約 1,800,934 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2630.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next ガリア王国、王都リュティス トリステインとの国境部から1000リーグ離れた内陸に位置する。大洋に流れるシレ河 の沿岸に位置し、人口30万というハルケギニア最大の都市。その郊外には壮麗な大宮殿 が見える。世界中から招かれた建築家や、造園師の手による様々な増築物によって、現在 も拡大を続けている王族の居城、ヴェルサルテイル宮殿だ。 宮殿中心の、薔薇色の大理石と青いレンガで作られた巨大な王城『グラン・トロワ』か ら離れた場所に、薄桃色の小宮殿『プチ・トロワ』がある。そこには王女イザベラが生活 している。 その上空を、青髪の少女を乗せた風竜が降下し始めていた。 「いったい、なんなんだい?この任務は・・・」 肩まである青い髪の少女は、訳が分からないという風で書簡を何度も読み返していた。 その前に立つ、やはり青い髪の少女は、無表情に黙っていた。 「この前の『ド・ロナル伯爵家』の件も酷かったけど、今回は極めつけだねぇ。こんな、 そこらの平民に金渡すだけで出来るようなものに、北花壇騎士をわざわざ使うなんて。と いうか、こっそりやる必要すらないんじゃないかい?」 と言って長い髪の方の少女は、さらに年下であろう青い髪の少女を睨んだ。何も答えな いタバサに、王女イザベラは、ふんっと鼻を鳴らした。 青く細い目、絹糸のように細く柔らかい髪、大きく豪華な冠。それら全てが、彼女が魔 法先進国ガリアの王女である事を示していた。だが、その下品な仕草と粗暴な物言いが、 彼女が王女に相応しくないと物語っていた。 タバサは、黙って立ったままだった。 「まぁしょうがないね。全くもって残念で腹が立つけど」 王女は書簡をタバサに投げつけた。タバサは避けようともせず、頭にコツンと当たって 落ちた書簡を拾い上げ、じっと内容を見つめた。 「ま、そういうわけだ。非常に気にくわないけど、あんたが一番適任って事になっちまっ たんだろうねぇ。だが、下らなくても任務は任務だ、手ぇ抜くんじゃないよ!」 タバサを乗せた風竜は、『プチ・トロワ』を飛び去った。 「きゅいきゅい!ねぇお姉様、今回はどんな無茶言われたの?」 上空3000メイルに来て、風竜―韻竜シルフィード―は、ようやくしゃべり出した。 タバサは、本を読みながら、一言答えた。 「無茶じゃない」 「えー!やったねー!今度は痛いのないのかな?そうだといいなきゅいきゅい!ねぇねぇ どんなのどんな命令なの!?」 タバサは、淡々と書簡を読み上げた。 「ヴァリエール家三女ルイズの使い魔を調査せよ」 トリステイン魔法学院、アウストリの広場にゼロ戦が置かれていた。 運んできてくれた竜騎士隊に、コルベールが代金を払っている。 ジュンは操縦席に座って、なにやら気持ち悪い動きをしていた。 シエスタの唇 「にへへ・・・いや、今はこの機体を」 シエスタの瞳 「はあぅ~・・・いかんいかん!機関砲、4丁とも、よし」 シエスタの胸 「ぐふふふ・・・だあー!違うってんだー!」 思春期まっただ中のジュン。彼にとってシエスタとのキスは刺激が強すぎたようだ。 そんな彼の所へ近づく貴族が一人。ある意味、今のジュンと並ぶほど気持ち悪いキザさ の男、造花の薔薇を口にくわえたギーシュだった。 「竜騎士隊を貸してくれと言うから何かと思えば・・・これは一体何だね?」 「あ、ミスタ・グラモン。竜騎士隊を貸して下さって、ありがとうございました」 「まぁ、父上への口添えくらい楽なものだけど。君もミスタ・コルベールも、何をしてい るのかね?」 ギーシュはゼロ戦を気の無さそうに眺めていた。操縦席ではジュンが各部を点検してい た。 「これは飛行機って言って、僕の国の乗り物なんです。空を飛ぶための」 「空を飛ぶ!?これがかね?」 ギーシュはゼロ戦を見つめた。 「ヘンな平民だとは思っていたけど…まさかあのコルベール並みに変人だったとはねぇ。 こんなモノが飛ぶわけ無いじゃないか!この翼、どう見たって羽ばたけるように出来てい ない」 ギーシュは呆れて立ち去っていった。他の貴族も平民も同様で、すぐに興味を無くして 立ち去っていった。キュルケにしても「なぁにこれ?つまんないのー。一緒に行かなくて 良かったわ」と言って去っていった。 ジュンは気にせずゼロ戦を点検し続けている。左手の包帯からは光が漏れっぱなしだ。 傍らにはデルフリンガーが置かれている。 「ジュン、これは飛ぶんかね」 「飛ぶさ。昇降舵も垂直尾翼も動く。どこも壊れてない。照準器も生きてる。燃料さえあ れば、ちゃんと飛べるよ。…滑走路は、どうしようかな」 「これが飛ぶなんて、ジュンの来た世界は、ホントに変わった世界だね」 「あ、その事誰にも言ったらダメだからな!」 「分かってるって。ていうか、俺自身が信じられねぇ。お前さんの世界をこの目で見たワ ケじゃネーし」 「あぁ、そういえばそうか。てか、その方が都合良いかも」 「おいおい、冷てえ事いうなよぉ。いつか俺も連れてけや」 さすがに、常にジュンが携帯しなければならないデルフリンガーにまで隠し通す事はで きないので、ジュン達が地球と往復出来る事を話していた。だが、ジュン達が鏡面から出 入りする所しか見ていないので、地球の存在までも信じると言うのは、ちょっと難しい事 だった。 そんな話をしていると、おーい、と声をかけられた。ルイズだ。真紅と翠星石もいる。 ジュンは颯爽と飛び降りた。 どてっ …つもりだったが、着地の時に尻餅をついた。ゼロ戦から手を離した瞬間にルーンの効果 が切れる事を忘れていたのだった。 「あいててて…ルイズさん、ただいま~」 「おかえりー。で、今回の収穫がコレってわけね。これがあなた達の世界を飛び回ってる ひこおきってやつなの?」 「そうです。どうやらチャンと飛べますよ」 「へぇ~。この前地球に行った時には見れなかっ」 むぐっ ジュンと翠星石が、ルイズの口を押さえた。 「ぷぅはっ!ご、ごめんなさい。その話はまた後で」 「もう!気をつけて下さいですよルイズさん!壁に耳ありジョージにメアリーですよ」 翠星石がプリプリ怒っている。だが、真紅は黙ってゼロ戦を見上げていた。ジュンが不 審がり、尋ねる。 「どうしたの?真紅」 真紅は哀しそうな目でゼロ戦を見上げ続け、ポツリと答えた。 「…また、こんなモノを見る日が来るなんてね」 その言葉を聞いた翠星石も、やはり哀しげに見上げた。 「そうですねぇ…出来れば、見たくなかったですねぇ」 「そっか。お前等は第二次大戦中も、その前からもずっとヨーロッパにいたんだもんな」 学校で教わる戦争。第一次・第二次大戦の地獄絵図。ジュンにとっては遠い昔話でも、 薔薇乙女にとっては自分の経験なのだ。 「ふーん。あんた達の世界も、結構戦争があるのねぇ」 ルイズはへぇ~っと言う感じだ。彼女には別世界の、想像のつかない事なのだから。 彼女たちの話を聞き、ジュンは改めてゼロ戦を見直した。ルーンの力で状態が完璧なの は分かる。弾丸も翼内20mm機銃2挺と機首7.7mm機銃2挺、全て満タンだ。おそらく 戦闘に向かう直前だったのだろう。 そして、このハルケギニアでは各国の小競り合いが日常茶飯事らしい。 コルベールが燃料を練成し、このゼロ戦が飛んだ時・・・ ジュンは、その時自分がどうすべきか、想像がつかなかった。 もしかして自分は、何も考えず好奇心だけで、とんでもない事をしてしまったのか?そ んな後悔が頭をもたげていた。 そんなジュンをよそに、ルイズがひそひそと耳打ちした。 「とにかくね、ジュン。これ飛ばす時は、あたしが一番に乗るんだからね。絶対よ!」 「う、うん…分かった。通信機とか余計なモノ外すから、一人くらいは入れるよ」 曖昧な不安を頭をふって振り払う。今はただ、のんきにルイズや真紅や翠星石を乗せ、 空を飛びたいだけだった。 放課後の本塔図書館。 一つのテーブルでルイズが沢山の書物を引っ張り出している。本の山に埋もれながら、 う~んこれでもないあれでもない、と唸っていた。その周囲をホーリエとスィドリームが ふよふよ漂っている。 いつのまにやら隣にタバサが立っている事も気付かないほど没頭していた。 タバサがひょいっと一冊の本を取り上げ、背表紙を読む。 「始祖ブリミルと系統魔法」 「ひゃあっ!・・・あら、なんだ。タバサか」 ようやくルイズがタバサに気がついた。タバサがルイズの姿を見て首をかしげる。 「ん?ああ、これね。ちょっと始祖ブリミルの魔法について調べてたの」 「虚無は伝説」 「ええ、まぁそうなんだけどね。どっかに何か手がかりでもないかと思ってね~。でも、 やっぱり無理みたい。はぁ…こんなところで見つかるくらいなら、6000年も伝説とか 言われないわよねぇ」 ルイズは、タバサが自分から他人に声をかけたのを見たのは初めてだ、と思い出した。 タバサは何も言わず、ルイズの前に立っている。 「ところで、もしかして私に何か用?」 タバサがコクリと頷く。 「ひこおき、飛ぶ?」 「ああ、その事ね。私には分かんないけど、ジュンが飛ぶというなら、飛ぶわ」 タバサは首をかしげ、ついで周りをキョロキョロ見る。 「ジュン達ならいないわよ。街へ用事を言いつけてあるの」 「いつ戻る?」 「さぁ?早ければ明日の朝だけど、遅かったら数日後ね」 本当は、学校へ通うため地球に帰っている。近道を発見したおかげで、かなり気軽に移 動出来るようにはなったものの、さすがに『地球の学校で勉強する→ハルケギニアに来る →魔法の勉強をする→地球に帰る→・・・』を毎日していてはジュン達の体が保たない。 というか、寝る暇がない。 だからこれからは、土日祝日はハルケギニアで過ごすが、平日はジュン達の都合次第、 ということになった。 「なあに?珍しいわね、あなたが自分から他人に話しかけるなんて」 「ひこおきを知りたい」 タバサは相変わらず淡々と言うが、ルイズはキョトンとなった。 「…信じられないわね。空を飛びたいなら、あなたの風竜に乗ればいいじゃない?」 「東の世界の技に興味ある」 何の感情もこもらないように見える目だが、じっとルイズを見つめている。 「ふぅん…まぁいいわ。でも、私に聞いても無駄ね。あれの使い方が分かるのはジュンだ けよ」 「乗れる?」 「ダーメ!あれはジュンが手に入れたんだからね。使い魔のモノは主のモノよ。だからあ れはあたしのモノでもあるの。ぜーったい触っちゃダメ!」 「宝物庫」 「むぐっ・・・古い話をぉ」 『エレオノールとルイズの大喧嘩で宝物庫の壁が壊れた。そのせいでフーケに破壊の杖 を盗まれた』。これを秘密にする事は、タバサとキュルケが、ルイズへの貸しにしたまま だった。 学院としてはエレオノールに弁償させたし、盗まれたモノも戻ってきたので、それ以上 責任を問うつもりはなかった。だがそれでも、表沙汰になればスキャンダルなのは変わり ない。 「貸し借りゼロ」 「うぐぐぐ・・・わ、分かったわよ。宝物庫の件、秘密は守りなさいよね!」 「守る」 「うー、いい?杖にかけて守りなさいよ!」 「杖にかけて」 タバサとルイズは互いの杖をかかげた。二つの光球が二本の杖の周りをクルクル回る。 そのころ厨房では、シエスタがぼーっとしていた。 食器を洗う手も、さっきから止まったり動いたりを繰り返している。 あたしってば、なんてことしちゃったんだろ。そりゃ、ジュンさんは3つしか違わない けど、見た目はまだ子供じゃないの。 「おい、シエスタ」 確かに、モット伯から助けてくれた恩人だし、あのフーケと戦える程の剣士だし、メガ ネ外すとなかなか可愛いし、ミスタ・グラモンの事でも恩着せがましくしなかったし、控 えめで勇敢な子よね…でも、でも、それとこれとは別じゃない? 「おい、シエスタってばよ」 「ちょっと、聞いてるの?」 ああ、でも何年かしたら、すごい美青年になるんじゃないかしら?彼はきっと騎士にも なれるわよね。背は低いけど学はあるみたいだし、真面目ね。ミス・ヴァリエールの使い 魔をしてるんだから、ヴァリエール家の執事とかもなれるんじゃ? 「おいこら!シエスタ!」 「ねーえ、帰ってきてよー!」 性格だって、とっても大人っぽいし、子供扱いはないんじゃないかしら?そうよ!この 際、身長とか年下とかは気にしたらいけないわ!性格と将来性に賭けてみるべきよっ! 「おう、ジュン。来たのかよ」 「あらジュンさん、シエスタならそこに」 ガッチャーンっ! 「ええっ!ジュンさんっ!?ど、どどどこ??どこどこ!?・・・あ」 洗っていた皿を落として割ってしまった。 慌てふためくシエスタを、マルトーとローラがニヤニヤ笑いながら眺めていた。 「おーっと、人違いだったようだな、すまんすまん」 わざとらしく言うマルトーだった。そしてローラがシエスタの横にすすす~っと近寄っ てくる。耳元でささやく。 「ねぇ、何があったのよぉ」 「な!何も無いわよっ!」 思いっきり赤面して力強く否定しても、説得力はゼロだった。 「ぐはははははっ!まさかシエスタが年下好みとはなぁ!意外だったぜ」 「ちちっち違いますっ!どどどどどうして私があんな子供と、子供と!」 「子供と・・・なんでい?」 「えっと、その、あの・・・子供と・・・」 マルトーに聞かれて、シエスタは顔を赤くしてうつむく。黙ったまま、無意識に彼女の 指が自分の唇をすぅっと撫でてしまう。 その仕草を見逃すローラではなかった。 「キスしたのね!?」 「はうぉ!しししっ知らない知らない知らない!そんなのしてないしてないぃっ!!」 必死に否定するシエスタだったがもう遅い。わらわらと他のメイド達も集まってきた。 「なになに!?やっぱりシエスタはジュン君狙ってたのね!」 「もうモノにしちゃったんでしょ!ハッキリ言いなさい!!」 「やーんもう、これは犯罪ねぇ。子供に手を出すなんてぇ~」 「いやいやジュンちゃんって実は14歳なんですってよ」 「きゃー!ぎりぎりオッケーなの!?マジなのー!?」 「でもあの子、背は低いし子供にしかみえないよぉ」 「でもでも剣士で、魔法人形遣いで、頭良さそうじゃない?…将来性バッチリよ!」 「今からツバつけとこうっての!?やるじゃない、ねぇ」 「違うーっ!あたし、あたしそんなつもりじゃあ」 「だったらどんなつもりなのよ~?キチンと説明しないかー!」 「なななによ説明って!?カミーユもドミニックも、みんないい加減にしてよーっ!!」 どこの世界も、いつの時代も、他人の恋愛は最高の娯楽だった。 次の日の朝。コルベールの研究室にジュンとコルベールがいた。 「・・・というのが、僕の国でのガソリンの作り方です。その他の細かい材料とかは、素 人の僕にはこれ以上は分かりません。でも大まかには合ってると思います」 「なるほどなるほど!うんうん、そんなに高い温度で蒸留するのか…いやーありがとう。 これで、練成にもめどが立ちそうですぞ!」 ジュンはコルベールに、ネットや参考書で調べたガソリンの作り方を伝えていた。 「ところでジュン君。前から不思議だったんだが…君の国では平民でも、そんなに学があ るのかね?」 「学…と言われても、この国の平民がどうなのか、僕はよく知らないんですが」 「つまり、平民でも字が普通に読めたり、ガソリンなんていう特殊な油の作り方を知って いたりするのですかな?」 「え!?…あ、そうか。う~んと、どう言えばいいのかな…」 ジュンはネット世代。一般人がいろんな知識を持っている事が不自然、という発想が無 い事に気付かされた。さて、どのくらい話したモノだろうかと、ジュンは頭を捻って、日 本の社会のおおまかなところくらい話しても問題ないか、と結論を出した。 「平民でも皆、読み書き計算は必ず出来ますよ。外国とか社会とか、重要な産業の事とか も習います。ほぼ全員、子供のウチは学校に行ってます。それに、図書館は誰でも使えま すから」 「ううむ、なんと素晴らしい国ですか…そんなに教育に力を入れているとは」 「素晴らしいのかなぁ?僕にはよく分からないですけど」 「いやいやいや!君にとってはそれが当然だからわからんでしょうが、教育とはですな」 コルベールが拳を握りしめ、熱く教育論を語り出しそうになったので、ジュンは退散す ることにした。 「あの、僕はルイズさんの所へそろそろ行かないといけないので、それじゃまた。あ、そ れと滑走路の件、お願いしますね」 「そう、それは国家の基礎となるべき!・・・え?ああ、分かりました。ではまた」 研究室を出て寮塔へ向かうと、タバサが立っていた。彼の前にトコトコとやって来る。 「ひこおき、乗せて」 「え?…タバサさんが乗りたいんですか?」 無表情なままコクリと肯く。 「あの、『フライ』が使えるし、ウィンドドラゴンまでいるのに、なんでですか?」 「東方の技に興味ある」 「…ん~別に僕はいいです。タルブへ送ってくれたお礼もあるし。でもルイズさんは」 「宝物庫の件の貸しでオーケーって」 「なーる、それなら構いませんよ。でも、まだ乗れません。先生が燃料作ってから、ルイ ズさんと先生を乗せた後に、でよければ」 「それでいい」 といってタバサは僅かに頭を下げて礼をした。だが、まだジュンをじっと見ていた。 ジュンが首をかしげる。 「あの、なんでしょうか?」 「馬で街へ行ってた?」 「ええ、街へ・・・うま?」 一瞬、ジュンは動揺が顔に出そうになるのを、必死で我慢した。感情を押し殺し、表情 を変えないよう、自分を押さえつける。 「いえ、違いますよ。僕は実は、馬に乗れないんです。僕の国の馬は、普通の人ではめっ たに乗れないモノですから」 今度はタバサが首をかしげる。 「…どうやって街へ?」 「それは、秘密です♪でも、タバサさんも知ってるんじゃないですか?」 「街まで走った?」 「ふふーん、どうでしょう?んじゃ、燃料が出来上がるの待ってて下さいね」 ジュンは一礼して、ルイズの部屋へ戻っていった。その背中を、タバサがじっと見つめ ていた。 ルイズの部屋に入ったジュンは、不自然にゆっくりと扉を閉めた。 「ぶふぁあ~、危なかったあ~…なんで気付かなかったんだろ」 ジュンは壁に背を預け、ずるずると腰を落とした。 「ジュン・・・ちょっと」 と、声をかけたのは、制服を着ようとしていた下着姿のルイズだ。 「ひゃっ!ごめんなさい!!」 慌てて外に飛び出した。 「もう、いいかな…?」 改めてビクビクしながら入ってきた。 ごすっがすっ 入ったとたんに真紅と翠星石に脛を蹴られた。 ばこっ ルイズの投げた本が頭に命中した。 「いだだだ、あにすんだよぉ~」 「あたしの着替えを覗いておいて、あにすんだも無いわよ!」 「鼻の下をだらしなく伸ばしてるからですよぉーだ!お仕置きは当然ですぅ!」 「ジュン。紳士たるもの、レディの部屋にはいる時はノックを忘れちゃダメよ」 「だははははっ!ジュンよ、ここは素直に謝っておけよ」 「うう、ごめんなさい。…なんだよぉ、前まで平気で僕の前でも着替えてたクセに…」 ぼこすかどか 三人に蹴られ殴られ鞄を投げつけられた。デルフリンガーがさらに大笑いしていた。 「…というような話をしたんだ。危なかったよ」 痛む頬や脛ををさすりながら、ジュンはタバサとの会話を皆に説明していた。 「え~っとよぉ、ジュンよ。俺にはよくわからんのだが、何が危なかったんだ?」 デルフリンガーが尋ねてくる。彼に首があれば、多分首をかしげていただろう。 顎に手を当てていた真紅が答える。 「ここから王都トリスタニアまでは馬で2~3時間、というか学院はこんな辺鄙な場所に あるのよ。風竜も魔法も使えないジュンがどこかへ行くには、馬を使うはずよ」 「でもですね、ジュンは馬に乗れないですしぃ、使った事もないですぅ。それは厩舎の人 に聞けば、すぐ分かりますぅ。そもそも、ジュンが一人で乗馬している所なんて、誰も見 た事は無いですよぉ」 翠星石もトコトコ歩き回りながら、推理を続ける。ルイズもウンウンと頷きながら言葉 をつなぐ。 「そうね、つまり『馬を使ってないなら街に行ってない。ではどこに行ったのか?』と怪 しまれるワケよ。そして、学院の門を見張りだせば『学院から出ていない』ことも、すぐ 気付くわね」 「ほっほぉ~、なるほどねぇ、こりゃおでれーた。んじゃ、あの娘ッ子にはもう怪しまれ たんじゃねぇのか?」 「いえ・・・そうでも無いと思うわ」 真紅が推理し続ける。どこかの名探偵なノリらしい。 「私達が最初にトリスタニアへ行った日、タバサとキュルケは帰り道に私達を尾行してい たわ。なら、『ジュンは馬並みの速さで街から学院まで走れる』事を見ているわね」 「そのとーりですぅっ!」 翠星石がビシィッっと真紅を指さした。 「ジュンがタバサさんに『街まで走った』と暗に言ったのは、おそらく正解ですよぉ。余 計な言い訳しなくて済みますからぁ」 これを聞いたルイズは、腰に手を当てて誇らしげに胸を張った。 「ふっふーん♪これでタバサはジュンの言葉を疑わないわね。ま!あたしのおかげね、感 謝しなさーい♪」 「いや、あれはただの嫌がらせじゃ」 ぽかっ! ジュンの突っ込みにルイズのげんこつが飛んだ。 「こりゃおでれーたわ!なるほどなー、俺の頭じゃぁそこまで考えられネーわな。ホント におでれーた!」 デルフリンガー以外の全員が、あんた頭どこ?と突っ込みたいのを耐えた。 「さて、そろそろ朝食の時間よ。お話はここまでにしましょ」 話を切り上げようとするルイズに、真紅が口を挟んだ。 「でも、私達が地球に行ってる間の不在を、どうやって誤魔化そうかしらね」 「まぁ、『秘密よ』『ナイショ♪』とかでいいんじゃない?それでダメなら『学院の中に いると思うわ、多分だけど』で、どうかしら」 「そうですねぇ。ヘタにウソつくと、バレた時がやっかいですよぉ」 ルイズの言葉に、翠星石も頷く。だが真紅は、まだ考え込んでいた。 「そうね、それで行きましょ。…でも、タバサという人は、そこまで疑ってジュンにカマ をかけたのかしら?」 真紅の疑問に、ジュンも考え込んでしまう。 「うーん、あのタバサって人は無表情だから、何を考えてるのか分からないよなぁ。…で も、単に世間話のつもりだったんじゃないかな?」 「まっさか、そこまではあるめぇよ。お前等の考え過ぎじゃねえのかい?」 「ん~、そうねえ。確かにあのタバサって娘は何考えてるか分からないけど、そこまで疑 う必要はないんじゃない?」 デルフリンガーのノンキなセリフに、ルイズも同意した。 「ん~、やっぱそうかもな」 「そうね、とにかくこれからも気をつけましょう」 「ですねぇ。それじゃ、朝ご飯に出発でーすっ」 ルイズ達は陽気に食堂へ歩いていった。 アルヴィーズの食堂は、貴族達の朝食中。 ジュン・真紅・翠星石は、いつものように入り口横のテーブルで食べていた。 そんな彼らの姿を、パンをほおばりながらタバサが見つめていた。 ジュン達を見つめるタバサを、取り巻きの男達と談笑するキュルケが見つめていた。 そしてキュルケもジュン達を見た。シエスタが飲み物を注ぎに来ていた彼らを。 --あら、あれってこの前言ってたメイドの、えと、シエスタって言ったっけ。あら、 何かモジモジしてるじゃないの。あらやだ!ジュンちゃんまで顔真っ赤にしちゃって! あ、メイドが走って逃げた。あらあら、ジュンちゃんたら、お人形さん達につねられてる わ。これは、恋ね!やーん、やっぱり一緒に行けば良かったぁ~。こんな面白いの見逃す なんてぇ~。 …あれ?ちょっと待ってよ、それをなんでタバサがじぃ~っと見てるのよ。この子がこ ういうのに興味を持つなんて、初めてじゃないの?・・・ま、まさか!タバサにも春が来 たって言うの!? そういえば、タバサとジュンちゃんって、年は一つしか違わないのよね。背格好も似た ようなモノだし。それにジュンちゃんって、やたら勉強熱心だわ。魔法も使えないのに、 魔法の勉強なんて何故だろって思ってたけど。あの真面目さ、不思議さは、タバサと合う んじゃないかしら? でもタバサに限ってそんな事・・・ああでも、もしそうなら!きゃー!なんて面白そう な三角関係なのぉ!! キュルケの興味は恋愛ごとだけのようだった。 午前の授業中、ジュンと使い魔達はルイズの周りで座っている。ルイズはジュンに授業 の内容を、小声でわかりやすく説明し、ジュンは熱心に聞いている。その様子を、やっぱ りタバサがじっと見ていた。 そして、そんなタバサをキュルケがワクワクしながら見ていた。 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3110.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next ~アルビオン戦五日前~ 「みんな、準備は良いかい?」 メガネの少年が後ろを振り返り、少女達に尋ねる。 『お、おっけーよ!どんと来なさい!』 麦わら帽子に白いワンピースを着た桃色の髪の少女が、緊張した面持ちで答える。 『大丈夫よ、必ず耐えて見せるわ!』 サングラスに赤いキャミソールを着た赤毛の女性が、気合いを入れる。 『…行く』 水色Tシャツにハーフジーンズを着た青いショートヘアーの少女が、無表情に頷く。 「それじゃ・・・行くよ!」 少年は、扉を開け放った。少女達が後に続いて外に一歩出る。 『『…あ、あ!あっついいーーー』』 桃髪赤髪少女は、ソッコーで回れ右して桜田家に飛び込んだ。青髪少女は、外に出る前 に回れ右してた。 『ああ~、このくぅらーって凄いわねぇ~。外のサウナがウソのようだわ~』 キャミをパタパタしてクーラーの冷気を胸に受けるのは、キュルケ。 『ちょっと~、チキュウがこんなに熱いっつーか、蒸し暑いなんて聞いてないわよ。あん たらよく生きていられるわね。こんなんじゃ、キャミソールなんて下着姿で歩き回りたく もなるわ。 ん~でも、このセンベイって美味しいわぁ』 センベイばりぼりかじってるのは、ルイズ。 『これ…凄い。遠見の鏡?』 TVにかじりついてチャンネルをいじってるのは、タバサ。 トリステインの3人娘は、日本へ来ていた。だけど、日本の夏にはハルケギニア貴族の 誇りも勝てやしない。 ガリアから戻った一行は、何食わぬ顔で朝食へ向かった。戦争前のゴタゴタで、彼等が 昨日の午後からいなくなった事を咎める者もいなかった。 ルイズは宮廷から、明日正午に使い魔を連れて王宮へ参内せよ、との命が下っていた。 キュルケには実家へ避難するよう手紙が来ていたけど、丸めてゴミ箱ポイ。 タバサには、特に何も変化はない。 ・・・つまり、明日の昼までは全員フリー・・・ 3人の頭に浮かんだ事は、口にするまでもないくらい顔に出てた。 3人娘は普段通りに授業を受け(男子生徒が著しく減っていたが)、アニエスという平 民出の女性武官に激しくしごかれた後、ひと眠り。夜を待ちルイズの部屋に集合。ちなみ にジュンと薔薇乙女は、体力回復のため、ずっと休息。 カーテンを何重にも重ね、ドアも厳重に鍵をかけ、ディティクト・マジックで魔法が仕 掛けられてないか調べ上げ、全員で壁や天井や床に細工や覗き穴が無い事を確認した後、 nのフィールドへ旅立った。 タバサが命じられた北花壇騎士としての任務や、アルビオンとの戦争等について、相談 するために。そして何より、異世界を見たくてしょうがないから。 「いやぁ~、そう言われてもなぁ…この夏は凄い暑さだったんだ。おかげでもう九月末な のに、この有様だよ。特に今日は酷いや」 『んも~ぅ、せっかく異世界を見回るつもりだったのにぃ。これじゃ外に出れないわぁ』 『ちょっとキュルケ。あたしたちは別に遊びに来たんじゃないんだかんね!重要な作戦会 議のために来てるんだから!』 ルイズは、ずずずぅ~と派手に音を立てて、ストローでコーラを飲み干す。 『うわっ!?なにそれ、その真っ黒で泡だらけの!美味しいの!?』 『うーん、炭酸水に砂糖たっぷり入れたって感じかしら?色は不気味だけど、なかなか刺 激的ね』 『へぇ~、ねぇジュンちゃーん。あたしもちょうだーい』 「あ、今姉ちゃんが入れてくれてるよ」 と言ってる所へ、のりがお盆にコーラだけでなく、色んなジュースを入れてきた。 「は~い、みなさーん!お待たせしましたー」 パパッ 音もなく寄って来たタバサが、残像も見えない素早さでコーラとアイスティーを取って いく。 『あー!それあたしも飲みたかったのにぃ!』 『まぁまぁルイズ、他にもあるんだからさぁ。慌てないの!』 キュルケはスプライト、ルイズはアップルジュースを口にする。 『うわー!炭酸水をこんな甘くするなんて、びっくりだわぁ!』 『へぇ、リンゴを飲み物にしちゃったのね。凄い甘さねぇ』 タバサも、無言無表情ながらも、頬が緩んでるように見える。 「ねぇねぇジュンくん、なんて言ってるの?」 「ん?ちょっと変わってるけど、すっごく甘くて美味しいってさ」 「うわ~、よかったぁ!それじゃ、お昼ご飯に花丸ハンバーグ作っちゃうね! それにしても、残念だなぁ、あたしもハルケギニア語がわかったらいいのになぁ。お姉 ちゃんもお話したいなぁ」 キャイキャイ楽しげにおしゃべりする2人と、クールで無口な少女を眺めて、会話の輪 に入れないのりは、嬉しくもため息をついてしまう。 「ハーイ!みんなぁ、お洋服をぉさ・ら・に!たっくさん持ってきたわよー!」 「なめらかプリンやチーズフランや、とっておきのモカロールも持ってきたかしらー」 廊下から大荷物を両手に抱えてるのは、金糸雀と草笛みつ。 『わー!やったぁ!どれどれ見せてよー!へーこれ何?さまーにっとっていうの?』 『おお、これがチキュウ女性の必須アイテムという、ぶらじゃーなのね・・・なるほど、 これは殿方の脳髄を直撃するわね』 『じゃーじ…動きやすそう…もかろーる、美味しい』 「あ、あのさ・・・お願いだから、3人ともさ・・・ていうか、さぁ」 通訳をしているジュンが、真っ赤になってうつむいてしまう。 『あら、なぁに?』 と、ニヤ~っとしながら、わざとらしくキュルケが聞いてくる。 「僕はここで、通訳しなきゃ、だから、ここで、下着を広げないで欲しい・・・」 キュルケは既にキャミソールを脱ぎ始めてた。もちろん、わざと。 ぽかっ 赤くなったルイズが、ジュンを殴り飛ばす。 のりもみっちゃんも金糸雀もコロコロと笑ってる。 「ところで、真紅と翠星石はどこにいったかしら?こんな大事な会議に遅れるなんて、同 じ薔薇乙女として恥ずかしいかしら!」 「あ、二人なら水銀燈を探しにいってるよ。水銀燈のヤツ、デルフリンガー持って、どっ か行っちゃたんだ」 「失礼ねぇ。ちゃあんと間に合ったじゃないのぉ」 廊下からやってきたのは、自分の身長より遙かに長いデルフリンガーを肩にかついだ水 銀燈。 『へへ、悪く思うな、ジュンよ。なにせこの姐さんのお見舞いってやつぁ長くてよぉ!』 「で、デル公!余計な事いうんじゃないわよぉ!」 『いいじゃねぇか、恥ずかしがらなくてもよぉ。しゃべる剣が珍しいって喜んでくれてた しよ!』 「うううっうるさいわねぇ!」 照れ隠しにデルフリンガーをブンブン振り回す。 その様子に、タバサが首をかしげた。 『スイギントウは、デルフリンガーの言う事が分かる?』 答えたのは、水銀燈の後ろから現れた真紅と翠星石。 「ええ、分かるわ。でも、ハルケギニア語が分かるって事じゃないの」 「私達ローゼンメイデンはぁ、物に宿る魂とお話をするのですぅ。言葉じゃないですぅ」 ちなみに真紅と翠星石は指輪経由で、ジュンへの魔法効果を間接的に受けている。おか げでハルケギニア語を話す事が出来ている。 ピンポーン 呼び鈴が鳴る。扉を開けたジュンの前には、ピンクのTシャツとキュロットスカート の巴。 「よぉ、いらっしゃい。でも日曜は午前中、剣道部の練習じゃなかったっけ?」 「こっちの方が大事よ。お邪魔するわ」 「ああ、悪いな、無理に呼びつけて。ありがとな」 巴も、かしましい女性達の茶会に入っていく。 桜田家の広いわけではないリビングには、魔法学院の少女3人に、草笛みつ、のり、巴 に薔薇乙女4人、さらにはおしゃべりなデルフリンガーもいる。 「さて、それでは、今日来れる人はみんな来たようなので」 ジュンが、立ち上がって司会進行を始める。 「あー!カナのとっておきプリンを盗ったかしらー!?」「あ~らぁ?ごめんなさぁい」 「ちょっと水銀燈、いい加減デルフリンガーを置いて座りなさいな」『まぁまぁいいじゃ ねぇかよシンク。俺もたまにゃあ、こんなステキな姐さんに振られたいぜ』「あらあら、 わかってるじゃないのぉ」 「今後のローザミスティカ捜索と!来るべき対アルビオン戦争!そして高位の『治癒』魔 法を使えるメイジの協力について!」 大きな声で、皆の注意を引こうとする。 「あらぁ、ダメですよキュルケさん!ブラはデザインよりサイズと材質が重要ですよ!」 『と、のりは言ってるですぅ。まぁ、のりは趣味がババァなのでぇ、デザインについては のりに期待してはダメですぅ』『え~?でもぉ、このレースなんかステキよねぇ。絶対こ れがいいわよ』『た、タバサも、ぶ、ぶらじゃあ選ぶの??』『このすぽーつぶら、よさ そう』『う、うう、なら、あたしだって、あたしだって!』「あのルイズさん?ブラは、 胸を、その・・・」 巴には、こちらの寄せてあげるブラを使ってみては?・・・なんて口が裂けても言えな かった。 「今!みんなで!話し合おうと!!」 声を必至に張り上げるジュン。 パシャパシャパシャっ! 「うっわー!これよこれなのよ!!これぞまさに天使!?悪魔的天使だわー!!」 みっちゃんは凄いテンションでデジカメ撮りまくり。 「ちょ、ちょっとぉ~。あんたさっきからなんなのよぉ」 水銀燈は、その不気味なまでの勢いに、すっかりタジタジ。 「いい!白銀の長い髪!黒い翼に逆十字ドレス!まさにこれは、シニフィエとシニフィア ンの具現化よぉ!」 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ! 「ちょっとあんたぁ・・・いい加減にしなさいよ!」 「そうっ!その表情よっ!!愛と狂気を併せ持つ、甘い毒っ!!さぁほら、剣をこうかざ してっ!」 