約 4,708,342 件
https://w.atwiki.jp/hinomotooniko/pages/41.html
日本鬼子ちゃんに続き、小日本(こひのもと・愛称こにぽん)の代表デザインを募集させていただきます! ○代表デザインってなに? もっともっと派生イラストやSSなどを作りやすくするため、 一つの参考となるような、「代表デザイン」を決めよう!という企画です。 皆様ふるってご参加ください! ※あくまで、創作者の為の「基本デザイン・特徴の案」であり、日本鬼子の絵柄を恒久的に決めるもの(公式絵の決定)ではありません。 ○絵の募集について •募集期間 11月14日(日)23時59分まで。 •絵の内容 あなたの思う「小日本の絵」であれば何でも結構です。最低限の要素は下記参照。ほとんど決まっていないので、そこは想像力で自由に補完してください! これからの基本となるデザインですので、カラー推奨、かつ、なるべくデザイン全体が分かり易い絵(できれば、前後から描かれた絵推奨)でお願いします。(文字で色指定も可) ○小日本の要素 縁結び (小日本>こひのもと>恋の素) 水引モチーフの何か 鈴 和装 「小さい」(幼児体型、アリエッティ系小人、その他なんでも自由) ※髪型・角の有無・年齢・鬼子との関係は自由 ○投票について 「センタク」というサイトにて行います。 11月16日(火)0 00から18日(木)23 59まで。 ○候補絵の権利について 現在、「日本鬼子」の権利関係が不明確になっていることから、絵師の方々に負担を負わせてしまっています。 そこで、「小日本」についての絵の著作権はまとめ人 ◆M3pXrrUt96がまとめて管理させていただきたいと思っています。 代表デザインの方に逐一、私からのメールをチェックしていただく負担を負わせたくありませんし、 一括して管理した方が、何かと問題が起きないかと思いますので。 また、権利の行使の際は、本スレ、避難所での議論を必ず行うこととし、まとめ人 ◆M3pXrrUt96が権利を濫用することも禁止します。 ○参加方法 本wikiの小日本代表デザイン候補エントリーから、絵をアップロードしてください。 ※ご自分で描かれた絵に限り、エントリー可能です。(転載可能の作品であっても、必ず、作者ご本人様の投稿が必要とさせていただきます) ※発表済みの作品をエントリーされる方は、ご本人様確認のため、pixivなどで、自分の絵であると宣言されることを推奨します(確認が取れなかった場合、エントリーを無効とさせていただくことがあります)
https://w.atwiki.jp/ikuratyan/pages/11.html
ここにページデザイン用のを置いていくずら
https://w.atwiki.jp/trivia-mike/pages/1247.html
こくみんしんはんにお カテゴリ:文化系 マスメディアが放映せぬ反日の実態を紹介するサイト。* なまえが色々あるんで国民が知らないシリーズとかつけちゃったん
https://w.atwiki.jp/muraji_ad2010/
@wikiへようこそ ウィキはみんなで気軽にホームページ編集できるツールです。 このページは自由に編集することができます。 メールで送られてきたパスワードを用いてログインすることで、各種変更(サイト名、トップページ、メンバー管理、サイドページ、デザイン、ページ管理、等)することができます まずはこちらをご覧ください。 @wikiの基本操作 用途別のオススメ機能紹介 @wikiの設定/管理 分からないことは? @wiki ご利用ガイド よくある質問 無料で会員登録できるSNS内の@wiki助け合いコミュニティ @wiki更新情報 @wikiへのお問合せフォーム 等をご活用ください @wiki助け合いコミュニティの掲示板スレッド一覧 #atfb_bbs_list その他お勧めサービスについて 大容量1G、PHP/CGI、MySQL、FTPが使える無料ホームページは@PAGES 無料ブログ作成は@WORDをご利用ください 2ch型の無料掲示板は@chsをご利用ください フォーラム型の無料掲示板は@bbをご利用ください お絵かき掲示板は@paintをご利用ください その他の無料掲示板は@bbsをご利用ください 無料ソーシャルプロフィールサービス @flabo(アットフラボ) おすすめ機能 気になるニュースをチェック 関連するブログ一覧を表示 その他にもいろいろな機能満載!! @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 @wikiプラグイン一覧 まとめサイト作成支援ツール バグ・不具合を見つけたら? 要望がある場合は? お手数ですが、メールでお問い合わせください。
https://w.atwiki.jp/hinomotooniko/pages/59.html
小日本代表デザイン一次投票を終了しました。 期限は18日の23:59までです。 1次投票では、全104作品をAとB、2つのブロックに分けて、3日間投票を行い、 各ブロック上位4作品、合わせて8作品で後日、2次投票を行います。 (投票数同率により4位以上の作品が5作品を越える場合、上位から5作品以内になるよう選出) 投票は1日1票ですので、好きな作品に複数票入れるか、複数の作品に1票ずつ入れるかは自由です。 2次投票は、19日(金)1 00~20日(土)23 59の期間で行う予定です。 鬼子ちゃんが一次投票について分かりやすく解説してくれました(クリックで拡大してご覧ください)→ ※「代表デザイン」を決める投票です。単に上手い絵ではなく、デフォルメしやすさ、イメージしやすさ、 アレンジしてもこにぽんとわかりやすいこと、などを考慮して、「小日本ぽい!」と思った絵に投票してください。 皆様のご参加、お待ちしております! 二次投票はこちらのページからどうぞ 二次投票の期間中は一時的にこのページのダウンロード関係のリンクを停止します。 {○候補作を1つ1つダウンロードする方はここから} ○候補作を全部まとめてダウンロードしたい方はこちら(※zipファイル) ○候補作のこにぽんをざっくりチェックしたい方はこちら(※容量がでかいので表示に時間がかかります) ○候補作のこにぽんをしっかりチェックしたい方はこちら(※数字をクリックすると、大きく表示されます) Aブロック Bブロック ○動画形式でさくっと候補作をチェックしたい方はこちら↓
