約 152,283 件
https://w.atwiki.jp/hs1623/pages/5.html
更新履歴 @wikiのwikiモードでは #recent(数字) と入力することで、wikiのページ更新履歴を表示することができます。 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/17_117_ja.html たとえば、#recent(20)と入力すると以下のように表示されます。 取得中です。
https://w.atwiki.jp/hs1623/pages/7.html
動画(youtube) @wikiのwikiモードでは #video(動画のURL) と入力することで、動画を貼り付けることが出来ます。 詳しくはこちらをご覧ください。 =>http //atwiki.jp/guide/17_209_ja.html また動画のURLはYoutubeのURLをご利用ください。 =>http //www.youtube.com/ たとえば、#video(http //youtube.com/watch?v=kTV1CcS53JQ)と入力すると以下のように表示されます。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5781.html
前ページ次ページ虚無と金の卵 ガリア王都、リュティス。 そこに、ハルケギニア有数の宮殿の一つ、ガリア王家のヴェルサルテイル宮殿が存在する。 そして宮殿中心部、グラン・トロワの一室に、二人の男が向かい合っている。 一人は瀟洒な椅子にゆったりと寛いでいる――王者の風格。 一人はひどく堅い調子で屹立する――忠誠を見せんとして身動ぎもしない。 椅子で寛ぐ男、ガリア国王陛下ジョゼフ。青髪の美丈夫。たくわえられた立派な髭。がっしりとした闘士のような体つき。 匂い立つような男ぶり/国民からは無能王、簒奪者と罵られる男。 そして、ジョゼフはもう一人の男に何事かを報告させていた。 その男の眼球はせわしなく動く。だが努めて、不興や誤解を与えぬよう、朗々と羊皮紙を読み上げていく。 酷く緊張した男の有様とは対照的に、ジョゼフは欠伸混じりに聞いていた。 「以上が、私めの知るすべてにございます」 羊皮紙の束を読み上げ終わり、男は顔を上げた。 聖職服に身を包んだ、三十代だろうと思われるこの男、アルビオンのオリヴァー・クロムウェル。 一介の司教に過ぎず、ガリア王室や政治等とは全く無縁の人物。 この男の長所を上げるとするならば、野心。記憶力。そして保身のための頭が回ること。 だが王の目を引くほど魔法の達者ではない。また、高度な政治的存在などでもない――少なくとも今までは。 「よくぞ調べ上げた。クロムウェル。褒美は……ふむ、そなたが頭に被るものが、その司教帽というのは寂しすぎるよなぁ。 もっとも余の王冠は渡せぬが、まあこれより少し劣るもので良ければ用意してやろう」 「ここ、こ、光栄の極みにございます!」 クロムウェルは引きつった声を出しつつも、至福の表情を浮かべる。 「これが成功した暁には国を預かる身となるのだ。つまりは余と同等。もっと堂々としていたまえ」 何の感慨も無さそうにジョゼフは興奮する相手を宥め、その相手のオリヴァーはあからさまな程に恐縮する。 「私などジョゼフ様の王器の前には塵芥にございます。同等などと、なんと恐れ多い!」 「ふむ。ま、謙虚とは美徳でもある。それさえ守れば、余のように無能王などと蔑まれることもあるまい」 自嘲などではなく、ジョゼフは心から面白そうに笑った。 「で、ですが……首尾よく行けば良いものの、私の身など風前の灯火にございます。 ジョゼフ陛下の御考えを、どうか私めにご披露頂けないでしょうか?」 「余の考えだと? なに、心配せずとも貴様の頭は望み通りだとも。それにグラン・トロワならば狼藉者も入り込めまい。 それとも、余と、余の騎士達が信用ならんか?」 「い、いいえ、滅相もございません! な、何卒お許しを……!」 「なに、構わぬ。……駒は揃いつつある。結果など後からついて来る。もう少し過程を楽しむことだな」 本来ならば、頭に被るものよりも、頭が体と繋がっていることの方が遥かに大事だ。 だが、目の前の男に逆らえばどちらも失われる――恐怖を表に出さぬよう、クロムウェルは引きつった笑みを浮かべる。 今更後には退けないことなど、オリヴァー自身、痛いほど理解していた。 総てを失うか、総てを得るか――だからこそ、突き進むしかない。 ジョゼフ王の闇を垣間見たオリヴァーの恐怖は深い。 だが野心を燃え上がらせ、クロムウェルはその恐怖に拮抗する――安寧とは程遠い軌道を感じながら。 第二章 追憶と邂逅 チェルノボーグ監獄――トリステイン城下町の外れに存在する、国中で最も堅牢とされる監獄。 そこに、土くれのフーケは収容されていた。 フーケの牢の、鉄格子越しの窓は遥か遠い。10メイルは離れ、二つの月の光もほんの微かにしか届かない。 暗闇の中、供え付きの粗末なベッドで、フーケは眠りもせず、ただ横たわっている。 「女一人捕まえるのに、こんな物々しいところにぶちこむとは、恐れ入ったよ」 牢を囲む屈強な獄吏どもも、収容者に悪態すら叩かず、ガーゴイルの如き鉄面皮で見回るのみ。 破られぬことを誇りとするかのように、無駄口など一切聞こえてこない。 「しかしあのネズミと小娘……一体どうやって私の行動を知ったんだ……。 誰にも知られちゃいなかったはずなのに」 金色の鼠と、奇妙な爆発の魔法を操る小娘。ルイズとウフコックをフーケは思い出す。 その一人と一匹のために、破壊の杖を盗むことは叶わなかった。 盗みを決行した際に偶然拾った宝石など、金目の物を無意識に靴や服の隠しポケットに忍ばせて盗んではいたが、 結局、それらは服や靴ごと没収された。運良く獄吏どもに見つかっていなかったとしても、手を離れたことには違いない。 ともかく、秘書を装って入念に仕掛けた仕事すべてが台無し。あの小娘どもめ、と内心毒づく。 だが、結局自分は完璧に敗北したのだ。 それに今更毒づこうが呪おうが、今となってはすべて詮無いことを、フーケは知っていた。 ただ迫り来る裁判を待つだけの日々。実際はその日々すらも確たるものでは無いフーケの未来。 理想――突然二枚目の名門貴族が現れ、裁判で弁護してくれて無罪放免。 現実――縛り首。幸運が見込めれば島流し。 悲観――拷問された挙句の口封じ。 フーケは何事かを想像し、ぞくり、と体を震わす。 「……くそっ、面白くも無い。あんたもそう思うだろう?」 闇に向かってフーケは声をかけた。 「……気付いたか。流石は『土くれ』」 暗闇が揺らめく。答えが返ってくる。 予想通り男の声。たが意外と若い声だとフーケは思う。 気付けば、既に気配が近くまで来ていた。暗闇が距離感を惑わせているが、少なくとも普通に声の届く位置に男が居る。 痺れるような恐怖をフーケは感じる――悪態など死を目前にした自棄でしかない。 それは相手に伝わっているだろうか。 土のトライアングルのメイジであり、盗人として巷を騒がせたフーケは、壁や床の軋みにはひどく敏い。 だが男は、声が届く程の距離に至るまで、フーケに気付かせなかった。 闇の中とはいえ相手の気配の絶ち方は一流――理想でも現実でもなく悲観が当たった。 メイジならばトライアングル以上だろう。あるいは平民であるが故に技を練り上げた暗殺者かもしれない――どちらにせよ最悪。 「なら、面白いことをしないか?」 面白がるような声。嬲る気か、このフーケ様を。 噛み付くか。諦めるか。痛みの少ない後者にしておけと心の闇が囁く――却下。 「あんたは、身動きのとれない女じゃないと相手にできないのかい? とんだ臆病者だね。わたしは紳士以外はお断りさ」 肩をすくめるような気配がフーケに伝わる。だが、怒りの気配は伝わってこない。 ほんの僅かな沈黙が、途方も無く長い。 「……ああ、勘違いしてるなら訂正するけど、あんたに恨みがあって来たわけじゃあないし、 どこぞの金持ちに雇われて口封じに来たわけでもない」 「だったらせめて、女性の部屋に入るときくらいはノックくらいするんだね」 「……それもそうだな。忘れてた」 虚脱するほどの安堵――相手は割と馬鹿だ。 そして素朴な疑問をフーケは感じる。 「あんた、一体何者だい」 「……ここで話しても良いけど、大分長くなっちまう。立ち話は外でしたいな、マチルダさん」 「なんだって?」 捨てたはずの自分の名前。それを知る者は限りなく少ないはずであった。 少なくとも牢破りなど危ない橋を渡る人間の中には、決して存在しないはずである。 「アルビオンのウェールズ。俺は、その男から奪いたいものがある」 「……命かい?」 恨みを利用して殺し屋に仕立てるつもりか。そうフーケは訝しむ。 それなら所詮使い捨ての手駒だ。警戒に警戒を重ねなければ、今以上の最悪が待っているに過ぎない。 だが、相手の男はそれを否定した。 「いや、違う。もう一度、怪盗らしい仕事をしてみないか?」 「……盗みで間違いないんだろうね?」 「そうだ」 「私が必要? 縄についた私が?」 「そう。お前の知識と能力が要る」 男は頷く。少なくとも、見る限りでは嘘の色は無い。 フーケはようやくの安堵の溜息をつく。 「……最近は、ことごとく勘が外れるよ。盗人にゃ何より大事なんだけどね」 「どんな風に?」 「盗めると思ったものが盗めずに捕まっちまう。逆に、死ぬと思ったら、どうやらそんなこともなさそうだ」 自嘲気味にフーケは笑う。 「来るか」 「そうするわ。……覚悟したつもりだけど、やっぱり死ぬのは嫌だからね」 「無駄死になんて、するもんじゃないさ」 男はフーケの肯定を受け取り、牢に近づく。 暗闇に馴れたフーケの目に、男の姿が移る。闇に紛れるためか黒いローブを目深に羽織っている。顔はまだよく見えない。 そして男の右手が滑らかに動く。愛撫のような滑らかな手つき。 金属の擦れる微かな響きがフーケの耳に届く。 気付けば固定化されたはずの錠前が真っ二つになり、既に男の手はローブの裾に納まっている。 詠唱はしていない。恐らく剣――暗闇とはいえ、抜剣を悟らせないほどの早業。 「開けたぞ。お前の服と荷物は取り戻しておいた。……立てるか?」 「今更、紳士ぶるのかい? 似合っちゃいないよ」 「……無駄口は外に出てからだ」 フーケは男の手にした物――服、証拠として押収された盗品、そして愛用の杖――を受け取りつつ、 やや怒りの素振りを見せる男の顔を、間近でよく見る。 やはり若い。そしてこの国では珍しく黒髪黒目だ。 「待った。その前に大事なことを聞くよ。それを聞かない限りは外に出ない」 「……何だ?」 「あんたの名前は?」 「……あだ名や通り名なら幾つかあるけど……まあ良いさ」 男はやや迷う素振りを見せた。だが、フーケの真剣な目つきを見て頷き、名乗る。 「サイトだ。ヒラガ・サイト」 「サイト、ね。……マチルダはもう捨てた名前さ。私のことはフーケと呼びな」 耳慣れない異国の響き。 フーケはその名を心に刻み、チェルノボーグ監獄の暗闇を踏み出す。 フーケは思う。至福の中で闇に叩き落され、だが底に落ちたと思った瞬間に手が差し伸べられる。 この手が悪魔でも構うまい――フーケは男に手を握られ、牢での生活でやや弱った体を助け起こされた。 先の見えぬ暗黒。見知らぬ男の手。 妄想にも似た希望を抱いて、フーケは駆けた。 前ページ次ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5584.html