水銀燈の赤い目に睨まれても、怯むどころかますます興奮してる。あまりの勢いに押さ れて、渋々デルフリンガーを八相に構える。 「きゃーっ!!これよこれ!!っさっすがローゼン!!伝説の人形師!!まさに天才の技 だわぁあーー!!」 『お、おで、れーたな・・・すんげえ女だなこりゃ』 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ! 「人の話を聞けえーーーーーーーーーーーーっっ!!!」 ジュンの絶叫が、残暑厳しい街に響き渡る日曜日なのであった。 ―――トリステイン魔法学院 深夜 ルイズの部屋 日付が変わり、アルビオン戦四日前となった。正午には、ルイズ達は王宮へ行かねばな らない。 真っ暗な部屋に、鏡台からの光りが満ちる。 緑の光玉が鏡面からちょっとだけ覗く。しばしの後、紅・緑・紫・金色の光りが室内を 飛び回り、鏡面を出入りする。そして、どやどやと大小様々な人々が鏡からわき出した。 「よーっし、どうやら安全ね」 腰に手を当てて安堵したのはルイズ。 「廊下は、大丈夫」 扉をちょっとだけ開けて外を確認するジュン。 「外は・・・大丈夫、何もいないわ」 何重にも重ねられたカーテンをめくって外を確認するのはキュルケ。 「室内、魔法反応無し」 ディティクト・マジックを室内にかけるのはタバサ。 『うっわー!っこっこここがハルケギニアなんだぁ!写真撮らなきゃ撮らなきゃ』 といってデジカメを手にして窓へ向かおうとしたみっちゃんの目の前に、水銀燈が手に するデルフリンガーが突き出された。 『ちょっとあんたぁ?今回の作戦、忘れたっていうのぉ?』 『あ、あはは、ごめんなさい、興奮しちゃって』 「まったく、しゃーねー姉ちゃんだよなぁ!」 デルフリンガーも呆れた様子だ。 『大丈夫よ、みっちゃん!この作戦が終われば、自由にハルケギニアに来れるかしら!』 と、朗らかに言う金糸雀の頬を翠星石が、ぎにゅうぅ~っとつねり上げる。 「んなワケないですぅ~!ばれたら大変なのは変わらんですよぉ~!nのフィールドも地 球も、トップシークレットですぅ~!」 『いにゃあ~!い、痛いのぉ~』 「ちょっと翠星石も金糸雀も、そのくらいにして、真面目にしなさいな!」 真紅がふわりと鏡台に降り立つ。その背後から、最後にジュンがわき出した。 「よーっし!みんな揃ったし、早速始めようか」 一同の前に立ち、ジュンが作戦の最終確認をする。 「それでは拠点はここ、ルイズさんの部屋。キュルケさん、タバサさん、デル公、そして ルイズさん、よろしくお願いします」 「任せて!」「うふふ!楽しみだわぁ~」「おうよ!6000年が伊達じゃねぇってみせ てやるよ!」 タバサもコクリと頷く。 ジュンは右手を高々と掲げる。 「それでは、ミッションスタート、1stフェイズだ!タイムリミットは日の出まで!各 員の奮闘に期待する!行けぃっ!」 ぽかっ 「声でっかい!」『かぁっこつけてんじゃないわよぉ』『似合わない…かしら?』 ちょーしこいたジュンに一通り突っ込みを入れつつ、全員nのフィールドへ入っていっ た。 空が白み、学院に朝日が差し始めた頃、全員が鏡台から帰ってきた。ルイズがぐったり とベッドに倒れ込む。 「ぐへぇ~、さっすがに疲れたわぁ」 「ふぅ、とにかく準備は完璧よぉ~。これで上手く行くと思うわ」 キュルケもベッドに腰をかけて息をつく。そのタバサは、もうフラフラだ。杖で体を支 えて立ってる。 金糸雀とみっちゃんが床にべとーっと突っ伏してる。 『か、カナ・・・大丈夫ぅ?』 『カナは、頭脳派、だから・・・肉体労働は苦手かしら…?』 そんな金糸雀の頭を、水銀燈がデルフリンガーでツンツンつついてる。 『なぁにが頭脳派よぉ、おバカのくせにぃ。でもま、よく頑張ったんじゃないのぉ?』 「そうだぜ、みんなよく頑張ったわな!これで、かなり楽になるんじゃねえか?」 ジュンは疲れ果て、椅子にだらぁ~っと腰掛けてる。口を開くのもおっくうそうだ。 「み、みんな、とにかくお疲れ様ぁ~。あとは2ndフェイズまで、ゆっくり休んでね」 「ふぅわ~う、お疲れ様ぁ~」「おやすみ」『それじゃ、またねー!』『うふふふ、次はこ の金糸雀様が、悪人共をとってめてやるかしら!』『あんたの場合、逆にとっちめられる のが関の山ねぇ。ま、せいぜい足引っ張るんじゃないわよぉ』 キュルケとタバサは扉から、草笛と金糸雀と水銀燈は鏡から帰って行った。 「ふぅあ~、それじゃみんな、あたし達も昼まで寝ましょうか」 「だな。王宮へ、か・・・緊張するなぁ」 「あたし達ローゼンメイデンにとっても、晴れの舞台よ。ゆっくり休んで行きましょう」 「ですねぇ。それじゃ、おやすみなさいですぅ」 「おう、なんかあったら俺が起こしてやるからよ。おめーらはゆっくり寝な」 壁に立てかけられたデルフリンガーを見張り役に、4人は夢の世界へ旅立った。 ~アルビオン戦四日前、昼~ コンコン 太陽がかなり天上に上がった頃、ルイズの部屋がノックされた。ルイズ達を呼びに来た のはシエスタ。 「失礼します。王宮より竜騎士隊がお迎えに参りました」 「へ~。遅いと思ったら、馬車じゃないんだ。まぁいいわ、すぐ行くと伝えて」 「承知しました・・・?」 シエスタはルイズの部屋を覗き込む。だが、いるのはルイズと、トランクから出てくる 薔薇乙女だけ。ジュンの姿は無かった。そのルイズの頭には素っ気ない黒のカチューシャ がついている。 「あぁ~らぁ?ジュンがいないのが気にかかるのかしらぁ~?」 「ふぇっ!?し、失礼しました!で、ですが、その、使い魔達も連れてくるようにとのこ とでしたので」 「大丈夫よ。ジュンは今、コルベール先生の研究室に行ってるわ」 「そうでしたか。では、呼んで参ります」 「無用よ。今伝えるわ・・・ジュン、聞こえる?迎えが来たって。・・・大丈夫、もうす ぐ来るって言ってるわ」 「はぁ・・・?」 シエスタには、ルイズが独り言を言ってるように見えた。カチューシャから伸びる棒の 先に付いた、黒くて丸い綿の塊に話しかけているように見えていたから。 コルベールの研究室では、ジュンがコルベールにゼロ戦の具合について尋ねていた。な にせ、1週間ほど前にバラバラにされてたから。 外からは、広場で走らされている女生徒達のかけ声が聞こえてくる 「・・・オーケー、すぐ行くよ」 ジュンは、インカムのマイクを引っ込めた。 「凄いな。その、とらんしーばーというのは・・・こんな離れた場所から自由に話が出来 るとは」 コルベールは、感心しきりだ。興味深げにインカムとトランシーバーを観察している。 「ええ、便利ですよ。ゼロ戦から降ろした機械、あれと似たような物です。ただ、この携 帯用のヤツは小型なので、1リーグくらいしか話が出来ないんですけどね」 「なるほど、あのササキという人の遺品には、色々便利な物があったんだなぁ…今度、見 せてくれないか?」 「ええっと、その、故人の物なので、僕の国の風習上、ちょっと問題が・・・」 ジュンが先日日本で買い集めて持ってきた品々は、海軍少尉佐々木武雄の遺品、という ことにしていた。 「ふむ、そうですか、残念ですぞ。ですが、気が変わったらぜひぜひ!」 「はい。それじゃ、王宮へ行ってきます。また、離陸お願いしますね」 そう言ってジュンはコルベールの研究室を出ようとした。だが、何か言いたげな教師の 姿に気が付いた。 「あの、何でしょうか?」 「君は・・・戦争に行くつもりかね?」 コルベールの表情は、真剣そのものだ。 「まだ、分かりません。おそらく王宮や軍の人は僕たちを狩り出したいでしょうけどね。 僕らはルイズさんの使い魔なので、ルイズさんが戦争に行かないのなら、僕らも行きませ ん」 「ミス・ヴァリエールはなんと?」 「志願するつもりだそうです。でも、女の自分が志願するなんて、お父様がお許しになら ないだろう、と」 「そうかね、そうだろうね・・・で、君自身は、戦争に行きたいのかね?」 冴えない中年男のハズの教師は、刺すような目で少年をみつめている。普段の授業での 姿とはあまりに違う雰囲気に、コルベールの真剣さをうかがいとれる。 「・・・ルイズさんが危険な目に遭うなら、僕らは主を守ります。それに、戦争が始まっ たのは、僕らが余計なマネをしたせいでもあるんですから。責任は取らないと」 「そうか…行かずに済むと、いいな」 「ええ。…失礼ですが、先生は志願されないのですか?」 既に、ほとんどの男性教員と男子学生が軍に志願している。残った女子生徒に対し、ア ニエス率いる平民出身女性士官達が、減った授業の穴埋めとして軍事教練をしている。 「私は教師だ、そしてここは学舎だ。だから私は授業をするよ」 コルベールはにっこり微笑む。それが当然という風に。 「そうですか。それも良いと思います。人殺しなんて、しないで済むなら、それにこした ことはないんですから」 「そうだね。そして私は、君のような少年を戦場に送りたくはないんだ」 「僕も、行きたくはないです。でも、戦争は向こうからも来てしまうんですね。この前の 戦艦の件で、よく分かりました」 「本当だね。まったく、戦争とはイヤなものです・・・」 嘆く教師の顔には、深い悲しみに彩られていた。まるで巨大な重しを担ぐかのように、 苦しみに満ちていた。 学院の正門前に、若い竜と少年騎士が待機していた。柔らかな白い金髪に、少女の様な 顔立ち。竜は風竜。 正門から続く道の横に作られた滑走路。その学院側の端には、ゼロ戦の格納庫代わりに 立てられた、大きなテントの様な物がある。 ルイズと使い魔達とコルベールがやってくると、若い竜騎士はビシッと敬礼する。 「ミス・ヴァリエール及びその使い魔のお迎えに上がりました!自分は未だ竜騎士の見習 いでありますが、全力をもってお送り致します!」 「なんでまた、見習い竜騎士が迎えなの?」 「は!急ぎ王宮へお連れするように命じられたものの、現在竜騎士隊は軍事演習に忙しい ためであります!そのため、見習いの自分が派遣された次第であります!」 「そう、それじゃしょうがないわね。んじゃ、私は風竜に乗るとするわ。ジュンはひこお きでお願いね」 「うん。派手に僕らを見せつけるとしよう。到着したら着陸のナビをお願いするよ。真紅 と翠星石は」 「あたしはゼロ戦に乗るわ」「それじゃ私はルイズさんと一緒に竜にのるですぅ」 「じゃ、コルベール先生。またエンジンお願いします」 「ああ、頑張ってな」 「へへっ、こんなもん見たら、王宮の連中もジュンを平民だなんてバカに出来ないぜ」 ジュンと真紅とデルフリンガーはゼロ戦で、ルイズと翠星石は風竜で飛び立った。 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3474.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next トリステイン艦隊は、戦う前から既に絶体絶命だった。 まだ戦端は開かれていない。双方の騎士隊は、隊列を崩さず艦隊と共に、じわじわと間 合いを狭めていく。 アルビオン艦隊53隻がひいた三列の横陣列。各列の数は右18、中央18,左17。 戦艦の数は右翼6、中央7、左翼5。それら艦列の間は通信が出来るギリギリまで広がっ ていた。 各艦列の後ろには焼き討ち船らしき古く小さい船が、最初各艦列後方に9隻ずつ存在す る。そのうち中央艦列分は、全てトリスタニアの風上に墜落し、炎をまき散らして爆発し た。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ 注 艦隊簡易展開図 戦 戦艦 ・ 小型船 ○ 中型船 トリステイン艦隊 メ:『メルカトール』号 イ:『イーグル』号 戦戦戦戦イ・ 戦メ ・・・ 戦戦 ・・・ 戦 ・・・ 戦 戦 戦 戦 戦 戦 戦 戦 ・ 戦 レ 戦 ・ 戦 戦 戦 ・ 戦 戦 戦 ・ 戦 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 母 巣 アルビオン艦隊 レ:『レキシントン』号 母:『母竜』号 巣:『竜の巣』号 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ そして中央列の真ん中には『レキシントン』号、右翼艦列の後ろに竜騎士専用艦『竜の 巣』号、左翼の後ろには同じく『母竜』号が控えている。加えて各艦列には、補給艦とお ぼしき中型船2隻がいる。 トリステイン艦隊は、一番戦艦が少ない左翼艦列を狙って進んでいた。縦一列に並ぶ縦 陣列が大きく左に回頭し、アルビオン左翼艦隊を包み込むようにすれ違おうとしている。 戦艦だけなら、現時点で直接戦闘するのはアルビオン5に対しトリステイン10。圧倒 的数字だ。だが、アルビオン左翼艦隊周囲を、2隻の母艦から飛び立った80近い火竜騎 兵が、隊列を組んで飛び回っている。さらには20騎程が、いまだにアルビオン艦隊周囲 を警護していた。対するトリステイン側は首都警護竜騎士連隊所属竜騎兵にグリフォン・ マンティコア・ヒポグリフら衛士隊全騎を合わせても、半分程度しかない。 そして、アルビオン側は残りの2艦列が控えている。 彼等の眼下では、トリスタニアが火の海に飲み込まれつつあった。 「ひっ!怯むなぁ!!やつらは、例のガリア王宮の噂を信じ込み、あの艦列を崩す事が出 来ンのだ!」 ラ・ラメー伯爵が、既に士気を挫かれかけていたトリステイン艦隊を鼓舞すべく、必死 の形相で叫ぶ。 「例え騎士の数で倍以上だとしても、艦艇数は今はこちらが二倍だ!砲撃と魔法で圧倒す るのだぁっ!! 全艦前進!!この一戦にトリステインの未来がかかっている事を忘れるな!」 トリステイン艦隊は速度を上げ、アルビオン艦隊左翼へ大きく回り込む。 後方の焼き討ち船も三隻が紅蓮の炎をまとい、アルビオン艦隊左翼へ放たれた。同時に アルビオン左翼艦列からも三隻の焼き討ち船が、今度は本当にトリステイン艦隊へ向けて 打ち出された。 ズドドドドドド・・・・ 双方の焼き討ち船が数隻、真ん中で衝突し轟音と共に粉々に砕け落下する。 その破片と煙が未だ落ちきらぬ空に、騎兵達が殺到した。 『エア・ハンマー』が、『ジャベリン』が、『ファイアーボール』が、煙を切り裂いて ぶつかり合う。 火竜のファイアブレスが、グリフォンを騎乗する騎士ごと焼き尽くす。 マンティコアの爪が火竜の皮膜を切り裂く。 落下していく木片と煙に視界を塞がれた火竜騎士達が、煙の合間から突然目の前に現れ た相手に同時に気付く。双方の竜のブレスがぶつかり合い、『ブレイド(刃)』を付与さ れた騎士達の杖が切り結ぶ。 敵味方が入り乱れる空域のど真ん中で、突如煌めく光をまとった嵐が巻き起こる。『ア イス・ストーム』だ。誰かが放った氷の嵐に、敵味方の区別無く付近の騎士達が巻き込ま れ、切り刻まれ、吹き飛ばされた。 「左砲戦開始!撃てぇっ!」 両艦隊の、全艦長が砲撃指示を叫んだ。 双方の第一斉射が、敵めがけ鉄の塊を放つ。舷側に大穴が幾つも穿たれる。 大きく扇形を描いていたトリステイン艦隊は、アルビオン左翼艦列の先頭に集中砲火を 放つ形となった。 「よしっ!敵先導艦、轟沈んっ!」 フェヴィスは艦隊の集中砲火を受けた戦艦を満足げに見下ろした。その艦は一瞬で穴だ らけになり、火を噴き砕け散り、高度を急激に下げていた。 「焼き討ち船っ!さらに来ますっ!!」 「くっ!?またかぁ!!こちらも放てぇっ!!」 アルビオン左翼艦隊後方の2隻が再び、炎をまとって向かってきていた。トリステイン 側からも燃えさかる3隻が放たれる。 「面舵一杯!緊急回避!!」 フェヴィス艦長の指示を受け、『メルカトール』号は船体を軋ませながら右へ回頭する。 他の艦もそれぞれに慌てて回避する。 「さっ!さらに焼き討ち船がぁ!?」 「くそぉ!!負けるな、撃ち返せぇ!!」 フェヴィスの叫びを聞きながら、ラ・ラメー伯爵は艦隊をじっと見つめていた。 「艦列が・・・崩れる・・・」 艦隊は、ある艦は前方を塞がれ、またある艦は右へ回頭しすぎてアルビオン艦隊へ背を 向けてしまっている。トリステイン艦隊の艦列は、歪み、曲がり、ちぎれ始めていた。 もはや、アルビオン左翼艦列への集中砲火は困難な状態にある。 対するアルビオン左翼艦列4隻は、反撃もせずに全速力で通り過ぎ、トリステイン艦隊 から離れようとしていた。トリステインが放った焼き討ち船は、虚しく何もない空間を通 り過ぎ、爆発する。『母竜』号と中型船2隻に至っては、とっくの昔に遙か遠くへ離れて いる。 「あいつら・・・砲撃戦をしない!?」 フェヴィスの言葉は、駆け寄ってきた部下からの報告にかき消された。 「大変ですっ!先ほどの焼き討ち船が・・・艦隊中央へ向かって…いえ、こちらを追跡し てきますっ!」 「ばっ!!バカなぁ!?自爆する船を操船するやつなんて、いるはずが!!」 叫んだフェヴィスがいる旗艦『メルカトール』号に向かって、報告された焼き討ち船が 疾走してきていた。 「取り舵一杯!かわせえっ!!」 先ほどまで右に回頭していた『メルカトール』号が、今度は急激に左へ舵を切る。遠心 力で甲板上も船内も、全ての人と物が右側へ飛ばされていく。船体もきしみをあげ、四方 八方からミシミシという音が鳴り響く。 焼き討ち船は『メルカトール』号の限界を超えた急旋回についていけず、大きく距離を 開けられた。 その時、ラ・ラメーもフェヴィスも、焼き討ち船を見る事が出来る全ての人物が、燃え る船を操船する人影達を見ていた。それらは、自らの体に火がついている事を全く意に介 さずに、平然と『メルカトール』号へ船を向けようとしている。 甲板上で、その船員達を見たマリコルヌが、ガタガタ震えながら呟いた。 「・・・ガーゴイルだぁ・・・」 次の瞬間、焼き討ち船が大爆発した。 中央艦列の最前列で、シェフィールドが遠くの空の『メルカトール』号と焼き討ち船を 見つめていた。『メルカトール』号はギリギリの所で爆発をかわし、体勢を立て直そうと している。 「ちぃ、船の方が保たなかったわ。おしいわねぇ」 シェフィールドの額には、ルーン文字が輝いていた。 シェフィールドの視界には、焼き討ち船を逃れたトリステイン艦隊に、アルビオンの竜 騎士が群がるのが見えた。 既にトリステイン側の騎士は、ほぼ壊滅していた。そしてアルビオン側の騎士は、未だ 70騎以上が残っている。その数をほとんど減らしていない。そして残存した僅かなトリ ステインの騎士を無視し、新たな獲物として戦列艦を狙いに定めていた。 「ま、後は竜騎士で十分。さて・・・そろそろかしら」 そう呟くとシェフィールドは色つきメガネをかけ、太陽を見上げる。そして、ニヤリと 口の端を釣り上げた。 足下に置いていた大きな鞄からマントを取り出し、黒のローブの上からさらに被る。マ ントは周囲の風景を見事に映し出し、シェフィールドの姿を隠した――マジックアイテム 『不可視のマント』だ。 「さぁ、この布陣を相手に、どこまでやれるかしら!」 姿を消したシェフィールドの声は、青空の中に消えていった。 「ふははっははっ!!見ろ、圧倒的ではないか我が艦隊は!?あはっはあははっ!!」 サー・ジョンストンがトリステイン艦隊へ群がる竜騎士隊を指さし、顎が外れそうなほ どに笑っている。 「小型高機動大火力の竜騎兵部隊による急襲、魔法人形による自爆攻撃。新しい戦争の形 ですな」 いつも冷静なボーウッドも、珍しく余裕の笑みを浮かべている。 二人とも、竜騎士がトリステイン艦隊に襲いかかる姿を思い浮かべていた。事実、火竜 の群れが、散り散りになった艦隊に向けて頭を向けていた。そして、ばらけた各艦の甲板 では、もはや死を覚悟したメイジ達が杖を振り上げようともしていた。 だが、その全てが、止まった。 トリステイン艦隊甲板上の全ての人間が、アルビオンの竜騎士全てが、逃走していた左 翼艦隊始め、アルビオン艦隊甲板上の全ての人間が、一瞬動きを止めた。 彼等は皆、太陽を見上げている。 「なっ!?なんだ??いきなり、どうしたのだ!??」 驚愕し動揺するサー・ジョンストンのもとへ、甲板から士官が駆けてきた。その報告を 隣で聞いたボーウッドも、「来たか…」というつぶやきと共に、天井を見上げた。 サー・ジョンストンは窓に駆け寄り、太陽を見上げる。 正しくは、頭上の太陽の方から鳴り響く、轟音の方を。 太陽の中には、小さな黒い点があった。轟音を青空に響かせる、ゼロ戦が。 「チャンスは一度!すれ違いざまにぶっ放せぇっ!!」 「オーケーッ!!竜は任せたわよっ!!」 操縦席ではジュンと、席の後ろで杖を構えるルイズが、ゴーグルとキャノピー越しにア ルビオン艦隊を視界に収めた。 ルイズ達が乗る零式艦上戦闘機五二甲型の降下制限速度は700km/h以上。ジュンは学 院の滑走路離陸直後から、ゼロ戦を飛行上限高度である約1万メイル近くまで上昇させ、 中央艦列の中でも一際大きい戦艦『レキシントン』号へ向けて、一直線に急降下させてい た。 機体が耐えうる限界速度ギリギリを維持しつつ、ゼロ戦のジュラルミン製主翼が空気を 切り裂く音が、空域全てに響き渡っている。空気抵抗に全幅11mの翼が振動し続けてい た。 「艦隊ど真ん中の、一番でっかい戦艦ですねぇ!?あれが旗艦に間違いないですぅ!!」 「そうね!でも、やはり竜騎兵が守ってるわね!?」 真紅と翠星石もルイズと共に、アルビオン艦隊の旗艦の位置を見定める。 「来るぞ!ジュン、竜騎士20…ありゃ、全部、風竜だ!どうやらこりゃ、読まれてたら しいぜ!」 「上等ぉっ!」 デルフリンガーの言葉を聞いてもジュンは、ゼロ戦の速度を落とすことなく急降下を続 ける――『レキシントン』号へ向けて、一直線に。 トリステイン艦隊に向かわず、滞空し続けていた竜騎士達が、太陽を背にして飛来する 鉄の鳥を見定めた。騎士達は『ファイアボール』『エア・スピアー』等のルーンを唱えだ す。騎乗する風竜を急上昇させ、ゼロ戦を迎撃すべく4騎編成で5部隊に分かれ、網を広 げるように広く展開していった。ゼロ戦を、ボールの内側ど真ん中に誘い込むように各騎 が横に広がる。 アルビオンの火竜騎士達も、甲板上でガタガタ震えながらも杖を構えていたマリコルヌ も、大急ぎで散弾を大砲に詰めようとしてた砲手達も、操船していた平民の海尉達も、乗 り手の異変に気付いた火竜達までもが、上空を見上げていた。 十字形に展開した風竜騎士隊5部隊のど真ん中へ、迷わず突っ込もうとする鉄の鳥を。 ジュンの視界にも竜騎士隊は見えている。恐るべき速さで距離が縮まっていく。 ――風竜並みに早いゼロ戦相手だから、風竜を揃えてきたのか 上方を取られた不利も、数で包囲し魔法の一斉集中砲火で補う気だな 真紅の薔薇や翠星石の水に対応するため、炎や風の魔法を使ってくるか―― 「でも、これは知らなかったろ…まだ使った事ないんだから!」 ジュンの左手は、スロットルレバーの発射把柄を握りこんだ。 魔法の射程の遙か遙か前で、翼内の九九式20mm機銃が火を噴く。 ゼロ戦の進路一杯に広がりつつある風竜騎士達へ、初速750m/sの巨大な機銃弾がばら まかれた。 アルビオンもトリステインも、両艦隊の全ての人々が見た。 鉄の翼から噴きだす火を。 翼や胴体に大穴を開けて墜落する風竜を。 杖にまとわせた魔法を放つ機会すら与えられず、虚しく肉塊と血しぶきをまき散らす騎 士達の最期を。 展開する途中だった風竜騎士の編隊が描くボールの、内側に開いた穴を。その穴が、ど んどん大きくなって行く光景を。 ほんの一瞬で、風竜騎士隊が壊滅する姿を。 落下する騎士と風竜の死体の間をすり抜けたゼロ戦が、宙に舞った血と肉片を弾きなが ら空を貫く――― 撃ち漏らされた数騎の竜騎士が我に返り、慌てて魔法を放つが、もう遅かった。ゼロ戦 を追って急降下しようともしたが、急降下してきたゼロ戦の速度に、今から降下を始めて も間に合わない。 「20mm機銃終了ぉ!7.7mmぃっ!!」 ジュンが覗いている98式射爆照準器、その両横には操縦席内に突き出た機首7.7mm 機銃が2挺ある。威力は小銃の弾とほとんど変わらないものの、携行弾数が各700発も ある。 その7.7mm機銃が『レキシントン』号へ向けて火を噴いた。甲板上にいた船員が、杖 を構えていたメイジ達が、風を受けてふくらむ大きな帆が、容赦のない銃弾の雨に晒され た。ある者は脳髄をまき散らして絶命し、またある者は撃ち抜かれた足を引きずって逃げ まどう。 ゼロ戦はついに、『エクスプロージョン』射程範囲に『レキシントン』号を捕らえて いた。 「開けてぇっ!」「行きなさいっ!!」「ぶぅっとばすですぅっ!!」 ルイズのかけ声に、真紅と翠星石がキャノピーを開け放つ。荒れ狂う強風が機体内に飛 び込んでくる。 それでもルイズは、『レキシントン』号へ杖を向ける! 「いけやあーっ!!」 デルフリンガーの叫びと共に、『虚無』が放たれた。 「『エクスプロージョン』ッ!!!」 光の玉が現れた。 まるで小型の太陽のような光を放つ、その球は膨れあがる。 そして、『レキシントン』号を包んだ。その前後に並んでいた計6隻の戦列艦も、膨れ あがる光に音もなく飲み込まれていく。 光が晴れた後、艦隊は炎上していた。巨艦『レキシントン』号を筆頭に、全ての艦の帆 が、甲板が燃えていた。加えて艦内の風石が消滅してしまった。 がくりと艦首を落とし、地面に向かって墜落していく。 「『レキシントン』号、が・・・沈む・・・」 『メルカトール』号では、フェヴィスが光に魅入られていた。 「まさか・・・『ゼロ』の噂は本当だったのか!?」 ラ・ラメーの口は、顎が外れそうなほどあんぐりと開きっぱなしだ。 「はは・・・ははははっ!『ロイヤル・ソヴリン』号が、艦列ごと墜ちていく! さすがだよ!『ゼロ』は、ミス・ヴァリエール達は!!僕をニューカッスルで助け出し た君達だったが…これほどとは!!」 『イーグル』号でもウェールズが、炎上するトリスタニアの煙を切り裂くゼロ戦を見つ めている。 「竜騎士が・・・離れていく・・・スティックス、助かったみたいだ、よぉ」 頭から血を流して甲板に尻餅をついていたマリコルヌが、それでも離していない杖の先 をぼんやりと眺めている。 「か、勝った?勝った・・・のか!?」 マリコルヌの隣で膝をつく、スティックスと呼ばれた額に火傷痕のある若者が『母竜』 号へ戻っていく火竜達を見て叫んだ。 トリステイン艦隊から、嵐のような雄叫びが湧き起こった。 急降下をしていたゼロ戦は機首を上げ、街の上ギリギリで機体を水平に戻す。あまりに 速度が出ていたため、舵面が受ける風の抵抗が凄まじい。昇降舵につながる操縦索が限界 近くまで伸び、きしみを上げる。 急降下によって得た速度を使って上昇に転じたゼロ戦は、ようやく艦隊と同一の高度ま で戻った。巡航速度(約時速250km)を維持しながら旋回するゼロ戦のキャノピーか ら、ルイズ達は『エクスプロージョン』の光と、その後炎上し墜落する7隻の戦艦を見つ めていた。 だがルイズとジュンは、同時に言葉を発した。 「弱い・・・」「・・・小さい」 「どうしたですかぁ?ルイズさん」 「え?えとね、スイ。あのね、『プチ・トロワ』を吹き飛ばした時のヤツ…あれより、今 のは、なんだか弱いなって」 ルイズの言葉に、ジュンも頷く。 「多分、あれだよ。精神力の溜まり具合だ。この前のはかなり手加減したそうだけど、そ れでもかなり減ってたんだよ」 ジュンの予想に真紅も頷いた。 「恐らくそうでしょうね。でも、旗艦含めて戦艦7隻を撃沈したわ。これで指揮は混乱し て、士気も挫かれるでしょうね」 「・・・?えっと・・・あれ??」 眉をひそめながら炎上墜落する艦隊を見つめるジュンに、デルフリンガーが怪訝そうに 声をかけた。 「なんだよ、ジュンよ。何か気にくわない事でもあんのかぁ?」 「うん・・・あの『レキシントン』号以外の戦艦、妙に小さくない?それに、向こうの船 が、なんか・・・」 ジュンの疑問に、皆もキャノピーから炎上落下する艦隊を改めて見つめる。 それは、確かに小さかった。戦艦である事は間違いないが、どちらかというと小型で、 少々古ぼけてるようにも見える。 「確かに…小さい、ですぅ?」 「あら、どうもその通りみたいね。あれは、多分、戦列艦の中でも小さくて古い船を、集 め、て・・・」 真紅のとぎれる言葉を聞き、ジュンの背に冷たい汗が幾筋も走る。その視線は彼方の艦 列を見つめる。 今まで、全く動いていないアルビオン右翼艦列を。 「・・・ま、さか・・・そんな、しまった!やられたぁーっ!!!」 ジュンの絶叫がキャノピーに響いた。真紅も驚愕を隠せない。 「そんなっ!?あんな巨大戦艦を囮にしたって言うの!?」 「な!?なんなの!??ジュンもシンクも、どういう事よ!」 ルイズに問われたジュンも真紅も、唇を噛んだまま言葉を繋ぐ事が出来ない。代わりに 答えたのは、わなわなと震える翠星石だった。 「あ、あれは、狙った船は・・・エサですぅ。まさか、あたし達のためだけに、ここまで するですかぁ・・・」 「本当の旗艦は・・・『レキシントン』号じゃ、ない!旗艦は、あの船だっ!!」 ジュンが睨み付けるその先には、アルビオン右翼戦艦列の後ろにいる、武装のない巨大 な船があった―――『竜の巣』号だ。 「うあああ、お、おでれーたぁああ!騙されたあーっ!」 デルフリンガーの言葉は、虚しくエンジン音にかき消された。 「敵魔法・・・次弾、来ません!鉄の鳥は、トリステイン艦隊と同一高度を保ったまま旋 回を続けています!」 「やったぞっ!成功だ!やつら、精神力が尽きたのだ!!」 士官からの報告を受けたサー・ジョンストンは、拳を振り上げて興奮していた。隣にい るボーウッドも小さくガッツポーズを取っている。 「よし、もはや偽装の必要はない。信号旗をあげよ、伝令を飛ばせ。二番艦隊に至急連絡 を取り、被害状況を確認するんだ」 『竜の巣』号のマストには、数々のはためく信号旗があげられた。 甲板からも他の艦艇に向け手旗信号が送られる。 信号が届かないほど遠くにいる左翼艦列の残存艦――戦列艦4隻と『母竜』号、武装の ない中型船2隻と小型船3隻――へは、伝令用カラス型ガーゴイルが何羽も放たれる。 今や『竜の巣』号は、アルビオン艦隊旗艦として司令塔機能を堂々と現した。 「シェフィールド、戻りました」 「うむ、伝令役ご苦労」 『竜の巣』号の艦橋で、ボーウッドが声の方を振り向くと、誰もいなかった。 「・・・いい加減、マントをとりたまえ」 「あら、失礼しました」 ボーウッドの目の前の、何もない空間から、いきなり黒ローブをまとった女性の上半身 が現れた。『不可視のマント』を外したシェフィールドだ。 サー・ジョンストンがいきなりシェフィールドに駆け寄り、その手を握りしめてブンブ ン振りまわす。 「いやー!見事だ、全てが作戦通りだよ!!閣下の知謀には本当に感服しましたぞ!この サー・ジョンストン、閣下の部下として、鼻が高い!!」 「賭には勝ちましたな。ですが、まだ作戦途中です。『レキシントン』号と二番艦隊の状 況を確認しませんと」 「う、うむ、そうだった。そうだったな・・・で、どうだったね?」 ボーウッドに制されたサー・ジョンストンが尋ねると同時に、ガーゴイルの伝書カラス を手に持った士官が飛んできた。士官はカラスの首をパカッと開け、中の紙片を読み上げ る。 「ホーキンス将軍より、被害報告です! 『レキシントン』号以下、二番艦隊に人的損害…死者無し!不時着時の軽傷者数名のみ です!風石が消失し、帆と甲板が炎上したものの、不時着と艦からの待避に成功!全陸戦 隊、進軍命令を待つ! 以上でありますっ!!」 「・・・ぃやったあーー!!降下作戦成功だあーーー!! サー・ジョンストンは、拳を握りしめて両腕を振り上げた。 「同じだっ!城まで吹き飛ばされながら、全く死人を出さなかったヴェルサルテイル宮殿 と同じだよっ!! やつらの致命的弱点、『殺しを嫌う、経験不足の子供』・・・風竜騎士隊が壊滅した時 は誤情報かとヒヤヒヤしたが、まさか、本当に、大当たりだ!!しかも今回は、武具まで 無傷ときたもんだっっ!!」 「し、信じられませんな・・・ここまで上手く行くとは・・・恐るべきは、レコン・キス タの情報網です。ガリア王宮から、たった数日で、ここまで正確で有益な情報をもたらす とは・・・」 「いいやいやいやいやいやっ!真に素晴らしいのは閣下の頭脳だよっ! ミス・シェフィールド!今回の作戦、このサー・ジョンストンが見事やり遂げた事、是 非閣下に伝えてくれたまえよっ!」 「承知致しました」 シェフィールドは、ただ旗艦の椅子に座って震えていただけの男に、ニッコリと微笑み かけた。 「えー、オホン」 ボーウッドが、我を忘れてはしゃぎまわる艦隊司令長官兼トリステイン侵攻軍総指揮官 の横で、わざとらしく咳払いをした。 「ともかく、まだ上陸が成功しただけです。すぐに残存艦隊と竜騎士の再編成、さらに浮 遊砲台への偽装解除と陸戦隊援護指示を」 「おお、そうだったそうだった。ありがとう・・・えー、コホン! トリステイン侵攻作戦、これより第2段階に入る。 全戦艦に通達!これより、一番艦隊は三番艦隊と合流し再編成を行う!しかる後にトリ ステイン艦隊を討ち滅ぼせっ!! 浮遊砲台1番から9番まで全て偽装解除!『竜の巣』号と共に陸戦隊上空へ降下し、陸 戦隊を援護せよ! 竜騎士隊は、再編成終了まで艦隊周辺にて敵艦隊を牽制するんだ!」 鼻高々で胸を反らす上司を見て、ボーウッドは呆れつつも高揚感を隠せない。つい興奮 して独り言を口にしてしまう。 「まったく・・・『あの巨艦を気前よくエサにしてしまうとは、なにを勘違いしたのか』 と思っていたが・・・。まぁ、砲艦外交や大艦巨砲主義の時代も終わるようだし、その象 徴としてはいいかもな」 そんなボーウッドの視界には、トリステイン艦隊から離れてきた左翼艦隊の『母竜』号 が映っていた。 トリステイン艦隊の人々は、愕然としていた。 右翼戦艦列後方にいた、巨大輸送艦と思われていた船が次々と信号旗をあげる。甲板で は手旗手が旗を振り回し、他の艦に指令を送る。幾つもの鳥のようなものが、左翼艦隊へ 向けて放たれる。 撃墜したはずの艦が、無事に不時着。