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黒服Hと呪われた歌の契約者 14 世の中には、「運命の出会い」と言うものがあるそうです しかし、その「運命」と言うものを信じない方もいらっしゃるでしょう えぇ、いいのです、だって、信じるものは人それぞれですもの ただ、私は、運命というものを信じております 強く、強く、信じております …だって、私は、あの方に会う事ができたのですから だから、私は運命を信じておりますし 出会う事が出来たあの方の為に、少しでも力になりたいと願うのです 私はかつて、とある都市伝説によって捕らえられておりましたの とても口には出せぬ扱いを受け、その内、どこか、遠く離れた国へと、売り飛ばされようとしておりました 私の他にも、何名かの女性が囚われておりました 皆、私と同じ扱いを受け、いつかは売り飛ばされる運命だったでしょう ………しかし、そこに あの方が、助けにきてくださったのです 私たちが囚われていた部屋の扉をこじ開け、私たちに手を差し伸べてくださりました そうあの時は……あの方の髪が伸び続けていましたのが、とても印象的でしたわ 他の皆様は、あの方を怖がっておりました …気持ちは、わかります 皆、私たちを捕らえた男性に、それはもう、酷い目に合わされておりました 私を含めて皆、随分と辱められたものでございます ですから、皆様、男性だと言うだけで酷く怖がりました …しかし、私には 私たちを助けにきてくださったあの方が、まるで、勇者か王子様のように見えたのです あの時、私以外に助けられた方々が、どうなったのか、私にはわかりません 他の方々は、都市伝説とは契約なさってなかったようですので…恐らくは、記憶を消されて、普通の生活にお戻りになられたのでしょうね しかし、私は違いました 私は、都市伝説と契約しておりましたので……そのまま、「組織」に所属させていただく事になりましたの 嬉しい事に、私の担当になってくださったのは、あの方 それを知った時は私、もう、天にも登る気持ちでしたわ 今でも、あの方は私の担当でいてくださっております もう一人、可愛らしいお嬢さんのことも担当なさっておりまして、そちらの事ばかり気にかけていらっしゃるようで…少し、寂しいですけれども でも、平気なんですの 放置される事もまた、プレイの一環 私、甘んじてそれを受けますわ ……そう、私に、とって あの方は、この世でたった一人の、大切な方ですの 私にとっての、勇者様 私にとっての、白馬の王子様ですの ですから、私…あの方の為ならば、なんだってしてみせますわ かつては怖かった、私が契約した都市伝説の力 でも、もう怖くありませんわ あの方の為でしたら、私、いくらでもこの歌を歌いましょう あの方のお力になれるのでしたら、この身が血で汚れても構いません あの方が、何を考えているのか 「組織」をどうなさろうとしているのか そんな事は、些細な事でございます ただ、私はあの方の力になりたい、あの方の為になりたい …ただ、それだけなのでございます fin 前ページ次ページ連載 - 黒服Hと呪われた歌の契約者
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学園祭に向けて準備が進められているとある放課後、双子の姉妹である「犬神憑き」の契約者、天倉紗江と「怪人アンサー」の契約者、天倉紗奈は家路へと歩いていた。姉妹の後ろを、「犬神憑き」の内の一匹の黒い大型犬がついてきている。 「紗奈ちゃんのクラスの出し物、執事・メイド喫茶だっけ?」 「うん、そうだよ。今、荒神先生にも執事服を着せようってクラスの有志で追いかけてるんだけど…なかなか捕まってくれないんだよねー でも、獄門寺くんや小鳥遊くんも手伝ってくれてるんだもの…絶対に執事服を着せてみせる! 紗江ちゃんのクラスは?」 イベントや行事に対してやる気を見せる紗奈。 今回の場合、やる気に加えて普段白衣を着ている荒神先生の執事服を見たいという好奇心もあり、有志の一人として先生を追いかけていた。追いかけられている先生にとってはたまったものではないだろうが。 「(あ、荒神先生も大変なんだなぁ…) 私のクラスの出し物は『ワクワクトレジャーボックス』だよ。手錠で繋がれた男女1組がペアを組んで、校内に置かれた箱の中から手錠の鍵を探すの。箱には鍵以外にもいろいろ景品が入ってて、空けた人が貰えるんだよ。 執事・メイド喫茶かあ…紗奈ちゃんのメイド服見たいなぁ。見に行ってもいいかな?」 「へぇ…なんか楽しそうだね。休憩時間に顔出しにいくからね。 紗江ちゃんなら大歓迎だよ!来てくれるの楽しみにしてるね」 「君たち…注射をしても…いいかな?」 和やかな空気は、毒々しい色の薬品の入った注射器を持って、ボロボロの黒いコートを着た注射男の登場によって霧散した。 「お断りします!」 「よくないっ!」 即答する紗江と紗奈。注射器の中の液体が都市伝説にも効くのか分からないので、念のため犬神を下がらせておく。 「そんなこと言わずにさあ…注射をさせてくれよぉぉぉ!!」 目を血走らせて姉妹に襲い掛かる注射男の攻撃を左右に分かれて回避。 紗江が注射器を持っている方の手首に手刀を打ち込み、取り落とした注射器を遠くへ蹴飛ばす。 紗奈が注射男の手首を取り、外側に返すようにして注射男の体制を崩して地面に倒した。 犬神が倒れた注射男の喉に噛みつく…首の骨が折れたのか、ごきり、と音がしてそれきり注射男は動かなくなった。 「そちらのお二方、少しよろしいですか?」 注射男を倒した直後、背後から声をかけられた。 二人が振り向くと、いつの間に現れたのか、黒いサングラスを付けて黒いスーツを着た男性が立っていた。 「…どちら様ですか?」 「…何か?」 「失礼いたしました。私は、都市伝説から一般人を守る「組織」という機関に所属している黒服…A-No.666と申します。 先ほどの戦いを拝見させていただいた結果、ぜひとも組織に貴女方のお力を貸して頂きたいと思い、お声を掛けさせていただきました。 私達と共に、悪事を働く都市伝説から罪なき人々を守ってはいただけませんか?」 突然の出来事に、しばらく考えていた二人が口を開いた。 「…わかりました。私達の力で、悪い都市伝説から家族やクラスメートを守れるなら…」 「…わかった。せめて、身近な人達は守りたいから」 こうして、天倉姉妹は組織に加入することになる。 組織の闇も知らないまま… 続く…?
