約 130,653 件
https://w.atwiki.jp/terachaosrowa/pages/3719.html
玉子も死んだ 【野比玉子@ドラえもん 死亡確認】
https://w.atwiki.jp/poke-seitai/pages/98.html
●質問 テッカニンが勝手にあちこち飛び回るので 衝撃波で周りのものを壊してしまいます。 ボールに入れたままにするのはかわいそうなので 対策をお願いします。 (某所のデータによると時速8000㌔以上の速度) ●回答 テッカニン用の止まり木がペットショップに売ってるので、できるだけテッカニンの近くに設置してみて下さい。 テッカニンは自然に止まり木に戻っていき、おとなしくなります。 思いっきり遊ばせたい場合はポケモンジムに交渉すれば場所を貸してくれます。
https://w.atwiki.jp/atuserver/pages/56.html
ブロックの上面を右クリックすると衝撃波が発生し、エンティティを 0.5-0.7 の強さで半径 3-4 ブロックの範囲内で後方に飛ばす。 レアリティ:10 最大レベル:II 対応アイテム:剣、斧
https://w.atwiki.jp/vip_sw/pages/203.html
逃げたゴミカス
https://w.atwiki.jp/oreqsw/pages/2425.html
工事中
https://w.atwiki.jp/oreqsw/pages/2434.html
夜の帳が引き上げられ、東の空がうっすらと白みがかる頃。 全身を凍り付ける空気が蔓延するウィッチ用宿舎の通路を、女が一人歩いていた。 割り当てられた自室を出てから、一分もかからない距離を歩く智子は白い頬を赤らめ、とある一室の前で立ち止まった。 そわそわと身体を動かす様から彼女の頬に差し込む赤みが、寒さによるものだけではないことが伺える。 黒真珠を思わせる双眸は潤んだ光を帯び、その奥底に宿る光は嬉々とした色を孕んでいた。 熱の篭った吐息を零し、智子は古ぼけた扉に伸ばした手を、不意に胸元へと引き戻す。 そうしてまた、躊躇いながら扉に手を伸ばしては、胸元に戻すといった動作を何度も繰り返す。 視線の先に立つのは、廊下と目の前の部屋とを隔てる古めかしい扉。 その先で、今もまだ寝息を立てている部屋の主は、昨日再会を果たした彼。 昨夜は同じ布団で寝ることを断られたため、消灯時刻が近づいたことを理由に部屋から追い出されたが、今日は違う。 時間が許す限り――それこそ一日中彼の傍にいることも、話をすることも出来る。 そのことが嬉しくて、嬉しくて。 逸る気持ちを抑え切れず、早朝から足を運んだ智子であったが、彼女はこの後の行動を決めあぐねていた。 どんな言葉をかけながら、彼を起こせばいいのだろうか。 どんな笑顔を浮かべると、寝起きの彼には魅力的に映るだろうか。 頭の中に浮かび上がるのは、寝ている彼を起こす自分の姿。 あの日彼を喪った後も、妄想のなかで幾度も繰り返してきた、愛しい男性を起こす場面。 しかしいざ実際にその場面に直面してみると、あれやこれやと考えが浮かび、上手くまとまらない。 それでも悩んでいては何も変わらない。智子は思考を切り替える。 成長した彼の無防備な寝顔はどう変わっているのか。寝起きの癖は変わらないままなのか。相変わらず寒さに弱いのか。 七年以上経った彼の寝顔や、寝起きの姿を早く見たいという気持ちを原動力に。 意を決し、冷気によって冷やされた扉を数回ノックする。 返事はない。物音も、聞こえない。 智子「俺? もう起きてる?」 今度はノックの回数を増やし、声もかけてみる。やはり返事はない。 起床時刻前なのだから寝ていて当然かと思いつつ、智子は恐る恐るドアノブを握り、回してみる。 鍵はかかっていない。 部屋の主を起こさぬよう、音を立てずにドアを開けて室内へと足を踏み入れる。 無用心だと思うよりも先に、弾む気持ちが彼女を突き動かしていた。 智子「……は、入るわよぉ?」 暗闇に慣れていくに連れて、徐々に部屋の全体図が明瞭となる。 薄暗い部屋のなか、ベッドの上では部屋の主を寒さから守るかのように、幾重にも折り重なった布団が鎮座していた。 それらに守られ、徐に身体を上下させながら寝息を立てる想い人の影を捉えた途端、智子の頬に差し込む赤みがその色を濃くしていった。 寝ている彼を起こさないよう、後ろ手にドアを閉め、足音殺してベッドに近づく。 一歩進む毎に、胸の高鳴りが激しいものへと変わっていく様を感じながら。 智子「俺? もうすぐ起床時間よ?」 これでは寝顔が見られないではないかと不満を零しつつ、自分に背を向ける部屋の主に柔らかな声音で語りかける。 当然の如く返事は無い。 自身の声に反応して時折、布団に包まれた体躯が布擦れの音を立てて動くだけだ。 智子「ねぇ、俺?」 もう一度呼びかける。今度は布団の上に手を添えて、軽く揺すってみる。 布団越しに彼の身体に触れた瞬間、不意に昨日の記憶が――逞しい成人男性の体躯に成長した彼に抱き留められた記憶が浮かび上がった。 温かく硬い胸板と腕に抱き留められた感触までもが肌の上に蘇り、頬に帯びた熱が際限なく高まっていく。 智子「はぁ……」 形の良い桃色の唇から、熱が篭った吐息が零れ落ちる。 願わくは、またあの頃のように彼の胸元に顔を埋めて眠りに就きたい。 彼の腕に包まれ、その温もりを感じながら、まどろんでいたい。 いいや、出来るものなら彼に覆い被さる布団になりたい。 包まれるだけでなく、今度は自分が彼を包みこんで、癒してあげたい。 こんな布切れよりも、自分の身体のほうが彼を温められるはずだ。 いっそのこと布団を引き剥がして抱きついてみようかと、思考が徐々に危険な領域に足を踏み入れた矢先のこと。 「……ん」 智子「……ぁ」 布が擦れる音を立てて、部屋の主が寝返りを打った。 露となったのは、久方ぶりに目にする想い人の寝顔だった。 もう二度と、目にすることが出来ないと思っていた愛しい男の寝顔だった。 その安らかな寝顔から、改めて彼が生きている現実を実感した智子は、目元に込み上げてきた雫を拭い顔を近づける。 これくらい近くから見つめてもいいわよねと、返す相手のいない言葉を零しながら。 智子「……おれ」 温もりが感じられる距離まで、顔を近づける。すぐ目の前まで、それこそ唇同士が触れ合う寸前の距離にまで。 寝息が頬をくすぐる。その温もりが智子の全身を、芯から温めていく。 このまま時間が止まれば、いつまでも彼の傍にいられるのに。 叶わぬ願いを抱く智子の目の前で、寝顔を晒す男の瞼が不意に強張った。 ベッドの上で横たわる彼の長躯が、布団の山が、微かに震えた。 智子「……あら?」 その寝顔から離れた智子の目に映ったものは、布団からはみ出した彼の下半身だった。 おそらくは寝返りを打った際に、掛け布団を蹴飛ばしてしまったのだろう。 智子「(身体を壊さないうちに、戻したほうがいいわよね)」 視界の隅で何かが蠢いたのは、皺になった掛け布団を掴んだときのことだ。 形の良い眉を顰め、視線を移す。“それ”を捉えた瞬間、智子の全身が硬直した。 視線の先に佇む彼の下半身――その、ある一点。 ちょうど股座に当たる部分が、異様なまでに盛り上がっているではないか。 あたかもテントを張るが如く、棒状の物体が布地を押し上げる光景を前に、智子の白い喉が音を立てた。 智子「あ、わ……わ」 隆起の正体が想い人の盛り上がった男性器だと理解した瞬間、智子は自身の頬がそれまでとは比にならぬほどの灼熱を帯びる様を感じた。 智子「(あ、あああああ、あれよね!? 朝に起こる、生理現象のようなものよね!?)」 初めて目にする、朝勃ちという男性特有の生理現象。 恋慕の念を寄せる相手の逸物は、布地の下からでも形状が分かるほどに雄々しく反り立っていた。 再び智子の喉が、静かに音を立てた。 自然と呼吸が、荒いものへと変わっていく。 視界から外そうにも、目線を逸らすことが出来ない。 それどころか、手が自然と、彼のモノへと伸び始める。 智子「はぁっ……はぁっ……はーっ」 頭のなかに靄のようなものが広がり、それが冷静さと理性を覆い尽くす。 智子の脳裏を駆け巡り、支配していたのは女としての衝動。 妄想のなかで何度も自身の純潔を散らした彼の雄。それが、いま目の前にある。 ――どれくらい硬いのだろう。 ――どれくらい熱いのだろう。 ――触りたい。 ――見たい。 ――欲しい。 肥大する衝動に比例して、激しさを増す心臓の高鳴り。 一秒が永遠にも感じられるなか、遂に智子の白い指先が、それへと触れた。 指の先端に伝わる熱と硬さを感じた瞬間、智子は頭を槌で殴られたかのように、脳が揺れる感覚を抱いた。 布越しだというのに、こんなにも熱いのか。こんなにも硬いものなのか。 もはやこれ以上、正常な思考を働かせることができなかった。 そのまま残る細指を、牡竿に這わせようと動かす寸前、我に返り瞼を閉じて彼の逸物を下半身ごと布団で覆い隠す。 智子「わ、わたし……何てことを……」 薄桜色の唇から漏れ出す声音に満ちていたのは、怯えの感情。 自身に潜む雌が、自分でも気がつかぬ内に膨れ上がっていた。 もしも理性が戻ることなく、あのまま指を這わせていたらどうなるのだろう。 もしもそれで彼が目を覚ましたら、どうなっていただろう。 きっと、寝込みを襲った女と軽蔑されるに違いない。 また会えただけでも、充分に幸せだったというのに。 いつの間にか、次の欲求が――彼だけの女(もの)になりたいという願いが生まれていることに。 その欲求すら抑え込めない、自身の弱さに智子は唇を噛んだ。 智子「ごめんなさい……」 自分だけが独り、抜け駆けをしていることをかつての仲間たちに向かって。 そして、勝手に部屋に入り込んだことを目の前で寝息を立てる彼に向かって。 小さく謝罪の言葉を漏らした智子は、自身の黒髪をかき上げて、静かに男の寝顔に顔を寄せる。 せめて彼が目を覚ますまで、間近で見つめていたい。 あわや再び唇同士が触れ合う寸前の距離まで近づいた瞬間、想い人が唐突に瞼を開けた。 普段なら目を覚ましてから、思考が働くまでに数分の時間を要する。 けれども、今回ばかりは状況が異なっていた。 瞼を開けた先の視界を占めるのは、見慣れた天井ではなく、息が止まるほどの美貌。 西欧人のそれとはまた異なる柔肌は、雪のように白く。 目にしただけで手触りの良さを期待させる黒の長髪は、漆を思わせるほどの艶を帯びている。 黒真珠を覆い隠す瞼から伸びる睫は、どこか羞恥に耐えるかのように、小刻みに震えていた。 そして、あと少しで自身のそれに触れる距離まで肉薄していたのは、形良い桜色の唇だった。 自身の視界を独占する美貌の主が、昨日に再会を果たした穴拭智子だと気がついた瞬間、俺は息を呑んだ。 俺「(な、何だ!? なんで智子が俺の部屋に!?)」 何故、智子が自分の部屋に入り込んでいるのだろうか。 何故、智子の唇が自身のそれに近づいているのか。 次々と疑問が脳裏を駆け巡るも、それらは眼前に迫る美貌によって、すぐさま掻き消されてしまう。 静止の声をかけようにも、僅かでも身体を動かせば彼女の唇を奪いかねない。 だというのに、智子になら唇を奪われても構わないと思ってしまっているのは。 彼女の黒髪から発せられる仄かに甘い薫香にばかり意識を向けてしまっているのは、男としての悲しい性なのか。 かといって、このような形で大切な妹分の――智子の初めてを奪うわけにもいくまい。 何とか首だけでも動かして彼女の唇が、自身のそれに触れないよう体勢を変える。 その際に生じた微かな布擦れの音に気がついたのか、智子が瞼を開いた。 お互いの瞳を見つめ合う時間が続き、 智子「え? あ、あ……わ……」 俺「よ、よぉ。おはよう……智子」 再会してから、初めて間近で見る彼女の面差しが次第に赤みを増していった。 段々と黒い瞳には透明な雫が滲み出てきた。 そして、感情の高まりを抑え切れなくなったのか。 言葉にならない叫び声が、室内に響き渡った。 智子「ち、違うのよ!? ここここ、これはぁ! ちょっと貴方の髪の毛に埃がついてたから、取ろうと思ってたたたた、だけなのよ!?」 整った美貌を高潮させ、涙まで浮かべて、機銃掃射もかくやの勢いで言い訳を並べ立てる妹分の姿に俺は口元を綻ばせた。 随分と昔にも、こんな風に似たような言い訳を聞かされたことがあったな――と胸裏で独りごちながら。 どれだけ見目麗しく成長しても、あの頃と変わらぬ智子が目の前にいる。 自分が、自分だけが知っている智子が、そこにいる。 そのことに、愛おしさと懐かしさが混じる感慨を抱いた俺は、自然と彼女の頬に手を添えていた。 智子「あっ……」 頬を触れられ、ほんの一瞬だけ身体を強張らせたものの、すぐさま力を抜いて瞼を閉じる。 その手の温もりに、優しさに身を委ねるかのように。 安らぎに満ちた表情が、智子を彩った。 俺「俺のこと、起こしに来てくれたんだよな?」 智子「……うん」 瞼を閉じたままの智子が小さく頷いてみせると俺は静かに破顔した。 手の平を満たす倫子の頬の柔らかさを感じながら。 俺「そっかそっか。ありがとうな、智子」 智子「その、迷惑……だった?」 俺「まさか。俺が寒さに弱いの知っているだろう?」 だから気にするなと笑い飛ばすも、彼女に笑みが戻ることはなかった。 おそらく昨晩、寝床を共にしたいという願いを拒否されたことが智子のなかで尾を引いているのだろう。 俺としては大人の女へと成長した妹分を襲わぬための防衛手段だったのだが、自身を兄貴分として慕う智子は、甘えたかったのかもしれない。 再会するまで智子のなかで自分は死んだ人間だったのだ。 そんな自分とまた巡り会えたことを考えると、些か大人気ない対応だったか。 俺「(もう少し構ってやれば良かったか)」 放っておけば朝食まで昨夜のことを引き摺るかもしれない。 俺は考えを巡らせる。 時間にして一分にも満たない短い間黙考を続け、素直に思いの丈を吐露することを決めた。 俺「あー……智子?」 智子「……なに?」 俺「その、だな。別にお前と一緒にいるのが、嫌なわけじゃないんだぞ? 俺だって……お前にまた会えて嬉しいんだ」 段々と声音が尻すぼみになっていく。 それはきっと、これから紡ぐ台詞が自分でも気障なものだと自覚しているからだろう。 次第に頬が、耳が熱くなっていく様を実感しながら、俺は尚も言葉を続ける。 俺「……ただ、な。お前が綺麗に成長し過ぎて……傍にいると何というか、凄く落ち着かないだけなんだよ」 告げられた台詞に智子は目を丸くした。 小さく口を開け放ち、こちらを見つめる美貌。 思わず心臓が跳ね上がる感覚を抱くも、俺はすぐさま口を開く。 俺「黒髪も……その、陸軍にいた頃と違って艶があるし」 智子「え……あ。そう、かしら?」 言われて、肩から流れる自身の黒髪に手を遣る智子。 形の良い唇は心なしか綻んでみえた。 俺「肌も、あの頃と同じように……いや。あの頃以上にきめ細かくて」 智子「……あ、あぅ」 俺「体つきだって……その、なんだ。ちゃんと大人のそれになってるからさ」 一瞬だけ、彼女の陸軍服を下から押し上げる二つの膨らみに視線を注ぎ、すぐさま逸らす。 