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曲名 レベル ライオン 4
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現聴研・第五話 【投稿日 2006/04/18】 現聴研 6月下旬某日、笹原宅に、夏の野外音楽フェスティバル 当選通知が届いた。 地元の自治体での祭りの一環で、野外ホールでのアマチュアバンド による演奏フェスティバルに応募していたのだ。 斑目「うおっ、マジか!?」 笹原「ええ、受かってますよ。」 斑目「うわ~~~~。」 部室で驚く斑目と、実感が沸いてきて焦る笹原。 斑目「出演順は?………あー、まぁ真ん中ぐらいか。無難だなぁ。」 要綱のパンフレットに目を通す斑目。 その頃、笹原は自分のPCを立ち上げている。 斑目「久我山にはもう言った?」 笹原「ええ、『これでマジに奏らなきゃな』って。」 斑目「あははは。」 「まあ、お前もDTMとかMTRいじくってた甲斐が有ったよな。」 笹原「俺のMTR、トラック数少ないから買い直さないといけないですかねぇ。」 斑目「そんなに音数要るかね。」 笹原「DABAZAKコピーとかならプログレだから多いですよねぇ。」 斑目「うーん、アルバム『3人組』のアレンジならいけるんじゃね?」 そう言いながら、応募の際にデモに送った曲を再生する。 PCに刺したヘッドフォンを二人で聴く笹原と斑目。 曲はUNDER-13による「きらめきサイリューム」。通称「くじゲー」という人気アニメのED。 斑目「送ったデモ、俺のボーカルなんだよなぁ(大汗)。」 げんなりした表情で斑目が言うと 笹原「コーラス俺ですよ……。」 顔に縦線が入っている笹原。 斑目「でもなんか、久我山のドラム気合入ってねぇ?」 笹原「UNDERー13というかウメーイが好きだからじゃないっすか。」 斑目「………歌ったのは俺だけどな。」 ガチャリ。そこへ入ってくる荻上。 あわてて再生停止ボタンを押す笹原だった。 荻上「え?夏に野外でライブ出演ですか?」 笹原「うん、だからバンド出演するから、荻上さんも是非ギター弾いてね。」 荻上「良いんですか?」 笹原「バッキング頼むつもりだけど、リード弾いてもらう部分有るかもまた相談だねぇ。」 そう言ってから、斑目と相談し始める笹原だった。 担いできていたソフトケース開けて今日はエレキギターを取り出す荻上。 携帯用の小さな電池式のアンプを机の上に出しておいて、まずはチューナーに ギターを繋いで調音をしている。 笹原「まずは選曲ですかねぇ。」 斑目「なんていって募集したんだ?」 笹原「隠れた名曲を紹介する為に生まれたマイナーコピーバンド、って…。」 斑目「くじシーEDがマイナーか?まあ審査のおっさんは知らんだろうけど。」 と、やおら荻上がややオーバードライブ気味にギターを響かせ始める。 DABAZAKのインストロメンタル曲「チェコスロバキア」だ。 ギターやヴァイオリン、リコーダー、が入り混じる豪華な編成で 哀愁味とスピード感のある、初期からの名曲である。 それをベースとリズムをキープしつつ主旋律をギターで追い続ける荻上。 掛け声のところで思わず 「ハッ!」 と合いの手を入れる笹原と斑目に、荻上の少し口元がニヤっとしたように見えた。 さらに曲は佳境に入り、最後は 「アーーー(アーーーーー)」 とコーラスでハモる。 ラストのリコーダーは、荻上自身の口笛でカバーしながら素早く アンプのエフェクトを切り、シンプルな伴奏でしんみりと終わった。 笹原「こないだは弾き語りでストロークメインだったけど、リード弾きっぱなしも 出来るんだねぇ。ま、まあ俺も色々音は作るけど、弾ける限り弾いてもらえるかな。」 荻上「あ、大丈夫です、弾けマス。」 笹原「荻上さんが出来る曲に決まったら、好きなだけ弾いてもらうけど そうじゃなかったら、俺がDTMで作るから。」 荻上「いえ、大丈夫です、コピーしますよ。」 改めて荻上の技量に冷や汗浮かべつつ、心強い笹原と斑目だった。 斑目「選曲も良いけど、スタジオどこ使う?」 笹原「んー、とりあえず安い所とか融通効く所とか、高柳さんに聞きにいってみます。」 現聴研にとっても初参加だが、荻上にとってもステージは初体験。 荻上『すんご………やっぱす大学のサークル、本格的だぁ。』 期待に胸膨らむ1日だった。
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26人いる!その8 【投稿日 2006/12/18】 ・・・いる!シリーズ 藪崎「あかん、悪い子やないのは分かんねんけど、この子の話には付き合い切れんわ」 日垣が国松を呼びに来た時、正直言って藪崎さんはホッとしていた。 そしてコスプレ中の他の現視研メンバーを見渡し、突如動きを止める。 藪崎「なあオギー、あの人誰や?」 あの人とは、ヒューズコスの斑目だった。 荻上「ああ、OBの斑目さん…ヤブ、どしたの?」 藪崎さんの目がハート型になっていた。 荻上「あの、ヤブ?」 藪崎「直球ど真ん中や!」 荻上「えっ?」 藪崎「いやーこんな近くに理想のメガネ君が居るとは気付かなんだ、盲点やったわ」 フラフラと斑目の方に近付く藪崎さん。 だがそこへ猛スピードで接近する影があった。 アンジェラだ。 アンジェラが一直線に斑目に突進する。 藪崎「何や?」 斑目「アンジェラ?」 アンジェラ「ハーイ、ミスター総受け!」 こける一同。 笹原『斑目さんの総受けは、もはや国際的認識なのか…』 アンジェラは斑目に飛び付くように抱き付き、頬にキスした。 次の瞬間、斑目は硬直して最大出力で赤面し、白目を剥いて気絶した。 それを見て硬直する藪崎さん。 一同「斑目さん!」 アンジェラ「オーミスター総受け、どうしたあるか?」 笹原「(斑目に駆け寄って体を探り)気絶してるだけみたいだね」 荻上「お医者さん呼んだ方がいいかしら?」 そこへスーがトコトコと近付いて来た。 スー「(左上腕部を右手で押さえながら)医者ハドコダ」 沈黙する一同。 台場「スーちゃん、『ねじ式』知ってるんだ…」 沢田「…偶然じゃない?」 その時斑目の鼻から、ひと筋の血が流れた。 笹原「ヤバイ!鼻血だ!」 斑目の顔を横に向けつつ、ティッシュを取り出す笹原。 ティッシュで栓をするまでの間に、鼻血はポタポタと地面に垂れて丸い血痕となった。 それを凝視していたスーが呟いた。 スー「花ダ、紅イ花ダ」 台場「やっぱり知ってるみたい、つげ義春。ってスーちゃん、そんな場合じゃないでしょ!」 次の瞬間、スーは上体を後ろに反らし、自分の股の間から顔を出し、両腕で自分の両脚を抱え込む。 スー「必殺スルメ固メ」 台場「もういいから!」 巴「へー、スーちゃん体柔らかいんだ」 そこへまたもや国松が割り込む。 国松「ダメよスーちゃん。キングアラジンなら、その格好でゴロゴロ転がって行かなきゃ」 一同『キングアラジン?』 スーはするめ固めの体勢のまま、後ろに倒れるようにしてゴロゴロと転がって行き、やがてその体勢を解いて立ち上がり、体操のフィニッシュのようなポーズで決めた。 国松「凄いスーちゃん!完璧にキングアラジンじゃない!」 台場「て言うかスーちゃん、キングアラジンが何だか知ってるの?」 (注釈)キングアラジン 特撮ドラマ「怪奇大作戦」に登場した怪盗の名前。 特殊な繊維とガスで保護色を作り出し、壁に溶け込むように消えることから「壁抜け男」とも呼ばれ、それが登場回のサブタイトルにもなっている。 この怪盗、体がたいへん柔軟で、先程スーがやったような、体を反らして丸めてゴロゴロと転がる特技を持つ。 笹原「それはそうとみんな、大事なこと忘れてない?」 神田「あっそうだ。大丈夫ですか斑目先輩?」 笹原「まあ気絶してるだけだから、寝かしといても大丈夫だけど」 大野「そうは行きません!コスを着ている限りは起きてもらわないと!」 荻上「鬼だ、この人…」 アンジェラ「よしっ!私が人工呼吸で起こしてあげるあるよ」 斑目に近付くアンジェラ。 その時、我に返った藪崎さんがアンジェラに突進する。 藪崎「私の斑目さんに何する気や、この変態外人!」 しばし周囲の時間が止まる。 アンジェラ「あの、私のって…」 自分の言ったことの意味を悟り、またもや自爆する藪崎さん。 藪崎「知ったな!私が斑目さんのことを…」 ここまで言いかけた瞬間、藪崎さんは気絶した。 その背後には、手刀を構えた加藤さんが立っていた。 加藤「大丈夫よ、頚動脈を打って気絶させただけだから」 荻上「頚動脈って、そんな平然と…」 朽木「加藤さん、なかなか鋭いチョップでしたなあ。最低でも黒帯クラスの腕前と見たにょー」 加藤「藪崎まで騒ぎ出したら話がややこしくなる一方だから、とりあえず眠らせたわ。(笹原に)今の内に斑目さんの方をお願いします」 笹原「分かった。それにしても何で俺の周りって、こうも自爆スキーキャラばっかりなんだろう?」 スー「サダメジャ」 笹原「そうかもね、ハハ…(汗)」 スーのひと言に、マジで納得してしまう笹原だった。 荻上「で、笹原さん、どうするんですか?」 笹原「俺が斑目さん起こすよ」 腐女子一同『笹原さんがキスで斑目さんを起こす、ハアハア…』 さすがは荻上会長の一門だけあって、1年女子たちも太陽系から脱出可能な程度の小ワープは出来るようになっていた。 その気配を感じ取った笹原が釘を刺す。 笹原「あの、みんなが希望するようなことはやらないから…」 そのひと言で1年女子たちは地球に帰還したが、1人荻上会長だけはバラン星を通過しかけていた。 笹原「やっぱり本家のワープ能力は違うな。誰か荻上さんの頭の筆、シビビビしてあげて」 豪田「了解です。(筆をシビビビしながら)荻様、戻って来て下さーい」 荻上会長の意識が地球に帰還したその時、笹原はポケットから気付け薬を出し、斑目のティッシュを抜いた鼻先で開けようとしているところだった。 荻上「笹原さん、それは?」 笹原「気付け薬だよ」 斑目は目を覚ました。 斑目「はっ、ここは誰、俺はどこ?」 笹原「まあ、お約束ですね。ハハッ…」 荻上「あの笹原さん、何でそんなものを?」 笹原は平然とした顔で、当然のように答えた。 笹原「B先生の担当になってから、前の担当の人にもらったんだよ。これからはたびたび使うだろうから、いつも持ってろって」 一同『どういう人なんだ、B先生って?』 斑目騒動を吹き飛ばすかのように、クッチーは今日もノリにノッていた。 今日のアルコスは、昨日のベムコスよりもはるかに軽く動きやすい。 内側に貼られたウレタンも、中に入るクッチーの体が傷付くのを防ぐ為のものだから、最小限の量だ。 だから鎧の中はけっこう隙間があり、昨日ほど暑くない。 だから例によって調子に乗って動き回る。 本物のアルも空手的なアクションが多い為、思う存分空手のスキルを披露する。 と言っても素人目にはよく分からない動きだ。 ボクシング的なフットワークとパンチ連打を見せたかと思えば、次の瞬間には中国拳法的な腰を大きく落としたゆったりとした動きも披露する。 そして仕上げは、テコンドー的な半身のスタンスからの派手な蹴りの連打だ。 だがこれがカメコたちにウケた。 それでまた調子に乗り、ワンツーからの浴びせ蹴りとか、ハイキックからの掃腿など、派手な技を見せる。 (注釈)掃腿 中国拳法の技で、大きくしゃがんで回転しつつ脚を伸ばし、相手の足を掃くように蹴る、足払いの一種。 さすがに心配になって荻上会長が声をかける。 荻上「あの朽木先輩、今日はほどほどにして下さいよ」 朽木「大丈夫だにょー」 さらに動きを加速するクッチー。 大野「朽木君、いい加減にしなさい!」 朽木「さあ、ますますもって絶好調ですにょー」 まるで注意が耳に入らない。 荻上「懲りねえ人だなあ、ったく…」 国松「朽木先輩、休憩行きましょう」 突如ピタリと動きを止め、直立不動で姿勢を正すクッチー。 朽木「GIG!」 国松はクッチーを連れて日陰へと移動し始めた。 大野「国松さん、すっかり朽木君手なずけましたね」 荻上「まあ、あの人を手なずけられるのなら、大概の人は従えられますね。これならあの子を次期会長にしても…」 荻上会長の頭の中のイメージ。 1年後の部室。 天井には、ウルトラホークやマットアローやガンフェニックスの模型が吊られている。 壁際の棚にはバルタン星人やカネゴンなどの怪獣ソフビ人形が並ぶ。 さらにその傍らには、着ぐるみの怪獣が展示されている。 壁には怪獣のポスターがズラリと並ぶ。 妙にメカニカルになった机を囲んで座る、GUYSの制服を着た会員たち。 上座には、隊長用の白い襟の制服を着た国松が座っている。 国松が立ち上がり、会員たちも一斉に起立する。 国松「(直立不動で姿勢を正し)現視研、サリーゴー!」 一同「(直立不動で姿勢を正し)GIG!」 (注釈)サリーゴー! 「出撃!」の意。 荻上「やっぱりマズいかも。ヌルオタサークルとしては、何か間違ってる気がするし…」 大野「?」 荻上会長が苦悩する一方で、恵子は満足していた。 金髪に染め直し、周りが注目してカメラを向けてくる、この状況に酔っていた。 まあカメラを向けてくるのがイケメン率0パーセントのオタたちなのが難点だが、それでも人にチヤホヤされて悪い気はしない。 だがカメコの1人の不用意なひと言が、彼女をキレさせた。 「なああのホークアイって、顔マスタングとそっくりじゃない?」 恵子は笹原のことをここ数年で兄として見直し、秘かに高く評価していたのだが、それでもなお男兄弟とそっくりという事実は、年頃の女の子にとってはコンプレックスだった。 