前ページ次ページ虚無と金の卵 ある日の学院長室における、年寄りの楽しい楽しいセクハラの時間/代価――ミス・ロングビルのビンタと蹴りの応酬。 痛がりつつも満足を覚えていた学院長オスマンの至福の時間は破られる。 コルベールの逸る足音が学院長室へと近づく。 オスマン達はその足音が聞こえた時点で、気の抜けた空気を早業で払拭させていた。 「オールド・オスマン! 大変です!」 「なんじゃね? 大変なことなどあるものかね」 コルベールの目に映るのは、机に向かい重々しく手を組むオスマン/粛々と書類を整理するミス・ロングビル。 そして乱暴に扉を開けたコルベールに対し、オスマンは重々しく頷いて促す。 「こ、これを見てください!」 「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。 まーたこのような古臭い文献など漁りおって。 そんな暇があるのなら、たるんだ貴族達から学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ。 ミスタ……なんだっけ?」 「コルベールです! お忘れですか!」 「そうそう、そんな名前だったな。君はどうも早口でいかんよ。 で、コルベール君、この書物がどうかしたのかね?」 「これも見てください!」 「……これは……」 コルベールは、ウフコックの額に現れたルーンのスケッチを手渡す。 それを見たオスマンは、重々しく呟く。 「……小さすぎてよく見えんのじゃが」 「すみません。鼠の額に現れたルーンを、原寸大で写したもので……」 「猫の額どころではないのう。眼鏡、眼鏡……と。 あ、そうじゃ、ミス・ロングビル。資料室の整理をお願いして宜しいか? 召喚の儀式も終わって授業も本格化してきたからのう」 「ええ。畏まりました」 春の召喚の儀式以降、ルイズは相変わらず魔法が成功することは無かったが、めげることなく 勉強と実践に取り組んでいた。 つまるところ、ルイズ達は概ね平穏な日々を送っていた。 そして学生の身の彼ら、彼女らにとって、退屈とは敵であった。 「ウフコックはピスタチオ好きよね。鼠なのにチーズが嫌いだし」 「俺のいた国でも、鼠はチーズを齧る、というのがステレオタイプなイメージらしい。 食事やパーティの度に勧められて困ったものだ」 「ちゅう(良い生活してるもんじゃな、ウフコックも)」 放課後のヴェストリ広場、そこに備え付けられたテーブルの一角で、一人の少女と二匹の鼠が長閑な休憩を取っていた。 ルイズ、ウフコック、そして学院長の使い魔、ハツカネズミのモートソグニルである。 同じネズミどうし、そして同じ使い魔の二匹は、出会ってすぐに意気投合していた。 今では茶飲み友達といったところだろうか。 ルイズは、この世界に馴染みつつあるウフコックに安堵を覚えつつ紅茶を飲む。 何と平和に満ち溢れた放課後だろうか――そんな主人の満足げな匂いを感じ取り、 ウフコック自身も同じ満足感に浸っていた。 「ま、おかげで運動不足だ。きっと寮の廊下を走ったら息切れしてしまう」 「ちゅう(おいおい、2、30メイルくらいじゃねぇか。そんなんで獲物を捕れんのか?)」 「……自分自身、不甲斐ない気がする……。 そういえば、獲物を捕ったことは無いな。というより調理されていない食事を摂ったことが無いと思う。 調理器具なら用意できるんだが……」 「ん? モートソグニルに怒られてるの? それじゃあ食堂の人にお願いして、一度くらい獲物を捕まえるのにチャレンジしてみたら?」 「ルイズ、勘弁してくれ……俺にはあまり鼠の本能は残っていないんだ。 それに獲物を捕ったとして、別に見たくはないだろう?」 「……それもそうよね」 「ちゅ(何抜かしてやがる。野生の魂を忘れちゃあいけねぇ。メスでも紹介してやろうか?)」 そんな気軽な会話を交わしていた頃、男子達の一団が、騒がしい空気を醸し出していた。 その中心に居るのは、フリル付きのシャツに薔薇を挿した金髪の少年。 少なくとも学生達の話題の中心になる程度には華がある。彼を囲むのは少数の女性も混ざっていた。 「なあギーシュ、お前今誰と付き合っているんだよ?」 「付き合う? 僕にそのような特定の女性は居ないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 などと冷やかされつつ、気障な斬り返しで場を盛り上げている。 その会話の輪の中へ、あるメイドがそのギーシュと呼ばれた少年に近づき、何かを手渡そうとしていた。 ――結論から言って、恋愛や性にあまり興味を持たないウフコックからしても、そこからの展開は酷かった。 ウフコックは何処か険悪な匂いだけを嗅ぎ取り、少年らの方へ首を向けた。 「あのう、こちらの香水を落とされましたよ」 「……これは僕のじゃない。君は何を言ってるんだね?」 一見してごく普通のやり取り。だが、明らかにギーシュからは焦慮の匂いが漂う。 「おお、その香水、モンモランシーが自分で調合したやつじゃないか。 それがギーシュから出てきたってことは……モンモランシーと付き合ってるのか!」 「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」 ギーシュの側に居た栗色の髪の少女は香水の瓶を見咎め、ほろほろと泣き始める。 そしてまた別の少女がギーシュの元につかつかとやってくる。その様子に気付いたルイズが、 「あ、モンモランシー」と言葉を漏らす。 「ギーシュさま……その香水が貴方のポケットから落ちたのが何よりの証拠ですわ。さようなら!」 「やっぱり、この一年生に手を出してたのね、うそつき!」 やってきたモンモランシーによって惜しげもなくギーシュのあたまにぶっかけられるワイン/ 去って行く二人の少女/表情を崩さず芝居がかった仕草のギーシュ/哀れなほどに顔を青くするメイド。 ギーシュは表情を崩さず、だが肩を震わせつつメイドに問い詰めた。 「そこの君……。君の軽率な行動のおかげで、二人のレディが傷付いてしまったじゃないか? どうしてくれる気だね?」 「も、も、申し訳ありませんっ」 メイドから感じるのは心からの恐怖。 理不尽に対して怒りを覚えることのできない、剥ぎ取ることの難しいほどに染み付いた何かの匂い。 この一連の出来事と匂いに黙っているウフコックではなかった。 ルイズも未だ知らないお喋り鼠の悪癖――感情の匂いを頼りに相手の心の隙を付くこと。 「ったく、ギーシュったら本当に仕方ないわね。 ……って、ちょっとウフコック、どこ行く気よ!」 「待て。少なくとも彼女は、間違った行動は取っていない。 今出て行った二人を傷つけた人間が居るとしたら君しか居ないだろう」 「……誰だね?」 ウフコックは、元居たテーブルから飛び降りて、ギーシュたちの居る場所へと近づいてメイドを庇った。 誰がどう見ても、無鉄砲極まりない行為である。ルイズはウフコックを止めようとしたが、 お喋りネズミの口を遮るには至らなかった。 「……む、姿を隠さないで現したらどうだ!?」 「……下だよ、下」 ギーシュは声の主を見つけられずきょろきょろと辺りを見回す。 ギーシュの取り巻きの一人がウフコックを指差し、やっと見つけられたようだ。 「ね、ネズミっ!? ……ふ、ふん、貴族に説教とは、身の程をしらないネズミも居たものだ。 第一、ネズミがうろちょろしてる場所で、よく君達は食事ができるものだね。 ……おや、そういえばこのネズミはルイズが呼び出したのか。では、仕方無いな。 しかし魔法を使えなくとも、使い魔にマナーくらいは教えておいてほしいものだ」 平静な顔をしつつも、ギーシュは今の出来事に興奮しているらしい。 つい、ウフコックのみならずルイズを含めた何人かを愚弄する形になったが、当のギーシュは気付いていない。 「……へえぇー、言ってくれるじゃないのギーシュ……!」 流石にルイズも、ここまで愚弄されて黙っているほど人間はできていない。 「まあ、ルイズ、ここは俺に話させてくれ。 ……俺がここに居ることで不快に思う人間がいれば謝ろう。 また、彼女が香水の瓶を拾ったことで傷付いた女性が居たら、彼女と共に謝ろう」 「わ、私謝りますっ!」 「……ふむ、なかなか素直じゃないか」 冷静に、場を纏めようとするウフコックの言葉に、ギーシュは溜飲を下げそうになった。 メイドもそれにならって頭を下げようとする。 しかしウフコックは冷静であった。 事態に流されて頭を下げるほど、面食らってもいなかった。 「……だが、俺が謝ったところで、あるいは君が俺を詰ったところで、 君から離れた二人の少女が癒されるわけではない。 得られるのは君の刹那的な充足感であって、君の疚しさの根元が消え去ることは無い」 まるで、患者の不摂生を詰りもせず淡々と説明する医者のように、ウフコックは言葉を並べる。 ギーシュどころか、ルイズを含めた周囲の人間は、ぽかんとした表情すら浮かべた。 「できることならばその疚しさを解消してやりたいと思うのだが……、 今この瞬間にできることではないし、まず第一に、自分の冒した行動を自覚してもらなければならない」 「つ、使い魔に説教される覚えは無い! 僕が、この無礼な使い魔を摘まみ出してやろう!」 逆上し顔を歪ませウフコックを指差すギーシュ。 そして思わず杖を振って青銅のワルキューレを出現させ、ウフコックに掴みかかる。 あまりの出来事に、メイドは悲鳴を上げた。 「きゃあっ!」 「ちょっと何するのよギーシュ! 喧嘩売る気!」 「ふん、君がネズミでなければ決闘を申し込んだかもしれないが、 そんな非道な真似は僕はしないさ。 ただ僕の衛生観念上、ネズミにはここからご退場願おうと思ってね」 「喧嘩売ってるのと同じよ! ……ギーシュ、そこからちょっとでもその不細工なゴーレムを動かしてごらんなさい。 あんたのにやけ面が跡形も無い爆心地になるわよ」 今にも飛び掛らんばかりに怒りに目を吊り上げるルイズ。 だが、当のウフコックはワルキューレに掴まれた程度で焦ることは無かった。 むしろ激情に身を任せ怒りを発散させるルイズを恐れた。 ギーシュも心底恐れた。 「…そ、その、ルイズ、俺は全くもって大丈夫だ。君が落ち着いてくれ。 それに、だ。俺にとっては、この程度の事態など危機とすらいえない」 ウフコックはギーシュを見もせずに言った。 鼠に虚仮にされている、という事態にギーシュは頭が付いていかず、単純な疑問を口にする。 「……なんだって?」 ウフコックはギーシュと向かい合う。鼠らしからぬ力強い眼で相手を見据える。 「決闘、と言ったな。 互いの了承したルールに乗っ取って雌雄を決する、というのならば望むところだ。 ギーシュ、君に決闘を申し込もう」 前ページ次ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5494.html
