい、一回戦を見る限りは。まだ詳細は不明ですが、映像を見せることで、敵を……なんというか色狂いにしてしまう能力、でしょうか」 「うーん、男の俺が受けたら、どうなるんだろうか……。想像はしたくないですね。けど、映画と映像……偶然、なんでしょうか?」 「分かりませんね……。ただ、調査した限り、魔人公安時代の彼の能力はもっと別の能力だったようです」 「え、それって……」 「魔人能力は一度身につけた後であっても、稀に変質することがあります。主に精神に強力なショックを受けた場合が、原因として多いと言われてますが……」 「じゃあ、やっぱり7年前の事件がきっかけで?」 「その可能性は高いと思いますが、能力の詳細が分からない事には……」 「やはり、澄診ちゃんがいないと厳しいか」 表情を険しくする二人。 その後、更に穢璃の分析結果を元に話し合うも、結局分かったのは、手強そうな相手である、ということだけである。 「うーん、とりあえず気を取り直して、次にいこう」 「そうですね。では、もう一人の相手、オーウェン・ハワードについてですが」 「彼は元々は人間で、元はアメリカ陸軍所属。第75レンジャー連隊魔人部隊長で当時は『紅蓮の英雄』と……」 ********************************************* 「成程、結局相手について分かったのはこんなところか。経歴については二人とも大分分かったけど、能力に関しては、やはり澄診ちゃんがいないときついな」 「……結局、今日は来なかったな、やはり何かあったとしか思えない」 「俺、澄診ちゃんを探しに行ってきます。今回の対戦相手の事を調べに行って、何かあったのは間違いない。穢璃さん、対戦相手の現在の居場所は分かりますか?」 「そちらの調査も進めましたが……、山田さん、今回は何か嫌な予感がします」 表情を曇らせ、山田へと語りかける穢璃。 「澄診さんのことは気がかりですが、今回は既に作戦の方針も大体固まっていますし、ここは私がもう少し調査しますので、山田さんはそれを待っていた方が」 「なに言ってるんだって、穢璃さん。俺だけじっとしているなんて、できないですよ」 「けど、皆にこの大会の参加を進めたのは、元はと言えば私ですし」 「私のせいで、二人に今以上の危険が及ぶのは……」 「穢璃さん!」 山田は穢璃の手を握り、そしてじっとその瞳を見つめて、語りかける。 「穢璃さん。俺も澄診ちゃんも、穢璃さんに促されたからってだけじゃない。それぞれ自分の意志と目的を持って、この大会に出ている」 「だから、穢璃さんが気に病むことなんて何もない。穢璃さんも自分の為に戦えばいい」 「山田さん……」 「なぁーに、大丈夫。二人の万全なサポートがあるんです!今度もきっと勝てますよ!」 そして山田は穢璃から手を放し、立ち上がった。 「じゃあ、行ってきます!ライトバンのロックはくれぐれも厳重にかけておいてください!俺か、澄診ちゃん以外の人を入れないように。なんかあったら連絡よろしくです」 「じゃ……」 山田は振り向き、ドアへと向かう。 その時。 「山田さん!」 穢璃は、山田の背後から腕をまわし、突然彼に抱きついた。 「死なないで、ください」 「ああ、勿論ですよ。でもこんなこと……まだ早いです。澄診ちゃんにも怒られちまう」 山田は穢璃の手を優しく掴み、そっと自分から引き離した。 「俺は生きる。で、優勝して見せますよ!穢璃さんのために!」 「山田さん……」 「じゃ、行ってきます!」 山田はライトバンのドアを開け、見送る穢璃に手を振って、外へと出た。 ********************************************* そして二日前。 山田が戻った時、穢璃の姿は無かった。 ライトバンのロックは解除され、中には何者かが入った形跡があった。ライトバンの内部も、特に持ち去られたものは無かったが、明らかに荒らされた形跡があった。 間違いなく、穢璃は山田が澄診を探しに外に出ている間に、何者かに連れ去られたのである。 山田の怒りは激しかった。二人は確実に今回の対戦相手、どちらかの犠牲になったのだ。 二人の生死は今も分からない。 (穢璃さんの話を聞いた限り……どちらもプロ意識の高い魔人。無暗な危害は加えないと思いたいけど) (けど、二人に何かしていたら、ただじゃおかない……!) 闘志を燃やし、山田は鍾乳洞の内部を進む。 鍾乳洞内は冷え冷えとした空気である。ところどころ、天井や壁に電灯が取り付けられているため、内部は比較的明るい。 (まずは対戦相手の場所を探し当てないとな……) (半径500m以内には、まだいないか) 山田の魔人能力『目ッケ!(アイスパイ!アイ)』は、半径500m以内にいる魔人を壁などの遮蔽物を透過し、シルエットとして見る事ができる能力である。 現在、彼は常に魔人能力を発動し、索敵を行いながら慎重に進んでいた。 (まあ、まだ開始地点からさほど進んでいないし、この鍾乳洞内は結構広いから、そう簡単には……) 「いるよ、そばに、一番近く~♪」 その時。 突如として、山田の耳に歌声が聞こえてきた。 遠くから、微かな……、しかし確かな歌声が。 「なっ……」 驚き、歩みを止める山田。 「今は、ただそれだけでいいから~♪」 更に歌声は続く。 歌声は男のもの……。これは一回戦の映像で見た、ある男の声と一致する。 (偽原光義か。何のつもりだ。歌なんか歌って) 「ウォウーウー、ウォウーウーー~~♪」 歌の調子はフォークソング風である。それが絶え間なく、山田の耳へ聞こえてくる。 (聞いたことのない歌だな……) 山田が知らないのも無理はない。その歌は、2013年、関西地方でのみ公開されたとある映画の主題歌なのだ。 だが、その映画が完全に封印されたことによって、その主題歌も知る人のいない、幻の曲となってしまった。 だたし、その歌は特別な歌ではい。あくまでただの歌である。 (いや、むしろ良曲である。そしてそれがあの映画の主題歌になってしまったことが、また悲劇の一つであったのだが……、これは現在の本筋とは関係ない話である) 当然、魔人能力とは何の関係もない、特殊な能力など無い歌なのだが……。 「僕らにどんな世界が、道なき道の先に待ってる~♪」 (下手くそだな、こいつ) 聞こえてくる歌は、元の歌を知らなくても音程がかなり外れている、と分かるものであった。 はっきり言って、音痴と言えるものである。 (ちっ、俺はおっさんの歌を聞きにここに来たわけじゃない) (しかもこんなところまで聞こえるってことは、わざわざマイクを使って歌ってやがるな) 絶え間なく響く、調子はずれな歌に神経を尖らせる山田。 しかし、すぐに気を取り直した。 (落ち着け……、これは俺の心を乱す、単純な奴の作戦かもしれない) (事前に澄診ちゃんと穢璃さんがいなくなった原因は、おそらく偽原光義、奴の方の可能性が高い) もう片方の可能性も無論あるが、何しろそちらはアキカンである。 アキカンとはいえ、魔人であり、只者でないことは承知していたが、女性二人をさらうのは難しいと思われた。 (ここで冷静さを失ったら相手の思う壺。目的は分からないけど、俺も勝てる作戦を持って、今ここに来ている) (わざわざ自分のいる場所を教えてくれるなら好都合だ。ギリギリのところまで接近して……作戦通り仕留める!) 心を決め、山田は手に持ったライフルをしっかりと握り、歌が聞こえる方向へと足を進めた。 (方角的には……、中央、最深部の地底湖の方向か?確かに下の方から聞こえてくる) (ここからなら、このまままっすぐいけるな) (待ってろよ、歌の下手なおっさん……) 山田はゆっくりと、慎重に進んでいく。 「向かい風と知っていながら~、それでも進む理由がある~♪」 聞こえる歌は、ちょうどサビの部分に差し掛かっていた。 ********************************************* 4日前。まだ澄診が姿を消す前のこと――。 「で、今回の武器だけど、試合場が決まった時から、もう既にこれだ!ってものがあるの」 兎賀笈澄診は明るい声で、前方に座る山田と穢璃に語りかける、 そして、机の下から、大きななライフル銃を取り出した。 「ジャジャーーン!!50口径!携帯用、対物狙撃銃!またの名をアンチマテリアルライフル!」 「お、おおおー……」 「これはまた……凄い装備を用意しましたね」 澄診はおもむろにライフルを構え、二人の前へ見せつけながら、語りかける。 「これを選んだ理由は、まず今回の場所だねー。例によって大会主催者から見取り図を入手してるんだけど」 澄診はライフルを置き、机の上に鍾乳洞の見取り図を広げた。 「この鍾乳洞、あっちこっちに細かい道があって結構入り組んでる。内部もかなーーり広い」 「鍾乳洞にはいくつかの入り口があって、選手はそれぞれ別の出入り口に配置される。んで、内部は巨大な地底湖の空洞部分を中心にして、蜘蛛の巣のように周囲に道が張り巡らされてるってわけ」 山田と穢璃も見取り図を注視する。 「こんな鍾乳洞が国内にあるんですね……」 「うん……、まあ流石に自然の物だけじゃなくて、今回の大会用に内部を人工的に改造してるねー。大会主催者達は結構派手な演出好きみたいだし」 「さて、んで、実際の戦いになった時だけど、こういう場所だと、山田君の能力が有利だよねー。何しろ、基本的に一方通行の道ばかり。接敵する際には大体正面からになる」 澄診は見取り図に書かれた道を指でなぞりながら、二人へ向けて解説する。 「成程……、俺の能力なら、接敵する大分前に、相手が近づいてくることを悟れるな」 「そういうこと。まあ内部には抜け道も結構あるから、回り込まれちゃったら、後ろから接近される可能性もあるけど。そこさえ慎重に気を付けて進めば、まず先に敵を察知できるのは山田君!」 「ふむ……、鍾乳洞内の構成は、よく頭に叩き込んでおかないとな」 「で、敵の接近を察知できた時に、確実に先手を取れるのが……」 「そいつってわけか!」 「そういうこと!ほいっ」 澄診はライフルを手にして、山田へと投げ渡す。 山田もそれをキャッチし、感触をしっかりと確かめた。 「へへっ!自衛隊時代にこれの扱いも習得済みですよ」 「そう、威力は折り紙付き!遠距離から確実に敵を狙撃でき、一発で確実に敵を仕留められる高性能!バキューン!」 「それどころか、威力がありすぎて、敵の頭が吹き飛んじゃいますよ……」 指で鉄砲の形を作り、狙い撃ちの姿勢を取る穢璃へ、冷静な突っ込みを入れる澄診であった。 「まあちょっと派手な装備ですよね。敵の先手を打って、狙い撃つなら、普通の対人用スナイパーライフルでもいいんじゃないかな?」 「これだと、少し味気ない気もするな」 「まあ、私としても一発でドン!終了~というのは、ちょっと見ていて物足りないものがあるけどね」 山田と澄診は一瞬目を合わせる。 しかし、一呼吸置いた後、すぐに真剣な顔に戻る。 「けど、今回の敵は二人とも手ごわそうだからね。一本道と言っても、洞窟内部には遮蔽物も結構あるし。そこに隠れられて下手な手を打たれても困る」 「また今回はアキカンなんて小柄な相手もいるからねー。