智子「そ、それって!!」 弾け飛んだ言葉に続いて智子が身を乗り出した。 俺「う、うん?」 智子「私のことをその、女として……見ているって、ことで……いい、のよね?」 自身のシャツを両の手の指でぎゅっと握り締めながら、真っ直ぐに自分を見つめてくる智子の言葉に俺は首肯した。 途端に智子の頬に朱色が戻る。形の良い唇が更に綻んでいく。 俺「……ぁ」 思わず、声が漏れた。 自分でも、それが声なのだと遅れて気がつくほどの小さな声だった。 智子「そう……なの。っふふ……そう、なんだ」 花が咲いたような笑み――という言葉は、きっと今の智子が浮かべる笑顔を差しているのだろう。 嬉しさと、喜びに満ち溢れた微笑みを前に俺は思う。 この笑顔を、いつまでも見つめていたい。 いつまでも、愛でていたい。 智子「朝からごめんなさい。先に行って待っているから……早く、来てね?」 想い人が自身の笑みに魅了されていることに気づかぬまま、智子は寝台から下りる。 そうするや否や身を翻し、小走りで部屋を出て行った。 俺「智子……」 部屋を出て行く智子の後姿に、返事すら返せないでいた俺は重々しい音によってようやく我に返った。 頬が熱い。胸の辺りから響く鼓動が、やけに煩く感じる。 俺は口を開いて肺一杯に溜め込んだ空気を、大きく吐き出した。 気恥ずかしさを含めたあらゆる感情と一緒に。 俺「あぁ……まずいな」 寝癖のついた髪に遣った手を乱暴に動かす。 俺「ありゃ反則だろう」 彼女の笑みに、俺は心奪われていた。 微笑み一つで奪われるとは随分と安い心だなと自嘲しつつ、今後について思案に耽る。 妹分である智子を女として意識してしまっている自分は、どう彼女と関わっていけばいいのだろうか。 彼女が慕う兄貴分として振舞えるだろうか。 次に彼女と顔を合わせるとき、この気持ちを封じ込めておけるだろうか。 どちらも、やり遂げる自信がなかった。 更には幹部会も近い内に開かれる。 腹に一物抱えた魑魅魍魎どもに足元を掬われぬよう振舞わなければならない。 表と裏の二つとも多難に満ちている現状に、俺は再び深く溜息を吐いた。 「はっはっ……はぁっ、はっ」 白い息を吐き出しながら智子は基地内の廊下を走る。 その足取りは、彼の部屋へ向かっていた時のそれとは比にならないほど軽やかなものだった。 伝えられた言葉が、自身の息遣いとともに脳裏に蘇る。 それは、心の底から欲しかった言葉だった。 妹としてじゃない。いまの彼は、自分を一人の女として意識している。 ならば、彼が自分のことしか考えられないようにしてみせよう! そのためにも今日一日、ずっと彼の傍にいよう! ――― ―― ― そのような期待に胸を膨らませていた数時間前の自分を叱咤したい衝動を抑え、智子は物陰に半身を潜めていた。 恨めしげな光を宿す瞳に映るのは、想い人が他の女との談笑を楽しんでいる光景だった。 話によると彼は戦闘時以外は基地清掃の仕事を与えられ、平時は掃除用具を片手に基地内を徘徊しているらしい。 一部の基地職員の口からは彼がモップ片手に天井や基地外壁を歩いていたという信じ難い情報が飛び込んできたが、おそらく何かと見間違えたのだろう。 彼の姿が見えなくなっていることに気がついたのは朝食後だった。 同じ場で食事を摂っていた502の魔女たちですら彼が退室したことに気づかなかったのだから、驚きである。 慌てて基地内を探し回ること数十分。 ようやく彼の姿を発見できたものの、その隣には先客がいた。 そして彼は、その先客と楽しげに談笑していた。 先客である少女もまた、彼との語らいを楽しんでいるのか弾けんばかりの笑みを口元に湛えていた。 智子「(何よあの子……あんなに大きいなんて)」 反則じゃないと後に続く言葉を胸裏に零し、目を細める智子。 視線の先で自身の想い人と話す少女。 きめ細やかな白い肌。短めに切られた金の髪。 そして、身に纏うニット生地の軍服の下から押し上げて自己主張している連山。 その二つの山は少女の微かな動きにも敏感に反応し、小さく揺れたわんでいた。 余りの迫力に、思わず半歩ほど後ろに退いた智子は、反射的に視線を自分の胸元へと落とす。 視界に入るは陸軍服を下から押し上げる自身の双丘。決して小さいほうではない。 むしろ今の自分ならば当時同じ部隊に所属していた武子たちとも、良い勝負が出来るのではと確信できるほどには成長している。 しかし、 智子「(俺も、あれくらい……大きいほうが良いのかしら……)」 少女――ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンの胸は余りにも、強大過ぎた。 ただ膨れ上がっているのではない。 むしろ、大きいだけならば自分にも勝ち目はあっただろう。 だが少女のそれは大きさと形が完璧に両立している。 天は二物を与えぬという言葉は嘘だったのか。 どうみても完璧なものが二つもあるじゃないと口のなかで叫びつつ観察を続ける。 ラル「二人とも寒いなかご苦労」 ニパ「あっ、隊長」 智子「……なッ!?」 どうにか怪しまれぬよう自然なタイミングで会話に入り込めないかと画策していると、不意にラルが加わった。 昨日、初めて対面した際は意識すらしなかったが、彼女の連山もまたニパに負けずとも劣らぬ姿を軍服の下から見せつけていた。 しかも身に着けているコルセットのせいで余計にサイズが強調されているような気がしてならない。 現に俺を見れば不躾な視線を送らぬよう目線を泳がせているではないか。 それは、自分よりも若い彼女らを女として意識している何よりの証であった。 智子「ぐぬぬ」 悔しさの余り声が漏れる。 朝はあれほど自分の魅力を伝えてくれたのに。 あれほど自分の魅力に戸惑っていると言ってくれたのに。 それなら、それなら…… 智子「もう少し……私だけ見てくれても、いいじゃない。ばかっ」 「やぁ、穴拭中尉」 智子「んひゃぁ!?」 切なげな想いが冷えた風によって掻き消された矢先のこと。 背後から声をかけられ、思わず裏返った悲鳴を上げてしまう。 情けない姿を見られたことに対する羞恥心に頬を微かに紅潮させながら振り向く。 目の前にはペテルブルグ基地で最初に出会ったウィッチの姿があった。 智子「い、いきなり何よ。悪いけど夜のお誘いならお断りよっ」 出会って早々、晩酌を共にしないかと誘われたことを思い出し、先手を打つ。 どうもこの人間は自分の後輩と同じ類に属している気がしてならない。 うっかり誘いに乗ってしまった日には、どうなることやら。 クルピンスキー「えー、まだ何も言っていないじゃないか」 ほら、残念そうに口を尖らせる。 智子「それで何の用なの? まさか本当に懲りずに晩酌の誘いに来たわけじゃないでしょうね?」 クルピンスキー「いやなに散歩をしていたら、綺麗な後姿を見つけたものでね」 口元に微笑を浮かべるなり、クルピンスキーは片膝をついて智子の指を手に取った。 智子「ちょ、ちょっと……」 クルピンスキー「麗しい巴御前殿。どうか、その優美な黒髪を……この伯爵めに触れさせてはいただけませんか?」 姫君に愛を誓う王子、あるいは守護騎士を思わせるほどに真っ直ぐで、熱っぽい声色で想いを紡ぐ。 一瞬でここまで距離を縮めてくるとは。 自身の後輩よりも手練であると認識した智子はそっと指を払った。 智子「じょ、冗談はやめてちょうだい」 クルピンスキー「連れないなぁ。ところでさ、穴拭中尉」 智子「だから晩酌には付き合わないって――」 クルピンスキー「彼のこと、好きなの?」 言いかけた言葉は、それまでの芝居がかったものから一転して親しみやすい陽気さを帯びた声によって遮られた。 智子「は……はぁぁ!? いきなり何を言い出すのよ!?」 クルピンスキー「あれ、違うのかい?」 智子「違うわけがないでしょう! ……っ!?」 反射的に彼女の言葉を否定してしまった智子は一瞬でその美貌を赤らめた。 搦め手に嵌り、彼に抱く自身の恋慕を肯定してしまったのだ。 立ち上がったクルピンスキーは満足げな笑顔を浮かべていた。 クルピンスキー「はははっ、扶桑海の巴御前は素直だねぇ」 智子「ううううう、うるさいっ!!」 頬を紅潮させ、声を荒げる智子を前にクルピンスキーはその笑みを濃いものへと変えていった。 彼を見つめる智子の瞳は、大人びた見た目とは裏腹に年端もいかぬ少女のように純粋で美しかった。 想い人を見つめる智子の横顔を目にした瞬間、自分は魅了されていた。 熱を秘める黒の瞳、寒さによるものなのか心の昂ぶりからなのか桜色に染まる頬。 乾燥させぬよう舌で湿らされた形の良い唇。 それら全てに心を奪われていたクルピンスキーは知られぬよう、あえて背後に回って声をかけたのだ。 クルピンスキー「それで、答えはYESってことでいいんだね?」 暫く視線を泳がせていた智子であったが、観念したのか息を深く吐いた。 そして、照れたようにはにかみながら想いを編み込んで、口を開く。 智子「えぇ、好きよ……あの人のことが。どうしようもないくらい、愛しいの」 それは、幼少の頃から抱いていた恋慕の念。 それは、成長するに連れて増していった一途な想い。 彼の周囲にどれだけの女が現れても。自分にどれだけの男が言い寄っても。 変わることがない、変わるはずのない感情だった。 智子「だから、彼が生きていて……また会えたことがね。どうしようもないくらい嬉しいの」 クルピンスキー「……あぁ」 凍えた風に黒髪を弄ばれながら、微笑む智子を前にクルピンスキーは静かに嘆息した。 花が咲いたような笑みとは、きっと目の前にいる彼女が浮かべるそれを差す言葉なのだろうと確信する。 寒空の下にいるというのに、見ていて心が温まって、和らいでいく微笑みに知らずと自身の口元まで綻ばせてしまった。 それと同時に、思い知った。 これは口説けない。 これは堕とせない。 仮に男女問わず自分以外の人間が彼女に言い寄ろうと、穴拭智子にとっての特別な人間は、彼一人なのだ。 それは今までも、今も、そしてこれからも変ることはない。 智子とは昨日に出会ったばかりで、彼女の人となりもクルピンスキーはまだ殆ど知らなかった。 にも拘わらず、そう確信させるほどに智子の瞳に宿る光は眩くて、美しいのだ。 クルピンスキー「負けたよ……まったく、貴女みたいな人を放って置くなんて。俺も罪な男だよ。辛くなったら、いつでも僕の胸に飛び込んでいいよ?」 智子「お生憎様、彼はそんな酷い人じゃないわ」 クルピンスキー「酷い人じゃない、か。君や、僕たちにとっては……ね」 口から漏れた言葉は巴御前の耳に届かぬよう意図して小さく呟かれたものだった。 航空歩兵でありながら不穏分子を斬って回る彼。 もしも彼女がその事実を知ったら、どうなるのだろうか。 もしも愛した男の裏の顔を見てしまったら、どうなるのだろうか。 自分が見蕩れた笑みは消えてしまうのだろうか。 智子「ねぇ? 聞かせて欲しいの。あの人が此処に来てからどんな風に過ごして来たのか」 クルピンスキー「もちろんさ。その代わり、トモコって呼んでもいいかい?」 一縷の不安を胸に抱くクルピンスキーであったが、自身に詰め寄る智子を前に胸裏をざわめかせる胸騒ぎを押し込めた。 ネウロイ襲撃の警報が鳴り響いたのは、談笑を始めてから五分と経たないときのことだった。 ――― ―― ― 外の景色から風が吹く音が聞こえる。 それに伴い、全身を包む空気が一層その温度を下げていくのを感じ取れた。 格納庫――そこは魔女たちが有する、機械仕掛けの箒とも称せる戦闘脚が保管、管理されている場所。 彼女らが空を、大地を縦横無尽に駆け巡るために必要な箒が日夜整備されている工房。 そこに智子は手近にあった鉄製のコンテナの上に腰を降ろしていた。 工房を彩る戦闘脚は殆どが先に鳴り響いた警報後すぐに格納庫から目の前の滑走路へと飛び出し、大空へと飛び立って行った。 その中には自身が長年想いを寄せる男のものも含まれていた。 残っているものがあるとすれば、司令でもあるグンドュラ・ラルのそれだけだ。 息を吐き、瞼を閉じて、智子は風の音に意識を向ける。 そのなかに飛び立って行った戦闘脚の音が混ざるのを聞き漏らさないために。 そうしている内に出撃前の出来事が脳裏に蘇った。 ―― 「駄目よ! 危険過ぎるわ!!」 襲撃に対する編成を伝えられたとき、智子は真っ先に後衛を任された彼に喰ってかかった。 既に俺は成人を迎えている。 飛行はもちろん、固有魔法である衝撃波の使用も可能だが、航空歩兵として致命的な能力が欠落していた。 敵の攻撃から身を守る障壁だ。 障壁を展開する能力を失えば、ネウロイから放たれる熱線を防ぐ術はない。 連中に置き換えれば常時、心臓であるコアを剥き出しにしているようなものである。 未来予知の固有魔法持ちならば障壁など無用の長物に過ぎないのだろう。 現にスオムスから501に派遣されたウィッチはそういった固有魔法を持っていると智子も耳にしていた。 「確かに障壁は張れなくなっちまったな」 智子の剣幕とは対象に俺は困ったような笑顔で返すだけだった。 「それなら――」 「だけど、俺の力の根源は残ってる。俺の衝撃波は大勢の敵を消し飛ばすためにあって、それはまだ使える。まだ、まだ戦えるよ」 詰め寄る智子の頭に彼はそっと手を乗せた。 昔から駄々を捏ねると決まって彼は頭を撫でて自分を宥めてきた。 けれど、これは駄々なんかじゃない。 障壁を失ったのは事実で、身を守る術を持たない者が戦場に出たところで逆に危険なだけではないか。 「残り少ないからといって、燻らせるなんて勿体無いだろう? 全部使い切るわけじゃない。それに俺には、仲間がいるからな」 そう反論しようと開きかけた口は、強い意思の光を弾く瞳と言葉によって閉じてしまった。 「大丈夫ですよ。穴拭中尉」 先ほどまで彼を独占していたニパが笑みを作る。彼女ら502の実力を見くびっているわけではない。 ただ、何が起こるか分からないのが戦場ではないか。 彼のことだ。もしも彼女らに危険が迫ったとき、きっと身を呈して守るだろう。 あの日、自分を庇って撃墜されたときのように。 「ニパ君の言うとおりだよ、トモコ。大丈夫、必ず僕らが連れて帰るさ」 「というわけだ。頼もしい仲間がいるんだから大丈夫さ」 ――わかってよ。 ――貴方、もう限界なのよ? いまは飛べて、衝撃波も撃てるけど……それだっていつまで続くかわからないのよ? 「じゃ、行ってくる。ちゃんと全員無事に帰ってくるからな」 「ま、待って! あ、あぁ、行かないで……いかないでよ……」 静止の声は戦闘脚の駆動音によって、掻き消された。 滑走路から飛び立つ魔女たちに紛れた彼の姿が、遠ざかっていく。 もしも、あと数年早く彼を見つけていれば、自分もあの輪のなかに加わることができたのだろうか。 彼が502の面々を眺めたときに見せた信頼の眼差しを、自分も受けることができたのだろうか。 彼と一緒に、あの空へ飛び立つことができたのだろうか。 胸のなかには、もう痛みしか残っていなかった。 かつて扶桑海の巴御前と呼ばれ、銀幕の主役を飾った女は、ただ独り格納庫に取り残された。 