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夜明けの一秒前 【投稿日 2006/02/18】 カテゴリー-荻ちゅ関連 とある東北の女子高では、今日が卒業式のようだ。 和装や礼服の父兄、父母の姿も見えるが、やはり主役は卒業生。 別れを惜しみ涙をハンカチで押さえる女子高生たち。 あるいは最後の楽しみとばかりに談笑しながら 連れ立って打ち上げに向かう集団。 皆、高校生活を謳歌し、新生活に向けて晴れやかな顔をしている。 その中でも浪人した者や受験が終わっていない者はスッキリしていない。 その構内に、誰とも連れ添わず挨拶もせずに一人で歩く、背の低い 厚い眼鏡の卒業生が居る。荻上千佳その人だ。 この子も卒業式だというのにその顔は暗く疲れが浮かんでいる。 談笑している友人達の方に目をやると、一瞬寂しそうな色が浮かんだ かに見えたが、黒目がちな鋭い目のまなじりは吊り上がり、 怒っているような様子になった。 彼女もまた浪人決定なのだろうか。 歩いていく前方に卒業生を送る担任教師の姿を見つけると 別れの寂しさでも感謝の笑顔でもなく、無表情になった。 「あ、先生、とりあえず3年間担任ありがとうございまシタ」 「そうね、卒業おめでとう。東京での学生生活頑張ってね。大学合格もおめでとう」 祝福の台詞とはうらはらに、その表情は卒業生を送り出す 達成感は無く、いかにもぎこちない。 そして別れた後に、肩の荷が下りたといった仕草をして、溜息をついた。 ベテランの女教師らしからぬことだ。 同じ時、荻上の方も、(ああ、清々した……)といった 様子だったのでお互い様だが…。 部活の先輩を見送る後輩たちと別れを惜しむ一群の横を 無表情に通り抜ける荻上。 3年間を過ごした高校だというのに、別れを惜しむ人、 祝福を述べられる人など、只の一人も居ないのだろうか? その背の低い眼鏡の少女は、一人で校門から出て行きかけると 目つきが険しくなった。 背中ごしにヒソヒソと、いや、聞こえるように会話しているのが聞こえてくる。 卒業生のグループのようだ。 「……見てよ…れ……」 「……ホモ上じゃ……」 「なんか椎応…行く………」 「東京……良いな……」 「やっぱり………だから………」 「……友達居ない…」 「無理無理……」 「………秋葉原………オタク……」 アハハハハと、そのグループから笑い声が上がる。 荻上の背中に受ける、とぎれとぎれの言葉。 一人で歩く小さな体から怒の熱が滲み出て、怒気が目からほとばしる。 「馬鹿はほっとけ……!!どうせ二度と会わね」 自分に言い聞かせるように呟くと、荻上は高校を振り返りもせず 躊躇うことなく門を出た。 その足どりは早くなり、さっきまでの疲れたような陰と重さを 校門の内側に置き去って、少し身軽になったように見えた。 一月余り経って、ここは東京、椎応大学の入学式終了後。 初日の履修手続き説明会などが終わると、新入生たちはさっそく 同じ学科の者、気の合いそうな者と新しい友達を手探りで作り 数人で連れ立っては歩いている。 高校時代一人で居たあの少女、荻上千佳はその輪に入っているのだろうか。 いや、地味な眼鏡と髪型はイメチェンしているものの、 今日、自分から人に話しかけた様子も無い。 「授業、何を取るの?これから学食行って俺らと相談しない?」 などと誘ってくる同級生の男子グループも無視してしまった。 「ねえ、一緒にシーズンスポーツ同好会見に行かない?」 などと誘ってくる女子学生も居たが、曖昧な返事で断ってしまっている。 新入生らしき女子大生が一人で歩いていると、軽いノリで上級生が サークルに誘って来たりもしているが、馬鹿にしたような視線を送り 「興味有りません!」 と、きっぱり断っている。 しつこい勧誘には 「ちゃらちゃら遊んでる、あなたみたいな軽い人たちは嫌いなんです」 と、厳しい言葉を投げつけている。大丈夫だろうか……。 結局、大学に来てもまた一人になっている。 その状況に自嘲的な笑みを浮かべながら歩く荻上。 やがて、ひとつのテーブルの前で足を停めた。 ノートに1枚物のイラストを描いて、台詞を入れて遊んでいる眼鏡の男。 ここは漫画研究会のブースだ。 「ん?漫画に興味有るの?読むだけでも良いんだけど」 「いえ、一応描けます」 「それはすごい、有望な新人だねぇ。じゃココに名前書いてね」 そう言ってさっきまでイラストを描いていたノートを差し出す。 どうやら新入会員募集用のノートだったようだ。 絵の隅に書いてあるサインは「ヤナ」とある。 「サークル室の場所と活動時間はこのチラシを見てね」 と、コピー用紙を1枚渡された。それに目を落とす荻上。 「あ、僕は会長の高柳って言うんだ。よろしく」 「……なんかこの絵、オタくさいだけじゃなくてホモくさいんですけど」 「え?いやウチの女子会員さんたちの合作でね、女性向けというか」 見ると、新勧用のチラシは男女用2種類作られている。 「ホモ好きに見えましたか?オタクっぽかったですか!?」 言葉こそ初対面で丁寧だが、急に不愉快そうになった荻上に 高柳は少し焦る。 が、有る意味で女性慣れしているのですぐにフォローする。 「いやそんな、全然そんな風に見えないよ? この絵もそういう意味じゃないから…ね? うちでは普通の範囲内だし……」 「……そーですか」 「ま、まあ漫研でも、いかにもオタクっぽい奴も、一般人っぽいのも居るし ともかく、また是非サークル棟に来てみてよ」 会釈をしてその場を去る荻上を見送った高柳は、冷や汗をぬぐう仕草をした。 「荻上千佳と言います。漫研は初めてですが、絵を描くのは好きでした」 新会員が数名揃ったところで、部室での自己紹介となった。 今日のところは、男子3名に女子2名といったところだ。 さっそく先輩会員たちの雑談に加わるほかの新入会員たち。 「最近読んでる雑誌ってなんなの?」 「いや、こないだまで受験であんまり読めなかったんで」 「ジャプンとマガヅンどっち派?」 「私はジャプンよ、愚問ね」 「拙者はチャンピョンが今一番アツイと思うんだが」 「なんか絵が重いのよね」 「しかもREDが最高!!」 「すんません読んでません」 「むしろビームズとかガソガソじゃないのか」 荻上は、その様子を眺めている。 『げっ…オタくさい会話……でも漫研だし漫画の話で当然だし』 隣の高柳は少し心配そうにチラッと見たが、緊張こそしているものの 今日は少し楽しそうで安心した。 『でも、大勢で……なんかこの感じ、良いナァ…』 中学の文芸部時代を思い出すのだろうか。 しかし荻上の思考はそこまで具体的には思い出さない。 いや、思い出せないとも言える。 しかし楽しい雰囲気に加わる感覚は懐かしいものだった。 机の上の共用ラクガキ帳に手を伸ばすとパラパラと見てみる。 『上手い人も何人か居るみたい…流石……しっかし、オリジナルなんだか、 元ネタ知らないだけか分からないのも多いなぁ』 「…あ、机の上の鉛筆立て使って良いよ」 高柳に促されて鉛筆を1本抜き取る。 「…ん、んん」 軽く咳払いをして、適当にオリジナルで女の子の胸像画を描いてみる。 「ん?描くの早いね」 「へーーー上手わね」 「どれどれ……へーーー」 「即戦力!即戦力!」 ノートに人が集まってくる。 荻上は照れくさくも嬉しいようで、笑顔の上に無表情を重ねている。 『絵を描いて、やっていける場所なんだな………嬉しい』 高柳も荻上に話しかけてくる。 「えーと、はぎ…いや、荻上…さん。夏コミの原稿もたぶん有るから宜しくね」 「がんばります」 『よし、実家じゃおおっぴらに買えなかったけど、画材や道具を揃えよう!』 「あの、画材ってどこで買ってるんですか?」 「あー、それはね―――」 これからの学生生活に、東京生活に。いや、荻上自身の日常に光が差した。 かに見えたが………。 翌日、部室に行って見るとまだそんなに人は来ていなかった。 高柳と、先輩の女子会員が3人。 「ども………」 「ちわ~~~」 「いらっしゃい」 高柳は一人で今日発売のウェンズデーを読んでいる。 女子会員はどうやらジャプンで連載だった「ヒカリの棋」について論争中だ。 幽霊の指導の下、ヒカリ少年がライバル達と競いながら将棋に励み成長していく。 「ヒカリってザイに対しては強気で受ける感じに――」 「それよりも攻めが少ないわね、あの漫画―――」 『うっわー堂々とヤオイ話……恥ずかしくないべっか』 話には加わらずに、何の気なしにヒカリの棋のイラストを描き始める。 ヒカリが駒を盤面に置くカットだ。 「ねえ、荻上さんはヒカリの棋ではどのカップリング?」 「………いえ、そういう話は、あんまり」 「ふ―――ん」 高柳がウェンズデーを読み終わったので、女性陣に手渡す。 そして荻上の描いたイラストを見て話しかけてくる。 「ふーん、線の感じが女の子っぽいけど、けっこう少年誌読んでる?」 「ええ、まぁ弟も居ますし」 「ちょっと俺も描いてみるかな」 荻上の描いた横に、高柳も描き始める。 線の太い絵柄で、昔から描いてたらしくちょっと古い感じもする。 「炎燃って知ってる?」 「ええ、燃えペンは面白いですね」 同じ構図だが、指にパースがかかっているし背中に炎を背負っている。 その差した駒が焦げて煙が上がっている。 高柳の絵を見てクスリと笑う荻上。 その頃、女子会員達はウェンズデー連載の「いせじゅう」について会話している。 柔道部を基本設定としたギャグ漫画なのだが。。。 「亀次郎って毎回さー、菊千世にヤられちゃって記憶飛ぶの笑えるよね」 「堂々とホモネタ描いちゃっても良いのかな、少年誌で」 「むしろウェルカムじゃん、あたしら」 「会長もそうでしょー。どう?」 「ん、まあね…認知されてる……のかな(汗)?」 『あっけらかんとホモ話なんかしやがって、許せないわ』 内心ご立腹の荻上だが、容赦なく話かけられる。 「荻上さんもこっちに来て話しようよ」 「どーしてそんなにホモが好きなんですか!?」 「え……?何言ってるの?自分も読むんでしょ」 「まーまー、荻上さん抑えて抑えて、ね?」 高柳の額から嫌な汗が吹き出る。 「私は読んでません!オタク扱いしないで下さい!」 中3から高校3年間にかけての条件反射か、反発してしまう荻上。 『なんでそんなに堂々として居られるのよ!しかも人に押し付けて!』 まだ押し付けるという程では無かったのだが……。 荻上の脳裏に中学時代の記憶が具体的に戻りはしなかったが 不快感が胸の奥に込み上げる。 『……苦しい……苦しい……憎い…………何が?自分が?ホモ趣味が?』 胃が痛い気がするし、呼吸が苦しくなってきた。 見た目、青ざめて具合が悪そうな顔色になってきた。 「は?漫研に入っておきながらオタクじゃない?」 「漫画は読むし描きますけど、ホモは嫌いです!」 「えー、怪しいなぁ………」 「そうね、怪しいわね」 そのうちの一人がロッカーからヤオイ同人誌を取り出した。 「ほらほら、それなら試しに1冊読んでごらん、楽しいよ」 「けっこうです!恥ずかしくないんですか!?そんなの鞄から取り出して」 「何言ってるの、漫研女子としては必須科目よ(笑)」 「だからっ、だからオタクは嫌いなんですよ!迷惑なんですよ!」 女子会員達も笑っては居られなくなってきた。 「ちょっとー、さっきから自分の事を棚に上げすぎなんじゃないの」 「まっまあそれは、〈心に棚を作れッ〉っていう名言が有ってね――」 「会長は黙ってて下さい!!」 「読みなさいよ!早くそれを」 テーブルに置いたヤオイ同人誌、ヒカリの棋アンソロものを指差す先輩女子会員。 かなりの厚みのあるものだ。 「読みませんったら!」 ガシャーーーーーン テーブルごと付き返す荻上。椅子がなぎ倒され、ロッカーなどにも色々と当たる。 その表情は具合の悪そうな様子を覆い潰して、手負いの獣といった雰囲気だ。 「何するのよ!」 がしゃーーー 押されたテーブルは押し返される。 「ホモ趣味なんて、オタクなんて、女オタクなんて―――死ねば良いんですよ!!」 荻上の小さな体の、どこからこんな大きな声が出るのだろう。 そしてその台詞が責めているのは、相手なのか自分自身なのか。 「あなたが死ねば良いのよ!カッコつけちゃって、自分がそうなんでしょ!?」 すると荻上は冷淡な笑みを浮かべて、左手の窓辺に手を掛けた。 簡単に死ねばって言っちゃって…確かにこんな高さじゃ全然死なないですけどね」 「何言ってるの?馬鹿じゃないのアンタ!」 窓枠に後ろ向きに上る荻上。 「こういう事を言ってるんですよ!あと馬鹿はそっちでしょ!」 言うなり、そのまま落ちていく荻上。 高柳は部室内をテーブルで遮られ、近寄るのが一歩遅れた。 窓から下を見て落ちた荻上を見る女子会員達。 「な、何なの、あの子って一体―――」 高柳は部室を飛び出すと急いで荻上の所へと下りていった。 『2階なんて低いもんだな……足とか大丈夫っぽいけど、左手が駄目かも』 飛び降りてそのまま、荻上は痛いとも言わずに黙って座り込んでいた。 『せっかく、楽しく絵を描いていける居場所が見つかったはずだったのに――― 何やってるんだろ、あたし。何がしたいんだ………自分でもわかんね』 周りでは少し遠巻きに人が集まり始めている。 そこへ高柳が駆けつける。 『ああ、会長、すみません、私もう―――』 「大丈夫?荻上さん?」 急いでやってきた自治会への説明をしたりしてから、荻上を すぐ近くの総合病院の救急窓口まで付き添ってくれた。 「こんな時間まで、長い時間お待たせしましてすみません」 「や~、頭打ってないと思っても、一応CTとか脳血管撮っといた方が良いからね」 病院のロビーから見える外の景色はもう暗くなっている。 付き添いは高柳一人だけだ。 「でもまさか、飛び降りちゃうとはねぇ」 「ご迷惑、お掛けしました」 「入院はしなくても良いの?ご両親に連絡は?」 「あ、いえ入院もしませんし、家にも連絡しません」 「まあ足より手で助かったのかな。左手だし」 苦笑しながら高柳は荻上のギプスに目をやる。 「そうですね、大丈夫です」 荻上は申し訳なくて、高柳の方を見ることが出来ない。 「誰か道連れにして落ちてたら〈暗黒流れ星〉だったんだけどね~」 「?? 何ですかソレ」 「あ、いや冗談。古い漫画の話でね………」 「そーですか」 そして、しばらくの、沈黙。 高柳から話を切り出す。 「待ってる間に他の会員とも話したんだけど………」 「―――はい」 「やっぱりね、3年生や4年生も、お互い気まずいというか」 「ええ、もう辞めます………」 「………すまないねぇ」 「いえ、こちらこそスミマセンでした」 そうは言ったものの、明らかにさっきより落ち込んでいる荻上。 重い空気が辺りにのしかかる。 「他にも、この手のサークル有るけど、紹介しようか?」 「え?」 「いくつか懇意にしてるサークルがあってね。どう?」 「でも、私……」 「あんなに絵を描くのが好きそうだったじゃないの」 「…………はい」 「じゃ、さっそく明日行ってみようか」 「お願いしマス」 そうして翌日、現視研のドアの外に立つ荻上の姿があった。 『なんか漠然とし過ぎてない?このサークル』 高柳は今、部室に入って説明というか交渉をしている。 『でも、もう同じ失敗はしない。最初から言ってやるんだ、オタクが嫌いって!』 このドアが開く時、荻上の本当の学生生活が始まる。
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【音声配信&一部抄録書き起こし】「大阪の学校法人への国有地払い下げ問題〜森友学園・籠池理事長に荻上チキが直撃」(2月20日放送分)|TBSラジオAM954+FM90.5~聞けば、見えてくる~ http //www.tbsradio.jp/120844 より <出演> 日本大学教授の岩渕良克さん 学校法人・森友学園理事長の籠池泰典さん(電話出演) 憲法改正などを推進する「日本会議」のメンバーが理事長を務める大阪の学校法人がこの春、小学校を開校へ。安倍総理の妻、昭恵さんが名誉校長を務めるこの小学校の土地をめぐって、国有地が極端に安い値段で払い下げられていたことが判明。また、この学校法人が運営する幼稚園では、在日韓国人などに対するヘイト表現を含む文書を保護者に配布していたことも明らかになっています。国会でも野党が追及を始めたこの問題、いったい何が起きているのか、どんな疑惑が指摘されているのか、疑問点を洗い出した上で、森友学園の籠池泰典・理事長に生電話インタビューしました。とりいそぎ、以下にその一部の書き起こしを掲載いたします(※音声は全編配信しています)。 === (以下、一部抄録書き起こし) 荻上:この学校の土地売却について価格を非公表になっていましたが、この非公表であるということが最初の疑問となって、報道に結びついたかと思うんですけども、まず、どうして最初は非公表ということなっていたんでしょうか? 籠池:これはね元々、私の方はね、お国の方と定期借地権を結びましてね。どうしてそうしたかというと、本当は購入させてもらいたかったんだけども、やっぱ財政的なものもありましたから、まあまあ10年間で借りておって、その10年間のうちに、まあまあ、ある程度貯まってくるというか、内部留保が高まってきた段階で購入させてください、という風なことになっておったんですね。その後、なんていうんですか、悪い土の部分というんですか、有害な土の部分が示されましたので、それを全部どけまして、工事でどけまして、さあこれから今からボーリング工事をするぞといって、ボーリングというか、杭打ちをしましたときにね、土の下から生活ゴミが出てきたんですね。生活ゴミというたら、いわゆるその地で生活しておった方々の、まあまあ、あそこは阪神大震災のときに仮設住宅が建っておったところでありましてね。その仮設住宅を潰して平地にするときに、そこにあったものをそのまま埋めたんではないけども、やっぱり生活しおった長靴とか靴下とかはその中に入っておったんですね。それが出てきましたんで、「あれ、これは大変なことやなあ」というんで、近畿財務局さんに、お国の方にお尋ねして調べてもらったわけなんですね。そうしましたら、あの、これ、私の方の考え方だったんですが、じゃあ今の定期借地させていただいている間の金額が、例えばこんだけだと、ああ、それだったら、このように生活ゴミが出てきたものは、もう少し安くなるだろうと私は思ったわけですね。当然そうでしょう? 何かあの、綺麗な土地だったら、例えば1000円で買ったものだったらは1000円ですけど、ちょっとなんか変なもの、生活なんぼのものが出てきたらというたら800円になりますよとか、700円になりますよ、というようなことになるんだろうと僕思うんですよね。