恵子「誰がアニキとそっくりじゃゴラ~~~!!!」 カメコにつかみかかろうとする恵子。 それを大野さんや荻上会長が、しがみ付いて必死で止める。 笹原も駆け寄る。 大野「ダメですよ恵子さん、お客さんに手出しちゃ」 荻上「落ち着いて下さい、恵子さん!」 恵子「えーい放せ!」 さらにスーがしがみ付いて叫ぶ。 スー「殿中デゴザル!」 固まる一同。 荻上「…何で『忠臣蔵』なんて知ってるの?」 スー「押忍!日本では揉め事の際には、こう言って止めると日本語の先生に教わりました。違うでありますか?」 荻上「…微妙に間違ってます」 こうして間を外されたこともあって恵子は落ち着き、騒ぎが収まった。 恵子は笹原に近付き、小声で尋ねた。 恵子「なあアニキ、『ちゅうしんぐら』って何だ?」 笹原「アホ」 ふと気が付くと荻上会長の周りには、十数人の女の子が集まっていた。 顔を紅潮させ、まるで男性アイドル歌手でも見るような憧れに満ちた目を向けている。 彼女は前にこれに似た経験をした記憶があった。 荻上『この子たちの目って…そうだ、うちの1年の腐女子の子たちが、初めて私に会った時とおんなし目だ』 女の子たちの1人が意を決したように声をかけてきた。 「あの、すいません、握手してもらえませんか?」 荻上「握手?」 その女の子によれば、彼女たちは荻上会長のオートメールの右手を見て、これならエドとの握手の擬似体験が、かなりリアルに出来ると考えたのだそうだ。 彼女たちの意図が分かった荻上会長は快諾し、次々と握手してあげた。 すると周囲に居た他の女の子たちや、年配のお客さんが連れてきた子供たち、果てはカメコやレイヤーたちまでもが荻上会長の前に並び始め、臨時の握手会状態となった。 会員たちも集まってきて、いつの間にか列を整えて回る場内整理係と化していた。 握手会やったアイドルとか選挙の候補者とかが、手を痛めたという話を聞いたことがあるので、最初は躊躇した荻上会長だったが、こうなったらと腹をくくった。 そして1人1人にそれなりの力を込めて握手してあげた。 ざっと百人前後握手したところで、ようやく人が途切れた。 ぼんやりと自分の右手を見つめる荻上会長。 笹原が駆け寄る。 笹原「お疲れ様。手、痛くない?」 荻上「それが意外と痛くないんですよ。それどころか相手の人の方が時々痛がってました。まあ痛がってた人も『さすがはオートメールだ』って、むしろ喜んでましたけどね」 笹原「オートメールのせいじゃない?」 荻上「そうかも知れませんね。相手の人、みんなけっこう力入れて握ってるみたいなんですけど、あんましそれ手には感じなかったし」 笹原「それにそのゴツゴツした硬い手で握られたら、素手だと痛そうだし」 巴「それだけじゃないかも知れませんよ」 突如巴が話に割り込んだ。 笹原・荻上「…どゆこと?」 巴「荻様、試しに私の手を握って下さいな(右手を差し出す)」 荻上「えっ?」 巴「大丈夫ですよ。私は力入れませんから」 荻上「そっ、そんじゃ」 巴と握手する荻上会長。 巴「思い切り力入れてみて下さい」 さらに強く握る荻上会長。 巴「はい、もういいですよ」 しばし考え込んだ後、巴は解説を始めた。 巴「結論から言うと、荻様ってご本人が思ってるよりも握力ありますよ」 笹原「そうなの?」 荻上「でも、前に体育で体力テストやった時には、大して握力無かったわよ」 巴「どれぐらいです?」 荻上「(赤面し)ここではちょっと言えないわ。だって体重と同じぐらいなんですもん」 顔色変える巴。 巴「あの、荻様、それってかなり凄いですよ」 荻上「えっ?」 巴「多少個人差はあるけど、特別にスポーツや肉体労働やってる人とか、極端に太ってる人とかを除けば、普通は握力って体重の5割から7割ってとこなんです」 荻上「そうなの?」 浅田「巴さんの言う通りだと思いますよ」 浅田と岸野も話の輪に加わった。 岸野「例えば柘植久慶のサバイバル関係の本によれば、ロープにぶら下がって高いとこから脱出するには、体重の8割程度の握力が要ると書かれています」 浅田「つまり、8割もあればけっこう握力のある方の部類になるってことです」 巴「だから特別鍛えてる訳でもない荻様が体重と同じ握力ってのは、かなり凄いことなんですよ」 荻上「そうなんだ。数字的には大したことないから、握力弱い方だと思ってた」 巴「そりゃ絶対値で行けば私や蛇衣子の方が上ですよ。体が大きいんだから。でも体重比例させて比べた相対評価なら、実は荻様が現視研の握力王かも知れません」 荻上「あんまし嬉しくないわね。女の子が握力王と言われても…」 笹原「で、何で荻上さんがそんなに握力があるのかな?」 巴「原因は分かりませんが、さっき握ってもらって分かったのは、荻様が極端にピンチ力が強いということです」 一同「ぴんちりょく?」 巴「簡単に言うと、親指と人差し指で摘む力です」 浅田「でも握力って、どっちかと言えば小指で決まるんじゃないの?」 巴「もちろん小指も重大な要素よ。でも人間の手が、構造上親指とその他4本で挟んで包み込むように物を握るように出来てる以上、握る動作を締めくくる親指の働きも重要よ」 岸野「それもそうだな」 巴「荻様の場合、中指・薬指・小指の3本はさほど力があるようには感じられなかったけど、親指と人差し指だけは、並みの体格の男の子ぐらいの力を感じたわ」 笹原「荻上さん、親指と人差し指だけ酷使したり鍛えたりしてるの?」 荻上「いえ、別にそんなことは…あっ!」 笹原「どうしたの?」 荻上「私ペンの持ち方が変なんです。親指と人差し指で少しペン挟むような感じで、しかも極端に力入れる癖があるんです」 笹原「でも、それぐらいで力付くかな?」 巴「荻様、その持ち方って子供の時からですか?」 荻上「ええ、最初は先生や親も直そうとしたらしいけど、結局さじ投げちゃって」 巴「荻様が漫画描き出したのって、何時ごろからです?」 荻上「本格的に描き出したのは中学入ってからだけど、落書きレベルのは小学校入った頃からやってたわ」 巴「それで分かりました。それなら十分ですよ、ここまでの握力付けるのには」 笹原「どういうこと?」 巴「握力ってのは他の筋力と違って、短時間に大きな負荷かけて付けることが出来ないんです。時間をかけて、軽い負荷から少しずつ負荷上げて継続的に鍛えるしか無いんです」 浅田「なるほど、小学校入った頃から今までなら、ざっと15年。まさに継続は力なりだな」 こうして荻上会長は、現視研の握力王に認定される破目となった。 笹原のところにも、妙な客層が集まった。 彼はマスタング大佐のコスをやることが決まってから、毎日大佐のトレードマークとも言うべき指パッチンの練習を始めた。 最初はなかなか鳴らせなかったが、日々精進する内に素手なら鳴らせるようになった。 そしてさらに修練を積み、遂には大佐用の錬成陣を描いた絹の手袋をはめてでも鳴らせるようになった。 写真撮影の時に指を鳴らして見せるとカメコたちに大いにウケ、リクエストが殺到した。 真面目な笹原は、ご要望に応えて指パッチンを連発した。 だんだん調子に乗ってきて、左手でも鳴らして見せたり、遂には両手でダブルでの指パッチンまで披露した。 ノリノリでダブル指パッチンを連発しているところに、休憩から戻ってきたクッチーが通りがかった。 しばらく笹原の指パッチンを見つめていたクッチー、やがてひと言ポツリと言った。 朽木「まるでポール牧ですな」 このひと言で、笹原の頭上の重力は突然木星並みに増大した。 打ちひしがれる笹原に、何故かカメコたちが殺到した。 「おおこりゃ貴重だ。大佐の無能呼ばわりされてイジケ状態バージョンだ」 カメコたちの絶賛(?)が、笹原のブルーな気分にさらに追い討ちをかけた。 一方斑目は2人の外人女性の相手に苦戦していた。 斑目「あの、すいません。何故俺にそんなに接近するのですか?」 先程アンジェラにキスされて気絶した為に、彼は必要以上に2人を警戒していた。 アンジェラ「私たちの服装見て、何か気付かないあるか?」 斑目「服装?…あっ!」 よく見るとアンジェラは、いつもに比べるとシックな大人っぽい服装をしていた。 一方スーは、いつもそうだが今日は更に輪をかけて子供っぽい服装だ。 長い金髪をツインテールに束ねてリボンを飾ってるので、よけい幼く見える。 斑目「グレイシアとエリシア…なのか?」 アンジェラ「今日の私たちの服装、あなたのコスしたヒューズさんの奥さんと娘をイメージしたあるね」 斑目「田中~!コスで入場するのはアリなのか!?」 田中「いや、それコスじゃないし。それに似た格好の私服で来て、キャラになりきるのは本人の自由だしな」 アンジェラ「(斑目の腕に自分の腕をからめ)あなた~」 スー「(アンジェラの反対側から斑目にしがみ付き)パパ~」 田中「まあ男が生涯で両手に花状態になることなんて、そうそうあることじゃない。ここらが年貢の納め時だと思って、潔く身を固めろや」 斑目『(最大出力赤面で滝汗)助けて…』 コスプレ広場のあちこちで、祭状態を巻き起こしている現視研の面々。 ふと気付くと、コスプレでは1番張り切っていた大野さんと田中は、それらの騒ぎの蚊帳の外に居た。 もちろん大野さんの胸の谷間には道行く男性たちは必ず注目するし、田中も子供たちに割とウケていた。 だが1人で大騒ぎしまくるクッチーや握手会状態の荻上会長、それに指パッチン連発の笹原や両手に花の斑目に比べると、どうしても地味な感じがする。 田中はともかく大野さんは、みんながコスプレにノリノリなのが嬉しい反面、自分が目立てないのは寂しかった。 コスプレイヤーという人種は、やはり多かれ少なかれ自己顕示欲が強い。 そんな大野さんに、田中が悪魔の誘惑を仕掛けた。 田中「あの、大野さん。よかったらお色直ししない?」 大野「お色直し?まさか、別のハガレンコスがあるんですか?」 田中「あることはあるんだ、ちょっと微妙なのが。ただ、目立てることだけは保証するよ」 目立つという殺し文句に大野さんが落ちた。 大野「やります!コスどこにあるんですか?」 田中「今持って来てもらうよ。(ポケットから携帯を出してかける)ああ高坂君、今忙しい?…分かった、じゃあ俺の方が取りに行くよ(携帯を切って仕舞う)」 大野「高坂さんが預かってるんですか?」 田中「ちょっと大荷物になるコスなんで、高坂君に頼んで予めプシュケのブース内に預かってもらってたんだ」 30分後、お色直しに行った大野さんと田中は、新たなコスでコスプレ広場に戻って来た。 大野「お待たせ、ただ今戻りました!」 大野さんと田中を注目する現視研一同。 全員驚愕の表情を浮かべた。 笹原「大野さん…だよね?」 荻上「隣にいらっしゃるの…田中さんですよね?」 大野「(嬉しそうに)分かります~?」 荻上「声でね」 国松「どうしたんですか、そのコス?」 田中「実はね、今まで隠してたけど、俺夢遊病の気があるんだ」 一同「夢遊病?」 田中「大学入った頃から、朝起きると妙に疲れてて、そして作った覚えの無いコスが増えてるってなことが何度かあったんだ」 一同「…」 田中「材料のストックも該当するのが減ってるし、仕上がりから判断するに明らかに俺制作なんだ。それで試しに、タイマーセットして俺の部屋の中をビデオ撮影したんだ」 笹原「そしたらコス作ってる自分が映っていたと…」 田中「その通り」 国松「でも、田中先輩、これを寝ながら作ったんですか?!私起きてても作れる自信無いですよ」 日垣「確かにこれは、起きてて作っても手間ですよ、かなり」 斑目「久々に本心から『田中恐るべし』と言わせてもらうよ」 そこへ台場がトイレから戻って来た。 台場「(2人を怪訝な顔で見て)田中先輩と大野先輩…ですよね?」 どうやら先程までの会話を途中から聞いていたようだ。 朽木「そうだにょー」 突如台場の顔が鬼の形相に一変した。 台場「よさ~~~~~ん!!!!!!!」 またもやどこかから算盤を取り出し、大上段に振り上げながら田中に近付いた。 台場「予定のコスだけでも赤字なのに、あなた方って人は~~~!!!」 田中「台場さん落ち着け!このコスは俺の自腹だから!」 台場の動きがピタリと止まった。 台場「じ・ば・ら…」 田中「そう、自腹だ!だから現視研の会計には迷惑かけん!」 台場の表情が平常に戻った。 そしてどこへともなく算盤を仕舞う。 台場「(ニッコリ笑い)それならいいです!」 ホッとする一同。 そして数分後、田中と大野さんはへばっていた。 大野「暑~~~~い!」 田中「まあ予想はしていたけど、いざ自分で着てみるとやっぱり暑いな」 2人がコスプレ広場に戻って来てから、10分程度しか経っていない。 田中「それにしても朽木君は元気だな。何回か休憩しているとは言え、よくあんな暑い格好で激しく動き回れるな」 大野「私には無理です」 そんな2人の様子を見た国松が声をかける。 国松「あんまり無理しないで下さい。とりあえず休憩しましょう」 田中・大野「そうします…」 こうして3人は休憩に向かった。 それにカメコが注目した。 「おい、すげー珍しい組み合わせのスリーショットだぞ」 「ほんとだ。こんなの原作では有り得ないぞ」 そう、それは確かに有り得ない組み合わせだった。 何しろシン国のメイ・チャンが、第五研究所の鎧の番人スライサーとバリー・ザ・チョッパーを連れて歩いているのだから。 結局田中と大野さんは、わずか1時間程度の短時間に十数回休憩に行き、遂に鎧コスを断念し、元のグラトニーとラストに戻った。 斑目は相変わらず2大外人娘に激しく迫られていた。 アンジェラ「あなた~!」 スー「パパ~!」 