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サムネイル画像 タイトル 彼らは善行を重ね願望を叶えるようです。 作者名 ◆u5JNPaH7zJXF 原作 オリジナル作品 ジャンル ファンタジー 主人公 やらない夫 期間 2023/04/12~2023/06/10 掲示板 やる夫系狐板 タグ 安価、あんこ、完結作品、選択安価、ダイス まとめサイト 様 やる夫エロ本棚 スレッド一覧 スレッド名 タグ 備考 開始日時 最終レス 【安価・あんこ】彼らは善行を重ね願望を叶えるようです。【ファンタジー】 安価、あんこ、選択安価、ダイス 「彼らは善行を重ね願望を叶えるようです。」シリーズ:スタート 2023/04/12 2023/05/03 【安価・あんこ】彼らは善行を重ね願望を叶えるようです。2【ファンタジー】 安価、あんこ、選択安価、ダイス 2023/05/03 2023/05/26 【安価・あんこ】彼らは善行を重ね願望を叶えるようです。3【ファンタジー】 安価、あんこ、選択安価、ダイス 「彼らは善行を重ね願望を叶えるようです。」シリーズ:完結 2023/05/26 2023/06/17 同作者の作品一覧 彼らは旅をしながら異能と対峙するようです 元魔王は冒険者の酒場を設立するようです 彼らは神託に導かれ王座を目指すようです できない子は何かになりたいようです。 彼らは電子の海を漂う旅人のようです あんこでファンタジー世界の学園モノ! 彼らは馬鹿騒ぎしながら世界を救う様です。 やらない夫先生の3つの問いかけ。 やらない夫は人々を導いて我が道を往くようです やらない夫は異世界で”死期災”を生き抜くようです。 やらない夫は魔石で運命を変えるようです。 彼らは不正を使い■■■を探し求めるようです。 彼らは善行を重ね願望を叶えるようです。
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/⌒ヽ / ´_ゝ`) | / と__)__) 旦 いつもどこかへ向かっている通りますよさん。向かう先は戦場だとか…? 名前 コメント
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その日、私は深く寝入ってしまって夢一つ見ませんでした。 薬によってもたらされた人工的な睡魔は私を十数時間の眠りの海へと落とし、なかなか上がらせてくれなかったのです。 けれど、私の寝ている間に何か大変なことが起きていたようです。 もうろうとした意識の向こう側で、何か大事なものが離れていくのを感じたのですから。 けれども薬の睡魔は私を目覚めさせまいと押さえつけ、結局その感覚も起きる頃には忘れてしまいました。 目覚めの間際、最初に違和感を覚えたのは空っぽの手でした。 私はいつしか窓から差し込んでいた日光に薄目を開け、まぶしすぎる光から逃げるために布団の中へと潜り込みます。 けれど、その布団の中にはあるべき存在が消えていたのです。 それに気がついて、ガラスが割れたかような驚きと恐怖に私はすぐ目を覚ましました。 憂「なんで……? お姉ちゃんが、いなくなってる……!」 飛び起きて部屋中を見渡しても、お姉ちゃんは影も形もなくなっていたのです。 そこで初めて部屋の時計を見ると、もうお昼の十二時を過ぎたところでした。 睡眠薬を飲んだせいで必要以上に眠りすぎてしまったことに、初めて気が付きました。 ……そうだよ、勘違いだよ。お姉ちゃんがこの家からいなくなるはずない。 お姉ちゃんは起きてこの家のどこかにいるんだ。 私はそれを確かめるためにお姉ちゃんの部屋を飛び出しました。 リビング、私の部屋、ベランダ、トイレ、さまざまなところを探します。 けれども――お姉ちゃんは、この家のどこにも見つかりませんでした。 私がリビングの真ん中で倒れそうになったとき、遠くで玄関の開く音が聞こえました。 呼吸のリズムがおかしくなってひどいめまいにも襲われながら、私は手すりにもたれるように玄関へと向かいます。 昨日までずっとそばにいたはずのお姉ちゃんが消えてしまった。 不安を覚えた時、体調を崩した時、いつでも抱きしめてくれたあの優しい腕が……私を残して消えてしまった。 私の心がばらばらになるのには、それだけで十分すぎるほどだったのです。 憂「けほっ…おねぇ――ごほっ、はぁっ…おねえ、ぢゃん……」 支えてくれた腕を失って、一人では何度も倒れてしまいそうになりながら私は急いで玄関に向かいます。 手足が上手く動かせずに、何度も階段で転びそうになりながら。 私はたぶん、陸地に上げられた魚のように過呼吸に苦しみよろめいているんです。 どうにか最後の階段を下りたちょうどその時、私は廊下でいきおいよく抱きしめられました。 唯「……うい! ちょ――ごめんね、大丈夫?!」 ……それは外から帰ってきたばかりの、制服姿のお姉ちゃんだったのです。 