ですから私は、これ借地料としても安くなるのかな、安く購入させてくれるんじゃないかなと思ったわけですね。ですから、それをお国の方にどんなんなるんですかねえ?という風なことで、投げたということですね。 荻上:その経緯の前の、その契約を非公開にしていた理由は? 籠池:まあまあ、それはねえ、非公開にした理由というのはねえ、これ、元々、定期借地のときはどうだったのか僕知らないんですけどね。あんまり僕はこの制度について、初めてお国との交渉がありましたもんですからね。詳しくは知らなかったんですが、まあ、よくよく考えたら、ご自身の家がいくらで買いましたいうのは、あんまり近所の人に言わないでしょ? 言わないじゃないですか。だからそれと同じ感覚で、お国の方から「どうされますか?」って言われたときに、私自身はですよ、「それだったら言わんといてくださいね」というようなことでお伝えをしたということでありますね。 荻上:財務省の方の先日の国会での答弁ですと、学園側の希望として非公開という形になっていて、そのあと公表する際は、学園側の理解が得られたから公開という形になっていたんですが、むしろ財務省の方から提案がされたということなんですか? 籠池:まあ非公開というのはね、これはもうお互いのことだったと思うんですよ。ですから私は制度をあまり知らなかったから。公開どうされますかというようなこと、いやもうそれだったら非公開にしてくださいということだったし、今回、公開をしてもいいですよということになったというのは、変なところで変な噂が出ているんだったら、これは早めにどういう状況だったのかということをきちっとしてもらうために公開した方がええんじゃないかなと思ったということなんですね。 荻上:籠池さんの方から財務局の方に電話をして、「やっぱり公開にしてください」と言ったんですか? 籠池:その辺は、私の方から言ったと、私が提案をした、ということになるんでしょうね。 荻上:電話をした? 籠池:提案をしたと。 荻上:ということは籠池さんの方から連絡を取ったんですね。 籠池:・・・連絡を取ったというよりも、なんていうんですか、いろいろな朝日新聞の事がありましたからね、「これはどうなっているんでしょうね」「何が問題なんでしょうね」ということでしたから、まあ、お国と私の方は、なんとなく思いが通じた結果だったんじゃないですか。 荻上:思いが通じた?ということは担当の局の方から「こうなってますけど公開していいですか?」という問い合わせがあったということですか? 籠池:いやいや、そういうことでもないと思いますよ。私の方から「公開しましょう」ということにしたんですから。 荻上:なるほど。じゃあ、籠池さんの方から提案されたんですね。 籠池:ということになりますね。 ◇なぜ、土地を買い取ったのか? 荻上:「国有地」が売却される、あるいは貸し出されるということでいうならば、民主的な観点からもその透明性が問われる案件だと思うが。 籠池:おっしゃるとおり。 荻上:まず最初、借地、貸し出しだということだったわけですよね。 籠池:そうですね。 荻上:その段階の前にこの土地が、だいたいどれくらいの価格だというのは把握されていたわけですか? 籠池:わかりません 荻上:わからない? 籠池:うん、わからない。私はちょっとそういうところはあまり強くないというのか専門家でないのでわからないんですよ。 荻上:いくらぐらいだという見積もりはなく、例えばこのあたりを取引したいという事で申請したということですか? 籠池:これは不動産会社の方が「国有地がありますけど、これは国の土地なので財務局のほうにいかれたらどうですか」ということのアドバイスがあって、行ったもんですから。その土地がいくらするのかということはそこまでは考えていなかったんですね。 荻上:いくらぐらいかという見積もりは聞いていた? 籠池:それはぜんぜん聞いていません。それはお国のほうも「ナンボですよ」ということはいってくれませんでしたので。でも借地だったらどうでしょうというような事で私がお聴きしたような事があったと思います。 荻上:自分から借りたいという事をいったということですね。 籠池:そうそうそう。借りるんならどうでしょうねと。 荻上:先方の財務局の反応はどうでした? 籠池:借りたいというなら借りたいで、その土地の金額から借地料を換算してこられるんでしょうね。それらの調整、いくらいくらということで私が思っていたよりもそれで小学校の開設が一年ずれたという事もありましたね。で、金額的なところから言いますとね、やっぱり高いと思いました。これは高いなと。でも、当然お国のほうでもやはり、本来の価格から出したものでしょうから「これ以上は難しい」という事だったんで、私のほうも開校を早くしないといけないということから10年間のうちで買い取り特約をしましてね、10年間のうちで買い取ったという事ですから何とか小学校の運営が上手く軌道に乗れば何とかかんとか賃借料が払えるやろうなという認識を示していました。 荻上:見積もり感はもっていらっしゃったということですね。 籠池:まあそうですね。 荻上:そうした中で工事を進めていく中で、埋蔵物が見つかってそのことを報告して、その後に購入を申し出たという事ですけれども、あまりこういった契約に詳しくないといっている籠池さんが、この期間でゴミが出てきたから安くなるだろうということで、金額はまだわからない段階だろうと思うんですけど、買いますといえたのはどうしてなんでしょう? 籠池:賃借料が例えば1千円だとするでしょ。 荻上:今回は月額227万円の支払いという事になっていましたね。 籠池:なってるでしょ。その通りですけども、そうなっていると例えば一般の民家でもですね、土地が非常にきれいな土地でありましたということでありましたらその金額でしたと。ところが掘っていく事によってボーリングをして、そのところに、杭打ちをしてその上に建物を建てないといけないといったときに、下から悪いものが出てきましたと。そのときに人体に影響のない、そして軽度のものだけれども、何かヘンなものが出てきましたといったらやっぱり地主としては、本来、民民の場合だったら地主さんがきれいな土地にして、それを借主に貸しますよね。でも、お国の場合はそうじゃなかったわけですから、やっぱりちょっと国のほうも知らなかったんだろうけれども、悪い土地というか悪いものが出てきたなと。それだったらちょっと安くしてくれるんじゃないかなという思いは当然なりませんか? 荻上:ということは金額がどれくらい安くなるかという確信なしに、買えるようになるだろうということで購入に変更したという事ですか? 籠池:買える金額になるだろうではなくて、例えば深いところからも出てきましたしね。浅いところからも出てきたと。それは、これはちょっとなんというのかな。工事の期間もかかるけどたくさん入っているかもわからないなというような気持ちが、気持ちというか第六感が働きまして、これはちょっと賃借料にしたらかなり安くなると。そうすると賃借料が安くなるということは購入させてもらえる金額に近づいてくるというのではないかということで、これも自分の第六感ですが、それだったらいくらになるかわからないけど国のほうが指し示してくれる金額で購入させていただきましょうかという風な感じを持ちました。 荻上:その結果8億円値引きされて、実質1億円ちょっとで購入できると知ったときはどう感じた? 籠池:あのねえ、8億円云々というけど元々その金額がいくらだったのか知らないんですよ。 荻上:引き算された数字だけを知らされた? 籠池:そうそうそうそう。それは誤解しないでいただきたいんですが、新聞記事でもそこのところを書いていてぼくは丁寧に答えたんです。でもわざわざそういうところを省いて、なんかいかにも、もともとの数字を知っていて、金額を知っていて、安い金額で買ったかのような錯覚を読者の人に与えるような報道、あるいはテレビ局でもテレビ局でもそのような報道をしていましたから、これはちょっと間違ってるんじゃないかと。悪者仕立てするようなことをわざわざしているよなあと、非常に気分が悪かったですね。 荻上:元の予算いくらぐらいだったんですか? 籠池:ぜんぜんそんなところまで考えていませんでした。見積もりがナンボというのは考えておらずに、要は、月額で200何十何万円でしょ、ね。それが年間だったら2700万円ぐらいになるわけじゃないですか。それならそれよりも安くなるということであったら2700万円で、それよりも安くなるということであったら2700円でギリギリ運営ができると。それだったらそれよりも100万円でも300万円でも安くなるんだったら我々は運営としたらラクになってくるじゃないですか。 荻上:月々200数十万円の借地でも結構ギリギリでやっていたことが、安くなることによって買えるような値段になるんじゃないかと判断して購入したと。 籠池:おっしゃるとおり。 ◇安倍昭恵さんの影響は? 荻上:その前の段階で不動産の方が紹介してくれたという話がありましたけど、例えば担当の財務の方とかが安倍昭恵さんが名誉校長だというのは存じ上げていたんですかね。 籠池:それはその段階ではまだなってらっしゃいませんでしたからね。交渉の段階ではね。なってらっしゃいませんわ。 荻上:いつの段階で名誉校長になったんですか、安倍昭恵さんは? 籠池:名誉校長になっていただいたのは2年前ですから。近畿財務局との調整を始めたのは4年ほど前のことですからね。あ、5年ほど前か。タイムラグがありますね。 荻上:借りたいという要望を出したのは具体的には4年前。具体的な貸し出しの契約をしたのは3年前でして、購入は約2年前という事になっていますよね。 籠池:購入は2年前じゃないですよ。購入をさせてもらったのは・・・ 荻上:2015年3月ではなかったですか?・・・あ、2016年ですね、去年か 籠池:そうでしょ。だからそんなに古い話じゃないんですよ。 荻上:去年ということは、安倍昭恵さんはすでに名誉校長になっているということですね。 籠池:そのときはそうですよね。 荻上:ゴミというのは何メートル掘り下げて見つかったんですか? 籠池:場所によって変わるんですよね。5m掘るとか、例えば10mのところからというのがあって。元々我々の学校というのが7階、8階建で立てる予定だったんですけど、ところがゴミとかが出てきますと、例えば杭打ちをしたときに例えばゴミの上に杭が立ちますと、ズレたりするでしょう?だから危ういということになってくるので、低くするという今の建築にさせてもらったということですね 荻上:そのゴミはもう撤去したんですか? 籠池:ゴミは、えー、建物が経っているところについては、撤去もしておりますね。 荻上:ほかのグラウンドなどは? 籠池:グラウンドはね、記者の方もご存知の通り運動場ですから、運動場はずっと昔からもう土の下というんですかね、動かして何もないんですよ。そのままでいいんです。 荻上:じゃあ、ゴミ出しの作業はもう全て完了したわけですか? 籠池:うん、あのー、土地の建物のところの分に関してはですね、あのー、ほとんど完了していますね。 荻上:いくらぐらいかかりました?そのゴミ出しには? 籠池:いやー、金額のことはどうもちょっとまだまだ、建設がしているところですから、その中にまた、結果として出てくるんだと思いますから、それについて、私はまだ存じあげておりません。 荻上:いくらぐらいかかるという見積もりで? 籠池:ちょっと今、言えないですね。あの、何ともメディアのところで言えないですけれども、かなりかかるだろうと思いますよ。 荻上:8億、行きますか? 籠池:いや、だって、運動場の下のところは取り出さなくていいんですから、触ってないんだから。そうですよね。運動場で使いますところは、何も触らなくていいので、そこにお金がかかることはありません。 荻上:国の方が過剰算出した可能性があるということですかね? 籠池:違います。違います。それは違うと思いますよ。だって、要はそれをすることによって、あのー、地下に生活ごみがあるということは、資産価値が下がるということでしょ。ですから、安くなってくるということですよね。で、お国の方が何億円だったか、今おっしゃった8億とか9億とかおっしゃったけど、それは土地の運動場のところの生活ごみもすべて除いたらというような算出されたんではないかなと思いますが、私はその辺のところは専門家ではないので、分かりません。 ◇「安倍晋三記念小学校」について 荻上:今回、「安倍晋三記念小学校」という名前で寄付を募っていましたよね。 籠池:これはどこからの情報なのかよくわからないんですが、当初ね、あのー、安倍晋三記念小学校ということで、あっいやいや、間違えました。安倍晋三先生にどうぞ、学校を造りますので安倍晋三という名前を冠に付けさせていただきたいんですがと、お願いはしたんですけどね。まあまあ、ちょっとその返答がしばらくありませんでしたので、私の方でちょっとあのー、私の勘違いもあったんか分かりませんが、あのー、期間の間の中でですね、あのー、安倍晋三記念小学校にしようということで、したことがありましたね。一時期ね。それは衆議院議員でいらっしゃる段階のことでしたので、もちろん、えー、自由民主党の総裁になられた段階で、その話はなくなったと認識しています。 荻上:ということは、その前の段階では、やりとりはしていたんですか・ 籠池:はい。あのー、昭恵様を通じて、昭恵夫人を通じて、そのやりとりはしてましたけども、やっぱりお断りになってこられましたね。 荻上:断ってきたと。 籠池:はい。 荻上:最初はいい感じだったけど、断られたって感じですか? 籠池:まあ、あの、その辺の感触はわかりませんが、でも、最終的にはご辞退という形になられましたね。 荻上:(安倍晋三氏の)名前を使って寄付を集めていたのは、いつからいつまでの時期なんですか? 籠池:当初だけなんですよ、衆議院議員であられた時だけでありますが。でもそれはねえ、すぐに回収もしましたんで、そのー、あのー、おっしゃっている文が、衆議院で出ていたものが、本物かどうかは、私もよくわかりません。全然わかりませんですよ。私が確認したものではありませんから。本物かどうかはわかりませんですよ。 荻上:ただ、一時期寄付を募っていたのは事実なんですね? 籠池:それはさせていただきました。でも、それは衆議院議員をされていた間だけのことですから。 荻上:総裁になる前ということですね? 籠池:はい、そういうことです。 荻上:でも結果としては(安倍晋三の名前を)無断使用していたということになるわけですか? 籠池:いや、無断使用はしてなかったと認識はしているのですが、それは考えよう、受け取りようの問題だと思いますわ。 荻上:受け取りよう? 籠池:安倍先生の方が、これを断ろうかどうかしようかと考えている間のタイムラグの問題だと思う。私は安倍晋三先生の冠をしようと思ったのは、素晴らしい日本を再生、再興させようとされてる功労者ですからね。私は尊敬の意味で、偉人であろう方だからということでお願いをしたということですので。 荻上:許可をもらう前にその名前を使ってしまったということなんでしょうか? 籠池:いやいやいや、そんなことはありません。打診はさせていただいておりましたけど、その回答がまだ返ってくる前に、ちょっとあのー、早めに対応をかけてしまったというのが真実ですね。 荻上:勇み足であったということでしょうか? 籠池:まあそういうことでしょうかね。まあまあ、それはねえ、タイムラグの問題だったと思いますわ。 荻上:実際、配布されていたのは一時期だったということでしたが、 籠池:本当に当初の時間ですよ。これは堂々とお伝えしておきますけど。 ◇ヘイトスピーチについて 荻上:この学園からヘイトスピーチが拡散されているんじゃないかという話も論点になっていますが、ネット上で中国や韓国への批判になるような文言が載せられていて、それを謝罪文とともに撤回しましたよね? 籠池:あのねえ、これねえ、ヘイトスピーチいうのは、すごい範疇が広い、定義が広い言葉だと僕は思うんですけどね。私たちのところに4年ほど前に、中華人民共和国出身の方が入ってこられたんですね。ところが、本来私たちの学園に入ってくる人は、我々の教育に賛同された方が当然入ってこられるんでしょうけど、 荻上:近いから、という方もいらっしゃるでしょうけどね。 籠池:近い方ではなかったんですが、我々の教育に賛同して入ってこられた方ではなくて、入園式も来ない、授業参観にも来ない、そして遠足にはマクドナルドを持ってくる、っていうことで、私たちの学園の方針には従ってくれなかったんですね。それで、僕が注意申し上げたら辞めていかれまして。 荻上:その注意の時に、文書など配ったりされていましたよね?副理事長の。 籠池:これもね、ちょっとおかしな話なんですが、その方のことであって、別に、1つの人種の団体に対して、あるいは民族の団体に対して申し上げたことはなくて。その方に対して渡した文書なんですね。でもそれが、普通だったら、そういう文書がネットを通じて出ていくわけがないじゃないですか。それを持っておくだけじゃなくて、ネットで拡散していくということ自身が、為にするために、我々の学園に入って、撹乱を起こして、何かとんでもないことをして、そして出て行く。出て行ったときに、「退園させられた」といって、それもまたネットで出して、どうもこの学園は悪いところなんだよ、という風に言い出していくという、こういうふうな論法のやり方をしているんですよ。孫子の兵法を中国がやってるのと同じような感じになってますね。 荻上:お手紙の中で、「韓国人と中国人は嫌いです」という文言があり、ネット上では韓国・中国人が、自分たちに対して意図的に反対してるんだ、ということを書いていたことについて、撤回・謝罪されていたわけですけども、その保護者の方とは係争中ということになるわけですか? 籠池:おっしゃるとおり、おっしゃるとおり。あのねえ、これはねえ、すごく重要なことなんですが、係争というのは、相手の方から訴えられて、それに対してこちらの方も、そうじゃありません、ということを裁判所で言わなきゃいけないわけでしょ?ね、そのまま裁判所で何も言わなきゃこちらが負けてしまうわけじゃないですか。そういう意味で係争中。ということは、係争ごとにするために、その、あの、中国の方も、韓国の方もしてきたという、そういうふうにしてきたという、意図的なことがありますね。 荻上:ということは、ヘイトスピーチにはあたらないという認識なんですね? 籠池:その人にだけに言ったことなんで。全体ではなく、その元保護者の方にだけ言ったことなんで。 ◇国会の召喚に応じるか? 荻上:今後、例えば、国会で説明したりとか、記者会見をするという気持ちはありますか? 籠池:ないですね。ほとんどマスコミの人には説明はしましたので、そういうことする必要はまったくないと思っています。 荻上:これからも、国会に呼ばれてもいかないということですか。 籠池:そんな呼ばれるような立場ではありません。私は悪いことも何もしとりませんので。民主主義の国ですよ。独裁国家ではないんです。民主主義国家の中で、私立学校を作ろうとしているいう人間に対して、そういうものを日本の国の振興・隆昌させようという方向性の学校をつぶそうというようなことを考えているような人たちがいる、また、今もまだ動いているようなところには私は別に行く必要性はないと思います。 (一部抄録書き起こしおわり) ====