まだ焼けてない通りや広場の中に、次々と槍や剣 を手にした完全武装の兵士達が降りてくる。その数、3000以上。しかも更に降りてく る。 右翼艦隊後方の、焼き討ち船だと思われていたボロ船の舷側にポコポコと穴が開く。蓋 を外して出来た穴に、にゅっと大砲がつきだした。小型の民間船を改造したらしい9隻の 船は、片側に5~10の大砲を備えた浮遊砲台として、真の旗艦に続く。 そして右翼艦隊後方にいる中型船2隻からは、多くのメイジを乗せた頑丈そうなボート が発進していく。囮である戦艦列から離れていた、陸戦隊所属のメイジ達が乗った強襲降 下艇だ。 左翼艦列の残った戦艦4隻含め9隻と、右翼艦列の戦艦6隻、そして中央艦列の最後尾 にいたため『エクスプロージョン』に巻き込まれなかった補給船2隻が集結していく。そ の周囲を70騎以上の火竜騎士が旋回し、艦隊の再編成を守っている。 『メルカトール』号でも、フェヴィスがアルビオン艦隊の動きを凝視していた。 「まさか、やつら・・・まだ、やる気なのか?戦艦の1/3以上を、一瞬で失ったという のにっ!?」 隣のラ・ラメーが指示を飛ばし、航海士官達が様々な報告をかき集める。うち一人の士 官が二人の前に進み出る。 「艦隊の被害状況、報告します! 大破ゼロ、中破2、小破5!いくつかの艦に、火竜のブレスなどによる小規模の火災が 発生していましたが、既に鎮火しています!艦隊の戦死者、いまだゼロです! で、・・・ですが、その、竜騎士隊、グリフォン隊…あの・・・」 ラ・ラメーは、青ざめてはいるものの、落ち着いた瞳を士官に向ける。 「はっきり、全滅と言え」 「は・・・はい、申し訳ありません」 「構わん。再編成を急がせろ」 そしてその隣では、フェヴィスも敵艦隊に関する報告を受けていた。 「そうか・・・あの艦列は、上陸部隊が詰め込まれていたのか。旧式の小型艦6隻と最新 鋭の巨艦を使ってか・・・あの使い魔達を相手にするためだけに、よくやるよ。 陸戦隊を援護するのは、民間船を改造した浮遊砲台9隻だな。 そして我らの目の前には、未だ無傷の戦艦10隻に、竜騎士75騎、というわけだ」 そう呟くフェヴィスが火竜騎士の群れを見つめていると、その一部、10騎以上が地上 へ降下していった。 「地上の援護に割いたか。全く、我らもなめられきったものだ」 『イーグル』号でも、ウェールズが同じ報告を受けていた。 「パリー、やはり奇跡とは、そうそう起こる物ではないな」 「さようでございますな。とはいえ、ニューカッスル城で5万の敵に囲まれるのに比べる と、少々物足りなく感じますぞ」 「はは!全くだな。これからが本番、というだけの話だっ!」 『イーグル』号は再び、艦列を整えたトリステイン艦隊の最後尾に並んだ。 ルイズ達はゼロ戦を旋回させながら、ゼロ戦から艦隊と地上を見続けていた。 ジュンはルーンの力で読み取った機体の状態を、皆に告げる。 「機体は、大丈夫。全くの無傷だよ。機銃は、20mmはゼロだけど、機首の7.7mmなら 両方合わせて1000以上残ってる。燃料も、十分ある」 ジュンはそれ以上、何も言わない。真紅と翠星石がルイズを見つめる。 「ルイズさん・・・どう、するですかぁ?」 「ど、どうするって・・・スイ・・・」 翠星石に問われて、ルイズは困惑する。デルフリンガーが言葉を続けた。 「娘ッコよぉ、お前さんにゃあ、3つの選択肢があるのさ。 一つは、艦隊と戦う。つっても、相手は竜騎士60騎以上と戦艦の砲弾だろうよ。 一つは、地上に向かった小型船と竜騎士を潰す。ああ、この場合トリステイン艦隊は全 滅だなぁ。 そして、最後の一つは・・・こいつは、剣の俺としちゃ、言いたくねえや」 「帰る、という選択ね」 デルフリンガーが言わなかった言葉を、真紅が代わりに語る。 「あたし達は、もう十分な戦果を上げたわ。戦艦7隻に竜騎士20騎。敵に読まれていた とはいえ、それでも大損害を与えた事に間違いないの。そして私達がやるべきは、戦場に 出るあなたを守る事。 あなたの魔力が尽きたなら、もう戦えないなら、私達はあなたを安全な場所へ送るわ」 「・・・あの、でも、あれは、軍隊が沢山降りてきて・・・」 「『エクスプロージョン』って、狙えるのは物体だけ?人体には影響がでない魔法なのか しら?」 「・・・ち、違うの!その、あたし、殺すことはないかと・・・船だけ・・・」 「それこそ、彼等の思う壺だったわけだわね。・・・ガリア王に『エクスプロージョン』 を見られたのが失敗だったわ」 「だ!だって!」 「ねぇ、ルイズ。ジュンは立ちふさがった竜騎士を、みんな殺したわ。あなたのために、 ね。あなたには、その覚悟は無かったの?」 「もう…よせよ、真紅」 真紅の容赦のない言葉に、ジュンが眉をしかめて後ろを振り返る。 だが真紅の言葉は止まらない。 「いいえ、ジュン、言わせて。 ルイズ。魔法に目覚めたあなたを、『ゼロ』とバカにする人は、もはやいなくなるわ。 ヴァリエールの名に恥じない貴族になったと、褒め称えられるでしょう。もう十分ではな いかしら? あたし達も、これ以上の危険を冒してまで、トリステインに義理立てする必要は無くっ てよ」 「あ、あたし、あたしは・・・」 ゼロ戦の座席後部、狭い空間の中でルイズは迷っている。唇を噛み締め、拳を握りしめ て。 うわごとのように、とりとめなく言葉を口にする。 「このままじゃ、トリステインは、負けて・・・でも、あたし、魔力使い切って、いくら なんでも、あんな沢山の竜騎士なんか、相手には、だって、あたしだって、みんなも、死 んで欲しくなんか、名誉は、そりゃ、貴族だけど、みんなは、戦う理由が無いし・・・」 「あるさ。少なくとも、僕が戦う理由は、ある」 その言葉に、真紅も翠星石も操縦席のジュンを凝視した。 ルイズが、恐る恐るジュンに尋ねる。 「ジュン・・・戦って、くれるの?・・・どうして!?」 「それはね・・・えと、う~んっと・・・ああ、あれだよ」 操縦桿が倒され、ゼロ戦は進路を変えた。 トリステイン艦隊へ向けて。 「中途半端は、イヤだから」 ゼロ戦は、再編成を終えて再びアルビオン艦隊へと向かおうとしていたトリステイン艦 隊の上を旋回し始める。 その姿は、トリステインの人々を勇気づけるに十分な物だった。 「見ろよマリコルヌ!あいつら、俺たちを守ってくれるらしいぞっ!」 スティックスがバンバンとマリコルヌの肩を叩き、ゼロ戦を指さす。 「すげぇ、や。あいつら、まだやるんだ、まだ、やれるんだ…俺たち、勝てる!?生き残 れるんだぁっ!」 トリステイン全艦から、再び歓喜の叫びが湧き起こった。 ジュンは、すまなそうに後ろを振り返る。 「ごめんな。真紅、翠星石・・・こっからは僕一人でいいよ。お前等はルイズさんを連れ て」 「バカを言わないで、ジュン」「そーですそーです!おまえ一人で、戦えるわけがねーで すよぉっ!」 真紅も翠星石も、怒るどころか微笑んでいた。 「いいのか?二人とも、これはアリスゲームと無関係な戦いだぞ」 「その通りよ。でも、もはや、あたし達自身と無関係じゃないの。何より、ジュンが戦う 時は、私達も戦う時よ」 「何度も言わせるなですぅっ!ルイズさんだって、学院のメイドさん達だって、みんな大 事な友達ですぅ!戦いはイヤですけどぉ・・・でも、もう、ここまできたら、引き下がれ んですぅっ!」 紅と緑の光に包まれた二人はキャノピーを再び開け放つ。真紅は右の翼に、翠星石は左 の翼に、強風をものともせず片膝をついて取り付いた。 荒れ狂う風の中、大声で言葉を交わし合うジュン達に、ルイズは言葉もなく涙を流して いた。 「お前さん、いい友達を持ったなぁ」 デルフリンガーの言葉に、ルイズはただただ何度も頷く。 真紅の手から湧きだした薔薇が、竜巻の如く火竜騎士の群れへ襲いかかる。 火竜がブレスを一斉放射、紅の竜巻を焼き尽くしていく。 灰となる花びらが舞う空。たった一機のゼロ戦が、60騎以上の火竜騎士の群れに、迷 わず突っ込んでいく。 これを合図に、アルビオン・トリステイン両艦隊の砲撃戦が始まった。 ―――トリステイン魔法学院、学長室 『・・・ザザ・・・右から3騎だっ!ひねりこ・・・やばっ、弾が・・・ザザザ・・ 『イーグル』号が襲われ・・・あれ?・・・あの時の、海賊船じゃ・・・ ・・・ブレスが・・・ザザ・・・ザ・・翠星・・・!ふぅ・・ザザザ・・・ ・・上だっ!・・・ホーリ・・・薔薇でけんせ・・・ッザザザ・・・』 学院長の机の上に置かれた、トランシーバー。 雑音混じりで、ゼロ戦の通信機から届く音声が流れ続けている。 その部屋には、いや、廊下にまで人が詰めかけている。 オスマンが、コルベールが、アニエスが、タバサが、キュルケが、モンモランシーが、 ケティが、ローラが、シエスタが・・・。学院に残るほとんどの人が、トランシーバーか ら流れるゼロ戦の様子に耳を澄ませ、ひざまずいて祈り、声援を送っていた。 じっと黙って聞いていたタバサが、すぅっと部屋から出て行く姿など、誰も気にとめな い。皆、固唾を呑んで戦況に聞き入っている。 学院長室を出ようとするタバサの肩を、キュルケが掴んだ。 「ダメよ、タバサ。あなたが行けば、ガリア王家が」 「彼等は、あたしの希望」 タバサは振り向きもせず、ただ前へ進もうとする。 「それでもダメ、ダメよ。彼等のために、行ってはいけないわ」 「行かせて」 タバサは、キュルケに杖を向ける。その目に、なんの迷いも恐れも無い。 キュルケは、もはや何も言わない。黙って杖を抜いた。 その時、トランシーバーから、悲鳴が響いた。 『ザザ・・翼からっ!散弾が・・・ダメ、間に合わな、ザザザ・・・墜ちるぅ!・・・』 トランシーバーからは、雑音が流れた。 オスマンが震える手でトランシーバーを持ち上げ、軽く叩いてみる。 コルベールが、恐る恐るダイヤルをいじってみる。 それでも、トランシーバーからは雑音しか流れなかった。 キュルケも、タバサも、アニエスも、誰も彼もが動けなかった。 ただ沈黙だけが、部屋を覆っていた。 第3話 墜落 END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3354.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next トリステイン艦隊は、戦う前から既に絶体絶命だった。 まだ戦端は開かれていない。双方の騎士隊は、隊列を崩さず艦隊と共に、じわじわと間 合いを狭めていく。 アルビオン艦隊53隻がひいた三列の横陣列。各列の数は右18、中央18,左17。 戦艦の数は右翼6、中央7、左翼5。それら艦列の間は通信が出来るギリギリまで広がっ ていた。 各艦列の後ろには焼き討ち船らしき古く小さい船が、最初各艦列後方に9隻ずつ存在す る。そのうち中央艦列分は、全てトリスタニアの風上に墜落し、炎をまき散らして爆発し た。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ 注 艦隊簡易展開図 戦 戦艦 ・ 小型船 ○ 中型船 トリステイン艦隊 メ:『メルカトール』号 イ:『イーグル』号 戦戦戦戦イ・ 戦メ ・・・ 戦戦 ・・・ 戦 ・・・ 戦 戦 戦 戦 戦 戦 戦 戦 ・ 戦 レ 戦 ・ 戦 戦 戦 ・ 戦 戦 戦 ・ 戦 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 母 巣 アルビオン艦隊 レ:『レキシントン』号 母:『母竜』号 巣:『竜の巣』号 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ そして中央列の真ん中には『レキシントン』号、右翼艦列の後ろに竜騎士専用艦『竜の 巣』号、左翼の後ろには同じく『母竜』号が控えている。加えて各艦列には、補給艦とお ぼしき中型船2隻がいる。 トリステイン艦隊は、一番戦艦が少ない左翼艦列を狙って進んでいた。縦一列に並ぶ縦 陣列が大きく左に回頭し、アルビオン左翼艦隊を包み込むようにすれ違おうとしている。 戦艦だけなら、現時点で直接戦闘するのはアルビオン5に対しトリステイン10。圧倒 的数字だ。だが、アルビオン左翼艦隊周囲を、2隻の母艦から飛び立った80近い火竜騎 兵が、隊列を組んで飛び回っている。さらには20騎程が、いまだにアルビオン艦隊周囲 を警護していた。対するトリステイン側は首都警護竜騎士連隊所属竜騎兵にグリフォン・ マンティコア・ヒポグリフら衛士隊全騎を合わせても、半分程度しかない。 そして、アルビオン側は残りの2艦列が控えている。 彼等の眼下では、トリスタニアが火の海に飲み込まれつつあった。 「ひっ!怯むなぁ!!やつらは、例のガリア王宮の噂を信じ込み、あの艦列を崩す事が出 来ンのだ!」 ラ・ラメー伯爵が、既に士気を挫かれかけていたトリステイン艦隊を鼓舞すべく、必死 の形相で叫ぶ。 「例え騎士の数で倍以上だとしても、艦艇数は今はこちらが二倍だ!砲撃と魔法で圧倒す るのだぁっ!! 全艦前進!!この一戦にトリステインの未来がかかっている事を忘れるな!」 トリステイン艦隊は速度を上げ、アルビオン艦隊左翼へ大きく回り込む。 後方の焼き討ち船も三隻が紅蓮の炎をまとい、アルビオン艦隊左翼へ放たれた。同時に アルビオン左翼艦列からも三隻の焼き討ち船が、今度は本当にトリステイン艦隊へ向けて 打ち出された。 ズドドドドドド・・・・ 双方の焼き討ち船が数隻、真ん中で衝突し轟音と共に粉々に砕け落下する。 その破片と煙が未だ落ちきらぬ空に、騎兵達が殺到した。 『エア・ハンマー』が、『ジャベリン』が、『ファイアーボール』が、煙を切り裂いて ぶつかり合う。 火竜のファイアブレスが、グリフォンを騎乗する騎士ごと焼き尽くす。 マンティコアの爪が火竜の皮膜を切り裂く。 落下していく木片と煙に視界を塞がれた火竜騎士達が、煙の合間から突然目の前に現れ た相手に同時に気付く。双方の竜のブレスがぶつかり合い、『ブレイド(刃)』を付与さ れた騎士達の杖が切り結ぶ。 敵味方が入り乱れる空域のど真ん中で、突如煌めく光をまとった嵐が巻き起こる。『ア イス・ストーム』だ。誰かが放った氷の嵐に、敵味方の区別無く付近の騎士達が巻き込ま れ、切り刻まれ、吹き飛ばされた。 「左砲戦開始!撃てぇっ!」 両艦隊の、全艦長が砲撃指示を叫んだ。 双方の第一斉射が、敵めがけ鉄の塊を放つ。舷側に大穴が幾つも穿たれる。 大きく扇形を描いていたトリステイン艦隊は、アルビオン左翼艦列の先頭に集中砲火を 放つ形となった。 「よしっ!敵先導艦、轟沈んっ!」 フェヴィスは艦隊の集中砲火を受けた戦艦を満足げに見下ろした。その艦は一瞬で穴だ らけになり、火を噴き砕け散り、高度を急激に下げていた。 「焼き討ち船っ!さらに来ますっ!!」 「くっ!?またかぁ!!こちらも放てぇっ!!」 アルビオン左翼艦隊後方の2隻が再び、炎をまとって向かってきていた。トリステイン 側からも燃えさかる3隻が放たれる。 「面舵一杯!緊急回避!!」 フェヴィス艦長の指示を受け、『メルカトール』号は船体を軋ませながら右へ回頭する。 他の艦もそれぞれに慌てて回避する。 「さっ!さらに焼き討ち船がぁ!?」 「くそぉ!!負けるな、撃ち返せぇ!!」 フェヴィスの叫びを聞きながら、ラ・ラメー伯爵は艦隊をじっと見つめていた。 「艦列が・・・崩れる・・・」 艦隊は、ある艦は前方を塞がれ、またある艦は右へ回頭しすぎてアルビオン艦隊へ背を 向けてしまっている。トリステイン艦隊の艦列は、歪み、曲がり、ちぎれ始めていた。 もはや、アルビオン左翼艦列への集中砲火は困難な状態にある。 対するアルビオン左翼艦列4隻は、反撃もせずに全速力で通り過ぎ、トリステイン艦隊 から離れようとしていた。トリステインが放った焼き討ち船は、虚しく何もない空間を通 り過ぎ、爆発する。『母竜』号と中型船2隻に至っては、とっくの昔に遙か遠くへ離れて いる。 「あいつら・・・砲撃戦をしない!?」 フェヴィスの言葉は、駆け寄ってきた部下からの報告にかき消された。 「大変ですっ!先ほどの焼き討ち船が・・・艦隊中央へ向かって…いえ、こちらを追跡し てきますっ!」 「ばっ!!バカなぁ!?自爆する船を操船するやつなんて、いるはずが!!」 叫んだフェヴィスがいる旗艦『メルカトール』号に向かって、報告された焼き討ち船が 疾走してきていた。 「取り舵一杯!かわせえっ!!」 先ほどまで右に回頭していた『メルカトール』号が、今度は急激に左へ舵を切る。遠心 力で甲板上も船内も、全ての人と物が右側へ飛ばされていく。船体もきしみをあげ、四方 八方からミシミシという音が鳴り響く。 焼き討ち船は『メルカトール』号の限界を超えた急旋回についていけず、大きく距離を 開けられた。 その時、ラ・ラメーもフェヴィスも、焼き討ち船を見る事が出来る全ての人物が、燃え る船を操船する人影達を見ていた。それらは、自らの体に火がついている事を全く意に介 さずに、平然と『メルカトール』号へ船を向けようとしている。 甲板上で、その船員達を見たマリコルヌが、ガタガタ震えながら呟いた。 「・・・ガーゴイルだぁ・・・」 次の瞬間、焼き討ち船が大爆発した。 中央艦列の最前列で、シェフィールドが遠くの空の『メルカトール』号と焼き討ち船を 見つめていた。『メルカトール』号はギリギリの所で爆発をかわし、体勢を立て直そうと している。 「ちぃ、船の方が保たなかったわ。おしいわねぇ」 シェフィールドの額には、ルーン文字が輝いていた。 シェフィールドの視界には、焼き討ち船を逃れたトリステイン艦隊に、アルビオンの竜 騎士が群がるのが見えた。 既にトリステイン側の騎士は、ほぼ壊滅していた。そしてアルビオン側の騎士は、未だ 70騎以上が残っている。その数をほとんど減らしていない。そして残存した僅かなトリ ステインの騎士を無視し、新たな獲物として戦列艦を狙いに定めていた。 「ま、後は竜騎士で十分。さて・・・そろそろかしら」 そう呟くとシェフィールドは色つきメガネをかけ、太陽を見上げる。そして、ニヤリと 口の端を釣り上げた。 足下に置いていた大きな鞄からマントを取り出し、黒のローブの上からさらに被る。マ ントは周囲の風景を見事に映し出し、シェフィールドの姿を隠した――マジックアイテム 『不可視のマント』だ。 「さぁ、この布陣を相手に、どこまでやれるかしら!」 姿を消したシェフィールドの声は、青空の中に消えていった。 「ふははっははっ!!見ろ、圧倒的ではないか我が艦隊は!?あはっはあははっ!!」 サー・ジョンストンがトリステイン艦隊へ群がる竜騎士隊を指さし、顎が外れそうなほ どに笑っている。 「小型高機動大火力の竜騎兵部隊による急襲、魔法人形による自爆攻撃。新しい戦争の形 ですな」 いつも冷静なボーウッドも、珍しく余裕の笑みを浮かべている。 二人とも、竜騎士がトリステイン艦隊に襲いかかる姿を思い浮かべていた。事実、火竜 の群れが、散り散りになった艦隊に向けて頭を向けていた。そして、ばらけた各艦の甲板 では、もはや死を覚悟したメイジ達が杖を振り上げようともしていた。 だが、その全てが、止まった。 トリステイン艦隊甲板上の全ての人間が、アルビオンの竜騎士全てが、逃走していた左 翼艦隊始め、アルビオン艦隊甲板上の全ての人間が、一瞬動きを止めた。 彼等は皆、太陽を見上げている。 「なっ!?なんだ??いきなり、どうしたのだ!??」 驚愕し動揺するサー・ジョンストンのもとへ、甲板から士官が駆けてきた。その報告を 隣で聞いたボーウッドも、「来たか…」というつぶやきと共に、天井を見上げた。 サー・ジョンストンは窓に駆け寄り、太陽を見上げる。 正しくは、頭上の太陽の方から鳴り響く、轟音の方を。 太陽の中には、小さな黒い点があった。轟音を青空に響かせる、ゼロ戦が。 「チャンスは一度!すれ違いざまにぶっ放せぇっ!!」 「オーケーッ!!竜は任せたわよっ!!」 操縦席ではジュンと、席の後ろで杖を構えるルイズが、ゴーグルとキャノピー越しにア ルビオン艦隊を視界に収めた。 ルイズ達が乗る零式艦上戦闘機五二甲型の降下制限速度は700km/h以上。ジュンは学 院の滑走路離陸直後から、ゼロ戦を飛行上限高度である約1万メイル近くまで上昇させ、 中央艦列の中でも一際大きい戦艦『レキシントン』号へ向けて、一直線に急降下させてい た。 機体が耐えうる限界速度ギリギリを維持しつつ、ゼロ戦のジュラルミン製主翼が空気を 切り裂く音が、空域全てに響き渡っている。空気抵抗に全幅11mの翼が振動し続けてい た。 「艦隊ど真ん中の、一番でっかい戦艦ですねぇ!?あれが旗艦に間違いないですぅ!!」 「そうね!でも、やはり竜騎兵が守ってるわね!?」 真紅と翠星石もルイズと共に、アルビオン艦隊の旗艦の位置を見定める。 「来るぞ!ジュン、竜騎士20…ありゃ、全部、風竜だ!どうやらこりゃ、読まれてたら しいぜ!」 「上等ぉっ!」 デルフリンガーの言葉を聞いてもジュンは、ゼロ戦の速度を落とすことなく急降下を続 ける――『レキシントン』号へ向けて、一直線に。 トリステイン艦隊に向かわず、滞空し続けていた竜騎士達が、太陽を背にして飛来する 鉄の鳥を見定めた。騎士達は『ファイアボール』『エア・スピアー』等のルーンを唱えだ す。騎乗する風竜を急上昇させ、ゼロ戦を迎撃すべく4騎編成で5部隊に分かれ、網を広 げるように広く展開していった。ゼロ戦を、ボールの内側ど真ん中に誘い込むように各騎 が横に広がる。 アルビオンの火竜騎士達も、甲板上でガタガタ震えながらも杖を構えていたマリコルヌ も、大急ぎで散弾を大砲に詰めようとしてた砲手達も、操船していた平民の海尉達も、乗 り手の異変に気付いた火竜達までもが、上空を見上げていた。 十字形に展開した風竜騎士隊5部隊のど真ん中へ、迷わず突っ込もうとする鉄の鳥を。 ジュンの視界にも竜騎士隊は見えている。恐るべき速さで距離が縮まっていく。 ――風竜並みに早いゼロ戦相手だから、風竜を揃えてきたのか 上方を取られた不利も、数で包囲し魔法の一斉集中砲火で補う気だな 真紅の薔薇や翠星石の水に対応するため、炎や風の魔法を使ってくるか―― 「でも、これは知らなかったろ…まだ使った事ないんだから!」 ジュンの左手は、スロットルレバーの発射把柄を握りこんだ。 魔法の射程の遙か遙か前で、翼内の九九式20mm機銃が火を噴く。 ゼロ戦の進路一杯に広がりつつある風竜騎士達へ、初速750m/sの巨大な機銃弾がばら まかれた。 アルビオンもトリステインも、両艦隊の全ての人々が見た。 鉄の翼から噴きだす火を。 翼や胴体に大穴を開けて墜落する風竜を。 杖にまとわせた魔法を放つ機会すら与えられず、虚しく肉塊と血しぶきをまき散らす騎 士達の最期を。 展開する途中だった風竜騎士の編隊が描くボールの、内側に開いた穴を。その穴が、ど んどん大きくなって行く光景を。 ほんの一瞬で、風竜騎士隊が壊滅する姿を。 落下する騎士と風竜の死体の間をすり抜けたゼロ戦が、宙に舞った血と肉片を弾きなが ら空を貫く――― 撃ち漏らされた数騎の竜騎士が我に返り、慌てて魔法を放つが、もう遅かった。ゼロ戦 を追って急降下しようともしたが、急降下してきたゼロ戦の速度に、今から降下を始めて も間に合わない。 「20mm機銃終了ぉ!7.7mmぃっ!!」 ジュンが覗いている98式射爆照準器、その両横には操縦席内に突き出た機首7.7mm 機銃が2挺ある。威力は小銃の弾とほとんど変わらないものの、携行弾数が各700発も ある。 その7.7mm機銃が『レキシントン』号へ向けて火を噴いた。甲板上にいた船員が、杖 を構えていたメイジ達が、風を受けてふくらむ大きな帆が、容赦のない銃弾の雨に晒され た。ある者は脳髄をまき散らして絶命し、またある者は撃ち抜かれた足を引きずって逃げ まどう。 ゼロ戦はついに、『エクスプロージョン』射程範囲に『レキシントン』号を捕らえて いた。 「開けてぇっ!」「行きなさいっ!!」「ぶぅっとばすですぅっ!!」 ルイズのかけ声に、真紅と翠星石がキャノピーを開け放つ。荒れ狂う強風が機体内に飛 び込んでくる。 それでもルイズは、『レキシントン』号へ杖を向ける! 「いけやあーっ!!」 デルフリンガーの叫びと共に、『虚無』が放たれた。 「『エクスプロージョン』ッ!!!」 光の玉が現れた。 まるで小型の太陽のような光を放つ、その球は膨れあがる。 そして、『レキシントン』号を包んだ。その前後に並んでいた計6隻の戦列艦も、膨れ あがる光に音もなく飲み込まれていく。 光が晴れた後、艦隊は炎上していた。巨艦『レキシントン』号を筆頭に、全ての艦の帆 が、甲板が燃えていた。加えて艦内の風石が消滅してしまった。 がくりと艦首を落とし、地面に向かって墜落していく。 「『レキシントン』号、が・・・沈む・・・」 『メルカトール』号では、フェヴィスが光に魅入られていた。 「まさか・・・『ゼロ』の噂は本当だったのか!?」 ラ・ラメーの口は、顎が外れそうなほどあんぐりと開きっぱなしだ。 「はは・・・ははははっ!『ロイヤル・ソヴリン』号が、艦列ごと墜ちていく! さすがだよ!『ゼロ』は、ミス・ヴァリエール達は!!僕をニューカッスルで助け出し た君達だったが…これほどとは!!」 『イーグル』号でもウェールズが、炎上するトリスタニアの煙を切り裂くゼロ戦を見つ めている。 「竜騎士が・・・離れていく・・・スティックス、助かったみたいだ、よぉ」 頭から血を流して甲板に尻餅をついていたマリコルヌが、それでも離していない杖の先 をぼんやりと眺めている。 「か、勝った?勝った・・・のか!?」 マリコルヌの隣で膝をつく、スティックスと呼ばれた額に火傷痕のある若者が『母竜』 号へ戻っていく火竜達を見て叫んだ。 トリステイン艦隊から、嵐のような雄叫びが湧き起こった。 急降下をしていたゼロ戦は機首を上げ、街の上ギリギリで機体を水平に戻す。あまりに 速度が出ていたため、舵面が受ける風の抵抗が凄まじい。昇降舵につながる操縦索が限界 近くまで伸び、きしみを上げる。 急降下によって得た速度を使って上昇に転じたゼロ戦は、ようやく艦隊と同一の高度ま で戻った。巡航速度(約時速250km)を維持しながら旋回するゼロ戦のキャノピーか ら、ルイズ達は『エクスプロージョン』の光と、その後炎上し墜落する7隻の戦艦を見つ めていた。 だがルイズとジュンは、同時に言葉を発した。 「弱い・・・」「・・・小さい」 「どうしたですかぁ?ルイズさん」 「え?えとね、スイ。あのね、『プチ・トロワ』を吹き飛ばした時のヤツ…あれより、今 のは、なんだか弱いなって」 ルイズの言葉に、ジュンも頷く。 「多分、あれだよ。精神力の溜まり具合だ。この前のはかなり手加減したそうだけど、そ れでもかなり減ってたんだよ」 ジュンの予想に真紅も頷いた。 「恐らくそうでしょうね。でも、旗艦含めて戦艦7隻を撃沈したわ。これで指揮は混乱し て、士気も挫かれるでしょうね」 「・・・?えっと・・・あれ??」 眉をひそめながら炎上墜落する艦隊を見つめるジュンに、デルフリンガーが怪訝そうに 声をかけた。 「なんだよ、ジュンよ。何か気にくわない事でもあんのかぁ?」 「うん・・・あの『レキシントン』号以外の戦艦、妙に小さくない?それに、向こうの船 が、なんか・・・」 ジュンの疑問に、皆もキャノピーから炎上落下する艦隊を改めて見つめる。 それは、確かに小さかった。戦艦である事は間違いないが、どちらかというと小型で、 少々古ぼけてるようにも見える。 「確かに…小さい、ですぅ?」 「あら、どうもその通りみたいね。あれは、多分、戦列艦の中でも小さくて古い船を、集 め、て・・・」 真紅のとぎれる言葉を聞き、ジュンの背に冷たい汗が幾筋も走る。その視線は彼方の艦 列を見つめる。 今まで、全く動いていないアルビオン右翼艦列を。 「・・・ま、さか・・・そんな、しまった!やられたぁーっ!!!」 ジュンの絶叫がキャノピーに響いた。真紅も驚愕を隠せない。 「そんなっ!?あんな巨大戦艦を囮にしたって言うの!?」 「な!?なんなの!??ジュンもシンクも、どういう事よ!」 ルイズに問われたジュンも真紅も、唇を噛んだまま言葉を繋ぐ事が出来ない。代わりに 答えたのは、わなわなと震える翠星石だった。 「あ、あれは、狙った船は・・・エサですぅ。まさか、あたし達のためだけに、ここまで するですかぁ・・・」 「本当の旗艦は・・・『レキシントン』号じゃ、ない!旗艦は、あの船だっ!!」 ジュンが睨み付けるその先には、アルビオン右翼戦艦列の後ろにいる、武装のない巨大 な船があった―――『竜の巣』号だ。 「うあああ、お、おでれーたぁああ!騙されたあーっ!」 デルフリンガーの言葉は、虚しくエンジン音にかき消された。 「敵魔法・・・次弾、来ません!鉄の鳥は、トリステイン艦隊と同一高度を保ったまま旋 回を続けています!」 「やったぞっ!成功だ!やつら、精神力が尽きたのだ!!」 士官からの報告を受けたサー・ジョンストンは、拳を振り上げて興奮していた。隣にい るボーウッドも小さくガッツポーズを取っている。 「よし、もはや偽装の必要はない。信号旗をあげよ、伝令を飛ばせ。二番艦隊に至急連絡 を取り、被害状況を確認するんだ」 『竜の巣』号のマストには、数々のはためく信号旗があげられた。 甲板からも他の艦艇に向け手旗信号が送られる。 信号が届かないほど遠くにいる左翼艦列の残存艦――戦列艦4隻と『母竜』号、武装の ない中型船2隻と小型船3隻――へは、伝令用カラス型ガーゴイルが何羽も放たれる。 今や『竜の巣』号は、アルビオン艦隊旗艦として司令塔機能を堂々と現した。 「シェフィールド、戻りました」 「うむ、伝令役ご苦労」 『竜の巣』号の艦橋で、ボーウッドが声の方を振り向くと、誰もいなかった。 「・・・いい加減、マントをとりたまえ」 「あら、失礼しました」 ボーウッドの目の前の、何もない空間から、いきなり黒ローブをまとった女性の上半身 が現れた。『不可視のマント』を外したシェフィールドだ。 サー・ジョンストンがいきなりシェフィールドに駆け寄り、その手を握りしめてブンブ ン振りまわす。 「いやー!見事だ、全てが作戦通りだよ!!閣下の知謀には本当に感服しましたぞ!この サー・ジョンストン、閣下の部下として、鼻が高い!!」 「賭には勝ちましたな。ですが、まだ作戦途中です。『レキシントン』号と二番艦隊の状 況を確認しませんと」 「う、うむ、そうだった。そうだったな・・・で、どうだったね?」 ボーウッドに制されたサー・ジョンストンが尋ねると同時に、ガーゴイルの伝書カラス を手に持った士官が飛んできた。士官はカラスの首をパカッと開け、中の紙片を読み上げ る。 「ホーキンス将軍より、被害報告です! 『レキシントン』号以下、二番艦隊に人的損害…死者無し!不時着時の軽傷者数名のみ です!風石が消失し、帆と甲板が炎上したものの、不時着と艦からの待避に成功!全陸戦 隊、進軍命令を待つ! 以上でありますっ!!」 「・・・ぃやったあーー!!降下作戦成功だあーーー!! サー・ジョンストンは、拳を握りしめて両腕を振り上げた。 「同じだっ!城まで吹き飛ばされながら、全く死人を出さなかったヴェルサルテイル宮殿 と同じだよっ!! やつらの致命的弱点、『殺しを嫌う、経験不足の子供』・・・風竜騎士隊が壊滅した時 は誤情報かとヒヤヒヤしたが、まさか、本当に、大当たりだ!!しかも今回は、武具まで 無傷ときたもんだっっ!!」 「し、信じられませんな・・・ここまで上手く行くとは・・・恐るべきは、レコン・キス タの情報網です。ガリア王宮から、たった数日で、ここまで正確で有益な情報をもたらす とは・・・」 「いいやいやいやいやいやっ!真に素晴らしいのは閣下の頭脳だよっ! ミス・シェフィールド!今回の作戦、このサー・ジョンストンが見事やり遂げた事、是 非閣下に伝えてくれたまえよっ!」 「承知致しました」 シェフィールドは、ただ旗艦の椅子に座って震えていただけの男に、ニッコリと微笑み かけた。 「えー、オホン」 ボーウッドが、我を忘れてはしゃぎまわる艦隊司令長官兼トリステイン侵攻軍総指揮官 の横で、わざとらしく咳払いをした。 「ともかく、まだ上陸が成功しただけです。すぐに残存艦隊と竜騎士の再編成、さらに浮 遊砲台への偽装解除と陸戦隊援護指示を」 「おお、そうだったそうだった。ありがとう・・・えー、コホン! トリステイン侵攻作戦、これより第2段階に入る。 全戦艦に通達!これより、一番艦隊は三番艦隊と合流し再編成を行う!しかる後にトリ ステイン艦隊を討ち滅ぼせっ!! 浮遊砲台1番から9番まで全て偽装解除!『竜の巣』号と共に陸戦隊上空へ降下し、陸 戦隊を援護せよ! 竜騎士隊は、再編成終了まで艦隊周辺にて敵艦隊を牽制するんだ!」 鼻高々で胸を反らす上司を見て、ボーウッドは呆れつつも高揚感を隠せない。つい興奮 して独り言を口にしてしまう。 「まったく・・・『あの巨艦を気前よくエサにしてしまうとは、なにを勘違いしたのか』 と思っていたが・・・。まぁ、砲艦外交や大艦巨砲主義の時代も終わるようだし、その象 徴としてはいいかもな」 そんなボーウッドの視界には、トリステイン艦隊から離れてきた左翼艦隊の『母竜』号 が映っていた。 トリステイン艦隊の人々は、愕然としていた。 右翼戦艦列後方にいた、巨大輸送艦と思われていた船が次々と信号旗をあげる。甲板で は手旗手が旗を振り回し、他の艦に指令を送る。幾つもの鳥のようなものが、左翼艦隊へ 向けて放たれる。 撃墜したはずの艦が、無事に不時着。まだ焼けてない通りや広場の中に、次々と槍や剣 を手にした完全武装の兵士達が降りてくる。その数、3000以上。しかも更に降りてく る。 右翼艦隊後方の、焼き討ち船だと思われていたボロ船の舷側にポコポコと穴が開く。蓋 を外して出来た穴に、にゅっと大砲がつきだした。小型の民間船を改造したらしい9隻の 船は、片側に5~10の大砲を備えた浮遊砲台として、真の旗艦に続く。 そして右翼艦隊後方にいる中型船2隻からは、多くのメイジを乗せた頑丈そうなボート が発進していく。