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「いい?本家様のお子様に、粗相がないようにね?」 母の言葉に、兄と共に頷き、自分はその部屋へと向かった 両親達が、本家様と話している間、自分達は、その子供の相手をすることになった 自分より、少し年下の少年だと聞いていた 歴史あるこの家に生まれた、その少年 だが、その両親は、その少年を一般の子供と変わらないよう、育てようとしているのだとも聞いていた ならば、自分達は、その少年にどう接すればいいのだろう? 答えは見つからないまま、兄に手を引かれ、その部屋につく 「…失礼します」 「……します」 そっと、襖を開ける 板の間の、奥 そこに、その少年の姿はあった 長い前髪で目元が隠れていて、表情はよく見えない ちょこん、とその広い部屋に正座して座って…何かを、じっと見つめているようだった 確か、この部屋には、この家に代々伝わると言う刀が安置されていたはず それを、見ていたのだろうか? 一度だけその刀を見た事がある自分は、あの刀のどこか得たいの知れない雰囲気に圧倒され、恐怖した覚えがあるのだが… この少年は、それが平気だとでも言うのだろうか 「………?誰、だ?」 自分達に気付いた少年が、こちらを向いて首を傾げてきた 和装姿の、幼い少年 …この部屋だけ、時代が今と違うような、そんな錯覚 「お初にお目にかかります。獄門寺家分家 長男の、獄門寺 龍鬼です」 兄が、先に挨拶する …そっと突付かれ、慌てて自分も、頭を下げた 「…お初にお目にかかります。獄門寺 菊、です」 「……そうか」 少年は、顔の向きだけではなく、体ごときっちりと、自分達に向き直ってきた そして、頭を下げ、名乗る 「……獄門寺家本家 長男 獄門寺 龍一だ」 名乗り、頭を上げた少年…龍一 その時、一瞬見えたその瞳に………ゾクリ、と、戦慄を覚えた 自分よりも、年下の少年 まだ、あの時、4,5歳程度だったはず だというのに……その眼差しは、酷く、鋭かった 龍一の両親は、龍一を、普通の子供と同じように育てようとしていた だが、それは無理だろうと…あの目を見た時に、実感した 獄門寺家の、本家に生まれた者 その長男としての、責務 それを、龍一は、あの年齢にして、恐ろしい程までに自覚していた まるで、自分はその為に、その為だけに生まれてきたのだとでも言うように、それを理解して、まっとうしようとしていた 『まるで、八代目様の生まれ変わりのようだ』 親戚一同が、組の人間達が言っていたその内容を、その瞬間、理解する 目の前にいる龍一という少年は、八代目様の生まれ変わり 獄門寺家のあり方を決定付け、その宿命を作り上げた男 修羅に最も近く、しかし、その一歩手前で踏みとどまり、人として生き人として死んだと言うその人の、生まれ変わり …分家に生まれた自分達は、いざとなれば、龍一の代わりとなるのだと 本家を支えるために、いざという時はその本家となって生きるのだと、そう言われて育てられていた だが、あの瞬間に、自分は気付いてしまった 八代目様の生まれ変わりそのものである龍一の代わりなど、自分達には決して無理なのだ、と ならば 分家の子として生まれた、自分は その存在理由すら果たせないのならば、どうすればいいのだ? その日、獄門寺 菊は、10にも満たない年齢で、己の生まれた理由を疑問視することとなった そして、自分なりの答えを何とか見つけ出し………今に、至る 現在 学校町、とあるマンションにて 「…理解した」 「ほんっとーに、理解したんでしょうね?」 「死ねばよかったのに」は、ジト目で菊を見つめる あぁ、と頷いてくる菊 ぱさぱさと長い前髪が揺れて、一瞬だけ、その目が見えた どこか眠たそうな、しかし、鋭さの混じる眼差し その目に、一瞬、「死ねばよかったのに」は、ゾクリと体を振るわせた …ただの、人間の癖に その癖に、どうして、こいつはこんなに鋭い目ができるのだ 「理解したんなら、どうして、まだ契約したいと思う訳?人生歪むって言ってるでしょ?」 「……どうせ、元々歪。生まれてきた目的すら、果たせないのならば、いっそ歪んで、別の方向に役立てた方がいい」 淡々と、そう告げてくる菊 この人間が何を考えているのか、正直、「死ねばよかったのに」には、理解できない 自ら都市伝説と契約を望み、その運命を歪める事を望むとは …狂人なのか、それとも、よっぽどの馬鹿か それとも……何かしらの、強い信念があって、それに利用できるとでも考えたのか 「ま、契約してもらえれば、私にも若干のメリットはあるからいいけど…でも、私、たいした都市伝説じゃないわよ?戦闘能力が高い訳でもない、魔法みたいな素晴らしい力が使える訳でもない……正直、契約によって能力が強化される事はわかるけど、どう言う方面に強化されるかもさっぱりよ」 「……問題はない」 あぁ、もう、どうするべきか、「死ねばよかったのに」は考える …契約は、彼女にとっても渡りに船である あのまま、意味もなくただ人を驚かし続けるなんて、飽き飽きだ もっと、違うことがしたい 女の姿に生まれ、大体それっぽい精神をもってして生まれてしまったのだ 年頃の女のように、綺麗な服の一つだって着てみたいし、化粧だってしてみたい 化粧っ気もない顔で、こんな白い飾り気もない服を着ているだけも、もう嫌だ …だが、この菊と言う人間との契約に、不安を覚えない訳でもない とにかくにも、何を考えているのか、さっぱり理解できないのだ どうにも、こいつと関わっていると厄介事に巻き込まれそうな気がする (…だと、しても) 結局、自分はこいつに、ついてきてしまったのだ (選択肢なんて、ないんでしょうね) 小さくため息をつく …選択肢がない? いや、違う ここまでついてきた時点で、既に自分は選んでいた ただ、それだけなのだろう 「わかったわ、契約しましょう…後悔すんじゃないわよ?」 「…後悔する必要など、存在しない」 そっと、手を握る 都市伝説との契約方法には、様々なものがある 「組織」だか言うところは、簡単に都市伝説と契約できる契約書なる物を作ったらしいが…「死ねばよかったのに」からすれば、そんな物、とんでもない 自分達都市伝説に対する、侮辱以外の何ものでもないと、憤りすら感じる 何故、都市伝説との契約に、様々な種類があるか? …都市伝説にとっても、契約とは重要なものなのだ その方法にも、意味が存在するのだ その過程を無視して、強引に契約させる契約書なんて、とんでもない そんな物、この世から消えてしまえとさえ、考える …まぁ、そんな物騒な思考はさておき 彼女は、契約を試行する 「死ねばよかったのに」 彼女の名前の由来 彼女という都市伝説の本質の言葉 それを、菊の目を見つめ、しっかりと告げる ざわり、全身に、何かが駆け抜ける 己の中に、新たな力が湧きあがる感覚 自分と菊の間に、精神的なつながりが生まれる感覚 それを、噛み締め…契約が、終了した 「…大丈夫?まさか、飲まれちゃいないでしょうね?」 「……問題ない」 菊に、変わった様子は見えない まぁ、自分の逸話的に、契約者に何らかの能力を与える可能性は低いのだ 飲まれてでもいない限り、変化はおきまい 「…お前は」 「?」 「お前は、問題ないのか?」 短く、告げてくる菊 一応、気を使ってくれてはいるようだ 「問題ないわよ。あんたとの契約で、自分の存在がしっかり固定された感覚があるし」 「…そうか」 そう、何も問題はない …今の、ところは 「……ふぁ。契約終わってほっとしたせいか、眠たいわ…」 「…布団を準備する。着替えておけばいい」 「寝巻きに着替えろって?言っとくけど、私、服はこれ以外もってないわよ?」 「……問題ない」 立ち上がる菊 壁をスライドさせると…そこに、たくさんの服が、かけてあった どうやら、このマンションの一室、片側の壁一面が、クローゼットになっているらしい そこから、菊は何着かの服を取り出し、「死ねばよかったのに」の前に並べた 「…何これ」 「寝巻き。好きな物を選べばいい」 言われて、それを見つめる 確かに、それらは間違いなく寝巻きだ ……女物の 「どうして、女物の寝巻きをこんなに持ってるのよ?」 「サンプル」 「…は?」 「サンプル」 短く、簡潔に答えてくる菊 …サンプル? どう言う事だ? …まぁ、いいか とにかく、眠たい 「死ねばよかったのに」が着替え始めると、菊は背中を向けてきた ごそごそと、布団を敷き始めている どうやら、「死ねばよかったのに」用の布団は、客人用らしい ちょっと、立派な布団に見える とまれ、着替えていた「死ねばよかったのに」だが 「----っ!?」 視線を感じ、動きを止めた 都市伝説は、都市伝説を引き寄せる …まさか、もう、何か来たのか!? 急いで、視線をめぐらせると 「…っ隙間男!」 「………?」 