徐々に空へと溶け込んでいく想い人の背を、智子は見送ることしかできなかった。 ―― 「……ッ」 惨めな思いを振り払うかのように頭を振って瞼を開く。 まるで彼が、もう手の届かないところに行ってしまったみたいだ。 ほんの数年前までは、自分もその輪に加わっていたというのに。 居場所を取られた子どものような、寂寥感を胸の内に秘める智子は不意に背後へと振り返った。 ラル「私を恨むか」 智子「……恨んだって仕方ないじゃない。そんなこと、彼が望まないわ」 足音を伴って声をかけてきたラルに返す。 彼がガランド少将預かりの戦力だという説明を受けた以上、口を挟むつもりはない。 が、それは軍人としての意見であって彼に恋慕の情を抱く女としては今回の出撃は到底受け入れられるものではなかった。 ラル「あいつの力は本物だ」 ――そんなこと貴女に言われなくたって、子どもの頃からずっと知っているわよ。 喉下まで出掛かった言葉を無理に飲み込んだ。 彼女に苛立ちをぶつけても仕方がない。 ラル「大型どころかネウロイの部隊すら一撃で殲滅できる破壊力と範囲。もはや戦略兵器の域だ」 智子「そんな、に?」 告げられた言葉に智子は目を丸くした。 かつて扶桑皇国陸軍として同じ部隊に所属していた際は中型が精々だったはず。 それがこの数年で、ここまで成長するものなのか。 単機で軍勢相手に渡り合うなど、質と量の隷属関係を完全に破綻させているではないか。 そう胸裏で零す智子は知らぬ間に自身の背が粟立っていることに気がついた。 それは決して寒さによるものではないのだろうと思った。 出撃前に自身の頭を優しく撫でていたあの掌から、一体どれだけ強力なエネルギーが放たれるというのか。 ラル「一対多ですらあいつにとっては何ら障害ではないだろう」 陽気な人となりとは反対に、その固有魔法が司る属性は破壊を齎す暴力。 力で以て全てを捻じ伏せる暴君の力だ。 その暴力は間違いなく戦略的価値があるし、いざとなったとき部隊の切札として十分に機能する。 だが、とラルは一つの疑問を抱いた。 どこまでが彼の全力なのだろうか。彼の力はどこまでのものなのだろう。 部隊はおろか大型すら容易く呑み込む彼の異能。 それは、人類を脅かし遥か天空に座する異形の牙城をも滅相し得るほどのものなのか。 疑問が尽きることはなかった。 ――― ―― ― 戦闘脚の駆動音を耳にした瞬間、格納庫を飛び出した。 速度と高度を徐々に下げ、滑走路へと降り立つ502の魔女たち。 少女たちの無事な姿を捉え安堵しつつ、彼女らとともに出撃した想い人の姿を探す。 しかし、帰還した魔女たちのなかに、男の姿は何処にも見当たらない。 段々と智子の全身を、悪寒が蝕みはじめる。 それは単に外気によるものなのか、それとも忌むべき過去の記憶が蘇ったことによるものか。 もしかしたら――が胸裏を過ぎる。 智子「(ちゃんと帰ってきてよ……。帰ってくるって、自分で言ったじゃない……!!)」 息苦しさを感じ始めたなか、視界の片隅に小さな黒い点を見つけた智子は自然と駆け出していた。 背後からロスマンが放つ静止の声を気にも留めずに。 駆け寄る自分の姿を見つけた男が、口元に笑みを落とす様を見つけ。 智子は両手を広げて彼の胸元へと飛び込んだ。 智子「俺ぇ!」 俺「おっとと! 随分と熱烈なお出迎えなことで……どうした?」 自分の胸元に飛び込むなり、両の手を背中へ回す智子の抱擁に驚きつつも、彼女の頭と背に手を添えてあやすように撫でる。 押し付けられる母性の柔らかさと温もりに多幸感を抱きながら。 智子「無事よね!? どこも、怪我とかしてないわよね!?」 俺「あぁ、大丈夫だよ。俺もみんなも」 智子「よかっ……た。よかったぁ……」 それまで自身の胸元に埋まっていた智子の顔がその姿を覗かせた。 瞬間、俺は息を呑んだ。心臓が一際強く脈動する様を確かに感じた。 黒真珠を潤ませながら、安心し切ったように頬を綻ばせる智子の微笑みに、心奪われていた。 自然と指先が、手が彼女の端整な頬へと移る。 そんな自分の手の平が心地よいのか智子は一度短く“んっ”と呟くなり、身を委ねた。 瞼を閉じた際に浮かび上がった涙が零れ、俺の指が静かに濡れた。 俺「ごめんよ……心配かけさせたな」 智子「いいのっ……みんなが、あなたが無事なら……いいのっ」 端正な美貌を涙で濡らしながら見せる笑みに、俺は心臓を潰されたような息苦しさを覚えた。 彼女から視線を注がれると気恥ずかしさにも似たむず痒さが背筋を走るのに、目を背けることが出来ない。 気恥ずかしい感情を抱きながらも、もっと彼女の笑みを見つめていたいと思ってしまっているのはきっと、 俺「あぁ……ただいま、智子」 自分は、穴拭智子に完全に惹かれてしまっているからなのだろう。 続く JUNGLEの秘密基地って、アニメだとあの地下空間にあるセットみたいなもんなのに SIDE GREENだとちゃんと廊下とかの描写がされてるんですね。
https://w.atwiki.jp/kt108stars/pages/10383.html
868 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 05 25 05.68 ID xtSMpq4k0 [1/2] じゃあ水を差すように報告。リアルリアリティとは違うけどリアル厨。オンセ。 全力移動には自身の手番を使わないとだめなシステムだったんだが、そいつは「全力移動後、~~のスキルで攻撃する!!」とか言い出した。 おい、待て。それはルール上できんぞってなったんだがそいつ曰く「俺は(リアルでなら)余裕で出来る動作だから出来る」と主張し続けたんだ。 ルール上無理だからって言っても聞かず、GMが「出来ません」と断言しても「お前らみたいな貧弱な連中と一緒にするな」とかずっとキレ続けててどうにもならなくなったのでGMがキックしたんだ。 その後も掲示板やらチャットやらでないことないことべっらべら吹聴したせいで、サイト全体で俺らが悪いってノリになりかけたんだ。 そしたら、その時のGMが、「これでも私たちが悪いのでしたら責任を取ります」ってログを公開して、結局そいつが追放されて平和になったと言うお話。 869 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 05 26 16.17 ID xtSMpq4k0 [2/2] なお、困がやろうとした行動は、剣から衝撃波を撃ちだして遠距離の敵を攻撃すると言うスキルであった。 リアルで出来るのなら是非一度拝見したい絶技だと思ったのは多分自分だけじゃないはず。 870 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 05 41 53.26 ID FhLRFugn0 [1/2] 869 報告乙 本当につよいやつは強さを口で説明したりはしないからな 口で説明するくらいならおれは牙をむくだろうな おれパンチングマシンで100とか普通に出すしキリッ 871 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 05 56 57.90 ID 6QuYDCba0 [1/2] 飛び道具のような技なのに、全力移動しないと届かない間合いだったのか… いや、まあ、そんなことはどうでもよく、スキル欄に説明されているルールは 護れよと言う話だよな。 872 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 06 09 02.97 ID bVWmjRHz0 [1/2] 871 射線の問題じゃねーかな 回り込まないと壁にぶつかるみたいな 873 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 06 39 28.98 ID vQa6JG7E0 868 乙 前もこれと似た「俺はやれるんだからそんなルールは知ったこっちゃない」って言った馬鹿がいたけど、ルールで決められている事を守ろうとしない奴はTRPGやるなよって思う 874 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 06 54 03.23 ID vG8Gfp+T0 868 報告乙 TRPG遊ぶ集団ってのは、世間のルールを遵守しきれずハブにされたはぐれ者ってのが混じってるから そりゃまぁ、TRPGで定められてるルールを守れないなら今度はTRPGからもハブにされるよなぁ…… 876 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 07 34 34.90 ID 1oyoQrRO0 [1/3] 乙 「全力」で移動してるのに他の行動する余裕あったら全力じゃねえじゃんなあw 877 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 07 34 48.90 ID SML+xinU0 >なお、困がやろうとした行動は、剣から衝撃波を撃ちだして遠距離の敵を攻撃すると言うスキルであった。 石動雷十太さんは実在したんだ! 878 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:2015/04/22(水) 07 48 31.09 ID b9e0A3XA0 ダイかも知れん スレ412
https://w.atwiki.jp/oreqsw/pages/2106.html
――喜んでくれるかしら。 鼻腔を満たすカカオの香りを楽しみながら加藤武子は鍋の中で粘性を帯びる液状と化したチョコレートを箆で掻き混ぜる。焦げ付かないよう丁寧に、丁寧に。 掻き混ぜながら味付けも考える。 チョコを渡す相手は苦いものがあまり好きではない。武子が“彼”に珈琲を淹れるときも砂糖とミルクを苦味が薄れるまで入れてから出すようにしている。 珈琲が持つ苦味もまた味わい深いものなのだけれど甘くした珈琲を美味しそうに啜る彼の姿を見ていると、楽しみ方は人それぞれなのだろう。 苦いものが苦手な彼の好みを考えると大人向けのビターな味はやめたほうが良い。 だから甘くしよう。うん、そうした方が良い。うんと甘いの食べて欲しい。 口元を綻ばせながら物思いに浸っていると緩やかに胸の内が温まっていく錯覚を覚えた。自分だけが彼の好みを熟知し、それに合わせた味にする。 あたかも恋人じみた行動を取っていることに気がついた途端、少女の整った頬に熱が込み上げはじめた。 武子「(べ、別に私と彼はそういう関係じゃ……)」 頬を赤らめ独り、胸裏で言い訳。 改めて自分と彼の関係がどういうものなのか認識するため、手は動かしたまま彼と共有した時間を思い浮かべてみる。 寝癖をついた髪をブラシで治したり、掛け間違えたボタンを一から付け直したり。蘇る思い出の大半は自分が世話を焼いてばかりな気がするが何故だろう。不思議と悪い気はしない。 時折見せる子どもっぽさとは裏腹に夜遅くまで部隊管理の仕事に付き添ってくれたり、独り隠れて自主訓練を繰り返していたりと妙な部分で大人びている。 その格差を目の当たりにしてからというもの彼を目で追いかけている回数が心なしか増えている気がしてならない。 今もこうして彼のことを考えていると胸の奥が温まっていることもまた事実。 互いに気持ちを確かめ合ってもいないし、自分の気持ちが恋慕と言えるかも定かでない。結局のところ友人以上の関係であろう。少なくとも自身はそう考えているし、そうであって欲しいとも願っている。 ふと視線を左右に向ける。同じように軍服の上からエプロンを身につけ、慣れない作業に悪戦苦闘する友人たちの姿が視界に入り込む。 智子「うー。思うように、いかないわねっ」 彼から褒められた自慢の黒髪を後頭部で結い上げ、子どもっぽく歯軋りして箆を握る手を動かす智子。エプロンには所々飛び散ったチョコレートが付着している。 初めはあまりにも危なげな手つきに何度も変わってあげましょうかと声をかけたがその度に彼女は首を横に振った。 これくらい自分で作れるわ――と自信に満ちた笑みを口元に浮かべながら。 溶かしたチョコレートでエプロンを汚す姿から何の説得力も見出せないけれど武子はそれ以上の口出しを止めた。 頑固なのは相変わらずだが、きっと理由は今回のチョコレート作りに彼が関わっているからなのだろう。 彼。智子にとっては兄のような男。家族以上の存在。そして、初恋の相手。 武子「どう? 焦げてない?」 智子「えぇ。焦げてはいないみたい……よかった」 言葉に安堵の念を滲ませながら、嗅覚を最大限に動かして手を動かし続ける。 今日が何かの記念日というわけではなく、ただ日頃から世話になっている彼に感謝の想いを伝えたいと思い立ち、智子はチョコレート作りを提案した。 本音を言えば形として残る物を贈りたかったのだが、手製の菓子のほうが思いも伝わり易いと考え直しチョコレート作りを仲間たちに持ちかけたのだ。 市販品ならばこうしてエプロンを汚すような苦労も掛からないのだろうが、いくらなんでも味気なさ過ぎるし、女としての矜持がそれを許さなかった。 幸い厨房には菓子に用いるナッツが備蓄として保管されていたので、智子を含む四人はそれをアクセントにすることにした。 武子「焦らずゆっくりね?」 智子「わ、わかってるわ……」 どこか姉妹のそれにも聞き取れる二人の会話を耳にしつつ加東圭子は細かく砕いたナッツをまだ液状のチョコレートに散りばめる。 洋菓子作りの経験はないが、こうして実際に手を動かすと想像していたよりも難しくはなかった。 強いて注意すべき点を挙げるならばチョコレートが焦げ付かないよう細心の注意を払うことだろうか。 贈る相手の笑顔を浮かべながら、ナッツが全体に行き渡るようチョコレートを掻き混ぜる。 美味しいと言ってくれるかしら。ううん、彼のことだからきっと不味くても、そう言うに決まってる。 圭子「こんなものかしらね」 火を止め、チョコレートを流し込むための型を手にとる。中には可愛らしいハート型もあったが、いくらなんでも恥ずかしいのでやめておいた。 それに、隣で同じように型を探す黒江の目もある。ここは無難に丸型を選んでおくのが吉だろう。 けれど、もしもハートの形をしたチョコを贈られたら彼はどんな反応をするのだろうか。 驚くだろうか。それとも恥ずかしがって顔を赤くするのだろうか。顔を赤らめた彼……うん、可愛い。 圭子「ふふっ」 黒江「何をにやけている?」 圭子「にやけてなんかないわよっ!?」 武子「そう? 口元が緩んでいるように見えるけど?」 智子「顔も赤いわ。熱でもあるの?」 圭子「平気よ!? 本当に大丈夫よ!?」 言うなり、洗った型にチョコレートを流し込む。狼狽する態度とは裏腹に手の動きは落ち着いた状態を維持している。優秀な航空歩兵の片鱗が垣間見える動作。 圭子「(そんなに顔に出ていたかしら……)」 箆を使って残りのチョコレートを型に落としながら、胸裏に洩らす。 身体を寄せると顔を赤くする彼。