約 481 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/660.html
世の中には魔導書と言うものが有る。 大抵のものは出鱈目な内容だったり、相当な検閲が為されていたりで大した力が無い。一般人が読んだところで、さして実害が無いのが現実だ。 しかし、極稀にどうしようもない程の力を持った魔導書が世に出る事がある。 そんな高位の魔導書は時として、自身で主を選ぶことが有るのだ。 例えば、ティアナ・ランスター。彼女もそれに選ばれた人間の一人だった。 第四話 いんすたんとまぎうす 「落ち着いた?」 スバルからの問いかけに対するティアナの返答は、ただ首を縦に振るだけだった。 膝を三角に折り曲げ、両手でマグカップを抱えるティアナは、まるで幼子のように思えた。 スバルはティアナの隣に腰掛け、同じように両手でマグカップを包む様に持って佇んでいるだけ。それだけだ。 問いかけの声も無く、二人の間を沈黙が支配する。 どれ程沈黙が続いただろうか? まるでその静けさに耐えかねたかのようにティアナが口を開く。 「ねぇ、どうして何も訊かないの?」 その言葉にスバルは少し困ったような、迷っているような曖昧な表情を浮かべて言った。 「だって、何も言いたくないって顔してたよ? ……それに多分だけれど、あたしが聞いても理解出来ないだろうし」 むしろスバルは理解したくなかったのかも知れない。理解すればそこで終わってしまうような何かを感じ取った、と言えばいいだろうか? 思い出すのは錯乱したティアナの姿。 涙、洟、泡を垂れ流し、聞いたことも無い言語で叫ぶ様は余りにも異様で異常で異質だった。 まるでティアナがその瞬間に別の――それこそ、異界の存在になった。と言われても納得してしまえる程の――世界の住人になってしまったと思ったくらいだ。 もしくは親友とも呼べる人物が、外見をそのままに何か別の存在に取って代わられたのではないか? スバル・ナカジマが知っているティアナ・ランスターは既に存在しないのではないか? そんな有り得ない疑問すら、当時の彼女の心の中には渦巻いていた。 「そう……時にスバル、アンタ今ものすっっっごく失礼な事考えてなかった?」 「え゛?」 「その顔、図星ね」 ティアナはスバルの背後を一瞬で取り、拳を握り締め人差し指第二間接をスバルのこめかみへと押し当て全力でぐりぐり。所謂ウメボシである。 「ちょ、ティア! あいだだだだだだだ! ギブ、ギブ!」 こめかみを襲う痛みに耐えながらスバルは思う。 ああ、よかった。いつものティアだ、と。 ※~~・~~◎~~・~~※ 魔導書が引き起こした怪異から数日が過ぎた日の事。 ブリーフィングルームには、昨日からホテルの警備に向かっているシグナム、ヴィータを除くフォワード陣が集まっていた。 どうやら、八神部隊長から任務の説明のようだ。 「今日の任務はホテル・アグスタの警備。骨董美術品や取引許可の出ているロストロギアのオークションが行われるんやけど、そのロストロギアをレリックと誤認したガジェットが襲撃してくる可能性がある。そこでわたしら、機動六課の出番って言うことや」 そう言うとはやてはフェイトへと目配せをする。 説明頼む、の合図だ。 「ここからは私が説明するね」 そういってフェイトが端末を操作すると、ある男のデータが出てきた。 ジェイル・スカリエッティだ。 「この男、広域指名手配犯ジェイル・スカリエッティが一連のガジェットドローンを使ったレリックの強奪犯、と言う線で捜査を進めている。こっちは主に私がやるけど、皆も覚えておいて」 はい、と元気のいい新人四人の声を聞いてからフェイトは更に続ける。 「……実はこのジェイル・スカリエッティ以外にも、レリックを狙ってる組織があるという情報があったんだ。情報部が調べた結果、非常に信憑性が高いことがわかった。 そこで本局は複数の捜査班を編成。捜査に乗り出したんだけど……実動部隊で還って来れたのは、たった一人だった。その唯一生還した捜査員も数時間後に死亡。死因不明。 彼が亡くなる前に呟いていた『アンチクロス』と言う言葉が、その組織の名称じゃないかって本局では言われてる」 ティアナもその話は聞いたことがある。あくまでも噂話の範囲で、だが。 何でも捜査に出た部隊は、その日のうちに連絡が取れなくなり誰も還ってこないと言う、実にありふれた怪談のような噂話だ。 しかし、その噂話が事実だったなど考えもしなかった。 本局が派遣したと言うことは即ち、エリート部隊を差し向けたと言うことなのだ。捜査班にはAAランクやニアSランクも含まれていただろう。そんなエリート部隊が捜査に出たその日の内に壊滅、などと言 うのは余りにも荒唐無稽が過ぎた。 だが、今のフェイトの言葉にあった通りそれは事実だ。 その事が新人四人に、重く重く圧し掛かっていた。 ※~~・~~◎~~・~~※ 「どうして、どうしてティアを外すんですかっ!?」 「スバル、落ち着いて」 ライトニング隊の面々とはやてが出て行った直後、スバルが怒声を上げながらなのはに詰め寄っていた。 何故か? 発表された出撃メンバーから――シャマル、ザフィーラ守護騎士の名前があるにも拘らず――ティアナの名前が消えていたからだ。 むしろ外されて当然と言える。既にティアナの魔力は六課に入った当初の三十分の一以下にまで減少。バリアジャケットを展開しつつ、魔法を使える程の魔力は今の彼女には無かったのだ。 ティアナが頑張っているのはなのはも理解しているし、その努力も認めている。また、ガジェット以 外の脅威がある現状、一人でも戦力が欲しいのも事実。 だが今の彼女の状態では、到底実戦に耐えられない。その判断は実に妥当なものであった。 「スバル、落ち着いて聞いて。ティアナにはもう、実戦に耐えられるほどの魔力は無いの」 謎の魔力減少について、なのはから説明を受けたスバルは力なく項垂れる。 何故、それほど重大な事をティアナは話してくれなかった? もしかすれば魔力が無くなる可能性だ ってあるのに、何故相談してくれなかった? 何故、何故、何故? スバルの頭の中に何故と言う言葉と疑問が浮かんでは消え、ぐるぐると渦を巻く。 そして渦を巻いた感情の矛先はティアナへと向き、ついには爆発する。 「ねぇティア……どうして、どうして話してくれなかったの!? そんなにあたしが信用できない!? そんなに頼りない? そんなに、そんなに……あたしが信用できないの!? ねぇ答えてよ、答えてよティア!」 スバルはティアナに掴み掛かり、呪詛のように言葉を連ねる。 縋り付くように掴み掛かる様は、まるで許しを請う咎人にも見えた。 「ごめんね、スバル」 ごめんね、ごめんね、謝罪の言葉を繰り返しながら、縋り付くスバルをゆっくりと引き剥がす。 「でも、こればっかりは私だけの問題だから、スバルには関係の無いことだから……ごめん」 拒絶の言葉がスバルの深いところに突き刺さる。 ティアナからしてみれば拒絶ではなく、自分を壊したアレに関わらせないためだったのだが、全く言葉が足りていない。更に言えばこの時は配慮も足りていなかった。或いはスバルならそれだけの言葉で解ってくれると、ある意味妄信に近い感情を持っていた所為かも知れない。 「ティアの、ティアのバカーッ!」 罵倒の言葉を置き土産に、スバルは凄まじいスピードでブリーフィングルームから出て行った。 「ちょ、スバル!? 待っ……」 ティアナはスバルを呼び止めようとしたがやめた。 これで良いのだ。誤解してくれたのであれば、その方が都合が良い。ティアナはそう考える。 己と関わることが少なくなれば、必然的にあの魔導書と関わることも少なくなる。魔導書と関わることが少なくなれば、怪異と関わることも少なくなるのだ。 スバルの未来を考えるならば、これが最善だとティアナは思った。それは余りにも身勝手ではあるが、彼女なりの優しさでもあった。 「ティアナ、誤解されたままでいいの? 誤解をとくなら早い方がいいよ、絶対」 「良いんです、これで。……では失礼します」 何も表情を浮かべぬまま、ティアナはブリーフィングルームから出て行く。 なのはは再び声を掛けようとしたが、何故か出来ない。 何故ならティアナの背中には、何もかもを拒絶する『何か』があったからだった。 「はぁ~っ」 場所は自室。机に突っ伏しながらティアナは激しい自己嫌悪に陥っていた。 もう少し遣り様はあっただろう、もう少し優しい言葉をかける事ぐらい出来ただろう。時間を置けば置くほどに、そんな考えが頭の中を埋め尽くしてゆく。 その上、直接の上司にあの態度。あれは無いだろう。 溜息を吐きながら何の気なしに引き出しを開けてみれば、其処にはおもちゃの拳銃、燃える五芒星が浮き彫りにされた金属板、そしてネクロノミコン。 魔導書から目を逸らしつつ、他の二つを手に取る。彼女はずっとそれを眺めていた。 気が付けば、間も無くヘリの出発時刻だ。せめて見送りくらいはしておきたい。 再び手元の玩具と金属板を見る。 お守りくらいにはなるか、彼女は金属板を持ってヘリポートに向かった。 ※~~・~~◎~~・~~※ ヘリにスバルが乗り込もうとしている。制服はタイトスカートであるにも拘らず蟹股気味に歩き、少々肩もいかり気味。どうやらまだ怒りが収まりきらないようだ。 「スバル!」 その声にスバルが振り向くと、目の前に何かが迫っていた。それは直径十二センチ程度の緑色をした円形金属板だった。 顔に当たる寸前で掴み取り、声の主に罵声を浴びせる。 「ちょっとティア、危ないじゃない!」 「そうでもしないと、誰かさんが受け取ってくれなさそうだったのよ」 その言葉に先程掴んだ物を見る。燃える五芒の星が刻まれた金属板、それはティアナの兄、ティーダ・ランスターの遺品だった。 「これって……」 言葉が続かない。ティアナにとって大切なもの、数少ないティーダとの絆。 「お守り、あとで絶対返しなさいよ!」 それだけ言ってティアナは踵を返す。背中を向けたまま手を振る彼女の背中から、拒絶は感じなかった。 スバルは両手でお守りを握り返事をする。 「うん! 絶対、絶対返すね!」 その表情に先程までの怒りは無く、割と晴れやかだったそうな。 ※~~・~~◎~~・~~※ ――ホテルアグスタ。一般人には余り縁の無いホテルである。一泊の料金も高ければ、お料理の値段もそれ相応。つまりはよくある高級ホテルである。にも拘らず何故か立地条件は悪い。謎である。 続々と車がやってきては人を降ろしてゆく。その中に一際、人目を惹く人物が一人。 漆黒の髪、大きく胸元の開いたシックな黒いドレス。見る人が見れば、黒いドレスは自己主張の少ない銀糸により、上品に装飾されている事がわかるだろう。 その身に纏う闇の中で、浮かび上がるのは透き通るような白い肌。そして、鮮血よりも尚紅い瞳が印象的な女性、ナイアだ。 誰もが彼女に目を奪われていた。性別はおろか、生物、無生物すら問わない。神が己の欲望の趣くままに人を形作ればこうなるだろう、と言う見本のような女性だった。 無論なのは達三人も例外ではなく、女性が会場に入るまで揃って見惚れていた。 「そんなにじっと見つめられたら、流石の僕も照れちゃうな」 巫山戯たような、からかうような女の声がなのは達の背後から響く。 三人がぎょっとして一斉に振り向く。其処に居たのは先ほど目の前を通り過ぎ、会場に入った筈の女性。 「おやおや、どうしたんだい? 鳩が豆鉄砲食らったような顔しちゃって」 口元に手を当て、女はくすくすと上品に笑う。 「あ、あ、い、いえ、何でもありません」 はやてがどもりながら答えると、やっとなのはとフェイトの硬直が解けた。 「そう、ならいいんだ。じゃあ警備頑張ってね。機動六課の隊長さん方」 女性の声には聞く者の心を蕩けさせる淫靡さと、嘲りが多分に含まれていたが三人が気付く事は無かった。 「なのはちゃん、フェイトちゃん。今の人知り合い? 私らの事、知ってるみたいな口振りやったけど」 はやては二人に問いかけるが、返ってくる答えは否定の言葉。二人とも知らない。もちろんはやても知らない。 「あの人、何モンや……」 はやての疑問に答えられる人物は、この『世界』にはまだ居なかった。 ※~~・~~◎~~・~~※ オークション開始の時刻に合わせるかのように、ガジェットが出現した。 その通信を受けた機動六課課員たちが飛び出してゆく。 副隊長二名、及びザフィーラは最外郭部にて迎撃。 尚、指揮官はシャマル。サポートとしてリィンフォースIIがつく。 ロングアーチからの情報に拠れば、ガジェットドローン以外の敵影は現状確認されてはいない。 油断は出来ないけどこれなら何とかなりそう、シャマルはそう考えていた。 しかし、神ならぬ身である彼女に未来を知れ、と言うのは酷な話しである。『神』以外に、未来は解らぬものなのだから……。 防衛ライン最外郭部。そこにはガジェットドローンの残骸が山と積み上げられていた。 この山を作り上げた張本人、シグナムとヴィータは高速で飛び回り次々に撃墜スコアを伸ばしていく。ガジェットどもを一刀の下に斬り捨て、或いは鉄槌の一振りで叩き潰す様はまさに痛快だった。 その痛快劇には、ホテル内にいる『観客』の彼女も少し楽しげだった。 しかし、それだけでは終わることは無い。彼女は監督にして脚本家にして演出家、そして自らを舞台装置の一部とすることもある。今回はまさにそれだった。 「さて、このままずっと見ていたい気もするけど、少しくらいはピンチを演出しないと。 ピンチに陥らない主人公たちと言うのは、少々面白みに掛けるからね」 女はそう一人ごちると、おもむろに腕時計の針を止める。 すると、ホテルとその付近のあらゆるものが静止した。誰一人として、Sランクオーバーの魔導師すら例外では無い。 否、人だけではない。音も電子もニュートリノも光子も重力子も時間も、あらゆる物が例外なく静止。 例外はあった。ホテルの全てを静止させた張本人、ナイアだけが動いていた。 あらゆる存在が静止した空間内において動いていると言うことは、何よりも異常。そして異質。 「さてさて、巫女はどう出るかな? 彼女たちはどう出るかな?嗚呼……楽しみだなぁ。本当に楽しみだなぁ。あはは、ははははははははははははははは!」 音が響かない筈の空間に、女の哄笑が何時までも何時までも響いていた。 ※~~・~~◎~~・~~※ 「こいつら、後から後からわんさかと!」 もう数えるのも馬鹿馬鹿しいほどのガジェットを残骸にしてきた。そんな数を相手にしていれば愚痴もこぼれる。ヴィータはうんざりしながらガジェットを叩き潰していく。 そんな数が頼りのガジェットとて有限である。その数は既に三体にまで減っていた。 シャマルから送られてきた情報によれば、今ヴィータとシグナムが相手にしているので最後のようだ。 んじゃ、ラストといくか! 気合を入れて最後のガジェットドローンを叩き潰した時だった。 凄まじい速度で飛んで来たのは短刀。投擲用に特化した小柄。 咄嗟にシールドで防御をするが、バリア突破系魔法でも掛けられていたのか、危うく食い破られそうになった。 それが飛んできた方向に目を向けると、そこには着流し姿の男が立っていた。左手はあごを撫で、右手は懐に入れている。 「ほう、防いだか」 感心したような、しかし平坦な男の声。 「随分なご挨拶だな『指揮官へ。こちらスターズ2、時代錯誤な侍野郎に攻撃を受けた。指示を』」 念話で指揮官であるシャマルに報告し、そして指示を待つ。 『スターズ2、任意に迎撃を』 『了解』 サムライは先程のまま佇んでいる。動く気配は今のところ無い。 だが男が魔法の使い手、しかも相当な手練であることに間違いは無い。でなければ、ああも容易く彼女のシールドを食い破ることなど出来ないだろう。 「手前ぇ、何者だ?」 ヴィータにとってその問い掛けは、ただ形式的なものに過ぎない。 しかし、サムライは僅かな瞑目の後に答えた。 「……逆十字が徒、ティトゥス」 ――逆十字、つまりアンチクロス。それはヴィータも聞いたことのある名だった。ホテルの警備に就く前日にシグナムと共にフェイトから聞いていた名だ。 自然とグラーフアイゼンを握る手に力が入る。 唐突に眼下のサムライから放たれる圧力が増す。両掌から刀を喚び出し構えを取る。戦闘態勢に入ったのだ。 そして、大気が爆ぜた。 神速を超える踏み込み。それは地に足を着かせる事無く、大気を踏み締め、圧縮し、爆発させ、推進力へと変換しているのだ。 「んなぁっ!?」 これはヴィータにとっても想定外だった。飛ぶでもなく、跳ぶでもなく、足場を作るでもなく、空気しかない空中を走る奴には、今までお目にかかったことが無かったのだ。 だが彼女とて歴戦の戦士。想定外でこそあったものの、ティトゥスが繰り出す神速の斬撃に反応、見事回避しきった。 そして何よりも恐ろしい事に気付く。このサムライはデバイスを使っていない。あの刀がデバイスかと思ったが何の変哲も無い鋼鉄だ。その上魔法陣の展開も無い。 ヴィータの頬を一筋の汗が伝う。 強い。眼前の時代錯誤なサムライは強い。 ならば、現状で出来る最大の一撃を以って叩き潰すしかない。 「グラーフアイゼン!」『Gigantform』 ハンマーヘッドが大型化、同時に最大の速度で突撃。ティトゥスに対し振り下ろす。 刀で受け止めようとしたようだが、ギガントフォルムの質量と速度は、そんな鋼程度では受け止めることは愚か、受け流すことすら出来ない! 爆煙があがった。 土煙の向こうに何かが居る。特徴的なざんばら頭、時代錯誤な着流し、そして鋭い眼光。ティトゥスだ。 まず、ハンマーヘッド側面を叩き僅かに軌道を逸らす。そして刃の上を滑らせることで、受け流す事も出来ない筈の一撃を受け流した。二本の刀を犠牲にすることで。 まずい! そう思った時には閃光がゆるやかな弧を描き、ヴィータの首に迫っていた。 刃は毀れ、筋も伸びている。最早斬れる状態ではないが、それでもヴィータの首を刎ねるくらいは出来るだろう。 だが、それは甲高い金属音と共に別の刃に受け止められた。レヴァンティン、シグナムだ。 シグナムがそれを目撃したのは、単なる偶然だった。 ガジェットドローンを殲滅し、ホテル防衛に戻ろうとした途中でそれを見たのだ。グラーフアイゼンによる一撃を外し、多大な隙を晒すヴィータを。 敵であるサムライの刀が振るわれるより速く、シグナムは飛行。 間一髪、サムライの剣閃を防ぐことが出来たのだ。もう一度やれ、といわれても出来るものではない、それほど凄まじい速度だった。 シグナムの参戦によって、形勢は逆転した。 ヴィータ、シグナムによる同時二方向からの攻撃は、ティトゥスの技量を以ってしても反撃することは出来なかった。あらゆる攻撃を受け流し、受け止める。 まるで時間を稼いでるようなティトゥスに、ヴィータは疑問を感じた。 ならばと、ティトゥス程の技量があれば必ず回避でき、そして必ず反撃可能なやたらと狙いの甘い攻撃を繰り出す。 サムライはそれを弾き、逸らした。刀にダメージを負って。 その一撃でヴィータは確信した。こいつは陽動だ、と。 「シグナム、こいつは無視だ! 本命は別に居る!」 思念通話ですらないその言葉に、シグナムははっとする。気付いたのだ。目の前のサムライの目的に。 「してやられたかっ」 『シャマル、はやてに連絡! 別働隊がいる! ……シャマル? シャマル!?』 シャマルに思念通話が通じない。ならばと、はやてへの通話を試みるが、そちらも繋がる気配が無い。 ジャミングが掛けられてる形跡も無い。しかし現に通じない。 「その顔、気付いたか。だが、今暫く時間を稼がせてもらおう。それが契約故」 ティトゥスの両手に新たな刀が出現する。 それが第二ラウンド開始の合図だった。 ※~~・~~◎~~・~~※ ヴィータ、シグナムとティトゥスが交戦した時刻、スバルたち三人はシャマルから指示されたポイントに到着していた。 だが、其処には何も無かった。 ガジェットドローンの姿すらない。ただ、地面に黒い影が落ちているのみ。 辺りを見渡してみるが、影を作り出すものが何も無い。異常だ。 その影を見た瞬間から、スバルの中にある何かが警鐘を鳴らす。そして、それは実に正しかった。 「エリオ、キャロ、下がって!」 スバルが言うや否や、黒い影の水面が波打つ。 溢れ出てきたのはガジェットドローンI型。その数五体。影からはそれ以上出てくることは無いようだが、影は消える事無く其処に佇んでいる。 「二人とも、援護お願い! あと、影に気をつけてね!」 「はいっ!」 二人の返事は実に威勢のいいものだった。その言葉を聞いたスバルは全速力でガジェットに突っ込んでゆく。 影が動く気配は無い。ならば今は目の前の脅威を一つ一つ片付けるだけだ。 I型だけであれば、自分だけで何とでもなる。スバルはそう思っていた。だがそれは過ちだった。 ナックルダスター発動。ウィングロードを全速力で走り、ガジェットドローンへリボルバーナックルを思い切り叩きつける。 スバルの拳が装甲を破り、内部機構を引きちぎる。 『GYAアあ亜ア■ア吾アAhaaaaaぁぁァ■!!』 ――いつもと手応えが違った。そして響く筈のない、ガジェットドローンの悲鳴。目の前の物体から発せられる強制的な思念通話。有り得ない、有ってはならない事態だった。 ガジェットドローンが血を流していたのだ。 引き抜いたリボルバーナックルの回転部分に付着しているのは、明らかに人の血液と神経、そして内臓。 装甲が破れた箇所からとめどなく内臓、神経、脳が溢れ出している。 三人の思考が停止した。 ぱちぱちぱちぱち。突然響く場違いな拍手。 「スバルちゃん、童貞卒業ね。おめでと☆」 影の中心に、緑色の奇怪な仮面を被った道化師が拍手をしながら立っていた。 道化師は更に続ける。絶頂に達したかのように、全身を震わせながら。腐臭を撒き散らして。 「どう、さっきまで『生きてた』お仲間を手にかけちゃった気分は? サイッコーでしょお☆ アタシだったらそれだけでイッちゃえるわよぉ!」 ぽとり、流すものが何もなくなったガジェットドローン内部から最後に出てきたのは、血と肉の破片に塗れた認識票。 ドラグノフ・ソゲキスキー三等空尉。それが中に押し込められていた人物だった。 「アタシたちアンチクロスの周りをコソコソ嗅ぎ回ってたのよ。ほんと、大した力も無い癖にねぇ」 彼ら、捜査班実動部隊の末路は酸鼻を極めた。 ある者は一瞬で細切れにされ、ある者は拳に叩き潰され、ある者は風に切り刻まれ、ある者は肉槍で刺し貫かれ、ある者は音波で血液を沸騰させられ、ある者は高熱の光に蒸発させられた。 この時点で全滅したわけではない。まだ十人、生き残っていたのだ。生き残りのうち、一人だけはメッセンジャーボーイとして利用された。時間が来れば、体を内側から食らい尽くす蛆を組み込まれて。 だが死ねた者は――とりわけ死体が残らなかったものは――ある意味幸せだっただろう。何故ならば、生き残った者は生きたまま脳髄、内臓を取り出され、ガジェットドローン内部に押し込められたからだ。 しかも、死なぬように魔術を掛けられながら。精神も狂わぬように保護されながら……。 つまりはティベリウスの言う通り、本当に『彼ら』は生きているのだ。人の姿を失い、人としての記憶も奪われ、痛覚以外の感覚を奪われて……。 苦痛を受ける、そのためだけに『彼ら』は生かされている。目の前の魔術師によって。 「ほんと、オ☆ バ☆ カ☆ さ☆ ん☆ よねぇ!」 「うう゛っ」 キャロが嘔吐と共に気絶したのを皮切りに、吐き気が伝播してゆく。エリオ、直接手を下したスバルも例外ではなく、その場に蹲り吐いた。 スバルは顔を涙と洟と吐瀉物で汚しながらも、怨敵たる道化師睨み付ける。 「あらあら、そぉーんなに気に食わなかったの? 残念ねぇ。アタシの誠心誠意を込めたお持て成しだったの―――」 その言葉にエリオの怒りが頂点に達した。 「この外道めぇっ!」『Speerangriff!』 涙も洟も拭わず、道化師の言葉が終わらぬ内にソニックムーブで接近。ストラーダを忌まわしい男に対し突き刺す。 しかし道化師を傷つけることは出来なかった。なぜならば―― 『イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ……』 ガジェットドローンが道化師の盾となったからだ。 寸前で気付いたエリオがストラーダを無理矢理減速させ、逸らしたのが幸いした。刃は装甲を浅く裂く程度で済んでいた。 それでもガジェットは痛がっていた。 エリオは見た。切り裂かれた装甲の断面。そこに神経が通っているのを。 「さっすがアタシよねぇ! きーっちりアタシを護ってくれるわぁん! ほんっと素敵よぉ!」 ティベリウスの周囲を護るガジェットドローン。『彼ら』はスバルたちを攻撃するでもなく、ただ飛び回るだけ。 スバルが道化師にリボルバーシュートを打ち込もうとすれば、射線上にガジェットが割り込む。 ならば、と接近して拳打を浴びせようとしてもガジェットは身を挺して庇うのだ。忌まわしき道化師を。 最早、スバル達に打つ手は無かった。 「ああん、でも残念よねぇ。アタシが直接手を出すのはご法度なの。だぁかぁらぁ……」 そう言って道化師は懐から何かを取り出す。 鉄で作られた表紙に踊る、蚯蚓がのたくった様な字。墓地めいた屍臭――魔導書、妖蛆の秘密(De Vermis Mysteriis)だった。 ひとりでに表紙が開かれ、ぱらぱらとページが捲れる。 「んん~、これね☆ ――蛆(ワムス) ――蟲(マゴット) ――妖虫(ワーム) ――妖蛆(ウェルミス)!」 力ある言葉が唱えられ、現実が書き換えられた。異変が起こる。 先ず、思念通話が使えなくなった。道化師が結界らしき物を張ったのだ。 そして。 スバル達の眼前にある『死体』が蘇った。臓物と神経と血管、脳しかない状態で。 つい先程まで新鮮だった『死体』にはびっしりと蛆がわき、既に道化師にも劣らぬ腐臭を発している。 彼らのクライアントは道化師自身には手を出すな、と言ったが彼が使役するモノに対しては何も言っていない。 つまり……ティベリウス自身が手を出しさえしなければ、彼女たちを陵辱できる。 直接手段ではないため肉体的快楽を感じることは無いが、精神的に嬲る事でティベリウスは非常な快感を得ることが出来るのだった。 その『死体』は、緩慢きわまる動作で起き上がる。はらわたを足に見立てて。 腕の代わりであろう血管と神経が、突如唸りを上げて三人の首、腕、足に絡み付いてきた。先程の緩慢な動きが嘘に思えるほどの速さだった。 弾力と有り得ぬ強靭さを併せ持った触腕は、スバルの怪力を以ってしても容易に切れるものではない。 動きを完全に止められた。思念通話も断たれた。三人の目の前には四体のガジェット。そして最大の脅威である、道化師。 悔しかった。打つ手が無い事もそうだし、ガジェットの中に押し込められてる人を、助ける事が出来ない。それが何よりも悔しかった。 隣を見れば、キャロは未だに気絶したまま。エリオは悔し涙を流しながら、それでも尚憎悪を以って仇敵を睨みつける。 触腕を振りほどこうと力を込めるが、どれ程力を込めても、どれだけ魔力を込めても、この触腕は千切れるどころか緩む気配すらない。打つ手は、無かった。悔しい。その感情だけが募り涙が流れる。 首を絞める触腕に更なる力がこもる。ぐえっ、という蛙が潰れるような声と共に顎が上がった。その時、確かにスバルは見た。 視界は涙に、空は結界にぼやけていたが、確かに見えたのだ。灼熱色に輝く流れ星が。 ※~~・~~◎~~・~~※ 時は少し遡る。 ティアナはグリフィス・ロウランの許可を得て自主訓練に励んでいた。 腐っていても仕方が無い、ならばせめて少しでも、ほんの少しでもあの子達に追いつこう、そう考えての事だった。 時刻は間もなく正午。そろそろ切り上げるかな? そう思った時、何かを感じた。それは所謂、虫の知らせ、もしくは胸騒ぎと呼ばれる人間の持つ第六感。 彼女は走った。状況を知るために。司令室へと。 司令室は混乱の極みにあった。 前線指揮を執っているはずのシャマルとも、そして部隊長であるはやてとも連絡が途絶えたのだ。 グリフィスが周りの混乱を収めようとしているが上手くいっていない。 そのため、ティアナが入ってきた事にすら誰も気付くことは無かった。 大きくディスプレイに映る広域図を見てみる。 するとこの混乱の原因が解った。 ヴィータ、シグナム、ザフィーラを除く反応が全て消失(ロスト)していたからだ。 愕然とした。 スバルたちの反応も消えている。 ――嘘だ、嘘だ……嘘だっ!! 余りの現実に倒れそうになった時、何かが聞こえた。物理的な音ではない。思念だ。 それは聞こえる筈の無い、スバルの思念。 悔しい、と言う感情。それは思念通話を介しティアナに情報を送る。 それは、まだスバルたちは健在であること。そして絶望的な状況にあるという事。 しかし自分は無力だ。 先ず、助けに行くにも手段が無い。ヴァイス陸曹のバイクを無断で拝借し、交通法規を無視して走ったとしても1時間半以上確実に掛かる。 それでは遅すぎる。もっと早く察知できていれば……ティアナは臍を噛んだ。 その時だった。別の聲が聞こえてきた。 何を言っているか全く解らない、理解不能の言語。 それは次第に、不明瞭ながらも理解可能な言語へと変わってゆく。そして……。 その言葉を聞いたと同時に、司令室を飛び出していた。 その聲はこう言っていた――力を与えよう。と。 ――我を求―― ひたすらに廊下を走る。向かう先は自室。 途切れ途切れに聞こえてくる、雑音が入る筈の無い雑音混じりの思念通話から、ティベリウスと戦う スバルたちの劣勢が聞き取れる。それが更にティアナを焦らせていた。 ――我を求めよ! さすれば―― 部屋に近づけば近づくほど頭の中に響く声無き聲がどんどん大きくなり、はっきりと聞こえるようになる。 ――我を求めよ! さすれば汝に力を与えよう!―― 到着した。目の前には扉。 あとはこの扉を開けるだけだ。 指が震える、足が竦む、口の中がからからに乾く、心臓が早鐘のように鳴る。 この扉を開けてしまえば、きっともう後戻りは出来なくなる。自分が自分でなくなってしまう恐怖。それは確かに恐怖だった。あの本に触れただけで気が狂ってしまった自分。破壊された自己。犯され侵され冒された精神。あんな思いは二度としたくないと言うのが彼女の本音だ。 しかし、それでも、彼女はもう亡くしたくなかった。 友を、戦友を、親友を喪う恐怖に較べたらそんなもの、屁でもない! 彼女は勢いよく扉を開けた。 部屋の中は完全な異界と化していた。 四角形の内角は明らかに360度を越えて存在し、直線は真っ直ぐに捩れ、平行線は垂直に交わっている。そんな異常な部屋の中で唯一、それだけが正常な姿を保っていた。 魔導書ネクロノミコン。 異常しかない部屋の中で正常であると言うことは、何よりも異常であるという事なのだ。 つまり、この異界を生み出したのは紛れも無くネクロノミコン。 ティアナは異界と化した部屋へ躊躇無く飛び込んだ。 僅か数メートルの距離が果てしなく遠い。走っているのに全く距離が縮まらない。既に彼女の感覚にも異常を来たしていた。 それでも尚、彼女は走る。魔導書に向かって。一直線に。 どれ程の時間が経ったかも彼女には解らない。解る必要など無い、と狂った感覚が告げる。 やがて永劫にも思える数秒の後、彼女は机の前にたどり着いた。肩を激しく上下させながら呼吸を整える。 そして、魔導書を手に取る。 瞬間、以前のように膨大な知識が彼女の中に流れ込んできた。 忌まわしい、この上なく忌まわしい知識だった。 しかし、今はその忌まわしい知識と力こそが必要なのだ。故に必死に抗う。 激痛に苛まれる全身。軋みを上げる精神、折れそうになる意思。 折れて堪るものかと、祈りにも似た気合を込めて唱える。 「我が名はティアナ・ランスター! 汝、ネクロノミコンの主なり!! 接続(アクセス)、I am Providence! ネクロノミコン――起動せよ!」 瞬間、魔導書の頁が解け、光と共にティアナの全身に纏わりついてゆく。あたかも彼女の存在を、別の何かに書き換えるように……。 それは以前のような埋め尽くすものではなく、バリアジャケットのように全身を覆ってゆくのだ。 光の中心から顕れたのは漆黒のスーツを纏ったティアナ。術衣形態(マギウススタイル)――それがその形態の名称。 殆ど無くなっていた筈の魔力が戻っている。いや、それどころかつての最大値よりも爆発的に増加している。 体の奥底から湧き上がる力と、溢れんばかりの魔力に思わず言葉が漏れた。 「す、凄い……これが魔導書の力……」 本の頁を束ねたような翼を羽ばたかせてみる。すると体が浮くではないか。 翔べる! そう確信した時、既に窓を突き破り外へと飛び出していた。 しかし、遅い。確かに飛べるし、そこそこのスピードも出る。ヘリよりは速いだろう。それでもスバルたちを助けるには遅すぎるのだ。 何か手段は無いものか? クロスミラージュにも手伝ってもらって術式を検索する。 ――転移術式―― ――該当あり。記述の7割以上消失(ロスト)。使用不能―― ――その他の高速移動手段検索。該当あり―― ――機神招喚―― ――永劫(アイオーン)招喚による高速移動。使用可能。非推奨―― 他にも条件を変えて検索をかけるが、記述が消失しているなどで使用不能なものばかりだった。 ならばこれを使うしかないという事か。 ――やってやるとも。成功させて見せる。 決意と覚悟を胸に彼女は唱える。神を喚び出す言葉を。そして術式を紡ぐ。 ――思考疾走―― 一秒が千秒にも万秒にも引き伸ばされる。 光すら捉えられそうになる錯覚。 ――術式構築―― 幾億、幾京、幾垓にも及ぶ魔術文字と呪紋が意味を持つように並べ、それを複雑に組み合わせながら術式と成す。 更に術式と呪紋を掛け合わせより複雑に、より強靭にしてゆく。最早、人には認識することすら出来ない領域にまで昇華させる。 左手で印を結ぶ。薬指、中指、親指の順に折り曲げ、人差し指と小指は伸ばす。そして力ある言葉を唱える。 「無敵のヴーアの印に於いて、力を与えよ、力を与えよ。――力を、与えよ!」 やがてティアナの右手に鍛造されたのは一本の剣。歪な形をした曲刀、バルザイの偃月刀だ。 偃月刀を握り精神を研ぎ澄ませ、魔力と昂ぶる魂を融合させ精錬精製する。 ティアナが纏うネクロノミコンの一部が解け、無数の紙片となって空中で舞い踊る。 それぞれの頁は、複雑な呪文や魔術文字を明滅させて二次元的魔法陣を作り上げてゆく。 これから展開される術式は高位の魔導書のみが持つ最大の奥義、もしくは奇跡。機神招喚だった。 「げふっ……あ、あっ……がぁぁっ!!」 吐血。体を、脳髄を駆け巡る術式に彼女の肉体が耐えられないのだ。 それもその筈、今のティアナは駆け出しの即席もいい所。そんな低い位階の魔術師が鬼械神の招喚など、無謀でしかない。 でも、それでも彼女は術式を紡ぐ。 体はとっくに限界を超えている。膝はがくがくと笑い、偃月刀を持つ手にも力が入らない。 ついには目、耳、汗腺からも血が噴き出す。既に全身は血塗れとなっていた。体中に焼鏝を突き刺されたような激痛が襲う。 それでも何かに取り付かれたかのように、只管に術式を紡ぐ。喪いたくない、その一心で。祈りにも似た切実さを以って。 そして完成しない筈の術式が――完成する。 「永劫(アイオーン)! 時の歯車 断罪(さばき)の刃 久遠の果てより来たる虚無―― 永劫(アイオーン)! 汝(なれ)より逃れ得るものは無く 汝(な)が触れしものは死すらも死せん!」 言霊と共に、今まで二次元的構成だった魔法陣が三次元的魔法陣となる。それは空間と次元と世界の有り方を変化、変容、変異させた。 空間が爆ぜる。次元が砕ける。世界が弾ける。 それは現実を侵食するマボロシ。マボロシでありながらも、圧倒的質量と確かな厚みを持った全長五十メートルに及ぶ神の模造品。 それは罅割れた神像。 それは片腕の欠けた刃金。 それは不完全な闇色の機神。 最強にして至高の魔導書と謳われたアル・アジフ。その写本、ネクロノミコンが鬼械神(デウスマキナ)アイオーンだった。 「凍てつく河より飛び立て、シャンタク!」 鱗を幾重にも重ねたような翼がアイオーンの背中に顕れる。それは魔力のフレアを爆裂させ、重量五千トンを超える巨体を宙へと浮かべる。 闇色の機神=ティアナは機体が赤熱化するほどの超高速で、青空へと飛翔した。その姿はまるで灼熱色の流れ星。 流れ星が目指す先は、ホテル・アグスタ。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/army2ch/pages/215.html