「死ねばよかったのに」の声に、菊が視線を向けてきた 「死ねばよかったのに」の、視線の先 それは、家具と家具の間の、小さな隙間 人間など入り込めるはずもない、そこに……人の姿が、見えた 男の姿が 隙間男 名前通りの存在 隙間に住まう不気味な存在 特に、人間に対して害があるという話は聞いた事がない それでも、油断すべきでは、ない 一応、自分は菊と契約したのだ 菊を、護らなければなるまい 「…何の用よ」 隙間男を睨みつける「死ねばよかったのに」 その視線に、隙間男は、やや怯えた様子を見せながらも …ぐ、と 親指を、たてた わりと、いい笑顔で 「な、何だってのよ!?」 「……着替え」 「え?」 「中途半端」 菊に言われて、自分の姿を見下ろす 白いワンピースを脱ぎかけの自分 ちなみに、下着はない 素肌の上にワンピースをまとうと言う、自分でも突っ込みたくなるような格好だったのだ、「死ねばよかったのに」は で、そんな彼女が、ワンピースを脱ぎかけている すなわち、肌は思いっきり露出してる訳で… ……… ………… …………… 「死ねばよかったのに」の望みを、菊は理解した それは、彼女と契約したからできた事か、それとも、この時の彼女の考えが、非常にわかりやすかっただけか 部屋を見回し、長い定規を手渡す ぐ、と「死ねばよかったのに」はそれを構え がすっ!! 「あだっ!?」 がすっがすっがすっ!!!! 「っちょ、痛い!?痛い痛いやめてっ!?着替え覗いたの悪かったからやーめーてーーーっ!!??」 がすがすがすがすがすがすがす 隙間男を、ひたすら定規で突きまくる「死ねばよかったのに」 地味に痛いのか、悲鳴をあげ続ける隙間男 …逃げられないのだろうか、そこから 菊は、しばし、その様子を見つめて …そう言えば、布団を敷くのが途中だったと思い出し、作業を再開させた そう言えば、「死ねばよかったのに」に名前がついていないな、と 後でつけてやった方がいいのだろうか、そんな事を、考えながら 続くかどうか不明 前ページ次ページ連載 - 死ねばよかったのに
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…街中で、たまたま、その姿を見かけて あちらも、こちらに気付いた様子に…魔女の一撃契約者、清川 誠は小さく舌打ちした 隣を歩いていた直希が、小さく首をかしげる 「どうした?誠。あちらの銀髪男性は、君の知り合いか?」 「……知り合い、ってレベルでもないんだがな」 できば、顔を合わせたくない相手である事は、事実だ 秋の終わり、中央高校を陣取ってのあの騒ぎの時、ほんの少し、顔を合わせただけの相手だ とっくに忘れ去られていると思っていたのだが…どうやら、覚えられていたらしい マッドガッサーじゃあるまいし、そこまで特徴的な顔をしているつもりもなかったのだが 「久しぶりだな…魔女の一撃の、契約者」 「………よく、覚えていたもんだな」 無意識に、視線をそらす …あの時は、悪魔の囁きに耳を貸してしまっていた状態だった それを、言い訳にするつもりはない だが、目の前であんな事をやらかしたのである やや、気まずい その銀髪の青年は、じっと、誠を見つめ……何か、納得したように頷いている 「「悪魔の囁き」は、もう離れたか」 「……気づいていたのか」 再び、舌打ちする 自分でも気づいていなかった、内に住み着いた「悪魔の囁き」の存在 この銀髪の男は、あんな短い間しか顔を合わせていなかったと言うのに、それに気づいていたのか マッドガッサーが言っていた通り、対象の状態その他を把握する能力を持っているようだ …そんな能力を持っている相手が、誠は正直苦手だ 普段、表に出さないようにしている、自分のどす黒い…醜い部分まで、全て見透かされてしまうような錯覚 大して親しくもない相手に、それを悟られるのがどうにも落ち着かない 「…?ふむ。一連の会話から察するに、あなたも都市伝説契約者、もしくは都市伝説本体、と判断しても、よろしいのかな?」 誠と銀髪の青年の言葉に黙って耳を傾けていた直希が、小さく首を傾げた その拍子に、青いリボンで結ばれた長い髪が揺れる 直希の言葉に、銀髪の青年は直希に視線をやって 「………」 …一瞬、黙り込む 「……特殊な趣味を持っているようで」 「何を誤解したのか知らないが、直希はただの友人だぞ」 確かに 今、直希は身内の陰謀により、どう見ても女にしか見えません、ありがとうございました、と言う服装になってはいるが たまたま、街で顔を合わせたらちょうどそんな格好だっただけであり、間違っても直希とデートをしていた訳ではない 特殊な趣味なんぞない ただ、翼の事が好きなだけだ 銀髪の青年が言った特殊な趣味、というのがわからなかったのか 直希は、再び首を傾げた 「誠、それは、どんな趣味なのだろうか?」 「あぁ、お前は気にするな」 ぼふ、と軽く頭を撫でてやる 知識欲は人一倍旺盛で、実際、それなりに頭がいいと言うのに、直希はどこか決定的なところで抜けている 首をかしげながらも…直希は、銀髪の青年に向き直ると、小さく頭を下げた 「お初にお目にかかる。あなたも都市伝説契約者、もしくは都市伝説ならば、報せる必要があるだろう…僕は、「仲介者」。都市伝説組織を知らぬ者が都市伝説事件に巻き込まれた際、それを助ける仕事をさせていただいている」 「仲介者……そう言えば、聞いた事があるな。フリーの都市伝説契約者に仕事を斡旋している何者かがいると」 銀髪の青年の視線が、直希に向けられた 直希の情報が、ゆっくりと読み取られていく (……「光輝の書」の契約者……相性が悪いのに、よく扱えているな。都市伝説自身との対話が成立したからこそか…?) ゆっくり、ゆっくりと読み取られていく情報 …その中で、ある、一つの情報に辿り着こうとした、その瞬間 ------ギロリ 直希が手にしていた、「光輝の書」の中の、直希の呼びかけに答える天使たちが………一斉に、銀髪の青年を見やった 「!?」 まるで それを見るな、と言わんばかりに それを知るな、と言わんばかりに 天使達が、情報を読み取るのを邪魔しようとしてきている 「……ふむ?」 手にしていた「光輝の書」に、直希は視線を落として ふむ、と頷くと…ぱたん、と「光輝の書」を閉じた そして、つ…と、その細い人差し指を口元に持ってきて、告げる 「…その先は、僕のトップシークレットだ。まだ、伝えていない友人もいるのでね?」 秘密だ、と かすかに、その淡白な表情に笑みを浮かべる 「どうしたんだ?………まさか」 「あぁ、誠、身構えるな。読まれてはいないはずだ」 多分な、と 銀髪の青年に、警戒体勢を見せた誠に、直希はそう告げる …天使達の視線は、もう、銀髪の青年を向いてはいない 「…申し訳ない。「仲介者」に関しては、その情報が酷く曖昧だったからな。少し、確認をしたかったんだ」 「問題ない。諸事情あって、僕はあまり表に出させてもらえていないのでね。できれば、僕自身がもっと事件解決に動きたいのだが」 「お前は体が弱いんだから。あまり表に出るべきじゃないだろうが。あちこち心配させるぞ」 わしゅ、と 誠が、また直希の頭を撫でた 同じ歳のはずなのだが、どうにも、誠は直希を若干、子供扱いしてしまう傾向があった 直希自身が抗議もしてきていないので、高校の頃から、それはずっとそのままだ 「そこまで、弱いつもりもないのだが…」 「一月の終わりに大風邪ひいて死にかけたのは誰だ。また翼に心配させて」 「………むぅ」 翼の名前を出されて、直希は押し黙る …ちらり 誠は、銀髪の青年に視線をやった 正直、これ以上関わりあいたくない もう、自分の中に「悪魔の囁き」はいないとは言え…どうにも、居心地が悪いのだ 「直希、行くぞ」 「うん?……あぁ、そうだな。それでは、失礼」 銀髪の青年に、優雅に一礼して見せて 直希は、誠の後をついて、この場を後にした 人通りの多い道、羽毛をあしらったマフラーをした女性にぶつかりかけながらも、その姿はすぐに見えなくなった 銀髪の青年は、その二人の後ろ姿に視線をやって 「………?」 …気のせい、だろうか 誠の中に……かつて、己の契約者の中に、見つけたような 黒い、黒い…………「悪魔の囁き」の、卵が 一瞬、見えたような、気がしたのは 「…」 「…誠、どうかしたのか?」 「……いや」 …気のせい、か? さっき、ぶつかりかけた女…どこか、で、見た事があるような? (…確か、あれは…) ……あれは……確か…… 高校の…卒業式の、時 一瞬、見かけた、翼の父親の隣に居た、女だったような? (でも…あれは、翼の母親じゃねぇ) あれは、誰だったのだろうか? それに、あの時見かけたのは…本当に、翼の父親だったのだろうか? どうにも、思い出せない (……まぁ、いい) もし、翼の父親が、翼に接触しようとしたならば、邪魔してやるだけだ …あんな男を、翼に近寄らせて溜まるか もし、無理矢理にでも近づくようだったら…… 自分の中で、黒い感情がかすかに動いた事に 誠は、この時はまだ気づいていなかった to be … ? 前ページ次ページ連載 - マッドガッサーと愉快な仲間たち