ローファーも脱がずに廊下に飛び出したお姉ちゃんに抱き抱えられ、私は玄関の向こう側に見知った人影を見つけました。 同じく中学校の制服を着た、和ちゃんと純ちゃんです。 和ちゃんはカバンの中から何かを取り出そうとしてあせって中身を床にばらまいてしまい、 純ちゃんも発作を起こして手足を震わせる私にどうすることもできずあたふたと立ちすくんでいます。 唯「和ちゃんはお薬持ってきて! 私の部屋の勉強机の下から三番目、花田メンタルクリニックって書いてあるやつ! いそいで!!」 和「――わ、わかったわ」 震える手足を押さえつけながら背中をさするお姉ちゃんが、強い声を上げました。 お姉ちゃんの声を聞いて和ちゃんはすぐに階段を駆け上がります。 唯「純ちゃん、コップに水、あと紙袋! ……いいから、靴とか脱がなくて!!」 純「は、はいすいません!」 和ちゃんに続いて純ちゃんもリビングの方へと飛び出して行きました。 それからお姉ちゃんはずっと耳元で「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とささやきながら背中をさすってくれました。 憂「はぁ…はあっ……おねえ、ちゃんっ……」 唯「だいじょうぶだよぉ、うい。心配ないからね、お姉ちゃん、ずっとういのそばにいるからね」 大丈夫。心配ない。ずっと、そばにいる。 不安でばらばらにされた私の心を拾い集めて戻すように、お姉ちゃんは耳元でずっとささやきます。 お姉ちゃんの声はこんな時でも子守唄のように優しく伝わって、耳にあたる息と共に少しずつ呼吸もおさまってきました。 私は腕の中で、お姉ちゃんの顔を見上げました。 髪の毛もはねたまま、制服のスカーフも半分ほどけたような状態のお姉ちゃんは……泣いていました。 憂「……おねえ、ちゃん…」 唯「ういぃ、ごめんね……憂のこと、勝手において、外へ出てっちゃったりして、私が引きこもりだから…」 涙と鼻水でひどい顔のお姉ちゃんが発作を起こした私を抑えるのを見て、 悪いのは全部私なのに自分のせいだと謝り続けるのを聞いて、 ……もう私は、耐えられなくなってしまいました。 憂「――違うよっ、病気なのは私の方だよ! お姉ちゃんは私のために引きこもりのふりをしてただけだもん!」 九月のある晴れた金曜日。 半年ずっと私たちを守ってくれた、二人で守ってきた嘘を――私は一思いに壊しました。 ―――――― 三年ぐらい前の話になります。 そのとき私は小学五年生で、たしか四月ぐらいだったでしょうか。 その年、お姉ちゃんと和ちゃんが小六から塾に通い始めました。 その塾は関東一帯にチェーン展開する大規模なものだったのですが、私たちは中学受験をするつもりなんてありませんでした。 遊んでばかりだとよくないし、英語でも習ってみたらどうか。 お母さんがお姉ちゃんを塾に入れたのはそんな軽い気持ちからだったようです。 その頃からなんでもお姉ちゃんと一緒がよかった私は、後を追うように入塾しました。 今にして思えば、たまたま運が良くて、他の生徒よりも少しだけ勉強をがんばっただけなんだと思います。 けれども私は六月の五年生対象の塾内テストで、全塾生中で三位の成績を取ってしまったのです。 和ちゃんは目を見開いて驚き、お姉ちゃんはうれしそうに抱きしめてくれました。 お母さんやお父さんにも頭をなでられて、なんだかちょっとてれくさかったです。 ――うい、よくがんばったね。 そう言ってお姉ちゃんは冗談で、ほっぺたにキスをしてくれたのを今でも覚えています。 もののはずみとは言ってもそんな成績を取ってしまった私は塾長から特別進学クラスへの転入を勧められました。 お母さんやお父さんは応援してくれましたし、和ちゃんもがんばってみたらと後押ししてくれました。 お姉ちゃんは転入した方がいいとは言いませんでしたが「憂がやりたいならおうえんするね」と励ましてくれました。 転入した先のクラスで私は純ちゃんと知り合いました。 はじめ新しいクラスにうまくなじめないでいる私を気にせず、純ちゃんは今と変わらない様子で話しかけてくれました。 純ちゃんはもともとご両親の意向で都内の私立中学を志望していたみたいです。 なので授業が終わった帰り道、純ちゃんはため息まじりに不満をもらしていました。 純「べーっつに、いい学校とか行く必要ないんだけどさー。そこの桜中でいいじゃんっていうね」 憂「うーん、でもいい学校に行けたら家族のみんながよろこぶんじゃないかな?」 純「自分が楽しくなきゃ意味ないよ、そんなの」 特進クラスの生徒は教室の中だと私語一つ口にしないまじめな生徒ばかりでした。 なので、純ちゃんみたいな子と一緒にいると……なんだかいつも気が楽になったのです。 私が小学六年生になった年、お姉ちゃんと和ちゃんは市立の中学に進学しました。 和ちゃんも成績は優秀だったのですが、授業料のことを考えて最初から中学入試は考えなかったそうです。 受験生となった私は今まで以上に課題が増え、塾の授業後に家で勉強するだけでは時間が足りなくなってきました。 特進クラスは小学一年の頃からずっと勉強をしてきた人もたくさんいました。 