前ページ次ページ虚無と金の卵 鼻腔をくすぐるのは、石畳と木と、人の手で折られた布、そして古びた羊皮紙の匂い。 期待に胸を膨らませる匂いと、同じくらいの強さの、誰かの身を案じる匂い。 ――近代都市ではついぞ嗅いだことのない芳しさ。 そんな匂いに包まれて、ウフコックは珍しく健やかに眠っていた。 あるとき、ウフコックは部屋に入り込む夜の冷気を感じ取り、小動物らしく身震いする。 まぶたと髭が、ふるふると小さく揺れている。 「どうしたんだ、ドクター……。 珍しい、良い匂いだ……それに、寒いな。エアコンを止めたのか……?」 ぼんやりと覚めやらぬ頭で、ウフコックは呟いた。 そして、そのウフコックのぼんやりとした頭を撫でる誰かが居た。 「喋った? ……でも、寝ぼけてるのかしら……」 頭への優しい刺激と耳慣れない声を感じ、ウフコックは茫洋とした頭を振る。 「う、ううむ……。あれ、ドクター……。いや、ここは……一体……?」 「おはよう、私の使い魔。 目は覚めたかしら?」 ウフコックの目に、十代半ばの少女が姿が見えた。 不安げな眼で、ウフコックを見つめている。 ウフコックは、今ここがイースター博士の研究室ではなく、古風な調度品に囲まれた部屋だと気付く。 そしてウフコックは、自分自身がハンカチを重ねて敷き詰めた小箱――ベッド代わりのようだ―― に寝かされていることに気付く。 このオフィスに、こんな洒落たことをする人間は居ただろうか。 居るとすれば、初めて見るこの少女だろうか。そんなことをウフコックは思う。 「……はじめまして、お嬢さん。俺はウフコックだ。 お客様、かな……?」 「ええと……まあ多分、違うと思うわ。 はじめまして、ウフコック。 私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 ルイズ、で良いわ」 そして今度こそウフコックは覚醒した。 びくり、と体に緊張を漲らせる。 ここはオフィスではない。 いや、この匂いからマルドゥック市では決して無いとウフコックは気付く。 「召喚されて混乱してると思うけど、ここはトリステイン魔法学園。 使い魔召喚の儀式で、私が貴方を呼び出したの」 「使い魔……?」 耳慣れぬ言葉に、ウフコックは首をかしげた。 この瞬間理解したのは、目の前の少女が、待ちわびていた誰か――恐らく自分――と 巡り合えたという喜びを噛み締めていること。 そしてマルドゥック市から果てしなく遠い何処かへ来たのだという予感であった。 「いや、大変申し訳ない。 ご婦人を前にして失礼な言い草だが、とても混乱してしまっていてね」 ウフコックは、部屋の机の上に置かれた、ベッド代わりの箱から飛び降りた。 そして務めて大仰にズボンのサスペンダーを直す/毛並みを整える/紳士の嗜み。 ウフコックはそんな芝居がかった仕草を、椅子に座って見つめるルイズに見せる。 「ズボンを気にするネズミは初めてだわ」 「服は文明の象徴と思わないか?」 そんなやり取りをしつつ、ウフコックは思った。 とんでもないところへ来た、と。 ルイズは、ウフコックの混乱が収まるのを待ち、トリステイン王国/トリステイン魔法学園/ そして使い魔召喚の儀式でウフコックを呼び出したこと――これらについて、事細かに説明していた。 当然、ウフコックにはどれをとっても、驚天動地の世界であった。 研究室で生まれ、ハイテク都市で職を得たウフコックにはどれもこれも現実味の乏しい話であった。 「この世界も貴方の世界も、それは同じようね」 「共通項を見つけられて嬉しいものだ。とはいえ困ったな……。 俺はトリステイン王国も、ハルケギニア、という地名も全く知らない。 ……まるでファンタジー作品に迷い込んだようだ。俺はまだ事件を抱えていたのだが……」 ウフコックの方も、簡単な自己紹介を始めていた。 戦争の勝利のため心血を挙げて進歩してきた科学技術、衛星4基分を打ち上げできるほどの予算を 結集して生み出された存在であること、そして生まれてからの生い立ちと現在について。 だがルイズは勿論、カガクもギジュツも縁のない世界の住人である。 例えを駆使して説明された結果、 「……つまり、戦争中に発明された最先端のゴーレムか魔法生物……ってことかしら?」 と、このように解釈されていた。ルイズ自身、どこか誤解があることことは自覚していたようだが、 ひとまずウフコックは、お互いの理解のできる話から進めることとした。 「ところで君は、驚かないんだな」 「十分驚いてるわ。貴方の世界についてとか。あ、水でも飲む? チーズでも齧る?」 「……いや、すまない、チーズは余り好きでは無いんだ。水だけ頂けるだろうか。 その、驚くというのは、それ以前の話で……ルイズは、ネズミが喋って気味悪かったりしないのか?」 ウフコックの問い。 それはウフコックが誰か人前に姿を晒したときの人間の反応であった。 それも大概は事件の関係者/容疑者/怯える被害者であり、包み隠さぬ嫌忌の念を受け、耐えてきた。 マルドゥック市でウフコックを受け入れる人間は、常に少数派だった。 「まあ、喋るネズミくらいなら探せば居るんじゃないかしら。私は初めてだけど」 ルイズは、水差しから小さな皿に水を注ぎ、ウフコックに差し出した。 ウフコックは差し出されたハンカチで手と口をぬぐい、そして舐めるようにして口を付ける。 「……そうなのか。まあ俺としては……その、とてもありがたい」 ウフコックの静かながら深い安堵。それに気付かずにルイズは話を進めてきた。 「ところで、事件って、なに?」 「俺は、09(オー・ナイン)法案の生命保全プログラムの……ああ、その……、 マルドゥック市という都市で、犯罪者や違法な組織から、証人や関係者の護衛を 仕事としていたんだ。最近は警察や検察と協力し、麻薬組織を捜査していた」 「ね、ネズミが公職に付けるなんて凄い国ね……その方がよっぽど驚きだわ」 ルイズは呆れたように驚いている。 「まあ、信じられないのも無理はない。俺も自己紹介はいつも苦労している。 ライセンスを見せられれば良かったんだが、俺自身ネズミだから同僚に預けていた」 「貴方の国の人もリアクションに困ったんでしょうね……」 「そう言わないでくれ。それに単独で仕事をしていたわけではないんだ。 公的な場所へ出席する場合は代理人が居なければいけなかったし。……まあそれはともかく……」 身の上を話すことで、ウフコック自身、心の整理が付いてきたようだった。 ウフコックは、改めて本題に入るため話を切り出した。 「おそらく、昨日のことだ。 俺は……イースター博士――ああ、同僚兼、俺の医者のような存在だ――に、 俺の体のメンテナンスをして貰い、調子を整えるため睡眠をとっていた。 そんなとき、光る門のようなものが眠っていた俺の目の前に現れた。 何だかそこから招かれたような気がして――そして気付けばここに居たというわけだ。 漠然とした話なのは承知しているんだが、君が俺を招いたということだろうか?」 「きっとそうね。私のサモン・サーヴァントで、貴方と私の間に『門』が開いた、ってことだわ」 「そうか……。その、『門』とやらをもう一度開いて、帰してくれることはできるだろうか?」 「そ、それは駄目よ!」 声を荒げたことに、ルイズは自分自身で驚いたようだ。 恐怖の匂いをウフコックは感じる。 だがそれはウフコックに対しての恐怖ではなかった。 ルイズはその先の言葉をしばし言いよどんだが、ウフコックを真正面から見つめ、言った。 「……貴方に事情があるのはわかったわ。 でも使い魔としての契約は交わしてしまったの。貴方の事情を無視しているのはわかっている。 でも使い魔に契約の破棄なんてされたら、この学園じゃあ進級すら危ういし、それに……」 その先の言葉はルイズから出てこず、沈黙した。 ルイズはその先の言葉を口に出すことを恐れている。 そしてその先に、拒絶という答えがウフコックから出ることを。 ウフコックも沈黙し、迷いを覚える。 逡巡――切実なまでに必要とされているという喜び。 逡巡――濫用というリスク。 逡巡――裏切られ、それでも信じるに足るものを求めている。 逡巡――あるいは、傷付けられた自分こそが何かを克服しなければならない。 「……参ったな。 契約を途中で破棄するのは、俺の主義とは言えないし」 「それじゃあ、なってくれる!?」 「ただし」 ウフコックは、鼠らしからぬ渋い仕草で指を立てる。 「まあ、詳しく話すが、俺はただお喋りな鼠というだけではなく、まあ、なんだ……ちょっとした能力がある」 「ええ、それで?」 「金品や武器、権威、あるいは君らの魔法。力の使い道にこそが、何よりも人間を試す。 それが大きければ大きいほどに。 だから俺は、使い手たる人間とその用途には、多くの物事を注文する。 納得のできない使用法を呑むことはできない。 そして君は、俺を『使う』ということが如何なることなのか、まずは知って貰わねばならない」 「む、ずいぶん自信があるのね。 でも、私が貴族の身分や使い魔を悪用するっていうの? それは取り消して。貴族に対する侮辱だわ」 ルイズは語気を荒める。 ルイズも魔法が使えないとはいえメイジの端くれであり、」見てくれが小さなネズミだからといって その内に秘めた力を見極めるまで過小評価することはない。 だが、流石にウフコックの言葉には憤慨したようだった。 「では、一つ答えてほしい。 君にとって、貴族とは?」 ルイズ=試されているという緊張/何かを跳ね返す強い眼差し。 ウフコック=試しているという緊張/何かを期待する眼差し。 今、この世界にウフコックを知る味方は居ない。 それ故に、ウフコックは警戒した。 己という道具に依存されること/あるいは使用されず、道具としての意味を喪失すること。 故に、敢えて挑むような言葉を選んだ。 「魔法が使えること――というのが一般的な貴族の条件よ。 だけど私に言わせれば、魔法を使えるとか、使えないとか、そんなことじゃないわ。 敵に後ろを見せず誇りを持つこと、卑しさに身を委ねずに名誉に生きる人こそが貴族。 そう思ってるわ」 「……ふむ。 平民と貴族、という制度は親しめないが、君はきっと良い貴族なんだろう」 「あ、あら、そう?」 「だがミス・ルイズ、もう一つ話がある。 使い魔になるにしても、永遠に、というわけにはいかない。 あまり詳しくは話せないが……俺には、マルドゥック市に、やり残してきたことがあるんだ。 使い魔になる、ならない以前に、課せられた務めを放棄するわけにはいかない。 もし帰る手段が見つかった場合、暇を願い出るだろう。 それに、俺自身の寿命というべきものはある」 ルイズは言葉に窮する。 まさか、暇を願い出る使い魔がいるとは想像の範疇外であったらしい。 「うう……正直、使い魔に暇を出すなんて常識外れも良いところだけど……、 ……うん、わかったわ。あなたの事情は出来る限り、考慮する。 でも期待されても困るわ。 貴方の居た、マルドゥック市……少なくともこの国、むしろハルケギニアには絶対に無いわ。 現実的に戻れるかどうかなんて、私には全くわからないの」 「そうか……お互いわからないことだらけだが。まあ、行動するものに幸あれ、だな」 「ん、納得してくれたなら嬉しいわ。