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げんしけんの謎 【投稿日 2005/10/13】 カテゴリー-他漫画・アニメパロ 第一幕 登場人物 笹原 斑目 咲 大野 荻上 舞台 部室 笹原・斑目「ちーす」 咲 「お前ら、遅いぞ。部室の年末大掃除終わっちまったぞ。」 斑目「悪い、悪い。で聞いたんだけど初代会長の遺物見つかったんだって?」 大野「そうなんですよ。咲さんたら『自分か来るまで開けるな』って言って・・・」 咲 「いや、だって盗聴テープとかカメラだったらまずいし・・・」 斑目「はっ?」 咲 「イヤイヤ、こっちの話・・・。ただのガラクタだったし・・・。」 笹原「何だったんですか?結局初代会長も謎の多い人でしたよね。」 咲 「これよ、これ」(机の上の石の破片を指差す) 笹原「何?これ」 咲 「いや、最初は民芸品の石の仮面でインテリアに使えると思って机に置いてたらさー。大野がドジってカッターで指切っちゃって!!血が仮面に飛び散った途端!!針が仮面から飛び出して床に落っこちゃってガチャーンと・・・。んでこれ・・・。」 笹原・斑目「・・・・・・」 斑目「こっこれの他には何も無かったの?」 咲 「ガラクタだって。古い土器みたいな矢じりとか・・・。あと英語で書かれた古いノートとかあったよなー。大野」 大野「ええ。でもブリティッシュイングリッシュで書かれた『天国』とか『カブトムシ』とか『ドロローサ』とか訳の分からない言葉ばかりの雑記帳でしたよ。表紙にはかすれた文字でD・I・・・とか書かれてましたね。」 笹原・斑目「・・・・・・(滝汗)」 笹原「そっそれは今どこに・・・」 咲 「だから捨てたって。矢じりは危ないから平たい箱に入れて、ノートと一緒に、お前らがため込んでたエロアニメ雑誌に挟んで縛って、ポーンと燃えるごみに・・・。って血相変えて我先に何飛び出してってんだ!!おーいキミタチ?」 第二幕 登場人物 笹原 斑目 咲 大野 荻上 舞台 部室 (ゼエゼエと息を切らして机につっぷす笹原と斑目) 咲 「もう回収されて捨てられてるって言う前に飛び出すから・・・」 笹原「・・・初代会長の冗談ですよね。あの人そういう事しそうだし・・・。」 斑目「いやあの人だけは分からん!!」 咲 「お前ら何ごちゃごちゃ言ってんだ?ってか、荻上―。さっきから何眉間にしわ寄せて考え込んでんだー?」 荻上「いや、あの矢じりなんですけど、昔どこかで見たような気がするんですよね。」 咲 「どうせお前のど田舎村の古墳遺跡の土産かなんかだろ。」 荻上「失礼ですね!これでも東北じゃ大きい町なんですよ。まあ、昔テレビで行方不明者日本一という不名誉な特集組まれたことありましたけど・・・。杜・・」 斑目「わーわー!!そっその先は頼むから言わないで!!」 荻上「あっ!!思い出した!!何で忘れてたんだろ!!」 笹原「それはどんな・・・」 荻上「中学の頃の変な夢なんですけど、弓と矢を持った高校生が私に矢を打ち込むんです。そしてこう言うんです。『おめでとう。君は矢に選ばれた。君の能力は《さからうことの出来ぬ運命》によって出会った者によって目覚めることになるだろう。』その時の矢にそっくり!!」 大野「ホー、ホー。意味深な夢ですねー。その高校生が荻上さんの初恋の人ですか?恋のキューピットの矢みたいですねー。」 荻上「ちッ違います!!何馬鹿な事言ってんですか!!」(赤面) 咲 「ヒューヒュー」 (女性陣がキャッキャと騒ぎ立てる) 笹原「・・・荻上さん・・・。以前、荻上さんの同人誌ちらっと見ちゃったけど・・・やっぱり呪われちゃうのかな・・・。(しゃ射程距離は?無限?)」 荻上(顔を赤らめてプイッと横を向き)「呪われちゃいます!!」 笹原「・・・・(滝汗)」 第一部完 第二部は続くか分からない・・・たぶん続かない。
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その一 アナザーストーリー【投稿日 2005/12/25】 カテゴリー-3月号予想 管理人注 これはその一「点灯夫」を読んでからお読みになったほうが良いです 笹「朽木くん……いつから……?」 朽「笹原さんに並走してきたので最初からであります! いやー二人とも萌え萌えでしたよー………ひっ!? さ、笹原さん?」 笹原が見せたことのない凄い顔を迫ってくる 朽「い、いやこれはジョークでして……ひいっ!」 クッチーの胸ぐらを掴み、顔を近付け睨みつける笹原 朽「ひいいいいいい! ごめんなさい!ごめんなさい! もうしません!もうしませんから!」 いつもの笑顔に戻る笹原 笹「じゃ荻上さん帰ろうか」 荻上をおぶって歩きだす笹原 暗闇の中に完全に笹原が消えるのを見て 朽「あ、ああ、あああ!」 恐怖のあまり山道のど真ん中で失禁してしまうクッチー 朽「最恐だ……現視研最恐は……笹原さんだった……」 笹「ただいまー」 咲「あれ、荻上寝てんじゃん」 笹「うん、疲れちゃったみたいだね」 大「それでどうだったんですか!? 結果如何では笹原さんただじゃおきませんから」 笹「はは……おかげさまで……」 咲「うっそマジ?」 大「うっ、うっ、うわあああああん! 荻上さんよかったですねえ! ほんとによかったですねえ!」 笹「しっ! 荻上さん起きちゃうから…… じゃあ俺、荻上さんちゃんと寝かせてくるね」 咲「お、おう ところでクッチー見なかった? 行方不明なんだけど」 笹「……ああ、朽木くんなら今夜はどこかに泊まるからカギ閉めちゃっていいですよ、って言ってたよ」 咲「あそ わかった」 笹原マジ鬼
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その三 飲み会の後 【投稿日 2005/11/01】 カテゴリー-1月号 斑「聞き耳立てるなって言ったってなー、あんなに大騒ぎじゃ聞くなって言われても聞こえちゃうよなあ、笹原」 笹「ええ、それも一番騒がしいのはうちの惠子ですし・・・。」 斑「まあ、俺らは俺らでゆっくりやろうぜ、朽木君も高坂も寝ちまってるし・・・」 笹「そうですね」 二人はテーブルに酒やつまみを広げて地味な酒盛りを始めた。 斑「・・・・でどうよ?(お約束をはずさない朽木君は寝てるし今度こそ邪魔は入らんだろ)」 笹「・・・どうって?」 斑「だからこの前のコミフェスでさ・・・荻上さんとは仲良くなったのか」 笹「ははっ、斑目さんまでどうしたんですか?どうもしやしないですよ、それどころかアレ以来荻上さんには避けられちゃってますし・・・全然会話もしてませんよ。」 斑「アレって、アレか?荻上さんの同人誌を見ちゃったとかいう件か?」 笹「ええ、わざとじゃ無かったんですけど、荻上さんわだかまりがあるみたいで、壁作っちゃってるってんですかねー。嫌われてんのかなあ」 斑「(うわーすっかり弱気だよ)いや!そんなことないだろ、もともと難しい子なんだよ!(汗)」 斑「・・・しかし何でかなあ、別に大野さんだってヤオイ趣味公言してるし、荻上さんだってなあ、別に俺ら今更どうも思わんよな。」 笹「ええ・・・」笹原の落ち込んだ様子に慌てて 斑「大丈夫!明日は皆でパーと遊びにいこう!なっ!そん時荻上さんとも仲直りすりゃいいって!」 斑「そうですね。田中さんは明日でしたよね?でもうちら場違いですよね。陸に上がった魚。何して遊びましょう?」 斑「ああ、なんでも田中、車借りてコスプレの衣装用意するって聞いたぞ。」 笹「(軽井沢まで来てコスプレ・・・)まっまあ、いいんじゃないですか!(汗)」 深夜一時。すっかり酔いつぶれた斑目はソファーで寝入っている。 笹原は斑目のメガネをずらして口を開けてヨダレをたらしてソファーにもたれかかって寝入っている姿をぼんやりと見て思った。 いい人だよな・・・。親身になって俺の事心配してくれて。先輩というより友人のような親しみで付き合ってくれた人だった。この人に会えて良かったと思う。 ああ、疲れてんだな・・・社会人は大変だよなあと笹原はメガネをはずしてやり、毛布をかけてやった。 その時、部屋の隅に誰かがいることに気付いて、笹原はビクッとした。相手も同様にビクッとして驚いた様子だった。 笹「荻上さん?びっくりしたよ、気付かなかった!いつからそこに?」 荻「いっいえ、ついさっき、トイレに起きて・・・」と顔を真っ赤にして立ちすくんでいた。 笹「ああ、そうだったの」 荻「何も見てませんから!私、何も・・・あっいえ!違うんです、そういう意味では!」 笹「へっ?えっ!いや!違うよ!」 荻「いやだ!何言ってんだろ・・・。ほだなこったから・・・」と半泣きになっている。 笹「!(ああ、そうかそうだったのか。そういうことなのか。そういうことなんだ。)」笹原は初めて荻上の心にたどり着いたような気がした。 笹「ああ、荻上さん!惠子たちはもう寝ちゃったの?」 荻「えっええ、散々大騒ぎして先に酔いつぶれちゃいました・・・」 笹「斑目さんもすっかり酔いつぶれちゃったよ!しょうがない先輩たちだね!」 荻「えっええそうですね・・・本当に・・・。」何事も無いような笹原の態度にほっとした表情を見せた。 笹「飲み会は楽しかった?うちの惠子うるさかったでしょ」 荻「ええ、いえ、でもまあ、色々話してすっきりしました。昔の事も何だかどうでもいい事だったような・・・。あっいえ別に何でも無いんですけどね。」 笹「・・・それは良かった。俺も眠いから先に寝るよ。じゃあ、お休み。トイレの場所は分かるよね?」 荻「ええ、大丈夫です。おやすみなさい。」 笹原は荻上に余計な気遣いさせぬよう毛布を頭からかぶって寝入った。そして思った。まあ、すべては明日だ。合宿は二泊三日あるんだし。嫌われているわけでは無いと知っただけでもとてもうれしい。とにかく明日だ・・・と自然に深い眠りについた。 荻上もトイレから部屋に戻り毛布をかぶった。感情の高ぶりが、静かな興奮を呼び、すぐに寝る事が出来なかった。隣では惠子がいびきをかいて寝入っている。 恥ずかしかった。自分の心をあんなに無用心に無様にさらけだして、涙を見せたことがとても恥ずかしい。 でも苦悩は無かった。むしろ感情の開放は荻上に穏やかな安心感と涼やかな爽快感と開放感を与えた。 覚醒したこの感覚はすぐに収まりはしなかった。寝なきゃだめだ。とにかく明日だ。 明日の新しい自分を迎え入れよう。そう荻上は思った。
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現聴研・第三話 【投稿日 2006/04/09】 現聴研 「ラブソングが嫌いな荻上です」 「どーしてそんなに盛ってるんですか」 入会の際に荻上さんが発した第一声はこれだった。 春日部さんがフォローに入る。 「おいおい、それだとマイナーかメジャーに関わらず邦楽聴けんでしょ。 キミも聴くんでしょ?」 「私は硬派ですから、人生や友情や他にもテーマあるじゃないですか」 笹原は半笑いで場を取り繕うとする。 「まあ、そんなスタイルもありじゃないの(苦笑)」 しかし大野は勢いよく立ち上がり 「ラブソングが嫌いな女子なんて居ません!」 と叫ぶのだった。 そんなことが有って、笹やんの前でのギター披露があった次の週。 一人で部室で、荻上はギターを抱えていた。 今日はワインレッドのセミアコースティックギターの弦の張替え中だ。 外した弦は、飲み終わった紅茶の缶にぐいぐい入れる。 そして弦の巻き器をペグにつけ、右手で弦を引っ張りながら 左手でぐるぐるペグを回す。糸巻きに綺麗に弦が巻きついて その様子に荻上自身が納得したようで、満足げだった。 「♪フンフ~ン」 チューナのマイククリップをギターのヘッドにつけて調音をしながら 軽く鼻歌がもれる。 3回調音を繰り返すと、音程を確かめるようにゆっくりと演奏を始めた。 「♪明日の、シャツに迷ってるだけで、もう~」 宇佐実森、中期の名曲「日記」だが、これは会えない日々を綴った 切ない、ラブソングの部類に入る曲で。。。 しかし部室で一人、悦に入って荻上は熱唱している。 続いて荻上は、銀色の筒を左手薬指にはめ込んだ。いわゆるボトルネックだ。 カントリーやハワイアンなんかで使用される、あれである。 特徴あるミューンという音を響かせ演奏が始まる。 セミアコースティックなので、アンプに繋がなくてもそれなりに 音は響いている。まあ近々、アンプやエフェクターも持ち込みそうだ。 「♪恋でしょうか~ 街がにじんできた~」 どうやらこれも宇佐実森の同じアルバムに収録されている、 ベタなラブソング「恋カシラね?」だ。 「♪頷いてしまったら~ 今度からどんな顔を見たら良いのよ~」 歌い終えて一息ついて満足げに、ギターを机に横たえたその時。 ガチャリ。 「ちーす」 春日部さんが入ってきた。 焦って直立不動になる、挙動不審な荻上。 「さっき何か歌ってなかった?私は知らない曲だったけど」 「…はあ、いえ、その」 赤面しつつ、しどろもどろで返す荻上。 そこへ大野がやって来る。 「こんにちは―」 憮然とした気持ちを顔に出さないように努めている。 もっと興が乗って絶唱してるところへ静かに扉を開けて微笑む… そんな計画を立てていたところへ、春日部が入ってしまったので 今日の計画は中止になったのだ。 「こにゃにゃちわ~~~」 空気を読まない良い勢いで、そこへ朽木が登場した。 「あ!荻チンにょー。ちょーどよかった!」 嬉しげにmp3プレイヤーを取り出す朽木。 「こないだ夜、秋葉の路上で弾き語りしてたよね~心打たれたよー」 「ひへっ!?」 再生を始めたそこには、雑音交じりでは有るが確かに荻上の歌声。 どうやらアコギ1本で弾き語りしているようだ。 (♪恋は激しく、やさしい 海みたい~ 切ないね…) 「もー、荻ちん、宇佐なんてマニアックだったのに、お客さん多かったね~(笑) でもほら、カカオは名曲だし~」 そして携帯を取り出すと 「ほら、動画もあるよ」 追い打ちをかける。 (♪切ないよ~夢だけが~ ほろ苦く~ 終わったの~) 荻上はいたたまれなくて身をよじる。 ニヤニヤする大野。 春日部さんは 「ま、まあ待て、これそんな恥ずかしくないだろ?」 「あ、あの、その…弟が……弟に、彼女が出来てお祝いに…」 かなり苦しい言い訳をするが、大野が横で新たに 朽木のレコーダから曲を流し始める。 (♪あなたの声が 聞えるように~ いつも窓を 開けています~) これまた宇佐の中期名曲「露草」だ。切ない慕情曲で、恥ずかしがるようなものではない。 しかし、何やらトラウマがあるようで、春先のフォーク研究会での 飛び降り事件のように突発的に窓へ奪取する荻上。 「ここは3階だ!!」 必死で止める春日部さん。 「えーと、何が起こってるのかな?」 斑目や笹原もやってきたが、部室は阿鼻叫喚の様相を呈した。
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SSの狭間で 【投稿日 2007/06/18】 カテゴリー-現視研の日常 *作者註* 参考にしたお話はSSまとめサイトの中の斑目と恵子とその続きです。 内容は斑目と恵子が結ばれるというものですが、今回、投下しようと思っているSSは、 この話の続編ということですので、まず上の話を読んでいただきたく思います。 荻上と笹原が結ばれてから2週間が経とうとしていた。 笹原は落ち着かない。 ここ1週間ばかり笹原は荻上さんに会っていないからだ。 どうやら笹原と結ばれたことで創作意欲が異様に沸いてきたようで、 作品を仕上げるのに夢中になってるらしい。 今はその作品を仕上げる以外のことは考えられないといって、ほとんど会うことがない。 携帯でメールを送ってもそっけない返事しか返ってこない。 ふうっ。 げんしけんの部室で笹原がため息をつく。 (まあ、普通の子ではないから覚悟はしていたけど・・・・) もうちょっと二人で過ごす時間をとってもいいんじゃないか? そう笹原は思うのであった。 笹原が気にしているのは荻上のことだけではなかった。 斑目も、ここ1週間、部室にきていないのである。 あれだけ毎日、昼休みになるとコンビニ弁当を 持参して部室で食べていたのに・・・。 待てよ?と笹原は思った。 二人が部室に来なくなった時期が妙に符号するなあ・・・。 何かよからぬことを考えそうになって笹原は首を振る・・・。 (それはないわ) うーんとおおきくのびをして時計を見ると既に昼だ。 (飯でも買ってくるか) そう思った笹原は大学の近くのコンビニで弁当を買うことにした。 笹原がコンビニに入るとちょうど斑目が弁当を買っていた。 会社が近くなのでこういうところで顔をあわせることがあっても不思議ではない。 「あ。斑目さん。」気軽に声をかける笹原。 「仕事忙しいんですか?最近、部室で顔見ませんけど。」 「あ・・・うん・・・そういうわけじゃないんだけどね・・・。」 そういうと斑目は笹原と目を合わせるのを避け、コンビニを出て行こうとした。 「??どうしたんですか?」 斑目の不審な態度に疑問を感じた笹原が後ろから声をかける。 「あ・・・いや。なんでもないんだ。気にしないでくれ。」 まるで笹原から逃げるように去っていく斑目の背中を笹原は疑いの眼差しで見つめた。 (どうして、俺を避けるんだ?) (やべー。笹原にでくわしちゃった・・・) コンビニから出ると額に噴出す汗をぬぐいつつ斑目は思った。 恵子とやってから笹原にあわす顔がない・・・。 部室にいくと恵子や笹原に会うかもしれない。 その時、俺はどういう顔をすればいいんだ? やっぱ笹原にはそのことを報告しなくちゃならんのか? 斑目はそのことで悩み部室への足が遠のいていたのだ。 (変に思っただろうな。今日の俺の態度・・・) そう気にかけながら斑目は弁当を持ってとぼとぼと会社に戻っていった。 (なんで、あんなこそこそするんだろ。