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前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 康一は、学院の中庭で荒く息をついた。髪も服も、もみくちゃにされてボロボロである。 ちょうど厨房での熱烈すぎる歓迎から逃げてきたところなのだ。 「歓迎されるのはうれしいけど、引け目があるぶん素直に喜べないんだよなぁー」 褒められれば褒められるほどなんだか申し訳なくなってくる。 以前テスト中、はずみで他の人の答案が目に入ってしまったときの気分だ。 いい点数を取って先生や親に褒められたが、嬉しいというよりも後ろめたくなってしまうものだ。 康一はところで・・・と、あたりを見回した。 「ここ・・・どこだ?」 康一のまわりを塔が囲んでいる。 このトリステイン魔法学院は、中央の本島を囲むようにして、火や水などといった名前を冠する塔が立ち並んでいる。 どれもこれも似たような石組みの建物なので、まだここに来てまもない康一は自分がいるのがどこなのかわからなくなってしまった。 「ここは火の塔と風の塔の間にある中庭ですよ。」 康一が振り向くと、メガネをかけた女性がこちらに歩いてくるのが見えた。 妙齢の美女といっていい。緑色のストレートな髪が風になびく。 それにしてもこっちの人の髪の毛はカラフルだよなぁー。と康一は思った。 「えーっと、どなたです?」 「わたくしはオールド・オスマンの秘書をやっています。ロングビルです。あなたをお迎えにきました。」 ミス・ロングビルは「お目覚めになったと聞いたので。」と微笑んだ。 「オスマンさんがぼくに何か用なんですか?」 ひょっとして帰る方法が分かったのだろうか。 「詳しくは直接お話したい、とおおせつかっておりますの。ついてきて頂けますか?」 「いいですよ。」 康一は二つ返事で承諾した。 そもそも、部屋を追い出され、厨房から逃げてきた康一には、行くところがなかった。 「よかったですわ。それではこちらへ。」 ミス・ロングビルは康一を先導して歩き出した。 ミス・ロングビルはノックをしてから扉を開けた。 以前にも来た事がある。学院長室だ。 「失礼しまぁーす。」 ロングビルに続いて康一も中に入った。 康一の中では、学校の職員室に来るときのような感覚である。 「おお、よくきてくれたね。ミスタ・コーイチ!」 奥の大きな机の向こうに座って、書きものをしていたらしいオールド・オスマンが、相好を崩した。 「ギーシュ・ド・グラモンとの一戦。遠巻きながら見させてもらったよ。もう体は大丈夫なのかね?」 実はあのとき、決闘をとめようとした教師達をオスマンは制止し、遠見の水晶球でその様子をすべて見ていたのだ。 当然康一のことを観察するためである。 「お、お陰様で・・・。」 康一は冷や汗を流した。 最初にあったとき、スタンドを見せてはいけないと知らなかった康一は、堂々と目の前でACT3を出してしまっているのだ。 オスマンはロングビルに目配せをした。 ロングビルは一礼して学院長室から出て行く。 二人っきりになったオスマンは、康一に椅子をすすめた。 「まぁかけなさい。いろいろしなければならない話もあるしのぉ。」 薦められるまま、康一はソファーに腰掛けた。 その正面に座った気のいい老人は、第一声でこういった。 「きみの『スタンド』は『マジックアイテム』ではないんじゃのぉ。」 康一はぎくりとした。 火あぶり、という単語が意識を横切る。 「さ、さぁ。どうでしょうね。」 康一はとぼけてみた。 オスマンは目を細めた。 「あの時、『ディテクト・マジック』をかけた生徒は、君が『マジックアイテム』を持っていないといった。しかし、君は以前見たのとは別の、二体の『スタンド』を出した。」 まさか全部見られていた!? 康一は驚愕した。 死角を使い、一瞬の隙を使い。できるだけばれないようにしていたのに! 康一は黙り込んだ。 「わしは、このハルケギニアで人よりも少々長く生きてきた。そのせいか、どうも常識に捕らわれてしまうことがあるようじゃな。」 ほっほっほっほ、とオスマンは笑った。 「どうしたかね?なにやら緊張しているようじゃが・・・」 ひょっとしたら、今すぐ逃げたほうがいいのかもしれない。 今なら目の前に座っているのは老人一人。切り抜けることができるかもしれない。 康一は半分覚悟を決めた。 「・・・この世界では、『系統魔法』以外の異能の力は『先住』と呼ばれているそうですね。」 「ほう。よく知っておるのぉ。」 「・・・ぼくの力が『系統魔法』によるものでないとしたら、どうしますか?」 康一は部屋の窓を確認した。あそこを破って飛び出せないだろうか。 「この部屋の窓は、スクウェアクラスの『固定化』がかけられておる。体当たりしたくらいではやぶれやせんよ。」 康一は身を硬くした。 心を読まれた!?そういう魔法でもあるのだろうか。 オスマンは顔の前で手を組んだ。 「君はどうやら誤解をしているようじゃの。わしが君を『先住』の使い手として王宮に突き出すと思っているのかね。」 康一は何も言えずに押し黙った。 「少しこの老人の話を聞いてもらえるかの?」 オスマンはソファーにもたれかかった。 「我々メイジが『系統魔法』を扱うことで、特別な地位を築いていることは知っておるね?平民やちょっとした魔物など、訓練されたメイジが一人いれば簡単に蹴散らせてしまう。」 「しかし、例外もある。それがエルフじゃ。エルフは始祖ブリミルの時代より聖地をめぐり、戦ってきた相手。そして、我々メイジは、『先住魔法』を使うエルフ達についぞ勝った事がないのじゃよ。」 「だから我々は『先住魔法』を極端に恐れるのじゃ。自分達が知らない力は、『先住』として恐れ、狩り立てる。」 じゃが・・・。オスマンは続けた。 「本来『先住魔法』とは自然界に宿る精霊の力を借りて力を行使するものじゃ。じゃから、別名を『精霊魔法』とも呼ばれておる。」 「ひるがえって君を見るに、君が見せてくれた3体の『スタンド』は、自然界の精霊とは明らかに異なっておる。わしも長く生きるが、そんなものは見たことがないのじゃよ。」 「じゃから興味が沸く。どうじゃね。『スタンド』とはなんなのか、わしに教えてはもらえんじゃろうか。」 話せる所まで構わんぞ?とオスマンはウィンクした。 康一は観念した。 「・・・『スタンド』は、『生命エネルギーが作り出す、パワーあるヴィジョン』と言われています。ぼくは、自分の『分身』って言ったほうがしっくりくるんですけど・・・」 「『分身』かね。」 「ええ、『スタンド』は『スタンド使い』の魂の形や強い思いを反映すると言われてます。ですから、一人一人形状も能力も違うんです。」 「君が『ACT3』と呼んでいたものは、『ものを重くする能力』というわけじゃな?」 「ええ。まぁそういうことです・・・。」 オスマンはこの康一の告白に驚くと同時に少し興奮していた。 「(この歳になってまだ知らぬことがあるとは、この世界も捨てたものではないわい!)」 しかしそれを表情には出さない。 「しかし・・・その『スタンド』とやらはどうやったら手に入るものなのかね?」 「いろいろです。生まれつきもっている人もいますし。ぼくは『矢』に貫かれて『スタンド使い』になりました。」 「『矢』・・・とは、あの弓で飛ばす矢のことかね?」 「はい。ある特殊な矢で刺されると、『スタンド使い』になる可能性があります。」 「可能性・・・ということは、なれないこともあると。」 「はい。相性のようなものがあるようです。」 「『矢』か・・・」 オスマンは何かを考えるようにして顎鬚を撫で付けた。 「何か心当たりでもあるのですか?」 「いや・・・恐らく君がいっているものとは違うじゃろう。じゃが、宝物庫に『弓と矢』がしまってあるのを思い出したのじゃよ。」 「そうですか・・・」 「(まぁここに『あの弓と矢』があるわけがないよなぁー。)」 黙り込んでしまったオスマンに、この際なので康一は疑問をぶつけることにした。 「あの・・・実はぼく、すごく不思議に思うことがあってですね・・・」 「ん?なんじゃね。いってみなさい。」 「本来は、基本的に『スタンド』は『スタンド使い』にしか見えないんです。」 「なん・・・じゃと・・・?」 オスマンは目を見開いた。 「でも、こちらの人はみんな『スタンド』が見えるみたいで・・・。だから最初、みんな『スタンド使い』だと思ったんです。」 「ふーむ・・・」 オスマンは腕組みをした。目を瞑って何かを考えているようだ。 「あのー・・・」 康一は不安になって尋ねた。 「ぼくはこれからどうなるんでしょうか。」 オスマンは目を開けた。 「君さえよければ、ミス・ヴァリエールの使い魔を続けてくれるとうれしいんじゃがの。」 「よかったぁー!」 康一は胸をなでおろした。どうやら大事にはならなさそうだ。 「驚かせてすまなかったの。もう帰ってもいいぞい。」 「あ、はい。それじゃ、ぼくそろそろルイズの部屋に帰りますね。」 康一は立ち上がった。 扉に向かう康一にオスマンは「君の『スタンド』じゃが・・・」と声をかけた。 「はい?」康一が振り向く。 「メイジではない、平民に見せたことはあるかね?」 「? えーっと・・・そういえば、ない・・・のかな・・・?」 「今度ためしに見せてみてはどうかね?ひょっとして何かわかるかもしれん。」 「はぁ・・・わかりました。」 康一は首を傾げながらも頷いた。 康一が出て行った後、オールド・オスマンは本棚から一冊の分厚い本を取り出した。 ぱらぱらとページをめくり、とある章で目を留める。 「・・・『ガンダールヴ』・・・か・・・」 その本を机の上に置く。 開かれたページには様々な紋章のようなものが並べられている。 そのうちの一つ。『始祖の使い魔』という項目に描かれていたのは、康一の左手に使い魔の印として刻まれているルーンだった。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
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魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れた。 整列した生徒達が一斉に杖を掲げて、歓迎の意を表す。 本塔の玄関にはオスマン氏が立ち、王女の一行を出迎えた。 呼び出しの衛士が、緊張した声で王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなりであるッ!」 枢機卿のマザリーニに続いて現れた姫殿下の姿を見て、 生徒達は歓声を上げた。 アンリエッタはニッコリと微笑を浮かべて、優雅に手を振った。 誰も彼もが、緋毛氈の絨毯を進む一輪の華に釘付けかと思われたが、 いつの時も、例外はある。 「ねぇ、ルイズ。 さっきの授業……少しばかりやりすぎじゃなかった? そりゃあ、胸がスッとしたのは確かだけど」 観衆達より一歩引いた場所にいたルイズ御一行である。 キュルケは、最初こそ異国トリステインの王女を物珍しげに眺めていたが、 あらかた値踏みをすると、瞬く間に興味を失っていた。 「言及無用よツェルプストー。 あのゲス、思い返しただけでムカムカするわ。 あんなのがのさばってたら、貴族の格が落ちるっての。 殺したいほどだわ……!」 物騒なルイズの返答に、キュルケは空恐ろしいものを感じた。 皆王女に夢中なので、今現在話し相手がルイズしかいないキュルケは、 自己憐憫に終始することとなった。 タバサは……まだ帰ってきていない。 心配といえば心配だが、まさか取って食われたりはしないだろう。 そう考えて、この場にいない親友の無事を祈りつつ、 キュルケは再びルイズを見た。 先程まで、キュルケと同じように暇そうな空気を纏っていたルイズが、 途端に真面目な顔つきで一点を見つめている。 何事かと思い、キュルケはルイズの見ている方に目を凝らした。 その先には、見事な羽帽子をかぶり、これまた見事な髭をたくわえた、 凛々しい貴族の姿があった。 特に、髭のもたらすダンディーな雰囲気が、 キュルケにとってストライクであった。 久方ぶりに己の胸に去来する微熱を感じつつ、 キュルケはしたり顔で笑った。 ほほぅヴァリエールめ、近頃妙に豪儀に見えたが やはり色事には弱いと見える――― そう思い、早速からかってやろうとしたが、 ルイズの真面目な表情は、 次第に苦虫を噛み潰したようなそれへと移り変わった。 そして、見ているだけで不安になってくる程真っ青になって、 ブルブル震え始めた。 「ロ、ロードローラーが……」 などとブツブツ独り言を言い出す始末。 少なくとも、好いた惚れたといったような反応ではない。 どう声をかけてやればよいか分からず、その場に立ちすくむキュルケをよそに、 ルイズは踵を返して、寮の方へと帰っていってしまった。 そして、のっしのっしと肩を怒らせて歩み去るルイズと入れ替わるように、 タバサがキュルケの方に歩いてきた。 ミスタ・コルベールによる教育的指導が終わったのだ。 本を片手に俯いているので、どんな顔をしているのかは分からなかったが、 大丈夫なようだ。 「あらタバサ! お勤めご苦労様といったところね。 心配してたわよ!」 そう労って、キュルケはタバサの頭をガシガシと撫でた。 綺麗な空色の髪がボサボサになったが、 いつものことながらタバサは無反応だった。 「ま、これでわかったでしょ? あの先生の前で、頭の話は禁句なの」 キュルケのからかい半分の言葉に、タバサの肩が僅かに揺れ、 ゆっくりと顔を上げた。 顔を上げたタバサの目には、 光が全くなかった。 虚ろな、死んだ魚のように黒く澱んだ瞳が、 ぼんやりと虚空を捉えている。 「彼ノ頭ハ素晴ラシイ」「へ?」 突如口を開いたタバサ。 キュルケはタバサの声を聞いて、ようやく彼女の異変に気づいた。 彼女の形相はまさに、邪教徒が教祖を崇めるそれであったのだ。 「彼ノ頭ハ、コノ黄金ニ輝ク太陽ヨリモ明ルク、 私達ノ道ヲ照ラシ出シテイル……」 まるで無理やり合成して絞り出したかのような無機質な声である。 キュルケの目から、ポロポロと涙が零れた。 ―――あぁ、何ということか。 あまりにも過酷な仕打ちに、このか弱い少女の心は 耐えきれずに押し潰されてしまったのだ。 流れる涙を拭いもせず、キュルケはタバサを抱きしめた。 温かな胸の中で、タバサがもがいたが、 それは余りにも弱々しいものだった。 「彼ノ頭ハ……!」 「えぇ……えぇ! 分かったわ。 分かったから、私達も行きましょう、ね?」 譫言のように繰り返すタバサの手をそっと取って、 キュルケは学生寮へと向かった。 おぼつかない足取りのタバサだが、それでも握った手は離さない。 2人の手は固い何かで結ばれているかのように、 しっかりと繋がれていた。 ……まぁ、一晩したら治るだろう。多分。 その日の夜、ルイズはベッドに腰掛け、 枕を抱いてぼんやりと自分の使い魔を見つめていた。 ソファーに横たわるDIOは、相変わらず本を読んでいる。 もう殆どトリステインの言語体系を身につけたのか、 本のレベルが近頃上がっている気がする。 明けても暮れても本本本なこの使い魔、図書館をコンプリートするつもりだろうか。 ルイズは思う。 これまでの立ち振る舞いで分かったが、 元いた世界では、DIOはかなり身分の高い者だったのだろう。 実際はジャイアニズムの体現みたいなことばかりやってるくせに、 文句一つ言われないのがいい証拠だ。 みんな自覚の有る無しは別として、無意識下で認めてしまっているのだ。常に人を使役する者のみが身に纏うオーラ。 DIOからはそれが痛いほどに伝わってくる。 だからこそ不思議だった。 そこまで唯我独尊な奴が、どうしてホイホイ私の使い魔なんかになってくれているのか。 そしてそれよりも、DIOがこれまで送ってきた人生に強い興味を持っている自分がいた。 「そういえば、アンタってば召喚された時、 バラバラのグッチョグチヨだったのよね……」 何の気なしに声を掛けられて、 DIOは本から顔を上げた。 「何があったのかしら? よければ教えて頂戴。 興味があるの」 DIOは深い苦悩のため息をついた。 およそ自分を帝王と名乗るような男には不釣り合いな行動に、 ルイズは少し眉をひそめた。 DIOは暫く言うべきかどうか悩んだ後、 ようやっと口を開いた。 「……ルイズ、君は『運命』を信じるか?」 何を急にロマンチックな事を言い出すのかと思ったが、 DIOの顔は真剣そのものである。 部屋を支配し始めた緊張に、ルイズは背筋を伸ばした。 「運命……?」 「そうだ。 どれだけ絢爛な路を歩んでいようが、 ふとした瞬間、何の間違いか道端に転がる石に躓いてしまう。 ……神が本当にこの世にいるとして、 そうした采配を司る運命というものの存在を、 君は信じるか?」 言われて、ルイズの脳裏には、仇敵であるツェルプストーの顔が浮かんだ。 何代にもわたって紡がれてきた因縁の歴史。 殺し殺された一族の人数は、双方とももはや数え切れないほどだ。 領地も隣同士で、その上魔術学院では部屋も隣同士。 なるほど、運命と言っても過言ではないかもしれない。 ツェルプストーの胸が豊かなのに比べて、 私の胸が、その、お世辞にも大きいとは言えないのも。 私が魔法を使えない『ゼロ』なのも、 ひょっとすると運命なのだろうか。 「私が若い頃……まだ人間だった頃…… ジョースターという一族の男と争うことになった。 ジョナサンという名でな。 叩けば叩くほど伸びる、爆発力を持った男だった。 奴との争いの日々の中、私は吸血鬼となり、 人間という枠を超えた生物となったが……」 「その、ジョースターって奴に?」 「…うむ、不覚を取った。 