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夏コミ前の話 【投稿日 2005/10/16】 カテゴリー-笹荻 自宅のトレス台で、荻上はサラサラとペンを滑らせていた。来るべき夏コミに向けて、 せっせとハレガンの原稿を描いているのだ。 しかしその手が急に止まった。原稿には、『大佐』の絵が顔まで描かれている。 (そういえば先輩、就職まだ決まらないのかな?) 荻上は、考えてからはっとなった。 (なんで先輩の事なんか考えちまったんだ? ただハレガン同人誌描いてるだけだって のに! こんな事考えちまうなんてきっと、先輩の妹が余計な事言ったからだ! まっ たく何考えてるんだ? わたすと先輩がつき合うだなんて! 先輩だって先輩だ! 何 が『俺も、遊んでるヒマはないな』だ! わたすにとっては大事な事なんだぞ!) まるで八つ当たりにも似た思いで、荻上は憤慨していた。 (やめだやめだ! ハレガン描いてると、どうすても先輩の事考えちまう。これじゃ、 描きたいモノなんて描けやしねぇってもんだ!) 一人でイライラしながら荻上は、棚にハガレンの原稿を放り込むと、代わりに描きか けの『くじアン』の原稿を取り出した。 (昔なんとなく描いたやつだけど、こっちを直して出そう) くじアンの原稿を読み出す荻上。 (やっぱ眼鏡受けは外せないなから、千尋が受けで麦男が攻めだな。麦男は普段はツン ツンしてるけど、千尋の笑顔にその心が段々と溶かされていって……キャー! 萌える 萌えるー! でもって攻めのはずの麦男があの時では、千尋に逆に○○られたり、でも やられっぱなしの麦男じゃないから、千尋の眼鏡に麦男が○○したりして、んでもって 最後には……) 我に返る荻上。 (また、ワープしちまった。でも、これでいってみっか) 納得したのか、自分の妄想を漫画に投影していく荻上。 しばらく描いていたが、荻上はその手を休めた。 (ちょっと休憩すっか) 荻上は、背中を反らせ伸びをした。そして気分転換に近くにあったハレガンの単行本 を手に取った。 (やっぱ大佐ってカッコいいよなー。するどい目線とか、頭切れるし。そしてなにより 厳しい感じとは裏腹に、実は仲間思いで優しいところが……) 荻上は何を思ったか、鞄から愛用のノートを取り出すと、大佐のイラストを描きだし た。 (大佐の内面はやっぱ笑顔だよなー。笑顔の大佐……いいなぁ) やがて完成した笑顔の大佐イラスト。しかしそれを見て、荻上は表情を曇らせた。 (……あれ? 何でこうなっちまうんだ? わたすは大佐を描いたはずなのに……) その時の荻上の脳裏には、笹原が微笑みかけてる映像が浮かんでいた。 真っ赤になる荻上。 (違う! 違う! これは、あくまでハレガンの大佐なの! 断じて! 断じて違う!) 否定しつつも荻上は、そのイラストを破り取り、ハレガンの本と本の間に挟んだので あった。 終わり
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17人いる!(後編) 【投稿日 2006/08/14】 ・・・いる!シリーズ 荻上「どしたの?随分疲れてるみたいだけど」 神田「みたいじゃなくて、ほんとに泳ぎ疲れました」 台場「蛇衣子とマリア、メチャメチャ速いんですよ、泳ぐの」 荻上「(意外そうに)へー」 ソフト出身で怪力の巴の力泳はともかく、肥満体の豪田が速いのは意外に思えた。 でもよく考えれば、全身を脂肪というフロートで覆われたその体は浮力の塊だ。 そうなると腕力と脚力(両方ともかなりの怪力だ)の殆どが推進力に使えるのだから、速いのも道理だ。 国松「ほんと速かったですよ、豪田さん。まるでツインテールみたい」 一同「ツインテール?」 日垣「国松さん、今時ツインテールって言うと、女の子の髪型の方だと思われちゃうよ」 荻上「それ以外のツインテールってあるの?」 