囮である戦艦列から離れていた、陸戦隊所属のメイジ達が乗った強襲降 下艇だ。 左翼艦列の残った戦艦4隻含め9隻と、右翼艦列の戦艦6隻、そして中央艦列の最後尾 にいたため『エクスプロージョン』に巻き込まれなかった補給船2隻が集結していく。そ の周囲を70騎以上の火竜騎士が旋回し、艦隊の再編成を守っている。 『メルカトール』号でも、フェヴィスがアルビオン艦隊の動きを凝視していた。 「まさか、やつら・・・まだ、やる気なのか?戦艦の1/3以上を、一瞬で失ったという のにっ!?」 隣のラ・ラメーが指示を飛ばし、航海士官達が様々な報告をかき集める。うち一人の士 官が二人の前に進み出る。 「艦隊の被害状況、報告します! 大破ゼロ、中破2、小破5!いくつかの艦に、火竜のブレスなどによる小規模の火災が 発生していましたが、既に鎮火しています!艦隊の戦死者、いまだゼロです! で、・・・ですが、その、竜騎士隊、グリフォン隊…あの・・・」 ラ・ラメーは、青ざめてはいるものの、落ち着いた瞳を士官に向ける。 「はっきり、全滅と言え」 「は・・・はい、申し訳ありません」 「構わん。再編成を急がせろ」 そしてその隣では、フェヴィスも敵艦隊に関する報告を受けていた。 「そうか・・・あの艦列は、上陸部隊が詰め込まれていたのか。旧式の小型艦6隻と最新 鋭の巨艦を使ってか・・・あの使い魔達を相手にするためだけに、よくやるよ。 陸戦隊を援護するのは、民間船を改造した浮遊砲台9隻だな。 そして我らの目の前には、未だ無傷の戦艦10隻に、竜騎士75騎、というわけだ」 そう呟くフェヴィスが火竜騎士の群れを見つめていると、その一部、10騎以上が地上 へ降下していった。 「地上の援護に割いたか。全く、我らもなめられきったものだ」 『イーグル』号でも、ウェールズが同じ報告を受けていた。 「パリー、やはり奇跡とは、そうそう起こる物ではないな」 「さようでございますな。とはいえ、ニューカッスル城で5万の敵に囲まれるのに比べる と、少々物足りなく感じますぞ」 「はは!全くだな。これからが本番、というだけの話だっ!」 『イーグル』号は再び、艦列を整えたトリステイン艦隊の最後尾に並んだ。 ルイズ達はゼロ戦を旋回させながら、ゼロ戦から艦隊と地上を見続けていた。 ジュンはルーンの力で読み取った機体の状態を、皆に告げる。 「機体は、大丈夫。全くの無傷だよ。機銃は、20mmはゼロだけど、機首の7.7mmなら 両方合わせて1000以上残ってる。燃料も、十分ある」 ジュンはそれ以上、何も言わない。真紅と翠星石がルイズを見つめる。 「ルイズさん・・・どう、するですかぁ?」 「ど、どうするって・・・スイ・・・」 翠星石に問われて、ルイズは困惑する。デルフリンガーが言葉を続けた。 「娘ッコよぉ、お前さんにゃあ、3つの選択肢があるのさ。 一つは、艦隊と戦う。つっても、相手は竜騎士60騎以上と戦艦の砲弾だろうよ。 一つは、地上に向かった小型船と竜騎士を潰す。ああ、この場合トリステイン艦隊は全 滅だなぁ。 そして、最後の一つは・・・こいつは、剣の俺としちゃ、言いたくねえや」 「帰る、という選択ね」 デルフリンガーが言わなかった言葉を、真紅が代わりに語る。 「あたし達は、もう十分な戦果を上げたわ。戦艦7隻に竜騎士20騎。敵に読まれていた とはいえ、それでも大損害を与えた事に間違いないの。そして私達がやるべきは、戦場に 出るあなたを守る事。 あなたの魔力が尽きたなら、もう戦えないなら、私達はあなたを安全な場所へ送るわ」 「・・・あの、でも、あれは、軍隊が沢山降りてきて・・・」 「『エクスプロージョン』って、狙えるのは物体だけ?人体には影響がでない魔法なのか しら?」 「・・・ち、違うの!その、あたし、殺すことはないかと・・・船だけ・・・」 「それこそ、彼等の思う壺だったわけだわね。・・・ガリア王に『エクスプロージョン』 を見られたのが失敗だったわ」 「だ!だって!」 「ねぇ、ルイズ。ジュンは立ちふさがった竜騎士を、みんな殺したわ。あなたのために、 ね。あなたには、その覚悟は無かったの?」 「もう…よせよ、真紅」 真紅の容赦のない言葉に、ジュンが眉をしかめて後ろを振り返る。 だが真紅の言葉は止まらない。 「いいえ、ジュン、言わせて。 ルイズ。魔法に目覚めたあなたを、『ゼロ』とバカにする人は、もはやいなくなるわ。 ヴァリエールの名に恥じない貴族になったと、褒め称えられるでしょう。もう十分ではな いかしら? あたし達も、これ以上の危険を冒してまで、トリステインに義理立てする必要は無くっ てよ」 「あ、あたし、あたしは・・・」 ゼロ戦の座席後部、狭い空間の中でルイズは迷っている。唇を噛み締め、拳を握りしめ て。 うわごとのように、とりとめなく言葉を口にする。 「このままじゃ、トリステインは、負けて・・・でも、あたし、魔力使い切って、いくら なんでも、あんな沢山の竜騎士なんか、相手には、だって、あたしだって、みんなも、死 んで欲しくなんか、名誉は、そりゃ、貴族だけど、みんなは、戦う理由が無いし・・・」 「あるさ。少なくとも、僕が戦う理由は、ある」 その言葉に、真紅も翠星石も操縦席のジュンを凝視した。 ルイズが、恐る恐るジュンに尋ねる。 「ジュン・・・戦って、くれるの?・・・どうして!?」 「それはね・・・えと、う~んっと・・・ああ、あれだよ」 操縦桿が倒され、ゼロ戦は進路を変えた。 トリステイン艦隊へ向けて。 「中途半端は、イヤだから」 ゼロ戦は、再編成を終えて再びアルビオン艦隊へと向かおうとしていたトリステイン艦 隊の上を旋回し始める。 その姿は、トリステインの人々を勇気づけるに十分な物だった。 「見ろよマリコルヌ!あいつら、俺たちを守ってくれるらしいぞっ!」 スティックスがバンバンとマリコルヌの肩を叩き、ゼロ戦を指さす。 「すげぇ、や。あいつら、まだやるんだ、まだ、やれるんだ…俺たち、勝てる!?生き残 れるんだぁっ!」 トリステイン全艦から、再び歓喜の叫びが湧き起こった。 ジュンは、すまなそうに後ろを振り返る。 「ごめんな。真紅、翠星石・・・こっからは僕一人でいいよ。お前等はルイズさんを連れ て」 「バカを言わないで、ジュン」「そーですそーです!おまえ一人で、戦えるわけがねーで すよぉっ!」 真紅も翠星石も、怒るどころか微笑んでいた。 「いいのか?二人とも、これはアリスゲームと無関係な戦いだぞ」 「その通りよ。でも、もはや、あたし達自身と無関係じゃないの。何より、ジュンが戦う 時は、私達も戦う時よ」 「何度も言わせるなですぅっ!ルイズさんだって、学院のメイドさん達だって、みんな大 事な友達ですぅ!戦いはイヤですけどぉ・・・でも、もう、ここまできたら、引き下がれ んですぅっ!」 紅と緑の光に包まれた二人はキャノピーを再び開け放つ。真紅は右の翼に、翠星石は左 の翼に、強風をものともせず片膝をついて取り付いた。 荒れ狂う風の中、大声で言葉を交わし合うジュン達に、ルイズは言葉もなく涙を流して いた。 「お前さん、いい友達を持ったなぁ」 デルフリンガーの言葉に、ルイズはただただ何度も頷く。 真紅の手から湧きだした薔薇が、竜巻の如く火竜騎士の群れへ襲いかかる。 火竜がブレスを一斉放射、紅の竜巻を焼き尽くしていく。 灰となる花びらが舞う空。たった一機のゼロ戦が、60騎以上の火竜騎士の群れに、迷 わず突っ込んでいく。 これを合図に、アルビオン・トリステイン両艦隊の砲撃戦が始まった。 ―――トリステイン魔法学院、学長室 『・・・ザザ・・・右から3騎だっ!ひねりこ・・・やばっ、弾が・・・ザザザ・・ 『イーグル』号が襲われ・・・あれ?・・・あの時の、海賊船じゃ・・・ ・・・ブレスが・・・ザザ・・・ザ・・翠星・・・!ふぅ・・ザザザ・・・ ・・上だっ!・・・ホーリ・・・薔薇でけんせ・・・ッザザザ・・・』 学院長の机の上に置かれた、トランシーバー。 雑音混じりで、ゼロ戦の通信機から届く音声が流れ続けている。 その部屋には、いや、廊下にまで人が詰めかけている。 オスマンが、コルベールが、アニエスが、タバサが、キュルケが、モンモランシーが、 ケティが、ローラが、シエスタが・・・。学院に残るほとんどの人が、トランシーバーか ら流れるゼロ戦の様子に耳を澄ませ、ひざまずいて祈り、声援を送っていた。 じっと黙って聞いていたタバサが、すぅっと部屋から出て行く姿など、誰も気にとめな い。皆、固唾を呑んで戦況に聞き入っている。 学院長室を出ようとするタバサの肩を、キュルケが掴んだ。 「ダメよ、タバサ。あなたが行けば、ガリア王家が」 「彼等は、あたしの希望」 タバサは振り向きもせず、ただ前へ進もうとする。 「それでもダメ、ダメよ。彼等のために、行ってはいけないわ」 「行かせて」 タバサは、キュルケに杖を向ける。その目に、なんの迷いも恐れも無い。 キュルケは、もはや何も言わない。黙って杖を抜いた。 その時、トランシーバーから、悲鳴が響いた。 『ザザ・・翼からっ!散弾が・・・ダメ、間に合わな、ザザザ・・・墜ちるぅ!・・・』 トランシーバーからは、雑音が流れた。 オスマンが震える手でトランシーバーを持ち上げ、軽く叩いてみる。 コルベールが、恐る恐るダイヤルをいじってみる。 それでも、トランシーバーからは雑音しか流れなかった。 キュルケも、タバサも、アニエスも、誰も彼もが動けなかった。 ただ沈黙だけが、部屋を覆っていた。 第3話 墜落 END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2821.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next 正午、ワルドの風魔法で『マリー・ガラント』号はスカボロー港へ到着した。しかし、 積み荷の硫黄を下ろす船員達の中に、ルイズ達一行はいなかった。 レコン・キスタに制圧された港湾施設にノコノコと姿を現すわけにはいかない。船が残 していた風石で港に着く前に、グリフォンで飛び立ち、港から少し離れた森へ降り立って いた。 森に皆とグリフォンを残し、ワルドはスカボローの街へ向かった。 「諸君、まずいぞ。状況は最悪だ」 スカボローの港町から戻ってきたワルドが、皆にパンを分けつつ、街で集めてきた情報 を語る。 ニューカッスル城で王軍は完全包囲されている。 ウェールズ皇太子は生死不明。 反乱軍は明日正午に総攻撃開始。 戦力は王軍数百に反乱軍5万。 スカボローからニューカッスルまで馬なら一日かかる。 道中、反乱軍に見つからないよう、主要な街道や街を避けて進まねばならない。 グリフォンはワルドとルイズに加え使い魔達も乗るので、重い分足も遅い。 「つまり、今すぐ出発だ」 周囲の警戒に人工精霊達を放ち、人形達をグリフォンの頭に乗せて、前にルイズ後ろに ジュンを乗せたワルドは、ニューカッスル目指して駆け出した。 反乱軍は大半がニューカッスル攻城戦に参加しているらしく、街道や街の警備は主要な 地点に必要最小限しか配置されてなかった。また、人工精霊達の索敵もあり、回り道なが ら順調に進んでいた。 獣道を走り抜け、川を飛び越え、街を迂回し、麦畑に分け入り、森を突っ切って、グリ フォンは走り続ける。 「ねぇ、ワルド様。どうやって皇太子と連絡を取ればいいかしら」 「…もはや、陣中突破も難しいな。 反乱軍も、公然とトリステイン貴族に手は出せないだろうが、いくらなんでも真っ昼間 に敵陣を破れん」 「後ろから突破されるとは考えてないでしょうし、あたし達の力ならなら不可能じゃない わ」 「だが、突破する時間が問題なのだよ、ルイズ。 恐らく、我々が到着できるのは、総攻撃直前だ。士気も高く功を焦った兵士達が『正体 不明の連中が、突然城に突っ込んでいった』のを見たらどうするか…。十中八九、なし崩 しに総攻撃開始だ。戦闘は間違いなく一方的虐殺で即座に終わる。もう手紙の回収どころ じゃない」 「なんとか、大陸の端を飛んでいくとかできないかしら?」 「何人も乗せて、では長く飛べん。それに、城から攻撃を受ける事も前提なのだから。い くらなんでも、単騎で飛んでいては、城壁から見ればタダの的だよ。当然反乱軍も、監視 は飛ばしているだろうし」 「ホーリエかスィドリームを使って、城内に予め連絡してはどうかしら?」 「信用してもらえるかどうか…その光玉に攻撃をかけられるのが関の山だろう。正攻法よ り、搦め手を考えよう」 ルイズとワルドがニューカッスル城へ入る方法を相談している間、真紅と翠星石は索敵 と安全なルート探しに忙しかった。 ジュンは一言も口を聞いていなかった。ただじっと目を閉じ、グリフォンの背に揺られ るままだ。 「ジュン、どうしたのさっきから。もしかして、さすがに疲れちゃった?」 ルイズの心配げな声を聞いて、ようやくジュンはゆっくりと口を開いた。 「うん・・・そうでもないよ。けど、さすがにちょっと疲れたかも。少しでも余計な体力 を使わないたくないかな」 「そうだな、ジュン君。いくら腕利きの剣士でも、君はまだ子供だ。体力が劣るのは否め ない。無理せず休んでいたまえ」 「分かりました。ミスタ・ワルド、お言葉に甘えさせて頂きます」 ジュンは目も口も閉ざし、走るグリフォンに揺られて続けていた。だが、脳細胞はフル 稼働していた。 どうすれば、安全にニューカッスル城に入れるのか。 桟橋で戦った後、何をおかしいと思ったのか。 フーケ脱獄を手引きしたのは誰か。 レコン・キスタの目的は何か。 ルイズが王女からもらった水のルビーを有効に使う方法はないか。 アンリエッタ姫が一番望んでいるのは、何なのか。 手紙を回収出来れば、出来なければ、影響はどこへどう広がるか。 説明された事象を、目にした事実を、一つ一つ思い返し考え続けていた。 そしてワルドの背中を見上げた。このパーティのリーダー的存在、トリステイン王国の 高級軍人、マザリーニの腹心、アンリエッタから一行の護衛を任ぜられた、腕利きのメイ ジである頼もしい男の背中・・・。 「まさか…!?」 「…ん?どうしたね、ジュン君」 ジュンのつぶやきに、ワルドが肩越しに振り返る。 「あ、いえ、すいません。独り言です」 そういってジュンは再び目も口も閉ざし、ワルドの背に体を預けた。ワルドも、それ以 上詮索しなかった。 ジュンは以後、口を開かなかった。 「諸君、こういう手はどうだろうか?」 山の峰を越え、眼下に円形状の城壁と内面に作られた五芒星形の大通りが特徴的な街を 見下ろした頃、林を駆け抜けながらワルドは切り出した。 「反乱軍司令官に、『通してくれ』と頼む」 全員、グリフォンからずり落ちそうなほど、ガクッときた。 「あ、あの、ワルド様…今は冗談を言ってる場合では」 「ははは!ルイズ、実は冗談じゃないんだよ」 「ワルドさんにはぁ秘策があるですかぁ?」 「うむ、まぁ聞いて欲しい。 反乱軍司令官に正式な面会を求めるんだ。もちろん、公的な特使としてではなく、私的 なものとしてね。理由は『一方的な虐殺に過ぎないこの戦いを回避するため、ニューカッ スル城へ降伏と投降を呼びかけたい』というものだ」 「うぬぬぅ!?な、なかなかの妙案かもですねぇ!」 翠星石が感嘆の声を上げる。真紅もワルドに振り返る。 「良い案だとは思いますわ。ただ、何故我々がアルビオンの最前線に来たのか、と怪しま れるんじゃなくって?」 「うむ、当然の疑問点だな。だが『トリステイン王家に仕える者として、始祖ブリミルが 授けし王権の一つが無為に潰える事態は、看過しえぬがゆえ』で良いだろう。トリステイ ン王国近衛隊隊長という肩書きなら、信用も十分だ」 「そうね…少なくとも、強行突破よりはマシな策だわ。さすがグリフォン隊の隊長ですわ ね」 「そうよねシンク!私もワルド様の案に賛成よ。他に良い案も無いし、これで行きましょ う」 かくして一行はワルドの案を胸に、ニューカッスルへ走り続けた。 アルビオンの夜。 一行は森の中、泉のほとりで野宿する事になった。 有力貴族出身のルイズも、さすがにこの状況では文句も言わなかった。もっとも、疲れ 果ててグリフォンから下りたら即座に熟睡してしまっただけだが。ルイズの指にはまる水 のルビーだけが、星明かりでも変わらずに輝いていた。 人形達も人工精霊と共に、明日に備えて即トランクに入り込み、眠りに落ちた。 ジュンは見張りとして、デルフリンガーを脇に置き、泉のほとりに腰をおろしてる。 ぼんやりと、水面に映る星空を眺めていた。 「・・・なぁ、デル公」 「ん~?」 「お前、この任務をどう思う?」 「どうって…おりゃぁただの剣だ。武器として、ただ振られるだけだ。何のために振るか は、持ち主が考える事だぜ」 「そりゃそうだ」 「でもまぁ、あえて言わせてもらうなら、だが…いいか?これは嬢ちゃん達にゃぁ秘密だ ぜ」 「分かってる。ハッキリ言ってくれていいぜ」 「おぅ、んじゃ…この任務は、バカげてる」 「…やっぱ、そうだよなぁ~」 ジュンは大きくのびぃ~っとして、大の字に寝ころんだ。 「昔うっかりだしちゃったラブレターを取り返さないと、ゲルマニアとの政略結婚が、軍 事同盟が成立しない。 その手紙は内乱の最前線にある。 でも、頼める人が王宮内にいない。 で、長い事会っていない幼なじみの女の子に、戦場ど真ん中に行ってくれと頼む。 報酬として国の財産の指輪、水のルビーを勝手にあげちまう。 兵士でもない、戦闘訓練も何もしてない女の子に、だぜ? でもやっぱ不安で、ワルドさんに護衛を頼む…秘密って言葉の意味、知ってるのか? あの王女…相当のバカだな」 「ああ、バカだよな」 デルフリンガーもジュンも、はあぁ~…と大きなため息をついた。 「なぁ、デル公。ハルケギニアでは、これが当たり前なのか?」 「まぁ、王族とか貴族とかは、だいたいこんなモンだ。下のモンが上のワガママに振り回 される。世の常だろうよ」 「そーゆーのは僕の国でもあるけど、でも、ここまでのバカは誰もやらねーよ。信頼出来 る部下はいない、任務を遂行出来る人物かどうかも考えない、一縷の望みを託して…と言 うか、ただの特攻だよ! 頼まれたルイズさんも、怒るどころか感激してる有様だし。これが王家への忠誠ってヤ ツなのかぁ?」 「そうだ。それが王家への忠誠だ」 バシュッ! デルフリンガーを手にし、一瞬で泉の対岸へ飛び退いた。 さっきまでジュンが寝ていた場所近くに、杖を手にしたワルドが立っていた。 ジュンは、デルフリンガーを右手にダラリと下げている。 ワルドも杖を手に、ただ立っている。 泉を挟み、真顔で睨み合っていた。 「ミスタ・ワルド、どの辺から聞いていました?」 ワルドは、わざとらしく首をひねる。 「ふ~む…昔うっかり、という辺りかな?」 「へへ…困ったなぁ、交代の時間には早いですよ」 ジュンもわざとらしく、左手で頬を掻く。夜の闇に、包帯がルーンの光で淡く浮かび上 がっている。 「子供に負担をかけてはよくないからね」 「そうですか、気を使わせて申し訳ありません」 「気にする事はないよ。面白い話も聞けたしね」 「楽しんで頂けて嬉しいですね…」 チャキッ 表情はそのままに、デルフリンガーを握り直す。 「ジュン、油断するなよ。手強いぜ」 ゆっくりと、切っ先がワルドに向く。 だが、ワルドは微笑み、杖を納めた。 「ははははっ!そう怖がらなくて良いよ。君がこの国の人間でないのは知ってるからね。 王家への忠誠は期待してはいないよ。 しかし君は『バカな任務』と思いながらも学院から駆けつけた。桟橋で敵を撃退した。 空賊船だって退けた。何故かな?」 「え?」 あまりの態度の急変に、目が点になってしまう。 相変わらずワルドはニコニコとしている 「な、何故って、そりゃ、ルイズさんのためですよ」 「そう!それでいいんだよ。 学院でも君は『主が忠誠を誓う者に忠誠を誓う』と答え、姫殿下は満足していたろ?」 「はぁ・・・まぁそうですけど」 「なら、それでいいんだ。ルイズはこの任務に全力を尽くしてる。君は彼女を助けてくれ る。そうだろう?」 「…もちろんです」 「では、お互い頑張ろう。君もそろそろ休みたまえ」 「あ、う…はい。分かりました…」 「おでれーたな。なんだか、怒られなくてよかったなぁ」 「そ、そだな」 ジュンはルイズ達の所へ戻ろうと歩き出した。だが歩みを止め、ワルドを振り向く。 「ミスタ・ワルド、あなたはこの任務をどう思っているのですか?」 「『バカな任務』だ」 あっさり言い放たれ、目が点になってしまった。 「ふふふ、驚くのも無理はない。だが、無茶と承知でもやらねばならない。それが王家へ の忠誠というものだ」 「あなたは、それで良いと思っているのですか?」 「忠誠は、それなりの見返りがあるから成り立つのだよ。出世、領地、爵位、各自の都合 や打算だ。 君にわかりやすく言うなら、自分の任務を、自分の都合で成功させたいと思ってる」 「…大人って、大変ですね」 「君にもいずれ分かる。守るもの、譲れないものを手に入れた時にな。 …いや、確か君には既にあったね。シンクやスイセイセキに匹敵するガーゴイルを作る んだって?ルイズから聞いたよ」 「えと、まぁ、ちょっと違うけど、そんなもんです」 ちょっと頬を赤らめて、頭をポリポリかいてしまう。 「私にはよく分からないが、ルイズと一緒に魔法の勉強が出来るよう頑張りたまえよ。 …ああ、ところで、ルイズと一緒であれば、他の国の学院でも良いのかな?」 「へ?」 いきなりの質問に、敬語を忘れて聞き返してしまった。 「つまり、留学とかだよ。ガーゴイルならガリアが有名だ。このアルビオンにも良い魔法 学院がある」 「ああ、そういうことですか。そうですね、今の学院から離れるのは考えてません…でも ガリアは興味があります」 「ほほう、なるほどね…うん、そうか」 顎に手を当ててウンウン頷くワルドに、ジュンも怪訝な顔だ。 「あんの隊長さん、何か企んでるのかぁ?」 「デル公、失礼だぞ」 「ん?ああ、企んでるさ。ルイズと結婚するなら、君達の事も考えないとな」 「「なーる」」 ジュンもデルフリンガーも、思わず声にだして納得してしまった。 「さて、話はこれくらいにしよう。明日は正念場だからな、早く休みなさい」 「はい、分かりました。後はお願いします」 ジュンは踵を返して立ち去ろうとした。 「ああ、ジュン君。最後に確認したいんだが」 「はい、何でしょう?」 ワルドに呼び止められ、ジュンは振り向く。 「君は結局、使い魔としてルイズの下についてくる、ということなんだね?」 「ええ、その点は間違いないです」 「そうか。いや失礼、それならいいんだ。おやすみ…ああ、私の事は、もう呼び捨てでい いよ」 「?…いえ、そうもいかないですよ。それではおやすみなさい」 「ああ、ゆっくりやすみたまえよ」 ほぅ…ほぅ…というフクロウの鳴き声が響く夜の森。 ワルドは星空の下、泉を見つめていた。 泉に映るその口の端は、禍々しく釣り上がっていた。 ジュンはルイズの横で毛布にくるまる。そして、昼間に考えていた事や先ほどのワルド とのやりとりを思い返していた。 ・・・ワルドさんは、違う。でも、王女や枢機卿は多分・・・ 一抹の不安は抱きつつも、疲れ果てた肉体は、すぐに夢の世界へ彼を誘った。 朝靄の中、朝日が森に光のカーテンを広げていく。 朝露と緑の葉が、キラキラと白く輝く。 鳥のさえずりに起こされ、毛布やトランクから全員もそもそと這い出してきた。 「おはよぅ…うぅ、腰痛いぃ」「んがぁ~筋肉痛いてぇ~」「おはよう諸君、さっそくだ が朝食にしよう」「そうしましょう。ホーリエ、周りを見張っててね」「スィドリームも、 お願いですよぉ」 赤と緑の光が、泉周囲へふわふわ飛んでいった。 泉で顔を洗い、朝食のパンと干し肉分け合う。 ワルドがすっくと立ち上がる。 「さて諸君!昨日急いだおかげで、正午の総攻撃前にニューカッスルへ着けるだろう。反 乱軍司令官にお目通り願うのは難しくないだろうが、我らの密命について気付かれる事だ けは避けねばならない そこでだ・・・」 干し肉を頬張るルイズに視線を移す。 「反乱軍のトップ、『レコン・キスタ』総司令官オリヴァー=クロムウェルの下へは、私 が行くとしよう。ルイズはここで待っててくれ」 ぶっ! 言われたルイズは干し肉を吹き出してしまった。 「待って下さい!私も行きます!」 「いや、万一姫殿下からの手紙が見つかるとまずい。『降伏と投降を勧める』という話だ けなら、私だけで出来るからね。そして何より…」 ワルドは、全員を見渡した。 「もしダメだったら、私が司令部で大暴れして逃げる。そのスキに強行突破するんだ」 「「「「「なっ!?」」」」」 絶句した一同を気にせず、ワルドはジュンの肩に手を置いた。 「君達ならやれるだろう。頼んだよ」 「…はい」 ジュンは刺すように鋭い目つきで、ワルドを見上げていた。 丘から見渡すだけで、王軍の敗北はよく分かった。遠くに見える、浮遊大陸の突端に位 置するニューカッスル城は、包囲されていた。 上空には10隻近い戦艦。おそらく岬の向こうや雲の中にもいるだろう。 さらに、総攻撃まで間があるのに、既に多くの竜が飛び回っている。 城壁前には兵士の大集団がいる。万の単位でいるのは確実だ。 兵には人だけでなく、巨大な亞人、見るからに獰猛な幻獣なども見える。 巨人の近くには、巨大な弓らしきものもある。攻城兵器だろう。 獣の咆哮、傭兵達の雄叫び、巨人が振り下ろすメイスの轟音。 すでに、彼等は勝利の祝杯を上げているらしい。 そして、その全てが正午を、総攻撃の瞬間を待ちわびていた。 そしてルイズ達は丘の上の森に隠れ、グリフォンにまたがり反乱軍司令部へ向かうワル ドを、不安げに見下ろしていた。 ワルドが反乱軍に入っていったのを見届けると、ジュンは女性達に向き直った。 「みんな、よく聞いて欲しい。これは、あくまで僕の勝手な想像なんだけど・・・」 ジュンの話を聞かされたルイズは、手を口で被い、次第にわなわなと肩を震わせた。 バチィンッ! ルイズがジュンの頬を打つ。 「あんた・・・まさか、あんたがそんな事を言うなんて!見損なったわ!」 憤慨して顔を歪ませるルイズを、それでもジュンは真剣に見据えていた 「僕も、そんな事は無いと信じたい。少なくとも、ワルドさんにそんな気は無いと思う。 でも、王宮の他の人、例えばマザリーニ枢機卿ならどうだろう?」 「!…ッ」 問われたルイズは言葉を詰まらせた。真紅と翠星石も顔を曇らせる。 「ジュンの考えは当然よ。これは確かにあり得る事よ」 「それじゃ、どうするですかぁ?もう、ここまで来てしまいましたよぉ」 ジュンは顔を伏せ、しばし思考を巡らせる。そして、キッと顔を上げ皆を見据えた。 「もう、後戻りするには遅すぎる。手紙を回収しよう。ただ、気をつけるのは・・・」 ジュンの言葉に、女性達は何度も頷いた。 酔ってからんでくる傭兵を無視し、牙を剥く火竜の脇を通り、杖を掲げる騎士隊の間を 案内された。何回もしつこくディティクト・マジックをかけられ、散々所持品をチェック された後、会議という名の祝勝会を通り抜け、ワルドはクロムウェルに奥の天幕で拝謁し ていた。 「やぁ子爵!ワルド君!久しぶりじゃないか!どうだね君の、その、なんだ、件のラブレ ターだよ!んんんっ!?ゲルマニアとトリステインの婚姻を阻む救世主は、手に入りそう かね!?」 「あと一歩、という所です。本日はその件で閣下の助力を得たく、ここに参りました」 「おぉ!素晴らしいっ!助力か?もちろんだとも!何でも言ってくれたまえ!すぐ手配し ようじゃないか!」 「感謝致します。実は…」 他の貴族や将軍は皆、宴会で酒をあおっている。お付きの小姓や警護の下級士官も人払 いされた。今この場にいるのは、ワルドとクロムウェル、そして20代半ばくらいの女性 だけだ。ピッタリとした黒いローブを身にまとい、妙に冷たい感じのする細身の女性が、 クロムウェルの横に控えている。 「なるほどなるほど!そういうことなら話は簡単だ、早速通すとしよう!ニューカッスル にも手紙を投げ込むとしようか。なぁに!無駄な死人が出ずに済むなら結構な事だ。本当 に投降する者がいれば、王族以外は受け入れるとしよう!決して不利な扱いはしないと伝 えてくれ!」 「ありがとうございます」 ワルドは恭しく礼をした。 「造作もないことだ!期待している!ところで、その王女からの密書は今持っているのか ね?是非拝見させてくれないか!」 「いえ、私の共が所持しています」 「おやそうか、残念だね。だが、まあ良い!もう正午まで時間がない、急いで行ってくれ たまえ!」 「ははっ!」 ワルドが踵をかえして天幕を出ようとした時、女性がクロムウェルに耳打ちした。 「…ほほう!?ほうっ!それは面白い! あ、ワルド君!ちょっと待ってくれ!実は、こういうのはどうだろうか・・・」 グリフォンに乗ったワルドは丘の上へ舞い戻って来た。 「諸君!話は通ったぞ、急いで城門へ!」 一同は急いで丘を降りていった。 丘の上から反乱軍の威容は見ていた。だが、やはり間近で見ると迫力が違う。 凶悪な光を放つ攻城兵器、巨大な弓―バリスタが城壁を向いている。 5メイルを超えるトロール鬼が、ふいごのような呼吸音を響かせている。 荒くれ者の傭兵達が、子供達連れでニューカッスル城に向かうワルドを笑っている。 彼等の装備、剣や鎧のほぼ全てが、どす黒い染みをつけていた。こびりついた血だ。 グリフォンに乗ったワルドは、前にルイズを乗せている。 ルイズは毅然とした態度で胸を張っていた。だが小刻みな震えが止まらない。 ジュンは背にデルフリンガー、両手にトランクを抱えグリフォンの横を歩いている。 真紅と翠星石は目立つのを避けるため、また切り札として、トランクに待機している。 一行はレコン・キスタ軍を通り抜け、ニューカッスル城門へたどり着いた。 城門は軋む音を響かせて、重々しく開けられた。 彼等が城内に入ると同時に、再び軋む音を響かせて、厳重に門は閉じられた。 城門内では、数百人のメイジ達が一行を出迎えた。それだけのメイジがいれば、本来は 大戦力だ。旅団クラスの傭兵を相手に出来る。だが城外の敵は5万、メイジの数も桁が違 う。敗北は目に見えていた。 にも関わらず、出迎えた者達に怖じ気づく様子は微塵も見られなかった。 先頭に立つワルドの前に進み出たのは、凛々しい金髪の若者だ。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。アルビオンへようこそ、大使よ」 ワルド初め、一行は跪く。 「皇太子、お初にお目にかかります。私はトリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊 長、ワルド子爵。 ですが、私は大使ではなく、ただの護衛に過ぎません。真の大使は、こちらに」 優雅に指し示されたルイズの前に、皇太子は歩み寄った。 「ヴァリエール家三女、ルイズにございます。閣下、アンリエッタ姫殿下より、密書を言 付かって参りました」 「密書と申すか?降伏勧告ではなかったのか?」 「いえ、その件は城内に入るための偽装にございます。真の任務は、この密書を渡す事に ございます」 密書を胸元から取り出したルイズは、受け取ろうとした皇太子の手を見て、一瞬躊躇し てしまった。 「どうかされたか?」 「い、いえ、失礼ながら、この密書はウェールズ皇太子に直接手渡さねばなりません。ゆ えに、証を示して頂きとうございます」 それを聞いた長身の老メイジが「そなた!無礼であろう!」と怒声を上げた。だが皇太 子は手を振り部下を制した。 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズが姫から受け取った水のルビーに近づけた。 二つの宝石は、共鳴し合い、虹色の光を振りまいた。 「水と風は虹を作る。王家の間にかかる橋さ」 ルイズは頷いた。 「大変、失礼をばいたしました」 ウェールズはルイズから受け取った手紙を愛しそうに見つめ、花押に接吻した。それか ら慎重に封を開き、中の便箋を取り出して読み始めた。 「姫は結婚するのか?あの、愛らしいアンリエッタが。私のかわいい…、従妹は」 ワルドは無言で頭を下げ、肯定の意を表した。再びウェールズは手紙に視線を落とす。 最後の一行まで読むと、微笑んだ。 「了解した。姫は、あの手紙を私に返して欲しいと告げている。何より大切な、姫からも らった手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう。 それでは、ついてきたまえ」 一行は立ち上がり皇太子の後を追う。 「お待ち下さい、閣下」 ワルドが皇太子を呼び止める。 「反乱軍司令官クロムウェルは、王族以外の投降は受け入れる、との事です。もし城を去 る者や暇を与えられた者がいるなら、正午までに城を出て頂きたい。決して不利な扱いは しない、との言伝です」 「おお!そうか、それは助かる。パリーよ!」 ウェールズは先ほどの老メイジを呼び、何事か指示を出した。老メイジは数人を連れ、 城内へ駆けていった。 「実はニューカッスル城下の秘密港から脱出する船があるんだが、どうしても乗り切らな くて困っていたんだ」 老メイジ達は、ぞろぞろと疲れた様子の人々を、恐らくは城で働いていたであろう人々 を連れてきた。 「彼等はただの平民だ。反乱軍とて投降する彼等を害する理由はあるまい。感謝するよ。 さぁて、正午まで間がない。急ごう」 皇太子に連れられて、一行はグリフォンまで伴い、城の奥へと駆けていった。 ウェールズの居室は、天守の一角にあった。 王子の部屋とは思えない、質素な部屋であった。木で出来た粗末なベッドに、一組の椅 子とテーブル。 窓からは、投降した人々が反乱軍の横を通り抜けていくのが見える。 王子は机の引き出しを開き、宝石のちりばめられた小箱を取り出す。首のネックレスに 付いた鍵で蓋を開けると、蓋の内側にアンリエッタの肖像が描かれていた。 「宝箱でね」 王子は中から手紙を取り出した。何度も読まれたらしい手紙は、すでにボロボロであっ た。ウェールズは手紙をたたみ、封筒に入れてルイズに手渡した。 「ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、その手紙を受け取り胸元に入れた。 