そこへようやく気絶から醒めた藪崎さんが戻って来た。 荻上「大丈夫?」 藪崎「大丈夫や。何やあの外人、私の斑目さんに何すんねん?」 荻上「私のって…しゃあねえべ、あの2人は奥さんと娘の役なんだから」 藪崎「そしたら…せやオギー、あんたんとこのコスって、手作りやったな?」 荻上「うん、あそこでグラトニーやってる田中さんのお手製」 藪崎「よっしゃ!」 田中に詰め寄る藪崎。 藪崎「ちょっと田中はん!軍の制服、他に無いんか?」 田中「ちょっ、ちょっと待って!(傍らのバッグを探って制服を取り出し)これ、念の為に作っといた予備のやつだけど…」 藪崎「(制服を引ったくり)ちょっと借りるで!」 制服を服の上から羽織りつつ、走り去る藪崎さん。 田中「あっ、ちょっと…」 その時、田中は背後に殺気を感じた。 そして次の瞬間、シャンシャンと算盤を振る音がした。 恐る恐る振り返ると、鬼の形相の台場が算盤を握って立っていた。 台場「よさ~~~~~~ん!!!!!」 田中「わー落ち着け台場さん!あれ余った布で作ったから、余分な金かかってないから!」 だが頭がオーバーヒートした台場には、もはや田中の声は聞こえていなかった。 台場「よさ~~~~~~ん!!!!!」 台場は算盤を上段に振りかぶった。 田中「ひっ!」 台場「よさ~~~~~~ん!!!!!」 とうとう田中は恐怖で逃げ出したが、台場はそれを追う。 こうしてメガネっ娘腐女子が算盤を振りかざしてグラトニーを追い回すというシュールな光景が展開し、これはこれでカメコたちにウケた。 一方藪崎さんは斑目に接近しつつあった。 三つ編みを解き、さらに自分のバッグからメガネを取り出してかける。 メガネ受け基本の薮崎さんは、来たるべき初体験の時に備えて、常にメガネを持ち歩いているのだ。 (童貞君の財布の中のコンドームのようなものだ) そして斑目に迫る。 藪崎「何やってんですか、ヒューズ中佐!すぐ職場に戻って下さい!」 斑目の腕を取って引っ張る藪崎さん、顔は最大赤面。 斑目「あのー…どなた?」 藪崎「部下の顔忘れたんですか?シェスカです!」 こける一同。 荻上「ヤブ、それはいくら何でも無理があるって!」 2日目終了間際、藪崎さんと加藤さんは一旦漫研の売り場に向かった。 藪崎さんは現視研のみんなと、いや正確には斑目と一緒に居たがったが、戦況不利と判断した加藤さんが一時撤退を命じたのだ。 加藤「明日の勝利の為に、今日の敗北を甘んじて受け入れるのが真のいい女よ」 藪崎「いや加藤さん、それ元ネタは男だし…」 そんな2人が前方から歩いてきたカップルと目が合い、両者ともに硬直した。 カップルは2人とも猫耳(それも同じ縞模様で色違いのお揃い)を着けていた。 それがまた気味が悪いほど似合っていた。 何故ならその猫耳カップル、顔も猫顔だったからだ。 そしてその猫顔には見覚えがあった。 藪崎「ニャー子?」 加藤「伊藤君、だっけ?」 赤面して露骨にうろたえる伊藤に対し、ニャー子はいつも通りの態度だ。 藪崎「何やお前ら…」 伊藤「いや、これはそのう…」 ニャー子「先輩、私伊藤君と付き合い始めましたニャー」 加藤「いいんじゃない?なかなかお似合いよ」 伊藤「(赤面し)ありがとう…ございます」 ニャー子「ありがとごじゃりまーす」 藪崎「くそー猫同士くっつきおって、勝ったと思うな!」 伊藤・ニャー子「意味分かりませんニャー」 例によって例のごとく、ノロノロとしか進めない帰り道。 自分の右手の親指と人差し指をくっつけたり放したりしつつ、不思議そうな表情で見つめる荻上会長。 そのすぐ左隣では、クッチーが1年男子たちを相手に今日のコスプレについて何やら話している。 一方荻上会長の右隣で並んで歩く笹原は、顔をしかめて自分の両手の親指と人差し指を見つめる。 笹原の向こうでは、1年女子たちと恵子が話し込んでいる。 後方では、田中・大野カップルがみんなの様子を眺めている。 そして斑目は、みんなから少し離れた前方を歩いていた。 相変わらずスーとアンジェラを連れて。 恵子と1年女子たちの会話が荻上会長の耳に入った。 恵子「今日の斑目さん、可愛かったよね」 一同「ですよね~~~」 豪田「今時ほっぺにキスしたぐらいで気絶するなんて、純よね~」 一同「そうよね~~~」 当の斑目は、彼女たちの会話が聞こえないのか、聞こえないふりをしてるのか、スタスタと前方を歩き続ける。 神田「ねえ、誰かシゲさんの誕生日知ってる?」 台場「ちょっと待ってね。(自分の荷物から手帳を取り出して開き)10月25日だけど、どうするの?」 神田「シゲさんのお誕生日にパーティーやらない?」 巴「いいねえ、それ」 豪田「派手にやりましょうよ」 沢田「さんせーい」 恵子「ミッチーあんた、何か企んでるだろ?」 神田「分かります?」 恵子「そりゃ分かるだろ。思いっきり目が笑ってるぞ」 神田「フフ…誕生プレゼントに、みんなで一斉にシゲさんにキスしちゃうってのはどうですか?」 一瞬沈黙。 一同「いいね~それ!」 国松「(赤面して)でもキスなんて…私まだしたことないのに…」 恵子「バカだな。別に誰も唇にはしねえよ。ほっぺだよ、ほっぺ」 国松「ほっぺかあ…」 豪田「それなら問題ないでしょ?アンジェラ御覧なさい。アメリカじゃほっぺにキスなんて挨拶代わりよ」 国松「それもそうね…よし、やりましょ!」 巴「決まりね。喜ぶだろうな、シゲさん」 斑目の誕生プレゼントに1年女子プラス恵子の一斉キス攻撃が決まりかけたその時、荻上会長が口を挟んだ。 荻上「やめなさい!斑目さんが心停止したらどうするのよ!」 一同「ほわ~~~~~~~い」 珍しく荻上会長に対し、不満ありげな返事をする1年女子たち。 でもその一方で、確かに斑目なら心停止しかねないなとも思い、一応納得していた。 笹原「どうしたの、荻上さん?」 再び自分の親指と人差し指を見つめ始めた荻上会長に、笹原が声をかけた。 荻上「いやあ、私の指ってそんなに力あるのかなあって思って。笹原さんこそ、指どうしたんですか?」 笹原「指パッチンやり過ぎて豆出来ちゃった」 荻上「たくさんやってましたもんね、指パッチン」 笹原「荻上さんは右手何とも無いの?」 荻上「ええ、信じられないぐらい何とも無いです」 人差し指と親指の開閉を繰り返す荻上会長。 そこへ話に熱中するあまり、身振り手振りを加え始めたクッチーの右手が、彼女の顔の前まで来た。 しかもタイミングが悪いことに、閉まる瞬間の親指と人差し指の間に。 結果クッチーの右腕は、思い切り荻上会長につねられる格好になった。 朽木「にょ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 荻上「(慌てて手を放し)すっ、すいません!朽木先輩、大丈夫ですか?」 だが次の瞬間、クッチーは背筋を伸ばし、胸を張る。 朽木「りふれ~~~~~~~~~~~っしゅ!!!!!!!!!!!!!!!!」 こける一同。 朽木「いやー荻チンの指圧のおかげで、今日1日の疲れが取れましたにょー。明日はベストコンディションで臨めるにょー」 荻上「何で、つねって元気になるの?」 スー「(政宗一成風の渋い声で)朽木学ハ女性ニツネラレルト、3倍ニ…」 荻上「もういいから!」 こうして夏コミ2日目も無事に(そうか?)終わった。 折り返し地点を通過し、いよいよ明日は最終決戦だ。 がんばれ荻上会長。 26人いる! その9
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歪んだ愛 【投稿日 2006/03/09】 カテゴリー-現視研の日常 「ん…」 斑目は目を覚ました。カーテンの隙間からは朝の光が差し込んでいる。 今日は日曜日。仕事は休みだ。しばらくボーッと天井を眺めていると、頭に痛みが走った。 (痛っ…二日酔いか?) そういえば昨夜、酒を飲んだ記憶がある。 (あれ…俺、誰かと一緒だったような…) 一人の時は二日酔いになるまで飲まない。誰が一緒だった? (…なんだ…? 右腕が重い…) ふと感じた右腕の重みを確かめるため、斑目は側に置いてあった眼鏡を取り、かける。 (ん~…?) 目を細め、重みの原因を睨む。 「それ」が何か判明した途端、斑目は今まで出した事の無い大声で叫ぶ。 「ぎょわああぁぁぁああぁあぁぁああぁぁああぁッ!!!!!!?」 隣で寝ていたのは、荻上。しかも一糸纏わぬ姿だ。気付けば自分も裸。斑目コンピューターが、今の状況を整理する。 (いや、待て。落ち着け、俺。うん、まずはアレだ。状況を整理しよう。何故に俺と荻上さんが裸なのか。そして俺は何故に荻上さんに腕枕をしているのか。更に、何故に同じベッドで寝ているのか) ぶつぶつと呟く斑目。酔いなどとうの昔に醒めた。 そして斑目コンピューターが導き出した結論は。 (ヤッちまった…) 左手で顔を覆う斑目。しかも辺りを見回してみると、ここは荻上の部屋だということが分かった。 「ん…」 荻上が声を出したので、ビクッとなる斑目。否が応にも荻上の裸体に目がいく。 (ぅわ…きれーな肌…じゃなくて) とりあえず右腕が重いので、そーっと引き抜く。 「…斑目さん…?」 斑目は口から心臓が出そうなほど驚く。荻上が目を覚ましたのだ。 「いやっ! あのっ! これはね! 違うんだ! 俺、酔っ払って、記憶がなくて…っ!」 上手く言葉が出てこない。すると荻上が再び目を閉じた。 「いいんです。私から誘ったんですから」 「へ、へー、そうなんだ。って、ええぇぇッ!?」 「しょうがなかったんです」 「しょうがなかったって…?」 《ピンポーン》 玄関のチャイムが鳴った。斑目の心臓は止まりそうになる。あろうことかチャイムを鳴らした人物は勝手に玄関を開け、部屋に入ってきた。 「え!? いや! 入ってきたよ荻上さん!?」 「……」 そして、部屋の戸が開かれた。 そこに立っていたのは。 「さ、笹原…」 笹原だった。笹原は二人を見ると、ゆっくりと近付いてきた。 「いや! 笹原、違うんだ! これには深いワケが…!!」 笹原は斑目の側まで来ると、微笑んだ。 「いいんですよ、斑目さん。全ては僕の計算通りだ…」 「な…!? ま、まさかお前……自分の彼女までも利用して…!?」 「彼女? まさか。それは表向きですよ」 「そ…そんな……荻上さん、こんな…これでいいの…?」 斑目の問いに、荻上は小さく答える。 「仕方ないんです……だって私は笹原さんが好きですから…」 「そんなの…そんなの間違ってるよ荻上さん!」 「…」 「さて、斑目さん。これで貴方は僕の彼女を奪ったということになる。これをみんなにバラされてもいいんですかね?」 「笹原…お前…」 「ふふ…結局貴方は、僕といるしかないんですよ。そう、それこそ一生……ね」 「くっ…」 「もう離しませんよ。斑目さん…」 「やっぱ、笹×斑はいいなぁ」 荻上は一人部室で原稿を描いていた。前々回は高×笹、前回は斑×咲と描いてきたが、やはりこの二人の方がしっくりくる。しかも今回は自分も登場している。 「自分が出るって恥ずかしいなァ…」 ふと、ペンが止まる。 「笹原さん…本当に私のこと愛してくれてるんだろうか…。ひょっとしたらこの作品みたく、遊び…とかだったりして…」 自分の妄想で不安になっていたら世話しない。 と、そこに笹原がやってきた。 「こんにちはー。あれ? 荻上さん一人?」 荻上は笹原の方に振り向くと、涙目で訴えた。 「笹原さんっ、私のこと、本気で愛して下さいね!?」 「へ?」 完
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その一 未来【投稿日 2006/01/27】 カテゴリー-4月号予想 カチカチカチ・・・・。 携帯をいじる音が聞こえる。 笹原が道を歩きながらメールを送る。 『そろそろ着きます。』 『明日私の家に来てくださいませんか? 例のものをお見せしようかと思うのですが。』 保留にしてから次の日に、荻上から来たメール。 少々驚いたものの、早いほうがいいとは思っていた。 しかし、彼女がこうもすぐに見せようとするとは。 (どういうことなんだろうな。) 笹原は合宿から帰ってから一人家で考え込んでいた。 少し、長引くと思っていた。 すぐに見るなんて無理なんだろうとは思っていた。 (少し日を置いてこっちから切り出そうと思ってたんだけど・・・。) しかし、こうなった以上、悩んでいてもしょうがない。 彼女の真意がどこにあるのか考えるよりも、行動するのだからいいと思った。 (しかし、また・・・。どんなもんなんだろうな・・・。) 多分、いや十中八九大丈夫だろうとは思っている。 見たことがないわけではないし。 しかし、顔が変わらないかといわれれば、変わってしまうかもしれない。 (難しいよな・・・。きっと、ちょっとした変化も見逃さないよ・・・。) はあ、とため息はついたが、もはや、やるしかない。 受験前の学生のような気分で、寝ることにした。 荻上も、一人家で考えていた。 (あそこまでいっても笹原さんは私と付き合おうと・・・。) 保留にはしたものの、実は心の中では決まっていた。 しかし、やはり自分がしてきたことに対する罰は受けなければならないだろう。 今目の前にあるスケッチブック。 これを見て笹原が目の前からいなくなるというのなら、それは自分のせいだ。 その時は、潔く、自分から離れよう。現視研もやめて。 (大丈夫っていってたけど・・・。無理だよな・・・。) 少し、期待はある。だけど、期待していいものなのだろうか。 それは、押し付けになるんじゃないだろうか。 (笹原さんは優しいから・・・。) 