https://w.atwiki.jp/kumicit/pages/1087.html
Kumicitのコンテンツ インテリジェントデザイン概説 デザインの検出 デザイン論を批判するHume William Paley (1743–1805)などが設計説(デザイン論)を主張したのに対して、同時代のDavid Hume(1711-1776)はそれには批判的だった。たとえば David Hume Dialogues Concerning Natural Religion ( 福鎌・斎藤 (翻訳) )が、デザイン論批判の著作だと思われる。 この"自然宗教についての対話"は、正統派神学者デメアと"Argument from Design"(デザインからの論)を主張する理神論者クレアンテスと懐疑論者フィロが会話をする形で記述されている。Humeは、自らの意見をおおよそフィロに言わせていると考えられている。 で、これの第2部をちょっとだけ見てみると...(和訳は福鎌・斎藤の訳本による) 正統派神学者デメアは、神の存在は自明だが、神の属性は知りえないと言う: The question is not concerning the being, but the nature of God. This, I affirm, from the infirmities of human understanding, to be altogether incomprehensible and unknown to us. The essence of that supreme Mind, his attributes, the manner of his existence, the very nature of his duration; these, and every particular which regards so divine a Being, are mysterious to men. Finite, weak, and blind creatures, we ought to humble ourselves in his august presence; and, conscious of our frailties, adore in silence his infinite perfections, which eye hath not seen, ear hath not heard, neither hath it entered into the heart of man to conceive. They are covered in a deep cloud from human curiosity. It is profaneness to attempt penetrating through these sacred obscurities. And, next to the impiety of denying his existence, is the temerity of prying into his nature and essence, decrees and attributes. 問題は神の存在についてではなく神の本性に関してなのだ。この点を僕は人間知性の虚弱さから、われわれにとっては全く理解不可能で未知だと主張するわけだ。あの至高の精神の本質、その諸属性、その存在の在り方、その持続の本性そのもの、このようなことやそのほかにどれほど崇高な存在に関するあらゆる細目は人間にとって神秘なのだ。有限で弱く、そして盲目な被創造物として、われわれは神の尊厳な現存の前にへりくだるべきであり、またわれわれの脆弱さを自覚して、神の無限な完全さを沈黙のうちに称えるべきなのだ。なにしこ、神の完全性を、目は見たことがなく、耳は聞いたことがなく、かつまたそれらを知ろうとすることは、かつて人の心に思い浮かんだこともなかったのだから。それらは人間の好奇心に対しては深い雲でおおわれている。この神聖な暗闇をつき抜けようと試みることは冒険である。そして神の本性や本質、指令や属性をうかがい知ろうとする無謀さは神の存在を否定する不敬虔につぐものだ。 ... It is Father MALEBRANCHE, who, I remember, thus expresses himself [Recherche de la Verite. Liv. 3. Chap.9]. "One ought not so much," says he, "to call God a spirit, in order to express positively what he is, as in order to signify that he is not matter. He is a Being infinitely perfect Of this we cannot doubt. But in the same manner as we ought not to imagine, even supposing him corporeal, that he is clothed with a human body, as the ANTHROPOMORPHITES asserted, under colour that that figure was the most perfect of any; so, neither ought we to imagine that the spirit of God has human ideas, or bears any resemblance to our spirit, under colour that we know nothing more perfect than a human mind. それはマールブランシュ神父で、この人は僕の記憶では次のように述べている。