「それでは皆、すぐに城の地下に行き『イーグル』号に乗って」 ドゴゴゴゴンッッ!! 王子の最後の言葉は、一同には聞こえなかった。大音響でかき消された。 天守の窓から、城壁の大砲が火を噴くのが見える。そして上空からは、艦砲射撃が全方 位から城へ向けて撃ち込まれていた。 城の天守は、いい的だ。 黒い鉄の塊数十個が、放物線を描いて飛来。そして、着弾した。 全員、衝撃で床に壁に叩き付けられた。 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・ 城へかけられた強固な固定化魔法をもってしても、多量の大砲弾が着弾した衝撃をしの ぎきれなかった。 もうもうと巻き上がる煙とホコリの中、ウェールズとワルドのルーンのつぶやきが、も し耳が聞こえるなら聞こえたろう。残念ながら全員、着弾時の衝撃で聴覚が一時的に麻痺 していた。 二人の魔法で部屋の中に突風が吹き、視界をクリアにしていく。 窓と、壁に開いた穴からは、飛来する火竜に跨る竜騎士が数騎見えていた。 「出番よっ!ホーリエ!!」 「行くですよっ!!スィドリーム!!」 真紅と翠星石が、トランクから飛び出した。それぞれの人工精霊を火竜の前に放つ。 カッ! 二つの人工精霊達は突如激しく輝き、火竜と竜騎士の目をくらませた。 「薔薇の戒めを受けなさい!」 真紅の薔薇が飛来する竜騎士の火竜達に、小さな針となって襲いかかる。火竜は突然の 痛みを翼一面に受け、怯んで天守から離れていった。 「さぁお前等!さっさと逃げるですっ!」 叫びながら、翠星石は周囲に水をまき散らしていた。凄まじい勢いでわき出したツタが、 天守を覆い尽くし砲弾を防ぐ。 ワルドはルイズを、ウェールズはジュンを助け起こし、階段へ飛び出した。目を回した グリフォンも、主に蹴られて目を覚ます。 ウェールズに先導され、一行は地下へと駆け下りていった。トランクに乗った人形達も 後ろを飛んでくる。 ずずずず・・・ 階段を駆け下りる彼等を追うように、上から振動が響いてくる。 グリフォンに乗せられたルイズが上を見ると、見たくないものが見えてしまった。 崩壊した天守が、崩れ落ちてきていた!しかも、崩れた下の階と階段を、次々と潰し巻 き込みながら!! ワルドがルーンを叫び、杖を上に向けた。 ドウンッ! それは『ウィンド・ブレイク』だった。ただし、彼が生み出せる最大最強の、だ。 崩落してきていた瓦礫の山は、一気に吹き飛ばされ、噴火するが如く吹き上がる。 もの凄い轟音が壁の向こうから聞こえる。城の外側へ吹き飛ばされた瓦礫が、外壁や屋 根に衝突する音だ。 「早く!もう城が保たないわ!」 真紅の叫びは、彼等の未だ麻痺した耳では聞こえなかった。だからとて急がない者はい ない。むき出しになった城の内部に向けて、天を覆い尽くすほどの竜と幻獣が降下してき ていたからだ 先頭のウェールズが1階に降り立った時、ホールで炎と氷の矢が飛び交っていた。襲来 した火竜のブレスと、迎撃するメイジの『氷の矢(ジャベリン)』だ。だが数十本の氷の 矢は、火竜が吐く煉獄の炎で瞬時に蒸発した。その炎がメイジに達した瞬間、メイジ自身 が大爆発した。 メイジの自爆に巻き込まれ、ホールの竜騎士達が消し飛ばされる。ホールはもはや火の 海だ。 皇太子に続いて降りてきた一行、特に女性達が悲鳴を上げ目を背ける。 炎に炙られ熱気渦巻く1階ホールだが、一瞬だけ彼等の頭上に冷気が降りてきた。 「右ぃっ!」 デルフリンガーの叫びに、ジュンは反射的に剣を掲げた。刹那、右から放たれた雷光が、 彼等の網膜を焼くほどに白く爆ぜる。その雷撃全てが、デルフリンガーの刀身に吸い込ま れた。 右に、マンティコアに乗った騎士がいた。必殺の雷を難なく受け止められ、慌てて次の 呪文を詠唱している。 「『エア・ハンマー』!」 ウェールズが杖をふり、騎士は空気の塊に弾かれ後方の壁に激突した。 ぐろおおおおっっ!! 主を失ったマンティコアが咆哮を上げて襲い来る! どごんっ! いきなり、マンティコア近くで何かが爆発した。爆風で吹っ飛ばされた幻獣に杖を向け ていたのは、グリフォンに跨ったルイズだ。 「急げ!こっちだっ!」 走るウェールズに皆必死で追いすがる。 「そぉれそれそれですぅっ!これでも喰らいやがれですぅーっ!!」 翠星石は、彼等が通った後の通路や階段に、無茶苦茶に水をまいていた。デタラメに生 えた植物が通路を塞ぎ、落ちてくる瓦礫や敵兵・幻獣の進路を閉ざしていく。 皆、飛ぶような速さで地下へと駆け下りていった。 「くそ…すまない。」 ウェールズは皆を城の地下、秘密の港まで案内した。真っ白い発光性のコケに覆われた 鍾乳洞だ。だが、岩壁に船の姿は無かった。 既に『イーグル』号は出航した後だった。 ずん…ずずぅん… 頭上からは地響きが聞こえてくる。パラパラと天井から土が落ちてくる。 入り口から、翠星石が飛んできた。 「ふぅ~道はぜーんぶ塞いだですよぉ。これで、そう簡単にはここまで来れんですよ」 「うむ、ご苦労だった、スイセイセキ君」 ワルドは皇太子に向き直り、優雅に頭を下げた。 「閣下、ご協力感謝致します。我らは、グリフォンにてトリステインへ帰還致します」 「地上まで行けるかね?」 「滑空するだけですので、問題ありません」 「そうか、それは良かった」 ほっと胸をなで下ろしたウェールズは、ルイズに微笑む。 「可愛い大使よ、任務ご苦労であった。アンリエッタには、こう伝えてくれ。ウェールズ は勇敢に戦い、勇敢に死んでいった、と」 その言葉に、ルイズの顔は色を失った。 「まさか・・・まだ戦うおつもりですか!?」 「当然だ。本当は真っ先に死ぬつもりだったんだがね。最期に君たちの役に立てて、光栄 に思う」 ウェールズの爽やかな笑顔に、迷いや恐怖は微塵も無かった。 ルイズは、熱っぽい口調で叫んだ 「殿下!亡命なされませ!トリステインに亡命なされませ!」 「亡命?どうやってかな?」 「それは、グリフォンに乗れば」 「はははっ!それは無理だ。人間を四人も乗せては、いくらなんでもトリステインに着く 前に、海に落ちてしまうよ。そもそも翼が重量に耐えられないだろうね」 「そ、それは、ワルド様の魔法で補えます!ジュンは、人形達に掴まって飛ばしてもらえ ばいいのですし」 「賭だな、危険すぎる。 いずれにせよ、これは王家に生まれた者の義務なのだ。内憂を払えなかった王家に、最 後に課せられた義務なのだ」 「それに!姫殿下からの密書にも、亡命を勧める末文があったはずです!」 興奮するルイズの肩に、ぽんっとワルドが手を置いた。 「ルイズ、無理を言うものじゃない。我らは姫殿下の命を果たしたのだ。今は早く王宮へ 戻るんだ」 「し、しかしワルド様!」 「ルイズ、ルイズ、よく考えるんだ。姫殿下は我らに何を命じたか、王家に仕える我らが すべきは何なのか」 「ワルド様・・・」 大粒の涙を流し、嗚咽するルイズを抱きしめる。 そして、ワルドはウェールズの正面に立ち、深く礼をする。 「閣下、これにて我らは故国へ帰らせて頂きます。姫殿下よりの任を果たせ、我らも胸を 張って…胸を…うぅ…」 ワルドは言葉を詰まらせ、肩を震わせていた。 「子爵殿・・・」 ウェールズは、ワルドの肩に手をおいた。 「御免っ!」どすっ!「ぐほぉっ!」 ウェールズの鳩尾に、ワルドの杖の柄が、めり込んでいた。一瞬で皇太子は気絶し、地 に伏した。 ルイズも、ジュンも、真紅も、翠星石も、グリフォンまでもが目を丸くして言葉を失っ ていた。 ワルドはゆっくりと、一同に振り向き、にんまりと笑いかけた。 「・・・王家に仕える者としては、何が姫殿下の一番の望みかを、常に考えねばならんの だよ」 「ワルド様…」「ミスタ・ワルド!」「ワルドさん、やるですねぇ!」「全く、無茶をする ものだわねぇ」 ルイズが満面の笑みに輝く。ジュンも人形達も、最高の笑顔で手を取り合った。 ずぅんっ! その時、後方から重低音が響いてきた。バラバラと土や石が吹き飛ぶ音も混じる。翠星 石が塞いだ通路を、爆薬で開けたのだろう。 「さぁみんな!逃げるですよ!」「ジュン!君は人形達と!」「真紅!翠星石!頼むぞ!」 「任せなさい!ルイズも急いで!」「わ、分かったわ!」 「はぁ~い♪そろそろぉ、あたし達の出番かしらぁ?」 突然、なんの緊張感もない女性の声が、岩壁から響いた。 岩壁からひょっこり顔を出してるのは、シルフィードに乗ったキュルケとタバサとギー シュだった。シルフィードは、でっかいモグラをくわえていた。 あまりに唐突な登場に、ワルド達は唖然としていた。 「あ…あ…、あ!あんた達、なんでここにいぃー!?」 ルイズの絶叫は、洞窟入り口から近づいてくる兵士達の喚声と重なった。 「話は後だ!諸君、急いで乗ってくれたまえっ!!」 ギーシュの叫びに、グリフォンにはワルドとルイズ、シルフィードには乗ってきた三人 に加え、ジュンと気絶したままのウェールズが乗せられた。 グリフォンとシルフィード、そしてトランクに乗った人形達は、岩壁に群がる兵士達を 尻目に、悠々と飛び去った。 グリフォンとシルフィードは、学院へ飛んでいた。人形達もシルフィードの背に乗り、 休息を取っている。 もはやアルビオンは遙か後方、遠い雲の彼方だ。前に遮るものは白い雲のみ。 風が全員の頬に当たる。 アルビオンを後にした一行は、シルフィードの上で大きな安堵のため息をついた。後は 陽気に、この数日間について語り合っていた。 タバサは相変わらず、本を読んでいた。 「へぇ~、そのモグラ、ヴェルダンデがルイズさんの水のルビーを」 「そうさ!僕の可愛い使い魔、ヴェルダンデはとびっきりの宝石が大好きだからね。水の ルビーを追っていくヴェルダンデのおかげで、我々はあの隠し港についたのさ。すると、 どうだい!君たちが皇太子に亡命を勧めてる真っ最中じゃないか! どうやって声をかけたものかと、手に汗握っていたよ!」 その巨大モグラは、シルフィードの口にくわえられ、抗議の鳴き声を上げていた。 「はぁ~あ、せぇっかくフーケぶっ倒して、必死で追いかけてきたのにぃ…。到着したら 全部終わってましただなんてぇ~」 「まだ、終わってませんよ」 ジュンの沈んだ声に、シルフィードの上の一同は少年の顔を見た。 彼は、未だ気絶したままのウェールズを見つめていた。 「目を覚ましたら、怒るでしょうね」 「そうだねぇ…貴族は名誉を重んじる。ましてやアルビオンの皇太子だ。君たちは皇太子 の最高の名誉、王族としての矜恃を胸に栄光ある戦死、を妨げたのだから、それはそれは 怒りを買うだろうね」 ギーシュも腕組みしてウンウン唸る。キュルケが深くため息をついた。 「はあぁ~…全く、男ってどうしてこう不器用なのかしらねぇ。女のために生きようって 考えないのかしら? というわけで、ここはその『女』に来て頂きましょう!」 「え・・・キュルケさん、もしかして?」 尋ねるジュンに、キュルケは小悪魔っぽいウィンクをした。 「彼をぉ、こっそり学院で匿いましょう!んで、目が覚めたらお姫様と、感動のごたーい めーんっ!」 「それだよっ!いやはや、さすが『微熱』の二つ名は伊達じゃないねぇ」「お~!それは 良いアイデアですねぇ。チチオバケは頭冴えてるですよぉ!」「ち…ちちおばけって…あ のねぇ」「じゃ、この王子様には、お姫様が来るまで眠って頂こうかしら」 若い貴族と人形達は朗らかに、王族二人の恋を成就させる方法を語り合っていた。 そんな中、ジュンだけは真顔だった。真剣な顔で、グリフォンの方を見つめていた。 羽ばたくグリフォンの背には、ワルドとルイズがいる。ルイズは既に眠っている。 彼は、任務終了の喜びもなく、ただワルドとルイズを見つめていた。 そんなミーディアムの姿に、真紅と翠星石が気付いた。二人もグリフォンの方を見る。 三人は頷きあった。これから起こるであろう、更なる波乱を乗り越えるため。 アルビオンから帰還する彼等の前に、遙か遠くの草原の中、懐かしい学院がポツンと見 えていた。 第四話 城が沈む時 END 第三部 終 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2141.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next 「それで、結論を言ってくれんかの。ミスタ・コルベール」 所変わって、ここは本塔最上階の学院長室。ミスタ・コルベールが泡を飛ばしながら図 書館での調査結果を報告していた。 「あの少年はガンダールヴです!これが大事じゃなくて、なんなんですか!オールド・オスマン!」 「ふむ、確かにルーンが同じじゃ。だが、これだけでガンダールヴと決めつけるのは早計かもしれん。 それと、人形の方はどうじゃった?」 コルベールはいくつかの分厚い書物を開いて、調べた結果を示した。 「ご覧の通り、ゴーレムやガーゴイルを専門とするメイジについて様々な名簿や記録を調 べました。しかし、どこにもローゼンメイデンの名はありません。高名な土のメイジも調 べましたが、同じです。 加えて、あのような精巧な、生きているかのような人形の目撃例自体ありません。とい いますか、ご飯を食べる人形なんて初めて見ました」 「う~む、まったく興味深い。ガンダールヴのルーンだけでも一大事だというのに。あれ ほどの人形を練成出来る人物が、全くの無名だというのか?」 「信じがたいことです」 ドアがコツコツとノックされた。 「ミス・ロングビルかの?」 「はい。急ぎ報告したい事がございます」 中に入ってきたのは、凛々しい顔立ちがまぶしい秘書のミス・ロングビル。 「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。一人はギーシュ・ド・グラモン。もう 一人はミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」 オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。 「・・・平民の坊や。一つ聞いて良いかな?」 「・・・なんですか?」 「なぜこんな無駄な事をするんだい?素直に謝ればいいのに」 「う~ん、とね・・・」 ジュンは考えていた どうしてこうなったんだろう、自分はなんでこんなことしてるんだろう 彼は既にボロボロで、片膝をつきながらゼィゼィと肩で息をしていた 「言い忘れていたけど僕の二つ名は『青銅』。だから青銅のゴーレム『ワルキューレ』が お相手しているんだ」 ギーシュとジュンの間には、右手に剣を持った青銅のワルキューレが立っていた。しかし、 ワルキューレはまだ剣を使っていなかった。左手と蹴りしか使っていない。 ギーシュはワルキューレを1体練成し、まず左腕で殴りかからせた。 それをかわしたジュンがワルキューレに体当たりをかましたが、青銅製の彫像は重く、 ジュンの体重も軽いので、彫像をグラリとさせる事も出来なかった。逆に蹴りを食らって 吹っ飛ばされた。起きあがろうとした所に更に蹴りを腹に食らい、食べたばかりの昼食を ゲロゲロ吐いた。 吐き終えたジュンは、片膝をついて、さらに立ち上がろうとしていた。 「・・・あのですね、ほんと、自分勝手な理由だと、思うんです、けどね」 苦しげに息をつきながら、ゆっくりとジュンは話し始めた。 「僕、今までずっとイヤな事、恥ずかしい事、辛い事から逃げてたんですよ」 「ふ~ん、それで」 さして興味なさそうに、ギーシュは適当な相づちをうった 「でも、やっぱ恥ずかしいからって、辛いからって、逃げてちゃダメだと思うんです」 「だから、そうやってはいつくばりに来たって言うのかい?」 ギーシュは、フラフラになりながら立ち上がったジュンに、呆れていた。 「別にはいつくばりに来たワケじゃないです」 大きく息を吸い、呼吸を整えた。 「ただ、どんなに恥ずかしくても、どんなに怖くても、どんなに下らなくても、そんな自 分から目をそらさないようにしたいんです。どこかに逃げたり、誰かの後ろに隠れたりし ないようになりたいんです」 そう言ってジュンはワルキューレをキッと見据え、ファイティングポーズをとった。 ギーシュはきざったらしくポーズを決めながら、頭を振った。 「だからって、勝ち目のない戦いをするのは愚か者のやることだよ。きみ、死ぬよ」 「愚かでいいです。優等生ぶって、かっこつけて、もっともらしい言い訳ばかりしてた頃 より、ずっとましです」 「死んでもいいのかい?」 「死ぬのはイヤです。でも、ぶるぶる震えて逃げ出すのはもっとイヤです」 ジュンは、ワルキューレを見据えたまま、戦闘態勢を崩そうとはしない。 「ハッ!ばからしい」 ギーシュはくるりと背を向けた 「どんな平民が召喚されたかと思って期待してたんだけどね。ただの意地っ張りでバカな 子供だったのか。相手にして損したよ」 「でも、僕がどんな人間か、ここに居る人たちに少しでも分かってもらえたと思います。 それだけでも、僕にとっては十分です」 そう言ってジュンは周囲の野次馬を見回した。呆れる者、バカにする者、様々な表情が あった。ジュンはその全てを、目を逸らさずに見渡した。 「フフッ、どうやらこのギーシュ・ド・グラモンともあろう者が、君の悪趣味な自己紹介 に利用されてしまったようだね」 「あ、いえ、そんなつもりはなかったんです。すいません」 素直に頭を下げたジュンに、ギーシュも満足げに微笑んだ。 「まぁいいさ。これからは貴族に対する礼儀について、君の主からでも教えてもらうんだ ね」 そう言ってギーシュはワルキューレを消そうとした。だが、ジュンの前に小さな人影が 二つ立った。 右手にステッキを持った真紅 「まだ、私たちの自己紹介が済んでいませんの。お付き合い頂けますか?お若いジェント ルマン」 自分の体ほどの大きさもある、見事な装飾がついた金色の如雨露を持った翠星石 「次は私たちの出番で~す♪ヘナチョコのチビ人間は引っ込んでるですぅ」 言われたギーシュは、あんぐりと口を開けたまま、たっぷり10秒思考が停止した。 「相手をするって、君たちがかい?」 「ええ」「もちろんですぅ」 「念のため聞くけど、僕のワルキューレと戦いたいっていう意味でかい?」 「そうよ」「相手にとって不足無しですよー」 「…で、その小さな体で、オモチャのステッキと如雨露で戦うっていうのかい?」 「もちろんですわ」「これはオモチャじゃないですぅ。本物の如雨露ですよぉ」 しばしの沈黙の後 「ブぁアハハハハハッッ!!ハッハハハハハッ!!ギャハハはひハハ!!!」 ギーシュは笑い転げていた。涙を流して腹を抱えて。 周囲の観衆も爆笑に包まれていた 翠星石は、ひひひぃ~っと笑いながら、ワルキューレの足下に如雨露の水をまいた。 「健やかにぃ~、のびやかにぃ~、緑の葉っぱをキラキラ広げて…!!」 爆笑の渦の中、翠星石は水をまき続けた。 ぼんっ! 木があった 何かが破裂するような音と共に、ワルキューレが大木になった 一瞬前まで青銅の戦乙女が立ってた場所に、見事な大木が突然現れた ひゅるるるるるるるるる… ぐわっしゃん いきなり青銅の塊が降ってきて、地面にぶつかりバラバラになった ざくっ さっきまでワルキューレが持っていた剣が、続いて降ってきて地面にささった 『目に見えないほど高速で生えた木が、上にいたワルキューレを宙へ吹っ飛ばした』 その事に人々が気付くまで、たっぷり30秒はかかった。 「んな、なななな、なんですかーーーーっっっ!!」 ギーシュはアゴが外れそうなほど絶叫してしまった。 「私は真紅。ローゼンメイデン第五ドールの真紅。お相手願うわ、ジェントルマン!」 真紅の左手から薔薇の花びらが雲のように舞い上がる! 「同じくローゼンメイデン!第三ドールの翠星石です!さぁいくですよ!!」 翠星石が如雨露を構えて宙に浮く! 真紅も薔薇の花びらをまとい急上昇した! --なっ!『フライ』か!! --まさか!あの人形、魔法が使える!? 一瞬にして騒然となった観衆の声にハッとしたギーシュが、慌てて薔薇の花びらをまい た。6体のワルキューレが現れた。剣と盾を持つモノが2体、ボウガンを構えたモノが2 体、そして投げナイフを持ったモノが2体。 高速飛行する人形達に対応した武器を練成したのだろう。盾を持つ2体がギーシュを守 り、残り4体が飛び回る真紅達に狙いを定めようとしていた。 ヒュヒュンッ 2本の投げナイフが翠星石へ投げられた! カキキィンッ 翠星石が2本とも軽々と如雨露で撃ちおとした! バシュシュッ 急降下する真紅に向け、ボウガンの矢が2本放たれた! 真紅はクルクルと体をひねり、たやすく矢をかわしていく まるで燕のように軽やかに飛び回り、如雨露とステッキで矢とナイフを見事に跳ね返す 人形達。ワルキューレは振り回されていた。 「お受けなさい、薔薇の戒めを!」 真紅を包む薔薇の花びらが、疾風となってギーシュを襲う! 「ひぃぃ!」 ギーシュはワルキューレに隠れ、薔薇の花びらの大半はワルキューレに阻まれた。しか し小さく大量の花びらは、何枚かがワルキューレをすり抜けてギーシュの頬をかすめた。 つぅっと一筋の血が、ギーシュの頬から流れた。 「な、なな!花びらなのにぃ!」 「そうれぇ!薔薇にばっか気を取られていいんですかー!?」 翠星石がボウガンの矢を軽快に避けつつ、ワルキューレ達の足下にサッと水をまいた。 ブォオオオオオオッ! 水がまかれた所から、ものすごい勢いでツタらしきモノが伸び出した! ボウガンを構えていたワルキューレが、ツタに絡まり身動きを取れなくなった。なんとか逃れようとジタバタするが、ほとんど身動きが取れない。 「くっくそ!」 ギーシュは投げナイフのワルキューレに、ナイフでツタを切らせた。しかし 「そーれ!もういっちょですーーー!!」 翠星石がさらに水をまき、飛び出してきたツタに2体ともからまって動けなくなった。 「そっ!そんなバカなぁ!!」 想像もしていない事態に絶叫してしまったギーシュだが、彼は既に大量の薔薇の花びら に包囲され、ワルキューレの影から出る事も出来ない。 残り2体のワルキューレも、あっという間にツタがからまり動けなくなった。 「さぁ、これで終わりよ!」 真紅が操る薔薇の竜巻が、ギーシュへの包囲を一気に狭めていく! 「やめろっ!おまえらいい加減にしろ!!」 突如、絶叫が広場に響き渡った。 ワルキューレの剣を構えたジュンが、ギーシュを背にして人形達へ吠えていた。 「な!?ちょっとジュン、何やってるですか?なんで邪魔するですか!」 翠星石は、ジュンの剣幕にタジタジだ。 「そうよ、ジュン。ミーディアムが戦う時は、あたし達ローゼンメイデンも戦う時よ」 舞い降りてきた真紅も、困った顔だ。 「だからって!誰がこんな事しろって言ったよ!?ギーシュさんだって、もう何もする気 無かったの、お前らだって分かってたろ!?」 「でも!ジュンがバカにされるのは、私達だって我慢ならないわ」 「そ~ですよぉ、いくらなんでも人としてあれは」 「うるさ----------いっっっ!」 思いっきり怒鳴られた真紅も翠星石、それ以上何も言えなかった。 二人ともうつむいてしまう。 「二人とも分かってるだろ?僕らはここにケンカをするためにいるんじゃないんだ。わざ わざ敵なんか作らなくていいんだよ」 ジュンに諭されて、二人ともさらにしょんぼりしてしまった。視線を落とし、イジイジと 両手を絡ませている。 「・・・わかったわ、ジュン。あたし達が間違ってた」 「…ゴメンです、ジュン」 「ん、分かってくれればいいんだ」 ジュンは剣を捨て、二人を抱きかかえ、未だにワルキューレに隠れていたギーシュに頭 を下げた。 「すいませんギーシュさん。こいつらには僕からよく叱っておきます。ご迷惑をおかけし ました」 頭を下げられたギーシュだが、既に腰が抜けて口もきけず、動けなかった。 「そこまでっ!」 突然上空から声が響いた。 コルベールが舞い降りてきた。 「この決闘は、そこの少年が己の非を認めて謝罪したので、ギーシュ君の勝利です。さぁ 余興はここまで!皆さん授業に戻って下さい」 周囲の学生達は、慌てて教室に戻っていった。ギーシュもコルベールに助け起こされ、 ハンカチで頬の血をを拭きながら、立ち去っていった。去り際にちらっとジュン達の方を 見たが、ジュン達にはその表情は遠くてよく見えなかった。 ルイズだけは教室へ向かわず、ジュン達の方へ来た。 「まったく、ホント無茶苦茶ねぇあんたたちは」 「ハハ…自分でもホントそう思うよ。ッつぅ!いててて…」 ジュンは痛む腹を押さえた。 「ほら、怪我したんでしょ?医務室へ行くわよ」 「それには及びません。皆、学院長室へ来て下さい。オールド・オスマンが話を伺いたい そうです。傷は向こうで『治癒』の魔法をかけてあげますよ」 学院長室と言う言葉を聞いて、ルイズとジュンは不安げに目を合わせ、コルベールを見 上げた。だがコルベールは黙ってジュンを見つめていた。正確には、ジュンの左手のルー ンを。 ジュンが剣を握っていた時、ルーンが光を帯びていた事を見逃していなかった。 「まったく、信じられん子達じゃな」 オールド・オスマンはヒゲをなでながら、目の前のソファーに座るルイズ達4人(正確 には二人と2体)を見回した。机を挟んでソファーに座るコルベールとオスマンは、さて 何から聞いたものかと思案していた。 オスマンがゆっくりと口を開いた。 「大体の事は鏡から見ておった。メイド達からも事情は聞いておる。まったく、今目の前 にしても信じられん。なんというゴーレムじゃ」 「失礼ながら、私たちはゴーレムなどと言う存在ではありません」 「そうですぅ。私たちはれっきとした人形ですよぉ」 真紅と翠星石が抗議した。 「そうか、すまんかった。ところで、桜田ジュンというたかな?」 「は、はい」 ジュンは急に話を振られて、緊張で固まってしまった。 「君は、何者だね?」 「何者って言われても・・・魔法が使えない、ただの平民です」 「その人形達は、きみのかね?」 「はぁ、その、まぁそうです」 「誰が作ったんだね」 「ローゼンという人です」 オスマンは横のコルベールをみたが、コルベールも首を横に振った。 「誰だね、そのローゼンというのは」 「僕の国では伝説級の人形師です」 「君の国?そういえば君はどこの出身かね」 「えーっと、どこと言われても・・・」 「ロバ・アル・カリイエですわ、オールド・オスマン」 ルイズが助け船を出した。 「なんと!聖地より遙か東方からかね!なるほどなるほど、ならば我々がまったく知らな いのも当然じゃな。 そうかそうか…その、君の国では、こういう人形が沢山あるのかね?」 「うーんと…別に沢山いるワケじゃないんですけど…」 ジュンは困ってしまった。この込み入った状況を、どこまで話したものだろう?異世界 から来たとか、そういう事を説明しても、あんまり良い事は無い気がする。 「ふむ、なかなか言いにくい事もあるようじゃな。まぁ話せる範囲で構わんよ。それに、 急ぐわけでもないし」 「はぁ、すいません」 ジュンはポリポリと頭をかいて謝った。 「とりあえず、他の人形ですけど、僕が知る限りでは多分、6体」 「知ってるだけで6体、か…全部ローゼンという人の作品かね?」 「いえ、ローゼンの弟子、とか言ってたヤツも作ってました。いくつ作ったかは知らない ですけど」 「あーんなヤツをお父様を一緒にするなです!」 「そうね、あんな男とお父様を並べられると不愉快だわ」 翠星石と真紅がプリプリ怒って文句を言う 「ほ、ほう、そうかねそうかね、うんうん」 オスマンは毛が抜けそうなほど、しつこくヒゲをなで続けた。 「で!では、私からも質問をして良いかな?ああ、私はこの学院で教師をしているコルベ ールです。昨日会ったね。君の国ではそのゴーレ、いや、人形だけど、みんな魔法が使え たり」 「うおっほんっ!ミスタ・コルベール。彼らも疲れているじゃろうから、今日はこの辺にしておきたまえ」 「え!?いや、しかし私も聞きたい事が山ほど」 「まぁまぁ、今日の大喧嘩で彼はフラフラになっとるんじゃから。そろそろ休ませてあげ たまえ」 「あ…う、そう、ですね。分かりました」 「では、長話に付き合わせて悪かったな諸君。決闘騒ぎの事は、悪いのはギーシュ君のほ うじゃから、君たちの責任は問わんよ。 ともかく今夜はゆっくり休みたまえよ」 急に話を切り上げられて納得のいかないものを感じつつも、ルイズ一行は部屋を後にした。 残った部屋ではオスマンが窓から空を眺めていた。コルベールはオスマンを不満げに見つめていた。 「オールド・オスマン」 オスマンは何も言わず、空を見上げていた 「王室に報告しないでよいのですか?」 「何をだね」 「ガンダールヴ出現、それも、超技術で作られた人形達を従えての降臨…で、す…」 コルベールの声が、どんどん小さくなっていった。 オスマンは、ゆっくりとコルベールに振り向いた 「伝えたら、どうなると思うね?」 「そ、それは…」 「アカデミーによる人形強奪、量産される魔法兵器、おまけにガンダールヴじゃと!?王 室連中が神様気取りでハルケギニアを火の海にするのが、目に浮かぶわい!」 オスマンは吐き捨てるように怒鳴った。コルベールも苦々しく唇を噛む。だが、それで も口を開いた。 「おっしゃる事は分かります。私もその通りだと思います。ですが、状況は…」 「そうじゃ、彼らは自分たちの存在を、能力を堂々とさらけ出した。ギーシュ君を、ドッ トクラスの土メイジなぞ歯牙にもかけない、彼らの能力をな。人の口に戸は立てられぬ。 アカデミーの耳に入るのも、そう遠くはないぞ」 「せめてもの救いは、あの少年はガンダールヴの能力を使わなかった事です。それだけで も秘匿しましょう」 「うむ…むしろ、彼のルーンがガンダールヴのそれと似ているだけで、全然別ものだった と言う事を期待したいのぉ」 オスマンとコルベールは、空を見上げた。この青空のように澄み渡った明るい未来、そ んなものは期待できないと思い知らされながら。 「それで、今夜はどうするの?」 「うーん、それなんだけど…」 夜 ルイズの部屋で、今夜はどこで寝るかでジュンは困っていた。 「その~…この世界に来るのはスッゴイ力を使うんで、出来ればあんまり行き来したくな いんですけど…」 「んじゃ、ここに泊まるしかないわね」 ルイズは既にネグリジェに着替えていた。 「でも、その~…やっぱり外で寝ますよ」 と言って出ようとしたジュンの首をルイズが、わっしと捕まえた。 「待ちなさいよ。あんた、まがりなりにも使い魔なんだからね。使い魔を部屋からほっぽ り出すメイジなんて、聞いた事無いわ」 「でも、ベッドは一つだけなんですが…」 「毛布貸すから、床で寝なさい」 「はぁ…う~、その、そぅ言われても…」 「ウダウダうるさいっ!あたしがいいといってんだからいいのよっ!!」 「は!ハイ…」 ジュンはルイズから毛布を受け取り、床に敷きながら、ルイズをチラッと見た。薄手の ネグリジェに、細身のラインが浮き出ている。だがルイズは、ジュンの前でも全っ然恥ず かしがろうとしない。ただの子供と思われてるのか、腕力で勝ってると思っているのか。 …おそらく両方だろう。 ピシィ! いきなり横っ面を、真紅の髪にはたかれた。 「レディの寝姿をジロジロ見るモノではなくてよ」 「うわゎ~ジュンったらエッチですぅ~♪」 「そ、そんなんじゃないよ!」 翠星石にもツンツンつつかれて、ジュンは真っ赤になった。 「だいじょーぶよ、ジュンにそんな度胸無いなんて分かってるモン♪そ・れ・と・も、 おねーさんが子守歌を歌ってあげないと寝れないかのかしら~?」 「そ!そんな分けないだろ!?お…おやすみ!」 ジュンはガバッと布団をかぶって横になった。 「ふふ♪むりしちゃって~。 ところで、真紅と翠星石は、ほんとにその鞄で寝るの?」 ルイズは鞄に入ろうとする真紅と翠星石を不思議そうに眺めていた。 「ええ、私たちローゼンメイデンにはこの鞄で寝るのは神聖な行為なの」 「それに私たち、この鞄以外ではねれないですよ~。それじゃ、おやすみなさいです」 「そうなの?まぁ、それならそれでいいわ。それじゃ、お休みなさい」 「ええ、お休みなさい」 皆、それぞれの寝床に入り、すぐに夢の世界へと旅だった。 見上げれば満天の星空。 せめて彼らの明日に希望の星があらんことを 第2話 『決闘』 END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3618.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu 「――・・・やらなければ、いけないのか?」 「ええ、そうよ。ジュン、あなたが自分の手で、やらなければいけないの」 ジュンは、震える自分の右手を見つめる。 「ルイズ、でも、なんで僕がエレオノールさんを、この手で」 「地球、nのフィールドという秘密を、守るためよ。・・・あたしだって、つらいの」 「そんな・・・!どうして僕が、僕が、この手で、エレオノールさんの・・・」 ルイズも、肩を震わせて俯いたままだ。 ジュンは自問自答し続けた。 どうして、どうしてこんなことになったんだ!? どうして僕が、この手で、エレオノールさん・・・ ある日のハルケギニア、トリステイン魔法学院。 本塔最上階の学院長室では、今日もオスマンが重厚な造りのセコイアのテーブルに肘を つき、鼻毛を抜いていた。 おもむろに「うむ」とつぶやいて引き出しを引いた。 中から水ギセルを取り出した。 すると、部屋の隅に置かれた机に座って書き物をしている秘書が杖を振った。 水ギセルが宙を飛び、秘書の手元までやってきた。つまらなそうにオスマン氏がつぶや く。 「年寄りの楽しみを取り上げて、楽しいかね?ミス・・・」 「オールド・オスマン。あなたの健康を管理するのも、私の仕事なのですわ」 「ふぅ。そのセリフを聞くと、ミス・ロングビルが戻ってきたような気がするのぉ」 「・・・そのミス・ロングビルとやらにも、同じ事をしようとしていたのですか?」 といって秘書は机の下に杖を向けようとした。 オスマン氏は、顔を伏せた。悲しそうな顔で、呟いた。 