嘘をついてまで引きとめようとするかもしれない。 それが彼のいいところでもある。でも、それはよくないから。 (少しでも、駄目だと思ったら・・・。) すべては明日だ。大きな不安と、小さな希望を胸に、眠ることにした。 そして、次の日。 笹原はすでに荻上の家の前にいた。 旅行の疲れもあり昼までは寝ていたため、時間はすでに夕方。 ピーンポーン・・・。 チャイムを鳴らす。 少しの間のあと。 扉の開く音。 「やあ・・・。」 「・・・どうぞ・・・。」 笹原は少し微笑んで、荻上はいつもの仏頂面。 しかし、二人の顔は微妙に浮かないのがわかる。 前来た時とそう変わってない部屋。 笹原はテーブルの前に座る。 「・・・何か飲みますか?」 「ん、じゃあ、お願いします・・・。」 荻上は台所のほうに向かう。 そわそわして落ち着かない笹原。 荻上も同様である。 お茶を持って戻ってきた荻上。 「ありがとう・・・。」 「いえ・・・。」 お茶を受け取りながら、視線を泳がす笹原。 妙な沈黙が続く。 「じゃあ・・・。見ようか。」 数分後、笹原が切り出した。 「本当に・・・、見るんですか?見せるっていって呼んだのは私ですけど・・・。」 「うん。そうじゃなきゃだめなんでしょ?」 「いや・・・。そういうわけじゃ・・・。」 「大丈夫大丈夫。」 そういわれて、荻上はおずおずと机の上にあるスケッチブックを渡す。 ページをめくる笹原。 (な、なるほど~~~。) そこには元気よく二人で絡んだりつながったりしている自分と斑目。 (うは~~~。でてくるでてくる。すごいな~~~。) その描写は今まで見たことのある荻上の絵とは数ランク上に感じられた。 数もすごいが、描写力もすごいと思った。 (逆に、気合が入るっていうやつか?久我山さんのように・・・。) 思ったほどの気持ち悪さは感じられなかった。しかし、一つ気になることが。 (しかし・・・。俺こんなかっこよく描かれてるのか・・・。) 攻めである笹原は全般的にかっこよく描かれていた。見た目もそうだが、考え方も。 まるで、自分ではないように。 (もし仮に・・・。荻上さんが俺のことこう見てるとしたら・・・。 付き合ったら幻滅するんじゃないか?) 自分がこんなにかっこよく描かれているとは思わなかった笹原。 自分に自信がなくなってきた。顔が少し曇る。 その顔を荻上は見逃さなかった。 「・・・モウイイデス。」 荻上はスケッチブックを笹原の手から引き抜く。 その目には少し涙が浮かんでいた。 「え・・・?」 「やっぱだめだったんですよね?そうだろうと思ってましたから・・・。」 「そんなことないって・・・。」 「嘘はやめてください。顔が変わったのがわかりましたから。」 「いや、それは・・・。」 「もう、帰っていただけますか。私は、大丈夫ですから。」 立ち上がってうつむく荻上を見上げる笹原。 「違うんだって・・・。」 「大丈夫です・・・。笹原さんは優しいから・・・。そういってるんですよね・・・。」 「話聞いてよ・・・。」 そういいながら笹原も立ち上がる。 「もう、大丈夫ですから・・・。」 立ち上がった笹原を玄関のほうへ押していく荻上。 「え、ちょっと待ってって・・・。」 「・・・。」 もう言葉も返さず、押す荻上。 無理に立ち止まることも出来ず、押されていく笹原。 ついに玄関の外まで押しだされてしまった。 「・・・ありがとうございました・・・。もう、現視研もやめますね。」 「本当ちょっと話聞いてよ。」 「いいんです。本当、いい人ですよね、笹原さんは。」 「だからさ・・・。」 「私なんかにかまわなくても、笹原さんならもっといい人に会えますよ。」 「いや、あのさ・・・。」 「それじゃ・・・。」 そこまで捲くし立てたあと、玄関のドアを閉じ、鍵を閉める荻上。 少し呆然とする笹原。しかし、すぐにはっとなり、玄関をたたく。 「荻上さん!違うんだって!そうじゃないんだよ! あまりに自分がかっこよく描かれてたから、びっくりしちゃってさ! 荻上さんが考えてる俺と実際の俺は違うんじゃないかって思って凹んでたんだよ!」 笹原がいつも出さないような必死な声で荻上に向かって声をかける。 「それでも嘘だと思うのかもしれないけど! もし仮にそれに引いてたとしても! 俺は荻上さんの前からいなくなったりはしないから! それだけは信じてよ!」 しかし返事はない。この笹原の言葉を聞いていたかどうかもわからない。 「荻上さん・・・。」 笹原は落ち込んだ表情でうつむいた。 二時間ほど経っただろうか。もうすでに周りは暗くなっていた。 電気もついていない部屋で、荻上は一人塞ぎ込んでいた。 (やっぱりだめだったな・・・。期待しちゃいけなかったんだ・・・。) しかし、これは自分の罪。 笹原の声は聞こえていた。しかし、それも嘘にしか聞こえなかった。 やさしい嘘。でも、それに甘えちゃいけないんだ。 (でも、これで吹っ切れた。私は一生男の人とは付き合わないんだ。) 少し、心が落ち着いて、買い物でもいこうと考えた。 財布を持って、玄関に向かう。 玄関を開けるとそこには。 「やあ・・・。」 笹原がそこには立っていた。少しの笑みをたたえて。 目を見開き、呆然とその姿を見る荻上。 「な、何で・・・。」 「言ったでしょ、いなくなったりしないって。これで帰ったら俺嘘つきじゃん。」 「で、でも・・・。」 「あはは・・・。言ったこと嘘だと思われたままなんて嫌だからさ・・・。」 「本当、なんですか・・・?」 こくり、と頷く。 「よかったよ~、このくらいで出てきてくれて。一晩とかなってたらさすがに辛かったかも・・・。」 視線を少しそらしたあと、荻上のほうを見る笹原。 「また、入ってもいいかな・・・?」 「は、はい・・・。」 先に入り、電気をつける荻上。続けて笹原が入ってくる。 「・・・続き、見てていいかな?」 「え・・・。本気ですか・・・?」 「だから言ったでしょ、引いてなんかないって。たださ・・・。」 「あ、それはそれ、これはこれですから。」 笹原の言っていたことを思い出して、答える荻上。 「なら、なおさらだよ。それ、俺には見えないもん。」 「はあ・・・。」 「あそこまでかっこいい俺を期待されると、 付き合いたいなんていえなくなっちゃうなあって・・・。」 「いや・・・。十分笹原さんはかっこいいっていうか・・・。」 「へ?」 「やさしくて、いつも気を使ってて、でもいざとなるときに頼りになって。」 顔が真っ赤になりながら、荻上は言葉を並べ立てる。 「私、何か間違ってますか。・・・私、そんな笹原さんが好きです。」 目を見て告白を返されて、笹原は、顔を真っ赤にした。 「もう、逃げません。ここまでしてくれて逃げたら私は馬鹿だ。」 「え、と、そ、それって言うのはつまり・・・。」 答えを聞きたいのだが、どうも言葉がうまく紡げない笹原。 「・・・私、笹原さんと付き合いたいです。」 「・・・本当?」 「・・・嘘ついてどうするんですか・・・。」 恥ずかしさのあまり、視線を落とす荻上。 「・・・は~~。」 長いため息をつく笹原。 「よかった・・・。」 そのまま座り込む笹原。近寄って隣に座る荻上。 「笹原さん、苦労しますよ?」 「ん、いいんだ、一緒にいたいと思っただけだから。」 笹原はにこりといつもの笑みを浮かべて、荻上を見る。 視線が交わる。 (え、えっと、こういう時ってもしかしてとは思うんだけど・・・。) 視線をそらすわけにもいかず、見つめる笹原。 (あ、そっか、こういう時は・・・。わかんねけど。) とりあえず、目をつぶってみる荻上。 その行動に、もはや答えは見えた笹原。 二人の顔が近づいて・・・。 やることは一つなので、以下略! 次の日。 「やあ・・・。」 「こんにちは・・・。」 二人して部室に登場の笹原と荻上に、にこりと微笑む大野。 「こんにちは~。 ええーと、見ればわかるんですけども、保留はどうなりました?」 「ま、何とかね・・・。」 「ご迷惑おかけしました・・・。」 その言葉に大野は満面の笑みになる。 「そうですか!よかった・・・。」 「ふーん、よかったね、二人とも。」 咲も、笑顔になって、祝福の言葉をかける。 「そほか、そほか。ムシャムシャ。よかったん、うぐんぐ。」 「先輩、しっかり飲んでからしゃべってくださいよ。」 「んぐんぐ、ぷは~~~、スマンスマン。」 お茶を一気に飲み干して、斑目も少し皮肉な笑顔を向ける。 「まあ、なんだ、よかったじゃねえか。」 「まあ、そうっすね・・・。」 笹原が自然に会話をしてるのを見て、胸をなでおろす荻上。 しかし、笹原も平静を装いつつも、あの描写が浮かんでないことはなかった。 (あれはファンタジー、そう、ファンタジー。) そうは思っても、受け斑目はかわいく描かれていて・・・。 (いやいや、何を考えてるんだ俺は・・・。) 頭をぶんぶん振って、目の前の斑目とあの斑目を重ねるのをやめようと必死だ。 「?なんだ、どうかしたのか?」 「い、いえ!なんでもないっすよ・・・。あはは・・・。」 そこで朽木がCDROMの束を出しながら発言した。 「あのですね、先輩方。一応合宿で撮った写真をCDROMに焼いてきたので、 お持ちくださいませ・・・。」 「お、クッチー気が利くじゃん。」 「いえいえ、これがまかされた仕事ですから、不肖朽木、全うさせて頂きました。」 「あはは・・・。なんかカッコいいじゃない。」 「朽木君も、本当、丸くなったもんだ。」 束になって置かれたCDROMを、一枚ずつ持っていく皆。 「いやー、いろいろあったけど、楽しかったねー、合宿。」 CDROMを持った手をヒラヒラ動かしながら笑う咲。 「ですねえ・・・。ああいう合宿ならまたやりたいですね・・・。」 「私は嫌ですよ!二日酔いなんて・・・。もう二度と酒なんて飲みません!」 「まーまー、そのおかげで・・・、ね?」 抑える咲に対して、むすっとした表情になる荻上。 「あはは・・・。まあ、来年か。でも、俺行けそうにないなあ・・・。」 「あー、編集だと難しいだろうなあ。」 いいながら斑目が残っているお茶を一気飲みする。 「うーん、私らもどうなるかわからんもんねえ。」 「来年、新入生多く入れませんと、サークル自体立ち行かなく・・・。」 朽木は自分がした発言に、しまったという表情をする。 「・・・来年は、大人しくさせていただきます・・・。」 「まあ、まあ、大丈夫大丈夫。」 「・・・ですね。なんとかなりますよ。」 朽木を慰める笹原、そのあとに、荻上が自信を持った顔で言った。 「・・・なんか今までにない前向き発言。」 「・・・荻上さん、成長しましたねえ・・・。」 咲と大野から口々に感心したような言葉を出され、顔を赤らめる荻上。 「な、なんですか・・・。まったく・・・。ぶつぶつ・・・。」 その恥ずかしがっている荻上を横目で見ながら、笹原は少し微笑んだ。 オマケ 半月後ぐらいの現視研部室にて 「で?もうやったの?」 「は?いきなりなに聞いてくるんですか。」 「だってさ、あんたらなかなかそういうのしそうにないもん。 だからさ、一応アドバイスでもしてやろうかなーって。」 「大きなお世話です!」 「え、じゃあもうやったの?」 「なんでそうなるんですか!」 「荻上さん・・・。素直になりましょう・・・。」 「大野先輩まで・・・。笹原さんがいないときを狙ってましたね!」 「ニヤニヤ」 「ニヤニヤ」 「・・・じゃあ、やったってことにしときます・・・。 だからアドバイスなんていりませんよ。」 「「ええー!!」」 「え、いつ、いつ?」 「そんな・・・。」 「いや、なんでそんなこと言わなくちゃいけないんですか!」 「読者サービスって言うか、ほら、知りたい人たくさんいるし!」 「嘘・・・。私たちよりも早いだなんて・・・。」 「おー、大野傷ついとる、傷ついとる。」 「いや、だから、嘘ですから!」