日垣の説明によると、この場合のツインテールとは「帰ってきたウルトラマン」に登場した怪獣のことだそうだ。 最近新シリーズの「ウルトラマンメビウス」で再登場した際には、水中を高速で泳ぎ回っていたのでこういう例えに使ったのだ。 もともと特撮オタである国松は、特撮オタ特有の言葉を使って周囲をまごつかせることが時折あった。 荻上「それにしても国松さんはともかく、日垣君が何故それ知ってるの?」 日垣「いやー国松さんから勧められて、最近特撮もぼちぼち見てるんで…」 国松「メビウスにはリメイク怪獣が多いんですけど、日垣君元ネタ知らないって言うから、昔の作品のビデオ貸して上げてるんです」 荻上「そうなんだ。ところでみんな、今からどうするの?」 神田「ゴムボート出そうと思います」 浅田「俺と岸野は、みんなの写真撮りますよ」 日垣「えっ?岸野君も?」 岸野「ボートは2台だし、1台に3人乗るには狭いから、お前さんはとりあえず先発でボート漕いでな。俺たちは午後から乗るよ」 こうして浅田と岸野は、デジカメを持って海に向かった。 彼らは海などの水辺での撮影にはデジカメを使用していた。 万が一水をかぶった時の為だ。 (ちなみにデジカメは一応生活防水仕様だが、もろに海にドボンすればアウトだ) 彼らの本来の愛機であるフィルム式カメラは、今ではデジカメよりも高価なのだ。 一方日垣と国松は、ゴムボートを出して空気を入れていた。 その様子を見た神田が台場に囁く。 神田「ねえあの2人って、何かいい感じじゃない?」 最近はヤオイにも進出し始めたものの、基本はノーマルなカップリング中心の神田らしい感想だ。 台場「そうかなあ…確かに仲いいけど、2人ともオタ初心者だからじゃない?(浅田と岸野の方を見て)それよりも私は、あっちの2人の方が怪しいと思うけど」 それに対し、台場は男女の仲には今ひとつピンと来ず、ヤオイの方は妄想全開だった。 そんな様子に苦笑しつつ、荻上会長は海に向かった。 少し歩き出してから、ふと荻上会長は考えた。 「何か大事なことを忘れてるような気がする…」 沖の方に見慣れた人影が見えた。 豪田と巴だ。 こちらを見ながら手を振り、何か叫んでいる。 遠くてよく聞こえないが、多分「荻様~!」とでも叫んでいるのだろう。 彼女たちの居る辺りは足の着かない深さだ。 荻上会長の泳力では、浮き輪無しでは近付けない。 無視するのも何なので、皇族の人のように控え目に手を振って応えた。 波打ち際の少し後方で、浅田と岸野は泳ぐ2人をデジカメで撮影してた。 浅田「さすがはゴッグ(男子の間で定着した豪田のあだ名)だ。1時間近く泳いでも何ともないぜ」 岸野「それにしても巴さん、もったいないよな。ビキニ着て欲しかったなあ」 浅田「台場さんだって、胸は物足りないけどスタイルいいよ。本来ビキニってのは、ああいう子が着た方が似合うんだぜ」 岸野「胸と言やあ神田さん、意外と巨乳だったよな」 荻上会長が不意に2人の背後から声をかけた。 「写真係ご苦労様」 浅田「わっ、会長!」 岸野「見回りご苦労さんス!」 女子会員についてあれこれ批評してるのを聞かれたと思ってやや慌ててる2人を見て、クスリと笑う荻上会長。 不意に先ほどまで忘れていた「何か」を思い出した。 荻上「ねえ朽木先輩と斑目先輩知らない?」 浅田「先輩たちなら、あっちの方に行かれましたよ」 浅田が指差したのは、海水浴場の1番端っこの方の桟橋だった。 荻上「あっちの方って、どうなってるの?」 岸野「桟橋の向こうも砂浜みたいですけど、遊泳禁止らしいですよ」 荻上「んなとこで何やってんだか…」 海から戻って来た巴と豪田が口を挟む。 巴「えっシゲさん(斑目の愛称)とクッチー先輩が2人っきりで…」 豪田「前々から怪しいとは思ってたけど」 2人揃って赤面する。 