「モートソグニル」 秘書の机の下から、小さなハツカネズミが現れた。オスマン氏の足を上がり、肩にちょ こんと乗っかって、首をかしげる。 オスマン氏はネズミにナッツを与えつつ、ネズミに耳を寄せた。 「なに、そうか、見えなかったか。残念じゃ」 秘書は立ち上がった。しかるのち、無言で上司を蹴りまわした。 「ごめん、やめて、痛い。もうしない、許して、エレオノール様」 エレオノールは、荒い息で、オスマン氏を蹴り続けた。 コンコン 「失礼致します、アニエスです。王宮からモット伯とワルド伯が参られました」 「うむ、通してくれ」 扉を開けて入ってきたアニエスの前には、重々しく腕を後ろに組んで客人を迎えるオス マン氏と、何事もなかったかのように机に座るエレオノールがいた。 『エレオノールの場合』 エレオノールはアカデミーをクビになった。 表向きは『薔薇乙女強奪未遂事件』の責任をとらされてのことだ。一歩間違えれば王宮 とルイズ達との完全な決裂を招き、薔薇乙女を敵に回すという結果に至りかねなかったの だから。 その後、学院に就職。現在、オスマン氏の秘書として働いている。 もちろんヴァリエール家の権威をもって、エレオノールの地位を守る事は出来た。だが あえてそれは行われなかった。 ゼロ戦からの通信により、虚無の使い手と知れ渡ってしまったルイズ。未知の技を提供 するジュン。そして薔薇乙女達がいるトリステイン魔法学院。今や、いや今まで以上にハ ルケギニア全土の注目を集めている。 堂々と留学してきたイザベラと東薔薇騎士団だけではない。ロマリアからも留学生とし て若い神官の受け入れを要請されている。その他ありとあらゆる国家・組織の目と手が学 院へ、表に裏に及んでいる事は間違いないだろう。 アニエス率いる警護隊が学院に常駐しているが、彼等は魔法の使えない平民の女性ばか り。教師や生徒は皆メイジだが実戦経験に乏しい。軍やトリスタニアの再建に忙しい今、 これ以上学院に人を裂けないという国の事情。 ヴァリエール公爵夫妻としては、ルイズ達を学院から呼び戻して公爵家にて守りたいと 考えていた。だがそれは完全に拒絶されてしまった。なので、エレオノールがルイズ達を 守るために学院に来てくれることになった。 これにはアカデミーも、何故かとてもとても積極的に同意してくれた。 というわけで、学院にてエレオノールを受け入れさせられたオスマン氏。そして教員の 空きはなかった。空いていたのは、自分の秘書だけ。 学院長はフーケが秘書をしていた過去を懐かしむ毎日であった。 オスマン氏の前に立つのは二人の貴族。ジュール・ド・モットと、ワルド。 モットは読み終えた書簡をクルクルと丸めてオスマンに手渡した。 「以上です。やはり艦隊の再建には、アカデミーのみならず学院の協力が必要ですな」 「だからとて、コルベール君とジュン君の派遣、というのはじゃなぁ・・・」 「聞けば、かの鉄の鳥の残骸を調べ上げる毎日とか。あの機動力を艦隊に生かせれば、ど れほどのものかは言わずもがなかと」 「残骸なら、アカデミーにも送ったじゃろ?」 「かのシュヴァリエは半分に出来ませんからな。はっきりいって、アカデミーではお手上 げの状態です。何故あれが宙を舞えたのか、それすら分からないと」 「やれやれ。とはいえ、当人達が首を縦に振らぬ事は明白じゃ」 「そこを学院長のお力で・・・」 そんな二人のやりとりを、ワルドは退屈そうに後ろで黙って聞いていた。しばらくして 交渉をモットに任せ、学院長室を退室していった。 ワルドはコルベールの研究室にやってきた。 コンコン ワルドが扉をノックするが、返事はない。 コンコンコンコン さらにノックする。が、何か話し声が聞こえてくるのに、やっぱり返事がない。 彼は、掘っ立て小屋の横にまわり、窓から中を覗いてみた。 そこには、机を挟んで熱心に話しをしている師弟の姿があった。 自分たちの身柄が知らない所でやりとりされてるなんて気にもせず、当の二人は今日も 実験室にこもっている。 激しい異臭が染み付き、様々な試験管・薬品・地図などが散乱する掘っ立て小屋の中、 二人は机の上に広げたものを見比べていた。それは二枚の細長く黒い板。黒い板の表面に は白い横スジが走っている。一枚の板にはぼんやりとした5~6本、もう一枚には2本の スジがくっきりと浮き出ている。 「信じられませんぞ・・・本当に『観測する』という行為だけで、『かんしょうしま』に 差がでましたぞ」 「僕も『干渉縞』なんて初めてみましたよ。この実験は話しか知らなかったんですけど、 まさか本当に、こんな見事に差が出るなんて」 「これが君の言う『りょうしろん』の中の『物質の波動性証明』なのですな!? いやはや、全く信じられない。光と電気と、その辺の物が全て同じ物で、しかも波の性 質をも併せ持つとは! だが、正直、その波が『存在の確率』の波だというのが、今目の前にしても信じがたい のだが・・・」 「それは、僕にもよく分からない話なので・・・。でも、これでこの前僕が描いた元素周 期表について、どうしてあんな風な並びになっているのかは説明出来る・・・はずです。 難しくてサッパリなんですけど」 「いやいや!今はこれで十分ですぞ!さぁ、次はこちらの」 トントントン 窓枠をワルドが叩いて、ようやく二人は来訪者の存在に気がついた。 コルベールとジュンは、ワルドと机を挟んで座っている。ワルドは彼の調べてきた事実 を二人に語っていた。 「なるほど、やはりエルフとのコネクションは見つかりませんでしたか。まぁ、しょうが ない話しですぞ」 コルベールはガッカリした様子でワルドの話しを聞いていた。 ジュンも落胆を隠せない。 「やっぱりハルケギニアには、エルフと話の出来る人はいないのかな」 ワルドも溜め息混じりで話しを続ける。 「全く、困ったモノさ。この調子では、我々自身がエルフの国と国境を接しているガリア まで足を伸ばさないといけないかもな」 「いやいや!あのジョゼフという男は、とても信用出来ないですぞ!ガリアを迂回するな り考えないと」 ジュンは先住魔法やエルフの技術を知るために、コルベールは『東方』を自分の目で見 るために、ワルドは聖地へ行くために。どうにかして聖地のエルフと接触出来ないかと頭 を捻り続けていた。 だが今のところ、さしたる成果は得られていないようだ。 コンコン 研究室の扉がノックされた。入ってきたのはエレオノール。 「失礼します。モット伯が帰られるそうですわ」 「おっと、そうか。お邪魔したね。それじゃ二人とも、また何かあれば連絡するよ」 そう言って出て行こうとしたワルドに、ジュンはこっそりと一枚の紙片を手渡した。 「妹の使い魔に、ご執心のようですわね」 「救国の剣士、始祖の再来たる虚無の使い魔、『東方』の若き技術者、そして一人の女性 を巡るライバル。執心なのは当然ですよ」 二人は学院の門へ、並んで歩いている。エレオノールのメガネが、一瞬キラリと鋭い光 を放つ。 「そうですわね。でも、お気を付け下さい。『良い英雄とは、死んだ英雄だけだ』という 言葉もございますの」 「ふっふっふ。美しい顔で怖い事を言うモノだね、心するよ。ところで、僕のフィアンセ はどうしているかな?是非会っていきたいのだが」 「授業中ですわ。・・・あの」 エレオノールは急に歩みを止め、ワルドの方を向き直った。 「ルイズの事なのですが。何か、その、少し変わったと思われませんか?」 さっきまでの事務的な態度とは違う、姉としての表情に、ワルドの顔も少し和らぐ。 「そりゃあもう、凄く変わったとも!魔法が使えるようになって、すっかり自信もついた ようだし。国の将来を担う人材としての自覚が」 「あ、いえ、そうではなくて、いえそれもあるんですけど、それとは違って・・・その、 ですね・・・」 エレオノールは、言いにくそうに視線をそらし、頬を染め、口元に指を当てる その仕草に、ワルドもピンと来る。 オホンッと一つ咳払いして、小さな声で姉の耳元にささやいた。 「もちろんレディとしても、成長しているようですね。まだまだ少女のようですが、将来 は殿方の視線を集めることでしょう」 「はぁ・・・それは、姉として嬉しい限りですわ」 と言いつつも、何か納得出来ない感じのエレオノールだった。 夕暮れのトリスタニア旧市街。 急ピッチで進む新市街建設の仕事を終えた人々が集う安酒場。その中に、妙に気品のあ る男女が酒を酌み交わしていた。 「あははははっ!その姉貴はねぇ、妹に抜かれるんじゃないかと気にしてたのさ!」 「特に、胸かい?」 「あったりぃー!あのタカビーの胸、ぜぇったい布きれ詰め込みまくりだわ。『最近、妹 の胸が大きくなってきた』って、対抗心燃やしてるんだろうねぇ!」 でも、話している内容は品がなかった。 「くははははっ!まさに骨肉の争いというヤツだ!マチルダよ、お前の爪の垢でも煎じて 飲ませてやればどうだ?」 「やなこったい。クソッタレの貴族共にくれてやる物なんか1ドニエたりと持ってないん でね」 「おやおや、それでは今日の酒代も、このワルドのおごりかい?」 「・・・あんた、女に払わす気だったのかい」 「冗談だ、そう睨むな」 「わかってるさ。それよりも、今回は何をもらったのさぁ?」 「うむ、これだ。・・・といっても、相変わらず俺にはサッパリ意味が分からん」 といってマチルダに手渡したのは、ジュンから受け取った紙片だ。そこには、ハルケギ ニア語に翻訳された元素周期表と説明文が書かれていた。 ――ワルドと『土くれのフーケ』ことマチルダ・オブ・サウスゴータは陽気に酒を酌み交 わしていた。 フーケはもちろん今でも指名手配されてはいた。が、薔薇戦争のゴタゴタですっかり存 在を忘れ去られた。張り出された手配書は街と共に焼け、人手不足のため新しいものも未 だ掲示されていない。新たに盗みを働かない限り、直接フーケの顔を見た人物でないと彼 女が誰だか思い出せない。そして平民と貧乏貴族ばかりが来る安酒場に、彼女と面識のあ る人はいない。 現在、彼女は盗みよりも確実で、安全で、効果的に『貴族に一泡吹かせる方法』を思い つき、日々実行していた。貴族の権威を根本的に、かつ合法的に失墜させる方法を―― 紙片を受け取ったマチルダも、一応は目を通す。でも、いくら目をこらしてじぃーっと 見つめても、説明文を読んでも何のことだかサッパリ。 「う~む、相変わらずあの坊やの言う事は分からないねぇ。でもま、ゲルマニアの鍛冶職 人あたりなら、意味がわかるんだろうよ。いつものように、安く広く売りさばいてくるさ ね」 「うむ、頼んだぞ。ジュンも貴族の傲慢さには腹を立てているからな。お前が彼の技術を 広めれば広めるほど、平民の地位は上がり貴族の権威は失墜するんだし」 「任せな。ところで、夜はまだまだ長いんだ。今夜はとことん付き合ってくれるんだろう ねぇ?」 「もちろんだとも」 二人は嬉しげに乾杯を繰り返した。 さてさて就寝の時間。場面はトリステイン魔法学院。 人間は汗をかいたり垢がでるので、風呂に入らないといけない。でもエレオノールはま だ風呂には入らず、自分の部屋で書類に目を通していた。 夜も更けた頃、コンコンと彼女の部屋をノックする人がいた。 「夜分失礼致します。ローラですが、ルイズ様達が入浴に向かわれました」 「ご苦労、下がってよろしい」 その報告だけ聞くと、エレオノールも浴場へ向かった。 学院の風呂場は本塔にある。半地下構造で、5体のゴーレムが警備している。窓ガラス は魔法がかけられ、外からは覗けないが内側からは外が見える。固定化と魔法探知装置も つけられている。 男子生徒諸君は「余計なところに大金かけやがって!」と恨みをつのらせていた。 そんな要塞のごとき女風呂の脱衣場に、ルイズとキュルケとタバサの3人がいた。 『女3人寄ればかしましい』と言う。この場合ルイズとキュルケの二人がかしましかっ た。制服を脱ぐ手より、口の方が忙しい。 「ふっふんだ!何よ、おっきければ良いってもんじゃないのよっ!いずれ、そんなの、垂 れちゃうんだからっ!」 「あぁ~ら、そぉれは大変だわぁ~。気をつけないとね。ルイズは良いわねぇ~、垂れる 心配ないんだしぃ」 「くぅぉっ!これからよ!見てなさい、絶対ぜぇったいっ!将来素敵な胸になるんだから ね!」 黙って聞いてたタバサが、ポンとルイズの肩に手を置いた。大丈夫、とでも言いたげに コックリと頷く。 「・・・何よ」 「ジュンは、胸の大きさを気にしてない」 瞬間ルイズは、風呂にまだ入ってないのに全身真っ赤になった。 「にゃにゃにゃにがにゃにがよーっ!!じゅ、ジュンは、関係ないわよっ!」 「あらあら、楽しそうね」 さらに脱衣場に入ってきた女性がいた。エレオノールだ。 とたんにルイズは真っ青になった。 「あ!姉さまっ!ど、どうしたんですか!?こんな時間に、お風呂なんて」 「ちょっと書類に目を通していたら、遅くなったのよ・・・あなた達、何それ?」 そう言ってエレオノールは不思議そうに3人を見渡した。 3人は制服を脱ぎ、下着姿になっていた。 ショーツについては、見た目ごく普通。ルイズはピンク、タバサは白、キュルケは黒 の、貴族の淑女が普通に履いているものだ。だが、上が違った。3人とも、ブラジャーを 着けていた。 キュルケの巨乳には黒のブラ。上側はレースで、その下から褐色の肌が透けて見えてい る。彼女のむせ返るほどの色気を生かしたチョイス。 タバサは青のスポーツタイプブラ。小さくて形の良い胸を、動きやすくもしっかりガー ド。北花壇騎士として動きやすいものをゲット。 そしてルイズはピンクの、地球では一般的なブラ。ささやかながらもふっくらとした胸 を優しく包む。 ―――下着の解説はおいといて――― エレオノールの目はブラに、特にルイズのブラに釘付けだ。 「あ、姉さま、えっと、これは、その・・・」 「おちび・・・もしかして、それもジュンが?」 「あうぅ、その、はい、そうです・・・」 「まあぁ、『東方』の下着ですか。それにしても、女性用下着まで作れるとは、一体あの 者は何者ですか?」 「え、えと、その・・・なんというか。趣味が洋裁とかどうとか・・・」 「洋裁が趣味とは。・・・それにしても、剣士としてだけでなく、仕立屋としても一流な のですねぇ」 「うぅ、その、えと」 ルイズはしどろもどろ。キュルケとタバサも顔を合わせて困り顔。 エレオノールは、ルイズのどもるセリフを右から左へ聞き流していた。 彼女の目は、ルイズの胸をじっと見下ろしている。この間まで平らだったはずの彼女の 胸には、ちょっとだけ谷間が出来ていた。 姉は、自分の胸と見比べた。何度も何度も視線を往復させた。 そして、心の底から敗北感と劣等感に襲われた。 わざわざメイドにルイズの入浴を報告するよう命じたのに、結果は目の前の現実に打ち ひしがれるだけだった。 ――3人ともヴェルサルテイル宮殿襲撃について話し合った際に、のりや巴から勧められた ブラジャーがすっかり気に入ってしまった。ハルケギニアはキャミソールやコルセット、 それにシミーズはある。でもブラはない。 地球の科学・工業はハルケギニアを遙かに上回る。当然、下着に関しても日本で売って いるモノは、素材から縫製からハルケギニアのそれとは比べものにならない。着けていな いかのようなフィット感、肌触りの良さ、日常生活でも邪魔にならず、デザインは芸術の 域。しかも丈夫ときたもんだ。 というわけで、3人とも普段からブラをつけるようになった。でも、ばれると「どこで 手に入れたの?」と聞かれる事間違いなし。だから3人とも、誰もいない夜更けに入浴し ていた。 だが、とうとうバレてしまったワケである―― キュルケが誤魔化すように、二人の間に割って入った。 「ま、まぁまぁエレオノール様。そんな事はおいおい話せば良い事ですわぁ。それより、 早く入らないと風邪をひいてしまうわよ」 と言ってさっさと下着を脱ぎ捨て、浴布を片手に大浴場へ入っていった。タバサもヒョ イと脱ぎ捨てて、杖を持ったまま後に続く。 「あ、姉さま!私達も、ほら!」 ルイズもそそくさと大浴場へ入っていった。 浴槽は、横25メイル、縦15メイルほどもある。貴族の浴場らしく、はられたお湯に は香水が混じっている。 ルイズとエレオノールは並んで、弧を描く壁に背をつけて、浴槽につかっていた。 ルイズは細い手足を無造作に投げ出し、ゆらゆらと揺れる水面を見つめる。 キュルケはその身体を誇示するかのほうに、壁際に設けられたベンチに足を組んで腰掛 け、壁から噴き出る蒸気に身をゆだねている。 タバサは、キュルケの隣で本を読んでいる。 エレオノールは、改めて自分の胸を見た。浴布で隠してはいたが、やっぱり布一枚では 隠せないほどの、貧乳。ちょっと前までは、末っ子のルイズとそっくりだったはずのペッ タンコ。 まさか、ちびルイズに負けるなんて! そりゃ、おちびが魔法を使えるようになったのは嬉しいわよ。ヴァリエール家の名に恥 じないメイジになって、姉としても鼻が高いわよ。 でも『虚無』って何よ!この姉をさしおいて、どういう事よっ! おまけに、胸まで・・・胸まで! と、怒りが顔に出るのをこらえつつ、チラリと隣のルイズを見る。 ? さっきと何か違う? エレオノールは、妹の細い身体をよーく見直した。シミ一つ無い、ほんのり桜色の肌を くまなく見つめてみた。特に胸を。 え?無い?無い、無い! さっきまでの、胸が、谷間が、無いっ!! もう一度、自分の胸と見比べながら、よぉ~っく見てみた。 ♪ペッタンペッタンツルペッタン♪ そんな謎のBGMが頭の中に流れてくるほど、二人並んで洗濯板。悲しくなるほど真っ 平ら。 そんなせわしなく往復する姉の視線に、妹も気付いた。 「?・・・どうしたの?姉さま」 「え??い、いえ、なんでも、ないの」 今度はエレオノールがぎこちなく誤魔化した。 そして4人一緒にお風呂を上がり、下着に身を包む。 エレオノールは、もう一度ルイズを見直した。 その胸には、どこからか、再び可愛いふくらみと小さな谷間が現れている。 「る、る、る・・・」 「はい?」 妹は、見た。 般若のごとき姉を。 「ルイズうぅうぅーーーーーーーっっっ!!!」 「どうして僕が、僕が、この手で、エレオノールさんのブラジャーを作らなきゃいけない んだ!!しかも、よせあげブラなんて、作り方しらねーってのっ!!」 「しょーがないでしょーがっ!!もう姉さまったら、すごい剣幕で、とても断れなかった のよぉっ!」 というわけで、ルイズの部屋に戻って来た一行は、この困った事態をジュンに話したの であった。トランクで寝ていた真紅と翠星石も起き出してきた。 「無理、絶対ぃっムリ!!今すぐ断ってきてくれよっ!」 「だ、ダメよ、そんな恐ろしい事・・・出来ないわ。それに、姉さまの気持ちも分かるん だし・・・」 タバサが、ポンとジュンの右肩を叩いた。 「あなたなら、出来る」 真紅も、ポンと左肩を叩いた。 「ジュン。あなたの裁縫の腕は、もともとマエストロ(神業級の職人)よ。あなたに作れ ない服はないわ」 翠星石が、ジュンの目の前に裁縫道具を持ってきた。 「人間はぁ、諦めが肝心ですぅ」 キュルケが、椅子に座ったままケラケラ笑う。 「だぁいじょうぶよぉ!サイズだけ測って、地球で似たサイズのヤツを買ってきて、あと はちょっと手直しとかしたらいけるわよぉ♪」 キュルケの言葉に、ルイズがポンッと手を打った。 「それよ!というわけで、ジュン、早速姉さまのサイズを計ってね」 「あのな、おまえらな、僕に計ってこい、と言うワケか?」 全員が、コクリと頷く。 「ジュンよ、役得というヤツだ。頑張れよ」 のんきなデルフリンガーのセリフに、ジュンはどんどん青ざめていく。 「あのさ、計るだけなら、別に誰でも出来るんじゃ?」 一縷の望みを託したジュンの言葉。でもキュルケは、残念でしたぁ、とでも言いたげな 顔で首を横に振る。 「悪いんだけど、それじゃ『ジュンが作る』という点に説得力が出ないわ。何しろ、あた しとタバサの下着もあなたが作った、ということになっちゃったんだものぉ。ねぇ?」 キュルケに話しを振られて、タバサはコクコクと頷く。 真紅も、申し訳なさそうに口を開く。 「それに、やはりあなた自身が計ってブラに手を加えないと、エレオノールの胸にフィッ トした良い下着は作れないわ。それが出来るのは、マエストロたるジュンだけだわ」 「そおですねぇ。せぇっかく私達を守るために学院に来てくれたんですからぁ、昔の事は 水に流してですねぇ、良い物をプレゼントするべきですぅ」 翠星石の言葉が、さらにジュンを追いつめる。 「お前等、楽しんでないか?ぜってー、僕をいじめて楽しんでるだろ!?」 そんなジュンの言葉に室内の全員が、そんなわけないじゃなーい、考えすぎ、私だって 辛いのだわ、なんて言葉が返ってくる。なんだか楽しげに。 絶対明らかに楽しそうなキュルケが、彼に裁縫道具の入った箱をポンと手渡した。 「ま、向こうもブラ一個で納得してくれるんだし。分別ある大人なんだから、おかしなマ ネはしないわよ。ジュンちゃんも子供じゃないんだから、計ってくるだけだし、大丈夫よ ね?」 「ばっバカにするなよな!わーったよ、まったく、どいつもこいつも・・・」 ブツクサと文句を言いながら、ジュンはエレオノールの部屋へ向かっていった。 さて、ルイズの部屋には女性陣とインテリジェンスソードが残されたワケだが、 「とは言ったモノのよぉ、大丈夫かねぇ?」 とのデルフリンガーのセリフに、真紅が少し不安な顔になる。でもルイズは余裕な顔。 「だーいじょうぶよぉ!ジュンはオコチャマだもの、姉さまに手を出せるはずがないわ」 「いやいやいや。あいつも薔薇戦争辺りから、すっかり男になったじゃねぇか。いつまで も子供扱いしてると、痛い目みるんじゃね? 例えばよぉ・・・ ――やっぱりエレオノールさまは、ルイズと違って大人の女性の魅力がありますね あ、何をするのですか、胸のサイズを測るだけですよ!およしなさい! 夜分に女が男を私室に呼び込む意味、分かってらっしゃるでしょう? そ、そのようなことは!ああ、誤解なのです、やめて、お願い―― てな感じで、その場の雰囲気で思わずってことも・・・ねぇかなぁ」 ジュンとエレオノールの声色まで使ったデルフリンガーの演技。 だが、全員が『背が低くて見た目が子供で女性に関してはサッパリのジュンが、気が強 くて自尊心の高い長身のエレオノールを押し倒す』シーンを想像し、100%ありえない、 と改めて結論づけた。 ルイズも「はぁ~」と呆れて溜め息をついてしまう。 「ジュンが、姉さまを襲うなんて、絶対にありえないわ。そして姉さまは、ヴァリエール 家の家名に見合わない男は相手にしないわよ。メイジでない人を人とすら考えていないで しょうね。 何より二人とも、すっごく真面目だもの。サイズだけ測ってさっさと帰ってくるわよ」 ルイズの言葉に、キュルケがちょっと首を傾げた。 「ねぇ、ルイズ。たしかエレオノールって、この前バーガンディ伯爵との婚約が破棄され てなかったっけ?」 「ん?そうよ・・・それが、どうしたの?」 キュルケは、ちょっと意地悪な小悪魔っぽく微笑んだ。 「ヤバイ、かもよ?」 「何がよ」 「つまりぃ~、今、あなたの姉さまはぁ、ウップンとかそういうのが溜まってるワケよ」 「ど、どういう意味よ!?」 「つまりぃ~・・・」 ―――薄暗い室内に、ろうそくの炎が揺れる。 暗がりの中、シュルシュルと衣擦れの音。 一枚、また一枚と、女は自らの意思で肌をさらしていく。 女は、ショーツ一枚だけになり、ささやかな胸を恥ずかしげに腕で隠した。 そして震える足で、ゆっくりと少年の前に進み出る。 少年も女も、上気した顔を相手に向ける事が出来ず、視線を床に落としている。 どうしてだろう?脱ぐのは上半身だけで良いのはずなのに。でも、少年にはそんな事を 考える余裕も無かった。 少年の震える腕が、女の胸へと伸びる。 女は、ゆっくりと腕を下ろし、少年に身体を預ける。 ふと女は、少年を見下ろした。 そこには自分の身体を見つめて頬を染める少年がいる。 女は20代後半。行き遅れてはしまったが、まだ女を捨てるには早すぎる。いや、女盛 りといえる若さ。そして少年は、もうすぐ男と呼べる年だ。日々自分に磨きをかけ、男と しての魅力を高め続けている。 伴侶を得られず、このままでは女としての幸せをつかみ損ねそうな自分。そんな彼女の 目の前に、まだ少年のあどけなさを残す、だが男としての魅力と高い将来性を兼ね備えた 剣士が。 しかも自分の女性としての魅力に耐えかねて、頬を染め俯いている。 少年は、必死の思いでどうにか仕事を終えた。 そして後ろを向き、もう終わりましたから服を着て下さい、と声をかける。 シュル… 衣擦れの音がした。 だが、少年は不思議に思った。何故なら、衣擦れの音が一度しかしなかったから。 背後から、ゆっくりと足音が近付いてくる。 そして、少年の首に背後から、女の腕が回された。 彼の目の前には、いましがた脱がれたばかりの、女のショーツが・・・――― 「ぎゃあーーーーーーーありえないありえないありえないいいーーーーーーーっっ!!」 ルイズは耳を塞いでブンブンと首を振り回す。 真紅と翠星石は、途中で気絶してポテッと倒れてしまった。 タバサですら、本を読まずに聞き入ってしまった。 「キャハハハハハッ!!や~ねぇ、例えばよぉ」 その様に、臨場感たっぷりに語り終えたキュルケは大爆笑だ。 だがデルフリンガーは、真面目にキュルケの話しに同意しだした。 「いや~、十分ありうるんじゃねぇか?だって今や、ジュンがただの平民じゃねえって事 は、あの姐さんだって分かってるだろ。 そしてジュンは、もう立派な男だ。顔は、まあ色男ってワケじゃねぇ。でもよ、背はハ ルケギニアに来た頃より伸びてるし、身体もガッチリしてきてる。 あの姐さんが、婚約破棄されてムシャクシャしてるって時に、若い男が目の前に出され たら・・・」 ルイズはすっくと立ち上がり、杖をデルフリンガーに向ける。 そしてルーンを唱え始めた。 「や、やめて、消し飛ばさないで」 剣がカタカタ震え出す。 さらにケタケタ大笑いするキュルケ。 「あーおっかしぃーっ!ねぇねぇタバサ、あなたはどう思う?」 聞かれたタバサは首を傾げてじっくり考え始めた。そして、杖を掲げた。 「後ろから『眠りの雲』。『レビテーション』でベッドへ」 気絶していた真紅と翠星石が、突如スックと起きあがった。 そして黙って扉に進んでいく。 ドカッ! 乱暴に扉を開け放ち、外へ出て行った。 ルイズは、慌てて二人の後を追う。 そしてキュルケとタバサも飛び出した。 部屋に残されたデルフリンガーは「青春だねぇ」とつぶやいた。 先を行くルイズとローゼンメイデンを追いかけながら、タバサが隣を走るキュルケに尋 ねた。 「最初から、誰かジュンと一緒に行けば良かった」 問われたキュルケはニマ~っと笑い、 「あら、そういえばそうよねぇ~。気がつかなかったわ。タバサ、言ってあげれば良かっ たんじゃなぁい?」 と、棒読みな答え。そしてタバサも、 「気がつかなかった」 と、普段よりさらに感情のこもらないセリフを返した。 そんな後方の小悪魔達に気付く様子もなく、ルイズ達はエレオノールの部屋へ急ぐ。 真紅と翠星石は、エレオノールの部屋の前に来るやいなや、ステッキと如雨露を取り出 した。 後ろからゼーゼー肩で息して走ってきたルイズが止める間もなく、二人は「せーの!」 と声を合わせ、ドカッ!と扉を鍵ごと叩き破る。 そして汗をダラダラたらすルイズが中をのぞくと、ジュンとエレオノールがいた。 二人は、薄暗い室内にいた。 ジュンは、ベッドに寝かされている。すやすやと眠っている。 ベッドの横に立つエレオノールは下着姿。身につけるのは、ショーツ一枚。 手に持った杖をジュンへ向け、身体をかがめて彼の顔を見つめていた。 エレオノールが、突然の乱入者に目を見開いて振り向く。 ルイズは、真紅と翠星石も、硬直していた。 後からやって来たキュルケとタバサも中を覗く。 しばし、全員が固まって動かない。 ようやくキュルケが、タバサの手をとって上に掲げた。 「正解者、タバサ」 「・・・ぶい」 タバサは棒読みで、掲げられた手でVサイン。 ルイズが早口言葉並みの速度でルーンを唱える。 次の瞬間、全員まとめて『エクスプロージョン』の光に包まれた。 トリステイン魔法学院の医務室は、水の塔3~6階まである。 その最上階一番奥のベッドで、ジュンが眠り続けていた。ただし、服はボロボロ頭はチ リチリの黒い毛玉。寝ていると言うよりは、気絶させられたと言う方が正しい。 慌てて飛んできたシエスタなどメイド達が、寝間着のまま彼を介抱している。 その横で、やっぱりボロボロになった上にガウンを羽織ったエレオノールが、自分の魔 法に自分が巻き込まれてズタボロになったルイズを、そして巻き添えになったキュルケと タバサと真紅と翠星石も並んで正座させていた。 「だから!どうしてあなたはっ!あなた達は、そうも粗忽者なんですかっ!?私がどうし てジュンを襲うなんて思うんですか!! ちょっと考えれば分かるでしょう!?その子は緊張のあまり勝手に気絶したんだって! それを『レビテーション』でベッドに移して介抱していたとっ!! それを何ですかあなた達はっ!!よってたかって!!貴族としての自覚の欠片も無いよ うですね!!恥を知りなさいぃっ!!!」 全員、返す言葉もなくシュンとして小さくなっていた。 果てしなく続くかと思われたお説教も、日の出の頃になってようやく収まった。 ゼイゼイと肩で息するエレオノールが、横でジュンを介抱していたシエスタをじろっと 見る。 「ちょっと、そこのメイド。・・・確かあなた、その子と一番仲が良いメイドという話し ですね?」 「え!?あ、あの、一番仲がよい、かどうか分からないのですが、その、仲は良いと思い ます」 「よろしい。名前は?」 「シエスタです」 「ではシエスタとやら。今後はこの子の、ジュン・シュヴァリエ・ド・サクラダの使用人 となり、その子とルイズの身の回りの世話をしてあげなさい」 全員、あっけにとられた。 「はっ!はいっ!!喜んで拝命致します!あたし、頑張りますっ!!」 と、シエスタはキャアキャアと大はしゃぎ。 だが、ルイズは青ざめた。 「なー!どういう事ですか姉さま!?どうしてジュンにシエスタが」 「だまらっしゃいっ!! あなたみたいな慌て者で乱暴者の相手を一人でさせていたら、この子の身体が保ちませ んっ!!自分の使い魔を殺すメイジなんて、ヴァリエール家、トリステインはおろか、ハ ルケギニアの恥ですっ!」 「そんなーっ!横暴です姉さまっ!」 そんな姉妹喧嘩とはしゃぐメイドの横で、目を覚ましていたジュンが呟いた。 「僕の意見は無視かよ・・・」 ジュンは、この矛盾と理不尽に満ちた世界への怒りに震えるのであった。 さてさて、さらに時が過ぎまして。 地球でのりに泣きついたジュンが、姉に連れられて訪れたのは、Wacoelの女性下着専 門店。胃が痛くなるほどの恥ずかしさと肩身の狭さに耐えて彼が姉と選んだのは、エレオ ノールのための『大天使のブラ』。客や店員の奇異の目から逃げるように店を飛び出し、 それでもマエストロの才能をフルに使って手直しを加えた。 受け取ったエレオノールは狂喜乱舞。さっそく鏡の前に立ち身につけた。 生まれて初めて見る自分の胸の谷間、対照的にスッキリした脇の下。彼女は、至福の時 を過ごすのであった。 だが、ここでジュンの災難は終わるわけもなく、 「やっぱり、ね、ギーシュもね、大きな胸の方が喜ぶと思うのよ」 「ちょっと待ったぁ!このイザベラ様を差し置いて、何勝手言ってんだい!?」 「う、うむ、恥をしのんで、このアニエスも、貴公にお願いしたい。特に、タバサ殿が着 用しているような、動きやすい物を」 「あ、あたしもお願いします!」 「その、私も、是非・・・」 後日ルイズの部屋には、モンモランシーが、イザベラが、アニエスが、学院の女生徒達 やメイド達が、女性教員達までもが押しかけてきていた。 ジュンは、真っ白に燃え尽きた。 ―――コルベールとジュンの名は、地球とハルケギニアの双方において、歴史上の偉人と して語り継がれる事になる。 二人が確立した理論、魔法と科学を融合した新しい学問は『伝説上の錬金術の復活』と いうレベルのものではなかった。それは全くの新分野の学問と認められ、『魔工学』と呼 ばれた。 彼等は量子論における超ひも理論においてすら為し得なかった、電磁気力・弱い核力・ 強い核力の3つを結ぶ大統一理論と、重力とを結びつける、『超統一理論』を完成させた。 これを応用し、虚無の力により地球への道を開く人工ワームホール『世界扉』を、安定し て存在させ続けることにも成功。いわば『次元回廊』を生み出したのだ。 当初は両世界の破滅的衝突が予想された。だが、ジュン・コルベール・ルイズ・キュル ケ・のり・タバサ・巴などの有力な橋渡し役が多数存在した事から、どうにか全面衝突と いう事態だけは避け続ける事が出来た。 ジュンは次元回廊開設後は、「初代魔工師」「賢者」「次元回廊共同管理運営機構理事」 「世界扉警護隊司令」「量産型ローザミスティカ開発者」と、政治的学者的な意味合いで 呼ばれた。ちなみにコルベールも、「魔工学創始者」「聖者」等、『炎蛇』の二つ名が霞む ほどに異名の方が世に知れ渡った。 だが、ジュンにはもう一種類の異名が、とても沢山授けられた。 本人は、その異名の山を非常に嫌がり、生涯「なんで僕がこんな目に・・・」とぼやき 続けてた。 それは 「女神の谷間ジュンダールヴ」「ハルケギニアにブラジャーを広めた人」「よせあげブラ を手縫いした漢(をとこ)」「ある意味、勇者」「究極の幸せ者」「ハルケギニア女性に希 望を与えた天使」「ハルケギニアの半分の男性に幻を、もう半分に絶望をもたらす悪魔」 「貧乳の味方」「貧乳好きの敵」「才能の無駄遣い」「何しに召喚されたんだお前は」etc... 『エレオノールの場合』 END 第六部 おまけ 終