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11人いる! 【投稿日 2006/02/19】 ・・・いる!シリーズ 西暦2006年4月。 結論から先に言うと、荻上新会長率いる現視研新体制下の新人勧誘は、男子5人女子6人の計11人という例年にない大漁で終わった。 後でサークル自治会の役員の人に聞いた話によれば、これは現視研創立以来最高記録であり、今年の新人勧誘では体育会系も含めて全サークル中トップだそうだ。 今年の新人勧誘が大成功した理由は、大きく分けて三つあった。 一つ目は、例のアキバ系小説原作のドラマと映画の大ヒットでオタクがちょっとしたブームになり、全国レベルでニワカオタや新人オタが増えたことだ。 椎応大学にもそんな新米オタが何人か入学していた。 普通こういった人が目指すのは、漫研かアニ研だ。 だがこの両会は、初心者オタには敷居が高過ぎた。 高校ならともかく、大学にもなって絵心のない人には漫研は入りづらい。 椎応に限って言えば、アニ研も事情は似ていた。 筋金入りの創作系オタにとっては魅力的な、年に何回か短編アニメを作っているという実績は、初心者にとっては逆に引いてしまうマイナス材料になった。 こうして消去法による消極的な選択ながら、ぬるい初心者オタたちが現視研に集った。 二つ目は、切迫感あふれる積極的な勧誘活動だ。 何しろ今年新入生がいなければ、冗談抜きに会の存続は厳しい。 今回の勧誘ばかりは、OBまでも巻き込んでの総力戦となった。 荻上新会長は、前回の失敗に懲りて今回はみんなの助言を聞きながら慎重にことを進めた。 前回クッチーをハブにして失敗したことへの反省から、今回はクッチーに裏方仕事や力仕事の大半を担当してもらった。 「あいつには仕事をたくさん与えてガンガンこき使ってやれば、喜んで真面目に働くよ」という咲ちゃんの忠告もあっての措置だった。 さらに新入生歓迎祭にて、大野さん発案で大野 クッチーのコスプレどつき漫才を敢行、これがウケた。 荻上さんも露出少な目な代わりにロリロリなコスで、自ら勧誘のビラを配った。 しかもそのビラとは荻上さん作のミニ四コマ集で、最近の漫画やアニメをネタにしたパロディ四コマと、四コマ形式の現視研の案内が収録されていた。 OBたちも時間を作って顔を出してくれた。 斑目などは本業をサボってビラ配りをやってくれた。 「ここ潰れたらメシ食う場所なくなるからなあ」 …まあ理由はともかく、斑目もがんばった。 さらに笹原のアドバイスにより、ずっとコス一色で押さずに途中で着替えて、私服でも勧誘するようにした。 あまりにもコスを前面に出し過ぎると、内気な初心者オタが引いてしまうからだ。 コスはこんなのもありますよ的な扱いに留め、今回は広く浅く人を集めることに専念した。 その結果、初心者オタ5人(男子4人女子1人)と創作系オタ2人(男子1人女子1人)が入会した。 (残り4人については、三つ目の理由で触れる) 三つ目の理由は、荻上さんの漫画家デビューだった。 合宿の後、荻上さんは笹原と付き合い始めた。 笹原は彼女のトラウマを知って、当初は2人で巻田君の所へ謝りに行こうと主張した。 だが転校後引っ越したので巻田君の居所が分からないと聞いて、このトラウマになった出 来事を漫画にしてみてはどうかと提案した。 それを彼がどこかで見てくれたら、許す許さないは別にして、荻上さんに悪意が無かったという事情が分かって少しは救われるかもしれない。 そして作品として昇華することで荻上さん自身も救われるかもしれない。 そう考えた上での提案だった。 荻上さんは自身初の長編であるその作品に、夭逝した某ロック歌手の歌のタイトルから取って「傷つけた人々へ」と題した。 ちなみにペンネームは、同人ネームより本名に近付けて「荻野小雪」とした。 笹原の薦めで巷談社の主催する春夏秋冬賞に出したところ、その作品は審査員特別賞を受賞し、月刊デイアフターに掲載された。 そしてこれがきっかけになって、デイアフター編集部から新連載の執筆依頼が来た。 当初真面目な荻上さんは、学業と会長業の2足のわらじ状態では連載は難しいと断った。 だが編集の人は熱心で「うちは作品の完成度優先主義で、1回や2回休載するのは珍しいことじゃない。2~3ヶ月で1本なら学業と両立出来るよ」と粘った。 結局秋頃から新連載開始することになり、今はその構想を練っている状態だ。 「傷つけた人々へ」に対する評価は、読む人によって好き嫌いが両極端に分かれた。 春夏秋冬賞の審査員は15人いたが、支持したのは3人だけだった。 だがその3人の支持ぶりは熱烈で、「この作品に何の賞もやらないのなら、今年で審査員を降りる」とまで言うほどだった。 以下はその3人のコメントである。 1人目 多少ヤオイがかった作風の少女漫画家 「古傷をえぐられるような痛さだが、目をそらすことが出来なかった。腐女子ならこの痛み分かるはず」 2人目 戦前生まれのベテラン漫画家 「田舎に疎開してた少年時代を思い出した。田舎の中学校の閉塞感がよく描けている。自 分も疎開先でいじめられてた漫画少年だったから、他人事とは思えない」 3人目 特撮が専門だが、アニメや漫画にも詳しいオタクライター 「この話は21世紀の『怪獣使いと少年』だ!中学高校の先生は生徒に読ませるべき!」 (注釈)「怪獣使いと少年」は「帰ってきたウルトラマン」のエピソードで、民族差別問題を宇宙人に置き換えて正面から描いた問題作。(脚本を書いた上原正三先生は沖縄出身) 特撮オタなら誰もが名作と認める一方で、好き嫌いとなると真っ二つに評価が分かれる。十年ほど前に聞いた話なので今でもやってるかは分からんが、ある中学の先生は社会科の教材として生徒にこの話を見せていたという 読者アンケートでは、ベストでもワーストでも上位にランキングされた。 荻上さんの中学時代のトラウマを基にしたこの作品には、ヤオイ系のイタい過去のある腐女子の読者の琴線に触れるものがあったようだ。 その一方でアンチ腐女子の読者は、露骨な拒否反応を示した。 2ちゃんねるにも崇拝スレとアンチスレが早くも立った。 そして残りの新会員の女子4人とは、崇拝スレ住人でもあるガチガチの腐女子だった。 彼女たちは受験前にも関わらず、たびたびオフ会を開いて情報の収集と交換を続けた。 そして志望校決定直前、遂に作者の荻上さんが椎応の学生であることを突き止め、椎応を受験したのだ。 ついでに言うと、彼女たちは調査の過程で荻同人誌をゲット、全員よりリアルなヤオイ描写を目指す写実派ヤオイなので、よけいに荻崇拝熱が高まった。 そんな4月のある日のこと。 荻上さんは部室を出てトイレに行った後、サークル棟の屋上に向かっていた。 ちょっと独りになっていろいろ考えたかったからだ。 今の部室は、それをやるには賑やか過ぎる。 階段から屋上が見えてくると、荻上さんは最後まで登り切らずに立ち止まり、屋上を見渡した。 サークル棟の屋上は誰でも自由に出入り出来るが、柵や金網等は無い。 幅はあるけど高さは膝ぐらいまでしかない、コンクリートの淵があるだけだ。 ちょっとした事故で、簡単に転落しかねない。 4階建てだから、下手すれば命に関わる大事故になる。 同じぐらいの高さの校舎の屋上から一度飛び降りた身の荻上さんにとっては、他人事ではない。 トラウマを克服したからこそ、逆に恐怖感と警戒心が強かった。 『いつも思うことだけど、ここの屋上危ねえな。笹原さんたち、よくこんな危ないとこでガンプラ作ってたなあ』 さらに荻上さんの思索は続いた。 『だけどもし「あの計画」を実行するなら、スペース的にはここが最適だな。でもやっぱ危ねえな。先に鉄柵か何か作んねえとな』 不意に背後に人の気配を感じ、荻上さんは残りの階段を登り切って振り返る。 階段の後ろのスペースに先客が居たのだ。 サイドに黒のラインの入った黄色いジャージの上下を身に着けた長身痩躯のその先客は、こちらに背を向けて不思議な動きを繰り返していた。 空間に向かってパンチやキックを放ち、その合間に手をあらぬ方向に振ったり押したり、ガードするかのように腕や膝を持ち上げたり、上体を左右に振ったりする。 どうやら具体的に仮想敵の動きを想定したイメージトレーニング、ボクシングでいうシャドー・ボクシングらしい。 しばしそれを不思議そうに見つめる荻上さん。 やがて一段落したのか、その先客は動きを止めて空手式の息吹きで呼吸を整えた。 そして背後の人の気配に反応して振り返った。 先客はクッチーだった。 朽木「おう荻チンじゃないの、こんなとこで何してんの?」 荻上「朽木先輩こそ何やってんですか?」 朽木「ちと空手の稽古をね」 荻上「そんなことは見れば分かります」 売り言葉に買い言葉でそう言ったものの、格闘技に詳しくない荻上さんには、クッチーの動きが典型的な空手の動きなのかどうかは判断が付きかねた。 昨今の空手は、素人目にはキックとあまり区別が付かない。 ましてやクッチーのそれは、新興の流派にありがちな様々な流派や他の格闘技の技をミックスした動きなので、玄人でもひと目では分かりにくい。 荻上「私が聞きたいのはそういうことじゃなくて、何で屋上でわざわざやってるのかってことですよ」 朽木「いやー最近の部室、賑やかで本読んでられないから、ついつい僕チンも参加して目いっぱい騒ぎたくなるんだけど、そしたらお師匠様の教えに背くことになるからね」 クッチーの言うお師匠様とは、彼が掛け持ちで所属している児童文学研究会(以下児文研) の会長(以下児会長)のことだ。 児会長は彼に2つのことを命じ、彼もまた日々その言いつけを守っていた。 (児会長はあくまでもアドバイスの積もりなのだが、クッチーはそう受け取った) 1つ目は非日常的なイベント以外では静かにしてること、2つ目は児会長の薦める本を読むことだ。 (この辺の経緯は「あやしい2人」とリレーSS参照) クッチーはストレッチをしつつ、以下のような事情を説明し始めた。 日々児会長の言いつけを守り、普段は大人しくしているクッチーだったが、彼のウザオタエナジーは年に何回かのイベントぐらいでは消費し切れないぐらい膨大だった。 まずは体を動かして発散しようと考え、家で体力トレーニングを始めた。 だが彼の肉体の適応力は、本人の想像を超えていた。 明日に多少疲れが残る程度の練習量を目安にトレーニングしてきたが、すぐに慣れてしまうのでドンドン回数を増やしていき、その結果夏頃には以下のメニューが日課になった。 (ちなみに夏合宿で妙に大人しく疲れ気味なのは、合宿中はトレーニングできないと思って前日に多目にやっておいた為だ) 腕立て伏せ200回 腹筋100回 背筋100回 ヒンズースクワット500回 これだけのメニューをこなすには、ストレッチも含めてかなりの時間を要する。 時間が何時間あっても足りないオタクにとっては、時間の無駄だ。 ウェイトトレーニングなら少ない回数と時間で同じ効果が得られるかもしれない。 そう考えたクッチーはフィットネスジムに通うことにした。 ちょうど学校の近くのビルの1階に、窓からたくさんのマシンが見える施設があった。 さっそく見学に行くクッチー。 だがそこは実は空手道場で、窓から見えない角度にサンドバッグや巻き藁があった。 (まだ道場が出来たばかりなので、看板や表示は無かった。) 安直な男クッチーは「これも何かの縁にょー」と入門することにした。 基礎体力が出来ていたせいと、新興の流派で昇段試験の審査がイージーなせいもあって、クッチーは半年も経たずに黒帯を習得した。 だがそれは言い方を変えれば、クッチーの体力即ちウザオタエナジーがパワーアップしたことを意味した。 彼にとっては本末転倒の想定外の事態だ。 結局彼は自らのウザオタエナジーを時折発散する為に、何時でも何処でも時間があれば稽古することにした。 まるでピーター・パーカーがスパイダーマンのスーツを日々着込んでいるように、いつもジャージを持ち歩いて。 (道着は一人で稽古するには仰々し過ぎるし、いつも持ち歩くにはかさばるのだ) 朽木「(軽くパンチを打ちながら)そんな訳で、余ったウザオタエナジーを発散してたわけだにょー」 荻上「まるで原発ですね」 (注釈)原子力発電所の原子炉は熱エネルギーが膨大過ぎる為に、その内のかなりの分は冷却水(海水)を湯に変えて海に捨てるという形で、電力に変換されること無く捨てられている。 朽木「ところで荻チンはどうしたの?」 荻上「いえ…別に何も無いです…」 朽木「ん?何か元気無いんじゃない?」 荻上「…別にそんなこと無いです」 だが確かに荻上さんは心もち元気が無い。 クッチーは荻上さんに近付くと、キリンが餌を食べるみたいにぬっと顔を荻上さんの顔の高さまで降ろした。 そしてたじろぐ彼女に対し、ニッコリ微笑んでこう言った。 朽木「学食でお茶しない?」 所変って、ここは学生食堂。 朽木「いやー不思議な光景ですなあ」 荻上「?」 朽木「こうして荻チンと差し向かいでお茶を飲むなんて光景、ちょっと前までは考えられなかったにょー」 荻上「それはお互い様です」 少し前まで部室で2人きりになることさえ嫌っていた相手と、ごく普通に向かい合って座ってお茶してる。 まあ確かにクッチーに言われるまでも無く不思議な光景だ。 それをさほど嫌とも思わない自分も不思議なら、そんな自分をごく自然にお茶に誘うクッチーも不思議だ。 まあ慣れたということもあるだろうが、やはり笹原と付き合い始めて気持ちにゆとりが出来て、些細なことではイラつかなくなった為かもしれない。 荻上「最近の部室、何だか落ち着かないんです」 朽木「1年生の子たちと上手くいってないの?」 荻上「(軽く首を横に振り)あの子たちはみんないい子です。礼儀正しくて、私みたいな自分より年下に見える会長相手に、あの子たちなりに敬意は示してくれてます」 朽木「まあ確かに良くなついてるよね。特にあの四天王の子たちは」 四天王とは、新入生の腐女子4人組のことである。 荻上「(苦笑)まあ、なつき過ぎですけどね」 朽木「確かにね。特にあの巨乳の子とゴッグみたいな子、何かと荻チンハグするもんな。大野さんでもあそこまでやらなんだもんな」 ふと沈黙する2人。 朽木「それなら問題ないのでは…」 荻上「ええ、問題はあの子たちじゃなく、私にあるんです」 朽木「荻チンに?」 荻上「感覚がまだ付いて来れないんです、あまりにも何もかも一気に変り過ぎて…」 荻上さんはクッチーに、今自分が捕らわれている違和感について語り始めた。 1年前、斑目たちの代が卒業して笹原たちの代が就職活動を始めると、現役の会員は恵子を含めても4人となった。 その4人にしても以前に比べて出席状況は悪かった。 大野さんは以前以上にやたらといろんなコスプレ関連のイベントに顔を出すようになり、その準備で出歩く頻度が増えた。 クッチーは児文研に掛け持ちで入会した。 恵子は何時来るか分からない。 結局現役会員では荻上さんが一番出席率がよかった。 (ついでに言うと、昼休み限定とは言え、それに次ぐ出席率を誇るのは斑目だ) 独りきりで1日中絵を描いていたことも、1度や2度ではなかった。 この1年間で部室に5人以上集まった日は、数えるほどしかなかった。 ところが今では、部室には最低でも6人は居る。 新1年生の大挙入会に加えて、従来のメンバーの出入りの頻度が今年になってもあまり減らなかった為だ。 