ですので、そんな生徒たちに追いつくためには人一倍努力しなきゃいけなかったんです。 そののち私は学校でも休み時間も昼休みも塾の課題に費やして、学校の友達ともほとんど遊べなくなりました。 勉強しても勉強しても成績が伸びず、学校だとそれを相談する相手もいません。 はじめクラスメイトたちはものめずらしそうに私の勉強を見ていましたが、やがて距離は開いていきました。 そうして九月も半ばを過ぎた頃、学校で運動会が開かれました。 小学校生活最後の、クラス対抗大縄跳びにクラスのみんなが活気だっていたのは輪の外の私にも分かりました。 ですが、塾であまり練習に参加できず首都圏模試への対策のことばかり考えていた私は縄に引っかかってしまいます。 次の日、登校すると私は誰とも口を利いてもらえなくなり、遠巻きに陰口をささやかれるようになっていました。 あの日グラウンドで、一歩でも踏み出すタイミングが違っていたら。 もしかしたら私の人生は大きく変わっていたのかもしれないです。 誰とも話せないまま、ひとりぼっちの教室で黙々と鉛筆を動かしていると、自分がどこにいるのか分からなくなります。 あたかも私とほかのみんなの間は見えないガラスで隔てられている気がして、ひどい孤立感にさいなまれるのでした。 教室の中を泳ぐように行き来するクラスメイトたちも、屈折したガラスのこちら側からは別の生き物のようです。 ときどき窓の向こうから耳鳴りのように響いては私を傷つける言葉から身を守るように、ますます勉強へと逃避していきました。 中学の学年末テストの季節になると、和ちゃんがいつもうちに来てお姉ちゃんに勉強を教えていました。 和ちゃんは私に会う度に「勉強がんばったらいいことあるわよ」と励ましてくれました。 そんな和ちゃんの前で学校でうまくいかなくなった話をするのは、勉強のせいにしているみたいで申し訳なかったんです。 そういえば、塾の先生も同じようなことを言っていたのを思い出します。 先生たちは私たち生徒にはちまきを渡して、喉をからすまでかけ声を上げさせ、受験に合格すればすべて良い方向に向かうと説きました。 純「……なんかさ、もう宗教だよね。これ」 塾の夏合宿の休み時間、純ちゃんはうんざりしたような顔ではちまきを握って私に耳打ちしました。 もうなにが正しいのかよく分からなかったのですが、とにかく私は懸命に泳ぎ続けようとしたのです。 私が夜遅くまで勉強するようになると、お隣のとみおばあちゃんがうちに来て晩ごはんを作ってくれるようになりました。 小さい頃から会社の仕事で海外を飛び回る両親はよくとみおばあちゃんに私たち姉妹を預けていたので、家族以上に家族のような関係でした。 そういえば私が小学五年の冬、誕生日になってブリュッセルから高級なお菓子が送られてきたことがありました。 お菓子に付いていた封筒を開くと「今年は受験生です。頑張ってください 父より」という手紙と三万円が入っていました。 お父さんもお父さんなりの形で応援してくれている。 私はそう思いたかったのですが、お姉ちゃんは私以上にその手紙に怒っていました。 私たちが家に引きこもるようになったときも、お姉ちゃんはこう言っていました。 唯「あの人たちはお金だけ出す係なんだよ。家族は憂一人で十分だよ」 いけないことだとは知りつつも、そんなお姉ちゃんが一瞬お父さんのように頼もしく感じてしまったのは事実です。 もしかしたら、私たちは夫婦のような関係を演じてたのかもしれません。 純ちゃんがふいに中学受験をやめたのは、十月ごろのことでした。 いつだか塾の先生に成績が伸び悩んでいることを指摘された日に、しばらく欠席の続いていた純ちゃんのことにを尋ねてみました。 すると先生は口をにごし、憂ちゃんはがんばって成功をつかみ取るようにと肩を叩かれました。 気になってもう一度問い直すと、鈴木さんは合わなくてやめてしまったと聞かされました。 あわてて純ちゃんの携帯に電話すると、今までと変わらない眠そうな声が聞こえたのでとても安心したのを覚えています。 どうやら純ちゃんの家でもお父さんとお母さんで受験するかどうかを言い争っていたようでした。 なんども話し合った結果、純ちゃんの意思で桜ヶ丘中学に通うことに決めたそうです。 純「憂も無理しないでよー? 憂ってほら、人にほめられるとがんばりすぎて自分のこと忘れるタイプだし」 笑い声交じりに、だけど後半はまじめな口調で純ちゃんはそう言いました。 純ちゃんとはその後もたまに電話をかけたり仲良くしていたのですが、小学校は違ったので普段話す機会もなくなりました。 私は学校でも塾でも話し相手を見つけられず、ただただ問題集と格闘する日々を続けます。 自然と高くそびえ立ってしまった透明な壁の中で、ひとり深海に潜りこむように勉強を続けたのです。 過呼吸やけいれんといった症状が最初に起きたのはその年の冬辺りでした。 十一月末の理科の授業中、私は教室でふいに息が出来なくなりました。 