約 1,437 件
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/1173.html
ハーレム?3 6スレ目 829 眠い。ひたすらに眠い。 朝が来た事は重々分かっている。理解している。合点承知の輔している。だが、この肌 寒い中、布団という蟲惑的かつ包容力豊かな防御壁から抜け出せと言われて、至極簡単に 外へ旅立てる存在はどこのどなた様だと、小一時間程問い詰めたい。 加えて、ここは周囲より高い位置にある神社。部屋から部屋に旅する風共の冷たさは、 とにかく耐え難い。寒風摩擦なんて考えるとそれだけで吐き気がしてしまう。 自分が悪いのは分かっている。『妹紅と輝夜のインペリシャブルナイト ~特番! 正直 者の十番勝負~』二時間SPを全部聞いたら夜が明けてしまう時間になる。 わかっててもやってしまう事って誰も一つや二つはある。絶対ある。足の親指の爪を切 り取って、何故か嗅いじゃって悶絶したりとか。 ま、まずい……睡眠時間が三時間ぐらいだ。作業中に寝たら、お頭に大目玉を食う。 どうにかしてこのまま眠り続ける方法はないだろうか。 障子の開く音がする。甲斐甲斐しく自分を起こしにきてくれるその心には非常に感謝を しているが、今日ばかりは見逃して欲しい。 「あさー、朝だよー。朝ごはん食べて、お仕事だよー」 軽快な足音が近づく。寝ている俺の隣まで来て……頬をつつかれる。 「おにーちゃん、早く起きないとごはんなくなるよー」 目を開き、視界が濁る。若干波打った萃香の笑顔が全面に映し出されている。 「うぅ……ねむーぃさむーぃ合掌ひねりーぃ」 最後の一言は自分でも良く分からない。睡魔と戦っていると変なものを思いつく。 「むぅ。じゃあ、暖かくなればいいの?」 「おーぅ、なったら起きるぜぇ……」 考えも無しに言ってしまったが、結果的に暖かくなる。萃香が布団の中に入ってきてべ ったりと蛸の吸盤になってくれた。 「あははっ、おにーちゃん冷たい」 「ほぁぁぁぁ~っ、湯たんぽ萃香は極上品じゃぁ~」 このまま寝れたらどれだけ幸せか。この柔らかでいて弾みのある肌の感触。幸せ通り過 ぎて昇天まである。 「ねぇ、萃香、お兄ちゃん起こした? ……って何してんのよ!」 地を踏み荒らす振動と共に、布団が吹っ飛んだ──正直スマンカッタ。 恐る恐る見上げると、青筋立てて顔をヒクつかせている仁王立ち霊夢。 「あー、いや。これはだな。俺って抱き枕ないと安眠が得られなくて」 「言い訳はそれだけ?」 「う……ごめんなさい。すぐ起きます」 無駄に言葉を連ねれば連ねるほど墓穴。人間素直が一番だ。 萃香から離れ、部屋を出ようとする。だが、霊夢に袖を掴まれて止められた。 「まだ、怒ってる?」 「怒ってません」 口で言ってても霊夢の表情は正直だった。人を射殺す目をしている。 「まだ、朝の挨拶してないよ」 「あー……悪い。そうだな」 のっけから普段と違った起き方をしたので忘れていたが、毎日の定例がある。恥ずかし い事この上ないが、霊夢も萃香も喜んでるし俺も気にしてはいけない。 仕事場の同僚に知られたら……確殺されてしまう。 袖を掴む霊夢の腕を取って引き寄せ、できるだけ小さな力で包む。尖りきっていた顔は 瞬時に溶け、惚けた瞳を向けてくる。 「おはよう、霊夢」 「おはようございます」 背伸びをしてきた霊夢に応え、軽く唇を交わす。横文字で言うとフレンチキスだかモー ニングキスとかいう習わしなんだとか。教えてくれた寺子屋の先生はその時だけ顔を真っ 赤にして説明していた。 顔が離れ、霊夢は頬に紅を塗ってはにかんだ。 「私もおにーちゃんと挨拶ぅー」 「はいはい、おはよう。萃香」 「おはよー!」 豪快に飛び込まれて俺を軸に四回転決めた後、萃香に口を押し付けられた。音で表現す るなら『むっちゅぅぅぅ』ぐらい聞こえそう。 「萃香っ、長い! 私より三秒ぐらい長い!」 「え~、いいじゃん。おはようには変わりないよ~?」 「全っ然違うから! なんで萃香ばっかり、お兄ちゃんも何か言って!」 頼むから俺に振らないで下さい。ずるい狐と同じ顛末になりかねない。 後から聞いた話だが、二人とも俺が夜更かししていたのを知っていたらしい。それなら 注意しに部屋にきそうなものだったが、どっちが行くかで揉めてしまい結局疲れて寝てし まったとか……何をしているんだ、この子達は。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/∋゚)_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ なんとか、作業中に寝ぼける事はせずに済んだ。霊夢が淹れてくれたコーヒーがかなり 効き目あった。竹筒に入れてまで携帯した甲斐あって、色々と助かった。 今日で作業は一括りついているので、数日は部屋でだらけるか、近場の民家で畑仕事を 手伝うかぐらいだろう。 ここ数ヶ月は作業詰めだったし、せっかくだから可愛い妹達の為に時間を割くのは大い に有りじゃないかと思う。 血は繋がってないが。 「ただいまー」 縁側から入り、部屋の中へ入るが誰もいない。二人とも出かけているのか、卓袱台に料 理が置かれているわけでもなく、茶を飲んだ跡があるだけだ。 腰を落として休もうとしたが、すぐに霊夢が部屋に戻ってきた。近場の農家で貰っただ ろう野菜を抱えている。 「おかえり、霊夢」 「あ、お兄ちゃん。帰ってきてたんだ」 「たぶん、すれ違いっぽいけどな」 苦笑する俺を見て、霊夢は野菜を投げ捨てんばかりに卓袱台へ転がし、胸元に張り付い てきた。誰が見てもわかる、活きた笑顔。 「まーったく、甘えん坊だなぁ」 「いっつも萃香ばかり贔屓してるんだから、たまには独り占めしてもいいじゃない」 「贔屓しちゃいないって。まぁ、萃香の押しが強いってのはあるか?」 「じゃあ、私も押しを強くしたらいいのね?」 言うが早いか、全体重を乗せられて後ろへ倒された。尻餅をついて倒れたので頭を打つ には至らなかったが、俺を下敷きにして霊夢が覆いかぶさる形になった。 「こ、腰がっ」 「オヤジ臭い」 押し倒された挙句に酷い投げかけ。涙の一つでも流して困らせてやりたいぐらいに。 「萃香が帰ってくるまで、こうしてていい?」 「……いいよ。たーだーし、俺に甘えても金も食い物も出てこないからな」 「期待してません」 これは酷い。盥が上から落ちてきて爽快な音を共に頭を強打された気分。 ため息ひとつ、俺の胸元にある霊夢の頭を撫でる。嬉しそうな笑い声が小さく漏れる。 だが、こちらが身じろぎしようものなら、密着しているふたつの突起物と擦れ合って、脳 内革命起こしてしまうので断じて動いては…… そこで思考を止めた。そして切り替える。なんで既に感触があるのか、と。 「霊夢、お前まさかサラシしてないんじゃ──」 「してないよ」 電撃が走った。脳内が緊急事態の警鐘を鳴らしている。 霊夢は俺から少し離れて、四つん這いになると、俺の手を取って……何の躊躇もなく自 分の胸に押し当てた。 「ほら」 電撃が走った。大火災だ。 ほら、とか簡単にやってしまう霊夢に末恐ろしさを感じる反面、煮え滾る何か。 「な、なんで今日に限って……?」 できるだけ平静に。ここで何かをしてしまえば、雪崩が起きる。男の悲しい性たるや、 なんと如何わしいものか。ここを耐えずに、どう男でいられようか! 「触ってもらうと大きくなるって。サラシしてたら意味ないと思うし、前に胸が大きい方 がいいって言ってなかった?」 「あ、いや、まぁ……言ったような、そうでもないような」 思い出せない。確かに、この前の新聞で『美人死神女性特集』やってた時、小野塚って 子の胸がやたらでかいと同僚達で盛り上がっていたが……霊夢に話した覚えはない。 「でしょ? サラシの上からじゃ意味ないと思うし」 「萃香とやればいいんじゃないか」 「話しちゃったら、萃香まで大きくしようとするじゃない」 それはそうだ。いつもこの二人は妙な所で張り合ってるから、こういった考えが出てき ても納得してしまう。 なんといういじらしさ。頭に血が上りすぎて鼻から噴出しかねない。 「それにね、お兄ちゃん」 離れていた身体がまた密着し、自分と霊夢の目線が一致する。鼻の頭がくっつき、互い の息の温度が相手に伝わる。 「お兄ちゃんに……して欲しいの」 言い切って、真っ赤な顔で視線をそらした。 会心の一撃。燎原の火は世界を包み込んだ。自分の中の全てが赤い。 ──ここを耐えずに、どう男でいられようか!── 終了。 ──据え膳食わぬは男の恥── 新装開店。 「霊夢! 部屋……行こうか」 「う、うん」 言葉が急に畏まったが、俺に抱き上げられても、嫌な顔一つしていない。むしろ、これ からに対する期待の笑みがこぼれている。 雪崩が起きても構わない。理由はない。 自分が何を想像し、幻視しているのか全くわからない。霊夢を連れて部屋に戻れば後は 野となれ山となれ。向かう所は一直線。 「今夜はお楽しみでしたね……? って私に言わせたい?」 氷河期がきた。 ξ_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/∀・)_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。を萃香に地でやられて数時間後、意識が戻った。布団に寝 かされていて、一撃の重みがまだ残っているのか、全身が軋む。 霊夢に買い物を頼まれて戻ってみれば霊夢が抜け駆けしていた。俺達の一部始終を見ら れていたらしい。萃香の力なら俺や霊夢の完全監視なんて朝飯前なのだろうけど、してい なかったという事は、それだけ信頼があった証拠だ。 悪かったとは思うが、本気で殴られるとは。まだ頬が痛い。 もう深夜になる頃か。できれば、萃香に謝っておきたい。誤解も含まれるが自分が暴走 したのも原因の一つ。 とはいえ、どう説明したものか。 「はぁ……莫迦か、俺は」 「おにーちゃん。起きてる?」 「萃香?」 部屋に明かりはない。真っ暗で何も見えないが、萃香がこちらに来る音だけわかる。 何も言わず布団に潜り込み、顔の隣に萃香の顔が並んだ。うっすらとでしかわからない 状態だが、特に怒っている様子もなく、普段と変わらない笑顔だ。 朝と同じく、蛸の吸盤になる萃香。「いつものー」とねだる姿に気分が和らぎ、謝罪の 意も込めて両腕で強めに抱いてやると、素直に喜んでくれた。 「さっきはごめんね。痛かった?」 頬を撫でられ、痺れを感じる。だが、声を上げる程ではない。 「大丈夫。こっちこそゴメンな。まぁ、あれはちょっと……」 「ううん、あれは霊夢が抜け駆けしようとしただけだから。もしあの状況で霊夢の誘いを 簡単に断れたら、おにーちゃん病気だよ」 何の病気だ。 「だから、おにーちゃんは何も悪くないよ?」 「そういってくれるのはありがたいけど。ならなんで殴られたんだ?」 素朴な疑問。まぁ、一時的な感情がどうのと言われれば納得せざる終えない。ついカッ となってやった、今は反省している。みたいな心境は良くある話だ。 そういう返答なのかと萃香を見たが、表情はとてもバツが悪そうに見える。 「それは、その……私と霊夢で色々と"オハナシ"したいなぁって。おにーちゃんに聞かれ たくなかったし、ごめんね? いたいのいたいのとんでけぇ~」 頬を撫でられ、布団の中で小さくバンザイをしてみせる萃香。すごくはぐらかされた気 分だが、オハナシの内容は恐くて聞けそうに無い。少々霊夢が心配になった。 気にはなるが、二人の仲はかなり良いし朝方霊夢を見たら灰になってました、なんて展 開は絶対ないから大丈夫。喧嘩したとしても、ちょっとした弾幕ごっこだ。 「でね、でね。私もおにーちゃんにお願いしにきたの」 「胸触れとか、そーゆーのは駄目だ」 「むぅ、やっぱりだめかぁ。でもいいや」 お願いしようとしてたのか。 「他にね、お願い──うぅん、ちょっとおにーちゃんにしてほしいことがあるんだー」 「まぁ、できることならいいけどさ」 何かを一緒にしたいと言いたげな笑顔。一緒に寝るとかなら既に萃香は布団の中だし、 その程度のことなら俺に言うまでもなく勝手に実行してくる。 「で、俺は何をすれば?」 「うん。おもいっきりベェーってして。舌を、べ~って」 「は……舌? んぁ、ふぉうは?」 大きく口を開け、伸ばせるだけ舌を萃香に向けて出す。何をする気だろうか。まさか、 やっぱり霊夢との一件を怒っていて、舌を切られるとかじゃ…… 「おにーちゃん。そのまま、だからね」 「お……っ!?」 両腕を首に回されて引き寄せられた途端、突き出した舌が萃香に食いつかれた。突然の 事に引っ込めようとしたが、歯を立てられていて鈍痛が走る。一寸先で俺を睨む萃香の目 は、『そのままでいろ』と訴えかけている。 諦めて従うと、突き立てられた杭は抜かれ、唇に挟まれては撫でられる。舌は萃香が持 つ同じ肉に這い回られ、内部を駆けずり、時折耳に届く粘着質の音が腕を痙攣させる。本 来味覚を司る部品はさながら、萃香を愉しませるアイスキャンデー。このまま舐め尽くさ れて融けきってしまうのではと不安さえ混じる。 今まで生きてきた知識の中で理解も判断も不可能な、形容しきれない感覚と時間。仕舞 いに、蕎麦を啜る流音と共に、混濁した液体が全て萃香へと移動していく。 強烈な眩暈を呼び起こす"して欲しいこと"が終わったらしい。今でも意識がはっきりせ ずに映像がゆらゆらと揺れている。 「どうだった? おにーちゃん」 「う……ぇ、っは、はは……」 頭痛が酷くて、状況がよくわからない。夜なのに、何故か視界は白い。 「おにーちゃんの味がした。すっごく美味しかったよっ」 脳が金槌で殴られた。周りが白い……限りなく、白い。 萃香の口がまだ動いていたが聞き取れず。世界は真っ白になった。 自分の意識が吹き飛び、無意識の間にもう一人の自分が現れてやらかしちゃった挙句に 『責任……取ってね、おにーちゃん』と慎ましやかにお腹擦られるとか、最終奥義を突き つけられる展開を恐れたが、どうにか回避できていた。真っ白になった後、死んだように 寝ていただけらしい。 なんで萃香が、あんな超絶技術……失礼。変な事をしてきたのか。答えは意外でも予想 外でもなく、腹立たしいが納得してしまうもので、単刀直入に言えば『男に一発で首輪を 掛けて飼う方法』というとんでもない内容の教えを受けたのだ。 萃香や霊夢の知り合いに、人をからかって遊ぶのが大好きだと外見でも性格でも見て取 れる女がいて、情報源はそこ。わかってしまえば、なんと簡単な情報源だろう。 最近は友人の家に入り浸っているようで、外来式の服で着飾って彼女の流行である"最近 の若い娘は"ごっこで遊んでいるらしい。近々友人の家に行って、変な入れ知恵をしないで くれと伝えておこう。声を大にして伝えておこう。あの二人については勝手に大人の階段 のーぼるーしてて下さいと放置するが、こちらはそうもいかない、絶対にだ。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/。(・)|/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「──さて」 本日すべき作業が終了し、片付けに入る。同僚達から居酒屋に女手品師が来るとかで見 に行かないかと誘いがあったが、丁重に断った。興味はあったが、俺には余所見をしてい る余裕はあまり無い。 同僚達も結局『妹さん達の面倒を見るのも大変だなー』と苦笑交じりに理解してくれて はいるが……面倒の一括りで終わる話じゃないと内心突っ込みたい気分で一杯だ。 人里から離れ、神社へ続く道を歩く。人の手が施されていないので、普遍的な道とは呼 べないが。 「お兄ちゃーん!!」 お迎えが来たようで、遠く先で霊夢が大きく手を振っている。萃香も一緒だ。二人のも とへ到着し、間に挟まれ一列に並び、歩幅をそろえる。 「昼間でお仕事終了なんて、みんなのんびりだねー」 軽快に笑う萃香に「そんなもんだよ、俺の仕事場は」と相槌を打つ。俺が神社にいない 間の行動は萃香が見ているので、帰り時や職場の話なんかはほぼ全て筒抜けている。安易 に霊夢に担ぐような言葉を口にしようなら、帰った途端に那由多の星になる。 「居酒屋に来る手品師が見たくて、同僚もお頭も鼻息荒くして行っちまったよ」 「それって咲夜のことでしょ? 新しい金稼ぎでもしてるのかな」 霊夢が顎に指を添えて考えに耽る。あの館を見る限り、住人達はさぞ裕福に暮らしてる のだろうと思っているが、中身は案外質素だったりするのかもしれない。 「まぁ、金はともかく。ほら、咲夜さんて若くて綺麗だしさ。お頭もいい年して鼻の下伸 ばしてるからなぁ~。手品見たいってよりは、下心の集合体じゃないか?」 笑い飛ばして──困惑した。霊夢の足が止まり、こちらを睨んでいる。なんでそんなに 怖い顔をしているのか、俺は萃香と顔を見合わせたが、二人揃って首をかしげた。同僚や お頭を笑ったらいけません、みたいな老人じみた説教だろうか。 「お兄ちゃんて、咲夜みたいな女の人が好きなわけ?」 「は……? 綺麗だとは思うけど。だからって好きとは言ってない」 確かに綺麗だし、性格もよさそうだし、しっかりした人に見える。が、好意については 全くの別物。 霊夢と萃香の二人は、自分にとって特別だからな。 「ほんとう、に?」 まだ疑われているらしい。 「本当だって」 真実を口にしたが、まだしかめっ面だ。 「うわぁー、霊夢妬いてるんだー」 萃香に図星を突かれたようで、肩を震わせながら「違う! 妬いてなんかない!」と怒 鳴って俺達を通り越して先を歩き出した。 どうしたものか、と肩を竦めると萃香がケラケラと笑う。 「複雑なお年頃ってやつか?」 「おにーちゃんて甲斐性なしだもん」 冗談ぽく言われたが、非常に痛いお言葉。冗談じゃないなら立ち直れない。 「俺ってそんな風に見られてたのか……ぁー、涙が出てきそう」 目から滝が流せるなら、今まさに流したい。しかし、このまま干渉に浸って霊夢を放置 するのも問題だ。頑固な娘だから、時間が経つと状況が悪化しかねない。 「行ってあげれば? おにーちゃん」 「そうだな。仕方ないなぁ、まったく」 早足で追いかけ、霊夢に追いつく。振り向かず、膨れっ面のままだ。「待てって」と呼 びかけても反応のはの字も返ってこない、これは重症だ。 こうなれば強引だが…… 「霊夢!」 大声と、霊夢の身体を抱え上げる行動を瞬時にやってのける。お姫様なんちゃらって形 に収まった霊夢が呆然と俺を見つめている。 「変な話して悪かった」 それが引き金になったのか、また視線が鋭くなり「降ろしてよ」と声色低く、投げやり に言ってそっぽを向かれた。 「断る」 こちらも投げやりに返し、神社に足を進める。その後何度か「降ろせ」と「断る」のい たちごっこが続き、駄々をこねる子供のように胸元やら肩やら頭を乱打された。どれ痒い 程度で、やがて疲れたのか大人しくなった。 やれやれ。と軽く嘆息し、霊夢を見る。敵意ある様子は崩れ去り、後悔とも困惑とも取 れる塞ぎ込んだ顔。 「なによ、お兄ちゃんの莫迦」 「己の信じる先を行く一本気莫迦ではあるな。あーあ、嫌われてしまったかね、俺」 わざとらしく苦笑してみせると、霊夢は頭を大きく横に振った。 霊夢と萃香の為なら、莫迦にもなれる。男ならそういう道を選んでもいいはずだ。自負 であって、それが正論かと問われれば否定するけど。 「……ごめんなさい。ちょっと──ほんとにほんのちょっぴり、綺麗って聞いて悔しかっ たかな」 ほんのちょっとじゃないだろと言おうとして、薮蛇なので言葉を引き戻す。また怒らせ て陰陽玉で殴られたのでは洒落にならない。 霊夢は口を尖らせて、俺の胸板でのの字を書いている。なんとなく、自分のやってしま った失敗を理解するが、くすぐったくて思考がブレる。 「三年……いや、二年か?」 「にねん?」 意図の掴めない俺の一言にきょとんとする霊夢。 「今だって霊夢は十二分に可愛くて綺麗だ。二年経ってみろ、咲夜さんなんて眼中になく なるほどすっげぇ女になる! 俺が保証してやる」 咲夜さん以上になるかはこの際誇大発言だが、綺麗になるのは間違いない。こういう時 は大げさに言ってみるのも一興だろう。 「……じゃあ、お兄ちゃんは二年後の私に大好きって言われたら、どうする?」 「そりゃーもう、即刻連れ去って悪い蟲がつく前に結納済ませちま……ぁ?」 大げさに言ってみるのも一興。ただ、勢い余って脱線した気がする。しかし、時既に遅 し、霊夢の紅潮しながらも輝く瞳に気圧される。 「お兄ちゃん、男だから二言はないよね? 確約だからね?」 「え、ちょっ」 反論は許されない。途中で霊夢の唇に塞がれた。あまりにも積極的な姿に自失しかねた が、背後からくる尋常ではない凍える風が全身を強張らせた。 脊髄反射で首が勝手に動き、霊夢の唇を剥がすが「ダメ、もっとするの」と官能的な色 を出されて拒否する力が奪い取られ、延長戦。 唇から来る霊夢の暖かさと背中を冷やす無言の萃香に板ばさみにされ、死活問題だと血 が騒いでは混乱する。最凶の甲斐性無しと自負できそう。 「れ~い~む~? 今日という今日は、しっかり"オハナシ"しないとだねぇ?」 耳に入らず脳に伝わる轟音が萃香を包んでいる。霊夢が未だに離れてくれないので表情 は伺えないが、きっと目がイってる。絶対、琴線に触れてる。 名残惜しさもひとしおに俺との延長戦を終え、存分に堪能したと舌なめずり。 「えぇ、そうね。私もちょうど萃香と"オハナシ"したかったのよ」 ゆっくりと俺から降り、大きく胸を張って萃香を見下す霊夢。 なんという挑発的な目だろう。従属属性持ちがこれに射抜かれたら瞬殺される。 冷静に状況を判断しているように見える俺でさえも、殺気に全面包囲されて今にも発狂 しそうな程、手足が冷たい。血の気がみるみる引いていくのを実感している。 どうするの? どうすればいいの!? どうするのよ俺!! 『霊夢と萃香次第』 こんだけしかねーのかよ!! 「おにーちゃんを誑かして、そんな確約だなんて通じると思ってるのかなぁ?」 「当たり前じゃない。私なら二年後と言わず、今でもね。ねー、お兄ちゃん」 俺に振らないで下さい。 ──その後、数日間による修羅場、弾幕戦、よくわからない対決が続いたが……まぁ、 これは別の話だ。聞くも血の涙、語るも血の涙。察してくれ。 現状? 三人一緒の布団で寝れる仲だぜ。言ったろ? 俺は一本気の莫迦なんだ── 終? うpろだ292 幻想郷に来て俺は今まで様々な命の危機に出くわしている 妖怪に食われそうになったり、酒を大量に飲まされて急性アルコール中毒になりかけたりその他色々と ……よく生きてたな俺 まあ今では紅魔館で執事として働いている 毎日大変ではあるが充実してて楽しい……はずだったんだよな ドゴーーーン!!! 「○○!なにをぼうっとしてるの!?死ぬわよ!」 「目の前の惨劇に少々現実逃避を」 チュドーン!! 「お姉さまの馬鹿ー!!」 「な!?馬鹿って言った方が馬鹿よ!!」 「バーカ、バーカ!お姉さまのバーカ!」 「また言ったわね!しかも三回も!」 俺の眼の前の惨劇を引き起こしてるのはこの館の主レミリア=スカーレット(通称お嬢様)と その妹であるフランドール=スカーレット(通称妹様)が戦っているからである 「元を正せば貴方が原因よ何とかしなさい!」 「そりゃ俺に死ねってことですか?咲夜さん!?」 「原因が亡くなれば止めるかもしれないじゃない」 「字が!字が違う!ある意味では合ってるけど」 そもそもこの惨劇が起こったのは今日の茶会で珍しく妹様が出席し、姉妹同士の他愛無い話が原因だった ―回想開始― 「ねえねえお姉さま、お願いがあるんだけどいい?」 「お願い?いいけど外に出るのは駄目よ」 「外には出たいけどそれとは違うの そのお願い聞いてくれたらずっと館の中で暮らすよ」 「へぇ……どんな願いか言って見なさい」 「○○がほs「却下ーーー!!」なんでー?」 「○○はここ紅魔館の執事よ、つまり紅魔館の主である私のものだからよ」 「ぶー、お姉さまの横暴ー!」 「横暴だろうと何だろうと○○は私のものよ!」 「いいもん私の眷属にするから、そしたら私のものになるもん」 「私がさせると思う?」 「邪魔するならお姉さまでも殺すよ」 「はっフランが、私を?面白い、やれるものならやってみなさい」 「言われないでも!!」 ドゴーーン!! ―回想終了― ……やっぱ俺が元凶か? この状況を何とかできるパチュリー様は二人の戦いが始まるやいなや 図書館に引っ込んでご丁寧に入って来れないように結界まで貼っている 畜生、覚えてろ紫もやし、ことが終わった後煮立ったお湯に入れた後塩コショウふって炒めてやる それまで俺が生きていればの話だけど 「で、どうする気?あのままじゃ本当にどっちかが死んでしまうかもしれないわよ」 「それは……勘弁願いたいですね」 「そう思うなら何とかして止めなさい、この場を止められるのは私でもパチュリーさまでも白黒でも紅白でもない 貴方だけなのよ」 「分かりました、死ぬ気で止めてきます」 「死んだらお嬢様たちが悲しむから死ぬのはやめときなさい」 「了解!!お嬢様!!妹様!やめてください!!」 そういうと俺は今尚続いている姉妹喧嘩に突っ込んでいった 「禁忌『レーヴァテイン』!!」 「神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」 カッ!! 「「「あ」」」 ピチューン!! 「……いったたたたた」 「○○おきたの!?!よかったわ、何があったか覚えてる?」 「確か俺はレーヴァテインとグングニルに挟まれて……」 そうだ、俺は確かにレーヴァテインとグングニルが当たったはずだ 単純な破壊力なら幻想郷屈指のスペルを二つ同時に 「何で生きてるんですか?俺 痛みはありますけど五体は無事ですし、傷跡もないですよ」 「それに関してはその……」 咲夜さんにしては妙に歯切れが悪い、いったいなにをしたんだ俺の体に 「それについては私から説明するわ」 「あ、真っ先に逃げて引きこもったパチュリー様(紫もやし)じゃないですか」 「……なにか言葉に棘があるわね」 「気にしないで下さい、ささ、続きを」 「なにか釈然としないわね、まあいいわ、二人のスペルで貴方の体は右半身と下半身は吹っ飛んだの」 ……よく生きてたな俺、すごいね人体って 「まあそれでもかろうじて息が合ったみたいだからレミィと妹様の血で貴方を吸血鬼にしたのよ」 「はあ……吸血鬼にしたのはまあ納得いきますけどなんでお嬢様と妹様の血の両方を入れたんですか?」 「どっちが貴方を自分の眷族にするかで揉めてね、このまま放っておくと死にそうだったから 妥協案として二人の血を混ぜて貴方に飲ませたの」 「飲ませたってどうやって」 パチュリー様の話が本当なら俺は血を飲む力もなかったはずだ 「ああ、それは咲夜が口移しで飲ませたのよ」 「パ、パパパパパチュリー様!?」 真っ赤になりながらどもる咲夜さん、マジ可愛い 「え、まじっすか?」 「まじよ、これもまた二人が揉めてね、埒が明かないから三番目の選択肢として咲夜に頼んだの」 「はぁ……スイマセンね咲夜さん、乙女のキスを俺なんかに」 「べ、別に構わないわよ、気にしないでむしろ……ウレシカッタカラ////」 「後半あまり聞こえなかったんですけど何か言いました?」 「べ、別に何も言ってないわよ」 「そうですか、そういえばお嬢様に妹様は?」 そういえば先ほどから二人の姿が見えない 俺が目覚めたのならすぐにでも飛んできそうだけど……自意識過剰かな? 「ああそのことなら咲夜が貴方にキスすることになってうるさかったからロイヤルフレアで黙らせた後 地下の妹様の部屋に放りこんだわ」 ひでぇ、仮にも親友とその妹にする仕打ちじゃねーぞ 咲夜さんもその時のことを思い出して苦笑いになってるし 「まあそんなわけだから早いとこ二人の所に行きなさい 二人が目を覚まして側に貴方がいないといろいろとうるさいことになりそうだし」 「そうですね、それじゃ行って来ます」 そう言い俺は地下の部屋に歩いていった これから大変なことが起こるだろう けどきっと大丈夫だ頼りになる人がここにはたくさんいる 一人では駄目でも皆ならきっと何とかなる それに……俺は吸血鬼になったんだそうそう死ぬことはないだろう 後日あのまま死んでた方がよかった目に合ったがそれはまた別の話である
https://w.atwiki.jp/hyourirowa/pages/171.html
狂信者としての運命しかないならば。 狂信者として重ねた罪を背負ってでも、重ねてでも、己が意志で生き続けよう。 どんな者にも、歩くのを止めなければ、新世界は平等に見えるのだから。 ☆ 倒れたと思ったクッパは、むくりと起き上がった。 「これでもまだ倒せぬか……」 メルビンは再び、グランドクロスを撃とうとする。 「おもいだした……思い出したぞ……ワガハイは……。」 気づいていた。 メルビンだけではない。リンクも、ルビカンテも、キョウヤも、ローザも。 この場にいた者全員が気付いていた。 彼の瞳から、淀みが消えていたことを。 「クッパ大魔王だー―――――――――――――――――っ!!!!!!!」 その迫力に、誰もが気圧される。 見た目は全く変わっていない。 だが、先程までの生ける屍のような有様から、別人のような変貌ぶりだった。 目覚めると早速、クッパはチェーンハンマーを捨てる。 こんな重たくて仕方がないものは不要だ。 敵が武器を失ったはずなのに、全く有利になったようには思えない。 むしろクッパという罪人の、鎖を外れたように見えた。 「速い!!」 重たい鉄球を捨てたことで、突進の速さが先程までとは別人のようだった。 「リンク殿!!」 咄嗟にメルビンが、リンクを守る。 彼は無事だった。だが、老兵は空中を吹き飛んで行く。 「おい、大丈夫か?」 キョウヤとローザが、メルビンを受け止める。 彼は致命傷を負っていない。だが、今までの中で一番の強敵だと分かった。 「ウヌ……ギリギリ避けたか……だが、この勝負、ワガハイが勝つぞ!!」 今のクッパがやることはただ一つ。 この場にいる者たち全員に勝利し、主催者の下へ行き、その力を奪う。 そして、ピーチを生き返らせる。 はっきり言って、難易度は途方もなく高いはずだ。 「正気に戻ったのか…?なら、もう戦わなくても良いはずだ。」 「戦わなくていい?オマエたちを倒し、この殺し合いを開いた奴等を倒し、ピーチを生き返らせる。間違った方法では無かろう?」 そんなことは、クッパが一番わかっている。 だが、彼のライバルであるマリオはそんな難関を何度も潜り抜けて来たのだ。 それに、スクィーラに操られたからと言って、襲った者達の仲間に入れてもらう図々しさなど、彼は持ち合わせていない。 「そうか、ならば斬るしかないな。」 「ガハハ。そうでなければ張り合いが無い。」 その瞬間、一筋の閃光が走った。 「はああああああああああ!!!!!」 「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」 リンクの雄たけびと、クッパの慟哭がぶつかり合う。 激突するのはボイスだけではない。リンクのマスターソードと、スクィーラがクッパに渡した入れた炎の爪のパーカッションも混ざる。 リンクが右へ、左へと剣を振るう。 それをクッパが、対応する手で打ち払う。 「教えてくれないか?オマエもこの世界で失った者がいたはずだ。なぜ壊れなかった?」 勝利する前に、クッパには聞いておきたかったことがあった。 なぜお前は違うんだと駄々をこねる訳ではない。 絶対に負けない強さではなく、失っても、敗れても、決して折れない強さ。 それこそが、自分がマリオに何度も敗れた原因だと、今になって分かったからだ。 「分からない。けれどそれは俺に力があった訳じゃ無く、きっと何かの偶然でしか無かったのは確かだ。」 なぜクッパがこの殺し合いの中で壊れ、リンクがそうならなかったのか。 それは誰にも分かりはしない。 分かるのは、リンクが善行を積んだから、彼が闇を寄せ付けぬほど努力をし続けた、そんな簡単な理由ではないことだ。 「そうか。」 リンクの返答に、短い言葉で納得した。 彼らの戦いに、それ以上の言葉はいらない。 新世界を見るために必要な目と、そこへ進むための足。そして邪魔者を退かす両腕だけだ。 「待て。」 ルビカンテが制止をする。 「回復してやろう。」 クッパの瞳を見ただけで、彼は分かった。 目の前にいる男こそ、ルビカンテが求めていた戦うべき相手なのだと。 かつて戦った、エブラーナのエッジと同じ、自分の炎より燃える闘志を感じる。 そんな相手には、彼は必ず万全の状態で戦えるよう、回復魔法を唱える。 さすがに回復魔法が制限されている中、ここまで負った傷全てを回復させることは叶わなかった。 それでも風前の灯火だった命の火に、油を注ぎ込んだ。 「感謝はせんぞ。オマエがしたことだからな。」 そんなルビカンテを、咎める者は誰もいない。 この場にいるのは、ただ己を貫き通そうとする者のみ。 ルビカンテがしたこともまた、その一環でしかない。 「行くぞ!!」 クッパに包まれた光が消えるとすぐに、リンクは斬りかかる。 メルビンが気絶し、キョウヤは直接の戦闘には参加出来ず、ローザは魔力が切れている。 よって今正面から戦えるのは、リンクとルビカンテしかいない。 高く跳躍し、唐竹の一撃をクッパの額に見舞おうとする。 だが、それをクッパの爪が止める。 そしてがら空きになったリンクの腹を、もう片方の手で引き裂こうとする。 「ファイガ!!」 「流石は赤色といった所か。 だが、リンクに生まれた隙をカバーするのが、ルビカンテの役目だ。 彼が放った火球が、迫り来るクッパを押し返す。 クッパの爪がリンクに入る距離から遠ざかった。 「ウガーーーーーーーッ!!」 だが、それでも油断は出来ない。 近付けば爪と噛みつき。そして遠ざかれば、ファイヤーブレスが襲い来る。 「てえやああああああ!!!!」 当たれば、リンクもルビカンテもただでは済まない。 リンクはぐるりと体を回転させ、白銀の円を象った斬撃を繰り出す。 アイスナグーリの力も相まって、氷の竜巻のように見えた。 氷の加護を受けた聖剣の力により、炎は瞬く間に水蒸気へと帰す。 それはただの氷に非ず。炎にも溶けず、炎をも打ち払う魔法の氷だ。 「ミドリのくせにやるではないか。」 目の前にいた二人を、かつて自分に何度も煮え湯を飲ませた赤と緑の兄弟に重ねる。 そして、クッパは再び突進してくる。 「火焔流!!」 炎の竜巻が、クッパを襲う。 だが、両手に付けた炎の爪が、炎の竜巻を切り裂いた。 「なんと!!私の炎を破るとは……」 今のクッパを縛る枷は無い。ただ悪の大王の矜持を貫き通すために、直進あるのみだ。 それをたかが竜巻ごときで止められるわけがない。 手始めに狙うのは、最前線に立っていたリンクだ。 だが、それこそがリンクの待っていた瞬間。 クッパの斬撃が彼を切り裂く瞬間、トルナードの盾を構える。 ――弐の奥義 盾アタック 風の精霊の力を込めた盾を押し出し、クッパのバランスを崩す。 守りに身を固めていない相手でも、盾アタックは敵の拳をタイミングよく受け流せば、バランスを崩せる。 ――肆の奥義、兜割り 続けざまに、高く跳躍してのジャンプ斬り。 だが、クッパは頭を傾け、その斬撃を角で弾き返す。 その合間を縫って、ルビカンテが火球を打ち込もうと、ローザが矢で射ろうとする。 だが、どちらもクッパの火球で吹き飛ばされてしまう。 「ならば……」 クッパが爪で攻撃してきた瞬間、リンクは身を低くする。 そのまま敵の懐に潜り込み、ゴロンと身を翻し、そして背後へと回り込む。 ー-参の奥義 背面斬り 狙いは敵の甲羅が守り切れぬ場所。すなわち尻尾とコウラの間。 先の戦いで、一度成功させた攻撃だ。 勿論その技だけで倒せるとは思わないが、とにかく一発技を入れ、それを反撃の糸口にしていくつもりだ。 「甘い!!所詮ミドリはミドリよ!!」 しかし、一度聞いた技がもう一度通用するほど、クッパは甘い相手ではない。 身をよじり、その反動で大きく振られたトゲトゲの尻尾が、リンクを弾き飛ばす。 「リンク!!」 ローザが彼のことを心配する。 今こそがチャンスだと、キョウヤがバズーカの照準を合わせて発砲する。 だが、クッパは咄嗟に殻に籠り、攻撃をシャットアウト。 一人で戦い抜くと決めたからには、時として防御をする判断力も供えている。 だが、すぐに戦線復帰したリンクが、クッパへと突きを見舞う。 心臓を貫かれれば流石に分が悪いと感じたクッパは、甲羅から出て、炎の爪で斬撃を止める。 そしてもう片方の手で、ルビカンテを殴り飛ばす。 炎の力を込めた爪と、氷の力を込めた剣がぶつかり合い、ドライアイスのような煙が火花と共に散る。 爪は人間の世界でも売られているありふれた武器なのに対し、剣は伝説の名を冠する逸品だ。 