何か俺に対して後ろめたいことでもあるのかな?) 笹原は斑目の不振な態度がずっと気になってしようがない。 大学が終わり、自宅に戻ってからも、斑目の態度が頭にこびりついてはなれない。 (荻上さんもそうだ・・・普通、男女がああいう関係なったら もっと親密な交際がはじまるんじゃないのか?) (荻上さんが俺を好きなのなら・・・なんか・・・もう・・・もっと・・・こう・・・) もどかしい気持ちが心に渦巻き発散できないもやもやが澱のようにたまっていく。 そういえば荻上さんの描いた漫画は斑目さんが良く出てたよな・・・。 もともとメガネ受けだっていってたし・・・。 ん?斑目さんって上石神井連子が好きだったよな・・・確か・・・ あの二人・・・お似合いなんじゃないか・・・ 笹原には嫌な過去があった。 高校の時、つきあってたと思っていた彼女が実は既に他の男とつきあっていたということがあったのだ。 しかも相手の男性は部活で自分の先輩にあたる人間だった。 その女の子は優柔不断で笹原の告白を断ることができなかったと言っていたが・・・ 体よく二俣をかけられていたというだけかもしれない。 真相は笹原にもわからない。 やがて女性の態度が自分に冷たいものとなり、先輩の態度も変わった。 (おかしいな?) 二人の自分に対して豹変した冷たくよそよそしい態度が気にかかるうちに 男の方から「俺の彼女に手を出すな」的なことを強く言われて笹原と彼女の関係は終わった。 その時、笹原は誰もいない部屋でこっそりと咽び泣いた。 本当にその娘のことが好きだったからである。 その苦い思い出は過去のものとして心の奥底にしっかりと鍵をしめて忘れることにしていた。 そんな苦い思い出がよみがってきた。 その経験とここ暫くの荻上・斑目の態度がオーバーラップする。 (あの時とおんなじだ・・・) 笹原はゴロリとベッドの上で寝返りをうった。 (実はあの二人は既にげんしけんのみんなに内緒でつきあってるんじゃないか?) それを知らずに皆があおり立てて・・・ いや、でもそれはないよなあ。だって、俺、荻上と最後までいっちゃったし・・・ (それだけか、あの時と違うのは) でも・・・荻上さんは流されうけだし・・・ 大野さんと咲さんが俺と荻上さんを結び付けようとして 積極的に動いたので荻上さんが本当のことを言えずにズルズルときてしまったという可能性は考えられないか? 荻上さんは斑目さんと俺との間で心が揺れ動いていた・・・その証拠があの漫画だ・・・ あの部屋でのことはその場の雰囲気で俺を選択することになってしまったが実は斑目さんへの思いも残っていた・・・ 後で冷静に考え直して結局、斑目さんの方が好きだと判断した・・・ もしくは最初の1週間、俺とつきあううちにやっぱり俺の方がダメだとなったとか・・・。 そうだ。あの時、荻上さんは「・・・やおい観賞から突入っていうこの状況は・・・ちょっとイヤかも・・・」 っていってたのをあえて俺が強気でいっちゃったんだよな・・・。 あれは本当は断り文句だったんじゃないか? 笹原の頭の中に宿った一点の疑問は次第に黒雲のように心を覆い始めた。 はは・・そんな馬鹿な。そんなことあるわけない。 でも、二人の不振な態度。 一度、妄想がはじまってしまうとなかなかおさまらない・・・結局、同じ考えが頭の中で 繰り返し繰り返しリフレインされる。 これは・・・疲れているんだ・・・ 馬鹿なことを考えるのはよそう・・・そう考えると笹原は布団にもぐりこんだ。 荻上さんの部屋。 ベッドの上で斑目と荻上が寝ている。斑目は仕事から帰ってきたばかりなのかワイシャツのボタンをはずし、 ネクタイは半分はずしかけただらしない状態だ。荻上はシュミーズを着て、斑目の横ではべっている。 「晴信さん・・。」 「ん?」 「いつになったらわだす達のこと笹原さんに話してくれるの?」 荻上は斑目の胸の辺りに手をはわす。 「あー。そのうちそのうち。」 「そんただこといって、このまま笹原さんとつきあったふり続けるのは笹原さんにも悪いし、傷口深めるべ。」 そういうと荻上は斑目のネクタイをキュッと締めた。 「いてててて。ちょっとやめれ。しかし・・・言うきっかけがないんだよなあ。」 「大野や咲が余計なことすっから・・・。」 「千佳。彼女らは善意でやったんだからそんなこというもんじゃない。余計なお世話ともいうが。」 「もー。晴信さんが秘密にしようっていうから・・・こんなことになったんでしょ。」 「それを言われると・・・。」 「この優柔不断!」 荻上は一層の力を込めて斑目のネクタイを引っ張った。 「いてて・・・。」 「はやぐわだしたちのこと笹原さんに言ってあげないと・・・このままではみんな不幸になるべ。」 荻上は斑目の股間に手をはわせる。 「わかってるよ・・千佳。タイミングを見計らって本当のこと言うよ・・・。」 斑目は荻上の唇に自分の唇を重ねようと顔を近づけた。 「晴信さん・・・。」 「千佳・・・。」 「はわわっ。」 笹原は飛び起きた。 「ゆ・・・夢か。」 (なんて夢見るんだ。) 笹原は目を覚ますために顔を洗ったが、さっき見た夢が正夢の様な気がしてしようが無かった。 「だめだ。こんなに気になるようじゃ何も手につかない。」 これは確かめなきゃいけない。 (・・・でも荻上さんに聞くわけにはいかない・・・斑目さんにメールしよう。) 斑目は笹原からのメールを受け取った。 『話したいことがあります。お時間とっていただけないでしょうか?』 普段のふざけた感じのメールではなく笹原の真剣な様子は文章からも伺えた。 「やっぱわかっちゃうよなあ・・・あのことだよなあ・・・」 自分が恵子とやっちゃったことが笹原にバレたと思った斑目は頭を抱え込んだ。 (こういう場合、普通の人はどう対処するんだろう・・・) しばらく考えたが結論が出ない・・・仕方がない。とにかく笹原と会うことにしよう。 斑目はメールを送り返した。 『バレたんだったら仕方ない。今夜午後7時半に居酒屋○○○にきてくれ。そこで詳しく話する。』 メールを受けとった笹原は脳天を思い切りはたかれたようなショックを受けた。 やっぱりあの二人・・・・つきあってたのか・・・。 メールでOKの返事を出した後、笹原は何も手につかず、大学の授業も耳に入ってこなかった。 一日中、笹原の心を最悪の可能性がしめていた。 斑目に会うのが恐いような嫌なようなうつろな思いで時間が瞬く間に過ぎていく。 午後7時半 大学近くの居酒屋○○○・・・何度かげんしけんのメンバーと飲みにきたことがある場所だ。 斑目がおそるおそる店に入ると奥のスペースにつくられた小さな座敷に笹原がいた。 「よお。待った?」 斑目ができるだけ軽く声をかけるが、笹原は憮然とした表情で座っている。 マイナスのオーラがあたりに放たれ、近づきにくい雰囲気だ。 (うわっ。怒ってるよ・・・) 思わず引いてしまう斑目。 座敷に上がって笹原の正面に座る。 お手拭で手を拭きながら注文を取りにきた店員さんに 「とりあえずビール大ジョッキ2本。あとジャーマンポテトとベーコンエッグロールとカルボナーラ。」 と自分の注文を済ませると笹原の方に向き直って 「笹原、お前も何か頼むか?」と言った。 「いや。僕はいいです。」 強張った表情を崩さずに笹原は答える。 「そ・・・そうか。じゃ、それでお願いします。」 と店員に答えると雰囲気を和らげようと笹原の方に向き直って質問する。 「・・・で・・・げんしけんは最近どうだ?」 「今日はそんなことを話しにきたわけじゃないでしょ。」 (うっ。余裕なしかよ。) 斑目は緊張し、額から汗が滲み出る。 (どうしよ。怒ってるよ。笹原。) 暫く沈黙が続き、斑目の頭が混乱する。 とりあえずばれたんなら謝っておこう。そう思った斑目は突如、笹原に向かって頭を下げた。 「ごめん。笹原。」 急に謝る斑目を見て笹原は (やっぱり・・・嫌な予感は当たったか・・・) そう思い、あきらめとも絶望ともなんともいえない感情が心を支配し、大きくため息をつく。 「はあ~っ」 顔には縦線が幾つも刻まれる。 そんな真っ暗に落ち込む笹原の表情を見て、斑目は更に焦る。 「あっ・・・本当に悪かった・・・ほんの出来心だったんだ・・・。」 「えっ。」 笹原は斑目を睨みつける。 「出来心って・・・二人はつきあってないんですか?」 「え?いやつきあってはいない・・・。やっちゃったけど・・・。」 「えっ!?・・・やっちゃったって・・・セックスですか?」 「おい。声が大きい!・・・知らなかったのか?」 「知らないですよっ!!」 (あれ。知ってると思って話したんだけどなあ。) 斑目の頭が混乱する。 (バレたんじゃなくて、単に笹原が推測でそうなんじゃないかと思っただけなのか?) 笹原の顔が怖い。 笹原は斑目へのジェラシーが心の中で黒い雲となって渦巻きはじめたことに気づいていた。 それと同時に荻上さんへの愛が今までに無い深いものであることーー 特に自分以外の男が荻上を抱いたとなると荻上がどうしても手放したくない 愛しい存在であったことに改めて気づくのであった。 「いつ、どこでやったんですか?」と笹原 「え・・えーと今から1週間前・・・俺の部屋で・・・。」 斑目はびびっていた。笹原の顔が今まで見たことがないほど怒気を含んでいたからだった。 (1週間前・・・ちょうど荻上さんが、ちょっと創作活動に入るから暫く会えないといった時だ・・・) (やっぱりそうか・・・そうだったのか・・・) 笹原は心の中にあふれようとするジェラシーを必死で抑えながら搾り出すように言葉を吐いた。 「まあ・・・やっちゃったものは仕様がないです。斑目さんも彼女を愛していたんでしょうし。」 「いや。別に愛はなかったなあ・・・ついついなりゆきで・・・」 どこまでもバカ正直な斑目であった。 「すきでもないのに!!そんなこと!!!やっていいと思ってるんですかっ!!」 バンっと机を叩き、叫んで立ち上がった笹原の怒りは 『第一回緊急コミフェス対策原稿ほとんどできてねぇよ会議』で久我山に対した時の2~3倍増しであった。 斑目は完全にびびった。 「はひっ・・・申し訳ないです。」 斑目は頭を下げながら思った。 普段はあんなに喧嘩してるのにさすがこういうときは兄妹なんだなあと 妹のことをこれほど心配し思いやるとは・・・というか兄にとって妹とはこれほどかけがえのない大切なもんなのか・・・ 妹持ったことのない俺にはわからん・・・。 「まさか・・・もしかして・・・・斑目さん・・無理やり・・・ってことはないですよね?」 笹原の目がいままでにみたことのない狂気を帯びている。 「はあっあ!?無理無理っ!!俺にできるわけないっしょ!!・・・っつーかどっちかっつーと俺が襲われたのっ!!」 「えっ!?そんなわけないっ!!」 笹原は一段と声を大きくして机を叩いた。 「でたらめ言わないでくださいっ!!そんなことあるわけないっ!!」 オーダーを持ってきた店員がびっくりした目で二人を見つめる。 「さ・・・笹原・・・落ち着け・・・落ち着けって。」 斑目が必死に笹原をなだめようとする。 店員がそそくさと注文された品物をテーブルの上に並べる間、二人は黙ってにらみ合った。 「ではごゆっくり。」 店員はひきつった顔でそういい残すと逃げるようにその場を去っていった。 斑目は冷や汗がダラダラ流れているのを感じた。 そして、これ以上、笹原が怒らないように祈るような気持ちで話すことにした。 「いや。ホントだって。だって・・・はっきり言って、俺童貞だったけど(斑目ちょっと顔を赤らめる) 彼女、20人以上とやってるっていってたぞ。」 「え・・・そんな・・・そんな馬鹿な。」(荻上さん処女だと思ってたのに・・・)呆然とする笹原。 頭の中で必死に”あの時”のことを振り返る・・・いや、俺も処女かどうかなんてわからんな・・・経験なかったしな・・・。 余りに予想していなかった展開に頭は真っ白・顔には縦線が入る。 「ほんとだって。(あれ?知ってたんじゃなかったのか?) 勢いでみんなでってのもあって・・・それ抜かすと10ちょいだそうだが・・・」 「・・それってげんしけんの人間も入ってるんですか?」 「え?いや?高坂は狙ってたみたいだけど、げんしけんの人間とはやってないでしょ。」 「え?高坂狙ってたんですか?」 「あれ?おまえ知らないはずないだろ?・・・おかしーなーあんなにあからさまに誘ってたのに・・・。」 ここでなにか会話がかみ合わないことに二人とも気づくべきであったが、二人とも頭が混乱しているので 全然、気づくことなく話が続く。 斑目「多分、これは予想だけど・・・ほとんど高校時代に経験したんじゃないかな。」 高校時代・・・荻上さんの空白の時代・・・何があったのか笹原も何も知らない。 そうか・・・荻上さん・・・中学の時の事件の影響で自我が壊れて自棄になって男と遊びまくってたのかあ・・・ それは笹原の予想もしなかった荻上の高校時代であった・・・勘違いだけど。 暫く・・・といってもほんの数分だが・・・沈黙が続いた後、笹原が搾り出すように話し始めた。 「彼女・・・斑目さんは知らないと思いますけど・・・中学の時に事件を起こしましてね・・・」 一転してしんみりとした口調で話し始める笹原。 「それが理由で学校の屋上から飛び降りて・・・下に木があったおかげで奇跡的に助かったんですよ。」 「へえー。それは知らなかったな・・・。」 (春日部さんは友達に染められたって言ってたけど・・・そんな事件があったんだ・・・ あんなに化粧が濃くなったのも金遣いが荒くなったのも、男関係が荒れたのも。その中学時代の事件のせいか) と斑目は惠子のことだと勘違いして考えている。 「それで・・・多分、そのことが原因でかなり荒れた高校時代を送ったんじゃないかなあ・・・。」 笹原は考える・・・荻上さんが斑目を襲ったということは それだけ斑目さんが好きなのではないだろうか・・・ 一呼吸おいて笹原が続ける。 「斑目さんがいい加減な気持ちで抱いたとしても・・・彼女から誘ってきたというのは彼女の心の中では斑目さんが 一番だということですから・・・責任とってもらいますよ。」 「え・・・やっぱ責任とらなきゃダメ?」 ふと顔を上げた斑目の目に飛び込んできたものは目に涙をいっぱいにためている笹原の顔だった。 断腸の思いとはこういうことをいうのだろうか ーーー好きで好きでたまらない人でも、その人の一番の幸せを願うならば、 自分が潔く身を引くのが最善の道・・・笹原は自分の心にそういいきかせた。 (荻上さんが斑目さんを選んだんだ・・・荻上さんが幸せならそれでいいんだ・・・) 笹原はあふれる涙をぐっとこらえた。 「だって・・・どうせ大野さんや咲さんもそのうち知ることになるわけですから。 大学の部活の後輩に手を出しておいて何も知らないではみんな許さないと思いますよ。」 「そ・・・そうだな・・・。」 斑目は心の中で咲の姿を思い浮かべた・・・これで完全に思いを断たなくてはいけないな・・・ もともと可能性のない恋心だが、完全にあきらめなくてはならないとなるとやはり未練が残る・・・ 心の片隅が小さな針でつつかれたようにチクっと痛んだ。 「責任とるって・・・結婚しろってことだよな??」 おそるおそる笹原に聞き返す斑目。 「当たり前でしょ。結婚を前提としたお付き合いをしてくださいといってるんです。」 「・・・やっぱりな。」 斑目の視線が宙を舞う。 「でも・・・本人から『間違ってもアタシに惚れないように』『初体験相手に勘違いすんなよ』 って言われたんだけど・・・。」 「そんなの本気じゃないでしょ。どうして彼女の本当の気持ちをわかってあげられないかなあ。」 キっと睨み返してくる笹原を見て斑目は慌てて下を向いた。 「結婚となると笹原とは兄弟ということになるな・・・。」 斑目は小さな声でポツリと呟いた。 「え?兄弟?(穴兄弟ってことか?この人は・・・突然、何を言い出すんだ?)なんで兄弟ってことになるんですか?」 「え?だって・・・そうだろ?」 「もしかして・・・穴兄弟っていいたいんですか?」 「え?笹原・・・なにをいってるんだ?まさか・・・おまえ・・・おまえも彼女とやっちゃってたのか?」 笹原は顔を真っ赤にしながら言った。 「やりましたよ?いけませんか?」 「ええっ!!」 斑目は驚き、思わずビールジョッキを倒してしまう。ジョッキからビールがテーブルの上へ そして床にこぼれおちるのを見て慌ててジョッキを戻し、お手拭でこぼれたビールをふき取り始める。 (斑目さん・・・驚きすぎ・・・俺と荻上さんがやっちゃってるのまさかまだ知らなかったのか?)と笹原。 床を拭きながら斑目が叫ぶ。 「実の兄弟でやっちゃったらまずいだろ??犯罪だぞ!!」 「はあ?なんで、そういう話になるんですか?」 あれ?頭が混乱してきたぞ??・・・いや混乱はずっとしているが・・・混乱に拍車がかかる。 「いや・・・だっておまえ。恵子とやっちゃったんだろ?」 「なんで恵子の名前がここで出てくるんですか?荻上さんでしょ?」 「はあ???なんで荻上さんなんだ???」 「???斑目さんがやっちゃったのって荻上さんでしょ???」 「ええええええええええええ。違う。違うぞ。笹原。俺がやっちゃったのは・・・恵子だ。」 お互いに顔を見つめあったまま呆けたように暫く静寂の時間が経つ。 そしてお互いにそれぞれ勘違いしていたことに気づくのであった。 10分後 「・・・それで・・・やっぱり俺は恵子と結婚を前提にしてつきあうべきなのでしょうか?」 呆けた表情で斑目が笹原に問う。 「いや・・・もう・・・それは・・・斑目さんのご自由に。」 「ご自由にっていうと・・・別につきあわなくてもいいということでイインデスカ?」 「まあ恵子にとっては20人のうちの間違ってやっちゃった中の一人でしかないでしょうし・・・ 斑目さんには申し訳ないけど・・・。」 精神的にめっちゃ疲れた・・・もうどうでもいいや・・・という顔をして笹原が応える。 (うわっ!荻上さんの時と違ってなんとなげやりな・・・兄弟愛ってこんなものなの・・・) それが笹原を見ながら思う斑目の感想であった。 翌日、荻上の家。 「最近、全然、ゆっくりする時間がなくて・・・ごめんなさい。笹原さん。」 「あ・・・いや。別にいいんだけどね。」 「これ、できた原稿なんですけど・・・よかったら感想なんか聞いてみたいと思って・・・。」 パラリとめくってみると正統派の恋愛漫画だった。 (こういうのも描けるんだ) 笹原はちょっと驚いた。 笹原がモデルと思われる主人公が荻上のような女性を相手にした甘ったるい恋愛漫画であった。 (まるで、荻上さんの希望を描いているような漫画だな・・・) パラパラと漫画をめくって読んでいく。 ヒロインの主人公への自己犠牲的で盲目な愛が特に深く印象に残る作品となっていた。 それはおそらく今の荻上さんの気持ちがそのまま作品に投影されているのであろう。 同時に笹原は今、どれだけ荻上さんに愛されているかを感じることができて感激していた。 (これは荻上さんから俺への形を変えたラブレターなんだ・・・) 荻上は漫画を夢中で見ている笹原の顔をおそるおそる見る。 と、何か顔に陰が射しているのに気づく。 「どうかしたんですか?」 不思議に思って尋ねる。 「な・・・何が?」 「何か疲れているみたいですよ。笹原さん。」 「いや・・・昨日・・・ちょっと精神的に疲れることがあってね・・・。」 苦笑する笹原。 (ほんの少しでも荻上さんを疑った俺はバカだ。ごめんね。荻上さん) そう心の中で荻上に手を合わせて謝る笹原であった。 更に翌日の昼休み 部室に荻上が一人いると久しぶりに斑目が顔を覗かせた。 「こんちわ荻上さん久しぶり。」 「あ。こんにちわ お久しぶりです。」 「あー。暑いねー。もう10月なのにねー。温暖化かなー。」 そういいながら椅子に座る斑目。 ちらっと荻上の方の様子を見る。 「笹原は元気かね?」 「え?元気ですよ。昨日も久しぶりに会いましたし・・・。」 ふふふ・・・と笑う斑目。 「どうかしたんですか?」 「いや・・・笹原の奴ね。何を勘違いしたのか俺と荻上さんがつきあってるって勘違いしちゃってね。 たいへんだったんだよ。」 えっ という顔をして斑目を見る荻上。 「どこをどう考えたらそういうことになるんだか・・・笑っちゃうよね・・・」 そういって荻上を見ると荻上が固まっているのが見えた。 何かをじっと考えている様子であった。 (やべ 俺また地雷踏んじゃったかな?) 背中に汗が吹き出るのを感じ斑目は 「あ。用事思い出しちゃった・・・」といって部室をそそくさと出て行った。 部室を出ながら(あー俺って奴は)と自己嫌悪を感じながら額の汗をぬぐうのであった。 で、その後どうなったかというと・・・これがオチです。