自分の膝の上で眠りこけ、無防備な寝顔を晒す彼。うん、やっぱり可愛い。 直後、慌てて顔を上げる圭子。 黒江「どうした?」 圭子「いいえ……なんでもないわ」 どうやら今度はニヤけていないらしい。 小さく息を吐き、チョコを流し込んだ型を大型の冷蔵庫に入れる。後の作業は固まってからだ。 同じように四角の型を黒江が、長方形型を武子が、菱形のを智子がそれぞれ冷蔵庫にしまっていく。 智子「早く固まらないかしら?」 黒江「固まったあとは型から取り出すのか……難しそうだな」 丁寧に型から外さなければチョコレートに傷が入ってしまう。 自分で食べる分には多少の傷は気にならないが人に、ましてや気になる相手に贈るのであれば話は違ってくる。 圭子「とりあえず休憩にしましょう?」 武子「そうね。次の作業も気を遣うわけだし」 使い終えた器具の片づけを終え、厨房を出て行く少女たち。 しかし、彼女たちは気がつかなかった。 既に冷蔵の奥にもう一つ型が入っていたことに。既に洗われてあった器具一式の存在に。 数時間後、基地内を歩く武子の姿があった。脇に緑色の包装紙に包まれた箱を抱えて。 あれから固まったチョコレートを型から取り出した武子はすぐさま箱に移し変えて厨房を後にした。夕食後に渡せば良いのだが、隊長である江藤敏子の目もある手前、それは避けたい。 時計を確認する。長針はちょうど二を指していた。休みの日のこの時間はいつも自室でト修練を繰り返しているはず。二月であるにも関わらず柔らかな今日の日差しを考えると早く手渡さなければならない。 足早に俺の部屋へと向かい、扉の前で一度立ち止まる。扉に伸ばす手も、引き戻す。 何て言って渡せば言いのだろう? いつもありがとう? 良かったら食べて? こんなことなら珈琲も一緒に持ってくるべきだったと後悔しながら意を決して扉を叩く。 すぐさま返ってくる返事。若干息を切らしている口調から、やはり修練中だったようだ。 武子「そのっ! 私だけど……いま時間ある?」 「うん? 開いてるぞ」 武子「し、失礼します」 室内に入ると頭にタオルを乗せ、柔軟運動をこなす俺の姿が真っ先に飛び込んできた。 タンクトップの上からでも分かる引き締まった肉体は、修練の賜物か年齢とは裏腹に逞しい筋肉が身についている。 とりわけ、ラインが浮き出た鎖骨や躍動感に富んだ首筋は年相応の少女には刺激が強過ぎた。 急速に紅潮して行く武子の頬。質の悪い風邪に掛かったかのように全身が熱を発していく感覚を抱きながら、視線を向けては逸らすといった動作を繰り返す。 武子「~~~~ッ!!」 俺「悪いな。いま少し身体動かしててさ」 武子「だ、大丈夫よ。押しかけてきたのは……私のほう、だから……」 俺「そう言って貰えると助かるよ。それで今日は何の用だ? 書類作りなら喜んで手伝うけど」 ふるふると首を振る武子。 見惚れている場合ではない。チョコが溶ける前に渡さなければとぎこちない動作で脇に抱えた箱を差し出す。 心なしかその細い両腕は震えていた。 武子「ああああのっ! こ、これっ!!」 俺「……くれるのか?」 武子「書類仕事とか手伝ってもらってるし……感謝の気持ち、なんだけど」 俺「ありがとう。開けてもいいか?」 武子「えぇ。口に合えば良いんだけど……」 俺「食べ物か……なんだろう」 ベッドに座り丁寧に包装紙を開けていく俺の隣に腰掛け、その様子を見守る武子。 味付けは彼好みに仕上がった自信はある。形も……そこまで不恰好ではないはず。 俺「チョコレート?」 武子「嫌い……だった?」 俺「いいや。甘い物は好きだぞ? 本当に貰っていいのか?」 武子「もちろん」 俺「それじゃ」 箱から取り出した長方形状のチョコ板を口元に運び、一口齧る。 疲れたときには甘いものがいいとは良く言ったものだ。 ナッツが混ぜ込められたチョコが口の中で溶け、チョコが持つ甘さが全身に染み渡っていく感覚に思わず笑みを零す。 それまで身体に重く圧し掛かっていた倦怠感が嘘のように霧散していく。これならまだ修練を続けられそうだ。 武子「美味しい?」 俺「……うん。んぐ……美味いよ。本当にありがとう」 武子「そう……ふふっ」 子どもみたいな笑みを零しながら夢中でチョコレートに齧りつく少年の姿に頬を綻ばせる。 どうやら不安は杞憂に終わったようだ。ただ心残りがあるとすれば、やはり珈琲を淹れてこなかったことだろうか。 どうせなら自分が淹れたコーヒーも手製のチョコレートと一緒に味わって欲しかった。 けれども、こうして彼の喜ぶ姿が見ることが出来ただけでも良しとしよう。 俺「これ、武子が作ったのか?」 武子「えぇ。初めてだったから……ちょっと自信が無かったんだけど」 俺「そんなことないぞ?」 武子「そ、そう?」 矢継ぎ早に奏でられるパキパキと小気味の良い音に自然と唇が吊りあがる。 よく男はあまり甘い物を食べないと云う言葉を耳にするが彼は例外らしい。 本当に甘い物が好きなのか両手に納まるほどのチョコレートはあっという間に片手と同じサイズまで小さくなっていた。 俺「あぁ。これならまた修練が続けられそうだ。エネルギーも補充できたし」 修練――その言葉が俺の口から出た途端、武子の柳眉が微かに反応した。 武子「最近は……よく鍛えているわね」 以前から彼が隠れて特訓を重ねている光景を何度か目にしたことがある。 ただでさえ猛訓練が連日行われているにも関わらず何度も素振りや筋トレ、衝撃波の制御を繰り返している姿は関心の域を通り越していた。 日の始まりと同時に燃料が尽きるまで飛び回る訓練と並行しての自主修練。 傍から見れば自分を痛めつけているようにしか見えない苦行だが、彼はこうして何食わぬ顔でいま自分が贈ったチョコレートを租借しているのだ。 初めは痩せ我慢かと思ったが、そんなものが長続きするほど自分たち第一戦隊の訓練は甘くはない。 俺「まぁ、な。俺はお前たちのこと守りたいと思ってるけど……口だけならいくらでも言えるだろ?」 武子「……えぇ」 俺「口先だけにはなりたくない。だから修練を繰り返してるんだよ。守りたいなんて言った手前、いざって時に動けないんじゃみっともないしな」 回復している。 たった一晩寝るだけで披露の殆どを身体から除去しているのだ。 無論、寝ぼけたまま現れたこともあれば梅雨に一度風邪をこじらせたこともあったが修練が原因で大事に至ったことなど一度も無い。 それでも、 俺「……武子?」 武子「……あまり無理しないで」 身を乗り出して彼の瞳を見つめる。 そうすることで彼の心に近づけられるような気がしたから。 俺「別に無理は――」 武子「守ろうと思ってくれることは嬉しいの。けど、私たちのためにそこまで身を削らないで?」 俺「だけど――」 言い返す俺の唇に指を伸ばし、続く言葉を遮る。 武子「節分のときもそう。智子を守るために自分が下敷きになって頭を打った」 俺「そ、れは……」 武子「貴方の言いたいことも分かるけど、打ち所が悪かったら死んでいたかもしれないのよ?」 諭すような口調に俺が黙り込む。 告げられた言葉が正論故の沈黙。 武子が言わんとしていることを俺自身も理解はしているのだろう。それでもまだ納得がいかないといった表情に武子は身を乗り出し、彼の顔を覗きこむ。 武子「ねぇ、俺? 私たちは……信用できない? 弱く見える?」 俺「そ、そんなことない!」 寂しげな色が混ざった言葉を即座に否定する。 ツバメ返しを得意とする智子はその華麗な戦闘機動によって何機ものネウロイを撃墜した。 無双神殿流なら居合い術を用いて二機のネウロイを破壊した武子は部隊単位での戦術を模索する努力家である。 圭子は見越し射撃によって部隊内でも高スコアの撃墜数を誇っている。 雲耀なる必殺技を編み出そうと日々鍛錬を積む黒江。 扶桑の航空歩兵のなかでも優秀な部類に入る彼女らを信用できないはずがなく、ましてや弱く見えるなどありえない。 武子「だったら、そんなに焦らないで?」 唇に伸ばした指をそっと頬に添える。 家族を喪うことを心の奥底から恐れる臆病な少年の頬に。その恐れを少しでも取り払うために。 武子「貴方が私たちを守るというなら」 「私たちが貴方を守ります」 一呼吸置き、思いの丈を正直に吐露した。 武子「もっと私たちに背を預けてもいいのよ? ううん、預けて?」 私たちは仲間なのよと続け、笑みを零す。 戸惑う子どもを柔らかく抱きしめるような母性に満ちた微笑み。 俺「……ごめん。少し、急いでた」 武子「トレーニングを積むなとはいわないけど、もっと自分を労わって? 貴方になにかあったら、みんな心配するのよ?」 俺「……うん。気をつける、よ」 弱々しく頷く少年。 そんな彼の頭に手を伸ばし、そっと髪を撫で付ける。素直に謝ることが出来た子にはやはりこれが一番だろう。 武子「はい。よく言えました」 俺「ちょっ! 子供扱いするなよ! 俺のほうが、年上なのに……」 恥ずかしげに顔を赤らめ、頭を撫でる武子の手を払いのける。ほんの一瞬でも心地良いと感じてしまった自分を恨めしく思いながら。 そんな少年の心情を知ってか否か武子は笑みを深め、更に顔を近づける。 近づく端整な容貌。必然的に跳ね上がる心臓の鼓動。吐き出した息が白く染まる季節であるというのに俺はまるで夏の日差しを全身に浴びているかのような錯覚に陥った。 武子「あら? 心配かけたのは誰だったかしら?」 俺「俺です……はい」 悪戯めいたものへと変わった笑みを前に俺はそれ以上の抵抗が無意味だと悟り、項垂れる。 武子「よろしい。チョコ、ちゃんと食べてね?」 頭に残るむず痒さを感じつつ、手にした木刀を振り続ける。腕の動きに合わせて飛び散る汗。時たま吹く風が火照った身体を冷やしていく。 素振りを始めてから一体どれだけの時間が経過したのか。 ポケットにしまい込んだ腕時計を確認すれば分かるのだろうが、時間を確認する暇すら今は惜しく感じられた。 俺「ふッ!!」 腹腔に溜め込んだ氣を吐き出すと同時に一閃。 鋭利な風切り音を奏でながら木刀を振り下ろす俺が不意に顔をしかめた。脳裏に蘇るのは武子と過ごした先刻の情景。 柔らかな微笑み。温もりを帯びた手の平の感触。優しげな手つき。 その全てを心地良く感じ、挙句の果てに享受し続けたいとまで考えた己に胸中で叱咤する。 ――自惚れるんじゃない。彼女はただ自分の身を案じていただけだ。勘違いは起こすな。 煩悩を打ち払うべく木刀を大上段に構え、前方の空間に縦一閃の軌跡を刻み込む。 俺「破ッ!!」 しかし、裂帛の気合を伴って繰り出された斬撃は硬質な物体によって阻まれた。 両腕に伝わる鈍い衝撃。周囲に広がる乾いた音。 視界の真横から伸びて俺の一撃を遮るそれは、いま彼が握り締めているものと同じ訓練用の木刀だった。 顔を逸らし乱入者の姿を視界に捉えた瞬間、俺は目を丸くした。 黒江「随分と、精が……出るなッ。こんな人目につかない場所で修練とは」 顔を顰め、振り下ろされた一刀を押し返す乱入者。 音も無く間合いに近づいてきたこともさることながら、自身の一撃を片手で受け止めたことも驚愕に値した。 俺「綾香?」 黒江「……武子に聞いてな。いつもはここで修練を積んでいるそうじゃないか」 目を丸くしたままの俺を尻目に手にした木刀を肩に担いで周囲を見回す。 周辺を木々で覆われた閉鎖的な空間。基地の端に位置するこの場所は滑走路や資材倉庫、宿舎からも離れており人が立ち入る要因が見当たらない。 なるほど、たしかに。人知れず修練を繰り返すには絶好の場所だろう。 俺「あぁ。それで何か用か?」 黒江「あ、あぁ! まぁ、な。大した用事でも……ないがな…………」 問いかけを投げかけられた途端に跳ね上がる黒江の心臓。頬も心なしか赤みを帯び始めている。 事実、少女は内心狼狽していた。泳がせる視線を自身が脇に抱える袋に落とす。 武子から俺の居場所を聞き出したまでは良かったが渡すことだけを考えていたせいで如何に渡すかまったく考えていなかった。 居場所を尋ねたときはやたら上機嫌だったがどんな手を使って渡したのか。それとも深く悩んでいる自分がおかしいのだろうか。 兎に角早く渡さなければせっかく作ったチョコレートが溶けてしまう。考え込んでいる暇などないと口を開く。 黒江「うむ……その、なんだ。少し……うん、お前に渡したいものが、あってだな……」 俺「渡したいものって……その脇に抱えている袋か?」 歯切れの悪い言葉を繋げる自分に叱咤しつつ、少年の目が脇に抱える袋に注がれていることに気がつくと小さく頷いた。 彼と二人だけの時間を過ごすときに限って日頃の快活さが鳴りを潜めるのは何故なのか。 黒江「うむ! こ、これだ!! 受け取ってくれ!!」 半ば押し付けるように彼へと差し出す。 女らしさが足りないだとか、強引過ぎるだとかそういった細かい話はこの際置き捨てよう。いまは少しでも早く受け取って欲しい。 そう思い至り少女は勇気を振り絞った。 初めてストライカーを身に着け空を舞ったときよりも凄烈に、初めて怪異に刀を振るったときよりも勇壮に。 俺「いいのか?」 黒江「当たり前だ。お、おまえのために作ったのだからな!」 これ以上言わせるなと釘も刺す。 俺「ありがとう、綾香。これもチョコレートか?」 黒江「あぁ。疲れたときには甘いものを摂ると良いからな!」 俺「本当にありがとうな。嬉しいよ」 黒江「うん……」 邪気の無い笑みを零しながら包装紙を開けていく姿に、黒江は胸中が温まる感覚を覚えた。 淑やかさには欠けたが、勇気を出して渡せたことへの充足感が少女の全身を包み込んでいた。 こんなにも喜んだ表情を見せてくれるのなら、また来年も作ってみるか。今度はもっと手の込んだものを食べて欲しい。 取り出したチョコレートに齧りつく様子に口元を薄めながら、そんな考えに耽るのだった。 俺「ごちそうさん。本っ当に美味しかったよ」 黒江「そう言ってもらえると作った甲斐があったな」 俺「しっかし何も返せないのが辛いな。いま何も持ってないぞ……」 黒江「渡したチョコがお返しなんだぞ? 逆に返されても……いや、まて」 腹を擦る俺に微笑みかける最中、不意に脳裏を過ぎった言葉に沈思する。それは戦隊長である江藤が何気なく呟いた一言だった。 ――俺が北郷章香の二刀の内の一本を弾き飛ばした―― その事実が江藤の口から洩れた瞬間、黒江は己が耳を疑った。 北郷章香といえば扶桑皇国に属する航空歩兵において最強の呼び声が高い魔女だ。確かに彼は以前、江藤に命じられ講道館に派遣された。 おそらくはそのときに一戦交えたのだろうが、飛行第一戦隊内で行われる巴戦の模擬戦闘で毎回黒星の彼が如何にして軍神が繰り出す二刀を捌き、内の一刀を無力化したのか。 仮に江藤が放った言葉が真実であるならば、見てみたい。軍神に一矢報いた彼の実力を。 黒江「北郷章香」 俺「……」 軍神の名を出した途端、微かに強張る少年の身体。 黒江「手合わせしたんだろ? 隊長から聞いたぞ。二刀の一本を叩き落したとも」 俺「まぐれだよ」 返事に黒江は唇を釣り上げた。黒真珠を髣髴させる澄んだ双眸には煌びやかな光沢が湛えられている。 過程はどうであれ一刀を弾き飛ばした事実を彼は否定しなかった。それはつまり江藤が呟いた言葉が真実であるということ。 