だが、クッパが持つ力は、その差を補って余りある。 「なんて力だ……!」 ガノンドロフ以上の力をその腕に感じる。 つばぜり合いの最中に、クッパの手にも氷が纏わりつくが、炎の爪の影響か、すぐに融解してしまう。 さらに、リンク達目掛けて炎が吐き散らされる。 つばぜり合いをキャンセルし、姿勢を低くして辛くも躱した。 今のクッパは、まさに大王の名を冠するにふさわしい存在だ。 生半可な攻撃では、どんな偶然が起ころうと倒せる相手ではない。 それが分かったリンクは、すぐさまアイスナグーリを捨てた。 確かに氷の力を付与するバッジがあれば、敵の炎攻撃からその身を守ることが出来る。 だが、リンクはそのバッジの欠点に気付いていた。 氷を込めた斬撃は、明らかに体力を消費することに。 魔力の限界などあってないようなものだったガノンドロフと異なり、リンクの体力は人間の域を出ない。 従って、このバッジは敵との戦いを有利に進められても、勝利に貢献することは無いと考えた。 そして、クッパを倒せるとしたらあの技しかないと。 ガノンドロフを結界ごと破り、その心の臓を鎧ごと斬り裂いたあの技だ。 この場に、あの時の戦友はいない。 だが、そんなことで尻込みするわけにはいかない。 目の前の敵は、覚悟を決めているということが言葉ではなく、心で分かる。 戦う前から失敗を恐れていては、勝ち負け以前に、目の前の敵に対し礼を欠く行為であろう。 「ルビカンテ。」 「あの技を使うつもりか。良いだろう。」 リンクは技を手の力を抜き、ゆっくりと肺に空気をため込んでいく。 最初は両脚の力を徐々に入れていき、一気に地面を蹴りだす。 防御を捨てて、攻撃のみに力を注ぐ捨て身の一撃。 おおよそ安全とは思えないやり方だが、クッパを倒せるとしたらこの技しかない。 リンクが走り出した瞬間、ルビカンテが魔法で、マスターソードに炎を纏わせようとする。 だが、その瞬間だった。 クッパが吐いた火球が、ルビカンテのファイガを弾き飛ばしたのだ。 「その技は使わせん!!」 「!?」 かつて似たような技を、リンクに似た服装の少年から受けたことがある。 剣に炎を纏わせ、自分を斬りつけようとすると踏んだクッパは、先にその出所を撃ち飛ばした。 連携を崩すと、すぐにクッパはリンク目掛けて突進する。 今度は彼を守る老兵は気絶している。トルナードの盾でのガードも、間に合わない。 「ぬうううううううう!!!」 しかし、前線に出たルビカンテが、クッパの突進を止めた。 2つの炎の爪がぶつかり合う。 だが、炎の術を中心とするルビカンテでは、腕力の差は歴戦。 すぐに守りは崩されそうになる。 「退けええええええ!!!!」 「そうはさせぬぞ。その緑帽子を倒すのは私の役目だ。それとも先に倒されるのはお前か?」 「温いわ!!」 鋭い爪が、ルビカンテの胸をマントごと切り裂く。 「ルビカンテ!!」 出血量から、深刻なダメージだとはリンクにも分かった。 そして、肉弾戦を止められても、クッパには炎がある。 口を大きく開け、ルビカンテとリンクを丸ごと焼こうとした。その瞬間、ルビカンテの身体が、真っ白な光に包まれた。 (これは……まさか?) 奇跡が起こったのは、クッパだけではない。 この場で現実に膝を屈し、思考も誇りも捨て、悪の傀儡になった苦い思い出があるのも、クッパだけではない。 試練の山でのパラディンになる試練は失敗に終わったが、初めて仲間を守ったことで、闇に墜ちた自身に打ち勝ったことで。 かつて黒魔導士だった彼は覚醒したのだ。 ――そのまさかだよ。きみも自分に勝ったようだね。 自分と戦ったパラディンの声が聞こえる。 彼の意志は、たとえ死しても消えることは無かった。 「うおおおおおおおおおおおおお!!!」 「何いいいいいいいいい!?」 急に増した敵の力に、クッパは押し返される。 肉弾戦のみでは勝てぬと判断したクッパは、激しく燃え盛る炎をルビカンテに吐きかける。 「吹雪よ来るがよい、ブリザガ!!」 激しい氷の嵐が、クッパの炎を消し飛ばす。 自分が壊れる原因になった、父親が得意としていた魔法だ。 だが、過去を乗り切った彼は、そんなしがらみなどで止められない。 その力は、かつて彼が憎んでいた氷使いの父親をも超えていた。 「雷鳴よ轟け響け、サンダガ!!」 「ガアアアアアアアアアア!!!」 続けざまに、激しい雷鳴がクッパを焼く。ルビカンテは出来なかったはずの技だ。 光がクッパを焼いた後、間の抜けたかのようなタイミングで、ゼウスのドラムが辺りに響いた。 ルビカンテは神など信じない。 信じるものは己より強き者だけだ。 けれどそれはまさに天恵。そしてクッパに下るは天罰の雷。 試練に打ち勝った彼は、新たな世界へと足を踏み入れることに成功した。 その名も聖魔導士(ホーリーメイジ)。 マントは赤いものから、白銀のものに。 今までの赤覆面が消え、精悍な顔付きを辺りに見せた。 彼のことを元の世界にいた時から知っていたローザは勿論のこと、他の仲間も驚きを隠せなかった。 「助かったよ。しかし、その姿は?何が起こったんだ?」 リンクは戦友の咄嗟の変貌に、少し慌てている様子だった。 朗報か悲報かと言われれば、間違いなく前者の方だが、試練の山のことなど知らぬ彼には、さっぱり分からぬ状況だった。 「おまえには知らなくても良い事だ。それよりもう一度、先の技を使うぞ。」 「姿が変わっても素直じゃないのは変わらないか…。」 まずはリンクが、クッパ目掛けて爆弾を投げる。 そんな物では到底相手を倒すのには至らない。 だが、ルビカンテが剣に炎を纏わせる時間を、確かに稼いだ。 「今のはさすがに驚いたぞ。だが、ワガハイの勝ちは変わらん!!」 それを迎え討とうとするクッパ。 最早遠い昔、リンクに似たような帽子の少年から受けた斬撃を思い出す。 だがあの時とは違い、彼の心に恐れはない。 逃げも隠れもせず、むしろ逃げ場を自分から捨てるかのように、どっしりと踏み込んだ。 「ヘイスト!!」 ルビカンテの魔法が、リンクを加速させる。 元々彼は白魔法にも長けていたが、聖魔導士になったことで、魔法の範囲がさらに増えた。 「受け取れ!!ファイガ!!」 炎を帯び、ルビーのごとき紅蓮の光を放つ剣が、クッパに迫る。 両手をクロスし、その剣が身に届く前に、敵を切り裂こうとするクッパ。 「ヌ!?」 だがその瞬間、キョウヤが発砲したバズーカが、クッパの隙を作った。 直撃はしなかったが、爆発が敵を怯ませる。 「行くぞ!!」 満を持して、リンクの魔法剣が目の前の壁を切り裂こうとする。 だが、クッパは彼の技の元になったギガスラッシュでさえ、耐え抜いたほどだ。 聖なる雷を受けているわけでもなく、その真似でしかない一撃では、クッパを倒すのは難しい。 だが、その壁を乗り越えるのが仲間の力だ。 ――大丈夫だよ。リンク。そのまま行って! (そうか、アンタもいるんだな。) 共に力の魔王を倒した時の戦友の声が、聞こえたような気がした。 アルスとセシル。 この殺し合いで命を失ったはずの2つの英雄の命が、今生きている者達の未来を拓く。 なぜ今友の声が聞こえたのかは分からない。それでも、足をさらに早め、腕の力をさらに入れる。 一人じゃないということはこんなにも安心出来る事なんだと、今さらながら実感できる。 リンクは敵目掛けて疾走。最低限の動きで、炎の爪の斬撃を躱す。 「てえやあああああああああああ!!!!」 満を持して、袈裟懸けの一撃を敵に見舞う。 炎を纏ったマスターソードが、クッパを斬りつけた瞬間。 その斬撃と対になっていたかのような、彼の古傷が光り出した。 忘れるなかれ。それはかつてクッパがアルスからもらい受けた、聖なる光の一撃の痕。 黄昏の勇者の一撃により、そのダメージが共鳴したのだ。 魔王を滅した奥義、ギガ・クロススラッシュが、今ここに再誕する。 影に覆われた世界を、勇者の光が照らす。 その十字の光は、先程メルビンが撃ったグランドクロス以上に、カゲの世界に美しく映えた。 「グアアアアアアアアアアアアア!!!」 全員の鼓膜をつんざくような悲鳴を上げ、クッパが吹っ飛んだ。 ドスンと、受け身も取らずに地面に墜ちる。 「やったか!?」 遠くからであったが、それでも聞こえるほどの強い光。凄まじい衝撃と、それよりも大きい慟哭。 小野寺キョウヤは、確かに勝利を確信した。 勝利を確信しても悪くは無い。 「ガハハハハハハ……今のは死ぬかと思ったぞ……。」 どくどくどくとその腹から大量の血が流れている。 背中の甲羅のトゲや牙は折れ、一歩進むごとに鱗の一部が剥がれ落ちる。 全身が炎に包まれ、おおよそ生きることを許されているようには思えなかった。 だというのに、この場でその様子を哀れと思うものは誰もいなかった。 なぜなら、鋭い瞳はリンク達を見据えていた。血で汚れている中でも、その瞳はギラギラと輝き続けていた。 「あのネズ公に感謝せねばな……操り人形にされた痛みが無ければ、今の一撃でワガハイは負けていたはずだ。」 さらに力を増したクッパが、突進してくる。 「ブリザ……。」 「遅いわ!!」 クッパの蹴りが、ルビカンテの腹に入る。 その一撃が、一分一秒が勝敗を分けるこの死闘で、確かに功を奏した。 「ヘイスト……くそ、魔法が出ん!!」 クッパのボディーアタックは、『コマンド封じ』の追加効果を持つ。 直撃してしまえば、特技か殴打か、はたまた呪文か道具か。何かが使えなくなるのだ。 今度はリンクが聖剣でクッパに斬りかかる。 しかし、クッパも負けじと拳で応戦。 彼の強肩から放たれるのは、シンプルな右ストレート。 だが、それを剛力の修羅が行うことで、破壊の一撃を生む。 慌ててリンクは身を護るも、盾を握る右手に鈍痛が走る。 今のクッパは、修羅を通り越して戦神。 戦いにおいて、あらゆる勇者や戦士を前に、戦い抜ける力を身に着けた。 リンクにも分かっていた。 先の一撃は、この怪物にはもう通用しない。 先程のギガ・クロススラッシュと同じくらいの技か、はたまたそれ以上の技でなければ、間違いなく倒せない。 手はある。 古の勇者から教わった、終の奥義、大回転斬り。 タートナックの強靭な鎧さえ破壊し、リザルナーグの鱗を粉砕する最強にして最後の一撃だ。 クッパでさえも当たれば倒すことが出来るはずだろう。 (けれど……使えない……!!使えるだけの体力がもう無い……!!) 大回転斬りは、体力・気力共に万全な状態でなければ撃てない技だ。 既に幽体だった古の勇者が使えなかったのも、それが原因である。 リンクの身体は、ユウカとの連戦で、既に悲鳴を上げていた。 戦えない訳ではないにしても、万全というには程遠い。 勝つ手段を失った。絶望と共にリンクは、一瞬思考停止に陥った。 その瞬間は、確かにクッパにとって板金にも勝る一瞬だった。 彼の鋭い爪が、リンクを貫こうとする瞬間。 ルビカンテが、その間に立ちはだかった。 「馬鹿者が!!殺し合いの最中に考えるな!!」 パラディンの仕事は、仲間を守ることだ。その守りは要塞のごとし。 炎の爪が、聖魔導士の身体に深々と刺さっている。 だが、クッパの太い腕をその状態で掴んだ。 「ガアアアアアアアアアアアア!!」 「やめろ!!」 リンクはルビカンテに対して制止を懇願する。 もう仲間は失いたくない。 そんな自分の弱さに付き合った結果、死んでしまう人が出るのはもう沢山だった。 そしてクッパは、炎の爪の力で、彼の体内から炎を流し込む。 「見事……ぐううううううあああああああ!!!!」 いくら炎の使い手と言え度、パラディンになることを許された身であれ度、身体の中から業火で焼かれれば命は無い。 どさりとルビカンテは地面に倒れる。 「手こずらせおる……ようやく1人か……。」 荒い呼吸をしながらも、クッパは倒れることを見せない。 彼もまた、失った者の為に、大切な人のために戦い続けている。 そこに裏も表もあったりはしない。 「ルビカンテ!!」 ――バカかよ、考えるのもアリだけどさ、思いっきりぶつかってみるのもいいかもしれないぜ。 影に墜ちたリンクに、影の世界の女王の言葉が聞こえる。 だが、その言葉に耳を傾ける間もなく、クッパの凶刃がリンクに襲い掛かる。 しかし、炎の爪は、またも別の者に弾かれた。 「メルビンさん!」 「お待たせしたでござる。」 先ほどは手ごわい相手だと思ったが、味方になると頼もしいことこの上ない相手だ。 だが、リンクの手は震えが止まらない。 先ほどは自分のせいで、戦友を死なせてしまった。 今まで勇気を奮って戦い抜いてきたが、その反動がここへ来てやってきた。 (俺は……どうすればいい?) 戦おうにも、この戦神を破る方法が見当たらない。 ちょっとやそっとの小細工で、どうにかなる相手でもない。 ――何ガタガタ震えてるんだよ。前見ろ、前。 どこか小憎らしい、けれど懐かしい声が耳元で響く。 そう言われて、仕方なしに目の前を向いた瞬間。 リンクの身体を、炎の竜が飲み込んだ。 ゴワッという爆炎の音を聞き、メルビンも驚く。 「リンク殿!!?」 そして、炎の竜は次第に小さくなり、聖なる剣の先に集まって行く。 それだけではない。リンクの全身を、力が駆け巡る。 死す寸前に遺した、聖魔導士の力だ。そして、この場にはいないミドナの力だ。 何故その力が黄昏の勇者に宿ったのかは分からない。 「分かったよ……怖くて怖くて仕方ないけど……思いっ切り前向いて、戦ってやろうじゃないか。」 今なら、あの技を確実に出せる。 その確信がリンクにあった。 「行くぞ!!!!」 リンクは走り出す。 メルビンは攻撃をしない。ただ若き勇者を守るため、防御魔法をかける。 その瞬間、ローザの矢と、キョウヤのバズーカがクッパの目をくらませる。 つまらない小細工をするなとクッパは腕を振るう。 「ガアアアアアアアアアアア!!!」 「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」 クッパが炎を吐く。 それがリンクを飲み込もうとする。 だが、彼が放った一撃は。 「大・火焔流・斬り!!!」 クッパの炎さえも呑み込む、全てを擲った一撃だった。 渦を巻く真紅の龍を彷彿とさせる一撃が、クッパを爪ごと切り裂いた。 「マリオよ、ピーチよ!!ミドリのヒゲ!!そして我がクッパ軍団よ!!」 凄まじい龍の一撃に切り裂かれながらも、大王は叫ぶ。 「ワガハイは、最後まで戦い抜いたぞ!!!!!!」 太陽と見紛うほどの炎が、クッパを包み込んだ。 今度こそ、今度こそ、クッパは倒れた。 黄昏の勇者は、聖なる剣くるくると回した後、鞘に収める。 先ほど聞こえた声は、確かにミドナだと分かった。 (ありがとう。ルビカンテ。そしてミドナ。君たちのおかげで勝てたよ。) だが、それでも。 奇跡には代償がある。 (それでも、もう一度、君に生きて会いたかった。) リンクの目に、涙は無かった。 あるのは、この殺し合いを開いた者を絶対に倒し、生きて帰るという意志だけだった。 オルゴ・デミーラが開いた殺し合いが始まって、ちょうど18時間。 この時点で生存者が10人となった。 メルビン 小野寺キョウヤ カイン・ハイウインド ローザ・ファレル ヌ・ミキタカゾ・ンシ 野比のび太 朝比奈覚 大魔王デマオン クリスチーヌ そしてリンク。 この10名の中で、殺し合いに乗ろうとする者は、もう残されていなかった。 [川尻早人@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 死亡] [スクィーラ@新世界より 死亡] [吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 死亡] [ルビカンテ@Final Fantasy IV 死亡] [クッパ@ペーパーマリオRPG 死亡] [残り 10人] 【D-5/一日目 夕方】 【リンク@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス】 [状態]:ハート1/15服に裂け目 所々に火傷(大) 凍傷(治療済み) 疲労(特大) [装備]:マスターソード@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス トルナードの盾@DQ7 アイスナグーリ@ペーパーマリオRPG チェーンハンマー@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス [道具]:基本支給品 ランダム支給品0~2 水中爆弾×1@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス アルスのランダム支給品1~2 (武器ではない) 正宗@Final Fantasy IV 柊ナナのスマホ@無能なナナ 火縄銃@新世界より 美夜子の剣@ドラえもん POWブロック@ペーパーマリオRPG 基本支給品×2(ユウカ、ピーチ)、遺体収納用のエニグマの紙×2@ジョジョの奇妙な冒険 陶器の馬笛@ゼルダの伝説トワイライトプリンセス、虹村家の写真@ジョジョの奇妙な冒険、ランダム支給品×1(佐々木ユウカでも使える類)、愛のフライパン@FF4 ディフェンダー@ FINAL FANTASY IV 魔法の盾@ドラゴンクエストVII まだら蜘蛛糸×2@ドラゴンクエストVII [思考・状況] 基本行動方針:主催を倒す 1.仲間と共に戦う。最後まで。 【メルビン@ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち】 [状態]:HP1/2 喪失感(中) [装備]:勇気と幸運の剣@ジョジョの奇妙な冒険 [道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~5(一部ノコタロウの物) [思考・状況] 基本行動方針:魔王オルゴ・デミーラの打倒 ※職業はゴッドハンドの、少なくともランク4以上です。 ※ジョジョ、無能なナナ、FF4、ペーパーマリオの参戦者に関する情報を得ました。 【小野寺キョウヤ@無能なナナ】 [状態]:健康 [装備]:モイのバズーカ@ゼルダの伝説トワイライトプリンセス (残弾0/5) [道具]:基本支給品(切符消費)、替えの砲弾×5 ランダム支給品(×0~1 確認済) 鬼は外ビーンズ×8@ドラえもん のび太の魔界大冒険 セシルの首輪 首輪に関するメモを書いた本@現地調達 [思考・状況] 基本行動方針:主催者が何を考えてるのか。少なくとも乗る気はない。 1.首輪や主催に関する更なる情報を得る 2.あの扉は何だったんだ?脱出経路だといいが…。 ※参戦時期は少なくとも犬飼ミチルの死亡を知った時期より後です。 ※不老不死の再生速度が落ちています。少なくともすぐには治りません。 ※死亡した場合一度死ぬと暫くは復活できません。 ※別の世界の存在があると理解しました。 ※この殺し合いが強力なスタンド使いを作るため、と言う仮説を立ててます。 ※ジョジョ4部、DQ7、FF4、ペーパーマリオの情報を得ました。 【ローザ・ファレル@Final Fantasy IV】 [状態]:HP 1/10 MP 0 決意 [装備]:勇者の弓@ゼルダの伝説+矢10本 トワイライトプリンセス ふしぎなぼうし@ドラゴンクエストVII [道具]:基本支給品、 カチカチこうら@ペーパーマリオRPG×2ランダム支給品0~1 偽クリスタル@現地調達、その他首輪の素材 [思考・状況] 基本行動方針:クリスチーヌと共に、リンク、およびマスターソードを探す。 1:どうして首輪の素材に、クリスタルのようなものがあるの? ※参戦時期は本編終了後です。 ※この殺し合いにゼムスが関わっていると考えています。 ※ジョジョ、無能なナナ、DQ7、ペーパーマリオの参戦者に関する情報を得ました。 地上での決着が終わった後のこと。 激しい戦いの衝撃により目覚めた朝比奈覚が、地下で見たのは幻覚だった。 「お前は……瞬!?」 記憶ごと消されていた旧友の顔が、はっきり映っていた。 東京でもその顔を見たと早季が言っていたが、こうして覚の前に現れるのは初めてだ。 「助けて……僕達の未来が、思い出が……消え……。」 ノイズのように、言葉が途切れ途切れになる。 一体何を彼が伝えたかったのか。主催者たちは何を思ってこの殺し合いを開いたのか。 それを聞く前に、少年の姿は消えてしまった。 「分かったよ。もう少し頑張ってやるしかないな。」 覚は立ち上がり、地上へと進んだ。 [D-5 地下 一日目 夕方 【朝比奈覚@新世界より】 [状態]:精神的疲労(大) [装備]:なし [道具]:基本支給品、北風のテーブルかけ(使用回数残り17/20)@ドラえもん のび太の魔界大冒険 ランダム支給品0~2 [思考・状況] 基本行動方針:仲間を探し、脱出する 1.瞬?お前、どうして? ※参戦時期は26歳編でスクィーラを捕獲し、神栖66町に帰る途中です。 Back← 097 →Next 096 赤くて痛くて脆い(前編) 時系列順 098 第三回放送 From Players 投下順 095 しかし、誰が4枚目のカードになるのか? 野比のび太 朝比奈覚 吉良吉影 GAME OVER デマオン 川尻早人 GAME OVER 096 赤くて痛くて脆い(前編) リンク 098 第三回放送 From Players ルビカンテ GAME OVER メルビン 098 第三回放送 From Players 小野寺キョウヤ 094 見え始めた光明 ローザ・ファレル クリスチーヌ 085 破滅の足音1 疑心 悪鬼を呼ぶ スクィーラ GAME OVER クッパ
https://w.atwiki.jp/dangan_eroparo/pages/46.html
『舞園さやかの場合』 深夜0時、学生寮一階、廊下。 「ホントにゴメンね、舞園ちゃん…」 朝日奈は申し訳なさそうに、舞園の背中に詫びた。 「さくらちゃん、もう寝てるみたいで…でも、一人で行くの、恐くて…」 「気にしないでください。こんな夜中に一人で行動するのも、危ないですし」 アイドルの笑みを崩さずに、舞園は部屋の扉に鍵をかける。 「えっと…食堂でしたっけ?忘れ物」 「うん…ゴメン」 「謝らないでくださいってば!さ、行きましょう」 先に進んだ舞園の背中に、勢いよく朝日奈の両腕が伸びる。 「えっ!?ちょっ…」 「ホントに、ゴメンなさい…!」 朝日奈は、謝りながらも舞園の口にハンカチをあてがった。 必死に舞園は抵抗したけれど、運動している朝日奈の体力には及ばない。 吸気とともに、彼女は深い眠りに落ちていった。 眠気からか、頭に鈍痛が走る。 まぶたが開かない。一瞬だけ無理に開けようとして、とてつもない眠気に誘われる。 もう少し、このまま眠っていたい。 「…起きろっつってんだろ、ビチグソがぁあ!!」 どなり声が聞こえて、舞園は眠りから引きずり出された。 「っ…せ、セレス…さん…」 まだ視界もおぼつかないまま、思い頭をもたげる。 声の主は確かにセレスだが、舞園の知る彼女は、こんな怒声を張り上げたりはしない。 ピン、と背中に緊張が走った。 「おはようございます、舞園さん。よく眠れましたか?」 セレスはまたたく間に、普段通りの笑顔を浮かべる。 自分で起こしておいて、よく眠れたも何もないだろうに。 「ここ…私の部屋じゃない…?」 舞園は辺りを見回した。家具や装飾の配置に、見覚えがない。 「ここは朝日奈さんの部屋ですわ」 セレスの言葉で、昨日の出来事がフラッシュバックする。 そうだ、自分は。 朝日奈に騙されて…おそらく薬品を吸気させられた。 「誰かを殺せば、卒業できる」。朝日奈は自分を殺そうとしたのか? でも、殺されていない。生きている。 舞園は混乱した。 殺さないなら、どうして朝日奈はあんなことを… 「ああ、どうか朝日奈さんを責めないで上げてください。彼女は私の言葉に従っただけなのです」 芝居がかった泣きまねをして、セレスは言った。 「もっとも、あなたをその格好に縛り上げるまでやったのは、朝日奈さんですが」 そこで舞園は自分の体を見て、ようやく自分の置かれた状況を理解した。 そしてそれと同時に、彼女は余りの恐怖に、パニックに陥った。 「あ、あ…き、きゃあぁあああああっ!!」 着ていた服は全て取り払われ、彼女はベッドの上に転がされていた。 膨らんだ胸は、桃色の尖端は乳輪に埋もれており、身体を捩るたびにふるふると震えている。 大きく開かれた股から、未開の秘部が覗いていた。 必死に足を閉じようとするも、膝と膝の間につっかえ棒のような拘束具があって、閉じられない。 手は足首に固定されており、彼女はありのままの自分を外気にさらけ出すしかなかった。 「乳首が陥没しちゃってますわね…ふふ、可愛らしいこと」 「やだぁああっ!!離して、見ないでぇっ…」 「女同士で、何をそこまで恥ずかしがることがあるのですか」 「いやっ、いやぁああっ!!」 「朝日奈さんなど、もっと酷い恰好をしているというのに」 セレスがあごで示した先には、地べたにはいつくばる『スイマー』の姿があった。 「あ、朝日奈さ…っ…」 その姿に、思わず舞園は息を呑む。 朝日奈は、舞園のように拘束こそされていないが、同じように裸に剥かれ、息を荒げて地に臥していた。 首には首輪のようなものがつけられ、そこから紐が伸び、机の脚に縛り付けられている。 同性でも当てられてしまいそうな、色っぽさ。 時々「ぁ…ぅ…」と小さく呻いては、汗にまみれた身体をぴくぴくと震わせている。 「朝日奈、さん…?」 舞園の呼びかけにも、彼女は応じなかった。 「あなたが起きるまで暇だったので、少し可愛がってあげたのですわ」 セレスは朝日奈に歩み寄って、彼女のポニーテールを掴み、顔を無理矢理あげさせた。 朝日奈の顔はこれ以上にないくらいに蕩け、しかしそれでも何かを求めて、口をパクパクとさせている。 「『イけない体』をさんざん弄ばれた心地はどうですか?」 「ふっ、んっ…ぅ…」 「私があの言葉を口にしない限りは、どれだけ身体に快感を溜めこんでも絶対にイけない…そういう催眠ですものね。 ふふ、もうイきたくてイきたくてたまらない、って顔してますわ。 無理矢理イかされたくなければ、と脅されて、舞園さんを誘拐させられたのに、 今度は無理矢理絶頂を奪われて悶えている…うふふふ、今どんな気持ちですか?」 ゾクッ、と、舞園の背中に戦慄が走る。 恐怖とともに、漠然とした理解。 朝日奈が何をされているのか、何をされていたのかは、全く分からない。 けれど自分は、きっと今から彼女と似たような目に合わされるのだ。 朝日奈はもう、身体に力が入らないようだった。 自分の力では起きられず、地面に臥したまま、セレスに懇願する。 「お、お願いします…もう、イかせて、イかせて下さいぃ…」 「…では、舞園さんに謝りなさい。自分の快楽のために利用してゴメンなさい、と」 「あ、あぅ…ま、舞園ちゃん…ゴメン、なさい…」 息も絶え絶えに謝ろうとする朝日奈に、舞園は恐怖さえ覚えた。 彼女の姿は、表情は、これ以上になく官能的で、そしてこれ以上にないくらいに異様。 初めて見る、朝日奈の蕩け顔。快楽を求めて身をよがらせる、女の顔。 下ネタを聞くたびに顔を真っ赤にさせていた彼女に、いったい何があったのだろうか。 「…よろしいでしょう、イかせて差し上げますわ。ただしあなたは、そのまま謝り続けること。 途中で言葉を止めれば、また先ほどまでのように、寸止めしますわよ」 「ひっ…」 朝日奈の顔が、一気に青ざめる。 「あ、う…ま、舞園ちゃん、ごめんなさいぃ!!」 「一本調子ならまた止めますわよ。5、4…」 何が行われているのか、舞園にはわからなかった。 何かに怯えるように謝り続ける朝日奈と、その横で愉快そうにカウントダウンを続けるセレス。 それが何を意味するのか、恐怖に染められた彼女の頭では、判断ができない。 「自分の、ため、に…っく…ぁ、ま、舞園ちゃんを騙しましたっ!私は最低の雌犬ですぅっ!!」 「その調子ですわ。もっと自分を貶めなさい。3…2…」 カウントダウンが進むにつれて、青ざめた彼女の表情が再び赤く上気する。 カウントダウンは酷くゆっくりで、その変化はよく見て取れた。 「さんざんセレスちゃんにイかされてっ…脅されて、舞園ちゃんをっ、騙した、のにっ…あ、はぁああぁあっ!!… ぅっ…今度、は…自分から、イこうとしている、変態女ですぅうっ!!」 朝日奈は謝罪の言葉というより、自分を蔑む言葉を連呼する。 その言葉を放つ自分自身に、恍惚としているようだった。 業界での経験も長い。舞園はどこかで、今の朝日奈のような顔を見たことがある。 そうだ、先輩のアイドルが麻薬に手を出した時の、その表情。 舞園にも勧め、当然ながら断ると、彼女は自分ひとりで麻薬を服用し、そして舞園の目の前で自慰に耽りだしたのだ。 朝日奈の蕩け顔は、その時の彼女の表情に、そっくりである。 興奮とは違う。いうなれば、「発情」。 何が起きるのか分からないまま、舞園は二人を見ていた。 「1………」 「はぁ、あぁあああぁあ!!も、もう我慢できないぃいいっ!!イかせて、イかせてぇええっ!!」 涙や涎で顔をぐちゃぐちゃに濡らし、朝日奈はセレスに縋りついた。 「ふふ、必死になっちゃって、かわいいですわ…腰もがくがく震えてますわよ?」 セレスはカウントダウンを進めず、触れるか触れないかの程度に朝日奈の腰をなでまわした。 「ひっ、はぁあああぁあっ!!」 朝日奈の体が跳ねあがる。 『ゼロ』を目前にした彼女の体は、いわば絶頂の寸前で止められているということになる。 「雌犬なら雌犬らしく、鳴いてご主人様にアピールなさい」 「わ、わぅん!!わん、わんっ!!」 理性を凌駕する、絶頂への本能。 今の彼女は、すでにセレスのいいなりと化していた。 「ふふ、うふふふふふふ…あははははははははっ!!」 まるで魔女のように高笑いしたかと思うと、 「良い、最高ですわ、朝日奈さん!!決めました…あなたはこれから私のペット…人間の言葉を話すことを禁じますわ!返事は?」 「あ、あぁ…も、ダメ…」 「…上手にお返事ができたなら、御褒美を差し上げますわよ?」 「わ、わぅんっ!!」 朝日奈の耳元に口を寄せて、 「『ゼロ』」 そう、吐息を吹きかけるようにささやいた。 瞬間、朝日奈の顔が恍惚に歪み、 そしてその直後。 「あがッ!!!!」 朝日奈の体が跳ねあがった。 「え…?」 舞園は、いよいよ当惑する。 「あっ、ぐ、ふに゛ゃあぁああぁあああああぁあ!!!」 ブリッジのように、朝日奈の腰が天へと伸びる。 ひときわ大きな胸を震わせ、舌を突き出して、目は虚ろ。 絶頂している。 それだけは見て取れた。 思わず舞園の顔も、赤く染まる。 プシャアアアアア 愛液やら小水やらが撒き散らされ、床一面は水浸しになった。 「あ゛っ、いっ、はぁっ!!」 絶頂の後も快楽は身体から抜けないらしく、自分の体を抱きしめて、朝日奈は地面をのたうちまわった。 「さぁて…」 朝日奈が悶える様を一通り眺めた後で、くるり、とセレスがこちらを向いた。 「次はあなたが悶える番ですわ、舞園さん…」 「ひっ…」 逃げられないとは理解していながらも、舞園は必死に拘束具を揺らした。 余裕の表情でセレスはそれを眺め、自分も服を脱ぎ、下着姿となって、白い地肌をさらす。 「いやっ、いやぁあっ!!」 「ホントは朝日奈さんに、もう少し働いてもらう予定だったのですが…ついつい弄んでしまいましたわ。 彼女には少し、休んでいてもらいましょう。代わりに私が、お相手しますわ」 「いらないですっ、離して…!」 喚く舞園に、ずい、とセレスが身体を寄せる。 「大丈夫、間違っても危害を加えたりはしませんわ…あなたには」 「…?」 「私が獲物と定めた、もう一人の生徒…あの澄ました女のプライドをへし折るのが、私の最終目標。 そのためには、私の手となり足となる駒が必要なのです。 舞園さんには、その駒になるため、快楽に堕ちて、素直になってもらうだけですわ。 間違っても、あなたの綺麗な身体を傷つけたりはしません…そこだけは、安心してください」 「あ…」 その言葉に少しでも安心してしまった自分を、すぐに舞園は呪った。 結局、自分が彼女の好きにされることには変わりはないのだ。 けれど、一度警戒心を解いてしまえば、彼女の頭を縛る恐怖は溶けだしてしまう。 そこに、快楽を期待する、女としての性欲が付け入る隙ができてしまう。 「そ、そんなことはどうでもいいんです…これを解いてください!」 自分を諌めるように、がしゃがしゃと拘束具を揺らすが、セレスは穏やかに笑うだけ。 「あら、解いていいのですか?」 「ふぁっ!?」 するり、と彼女の手が、舞園の太ももを伝い、上ってくる。 そのくすぐったさに、舞園は悲鳴を上げた。 「ここはもう、こんなに期待しているみたいですけれど…」 「あっ、ん…」 ひっそりと閉じた割れ目を、セレスの指が開く。 朝比奈の痴態にあてられて、そこは既に湿りを帯びていた。 「私、テクニックには自信がありますのよ。舞園さん…オナニー程度しか、したことはないでしょう?」 「っ…」 舞園は羞恥から顔を背ける。 「比べ物にならないくらい、気持ちいいことしてあげますわ」 潤、と、素直に下の口から恥ずかしい液が伝う。 一瞬だけ指を這わせると、セレスの指に愛液が絡みついた。 「朝日奈さんのは、おしっこみたいにサラサラですけど、舞園さんは結構…濃いのですね」 「なっ…!?」 親指と人差し指に愛液を伝わせ、それを舞園の目の前で開くと、指の間を糸が伝う。 一瞬で、彼女の顔が真っ赤になった。 「へ、変な事言わないでください…!」 「あら…朝日奈さんといい、ここには恥ずかしがり屋さんが多いのですね」 セレスの裸体は、朝日奈のように豊満ではないが、どこか妖艶な魅力を宿していた。 絹のようになめらかで、病人のように白く、枝のように細い。 神話に出てくる女神のような、そんな気高さと妖しさがある。 けして肉付きこそよくないが、形容し難いその「エロさ」に、同性ながら舞園は魅了されつつあった。 そして、 「ふふ…舞園さん」 セレスが肌を擦り寄せてくると、舞園の鼓動は早鐘を打つ。 香水の香りにまぎれて、彼女自身の神秘的な体香が、鼻孔をくすぐった。 「さすがアイドル、ですね…朝日奈さんに負けずとも劣らないプロポーション…ちょっと羨ましいですわ」 胸こそ朝日奈には及ばないが、同世代の中では巨乳と呼べる部類に入るだろう。 所属していたアイドルグループのメンバーと比べあった時も、彼女の胸が一番大きかった。 水着撮影などもあるため、肌や無駄毛の手入れは欠かせたこともない。 歌唱力のために、と、筋トレやランニングも繰り返している。 舞園の体は、女性らしい丸さを残しつつも、すっと引き締まっていた。まさに、理想のプロポーションだった。 その体つきを確かめるように、セレスは舞園の体をなぞる。 舞園は、たまらず身体を捩らせた。 「さ、触らないでください…」 せめてもの抵抗の声にも、もう力は宿らない。 「ふふふ…」 「ひゃっふあ!?」 乳の脇側をくすぐられて、自分でも知らない感覚に、舞園は背筋を張った。 「あらあら…ここが気持ちいいのですか?」 「やめっ!っ、ん…ふ、く…はぁあっ…!」 セレスは、子供がじゃれるように、舞園をくすぐる。 首筋、脇腹、内股に足の裏。 そのたびに舞園は敏感に声をあげ、身体を捩った。 「はぁ、はぁ…あ、ふっ…」 セレスの責めに悶えながらも、舞園は恐怖から解放された頭で考えていた。 先ほどのセレスとは、人が変わったみたいに、責め方が異なっている。 朝日奈への責めは、言葉を当てはめるとすれば「蹂躙」。 情けも容赦もなく、ただ自分のサディズムを満足させるために、朝日奈を快楽の地獄につき落とした。 対して自分には、もぞもぞと指を這わせてはその反応を見て、楽しんでいる。 そう、楽しんでいる。 朝日奈への責めも、ベクトルは少し違うが、彼女は楽しんでいた。 そして先ほど、セレスは自分達のことを、獲物と表現していた。 「何がしたいんですか、セレスさん…」 息を落ち着かせて、舞園は尋ねた。 「…具体性に欠ける質問ですわね」 足の裏を舐めながら、セレスは答える。 足先を震わせながらも、くすぐったさに負けて身を捩らないように、舞園は続ける。 「朝日奈さんをあんな目にあわせて、私のことを弄んで…そして、もう一人狙っているって… 何がしたいんですか…?女の子同士でこんなことして、楽しいですか…!?」 「ええ、楽しいですわ」 迷うことなく、即答。 そしてセレスは、冗舌に語りだした。 「こんな閉鎖空間に閉じ込められ、『誰かを殺せば卒業』だなんて…馬鹿げたルールを背負わされて。 しかもあのあと、モノクマは口を滑らせ『誰にもバレなければ他の全員の命と引き換えに卒業、バレたならその場で処刑』と説明しました。 そんなリスクの高い選択肢を迫られ、殺人に踏み切る度胸は私にはない…それは多分、他のみなさんも同じでしょう。 資源には不足せず、法を犯しても取り締まるものもいない。