私は敗れ、海中に逃れ、百年の眠りにつく羽目になった。 そして目覚めた後も……そう、一度ならず二度も、 私は同じ一族の末裔に敗れたのだ。 まさに運命の巡り合わせによる皮肉と言えるだろう」 ルイズは目を見開いた。 信じられない。 負けたというのだ、このDIOが。 それも二度も。 どんな傷だって治るし、 どんな貴族だってかなわないほどエレガントなこのDIOが。 変な能力だって持ってるし、 目からビームだってだせるのに。 敗れたというのか。 最初こそ何てキモい使い魔かと思ったものだが、 今ではすっかり慣れたものだし、慣れればなかなか役に立つ奴だ。 何を考えているかとんと分からないが、 強いし頼りになる。 俄かには受け入れられない話だった。 「それが、あんたの人生で、 取り除かねばならない汚点……!!」 唇を血が滲むほどに噛み締め、ルイズは震えた。 我が事のように、ルイズは怒りを覚えていたのだ。 見たことも、聞いたこともない一族に対して、 メラメラと黒い炎が燃え上がる。 それは、ルーン越しに伝わってくるDIOの感情なのか、 それともルイズのシンパシーなのかは最後まで分からなかったが。 怒りに打ち震えるルイズの前に、DIOが立ち上がった。 「ルイズ、覚えておけ。 君が覇道を進むにおいて、いつか、何らかの形で障害が現れるだろう。 それは試練のようなものだ。 君はそれを乗り越えねばならない。 あらゆる恐怖を克服しろ…… 帝王にはそれが必要だ」 もちろん、彼の話は他人事として聞き流すことが出来ないものであった。 得体の知れない怒りの中であっても、ルイズの心の冷静な部分が、 DIOの話を一つの教訓として刻んでいた。 「……って、ちょっと待ってよ! それじゃまるで、私が世界征服でも目論んでるみたいじゃない!!」 ルイズの突っ込みに、DIOはさぞ驚いたというような顔をして笑った。 「じ、冗談じゃない!…………………かな? い、いや、私の言いたいことはそういうことじゃなくって!」 否定しきれないところが、ルイズの迷いの現れだった。 モニョモニョと指をいじくりながら、 恥ずかしそうに俯くルイズだが、意を決して顔を上げた。 「……やっぱり私は『運命』なんて受け入れない。 信じるとしても、良い運命しか信じないわ。 例え崖から突き落とされたって私は諦めない。 最後の最後まで、ロープが垂れてくるって信じてる。 悪い運命なんて、それこそ叩き潰してしまえばいいんだわ。 あんただってそうするでしょう、違う?」 DIOはルイズの目を覗き込んで、笑みを深めた。 そして、ルイズの頭をクシャクシャと撫でた。 綺麗な桃色の髪がボサボサになったが、 ルイズは思わず目をつむってされるに任せた。 カトレアに抱き締められるのとはまた違った安心感が、 ルイズを包む。 「ハハハハハ……だからこそ君は私の 『マスター』なのだよ、ルイズ」 DIOの手は冷たくて、死人のように温度を感じなかったけれど、 ルイズは確かな温もりを覚えていた。 「な、何笑ってんのよこのバカ!!」 慌てて頭に置かれた手をはねのけて、 ルイズはDIOの胸をバシバシと叩いた。 本当は頭を叩いてやりたいところだったが、 悲しいかな、ルイズの身長ではどれだけ背伸びをしても、 胸のあたりで精一杯だった。 羞恥心で真っ赤になりながら叩くルイズだが、 DIOはそれでも笑っていた。 子供扱いされている気がして、ルイズの羞恥は頂点に達した。 「ッッ~~~笑うなァ!」 とうとう蹴りを入れはじめたのであった。 そんな風にルイズが一人相撲をしていると、 ドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回と……。 規則正しく繰り返されるそのノックの仕方に覚えがあるのか、 ルイズがはっとした顔になった。 いそいそと乱れたブラウスを正してドアへと駆けより、 ルイズはドアを開いた。そこに立っていたのは、 真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった少女だった。 to be continued…… 50へ 戻る 52へ
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※真・ひいらぎレールジャーナルとは、ひいらぎが実際に列車に乗りその様子や感想を逐一レポートするコーナーです。今回は岡山から伯備線・芸備線を経由して広島から新幹線に乗って九州へ渡り、さらに九州で乗ってきた列車たちを紹介しようと思います。 当日は山岳地帯で雪! いざゆかん、やくも乗りに おいでませ新見へ 余談 当日は山岳地帯で雪! その週は大規模な寒波到来で日本中が寒さで凍えていました。 1月28日の土曜日、まだ明け切ってない早朝にいつもの名鉄線を使って名古屋駅に到着しました。 そしたらこんな表示が べつに、のぞみが4連続で並んでることに驚いてるわけじゃありません(笑) その横に書いてあるおくれ約5分と言う微妙な遅延の案内がなされていることです。 どうやら米原付近の積雪により減速運転を余儀なくされているようです。 この時点で少し不安になりながらもホームへ。 ▲名古屋では新幹線16両ホームギリギリに停まるので完全な正面が撮れないorz 16番線には既に自分の乗るべき列車がホームに入っていました。 N700系の7時6分発のぞみ97号 博多行きです。 ▲N700系側面のフルカラーLEDの行き先表示機は情報量多いですよね。 この列車は名古屋始発ののぞみなので名古屋から新大阪方面へ自由席を使う場合の人には狙い目の列車かもしれません。 自分は今回ゆったり指定席でしたが。 ▲車内販売で買ったコーヒーは1杯300円也。ちなみにひいらぎは喫茶店や家で飲むコーヒーには砂糖は入れない派 岐阜羽島を通過し関ヶ原越えをしようとした時から猛吹雪に見舞われ外が見えず。案の定列車は減速して行きます。 やっと吹雪がおさまって米原を通過する頃に再び加速し始めましたが滋賀県内は完全に雪国と化していました。 そして京都には定刻より6分遅れで停車、その後は新大阪・新神戸と6分遅れを保ちつつ停車し、岡山へは1分回復した5分遅れでの到着となりました。 ▲そしてすぐにのぞみは発車 反対側のホームには500系のこだまが! 日本で最初に営業最高速度300km/hを出すことに成功した名車は今、8両編成に短編成化され、さらに最高速度285km/hにまで引き下げられてもっぱらこだまとして走っています。 いざゆかん、やくも乗りに さて、新幹線を降りたら在来線ホームへの乗り換え改札へ。 岡山駅は山陽本線・赤穂線・伯備線・津山線・吉備線・宇野線・瀬戸大橋線と多くの路線が乗り入れるジャンクション駅です。 今回乗るのは伯備線。次の列車は2番のりばから発車だそうです。 ホームに降りたら会っちゃったよこいつに! 2009年、JR西日本では管内の電車の塗装を一色塗りにするという発表をしました。 その口火を切ったのが広島支社で、コンセプトは 瀬戸内地方の豊かな海に反射する陽光をイメージし濃黄色を採用 とのことですが、資金が底を尽きかけたJRが一色塗りにすることで塗装代をケチろうとしているのではないかという憶測がファンの間で飛び交ったのです。 そのためこの塗装は末期色と呼ばれることになったのでした。 余談はさておき、2番のりばに次に乗る列車が入ってきました。 ▲そしてまるで逃げるかのように末期色は発車していった。 岡山駅と言えばこの入線時の音楽なんですよね。 2番のりばでは童謡「汽車」のメロディに合わせて列車が入ってきます。 他にも「線路は続くよどこまでも」「いい日旅立ち」「瀬戸の花嫁」などホームによって異なったメロディが用意されているのです。 これから乗る列車はこれ 特急やくも 伯備線を経由して岡山と島根県の出雲市を結ぶ特急列車です。 この列車に使用される381系電車は日本で初めて振り子式車体を採用し、軽量のアルミ車体と相まってカーブの多い山岳路線でのスピードアップに貢献した車両です。 そのオリジナル車体は 現在名古屋のリニア鉄道館に飾られてます 特急やくもの運用に就いたのは1982年7月。なんともうすぐ381系やくもはデビュー30周年を迎えるのです。 さすがにこれだけ使っていればボロさが出てくるため、JR西日本では二度にわたってリニューアル工事を施工。 現在2度目の更新を受けたやくもの車両は 「ゆったりやくも」という愛称が付けられました。 「ゆったりしていってね!」 と言わんばかりのマスコットキャラ付きです。 とりあえず発車時間が近いので乗りこみます。 ▲なぜかここだけ窓側の席がなくなってました・・・ 新幹線連絡をとっている特急やくもは、新幹線が遅れているために、定刻より3分遅れで岡山を発車しました。 ベテランらしい車掌さんが聞き取り易い声で案内の放送を始めます。 伯備線の列車は全て岡山発着ですが、実際は倉敷まで山陽本線で、倉敷から別れていき、高梁川(たかはしがわ)に沿って中国山地を北上し、最終的に伯耆大山(ほうきだいせん)駅から山陰本線に合流します。 自分が降りるのは途中にある新見。位置的にもちょうど伯備線のどまんなかくらいです。 岡山から新見までの停車駅は倉敷・総社(そうじゃ)・備中高梁(びっちゅうたかはし)です。 さて、振り子車両のパイオニアたる381系を使ったやくも号、カーブでは振り子によって車体をイン側に傾けながら曲がっているのが乗っていてよく実感できます。 ただ、現在の振り子車両が電子制御で車体を傾けているのに対し、これは自然振り子と言って自然の物理的な力によって傾いているだけなので、特にカーブが終わった後に慣性で少し反対側に傾くという揺り戻し現象が起きています。 これによって登場からずっと乗り物酔いを起こす人が続出、座席には鉄道車両では異例のエチケット袋が常備されていたそうです。 自分は酔うことはなかったのですが、酔いやすい人は乗る前に酔い止め薬を飲んでおくと良いかもしれません。 そんなこんなで岡山から1時間5分で目的地新見に到着しました。 ▲例によって乗ってきた列車をお見送り 寒っっっ!!!! 到着したばかりの新見駅では雪が降ってました・・・。 この駅でローカル線芸備線に乗り換えですが列車が来るまで時間がたっぷりあるので途中下車でもしてみましょうか。 ▲乗ってきたやくもの後に到着した普通列車、やはり末期色・・・ 新見駅はメインである伯備線の他、姫新線と芸備線の2つのローカル線が乗り入れるジャンクション駅。 ▲さすがにステンレス車は末期色にされないが、後ろ側の車両に違和感・・・ 右が姫新線からのディーゼル、左が当駅で折り返し伯備線の普通列車。本数は少ないですけどこのように2本以上の列車が構内に停まる光景も見られます。 左側の電車は伯備線を抜けて岡山まで到達した後、さらに東進、東岡山から赤穂線に直通し、日本刀の製造で有名な長船まで行く何気に気の長い列車です。 ▲発車後に判明、後ろは中間車を先頭車に改造したやつですね。ちなみにこの電車、元は瀬戸大橋線の快速マリンライナーで使用されていました。 ▲やたらと新幹線のお得な切符の広告が至るところで目につく構内・・・ちなみに東京から新見までは片道1人当たり15500円だそうです。 そんなこんなで駅を出てみます。 おいでませ新見へ 皆さんこんにちわ こんにちわ ここからは電車ばっか撮ってるひいらぎに代わって 私たちが新見駅周辺をご案内します。 新見市は先進的な街。 市議会議員選挙においてこのように日本で初めて電子投票を採用したのが新見市なんです。 他にもこれを見て頂きたい。 ちょっと頑張り過ぎなくらい頑張ってますね。 このように新見市は様々な側面を持っているのです。 駅を出てすぐのところには こんな看板と こんなモニュメントが。 通称土下座祭りでやっている大名行列ですね。 毎年10月に船川八幡宮で行われるのですが、初代藩主・関長治候が入国時に行った大名行列をこの八幡宮の例大祭の御神幸のとき、おみこしの先駆をさせたことが由来とされています。 駅前の道路を渡ればすぐそこは高梁川。 鯉のえさやりやりたい人はどうぞと言いたいけど今いろいろ大変でやめてるの・・ 気を取り直して次はこのお店を紹介しましょう。 「味の庄 伯備」 新見駅の前にある料亭ですね。ここのあるメニューが口コミで評判を集めているのです。 それが この「猪ラーメン」! 猪から作ったチャーシューがこのラーメンに入っています。 あっさり醤油ベースのスープに太麺が絡んでおいしいですよ。 他にもこの地域で育てられている千屋牛の料理も頂くことができるので興味のある方はぜひお立ち寄りください。 新見にお越しの際はぜひ、私たちのいる縁の広場にもお立ち寄りください。私たちのエピソードを知ることができます。 記念撮影、いつでもOKですよ。 第一章終わり 余談 新見駅周辺の案内をしてくれたお二方は、男性が「祐清」さん、女性が「たまがき」さんといいます。お二人は愛し合っていたがその愛は無惨にも引き裂かれたようです。縁の広場ではそのエピソードを知ることができます。 次回に進む 入り口に戻る 一応おなまえ: ひとことあればどうぞ:
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◆キャラクター紹介 CV:戸谷公次 自ら胸に7つの傷をつけ北斗神拳伝承者を騙る。シンを狂気に導き、レイの妹アイリを連れ去った張本人でもある。北斗神拳以外に南斗聖拳をも使いこなし、ショットガンやガソリンなど勝つためには手段を選ばない男である。兄より優れた弟など存在しないという信念の持ち主。 (コンシューマ版説明書より引用) ▼特徴 ▼初心者向け攻略 ▼カラー ▼コマンド表 ▼通常技解説 ▼必殺技解説 ▼コンボ ▼立ち回りとキャラクター別対策 ◆特徴 相手の行動を阻害する「ガソリン」をばらまきつつ、判定の強い2Cや、強力な対空として機能するJAなどを使って立ち回っていく設置キャラ。 防御面ではノーゲージでは信頼できる無敵技がなく、切り返し面で苦戦を強いられるが、いざオーラーゲージが溜まったら発生が早く、割り込みや時にはリバーサル行動として非常に頼りになる「北斗羅漢撃」を中心に切り返していける。 小さめの空中食らい判定や、しゃがみ喰らいのモーションが短いなど、コンボを決められにくいなどの特徴を持つ。 長所 しゃがみ喰らいのモーションが他キャラより短い為、しゃがみ喰らい中は一部キャラのコンボ(シンの近C バニ、レイの2B 2Dなど)が繋がらない グレイブが全キャラ中唯一中段であったり、対処法を知らないと抜けづらいドラム缶起き攻めなど所謂初見殺しが豊富 短所 通常技、必殺技共に発生が遅く癖の強い技が多い しゃがみガードを多用しているとガードゲージの有無にかかわらず、石像が壊れてガードクラッシュが発生する。 壁コンを除くコンボの火力が全体的に安い ◆初心者向け攻略 ガソリンは転ばぬ先の杖 必殺技の一つである「ガソリン」は相手の行動を阻害し、マッチによる着火で攻撃手段ともなる重要な技。ガソリンを撒くことで相手の地上での攻めを躊躇わせることができる。地上戦を嫌がったところに斜めショットガンや、後述するJA対空で立ち向かえば、ある程度有利に立ちまわることも可能だろう。 とはいえそこまで信頼できるものでもなく、関係なくコンボを食らってしまったり、空中からブーストを使って攻めこまれたりすることも多いので、ガソリンが撒かれているからといってあまりうかつな行動はしないように。 ジャンプAは対空の要 ジャギのJAは発生が早く判定も強く、更に連打することができる。空中にいる相手に対してはジャンプしながらAボタンを連打するだけで強力な対空として機能する。対空に乏しいジャギの数少ない対抗手段なので、空中から攻めてくる相手にはJAを擦りながら立ち向かってみよう。 バニシングコンボで確実にダメージを ジャギは短所で述べた通り、壁コンと呼ばれる一部のコンボや、バスケなどの比較的高難易度なコンボを除いたコンボの火力が非常に低い。よってまずは、比較的簡単に高いダメージが取れるバニシングコンボの練習をしよう。 慣れてきたら、今度は一撃必殺奥義を締めにつなげるコンボも練習してみること。ジャギの一撃必殺奥義は攻撃判定が少々特殊で、バニシングから直接つなげても相手に当たらないことが多い。 キャラクターごとに一撃の入れ方を変えるのは少々面倒だが、最低でも入りにくいキャラは覚えておかないと一撃が入らずに逆転されるといった事態になりかねない。なるべく覚えて練習しておこう。 究極奥義「北斗羅漢撃」! ジャギ最大の武器とも言えるのが究極奥義「北斗羅漢撃」だ。発生が非常に早く、相手の攻めに対して割り込んだり、通常技から繋げてダメージを取ったり多岐にわたって活躍する。ガードされても追加入力で上手く針を出すことが出来れば反撃を受けることはほぼない。いざというときはすぐ出せるようにコマンドは練習しておこう。 ◆カラー 左からA,B,C,D,Eボタンカラー ◆コマンド表 必殺技 技名 コマンド 備考 ショットガン(正面) 236A 通称 ショットガン ショットガン(斜め上) 623A 通称 斜めショットガン や・・やめてくれ!!た・・頼む!! 214B タメ可 北斗千手殺 空中で236A 通称 千手 南斗邪狼撃 214C タメ可 通称 ジャロウ ドラム缶 214B ガソリン 214D マッチ 236B よく出来た弟~!! 632146D 立ち状態の相手に当てると行動制限通称 弟 バカめ!勝てばいいんだ何を使おうが ショットガンの近くでダウン中C 連発可オーラゲージ0.5使用 究極奥義 技名 コマンド 備考 北斗羅漢撃 236236C 動作中追加入力A、B、Cのいずれかで3発まで含み針を撃てる 通称 羅漢 まだまだ読みが甘いわ 236236A 相手にガソリン付着。ショットガン、マッチが当たるとガードしたかどうかは問わず引火する通称 超ガソ 今は悪魔が微笑む時代なんだ シンの近くで641236C ダメージはなく相手のオーラ、ブーストゲージを減らす 俺の名前を言ってみろ 相手の近くで6321463214C オーラゲージ2本使用一回目の三択不正解時236A追加入力でもう一度三択通称 俺の名 一撃必殺奥義 技名 コマンド 備考 フフフ・・この時を待っていたのだ 236C+D