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サマー・エンド終 【投稿日 2006/04/25】 サマー・エンド ブルー・ベルベットのような青空が窓を彩る。 7月の晴天が、梅雨の終わりを告げていた。青いセロハンが空を覆う。 太陽が窓に貼られた美少女を真っ黒い影の中に隠している。 ブラウン管のテレビの頭を、ビデオデッキの背中をこんがりと焼いていた。 彼女たちはその刺すような日差しを避けて、部屋の奥に固まっている。 照り返しの光が部室の影を水の底からの軽視のように揺らめかせていた。 真っ白い腕をノースリーブから覗かせる荻上が向日葵のような笑顔を見せている。 「え~? このカプですかぁ? やっぱ大野先輩とは趣味が合わないすね。」 長い黒髪を暑苦しそうにたくし上げて、大野はその豊満な胸を張った。 「別にいいですよ。初めから荻上さんはそう言うと思ってましたから。」 恵子は机に重ねた両手の上に顎を乗せて、広げられた801同人誌をぼーっと眺めている。 「元ネタが全然わかんねぇな…。」 窓から迷い込んだ風が、僅かに開けてあるドアの隙間を風が通り抜けていく。 彼女たちの頬を涼やかな感触が撫でていた。 「あ、私そろそろ帰りますね。」 本棚に置かれたアニメ絵の文字盤も麗しい時計を見上げて荻上は立ち上がる。 まだ2時を少し回ったところだった。大野が怪訝そうに荻上を見やる。 「今日ってもう講義ないって言ってませんでした?」 荻上は自分の同人誌をまとめながら、ニヘヘとはにかんでいる。 「いえ……、まあ……、ちょっと………。」 大野はバッグの中から取り出したマスクを手早く蒸着…、じゃなくて装着していた。 「ちょっとってなんでしょう…?」 両目をキュピ~~ンと光らせて、ハアハアの吐息の熱をマスクに篭らせる大野。 じりじりと荻上ににじり寄った。 荻上は、”ドジこいたーーー!”とでも言いたげな表情で顔を背ける。 「あはは…、いやぁ……、ちょっと今日のは煮込むのに時間がかかるんで………。」 「煮込む…。お料理デスカ……。」 もはや止まりようも無い大野はその身長差を大いに活用して荻上にプレッシャーをかけた。 「どんなの作るんですか…? オギウエさん…。」 荻上は目をグルグルさせて、気温と関係なく流れる冷や汗を拭った。 「サ、サムゲタンですけど……。そのぅ…、夏のスタミナ回復に良いらしいので…。」 「笹原さんに! 作るんですね…?」 「………はぃ。」 「オーケー! どうぞどうぞ。もう行って大丈夫ですよ!」 すっかりゲロした荻上にがっつり満足した大野は軽やかにマスクを外して、その下の満面の笑みを披露した。 じっとりと冷や汗をかいた荻上は、すっかり肩を落として疲労のため息を漏らしていた。 「では…、失礼します…。」 「はいは~~~い。ス・タ・ミ・ナ、つけて頑張って下さいね~~~!」 オデコに青筋を立てて荻上が部室を出て行った。 大野はそれを見送ると、ふんふ~~んと鼻歌まじりに同人誌を鑑賞し始める。キャラを脳内で笹荻に変換して。 机に突っ伏してままの恵子がぽつりと呟いた。 「あんまりからかってやるなよ~~。」 「だって面白いんですもん!!」 「まあ…、それの気持ちはわかるけどさ…。」 恵子の目は、窓の向こうの真っ青に晴れ渡ったそれを見つめていた。 「なんつーかさ…………、幸せすぎて、見てられないんだよね…。」 夕焼けの太陽が校舎の向こうへ消えて、部室はひっそりとその暗さを増す。 笹原は時計を見ながら遅くなった日没を感じた。 橙色から赤へ、赤から紫へ。少しずつだが空は確実にその有りようを変えている。 開けっ放しの窓から注ぐ夜気に、笹原は身を浸していた。 くるりと窓を背にする。 一人きりの部室。初めて感じる、こんなにも広い部室。 そこでの慌しくもぬるい毎日は、目を閉じる必要もなく笹原の脳裏に容易く甦ってくる。 オタクとして覚悟を決めた自分。同人誌を買うにも照れていたころ。 クダラナイ話を何時間でも続けていた毎日。 数々の事件、事故、イベント。 予期せず会長として過ごした一年間。コミフェスへのサークル参加。 荻上との出会い。 笹原は部室を目に焼き付ける。そのかけがえのない日々と一緒に。 もう二度と手に入らない全てを、笹原は胸の奥に閉じ込めた。 ドアの向こうから足音が聞こえる。カツカツという軽妙なリズム。 程なくしてそれは立ち止まると、一拍を置いて部室のドアは開いた。 「うわっ!」 大野が大声を上げて仰け反った。無理もない。薄暗い部屋にぽつんと人影があったのだから。 「なんだ…。笹原さんでしたか。脅かさないで下さい…。」 大野は深呼吸をして蛍光灯のスイッチを入れた。部室が一瞬で明るくなり、窓の外は一瞬で暗くなったように感じた。 「ごめんね。もう結構暗くなってたんだね。大野さんは戸締り?」 「そうですよ。」 笹原は窓の方に向き直ると、ガラス窓を閉めた。アルミサッシが滑るトゥルトゥルという音が心地良く響いた。 「今日はお休みだったんですか?」 私服の笹原を指して大野が言った。 「そー代休。編集者って不規則になりがちだから、休める時に休んどけってさ。」 「それならこんなとこ居ないで、荻上さんと遊びに行ってくれば良かったのに。」 笹原はまた愛想笑いをする。でも今日ばかりは、上手くできなかった。 「今日、これから会うよ…。」 「ですよねー!」 大野の満面の笑みに、ぎこちない愛想笑いは消し飛ばされそうになった。 「今日は楽しみにしてて下さい。荻上さん張り切ってましたから!」 笹原は無言で頷いた。口元に皮肉な笑みを滲ませて。熱の残るテレビの額に手を置きながら、また部室を見渡す。 ここに来れるのも、これで最後かもしれないと思った。 「何だかそーしてると、まだ大学生みたいですよねぇ。」 私服の笹原に、大野が感慨深げにそう漏らした。 目を細めて、笹原たちが卒業する前の懐かしい毎日を思い出しているのだろう。 それに笹原は、小さく首を振る。 「もうあの頃とは違うよ。」 「あら、そんなに成長してます? たった三ヶ月ばかしで。」 大野の意地悪な表情に笹原は苦笑いを見せた。 電気を消して、二人は部室を後にした。 交差点の真ん中で、笹原は足を止めた。 「それじゃ、俺はこっちだから。」 「はいはい。荻上さんに宜しく。」 ニヤニヤ笑顔を湛えた大野が手を振る。笹原は肩越しに大野に視線を投げた。 「大野さん…。」 「はい?」 笹原の唇が、言葉を探しあぐねて宙を噛んでいた。 「荻上さんのこと、頼むね…。」 笹原の目、大野の満面の笑みが飛び込んだ。 「大丈夫ですよ。荻上さんの会長ぶりも板についてきましたから!」 笹原は小さく笑って、そして大野に背を向けた。 パーキングビルの向こうの空が、太陽の残光に薄く染まっている。 咲は大きな旅行カバンに衣類を詰める手を止めて、その光景に見入っていた。 初めから、あのビルは邪魔だったなと思いながら。 咲はガラス戸を開けて、ベランダに出てみる。少し遠くの通りの騒音が聞こえた。 まだ陽のある内のその景色は新鮮だった。時折、缶ビールを片手に見ていた夜の表情とは違う。 残光に照らされた街は、ある種の生命感を感じさせた。 たぶん、ほとんどの人が、昨日とさして変わらない今日を過ごしたのだろうと、咲は思った。 自分は違う。今日、この部屋から出て行くのに。 持って行くのは、衣類と手で運べる程度の物だけ。できれば自分の匂いするものは全て運び出して しまいたかったが、時間もないし、大きい物を運ぶには男手がいる。笹原だけでは無理だろう。 現視研の仲間に頼めるはずがなかった。 夏の初めの黄昏。生温かい風。 それを感じていると、まるで今日もいつもと変わらない一日であるような気がする。 このまま高坂の帰りを待って、そして待ちぼうけて眠る。そんな一日。 (もう違うんだよな…。) もうそんな日は来ないんだよな、と。咲は呟いた。 空は夜に変わる。宵の明星が、空にぽつんと瞬く。 咲は部屋に戻って、カーテンを閉めた。 「咲ちゃん。」 不意に声がした。驚いて身を固くする咲。恐る恐る声のした玄関口を覗き込む。 Tシャツとジーンズ姿の高坂がそこに立っていた。 額に大粒の汗をかいて、Tシャツを熱気で湿らせていた。 「咲ちゃん。」 酸素を求める体に抗って声を発する。乱れて呼吸を繰り返す口元に、いつもの微笑みはなかった。 それは咲にとって、知らない高坂だった。 咲は顔を伏せて座る。崩れ落ちそうになる表情を見られないように。軽口を叩く。 「なんだ。今日、暇だったの。」 そんなわけないのは分かってる。会いに来たに決まってる。 「明日にしとけばよかったな~。あはは。」 カバンに荷物を詰める咲の手は震えていた。唇に、白い歯が食い込んでいた。 「違うよ。仕事ぬけてきた。」 スニーカーを脱ぎ捨てて、高坂は部屋に上がる。 ドカドカと荒い足音。それをかき消すほどの声で高坂は言う。 「咲ちゃんに会いに来た。」 咲を見下ろして、高坂は立ち止まる。高坂の体が放つ熱が、咲の肌に爪を立てていた。 旅行カバンの上には、慌てて押し込んだ衣類がぐちゃぐちゃに散らばっていた。 咲はそれを力尽くで押し潰してカバンを閉じる。 「私もう行く。」 高坂の顔は見ない。立ち上がって、横を抜けて、出て行く。そう決めて…。 咲は両足に力を込めた。 「じゃあね。」 ドアだけを見つめて、歩き出す。でも、高坂がそれを許さなかった。 目の前に立ち塞がる。息を乱して、Tシャツの首回りに汗を滲ませて。 咲の目は、いつの間にか高坂の目を見ていた。 いつもの笑みも余裕もない、ただ必死なだけの瞳だった。 「行かせないから。」 高坂の両手が咲の肩を掴む。強く。指が咲の柔らかい肌にめり込む。 痛みに咲は顔を歪めた。 「痛いよ…。」 それでも高坂の手は力を緩めるどころが、尚も強く咲を拘束した。 たとえ咲を傷つけても、高坂は咲を放そうとしなかった。。 「笹原のところになんか行かせない。あんな男のところになんか。」 「高坂…。」 高坂が悪態をつくのを咲は初めて聞いた。あの原口にだってそんなことを言わなかったのに。 今、高坂の歯は怒りにきつく噛み合わされてる。 そして瞳からは涙が溢れていた。 「荻上さんがいるくせに…。咲ちゃんが好きだなんて…。いい加減なヤツなんだよ、アイツは!」 高坂の顔を、咲は見つめ続けることができなかった。 「僕だって荻上さんとのこと…、応援してたのに…、嬉しかったのに…。」 そうだったんだ…。高坂が失くしたのは、私だけじゃない。 笹原も、一番の友達も失くしたんだ…。 高坂が現視研以外の友達を一緒にいるところを、咲は知らない。 その中でも笹原は同い年で、大学でできた初めての友達で、頻繁に家にも来ていて…。 一緒にゲームして…。買い物もして…。趣味で盛り上がって…。 コミフェスでも売り子をやって…。会長だった笹原を支えて…。 「アイツはそういうの全部ムチャクチャにして…。それで咲ちゃんまで………、僕から…。」 高坂の声は、もう言葉になるのを止めて…。 ただ、ただ感情を乗せて、悲しく、痛く、鳴り響いた。 高坂の手は、咲の肩を滑り落ちて。そして高坂は床に崩れ落ちた。 自分の涙で濡れた、その上に。 「咲ちゃん…、行かないでよ! 僕と一緒にいてよ!」 その叫びはいつまでも響いていた。嗚咽が、いつまでも響いていた。 その時、咲は。 漫画に落としていた視線を、また台所へと向ける。コトコトと呟くお鍋。 堪らずコンロの前まで行って火加減を確認する。青い弱火が踊っている。 そうしてソファに戻って漫画を手に取る。 さっきからその動作を何度となく繰り返していた。 ソワソワでいる荻上を、コンコンとドアが読んだ。 ビクンとなって慌てて魚眼レンズを覗く。待ち人来る、だ。 とりあえず、一旦鏡の前でいろいろチェックしてから(ついでにかわゆいエプロンをしてから)荻上はドアを開けた。 「どうぞ。」 「うん…。」 笹原は小さく呟いて部屋に入った。 荻上は照れ臭そう頬を染める。 「すいません。ちょっと手が離せなくて。」 「いいよ…。」 エヘヘと小さく笑いながら荻上はさり気なくポーズをとってみる。 ちょい内股気味で、心なしか小首を傾げたりもして、真新しいエプロンを強調してみる。 フリフリのレースのエプロン、というのは流石に狙いすぎであるので回避したが、 人参を加えた桃色のネコのアップリケが荻上の胸元で笹原を見つめていた。 (どうですか…、とか訊いちゃおうかな…。) 口をモゴモゴさせる荻上。 しかし笹原はそれには目もくれずに足早にソファの部屋に行ってしまった。 (ちぇ…。) 荻上は心の中で呟いて、ちょっと舌を出した。そして直後に自分のしたあまりに乙女チックな 行為に赤面した。 (ちぇってなんだよぉ~。それはブリッコ過ぎべ…。うわー、なんか恥ずかしー!!) 自嘲とこんなことさえできる喜びに緩む口元を、荻上は両手で押さえる。 熱くなったホッペは鍋から立ち昇る湯気のせいにすればいい。 頬が鎮火するのを待って荻上は部屋を覗き込んだ。 「何か飲みますか?」 笹原はテーブルの上に置いてあった単行本をペラペラと捲っていた。 「別にいらないかな…。」 「え~! じゃあ、私だけ先に呑んじゃいますよ~!」 スリッパをパタパタ鳴らして荻上は冷蔵庫に駆け寄るとお気に入り銘柄の缶ビールを取り出した。 片目を瞑りながらプシュっと開ける。おちょぼ口で一口呑んで、磨りガラス越しに笹原の方を眺める。 顔が自然と柔らかくなった。 仲直りして以来、笹原が過剰に気を遣うことがなくなっていたのが嬉しいのだ。 優しくし過ぎないでください、という約束をしたものの、それで笹原の行動はなかなか改まらなかったのだが。 (今のはすごく自然だったなあ。) また二人の距離がちょっとだけ縮まった気がして、荻上は微笑んだ。 断られて嬉しいってのも何か変だなあ、と思いつつも。 荻上は鍋の火をチェックする。 「笹原さん、お腹へってます? でももうちょっと我慢して下さいね! あと少ししたらお肉も解れて…。」 「荻上さん。」 「はい?」 「ちょっといいかな…。」 荻上は笑顔で部屋を覗き込んだ。その瞬間、ぞくりと背中に悪寒が走った。 「ちょっと座ってくれるかな…。」 笹原の顔は、張り詰めていて、すごく悲しそうな目をしていた。 喧嘩をした時でさえ、そんな顔はしなかったのに。 (何だろ………。なんだか、すごく…いやな感じが………。) それは昔どこかで感じた気持ちに似ていた。 初めに、大野は己の目は疑ってみた。が、目はそうそう嘘はつかない。 (やはりこれは現実。) 前を歩いている後ろ姿の二人は、やはりよく知るあの二人である。 (どうしましょう…。スルーがベターなんでしょうけど…、いっそイジッてしまいたい衝動にも駆られる…。) などと煩悶しているうちに、いつの間にか信号に引っかかった二人に追いついてしまっていた。 「お~、大野さんじゃん。」 「あれ、こんばんわ。いつの間にそこに。」 恵子と斑目は驚いた様子も無く挨拶した。 「あぁ…。どうもこんばんわ…。」 (むむ? 何だろ、この予想外のリアクションは…。全く動揺なしとは…。) もしや私だけ知らなかったのでは、と逆に大野の方が焦ってしまった。 チラリと斑目の表情を窺うが、こういう場合に真っ先に顔に出そうな斑目が完全な素。 恵子も同じく素の表情である。深読みしたものかどうか…。 「あの~~~…。」 (訊いちゃうか…。) 自分が詮索されたやや嫌な記憶が甦るが。 (もう辛抱たまらん、ですしねぇ~…。) 苦悩で頭から湯気が出そうになる。よしっ、訊く。と根性決めた瞬間、斑目が言った。 「ウチらこれからメシ行くとこなんだけど、大野さんもどう?」 「え?」 「あ、忙しかった? 田中と約束とか?」 「そーなの?」 残念そうな恵子。大野はますます焦った。 (何ですかこの展開…。) 「いや…、別にこれといってアレではないですけど…。」 「じゃー行こーよー。三人のが面白いじゃん。」 「え、え。でも…。」 チラリと斑目の方を見る。やはり素だ。 『社交辞令を真に受けんなよ』の顔もしてないし、 『ちくしょーこんなとこで大野さんに会うなんてなー…今日は捨てだな』の顔もしてない。 「やっぱ何かあんの?」 フツーに誘ってくる。大野は思った。というか突っ込んだ。 (そっか…、これが世に言う『男と女の友情』ですか………。逆に気持ち悪っ!) 「あぁ…、じゃー行きますか…。」 「おー、やった!」 嬉しそうな恵子に引っ張られて二人の間に入る。なんだかな~。 困り笑顔の大野であった。 他愛もない世間話に花を咲かせて、三人は歩いていく。 「そう言えば、今日部室で笹原さんに会いましたよ。」 「へ~、そーなん? なにアイツ休みだったの?」 「代休なんですって。」 「なら部室なんて来ないで荻上さんと遊び行きゃいいのにな。」 「私もそれ言いっちゃいましたよ。」 三人で並んで、他愛もない世間話に花を咲かせて、いるばずだった。 