荻上「(顔の前で掌をヒラヒラさせて)怪しくない怪しくない」 彼女のヤオイ妄想にクッチーの入る余地は無かった。 荻上会長は桟橋の方に向かった。 護衛するかのように、浅田、岸野、豪田、巴の4人も付いて行く。 近付くに連れて、向こうから「にょにょにょ~!」という聞き慣れた絶叫が聞こえてくる。 荻上「何やってんだか…」 桟橋の向こう側も砂浜だった。 だがすぐ沖が深いらしく、遊泳禁止区域になっていた。 だから当然海水浴客はいない。 その砂浜で、クッチーはサッカーボールを蹴っていた。 ちなみに下は海パンだが、上は袖のちぎれたTシャツという格好だ。 大波が来るのを待って、その波に向かってボールをぶつけるように裸足の足で蹴る。 当然ボールは波の壁に押し返される。 そしてシュートの直後、1本足になっているクッチーは波を被ってひっくり返る。 そこで竹刀を持った斑目が砂浜を叩き、檄を飛ばす。 「どうした朽木君!そんなことではブラジルゴールは割れんぞ!」 ちなみに斑目は、海パンにゴム草履のラフなスタイルだ。 外回りの仕事が増えて元々日焼けしてるせいか、今回は以前のように日焼けにはこだわっていないようだ。 その足元には、数個のサッカーボールが転がっていた。 クッチーは急いで立ち上がり、海岸線から5メートルほど離れる。 そして大波の到来に合わせて、海岸線沿いに斑目がボールを蹴り出す。 そのフォームが不思議とさまになっている。 案外少年時代はサッカー経験があるのかも知れない。 あるいは「キャプ翼」に影響されて、1人でリフティングやドリブルの練習をしていた口かも知れない。 スピードは無いが、クッチーの前方5メートルの地点にボールはピタリと止まる。 そこでクッチーは「にょにょにょ~!」と奇声を上げつつボールに突進する。 クッチーは走るのが遅い。 足を出す角度やリズムが微妙におかしいので、消費したエネルギーに見合う距離や速度が生じない。 案の定、走ってきた勢いの殆どは、ボールの前に着いた時には消えている。 これでは何の為に走り込んで来るのか分からない。 そして大波に向かってシュート。 空手をやっているだけあってキック力はなかなかのもので、意外とそのシュートは速く威力はありそうだ。 だがそれでも、さすがに大波を突き破るまでは行かない。 そしてボールは再び海岸に帰ってくる。 斑目はそれを小まめに拾って集め、またパスを出してやるという流れだ。 荻上会長たち5人は、そんな様子をしばし呆然と眺めた。 大体何をやってるかは見れば分かるが、それでも荻上会長は2人に近付いて訊いた。 「何やってるんすか、こんなとこで?」 朽木「おお荻チン、見ての通りタイガーショットの特訓だにょー」 荻上「海水浴場でやらないで下さい!」 朽木「何をおっしゃる!荻チンは日本が予選リーグで負けて悔しくないのかにょー?」 荻上「???」 朽木「4年後の南アフリカでは、僕チンが仇を討つにょー!」 どうやらクッチー、すっかりワールドカップ熱にやられたらしい。 走るのが遅く長時間走るスタミナの無いクッチーが考えたワールドカップ対策とは、強力な必殺シュートを身に付ければいいという単純な結論だった。 朽木「僕チンは常に相手ゴール前に待機し、残り全員で守る。これならあまり走らないで済むし、守備は完璧だにょー」 荻上「で、斑目さんまで何故?」 斑目「1年の子たち、出来るだけ自由に遊ばしてやりたいからさあ。俺はどちみち泳げんから、今日は朽木君に付き合うよ」 荻上会長は悪いと思いつつも任せることにした。 荻上「…それじゃあお願いします。お昼になったら戻って下さいね『何で4年生の方が1年生より手間かかるのよ』」 立ち去る荻上会長の背中に、竹刀で地面を叩く音と共に「こら立てクッチー!そんなことではアジア予選すら勝ち抜けんぞ!」という斑目の叫びが聞こえてきた。 どうやら彼もいつの間にかノリノリのようだ。 