「モサド」ってなんなんですか。 イスラエルが核を持ってるって常識ですけど、この常識のソースはどこですか? イスラエルの「素質のある人材を強制的にパイロットにする社会システム」って具体的にはどういうシステムなんですか? なぜアメリカはイスラエルに肩入れするのですか? イスラエルのオシラク原子力施設攻撃の際にイスラエルは誘導爆弾と対レーダーミサイルを使用したのですか? イスラエルは国連の査察(核兵器、大量殺戮兵器)が入る予定はないのでしょうか? イスラエルってIAEA入ってたっけ? イスラエル軍と米軍が衝突した場合、米軍は楽にイスラエルを占領できるんでしょうか? よくある「世界の軍事費ランキング」とかでイスラエルが五位以内に入っていないのは何か理由があるのでしょうか。 イスラエル軍の砲兵戦力について砲の種類、数などを教えて下さい。 世界最強といわれるモサドですが、実際どうなんでしょう? イスラエルはテロによって建国されたのではない? イスラエルがイランの核施設を空爆するのではないかと報道されていますが、もし、実際にイスラエルが空爆する場合、どのように空爆するのでしょうか? イスラエルはNPTに加盟していないから核開発は問題ないの? イスラエルは核実験をしたの? イスラエル軍についてですが、 イスラエルでは18歳から3年間徴兵されるようですが、徴兵期間中にゴラーニなり精鋭部隊員になれたりするの? イスラエル国内にアラブ系の人居るってのが意外だ。受け入れられてんの? イスラエルの兵器開発力はイギリス、フランスと同等と考えても良いでしょうか? イスラエル軍では女性兵士も戦闘部隊に配属されるの? ガザの地上戦ですが、近代的装備を持ったイスラエル軍がどうしてハマスを駆逐できないんですか? ハマスのカッサムロケットを防御する方法はないか イスラエルの周囲は敵だらけですが国境付近に要塞を建設した方がいいのではないでしょうか? イスラエルの占領地への入植状況は? ヒズボラとの戦いで結構な数のメルガバがやられたそうですが、何か弱点や攻略法があったのでしょうか? 公海上のガザ支援船を急襲、拿捕、乗員を射殺・・海上封鎖って公海上でも有効性を主張できるもんなの? なんで、イスラエルが潜水艦持っているんですか? イスラエルの住宅にはシェルターがありますか? 落合信彦氏の小説『男たちの伝説』にモサドがフランスから戦闘機を盗んだという話があるのですが イスラエルはテロによって建国されたというのは本当ですか? 第1次中東戦争でイスラエルはどうやって武器を調達したんですか? イスラエルが核兵器を所有している、と「断言」しているウェブサイトを見つけてしまったんですが、 ヨム・キプール戦争の緒戦の敗北はユダヤ教の祭日だったから? イスラエルでは宗教上の理由での兵役免除はあるの? デイル・ヤシン村の虐殺について、 「モサド」ってなんなんですか。 モサド=イスラエルの情報機関(CIAみたいなもん) (24 591) イスラエルが核を持ってるって常識ですけど、この常識のソースはどこですか? まぁ、JerichoIが450キロ、JerichoIIが750キロ、JerichoIIBが1000キロの弾頭重量 ですから、20~40KTくらいの弾頭じゃないでしょうか。 ソースとしては、「サムソン・オプション」(セイモア・M・ハーシュ著、和訳は文芸春秋発行) とか各種新聞記事にあります。 1950年代から核開発を始め、ネゲブ砂漠に、1968年フランスの援助で、「ディモナ 原子力発電所」が作られ此処で核弾頭の製造が行われています。 イラクの原発もフランスの援助に拠るものですから、核弾頭の開発を恐れたイスラエル がその原発を攻撃したのも宜なるかな、です。 ちなみに、今、イスラエルは200発の核弾頭を持っているという記事が Christian Science Monitorと言う新聞で報じられています。 また、同紙によると、核兵器に不可欠なスイッチが810個イスラエルに持ち出されていますが、 米国には469個しか変換されていません。 (36 眠い人 ◆ikaJHtf2) 1986年十月イギリス「サンデータイムズ」 初めてが明るみに そのずっと前からCIAやDIAが見張ってたようだ。 その結果イスラエルが核弾頭を保有していると認識。 核開発はかなり苦労したみたいだ。 南アフリカと共同開発したりちなみに水素爆弾実験もしておる (36 574) イスラエルの「素質のある人材を強制的にパイロットにする社会システム」って具体的にはどういうシステムなんですか? イスラエルでは中学校に軍のスカウト?が巡回して、めぼしい人材を捜しているという話は よく聞くぞ。さすがに強制はしてないだろうけど… (58 20) なぜアメリカはイスラエルに肩入れするのですか? ユダヤ系ロビーの活躍とアウシュビッツを放置し続けたという罪悪感が原因だと思われ。 (64 400) ユダヤ系企業というよりは、ユダヤ系アメリカ人の作っている圧力団体が その団結力、資金力と戦略の巧みさで、議会に対して大きな影響力を 持つためです。 例えば、反ユダヤ的発言をした議員がいて、次の選挙で接戦になりそうとみると 対抗候補に集中的に献金をするなどということをします。 あとカリフォルニアとならぶ大統領選の大票田であるNY州で人口が多いことが、 大統領候補に大きな影響を与える原因となっていると思われます。 あと、最近ではアメリカの宗教的保守が教義上の理由から イスラエルを支援する動きが強くなりつつあります。 おかげで、かつては親イスラエルといえば民主党でしたが 近年では共和党の保守派内部でも、こうした宗教保守勢力の支持を得るために 親イスラエル的な態度を取る議員が増えているようです。 (64 予備語学陸曹見習い) イスラエルのオシラク原子力施設攻撃の際にイスラエルは誘導爆弾と対レーダーミサイルを使用したのですか? それらの機材を使ったといううわさもありますが、この作戦の詳細については 明らかになっていない部分が多く、はっきりとしたことはいえません。 (一応、2000ポンド爆弾2発×8機分が使用されたといわれています。) (71 367) イスラエルは国連の査察(核兵器、大量殺戮兵器)が入る予定はないのでしょうか? アメリカが後ろ盾についてるのでありえません ちなみにアメリカはイスラエルのためになんだかんだで30回近く安保理で拒否権を行使しております (76 623) イスラエルってIAEA入ってたっけ? 入ってないようです (76 622) 入ってません.周辺諸国が大量破壊兵器を所有していることを,その根拠にしてます. ただし核保有を公式に認めたことはありません. 認めたらさすがにアメリカもかばいきれないことを見越してのことか, 或いは灰色の状態が一番抑止力として働きやすいかと考えているかのいずれかと思われます. (76 名無し法務将校) イスラエル軍と米軍が衝突した場合、米軍は楽にイスラエルを占領できるんでしょうか? イスラエルは核を持っとるからのう、ただでは済むまい (86 36) 国内のユダヤロビーが黙っちゃいない・・・ ってーか、アメリカの支持を取り付け続けるためにユダヤロビーは 金使ってるわけであり・・・ってこれは軍事じゃないけどね。 (86 38) よくある「世界の軍事費ランキング」とかでイスラエルが五位以内に入っていないのは何か理由があるのでしょうか。 要するに単純に金額の多さだけでランク付けしているからです。 (91 555) フリーターのマニアが食事代削って軍装品集めているのと 開業医の軍装マニアが、趣味の1つとして軍装品集めているくらいの違いがあります 絶対的な金額では、開業医が軍装マニアに見えますが 相対的に考えるとフリーターのほうが命かけてます 軍事費ランキングでは、絶対的な金額を指標にしているわけですね。 (91 556) イスラエル軍の砲兵戦力について砲の種類、数などを教えて下さい。 資料古いですけど、1995年版MilitaryBalanceより。 105mm牽引砲:M-101×60門 122mm牽引砲:D-30×100門 130mm牽引砲:M-46×100門 155mm:ソルタムM-68/71×40門、M-839P/845P×50両、M-114A1×50両 105mm自走砲:M-7×34門 155mm自走砲:L-33×200門、M-50×120門、M-109A1/A2×530門 175mm自走砲:M-107×230門 203mm自走砲:M-110×36門 122mmRocket Launcher:BM-21×40 227mmRocket Launcher:MLRS×9 240mmRocket Launcher:BM-24×30 その他Rocket Launcher:LAR-160、MAR-290など 81mm迫撃砲×1600門、120mm迫撃砲×900門、160mm迫撃砲×240門 地対地ミサイル:Lance×20、Jericho×若干 砲兵旅団×3+予備役砲兵旅団×9、砲兵大隊×3 (91 眠い人 ◆gQikaJHtf2) 世界最強といわれるモサドですが、実際どうなんでしょう? 何を以って最強と呼ぶかは,人によって千差万別ですので,お答えしかねますが, マン・パフォーマンスやコスト・パフォーマンスの高い諜報組織であったことは, 間違いないでしょう. ただしそれは,初代長官イサー・ハレルや,次の長官メイアー・アミットの頃までのようで, その後は,秘密組織にありがちな,腐敗と暴走の問題に悩まされています. オストロフスキイ「モサド諜報員の告白」参照. また,元モサド・メンバーが,その裏人脈を使って合法と非合法のグレー・ゾーンで 商売をすることも問題となっています. 依然として高い水準にあることは間違いないようですが……. 国際法の問題はパス. (97 消印所沢@FAQ更新作業中) イスラエルはテロによって建国されたのではない? まあそのあたりは自分で資料を漁って自分なりに納得するしかないと思いますが・・ 私は、イギリスをパレスチナから手を引かしたのはユダヤ・アラブ双方のテロによるところが大きかったと思います。 (現在のイラクの状況はややそれを髣髴とさせるところが有る) イルグン等によるパレスチナ人に対するテロ・虐殺は、かつて自分たちが受けた民族浄化の裏返しであり、 ユダヤ人が自分達の手が汚れてないとはとても主張できないと思いますよ。 (107 136) イスラエルがイランの核施設を空爆するのではないかと報道されていますが、もし、実際にイスラエルが空爆する場合、どのように空爆するのでしょうか? イランは、イラクやシリアと違って、イスラエルからかなり遠いと思うのですが、空中給油機などを使えば、可能なのでしょうか? IAF、つまりイスラエルは空中給油機を有しており、最近では6月上旬に地中海からギリシャの空域まで 大規模(100機以上だったか)な演習を行っています。この演習ではヘリも長距離進出し、戦闘救難の訓練をしたとのこと。 ということで、トルコ方向からの越境などが考えられるでしょう。 ただし、イランも核開発施設の分散と地下化を進めており(出て来るだけでもナタンズ、イスファハンなどに分散)、 イスラエルが果たして危険な賭けに見合うだけの戦果を挙げられるかは疑問という話です。 (初心者スレ484 694) イスラエルはNPTに加盟していないから核開発は問題ないの? 問題あります。 イスラエルは核施設を国際原子力機関(IAEA)の保護下に置くよう求める国連安保理決議487に27年以上違反している。 国連安保理決議487詳細 http //www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1982/s57-shiryou-407.htm (中東の軍事情勢スレ7 734*一部改編) イスラエルは核実験をしたの? 70年代、インド洋上で発生した謎の光を米ソ双方の衛星が確認しています。 これがイスラエル・南アフリカによる核実験と言われており、南アフリカは核保有 を認め、すでに解体していますが、イスラエルは未だに保有しているとされます。 そして現在、ジェリコ中距離弾道弾の生産をしていることからも核保有は疑いの ないものとされております。 (76 620) 南アとイスラエルが共同で、1979年9月22日に小型核砲弾を南ア近くの洋上で核実験した。 1977年8月には南アのカラハリ砂漠で核実験を試みたときは、広島型のウラン型原爆を櫓(櫓)の上で爆発させる計画だった。 しかしこの櫓をソ連の偵察衛星が探知してアメリカに通報した。 それでアメリカが南アを説得して核実験を中止させるという経緯があった。 そして、1980年代半ばに南アフリカとイスラエルとの関係が壊れている。 南アフリカがイラクへ軍事技術などを提供したことが決定的な原因だった。 南アフリカとイラクとの取引で重要な役割を果たしたのがチリの兵器会社カルドエン工業とイギリスの実業家マーク・サッチャー。 マークはイギリスの元首相、マーガレット・サッチャーの息子。 マークの友人、ジェラルド・ブルが開発した核弾頭を発射できる巨大大砲「スーパーガン」をイスラエルは特に警戒していたと言われている。 南アに初の黒人政権(マンデラ大統領)が誕生する1994年の前年(93年)に、白人の南ア政府は世界に向けて核兵器の破棄を宣言した。 黒人政権に核兵器が渡ることを恐れたのである。 そして原爆の核弾頭は実験用原子炉の燃料などに再使用された。 (ミサイル防衛スレ14 44) 1963年と1966年の両年に、イスラエル南方のネゲヴ(Negev)砂漠地域にて 低出力での地下核実験が行われたのではないかという説があり、また1979年に 南アフリカ付近の沖にて3キロトン規模の海中核爆発がアメリカの核爆発観測衛星 「Vela」(対ソ連用)によって観測されており、これが南アフリカとイスラエルの両国に よる共同実験だったのではないかと憶測されています。 (ミサイル防衛スレ14 46) 「1966年にネゲヴ(Negev)砂漠地域にて特殊な非核実験、その翌年に初めて原爆を国産」 と主張してる新刊書の書評 http //www.nytimes.com/2008/12/09/science/09bomb.html?ref=science 「1959年にはイスラエル人科学者数十人がフランス核開発に参加しており、 アルジェリアでの1960年初めの核実験はイスラエルをも核保有国にしたと言える」 「1990年5月26日、パキスタンが中国で核実験した」 「中国はフランスにも核実験場を提供した」 「中国はだれにも造れる原爆の輸出型設計図をパキスタン、リビア、イランに提供した」 (ミサイル防衛スレ14 47) イスラエル軍についてですが、 1徴兵期間が終了しても軍隊に残る人はどれくらいいるのでしょうか? 2軍に残る以外での進路はどうなってるのでしょうか? 3米英にはSAS,SEALS,など優秀で人気のある部隊ありますがイスラエルにもあるの? 1 普通の軍隊と同じ。 2 国民皆兵なんだから民間にもどるとしか言いようがないわけだが 3 別に特殊部隊は人気じゃないよ。給料はいいけどキツイし (戦争板初質スレ1 219) イスラエルでは18歳から3年間徴兵されるようですが、徴兵期間中にゴラーニなり精鋭部隊員になれたりするの? 空挺もゴラニも徴兵から新兵取るよ。 基礎教育集合後いろんな部隊が新兵募集にやってきて、テストした上で合格者を引っ張っていく。 一番人気は空挺やコマンドで次は戦車部隊だそうな。 (イスラエル軍スレ7 669) イスラエルには士官学校が無い=将校全員兵隊から叩き上げ ということは将校、下士官ほぼ全部 特殊部隊の選抜基準は知らないが、一般兵とは比べ物にならないハイコストな訓練施すんだから 選抜はおそらく兵役勤め上げて以降じゃない? (イスラエル軍スレ7 658) 士官学校が無いのにどうやって高度な知識を得るのでしょうか? 士官学校がない,というのは日本やアメリカのように士官学校経由で 最初から幹部候補生として処遇される連中がいない,ということ. 最初は誰もが徴兵された一兵卒としてはじめて,素質と意欲があれば たぶん徴兵期間一年目の終わりあたりで士官候補生試験を受けて 受かった連中に下級将校としての教育や訓練をするわけだ. この辺の訓練はたぶん自衛隊で防大でて1年目にやる訓練に似てると思う そんなわけで,どうせ似たような訓練を(質や厳しさはともかく)幹部候補生に 施しているのは同じなので士官学校の存在の有無はあんまり関係ないと思う. どうせ日本の防大じゃ安全保障の単位と多少の訓練以外のことは4年間やってなくて 自衛隊の本質的なことは卒業してから教えてるんだしな. ところでイスラエルの場合はこういった下級将校としての訓練を受けた連中の みんながみんな軍に残るわけじゃなくて,大半は兵役期間を勤めたあと普通に 除隊して予備役少尉になってるよ. (イスラエル軍スレ7 662,663) イスラエル国内にアラブ系の人居るってのが意外だ。受け入れられてんの? 人口の何割かがアラブ系だぞ。 独立時逃げなかったアラブ人は特に追放するようなことはしていないし。 基本的に兵役は免除されているけど、イスラエルでは兵役経験がないと 社会的に不利なのでその辺で差別は受けているな。 ただドルーズ派は別格で兵役を受けてる。イスラエル軍内では遊牧生活で研ぎ澄まされた 鋭い知覚能力を生かし偵察兵として高い評価を受けている。 (イスラエル軍スレ7 686) イスラエルの兵器開発力はイギリス、フランスと同等と考えても良いでしょうか? 戦闘機開発は改修作業程度でしょう 戦闘車両とミサイル開発、ヴェトロニクスなどは一流ですね 米との共同開発やら裏共同開発やらが多いから、その分ズルしてる。 実用技術には優れてるし、先端技術も侮れないが、英仏同等かといわれると・・・ 高い技術を持ってるのは事実だが、先進国と方を並べられるとまでは行かない。 メルカバにしたところで、複合装甲技術に(特にセラミックに)難点があるし、エンジンも外国のライセンス品。 戦闘機も、一級品をそろえてはいるが外国の製品だ。基本は外国の製品だ。 ミサイル開発は、比較的技術の低い国でも割と簡単にできるくらい簡単で、予算も少なくて済む。 この辺考えると、一流というには、ちょっと抵抗がある。 いやまあ、魔改造技術ならダントツでトップだが。 (356 864-875) イスラエル軍では女性兵士も戦闘部隊に配属されるの? 負傷・戦死時に男子隊員への悪影響が大なので、実戦部隊への配属は原則ない。 ただ、歩戦砲の戦闘兵科に女子が所属するのは当然あり。後方で訓練教官やってる。 (イスラエル国防軍スレ8 131) ガザの地上戦ですが、近代的装備を持ったイスラエル軍がどうしてハマスを駆逐できないんですか? ハマスはしょぼいロケット弾や突撃銃や自爆用兵器しかないのに 逆に言えば「だからこそ」。 ハマスが戦車から戦闘機まで持っている近代装備の軍隊なら、戦ってそれらの装備と 装備を扱う人間を全滅させれば「倒す」ことができる。 あとはそれらが組織として復活できないようにしてしまえばいい。 でも、その辺の町工場や地下室でも作れるし、他の場所から簡単に持ち込めるような 「しょぼい」装備しかしてない組織は、どれだけ装備を人間を倒そうが容易に再装備 して組織を再建し立ち向かってくる。 基本的に、近代的軍隊は自分と同じ装備をして正面から正々堂々と戦いを挑んできて くれない相手には勝利を収める事ができない。 例え「ゲリラ戦」にどれだけ特化しようが軍隊は軍隊なので、「軍隊」としか戦えない。 ハマスは結局軍隊ではなく武装組織、要するに武器を持っているだけの市民なので、 軍隊では倒せない。 (529 270) ハマスのカッサムロケットを防御する方法はないか 「自動的に発射地点砲撃して更地にします」宣言しかなくね? イスラエル軍は対カッサム防御のために陸上版CIWSのような代物をマジで開発してる。 レーダーでカッサム発射を感知したら自動的に対空機銃で迎撃するようなシステム。 ただ今開発中のシステム「スカイドーム」では迎撃試験に失敗してるけど。 (イスラエル国防軍スレ9 329) イスラエルの周囲は敵だらけですが国境付近に要塞を建設した方がいいのではないでしょうか? だだっ広い砂漠に要塞置いていって、それぞれに十分な兵力を配置していたら、イスラエルの人口じゃとても じゃないがやっていけません。なにしろ総人口で650万人しかいませんから。大阪府以下。 なので、国土も(特に東西幅が)広くないことですし、機動力を生かした迎撃を主にした方が遥かに効率的なのでしょう。 つか、マジノ戦の惨劇を繰り返したいのかね、君は。 イスラエルがまだシナイ半島を占領していた頃バーレブラインという陣地線を構築したことがあります。 当時の参謀総長バーレブは 「この陣地線はエジプト軍の墓場となるであろう。彼らは、ここを突破するために15000~20000人の死傷者を出すに違いない」 と豪語していましたが、実際には第四次中東戦争においてエジプト軍は200人ほどの死傷者を出しただけで、 この陣地線を突破されてしまいました。 シナイ正面のスエズ運河を外堀としたバーレブライン(パーレブラインと表記しているところもありますが どちらが正しいかは不明です)のほか、ゴラン正面にも陣地を設けていました。 また、現在ヨルダン川西岸地区との境に巨大なコンクリ壁を長城のごとく連ねてテロ対策としています。 さらに国境沿いにあるキブツ(共同農場のようなもの)は地雷原やフェンスに自衛火器などを備えており、 侵入者への備えもばっちりです。 (353 729-750) イスラエルの占領地への入植状況は? 現在進行形で入植は進んでいる。そのほんの一部を撤退させようという条件では、PLOはとても呑めまい ちなみに時事通信の記事でいう入植者25万は、東エルサレムを含んでいない(合わせて50万超) イスラエル政府による入植地における住宅建設計画について 平成20年3月12日 http //www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/20/dga_0312.html イスラエル政府による入植地における住宅増設について 平成20年6月16日 http //www.mofa.go.jp/MOFAJ/press/danwa/20/dga_0616.html イスラエル、「西岸6.8%併合」提案 パレスチナは拒否 http //www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20081214AT2M1301M13122008.html 「入植者6万人撤退」の和平案=イスラエル首相、米特使に説明 http //www.jiji.com/jc/c?g=int_30 k=2009013000068 ヨルダン川西岸の全入植者25万人のうち、パレスチナ住民の人口密集地付近に住む6万人に対して イスラエル領内か、同国が将来的に併合を計画している同域内の別の占領地に入植させることを明記。 (イスラエル国防軍スレ11 256*一部修正) ヒズボラとの戦いで結構な数のメルガバがやられたそうですが、何か弱点や攻略法があったのでしょうか? ヒズボラ側に新型の対戦車兵器(RPG-26,RPG-29など)が出回り、 従来のRPG-7程度を想定したメルカヴァの装甲を上回り予想外の被害を被っている。 (とはいえ完全撃破されたものは無い) 一方イスラエル側の戦車兵は、実戦経験が少ない者が多く 被弾後にパニックに陥って上手く行動できなかったり、 命令系統に不具合が出たりと、人為的なミスが多かったと言われている。 メルカヴァの弱点と言うよりも、IDFのシステムに弱点があったのではないか。 (319 184) 公海上のガザ支援船を急襲、拿捕、乗員を射殺・・海上封鎖って公海上でも有効性を主張できるもんなの? 公海上で臨検することは認められている。 正当な理由があれば。 大量のコンクリートとセメントも含まれている。 これらはイスラエルが持ち込み禁止している品目 建設資材は戦時禁制品。 「戦時」なの? イスラエル - パレスチナ間で戦争状態なのだということになってしまうと イスラエルにとってパレスチナは自治区ではなく主権を有する国家ということになってしまう。 トルコがパレスチナに向けて物資を援助したのもイスラエルがトルコ人ぶっ殺したのも戦争行為になってしまう。 なのでイスラエルは戦時だとは絶対言わない。 イスラエルの主張は、 6隻いた物資運搬船のうち、1隻だけ臨検に入った特殊部隊に抵抗した、 これに対する正当防衛だ、ちうことだな。 で、安保理の声明は正当な理由なく民間船を拿捕し、その際に民間人を殺害したのを非難しているわけだ。 イスラエル側から見て色々言っても、問題はそれが国際法に合致すると認められるかどうかなんだよ。 「戦時」と言うなら、 例えば公海航行中の船舶に対する武力行使を正当化しうる事情と認められるかだよ。 認められないから非難声明が出てる。 (韓国哨戒艦沈没事件 721-731) 以下、sankei.jpより英ダンディー大のロビン・チャーチル教授の意見を引用。 イスラエルの海上封鎖は国際法違反 英国際法学者が指摘 http //sankei.jp.msn.com/world/mideast/100603/mds1006032243007-n1.htm イスラエルがパレスチナ・ガザ地区のイスラム原理主義勢力ハマスと交戦状態にあるとはいえず、 「イスラエルによる海上封鎖は国際法に違反している」との認識を示した。 国際法学者の間では、イスラエルとハマスが交戦状態にあるかどうかをめぐって意見が二分している。 しかしパチンコや棒で襲ってきた活動家に銃で応戦するのは、 攻撃に対する自衛権行使の比例性の原則から著しく逸脱した過剰防衛だと指摘した。 なんで、イスラエルが潜水艦持っているんですか? リビアとかが海から攻めてくるの? イスラエルは天然資源に貧しい国なので、当然他国からの輸入に頼らなくくてはいけない、 また、工業製品の輸出はイスラエルの大きな収入源であり、 その輸出入のためには、商船が通る海路の確保は不可欠。 エジプトやトルコが敵に転べば簡単に海上封鎖される可能性があるし、 エラートからの紅海ルートにもイスラム諸国がいる以上、いつなにがあるかわからない。 一見蔭が薄いけどイスラエルは海上戦力の増強にはけっこう力を入れているよ、 どこを仮想敵国とするというよりは、貿易国家として当然のこと。 (294 479) イスラエルの住宅にはシェルターがありますか? イスラエルでは、住宅に防護部屋を造っています。 地上の普通の部屋で、防護に優れているのです。 地下壕よりは、弱いです。 警戒態勢の際、毎日地下壕に寝るわけにもいきません。 軽度の警戒のときは、家の中で、比較的安全な防護部屋にいます。 「家の防護部屋である寝室に恵伝を連れて行くか私は考えました(イスラエルの家もしくは住宅地には防護部屋が必ずあります)」 下記を参照ください。 http //eden-nisjun.blogspot.com/2009_01_01_archive.html (679 霞ヶ浦の住人 ◆1qAMMeUK0I) 落合信彦氏の小説『男たちの伝説』にモサドがフランスから戦闘機を盗んだという話があるのですが フランスから戦闘機の設計図等の資料を盗んだ事なら ミラージュⅢの資料を盗み出してこれがダガーに ダガーの改良が有名なクフィール (288 707) イスラエルはテロによって建国されたというのは本当ですか? イスラエル独立前夜、彼の地にはユダヤ人組織として、 ハガナ(「防衛」)、エツェル(「民族軍事組織」)、そこから分派したレヒ(「イスラエル自由戦士団」)などがあり、 当時の支配者であった英国に対し、テロも含む様々な手段で抵抗運動を繰り広げました。 で、彼らにほとほと手を焼いた英国人が、問題を国連に放り投げてパレスティナから逃げ出してのち、 第1次中東戦争を経てイスラエルは独立を成し遂げるわけですが、 その際、先ほど挙げた組織は(すったもんだがありましたが)IDFに吸収、解体されました。 これらの組織の出身者にベングリオン、ベギン、ラビンなど歴代の首相がいます。 あ、今の首相閣下もハガナに所属してましたな。 英国統治下では彼らは憎むべきテロリストですが、現在のイスラエルでは建国の英雄になるわけです。 もちろん彼らが殺人者として告発されることはありません(英国人、アラブ人がどう思ってるかは知りませんが)。 (107 イスラエル国防相 ◆3RWR.afkME) 第1次中東戦争でイスラエルはどうやって武器を調達したんですか? 色んな国が、中東諸国に第二次大戦で余った武器を売却しています。 主に、ドイツの兵器はチェコスロヴァキア、ルーマニア、ブルガリアが売却しています。 例えば、シリアは、東欧諸国から4号戦車あ4号駆逐戦車を購入していますし、イスラエルはチェコスロ ヴァキアから、第二次大戦中のBf-109G-14をチェコでライセンス生産したけれど、エンジンが無かった ので手近にあった爆撃機用のJumo210を搭載したC.199、C.S.199戦闘機を購入しています。 また、チェコからは同国で使用していたSpitfire戦闘機もイスラエルは購入しています。 ちなみに、イスラエルは爆撃機としてB-17を3機入手しますが、これは映画撮影用にと 借り受けたものをそのままトンズラこいたものです。 Spitfireは、エジプトでも使用していましたので、同じ機体が戦った訳です。 エジプトは基本的に英国軍装備で、各種英国製戦車、航空機を持っていました。 また、イタリアからは、Fiat G.59戦闘練習機(G.55のRRエンジン搭載型)、Macchi C.205Vなど も入手しています。 (115 眠い人 ◆gQikaJHtf2) 実のところ、イスラエル建国時には国軍というものが存在しなかったんですよ… とはいえアラブ諸国との対決が間近に迫っていましたから、 武装組織ハガナーを母体に軍隊を作ることになったんですが、 旧宗主国の英国からはハガナーは非合法組織として取り締まりの対象になってましたので、 ろくな武器を揃えることができませんでした。 1948年の時点で、どうにか兵員は9個旅団を動員できたんですが、その武器といえば、 小銃…10000丁、短機関銃…3500丁、76.2ミリ迫撃砲…26門、50ミリ迫撃砲…672門 これだけでした。あとは手製の火炎瓶とか。 んで、これじゃまともに戦えねーYO! ということで、イスラエル側は豊富なユダヤマネーを駆使して、 欧州のあちこちの国から大戦終了で余った武器を買い漁ります。 モーゼルライフル、MP40、MG34、ブレンガン、PIATなど、 元は連合軍、枢軸軍を問わず数多くの武器が持ち込まれました。 また近代戦には航空戦力が必須ですが、 開戦当時イスラエルにはC47輸送機と旅客機2機程度しかなく、 これまた急いでチェコからS199を11機、スピットファイアを50機、 他にもマスタングを4機、モスキート9機、B173機を買い付けています。 あとは不名誉な手段なんですが… 英国からボーファイター5機を映画撮影の為と言って借り逃げしたり、 駐留していた英軍からシャーマン戦車を色仕掛けで盗み出したり。必死だな(藁 まあそんなこんなで、イスラエルは第一次休戦まで持ちこたえ、 時を同じくしてIDF(イスラエル国防軍)が組織され、国防は一本化されました。 貴重な時間を有効に活かし、さらに近代兵器を増強したイスラエル軍に対し、 もはやアラブ連合軍は抵抗することはできず、事態は終戦へと向かいましたとさ。 (115 イスラエル国防相 ◆3RWR.afkME) 随分と急いで航空機買っちゃったようだけど、それでまともに運用出来たの? S.199については、イスラエルは結構運用に苦労したみたいですね。 元々工作の程度が良くなかった上に低性能だったので…。 あと、Spitfireに関しては、チェコから購入する前は、不時着機の修理とか、廃棄された機体 からでっち上げたとか、そんなこんなで3機は再生しています。 だから、腕が悪い訳ではないと思いますよ。 (115 眠い人 ◆gQikaJHtf2) 借り逃げしたボーファイターも共食い整備をしたにもかかわらず、 三ヶ月ほどでパーツ不足のために飛べなくなっています。 B-17は最初は爆撃照準器や銃塔が取り外された状態で、かき集めたパーツを 取り付けながらなんとか終戦までにそれぞれ40回程度の出撃を行ったようです。 (115 名無し軍曹 ◆Sgt/Z4fqbE) イスラエルが核兵器を所有している、と「断言」しているウェブサイトを見つけてしまったんですが、 これはCIAやその他情報機関が公表、あるいは年刊軍事専門誌に記載されるほど確度の高い情報でありますか? イスラエル自身は持ってるとも持ってないとも言ってません。 (115 905) もう上で言っていますがイスラエルは核兵器を持っているというのが通説 で第四次中東戦争で使おうとしたけどアメリカに止められたなんて話も (115 906) 更新が遅いので最近定評のある(泣)FASのサイトでもイスラエルの 核兵器は増えつつあります。 www.fas.org/nuke/guide/israel/nuke/index.html これは可能性とかではなく、軍事関係では暗黙の了解以上、常識というレベルだと思って下さい。 (115 system) イスラエルの核開発は1956年、海水の淡水化事業で使用するという名目で始まりました。 フランスから原子炉(出力24メガワット)が輸入され、 ネゲブ砂漠の真ん中にあるディモナという小さな街の郊外に据え付けられると、 周囲には厳戒態勢が敷かれ、上空は飛行禁止区域に指定されました。 時を同じくして、アメリカのペンシルベニア州にユダヤ系企業「ニューメック」が設立され、 濃縮ウランの再生事業を始めます。 1961年になると、この会社は「放射線照射による食料品および医療品の滅菌事業を始めますた」と宣い、 イスラエルに「食品・医療品サンプル」と書いたコンテナを続々と出荷します。 ここに来て、さすがにFBIが「おいちょっと待て中身見せてみろ」となったんですが、 イスラエルは外交圧力をかけて、この動きを潰します。 一連の出荷が終わるとあら不思議、ニューメック社から45キロもの濃縮ウランがなくなっていましたとさ。 さて時は流れて第4次中東戦争、アラブ各国を中心にある噂が流れ始めます。 曰く、イスラエルが南アフリカと組んで核開発を進めている。 (当時南ア領の)ナミビアは天然のウランの生産地だ。 すでに南ア領海内で核兵器の実験に成功した。 曰く、戦争初期に大打撃を受けたイスラエル軍がアメリカに緊急の武器援助を申し込んだ。 アメリカは渋ったが、イスラエルは核弾頭搭載の地対地ミサイルを展開して使用をちらつかせ、 結局、この間接的恫喝で大量の兵器を受け取った。 などなど。 この噂はエジプト・サダト大統領に早期停戦を決断させる材料になりました。 で、このあたりからイスラエルの核保有に関しては、限りなく黒に近い灰色である、というのが定説になります。 1989年に南アフリカが「核兵器は持ってたけど廃棄しますた」と発表して「ああやっぱり」。 現在、イスラエルは200~300の核弾頭を保有していると言われています。 但しイスラエルがNCND政策(核兵器の保有を是認も否認もしない)を採っている以上、 誰も断言はできない、というのが実際ですね。 このへんは今後、中東和平に劇的な進展がない限り、明らかになることはないと思われます。諦めましょう。 (115 イスラエル国防相 ◆3RWR.afkME) ヨム・キプール戦争の緒戦の敗北はユダヤ教の祭日だったから? ヨム・キプール戦争の際の過ちは 「敵が攻めてくるという情報が入ったにも関わらず、予備役の全面動員ができなかった」 点にあるわけで。 ボケっとしてて殴られたのではなく、予備役を総動員すると莫大な経済的損失を被るので、 空振りだったらギガヤバス、で戦時体制への移行が遅れたのです。 主として政治、軍事面のミスであります。 加えてイスラエル国内のユダヤ教徒の一部、何が何でも掟は守る超正統派は兵役の対象外ですし、 あとは適当に世俗化してますので。宗教はあんま関係ないです。 日本で言うとお正月三が日に敵が攻めてきた感じかなあ。 (259 イスラエル国防相 ◆3RWR.afkME) イスラエルでは宗教上の理由での兵役免除はあるの? イスラエルでは超正統派は兵役を免除されています。 (彼らにとってイスラエルは神ではなく人間が造った国家なので義理立てする必要がない) 義務を果たさず主張だけは強いということで、世俗派との間で軋轢があったり… アラブ系イスラエル人も同じく兵役の義務はありません。 但し、イスラエルに忠誠を誓うベドウィン、ドルーズやチェルケスといった人たちは、 イスラム教徒にも関わらず進んで兵役に就きます。 (256 イスラエル国防相 ◆3RWR.afkME) デイル・ヤシン村の虐殺について、 当時のベングリオンがヨルダン国王に謝罪の書簡を送っていたかと思えば、 当時のイルグンの指揮官だったベギン元首相が誇らしげに あの作戦がなければイスラエルの独立はなかったとか発言したともあって、 何が何やらよくわからない状態です。 イスラエルとしてはこの辺の負の歴史は余り表にしたくないのが現状ではないでしょうか。 一応、イスラエル軍資料館に一連の出来事の資料はあるみたいで、Tanturaの虐殺については、 その資料と当時、虐殺に参加した兵士たちへのインタビューを元にした論文が1998年に、イスラエルの 研究者、Teddy Katzの学位論文『いかにしてアラブ人たちは、1948年、カルメル河下流の村を去ったか』 というので初めて公にされたのが事件以来、久々にイスラエルからの報告であろうと思われます。 彼にしたところで、この研究を終わりまで続けるべきかどうか、様々な葛藤があったと書いています。 (160 眠い人 ◆gQikaJHtf2)
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3737.html
マクロスなのは 第29話『アイくん』←この前の話 『マクロスなのは』第30話「アースラ」 『誰かいませんか!?』 数台のエンジン音と共に、拡声器を介したティアナの声が耳に届く。 彼女の後ろにはEMPで立ち往生してしまった自動車を路肩に除けて、後方の輸送隊に道を作っていくバトロイド形態の消防隊所属VF-1C。 ここは先の防空戦闘によってめちゃくちゃになってしまった、三浦半島の南端に位置する町だ。 ―――――いや、だったと言った方が正確か。 ティアナの声に続いて上空からは消防隊のヘリとガウォークのVF-1Cの爆音が轟き、抱えていた水をぶちまけていく。救助活動が開始されてから今までの数時間に、数千トン以上の水を投下したと聞く。しかし完全に焼け石に水。周囲どこを見ても炎の壁が家だったものを包んでいた。 その中の一軒に大量の水が降り注ぎ、その延焼の度合いを弱める。そこでスバルは気づいた。 (あの家、ビーコンが発信されてない!) そこには救助隊が突入して、生存者の有無の確認を行ったというビーコンの発信がなかった。どうも周囲の火災の度合いが強すぎて、先遣の救助隊が近寄れなかったようだ。 『(ティアナ、ちょっとそこの家の中を確認してくる!)』 『(わかった。5分以内に戻ってきなさい。ここにそう長く留まれそうにないから)』 ヴァイスのバイクに跨りながら小回りを武器に、バルキリーを含む輸送隊の先の方で誘導するティアナは、少しだけ速度を緩めながら念話で返してきた。 『(了解!)』 輸送隊から離れたスバルは、その民家の玄関を拳撃で吹き飛ばし、内部に突入する。 周囲の温度は極めて高く、バリアジャケットなしではとても入れなかっただろう。そして同じように、この家の住人が簡単な魔導士であってくれたなら、対煙、対熱のシールドを張って未だに救助を待ってくれている可能性があるのだ。魔力反応はまったく感知できなかったが、あのEMP(電磁波ショック)の後では機器は信用できない。 もっとも、だれもいないことに越したことはないのだが――――― 「誰かいませんかぁ!?」 返事はない。 それに肉が焦げるような嫌な臭いが鼻につく。 (でも!!) 踏み抜きそうな脆くなったフローリングの廊下をさらに奥へ。 倒れた家具が道を塞ぐ。・・・・・・家具?いや、家の支柱だ。どうやらそれを隠していた壁は崩れたか、燃え尽きたかしたようだ。 本来壁だったのだろうその場所を、さらに奥に進んだ彼女が見たのは、1人の焼死体だった。全身炭化し、もはや性別もわからないその遺体に思わず歯がみする。 しかしその時、パチパチと家が焼ける音以外の〝声〟がした。その声は幼いを通り越して赤ん坊の声だった。それはどうやら遺体近くの金庫から出ているようだ。ドアの前には入っていたのだろう貴金属の姿。代わりに中に何か入っているのは明白だ。しかし開けるためのダイヤルの数字など知ったものでない。 (壊すか・・・・・・でももし中身が生き物なら、衝撃が危険すぎる) 加えて、天井から聞こえる建材が折れる音はまだ断続的なものだが、だんだんとその間隔は連続的なものになってきている。この家がその重量に耐えられない時が来ようとしているのだ。 猶予はない。ダメもとでノブに触れる。 「熱っち!」 素肌の部分が焼けるような痛みを訴えるが、この皮膚は人間のような脆弱なタンパク質ではない。戦闘機人の強靭な人工皮膚なのだ。 熱さに耐えてノブを捻ると、その強力な筋力を―――――使うまでもなかったようだ。それは何の抵抗もなくするりと開き、同時に泣き声のボリュームが上がる。 「よ~しよしよし・・・・・・」 スバルは水でぐっしょり濡れたタオルに包まれたその子を抱き上げると、対熱シールドで包み、自分のバリアジャケットの生命維持システムに組み込んだ。 「もう、持たないか!」 崩壊の音はすでに爆音に近い轟音を放っている。これに崩れられたらさすがに助からない。かといって来た道を戻って脱出するには遅すぎる。 こんな時どうするか? スバルは1つしか回答を持ち合わせていなかった。 「最短を一直線に、抜く!」 右腕のリボルバーナックルのカートリッジが数発ロードされ、そのフライホイールが高速回転する。 「ディバイィン、バスタァー!」 よく制御された魔力砲撃は六課に入る前のそれとは違い、ムラなく直線的に進路上のものを吹き飛ばした。 元から崩れそうなものをさらに壊したのだ。モタモタできない。砲撃を放った次の瞬間にはウィングロードを展開し、自ら切り開いた道を進む。その間も雪崩の如く建材が頭上に降り注ぎ、その進路を妨害する。 それらを撥ね退け、すすむ! ――――― ススム! ――――― 進む! しかし、あと5メートルというところで再びその道は瓦礫によって埋め戻されてしまった。 (畜生!) この崩壊の度合いでは退ける暇も、砲撃をする暇もない! やはり軽率だったと思わずにはいられない。一人ならともかく、救助した者の命も預かっているこの身なのだ。 あの時砲撃で壊さず、来た道を戻っていればあるいは――――― 後悔の念に押しつぶされそうになったその時、行く手の道に巨大な〝手〟が差し込まれた。そしてその一掻きは瞬時に脱出ルートから障害物を消し去ってくれた。 「脱出!」 煙と粉塵を払いのけて屋外へ。そのままウィングロードは上空まで伸びていく。 助けてくれたバルキリーは消防隊のVF-1Cではなく、フロンティア基地のVF-11のようだ。バトロイドの機首には獰猛なサソリを思わせるノーズアートが見えた。 すれ違いざまコックピットのパイロットに片腕を上げて礼を言う。 ここまで来ると助かったと油断するのが人の性。だがまだ終わってない。 「か、瓦!?」 向き直った目前には降り注ぐ無数の瓦。一時期ブームになった建材だが、今は勘弁してくれ。それにその後ろには倒れ掛かってくる家本体。 バトロイドの人はコックピットでコンソールを叩いている。どうも武装が動かずに悪態をついているようだ。 反射で頭と、抱いている形で確保されている赤ん坊をそれぞれ両腕で庇う。そして魔力障壁を展開。PPBSを最大出力! 数十を超える無駄に重い瓦で叩かれ、息つく暇もなく、倒れ掛かってくる家の屋根という物理的な圧迫力を前に、どこまで耐えられるか自信はない。しかし、それが己にできる精いっぱいの対策だった。 (どうかこの子だけでも!) ・・・・・・衝撃! 自身の上昇速度と、瓦の自由落下とで弾丸並みに重い衝撃が魔力障壁に降りかかり、フィードバックが体力と魔力を、そしてカートリッジを削っていく。しかし屋根はこんなものではないはずだ。瓦が割れていく轟音の中、覚悟を決める。 (あと屋根1つくらい・・・・・・このまま押し返す!) 根拠ゼロの覚悟の中、目標である屋根を見据えようと頭上に振り返ると一転 「あれ?」 そこには瓦とともに倒れてくる屋根など存在せず、大きく抉られた屋根だけが存在していた。 (あの抉り方は砲撃・・・・・・?) 角度から砲撃ポイントと思しき公道付近を見ようとすると――――― 『(スバル遅い!もう10分以上経ってるわよ!)』 バイクのアイドリング音と共に付近の公道から放たれた相棒の念話は、スバルに今度こそ、助かったのだという事を実感させた。 (*) 「まったく、フロンティア基地の人に気づいてもらえなかったら、どうする気だったのよ!」 「いやはや、面目ない」 2人乗りするバイクの前部で運転する、相棒の叱責すら心地よい。 あのフロンティア基地航空隊の人は防空戦からそのまま救助活動に参加していたそうで、今回は魔力砲撃の魔力を探知して、単体だった事から応援に来てくれたそうだった。 消防隊は魔力を探知する事はともかく、どのような魔法なのか、場所及び個数など、そんな分解能のいい装置なんて持ってない。そのためまさに幸運と呼ぶにふさわしい生還劇だったようだった。 「・・・・・・もっとも、スバルが1人で行くなんて言い出した時に、念話で周囲に展開してた部隊へちょっと口添えはしといたけどね」 前言撤回。 幸運なんかじゃない!やっぱりこの相棒は最高だ! 「やっぱりティアは凄い!大好き~!」 「こ、こら!いくら私でも事故る!お腹を必要以上に押さえるのはやめなさい!私達2人だけじゃないのよ!」 「そ、そうだね」 今背中には、あの火事場から救出した小さな命がある。この命を救えたことこそ、自分達がここに来た甲斐があったというものだった。 「・・・・・・それにしてもアルト先輩大丈夫かな?」 「そうねぇ。ライアンさんも他の同僚の人から撃墜されたとしか聞いてなかったみたいだし・・・・・・やっぱり通信網が回復しないとなんとも言えないわね」 「・・・・・・うん。でも今回の攻撃、何かおかしい。通信が遠隔地のどこにも繋がらないなんて・・・・・・」 今回の通信途絶問題、EMPによる通信機器破壊だけがその原因とは考えられなかった。事実、EMP範囲外で故障していないはずの自分達の機器も、1キロを超える電磁波無線通信を完全に断たれていた。 ミッドチルダ全域に有線網を持つMTT(ミッドチルダ電信電話株式会社)による調査では、自分達が知る限りでもこの現象は関東全域に及んでいるらしく、未確認だがそれ以上の範囲に及んでいる可能性があるそうだった。 おかげで現状使えるのは念話、半径1キロ未満の電磁波通信、あまり広まっていないためほぼ管理局のJTIDS(戦術統合分配システム)に限定されるフォールド通信。そしてMTTの有線通信網だけという、新暦100年とは何だったのかと突っ込みたくなるようなお粗末なことになっていた。 それに問題は通信だけではない。 「追いついたわね」 先ほど誘導していた輸送隊のトラックが見えてくる。大部分がコンテナ設備を積んだ大型トラックだ。 後方の中型トラックには道すがら回収した避難民が乗りこんでいるが、それはバスのようなものではなく、〝ディーゼル駆動〟の中型コンテナトラックだ。別にバスなどの車が徴用できなかったわけではない。 先のEMP攻撃は、この町を含めた半径10キロメートルにわたって軍用でないすべての電子機器を破壊しつくした。しかし、被害はそれにとどまらない。通常EMPはマイクロ秒単位で発生して瞬時に消えてしまうが、今回はそれの後、継続して被害を与えていた。先ほどの電磁波による通信と、次世代型大出力大容量バッテリーだ。 このバッテリーは従来の物と違って化学反応を用いないことで、一つで最大数百ボルトの電圧を得たり、充電することができる。 最近では原料から、どこかの世界の呼び方を踏襲して「フォールドカーボンバッテリー」と呼ぶそうだが、このバッテリーはクラナガンではシェア70%に及ぶ電気自動車に搭載されてる。具体的には民衆車、バス、通常2輪などの馬力を要求されない車だ。 