天井に抜け穴があって、上からくるぞ!気をつけろ!なんて可能性もあるしー」 「けど、こいつならどんな遮蔽物があろうと、それを貫通してズガ――ン!!アキカンがどこに潜もうとも、隠れてる場所ごとドカーン!」 「成程、俺の能力なら相手がどこに隠れていようと関係ない」 「透過して、敵の居場所を見抜いた上で、撃ち抜く……というのが今回のプランですね」 「そういうことっ!」 穢璃は、えへん、と胸を張る。 戦場と山田の能力、そして敵の特徴も踏まえた上での武器の選択とプランに対し、他の二人も納得してうなずいた。 「さて、後の懸念は相手の能力だね。一回戦で大体は把握しているけど、二人とも詳細な仕様については映像を見ただけだとちょっとわかんないねー」 「片方は映像を見せることで相手の精神に影響を及ぼす能力。もう片方はアキカンを大量に召喚する能力……でしょうか」 「これだけだと、射程範囲や発動条件などの具体的な内容は不明ですね」 ディスプレイに今回の対戦相手の一回戦の映像が表示される。 三人とも、それを食い入るように見つめていた。 「まあ、そこは私が調べ出してきてあげるよー。」 「注意してくださいよ、澄診ちゃん」 「危なくなったら、深追いはせず、必ずすぐ連絡してください」 「あはは、心配症だなあ、二人とも。大丈夫、私だって素人じゃないし、たった三秒間、相手を直接見るだけでいいんだもの」 「両方とも注意深い性格みたいだけど、まあ四日間もあれば何とか探し出せるかな」 「私も経歴と一緒に、彼らの居場所についても調査してみます」 「ははは、まあ、私が見つけられなかった時はお願いね」 澄診は立ち上がり、出口へと向かっていく。 「じゃあ、私は行ってくるね。明日もまたこの時間に。戻れないときは事前に連絡するね」 「いってらっしゃい、澄診ちゃん」 「気を付けて」 「はっはっはっ、言っとくけど、二人とも私がいない間に、くれぐれも変なことするなよー!!」 歪つに笑い、山田と穢璃へクギを指す澄診。 「なっ……」 「そ、そんなこと……しないですよ!」 驚き、顔を赤らめる、山田と穢璃であった。 「はっはっはー。ではー」 澄診はドアを開け、外へと出て行った。 ********************************************* (そして澄診ちゃんは戻ってこなかった……。その後、穢璃さんも) (けど、二人が教えてくれた情報と、今回の作戦は完璧だ) ゆっくりと、坂を下っていく山田。 中央の地底湖までの距離が、次第に近づいていく。 (二人の想いの為にも……俺は勝つ。そして、二人を取り戻してみせる) そして、曲り角の前に差しかかった時だった。 (見えた!) 山田の目に、人型の赤いシルエットが映った、 彼の能力、『目ッケ!(アイスパイ!アイ)』が敵を捉えたのだ。 (この壁を透過した500m先……、ちょうど地底湖の前ぐらいか?) (じっと動かないな……。特に武器も持っていないみたいだし) 「だから友よ、老いてく、為だけに生きるのは、まだ、早いだろう~~♪」 (歌だけは、まだ聞こえてくるけど……) 山田が歩みを進める間にも歌はずっと続いていた。その歌の方向へと山田は進んできたのである。 既に数ループ、同じ歌を歌い続けていたが、一向に歌が上手くなる様子は無かった。 (よく声が続くもんだ……。しかしどういうつもりだ?まさか俺は、誘われているのか?) 容易に敵の居場所を察知し、索敵範囲内まで接近できたこの状況に対し、山田は少し違和感を覚えていた、 (相手も俺の能力が、敵の位置を把握できるものであることは一回戦を見て知っているだろう) (だから、逃げ隠れしてもあまり意味がない、と思ってるのかもしれないけど) 果たしてこのまま進んで、奴を撃つべきか? 山田の心には迷いが生じていた。 また、戦場には今シルエットが見えている偽原以外にも、アキカン……否、オーウェン・ハワードがいる。 そちらに対しても警戒しつつ、偽原への対処を決めねばならない。 (せめてもう一人の位置も分かれば……ん?) その時、山田の視界の中にもう一つのシルエットが見えた。 決して見間違うはずもないシルエット。約5cmの円筒サイズ……。 もう一人の対戦相手、アキカンの姿を持つ男。オーウェン・ハワードである。 そしてアキカンのシルエットは、山田とは反対側の方向から偽原のシルエットへと近づいていた。 (そうか、俺だけじゃない。アキカンの奴だって、あの歌から偽原の居場所を察知して、近づいて行ったんだ) (ここで二人が接触すれば、戦いになるかもしれない。そうすれば、その隙を突くことも) 山田は固唾を飲んで、二つのシルエットの動向を見守った。 だが、アキカンのシルエットは、偽原のシルエットの数十m程前で止まった。 そして、それきり二つのシルエットは動かなくなった。 (どういう事だ……? アキカンは偽原と戦うつもりはないのか?) (シルエットを見る限り、パームピストルで攻撃した様子もない。完全に二人とも止まっている) (まさか……、一回戦の時みたいに、二人は既に手を結ぶ約束をしているのか?) 偽原光義は、一回戦、別の対戦相手と事前に協力関係を結ぶことで、もう一人の対戦相手に自分の能力をかけることに成功している。 その情報が、山田を更なる疑念へと誘う。 (くそっ、しばらく待っても、どちらも動く気配は無いな) 「夜の風が 記憶を掻き乱す~~♪」 (歌だけは、まだ続いている……) 未だ続く偽原の音痴な歌が山田の神経を更に苛立たせた。 (落ち着け、俺。もう対戦相手の位置は確実に把握できている。