この男は本当に軍神が手にする二刀の一本を奪ったのだ。 黒江「この話を聞いたとき不思議に思った。巴戦で部隊最弱のお前がどうして北郷少佐の一刀を弾き飛ばすことができたのか」 その疑問を抱き続けた黒江はあるとき、一つの事実に思い至った。 黒江「思えば私は……いいや私たちはこうして地に足をつけた状況でお前と刃を交わしたことはなかったな」 俺「何が言いたい?」 黒江「手合わせしてくれないか? 私とも」 遥か高みの存在に指をかけた男が目の前にいる。 その事実がどうしようもなく嬉しく感じ、思わず身を乗り出してしまう。 いまの黒江を動かすもの――それは剣士としての性だった。強者との一戦により自らを更なる高みへ押し上げられることへの興奮と喜びだった。 俺「…………ルールは?」 黒江「そうだな。互いの木刀を叩き落した方の勝ち、というのは?」 俺「あぁ。それでいいよ」 推奨BGM: 手にした木刀を右肩に担ぎ黒江は精神を研ぎ澄ます。 一方で俺も左腰に木刀を添える。居合い抜きの構えにも見受けられる体勢に黒江は胸裏で感嘆の息を吐いた。 巴戦のときとはまるで違う立ち振る舞い。地に足がついているせいもあるのか、一切の隙が見出せない。無風の湖上を思わせる姿に黒江は唾を飲み込んだ。 自身の体内時計が正しければ、木刀を手に取りこうして相対してから五分近くの時間が経過している。 敵の隙を探るのも戦術の基礎だが、こうして初手を打ちあぐね続けるまま立ち尽くすのも好ましくない。何より先ほど抱いた情熱を冷ましたくはない。 風が吹き、木の葉が俺との間を横切ったのを皮切りに黒江は地を蹴った。芝生を踏みしめる音だけが周囲に響くなか、両脚に力を込めて一気に走破。 迅速に相手との距離を縮めていく。 黒江「はぁッ!!」 踏み込むと同時に上段からの斬撃を叩き込む。俺もまた抜き放った木刀を黒江が振り下ろす一撃の進路に割り込ませた。周囲に広がる木材同士が激突する音。 先刻、自身が受け止めたときとは比べ物にならないほどの衝撃を両腕に感じ、少女は頬を綻ばせた。 膨張していく喜悦を感じつつ右薙の一撃。けれども再び阻まれる。その都度、疑問を抱く。 目の前にいる少年は本当に巴戦の模擬戦において毎回のように黒星を飾る彼なのかと。 自身に踊りかかる攻撃の威力に、切り返しの速さ。おそらくは我流剣術なのだろうが、そのどれもが背筋が凍るほどの精密さを誇っていた。 鍔迫り合いに持ち込み、すぐさま魔法力を発動。 身体の構造や体格差から純粋な生身での力比べでは少年に分がある。故に魔法力を行使することで黒江はその差を埋めることを選んだ。 歯を食いしばり、全身に圧し掛かる重圧に耐え忍ぶ。両脚に力を注ぎ、膝のバネを駆使して押し返すも勢いは弱々しい。 俺の頭部には使い魔の耳は発現していなかった。つまり彼は身体能力だけで、魔法力で強化した自身に抗っていることになる。 俺「おぉぉぉぉぉっ!!」 黒江「ぐっ、ぁぁ!!」 拮抗状態は一転して瓦解した。裂帛の怒号を吐き出した俺が黒江を押し返す。純粋な生身の身体能力が魔法力を上回った瞬間だった。 集中力が途切れ、黒江の頭部から使い魔である薩摩犬の耳が消失。次いで少女の身体が後方へと吹き飛ばされる。着地と同時にすぐさま迎撃体勢を整える。 この隙を逃がすはずがないと瞳を正面に据えると同時に、彼女の黒い双眸に驚愕の念が浮かんだ。 ――俺は、どこだ? 僅かに怯んだその隙に俺は姿を消していた。 逃げた? 否。勝負の最中に背を向けて逃げるほど不誠実な人間でもないし、逃げるほど技量に差があったとは思えない。それに、逃げるにしても目を離したのはほんの一瞬である。 いくら彼が健脚の持ち主とはいえ、瞬間的に姿が完全に見えなくなるほどの疾走を行えるとは考え難い。 ――だとすれば、どこに消えた? 胸裏で零した瞬間、背筋を走る寒気。黒江は背後に振り向きざまの斬撃を浴びせた。 間髪入れずに木刀が硬質な何かに激突する。すかさず体勢を後方へと向け、迫る切っ先の存在に唇を釣り上げる。 黒江「縮地か!? いいや違うな!!」 俺「やっぱバレるか!! 結構上手くいったと思ったんだけどなァ!!」 奇策を見破られ、苦笑いを浮かべながら後方へ飛び退る。 俺が使用したのは、足の裏から放出する衝撃波を用いた“縮地もどき”。 かつて軍神と刃を交えた際は突進技にしか使用できなかった魔技を少年は短期間で対象の背後に回り込む域にまで昇華させていた。 尤もこうして黒江にも見破られてしまったが、以前と比較すれば大きな進歩といえよう。 再度魔法力を発動させる黒江。俺もまた木刀を右八双に構える。 黒江の肩から流れ落ちる強烈な一撃を受け止めた瞬間、手首の力を巧みに使い分けて受け流す。少女もまたステップを踏み、繰り出される斬撃を躱すと同時に斬りつける。 決着がつかず、二人が繰り広げる打ち合いは必然的に数十にも及んだ。 袈裟懸けに振り下ろす木刀が受け止められ、両腕に衝撃が伝わるたびに黒江は端整な頬に浮かべる笑みを深くさせる。 全力を引き出せるこの一時に、自分だけが彼の実力を知ることができた喜びに至福を抱きながら。 体力の限界を感じ、両者共に間合いを取った。頬を紅潮させ、白い息を吐き出す二人の瞳に宿る凄烈なる意思の光。 次の一撃で決着を着けると互いに告げる眼光であった。 双者同時に肉薄し、繰り出す一撃に全霊を傾注する。 激突する二刀は互いの衝撃に耐え切れず、持ち主の手から吹き飛ばされた。 俺「引き分け、か」 黒江「みたいだな……うわっ!?」 俺「おっと!」 互いの健闘を湛えようと距離をつめ、握手のために手を伸ばした矢先、足が躓く。 揺れる視界のなかに入り込んだのは先ほど俺が縮地もどきを使用した際に放った衝撃波によって僅かに抉れた地面だった。 前のめりに倒れる黒江の身体。本来ならば何ら問題無く体勢を整えられるが、俺との試合によって体力の消耗が予想を遥かに上回っていた。 家族にも等しい仲間が黙って地面に倒れ伏すのを良しとしない俺はすぐさま彼女の身体を抱き止める。 瞬間、息を呑む俺。 本当に、本当にこの少女が自身に熾烈な一撃を何度も叩き込んだのかと疑うほどに。黒江の身体は柔らかかった。 女性らしく丸みを帯びた肩。汗の匂いに紛れるシャンプーの香り。胸板に密着する彼女の頬の感触。そして、実った果実の柔らかな弾力。 とても先刻まで打ち合いを繰り広げていた相手とは思えない柔らかさに俺は息を呑み込んでしまったのだ。 黒江「お、おれ!?」 放った言葉が裏返る。顔に当たるのは逞しい胸板の感触。 いままで身体を動かしていたせいか汗が浮き出ているものの、不思議と不快感は覚えない。 それどころか、いつまでもこうして顔を摺り寄せていたい欲求すら出てきている。 布団に包まったときを遥かに凌駕する安心感。世界で最も心を落ち着かせることができる場所と豪語できるほどの安寧に、黒江は瞼を閉じて肩の力を抜いた。 ただ単に男の胸板だからなのではなく相手が気心のしれた俺だから、気になる異性だからこその感情なのだろう。 俺「た、立てるか?」 黒江「あ、あぁ……いや! そのっ……」 既に両脚には力が入る。 けれども黒江は少年が持つ温もりを手放すことはできなかった。 俺「……うん?」 黒江「もう少し……このままが、いい……」 いつかこの感情の正体が判るときがくるのだろうか。そのときが訪れたら、自分と彼の関係はどのように変わっているのだろうか。 願わくは、共に笑い合える関係でありたい。 そんなことを考えながら、体力が回復するまでのあいだ逞しい温もりに身を任せる黒江であった。 後編に続く
https://w.atwiki.jp/vip_sw/pages/301.html
――喜んでくれるかしら。 鼻腔を満たすカカオの香りを楽しみながら加藤武子は鍋の中で粘性を帯びる液状と化したチョコレートを箆で掻き混ぜる。焦げ付かないよう丁寧に、丁寧に。 掻き混ぜながら味付けも考える。 チョコを渡す相手は苦いものがあまり好きではない。武子が“彼”に珈琲を淹れるときも砂糖とミルクを苦味が薄れるまで入れてから出すようにしている。 珈琲が持つ苦味もまた味わい深いものなのだけれど甘くした珈琲を美味しそうに啜る彼の姿を見ていると、楽しみ方は人それぞれなのだろう。 苦いものが苦手な彼の好みを考えると大人向けのビターな味はやめたほうが良い。 だから甘くしよう。うん、そうした方が良い。うんと甘いの食べて欲しい。 口元を綻ばせながら物思いに浸っていると緩やかに胸の内が温まっていく錯覚を覚えた。自分だけが彼の好みを熟知し、それに合わせた味にする。 あたかも恋人じみた行動を取っていることに気がついた途端、少女の整った頬に熱が込み上げはじめた。 武子「(べ、別に私と彼はそういう関係じゃ……)」 頬を赤らめ独り、胸裏で言い訳。 改めて自分と彼の関係がどういうものなのか認識するため、手は動かしたまま彼と共有した時間を思い浮かべてみる。 寝癖をついた髪をブラシで治したり、掛け間違えたボタンを一から付け直したり。蘇る思い出の大半は自分が世話を焼いてばかりな気がするが何故だろう。不思議と悪い気はしない。 時折見せる子どもっぽさとは裏腹に夜遅くまで部隊管理の仕事に付き添ってくれたり、独り隠れて自主訓練を繰り返していたりと妙な部分で大人びている。 その格差を目の当たりにしてからというもの彼を目で追いかけている回数が心なしか増えている気がしてならない。 今もこうして彼のことを考えていると胸の奥が温まっていることもまた事実。 互いに気持ちを確かめ合ってもいないし、自分の気持ちが恋慕と言えるかも定かでない。結局のところ友人以上の関係であろう。少なくとも自身はそう考えているし、そうであって欲しいとも願っている。 ふと視線を左右に向ける。同じように軍服の上からエプロンを身につけ、慣れない作業に悪戦苦闘する友人たちの姿が視界に入り込む。 智子「うー。思うように、いかないわねっ」 彼から褒められた自慢の黒髪を後頭部で結い上げ、子どもっぽく歯軋りして箆を握る手を動かす智子。エプロンには所々飛び散ったチョコレートが付着している。 初めはあまりにも危なげな手つきに何度も変わってあげましょうかと声をかけたがその度に彼女は首を横に振った。 これくらい自分で作れるわ――と自信に満ちた笑みを口元に浮かべながら。 溶かしたチョコレートでエプロンを汚す姿から何の説得力も見出せないけれど武子はそれ以上の口出しを止めた。 頑固なのは相変わらずだが、きっと理由は今回のチョコレート作りに彼が関わっているからなのだろう。 彼。智子にとっては兄のような男。家族以上の存在。そして、初恋の相手。 武子「どう? 焦げてない?」 智子「えぇ。焦げてはいないみたい……よかった」 言葉に安堵の念を滲ませながら、嗅覚を最大限に動かして手を動かし続ける。 今日が何かの記念日というわけではなく、ただ日頃から世話になっている彼に感謝の想いを伝えたいと思い立ち、智子はチョコレート作りを提案した。 本音を言えば形として残る物を贈りたかったのだが、手製の菓子のほうが思いも伝わり易いと考え直しチョコレート作りを仲間たちに持ちかけたのだ。 市販品ならばこうしてエプロンを汚すような苦労も掛からないのだろうが、いくらなんでも味気なさ過ぎるし、女としての矜持がそれを許さなかった。 幸い厨房には菓子に用いるナッツが備蓄として保管されていたので、智子を含む四人はそれをアクセントにすることにした。 武子「焦らずゆっくりね?」 智子「わ、わかってるわ……」 どこか姉妹のそれにも聞き取れる二人の会話を耳にしつつ加東圭子は細かく砕いたナッツをまだ液状のチョコレートに散りばめる。 洋菓子作りの経験はないが、こうして実際に手を動かすと想像していたよりも難しくはなかった。 強いて注意すべき点を挙げるならばチョコレートが焦げ付かないよう細心の注意を払うことだろうか。 贈る相手の笑顔を浮かべながら、ナッツが全体に行き渡るようチョコレートを掻き混ぜる。 美味しいと言ってくれるかしら。ううん、彼のことだからきっと不味くても、そう言うに決まってる。 圭子「こんなものかしらね」 火を止め、チョコレートを流し込むための型を手にとる。中には可愛らしいハート型もあったが、いくらなんでも恥ずかしいのでやめておいた。 それに、隣で同じように型を探す黒江の目もある。ここは無難に丸型を選んでおくのが吉だろう。 けれど、もしもハートの形をしたチョコを贈られたら彼はどんな反応をするのだろうか。 驚くだろうか。それとも恥ずかしがって顔を赤くするのだろうか。顔を赤らめた彼……うん、可愛い。 圭子「ふふっ」 黒江「何をにやけている?」 圭子「にやけてなんかないわよっ!?」 武子「そう? 口元が緩んでいるように見えるけど?」 智子「顔も赤いわ。熱でもあるの?」 圭子「平気よ!? 本当に大丈夫よ!?」 言うなり、洗った型にチョコレートを流し込む。狼狽する態度とは裏腹に手の動きは落ち着いた状態を維持している。優秀な航空歩兵の片鱗が垣間見える動作。 圭子「(そんなに顔に出ていたかしら……)」 箆を使って残りのチョコレートを型に落としながら、胸裏に洩らす。 身体を寄せると顔を赤くする彼。自分の膝の上で眠りこけ、無防備な寝顔を晒す彼。うん、やっぱり可愛い。 直後、慌てて顔を上げる圭子。 黒江「どうした?」 圭子「いいえ……なんでもないわ」 どうやら今度はニヤけていないらしい。 小さく息を吐き、チョコを流し込んだ型を大型の冷蔵庫に入れる。後の作業は固まってからだ。 同じように四角の型を黒江が、長方形型を武子が、菱形のを智子がそれぞれ冷蔵庫にしまっていく。 智子「早く固まらないかしら?」 黒江「固まったあとは型から取り出すのか……難しそうだな」 丁寧に型から外さなければチョコレートに傷が入ってしまう。 自分で食べる分には多少の傷は気にならないが人に、ましてや気になる相手に贈るのであれば話は違ってくる。 圭子「とりあえず休憩にしましょう?」 武子「そうね。次の作業も気を遣うわけだし」 使い終えた器具の片づけを終え、厨房を出て行く少女たち。 しかし、彼女たちは気がつかなかった。 既に冷蔵の奥にもう一つ型が入っていたことに。既に洗われてあった器具一式の存在に。 数時間後、基地内を歩く武子の姿があった。脇に緑色の包装紙に包まれた箱を抱えて。 あれから固まったチョコレートを型から取り出した武子はすぐさま箱に移し変えて厨房を後にした。夕食後に渡せば良いのだが、隊長である江藤敏子の目もある手前、それは避けたい。 時計を確認する。長針はちょうど二を指していた。休みの日のこの時間はいつも自室でト修練を繰り返しているはず。二月であるにも関わらず柔らかな今日の日差しを考えると早く手渡さなければならない。 足早に俺の部屋へと向かい、扉の前で一度立ち止まる。扉に伸ばす手も、引き戻す。 何て言って渡せば言いのだろう? いつもありがとう? 良かったら食べて? こんなことなら珈琲も一緒に持ってくるべきだったと後悔しながら意を決して扉を叩く。 すぐさま返ってくる返事。若干息を切らしている口調から、やはり修練中だったようだ。 武子「そのっ! 私だけど……いま時間ある?」 