ここで本題だが、今回、このフォールドカーボンバッテリーがこのEMP範囲内に入ると、たった数分で使い物にならなくなる現象が起こっていた。 おかげで災害出動した陸士部隊の輸送隊は軒並み立往生を喰らい、代わりに水素・石油など化石燃料車に依存する民間輸送業者が各地からかき集められていた。そのため目前を列を組んで走るトラックには「クール特急便」やらド派手な電飾を施した族仕様のトラックなど、シュールな光景が広がっている。自分達が乗るこのロータリーエンジン式バイクも現在水素で稼働しており、ヴァイスの趣味が功を奏した結果となっていた。 「前の方が騒がしいわね・・・・・・」 ティアナが言う通り輸送隊の前の方で人と救助ヘリの行き来が激しく起こっている。どうやら目的地だった小学校に到着し、先遣隊との合流を果たしたらしかった。 先遣隊は消防隊の大部分のVF-1Cとともに本職の消防救助隊が初動で動いたもので、本格的な病院設備は自分達がこのトラック達のコンテナ設備として持ってきた。 「先遣隊には転送でシャマル先生達も先に来ているはずだし、行ってみましょう!」 「うん。この子も預けなきゃいけないし!」 「そうと決まれば!」 アクセルを吹かして小学校への道をひた走る。そこに地獄が待っているとも知らずに――――― (*) 5時間後 三浦半島緊急避難指定小学校 楽しい休日になるはずだったこの日は、スバルにとって忘れられない地獄となった。 最初に言おう。はっきり言って自分の無力さを痛感させられた。 意気揚々と小学校に踏み入れてみれば、当然だが校舎が野戦病院と化していた。普段子供たちが学友達とともに学ぶ教室は集中治療室になり、「ろうかは走らない!」と書かれた廊下は、患者達の病室と避難民の収容設備となった。そして体育館は遺体安置所としてその機能を果たしていた。 空調がEMPでやられていたため形容しがたい悪臭がそこかしこから漂い、阿鼻叫喚の悲鳴がどこからともなく聞こえた。それでも合流したシャマルさん曰く、自分達が麻酔を始めとする様々な医療物資を補給して、改善された結果だというから二の句がつげない。 私達が来る前は一体どうだったというのか・・・・・・ 自分はその身体能力を買われて救助隊の手伝いをしたが、その仕事はなのはさんがデパートでの火災の時、自分を助けてくれたように、劇的で感動を呼ぶような憧れていた物では到底なく、ひたすら、ただひたすらに泥臭い仕事だった。名目こそ生存者の捜索と救助だが、実質遺体の捜索と鎮火への協力だった。 時間が経ち過ぎている。 それは痛いほどわかってる。だが、もっと他に、何か、こうならない方法がなかったものなのか? そう自問せずにはいられない。 『ガジェットは用がなければ家の中まで入ってくる可能性は極めて低いので、家の中で待機するようお願いします』 これは管理局が民間人に向けて行った行動指針だ。まぁ、その理屈はわかる。事実最前線で戦ってガジェットが理由なく故意に民間人の家を襲撃したりしたことはない。 今日自分達が少女を助けるために陸戦型ガジェットと召還魔導士と交戦したのは、ここから十数キロの地点。 次善の策として民間人が家の中に閉じこもるだろうこともわかる。 だが、その結果がこれだ。 防空ラインが少しずつ後退して、ついにはこの上空が戦闘空域となり、ガジェットとゴースト、バルキリーの墜落で発生した火災は、当たり前だが局所集中していないため鎮火には膨大な人手を要した。職務を離れる前に見た集計表によれば、他の避難所も足すと死者200人超、重軽傷者6000人弱、焼け出された避難民は約10万人らしい。 それにEMPによって通信網がマヒしていることが悔やまれる。あれがなければ発覚が速まって初動から大規模転送で救助隊を緊急投入できたはずだし、火災で有線通信網がズタズタになったここでも、リアルタイムで情報を共有することができたはずだ。バッテリーにしても陸士部隊などの災害出動した部隊が立ち往生せずに来てくれたらなど、ifは尽きない。 頭がこんがらがり、フラッシュバックする救助活動時の凄惨な現場のイメージを頭を振って振り払う。しかし簡単には離れてはくれない。助け出した人は十人以上。だけど――――― 「結局、命まで助けられたのは最初の1人だけだったな~」 思い出すは金庫に入っていた赤ん坊のこと。 今思えば金庫の前にあったあの焼死体は、あの子の母親だったのだろう。おそらく火災にまかれて進退極まった彼女は、子供だけでも助けようと思い、あの中に入れたに違いない。 赤ん坊が酸欠にならなかったのは奇跡に近いが、状況が状況だけに最善の策だっただろう。 救えたのはたったの1人だったけど、その存在はスバルにとって大きな救いとなった。 「なのはさんも、こんなこと思ったのかな・・・・・・?」 以前自分が被災した火災について調べたことがある。確か店側の避難指示が功を奏して死者はなく、避難時の混乱で骨折などのケガ人を数十人出す程度だったと記憶している。だが彼女のキャリアの中には、他の次元世界での時空震に対する災害派遣など、今回の都市災害を凌駕するような経歴が存在する。自分と同じとは言わないまでも、同じような経験をしているのは間違いなさそうだった。 「それでもなのはさんは、あんなに笑顔でいられるんだ・・・・・・やっぱり敵わないよ・・・・・・」 思わずため息が口をついて出る。 自らが憧れる人物の器の大きさに改めて感嘆し、自らが志望していたレスキューという仕事をこの心境で改めて六課を卒業した時、志望できるか不安になった。それどころかこの管理局という仕事に関しても、だ。 そう考えると意図せず頭が真っ白になり、その視線が外に向く。 小学校の屋上というロケーションは、残暑の暑さを感じさせぬ涼しげな風で額をなで、意識をその視界に集中させる。周囲は未だ所々で火災の跡がまだくすぶっており、先ほど交代した陸士部隊と、消防団のVF-1C。4時間前にやってきたフロンティア基地航空隊のバルキリー隊が生存者の救助、もしくは焼失・倒壊した民家からヒトを探していた。 ここから見るとバトロイド形態のバルキリーしかその姿を確認できず、暗い中をサーチライトで照らしながら作業する姿は孤独に思えた。 そこで、背後の扉を開く音に振り返る。 「ティア・・・・・・」 この最高の相棒は、今は珍しい化石燃料式バイクという小回りのきく乗り物を持ちこんでいたことから、伝令を行わされ、それぞれの避難所と救助活動の最前線、そして管理局地上本部のあるクラナガンとを繋いでいた。 「伝令はもういいの?」 「うん。治安隊の白バイと交代してきた。でもバイクは傷だらけにしちゃったし、燃料はすっからかん。ヴァイス先輩怒るだろうな~」 そう笑いながら隣に座る。 「・・・・・・それでさ、あんた、なんでこんなとこにいるの?何とかと煙は~って―――――!」 〝煙〟と聞いた瞬間、こちらの表情が曇るのがわかったのだろう。冗談は通じないと努めて明るく接してくれていた相棒はその表情を深刻にして、正面から両肩を掴む。 「ねぇスバル?まさかとは思うけど、バカな真似は―――――」 「大丈夫だよ。なのはさんが、ティアが、みんなが生かしてくれた命なんだ。粗末になんかできないよ。でもね・・・・・・でも、これからどうしたらいいのかわからないんだ。ねぇ・・・・・・わたし、何になりたかったんだっけ?」 「そんなの、私にはわかんないわよ」 「・・・・・・え?」 「私が知ってるのは人を助けよう、守ろうって努力するあなたの後ろ姿だけ。そりゃ今まで一緒にいてレスキューに携わりたいとか、なのはさんみたいになりたいとか、いろいろ聞いたわよ。でもね、それって私がちっちゃい時に『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』って言ってたのと大して変わらないのよ。何になるのか、そういうことを考えるために、憧れのなのはさんがいる六課という研修所を選んだ。違う?」 「そう・・・・・・なのかな?」 「うん!まだ私達は何にでもなれるんだから!」 「そうだね・・・・・・これから、考えていけばいいんだ」 そう考えると、少し心が軽くなった気がした。 「・・・・・・そう言えばティアって昔の夢、お嫁さんだったの?」 「う、うっさいわね!そうよ!悪い!?」 「ううん。全然」 やってしまったという顔になって頬を赤らめるティアの姿に、いつの間にか笑顔にさせられていた。 救助活動を終えてからようやく笑えた気がする。本当にありがとう、ティア。 (*) 「そう言えばね、伝令やっている間に分かったことなんだけど、アルト先輩、やっぱり見つからなかったんですって」 あれからすぐ打ち明けられた真実に、スバルは思ったより冷静でいられた。 「そっか・・・・・・結局、あの時の恩返しできなくなっちゃったか」 「―――――意外ね、あんまり驚かないの?あんな殺しても死にそうになかった人なのに」 「まぁね。今回痛いぐらいわかったけど、人間って簡単に死んじゃうんだよ。「奇跡の生還」なんてのはアニメやドラマみたいなもんだけ。大抵はよほど準備してた結果であって、奇跡なんかじゃないよ」 「なんだ、醒めてんのね。弄りようがない」 ティアの肩をすくめる様子に一気に頭が過熱する。 (まさか死んだアルト先輩をダシにしようと?いくらなんでもそれは!!) 「ティア、いくらなんでもそれは酷いと思う。アルト先輩はそんな悪い人じゃなかったし、私達、何度も助けてもらって―――――」 言い終わらないうちにティアの右手が優しく左頬に添えられる。しかし肌に感じたのは相棒のぬくもりではなく、冷たい金属的な何か。 「ごめんなさい。そういう意味で言った訳じゃないの」 気付いてみればティアの顔には、自分に付けたのと同じであろう耳に掛ける方式のインカムがあった。 「ティア、これ・・・・・・?」 「JTIDSの端末機よ。陸士部隊の備品から貰ってきたの。これがないと、電磁波通信できない今の状態じゃ私達の座標を掴めないからね」 「??・・・・・・それって?」 どうも状況を上手く理解できない自分がもどかしい。頭を冷やさないと・・・・・・ 「まぁ、ちょっと待ってなさい。―――――はい、私です。―――――はい、もう見つけました。JTIDSの端末をつけさせたので、座標はえっと・・・・・・JMG00658の端末で固定してください。―――――はい、それでは転送2名、お願いします」 そうしてティアは、私の耳に掛けたインカムの番号を再確認しながらインカムの通話ボタンから手を離すと、面白そうに言う。 「スバル、じっとしてなさいよ。じゃないと〝何か置いてきちゃう〟かもしれないから」 「へ?」 (ただの転送魔法にどんな危険があるの?) 回転が遅い頭で疑問に思ったが、すぐに理由を知ることとなった。 突然体を包むように展開される円筒状のシールド。それに反応する間もなく、自らの体が青い粒子となって分解していく。 (え、えぇ!?) もはや喋る口もない。数瞬後には視界と意識は閉ざされていた。 (*) スバルとティアナ〝だった〟光の粒子達はシールドの内部で徐々に不可視の波へと変換され、シールド展開から1.5秒後、この世界から消滅した。 2人がいた場所は何事もなかったかのように、静けさに包まれていた。 (*) あれからどれぐらい時がたったのだろう? スバルは気づくと、光の粒子になった体は再生され、しっかり光るパネルの上に立っていた。 (パネルの上!?) 周りを見回す。そこは辺りが見渡せる開放的な小学校の屋上ではなく、無骨な隔壁が覆う、少なくとも室内だった。 「どうやらちゃんと揃ってるみたいね」 ティアナが後ろから肩を叩いて言う。 「え、ティア、これは─────」 「見ての通り〝転送機〟よ」 狼狽する自分を見て面白がるティアナは、足元の床と天井に付く丸い小さなパネルを指差して言った。 ただの転送魔法ならスバルはこれほど狼狽しなかっただろう。転送魔法は科学的には空間歪曲による〝空間の置き換え〟がその原理であり、最初から最後まで意識と実体を保ったまま転送座標の空間と自分の空間が置き換えられる。そのためほとんど自覚することなく転送は終始する。 エレベーターを想像してもらえばわかりやすいだろう。我々は階数を映すディスプレイと重力加速度の変化によって移動を自覚するが、それらが全くない場合、完全に自覚することなく移動を果たすだろう。つまり、エレベーターの高さ(Z軸)移動だけでなく、平面(X,Y軸)移動を可能にしたものが転送魔法だ。 しかしこの「転送機」は第6管理外世界が発案、製作したものだ。彼らは魔法が使えないため、まったく別の方法を編み出した。それにはフォールド技術である次元航行技術が用いられた。 転送シークエンスとしてまず、気流による物質欠損をなくすため円筒状の気密シールドを展開。次に分子レベルにまで転送物を分解する。そして構成情報をフォールド波に変換し、それを再物質化点に送る。再物質化時にはフォールド波の次元干渉する特性を使って、無から元素を生み出し再構成するという方法を採っている。 つまり転送魔法のように実体が行き来するのではなく、構成情報が行き来するためエネルギー量は圧倒的に少なくてすむ。 これは当に革新的な技術であった。 この技術があったからこそ第6管理外世界の住民、ブリリアントは恒星間戦争を有利に戦えたと言えよう。 しかし管理局では特定の次元航行船しか採用していない。なぜなら魔法が使える彼らには、どこでもある程度手軽に使える転送魔法の方が使い勝手がよかったためだ。 この転送機の真価は3つ。1つは情報の行き来のため転送可能距離が次元空間を介してさえ数千キロ単位であること、2つ目は魔法でないためAMF下にも対応できること、そして最後に、最大一括転送可能人数が20人を誇るため、部隊の高速展開ができることと言えよう。 「それで、ここはどこなの?」 その質問に答えたのはティアではなかった。 「L級巡察艦の56番艦、『アースラ』や」 「や、八神部隊長!?」 部屋の外から突然現れた上官に、ティアとともにあわてて敬礼した。 「うん、なおれ」 はやての許可に腕を降ろした。するとティアは物珍しそうに周りを見渡す。 「しかしL級巡察艦なんてまだ運用されていたんですね」 自分が知る限り、L級巡察艦は40年以上前に設計された次元航行船だ。 当時警察としての側面が強かった次元パトロール部隊(時空管理局・本局の前身)は、乗員が20人程のパトロール挺しか配備していなかった。しかしロストロギアを狙う次元海賊の勢力は強大になっていき、人数も艦自体に武装がない事も問題になってきた。 そんな背景から作られたL級巡察艦は、150メートルを越える当時としては大船だった。この艦は初めて常時2個小隊(50人)の武装隊と乗員を1年間無補給で養える空間が設けられており、当時輸送船に任していた武装隊の輸送と展開を円滑に行えるようになった。 そのため当時初めて採用された転送機と相俟って〝事実上の強襲揚陸艦〟と呼ばれ、海賊達の恐怖を誘った。 またこの艦には様々な魔導兵器が搭載されている。特に有名なのは『アルカンシェル』と呼ばれる魔導砲だ。この殲滅兵器は現在も管理局で最も高い威力を誇り、最新鋭のXV級戦艦でもこの砲は踏襲されている。 また、このL級巡察艦は全部で56隻が造られたが、ロストロギアに侵食・汚染されて自沈処理された1隻以外は対外攻撃によって撃沈された事はなく、生存性の高さは折り紙付きだった。 確か20年前より老朽化から、順次退役していったはずだった。 「違うんよ。本当ならアースラは、1カ月前に廃艦になる予定だったんや」 「じゃあどうして?」 この問いにはやては微笑むと、 「その辺の事は食堂に行ってから話そうか」 と告げ、廊下を歩いていった。 (*) はやてに連れられ来た食堂は、艦内とは思えぬほど広い空間に作られていた。 すでに席には、どんな理由か知らないが、今回の救助活動に前半しか参加していなかったなのはを初めとする隊長、副隊長陣にヴァイスや〝ふくれている〟ランカ、そして〝早乙女アルト〟がいた。 「アルト先輩!?」 「・・・・・・いよぅ」 どうやらすでに、ここにいる者の誰かから〝手厚い歓迎〟を受けたらしい。彼の左頬には真っ赤になった平手打ちの後があった。 「大丈夫ですか?」 「ああ、撃墜寸前にはやてに転送されたんだ。それで『死後の世界って案外に俗っぽい所だったんだ』って無駄に感心したりして─────」 「いえいえ、そうじゃなくて、〝ここ〟の事です。」 自分の左頬を指差す。 アルトは左頬を抑えて押し黙ると、ふくれている緑の髪した少女を見る。しかし彼女は 「アルトくんなんか、大っキライ!」 とそっぽを向いてしまった。 (*) 幾何学模様に変化する空。 次元空間内に設けられた巨大な空間には、中規模の次元航行船用停泊ドックが浮いていた。 以前は本局の前身である次元パトロール部隊が母港としていたが、組織の格上げと船体の大型化に伴い、20年前から管理局は使っていなかった。 今では第1管理世界に2番目に近い大型次元航行船の受け入れ港(1番目はミッドチルダ国際空港)のため民間船の多く停泊するこの港には、久しぶりに管理局の艦船が入って来ていた。 胴体に2本の腕を着けたような意匠のこの艦は、20年前まで造船されていたL級巡察艦という型だ。1番艦からの運用期間が40年以上という非常に息の長いこの型は、ここにある改修用ドックで運用できる170メートルにギリギリ収まっており、往年は軽快艦として活躍した。 そして今、このドックに停泊しているのは、この型の最後の船、56番艦『アースラ』だった。 (*) 「・・・・・・それで、なんでここに集めたんだ?」 アルトが少し不機嫌に、はやてに問う。 スバル達が来てからも、まだフロンティア基地航空隊のヴィラン二佐やミシェルなどの上級士官が、このアースラの食堂に集められていた。 アルトとしては戦死騒ぎで、来る人来る人の悪い意味での〝手厚い歓迎〟に辟易していた。 「うん、まずはレジアス中将の話を聞いてくれるか?」 はやてはそう告げると席に着いた。 レジアスは食堂に併設されている小さな舞台に上がるとスピーチを始める。 「あー、諸君。こんな大変な時になぜ突然、こんな所に呼び出されたか疑問に思っていると思う。だがそれだけ重要なことであると考えてくれ」 レジアスは公聴者達を見渡すと続ける。 「知っての通り、我が地上部隊はミッドチルダを守護するために設立された組織だ。しかし最近の情勢は良くなく、六課と、フロンティア基地航空隊のおかげで地上の治安は維持されている。だが諸君、あと〝たった半年〟で双璧の1つである六課は解体されてしまうのだ!残念ながら地上部隊には、今まで通り、現在の戦力をクラナガンに〝釘付け〟にし、維持させることはできない」 現在六課戦力はクラナガンに釘付けになっているが、他の方面部隊も強力な戦力である彼女らを必要としており、一点集中には限界であった。 「そこで、我々地上部隊は半年後をめどに、地上部隊の保有する六課戦力を合わせ、〝本艦〟をベースに特別部隊を編成する!」 レジアスの宣言に動揺が走る。これまで地上部隊は艦艇を採用したことはなかった。しかし問題はそれだけにとどまらない。六課と合わせる特別戦力。ここにフロンティア航空基地の面々がそろっているといことは───── 「特別戦力にはバルキリー隊を使う。そのためアースラは今から1カ月の改修をもって、バルキリー隊の〝移動航空母艦〟として運用する!」 ─────もはや誰も止められないところまで事態は進行していた。 (*) 「しかし、よくこんなお誂え向きの船を見つけられたな・・・・・・」 アルトの呟きに、隣りに座るランカが耳打ちする。 「この船はね、出張中私の艦隊の旗艦だったの」 かいつまむとこういうことらしい。 第6管理外世界へのランカの貸し出しを決定した本局は、ランカ座乗艦はいざ危険になった時に、安全に戦線離脱できる次元航行船がよいと考えた。しかし大型フォールドスピーカーやフォールドアンプ、ステージの設置などを行うサウンド仕様への新鋭艦の改装は元に戻す時に困難を極めるため、解体寸前のこの艦に白羽の矢がたったのだ。 そうして何事もなく戦争が終結し、最後にランカをミッドチルダまで輸送する任務を達成した後、このドックで解体される予定だった。しかしレジアスがランカを招待した会食の折りに、彼女が 「古くなったからって、解体されてしまうのはやっぱり寂しいですね。機関長さんが『まだ十分動けるんだ!』って座り込みをやってました」 という話題を提供したという。するとレジアスは食い付き、本局からアースラに残りたいという乗員込みで破格の値段で買い落とし、今に至るという。 (なんて大胆な男なんだ・・・・・・) アルトはある意味感心した。 彼が視線を舞台に戻すと、今度は技術士官が改装の概要を説明しているところだった。 「─────アースラにはディストーション・シールド(次元歪曲場)、サウンドシステム、航法システムなどがすでに完備されており、この辺りの改装は行いません。主な改装部はバルキリー用の格納庫の増設で、現在10~14機程度の運用を想定しています。また既存の対空魔力レーザーCIWSに加え、自己完結のブロック型ミサイルランチャーを─────」 そんな中、ミシェルが話しかけてきた。 「おまえ、これからどうする?俺としてはおまえには3期生の教導に回ってほしいと思ってる。そうすりゃあのヒヨコどもでも2~3週間ぐらいで─────」 ミシェルはそこまで言ってアルトの放った鋭い眼光に、言葉を発せなくなった。 「・・・いや、ミシェル。俺は前線を退くつもりはない。確か格納庫には予備の〝ワルQ(きゅー)〟(この世界でのVF-1の愛称)があったはずだ。あれを貰う」 アルトの視線が、隣に座る少女に注がれる。 彼女は壇上で、復活に涙するアースラ機関長の話に夢中らしい。まったく気づかない。 「俺はコイツを─────ランカを守ってやらなきゃいけないんだ。今日の事でよくわかった。俺はできる範囲でもいいからコイツを他人任せにしたくない。この手で守ってやりたいんだ。も─────」 〝もちろん、なのはやさくら達だって同じだ。〟と言おうとしたアルトだが、ミシェルの手が肩に置かれ、言えなかった。ミシェルはかつてないほどの笑顔を作る。 「そうか、やっとお前も〝心を決めた〟ようだな。あのプレイボーイが、うん、うん」 なんだかわからないが、ミシェルはしきり感心する。アルトにとっては、ただ自らの手で大切な人〝達 〟を守る事を、新ためて決意しただけなのに。しかしミシェルは、両方が勘違いしていることに気づかないうちに話を続けた。 「よし、お前の一世一代の決断に俺は乗ったぞ。今日、基地に帰ったらすぐ、技研の田所所長に連絡を入れろ。『例の計画の件で、ミシェルから推薦されました』って」 「そうするとどうなるんだ?」 「まぁ、見てからのお楽しみだ。とりあえず、(ランカちゃんを)しっかり守ってやれよ」 「なに言ってるんだ。当たり前だろ。(みんなを守っていくなんて)」 色恋に関して天然バカの早乙女アルトと、勘違いしてしまったミシェル。まったくもってお似合いの相棒だった。 (*) その後、今後の計画についていろいろと話し合われ、地上時間2200時をもって終了。 各自部隊へと帰還していった。 (*) 2314時 聖王教会中央病院 そこにはなのはとランカの姿があった。 2人の目的の1つは突然幼生化したアイくんの精密検査。そしてもう1つは保護された少女に関するものだった。 この時間の病院は消灯後であり、通常静かなもののはずだ。しかし三浦半島の市街地で出た重篤患者がここに集められて治療が行われていたため、今も忙しく人が行き交っていた。 「こんなに怪我人が出たんだ・・・・・・」 ランカは病院のロビーで全身に包帯を巻かれた人や、虚ろな目でベンチに寝かされながら点滴を打たれている人、etc、etc・・・・・・を見て呟く。 皆顔は暗く、項垂れていた。 「ランカちゃんがいなかったらもっと被害が出てた。だからランカちゃんのせいじゃないよ」 だがなのはのフォローもあまり効果ない。 確かにアルトが生きていたことは言葉に表せないほど嬉しかった。しかし今回の事件で200人以上の死者が出たことには変わりなかった。 ランカは俯こうとして自らの抱く緑の物体と目が合った。 それは愛らしく 「キュー?」 と鳴く。 「アイくん、励ましてくれるの?」 「キューッ」 アイくんは喜色をあらわに、肩に飛び乗ると、頬をすりつけた。 「にゃはは、かわいいね」 なのははアイくんだけではない。そんな緑色の1人と1匹を見てそう言った。 (*) アイくんは精密検査では異常は何も発見されず、ランカの持つバジュラの幼生に関する科学的データと比べても同じだった。唯一わかっているのは、縮んだのは元素分解による質量欠損であること。これは体表面にエネルギー転換装甲を物質操作魔法した時と同様の特殊な反応があったためだ。しかし『魔法を介さない元素操作は不可能』なはずだが、ランカには物質操作魔法の素養もなく、デバイスもシャーリーによると対応していないそうだった。 謎を呼ぶアイくんだが、〝動く生物(質量)兵器〟が無害化したのと同意のため、周囲は無条件で受け入れていた。 (*) 清潔な白一色の部屋。 俗に病室と呼ばれるその場所は、通常ベッド数が4の広い病室だったが、今ベッドは中央に1つしかなかった。 そしてそのベッドにも、不釣り合いなほど小さな女の子が1人、眠っているだけだった。 その部屋の唯一の扉が開かれ、2人の人影が部屋に入る。しかしそれでも少女は目を覚ます様子はなかった。 「・・・この子がそう?」 ランカはなのはの問いに頷くと、アイくんを伴って少女をのぞき込む。 医師によれば衰弱の度合いは低く、今日、明日にでも意識を回復するという。 まだ精密検査は行われていないが、この子が通常とは違う人の手によって作られたという可能性が第108陸士部隊のギンガ・ナカジマ陸曹からもたらされていた。現場から1キロ離れていないところで輸送業者の事故があり、そこで密輸されていた生体ポットの主が、あの少女だと言うのだ。 ギンガはベルカのボストンで唯一生体ポットと関係のある「メディカル・プライム」が〝何らかの事情〟を知っていると見て調査しようとしたが、それはなのはによって止められていた。なのはにはメディカル・プライムとの独自のパイプがあり、「公式の調査で相手を硬化させるより、そこから聞いたほうがよい」との判断であった。 まだ向こうとは通信していないが、なのは自身は〝恩人〟であるあの企業を疑いたくなく、少女が人造であるとはっきりするまでは聞かないつもりだった。 閑話休題。 アイくんは寝ている少女が心配なのか「キューッ」と鳴きながら張りついた。 そんなアイくんのぬくもりを感じたのだろうか?少女が口を開いた。 「ママ・・・」 だが意識が戻ったわけではなく、目を閉じたまま手が宙をさまよっている。なのははそんな少女の手を握り、 「大丈夫、ここにいるよ」 と呼び掛ける。 すると少女の腕の力は抜け、また眠りの底に沈んでいった。しかしその少女の顔は、なのは達が入ってくる前よりいくぶんか微笑んで見えた。 ―――――――――― 次回予告 VF-25という翼を失ったアルト しかしそれは新たに手にする力への序章に過ぎなかった! 次回マクロスなのは第31話「聖剣」 その翼、約束された勝利の剣につき――――― ―――――――――― シレンヤ氏 31話
https://w.atwiki.jp/sousakurobo/pages/768.html
第5話 前回までのあらすじ 「訓練に明け暮れる第28連隊第4中隊の少女達。 拙くチグハグながらも少しずつ、ゆっくりと成長を続けてゆく。 しかし、対ワーム戦争の刻一刻と変化する情勢は、 彼女達にこれまで通りの訓練と青春に明け暮れる日々を 与えてはくれないのだった……」 (ナレーションCV:若本・ぶるぁぁぁぁ!!・規夫) 二日後 第4中隊が駐屯している高校のグラウンドに、自衛軍の車両が数台駐車していた。 2台は自衛軍制式の4輪の軽装甲車両(LAV)、1台は輸送トラックなのだが、珍しいものがそれらと共に並んでいた。 6輪の装甲車に砲塔が付いた、機動戦闘車両(WBV)、指揮通信車両(CCV)、そして小型無人偵察機(UAV)と その発射ランチャーを荷台に積んだトラックである。 「あの機動戦闘車両、無人型だ…遠隔操作する”マリオネット”ってやつだよ、多分。 UAVは砲兵の前進観測用機材…FFOSだね」 玲と二人で廊下を歩きながら、横目で並ぶ車両を見る麗美が呟く。 二人とも、陸上自衛軍のWAC用制服に制帽で整った姿で、襟には訓練生の階級章が縫い付けられていた。 麗美がそうだが、家族が自衛軍関係者なのが2名、軍事オタクが3名、第4中隊は兵器の名称をソラで言えるのが結構居る。 玲や由香里も、そんなに詳しいというほどでは無いが訓練で目にしたものや教本の写真に載っているものぐらいは知っている。 だから、さほど珍しそうな顔もしなかった。 「会議室」と書かれた空き教室の扉を開き、玲と麗美は中に入った。 既に室内には由香里と、自衛軍の幹部の制服と階級章をつけた数名、そして迷彩作業服で統制された第4中隊の女子全員が 整列して立っており、二人は由香里の隣まで歩いて止まると、幹部たちに向き直って直立不動の姿勢で敬礼をした。 それが終わると、由香里同様に不動の姿勢で「気をつけ」をする。 しばらく待つ。 基本的に、玲と麗美がやる事はあまり無い。 あくびをしない、身動ぎをしないでキリッと立っているだけだが、それを維持するのは退屈とはいえない労働だ。 やがて、事前の打ち合わせで決められた時間どおりに由香里が式進行を始める。 「連隊長挨拶、連隊長野礼寺1佐登壇」 新たに会議室には言った着たのは自衛軍1佐の階級章を制服につけた、壮年の男性だった。 男性が敬礼をし、玲・麗美・由香里、そして幹部たちも敬礼を返す。 そして整列している第4中隊の正面ほぼ中央列に相対する位置まで歩いて、向き直った。 数秒、間が空く。 気付いた玲が隣の麗美を肘で小突くと、思い出した麗美は慌てて中隊員の前まで進み、回れ右をして連隊長に向き直った。 「れ、連隊長にたーいし、敬礼!」 掛け声と共に、麗美と中隊員全員が連隊長に敬礼を行う。 事前に何度も練習したにも拘らず、敬礼の動作は揃っておらず割とバラバラでタイミングがずれていた。 幹部たちは苦笑し、玲と由香里は「ダメだこりゃ…」「こいつらは…」と恥ずかしくなり、 麗美は中隊長らしく振舞おうと顔を紅潮させていて、連隊長は笑いもせず静かに敬礼を返し、敬礼の姿勢のまま左右に顔を向ける。 「直れ!」の掛け声で元の姿勢に戻る時も、やはりバラバラだった。 唯一、麗美の敬礼動作だけが綺麗な形でビシっと決まっていたのが、中隊長の面目をどうにか保っていた。 「連隊長訓示。 指揮者のみの敬礼」 とくにやり直しなどされる事はなく、由香里の式進行は続く。 麗美と連隊長が敬礼を交わし、終わると麗美と連隊長の目が合った。 (初李のお父さんだ…) 玲たちは口には出さなかったが、ほぼ同じ事を思った。 初李は特に感慨も無さそうな表情をしている。 初李の父親が自衛軍の幹部であり、玲たちが所属する第4中隊の上部部隊の第28連隊の連隊長であることは前もって知っていた。 自衛軍の連隊の編成は、「大隊」を抜かして中隊の上がすぐ連隊になっているため、中隊長の麗美にはこの連隊長が直接の上官となる。 だが、麗美も玲も連隊長にこうして会うのは初めてだった。 これまでは、部隊の完結式にもなにかの命令が下されるときも、連隊長は多忙で不在という理由で代理が遣わされてきたのだ。 今回、連隊長がこうして出向くのは何かの命令…おそらくは本格的な、第4中隊の実戦参加が伝達されるものだというのは想像できる。 それゆえに、玲や由香里にも緊張が走った。 麗美に至っては既に汗をかき始めている。 野礼寺連隊長はそんな彼女らの様子に、口元にほんの少しだけ微笑を浮かべた。 「第28連隊隷下、第4中隊は本日付で、北斗市防衛線久根別区における敵浸透部隊の進攻阻止、遊撃任務を正式に任ずる事となった。 第4中隊は人員、装備共に戦闘行為を持続するに足る状態に無いが、まことに遺憾ながら自衛軍はこの任を君達に要求せざるを得ない。 第4中隊には粉骨砕身、必勝の信念でもってこれに当たってもらいたい…」 そこまで言って、野礼寺連隊長は厳しい面持ちの玲たちの顔を見回し、フッと笑う。 「怖いか? 戦いたくないなら、拒否しても構わないよ。 どうせ、この命令も形式的なものだ。 定数に満たない中隊を投入しても、何の役にも立たないし、そもそもまともな命令ではない。 君たちの様な女子を、戦線に投入しようなどというのはな」 一瞬、虚を突かれた様な表情になる麗美、玲。 眉根をひそめる由香里。 中隊員は戸惑いの声を出してざわめき、自衛軍幹部たちはどこか諦めの付いたような微妙な表情を浮かべる。 思わず、玲は口に出していた。 「…それはどういう事ですか?」 「言ったとおりの意味だ。 誰も、君達に戦争をすることを、まして死ぬ事を要求していないし望みもしない。 女子供が参加する戦争など、あってはならない。 君たち第4中隊は、今までどおり訓練と待機をしていて貰っても全く構わない。 どのみち、二個分隊程度の人員では戦力として期待しては居ないのだからね。 書類上は中隊になっており、自衛軍の方面隊総監に提出している書類も、人員を他の中隊に引き抜いた事は記載していない。 実は『4個中隊が存在している』という事にしないと、今度は方面隊が中央に報告する時に困るんだ。 「函館戦線は崩壊寸前です」、などという事をまだ発表するわけにはいかなくてね…おかげで苦しい戦いを強いられている。 その分の物資補充は書類記載どおりに廻して貰っているがね。 だから、君たちがたった14名の中隊である事も、戦闘に参加していない事も、誰も知らない。 いや、君たちだけではない。 志願学生兵士のうち、女子と1・2年生の男子は非戦闘職種か後方任務にしか従事させていない。 訓練未了の学生を、無駄死にさせるわけにはいかないし、正規の兵士に学生兵士のカバーをさせるわけにもいかない。 それは君たちも同じだ。 君たちが死ぬ必要は無い」 玲は少なからず動揺した。 それは思いもかけない言葉だったからだ。 これまで、いつかは出撃命令が下され、自分たちも戦闘に借り出されるときが来るだろうと思って訓練に明け暮れていたのが、 逆に、戦わなくてもいいと言われるなど、思っても見ないことだったからだ。 「それは…!」 玲が思わず大きな声で連隊長に何か言おうと声を出しかけた時、別の声がそれを遮った。 「ふざけないで!!」 玲、由香里、自衛軍幹部たち、そして中隊全員がその声の主、麗美に一斉に顔を向け、注目した。 普段の麗美を知る中隊の少女たちには、少なからず驚愕していた。 麗美はあろうことか、野礼寺中隊長、一佐という遥か上の階級の、目上の人に対して怒鳴りつけたのだ。 それも、怒りを含んだ強い調子で。 「私たちは、遊びでこんな所に来たんじゃない! 自分から戦うために来た子だっているし、周りに言われて無理やり来させられた子だっている! でも、軍隊なんて入りたくて入ったわけじゃない! 戦いたくて戦うんじゃない! 戦わなきゃいけないから、他にどうしようもないから、戦うって覚悟を決めて、今まで訓練してきたんだ! それを、今更戦わなくていい何て言うなら、戦うのは大人の仕事だとか言うなら、最初から私たちみたいな子供なんかを戦争させるために集めるな!!」 野礼寺連隊長は、無言で麗美に正対したままその言葉を受け止めていた。 玲たちは、唖然として、目じりに涙をうっすらと浮かべながら叫ぶ麗美の姿を見つめていた。 中隊長の仕事なんかできない、とめそめそ泣いていた麗美が、こんな事を、よりによって連隊長なんて「偉い人」に こんな風に声を荒げるとは信じられなかった。 そして、麗美は振り返って中隊全員の方を見回すと、言った。 「私が決めちゃうけど、いいよね?」 玲と由香里の方にも視線を向けて、確認するようにした後、返事が帰ってくる前に麗美はまた野礼寺連隊長に向き直り、 直立不動の姿勢からピシっとした敬礼動作をすると、大きな声で宣言した。 「第4中隊は命令を受領しました! 本日をもって、敵部隊の侵攻阻止の任務に付きます!!」 それを聞いて、野礼寺連隊長は口の端をやや笑うような形に曲げた。 「……一時はどうなる事かと思ったけれど」 30分後、一同は解散し普段の教室に一度戻ってきていた。 玲と由香里は幹部たちから引き続き、新しい装備の引渡しと説明があると言うので会議室に残っている。 面倒くさいお偉いさんとのご対面が終わったので、前述二名を抜かした中隊全員が緊張の糸がほぐれて教室内でそれぞれリラックスしていた。 「でもさあ……まさか麗美がああいう事を言うなんて思っても見なかったよねえ?」 最初に口に出したのは理玖瑠だ。 席に座って少々だらしなく頬杖を付いた姿勢で、前の席の美鈴や隣の席に腰掛ける真璃に話しかける。 しゃがんで真璃の机にあごを乗せていた翠がそれに同意する。 「まあねえ、言ったら悪いけど、普段のアレ見てると、いざ出撃、本番ってなってもオロオロしてるようなのしか想像できなかったね。 ある意味、物凄い意外だったよ」 笑ってそう言う翠に目を向けながら、真璃は背もたれに体重を預けて頭の後ろで指を組んで言う。 「……意外といえば、自衛軍の偉い連隊長さまがあんな事言い出すなんてのも凄い意外だったな。 戦わなくていい、なんてさあ……? まあ言ってる事は正論だけどさ。 私たちみたいなじょしこーせーが戦争するなんて事そのものが、元からおかしいんだし。 でも、ちょっと惜しかったかな。 お言葉どおりに拒否してれば、このまま『軍隊ごっこ』続けていられたかもしれないってのは」 「うう……みんなごめん……私が勝手にあんな事言っちゃって……」 それを聞いてWAC制服(普段の女子学生服に着替えていない)の裾を両手でぎゅっと握り締めながら麗美が 泣きそうな顔になって、申し訳無さそうな声で呟いた。 麗美自身は、さっきはつい、野礼寺連隊長の、少女たちを志願させておいた自衛軍としてはあまりに無責任といえば無責任な 『今更』な発言に対しての憤りと勢いであんな事を言ってしまったのだが、冷静になってから考えると 命令を拒否して待機状態を続けていた方が良かった者も、中隊の中には少なく無いだろうと気が付いたのだ。 いや、少なく無いというより、むしろ過半数が「戦いたくない」派であろう。 積極的に軍隊の一員になってワームと戦いたいと望んでいるのは、この教室内では散乃と麗美自身、あとはこの場に居ない玲ぐらい。 戦争する事になってもさほど拒否感が無いのは元々軍事や国防に関心が高かったり、そういう家庭環境で影響を受けた真璃や有理、翠、初李ぐらいである。 「確かに、さっきの麗美の発言はあまりいいものではなかった。 むしろ、あの人に乗せられた感じがあるわね」 穏やかな、しかし少し冷淡な口調でそう呟くのは窓際の席に腰掛けて『軍事研究』を読んでいた初李だ。 彼女は視線は手に持って開いた本に向けながら、自分の父親でもある野礼寺連隊長を「あの人」と呼んだ。 「あれは、私たちを自分から戦争に参加させるために、わざとあんな事を言ったのよ。 私たちは今まで、ろくな教官も機材もないにせよ、曲がりなりにも軍隊としての訓練を受けさせられてきた。 なのにいざ、という時になって「本当は戦わなくてもいい」なんて言われたら、望んで軍隊に志願した子もそうでない子も、 自分が今までやってきたことはなんだったのか?、なんて思うのが心理という物でしょ? 今までやってきたことを無駄にしたくない、無駄だった事にされたくないという思いと、 麗美が言った様に、『今更なにを言うんだ』って思いが生じるから、そこは意地でも戦ってやるって言う風に考えちゃう。 あの人はそういう所をついて、私たちの誰かがそんな風に言い出してくれる事を狙って、あんな事を言ったのよ、おそらくね」 それを聞いて、「乗せられた」当人である麗美がますます泣き出しそうな顔になって小さくなる。 要するに、全部野礼寺連隊長の掌の上だったというわけだ。 望んで戦う者でも、いざ実戦、となると怖気づく事は少なくない。 そういう時に、命令されて強制されることではなく、自分から望んで挑んだ事だ、という風に誘導してやれば後から文句は出にくい。 初李が「あの人」と呼ぶ彼女の父親の目論みは、つまりは麗美みたいな、乗せられる生徒を出す事で 戦う事を学生兵士自身の意思で決めさせる方向に上手く持って行かせることなのだ。 「……でも、まあ、そうね。 麗美が言わなきゃ玲か由香里辺りが言ってた事かも知れないし。 あの二人が言うよりは、麗美が言ってくれてた事で結果的には良かったのかもしれないわね。 この中で一番の泣き虫で皆からからかわれてた麗美でさえ、ワームと本当に『戦争』することに覚悟を決めてるっていうんなら 自分だけ戦いたくないとか逃げたいとか思うなんて、恥ずかしくて出来ないもの」 初李は本に向けていた視線をちょっとだけ上に向けて、少し考えるようにしながらもそんな事を言った。 そして、勝手に突っ走って独断でワームと戦う命令を受諾してしまった責任を感じて俯き加減だった麗美も顔を上げ、初李を見る。 初李は麗美と視線を合わせると、優しく笑った。 咲也も麗美の側によって、その肩にそっと優しく手を置く。 「大丈夫ですよ。 麗美が、私たちの中隊長がそう決めた事なんですから、『部下』の私たちはそれに従う義務があります。 麗美が率先して戦うと決めたのだから、皆付いていきますし、皆で全力でサポートしますから」 真璃も立ち上がってゆっくり麗美の方に歩みを進め、手を伸ばしてその頭をくしゃくしゃと撫で付ける。 「しょうがねーな、初李の言うとおり、中隊長様が戦うって言うんなら私たちだけ戦わないでサボるってのもできないし。 まあ私たちも頑張るからさ、麗美も頑張って一人前の指揮官になれよな?」 さらに散乃が駆け寄ってきて、麗美の背中をバシバシ叩いた。 「あたしよくわかんないけど、麗美のこと見直したよ! 凄くかっこよかった! 本番になったらワームをいっぱいやっつけて、あたしと一緒にダブルエース目指させてあげる!! あたいがミハエル・ヴィットマンで麗美がオットー・カリウスね!!」 「痛ったい!! あんたよく欧州戦線のエースパイロットの名前なんか知ってるわね……」 麗美が目じりに涙を浮かべながら散乃に反撃のヘッドロックをかまそうとすると、今度は理玖瑠、美鈴、翠らが やって来て麗美の肩や背中やわき腹を軽く叩いた。 「まあ私らは整備班だけど、裏方として精一杯の事はやるよ。 麗美の89式は特に念入りに整備と洗車するようにする」 「できれば皆が死なないような作戦とかをお願いします、と」 「中隊長が一人前に一歩近づいたお祝いに、中隊長の89式にドリル付けようよドリル! あと頭にツノとか!」 