「………アニキ、何か言ってた?」 大野は思わず恵子に視線を向けた。さっきまでとあまりに声のトーンが違っていたからだが、 目に映った恵子の表情もついさっきと全然違っている。 大野は一瞬息を飲んだ。 「あ~…、別に大した話はしてないですけど…。」 「そう…。」 少し恵子の顔が和らぐ。大野の口も少し滑らかに動けるようになった。 「荻上さんのことも言ってましたよ。『頼むね』って。」 恵子の足がピタリと止まった。 「ん? どうしたん?」 恵子は青い顔をしていた。 そして慌しい手つきで携帯を取り出すとどこかへ電話をかける。 「くそっ! 出ない!」 「ちょっとどうしたんですか!?」 大野も斑目も困惑して表情で恵子を囲んでいる。 恵子はまたどこかへコールしている。 「出て、出て、出てよ…。」 小さく呟きながら小刻みに足踏みをしている。 だが、その願いも届かない。 「ダメ! オギーもつながんない!」 左手の人差し指を唇で噛んだ。 「え? 荻上さんに電話してたの?」 斑目の質問に恵子は答えない。斑目は苦笑いを大野に向けた。 大野も同じ顔を斑目に向けていた。 「いま私ヘンなこと言いました?」 「え……、いや、言ってないんじゃないカナァ…?」 顔を見合わせる二人。 恵子はその前に立つと両手をパンと合掌した。 「ごめん! アタシこれからアニキんとこ行くから! 今日はパス!」 「え? え? 何で?」 「ごめん! ちょー急用なのっ!」 言うや否や恵子は踵を返して歩き出した。 慌てて大野と斑目は後を追う。 「ちょっと待ってよ! あいつらに何かあったの!?」 斑目の呼びかけにも取り付く島もない。 「ごめん。後で話すから!」 「笹原さんなら荻上さんちだと思いますよ!」 大野の一言でやっと恵子は振り返った。 「マジで?」 「ええ…。荻上さん、手料理を振舞うみたいなこと言ってたし…。」 「どこ!? オギーんちって!」 恵子は大野の手をきつく掴んだ。 部屋には音楽が流れている。 『ハレガン』の初期のOPテーマが、点滅する携帯のランプに合わせて鳴っていた。 荻上はハッとして、机の前に駆け寄った。 「すいません。ちょっと待って下さい…。」 荻上の両手は縋るように携帯を握っていた。 「ごめん。切ってくれるかな…?」 笹原の声が冷たく響く。 「大事な話なんだ…。」 荻上はソファの笹原を見下ろす。少し俯いて、目の前の彼女が座るべき場所をじっと見つめていた。 笹原の頬がぐっと盛り上がり、歯を食いしばっているのが分かった。 彼女は仕方なく席に着く。胸の前で握り締めた携帯は、やがて鳴くのを止めた。 「な…、何ですか? 大事な話って?」 嫌な予感がして溜まらない。だから余計に明るく笑いかける。 そうしていないと、また逃げ出してしまいそうだった。 笹原は俯いたまま、黙っている。 両手を膝の間で合わせて、ロウで固めたみたいに動かない。 笹原が自分の目を見ようとしないのが、ただ怖かった。 「あのさ…。」 「何ですか?」 笹原の声は震えていた。自分の声も…。 もう、上手く笑顔も作れない…。 だって…、笹原さんが笹原さんじゃないみたいで…。 怖い顔で…。私を見てくれなくて…。つらそうで…。 何で…、そんな顔をしているんですか…、笹原さん…。 「俺…。」 お願い…。言わないで…。言わないで…。 また、いつもみたいに困った顔で…、私のことを…。 「俺…、他に好きな人がいる…。」 「その人と…、付き合ってる。一ヶ月ぐらい前から…。」 「真剣に付き合ってる…。」 「だから…、俺と別れてほしい…。」 「……………………ごめん。」 笹原は、目にかかる前髪の隙間から、荻上を見た。言い終えたから、見れた。 それでも、顔を直視する勇気は出なかった。 忙しなく行き来させる視線が、荻上の顔を何度も通り過ぎていく。 荻上は何も言わないで、テーブルの上の一点を凝視していた。まるで釘で打ちつけたみたいに、 そこだけをぴくりともしないで、見ていた。 かける言葉が無かった。 いっそ、このまま部屋を飛び出してしまいたい。でも、それじゃあまりにも勝手すぎると、笹原は思った。 言いたいことだけ言って、彼女を放って逃げるなんて…。 でも、それ以上に酷いことを、自分はしているんだ…。 本当にどうしようもなく残酷なことを…。 「荻上さん………。」 少しだけ笹原は顔を上げる。 笹原は息を飲んだ。 荻上は、涙を流したまま、ひまわりのような笑顔を笹原に向けていた。 「笹原さん、お腹へってますか? もうご飯にしますね。」 彼女は立ち上がって台所に歩いていく。その声は涙に震えていた。 「今日のは私も初めて作ったんですけど、意外と上手くできたんですよ。」 涙がぽたぽたと、床を濡らす。 「わあ~、鶏肉が簡単に解れますねぇ~。我ながらおいしそうだぁ。」 菜の花の色の鍋掴みを嵌めた荻上が、ちょっと大き目のお椀を大事そうに両手で持っている。 零さないように、転ばないように、ゆっくりと歩いている。 笹原は、目を伏せていた。 お椀が置かれる音がして、顔に湯気の温もりと湿りを感じて。 笹原は言った。 「ごめん、荻上さん…。」 荻上の震えた笑い声が鼓膜を打つ。 「ダメですよ…。ごめんは言っちゃいけないんです…。仲直りしたとき…、そう約束して…。」 言葉は崩れて、言葉になれずに掠れて消えた。 涙がぽたぽたと、お椀の中の波紋に変わった。 「あ…、すいません…。こっちは…私が……食べますから…。笹原さんは私の……。」 「ごめん…。」 笹原にはそう言うことしかできなかった。 「謝らないで下さい…。」 荻上は鍋掴みで頬に滴った雫を拭く。 「笹原さんは…、私のこと守りたいって言ってぐれで…、好きだって…。」 拭いても拭いても、涙は零れ落ちる。 笹原は奥歯を噛み締める。 「冗談なんですよね? 嘘なんですよね?」 荻上は笹原を見る。ぐちゃぐちゃに歪んだ瞳で。 「これからも…、これからも私と居てくれるんですよね…? ずっとずっと…、一緒なんですよね?」 笹原は、言った。 「………ごめん。もう………、無理なんだ…。」 笹原は自分の表情を押し殺す。歯を食いしばって。顔中を硬直させて。 必死に、心に残る荻上を思う気持ちを殺した。 「サキが好きなんだ…今は…。荻上さんよりも…。」 その言葉を聞いた瞬間に、荻上から表情が消えた。 体中に張り詰めていた行き場の無い力が、いっぺんに切れていた。 「サキ………? サキって…、………え?」 荻上の目が言っていた。 そんなわけない…。そんなはずない…。 笹原が嘘だと言ってくれるのを、願っていた。何度も何度も。笹原に願っていた。 笹原はじっと心を殺していた。 「うん………、今は春日部さんと付き合ってる…。」 「嘘ですよ…。」 「…………嘘じゃない。」 「だって春日部先輩には、高坂さんが…。」 「高坂君には、もう言ったんだ…。サキとのこと…。」 荻上は表情の消えてしまったまま、笹原を見ていた。 サキ、と笹原さんは春日部先輩のこと読んだ。 「私のこと………、名前で呼んだことなんか一度もないのに………。」 もう、頭の中には何もなかった。 何も浮かばなかったし、何も考えられなかった。 ほんのちょっとまで幸せでいっぱいだったはずなのに。それが今は全部なくなってしまって。 それが自分で。 笹原さんが言っていることが分からなくて。 春日部先輩が、笹原さんを私から奪って。 私はひどい人間で。 ひどいことした人間で。 それでもやおいを辞められなくて。 でも、笹原さんは私を好きだって言ってくれて。 皆も応援してくれて。 春日部先輩も応援してくれて。 笹原さんは私を受け入れてくれて。 私が書いたやおいのイラストを見ても私が好きだって言ってくれて。 私も笹原さんが好きで。 ずっと一緒に居たくて。 でも笹原さんは、もう私とは一緒に居たくなくて。 ただ耳鳴りのように、嘘だ、嘘だ、って声がしていた。 気が付いたら、また走り出していた。悲鳴を体の中に押し込めて。 机の上に膝を乗せていた。 トレス台も、ペンも、インクも、床に散らばった。 書きかけの原稿。飲みかけのジュースも床に散らばった。 鉛筆削りから、削りカスが零れて。 電気スタンドが机と家具の隙間に不恰好に挟まって、痛々しく鳴いた。 窓の外は真っ暗。ガラスに映った自分の顔は、歪んでよく見えなかった。 そして一瞬で消えた。 生温かい外の空気。 身を乗り出す。 アルミサッシが脛に食い込んだ。 不意に、体が止まった。 前に飛び出そうとしても、それ以上進めない。 何かに掴まれて、体が前に行ってくれない。飛び出せない。 荻上の頬を涙が伝った。 嬉しい。誰かが自分を引き止めてくれた。 自分をしっかりと掴まえてくれた。 笹原が自分を掴まえてくれた。 そう思った。 振り返ったとき、笹原は部屋の向こうにいた。 自分に手も触れられない場所で、ただ自分を見ていて…。 エプロンの裾が、机の角に引っかかっていた。 それだけだった。 何も言わずに笹原が出て行く。 荻上は、机の上でそれを見ていた。 目に光はもうなかった。 重力に身を任せて、坂道をとぼとぼと下る。 住宅地には不必要なほど広い道幅に、規則的に点る街灯。 使い古した灯りが、はるか向こうまで続いていた。 夏服の学生のグループが車通りの少ない道いっぱいに広がって歩いている。 その後ろで、ベルを鳴らすでもなく、疎ましそうな顔をした主婦が自転車をこいでいた。 自転車のハンドルの間には子供用シートがあって、子供がまんまるの頭に白い赤い縁取りの帽子を被っていた。 笹原はその道を歩いた。 顔は伏せていた。大の男が泣きながら歩いているのは、変だろう。 学生なんかに見られて、コソコソ話で笑われるのは御免だった。 やっぱりな、と笹原は思った。 やっぱり、最低の気分だった。 荻上はもっとだろう。 悪いのは自分のクセに、一番傷ついたのは彼女だ。 俺が傷つけた。 そのことばかり考えていた。 ふと、道端に立ち止まっている人影が目に入った。街灯の下に、大きな旅行カバンがあった。 膝丈のスカートから覗いた足は、寂しそうにぴったりと揃っていて、淡いピンクのペディキュアが 見慣れたミュールに包まれていた。 「カンジ。」 笹原は顔を上げた。涙で濡れた頬が、薄暗い灯りを映して光った。 「へへ…。タクシー乗って来ちゃったよ…。」 微笑む咲は、綺麗だった。でも、目は少し赤くて、手にハンカチを握っていた。 笹原は咲に微笑んだ。さり気なく涙を拭いて。 荻上のことで、咲を不安にさせたくなかった。 「荷物とって来たの…?」 「うん………。」 「………そっか。」 「うん………。」 笹原はどう言っていいか分からなくて、結局、そのまま言ってしまった。 「全部話してきた…。サキとのことも…全部…。」 「………うん。」 咲は目を伏せて、小さく呟く。 「荻上…、何か言ってた?」 笹原はできるだけ淡々と言った。 「………泣いてた。」 「だよね…。」 咲は視線を落として、弱弱しい自嘲を漏らした。それは仄かな灯りの中で、瞬く間に消えていった。 アスファルトに黒い点が落ちた。一つ、また一つと。 咲は顔を上げる。 「はは…。かっこ悪いな…。」 笹原は涙を零しながら笑った。精一杯の困った笑顔で、咲に微笑む。 不器用に涙を拭いても、後から後から涙は溢れてアスファルトに滲む。 咲は一瞬、顔を泣き出しそうに歪めて、笹原を抱きしめた。 ぎゅっと、笹原を包み込んだ。 「大丈夫…。私も一緒だから…。」 自分の頬を、笹原の頬に重ねる。涙で咲の頬も濡れた。 「今日…、部屋に高坂が来たんだ…。」 「…………。」 「高坂…、一緒に居てって泣いたんだよ…、私の前で…。今まで一度も泣いたことなんかなかったのに…。」 その時、咲は。 何も言わなかった。 咲は旅行カバンを手に取る。キャスターがゆるゆると床の上を転がっていった。 高坂の横を、何も言わずに通り過ぎていった。 「じゃあね…。」 バタンとドアが閉まった。 ドアの隙間から零れた灯りが、高坂の影を貫いていた。 咲の涙が、笹原の頬を流れる。声の振動が、心の奥まで揺らした。 笹原はゆっくりと咲の腰に手を回した。 「大丈夫だよ、カンジ…。私も一緒だから…。」 それは自分に言い聞かせているのだろう。応えるように、笹原は強く咲を抱きしめる。 ずっと一緒にいると、応えるように。 「アニキッ!!」 悲鳴のような叫びがこだまして、二人は弾かれたように声の方向に視線を走らせる。 掠れたセンターライン。 恵子が立っていた。ゼェゼェと息を乱して大粒の汗に肌を光らせて、 薄手のキャミソールの裾が、太腿にぴったりと張り付いていた。 蒼褪めた顔に、目は見開かれていて、唇はわなわなと震えている。 その後ろからフラフラになって付いて来る斑目と大野の影が見えた。 「なあ………、ナニしてんだよぉ………。」 恵子はゆっくりと二人に近づく。 笹原と咲は、目を逸らした。 「なあ………、アニキッ!!」 恵子の両手が、兄の両肩を掴む。 失望と絶望と、一縷の願いを込めた瞳が、笹原を責めていた。 「どうなんだよッ!!」 「ちょっと恵子ちゃん! どうしたの!」 追いついた斑目が取り乱した恵子を笹原から引き離そうとする。 恵子はただ笹原の顔を睨んで、それを拒んだ。 笹原が呟く。 「いいんす…。斑目さん…。」 「は? 何がだよ?」 そのとき、斑目は笹原が泣いているのに気づいた。 そして、笹原の影に佇んだ咲に気づいた。 咲は片手で口を抑え、目からは涙が溢れていた。 「あれ………? なんで…? 春日部さん…?」 咲は何も言わない。ただ手で嗚咽が漏れるのを堪えている。 斑目の手から、力が抜けていった。 「ちょっと…、なんだよコレ…。」 斑目は笑いながら笹原を見た。 笹原と春日部さんが一緒に居て、二人とも泣いているなんて、悪い冗談としか思えない。 いや、もう頭が混乱して、どうしたらいいのか、斑目には分からなかった。 「おい笹原…。どうなってんだよ…?」 引きつった笑みを笹原に投げかける。 笹原は目を逸らしたまま、言った。 「荻上さんと別れました…。」 「は?」 笹原は搾り出すように言葉を続ける。 「付き合ってるんです…、俺たち…。」 斑目は、ゆっくりと咲に視線を移した。咲は笹原の肩にしがみ付いていた。 一瞬、咲が上目遣いに斑目を見た。 その目は涙で潤んで、可愛らしくて、全てを物語っていた。 「冗談だろ…。」 「なあ…、笹原…。」 笹原は無言で応えていた。 斑目の両手が、笹原の胸倉を掴む。 「ふざけんなテメーーーーーーー!!!!!!!!!」 壁に笹原の背中を打ち付ける。 それでも笹原は小さい呻きを漏らしただけで、何の抵抗もしようとしなかった。 全てが本当のことだった。 「おまっ! 何やってんだよっ!!! 荻上さんと付き合ってんじゃねーのかよっ!!!」 今まで生きてきて一度も出したことのない声を笹原にぶつける。 振るったことのない力を笹原にぶつける。 「何だよソレっ!! あんだけ俺らの気ィ揉ませといて! 勝手に別れたとか言ってんなよっ!!」 斑目は睨みつけながら、怒りに奮える自分の醜さに失望していた。 荻上が可哀想なんじゃない。ただの醜い嫉妬なんだ。 自分では手に入らなかった幸せを手にしながら、それを捨てて、 自分では手に入れられなかった春日部さんを…。 情けなくて涙が出た。 見苦しい、最低の感情を笹原にぶつけている。 それが分かっているのに、どうしようもできなかった。 「やめてよ! 斑目!」 咲が斑目の腕に取り縋る。 咲が自分の腕に触れている。ずっと好きだった人の手が。 笹原を守るために。 「うっせー!!!」 咲の手を払いのける斑目。 困惑した咲の表情に、斑目は唇を噛んだ。 「なんでだよ…、春日部さん…。」 「斑目…。」 「春日部さん…、そんな女じゃないだろ? 人の彼氏奪うような…、そんな女じゃねーだろーがよ…。」 哀願するよな目で、斑目は咲を見つめていた。 「もっと…、ずっとずっと、すげーカッコいい…、すげーいい女だろーがよ…。」 斑目の悲鳴のような声は、静まり返った道路を照らす街灯のように、淡く寂しく響いた。 咲は、目を伏せていた。 「ちがうよ…。」 「私、こんななんだよ…。立派でもない…。カッコよくもない…。バカで…、弱いんだよ……。」 斑目は、ぐちゃぐちゃになりそうな表情を必死で繋ぎ合わせた。 「こんな最低な女なんだよ………。」 「そんなわけねーよ! そんなの…、俺の知ってる春日部さんじゃないよ!」 「斑目…、私のことなんて何も知らないでしょ…。」 乾いた音が、咲の頬を打った。 斑目は驚いて呆然としている。 恵子の掌が、咲の頬を打っていた。 「ふざけんなよ………。何にも知らないで………。」 恵子の泣き腫らした目が、鋭く咲を睨んでいた。 「斑目さんも、アタシも、どんな気持ちでいたか…、何にも知らないくせに………。」 呆然として、咲も、笹原も、立ち竦んでいた。 「アタシ…、憧れてたんだよ…。ねーさんのこと…。ずっと…、ねーさんみたいになりたいって…、ずっと思ってたんだよ…。」 恵子はバッグから財布を取り出すと、中にあった紙幣を握り締めて、 咲の投げつけた。 「バイトなんかもう辞める! ねーさんみたいになんか、もうなりたくない!」」 恵子は顔を両手で覆い隠した。でも、もうそんなことで感情を抑え付けるのは、無理だった。 「ふざけんな…。ふざけんなぁ………。ふざけんなよぉぉ……。」 身を切るような声で、恵子は泣いた。 笹原も、咲も、何もできずに、それをただ突っ立って、ただそれを見ていた。 それしかできなかった。 恵子の肩を大野が優しく抱き寄せる。腕一杯に泣きじゃくる恵子を包み込んだ。 「行こ…。………ね?」 大野の腕の間で、恵子は小さく頷いた。大野はゆっくりと恵子の背中を擦る。 母親のように、恵子の嗚咽をなだめていた。 恵子を抱きしめたまま、大野は荻上の家の方向へ歩き出した。 「行きましょ、斑目さん。」 「ああ……。」 斑目は俯いたまま笹原と咲を一瞥して、大野たちの後に続いた。 背中に影を落として、革靴はずりずりとアスファルトに削られていた。 「笹原さん、咲さん。」 そして大野が、前を向いたまま二人に言った。 「もう部室には来ないで下さい。できれば大学にも。」 それはきっぱりとした口調だった。 それは決別の言葉だった。 「私は二度とお二人には会いたくないです。」 やがて大野たちは夜の向こうに消えていった。 誰もいなくなった道の片隅で、二人は街灯に照らされていた。 明かりの中に閉じ込められたように。 たった二人だけでそこに居た。お互いの手を決して離さぬように握り合って。 終わり エピローグ 四年後――――――― (脳内で『ラブストーリーは突然に…』を流して下さい。) コミフェスのコスプレ広場は今年の夏も活況を呈している。 カメラを手にした全国津々浦々から集ったオタクたちが、彼女たちを取り囲んでいた。 