まさに「自由」そのものの中に、私たちはいます。 そう、今すぐ殺人を犯す必要はない。だからこうして、私たちは膠着状態に陥っているのです。 しかし、耐えられないのは「退屈」という苦痛。ここには私の趣向に合った娯楽が、ほとんどないのです。 雑誌?プール?メダルゲーム?そんなもの、幼稚園のお遊戯と同レベル!クソ喰らえですわ…! 私が求める「遊び」とは、まるで断崖に立たされているかのような、スリルを伴った勝負事なのです。 ああ、きっとあなたは軽蔑なさるでしょうが…私は知っての通り、『超高校級のギャンブラー』。 今まで幾度も、自分の命や、それに準ずるものをベットにして、勝負を挑まれ…そして、ことごとく打ち勝ってきた。 そんな争いを強いられるうちに、私は…人の身体や、命や、人生を弄ぶこと…その楽しさを知ってしまったのです。 …軽蔑、したでしょう。いえ、軽蔑してください。けれどこの病気ばかりは、もう治らない。 退屈が原因でも、人は死ぬのです、舞園さん。こんな場所に閉じ込められていては、私はいずれ頭がおかしくなってしまう。 だから、面白そうな何人かに狙いをつけて、その人たちを弄ぶ…それが私の見つけた、ここでの退屈しのぎですわ。 一人目は、朝日奈さんです。一番エロい身体をしているくせに、下ネタを聞けば真っ赤に頬を染める…虐めたくなるのも、わかるでしょう。 …実は彼女を落とすまでは、聞くも涙・語るも涙の苦労話があるのですが…ここでは割愛しますわ。 二人目は、名前はまだ出しませんが、あなたも薄々気が付いていることでしょう。あの澄ました女のことです… ああいうのを見ると、どうもそのプライドを完膚なきまでにへし折ってやりたくなるのです。勝負師の性、でしょうか。 三人目は…男子、とだけ伝えておきます。 そして、あなたもです、舞園さん…正直、こんな状況でなければサインをねだっていました。実家の家族があなたの大ファンなのです。 そんな国民的アイドルを辱められるのは、またとない機会でしょう?この状況を楽しむには、もってこいの相手じゃありませんか」 長たらしい声明を終えると、セレスはそこで一息つき、再びほほ笑んだ。 舞園は、口を開けて聞き入っていた。まさに呆気にとられた、という言葉が似合った。 流れ込んできたセレスの言葉は、とても現実離れした響きを伴っていて、理解の範疇を越えていた。 「…長々と話してしまい、すみませんでした…語るに堕ちてしまっていたようですね」 唐突に、セレスの指が、それまで触れなかった舞園の乳房を揉みしだく。 「ふっ、あっ!?」 「ほったらかしにしてしまって、さぞ身体が疼いていたことでしょう…」 「そんな、ことっ…んぁっ…」 あまりの唐突さに、脳が付いて行かない。 「ここからは、ちゃあんと期待通り…気持ちよ~く、してあげますわ」 「し、してませんし、いりませんっ!」 「あら…やはり私なんかに触られるのは、御不満が?」 セレスが不思議そうに首をかしげると、舞園はどうしていいか分からない気分に襲われた。 このまま彼女を拒むのが酷く不憫にさえ思える。 自分は被害者、そのことさえ忘れてしまいそうになる。 そして、断りきれない理由がもう一つ。 自分が目を覚ました時に、確かに聞こえたセレスの激昂の声。 舞園は、それを恐れていた。下手に刺激してはいけない。 「あっ、違…わないけど、違って、その…セレスさんがダメとか、そういうんじゃなくて、 その…女の子同士でこんなこと…おかしいと思いますし…」 「あら、あなたがそれを仰いますか?同じアイドルグループのメンバー同士で、肌を重ねたこともあるくせに…」 「なっ…!!?」 ウィッグを揺らしながら、セレスがにこやかにほほ笑む。 これほど邪気のない笑顔を恐ろしく感じたことはない。 一瞬で顔から血の気が引いた。マネージャにすらバラしていない、自分達だけの秘密。なぜ、知っている? 冷静に考えれば、どこかの芸能人の裏話を集めた掲示板での情報や、口コミで伝わる根も葉もない話を、 真実かどうかも分からないまま、セレスがブラフで使ったのだろう。 しかし、混乱から抜け出せない舞園の頭には、効果は絶大だった。 相手の顔に同様の色が浮かべば、セレスにとってはもう勝ったも同然。 「やはり私では役者不足ですか…?」 「あ、う…」 「ねえ、舞園さん…」 顔が迫り、ふ、と耳に息を吹きかけられ、ビクン、と舞園は体を震わせた。 自分がおかれた状況に対する混乱。 秘密を知られたことに対する恐怖。 そして、セレスや朝日奈の姿に当てられた、情欲。 体の自由を奪われ、隠していたはずの秘密を知られ、どうしていいかわからない。 今の舞園は、酷く無防備な状態だった。 「…そうですわ」 思いついたように、セレスが目を見開いた。 「私に直接触られるのが嫌なのであれば…こんなものは、いかがでしょう?」 ベッドの下から、ごそごそと箱を取り出す。 某同人作家から押収し、朝日奈を最初に責めた時にも使った、道具の数々。 見るなり、舞園はますます顔を赤く染めた。 何に使う道具か、説明されずともわかってしまう、自分の知識が嫌だった。 セレスの言うとおり、メンバーと肌を重ねた経験は、幾度かある。 厳しい業界に放り込まれた人間は、別のベクトルに歪むケースが多い。 ましてやデビュー当時の彼女たちは幼い子供、その重圧には耐えかねる。 上手くストレスの発散場を見つけてやらなければ、精神をおかしくしてしまい、末路をたどるのみ。 禁断の果実は、目の前に山のように転がっていた。 麻薬、恋愛沙汰、飲酒や喫煙。周りの人間は、みな手を染めている。 バレるかバレないか、それだけの違い。 そして、成熟してきた肉体を持て余す彼女たちが行きついたのが、性行為だった。 別に同性愛ではない。人並に、男子への興味はある…特に、共に生活を送るあの一名に。 舞園にとって、メンバーとの交わりは、恋愛などとは別の次元の話で、 それこそ一緒に買い物や映画を見に行くのと同じ、遊びの感覚だったのである。 笑い合いながら互いの乳房を揉み、慰めるように唇を奪った。 その禁忌に逃げていた舞園だからこそ、目の前に転がる道具の山にはなじみがある。 「その様子では、どれが何に使うものかは、説明の必要はなさそうですね」 「そんなこと…」 する、と、胸の尖端をセレスが撫であげた。 「あっ…」 桃色の吐息が漏れる。 舞園の乳首は、乳輪に埋もれていた。 「陥没乳首…というものですか?初めて見ましたわ」 「うぅ…」 恥ずかしさか、快感からか、目に涙がにじむ。 「ふふ…可愛らしい」 「ねえ、舞園さん?陥没乳首は普段外気に触れない分、刺激されると気持ちいい、という噂がありますわね」 「知りません、そんなの…!」 顔を真っ赤にしたまま、拗ねたように舞園がそっぽを向いた。 「あら、ウソはいけませんわ…他のメンバーと身体を重ねるくらいエッチな事をしてきた舞園さんが、 まさか自分で試していないわけはないでしょう…?」 埋もれた乳首の穴を、セレスが爪先でほじる様に弄ると、 「ひぁっ、あっ!!」 たまらず舞園も、嬌声をあげた。 クスクスと笑いながら、セレスが乳房を口に含む。 「んっ、あっ!?せ、セレスさ…ぁんっ!」 乳房の尖端に口を当てて吸い出され、埋もれた乳首を無理矢理引き出して、刺激を与えられる。 鋭い快感が、右胸全体を駆け抜けた。 「は、あっ、やぁあ~~~~っ!!!!」 身悶えさせようにも、身体は拘束されたまま。 抵抗する術もなく、むき出しの乳首を良いようにセレスになぶられる。 まるで、胸の先がクリトリスになってしまったかのような、激しい快感。 「あっ、やぁああっ…やめ、止めて…ふ、ひぃんっ!!」 赤子のように胸に吸いつくセレスに、いいようにされてしまう。 「やっ、いやぁあああ…」 「ん…ぷは…」 セレスが口を離す頃には、舞園はとっくに出来上がっていた。 紅く上気した顔は、もう朝日奈と大差はない。とろん、と蕩けた目で、セレスをただ見ている。 身体は熱を持ち、意思に反して、次に訪れる快楽を待ち望んでいる。 無理にセレスが引きずり出していた乳首は、彼女の口が離れると、元通りに埋まってしまった。 「なんというか、可愛いというか…愛着の湧く乳首ですわね…」 「…やぁ…」 涙目を歪ませても、言葉にはもう力が入らない。 「では…まず、これでそんな乳首を弄ってあげましょうか」 セレスは、一つ目の道具に手を伸ばした。 アイポッドのような機器――おそらく電源――から、二本のコードが伸びていた。 コードの先には、UFO型のゴムのパッド。胸にあてるためのものだろうと、推測できる。 乳首に位置する部分には、スポイトのようなものが付いている。 パッドの内側には、取り外し可能のアタッチメントがついており、セレスがどれを装着させようか悩んでいる。 「乳首専用のローターですわ。結構値段も結構張るようで…さすがにこれは、見たことはないでしょう?」 セレスは本当に楽しそうに、まるで自分のオモチャを自慢する子どものように、舞園に話しかけた。 二つのゴムのパッドを、舞園の乳房に押し当てる。 アタッチメントはちょうど乳首にあたり、素材はシリコンか何かだろうか、ゼリーのようにプルプルで柔らかい。 セレスがスポイトをつまむと、 「ひゃうぅ!?」 パッド内の空気が絞り出され、吸盤のように舞園の乳房に吸いついた。 「あ…っあ…」 吸いつかれているため、自然に埋まった乳首が顔を出す。 淡いピンク色の、小さな豆が飛び出している様は、本当にクリトリスのようでもある。 外気にさらされるだけでも、鋭敏な乳首が、舞園に刺激を与えた。 「吸われただけでそんなによがっていては…後が持ちませんわよ?」 また、可笑しそうにセレスが笑う。 「はぁ、はぁ、ぁうっ……な…なんなんですか、コレぇ…んっ…」 「言ったでしょう?乳首専用のローター…」 そうは言われても、舞園の知るローターとは、まるで形が違う。 「吸盤のように乳首に吸いついて、簡単には外れない。パッド中央のアクセサリが乳首にあたり、電源を入れると回転を初める。 アクセサリはアタッチメントとして取り外し可能、数パターンの中から好きなものをチョイス。 アタッチメントと、複数通りの回転パターンを駆使し、自由自在に快感をアレンジ…と、説明書には書いてありました」 吸われだした乳首が、ちょうどそのアタッチメントに当たって擦られ、それだけで舞園は身を悶えさせる。 「右の乳首は、私個人のおススメ…少し硬い、フィンガータイプですわ。指で乳首をこねくり回される感覚は、リアル以上です。 左の方は朝日奈さんのお気に入り、ブラシタイプの一番柔らかいもの…たとえるなら、触手タイプとでもしましょうか」 セレスが電源を入れると、スポイトからローションがにじみ出て、舞園の乳首を伝った。 「これ…本当にすごいですわよ」 耳元で、セレスがつぶやく。 舞園は、ごくりと唾を飲み込んだ。 「……ふぁっ!!?あっ、あ、はぁあぁあああっ、や、んあぁああっ!!」 アタッチメントが緩やかに回転を始め、舞園は背中をのけぞらせた。 「あぁ、ああぁあ、んっ……ひゃうぅっ!!」 右のパッドでは、二本の指が乳首の周りを、ぬるぬるとローションをかき混ぜてなぞる。 ゆるやかに回転して乳首を転がされたかと思えば、時々高速で逆回転して乳首を弾く。 左のパッドでは、細いシリコンの束が乳首全体を覆い、回転も早くなったり遅くなったり、自在に這いまわる。 フィンガータイプとは違い、柔らかいそれが乳首を撫でまわす。 「ダメっ…これ、ダメですぅうっ…んぅううっううぅっ…!」 舞園は、胸を突き出すように背をそらした。 特別敏感な乳首を、吸い出されたまま弄ばれる、今までにない快感。 「ひゃあぅっ!!」 ビクン、と、舞園がいっそう背をのけぞらせて震える。 連続で乳首を指で弾かれ、それだけで軽くイってしまった。 「あ、あ、んっ…はぅうっ…」 大きく瞳を見開き、苦しそうに息を吐く舞園を見て、セレスは絶頂を確認した。 「あらあらあら…そんなに敏感じゃ、将来赤ちゃんができた時、大変ですわよ?舞園さん。 子供におっぱいをあげるたびにイってしまう、エッチなお母さんになってしまいます」 「だ、だって、だってぇ…!これ、ダメ…っ、ダメ、ダメぇえっ…んあぁああぁっ…!」 「ふふふ…すごいでしょう?」 「止めて、止めてくださいっ!」 イって敏感な乳首を、同じ調子でローターが責め続ける。 右はローションを混ぜるように、左は泡立てるように。 「ぐすっ…えぅ…んっ…」 乳首だけでイってしまった、それも人の目の前で。 加えてセレスの責め句が、さらに舞園の羞恥心を煽り、思わず泣き出してしまう。 「あら…」 さすがにセレスもモーターの電源を切り、何事かと顔を寄せる。 人形のような美しい顔立ちに惹かれるが、それでも涙は止まらない。 「そ、そんな恥ずかしいことではないですわ、舞園さん」 「ぐすっ……私…お嫁に、行けない…」 「…これが朝日奈さんであれば、遠慮なく責め続けるのですが…」 今度はセレスは、困ったように笑って、舞園の頭を撫でた。 本当に、先ほどまでとは別人のようだ。 「あ、そうですわ!ほら、こっちも弄れば、もっと気持ちいいでしょう?」 そう言って、セレスは舞園の秘部に指を伸ばした。 「ひぁっ…?」 「お詫びといってはなんですが、ちゃんとこちらも気持ちよくして差し上げます。 こっちでイけば、何も恥ずかしいことはありませんわよね?」 訂正。別人どころか、先ほどまでと何一つ変わらない。 「やっ、やだ、嫌ですっ…セレスさんっ!」 「ほら、暴れないでくださいな…スイッチ、入れちゃいますわよ?」 「っ…」 意味はないとわかっているのに、舞園は反射的に暴れるのを止めてしまった。 暴れても無意味、それどころかまた乳首を弄ばれる。 パッドは胸に吸着したまま止まっているが、体を捩るたびにぬるりとアタッチメントがずれて、刺激を与える しかしこのままでは、無防備に、一番敏感な所を責められてしまう。 と、そこで、 「…ぅ、ん…」 それまで気を失っていた朝日奈が、目を覚ました。
https://w.atwiki.jp/touhourowa/pages/299.html
行き止まりの絶望(後編) ◆Ok1sMSayUQ * * * いつまで逃げればいいのだろう。 いつまで、この先の見えない暗闇を走り続ければいいのだろう。 サニーミルクを小脇に抱え、河城にとりは俯きながら闇雲に足を動かしていた。 情けないという言葉ひとつがにとりを支配し、無力という事実を押し付けてくる。 逃げてばかりで、守られてばかりで、なにひとつ出来てやしない。 状況に翻弄され、流されるがままで、報いることも変えることも出来ないままだ。 生き別れになったままの伊吹萃香、レミリア・スカーレットを引きつけて戦いに身を投じていった射命丸文、 そして十六夜咲夜との戦いで傷つき、疲弊して動けなくなったレティ・ホワイトロックの姿が次々と思い出される。 彼女らが身を挺して作ってくれた時間で、自分はただ命を長らえているだけだ。 この地獄から脱出するための算段も、目の前の恐怖を終わらせる術すら浮かんではいない。 考えてはいる。いるけれども、どうすればいいのかも分からない。 目の前に広がり続ける無明の闇。明けない夜を、一体どうすれば―― 「にとりにとり! 見て、ほら、川!」 内省の時間を終わらせたのは、脇でじたばたと暴れるサニーミルクだった。 顔を上げてみると、確かにそこには大きな水の溜まる、湖があった。 「違うよ、川じゃなくて湖。……霧の湖まで来てたのか」 夜間であるため霧はかかっていなかったものの、遠大に広がる水面は霧の湖に違いなかった。 そうすると、自分達は逆戻りしてきたことになる。 進むどころか、戻っている有様じゃないかとにとりは内心で失笑する。 「ねえねえ、どうしよう……? この先って紅魔館しかないんでしょ?」 「そうだけど……あそこに逃げるわけにもいかないしなあ……」 レミリア達に襲われている現状を鑑みるに、あそこに逃げ込む理由はない。 あそこを拠点にしているという根拠もなかったが、吸血鬼の根城たる紅魔館を拠点にしない理由というのもない。 サニーミルクも感づいているのか、うんうんと必死に頷いている。 ならば別方向に進路を取るしかない。ますます逆戻りしている現実に辟易しかけたとき、ばさばさと翼を羽ばたかせる音が聞こえた。 文が戻ってきた、と抱きかけた期待は一瞬のうちに打ち砕かれた。 「鼠が二匹か……人間は使えないわね」 羽ばたく音は、悪魔の羽を動かす音だった。 夜空に陣取り、傲岸不遜に見下ろしていたのは、レミリア・スカーレット。 文が引きつけてくれているはずの悪魔の姿に、なぜと思うよりも恐ろしい想像が浮かんでいた。 やられたのか。妖怪の山では指折りの強さを誇るはずの天狗が、こうもあっさりと。 「……いい顔ね。そう、お前達はそういう顔でなくてはね」 絶句している自分達の姿を眺めて、レミリアは皮相な笑みを浮かべていた。 恐怖で引き攣った顔になっていると理解して、にとりは必死に悪い想像を振り払って叫ぶ。 「あ、文はどうしたんだ!」 「天狗なら片付けたわ」 さらりと言い放った、その一言こそが真実であることをにとりに伝えていた。 嘘だ、と言う気すら起こらず、かくんと膝を落とす。 絶望の証明と受け取ったレミリアは哄笑を交えながら、するりと地面に降り立ちにとりの目の前まで歩を進める。 上品を装いながらも、自らの優位を恥じない物腰だったが、反感すら持つことができずにいた。 にとりを、サニーミルクを包んでいたのは支配者の空気。服従を強いる傲慢を纏った空気だった。 「ふん、お前らは尻尾を巻いて逃げ出したか。所詮はその程度、話にもならない」 「ち、ちが」 「自分が助かりたかっただけなんだろう? もう一匹を差し出して。 そこの妖精も、あれだけ大口を叩いておいて結局は我が身可愛さか」 「そんなんじゃない! レティは私達をかばって……!」 「結果が全てだ。現にお前達は逃げ出しているじゃないの。逃げろといわれて逃げるのは弱者の理屈だ」 サニーミルクの反論もあっさり打ちのめされ、にとり達は返す言葉がなかった。 そうだ。どんな理由があるにしろ、逃げたという事実には何ら変わりはない。 後ろめたいと思うなら戻ればよかったのだし、あれこれ理屈をつけて自分の行為を正当化しようとするのは自分が狡いことの証明ではないのか。 自分さえ良ければいい――サニーミルクの言葉がそのまま返ってきたように思われ、にとりは心を突かれた気分になった。 サニーミルクもサニーミルクで、自分がやっていることも妖怪と同じだという実感に悔しさを感じていた。 口論でも勝利を収めたレミリアは満足そうに胸を張り、ふんと鼻息を漏らした。 「そうさ、誰だって死にたくはない。死んでしまえば何もできなくなる。それは敗者だ」 自らの論理を認めたと断じて疑わないレミリアが、次の演説に移っていた。 「誰だって負けたくもない。馬鹿にされるのは嫌だ。当然だ。後に待っているのは惨めな余生なのだからね。 ――だから、貴様らにももう一度だけ機会を与えてやる。ここは逃げるがいいわ。武器を持たせる猶予くらいはくれてやる」 「に、逃がすって言うの……?」 「別に貴様らなどいつでも殺せる。でも少しくらい希望は与えてやらないと、ね? そうしないと殺し甲斐がない」 困惑するにとりを他所に、レミリアは悠々と言葉を続ける。 今この場で抵抗されるなどとは微塵も感じていない様子だった。 「そんな絶望くらいで死なれては困るのよ。お前らのような弱者には、もっと強い恐怖を抱いて死んでくれないと。 私が聞きたいのは、いやだ、いやだ、死にたくない――そういう絶望なの。あのクソ天狗も黙るくらいのね」 ゾクリとした悪寒をにとりは感じた。 他者を支配するばかりではない。殺戮を楽しみ、意に沿わぬ者には極限までの絶望を味わわせる。 それこそがレミリアのとっての恐怖なのだろうとにとりは本能的に感じていた。 恐怖であるから、それを意のままに操り、実践してみせることこそが『自らが恐怖になる』というのに違いなかった。 恐ろしい、と思った。レミリアの行う恐怖を目の前にして、従わないものがいないはずがない。 だから十六夜咲夜は従っていた。恐怖から逃れるために、彼女もまたレミリアと化す道を選んだ。 絶対の支配者からは逃れられないことを知り、支配される一方で自らもまた支配を行うようになった。 そうしてレミリアの恐怖は広がる。瞬く間に感情から伝播し、幻想郷をも覆いつくす巨大な存在となる。 抵抗したところで、その頂点たるレミリアに敵うはずもない。屈服させられ、哀れな犠牲者となるだけなのだ。 ――でも、なら、どうしてレミリアは紅魔館という居を構え、多くの住人と共に暮らしていたのだ? レミリアの恐怖に触れる一方で、彼女本人のことを考えられる猶予があったにとりは、ふとそのことに疑問を抱いていた。 他者を支配し、何もいらないと言っておきながら仲間とも言える存在を傍に置いておいたのはなぜだ? 門番。魔女。メイド。いずれも彼女にとっては取るに足らない存在であるのに、彼女の論理を信ずるならば不要でしかないはずなのに。 いや、今だって十六夜咲夜を側に置いている。支配者として命令するだけの立場になりながらも、 それでも彼女にはレミリア本人の言う絶望を与えていないように思える。 「先の無礼は非を詫びれば許してあげるわ。這い蹲って、ごめんなさいとでも言えば――」 「あなた、怖いんだ。仲間をこれ以上失うのが」 王の口調で続けていたレミリアを遮って、にとりは静かに声を発していた。 恐怖を拭い去れたわけではなかった。今この瞬間にも殺されてしまうかもしれないと感じながらも、 気付いてしまった一つの事実が、レミリアを『支配者』から『哀しい支配者』という印象に変えてしまっていたからだった。 咎めることもなければ、反論すらせず絶句していたレミリアへ、にとりはさらに言葉を続ける。 「もう誰もいらないなんて言うのも、関わってから失くしてしまうのが怖いんだ。 サニーの言うように、誰かと一緒にいるのだって信じられない。咲夜のような身内以外は。 本当は一人は嫌なはずなのに、恐怖で何も信じられなくなった哀しい奴なんだ」 「……お前」 顔を引き攣らせ、よろと一歩後ろに下がったレミリアは、その瞬間幽霊でも見たような表情になっていた。 しかしそれもほんの僅かな間だけのことで、すぐに怒りの感情へと変貌させ激昂したレミリアは、 手に持っていた剣を乱暴に振りかざした。 「貴様が、私を語るなっ!」 最速の剣戟と言ってもいい、見えないくらいの一撃ではあったが、いささか単調に過ぎる攻撃でしかなかった。 咄嗟にサニーミルクを突き飛ばし、にとりもまた前のめりに転がってレミリアの斬撃を避ける。 すぐさま反転して第二撃を打ち込んできたが、感情に任せただけの攻撃はにとりにも読み切ることができる。 突進しての突きをひらりと回避して、にとりは上空へと飛翔して逃げる。 また、逃げている。弱者の逃走であり、言い訳にもならない逃走。 けれど、今度は迷いはなかった。なにをすればいいのかが、一つだが分かったからだ。 恐怖を少しでも否定できる心を持つことだ。 助からないかもしれない。今はどうにもならないかもしれない。 だがそこで足を止めてしまっては可能性すらなくなってしまう。 レミリアがそうなったように、望むことすら望めず、他のものに自分を委託する生を送るようになってしまう。 自分が自分でなくなる。そんなの、一番哀しいことだってレミリアも分かっているだろうに……! 「ちょこまかと……! 私を愚弄するなら、バラバラに切り刻んで天狗の前に突き出してやる!」 弾幕を撃つことも忘れ、ひたすら突進しては斬撃を繰り返すレミリアから器用に避けながら、 にとりは湖の方角へと移動していた。頭に血が上りきっているらしいレミリアはそのことにも気付いていない。 「頭に来てるんだろ! 図星なんだろ! 本当のことだって分かってるんなら、子供みたいに意地を張るのはやめろよ!」 「違う! 貴様に、私の感じているものが分かってたまるか! 吸血鬼が屈辱を受けることが、どんなことかも分からない貴様には……!」 「分からないよ! 私はあんたじゃない! でもこれだけ言ってやる! お前も妖怪なら怖いのを否定できる勇気くらい持てっ!」 「逃げ出した河童風情が私に説教するな! 忌々しい……貴様も四季映姫の同類だ!」 狂気を孕みつつある視線に震えそうになりながらも、にとりは必死で体を動かしていた。 怒りから思わず発されたのだろう、天狗の前に突き出すという言葉がにとりに一筋の光を見せていた。 文は生きている。レミリアに敗北しながらも、きっと逃げ延びて再起の機会を窺っている。 自分達を見捨ててどこかに行ってしまったという可能性もないではなかった。所詮は口約束。保障なんてどこにもない。 それでも、文は仲間だという自信がにとりの中にあった。身を挺してサニーミルクを守ってくれた文は、 レミリアの論理なんかに縛られずに助けに来てくれる。 ようやく、目が覚めただけのことですよと不敵に笑いながら言った文は、 かつて自分達河童を仲間と認め、手を取ってくれていた頃の頼もしさがあった。 だからその時まで、精一杯に抵抗してみせる。 頃合だと見計らったにとりはレミリアの方角へと向き直り、両腕を真っ直ぐ天へと突き上げる。 同時、レミリアの足元からそれまでのにとりの攻撃とは比較にならない、水の瀑布が押し寄せる。 洪水『ウーズフラッティング』と呼称される、水の直線射撃型弾幕である。 真下は湖。にとりの『水を操る程度の能力』により大幅に威力を増強された『ウーズフラッティング』がレミリアの行く手を遮る。 「吸血鬼は流水が苦手なんだったね! これが抜けられる!?」 元々当てることは狙っていない。水による壁を作り時間稼ぎをすることがにとりの目的だった。 次々と迫る瀑布の壁に、さしものレミリアも怯み、後退を始める。 が、そのまま優位に事を運べるほど目の前の吸血鬼は生易しい相手ではなかった。 「たかが水ごときで私が止められるか!」 剣戟を封じられたレミリアは剣を持っていない方の手に魔力を集中させ、手裏剣のような弾幕を生成し始めた。 『スティグマナイザー』と呼ばれるその弾幕は、射撃を切り裂きつつ相手を追尾する、非常に強度の高い弾幕だった。 レミリアの手から離れた『スティグマナイザー』が弧を描きながら瀑布を突き抜けてにとりに迫る。 レティから譲り受けた氷のトライデントで咄嗟に弾き返そうとしたが、吸血鬼の弾幕に太刀打ちできるものではなかった。 一発目は力を一杯に振り絞って叩き落すことに成功したが、 直後瀑布を突き抜けてきた二発目の『スティグマナイザー』をどうこうできる余裕は既に失われていた。 強力な圧に押し切られ、氷のトライデントがバラバラに砕け散る。 さらにその衝撃でにとりも吹き飛ばされ、水の防壁外へと飛び出してしまっていた。 その様を発見したレミリアが、全身の毛もそそけ立つような凄惨な笑みを浮かべる。 望みどおり、バラバラにしてやる。口にこそ出していなかったが、レミリアの全身から立ち上る殺気がそう伝えていた。 もう一度水の弾幕を張ろうにも、この安定しない姿勢では弾幕の撃ちようがなかった。 「まずは腕から毟り取ってやる――」 剣を突き出したレミリアに、ここまでか? と弱気が囁きかけた、その時だった。 ふわりと風に乗ってにとりの目の前に流れてきたのは、真っ黒な鳥の羽だった。 この色と形を、自分は知っている。 お調子者で、自信家で、けれどもどこか律儀で頼りになる仲間の…… 「上……取りましたよ!」 「な……天狗!?」 レミリアが気付き、そちらへと振り向いた時にはもう遅かった。 真っ直ぐに天狗の高下駄で踏みつけるように急降下していたのは、射命丸文だった。 背中に突き刺すようにして、文の足元から強大な風が巻き起こる。 「『天狗のマクロバースト』ッ!」 一点に風を収縮させ、圧縮したエネルギーを爆発させる『天狗のマクロバースト』はにとりの知る限り天狗の中でも最大級の威力を誇る技である。 射程が極短く、加えて高低差を利用して突進しなければならないため、普段ならば吸血鬼クラスの相手に当たるはずもない技だったが、 にとりにのみ意識を向けていたレミリアが、不意を突かれたとはいえ避けられる道理はない。 背中に天狗の全力を受けたレミリアが、きりもみ回転を起こしながら湖へと急落下し、落ちた水面から盛大な水柱を吹き上げた。 文句なしの直撃と言ってよかった。加えて落ちた先は吸血鬼の苦手とする水の中である。 無傷では済まないどころか決定打になったという理解がにとりの中に染み込み、空中で静止している文に「文ーっ!」と弾けた体で飛び込んでいた。 「ぐえっ!? ちょ、ちょっと……こちとらアバラ折れてるんで……」 「え、そうなの? だ、大丈夫?」 「ま、まあ……正直、もう限界です」 珍しい弱音だと思ったが、一度はレミリアに敗北したというのだから当然の怪我なのかもしれなかった。 加えて全力の『天狗のマクロバースト』を撃ったのだから疲弊度は考える以上に高いのだろうとにとりは思った。 そういえば、妙に息切れもしているし腹部を押さえている。これは本格的にまずいかもしれないと考え、肩を貸してやろうかと尋ねる。 プライドの高い天狗ゆえ受けてくれるかどうか心配だったが、案外あっさりと文は頷いてくれた。 「必要なときくらい力は借りますよ……同じお山のよしみもありますしね」 「……仲間、だろ?」 わざと口に出さないのを察して、そう言ってみると文はふんとそっぽを向いた。 やっぱり、仲間だと思ってくれているんだ。嬉しい理解がにとりの中で広がる。 後はサニーミルクを見つけて、出来るならばレティも回収して、どこか休める場所を探そう。 頭の中で方針を組み立て、文の肩に手を回しかけたとき、ヒュッと空を切る鋭い音がしていた。 「え?」 文の足に、鎖が巻き付いていた。 どこか怪しい輝きを放つ、赤錆びた鎖だった。 これは何だと考える暇はにとりには与えられなかった。 鎖にぐいと引っ張られ、文が水面へと急降下してゆく。 鎖の伸びる先、水面の下に、怒りに燃える真紅の瞳があった。 「……おい、嘘、だろ」 文を搦め取り、水中へと引きずり込んでいたのは、先ほど撃ち落としたはずのレミリア・スカーレットだった。 * * * 水底で最初に文が捉えたものは、この世の全てを憎む瞳だった。 自らの論理を否定されかけ、それに対して怒り狂っている子供の瞳だ。 「仲間……そんなもので私が倒せるか! そんなので、そんなもので!」 吸血鬼だからなのだろう、水中において尚、レミリアの放つ声を文は完全に聞き取っていた。 逃れようと必死にもがく文だったが、体力の尽きかけた体ではレミリアの放った魔力の鎖、『チェーンギャング』を壊すこともできない。 加えて水中では息が持たない。このままでは溺死を待つほかなかったが、抵抗する術がなかった。 ごぼごぼと気泡を吐き出すだけの文を見て、レミリアが嘲笑う。 「吸血鬼が水に落ちたくらいで死ぬわけがないだろう。流れのない湖など、私にとっては水溜りに過ぎない」 流水ではなかったことが、圧倒的な力で文をねじ伏せていられる道理だった。 息苦しくなり、顔を歪ませる文を見ながら、レミリアは「そうだ、もっと苦しめ」と手に持った剣を光らせてサディスティックな声を出す。 「あがけ。もがけ。そして絶望に死ね。私の恐怖の前に貴様らの力など無力だということを分からせてやる! 次はあの忌々しい河童だ。妖精の前で惨たらしく虐めて、最後は妖精に殺させてやる。私に逆らうとどうなるかを思い知らせてやる……!」 間違いなく、この吸血鬼ならやってのけるだろうと文は思った。 仲間の存在を否定するために、仲間の力が恐怖よりも劣ると証明するためなら、この吸血鬼はどんな非道なことだって行う。 させてなるものか、と朦朧とする意識で、しかし確かに文はそう思っていた。 自分の我が侭のために、他者の歩みすら阻害しようとする、この吸血鬼を放ってはおけない。 そんな奴の思い通りにさせてしまうことも、たまらなく悔しい。 せめて弾幕の一発でも放ってやりたかったが、精魂尽き果てたこの体では―― 体の中に残っていた気泡という気泡が漏れ、苦しさを通り越して倦怠感すら生まれてくる。 指先を動かすことすら億劫になり、目を閉じようとした文の視界に、見慣れた耐水服と帽子を着込んだ、 短いツーテールが特徴の河童が見えた。 ……にとり? 水中だからなのか、にとりと思われる妖怪の全貌ははっきりとしない。 しかしそれでも、文はにとりが勇ましい顔で「今度は私が助ける番だ」と喋るのを捉えていた。 馬鹿。逃げなさいよ。せっかくこの私が体を張って助けてやったというのに。 言葉は言葉にならず、水に溶けて消え、届かない。 おぼろげな意識の中、文は思いを伝えられないことをひどく悔しく感じた。 違う。私が本当に言いたいことはそうじゃない。 同じ山の仲間を裏切ろうとしていた私が恥ずかしい。 妖精に指摘されるまで責任の文字を履き違えていた私が恥ずかしい。 この期に及んで慢心し、レミリアに反撃を許してしまったことが恥ずかしい。 あまりにも不甲斐なく、そんな自分をまだ認められないと思っているのが、一番恥ずかしい。 いつしか余裕を傲岸に変えてしまっていた私は、幻想郷には不要なものなのかもしれない。 所詮はレミリアの同類だった妖怪。正しい存在に戻ろうとしたところで、既に遅かったのかもしれない。 でも……それでも、私はにとりが来てくれたのが嬉しかった。 私を仲間と認め、助けてくれるのを嬉しく感じてしまった。 だから、本当に伝えるべき言葉は、「ありがとう」という単語ひとつのはずだったのに…… 「……っ、が、あああああっ!」 レミリアが苦しげに悲鳴を上げ、文を縛っていた鎖をするりと手放す。 『チェーンギャング』が離れると同時に、虚脱状態にあるはずの体がするすると動いてゆく。 流されていると理解したのは、ひどく優しげな笑顔を浮かべていたにとりを見てしまったからだった。 水を操る能力で流水を起こし、レミリアにダメージを与えている。 『天狗のマクロバースト』でさえ致命傷とならなかった以上、吸血鬼の弱点を突くというにとりの発想は正しかった。 だが、それでトドメを刺せることはない。それほどまでに吸血鬼とは強大な存在だった。 レミリアの血走った目がにとりを向く。やめろと文が思ったのと同時、 とても水中にいるとは思えないスピードでにとりの懐にレミリアが飛び込んでいた。 「私を馬鹿にして……! 河童風情が! 消えろ!」 横薙ぎに払った剣が、にとりの胴体を一刀両断にしていた。 二つに分かたれた体が、水の中に血の華を咲かせた。 それでも流水は止まらない。体が流され、レミリアの憎悪に満ちた顔も、にとりの優しい笑顔も遠のいてゆく。 薄れゆく意識の中、文は必死に手を伸ばそうとした。 いなくなってしまう。自分の中に生まれた、仲間を思う気持ちすら伝えられずに―― 水中であったがゆえに、その時文は自らが流した涙の存在にすら気付くことはなかった。 後悔が意識を押し包み、そこで文の意識は途絶えた。 * * * 片目を失ってしまったのは予想以上の被害だった。 安定しない視界の中、十六夜咲夜は霧の湖まで歩いてきていた。 河城にとりと妖精が逃走した方角はここだったはず。記憶力には自信のあった咲夜は、迷うことなく湖へと辿り着いていた。 夜間であるので、真っ黒になった左半分の視界を除けば見晴らしは良い。 探せばすぐ見つかるはずだと断じて探索に乗り出そうとした瞬間、ざばりと淵から何者かがよじ登ってくるのが見えた。 「……お嬢様?」 「咲夜か」 妙に血走った目をしており、傍目にも尋常の事態ではないと想像をつかせる。 ずぶ濡れになったまま暗色のコートを着込む姿はどこかしら冷え冷えとしたものも纏っているのもそう思わせた一因だった。 「あの忌々しい河童め……何度殺しても飽き足りない」 そう言い捨てると、レミリアはぶんと地面に球状のものを投げ捨てていた。 ごろんごろんと転がり、やがて小さな岩にぶつかって静止したそれは、河童の生首だった。 ただ切り取られただけではなく、顔全体をズタズタにされた様子は見るに耐えず、また何があったのか聞く気も失せさせていた。 それどころか、河童の生首はレミリアの恐怖の顕現とさえ思え、 レティ・ホワイトロックを討ち取ったという報告さえ忘れさせるほどに咲夜を怯えさせた。 自分も見捨てられれば、ああなってしまう。何も残さないまま、無為な時間をさまよい続ける…… 「怖いか?」 表情には出さないつもりでいたが、レミリアにはお見通しだったようだ。 は、と震える声で正直に告げると、少しは腹立ちが紛れたらしいレミリアが「それでいい」と歪んだ笑いを寄越していた。 「仲間だの、信頼だの……結局は私に負けている。クズの言い訳など私は聞きたくない」 それきりにとりに対する興味も失ったらしいレミリアは、もうそちらの方角を向くこともなかった。 「咲夜。他のクズどもはどうした」 「は……レティ・ホワイトロックを討ち取りましたが……」 「天狗と妖精は逃がしたか……まあいいわ。