「ドリルとかツノってガンダムやグレンラガンじゃないんだから……ぶひゃっ!? ちょっといまわき腹小突いたの誰!?」 励まされると同時に弄られまくっている麗美の姿を側で見守りながら、留美と大が呟く。 「…麗美ちゃんって、あれで割と皆に慕われてるというか、可愛がられてるよね。 なんていうか、麗美ちゃんのあの発言で、空気が変わった気がする」 「そうだねー。 中隊長っていうよりマスコットに見えるけど、でも、なんていうか…… 頼りないし、上手く行かない事があるとすぐ泣くし、空回りしてる事が多いけど、みんな麗美を助けてあげたいって思うんだよね」 麗美の能力的な面での評価はあまり高くない。 実際、今まで中隊の誰もが麗美の言う事なんか聞かないし、辛辣な評価をしてきた。 実務の面でも人身掌握の面でも、怖がられて言う事を聞かせられる玲や、気配りができている由香里、あるいは早苗の方が上である。 しかし、かと言って別に麗美は悪く思われているわけではない。 むしろ、親しまれている。 「そういうの、なんていうのかな? カリスマ?」 「そうなのかー?」 そこへ真璃が割って入り、二人の肩に後ろから腕を回す。 三人の少女の顔が団子のように並んだ。 「麗美のはカリスマかどうかは判らないけどな、指揮官には兵の将と将の将ってのが居てな。 自分で能力を示して兵卒を引っ張っていくのが兵の将、まあ、最低でも小隊長クラスだな。 で、能力は大した事無いけど、周りの連中に、この人は自分らが支えてやらないとダメだ、って感じで 率先して働くように出来るのが、将の将…」 「漢の高祖劉邦を、その将軍韓信が、自分と劉邦の性質や器量の違いを表現するのに使った言葉ね まあ、麗美が将の将と言えるとは思えないけど、劉邦も麗美も自分ひとりじゃ何も出来ない人間って 周囲に思われてるのは共通点かもしれない」 薀蓄を騙り始める真璃にさらに横から割って入ったのは有理だった。 有理は真璃や初李と軍事や兵器の話題で趣味が合うが、本分はどちらかと言うと歴史(戦史)オタである。 なので、こういう話には結構食いついてくる。 が、大と留美にとっては、 「…カンってどこの地方のことですか?」 「…難しくてよくわからない。 兵の将と将の将って結局同じじゃないのかー? 指揮官でしょ?」 それらの薀蓄語りはあんまり意味がなかったようで、有理と真璃は顔を見合わせて、ガックリと項垂れた。 ……ゆとり教育ここに極まれり。 ワームとの戦争が激化して以来、社会に与えた影響は少なくない。 教職員の手も足りなくなり学校教育の水準維持に限界を感じ始めていた文部科学省は、従来の詰め込み式教育から 方針を切り替えて、教科書や試験の内容を簡略化し学校や教師の負担が少なくなる様にした新プログラムを導入していたが、 同時に色んなところで弊害も起きていたようだ。 「泉沢さん、漢というのは昔の中国にあった国の名前ですよ?」 早苗がやって来て、親切にも補足を入れてくれたが、大と留美は顔を見合わせてキョトン、とし。 「……中国大陸って人が住んでいないんじゃなかったんですか? 大昔にワームに占領されたって習ったけど」 「中国って大陸の事だったの? そうなのかー……」 「あの……ワームが現われる前の中国大陸というか、ユーラシア大陸の中央からこっち側は普通に人が住んでいましたよ? というか、私たちが使っている漢字って、その中国から伝来したものなんですけど……」 これには早苗もガックリと来て、項垂れながら解説をするしかなかった。 真璃・有理・早苗は中隊内の個々の学力レベルに相当な開きがあるような気もしてきて、どんよりとした表情で顔を見合わせる。 留美や散乃があんまり頭が良くないのは知って居たが、大ちゃんまでもとなると、中隊内の他の子らのレベルも急に不安になってくる。 ふと、三人は少し嫌な事に思い当たった。 「ねえ真璃……麗美はここまで酷くは無い……よね?」 「私に訊くなよ……仮にそうだったとしてもさ、ほら、玲と由香里が居るし……私らとか初李とかで教えるって手もあるし……」 「さすがに麗美さんはここまで不自由とはおもいませんけど……」 ただのバカなら、無知ならいい。 知らない事は教えて身につけさせれば解決する。 問題はまともな平均水準以上の思考能力や想像力があるかどうかである。 頭を使って勉強した経験の少ないゆとり世代は、脳みそを使う上で大事な部分、肝心な部分が致命的に欠落している例が多いのだ。 部隊を率いる中隊長がそれでは、はっきり言って洒落にならない。 麗美が精神的にお子様で頼りない子だと言う事は全員が承知している。 しかし、麗美が『ゆとり』であるかどうかは、誰も知らないというか、確認していなかった。 なんとなく、早まったかもしれない……という空気が漂う。 そんな空気の流れを断ち切って、教室の扉を開けて玲と由香里が入ってきた。 「騒がしいわね、廊下まで響いてるよ? みんなちゃんと揃ってるー? ……というか何やってたのよ、あんたたち」 玲が揉みくちゃにされている麗美と女子たちをジト目で見ながら言うと、由香里がパンパンと手を叩いて指示を出す。 「はい、受領した新装備と弾薬の説明があるから、整備班は遊んでないで作業服に着替えて、10分後に校庭に集合。 あと、砲兵班の真璃と初李も来てね? 簡単な口頭説明だけだから」 「やっぱりこれ、私たち用の新装備だったんだね?」 「そうね……人員が増えないならせめて、少しでも良い装備をって配慮のつもりなんでしょうね。 あの人の考えそうな事だわ」 無人型機動戦闘車両の前に並んで立つ麗美と初李が、105ミリ砲を装備した車体に不釣合いな砲塔を見上げながら言葉を交わす。 その砲塔によじ登っているのは有理と翠だ。 結局、整備班だけでなく全員が校庭に集まってきていたため、他の何人かもその新装備に興味を示して 前部や後部を見て回ったり、巨大なタイヤの直径を計ってみたりと、新しい玩具を与えられた子供の様な状態になっている。 有理は、砲塔上部の搭乗用ハッチを開いて車内に体を滑り込ませた。 「……無人型って言っても、一応人間が乗って操作できるようになってるのね」 「そりゃまあ、第4世代AI搭載型だけどさ、AIが壊れたら動かせないんじゃ冗長性が無いし。 元々車両類の人員省略化がAIの開発意義だからね。 砲手と操縦手無しで車長だけの状態で操縦から射撃まで、AIの補助で一人で全部できるよ。 その上で、AI制御で完全無人での作戦行動もさせられるし、人が乗らないときはあっちの指揮通信車から 遠隔で指示出すだけだから私たちみたいな人員が足りない部隊でも充分使えるよ」 ハッチから逆さまになった頭だけを車内に突っ込んで翠が解説する。 有理は、それだけ知ってるなら由香里の解説いらないんじゃないの?と軽口を叩きながら車長席に備え付けてあるAIの入出力用ディスプレイをオンにした。 同時に、休眠状態になって言った機動戦闘車のAIが起動する。 『JGSDF 日本国陸上自衛軍 防衛省技術研究部 戦術無人戦闘車両制御用OS/AI ”上海” Ver1.09』 ディスプレイには陸上自衛軍のロゴとともに文章列が表示され、それを読んだ有理は訝しげな表情をした。 「上海(しゃんはい)……?」 「AIを開発したの、中国からの亡命帰化技術者らしいよ。 まあ中国というか、台湾の人。 車体は純国産で、砲はドイツの設計だから、まあ三ヶ国の技術の集大成ってわけだね」 翠がすかさず解説を入れる。 が、有理はふーん、と聞き流した。 有理はソフトウェア方面には興味があるが、ハード面とかスペックとかに付いては割とどうでもいい。 「素直に言う事を聞いてくれるいい子なら、どこ製でも構わないわ」 そう言いながら、有理はタッチパネル式のディスプレイを操作して、機動戦闘車の各種ステータスをチェックし始めていた。 「……で、こっちのランチャー射出式のUAVが、82式用の装備。 肩に取り付けて、ロケットモーターで加速・飛翔。 あとは指定した区域を自動で旋回して、観測情報を送ってくれるの。 滞空持続時間は最大4時間で、回収する時は専用のネットを張って、それに突っ込ませる方式。 ユニオン陸軍も同型のを使ってるけど、『ドローン』って愛称で呼ばれてるわね」 「うちで使うのはもっと可愛い愛称がいいな」 由香里の解説を受けながら、真璃がUAVの全周探索カメラのレンズを覗き込んで言った。 ドローンは端末とか働き蜂とかいう意味だが、響きが無機質で味気が無い。 すると、近くに寄ってきていた初李がUAVの可変展開式の姿勢安定翼を指で引っ張って開かせながら提案した。 「じゃあ、『リトルデビル』っていうのはどう? 翼の形がなんとなく悪魔っぽいし」 「……それ可愛いのか?」 「可愛くないの?」 真璃と初李はお互い顔を見合わせながら10秒くらい睨めっこをしていたが、やがて、真璃の方が根負けした、 というか他に代案も無かったので初李の提案に同意する形になった。 「結局、可愛いと思うセンスは人それぞれだしなあ……」 「で……具体的にあんた、どうすんのよ? 戦うって言っても何の目算も準備もなしに、戦えるものじゃないのよ? そこは解ってる?」 「玲こそ、どうなの? 今まで何の考えもなしに、私たちに何度も何度もシミュレーションさせたり、 それぞれの動く癖や適性を入念にチェックしていたわけじゃないんでしょ?」 中隊のそれぞれが新装備の物珍しさに注目している頃、指揮通信車の後部ハッチの陰に玲と麗美が立って話していた。 ついにと言うべきか、連隊長直々の実戦参加命令が来たのだ。 玲は前々から覚悟していた事であり、そのための準備や対策を由香里に助けられながら進めてきた事ではある。 だが、麗美はそうではない。 確かにここ数日間の麗美の訓練の熱心さは、評価に値するものがあり、それなりの成果も見られる。 少しずつ、一人の兵士として自信が付いてきたというのはあるだろう。 しかし、麗美の「実戦に挑む覚悟」というものは、ごく短期間で醸成されはじめたばかりの、まだ芽を出し始めた程度のものでしか無い。 つい乗せられて、勢いで「戦います」なんて言ってしまった程度のものでは、指揮官としての覚悟もまだ固まっていない。 だから、当分実質的に中隊を取り仕切るのは、継続して玲と由香里に一任されるだろう。 そして実際、麗美は玲や由香里が考えてくれるから、なんとかなるだろうと思ってる節は見受けられる。 しかし、それではいけない、と玲は思う。 玲は隊を運用する上で、役職を任せられる人員が少ない事に一番頭を悩ませている。 自分と由香里だけで隊の戦闘班と整備・支援班を動かす今の体制は、全くこの二人の能力だけに頼った脆いものだ。 仮にどちらかが欠けても、残った方の負担は大きくなるが、なんとか隊をまとめていく事はできるだろう。 では、残った一人も潰れてしまった時は? 何らかの理由で指揮が出来ない状態に陥った時は? 隊長と、そのサブを勤める副隊長がいるだけではダメなのだ。 軍隊には冗長性がなくてはいけない。 何処かの部品が欠けても、別の予備部品があればすぐに体勢を立て直せる。 例えば、正規の軍隊では士官が戦死しても、下士官が士官の代行として指揮を取る教育を受けているので戦闘を継続できのだ。 そして指揮を引き継いだ下士官が戦死しても、その次の指揮官が……という風に、指揮官がいなくなって兵卒が統率を乱す事は起こりにくいようになっている。 普段は補佐に徹し、いざという時は指揮官の代用になる予備部品……その役目を果たす人員は多ければ多いほどいい。 そのほうが、容易には崩れずしぶとく戦い、生き残る事が出来るからだ。 麗美は、その点では平時を任せられる良い指揮官であるとは到底言えない。 だが、少なくとも玲や由香里が指揮を出来なくなった時の、最低限の「予備」を果たせるくらいには、成長してもらわないと困る。 「基本の戦い方は今までのシミュレーションで叩き込んだ通り。 あれを守ってれば、そうそう負ける事は無いでしょうね。 ただ、皆が命令どおりに動いてくれるかが問題なのよ。 前みたいに、味方が射線上にまだいるのに射撃開始したり、とか」 「……うう。 いつまでもそれ引き摺んないでよ! 私だってちゃんと勉強してるんだから」 いつぞやのシミュレーションの結果を持ち出されて、麗美がまた泣きそうな顔になる。 はあ、とため息をつく玲は、麗美の指揮官としての資質に多いな疑問を持っていた。 どんなに訓練を繰り返しても、頼りない、というのは未だに大きい。 「ま、敵の数がこっちの戦力じゃ対処しきれないくらいの多数だったりして、退却しなきゃならない時以外はなんとかなるでしょうけどね。 次から、退却時の基本も訓練しなきゃならない頃かしら。 一応聞くけどあんた、敵の優勢下で味方の損害を極力抑えながら後方陣地に下がる時の基本はどうなのか、わかる?」 玲はあまり期待せずに質問した。 日ごろの座学でもシミュレーションでもまだやっていない部分であるが、これまでの戦闘の基本をしっかり理解していれば 正解できなくも無い程度の問題ではある。 が、麗美は割と平然と答えを口にした。 「そんなの、機動防御でしょ? 玲と咲也がいつもやってるやつ。 隊を半分ずつにわけて、片方が敵を撃ってる間に片方が下がって、下がったら撃って、前に残ってる方が下がるのを助ける。 あるいは、砲兵班を先に下げて、砲兵…真璃と初李が後方から制圧射撃を行っている間に私たち歩兵と騎兵が下がる。 そうやって下がった歩兵が、前もって用意していた後方陣地に伏せて、進撃してくる敵を待ち伏せ攻撃。 あとはそれを繰り返す……合ってる?」 「……なんであんたがカトゥコフの戦術を知ってんの!?」 玲は最初、口をあんぐりと開けて呆然としていたが、やがて驚愕の表情で叫んだ。 麗美の回答の前半部は、「今まで教えてきた戦闘の基本の応用」である。 ここまでは普通に及第点だ。 そして後半部は、大陸戦の社会主義連邦の「大祖国戦争」にてカトゥコフ少将がワームを葬るのに多用した戦術の応用である。 「なんでって……前の学校の教科書に乗ってたよ。 私は欧州戦線と東部戦線のところまでしかやってないけど」 「どこの高校の教科書に戦史なんか載せてる教科があんのよ!? そんなの、防衛大学校ぐらい……」 と、そこまで口にして、玲ははたと思い当たる事に気が付いた。 日本国内の普通科高校でも技術系高校でも、ふつう、軍事や戦史に関して教える学校なんて無い。 大学も同様である。 ただ一つを除いて。 玲は、その疑いを麗美に質問した。 まさか、とは思いながら。 「麗美、あんた……もしかして防大付属高等工科学校の生徒だった?」 「そうだよ? 私、こう見えて将来の士官候補生なんだよ。 身分も2等陸士だし」 防大付属高等工科学校は旧陸軍幼年学校・旧陸軍士官学校の流れを汲む、青少年を専門教育する事によって 将来の自衛軍の中枢を担う優秀な人材を育成する高等教育機関であり、卒業者はそのまま防衛大学にエスカレーターで進学する。 あるいは、卒業後に3等陸曹となって、そのまま陸上自衛軍に入隊する。 簡単に説明すると、最初からある程度の士官教育を受けて軍に入隊するエリート養成学校なのである。 麗美はそこの生徒だったのだ。 この発覚した新事実に、玲は道理で、敬礼は綺麗なしっかりした動作だし、制服の着方も決まっているわけだ……と 今更ながら得心がいった。 麗美がなぜ、玲や由香里から遅れて入ってきたのに中隊長なんかを任命されているのかといえば、彼女が 曲りなり・中途とはいえども正規の士官教育を受けた事がある唯一の生徒だったからだ。 しかし、それはそれで、玲は疑問を憶える。 「……じゃあなんで、あんたあんなにダメなのよ?」 「だ、ダメって酷いよ! そりゃ、私まだちゃんと指揮官らしいこと何にもわかんないけど……。 だって、まだ教科でならって無い部分ばっかりだったし、小銃だって分解整備と射撃予習はやったけど、実弾撃ったの こっちに来てからが初めてだったし、それに、いきなり機士の実機動かさせたり戦闘シミュレーター乗せたりするし……。 玲の訓練教育が無茶苦茶なんだよ! 最初、機士の種別と役割だけ簡単に説明して、それですぐに戦闘訓練始めちゃうからみんな、自分に当てられた役割が わかんなくて、戸惑ったり、好き勝手に行動しちゃうし! 私はいきなり指揮官なんかやらされたから、焦ってどうしたらいいか判らないし……。 私も皆もまだちゃんと基本を押さえてないのに、一人前の事をやらせようとするから、玲はみんなに嫌われてるんだよ?」 麗美はそのように反論した。 実際麗美には自分がかなりダメな事は自覚できている。 が、由香里にも以前に度々指摘されたことがあるように、今の玲の訓練計画は結構無理があるのも事実だ。 それは玲もわかっててやっている事ではあるが、改めて指摘されると反論の仕様が無いのは認めざるを得ない。 「そりゃあ、促成だものね……それに、私や由香里もちゃんとした教官のやり方なんて出来ないし。 元々訓練に割ける時間の余裕はなかったけど、いよいよもって足りなくなってきた」 「そこは、私もわかってるよ。 連隊長は『学生兵士は前線に出してない』って言うけどさ、あれって半分嘘でしょ? そもそもさ、軍隊に属した時点で、後方だからって安全じゃあないんだし、どっかで学生兵士に戦闘を命令してる部分はあると思うよ。 今朝みたいに私が乗せられた様にさ、志願って建前で、子供まで投入しなきゃならない状態まで逼迫してる。 現在の学生兵士の制度も一応志願制度だけどさ、そのうち事実上の徴兵制になるのは確実だと思うね。 ……その前に、大人の徴兵制が来る、あるいはもう設立が進められてるんだろうけど。 私たちに教官が付けられないのって、つまりそういう事なんじゃないの? いろんな意味で私たちは捨て駒。 子供ですら志願して戦場に行くって言うのに、大人は志願しないのかって風潮を作って、 大人による民兵や義勇兵制度を整えて、そっちに本命の教官や訓練機材を揃えて、力を入れて兵士教育をする。 そういうやり口ってさ、戦前からこの国は変わってないじゃない? 絶対そうすると思うんだよね。 ……どうしたの、玲?」 玲は、すこし呆然としながら麗美の紡ぐその推測に似た言葉を聞いていた。 麗美はそれを、どうしたの?と不思議そうな顔で見返す。 何か変なことを言ったのだろうか?と麗美は不安になったが、玲はそうではなかった。 むしろ麗美の状況分析は的確で、玲でも気付いていなかった部分に考えが及んでいるのに驚かされたのだ。 そう、最初のうちは玲たちのような学生兵士の志願は、世論を志願兵応募に動かすためのダミーとしての計画だったのだろう。 人類同士の大戦が終わって後、日本は旧軍を自衛軍に改編すると同時に旧来の徴兵制を廃止した。 徴兵制度は国力から若い労働力や壮年の熟練技術者を軍事力に奪う、諸刃の剣だ。 加えて、徴兵された兵士が全員、戦う意欲、高い士気を持っているとは限らない。 嫌々ながら兵役に就かされる者も少なくないからだ。 加えて、徴兵制度による任期兵役では、任期が満了すればどんな経験を積んだ優秀な兵士でも軍を去ってしまう。 職業軍人としてそのまま軍に残ってくれるものも居るが、少数だ。 それよりは、最初から軍に入る意欲を持った者だけを入隊させ訓練できる志願制度の方がメリットがある。 しかし、現在のワームとの戦いが劣勢になっている状態では、国家の総力を戦争に投入した総力戦にならざるを得ず、 そのためにはリソースを軍事力につぎ込める効率で徴兵制度の方がいい。 だが、既に徴兵制度を廃止して新しい体制が定着してしまっているので、再度徴兵制といっても国民は素直に応じないだろう。 ……そこで、国の現状を憂いた勇敢な学生が志願して自ら戦場に赴くという学生兵士をまず募り、 子供に戦争をさせるくらいなら大人が、という論調を国民に浸透させる政治工作を行ったのだ。 良くも悪くもお人よしで、美談に弱く付和雷同する性格の強いのがこの国の国民性だ。 古くは幕末のころに、同じような手段が使われた事も二度や三度ではない。 ありうるべき事だった。 「……あんたがそこに気付くとは思ってなかったのよ。 結構状況を読む能力があるんじゃない。 これからは中隊長どのに対する評価を改めなくちゃ行けないわね? うちで唯一、士官教育を受けた事のある エリート様なのも判明したし」 「ふふん、見直した?」 玲が素直にそう誉めると、麗美はニッコリ笑って胸を張った。 が、次の一言で再び叩きのめされた。 「それじゃ、明日からは幹部教育向けの高難易度な訓練を組んで上げるから。 はやく一人前の中隊長になって、私や由香里に楽をさせてくれないとね? 期待してるわよ、士官候補生さん?」 「うぐっ……! 墓穴を掘った……。 うー、やっぱり前の学校の事は言わなきゃ良かった……!!」 その場にしゃがんで両手で頭を抱える麗美を、玲は微笑ましく思った。 防大付属校に入学できるということは、麗美はこれでもかなり学力偏差値の高い少女であるという証拠でもあるからだ。 言動が子供っぽく性格も幼稚な面がある割りに、これでも麗美は地味に凄いのである。 何しろ、試験合格率は最大時には20倍超えという難関の部類。 他の有名大学付属高校に引けは取らない上、防衛大学そのものが超一流有名大学に合格するよりさらに難関なのだ。 その知力と、麗美の普段の「実質マスコットのダメ中隊長」っぷりの落差が、何故だか玲には愛しく思える。 ところで、ふと玲は麗美に対してもう一つ疑問な点がある事に気付き、それを口にした。 「それにしても……あんた志願でしょ? なんで、防大付属からこっちに転向してきたのよ。 こんな少年志願兵なんかじゃなくて、そのまま残ってたらエリートコースで士官、幹部さまじゃない」 玲のその質問に、麗美はしゃがんだまま地面を見つめて何時に無く真剣かつ深刻な暗い影をした表情でゆっくりと答えた。 「……私のお父さん、第28普通科連隊の所属だったんだ。 2ヶ月前に戦死した」 (続く) ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) + ... 名前
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3205.html
食べ物の好き嫌い。 誰もが一度はその道を歩いていく。 幼子がどのように克服していくかが人によってまちまち。 そこにいくつもの物語がある。 気がつけば食べられるようになっていた。 新鮮なものを食べたら食べられるようになった。 親の試行錯誤の果てに生み出された料理によって克服できた。 そんな結果の傍らで、いつまで経っても克服できない子がいる。 なにが良いとか悪いとか、明確な答えはないけれど、たった1つだけ言えることがある。 幼心に苦手意識を埋えつけてしまったら容易には治らないと言うこと。 けれども食べろ食べろと強要する親がいる。 かつて自分自身にも子供だったときがあったはずなのに。 さて、そんな親達は子供が疑問を持つ可能性を考えているのだろうか。 食べろ食べろと言うけれど、親には好き嫌いがないのか……本当に? 魔法少女リリカルなのはStrikerS―砂塵の鎖―始めようか。 第15.7話それって食べられるの? お昼時の機動六課の食堂。 いつもの面子が思い思いに食事をしている。 今日の訓練も過酷で、けれど実力がめきめきと実感できるほどついていることがわかるのは素直にうれしい。 ただ、疲労困憊で、ともすれば吐き戻しそうにさえなる状態だというのに、 冗談みたいな量を盛られたパスタをこれまた冗談みたいな速度で食べていくエリオとスバル・・・それにギンガさん。 カロリー消費が激しいからフォワードは大食漢になるって言われているけれど、 これはどう考えてもおかしいって思うのはあたしだけなのだろうか? フェイト隊長やシグナム副隊長、ヴィータ副隊長、ついでにはんたやポチも普通の量しか食べていないのだからたぶんこの考えは間違えていない。 なによりあれだけの量を食べておきながら3サイズ、特にWあたりの値に大きな変動が無いあたり反則を通り越して殺意さえ覚えてくる。 ああ、だめだ。見ているだけで吐き気がしてくる。 エリオ達を視界に移さないように微妙に視線をずらしながら自分のパスタを攻略にかかる。 うん。今日も美味しいわね。 機動六課ってこういうところにお金かけているのかしら。 他部署からは女所帯とさえ言われるほどに女性過多の新設部隊。 だからこそモチベーションの維持も兼ねてこういう部分の管理をしっかりしているのか。 八神部隊長の考えなのかしら? そういえば97管理外世界だと食事が戦争の明暗をわけたことがあるってヴァイス陸曹から聞いたけれど本当かしら? そんなこんなで昼食が終わりに差し掛かった頃、 ここ最近耳にするようになったなのはさんの台詞が響いた。 「もう、ヴィヴィオ。ちゃんと食べないと大きくなれないよ。」 「うー・・・・・・。」 今日も泣き出しそうな顔のヴィヴィオ。 その手に握られたフォークにささった真っ赤なにんじん。 あー、好き嫌いか。 でも、にんじんとかピーマンって一度苦手になると食べづらいのよね。 にんじんはえぐい味がするし、ピーマンなんて苦いだけだし、 セロリなんて蝋燭かじったのかと思う味するし、 トマトの果肉がどろりと流れ込んでぬめっとした感触とか 蛙の卵を見た後にタピオカ出されるとか・・・・・・。 血が滴り落ちるステーキとかダメって人もいるって聞くし・・・・・・。 でも・・・・・・。 そう思って視線を反対側に移せば猛烈な勢いで貪るように食べていく人々がいる。 こっちは好き嫌いがどう考えても無さそうよね。 それどころか『好き嫌い?それって食べられるの?』とさえ聞いてきそうだ。 気分がいいを通り越して吐き気さえ覚える食べっぷりの横で、 今日もこっそり自分のにんじんをエリオに移そうとしているキャロがいる。やれやれ。 いつもならその後、キャロが誰にもばれないように速やかににんじんをエリオのお皿に移動させて、 本当に我慢しているって感じでヴィヴィオがにんじんを食べて終わるのだけど、今日は珍しく乱入者がいた。 乱入した白衣とサングラスにパイナップルのような髪形の老人が誰かは言うまでもないと思うが・・・・・・。 「ハハハハハ、ハハハハハハハ、ハハハハハ・・・・・・。 やあ、みんな。今日もクソ元気そうでなによりだよ。」 「あ、バトー博士。バトー博士も食事ですか?」 「そうだよ、ロシュツキョー。 重大なことができちゃったからパンツをはきかえるのも後回しにして 大喜びしながら大急ぎでゴキブリを探してたんだ。」 「重大?」 「そうだよ。喜んでよ、ゴキ・・・・・・あれ?」 バトー博士が重大ということは何かしらすごいことなんだろうが・・・・・・。 いったいなんなんだろう? ただ、食事時にクソとかゴキブリとか言うのはやめてください。 なにげにフェイト隊長を露出狂呼ばわりしているのはもうみんなスルーするのね。 慣れって怖いわね。 フェイトさんの疑問の声に嬉々として言葉を続けようとしたバトー博士はふと傍らのヴィヴィオに視線を止めると言葉を止めた。 「ナキムシーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。いったいどうしたんだい。 ナキムシはナキムシらしくメソメソウジウジ泣いて喚いて見られたもんじゃない面をぐちゃぐちゃにしているのが自然なのに、 なんでそんなに我慢しているみたいな顔してるのさ。 ただでさえ酷い顔が余計に酷い顔になってるよ。」 「うー・・・・・・。」 「ああ、そういうことか。言わなくてもいいよ。なんたってボクは天才だからね。 1を聞いて10を知るどころか聞かずに全部理解しちゃうなんてお茶の子さいさいさ。 それじゃ、ナキムシ。ちょっとだけこれ借りていくね。」 「あ、バトー博士・・・・・・。」 なのはさんが口を開くよりも早くバトー博士がヴィヴィオのにんじんを強奪すると 厨房のほうへ駆けていった。 呆然としたままのヴィヴィオ。 そういえばヴィヴィオにつけられたアダナはナキムシだった。 バカチンとかロシュツキョーとかナイチチとかゴキブリとかクソイヌとかニートとか トシマとかゲボ子とかウスノロ1号2号とかムッツリとかコシヌケとか・・・・・・ ノウナシヒステリーに比べればナキムシが遥かにマシに思えてしまった私は、 なにか間違っているんだろうか。 あるいは末期なのかしら・・・。 バトー博士が厨房に消えた直後からおそらく調理のものだろう音が響き始める。 でも、響いてくるこの音って本当に料理の音なんだろうか? 料理でドリルとかトンカチとかグラインダーとか滑車とかバーナー使った覚えがないんだけど・・・・・・。 あ、排莢音まで・・・ってええ!? 調理器具にカートリッジシステムついたものって無いはず・・・・・・よね? 私が物を知らないだけではないかと自信がなくなってきた。 再びバトー博士が戻ってきたのはその3分後。 3分クッキングを文字通りやってみせるバトー博士をすごいと思えばいいのか悩むところ。 その手にあるのは毒々しいほどにんじん色の液体が注がれたコップと 芸術的とさえ思えるほどに整えられた純白のショートケーキ。 それをヴィヴィオの前においてバトー博士が口を開いた。 「さぁ、ナキムシ、遠慮なく食べてよ。エサを目の前にしたブタみたいにさ。」 にかっと笑いを浮かべたバトー博士に引きつったような笑みを返すヴィヴィオのとった最初の行動は、露骨なまでに液体のはいったコップを横にどけること。 ああ、そりゃそうよね。 にんじんが嫌いなのににんじんジュースだされたら。 しかも他になにが入っているか分からないくらい毒々しい色までしていたらあたしだって拒否する・・・・・・。 逆に音符が飛んでいそうなくらい鼻歌交じりでぱくついているのはショートケーキ。 生クリームも本当にきめ細かくてさぞかし舌触りもステキな一品なのだろう。 そんなヴィヴィオの傍らから当然のごとく抗議の声があがるのも自然な成り行きだろう。 「もう、バトー博士。甘やかさないでください。」 「うん?バカチン、ボクがナキムシをどう甘やかしたんだい?」 「にんじん食べていないじゃないですか。」 「はぁ?なにを言っているの、バカチン。 いつもいつもバカやりすぎて、とうとう頭がジャンクになっちゃったのかい? バカチンにバカをやるなって言うのが鳥に空を飛ぶなって言うくらい無茶なことは分かっているけど、そんな発言してるとバカチンがこの上ないバカに見えてきちゃうよ? このバカチン♪」 いや、『バカチン♪』じゃないってば。 疑念の余地もないくらい当たり前のことをなのはさん言ってるって。 あまりの言われようになのはさんも呆然としてしまってるし。 ・・・でもどういう意味かしら? 「まったくバカチン。よく見てよね。ナキムシはちゃんと食べているじゃないか。 3欠けと云わずに3本も。ついでだからパセリとセロリとほうれん草とピーマンとゴーヤと冬虫夏草も一緒にしておいたのに・・・・・・。 バカチン、ちゃんと頭働いてる? バカチンの使い物にならないノウミソがこれ以上使い物にならなくなって 砲撃しかノウの無い単純バカチンからとりあえず砲撃ぶちかますバカチンになっちゃったらボクはもういったいどうすればいいのさ。」 「「「……えっ?」」」 その言葉になのはさんが戸惑いの声を上げる。 フェイト隊長とあたしも驚きの声を上げていた。 気がつけば皆がヴィヴィオを凝視している。 毒々しい液体はまったく手付かずのまま・・・。 あたし達の目の前にはショートケーキをぱくついているヴィヴィオしかいない。 どういうこと?食べている? つまり現在進行形ということ。 もしかして大前提が間違えている? ショートケーキと思っているものがショートケーキじゃなかったなら・・・・・・。 「バカチンのことだからナキムシが食べたくないものをバカの一つ覚えみたいに縛り付けてトラウマ級の砲撃ぶちかます理論で 食べろ食べろって無理矢理押し込んで食べさせてたんでしょ。 やっぱりバカチンはどうしようもないバカチンだよね。 そんなことしたらナキムシが余計にナキムシになって、 にんじんなんか見るのも嫌だって言うようになるのは分かりきっているじゃないか。 そうと分かっているのにそんなことをするからバカチンはバカチンなんだよ。 それで母親なんて名乗るんだから身の程知らずだよね。 ハハハハハ、ハハハハ、ハハハハハハハハハ・・・・・・。」 「もしかして・・・・・・。」 そう呟いたフェイト隊長が毒々しい液体を手に取ると覚悟を決めた様子で口をつける。 ごくりと皆が息を飲む。 緊迫した雰囲気の中、口からコップが離れると、呆然としたようにフェイト隊長が呟いた。 「これって・・・・・・水?」 「そうだよ。ロシュツキョー。やっぱりロシュツキョーはぽんぽん服を脱ぐだけあって外見なんかどうでもいいって発想してるだけあるよね。 中身の違いにすぐ気がついたね。 頭の切り替えも景気のいい脱ぎっぷり同様に快調だよね。 そうだよ。それはただの色水。 顔を見る限り、ゴキブリ以外は皆、これがにんじんジュースなんて安直な考えでいたんだね。 まったく・・・。これだけ単純な人間ばかり集まった部隊かと思うと騙し討ちとか奇襲で総崩れしちゃいそうで臆病なボクは思わずウンチもらしちゃうじゃないか。 しっかりしてよね。」 「それじゃ、そのショートケーキが・・・・・・。」 「うん。子供なんて調教されてないAIみたいなものだからね。 ちょこっと手間をかけるだけで簡単に先入観を奪えちゃうから食べるなって言っても嬉々として自分から意地汚く食べるようになるもんだよ。 その程度の手間を惜しんで余計に苦手意識埋めつけようとしてるんだから力押ししか知らないバカは救いようがないよね。 それにロシュツキョーもいかに合法的に素っ裸になれるか考える頭がついてるんだったらナキムシのことをちゃんと考えてよね。 身の程知らずにも母親なんて名乗るんだったらさ。」 なんだろう。 心情的に物凄く納得いかないのは・・・・・・。 言っていることは物凄く正論のはずなのに・・・・・・。 誰もがどこか腑におちない気分を抱えたのだろう。 そんなとき、苦悩するようななのはさんとフェイト隊長をよそに 沈黙に包まれた空間を破ったのはシグナム副隊長だった。 「ところでバトー博士。重大なこととはいったい・・・・・・。」 「ああ、そうだった。さすがニート。無駄に大きなオッパイがついているだけあって物覚えがいいよね。 そうそう、それで、重大なことだけど、喜んでよ、ゴキブリ。 ボクたちの食べなれたぬめぬめとかどろどろとかでろでろとかいもいもとか諸々の合成に成功したんだ。 クソまずい料理でも仕方なく食べてたけど、せっかく食べるならやっぱり美味しいものが食べたいもんね。」 「ぬめぬめとか?」 「どろどろとか?」 「でろでろとか?」 「いもいもとか?」 エリオ達が食事の手を止めて順に疑問の言葉を口にする。 なんで擬音語使う必要があるんだろう。 ぬめぬめとかどろどろとかでろでろとかいもいもとか・・・・・・。 語感からするとこんにゃくとか山芋とかすり身みたいなものかしら? あれ?表現として結構普通・・・よね? むしろものすごく普通じゃないかしら・・・。 誰もが似たような思考だったのだろう。 バトー博士用の補正をかけて考え直そうとした矢先に あれ?っと考え直すような表情を皆でしている。 そんなあたし達を置いて話が進む。 「それでね。せっかく美味しいものを作れるようになったんだから皆にご馳走しようと思うんだけどどうかな。 美味しいものを1人隠れてちまちましこしこ食べるケチくさくて貧乏くさくてネクラな趣味はボクにはないからね。 やっぱり美味しいものは皆で分かち合いたいじゃない。だって、僕達、トモダチだろ? それにトモダチが今までまったくいなかったボクとしてはお食事会なんていうステキなイベントを是非ともやりたいんだ。」 「いい考えだ。」 「わふ!!」 「うん。ゴキブリとクソイヌのことだからきっとそう言ってくれると思ってたよ。 それで、他の皆はどうなんだい?」 「毒なんか入ってねぇだろうな。ギガうまい料理じゃなきゃあたしの口は満足しねぇぞ。」 「やれやれ。ゲボ子、なにを言ってるんだい。なんでそんな面倒なことしなくちゃいけないのさ。美味しいものをまずくすることにこだわりでも持ってるの? 人間の三大欲求の1つだからクソ食らうぐらいだったら 少しでも上等のものを食べたいって思うのって物凄く自然なことだと思うんだけどな。」 「あ・・・・・・わりぃ・・・・・・。」 正論だ。この上なく正論だ。 言動のところどころにすごい言葉を使っているけどまさに正論。 だからだろう。 ゲボ子と呼ばれても暴れずに素直にヴィータ副隊長が謝ったのは・・・・・・。 「それにギガうまいなんてみみっちいこと言わずにテラうまいものを食べさせてあげるよ。 あまりのおいしさにナイチチがわれを忘れて貪り食ってペタムネがサイズアップしちゃうくらいにさ。 ああ、その後エクササイズしないと体重計に乗って悲鳴上げることになるだろうからカロリー控えめにしあげようか? カロリー控えめにしてもおいしくする自信はあるけど、やっぱりおいしいものって絶対カロリーが高くなるものだからね。」 「太るって露骨に表現されてるのはこの際置いとこうか。・・・なぁ、バトー博士。料理できるんか?」 「心配要らないよ、ナイチチ。ボクの超絶カッコイイ戦車作りに比べたら、 ナノやフェムトやヨクトで寸法を合わせて切り刻む必要もなければ刺す必要もないし、 鉄さえ溶けないぬるすぎる火で気長に炙って炒めて蒸したりするだけの料理なんて 簡単すぎて簡単すぎて料理の片手間にマスカキしちゃいたくなっちゃうよ。 そもそも1人暮らしの男が料理ぐらい出来なくてどうするのさ。」 まぁ、たしかに八神部隊長の言葉もおかしかったわね。 目の前でショートケーキ作ってきたんだからそれなりの技量はあるってわかるはずなのに。 気持ちは分かるけど・・・・・・。 バトー博士のイメージと料理のイメージが幾ら考えても重ならないし・・・・・・。 それとお願いだから料理作るっていう話をしているときに・・・その・・・マスカキとか言わないで……。 「それで、皆、どうするんだい?腕によりをかけて腰が抜けるくらいすごいの作っちゃうつもりなんだけどさ。」 誰も反対の声を上げなかった。 どんなものが出されるか知っていたら・・・・・・それでも微妙か。 食い意地が張っている人はそれでも参加しただろうから。 沈黙を了承と取ったのだろう。 嬉々としてバトー博士が言葉をつむぐ。 「誰も反対しないみたいだからちゃきちゃきと製作にとりかかるよ。 もちろんお食事会を開いたら、 聞いてもいなければ参加表明もして無いのにちゃっかり席についちゃってるだろう どこかのワカヅクリとかイキオクレとかオヤバカがくるだろうから 大皿から取り分ける方式にするよ。 ああ、そうだ。この際まともな食生活送ってなさそうなインジュウも誘ってあげよう。 なんたってボクとインジュウはトモダチだからね。 書庫に引きこもって自家発電ぐらいしかできてそうにないインジュウもたまには外にだしてあげないと。 それじゃ全力全壊で皿をなめるどころか皿まで食べるような勢いで食べたくなる料理の下ごしらえを始めてくるよ。ハハハハハハハハハハ……。」 そういい残して行ってしまった。 でも誰のことだろう? 若作りと行き遅れと親馬鹿と淫獣……。 いずれにせよ凄まじいあだ名だけど。 「ごちそうさまでした。」 あ、ヴィヴィオ。まだ食べてたんだ。 うん。そうよね。ヴィヴィオもいるんだし、好き嫌い作りそうなものを出すはずないわよね。 そんな考えが甘すぎると知るのは食事会が終わってからなのだけど。 むしろ常識的な食べ物を食べてきた人にとっては大ダメージすぎた・・・。 そんなこんなで時間が経過して、ついに食事会の時刻。 ずらりとテーブルについた見知った面々の他に、ゲストとして来た人の顔とアダナにひきつった。 リンディ・ハラオウン提督と騎士カリム、あとスバルのお父さんとユーノ・スクライア司書長・・・ワカヅクリとかイキオクレとかオヤバカとインジュウ・・・。 絶対にアダナを思い浮かべて向こうを向かないようにしようと思う。 それにしてもこの部屋冷房効きすぎじゃないかしら。 さっきから鳥肌が止まらない・・・。 「やあ。そろいも揃って食い意地の張った皆、来てくれてうれしいよ。 腕によりをかけて作ったから、体重計のことは忘れて遠慮なく食べてってよ。」 「はい!!」 「いただきます!!」 エリオとキャロだけが威勢のいい返事を返す。 お願いだから食べる前に体重計を思い出させないで・・・。 「さて、それじゃ持ってくるよ。ああ、そうだ。 誰とは言わないけどバカみたいな勢いで食べるウスノロとムッツリがいるから親切丁寧に料理の説明をしていたらお皿が空になってましたなんて事態になると思うんだ。 だから料理の説明はデザートまで終わってからにするよ。 それじゃ、最初の料理から持ってくるよ・・・と、その前に、ワカヅクリとイキオクレとオヤバカにはこれをどうぞ。 イチコロっていうおいしいお酒なんだ。料理に合うからこれでも飲んで待っててよ。そこらじゅうに花が咲いてるんだから料理なんかいらないかもしれないけどさ。」 「おう、気が利くな。・・・ところで俺のことか?オヤバカって・・・。」 お願いですからあたしに尋ねないでください。ゲンヤさん。 この凄まじく重たい空気読んでください。 特にゲスト席に座っているあなたの隣とその隣あたりが発生源ですから!! 「久しぶりだね。なのは。この間のホテル・アグスタ以来かな。」 「ええと・・・そのぐらいになるね。なんだがずっと会ってなかったような気がするよ。」 「まぁ、お互い忙しいしね。昔みたいにいかないのはしかたないさ。」 「うん・・・。そう・・・だね。」 いやいや。なのはさん。そんなところでラブコメしてないでくださいよ。 ヴィヴィオが不思議そうな顔してるし!! ユーノ司書長も空気読んで!! どうしてここの男の人って空気を読むスキル持ってないのよ!! 「ねぇ、ティア。どうしてさっきから百面相してるの?」 「スバル、うるさい!!」 訂正。空気が読めない女がいた。 続けてなにか言おうとしたとき、キャリアーをガラガラと転がすバトー博士が到着した。 「おまちどうさまー。じゃ、最初のお皿を置いていくよ。味わって食べてね。 ああ、名前はぬめぬめ酢の物とぴりぴりなまことたこさしとくらげさしだから。 醤油もわさびもしょうがもネギもニンニクも唐辛子も用意してあるから好きにつかってよ。」 それだけ言ってダッシュで厨房に戻っていった。 ええと・・・料理はなんていったかしら。 「いっただっきまーす。」 「おお!?やべぇ!?なんだこれ。ありえねぇ!!ギガうめぇ!!」 「一品目に刺身たぁいいところついてきたな。」 「お父さん、お酒はほどほどにしてよ。」 「なんたる伏兵や!?バトー博士・・・。それにしてもこのなまこ美味しいわー。」 「はい。ヴィヴィオ。たこさんだよー。あーん。」 「あーん。」 「いや、なんで普通に食べてるんですか!!」 