「人が神を」」と同神父は言っているのだが、「精神と呼ぶのは、神がなんであるかを積極的に表現するためというよりも、むしろ神が物質でないことを意味にするためのものでなければならない。神は無限に完全な一存在である。この点を我々は疑うことはできない。しかし、神が身体を持つと想定した場合でさえも、神人同形同性論者が主張したように、人間の姿態が何よりももっとも完全なものだという含みで、神が人間の身体をまとっていると想定すべきではないのと同じように、われわれが人間の心以上に完全なものは何も知っていないというたてまえからか、神の精神が人間的観念をもつとか、われわれの精神となんらかの類似性を帯びているとか想像すべきではない。... pp.24-26 懐疑論者フィロも同じく: where reasonable men treat these subjects, the question can never be concerning the Being, but only the Nature, of the Deity. The former truth, as you well observe, is unquestionable and self-evident. Nothing exists without a cause; and the original cause of this universe (whatever it be) we call God; and piously ascribe to him every species of perfection. .... But as all perfection is entirely relative, we ought never to imagine that we comprehend the attributes of this divine Being, or to suppose that his perfections have any analogy or likeness to the perfections of a human creature. Wisdom, Thought, Design, Knowledge; these we justly ascribe to him; because these words are honourable among men, and we have no other language or other conceptions by which we can express our adoration of him. But let us beware, lest we think that our ideas anywise correspond to his perfections, or that his attributes have any resemblance to these qualities among men. He is infinitely superior to our limited view and comprehension; and is more the object of worship in the temple, than of disputation in the schools. 理性的な人々が、こういう主題を取り扱う場合、確かに問題は、決して神の存在に関するということはありえず、神の本性だけにかかわっているのだ。前の方の真理は君の十分に認めるところだろうが、異論の余地がなく、また自明なのだ。何者も原因なしには存在しない。そしてこの宇宙の根源的原因(それがなんであろうと)をわれわれは神と呼ぶ。そしてこの神に、あらゆる種類の完全性をわれわれは敬虔に帰属させるのである。... しかし、あらゆる完全性は、全く相対的であるから、われわれはわれわれがこの神的存在の諸属性を理解すると想像したり、あるいはこの神の諸完全性が、人間と言う被創造物の諸完全性になんらかの類比ないし類似をもつと決して想定してはならない。知恵、思惟、意図、知識、これらのものを、われわれは当然神に帰する。なぜならばこれらの言葉は人間の間で名誉に価し、かつまたわれわれは、神への尊崇を表現できるような他のいかなる言葉も概念も持たないからである。しかしわれわれの諸観念が、神の諸完全性にともあれ対応するとか、神の諸属性が人間間におけるこれらの諸性質になんらかの類似をもつとかいうようなことを、われわれが考えたりしないように注意しようではないか。神はわれわれの制限された視野や理解を無限に超越しており、諸学派における討論の対象というよりも、むしろ寺院における崇拝の対象なのだ。」