「うん? 開いてるぞ」 武子「し、失礼します」 室内に入ると頭にタオルを乗せ、柔軟運動をこなす俺の姿が真っ先に飛び込んできた。 タンクトップの上からでも分かる引き締まった肉体は、修練の賜物か年齢とは裏腹に逞しい筋肉が身についている。 とりわけ、ラインが浮き出た鎖骨や躍動感に富んだ首筋は年相応の少女には刺激が強過ぎた。 急速に紅潮して行く武子の頬。質の悪い風邪に掛かったかのように全身が熱を発していく感覚を抱きながら、視線を向けては逸らすといった動作を繰り返す。 武子「~~~~ッ!!」 俺「悪いな。いま少し身体動かしててさ」 武子「だ、大丈夫よ。押しかけてきたのは……私のほう、だから……」 俺「そう言って貰えると助かるよ。それで今日は何の用だ? 書類作りなら喜んで手伝うけど」 ふるふると首を振る武子。 見惚れている場合ではない。チョコが溶ける前に渡さなければとぎこちない動作で脇に抱えた箱を差し出す。 心なしかその細い両腕は震えていた。 武子「ああああのっ! こ、これっ!!」 俺「……くれるのか?」 武子「書類仕事とか手伝ってもらってるし……感謝の気持ち、なんだけど」 俺「ありがとう。開けてもいいか?」 武子「えぇ。口に合えば良いんだけど……」 俺「食べ物か……なんだろう」 ベッドに座り丁寧に包装紙を開けていく俺の隣に腰掛け、その様子を見守る武子。 味付けは彼好みに仕上がった自信はある。形も……そこまで不恰好ではないはず。 俺「チョコレート?」 武子「嫌い……だった?」 俺「いいや。甘い物は好きだぞ? 本当に貰っていいのか?」 武子「もちろん」 俺「それじゃ」 箱から取り出した長方形状のチョコ板を口元に運び、一口齧る。 疲れたときには甘いものがいいとは良く言ったものだ。 ナッツが混ぜ込められたチョコが口の中で溶け、チョコが持つ甘さが全身に染み渡っていく感覚に思わず笑みを零す。 それまで身体に重く圧し掛かっていた倦怠感が嘘のように霧散していく。これならまだ修練を続けられそうだ。 武子「美味しい?」 俺「……うん。んぐ……美味いよ。本当にありがとう」 武子「そう……ふふっ」 子どもみたいな笑みを零しながら夢中でチョコレートに齧りつく少年の姿に頬を綻ばせる。 どうやら不安は杞憂に終わったようだ。ただ心残りがあるとすれば、やはり珈琲を淹れてこなかったことだろうか。 どうせなら自分が淹れたコーヒーも手製のチョコレートと一緒に味わって欲しかった。 けれども、こうして彼の喜ぶ姿が見ることが出来ただけでも良しとしよう。 俺「これ、武子が作ったのか?」 武子「えぇ。初めてだったから……ちょっと自信が無かったんだけど」 俺「そんなことないぞ?」 武子「そ、そう?」 矢継ぎ早に奏でられるパキパキと小気味の良い音に自然と唇が吊りあがる。 よく男はあまり甘い物を食べないと云う言葉を耳にするが彼は例外らしい。 本当に甘い物が好きなのか両手に納まるほどのチョコレートはあっという間に片手と同じサイズまで小さくなっていた。 俺「あぁ。これならまた修練が続けられそうだ。エネルギーも補充できたし」 修練――その言葉が俺の口から出た途端、武子の柳眉が微かに反応した。 武子「最近は……よく鍛えているわね」 以前から彼が隠れて特訓を重ねている光景を何度か目にしたことがある。 ただでさえ猛訓練が連日行われているにも関わらず何度も素振りや筋トレ、衝撃波の制御を繰り返している姿は関心の域を通り越していた。 日の始まりと同時に燃料が尽きるまで飛び回る訓練と並行しての自主修練。 傍から見れば自分を痛めつけているようにしか見えない苦行だが、彼はこうして何食わぬ顔でいま自分が贈ったチョコレートを租借しているのだ。 初めは痩せ我慢かと思ったが、そんなものが長続きするほど自分たち第一戦隊の訓練は甘くはない。 俺「まぁ、な。俺はお前たちのこと守りたいと思ってるけど……口だけならいくらでも言えるだろ?」 武子「……えぇ」 俺「口先だけにはなりたくない。だから修練を繰り返してるんだよ。守りたいなんて言った手前、いざって時に動けないんじゃみっともないしな」 回復している。 たった一晩寝るだけで披露の殆どを身体から除去しているのだ。 無論、寝ぼけたまま現れたこともあれば梅雨に一度風邪をこじらせたこともあったが修練が原因で大事に至ったことなど一度も無い。 それでも、 俺「……武子?」 武子「……あまり無理しないで」 身を乗り出して彼の瞳を見つめる。 そうすることで彼の心に近づけられるような気がしたから。 俺「別に無理は――」 武子「守ろうと思ってくれることは嬉しいの。けど、私たちのためにそこまで身を削らないで?」 俺「だけど――」 言い返す俺の唇に指を伸ばし、続く言葉を遮る。 武子「節分のときもそう。智子を守るために自分が下敷きになって頭を打った」 俺「そ、れは……」 武子「貴方の言いたいことも分かるけど、打ち所が悪かったら死んでいたかもしれないのよ?」 諭すような口調に俺が黙り込む。 告げられた言葉が正論故の沈黙。 武子が言わんとしていることを俺自身も理解はしているのだろう。それでもまだ納得がいかないといった表情に武子は身を乗り出し、彼の顔を覗きこむ。 武子「ねぇ、俺? 私たちは……信用できない? 弱く見える?」 俺「そ、そんなことない!」 寂しげな色が混ざった言葉を即座に否定する。 ツバメ返しを得意とする智子はその華麗な戦闘機動によって何機ものネウロイを撃墜した。 無双神殿流なら居合い術を用いて二機のネウロイを破壊した武子は部隊単位での戦術を模索する努力家である。 圭子は見越し射撃によって部隊内でも高スコアの撃墜数を誇っている。 雲耀なる必殺技を編み出そうと日々鍛錬を積む黒江。 扶桑の航空歩兵のなかでも優秀な部類に入る彼女らを信用できないはずがなく、ましてや弱く見えるなどありえない。 武子「だったら、そんなに焦らないで?」 唇に伸ばした指をそっと頬に添える。 家族を喪うことを心の奥底から恐れる臆病な少年の頬に。その恐れを少しでも取り払うために。 武子「貴方が私たちを守るというなら」 「私たちが貴方を守ります」 一呼吸置き、思いの丈を正直に吐露した。 武子「もっと私たちに背を預けてもいいのよ? ううん、預けて?」 私たちは仲間なのよと続け、笑みを零す。 戸惑う子どもを柔らかく抱きしめるような母性に満ちた微笑み。 俺「……ごめん。少し、急いでた」 武子「トレーニングを積むなとはいわないけど、もっと自分を労わって? 貴方になにかあったら、みんな心配するのよ?」 俺「……うん。気をつける、よ」 弱々しく頷く少年。 そんな彼の頭に手を伸ばし、そっと髪を撫で付ける。素直に謝ることが出来た子にはやはりこれが一番だろう。 武子「はい。よく言えました」 俺「ちょっ! 子供扱いするなよ! 俺のほうが、年上なのに……」 恥ずかしげに顔を赤らめ、頭を撫でる武子の手を払いのける。ほんの一瞬でも心地良いと感じてしまった自分を恨めしく思いながら。 そんな少年の心情を知ってか否か武子は笑みを深め、更に顔を近づける。 近づく端整な容貌。必然的に跳ね上がる心臓の鼓動。吐き出した息が白く染まる季節であるというのに俺はまるで夏の日差しを全身に浴びているかのような錯覚に陥った。 武子「あら? 心配かけたのは誰だったかしら?」 俺「俺です……はい」 悪戯めいたものへと変わった笑みを前に俺はそれ以上の抵抗が無意味だと悟り、項垂れる。 武子「よろしい。チョコ、ちゃんと食べてね?」 頭に残るむず痒さを感じつつ、手にした木刀を振り続ける。腕の動きに合わせて飛び散る汗。時たま吹く風が火照った身体を冷やしていく。 素振りを始めてから一体どれだけの時間が経過したのか。 ポケットにしまい込んだ腕時計を確認すれば分かるのだろうが、時間を確認する暇すら今は惜しく感じられた。 俺「ふッ!!」 腹腔に溜め込んだ氣を吐き出すと同時に一閃。 鋭利な風切り音を奏でながら木刀を振り下ろす俺が不意に顔をしかめた。脳裏に蘇るのは武子と過ごした先刻の情景。 柔らかな微笑み。温もりを帯びた手の平の感触。優しげな手つき。 その全てを心地良く感じ、挙句の果てに享受し続けたいとまで考えた己に胸中で叱咤する。 ――自惚れるんじゃない。彼女はただ自分の身を案じていただけだ。勘違いは起こすな。 煩悩を打ち払うべく木刀を大上段に構え、前方の空間に縦一閃の軌跡を刻み込む。 俺「破ッ!!」 しかし、裂帛の気合を伴って繰り出された斬撃は硬質な物体によって阻まれた。 両腕に伝わる鈍い衝撃。周囲に広がる乾いた音。 視界の真横から伸びて俺の一撃を遮るそれは、いま彼が握り締めているものと同じ訓練用の木刀だった。 顔を逸らし乱入者の姿を視界に捉えた瞬間、俺は目を丸くした。 黒江「随分と、精が……出るなッ。こんな人目につかない場所で修練とは」 顔を顰め、振り下ろされた一刀を押し返す乱入者。 音も無く間合いに近づいてきたこともさることながら、自身の一撃を片手で受け止めたことも驚愕に値した。 俺「綾香?」 黒江「……武子に聞いてな。いつもはここで修練を積んでいるそうじゃないか」 目を丸くしたままの俺を尻目に手にした木刀を肩に担いで周囲を見回す。 周辺を木々で覆われた閉鎖的な空間。基地の端に位置するこの場所は滑走路や資材倉庫、宿舎からも離れており人が立ち入る要因が見当たらない。 なるほど、たしかに。人知れず修練を繰り返すには絶好の場所だろう。 俺「あぁ。それで何か用か?」 黒江「あ、あぁ! まぁ、な。大した用事でも……ないがな…………」 問いかけを投げかけられた途端に跳ね上がる黒江の心臓。頬も心なしか赤みを帯び始めている。 事実、少女は内心狼狽していた。泳がせる視線を自身が脇に抱える袋に落とす。 武子から俺の居場所を聞き出したまでは良かったが渡すことだけを考えていたせいで如何に渡すかまったく考えていなかった。 居場所を尋ねたときはやたら上機嫌だったがどんな手を使って渡したのか。それとも深く悩んでいる自分がおかしいのだろうか。 兎に角早く渡さなければせっかく作ったチョコレートが溶けてしまう。考え込んでいる暇などないと口を開く。 黒江「うむ……その、なんだ。少し……うん、お前に渡したいものが、あってだな……」 俺「渡したいものって……その脇に抱えている袋か?」 歯切れの悪い言葉を繋げる自分に叱咤しつつ、少年の目が脇に抱える袋に注がれていることに気がつくと小さく頷いた。 彼と二人だけの時間を過ごすときに限って日頃の快活さが鳴りを潜めるのは何故なのか。 黒江「うむ! こ、これだ!! 受け取ってくれ!!」 半ば押し付けるように彼へと差し出す。 女らしさが足りないだとか、強引過ぎるだとかそういった細かい話はこの際置き捨てよう。いまは少しでも早く受け取って欲しい。 そう思い至り少女は勇気を振り絞った。 初めてストライカーを身に着け空を舞ったときよりも凄烈に、初めて怪異に刀を振るったときよりも勇壮に。 俺「いいのか?」 黒江「当たり前だ。お、おまえのために作ったのだからな!」 これ以上言わせるなと釘も刺す。 俺「ありがとう、綾香。これもチョコレートか?」 黒江「あぁ。疲れたときには甘いものを摂ると良いからな!」 俺「本当にありがとうな。嬉しいよ」 黒江「うん……」 邪気の無い笑みを零しながら包装紙を開けていく姿に、黒江は胸中が温まる感覚を覚えた。 淑やかさには欠けたが、勇気を出して渡せたことへの充足感が少女の全身を包み込んでいた。 こんなにも喜んだ表情を見せてくれるのなら、また来年も作ってみるか。今度はもっと手の込んだものを食べて欲しい。 取り出したチョコレートに齧りつく様子に口元を薄めながら、そんな考えに耽るのだった。 俺「ごちそうさん。本っ当に美味しかったよ」 黒江「そう言ってもらえると作った甲斐があったな」 俺「しっかし何も返せないのが辛いな。いま何も持ってないぞ……」 黒江「渡したチョコがお返しなんだぞ? 逆に返されても……いや、まて」 腹を擦る俺に微笑みかける最中、不意に脳裏を過ぎった言葉に沈思する。それは戦隊長である江藤が何気なく呟いた一言だった。 ――俺が北郷章香の二刀の内の一本を弾き飛ばした―― その事実が江藤の口から洩れた瞬間、黒江は己が耳を疑った。 北郷章香といえば扶桑皇国に属する航空歩兵において最強の呼び声が高い魔女だ。確かに彼は以前、江藤に命じられ講道館に派遣された。 おそらくはそのときに一戦交えたのだろうが、飛行第一戦隊内で行われる巴戦の模擬戦闘で毎回黒星の彼が如何にして軍神が繰り出す二刀を捌き、内の一刀を無力化したのか。 仮に江藤が放った言葉が真実であるならば、見てみたい。軍神に一矢報いた彼の実力を。 黒江「北郷章香」 俺「……」 軍神の名を出した途端、微かに強張る少年の身体。 黒江「手合わせしたんだろ? 隊長から聞いたぞ。二刀の一本を叩き落したとも」 俺「まぐれだよ」 返事に黒江は唇を釣り上げた。黒真珠を髣髴させる澄んだ双眸には煌びやかな光沢が湛えられている。 過程はどうであれ一刀を弾き飛ばした事実を彼は否定しなかった。それはつまり江藤が呟いた言葉が真実であるということ。 この男は本当に軍神が手にする二刀の一本を奪ったのだ。 黒江「この話を聞いたとき不思議に思った。巴戦で部隊最弱のお前がどうして北郷少佐の一刀を弾き飛ばすことができたのか」 その疑問を抱き続けた黒江はあるとき、一つの事実に思い至った。 黒江「思えば私は……いいや私たちはこうして地に足をつけた状況でお前と刃を交わしたことはなかったな」 俺「何が言いたい?」 黒江「手合わせしてくれないか? 私とも」 遥か高みの存在に指をかけた男が目の前にいる。 その事実がどうしようもなく嬉しく感じ、思わず身を乗り出してしまう。 いまの黒江を動かすもの――それは剣士としての性だった。強者との一戦により自らを更なる高みへ押し上げられることへの興奮と喜びだった。 俺「…………ルールは?」 黒江「そうだな。互いの木刀を叩き落した方の勝ち、というのは?」 俺「あぁ。それでいいよ」 推奨BGM: 手にした木刀を右肩に担ぎ黒江は精神を研ぎ澄ます。 一方で俺も左腰に木刀を添える。居合い抜きの構えにも見受けられる体勢に黒江は胸裏で感嘆の息を吐いた。 巴戦のときとはまるで違う立ち振る舞い。地に足がついているせいもあるのか、一切の隙が見出せない。無風の湖上を思わせる姿に黒江は唾を飲み込んだ。 自身の体内時計が正しければ、木刀を手に取りこうして相対してから五分近くの時間が経過している。 敵の隙を探るのも戦術の基礎だが、こうして初手を打ちあぐね続けるまま立ち尽くすのも好ましくない。何より先ほど抱いた情熱を冷ましたくはない。 風が吹き、木の葉が俺との間を横切ったのを皮切りに黒江は地を蹴った。芝生を踏みしめる音だけが周囲に響くなか、両脚に力を込めて一気に走破。 迅速に相手との距離を縮めていく。 黒江「はぁッ!!」 踏み込むと同時に上段からの斬撃を叩き込む。俺もまた抜き放った木刀を黒江が振り下ろす一撃の進路に割り込ませた。周囲に広がる木材同士が激突する音。 