ところで、貴方の能力って、何?」 「ああ、すまない、思わせぶりなまま話を進めてしまった。 そうだな、ミス・ルイズ。例えば貴方が、パーティのダンスホールに足を踏み入れる前に、 化粧を確認したいとしよう」 ウフコックが、くるりとその場で宙返りした――というのは錯覚であり、宙返りなどではない。 その体自身が裏返り、全く別の物質が世界に現れる。 『反転変身(ターン)』 あらゆる物質への変身を可能とする“万能道具存在”、それがウフコックである。 その能力を駆使して変身した姿は、手鏡であった。 「さて、ご覧のようにご婦人の必需品は大抵ご用意できるかと。 要り様の際はお手柔らかに。我が主人」 「……使い道を知れ、って意味が少しだけわかったわ。こちらこそ、宜しく。ウフコック」 ウフコックは思う。 ルイズには、自分が使い魔にならなければ困る、という即物的な目的があるらしいのは、 匂いを通して理解していた。 だが、そうだとしても、ルイズから伝わる切実な願いを叶えること、 それはウフコックにとって自分自身の有用性に挑戦し続けることと一致していた。 おそらく、彼女の願いに応えて自分は現れたのだ――そう信じるに足る、強く純粋な匂いを ウフコックは感じていた。 ルイズ願いを切って捨てて、自分の居た都市へ帰る手段だけを考え行動することもできだだろう。 だが、その選択肢を選ぶことができなかった。 もし、ウフコックを知る人間が居れば、こう言ったことだろう。 お前がドライになるなんて、無理さ――と。 前ページ次ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6217.html
前ページ虚無と金の卵 サイトが酒場から出た後、ルイズ達も宿の部屋に引き上げていた。 流石に上等な部屋だけあって、調度品も一級品、ベッドも天蓋付きであった。 公爵家の屋敷に住んでいたルイズがそれらに気後れするはずもなく、旅の疲れを癒すのにはうってつけだった。 だが旅の荷を降ろしたところで、キュルケのはしゃいだ姿がルイズの視界に飛び込む――溜息が出る。 「渋いわ! それに愛嬌もあるし! 学院じゃあお目にかかれなかったタイプよね。ねぇタバサ、あなたはどう思う!?」 「……興味はある。噂がどれだけ本当か、知りたい」 「でしょうでしょう? ここで出会ったのが運命よね! 確か、王党派の詰め所に居るって言ってたわよね」 サイトと別れた後も、キュルケはきゃあきゃあと騒ぎつつ、次なるアプローチを考えているらしい。 キュルケはいち早く部屋のドレッサーに陣取っていた。 タバサも、まあ何とはなしにキュルケに付き合いつつも、読書しながらの対応で、憎らしいほどにいつも通りだ。 ルイズは、自分の肩に乗った責務の重さに比べて、軽すぎるキュルケの立振舞いに妬ましさすら覚えた。 「……あんたは、気楽で良いわねぇ。大体、ペリッソンはどうしたのよ」 「出会いはいつも突然よ、ヴァリエール。過去を振り向く暇なんて無いのよ」 何のてらいもなくキュルケは答えた。 この女、本気で忘れてるじゃない――とルイズは思う。 ペリッソンじゃなくてスティックスじゃなかったけ――とタバサは思う。 「……本当に忘れられるの?」 「ん?」 「キュルケは……あんた、本当に、心から好きだった人がいたら、忘れられる?」 普段なら、ルイズはこんなことを尋ねない。 恋愛絡みの話で、キュルケの意見など絶対に求めたりしない。 言うなればそこは、ヴァリエール家の数多の良人を奪ったフォン・ツェルプストー家の領地であり本陣に他ならず、 ルイズが何の準備も無く、実戦経験も無く、単身そこへ乗り込むのは無謀な自殺行為でしかない。 だが、ルイズは敢えてその地雷原に足を踏み入れた。 「ルイズに聞かせるには百年早いわ」、とか、「もう少しマシな下着を選べるようになってから考える事よね」とか 軽口を叩くだろうかという思いが一瞬よぎったが、今は茶化すような雰囲気でもないだろう、とルイズは自分を納得させる。 珍しいじゃない、とキュルケも驚いて呟き、神妙な表情になる。 「……でも、そうねぇ、ルイズに聞かせるには百年早いわ。もう少しマシな下着を選べるようになってから考える事よね」 キュルケの神妙な表情は3秒も続いた/4秒目からは憎らしいほどに普段通り。 あまりに予想通りの展開にルイズはがくりと肩を落とす。 「そうよね、あんたに聞いた私が間違いだったわよね……!」 と言い、ルイズが激昂して手が出る直前のところで、「うそうそ。ま、ちゃんと答えるわよ」などとキュルケは 真面目な表情をして考え出した。 結局、手を出すタイミングを上手く躱されたルイズは、仕方なしに黙って聞いた。 「……少なくとも、忘れて構わない男は、本当に忘れちゃうからね。だから、忘れがたい人が欲しいのかも。 きっと、忘れてないってことは心の中にその人が居るってことだし、何も終わってないってことなのよ」 「じゃあ、忘れられない人が居て、会えなかったら、どうする? それでも、他の男を捜したりするわけ?」 「……そうねぇ」 キュルケは思案げな声を出す。だがすぐにキュルケはルイズに目を合わせてくる――不敵な微笑み。 「つまり、そういう男の人が今、側に居ない状況ってことよね?」 「……た、例えばの話よ」 ルイズ――微笑にたじろぐ。 「本気で寄りを戻したいんなら、どんなことしたって引き戻すわ。男に連れ合いが居ても、私に連れ合いが居ても、関係ないわ。 ……でも、もしも別に寄りを戻すつもりがなくても忘れられないのなら、精算することよね」 「精算?」 「嫌いになったなら、あんたなんか嫌いって言えば良いのよ。恨みがあるなら、一発殴るなり魔法で燃やすなり、 好きにすれば良いのよ」 「……あんた気付いてないだろうけど、ちょっとワガママ、じゃなくて凄いワガママよ」 ルイズがジト目で言葉を返すが、キュルケは「そうかもね」などと流して、何処吹く風といった調子だった。 「ともかく、自分の心のままに決着を付けるのよ。心残りだったことをやって、すっきりさせることよね」 「決着……」 その言葉を、ルイズは自分の心に刻み込んだ。 自分の関わる事態のどれも終わりを見せていない。自分自身の決着を付けようともしていない。 ただ漫然とラ・ロシェールに佇む自分に、これ以上相応しい言葉は無い、とルイズは思う。 「ま、自分の心なんて、会うその瞬間までは固まらなかったりするものだけど」 貴女はどうかしら――キュルケの微笑みは問いかけている。 そのあと、結局キュルケの話に延々と付き合わされた。 サイトはどんな女性が好みなのか、どんなアプローチを仕掛けるべきかなど、微に入り細にわたって 作戦を練るつもりのようだった。 「そういえば、ずいぶんと宝石にご執心だったわね。実家に近ければよかったのに」などと歯噛みしていた。 当然ルイズは途中で付き合いきれなくなり、話の半ばでタバサに押し付けて宿の外へ出た。 外は小雨が降っていた。まだ日は沈んでいないはずだが、空は陰り、もはや夜と変わらない有様だ。 女神の杵亭の裏手には、広場があった。 朽ちかけた立て看板には、「練兵場跡地」と書かれていた。 ルイズは、「体を冷やすぞ」というウフコックの注意にも生返事を返すだけで、 ウフコックは仕方なしにフード付きのローブに化けてルイズを包み込む。 冷たい風に当たるつもりなのに――そうルイズは思ったが、敢えてそれを剥ぎ取りはしなかった。 練兵場の跡地の光景は、寒々しいものだった。 その光景と寒さ、今のルイズにはそれが心地よかった。 「……部屋へ戻ろう、ルイズ」 「良いのよ」 昨日から続く混乱の局地から抜けて、ルイズは冷静になった。 上等な宿で飲み食いして休み、キュルケと馬鹿な話をしたあたりで、ルイズは、悩みに悩んでいた自分に対して、 急に馬鹿らしくなってきてしまった。 姫様の依頼を受けたこと/婚約者のワルドが国を裏切ったこと/ワルドが、サイトとかいう傭兵に殺されかけたこと。 どれも確かに災難に違いない。 だがそうだとしても、それら出来事一つ一つに対して始祖ブリミルに嘆いたり恨んだりするようなことではない。 悩むよりも前に、悲しむよりも前に、まだ何も始まっていないのだ。 「ねえ、ウフコック。私、なんだか思い違いをしてたわ」 「……どんな?」 「どうしてこんな目にあってるんだろうって、さっきまで考えてた。きっと今日は凄く不幸な日なんだって思ってた。 でも、たまたま悪い目が重なっただけで、一つ一つは、そんな難しいことじゃあないのよ。きっと」 それは、今のルイズの偽らざる本音だった。 そう断言できるほどの強い眼差しで今と未来を見つめていた。 難問の数に押し流されそうだっただけで、今ならば、一つ一つを考えて取り組む余裕が生まれていた。 ただ――状況に翻弄され流されるまま、こんな無様を晒しているのか、それだけが心のしこりとして残った。 どうして自分は、流されるままの状況に甘んじているのか。 キュルケにからかわれて、気付いてしまった。 自分が、どれだけ自分らしくなかったかということを。 冷静になって考えれば考えるほど、恥ずかしく、苛立たしく、腹立たしい。 しこりとして残ったものの正体をルイズは見破った――それは紛れもない怒りだった。 「それに、まだ、何も起きてないのよ。私は誰にも攻撃されてなんてなかったわ。 確かに危険な瞬間はあったけど、私が狙われていたわけじゃない。乗り越える壁があっただけで、それに怯んでただけなのよ」 「ルイズ……」 凜とした声でルイズは語りかける――静かで平らかな声。 だが、それが本気で怒る兆候であることにウフコックは気付いた。 感情の臭いを嗅ぐウフコックには、今のルイズの冷静さが嵐の前の不気味な静けさと等価だと、すぐに気付いた。 「……だからそうよ。私はそれを今から、乗り越えるのよ!」 ルイズの決意――力に満ちた声で。暴風にも怯むこと無く。 「この私を! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを差し置いて好き勝手やってる連中に! 私が誰か思い知らせてやる必要があるのよ!!!」 ルイズは激怒した――難題を押し付けておいて自分だけ悲嘆にくれる我が儘アンリエッタ姫に。 ルイズは激怒した――十年以上放ったらかしのままレコン・キスタなどに身を投じた放蕩貴族のワルド子爵に。 ルイズは激怒した――少しくらい腕が立つ程度で貴族に舐めた口を聞く田舎者の傭兵サイトに。 ルイズは激怒した――人が真面目になときにくだらない茶々を入れる、頭のネジと貞操観念の緩んだゲルマニア女のキュルケに。 ルイズは大いに激怒した――そんな身勝手な連中になすがままにされる、弱虫でちびなゼロのルイズに。 宿に引っ込んでいろと言われて大人しく布団を被っているような自分を許せるか――否。 大事だった人が死ぬのを、ただ傍観している自分を許せるか――否。 どれだけ運命に翻弄されようとも、そのを良しとする自分を許せるか――断じて否。 流されるままの弱い自分など、自分ではない。許すことなどできない。そうルイズは思う。 「そうよ、決着を付けてあげようじゃないの」 「る、ルイズ……」 「決めたわ、ウフコック。私はワルドを助ける。