pp.26-27 これに対して、理神論者クレアンテスは"Argument from Design"を語る: I shall briefly explain how I conceive this matter. Look round the world contemplate the whole and every part of it You will find it to be nothing but one great machine, subdivided into an infinite number of lesser machines, which again admit of subdivisions to a degree beyond what human senses and faculties can trace and explain. All these various machines, and even their most minute parts, are adjusted to each other with an accuracy which ravishes into admiration all men who have ever contemplated them. The curious adapting of means to ends, throughout all nature, resembles exactly, though it much exceeds, the productions of human contrivance; of human designs, thought, wisdom, and intelligence. Since, therefore, the effects resemble each other, we are led to infer, by all the rules of analogy, that the causes also resemble; and that the Author of Nature is somewhat similar to the mind of man, though possessed of much larger faculties, proportioned to the grandeur of the work which he has executed. By this argument a posteriori, and by this argument alone, do we prove at once the existence of a Deity, and his similarity to human mind and intelligence. 僕がこの問題をどう理解しているかを簡単に説明しよう。世界を見回してみたまえ。その全体とあらゆる部分をよくながめてみたまえ。君は世界が一つの大きな機械にほかならず、無数のより小さな諸機械に細分されているのを見出すだろう。そしてまた、この小さな諸機械が、さらに細分を受け入れ、遂に人間の感官や能力が跡づけたり、説明したりすることのできる程度を越えてしまうに至るのだ。これらすべてのさまざまな諸機械およびそれらのどれほど微細な諸部分であろうとも、相互に一種の正確さで適合されており、この事実は、それらをかつて熟視したすべての人々の心を奪って驚嘆の念を抱かせるのだ。全自然を一貫しており手段の目的への巧妙な適合は、程度は遥かに高いにせよ、人間の工夫、つまり人間の意図、思惟、知恵および知性への諸成果に類似している。このような次第で結果が相互に類似しているからというので、われわれは、類比のあらゆる法則によって、原因もまた類似していると推論するに至るのだ。また自然の創作者が人間の精神にある程度似ていると推測するに至るのだ。ただ自然の創作者は、彼が成就した作品の偉大さに比例して、遥かに大きな諸能力を備えているだけの違いなのだ。このようなア・ポステリオリの論証により、またこの論証だけによって、われわれは直ちに一神の存在と、この神の人間の精神や知性への類似性を証明するのだ」 p.28 なお、Humeの時代のaprioriは演繹的な、a posterioriは帰納的な論証を意味する。 で、これに対して、懐疑論者フィロはアナロジーではなく類比となって、誤謬と不確実さに堕すと言う: That a stone will fall, that fire will burn, that the earth has solidity, we have observed a thousand and a thousand times; and when any new instance of this nature is presented, we draw without hesitation the accustomed inference. The exact similarity of the cases gives us a perfect assurance of a similar event; and a stronger evidence is never desired nor sought after. But wherever you depart, in the least, from the similarity of the cases, you diminish proportionably the evidence; and may at last bring it to a very weak analogy, which is confessedly liable to error and uncertainty. After having experienced the circulation of the blood in human creatures, we make no doubt that it takes place in TITIUS and MAEVIUS. But from its circulation in frogs and fishes, it is only a presumption, though a strong one, from analogy, that it takes place in men and other animals. The analogical reasoning is much weaker, when we infer the circulation of the sap in vegetables from our experience that the blood circulates in animals; and those, who hastily followed that imperfect analogy, are found, by more accurate experiments, to have been mistaken. 