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「貴様・・・一体・・・?」 ワルドが呟く。 “遍在”を壁の中から貫いた腕は、ずるずる不快な音を立てながら全身を現した。 「よお、久し振り・・・うお?」 今殺したはずのワルドが跡形も残らず消滅し、目の前にもう一人ワルドが居る。 しかも何故か足元にルイズが倒れている。 何がなんだかわからねえ。 「なんなんだよ・・・おまえは・・・? それによお、ルイズはなんで倒れてるんだあ。」 ワルドは歪んだ笑みを浮かべ、距離をとりつつ首を捻った。 「何を言っているんだ、ガンダールヴ。主人の危機が目に映ったのではないのか? ・・・いやそんなことより、貴様こそ何者だ、何処から出てきた?」 ワルドが見えたのが印のせい?・・・なんつう不快な能力だ。 「オレが何者かなんて、こっちが知りたいぐらいだぜ。 それとよお、別にオレはルイズを助けにきたわけじゃねえ。」 セッコはワルドに劣らぬ残忍な笑みを浮かべた。 「何だと!」 「オメーをオレの視界から消すためだああああああああああ!」 猛烈な勢いで跳んできたセッコを、ワルドはまるで羽でも生えているかのように飛び退ってかわす。 「ちっ、相変わらず常識外れの速度だな、ガンダールヴ」 ワルドは軽口を叩きながら神経を集中させた。 「なめてんのか?おっさん。」 ワルドはそれには答えず、杖を振り、呪文を発した。 “ウィンド・ブレイク”の猛烈な風が後方からセッコを襲う。 セッコはそれを振り向きもせずに横に跳んで受け流し、ワルドに向き直った。 「やはりこの規模では当たらんか、やはり多少威力を犠牲にしてでも・・・」 一人で納得したワルドは、後ろに下がりつつ気合を込め、もう一度杖を振った。 部屋の半分を占めるほど巨大な“エア・ハンマー”が弾け、セッコを吹き飛ばす。 「うおあああああ!」 「さすがにこれはかわせまい・・・おや?」 風が収まった後よく見ると、セッコを叩きつけるはずだった壁に穴が空き、当のセッコ自体も何処へ行ったものか見当たらなかった。 いくら自分が優秀なスクウェアだとは言え、エア・ハンマーに石の壁をぶち破る威力があるはずがないし、この程度で“ガンダールヴ”がくたばる訳もない。 「これは一体?」 ワルドの戦士としての本能が警鐘を鳴らす。 これは危険だ。“ガンダールヴの印を持つ何か”は、どこへ行ったのだ? そういえば、最初こいつは壁の中からいきなり攻撃してきたのではなかったか? “本体”で索敵するのは危険極まりない。 「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 一つ・・・二つ・・・三つ・・・四つ・・・本体と合わせて、五体のワルドが周囲に展開された。それらは少しずつ散開しつつ、周囲を警戒する。 「そんな・・・魔法もあるのか・・・うぐぐ・・・やっぱ・・・桟橋では・・・オレが正・・・おああ・・・」 突如、地の底から響くような声が聞こえてきた。 「やはり逃げたわけではなかったか、ガンダールヴ。 しかし、風のユビキタスを、意思と力を持つ[遍在]を展開したからには、僕の負けはない。 五対一、単純な算数の問題だな」 それにしても、一体どこにいるんだ? 五対の目と耳を持ってして、確実に近くにいる敵の正確な位置が判らないなど、そんな馬鹿なことが・・・ 「・・・それ・・・は・・・どうかな・・・あ・・・」 再び、低く響く声が聞こえる。五対の耳が、発生源を探った。 「なぬ、床下・・・!?」 どういうことだ、ここは一階だ。 何らかの魔法か?“ガンダールヴ”は杖を持っていたか? ワルドの感覚では、魔力の流れを特に感じない。 その時。 「き、貴様!」 一体の遍在が、地に足を取られた。 慌てて飛び上がろうとするが、沼に沈むように滑らかに引き込まれているというのに、埋まった部分がまったく動かせない。 「グヒ・・・何匹いようと・・・一対一だ・・・グヘヒホ・・・」 胸の辺りまで“埋まった”ところで、地中から現れた剣が遍在を両断した。 「おでれーた・・・すげーじゃねーか相棒!こりゃ俺様も本気出さなきゃな、頑張って思い出すからちょっと待ってな!」 同時にカタカタカタ、と陽気で不愉快なインテリジェンスソードの声がする。 「まさか本当に地中にいるとは思わなかったぞ、だがそれならそれでこちらにも考えがある!」 言ったものの、ワルドはどう対応したものか考えあぐねていた。 石壁や地面の中を自在に移動し、あまつさえ人を引きずり込むなど、土の先住魔法としか思えない。 ・・・そういえば、こいつの鎧は頭を隠すようなスーツ型ではないか。 もしもエルフの戦士、しかも“土”属性だとしたら、これほど“風”である自分にとって厄介な相手もいない。 考えている間にも、“ガンダールヴ”はわずかな床の隆起を伴い、正確に一体を狙ってくる。おそらく目は見えてないというのに、全く迷いがなく、動きが早い。 かわすこと自体はそこまで難しくないのだが、こちらから攻撃するいい方法が思いつかない。 まるで海上で鮫にでも追われている気分だ。 いまだ気絶したままのルイズをちらりと見る。人質を取るか? 現れたときの笑みを思いかえし、考え直す。 あれは“守る”ことより“敵を殺す”ことを優先する者の目だ。 文字通り墓穴を掘りかねない。 逃げて、レコン・キスタ軍に任せるか? いや駄目だ、ルイズはともかく地中を自在に移動するこいつは、必ず大規模戦闘を逃げ延びるだろう。 その上こいつは現時点で自分を相当嫌っている。 もし討ち漏らそうものなら、鍵も、壁も、どんな警備も役に立たない、史上最悪の暗殺者となって延々と追ってくるに決まっている。 そんなことになっては一生枕を高くして眠れないだけでなく、下手をするとレコン・キスタ幹部全員の命も危ない。 それ以上に、自分がまだ傷ついてもいないのに敵を放置して逃げるなど、このジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドのプライドが許さない。 なんとか今ここで仕留めなければ。 くくく・・・逃げねえんだなあ、おっさんよお。そのプライドが命取りだぜ。 さて、どうやってグチャグチャに潰してやろうかなあ。 う・・・? 「う・・・うおあああ?」 「どうした相棒!」 「なんだ?!なんでだッ?!」 「おい!」 「お・・・音がよお・・・地上の音が突然聞こえなくなった・・・ぐあ・・・」 ダメだ、一旦出るしかねえ! 「オメー何をしたああああ!」 仕方なく地上に出てきたセッコに、それが判っていたかのように準備されていた“ウィンド・ブレイク”が激突した。 圧迫にセッコの体が悲鳴を上げる。 「うぎああああ!」 少し手前で、ワルド“達”が残忍な笑みを浮かべている。 「やはり、音だったか」 「ぐぐ・・・何を・・・」 「なあに、ちょっとここらの床に[サイレント]をかけさせてもらっただけさ。 だが、効果覿面のようだな、ガンダールヴ!僕の場所がわからなければ、地中を進む能力は役に立つまい」 なんてこった、魔法ってなんでもありかよ畜生。 うう、なんか前もこんなことがあった気がするぜ・・・ 「一体は不覚を取ったがまだまだ四対一だ、ゆっくりと始末してやる!」 「うわあああ、来んじゃねー!」 セッコは“ウィンド・ブレイク”や“エア・カッター”を何とかかわしながら転げまわった。 「無様だな、ガンダールヴ」 くくく、と笑いつつワルドが優雅に跳ねる。 ちょっと作戦が成功したからってナメやがって、オレはこんなところで死にたくねえ・・・ そんな時、デルフリンガーが叫んだ。 「おい、やっと思い出したぞガンダールヴ!」 「なんだデルフリンガー、黙ってろよお!」 「いや懐かしいねえ、そうだよ、ガンダールヴだよなあ」 「何言ってやがんだ!オメーまで混乱してんじゃねえよおおおおおあああ」 そんなことを言っている間にも、エアカッターがセッコの頬をかすめる。 「本当に、嬉しいねえ、こんなんじゃいけねえ!こんな格好じゃな!」 叫ぶなり、デルフリンガーの刀身が光りだす。 「「な、何だ!?」」 セッコとワルドの声が重なった。 光が収まると、デルフリンガーは今まさに砥がれたかのような立派な姿となっていた。 「その桁外れの頑丈さといい、全く不思議な剣だな。とはいえ剣では魔法を受けられまい!」 落ち着きを取り戻したワルドのウィンドブレイクが再び飛んでくる。 「俺を構えろ!」 「何言ってやがんだ、気でも狂ったかあああああ!」 「いいからさっさとしろ!」 あまりの剣幕に、仕方なくセッコは避けずにデルフリンガーを構えた。 「もし痛かったらへし折ってやるからなあ畜生!」 なんと、風がデルフリンガーに吸い込まれていく。 「見たか、これがほんとの俺の姿さ相棒!6000年が長すぎて、すっかり忘れてたぜ!」 「そんな大事なこと忘れてんじゃねえぞおおお!」 「言いっこなしだ、相棒だっていろいろ忘れてるじゃねえか!でも、安心しな。 ちゃちな魔法は全部、俺様が吸い込んでやるよ!この[ガンダールヴ]の左腕、デルフリンガー様がな!」 ワルドが興味深そうに剣を見つめた。 「やはり、ただの剣ではなかったか。だが、この状況までは変わるまい!」 四方に散開したワルドは、打撃を交えた絶妙な連携で攻撃してくる。 「おい、もっとなんかねえのかよ、ジリ貧だぜえええ!」 「ないね!」 デルフリンガーが即答する。 「くそ!・・・ん、何だあ?」 再び、視界にセッコの目ではない何かが映った。 「え、セッコじゃない!」 始祖ブリミル像の傍で失神していたルイズが、目を覚まし叫んでいた。 うおっ、これは!これなら音が聞こえなくてもいけるじゃねえか! 「ルイズよお、なんもしなくていいから、しっかり、ワルドを見ろおお!」 「何言ってるんだ相棒!」 襲い来る魔法と突きを無視して、セッコは再び地面に“飛び込んだ” ワルドが怪訝な顔になる。 「む、なぜまた地中に・・・いくらなんでも物にかかった[サイレント]までは消せまい?」 ヒヒヒ、使い魔って便利だなあ。 よく見えらあ、こりゃ音で探すより快適だぜえ! 「なるほど、そりゃ盲点だったぜガンダールヴ!確かにまだ娘っ子の命は危機だな!」 デルフリンガーが笑うように話す。 「そこだああああ!」 魚のように地面から飛び出してきたセッコは遍在を一体切り裂き、滑るように再び潜った。 ワルドが叫ぶ。 「何故だ!音はもう無いというのに・・・ハッ!」 その直感はさすがというべきか、ワルドは直ちにルイズを“ウィンド・ブレイク”で吹き飛ばした。 したたかに壁にぶつかったルイズがまた気絶する。 地中にいたセッコの視界は当然のように閉ざされた。 「うわああああああ!」 「またなんだ相棒」 「また・・・また見えなくなりやがった・・・」 「そりゃ娘っ子がやべえんじゃねえのか、早く出ねえと相棒もあぶねえぞ!」 うう、なんて最悪な日だ・・・ 地上に再び飛び出すと、残り三体となったワルドが冷たい目でセッコを見ていた。 「なんという厄介な奴、だがもう貴様の行動は見切った!」 ワルドは新たに呪文を唱え、杖を青白く光らせた。 「[エア・ニードル]だ。杖自体が魔法の渦の中心、これは吸い込めまい。 ・・・そして貴様、剣術は完全に素人だな?早く気づくべきだった。 剣の勝負で、しかも三対一ならいくら早かろうと僕の勝ちさ」 うぎ・・・ぐぐぐ・・・これは・・・やべえ・・・ 「あ、が、そばに来るんじゃねーーーー!」 「はは、はははは!大人しく死ねガンダールヴ、不快な土使い!」 「ヒィーーーーーー!よ、寄るなァー!」 壁をぶち破って礼拝堂の外に飛び出し、逃げ回るセッコをワルド達が追いかける。 「少しだけ僕のほうが上手だったというところか? できることならきみはルイズごと僕の部下にしたかったがね、実に残念だよ!」 言いたい放題言いやがってぐああ・・・ し、仕方ねえ、逃げるしか。うあー、ルイズはどうしよう? 「おい、相棒、何を逃げ回ってんだ」 「見れば判るだろうがよお、潜れねえし、オレは剣は苦手なんだよ・・・」 「落ち着け、相棒は負けねえ」 「どう見たってやべえだろ!」 デルフリンガーがしつこく話しかけてくる。ワルドも追ってくる。 うぜえ、こっちは命があぶねえってのに・・・ 「まあ聞けって」 「なんだよぉーーー」 「このデルフリンガー様が見たところ、相棒の本当の力は地中に潜ることでもねえし、よく利く耳と目でもねえ」 「はあ?」 「多分素手でもあれぐらいの奴には負けねえ」 「なんだそりゃ!」 「・・・相棒の本当の強みは、ケタ外れのパワーとスピードだ」 「おあ?」 「今の相棒は得意技を封じられてビビってんだよ、落ち着け!そんな能力使わねえでも! もし[ガンダールヴ]の力がなかろうとも!心を震わせて!本気を出せば!ワルドのヤロー程度ぶちのめせる!」 「本当かよぉ・・・」 「ああ、このデルフリンガー様が保障してやる。逆に考えるんだ相棒。 [地面に潜れない]んじゃねえ。[潜るまでもねえ]とな!」 その少し前。 礼拝堂の奥で気絶していたルイズの隣の地面がぼこっと盛り上がった。 茶色の生き物が這い出してくる。それに続いてひょこっとギーシュが顔を出した。 「こら!ヴェルダンデ!どこまでおまえは穴を掘る気なんだね!ってええ、ルイズが!ルイズが倒れてる!」 「ちょっとギーシュ、落ち着きなさいよ」 続いてタバサとキュルケが顔を出す。 キュルケはルイズの胸に手を当てた。呼吸はしている。 「命に別状はないみたいね」 ヴェルダンデがルイズの手に体を寄せて鼻をならしている。 「そりゃよかった。そうか、ヴェルダンデは水のルビーの匂いを追いかけていたのか。それにしても、この惨状は一体・・・」 よく見ると、近くに金髪の男も倒れていた。こっちは胸からどす黒い血を流し、事切れている。 「これ・・・もしかして王家の礼装じゃない?本当に何があったの?」 キュルケが呟く。 その時、タバサが二人の服を引っ張った。 「なによ、タバサ?」 「なんだね?」 タバサが破壊された壁の向こう、城の中庭を指差した。 ギーシュとキュルケの声が重なる。 「「何故子爵とセッコが?」」 「あれは、どう見ても殺し合いよね、どっちに加勢すればいいのかしら?」 「様子見」 「ここからじゃよく判らないな、近くに行ってみようか」 タバサがギーシュを杖で殴った。 「危険」 「いてて・・・判ったよ。ん、ヴェルダンデ?その死体に何かあるのかい?」 キュルケが目ざとく何かを見つけた。 「まあ、立派な宝石」 「ほお・・・」 よくわかんねえが、少しだけ、落ち着いたぜ。 確かによお、あんないけすかねえ奴から逃げ回るなんて、ぞっとしねえよなあ。 「どうした、覚悟を決めたか?ガンダールヴ」 ワルドが薄笑いを浮かべ近づいてくる。 ああ、覚悟は決めたぜえ、てめえなんぞに殺されてたまるか。 「おい、デルフリンガーよお。」 「なんだ相棒」 「オレも少し、思い出したぜ。オメー、頑丈さに自信はあるかあ?」 「もちろんだ相棒」 「上等おおおおお!」 ワルドを、殺してやる、グチャグチャに潰してやる、跡形ものこらねえぐらい。 「そうだ!心を震わせろ!」 セッコの体中に力が漲った。 全身に力を込め、能力も全開に・・・隅々まで! 「うげぇまたその力かよ相棒!気持ちわりい!」 「よかったなあ、溶けなくてよ。」 「6000年の時を生きた伝説の剣である俺様をなめんな、うぇっぷ」 「な、何だこれは?!足元が崩れる!」 ワルドが、今日何度目かわからない驚愕の表情を浮かべた。 「ええい、なんだかわからんが死ねガンダールヴ!」 飛び掛ってきたワルド達をじっと見る。確かに、こいつら動きが遅えな。 にやりと笑ったセッコはデルフリンガーを握り締め、思い切り地面に叩き付けた。 石畳に叩きつけられたデルフリンガーが叫ぶ。 「いでえ!おい相棒、敵は前だろ!」 「けけっ、よおく前を見てみろ。」 「おでれーた・・・」 泥水が大量に流れるような音を立てて石畳がうねり、波となってワルド達を弾き飛ばした。 本体の盾となった遍在が、また一体岩に呑まれて消滅する。 「確かによ、潜る必要なんてなかったなあ。」 飛び退きながらワルドが毒づく。 「くそ、こんなことなら昨日のうちにでも殺しておくんだった・・・」 本体で呻きつつも、上空に逃れた最後の遍在はセッコを刺し貫かんと急降下してきた。 「遅えええ、おせえぞおおお!」 セッコはそれを正面から弾き、切り裂いた。デルフリンガーが合いの手を入れる。 「そうだ相棒!おめえは強い!」 「さあ、死ねえ、今すぐ死ね、グヘヒホハァーーーー!」 矢の様に突っ込んできたセッコの斬撃を、あくまで冷静なワルドはそよ風の動きで受け流す。 「実に危なかった。しかしやはり素人、攻撃するときは隙ができるようだな」 ワルドがその一瞬、まさにここしかないというタイミングで突きを繰り出す。 しかしセッコは、剣を手から離し、なんと素手で“エア・ニードル”を纏った杖を弾いた。 その瞬間セッコの左手が空気の振動で削れ、傷口から血が噴き出した。 「ぐぐ・・・いてえ・・・だが、捕えたぜ・・・」 セッコの右手が、ワルドの左手を掴んだ。 「何だ、武器を捨てるとは笑止、いまさら命乞いかね?」 「クヒ、オレは、別に、ヒヒヒ、まあ死ね!」 