先刻、自身が受け止めたときとは比べ物にならないほどの衝撃を両腕に感じ、少女は頬を綻ばせた。 膨張していく喜悦を感じつつ右薙の一撃。けれども再び阻まれる。その都度、疑問を抱く。 目の前にいる少年は本当に巴戦の模擬戦において毎回のように黒星を飾る彼なのかと。 自身に踊りかかる攻撃の威力に、切り返しの速さ。おそらくは我流剣術なのだろうが、そのどれもが背筋が凍るほどの精密さを誇っていた。 鍔迫り合いに持ち込み、すぐさま魔法力を発動。 身体の構造や体格差から純粋な生身での力比べでは少年に分がある。故に魔法力を行使することで黒江はその差を埋めることを選んだ。 歯を食いしばり、全身に圧し掛かる重圧に耐え忍ぶ。両脚に力を注ぎ、膝のバネを駆使して押し返すも勢いは弱々しい。 俺の頭部には使い魔の耳は発現していなかった。つまり彼は身体能力だけで、魔法力で強化した自身に抗っていることになる。 俺「おぉぉぉぉぉっ!!」 黒江「ぐっ、ぁぁ!!」 拮抗状態は一転して瓦解した。裂帛の怒号を吐き出した俺が黒江を押し返す。純粋な生身の身体能力が魔法力を上回った瞬間だった。 集中力が途切れ、黒江の頭部から使い魔である薩摩犬の耳が消失。次いで少女の身体が後方へと吹き飛ばされる。着地と同時にすぐさま迎撃体勢を整える。 この隙を逃がすはずがないと瞳を正面に据えると同時に、彼女の黒い双眸に驚愕の念が浮かんだ。 ――俺は、どこだ? 僅かに怯んだその隙に俺は姿を消していた。 逃げた? 否。勝負の最中に背を向けて逃げるほど不誠実な人間でもないし、逃げるほど技量に差があったとは思えない。それに、逃げるにしても目を離したのはほんの一瞬である。 いくら彼が健脚の持ち主とはいえ、瞬間的に姿が完全に見えなくなるほどの疾走を行えるとは考え難い。 ――だとすれば、どこに消えた? 胸裏で零した瞬間、背筋を走る寒気。黒江は背後に振り向きざまの斬撃を浴びせた。 間髪入れずに木刀が硬質な何かに激突する。すかさず体勢を後方へと向け、迫る切っ先の存在に唇を釣り上げる。 黒江「縮地か!? いいや違うな!!」 俺「やっぱバレるか!! 結構上手くいったと思ったんだけどなァ!!」 奇策を見破られ、苦笑いを浮かべながら後方へ飛び退る。 俺が使用したのは、足の裏から放出する衝撃波を用いた“縮地もどき”。 かつて軍神と刃を交えた際は突進技にしか使用できなかった魔技を少年は短期間で対象の背後に回り込む域にまで昇華させていた。 尤もこうして黒江にも見破られてしまったが、以前と比較すれば大きな進歩といえよう。 再度魔法力を発動させる黒江。俺もまた木刀を右八双に構える。 黒江の肩から流れ落ちる強烈な一撃を受け止めた瞬間、手首の力を巧みに使い分けて受け流す。少女もまたステップを踏み、繰り出される斬撃を躱すと同時に斬りつける。 決着がつかず、二人が繰り広げる打ち合いは必然的に数十にも及んだ。 袈裟懸けに振り下ろす木刀が受け止められ、両腕に衝撃が伝わるたびに黒江は端整な頬に浮かべる笑みを深くさせる。 全力を引き出せるこの一時に、自分だけが彼の実力を知ることができた喜びに至福を抱きながら。 体力の限界を感じ、両者共に間合いを取った。頬を紅潮させ、白い息を吐き出す二人の瞳に宿る凄烈なる意思の光。 次の一撃で決着を着けると互いに告げる眼光であった。 双者同時に肉薄し、繰り出す一撃に全霊を傾注する。 激突する二刀は互いの衝撃に耐え切れず、持ち主の手から吹き飛ばされた。 俺「引き分け、か」 黒江「みたいだな……うわっ!?」 俺「おっと!」 互いの健闘を湛えようと距離をつめ、握手のために手を伸ばした矢先、足が躓く。 揺れる視界のなかに入り込んだのは先ほど俺が縮地もどきを使用した際に放った衝撃波によって僅かに抉れた地面だった。 前のめりに倒れる黒江の身体。本来ならば何ら問題無く体勢を整えられるが、俺との試合によって体力の消耗が予想を遥かに上回っていた。 家族にも等しい仲間が黙って地面に倒れ伏すのを良しとしない俺はすぐさま彼女の身体を抱き止める。 瞬間、息を呑む俺。 本当に、本当にこの少女が自身に熾烈な一撃を何度も叩き込んだのかと疑うほどに。黒江の身体は柔らかかった。 女性らしく丸みを帯びた肩。汗の匂いに紛れるシャンプーの香り。胸板に密着する彼女の頬の感触。そして、実った果実の柔らかな弾力。 とても先刻まで打ち合いを繰り広げていた相手とは思えない柔らかさに俺は息を呑み込んでしまったのだ。 黒江「お、おれ!?」 放った言葉が裏返る。顔に当たるのは逞しい胸板の感触。 いままで身体を動かしていたせいか汗が浮き出ているものの、不思議と不快感は覚えない。 それどころか、いつまでもこうして顔を摺り寄せていたい欲求すら出てきている。 布団に包まったときを遥かに凌駕する安心感。世界で最も心を落ち着かせることができる場所と豪語できるほどの安寧に、黒江は瞼を閉じて肩の力を抜いた。 ただ単に男の胸板だからなのではなく相手が気心のしれた俺だから、気になる異性だからこその感情なのだろう。 俺「た、立てるか?」 黒江「あ、あぁ……いや! そのっ……」 既に両脚には力が入る。 けれども黒江は少年が持つ温もりを手放すことはできなかった。 俺「……うん?」 黒江「もう少し……このままが、いい……」 いつかこの感情の正体が判るときがくるのだろうか。そのときが訪れたら、自分と彼の関係はどのように変わっているのだろうか。 願わくは、共に笑い合える関係でありたい。 そんなことを考えながら、体力が回復するまでのあいだ逞しい温もりに身を任せる黒江であった。 後編に続く
https://w.atwiki.jp/vip_sw/pages/296.html
人類側の勝利によって幕を降ろした都市奪還戦。 大規模反攻作戦が成功したことで全域に展開されていた部隊の大半が祝勝の空気に包まれるなか、第502統合戦闘航空団に所属するウィッチだけは沈痛な面持ちを隠せずにいた。 痛んだ長椅子に腰を降ろし、支給された食事を取る顔ぶれの中に俺の姿だけが見当たらない。 それこそが彼女らの端正な容貌に暗い影を落とす最たる要因であると、一体誰が思い至るだろうか。 単身でジグラットの内部に侵入し、コアの破壊に成功したものの同時に深手を負い、脱出が間に合わず、俺は崩壊に巻き込まれた。 奪還作戦終了から既に五時間以上もの時が経過しているにも拘わらず、未だ瓦礫の山から発見されていないどころか、彼自身からの生存報告も届いていない。 ブレイブウィッチーズ発足から今日に至るまで隊員の負傷にストライカーの破損は度々起きたが、撃墜されて命を落とした者は誰一人としておらず、それだけに俺の未帰還は彼女らの輝かしい戦歴に苦渋を舐めさせるに充分過ぎる衝撃を与えた。 ジョゼ「こんなのって……こんなのって、ないですっ」 長椅子に座り、両手に持ったマグカップを見下ろしながら弱々しく胸の内を明かす。 香ばしい匂いを放つ紅い液体の表面に映し出されているのは、今にも泣き出してしまいそうな自身の表情。 既に中身は冷め切り、立ち昇っていた白い湯気も何処かへと消えていた。 紅茶に含まれるカフェインには精神を安定させる効果があるといわれるが、今回ばかりは味も香りも楽しむ気にはなれない。 出会いこそ衝撃的であったものの、すぐに俺と打ち解けたジョゼは清掃員である彼と一緒に基地内の清掃を何度か共にしたことがある。 時折熱心に掃除を行っている最中に話しかけられ、つい厳しい口調で当たってしまったが、それでも彼は何ら態度を変えず受け入れてくれた。 定子「ジョゼさん……」 俯き、静かに涙を零すジョゼを前に定子は自分のカップを脇に置くと小刻みに震える彼女の背中に手を回して抱き寄せる。 ジョゼ「……!?」 突如として自分を包み込んだ安堵感に強張る華奢な体躯。 その硬直も一瞬で姿を消し、すぐさま全身を包み込む安堵感に行き場のない感情を爆発させる。 ジョゼ「下原、さんっ……俺さんは……俺さんはっ!」 床の上に放り投げられ、音を立てる無骨なデザインの金属製マグカップ。 古び、力を込めれば軋み声を上げる床板へと吸い込まれていく黒い液体など見向きもせず堰を切ったかのように泣き声を上げてしがみつく。 定子「ジョゼさん、大丈夫です。俺さんなら……きっと戻って来ます。だから、泣かないで……」 胸に突き刺さる悲しみから逃避するかのように、自分の胸元に顔を埋めて泣きじゃくる少女の華奢な体躯を包み込むように、温めるように手を回す。 同じ扶桑の出身だけあってか俺とは管野を交えた三人でよく故郷談義に花を咲かせた。 話の中身はというと扶桑文学についての話であったり、メンコやおはじきといった娯楽であったりといたってありふれたもの。それでも、決して退屈な時間ではなかった。 定子「(俺さん……)」 小刻みに震えるジョゼを宥めながら、天井に空いた風穴から見える星空を仰ぐ。 本当に彼は死んでしまったのだろうか。もしかしたら運よく脱出できたのでは。 しかし、希望はすぐさま現実によって掻き消される。 どれほど優れたウィッチであろうとも、降り注ぐ瓦礫に押し潰されて生き延びられるはずがない。 ましてや俺は魔力減衰を迎え障壁を展開する力を失っている。そのことを考慮すると彼の生存は絶望的といってもいい。 誰も口に出していないだけで、みんな彼のこと……―― 後に続く言葉を胸の内に零す前に、慌てて頭を振って負の想像を掻き消した。 自分たちが信じないで一体誰が彼の生存を信じるというのか。 ウィッチに不可能は無い。故に希望を捨てるなと恩師からも教わったではないか。 定子「ジョゼさん。俺さんはきっと戻ってきます。私たちが信じてあげないと」 ジョゼ「で、でも……」 定子「俺さんのこと……信じましょう? あの人はそう簡単に斃れるような人じゃありません。それはジョゼさんも知っていますよね?」 促されるような問いかけに弱々しく、小さく頷くジョゼ。 墜落したニパを追って深い森の中に身を投じたときも、負傷こそしたものの彼は生還を果たした。 今回の作戦においてもストライカー無しで堅牢な装甲を有する陸戦型ネウロイと単機で渡りあっていた。 そんな男が簡単に死ぬはずが無い。きっと上手い策を駆使して生き延びたに違いない。 友人の澄んだ黒の双眸が無言でそう物語っているのを捉え、 ジョゼ「俺さんは……帰ってきますか?」 定子「もちろんです」 瞼を閉じた彼女の笑みにつられて口許を綻ばせた。 涙に濡れた瞼を擦りながら、自分は一体何をしていたのだろうと自問する。 最後の最後まで諦めるわけにはいかない。 そう自身に言い聞かせたジョゼが涙を拭い終える頃には、瞳に漂っていた悲嘆の色は姿を消していた。 ジョゼの青い瞳に宿りつつある確かな希望を捉えた定子は彼女の頭を撫でながら、どこかで生き延びているであろう俺の無事を祈り始めた。 支給された食事に手をつけず、ニパは教会の壁に空いた風穴から聞こえる凱歌を上の空で聞き流していた。 あれだけの大規模作戦が成功したのだ。本来ならば勝利の美酒に酔いしれるのが妥当だろうし、ニパも作戦が終わるその瞬間まではそう思っていた。 未だ受け入れることが出来ない俺の未帰還。 しかし、いくらその事実を拒んでも軍人としての理性がそれを受け入れてしまっているのだ。 自分でも驚くほどあっさりと俺の死を認めてしまっていることに気がつき、一層悲しみが込み上げてきてしまう。 ニパ「っ……ひっく……」 とうとう耐え切れなくなって嗚咽が漏れ出し始めた。 いくら指で拭っても込み上げて来る涙は止まる気配を見せてくれない。 こんなにも悲しい思いを味わったのはいつ以来だろうか。自問するも、断続的に発せられる嗚咽が呼吸を乱して冷静な思考を妨げる。 ニパ「おれぇ……」 目尻から零れ落ちた雫が頬を伝い、ズボンの上に落ちては染みを生んだ。 森の中へと落ちた自分を彼は追いかけてきてくれた。箒を使って共に掃除をしながら談笑を楽しみ、うっかりサーシャの逆鱗に触れてしまい一緒に正座をしながら互いに笑い合ったことも。 ほんの数日までは当たり前のように日常を過ごしていたというのに、一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。 たしかに今回の作戦は今までと比べて規模も桁違いだが、死ぬつもりなど毛頭なかった。 多少、ストライカーの破損は覚悟していたが、普段と変わらず全員で帰還するはずだったのだ。 それなのに…… ニパ「どうして、どうしてこんなことになったんだよぉ……!!」 悲痛な叫びは外野の歓声によって掻き消された。 ブレイブウィッチーズ結成以来、初めて味わう仲間の戦死。 ましてや戦死した人間が共に危機を乗り越えた男であるだけに彼女が抱いたショックも一際大きいものと化していた。 ニパ「くそっ……くそぉ……なんで、なんでなんだよぉ……!!」 管野「おい。いい加減に泣くのやめて飯食えよ。冷めちまうだろ」 背凭れを挟んだ背後から飛んできたのは業を煮やしたかのような声音。 不機嫌さを隠す気が微塵も感じ取れない不遜な声色が耳朶を掠めた途端、ニパの形の良い柳眉が吊り上る。 ニパ「こんなときに……食べられるわけないだろっ」 管野「それでも食え。もう第二波がここを奪い返す為に動き始めたんだ。スープだけでも良いからさっさと食っちまえよ」 ニパ「食べられるわけない……俺が、死んだのに……」 管野「………………おい、ニパ。お前本気で……そう思ってんのか?」 ニパ「それは……」 口ごもるニパを他所に背凭れを挟んだ背後から長椅子の板が軋む音が上がり、鼓膜を震わせる乱暴な足音が目の前で止まった。 管野「あの俺が! 死んだなんて本気で思ってんのかよッッ!!!」 頭上から降り注ぐ空気を震わせる一喝に身体を強張らせたニパが顔を上げた瞬間、息を呑んだ。 幼さが残る容貌に象嵌された双眸に溢れかえる透明な大粒の雫。 それは彼女が決して他人に見せない己の弱み。 ニパ「カン、ノ……?」 管野「死んだ? んなわきゃねぇだろうがッッ!!」 怒号炸裂。咆哮と呼んでも差し支えない大音響が周囲の空間に迸った。 自分の身に他の隊員たちの視線が集中することなど気にもかけず、研ぎ澄まされた刃を連想させる鋭い眼差しをニパに叩きつける。 死んだだと? 馬鹿を言うな。そう簡単にくたばるほどあの男は軟じゃない。 魔眼を持たないにも拘わらず敵のコアを一撃でぶち抜き、ストライカーの恩恵も無い状態で陸戦型と互角に戦い抜いてみせた男なのだ。あの程度で散ったなど到底考えられるわけがない。 管野「あいつは死んでなんかいねぇ! きっと上手いこと逃げ伸びてるに決まってらぁ!!」 瞳から零れ落ちた涙が照明を受け、凛とした輝きを発しながら床へと落ちていく。 魔眼無しのコア破壊といい、あの手の芸当を年の功と呼ぶのだろう。 悔しいが自分はまだ俺ほどの境地に至ってはいない。だが、それは現時点での話。 そう遠くない未来に、それこそ明日にでも奴の鼻を明かしてみせる。 だからこそ勝ち逃げなど許さない。自分よりも、それこそたかが一段程度の高みに達したまま消えたなどというふざけた事実を絶対に認めてなるものか。 ニパ「カンノ……」 管野「わかったら食え! じゃないとオレが食っちまうぞ!!」 