いや、人によっては却って来る頻度が増えた。 斑目は新年明けた頃から社長に「早目に帰らしてやるから車校通え!」と命令されて早退することが多くなったので、自動車学校の前後の時間にも寄るようになった。 さらに免許を取った新学期頃からは、人手不足で外回りの仕事も手伝うようになり、勤務中に外を出歩きやすくなったせいか昼休み以外の時間にも時々来るようになった。 大野さんは卒業が半年遅れということもあってか、就職活動はのんびりしていた。 彼女の就職に対する考え方はアメリカ的で、納得出来る仕事に就けないのなら契約社員で何年か潰しても構わないと考えていた。 その一方で、父親の仕事関係のコネ入社の当てという、切り札の保険も確保していた。 そうなると卒業まで安心してめいっぱいコスプレを楽しめるので、連日部室にやって来て1年生たちをコスプレの道に勧誘し、その結果何人かは執拗な説得に折れた。 そうなると田中もコスする1年生本人に会う為に部室に来るようになった。 さらにこの1年ご無沙汰だった久我山までもが、仕事に慣れてきた上に大学の近所の病院が彼の顧客になったので、仕事の帰りに部室に来るようになった。 クッチーは真面目に就職活動してるのか傍目には分からない。 4年生の時の斑目と同じぐらい、頻繁に部室に出入りしている。 恵子は高坂卒業と共に疎遠になると思われていたが、先輩風吹かして威張れる相手が出来たせいか以前より頻繁に来るようになった。 そして意外にも、社会人1年生として一番忙しいはずの卒業生3人も頻繁に顔を出した。 笹原が初めての担当になった漫画家は、何と漫研の会員の3年生だった。 彼は大学の近所に下宿してる上に部室で執筆することも多い為、必然的に笹原も大学かその近所まで仕事で来ることになり、その前後に部室に顔を出すことになった。 ついでに言うと、かねてより懸念されていた荻上さんと漫研女子との関係は改善され、今では高柳がいた頃のような友好関係を築いていた。 笹原と漫研会員の漫画家との縁、人格者の笹原が間に入ってくれたこと、「傷つけた人々へ」が荻上さんの自伝と漫研女子が知ったことなどが全て上手くプラス方向に作用した為だ。 咲ちゃんは店の出資者の1人が椎応の学生(株で1発当てたが、それに熱中し過ぎて留年した)だった為にしばしば大学を訪れ、そのついでに部室にも寄った。 どうやら1年生たちの中で、バイトに雇えそうな者を物色中らしい。 ちなみに店の開店そのものは4月開店の予定より遅れていて、夏頃開店の予定だ。 高坂は後輩たちをゲームのモニター代わりにする為に、むしろ4年生の時より来るようになった。 何でも最近は男性向けだけでなく女性向けのゲームも作り始めたので、現役の腐女子の意見を聞きたいらしいのだ。 いつの間にか現視研は、某高校の変わった名前の写真部みたいに、異様にOB出席率の高いサークルになりつつあった。 朽木「まあ確かに、今の部室っていつも賑やかで、前みたいに黙々と絵を描いたり本読んだり出来る雰囲気じゃないにょー」 荻上「人間の感覚って、勝手なもんですよね」 コーヒーをひと口飲んで荻上さんは続けた。 荻上「どんな悪い環境でも、それが長く続くと慣れちゃうんですよね。だから今みたいに急な変化には感覚が付いて来れないんですよ。良い方への変化なのに…」 朽木「寂しい部室に慣れちゃったわけか。寂しさで泣いちゃったこともあったのに…」 荻上「(赤面)なっ、何で知ってるんです?」 朽木「いやーあの日の夕方、部室に入ろうとしたら荻チンの泣く声が聞こえたんでね。あそこで僕チンが入ったら嫌がると思ったから、そのまま帰っちゃったんだ」 荻上「そうだったんですか…」 朽木「まあ気になったけど、ちょうど入れ違いで笹原さん入ってくるの見たから安心して帰っちゃった。今思えばナイス判断だったにょー」 アイスコーヒーを一気に飲み干すクッチー。 (この辺の経緯は「ひとりぼっちの現視研」参照。筆者は違うけど) クッチーの思わぬ気配りに気を許したのか、荻上さんは彼女の抱えるもう1つの不安を打ち明けた。 荻上「私、後輩を持つのが初めてなんです」 中学の文芸部には下級生が居らず(風のうわさによれば荻卒業の年に廃部になったそうだ)高校時代は帰宅部だった。 朽木「恵子ちゃんは?」 荻上「あの人は…身内ではあるけど後輩というのとは微妙に違うような…」 朽木「やっぱり?実は僕チンもそんな感じにょー」 荻上「だから嬉しいことは嬉しいんですけど、後輩に甘えられるってシチュエーションに慣れてないんです」 朽木「まあ確かに、いきなり出来た後輩が女子高生のキャピキャピ感残る腐女子たちで、そんなのに『荻上さまー』ってベタベタ甘えられちゃ、戸惑うのも無理ないか」 荻上「私はお蝶夫人や姫川亜弓じゃないんだから…」 しばし沈黙の後、クッチーが口を開いた。 朽木「荻チンってやっぱり真面目だね」 荻上「えっ?」 朽木「初めてだから慣れてないのは当たり前なんだし、難しく考えずに自然にやってればいいんじゃない?」 荻上「そんな簡単に…」 朽木「大丈夫だって!今の荻チンなら自然にしてれば問題無いって!」 やや声を大きくして強く言うクッチーに驚く荻上さん。 朽木「笹原さんと付合い出してからの荻チンって、自分じゃ気付いてないと思うけど、凄く穏やかで明るい顔してるにょー。前は殆ど見たことなかった笑顔も見せてるし…」 思わぬ褒め言葉にリアクションに困り、コーヒーを飲みかける荻上さん。 そして急に赤くなったクッチー、何気に爆弾発言。 朽木「いやーこんなに可愛く変るんなら、僕チンが先に口説いときゃよかったにょー」 思わずむせる荻上さん。 荻上「なっ、なっ…(言葉が出ない)」 朽木「まあもっとも、僕チンでは荻チンのトラウマを癒すことなんて出来んかっただろうな。やっぱり笹原さんは偉大だにょー」 彼氏を褒められて赤面する荻上さん、照れ臭さから強引に話題を変える。 荻上「そう言えば朽木先輩、就職活動ってやってるんですか?」 朽木「まあそれなりにね」 荻上「どんなとこ狙ってるんですか?」 朽木「どんなとこって言うか…時間の拘束のきつくなさそうなとこ探してるだけだから、職種はこだわってないよ」 荻上「それはまたどうして?」 朽木「いやー卒業までにものに出来るか分からないんでね…実は僕チン、最近小説書き始めたのよ」 コーヒーを飲みかけてた荻上さんは、再びむせた。 朽木「やっぱ変?」 荻上「い、いえ…あまりにも意外だったんで…」 朽木「まあ中学生ぐらいを対象にした、ジュニア小説みたいなやつなんだけど、賞でももらえたらそのまま物書きでやってく積もりだにょー」 荻上「へー」 朽木「でもあと1年足らずじゃ難しそうだから、とりあえず働きながら書こうと思ってるんだ。僕チンはお師匠様みたいに賢くないから院には上がれんし」 11人いる!後編
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らびゅーらびゅー 【投稿日 2006/05/04】 カテゴリー-笹荻 秋も深くなり、徐々に寒さも厳しくなってくる10月。 大分厚着の人も目立ちだし、寒さが目に見えて分かってくる季節である。 しかし、ここは全くそれも関係ないほど暖かい。午後の光のせいだけではない気がする。 場所は小さめのカフェ。ミントティーの香りが漂うオシャレな場所だ。 「面白かったですね・・・。」 そういいながら映画のパンフをうっとりするように眺める頭を後ろに縛った女の子。 荻上千佳さんである。 「だね。でもやっぱり端折り過ぎかな・・・。もっと色々描いて欲しかったけど・・・。」 今日は二人で映画を見に来て、その帰りに、カフェに寄ったのだ。 「ですね。フォウは・・・あれでよかったんですかね? 私としては結構好きなキャラだからもっとスポットを当てて欲しかったような・・・。」 「うーん、まあ、そのあたりは分からないけど・・・。 原作を見てない人なら問題ないんじゃないかな?」 「原作ファンがどう思うか、って所ですね。」 「うん。そのあたりは斑目さんにでも聞かないと分からないよ。」 「あはは・・・。そうですね~。」 場違いのようにも思えるオタ話に花を咲かせながら、荻上さんは口をあけて笑う。 フォウは陰のあるキャラだからそんな笑い方はしないだろうけど・・・。 うん、やっぱりこの方がいいな。 「それじゃ、出ようか。」 「え・・・?」 不安そうな顔をする。・・・ああ、そういうことか。 「帰るにはまだ時間があるから、ちょっと色々見て回ろうよ。」 「あ・・・。そうですね!」 顔がぱぁっと明るくなる。最近の彼女は良く笑う。 その顔もまた、いいなと思うんだ。 町を歩く。荻上さんが、横にいる。 彼女の歩幅は少し小さいから、それに合わせるように少し遅く。 「あの・・・。」 「え?」 手をもじもじさせながら荻上さんは少し顔を赤らめている。 あ・・・。でも、ちょっと恥ずかしいなあ・・・。 手を繋ぐなんて・・・。 そうやって俺がためらっていると、荻上さんは少しむくれた顔をした。 「・・・手を繋ぎたくないんですか。」 「や、そういうわけじゃないんだけど・・・。」 「だって・・・私たちは・・・。」 言わんとしている事は分かる。分かるよ、荻上さん。 「そういうことをしなくなるのは、 関係が壊れるきっかけにもなるって言われてるんですよ!」 そういいながら少し怒った調子で言葉を紡ぐ。 ああ・・・。やばい。スイッチ入っちゃった・・・。 かれこれ、十分間、事の重大さを説かれた。 「・・・というわけです!分かりましたか!」 「・・・ハイ。ハンセイシマス。」 そういいながら、俺は笑って荻上さんに向かって手を伸ばした。 表情をあっという間に変えて、荻上さんは手をとる。 なんか、最近表情が良く変わるなあ。いい傾向だよね。 すごく、一生懸命生きてる気がする。 手を繋いで道を歩く。周囲の寒さに対して、手の暖かさが心地よかった。 道すがら、ちょっとしたカジュアルショップがあった。 荻上さんはその方向を少し眺めている。 「入る?」 「え!・・・いいっすか?」 「何言ってんの。そういうもんでしょ。」 言いながら、手を引いて店のほうへ向かう。 店内は完全に女性向けの作り。まあ、正直、興味はあまりない。 っていうかあったら怖いよね。 荻上さんが一生懸命ウインドウショッピングをしている間、 ぼんやり考え事をしてみた。 明日からの研修、何すんだろうなあ・・・。 最初はミスをすることが仕事とはいえ、プレッシャーはある。 好きなこと、興味のあることを仕事に出来たのは良かったけど、 自分に対しての自信と言うか・・・。そういうものが足りてない気がする。 と、ここまで考えたところで、目の前に荻上さんがいた。 ・・・すごく深刻そうな顔をしてるけど、なんかあったのかな? 「・・・どうかした?」 「・・・笹原さんこそ、何かあったんですか?すごく深刻そうな顔してましたけど・・・。」 プッ。少し噴出してしまった。 「何で笑うんですか!」 「いや、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ。 荻上さんがこの世の終わりみたいな顔してるからさ・・・。」 「だって・・・。笹原さんが・・・。」 「ごめんごめん。」 そういいながら、彼女を再び買い物に促す。 本当に、愛されてるんだなあ。なんて、恥ずかしくて口には出せないけど。 荻上さんと付き合うようになって本当に良かったと思う。 帰りはすでに日も落ちかけ、夕闇が迫っていた。 「夕方、ビルの合間に出来る情景が好きなんですよね・・・。」 そういって、荻上さんは電車の窓から見えるビル郡を見つめる。 作家さんならではなのかな。感受性が高いというか、見る目が違う。 一緒にいると、新しい視線が見えて来るんだ。 いままで、感じたことのない感覚で、とても楽しい。 これが付き合うって事なんだろうか?教えて、春日部さん!(笑) とか言ったら、多分、ぶん殴られるかもな~。 『新しいけど、楽しくなんかないわ!わたしゃ!』とかいって。 そう思いながらぼうっと窓を見る荻上さんを見て少し笑った。 俺が最初に付き合った人だけど、この恋は、一生物になるのかな? 正直、この未来がどこに繋がってどうなるかは分からないけど・・・。 今は。この先も一緒にいてくれたらなって思う。 俺の憂鬱を吹き飛ばしてくれる唯一の人だから。 夜になって、帰り道を共に歩く。 三日月が綺麗に浮かぶ日が落ちたばかりの時間。 「今日の月は・・・。なんか目みたいに見えますね・・・。」 なんと。また面白いことを言うなあ。 「何の目かな?」 ちょっとからかうつもりで聞いてみた。 「うーん・・・。神様の目とか・・・。」 「何の神様?」 「恋の神様とか!」 ぶっ。また噴出してしまった。 「何で笑うんですか~。」 今まで見たこともないような変な顔をして、荻上さんは俺を見る。 「いやいや・・・。そんなことも言うんだね・・・。」 少し恥ずかしそうに顔を赤らめる荻上さん。 「い、いいじゃないですか!聞いたのは笹原さんですよ・・・。」 「いや、ごめん、ごめん。」 謝ってばかり。でも、楽しいからいいんだ。 「・・・笹原さん。」 そういって、少し真面目な表情をして俺を見つめる。 これは・・・。キスの合図ですか?でも・・・。少し・・・。 「やー、今日は楽しかったねえ。」 話をしてはぐらかしてみようとする俺を見て、荻上さんは。 「・・・ハイ・・・。」 何か大きなショックを受けたように打ちひしがれる。 あー、しまった!少しからかおうと思っただけなのに!! ばっと荻上さんの体に近づき、顔と顔を寄せる。 恋の神様(荻上さん曰く)の見てる下、キスをする。 本当に、愛されてるなあ、俺は。それ以上に、大切にしなきゃ。 そう思った、秋のある日。月は神々しく輝いていた。