息を吸い込もうとすればするほど苦しくなって、まるで水が喉に入ったかのようにむせてしまうんです。 暗い曇り空のために窓際の席にいた私の姿がガラス窓に映りこんだのが、今もはっきり目に焼きついて残っています。 私が発作を引き起こした時、クラスメイトたちはどうするでもなくただビデオを見続けていました。 ちょうどその時は地球の構造に関するビデオを見ていた時で、教科担任の先生も職員室で作業をしていたようです。 自分でも分からない急な呼吸困難に陥った私は誰にも助けを求められないまま、喉をおさえて呼吸を取り戻そうとします。 『深海は水圧がとても高く、普通の魚は生きていけない世界です。』 ――ビデオの音声が頭に反響して吐き気をもよおします。 涙が勝手にあふれてここがどこにいるのかさえ分からなくなってきます。 めまいがあまりに酷くて、足元の床が崩れていくような錯覚さえ覚えました。 『また、水圧の高い深海から急浮上すると、急な圧力の変化で「潜水病」を引き起こしてしまいます。』 めまいのせいで、ビデオに映る奇怪な深海魚と私を不安げに見やるクラスメイトの顔とが交錯します。 身体が内側からおかしな圧力で壊れていきそうで、このまま死んでしまうとさえ思いました。 私はそこに居もしないお姉ちゃんに心の中で助けを求めました。 職員室から戻ってきた先生が私を保健室に連れて行く間も、ずっとずっとお姉ちゃんの名前だけを唱えていたのです。 こんな時、本当につらい時に助けを求められるのはお姉ちゃんしかいないと決め込んでいたんです。 そしてそれは、今だってあまり変わっていないと思います。 発作を起こした日、保健室の白いベッドの中で小さいころの夢を見ました。 夢の中で私はお姉ちゃんと二人で手をつないで家の近くの公園まで散歩しました。 錆び付いたジャングルジムや、揺れるたびにきいきいと音の鳴るブランコ。 数年前まで和ちゃんを入れた三人でよく遊びに行っていた、あの公園です。 唯「ねぇうい、あっちいこうよ」 お姉ちゃんが指差したのは足元に鮮やかな木陰が揺れる小さなベンチでした。 そういえば私とお姉ちゃんが二人で公園に来たときは、いつもこのベンチで遊んだものです。 おままごとをしたり、カスタネットを叩いたり、アルプス一万尺の速さを競ったり……どれも懐かしい思い出でした。 ベンチに腰掛けたお姉ちゃんは手をぎゅっとにぎって、もう片方の腕でそっと私を抱きしめました。 それから何かをささやいた気がしたのですが、うまく聞き取れなかったです。 つないだ手の感触はやがてリアルなものへと変わっていき――私は目を覚まします。 そこには手をにぎったままベッドで眠るお姉ちゃんがいました。 子どものような寝顔をよく見ると、まぶたが赤くはれているようです。 唯「あ…ういー。げんきになった……?」 ついさっきまで泣き顔だったような真っ赤な目を細めて、お姉ちゃんは安心したようにほほえみました。 こらえきれなくなって、その日は私からお姉ちゃんに抱きついてしまいました。 それからこのような発作は入試の当日までたびたび起きてしまいます。 授業中に起きたのは一番重かったあの一度きりでしたが、休み時間や登下校中や塾の授業前などで軽い過呼吸は何度もわずらいました。 発作が起こるたびに「このままだと私は死んじゃうのかもしれない」としか思えなくなります。 いつしか私は、一度発作が起きた場所を無意識に遠ざけるようになってしまいました。 登下校でもわざと最短の市道を避けたり、塾のエレベーターを使わずに階段で移動したり。 そうやって発作の起きた場所を避けていくたびに行動範囲が狭まると、見えない網に閉じ込められていく気がしてとても怖かったです。 お姉ちゃんは学校や保健室の先生、それに和ちゃんから教えてもらったパソコンを使って私の発作のことを真剣に考えてくれました。 過呼吸は紙袋を使って呼吸を整えるのがいいとか、この発作だけで死ぬことは絶対にないとか、私はお姉ちゃんからいろいろなことを聞きました。 唯「いつでもういのそばに居られるわけじゃないから、できることは一緒のときにしておきたいんだよね」 私が気づかうと、お姉ちゃんはいつもそんな言葉で安心させてくれます。 発作のこと以外でも、勉強している私の代わりに朝のごみ捨てに行ってくれて、トーストを焼いてくれてといろいろしてくれました。 お姉ちゃんのために、受験はがんばらなきゃいけない。 受験に合格したらお姉ちゃんが喜んでくれるんだ。 ――けれども、そう思えば思うほど入試会場で発作を起こしそうな気がしてしまったのです。 予感はいつも、悪い方ばかり当たってきたような気がします。 当日、私は入試会場に一時間前に着いて自分の席で持ち物を確認していました。 鉛筆は六本削ってとがらせましたし、消しゴムも新品に両面テープをしっかり貼っておきました。 ティッシュペーパー、塾でもらったお守り、お弁当、紙袋……それから、大事なお財布。 私は財布のカード入れのところから、プリクラ写真を一枚取り出しました。 年明けに私とお姉ちゃんで撮ったものです。 あの日お姉ちゃんはふざけてキスしようとして、思わずよけようとしてしまいました。 けれどもお姉ちゃんは私をつかまえて、唇はあきらめてもほっぺにとキスをしてしまいました。 『ゆい&うい』 『としこし!』 『ずっといっしょだよ』 できあがったのは、ハートマークの背景にお姉ちゃんが書いたそんな言葉が並ぶプリクラです。 そんなプリクラなのでちょっと誰かに見られるのは恥ずかしいのですが、やっぱり一番のお守りでした。 私はそれをお財布にしまって、社会の年表を開きなおしました。 やがて試験時間になって、受験票の照合が始まり机の上を片付けることになりました。 寸前に私はカバンの中でお財布を探し、プリクラに触れてから試験を受けようとしたのです。 8