彼女たちの今回のコスは某吸血鬼漫画のキャラたちである。 旧姓大野こと田中加奈子は吸血鬼化してしまった執事。 アンジェラは本物の吸血鬼として覚醒した婦警(片手はくるくるの真っ黒な着ぐるみ)。 スーは本編の外伝に登場した幼女の伯爵。地球温暖化の進んだ夏には辛そう衣装なのに、顔色一つ変えていない。 そしてもう一人、シスターのコスをした女の子が恥ずかしそうに加奈子の足にしがみついていた。 「へぇ…。田中さんとこってもう子供いたんだね。」 人ごみの一番外側に、バックパックとキャップ姿の笹原が居た。 「いくつなんだろ? 3つくらいかな?」 「そーだね。大野が卒業した翌年に結婚したはずだから、そのくらいだろうね。」 咲は長く伸びた髪をアップにまとめていた。 咲はつま先立ちに、加奈子の足の隙間から見え隠れするチビッコに目を凝らした。 まだ掛け慣れないメガネを持ち上げる。 女の子はチラっと顔を覗かせては、カメラのフラッシュに怯えている。 思わず笑みが零れた。 田中から『結婚しました』という葉書が届いた時は嬉しかった。 純白の衣装を纏った二人の写真。その上に田中のメッセージが添えられていた。 『式に呼べなくてスマン。大野さんはまだ怒ってる。これも送ったとバレたらマズイので、 お祝いとか気にするなよ。お前らも早く幸せになれ。』 そして最後に誇らしげに。 『ウエディングドレスは俺の手作りだ!』 と、あった。 それで少しだけ救われた。 「行こっか。」 「うん。」 二人は会場の中へ歩き出した。笹原の指がカタログのあるページに挟まっている。 『ゆ』のページ。 サークルカットは『ハレガン』の大佐のキメ顔だった。 懐かしい筆頭が人ごみの向こうに見えた。 緊張に耐えかねて、笹原がこぼす。 「うわ………、帰りてぇ………。」 「同感………。」 それでも着実にそこに近づいていく。今日はそのためにここに来た。 あれ以来、一度も行かなかった夏の同義語のイベントに。 「荻上さん………。」 彼女は昔のままの姿でそこにいた。 Tシャツの上に一枚シャツを羽織ったファッション。そしてトレードマークの髪型。 そしてちょっと不機嫌そうな顔。 これは本当に不機嫌なのかもしれないと思った、でも。 「わ! ほんとに来ましたね。」 二人に気づいた荻上は、照れ臭そうに笑ってくれた。 それは嘘かもしれないけど、二人に優しい嘘だから、 やっぱり荻上は笹原と咲が仲間だった、あの頃のままだった。 「どうも…………、こんちわ………。」 「荻上…、久しぶり………。」 笹原も咲も、躊躇いながら、ぎこちなく笑っていた。 荻上の目が、二人をじろりと見つめる。 笹原の帽子の隙間から覗いた茶色い髪を荻上は目ざとく見つけた。 「髪、染めたんすね…。」 隠すために帽子を被ったわけじゃなかったけれど、何となくそれは見られたくなかった。 「まあ……、何となくね…。」 笹原はどうにか間を持たせたくて、目の前の本を手に取る。 「これ荻上さんが描いたの?」 「そうですよ…。新刊です。」 「………………見ていいかな?」 荻上は少しだけ顔をしかめる。 「別にいいですよ。呪われますけど…。」 二人は苦笑いで動揺を誤魔化した。冗談なのか、本気なのか。 そんな二人を見て、荻上は意地悪そうに笑う。 笹原と咲はほっとため息をついた。 そして本の中身を見て、息を飲んだ。 「荻上………、ほんとにコレ書いたの……?」 「さらに腕を上げたね………。」 「まあ…、アシスタントで随分鍛えられましたからね………。」 「いや、画力だけじゃなくて………、うわ! このページの大佐………。」 「リアルハードコアだね………。」 本を閉じて、呼吸を整える二人。頬はほんのりと赤い。 「いや~………。」 なんと言ったものか…。 「大佐って受けだったんだね…。」 言った側から後悔した。 荻上は気にも止めてない風に淡々としている。 「まー…、ちょっとしたチャレンジです。」 「そうなんだ…。」 咲は軽く眩暈を覚えていた。 「今はアシスタントしてんだね…。」 「ええ。田中さん言ってなかったんですか?」 笹原たちが聞いていた荻上の近況は、大学を中退したということだけ。 その後の荻上について、田中は話すのを避けているようだった。 今思えば、編集者である笹原に気を使ったということなのだろう。 「もともと大学は田舎を出る口実でしたから。やりたいことできるなら、卒業とかどーでもよかったんです。」 そう言った荻上の表情は、強く、凛としていた。 笹原は小さく鼻をすすった。 (やべ………、泣きそうだ………。) 目を瞬かせる笹原。 あれから荻上はしっかりと、自分を失わずにいてくれたことが、嬉しかった。 ずっとそれが気がかりで、申し訳なくて、自分たちが幸せになることにも罪悪感を感じていた。 悪いのは自分たちだと、そう思うことで逃れようとしたこともあった。 でも、そんなのただの偽善でしかない。ただの恋愛の終わりだと、割り切った。 そのつもりでいた。だがそれでも、心のしこりは消えなかった。 笹原を見上げて、荻上は言った。 「笹原さん………。」 急に荻上が神妙な声を発した。 笹原と咲に緊張が走る。 「昔の女が、いつまでも自分のこと思ってる…。なんて考えてたんですか?」 荻上はそう言って笑った。目は眩しいくらいに輝いている。 笹原の体からスッと力が抜けた。 「はは……、ビバップだね……。」 咲が怪訝そうに尋ねる。 「ビバップ?」 「いや………、一昔前のアニメネタ………。」 咲は、もう慣れたよ、といった体で笑った。 それを見て、荻上も微笑んでいた。 「春日部先輩もメガネ似合ってますよ。」 「はは……あんがと。急に目に来ちゃってね…。」 「コンタクトじゃないのは笹原さんの趣味ですね。」 「いや………、まあね…………。」 笹原は自然と出た苦笑いに安堵していた。正直、こんな自然に話せるとは思っていなかった。 自分たちがしたことを考えると、罵声を浴びせて追い払われても文句は言えないだろう。 それなのに、何事もなかったように迎えてくれた。 申し訳ない気持ちで、胸が詰まった。 「って言うかもう春日部じゃなかったですね。」 荻上の言葉に、二人はドキっとした。それを言うために、今日はここに来ていたから。 あの時の犯した罪に対する、けじめとして。 笹原は、上手く動いてくれない口を拭うように触った。 無意識に、咲の手を握っていた。 「まあ…、田中さんから聞いたと思うけど…。籍入れたんだ、俺たち。」 二人は荻上に視線を落とす。 荻上は、一際輝いた笑顔を二人に見せていた。 「おめでとうございます。すいませんね、式に顔出せなくて。」 「まあ…、実際来てくれたの恵子と斑目さんぐらいだったからね。それも身内のよしみだし…。」 「皆さん義理堅いですねぇ。もう昔の話だって言ってんのに。」 「あの二人の披露宴には出てあげてよ。俺たちは式だけ出てすぐ帰るから。」 「だ~か~ら~、やめて下さいって。」 二人は微笑んでいた。 ああ、この人は本当に強くなったんだと、二人は思った。 それは自分たちのしたことのせいかもしれないと思うと、胸が痛いけど。 その罪は一生消えないけれど。 身勝手であることは分かっているけど。 ただ荻上が笑っていてくれたことで、救われていた。 「そうだ! 指輪、見せて下さいよ。」 華やいだ荻上の声に、二人は照れながら左手を揃える。 プラチナのシンプルなリングが、薬指に光っていた。 「いいなあ…。」 小さく荻上は呟いて、二人は微笑んだ。 ふと、笹原は荻上の隣に座っている男性が目に入った。色白の、少し頼りなそうな風貌の。 笹原も咲も知らない人だった。 「もしかして彼氏?」 咲が思わず聞いた。笹原はあちゃーと思ったが、荻上は満面の笑みで応える。 「そうですよ!」 これには当の男性の方が驚いていた。 「そっか…。」 全く、男というのは本当にどうしようもないな。 ちょっとショックだった自分に、笹原は自嘲を漏らした。。 「言えた義理じゃないけど…。お幸せに…。あ、そうだそうだ。本のお金…。」 「いいですって。あげます。」 それじゃ、と言って二人は軽く会釈する。 荻上は小さく手を振った。 とそのとき、笹原と咲の前に夏には有り得ないロシア風の帽子とロングコートの人物が立ちはだかった。 スーだ! 「あ…、ども…。」 ビビる笹原をよそに、スーは拳を握り、自身の耳元でそれを構えた。 「AAAAAAAAAA――――――――。」 呻き声を上げて、金髪を靡かせて笹原に歩み寄るスー。 (はっ……、これは!) 「ぬんっ!」 見事なボディーブローが笹原の臓腑を貫いた。 「がッ、はア。」 悶絶する笹原を、咲が支える。 「!?」 荻上もイキナリの攻撃にドキマギしている。 スーは笹原の眼前に立ち、掛けてもいないメガネを直す仕草をした。 「行ケ、サッサト行ケ。夏コミノ『シンカン』ダ。モッテ失セロ。俺ガ貴様ラヘノ殺意ヲオサエラレテイルウチニダーーー!!」 スーは見えないバヨネットで十字を作り、キメた! 「うう………、アンデルセンだね…。」 「は? 童話がどうしたの? アンデルセン童話も本当はこんなにバイオレンスなの?」 「いや………、そうじゃなくて………。ま、いいや………。」 よろよろと立ち去る笹原を、スーは鼻息をふーーーんとして見送った。 「スー!! 何やってんの!」 荻上の怒声にブー垂れるスー。しかし表情はやり切った顔をしている。 荻上は恥ずかしそうに、席に着いた。 「アレくらいとーぜんですよ!」 「ひっ!」 突如背後に出現した大野に荻上は悲鳴を上げた。 大野は疲れて寝てしまったあの子をあやしている。 「荻上さん、優しすぎますよ。あんなゴミ野郎は刺してやればいいんです!」 「見てたんですか! つーか子供抱いたままそーいうこと言わないで下さい!」 「私が知らないとでも思ったんですか? ウチの旦那はとっくの昔に自白済みです。」 荻上はポリポリとわざとらしく頬を掻いた。 結婚してからの加奈子は裏と表が逆になっていたのを失念していた。 「ヌカった…。」 落ち込む荻上を見て、加奈子は大きなため息を漏らした。 「漫画以上に…、嘘が上手くなりましたね、荻上さん。」 「…………。」 「何が彼氏ですか。実の弟つかまえて。」 隣で弟君が、バツが悪そうに小さくなっている。 「俺も焦ったよ。ねーちゃんがイギナリ彼氏とか言い出すんだもんよ。」 「うるさいなーー! おめーはだまっでろ!」 口を尖らせる荻上に、加奈子はさらに大きなため息を浴びせた。 そして、真剣な目をして荻上に言った。 「ほんとに良かったんですか…、何も言わないで…。」 「いいんです!」 「良くないでしょう? 大学辞めて、子供まで産んだのに!」 大野の言葉に、荻上は顔を真っ赤にしてうぅーーと唸った。 「一人で産んで育てて。あのクズはそんなの何にも知らないんですよ。父親のくせに!」 「いいんですよ。」 「お金ぐらいフンダくってやればいいじゃないですか! 何なら私が…。」 「いいんですよ…。もう昔の話なんですから…。」 荻上は立ち上がって、寝息を立てる子供の頭を優しく撫ぜた。 「私、幸せなんですよ? この子と二人で…、今すっごくすっごく幸せなんです。 この子が歩いたり、喋ったり、遊んだり、泣いたり、笑ったり、それ全部独り占めできるんですから。」 大野の胸から、荻上は子供を抱き上げて、全身にその心地良い重みを受け止める。 「こうしてるだけで、本当に幸せな気持ちになれるんです。頑張ろうって思えるんです。」 照れ臭そうに笑う荻上に、加奈子は瞳を潤ませた。 「嘘ばっかり…。一(ハジメ)なんて、未練タラタラの名前付けたくせに…。」 「今は違うんですよ!」 反論する荻上の口を塞ぐように、加奈子は全身で荻上を抱きしめた。 「子守ぐらいなら、いつでも言ってくださいね。」 「ありがとうございます。でも…、コスプレはやめて貰えませんか? 特に女性キャラは…。ハジメも男の子ですから…。」 「………すいません。それは却下で…。」 大野の胸に、荻上が微笑んだ感触がした。 「しょうがないなあ………、ほんとに………。」 荻上はそう言って、筆のように結った髪を解いた。 そのときに、夏に始まった恋が終わった。 終幕
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現聴研・第七話 【投稿日 2006/04/30】 現聴研 斑目「えー緊急夏フェス対策、曲目全然決まってねぇよ会議を始めます~。」 今日は居並ぶメンバーを前に、斑目が会長席に座る。現聴研に珍しく 緊迫した雰囲気だ。全員揃って…いや、クッチーは逃げている。 斑目「え~~~(汗)、ここに至る経緯は置いといて!これからどうするか 話し合いましょう!で、今から選曲して何曲出来るの?」 笹原「あと2週間じゃ、やりたい曲というよりバンド譜が存在する曲を選んだり、 俺がデータ作成済みで荻上さんも弾ける曲を選ぶしか無いですよね。 ただ、バンドで出るのに今から現聴研の人に頼むの厳しいですよ。」 斑目「……という事ですが、どうですか久我山さん?」 久我山「………て、ていうか、言いだしっぺが楽器未経験って無理あるよね。」 斑目「だからそれは置いといてね!」 部室にさらに気まずい雰囲気が流れる。 笹原「だから、就活で忙しい久我山さんの選曲優先で、って言ってたじゃないですか? 荻上さんなんて久我山さんが選びそうだからって、UNDER-13の曲の ギターもう10曲コピーして来たんですよ?たぶん1週間掛ってないですよ!」 ヒートアップしていく笹原。隣で荻上は気まずく目を伏せている。 笹原「で、選曲絞れないからって、無理って言ったのに、俺に選ばせましたよね? 好きに選べっていうから、宇佐実森と鈴木翔子から4曲で音源作ったら 案の定全ボツで、なんて言ったか覚えてますか!? 『ベース音聴き漏らし有るし、パーカスおかしいし。あとUNDER-17は外せないよね』 って、それだったら自分で最初に指定しとけって話ですよ!」 激昂して机をバンバン叩く笹原に、荻上はビクッとする。 久我山「あー、そ、それは俺が悪かった……。で でもさ、俺が言いたいのは も もっと根本的な所で、ふ 二人の温度差みたいなもんだけど。」 笹原「なんですかそれ。もともとやりたくなかったって事ですか?」 久我山「い、いや『だんだんやる気が失せてきた』」 笹原「………それは俺のせいナンデスカ?」 久我山「お、俺も忙しいし、結局、笹原がやりたいってだけなら、バンドじゃなくって、 ぜ ぜ、全部の音を一人で打ち込んだら良いんじゃないの?」 笹原「何言ってんですか!現聴研としてマイナーな曲をバンドで大勢に 聴かせたいんじゃないですか!」 久我山「バンドでや、やりたいって言っても、さ 笹原は舞台で演奏しないのにな。 …自分の趣味とか会長としての実績に、げ、現聴研を利用したいんじゃないの?」 笹原「……そんなに言うんだったら、もう久我山さん、やらないならやらないって スッパリ今、言ってください。」 やばい雰囲気を察して斑目が割り込む。 斑目「まーまーまー!ここは建設的にね!現聴研として、奏るのかやらないのか、 やるならどんな形式で何の曲をやるか、どーよ?」 久我山「バ、バンドじゃなくって笹原だけで出るんなら良いんじゃないの。」 笹原「それじゃ現聴研で出す意味無いですよね、辞めましょうか。」 笹原も久我山も憮然とした様子で、現聴研に沈黙が続く。 荻上が、意を決して口を開いた。緊張の面持ちで笹原たちを見る。 荻上「あ、あの―――。私が何でも頑張って伴奏しますから、シンプルな構成になっても 奏りたい曲で、頑張ってやりましょうよ。」 しかし笹原はスッパリと断ってしまう。 笹原「いや、それじゃ現聴研でやる意味ないから!それに荻上さんだけに 負担がかかるのはおかしいよ。荻上さん一人で抱えなくていいから。」 荻上「………そーですか―――。」 荻上は、目に力を失って、座るのだった。 笹原「こうなったら、久我山さんは出演されないっていうことですけど、ドラム サンプリングしてでも加わったら良いんじゃないスか? これからスタジオで録音しに行きましょうか。」 久我山「ふーん…結局、人を利用するのな。な なんか笹原ってハラグーロみたいだよね。」 笹原「………それは言いすぎでしょう?」 久我山「そ そうでもないんじゃない?」 さっきから、久我山と笹原しか喋っていない。現聴研の面々は俯いている。 笹原「久我山さん、今やらなかったら楽器やってる意味無いんじゃないですか? というより、通しで人前でやったこと無いというか、やれないんですよね。」 久我山「笹原だってやれないのに、人にそんな事言えた柄かよ!」 笹原「楽器出来なくても機械でやってるでしょう!久我山さんこそ楽器やってる意味無――。」 荻上「グスッ。」 ふと見ると、荻上が大粒の涙をその大きな目から、溢れさせていた。 グスッ、グスッ………。 荻上の涙をすする音が、部室に響く。 激昂していた笹原と久我山も、気まずくなって黙ってしまった。 やがて春日部が立ち上がって、荻上にハンカチを渡しながら笹原に話しかけた。 春日部「笹原、その楽譜と音源リスト見せてみ。」 笹原「あ、うん…。」 と、笹原から楽譜と音源リストを受け取った春日部は、ぺらぺらと楽譜をめくる。 春日部「じゃあ笹原と久我山とそれに荻上、あと大野がキーボードとコーサカがベース! 何でも良いからすぐ出来る曲、今、4つ選びなさい!」 笹原「え……?あと2週間しか無いのに……出来る曲って言っても―――。」 春日部「ずっと聴いてたんだから知らない曲じゃないでしょ! これから2週間、スタジオ毎日通って、空き時間は自主練しなさい。 2週間それ『だけ』一緒にやってりゃ上手く合わせられないわけないよ。 責任取れって言ってんだよ!!」 あっけに取られる現聴研の面々だった。話が感情的にこじれていただけで、 そうすれば良かった道をパッと示された体だった。 春日部「じゃあ選曲会議、だらだらするんじゃないよ。30分以内ね。見張ってるから!」 パンパンと手拍子をして、動きの止まっていた場を急き立てる。 そうして春日部は荻上に耳打ちするのだった。 春日部「ステージでやりたかったんでしょ。いざとなったら一人で弾き語りでもやっちゃえ。」 荻上「いえ、別に自分がやりたかっただけじゃ―――。」 それから2週間、スタジオで、ドラムを叩き、部室で、熱心に雑誌を叩く久我山や、 ギターを弾く荻上、ベースを笑顔でこなす高坂、キーボード前で指をワキワキしてほぐす 大野の姿や、スタジオの隅でマイクを持つ斑目の姿などが見られた。 そして夜遅くまで笹原の部屋に集まり、ヘッドフォンを回しながら、ああでもない こうでもないと議論が続く続いて、2週間が過ぎた。 そしてスタジオで―――。 笹原「じゃ、今から4曲通しで仕上げ行きまーす。」 その合図に合わせて久我山がスティックを打ち鳴らして拍子を取り始めた。 淀みなく、たとえ間違えても全体でノンストップで4曲一気にやり終える。 一部失敗のあった事での苦笑混じりながら、充実した笑顔が皆の顔に浮かぶ。 明日はいよいよ夏の野外音楽フェスティバル本番だ。 その頃、田中も自室のミシン台前で舞台衣装を仕上げ、充実したいい笑顔を浮かべていた。