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● モニカは寝台に拘束されたまま、ウィリアムの≪心霊手術≫を受け続けていた。 腹に手を差し入れられてそのまま中をかき回される不快感と、手と腹の接合部から溢れて来る血液の生暖かい感触に苛まれて嫌な汗をかいていると、不意にウィリアムが歓喜の声を上げた。 「見つけたぞ!」 その言葉と共に、モニカは自分の中の形の無い何かがウィリアムの手によって一つにまとめられ、固まって行くのを感じた。 な、なに、これ……? 得体のしれない不安に唇を堅く引き結ぶ。 固形物のように体内で形を得たそソレは、ウィリアムの手によって握りつぶされ、モニカの中で弾けた。 「――ッ!」 モニカが上げる短い苦悶の声を合図にするかのように、ウィリアムは宣言した。 「術式終了だ」 そうして、長らくモニカに不快感を与えていたウィリアムの手が引き抜かれた。 粘性を持つ液体から両手を抜きとる水音を一際大きく響かせ、ウィリアムの両手がモニカの中からずるりと抜けだす。 身構えをする間も無い突然の動作に、モニカはえずいて身を捻った。 「手こずらせてくれた……しかし流石に根が深いね。契約解除でなく封印という形でしかこれを隠蔽できないわけだ。ともあれ、これで封印は解けたよ」 寝台の上で苦しそうにえずくモニカを特に問題は無いと無視して、ウィリアムは大儀そうに息を吐く。 「まったく、追われている最中の短い時間の中で施したにしては大した封印だ。≪悪魔の密輸≫と言ったかね、レニーとトリシアの都市伝説は。 元々は体内に麻薬を埋めて密輸を行う都市伝説だったと記憶しているが、本来形を持たないモニカ嬢の都市伝説を体内という異界の中に封じ込んでしまうのだから恐れ入る。 彼等は普段、穏便に事を運ぼうとしていたものだが、いざという時は思い切りが利く……惜しい人材だったのだがね」 ガラスを連ねたような形状をした、妙な機材をいじりながらモニカの上半身と腕を拘束していた器具を外すと、ウィリアムは≪心霊手術≫で溢れた血液を拭くためのタオルと替えの簡素な衣服をモニカに放り投げた。 「さて、体に問題は無いかね? モニカ嬢」 モニカは自分の身体に何か変化が起こっていないかを探りながら服を着ていく。その間中決してウィリアムの方を見ようとはしない。完全にコミュニケーションを拒否する構えだ。 ウィリアムは反応を示さないモニカから早々に機材へと目を移して計器類を確認し、大丈夫だろうと判断を下す。さあ、と前置きを入れて、 「モニカ嬢。これで君は君の本分を果たす事が出来るぞ!」 「本分……」 その言葉にモニカは内心首を傾げた。 封印が解かれたとは言っても何を封印していたものなのかが分からない。先日からのウィリアムの話から想像するに、封印を施したのが両親であり、その封印されていたものこそがその都市伝説なのだろうが、そもそもモニカには都市伝説と契約した記憶などないのだ。 謎はあり、何がウィリアムの手によって起ころうとしているのか気になりはするが、今モニカにはそれ以上の心配事があった。 「……フィラちゃんたちはどうなったの?」 先程ウィリアムは、培養器の中から幾体もの異形の怪物達を由実達へと差し向けていた。そのすぐ後にウィリアムがマイクを通して話していた内容を聞きとると、どうやら怪物達と由実達は遭遇してしまったようだった。 無事ならいい。そう思いながらの問いかけに、ウィリアムは頷きを作った。 「彼女等は今は生きているよ。うん、よく粘る。しかし囲まれているね、このままではいずれ押しつぶされることだろう」 「そんな……!」 悲鳴のように上ずった声が漏れ、未だ拘束されたままの下半身が寝台の上で窮屈に動きを制限された。その不自由な状態が、とにかく行動を起こそうとするモニカの気を加速度的に焦らせる。 このよく分からない施設に攫われてしまったのは自分が迂闊だったせいだ。この上、自分をこの施設から助け出そうとしてくれている優しい人達にひどい事が起ころうとしている。その事にモニカは焼けつくような焦燥を覚えて、その原因であるウィリアムを睨み上げ、 対するウィリアムはふむ、と興味深げに訊ねてきた。 「君は、自分が何故こうして助けられようとしているのか、知っているかね?」 ● 無言を返事とするモニカへと、ウィリアムは更に言葉を連ねてきた。 「モニカ嬢、君の身体は都市伝説との親和性を高める為に様々な手を尽くしてあると以前話したね? 生まれる前からこちらで手を加えて都市伝説との親和性を高めて誕生した君は、≪神智学協会≫という組織の研究の集大成であり、オルコットが目指す目的の為の、二つの都市伝説を収めるための器だ」 そう言ってウィリアムは慈しむ、という表現が当てはまるような、完成された芸術品を愛でるかのような手つきでモニカの頬に触れる。 「君は気付いているかい? 今回君や君が姉と呼んだ女も。今こうして駆けつけている者達も。倒れて行った、あるいは倒れていく者達も。そして君の両親も――」 ここから先の言葉を聞いてはいけない。何故か本能的にそう思ったモニカは手で耳を塞ごうとし、しかしその手はウィリアムに抑えつけられてしまった。 ウィリアムの言葉が妨げられる事なく、耳から心へと侵入する。 「君を人として見ていない。君は誰かにとっての争いの火種で誰かにとっての悲願成就の為の道具で、そして誰かにとっての疫病神だ」 「――ちが」 「違いなどしないよ」 反射的に発されようとしていた反駁の言葉はウィリアムにその出鼻をくじかれる。 「むしろ君にそれだけの価値が付属していない限り誰も君を助けに等来るはずが無いだろう? 実の家族や家族のように親しかった存在が争い合う火種になったような君の存在を、本当に愛する者などいると思うかね?」 耳に飛び込んでくる言葉にただモニカは首を横に振って拒否を示す。 しかし疲労とストレスに思考力は削ぎ取られ、心理的な防壁はもろくも崩れ去る。そうしてウィリアムの言葉は否応なしに受け入れられていく。 口角をつり上げた笑みで、ウィリアムは断じた。 「君は人ではない、道具だ。それも、とてもとても貴重で危険な最高の逸品だよ!」 言葉は刃となってモニカの心を抉った。 実の両親と祖父の死。親しかった騎士が行った凶行。いつの間にか操られ、姉と慕う女性を危機に晒した事実。複数の組織間の抗争。その過程で失われていった多くの命……。 この数日で見て来て、知らされてきた事が脳裏を埋め尽くす。 わたしは……疫病神……皆を不幸にする、危険物で……わたしは……。 この数日でじっくりと悩む間もほとんどなく、様々な事実を突きつけられてきたモニカには、ウィリアムの発言は反論のしようのない事実に思えた。 「君はとても我慢強い。ワタシにもそれがよく分かる……。そしてね、モニカ嬢、ワタシには君が我慢して溜めこんでしまっているモノが見えるようだよ。精神の奥に凝り固まった膿がね」 強烈な自己否定と自己に対する忌避感が一挙に襲いかかる。 既にウィリアムによって意図的に均衡を崩されかけていたモニカの精神は、臨界点を迎え、 「そしてその膿こそが君の振りまく厄病の正体だ」 ――越えた。 モニカの中で、封印を解かれた強力な力が胎動する。 胎動が一拍を刻むごとに彼女の視界は霞み、意識が形を失って行く。その力に衝き動かされる形で、モニカは天を見上げた。 口を大きく開け、 「あ! あ……ッ、あ、ああ! あああああああああああ――――――ッ!!」 喉を自ら破壊しようとでもいうかのように暴力的な、自己を否定する嘆きの声がモニカの口から迸り始めた。 そして、 「ふ……っ! ははは! 成功だ! 本分を果たすと良いモニカ嬢! ワタシの望む結果を見せてくれ!!」 モニカの中に永らく封印されていた都市伝説が、彼女の嘆きに呼応するかのように暴発した。 前ページ次ページ連載 - Tさん、エピローグに至るまで