海でタイガーショットの特訓というのは、男オタの琴線に触れるものがあるらしい。 4人のところに戻ると、相変わらず呆然としていた。 ただ、巴だけは何か考え込んでいるように見えた。 荻上「さあ戻りましょう」 みんな呆れているだろうなと思い、敢えて何も言わずに戻ろうとする荻上会長。 4人は彼女に続いて歩き出したが、意外な感想を述べた。 岸野「朽木先輩って、凄いっすね」 荻上「えっ?」 岸野「いや普通ああいう特訓って、4年生なら後輩にやらせるでしょう?それを自分でやっちゃうんだからなあ。なかなか出来ることじゃないっすよ」 荻上「いや普通やらないって」 浅田「そうでもないっすよ。うちの高校のOBに、やたらと後輩に特訓やらせる人が居ましたよ」 豪田「特訓って、何の?」 浅田「千本ノックとか、マラソンとか…」 岸野「あと毛布に包まって階段を転がり落ちる特訓もあったな」 豪田「…あんたらって確か写真部だったよね?」 浅田「そういう写真部だったんだよ」 岸野「まあ、あれはあれで楽しかったけど」 豪田・荻上「…(2人の意外な体育会系体質に声も出ない)」 突如、巴がクッチーたちの居た方に戻り始める。 荻上「どしたの?」 巴「ちょっと気になることがあるんで…」 豪田「何すんのよ?」 巴「すぐ戻るから、先戻ってて」 走り出す巴。 その後巴は、昼飯の直前まで戻らなかった。 昼飯の時間になり、再び全員集合する。 野外調理用の大型コンロを3台並べ、田中・大野コンビが次々と肉や野菜を焼き、1年生たちは恐縮しつつも次々とたいらげる。 神田「すいません、何か食事係にしちゃって。代わりましょうか?」 田中「いいよいいよ、俺らも焼きながら適当に食ってるから」 大野「そうですよ、さあみんな、遠慮しないで食べてね。あっ朽木君、その海老まだ早いから置いといて。肉先に食べちゃって」 朽木「イエッサー!」 田中「伊藤君、魚ばっかり食わないで野菜も食べて」 伊藤「はいニャー」 どうやら鍋奉行ならぬバーベキュー奉行を楽しんでいるようだ。 食事が終わると、デザート代わりとばかりにスイカ割りを始める。 わざとやっているのか、バットを持って海に入っていく者や、みんなの居る方にやって来る者などの爆笑シーンも交えて、次々とスイカが割られていく。 ただ最後の1個を、巴が怪力で木っ端微塵にしてしまい、しかも金属バットをくの字に曲げてしまった時だけは、一同ドン引きした。 さらに彼女のお詫びのひと言が、追い討ちをかけて場の空気を凍り付かせた。 「ごめん、手加減したんだけど…」 全力でフルスイングでやってたら、どうなったことやら… 午後になると、一部例外を除いて各自ポジション総入れ替え状態になった。 さすがに泳ぎ疲れたか、巴と豪田は日光浴を始める。 クッチーは再び必殺シュートを身に付けるべく、桟橋の向こうへ特訓に出掛ける。 さすがにクッチーの相手に疲れたらしく、斑目は助手役を伊藤と有吉に任せる。 荻上「あの2人ですか?大丈夫かなあ」 斑目「2人居ればボール拾いとパスを分業出来るから、さほど疲れないと思うよ。それにさあ…」 荻上「それに?」 斑目「午前中に巴さんが朽木君の走るフォームいじってたから、だいぶマシな走り方になったよ。だからタイガーショットとまでは行かないまでも、けっこう満足出来るシュートが打てるんじゃないかな」 荻上「巴さんが?」 斑目「凄かったよ巴さん。仮にも先輩相手にビシビシしごくんだもんな」 荻上「それを我慢出来たんなら、朽木先輩も丸くなったもんですね」 斑目「彼は割とマゾっ気あるから、女性に命令されるの好きなんだよ。巴さんのことも『監督』とか呼んで敬語使ってたし」 荻上「…仮にも4年生が1年生相手に監督って」 斑目「もっとも最後の方はトモカンって呼んでたけどね」 荻上「トモカン?」 斑目「巴監督の略らしいよ」 荻上「相変わらず、人を勝手な愛称で呼ぶのが好きな人だなあ」 呆れる荻上会長を背に、斑目は浅田と岸野のデジカメを握って歩き出す。 