大事だった人を見捨てるのは、私の流儀じゃないの。 もちろんそれとは別に、姫様の依頼も絶対に達成する」 「しかし、危険だ」 ウフコックの逡巡を、ルイズは即座にはねのける。 「そんなのは承知の上よ」 「君は、レコン・キスタに与するつもりではないだろう。どうするんだ?」 「彼一人だけ、ここの王党派の目を盗んで匿う。場合によっては眠らせるなり捕縛するなりするわ。自分の手で。 そして手紙の任務の達成の褒美として、ワルドの助命を嘆願するのよ。ま、爵位の剥奪くらいの処分はあるだろうけど」 その発言はウフコックの発想を超えていた。 ウフコックがローブの形態をとりながらも、動揺している様子がルイズには手に取るようにわかった。 「む、無茶な……それに、国の犯罪者を自らの手で量刑するなど、君の立場を悪くするのではないか」 「別に裁くわけじゃないわ。でも、今の状況で裁くだの何だの言ってられる状況じゃない。 明らかにレコン・キスタってわかったら、何をどう言い繕ったとしても、問答無用で殺されたって仕方のない状況なのよ、きっと。 内乱でマトモな裁判なんてあるわけが無いんだから、温情措置を願うなら自分の手で何とかするしかないのよ」 ルイズの言う通り、という面は確かにある。 ここは司法と他の権力との分権も定かではない、王政の敷かれた国である。 戦争という異常事態にあって、ウフコックの居た現代的な都市ですら司法が揺らぐ。 自分で事態を切り開かない限り、王権や財力といった圧倒的な力に、個々人の事情など押し潰されるのが現状と言って良い。 「だが俺はワルドを知らないし、君も恐らく、今のワルド、というか、今のワルドの人となりを知るまい。 はたして、信念を曲げて君の提案を肯んじる人間なのか?」 「助けられるか、断って死ぬか、選ぶのは彼よ。私は手を差し伸べるけど、それを掴むかどうかまでは知らないし、知った事じゃないわ」 「だが、どうやって? 君は彼の居場所など知るまい」 「……さっき、サイトが偉そうに言ってたことを覚えてる? 敵か味方か選べ、って言ってたことよ」 「ああ。覚えているが……」 「選ぶ、って考えが間違ってるわ」 ルイズはせせら笑う。 「私はあくまで私の味方よ。誰かの味方に付くなんて受け身の態度を取るつもりはないのよ」 「つまり?」 「傭兵ってことはつまり金で雇われているってこと。なら、彼が納得する報酬で雇えば良いのよ。 そしてワルドを殺すのは諦めてもらう。捕らえさせて私の元に連れて来させるって仕事に鞍替えしてもらうわ」 ルイズは、自分の指に嵌められた指輪を空に翳した。 雨露に濡れた水のルビーの静謐な輝き。それは曇天の下でも褪せることなくルイズを照らしている。 前ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5648.html
前ページ次ページ虚無と金の卵 ミス・ロングビルの顔――学長のセクハラに耐える美人秘書。 一般的に見て美人で清楚。学園という閉鎖的な空間においては、まさに男性教師陣の薔薇と言えた。 もう一つの顔――王立銀行の金庫/貴族屋敷の宝物庫/大商人の蔵/種類を問わず神出鬼没、 トリステイン中の金持ちを震え上がらせる謎の怪盗『土くれのフーケ』。 魔法学院本塔に垂直に立つ女性の姿を、二つの月の光が浮かび上がらせる。 「ふう……ここまで堅牢とはねぇ」 土系統のエキスパートであるフーケは、その自身の魔法を駆使して宝物庫にあたる場所の壁に垂直に立ち、 そして足の裏から伝わる感触で壁の厚さを図っていた。 舌打ちし、忌々しげに足元の宝物庫の壁を見つめる。 「あのコッパゲから話を引き出したは良いものの……いくら物理的な力に弱いったってね……。 こんな堅い壁、ちょっとやそっとじゃ手出しできないじゃないか」 フーケの狙い、それはこの宝物庫の中にある『破壊の杖』。 詳細は知らずとも、フーケ好みのマジックアイテムであった。 そして、謎の多い骨董品である。例え見掛け倒しの道具だったとしても、好事家には高く売れる一品には違いない。 フーケはオスマンの秘書に身をやつしてセクハラに耐えつつ、この宝物庫を開ける機会を虎視眈々と狙っていた。 「『固定化』以外の魔法はかかってないみたいだけど……これじゃあ私のゴーレムじゃ壊せそうにないわね」 フーケは悩む――か細い突破口を求めて。 * ウフコックの顔――元軍属の実験動物であり、マルドゥック市における09法案の執行者。 ウフコックの顔――変身能力と読心能力を持つ、ルイズの使い魔。 そしてもう一つ――学園に溢れる使い魔と、アルヴィース食堂の間を取り持つ、頼れる交渉人。 ”ちびちび、頼んだのね! ベアなのね! 食糧事情改善なのね!” ”……あー、シルフィードの要求は流していいから。頼んだぜ” ”ヴェルダンデはミミズ食ってきたから要らないってよ。自分が言えっての。あいつ主人が負けてスネてるんだぜ” 「うーむ……要らぬ軋轢を生んでしまったな」 ”なぁに、気にすんなよ。主人だってピンピンしてんだ。あいつもすぐ元気出すさ” トリステイン魔法学院の使い魔の朝は早い。 朝もやすら出ていない夜明け前。 大勢の使い魔の賑やかな応援を受け、ウフコックは学院の中庭からアルヴィーズ食堂の厨房へ繋がる裏口を開いた。 きぃ、と木の扉特有の音が鳴る。 使い魔たち以上に、厨房で働く人間の朝は早い。料理人や使用人達は既に朝食の準備で慌しく働いていた。 ウフコックは鼠らしからぬ鈍重な動きで扉の側の木机をよじ登って息を整える。 そして、遠慮がちに呼び鈴を鳴らした。 「ん? ……おお! 我らの<交渉人>が来たぞ!」 呼び鈴に気付いたマルトーが大声を張り上げた。 「忙しいところ邪魔してすまない」 「なに、お前さんがいると助かるぜ。エサが残されなくなってきたし、腹減らして暴れる使い魔もずいぶん減ったもんだ。 ……して、今日の注文は?」 「20匹ほどは、自前で飯は済ませているから要らないとのことだ。 シルフィードとフレイムは肉を多めにしてあげてほしいと言っていた。あとはだな……」 厨房で働く者がネズミを好意的に扱うなど、まず有り得ない。 ウフコックも召喚された当初は同様――使い魔といえど、厨房を荒らす泥棒が敷居を跨ぐことはできない。 一度など、箒を持ったメイドに追い回されたこともあった。 だがウフコックは、調理前の材料を齧り回るような野生動物とは一線を画す。 下手な平民や貴族よりも余程理性的であり、そして他の使い魔――どちらかといえば野生動物に近い部類とも会話することが出来る。 そして何より重要な点――この学院のメイドを庇い貴族と戦った鼠。 マルトーも一目置かざるをえず、今や対等の口を聞くまでになっている。 また助けられたメイドのシエスタも、ウフコックの正義感に痛く感激し、食堂のアルヴィーが並んでる一角にウフコック用の席と木皿、 昼寝用のベッドさえ作ってしまうほど可愛がっていた。ただ、目立つことこの上ないのでアルヴィーの横は勘弁してほしい、とウフコック自身頼み込み、ウフコック専用席はしぶしぶ厨房の一角に移されている。 厨房で準備を働いていた当のシエスタも、ウフコックに気付いてそそくさとやってきた。 「ウフコックさん、今日は何になさいます?」 「いや、そう気を遣わなくても良いんだ。十分に餌は貰っているし」 「……そうですか。でも何か要りようでしたら、いつでも言ってくださいね!」 「おお、我らが交渉人は何と慎ましいんだろう! シエスタ! こいつにアルビオンの古いのを出してやれ!」 「はい!」 「その……いや、ブルーチーズなんて特に駄目なんだが。頼む、普通ので良いんだ……」 このように、ウフコックは学園の様々な人間/使い魔に重宝された。 だが、その中には当然、良からぬ使用法を思いつく者も居る。 ある虚無の曜日の昼下がり、ルイズが一人で勉強や訓練をしている間、邪魔しないぬようヴェストリ広場にでも出かけるか――。そうウフコックが考えて寮の廊下を歩いていたそのとき、フレイムが呼び止めた。 「おや、どうしたフレイム?」 ”よう。ご主人がお前に相談があるそうなんだが、来てもらえるか?” 「確か、フレイムの主人はキュルケだったな」 ウフコックは、ルイズがキュルケに対抗心を覚えていたのを漠然と思い出した。 まあ、話を聞く程度ならばどうということもあるまい――ウフコックはフレイムの申し出に首肯する。 「まあ、俺は構わないが」 「きゅる(助かる。部屋はこちらだ。乗っていけ)」 フレイムは自分の首に乗るよう、ウフコックを促す。 ウフコックはルイズの部屋に書置きだけを残し、フレイムに乗ってキュルケの部屋を目指した。 「あら、いらっしゃい。よく来てくれたわ! ウフコックはフレイムに乗れるのね、二人とも様になってるわよ」 金色のネズミがサラマンダーに騎乗する姿は、まるで動物を擬人化した絵本の如くである。 「……褒められてるのか?」 「きゅる(ま、ご主人はいつもこんな調子だぜ)」 ともあれ、喜ぶキュルケに水を指すほどでも無い。そして落ち着いて招かれた部屋を見回す。 部屋の主人のキュルケがベッドに座っているのはともかく、見慣れない女性のメイジが椅子に腰掛け、本を読んでいた。 「ああ、この子と話すのは初めて?」 「……タバサ。よろしく」 タバサと名乗る青髪の小柄な少女は、読みかけの本を閉じて簡素な挨拶を述べた。 「初めまして。俺はウフコック。ルイズに召喚された使い魔だ。 ここに招いてくれたのはキュルケだろうか? 君だろうか?」 キュルケとは大分異なる性格のようだ。 良く言えば楽天家で前向き、悪く言えば享楽的なキュルケに比べ、禁欲的で純粋、そして悩みがちな空気が漂う。 まるで正反対な二人、だが二人のお互いを信頼する匂い――まさにパートナーとでも言うべき関係――をウフコックは感じていた。 また、それと別に感じ取った匂い――キュルケからは何かを企む匂い/タバサからは、つき合わされている匂い。 「呼んだのはキュルケ。私も招かれた」 「そういうわけよ。来てくれてありがとね」 「ふむ……?」 「ま、そんな大した話じゃないわ。……ねぇ、二人とも」 キュルケは、手にした紙箱からカードの束を取り出した。 しゃらり、と滑らかな手つきでシャッフルしつつ一人と一匹に尋ねる。 「カードゲームって、好き?」 『サンク』――平民、貴族を問わず広く行われる、ごく一般的なカードゲーム。 トリステインや近隣の国のカジノにおける華とされるゲームの一つ。 4大属性、土水火風の4種のスーツ/スーツ毎に1から13までの番号が描かれたカードから5枚の手札を選び、 その組合せで勝負を決するゲームである。 キュルケがタバサ、ウフコックを誘ったゲームこそ、サンクであった。 「……ルールはさておき、単純に貴方の体じゃ難しいかしら?」 カード1枚の大きさ=ウフコックの体長とほぼ同じ程度。 「いや、カードをひっくり返す程度ならば問題は無い。それに、表面が下に隠れていても、手札くらいなら覚えておける。 しかし、クローズドポーカーのようなルールだな……」 「ん? なあにそれ?」 「ああ、召喚される前、周囲の人間がよくやっていたゲームだ。 似たようなカードを使ったゲームだから、ルールもすぐ理解できると思う」 「へぇ、それじゃあもしかしてウフコックは、東方から来たの?」 