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「子供の頃傘持ってジャンプとかしたよね」 ざあざあ、ざあざあ。ざあざあ、ざあざあ。雨が降っている。学校の屋上に、傘をさした少女が一人。 屋上は弁当を食べたり、黄昏たりする場所であるというイメージがある。いくら傘をさしているとはいえ、本来雨の日に行く場所ではない。 しかしそこには確かに少女が居た。傘をさした少女が居た。ぴちぴち、ちゃぷちゃぷ、長靴で水たまりを踏みながら歩いていく。 そして。次の瞬間――― 「え~いっ!」 傘をさしたまま――――少女は飛び降りた。屋上から飛び降りた。 コンクリートから足を離した少女の身体は、そのまま地球の重力に従って、真っ逆さまに――― ―――落ちなかった。何ということだろう。その少女の身体は、ふわふわと。ふわふわと、宙を舞っているではないか! 背にパラシュートを背負っているわけではない。天使のような翼が生えているわけではない。 あるものと言えば、手に握った傘ひとつ。にもかかわらず、少女の身体はふわふわしていた。 「やっぱり気持ちいいなあ、雨の日の空の旅!」 少女の名は傘松 小雨(かさまつ こさめ)。小学生である。黄色い傘が可愛らしい。 「こんな~雨の日は~ヘリとか~鳥とかもいないし~。雨空は~私だけの~フリ~ワ~ルド!」 傘を差すだけで宙を舞っている。その異常性だけで気づく人は気づくだろうが、彼女は都市伝説契約者である。 彼女の契約都市伝説、それは『傘をパラシュート代わりにできる』。星のカービィなんかでイメージが付いたのだろう。 我々は子供のころ、傘を差して飛び降りるとパラシュートのようにふわふわ舞い降りることができると信じていた。 それが形になった、その『子供たちの夢』から生まれた都市伝説。それが『傘をパラシュート代わりにできる』である。 「地面ならともかく~、こ~んな雨の日に空飛んでる都市伝説なんていないだろうしね~」 言いながら、少女はふわふわ空を舞う。雨音をBGMに、空を舞う。 「あっ、そろそろ地上かぁ。しょうがない、また昇り直……」 その瞬間、びゅん、と何かが飛んでくる。器用に位置を変え、小雨はそれを間一髪躱した。 「なんなの~、も~……」 呟き、地上に足を付ける。何が飛んできたかは分からないけど、危ないじゃない。気を付けてよね―――と、思っていると。 「きゃっ!」 躱したはずの『それ』が戻ってきて。小雨の小さな体を突き飛ばした。 「ひっひっひっ」 飛んできた何かは不気味に笑う。動きを止めたことでその正体が露わになった。老婆だ。 「何~、何なの~?」 「こんな雨の日に出歩くなんて危ないじゃないかい」 「そんなこと~、聞いてないんだけど~?」 「暗くて誰もいない時に一人で出歩くだなんて……私達に襲われたいって言ってるようなもんだよぇ!」 言いながら、老婆は腰を曲げ、小雨めがけて飛びかかる。 「当たらないよ~? 何なのお婆さん?」 しかし、小さな体躯を生かしてすらりと躱す小雨。 「やっぱり子供は子供。甘いねぇ!」 二度も同じ手に引っ掛かるだなんて――――言いながら、老婆は戻ってきた 「んぐっ……!」 クリーンヒット。小さな体に老婆一人分の体重は大ダメージとなり得る。 「何で……羽根もないのに~……。いや~……そっかぁ~」 苦しそうにしながらも立ち上がり、小雨は言う。 「『ブーメラン婆』~! だから避けても避けられなかったんだぁ~~!」 「ひっひっひっ、ご名答。子どもにしちゃ賢いじゃないか」 「どうしてこんなことするのよ~。人が気持ちよ~く飛んでるときに~」 「ひっひっひ、都市伝説(わたしたち)が人を襲うのに……理由が必要かい?」 「あはは~、そりゃそうだ~!」 言いながら、小雨は飛び退き『ブーメラン婆』と距離を取る。 「逃げるつもりかい? 無駄だよ、遠距離(それ)は私の間合いだ!」 『ブーメラン婆』はその名の通り、ブーメランのように回転しながら、小雨めがけて飛んでくる。 「逃げる? ちがうよ~?」 その瞬間、強い風が吹いた。こんな天気だ、風くらい吹くだろう。しかし―――それが何だというのだ? 「戦うつもりかい? でも残念! 私はこの程度の風、物ともせず飛んで行ける!」 一方お前さんの得物は傘じゃないかい。突風の中じゃまともに傘なんか差せない。 どうやら天は私に味方したようだね!言いながら、『ターボ婆』は飛んでくる。 確かにそうだ。この状況、普通なら圧倒的に小雨の不利。 「違うよぉ~? 天運はどうかしらないけど~……天気はいつでも、私の味方なの~」 そう、あくまで普通なら。普通も常識もないのが都市伝説や契約者の戦いだ。 『ターボ婆』の身体は風にあおられ、地面にたたきつけられた。 「ぐえっ……! お前、何をしたんだい!?」 「『何をした』~? おかしなことを聞くんだね~? 貴女は風に吹き飛ばされ落っこちた。それだけでしょ~?」 「そんなわけあるかい! 私が吹き飛ばされるくらいの風なら、お前が吹き飛ばないわけがない! お前、契約者だね!?」 都市伝説の力で風を起こしたんだろう!? と、『ターボ婆』は吠える。 「さぁ~? ど~だろ~ね~?」 間延びした声で、小雨は答える。しかし、質問には答えない。 「なめんじゃあないよっ、ガキめ!」 『ターボ婆』は体勢を立て直し、再び飛びかかろうとする。しかし、それは叶わない。 「全く~、大きな声をあげるものじゃ~ないよ~? お婆さん。血管切れますよ~?」 頭では冷やしたらどうです~? と小雨が言うのと同時に、『ターボ婆』の頭上に滝のような鉄砲水が降り注いだからだ。 「ごぽごぽ! げほっ、げほっ! やっぱり……契約者!」 恐らくは水や風……つまり、嵐を操る能力! 『ターボ婆』は推理する。 「残念だけど~、お婆さんに勝ち目はないよ~?」 「言ってろ!」 と吠えてみるものの、しかしその通りだ。ターボ婆は本来雨の日の都市伝説ではない。 嵐という、最上級の悪天候を操る能力者への対抗法を持ち合わせていない。 しかし―――― 「あれ~~~?」 心なしか、雨足が弱まってきた? いや、気のせいではない。確かだ。なぜなら―――― 「ひっひっひっ、どうやらやっぱり、天は私に味方しているようだねぇ!」 突如雨が上がるばかりか、雨雲も晴れ上がったからだ! これ幸い、と『ターボ婆』は反撃の体勢に入る。 「だ~か~ら~、言ったでしょ~? 天運はともかく、天気はいつでも私の味方だって~」 言いながら少女は『ターボ婆』に傘を向ける。傘に付いた水滴が日光を反射し―――― 「うぎゃああああああああ!」 ビームのように、『ターボ婆』を焼いた。 「何……『嵐を操る能力』じゃあないのかい……?」 「嵐を操る~? そ~んな怖い能力、私が持ってるわけないじゃな~い」 私はただ、天気を味方に付けるだけだよ~? 言いながら、少女は指鳴らそうとする。 が、鳴らない。すっ、となるだけである。 「う~~~~……」 可愛い。 しかしその可愛さと裏腹に、能力はしっかりと働いていて。 天から降り注ぐ光が、『ターボ婆』を焼き尽くした。 「まさか~……私の持ってる傘がただの傘だとでも思ってたのかな~? 答え合わせしてあげるね~。『幽霊傘』。それが私の、もう一つの契約都市伝説だよ~」 その声に答えるように、傘は―――否、『幽霊傘』は目と口を開き、ぺろりと舌を出す。 『幽霊傘』。『唐傘お化け』の類話の妖怪であり、突風の日に人を空へ巻き上げてしまう。 契約によって得た能力は、『天気の影響の超強化』。 即ち風であらゆるものを吹き飛ばし、雨を鉄砲水に変え、日光を熱光線に変える。そんな能力。 「屋外で私に勝負を挑んだのが~、貴女の敗因だよ~? な~んて、聞こえてるわけないか~」 そう呟き、少女は踵を返す。 「あ~あ、晴れちゃった。スカイダイビングはおしまいだね~。しょうがない、帰ろ~」 空はすっかり晴れたけど、小雨は相変わらず傘を差し。長靴で水たまりを踏みながら、ちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷ、家に帰るのであった。 続く EXIT
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「ニコ厨とねらー」 ゲーム研究部のライバル組織、ネット研究部(何を研究するんだ)。その部長を務める二茶練男。そして副部長の二戸中童河。一旦CoAから出た二人は、道を歩いていた 練男「…一旦出てきたって。特に何もしてない気がする件」 童河「禿同www …って笑い事じゃないよな」 練男「お前普通に喋れんのかよ」 童河「どういう意味だそれ」 いがみ合ってるようにも見えるが、仲は悪くない…はずだ 練男「ググレカス」 童河「ググレねーよwww」 そんな雑談を続けながら歩いていると…何かが物凄いスピードで近づいてきた 童河「!? /減速 /減速 /減速」 持ち歩いているノートPCに、『/減速』と入力する童河。すると、高速の何かは減速し、その姿を現した 『何じゃ、これは? アタシのスピードが…』 童河「『ジェット婆』…だと…?」 『む? そうじゃよ。スピードといえばアタシ! アタシといえばスピードの! 『ジェット婆』じゃよ!』 練男「それで? 何しにきたんだよ」 『よくぞ聞いてくれたのぅ。単刀直入に言う。アンタらを殺しに来た!』 練男「ちょwwwおまwwww」 童河「あるあr………ねーよwww」 いや、殺しに来た相手に『殺しに来た』って。『564219』じゃあるまいし。そんなんじゃ殺せるもんも殺せねーよ! 