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アルエ・第五話 【投稿日 2006/07/09】 アルエ 「何で春日部君が来ているんですか?」 ハルコは憔悴した顔で訊いた。 「ま~ね~。口出しした手前、ほったらかしってのも無責任だから、顔ぐらい出しとこうかな~と」 春日部がカッカと笑いながら返した。 「……ぶっ、あはははははーー! せくしーーー!」 「あ、ツボ入っちゃったよ……」 大笑いする春日部にハルコはいたたまれない様子で背中を丸めていた。 そりゃ、似合ってるとは思わないけど…。そんな爆笑することないじゃないの…。 「大丈夫ですよ、ハルコさん。とってもカワイイですから。もう食べちゃいたいぐらいですぅ~」 大野がテカテカした顔を全開の笑顔で彩ってハルコを励ました。 「私はむしろお前を食い千切りたいぐらいよ……」 ハルコは大野に精一杯の不快感を込めて眼光を放つが、眼鏡無しでボヤッとした影を睨んでも ちっとも効果あるように思えず、逆に立腹が倍増された。 「いや~~ん。ハルコさん目がこわ~~い」 やっぱり全く効果が無い。 「お前の思考の方が兆倍怖いって……」 ハルコは小さく溜息をついた。もう何か疲れた。 実際、ブースに来てからずっと立ちっ放しだったので、ちょっと足が痺れてきていた。加えて精神的疲労…。 ハルコはブースの裏へ振り返る。 「ちょっと誰かこうたーい」 へっぴり腰で両手をバタバタさせてパイプ椅子を探る。 その、そこはかとなく愛らしい仕草に大野はまたも黄色い声をかけた。 「きゃああーー、かわいい! はいは~い、こっちですよ、ハルコたん」 「たんはやめろ」 不倶戴天の敵に手を引かれてハルコは椅子に腰を下ろした。 隣に座っているのは、どうも春日部君らしい。 「……へぇ」 春日部はまじまじとハルコを眺める。 「……何でショーカ?」 たとえ影の塊と言えども、それが春日部かと思うとハルコは直視できなかった。 ましてや自分はあられもない衣装を身に着けているわけで。 「どーせキモイとか言うつもりなんでしょ?」 憎まれ口を叩いて唇を尖らせていても、本当は春日部の次の言葉を知りたくて、 ハルコの意識は耳に集中していた。 「いーじゃん。似合ってんじゃね?」 ハルコの顔が一瞬で真っ赤に染まった。 「な、何か逆にヤだなーソレッ! これ似合ってるって微妙じゃない?!」 声を張り上げてハルコは気持ちを誤魔化した。実際は、ちょっとというか、かなり嬉しかったけれど。 ただ飄々とした春日部の口調だと、どこまで本気で言っているのか分からなくて、警戒してしまう。 「本当に思ってる? バカにしてない?」 「思ってる思ってる」 春日部はあははと笑って、ひょいと隣の真琴に顔を向けた。 「なー、似合ってるよなあ? 真琴もそー思だろ?」 「うん、ホント素敵ですよ」 真琴の天使のような笑みと揃えるように、春日部はハルコに笑顔を向けた。 「ほらー」 「ぇえーー?! もー真琴ちゃんも適当なこと言わないでよー!」 「本当ですよ」 真琴は赤面しているハルコに微笑む。 「ハルコ先輩、肌も真っ白で綺麗だし」 「いや~、生っちろいだけだってコレは…」 「足も細くて羨ましいなあ」 「痩せてるのと細いのは違うよ。私はただ貧相なだけだよ」 「そんなことないですよー。背ぇ高いし、スタイルいいですもん」 「もう! そんな心にもないおべっか言わなくていいんだって」 「違いますよ。ハルコ先輩は自分の魅力に気付いてないんです」 「ないない。魅力なんてないの」 「ありますあります」 などという女子同士のキャッキャウフフな様子をまったりと春日部は見物している。 (ん?) ふと笹原を見ると、何やら様子がおかしい。 笹原の目は妙に泳ぎまくりで、視線はわざとらしいぐらいに目の前のハルコから逸れている。 それでいてちょいちょい目線のヒットアンドアウェイをハルコに対して繰り返しているのだ。 (ん~~~~~~?) 春日部は、笹原の顔を見て、ニヤリと笑った。 「ササヤンはどーお?」 「はひ?」 笹原はおもむろに面食らった顔を春日部に向けた。 「いんや、似合ってると思うかい? ハルコさんのコスプレ」 「やー…、それはー…」 笹原は何でもない風に手にしていたペットボトルの蓋を開けながら、視線をあさってに向けた。 「似合ってんじゃないですか…、まあ…、ヘンじゃないですよ…」 笹原は一瞬だけハルコに目を向けて、そして天を仰ぐようにお茶を一口、喉へ流し込んだ。 (ほほう…) 春日部はまたニヤリと笑って、キラリと目を光らせた。 隣で真琴が柔らかく微笑んでいる。 ハルコは春日部たちの表情は当然分からず、 「あーもう、暑っついわー! 皆が下らないこと言うから暑くなってきた!」 大野がコスプレとセットで用意した祭り手拭いで、しきりに汗を拭いていた。 それから、大野の背中をツンツンと突付いた。 「何ですか?」 「眼鏡返して。ジュース買いに行く」 大野の眉根を寄せて、語気を強めた。 「ダメです。ジュースは荻上さんが買ってきますから」 「勝手にパシリにしないで下さい」 今度は荻上が顔をしかめた。 「まあ、別にいいっすけど」 頑張っているハルコにジュースを買ってくるのはいいのだが、大野にパシられるのは嫌らしい。 「いいって、自分で行くから。それにトイレも行っときたいから。ほら、眼鏡を出しなさい」 「むむう、そう言われては出さざるを得ませんね…」 大野は観念してカバンからティッシュに包んだ眼鏡を取り出し、ハルコに渡した。 漸く帰ってきた眼鏡をハルコは掛ける。 暫くぶりだからか、何だか異様に良く見える気がする。気がするだけだろうけど。 「おー、見える見え…」 自分の格好もよく見えた。 着替えの時は真っ先に眼鏡を盗られたので、実際に自分の姿は見ていなかった。 もちろん、頭では自分の纏っている衣装は分かっているのだが、現実に目にしてみると、 大赤面! 「てめ、大野ォォオオ!! なんちゅーもの着せてんのよっ!!!」 ハルコは大野に詰める。 が、大野は視線を逸らせて開き直った。 「おほほほほほほ。今更文句を言っても遅いのです。もう皆にばっちり見られたという事実は消せないのですよ、ハルコさん!」 などとうそぶいていやがる。 「貴様の血の色は何色だ、大野!」 「赤に決まってるじゃないですか~~、やだなあ~~。ささ、早くジュースでも何でも買いに行っては如何です? 行けるものならばね!」 くぬのうぅぅ…コスプレ魔人があああ! と、罵ったところで最早手遅れ。客にも現視研の皆にも、春日部君にも見られていたのである。 とほほ…。 「あら、行かないんですか? うふふふ……。行かないなら、荻上さんにお願いしますけど?」 「………行くわよぅ、ちくしょゥ…。どーせアタシは汚れちまったのよ…」 「そこまで言わんでも……」 春日部の突っ込みに苦笑いしてフラフラと歩き出した。 か細い声で何事か呟いている。 「コスプレ潔癖症はね~、辛いわよ~。オタクの間で生きていくのが~。汚れたと感じたとき分かるわ~。それが~」 「エヴァですか…」 もやは笹原の声も届いていないかに思われたが、ピタリとハルコが立ち止まった。 見ている。周りの目がこっちを。 ガン見でなく、あくまでさりげなーく見てる。チラ見している。なんてゆーか、逆にこれは想像以上に…。 再び大赤面! ダッシュで現視研のブースまで戻ると、荻上の手を掴んだ。 「は? 何すか?」 「頼む、荻上! 一緒に来て!」 「はい? ちょ、ちょっとまってくだっ、そんな引っ張らねーで…」 「いいから!」 ハルコは荻上の手を引っ張ってブリザードに立ち向かうような姿勢で出発した。 そして蹴つまずきそうになっている荻上とともに人ごみの彼方に消えていったのだった。 あははははは、と春日部が再び爆笑している。 「いやー、面白いなあ、今日のハルコさんは」 「本人は災難だろうけどね…」 笹原は緊張が解けたのか、ふっと息をついた。あの格好で傍に居られると、心臓に悪い。 お茶を飲み、笹原は渇いた喉を潤した。 その横顔を春日部が企むような笑みを浮かべて見ていた。 「ほーほーほー」 「ん…、なに?」 「いやあ、何でもないよぉ」 「??」 キョトンとしている笹原を尻目に、春日部はクスクスと声を立てて笑った。 「まったく、今日の大野がいい仕事したなあ」 行列する女子トイレを横目に、荻上は通路の柱にもたれ掛かっている。 こういうイベントごとの常であるが、女子トイレはいつだって混雑しているものだ。 まだ特にトイレに用事の無かった荻上は、一人ハルコが出てくるのを待っていた。 手にはゴーグルと捻り鉢巻を預かっている。 ハルコは下駄も交換して欲しそうだったけれど、荻上とは靴のサイズが違ったのでハルコは下駄のまま行列に加わった。 女子だけに囲まれて、ハルコは少しほっとしてるように見えた。 「じゃあ、先にジュース買って待ってますから。何がいいすか?」 「あー、う~ん。緑茶系で。別に何でもいいから」 「わかりました」 自販機から帰ってくると、列にハルコの姿はなかった。 もうトイレ内には進んでいるのなら、もう少し待てば出てくるだろう。 荻上は自分用に買ったスポーツドリンクの蓋を開け、一息ついた。 通路は人でごった返している。 わいわいがやがやという人の声が密閉されたホールに響いて耳鳴りのように響く。 人が多すぎて、酸素濃度が低いんじゃないというほど、何だか息苦しい。 通路の先から外へ出て、ちょっと新鮮な空気でも吸ってこようか? ハルコ先輩が戻ったら、風に当たって一休みするのも悪くないかもしんね。 喫煙所の付近は中より人は少ねーし、ハルコ先輩のストレスになんないだろう。 と荻上はぼんやりと考えていた。 「ねー、あれ見た? 現視研のブース」 一際甲高い声が、聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声だ。 「あー見た見た。あれでしょ? コスプレ」 「あん? また大野が巨乳コスしてんの? アイツよく恥かしくねーよなー」 侮蔑の篭った三つの声が重なり合って響いた。 その神経にくる笑い声を、荻上は思い出した。あれは今年の4月。 「ちげーって。大野のコスなんて今更珍しくないっしょ?」 「じゃー誰よ? あ、もしかして荻上?」 「うはは。違う違う。まあーアイツがやってても、それはそれでウケるけどさあ」 漫研の女子会員の声だ。 荻上は表情を強張らせた。 電子音のような不快さを持った彼女達の声が宙を跳ね回り続けている。 「斑目だよ。アイツまたコスプレしてんの。しかも今回もエロいの着てた」 うはー、という嘲笑が聞こえた。 「ぐえーマジでー? どんなんだった?」 「くじアンのいづみ」 「うわー。自虐的ですなー。貧乳ネタかよ」 「しかもしかもぉ、何か巻末でチラッと出てたテキ屋のコスだよ。もーヘソとか腿とか丸出し」 「イタターーって感じだった。何を勘違いしてんだテメーって言いそうになっちゃったよ」 「あー、それアタシも思った」 荻上は口の中で、うっせーと呟いた。 「何アイツ? 自分でスタイルいいとか思ってんの? ガリガリなだけじゃん」 「だよなー? 誰か注意してやるヤツいないのかネー?」 「何か足とか細すぎてマジキモイの。色白なのも不健康なだけって感じだったし」 「おばちゃんのくせに汚い肌を晒すなっての。誰も見たくねーよ」 「おばちゃん、病弱キャラ作ってんじゃねーの?」 「原口の元カノじゃ、説得力ねーー」 言えてるー、というユニゾンが聞こえたところで、荻上は舌打ちした。 彼女達には聞こえちゃいないだろうが。 「もー、マジで何とかしてほしいわ。元カレ共々どっか行けよ」 「コスプレで売ろうってのが、どーにもなあ~。脱力だわ」 「醜い肌晒してまで売りたいかねー。まあ、じゃなきゃ売れやしないんだろうけどさあ」 きゃはははと彼女達は笑っている。 荻上は気分が悪くなった。自分の過去が脳裏に甦って吐き気がした。 彼女は柱の影で、じっと彼女達の声が聞こえなくなるのを待っていた。 ふと気配を感じて顔を上げると、ハルコが立っていた。 「ごめん。行こっか?」 「あ…、はい…」 ハルコは笑っていたが、その笑顔は少し辛そうだった。 出来るだけ自分の表情を悟らせないように、荻上の前に立って足早に歩いていく。 ピンと背筋を伸ばしているはずなのに、悲しいそうに荻上には見えた。 「うわ。あれ斑目じゃん?」 後ろから漫研女子の声が聞こえた。 「え…、わー、ホントだ。やば…、今の聞かれてた?」 「ダイジョブじゃない? つーか聞かれても別にいーし」 「あははは、それもそっかー」 甲高いざわめきが、背中の神経を突付く。荻上は眉間にシワを刻んで、必死に振り返りたい衝動を我慢した。 ハルコはただ前だけ向いて歩いている。半纏の前を固く合わせて。 会場の高い天井と人ごみの中を二人は無言で進んでいく。ずんずんと。 「ね、荻上」 ハルコが肩越しに振り向いた。 「さっきの聞いたことだけどさ…。大野には言わないでよ」 「……はぁ、まぁ……いいすけど……。むしろ言ったほうが良いような気もしますけど…」 荻上の表情は険しいままだ。 「大野先輩、今日はちょっとやり過ぎだと思います」 「ははは、それはそーかもね…」 ハルコは笑顔は優しそうで、荻上は胸が痛くなった。 それを誤魔化すように、荻上はまた顔を強張らせる。 「はっきり言わないと、大野先輩は分かりませんよ」 「う~ん…………、でもなぁ……」 ハルコは少し見上げて、小さく笑った。 「大野も何とか成功させようって一生懸命なんだろうからなぁ…。私もこんくらいしか出来ることないしなぁ…。 笹原は会長として頑張ってて、久我山と荻上は苦労してちゃんと本作って、大野と田中はコスプレで、 真琴ちゃんも売り場で戦力になってて、朽木君は汚れ役として奮闘してて、春日部君は崖っぷちから立て直してくれて…。 私だけ何もしないわけにいかんからネ…」 はははと、乾いた声でハルコは笑った。 「恥ぐらいかかにゃー役に立たんのよ、私」 「でも……、嫌じゃないんですか?」 荻上はハルコの顔を見上げた。 あの手の女の陰口は、荻上も経験があった。 中学時代、高校時代、彼女自身が俎上に載せられてきた。 じかに耳にする機会こそ稀だったが、女子グループの自分を見る目を見ればどんなことを言われているか、おおよそ想像はつく。 彼女はその度に軽蔑の視線を作って、針のような気配を纏わせて、独りぼっちで過ごしてきた。 荻上には他人事とは思えなかった。 「原口さんの…っていうのも嘘なんでしょ?」 「こっちが何したって、悪口言うヤツは言うんだもん…。もう言われ慣れちゃったぁ…。」 その横顔は笑っているけど、それはいつもの笑顔とは全然違っていたから、ハルコは慣れてなんかいないんだと荻上は思った。 それなのに、ハルコは笑っているから、荻上はハルコの笑顔を見ているのが辛かった。 「ぜんぜん平気ヘーキ。私は平気だから、大野には黙っといてね」 「はい……」 荻上は小さく頷いた。 ハルコの背中を荻上は見つめる。荻上は思った。 誰か、この人を守ってくれたらいいのに。 「あっ、久我山さん」 「遅かったですね先生!」 「え、ま、斑目……。が、頑張ってるね……」 「にゃはははは……」 タオル装備の久我山がやっとブースに姿を見せた。 「ちゃーす。じゃ、そっち回って入って来て下さいよ」 「お……おう」 久我山は席に着くと、ふぅーと汗を拭った。 笹原が声を掛ける。 「けっこう売れてますよー」 「あ、そ、そう?」 久我山の目が売り場の二人に向いた。 「で……でもそれは、あの二人のおかげなのでは?」 「ま……、否定はしません」 笹原は苦笑いで応えた。二人が到着してからの経過をみると、確かに否定できない。 「これです、本」 「おお~~……」 感嘆の溜息を漏らし、久我山はパラパラと本をめくる。 「う、うん」 「え、それだけすか」 「いやー……。は、恥ずいよね……」 「自分が描いたエロ本だもんね~」 春日部は快活に笑いながらちゃちゃを入れた。 「あ、後でちびちび見るよ」 「そーすか」 笹原にも、久我山の気持ちは何となく分かる。 自分の性癖を晒すようなものだから、それはそれは恥かしいだろう。 「ありがとうございましたー」 ハルコの声が響く。幾分、戻ってきてからの方が言い方に気持ちが篭ってるような気がして、少しほっとした。 流石にちょっと罪悪感があったので、ハルコが乗り気になってくれたのは単純に嬉しい。 さて、と呟いて、笹原はパンと太腿を叩いた。 気持ちが軽くなったところで、あれを処理しておくか。 「俺、ちょっと原口さん関係の後始末に行って来ますんで、こっちお願いします」 「はーい」 誰とも無しに返事をして、笹原はブースを出ようとする。 と、その時、春日部が腕組みをしながらニヤリと笑った。 「ハルコさんも一緒に行ったら?」 「え?」 言ったのは笹原だ。春日部の発言に面食らっている。 「ハルコさんもその辺回りたいだろ? ついでに行って来くればいいんじゃない?」 「あぁー…、まぁ……、そうだけど……。でも……」 ハルコは自分の姿を一瞥して、 「この格好じゃ……」 「そーですよね……」 「大野さん、服出してあげれば? あと靴も。上から羽織るものとかあれば大丈夫でしょ? 真琴が大野のカバンを抱えてパイプ椅子の上にドンと載せた。 「う~ん。私としてはそのままの方がよいと思うんですけどねぇ…」 「ダメです!」 荻上が噛み付いた。 「ちゃんとした格好じゃないと可哀想です」 荻上の剣幕に意表を突かれたのか、大野はしぶじぶハルコの衣服と靴の返還に応じた。 女子が壁を作る形でハルコを取り囲み、ハルコは半纏を脱いでシャツを羽織った。 下駄も朝に履いてきた靴に履き替える。ゴーグルと鉢巻も外した。 「あー、ちょっと解放されたぁ~」 ハルコが安心した顔を見せたことに荻上は小さくはにかんだ。 でも、笹原さんは照れ臭そうにしてる。 「それじゃ、ちょっと行って来ます」 「うぃ~~す」 春日部に手を振られて、笹原はちょっと妙な顔をした。 うーん、なんだろ、これ? ハルコさんは、コスプレから解き放たれて嬉しそうだけど。 二人はブースを後にする。 「まずどっから行くの?」 「あー…。一番近いところは…、伊鳩コージさんですね」 「うわ、いきなりビッグネーム!」 とか何とか言いながら。 春日部が終始薄気味悪い笑顔でオタクの群れに紛れる二人の姿を見守っていた。 つづく