石が落下し、火が燃え、大地が固体性を持つこと、こういうことを、われわれは何千回も観察してきた。そこでこの種の何か新しい実例が示されると、われわれは躊躇することなしに慣習的な推論を行う。事例の正確な類似姿勢が、われわれに類似的な出来事について完全な確信を与える。かくしてそれ以上に強力な明証性は決して望まれず、また求められもしない。しかし、君たちがほんのわずかでも事例の類似性から外れる場合は、常に君たちはそれに応じて明証性を減少する。かくして遂には明証性を極めて脆弱な類比と化してしまう可能性があるのだ。類比は誰でおもが認めるがごとく誤謬と不確実さに堕しやすいものなのだ。人間という被創造物における血液の循環を経験した後には、われわれはそれが、ティティウスやメヴィウスの中で生じていることを疑わない。しかし蛙や魚における血液の循環から、それが人間および他の諸動物の中において生じているということは、よしんば、それが強力な想定におせよ、やはりそれは類比からの一想定にすぎない。血液が動物において循環するというわれわれの経験から、われわれが植物における体液の循環を水理するとすれば、類比的論考もさらに脆弱化する。このようにしてかの不完全な類比に、あわてて従った人たちは、より正確な実験によって、誤りを犯したことを見出されるのだ。pp.29-30 基本的にインテリジェントデザイン運動の主張はデザイン論ベースなので、ほぼクレアンテスに重なる。そして、フィロの主張は、Panda s Thumbなどに見られる批判に重なる。つまりは、この本"Dialogues Concerning Natural Religion"は1779年に出版されたものだが、200年以上たった今でも、あまり変わらない論争が続いているということになる。
https://w.atwiki.jp/veiros/pages/63.html
FrontPage * 目次 目次 設定 国家 地理惑星 ポーツオーソ 軌道エレベータークアッド・オブ・クアッド フロイライン シーズン・ホワイト 歴史 政治 外交 経済 住民ジャケット 人工知能―プロセッサアーティフィシャル・プロセッサ アーティフィシャル・AI・プロセッサ オペレーティング・システム 人物 文化 軍事 外部リンク 設定 社章 惑星 ポーツオーソ(portautho) 公用語 共用語 国家元首 ポーツオーソ 首都 なし 最大都市 なし 公式略称 H.D.O 英語国名 Humanity design authority 通貨 ポート 国家 ヒューマン・デザイン・オーソリティ(Humanity design authority)は、国ではなく惑星ポーツオーソを拠点として活動をおこなう企業組織である。 ポーツオーソ自体は、惑星内での争いが絶えず、統一惑星国家として名乗るレベルにない。 ヒューマン・デザイン・オーソリティは、惑星ポーツオーソの軌道上に浮かぶ多数の衛星や起動エレベータによって構成されている。 地理 惑星 ポーツオーソ 陸地のほとんどが常に雲で覆われている。 地上は3つの超大国によって戦争がおこなわれ、その戦争は果てること無く続けられている。 ポーツオーソの文明はかなり低く、第一次世界大戦以前のレベルにとどまっている。 アエイジア ユーロメリカ オセアニカ 軌道エレベーター 3つの大陸から伸びた支柱がそれぞれの軌道エレベータを形成している。 ポーツオーソの住民はその支柱を神の塔と呼び、崇拝している(大陸によって宗教は異なる) 軌道エレベーター毎に存在する会社、種族は異なっており、それらが提携して構成されているのがヒューマンデザインオーソリティである。 クアッド・オブ・クアッド オセアニカ上空にある軌道エレベータの集合体。 フロイライン ユーロメリカ上空にある軌道エレベータの集合体。 シーズン・ホワイト アエイジア上空にある軌道エレベータの集合体。 親人類派の組織で、アエイジアに大量の武器や医薬品を届けるほか、ほかの人類圏の国に輸出を行ったりしている。 その性格のせいか、ミレミアム・ヴォルフにはあまり好意的ではない。 規格統合の際に新しいプロセッサが提供されなかったため、断絶寸前である。 歴史 Human design authorityの名が示すとおり、もともとは人間の人体を製造する会社であった。 移植用の臓器や、美容用の皮膚など。 これらは現在も製造されているが、バックプロパゲーションの有機ジャケットにのみ使用されている状態である。 関連する歴史- 政治 なし 外交 なし 所属組織・締結条約 経済 兵器などを製造、販売している。 惑星内兵器では他を圧倒しているが、大気圏外で使用される兵器については評価が悪い。 他に、バックプロパゲーションのジャケットを生産、販売しているが、社内のみでしか利用されていない。 住民 ポーツオーソの住民はほとんどが人類であるが、ヒューマン・デザイン・オーソリティ社内は、機械種で占められている。 バックプロパゲーションと呼ばれる機械種は、体をジャケット、知性をアーティフィシャル・プロセッサと区別している。 見た目はほとんど人類と変わらないが、それは普段は人類のジャケットを使用しているためである。 交渉する相手によってジャケットを変更している。 ジャケット 交渉する際や、移動する際に使われる移動装置のこと。 ヒューマン 人類を模して作られたからだ。 人体のパーツまたは人間自体を使用して作成される。 