「こ、これは、ぐああ!」 その瞬間、ワルドの左腕が溶け崩れた。 叫び声を上げながら残った右腕で杖を振り、“フライ”で空へと逃げる。 腕の付け根、肩ギリギリまでが泥状に溶融し、骨まで崩れている。 不思議と痛みが少ないのが更に恐ろしい。 わずかでも退避が遅れていれば、おそらく頭もなかっただろう。 「この閃光がよもや遅れを取るとは・・・なんという・・・ええい、まあウェールズを殺せただけでよしとしよう。 ・・・もうすぐここは戦場になる。だが聞け!土使いのガンダールヴ、貴様は必ずこの手で仕留めてやる、さらばだ!」 ・・・こいつを殺すまでは、地上では眠れないな。 そんなことを考えながら、ワルドは飛び去った。 「おい、相棒、俺を放り出すなって言ったろ!」 足元でデルフリンガーが喚いている。 「おああ?ああ、すまね。」 「な、やっぱり大丈夫だったろうがよ」 「うぐ、逃がしちまったけどなあ・・・ところでよ、なんか異常に疲れてるつーか、感覚が鈍いつか、なんなんだこれは?オメーのせいか?」 デルフリンガーは、ちょっともったいぶってカタカタ揺れてから口を開いた。 「ああ、相棒、あまり力入れすぎると、[ガンダールヴ]として動ける時間が減るから気をつけろ。その印は、主人の呪文詠唱時間を稼ぐために、あるいは魔法が効果を発揮している間、その防御のための力を供給するもんだからな」 「ふうん、不便だなあ。」 「相棒ぐらいのパワー、スピード、スタミナがあるなら、いざというとき以外はフルパワー出さない方が安定するかもな?」 「うあ・・・ちくしょう、先に言えよお。」 「忘れてたんだよ!そういえば、娘っ子のところに行かなくていいのか?」 「うげえ、忘れてたぜ!」 セッコはひょこひょこと礼拝堂のほうに向かった。 「・・・なあ、何でオメーらがここにいんだあ?」 倒れたルイズのまわりに、ヴェルダンデ達が座り、セッコを見ていた。 「僕らはフーケたちを片付けた後、シルフィードに頑張らせて、さらにヴェルダンデで穴まで掘って追いかけてきたんだよ!」 ギーシュが胸を張って解説する。 「それでなんで場所までわかるんだよ?」 「ヴェルダンデがその、[水のルビー]の匂いを辿って来たのさ。なんせ、とびっきりの宝石好きだからね」 「なんだそりゃ・・・その宝石はそんなにすげえのか?それとも、ヴェルダンデが異常にすげえのかあ?」 誇らしげなギーシュに対してセッコは首を捻った。 キュルケが横から口を挟む。 「多分、その両方ね。そういえば、凄いといえばそこの死体がつけてる指輪も凄そうよ」 そう言って、ウェールズを指差した。 「ん?これは確か[風のルビー]つったけな?こうするとよお。」 セッコはウェールズの指から指輪を取り、ルイズがはめている水のルビーに近づけた。 宝石同士が共鳴し、虹色の光が舞い散る。三人は目を丸くした。ヴェルダンデが更に興奮し、荒い息を吐いている。 「ねえ、じゃあこの死体ってもしかして・・・」 「もしかしなくても殺されたウェールズだろ。」 「「「・・・」」」 「殺されたって一体誰に?それよりあなた何でワルド子爵と戦ってたのよ?」 「いや、おっさんが、ワルドがウェールズを殺して、ルイズを殺しかけたんだぜえ。」 「まさかと思うけど、子爵が裏切り者ってことかい?」 ギーシュが震えた。 「今そう言ったじゃねえか馬鹿。おっと話は後だ、ワルドの話だとそろそろここは戦場になるらしいぜえ。この穴通っていきゃ帰れるんだよな?」 「それはやばいわね、この穴ちょっと長いのよ。急がなきゃ・・・ところで、この[風のルビー]はどうしようかしら?」 「貰っとけ貰っとけ。どうせ置いてっても、敵の誰かの懐に入るだけだあ。 聞く限り、アルビオン王家はそこの死体で断絶らしいしよお。」 セッコ以外の三人が沈痛な表情を浮かべた。 「じゃあ、[トリステイン王国大使]ルイズのポケットにでも入れておこうかしらね」 その時、外から爆音が聞こえてきた。 「急ぐ」 タバサが皆を急かした。 「なあ、タバサよお。シルフィードに五人と一匹も乗れるのかあ?」 「滑空するだけなら。というか無理にでも乗る」 「無理にって・・・まあタバサ、ダメそうなら私がレビテーションで補助するわよ。さあ、急ぎましょ」 「なあギーシュ、ルイズを担げよ。」 ギーシュがあからさまに不満そうな顔でセッコを見た。 「いや、使い魔の君がやることだろ?」 「馬鹿、オレはワルドと戦ってへとへとなんだよ、怪我もしてるし。[レビテーション]だっけ?それ使えるんだろお?」 「わかったわかった、しっかり恩に着たまえよ?」 ギーシュはルイズを引っ張って穴に潜った。続いて、キュルケとタバサが入る。 ヴェルダンデとセッコも穴を塞ぎつつ深く降りていった。 ウェールズ、オメーも脳がマヌケだったなあ。戦争前に見知らぬ他人を信じて殺されるなんてよぉ。 オレみたいに、自分だけを信じとけばよかったのにな。 ・・・でもまあ、守るものがある、だっけ? 確かに、仲間がいるってのは便利だし、悪いことじゃねえのかもなあ。 ヴェルダンデが掘った穴は、アルビオン大陸の真下に続いていた。 落ちかけた五人と一匹をシルフィードが何とか受け止める。 風竜はさすがに重いのか多少ふらついてはいるが、魔法学院に向かって羽ばたいた。 風竜の上、ルイズは風を切る音で目を覚ました。 ここは? 爽やかな風が頬を撫でる。 風竜の背びれを背もたれのようにして、ギーシュとキュルケがわたしの肩を支えている。 もっと頭に近い部分にはタバサが座り、前を向いている。 そしてその巨大な杖にはセッコが引っかけられていびきを立てていた。 ・・・竜の口に銜えられているあれは何かしら?考えないようにしよう。 ああ、これは夢じゃない。確かにわたしは生きている。 確か、裏切り者のワルドに殺されかけて、気づいた時にはセッコが戦っていたわ。 でもまたすぐに吹き飛ばされて、その後わたしは・・・ そう、あの憧れだった子爵はもう二度と戻ってこない。 それを思うと、ルイズの頬に一筋の涙が伝った。 わたし達が助かったってことは、きっとセッコは勝ったのよね。 でもきっと王軍は負けただろう。ウェールズ皇太子は死んでしまったし。 本当にいろいろなことがあった。ありすぎるぐらい。 王女に伝えなければいけないことも多すぎて、考えると頭が痛くなった。 いいや、今は何も考えないことにしよう。本当に風が気持ちいい。 その時。 「あら、おはよう」 薄目を開けて辺りを伺ったのをキュルケに気づかれたらしい。 「お、おはよう、ツェルプストー」 「何をそんな慌ててるのよ?」 「おおかた、まだ夢だと思っているんじゃあないかな?」 「そんなことないわよ!・・・わたし、助かったのね」 「夢ねえ、なら現実に戻してあげなくちゃね」 そう言って笑ったキュルケはルイズの頬をつねった。 「痛い、痛いって!起きてるって言ってるじゃない!」 ルイズの叫びとキュルケ達の笑い声が何もない空に広がった。 「それにしても、あんたよく生きてたわね」 一転して、キュルケが真面目な顔になった。 「どういうことよ?」 ギーシュが横から答える 「君は首を絞められた後があった。状況的に死んでいてもおかしくなかったよ。 ・・・それにしても、セッコは凄いな。少しだけ戦っているのを見たけれど、あの[閃光]ワルド子爵より素早かったぞ。しかも、土属性の魔法を使っていた」 「生きてたんだから素直に喜びなさいよ。それより、そんなの聞いてないわ。 あの馬鹿、まだわたしに何か隠してたのかしら」 「魔法じゃない」 いつの間にかセッコを引き摺りながら傍に来ていたタバサが呟いた。 三人が首をかしげる。 「あれみたいな能力がある。多分それの応用」 タバサがシルフィードに銜えられ、恨めしげにこっちを見ているヴェルダンデを指差した。 ギーシュはなぜかぺこぺことモグラに向かって頭を下げた。 「へえ、すごいわね」 キュルケが感心したように頷く。 タバサは杖からセッコをルイズの膝の上に降ろすと、また前の方に戻って本を広げた。 “レビテーション”が掛かっているらしく、重さはほとんど感じない。 疾風のように空を飛ぶシルフィードのせいで、強い風が頬をなぶる。 斜め上に見えるアルビオン大陸はもうだいぶ小さくなっていた。 膝の上のセッコに視線を移す。 それにしてもいい気なもんよね、こんな気持ちよさそうに眠っちゃって。 おそらく二十歳は超えていると思うのに、その雰囲気は年下の少年のようだ。 その寝顔を見ていると、悲しい出来事で傷ついたルイズの心に温かい何かが満ちた。 きっとこいつが戦いに戻ってきた理由は、ワルドがむかつくとか、イーグル号に乗り遅れたとか、どうせそんな下らない事なんだろう。 でも助けてくれてありがとう、セッコ。あんたは大した奴よ。 無意識にルイズの手がセッコの頭を撫でた。 母親が子供に、子供が子犬にするかのように。 「良おし、よしよし・・・よしよしよし・・・よし・・・」 To be continued…… 戻る< 目次 続く
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武器屋に入っていくルイズ達を、キュルケ一行は影から観察していた。 「武器屋・・・?何しに行くのよあの子達」 「そりゃあ武器屋なんだから武器を買うんだろう?」 「普通はそうでしょうけど ルイズはメイジじゃない」 キュルケとギーシュがひそひそと話をしていると、 「ギアッチョ」 本を読みながら短く答えるタバサ。その言葉にキュルケが納得している横で、ギーシュはビクンと震えている。 それに気付いたキュルケが、 「ギアッチョ」 と呟くと、ギーシュは小さく「ひぃっ」と声を上げて縮み上がった。 「タバサ・・・コレどーにかならない?」 呆れた声でタバサに助力を求めるキュルケに、 「無理」 少女は簡潔かつ明瞭な答えを返した。 絹を引き裂くような悲鳴が聞こえたのはその時である。 ドグシャアァッ!だのドグチア!だのメメタァ!!だの何やら不穏な物音と共に、 「痛いって痛ギャーーーーーーーーッ!!」という大声が響いた。 音の発信源である武器屋にキュルケ達が眼を向ける。悲鳴と物音はなおも続き、 「ちょ、待って待って痛いから!ホント痛いからコレ!ね! 一旦落ち着こう!ってちょっとやめェーーーーーーーッ!!」 というどう聞いても被害者のものと思われる声に 「逃げてー!デル公逃げてーー!!」 という野太い声が重なり、「剣が一人で逃げられるかボケェ!!ってイヤァァァーー!!」 律儀にツッこみを返す先ほどの声、そしてその後に 「ちょ、ちょっと!何やってるのよギアッチョ!!やめなさいってば!!」 と何かを制止する少女の声が聞こえ、キュルケ達の99%の予想は100%の確信へと昇華した。 「・・・あの使い魔もなんとかならないかしらね・・・」 口の端を引きつらせるキュルケに、 「絶対無理」 簡潔な絶望を以って返答するタバサだった。 ちなみにギーシュは、あっけなくその意識を手放していた。 物音が聞こえなくなって数分、ルイズとギアッチョが武器屋から出てきた。 ギアッチョの手には古びた剣が鞘ごと鷲掴みにされている。 店主と思われる男が顔を出すと、 「生きろデル公ーーー!!」 と叫んでいた。 「デル公?」 誰の事だろう。キュルケがそう思っていると、ギアッチョの持っている剣がひとりでに鞘から顔――のように見えなくもない鍔――部分を露出させ、 「離せ!いや、離してくださいィィィ」とか「ゴミ山でもいいから俺を捨ててくれェェェ!」とかわめいている。 「インテリジェンス・ソードじゃない・・・また変なもの買ったわねルイズも」 当のルイズは、全力で魔剣から目をそむけていた。合掌。 「なぁ!ちょっと考え直そうぜマジに!剣買うなら安くてつえーの紹介すっからさ! 別に俺である必要はないわけじゃん?こんなオンボロよりもっと若くてイキのいいのが沢山あんだって!な!」 なおもわめき続けるインテリジェンス・ソードにギアッチョは目を落として言う。 「なるほど一理あるな・・・」 「だろ!?だったら早く俺を返品しt」 「でも断る」 「何ィィ!?」 ギアッチョは喋る剣を胸の高さに持ち上げて続けた。 「てめーはどうやらなかなか頑丈みてーだからよォォ~~ 武器兼ストレス発散装置として活用させてもらうとするぜ」 一片の光明も見出せないその返答に、デル公の微かな希望は崩れ去った。 「・・・ところでよォォ~~」 ギアッチョが急に声を大きくする。 「今日は大所帯じゃあねーか え?キュルケ いつまでコソコソ覗いてんだ?」 その言葉にキュルケの心臓が跳ね上がる。気付いていた!?いつから!? 「最初から」 と呟くように答えて、タバサは物陰から抜け出した。 「気付いてて放置してたってわけ・・・?これじゃまるでピエロじゃない」 こめかみを押さえて一つ溜息をつくと、未だ覚醒しないギーシュの首根っこを引っつかんで、キュルケは青髪の少女に続いた。 「キュ、キュルケ!?・・・に、ええと・・・タバサ・・・とギーシュまで どうして!?」 いきなり現れた三人にルイズは面食らっている。まさか見つかるとは思っていなかったキュルケは、そのストレートな質問に 「ど、どうしてって・・・えーと・・・」 しどろもどろで言い訳を考える。そして数瞬の沈黙の後、 「・・・そっ、そうよ!あなたが使い魔に振り回される所を見物しに来たのよ!」 と言い放った。 「な、なんですって~!?いくら暇だからって随分悪趣味なのねあんたって!!」 売り言葉に買い言葉で喧嘩を始める二人をやれやれといった眼で眺めるタバサがふとギアッチョに眼を向けると、同じような眼でルイズ達を見ていた彼と眼が合った。 「本題」 ギアッチョがキレる前にさっさと片付けようと思ったタバサは、そう言ってから身の丈よりも長い杖でポコンとギーシュの頭を叩く。 「あいたッ!もっと優しく起こし・・・ん?」 その衝撃で眼を覚ましたギーシュは、キョロキョロと辺りを見回し。汚い路地裏に倒れている自分を見、そしてその自分を眺めているギアッチョを見て―― 魔剣もかくやと言わんばかりの悲鳴を上げた。 「「ちょっと、うるさいわよギーシュッ!!」」 ルイズとキュルケの見事なハモりに、「ヒィッ、すいません!」と思わず直立しようとしてしまったギーシュだったが、松葉杖が手元になかったせいで見事にスッ転んだ。 見かねたタバサが、物陰に捨て置かれていたそれをレビテーションで持ってくる。 「あ、ああすまない・・・」 タバサに礼を言って松葉杖をつかむと、ギーシュは今度こそ立ち上がり、 バッチィィィン!! 自分の顔を思いっきりひっぱたいた。その音に驚いたルイズ達が喧嘩をやめてギーシュを見る。 「・・・よ、よし 気合は入った・・・ッ」 強く叩きすぎたのか、フラつきながらもギーシュはルイズへと歩き出す。 「な、何・・・?私?何の用・・・?」 状況を把握出来ていないルイズの前に立ち、ギーシュはおもむろに松葉杖を投げ捨てた。 そして支えを失ってバランスを崩しながらも彼は地面に膝をつき―― 「ラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに、グラモン家が四男ギーシュ・ド・グラモンが謝罪申し上げる!!」 ガツン!!と石畳に頭を打ちつける。 「申し訳ないッ!!僕が悪かった・・・今までの侮辱、どうか許して欲しい!!」 ルイズ達はあっけにとられていた。キュルケやタバサも、ギーシュはどうせギアッチョにビビって適当な礼もそこそこに逃げ戻ってくるだろうと思っていたのだ。 彼に家名と誇りをかけた謝罪をする決意があったなどと、夢にも思わなかった。 「ちょ、ちょっとギーシュ!何やってるのよ・・・もういいわ!顔を上げて!」 ルイズが慌ててしゃがみこむ。 「許してくれるかい・・・ルイズ」 自分を立ち上がらせようとするルイズに、ギーシュは頭を地面につけたまま問う。 「・・・ええ ヴァリエールの名にかけて」 「・・・・・・ありがとう」 そこまで言って、ギーシュはようやく血に塗れた顔を上げた。ルイズに肩を借りて 立ち上がると、ギーシュはギアッチョに向き直る。相変わらず膝は笑っているが、 その眼に迷いはなかった。 「・・・ギ・・・・・・ギアッチョ 僕は君にも謝罪しなければならない」 しかし口を開きかけたギーシュを、 「待ちな」 ギアッチョは押しとどめる。 「やれやれ・・・どーやらよォォ~~・・・ ケジメをつける『覚悟』だけはあるらしいな」 「ギアッチョ・・・ 謝らせてくれ、僕は」 というギーシュの言葉に被せてギアッチョは続ける。 「別にこいつの従者になったつもりはねーが・・・元はといえばオレがルイズの 使い魔として受けた決闘だ てめーはいけすかねぇ貴族のマンモーニだが・・・ 貴族として貴族に謝ったってんならよォォーー 平民に謝罪なんかするんじゃあ ねえぜ」 意外なギアッチョの言葉に、ギーシュは二の句が継げなかった。 「その代わり、だ 平民は平民らしくよォォーー てめーのツラを一発ブン殴って 終わりにさせてもらうぜ」 「・・・ギアッチョ・・・」 ルイズもギーシュも、この場の誰もが驚いていた。しかしギーシュはすぐに理解した。 まだよく分からないが、きっとこれが『覚悟』なのだと。貴族としての『覚悟』に、彼は 平民として応えてくれているのだと。 「・・・分かった・・・来たまえ、ギアッチョ!」 ギーシュはにこやかにそう答え、 トリステインの青空に、派手な音が鳴り響いた。 ギーシュは、学院へ向かって飛ぶシルフィードの背中で、風竜の主に問いかけた。 「・・・タバサ 『覚悟』って一体何なんだろう」 タバサは本からちらりと眼を外すと、 「意志」 一言短く、しかしはっきりと答えた。それが何を指すのか、ギーシュにはやはりまだ 分からなかったが――彼は今、不思議とすっきりした気分だった。 ==To Be Continued...