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その七 地雷を踏んだらコニョニョチワー【投稿日 2006/01/05】 カテゴリー-3月号予想 クッチーは別荘周辺の森の中を彷徨っていた。 と言っても道に迷った訳ではない。 ヒップバッグの中には、周辺の地図とコンパスが入っている。 それも軍用のレンザティックコンパスだ。 彼は合宿直前、ランドナビゲーション(地図とコンパスで、現在地点や目標地点への方角や距離を正確に調べること)のやり方を一夜漬けながら一通りマスターしていた。 だから出鱈目に彷徨っていても、帰って来れる自信はあった。 彼の手には、相変わらずデジカメが握られていた。 念の為にヒップバッグには、予備のバッテリーやSDカードやカメラを入れていた。 さらに腰にはホルスター状の革ケースに入った、米軍払い下げの暗視スコープがあった。 すでに日は落ちたが、これがあれば夕暮れ程度の明るさで撮影できる。 (クッチーは夜目が利くので、暗視スコープも念の為に用意したマグライトも、歩く分には必要無かった) それにフラッシュ使わないで済むので、隠し撮りにも最適だ。 とは言っても、彼は別にいかがわしい写真を撮る気は無かった。 いや正確には、チャンスがあれば撮るかもしれないが、それのみを求める積りは無かった。 今回クッチーは写真係を務めるに当たり、新たにデジカメを購入した。 彼とてオタクの端くれだ。 何か新しい道具を仕入れるとついいろいろやりたくなり、可能な限り付属の道具を揃えようとする。 その結果が今回の重装備だった。 もっとも今回に限っては、それは正解だった。 日がな一日写真を撮り続けている内に、彼の中の眠れる光画魂が覚醒したのだ。 (注、光画=写真 またあーるネタでスマン) 写真の初心者であるクッチーに、どういう写真が撮りたいというビジョンは無い。 どういう写真がいいのかという判断基準も無い。 だが撮りたいという欲求だけは無限大に膨らんでいる。 ならば先ずは撮りたいだけ撮るだけだ。 従来のカメラと違って、デジカメならフィルム残数は殆ど考えなくていい。 撮りたいという気持ちに忠実に撮り続ける、彼の光画道はそんなスタイルで始まった。 実はクッチーがこうして彷徨っているのは、建前上は写真を撮る為では無かった。 笹原が荻上さんを追って出た後、他のメンバーたちはとりあえず別荘で待っていたが、日が落ちても帰って来ないので全員で捜しに行くことになった。 そして手分けして捜すことになったのだが、彼にはその気は全く無かった。 彼は多少過大評価気味なほど、笹原のことを信頼していた。 だから「荻チンのことは笹原先輩にまかせておけば大丈夫にょー」と安心し切っていた。 世間一般には空気の読めない奴と認識されがちだが、実はクッチーは空気に敏感だった。 現視研で最も野生に近い感覚を持ったクッチーは、相手の表情や喋り方やしぐさから、大ざっぱにだが考えていることや思っていることを嗅ぎ取ることが出来た。 (新人勧誘の時にコス泥棒にいち早く気付いたのもその為だった) ただそれに対するリアクションが末期的に不適切な為に、結果的に空気の読めない奴になってしまうだけなのだ。 だから彼は笹荻が相思相愛であることにも気付いていた。 それと同時に、荻上さんに何か重いトラウマがあるらしいことにも感付いていた。 だがその詳しい内容を知らないせいもあって、彼はそれでも笹原を信頼し、事態を楽観視していた。 「さてと、戻るかにょー」 クッチーは別荘に向かった。 「笹原さんと荻チンは帰って来たかにょー?」 見つかり次第、見つけた者が他全員に連絡することになっていたが、まだ連絡は無い。 渓谷の向こう側に人影が見えた。 星明かりの下では2人ということぐらいは分かるが、顔や体型などの細かい所まで見るには暗く、距離も離れていた。 1人がもう1人から逃げるように走り、柵を乗り越えて川に飛び込んだ。 「何ですと?」 あとの1人も飛び込み、先に飛び込んだもう1人を助けて河原に上がった。 「何があったにょー?しまった!シャッターチャンスを逃したにょー!」 クッチーはデジカメを最大望遠にし、暗視スコープを出してデジカメのレンズに宛がう。 (接続できるアタッチメントは無い) そして2人を見て驚愕する。 「笹原先輩と荻チン?」 レンズの向こうで、笹原は携帯を出して何やら操作していた。 だがやがてそれを放り出し、荻上さんの様子を見ている。 「そうか、救急車呼びたいのに携帯が濡れちゃって使えないんだな。よっしゃ、僕チンが呼ぶにょー」 慌てて携帯を取り出したクッチー、119番に電話する。 だが場所を訊かれて答えに窮する。 山の中なので目標になるような建物も無く説明しにくい上に、そもそも今自分がどの辺に居るかが分からない。 追い詰められたクッチーの頭の中で、ザクロに似た物体が弾けた。 彼の潜在能力が目覚めたのだ。 常人では考えられないスピードで地図を広げてコンパスを操作し、自分の位置と笹荻の位置を割り出し、地図上の座標を用いて細かく具体的に彼らの位置を119番のオペレーターに伝える。 電話が終わるとクッチーは再び2人を見た。 思わず固まってしまった。 レンズの向こうでは、笹原が荻上さんに対してマウストゥーマウス(口移し)法で人工呼吸を行なっていたのだ。 だがクッチーの立ち直りは早かった。 すかさずシャッターを押した。 念の為に何枚も撮った。 確認してみると、ちゃんと撮れており、しかも上手く2人の顔が写る角度だった。 「ハラショー!」 今日最高のベストショットに、勝利の雄叫びを上げるクッチーだった。 笹原は思ったよりも早く荻上さんを捕捉した。 拒絶して逃げたにも関わらず、荻上さんは追って来た笹原を見て喜びがこみ上げた。 だが次の瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは笹原が落ちていくビジョンだった。 いけない、今度は笹原さんを傷付けてしまう! 荻上さんは逃げ出した。 笹原も追跡する。 小柄軽量な為に本来敏捷なのだが、二日酔いで飲まず食わずで寝てたので、荻上さんの足はいつもより遅い。 一方笹原は体力はあったが、彼女ほど足は速くない。 そんな2人の追っかけっこは、付かず離れずで山奥まで続いた。 そしてクッチーが彼らを発見した渓谷まで来て、荻上さんはとっさに川に飛び込んだのだ。 荻上さんの飛び込んだ川は浅かったが、彼女の背丈では水面は口元にまで達した。 さほど流れは速くなかったが、疲れ切った彼女にとっては大きな負荷となった。 だから彼女はすぐに溺れて失神した。 一方笹原は首から上が何とか水面より上に出て、流れの速さにも体力的に対応出来た。 だからさほど泳ぎが上手くない笹原でも、荻上さんを抱き抱えて「歩いて」救助することが出来た。 河原に荻上さんを横たえた笹原は、携帯で119番に連絡しようとした。 だが水に浸かった為に携帯は使えなかった。 どうするか一瞬迷ったが、やがてある決断をした。 話はおよそ1週刊前、笹原内定の直後に遡る。 「編集者ってのは、漫画家の為にいろいろ雑用をこなさなきゃならん何でも屋だ。やれることは1つでも多いに越したことは無い」 そういう信念から、小野寺は笹原にいろんな課題を与えた。 「普通免許ぐらいは持っとけ」と自動車学校に通わせたり、「絵描きの友だち居るんなら線の引き方と色の塗り方ぐらいは習っとけ。最悪の場合、君が原稿仕上げにゃならんことだって有り得るからな」といった具合だ。 そんなある日のこと。 笹原「応急手当講座?どうしてまた?」 小野寺「いいか、漫画家ってやつは精神病の一歩手前のデリケートな生物だ。締め切りに追い詰められてテンバったら、いつ自殺してもおかしくない」 笹原「なるほど、だから第1発見者になる可能性の高い編集者が対応しなきゃいけないと・・・」 小野寺「そうだ、何としても蘇生して原稿だけは上げてもらわないと」 笹原「そっちの心配ですか、ハハッ『この人鬼だ』」 その応急手当講座は意外と本格的で、人工呼吸の方法まで教わった。 だから救急車が呼べないとなった時、真っ先に頭にそれが浮かんだ。 一瞬笹原はためらった。 『荻上さんの唇に俺の唇を・・・馬鹿っ、こんな時に何考えてんだ、俺!荻上さんの命が危ないってのに!』 だが次の瞬間には自分自身を叱り、荻上さんの唇に自分の唇を重ね、人工呼吸を施した。 意識の戻った荻上さんがまず見たのは、大粒の涙を流している笹原だった。 そして笹原はいきなり荻上さんを抱きしめた。 笹原「(泣きながら)良かった・・・もし荻上さんが死んじゃったら、俺、俺・・・」 多少びっくりしながら、荻上さんは自分に何があったかをようやく思い出した。 荻上『そっか。私また飛んじゃったんだ。笹原さんが巻田君みたいに傷付くのが怖くて逃げようとして・・・』 ここで荻上さんは、自身の思考の矛盾に気付き、混乱した。 荻上『笹原さん傷付けたくないから逃げたのに、それが笹原さん傷付けてしまった・・・』 混乱した荻上さんは、本能で答えを出した。 笹原の背に腕を回し、自分が抱かれているのに負けないぐらい強く抱きしめた。 笹原「荻・・・上さん?」 荻上「(泣きながら)ごめんなさい・・・」 そこでクッチーの呼んだ救急車がやって来た。 救急車の中で、笹原は救急隊員から状況についてあれこれ訊かれた。 一通り問診が終わると、今度は荻上さんに声をかける。 救急「君ね、彼の処置が適切だったから助かったけど、下手したら危なかったよ」 荻上「すいません・・・」 救急「ほんと彼には感謝しなさいよ。愛のキスのおかげで助かったんだから・・・」 荻上「えっ?」 笹原「(赤面して)ちょっ、ちょっと、そっ、それは・・・」 救急「つまりマウストゥーマウス、即ち口移し式の人工呼吸を彼がやってくれたんだよ」 一気に赤面して失神する荻上さん。 笹原「荻上さん!しっかりして!」 救急「(荻上さんを見て)大丈夫、気絶しただけだから。(怪訝な顔で)キス、まだだったの?」 笹原「(最大級に赤面)・・・はい『それ以前に付き合ってないし・・・』」 救急「もしや・・・彼女とどうかというのも置いといて・・・初めて?」 笹原「・・・はい」 タイミングを合わせたように、荻上さんがうわ言を言う。 荻上「人工呼吸・・・初めてのキスなのに・・・」 救急「どうやら彼女も始めてみたいだね」 赤面したまま固まる笹原。 救急「(ニンマリ笑い)いやー青春してるねえ」 やがて荻上さんを乗せた救急車は病院に着いた。 いろいろ検査を受け、とりあえず数日入院することになった。 救急隊員たちが帰る際に、笹原は素朴な疑問を口にした。 笹原「そう言えば救急車、どなたが呼んで下さったんですか?」 救急「やっぱり君じゃなかったのか」 笹原「俺の携帯、水に浸かって使えなかったんです。それよりやっぱりって?」 救急「名前訊く前に切っちゃったらしいんだよ、119番してくれた人。まあ物凄く正確に地図上の座標で現場教えてくれて、こっちも助かったから表彰したいんだけどね。何でも、語尾に『にょー』って付ける変な喋り方してたらしいんだけど・・・」 笹原「にょー?」 荻上さんの入院手続きを終えると、笹原は1度別荘に戻った。 みんなへの連絡と、荻上さんの荷物を運ぶ為だ。 たまたま戻っていた斑目の携帯で他全員に連絡し(クッチーだけつながらなかった)、斑目と一緒に再び病院に向かった。 (心配かけない為に、みんなには荻上さんが誤って川に落ちたということにした) 1時間後、クッチーを除く全員が病院に集結した。 泣きながら抱きしめる大野さんや、泣きながら怒鳴りつける咲ちゃんに、改めて大変なことをしたと後悔し、同時にげんしけんがいかに自分にとって大事な場所かを悟る荻上さん。 荻上『わたすには帰るところがあったんだ。こんな嬉しいことはねっす。って、こんな時にガンダム台詞パロやってる場合ですか?これだからオタクってやつは・・・』 みんなが揃ってから数十分後にクッチーも病院に着いた。 咲「どこまで行ってたんだよ?連絡もしねえで」 朽木「いやー申し訳無い、携帯の電池切れちゃって・・・」 それは本当だった。 ここ数日充電するのを忘れてた上に、119番した時に細かく具体的に場所を説明してたら予想以上に長電話になってしまい、名前を問われて答えようとした途端に電池が切れたのだ。 そんなクッチーに物凄い勢いで駆け寄り、彼の右手を両手で力強く握る笹原。 朽木「にょ?」 笹原「ありがとう(涙を流し)本当にありがとう朽木君!」 咲「何かあったの?」 笹原「朽木君が救急車呼んでくれたんだよ」 咲「ほんとかクッチー?(強く肩を叩き)でかした!」 荻上「あの朽木先輩・・・ありがとうございました」 他のみんなも口々にクッチーを褒め称える。 実はクッチー、病室に入るまでは人工呼吸の写真を見せる気満々だった。 だがさすがに空気への対応力の無いクッチーと言えども、このいい場面であの写真を見せる度胸は無かった。 それに彼の中には、みんなに見せたい反面、自分だけの秘密にしておきたい矛盾した欲求もあったので、今回は後者の欲求に従うことにした。 それから数年後。 今日は笹原と荻上さんの結婚式。 咲「みんな揃ったか?」 斑目「大野さんと田中がいないみたいだけど」 咲「あの2人は新郎新婦の着付け手伝ってるよ」 斑目「今日の衣装って何かのコスなの?」 