あいつらだけは私が絶対に殺す。たっぷりと絶望を味わわせてね」 「では、天狗と妖精を追跡する、ということでしょうか」 「そうね……そういえば咲夜、随分と手こずったようね」 閉じた片目を眺めながら、レミリアが近寄ってくる。 不覚を取ったことを不甲斐ないと吐き捨てられるかと思い、身を震わせた咲夜だったが、 思いの外優しくレミリアの指が頬を撫でていた。 「だが、お前は勝った。たった一人で、屈せずに支配した。そこは評価してやってもいいわ」 「あ……は、はい」 「私に支配される者だけが、勝利を得る。ねえ、咲夜?」 頬を撫でるレミリアに、狂喜の感情と、畏怖の感情が渾然一体となり、咲夜は歪んだ笑みを浮かべていた。 壊れていながらも敬愛する『お嬢様』が、そこにいるような気がしていたからだった。 * * * 「う……」 「あ……目、覚めたんだ……」 湖のほとり。紅魔館にほど近いそこで、私は射命丸文が目を覚ますのを待っていた。 にとりに突き飛ばされ、しばらく呆然としている間に、戦闘は終わっていた。 文がレミリアを湖に突き落としたかと思えば、そこからレミリアが反撃し、 助けようとしたにとりが後を追い、そして死んでいった。 流されてゆく文を追って、私は湖を迂回してレミリアに見つからないように移動していた。 その間、とても恐ろしい音が聞こえていた。 聞くのも辛くなるような罵詈雑言を飛ばし、なにかを壊していたレミリア。 確認するのも怖くて、私は耳を塞ぎながら必死に移動していた。 そして文を見つけた後は湖から引き上げ、レミリアにも見つからない場所まで運んできた。 レティは戻ってこない。にとりも戻ってこない。怖くて、寂しくて、私は泣きながら文が目覚めるのを祈っていたのだった。 「私……無様ですね……」 ぼんやりとした表情で、文はそう言う。その目頭には涙が溜まっていた。 すごく悔しかったのだろう。天狗はプライドが高い。レミリアにいいようにされたのだから、気持ちは分からなくもない。 「……そんな風に思える天狗が羨ましいよ。私なんて、こわくて、何もできなかった……」 「真っ先にケンカを売ったのはあなたでしょうに」 苦笑交じりに、涙を拭ってくれる。こんなに優しかっただろうか? レミリアと出会う前までの、冷淡にしか思えなかった文の表情は安らかだった。 「私も、それに釣られて……戦って……負けて、何も守れなかった……私でも仲間だって認めてくれた、にとりも……」 「文……?」 プライドの高い、高慢ちきな天狗の姿はそこにはなかった。 ただ友達のことだけを思って、思いに応えられなかった悔しさだけを滲ませる、本当の『射命丸文』を見たような気がしていた。 「罰なんでしょうかね、これは……今まで役目役目で、自分の生活さえ守れればいいなんて考えていた妖怪のツケ……」 「だったら、なんで泣いてるのよ」 「え?」 手を伸ばし、目元を拭って涙を見せてやると、文は信じられないというように絶句していた。 そのまま何も言わない文に、私は感じたことを言っていた。 「あんたがどんな生活してきたのかわかんないけどさ……文は、そこまで冷たい妖怪じゃないって、私思うよ。 そんな風に泣く奴はいい奴なんだって、私でも知ってる」 「……私は」 何かを言いかけて、文はそれきり口を噤んで、泣いた。 あの天狗がここまでぽろぽろ泣く姿なんて、私は見たこともなかった。 自信家で、他人を馬鹿にして、意地悪だとばかり思っていた天狗が、こんな顔をする。 だったら、妖怪っていうのはもっともっと、私達が知らない側面を持っているのかもしれない。 そして文の感情を引き出させたにとりがすごいように思えて……だからこそ、とても寂しくなった。 にとりの存在を、こうも簡単に奪ってしまう幻想郷がとっても悲しかったからで…… 私も、いっぱい泣いていた。 【C-2 湖のほとり 一日目 夜中】 【射命丸文】 [状態]瀕死(骨折複数、内臓損傷) 、疲労大 [装備]胸ポケットに小銭をいくつか、はたてのカメラ、折れた短刀、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有) [道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本 [思考・状況]基本方針:自分勝手なだけの妖怪にはならない 1.仲間を守れなかった…… 2.私死なないかな? 3.皆が楽しくいられる幻想郷に帰る 【C-3 湖近辺 一日目 夜中】 【十六夜咲夜】 [状態]腹部に刺創、左目失明 [装備]NRS ナイフ型消音拳銃(0/1)個人用暗視装置JGVS-V8 [道具]支給品一式*5、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り1個)、死神の鎌 NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬16 食事用ナイフ(*4)・フォーク(*5) ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発) [思考・状況]お嬢様に従っていればいい [行動方針] 1.このケイタイはどうやって使うの? ※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。 ※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有 ※レティの支給品は死体とともに放置されています。 【レミリア・スカーレット】 [状態]背中に鈍痛、軽い疲労 [装備]霧雨の剣、戦闘雨具 [道具]支給品一式、キスメの遺体 (損傷あり) [思考・状況]基本方針:威厳を回復するために支配者となる。もう誰とも組むつもりはない。最終的に城を落とす 1.文とサニーを存分に嬲り殺す 2.キスメの桶を探す 3.映姫・リリカの両名を最終的に、踏み躙って殺害する 4.咲夜は、道具だ ※名簿を確認していません ※霧雨の剣による天下統一は封印されています。 【レティ・ホワイトロック 死亡】 【河城にとり 死亡】 【残り18人】 160 行き止まりの絶望 時系列順 [[]] 160 行き止まりの絶望 投下順 161 [[]] 160 行き止まりの絶望 射命丸文 [[]] 160 行き止まりの絶望 レミリア・スカーレット [[]] 160 行き止まりの絶望 十六夜咲夜 [[]] 160 行き止まりの絶望 レティ・ホワイトロック 死亡 160 行き止まりの絶望 河城にとり 死亡
https://w.atwiki.jp/touhourowa/pages/220.html
悲しみの空(前編) ◆Ok1sMSayUQ 後には引けない。 八雲藍の救援もない。 どうすれば博麗霊夢を止められるかも分からない。 そもそもがないものねだりの上、これは霧雨魔理沙という女の我が侭に過ぎない。 それでもやると決意した。 諦めたくはないから。 友達を見殺しにするなんて、そんな真似はしたくなかったから。 友達が間違っているのなら、それを正せるのも友達。 そう、いつだって自分達魔女は――貪欲なのだ。 「数え切れないくらい、対戦はしてきたわよね? 勝敗はどうだったかしら」 「さあね。……でも覚えてる限りじゃ私の負け越しだ」 いつもの口調、いつもの調子。 血に染まった服で、折れた刀を抱えてさえいなければ、魔理沙は日常の一部と錯覚したかもしれなかった。 霊夢の寄越す、全てを無と肯定する瞳を受け止めながら、勝てるのかと自身に問いかけてみる。 遊び半分の試合でさえ霊夢に勝てたことは少ない。まして手加減無用の殺し合いとなればどうだろうか。 実力差があるとは思わなかった。だが霊夢には天性の才覚と、事象そのものが味方していると思えるくらいの強運がある。 弾幕を撃てば弾幕の方が避けて行くようにさえ感じられるくらいだ。はっきり言って、弾幕主体で戦う魔理沙には相性が悪い。 だが一度も勝てなかったわけではない。フランドール・スカーレットが自分を友達だと言ってくれたように、 こうして霊夢ともう一度巡り会ったように、あらゆる可能性はゼロではない。 霊夢が天才の感覚ならば、知恵と努力でなんとかしてみせるのが今の魔理沙にできる最善の方法だった。 「でもな、今までの勝敗なんて関係ない。この一回を勝てばいいんだからな」 「……事象は回数を重ねる度に真実に近づくって分からないのかしら」 「悪いね、私は人間だ。人間にその論理は通じないんだぜ」 「不死の化物になったくせに?」 まるで遠慮を知らない口調で霊夢が言った。 霊夢なら察知しているのも頷ける一方、霊夢とさえ同じ立場でなくなってしまった現実が重く圧し掛かる。 霊夢を止める術も分からないまま、のこのことここまでやってきてしまった自分。 そんな自分は全てを失いたくないと言いながら、その実自分の身はどうなってもいいと考えているのではないだろうか。 心を満足させられればいいとだけ思うようになって、だが我が侭を押し通そうとする自分が嫌いで、 罪を清算した後に死にたいと心の奥底で願うようになってしまったのではないか。 フランはそれを敏感に察知して、戦場から遠ざけようとしてくれていたのではないか。 やっぱり、私は大馬鹿だ。 そんな事にも気付けないで、霊夢と対峙しようだなんておこがましい。 フランにはあの時、こう言ってさえいればあんな目には遭わせずに済んだのに。 死にたくないから、ずっと私を守っててくれ、と。 だから。 魔理沙は強く一歩を踏み出す。 フランへの借りを返すために。 守ってくれ、と今度こそ言うために。 「だったら、化物の意地を見せてやる」 ミニ八卦炉を持つ手とは反対の手で、魔理沙が星型の光弾を射出した。 扇状に広がる弾幕は、しかし簡単に霊夢に避けられる。 それも当然と魔理沙は判断して、次に隠し持っていたダーツを一本、霊夢へと向けて投擲する。 小さいダーツの矢は、完全に霊夢の死角にあったようだった。 咄嗟に刀を振って矢を弾いた霊夢に、やはりという確信が生まれた。 弾幕への対応力は目を見張るものがあるが、こと格闘戦や実弾での投擲・射撃への対応は弾幕のそれより僅かにではあるが鈍い。 つまり弾幕に対してはほぼ無敵であると考えてもいいが、攻撃方法を変えれば話は別だ。 魔理沙が勝ち取った数少ない勝負では、いずれも格闘戦が決定打だった。 なんとなく予測はしていたのだが、他の投擲武器ではどうだという疑問があり、 ダーツでの攻撃は半ばそれを確かめるためのものであったのだ。 ならば、霊夢を黙らせる戦術はたったの一つしかない。 即ち弾幕で動かせ、止まったところを他の武器で仕留める。 問題はその武器が極めて少ないということであったが、やるしかない。 ここで霊夢を逃がさないためにも、誰かを殺させないためにも、そして自分のためにも――! 魔理沙はポケットからもう一つダーツの矢を取り出し、逆手に握って走る。 一直線に駆ける魔理沙を、霊夢は博麗アミュレット――魔理沙の通称では『座布団』――で迎撃してくる。 『座布団』は一発あたりの破壊力は大したことはないものの、極めて追尾性が高く魔理沙の苦手とするタイプの射撃だ。 普通なら、ここで避ける。普通の弾幕ごっこなら。 しかしこれはお遊戯ではない。防御を無視して際どい回避が賛美されるのはルールに則った闘いでの話。 必要なのは、いかに相手を戦闘不能にさせる一撃を叩き込めるかだ。 そのために魔理沙が選んだ行動は……正面からの突撃。 何の躊躇も無く突っ込む魔理沙に、霊夢が取った選択は更なる追撃だった。 いや『座布団』を放った瞬間に、まるで先読みするかのように威力を重視した射撃『妖怪バスター』を放っていたのだ。 「魔理沙。匹夫の勇、一人に敵するものなりって言葉があるのよ」 本来ならお札に霊力を込めて使うはずの『妖怪バスター』は、お札がないからなのか楕円に近い形状をした薄紅色の光弾となっていた。 お札は退魔の効力が宿る一方、人間にとっては威力を緩衝する媒介でもあるために人に対しては若干威力が低下する。 しかし今はそれがない。加えて遠慮など皆無の『妖怪バスター』が直撃すれば魔理沙は大きくダメージを受け、吹き飛ばされるはずだった。 「知ってるか、霊夢。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずって言葉があるんだぜ」 だが、『妖怪バスター』をものともせず、魔理沙は弾幕を突っ切ってきたのだ。 『座布団』に突っ込む寸前に、魔理沙は自身に魔法をかけていたのだ。 『ダイアモンドハードネス』。パチュリー・ノーレッジも使用していた、大地の力を借りて防御能力を高める魔法だ。 土属性の基本的な魔法であること、魔法の森という魔理沙には慣れ親しんだ場所であること、 そして魔理沙自身優秀な魔法使いであることが完璧とは言わないまでも急場での使用を可能にさせたのだ。 「パチュリー、〝借りた〟ぜ! ついでにこいつも喰らえっ!」 懐から一歩手前の距離で先程よりも大きく、速度の速い星型弾『メテオニックデブリ』を展開する。 『妖怪バスター』と同等以上の威力を誇るそれが直撃すればいくら霊夢といっても戦闘続行は不可能だ。 しかし『メテオニックデブリ』はいささか隙が大きすぎた。 咄嗟の判断で霊夢は『亜空穴』を使用して後方へと退避。魔理沙の射撃は不発に終わった…… が、魔理沙は元より当たることなど期待していない。『亜空穴』の着地の時に起きる隙を狙っていた。 地上を駆け、まずはその憎たらしい無表情に一発パンチを入れる。そのはずだった。 走り出した直後、背中に走った鈍い衝撃に、魔理沙は前のめりに倒れる羽目になった。矢も取り落としてしまう。 「『座布団』か……!? くそっ!」 恐らく当たり損ねた『座布団』が引き返し、直撃したのだ。 ある程度の追尾性は認めていたが、まさかここまでとは予想もしていなかった。 普段の『座布団』は手加減していたとでもいうのか。 決して埋めようのない実力差を意識し、歯噛みしながらも立ち上がると、 霊夢は既に体勢を立て直してこちらへと仕掛けてきていた。 弾幕はなく、一見無警戒に突進している。まるで先程の自分のように。 逃げるか、迎え撃つか。 咄嗟に浮かんだ選択はその二つだったが、逃げたところで追尾性の高い『座布団』などで追撃されるだけだ。 かといって霊夢が何の考えもなしに突っ込んでくるはずはない。仕掛けがあると見るべきだったが、他に道はない。 こうなれば読み合いだと腹を括って、魔理沙はまず出の早い射撃で迎撃する。 ところが霊夢は避けるそぶりさえ見せない。そう、自分と同じ戦術をなぞるように。 まさかという思いが魔理沙に浮かぶ。 霊夢は巫女。いつだったか見せた神下ろしなる術で擬似的に自分と似たようなことは出来なくもない。 しかし神下ろしは儀式が必要なはず。ノンリアクションで可能なわけではない。 だから霊夢に無理矢理弾幕を突破する方法はないはずなのだ。霊夢は魔法使いではないのだから。 だが、或いは、霊夢なら。 あらゆる異変をたちどころに解決してきた実績と、霊夢への無条件の信頼が魔理沙に分の悪い賭けを選択させた。 思い違いであれば大きな隙を晒し、倒れ伏すのは間違いなくこちらになるだろう。 それでも私は、霊夢を信じる。 横に旋回しようと浮かしかけた足をだん、と地面を踏みつけ、魔理沙はミニ八卦炉を持つ手に力を込めた。 「きつい肘鉄を食らわせてやる!」 ミニ八卦炉が向けられたのは霊夢にではなく、その真後ろ。 その瞬間、ミニ八卦炉から膨大なエネルギーがレーザーの形となって爆発し、後ろにあった木々がめきりとへし折れた。 破壊力だけならばあらゆる魔法の中でも最大級の威力を誇るそれは、しかし今回はその反動を利用するために使われた。 力が生じる際には反発力もまた発生する。 ミニ八卦炉が誇る火力は、同時に反発力を伴って使用者への大きな負担となることが弱点の一つだった。 そこを利用すべく、魔理沙が考案したのはその反発力を用いて敵に攻撃するという手法だった。 一瞬でも最大出力にしてしまえば人間一人など吹き飛ばすことなど造作もない力に身を任せ、勢いを以って突撃する。 その名を、自身を尾を引く彗星になぞらえて――『ブレイジングスター』という。 ミニ八卦炉の力を借り、高速で突撃した魔理沙の速さは自身が射出した弾幕に追いつこうとする程の速さだった。 『ブレイジングスター』はその性質上制御が利き辛く、回避されると完全に隙を晒してしまうという弱点を持っている。 しかし、もし霊夢が自分と同じ戦術を取っているのだとしたら。 弾幕にほぼ重なる形で向かってくる『ブレイジングスター』を回避する術はない。 正面からのぶつかり合いならば断然こちらの方が有利。後は気合だ。 風圧に顔を押し潰されそうになりながら、魔理沙はしっかりと前を見据える。 霊夢はいる。必ずそこにいる。 戦ってはいても、霊夢は友達だと魔理沙は信じていたから。 弾幕の途切れ目、魔理沙の信用に応えるかのように……そこに霊夢はいた。 魔理沙と同じように、だが一方で凍りつくような敵意しかない視線を含ませて。 「勝負だぜ……霊夢っ!」 少しでも前に進むように。魔理沙は前のめりになって突撃する。 ぶつかり合いなら負けるはずがない。パワーなら絶対の自信があった。 『ブレイジングスター』に今さら気付いたらしい霊夢は前方に『警醒陣』を設置してきたが、遅い。 止められるはずがない。魔理沙は何の懸念もなく『警醒陣』に突っ込んだ。 「そんなもんで私は止められないぜ! ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」 大抵の弾幕は突き通さないはずの『警醒陣』が一瞬のうちにミシリと音を立て、パリンと割れた。 多少威力は削がれたようだが問題などない。殺し合い用に調整でも施されたのか、 出力が低下してはいたがそれでも霊夢を気絶させるのには十分な威力だったし、 もう数枚『警醒陣』を設置されているなら話は別だが、もうそんな間合いはない。 このまま突っ込むと息巻いていた魔理沙の目が驚愕に見開かれたのは、霊夢の前方に展開されたあるアイテムを発見したからだった。 「矛盾っていう故事があるけど」 ペンデュラム。最近香霖堂で発見した、物を捜索するアイテムであると同時に高い防御力を誇るアイテム。 霊夢が突撃してきた理由が判明した一方、 それが『ブレイジングスター』にとって相性が最悪なものだとも気付き、魔理沙は己の運を呪いたくなった。 貫通射撃以外の殆どの打撃・射撃を反射してしまうほどの硬度を持ったペンデュラムに、 ただ高速で突撃しているだけの『ブレイジングスター』はあまりにも分が悪すぎる。 「私は最強の盾を持っている。でも、魔理沙はどうかしら? あなたは最強の矛ですらない」 勢いよくペンデュラムにぶつかるも、当然突き抜けることなど出来ない。 徐々に勢いが削がれていく。霊夢が狙うのは完全に勢いをなくしたとき。そこに、最大威力の弾幕なり打撃を叩き込むだけでいい。 チェックメイト。詰みの状況であることを理解した頭から血の気が引いてゆく。 これが結果だというのか。知恵と努力程度では、天才の霊夢にはどう足掻いても勝てないというのか。 「ペンデュラムを展開するために少しだけ隙があればよかったわ。そのために『警醒陣』を設置した。 あんたの得意なマスタースパークかと思ったけど……寧ろ好都合だったわね。あんたの知恵はサルの浅知恵なのよ」 そうかもしれないと納得する一方、冗談じゃないといういつもの対抗意識が持ち上がり、萎えかけていた魔理沙の闘志を奮い立たせた。 こんなところで負けてたまるか。異変解決人は霊夢だけじゃない。 知恵と、努力が無意味なんかじゃないことを一番知っているのは、自分を近くで見てきた霊夢だったはずだ。 だからここで霊夢の言葉に膝を折ってはならない。霊夢の論理に屈してはならない。 断固として立ち向かわなければならない。それが自分の、霧雨魔理沙が進むと決めた道なのだから――! 「結構だ! サルの一念、岩をも通すってな!」 「……っ!? こいつ……!」 弱まりつつあった突撃の勢いが取り戻され、俄かに霊夢がこちらを睨んだ。 互角とまではいかない。まだこちらが押し負けている。 それでも諦めるわけにはいかない。力が続く限り、絶対に前へと進み続ける。 霊夢の瞳に狼狽の色が宿り、やがてそれは哀れみに近いものへと変わる。 無駄だと告げる瞳。どうして最後の最後まで抵抗するのか分からないと問いかける瞳に、 魔理沙はしっかりとした意志を持って睨み返した。 何のことはない。それが私だからだ。 「あんたじゃ絶対私には敵わない。分かりきってることでしょう……? 自分でも理解しているはずなのに」 「そうだ……! 確かに分かってるさ! でもな……!」 「――魔理沙には、友達が、私がいるもの!」 横合いから飛び込んだ影に、今度こそ霊夢の顔色が変わった。 フランドール・スカーレット。完全に硬直していた霊夢にフランの拳を避けられるはずはなかった。 脇腹にフランの直撃を受けた霊夢がペンデュラム共々吹き飛ばされ、木にしたたか体を打ちつけた。 呆気に取られた魔理沙は少しの間、これは現実なのかと考えてさえいた。 先程まで気絶していて、身もボロボロだったはずのフランが助けに来た。 言葉もなくただフランの方を見ていると、こちらに少しだけ振り向いたフランがニヤと笑うのを魔理沙は見逃さなかった。 一人じゃない。何の抵抗もなく浮かび上がってきた考えに勇気付けられるのを感じた魔理沙は、 そこでようやく言葉を返すことが出来た。 「大丈夫なのか?」 「まだちょっとばかしよく見えないところもあるけど……すぐに治るわ。だって私は吸血鬼だから」 「そいつは頼もしいな。……さて、後はおいたをした奴にお仕置きしてやらないと、な」 霊夢が身動きの取れない今、捕縛するならこのタイミングしかない。 ゴホゴホと咳き込み、それでも無表情を保ったままこちらを見返してきた霊夢は機械というよりもやせ我慢している印象があった。 お前はそれでいいのか? 辛いことや苦しいことを我慢して、ひとりで何もかもをやろうとして、それで納得しているのか? 今聞いても霊夢の心に届く気がせず、その言葉を飲み込んだ魔理沙が近づこうとして、唐突に現れた光の群れに遮断された。 まるで雨と降り注ぐ矢のように押し寄せた光の槍が魔理沙とフランのいた地点に押し寄せ、フランもろとも直撃を受けた。 『ダイアモンドハードネス』の効果が残っていたからなのか、運良く数が当たらなかったからなのか、 魔理沙は多少仰け反るだけで済んだものの、視界が悪いと言っていたフランは避けることも防御することも出来なかった。 光に呑まれ、先程の霊夢よろしく大きく吹き飛ばされたフランは気絶こそしなかったものの、苦痛の呻きを上げた。 「フランっ!」 霊夢を捕縛することも忘れ、魔理沙はフランへと駆け寄ろうとする。 しかしその行為さえも横合いから聞こえた声で体が凍りつき、遮断される。 「何をしているのかしら、霧雨魔理沙」 霊夢と同じく感情の籠もっていない声に、魔理沙は冗談だろ、と言いたくなった。 最悪としか言いようのないタイミングで、敵に回すには最悪の相手が……八雲紫が現れたのだった。 * * * 森の中に木霊する破裂音の連続に、八雲藍にまた一つ冷たい汗が落ちる。 フランドール・スカーレットが突如として行方を眩ませた。 霧雨魔理沙の呼びかけに応じ、二手に別れて探すことにしたのだが、一向に消息は掴めない。 徐々に近づいている感覚はあるものの、不案内な魔法の森では方向感覚が鈍りきってしまっていた。 藍が奔走している現在も、森のどこからともなく音が……恐らくはフランと戦っている誰かとの争いの音が聞こえてくる。 藍の知る限りでの知識では考えられないことだった。 情緒不安定などと言われているフランだが、それは精神的に幼いが故のものだ。 霧雨魔理沙と行動するようになって以来、フランはどこか落ち着きを覚え、思慮分別を考えるようにもなった。 主観だけでなく、客観的に物事を見れるようになった彼女を、少しは信頼するようになっていたのに。 「……信頼、か」 自分が言う事でもないと思い、しかし否定しきれないまま藍は走る速度を早めた。 主人の八雲紫を探し、紫の言うことに従っていればいいと思っていただけの自分も、 今はこうして仲間のために奔走し、助けたいとさえ思っている。 紫にしてみれば、式がこのように自我を持つのは力を下げるとしてお叱りを貰うのだろう。 それでもなお『八雲藍』として、魔理沙に協力したいと思っているのは…… 彼女の、理屈を超えた行動力に惹かれているからなのかもしれない。 幻想郷のレプリカかもしれない土地を生み出し、あまつさえ強大な力を持つ妖怪を攫い、 閉じ込めるだけの力を持つ存在など藍には最早想像の外だった。 正直に言って、抵抗する手段など分からない。自分などでは到底覆しようのない、圧倒的な絶望が横たわっている。 頭の回転の早い藍は、既にどうにもならないのではないかという推測に至っていた。 遊びと称して殺し合いをさせるような奴のことだ、こちら側に対する策は必要以上に練ってあるに違いなかった。 そう、幾重にも施錠を施された巨大な鳥籠から、小鳥がどうやって脱出するかを考えるのに近い。 魔理沙だって分かっていないはずはない。いつだって異変を解決してきた博麗霊夢が殺し合いに乗っているのを目撃したというのなら、 或いは魔理沙の感じている絶望は自分以上のものなのかもしれない。霊夢でさえ諦めた異変を、自分達如きが解決できるのか。 それでも魔理沙は全てを放り捨てて殺し合いに乗ることはしなかった。 友達や、知り合い同士で殺しあうなんてしたくない。ただそれだけの思いに従って。 だがその一途な、どんなに曲げようとしても曲がらない信念が吸血鬼のフランをも動かし、自分の心も動かした。 理屈だけの力など大きく超える、正体不明の力がそうさせているとしか考えられなかった。 そして愚かにも、自分はその力に賭けようとしている。 馬鹿馬鹿しいと一蹴する気が起こらないのは、安心して身を委ねていられるものがあるからなのかもしれなかった。 「そうか、それを『信頼』というのかもしれないな」 この一語で全てが納得できると分かったとき、藍はこの発見を紫にも伝えたい、と思った。 紫は常に強者の威厳を保とうとしていた。孤高であることの強さを誰よりも知っていたのが紫だったからだ。 大妖怪は強者であれ。だから紫は常に一歩距離を置いていた。 食事を摂るときも、仕事をしているときも、縁側で戯れているときでさえ無防備ではなかった。 藍は知っていた。珍しく遊んでくれと言ってきた橙に付き合っていると、その様子を物陰から紫が見ていたのだ。 その時にほんの少しだけ、一度だけ見せた寂しそうな表情を、藍は忘れられなかった。 従者として解決できる方法はないかとずっと考えていた。 ようやく……糸口が見つかったのかもしれないと藍は思った。 信頼という言葉が持つ、力の意味を伝えたかった。 故に今の仲間を絶対に守り通す必要がある。 「……ああ、そうか」 自我を持ち、紫に逆らおうとしているのではないと藍は思った。 なんだかんだで、自分は紫を敬い、尽くしたいと思っているのだ。 仲間を守るという行為が、紫のために出来る行動でもある。 結局はそういうことなのだろうと思いを結んだ藍は搾り出すような声で「間に合ってくれ……!」と願った。 誰も死なないように。 その考えが霧雨魔理沙の考えそのものであることに、八雲藍は気付かなかった。 * * * 森の木の陰で、石ころのようにうずくまっていたものが低い唸り声を上げた。 苦痛に歪んだ顔を土で汚し、よろよろと力なく立ち上がったのは森近霖之助だった。 倒れたときの衝撃で大きくズレてしまった眼鏡をかけ直しながら、 霖之助は鈍痛の残る腹部をさすりつつキッと森の奥を睨んだ。 「紫め……」 やっとの思いで吐き出した言葉はしわがれていて、己の貧弱さを表しているようで情けなく思った。 先程まで同行していたはずの相手――八雲紫の姿はない。 当然の話だった。何故なら、彼女は霖之助を悶絶させると同時に、一人で霊夢が戦っている現場へと行ってしまったのだから。 幸いというべきなのか、忍びないとでも思ったのだろうか、 霖之助が持っていた武器はそのままで持っていかれていることはなかった。 まさか自分の身を気遣ったわけではあるまいと思いながら、改めて持ち物を確認する。 散弾銃の弾数は変わっていない。煙草も揃っている。あまり意味のない新聞もある。そして……酒は抜かれている。 こんな時に酒だけ抜き取っていく紫を図々しく感じる一方、酔っていた姿も思い出して、霖之助はどうしても憎む気にはなれなかった。 隣で酒を呷り、滅多に驚くことのない自分が思わず思考を止めてしまうくらいに美しかった紫は、 裏を返せば酒の力を借りなければ己を保てなかったのかもしれない。 霖之助はあんな紫の姿を見たことがなかった。これまで見てきた紫といえばどこか掴みどころがなく、 飄々としてかつこちらの何もかもを見通しているかのような余裕が感じられたものだが、酔っていた紫にはそれがない。 驚いていたあまりに思索を巡らせるのを忘れていた。ひょっとすると紫は紫で、今の状況に対して相当焦っているのではないのか。 大妖怪としての手前、みっともない姿を晒すわけにもいかず、こちらを煙に巻くことで誤魔化したのではないのか。 そう考えると少女を感じさせたあの姿も、寧ろ不安の現れのような気がして、霖之助は痛む体をおして走り出した。 悶絶する前、立ち去った彼女の姿はどうだっただろうか? 記憶を辿ってゆく。そう、あの時の彼女は―― 「霖之助さん」 聞き慣れない呼び名に、霖之助は一瞬別の誰かに名前を呼ばれた気がして、きょろきょろと周りを見渡した。 無論そこには紫しかいない。呼んだのは彼女かと結論を至らせるに数秒を要し、「誰かと思った」とまずは正直な返答をする。 だが紫はからかうでもなく、いつものように冗談を言うでもなく、どこか人形のような無表情のままで続けた。 「戦っているのは霊夢でしょう。まず間違いないですわ」 「それはさっき聞いたな」 「では……戦っているのは誰だと思います?」 虚を突く質問に、霖之助は言いよどんだ。古道具屋に篭りきりの霖之助は霊夢が普段何をしているかなど知る由もないが、 数々の異変を解決している妖怪退治屋であることくらいは知っていた。 「戦い好きな妖怪じゃないのか」 「浅慮な妖怪ならばそうかもしれません。ですが、そのような妖怪は……言い方は悪いけど、もう既に死んでいますわ。 それにその程度の妖怪なら、霊夢がここからでも目に見えるような出力で戦うのもおかしな話」 「相手は大妖怪だと?」 「かも、しれません」 「やけに自信がなさそうじゃないか」 「……大妖怪であるなら、霊夢の存在か分かっていない者などいるはずがありませんもの」 紫は説明口調で、霊夢が博麗大結界を維持するのにどれだけ必要不可欠な存在なのかを言った。 霊夢の死は、即ち幻想郷の死と同等であること。 そればかりか自分達妖怪の存在すら危うくなってしまうこと。 彼女だけは何があっても死なせてはならないことを紫は淡々と、しかし断固たる口調で語った。 「しかし、それを知らない妖怪だって多数いるんじゃないのか。僕もそうだった」 「恐らくはそうなのでしょう。貴方のような普通の妖怪は知らない者も大勢いる」 そこで霖之助は、紫がこちらを見上げてくるのを感じた。 まるで少女のような、脆さを含んだ生硬い決意がそこにあるように感じられた。 「つまり、貴方も知っているような人妖かもしれない」 人妖、という言葉に霖之助は息を呑んだ。妖怪だけではない。人間が、霊夢と戦っている可能性もある。 人同士が殺し合っている。人間と妖怪、どちらでもありどちらでもない霖之助でさえもそれはおぞましいもののように思えた。 霖之助の怯えを見て取ったかのように紫は畳み掛けた。 「もしも霊夢と、貴方の知り合いが殺しあっていても……本当に、霊夢に加勢出来ますか?」 霊夢に加勢するということ。紫の雰囲気に呑まれて助けに行くなどと大言を吐いてしまったが、 それは霊夢に敵対する誰かを殺さなければならないということ。 存在を根本から奪ってしまう。失くしてしまう。まして知り合いを、我が手で。 一介の古道具屋に出来ることではなかった。『殺傷できる』らしい武器を持つ手に力が入り、その重たさが圧し掛かる。 本当に助けに行けるのか? 霖之助の動揺を見て取った紫が、一歩こちらへと近づいた。 「私は、貴方にそんなことが出来るとは思えない」 紫の片手が拳の形を作っていることに、霖之助は気付けなかった。 鳩尾に鈍い衝撃が走り、か、と口が大きく開く。 肺の中の空気が搾り出される感覚。呼吸も不可能な感覚に叩き落され、ガクリと膝が折れる。 「ゆか、り……何、を」 地面に横たわりながら、霖之助は紫を見上げた。大妖怪で、不意討ちだったとはいえ女の拳一発で行動不能に陥った我が身を呪いながら、 視界に入れた紫はどこか暗い色を宿していた。 「だから、貴方は邪魔なのです。人を殺すのは、私の役目」 「待て……!」 「所詮貴方は古道具屋でしかない。ですから、そこで待っていて下さいませ」 僅かに唇を微笑の形にした紫には、やると決意した空気が滲んでいた。 行かせてはダメだ。咄嗟にその言葉が浮かび上がり、制止の言葉をかけようとしたが、苦痛にそれを阻まれる。 それだけではない。霖之助に恨まれるのを承知で誰かを殺しに行くと宣言した今の紫を、 言葉だけで止められるはずがないと分かっていたからだった。 荒い息を吐き出すことしか出来ずに、霖之助は去ってゆく紫の姿を見つめ続けた。 なぜ。 なぜ、君はそうする。 大妖怪だからか? 大妖怪だから、一人で全部辛いことも苦しいことも抱え込んでしまうのか? ならばどうして僕達は交わりを持とうとする。ならばどうして言葉を交わし、酒を交わそうとする。 紫。賢い君なら、そんなことはとっくに分かっているはずじゃないのか……? 紫の背中は、何者をも寄せ付けぬ風でありながら、その実一人では立っていることさえも危うそうな弱さもがあるように見えた。 そんな時に、無理矢理にでも立ち上がることすら出来ない自分の不明を、霖之助は呪った。 そう、だからと霖之助は走る速度を上げる。 紫を一人にしてはならない。 大妖怪であるから一人で何もかもを背負わなければならないなどおかし過ぎる。 この事件はそんな生易しいものではない。 本当の意味で協力しなければ、絶対に解決など出来ない。 自分はいつもの自分を保とうとするあまりに、紫が何を考えているのかを思惟するのを忘れていた。 言葉の裏を読むということを忘れ、ありのままを伝えるということを忘れ、言葉遊びだけに興じていた。 いつもの自分であろうとしたことのツケが紫を追い詰めていたのだとしたら。 自惚れかもしれないが、それだけは絶対に自分の手で返さなければならないと霖之助は思った。 つまり、ありのままに今の自分を言い表すと…… 霖之助は、紫の力になりたいと、そう思っていたのだった。 * * * 117 誰がために鐘は鳴る(後編) 時系列順 119 悲しみの空(後編) 118 吾亦紅 投下順 119 悲しみの空(後編) 117 誰がために鐘は鳴る(後編) 博麗霊夢 119 悲しみの空(後編) 117 誰がために鐘は鳴る(後編) 霧雨魔理沙 119 悲しみの空(後編) 117 誰がために鐘は鳴る(後編) フランドール・スカーレット 119 悲しみの空(後編) 117 誰がために鐘は鳴る(後編) 八雲紫 119 悲しみの空(後編) 117 誰がために鐘は鳴る(後編) 八雲藍 119 悲しみの空(後編) 117 誰がために鐘は鳴る(後編) 森近霖之助 119 悲しみの空(後編)
https://w.atwiki.jp/mangaroyale/pages/257.html