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「オーノーだズラ 私もうだめズラ 成果が爆破されちまったズラ 魔法撃たれてしまったズラ」 下を向いて呟くコルベールをルイズが慰める。 「そ、そんな…コルベール先生ほどの人ならこれくらい簡単に作れますよ…… それにほら、爆発は男のロマンって言いますし!」 コルベールが顔を上げる。 「そ、そうかね?」 「ええ、そうですよ!コルベール先生は天才ですから!爆発は男のロマンですから!」 「そうか!なんだか自信がついてきましたぞ、ありがとう、ミス・ヴァリエール」 「いえいえ、どういたいまして」 「ただ、教室の掃除は男のロマンではないですからな、頼みましたぞ」 結局、途中からシエスタの手伝いがあったものの、掃除が終わったときにはもう夜であった。 部屋に戻ったルイズはベッドに倒れこむ。 そして、なにかに気付いたように呟く。 「そういえば、ここ数日みてないけど…ワムウはどこいったのかしら…まあ、あいつのことだし どうせ森の中にでも篭もってるんでしょうね……」 ルイズのつぶやきはフェードアウトしていき、寝息を立て始めた。 「きゅいきゅい、お姉様、ミノタウロスがいるっていう洞窟まできたけれど…やっぱり恐ろしいのね! ほんとに引き返さなくていいのね?きゅいきゅい!」 「静かに」 タバサ…シャルロット・エレーヌ・オルレアンは静かに呟く。 「静かにってひどいのね!学園でも城でも喋れないんだからこういうときくらい…」 タバサは杖を振り、人間に変身したシルフィードにサイレントの呪文をかける。 「誰か来る、敵かもしれない」 そういって、森に向けて杖を構える。 なにか音がしたと思うと、木の枝がものすごいスピードで飛んでくる。 しかしタバサは微動だにせず、肩の上をかすめるだけだった。 シルフィードは声を上げようとし、あがらないので頭を抱えてしゃがんでいる。 森の中で何者かが動く。進む先を予測してそこにタバサは氷の矢を叩き込む。 大きな足音がする。タバサは気配を感じて上を見上げるが、なにも見えない。 空がややゆがんでいるように見えたときには、"敵"は背後に立っていた。 「子供にしてはやるな、ルイズとは大違いだ。朝の体操くらいにはなったな」 「あなたは…ルイズさまの使い魔なのね!どうしたのね!」 サイレントが解かれたシルフィードが口を開く。 「散歩していたらやけに緊張している知り合いを見つけたんでな、タバサといったか?」 タバサが頷く。 「散歩ってここどこだと思ってるのね!ガリアなのね!勝手に散歩で越境する使い魔も聞いたことないし 越境するほど歩く散歩も聞いたことないのね!突っ込みどころ満載なのね!」 「お前はどうなんだ、人間の決めた国境など気にして飛んでいるのか」 一瞬口をつぐんだが、すぐに話しだす。 「わ、私は別に使い魔なんかじゃないのね!」 「嘘も変装も下手くそだな」 タバサが尋ねる。 「いつから気付いてた?」 「気配でわかる。とにかく隠し果せたいなら口癖をなんとかするんだな」 タバサは風韻竜だといつから気付いていたのか、という意味で尋ねたのだが、ワムウはそんなものは知らなかった。 「それで、お前らは学生の身分でこんな遠くでなにをやっているんだ」 「一応遠くっていう認識はあるのね…」 シルフィードが呟く。 「なんでもない、休暇」 「主人も嘘が下手だな」 タバサの返答にワムウは無下もなく返す。 「別に理由を言いたくないなら構わんが、ミノタウロスの話には興味がある。 実物はみたことなくてな、どれくらい皮膚が堅いか試してみたい」 普通ならこのセリフ…おびえ、なんてバカと軽蔑するだろう… でも…シルフィードはこの『セリフ』を……! 『なんてかっこいいのね!』……と思った! 「そこまで言うならワムウさまも来ていいのね!お姉様もOKなのね?」 別に連れていっても特に害はなさそうだし、かなりの強さを何度も見せつけられたし、 何よりシルフィードの意見を折るのが面倒なので、タバサは頷いた。 「変装したシルフィードを囮にする」 「なぜだ?ミノタウロスの警戒心は大して強くないそうだが」 タバサは声をひそめる。 「もしかしたら人間かもしれない」 「そうか、ならなおさら囮の必要はない、風上の方向か俺がら右二十度八十メイル先に殺気だった奴らがいる。 そいつらを少々こらしめてくれば終わりだろう、俺としてはつまらんがな」 「そういうわけにもいかない」 「そうか、じゃあ人間どもは任せた、本物がひょうたんから出てきたら教えてくれ」 ワムウは木の上に姿を消した。 「……あのちびすけ、鱗の色である青をこんな色に染め上げるなんて、この古代種たるシルフィに対する 種としての敬意が足りない、いやないのね!いつか噛みついてやるのね、きゅいきゅい」 ミノタウロスからの手紙で指定された娘の格好にされ、洞窟の前で縛られて転がされているシルフィードは 近くの茂みに潜んでいるタバサに呪詛の言葉を投げかける。 数十分後、タバサがいる逆側の茂みの中でなにかがごそごそと動く。 (お、音が複数からするってことは…ワムウさまじゃないのね?まだ死ぬのは嫌なのねーッ!) 茂みの中から大きな牛の頭が現れる。 「きゅいきゅいーッ!」 シルフォードは悲鳴を上げ、もがき始める。 ほどけるよう結ばれたはずの縄をほどこうとするがうまくほどくことができない。 「騒ぐな、殺すぞ」 ミノタウロスは顔を近づけ、低い声で呟く。 恐怖で黙るが、少しずつ冷静になる。 (あれ、このミノタウロス、獣の匂いがしないのね…というか首になんか隙間あるのね…… もしかして、人間…?あのちびっこといい、こいつといい、どうも人間は韻竜に対する敬意が足りないのね…) シルフィードを抱えあげた男が向かうさきに数人男がいる。 「へへ、いいだろこのナイフ、アルビオンの傭兵から買ったんだぜ、この前なんかな、カッとなって これを抜いたときにはな、そのときのことは覚えてないんだが…気がついたら男が三人倒れてたのさ!」 「ん、ジェイク、持ってきたか」 「あ、あんたたち、何者なのね!」 シルフィードが声を上げる。 「てめえには関係ねえ、おとなしくしてな」 「剣を持った人が二人、銃が二人、槍まで持ってるのね…ミノタウロスの人は大きな斧をもって… 怖いのね、恐ろしいのね」 少々わざとらしいがどこかに潜んでいるであろうタバサに武器の内訳を伝える。 そのとき、ある男が一人顔を覗き込んでくる。 「お前……ジジじゃねえな?」 シルフィードが変装した娘ではないと見破る。 「ジジじゃねえ?あの村で売れそうな娘っていったら、他に誰がいるんだ?」 「イワンのカミさんのガキどもなんて、金もらったって引き取りたくねえや!」 男たちは下品に笑う。 「しかし、こいつはジジじゃねえぞ、てめえ誰だ?」 「ちがわないのね!シルフィはジジなのね!きゅい!」 シルフィードは自分から名前をバラす。 「シルフィっていうのか、身代わりになるなんて健気だねえ」 「なかなか別嬪じゃねえか、こいつの方がジジより高く売れそうだぜ」 拳銃を握ったデブがそういうが、ミノタウロスの格好をした男は反対する。 「そういうわけにもいかねえだろ、こいつなんだか怪しいぜ…おいお前、本当に何者だ? もしかしたら、領主の手先かもしれねえ」 「ち、ちがうのね」 「じゃあエズレ村の村長の名前を言ってみろ」 シルフィードは冷や汗を垂らす。 「どうした、村長の名前がいえねえのか!」 ミノタウロスの男は強い口調で言う。 「きゅい」 「きゅいじゃねえだろ!」 男たちは警戒の度合いを強め、武器をシルフィードに向ける。 そのとき、男たちの肩や手に向かって氷の矢が飛んでくる。 「な、なんだァーーッ!」 「次は心臓を狙う、動かないで」 悲鳴をあげた男たちに、現れたタバサは淡々と告げる。 ほとんどの者が肩や腕を狙われ、戦力として役に立たなくなったので、彼らはしぶしぶ武器を捨てた。 「こいつら、ほんと許せないのね!針串刺しの刑にしてやるのね!」 優位に立ったシルフィードは強気になる。 「仕返しはあと、縛り上げて」 タバサに言われ自分に巻きついていた縄を使い男たちを結びあげる。 縄で縛られた男たちにタバサが尋ねる。 「リーダーは誰」 返事がない。ただししかばねではない。 「正直にリーダーは出てくるのね!早く早く早く早く!」 「私だ」 後ろから突然声がした。 振り向いてタバサがそこの男に杖を構えるが、男の方が詠唱が終わるのが早かった。 先ほどタバサが放ったのと同じ、氷の矢が飛んで来る。 その氷の矢は、タバサの杖を吹き飛ばす。 「これはこれは、こんな辺鄙な地へようこそ貴族様、 おもてなしはできませんのでごゆっくりというわけにはいきませんがね」 四十過ぎほどの、身なりの汚いメイジが杖を構えて立っていた。 男が風の魔法で男たちを縛っている縄を切り裂くと、男たちはシルフィードから武器を奪い、二人を囲む。 「誰?」 タバサが短く尋ねる。 「名前などはとうに捨てましたが、そうですな、オルレアン公とでも呼んで貰いましょうか… 兄に冷や飯を食わされて家を飛び出て、現在は不幸な少女たちの収入を確保させてあげる仕事をしていてね」 「素直に人売りだって言うのね!」 シルフィードが声を張り上げる。 「そう呼びたいのならそうすればいい、まあどちらにせよ大人しくすることだな、不幸な少女たちよ。 おい、こいつらを縛り上げろ!」 メイジがそう言うと、男たちが寄ってくる。 「お前たちみたいな奴ら許せないのね…シルフィとワムウさまならこの程度の人間どうってことないのね! たーすーけーてーワムウさまー!」 シルフィードが叫ぶが、ワムウが来るような気配はしなかった。 「きゅいきゅいー!や、やめてー!」 タバサたちを縛ろうとし、男たちが近づいてきた瞬間、メイジの杖が吹っ飛んだ。 腕を折られたメイジは悲鳴を上げる。 「ぎいやあああああああああッ!」 「ワ、ワムウさまなの?」 リーダーが悲鳴をあげ、なにごとかと男たちは振り返った。 そこには高さ二.五メイルほどの大斧を構えた影があった。 しかし、それはワムウではなかった。首の上にあったのは…牛の首、 ミノタウロスであった。 「ほ、本物だああああッ!本物のミノタウロスだああああッ!」 「怪物!人外!夜族!物の怪!異形!……化物だああああッ!」 拳銃をもっている男たちはそれでミノタウロスを撃つが、厚い皮膚がそれを止める。 パニックになった男たちはからがら、逃げ出した。 大斧を構えたミノタウロスは、向きを変え、シルフィードにゆっくり近づいてくる。 「たすけてなのねーッ!今日は十三日の土の曜日じゃないのね!出番は来月なのねーッ!きゅいきゅいーッ!」 そのとき、上から人影が降ってくる。 人影がミノタウロスの目の前に着地する。 ワムウが肩を鳴らして立っていた。 「たすけにきてくれたのね!さすがワムウさま、信じてたのね!きゅいきゅい!」 ワムウはシルフィードの言葉を無視し、ミノタウロスに向き合う。 そして、後ろも向かずにタバサたちに告げる。 「お前らはとっとと帰るなり、あいつらを追うなりすきにしろ…ミノタウロス、決闘だ」 ワムウは有無を言わさず拳をミノタウロスの胴に叩き込む。 堅い皮膚すらもその拳は貫通し、ミノタウロスが後ろに倒れ、血が流れる。 倒れこんだミノタウロスは慌てて手を振り、ワムウに言う。 「待て、私は敵ではない」 しかしワムウは聞く耳を持たない。 「目の前に獲物がいる鮫が手を止めると思うか、ジンベイにしろ、シュモクにしろ、シンジュクにしろな」 もう一発追撃をしようとしたとき、杖を拾ったタバサがワムウに杖を向けた。 「……何の真似だ?」 「少なくとも結果的には私たちを助けてる。話くらいは聞いてあげるべき」 「別に味方であろうと俺は構わんのだが…」 「しかし、すさまじい拳だな、俺が言うのもなんだが、化け物染みている」 起き上がったミノタウロスは左手に杖を持っていた。 「イル・ウォータル……」 ミノタウロスが呪文を唱えると、ミノタウロスの傷がふさがっていく。 「あなた何者なのね?系統魔法を唱えるミノタウロス、いや亜人なんて聞いたことないのね」 「そうだな、わたしが何者か気になるだろうな。説明してほしいなら、ついてきたまえ」 ミノタウロスは歩きだし、洞窟の中へ入っていった。 タバサを先頭に、シルフィードはワムウによりかかりながら、ワムウはめんどくさそうについていった。 To Be Continued...