写真係2人は、午後からはボートで沖に出るのだ。 2人と一緒に乗るのは恵子と沢田だ。 ちなみに太陽光線に弱い沢田は、麦藁帽子に加えてサングラス装着という重装備だ。 台場、神田、日垣、国松はビーチバレーに興じる。 大野さんと田中は、また今年も砂の城を作っている。 どうやら「ハウルの動く城」らしい。 呆れるほど細かく、よくもまあ砂でここまで作れるものだと見る者を感心させる。 そんな様子をボンヤリと見ていた荻上会長に気を使ったのか、ビーチバレー組はひと区切り付けて彼女を泳ぎに誘った。 神田「会長、せっかく来たんだから少し泳ぎませんか?」 台場「そうですよ荻様。失礼ですが、ひょっとして泳げないんですか?」 荻上「泳げないことはないけど、私肌弱いから日焼けが…」 国松「曇ってきたから今ならそんなに焼けないですよ」 荻上「それに私、あんまし遠くまでは泳げないし…」 日垣「みんなも付いてるし、浅瀬で浮き輪持って行けば大丈夫ですよ。」 何時の間にか起きた豪田と巴が突進して来た。 豪田・巴「荻様~私も参ります~!」 荻上「ちょっ!ちょっと待…」 まるで捕獲した宇宙人を連行するように、荻上会長の腕を持って海に向かう巴と豪田。 日垣「おーいちょっと、浮き輪浮き輪!(浮き輪を持って追う)」 あとの3人も追おうとするが、荷物番に想定していた2人が行ってしまったので迷う。 3人の背後から不意に声がかかる。 斑目「行っといでよ」 驚く3人。 神田「シゲさん!」 台場「いつ戻られたんです?」 斑目「今さっきだよ」 どうも現視研というところは、長く居座ると気配を消す術を自然に覚えるらしい。 斑目「そんなことより行っといでよ。荷物は俺が見てるからさ」 天然ボケの気のある国松は、素直に好意に甘えた。 国松「ありがとう、シゲさん!」 神田・台場「すいません、お願いします」 2人もそれに続く。 そんな調子で、泳ぐ予定の無かった荻上会長も少しだけ泳いだ。 日垣の言う通り、彼女が小柄であまり泳ぎが得意でないことを考慮して、浮き輪装着の上であまり沖まで行かずに浅瀬で泳いだ。 幸い午後はずっと曇っていたので、太陽光線をあまり気にすることなく海水浴を楽しめた。 沖に出てたボート組も合流し、終盤にはかなり賑やかな状況になった。 波打ち際では砂の城作りを終えた田中と大野さんが、元写真部コンビのデジカメを借りてその様子を撮影していた。 (田中は自分のカメラは持って来てたが、殆ど大野さんの撮影に使い切ってしまった) みんなの楽しそうな笑顔を見て、荻上会長は内心ひと安心していた。 『夏コミのネタ論争の時は、ちょっと険悪な空気になったけど、みんな基本的には仲良しだから何とかなりそうね』 そろそろ帰りの時間が近付いてきた頃、桟橋の向こうから「にょにょにょ~!!!」という絶叫が轟いた。 先程までに比べ、格段に声が大きい。 絶叫に続いて、何かを吹き飛ばすような音と、何かが風を切る音が轟く。 次の瞬間、桟橋の先から沖に向かって、何かが高速で飛んで行くのが見えた。 その「何か」は沖に浮ぶ漁船の甲板に飛び込み、微かにガラスの割れる音が響いた。 どうやら窓ガラスを割ったらしい。 荻上会長が双眼鏡を向けてみると、船室からサッカーボールを抱えた漁師さんが出て来て、周囲を見渡して首をかしげていた。 急いで桟橋の向こうに向かう現視研一同。 途中で青い顔をした有吉と伊藤に会った。 有吉「あっ会長!」 伊藤「たいへんですニャー」 荻上「何があったの?」 桟橋の向こうに着くと、クッチーが寝っ転がっていた。 彼の足元の砂浜には、長さ30センチほどの深い溝が掘られていた。 荻上「朽木先輩、何があったんですか?」 朽木「おう荻チン、遂に必殺シュートが完成したにょー」 荻上「タイガーショットをですか?」 