『ってなわけで! 喰らいな!』 言い終わるや否や、『ジェット婆』は走り、突進してくる 童河「!!!! /減速 /減速 /減速!」 再びpcに『/減速』と入力し、『ジェット婆』の速さを殺す童河 『また…またこれじゃ…! 何なんじゃ一体! こんな都市伝説聞いたことないぞ!』 童河「うーん…仕方ない… 教えてあげるか 特別にね これは僕の契約都市伝説 『/○○』さ 存在しないニコスクリプトの一種でね 『/倍速』ってコメントすると動画の再生スピードが倍になって 『/減速』ってコメントすると再生スピードが遅くなる…って都市伝説なのさ」 ネット研究部1のニコ厨、二戸中童河は、長文を喋るとき、ニコニコ動画のコメント風になる癖がある。…字面じゃないと分からない口癖ではあるが 『『/○○』…? 聞いたことがないぞそんな都市伝説!』 童河「そりゃそうさ。『/○○』はネットロアの中でも…一部だけで広まってる内輪ネタみたいなものなんだから」 『く…っ!』 練男「おいおい、漏れの存在を忘れんなよ! 『もしも都市伝説の世界に2chがあったら』!」 空間が歪んでいき、電脳空間…そう、丁度2chの背景のような空間に変わる 45 以下、名無しにかわりまして高速婆がお送りします 2011/09/21(速) 14 12 00.34 ID TarboBbA なんじゃ…? 何が起きた…? !? 話し方が…? 46 以下、名無しにかわりましてニコ厨がお送りします 2011/09/21(童) 14 12 09.88 ID NicOD0/g キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ 47 以下、名無しにかわりましてねらーがお送りします 2011/09/21(二) 14 12 14.53 ID 2chNelar 45 漏れの契約都市伝説、『もしも○○の世界に2chがあったら』の能力だ。空間を2ch風にし、空間内の全員の会話が2chのレス風になる ぬるぽ 48 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/21(水) 14 12 30.77 ID Ok66j7/0 手から無限にから揚げを出せる能力と1億円どっちが良い? 49 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/21(水) 14 12 59.21 ID hZrt99+O 48 から揚げ 50 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/21(水) 14 14 33.45 ID 7eFf6++o 48 一億円 51 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/09/21(水) 14 15 59.66 ID 43567//0 47 ガッ 52 以下、名無しにかわりまして高速婆がお送りします 2011/09/21(速) 14 16 39.29 ID TarboBbA グハッ…! 何が起きた? 突然変な猫が… ――――― 突如、AA風の猫人間が現れ、『ジェット婆』の頭を殴った。『ぬるぽと書き込むと10レス以内にガッされる』。ぬるぽと唱えることで10レス以内にガッと書き込まれ、ガッのAAが召喚され、相手をガッするという能力だ 53 以下、名無しにかわりましてねらーがお送りします 2011/09/21(二) 14 15 58.99 ID 2chNelar 52 『ぬるぽと書き込むと10レス以内にガッされる』んだよ。ちなみにから揚げの件は『2chの書き込みの半数以上はとある国のSCが自動的に書き込んでいる』だ 54 以下、名無しにかわりまして高速婆がお送りします 2011/09/21(速) 14 16 44.01 ID TarboBbA 53 またネットロアか…じゃが! ――――― 『ジェット婆』が練男を睨むと、何処からか車が走ってくる。それは練男を狙っているようだった。『ジェット婆』と目を合わせると事故を起こすという伝承によるものだ 55 以下、名無しにかわりましてねらーがお送りします 2011/09/21(二) 14 17 00.96 ID 2chNelar 55なら車が溝に落ちる ―――――― しかし、練男を狙っていた車は溝に落ち、その動きを止める。彼の契約都市伝説、『特定のレス番なら○○』。文字通り、宣言したレス番を書いたレスのレス番が一致した場合、そこに書かれた現象が現実になる。 しかしその性質上、『もしも○○の世界に2chがあったら』発動中でないと使えない 56 以下、名無しにかわりまして高速婆がお送りします 2011/09/21(速) 14 17 34.11 ID TarboBbA な…防がれた? 57 以下、名無しにかわりましてニコ厨がお送りします 2011/09/21(童) 14 17 49.11 ID NicOD0/g んじゃ、次は俺のターン! お婆さんホイホイ! 58 以下、名無しにかわりまして高速婆がお送りします 2011/09/21(速) 14 18 00.02 ID TarboBbA !? 身体が勝手にッ!? ――――― 童河の目の前にニコニコ風のホログラムが現れる。すると、『ジェット婆』はそこに引き寄せられるように歩いていった 59 以下、名無しにかわりましてニコ厨がお送りします 2011/09/21(童) 14 18 33.22 ID NicOD0/g 何勘違いしてるんだ… まだ俺のバトルフェイズは終了してないZE! ―――――― 童河がノートPCを弄ると、2ch風だった空間の真ん中に赤い物が現れ、童河と『ジェット婆』を飲み込んだ 童河「ようこそそそそそそそそそそそそそ、『sm666』の世界へ」 その 空間は 辺りが 真っ赤で 意味不明の 文字が 並べ られられられ ギギギギギギギギ ていた 『!? 『赤い部屋』か?』 童河「だから『sm666』だってば。呪イノ動画sm666」 画面には恐ろしい画像や意味不明の文字が連なる 『じゃがアタシも都市伝説! この程度に恐れをな…す…? (息が…!)』 突如、『ジェット婆』が苦しそうにもがき始める 童河「効いてきたみたいだね 言い忘れてたけど、『sm666』には作者死亡説があるんだよ 実際は普通に元気に過ごしてるわけだけど こういう恐怖系動画のお約束ってやつ? つまりこの動画内にいる生物の生命力を奪えるのさ じゃ、俺も巻き込まれたくないし… \バイバイ!/\バイバイ!/\バイバイ!/」 そう言うと、動画内からログアウトする童河。相変わらずめんどくさい話し方である。作者的に 『ぐ…がぁ…脱…出』 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ 逃サナイ オマエ、ノ、ウシロ 『あ…ぐが…が…ぐふ…』 そして、『ジェット婆』は『sm666』の中で泡を吹いて気絶した。息絶えるのも時間の問題だろう 童河「マダマダァ! ドロー!モンスターカード! ドロー!モンスターカード!」 『sm666』の外から様子を伺い、空間内を操作して追加攻撃しようとする童河 練男「…」 童河「……そこは『もうやめて!童河~』だろ!」 練男「氏ねニコ厨」 童河「サーセンwwwww」 練男「はぁ…。 んじゃ『ジェット婆』も倒したことだし? 漏れらも帰ることにしますか」 童河「そうだな! 次はCoAで活躍しようZE!」 そんなことを言いながら、(時々罵りあったりスルーしあったりしながら)帰っていくねらーとニコ厨であった… 続く…