「東方? ……よくは知らないが、君達にとっては東方と言うのかもしれないな。 ただ、ハルケギニアとの正確な地理関係もわからないから何処とも言い難い。 恐らく、君らにはまったく知られていない地名だろうし」 「ふーん……? 随分遠いところから来たみたいなのね、貴方」 好奇心に満ちたキュルケの甘い囁き。 だが人間の男ならともかく、ウフコックは当たり前の如くネズミであり、惑わされることもない。 「そんなところかな」 「ま、いいわ。ゲームを始めましょう。今日はお金賭けるのは無しね。賭け金の代わりに玩具のコインで済ませるわ。良いかしら?」 キュルケの言葉を皮切りにゲームが開始された。 初回プレイ――ウフコックにルールを教えるための、チュートリアルを兼ねたゲーム。 敢えて手札を晒して手役の強さなどを解説しつつ、なだらかにゲームは進む。 ある程度の役を説明したところでチュートリアルは終了、本来のゲームの流れに突き進む。 ――結果的にはタバサの圧勝。 運勢に左右されてキュルケやウフコックが勝ちを拾うことはあったが、当然、巡る運勢だけでゲームを支配することはできない。 序盤戦の終了後、ウフコックが漏らした一言/概ねルールは理解した。 この手のゲームの初歩。ルールから導き出される確率を把握すること。 元々ウフコックは数字に明るい。 十分な知性を持って誕生した生体兵器であり、ウフコック自身が反転変身する道具には電算機器や記録媒体も含まれる。 ウフコックの反撃。タバサとの差を徐々に埋め始める。 タバサの余裕――そうこなくては面白くない。 「さて、ディーラーは交代ね。次はタバサ、よろしくね」 タバサは小さく頷く。 キュルケ以上に手馴れた手つきでシャッフル――ゲーム再開。 一進一退。時折、狙ったかのごときタイミングでチップを上乗せし、無謀な手役で挑んでくるウフコック。 タバサやキュルケの手札に同じ役があっても、カードのナンバーや属性などの僅差で大きな勝ちを拾う。 ――中盤戦も終わりに差し掛かった頃の、ウフコックの一言/概ねパターンが理解できた。 「なら、ここからが本番」 珍しくタバサが重い口を開く――お手並み拝見という余裕の姿勢を見せつつも、ウフコックがやり手であることを感じている。 サンクとは資金に応じた戦略を立て、緻密な戦略を立てる知略戦である。 だが単純な1ゲームだけに限れば、駆け引き、即ち心理戦の比重も小さくは無い。 「お手柔らかに頼む」 ただ、カードの擦れる音が響く。 キュルケ達の間に、普段の軽妙な掛け合いは無い――レイズ、フォールド、そして手札の役名だけを淡々と呟く。 中盤戦に入ってからのなだらかな変化。初回から終始、堅実なゲーム運びを見せていたタバサの手が乱れる。 いや、乱された、というべきであった。 僅差でのレイズ、フォールド――タバサの一歩も二歩も先も想定したウフコックの戦術。 タバサは気付く――ゲームを覚えたてのネズミに、赤子の如くあしらわれている。 タバサの知る良しも無いウフコックの嗅覚、それは心理戦を行う上で絶大な優位をもたらす。 完璧なイカサマでも無い限り、プレイヤーの心理を読み切った時点でウフコックの勝利は揺るがない。 タバサの表情こそ平静そのもの。だが混乱と、徐々に高まる戦意の匂いを隠せていない。 対してウフコック自身は何にも惑わされない。混乱に乗じて貪欲に機械的に、キュルケとタバサのコインを貪る。 「……まるで、読み切られている」 ぽつり、とタバサが呟く。 堪えるタイミング、賭けに出るタイミング、全てがタバサの手の裏目を付くウフコックの判断。 タバサにしては珍しく、声色に苦々しい感情が灯っていた。 「タバサに苦い顔させるなんて流石ねー。見込んだ通りだわ」 ちなみに、キュルケはほぼ勝負から降りている。 ゲームの勝ち負け以前に、ウフコックとタバサを巻き込んだ時点で既に満足していたようだ。 「何故わかるの?」 「……さて。まあ人間観察、といったところだろうか。俺は人間と比べれば感覚が鋭い。 例え表情に出さなくとも、誰であれ視線、指先、チップを出すタイミングや並べ方、ふとした些細な瞬間に感情が外に現れる。 例えばタバサ、君ならば、特定のカードが揃った瞬間――『風』のカードが集まるとき、ほんの少しだけ『安心』を感じている」 「そう……。それじゃあ、私がまだまだ甘い、ということ……」 「上には上が居るものねー。でも十二分にタバサは勝負強いのよ? ウフコックが強すぎるのよ」 「……うーむ、鼠に生まれた俺自身の感覚が強さの理由だろう。だから、あまり自慢にできないんだ」 「……次は勝つ」 珍しく素の感情を表すタバサ。キュルケは頑張れ、と応援するかのようにタバサの頭を撫でる。 「まあ、ウフコックも、生まれ持った才能ならそれを活かすべきよ。タバサも次の機会に挑んで見なさいな。 ……さて、みんなゲームで親交を深めたことだし、次が本番ね」 にやり、とキュルケが微笑む。利益を嗅ぎつける人間の匂い――ウフコックは懐かしさすら感じた。 「ああ……その、もしかしてキュルケ……」 「私ね、良いカジノを知ってるのよ」 「他人の使い魔連れ込んで何教えてるのよっ!」 大声と共に、どかんと大きな音を立て、キュルケの部屋の扉が開いた。 前ページ次ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5593.html
前ページ次ページ虚無と金の卵 ギーシュが決闘を持ち掛けられた頃、学院室ではコルベールとオスマンが、顔を付き合わせるように話し込んでいた。 「……始祖ブリミルの使い魔『ミョズニトニルン』に行き着いた、というわけじゃね?」 オスマン学院長は、コルベールが描いた、ウフコックの額に現れたルーン文字のスケッチをじっと見つめた。 「そうです! あのネズミの額に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ミョズニトニルン』に 刻まれていたものとまったく同じであります!」 「で、君の結論は?」 「あのネズミは、ミョズニトニルンです! これが大事でなくてなんなんですか!」 「ふむ、確かに、ルーンが同じじゃ。ルーンが同じということは、かのネズミが 『ミョズニトニルン』になった、ということになるんじゃろうな」 「どうしましょう」 「しかし、それだけで、そう決め付けるのは早計かもしれん」 「それもそうですな」 オスマン氏は、悩ましげにコツコツと机を叩く。 悩ましげな沈黙の中、ドアが控えめにノックされた。 「誰じゃ?」 扉の向こうから、ミス・ロングビルの声が聞こえた。 「私です、オールド・オスマン」 「なんじゃ?」 「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるそうです。大騒ぎになっています」 「まったく、暇を持て余した貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい。 で、誰が暴れておるんだね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「あの、グラモンとこのバカ息子か。おおかた女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ?」 「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の……鼠が決闘を持ちかけたそうです」 オスマンとコルベールは目を見合わせた。 「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めています」 オスマンの目が一瞬、鋭く光る。 「アホか。たかが子供の喧嘩を止めるのに秘法を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」 「わかりました」 「というかネズミ相手に決闘……本当にアホじゃな」 ミス・ロングビルが去る足音を確認してから、コルベールは尋ねた。 「オールド・オスマン」 「うむ」 オスマンは杖を振るった。大鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出される――。 仕切り直し/男女の痴話喧嘩から、貴族と紳士の決闘へ。 「先ほど見せた通り、青銅のワルキューレを操るのが僕、青銅のギーシュだ。 先ほどは一体だけ出したが、そんなのは僕の魔法の片鱗に過ぎない。謝るならば今のうちだ。 ……というか、どうか謝ってくれないだろうか」 香水の瓶から始まった騒動から時間が経ち、流石にギーシュも落ち着いてきたらしい。 鼠相手の決闘という状況に自己嫌悪を抱いていた。 「加勢はありよねー?」 「そうよ! ネズミと決闘だなんて本気でやるつもり!?」 キュルケとルイズは、ウフコックを慮って助け舟を出した。 流石に人対ネズミともなれば誰しも判官贔屓になるようで、ギーシュを非難する空気が出来上がりつつある。 「いや駄目だ」「うむ、その通りだ。加勢を認めよう……って、え?」 ギーシュの言葉を待つまでも無い、ウフコックの鋭い拒否。 その言葉に、ギーシュも、集まってきた聴衆も驚いた。 むしろ困ったのはギーシュであった。 加勢相手にやられたならば、1対2で負けたということで、さほど名誉に傷は付かない。勝ってしまえばなお良い。 そもそも、ネズミ相手に本気で決闘/勝利――導き出される結論。不名誉以前に、とてつもなく大人気ない。 大体、勝つにしても、ネズミ相手の手加減がひたすら難しい。 痴話喧嘩から発展して使い魔を殺すなど、当然の如くギーシュは勘弁してほしいと思っていた。 「な、なぁ、君、ウフコックといったか……その、無理せずとも良いんだぞ? 決闘なんて、ルールなどあって無いようなものだ。怪我をすれば自分の責任、さらに言えば死に損だ。 だから代理人を立てたり、介添人が加勢したりするのはよくあることだ。僕の方は全然構わないから、頼むよ」 「相手を気遣う前に、自分の心配をすべきだ。俺もそうしてきた。そうして自分と仲間のために敵と戦ってきた」 ごくり、とギーシュは息を呑んだ。 そして小さな鼠に圧倒されているのでは、という疑念をギーシュは頭から振り払う。 「何を勝手に話を進めてるのよ! 第一、どうやって戦う気よ! いくら『変化』が使えるからって……、 戦えるかどうかってのは別問題じゃない!」 「その通りだ。 ならば戦うための『変化』をすれば良いだけだ。それに……」 ウフコックはギーシュに向き合う。 「ギーシュ、君には悪いのだが、俺にはこの決闘が必要なんだ。どうか手合わせ願えないだろうか」 ウフコックの何のてらいも無い言葉に、ギーシュは言葉を返せない。 ウフコックのその意思、その有り方を知る由もなかった。 「では始めようか」 「……しかたあるまい、恨むなよ?」 冷やりとする沈黙が場を包む。 互いに撃鉄を起こす行為――ギーシュが杖を振るう/ウフコックの反転変身。 等身大の青銅のワルキューレの出現/広場の土に差し込むように立った、堅牢な砲台の出現。 ワルキューレが単槍を構える/鋼鉄の脚の上の砲筒が狙いを付ける。 