ほのぼのとしながら当然のように食べている スバルとギンガさんとヴィータ副隊長とはやて部隊長となのはさんとヴィヴィオとシグナム副隊長とシャマルさんに思わず突っ込んでいた。 逆に戸惑っているのはあたしとエリオとキャロとフェイト隊長、リンディ提督に騎士カリム・・・あれ?共通点がありそうな気がする・・・。 「ええと・・・ティアナ。なにかおかしいかな?とっても普通の料理だと私達思ったんだけど・・・。」 「いや、ありえないですって!?たことかくらげとかなまこって食べられたんですか!?」 「ははーん。そういうことか。」 あたしの言葉に訳知り顔でゲンヤさんが笑った。 「ティアナ。こいつらはな。第97管理外世界だと実にポピュラーな飯なんだ。 まぁ、ミッドじゃゲテモノ食いみたいな扱いされてるし、好き嫌いもあるだろうから食わなく・・・・・・。」 最後まで言えずにゲンヤさんの言葉が止まった。 理由は、純白のバリアジャケットをなぜか着ている人のせいだ。 いつのまに着替えたんです? 「ゲンヤさん。好き嫌いがなんですって?」 和やかな雰囲気が一変した。 なんで食事中にこんな戦場の真っ只中にいるみたいな状態にいなきゃいけないのよ!! 「な、なのは。落ち着いて・・・。」 ぐりんっと音がしそうな勢いでフェイト隊長のほうを向くなのはさん。 「ねぇ、フェイトママ。好き嫌いはないよね。」 「はい。フェイトママ。あーん。」 ワラッたなのは隊長の横でヴィヴィオが無邪気になまこを差し出している。 引きつった笑みに変わるフェイト隊長。 「ねぇ、皆・・・。好き嫌いはないって言っておきながら、いざってときに好き嫌いするんじゃ意味・・・ないよね。 ねぇ、わたしなにか間違ったこと言ってるかな?少し頭・・・。」 「はい、次のお皿お待ちどうさまー。あれ?なんで食べてないのさ。 普段ろくなもの食べてないんじゃないかってくらいブタみたいに貪り食ってる食欲はどこにいったんだい。 まぁ、そんなのどうだっていいよね。バカチンもハイライト消えた目なんかしてるよりも食事楽しんでよ。ごはんは美味しく食べなきゃね。」 このときほど、バトー博士に感謝したことはなかったかもしれない。 ひとまず空気が霧散したんだから。 とはいえ、ヴィヴィオがさっきのお皿から食べていなかった人をじっと見つめている。 あ、まずいかも・・・。 「ねぇ、ティアナ。ティアナは好き嫌いなんて・・・ないよね?」 「ありません!!」 なんであたしが最初!?って思わないでもなかったが、 なのはさんの言葉に反射的に返事をしていた。 トラウマにでもなっているのかしら、あたし・・・。 覚悟を決めてくらげさしというものをおっかなびっくり口に入れる。 モキュモキュモキュ・・・あれ? まずくない・・・というかむしろゴリゴリとした食感が美味しいかも。 「ほらね。ヴィヴィオ。皆好き嫌いなんてしないんだよ。分かったかな。」 「はーい。」 とりあえず第一関門突破かしら。 次のお皿はなんなのかしら。 でも、本当においしいわね。 特にこの酢の物・・・。 「うん。和やかに皆で食事をする。トモダチがいなきゃ絶対にできないステキな光景だよね。それじゃ、次のお皿はこれだよ。 ぴちしゃぶサラダ、サボテンサシ、会心マッチョポテト、肝ニラいため、あと手羽とかリザードとかカルビとかいもいもとかの揚げ物の盛り合わせ。 ああ、デザートまであと3皿って宣言しておくよ。だから後先考えないで遠慮なく食べてよね。」 再びダッシュで厨房に戻っていく。 しかし、どうして難易度高い料理を並べるんですか・・・。 というかむしろ・・・なんで普通に食べてるんですか、なのはさん達・・・。 もしかして97管理外世界ってものすごいゲテモノ料理ばかりとか? 「すげぇ。すごすぎるぜ。こいつはギガうまなんてちゃちなもんじゃねぇ!?」 「ほう。これはおいしいな。」 「でもどうしてピチシャブなのかしら?海鮮サラダでもいいと思うんだけど。」 「これが手羽で、これがリザード、これがカルビで、これがいもいも? どこかでこの揚げ物たべたことあるんだけど・・・。」 「あ、エリオ君も?私もいもいもはどこかで食べた記憶があるんだけど思い出せなくて・・・。」 「あかん。いもいもだけほんまにわからん。いったいこれはなんなんや!?」 「「・・・・・・。」」 スバルとギンガさん、沈黙してひたすら食べてるし。 美味しいもの食べると口数が減るって言うけど、ここまで劇的なものなのかしら? ゲンヤさん達はリンディ提督と騎士カリムを巻き込んで乾杯してるし。 ・・・難しく考えるのはやめよう。 いただきます。 モキュモキュモキュ・・・。 美味しい!?なにこれ!? ウエストのこと忘れて食べようかしら。 それにしてもなんなのかしら?いもいもって・・・。 一番美味しいけど。 マッチョポテトはマッシュポテトと同じみたいだし。 案外名前だけ違ってて食材は慣れ親しんだものばかりなのかも。 エリオとキャロもいもいもを食べたことがあるっていってるし。 ポテトとひき肉を混ぜ合わせたものかしら? そんなことを思っていると、いつのまにか次の大皿を持ってきたバトー博士が待機している。 「やぁ。いいペースで食べ始めたね。次のお皿だよ。 名前は足スティック、ハッスルチヂミ、マルデケバブ、マジカルスープ、キチンピラフ。 さて次がメインディッシュなんだけど、ちょっと困ったことになったんだ。 本当に申し訳ないんだけどゴキブリとニートにお手伝い頼みたいんだよね。 2人の力がないとメインディッシュは作るに作れないんだよ。 せっかく料理を楽しんでくれていたのにごめんよ。根性なしのロクデナシおじいちゃんでさ。」 「かまわん。そのぐらい手伝おう。」 「さすがニートだね。無駄に大きなオッパイと切り刻むしか能がないだけあるよ。 それじゃレバ剣もって厨房まで来てよ。」 「・・・?わかった。」 バトー博士についてシグナム副隊長とはんたが席を立つ。 でも、なんでデバイスが必要なのかしら? それに、足スティックってこれなんの足? カニ・・・かしら? 節足動物の足っぽいけど・・・。 こんなに大きな虫って・・・いつぞやの女の子が召還した蟲ぐらいじゃないかしら? でも、召還獣を料理するなんて考えられないし。 まぁ、他は普通でほっとしたけど。 チキンピラフのいい間違えかと思ったらキチン質を使ったピラフだからキチンピラフなのね。 なるほど、こんな料理があったのね。 それにしてもずいぶん静かになったわね。 本当に美味しいものを食べると言葉がなくなるってこういうことなのね。 そんな感動を持っていたときだった。 金属棒で硬いものをたたいたような音が厨房から響いてきた。 同時にバトー博士の言葉も・・・。 「ニートーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!! まったくなにをやっているんだい。 無駄に大きなオッパイと切り刻むくらいしか能がないのに、こんなものさえ切れないナマクラデバイスまでぶらさげるようになってたなんて!! これじゃ、ニートの価値は無駄に大きなオッパイだけになっちゃうじゃないか!! これからは烈火の将なんて大声で名乗りを上げたら赤面物の称号を名乗らないで、職業自宅警備員と胸を張って名乗らなきゃいけなくなっちゃうよ。」 いや、いったい何を切らせようとしたんです? アームドデバイスのレヴァンテインで刃が立たないって・・・。 「ククククク、フハハハハハハハハ・・・・・・。」 やばい。なんか逝っちゃったような笑い声・・・ってこれシグナム副隊長!? こんな風に笑ったところ初めて聞くんですけど!? 「舐めるな!!!いくぞ、レヴァンテイン!!」 「Jawohl.」 って排莢音してる!? ほぼ同時に凄まじい爆音が厨房から響いてくる。 いったいこんな音を出して・・・というかデバイス使ってなにを料理するんですか!? 八神部隊長もどこか引きつったような表情。 でも、怖いもの見たさで厨房に飛び込む度胸はさすがにない。 ふと、この中で一番常識人っぽいユーノ司書長と視線が合った。 同時に力ない笑みを浮かべたのが印象的だけど・・・。 ・・・あ、厨房が静かになった。 静かになってから数分とたたずにバトー博士がやってきたあたり、 盛り付けるだけでできる料理なのかしら? でも、ちょっと・・・・・・。 キャリアーの数・・・多すぎない? いったい何機もってくるのよ。 シグナム副隊長も仕事をやり遂げたって満足げな顔をしているし。 いったいこれって・・・。 「さて、それじゃ、本日のメインディッシュ。テロ貝さしとテロ貝の薄作りと絶妙テロ貝の昆布締めだよ。堪能してよ。」 「あ、あの、バトー博士。いったいどうしてシグナムが・・・。」 「ロシュツキョーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! それはどうしてニートが厨房にいったのか?って聞きたいって事かな?」 「う、うん。」 「なんだ。それならそうと言ってよね。それはね、さすがのボクでも戦車1台分ある貝を1人でばらすのは大変だったからなんだ。 だからゴキブリとニートに手伝いを頼んだわけさ。 豆腐を切るみたいにスパスパ切り刻むゴキブリとは対照的に、ニートのナマクラじゃ刃がたたなくてニートからヤクタタズにレベルアップするのかと思っちゃったよ。 でも、さすがニートだよね。きっちり切り刻んで見せたんだから。 やっぱりニートは無駄に大きなオッパイを持った切り刻むしか能がないニートだよね。」 いやいや。デバイスでも刃がたたないってどんな貝よ。 でも、ずいぶんたくさん用意したのね。 車1台分もの重さの貝を用意するなんて切るだけでも大変だろうに。 難しいことは後にしよう。 今は目の前のこれを食べよう・・・・・・。 テロ貝ってどんな貝なのかしら・・・ぱくっと・・・・・・。 はっ!? あたしはいったい!? みんなも同じ様子で呆然としていた。 目の前にあった料理は食べられた痕跡が残っている。 一口目を食べるところまでは意識があるのに!? あまりのおいしさに意識がとんだ!? 「じゃ、デザートだよ。皆本当に満喫してくれたみたいで意識を飛ばしても餓鬼みたいに貪食してくれるなんてうれしいよ。 ああ、一心不乱に貪っていてこれが流出したらお嫁にいけなくなること間違いなしな映像データは残してあるからあとでダビングしてあげるね。 それとも動画サイトにでもあげて親しみをもってもらおうか?ま、それはさておき、ラストだよ。 超流動ナタデドコ。これで全部の料理は完了だね。満足したかい?」 「すごかったぜ。こいつはギガうまなんて言っちゃだめだな。まじでテラうまだったぜ。」 「ごちそうさまでした。バトー博士。」 「最初は面食らったけど、ほんまにうまかったわ。機会があったらまた頼んでもええかな?」 「あれ?どうして?あたしの料理がいつの間にからになったの!?」 「あ、あら?私も・・・。お父さん、知らない?」 「スバル・・・ギンガ・・・お前ら、あんだけ一心不乱に食っといてなにいってやがる。」 「おいしかったですよ。食材があまっていらっしゃったら教会へいくらか包んでいただけるとうれしいのですが。」 「わたしもお願いできるかしら。クロノがうらやましがるわね。」 全員が全員満ち足りた表情。 ヴィヴィオも好き嫌いがなくなるだろうし、おいしいものもおなかいっぱい食べられたし。 うん。これでハッピーエンド・・・ 「ところでバトー博士。どんな食材つかったんですか?どうしても分からないのがあるんですけど・・・。」 ・・・・・・じゃないのかしら? エリオの無邪気な質問に場が凍りついた気がする。 そういえば、気にしないで食べていたけど、いくつか想像できない食べ物あったし、 もしかしてものすごいもの食べていたりするとか? 「ムッツリーーーーーーーーー!!加工品だけじゃ満足できないから加工前の姿を見せろって言うんだね。 さすがムッツリ。モザイク入りのエロ本で物足りないから無修正をよこせって言わんばかりだよ。もちろん教えてあげるよ。 ちょうどあそこの壁がいい感じにディスプレイになりそうだからね。映像データはしっかりBSコンに収めてあるさ。 それじゃ、出力につないで・・・ぽちっとな。最初はぬめぬめ酢の物からだったよね。 ぬめぬめ細胞なんてポピュラーすぎて説明の必要ないと思うけど・・・。」 「・・・・・・ぬめぬめ細胞?」 疑問の言葉を発したのは誰だっただろう。 もっとも、それ以上にものすごくいやな予感を覚えた。 他の人も同様なのだろう。 どうして人間は好奇心なんてものを持って生まれてしまったのか。 知りたいという思いと知りたくないという思いがせめぎあっている。 もっともそんなのお構い無しでバトー博士の説明は続けられたが・・・。 「そういえばこっちじゃ売ってないよね。ぬめぬめ細胞って。高級食材なのかな? 殺人アメーバの細胞なんだけど・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アメーバ?」 「うん。アメーバだよ。ナイチチ。」 「アメーバっていうと・・・。」 「これだね。」 そう言って手元のコントローラをバトー博士が操作した途端に現れた映像に 一斉に悲鳴が上がった。 「ぬめぬめ細胞ごときで悲鳴を上げるくらい喜んでくれるなんて思わなかったよ。 それじゃ、説明してなかった料理の説明を始めようか。」 「ごとき!?」 「バ、バトー博士。ちょっと待・・・。」 「面倒だから食材になった生き物の写真をずらっと並べちゃおうか。これだよ。」 その後の顛末は語るまでもないだろう。 アメーバとかアリとかクワガタとかハチとか食べていたなんて思いもよらなかったし。 車サイズの貝とかありえないし!! そして最大の分かれ目が・・・ 「いもいもって・・・なんだったんです?」 「肉みたいな味の芋があったんだろ?なぁ?そうなんだろ!?」 多少ショックをうけたぐらいで済んでいるエリオとは対照的に マジ泣きしているヴィータ副隊長。 その言葉はすでに祈りや懇願になり始めている。 スバルとギンガさんが妙に静かだと思ったら失神してるし・・・。 ちょっと、いつもの鋼の心臓はどこにいったのよ? そんな周囲の思いを嬉々として裏切る準備をしていたかのように現実は残酷だった。 もっとも、答えはバトー博士からではなくキャロから来たんだけど。 「あ、そうだ!!いもむしだ。」 「ああ!?そうだよ。それだよ。キャロ。 子供のころに食べたっきりだったけど独特の食感だから覚えやすかったのに・・・。」 「いも・・・むし・・・。」 「これは驚きだね。コシヌケとムッツリの言うとおり、いもいも細胞はいもバルカンのお肉だよ。こんなやつだね。」 口から銃身を生やした巨大な芋虫の写真が大写しになる。 どさりと複数個所から音が聞こえた。 「きゃああああああ。お母さん。目を覚ましてー!!」 「ヴィータ!!おい、ヴィータ!!しっかりしろ!」 「おい、騎士の嬢ちゃん。目を覚ませって。」 カオスだ。 ああ、これが好奇心は猫を殺すっていうことなのね。 そんなあたし達の思いを知ってか知らずかバトー博士の言葉に意識があったものは その表情を引きつらせる。 「食べなれない素材もあっただろうからちゃんと料理したんだよね。 でも、本当の通の人はほら、ゴキブリとポチがしているみたいに・・・。」 ぶちぶちぶちっと音を立てて食いちぎっている1人と1匹。 見間違えてないのなら、あれって料理してないんじゃ・・・。 「やっぱり通は生で食べるよね。そういうわけでナキムシーーーーーーーーー!! 皆好き嫌いはしていないってわかったかな?」 「はい!!よくわかりました!!」 「さすがナキムシ。物覚えがいいね。また食べたくなったら言ってよ。好きなだけご馳走してあげるからさ。」 かくして食事会は多少の混乱はあったものの無事終了。 しばらく次はこないだろうけど、またいつかこんな機会がもてたら・・・。 そんな風に思っていた。 これが最後の食事会になるなんてこのとき誰も予想していなかったけど。 ======== まったく、今日はさんざんやったわ。 ヴィータは白目向いたまんまやったし、リンディさんも騎士カリムも気絶したまんまやし。 元気なのはヴィヴィオとエリオとキャロくらいなもんで、 フェイトちゃんもなのはちゃんも涙目やったもんなぁ。 明日の業務に差し支えんとええけど・・・・・・。 でも、美味しかったなぁ・・・はっ!? だめや、だめや。私にはトラウマを嬉々としてえぐるようなサドっけはないんや。 その日の夜、ベッドに入って一日を振り返ってはのたうちまわる。 そんな奇行をどれぐらいの間行っていただろう。 ふっと、疑問を持った。 料理を作るのはいいとして、材料はどうしたんやろう? 合成したって言っとったけれど、トー博士たちの故郷の食べ物っちゅうことは元になる故郷の素材が必要やな。 でも、クローン培養なんてアングラなやりかたするにも元がないと作れない。 そもそも故郷に帰れないから管理局で働くことになったはずやし・・・。 帰られるならとっとと帰りそうなもんやし。 なにもないところから創造したとか? あほらしい。とっとと眠っとこうか。 追伸: 後日、聖王教会の騎士カリム宛にクール宅急便で巨大なコンテナが届いたらしい。 開封したシャッハが悲鳴を上げてコンテナごと中身を爆砕し、 爆砕した破片がべちゃりと顔に直撃した騎士カリムが泡を吹いて倒れて、 たまたま来ていたクロノ君とヴェロッサが巻き添えになって黒焦げになり、 教会ではテロか!?と大騒ぎになったそうな・・・。 そしてもう1つ。 「フェイトママー。お料理教えてー。」 「うん。いいよ。ヴィヴィオ。火を使うのはまだ難しいけど、包丁の使い方から覚えていこうか。最初はリンゴの皮むきから覚えていこうか?」 「ううん。えっとね。キャロおねえちゃんからたくさんもらってきたのがあるの。 だからね。これのお料理教えて。」 そう言って傍らにぶら下げていた可愛らしい袋を差し出す。 中でなにかがうぞうぞと動いているそれを・・・。 悲鳴を上げなかった私に満点をあげてもいいよね? きっと引きつっているだろう笑みを必死に浮かべながら言葉をつむぐ。 「えっと・・・・・・・・・・・・ねぇ、ヴィヴィオ。中に・・・じゃなくて、ええっと、その、 また今度教えてあげるから、今日はリンゴにしようか。」 「ええー。」 「リンゴにしようよ。」 「うー。」 「うさぎさんのリンゴ教えてあげるから。」 「どうしてー。」 「リンゴにするよ。」 中身の予想がついたフェイトは必死にそれを空けさせまいとするが、 ヴィヴィオの顔は不満ですと主張している。 でも、これだけは譲れない。 袋の大きさからすると1匹や2匹じゃ済みそうにない。 見た瞬間に卒倒する自身がある。 お願い。だれか助けて・・・。 「ただいまー。フェイトちゃん。ヴィヴィオー。帰ってるの?」 「あ、なのはママー。お帰りなさーい。」 私から興味を失ったかのようにヴィヴィオが小走りになのはのほうへ駆けて行く。 なのは、最高、愛してる!! けれど、私は油断した。 中身がなんであれヴィヴィオの袋を預かっておくべきだったのだ。 キャロがヴィヴィオの力でもあけられるように袋をゆるく縛っていたとか、 ヴィヴィオがもってくるまでの過程で袋の口が緩んでいたとか、 注意力散漫になったヴィヴィオが室内のなにもないところでも転ぶとか、 転んだ拍子に手に持っていたものが放り出されてしまうとか、 その袋の進行方向になのはがいたとかいくつもの偶然が重なった結果。 中身のいもいもを全身に浴びちゃったなのはがとった行動は・・・。 機動六課の隊舎全体に高町なのは一等空位の悲鳴が響き渡った。 結果として管理局のエースオブエースにあのような悲鳴をあげさせる猛者とはいったいなにもの!?としばらく噂になり、なのはは好き嫌いを口うるさく言わなくなった。 もっとも、ヴィヴィオは好き嫌いどころかゲテモノ食いとカテゴリーされる側にいってしまったけれど。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/371.html
38 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 47 19 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 1/7 ――1 日本国陸上自衛隊90式戦車。 大協約 主力鉄竜Mk-Ⅶ カッティング 。 共に大日本帝國陸軍97式中戦車の面影を持たぬ、末裔であった。 スィムラ砦前面から撤退したMk-Ⅶ カッティング 部隊。 ほうほうのていでの撤退であったが、その戦意は衰えていなかった。 否。 ある意味で戦意は上がっていた。 信じがたい話だが真実である。 Mk-Ⅶ カッティング は、 大協約 最強の鉄竜だ。 伝説の97式中戦車を絶対的に凌駕する鉄竜なのだ。 撃破された2両は残念だが、あのカガクの帝國に魔道を使わせたのだ。 その存在の重さに帝國が慄いたのに違いないと殆どの車内で盛り上がっていた。 現時点で喪われたのは2両。 これに、足回りの故障などで進軍途中で置いてきたのが4両と、基地を出撃した時に比べて部隊は総戦力の25%を喪失しているにも関わらずである。 何とも能天気な話ではある。 一応の弁護をするならば、彼らにとって100kmからの進軍時に交戦せずに目的地へと到達する鉄竜は約7割と見積もられていると云う現実がある。 それも、大甘に見積もってである。 これは、基本的に 大協約 世界での鉄竜は工業製品と言うよりも高度な手工芸品である為、足回りやエンジンなどの消耗部品の規格が無きが如しと云う有様が原因であった。 部品1つを組み替えるだけでも現場で微調整をする必要が発生し、或いは整備士に職人的感を要求するのだ。 ある意味で、或いは悪い意味で97式中戦車の末裔と呼べるだろう。 そんなMk-Ⅶ カッティング であるにも拘らず4両、2割以下の消耗で到着したのだ。 ある意味で 大協約 第14軍団の練度の高さを示していると言えるだろう。 であればこそ、士気も高まりこそすれども、下がる筈が無かった。 「卑怯な帝國が魔道を使いやがった。鉄竜を持ってこい! 正面からぶっ潰してやる!!」 「そうだそうだ! 一撃で撃ち抜いてやる!!」 「カーンと、帝國の大砲を跳ね返すのも良いな」 「連中に、我々が如何に研鑽したかを教えてやろう!!!」 「おおっ!!!」 日ごろは紳士然とした口調の指揮官士官達すらも、そんな隊員たちの雰囲気にあてられて怪気炎を上げていた。 鉄竜の整備を鉄竜付き整備班に任せ、自らは柔らかな鉄竜騎兵用革鎧姿のままに思い思いに談笑している鉄竜部隊の隊員達。 そこへ、さらにボルテージの上がる報告が来た。 帝國軍襲来、である。 「帝國軍がだと!? あの要塞に立てこもっている連中が打って出て来たか!!」 喝采を上げる将兵。 正に、武勲の稼ぎ時であった。 「総員、騎乗急げっ!! 帝國に我らの鉄竜を見せ付けてやるのだっ!!!」 「おぉっ!!!!」 その覇気は天を突かんばかりであり、最高潮へと達していた。 まるで史劇の1シーンを切り抜いたかのようであった。 実際、後の世ではよく題材とされていたのだ。 日本と 大協約 との戦争を題材とした絵画に於いては。 [扉の前]なる題名と共に。 39 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 48 23 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 2/7 そして 大協約 鉄竜部隊は、扉を開けた。 現代戦への、扉を。 黄色い誘導棒を持った憲兵に誘導され、前線へと向かう鉄竜部隊。 その脇で鉄竜部隊指揮官は、作戦団司令部からきた参謀から地図を片手に状況を聞いていた。 「帝國軍は、コチラから仕掛けて来ています。現在団外周部隊より約6km、偵察部隊をそのまま交戦させていますが、突破されるのも時間の問題でしょう」 偵察部隊は、基本的に戦竜すらも参加していないのだ。 その程度の部隊が帝國軍に対応出来る筈も無かった。 一瞬だけ目を瞑る鉄竜部隊指揮官。 だが、彼が示した人間的な反応はそれだけだった。 「作戦団のほぼ中央部に来るか。で、我々は方位17から回れば良いのだな?」 「はっ。そちらであれば、鉄竜隊の足手まといになりそうな部隊は居りませんので存分にやれるとの事です。団司令部には特竜を充てますので、他の事には構わずに」 作戦団司令部を囮として、帝國軍部隊を引き付け、その側面を鉄竜で突く。 コレも又、豪胆であった。 「分った。積み込んでいる対鉄竜弾を使い切って、この場を帝國鉄竜の墓場にしてみせようぞ!」 「おおっ、頼もしいお言葉です!」 「ではっ!」 「はっ!」 敬礼と答礼。 参謀と別れた鉄竜部隊指揮官は、己の鉄竜へとよじ登った。 砲塔、指揮官ハッチへと腰まで潜ると、背筋を伸ばしてハッチ脇に付けられた伝声缶の蓋を開いた。 「鉄竜、前へ!」 帝國軍迎撃を行おうとして混乱する第142作戦団の集団を抜け、事前に指定されていた場所へと到達した鉄竜部隊。 既に作戦内容は伝達されていた。 後は帝國軍が出てくるのを待つのみである。 誰もが前方を注視していた。 鉄竜長はハッチから身を乗り出し、高価な双眼鏡で先を見ていた。 運転士は、操縦用のレンズ越しに。 砲撃照準士は、照準用の望遠レンズ越しに。 副砲士は、ハッチから顔を出して裸眼で。 正副の装弾士は、それぞれの砲弾を足元に置いて小声で会話し、そして通信士はじっと通信機とにらめっこをしていた。 重く響くエンジン音。 遠くから聞こえる砲声、銃声の数々。 それが段々と大きくなっていく事から、戦闘が近づいてくるのが分る。 固唾を呑む、そんな時間。 そして誰かが叫んだ。 「帝國軍だっ!!」 40 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 49 13 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 3/7 鉄竜部隊の場所から約3kmほど北の丘陵地帯から、正に壊乱したが如き姿で撤退してくる偵察隊。 そしてしばしして姿を見せた帝國軍の軍列。 鉄竜。 黒い 大協約 軍の鉄竜と比べ、薄汚れて見れる緑色の鉄竜。 紛う事なき帝國製の鉄竜であった。 帝國軍はそのまま、特竜が群れを成す作戦団司令部へと突き進もうとしていた。 鉄竜部隊指揮官の手が大きく2度、振られた。 エンジン音が大きくなり、大地が揺れる。 合計18両の鉄竜が走り出す。 車体前部に取り付けられた100mmにも達する大口径砲が揺れる。 但し、短砲身である。 それは取り回し的な理由と共に、 大協約 側の冶金技術の限界故にであった。 砲の威力を大きくするには、大別すれば2つの手段がある。 大口径化と長砲身化だ。 大口径化は、単純に使う装薬の量が増える事によって威力が向上する。 これに対し長砲身化は、砲弾が砲身を長く通る事で、装薬の恩恵を多く受ける事が出来るのだ。 又、副次的要素として、長砲身化は、砲の命中精度を高める側面もある。 砲身から砲弾へと、より永く、そして精確に目標への筋道を与えられるからだ。 更には射程も延びる。 比較して、長砲身化の砲が恩恵は大きいと言えるだろう。 にも拘らず、Mk-Ⅶ カッティング の100mm1s型対鉄竜砲が、大口径化を選択した理由はコストと、そして技術的な限界であった。 確かに長砲身化は利点が多い。 だが同時に、製造に高い技術を要求されるのだ。 長い砲身を精密に作り上げ、同時に、射撃時の高温で歪まぬ強度を与える。 しかも、鉄竜に載せる為には軽く、である。 簡単に出来るものでは無かった。 否。 正確には、出来なかったのだ。 冶金の専門家と呼べるドワーフ族、その中でも“世界の裏切り者”である東ガルムのドワーフ族を使い潰す勢いで研究させても、である。 鉄竜に搭載出来るだけの大きさのものが出来ても、形だけ。 精々が1~2発の発砲で歪むのだ。 しかも、その命中精度はお粗末の一言。 とても実用に足るものでは無かった。 それ故の、短砲身大口径化。 尤も、簡単に大口径化と言っても、簡単では無かった。 長砲身化に比べて簡単なだけであり、大口径化も又、苦難の連続であった。 それは最初の対鉄竜砲である47mm対鉄竜砲の開発から、97式中戦車の持つ一式47mm戦車砲をあらゆる面で上回る、この100mm1s型対鉄竜砲が完成するまでに実に半世紀近い時間が必要であった点にも現れていた。 帝國との戦争で 大協約 の諸国が疲弊し、更には帝國が消えて差し迫った状況で無かったとは云え、である。 そんな苦難の末に生み出された、帝國鉄竜を屠れる100mm1s型対鉄竜砲。 それ取り付けられているのは車体である。 コレは、砲基部が巨大であり過ぎた為であった。 帝國の主力鉄竜である97式中戦車を真似て砲塔に取り付ける事も考えられたが、試作した車両で実験したところ、整備された平地ならともかく、不整地ではまっすぐに走る事も覚束なくなってしまったのだ。 コレは、鉄竜の重心が上がり過ぎた事が原因であった。 チョッとした段差でも、グラングランと揺れるのだ。 いや、揺れると言う言葉では生温い。 横転しそうになるのだ。 であれば、そんな物が採用される筈も無かった。 技術者の一部からは砲塔型の持つ利点を考え、車体を大型化してでも搭載すべきとの意見もあった。 正論ではある。 車体に取り付けてしまえば砲は安定するが、同時に主砲の仰角や方向射界が限定されてしまうからだ。 この意見には、運用側からも賛同する声が上がったが、100mm1s型対鉄竜砲の重量(実に10tオーバー)を支えられる車体を作ろうとすれば、そして、それに帝國鉄竜の砲を防ぐだけの装甲を施そうとすれば、60t乃至は70t級の化け物となる――そんな試算が出ては、通る筈も無かった。 インフラが耐えられぬからであり、そしてそもそも、その重量を支え得る足回りを生み出す鉄を量産し得ないからである。 諸々を超えて生み出された100mm1s対鉄竜砲であるが、問題はまだあった。 大口径化によって砲弾が大型化した事による発砲速度の低下である。 41 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 50 08 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 4/7 これは、100mm1s型対鉄竜砲の発砲間隔が、その前の主力対鉄竜砲である70mm2l型対鉄竜砲の1/3以下と云う事を、運用側が危惧した結果であった。 如何に長射程大威力であっても、発砲間隔に切り込まれては問題であるからだ。 又、100mm1s型対鉄竜砲の砲弾が極めて高価である事も問題であった。 そして発砲すれば、砲身命も縮む事になる。 有体にいって、100mm1s型対鉄竜砲を陣地などの歩兵に使うには、余りにも勿体無いとの意見が出たのだ。 砲身を余り痛めない、柔らかな外殻を持った散弾も開発されていたが、それでも装薬を使う事で砲身命は縮むし、値段は、従来の砲弾に比べて、やはり高いのだ。 その回答として行われたのが、砲塔に搭載する副砲である。 70mm3ss型歩兵砲だ。 名前の通り直射を優先した対鉄竜砲では無く、100mm1s型対鉄竜砲よりも更に極端に短い砲身を持った歩兵砲だった。 対歩兵と陣地、そして対鉄竜戦時の牽制用としての中口径砲である為、歩兵部隊向けの量産された優良歩兵砲がそのまま採用されたのだ。 砲弾の共通化による、補給の簡便化と共に、この砲が直射と共に曲射も可能であり、使い勝手が良い事が選ばれた理由だった。 これは陣地攻撃と共に、もう1つの役割、鉄竜を相手しての牽制用の、である。 曲射、即ち射角を高くすれば、70mm3ss型歩兵砲は100mm1s型対鉄竜砲よりも長い射程を発揮できるのだ。 言ってしまえば、Mk-Ⅶ カッティング は70mm3ss型歩兵砲による対地散弾乃至は煙幕弾を使用する事で、97式中戦車以降の改良されているであろう帝國鉄竜の長射程砲と対峙したとしても、100mm1s型対鉄竜砲の射程まで近づく事が可能となるだろう。 そこまで考えられていたのだ。 最新最強であっても慢心しない。 Mk-Ⅶ カッティング に隙など無かった。 問題は、敵が、敵である平成日本の持つ科学力が帝國などでは及びつかぬ別次元へと到達していたと云う事である。 それは、一言で言って不幸な現実であった。 横隊で突撃するMk-Ⅶ カッティング の群れ。 戦闘重量約50tの鉄竜の群れは、大地を揺るがす迫力があった。 轟音。 そして巻き上がる砂塵。 それを見ていた第142作戦団の将兵達は、迫り来る帝國軍を見ても尚、心に余裕を持てる程に勇気を与えられていた。 喝采を上げている将兵。 その歓声に、砲塔から上半身を出していた鉄竜部隊指揮官は満足げに唇を歪めると、それから通信士に繋がっている伝声缶を開いた。 「各車へ連絡! “敵鉄竜部隊との距離が2000まで近づいた時点での発砲を認める”だ。復唱はいらん!!」 現時点で距離は約3000m。 後1000で交戦する。 否が応にも盛り上がる雰囲気。 だが、只1人、100mm1s型対鉄竜砲を扱う砲撃照準士が伝声缶に確認の声を上げた。 「竜長、有効射程外ですぜ?」 上官の意見を真っ向から否定する目的では無いので小声でだ。 それを鉄竜部隊指揮官は、豪胆に笑い飛ばす。 「構わん、景気付けだ。帝國軍の度肝を抜くぞっ!!」 一応は最大射程内であり届くことは届くのだ。 そして理論上は2000mで97防御値――25mmの帝國装甲鋼であれば叩き割る事が可能であった。 だから鉄竜部隊指揮官は判断を下したのだ。 大協約 に残っている資料によれば、帝國鉄竜部隊の最大交戦距離は1000程であったと言う。 それ故の判断であった。 「了解! ならば我らの砲を、力をみせつけてやりましょう!!」 鉄竜部隊指揮官の判断に意を唱える形となった事を詫びるように、そして鉄竜内の雰囲気を鼓舞するように大声で言う砲撃照準士によって、鉄竜内の更に盛り上がった。 そんな鉄竜内を見て、笑みを大きくする鉄竜部隊指揮官。 その時、光が瞬いた。 「えっ?」 慌てて視線を前に戻した鉄竜部隊指揮官。 42 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 50 44 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 5/7 「なっ!?」 その目がやや左側を走っていた鉄竜が、その後方に居た鉄竜もろとも吹き飛ぶのを捉えた。 「何がっ!?」 砲弾が誘爆してかの火球を呆然と見た鉄竜部隊指揮官。 一瞬にしてMk-Ⅶ カッティング が粉砕されるという、信じられない事態を脳が処理出来なかったのだ。 その耳に、追い討ちが掛けられた。 それは、誰かの報告だ。 否。 悲鳴だった。 「帝國鉄竜、発砲!!」 その報告に、鉄竜部隊指揮官の心は更に揺さぶられた。 距離が3000もあって、何故に発砲する。 当たる筈がない。 当たる筈がないんだ。 そんな鉄竜部隊指揮官をあざ笑うかの如く、更に複数のMk-Ⅶ カッティング が粉砕される。 火球に包まれるもの、只黒煙を上げて停止するもの。 信じられない現実がそこに、量産されていた。 「隊長!!」 呼ばれた声――悲鳴に、鉄竜部隊指揮官は自分を取り戻す。 打開策を必死に考える。 此方も発砲。 無駄。 届かない。 回避機動を取る。 無理。 集団で横隊なのだ、これで各鉄竜が各個に動かれては、事故が多発するのが見えている。 ではどうするか。 轟音と悲鳴と破壊音に耳朶を揺さぶられながら考える事を、数秒。 鉄竜部隊指揮官は、1つの決断を下した。 「副砲、煙幕弾を使用。目標距離は500! 連続発射だっ!!」 「無茶です竜長っ! それじゃ前が見えないっ!! 照準も操縦も出来なくなっちまいますぜっ!!!」 煙幕弾による効果は、煙による視界封鎖と、砲弾による対魔法捜索妨害があるのだ。 Mk-Ⅶ カッティング には、魔道暗視装置が搭載されているが、コレすらも撹乱するのだ。 「構わん! 今のままでは射爆場の移動標的と変わらんっ!! 撃て、副砲士っ!!!」 「アイ、鉄竜長!!」 鉄竜部隊指揮官の前、70mm3ss型歩兵砲がクィっとやや下を向いて、それから発砲。 やや間抜けな音と共に砲弾は飛翔し、炸裂する。 煙々と吹き上がる白煙。 キャタピラの巻き上げた砂塵と相まって、即座に視界が閉ざされていく。 そして、通信はしなかったものの、指揮識別竿の掲げられた鉄竜が行った事ならば、とばかりに僚竜たちも煙幕弾を発砲する。 たちまちの内に、何も見えなくなった。 心なしか、砲声が緩くなった様に感じられた。 それに人心地ついた鉄竜部隊指揮官は、新しい指示を出した。 「運転士、速度を緩めろ。手隙の人間はハッチから顔を出して周囲を観測しろ」 五里霧中。 濃厚なスープのような視界に、手探りで進むしかない状況。 43 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 51 49 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 6/7 自分で生み出した状況であるにも関わらず、この状況を罵りそうになる鉄竜部隊指揮官。 「っ!」 一瞬だけのど元が緩み、それを指揮官としての自制心が閉めなおす。 この状況を命じたのは自分。 にも関わらず声を荒げては、部下からの信頼を喪う――そう思えばこそだ。 だが、そんな事を思う贅沢さが許されたのは、ホンの数秒だけだった。 何故なら、明らかにMk-Ⅶ カッティング のモノでない砲声と、そして至近での爆発音が続いているからである。 「通信士、点呼を取れっ!」 思わず悲鳴の様な声を上げた鉄竜部隊指揮官。 だが、その事を恥じるよりも先に、その意識は霧散していた。 肉体と一緒に。 ――2 自らの煙幕によって閉ざされた視界の中、遠距離から一方的にそして瞬く間に撃ち滅ぼされたMk-Ⅶ カッティング の群れ。 それを成したのは、たった2両の90式戦車だった。 20両を超えるMk-Ⅶ カッティング は、たった2両の90式戦車に屠られたのだ。 Mk-Ⅶ カッティング に誇りを持っていた鉄竜搭乗員達にとっては悪夢の様な状況であるが、それを成した側にとっては、至極簡単な話だった。 90式に搭載されている熱線映像装置は、視野と魔法的探知手段のみを妨害する 大協約 側の煙幕を無意味なモノとしていた。 更に、熱線映像装置から得た情報を生かす射撃統制システムは、不整地での走行中であるにもかかわらず距離3000もの遠距離標的に当てるだけの能力を持っているのだ。 自動装填装置による、尋常ではない連射能力と相まって、それは達成されたのだ。 「敵戦車、全車沈黙だな」 熱線映像装置で、Mk-Ⅶ カッティング 全車両の各坐を確認した戦車長は、誇る事も無く呟くと、砲手に車体側の砲弾を砲塔の自動装填装置へと補充する様に命じる。 90式戦車は砲塔後部の自動装填装置へ、即応として18発の砲弾を収めているが、それだけではなく車体側に20発を超える砲弾が積まれているのだ。 これから中隊戦闘団を追従し、敵部隊の本営を蹂躙するのだ。 弾が幾らあっても邪魔と云う事は無い。 敵の戦車は余りにも脆弱過ぎて、そして大型過ぎたため、より確実な撃破の為にAPFSDSよりもHEAT-MPを使用していたのだ。 HEAT-MPは榴弾兼用である為、その消費は、これからの敵本営攻略時に影響が出そうであるが、近距離で44口径120mm砲の爆風を食らえば只では済まんので、問題にはならないだろう。 そう、中隊戦闘団の指揮官である善行二佐は判断を下し、命令をしていたのだった。 「本隊へ追従する。2号車、問題は無いな」 『大丈夫です』 「宜しい。ならば続けっ!!」 1500馬力の水冷ディーゼルエンジンが、全力のうなり声を上げる。 そして50tの車体は、多少の起伏など無視し走り出す。 その様は正に鋼鉄の獣、或いは鋼の竜であった。 「順調ですね」 誰に言う事も無く呟いた善行二佐。 断続的な発砲音や爆発音、或いは激しい振動の中にあるにも関わらず、冷静さを維持している辺りに、この男の本質が出ていた。 鬼とも評された、兵士としての、指揮官としての貌である。 44 : 平成日本償還 :2010/03/01(月) 03 52 56 ID ZypV.lAg0 ○第二次メクレンブルク事変 編10 7/7 そんな善行が乗っているのは、中隊戦闘団指揮用の通信機能強化型89式歩兵戦闘車――まぁ実態は、歩兵の代わりに基幹連隊指揮統制システムの通信と情報端末を乗っけただけのものだが、中々に使い勝手が良かった。 本来、陸上自衛隊は、この手の任務用には82式指揮通信車を整備していたが、車種を絞る事による兵站への負担軽減と、なによりもその足回り、装輪式である事による限界性能の低さ、或いは他の機甲科車両へと追従出来ないリスクを考えて、このメクレンブルクの地へは持ち込まれていないのだった。 まぁ持ち込んでいたとしても、車両自体の数が少なく、そもそもとして師団や特科部隊の指揮用である為、中隊に回って来たかと言えば、かなりの疑問ではあるが。 さておき。 その改造89式歩兵戦闘車の中で善行は、分派していた90式戦車2両が任務を達成し、合流に向かってくる事を確認した。 市販のノートパソコンを流用したReCsの情報端末は、後方の支援によって整理された情報を即、表示してくれるのだ。 戦場の霧を晴らす技術。 だが今、善行にとって何よりも有りがたいのは、上空を飛ぶプレデターUAVからの情報である。 上空から得る俯瞰情報によって、容易に第142作戦団の指揮系統を把握する事が可能となるからだ。 試験評価の為にFMSで輸入された貴重な6機のMQ-1Bの内の2機が、このメクレンブルクの地に来ているのだった。 当初、航空自衛隊サイドは予備部品も殆ど無い試験評価用の機体を実戦投入する事を渋っていた。 が、最終的には、高々度からの偵察手段が他に無かった事や、実戦投入による運用情報の取得というメリットに負ける形で、MQ-1Bの試験評価部隊を分派していたのだった。 そんな訳で善行二佐は、数少ない戦力を最大限有効に活用する事が可能であったのだ。 特竜の位置を確認しては90式戦車を充て、或いは歩兵が溜まっている場所へはスィムラ砦から迫撃砲を発砲させ、見事に第142作戦団司令部の防御ラインを無力化させた。 更には、分派していた90式戦車2両の合流コースをやや南よりにさせる事で、作戦団司令部の基幹人員の退路すらも潰させていた。 逃すわけにはいかないのだ。 別に、無駄に残虐さを発揮しようとしている訳では無い。 増援部隊の到着と戦闘準備が完了するまでの時間を稼がねば成らぬのだからだ。 善行の中隊戦闘団は普通科中隊を基幹としているが故に戦力が少なく、第142作戦団総体を撃破する事は困難である為、指揮システムを完膚なきまでに破壊する事で、その再編と再侵攻を遅らせる事が狙いであったのだ。 だからこそ、善行二佐には 大協約 第142作戦団の司令部人員を1人たりと生かして帰す積もりは無かった。 車内に固定されたノートパソコンのディスプレイには、第142作戦団側の防御部隊が組織的抵抗能力を喪失しつつある様が表示されている。 作戦団司令部を丸裸にしたのだ。 である以上、素早く料理せねばならない。 「頃合ですね」 メガネを押し上げる善行。 それから、下命する。 降車戦闘を。 それまで89式歩兵装甲車の中で揺らされるだけだった、鍛え上げられた歩兵達が大地へと降り立つ。 「総員降車、急げぇっ!!」 通信のみならず、中隊先任下士官である若宮二等陸曹の怒鳴り声が、銃声に混じって響く。 そんな中へと善行も降り立つ。 無論、指揮を執る為だ。 兵は、自分達と共に歩む指揮官を好む。 それを理解する善行は、銃弾の飛び交う中であろうとも、躊躇は無い。 「では行きましょう」 手を二回振る善行。 それが突撃の合図だった。 歩兵達が前に進み、それを支える89式歩兵戦闘車。 その両翼に、90式戦車が突き、突撃路を守っている。 それは21世紀に於いて尚、歩兵の本分とは歩く事であると信奉する、根っからの陸上自衛隊は普通科の将校である善行の薫陶が行き届いた、全面攻勢であった。 そしてその善行。 若宮を隣にし、後ろには通信機を背負った通信兵と、それから 大協約 軍の情報を持っている特務情報幕僚のダークエルフを連れて走り出す。 大協約 第142作戦団が、その指揮中枢を喪い潰走を始めるのは、その30分後の事であった。