これは想定していた中で一番有利な状態) (後はプラン通り……、相手が察知できない位置から、確実にこいつをお見舞いするだけだ) 山田は手の中のアンチマテリアルライフルをしっかりと握る。 そして、澄診と穢璃、二人の顔を思い浮かべる。 (二人の為にも、勝たないといけない……) (よし!) 山田は意を決し、二つのシルエットが浮かぶ方角へと歩みを進めた。 そして地底湖へ続く直線の道を、音を殺しながら進む。そして地底湖の約百数十メートル程手前で、歩みを止める。 (見えた、地底湖だ) (偽原の方は……手前の柱に寄りかかっているのか。ここからでは顔は見えないな。シルエットも後ろ姿だけだ) (アキカンは……更に向かい側の道の中か。相当狭いところにいるな) (けど、奴らの場所からは、角度的に俺の位置はまず見えない) 山田は前方の入り口を通じて、内部の様子を伺う。 内部は中央の大きな地底湖とその周囲の地面、そしていくつか並び立つ柱によって構成されている。 偽原のシルエットは、その一本の柱の近くにあった。 (よし、まず偽原の方を狙い撃つ。それから、アキカンだ) (頭を撃ち抜けば確実だけど、奴には聞きたいこともある。足を狙おう) 山田は更に少し歩を進め、偽原がいる柱を射角に捉えられる位置に出た。 そして、手に持った対物狙撃ライフルを、構える。 (こいつの威力なら、柱ごと貫通して、足に風穴を開けられる) (その次にアキカンいる穴を狙い撃つ。それでジエンドだ) (偽原の奴は、その後……、二人の事を聞き出す。俺のナイフで抉りながら……な) (たっぷり苦しめて、殺してやる……) 山田は集中力を高め、偽原の足へ狙いを向ける。 山田の能力を使用すれば、スコープも必要ない。シルエットで見える相手の足を一発狙い撃つだけである。 (確実に……決めるっ!) そして引き金を引く。 轟音と共に、12.7×99mm弾が飛んでいく。 ドォーン そして、更に轟音。 弾は柱を貫通し、確実に標的の脚へと当たった。 (命中……!) そして山田の眼は、シルエットが倒れ込む姿を捉える。 能力を解除し、柱から倒れ込む人影を凝視する。 そして山田の目に、シルエットではない、今自分が撃ち抜いた標的の「顔」が見えた。 「えっ……」 「穢璃……さん……?」 その顔は……。 ロングヘアーを刈られていたが、まぎれもなく彼が探していた相手の一人、兎賀笈穢璃のものだった。 ザシュッ、ザシュッ そして。 山田に、自分の両足の腱を斬られる静かな感触が走った。 驚き、振り向いたその先には……。 今、自分が狙い撃ったと思ったはずの男の顔、偽原光義が映っていた。 「いつかそっと、言いかけた、夢の続きを、聞かせてよ~~♪」 歌は、穢璃が倒れると同時に鳴りやんだ。 ********************************************* 「おっはー。山田君」 「お、お前は偽原……なんで……」 山田は偽原光義の左腕によって、首を羽交い絞めされる格好になっていた。 両脚の腱を切られているため、既に立つ力もない。偽原のおかげでやっと立てる状態である。 更にその後、右腕にもナイフを突き立てられたため、もはやライフルを握る力も無い。 地面にライフルが落ちる。 「ん、別にもう解説の必要もないだろう。実に単純なトリックだ」 「お前がシルエットとして見ていたのは俺ではなく、あの女、兎賀笈穢璃。そして、お前は別人のシルエットをその目で追って向かっていった」 「俺はその隙に、別の道から大回りして、お前の後方に回り込む。そして、お前が接近してライフルで狙い撃つのを決めたあたりで、後ろからこっそりと俺も近づいていき…」 偽原は右手に握ったナイフをプラプラと手首で振り回す。 「お前が銃を撃って、やったー!となった瞬間、スパアッ、だ」 「な、何を言ってやがる……!大体、なんで穢璃さんが試合場にいるんだ!」 「この試合場には参加選手以外、誰もいないっていう話じゃ……」 「はあ?それは大会側が、試合に無関係な人間を試合場に入れることはないっていうルールだろう」 「参加者が、『事前に試合場に立ち入ることも』、『別の人間をあらかじめ立ち入らせておくことも』、特に禁じられてはいないぜ」「なっ……」 「まあ、反則ギリギリの手ではあるがね」 つまり偽原が仕掛けた手はこうだ。 あらかじめ試合場に立ち入り、兎賀笈穢璃(薬で眠らせている)を試合場中央の地底湖の柱に固定しておく。 この時、固定するのは、山田の開始位置とは反対側の方向である。これで高確率で山田は顔を見ない状態で、穢璃を狙撃することになる。 更に、事前に録音しておいた、あの映画の主題歌を吹き込んだレコーダーを穢璃の首に下げておく。 これは遠隔操作が可能な代物で、開始と同時に手元のスイッチを入れることで、歌を響かせることができる。ボリュームを最大にすれば鍾乳洞中に歌を届かせることもできる。 この歌で、山田を中央へと誘導し、そして自分は別方向から迂回して、山田の後方へと接近していったのである。 なお、事前に山田が通りそうな道には、随所に小型の監視カメラが仕掛けられていた。 (カメラが仕掛けられていたのは、道を照らしていた電灯の内部である) これで山田の動きを随時把握していた偽原は、山田の能力射程である500mには入らずに、山田を追えたのである。 「ぐ、そんな汚いこと……!」 「ま、ルールの盲点を見抜けなかったお前さんの負けってことだ。しかし、汚いはないな」 「ちゃんと事前に主催者側に確認は取ったぞ?