決闘相手に引鉄を引くように激突――するはずであった。 「……え?」 穏やかなヴェストリ広場に似合わぬ鋼の音が響く。 聴衆からは酷く混乱した匂い。ギーシュからは目の前の現実を拒否する匂い。 ルイズとキュルケは、事態が深刻になる前に割って入るつもりで杖を構えていた。だが、何かがズレている。 誰もが、事態の発展=ウフコックの危機、と思い込んでいた。 「ちょ、ちょっと、ウフコック! 何なのよそれっ!」 「さて、では覚悟は良いか」 「いや待て待て! そ、それは無いだろう!」 ギーシュの言葉は、この場にいる聴衆のほとんどの心の声を代弁したと言っても過言ではない。 この世界にも大砲はある。 基本的には、城や船に備え付けられるような大型のものだ。 それよりは小ぶりだが、その威力はメイジでも決して侮れない。 ドットメイジの作った青銅のゴーレムが、果たしてその火力に耐えられるか。 ギーシュの焦燥――防御のためにワルキューレをさらに呼び出す。6体を自分の前方に集め、初撃を防ぐ。 「そう出るだろうとは思っていた」 ぱしゅっ、と気の抜けたような音を立てつつ、黒い球のようなものがギーシュとワルキューレの上に届く。 彼らの戦いを見守ってみた者、そして当の二人はそれを見上げ、そして黒い球は四散した。 ウフコックが変身したのは暴徒鎮圧用の大型ネットランチャー。 広範囲に、青銅の槍ではまず切れそうも無い合金製の網が広がり、狙ったものを確実に捕獲。 網の中でもがけばもがくほど網は絡まり、ギーシュとワルキューレの身動きを封じていく。 結局、最初の一発を放つまでの数秒で片が付いたも同然であった。 ひたすらもがくギーシュ――ワルキューレ以外に攻撃手段を持たぬドットメイジに、脱出する手段など当然無い。 ギーシュが網の下で落ち着くまで十二分に待ち、ウフコックは尋ねた。 「さて、今から実弾で狙っても良いのだが。負けを認めるか?」 「……何がどうなってるかさっぱりわからんが……。多分、僕の負けだ」 「――その、オールド・オスマン」 「ううむ」 「色々と言いたいことはありますが、なんですかあの決闘は」 「……コメントは控えよう、コルベール君」 妙に重く、こそばゆい沈黙がオスマンとコルベールを包んだ。 「……おほん。しかし、あのネズミが砲台に化けましたが、『変化』とは違う魔法でしょうな……」 「そうじゃな。 『砲台』が『網』を放った……つまり、『変化』し、そして『分離』したということじゃ。 しかも、土や石を変化させたわけではないから錬金とも違う。 まるで……別の世界から物を召喚したかのようじゃわい」 「そしてあのような道具は見たこともありません! ミョズニトニルンは、あらゆる知識を溜め込み、ブリミルに助言をしたと言い伝えられています。 ……私も研究者の端くれ、一目見ただけでわかります。あの砲は我々の及びも付かない複雑な仕組みでしょう。 きっと、ミョズニトニルンの知識の賜物に違いありません! 早速王室に報告して指示を仰がなくては!」 逸るコルベールだが、オスマンは重い表情を崩さなかった。 「いや、あれと似た道具は見たことがある」 「何ですって!?」 「……『破壊の杖』じゃよ。あの砲台の脚が無ければ、作りが何処となく似ておる」 「おお、そう言えば確かに……!」 「……しかしわからんのう。 そもそも、あのような金毛のネズミなど、見たことも聞いたこともないわい」 「そうですな…ルーンこそわかっても、それを付与されたネズミが何者か、見当も付きません。 図書館の如何なる文献、図鑑を当たっても無しのつぶてでした……」 「しかも、その謎めいたネズミを召喚したのは、ミス・ヴァリエール。 その、なんだ、座学は熱心なようじゃが、優秀なメイジとは言えぬ成績じゃし……。 ともかく」 咳払いし、オスマンは溜息混じりに言った。 「王室のボンクラどもに知らせては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろう。 アカデミーに知られたら生きたまま固定化されるか、解剖される運命じゃわい。 ……この件は儂が預かる。 何とも謎が多すぎるわい。他言無用、軽挙は厳に慎むようにな」 「は、はい! かしこまりました!」 オスマンは杖を握ると窓際へと向かった。 遠い歴史の彼方へ、思いを馳せる。 「しかし、伝説の使い魔『ミョズニトニルン』か……一体どんな姿をしておったんじゃろうな」 「あらゆる知識を溜め込み、始祖ブリミルに助言をしたとのことですから……」 「ふむ」 「とりあえず頭と口はあったんでしょうな」 ウフコックはルイズと共に自室に戻ると、自分用のベッドにごろりとひっくり返った。 仰向けに寝転がって四肢を投げ出す、とても野生動物とは見えない寝相を見せる。 ――ギーシュの件は、自分の介入で混乱をさらに悪化させたのではないか。 決闘の後、ウフコックはそんな悩みをルイズに零していた。 「はぁ、もう少しスマートに解決できれば良かったんだが……」 「良いじゃない、ギーシュには良い薬よ。五体満足なんだし、こちらが文句言われる筋合いなんてないわよ」 ちなみに、意気消沈したギーシュの介抱は、ギーシュを取り巻いてた男子連中が買って出た。 当事者が教師陣に捕まれば面倒ごとになるのは誰しも理解しており、場を収集するのは容易かった。 ルイズとウフコックに出来ることは早々に退散するだけであり、いち早く寮の自室に逃げ込んでいた。 「でも……。何よあの隠し玉?」 「……俺は自分の居た研究所で、色んな道具への変身を覚えこまされたんだ。 今日変身したのも、その一つだ。 ああいった大砲や銃の類は……もしかして、とても珍しいのか?」 「うーん……少なくとも、あんな精巧なものは無いわ。貴方の世界だと、あんな道具が普通にあるの?」 「ああ。種類も数もたくさんある。 ――もっと言えば、君らの魔法並の威力の銃ならあるだろう」 「……はぁ、貴方の世界って、やっぱり想像を超えてるわ」 「やはりそうか……あの姿は、見せるべきではなかったかもしれないな」 「ま、過ぎたことは仕方ないわ。。知りたがりや、首を突っ込みたがる人はどこでも居るだろうけど……。 まあ、少なくとも主人としては好きにさせたりはしないから」 「ありがとう、ルイズ……」 そう言ったままウフコックは、手を胸の上で組み、呆然と中空を見上げていた。 緊張からの開放、戦いの疲労――未だ動悸が治まらないのをウフコックは感じた。 今日の出来事が目まぐるしく思い出され、目が冴えて一向に睡魔が訪れない。 その過敏になった神経に気付いたのだろう。 労わるような、面白がるような、子悪魔的なルイズの声。 「ねぇ、ウフコック。貴方、本当は怖かったんでしょ?」 「……」 「別に馬鹿にしやしないわよ」 ルイズはおいで、と手を差し出した。 ウフコックは気だるげなまま、むくりと起き上がり、ルイズの小さな手の上に載る。 ルイズはウフコックを片手に乗せ、そっとその小さな背中を撫でる。 その感触――郷愁すら感じる手の平の温もり――に、ウフコックは身を委ねた。 やがて、ぽつり、とウフコックは話し始めた。 「……その、俺は、一人で戦ったのは今日が初めてだったんだ」 「本当?」 「ああ。俺自身が道具であり、武器だったから、誰かの手に握られて戦うことが常だった。 言うなれば、俺は君らの言うところの杖や剣であって、その用途は使用者次第だった。 使用者は自分がこれと決めた人だったが……決めたあとは、全て任せていたようなものだ」 「相棒が居たって話?」 「……ああ。だが、それではいけないと気付いたんだ。 俺は……街で仕事に就いたときに、弱者の楯になると決めた。 だから俺は、使い手を選ぶだけではなく、使い手の使い道について納得しなければならない。 あるいは逆に、道具である俺自身が使い手を助け、導くことだって、今後あるかもしれない」 「……そう」 「それで今回は、踏ん切りを付ける、良いチャンスに思えた。 一人で闘いを挑んだり、誰かを先導したりする第一歩として。 勿論、あのメイドが虐げられそうだったことや、俺や君が侮辱されたことが何よりの動機だが。 だが結局、便乗したことに他ならない。……正直なところ、ギーシュにはとても悪いことをしたと思っている」 ルイズに体重を預けつつ、ふう、とウフコックは溜息をつく。 「ま、大丈夫よ。ギーシュは大の付く馬鹿だけど、そんなネチネチしてないし立ち直りも早いからね。 ……でも」 背を撫でる手の平が少し硬くなり、ウフコックは身構える。 「一人で戦うとか、そんな悲壮なこと考える前に、一言くらい相談してくれたって良いんじゃないの?」 「う……」 ルイズはジト目でウフコックを見つめつつ、ウフコックの額を指で軽く突っつく。 ウフコックは呻きつつ甘んじて受ける。 「そりゃま、相談できないときだってあるかもしれないけど、一人で何でもかんでも、できるわけじゃないでしょう?」 「……全く持って、その通りだ」 「それに、貴方を頼りにする人も居れば、貴方を心配する人だって居るんだから。 迷惑をかけるのを怖がってたら独りになっちゃうわよ。 ……それとも何よ、貴方のご主人サマは相談も憚られるほど頼りないワケ?」 「……す、すまなかった」 「ま、でも今日は、貴方の勇気に免じて許してあげるわ」 「……ルイズ?」 そしてルイズは手にのせたウフコックに顔を近づけ、ちゅ、と、その小さな額に口付けを与えた。 契約ではなく、信頼の証として。 前ページ次ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6045.html