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前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 「ごめんなさい。学院長は不在なんです。」 3度目になる学院長室の前でミス・ロングビルは申し訳なさそうに教えてくれた。 ルイズを授業に送り出した後、学院長を訪ねて来た康一だった。 それもそうだよなぁー。学院長っていうからには相当急がしいんだろうし。 「それじゃあ、しょうがないですね。また今度来ます。」 「待ってくださいな。」 退出しようとする康一を、ミス・ロングビルが引きとどめる。 「なにか相談したいことがあったのでは?たとえば・・・『スタンド』・・・のことですとか。」 なんでこの人が『スタンド』のことを知ってるんだァー!? 「ななな、なんでそのことを!?」 正直動揺した。やはり『スタンド』のことが広まってしまうのはまずい気がする。 「隠さなくても結構ですわ。実はこっそり聞き耳を立ててましたの。」 口を手で隠して、ごめんなさいね、と笑う。 まいったなぁ・・・。康一は頭を掻いた。こうしれっと言われると追求しようがない。 まぁオールド・オスマンの秘書なんだから悪い人ではないだろう。 「しょうがないなぁー。いや、実はぼくの故郷のことについて何か分かったことがないか聞きにきたんですよ。」 ミス・ロングビルはしばらく考えていたようだが、やがて首を横に振った。 「そのような話は伺っていませんわ。でもオールド・オスマンだけでなく、ミスタ・コルベールも文献などを漁っておられるようですから、そのうちきっと見つかりますわよ。」 「そうですか・・・」 やはり杜王町に帰るのはまだまだ先のことになりそうだ。というよりも、帰ることができるのだろうか。 康一は肩を落とした。 がっかりした様子の康一を不憫に思ったのかもしれない。 ミス・ロングビルはちょうど休憩するところだったから、と康一をお茶に誘った。 ミス・ロングビルに薦められて、康一は応接用の椅子に座った。 ここに座るのは3度目だが、そのとき向かいに座っているのはオールド・オスマンやミスタ・コルベールだった。 今はミス・ロングビルが座り、淹れたての紅茶を出してくれる。 綺麗な人である。おしとやかな物腰だが、どことなく影があって、キュルケとはまた違う意味で大人の女性という感じがする。 最近美人に縁があるなぁ。と思う。 由花子さんと知り合う前なら、多分もっと舞い上がっていただろう。 ティーカップに手を伸ばす。立ち上る湯気からは紅茶の華やかな香りがした。お茶に詳しくはないが、きっといい茶葉を使っているのだろう。 「そういえば、故郷のことを聞きにいらしたんですよね?」 「ええ・・・まぁ。」 ミス・ロングビルと目が合った。 「故郷に、帰りたいですか?」 「・・・ぼくを待ってる人がいるんです。いきなりいなくなったからきっと心配してます。」 「恋人かしら?」 冗談めかして笑うロングビルに康一は頷いた。 「まぁ、恋人もそうですね。でも、家族や友人も。」 「そう・・・。大切な場所なんですね・・・。」 ロングビルは康一を見つめた。 いや・・・。康一は思った。 彼女はぼくを通してどこか遠くを見ているような気がする。 「でもロングビルさんにも故郷があるでしょう?」 ミス・ロングビルは一瞬だけ胸を突かれたような顔をした。 「・・・・いえ。私の故郷はもうないんです。ですからあなたが少しだけうらやましいですわ。」 少しだけ寂しげに笑った。ティーカップを静かに傾ける。 故郷がない?彼女の故郷には何かがあったのだろうか。 しかし聞いていいものかも分からない。康一は黙り込んだ。 康一の困惑を察したのだろう。ミス・ロングビルは明るい声で言った。 「でも、大切な場所は今でもありますわ。いつどこで何をしていても、心はそこに置いている。そんな場所です。」 康一は心から嬉しそうに笑った。 「よかったぁ~。帰る場所がないなんて寂しすぎますもんね!」 ロングビルはふっと息を吐いて、微笑んだ。 そして、ソーサーをもつ康一の左手を見た。 「そのルーンのこと、ご存知ですか?」 康一はティーカップをテーブルに置いた。 「いえ、よくは知らないんですが。なんだか変なルーンなんです。武器を持つと光ったりして・・・」 康一は自分が経験したことを話した。武器を握ったらルーンが光りだして体が軽くなったこと。『スタンド』のパワーも上昇したこと。 「『スタンド』というのも不思議な能力ですね。魔法とは違うのですか?」 「ええ、多分。・・・まぁ、実は自分でも『スタンド』が何なのか良く分かってないんですけどね。」 超能力、としか言いようがない。こっちの『魔法』は多分系統だった研究がされているのだろうが。 「『スタンド』のことは分かりませんけど、その『ルーン』のことは少し分かりますわ。『ガンダールヴ』と読むそうです。」 ミス・ロングビルは説明した。 ガンダールヴとは、ハルケギニアに系統魔法を伝えた虚無魔法の使い手『始祖』ブリミルの使い魔の一人である。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 という歌が残されているという。 そして康一の左手に刻まれているのはそのガンダールヴのルーンと非常に似ているらしい。 「『始祖』ブリミルってここでは神様みたいに言われてる人ですよね。ぼくがその使い魔?」 実感がわかない。というか、自分に関係ある話とは到底思えない。 「ええ。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。私たちメイジの始祖。そして彼の使い魔『ガンダールヴ』は歌にあるように武器を扱うのに長けているといいますわ。その『ルーン』の効果と合致するんじゃありません?」 「じゃあ、ぼくを召喚したルイズが『虚無』の使い手ってことですか?」 「さぁ・・・さすがにそれは信じがたいのですが・・・」 ルイズは俗に言うと『落ちこぼれ』である。神聖視されている『始祖』と同列に扱うのは抵抗があるのだろう。 康一は考えたが、正直話が大きすぎてよく分からなかった。 「このことはルイズには黙ってたほうがいいですね。」 「ええ。オールド・オスマンもミス・ヴァリエールがこれを知ったら変に気負うのではないかと心配していましたわ。」 そして、「本当はコーイチさんにも言わないつもりだったみたいです。だから私が話してしまったのは内緒ですよ?」と片目を閉じた。 学院長室を退室したあと、康一は学院の廊下を歩きながら考えた。 あの話は本当のことだろうか。もしかしてからかわれたのではないだろうか。 ここ数年非日常的な生活を送ってきた康一にしても、短期間にあまりにいろいろなことが起こりすぎていた。 明日になれば、杜王町の自分の部屋で目がさめるのでは、とまで考える。 でも、このルーンが『ガンダールヴ』だったとして、なぜぼくがそんな大層なものに選ばれたんだろう。 「呼び出されたのが承太郎さんみたいな人だったら誰だって納得するんだろうけどなぁ。」 夜。 ハルケギニアの双月が照らす薄闇の世界。 学院の本塔の壁に垂直に立つ人影があった。 足の裏で外壁に張り付き、垂直のまましゃがみこむと、コツコツと壁を叩く。 「さすがは噂に名高い魔法学院。壁の厚さも並じゃないわねぇ。」 夜風になびく、長い長い髪。 彼女は、二つ名を『土くれのフーケ』。ハルケギニアにおいて、大胆不敵な犯行で名の知れた盗賊である。 しかし、警備の厚い貴族の屋敷は狙っても、盗みやすいであろう平民の家を襲うことはないので、一部平民からは『義賊』と呼ばれて密かに人気が高い。 そんな彼女が今狙っているのは、魔法学院の宝物庫に眠るという『弓と矢』である。 弓矢は魔法という強力な戦力があるハルケギニアでは大した価値はない。だが以前オスマンがぽろりと漏らした、『弓と矢』の『言い伝え』に興味を引かれたのだ。 酒場に行けば掃いて捨てるほどある、くだらない与太話の一つのように思えるその『言い伝え』。 だが、魔法王国トリステインで、『賢者』と目されるオールド・オスマンと彼の学院がそれを宝物庫にしまいこんでいることが、信憑性を裏打ちしていた。 「あのハゲ。この壁は物理衝撃には弱いだなんてよく言えたもんだ。」 フーケは計画もなしに盗みに入るような盗みはしない。事前に情報を集め、弱点を見極め、そこを一気につく。 だから今まで捕まらずにこれたのだ。 この魔法学院への盗みも、鉄壁といわれている魔法学院の宝物庫の弱点を探すため、内部に潜入してもうどれくらいになるだろうか。 ジジイに尻を触られながらもお宝のために耐えてきた。 そしてようやく、教師の一人からこの宝物庫唯一の弱点を聞き出したのだ。 だというのに、唯一の弱点のはずの物理的衝撃に対する耐久性すら、王宮の城壁並みなのだ。 自分の力を全力でぶつけても破れるかどうか・・・。 だが、錬金などといった他の手段で破るのは不可能だ。 「できるかどうか分からないとしても、やるしかないね。」 セクハラに耐えるのも我慢の限界だ。 フーケは詠唱と共に杖を振るった。 眼下の地面が集まり、盛り上がる。みるみるフーケのいる宝物庫外壁の高さまで大きくなったときには、巨人のような人型の土人形ができあがっていた。 土人形――ゴーレムの肩に飛び乗る。牛も軽く握りつぶせそうな大きさの拳を鋼鉄に錬金した。 「さぁ、伝説の『弓と矢』。この『土くれ』のフーケがいただくとしようかね!!」 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
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魔法で変わった金属は真鍮だった。さらに『スクウェア』というクラスなら石を金にすることすら出来るという。 シュヴルーズは『トライアングル』というクラスらしい。メイジのランクを表すのだろう。 「ルイズ」 ルイズに小声で呼びかける。 詳しいことはルイズに聞けばいい。 「何よ。今授業中よ」 なんだかんだ言っても結局は答えてくれる。 どうやら私の予想は大体あっていたらしい。 下から『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクウェア』というクラスがあるらしい。 「それで「ミス・ヴァリエール!」は、はい!」 「授業中の私語は慎みなさい」 ルイズが私を睨み付けて来る。確かに今回は私が悪かったな。 私語していたのでルイズがみんなの前で錬金をすることになった。 しかしルイズは困ったようにもじもじし、立ち上がらない。 シュヴルーズが再度呼びかける。するとキュルケが困った声で声で言う。ルイズにさせるのは危険であると。 教室にいた生徒たちの殆どが頷く。 しかしルイズは覚悟を決めたのか、 「やります」 と言うと教室の前へ歩いていく。そして真剣な顔をして杖を持つ。 それに対応するように前の席にいた生徒たちは椅子の下に隠れる。一体なんだと言うんだ? ルイズが短く唱え杖を振ると石が……爆発した!? 何が起こったんだ!?あちこちで悲鳴が上がる!使い魔たちが暴れだす!窓ガラスが割れる!私の帽子が! 立ち上がったルイズは他の生徒たちから非難を浴びる。 私はそれを聞き、帽子の形を直しながら『ゼロのルイズ』の意味を理解した。 その後ルイズは教室の片付けを命じられ、終わったのは昼休み前だった。ルイズにネチネチ文句を言われたが仕方ないことだと自分を納得させる。殆どすべての片づけをしたのは私だが仕方ないことだと自分に言い聞かせる。 そうしなければやっていられない。 その後ルイズと一緒に食堂へ向かう。私は昼食抜きだが着いていかなければならないらしい。 「『ゼロのルイズ』か。言い得て妙だな」 薄く笑いながら呟く。単純に魔法を使わないのは苦手なのかと思っていたが、まさかまったく使えないとはな。 本当に貴族なのだろうか。いや貴族だから退学にならないのか。 そんなこと考えてるとルイズが立ち止まりこちらを睨んでくる。どうかしたのだろうか? しかし何も言わず食堂に向かう。一体なんなんだ? 食堂に着き椅子を引く。ルイズが席に着くと食堂から出ようとする。 「ちょっと」 しかしルイズが呼び止める。なんだろうか? 「あんたこれから1週間ご飯抜きね」 怒りを押し殺したような声でそう言う。 この女はふざけているのか?そうとしか思えない。しかしその表情からは凄味を感じる! どうやらマジのようだ。 それを感じ取りながら食堂から出て行く。くそっ!何に怒ってるんだ! 食堂から出ると壁に凭れ掛かりながら考える。どうやって生きようかと。このままルイズの所にいては殺されてしまうかもしれない。 まさか1日目で脱走を真面目に考えるなんて思っていなかった。最低でも2週間はいようと思っていたんだがな。 このままここにいるより脱走したほうが幸福になれる気がする。 いや魔法使いと係わらなければ案外簡単に静かで幸せな生活が遅れるんじゃないか? しかし腹に何かを入れなければならないと感じる。これが空腹という奴なのだろう。 朝は少ししか食べてないし掃除は中々重労働だったからな。当然と言えば当然か。 銃で鳥でも撃って食べようか。脱走はその後で「どうかなさいました?」誰だ? 顔を上げると銀のトレイを持ち、少し変わった格好をした少女がこちらを見ていた。見た目から判断するとまず貴族ではないな。 「あ~……」 喋ろうとする、が……こういった場合どう答えればいいのだろう? 「もしかしてあなたがミス・ヴァリエールの使い魔になったていう……」 どうやら彼女はこちらのことを知っているらしい。 「ああ、そうだけど。でもどうして私のことを知っているんだ?」 「ええ。なんでも、召還の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますわ。」 そうなのか。 「使い魔はここら辺では見かけない格好で趣味の悪い帽子を被っているって……」 つまり君も趣味が悪いと思っているのか…… 「私はシエスタっていいます」 「私は吉良吉影だ」 その時腹の虫が鳴く。 「お腹が空いてるんですね。賄い食ですけど食べますか?」 今なら神様を信じてると心から言い切れるだろう。 7へ
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頬をなぶる柔らかい風の感触で、リキエルは薄く目を開いた。 左目が開かないことには、違和感も湧かなかった。どちらか片方が常時開かないことにはもう大分前から慣れている。しこたま殴られて潰れているのかもしれなかったが、だからといってドーダコーダとも、リキエルは思わなかった。 ――空が目の前にあるな。 一瞬そう思ってから、馬鹿なことを考えたと、リキエルは自分に向かって毒づいた。単に仰向けに倒れているだけだ。芝生のなめらかな手触りと、その下にある硬い地面の感触が、明確にそう告げてくる。 ――三発目から先は……。 覚えていない。リキエルは朦朧とした頭で、ことここに至るまでの経緯を思い出そうとしている。脳が記憶の整理をつけている過程を、覗き見るような感覚だった。 視界が閉ざされ、直後に来た強い衝撃に頭蓋を揺らされ、意識を失った。しかしそれも一瞬のことで、直ぐにリキエルは、衝撃の余韻で明瞭な覚醒を得た。そして感じたのは、痛みかもしれなかった。 かもしれないというのは、それを痛みといってよいのかわからないからだ。強い衝撃と、その衝撃を受けた部分の皮膚が沸騰したような感触は、どういったわけか、痛みとは明確に結びつかなかった。口の中でする鉄の味と、ぐらぐらになった奥歯が、かろうじて痛みの証といえるのかもしれない。つまりは、脳がそこから先を考えることを拒絶するほどの、激越な痛みということだろう。 いずれにしても、リキエルがそれを自覚する間はなかった。続けざまにギーシュのゴーレムから、蹴りやら踏みつけやらをもらったのである。その三撃目をまた頭にうけ、リキエルは再び気を失った。そして目覚めてみれば、こうして仰向けに空を眺めている。 リキエルは、身を起こそうと体に力をこめてみたが、右の肩が僅かにピクリと震えるだけだった。意識不明なまま、立ち上がれなくなるまでやられたということだろうか。意識を失う前と変らずに、その場に集まっている観衆の様子をうかがってみる。首も動かないようなので、目だけをぐるりとめぐらせた。 焦点が合っているかは定かでなく、断言はできないが、誰も彼も呆然とした様子であるようにリキエルには見受けられた。そうするとやはり自分は、見る者が言葉を失うほどには悲惨な状態になっているようだなと、ぼんやり思った。そうなっていながら、痛みを感じていないことがやはり奇妙だった。 ――奇妙といえば。 バイクを運転して事故を起こし、そうと思えば異世界に飛ばされた。わけもわからず使い魔とやらになり、仕事をやらされる。その翌日には、挙句と言うには早すぎるほど突然に、メルヘンの代名詞ともいえる魔法で血なまぐさい暴力沙汰に身をさらされた。奇妙といえば、これほどそういった感覚にふさわしい事柄も、そう無いのではなかろうか。 そんなことをリキエルは、うつらうつらとしながら考えている。信じられないことに、ともすればこのまま眠りこけてしまいそうになっていた。それは、また意識が途切れるということでもあったが、それでも構わないとリキエルは思った。このまま動かなければ、これ以上傷が増えることもないのだ。 スッと意識が遠のこうとするのがわかる。リキエルはそれを心地よいものに感じた。人壁の一部が何やら言っているようだったが、どうでもよいことだ。