https://w.atwiki.jp/clownofaria/pages/97.html
ザフィーラ (既存キャラ) 八神家の番犬にして主夫 最近出番が無く、みんなから忘れ去られている ジェイル・スカリエッティ (既存キャラ) 技術に関しては超一流のサイエンティスト ナンバーズ達の生みの親 もやしと思われていたが、魔法も使わずフェイトのザンバーを素手で受け止めてるあたり、最硬の手を持っているらしい。健全な肉体には健全な精神が宿る。 身体を鍛えることは欠かさないらしい。 直接戦闘用だけでなく指揮・後方支援用の個体を作成していたり、自身の戦力に慢心せず敵弱体化のためのAMFを用意していたりと、よくよく考えてみると戦略眼は結構良い。 (ここまでがアンサイクロペディア) 開発部に所属 ウーノに好意を抱いている 独占欲は強いかもしれないが、それは寂しがりやだから (ここまでが雪奈・長月の設定) シグナム (既存キャラ) ヘタレのラストサムライ はやてを守る守護騎士ヴォルケンリッターの将で通称「烈火の将」 主であるはやてには甘い 教会騎士のシスターシャッハとは模擬戦をよくする仲 フェイトのライバルで、強敵と書いてともと読む関係であるが、愛人であるという噂もある アサギに比べたらまだまともだが、戦闘凶の様な節があるせいで他人から辟易されている またスタイル抜群で通称おっぱい魔人 (ココまでが雪奈・長月の設定) シャッハ・ヌエラ (既存キャラ) 攻略度: 武闘派シスター 陸戦AAAランク、真面目で温和な性格だがシグナムのガチ友 おまけに壁抜けワープと地味に強いのだが、それだけにうっかりパワーも物凄い どじっこではなく、うっかりさん シャマル 医務局の医務官 ちょっぴり腹黒 遠く離れた場所から相手の体内のリンカーコアを直接抜き取ることができる技を所有しているのに、空気過ぎる人。 はやての次に魔力を多く所持している守護騎士 (雪奈・長月追加設定) 篠鷹アキ (雪奈・長月のSSに登場) 魔力を質量に変換できる希少なレアスキル所持者 主にアサギを止める役 講義分野は主に体術 ナンパは得意な方らしい ジンナイ (雪奈・長月のSSに登場) モデルは「ジンナイ」様 広報部所属の空曹長 陸曹長のケインとは「いつか決着をつけないといけない相手」らしい skylynx (如月弥生氏のSSに登場) 近所のおじさん ショタ好きなので、恭也くんとは仲がいい 彼もまたトラのファンであり、鉈さんとは仲がいい 別名「生ける屍」と呼ばれる風貌である スフィーダ・アイスランス 医務局の医務官。 元空曹 デバイスを使用せずして、凍結系魔法発動する人。 主に凍結形魔法で作った氷の槍を使用していたことから通称は「氷雪の槍者」 スメラギ (雪奈・長月のSSに登場) 戦技教導隊の部隊長。 階級は二等空佐 色々と苦労が耐えないらしい セイン (既存キャラ) J・S事件後、シャッハにより教育された 相変わらず妹達からの尊敬がないことが不満に思っている 先天固有技能「無機物潜行(ディープダイバー)」、 固有武装「潜行する密偵(ペリスコープ・アイ)」を保有 現在、臨時局員として諜報部に所属 それなりに扱き使われているらしい (雪奈・長月追加設定) ゼスト・グランガイツ(既存キャラ) 元は首都防衛隊に所属するストライカー級の魔導師 クイントとメガーヌは部下に当たる StSの8年前に機人プラントと目される「施設」の調査に向かいゼスト隊はほぼ全滅した 基本は他人におおらかに、自分には厳しくな人 実は自分の部屋の模様替え(家具の移動)を頻繁に行うのだが家具を動かすたびに中のものにつぶされる (羽の追加設定) セッテ (既存キャラ) 先天固有技能「空の殲滅者(スローターアームズ)」、 固有武装「ブーメランブレード」を保有 嘱託局員として戦技教導隊所属。 主に訓練校へ出張し、トーレと共に模擬戦の相手をしている。 (雪奈・長月追加設定) ソラ/ヒメ (羽氏と雪奈・長月のSSで登場) ソラは羽の幼なじみで、ヒメはソラの愛刀。 天才肌で在るが、努力を怠らない 同世代からは慕われ、上からも信頼があった 羽といる時だけ弱さを出す 凍結系の魔法を扱う羽とは正反対で、ソラは炎熱系の魔法を扱う。 現在、ヒメは羽が使っている (羽氏の設定) ヒメの芯のとなっているのは、椿の打った刀 (雪奈・長月の設定)
https://w.atwiki.jp/samarqand1800/pages/62.html
概要 元防衛省情報局(DAIS)の局員であり、特殊要撃部隊の部隊名にまでなった伝説的なエージェント。(50-190)サクラチヨノオーやヤエノムテキとはかつて、琉球での核兵器を巡る在アキツダート軍との暗闘、北方海域において事故で沈んだ自衛軍潜水艦を引き上げたウマシアとの死闘、北緯38度線を超えての北和寧指導部中枢への潜入工作に失敗した情報局工作員の回収任務など様々な死線を共に潜り抜けた仲である。(39-78)また、曽祖父は南機関の関係者であり、大戦中ウマムスタンと【M資金】をめぐる秘密工作を行っていたようである。(39-84) ゴールドシップの夫であり彼女との間に5歳の子供がいる。(39-98)彼女と結婚した後も、局員を続けていたが、β世界で叡智に触れて帰還したゴルシに『つまんねー世界を少しでも面白くするために協力してくんねえか?』とお願いされ、それに応じる形で退職した。 主な身分 南機関最後の機関員 元防衛省情報局陸曹長 作中の動向 + ... 初言及。β世界で叡智に触れて帰還したゴールドシップに促される形で退職し、彼女と共にラテンダートにあるとされる伝説の黄金郷エル・ドラードの探索に旅立つ。ゴールドシップの捜索のため後を追ってきたコマンドスズカや、自称フランシス・ドレイク卿の子孫のトレジャーハンター、コマンドに情報を提供したアドベンチャー番組のレポーター、ラテンダート地域で活動している海賊達などを交え、明らかに正気を失った元人間の化物の群れを撃退しつつ、最終的に犯罪組織のボスと傭兵達を打倒してエル・ドラードという黄金像の確保に成功した。(6スレ) 実質的初登場。ザイールにおけるコバルト鉱山確保のための工作費として国家特別資産【M資金】を解凍するために、アキツ側の代表として立ち会うよう、ウマムスタン側に要請されたことをサクラチヨノオー首相と同席していたヤエノムテキ官房長官より聞く。 あえてコバルト鉱山を求める理由を尋ねる南坂だが、未来を生きる子供達に何かを残したいというチヨノオーの回答を聞き、子供を持つ身として賛同、申し出を受け入れビルマ・サヤーム国境へと旅立った。(39スレ) ビルマにてウマムスタン側の代表であるカレンチャンと合流。スズカガンの代行として認証コードを持つコマンド大佐とも久々に再開し、M資金の送金という当初の任務を達成する。その後、「アラル海のアラル45にて【シームルグ】の試験飛行及び兵装試験に関する打ち合わせ」という新指令を伝えられコマンド大佐とは別れることになる(44スレ) ヴォズロジデニヤ島にてカレンチャンと共に【シームルグ】の視察を行う。カレンチャンより建造場所の警備体制を聞き、自身の勘から弱点を見抜き指摘、カレンはそれを受けて警備責任者に進言を行った。(50スレ) 防衛省情報局外事部に残してきた後輩たちよりガルブゴル博士のアキツでの活動の詳細を送られ、後輩たちの仕事ぶりに満足しつつ、カレンチャンと情報共有を行う。(64スレ) 作中人物との関係 ゴールドシップ 元皇族の妻。彼女がβ世界で叡智に触れて帰還して以降、破天荒に振り回される日々を送っている。 サトノダイヤモンド 妻が養子にすると連れてきた娘。現在居候。 立ち居振る舞いから同業者の気配を感じ取っている。(39-125,135) サクラチヨノオー 自国の首相。防衛省情報局時代には局長であり、様々な任務で共に死線を潜った仲。 『血は水よりも濃い』(かつて共に血を流した仲間が最も信用に値するの意)としてパラノイア状態の彼女からも深く信頼されている。 ヤエノムテキ 自国の官房長官。防衛省情報局時代には独立空挺旅団長であり、彼女もまた共に死線を潜った仲である。 コマンドスズカ ウマムスタンの同業者。 ラテンダートにおける黄金像を巡る冒険で顔を合わせ、後に【M資金】送金のために再開する。 カレンチャン ウマムスタンの同業者。 ザイールの鉱山確保のための一連の任務で同道する。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2433.html
ティアナ、アンタの『誤射』の件もアリウス氏は穏便に済ませてくれるそうや」 ホテル<アグスタ>の襲撃事件から既に丸二日が経とうとしていたが、ティアナが部隊長室に呼ばれたのはこれが初めてのことだった。 ティアナが民間人を――しかも管理局にも尋常ではないほどの影響力を持った人物を撃った事実は、既にはやての元へ報告されたが処罰は先送りされていた。 あまりに予想外の事がこの一件で起こりすぎていた為だった。 謎の襲撃事件が多くの資産家を巻き込んだことで事件は一気に深刻化し、その最中でこれまでの記録でも一線を画す<アンノウン>が出現。Bランク魔導師二人を戦闘不能にした。 加えて一般警備員に死者と、空戦AAA+魔導師のヴィータ三等空尉が重傷を負い、機動六課スターズ分隊は実質壊滅寸前にまで追い込まれた――。 事件としても一大事であり、現場に当たった機動六課にとっては部隊の存続すら揺るがす状況だった。 そして現在、ヴィータ三等空尉の容態も安定し、危うい方向へ傾いていた天秤が元に戻り始めている。 傷が回復したばかりのティアナと上司のなのはが今更ながらに呼び出された背景はそれだ。 直立不動で総部隊長の言葉を待つ二人を、はやては普段の気安さを潜めた厳格な表情で一瞥する。 「……まあ、実際。当時現場には得体の知れん化け物が徘徊しとったわけやし、脱出を急いで無断で外に出た非も向こうは認めとる。混戦の中で誤射も止むを得ず……」 「誤射ではありません。自分は明確な意思と認識を持って撃ちました」 はやての説明を遮り、ティアナがハッキリと告げた。 傍らのなのはがティアナに制止の視線を送るが、それを分かっているのかいないのか、前だけを見据え続ける。 沈黙が走り、二人の視線が交差し合った。 「……実際、直後に強力な<アンノウン>が出現し、スターズ分隊はこれと交戦することでアリウス氏も無事……」 「敵が出現したのは撃った後です。それに、アレの出現は偶然ではありません。アリウスの仕業です。6年前の事件でも奴は……」 「ランスター二等陸士」 どこか呆れを含んだ声色ではやてが吐き捨て、静かな視線を向けると、その気だるい仕草からは想像も出来ないような圧力を感じてティアナは思わず黙り込んだ。 「少し黙れ」 ティアナと、なのはさえも僅かに息を呑んだ。はやての傍らに立つグリフィスだけが銅像のように一貫した態度と沈黙を貫いている。 今、この瞬間二人の前に立つのは間違いなく機動六課総部隊長八神はやてであり、たった四年で二等陸佐まで上り詰めた実績を持つ冷徹冷静な上司だった。 「ランスター二等陸士の話が全て本当だったとして――で、それが何や?」 はやては現実の厳しさを突きつけるように問う。 「その生態すら僅かにも知れない正体不明の敵との繋がりがアリウス氏にあるとして、それを証明する術は? そもそもそれを暴く権限が一介の管理局員にあると思うんか?」 「……ウロボロス社からの圧力があったんですか?」 「あったとして、だからそれが何なんや? 状況証拠も無しに民間人を、管理局員が自らの意思で撃った事態が明らかになって、その責任を自分一人で負い切れると思っとるんか。自惚れるな」 「はやてちゃん、もう少し言い方が……」 「高町一等空尉。私語は控えろ」 「……はっ」 気まずさを通り越して、軋んだ空気が部隊長室に漂い始める。 ティアナの事務的な態度に隠れた挑発的な言動に対して、はやてはあくまで厳格な上司として応じ、その狭間でなのはは沈黙するしかない。 親友とはいえ、互いに管理局で仕事に就く中でその関係が馴れ合いだけで成り立っているわけではないことをなのはも十分理解していた。 「……ティアナ、何故撃った?」 ほんの少し険の取れた声で、はやては純粋な疑問を口にした。 「私の経歴は、既に調べられていると思いますが」 「6年前の事件のことか。なら言い方を変えるけど――何故撃てた? 後先考えない復讐心だけで撃てるほど、アンタの心構えは脆いものなんか?」 ティアナは沈黙を貫いた。 実際に教導を行い、接しているなのはほどではないが、スターズ分隊のメンバーとしてティアナを選んだのははやてだ。 ティアナには正義に向かう意志が確かにあった。はやてはそれを直接眼で見ている。 単なる復讐者として生きるのならば、管理局に入る必要などない。 ティアナは人を守る生き方を選んだ。 その尊い事実が、どれほど暴走してもティアナの根底に残っていることを察したはやては、だからこそ彼女を庇うのだ。 一向に答えようとしないティアナの様子に、この問題は自分が解決するものではないと悟ると、何処か寂しげに眼を伏せてはやてはため息混じりに結論を告げた。 「……今回の件は『誤射』で片をつける。これは決定や。従え」 「……はい」 「処罰は追って知らせる。減俸か、誤射及び緊張状態でのトリガーミスに対する矯正訓練の徹底は覚悟せえ。謹慎させるほど暇も人手も余ってないんでな」 「分かりました」 「よし、下がれ」 敬礼し、ティアナは退室した。その態度と仕草だけは従順で完璧な対応だった。しかし、内心がどうなっているかは全く予想できない。 はやては憂鬱なため息を吐き、更にもう一つ目の前にぶら下がる悩みの種に視線を向けた。 「っちゅーわけで、今回の『事故』の責任は上司であるなのは隊長が主に負うことになる。……本当によかったんか? ティアナに教えんで」 「うん。ティアナには、気にして欲しくないから」 「独断行動の抑制と立場の自覚の為にも釘刺した方がええんやけどな。 あまり今回のティアナの行動を楽観的に解釈せん方がええよ。そら、何か事情はあるやろ。でも事情があれば何でもしてええというワケやない」 「……そうだね」 覇気の感じられないなのはの受け答えに、はやては更に頭を悩ませるしかなかった。 ティアナの暴走の報告を聞いて、一番ショックを受けているのはなのはだ。おそらく、彼女が最も想定していなかった事態だからだろう。 普段のティアナを考えれば、何らかの重大な事情があるのは確かだ。それを分かってやれなかったことで、なのはは自分を責めている。 はやてが親友として知る、なのはの欠点だった。 何もかも自分だけで抱えようとする。そして、他人ではなく自分を戒める優しさも。 「……なのはちゃん、ティアナはこれまで教えてきた子らとは違うよ」 はやては友人としての優しさと厳しさを持って告げた。 「優しく接すれば応えてくれる相手やない。 ティアナのいろいろなことに対する覚悟は相当なもんや。あの娘には漠然とした正義に従うだけやない、明確な意志がある」 それは、見慣れたものだからこそ分かるものだった。 なのはやフェイト、そしてはやて自身にも宿る、幾つもの大きな戦いと経験で失ったモノから受け継いできた<魂>だ。 経験の薄いルーキー達の中に在って、ティアナはそれを既に持ち得ていた。 そこに至る経緯に何があったのか。 少なくとも、出会って半年も経たない仲で理解できるほど容易いものではないと、なのは自身も理解していた。 自分の親友二人が背負うものを、この10年来の付き合いの中でも完全に理解しきれないのと同じように。 「曲げられない意志を持つ相手に、言葉だけで通じなければどうすればええか……なのはちゃんは知ってると思うけどな」 「……もう、子供の頃とは違うよ」 「そうか? 『たいせつなこと』は今も昔も変わらんもんや。人が理解し合うのに、気持ちをぶつけるのは必要やと思うけどな」 「……」 「一度、思いっきりぶつかった方がスッキリするんと違う? 模擬戦でも組んで」 ティアナの場合を再現するように、実感の篭ったはやての言葉に対して黙り込むなのは。 スターズ分隊は予想以上の問題を抱えているらしい。 憂鬱なため息の絶えない部隊長だった。 「まあ、その辺はベテランの教導官殿に任せるけどな。素人の意見や……下がってええよ」 「……失礼します」 一礼し、なのはも部隊長室を去って行った。 二人の居なくなった室内。閉ざされたドアの先をぼんやりと眺めるはやてと、これまで微動だにしていないグリフィスだけが残される。 「……あーもー! なぁーにぃーこぉーれぇー!?」 緊迫した空気から解放され、タガが外れたようにはやては頭を抱えてデスクに倒れ込んだ。 「二回! 出撃したの、これでたったの二回やで!? なのにもう問題が山積みや! 布団と違うんやから、なんでこう叩けば叩くほど埃出てくるかなぁ。うちの部隊ってそんなに問題あった?」 今にも床でのた打ち回りそうなほど苦悩全開なはやての傍らで、グリフィスは淡々とコーヒーの準備をし始めた。 「あんなギスギスフィーリング、私のキャラやないのに……。少数精鋭ってもっとアレやん、身軽に飛び回ってクールでスタイリッシュに事件を解決っていうイメージやろ? 何で一回動くごとにエンスト起こしとんねん」 ダラダラと文句を垂れ流す中、コポコポとお湯を注ぐ音だけがはやてに応える。 はやてはのんびりとしたグリフィスの仕草を恨めしげに睨み付けた。 「……ちょっと、グリフィス君! 聞いとる!?」 「ミルク入れますか?」 「砂糖もたっぷり入れて!」 「では、コーヒーブレイクです。落ち着きますよ」 本職のウェイター顔負けの流れるような動きでコーヒーカップを差し出し、グリフィスはスマイルを浮かべて見せた。 あっさりと毒気を抜かれたはやては、その笑顔を卑怯だと心の中でぼやく。 なんだか自分のあしらい方を十分に心得られているような気がしてならない。 拗ねたアヒル口で、コーヒーを啜る音だけがしばし部隊長室を支配する。 「……実際、機動六課自体にそう問題はないと思います。外的要因がほとんどかと」 カップの半分も中身を飲み終えたところで、計ったかのようにグリフィスが言葉を口にした。 「外因って?」 「例の<アンノウン>ですね。いずれの出撃も、アレらの乱入によって事態が悪化しています」 「……まあ、確かにティアナの問題にしてもアレが関わっとるみたいやしね」 はやてはカップを置くと、デスクの端末を操作して、つい先ほどまで調べていたファイルを表示した。 6年前の――ティアナの兄<ティーダ=ランスター>の殉職に関わる事件のファイルだった。 違法魔導師の追跡を行っていたティーダは、その最中で謎の襲撃を受け、部隊の仲間共々死んでいる。 映像も無く、事件自体の詳細な記録も不自然なほど欠けているが、その内容はこれまでの襲撃事件と酷似していた。 そして、彼の追っていた違法魔導師がアリウスである。 この『偶然』の襲撃によってアリウスは追跡から逃れ、そのしばらく後に冤罪が確定。 無実の罪で捕らわれる過ちは寸前で防がれ、当時の捜査チームは誤認逮捕の責を問われた。追跡した部隊は強引な行動を批判されこそすれ、死を悼まれることもなかった。 「現場責任者のティーダ一等空尉は露骨に『無能』『役立たず』と非難されたそうや。襲撃の痕跡も見当たらず、妄言扱いまでされかかっとったようやな」 その当時の批判には二重の意味が込められていることを二人は察していた。 免罪の者を追い回した強攻的な姿勢を責める世論に乗った糾弾。そして、それとは全く正反対に、逮捕にまでこぎつけた大物を現場から逃がし、根回しの機会を与えてしまったという管理局側の本音だった。 ――例え、死んでも取り押さえるべきだった。 事件に関わった高官達は、そう断言して憚らない。いずれもアリウスの強大な権力の前に返り討ちを受けた者達だった。 「ティアナにはああ言ったけど、アリウスが限りなく黒なのは当時の事件でも周囲が認めとる」 「やりきれない話です」 「これならティアナも思うところあるやろ。ただ、漠然とした<仇>の正体を随分とはっきり断定しとるところが解せんがな」 「彼女は<アンノウン>の正体を知っている、と?」 「で、その辺の鍵になってくるのがこの人――」 モニターが変化し、表示されたのはダンテだった。 「訓練校に入る前からティアナと知り合いやったそうや。 現場でも相手の正体を察するような言動あったらしいし、<アンノウン>の謎に対しては彼が重要な鍵を持っとるやろうな」 「しかし、彼から得た情報では……」 「それなんや」 続いて表示されたものは、ダンテから事情聴取によって得た情報だった。 物的証拠などほとんどなく、それらは全て<アンノウン>に対するダンテの独自の説明だけで成り立っていた。 「2000年前に一人の<魔剣士>によって封印された<魔界>と、そこから人間の世界へ現れ出る<悪魔>――か」 「正気を疑いますね。 彼自身の経歴も不鮮明なものです。戸籍は金で買ったらしい後付のものですし、現在の彼自身廃棄都市街で非合法の便利屋を請け負っています」 「といっても、あのにーちゃんから一番出難いタイプの妄言やと思うけどね」 「それは、そうですが……」 ダンテと一度でも直接顔を合わせた者ならば共通して抱く感想だった。 美しさとしなやかさを備えた容貌の中で浮かぶ不敵な笑み。何者にも従わない意志を宿した瞳は、真っ直ぐに迷い無く前を見据えている。 態度や立ち振る舞いの粗野さは、むしろ彼の一種独特な雰囲気を実に人間臭いものへと変えて、初対面の者の警戒を自然と解いてしまうのだ。 彼には生まれや身分など関係ない、存在そのものから発せられる強烈な力があった。 あの男から、思慮の浅い嘘や半宗教染みた妄想など飛び出してくる筈が無い――そう無意識に弁護してしまいそうな雰囲気がある。 そしてこれもまた根拠もなく無意識にだが、ダンテの語った内容は奇妙な説得力を感じさせるものだった。 「そうか、なるほど<悪魔>か……」 口の中でその言葉を反芻し、はやては思わず納得するように頷いていた。 自分も何度か無意識に比喩したが、確かにあの大きさも形も一定ではない奇怪な化け物どもを表現するのに、これ以上相応しいものは無いように思えた。 今回の事件で確信したことだが、奴らは場所にも時間にも縛られない。 あるいは塵からででも生まれているのではないか? そう思わずにはいられないほど、奴らは唐突に人間の前に現れ、等しく死を振り撒いてきた。 もし、今回襲撃されたのがホテルではなく管理局の施設だったら? あるいは本部であったなら? 軍隊では死ぬのにも順番がある。まず尖兵が戦いで死に、敵が進軍していくことで徐々に前線に立つ偉い者から死んでいく。そして最後は一番偉い奴が責任を取る。 しかし、この<悪魔>どもにとっては違うのだ。 全てが平等で、奴らの前では人間とは等しく獲物に過ぎない。 寝静まった夜、管理局の最高責任者の家のベッドの下から這い出してきて、あっさりとその命を奪ってしまいかねない存在なのだ。 子供が皆一度は暗闇の中で幻視して怯える、モンスター、悪霊――そう、そして<悪魔>と呼ばれる者達がまさにそれではないのか。 「……どうなさいますか? この情報」 「どうって、まさか六課の皆に正式な情報として公表するわけにもいかんやろ。敵は<悪魔>です、聖水と祈りを武器に戦いましょうって? ただ根拠や論理的な説明はないにせよ、ダンテさんがこの<悪魔>に対して有効な知識と力を持ってるのは確かや。正式に協力を取り付けて、情報は隊長陣にだけ報告。あとは状況の進行から見定めていくしかないな」 「事件担当の執務官に、一応この情報は送っておきます」 「相手にされんと思うけどね」 呟き、しかし直接ダンテから話を聞いたらどうだろうか? というとり止めもないことを考えていた。 もう一度、ダンテの証言に目を通す。 「<悪魔>……<魔界>……」 得られた情報の中でもキーワードとなりそうなものを一つ一つ、染み込ませるように口にしていく。 「<魔剣士>……そして<スパーダ>か」 魔法少女リリカルなのはStylish 第十五話『Soul』 「へい、お待ち! 機動六課食堂特製の特大ミックスピザだよ!」 「Wao! 待ってたぜ、こいつは美味そうだ!」 恰幅の良い、いかにも『食堂のおばちゃん』である女性が、本場イタリアも真っ青なピザを目の前に置くと、ダンテは歓声を上げた。 特製と言うだけだけあって、本来メニューに載っていないその代物はダンテの注文を全て座布団程もある大きな生地の上に載せている。 香ばしい匂いと共にチーズが音を立てて溶け続け、ダンテと同じテーブルを囲む者達の空腹感まで大いに刺激した。 彼の盛り上がりようも、決して大げさではない。 「事情聴取だの何だので、丸一日ロクに食ってないからな。こういうのを待ってたんだよ」 何かと微妙な立場にある身では隊舎をうろつくことも出来ず、気を利かせたフェイトが持ってきたカロリーブロック以外口にしていない。 ダンテは祖国の伝統ある栄養の偏った塊に嬉々として齧り付いた。 「ん~、いいね。最高だ」 「おいしそう……」 「スバルさん、涎出てますよ」 「キャ、キャロだって、食べたそうな顔してるじゃん!」 「あの、すみません。少しキャロに分けていただけますか?」 「エリオ君、恥ずかしいことしないでっ!」 食欲を誘うダンテの食事風景を見ているのは、同じテーブルのスバル達だった。 いずれもダンテからすれば子供も同然。三人の歳相応な様子に機嫌の良さも手伝って笑みが浮かぶ。 「ハハッ、いいぜ。遠慮するなよ、この幸せは皆で分け合わなきゃな」 「じゃあ、いただきまーす!」 誰よりも早くスバルが文字通り食い付いた。続いて、礼儀を弁えたエリオとキャロの年少組がおずおずと手を伸ばす。 「すみません、いただきます」 『キュルー』 「あ、うん。フリードのもあるよ」 奇妙な拮抗状態にあったテーブルは途端に賑やかになった。 自分の腹を満たしながらも、その和気藹々とした団欒の様子にダンテは穏やかな笑みを浮かべてしまう。 何処か懐かしい光景が、そこにはあった。 二切れ目のピザを炭酸飲料で飲み流すと、ようやく一心地ついたダンテは自分の傍らに浮く小さな人影を見上げる。 「ヘイ、お前さんは食べないのか?」 「……生憎ですが、リインはこんな油の塊好きじゃないです」 愛らしい顔を険悪に歪める行為が全く無駄に終わっているリインフォースⅡは、精一杯不機嫌を露わにしてダンテに吐き捨てた。 初対面から二日と経たずに、リインのダンテへの印象は最悪になってしまっている。 その理由は、この冗談を無意識に吐き続ける皮肉屋が絵本の妖精のようなリインを見てどんな態度を取るか考えれば容易に説明出来た。 「ああ、そうかい。妖精はピザなんて食わないよな。花の蜜とか砂糖菓子とか集めて食うんだろ?」 「リインは虫じゃないですー!」 つまりは、こういう態度だった。 「だったら、食ってみろって。ダイエットだの健康だのって考えが吹っ飛ぶぜ」 「むぅ……じゃあちょっとだけ」 トマトのスライスとチーズだけが乗った小さな切れ端を渡すと、リインは渋々齧り付いた。 ビヨーンと伸びるチーズの旨味と初めての食感に、カッと小さな目が見開かれる。 「こっ、これはああ~~~っ! この味わあぁ~っ、サッパリとしたチーズにトマトのジューシー部分がからみつくうまさですぅ! チーズがトマトを! トマトがチーズを引き立てるッ! 『ハーモニー』っていうんですかあ~、『味の調和』っていうんですかあ~っ。 例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット! 田村ゆかりに対する水樹奈々! 都築真紀の原作に対する長谷川光司の『リリなのStS THE COMICS』!……っていう感じですよー!」 「……美味いって言いたいのか?」 「まいうーですよー!」 言葉の意味はよく分からないが、とにかく気に入ったらしい。 テーブルに腰を降ろして本格的に食べ始めるリインの様子を『まるでハムスターだな』と思い、幸いにも口にするのをダンテは自重した。 この小動物の分のピザを残して食事を終えたダンテは、ようやく一息つく。 窮屈な襟元を無意識に緩めた。 「ふう、それにしても制服姿ってのは窮屈だな。性に合わないぜ」 「そうですか? 似合ってますよ、機動六課の制服」 「いい男だからな」 そう言ってウィンクするダンテの仕草に、スバルは数年前に見た姿と同じものを感じ取って苦笑した。 着の身着のまま機動六課まで同行したダンテは、あの貴族服以外に持っておらず、未だ正式な立場も決まっていない身の為、目立たないように制服を着るよう言い渡されていた。 「でも、やっぱり目立ちますね」 エリオもまた実感を持って苦笑するしかなかった。 ダンテがリインを除くこの場の全員と面識があることは偶然だが、三人が共通して彼との初対面を印象強く覚えていたことは一致している。 必然だった。ダンテには整った容姿以上に、その存在を相手に刻み込むような特有の雰囲気があるのだ。 普通の人間の中に在って、目を惹き付けずにはいられない。一種のアイドル性のようなものだった。 それは服装程度で雑多な中に埋もれるような弱いものではない。 「いい男だからな」 それを自覚しているのかいないのか、ダンテは悪戯っぽく笑って繰り返した。 「でも、驚きましたよ。トニーさ……じゃなくて、本当はダンテさんか。わたし達三人と皆会ったことがあったんですね」 「ボクは、ダンテさんが魔導師だったことが驚きです。ミュージシャンの人だと思ってました」 「魔導師っていうほど学は無いがね。それに、ロックが好きなのも本当さ。聴いたことあるか?」 「あ、ボクは……その、音楽とかよく分からなくて」 「そいつはマズイな。見たところ坊やにはワイルドさが足りない、今度俺の世界の名曲を聞かせてやるよ」 「ダンテさんは、やっぱり別の次元世界の人なんですか?」 「次元漂流者って言うのか? 詳しくは知らなくてね。……オイ、いつまでも睨むなよ。まだ、あの時のこと根に持ってんのか?」 『グルルル……』 「あ、コラ! フリード! ごめんなさい……」 「いいさ、小動物にはあまり好かれない性質なんだ」 「むっ、今リインのことも含めませんでしたか?」 腰を据えて三人とダンテが向かい合ったのはこれが始めてだったが、会話は弾むように進んでいく。 子供特有の素直さは、彼の気安い雰囲気と相性がいいようだった。 「……あの、ダンテさん」 「うん?」 やがて会話がひと段落着いた時、不意に言葉数の少なくなったスバルが物言いたげダンテの様子を伺った。 ダンテは持ち前の勘の良さで、その『言いたい事』を察した。 この二日間、偶然のそれとは別に楽しみにしていた少女との再会が、未だ果たされていないのも気になっている。 「ティアの、ことなんですけど」 スバルは全くダンテの思っていた通りの名前を口にした。 そして、そのまま息を呑んだ。 僅かに見開いたスバルの視線を追って振り返れば、食堂の入り口を横切るティアナの姿がある。彼女はこちらを一瞥もしなかった。 「ティア!」 スバルがすぐさま駆け寄り、同時にダンテが立ち上がる。 その声にティアナは今気付いたとばかりに顔を向け、まるで義務のように足を止めた。 「ティア……やっぱり、部隊長に怒られた?」 スバルはティアナが部隊長室に呼ばれた理由を正確に理解している。 それでいて『処罰』や『修正』といった表現を使わないのは、ただ単に彼女の子供っぽい一面のせいだった。 そののんびりとした表現が、ほんの少しだけティアナの固まった心を解す。 自然と小さな笑みが浮かび、ただそれだけでスバルは安堵を感じた。 「そりゃあね。ま、何とか穏便に済みそうだけど」 「そっか。よかった」 「よくないわよ、二度と繰り返さないようにしなくちゃ。……スバル。あたし、これからちょっと一人で練習してくるから」 「自主練? わたしも付き合うよっ」 「あ、じゃあボクも」 「わたしも」 口々に告げる仲間達のそれが自分への気遣いだと分かり、ティアナは苦笑しながら首を振る。 「あれだけの激戦だったんだから、休むように言われてるでしょ? 二人とも体力面ではどうしても体格的に劣るんだから、十分休みなさい」 こんな時でも冷静なティアナらしい理屈でエリオとキャロに言い含めると、何処か不安げなスバルの顔を見た。 現場でティアナの隠された一面を垣間見たからこそ感じる不安だ。 「スバルも……悪いけど、一人でやりたいから」 「あ……」 しかし、ティアナの静かな拒絶の前にスバルはそれ以上何も言うことが出来なかった。 悲観的過ぎるかもしれないが、言う資格が無いとすら思っていた。 あの時、戦場で気を失い、次に目を覚ました時には怪我を負ったパートナーが隣で寝ていた。 何よりも自分の無力を痛感した瞬間だった。あの負い目が、ずっと足を引いている。 「……うん」 スバルは、そう力無く言葉を受け入れるしかなかった。 三人を置いて、立ち去ろうとするティアナ。 しかしその先に、見慣れた長身が立ち塞がる。 「――ヘイ、お嬢さん。何処かで会ったことないか?」 ナンパの芝居染みた台詞と仕草で、ダンテは彼なりに久しぶりの再会を喜んだ。 彼の冗談に対して肩を竦めるだけのリアクションを返すと、ティアナはそのまま無視して通り過ぎようとする。 「無視するなよ、傷付くぜ」 もちろん、ダンテにとっては手馴れたやりとりだった。 ティアナの行く先を片腕で遮ると、そのまま手を壁につけて、肩幅の広い体全体で壁と挟み込むように追い詰める。 周囲のスバル達の方が動揺するほど顔を近づけて見慣れた碧眼を覗き込むと、ダンテは恋人にそうするように囁いた。 「感動の再会っていうらしいぜ、こういうの」 「……らしいわね」 「本当に冷たいな、オイ。飛びついて来ることも考えて、胸は空けといたんだぜ?」 「悪いけど――」 誤解以外何物も生まない体勢にも関わらず、ティアナは軽口を聞き流して努めて冷静にダンテの腕を退けると、そこから抜け出した。 「立場上、気安く馴れ合えないから」 退けられた手を手持ち無沙汰にブラブラさせるダンテを一瞥して、ティアナは去って行った。 二人のやりとりについ先ほどまで騒いでいたスバル達も声を潜め、気まずげに残されたダンテを見上げている。 ダンテは、ティアナの触れた腕から伝わる違和感を感じていた。 別に彼女の手が震えていたわけでもない。だが、ダンテは文字通り肌でティアナの拒絶とそれ以外の何かの意志を感じ取っていた。 「……ヤバイな」 「ヤバイですか?」 いつの間にか、肩に降り立ったリインだけがダンテの呟きを聞く。 「ああ、ヤバイ……」 ダンテは自分でも理由の分からないその結論を、確信付けるようにもう一度呟いた。 やがて時は過ぎ、日が暮れる。 ティアナが隊舎近くの林で自主訓練を始めてから、既に4時間が経過していた。 ずっと同じ光景が繰り返されている。 直立不動のままの姿勢を維持するティアナ。その周囲を複数のターゲットスフィアが浮遊している。そして、その間を誘導魔力弾が忙しなく飛び回っていた。 クロスファイアシュートを意識した三つの魔力弾は、ターゲットを捉えながら渡り歩くようにティアナの周囲を飛び続けた。 しかし、時間の経過と共に体力と集中力は消耗し、魔力弾の誘導ミスも増え始めている。 それでも訓練を止めようとしないティアナの意識をあえて逸らすように、手を叩く音が聞こえた。 「4時間も魔力行使を続けられるパワー配分は大したモンだが、いい加減本当に倒れるぞ」 「……ヴァイス陸曹」 訪れた意外な人物に集中力は途切れ、片隅に追いやっていた疲労感が襲ってくるのを感じて、ティアナは恨めしげにヴァイスを睨んだ。 「ヘリから覗いてたんですか?」 「……あらら、気付いてたのかよ」 あっさりと言い当てられ、ヴァイスは末恐ろしいとばかりに内心青褪めた。 そんな様子を一瞥して、ティアナは何でもないように言い捨てる。 「ただのカマかけです。ヘリポート、ここから見えますし」 「……あっそう」 本当に恐ろしいね。突きつけられた答えに、ヴァイスは逆に顔を引き攣らせるしかなかった。 やはり、この少女は一筋縄ではいかないらしい。 先輩風を吹かせるつもりなど毛頭無かったが、何を思ってこの鉄壁少女に助言などしようとしたのか。ヴァイスは自らの無謀を悔いた。 しかし。ええい、かまうもんかとその場に居直る。 夜空の下、一人黙々と訓練を続ける少女の姿をどうしても見捨てて置けないのだった。 「しかし、お前さんにしちゃあ意外な訓練だな。ターゲットトレーニングの応用か」 本来は周囲を動くターゲットに対して、正確なフォームで素早く銃口を合わせることで、命中精度を高める訓練である。 射撃スキルの優れたティアナに適した訓練であり、だからこそ、それを誘導弾で行うことで弾道操作能力を向上させようという今のやり方には疑問が感じられた。 「お前さんの魔力弾の特性なら、命中精度の方を重視するべきだと思うんだがな」 ようやく助言らしきものを言えたヴァイスの安堵の表情を一瞥すると、ティアナはおもむろにガンホルダーからクロスミラージュを抜き出した。 周囲のターゲットが新しい配置へと変化する。ヴァイスは思わずティアナを凝視した。 次の瞬間、銃火を伴わない銃撃が始まった。 ステップを踏むように軽やかに足を動かし、ティアナの体がターゲットの間を舞う。 両手で左右別々の標的を正確に捉え、命中判定を示す音と瞬きが終わる前に、クロスミラージュの銃口は既に次の標的に向けて動いていた。 型に嵌らない滅茶苦茶なフォームだが、とにかく正確で速い。ターゲットの反応が連鎖するように次々と起こり、さながら電飾のように派手に光を散らした。 全てのターゲットを丁寧にも二回ずつ補足し、それらを僅か十数秒の間に終了させると、息一つ乱さないティアナは元の姿勢に戻っていた。 もはや、ヴァイスは気まずげに笑うしかない。 他に何か言うことは? 挑発的な視線と笑みを肩越しに向けると、ティアナはデバイスを手の中で一回転させて、ホルスターに滑り込ませた。 「……分かった、分かったよ。俺がでしゃばりだった。もう好きにしな」 ヴァイスは降参とばかりに両手を挙げる。 「でもな、そんだけ出来るお前さんなら分かってるはずだろ? 無理な詰め込みで成果が上がるもんじゃねえんだ」 「……すみません。焦ってるもので」 ようやく返ってきたティアナのまともな返答に、ヴァイスは意外そうな表情を浮かべた。 「おい、自覚してんなら……」 「でも――分かってても、止められない気持ちってありますから」 その言葉に、心臓を鷲掴みされたような気分になった。 頭では分かってるのに心では受け入れられない――そんな状態が、自分にとって実に身近なものだと、つい先日分かったことではないか。 「今夜は、何も考えられないくらい疲れないと、眠れそうに無いんです」 「……なあ、あのダンテの旦那に会いに行った方がいいんじゃねえか?」 ここまで来て結局他人に丸投げするしかない自分の不甲斐なさを呪いながら、ヴァイスは告げた。 一変して、ティアナの呆れたようなため息が返ってくる。 「食堂での一件まで見てたんですか?」 「あの旦那は何かと目立つからなぁ。焦ってる時ほど、聞きたい人の声ってのがあるもんだ。お前の場合、それがあの人なんじゃねえか?」 ダンテはもちろん、ティアナのこともよく知るワケではない。二人の間に気安く踏み込むつもりもなかった。 ただ、この一見冷静に見えるからこそ隠された危うさを持つ少女の心を動かせるのは、あの男しかいないと直感していた。 「……そうかもしれません」 ティアナの声から僅かに張りが失われた。 「これまで、何度も道を誤ろうとした自分を助けてくれたのは彼でした。 今も、訓練校でもいろいろ教わったけど、彼の傍に居た時が一番恵まれていた。焦りなんて当然のように感じなくて、強くなってく実感があった」 「だったら」 「でも、だからこそダメなんです」 強い語調が、それまでの穏やかな憧憬を断ち切る。 「これまでずっとそうだった。でも、これからもずっとそのままでいるということは、甘えのような気がしてならないんです。それに――」 自らを戒める程の厳しさを取り戻したティアナは、ヴァイスに背を向け、虚空を睨み据えながら決意を口にする。 「もう、彼からは十分たいせつなことを教わった。自分だけが持つ力の存在を信じさせてくれた。 その力が在ることを証明出来なかったのはあたしの不足――。 焦りかもしれませんが、自分の無力を突き付けられて、それでも余裕を持っていられるほどあたしは冷静じゃありません。ありたくありません」 頑なほどの断言を聞き、ヴァイスは今度こそ自分の言葉が無力であることを悟った。 お節介程度の気持ちで動かせるほどティアナの意志は軽くはなく、察せるほど浅くはない。 ヴァイスもかつては前線に立つ兵士であった。人は、愚かしいと理解していても戦場でただ前に突き進むしかない時があるのだ。 その覚悟の是非を、他人が決めることは出来ない。 ただ願うしかないのだ。自らが担いだモノの重みを苦と思わず、背負い歩き続けるこの少女の行く先に幸があることを。 「分かった、もう邪魔はしねえよ。