笑顔 ◆wivGPSoRoE 曇天の雲の下、漠々たる闇と静寂が支配する中、男と女がにらみ合っていた。 電柱に備えられた街灯が、ぼんやりと照らし、ディパックから転がりでたランタンが光を放っている。 どこか冷え冷えとしたものを感じさせる周囲とは異なり、二人からは闘争の熱が発せられていた。 "ルイズが私を許して、そして救ってと呼び掛けていた相手だ" 女の言葉を何度も頭の中で反芻し、その意味を認識する。 そのたびに、驚愕の風が覚悟の心の水面を揺らした。 (どういう意味だ? ルイズさんとこの女との間に一体何が……。 許せ、そして救えとは、どういうことなんだ? ルイズさん) 何ゆえ、柊つかさを殺害しようとした悪鬼を救ってくれ、などとルイズが言ったのか。 普段は波紋一つおきぬ覚悟の心の水面は、大きく揺らいでいた。 わずかに、覚悟の構えが緩む。 その隙をついて女が駆けた。猛禽の速度で突進してくる。 「臓物ぉぉ――ッ!!」 槍から光が迸る。 (っく!) 覚悟の体が発光。 「ブチ撒けろっっ!!」 まさに間一髪。 零式鉄球体内吸引により硬質化した覚悟の腕が、突き出された槍の腹を叩き、槍の軌道を逸らす。 否――逸らしきれない。 女と覚悟の体が猛速で交差。エネルギーの奔流が覚悟の脇腹をわずかにかすめ、ライダースーツが裂けた。 覚悟が零式鉄球体内吸引により硬質化できるのは、肉体の5割6分。 硬質化できぬ部分から血が飛び、闇の中に赤の飛沫が散った。 ――浅い。 寸毫たりとも表情を変えることなく覚悟は女を見据え続ける。 元より、傷ごときで動きと心を鈍らせる男ではない。 ひびの入った腕から走る痛み、今しがた受けた脇腹の裂傷。 ――仔細なし。 我が身は必勝の手段。ゆえに姿など、どう変わろうと問題なし。 ――問題なのは。 女の発した謎の言葉。 (この女を救ってくれというのがルイズさんの遺志であるなら、果たさねばならぬ) 彼女の遺志であるなら、継がねばならない。自分には継ぐ義務がある。 けれど、目の前の女とルイズの関係が、まったく分からない。 ルイズの話していた二人の学友が、目の前の女なのか? ――さにあらず。 ルイズから聞いた二人の学友と一致する身体的特徴は、皆無。 「再度問う! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに関する情報一切。 制限時間――」 「うるさいな、君は」 無機質な声が響いた。 「ギャンギャンと耳障りな声で吼えないでくれ。 まったく、そんなんだから、私やカズキまでが、『最近の若者は』と言われるんだ」 どこか恍惚とした表情で、女が槍の穂先を舐める。 「なぁ、カズキ。やはりこいつみたいな下品な人間がいる世界は、私達にふさわしくない……。君もそう思わないか?」 ――狂っている。 銀の瞳に宿るは狂気。 明らかに目の前の女は正気ではない。 (救ってくれとは……。 この女が罪を重ねる前に撃ち滅ぼして救済してくれと、そういうことなのか?) 女の顔を伺う。 意思の強さや凛とした佇まいを演出したであろうその顔は、無残に傷つき、焼け焦げ、目ばかりが爛々と光っている。 女の眼光が鋭さを増した。 「っぁあっ!!」 気合と共に女が飛び上がり、刃が覚悟の脳天めがけて高速で落下。 半身で回避。 女の着地と同時に刃が閃光となって閃き、横薙に軌道変化。 「直突!」 覚悟の体が猛速で前へ突進し、女の間合いを簒奪。 正拳が彗星となって女の胸に繰り出される。 女が吹き飛んだ。鉄の地面と水平に飛んで壁に激突。 ――不十分! 打突の瞬間、女は後方に跳躍し、勢いを殺している。 自分の攻撃より覚悟の拳が速いと判断しての咄嗟の回避行動。讃えるべき判断力、そして経験に裏打ちされた技。 とはいえ、覚悟の拳は鋼鉄すら粉砕する。不完全だろうが、普通の人間ならこれで終わりだ。 しかし、覚悟は構えをとかない。 ――まだ、先がある。 覚悟の見つめる先、 「キサマぁァ……」 怨嗟の声を上げながら、女が身を起こす。 「それほどの力を持ちながら、何故それを人のために使おうとせぬ!」 人とは思えぬほどの強靭な肉体と、高い戦闘技術を持ちながら、何故、悪鬼に身を堕とすのか。 女がピクリとわずかに身を震わせた。 「人の……ため。誰かの……ため……か……」 風にのって女の独白が聞えてくる。 「カズキはいつも……そう……」 俯むき、女がブツブツとなにやら呟いている。 ――カズキ。 二度に渡って口にされたその名前。 (男の名……おそらくは、友……恋人か?) ――まさか!? 覚悟の中で思考が集約を始める。 女が顔を上げた。射すくめるような視線。 「いたからっ! 纏わりつく奴らが、いたからっ!!」 耳をつんざくような絶叫と共に、槍の穂先が覚悟の顔面めがけて殺到してくる。 ――遠い。 そこからでは届かない。 (怒りに囚われ、我を忘れたか?) "先方の武器分からぬ時は大砲の筒先と思うべし!" 覚悟の思考を、零の教えが切り裂いた。体が反射的に回避行動を取る。 その瞬間、女の槍が爆発的に伸張し、穂先が覚悟の顔面を掠めた。 (伸縮自在か!) 驚きを感じつつ、続いて離たれた二連突きを冷静に回避。 風圧で覚悟の髪が左右に揺れる。 「寄生虫どもめっ!! 私とカズキの邪魔をして! 命までっ!!」 槍が一挙に引かれた。 「だからカズキは――」 ――来る。 「私が守るっ!!」 突きの中で最もかわしにくい胴突きが、高速で突き出される。 しかしそれは覚悟の読みどおり。 女の技は感情が前に出すぎているせいで、どこか粗い。 一流同士の戦闘においては、致命的だ。 「ぬん!」 半身でかわしつつ、硬質化させた肘を槍の腹に打ち落とす。 「重爆!」 覚悟の左足が女の足に向かって弧を描く。 視界の中で女が後方跳躍、そして足先に、空を切る感覚。 (未熟つ!) 覚悟は己自身を叱責した。 刀、手槍、長槍と、瞬時に変化する敵の間合いが測りづらいのは事実なれど、今の隙で決められぬとは何たるザマか。 それよりまず何より、 ――心に迷いを抱えたまま撃つとは、何事かっ!! 揺れる心で放った攻撃が何故当たろう? 覚悟は、その鋼の自制心を持って心の波を静めようとする。 だが、女の言葉によって心の水面に発生した波は、静まるどころかその大きさを増すばかり。 "たとえ、アナタからみて悪鬼だとしても、その者には何か守るべきものがあるかもしれないじゃないか" コナンの発した言葉もまた、覚悟の心を揺さぶる。 (あの女は、守ると口にした……。 なれど、あの口ぶりからしてカズキという男は既に死んでいる可能性が高い。 この女こそ、コナン少年が言っていた、悲しき悪鬼なのか?) 思い起こせば、放送で呼ばれた名の中にカズキという男の名があった気がする。 「お前の望みは、カズキという男の蘇らせることなのか?」 覚悟の問いかけに、女は嘲笑で応じた。 「はっ! アイツも、お前も、同じことを言う! そうだっ! 私はカズキを生き返らせる!! どんなことを、してもだっ!」 女が再度突進してくる。 喉元に迫る槍をかわしつつ、 「他者の屍の山の上で蘇ったところで――」 「カズキは喜ばない? カズキが悲しむだけだ? だからこんなことをはやめろ? ハっ! アハハハハ! おんなじだっ! 聞いたか、カズキ!? まったく、独創性に欠ける奴らだ!!」 女の唇が半月を描いた。 「さぁ、次はなんといって私を、改心させてくれるんだっ? ええ!? 受けいれるしかない、か? あなたの気持ちは痛いほど分かる、か? フッフフ……フハハハ、アハハハっ!!」 狂気の笑みを浮かべて女が笑う。 ひとしきり笑い続けた後、女は唐突に、笑うのをやめた。 「うざったいんだよ、お前らみんな」 冷え冷えとした声は、地獄の底の冷たさを感じさせた。 「私と彼は一心同体だ。カズキの死ぬ時が私の死ぬ時。私が死ぬ時がカズキの死ぬ時。 そう誓い合ったんだ……」 覚悟は愕然とした。 (それほどまでに誓い合った仲であったのか) 目の前の女は、カズキという男を心から愛していたのだ。 ――喪失の悲しみで狂ってしまうほどに。 女の身の上を思えば、悲しみが込み上げる。 好き合った二人を修羅地獄に叩きこんだ悪鬼共への怒りもつのる。 だが、だがしかし―― 零の時のように、女の悲しみを知り、同じ涙を流そうという気には、なれない。 心の底から、女を許そうという気にはなれない。 原因は分かっている。 女の心にあるのが、喪失の悲しみと恋人の理不尽な死に対する怒りだけではないからだ。 女の心には妄執がある。女の心は歪んでいる。捻れ曲がっている。 それに―― この女はルイズを殺した。勇敢で誇り高く、無邪気で可憐だったルイズを殺した。 この女は柊つかさを狙った。あんなにも朗らかで、心優しい、自分を友と呼んでくれた柊つかさを。 自分に降りかかる痛みになら、いくらでも耐えることができる。 けれど友の痛みだけは我慢できない。 心を濁らす愛憎怨怒を滅殺するのが零式防衛術。 ――なれど。 揺れるはずのない覚悟の心は今、ルイズや新八を失った時よりも、揺れていた。 「私とカズキの間に、誰も、入るなっ!!」 絶叫と共に女の体がたわんだ。おそらく次の攻撃は、先ほどよりもさらに速い。 身構えつつも、覚悟は葛藤する。 "覚悟さんはどうするつもりなの?" 悲しき悪鬼をどうするのかというコナン少年の問いが、覚悟を悩ませる。 (今の俺に、因果が撃てるのか? 撃って、いいのか?) 「私とカズキは二人だけの世界で暮らすんだ!カズキは私だけのモノだ!」 覚悟の心が瞬時に沸騰した。 ――誰にも人をモノ呼ばわりする権利はない。 (この女の心にあるのは、献身ではない!) 身を捨てて相手に尽くそうとしているのではなく、自分の欲望を通そうとしているだけだ。 覚悟の心の熱が、拳となって具現化。 零式防衛術、水鏡の構え。一撃必殺の因果を叩きこむ構えである。 「邪魔を、するなあぁぁ――っ!」 飛燕の速さで女が迫る。 覚悟の間合いに女が入る――刹那。女が横っ飛び。 ――霍乱機動か。 覚悟の視線が淀みなく女を追う。 女の唇がつりあがり、 「ああっ!!」 地面から何か――地面に落ちたランタン――を打ち払った。 (これは、当たる) 集中によって全てが低速化した世界の中で、ゆっくりとランタンが迫り、女がランタンの後を猛追してくる。 (避ければ隙が生まれる) 覚悟の鋼鉄の胸にランタンが命中し、甲高い破壊音が鳴った。 一瞬遅れて胸と顔から焼けつく痛みが走る。皮膚がこげ、神経が燃え、脳の神経が悲鳴を上げた。 覚悟の構えに動きはなく、表情は毛筋ほども揺るがない。 ――覚悟とは苦痛を回避しようとする本能すら凌駕する魂である。 女の顔に動揺が走り、槍の穂先がほんのわずか鈍った。 瞬時に覚悟の後ろ足が地面を蹴る。 ――因っ…… "許して" ルイズの声と共に覚悟の瞼の裏で桃色の髪が舞う。 「零式積極直突!!」 ■ ――動けん。 男が近づいてくる。 斗貴子の背筋を氷塊が滑り落ちた。 (強い、この男は、強い……) あの変態筋肉と互角に戦える力の持ち主だ。 正面から闘う愚を冒した迂闊な己を斗貴子は呪った。 ――あの、疫病神め。 あの女、ルイズの名を口にした瞬間、固まっていたはずの心に小さな亀裂が生まれた。 その亀裂は、男と闘えば闘うほど、大きさを増していばかり。 おかげで、戦闘に集中しきれずこのザマだ。 「水月経由で脊髄中枢に刺激を加えた。その力……。二度とつかえまい」 淡々とした宣告。 ――ふざけるな 斗貴子の心で爆炎が生まれた。 ――これぐらいのことで、誰がっ!! 「ぐぅっ!」 伸縮させたサンライト・ハートの穂先を腿につきたて、抉る。 「うがぁぁっ!!」 右腕の傷口を道路に押し付け摩り下ろす。 ぐじゅずりと骨と肉が腕からこそぎとられ、地面に赤黒い線を引いた。 常人なら発狂するほどの痛み。脳の神経回路が焼ききれんばかりの熱を発した。 激痛という名の刺激で神経と脳を強制的に接続。 「さぁ……どうした? 来ないのか?」 荒い息を吐きながら、斗貴子は男をねめつけた。 太ももと右手の傷口から間断なく痛みが襲ってくる。男の拳を受けた箇所から鈍痛が走る。 痛みの混声合唱を執念で黙殺し、斗貴子は男に向かって歩を進めていく。 「があっ!!」 割れた声で気合を上げ、槍を突き出す。 槍が虚空をついた。 「っあ!」 そのまま横薙ぎ。男が顔を逸らしてかわす。足がふらついた。 「クソっ!」 袈裟懸け。狙いがそれている。 「糞っ!」 喉狙いの突き。遅い、遅すぎる。 「くそおぉっ!」 足払い。余裕持って回避された。足先と脳神経が連結しきっていない。 ――当たらない。当たる気がしない。 絶望と憤激の炎が斗貴子の胸を焦がす。 (このままじゃカズキが……。カズキを、生き返らせられないじゃないかっ!!) 胸の炎が命じるまま、男の顔面に刃を叩きつける。 男の鉄と化した手刀が閃いた。 手刃と槍刃が激突し、ぎぃんと耳障りな金属音を発した。 力では敵わなかった。 槍刃が弾かれ、力のベクトルが急激に変化。てこの原理で槍の動いた方向に腕を引っ張られ、斗貴子の体がおよいだ。 体勢が崩れたところに、男が高速の右回し蹴りを放ってくる。 避けられなかった。脇腹に衝撃。 息が止まりかけた。 浮遊感があって、一瞬遅れて背中から全身に衝撃が突き抜け、傷口が悲鳴を上げた。 「ごっ、ぐげぇあ!」 吐瀉物を吐き出して、斗貴子はのたうった。 「え、ぐぅぐ……」 込み上げるものを無理矢理の見下し、斗貴子は乱暴に口元をぬぐう。 「あなたの、そんな姿をみればきっと――」 「絶対にありえない仮定はやめろ! たくさんだっ!」 男が口をつぐんだ。 「見られないんだ、カズキは。見ていたら、こんな……。お前なんか……一発で……。 それが死ぬってことだろうっ!?」 斗貴子は顔を上げた。 男の悲しみの視線と斗貴子の濁った視線が衝突。 男の目の光が、斗貴子には無性にカンに触った。 「どうして、生き返らせたいと思わないんだ?」 不思議でどうしようもない。 "お願いだから正気に戻って。カズキって人が悲しむだけだから……" あの女の声が響く。 「うるさい!! カズキはもう、悲しむことすらできないんだと言ってるだろうが!?」 男が戸惑ったような顔をしている。 「どうして分からない!? 死んだ人間は、喜ばない!! 悲しまない! 怒らない!! 笑わない! 何でお前らはそれが許せるんだ!?」 泣き顔だっていい、もう一度彼の顔が見たい。 斗貴子の瞳の中の男の像が、ぼやけた 「カズキは……妹のことを大事に思ってて、思われて……。 私と違って友達だってたくさんいて……。いつだって、人のために闘って、闘って……。 一度は、命を投げ出して全てを救おうとしたんだ!! そんなカズキが何で死ななきゃならない!? こんなのわけの分からない、意味もない戦いで! いきなり! 不条理に!!」 「それほどの人間を、お前自身が汚そうとしていることに、何故気付かん!」 「馬鹿かお前は!? そうしなきゃ、生き返らないからに決まっているだろう!?」 「汚れた手段で現世に引き戻された人間が、喜ぶとでも思っているのか? お前は、命を奪われた人間から、名誉まで奪うつもりか!?」 「知ったことかっ!! 他の世界の奴らにどう思われようがっ!! 私とカズキの世界に、私達を罵るやつらなんかいない! いたら私が殺してやるっ!!」 手が震えてまともに槍を持っていられない 斗貴子は左掌に噛み付いた。 金臭い味と共に妙な味が舌を刺激するが、すぐに斗貴子はその疑問を抹殺する。 今は目の前の男を殺すことだけを考える時だ。 「おしゃべりは――終わりだっ!!」 サンライト・ハートの柄を最大に伸張。 (間合いを取って闘う……。怪我の一つも負わせられれば御の字だ……) 目の前の男には、今の自分のような回復手段はあるまい。 傷を負わせて撤退するだけでもこの際、かまわない。 「ィィイっ!!」 体を動かすだけで全身から走る痛みを気合と共にねじ伏せ、胴突きを放つ。 男が半身でかわす。 ――逃がさん! 槍の穂先が円を描いた。 巻き込み――槍術や昆術の基本技で、男の服を絡め取る。 そのまま振り回して叩きつけようとした瞬間、男が槍の柄を掌握。 槍が強制停止させられ、槍に加えた力が逆流してくる。 男の打撃を受けた胸部と脇腹から走った痛みが全身を貫き、斗貴子の奥歯が鳴った。 ――動かせない? 左腕一本とはいえ、あの液体を飲んで力を得た自分と互角とは、なんという力か。 (いや……。負けている?) 男はまだ余力を残している。 鉄面皮な男なので表情からは分からないが、槍を通して伝わってくる力から、それぐらいは読み取れる。 「どうしても戻る気はないのか? 人の道へ」 押し殺した男の声。 「人の道? はっ! そんなもの……」 会話に応じながら抜け目なく槍を揺さぶってみるが、鉄のボルトで固められたかのように、動かない。 「雨が降って地固まるという言葉はある。されど、仮にカズキという男が蘇生し、 あなた達二人が再び共に生きることになったとして、あなた達二人の絆が強くなるとは、俺には思えない。 あなたの愛したカズキという男が、友を愛し、家族を愛し、人を愛した男なら、 あなたの行いを知れば、きっと苦しみ、怒るだろう。血の雨を浴びた後に強まるものなど、あろうはずがない!!」 「人の話を聞いていろっ!!」 男に倍する声量で斗貴子は怒鳴った。 「私とカズキは、二人の世界に行くんだ! カズキだって、分かってくれる! 私以外に愛する人さえいなければ、きっとまた、私を愛するようになる。そして、愛し続けてくれる!」 「キサマ!!」 男の怒号が斗貴子の鼓膜を振動させた。 同時に斗貴子の体が宙に浮き、横方向に強制移動。 ――叩きつけられる!? 咄嗟にサンライト・ハートを分解。間一髪で間に合った。 桁外れの男の力に更なる危機感を感じつつ、斗貴子は男に神経を集中させる。 「やはりキサマの愛は侵略行為! 他者を、そして、想い人すら蹂躙するだけのものだ!」 男の声には、闇を払う清冽さと厳しさがあった。 「……うるさい。だから、何だ……。だって、そうしなければ……側に、いてくれないじゃないか……」 発せられた言葉は、自分でも驚くほど弱弱しかった。 "死んでもやっちゃいけないコトと死んでもやらなきゃいけないコトがあるんだ!" カズキと出会ったばかりの頃の記憶が、斗貴子の頭に蘇ってくる。 蝶野の作り出したホムンクルス・鷲尾との戦いで、 カズキは、自分が永らえるために他者を犠牲にした蝶野に、怒りを露にしていた。 自分の命より大事なことがあるといっていたカズキ。彼は死ぬ時までその信念を貫いたに違いない。 自分のやっていることを、カズキはきっと許さない。カズキに嫌われるかもしれない。 カズキに嫌われるのは嫌だ。諦めるなんて絶対に無理だ。 ――諦められない。 どうしても、どうやっても、諦められない。カズキの側にいたい、カズキと共にありたい。 愛している、カズキを心から愛している。 「カズキ……。カズキ……」 何かが頬をつたうのを斗貴子は感じた。 (涙? くそっ……。敵の、前で!) 無理矢理自分を叱咤し、斗貴子は槍を構えなおす。 斗貴子の思考に空白が生まれた。 男が両腕を広げている。 「何の、つもりだ……?」 喘ぐように斗貴子は言った。 (あの構え……。あの構えからどういう技を?) 斗貴子の動揺を見透かしたように、 「構えにあらず! 策でもない!」 「じゃあ、何のつもりだっ!?」 「ルイズさんがそうしたように、私もあなたを救いたいのだ!!」 "違うわ。『わたし』を救うの" 男の姿が笑顔のルイズの姿と重なり、音程の違う二つの声が、斗貴子の頭の中で何度も鳴り響く。 斗貴子の体を震えが襲った。 あの時の恐怖が蘇ってくる。微笑を浮かべたルイズに抱きしめられた、あの時の恐怖が。 「ふざけるな! 同情のつもりか!?」 男の気持ちを、ルイズの気持ちを受け入れてしまえば、引き換えしてしまえば、もう二度とカズキに会えなくなる。 カズキを永遠に喪ってしまう。 (駄目だ! ダメだ!! それだけはだめだっ!!) 駄々をこねるように、斗貴子は何度もかぶりをふった。 男は無言で両手を広げている。腕を切り落とされても悲しい微笑を浮かべながら両手を広げていた、ルイズように。 「闘え! お前らの偽善なんぞ、クソっくらえだ!!」 悲鳴じみた絶叫が静寂の街に響き渡った。 「ようやく、ルイズさんの気持ちが分かった……。 暴力で想い人を奪われたあなたに、どうして因果が撃てようか!」 「黙れっ! 何が救うだ。思い上がるのも大概にしろっ!!」 喉も枯れよとばかりに、斗貴子は喚きたてた。 "本当に好きだったんでしょう? 悲しいよね。けど、受け入れるしかないの" ――やめろ! 言うな! 斗貴子の心で荒れる狂う感情の乱流は心の堰という堰を押し流して、荒れ狂っていた。 心が……壊れそうだ。 すべてを押し殺してしまおうと、斗貴子は目を硬くつぶった。 ――何故ためらう? 心の奥底、心の真っ暗な深遠から声がした。 ――馬鹿が勝手にこちらの身の上に同情して隙を作ってくれたぞ? 絶好の好機じゃないか。 声は陰々と響き続ける。 ――カズキの他者への献身の先にあったのは何だった? 死だけだったじゃないか。 それは悪魔の囁きだった。甘い響きを持つ、利己主義という名の悪魔の誘惑。 無論、大なり小なり、利己の心は誰とて持っている。 しかし、その心が狂的なまでに高められた時、それは人を、 信じる心を嘲笑い、命を斬り捨て、世界すら滅ぼそうとする悪鬼へと変える。 ――自分のために、カズキのために、他の奴らを犠牲にして、何が悪い。 わずかに理性の色を取り戻しつつあった津村斗貴子の心は、またも漆黒に染まっていく。 一人の女のために世界すら滅ぼそうとした悪鬼、白金と同じレベルにまで、堕ちていく。 誘惑に抗うには、津村斗貴子は既にあまりにも弱りきっていた。狂ってしまっていた。 ――何人も襲っておいて、二人も殺しておいて、いまさら戻る気か? 罪を重ねすぎていた。 ――もう戻れない……。いや……。誰が、戻るか! 武藤カズキを愛しすぎていた。 出口を求めて荒れ狂っていた斗貴子の心は、奈楽へと落下していく。 押し留めるようとするいくつかの声も、すぐに奈楽の底に消えた。 斗貴子は目を見開いた。 男は、斗貴子が目を閉じる前と全く変わらぬ姿で、両手を広げている。 斗貴子の胸の中で渦巻いていた感情の乱流は、嘘のように静まっていた。 (私は、何を迷っていたんだ?) 迷うことなんて何もなかったというのに。 (おっと……) 思わず微笑んでしまいそうになった。 慌てて、唇を元の形に戻す。 (私は、絶対に負けない) 自分は、運命という名の意地悪な神になど負けない。 (フフ……そういえば、ルイズはいいことを言っていたな……。 目の前のコイツも言っていた気がするが……。まあ、どちらでもいいか) 斗貴子は呟く。戦いへと赴く自分を奮い立たせる言葉を、身を奮い立たせる言葉を。 仮に運命がどれほど過酷であろうと、灼熱の戦いがまっていたとしても、かまわない。 ――当方に迎撃の用意あり。 諦めずに追いかけ続ける。信じる道を進み続ける。 絶対にカズキを、二人の幸せな未来を勝ち取ってみせる。 ――覚悟完了。 「その手は食わない!」 男に向かって冷酷な口調で告げる。 「見損なうな!」 男の返答。 「どうだかな!」 疑うような言葉を叩きつけながら、斗貴子は心の中で嗤った。 (馬鹿だ、こいつは大馬鹿だ) この目の前の男は、おそらく槍を受け入れてくれるだろう。あの桃色の髪の馬鹿女と同じように。 槍の穂先を男の胸に合わせる。 「どうか! どうか……。人を殺めるのは、これで、最後にしていただきたい!」 真摯な眼差しと誠実さと暖かさにに満ちた響きが、斗貴子の鼓膜を揺らす。 けれど、男の言葉を脳が認識しても、斗貴子の心の水面には、波紋一つ起きなかった。 耳障りなあの女の声は、もう聞こえない。 (ありがとう、私と出会ってくれて。君が、この殺し合いの参加者でよかった……) ――おかげで一人分、殺す労力が少なくてすむ。 斗貴子の踵が地を打ち、サンライトハートが光を放つ。 爆発的な推進力で一気に斗貴子の体を前に運ぶ。 視界がみるみるうちに狭くなる。 男は動かない。 (死ねっ!!) 男は、動かない。 槍の穂先が男の胸に迫る。 男は―― 動いた。 胸に衝撃。視界がいきなり後ろに流れ出す。 壁に叩きつけられ、後頭部から衝撃が突き抜け、意識が一瞬吹き飛んだ。 地面に叩きつけられる感触で、意識が引き摺り戻された。 ――やられた。 胸から込み上げる破壊的な痛みより何より、その思いが、頭を真っ白に塗りつぶした。 ――見抜かれていた。 自分の心根を見抜かれた気がした。 心が熱く熱くて焼け付いてしまいそうだ。 「糞っ!」 吐き捨てて斗貴子は、今の一撃で間合いが開いたのを幸いとばかりに、逃走を開始する。 男は追ってこない。 ――追う価値もないということか!? 殺意と憎悪の炎が、斗貴子の脳天に駆け上がった。 (殺す、絶対に殺してやる!!) 自分をコケにし尽くした男を、必ず殺してやる。 絶望の淵に叩きこんでやる。必ず、必ずだ。 斗貴子は気付かない。 彼女の胸を満たす怒りには、最後の救いの蜘蛛の糸を切り落とした、己自身に対する怒りも混じっていることに。 闇の中でか細い光を発していた蜘蛛の糸を切り落としてしまったことに気付かぬまま、 悪魔の毒で染められた心が命じるままに、斗貴子は誓う。 男への復讐を。 ■ 女が消えていくのを覚悟は呆然と見ていた。 視線を右の拳に落とす。 ――何故動いた、俺の拳。 女の涙を見たとき、女の狂気が、愛から生まれた深い哀しみと絶望によるものだと、心が認識した。 悪鬼ではなく、目の前にあるのは哀しみそのものだと思った。 理不尽な暴力によって生まれた哀しみに、暴力を加えても哀しみは増すばかり。 ゆえに両手を広げた。広げるしかないと感じた。 救いたかった、ルイズの遺志を継ぎたかった。 ――それなのに、何ゆえ? 目を開けた女の目の中に、暗い炎を見てしまったからだ。 深い悲哀に満ちていた先ほどとはまったく違う、利己の塊を。他者を糧として燃え上がる歪んだ黒炎を。 (言い訳をするなっ!!) 己の心に、覚悟は満身の力を込めて怒声を浴びせかけた。 女の槍が胸を貫かんとしたとき―― "……私、待ってるから" "葉隠、何処で待ち合わせるかは分かってるな?" "私を追い払っておいて、こんな所で死んだら許さないわよ!!" 三つの声が響き、ヒナギクの悪戯っぽい笑顔が、つかさの柔らかな笑顔が、川田の不敵な笑顔が、 次々と脳裏に浮かんだとき、思ってしまったのだ。 ――まだ、死ねない。 湧き上がったその思いは、刹那の時で心を埋め尽くし、精神と一体化した父の教えすら吹き飛ばしてしまった。 仲間達をこれから待は、自分の数瞬の忍耐などとは比較にならぬ、大試練。 仮に目の前の女を救い、一人の悪鬼が人間に戻ったとしても、戦鬼ラオウがいる。赤髪の鬼がいる。 首輪の謎は解けず、仮に解けたとしても、その先に待つのはラオウすら捕えた悪鬼の群れ。 世慣れぬ自分、悪鬼の血を引く自分を「友」と呼んでくれた仲間達を、未熟な自分の歩みを支えてくれた友達を残し、何故死ねよう? 死なせたくない。ルイズのように、新八のように。 守りたい。守り抜いて、友たちが生きるべき世界に帰るのを見届けたい。 牙なきもの全て剣となるのが、零式防衛術を継ぐものの役目。誰か一人の戦士たれぬ我が身。 けれど、もし、願いが許されるなら―― 気がつけば、拳を振り切っていた。 気の抜けた、迷いに満ちた拳を。 (ルイズさん……。許してくれとは最早言わぬ。 存分に罵ってくれ! 呪ってくれも構わない。 俺は、あなたを守れなかっただけでなく、あなたの遺志を汚してしまった……。 俺はあの瞬間、あなたの遺志より、友を選んでしまった) ――言行不一致。卑劣漢。大嘘吐き。不覚悟者。未熟者。 ルイズの遺志に泥を塗り、女に卑劣極まる攻撃を仕掛けた自分にする罵倒の言葉は、 悔恨の念と共に大波となって絶え間なく押し寄せ、覚悟の心の壁を粉砕せんとする。 だが、その感情の波をさらに越える思いに突き動かされ、覚悟は走り出す。 (無事でいてくれ! ヒナギクさん、つかささん、川田) 女が去ったのは病院の方角。 おそらくは、傷を癒しにいったのであろうから、女からの危機はさったといえよう。 なれど、ここは多くの悪鬼が蠢く場なのだ。 一心に友の無事を祈りながら、覚悟は駅への道を急いだ。 第二幕
https://w.atwiki.jp/nanoharow/pages/342.html
光が紡ぐ物語 ◆jiPkKgmerY F-2地点には、殺し合いには不釣り合いな可愛らしい喫茶店が設置されている。 その名も『喫茶店・翠屋』。第97管理外世界・地球という惑星にて経営されている、小さなだがひっそりとした人気が続くお洒落な喫茶店だ。 何故この殺し合いの場に、翠屋が全く変わらぬ姿で存在しているのか。 それはこのゲームの主催者、プレシアにしか分からない。ただの気紛れかもしれないし、何か考えがあるのかもしれない。 だが喫茶店・翠屋がそこにあること。それは確固たる事実であった。 そんな喫茶店・翠屋。 そこには今、二人の男が来店している。 一人は白色のシャツに白色のズボンを身に着けた男。 その目の回りにはパンダの如く隈を浮かべ、背中はこれでもかと言うくらいに丸みを帯びている。 男の名はL。ある世界にて、世界最高の探偵として名を馳せた男だ。 そしてもう一人。 褐色色の肌に程良く締まった身体、そして白銀色の髪から犬耳生やした男――ザフィーラ。 守護騎士の一人として何百年にも及ぶ戦いの人生を送り、今は影ながら仲間をサポートしている守護獣である。 客船へ向かっている筈の二人が、なぜ翠屋に立ち寄っているのか。 それはLの何気ない一言から始まった。 ――その時Lとザフィーラの二人は黒の騎士団専用トレーラーに乗り、会場を南下していた。 運転手はザフィーラ。 最初はLが運転手に申し出たのだが、ザフィーラ本人がそれを却下。理由は「お前は考察に集中していろ」との事だった。 という訳でザフィーラを運転手にトレーラーは走行を続けていたのだが、ちょうどF-2の市街地に差し掛かったところでそれは起こった。 「ザフィーラさん、甘い物を持ってませんか?」 それまで押し黙り考察を続けていたLが突然口を開いたのだ。 質問の意味が分からず正直に「持っていない」と答えるザフィーラ。 その返答に難しそうな表情を浮かべ、デイバックから地図を引っ張り出すL。 そして数秒の思考の後、 「ここに書いてある翠屋という喫茶店に寄って下さい」 そうLはザフィーラに告げた。 なにか考察に必要なのだろうと、深く考えるずにザフィーラは了解した。 更に数分後、二人は喫茶店・翠屋に到着――今に至る。 「L……ここに何かあるのか?」 「ええ、推理に必要不可欠な物が此処にはあるはずです」 返事もそぞろに置いてある机の中の一つにLは近付いていく。 Lが探し求めていた物、それは―― □ 数分後、ザフィーラは呆れたような顔を浮かべ、何十とある椅子の一つに腰掛けていた。 「……まだ終わらないのか?」 大きな溜め息と共に、もはや何度目か分からない問いを口にする。 「もう少し待って下さい。あとちょっとなんで……」 声は奥の厨房から届いた。同時にガサゴソと何かを漁るような音が聞こえる。 ザフィーラに出来る事は、Lが作業を終えるのを待つ事だけだった。 ふと窓の外に視線を移すと、そこ広がるは色彩を取り戻し始めた市街地。 街路樹や街灯が朝日に照らされ輝きを放っている。 (夜が明けたか……) 自分達がこのゲームに参加させられたから、早くも三時間近く経った。 Lと出会い、トレーラーを見付け、此処に立ち寄る。 長いようで短かかった三時間。自分達以外の58人は何をしているのだろう。 自分達のように主催の打倒を目指しているのか。それとも生き抜く為、または優勝する為に戦っているのか。 主は、守護騎士達は、機動六課の面々は無事なのか? 自分がこうしている間にも致命的な何かが発生しているのではないか? 自分はこんな所でノンビリしていて良いのか? 何かすべき事があるのではないか? 自分は―― 「考え事ですか?」 とその時、ザフィーラの前方から不意に声が掛かる。 僅かな驚きと共に視線を前に戻すと、そこには奇妙な座り方で椅子に鎮座するLの姿があった。 「……目当ての物は見つかったのか?」 数秒の間を空け、ザフィーラが口を開く。 その言葉にコクリと首を縦に降るL。 右手には、指先サイズの白い立方体をこれでもかと詰めたビニール袋が握られている。 相変わらずの無表情のまま、Lはその中の一つを口へと運んだ。 「喫茶店と言うだけあって大量入手できました。ザフィーラさんもお一つどうで すか?」 苦笑いを浮かべ、Lの申し出を丁重に断るザフィーラ。 そうですか、とだけ呟きLも窓の外を眺め始めた。 Lがこの喫茶店・翠屋に立ち寄った理由。 それは袋一杯の白色――角砂糖を手に入れる事であった。 異常なまでの甘党――それが世界最高の探偵Lが持つもう一つの顔。 その甘党っぷりは異常とも言え、推理中は勿論のこと日常生活に於いても甘い物を好んで摂取し続けていた。 摂取していないよりはしていた方が落ち着くし、推理や考察もはかどる。Lにとって糖分とはそれなりに大事な存在であった。 途中スーパーという魅力的な施設もあったが、残念な事に気付いた時にはもう過ぎ去っていた。 流石に道を引き返してまでスーパーに向かう、という図々しい事も出来ないし、 今は一刻を争う事態だという事も理解している。 という訳でもう一つ甘味が存在しそうな施設――喫茶店・翠屋に立ち寄ることに したのだ。 そしてLは大量の角砂糖を入手する事に成功した――。 「ザフィーラさん」 数分に渡る沈黙の後、唐突にLが声を上げた。 外を見ていた筈の瞳は何時の間にかザフィーラへと向けられている。 「何だ?」 ザフィーラもまた真っ正面から視線を受け止め、答える。 「まだ質問に答えてもらってません。先程は何を考えてたんですか?」 む、と小さく声を上げ押し黙るザフィーラ。 その表情には僅かな焦りが見える。 (誤魔化せなかったか……) 大きく溜め息を吐き、ザフィーラが口を開く。 そこから紡ぎ出される内容は、先ほど頭によぎった仲間達の事、何もしていない自分に対しての不安。 嘘は見抜かれると思い、全てを正直に話した。 「……という訳だ。別に脱出や首輪について考えてたのではない。自分と仲間の事を考えていただけ……ただそれだけだ」 最後にそう締めくくったザフィーラの顔には自嘲的な物が含まれている。 Lはその表情を黙って見つめ、そして二つばかり角砂糖を口に含み―― 「ザフィーラさんは馬鹿ですね」 ――小さな声でしっかりとそう告げた。 Lが発した言葉にザフィーラの眉間に皺が寄り、目つきが鋭いものへと変化する。 「勘違いしないで下さい。決して悪い意味で言った訳では有りません」 ザフィーラの怒りを敏感に読み取り宥めるようにLが呟いた。 と、同時に角砂糖がまた一つ口の中へと消えていく。 「仲間がどう行動するか分からない…………当たり前じゃないですか。仲間とはいえ所詮は他人。分からないのが当たり前ですよ」 「しかし……!」 「でもそういうところで悩める人間が、本当に優しい人なんだと思います。そして、このゲームを破壊する為にはそんな優しさが必要なんですよ。 残念ながら私は社会性や協調性というものが著しく欠損しています。ですがザフィーラさんならそこをカバー出来る。 ザフィーラさんなら私の足りないところを補える。そう思っていますよ」 真っ直ぐな瞳でそう言うLを見てザフィーラは気が付いた。 不器用ながらも、Lが自分を励まそうとしている事に。 「……すまんな。気を使わせた」 「いえ、今の言葉は本心からの物です。励まそうと思って励ませる私は器用な人間ではありませんし」 Lが無表情にそう言い、そして角砂糖がまた一つ消費される。 ザフィーラはその光景に僅かに頬を緩ませ、心の中で深く頭を下げた。 「それでは行きましょう。めぼしいものは頂戴しましたし……こうしてる間にも殺し合いは続いていますしね」 「ああ、そうだな」 目指すは変わらず、I-2に設置されている客船。 仲間を救うため、ゲームを打開するため、二人は立ち上がろうとし――――瞬間、暴力的なまでの極光が二人の視界を占領した。 「何だったんでしょうね……さっきの」 突然の極光が止んでから数秒後、呆然とした様子でLが声を出した。 普段あまり感情を宿さないその顔も今は驚愕に染まっている。 それはザフィーラ同様。 光の発生した方角に唖然とした表情を向けていた。 「魔法……ですかね」 あまりに規模が違いすぎる光。もはや天災とも言える域の現象に、さしものLも思考が停止していた。 「分からん……が、あれだけの規模の魔法とは……」 それきり静寂が場を支配する。凍り付いた世界に漸くLの思考能力も回復を見せる。 灰色の脳細胞が全速で思考を開始。先程の光、そしてこれから自分達がどう行動すべきかを思索し始めた。 ――自分達が目指すは客船。 そこにはこの会場に関する何かしらのヒントが隠されている筈だ。 それは言うなれば天から垂れる蜘蛛の糸。自分達にもたらされた数少ない希望の一つだ。 しかし、その希望に辿り着く為にはF-3を通らなくてはいけない。 橋を無視し南下する、という道も考えたが、如何せんこの巨大なトレーラー。 熟練の運転手ならまだしも、初心者のザフィーラさんや自分では地図中に書かれた大通りしか走行できないだろう。 客船に向かうには必ず通らなくてはいけない地域・F-3――つまり先程の光が発生した地点だ。 光を発生させた者が殺し合いに乗っているのか、いないのかは判断できない。 その術者が殺し合いに乗っていたとしたら最悪。今すぐにでも逃亡を始めるべきだ。 殺し合いに乗っていないとした僥倖。是非とも協力を願い出たい。 これはある種の賭け。 このままF-3に向かうか。遠回りをするか。 一つのミスが死を招く遊戯。間違いは許されない。 さてどうするか。 最善の手を探し求めて世界最高の探偵は思考を続ける。 