ギーシュもぶつぶつと言っているが、聞き取れない。知ったことでもない。 その声が耳に入ってきたのは、浮遊感にも似た、それでいて地面に頭からズブズブと沈み込むような、曖昧な感覚がリキエルを包み始めたときだった。 「違うでしょ!? そんな問題じゃないわよッ!」 リキエルの目は、まぶたの裏にある暗闇ではなく、再び前面に広がる空を見た。ぼんやりとした頭に、ガソリンが注がれるようにして血が集まってくる。眠気は掻き消えていた。リキエルは、声のしたほうへ目を動かした。 まず驚いた顔をしたギーシュが目に入った。と同時に、ふわふわと宙に浮いてこちらに向かってきていた剣が、力を失ったように地面に突き立つのも見えた。ギーシュが魔法で浮かせていたものらしかった。 そして目の端から、桃色の頭髪が踊るようにして現れる。 ルイズがこの場にいることを意外に思ったのは、視界に入れてからのほんの一瞬だけのことだった。気の強そうな、それでいてどこかあどけない感じの残る高い声は、殺伐とした空間には似つかわしくなかったが、ルイズそのものは、ここにあってなんら不思議な感じがしなかった。なんとはなしに、来るような気がしていたのかもしれない。 ただ、その反面、なぜそうなるのかはわからないが、自分を庇うルイズの声を、リキエルは歯噛みするような気持ちで聞いた。 「……ちくしょう」 強くもない風に混じって飛ばされてしまうほどの、弱弱しい呟きである。ひどく喉が渇いていて、自然と声が擦れて小さなものになっていた。 倒れたまま、ルイズとギーシュの問答を見ていることしかできないのがどうにももどかしくなり、リキエルはまた動こうとしたが、右の腕と足、それと首が、かろうじて曲がる程度だった。 それでも動くことを諦めず、ミミズが這うようにして、小刻みで器用な動きを繰り返し、リキエルはなんとか腰から上を半ばまで起こす。ギーシュの得意気でいけ好かない薄ら笑いと、俯いたルイズの姿が、ハッキリと確認できた。 ルイズが顔を上げて、一歩前に出た。 「……わかった、わよ。こいつが、こいつが何かしたっていうなら……わ、わたしが、ああああ、あ、謝るわよ!」 毅然とした態度に見えるがしかし、小刻みに震える声と握りこんだ拳には悔しさが滲んでいる。そして、そのまま口をつぐんだルイズからは、やはり隠れようもない悔しさの気配が感じ取れた。 「……!」 自分の中で、何かが激しく動くような気配をリキエルは感じ取った。それと前後して、リキエルの胸のうちに様々なものが去来する。それらは記憶だった。ある一所に帰結する、記憶の断片である。 まず思い浮かんだのは、教室でルイズが「諦める気はない」と言った時の眩暈と、ロングビルとの雑談の中で掴み損ねた感覚だった。今にして思えば、それは同一の感情であったことがリキエルにはわかる。 それは憧れだった。それも、羨望に近い憧憬である。 リキエルは、ずっと馬鹿にされ続けてきたというルイズの話を聞いたとき、パニックを起こすたびに心無い視線にさらされ続けた自分を、一瞬それに重ねた。重ねて、すぐに否定した。そうやって重ねることが、おこがましいことである気がした。 リキエルは人生にまいり、足元に視線を落としたまま動けなくなった。生きる目的を失い停滞し、恐怖に煽られただ喚いていただけなのである。過去にも未来にも希望を持たず、穴倉のような絶望の中で、それを捜すことさえも怠っていたのだ。 だがルイズは違う、とリキエルは思う。ルイズは諦めないと言った。嘲笑と侮蔑の囁きから逃げていなかった。むしろ、果敢に立ち向かう姿勢を貫いているように見えた。そんなルイズの姿勢を、リキエルは羨ましいと思ったのである。 次に思い浮かぶのは、焦燥を伴う疑問だった。 どこから生まれる。なんなんだ。この差は、この違いは。どうしてこいつは、ルイズは人生を諦めずにいられる。生きる目的を決められる。生きる希望を持てている。そうさせるものはなんなのだ。 ――『血統』……それか? いや、そうなんだろうな。 考えるまでもないことだった。ルイズが、本人がそう言ったのを、リキエルは鳶色の瞳の中で聞いていた。ルイズは、『血統』を誇りにしている。 それは、リキエルにはおよびもつかないことだった。肉親、血縁、両親、親族、どの言葉もリキエルにはトラウマでしかないもので、教室でのパニックにしても、自分の『血統』を思い、そこから両親へと意識が繋がったことの結果である。 「……」 そういった認識が今は少し、あるいはだいぶ変わっているようだった。 リキエルは左肩を手で押さえた。その場所には、『星型のアザ』が生まれつきある。父親譲りの遺伝である。すなわち、血統の証だった。親のことを知らないリキエルだが、そのことにだけは奇妙な確信を持っていた。このアザのことを、普段リキエルは故意に忘れている。父親を思い出すことが、直接的にパニックへと繋がるからだ。 それも今は違った。パニックに陥るどころか、血統のことを考えることで自分の精神が、細波すらたたない平静な湖面になっていくのがリキエルにはわかった。時折、小魚がそうするように嫌な想い出が跳ねるが、それもすぐ泡沫に消える。あの学年末試験の日以来、初めて自分は真正面から過去と対峙しているのだということが、リキエルにはわかった。 そうさせるのは、ルイズの精神のあり方だった。どれだけ失敗を重ねても、そこに停滞することを嫌い、逃げ出すことを是としない前を向き続ける向上の精神が、リキエルと彼の過去とを向き合わせていた。リキエルの欠けた心の一片がそこにはあった。ルイズの誇りに、リキエルはあてられていた。 その誇り高いルイズが今、頭を下げようとしている。二人の少女の心を傷つけ、あまつさえ、それを恥じることもなく他人にあたるような、太平楽なガキに謝罪しようと言っている。それも直接の理由はといえば、自分がこんな場所で『こんなこと』になっているせいなのだ。 平静になった心が、沸き立つように震えるのを、リキエルははっきりと感じ取った。 ――オレのために、こいつが頭を! 下げてはならないのだ! ギーシュ、あんな程度のやつ……! あんな見下げ果てるようなどうしようもないやつに、ルイズが、その精神が! 誇りが! 貶められてはならないのだッ! ルイズに頭を下げさせてはならない。その一念の下リキエルは、持ちうる限りの気力をことごとく死力に変えて、体の隅々まで行渡らせた。相変わらず動かない手と足を、歯を食いしばって強引に動かした。抜けかけた奥歯が歯茎に食い込んで、また口内に錆の味が広がっていく。 リキエルはいくつかの小さな傷が開くのも気にせず、晴れ上がった左足が引き攣れる感覚さえ無視して身を起こし、ルイズに向かって腕を伸ばし、小柄な背に見合った、肉の薄い肩に手を置いた。その肩は、少しだけ震えているようだった。 はじかれたように振り向いたルイズが、口を半開きにしたその顔のまま、痴呆のようにリキエルを見つめてくる。唾と生血の混じったものを嚥下して気道を広げてから、リキエルは歯をむき出すような、それこそ噛み付くような顔をして、ルイズを目だけで見返した。 「オレが……言うことじゃあないかもしれないがな、謝るんじゃあない。謝ってはいけないんだルイズ、お前は。こんな程度のヤツにはなァ……!」 そう言ってリキエルは、左足をほとんど引きずるようにして、危うい足取りでノロノロと歩き、ギーシュの造りだした剣の前まで来て止まった。惰性で、軽く体が揺れる。左半身は本当にガタが来ているらしく、まっすぐに立つことさえもおぼつかなかった。 「だ、だめよッ」 その背中を呆然と見送るだけのルイズだったが、酩酊したようなリキエルの動きを見て、そしてその動きの意図を察して、夢から覚めるように我に返った。 駆け寄って、ルイズはリキエルの右腕に組み付き、引き止める。傷を気遣って、ルイズは軽い力でそうしたつもりだったが、リキエルの身体は情けないほど簡単に、ぐらりと右側に傾いた。ルイズは慌てて、今度は支えるようにしてリキエルの腕を掴んだ。 「だめ! 絶対だめなんだから! それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ! へたすれば本当に死んじゃうわよ!? 立てるなら、話せるんだったら謝るのよ! それは恥にはならないわ、メイジに勝てる平民なんていないの! あんたはよく頑張ったわよ!」 「…………」 確かにリキエルが頭を下げれば、つまりこの場でいう、土下座も命乞いも厭わなければ、万事がそれに収まるかもしれなかった。それが、ギーシュの設けた決闘の決着であり、唯一の満足感でもあるからだ。 リキエルはそういったことに伴う強烈な屈辱や、降りかかってくる侮蔑も、身の危険の前では忘れるべきだと思っていた。つまらない意地を張って大怪我を負うくらいなら、その、特に強くもない安いプライドを切り売りして、保身に繋げる方がいい。諦めと逃避が身を守ることも、確かにあることだと思っていたのだ。 自分には何もないのだと、どうしようもないのだと、リキエルはそうして、本質的な問題からはずっと逃げてきた。繋がる先のない、無意味な逃避である。 ――笑われるのがいやで、学校から逃げ出した。自動車の運転にしてもなんにしても『まぶたが落ちる理由』! そこから目をそらすための方便だッ。それで失敗したりして、二言目には「なんの力もない」って言ってなァ~~。 それは、誇りや希望を知らなかったからだとリキエルは思う。誇りを持つことなど、できるはずもないと思っていたからこそ、希望の無い人生を延々送ってきたからこそ、そうやって逃げることも諦めることもできたのだ。 これもやはり、今は違う。穴倉の中で、リキエルは希望を見つけていた。それはごく間近にあるようで実際はとても遠く、手を伸ばしてもまるで届きそうになかったが、当然である。 動かない、動こうとしない人間が何かにたどり着くことが、何かを手にすることがあるわけもない。ましてや絶望に顔をうずめ、不安に身を突っ伏して、肝心なものに目を向けずに来た自分が希望を手にするなど、それこそおこがましいことだ。 動かなくてはならない。リキエルはそう思った。いつになるとも知れないが、今のように地を踏みしめて立ち上がり、希望を掴み取って、この穴倉から出なくてはならない。成長しなくてはならない。 そのためには、ここで退くわけにはいかなかった。今また逃げをうてば、もう二度とこの場所には戻って来られないだろう。前を見なければ、欠けた心のままで一生を生きていくことになるだろう。そんな気がした。 「勝てるだとか、恥がどうとか、そういうことじゃあないんだ。自分でもよくはわからないが、瀬戸際だ。後ろを向くだけで足を踏み外して、崖下に落ち込むような瀬戸際だ」 「わけわからないわよ! 何を言ってるの!?」 「だが、わかったこともある。オレにはなんの力もない。それはオレが一番よく知っていることだ。そうやっていつも喚いていたんだからな、喚いていただけだったんだからなッ! ……それが今わかったのだ。そうやって下ばかり向いていたんじゃあ、結局は自分で目を閉じているだけなんだってことが、いま理解できたッ!」 ルイズの顔から目を外してそう叫ぶと、リキエルは代わりにグググと視線を移し、ギーシュの顔を睨みつけた。その突然の気勢に圧される形で、リキエルの腕に絡みついていたルイズは、驚いたように拘束を緩めた。 真正面からリキエルの視線を受け止めるギーシュも、それは同じだった。ただ、ギーシュの場合は気圧されるどころではなく、自分でしたこととはいえ、目を背けたくなるほどにボロボロの人間が、この段に来て唐突に息を増して啖呵を切る異様さも手伝って、背には絶えず怖気が走っている。 気の抜けたように力なく腕にかかるだけになった、ルイズの痩せた細い指をやんわり外して、リキエルはギーシュを睨みつけたまま、今となっては体の中で一番しっかり動く右腕で、目の前に突き立っている剣を引き抜いた。 ◆ ◆ ◆ セコイア造りのテーブルの上でナッツをかじる、小さな自分の使い魔を横目に、オスマン氏は水ギセルをぷかぷかやっていた。ときどき世をはかなんだような顔になりながら、鼻毛を抜きにかかったりもしている。 身を投げ出すようにして椅子に腰掛けた姿は、なにごとか思案する風情があるようにも見え、あるいは、ぼんやりと暇を持て余しているようでもあった。鼻毛など抜いているあたり、少なくとも忙しくはないらしかった。 そんな鼻毛抜きにも飽きたのか、オスマン氏は水ギセルを咥えたまま、難しい顔で目を閉じて、軽く嘆息した。やはり、ただ暇を潰していたというわけでもないようである。 「……ふむ?」 ナッツがかじられる、かりかりという音がなくなったことに気づき、オスマン氏は目を開けて机の上を見やった。 使い魔のハツカネズミ、モートソグニルは、満腹になったからか、春の陽気にあてられたのか、無防備に腹などさらして寝転がっていた。その足元には、食べきれなかったらしいナッツが二つだけ残っている。それを手に取り、口に放り込んで咀嚼しながら、オスマン氏はモートソグニルをそっとすくい上げ、自分の服の袖の内に入れた。 丁度そのとき、ドアノブのまわる音がして、不機嫌そうに眉をしかめたコルベールが入ってきた。 「おおミスタ、ええと…………ご苦労じゃったな」 「コルベールです! 日になんども自己紹介をするような趣味は私にはありませんのでッ、いい加減にしていただけるとよいのですが!」 「まあまあ、落ち着きなさい。いい歳した大人がそうがなりたてることもなかろうに。君はこの部屋に来るときはいつも威勢がいいんじゃな」 「使用人でもないのに配膳の上げ下げなどさせられては、怒鳴りたくもなります!」 オスマン氏はそっぽを向いて、ボケた振りを始めた。 例の『伝説の使い魔』についての話をするにあたって、昼食は後回しなどと言っていたオスマン氏だったが、結局は空腹に抗いきれなかった。熱を持った舌で語られるコルベールの講釈を、昼休みが始まった途端、やれ胃が鳴いているだの背に腹が替わってしまうだのと、聞こえよがしに言ってぶつ切りにし、中断せしめたのである。 問題はそのあとだった。学院長室を動くのをおっくうがったのか、オスマン氏はコルベールに食事を運ぶよう頼んだ。それも「運んでくれなきゃ話は聞かんから」という、子供顔負けの我侭論法を使ったのだ。 これには温厚なコルベールも腹を据えかねたが、ガンダールヴについての説明は終わっておらず、しぶしぶ承諾した次第だった。そしてその不満が、今噴出していた。 「ボケた振りなどなさっても無駄ですッ。都合が悪くなるたびにそうすることはわかってるんだ!というよりオールド・オスマン、こんな方法でワガママを通してあなたは子供ですか!」 「しかしじゃな、腹が減ってはなんとやらとも言うではな――」 「言い訳はけっこうです! 私が言っていることはですな、なぜ話を中断させられた上に食事運びまでさせられねばならないのかという……聞いているのですか! オールド・オスマン!」 半分くらいは聞いておる、と心のうちで弁解しながら、オスマン氏は再度ボケた振りを始めた。コルベールのお小言が終わるまでは続ける腹積もりである。 そうして、不毛な膠着の気配が濃くなってきたあたりで、ドアがノックされた。いささか激しい勢いで、用件はそう軽いものでもなさそうだと、オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。 「オールド・オスマン、よろしいでしょうか」 扉の向こうから聞こえてきたのは、普段に比べてもいくらか固いロングビルの声だった。奇しくも、昼前のやりとりとは正反対の状況が出来あがっている。 オスマン氏が聞き返した。 「なんじゃ?」 「ヴェストリの広場で、生徒による決闘が行われています」 「まったく、子供は力があり余っとる間は碌なことをせんな。で、誰が暴れておるんだね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。その相手ですが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの召喚した……使い魔の男です」 室内の二人は、また顔を見合わせた。件の『ガンダールヴ』が決闘をするとなれば、捨て置ける類の話ではない。生徒の決闘と聞いて、ほんの一瞬生じた気の緩みが、また瞬時に引き締まるのを、二人は感じたようだった。 平静を装った声で、オスマン氏は返した。 「グラモンとこのバカ息子か、おおかた女の子がらみのいざこざといったところかの。じゃが、それがどうしたのかね? その程度の問題であれば、教師がちょいと杖を振ればカタがつくとしたものじゃろうて」 「それが、大騒ぎになっているようで、生徒による妨害も予測されています。教師たちは『眠りの鐘』の使用許可をと」 「アホか、たかが子供のケンカで秘宝を使うなどと。放っておきなさい。いざとなれば、それこそ杖を振れば事足りる」 「……わかりました」 規則的でよどみのない足音が遠ざかっていくのを聞きながら、オスマン氏は浅く椅子に腰掛けた。そのしぶくなっている顔に、コルベールが緊張した面持ちで視線を流す。オスマン氏は、わかっているというふうに手で返事をして、懐から杖を取り出した。杖が部屋の鏡に向けて振るわれると、鏡面にヴェストリの広場が浮かび上がった。 鏡からうかがえる広場の様子に、コルベールは息を飲んだ。 予想以上に多くの生徒が広場に集まっていたこともそうだが、なによりも使い魔の男のありさまに閉口していた。男はミス・ヴァリエールに支えられているようだが、それでも立っていられるような状態には見えなかった。どころか、あれは通常ならば意識を保つことすらできないほどの、下手を打てば致命傷にもなり得る手傷ではないのか。 