前ページ次ページ虚無と金の卵 「ワルド!」 混乱と焦燥がルイズを覆う。 ルイズは、二人の切り結んでいた場所へ、馬を真っ直ぐに駆けさせようとする。 だが、右手が――右手袋に変身したウフコックが、それを押しとどめた。 手綱が後ろへと引っ張られ、馬は慌てて急制動を駆ける。 「落ち着け、接触するな!」 「だ、だって! ワルドが! 死んじゃう!」 取り乱したルイズに対して、ウフコックが手袋越しに叫ぶ。 「プロ同士の戦いに君が突っ込んでどうする! 魔法で勝てるのか!? それとも素手で戦うか!? 戦って死ぬことが君の仕事か!」 ウフコックに怒鳴られる――召喚して以来、ルイズにとって初めての体験である。 その驚きで、一瞬ルイズの動きが止まる。 驚愕による心の空白を埋めるように、落ち着いた声でウフコックはルイズに話しかける。 気付けば、ルイズの右手からいつもの鼠の姿を表に出していた。真っ直ぐな視線でルイズを見つめる。 「……君の仕事は、生きてアルビオンに辿り着くことから始まるんだ。飛び出したいのはわかる。 だが無策に飛び出したところで何も事態は変わらない。何が起きていて、何をすべきか、冷製に考えるんだ」 「……で、でも、どうすれば……!」 「まずは出来る限り状況を確認しよう。君はワルド、と呼んだな。剣が突き刺されるのを見たが、今は影も形もない。 もしかして魔法ではないか?」 「……え? あ、そうだ……『遍在』……!」 ルイズは改めてワルドを探す。 そこにワルドの姿は影も形もなく、剣を傾けたまま、呆としている少年の姿があるばかりであった。 アンリエッタの言葉をルイズは思い出す。確かに、『裏切ったのは遍在の使い手』と話していた。 ――おそらく、ワルドは殺されていない。未遂なのだ。 決定的な事態が先送りされたという安堵と不安をルイズは噛みしめつつ、やっと冷静に考える余裕が生まれた。 今、目にしたこと。平民の男が貴族に襲いかかっていたのだ。 考えられるのは、まず一つ。あの平民が貴族に襲いかかるような、後先も考えない盗人か何かであること。 そしてもう一つ。 ワルドがもはやトリステインの貴族などではなく、平民に追われても文句の言えない立場であること。 後者が決定事項であることは疑いようもない。 だが、前者の可能性も否定しきれない、とルイズは思う。 レコン・キスタも何も知らない無謀な盗賊の可能性もあるのだ――そんな誤魔化しで、心を塗りつぶそうとする。 「してやられちまったな、相棒。こりゃあおそらく『遍在』だぜ。 多分、グリフォンを落としたあたりだろう。砂煙に隠れて本体と分身が入れ替わってたんだと思うぜ」 「……まあ良いさ。どうせ行き先はわかってる」 辺りには物音一つ無く、峡谷に挟まれた、何処か荒涼とした街道が見えるのみだ。 それなりに距離があるはずの少年の声は、明瞭にルイズの耳に届いてきていた。 人影は少年しか辺りにはなかったが、少年とは明らかに別の、妙に甲高い男の声が聞こえてくる。 「……しかし、仕事が見られたな」 「娘っ子に見られたってどうってことあるめぇよ」 少年が剣を鞘に納め、ルイズの方へ無造作に近寄ってくる。 「な、何よ、何か用!?」 「ルイズ、慌てて逃げ出すのも不自然だ。会話を合わせろ……いざというときは俺が出る」 ウフコックはルイズだけに聞こえるよう呟く。 そして密やかに変身し、マントの裾に隠すようにしてスタンロッドを出現させる。 見た目に気を使ったのか、ルイズの持つ杖とそっくりのデザインで、先端の放電部だけが形状を異にしている。 「ちょっと尋ねたいんだが、さっきの男とは知り合いか?」 「……あ、貴方、平民よね。貴族になんて口の利き方よ! 人に尋ねる前に名乗るくらいしたらどうなのよ!」 ルイズは興奮冷めやらず、つい喧嘩腰で答える。 だが言い放ってから、はっと気付く。目の前の男がどれだけ危険か。 「……ああ、申し訳ない。貴族様と話すのは、慣れて無いんだ」 少年は頭を掻きながら、ぶっきらぼうに謝る。 一言で言えば、奇妙。ルイズはそんな印象を抱いた。 見たところ、おそらく同世代。マントなど当然無く、くたびれた旅装を着ている――明らかに平民。 この辺りでは珍しい黒髪、黒眼、そして握った剣だけが目を引く。 また、背には一挺の銃と、手にしたものよりは短そうな剣を背負っていた。 だが、顔だけを見れば、とても魔法衛士隊の精鋭と切り結ぶほどの強者には見えないし、有無を言わさず襲いかかる盗賊にも見えない。 遍在とは言えワルドを易々と追い詰めていた光景が、嘘のように思えた。 「俺はサイト。ただの傭兵だ。念のため言っておくけど、山賊や物取りじゃあない。 それは信じて欲しい。あんたに危害を加えるつもりはない」 「……そう」 ルイズは、硬い表情のまま相づちを打つ。 「ところで……確かさっき、ワルド、って名前を呼んでいたよな?」 少年の茫洋とした眼に、剣呑な光が混ざる。 「……そうよ。確かに呼んだわ。ワルド子爵は私の昔の知り合いだったから、驚いたのよ……。 もっともしばらく会っては居なかったけど」 「知り合い? 仲間じゃあなくて?」 「そうよ。文句でもあるの?」 「そんなつもりは無いけどな……。こんな時期にアルビオンへ行く貴族ってのは、大分珍しい」 「あんただって、見るからに怪しいじゃないのよ!」 「ま、そりゃあわかっちゃいるけどな」 少年の訝しげな目つきや舐めた口の利き方が勘に障ったらしく、ルイズは妙に怒っていた。 他人に打ち明けられない秘密の任務とはいえ、ルイズはアンリエッタから直々に受けた依頼の真っ最中である。 平民に疑われるなど言語道断のはずであった。 第一、平民がへりくだりもせずに貴族に物を尋ねるなど、トリステインならば常識外れも良いところだ。 ルイズがさらに怒るかに見えたそのとき、ルイズのマントの裾からウフコックが現れる。 変身する瞬間がサイトの視界に入らぬよう、器用に元のネズミの姿に戻っていた。 「落ち着くんだ、ルイズ。彼は警戒はしているが、害意を抱いているわけではなさそうだ」 「ウフコック……」 「ん……? ネズミ?」 「初めまして。俺はウフコック。ルイズの使い魔をしている」 「へぇ、ずいぶん洒落たネズミだな。俺はサイトだ。そして……」 前触れもなくサイトは剣を抜き払う。 ルイズとウフコックに緊張が走るが、それとは対照的に、剣の鍔元から暢気な声が響いてきた。 「おう、相棒。俺に喋らせてくれるたぁ珍しいじゃねーか」 「この剣が、相棒のデルフリンガーだ」 「……インテリジェンスソード?」 こうして一人と一匹、一人と一振りが、奇妙な邂逅を果たした。 「……そうか、本当にレコン・キスタじゃないのか」 ルイズは街道の真ん中で馬から降りもせず、サイトの質問に乱暴に答えていた。 サイトは、ルイズがレコン・キスタであると疑っていたようだが、ルイズはあくまで関係ないと突っぱねた。 だがルイズが自分の姓名を名乗ってトリステインの貴族だと示したところ、サイトは呆気なく納得していた。 サイトの話によれば、既にアルビオンでは、レコン・キスタの貴族が誰であるか周知の事実であるらしく、 名前を聞いただけで無関係と判断したようだった。 「全く、変な勘ぐりされたらたまらないわ」 ルイズは馬に跨ったまま、気丈に言葉を返す。 「……そうか、色々と悪いことしちまったな。知り合いの追われる姿なんて、見たくなかったろうに」 思いがけないサイトの言葉に、ルイズは固まる。 図星だった。今の状況は、ワルドがや国の衛兵や賞金稼ぎに追われる身になっているという証左なのだから。 目の前の男が愚かな物取りや盗人であれば、幾分心は楽だったかもしれない――そんな考えをルイズは頭から振り払う。 「か、関係ないわそんなこと」 「……ん、まあ、気にしてないなら良いんだけどな」 「ところで、あんた自分のこと傭兵って言ってたけど、そっちこそこんなところで何してるのよ」 「仕事さ。アルビオンに雇われてレコン・キスタの連中を捜してるところだった」 「捜してる……って、メイジを捕まえようって言うの!?」 「もうお尋ね者のメイジさ。貴族じゃない」 「……あんた、ずいぶん自信があるのね」 少なくともトリステインには、貴族と平民の間に絶対的な差がある。 魔法を使えるか否か。たとえドットクラスのメイジであったとしても、ただの平民とは天と地ほどの差がある。 だがそんなことを一切気にかけない目の前の男に、ルイズ自身、理由のわからない苛立ちを抱いていた。 「切った張ったくらいしか、特技がないもんでな」 かすれたような、疲労のこもった声で少年は言い捨てる。 「ま、相棒も俺も、メイジ相手の戦いなんざ慣れてるからなぁ」 デルフリンガーがぶっきらぼうに口を挟み、それにウフコックが尋ねた。 「君が、彼と共に戦うのか?」 「そりゃあ俺は剣で、相棒は剣士だからな。太陽が東から昇るくれぇ当たり前だぜ」 「……ふむ」 ウフコックが、妙に興味深そうにデルフリンガーを見つめている。 「立ち話も良いけど、私達はアルビオンに行かなきゃいけないの。悪いけどそんなに暇も無いのよ」 「……ラ・ロシェールは間違いなく危険だぞ。アルビオンの外に居たレコン・キスタの貴族が集まって、 王党派への反撃を狙っている。目に見える危険はまだ無いけど、正直言って一触即発だ。 あんたは別に内戦に関わってるわけでも無さそうだし……」 「それでも、行くわ」 無関心な表情だったサイトが、妙に驚いた顔をしている。 「へえ」 「……何よ」 「いや……なかなか勇気があるんだな。さっきの戦いだって、見てたんだろう?」 「……うるさいわね。そっちこそどうする気よ」 ぶすったれた声でルイズは言葉を返す。 「俺も、ラ・ロシェールに向かう。仕事が失敗しちまった以上は戻って報告しないとな。何なら一緒に行くか?」 「なっ、なんでそうなるのよ!」 「街道も物騒だぜ。今のアルビオンは内戦で手一杯だから、ロクに山賊も取り締まっちゃいない。 貴族とはいえ、流石に女の一人旅を見送るってのもなぁ……。だから、ラ・ロシェールに着くまで護衛として雇わないか?」 確かに正論だとルイズは思った。もし秘密の任務でなければ、人足や護衛を雇っていて然るべき旅である。 だが、未遂とはいえ自分の許嫁に剣を振り下ろした男だ。危険極まりないに違いない。 ルイズは目の前の少年を、容易に信用する気にはなれなかった。 「みすぼらしいが、今晩寝泊まりできる小屋と厩舎も用意できるぜ」 「厩舎ね……」 「どうだ?」 半日以上馬を走らせていたルイズには、魅力的な提案だった。 ラ・ロシェールまでは二日かかると見積もっていた。月明かりを頼りに、夜通し道を進むことすら覚悟していたのだ。 だが、ルイズの乗った馬も、今の戦いの空気に当てられたのだろう、長駆させているにも関わらず妙に興奮していた。 ラ・ロシェールは山の上に存在する。道はそれなりに舗装されているとはいえ、今の状態で登り坂を駆けさせたら潰れかねない。 道中で屋根付きの場所で寝られるならば、馬や人間の体力をどれだけ回復させられるだろうか。 「……さっきも名乗ったけど、私はヴァリエール公爵家の三女よ。もし私に何かがあったら、 貴方の過失じゃなかったとしても貴方に責めが来るのよ?」 「そりゃ、放っておいたって同じだ。ここで別れた後で、もしあんたが誰かに襲われたとしたら、疑われるのは俺さ」 「……筋は通ってるわね。でも、私達は急ぎ旅なの。早くアルビオンに行かなきゃいけないの」 「船が着くのは次のスヴェルの月。つまりは三日後だぜ?」 「……え、うそ」 ルイズは思わぬ情報に、ぽかんとした顔をする。 「ま、俺自身が信用できないって気持ちもわかる。初対面だし、剣を振り回してるところだったしな。 無理にとは言わないぜ」 ルイズは思案な顔をしつつ、ウフコックに声を潜めて尋ねた。 当然、ウフコックならば相手の心の臭いを嗅いでいるはずだった。 (ウフコック、どう?) (……嘘は付いていなさそうだ。企みの臭いも、安易な悪意の臭いもしない。 気まぐれに商売っ気を出している感じだ。ふっかけられるかもしれないが、仕事に対しては信用がおけそうだ) ルイズは複雑に思う。 少なくとも使用人や護衛として、雇われる側の人間として、彼が信頼できるという保証を得たのだ。 また、ラ・ロシェールの状況と船の着く予定を知った以上は、無理押しして急ぐ必要性も薄れた。 しかも今のようなトラブルが起きたことを考えると、このまま何の対策もせず無理に旅を続けるのも困難と ルイズの直感は囁いていた。――ルイズは複雑な感情を押し殺し、溜息混じり口を開く。 「……わかったわ。貴方の世話になるわ」 「交渉成立だな。宜しく、ご主人様」 前ページ次ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/fun-axis/pages/156.html
(2007年09月01日) 金の卵展スタート!!