渋い顔はされたがな……」 「とはいえ、一回戦にはコンビで参加してた奴や、お料理対決をしていた奴だっていただろう?」 「あ……!」 「天が認める限り、この大会はなんでもアリってことだ。あんた、意外とルールやマナーにこだわるんだな」 「ちく……しょう……」 偽原による罠の解説に、力が抜ける山田。 「さて、山田君……、いや、本名の、翅津里淀輝(はねつりでんき)と呼んだ方がいいかな?」 「な、なんであんた……俺の本名まで……。それにさっきの作戦、俺の能力の詳細を知らなきゃ、できるはずが……」 そこまで言って、山田は息を呑んだ。 「まさか、澄診ちゃんか、穢璃さんが……。お前、二人に何を……」 「ああ、それはな……」 ********************************************* 三日前。 「見つけた……偽原光義」 人気のない、とある街角。そこで、兎賀笈澄診は自分が分析すべき相手、偽原光義の姿を捉えた。 (こんなあっさり見つかるなんてね。元魔人公安の割に意外と警戒心が薄いのかしら) (さて、後は……あいつの能力を見せてもらうだけ) そして澄診はやや離れた場所から、物陰に隠れ、眼鏡越しに偽原を凝視した。 澄診の魔人能力「フォーアイズアナライズ」 それは魔人を3秒間凝視することで、その能力を……完全……に……。 (えっ) (な、なに……これは……) (あ、ああああああっ……) ドスッ。 澄診の思考が混沌に陥った瞬間。 彼女の意識はブラックアウトした。 その近くに、偽原がいる。 澄診が叫び声を上げる前に、拳を腹に当てて昏倒させたのだ。 澄診の魔人能力「フォーアイズアナライズ」 それは魔人を3秒間凝視することで、その能力を『完全』に把握する能力である。 つまり相手の魔人能力に関するすべての情報を、半ば強制的に脳内へとインプットしてしまう、 勿論、インプットするのはあくまで情報としての魔人能力である。仮に即死能力を分析しても、澄診が死ぬわけではない。 ただし、どのような手段で即死させるのか、その全ての詳細を情報として、理解できる。 例えば、それが毒物による能力であれば、その毒の特性に関する『知識としての』情報が頭の中に流れ込んでくるだけである。 だが、今回彼女が分析した能力、「ファントムルージュ・オンデマンド」 これは対象に3秒間映像を視聴させることで、相手に世界最狂の映画、ファントムルージュの全場面を体感させる、というものである。 そして、ファントムルージュの毒性とは、すなわちその映像、その内容、その背景にある情報全てである。 「ファントムルージュ・オンデマンド」を3秒間の凝視で分析(アナライズ)し、ファントムルージュの『知識』を得た彼女は。 実質、「ファントムルージュ・オンデマンド」そのものを受けたに等しい衝撃を、その脳内に受けた。 (おっと、まだ叫び声を上げるのは早いぞ) (本当のお楽しみは、これからだ) 偽原は彼女をそっと、抱きかかえ、そのまま路地裏へと運びこんでいった。 ********************************************* 「う、うう、あうううーー」 暗闇の一室。 わずかな光のみが部屋を照らす。 その中で、女のうめき声が響く。 ――――なんだ? 暗闇から、男の声が響く。 ――――お前の仲間の能力は、なんだ? 「い、いや、あああっ……」 ――――質問に答えろ。 「ひいいいっ……!」 注射針が、女の腕に突き付けられる。 女は全身を震わせる。 ――――答えなければ、ずっとこの映像が続く……。 「モ、モウヤメデ……。モウミタクナイ……」 部屋を照らすわずかな明かりは、女と男の前方にあるTVからのものである。 そして、そこに映し出される映像こそは、ファントムルージュ。その内容は、筆舌に尽くしがたい、人間の精神を破壊する、世界史上最悪の映画である。 女、兎賀笈澄診は今、延々とその映像を見せ続けられていた。 身体は椅子に縛られた形で固定され、身動き一つできない。 耳にはTVと接続されたイヤホンがガッチリと貼り付き、一字一句、ファントムルージュから流れる言葉を聞き逃すことはできない。 両目は洗濯バサミによって吊り上げられ、ファントムルージュの映像を、瞬き一つも見逃すことは許されない。 (目が乾かぬよう、ポタポタと定期的に目薬が差されている) 意識を飛ばそうにも、たびたび腕に差し込まれる注射(中には非合法の薬物が入っている)によって、強制的に意識を覚醒させられる。 一分一秒、絶対に意識を逸らすことなく、目の前のファントムルージュをただ見せ続けられる。それが、今の澄診に課せられた拷問であった。 ――――さあ、答えろ。お前の知るすべてを 女の耳元で質問を繰り返すのは、当然、この拷問の仕掛け人、偽原光義である。 眼前のTVに映る映像は、彼自身が所有するファントムルージュ、オリジナル版DVDの映像である。 それを絶え間なく標的に見せ続ける……、ファントムルージュが見せる悪夢は、一度見ただけでも人間の精神を粉々にするに十分なものであるが、繰り返し見続けることによって、粉々になった精神は、更にガリガリと砥石で削られるかのように摩耗していく。 真につまらない映画とは、何度見ても慣れることは無い。見れば見るほど、そのつまらなさに、もう見たくない、もう嫌だ、もう生きたくないという苦痛を倍増させていく。 エンドレス・ファントムルージュ それは、地獄の業火すらぬるま湯になるであろう、偽原が考案した究極の拷問方法であった。 その恐怖を言葉で表現する方法を、筆者は持たないが、あえて例えるならば、脳髄を麺棒でかき回される不快感と、心臓を何度も鷲掴みにされる激痛を、同時に味あわせられる感覚、とでも言おうか。 