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いつか少女が夢見たように 「ご主人様、お話があります」 「なんだいお前、藪から棒に」 ベッドの上に正座して切り出した私に、ご主人様が目を丸くなさいました。 私のご主人様は大変お優しい方です。 見た目は黒と白の毛並みに金色の瞳も大層鋭い、泣く子も黙る強面のイヌ男性ではありますが、 ヒト娼館にて病に冒された私をわざわざ身請けし、心身ともに健康を取り戻すまで親身に面倒を見てくださった聖人君子のような方なのでございます。 そのような慈愛に溢れたお方が、こんなヒト風情の手をとって「一緒になってくれ」と仰ってくださった時には正しく天にも昇るような心地がいたしました。 以来数年、時には取るに足らない諍いもいたしましたが、あるいは人間同士ヒト同士よりも仲睦まじい夫婦でいられたことと思います。 だからこそ、我慢ならない事がございます。 所詮は内縁の夫婦ではありますが、それでも月日を積み重ね今日に至っているのですから、妻として言わねばならない事がございます。 「ご主人様は、私に優しすぎると思うのです」 「……おや、つまり今夜は激しくされたいということか。ん?」 「誤魔化すのはおやめください。私は真剣なのです」 にやつき、髪を撫でようとする手をそっと押さえます。ご主人様の凛々しいお耳がきゅうんと萎れました。 その愛らしさに私の胸も思わずきゅうんと鳴りましたが、今は脇に置かねばなりません。 そう、ご主人様は大変お優しい方です。 夜の営みに際してさえも、大変にお優しい方なのです。 私の嫌がることはなさいません。 その、ふさふさの手と長い口で私の体中を、丁寧に、あくまで丁寧に愛撫いたします。 そうして、私の芯が十分に燃え盛り、蜜を垂らすのを見て取った上で滾った一物をおもむろに突き入れ、愛の言葉と共に私が蕩けるまで突き上げるのでございます。 無論、自分一人だけ精を吐き出して満足なさることなどございません。 それで一体何の不満があろうかと、絞め殺してやりたいほどに羨ましい境遇ではないかと、この世界で数多虐げられている一般ヒト女性諸姉は憤りになることでしょう。 私とて弁えております。私は幸せです。不満などあろうはずもございません。 ですが、断言いたしましょう。男とは元来一人の例外もなくド変態なのでございます。 鞭にロウソクなどまだしもメジャー。 火責め水責め趣向を変えて赤ちゃんプレイ、敢えて私にディルドーを身につけさせ菊座を貫かせた方もいらっしゃいました。 そう、お隣のエイミさん(96歳の女盛り、レトリバー系垂れ耳垂れ目の金髪美人さんです)も仰っていたではありませんか。正常位では誰もイけないのだと。 何も知らない少女であった頃ならば、ご主人様だけは例外なのだと夢を見ることも出来たでしょう。 しかし経験だけは空恐ろしいほど無駄に積んでしまった元ヒト娼婦としては現実から目を逸らすことなどできないのでございます。 私には分かっています。どんなに激しく情を交わしていた最中にも、ご主人様の瞳にはどこか理性の歯止めが残っていたと。 ご主人様はご自分を抑えていらっしゃるのです。私と出会い、初めて結ばれてから数年間ずっと。 果たして、夫婦としてこのような体たらくがございましょうか。 「よろしいですか、ご主人様」 ぴしりと膝もとのシーツを叩きます。 重ねて申し上げますが、私は決して、決してご主人様との夜の営み自体に不満があるのではございません。 不満を感じているのは、私の矜持故なのです。 一寸の虫にも五分の魂が宿っているように、中古の元ヒト娼婦にもトランプタワー程度の高さと強度の矜持があるのでございます。 愛する夫の欲望一つ受け止められなくて、何が妻か。何が夫婦か。 お優しいご主人様のこと、きっと私の体を気遣ってくださっているのでしょう。ヒトは体が弱いですから。 しかし私はとうに覚悟を済ませているのです。 ご主人様のためならば火責め水責め赤ちゃんプレイもなんのその、もっふり力強い尻尾の下の菊座とて喜んで貫きましょう。 だというのに、なぜご主人様はお心を隠そうとなさるのですか。 ご主人様は、私を人間として女性として、対等に見てくださっているからこそ夫婦に迎えてくださったのではないのですか。 