そして数分後、Lが出した答えは―― □ 日の昇り始めた市街地を一台のトレーラーが走っていた。 運転している者は褐色肌の男、ザフィーラ。 緊張した面持ちでハンドルを操っているが、その運転技術は初心者にしてはそれなりに高く、ゆっくりとだが比較的に安全運転で進行し続けていた。 「ザフィーラさん、運転変わりましょうか?」 そんなザフィーラへと助手席に座るLが語り掛けた。 右手には角砂糖入りのビニール袋が握られている。 「いや、いい。お前は頭を動かす事に専念していろ」 「そうですか」 Lの方を見ずに、というか見る余裕も無くザフィーラが答える。 Lもそれに頷くだけで、直ぐに窓の外へと視線を移した。 ――結局、あれからLは進路を変更しない事を選んだ。 予定通り通信を行いつつ客船へ向かい、途中で仲間になってくれそうな参加者と出会ったら協力関係を結ぶ。 確かにF-3の市街地を通過する事は危険かもしれない。 だがLにはある確信があった。 (あれほどの光……術者は相当な実力者なのだろう。客観的に見ても、私やザフィーラさんの力で対抗する事は不可能。だが――――二発目はない) 考えてみれば単純な事だ。 隣接するエリアにまで届く異常なまで威力を有した攻撃――どんな魔導師だろうと消耗するはず。 それにザフィーラが言うには、この会場は魔力を練るのが普段以上に困難との事。 そのような状態であれ程の魔法を行使したらどうなるかなど、猿にだって分かる。 おそらく魔力は枯渇、とてもじゃないが他の参加者を襲う事は出来ないはずだ。 しかし―― (――この考えも所詮は推測でしかない) そう。今考えいる事は証拠も何もない、仮説に仮説を重ねただけの推測。そして自分はその推測に賭けたのだ。 不安が無い訳ではない。 だが強者から逃げてばかりではゲームの破壊など到底不可能。消極的な判断は消極的な結果しか生まない。 キラ事件の時もそう。攻めに攻め、そして命を犠牲にして何とか事件解決に漕ぎ着けたのだ。 それに安全運転とはいえ、一キロ四方の区域を抜けるまで数分も掛からない。 更に、自分達は首輪探知機を持っている。 ――大丈夫な筈だ。 と、最後に、自分を安心させるかのようにそう念じ思考を一旦打ち切るL。 角砂糖を口に運び窓の外を眺め始める。 (それにしても……これは……) その口から漏れるは呆れと感嘆を含んだ溜め息。 F-3の様子はLの予想を遥かに越えて酷い物であった。 まるで怪獣映画のワンシーンの如く破壊され尽くした市街地。 無事な建物など一つも無い。 川に掛かっていた筈の橋も砕け散っており、無惨な残害を見せ付けていた。 建ち並んでいた筈のビル群も今は瓦礫の山と化し、F-2まではしっかり整備されていた道路も、そこら中に亀裂が入っている。 「……本当に凄まじい物ですね……はやてさんやなのはさんもこれ位の力を持ってるんですか?」 「ああ、リミッター無しの全力全開なら可能だろうな」 「……人は見掛けに寄りませんね……」 Lは実際に高町なのは達が戦闘している現場を見た事がない。 魔導師としての彼女達を見たのは、唯一空港火災での救助風景のみ。 相当な実力者という事も知ってはいるが、所詮はネット上の情報。他人の主観を通した情報だ。 高町なのはに匹敵する破壊を生で見た今、Lは改めてその恐ろしさを実感さた。 (個人が持つには余りに強力過ぎる力……まぁ、敵に回らないだけ幸いか……) あまりに馬鹿げた、自分の常識を越えた破壊を目の当たりにし、Lは大きく溜め息を吐く。 ――その時だった。 キキーッという甲高い音と共に、Lの体が前方へと流れる。 シートベルトが身体に食い込み内臓を圧迫。手に持っている袋から数個の角砂糖が零れ落ちた。 推理するまでもない――ザフィーラが急ブレーキを掛けたのだ。 「……ザフィーラさん……もうちょっと丁寧に運転してくれると嬉しいんですけど」 たっぷり数秒間圧迫された後、Lが皮肉気に声を上げる。 だがその皮肉に対するザフィーラの答えは謝罪では無かった。 「……さっきの光を見たか?」 ザフィーラが口にした疑問文。文字数にすればたったの十の短い文章。 だがこの十文字が物語を急転させる事を、この段階では誰も気付く事は出来なかった―― □ 身体は金縛りに遭ったかのように動かず、視界は闇に包まれている。 数分前までは確かに感じていた月光も、今は見えない。 感じるのは闇と、そして鈍痛。 ピクリとも動いていないにも関わらず、身体は軋み悲鳴を上げ続けていた。 ――何故、俺はこんな状況に陥っているのだ。 制止を振り切り走り出した少女を追い、一度は逃亡した市街地に戻った。 そこまでは覚えている。だがその後の記憶が引き出せない。 何がどうなって自分はこの暗闇の中に居るのか。 そもそもこの空間は何なのだ? 星一つ無い夜よりも暗く、まるで鼻と口を塞がれてるかの様に息苦しい。 ナノマシンの治癒も追い付かない。いや、追い付かないと言うより治癒した側から再度破壊されていく。 自分の置かれている状況が全く理解できない。 唯一把握できるのは、この状態が長く続けば命に関わるだろうという事のみ。 ――このままでは死ぬ。 漠然とした焦燥が心の中で産声を上げる。 状況を打開する為の策を思案――解答は直ぐに導けた。 ARMS・『ブリューナグの槍』。全てを貫く光槍を使用するのだ。 幸いな事に右腕は変化している。おそらく意識を失う寸前まで行使していたのだ ろう。 ――動け! 半ば祈りにも似た命令に右腕が反応――手首から先だけだが僅かに動く。 手首を折り返し無理矢理に上方へと掌――光槍の銃口を向ける。 そして射出。 途端に襲う疲労感――これも制限の所為か。だが、ブリューナグの槍は放たれた。 この空間に何らかの変化を与えてくれる筈――――だが現実は冷酷である。 予想と反して依然視界は闇に包まれたまま。身体も動かない。 むしろブリューナグの槍を放った事による疲労が過剰されただけ。 状況は更に悪化を遂げた。 □ 「さっきの光……? 翠屋で見た光……の事では有りませんよね」 「……ついさっき向こうの空に一筋の光が走った……」 「……それはどのような光でしたか?」 首輪探知機に視線を送りつつ、Lがザフィーラへと問い掛ける。 その問いにザフィーラは首を振り、そして口を開く。 「電気が収束したような青白い光だった。翠屋で見た光とは明らかに違う。術者はおそらく別人だ」 「そうですか」 ――マズいな。 無表情な仮面の下、Lは小さく舌打ちをつく。 ザフィーラが考えている事に気づいてしまったからだ。 「他の参加者ですか……確かに魅力的ですが、取り敢えずはこの区域を抜けまし ょう。 最初の光を放った術者が近くに潜んでいる可能性もありますし――」 「L」 「……何でしょう」 「他の参加者が居るとするのなら向かうべきだ。先の光に巻き込まれた者が助けを求めているのかもしれない」 ――やっぱり。 正義感の強いザフィーラなら絶対にその思考に至る。 確かにザフィーラの言う通り、何者かが助けを求めてる可能性も高い。しかし、実際にそうだとしても向かうべきではない。 この区域は危険なのだ。そして自分達は大した戦力を持っている訳ではない。 まずは自分達の命を優先すべきだ。 「ザフィーラさん。あなたの気持ちも分かりますが、今は引くべきです。最初の光を見て他の参加者も――殺し合いに乗っている者も集まって来るかもしれませ ん。それに参加者をおびき寄せる為の罠という可能性もある。まずはこの区域を離れた方が良い」 必死の説得も虚しくザフィーラは首を横に振る。 そして眩しいくらいに真っ直ぐな瞳をLに向け、口を開く。 「……確かに此処は危険だ。だが退けん。助けを求めている者が居るのなら救出すべきだし、罠だとしたら尚更だ。 殺し合いに乗っている奴が居るのなら、叩いておくべきだ」 その言葉にLは大きな溜め息を吐く事しか出来なかった。 ――自分がどんな御託を並べようとこの男は引かない。別行動を取る事になろうと、光が発生した方に向かうだろう。 此処で説得を続けたとしても裏目に出るだけ。下手をすれば信頼関係にヒビが入る。 ならば―― 「……分かりました、光の発生した方に向かいましょう。ですが、逃げる準備だけは何時でもしておいて下さい」 ――結局はこちらが妥協するしかない。危険だと分かっているがその道を進むしかない。 決して良策とは言えない行動だが、ここで信頼関係を崩すのは更にマズい事態を引き起こす。 (行くしかない、か……) 不安を隠すかのようにLは角砂糖を口に放り入れた。 □ ザフィーラが空に走る光を見てから数分後、二人は崩壊した市街地の中を歩いていた。 光の元へ向かうには大通りを外れ、細道を通るしかなかったのでトレーラーを降りざるを得なかった。 「首輪の反応が二つ?」 「ええ。ちょうど直線方向に並んで二つばかり」 ザフィーラに探知機を渡し角砂糖を口に運ぶL。 Lの言葉通り、探知機には二つの光点が映っている。それにどちらも同じ方角だ。 探知機の策敵範囲は50メートル。どちらも視認できておかしくない距離にいる。 しかし、視界に映るのは瓦礫の山ばかり。 パッと見ただけでは人らしき物は確認できない。 「光点が動いていないという事はそれ程の重傷を負っているか、何かしらのショックで気絶しているか、それとも死んでいるか…………取り敢えず探しましょうか」 「分かった」 その言葉を皮切りに二人は市街地を探索し始めた。 幸いなことに、二つの光点の内一つは直ぐに発見できた。 その人物は、有りがちな制服を纏ったツインテールの少女。 髪の色は紫色と派手だが、それを除けば何処にでも居る平凡な女子高生であった。 「一般人……ですかね」 見た目は一般人。 とはいえ、高町なのはのように見た目とは裏腹の実力を持っている可能性も充分にある。警戒はしておくべきだ。 それにこの少女はデイバックを三つも所有している。隙を見て奪ったか、殺して奪ったか、それとも偶然拾ったか。 ――兎も角、警戒はしておいて損はない。 「ザフィーラさん。念の為、この少女を拘束しておきます」 少女が持つ三個のデイバックの存在に気付いているのか、Lの意見に反対する事なくザフィーラも首を縦に振る。 Lはランダム支給品の一つ、ガムテープを取り出し、少女をグルグルに縛り上げた。 「……これで大丈夫でしょう。さて、もう一つの反応ですが……」 探知機の光点は、他の参加者が自分達の直ぐ近くに居ると知らせている。 だというのに人の姿は何処にも見当たらない。 見えるのは元はビルだったであろう瓦礫の山のみ。 反応はあるのに姿が無い。それが意味する事は―― 「……トレーラーに戻りましょう」 「……何を言っている。もう一人の参加者を探さなくては」 突然のLの言葉に、ザフィーラの眉が不審げに寄せられる。 「……無駄ですよ」 「なに?」 「確かに首輪の反応はあります。ですが参加者らしき姿は見えない。その代わりにあるのは瓦礫の山……分かりませんか? おそらく、あの光が発生した時、その参加者はビルの中に隠れていたのでしょう。しかしビルはその圧倒的な破壊力に耐えきれず倒壊。中に居た参加者ごと瓦礫と化した……」 ザフィーラの表情が不審から痛みを耐えるような物へと変わる。 Lにはその背中が何時もより一回りも二回りも小さく見えた。 「ザフィーラさんが見た光はこの少女が打ち上げたと見て間違いないでしょう。それが支給品による力か彼女自身の力なのかは分かりませんがね」 「……そうか」 このゲームが開始してから初めて遭遇した人の死。 それがザフィーラの心の中で悔しさとなって燃え上がる。 「……行きましょう、ザフィーラさん」 「……ああ」 そして一人の守護獣は顔を上げ、前を見据える。 誰も死なせずにゲームから脱出する――そんな理想は見事に砕け散った。 だが主と仲間は殺させない。それだけは絶対に守り通してみせる。 新たな決意と共に二人は歩き始め―― 「ッ!?」 「なッ!!」 ――同時に真後ろに有った瓦礫の山から朝焼けの空へと、一筋の光線が疾走した。 □ あれから何分経っただろうか? もはや意識を保つ事すらキツい。 身体の痛みは増加し、思考能力が低下する。 苦しい。 痛い。 重い。 死ぬのか? ふざけるな。 こんな訳の分からない所で死んでたまるか。 最後の最後まで足掻いてやる。 風前の灯火と化した気力を振り絞り、ARMSに意識を集中させる。 おそらくこれが最後の一発。 余熱でARMSが溶けようと知った事ではない。 力を収束――発射。 制限下での『ブリューナグの槍』連射、この異常としか言えない状況が相乗し疲労が加速度的に増大――意識を保てない。 闇に――意識が――吸い――込ま――れ――る。 □ 「ザフィーラさん! そこの瓦礫です!」 Lが叫ぶよりも早く、ザフィーラは瓦礫の撤去に取り掛かっていた。 成る程、良く近付いてみれば分かる。 確かにその瓦礫の山だけ、何かが貫通したような穴が空いていた。 おそらく生き埋めの状態から何かしらの攻撃を放ったのだろう。 それは幾多にも折り重なった瓦礫を貫き、空へと消えていった。 その一発目は術者の存在を気付かせ、そして二発目は術者の生存を気付かせた。 (ビルの倒壊にも耐える頑強さ、瓦礫を貫く光線……埋まっている者も人間離れした力を持つ参加者か……) ザフィーラが取り除く物より二回りほど小さな瓦礫を放り投げつつ、Lはあらゆる可能性を考える。 久方振りの肉体労働に汗を流しながらも、Lの思考は止まらない――。 戦闘を止める為に少女が放った巨大な光――それは狂人を吹き飛ばし、一人の男を生き埋めにした。 生き延びる為に男が放った光――それは本来ならば客船に向かう筈だった二人の男を呼び止め、狂人を拾わせた。 夜の電灯に吸い寄せられる哀れな虫の如く、二人の男は窮地へと足を踏み入れた。 1日目 早朝】 【現在地 F-3 市街地】 【L@L change the world after story】 【状態】健康 【装備】なし 【道具】支給品一式、首輪探知機、ランダム支給品0~1個(確認済み、少なくとも武器には使えない) 、ガムテープ@オリジナル 【思考】 基本 プレシアの野望を阻止し、ゲームから帰還する。 ゲームに乗った相手は、説得が不可能ならば容赦しない。 1.瓦礫の下に埋まっている参加者を救う。 2.通信を行いながら南下し、船を調べる。その後は駅を調べにいく 3.誰かと連絡がついたら、その人と情報交換、味方であるなら合流 4.首輪を入手したら、トレーラーの設備を使って解析 【備考】 ※第三話からの参戦です ※参加者の中には、平行世界から呼び出された者がいる事に気付きました ※盗聴の可能性に気付きました。 また、常時ではないにしろ、監視されている可能性もあると考えています ※クアットロは確実にゲームに乗っていると判断しています ※ザフィーラ以外の守護騎士、チンク、ディエチ、ルーテシア、ゼストは、ゲームに乗っている可能性があると判断しています ※黒の騎士団専用車両にあったのは、黒の騎士団専用トレーラー@コードギアス 反目のスバル でした ※トレーラーはF-3の大通りに放置されています 【ザフィーラ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】 【状況】健康 【装備】無し 【道具】支給品一式、ランダム支給品1~3個 【思考】 基本:プレシアの野望を阻止し、ゲームから帰還する。 ゲームに乗った相手は、説得が不可能ならば容赦しない 1.瓦礫の下に埋まっている参加者を救う。 2.Lと行動を共にする 3.機動六課の面々並びにヴィヴィオ、ユーノとの合流。 特にはやてとヴォルケンリッター、フェイトは最優先とする 4.首輪の入手 【備考】 ※本編終了後からの参戦です ※参加者の中には、平行世界から呼び出された者がいる事に気付きました ※盗聴の可能性に気付きました。 また、常時ではないにしろ、監視されている可能性もあると考えています ※クアットロは確実にゲームに乗っていると判断しています ※自分以外の守護騎士、チンク、ディエチ、ルーテシア、ゼストは、ゲームに乗っている可能性があると判断しています 【柊かがみ@なの☆すた】 【状態】疲労(大)、肋骨数本骨折、全身打撲、一時間変身不可(デルタ、王蛇)、ガムテープにより拘束中 【装備】カードデッキ(王蛇)@仮面ライダーリリカル龍騎、デルタギア一式@魔法少女リリカルなのはマスカレード 【道具】支給品一式×3、ランダム支給品0~6個 、デルタギアケース@魔法少女リリカルなのはマスカレード 【思考】 基本 みんな殺して生き残る! 1. 気絶中 2. 幼はやてとセフィロスを殺す 3. エリオやなのはの気持ちを無駄にしないためにも戦う 【備考】 ※なの☆すた第一話からの参戦です ※デルタギアに適合しなかった後遺症として、凶暴化と電気を放つ能力を得ました ※デモンズスレートによる凶暴化は数時間続きます ※ユーザーズガイドを読めばデルタギアの全てを理解することが出来ます ※ベノスネーカーとメタルゲラスは回復中です。餌を食べれば回復は早まります ※王蛇のカードデッキには、未契約カードがあと一枚入ってます ※参加者名簿や地図、デイパッグの中身は一切確認していません ※一部の参加者やそれに関する知識が消されています。ただし、何かのきっかけで思い出すかもしれません ※自分が最強だと思っています ※高揚する闘争心により怪我の痛み、身体の疲労を感じていません 【アレックス@ARMSクロス『シルバー』】 【状態】気絶、疲労(極大)、左腕欠損(再生中) 【装備】なし 【道具】支給品一式、はやての車@魔法少女リリカルなのはStrikerS、サバイブ“烈火”のカード@仮面ライダーリリカル龍騎、 ラウズカード(ハートのJ、Q、K)@魔法少女リリカルなのは マスカレード 【思考】 基本 この殺し合いを管理局の勝利という形で終わらせる 1.気絶中 2.機動六課隊舎へ向かう 3.六課メンバーとの合流 4.キース・レッドに彼が所属する組織のことを尋問 5.キース・レッドの首輪の破壊 【備考】 ※身体にかかった制限を把握しました ※セフィロスはゲームにのっていると思っています ※幼はやては管理局員だと思っています ※幼はやてはセフィロスに騙されて一緒にいると思っています ※キース・レッド、管理局員以外の生死にはあまり興味がありません ※左腕は朝までには再生すると思われます ※参加者に配られた武器には、ARMS殺しに似たプログラムが組み込まれていると思っています ※殺し合いにキース・レッド、サイボーグのいた組織が関与していると思っています 【ガムテープ@オリジナル】 現実のホームセンターとかで売っている普通のガムテープです。 Back 残酷な神々のテーゼ(後編) 時系列順で読む Next あの蒼穹に磔刑にしてくれたまえ Back GUNMAN×CHAPEL×BLADE 投下順で読む Next あの蒼穹に磔刑にしてくれたまえ Back アイズ L Next Amazing Grace(The Chains are Gone)(前編) Back アイズ ザフィーラ Next Amazing Grace(The Chains are Gone)(前編) Back Little Wish(後編) アレックス Next Amazing Grace(The Chains are Gone)(前編) Back Little Wish(後編) 柊かがみ Next Amazing Grace(The Chains are Gone)(前編)
https://w.atwiki.jp/jojobr2/pages/224.html
滞る深い闇に、満月からの淡い光が差し込み、幻想的な色彩を織り上げている。 舞台は、荒木飛呂彦が造り出した戦闘世界の辺端――高層ビルの一室。 光源無き空間には、一切の物音すら響かず。 月光に照らされた床上に佇み、対峙するのは、二人の男。 外の暗黒を切り取る窓の際で、涼しげな表情を崩さぬ色黒の青年。 唯一の部屋の出入口である扉の傍らで、鋭い光を瞳に宿す伊達男。 互いの距離は、十歩にも満たない。 だが、その小さな間隙に滾るのは、決定的なまでの不寛容の気配。 異能を持つ者として研ぎ澄まされた彼らの感覚が捉え、 不用意な動作を抑え込むのは同じもの――一触即発の、緊張。 静寂を破ったのは、鍔付き帽の側だった。 「『願ったり叶ったり』って奴だな―― 殺人犯が名乗りを上げ、しかもそれが顔見知りだったとは」 マウンテン・ティム。 元、スティール・ボール・ラン・レース優勝候補。 現、合衆国連邦保安官。 並びに、スタンド使い。 「あの『スタンド使い』は、私が『始末』した―― それは確かな真実の世界だ」 マイク・O。 大統領身辺警備・機密調査担当。 並びに、スタンド使い。 二人が知るのは、互いの素性のみだった。 彼らは熟知している―― 自らのスタンド能力を信頼できぬ他者に教えるのは、最も忌避すべき行いなのだと。 「しかし――結論から言っておく。 私は、この殺し合いの世界に参加するつもりはない」 述べながら、マイク・Oは相手の所持品を確認する。 マウンテン・ティムの左手に取られるのは、自分の支給品だった通信機。 右手に握られているのは、不可解だが――至極単純な造りのロープ。 「では、お前が殺したあの男は何者だ?」 眉根を寄せ、マウンテン・ティムが紡ぐのは当然の疑問。 部屋を乱反射する月光が、その整った面持ちを照らし出す。 「私は、襲い来る敵に最小限の対処をしただけだ―― 先に攻撃を仕掛けてきたのは、奴だ」 「――どうとでも言えるだろうさ。目撃者は、既に仏だ」 紡がれる真実の弁解に、鼻で笑い返すマウンテン・ティム。 口調とは裏腹に、その眼光は厳しさを増す。 「分かってるんだろ、マイク・O? 『参加者』を一人殺害した――その事実だけで、 お前をこの場で『逮捕』する理由には十分足り得るんだよ」 具体的な単語に、マイク・Oの身体が、一歩だけ後じさる。 彼の視線は、ティムの握るロープへと注がれた。 ――両の腕でも、束縛するつもりなのか。 「……私を、これからどうするつもりだ?」 「俺達と共に行動してもらう。 ただし、お前に『自由』は与えない」 掲げたロープを揺らしながら放たれた、マウンテン・ティムの宣言に、 マイク・Oは先の予測を確信のものとする。 「そちらから事を起こさなければ、 俺も荒っぽい真似をするつもりはない。 容疑が晴れれば、その場でお前を解放する」 保安官の表情を見据え、マイク・Oは内心を汲み取る。 それは、嘘偽りのない忠告。 「――どちらにせよ、答えを決めるのはお前だ。 俺を振り切って、逃げ果せる自信があるならやってみな。 ……それとも、ここで殺し合うかい? ハッキリ言わせてもらうが――"俺が負ける気は全くないな"」 首を僅かに傾げ、おどけたようにマウンテン・ティムは言う。 だが、やはり眼光は一切笑っていない。 マイク・Oは額に指を当て、思考を巡らせた末に――結論を下した。 「……分かった。 疑惑を晴らす為にも、共に行動する世界としよう」 驚嘆の表情を浮かべたのは、マウンテン・ティム。 相手の回答が、意外な程に早かったのである。 「私としても、お前との戦闘は避けたい。 そして、ありとあらゆる場所に危機が潜むこの世界だ―― 安全の為にも、複数人での行動の世界が望ましいだろう」 ここまで語ると、口を閉ざし、マイク・Oは低く嘆息する。 両の手を挙げ、カウボーイハットの側へと向ける。 その行為が示すのは、相手への服従。 合意が形成されたと見なし、無言で頷きかけると、 マウンテン・ティムは一歩……また一歩、身を接近させていく。 「しかし、なんだな……」 慎重な歩調に浴びせられたのは、唐突な発言。 「……"我ながら、『スタンド使い』という人種は、 酷く厄介で、度し難い輩だとは思わないか?マウンテン・ティム……?"」 相手の口から零れ出した奇妙な言葉に、 歩を進めていたマウンテン・ティムは僅かにたじろぐ。 それに構わず、マイク・Oは淡々と言葉を連ねる。 「"例えば、能力の射程範囲内である事実も露知らず、 平然とそこに足を踏み入れてしまったりする"……」 「――――ッ!?」 ――マウンテン・ティムは、見た。 眼前のスタンド使いの瞳に浮かぶ、鈍い輝きを。 既にそれは、合意と従属の意志ではない。 意図せずに溢れ出る、軽蔑の眼差し。 ほの昏い、微笑。 起こりつつある状況を理解したマウンテン・ティムが、 ロープを取る右手に意識を向けようとする。 だが、その行動はあまりにも遅過ぎた。 微小な風切音が、狭い室内に共鳴する。 それに続くのは、肉が裂き千切れ骨が粉砕する、鈍音。 噴き上がる血飛沫の一部をその顔面に受けながら、 マイク・Oの視覚が捉えたのは、上方から飛来し、 マウンテン・ティムの左肩に突き込まれた、四角形の金属塊。 本来の姿――建造物の外壁に取り付けられ、ガラス板を支える窓枠――を 取り戻し、質量に従い急降下した『バブル鳥』。 その剥き出しの断面が、骨肉を抉り、熱い鮮血を体外に散らせる。 激烈な衝撃は、瞬く間にカウボーイの鎖骨を両断し、左腕を肩口ごと吹き飛ばす。 接合から解き放たれた一本の肉塊は、宛ても無く空中を踊り、地を掻いた。 彼の左手に握られていた通信機――トランシーバーも、 からからと間の抜けるような音を鳴らして、部屋の隅の陰へと転がり、失せる。 「…………?」 苦痛の呻きすらも発せぬまま、仰向けに崩れ落ちるマウンテン・ティムの体躯。 鍔の下の表情は、何が起こったのかまるで判らない、といった様相。 ただただ、切断面からは血泡が止め処なく噴き上がり、 赤黒い液体が合成樹脂の床に侵食を始める。 「――この世界は、金属に恵まれた世界で助かった」 窓枠――マウンテン・ティムの血糊がこびり付いた凶器――が、 寸時の後に床に転倒する反響音を背に、 抑揚に欠けた声で、マイク・Oは呟いた。 「天井の闇に忍ばせていた『バブル鳥』―― その能力を解除し、貴様に『ギロチン処刑』の世界を処した」 左腕を欠いたマウンテン・ティムが、傍らで震えている。 激烈なショックに全身の神経系が対応できず、がたがたと。 「…………き……さ、ま…………ッ!」 首を巡らせるのが、精一杯の様相。 荒々しい呼吸の間で、紡がれる言葉が意図するものとは。 その視線は、自らの致命傷に気に掛ける風も無く、敵の顔面を突き刺して。 「しかし、驚いたな――」 対するマイク・Oも、仰向けの姿勢にあるマウンテン・ティムの双眸を見下している。 両者の視線は交わり、しかしそこに意思の疎通は一片すら存在しなかった。 「一瞬早く落下を察知し、頭蓋骨の破断を免れた世界か」 冷ややかな眼光に曝されるのは、 吹けば飛ぶほど弱々しく、しかし確固たる想いの炎が籠った瞳。 その熱い指先が、敵の靴先を捕えるべく、揺れる。 「その危険察知能力は、流石といった所だな」 マウンテン・ティムの蒼白の頬が、呻きと共に歪む。 マイク・Oの靴底が、彼の差し出した右手を足踏にしたのだ。 「――だが、これで終わりだと思ったか?」 囁くように発せられた問いは、非情なる宣告。 同時に降り来たる、慈悲なき追撃。 金属塊へと還ったもう一体の『バブル鳥』が、 動けぬティムの胴に衝突、その上腹部を垂直に両断した。 続けざまの衝撃に、びくり、と痙攣するティムの上半身。 瞳に滾っていた朧ろげな光は、致死の一撃に、今や完全に消失した。 二度目の攻撃を終えてから、マイク・Oは暫くの間動かなかった。 敵の思わぬ反撃を警戒していたのである。 その結果として、十数秒の静寂の時間が発生する。 脳を溶かすような鋭い血臭が、部屋を渦巻く。 あまりにも大き過ぎる傷口から溢れ出す二つの血溜まりが、 ゆるやかな速度で床上に散大する。 憮然とした表情で、敗者を見下し続けていたマイク・O。 その呼吸の静止を確認すると、 コートの背をひるがえし、部屋の隅のドアに指を掛け――。 しかし、そこで彼は立ち止った。 「――――すべては、」 ふいに、黒瞳を翳りが彩り、 その唇が、聞き手のおらぬ言葉を紡ぎ出す。 「大統領夫人の、為だ」 幽かな呟きは、背にした屍への、せめてもの餞なのか。 次の瞬間には、マイク・Oの双眸は本来の冷淡さを取り戻していた。 ドアと壁の間隙へと影のように滑り込み、部屋から立ち去る。 (マウンテン・ティムには仲間がいた。 網状の服を纏った、長髪の男) 視界に広がるのは、闇が遮り、奥の見通せぬ廊下。 マイク・Oの思考は、既にビルを脱出する手法の模索へと移っている。 (ティムの仲間である男と、彼に手を掛けた身である私。 出会えば、衝突する可能性は高い。 無用な戦いは、避けたい) 奥に待つ階段に向けて、速やかに駆け進む。 足音は限りなく小さく、誰かにそれが聞かれぬように。 (一秒でも早く、この建物から脱出しなければならない) 階段を目前にして、視線を走らせる。 傍らの壁面に記された表示――『十四階』。 その数値を確認すると、マイク・Oの身体は降下を始めた。 先の戦闘で負傷した左脚が痛むが、階段の昇降程度はできる。 二階を降った時点で、彼の靴先が、ふと静止する。 彼の聴覚は、下階から微かに響く一つの音を捉えていた。 (『足音』――この階段の真下、五階ほど降りた場所か) 長髪の男のもの――彼はそう推測する。 降り続けていた階段を数段戻り、 手近な階の廊下に移ると、再び疾走を始めた。 (奴は階段付近にいる。 ならば、『こちら』を使うまでだ) 廊下を隔てた先にある、『非常階段』。 上階を行く際、その出入口を彼は既に確認している。 思惑通りに見つかったそれに、小さく息を付く。 非常階段へのドアは、上階と同じ配置に存在していた。 ドアノブに手を掛け、鉄製の重い扉を開放する。 その奥へと足を踏み入れ、 マイク・Oの肌が外気を感受した、次の瞬間――。 ――何が起きたのか、解らなかった。 最初に認識したのは、重力からの解放感。 次に、雲一つない漆黒の夜空。 その次に、全身を駆け巡る衝撃と苦痛の嵐。 マイク・Oは、狭い非常階段を踊り場まで転がり落ち、 訳も判らぬまま、手摺に頭の先を激突させ、 激痛に胴を捩り、狭い床の上で悶え苦しんだ。 肺から意図せず漏れ出す呼気が、 喉を震わせ低い呻きを発する。 両腕両脚は勝手に床を跳ね回り、 他人事のようにすら思える衝突音が鼓膜を揺らす。 目の端に捉えた下方への階段の認知とそれによる肉体の反射が、 更なる落下と転倒を寸で押し留める。 脳を分断するような、強烈な頭痛が込み上げていた。 そして臓腑の奥底から切迫する吐き気。 揺らぐ視界に覗く満月に覚える悪寒。 激烈な苦痛に溶解した聴覚が、上方からの声を捉えた。 発せられたのは、たった今まで、自分が立っていた場所。 非常階段の出入口。 「『ダイバー・ダウン』ッ! 既に扉に潜行し、通った人間をブッ飛ばす『トラップ』に変形させたッ!」 説明っぽい男の声を聞きながら、 駆け巡る苦痛が、時間と共に僅かに引いていくのをマイク・Oは感じた。 理性の刃が意識を裂き、自身の状況を再確認するべく伸び行く。 ――マウンテン・ティムを殺した。ビルから逃げようとした。 非常階段の扉を開けた。階段を転がり落ちた。敵が上にいる。 「――『足音』が、聞こえただろ? あれもドアを改造し、作り出した俺の『足音発生装置』。 お前をここまで追い込む為の、『罠』だ」 敵の解説に、耳を傾ける暇は無かった。 階段の転倒による全身の打撲傷は決して致命的ではないが、 頭部へ衝撃は平衡感覚に変調を来していた。 息も絶え絶えに床を這いずり、踊り場の手摺に寄り添うと、 禍々しい形状の『罠』と化した扉の前に屹立し、 こちらを見下ろす長髪の男――ナルシソ・アナスイ――の姿を視界に収める。 「既にビル中に『罠』を張り巡らせているッ! その一段下の階段も、扉も壁も何もかもだッ!」 (マウンテン・ティム……私が逃げた事をこの男に吹き込んだのか? いつの間に、どうやって――信じられんッ……!) 湧き上がる疑問に、しかし今は対峙すべき時ではなかった。 朦朧とする視界の中で、いや増す頭部の鈍痛を振り切り、 マイク・Oは自らのポケットから一つの物体を掬い出す。 それは、基本支給品の一つ、『方位磁針』。 (方角は、空を見て知ればいい――時計を失うよりはマシ) 震える両手の指先に、添えるようにその小さな物体を乗せる。 背を軽く反らせ、口と喉を開き、両の肺に精一杯の外気を取り込む。 方位磁針の外部を覆う金属部分に唇を合わせ、 肺の中の全ての呼気――彼の異能の礎――を吹き込んでいく。 『チューブラー・ベルズ』のスタンド能力は、物理法則を歪曲させ、 本来のそれならば絶対に有り得ぬ形の『ふるまい』を金属に強制させる。 彼の呼気に反応し、ただ持ち主に方角を伝える存在だったはずのそれは、 ゴムのように歪曲、見る見るうちに膨張、巨大化して――。 マイク・Oの両手の中で、一つの『風船』が完成した。 「おい、お前……一体、何をしているッ!?」 ナルシソ・アナスイが階段の上から喚く。 眼前で巻き起こる異常な現象に困惑し、敵に接近できないでいた。 その間にも、マイク・Oの両手の指は、 驚嘆すべき速度で『風船』を捻り、曲げ、各所を結う。 (成功率は、決して高くない。 だが、もう他に手段を選べない世界だ――) 超絶的な技巧により、十秒足らずで完成したバルーンアートは、 まるで水をたゆたう『鴨』のような造形。 しかしそれは、単なる子供の玩具などではなく、 本来の鳥のごとく地を這い、飛翔する、『バブル鳥』。 「……妙な動きをしてるんじゃねぇ――――ッ!」 警告の絶叫を放ち、一段だけ、身を降ろすナルシソ・アナスイ。 その表情は、始まりつつある異状への緊迫に引き攣っていた。 (飛翔せよ――我が『バブル鳥』) 『チューブラー・ベルズ』の風船生物は、 本体であるマイク・Oの忠実な部下として機能する。 造り出した『バブル鳥』を、マイク・Oが差し向けたのは、しかし―― 敵たるアナスイの元ではなかった。 風船使いが仰ぎ見たのは――漆黒に満ち満ちた、虚空。 二人のスタンド使いが対峙する、この非常階段の、『外部』。 「……な…………ッ……!?」 この時初めて、相手の心の裡を知り、 ナルシソ・アナスイは階段を下へと駆け出した。 両腕に異形の生命を抱く、敵の背を目指して。 アナスイの身体から放出された、スタンド『ダイバー・ダウン』のヴィジョン。 激烈な破壊のエネルギーを宿すその指先が、 敵を捕えるべく、暗闇の深淵へと伸び上り――――! ――――なにもない空を、掻いた。 アナスイの視界の中で、地上約三十八メートルからの『落下』を決行した敵の、 幻影のような一瞬に垣間見えた、その表情は。 ……逃亡の成功による歓喜に、口元を釣り上がらせていた。 「――――野郎ッ!」 一瞬の後に、非常階段の踊り場は元の静寂さを取り戻す。 今の今まで巻き起こっていた対決など、最初から無かったかのように。 手摺に這うように掴まり、アナスイは遥か下界を見据える。 非常階段の直下はビル同士の間隙であり、 満月の光が照らす領域とは一線を違えていた。 それでも微かに覗く地の上に、既に男の姿は皆無。 穏やかな風が、首元から暗夜へと伸びる長髪を撫でる。 「…………ッ!」 ナルシソ・アナスイは、音が鳴る程に強く奥歯を噛み締めた。 敵を逃した屈辱が、彼の自尊心をじわじわと脅かす――。 ★ ★ ★ 間一髪、だった。 『バブル鳥』の浮力による落下速度の軽減と、 風船の弾力を用いた激突衝撃の緩和。 高度数十メートルからの肉体の落下という状況を前にして、 この二つの要素がどれ程の効力を与えるかは、全くの未知数だった。 しかし、うつ伏せに転倒した体勢で、 マイク・Oは、地を眼前に淡い笑みを形作っている。 「上出来の世界だな――」 立ち上がる際に、誰にともなく、ぽつりと呟く。 首を巡らせ、地との接触で弾け飛んだコートの袖を確認する。 右肘付近の皮膚に生々しい擦り傷が覗いているが、 逃亡の代価としては、あまりにも些細なものだった。 両の手でコートとズボンを叩き、付着した土埃を落とす。 そして、闇の中を浮遊する『バブル鳥』への能力を解除する。 大の男一人が抱えられる程のサイズだったそれは、 一瞬で直径数センチメートルの金属片に姿を戻し、マイク・Oの掌へと落ちた。 既に磁針などの余計な部分は剥がれ落ち、金属製のケースのみと化している。 持ち歩ける貴重な金属塊をポケットに忍ばせると、 ビル同士の間隙の空間から、マイク・Oは近場の道路へと駆け抜ける。 その瞳は、せわしなく辺りを見回す。 自らのスタンド能力の媒介となる、金属を求めて。 (奴らは、この建物から一歩たりとも逃がさない―― 我が『チューブラー・ベルズ』の世界で) ★ ★ ★ 「どうやら、逃げられたようだな」 仄かな月光が照らし出す、非常階段の踊り場。 聞き慣れた声を耳にして、ナルシソ・アナスイはそちらへと視線を巡らせた。 ――それは、『頭上』の方向。 アナスイの佇む踊り場に、上階から一本のロープが垂れ下がっていた。 