そして、その衝撃は、常人を超える精神力を持つ澄診であっても、まったく耐えられるものではなかった。 「や、山田の能力は……『目ッケ』。な、内容は……」 ――――では、お前のアジトは?お前たちの仲間の情報は? 「そ、それは……」 エンドレス・ファントムルージュのショックにより、心神耗弱状態に陥った澄診は、こうして自分の知る情報を全て吐き出してしまったのであった。 ********************************************* 「え、エンドレス・ファントムルージュだと……、なんだそりゃあ」 「今のお前では想像もできんだろうな……。まあ、この世の地獄だ」 「て、てめえ、よくもそんなものに澄診ちゃんを……」 「飛び込んできたのは、あの女の方だ。だが、あれは良くもった方だ。3ループ目の終盤まで情報を吐かなかったからな。お前はあの女を褒めてやっていいぞ」 「外道が……。澄診ちゃんは、澄診ちゃんはそれからどうしたんだ」 「さあな。情報を聞き出した後は用済みだったからな。試合が始まる前には、監禁した部屋を抜け出せるようにしておいた」 「今頃は……運が良ければ警察に保護されてるんじゃないか?」 偽原が言うとおり、今の彼女は警察署の留置場の中であった。 もっとも、その精神はエンドレス・ファントムルージュに深く蝕まれ、未だどこにも抜け出せることは無い……。 「で、あの女からお前の能力を聞いたときに、今回の作戦を考えたわけだが……、あの女と俺では体格が違いすぎてな。流石にこれでは入れ替わりは無理だと思ったんだが」 偽原は地底湖への出口まで、山田を羽交い絞めしたまま進んだ。 そして、内部で倒れている穢璃の方へ山田の顔を向ける。 「そこであの女だ。たまたま、あの澄診という女が持っていたお前達の写真を見てな」 「気づいたんだよ。女にしては、やたらと身長が高いな。170cm以上はある。日本人男性の平均身長並だ。そして俺とほぼ同じ身長だ」 「これなら、今回のトリックを実行できると思ったわけだ」 山田の能力は相手をシルエットとしてしか見ることができない。 ゆえに身長がほぼ同じ二人の人間が、ほぼ同じ格好をしていれば、その違いを見分けることができない欠点があった。 彼の透過は遮蔽物に対してのみであり、着ている服までは透過しないのである。ゆえに体型の違いは厚手のコートによってごまかされてしまっていた。 (参考例:要はこう見える→http //kage-design.com/i/ninja1.jpg) この特性は、相手の持っている武器も見える(例えば、オーウェン・ハワードの持つパームピストルは見えていた)メリットもあるが、今回は裏目に出てしまった。 「で、お前さんが外出したところを見計らって、あの女から聞き出したパスコードで侵入し、あちらの女の方を捕まえた、というわけだ」 「骨が折れたぞ?試合前に女一人をこの鍾乳洞まで運んで、色々仕掛けを施すのは……」 「そんなことの為に穢璃さんを……。くそっ、穢璃さん……、すまない」 山田は後悔の眼差しで、倒れている穢璃を見つめる。 穢璃の足は、山田によって先ほどライフルで撃ち抜かれており、血が大量に流れていた。 「あれでは無事で済むまいな……。もっとも、このまま死んだ方がマシかもしれんが」 「なっ……、ま、まさかてめえ、穢璃さんにも、そのエンドレスなんとかって奴を……」 「ああ、心配するな。あの女からは、特に何も聞き出すことは無かったからな」 「えっ……」 一瞬、戸惑いの声を上げる山田。 その眼前に、突如ひょいっと、スマートフォンのディスプレイが突き付けられた。 「皆で仲良く鑑賞したよ」 「ヒャッハ―!ヒャッハ―!」 奇声を上げ、両手を上げて歩き回るモヒカン頭の男達。 ぐるぐると、一つの物を中心に回っている。 その中心へは、四方から、緑色の太い、ブツブツとした糸……生物の触手が伸びていた。 四肢を触手で掴まれ、天井から吊り下げられている物体……、いや、それは全裸の女性の体。 その顔はまぎれもなく、兎賀笈 穢璃――!! 「い、いやあああああーーー!!ファントムルージュゥー!ファントムゥゥ―――――!」 絶叫が響く。 その視線の先は当然、あの映画、ファントムルージュオリジナル版の映像が流れている。 「もう嫌ぁーーー!!山田さん!澄診さん!お父さーーーん!お母さーーーーん!」 はちきれんばかりの女の泣き声が、部屋中にこだまする。 その『映像』は、スマートフォンを通じて、山田の網膜へと焼付く――――! 「う、うわぁぁぁぁーーーーーーー!!穢璃さぁーーーーーーーーーん!!」 ファントムルージュ 「う、うう……、澄診ちゃん、穢璃さん……。すまねえ、すまねえ。俺は……俺はなんてものを二人に」 「こ、こんな……、こんなものを……、二人は何度も、何度も、ううっ……」 ファントムルージュ・オンデマンド。 山田の脳内に、スマートファンのディスプレイを通じて、ファントムルージュの全場面が流れ込んだ。 山田の大切な人間達が既に何度も味合わされ、精神を破壊されたという悪夢の映画。 その想像を絶する惨さに、山田の目からはとめどなく、涙が溢れる。 偽原は既に山田から手を離していた。山田は這い寄りながら、倒れている穢璃の元へ向かっていた。 「え、穢璃さん、俺は……」 パスッ 一発のプラスチック弾丸が、山田の首筋に当たる。 「ぐっ……ううっ……」 山田は少し呻き声を上げた後、やがてその動きを止めた。 