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西区にほど近い、廃棄された製薬会社。 黒服に指定されたその場所に着いた。 錆びついた看板や窓枠の外された外観が不気味な印象を与えてくる。 「なんだか、嫌な雰囲気の場所だね…」 「そう、だね… でも、紗江ちゃんは私が護るから!」 『都市伝説の気配が致すな…お二人共、用心下され』 アンサーが呟いた。 「お待ちしていましたよ」 建物の入り口から、担当の黒服が姿を現した。 「「…黒服さん?」」 「おや、私が現場にいる事がそんなに不思議ですか…?契約者を担当している黒服も、現場に出る事はありますよ…こちらです」 黒服について、建物内部に入る。 階段を下りて、地下室の、同じような作りの部屋がいくつも並ぶ長い廊下を歩きながら黒服が話す。 「今回の任務ですが…とある都市伝説を救って頂きたいのです」 「都市伝説を…救う?」 「ええ。都市伝説は、忘れられると消滅します。存在を保つには、一人でも多くの人間に存在を知ってもらわなければなりません…貴女方には、この場所にいる都市伝説の存在を保つための手伝いをしていただきたいのです」 どうやら今回の任務はとある都市伝説を救う事らしいが…担当の黒服の不穏な情報の事もあり、その言葉を信じきる事が出来ないでいた。 「……あの、黒服さん…以前お伺いした件なんですが…」 ここで聴き逃したらチャンスが無いような気がして、意を決して、紗江が尋ねる。 廊下の突き当たりの扉を開けながら黒服が呟いた。 「ああ…担当の黒服を変えられるか、という話ですね。その件でしたら、特殊な事情があれば変えられますよ」 あっさりと返ってきた肯定を、喜ぶべきか迷った。 促されて、部屋に入った姉妹。黒服は自分も部屋に入った後、扉を閉めた。 広めの部屋には、二人の黒服がいた。一人は、部屋の中心にビデオカメラを設置している。 もう一人はビデオカメラの近くの床の上に、鉈、鋸、鋏、金属バット等を置いている。 「ぅ…………!」 明らかに異様な光景。そして、部屋の中には猛烈な血の匂いが充満していた。思わず、口元を押さえる。 ふと、部屋の隅に無造作に転がっているものが目に入った。 ―家を出るまで生きて話をしていた、姉妹の、両親の死体だった。 「――――――!!」 「ぁ……うあ……!」 悲鳴を上げたはずだったのに、口からは途切れ途切れの言葉しか出てこなかった。 紗江が、紗奈に死体を見せないように、庇うように前に出た。 両親の死体は、巨大な獣にでも食われたかのように所々食い荒らされていて、腹部に至ってはその中身がこぼれ出ていた。本来は射殺されているのだが、その傷口のあった周辺も食われていた。 「ああ…救って頂きたい都市伝説は『スナッフフィルム』といいます。娯楽用に流通させる目的で行われた、実際には存在しないといわれている殺人ビデオの事です。 なにしろ、存在しないといわれているだけあって、個体数がなかなか確認できていないので… 『スナッフフィルム』が学校町中に広まれば、面白い事になるでしょうからねぇ… ご両親ですが…娘が死ぬのに、親だけ残しては可哀そうですからねぇ…先にあちらに送って差し上げました」 姉妹の前に立って、笑みを浮かべながら話す、A-No.666。 …それは、ある意味で実験材料と呼べるものだったのかもしれない。 ―そんなことの為に、両親を殺したのか 「――貴方っ…!」 言葉が途切れた。いつのまにか傍に来ていた、凶器を並べていた黒服に髪を掴まれて横倒しにされ、仰向けに転がされた。紗江ちゃん!と自分の名を呼ぶ紗奈の声と、床と擦れる背に感じる痛みにも似た摩擦熱と、髪を引っ張られる痛みを感じながら、そのまま部屋の奥までずるずると引きずられていく。 紗江が引きずられていくのを見て、助けようと反射的に上着のポケットから携帯を取り出した。 直後、担当の黒服に携帯を奪い取られた。 「全く…助けを求めるにしろ、都市伝説の能力を使うにしろ、私を忘れてもらっては困りますねぇ…」 そういいながら、無造作に携帯を開くと、ばきり、と真ん中から二つにへし折った。 携帯の残骸を床に落とし、紗奈の腕を掴むと、部屋の真ん中―ビデオカメラの前に引きずって行き、勢いよく突き飛ばした。 ビデオカメラを設置していた黒服が、カメラを回し始める。 ―― 部屋の奥まで引きずられ、ようやく黒服が止まった。 起き上がろうとしたら、三、四回ほど顔を殴られた。 黒服が、懐から何かを取り出した。カチャリ、という金属音。パン、という乾いた音と、脚に激痛を感じた。 思わず目を向けると、脚が赤く染まっていた。 黒服が手にしている拳銃から、硝煙が上がっていた。 黒服は拳銃をしまうと傍にあった金属バットを、紗江の左腕に叩きつけた。 二の腕が赤黒く変色し、曲がるべきではない方向に曲がった。 「……………!!」 声も出ないほどの激痛とおぞましい感覚に、額に嫌な汗が浮かんだ。 そうして、首を絞められた。 ぎりぎりと爪が食い込んで、痛い。息が出来ない。苦しい。 少しずつ周囲の音が遠くなっていく中、紗奈の悲鳴が聞こえた。 (紗奈ちゃん……!?) もがいた右手に、何かが触れた。 それ――小振りの斧を掴んで、黒服の頭に思い切り叩きつけた。生暖かい返り血を浴びた。 首を絞めていた手が外れ、血をまき散らし、斧を頭から生やしたまま、黒服が真横に倒れこんで、動かなくなった。 げほげほと咳き込み、激痛に堪えながら壁を支えにして上体を起こす。 (紗奈ちゃんは―――!?) 視界に、血塗れの紗奈にのしかかった担当の黒服の姿と、三つ首の大きな獣の首の一つが紗奈の脇腹に食らいついているのが見えた。 あの獣が、どこから出てきたかなんてどうでもいい。両親と最愛の妹を害した。それだけ分かれば十分だ。早く殺して、紗奈が手遅れになる前に救急車を呼ばないと。 一人になりたくない、紗奈を失いたくない。 紗江の憎悪に引きずられて犬神が徐々に数を増していくが、その姿は蜃気楼のように揺らいでいて、酷く不安定だった。 紗江は、犬神の数が増える度に、自分が自分で無くなっていくのを感じていた。 (………私はどうなってもいい。紗奈ちゃんだけは、絶対に助ける) 担当の黒服を睨みながら、行って、と犬神達に指示を出す。どうにか形を保っている二十から三十匹ほどの犬神の群れが担当の黒服と、その後ろでビデオを回している黒服に向かっていく。 ――― 両親が無残な姿になっていた。巻き込まれて、死んでしまった。 携帯電話を壊された。 一応、アンサーとの繋がりは感じ取れるものの、都市伝説の能力も使えないし、天地達に助けを求める事も出来ない。 (――どうしよう…どうしよう…!) 腕を掴まれてビデオカメラの前まで連れて行かれ、突き飛ばされた。焦りと恐怖と混乱で半ばパニックになっていた紗奈の視界に、担当の黒服の姿が映った。 ――担当の黒服がサバイバルナイフを振り上げていて、がつっ、と左の掌を貫通して床に突き刺さった。 「――うぁ……!?」 黒服は、床に置いてある凶器の中から小刀を選ぶと、紗奈にのしかかり、右目に小刀を近付けて――ぶつ、と上瞼に突き刺した。 「――あああああああああああああああああああああああああああ!」 ――痛い!痛い! 絶叫を上げた。視界が真っ赤に染まった。 刃ががりがりと瞼の肉を削ぎ、眼窩の骨を削り、神経を寸断しながら何度も何度も抜き差しを繰り返して右目を蹂躙して行く。 自由になっている右手で必死になって小刀を持った腕を引き剥がそうとするも、少女の力では引き剥がせず、ただ縫いとめられた左手の傷を広げていくだけだった。 右目が痛みの坩堝と化していた。涙なのか血液なのかも分からない、熱い液体が頬を濡らしていく。 永遠のようにも、一瞬にも感じた蹂躙が終わりを告げた。 やがて、ごぼ、と濡れた音をさせて、眼球が掘り出された。瞼の裏に、空気が入り込んだ。頬を伝い、眼球は、血の跡を引きながら床に転がり落ちて行った。 朦朧とする意識のなか、涙でぼやけた左目の視界に大きな獣の姿が映った。 直後、脇腹に熱さと苦痛を感じて、一瞬、息が止まった。 呼吸をする度に、脇腹の傷が、絞られる様に痛む。 (…紗江ちゃん、ごめんね…護るっていったのに……) 溢れ出る血液が、体温を奪っていく。 (私…紗江ちゃんに…何にも言えてない……ちゃんと…伝えておけば、良かった…) 紗江への想いを自覚したものの、嫌われたくなくて伝えられなかった事を後悔しながら意識を失った。 閉じられた左目から、一条の涙が零れ落ちた。 「おや…この程度で気を失うとは情けない。もっと楽しませて貰いたかったのですが… ケルベロス、出てきてしまったんですか。仕方ありませんねぇ…」 A-No.666は、血の匂いに反応して出てきたケルベロスに、やれやれ、と肩をすくめた。 首の一つは、紗奈の脇腹に食らいついている。 (都市伝説の存在を一般人に知らせる訳にも行きませんし……このテープは、過激派への土産にでもしましょうか) 「次は……ハラワタでも、引きずり出してみましょうかねぇ」 『グルァァ!』 犬の咆哮が聞こえ、目を向けると二十から三十匹ほどの犬神が、群れとなってこちらに向かってきていた。 「ひっ………!」 後ろでビデオを回している黒服が、引き攣った声を上げた。 だが、A-No.666に焦りは無い。 直後、ケルベロスの二つの頭が、ごう、と口から炎を吐いて、こちらに向かってきていた犬神の群れを一掃した。 『ギャッ!』と、犬神の断末魔が上がり、灰も残さず消滅した。 炎が消えた後、残ったのは床の焦げ跡と、血に染まり、荒い息を吐きながらこちらを睨み据えている紗江の姿だった。彼女の周囲に何十匹もの犬神がいたが、それらは蜃気楼のように揺らいでいて、酷く不安定だった。 能力に、器の方が追い付いていないだろうことは一目で分かった。 都市伝説に、飲まれかけている状態。放っておいても勝手に自滅する。 何より、ケルベロスの炎に耐えられるものなどいない。 己の絶対な優位を疑わず、A-No.666は笑みを浮かべた。 続く…?