咲「よく分かんないけど、田中が作ったらしいから」 斑目「高坂は?」 咲「仕事で遅れるけど、式には間に合うと思うよ。久我山は受付だっけ?」 斑目「ああ。朽木君がまだみたいだな」 咲「またあいつか。あたしん時もすっぽかしやがったからなあ。(恵子に)何か聞いてないの?」 恵子「知んねえよ。2ヶ月前に南米の○○共和国でクーデターがあるから参加するってメールあって、それっきり音信不通、携帯も通じないんだ」 斑目「参加って・・・オリンピックじゃないんだから」 咲「またかよ。お前もえらいのと付き合っちまったな」 恵子「(少し赤くなり)しゃーねえだろ。戦場で写真撮ってるあいつ、けっこうかっこよかったんだから・・・」 斑目「ああ、去年NHKでドキュメンタリーでやってた、えーと『戦場の真ん中でイエーと叫ぶカメラマン』だっけ?」 恵子「そうそれ!あん時のあいつ、チョーかっこよかったんだよねー」 クッチーは合宿後、本格的に写真を始めた。 田中から基礎的なことを学び、あとは写真の専門学校に入り、大学と並行して通った。 卒業後しばらくは某有名カメラマンの助手になり、独立後は「戦場なら腕やキャリアよりも、戦場に行く度胸だ」と某新聞社の記者にそそのかされて戦場を仕事場にするようになり、気が付けば戦場カメラマンとして有名になっていた。 斑目「でも大丈夫かな?確か3年ぐらい前に戦場で写真の仕事があるって聞いて行ってみたら記録写真担当の軍人で、戦場にいる期間より新兵の訓練期間の方が長かったってぼやいてたなあ・・・」 咲「あいつ語学力中途半端なくせに自分で仕事の交渉するからなあ」 恵子「そうなのよ。この間だってアフリカで傭兵の取材で行ってみたら、仕事の内容が傭兵そのもので、給料よかったけど写真はあんまし撮れなかったって言ってた」 咲「何やってんだか・・・」 斑目の携帯が鳴る。 斑目「(画面見て)久我山か(電話に出て)どした?・・・わーった、すぐ行く」 咲「どしたの?」 斑目「受付に何か荷物が届いたらしいんだ。ちょっと見て来る」 受付に届いていた荷物とは、畳ぐらいの大きさの板状の包みだった。 久我山「斑目、これ、それに付いてた手紙。朽木君からみたい」 斑目「(封筒を受け取って中身を出し)何々、ご結婚おめでとうございます。お祝いの品を送ります。わたくしの生涯最高傑作をパネルにしました・・・どれどれ」 包みを開けてみて、仰天しつつ赤面する2人。 久我山「こっ、これは・・・?」 斑目「そうか・・・あの時のあれかあ。(ニヤリと笑い)久我山、これさあ、式の途中でお披露目するぞ」 久我山「そっ、それはちょっと過激では・・・」 斑目「(手紙を差し出し)まあ続きを読めよ」 久我山「えーと・・・本当は一生お蔵入りにする積りだったのですが、何しろ何時死ぬか分からん仕事だし、いい機会なので生きてる内にお渡しすることにしました」 斑目「命がけの男の大ボケ、男なら応えてやるべきだぜ」 久我山「そういう問題なのかなあ・・・」 そして結婚式のキャンドルサービスの直後。 斑目「それではここで、新郎の後輩で新婦の先輩、そして世界的戦場カメラマンである朽木学先生からのプレゼントが届きましたので、ご紹介します!」 司会の斑目の宣言と共に、前に運ばれてきたバネルのカバーが外される。 それを見て最大級に赤面する笹荻。 固まる新郎新婦の親族や仕事関係の出席者と対照的に、拍手喝采のげんしけん一同。 そのパネルの写真は、笹原が荻上さんに人工呼吸してる瞬間を撮ったものだった。 タイトルは「ファースト・キス」となっていた。
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武将名 なかじまもとゆき C中島元行 清水宗治とともに、毛利家に仕える。織田軍による中国攻めが開始されると、城主の宗治とともに、元行も副将として備中高松城に篭城。秀吉率いる羽柴軍に抗戦した。宗治が切腹した後は、小早川隆景に仕えた。後に「中国兵乱記」を著した。「皆の活躍、私がバッチリ記録しますぞ!」 出身地 備中国(岡山県) コスト 1.0 兵種 弓足軽 能力 武力3 統率3 特技 計略 威嚇弓術 自身の武力が下がり、矢を当てている敵の移動速度が下がるようになる。 必要士気3 Illustration hippo 特技なしは寂しいが武力・統率ともに3という扱いやすいスペック。 計略は自分の武力が-3され、痺矢を放つというもの。 毛利家の痺矢計略では最も士気が小さく、小回りの利く計略。 武力は下がっても自身は1コストであり、他の味方部隊から焙烙や強力な弓射撃を加えることで十分リターンが得られる。 移動速度低下は計略を使ったSR山県がギリギリ突撃準備オーラをまとえる程度(要検証)で、そこまで大きくない。 しかしながら、効果が約17C持つ(Ver2.01A)という長時間計略なので、相手が対処に手間取る隙を狙っていける。 ただし裏を返せば自身の武力-3が長時間という意味でもあるので、乱戦での対処ができなかったということにならないよう、 使いどころを誤らないようにしたい。 槍弓構成になりがちな毛利家でどうしても1枚は移動速度低下計略を入れておきたいなら声がかかるだろう。 また移動速度低下は強化計略扱いなので、計略ステルス状態の敵にも効果的である点は憶えておいて損はない。
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お家へかえろう 【投稿日 2006/03/28】 カテゴリー-笹荻 時は2006年の冬。陽も傾き赤く色付く頃。 げんしけんの部室では、1年生らしき細身の男子会員と 金髪長髪の少女が言い争っていた。 そう、留学してきたスザンナ・ホプキンスだ。 その表情からは、いまいち感情がつかめない。 言い争うというよりは、男子会員はスーが何か言うたびに 一方的にダメージを負いよろめき青ざめるリアクション。 スーはといえば、きょとんとした様子で、別に怒っている というわけではなさそうだ。 部室には他に、雑誌を読みふけるポーズで固まっている朽木。 そしてもう、一人、筆頭の下に苦笑いを貼り付けて、二人の間に 手刀で割ってはいる荻上さんの姿が有った。 荻上はスーの無邪気なネタ振りを止めようと話しかけるが、今度は スーの方がシュンとうなだれてしまった。 うつむきながら、上目遣いで荻上を見つめるスー。 それを見て荻上は天を仰いで、右手で顔を覆った。 朽木はその頃、男子会員に話しかけ、一人で笑っている。 しかしちょっと苦しい表情だ。 彼なりに、場を和ませようと努力をしているのだろうが…。 遠き山に陽は落ちて、山の端から扇のように赤い色が見える。 そんな頃、荻上は独りでとぼとぼと住宅街への帰路をり歩いていた。 もともと猫背だが、今日はさらに背中が丸いような気がする。 足どりも重く、溜息をつき、うらぶれた中年サラリーマンも斯くや といった疲労が浮かんでいる。 まだ比較的早い時間かもしれないが、4人組の若いサラリーマンが 前方から楽しそうに歩いてくる。全員20代だろうか。 横手にあった赤提灯の暖簾をくぐって扉を開けると、店内の喧騒が漏れる。 今日は金曜日だろうか。店内の客の入りは多い。 荻上はそれらに目を遣ることも無く、歩き続ける。 と、ピタリと足を止めるとズボンのポケットから携帯電話を取り出す。 送信履歴だろうか、方向キーを押すと、その表示をじっと見つめる…。 しばらくそうしていただろうか、左右に首を振ると、ぱたっと 電話を閉じ、またトボトボと歩き出すのだった。 暗い道を歩くと、前方に道が明るく照らされた所がある。 やがてスーパーマーケットの前に差し掛かる。 荻上の疲れた顔が、店の明かりに照らされ、その口元から吐く息が うっすらと白くなり始めて冷え込んできたのがわかる。 顔を上げることも無く、自動ドアをくぐりスーパーの店内へと 足を進める荻上。 カゴを左手に持つと、惣菜コーナーへ。 つまらなさそうに惣菜を眺め、2回ぐらい往復すると、 結局何も買わずに、人の流れとは逆流しながら店内を ぐるりと歩き出した。 そして通路沿いのワゴンセールの、特価の値札に目を留める。 各メーカーのカレールーとシチューの元が安売りをしているようだ。 カレー粉を手に取ったり、ビーフシチューやハヤシライス、 クリームシチューの粉を手にとって見比べている荻上。 その眉間は寄り、まだ難しい顔になっている。眉間のシワが張り付いて しまわなければ良いが…。 やがてクリームシチューの元をカゴに一つ入れると、野菜コーナーへ。 ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリーにシメジ。何を買うか 迷ったようで、カボチャやサツマイモも、一旦はカゴに入ったが 戻されたりした。そして玉ねぎをカゴに入れると野菜は揃ったようだ。 そして肉コーナーへ。豚肉や牛肉はスルーして、荻上が足を止めたのは 鶏肉売り場だった。カゴを横に置くと、ささ身や手羽を眺め、やがて 胸肉ブロックとモモ肉ブロックを両手に持って見比べる。 しかし、それをどちらも棚に戻すと、結局カゴに入れたのは 骨付きモモ肉だった。 部屋に戻ってきた荻上は、暗い部屋に明かりを灯した。 買い物袋を台所に置くと、手を洗って着替えてくる。 台所に戻ってくると、携帯電話を開き、しばらくメールを打ち 送信し終わるとポケットに戻し、エプロンを掛けると 料理に取り掛かる荻上だった。 まずは大なべをコンロに乗せると、もう一つ片手鍋に水を張り スイッチを押すと強火に掛けた。 真剣な目をして包丁を手にすると、まな板を置く。そして 手際よく、慣れた手つきで玉ねぎ、ジャガイモ、ブロッコリーを 次々と大きめに切り分け、お湯が沸いたのを見ると ブロッコリーを下茹でにした。 それを菜箸でボウルにとると、次に骨付き鶏モモ肉を 湯通しにして、皿を取ってきて横に置いた。 その間に他の野菜を大鍋にかけ、コンロの火をつける。 ブイヨンを一欠け入れるとふたをして、しばし待つ荻上。 今は無表情なようだ。部室を出てからさっきまで顔に 浮かんでいた疲れは抜けてきたようだ。 元々、こんな時まで笑顔でいるほど明るいわけではない。 やがて大鍋の蓋の蒸気穴から湯気が立ち上り、荻上は鍋掴みを 左手にはめるとふたを開けた。台所に大きな湯気が広がる。 目を細めて鶏肉を入れ、今度は少し待っただけで火を止めると シチューの粉をサラサラと振り入れ、お玉で熱心に溶かし混ぜる。 荻上の無表情だった目じりが少し下がり、口元が緩む。 徐々に楽しくなってきたようだ。 冷蔵庫から牛乳を取り出すと少し入れ、ひと混ぜして弱火にする。 部屋にクリームシチューの甘い香りが広がり、香りを吸い込むと 荻上は目を閉じ、柔らかな笑顔を取り戻した。 そのとき、携帯電話が鳴ったようだ。 パチリと目を開けると、急いで開き、しばらく画面を見る。 メールを読み終わった荻上はニヘラ、という感じににやけた。 しかし炊飯器に目をやり、ハッとすると蓋を開け覗き込む。 中は空っぽだった。。。 黒目がちな目を見開き、ガーンとオーバーリアクションに驚くと、 大急ぎで頭の筆を揺らしながら米を研ぎ、炊飯器をセットすのだった。 週末の仕事を終えた笹原は、週末の夜から椎応大方面にやってきた。 いや、帰ってきた、といった方が適切だろうか。 真っ暗な道を厳しい顔で急ぎ足で歩きながら、携帯電話を取り出すと その画面が光り、顔を寄せメールを確認する。 バックライトに照らされた笹原の口元が少し微笑む。 しかし目元も眉も、固まったままだ。寒さのせいだろうか? 携帯をポケットに戻すと、歩きながらこめかみをグリグリと 両手の指先で押し回す。さらに右手で額の肉をマッサージしている。 溜息をつくが、どうやら仕事の緊張が抜けないようで、その顔は 浮かないようで、とても彼女の元へ向かう男とは見えない。 今日は、仕事と日常の、気持ちの切り替えがうまくいかないようだ。 その自覚があるようで、足取りが重くなる。 笹原はしばらく歩き、ふと道沿いの閉店した商店のガラスに映る 自分の顔が目に留まった。 ガラスに映る顔は険しく、足を止めると笑顔を作ろうとしてみた。 営業スマイルはすぐに出る。しかしこれでは、昔からの笹原を 知る者には笑っていると思われないだろう。 笹原自身も、別の笑顔を作ろうとガラスを覗き込む。 しかしどうも、目元がおかしい。口の端だけで笑う…。 しばらくそうしていたが、やがて手のひらで両の頬を叩くと 怒っているかのように、ズカズカとした足取りで荻上宅へ向かい始めた。 その目は少し潤んでいる。なんと、泣きそうになっているようだ…。 重い足を引きずり、荻上の部屋の前まで来ると足を止め、 気合を入れると笑顔を作った。 笑顔を作る………そう、作り笑顔だ。 そのとき、何かに気づいた様子で辺りを見回す。 寒い冬の空気に漂ってくる、温かくやや甘い香り。 隣の部屋の電気は消えている。荻上の部屋からの香りと気づくと 息を吸い込み、大きく息を吐く。 さっきまでいかり肩だった笹原のシルエットは、肩が落ち 少し丸くなる。 笹原は呼び鈴を押すと、部屋の中から聞こえる足音に合わせ 少し姿勢を正すとドアが開くのを待った。 やがて扉が開き、部屋の中から光が漏れ、それより明るい荻上の顔が現れる。 玄関の黄色みを帯びた温かい明かりを受け、笹原の柔らかな目元が照らされる。 よく冷えた夜空に、硬い星の光がきらめいているが、屋根の下の荻上の部屋では、 食卓には熱い湯気を立てるシチューが皿に盛られ、荻上と笹原は冬の寒さも忘れ、 暖かなひとときを過ごすのだった。