山田に命中したプラスチック弾には、人間の致死量に十分達する、強力な神経毒が込められていた。 それにより、山田の苦悶の時は、一瞬にして終わったのだ。 そして、その弾丸の射手は……。 「中々面白い見世物だったメカ」 渋い声が響く。 「しかし、少々演出過多だメカね……。最初の一撃ですぐに仕留めてやればよかった、メカよ」 「こちらにも、そうせざるを得ない矜持がありましてね」 言って偽原は声のする方向を確かめる。 (天井か……) 地底湖内部の方へ目を向けると、良く見れば天井には小型の穴が点々と、随所に開いているのが見えた。 (成程、準備を整えていたのは俺だけではなかったか。しかし俺がここにいた時にはあんな穴は無かった) (俺がここに仕掛けをしていたのを見ていたな。それで、ここが戦場になることを見越して、天井にあらかじめ穴をあけていたか) (だが、内部の天井から、今俺のいる位置は狙えない。しばらくここで待機して様子を見……) ドドドドドドドド…… 偽原の後方から轟音が響く。 振り向けば、背後から数百、いや数千のアキカンが滝のように絶え間なく降り注いでした。 「お前は、既に俺のテリトリー内だメカ」 (ちいっ) 無数のアキカンは瞬く間に偽原の背後の道を塞ぎ、さらに怒涛の勢いで、偽原の方へと流れ込んできた。 思わず地底湖内部側へと飛び込む偽原。 「既にチェックメイト寸前メカよ」 見れば、地底湖の別の出入り口からも、やはり大量のアキカンが、ドドドドド……と、まるで工場排水のように、勢いよく吐き出されていた。 (既に逃げ場は塞がれている、という事か) (奴の能力、まさかここまで大規模な能力だったとはな……。こいつは少し予想外だ) 『アキカン招来』、それがアキカンとなった、オーウェン・ハワードの能力である。 能力内容は非常に単純であり、半径100m内の任意の場所に1~1000個のアキカンを召喚する、というものである。 だが、この能力、特筆すべきは、ほぼ断続することなく、アキカンの連続招来が可能である点。 そして召喚できるアキカンの対象は世界中……すなわちほぼ無尽蔵な点である。 オーウェンはこの能力で、地底湖周囲にある道の全てをアキカンで埋め、偽原を追いつめていた。 地底湖の空洞地帯の半径も、ほぼ100mであった点も、オーウェンにに有利に働いていた。 (だが、俺も今更逃げる気はない……この場で決着をつけてやる) 偽原はまず、アキカンが吐き出される道から離れ、数メートル程走った後、壁を背にしてピッタリと張り付いた。 そして、その手には先ほど山田が手にしていた、対物狙撃銃が握られている。 偽原は先ほど、咄嗟に山田が落としていたそのライフルを持ち出していたのだ。 そして、上方向へ向けて、連続で銃を撃ちだす。 連続する号砲。それにより、偽原の天井に大きな穴が開いた。 (よし、これで……) (後はコートの中に用意した、大量のCSガス弾を天井へ連続で投げ入れて奴を燻し出す) (そうすれば、あとは――) その瞬間、 地底湖内部全体が、暗闇に染まる。 ブラックアウト――。 (……!!) (既に電気系統も制圧していたか!!) 咄嗟の暗闇ではあったが、偽原の心は落ち着いている。 おそらく、オーウェンは地底湖内部へ通じる電線部分にも既に仕掛けを施していたのだろう。 だが、これは偽原にとって既に予測された事態の範囲内である。 (コートの中から、暗視スコープを……) 次の瞬間。 偽原の鼻孔を、激痛が襲った。 「ぐあっ……!がっ……!」 一体何が起こったというのか。 偽原の天井から大量のアキカンが降り注いでいた。 だが、それはただのアキカンではない。 そのアキカンにはこうラベルが貼られていた。 "Surstromming" それは世界最臭のアキカン、シュールストレミングのアキカンであった。 それをオーウェンは世界中から大量に召喚したのだ。 オーウェンの能力、アキカン招来は、アキカンの中身までは召喚できない、しかしアキカンにこびり付いた臭いだけは、そのまま運ばれて召喚される。 地底湖内部に、あっという間に強烈な生物の腐敗臭が立ちこめた。 まして、アキカンの直下にいた、偽原にはひとたまりもない――! 呻き声を上げ、その場にうずくまる偽原。 (終わりだ……メカ) オーウェンは天井からスッと降り立つ その顔にはアキカンサイズの小型暗視スコープと小型防毒マスクが身に着けられていた。 (トドメは一瞬で、確実に決める……メカ) アキカンは締めの一撃を天井ではなく、暗闇に乗じて偽原の近くから一撃で仕留める方策を取った。 偽原が蹲り、天井からの攻撃の回避に集中していること。 更にシュールストレミングの臭いの苦痛により、予想外の動きを取るやもしれないことから、天井からでは確実な狙いはつけられない。 なので、暗闇とこの臭いによる混乱に乗じて、着実に接近して叩く……。 カッ―――― 突如、 偽原の背後の壁が、明るく照らされた。 光が、オーウェンの前方に出現する。 偽原へ狙いをつけるところだった、オーウェンの前方を照らす光。 それは――。 (あれ……は……) ファントムルージュ パスッ。 パームピストルの銃声が響き、その後、完全な静寂が辺りを支配した。 ********************************************* 偽原光義は立ち上がった。 地底湖内部の電灯はまだ消えており、辺りは薄暗い。 唯一の明かりは、少し離れたところで倒れていた、兎賀笈 穢璃の体から自分の背後へと伸びている一筋の光。 正確には、穢璃のコート内に仕込んでいた小型プロジェクターから発せられた光である。 