終始、管野の気迫に圧倒されていたニパは自分でも知らぬ内に胸のつかえが取れていたことに遅れて気がつく。 ――まさかこいつに諭されるなんてな。 両手を腰にあて踏ん反り返る管野の姿に小さく笑みを零したあと、少女の両腕が伸びる前に自分のトレーを抱え持った。 ニパ「駄目だ! これは私のだからな!!」 雲によって月明かりを遮られた空間に差し込む幾条もの淡い光明。 レンガ造りの壁の内側から漏れ出す橙色のそれらに背を照らされ、寒空の下に立ち尽くす人影が一つ。 丸みを帯びた肢体や夜風に弄ばれる髪を片手で抑え付ける柔らかな仕草から女性と思しきその影は声を発することもなく、与えられた指令を遂行する機械の如く呼吸を繰り返す。 目を凝らさなければ視認が不可能なほど微かに上下する肩が辛うじて女性の形をした影が人間であることを証明していた。 同時に、肩の変化を見抜くことが出来ない遠目では影が本当に人間か否か判別できないことも意味している。 不意にそれまで微動だにせぬまま夜風に包まれていた影が動いた。教会の壁を穿つ砲痕から伸びる光を浴びて顕になる端整な美貌。 暗闇のなか、温かな光に背を向けて立ち尽くしていたのはカーキ色のカールスラント軍服で恵まれた部類に入る肢体を包む少女だった。 ラル「さすがに冷えるな」 少女が洩らした言葉がすぐさま夜風に攫われていく。 現在時刻はもうまもなく日付が切り替わる頃合。夜が更ける手前だ。 夕食を終え、消沈する隊員たちに外の空気を吸うと告げて教会の外に出てから一体どれだけの時が経過したのだろうか。 少なくとも二時間は優に超えているに違いない。 であるにも拘わらず教会に残る七人の隊員たちの誰一人として姿を見せない。おそらくは彼女らなりに自分のことを気遣っているのだろう。 そう見当をつけていると……ふと、脳裏に浮かんだある情景が少女の頬に歪みを生み落とした。 凍えた夜気が充溢する外界に繋がるドアノブに手をかけたとき、隊員たちの端整な要望にほんの一瞬だけ浮かんだ、言葉では形容できない感情。 瞳に漂う憐れみとも戸惑いとも解釈可能な複雑な色彩。 歯がゆさを隠し切れず、自分に向かって伸ばした手を引き戻す彼女らの姿がラルの唇から苦味を含んだ笑い声を零れ落としていた。 隊長として常に隊員たちに気を配り、安心させる笑みを浮かべていた自分が逆に気を使われてしまったのだ。 あまりの不甲斐なさに笑わずにはいられなかった。 ラル「私もまだ小娘だな……」 厳しい冬の寒さに晒されているだけあってか乳白色の頬にはうっすらと桃色が浮かび上がっているものの気にも留めずに、少女は憂いを帯びた瞳を天に向け続ける。 吐息を白に染める寒さも相まってか、視線の先に広がる暗夜は今にも雪が降り出しそうな気配を滲ませていた。 冷気が容赦なく全身を突き刺す。 やはり上着を引っ掛けてくるべきだったかと後悔するラルを他所に冷え込みは厳しさを増していく。 ラル「……ぁ」 寒さに耐え切れず、暖を取ろうと背後に佇む教会へと身を翻したときである。ラルの足が唐突に止まったのは。 呆けたかのような光を湛え、眼前に聳え立つ教会を見上げる青い瞳。 暗闇のなかに佇む外壁には手の平ほどの孔が穿たれ、蜘蛛の巣状の亀裂まで走っている。 本拠地であるペテルブルグ基地のそれと比較すれば余りにも粗末な臨時宿舎。 しかし、彼女の口から間の抜けた言葉を洩らさせたのは破損によるものでなく、そこが数多くの恋人たちにとって幸福の象徴とも言うべき場所であるからだろう。 ラル「……俺」 吹きすさぶ風が教会の孔を通り、笛の音色にも似た音を奏でたとき――胸中にとある考えが過ぎる。 もしも俺が生きていたら、無事にネウロイとの戦争が終結したら。 自分は彼と一緒にこんな立派な教会で結婚式を挙げることが、 仲間や友人たちからの祝福を受けながら、新たな人生への門出を迎えることが出来たのだろうか。 絶え間なく鳴り響く鐘の音。 次々と投げかけられる祝福の言葉に舞い踊る花吹雪。 純白のドレスに身を包み、世界中の誰よりも愛しい男に見守られながら、邪気のない笑みを零してブーケトスを行う自分の姿。 ――あぁ、いいなぁ。これ。 見知った仲間たちの前で唇を重ねる姿を曝け出すのは相応の覚悟が要るが、悪くないと自分でも知らぬ内に口周りを緩めていく。 彼との未来に胸を膨らませる今この一瞬だけは、彼女はどこにでもいる少女に戻っていた。 しかし年頃の女なら誰もが一度は夢見る、そんなごく当たり前の夢想も次の瞬間には現実によって引き裂かれていた。 ラル「なにを考えているんだ……私は」 我に返り、それまで自分がどれだけ空しい妄想に浸っていたのかに気がつき、思わず自嘲。 失くした未来に思いを馳せるなど無いものねだりをする稚児と同じではないか。 いくら空想の世界に逃げ込んで自分を慰めたところで状況が変わるわけではない。 もう、何もかも遅いのだと戒める。たとえその行為が自身の胸裏に亀裂を生むとしても。 ラル「……」 自分は失ってしまったのだ。 彼自身を、彼に想いを告げる機会も、共に過ごせたはずの幸福な未来も全て。 それも手にする前から…… ラル「……っっ!!」 自身の胸裏に未練を生み落とす教会から弾かれたように目を背ける。 いつまでもこの場に居座るわけにはいかない。 早く戻り、隊長としての責務を果たさなければ。沈む彼女らに、また普段と変わらぬ笑みを見せて安心させなければ。 大丈夫、自分は平気だ。まだ“軍人”でいられている。 だというのに足は一向に進む兆しをみせない。それどころか、戻ったとしてもまた笑ってやれるだろうかといった疑問まで湧いてくる始末。 このままではいけない。こんな状態で戻っても気遣われるのが関の山だ。 弱った精神を切り替えようとしたラルが重い足取りでその場から歩み去るのに僅かな時間も要さなかった。 砂利を踏みしめる軍靴の音だけが暗闇で満ちた空間に伝播する。 周囲にラル以外の人影は見られない。大規模反攻戦が成功に終わり、祝勝の空気に浸る最中、わざわざ戦場跡を出歩く酔狂な人間などいないのだろう。 軍服を透過する凍てつく風が皮をなぞり、血肉を冷やしていく感覚に震える全身。 止まらぬ震えを発し続ける両肩を抱きつつ、歩を進める彼女の視界の端で不意に何かが蠢いた。 「はぁぁ……仲間Bさんも人遣いが荒い方です。酷いです」 次いで聞こえるは年端も行かぬ少女の声。 それまで自分を除く他人の気配を感じ取ることが出来なかっただけに、突如として上がった声は少なからずラルに衝撃を与ええていた。 自らの軍人としての感覚が鈍化しているのか。それとも自身の存在を他者に感づかれないよう少女が気配を消していたのか。 どちらにせよ暗がりのなかに何者かが紛れているのは事実だ。 眉を寄せ、声が聞こえた方へと目を凝らせば、扶桑陸軍の戦闘服に酷似する装束に身を包んだ小柄な身体がその場にしゃがみ込み、地面の上に何かを貼り付けているところだった。 ラル「そこで何をしている?」 仲間E「ひゃわっ!?」 問いかけた途端に跳ね上がる少女の小さな背中。 雲間を縫って投げかけられた月光に照らされ、少女と彼女の小さな指に挟まれた護符が姿を見せる。 見た目から高く見積もっても十辺りか。 更に視線を少女の手前に転ずれば、三方を囲むようにして地面に貼り付けられている護符が目に留まる。それら四枚は魔法力を帯びているのか、微かではあるものの魔力障壁と同じ青白い光輝を放出している。 まるでこれから、何らかの術式を行うかのような光景。 銃器とストライカーユニットで武装するこの時勢において明らかに前時代的過ぎる一幕。 あるいは、これらの護符を用いた術式こそが目の前で怯えた表情を浮かべる幼い少女の固有魔法なのだろうか。 ラル「見ない顔だが。どこの部隊だ?」 仲間E「えっと……えっと……」 ラル「どうした? 見たところ扶桑の人間のようだが所属と階級は?」 仲間E「えっと……その……ご、ごめんなさい!」 言うや否や少女が手に残る最後の一枚を地面の上に貼り付け、護符で囲われた空間に足を踏み入れる。瞬間、小柄な体躯が前触れも無く掻き消えた。 闇に紛れたわけではなく、文字通り消えたのである。 あたかも息を吹きかけられた蝋燭の火のように、一瞬で。 ラル「なっ!?」 忽然と姿を消した少女の行方を探そうと、無意識に地面の上に結ばれた陣へと踏み込む寸前。 足元で淡い輝きを放つ四枚の護符は、あたかもラルの侵入を拒むかのように青白い炎を発し、燃焼を開始する。 ラル「…………護符か」 風に巻き上げられ、白と黒が混合する燃え残りを手にし、目を細める。 西洋紙とは異なる独特の手触り。 俗に扶桑紙と呼ばれる紙が用いられたその護符には転移の二文字が記されていた。 見知らぬ少女との奇妙な邂逅を終えたラルが呟きと同時に足を止めた。 ラル「……おれ」 磨き上げられた宝石を思わせる眼差しの先には積み上げられた瓦礫の山が、寒空の下に晒されていた。 移動要塞ジグラット。 最期の瞬間まで彼が戦っていた戦場。そして、その命を散らした墓標。 動力炉を破壊され、残骸と化した屑鉄に歩み寄るなり形の良い尻を落とし、優美な脚線美を誇る両脚を組む。 初恋は実らないという話はよく耳にするが、よもや自分の恋がこのような結末を迎えるとは。 片思い――いや、彼もまた自分のことを好いていたのだから両思いだったことには間違いない。 ただ最後の最後まで思いを通じ合わせることが叶わなかったことを考えると、俺にとっては片思いのまま終わってしまったのだろう。 ラル「結局……伝えられず仕舞いか」 自分の想いを伝えるよりも先に彼は戦塵へと消えていった。 ジグラット内部に設置された対侵入者用の迎撃機構によるものか、それとも崩落する瓦礫による圧殺なのかは定かでないが、どちらにせよ生存率はほぼ皆無に近いといっても良い。 これも命を賭して戦う軍人が背負う宿命なのだろうか。ならば彼の死も、この胸の痛みも割り切るしかないのだろうか。仕方なかった、運が悪かったと。 ラル「なぁ、俺。みんな……おまえが帰ってこなくて泣いてるぞ……?」 まるで、その場所に俺がいるかのような優しげな口調。 隊員たちの姿を脳裏に思い浮かべながら、腰掛けている瓦礫の上に手を添える。 表面を撫でると凍てついた堅い感触が手の平に広がった。死体もこれと同じく冷たいのだろうか。 この瓦礫のように冷たくなったまま、どこかに彼も埋もれているのだろうか。 光も届かず、風にも通らず。誰の目にも触れられないまま、たった独りで…… ラル「まったく、おまえは。自分が言いたいことだけ言って……」 私はまだ何も言っていないぞ――と呟き、手を丸めて拳骨で軽く瓦礫を叩いた途端に、夜空に浮かぶ月の輪郭が歪んだ。 ラル「なぁっ! おれ……!!!」 無論、前触れもなく天体が形を変えるはずがない。 頬を伝う雫の生暖かさから、込み上げてきた涙が視界を滲ませているのだと気付く。 ラル「あ、あ……あ……あぁ」 断続的に唇を割る呆けた声音。 つい今しがたまで込み上げて来なかった涙がいま、自分の頬を濡らしていることに気付いたとき自然と全身の筋肉が弛緩していく。 ――あぁ……やっぱり、こんなにも涙が溢れ出てくるほど私はあいつのことが好きだったんだ…… 拭おうと手を持ち上げた瞬間、どこからともなく駆けてきた夜風によって急速に冷却される泣き濡れた頬。 氷を押し付けられたかのような冷たさに強張る全身。肌の上を走る悪寒に耐え切れず両の腕を左右の肩へと伸ばす。 ラル「……っ!!」 寒かった。単純に体温を奪われたことによるものではなく、心までもが氷の牢に閉じ込められたかのように冷え込んでいた。 傍にいて欲しい。壊れるほどに抱きしめて自分を温めて欲しい。 されども、その願いを叶えてくれる彼はもういないのだ。 あたかもこの広い世界に、たった独り取り残されたかのような不安に圧し潰されそうになる。 ラル「っく……ぅぅうう」 動悸は次第に激しさを増していき、呼吸すら儘ならなくなる。 泣き声だけはあげるまいと必死に歯を喰いしばるも、抵抗が長続きすることはなく、 ラル「っぐ……ぅぁああ……あぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁああああああ」 魔女として、軍人としての仮面が剥がれ落ち、一人の少女へと戻ったラルが遂に泣き声を上げた。 そうしなければ、きっと自分は壊れてしまう。哀しみに耐え切れず心が砕かれてしまうから、行き場を無くした感情を爆発させた。 たとえ見っとも無いと嘲笑われようとも今自分が出せる声をラルは腹の底から絞り出す。 ラル「お、れぇ……おれ……おれぇ!!!」 死神に連れて行かれてしまった男の名を何度も叫ぶ。 嘘だ。好いた男が死んだのだ。大丈夫であるわけがない。 戦場を舞う魔女たちを統べる者として必死に耐えてきたがそれも限界だった。 悲しくて、苦しくて、痛くて、寒くて胸が張り裂けそうになる。 伝えたいことがあった。一緒に行きたい場所もあった。話したいことだってたくさんあった。 ラル「……あぁぁぁぁっぁぁあああ」 諦められるのか。彼に対するこの恋慕を捨て切れるのか。 ラル「諦められるわけ……ないっ!!」 諦め切れるわけがない。捨て切れるわけがない。 易々と捨てられるほど彼に対する自分の想いは安くない。 簡単に捨て去ることが出来る程度の情念なら、この胸はこんなにも痛みはしないのだ。 ラル「――して……くれ……!!」 弾かれたように立ち上がって身を翻し、手近な瓦礫へと手を伸ばす。 あのとき伸ばせなかった手を、届かなかった手を。 魔法力を発動。寒さに震える腕に、全身に力を込めて、掴んだ瓦礫を強引にその場から除ける。 ラル「返してくれ……っ!! あいつを……俺を……私たちに、私に返してくれっ」 一度で良い。一度だけで良い。 ラル「まだ言えてないんだ! 何も言えてないんだ!!」 どうかこの気持ちを、この想いを伝える機会を……せめて、もう一度だけ…… ラル「好きだって、言えてないんだよ!!」 爪が割れ、血が滲む。 白く細い指が血と煤に塗れ、傷口が重い痛みを生み落とした。 ラル「頼むっ!! おれを、返してくれっ!! 返して……くれよぉ……!!」 何がグレートエースだ。 何が人類第三位の撃墜数だ。 何が第502統合戦闘航空団の司令だ。 ラル「うっ……うぁぁぁぁぁぁあああああああああああ」 想いを寄せていた男をみすみす死なせてしまった。掬うことが出来ず、奈落の底へ落としてしまった。 胸の内に秘めていた慕情も永遠の片思いに変えてしまった。 そのことが悔しくて、切なくて。それなのに今の自分には翼をもがれたあの時のように涙を流すことしか出来なくて。 いっそここで潰れてしまえば、どれだけ楽になれるだろうかといったことすら考えてしまっている。 ラル「うっ……っく……うぁぁあ」 時が経てば、この痛みもいずれは針に刺された程度のものへと変わるのだろうか。 一生この痛みを引きずって生きなければならないのか。 そんな考えが脳裏を過ぎり、瞳に込み上げる涙の量が増した刹那―― 「おいおい。こんな寒空の下でなに泣いてるんだよ」 忘れようも無いあの陽気な声音が泣きじゃくるラルの身体を強張らせ、震えを押さえ込んだ。 後編に続く