私では貴方を熱に浮かせることは出来ないというのですか。ならば誰がそれを出来るというのです。 まさか、まさか外に私以外の…… そこまで言いさした私の唇を、長い鼻面のお口が塞ぎました。 「いや、すまなかった」 もふもふの太い腕が抱きしめます。 ご主人様のもふもふは美点です。上毛は固めですが下毛は大層柔らかいのです。 この数年間、幾多の喧嘩を瞬く間に仲裁してきた偉大なもふもふでございます。ですが、今日という今日は屈するわけにはまいりません。 「何がすまないのですか。分かっておられないでしょう。本当にすまないとは、思っておられないでしょう」 「分かっている。思っているとも。心から」 睨みあげる私に啄ばむような口付けを落とすご主人様。 いつの間にか寝巻きが捲り上げられ、力強い指が乳房を揉みしだいております。 ああ、いけません。これでは毎夜の流れと何の変わりもありません。 おのれもふもふ、貴方には屈しないと誓ったばかりなのに。ご主人様との連係プレーとは卑怯にもほどがあります。 つまりご主人様はもふもふの自乗に卑怯者です。 ベッドに押し倒され、与えられる愛撫にはふはふと息を吐きながらも必死で睨みつける私に、ご主人様がにたり、と牙を見せて笑いました。 ◇◇◇ 「あぁ、あぁ、ご主人様、お願いです、もう」 「駄目だ。覚悟は出来ていたのだろうが。えぇ?」 金色の瞳が嗜虐の喜びを湛えて悶える私を見下ろします。 持ち上げられた足の指の間を殊更ゆっくりとねぶられ、思わず喉が引き攣りました。 もう、もう、とっくに体中が火照りきってるのに。いつもなら、とうにその逞しくそそり立った剛直を沈めていただけるのに。 あともう、ほんの半歩で気を遣ってしまえるのに。 「ひ、ぃ」 毛先だけが触れるよう、絶妙のタッチでわき腹を撫でられ、頂上までさらに四半歩上り詰めました。 だけど、それだけ。 花芯がしとどに蜜を噴出し、脳裏で七色が瞬きますが、それだけ。そんなもどかしい刺激では達することなどできません。 先ほどから、ずっとこのままなのです。 ご主人様は私を極限まで頂上に近づけながら、決して止めを与えては下さらないのです。 思い余って自ら手を下そうとしても、両腕は脱がされた服で拘束されています。 どうしようもない切なさにせめて股を擦り合わせようとしても、片足は持ち上げられたままです。 体の中には煮立った快楽がマグマのように溜まっているのに、それがぐつぐつ渦巻いて、どんどんかさを増しているのに。 「ご主人さまぁ、ほしぃ、ほしいのぉ」 「駄目だと言っているだろうが」 ひどい、こんなの。どうしてこんな、むごい真似をなさるのです。 こんなの、ご主人様は全く気持ちよくないではありませんか。私はご奉仕する余裕などこれっぽっちもないのですから。 私は今までの営みに満足していたのです。 ご主人様に、焼け付くほどに夢中になっていただかなければ意味がないのです。 「ひぐ、うぁ!」 ぴちゃりと胸の頂をほんの一舐め、マグマが頭に回りました。 頭の中を火かき棒で掻き回されているみたいです。 なのに、もうこんなにめちゃくちゃなのに、こんなにまってるのに、どうして 「いれて欲しいか」 何度目かの問いかけに、呻きながら必死で頷きます。もう声もうまく出せません。 薬を使われた時だって、こんなにはならなかった。 それなのに 「まだ、駄目だ」 鈍く光る金の瞳が、無慈悲に見下ろす。 違う、こんなの違うのです。私はこんな冷酷な行為を求めていたのではないのです。 ご主人様のためならば火責め水責め赤ちゃんプレイもなんのその、もっふり力強い尻尾の下の菊座とて喜んで貫きましょう。 だけれど、それも愛あればこそなのです。 通り一遍では表現しきれない、狂おしいほどの愛欲情欲をぶつけ合う行為だからこそ受け入れられるのです。 この、ただ一方的に嬲られ狂わされる私と、黙々と冷淡に嬲り続けるだけのご主人様との間のどこに、そんな怒涛のような奔流がありますか。 どこに、愛があるのですか。 あぁ、あぁ、ごめんなさい。もう白状いたします。 今までの営みに不満がなかったなんて、嘘です。時にはこの体の一片までも貪りつくすように、力尽くで犯して欲しい夜もあったのです。 私が貪りつくされたいと思うのと同じくらいに、この人が貪りつくしたいと思ってくれなくちゃ嫌だったのです。 お行儀の良い、四角四面の情愛だけじゃ、お腹いっぱいになれないのです。 それがいけなかったのですか。欲張りだったのですか。 こんな、女でなく、妻でなく、よくできたお人形のように好き放題弄くられ玩ばれるのは、そのせいなのですか。 貴方は、私を愛してくださっていたんじゃないのですか。もしや、お気に入りのお人形を手元に置いて、可愛がっていただけなのですか。 知らずにいればいれたものを、私は知ってしまったのですか。 「いれ、いれて、ねぇ、おねがい、おねがいれすぅ、ごしゅじんさまぁ」 回らない舌を必死で回して、ご主人様の慈悲を乞います。 すでにべしょべしょの目元から、違う冷たい涙がぽろぽろと零れました。 