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3097.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next ~対アルビオン戦六日前~ トリステイン魔法学院寮塔、ルイズの部屋。そこには、非常に重苦しい空気が満ちてい た。別に戦争前の緊張感ではない。当人達にとっては、戦争なんかどうでもいいくらい大 変な事態だ。 ルイズと使い魔達の前に、タバサが立っている。 「教えて」 いつものように無表情だが、この場から動こうとしない。 「あなた達は、なに?」 北花壇騎士として『トリステイン~アルビオン戦争が始まる前に、ヴァリエール家三女 ルイズの使い魔達をヴェルサルテイル宮殿へ連行せよ。殺してはならない』という命令を 受けたタバサだが、もはやそれすら、頭から消し飛んでいる。 「その鞄、どこから持ってきたの?」 ジュン達が鏡から出てきた姿を目撃したタバサは、即座に『アンロック』で窓を開け、 そのまま部屋に突っ込んできた。必至に誤魔化そうと愛想笑いするルイズ達へ、しつこく 問いただしてくる。 ジュンが持ってきたバッグは、ナイロンとビニールで出来た、チャックで閉めるボスト ンバッグ。ついでにいえば、タバサが見た事もない文字「Samsanite」が表面にプリント してある。 誰がどうみても、それはハルケギニアではあり得ない製品だった。 「え、え~っと…その、ねぇ?ジュン?」 ジュンに向けられるルイズの笑顔は、引きつっていた。 「こ、これは、その…ゼロ戦、そう!ゼロ戦の中にあった物なんだよ!そうだよな!?真 紅?翠星石?」 「そそそ、そうですぅ!そうなんですよぉ!!」 「そうよね翠星石?おほほほほ…」 「そんなの、ひこおきの中になかった」 タバサは冷たくツッこんだ ジュンは、哀しくなるくらいオタオタ。 「あ?あれぇ~?き、記憶違いだったかな??えと、そう!これは、遺品だったよ!佐々 木さんの!」 「そんな大きな鞄、持って帰らなかった」 タバサのつっこみは、余りにも冷たかった。 「ジュンよぉ…もう、諦めな」 デルフリンガーは、もう諦めている。 「きゅいいいいいいっっ!!誤魔化したってだめなのねえーーー!!!」 シルフィードが、窓枠に前足を引っかけて、窓から頭を突っ込んで叫びだした。大きな 口から大量のツバを飛ばしてくる。 「あたし!あたし達!見たのね見たのねー!鏡から出てきたのねーーっ!!そんな魔法! この世にあるわけが」 ぼこっ! タバサの杖が、シルフィードの眉間にめり込んでいた。 「りゅ、りゅ、竜がしゃべったああーーーっ!!」 絶叫したのはルイズだった。 ドンドンッ! ちょっとールイズー!何朝から騒いでるのよぉっ!目が覚めちゃったじゃないのぉ キュルケが文句を言いに来た瞬間、タバサを除いた全員が、5サントくらい驚いて飛び 上がったように見えた。慌てて各自、自分の口を塞ぐ。 ルイズが首を、ギ・ギ・ギィ~と音を立ててドアに向ける。 「ご、ゴメンなさい、キュルケ。ち、ちょっと、使い魔達が、騒いじゃっ、て」 …んもぉ~、勘弁してよねぇ~。静かにしてちょうだい キュルケの部屋のドアが閉められた音がした。 とたんに、全員が安堵して息を吐く。ルイズがシルフィードをマジマジと見つめる。翠 星石がルイズの後ろに隠れてる。 「…シルフィードは、韻竜だったのね」 「きゅいい~、ばれちゃったのね」 ぽかっ またタバサに杖で叩かれた。 「森で待ってて」 シルフィードは、きゅいぃ…と寂しそうに鳴いて飛び去った。 「シルフィードの事、黙ってて」 タバサはルイズに頭を下げる。 「いいわ。ただし、さっき見た事を黙っててくれるなら」 「分かった。でも、あなた達の事、教えて欲しい」 教えて欲しいと言われ、ルイズと使い魔達は困った顔を見合わせてしまう。真紅が小さ な口を開く。 「ねぇ、タバサさん。 あなたがあの竜の事を詮索されたくないように、私達も詮索されたくないの」 ジュンも、おずおずとタバサの前に出る。 「お互い、首を突っ込むと危険なのは同じじゃないかな?知らない振りをし合うのが、い いと思う」 ルイズも胸を張ってハッキリ言った。 「あんただって韻竜だとばれて、狙われるのがイヤだから隠していたんでしょう?こっち も同じよ。この前、アルビオンの連中に狙われたばかりなのよ。もうこれ以上は、ゴメン だわ」 ルイズ達の真剣な説得にも、タバサは首を横に振った。 「一つだけ、教えて欲しい」 ひとつだけ、という言葉に皆は困惑を深める。意を決してルイズが頷いた。 「何を、知りたいの?」 「ジュンの国の技」 「技?」 「壊れた心を治す技、ある?」 ルイズの後ろに隠れた翠星石が、あっと声を上げた。 皆、椅子やベッドに腰掛けて、隠し続けてきた事実の一端を語った。 「…というわけですぅ。あたしの如雨露だけじゃ、心を治すまでは無理ですぅ」 「ソウセイセキ…ローザ・ミスティカがあれば…」 「ええ、私達ローゼンメイデンの魂とも言えるローザ・ミスティカ。それを見つけて、蒼 星石の体に戻す事が出来れば、あなたの言う『壊れた心』は治せるかもしれないわね。絶 対とは言えないのだけれど」 「僕らは召喚されてからずっと、あっちこっち探したんだ。でも、今のところローザ・ミ スティカは手がかり無しさ」 ジュン達は、人の精神に潜り心を育てる力を持つ『夢の庭師』、双子のローゼンメイデ ン、翠星石と蒼星石の力を語っていた。 タバサは、ジュン達の話へ真剣に耳を傾けていた。無表情ながら、鬼気迫る真剣さだっ た。 ルイズもデルフリンガーも、黙って彼等の話を聞いていた。 ふと、ジュンが持ち込んだボストンバッグを見る。 「家から、持ってきた?」 ジュンの額を幾筋もの汗が流れる。 「家、て?」 必至に平静を装っても、顔は引きつってる。 ジュンとタバサは、しばし睨み合う。ルイズと人形達は不安げに二人を見つめている。 「次は、私が話す番」 先に口を開いたのは、タバサ。 「訳あって、あなた達を調べてた」 タバサは語った。彼女の調査結果を。 ルーンによる洗脳を無効化している いつでも故郷に帰れるが、あえて使い魔を演じている 目的は魔法の勉強 ジュンも真紅も翠星石も青息吐息。ルイズも文字通りの、お手上げ。 「おでれーたなぁ、ジュンよぉ…バレバレだなぁ」 「言うなよ…」 タバサがジュンにぐいっと詰め寄る。 「いつでも自由に帰れる?」 「う…」 「鏡を通って?」 「ぐぐぐ…」 助けを求めるように真紅や翠星石に視線を送るが、二人とも諦めたようにため息をつく ばかりだ。 答えを聞く前に、タバサはさらに言葉を続けた。 「協力する」 いきなりの言葉に、ルイズ達は「?」とキョトンとした。 「心を治してくれるなら、協力する」 「あ、あのですねぇタバサさん。それは、蒼星石が生き返ったらの話ですしぃ」 「構わない」 翠星石を初め、ルイズ達は動揺を隠せない。この無口な青髪の少女を信用していいのか どうか、計りかねている。何故ジュン達を調べていたのか、誰を治すのかすらも話さない のだから。 突然、真紅が口に人差し指をあて、静かにするようジェスチャーした。 皆が一瞬口を閉ざすと、真紅は宙に浮き、ゆっくりと音もなく扉の取っ手に取り付き、 一気に開け放つ。 とたんに、褐色の女性が室内に転がり込んできた。ドアに耳を押しつけていた下着姿の キュルケだ。 「きゅ、キュルケぇ~…あんた、全部、聞いてたわよ…ね?」 ルイズがピクピクと引きつった笑顔で、宿敵を見下ろしている。 「え~っとぉ、そのぉ~、ほら、もう朝ご飯だしぃ、オールド・オスマンのお話もあるか らさぁ…ねぇ?」 キュルケは、可愛くウィンクしながら微笑んだ。でも、ルイズの部屋の面々には、全く 効果がなかった。 「呼びに…来たって、言うわけ?」 「そーよぉ!そうなのよぉルイズ!」 「で、ツェルプストーのトコじゃ、人を呼ぶ前に扉に張り付く習慣があるの?下着で」 「そうなのぉ!これはあたしのお祖父様の代からの風習でねえ」 「んなワケ、ないでしょーがあっ!!」 「んわー!やめ!ルイズさん!やめぇー!」 絶叫して杖を振ろうとするルイズを、ジュンが羽交い締めにして必至に押しとどめる。 突然、翠星石がすっくと立ち上がる。扉へトコトコと歩み寄り、静かに扉を閉めた。 そして、タバサとキュルケへ振り返り。如雨露を構える! 「こうなったら、おめーら殺っちゃうですうーーーーー!!!」 「やっ!やめて翠星石ぃ!止めなさいっ!!落ち着いてえ!!!」 今度は真紅が翠星石を羽交い締めにする。 ドタドタドタドタ!バタンッ! 「ミス・ヴァリエール!どうされましたか!?何の騒ぎですか!!!」 シエスタまでが飛び込んできた。 「いえいえ、な、なんでもありませんことよ?おほほほほ…」 ルイズが引きつった笑顔で立っていた。 キュルケも、ジュンも、真紅も、翠星石も引きつった笑顔で、何故かほこりっぽい部屋 の中に立っていた。タバサだけは無表情なままだが。 「?…え~っと、何かよく分かりませんが」 「べ!別に何もないのよ!気にしないで!!」 「はぁ…?実は、早く食堂に来るようにと、教員の方々が」 「あー!分かった!分かったから!すぐ行くから!!戻ってて、そう伝えて!!」 「?…はぁ」 シエスタは、腑に落ちない顔で去っていった。 去っていったのをしっかり自分の目で確認したルイズは、ぶふあぁ~と大きな息をつい た。皆、疲れた顔で大きな息を吐く。 「ねえ皆さん、とにかく今は食堂へ行きましょう。話はその後で」 真紅が皆に語りかける。 「はぁ…そーだなぁ…」「じゃぁ、それまで休戦よぉ」「わかったわよぉ…」「おめーら、 覚悟しとけですぅ!」「話し合いたい」 身支度を調えた後、全員ぞろぞろと、ジュンは真紅・ルイズは翠星石を抱いて、重い足 取りで食堂に向かった。 一行が食堂に着いた時、とっくにオスマンのお話は終わっていた。ついでに朝食も。 キュルケは空腹に耐えながら、教室へ行こうとするギーシュを捕まえた。 「ねーねー。結局、オスマンはなんて言ってたのぉ?」 「なんだね!?君たちは、まったく…今朝は遅刻して良いハズがないだろう?しょうがな いねぇ。ともかく、よく聞きくのだよ!」 教室に向かいながら、オスマンの話を語り始める。 レコン・キスタからの宣戦布告及びウェールズ王子身柄返還要求 トリステインは身柄引き渡し拒否、戦争は不可避 開戦は神聖アルビオン共和国樹立・皇帝即位式典直後、六日後の公算大 戦力はアルビオンの空軍力がトリステインを圧倒し、空での勝算は乏しい だがアルビオンからの亡命貴族達が参戦、脱出した戦艦『イーグル』号も空軍へ編入 王軍へ志願する男子生徒は、募兵官が学院へ来られるので、申し込みされたし 女子生徒は学院にて学業継続。だが戦況によっては予備士官として逐一投入予定 学院に残る学生への教練のため、武官が派遣される予定。 今より学院は、戦時体制へ移行する。身分の貴賤問わず、戦に備えよ。 これらを語るオスマンは、見ていられないほど沈痛な姿だった… 「恐らくこの戦争、トリステインの存亡を賭けた戦いになる。トリスタニアが炎に包まれ るのは、覚悟せねば・・・」 話を聞いた一行は、余りにも複雑な想いを抱いていた。 彼等はアルビオン潜入とウェールズ亡命、というより誘拐を行った本人だ。即ち、この 戦争を引き起こした当事者の一人。特に王子へ亡命を勧めたルイズと、『誘拐実行犯』で あるワルドを見逃した使い魔達は、今さらながら罪の意識を感じている。 「もし、王子を連れて帰らなかったら、戦争は起きなかったのかしら…」 俯いてつぶやくルイズ。キュルケが彼女の肩を叩いた。 「今さら言ってもしょうがないわよぉ。それに、どうせあいつらトリステインへ必ず攻め 込んだでしょうし。あんた達のせいじゃないわ」 ギーシュもウンウン頷く。 「それに、王子が亡命したおかげで、王子を慕ってアルビオンの王党派貴族達が大勢亡命 してきたんだよ。空軍力は確かに劣るが、なあに!地上に引きずり降ろして戦うとする さ!」 教室に着いた一行だったが、そこは授業をする雰囲気ではなかった。特に男子生徒達は そこかしこで集まっている。威勢良くかけ声を上げたり、作戦会議をしたり、互いの健闘 と武功を誓い合ったりしている。 既に男子生徒の数が減っている。諸侯が編成する国軍に、農民から募った兵を率いるた め帰郷した跡取り達などだろう。 女子生徒達は暗い顔で、これからどうなるのかと囁き合ってたり、何かお祈りや呪いを してたり。血気盛んに軍へ参加しようと杖を上げる者もいる。 そんな教室にルイズ達が入るや、全員の視線が一斉に集まった。特に、ジュンと、二人 が手に抱える人形達へ。ひそひそと囁き合い、顔を見合わせる。おいお前聞けよ、やーよ あんたこそ、とか聞こえてくる。 フクロウを連れたふとっちょの少年、『風上』のマリコルヌが、ビクビクしながら立ち 上がった。 「な、なぁ…ルイズ。その使い魔達が、学院を襲いに来た戦艦撃ち落としたって、ホントか?」 「ええ、ホントよ」 ルイズはサラリと答える。とたんに教室内にどよめきが広がる。 「な、なら!お前等がアルビオンに潜入して、王子を救出したってのもか!?」 「ちょっと違うけど、まぁ大体当たり」 極秘任務の一件だったが、『ウェールズ亡命』はハルケギニア中に広まっているので、 もう隠す理由は無かった。 教室内は、もう大騒ぎだ。皆がルイズ達を取り囲む。 「すげぇよ!お前等がいれば、トリステイン勝てるんじゃねーか!?」「当然あんたも志 願するんでしょ!?」「もう、ゼロなんかじゃないわね!見直したわ」「あの『ひこおき』 とか言うヤツ使えば、アルビオンの竜騎兵とだって戦えるんだろ?」 口々に、まるでルイズが使い魔達と共に軍へ志願するのを当然のように言う。詰め寄ら れるルイズ達は、もうタジタジだ。 蚊帳の外なギーシュとキュルケは、なによぉあたし達だってフーケと戦ったのにぃ、全 くだ!我々とて命がけで頑張ったというのに…と、ご機嫌斜めだ。タバサはやっぱり無表 情。 「ちょっ!ちょっと待ってよ、みんな、まだ私何も決めてないのよ!」 「な!?どういう事よっ!そんだけ強力な使い魔持ってて、この一戦に参加しないって言 うの!??」 「い、いや、そうじゃなくて、まずお父様とか相談して、とか…色々とあって…」 ルイズの声がだんだん小さくなり、もにょもにょと聞こえなくなる。そしてチラチラと 使い魔達を見る。 そこへガラリと教室の扉が開き、ギトーが入ってきた。皆、しぶしぶ席につく。 ギトーは、皆に戦時の心構えを語ったり、戦場における風魔法の有効性を講義した。授 業の全てが、戦争関連で終わった。その後の授業も同じようなものだ。 ついでに言うと、今朝の騒ぎで朝食を食べ損ねた者達は、空腹で授業なんか頭に入って なかった。 昼食時。 テーブルに並んでいるのは、確かに昼食。しかしいつもの食事とは違う。 テーブルに花はない。山と積まれるフルーツもない。いつもの豪華な食事ではなく、普 通の、平民の食事をちょっと豪華にしたという程度。戦時体制に入ったため、食料を節約 しているのだ。 貴族の子弟達は不満げではあった。だが、『身分の貴賤問わず、戦に備えよ』という学 院長からのお達しだ。大きな声で文句を言うものはいなかった。 腹ペコだったルイズ達とタバサ・キュルケは、もの凄い勢いで平らげた。そして大急ぎ で再びルイズの部屋へ集合。 「さて、ですねぇ…いったい、どうしたもんかコンチクショーですぅ」 翠星石は腕組みしてウロウロ歩き回ってる。ルイズとジュンと真紅はベッドに腰掛け、 キュルケとタバサは椅子と鏡台に座ってる。 ルイズが、キュルケとタバサの前に仁王立ちする 「ともかく、二人とも…この子達の事は、黙っててちょうだい!」 タバサは「心を治してくれるなら」と頷く。 優越感たっぷりに「やーねぇ。宝物庫の件といい、貸しが増えてくばっかりだわぁ」と 笑うキュルケ。 ジュンが、デルフリンガーを手にし、切っ先をキュルケへ向ける。 「キュルケさん。もし人に話せば・・・やりたくはない、けど・・・」 翠星石も如雨露を構える。 「えーいまどろっこしいですぅ!ここで殺っちゃえばいいです!」 「ま、待ってよ!ねぇ、あたしだって、あなた達とやり合う気はないのよぉ!?」 迫られるキュルケは、冷や汗を流し顔が引きつる。 「ちょっと!落ち着きなさい二人とも!まだ結論を急ぐ事はないわよ」 慌てて二人の前に出た真紅が、声を荒げる二人をなだめる。 「ともかく、まずはタバサさん。あなたは交渉の余地がありそうね。いったい誰を治して 欲しいのかしら?」 真紅は、いやあたしだって話し合う気があるんだけどぉ~、とつぶやくキュルケは無視 していた。 「会って欲しい」 タバサはすっくと立ち上がり、窓へ寄る。 「会うってぇ、今ですかぁ?」 翠星石に聞かれたタバサは頷く。窓の外には、シルフィードが飛んでくるのが見えた。 一行は韻竜の背に乗り、雲海の中を南東へ向けて飛ぶ。 「この方向は、確かガリアって国の方かな?」 「そなのね!ジュンちゃん、って言ったかな?お姉さまのおうちに行くのね!」 「お姉さま?…あ、僕は桜田ジュンっていいます。改めて、初めまして、シルフィードさ ん。何度もお世話になりました」 「こっちこそ初めましてなのね!それでそれで!きゅいきゅい!噂のつよーいお人形さん 達なのね!」 「改めて自己紹介させていただくわ。私は真紅、誇り高いローゼンメ・・・」 「あたしは翠星石ですぅ。ルイズさんにはスイって呼・・・」 「デルフリンガーってんだ!よろしくな!にしても韻竜なんて久・・・」 そんな感じで、改めて名乗り合う使い魔達。 「ふぅ~ん、あなたって、ガリアからの留学生だったんだぁ」 キュルケの言葉に、タバサは何も語らない。黙って雲の向こうを、ガリアを見つめ続け ている。鞄に入れている本を開こうともしない。 「で…なんであんたまでついてくるのよ。関係ないじゃないっ!」 ルイズは今朝からずっとご機嫌斜め。おまけに宿敵ツェルプストーが何故か同行してい るのに、納得いってない。 「もうここまで首突っ込んじゃったんだから、しょうがないでしょお?成り行きって事で 納得してよねぇ。話もまだ終わってないんだしぃ」 「むぅっきーっ!腹立つわねー」 相変わらずキュルケにからかわれっぱなしのルイズ。 トリステインはアルビオンとの戦時体制。ゆえに国境警備もアルビオン側に大きく割か れている。ましてや航空戦力で圧倒されるアルビオンと戦うのだから、上空の監視が出来 る使い魔や竜騎兵などは、全て王都やアルビオン側に集結させてある。そして、ガリア側 も上空への監視はまともに行っていなかった。彼等は地上を歩いてくるトリステインから の避難民へ対応するのに手一杯だ。 だから彼等は上空3000メイルとはいえ真っ昼間にもかかわらず、全く問題なく、国 境を飛び越えた。 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3095.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next 妙に水没した家が多い湖を越え、韻竜はタバサの実家―オルレアン家に到着した。 「まさか、タバサの実家って・・・王弟家だったの・・・」 「な!?紋章に、ふめい…ゴホンおほん!」 キュルケは屋敷の入り口に刻まれたガリア王家の紋章を見て絶句していた。ルイズは王 家の紋章『二本の交差する杖』の上に書かれた、バッテン印の傷~不名誉印を見て、タバ サの前でそれを口にしそうになって咳払いして誤魔化す。 「お嬢様、お帰りなさいませ」 屋敷の入り口に降り立った一行は、老僕に出迎えられ、客間へ案内された。 邸内は手入れは行き届いているが、しんと静まりかえっている。 まずお父上に挨拶したい、というキュルケとルイズの申し出に、タバサは「ここで待っ てて」とだけ言い残し、客間を出て行った。 キュルケとルイズは、というよりジュン以外はソファーで大人しく待っていた。ジュン だけはどうにも落ち着かない。何しろ王族の大邸宅など、庶民の彼に落ち着いてくつろぐ 雰囲気ではない。傍らのデルフリンガーに「どっしりかまえとけよ、なめられんぞ」と、 たしなめられている。 ほどなく、先ほどの老僕がワインと紅茶とお菓子を持って、テーブルに並べていく。老 僕は恭しく礼をした。 「このオルレアン家の執事を務めておりまするペルスランでございます。おそれながら、 シャルロットお嬢様のお友達でございますか?」 キュルケは頷いて自己紹介した。 「ゲルマニアのフォン・ツェルプストー」 ルイズは、ちょっとためらった後に自己紹介した。 「トリステインのラ・ヴァリエール。 え~と、実は私達、タバサに連れてこられたの。でも、シャルロットって、タバサの本 名?」 「それに、どうして不名誉印を掲げてるの?あの子、何も話してくれないのよ」 ルイズとキュルケの質問に、老僕は切なげにため息を漏らし、語り始めた。 本名、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。 ガリアの王族で、謀殺された王弟オルレアン公の娘。また、母親も毒で心を狂わされ拘 束された。 「タバサ」と言う名は、母がまだ心を狂わされる前、シャルロットに送った人形の名。 心を狂わされた母は、人形を『シャルロット』と思い込んでしまう。だからタバサは自 分の名を『タバサ』と名乗っている。 母が目の前で狂って以来、快活だったシャルロットは言葉と表情を失う。 その後は、伯父王ジョゼフ派によりトリステイン魔法学院へ厄介払いに留学。 今も、何か厄介事が起こる度に呼び戻されては、服務中の死を目的として危険な任務に 従事させられる・・・ 「今、お嬢様は、奥様に会っておられます…心狂わされ、人形を娘と思いこみ、実の娘を 王宮からの刺客と恐れ罵る、奥様に…」 『雪風』、それはタバサことシャルロットの二つ名。 皆は、その名の意味を、重さを、あの小さな体に背負わされた過酷な運命を知った。 彼女の胸に吹きすさぶ、吹雪を。 執事の話が終わり、皆が黙って顔を伏せていると、客間の扉が開いた。タバサが入って くる。狂った母に会ったばかりのタバサが。 その顔は、僅かに額に傷があるが、さっきと何も変わらない無表情な真顔だ。そう、何 も変わらない、いつものタバサ。だが、今の彼等には、その当たり前な顔が痛ましい。 翠星石と真紅が、何も言わずトコトコとタバサへ歩み寄る。 その後を追うように立ち上がったルイズとキュルケを、ジュンが腕を上げて制した。哀 しげな二人の少女を、少年の瞳が押しとどめる。 「翠星石、真紅も・・・頼む」 「頑張るです。でもまずは、様子を見てくるです」 「もし、今の私達の力だけで足りなかったら」 「分かってる…僕も、行くよ」 人形達は、タバサに連れられて客間を出て行った。 二人の少女は、何も語らず俯いている。ジュンも同じだ。 「なぁ、ジュンよ…治療とやらに、どれくらい時間かかるんだ?」 おずおずと、デルフリンガーが尋ねる。 「ミーディアム、つまりエネルギー源の僕無しでは、nのフィールドで活動出来るのは、 せいぜい30分なんだ。だから、そんなに時間はかからないよ」 「そっか・・・」 それ以後、デルフリンガーすら、何もしゃべらなかった。30分には満たない時間が、 彼等には何時間にも思える。 ほどなくして、タバサは人形達を連れて戻ってきた。結果は、聞くまでもなかった。翠 星石も真紅も、暗い顔で俯いたまま、ジュンを呼んだから。 彼は立ち上がり、剣を持たず、ベルトに付けていた短剣も置いて歩いていく。 「一応、武器は何か持っておかないと・・・」 武器がないとルーンが発動しないんじゃないの?と言いたげなルイズに、胸元から金属 のネックレスを取り出して示した。 「これがあるから大丈夫」 「何それ?指輪・・・が横に並んでるだけに見えるけど」 「そう見えるでしょ?だからいいんだよ。手につけてても、ハルケギニアでは変な指輪と しか思われないから、多分タバサさんのおばさんを刺激しない」 ネックレスから外した小さなメリケンサックをポケットにしまって、タバサの後をつい ていった。 タバサは屋敷の一番奥の部屋をノックした。返事はない。 タバサは扉を開けた。 殺風景な部屋だった。ベッドと椅子とテーブル以外、他には何もない。開け放した窓か らは爽やかな風が吹いてカーテンをそよがせている。 そこには、女性がいた。おそらくは30代であるはずの、痩せた女性が。 「おのれ!また来たのか無礼者!何度来ても、可愛い我が子を渡しはせぬ!」 やつれきった50代に見える女性。のばし放題の髪から、らんらんと目を光らせタバサ 達を睨み付ける。 「下がりなさい!下がれ無礼者!!下がらぬか!!」 女は人形を抱きしめている。人形の顔はすり切れ、綿がはみ出している。 「ああ、ごめんなさいシャルロット。せっかく寝ていたのに、起こしてしまったね。大丈 夫、母があなたを守って見せます・・・」 母が、いとおしげに人形に語りかける。わが子の名を呼びながら、人形に何度も頬ずり をする。 見れば、床にはグラスの破片が散らばっている。恐らく、先ほどタバサの額に投げつけ たのだろう。 タバサは、何も言わず立ち続けていた。娘の代わりに人形を愛する母を、見つめ続けな がら。 翠星石も、真紅も、ジュンも、視線を床に落としている。直視出来ない。 翠星石は手から緑の光り――スィドリームを放つ。 「ひぃいっ!くっ来るな!来るなぁ!!」 怯え叫ぶ母の上を緑の光りが飛びまわる。とたんに、母は意識を失い倒れ込んだ。 倒れた母の上には、雲とも穴ともつかない、もやもやとした『何か』が現れた。精神世 界『nのフィールド』、意識を失う女の夢への入り口だ。 非常にあやふやで見つけにくい、夢への扉。それを容易く見つける事が出来るのが、翠 星石と蒼星石『夢の庭師』としての力の一つだ。 「ジュン、先に言っておくです。無理だと思ったら、すぐ言うです」 「これは、恐らく、とても辛いものよ。悪くすれば、あなたまで・・・」 扉の真下に浮く人形達が、心配げにジュンを見る。 「大丈夫、連れて行ってくれ」 夢の扉へ歩み寄るジュンの後を、タバサもついていこうとする。 「タバサさん…あなたは、ダメですぅ」 「あなたが来ても、苦しむだけよ」 ジュンだけを連れて、人形達はnのフィールドに入っていった。 そこは、黒かった。 薄暗いとか、暗いのではない。黒い。 空にも、どこにも、まったく光が見えない。あるのは墨汁を塗ったくったような、いい 加減でデタラメな、黒。 「ホーリエ!」「スィドリーム!」 二つの光りが輝いた。輝いたハズだ。だが、それでもぼんやりとした紅と緑が、黒い中 にぼんやりと浮いただけ。その周囲の黒を払う事はおろか、人形達の姿すら見えない。 「ジュン、お願いするです」 「ああ」 真っ黒な世界の中、ジュンは右手にメリケンサックを着けた。彼の左手の包帯と指輪が 輝く…もし見えるのなら、だが。ルーンの力を指輪を通して薔薇乙女に送る。 「ホーリエ!もっと強く瞬いて!」「スィドリーム!周りを照らすですぅ!」 二つの光りが、強く強く輝いた。真昼の太陽のように、強く。 ・・・輝かなかった方が、よかったかもしれない。 ジュンは、自分がどこに立っているのか、見てしまった。 「・・・?…ぅ、ううあ・・・ぎゃあああああああああああああっっっ!!!」 靴は、汚泥の中に半分埋まっている。どす黒い汚泥に。 足下の汚泥の上には、虫がいた。 地面一面をビッシリと、小さく真っ黒い虫がはいずり回っている。ダニともムカデとも つかない、意味不明の形をした虫が。いや、上だけではない。汚泥が絶え間なく細かく波 打っている。汚泥の中にも数え切れないほどの虫が蠢いている。 その中に、靴が半分埋まっていた。そして、その虫たちが足に這い上がろうと 「ジュン!つかまって!!」 「ひぃぃいっ!ひぃ!!」 紅く輝く真紅に宙へ引っ張り上げられたジュンは、必至で足を振り回し、黒い泥と小さ な虫を振り落とす。 虫たちは、光りに追われて汚泥の中に潜っていった。 「こ・・・これは・・・うぷっ」 ジュンは、人工精霊達に照らされた世界を見て、二の句が継げなかった。吐き気すら催 してくる。 汚泥の中に沈みゆく、壊れかけのオモチャの家。 家の中には人形の住人達。どれも朽ち果て、崩れかけている。 まるで子供の落書きのような影の塊が、家の間をずりずりと歩き回る。 汚泥のあちこちに、何故か裂け目がある。底の見えない黒い裂け目が。 耳を澄ますと、何かが聞こえる。耳障りな、呟くような、罵るような、何かの声が。周 囲の黒い世界全てから、呪詛の如く響いてくる。…虫の鳴き声だ。 その世界自体も不安定だ。そこかしこで歪んだり、傾いたり、伸びたり縮んだりしてい る。自分の上下すら分からなくなり、平衡感覚が狂いだす。 「ジュン、大丈夫です?無理なら引き返しても」 「だ、大丈夫だよ。翠星石、この人の『樹』を探そう。精神の樹を」 口を拭いながらも、ジュンは逃げようとはしない。 「強くなったわね、ジュン。それじゃ、行きましょう」 3人は、黒い世界を飛び回る。どこかにある樹を、人の精神を象徴する樹を探して。 「・・・これ、です・・・」 翠星石が、一本の樹の前に浮いた。それが、まだ樹と呼べるなら、だ。 「まだ、生きてるのか?この有様でも」 「ええ・・・こんな姿でも、ちゃんと生きているわ。いえ、恐らくは…苦しめるためだけ に、あえて生かされているのよ」 二人とも、その樹を見つめていた。かなり背の高い樹を。 それは、朽ちかけていた。いや、既に倒れかけていた。 あちこちが腐り、カビのようなものが覆っている。 枝は、ほとんどが枯れて折れている。 葉は、さっきの小さな黒い虫がまとわりつき、食い尽くそうとしている。 根は、汚泥の中に伸びている。どうみても何の養分も得られそうにない、汚泥の中に。 幹は、太いツタのような巻き付き、締め上げている。皮肉にも、そのツタが汚泥の地面 まで伸び、支えとなって樹が倒れるのを防いでいた。より長く、苦しめるために。 「出来るだけのこと、するです・・・」 「そうね…たとえ気休めでも、一時的にはなんとか出来るかもしれないわ」 「だな。このままじゃ、とても帰れない」 二人は如雨露とステッキを手にする。ジュンはさらに指輪を輝かせ、二人に力を送る。 真紅は人工精霊の光で、虫を追い払った。 翠星石は、慎重に慎重に樹へ水をまいた。ツタをよけて、樹にだけに養分を送るよう。 ジュンは、せめて樹に取り付く虫を減らそうと、汚泥の中に足を浸し、必至で虫を踏み つぶす。 「・・・これ以上は、蒼星石でないと、無理ですぅ・・・」 「悔しいわ。庭師の鋏さえあれば、ツタや枯れた枝を落とせるのに」 「今は、これが限界なのか・・・しょうがない、戻ろう」 3人は、母の樹を後にした。少しだけ見栄えが良くなり、取り付く虫が減った樹を。 扉から3人が出てくると、タバサは相変わらず無表情に立っていた。だが、その手は白 く色を失うほど、強く杖を握りしめていた。 ジュンは、扉から降り立つと同時に、部屋を飛び出した。廊下で膝をつき、激しく嘔吐 する。 呼吸を落ち着け、再び部屋に入った時、ちょうど痩せこけた母が目を覚ました。 ぼんやりと周囲を見渡している。そして床に落とした人形を見つけると、慌てて駆け寄 り抱き上げた。 ―――ダメだった――― 彼等の脳裏に諦めの言葉が浮かんだ瞬間、母は少女達に向き直った。 「―――・・・あら、そなた達は…誰です?何用ですか?」 最初の剣幕は、消えていた。落ち着いて、見知らぬ少女達に問いかけてくる。 タバサは、杖を落とした。 館では、小さな宴が開かれていた。 牢獄である館の主と、老いた使用人達が、精一杯に作った夕食。 タバサの母は、正気を取り戻したわけではない。そんな事は皆分かってる。それでも屋 敷の人々は、穏やかに話が出来るようになった姿に歓喜した。たとえそれが一時的なもの でしかなくても、5年ぶりに彼女の在りし日の姿を見れたのだから。 客人をもてなさないといけないというのに、客間の壁際に慎ましく控える事も出来ず、 老僕達はじめ使用人達は、肩をたたき合い喜び合っていた。 ささやかながら、心をこめてもてなされる少女達。だがジュンの姿はない。nのフィー ルド内で、余りにも力を使いすぎ、倒れてしまった。彼は来客用の貴賓室に運ばれ、巨大 なベッドの上で寝込んでいた。 「大手柄だな、ジュンよ。おでれーたぜ、まさかローゼンメイデンって、こんなことまで できるたぁよ!」 「僕は、何にもしてないさ。みんな翠星石と真紅と、ルイズさんのルーンの力だよ。 ・・・ローゼンメイデンは本当は、こういう事のために生まれてきたんだと思う。戦う ための力なんて、おまけみたいなもんなんだよ。きっと」 「かもしれねぇな。ホント凄すぎるわ、あいつら。おでれーたぜ、ホント!」 ベッドの横に立てかけられたデルフリンガーと、のんびりとおしゃべりしていた。 コンコン 「開いてるよー」 「調子はどう?」 「うん、もう大丈夫だよ。起きれる」 入ってきたのはルイズだ。手に持ったお盆には食事が乗っている。ベッドサイドのテー ブルに盆を置いて、椅子に座る。 「あ、わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがと」 「持ってきたっていうかさぁ、キュルケから、う、ううう、奪い取ったのよ!あぁんの女 狐ぇっ!下心丸見えだっつーの! ジュン、やっぱりあの女、殺っちゃいなさい!」 「あははは・・・まぁまぁ、キュルケさんだって、悪い人じゃないんだし。きっとルイズ さんの良い友達に」 「ならないわよ!」 プイと顔をそむけるルイズを見て、ジュンは苦笑いを浮かべた。 よっこらせ、と体を起こす。 「あのさ、ルイズさん。実は真紅と翠星石とで、決めた事があるんだ。これは、ねえちゃ んも知ってる」 「シンクとスイと、一緒に…?」 ジュンは真っ直ぐルイズの赤い瞳を見つめる。ルイズは不安げに、彼の次の言葉を黙っ て待っている。 「ルイズさんが軍へ志願するなら、僕らもこの戦争に参加する」 「なっ!?」 ルイズは、驚いて口がポカンと開いてしまった。 「・・・で、でも!あなた達は…その…」 目を伏せて、言いにくそうにつぶやく。使い魔でも、ないのに…と。 「もしかして、この前の学院襲撃とか、気にしてる?」 「うっうっさいわね。…そうよ、あたしのせいで、あんた達がアルビオンに狙われたよう なもんなんだから。