「オールド・オスマン、これは!」 「……むぅ」 「このままではあの平民、手遅れになりますぞ。私が行って、止めてきます」 「そうじゃな、頼まれてくれるか……いや、ミスタ・コルベール!」 早くも杖を取り出し、ドアノブをまわしていたコルベールだったが、声を荒げたオスマン氏に驚き振り向いた。そして、なにごとかと鏡に目をやって、また息を飲んだ。 ◆ ◆ ◆ 安く荒い布を擦り合わせるような、微かな音がしている。地面を浅くえぐりながら引きずられる、剣の切っ先から生まれた音である。それは常の姿を取り戻した広場の静寂に、薄く広く染み込んでいく。静かな中に、剣先が小石を散らす音がときどき混じり、その一瞬だけはほんの少し空気が震えた。 ――体が……。 軽くなった気がする。リキエルはそう思った。痛みこそないものの、強烈なだるさで使い物にならなかった四肢に、うまく力が入るようになっていた。ただ、数瞬でも気を抜けばその力も抜けていく。折も折で緩みそうになった腕に力を入れなおし、リキエルは剣を握り締めた。 剣を引き抜いたのは、それで闘おうと思ったからではなかった。まともに振り回したことのある凶器はといえば、野球のバットくらいのもので、刀剣などと使えもしない武器ならば、いっそ心許ない自分の歩みのために、杖にしようと思ったまでだ。今はギーシュのところまで歩きとおせれば、それでよかった。 歩きとおして、殴るのか蹴りつけるのか噛みつくのかは、三の次四の次だった。歩きとおせるのかどうかも、実はどうでもよいのかもしれなかった。逃げずにいられる最も単純な方法が、進むことだというだけなのである。 そういった心積もりでいるので、この体の状態はリキエルには都合がいい。これが噂の、アドレナリンによる交感神経の興奮かと、リキエルは埒もなく感心した。 ――言いえて妙ってやつだなァ~『闘争か、或いは逃走か』のホルモンだったよな? ただ、そうやって物思いに耽っているのは、頭の片隅のどこかにあるごく小さな場所だけで、リキエルの意識の大部分は、やはりギーシュへと向いている。 10メートル程だろうと、リキエルは自分とギーシュとの距離を目算で測っている。この距離を詰めるのだと改めて思うと、リキエルの気持ちは妙に昂ぶり、足運びもにわかに力強くなった。ゴールを間近にした、競走馬の心境に近かいものがある。 「こんな程度とはご挨拶だったな、君。だがいくら威勢のいい口を利いたところで、君はそんな状態だ。手負いの獣は危険というけれど、本当に危険なのは手負いにしたと思い込む油断だと思うね。僕は油断しない」 杖を振って、三体のゴーレムを自身の前に展開させながらギーシュが言った。言葉と裏腹に、余裕のない声だった。うっ血や出血、打撲に骨折でボロボロの人間が片足をひきずりながら、にも関らず普通の人間と変わらない勢いで歩いてくる姿が、ギーシュの余裕や気勢を萎えさせていた。やりすぎたかもしれないという気が、今さらながらしてきたようでもある。 それでもどうにか気を張って、いつでもゴーレムを突撃させられるよう備えながら、ギーシュはリキエルに呼びかける。 「だから、ここいらでやはり手を打とうじゃないか。僕は殺すまでするつもりはないんだ」 「…………」 「君はルイズの使い魔でもあるしね、最後のチャンスだ。今、ちゃんと謝れば――」 「説得しているつもりか? それなら無駄だな、冷蔵庫の扉開けっ放しにするのより無駄なことだ」 「……なんだって?」 「引くつもりはないと言ってるんだ。お前だって、わざわざ止まらなくていいぞ。無駄なんだからな、そんな人形を何体出そうと、どんな魔法を使おうとよぉ~~っ」 いったい単純な性格をしているギーシュは、自分の魔法を揶揄した言葉を受けて、簡単に怒りを露にした。意識的に偉ぶらせた顔に、みるみる朱が差していく。 ギーシュは肩を怒らせて杖を振り上げると、乱暴に振り下ろした。薔薇の造花の残った花弁が全て散り、丁度そのとき吹いた久しぶりの風で、数枚が飛ばされていった。落ちた花弁は、うち四枚が青銅のゴーレムに変わった。七体のゴーレムが、ギーシュの全力である。 十歩ほど後ろに下がると、一体だけそばに置いて、ギーシュは無言で六体のゴーレムをリキエルに差し向ける。一度萎え落ちた気勢が、闘争心とともに戻ってくるのを、ギーシュは実感していた。 気勢は怒りが運んできたもので、闘争心は失われかけた余裕が変じたものらしかった。本気で「決闘」をする気になっている自分に、ギーシュは疑問を抱かなかった。 闘いの空気とでもいえばいいのか、異様な緊張感が、霧のようにヴェストリの広場を包み込んだ。重く張り詰めた空気は静寂を塗りつぶし、ギーシュとリキエルに纏わりつく。 二人を中心に、さらに重苦しい空気ができあがる。二つの空気が、しだいに近づき合いぶつかり合い、音を立てて震えるのを、周囲の生徒たちは聞いた気がした。 ――時間はないぞ。 冷静にゴーレムの動きを観察しながら、リキエルは思った。 痛みこそないが、体中の傷が消えたわけではなく、軽くなったものの、根本的に動かない部位も多かった。左足などは重心をかけすぎると、体重を支えきれなくなって予想以上に体が沈んでいく。遠からず動かなくなるだろう。そうなれば、進めなくなる。 いま突然に勢いを増して突っ込んできたゴーレムよりも、緩やかに迫ってくるその後続などよりも何よりも、リキエルには止まることが怖かった。どんな魔法も無駄とは、そういうことだ。歩みを止める全てのものが、今のリキエルには無駄だった。 ――どけなきゃあいけないよなァ……。路上の上に避けて通れない犬のクソが転がってるのなら、そんな邪魔で無駄なものは、どけなきゃあならないよなァアアアアアッ! 荒い動きで、リキエルは地を蹴った。先頭のゴーレムとの間がするすると縮まって、青銅でできた無機質な顔と、無残に崩れた血まみれの顔が、触れ合うかというほど近づく。 ゴーレムが伸び上がって上体を反らし、そこから拳を打ち下ろした。落ちかかってくる一打を、リキエルは瞬きもせずに凝視した。ゴーレムの指の一本一本が確認できて、中指の先だけ色がくすんでいるのも、小指と人差し指の大きさが同じであることもはっきりと見て取れた。 ――ギーシュ、お前の所へ行くぞ、もっと近づくからな。 寸前にゴーレムの拳が迫るのを認めてから、リキエルは体をひねって、殴りつけるようにして腕を振るった。実際に殴り飛ばしてやるという気で、肘から先だけで放った無造作な一剣である。 あえて後手に回ったのは、格別の意味があってのことではなく、かといって心にゆとりがあったわけでもなく、後に攻めても先に打ち込んでも変わらないという、確信めいたものがあるためだった。存分に力を篭めるためだけに、リキエルは後手に回ったのである。少なくとも、後の先の剣といった華麗な動きではなかった。 「無駄ァ!」 そんな出鱈目で足配りも構えもない無法な一撃が、ゴーレムの胴から上をさらっていった。 これを見、ギーシュは肝を冷やしたが、広場の人間の口々からは、おおという喚声が上がった。形といわず迫力といわず、割れた鏡のように鋭利な緊張の中にありながら、思わず人が見惚れるほどに鮮やかな一撃を、リキエルはわれ知らず放っていた。 そこからは見事の一言で、見る間に二体のゴーレムをやはり肘から先だけでなぎ払い、それで開けた空間を無理に縫って、リキエルは身体を右に傾ける姿勢で半楕円を描いてギーシュに殺到した。そうしたほうが走るのに楽で、つまりは左足が、いよいよ危ないのだ。 「グッ! ゥウウウ……!」 と、その左足が何かに強く払われた。咄嗟に見れば、ゴーレムの腕だけが地面から生えていて、それが足を殴りつけたものらしい。ちょうど右足を軸に踏み込むところだったリキエルの身体は、前のめりに傾いでいく。ほとんど目と鼻の先で、ギーシュが喚いている。 「油断はしないと言ったんだ! 僕は余計に花弁を落としたわけじゃあはないぞ。まさかとは思っていたが、君がここまで来たときの保険だったんだ! 少し観察していればわかるが、その左足の負傷では、一度倒れればもう立てないだろうしな!」 真実その通りだった。リキエルの目の前にあと一体、ゴーレムが控えている。 リキエルがこれまでのゴーレムを捌けていたのは、進む勢いと踏み込みがあったからで、あとは単純な力技だった。その力技も、握力が少しづつ抜けてきているのがわかり、そう続くものでもないと悟ったからこそ、リキエルは数体のゴーレムを無視してでもギーシュに迫ったのである。倒れれば、勢いも乗せられなければまともに剣も振れなくなる。先ほどのように眼前のゴーレムに叩き伏せられて、終わる。 運よく控えたゴーレムを除けたとしても、残したゴーレムが追いつく。そうなれば、もう勝負はつく。誰の目にもそれは明らかだった。 しかしリキエルの見ていたものは、違った。顔にはただ静かなだけの色があって、固く微動だにしない意志があらわれていた。 首を傾けて、リキエルは呟いた。 「動物は走るとき、後ろに残す足で地を蹴って、一瞬だけ跳んでいるよな。特に二足歩行の人間なんかはな。跳躍力を大きな推進力にして、前に進んでいるのだ」 「なにを言い出すんだね?」 聞きとがめたギーシュは、心底いぶかしく思って聞き返す。 「倒れかけで、進むも何もないだろうに」 「そしてその跳躍力を跳ぶためだけに使って、人間は色々なスポーツ競技を行う。例えば走り高跳びだ。キューバのソトマヨルは、史上初の8フィート越えで圧倒的な世界記録を作ったッ」 「イカレちまったのか? いや、これは……ッ」 よくよくリキエルを見返して、ギーシュは気づいた。リキエルは、倒れるに任せて倒れているのではなかった。足を曲げて、自分から体を沈めていた。ギーシュはそんな場合でもないだろうに、尻尾だけで跳ね上がる蛇の姿を連想した。 蛇が目を剥いて、ギーシュの顔をまた睨む。 「どんな方法でもとるぞ、進むためならばどんなこともだ! 今のオレにはそれができる!」 狂ったように叫びながら、リキエルはまたぎ跳びに跳躍した。 「何をヲヲヲヲヲ!?」 無茶で、無理な跳び方だった。踏み切りも空中での姿勢も、およそ競技者のそれとは比べ物にならない不恰好である。だが、跳躍の軌道は間違いなくゴーレムの頭上を飛び越えていて、そのまま行けば、ギーシュに直撃するものと思われた。 大怪我人の動きではまるでなかった、常識はずれのその動きに、観衆は何度目とも知れないどよめきを発した。どよめきのなかにはギーシュの敗北を予感し、リキエルの勝利を予見し、そのことに二重の意味で嘆ずる色もあった。 リキエルの跳躍は最高位に達し、広場の興奮も最高潮に達した。そのためか皆が皆、まるで時が止まったような感覚に陥り、リキエルやギーシュの姿も、完全に静止したように目に映った。そしてそれは、あながち皆の錯覚でもないようだった。 リキエルは本当に止まっていた。だらりと腕を下げた格好で、空中に静止している。懸崖から打ち下ろされるはずだった必殺の剣は、力なく揺れるだけで、光を返すことさえない。 「なん、なんとか……なんとかだが、まにあったぞ」 あとじさって、どもりながら言ったのはギーシュである。突き出した杖は微かに震えていたが、杖の先は、リキエルに向いたまま動かなかった。ギーシュは大きく息を吐いて、ある程度整えてから続けた。声には、隠しようもない安堵があった。 「そんな怪我で、しかも片足だけで、あまつさえ僕のワルキューレを跳び越えるような動きをするとはね、焦ったよ。この『レビテーション』にしたって、正直まぐれだった」 「……」 「だが、止まったな。君の負けだ、参ったと言うんだ。ここまでメイジを追い詰めたことへの敬意もある、やはり殺すまではしたくない。僕は十二分に気が済んだ」 「……右腕がよぉ~、肩より上がらないんだ。最初にこの剣振った時に気づいたんだがな。だから腕だけで剣を使ったんだが、筋肉まで駄目になったらしい。指とかの感覚もなくなってきた」 どこを見ているのかよくわからない顔で、誰に言っているでもないような態度で、リキエルはとりとめもないことを言っていた。その声に諦めや観念の気配がまるでないことを察して、ギーシュは眉をひそめた。そして急に顔を引き締めると、下ろしかけていた杖をまた突き出した。勝利を確信していて、意識することをついやめていたが、場の空気がまだどこか張り詰めた感じを残しているのに、ギーシュは気づいたのだった。 一度ため息をつくような顔をしてから、リキエルがギーシュに顔を向けた。見下ろされる形になったギーシュは、そこに異様なものを見た。だいぶわかりにくいが、リキエルは皮肉るような顔で微笑んでいた。 「肘から上だったら、左腕のほうが動くくらいなんだ。……ところでこの魔法は、さっきも使っていた魔法だよなギーシュ? だよな? この剣を浮かせていた魔法だろ?」 「そのとおりだ……でもそれがなんだって言うんだい?」 なぜこんなことをリキエルが聞いてくるのか、ギーシュにはわからなかった。 二人の距離は近いが、剣が届くような場所に立つほどギーシュも間抜けではなく、そのためにあとじさっておいた。肩が上がらず、剣を握るのがやっとというリキエルの言葉に嘘がなければ、剣を投げて飛ばすことも難しいはずで、その気配があっても、レビテーションでさらに浮かせて狙いを外させればよかった。リキエルに、この状況で何ができるのかわからない。『何をしだすか』わからないのだ。 肘から先がいやな形に曲がった左腕を掲げ上げ、その手のひらが空を向くように上腕と肩をひねりながら、リキエルが不適に言った。 「寝転がってる間に、ひとつ見つけていた。その魔法の特徴を、決定的な特徴をなァ~」 「特徴だって? 弱点ならわかるが……君、何をしてるんだ?」 夢見るような顔になったリキエルに、ギーシュは問いかけた。リキエルは左腕の手首に、剣の腹を押し当てていた。 「『集中する』ってことは本当に大切だよな。この魔法は、集中して使わないと効果が切れるんだろ? 剣がオレのそばに突き立ったとき、お前は動揺していたな」 「質問に質問で返すなァ――! 何をしているのかと聞いてるんだッ」 「集中を乱しかけたな……。勘の悪いお前はわからないようだな……。この剣を見ても、オレがどんな行動を起こすか見当もつかないらしいな!」 言い終えるより先にリキエルは行動していた。手首に当てていた剣の刃を立て、真横に素早く引き切る。なんのことはない、単純な動作だった。 次の瞬間、その所作に目を見開いたギーシュの視界が、赤一色に染まった。 「わ!」という声とともに、ギーシュは目を閉じ、顔を押さえた。ぬらりと気味の悪い感触が指先にして、慌てて目を開けようとすると、その気味の悪いものが目に入ってくる。驚いて杖を取り落としそうになるのをどうにかこらえた。 目の痛みと怖気で、ギーシュはパニックになりかける。 ――目を開けたい! なんだこれは。手の感触をぬぐいたい! この水みたいな感触は。ハンカチを出さないと! この鉄みたいな臭いは。どのポケットに入れたっけ!? まさか血か!? 目を開けさせてくれ! 血の目潰しだって!? レビテーションが! 正気の沙汰じゃないぞ! 解けてしまった! 「突然目が見えなくなるのは、怖いよなァ」 聞こえてきた声と草を踏みしめる音は、浴びせかけられる冷水のようで、ギーシュの頭は一瞬でさえ渡った。パニックになっている場合ではないと思った。目の周りで固まりはじめている血を、シャツの袖でぐいとぬぐった。 目を向ければ、大きく胸を喘がせたリキエルが佇んでいた。左手首からは止め処もなく血が流れ落ちている。顔色はいったいに蒼白で、死相というべきものがあらわれていたが、その表情はギーシュがこれまで見てきた人間の中の、誰よりも生き生きとしたものだった。 のどを鳴らして唾を飲み込み、ギーシュは身を硬くしたが、リキエルに杖を突きつけることはしなかった。静かな空気が、今度こそ勝負のついたことを告げていた。 「『ここまで』近づいた。……だが、人間ってのは限界があるなぁ。どうやら『ここまで』だ。もう指の一本も動かせないんだ……」 リキエルは無手だった。剣は足元に転がっていた。 満足そうな顔で、リキエルは言った。 「『敗北』……だ……オレの」 よろめきもせず、リキエルは仰向けに倒れた。襤褸切れのようになって横たわる体を、昼下がりの春日が照らした。 負けたことへの抵抗や屈辱といったものが、不思議なほどわかないことにリキエルは気づいている。これで終わりかと思うと、少しだけ寂しいような感じがしたが、それも感じる端から、大きな満足感のようなものに飲まれていった。 ――空が目の前にある。 リキエルはふとまた思った。奇妙なことに、今度はそれに納得がいった。 目をしばたくと、その理由がわかった気がした。目が、両目とも開いていた。それはなにも初めてのことではない。ごくごくまれなことで、ほんの少しの間だけだが、そうなることはあった。ただ、意識してまぶたが上がることはなかったのである。 ――それが……。 今は自分の意志で上がる。今に限られたことなのかもしれないが、リキエルにはそれでもうれしかった。できることなら、ずっと目を見開いていたいくらいだ。しかしそう都合よくいかないことは、リキエル自身わかっていた。 体が熱くなって、意識が朦朧としてくる。五体を襲うその灼熱の感覚は、日の光によるものではなく、痛みが戻ってきたものだった。 視界が一瞬だけ明瞭になって、すぐにぼやける。痛みが次第に薄れていって、代わりに、叩きつけるような眠気が意識を抑え込んでくる。 桃色のブロンドが視界に入ったときには、既にリキエルの意識は途絶えていた。 ……リキエル(ゼロのルイズの使い魔) 全身の打撲といくつかの複雑骨折、および頭蓋骨陥没や失血等々により ――再起不能 TO BE CONTINUED