ずっとこのままなのは、嫌です。 「そんなに果てたいのか。ならばこのまま果てさせてやろうか」 「ぃ、やぁ、……やぁぁ…………!」 駄々っ子のようにぶんぶんと首を振り、涙の粒が飛びました。 これで最後まで達させられてしまうのは、もっと嫌です。 こんな切なくって、苦しくって、恐ろしいまんまで体だけ果ててしまうなんて、絶対に嫌なのです。 昔ならいざ知らず、今、この人と、そんな風に終わってしまうなんて、とても耐えられないのです。例え死んでも嫌なのです。 「では、コレで果てたいのか。コレでなくては駄目なのか」 雄雄しく鎌首をもたげた肉棒を示されて、首よ千切れろとばかりに頷きます。それでなくては駄目なのです。 この荒れ狂う熱の坩堝となった身の内を、同じ熱の杭で穿っていただかねば、私は弾けてしまいます。 この冷え切りそうに慄く心の内を、灼熱の貴方自身で埋めていただかねば、私は狂ってしまいます。 空恐ろしいほどの経験を積んできたのです。 繋がりさえすれば、ご主人様のお心だってたちどころに分かってしまうのに。 「そうか」 まだ、駄目と言うのですか。もう、壊れてしまえと言うのですか。 怯える私の目元を、私の汗や、涎や、愛液でぺっとりと濡れた指が拭いました。 あれ、金色のお星が二つ、ぎらぎら凶《まが》しく燃えている。 「――いい子だ」 瞬間、ぐじゅり、と音がいたしました。 「あ゛ッ、ああ゛あ゛ッ!?」 背筋を稲妻が走りぬけ、喉から悲鳴が迸りました。 何が、何が私の身に起こっているのですか。 わけも分からず頭を振り乱しているうちに、また、ぐじゅうぅ、と音が響いて、目の裏で光がばちばちと弾けます。 人を焼き尽くそうとするような、手ひどい暴力が、私の、足の、間から、 「あ゛ぅぅっ!」 ごつっ、と胎の奥を殴りつけられ、背筋が仰け反ります。 ここにきてやっと、霞む視界に、ご主人様が私の足を割っているのを捉えました。 金の瞳を血走らせ、剥いた牙の間から泡立つ涎を飛ばし、全身の毛を盛り上がらせた、獣の顔したご主人様が。 「あッ、や゛っ、あぁぁぁんっ! ヒッ!!」 ごつ、ごつ、ごつん、と寸隙の間も置かず叩かれて、子宮が爆発いたしました。 出口のないまま押し込められていた快楽が決壊し、全身を激しく戦慄かせます。 神経の一本一本までがくまなく破裂して、私を責め苛んでいた熱病が洪水となって駆け抜けていきました。 やっと解放されてみると、指先爪先、髪の毛一本に至るまで甘い痺れにひたひたに浸って、かひ、かひ、と息を吐くだけで痙攣が走ります。 ――あぁ、これ、すごい。 「お前という奴は、自分さえ果ててしまえればそれで良いのかね!」 「あっ」 ぴくんぴくんと体を震わせていた私が、弛緩した体のうちでまるで熱く硬いままのご主人様に気がつくのと、 ご主人様が突き刺したままの私を持ち上げ、自身に叩きつけるようにして再び秘所を蹂躙し始めるのは全く同時でした。 「ひいんっ! ひ、い、いぃっ!」 「達したばかりの癖に、ひどく食らいついてくるじゃないかっ! お前は、節操を、知らないのかっ!」 「あぁっ! らって、 らってぇ! ああんっ」 だって、全部ご主人様がいけないのです。 ご主人様が、達したばかりなのに責めるから、内も外も痺れてわけが分からなくなってしまうのです。 ご主人様が、これまでになく強く、速く突き入れるから、腰が融けるほどに気持ちよくなってしまうのです。 ご主人様が、金のお目目を凶暴に光らせて、鋭い牙をぎりぎりと食いしばって、玉の汗を撒き散らして、一生懸命腰を振りたてるから。 ご主人様が、初めて力の限りに私を求めてくださるから、嬉しくて幸せになってしまうのです。 ああ、よかった。 ご主人様は私をお人形などとは思っていなかった。ちゃんと、愛してくださっていた。 空恐ろしいほどの経験を積んだので、分かるのです。 ご主人様は、私を、私が思うよりずっと、狂おしいほど愛してくださっていた。 嬉しい。嬉しい。死んでしまいそうに嬉しい。 それなのに、そんな、まるで私が淫乱であるみたいに言わなくてもよいじゃありませんか。 「ごしゅ、じんさまっ、ごしゅじんさまぁっ」 「お前ッ、お前ッ!」 縛られたままの両腕がもどかしくてぐいぐいと捩ると、あんなに解けなかった戒めがなぜかするりと解けました。 愛しい人のふさふさの首を抱きしめようとして、先に唇に食いつかれました。 大きな力強い舌が、下のお口を責める肉棒と同じ要領で上のお口を蹂躙なさいます。 いつの間にかご主人様の腕は私を強く抱きしめ、そのまま上に伸し掛かって押し潰すかのように腰を振っておりました。 私も両足と両腕をがっちりとご主人様に絡めています。 跳ねる体が、胸の蕾が毛皮に擦れて、燃えるように熱くなりました。 でも、まるで足りません。 もっともっとくっつきたいのです。いっそ溶け合って一人になってしまいたいのです。 「ふぅっ、むぁ、あぐ、うぅっ!」 「ぐぅ、ぐふ、がふっ、ぐうぅっ!」 せめて上と下、両方でお互いを夢中で貪りあう私達。 ご主人様が押し入ってくると、私は喜びにざわめき、愛しくてむせび泣きながらお迎えいたします。 