若い女性のジャケットがよく使用される(中年や、老人のジャケットも存在するため、ただ単に好みの問題である。) リルタニア系コーディネーターを拉致して作成されているという噂がある。 マシン 合理化のみ考えられた機械の体。 触手や触覚などがあったり、目が多数合ったりとかなり気持ちが悪い。 エストレンジーでは人気があるようだ。 人工知能―プロセッサ プロセッサは機械種に共通してみられる人工知能の総称である。 仕組みも利用法も酷似している。 アーティフィシャル・プロセッサ アーティフィシャル・プロセッサは、ヒューマン・デザイン・オーソリティでの知性である。 高性能であればあるほど冷却装置も巨大になるため、処理能力の高い物ほど騒音が大きくなり、嫌われる傾向にある。 デュオ もっともメジャーな知覚装置 コアと呼ばれる処理層が2つあり、それぞれが利点、欠点を補完しあっている。 規格統合に伴い、消滅した クアッド 比較的上流階級の使用する知覚装置 コアが4つある。 普段は2つのコアのみ利用されているが、多大な処理に対応する場合は4つすべてを利用する。 セレロン、ペンティアム デュオ、クアッドの廉価版 低階級層に使用される。 規格統合に伴い、消滅した。 i7 最新鋭の知覚装置。 コアを7つ持つ。 それなりに高性能だが、巨大な冷却装置が必要なため、ジャケットを使用することができない。 アーティフィシャル・AI・プロセッサ エストレンジー旧工業セクター連合で使用されているAIチップと互換性の有るタイプ。 今のところ、無償で配布された一つのプロセッサしか存在しない。 CoreFusion オペレーティング・システム バックプロパゲーション種を簡単に操作、果ては殺害まですることのできるシステム。 バックプロパゲーションが人類に娯楽や業務用として酷使され、古くなればすぐに破棄されるなど凄惨な扱いを受けていた時代の遺物である。 現在でもいくつか現存し、ネットワーク上にデータの不正なコピーも存在する。 バックプロパゲーションにとって、これは自分たちを制御するものでしかなく、憎悪の対象となっている。 micro molle./Finestre 9x micro molle社(現在は無い)の製作したオペレーティング・システム。 よくフリーズする。 昔はかなり普及していたようだが、業務用のバックプロパゲーションに用いられることは少なかった。 micro molle./Finestre NT micro molle社(現在は無い)の製作した業務用オペレーティング・システム。 安定しており、動作も軽い。 micro molle./Finestre XP micro molle./Finestre Vista mela./Leopardo mela社(現在は無い)の製作したオペレーティング・システム。 美しいグラフィックと、直感的なインターフェースで好評を博した。 このオペレーティング・システムを使用したバックプロパゲーションは比較的大切に扱われたようだ。 人物 Apical idem (アピカル・アイデム) 文化 軍事 クーシフィクション系戦艦、クォーツ・スターファイターなどを多数有する。 クーシフィクション系戦艦は他の国のもつ戦艦とは桁違いに巨大であり、 たとえばヴァルキュリア級宇宙戦艦が9隻で兵器1000に対し、エグゼクタ級クーシフィクションは一隻で兵器5000も使用する(ヴァルキュリア級宇宙戦艦45隻分に相当) 外部リンク
https://w.atwiki.jp/sin7151/pages/2.html
メニュー トップページ 洋服デザイン1 メニュー メニュー2 @ウィキ ガイド @wiki 便利ツール @wiki
https://w.atwiki.jp/uther/pages/4.html
モードデザイン集・第1巻 コタルディ 麻生地3 毛織生地3 フェルト製アクトン 羊皮飾ペチコート 皮革7 麻生地3 リンネル製ペチコート ニットキャップ 皮革4 ニット3 革ひも3
https://w.atwiki.jp/dnd4e_huruhebi/pages/73.html
+ 目次 遭遇と消耗長い戦闘限界突破 戦闘遭遇のデザイン法 本項で紹介されているのはダンジョン・マスター向けのハウス・ルールのうち、戦闘遭遇のデザインに関するものである。 遭遇と消耗 長い戦闘 限界突破 英雄は非常に厳しい遭遇のさなかにあって、その限界を超えることができる者もある。あるいは、これこそが英雄(つまり、PC)を普通の人々から抜きんでた存在たらしめる分水嶺とも言える。 これを表現するため、DMは長い遭遇を作る際、その戦闘に明確な達成目標や転換点を設け、PCたちが戦闘の途中でそれらに到達するごとに戦力を回復する機会を与えることができる。たとえば(1)(その遭遇が2つ以上の連結された遭遇からなるなら)“1つの遭遇”を克服することや、(2)(レベルがPCの平均レベルを5以上上回るような単独モンスターといった)極めて強力なモンスターを[形態変化]パワーや、“妨害不可”のパワーをトリガーさせることは“戦闘における明確な達成目標や転換点の達成”にふさわしい。 DMが“PCたちが限界突破を果たした”とみなしたなら、PCは以下の利益の中から1つを選択して得ることができる。 パワーの回復:使用済み注1の遭遇毎パワーを1つ選び、その使用回数を1回ぶん回復する。 底力の使用:(たとえアクションを行えない効果を受けていても)即座に底力を使用する。この底力はその遭遇においてすでに底力を使用していても使用できる。 セーヴィング・スローを行なう:即座にセーヴィング・スローを1回行なう。 マイルストーンへの到達:即座に1回のマイルストーンに到達する。これによって獲得したアクション・ポイントは、すでにその遭遇においてアクション・ポイントを消費していても消費できる。 注1……パワーが使用済みになるのは、それが解決された後であるため、限界突破が遭遇毎攻撃パワーによって誘発した場合、そのパワーの使用回数を回復することはできない。