でもな、お前らは体が資本なんだ。体調には気を使えよ」 根付いていた腰を上げ、ヴァイスは諦めたように踵を返した。 「……ヴァイス陸曹、どうしてあたしをそこまで気に掛けてくれるんですか?」 「お前のファンだからさ」 冗談とも本気ともつかない言葉を残し、ヴァイスはその場を去っていった。 ティアナはそれを見送ると、再び訓練を再開した。 すぐ傍の木陰から、一つの人影が同じように歩き去ったことを全く気付かぬまま。 幾つもの想定外の事態が重なって複雑怪奇になりつつあった報告書がようやく纏まり、夜も遅く隊舎の廊下を自室に向けて歩いていたなのはは、その行く先に見知った顔を見つけた。 「ダンテさん」 「ナノハか」 壁に背を預け、窓から外を見下ろしたままダンテは軽く手を上げた。 ダンテの視線の先を、なのはは自然と追い、そして夜の暗闇の中で瞬く魔力の光を見つけた。 「あれは……」 なのはの声に誰かを案ずるような色が混じった。 その誰かとは、もちろん視線の先で自分を追い込むように延々とトレーニングを続けるティアナに他ならない。 「今日は休むように言ったのに、一体何時から……」 「少なくとも一時間は続けてるな」 それは暗にダンテが一時間前からこの場にいたことを示していたが、なのははそれに気付くよりもティアナを見下ろすダンテの表情に心配の色が無いことに怒りを覚えた。 二人の関係がどんなものか、ある程度察することしか出来ない。 ただそれでも、ダンテがあの頑なな少女にとって自分よりもずっと心を許せる相手であることは何故か確信していた。 「見ていたなら、どうして止めなかったんですか?」 「思うところがあってね。アイツには好きにさせてやりたいのさ」 肩を竦めるダンテの返答はどこまでも素っ気無い。 しかし、彼が『思うところ』となった原因が何処にあるか――例えば数時間前にティアナを探して出歩いていた時の事を、なのはは知らなかった。 「でも、あんな無茶をしていたら……」 「まあ、アイツはよく自分を追い込むからな」 「分かってるのなら止めてください。アナタの言葉なら、ティアナもきっと聞き入れます」 責めるようななのはの視線を受け流し、ダンテは苦笑した。 「かもな。でも、だからこそ無責任なことを言いたくないのさ」 「無責任って……」 「ティアが暴走した話と原因は聞いたよ。俺にアイツを諭す資格なんて無いね」 自嘲の色が滲むダンテの笑みを見て、なのはは自分の迂闊な言葉を悔いて口を噤むしかなかった。 彼の言葉にどんな意味と過去が込められているのか、今は知る由も無い。 ―――そしてダンテにとって、それはまさに口を出す資格すらない話だった。 敬愛する実の兄を殺し、その魂と名誉を地に堕とした仇。それを前にして敗れ、地を這い、噛み締めた口の中に広がるのは土と屈辱の味――。 何処かで聞いた話だ。身に染みるほどに。 冷静になれ。復讐心など忘れて、前向きに生きるんだ――そんな戯言を、自分の事を棚に上げてどの口でほざけというのだ? かつて隠れて震えることしか出来なかった脆弱な自分を思い出す度に、今も鮮明に蘇る感情を知っているのに。 「俺の母親も<悪魔>に殺されてね。今のティアの気持ちは痛いほど分かる」 「ダンテさん……」 ティアナと自分、一体どう違うと言うのか。 人の命を玩ぶ<悪魔>は許せない。だが、奴らを狩る理由に暗い復讐心と、その断末魔を聞く度に少しずつ薄れるかつて母を失った時の無念が在ることも否定出来ないのだ。 互いが持つ危うさを、ダンテはその天性の力で薄れさせているに過ぎない。 違いがあるとすれば、性格と少しばかりの人生経験の積み重ねくらいのものなのだ。ダンテはそう思っていた。 「……でも、だからこそ今なんだ。ティアが変わるのに、今が一番最適なんだよ」 自嘲の笑みを全く種類の違う穏やかなものに変えて、ダンテはなのはを見た。 何かの期待を含むその視線を受け切れず、なのはは言葉を探してもごもごと迷うように口篭る。 「アイツは捻くれてるからな。人間関係でいろいろと心配してたんだぜ?」 「ティアナは、よくやってくれてますよ。仲間からも信頼されてます」 「ああ、会ったよ。いい仲間だ。そこが俺とは決定的に違う」 まるで自分には本当に仲間と呼べる者などいない、と言うような孤独を感じさせる独白だった。 あれほど他人に気安い態度を見せる目の前の男は、何か致命的な差異を他人との間から感じている。 なのはは何も言えず、ただ黙ってダンテを見つめた。 「だから、変われるんだ。ティアは俺とは違う生き方が出来る」 「……ティアナは、きっとダンテさんを尊敬してますよ」 「オイオイ、俺を赤面させるなよ。恥ずかしいだろ。まあ、嬉しいけどな。 だが、俺はアイツが俺と同じ生き方をすることなんて絶対に望まない。そんな不幸は願い下げだね。見た目よりもずっとキツいんだ」 ダンテはそう言って小さく笑った。普段のそれとは違う、見る者が痛みを感じる笑みだった。 「……でも、正直わたしはどう接したらいいのか分からないんです」 なのはは縋るような視線を向けた。ダンテの期待が、今はただ重い。 ティアナの間違いを諭せるほど自分も自分の正しさを信じていないのだと、今更ながらに痛感した。 人を想うのに、こんな苦しい気持ちは初めてだった。 あるいは10年前には経験したことがあるのかもしれない。でも、もうその時出した答えさえ忘れてしまっている。 「難しいことなんてないさ。ただ、アイツに人間として接してくれればいいんだ」 ダンテは不安げななのはの肩に手を置き、ポンポンと気軽に叩いた。 「アイツが何かしでかして、痛い目を見たとしても――それもいいさ。 感情を昂らせて流す涙は、他人を想う心を持つ人間の特権だ。<悪魔>は泣かない。人間だけが出来る。それが、ティアには必要なんだ……」 静かな実感を持った言葉を残し、ダンテはゆっくりとなのはの横を通り過ぎて行った。 その意味深げな言葉の真意を、なのはは半分も理解出来ない。ただ漠然と、ダンテが自分の背中を押したことだけは理解出来た。 そして同時に、彼が<人間>という言葉に自分自身を含まなかったということも。 謎の多い彼の正体に、その理由は隠されているのかもしれない。 なのはは振り返り、何か言葉を掛けようとして、しかし結局その背中を見送ることしか出来なかった。 酷く孤独で、悲しい背中だった。 「ティア、四時だよ。起きて」 繰り返される目覚ましのアラームとスバルの声が徐々に頭の中に入ってきて、それが覚醒を促した。 酷く活動の鈍い思考で、ティアナはまず疑問に思った。一日の始まりにしてはリズムがおかしい。 それが普段より早く起きた為だと気付くと、同時に早朝四時から自主錬の為にそうしたのだとも思い出した。 「ああ、ゴメン。起きた」 ティアナはそう言ったつもりだったが、実際は死者が目を覚ましたかのような呻き声だった。 本来は起床時間を体に刻み込んで時計にも頼らないが、前日の疲労に加えて睡眠不足が完全に足を引っ張っていた。 「練習行けそう?」 「……行く」 ティアナは不屈の闘志で立ち上がった。 事実、疲れ果てた肉体の欲求を押さえ込むのは戦闘のそれに等しい精神力が必要とされた。 トレーニングウェアを差し出すスバルの行為を疑問にも思わず、受け取ってノロノロと着替え始める。 昨夜、自らの発言どおりに使い果たした体力と精神力の影響か、普段のティアナが持つ凛とした仕草は欠片も無く、動きも緩慢で精彩さを欠いている。 それはそれで隙の無いパートナーの貴重な一面が見れた、と奇妙な喜びを感じながらスバルは自分の服に手を掛けた。 ようやく脳が回り始める中、隣で同じように着替えるスバルの行動にティアナは我に返る。 「って、なんでアンタまで?」 「一人より二人の方がいろんな練習が出来るしね。わたしも付き合う」 「いいわよ、平気だから。あたしに付き合ってたら、まともに休めないわよ」 「知ってるでしょ? わたし、日常行動だけなら4、5日寝なくても大丈夫だって」 それは全く事実であり、ティアナがスバルを羨む数少ない部分だった。 一時期は、その天性の優れた体力を妬んだこともある。自分に絶対的に足りないもので、そしてどう努力しても限界を感じてしまうものだからだ。 今、その時の感情が僅かに蘇っていた。 「……同情?」 眠気は吹き飛び、静かな激情が言葉に表れて険を見せていた。 しかし、スバルも慣れたもので、怯みもせずに笑みを浮かべて見せる。 「わたしとティアは、コンビなんだから。一緒にがんばるのっ」 一片の疑いも抱かない本音だった。 「……ねえ、スバル。あの戦闘の時、アンタが射線のすぐ傍にいること――あたし、知ってて撃ったわよ」 「うん、分かってる」 能面のような無表情で告げる真実を、スバルはやはり当然のように受け止める。 ティアナは目の前の少女が時折理解出来なくなる瞬間があった。今がまさにその瞬間である。 「悔しかったよ。あの時、ティアにとってわたしは邪魔でしかなかったんだよね」 スバルは自分の想いを確認するように頷いた。 「うん、悔しい。普段からずっとティアに頼りっぱなしだったけど、本当に必要な時に何も出来なかった自分が情けなくて仕方ないんだ」 「スバル……」 「だから、強くなりたい。ティアのパートナーとして、二人でちゃんと戦えるように。 その為にこの練習が必要だと思ったから、わたしは一緒に行くんだよ。お願い、一緒に練習させて」 最後は頼み込むことまでして見せたスバルの行為に、ティアナは無言で混乱するしかなかった。 本当に、彼女の考えは理解出来ない。 「アンタの、そういう……」 「ティア?」 「……いいわ。勝手にしなさい」 「うんっ!」 二人は練習の場へと向かって行った。互いに違う想いを胸に。 ヴィータが医務室のベッドで目を覚ましたのは、更に数日後のことだった。 怪我の影響とは違う全身を覆う酷い倦怠感を堪えながら、埃を被っていたかのように動きの鈍い頭を回転させる。 傍らで微笑むシャマルを見て、ああ自分は助かったのだとヴィータは実感した。 「ヴィータちゃん、気分はどう?」 覚醒後しばらくは呆けているだけだったヴィータを勝手にあれこれと診察した後、シャマルは尋ねた。 「だるい。頭がぼーっとする」 「ずっと寝てたからね。胃も空っぽだから、すぐに食欲も戻ってくるわよ」 「なんでこんなに寝てたんだ?」 実際の時間経過は長くとも、ヴィータにとって意識を失う直前の記憶は鮮明に残っていた。 腹を貫通した鋼鉄の冷たささえ思い出せる。 上着を捲って傷の場所を見てみるが、そこだけが数日分の時間の流れを表すように治癒されていた。包帯すら巻かれていない。 恐る恐るお腹を撫でて確認すると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。 「睡眠薬を使って、強制的に休んでもらってたのよ。ヴィータちゃん、安静にしてって言っても聞かないから」 「傷が塞がったんなら寝てる意味もねーだろ? やることなんて山ほどあるんだからよ」 「確かに、その日のうちに傷は塞いだけど、思った以上にダメージは大きかったのよ。外科的な手術までして、本当にようやく塞いだだけ」 「そうそう、シャマル先生ってば本当にすごかったんですよ!」 点滴を取り外す作業をしていた医療スタッフの一人が、興奮気味に割って入った。 「あの日はスターズFも含めて三人の負傷者が一気に運び込まれましたからね。 治癒魔法にも限界があるし、何より副隊長の傷は深すぎて、魔法による強引な再生だけじゃ体に負担が掛かりすぎる状態だったんですよ。脊椎までやられてて。 そこで、急遽、外科手術による治療も取り入れたんです。 魔法と外科手術を同時に進行させて。あの負傷がこの数日で後遺症も無く完治できたのはあの的確で素早い処置のおかげなんです。 いやー、あの時のシャマル先生はまさにプロって感じでしたよ! もうまさに『シャマル先生にヨロシク』って感じでしたね!!」 「そ、そうかい。説明ありがとよ」 ファンがアイドルについて語るような熱い視線と言葉を浴びせられたヴィータは、やや気圧されながらも引き攣った笑みを浮かべた。 その例外なく優れた容姿と能力のせいか、ヴォルケンリッターは管理局内で、特に若手の局員において人気が高い。支持者と言うよりもファンと称すべき者達が多数存在した。 とにかく、分かりやすい活躍が注目される戦闘担当のシグナムとヴィータは特に知名度が高かった。ザフィーラでさえ獣形態と幻の人間形態に分かれてファンが多い。 その中で、後方支援担当のシャマルは知名度こそ低いものだが、その分コアな人気と濃いファン層を所持していた。 特に彼らは、ヴィータ達のような能力や立場に憧れるのではなく、純粋にシャマルと言う人物像を崇める者が多い。 シャマルの城である医療室勤務の者達こそがまさにそれであり、目の前の若いスタッフも例外ではないようだった。 「……ま、とにかくそういうわけ。どんなに魔法が便利でも、人間の体には流れがあって、それに逆らうことはどうしても無理をすることだわ」 熱気冷めやらぬそのスタッフに別の用事を与えて退室させると、シャマルはヴィータに微笑んで諭した。 自ら戦いに臨むヴォルケンリッター達を抑える、こうした重要な役割もシャマルが担っている。 「必要な分だけ休ませる。これは、はやてちゃんからの命令でもあったの」 なのはちゃんの時の事、覚えてるでしょ? そのシャマルの言葉には、ヴィータも神妙に頷くしかない。 「確かに、体調は万全みたいだけどよ。……ありがとな」 「いえいえ」 自身の状態まで冷静に把握出来るほど意識の覚醒したヴィータは、シャマルの言葉の正しさと優しさを受け止めて、素直に礼を言った。 しかし、ふと訝しげな顔になって首を捻る。 「何? 動きの違和感なら、長い睡眠でまだ感覚が戻ってないからで……」 「いや、そうじゃなくてよ。いくら重傷って言っても、治るまでにちょっと時間掛かりすぎじゃねーかなと思って。あたしら、普通の人間とは違うんだぜ?」 ヴィータの何気ない呟きに、シャマルは沈黙した。 彼女の疑念が、治療の最中でシャマル自身が抱いていたものと全く合致するからであった。 ヴォルケンリッターを構成するものは、完全な肉体と生ではなく<守護騎士システム>と呼ばれるプログラムである。 現存する肉体の消滅すら再生可能なそのプログラム上にあって、一般的な負傷もまた人間とは違い、彼女らにとっては問題と成り得ない。 新陳代謝などの肉体の制約は無く、欠けた部分を埋め合わせることはパズルのように容易なことなのだ。 だからこそ、たった数日とはいえ治癒に掛かった時間は不可解な長さであった。 「……そうね。今度、暇があったら調べてみましょ。ヴィータちゃんも協力してね」 「ええっ!? なんだよ、ヤブヘビだったかな。シャマルって検査とか楽しんでやってるだろ?」 「あら、そんなことはないわ。仕事には大真面目よ。趣味と実益を兼ねてるけど」 冗談交じりに笑いながら、シャマルはその疑念を棚上出来たことに安堵した。 この問題について、シャマル自身が憶測している答えはすでに在る。しかし、それは容易く口に出来るほど軽い答えでもないのだった。ヴォルケンリッターの存続に関わる内容だ。 とにかく、二人は無事を喜び合った。 そうして談笑する中、医務室を意外な人物が訪れる。 来訪者を告げるブザーが鳴り、ドアがスライドすると凡百な制服の似合わない目立つ男が遠慮無しに足を踏み入れた。 「Trick or treat? 暇なんだ、お茶を出すか遊んでくれよ」 ベッドの中で目を丸くするヴィータに悪戯っぽい笑みを向けながら、ダンテは開口一番に言った。 「ダンテ!? え、本物かっ?」 「オイオイ、この甘いマスクの偽物なんて作れるかよ」 気絶する前の記憶が脳裏を過ぎり、無意識に身構えるヴィータを嘲笑うように、ダンテは彼自身を証明するような台詞を吐いてみせた。 安静の為眠っていたヴィータとは違い、既に再会を済ませてあるシャマルに愛想良く会釈すると、誰の許しも得ないまま勝手にベッド脇の椅子へ腰を降ろす。 その図太さと、何者にも遮られない行動は、間違いなくヴィータの知るダンテのものだった。 「……オメー、来てたのかよ」 「詳しい経緯は偉い奴に聞いてくれ。もう嫌って程説明したんでね、繰り返すのも飽きたぜ」 ダンテの格好を見て、ヴィータは何となく事態を察した。 「何しに来たんだ? ビョーキとかケガにゃ縁がなさそうだけどよ」 「眠り姫が眼を覚ましたって聞いてね」 「誰から聞いたんだよ? お前、関係者じゃねーだろ」 「シャーリーって言ったか。いい男がいい女に声を掛けたら会話は成立する、そういう法則があるんだ」 何処まで本気か分からないダンテの話を聞きながら、ヴィータは再確認した。そうだ、こういう奴だ。 実質二度目の顔合わせだが、既に旧知のような二人のやりとりを眺めていたシャマルは、意味深げな笑みを浮かべながら立ち上がった。 「じゃあ、私は奥で書類片付けてますね。カーテン引いておくので、ごゆっくり」 「あ、おい! 変な気を使うんじゃねーよ!」 ヴィータの言葉を聞き流して、『オホホホッ』と変な笑い方をしながらシャマルは去って行った。 苦虫を噛み潰したようなヴィータと愉快そうに笑うダンテがその場に残される。 「……マジで何しに来たんだ?」 「俺の処遇が決まるまで暇なんでね。友好関係を増やすのも飽きたしな」 「オメー、機動六課に入るつもりなのか?」 「さあな。だが、もう無関係じゃいられないだろうぜ。いろいろ関わっちまったからな」 そう言って、ダンテは一瞬だけこれまでを回想するように遠くを見つめた。 人との関わりはもちろん、<悪魔>との関わりも。まるで運命染みた導きによって、バラバラだった要素は一点に集束しつつある。 ダンテは自らの出会いと別れが全て意味を持ち、また同時にコントロールされているかのような錯覚を覚えた。 今、この場所、この世界の状況は、全て自分が発端となっているのかもしれない。 「ふーん……まあ、それなら歓迎してやるよ」 悪い方向へ考え込むダンテにとって、ヴィータのその何気ない言葉は純粋に嬉しく、ありがたいものだった。 不敵でも皮肉でもなく、純粋な喜びから笑みが漏れる。 「ヘイ、何か買ってやろうか? 嬉しいから一つだけプレゼントを送ってやるよ、お嬢さん」 「子供扱いすんじゃねー! ……けど、それなら一つだけあたしの質問に答えろよ」 「何だ? スリーサイズか?」 「茶化すなよ、真面目に答えろ」 「OK、何だ? 言えよ」 ヴィータはしばし言葉を選び、自分と相手の性分を考えて、結局簡潔に質問を口にした。 「――ダンテ。オメーに顔がそっくりな兄弟とかいねーか?」 ダンテの中の時間がその瞬間停止した。 それは間違いなく、そしていつでも余裕を忘れない彼にとって酷く珍しい動揺の表れだった。 何故、ヴィータがそれを尋ねるのか。幾つもの疑惑が心を埋め尽くし、それは殺気染みた圧力となって噴き出そうとする。かろうじて、理性がそれを押し留めた。 意味も無く降ろした腰の位置を直し、ダンテは自らの動揺を宥めた。 ヴィータを見据える。努力したが、それは睨むような形になってしまった。 「……いるぜ、双子の兄貴がな」 問い返さず、素直に答える。そういう約束だった。 ダンテの態度の劇的な変化を、何処か当然だと受け止めて、ヴィータは頷いた。 「あたしを刺したのはソイツだ、きっと」 「……マジか?」 「マジだぜ。まだ誰にも言ってねぇ。 オメーとそっくりな顔で、髪の色まで一緒だ。武器は刀を使ってた。正直、アイツの戦闘力はやべえ。一撃で実感した」 ヴィータの神妙な言葉を聞きながら、ダンテは自らの思い描く人物が一致することを確信した。 ホテルでの一件から、自分に関わる多くの出来事が動き出したことを感じていたが、ヴィータの告げた内容はそれらの中でも最も衝撃的なものだった。 「どういう奴なんだ?」 「名前はバージル。俺とは考えが合わなくてね、一度殺し合った仲だ」 「ひでえ兄弟喧嘩だな。何で、そんな奴があそこにいたんだ?」 「さあね。俺も、今の今まで死んだと思ってたよ」 肩を竦めるダンテの様子を伺って、その言葉に嘘が無いことを悟ると、ヴィータはベッドの枕に凭れ掛かった。 重要な手がかりは掴んだ。しかし、更に重要な点に関しては、これでプッツリと途切れてしまったことになる。 後は、再びあの男――バージルと出会った時に明かされることを期待するしかない。 そして、それは決して在り得ないはずのことではない、と。ヴィータは何処か確信していた。 この双子は、どうあっても巡り合う運命なのだ、と――ダンテ自身が確信するのと同じように。 「……それで、どうすんだよ?」 互いに思案する沈黙の中、唐突にヴィータが口を開いた。 「何がだ?」 「だから、そのバージルって奴のことだよ。黙ってればいいのか?」 思わぬ提案に、ダンテは面食らった。やはり彼には珍しい動揺だった。 「黙ってるって……そいつは、マズイだろ?」 「マズイよ。けど、家族のことだろ? 自分から言えるまで、待った方がいいのかと思ってよ……」 最後は聞き取れないくらい小さく呟き、ヴィータはバツの悪そうにそっぽを向く。その横顔は僅かに赤い。 それまでの陰鬱な思考が吹き飛んで、ダンテは急に笑い出したくなった。 実際に、堪えきれずに吹き出した。ヴィータが恥ずかしさに歯を食い縛って睨む中、その視線すらも心地良く、ダンテは愉快そうに声を押し殺して笑い続ける。 「っんだよ!? 感謝しろとは言わねーけど、笑うことねぇじゃねーか!」 「ハハッ、悪い悪い。お前さんの人情が身に染みてね。ありがとうよ……ククッ」 「だったら、まず笑うの止めろテメー!」 「OK、感謝してるのは本当だぜ。まいったね、こういう組織関係とは相性が悪いはずなんだが、全面的に協力したい気分になってきたよ」 まだニヤニヤと笑みを絶やさないダンテの言葉は酷く胡散臭かったが、彼は限りなく本心を語っていた。 バカにされることは確実だが、素面で愛と平和について万歳をしてやりたい気分だった。 やはり、人間とは素晴らしい。自分とは考えを違えた兄を想い、ダンテは自らの心を確認する。 バージル――奴が再び自分と、彼女達のような者の前に刃を向けるのなら、その時は再び戦うことを迷いはしない。 ヴィータを見つめる瞳に、もはや複雑な感情は映っていなかった。 「バージルに関しては、俺がしっかりと説明してやるよ。もう決めた、俺はこの<機動六課>って奴に協力する。ただし、個人としてな」 「そうかよ、好きにしろ。もうあたしにゃ関係ねー」 「拗ねるなよ、悪い意味で笑ったんじゃないんだ。本当に感謝してるのさ。何か、お返ししてやろうか?」 「いらねー」 「何でもいいぜ、キスでもハグでも」 「いらねーよ、ボケ! ……ま、そこまで言うんだったら、ちょっと外出るの手伝え。リハビリしてぇんだ」 ヴィータの頼みを快く引き受け、ダンテは立ち上がると、そのままおもむろに小柄な体を担ぎ上げた。 「……って、何してんだオメーは!?」 「暴れるなよ、運んでやるのさ」 肩の上でジタバタと手足を振り乱しても揺るぎもせず、ダンテは騒ぐヴィータを担いだまま、シャマルに手を振って医務室を出て行った。 のほほんと手を振り返すシャマルを恨みながら、ヴィータは叫び続ける。 すれ違う局員の好奇の視線が、彼女の羞恥心を大いに刺激して去って行った。もう死にたい。っていうかむしろコイツが死ね。 「てめっ、この格好でどこまで行く気だ!? これ以上目立ったらぶっ殺すぞ!」 「ちょいと今日の予定を耳に挟んでね。向かってるのは、訓練場さ」 その叫び声が大いに目立っているヴィータの文句を笑って聞き流し、ダンテは答えた。 「模擬戦するらしいぜ。お前らの隊長殿とうちのじゃじゃ馬、それに付き合う健気なパートナーがな」 そこで、二人はそれぞれの想い人の衝撃的な戦いを見ることになる。 既に模擬戦は開始されている時間だった。 フェイトが合流し、エリオとキャロが見守る中、ティアナとスバルのコンビがなのはに真っ向から激突する。 その戦闘は、概ねスバルとティアナの事前の想定通りに進行していた。 相手をするなのはにも実感出来る、これまでの二人の戦闘パターンとは違う動き。 ホテル襲撃事件において、ティアナが自ら目覚めたコンビネーションだった。 スバルの荒々しい突撃をティアナの正確な射撃が補完する――ただ一つ、スバルの攻撃がもはや特攻と呼べるほどに自身を省みない無謀さを孕んでいる以外は。 「スバル、ダメだよ! そんな無理な機動!」 「すみません! でも、ちゃんと防ぎますからっ!」 スバルの応答はなのはの叱責の意味を理解していないものだった。 様子がおかしい。それを察した瞬間、思考の隙を突くように高所から正確無比な狙撃が襲い掛かる。 「……っ、容赦ないね」 『敵に応答するな、戦闘に集中して! 今は敵よ!』 「ごめん!」 ティアナの念話を受け、再びスバルの瞳が危険な色を宿した。恐れを故意に忘れた眼だ。 なのはの中で疑念が高まる。 スバルの突撃とそれを援護するティアナの射撃の割合は、絶妙と言えばそうだが、酷く危うい一面もある。 防御を捨てることは、攻撃力の向上に反比例してリスクを押し上げる無理な戦法なのだ。 自分は教えていない。むしろ、戒めてきた。 二人の戦法が、自分の教導を否定する意味を持っていると察し始める。 混乱と、悲しみ……そして、やはりどうしようもない疑念が湧き上がった。 ――あのティアナが、これらのことを全て考慮せずに戦うだろうか? 逆に言えば、この戦いは彼女のメッセージなのではないか? キリの無い疑念が頭の中を掻き回す。なのははこの時、間違いなく動揺していた。 その隙が、スバルの接近を許す。 「でやぁああああああっ!!」 「くっ!?」 カートリッジの魔力を乗せた拳が、なのはのシールドと激突して火花を散らす。 受け止めざる得なかったのは、なのは自身の動揺と、同時に迷いによるものでもあった。 「スバル、どうして……っ?」 愚かなことだと分かっている。ただの被害妄想染みた考えだということも。 しかし、教え導いたはずのティアナと意見を分かち、つい先日の事件に至って、なのはの内に隠した動揺は大きくなりすぎていた。 ティアナの考えていることが分からない。分かってくれないことが分からない。 そして今、目の前で離脱もせずに、防がれた攻撃を尚も続けるスバルも――。 「どうして、こんな無茶をするの!?」 その叫びに、苦悩と悲しみが滲んでいることを、不幸にも若く直情的なスバルが理解することはなかった。 「わたしは、もう誰も傷つけたくないから……っ!」 「え?」 ただ、自分の想いを吐き出す。 「ティアナが傷付いたのは……わたしを撃ったのは……っ、わたしが弱くて、信頼出来なくなったせいだからっ!」 その真っ直ぐな想いを、なのはもまた真っ直ぐに受け止めすぎてしまう。 「だからっ! 強くなりたいんですっ!!」 吐き出された、あまりに強すぎるその想いが、かろうじて保ち続けていたなのはの心の平静を打ち砕いてしまった。 一瞬呆然したなのはの隙を見逃さず、スバルが力の拮抗を崩す。 我に返ったなのはが防御に集中した瞬間。その僅かな一瞬だけ、彼女は思考からティアナの存在を忘れた。 そして、硬骨なガンナーはそれを見逃さない。 「一撃、必殺――!」 「しまった、ティアナ!?」 クロスミラージュの銃口から短い魔力刃を銃剣(バヨネット)の如く発生させた、近接戦闘用のダガーモード。その不完全版。 詳しい機能を教えられるまでもなく、独自の鍛錬と研究によって生み出した、なのはですら知らないその武器を、ティアナはこの土壇場で使った。 その決断が、対するなのはに何よりも本気を感じさせる。 ――どうあっても、自分を倒すのだ、と。 「……レイジングハート」 その決意の意味を、取り間違えたか、あるいは本当にそのままの意味なのか――ティアナが自分を否定したのだと、なのはは感じた。 「モード・リリース」 《All right.》 なのはの中で混沌としていた感情が全て凍り尽く。それは致命的なまでの心理的動揺であり、衝撃だった。 常人ならば放心するしかない。しかし、何よりも彼女の持つ戦闘魔導師としての天性の資質が、肉体を突き動かしていた。 デバイスを待機状態に戻し、両腕に自由を得る。自らもまた肉弾戦で応じる為に。 だが果たして、その冷静でありながら、どこか私情とも見れる判断が、本当に反射によるものだけだったか――なのは自身にも分からない。 混乱、悲しみ、疑念……そして、美しい少女の内に潜むにはあまりに醜い怒り。 差し出した手のひらに受ける、ティアナの鋭い魔力。 腕をカバーするように展開したフィールドと反発して炸裂し、暴走した魔力が周囲を荒れ狂う中、なのはは痛みよりもそれが助長する悲しみと怒りを感じていた。 「……おかしいな。二人とも、どうしちゃったのかな?」 やがて、煙が晴れる。 なのはの視界とその迷いもまた晴れようとしていた。一つに集束していく。暗い方向へ。 「頑張ってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ」 視線を動かせば、自分の変貌に畏怖を抱くかの如く震えるスバル。 そして、普段通りの冷静で冷徹な戦闘者としての瞳のまま、自分を見下ろすティアナ。 その瞳が何よりも雄弁に語っていた。 敵だ、と。 「練習の時だけ言うことを聞いてるふりで、本番でこんな危険な無茶するんなら……練習の意味、無いじゃない」 その瞳に拒絶を感じるしかない。 その視線に否定を感じるしかない。 なのはにはもう何も分からなかった。 長い教導官としての日々の中で、教え子達は皆思ったことを素直に質問し、自分が答えると一度だけ顔を見て『わかりました』と言う。 それで全てが済んでしまっていた。 しかし、目の前の少女は違うのだ。 「ちゃんとさ、練習通りやろうよ」 そうしてくれれば、何も問題はないのに。 自分は素直さに優しさで答え、誰も傷付かない。強くもなれる。そう、これまでそうしてきたのに――。 「ねえ、わたしの言ってること……わたしの訓練……そんなに間違ってる?」 なのはは理不尽さを感じずにはいられなかった。 それがある種の身勝手さであったとしても、これまで優しさこそ真に人を導くと信じ続けてきた彼女の健気さを誰も否定は出来ないだろう。 だが、この時彼女が教導官に有るまじき、感情によって動くという行為を成してしまったことも、やはり否定の出来ない失態なのだった。 そうして、誰もが動揺して客観的な分析の行えないまま、事態は動く。 なのはの言葉に答えるように、ティアナがダガーモードを解除して素早く距離を取った。 展開された幾重もの<ウィングロード>に着地し、再度射撃体勢を取ってチャージを開始する。 言葉は無い。どうとでも受け取れ、これが自分の答えだ――なのはにはそんな声が聞こえた気がした。 「……少し、頭冷やそうか」 指先に魔力を集束し、その照準をティアナに突きつける。 スバルが何かを叫んでいる。内心の動揺と混乱に反して、淀みなく魔力が動き、彼女をバインドした。 敵意すら萎えているのに、なのはの指先に集まる魔力は素早く正確に自らの攻撃性を高めていく。 「クロス、ファイアー……」 その時、なのはは自覚無く、あの時のティアナの気持ちを完全に理解していた。 導く為でも、叱る為でもなく、叫び散らしたいような身勝手な怒りで彼女は引き金を引いたのだ。 それは、もし声にしたなら……あまりに人間的な叫びだった。 「シュート」 ――どうして、わたしの気持ちを分かってくれないのっ!? 「……最悪だ」 訓練場の様子を映すモニターを睨みながら、ヴィータは呻くように呟くしかなかった。 なのはの一撃が、ティアナを吹き飛ばす瞬間が見える。 もし訓練弾でなければ粉々に吹っ飛んでいる。それほどまでに容赦の無い一撃だった。 教導官は訓練生を潰さない為にダメージも計算していなければならない。それはなのはも熟知しているはずだ。 だからこそ、本来ならばこんなオーバーキルの攻撃は在り得ない。あの一撃には、理性を超えた激情が透けて見える。 ヴィータの言葉通り、模擬戦は最悪の展開となってしまったのだった。 「ティアナの拒絶が、なのはの心の糸を切っちまった……」 なのはは、ずっとティアナを優しさで案じてきた。 かつてのなのはを知るヴィータにはあまりに思い切りの悪い対応だったが、それでも今のなのはの精一杯だった。 どちらが一方的に悪いわけじゃない。こと今回の事に関して、ヴィータは無条件になのはの味方をするつもりは無かった。 結局、どちらも悪いのだ。 頑ななまでに自分の力を信じ、他人を、仲間すら信用せず、真意を打ち明けなかったティアナ。 そんな彼女に対して、どれだけ拒絶されたとしても決して行ってはいけない、力による解決に踏み切ってしまったなのは。 どちらも間違い、そして事態は最悪の結果になった。 「いや、あたしも甘かったか。何か出来たはずなんだ」 なのはを信頼しすぎた。いや、頼りすぎたのか。どちらにしろ、それが悪いことだと断ずることも出来ない。 結局、成るべくして成ったというのか――。 ヴィータは例え答えが出なくても、そんな愚かな結論に行き着いてしまうことを拒否し、頭を振った。 そしてふと気付き、傍らにいるはずのダンテに視線を投げ掛けた。 彼は、この結果をどう思っているのだろうか? 「やっぱり、ヤバかったな」 モニターを静かに見据え、ダンテは驚くほど平坦な声で、そう呟いただけだった。 それを見上げるヴィータの視線に力が篭る。 「……オメー、この結果を分かってたんじゃねぇだろうな?」 「だとしたら、どうする?」 「止められなかったのか?」 「無理だ。それに、そんなつもりもなかった」 誤解を恐れず、ダンテはただ必要なことだけを答えた。 ヴィータは何も言わない。ダンテの考えはもちろん、果たしてこの結果が本当に悪いものなのかも決められなかったからだ。 いずれにせよ、答えは出た。あとは、二人の仲を修復するだけでいい。 それこそが真の問題だと頭を悩ませ、唸るヴィータに、ダンテは何気なく告げた。 「――それにな、話はまだ続くみたいだぜ」 「え?」 「だからヤバイんだ」 ダンテの深刻な呟きに、ヴィータは変わらず訓練場を映すモニターに再び視線を走らせた。 「ティアァァァーーッ!!」 スバルの悲痛な声が空しく響く。しかし、粉塵の向こうから答えはない。 なのはは早くも後悔を感じていた。外見こそ平静を装っていたが、自分の為したことが信じられないほどに動揺していた。 睨み付けるスバルの瞳が、これまでずっと尊敬の念を映してきた自分を見る眼が、今は悲しみとも憎悪ともつかないもので荒れ狂っている。 それは間違いなく自分の罪を示すもので、責める罰なのだろう。 なのはは疲れたようなため息を吐き出し、もう一度スバルを見た。とにかく、模擬戦は終わり、それを告げなければならない。義務だ。 「模擬戦はここまで。今日は二人とも、撃墜されて……」 言い掛け、その時になってようやく気付いた。 スバルの視線が、自分を向いていない。正確にはすぐ近くを見ながら自分の顔に焦点が合っていない。 ――ゾクリと、なのはの戦いの感覚が全力で不吉を告げた。 「ティアナ……ッ!?」 その戦慄の原因をなのはは直感し、言葉ではなく現実がそれに返答した。 撃墜したはずのティアナの位置へ走らせた視線が、粉塵の中で消失する人影を捉える。 わずかに見えたティアナの姿が、まるでホログラムのように消え去った。 比喩でもなく正真正銘の幻影だ。 「あれは……<フェイク・シルエット>!?」 希少な高位幻影魔法の名が口を突く。幻影系の魔法を習得中だと、ティアナ自身が語ったことをなのははこの瞬間まで忘れていた。 在るはずのものが消え、それと同時にいないはずのものが出現した。 呆気に取られるなのはの傍らで、空気が歪み、絵の具が紙に滲み出るようにして人の形と色をしたものが姿を現す。 それこそが、本物のティアナだった。 「<オプティック・ハイド>!」 なのはが全てのカラクリを理解した時、全ては致命的なまでに終わっていた。 出現したティアナは既になのはのすぐ傍まで肉薄している。突き付けられたクロスミラージュの銃口は、その頭部を無慈悲に捉えていた。 呆気に取られているのは、スバルさえ例外ではない。この展開は彼女さえ知り得るところではなかったのだ。 なのはとティアナの視線が交差し、その間をスバルの視線が彷徨う。 「ティ、ティア……これって?」 「Eat this」 一切合財を無視して、ティアナは引き金を引いた。 回避など絶対不可能な超至近距離で魔力弾が放たれる。なのはは咄嗟に障壁を眼前に生み出した。その反応速度は歴戦の魔導師だけが為し得る奇跡だった。 しかし、察知されない為にチャージこそしていなかったものの、その一瞬に備えていたティアナの攻撃はなのはの咄嗟の防御を凌駕した。 閃光の炸裂を伴って、障壁を魔力弾が突き破る。 ティアナを含む誰もが、その結果を確信した。 なのはの反応はまさにギリギリの反射によるものだった。 その一種の奇跡によって生み出された防御を抜ければ、もう後には猶予など残されていない。 ――だから、なのはは自らその猶予を作った。 「な……っ!?」 眼前で瞬く、もう一度『魔力弾と障壁がぶつかる閃光』を見て、ティアナは初めて動揺した。 魔力弾は二枚目の障壁によって受け止められていた。 なのはの『口の中』で。 魔力弾の射線上にある口を開き、そこに攻撃を導くことで僅かな距離と時間の猶予を作った。そして、口内に極小規模な障壁を形成することで、魔力弾を受け止めたのだった。 ティアナでさえ予想し得なかった、その一瞬の判断と決断に誰もが戦慄する。 なのははぐっと噛み締めるように口を閉じた。 障壁にぶつかって弾けた魔力の残滓が口の中で飛び散ってチリチリと痛む。 しかし、そんなものは全く些細なことだった。 「……ティアナ、これがアナタの答え?」 なのははティアナを見据え、静かに告げた。 もうそこには怒りも動揺もない。本当にギリギリまで追い詰められた瞬間、彼女の中に眠る爆発力が全てのしがらみを吹き飛ばしていた。 ただ純粋な強い意志を宿した視線を受け、ティアナは舌打ちしながらその場から飛び退る。 一瞬にして距離を取り、エアハイクによって更に離れた足場へと移動していた。 かつてないほど鋭い動きだった。スバルとの自主練習中や、ここまでの模擬戦の最中でさえ見せなかった、ティアナの真の力だった。 予想もしなかったな展開と、パートナーの変貌に、スバルはもう何も考えられない。 「ティア……」 「ティアナ、スバルを囮にしたね?」 まだパートナーを信じようと、縋るように呻くスバルを、なのはの断ち切るような言葉が停止させた。 スバルの頭の中でバラバラに散らばっていた破片が、その言葉でカチリと噛み合う。 状況が全てを語っていた。 二人で練習した訓練、練った作戦――その全てがあの一瞬の為の伏線でしかなかったのだ、と。 「ティアナ、アナタはスバルを仲間じゃなく駒として扱ったんだよ」 「ち、違うんです、なのはさん!」 今度こそ、正しい怒りを迷いなく向けるなのはに対して、スバルは慌てて言い縋った。 何かの間違いだと、そう信じていた。 「あの、これもコンビネーションのうちで……っ! っていうか、わたしが悪いんです! わたしが、もっと……っ!」 「スバル」 必死に言い募るスバルを、横合いから冷たい言葉が殴りつける。 震えながらその方向を見た。 ティアナが見下ろしていた。どうしようもなく冷酷で冷徹で、相棒を思いやる暖かみの一片さえ含まれない瞳で。 「アンタのそういう寝言がウザくて仕方なかったのよ」 吐き捨てられた言葉が、一緒に二人の間にあった繋がりさえ切り捨ててしまった。 スバルがその場に崩れ落ちる。 その様子を一瞥し、なのははティアナを見た。驚くほど落ち着き、睨みもせず、ただハッキリと『強い』視線だった。 「ティアナ……」 「さあ、続けましょう高町教導官。まだ模擬戦は終わってません。一人リタイア、後は一対一です」 不敵な笑みを浮かべてクロスミラージュを構える。その仕草だけは、まったく普段通りのティアナだった。 「ティアナは、わたしに勝って何を証明したいの?」 「何も。強いて言うなら、現状での修正点です」 「修正? 何か、間違ってるところあるかな?」 すでに二人の意志は戦闘時のようにぶつかり合っていた。 避けられない戦いを前に、なのははティアナの真意を探るように言葉を投げ掛ける。 「私が勝てば、認めざるを得ない――今の高町教導官が想定する私の戦闘力が、間違っているという現実を」 ティアナは初めて得られた的確な質問に対して喜ぶように笑って答えた。 「足りないんです、力が。今の訓練じゃ、私の得られる力はあまりに少ない」 「ティアナは十分強いよ」 「何を基準にした『十分』なんですか? アナタに私の求めるものの何が分かると?」 嘲るような笑みに、なのははもう必要以上のショックを受けなかった。 ただ受け止める。この言葉は、自分が望んだものだ。 ティアナの本心だ。 「私は、ただ理屈を言ってるんです。 別に先の事件の失敗を帳消しにして、死んだ兄の正しさをこんな形で示したいわけじゃない。やるべきことは分かってます。その為に必要なモノも」 ティアナは全てを吐き出すように続けた。 声も荒げず、ただ穏やかに、淡々と。それこそがティアナの本気の証なのかもしれなかった。 「高町教導官、アナタの力を尊敬します」 「力、だけなんだ……」 「今のままじゃ足りない。その力が欲しい。だから、私が証明するとしたら――唯一つ、更なる教導の必要性だけです」 明確な理屈に基づく話を終え、ティアナは全てを任せるように口を噤んだ。 悲しいほどに冷静な言葉だった。なのはを打ち倒すことで何かを得られるなどと錯覚せず、あくまで適切な手順を踏んで自らの目的を達成しようとしている。 しかし、やはり――。 「ティアナは手段としての力が欲しいんだね。それは、きっと正しいよ。力はいつだって手段なんだ」 なのはは噛み締めるように呟いた。 ティアナの理路整然とした言葉の前に頷いてしまいそうになる自分を、心の何処かで止める『根拠の無い何か』が在る。 それはティアナにとっては愚かしいものなのかもしれないが――なのははそれに従った。人間として、正しいと信じて。 「……そう、力は手段に過ぎないんだよ。それは、やっぱり事実なの」 俯いていた視線を上げ、なのはは真っ直ぐにティアナの瞳を見据えた。 その意志在る瞳を、かつての彼女を知る者が見れば気付いただろう。 迷い無く、理屈や常識を超え、己の心が叫ぶままに自らを信じようとする子供のように純粋な瞳だった。 「例えどんなに必要でも、自分を慕う人や仲間を切り捨てて、自分まで削って尖らせて……そんなになってまで求めるものじゃない。 もうその時点で、力はアナタの為に在るんじゃなく、力の為にアナタが在るようになってしまっているんだよ!」 訴えかけるようななのはの叫びに応じて、レイジングハートが再び真の姿を現した。 ティアナ、その姿にも言葉にも微動だにしない。 もはや、彼女を揺るがすものは無いのか。しかし、なのはは語ることを止めなかった。 「本当にたいせつなものは、力なんかじゃない。それを扱う自分自身――。 苦しい時、追い詰められた時、いつだって最後には自分を突き動かしてくれる、魂なの!」 今の自分に出せるだけの想いを吐き出して、なのははぶつけた。 自らの手を静かにその胸に当て、其処に在るものを確かめる。 10年前、全ての始まりから自分を動かし、どんなに辛い時も立ち上がらせてくれた。歳を経て、久しく感じられなかったソレが、今再び燃えていた。 「その魂が叫んでる……ティアナを止めろって!」 今日までの迷い、悲しみ、怒り――全ての人間的感情を一つの意志に束ねて、それを決意としてなのはは指先と共に突き付けた。 その決死の覚悟に、ティアナは嘲笑で応える。 暗い笑い声が響き渡った。 ティアナもまた、既に揺らぐことの無い覚悟を終えてしまっているのだった。 「申し訳ないですが……『あたし』の魂はこう言ってる」 飾り立てた敬語が崩れ、ティアナの真の意志が露わになる。 なのはと同じように、胸の内で燃え続ける確かな決意に手を当て、確かめるようにその叫びを感じ取った。 何かを与えるのではなく、ただひたすらに求め続ける魂の渇望を。 全ては、何も出来ない自分の無力を殺す為に――。 「――もっと力を!」 ゆっくりと一語一語噛み締める、地を這うような重い決意の言葉が、その瞬間決定的に二人の間を分ってしまった。 二人の強烈なまでの意志に、スバルと遠くで見据えるフェイト達や、ヴィータ、ダンテさえ飲み込まれていく。 誰の顔にも悲痛な表情が浮かんでいた。そして、同時に共通して確信していた。 どうなろうと、この二人の戦いの決着が全ての答えだ。 誰も手出しなど出来ない。 なのはとティアナ。言葉は全て吐き尽くし、後は力と意志だけが結果を生み出す。 静寂。そして、同時に。 互いに相手の意思を叩き潰す為、二人は行動を開始した――。 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《デバイス》ボニー クライド 本作のみのオリジナル武器。ダンテが現在携行している銃型のデバイスを指す。 二挺左右で交互に連射も、二方向の同時射撃も可能。 質量兵器の禁止されたミッドチルダにおけるダンテの武器として、ティアナがアンカーガンのパーツを流用して作成した簡易型デバイス。 一般的なデバイスと比較すると特異な外見だが、実際の性能はごく標準的なストレージデバイスである。 使用可能な魔法も単純な弾丸型射撃魔法<シュートバレット>以外登録されていない。 カートリッジシステムも未搭載の完全に普遍的なデバイスだが、ダンテの魔力によって驚異的な速射性と威力を誇る。 驚くほど単純な機構の代わりに、強度はアームドデバイス並にある。 デバイスの名付け親は不明。その意図も不明である。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/trinanoss/pages/126.html