ご主人様が出て行こうとすると、私は寂しさにしとどに泣き濡れ、切なくて必死に締め付けてお引止めします。 嬉しくって、寂しくって、愛しくって、切なくって、もう、なんにも分からない。 「ぐ、うぉぉっ」 不意に、私の中でご主人様が大きさを増した。 「あ、あ、あっ」 同時に、私の体の芯もわななき始めた。 ご主人様が一層速く、深く動き出す。 私の体が、腰からがくがくと震えだす。 いや、いやなの。まって。 まだ、たりないの。 もっと、こうしていたいの。 ずっと、このひとをかんじていたいの。 それがむりなら、せめて 「来てッ、来てェッ! ご主人様ァッ!」 「行くッ、行くぞッ! お前ッ!!」 体の中でご主人様が破裂して、どぐん、とお腹を灼熱が満たした。 頭の中で光がデタラメに爆裂して、背中がびくんびくん跳ねた。 ぎゅうっと、全身で力の限り、ご主人様を抱き締める。 ――ねえ、ごしゅじんさま。わたし、あなたのおくさんで、とってもしあわせなの。 ――だから、あなたがのぞむこと、ぜんぶしてあげたいの。なんでもしてあげたいの。 ――こどもができないおくさんだけど。さきにしんでく、おくさんだけど。 ――つたわってる? ねぇ、でも、だから、おねがい。 ――ずっといっしょに。 抱き締めあったまま、いつまでも続いた絶頂が、やっと引いて。 そうして、ふうっと、瞼が落ちていく。 「……よく、頑張ったな」 視界が闇に落ちていく中で、ご主人様が頭を撫でてくれているのを感じていた。 ◇◇◇ 次の日。枕もとの時計は既に正午を回ろうというのに、私達はまだベッドの中におりました。 「おい、大丈夫だったか。痛いところはないか」 覗き込んでくるハスキー頭を睨みつけます。 黒いお鼻がきゅうんと鳴り、私の胸もきゅうんと鳴りましたがそんなことでは到底誤魔化されません。 「痛いですとも。全身が痛いのです。特に腰が酷く痛むのです」 「そ、そうか」 ああ、やはりご主人様も一皮剥けば中身はケダモノのド変態でいらっしゃったのですね。 ヒトがちょいと隙を見せれば、嬉々として虐めてくださって。 お陰様でまったく腰が立たず、ベッドから出られないのです。体中がびしびしと筋肉痛なのです。 ところでご主人様がベッドから出ないのは……休日だからなのでしょう。 鬱陶しいのでむやみやたらと撫でたり抱き付いたりつついたりなさらないでいただきたいのですが。 「だがな、お前だってばかに盛り上がっていたじゃないか。うん、昨夜のお前は、とても素敵だった。」 金色お目目がでれん、と緩んでおられます。反省の色など皆無。 また、あのような交わりをしたいと、そう仰りたいのですね。焦らしプレイがお好きなのですね。 率直に申し上げましょう。ドン引きでございます。 太ももの辺りを撫でている尻尾を力いっぱい握って差し上げると、ぎゃいんと悲鳴が上がりました。 「ご主人様、何事にも限度とか、心の準備とか、そういうものがございますのですよ」 「わ、わかった。俺が悪かった。やりすぎだった。 そうだ、何か買ってやろう。服が良いか。それとも香水か。お前は好きだったろう」 ご主人様はお嫌いでしたね、香水。 必死の涙目もあいまって多少は溜飲が下がりました。 まずは力を緩めて差し上げましょう。 ……まあ、香水も魅力的なのですが、どうせならば。 「温泉」 「なに?」 「温泉が良いです」 あら、なぜ愕然と目を見開くのですか。 「お前、幾らなんでも温泉を買えというのは」 「誰がそんなとんちきな要求をいたしますか。私はただ、温泉に連れて行って欲しいと言っているのです」 貴方と行きたいと、そう言っているのに。 再び指に力を入れて差し上げると、またぎゃいん、と悲鳴があがりました。 「分かった。温泉、温泉だな。そうだな、再来月の休みにはなんとかしよう」 だからその手を放してくれ、そう懇願するご主人様に、仕方がないので手を開いて差し上げます。 この通り、ご主人様は勇ましく凄みのあるお顔の割りに、内実はどこかぼーっとした所のあるお方なのでございます。 ああ、私はどんな運命の悪戯で、このような方と夫婦をやっているのでしょう。 思い返してみれば、まだ少女であった時分には、いつか素敵な殿方が現れて、その方とだけ結ばれ、一生愛し合うものなどと夢想しておりました。 しかし現実には、ご主人様はあらゆる意味でケダモノでいらっしゃいますし、私もまた、当時の自分には想像もつかないような阿婆擦れの身と成り果ててしまいました。 ……ですが。 ――よく、頑張ったな。 ――大丈夫だったか。 ――素敵だった。 「どうした?」 急に顔が熱くなってご主人様に見られたくない心地になり、急いでシーツの中に潜りました。 すると、どうしたことでしょう。今度はなにやら無性におかしくなって、くすくす笑いが漏れるではありませんか。 あら、思い返せば今朝は、まるでいつかの少女が夢見たような。 なんだ、機嫌はいいじゃないか。そうのたまったご主人様のお顔に、失礼ながら思い切り枕を叩きつけておきました。 《終》