その持ち主であり、声を放った張本人でもある男――マウンテン・ティムが、 分断した肉体をロープと一体化させた状態で、滑り降りて来る。 「しかし、お前は十分にやってくれたよ」 下界へと自らの四肢を落しながら、 ティムは仲間を宥めようと声を掛ける。 「今回の責任は、俺にある。 俺の情報不足が、奴を逃してしまったんだ――」 「いや」 慰めの言葉は、しかし、アナスイの意外な言葉が遮った。 「まだ、やれる」 力強い響きが、夜の闇に染み渡った時には既に、 アナスイから現出した『ダイバーダウン』の両手が、 ティムと融合した物干しロープの端を握り締めていた。 「……行くぞ、『ダイバー・ダウン』」 「…………ッ!?」 カウボーイが疑問を差し挟む間も無く。 ナルシソ・アナスイの身体は非常階段の手摺を越え、 両の腕を開き、軽々と飛び込んだ――。 ――暗黒の覆う、三十八メートル奥の、冷たき地平へと。 「ティムッ!お前を待っていたッ!」 下方から巻き上がり襲い来る、猛風――落下物への当然の空気抵抗。 全身を煽られながら、それに負けじと言わんばかりに放たれる絶叫。 自らの幻影と右腕同士を組み合わせ、 スタンドの左腕を、ビルの外壁に『潜行』させて、 ナルシソ・アナスイは『降下』する――敵の待つ地上へと! 「奴を叩くッ――今、ここでッ!」 その上で、物干しロープと融合した分裂状態のまま、 風に揺られ空中を踊るマウンテン・ティム。 彼と一体化するロープの端は、アナスイの左手が掴んで離さない。 二人の視界の中で、爆発的に拡大する冷たき地表面。 躊躇、容赦など欠片すら見せず、致死の激突を平然と待ち侘びている。 一呼吸付く間もなく、漆黒の顎は降下者達を包み込んで――。 ――ヒールの靴底が、固い地を叩く。 非常階段からのダイヴは、数秒で終結した。 降り立ったのは、狭小な空き地。 四方を建築物に挟まれた、静寂と闇のみが支配する空間。 ナルシソ・アナスイの背後で、マウンテン・ティムの、 『オー・ロンサム・ミー!』の異空間を経て分裂した体躯が、 物干しロープを介して次々と結合していく。 暗闇を通して、二人の視線が重なり合い、頷き合う。 言葉が無くとも、互いの意志は通じている。 彼らの視線は周囲を巡り、外部より漏れる光を確認する。 出口は、左右。 共に、幅一メートルに満たない、路地とすら呼べない間隙。 その、両の道から―― 獰猛な唸りを吐きながら、数体の影が、彼らに向けて接近する。 左方から、三体。 右方から、四体。 生きる風船細工――『バブル犬』達が、 獲物たる男達に向けて、獣の吐息を洩らす。 全てが、体長一メートルを優に超える、猛獣。 溢れる呻きは、狭い空間を反響し混じり合い、 闇を通じて、不気味なアンサンブルを共鳴させる。 二人の能力者は背を合せ、七体の異形と対峙する格好。 揺れる獣の影は、男達を円状に囲い込むと、一旦静止した。 そして、この一角を揺らしていた奇怪な合唱も、終わる。 造られた生命の無機質な瞳は、二人の人間に何を見たのか。 激突を後に控えた、静かなる間隙の時が、始まり――唐突に終わる。 七つの猛進と、マウンテン・ティムの右手が躍ったのは、完全に同時だった。 空を切り、神速で闇を巡る物干しロープが、 二人の周囲を『結界』のように囲い込む。 本能の忠実な僕である『バブル犬』達は、敵の行動などお構いなしに、 その肉に噛み付く為に実在しない口を開け、突っ込んで――。 ――その動きを、止める。 ……いや、厳密には止まっているのではない。 彼らの太い脚は忙しなく動き、獲物への肉食衝動に全身を蠢かせている。 それでも、前に進めない。移動できない。 マウンテン・ティムの取るロープが、 七体全ての『バブル犬』の胴と一体化し、構成するパーツを分断させ、 その一切の挙動を制御していたのだ。 視線で合図を送られ、アナスイは『ダイバー・ダウン』の右腕を振るう。 変形への意志を託された拳が、足元の地面へと突き刺さる。 瞬く間に、地から出現した無数の『槍』が、 身動きの取れぬ『バブル犬』達に、その鋭利な先端を埋没させる。 その構成物質は、空き地を覆い込む鼠色のアスファルト。 風船の割れる小気味良い音が、周囲の壁々を反射し、遥か夜空へと響き渡る。 二人のスタンド使いを取り囲み、喰い殺そうと襲来した『バブル犬』軍団が、 完全に無力化した証拠だった。 ガス管、水道管、道路標識、囲いの金網、 錆びたガラクタ、建造物の外壁を包む金属枠――。 元の姿へと還った『バブル犬』の死骸が地に散乱し、 重なり合い、秩序に欠ける濁音を打ち鳴らした。 「……逃げられた、な」 地上に降下してから初めて発せられた、 マウンテン・ティムの囁きに近い言葉。 「どうやら、そうらしい」 ナルシソ・アナスイが、仲間を仰ぎ見ながら答える。 その表情は、先程よりも険しさが見られない。 彼も、敵の追跡を諦めていた。 「……ティム、その傷は?」 アナスイは眼を見開き、仲間の胴体に指を向ける。 その左肩と腹部に、赤黒く染まった服の断裂を見たからだ。 この時点で初めて、彼はティムが手負いである事を知った。 「これか……? ほんの少しだけ、奴に気を許してしまってな」 アナスイの心配を他所に、ワイオミングのカウボーイは微笑みすら浮かべ、 自らの顔面にある長い傷痕を指し示した。 「心配するな、どうということはないさ。 俺のスタンド能力は傷口の空間同士を『縫い』、治癒させる。 これは、爆弾で全身をバラバラにされた傷さ」 確かに、マウンテン・ティムの服を切り裂いた二つの傷の大きさの割に、 そこからの出血は既に見当たらない。 体躯を分裂させるという能力と、苦痛の声を一度も耳にしなかった事実が、 アナスイが彼のダメージに気付かなかった原因だった。 「むしろ、俺が心配したいのはあんたの方さ。 アナスイ、怪我はないか?」 「……別に」 そっけない答えに低く口笛を吹き、 マウンテン・ティムは左手に小型機械――トランシーバーを掲げる。 「奴に攻撃された後、お前から貰い受けたこの道具を使い、 『挟み撃ち』を画策したが―― どうやら、あちらが一枚上手だったようだな」 「ああ――ビル中に『罠』を仕掛けたが、無駄になっちまった」 アナスイは先の失態を思い出し、悔しげに眉を顰め、 空き地の出口へと目を移す。 「あの野郎は、まだこの近くにいる……。 他の『参加者』を殺し回る気なら、放ってはおけないぜ――? 今から、街中を捜索するか?ティム」 カウボーイは首を振り、否定の意を示す。 「いや……奴はもう我々に襲い掛かりはしないし、 他者に危害を加える気も無いだろう。 『屋上の死体の男』からも、先に攻撃されていたようだ」 「あんたの考えならば、俺もそう信じるが――何故、言い切れる?」 足元の残骸を見下ろしながら、吐き出されるアナスイの訝しげな言葉。 帽子の唾に指を当て、微妙に角度を整えながら、ティムは返答する。 「幾らか、言葉を交して感じたんだが……。 あの男――マイク・Oには、『別の目的』がある」 「それは『優勝』ではない、と?」 「ああ――」 マウンテン・ティムが次に発した、思いがけない言葉に、 突然アナスイは、胸を締め付けられるような感覚に襲われた。 「――そうだな、あれはまるで、 "参加者の誰かを見つけ、護ろうとしているか"のような――」 ★ ★ ★ 深い闇に紛れ、一人の男が夜道を疾走している。 その服は所々が破れ、頭部には生々しい打撲傷が散見された。 それまで無表情を貫いていた彼――マイク・O――の顔面は、 今や、強い焦燥の念に歪められている。 スタンド能力による奇妙な直感が、彼の意識に渦巻いていた。 (『バブル犬』共が、たった今、同時に始末された) 駆けながら、背後に聳え立つ一つのビルに振り返る。 夜空の中心で、堂々と自らの姿を誇示するそこは、 つい先刻、彼が逃亡した場所。 (思っていたよりも、ずっと早い。 奴らを倒せる期待はしていなかったが――) 七体もの『バブル犬』を、余裕で撃破する敵の戦闘力に脅威を抱きつつ、 同時に、彼の内心には深い安堵の情も湧く。 逃亡という選択は、やはり正解だったのだ、と。 (『ダイバー・ダウン』――『罠』を作り出す能力。 あれは厄介な世界だ) 非常階段で対峙した、長髪の男のスタンド能力と、 自らの『チューブラー・ベルズ』との相性の悪さを、マイク・Oは痛感する。 (そしてマウンテン・ティムも、恐らくは生きている。 何故だ――奴の能力の正体はなんなのだ) 底深い疑念が、漆黒の瞳に滾る。 疲弊に零れる一筋の汗が、顎を伝い落ちた。 (とにかく、この場を離れなければ――) マイク・Oは痛感する――今回は、相手が悪かった。 長髪の男、そしてマウンテン・ティム。 彼らとは、これからも極力接触を断ちたい。 (大統領夫人。 あなたは今、どこにおられるのですか――?) 夜風に吹かれ、マイク・Oは疾走する――敵のいない、何処へと。 【F-4南部の空き地/1日目/黎明】 【チーム・愛の求道者】 【マウンテン・ティム】 [時間軸]:SBR9巻、ブラックモアに銃を突き付けられた瞬間 [状態]:左肩と腹部に巨大な裂傷痕(完治)。服に血の染み。やや貧血 [装備]:物干しロープ、トランシーバー(スイッチOFF) [道具]:支給品一式×2、オレっちのコート、 ラング・ラングラーの不明支給品(0~3) [思考・状況] 基本行動方針:ゲームに乗った参加者の無力化、荒木の打倒 1.アナスイの仲間を捜す 2.事情を察したのでマイク・Oは追わない 3.「ジョースター」、「ツェペリ」に興味 4.アラキを倒す [備考] ※アナスイと情報交換しました。アナスイの仲間の能力、容姿を把握しました。 (空条徐倫、エルメェス・コステロ、F.F、ウェザー・リポート、エンポリオ・アルニーニョ) ※マイク・Oのスタンド能力『チューブラー・ベルズ』の特徴を知りました。 ※マイク・Oの目的(大統領夫人の護衛)を知りました。 【ナルシソ・アナスイ】 [時間軸]:「水族館」脱獄後 [状態]:健康 [装備]:トランシーバー(スイッチOFF) [道具]:支給品一式、点滴、クマちゃん人形、双眼鏡 [思考・状況] 基本行動方針:ゲームに乗った参加者の無力化、荒木の打倒 1.仲間を捜す(徐倫は一番に優先) 2.殺し合いに乗った奴ら、襲ってくる奴らには容赦しない 3.アラキを殺す [備考] ※マウンテン・ティムと情報交換しました。 ベンジャミン・ブンブーン、ブラックモア、オエコモバの姿とスタンド能力を把握しました。 ※マイク・Oのスタンド能力『チューブラー・ベルズ』の特徴を知りました。 ※アラキのスタンドは死者を生き返らせる能力があると推測しています。 【市街地(F-4)/1日目/黎明】 【マイク・O】 [時間軸]:SBR13巻、大統領の寝室に向かう途中 [状態]:左足に銃撃による傷が複数。全身に打撲。右肘に擦り傷。疲労 [装備]:金属片(方位磁針の外殻) [道具]:支給品一式(方位磁針を除く) [思考・状況] 基本行動方針:大統領夫人(スカーレット・ヴァレンタイン)を護る。 1.F-4南部のビルから離れる。 2.大統領夫人を命を賭けてでも護る。 3.自分の身は護るが自分から襲ったりはしない(下手な逆恨みで大統領夫人を危険に晒さない為) 4.襲ってきた相手には容赦なく反撃する。 5.大統領夫人を襲ったりしないのなら別に誰かに協力するのもやむを得ない。 6.できるだけ大統領夫人と共に脱出したいが無理そうなら大統領夫人を優勝させる為最後の二人になったら自決する覚悟。 7.マウンテン・ティムとナルシソ・アナスイの二人を警戒。 8.マウンテン・ティムをはじめ、どういうわけか死人ばかりだが気にしない。大統領夫人を襲うつもりなら元同僚でも容赦しない。 [備考] ※名簿はチェック済みです。一通り目を通しました。 ※マウンテン・ティムが「裏切り者」(ルーシー・スティール)をかくまった謀反人であることは知っているようです。 ※ナルシソ・アナスイのスタンド能力『ダイバー・ダウン』の一部(罠の作成)を知りました。 ※マイク・Oが進んでいる方向は次の書き手さんにお任せします。 投下順で読む 前へ 戻る 次へ 時系列順で読む 前へ 戻る 次へ 73 夢のCHANCE 3 ナルシソ・アナスイ 122 愛・戦士たち 73 夢のCHANCE 3 マウンテン・ティム 122 愛・戦士たち 73 夢のCHANCE 3 マイク・O 111 ぼくの故郷はアメリカだった
https://w.atwiki.jp/ln_alter2/pages/322.html
forever blue (後編) ◆olM0sKt.GA (前編へ) 「ソウスケッ!」 瞬間、響いた甲高い声に宗介は何故か原因不明の迫力を感じ、伸ばした手をびくりと引っ込めた。 続いて後頭部に謎の衝撃が走る錯覚に襲われるがそちらは錯覚のままで終わってくれる。 いつの間にか吹き出していた冷や汗を隠しつつ、宗介は路地の一本から顔を出した少女に声を発した。 「リリアか! 待っていろといったはずだ、なぜ来た!」 「そ、それがちょっと状況が変わったというか……」 「どういうことだ? 説明を求める」 宗介より離れること十メートル、民家の塀に隠れるような形でぽつりぽつりとリリアが語ったところによると、彼女は自分より先に場内の人間と友好的な接触を果たしたらしい。 「それで、私がソウスケの名前を出したら、飛行場にはクルツって人がいるから安心して行けばいいって……」 「クルツ? クルツ・ウェーバーとその少女は言ったのか?」 少年を組み伏せたままの姿勢で、宗介はリリアの情報を脳内に再構築する。 瞬間移動がどうのと報告に一部詳細な説明を要する部分もあるが、接触はリリアの意思が発端の多分に偶発的なものであり、罠の可能性は低いと考えられた。 「了解した。状況その他から考えあわせるとその人物が嘘を言っている可能性は低く、情報の信頼度は高いと判断できる。だが、君の行動そのものは軽率と言わざるを得ない」 「そ、それはごめんなさい。でも、それより、あの……」 中にいるのがクルツならば、先だっての射撃練習も傍証となるだろう。事態の変化に理解が追いついたことで、宗介の緊張が和らぐのを感じる。 リリアの身に差し迫った危機がないことだけに安心してしまった宗介は、だから何故未だ彼女が距離を取ったままなのか察することができなかった。 「その子、なんでまたそこにいるの……?」 しまった、と。気づいたときにはもう遅かった。 怯えるように自分の身を抱くリリアは唇まで青白く染まってしまっている。小刻みに震えているのはこの距離からでも確認できるし、目は焦点の定まらぬままあちこちさまよっている。 「その……離してあげ、たら、どうかしら。わたっしは、もう、大丈夫だし、何かその子ずっとどこかに行こうとしてるみたい。それに……」 途切れ途切れに、ときどきガラクタのようにひっくり返った声になりながら、リリアが告げる。 「正直、私その子あまり見たくない」 何と言えばいいのか分からなかった。 ことは強姦未遂である。男である宗介には想像することも難しいが、当時の記憶は皮膚に染み込んだ汚泥のようにいつまで残り続けるに違いない。 「……そうだったな。すまない。俺の配慮が足りなかった」 腹の底に溜まったざわざわとした疼きを押し殺し、宗介は自分にできることだけを行った。 ぐったりと横たわる少年の身を起こし、リリアの視界から外れた路地に連れていく。 一度地面に横たえてから体の各所を点検し、怪我の悪化と意識の有無を確かめた。 一応の無事を確認し終えたところで、宗介は努めて平坦な声で言った。 「手荒な真似をしたことについては謝罪する。だが、俺は貴様がそれに値することをしたと同時に思っている。 場内の仲間の元に戻るなら、俺にそれは止められん。だが、そうしないというなら、一刻も早くこの場から消えてくれ」 少年からの返事はなかった。 長い長い沈黙が降りた。その間少年はぴくりとも動かず、宗介でさえまさか死んでしまったのではないかと心配するだけの時間が過ぎた後、芋虫のようなのっそりした挙動で暗い路地の陰に飲まれるように立ち去って行った。 「大丈夫か、リリア。無理をさせてしまった。重ねて申し訳なく思う」 元の路地に戻った宗介は、できる限りの言葉を述べた。リリアの顔は多少血色が戻ったように見えたが、震えがまだ収まりきってない。 「うん、大丈夫……ごめん……ありがとう」 「ここでは休息もままならない。場内に入ろう。警戒を完全に解くことはできないが、クルツがいるならそう時間をかけずとも落ち着けるはずだ」 「……うん」 不器用ないたわりを精一杯見せながら、宗介はリリアと連れだって飛行場の中に入っていく。 あの少年のことをリリアが早く忘れられるといい、宗介なりにそんなことを思った。 【B-5/飛行場入り口/一日目・夕方】 【相良宗介@フルメタル・パニック!】 [状態]:全身各所に火傷及び擦り傷・打撲(応急処置済み) [装備]:IMI ジェリコ941(16/16+1、予備マガジンx4)、サバイバルナイフ [道具]:デイパック、支給品一式(水を相当に消耗、食料1食分消耗)、確認済み支給品x0-1 [思考・状況] 基本:この状況の解決。できるだけ被害が少ない方法を模索する。 1:飛行場の中に入る。 2:飛行機を飛ばしてみる。空港へ行って航空機を先に確保する? 航空機用の燃料を探す? 自動車の燃料で代用を試してみる? 3:まずはリリアを守る。もうその点で思い悩んだりはしない。 4:リリアと共に、かなめやテッサ、トレイズらを捜索。合流する。 【リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ@リリアとトレイズ】 [状態]:健康 [装備]:早蕨薙真の大薙刀@戯言シリーズ [道具]:なし [思考・状況] 基本:がんばって生きる。憎しみや復讐に囚われるような生き方をしてる人を止める。 1:飛行場の中に入る。 2:飛行機を飛ばしてみる。 3:トラヴァスを信じる。信じつつ、トラヴァスの狙いを考える。 4:トレイズが心配。トレイズと合流する。 ◇ ◆ ◇ 連続テレポート時の視界は映写機の画像を次々入れ替えるようなものだ。 飛び飛びの映像が切り替わっては後ろに流れていく。すっかり馴染んだ感覚に身を任せながら、黒子は暮れなずむ無人の街を文字通り飛び回った。 リリアと名乗った少女と接触した以外、黒子はまだ誰も見つけられていない。 焦りこそ自重しているが、夜の暗がりは黒子を急かすように、いよいよその影を濃いものにしている。 これはレースではないのだ。テレポートの隙間で頬を撫でる風に意識を冷やしてもらいながら、黒子は自戒する。一歩でも遠くに飛ぼうとする意識はすれ違いの不運をもたらす恐れがあった。 あてと呼べるものが何もない黒子では、捜査は自然高所からのローラー的なものにならざるを得ない。それにしたところで一人では限界があり、今のところ得られたのは限られた時間の浪費という結果だけだ。 徒労さえ感じさせる探索の中で、自分の足が無意識に南を向いていることに黒子は気付いていた。 百貨店を目指しているのだ。 出会って間もない伊里野という少女や、ろくに自分のことを話さなかった浅羽などは手掛かりに関してお手上げに近いが、もう一人のターゲットであるティーは違う。 ずっと一緒にいた分だけ、情報のアドバンテージは前の二人より大きい。 彼女は、百貨店で何かショックな出来事に遭遇したという。災禍に見まわれた少女が失踪してまでその現場を訪れようという発想の不自然さに黒子も気付いてはいたが、何しろ他に目標にできるものが何もない。 一風変わった少女の心中を何とか推し量りつつ、黒子は他と比べて背が高めなビルの屋上めがけて、もう何度目かも分からなくなったテレポートを敢行する。 「……見つけましたわ!」 急激に開けた視界の向こうに、ティーの歩く姿があった。 ちょうど百貨店が肉眼で捉えられる程の場所である。 黒子の視力が届くギリギリの位置にいるため、人間というよりは小さな白い何かとしか判別できないが、息の絶えた街で動くものは何よりも目立つ。 子供らしい低身長に雪のような髪の組み合わせは見間違えようもなかった。 ティーの目標はやはりこの辺りだったらしい。迷いない足取りで路地を曲がるのが、距離を詰めた黒子の位置からもはっきり見てとれた。 黒子とティーの間にはまだ百メートル単位の距離がある。まだ視界に収めたというだけだが、無事な姿のまま発見することができた。 ラストスパートとばかりにテレポートを重ね、黒子は目と鼻の先にまで迫ったティーの姿を捕らえようとする。 無意識に緩みそうになる気持ちを再度引き締めながら、黒子は跳躍を繰り返す。着地の際、ツインテールに結ばれた髪が夕闇に舞ってゆるやかになびいた。 【C-5/百貨店近くの路地/一日目・夕方】 【白井黒子@とある魔術の禁書目録】 [状態]:健康 [装備]:鉄釘&ガーターリング、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ [道具]: [思考・状況] 基本:ギリギリまで「殺し合い以外の道」を模索する。 1:ひとまずティーの確保を優先(放送の時間までには帰る) 2:状態が落ち着けば、この世界のこと、人類最悪のこと、浅羽と伊里野のことなど、色々考えたい。 3:御坂美琴、上条当麻を探し合流する。また彼ら以外にも信頼できる仲間を見つける。 [備考]: ※『空間移動(テレポート)』の能力が少し制限されている可能性があります。 現時点では、彼女自身にもストレスによる能力低下かそうでないのか判断がついていません。 【ティー@キノの旅】 [状態]:健康 [装備]:RPG-7(1発装填済み)、シャミセン@涼宮ハルヒの憂鬱 [道具]:デイパック、支給品一式、RPG-7の弾頭×1 [思考・状況] 基本:「くろいかべはぜったいにこわす」 1:シズの元へもう一度行ってみる。そして、それからのことをそこで考える。 2:百貨店でシャミセンのごはんを調達したい。 3:RPG-7を使ってみたい。 4:手榴弾やグレネードランチャー、爆弾の類でも可。むしろ色々手に入れて試したい。 5:『黒い壁』を壊す方法、壊せる道具を見つける。そして使ってみたい。 6:浅羽には警戒。 [備考]: ※ティーは、キノの名前を素で忘れていたか、あるいは、素で気づかなかったようです。 「……あっちの方の道に入って行った」 白井黒子の姿が一本の路地に消えるのを見届けると、身を隠す必要のなくなった少女は給水タンクの裏から静かに姿を現した。 「ななな、何今の? まるでワープみたいに……」 「遠目ではあるが御坂美琴と同じく自在法の気配は感じられぬな。外見から言っても、彼女が御坂美琴の言っていた友人とみてほぼ間違いあるまい」 黒子がティーを発見したビルから、さらに数十メートルほど西に外れた、ビジネスホテルの屋上である。 坂井悠二の手掛かりとなるバギーを求めて東へと向かっていたシャナ、アラストール、島田美波の一向はさしたる進展もないまま、百貨店近くにまでやってきていた。 「何かを探してるみたいだった」 「我らと同じく、人捜しの最中であったのかもな。接触の機を逃したのは失敗だった知れん」 「仕方ない。ろくに確認せずに近づいて攻撃されるよりはまし」 「二人ともよくこの距離からあれこれ見えるわね……」 ひどくぐったりした様子で美波が言った。全身で疲労をアピールするようにセメントの地面に膝をついている。 シャナは情けないなぁと率直な感想を抱いた。 橋の前でトーチと出会って以降、体力を消費するようなことは何も起きていないのである。 疲れるほどの移動さえできていない、というのが逆に問題になるくらいなのだ。 風向きの関係かホテル上空の熱波がちょうどシャナ達の進行方向を塞ぐように広がっていたのが主な原因である。 シャナにとっては些細としか思えない物音やら何やらにいちいち驚く美波との移動は予想外に手間のかかるものだったのであり、結局かなりの時間を徒歩での移動に費やしてしまった。 再び炎の翼を用いての飛行に切り替えられたのがついさっきのことである。時刻は間もなく放送を告げ、求める悠二は未だ影さえ捕まらない。 「ふむ。シャナよ、今からでもあの少女を追ってみる気はないか?」 「あの人間は急いでた。何かトラブルに巻き込まれてるのかも知れない。御坂美琴には悪いけど、今は悠二を追いたい」 アラストールの案にシャナは短い、しかし断固とした口調で答えた。 「しかしそれも想像に過ぎん。いずれにせよ、判断するには情報が不足し過ぎているのは分かるな?」 「それはそうだけど……」 「あるいは、これを転機と見ることもできよう。あのトーチと出会って以降、我らは成果と呼べるものを何ら得られていない。 むろんシャナの言うような危険もあるが、この場で合った縁をそう悪い方にばかり捉えるのは、疑心暗鬼というものであろう」 押し黙ったまま、シャナは前を向いた。 アラストールにも一理ある。制服の少女本人に危険がないことはほぼ間違いないところであるし、急いでいるから危険だというのも短絡過ぎるだろう。アラストールの言う通り、彼女の持つ情報が悠二との距離を縮めてくれるかも知れない。 だが、同時に、一刻も早く悠二を求めて飛び立ちたいという気持ちもシャナの中に歴然とあった。さっきの少女には悪いが、妙なことで足止めされるのは全力で避けたい。 「具体的な根拠に欠けた、多分に観念的な物言いであることは我も承知している。 ならばこそ、ここはシャナに任せようではないか。箱庭に囚われた身の我々では、どのみち完璧な判断など下せるはずもないのだ。 島田もそれでよいな?」 シャナの迷いを見透かすかのように、アラストールが決断を後押しする。 ちらりと視線をやると、美波が情けない姿勢のままおっけー、などと手を振っていた。 一番悪いのはぐずぐず言うだけで何も行動しないことだ。時間の浪費は最大の悪手である。 「分かった」 シャナは決断した。 端的に発せられた言葉は二人の同行者に速やかに承認され、シャナ達はそれに従って行動を再開した。 【C-5/市街地/一日目・夕方】 【シャナ@灼眼のシャナ】 [状態]:疲労(小) [装備]:メリヒムのサーベル@灼眼のシャナ [道具]:デイパック、支給品一式、不明支給品x1-2、コンビニで入手したお菓子やメロンパン [思考・状況] 基本:悠二やヴィルヘルミナと協力してこの事件を解決する。 1:決断に従って行動する。 2:島田美波を警護しつつ、彼女に協力。姫路瑞希を捜索し、水前寺を神社に連れ戻す。 3:以上の目的を果たしたら一旦神社へと戻る。 4:東にいると思われる“狩人”フリアグネの発見及び討滅。 5:トーチを発見したらとりあえず保護するようにする。 6:古泉一樹にはいつか復讐する。 [備考] 紅世の王・フリアグネが作ったトーチを見て、彼が《都喰らい》を画策しているのではないかと思っています。 【島田美波@バカとテストと召喚獣】 [状態]:健康、鼻に擦り傷(絆創膏) [装備]:第四上級学校のジャージ@リリアとトレイズ、ヴィルヘルミナのリボン@現地調達 [道具]:デイパック、支給品一式、 フラッシュグレネード@現実、文月学園の制服@バカとテストと召喚獣(消火剤で汚れている) [思考・状況] 基本:みんなと協力して生き残る。 1:シャナに同行し、姫路瑞希と坂井悠二を探す。ついでに水前寺も。 2:川嶋亜美を探し、高須竜児の最期の様子を伝え、感謝と謝罪をする。 3:竜児の言葉を信じ、全員を救えるかもしれない涼宮ハルヒを探す。 [備考] シャナからトーチについての説明を受けて、「忘れる」ということに不安を持っています。 ◇ ◆ ◇ やっと解放された足は思うように動いてくれなかった。 どこかも分からなくなってしまった街の中を浅羽はとぼとぼと歩く。思うように動かないと言いつつも足は別に苦痛を訴えたりはしていないし、なんだかんだで前には進んでいる。 つまり、浅羽の肉体というより精神の問題なのである。あの粗暴で意味不明の男にはなせはなせと泣き叫んだ浅羽は、いざそうなってみると亀のように鈍重な動きしかできないでいる。 これでもかというくらいに捻られた腕が微熱にも似た鈍痛をもたらしてくるが、大した問題ではない。浅羽の脳内は竜巻に蹂躙されるゴミ処理場のようにぐちゃぐちゃで、物理的な痛みなど正しく認識できているかも怪しい状態である。 浅羽直之は今すぐ走り出してしかるべきだと理解しているのに、それさえ実行に移せないでいる。伊里野の捜索を阻むものはもう存在していないはずなのだが。 安物映画に出てくる火星人のように理不尽な苦痛ばかり与えてきたあの男は、それこそ観察を終えた宇宙人のような唐突さで浅羽を放り捨てた。 所詮地球人に過ぎない浅羽に抵抗などできるはずもなかったのだ。内蔵の一部と血液をすっかり抜き取られてしまった浅羽は動くのもままならず、大人しく草原に倒れ伏すしかない。 栗色の髪をした女の子の姿が浮かび上がった。 そうだ。思い出した。まったく無力だったにせよ、それでも抵抗しようとした浅羽の体から力が失われたのは、あの女の子の声を聞いたからである。 もたらされたのは侮蔑の表情だ。見えもしなかったのに、彼女の中で浅羽はすでに人間ではなく、破棄されるべき汚物に過ぎないことが気持ち悪いほど強く感じられた。 言いわけは浮かんでこない。伊里野のために、という題目を封じられた浅羽に自己弁護の術はなかった。 かっとなって。ついできごころで。それはテレビの中だけで見るフィクションと変わりない事件の常套句だ。 夕飯の席を慎ましやかに彩るそいつらは、眉をひそめられつつも自分たちとは別の世界の人間だったはずだ。 だというのに、浅羽はそんな連中と同類になってしまった。居間に座っていたはずの浅羽はいつの間にか消えてしまい、変わりにテレビの中に現れる。 浅羽の痴情は電波に乗って太陽系全体に届けられ、翌日から近所の人がいやぁねぇなどと言いながら浅羽の背中に嫌悪の視線をよこすのだ。 突如膝が抜けて、浅羽はみっともなくすっ転んだ。空想の苦みは現実の痛みにたやすくとって変わる。こんなときに、右腕はあのときの胸の柔らかさを思い出していた。どれだけ自己嫌悪めいたことを重ねても、その記憶は浅羽の体に鮮烈に焼き付いている。 それでもいい、と浅羽はやはりそこに立ち戻る。伊里野がいるなら、伊里野を守れるなら。馬鹿の一つ覚えと言われたって構いやしない。 だって、現に自分は伊里野と再会することができたのだ。銃で撃たれても怯むことなく、伊里野をその手で抱きかかることができた。 今だって、たまたまはぐれてしまっているけどすぐに。少しすればすぐに。 ああ、とコンクリートのひんやりした感触に浅羽はふと素朴な疑問を抱いた。 すぐっていつのことだろう。 顔をあげる。街が蟻の巣のように縦横無尽に分岐を繰り返している。 すぐとは無限に広がる街路の組み合わせをすべて探索しつくした後のことだ。 そのことを思い出したとき、浅羽は静かに気絶したのかも知れない。 「……まったく、見れたものではないな」 覚醒していたかどうかも分からないので、目の前にいつの間にか大型の車が止まっていたことも別に不思議に思わなかった。 運転席から自分を見下ろしているらしい人間の姿を浅羽は確認しない。首を上げる気力がない。 声からとりあえず男であることは分かるので、その時点で浅羽の捜査対象からは外れていた。 男が車から降りる気配がした。また何かされるのだろうかと思った。このまま誘拐でもされるのか。それは困ると浅羽は思う。 そうして、男は混濁した浅羽の記憶を無理矢理掘り起こすような大声で、季節の分からぬ黄昏の煤けた空に向かって砲丸投げのように叫ぶのだ。 「き っ た ね ――――――――――――――――――――――――――――――― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」 がつん、とハンマーで殴られたような特大の衝撃が浅羽をおそった。 それはどうやら体中でぶつ切りになっていた浅羽の回路を入れるスイッチであったらしく、夢から覚めるような猛烈な勢いで浅羽の体は次々に現実認識を取り戻していく。 「ぶ、部長?」 もちろん、水前寺だった。 「何を当たり前のことを言っているのだ浅羽特派員! 君は俺がカマドウマか何かに見えているのかね? それともあれか、行き倒れた末に美女と乳繰りあう白昼夢でも見ていたのか。夢を見るのは結構だがせめて身なりと場所には気を遣いたまえ。今の君は汚い、実に汚い。 ぼろくずの親戚かと思って頭からどかんとひいてしまうところだったぞ。どかんと」 機関銃のような勢いでまくし立てられても、そもそもなぜ水前寺が突然現れたかも分かってない浅羽にまともな返事のできるはずもない。 白昼夢と言うなら今がまさにそうなのではないかなどと新たな妄想が生まれるが、浅羽は自分の頭がよりにもよって水前寺のコピーを生み出すなどと面倒きわまりない選択をするとは到底思えなかった。 本物と確信するしかない水前寺相手に浅羽は口を開こうとするが何も言えない。もっともそれは度重なる異常事態のせいというより、水前寺という変人を前にした浅羽の日常の行動であった。 寝ころんだまま口をぱくぱくさせる浅羽を面白いものでも見るかのように眺めていた水前寺が、ふっと笑った。 「乗れよ。こんなとこで寝てる時間はないんだろうが」 そのときいとも簡単に起きあがることができた自分の体に浅羽はさすがに乾いた笑いを漏らしたくなった。あれほど無理だ無理だと叫んでいたのに、自分の体はどこまで身勝手なのだろう。 細かい事情は分からないが、水前寺は浅羽をずっと捜していたらしい。詳しくは乗ってから話すと常と変わらぬ一方的な口調で言われた。 「ってうわ!? 何ですかこれ」 よく見ると救急車そのものであり、不思議なくらいそこら中べこべこに傷がついた車の助手席から中が見えた瞬間浅羽は叫んだ。 車内はおびただしい量の紙で埋め尽くされていた。さすがにルームミラーなど運転の妨げになるような部分には貼られていないが、それを除けばまるで黒魔術の儀式のような執拗さで大量の紙がばらまかれている。 そして、そのことごとくに『伊里野』『伊里野特派員』『伊里野加奈 』などといった文字が乱暴に殴り書きされているのだ。 「あ、あの部長、これって……?」 いきなりこんなものを見せられて、部長も伊里野を探していたんですねなどと喜べるような浅羽ではない。 浅羽の困惑に水前寺はああとなんでもないことのように答えた。 「これってお前、伊里野特派員に決まっているだろうが。 んんっ? まさかお前覚えてないと言うんじゃあるまいな? この後に及んでそんなこと言うならはっ倒すぞ、おい」 「そ、そんなことあるわけないでしょう!? ここにきてからも伊里野のことはずっと……」 「よかろう。そうでなくてはわざわざおれが走り回った甲斐がないというものだ」 答えになっていない答えで自分だけ勝手に納得する水前寺に、浅羽は会話の糸口を見失う。 水前寺はどこまでも水前寺らしく、浅羽の了承も得ずに傷だらけの救急車を発進させた。 「今からお前を、伊里野特派員のところに案内する」 「っ!? 部長、伊里野がどこにいるか知ってるんですか!?」 「だが、その前に話しておかねばならんことがある」 浅羽の悲痛とさえ言える叫びはまたしても水前寺の言葉に遮られた。 「……伊里野特派員は、もう助からん」 そこから先の話は、浅羽にはよく理解できなかった。 本物の伊里野がどうの、記憶が薄れてどうの、存在がどうしたなどという話はいかにも水前寺の好みそうな話の一系列としか思えず、一向に浅羽の耳に定着しない。 その上、当の水前寺が今まで見たことないくらい大真面目な顔をしているのだ。これが浅羽の理解を更に遠ざける。 悪い冗談としか思えないのに、水前寺がどうしようもなく本気であることが、浅羽には分かってしまうのだ。 「やはり、信じられんか」 「信じるも信じないもないですよ! 意味分かんないですって! そりゃ伊里野の体はぼろぼろだけど、だからって消えるとか言われても……」 普段なら冷や汗がでるくらいの速度でかっ飛ばす車の中で、浅羽は声を荒げる。 内容を考えればたとえ水前寺であっても殴りかかってよさそうなものであるが、なぜか浅羽はそれができずにいた。 「おれも無理に信じろとはいわん。だが浅羽よ、この先で伊里野特派員がお前を待っていることだけは確かだ。 少しでいい、一緒にいてやれ」 もしかしたら、本当なのかも知れない。 たとえ一瞬でも、それさえ満たぬ極小の時間であったとしても、浅羽にそのような思いを抱かせるほどに今の、そしてこれまでの水前寺には力があった。 与太にしか思えない研究に大真面目にのめり込む気まぐれな新聞部の部長。 浅羽にとって超人にも等しい水前寺の言動は、この場においてそれこそ超常現象めいた説得力をもって厳然と立ち塞がっていた。 でも。もし。そんなことって。 そうだとしたら。 それきり水前寺は何も言わなかった。 