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月の下、絶叫が響き渡り、血飛沫が飛ぶ 野生の兄貴が、今夜も狩られる 憎悪と殺意を漲らせ 一人の青年が、兄貴達をメッタ切りにしていた かくして、今宵もまた、十数体の野生の兄貴が、「かごめかごめ」の契約者によって退治されたのだった 「お見事ですね。流石は「組織」の人間です」 そんな青年に、淡々と声をかけてきた女性がいた …この学校町の警察組織において、幹部クラスに身を置いている女性で、名前は広瀬 美緒 どうやら「組織」と繋がりがあるようで、今回の野生の兄貴出没報告をしてきたのは彼女なのだ 正確には、彼女が「組織」のエージェントである黒服Hに連絡し、そこから青年に仕事が回ってきたのだが 「…あれに関しては、本当、ご迷惑かけます」 「全くです。一般人の被害報告がどれだけ出ていると思っているのです」 頭を下げた青年に、容赦なく広瀬はそう告げた 反論できないのが、痛い 「聞いた話によれば、あれが発生した原因は「組織」のとある黒服が原因だとか……「組織」は、一体何をやっているのです。訴えますよ?勝ちますよ?」 「「「あれを制御できる奴なんて、この世に存在しない」」」 きっぱり 青年と、ハクとコンの言葉が見事にシンクロした うん、あの禿をコントロールできる存在なんて、この世に存在してくれていない 悲しいことに 青年達の答えに、広瀬は小さくため息をついた 「…まぁ、いいでしょう。再び、あれの出没証言がでましたら、あなたに伝えます。連絡先を教えてくださるでしょうか?」 「えぇ、構いませんよ」 携帯電話の番号をやり取りする 正直、直接連絡してくれた方が、即座に退治にいけるから、ありがたい 滅びよ、野生の兄貴 ゲイなんぞ滅びよ 軽く、憎悪をたぎらせる青年 そんな様子に気付いているのかいないのか…広瀬は、小さくため息をついた 「…あなたのようなまともな人も、「組織」にいて助かりました。むしろ、あなたのような方と、先に接触したかったです」 「………まぁ、最初に接触したのが、あのHじゃねぇ」 うん、となにやら納得した様子のハク あの男は、色んな意味で問題があるから …特に、女性にとっては 「全くです……よりによって……」 ……ふと 広瀬の表情に……寂しさのような、悲しさのような そんな色が、混じったような そんな錯覚を、青年は覚えた しかし、すぐにその表情は、冷たい物へと変わる 「…それでは、私はこれで」 「あ、はい」 かつかつと、ヒールをならして立ち去る広瀬 その最中、仕事の電話が入ったのだろうか 歩きながら対応している …なかなかに、忙しそうだ 「……うん?どうしかしたのか?」 「あぁ、いえ」 その後ろ姿を、無意識にじっと見つめてしまって コンに話し掛けられて正気に戻った青年は、軽く首を振った 気のせいだろうか あの広瀬という女性は、都市伝説のことを口にしている時 ハクやコンと話している時…憎悪を、押し隠しているような気配がした 都市伝説を、憎いんでいるのだろうか 憎んでいて、そうだと言うのに いや、それだからこそ、「組織」と繋がりを持って、都市伝説の存在を隠そうとしているのか …ただ、それだけでは、なくて 「…気のせい、ですかね」 気のせいならいいのだが あの広瀬という女性が、何か、都市伝説に付いて…もしくは「組織」に関する何かに関して 何か、因縁を持っているような そんな錯覚を、青年は覚えたのだった to be … ? 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
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学園祭に向けて準備が進められているとある放課後、双子の姉妹である「犬神憑き」の契約者、天倉紗江と「怪人アンサー」の契約者、天倉紗奈は家路へと歩いていた。姉妹の後ろを、「犬神憑き」の内の一匹の黒い大型犬がついてきている。 「紗奈ちゃんのクラスの出し物、執事・メイド喫茶だっけ?」 「うん、そうだよ。今、荒神先生にも執事服を着せようってクラスの有志で追いかけてるんだけど…なかなか捕まってくれないんだよねー でも、獄門寺くんや小鳥遊くんも手伝ってくれてるんだもの…絶対に執事服を着せてみせる! 紗江ちゃんのクラスは?」 イベントや行事に対してやる気を見せる紗奈。 今回の場合、やる気に加えて普段白衣を着ている荒神先生の執事服を見たいという好奇心もあり、有志の一人として先生を追いかけていた。追いかけられている先生にとってはたまったものではないだろうが。 「(あ、荒神先生も大変なんだなぁ…) 私のクラスの出し物は『ワクワクトレジャーボックス』だよ。手錠で繋がれた男女1組がペアを組んで、校内に置かれた箱の中から手錠の鍵を探すの。箱には鍵以外にもいろいろ景品が入ってて、空けた人が貰えるんだよ。 執事・メイド喫茶かあ…紗奈ちゃんのメイド服見たいなぁ。見に行ってもいいかな?」 「へぇ…なんか楽しそうだね。休憩時間に顔出しにいくからね。 紗江ちゃんなら大歓迎だよ!来てくれるの楽しみにしてるね」 「君たち…注射をしても…いいかな?」 和やかな空気は、毒々しい色の薬品の入った注射器を持って、ボロボロの黒いコートを着た注射男の登場によって霧散した。 「お断りします!」 「よくないっ!」 即答する紗江と紗奈。注射器の中の液体が都市伝説にも効くのか分からないので、念のため犬神を下がらせておく。 「そんなこと言わずにさあ…注射をさせてくれよぉぉぉ!!」 目を血走らせて姉妹に襲い掛かる注射男の攻撃を左右に分かれて回避。 紗江が注射器を持っている方の手首に手刀を打ち込み、取り落とした注射器を遠くへ蹴飛ばす。 紗奈が注射男の手首を取り、外側に返すようにして注射男の体制を崩して地面に倒した。 犬神が倒れた注射男の喉に噛みつく…首の骨が折れたのか、ごきり、と音がしてそれきり注射男は動かなくなった。 「そちらのお二方、少しよろしいですか?」 注射男を倒した直後、背後から声をかけられた。 二人が振り向くと、いつの間に現れたのか、黒いサングラスを付けて黒いスーツを着た男性が立っていた。 「…どちら様ですか?」 「…何か?」 「失礼いたしました。私は、都市伝説から一般人を守る「組織」という機関に所属している黒服…A-No.666と申します。 先ほどの戦いを拝見させていただいた結果、ぜひとも組織に貴女方のお力を貸して頂きたいと思い、お声を掛けさせていただきました。 私達と共に、悪事を働く都市伝説から罪なき人々を守ってはいただけませんか?」 突然の出来事に、しばらく考えていた二人が口を開いた。 「…わかりました。私達の力で、悪い都市伝説から家族やクラスメートを守れるなら…」 「…わかった。せめて、身近な人達は守りたいから」 こうして、天倉姉妹は組織に加入することになる。 組織の闇も知らないまま… 続く…?