それが偽原の背後に一枚の画像を投影していた。 (ぐうっ……、やっと臭いにも少し慣れたか……) 辺りにはまだシュールストレミングの腐敗臭が立ち込めている。 思わず立ちくらみを起こしそうになるが、偽原は何とか気を取り直す。 (だが、ギリギリでうまくもう一つの仕掛けを動かすことができていたようだ) 偽原は強烈な腐敗臭による苦痛で眩暈を起こしながらも、穢璃に仕掛けていたプロジェクターのスイッチを入れ、後はひたすらファントムルージュという思念だけを周囲にばらまいた。 オーウェンが仕掛けた、暗闇を利用する、という作戦は、実は偽原も事前に考えていたことだった。 穢璃のコート内にプロジェクターあらかじめを仕掛けておき、周囲をブラックアウトさせて、そこから投影した画像を見せる。 オーウェン相手に思わぬ苦戦を強いられた時に、打てる手としてあらかじめ用意していた算段である。 自らも考えていた、暗闇による作戦はともかく、シュールストレミングは完全に予想の外だったが、オーウェンが自分に視線を向けた瞬間、咄嗟にこのトラップが発動できたのは、まさに幸運としか言いようがなかった。 (幸運、だったのはこの画像を入手できたことも、だな) 偽原は振りむき、自分の背後の壁に投影されている画像を見る。 それは、十数人の軍服姿の男達が、笑顔で敬礼姿勢を取った写真であった。 右上に、英語でこのような文字が書かれていた。 『Blaze Hero,Owen Howard s Last Sally 2015 Year』 紅蓮の英雄、オーウェン・ハワード、最後の出撃2015年。 それはバンデミックによって世界中に災厄を撒き散らす寸前となった関東を灰燼と化すため、アメリカ政府の要請によって、まだ人であったオーウェンが今まさに出撃しようとする直前。 オーウェンが自分の部下たちと共に撮った最後の写真であった。 中央に座っている精悍な男こそ、かつてアメリカ陸軍の第75レンジャー連隊、魔人部隊長、紅蓮の英雄と恐れられたオーウェン・ハワードその人である。 兎賀笈 穢璃はオーウェン・ハワードの情報を調べる時、アメリカ政府のサーバから、この写真のデータを入手していた。 彼女たちの陣営にとっては、オーウェンの経歴を知る上での参考資料の一つに過ぎなかったが、穢璃をさらった時、たまたま彼女の持つPCからこのデータを見た偽原は、今回の策の一つとして、この写真を使用することを思いついたのだった。 「もう一度、人の姿に戻ること。それがあなたがこの大会にかけた願い」 「あなたが人の姿を捨てるきっかけとなった最後の任務、英雄としての、最後の想い出の姿」 「そのたった一つの妄執が、あなたにわずかな隙を作らせた……」 偽原は自分の眼前で倒れるオーウェン・ハワードの姿を見る。 彼の姿は、背後に映る凛凛しい男の姿ではなく、アキカンのままであった。 彼がアキカンとなったのは、世界を救うため、人であった時の、己の魔人能力を使った制約によるもの。 そして、魔人が特殊能力の制約で失ったものは、死亡しても解除されないものがほとんどである。(※1) 死しても尚解けないアキカンという呪い……、だからこそ、彼はどうしても再び人の姿へ戻ることに拘った。 オーウェンの頭部には、自身のパームピストルの銃口が突き付けられている。 彼は、ファントムルージュ・オンデマンドを喰らった瞬間、その映像のおぞましさ、この世のものに非ざる恐怖を開始数分で理解した。 そして、見苦しい己の姿を晒す前に、自らの手で即自決することを選んだのだった。 ファントムルージュを前にし、ためらうことなく自分の死を選んだ精神の高潔さ。 アキカンの姿で死んだ目の前にいる漢は、しかしまぎれもなく英雄の魂を持った人間であった。 「見事でしたよ。オーウェン・ハワード。それだけが、おそらくファントムルージュに抗うための、人に残された唯一の手でしょうね」 偽原は、自然と敬礼の姿勢を取っていた。 それは彼が公安を退職してからの7年間、一度も取ることが無かった姿勢。 それが、ファントムルージュに打ち勝つことはできずとも――。 見事に人として抗ってみせた、目の前の英雄に対する彼の最大限の敬意であった。 二回戦、終了――。 ********************************************* ※1魔人の能力の制約が死亡で解除されないのは、ダンゲロスのベーシックルールにも記述されていることです。 (ベーシックルール2.1、「状態異常死亡」より。 参考URL:http //www46.atwiki.jp/dhrule21/pages/19.html#id_8f6b6d59) ちなみに、ベーシックルールを使ったダンゲロス本戦形式キャンペーンが6月に開催予定!キャラ募集開始は、最速で6月2日! ルールとか全然分からない!という人も大丈夫。参加はキャラクターを適当に作って投稿するだけでOK! 後はキャンペーンのメインGK(ゲームを管理する人)に相談すれば、ルールに沿ったキャラクターが誰でも作成可能! さあ、これを読んだ貴方も今すぐダンゲロスに参加しよう! このページのトップに戻る|トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/bokurobo/pages/212.html
SAMURAI MASTERトウジン・SS 連続SS SAMURAI MASTERトウジン#1 A PartB Part C Part #2 A Part DBへ SS保管庫へ戻る