これ以上は、あんた達に迷惑かけられないでしょ?」 「だから、ルイズさんが戦争で危ない目に遭うのものも構わず、地球へ逃げろ…て言う の?」 「う、うん・・・だって、あなた達には、どうでもいいじゃないの。トリステインも王家 も」 「そうだよ。そんなの関係ない。 僕らにとって大事なのは、ローザ・ミスティカを探す事と、蒼星石・雛苺を蘇らせる手 段さ。 でもさ、ルイズさん…」 掛け布団をのけて、ベッドの端に腰掛ける。ルイズと真正面に向き合う。 「友達が困ってるのを、死にそうになるのを見過ごすなんて、絶対にしない。もう僕は、 戦いから逃げない。大事な人たちと一緒に、生きるためにね」 「ジュン…」 ルイズの頬が、朱く染まる。その瞳には涙が浮かぶ。 「召喚される直前まで、僕らは、いや、薔薇乙女は命がけの戦いをしていたんだ。その最 中、僕は敵にトドメを刺そうとした真紅に、『もう止めよう』と言ってしまった。そのせ いで敵の反撃を受け、真紅は一度、死んだんだ。いや、本当は翠星石も、他のドールも、 みんな、死んだ。 ・・・ウジウジと言い訳ばかりして、戦いから目を逸らし続けた、僕のせいだ。 今、たまたまローゼンが来てくれたおかげで、あいつらは蘇れた。でも、ルイズさんは 蘇れない。この戦争で死ぬかも知れない。 だったら、僕らはルイズさんを守るよ。そのために、戦う」 「あ・・・ありがとう、ありがとう…ジュン」 ルイズは、ぽろぽろと涙を流していた。肩を震わせ、スカートを握りしめて。 「そ、そんな、泣かないでよ。だって、その戦うって言っても、そりゃ、死にたくないか ら、ホントに危なくなったら、逃げるつもり、だし・・・。ついでにルイズさんも連れて 帰れば、絶対安全なんだし…その、だから、大したことじゃ、ないから…」 雄々しく戦いを宣言したジュンだったが、涙には弱かった。とたんにオロオロしてし まう。 「いいの、出来るだけで、いいの・・・あんたも、シンクも、スイも、みんな大事な、友 達よ。死んじゃダメ。死ぬくらいなら、逃げなさいよね。 …いい?あんたが、あんた達の誰かが死んだりしたら・・・殺すわよ」 「へ??」 「死んだら許さないからね!あんた達が死んでも、あたしが死んでも、あんたを殺すんだ から!」 「む、無茶言うなぁ~」 「無茶でもよっ!」 ルイズは両手でジュンの頭を捕まえ、自分の目の前にグイと引き寄せる。 「命令よ、これは命令。偽りの主からの、ただ一つの命令・・・死んじゃダメ、あたしを 一人にしちゃ、ダメ・・・」 少女の潤んだ瞳が、少年を見る。 至近距離から見つめ合ううち、だんだんと二人の頬が赤く染まる。 わずかに、ゆっくりと、二人の距離が縮まり―――・・・ コンコンコン! 扉がノックされたとたん、ルイズはジュンを突き飛ばした。 「あ、あぶななああかった!あたしったら、いったい、こんな、オコチャマなヤツ、なん で、あうあうあううう」 「・・・こんなん、ばっか・・・」 ベッドにひっくり返ったジュンは、なーんとなく涙目。 客間にいた残り全員がジュンの寝室に入ってきた。 入るやいなや、タバサがルイズ達に深々と頭を下げる。 「ありがとう」 語る言葉は、相変わらず一言。だが、心からの力を込めた一言。 「お礼に、全部話す。北花壇騎士としての、全てを」 青髪の少女はゆっくりと、不器用に、言葉に詰まりながらも語り出した。 彼女がガリア王家の汚れ仕事を請け負う北花壇騎士であること 王女イザベラへ、ルイズの使い魔達の調査報告書を提出したこと そして、『トリステイン~アルビオン戦争が始まる前に、ヴァリエール家三女ルイズの 使い魔達をヴェルサルテイル宮殿へ連行せよ。殺してはならない』という命令を受けてい る事を――― 「やれやれ、アルビオンの次はガリアかぁ、忙しいなぁ」 ジュンはため息が漏れてしまう。キュルケは腕組みして頭をひねる。 「ガリアは、トリステインに負けて欲しいようねぇ。もしかしてぇ、裏でつながってたり してねえ~」 ルイズもキュルケの言葉に頷く。 「あり得るわ。我が国の敗北は今のところ決定的よ。けど、ジュン達ならひっくり返せる かもしれない、そう恐れているのかも。なにしろ、戦艦まで一瞬で沈めてしまったんだも の」 「へへ、おでれーた!どーやらこの戦争では、俺たちがジョーカーみたいに思われてるら しいぜぇ」 デルフリンガーの言葉に、真紅は首を横に振った。 「憶測に過ぎないわね。それに、フーケ逮捕やアルビオンからの脱出を知ったら、ガリア だけじゃなく、どの国でもあたし達を狙うわ」 「もしかしてぇ~きゅうるけさんもですかぁー!?」 「ちょ!ちょっと待ってよ!あたし知らないわよ!スパイなんかしてないわよぉ。まった く、そんな目で見ないでよねー」 「ま、ともかく、その嬢ちゃんの命令の件、どうするかだわなぁ」 「なんとかする。だから、これからもお願い。ソウセイセキのローザミスティカも、必ず 探しだす」 「なんとかするって言ってもタバサさん、そう簡単じゃないでしょ」 「そうよ、アカデミーの姉さまも王宮も気になるわ。ガリアだけじゃないの。 この戦争、どうやらあたしが開戦まで、ジュンとシンクとスイを守りきれるかどうか、 が鍵のようだわね」 皆でわいのわいのとあれこれ話していると、ジュンがだんだんフラフラとし始める。そ して、ぽてっとベッドの上に倒れた。 皆が顔を覗き込むと、彼はすーすーと、寝息を立ててた。疲れ果てて寝てしまったよう だ。 ジュンの体に布団をかけ、一同は静かに部屋を後にした。 ~アルビオン戦五日前~ オルレアン家を朝日が照らす。 使用人達に見送られ、一行を乗せたシルフィードは飛び立った。 朝日を受け、一行は雲の間を学院へ向けて飛ぶ。 ジュンが、うにぃ~っと伸びをする。 「んーっ!…さーて、それじゃ本格的に、準備しようかな」 「ねぇねぇジュンちゃぁん、どんな事するつもりい?」 「え?えと、その…なんで、しなだれかかってくるんですか」 「きぃいいっ!どさくさに紛れてジュンにベタベタするなー!」 ルイズがグイグイと、ジュンにしなだれかかるキュルケの間に体をこじいれる。 「はぅう~…やる事が多すぎて、何からやればいいですかぁ~?」 「そうねぇ、まずはタバサさんとキュルケさんに、色々手伝ってもらおうかしら?」 「頑張る」 タバサはやっぱり無表情ながら、グッとガッツポーズする。 「あらら~!やぁっぱりあたしの力も必要よねー!分かってるわねぇ~」 「何言ってンのよ!?こんな女なんか!」 ルイズは、やっぱりキュルケとケンカしっぱなし。 「きゅいきゅい!みんな仲良しになったのね!戦わなくて済んで良かったのね!」 「う~ん…俺の出番がねえんだけど」 デルフリンガーは、不満そうだ。 眼下に、朝日に照らされた学院が見えてきた。 第3話 北花壇騎士、再び END back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3526.html
back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next 時速200kmを超えるゼロ戦の翼に、2体の人形が片膝をついている。 紅い光に包まれる人形が、金色のツインテールをなびかせる。 緑の光に包まれる人形が、茶色のツインテールをなびかせる。 荒れ狂う暴風の中、まるで当たり前のように翼の上にいる。 ゼロ戦の前には、60騎以上の火竜騎兵がいる。 竜騎士の後ろにはアルビオン艦隊。中型以上の10隻が、全くの無傷。 ゼロ戦の後ろにはトリステイン艦隊。小型旧型も含めて10隻が、既にある程度の損害 を受けている。 そして双方とも焼き討ち船4隻を従えている。 「・・・つまりは『ゼロ』が、少女と少年の操るたった一騎が、竜騎士の大群を相手にし ている間に、我らがあの艦隊を倒せばいいのだな」 「ヤツらは『ゼロ』の力を見てます。既に士気は挫かれているでしょう。艦艇数も同数、 背水の陣で決死の覚悟を持つ我らにこそ、勝ち目はあります!」 ラ・ラメー伯爵の皮肉と自嘲混じりな現状分析を、フェヴィスは最大限に前向きに解釈 した。 「ふふふ、そうだな。少なくとも、最初よりは随分と彼我の戦力比は縮まった、と見るべ きだろう」 目の前では、ゼロ戦から放たれた赤い竜巻を、火竜達のブレスが焼き尽くした。直後に 軽快な発砲音が響き渡り、ゼロ戦の機首から火が噴きだした。 伯爵は高々と右手を挙げる。 そして、アルビオン艦隊へ向けて力の限りに振り下ろした。 「全艦前進!最大戦速!!女子供に遅れを取るなど、貴族の名折れぞっ!!」 双方の焼き討ち船全てが、敵に向けて炎をまとい特攻をかける。うち数隻が衝突し、爆 炎をあげて破片と煙を空域にまき散らす。 その炎と煙を突き抜けて、トリステイン艦隊はアルビオン艦隊へ疾走した。 ―――戦いは、両艦隊の砲撃戦へと移行した。 圧倒的戦力、聖地回復という大義、しばしの休暇を得ていたとはいえ、長い内戦で厭戦 気分が現れていたアルビオン軍。対するトリステインは劣勢ながら、首都決戦という背水 の陣にて決死の覚悟で臨んでいる――― 「右から三騎っ!」「くぅっ!?」 デルフリンガーの声にスロットルレバー全開、加速して火竜のブレスを回避。一気に戦 闘空域を離脱して急上昇をかける。 真紅の放つ薔薇がゼロ戦の周囲に広がり、失速反転した機体と共に急降下を始める。 照準器には、1騎の竜騎士が入っている。 「行くわよっ!」「おぉっ!」 真紅のかけ声に、7.7mm機銃が火を噴く。機銃弾を全身に受け、竜も人も力尽きて墜 落していく。 そして真紅の薔薇はゼロ戦の進路全域に広がり、小さな刃物となって、付近の竜とメイ ジに大量の傷と痛みを与え、魔法やブレスの射程への接近を阻む牽制となる。 急降下で竜騎士達の下をくぐろうとした時、一騎の火竜がゼロ戦前方で口を開けて待ち 構えていた。紅蓮の炎が機体の進路を塞ぐ。 「させんですぅっ!!」 翠星石の如雨露が放水、炎を相殺した。ついでに近くの敵艦へ、思いっきり水を撒く。 次の瞬間、戦艦は船底から舷側までツタを生やした。大砲の射線を塞がれ、左右のバラ ンスを崩して傾き、船底に穴が開き、一時戦闘不能に陥る。 ツタを排除してバランスを取り、射線を戻すまで、トリステイン艦から砲弾を散々に撃 ち込まれ続ける。 ―――『魔力を使い果たした』と思われていた鉄の鳥は、確かに急降下時に見せた大火力 は失った。だが、いまだに風竜並みの高機動と、ハルケギニアではありえない長射程の連 射銃を二挺も有している。しかも、カミソリのごとき薔薇の花弁を雲の如くまとい、近づ くことも追う事も出来ない。おまけに、ゼロ戦から撒かれる水が生やす植物が、アルビオ ン艦の行動を阻害する。 天下無双のアルビオン竜騎士も、ゼロ戦の前では機銃の的にしかならない。竜騎士達は ゼロ戦と正面から戦う愚を、仲間達の死をもって思い知らされた――― 「やっぱり、風で水が散って、いつもの威力が出ンですぅ」 左翼の翠星石がぼやく。 「薔薇も同じよ。おまけに、あの火竜のウロコはとても固いわ。致命傷を与えるのは難し いわね」 右翼の真紅も忌々しげに頭上の竜騎士を見上げた。 「大丈夫!機銃なら、なんとかダメージを与えれる!危ないからゼロ戦から離れるな よ!!」 ジュンは操縦桿を引き、急降下で地上すれすれまで離脱したゼロ戦を、炎上する街の煙 に隠して上昇させる。 つっても、一騎倒すためにこんだけ撃ちまくってたら、弾が全然足らないや。第一、 気になるのは… ジュンが視線をチラリと左手へ移す。包帯の下のルーンが、光を放ち続けている。 ゼロ戦は再び遙か上空まで上昇、反転して竜騎士へ機首を向ける。 「2騎が戦艦を襲ってるわっ!!」 ルイズの叫ぶとおり、二騎が艦隊前方の戦艦へ上からブレスを放っていた。帆が燃やさ れ、甲板に向けて騎士も『ファイア・ボール』を撃つ。甲板上にいる数人のメイジが氷の 矢を放って応戦、『エア・シールド』で炎を防御する。 その船の横っ腹にいきなり大穴が開いた。敵艦の砲弾が命中したのだ。大穴からは煙も 上がる、火災が生じたらしい。 ―――戦闘空域全体を見れば、ゼロ戦が火を噴くたび、火竜が確実に1騎減っていく。だ が、その間に砲撃戦で必死なトリステイン艦隊は、竜騎士にも襲われる。 竜騎士達は既に散開、トリステイン艦隊へ目標を移していた。太刀打ち不能なゼロ戦を 相手にせずとも、艦を全て落とせば勝利出来るのだから。何より、トリステイン艦に接近 していれば、同士討ちを恐れるゼロ戦の機銃を避けられるから――― 「くそ!デル公っ!?」 「俺たちゃ竜騎士に集中するんだ!!余計な事は考えるなっ! 一撃離脱を忘れるなよ!あんな砲弾と魔法が飛び交う中でちんたらしてたら、流れ弾喰 らって終わりだぜっ!」 「ぅううおおおおおっっ!!」 ゼロ戦は、再び紅い薔薇の雲をまとって、戦艦へ向けて急降下を開始した。 「艦長ぉっ!『ゼロ』がぁっ!」 「やったっ!竜が逃げていくぞっ!!」 船員達の目に、ゼロ戦の接近に気付いた竜騎士が、慌てて艦の陰へ隠れていく姿が映っ ていた。 「副長!消火急げっ!!左舷砲撃戦準備だッ!9から15までは散弾込めぇっ!!」 艦の左前方から、敵艦が急接近しつつあった。そして急速に右へ回頭、左舷の砲列を向 ける。同時に艦長も面舵を指示し、艦を右へ向けて大砲を敵に向ける。散弾を込められた 大砲は、射程に竜騎士が入るのを待ち構える。 「撃てぇっ!!」 そして甲板上でも、メイジ達が杖をふって魔法の矢を、炎の塊を、フリント・ロック銃 の弾が届く距離でもないのに銃まで撃ち合っている。 ―――両艦の間を大量の鉄の塊が、魔法が、騎士とゼロ戦が高速ですれ違う。全ての艦は 舷側が穴だらけになっていた。敵味方とも、無傷の艦は一隻もいない。 確かにゼロ戦の速度と射程は竜騎士を遙かに上回る。だがそれでも、戦闘空域全体に散 る竜と戦艦を相手にするには、一機では足りなかった。一隻を助けに向かう間に、他の艦 が竜騎士に襲われる。 また、機首7.7mm機銃は小銃の弾とほとんど変わらない。そのため、火竜の固い鱗を 貫くのがやっとだった。また、火竜は巨大なため、小銃の弾で戦闘不能なまでのダメージ を与えるのが困難だ。このため、ジュンは騎士をのみ正確に狙わねばならなかった――― 「砲術長!りゅ、竜がぁ!!」 『メルカトール』号の舷側に取り付いた火竜の首が、大砲が突き出る穴に向けて口を開 ける。平民の砲手は、手に持っていた火薬壷をそのまま投げつけた。 ドンッ! ブレスを放った火竜のすぐ近くで火薬が爆発、火竜の頭を吹っ飛ばした。同時に、投げ つけた砲手と大砲と砲術長も、舷側ごと吹き飛び、黒こげの肉片となって消えた。 火竜に乗っていた騎士は『フライ』で飛び、火を噴く舷側の大穴に満足して近くの味方 まで下がろうとした。 ボンッ! 空気の塊が騎士を襲い、その体を舷側へ叩き付ける。騎士は衝撃で杖を落とし、地上へ 落下していく。 舷側の上から震える手で杖を向ける、血まみれのマリコルヌとスティックスがいた。 「ぐふぅぉ!げふ・・・フェヴィス艦長ぉ!もう、だめで、す!!待避命令を!!」 既に火が、魔法でも消せない勢いになった艦では、ブリッジも煙が充満していた。艦長 は歯ぎしりを響かせて、正面の大型戦艦を睨み付け続けている。 代わりにラ・ラメーが指示を飛ばす。 「やむを得ん…副長、総員待避指示を。メイジは平民の乗るボートに『レビテーション』 をかけ、牽引しつつ速やかに『フライ』にて地上へ降下せよ」 「はっ!」 副長は乗員達に退避命令を飛ばし、伯爵と共にブリッジを出ようとした。だが、その足 を止めて振り向く。そこには、動こうとしない艦長がいた。 副長が足を引きずって駆け寄ってきても、視線をずらさない。 「何をしている、早く待避せよ」 「艦長も!早く!!」 「私には、最期にやる事がある」 フェヴィスの視線の先には、アルビオンの戦艦がいた。 その姿に、伯爵も駆け戻ってきて艦長の肩を掴む。 「よせ!待避せよ、これは命令だっ!!」 「いえ、艦長としての責務です。貴族の名誉を、トリステインを守るために」 「忘れたのかっ!?レコン・キスタが自壊する日まで、我らは地に伏して反抗の時を待た ねばならんのだぞ!」 「!!、く・・・」 フェヴィスが一際激しい歯ぎしりを響かせる。唇の端から一筋の血が流れる。 「トリステイン貴族として、最後まで生きて戦うのだ」 「・・・はっ!」 フェヴィスを伴い甲板に出ると、皆大慌てで脱出準備をしていた。 脱出艇が離れると同時に、戦艦は急激に高度を下げ、炎を上げながら街へと墜ちていっ た。 ―――ゼロ戦の支援を受け、トリステイン艦隊は善戦した。しかし、それでも損害は大き かった。『メルカトール』号のみならず、他の艦も次々と炎を上げて墜落していく。そし て、決死の反撃を受けるアルビオン艦隊からも、墜落する艦が現れ始めた。 艦隊が落とす火の粉、砲弾、破片、死体、そして燃えさかる艦が街に降り注ぐ。火災は 既に下町も邸宅も区別無く、トリスタニアの1/2を焼きつつあった その街の中を城へ向けて、アルビオン陸戦隊5000人が火を避けて進軍していく。そ の真上には浮遊砲台と『竜の巣』号が浮いている。 もはやアルビオンには竜騎兵も衛士隊もおらず、敵艦隊も遙か彼方で苦戦中という事も あり、十数騎の竜騎兵は索敵の数騎以外『竜の巣』号にて翼を休めている――― 「閣下、何も・・・いません。周囲に敵はおろか、罠すらありません」 大勢のメイジに囲まれて前進する一団の中心に、不審がる護衛からの報告を受けるホー キンス将軍がいた。 隣の太ったメイジに話しかけながらも、将軍の目は遠くの城を見つめる。 「もしや、全軍で籠城する気かな?ホレイショ、どう思う?」 「私なら、城までおびき寄せて、別働隊と挟撃・・・という所なのだがな」 「上空からは、城の周囲にも、どこにも全く敵は見えない、との事だよ」 「ふぅ~む・・・まあ、城に旗を掲げないと勝利した事にならないんだからな。行くしか ない」 「まぁ、そうだね。ともかく奇襲に気をつけて、慎重に行こう」 陸戦隊と浮遊砲台の列はゆっくりと、遠くに見える城まで進軍を続けている。 次々と墜落していく艦と竜、炎上する街を遙か遠くの林の中で見つめる人物がいる。彼 等、一人の女性と二人の小さな少女は、ひときわ高い木の梢から、大きな望遠鏡で戦況を 見つめ続けている。 『うわああ!ダメっ、ジュンジュン!逃げて、上よっ!!』 草笛みつが、手に汗を握りながらゼロ戦へ声援を送っていた。 『船が、船がどんどん墜ちていくのかしらーっ!あーっ!!もう、見ていられないわ!ゴ メンみっちゃん、あたしも行くわ。ピチカート!』 金糸雀が人工精霊を呼び出し、ヴァイオリンを手にした。 『バカ言ってンじゃないわよぉ!忘れたの?あたし達の存在は、このハルケギニアの、誰 にも知られちゃいけないのよ!今、ここでこうしているだけでも、とてつもなく危険なの よぉ!?』 水銀燈は乱暴に金糸雀の肩を掴み、必死に押さえつける。だが、叫んでいる水銀燈自身 も必死の形相だ。 『あ、あああ、ぎゃあーーーーーーーっっ!!』 草笛の悲鳴に、二人も上空を見上げる。そこには『メルカトール』号からの脱出艇と、 それを襲おうとする竜、さらにゼロ戦が急速に接近しようとする姿があった。 『メルカトール』号からの脱出艇はメイジ達に守られ、地上へと降下を続けている。だ が、それは竜騎士には格好の標的だ。脱出艇に『レビテーション』をかけていたり、脱出 艇に入りきれず『フライ』を使っていたメイジは、他の魔法が使えない。このため、攻撃 を避ける事も反撃する事も難しいのだから。 一騎が脱出艇に気付き、急降下で迫っていた。そして、ゼロ戦からもその姿は見えてい た。一機と一騎と一艘は、急速に相互の距離を縮めつつある。 周囲を飛んでいたメイジ達が逃げまどう。 火竜が口を開き、紅蓮の炎を吐き出そうとする。 脱出艇に乗っていたメイジ達が『エア・シールド』『ジャベリン』を詠唱する。 ジュンが火竜に乗る騎士を照準器に入れる。 ドゥッ! 何かが吹き飛ぶ音がした。 だが、まだメイジ達は魔法を放ってはいない。 火竜もブレスを吐いてはいない。 ゼロ戦も機銃を撃ってはいない。 音は、ゼロ戦の尾翼と、右昇降舵からしていた。 メイジ達も、騎士も、火竜も見た。 尾翼と右昇降舵が吹き飛び、きりもみをしながら墜ちていくゼロ戦を。 『メルカトール』号を撃沈させた戦艦からの散弾が命中したのだ。 「や・・・やった!?当たったぞっ!!」 「ほ、砲術長!やりました、さ、さすがですよ!!」 「な!?言ったとおりだろぉが!!あいつらは絶対、あのボートを助けに行くって言った ろうがよぉ!!」 「お見事です!大戦果ですっ!!勲章モノですっっ!!!」 戦艦の中ではアルビオン士官達が手を取り合い、大砲を囲んで万歳を叫んでいた 回転しながら墜落するゼロ戦。火が吹き出し、煙の尾をひいている。座席の後ろではル イズがデルフリンガーを抱いたまま、機体の中で振り回され打ち付けられる! 「きゃああああーーー・・・!」「ジュンッ!!逃げるですぅ・・・」 翼に取り付いていた薔薇乙女達も遠心力で遙か遠くへ跳ね飛ばされる! 「うぅおお!!!」 ジュンは腰のナイフを抜いた。キャノピーのガラスに突き立て、一気に割り大穴を開け る! 「ルイズッ!!」「ジュンッ!!」「飛べぇっ!!」 ルイズが必死にジュンの腕にしがみつく。同時にジュンはナイフで腰と両肩のベルトを 切り、操縦席から宙へ飛んだ。 ルイズの長いピンクの髪が、マントが突風を受けて上へ伸びる。 落下しながらも、ジュンはルイズの体をしっかりと抱き寄せ、デルフリンガーのベルト に腕を通す。 二人はしっかりと互いを抱きしめながら、真っ逆さまに落ちていく。 ゼロ戦は、郊外の森へと落ちていった。 「上だっ!!」 デルフリンガーが叫び、ジュンとルイズは上を見た。 そこには、ボートを無視して二人へ向かって急降下してくる竜騎兵がいた。 竜が大きく口を開き、騎士は杖に雷をまとわせている。 「つっ杖を!」「くぅっ!?」 ルイズは慌てて胸元から杖を抜こうとし、ジュンは握っていたナイフを竜の口へ投げつ けた。 だがルイズの杖は、二人がしっかりと抱き合っているがため、胸元から抜き出せない。 ジュンのナイフは、強風の中でも竜の口に向かって飛んだ。しかし、竜の牙に弾かれてし まう。 「ホーリエッ!」「スィドリームぅっ!!」 体勢を立て直した真紅と翠星石が、慌てて人工精霊を放つ。だが、間に合わない。 竜の牙と、騎士の雷が、二人を貫き―――― だが、二人は貫かれなかった。 代わりに、火竜の頭が『ブレイド』を付与された杖に、後頭部から下顎まで貫かれた。 騎士は、首が無かった。 「「なっ!?」」 二人は、火竜の更に後ろから、突然急降下してきた人物を見た。 一瞬で背後から騎士の首を切り落とし、竜の後頭部に杖を突き立てていたのは、不適な 笑みを浮かべる男。 ワルドだ。 ワルドは、跳ね飛ばされた真紅と翠星石が二人の元へ飛んで戻ってくるのを確認する。 そして 「借りは返したぞ!」 と叫ぶや、ボンッ!という破裂音と共に、その姿はかき消えた。 「大丈夫!?二人とも」「はぁ~危なかったですぅ」 真紅はジュンの手を、翠星石はルイズの手をつかまえ、ようやく二人は落下速度を下げ る。 そして四人が空を見上げると、そこには巨大竜巻があった。『メルカトール』号を撃沈 しゼロ戦を落とした戦艦は、竜巻に飲み込まれていく。帆を引き裂かれ、マストがへし折 れ、渦の加速に船体がきしみをあげて歪んでいく。 戦艦が、折れた。 竜巻が生む加速に、戦闘でダメージを受け続けていた船体自体が耐えきれず、真ん中か ら裂けたのだ。そして周囲の竜騎士も数騎、巻き込まれ吸い込まれていく。 一騎のグリフォンが竜巻から離れ、トリステイン艦隊の後方へと飛び去っていくのが見 えた。 「艦長!あれは、あのグリフォンは、まさか!?」 「あれは・・・間違いない!ワルド子爵だ!!生きておられたか!!」 ワルドが駆るグリフォンは、あちこちから煙を上げつつも、未だ無事に健在だった唯一 の艦『イーグル』号の甲板に降り立った。そして飛来してくる火竜騎士へ杖を向ける。 「『ウインド・ブレイク』!!」 ワルドが放った風は、火竜のブレスを押し返すほどの暴風。跳ね返された火炎に騎乗し ていた騎士自身が巻き込まれ、炎に包まれ悶え苦しみ、竜から落ちる。主を失った火竜は 憎々しげに唸り声を上げ、飛び去っていった。 岩をも溶かす火竜のブレスを跳ね返すワルドの魔力に、ブリッジのウェールズも感嘆を 禁じ得ない。 「ふはははっ!さすがは風のスクウェアだっ!パリー、どうやらこの戦い、まだ分からん ぞ!?」 隣にいるパリーも、力一杯に何度も頷く。 「ですなぁ!見たところ戦艦の数は、アルビオンが7,トリステインは6。竜騎士がまだ かなり残っていますが、なぁに!どっちも既にボロボロですからな、ここからは気合いの 勝負ですぞ!!」 そんなウェールズ達の姿は、甲板のワルドからも見えていた。ワルドの参戦を素直に喜 び、気勢を上げる船員達を横目に、ワルドは一人、皮肉っぽく笑う。 …やれやれ、だ。まさか裏切ったはずの国に戻り、暗殺するはずだった相手と共に、 仲間になるはずだった組織相手に戦う事になるとはなぁ。世の中はわからんものだ。 そんなワルドの独り言を聞く者はいなかった。いるのは、結局自分で味方に選んだ背中 の人々と、敵に選んだ目の前の艦隊と竜騎士達。 風のスクウェアが唱えるルーンは、空域を揺るがす程の魔法を生み出しつつあった。 ゆっくりと降下していくルイズ達四人は、だんだんと降下速度を上げつつあった。 「ちょ、ちょっとスイ、早いんじゃ、ない?」 「あううぅ~、重いですぅ~」 「しっ失礼ね!あたし、そんなに重くないわよ!?」 「そうじゃ、なくて、ですねぇ~」 翠星石の体を包む緑の光は、だんだんと力を失いつつあった。真紅の赤い光も、おぼろ げに薄くなっていく。 ルイズがタラ~リと流した冷や汗は、風に飛ばされ宙に消える。 「えと、まさか、もう、魔力切れ?そんなっ!?」 ジュンの手を握る真紅が、苦しげに顔を歪めながら呻くように答える。 「ルイズ。ガンダールヴの力、あたし達3人で、使って、いるのよ・・・」 当のジュンは、呼吸も荒く大汗をかいている。 「そ、そうだ、から…僕ら3人が、フルパワーで、使い続ければ・・・あっという間に、 エネルギー切れ!!」 「おおおでれえたああーーーっっ!!」 言ってる間に、どんどん降下速度は、というより落下速度は上がっていく。 「キャー!待って!待って耐えてえーっ!!せめて、あの屋敷の庭まで耐えてええー!」 「やってるですよっ!やってるですから、暴れないでぇ!!」 ルイズ達は街はずれの、一番風上にあったため燃えずに済んだ屋敷の前に着地、という より落ちた。 「はあっはぁあっふぅはぁぁっ、はぁああ~~・・・。だ、ダメだ、もう、動け、ない」 「まぁ、なんとか無事に降りれたようだわな」 ジュンは地上に降りるやいなや、ひっくり返って倒れてしまった。慌ててルイズが駆け 寄る 「ジュン!大丈夫!?」 「僕は、だいじょう、ぶ・・・しぃ、真紅と、翠星石は?」 「ダメ、ね・・・もう、倒れ、そう」 「ここは、危ない、です・・・家に、入ら、ない、と・・・」 真紅と翠星石も、地面にうつぶせで倒れたまま、起きあがれずもがいていた。 ルイズは慌ててテラスに向かい、石を投げつけてガラスを割った。そこは立派な天蓋付 きベッド、大きなテーブルを挟んで並ぶソファー四つ、執務用デスクなどが並ぶ、どこか の貴族の私室らしい。 真紅と翠星石を抱えて室内に飛び込み、ソファーに座らせる。そしてジュンの肩を支え て、彼をベッドに寝かせた。デルフリンガーも運び入れて壁に立てかける。 テラスから上空を見上げると、まだ艦隊戦は続いていた。 彼等の付近には竜騎士も陸戦隊も、何も見えない。街を焦がす炎も煙も、遙か遠くだ。 戦闘地域から離れた事を確認し、ルイズはようやく大きな息をついた。壁にもたれ、ずる ずると床に崩れていく。 「お疲れさん。後は俺ッちが見張っておくから、少し休みな」 「そ、そうさせてもらうわ・・・」 デルフリンガーに見張りを任せ、4人ともそのまま動かない。沈黙が流れる。 「なんとか、助かったわね」 「だな」 うつむくルイズのつぶやきに、答えたのは長剣だけ。他の誰も答えなかった。 「・・・ねぇ、みんな?」 ソファーに座る薔薇乙女に視線を移す。だが二人は、まるで眠っているかのように動か ない。 「ねぇ・・・寝ちゃったの?」 ルイズは初めて見る薔薇乙女達の姿に、一抹の不安を抱く。重い体を必死に起こし、ソ ファーへ歩いていく。真紅の頬をペタペタ触るが、何の反応もない。 「シンクも、スイも、どうしたの?ねぇ!?」 「おうおう!?二人とも、どうしたってんだ?」 慌てて翠星石に駆け寄って体をゆすってみる。だが翠星石の目は閉ざされたまま、ただ 頭がカクカクと揺れるだけ。 「大丈夫だよ・・・エネルギーが切れたんだ」 ベッドで寝たままのジュンが、ささやくような声を、それでも必死に紡いだ。 「力が切れて、眠っているんだ。大丈夫、ネジを巻けば、すぐに起きるよ」 「シンクもスイも、二人とも、寝てるの?」 「ああ。ネジなら、今ポケットに」 そう言って弱々しく腕を持ち上げたジュンに、ルイズがゆっくりと歩み寄る。 「二人とも、今は、寝てるのね」 「そうだよ。・・・えと、何?」 ルイズは、ベッドで仰向けに寝ているジュンのすぐそばまで来た。まっすぐにジュンを 真顔で見下ろしている。 そして ジュンの上に、覆い被さった。 ルイズの唇が力一杯、ジュンの唇に押しつけられた。 もはや疲れ果て、まともに腕を上げる事も出来ないジュンの首に、肩に、ルイズの腕が 力一杯からみつく。 見開かれた彼の瞳には、溢れだした彼女の涙が止めどなく落ちてくる。 少女の細い足が、少年の足へ愛おしげにすり寄せられる。 ジュンのこわばる右手に、ルイズの左手が重ねられる。 二人の指が、しっかりと互いを握りしめる。 残る互いの腕が、相手の腰へ回される。 二人の足が絡み合う。 小さな体が激しくすり合わされ、押しつけられ、互いを包もうとする。 重なる唇から、二人の唾液が混じり合って溢れ、ジュンの頬をつたい落ちる。 ルイズの舌が、落ちゆく雫を追ってジュンの肌を這う。 二人は互いの頬に何度もキスし、優しく耳朶を噛む。 そして、ルイズの舌はジュンの首筋へと降りていく。 全身を貫く初めての感覚に、ジュンの頭がのけぞる。 うっすらと開けられた彼の瞳に、ソファーに座る薔薇乙女の姿が逆さに映った。 とたんに、彼は真っ青になった。 「ま!待ってルイズさんっ!!ダメ、今は、まずいぃっ!!」 だが、ルイズは止まらない。彼女の指が彼の服のボタンを 「ごっゴメンんっっ!!」 最後の力を振り絞り、ルイズの腕を振り払って飛び退いた。 どてっ 飛び退きすぎて、床に頭から落ちた。 「どうして・・・どうして、ダメなの?」 ベッド上のルイズが、哀しみの色を浮かべてジュンを見つめる。 「あ、あの、真紅くくくとと、すいせいせいせい」 「二人とも、今は寝てるんでしょ?」 「そ、そうだけど!」 「だったら、今しかないんだもん。 お願い、あたしにもジュンのために、何かさせて欲しいの。今、あたしにできるのは、 これくらいしか」 「いっいいい、いや、その、今が、まずいんであって、敵が来るとかどうとか言うんじゃ なくて、その!!つまりっっ!!!」 ジュンはよろよろと立ち上がり、ポケットからネジを取り出した。そして、冷や汗をダ ラダラと滝のように流しながら、真紅の背中の穴にネジを差し込んで、震える手でゆっく りと回す。 きりきりと、ゼンマイが巻かれる音が響く。 ゆっくりと真紅の目が開き びったーーーーーーんっ! 真紅の平手打ちが、渾身の力を込めて、ジュンの頬に叩き付けられた。 「じゅ・・・じゅ、じゅ、ジュン・・・あなたって人は、あなたって、あなたってぇ!! あなたって人はあーーーーーーーーーっっっ!!!」 びしばしぼこすかどこげしょぶかべけどてぴろぽてこき 真紅の蹴りがステッキが頭突きがツインテールの髪が平手打ちが鉄拳が。 ジュンを瞬く間にボロボロのズタズタに変えていく。 はぁっはぁっはぁっ… 真紅は、自分のミーディアムが、かつて人間だったモノに成り果てたのを確認した後、 じろりとルイズを睨み付ける。 そのルイズは、あんぐりと開けた口が塞がらない。 「し、ししししシンクぅっ!?」 「るぅいぃずぅ~・・・何、かしら?」 「あ、あああ、あなた、寝てたんじゃ?」 「寝てたわよ!でもね、私達ローゼンメイデンの眠りは、人間のそれとは違う物なのよ。 寝てても、周囲の状況はちゃんと分かるのよぉっ!!おまけに!あたし達は指輪を通 してミーディアムの心と繋がってるんだわ!!だから、ジュンの思考や感情も流れ込 んでくるのよっっ!!!!」 「なあああーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」 真紅は、チラリと翠星石を見る。 そして、ルイズを見る。ニヤァリと笑いながら。 「ルイズ」 「はっ!?は、はぅい・・・」 「翠星石が、まだ寝てるわ」 「う、うん、寝てる・・・わね?」 「起こして頂戴」 「あうぐぅっ!あ、あたしは、その・・・」 「大丈夫、簡単よ。そこのネジを回せばいいだけ」 真紅がステッキで指し示す先には、もはや赤いゴミ袋と化したジュンの手から落ちた、 翠星石のネジ。 「薔薇乙女の目覚めは、いわば、ミーディアムにしか許されない行為よ。光栄に思いなさ い」 「あ、なら、それも、ジュンに」 「生憎と、ジュンはもうネジを回す力も残ってないの」 どすっ! 真紅の靴が、何か生物の頭部だったモノを力一杯踏みつける。 「さあ、やって頂戴」 「あ、あう、ううぅ」 顔を引きつらせたルイズは、恐る恐る真紅からネジを受け取り、震える手で翠星石のネ ジを回して 「こおおんのぉおおおおおおおおちちちんちくりんわああああああああああああああ」 びしばしぼこすかどこげしょぶかべけどてぴろぽてこき 飛び起きた翠星石に、ボコボコにされた。 back/ 薔薇乙女も使い魔menu/ next