爆弾をくくりつけられた死刑囚のようにがなり立てるエンジンの音も、右から左に流れ落ちていく。 沈黙は恐怖だ。 特に、普段誰よりもやかましい水前寺がもたらす沈黙は、どんな暴力よりもたやすく浅羽の心を蝕んでいく。 「……消えたら、その人はどうなるんですか」 そんな、仮定の話をしてしまう。 「忘れられる。ごく一部の例外を除いて、関係した全ての記憶と記録がこの世から抹消される」 「そんな……」 それは自分も、水前寺さえも例外でないということなのだろうか。 浅羽の中に仮定が広がる。 あの夏の日。退行した伊里野がどんどん現在の記憶を失っていったように、浅羽もまた彼女のことが分からなくなるときが来るというのだろうか。 プールサイドでの出会いから始まるあの夏の日々が全て消えてなくなってしまう。そんなことが許される世界が、本当にあっていいのだろうか。 だとしたら、彼女は何のために存在していたのだろう。 ついたぞ、という水前寺の言葉の後、僅かな慣性が浅羽の体を押さえつけた。 ここが水前寺の目的地ということらしい。運転席の部長は動こうとしない。数メートル先のバス停まで、一人で歩いていけということらしい。 そこに、蜃気楼のようにおぼろげな、真っ白な少女が座っていた。 「……部長の言うことが正しいのかそうでないのか、僕には分かりません」 「そうか」 「どっちでもいいんです。何があっても、最後まで伊里野の側にいるって決めたんですから」 「……そうか」 小声で礼の言葉を述べて、浅羽は車を降りた。 純白の少女は浅羽のことなど気付いてもいないかのように、心細げに前を見ている。 浅羽を無視するかのような少女の姿に、怯むことなく正面に回り込み、彼女の視界を塞ぐ。 少女が顔を上げた。そして、浅羽の名を紡ぐ。 浅羽は決心し、言葉を返した。 「伊里野」 まずは、名前を呼ぼう。 そして、映画を見よう。 【B-4/市街地/一日目・夕方】 【浅羽直之@イリヤの空、UFOの夏】 [状態]:全身に打撲・裂傷・歯形、右手単純骨折、右肩に銃創、左手に擦過傷、(←白井黒子の手により、簡単な治療済み) 微熱と頭痛。前歯数本欠損。 [装備]:毒入りカプセルx1 [道具]:デイパック、支給品一式、ビート板+浮き輪等のセット(少し)@とらドラ! カプセルのケース、伊里野加奈のパイロットスーツ@イリヤの空、UFOの夏 [思考・状況] 基本 伊里野と一緒にいる。 [備考] ※参戦時期は4巻『南の島』で伊里野が出撃した後、榎本に話しかけられる前。 ※伊里野が「浅羽を殺そうとした」のは、榎本たちによる何らかの投薬や処置の影響だと考えています。 ※伊里野に関する記憶が薄れていってること(トーチ化の影響)をなんとなしに自覚しています。 【伊里野加奈@イリヤの空、UFOの夏】 [状態]:“トーチ”状態。その灯火は消える寸前。 [装備]:トカレフTT-33(8/8)、白いブラウスに黒いスカート [道具]:デイパック、支給品一式×2、トカレフの予備弾倉×4、インコちゃん@とらドラ!(鳥篭つき) [思考・状況] 基本:浅羽とデートする。 1:10時にバス停で待ち合わせ。10時半からの映画を浅羽と一緒に見る。 [備考] ※既に「本来の伊里野加奈」はフリアグネに喰われて消滅しており、ここにいるのはその残り滓のトーチです。 紅世に関わる者が見れば、それがフリアグネの手によるトーチであることは推測可能です。 ※元々の精神状態と、存在の力が希薄になった為、思考をまともに維持できていません。 ※伊里野加奈は皆から忘れ去られかかっています。 【水前寺邦博@イリヤの空、UFOの夏】 [状態]:健康 [装備]:電気銃(1/2)@フルメタル・パニック! [道具]:デイパック、支給品一式、「悪いことは出来ない国」の眼鏡@キノの旅、ママチャリ@現地調達、テレホンカード@現地調達、湊啓太の携帯電話@空の境界(バッテリー残量100%)[思考・状況] 基本:この状況から生還し、情報を新聞部に持ち帰る。 1:事態を打開する為の情報を探す。 ├「シャナ」「朝倉涼子」「人類最悪」の3人を探す。 ├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。 ├”少佐”の真意について考える。 └”死線の寝室”について情報を集める。またその為に《死線の蒼》と《欠陥製品》を探す。 3:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。 4:記録されていた危険人物(キノ)のことを神社に伝える。 【坂井悠二@灼眼のシャナ】 [状態]:健康 [装備]:メケスト@灼眼のシャナ、アズュール@灼眼のシャナ[道具]:デイパック、支給品一式、贄殿遮那@灼眼のシャナ、リシャッフル@灼眼のシャナ、ママチャリ@現地調達 [思考・状況] 基本:この事態を解決する。 1:シャナと再会できたら贄殿遮那を渡し、神社に戻るよう伝える。 2:事態を打開する為の情報を探す。 ├「シャナ」「朝倉涼子」「人類最悪」の3人を探す。 ├街中などに何か仕掛けがないか気をつける。 ├”少佐”の真意について考える。 └”死線の寝室”について情報を集める。またその為に《死線の蒼》と《欠陥製品》を探す。 3:もし途中で探し人を見つけたら保護、あるいは神社に誘導。 4:記録されていた危険人物(キノ)のことを神社に伝える。 [備考] 清秋祭~クリスマスの間の何処かからの登場です(11巻~14巻の間)。 会場全域に“紅世の王”にも似た強大な“存在の力”の気配を感じています。 投下順に読む 前:【Hg】ハイドリウム 次:disappear/loss 時系列順に読む 前:【Hg】ハイドリウム 次:disappear/loss 前:CROSS†POINT――(交信点) 前編 坂井悠二 次:Memories Off (上) 前:CROSS†POINT――(交信点) 前編 水前寺邦博 次:Memories Off (上) 前:アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編 白井黒子 次:Memories Off (上) 前:アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編 ティー 次:Memories Off (上) 前:アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編 浅羽直之 次:Memories Off (上) 前:アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編 伊里野加奈 次:Memories Off (上) 前:アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編 相良宗介 次:忘却のイグジスタンス 前:アがれはしない十三不塔――(シーサンプーター) 前編 リリアーヌ・アイカシア・コラソン・ウィッティングトン・シュルツ 次:忘却のイグジスタンス 前:とおきひ――(forgot me not) シャナ 次:Memories Off (上) 前:とおきひ――(forgot me not) 島田美波 次:Memories Off (上)
https://w.atwiki.jp/nisioisinnbr/pages/41.html
世界の終わり、正しくは始まり(中編) 「ところで」唐突に、声の調子が真剣なものに変わる。 「あなた、どうしてここにいるのかしら」 「………?」 どうして………? それは、ぼくが今一番したい質問なのだけれど。 「私と同じく、強制的に連れてこられてここにいるのかしら。それともまさか、自分から望んでここへ来たとか? 何をさせられるのか知った上で、この悪趣味な首輪の中に、自分の首を突っ込んだとか?」 「………」 あり得ない、とぼくは思う。少なくとも、ぼく自身は。 「別に、あり得ないことじゃないわよねえ」 しかし彼女は、そんな風に言う。 「大層な“ごほうび”も出るみたいだし、向こう見ずな人間が何匹釣り針に掛ったって、別に不思議ともなんとも思わないわ。欲にまみれた俗物たちの醜い蹴落とし合い。『見世物』としては最高の部類なんじゃないかしら。いつか読んだギャンブル漫画を思い出すわ」 「………」 欲するものがあるから、得られる機会があるから、そこへ手を伸ばす。 その手で奪うことになろうとも。逆に、何かを失うことになろうとも。 欲望は人を鈍磨させる。 ぐい、と、後頭部への圧力が増す。殴られた部分に、鈍痛がぶり返す。 「本当、吐き気がするわ」 まさしくそれは、吐き棄てるような口調だった。 「どうしてこう、次から次へと変な物ばっかり寄ってくるのかしら。普通にしていたいだけなのに、まともな人間でいたいだけなのに、それがいけない事? 殺し合え? 馬鹿じゃないの? 最後の一人になれ? まずあなたが死になさいよ。如何なる望みもくれてやる?」 そんなこと、いったい誰が望んだっていうのよ———。 絞り出すような声音で、彼女は言った。 「私を、私たちを巻き込まないでよ。もう沢山なのよ、こんなこと」 「………………」 それを、ぼくに言うのはお門違いだ。 ただの八つ当たりにしか、それはならない。 実際それは、八つ当たりのつもりで放った言葉だったのだろう。 他に言うことは無いとでもいうように、後ろからの声はぱたりと止んだ。無言の中に、二人分の足音だけが静かに続く。 無人の静寂とは、また別の種類の静寂。 ————。 しかし彼女は、わかっているのだろうか? 今この状況で、そんな言葉を言ったということが、一体どんな意味を持つのかということを。 もしも彼女が、生き残るつもりでいるというのなら、この悪夢から、生きて逃れたいというのなら——— たとえ相手が、通りすがりの脇役だったところで。 取るに足らない、場繋ぎ役の道化だったところで。 そんな言葉は、ここで吐くべきじゃあなかった。 「全くの同意見だね。笑えるくらいに吐き気がするし、滑稽なくらい馬鹿みたいだ。ただ君が思い浮かべたっていう漫画、多分ぼくも読んだことがあるやつだと思うけど、あれは名作だとぼくは思うね。あの緊迫した雰囲気は凡人に出せるようなものじゃない」 微かな動揺を背後から感じる——ことが可能なほど、ぼくは器用じゃない。 「『一杯の茶のためなら、世界なぞ滅んでもよい』——ドフトエフスキーだっけ? 人間の欲望ってまさにそんな感じだよね。身体は張るもので、命は懸けるもので、肉は斬らせるものだってね。一秒の幸福の得るために、永劫の世界でも紙クズ同然の扱い。大した等価交換だよ」 「ちょっと」 後頭部に、再び軽い衝撃。 「誰が喋っていいと許可したの? 勝手な行動はするなと、再三に渡って警告したはずよ」 「散々疑問符付きで話しかけておいて、返答すら許可しないって方がおかしいとぼくは思うけど。ぼくの話はそんなに警戒すべき要素なのかな。たとえ奴隷が相手だとしても、必要以上に自由を剥奪するのは、君自身のためとしても良くない」 確認はできないけれど、相手が苛立った表情をしているのが容易に想像できる。 「……口を開くだけならまだしも、減らず口まで許可するつもりはないわよ」 「軽口も教養の内だと思うけどね」 「……口で言ってもわからないみたいね」 敵意を一層、強烈に感じる。確認せずとも、声の調子だけで、はっきりとわかるくらいに。 「言葉が理解できないのだったら、鉛弾はどうかしら。そんなにご所望なら、引き金くらいいくらでも引いてあげるわよ。二発でも三発でも、あなたの口が大人しくなるまで」 後頭部への圧力は、中へめり込まんばかりに強くなっていた。本気で痛い。 「黙るつもりがないなら、本当に殺すわよ」 「無駄だよ」 容赦のない敵意(と痛み)にあてられながらも、平静を保った口調でぼくは言う。 「そんな脅し文句、ぼくには通じない。ぼくは既に、今のきみがぼくを殺すことができないことを絶対的に確信している。なぜならきみがその手に持って、ぼくの頭に突きつけ続けているそれは、拳銃の類なんかじゃないからだ」 ◆ ◆ ◆ 時代がかった町並みを通り過ぎ、ぼくたちは雑木林の中を歩いていた。林をふたつに分けるようにして一本の道がまっすぐ通っており、真上を見れば、木々に遮られることなく真っ暗な夜空を見ることができる。 こうして歩いていると妙な閉塞感を感じる。木々の間隔はまばらで、昼間であれば明るいと思えるくらいの林ではあったが、今は夜の闇のせいで、明かりのないトンネルの中を進んでいるような気分だった。 「『最初からすべてお見通し』——みたいな言い方になりそうでちょっと嫌だけど、おかしいと思っていたのは、きみが病院でぼくの背後から声をかけてきた、あの時からだった」 ぼくは前を向いたまま、独り言のように自分の後ろを歩く相手へと語りかける。顔の見えない、名前すら知らない相手と話すというのは、どうもやり辛い。 「きみはあの時、二つの音を発したね。きみの『動かないで』の声と、銃声一発。この場合、字面的に音と言うより声と言うべきかな? まあ、どっちでもいいんだけど」 冷徹な「Freeze」の声と、鋭くも乾いた破裂音。 「とにかくその二つの声を聞いたことによって、ぼくはきみが銃器の類を所持していると判断したわけだ」 あるいは、判断させられた——なのか。 ぼくは続ける。 「今更のようだけど、ぼくはあの時、きみが拳銃の類を構えているのをこの目で確認していない。ぼくが後ろを振り返らなかったから——否、きみが振り返らせなかったからだ。あの時から今に至るまで、ずっとね」 もっともあの薄暗い廊下だったら、離れた場所に立つ相手の持っている物なんて、ぱっと見ただけじゃわからなかっただろうけど。 「シュレディンガーじゃないけど、ぼくが目で見ていない以上、ぼくにとってきみが持っているのが拳銃の類でない可能性は存在する。ここまでは当然、可能性の話に過ぎない。ただそう考えた場合、あの時の一連の流れの中に、ある一つの事実を見出すことができる」 「回りくどい言い方はよしなさい。聞いててうざいわ」 苛立った声が、後ろから飛ぶ。 「推理小説の解答編みたいな形式、私は嫌いなの。無駄に演出的な順序立てして話したり、無駄に引き延ばしたような台詞をダラダラ何行も連ねたり。たいていの解答編は一ページもあればまとめ可能なんだから、あなたもそうなさい」 身も蓋も有りはしない。 回りくどいのは認めるけれど。 「まあ、努力はするよ………ともかく、もしきみがあの時に銃弾を発射したのだとしたら、銃声が聞こえたのはなんら不自然なことじゃない。ここで問題にされるべきは、聞こえなかった音のほうだ」 「聞こえなかった——ですって?」 “世界で唯一の音であるかのように、くっきりと響く残響音”。 足りない音が、あの場所にはひとつあった。 「銃火器の類は、派手な音を鳴らすのが特徴だ。ただし、音を出すのは何も銃本体だけじゃない。あの時足りなかった音ってのは、弾丸が鳴らす音の方さ」 銃を発砲すれば、当然のこと銃弾が飛ぶ。 発射音の後には、着弾音、または跳弾音が聞こえなければおかしい。 あの閉めきった建物の中で発砲すれば、弾丸は必ず、ぼくからそう遠くない所に着弾する。コンクリの壁やリノリウムの床に当たれば、それなりの音が響くはず。ガラスや調度品に命中すればいわずもがなだ。 「空砲が発射されたって可能性もあるけれど、このゲームの主旨から言って、あっち側がわざわざ空砲入りの銃を支給するってのはどうしても腑に落ちない。きみに銃弾を改造するスキルがあったとしても、空砲を撃たなきゃならない理由なんてない」 淡々と、あくまで淡々と。 ぼくは、言葉を紡いでゆく。 「あの時、弾丸は発射されていなかった。推理ってわけじゃないから、あくまで妥当性の問題ではあるけれど、きみが初めから銃器を所持していないと考えるのは妥当じゃないとは言えない」 「だから回りくどいのよ、この演説家気取り」 相変わらず、声は冷たいながらも苛々としていた。今まで黙って聞いてくれただけ良かったのかもしれない。 相変わらず、声は冷たいながらも苛々としていた。今まで黙って聞いてくれただけ良かったのかもしれない。 「あなた、大事なとこを無視してるじゃない。銃声じゃあないっていうなら、最初の音は何だっていうつもり?」 最初の音というのは、あの破裂音のことだろう。 「さあね、君の持ち物を把握してる訳じゃないから、そこは何とも言えない所だけど。銃声に代わる音を出せるような道具——例えば火薬玉みたいな物を使ったのかもしれないし、きみが自分の声で作った音だったのかもしれない」 そういう声帯模写って聞いたことあるし。 「無茶苦茶ね。暴論と言い換えてもいいわ」 「そのへんは、きみの暴言とおあいこってことで」 「自惚れないで。私の暴言は、暴徒や暴動や暴風雨よりもずっと暴力値が高いのよ」 ………暴力値? 「じゃあ今のぼくが持つ情報だけを用いて、あの破裂音の正体を推測してみようか」 ぼくは続ける。 「きみの持ち物は把握してないと言ったけど、ぼく自身の持ち物は既に確認してる。あれを見て思ったのは、このデイパックが全員に与えられているとしたら、中身はみんな一緒なのか、それともみんなバラバラなのかってことだ」 その辺の説明が全然されていなかったから、杜撰だと思ったのだけれど。 「今、きみの荷物と比較できればいいんだけれど、仮にきみが教えてくれたところで、それを鵜呑みにするのはあまりにナンセンスだ。だからやっぱり明確なことは言えないけれど、ある程度、推測することくらいはできる。 ぼくの持っている荷物のなかで、注目すべきは——注目しないべきは、といった方がいいのかな。生き残り——サバイバルという言葉を、今ぼくたちがいる状況を表す言葉として用いるなら、地図、食糧、コンパス、時計、懐中電灯。 この5つは、言うなれば『あって当たり前』の物として類別することができるんじゃないかな。普通のキャンプですら必要必需品のアイテムだしね。むしろこれじゃ足りないくらいだ。 病院から出てすぐ、きみはぼくのデイパックからこの懐中電灯を取ってぼくに渡したね。最初からそれが入ってるのを知ってるみたいに。多分きみも、自分の荷物に懐中電灯があったからぼくのデイパックにもそれが入っていると予想していたんじゃないのかい? で、この中で銃火器の代わりになりそうな道具はあるかな——まあ、ないね。武器になりそうな物すらないね——じゃあ、銃声の代わりになりそうな物は? 建物の中で反響するくらいの破裂音を奏でることができそうな物は? ここで、今度こそ注目すべきものがひとつある。 懐中電灯だ。 なんの変哲もない、コンビニでも売ってるような普通の懐中電灯だね。つまり普通に考えるなら、この懐中電灯の中には電池が組み込まれているはずだ。 これ以上勿体ぶるのは忍びないから、この際はっきり言ってしまおう。 きみは乾電池を破裂させることで、その破裂音を銃声の代わりにしたんだ。 乾電池を火にくべると——つまり加熱することで、乾電池は爆発する。他ならぬきみ自身が言っていたことだ。熱源をどうやって確保したのかはわからないけど、あそこは病院だし、可燃物とかは容易に確保できそうな気がするね。 そういえば、乾電池とスチールウールを組み合わせることで火を起こすことができるとか聞いたことあったかな。まあ、その辺は完全に想像の域かな。熱を加えてから破裂するまでのタイムラグが問題だけれど、熱の強さ次第では、破裂するまでの時間を限りなく短縮できる。 ぼくにあの音を聞かせれば取りあえずは良かったんだろうし、あの時はたまたまきみが『動くな』と言った直後に爆発したのかもしれない———とまあ、今のぼくに推測できるのはこのくらいかな。 ついでに言うなら、きみがわざわざぼくのデイパックから懐中電灯を取って渡したのは、自分の懐中電灯が使えなかった状態だったからじゃないかな。電池が入っていなければ、ただの筒だからね、 そしてぼくの後頭部に押し当てられているこれが、正にその『ただの筒』となった、懐中電灯だったとしたら———」 「………………」 「………………」 「………………」 「………………」 しばらくの間、沈黙が場を支配する。土を踏む音だけが二人分、一定間隔を保って続く。 「………勘違いしないでよね」 数十秒に渡る沈黙の後、ようやくといった感じで彼女は声を発する。 「別に、あなたのために今まで黙って聴いてたわけじゃないんだからね………あまりに馬鹿馬鹿し過ぎて、口を挟む気にもならなかっただけなんだからね………」 脱力感全開の口調だった。 新ジャンル、脱力系ツンデレ。 「…さっき、推理小説の解答編みたく、って言ってた自分が馬鹿だったことを認めるわ……こんな糞っ滓みたいな推理、実際に小説に使ったら社会的に死刑よ」 「だから推理じゃないって」ぼくはなるべく相手を刺激しないように言う。「ただの戯言さ」 「そう、じゃあおあいにくさま。戯れるための言葉なんて、私はこれっぽっちも聞きたくはないの」 放たれる敵意に、殺意が混じったように感じた。それは単に、ぼく自身の危機感から生じた感覚だったのかもしれないけれど。 「本当に言葉じゃわからないみたいね——もういいわ。これ以上そんな妄言を撒き散らすつもりなら、とっとと」 「報告ならいいんだろう?」 「は?」 ここで主導権を渡すわけにはいかない。 ここからが、本当のぼくのターンなのだから———。 「何かあったら即座に報告するよう、ぼくに言ったのはきみだろ? 実はさっきから、報告すべき事態が生じているんだけれど」 「………何よ、さっさと言いなさい」 「実はね——」 ざり、と。 靴の裏で、地面の感触を確かめるように擦る。 「ぼくの後ろ——つまりきみの後ろでもあるわけだけど、誰かいる。さっきからずっと、ぼくらを付けてきている」 ◆ ◆ ◆ 彼女がぼくから注意をそらしたかどうかも、思わず後ろを振り返ったかどうかも、前を向いたままのぼくからは確認することはできない。 だから、これはほとんど賭けのようなものだった。 両膝を曲げ、両手を前に出し、身体を思いきり低く屈める。地面に這いつくばるような低姿勢のまま、後ろ回し蹴りのようにして、背後の相手に足払いを繰り出す。 小さな悲鳴とともに、ようやく視界に捉えることができた人影が、地面に仰向けに転がる。素早く立ち上がって追撃を仕掛けようとするが、焦りのせいかバランスを崩してしまい、立ち上がるのが一瞬遅れる。 その一瞬の間に、相手は体勢を整えようと、両手両足の力を使って後方へと飛び退る。林の中へ逃げ込む算段か。 中途半端な姿勢のまま、ぼくは懐中電灯を相手へと向ける。突然の光を受け、相手が眩しそうに目を細めるのが、闇の中に浮かび上がるようにして見えた。 その隙にぼくは立ち上がり、一気に相手との距離を詰める。右手に持った黒い塊のような何かを、相手がこちらへと向けてくる。ぼくは懐中電灯を武器に、その右手を思いきり薙ぎ払った。 「………っ!」 相手の右手が、あさっての方向へと弾き飛ばされる。抑圧したような悲鳴が漏れたのが聞こえたが、それでも手に持った何かを離さなかったのは、流石と言うべき所なのだろうか。 懐中電灯を離し、硬直した相手の右手首を捕える。そのまま押し倒すように地面へ組み伏せようと、左手に力を込める。 「………!? う………っわ!!」 刹那、自分の身体が空中へと浮かぶのを感じた。視界がぐるりと反転し、逆さまの木々が暗闇のなかに見える。戸惑う暇もなく、ぼくは頭を地面に向けたまま落下する。 「———ぐあっ!!」 頭から着地することは何とか避けたが、肩と背中をしこたま地面へ打ち付ける。衝撃が脳を効果的に揺さぶる。 巴投げ———! ぐらぐらと揺れる頭で、どうにか理解する。ぼくが相手の右手を掴んだ時、空いた状態の左手は、既にぼくの襟元を捕えにかかっていたのだろう。 畜生。 ぼくは小さく毒づく。素人じゃない。闘い慣れてる。 地面の上を転がりながら林の中へと逃げ込み、なんとか体勢を整えて相手に向き直る。相手の方も既に起き上がって、少し離れた所から、こちらをじっと見つめている。 両目は既に、暗闇に順応している。ぼくはようやく、相手の姿をはっきりと目に捉えることができた。 声でわかった通り、女の子。 服装は、ブラウスにプリーツスカート。明かりがないためよくは見えないが、その簡素な雰囲気から、学校の制服のようにも見える。 思っていたより、ずっとたおやかで華奢に見える体躯。背もそれほど高くはない。ぼくと同じくらいか。 そして、右手に持った何か。 否——もう「何か」ではない。ぼくにはそれが何なのか、明確に理解できている。 突如、その黒い塊から閃光が放たれる。鼓膜を掻き乱す不快な音とともに、稲妻のようにほとばしる蒼白い閃光。 冗談のように全身が粟立つ。いや、もう冗談では済まない。 ぼくにとっては、ある意味拳銃よりも驚異に値する代物。 「スタンガン——か」 ぼくは思わず声に出して言う。それが、まったく意味のない行為だと知りながら。 あれが今までずっと、ぼくの後頭部へと押し当てられていたわけだ。余裕ぶって講釈かましてた自分を馬鹿らしく感じる。 相手の右手が、再びこちらへと向けられる。 そして、全身から放たれる敵意。 先程まで背中で受けていた敵意を、ぼくは真正面から受け止める。 敵意。 敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意、敵意。 敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意敵意! 今までのそれとは、まるで比べ物にならない。 敵意だけでは恐怖に足りないなんて、とんだ戯言だった。ここまで研ぎ澄まされた敵意、中途半端な殺意よりよっぽど恐怖に値する。 じり、と、少女がこちらへ一歩踏み出す。 こちらから仕掛けた時点で、既に話し合いの機会は失われたも同然だった。奇襲をかけて主導権を握り、なんとか説き伏せるつもりでいたのだが———失敗した。 少女の双眸は、さながら獲物を狩る虎だった。 虎視眈々。言葉として填りすぎだ。 「ったく……結局こうなるのかよ………!」 デイパックを肩から外し、地面へと投げ落とす。相手の背中は既に空いているようだった。先手を取られた気分で、ぼくは臨戦体勢をとる。 こちらは徒手、あちらには凶器。それだけで既に、決定的とも言える開きだ。 でも、こちらに勝算がないわけではない。 膠着を解き、相手が先に攻撃体勢へと移る。 右手を向けたまま、こちらへ飛びかかってくる少女。ぼくは咄嗟にバックステップで後方へと下がる——かのように見せかけ、さりげなく足に引っ掛けておいたデイパックを、蹴り込むようにして相手へと飛ばす。 足による投擲。当然それは命中精度に欠けるもので、デイパックは少女の右脇を抜けるような軌道で飛んでいったが、相手はそれに少なからず動揺したらしく、両手で身体をかばうような姿勢になる。 右手が引っ込んだその隙に、跳躍するように地面を蹴って相手へと接近。突き出されるスタンガンを仰向けに倒れるように避けながら、スライディング気味に蹴りを繰り出す。 回避と攻撃の複合。 しかし一度足払いをくらっているせいか、ぎりぎりの所で回避される。ぼくの頭上を飛び越えるようにしての強引な回避。結局地面へ転がったようだが、うまいこと受け身をとったようで、即座にこちらへ向き直る。 やはり一筋縄ではいかない。ぼくも即座に起き上がり、続けて攻撃を仕掛けようとする。 「………がっ!?」 顔面に激痛が走る。右目の下辺りに、何かがぶつかったような感覚。何か投げつけられたか、と、意外に冷静な頭で思う。 地面にぼとりと落ちたそれを見ると、さっきぼくが投げ捨てた懐中電灯だった。起き上がり様に拾っていたらしい。人のことは言えないが、油断のならない真似をする。 まずい——脳が焦りを訴える。投擲により隙を作ってからの攻撃。その点で、奇しくもぼくと相手の戦略は共通していた。 違うのは、投擲により生じた隙の大きさ。顔面に衝撃を受け、反射的に目を閉じてしまっている状態。この状況下で、それは永遠にも匹敵する隙。 そしてもうひとつ。 相手にとって、ぼくに一撃でも叩き込むことができれば、この勝負は決まる。素手のぼくとは、一撃の殺傷力が違う。 ここへきて、護身用というオチもあるまい。 一撃必殺。 スタンガン。 「く………ああぁ!!」 目を開くより先に、ぼくは右側へ向けて力の限り跳躍した。飛んだ先に木が立っていたら、もろに頭から激突していた形だったが、幸いぼくの身体が味わったのは、地面との衝突による衝撃だけだった。 顔を向けると、さっきまでぼくが立っていた場所にスタンガンを突き出している少女が見えた。本気で際どい所だったらしい。 有無を言わさず、少女が追撃をかけてくる。倒れている状態のぼくへ容赦なく振るわれるスタンガン。それを回避しつつ、何とか起き上がろうとする。 しかし相手はそれを許さなかった。スタンガンに気を取られている隙に、強烈なローキックを足首に見舞われる。ぼくは三度倒されて、地面との再会を果たす。どうやらぼくは、このパターンがよほどお気に入りのようだ。 仰向けに倒れたぼくを、毒牙を携えたような瞳で見下ろしてくる少女。スタンガンが構えられる。いつかの情景が脳裏にフラッシュバック。 どうする、考えろ。状況を打開しろ。見下ろされるのはこれで何度目だ? その時は何を相手にしていたのだっけ。鉈? ナイフ? 拳銃? いや拳銃は違う。あの時上から拳銃を構えてたのはぼくの方だ。確か無様にかわされてしまったのだっけ。あれはどうやって——— ぶん、と。 スタンガンを持った右手が、顔面へ真っ直ぐに降り下ろされる。 眼前に迫る、蒼白い閃光。 「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」 ぼくは左腕を、大きく弧を描くようにして振りかざした。上半身の力だけをフルに使い、振り下ろされる右腕に対し、横薙ぎの掌底を叩き込む。 「く———うっ!」 軌道をずらされた右腕の一撃は、ぼくの頭部の右脇へと突き刺さる。紙一重。そのまま相手の右腕を掴み、渾身の力で引き倒す。 しかし相手も只では転ばない。倒れ様に、ぼくの顔面に蹴りを打ち込んでくる。防御が間に合わず、もろに喰らってしまう。 「か………は………!」 身体を引くことで衝撃を軽減することはできたが、そのぶん大きく吹っ飛ばされてしまう。本当、今日は色々と飛ぶ日だ。 痺れる頭をどうにか制御し、立ち上がる。よし、とりあえず危機は回避した。まだいける、まだいけるぞ、ぼく。 蹴撃が思いのほか効いた風を装って、ぼくはよろよろと近くの木にもたれかかる。それを見て、勝機を得たとばかりに突っ込んでくる少女。 フェンシングの剣のように突き出されるスタンガン。 その一撃は、今度は空を切らなかった。 スタンガンの先端が、ぼくのジャケットへぐさりと突き刺さる。 飛び散る火花。ほとばしる閃光。煙を上げて焼け焦げるジャケット。 そして——— 結果焼け焦げたのは、ぼくのジャケットだけだった。 「………くっ!!」 少女の焦ったような声。彼女がスタンガンを突き出してくると同時に、ぼくは自分のジャケットを、スタンガンめがけて投擲していた。 それは防御の意味もあったが、もうひとつ、広げられたジャケットを暗幕として使う、という目的もあった。 今の一撃によって、彼女は放電時の閃光を、暗闇に慣れた状態の両目で至近距離からもろに受けた形になったはずだ。対してぼくの方は、大きく広げられたジャケットに遮られ、閃光が届くことはない。 狂わされた視覚、ジャケットに覆われたスタンガン。 その隙はもはや、永遠にも等しい。 ぼくは背後の木を反動に使い、一足飛びに距離を詰める。しかし少女は退かない。絡んだジャケットごと、右手を前に突き出してくる。 しかしその攻撃は、まるで方向の定まらない一撃。 捨て身の一撃というには、あまりにも温い。 突き出される右手へ、叩き下ろすように手刀を放つ。がくん、と右手が崩れ落ち、ジャケットが地面にはらりと落ちる。現れた少女の右手は、空だった。 ぼくの両手が、少女の手首をふたつ同時に捉える。 投げ技を仕掛ける隙は与えない。飛びかかった勢いそのままに、全身を使って体当たりをかます。相手のバランスが後ろへ崩れたところを狙い、一気に両手に力を込め、叩き付けるようにして地面へと押し倒す。 打ち付けた両腕から、鈍い衝撃が全身ヘと伝わる。だが掴んだ両手は離さない。 かふ、と、苦しげに息を吐く音が少女の口から聞こえる。 それが終了の音だった。 林の中に、再び静寂が戻ってくる。 呼吸が乱れているのを今更のように自覚。酸素が足りないせいか、先程の衝撃が効いているせいか、頭がいい具合に揺れている。睡魔とも錯覚できそうな疲労感。 少女のほうも、同じように息を荒くしている。しかしその表情に浮かんでいるのは、不気味なくらいの冷静さだった。 そして、敵意。 その表情からは、想像もつかないくらいの敵意。スタンガンの閃光も真っ青の敵意。 この状態で、まだ敵意を収めるつもりがないのか………。 呆れるより先に感心できる。 「………屈辱だわ」 互いに呼吸が落ち着いてきた頃、少女は溜め息とともに呟いた。 「こんな背景の端っこに立ってそうな、通行人Zみたいな男にやられるなんて——この一幕だけで、自分の重要度が極端に下がった思いよ」 通行人Zて。 強そうだなおい。 「殺すがいいわ、殺すがいいのよ。そして人気投票の結果を見て己の行為を悔いなさい。人気上位キャラを殺すことがどういう意味を持つのか、その身で存分に味わうがいいわ」 「………何のことかよくわからないけど」 ぼくは彼女に応じる。 「一応、さっきのきみの質問には答えておくよ。ぼくもきみと同じく、強制的に参加させられたクチさ。自分から参加なんて冗談じゃない。しばらくは、病院のベッドの上で暮らす予定だったのに」 「だから何? 同じ境遇にいるから心中を察しろとでも言うの? 辛いのはよくわかる、仕方なく殺すのはわかってるから、恨むつもりはない——とでも言ってほしいの?」 冷笑を浮かべながら言う少女。 「それとも、殺す以外の選択肢を画策でもしてるのかしら。今度は妄想じゃなく、本当に手籠めにしてみる?」 「ふん」 ぼくは軽く鼻を鳴らす。余裕ぶって見せたつもりだったが、様になっていたかどうかはわからない。 「選択肢がないのも、困りものだとは思うけれど」 ぼくは、少女から手を離した。 「何かを選ぶのって、あんまり好きじゃないんだよ」 少女は動かない。そのままの姿勢で、こちらを見上げている。 ぼくはゆっくりと立ち上がる。 「きみに明確な目的があるっていうんなら、あのまま黙って従ってても別に良かったんだ。奴隷の真似事でも、遮蔽物の真似事でも、何だってね」 真似事は道化の役割だからね。 そう言ってぼくは数歩後ろへと下がり、木の幹に背中を預けつつ、地面に腰を下ろした。 「今だって、きみの分まで選択権を握るつもりなんて、ぼくにはないよ」 「………よく言うわ」 少女は言う。 「派手に抵抗しておいて、よくそんなことを堂々と言えるわね。あんなによく喋る道化なんて見たことないわよ」 「きみがあんなことを言うからいけないんだよ。ぼくが黙っていたように、きみだって、あんな余計なことを言うべきじゃあなかった」 ——そんなこと、一体だれが望んだっていうのよ。 「生き残りたければ、きみは口先だけでも殺人者に徹するべきだったんだ。殺人鬼になるべきだった。殺し屋になるべきだった。最悪に、なろうとすべきだった」 ——私を、私達を巻き込まないでよ。 ——もう沢山なのよ、こんなこと。 「そんな、『どこにでもいるような普通の女の子』みたいな、『日常から非日常へ放り出された不憫な少女』みたいな台詞を軽々しく吐いていたら、この闘いを生き抜いていくことなんて、間違いなくできないんだよ」 ましてや、吐いた相手がぼくだったなら——。 沢山だというのなら、巻き込まれたくないと言うのなら——— 出会った時点で、ぼくを殺しておけばよかったのだ。 「逃げるのもいい。ぼくを殺すのもいい。何もしないのも選択肢の内だ。ただしどれを選んだにせよ、今のきみじゃあ、遅かれ早かれ確実に死ぬ。それをただ伝えたかっただけさ」 言いたいことはすべて言った、とばかりに、ぼくは嘆息し、沈黙する。 「………………」 相手も沈黙を続けていたが、しばらくして「………本当によく回る舌ね」と、今度は少女のほうが嘆息した。 「あなた、むかつくわ」 ぼくはそれに対し、嘆息しながら肩をすくめる。「よく言われるよ」 少女は嘆息しながら言う。「次に私があなたの後ろに立った時は、首筋を喰いちぎられる時だと思いなさい。精々背後に怯えているがいいわ」 ぼくは嘆息しながら言う。「そのへんは、信じる心で何とかするさ」 まるで、素直じゃない子供同士の喧嘩の後の仲直りのようだなと、嘆息まじりにぼくは思った。 014← 014 →014 ← 追跡表 → ― 戯言遣い ― ― 戦場ヶ原ひたぎ ―