魔法少女リリカルなのはSpiritS 第二話「スカーフェイス・ガンスリンガー(後編)」 どん、と発砲音を鼓膜に感じる。 腕には銃撃の反動を感じる。 「チッ」 小さく舌打ちをすると同時に、素早く板張りの舞台を蹴った。 空中で縦に回転するようにして、その場を離脱すべく飛び退る。 作戦はこうだ。 まずは地元民を装い、適当な理由をつけて潜入し、親玉の目の前まで移動する。 そして隙を突いて魔力弾を撃ち込み、反撃も許さぬうちに始末する。 後は遅れて飛び込んでくるヴァイスと共に、浮き足立ったところを制圧する。 第一段階までは成功した。 ただ、第二段階でしくじった。 「幻術、解除」 虚空に髪を揺らしながら、己が身に施した魔術を解く。 瞬間、一変。 少女の裸身は瞬時に掻き消え、現れたのは上下揃った衣服。 白い長袖のシャツと、黒のプリーツスカート。ついでに髪型もツインテールへと変わった。 生気のなかった視線にも、僅かに命の力が浮かぶ。 否。 全ては元に戻ったまでだ。 これが本来の彼女の服装なのだ。 先ほどまで連中が見ていたのは、全て魔力によって生み出された幻。 ティアナ・ランスターの持つ技能――幻術によって、擬似的な変身魔法の効果を発揮していただけのこと。 ざっ、と。 客席を滑る靴の音。 絹糸のごとき髪が揺れる。 両足に左手さえも添えて、後方へ行かんとする勢いを殺す。 右手に握り締められたものは、銀色に輝く金属のカード。 「こっ……こいつ、魔導師か!?」 「このアマ、俺達を騙してやがったのか!?」 そこでようやく事態を飲み込めたらしい。 すっかり硬直しきっていた雑兵達が、ざわめきと共に口を開く。 ちょうど、この瞬間だ。 「――おらおらァ! 時空管理局だ! 大人しくお縄につきやがれ!」 ぶぉん、と。 エンジンの豪快な轟音と共に、鋼鉄の塊が突っ込んできたのは。 木製の扉をぶち破り、破片がティアナの背後で舞う。 野太い振動音を伴い現れたのは、一台の大型サイドカー。 黒を基調としたボディに、煉瓦色のラインが引かれたデザイン。メインのバイクのシートには、ツナギ姿のヴァイスが跨っている。 「どうだ、上手くやれたか!?」 「しくじりました! 奴はまだ健在です」 見れば視線の先に立つのは、未だ無傷の72号。 さすがはこの地区のボスということか。 あの態勢から一瞬の判断で防御の構えを取り、ティアナの放った凶弾を防いだのだ。 「やられたわ……貴方のような小娘が、たった1人で乗り込んでいたとはね」 しゅう、とたなびくは灰色の煙。 左手から漂う硝煙を振り払い、紫のドレスの機人が呟く。 微かに揺らぎの見える語調は、押し殺しきれぬ驚愕の発露か。 「貴方、一体何者なのかしら?」 驚くのも無理はなかった。 無論、襲撃そのものに対する驚愕もある。だが、それ以上に解せぬことがある。 彼女の目に映る暗殺者は、齢15前後と言ったところの若造だ。 どう贔屓目に見たとしても、普通なら魔力ランクDにも満たぬ雑兵のはず。 しかし、この娘は何だ。 そんな若造にもかかわらず、この戦闘機人達の魔窟へと乗り込んできた。 そして防がれこそしたものの、並の娘では有り得ぬ殺気と共に、迅速かつ痛烈に弾丸を撃ち込んでみせた。 一体こいつは何なのだ。 このオレンジの髪の娘は何者だ。 「――クロスミラージュ」 されど、少女は問いに答えず。 冷徹な声音と表情と共に、ティアナ・ランスターの口を突いたのは命令。 「SET UP」 右手に掴んだ鋼鉄のカードを、横目で見やり指示を飛ばす。 『Standby ready.』 応えるのは無機質な機械音声。 紡がれる声と共に明滅する、真紅のクロスのシンボルマーク。 それがティアナ・ランスターの相棒――インテリジェントデバイス・クロスミラージュの待機形態だった。 『Set up.』 瞬間、発光。 暁に輝く魔力の光が、華奢なティアナの体躯を包む。 魔性のプラズマ光が煌くなか、剥ぎ取られていくのは少女の衣服。 幻術のまやかしなどではない、正真正銘の彼女の裸体が、今度こそ外気に晒される。 されど、それも一瞬の事象。 刹那の後に纏われるのは、魔導師を守護する奇跡の鎧。 身体にフィットするタイトなワンピースは、ノースリーブとミニスカート。 漆黒のインナーの上に纏われる、白の腰布と袖無しのジャケット。 黒のリボンに描かれた模様は、悪を断罪する純白の十字架か。 一度ほどかれたツインテールが、再びまとめ直された。 刹那、分離。 1枚のカードが2枚へと分裂。 待機形態のインテリジェントデバイスが、そのまま戦闘モードへと移行。 その手に握られるのは――ピストル。 スバルのリボルバーナックルとは違う、遠距離戦型の二挺拳銃だ。 「あたしは全ての悪を駆逐する者――」 全ての過程は一瞬で完了。 馬鹿正直には答えない。 ストライカーズ養成計画の存在は、未だ敵に漏らしていい情報ではない。 故に、己が身分に触れることはなく。 分かりやすくかつ冷徹な語彙で、自らの存在を証明する。 「――あんた達みたいな悪党への、復讐者よ」 自らが戦闘機人の敵であることを。 ティアナ・ランスターの胸に渦巻く、敵意と殺気の存在を。 ぽぅ、と。 魔力の発動に呼応するように。 瞬間、浮かび上がるものがあった。 それは細く光る線。 ティアナの両頬を駆け上がる、オレンジ色の光のライン。 さながら阿弥陀籤のような。 卵の殻に走るひび割れのような。 どこか危うさすら孕んだ、無数の光の亀裂が走る。 自らの魔力光と同じ色の光輝が、ティアナの顔を照らし出した。 「くそっ……殺っちまえぇ!」 最初に唸りを上げたのは、一体どの機人だっただろうか。 ようやく上がった声を皮切りに、標的が戦闘態勢へと移行。 総勢8名の戦闘機人が、各々構えを取り床を蹴る。 この距離と数なら、触れられる前にこなせるか。 冷静に戦局を見据えながら、しかし指先は手遊びに興じる。 それぞれの人差し指をトリガーに通し、くるりと両のクロスミラージュを一回転。 そして。 グリップをグローブの両手が握ると同時に。 青の瞳で狙いを定め。 白銀の銃口を目標へと向け。 引き金を素早く引き絞る。 「――ッ」 流れるような動作だった。 無駄なく素早く正確に、ターゲット・ロックとトリガー・プル。 ずどん、と轟く銃声と共に、視界を埋め尽くすマズルフラッシュ。 一瞬の煌きの晴れた先には、仰向けに倒れる2人の機人。 眉間より沸き上がるのはグレーの煙と――噴水のごとき紅の飛沫。 「さ……殺傷設定で、ヘッドショット……!?」 明らかな即死だ。 管理局員であるはずの目の前の少女が、一切の躊躇なく標的を殺害した。 断末魔すら上げず絶命した同胞を前に、またも機人達に動揺が走る。 「だから言ったでしょ。全ての悪を“駆逐”する者だ、って」 ずどん、と再び響く撃発。 顔色すら変えず発した凶弾が、無慈悲に3人目の犠牲者を生む。 銃で撃たれれば人は死ぬ。 それは魔法の拳銃でも例外はない。 あくまで警察機構に近い存在であるため、対象の抹殺よりも法的拘束を優先する管理局が相手では、 しばしその事実を忘れがちだが、魔導師だってその気になれば人を殺せる。 一度非殺傷設定という名のリミッターを解除すれば、魔力の弾は即座に人殺しの魔弾へと変わる。 ティアナはそれを実践したまでのこと。 そこらの管理局員よりも、殺人に対する抵抗感が薄かっただけのことだ。 「っ……このアマァッ!」 敵はこちらの殺害も辞さない。 それが一層緊張感を煽るのか。 これまで以上に真剣な面持ちで、雑兵の機人達が襲いかかる。 近づいてくる接近戦型を狙い、左のクロスミラージュで射殺。 次は遠距離からのエネルギー弾だ。 距離を詰めようとすれば、その隙に撃たれると踏んだのか。確かに妥当な評価ではある。 迫り来る灼熱の弾丸をかわせば、今度は別の機人が殴りかかった。 ひらり、と身を翻す。 揺れるツインテールは真紅の布か。闘牛士のごとく紙一重で回避。 無様に背後を晒した牛の後頭部を、容赦なくオレンジ色の弾丸で一突き。 弱冠16とは思えぬ、軽やかかつ鮮やかな立ち回りは、まさしく若きストライカー。 (そろそろ厳しくなってきたわね……) されど、その胸中に余裕はなく。 ちら、と周囲を一瞥する。 見渡せば騒ぎを聞きつけた機人達が、続々とホールに集まってきていた。 その数約20名。 悔しいがここまでの数になると、近づかれる前に撃つという次元の話ではなくなる。 現状のヴァイスでは戦力にはならない。盾役を期待するわけにはいかない。 (この辺でスタイルを変えるか) これ以上はクロスミラージュだけでは無理だ。 決断するや、ティアナは背後へと飛びすさる。 着地点はバイクのシート。既にヘリパイロットの尻はどけられていた。 左の銃身を腰に納め、空いた手でハンドルを握り締める。 右手にはデバイスを携えたまま、双眸はハンドルの中心へと。 左右にハンドルを伸ばしたその場所には、奇妙な形の窪みがあった。 「スタート・アップ、ファントムフッター」 ぽつり、と呟くと同時に。 がちゃ、と音を立てて接続。 右手のクロスミラージュの銃口が、バイクハンドルの窪みへと差し込まれた。 『Destroy Mode.』 インテリジェントデバイスのAIが発声。 瞬間、鳴り響いたのは駆動音。 車体に取りつけられたサイドカーが、がちゃりがちゃりと音を発する。 重厚なBGMと共に、不可思議に身をよじる鋼鉄の座席。 歯車の音。 シリンダーの音。 ついでに排気も伴奏に入る。 機械パーツの大合奏の中、がちゃんと勢いよくせり出したものがあった。 それは、砲身。 多重砲塔のガトリング・キャノン。 「ターゲット・ロック」 跨るライダーの声に合わせ、その先端が狙いを定める。 鈍色に煌く巨大砲身が、きりきりと音を立て可動する。 これがティアナ・ランスターの選択。 近づかれる前に撃つのではなく。 近づかれる前に殲滅する。 「――ファイア」 ぼそり、と。 無慈悲に無感動に発した呟きは。 「ぎゃあああぁぁぁぁっ!」 誰の耳に入るよりも早く、悲鳴と爆音に掻き消された。 びりびり、びりびりと。 大気さえも震わせながら、鋼鉄の銃口が一斉に咆哮。 さながら地獄の番犬と謳われた、多頭獣ケルベロスの雄叫びか。 魔獣の唸りにも等しき発砲音は、クロスミラージュの比ではない。 拳銃のそれを遥かに凌駕する轟音が、容赦なくガンナーの鼓膜を殴りつける。 それでもティアナは動じることなく、バイクに挿入した拳銃のトリガーを引き続けた。 そして規格外の威力は、発射される弾丸のそれも同様。 涼しい射手の顔つきとは裏腹に、砲撃に宿るのは一撃必殺の破壊力。 こんなもの、もはやどこに当たろうと大差はない。 どこに当たったって致命傷だ。 ある者は顔面を吹き飛ばされ。 ある者な下半身を引きちぎられ。 ある者は胸板に風穴を開けた。 獰猛な唸りを上げる鋼の獣が、次々とスクラップを量産していく。 これぞヴァイスの手によって持ち込まれた、ティアナ・ランスターの切り札――ファントムフッター。 さるデバイス技師によって作成された、彼女専用の戦闘用バイクである。 動力は魔力エンジン式。 大型のものなら戦艦さえも動かすそれの生む推力は、バイクサイズでも十分に規格外。 最高時速380キロ――バリアジャケットを着た魔導師でなければ、乗るだけで命が危ないような代物だ。 そして本機体最大の特徴は、殲滅形態・デストロイモード。 挿入されたクロスミラージュを管制人格とすることで、サイドカーを変形させ、 巨大な魔力ガトリング砲として使用することが可能となるのである。 「!」 ばりん、と。 刹那、鳴り響くガラスの音。 ファントムフッターの乱射が原因ではない。天窓を狙えるほどの射角はつけていない。 ガラスを砕いたのは、残存する唯一の敵戦力――親玉の戦闘機人72号。 「チッ」 不快感を隠そうともせず、舌打ちする。 こうなると分かっていたからこそ、先に頭を叩こうとしたのだ。 親玉を最後まで残していては、このようにどさくさ紛れに逃げられてしまう。 部下は皆自分を守るように動いているのだから、撤退することは造作もない。 「追います」 おかげで追いかける手間が増えた。 右手でアクセルをひねり、エンジンを噴かす。 ぶぉん、と鳴り響く爆音と共に、少女が乗るには大柄な車体を反転。 「まだ敵が出てくるようでしたら、何とか逃げ切ってください」 「お、おい! 俺ぁまだ病み上がりだぞ!」 そんなことを言われたって仕方がないのだ。 デストロイモードに移行したサイドカーは、座席が砲身で塞がれてしまう。 メインのバイクに二人乗りさせるのも無理だ。邪魔になるし、そもそもそれ以前に振り落とされる。 故に彼を乗せていくことはできない。 背後にヴァイスの声を感じながら、劇場からファントムフッターを脱出させた。 ばたばたとジャケットの裾がはためく。 オレンジのツインテールが暴れる。 夜の街に躍り出た、黒とくすんだ赤の車体が爆走。 猛烈なエンジン音を掻き鳴らし、ひび割れた道路を駆け抜ける。 振動がびりびりと両手を襲った。 風圧が容赦なく全身を殴りつけた。 最大戦速を発揮したこいつは、正真正銘の化け物だ。 戦闘が始まってからここにきて、初めてティアナの眉間に皺が寄せられた。 そしてそうこうしているうちに、青き瞳がターゲットを捕捉。 案の定戦闘機人の親玉は、ビルとビルの間を飛び移るようにして移動していた。 相手の方が速度が遅い。右手でブレーキをかけ、減速。 今度は左手をクロスミラージュに伸ばし、狙いを定めて引き金を引く。 ばりばり、ばりばり。 激烈な轟音と衝撃が響く。 狂暴な咆哮を上げたガトリング砲が、バレーボール大の砲弾を乱射。 されど、当たらず。逃げる標的を捉えられない。 当然だ。 あくまでガトリングは殲滅兵器。精密狙撃には向いていない。 同じ地平線上ならともかく、上空の敵を撃てというのは酷というもの。 『Riding Mode.』 であれば、現状のスタイルにこだわる理由はない。 クロスミラージュが発したのは、バイクの通常モードの名称。 銃身が引き抜かれると同時に、砲身が元のサイドカーへと戻る。 抜いたクロスミラージュは、しかし腰に預けられるでもなく、そのまま遥か頭上を狙う。 「アンカーショット」 ぼそりと発せられた命令と共に。 刹那、銃身から伸びたのは一条の光線。 一直線に伸びた光のラインが、ビルから突き出た看板に突き刺さる。 びゅん、と。 そのまま白と黒のバリアジャケットが、バイク上から虚空へと飛び上がった。 オレンジの光はみるみるうちに縮小し、ティアナの身体を引き上げていく。 クロスミラージュのギミック・アンカーショット。 発射されたのは光線ではなく、魔力で練り上げられた移動用のワイヤーだ。 す、と。 もう一挺のクロスミラージュを右手に握り、同時に看板の上に着地。 両手の拳銃を入れ替え直すと、次なる看板へと狙いを定め、再度魔力アンカーを発射。 以降はこれの繰り返し。ビルの合間を縫っての空中浮遊。 逃げる標的に追いつくまでの、コンクリートジャングルのターザンロープだ。 それは蝙蝠かムササビか。 両手のワイヤーを巧みに操り、宵闇の中を駆け巡る。 頬を照らすオレンジ色が、闇夜に鮮やかな軌跡を描く。 「追い付いたわよ」 遂に廃ビルの屋上で、チャイナドレスの背中を捉えた。 突き放された両者の距離が、ほぼ10メートル圏内にまで縮まった。 敵に部下はいない。ファントムフッターも地上に放置してきた。 こうなれば後はシンプルだ。 余計な手出しの一切ない、互いの力と技量のみのぶつかり合い。 くるり、と。 ゆったりとした動作で、振り返る。 紺色のロングヘアーを翻し、オルセアの長が向き直る。 淡い白の月明が、妖艶な美女の顔をぼんやりと照らした。 「……1つ聞かせてもらおうかしら」 すぐには仕掛けてこなかった。 それは余裕の表れか。 あの化け物バイクのないお前など、さして怖くはないということか。 「その顔の模様……そんなものが魔導師の顔に浮かぶ、なんて話は聞いたことがないわ。貴方、ただの魔導師じゃないのね」 黄金の瞳が向けられるのは、ティアナの顔に灯った光。 幻想的でありながら、しかしどこか痛ましげな。 まるで深々と刻み込まれた、無数の傷のような痕。 「ああ……これね」 右のグリップから人差し指と中指を離し、ティアナが自らの頬をなぞる。 ぼんやりと光る肌の上を、黒い手袋の指先が走った。 「確かに、あたしはただの人間じゃないわ」 事も無げな口調で言い放つ。 それぐらいなら話してやってもいいか、とでも言わんばかりに。 「人造魔導師……形こそ違えど、あんた達と似たような存在よ」 たとえそれが常軌を逸した、荒唐無稽な真実であっても。 「人為的にリンカーコアを強化改造された存在か……なるほど、確かに改造人間という点では、私達と似ていなくもないわね」 合点が言った、という風に72号が呟く。 「あたしは先の戦争で兄を喪い、自分自身も重傷を負った……下手をすれば、一生車椅子生活を送るくらいのね」 何故そんな風に語れるのかは、ティアナ自身にも分からない。 亡きティーダ・ランスターにまつわることは、無条件で最大級のトラウマであるはずだ。 普通なら敵にそのような弱みなど、進んで見せるタイプではなかったはずなのに。 「ただ、最悪リンカーコアを改造すれば……途絶えた神経接続を魔力回路で代用すれば、治癒の可能性があると言われた」 あるいは、あの夢を見たからかもしれない。 最後に残された唯一の肉親にして、最愛の兄であるティーダの死。 その瞬間を思い出させられたからこそ。 無理やりに引きずり出された嫌な記憶を、言葉にして吐き出したかったのかもしれない。 「あたしにはそれにすがるしかなかった。 たとえ違法技術に手を染める道であろうとも……たとえそれが命を削る、危険で不完全な技術であろうとも」 言うまでもなく人造魔導師技術は、非人道的と見なされ、違法と規定された技術だ。 その点でも、彼女と戦闘機人の存在は共通している。 そして長らく禁忌とされ、ろくに研究開発も進んでいない技術が、安全なものであるはずもない。 「この顔の光は、いわばその後遺症みたいなもの。魔力の流れが、肌の上からも光って見えるのよ」 オレンジ色のスカーフェイスは、己が身の黄昏を暗示するもの。 改造手術を受け入れた結果、確かに身体は動くようになった。 それまでの凡庸な自分では考えられなかった、高い魔力も手に入った。 「分からないわね。そんな身体になってまで、戦う意味があるというの?」 半ば呆れたような顔つきで、72号が問いかける。 確かに、彼女の言うとおりかもしれない。 戦闘という一点に関しては、自分はかつてよりも数段強くなっただろう。 されど、生存という観点における自分は、かつてよりも数段弱くなった。 老化を司るテロメアや、数々の内臓器官に異常を来した身体は、どこもかしこも爆弾だらけ。 常備薬を定期的に摂取しなければ、発作を抑えることもできない。 禁断の技術で塗り固められた身体は、戦う度に確実に寿命を削るだろう。 愛する者と添い遂げることすらも――恐らくは、かなわない。 「それでも……止まれないのよ」 彼女の言い分ももっともだ。 ただ長生きがしたいのならば、こんな身体になる必要などなかった。 極端な話、足が治らなかったとしても、まだ長く生きられただろう。 自分が戦えなかったとしても、ストライカーズチームには他の誰かが選ばれる。 スバルという自分を守ってくれる親友もいる。 彼女らに囲まれ守られたままの方が、今よりよほど長生きできたに違いない。 あるいは兄が今の自分を見れば、そんな身体にするために助けたんじゃない、と怒っても不思議ではないだろう。 「あたしがあたしであるために――あたし自身を取り戻すために」 嗚呼、されど。 そんな人生を続けたところで、一体どれほどの価値がある。 からからに渇ききった心も。 感情のこもらぬ厭な笑顔も。 おおよそ今のティアナ・ランスターには、気に入った要素が何一つない。 「それに、あたしなんかの復讐心とこだわりで、誰かが救われるのなら安いものよ」 もちろん、後悔はある。 不覚にもヴァイス・グランセニックに想いを寄せてしまった身としては、彼と同じ時を生きられないのは無念だと思う。 それでも、たとえ破滅の道を進むことになろうとも、自分には戦うことしかできなかった。 たとえ兄の意志に背いてでも、自らの手で勝利を掴み、前へ進む道しか選べなかった。 たとえスカリエッティ達を倒したとしても、この心が晴れる保障はない。 それでも、ただ何も為すこともできぬままに、ただだらだらと日々を過ごすよりは、よほど可能性は高いではないか。 たとえ身体が悲鳴を上げ、路傍でゴミのように死んだとしても。 きっと無気力なままに老い果てるよりは、ましな死に方であると信じているから。 「……全ての戦闘機人が必ずしも悪人じゃない、ってことくらいは分かっているわ」 別に戦闘機人を恨んでいるわけではない。 訓練校からの腐れ縁のスバルも、機人のタイプゼロ・セカンドだ。 彼女の優しさを知っている。 おっちょこちょいで能天気で、異様にわがままな変人でも、彼女は誰より人を思いやれる人間だった。 完全な人間である自分よりも、よほど人間らしい存在だった。 故に善悪の区別なく、戦闘機人を皆殺しにしようだなんて、腐った思想は持ち合わせていない。 「そして、戦闘機人だけが悪人じゃないってことも知ってる」 それに倒すべき悪は、何も戦闘機人だけではない。 彼らが支配者となる以前から、既に世界には悪意が満ちていた。 人殺しの命令に従うロボットがいる。 人を襲う化け物がいる。 人を殺し、人を悲しませる人だっている。 「なら、その全てこそがあたしの敵」 人が悪意を持ったならば人を裁こう。 化け物が悪と見なされたなら化け物を殺そう。 機人やロボットが悪に従うなら、そいつらもこの手で叩き潰そう。 「機人だろうがガジェットだろうが、ジェイル・スカリエッティだろうが―― あたしの視界に映る悪は、有象無象の例外なく、全てこの手でぶち殺してみせる」 たとえ余生と青春の全てを投げ打ってでも。 悲しみと絶望に押し潰された、今の自分を殺すために。 こんな最低な自分のような人間が、これ以上生まれないようにするために。 大嫌いな自分の殻をぶち破り、かつての自分を取り戻すために。 「……何にせよ、相容れない存在であることは確かなようね」 言いながら、チャイナ服の女が構えを取る。 ぽぅ、と。 手刀の形を作った両手に、淡い力場の光が宿った。 あれは恐らく、スバルらベルカ式魔導師のそれと同じ、身体強化のエネルギーだ。 であればこの女のISは、接近戦能力を底上げするものか。 「レフトハンド、モード2」 『Dagger Mode.』 囁く声と共に、銃身が変形。 スライドする左手のデバイスが、剣呑なる暁の光を放つ。 日輪を思わせる形状に固定化されたのは、魔力で固められた刃。 クロスミラージュ・モード2――ダガーモード。 この相手との戦いでは、接近戦は避けられまい。 「行くわよ」 右手のクロスミラージュを持ち上げる。 銃口をターゲットへと向ける。 倒すべき悪へと。 憎むべき悪へと。 この手でぶち殺すべき悪意へと。 伽藍堂の心の中、たった1つだけ残された、憎悪の感情の赴くままに。 「ッ!」 ずどん、と撃発。 かっ、と閃光。 闇夜を切り裂く光はオレンジ。 先手を取ったのは、やはりティアナのクロスミラージュ。 されど、当たらず。 先に攻撃をしたことと、先に攻撃を当てたこととはイコールではない。 濃紺の髪を暴れさせながら、その場から飛び退く72号が回避。 再びコンクリートの上に着地し、しなやかな四肢で反動を相殺。 刹那、加速。 さながら一発の弾丸のごとく。 一瞬にしてトップスピードに到達した72号が、猛烈な速度を発揮し殺到。 かの音速の具足に比べれば遅い。 それでも、バックスのティアナに比べれば遥かに速い。 「チッ……」 何度目とも知れぬ舌打ちをする。 同時に再びトリガーを引く。 2発、3発、4発目。 されど、それら全てが届かず。 じぐざぐに疾駆する標的の脇を、ただ虚しく通過していくのみ。 (直射では当たらないか) ただまっすぐ撃っているだけでは当たらない。 反応速度、動作の速さ、弾速――それら全てを総合した射撃速度が、敵に追いつけていない。 馬鹿正直に撃つだけでは、恐らく当たるのを待っているうちに死ぬ。 「シャアァァァッ!」 鋭い獣の唸りが上がった。 獰猛な野獣の爪が襲いかかった。 遂に零距離に肉迫した敵の手刀が、ティアナの心臓目掛けて突き込まれる。 反射的にダガーを向け、防御。 きん、と響く乾いた激突音。 エネルギーとエネルギーの衝突が、さながら真剣のつばぜり合いのようだ。 「さっき貴方のことを美しいと言ったけれど……あの言葉、撤回させてもらうわね」 ふっ、と。 余裕の笑みを浮かべながら、刃の先の女が囁く。 ああ、忌々しい。 まさに余裕綽々ではないか。 こちらは既に現状で、かなり本気だというのに。 これが手慰み程度の付け焼き刃と、本格的な格闘型のパワーの差か。 「貴方は――醜いッ!」 轟、と。 押し寄せたのは裂帛の気合。 爪にこもるのは渾身のパワー。 怒号と共に増幅した力が、ティアナを防御ごと吹っ飛ばす。 今度は彼女の身体が弾丸だ。 風を切り直進する少女の肢体は、あやまたず向かい側のビルに激突するだろう。 そしてその衝撃に耐えられるほど、人間の身体は頑丈ではない。 更に遠ざかるビルからは、2発目の弾丸が――72号までもが発射される。 このままでは自分の末路は、コンクリートと爪のサンドイッチだ。 「くっ……!」 ギリギリで右手の銃口を突き出す。 対岸目掛けてアンカーを発射。 命中。同時に身体を牽引。 びゅっ、と。 文字通り間一髪で掠めた刃が、オレンジの髪を僅かに散らせた。 鈍い破砕音が鳴る。 コンクリの崩壊に紛れて鳴ったガラスの音は、電光看板の砕けた音か。 たっぷり3テンポほど遅れて、ティアナもまた自分の廃ビルへと到達。 近場の看板を足場にし、粉塵立ち上る洞穴を見やる。 もうもうと立ち込める煙の中、ゆらりと立ち上がる72号。 スリットから覗く太腿に、肌に張り付く紺の髪。上目遣いの艶やかな視線。 しなやかに、そして苛烈に。 コンクリートの密林を駆け巡る暗色の影は、さながら獲物を狩る黒豹か。 肉食獣を思わせる金の瞳が、更にその印象を強固にする。 「その顔! その目元で鬱陶しく光る、砂漠のごとくひび割れた魔力回路! そして誰よりも早く、一歩一歩着実に、破滅へと向かっていく脆い身体! 醜いったらありゃしないわ!」 咆哮。更に突進。 魔性に煌く脚部でコンクリートを踏み砕き。 魔性に輝く両腕で粉塵のミストを切り裂く。 びゅうんと鳴り響くのは裂空の音か。 びりびりと振動するのは断空の波か。 アンカーを射出し、回避。 今度は瓦礫が毛髪を掠めた。 爆砕されるビルの壁。襲い掛かる衝撃と破片。粉塵が見る間に少女を飲み込む。 煽られ吹き飛ばされそうな風圧の中、壁の側面を滑るように。 斜め上の看板へと上昇し、足場を蹴って屋上へと立つ。 「それもその身体は、誰とも知らぬ他人の手によって汚されたもの! ドクターの実験材料としてすらも使えない! あっはははははははは! 本当に可哀想だこと!」 がり、がり、がり、と。 硬質を削る音が響く。 優越に満ちた狂喜の声が、破砕を伴って迫り来る。 「そんなボロボロになって足掻いたって、偉大なるドクターに勝つこともできない! 所詮美しくない貴方には、何の価値もありはしないの――存在する意味も必要もないのよッ!!」 嗚呼、可哀想に。 お前は世界に見離された。 お前の居場所も存在価値も、この世界のどこにも存在しない。 美しさを失ったお前に。 支配者にも認められないお前に。 支配者に抗い倒すこともできないお前に。 この世界で得られるものなど、何もない。 「知ったことじゃないわ」 そう言いたいのだろう、あの女は。 どうせお前はその程度。 自らに酔い、自己愛に浸り、世界に認められたと信じて疑わぬお前など。 「たとえどれだけの壁が立ちはだかろうと、あたしは絶対に足を止めない」 できないことを知らないから。 認められないことを知らないから。 諦めさせることしか知らないから――諦めることしか考えられない。 それがお前の、その狭量な価値観の限界だ。 「踏み砕いて、踏み台にして……たった1つしかないこの道を貫き通す」 自分には最初からこの道しかなかった。 たとえ道を進むことを諦めても、どこにも分岐点などありはしない。 どれだけやけくそになったとしても。 どれだけの血反吐を吐いたとしても。 本当に無駄にしかならないとしても。 自分が粉々に砕け散ったとしても、この道を進むしかなかったんだ。 どうせ他には何もできないんだから。 結果が得られなかったとしても、この過程の中で、骨を埋めるしかないじゃないか―― 「醜いアヒルの子よ……せめて美しい獣に食われて死ねェェェェェェッ!!」 ターゲットがせり上がる。 コンクリの絶壁をよじ登り、天上の大地を踏み締める。 爪を突き立て、岸壁をえぐり、山頂へ至った獣が吼える。 「なら」 しかし。 その、瞬間。 「四方から襲い来るあたしの弾丸――かわしきってみせるといいわ」 既にティアナ・ランスターは、攻撃態勢を整えていた。 その名が指し示す通り、両のクロスミラージュを十字に構え。 暗きオルセアの闇の中で、ミッドチルダ式の魔法陣を輝かせ。 その身を軸に回転する、4つの惑星のごとき誘導弾を備えて。 醜い雛鳥と呼ばれた娘は、自らの美を誇る黒豹を待ち構えていた。 「クロスファイヤァァァ――……シュウウウゥゥゥゥ―――トッ!!!」 クロスは解かれる。 両の腕が薙ぎ払われる。 それが魔弾の引き金だった。 びゅう、と大気を切り裂いて。 4つの星が彗星となり、黒天を切り裂き標的へと迫る。 1つは正面/1つは右へ/1つは左へ/1つは上へ。 弾丸は各々に拡散し、それぞれが複雑な軌跡を描き、漆黒に星座を記して殺到。 「!」 1つはかわされた。 格闘戦タイプの優れた身体能力は、難なく弾丸を回避してみせた。 ドレスの裾を翻し、金銀の財宝を魔力光に光らせ。 優雅に、かつ艶やかに舞い踊るかのごとく、ふわりとした動作でその場で跳躍。 だが。 「なっ……!?」 弾は1つではないのだ。 左脇から迫る2つ目の弾が、空中の72号へと牙を剥く。 いかに黒豹と言えど鳥ではない。 森林を自在に駆け巡る四肢があっても、空を飛ぶ翼の自由度には程遠い。 陸戦型に過ぎぬ彼女では、空中での緊急回避は行えない。 「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁーっ!」 ずどん、と鳴る着弾の音。 それを掻き消さんばかりの金切り声。 黒のバックに浮かぶのは、盛大に噴き上がる鮮血の赤。 魔力弾はあやまたず左腕に命中し、人工筋肉とフレームを貫通する。 それだけには留まらなかった。 右下から滑り込んだ3発目が、右の太腿を勢いよくぶち抜く。 上方から降下した4発目が、吸い込まれるように右腕に直撃。 さらに下方に潜った最初の1発目が、左のアキレス腱を砕く。 翼を持たぬ黒豹は、遂に自慢の四肢さえ奪われた。 空を飛べない陸生の獣は、もはや大地を歩むことすらかなわぬ、卑小な存在へと成り果てた。 「でぇぇぇぇぇいッ!」 瞬間、疾駆。 双刃を構えて駆け抜ける影。 日輪の剣を両手に携え、頬に光り輝く傷を浮かべて。 崩れかけの英雄が、人食いの魔獣目がけて飛びかかる。 だん、と馬乗りになると同時に。 ざく、と両肩にダガーを突き刺し。 びく、と獣の身体が震えた瞬間。 目標を屋上に張り付けにして、遂に闘争は幕を閉じた。 「い……いや……たす……助け、て……」 ティアナの視線の向く先では、震える命乞いの声が聞こえる。 あれほど自信に満ちていた女の美貌が、くしゃくしゃの泣き顔になって震えている。 初めて体感する死の恐怖に。 恥も外聞もなく怯えるその顔に。 「……1つだけ、あんたの言うことに同感できたわ」 ダガーモードを解除した、右手のクロスミラージュの銃口を突きつける。 「あんたのその美しくない命乞いには――何の意味も必要も見出せなかった」 ……もちろん、ティアナは色々と問題の多い子や。 いつ身体に限界が来るかも分からへんし、精神にも複雑な問題を抱えとる。 指揮官役が欲しいっちゅうんやら、最悪ヴァイス陸曹が兼任すればええ話やしな。 せやけどあの子には、他の3人の候補にはない、一本通った芯がある。 絶対に強くなってあいつらに勝ったる、っちゅう、ごっつい強い想いがある。 死ぬ気で食らいつく覚悟がなけりゃ、ストライカーになんてなれへんのや。 その点においては、他のどの子よりも、ティアナはこの計画に適正があるのかもしれへんな。 ……大丈夫。あの子はちゃんと強くなる。 もしスバル達がおっても、あの子が道を間違えそうになったら、私らが支えてあげればええんよ。 うん……何にしても、責任重大、ってことやな。 「――まぁったく、お前の判断力はまだ信じられると思ってたんだがよ……お前もお前で、相当むちゃくちゃな奴だったぜ」 これ見よがしに腕を組み、これ見よがしに眉間に皺を寄せ。 仏頂面を浮かべるヴァイスが、わざとらしく悪態をついた。 「いや、悪かったと思ってますって」 そっぽを向いた顔の横合いからは、ファントムフッターに跨るティアナの声。 もっとも、普段通りのドライな声に、一体どれほどの誠意が込められているかどうか。 激戦から一夜明けて、翌日。 結局この地の戦闘機人はあれで全部だったらしく、オルセアの街は2年ぶりに、彼らの支配から解放された。 輸送車の攻撃も何とか成功し、運ばれていた人間は今朝方全員街に帰ってきたそうだ。 これで損害はゼロ、円満解決。 しかし今回の作戦も、自分がいなかったらどうなっていたことか。 この作戦、ティアナは元々1人で決行するつもりだったそうだが、今考えてみると恐ろしい話だ。 ファントムフッターには遠隔操縦機能が搭載されており、 乗り手が跨っていなくとも、クロスミラージュを介したリモコン操作がなのだという。 だがこのシステム、やはりというか当然というか、操作にはそれなりの集中力が必要とのこと。 果たしてこれを最初の幻術と平行使用していたら、どれだけの負担になったことか。 下手をすれば途中で変装が解けて台無しになり、逆に殺されていたかもしれないのだ。 そう考えると、身震いさえも覚える。 「しかし、後始末は俺の方でやっといたけどよ……何も皆殺しにする必要まではなかったんじゃねぇのか?」 咎めるようにして目を細め、横目でティアナを見やりながらヴァイスが尋ねた。 「……手加減できるような状況じゃ、なかったので」 これは嘘だ。 確かにティアナには、スバル程のパワーはない。非殺傷設定でも一撃で敵を昏倒させる、なんてのは難しいだろう。 だが彼女は射撃型。弾頭に様々な効果を付与するのは、彼女らの専売特許のはず。 特にティアナのスタンバレットは、たとえ戦闘機人であろうとも、命中させれば3時間近くは硬直させられるはずだ。 それならわざわざ殺さずとも、その間に拘束もできただろう。 (分からねぇわけでもないが、な……) その心境は理解できる。 最愛にして唯一の肉親であった兄・ティーダの仇だ。 特定の部隊の指揮下に入っていたわけでもない、個人での行動であった以上、こうなるのも仕方がないことではあっただろう。 好き勝手にしていい状況であるのなら、憎いスカリエッティ一派を殺そうとするのはある意味自然だ。 だが彼女は、人殺しに手を染めるにはまだ若すぎる。 成長過程の子供の頃から、殺人に慣れ親しんでしまった人間に、ろくな末路を迎える奴はいない。 心はどんどん磨耗していき、人間らしさは根こそぎ削られ。 しまいには、荒みきってしまうのみ。 「……まぁ……この件は今度にでも、落ち着いて話すか」 どちらにせよ、今はまだ下手に口出しのできない問題だ。 例の兄を喪った戦闘以前を知らないヴァイスには、軽はずみに触れていい話ではない。 問題を先送りにするようで気は引けたが、まだ彼には解決に向かう資格すらないのだ。 「分かりました。では、また本部で」 にこり、と。 こちらを向いて、ティアナが笑う。 ああ――本当に厭な笑顔だ。 エンジンを噴かせ、轟音と共に遠ざかる少女を見送りながら、ヴァイスは率直な感想を浮かべた。 彼女の笑顔には感情がない。 自然に笑っているつもりでも、愛想笑いにすらも見えない。 死んだ魚のような目で、申し訳程度に笑顔を作っているだけだ。 兄と共に失われた本当の笑顔は、まだ一度も見たことがない。 この戦いの果てに、彼女は自分の笑顔を取り戻せるのだろうか。 それとも破壊と殺戮の果てに、その笑顔は永遠に閉ざされてしまうのだろうか。 「……ティーダさんよ……ホントに、これでいいのか……?」 ぽつり、と小声で呟いた。 正直な話、ティアナ・ランスターは見ていて不安だ。 見る者に希望を与えるスバルとは、ある意味対極と捉えていいだろう。 スバルとティアナ。昔からの腐れ縁であり、今でも互いに信頼しあう友人同士。 されど2人はあの戦争を機に、完全に対照的な存在になってしまった。 光と影。 正と負。 笑顔の似合うスバルと、笑顔を忘れたティアナ。 人を傷つけたがらないスバルと、人を殺してでも前に進もうとするティアナ。 望まずして天才的な力を持って生まれたスバルと、望んで天才的な力を身につけようとしたティアナ。 未来への希望を叶えるために戦うスバルと、過去の絶望を乗り越えるために戦うティアナ。 「どうするのが正解なんだろうな……」 もう何度呟いたかも分からない。 それでも、未だに答えは出ない。 「責任重大……か」 歳下の上官の言葉が、鋭く胸に突き刺さった。 傷んだ赤色のバイクを走らせながら、想いを馳せる。 一体どれほどのリスクを背負い込めば、私は強くなれるのだろう、と。 スバルのようになりたかった。 兄さんを喪う前の頃から変わらない、数少ない想いの1つだった。 もちろん、最終目標は兄さんの背中だ。彼が追い求めていた執務官の仕事に、せめて自分も就けたら、と思う。 それでも、そこに至るまでの道のりは遠い。 だからまず、分かりやすい目安として、パートナーを組むスバルと同じレベルになろうと思っていた。 もちろん凡才の私では、戦闘機人という天才には、なかなか追いつけたものではなかった。 今を省みると、どうなのだろう。 兄を喪い、兄を奪った悪を討つため――そして自分のために戦う道を選び、私は人造魔導師になった。 不完全な技術に手を染め、余命いくばくもない身体になって、私は確かに強くなった。 それでも、まだ、届かない。 あの眩しい笑顔の少女には、こうまでしても届かない。 今日この場にいたのがスバルなら、ファントムフッターなど必要としなかっただろう。 強固な守りと強力なパワーを持った彼女なら、自前のデバイスだけであの場を制圧できただかもしれない。 これだけのリスクを背負っても、まだ小細工を弄さなければかなわない。 何故、私はあの娘のようになれなかったのだろう。 何故、私はあの娘と違って、身体も心も、こんなにも弱く脆いのだろう。 何故――私では駄目だったのだろう。 「……今会ったら、スバルに軽蔑されちゃうかもしれないわね」 これも嘘だ。 あの娘は私と違って優しいから、そんなちっぽけなことで私を軽蔑したりはしない。 私を蔑む者がいるとするなら。 他ならぬ自分自身しか、いないではないか―― 彼女の名はティアナ・ランスター。 失った過去を追い求める者。 復讐の暗い炎を胸に宿し、一瞬の笑顔を取り戻すために、全てを捨てて戦う者。 To be continued... 予告 エリオ・モンディアル。 弱冠13歳にして、陸戦Aランクを取得した天才少年。 運命という名の波に翻弄された、自分の過去を持たない男。 幼き子らの笑顔を支えるその笑顔は、果たして何を求めるのか。 過去を知らぬ騎士の槍は、いかなる未来へ突き進むのか。 魔法少女リリカルなのはSpiritS 第三話 【笑顔の槍騎士】 僕の未来は、みんなの未来と共にある――それを誰にも奪わせたりはしない。戻る目次次へ