朽木「いやそれが、僕チンのサッカーセンスが凄過ぎて、一歩先を行ってしまったにょー」 荻上「どういうことです?」 有吉「朽木先輩、最後のシュート打つ時に軸足がカックンしちゃって…」 伊藤「それで思い切り砂浜蹴っちゃいましたニャー」 朽木「で、蹴り足が止まんなくてそのままシュートしたもんで、タイガーショットを完成させる予定が、雷獣シュートになっちゃったにょー」 こける一同。 朽木「でもねえ荻チン、やっぱり雷獣シュートが足首への負担が大きいってのは本当だったにょー。何かさっきから足首痛くて、上手く立てないにょー」 荻上「足首?(クッチーの足首を見て)ひへっ?」 青ざめる一同。 クッチーの右足は、爪先が後ろを向き、踵が前を向いていた。 朽木「やっぱちょっと挫いたかな?」 荻上「それどころじゃないです!思いっきり脱臼してます!」 朽木「にょ~!!!」 結局クッチーは、巴に怪力で足首の関節をはめてもらった。 幸い靭帯には損傷は無かったので、テーピングでガチガチに固めることで何とか歩けた。 つくづくタフな男である。 帰りの車の内の1台の車中にて。 運転手は沢田、助手席には恵子。 そして後部座席には巴、荻上会長、クッチーという面子だ。 恵子「いやー今日は楽しかったね、姉さん」 荻上「まあ最後のあれが無ければね」 朽木「いやー面目ないにょー」 沢田「クッチー先輩、大丈夫ですか?」 巴「靭帯はやってないみたいだから大丈夫よ」 朽木「いやートモカンのおかげで助かったにょー」 一同「トモカン?」 朽木「でももう雷獣シュートは、やめた方がよさそうですなあ」 荻上「当たり前です!」 恵子「まあまあ姉さん、それより夏コミ済んだらまた合宿やんねえ?」 沢田「あの去年軽井沢行ったってやつですか?」 巴「いいですねえ。あと冬もスキーなんかどうです?」 恵子「ほんとに体育会系になって来たな、現視研。どう、姉さん?」 荻上「夏は恵子さんに任せます。冬の方は冬コミが当選するかによるけど、多分正月明けてからですね」 朽木「雪山で修行ですか。よし、今度はイーグルショットの特訓ですにょー」 一同「全然懲りてねえな…」
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その七 うつむく頃を過ぎれば【投稿日 2006/01/18】 カテゴリー-3月号予想 管理人注 これはSSスレに投下されたものではなく、 ネタバレスレに投下されたウソバレです。 その出来に管理人もだまされました。 46話「うつむく頃を過ぎれば」 笹原、頭の中で村上直樹ばりに考える。 (なんて言えば・・・)(もう一回言うのか?)(なにを?)(「好き」って?)(なんかわざとらしくないか?)(いっそ抱きしめたりとか・・・)(いや・・・それは違う・・・)(なにか自然な言葉・・・) 荻上「突然飛び出したりしてすみません」「もう大丈夫ですから・・・」 笹(これって、拒否されてんのか?)(断られてるのか?俺) 笹「いきなり変なこと言って驚かせちゃっかな・・・」 荻「・・・いや、別に変だとは・・・」 笹(!)(これは・・・)「え、あの・・・」 荻「戻ります」 笹原の横を通り抜けて歩いていく荻上。笹原、反射的に荻の腕を掴む。 笹「あ、ごめん」腕を放す。笹原思い直して、「さっきも・・・言ったけど」「なんて言えば良いのかな・・・」「あの・・・こういうの・・・・俺にあわないのは・・・知ってるけど」「でも・・・俺・・・荻上さんのこと・・・好き・・・だから」 笹原、深呼吸してさわやか顔で「付き合ってくれない?」 荻上は笹原の顔に巻田君を重ねてまた涙ぐんでしまう。笹原パニック。 荻上は泣いてしまったことについて「すみません・・・」と謝る。断られたと思った笹原はガーン。 それを見て荻上「あ、そうじゃなくて」「・・・嬉しいすけど」「付き合うとかよぐわがんなくて・・・」 笹「お、俺だってそうだよ」「でも、そういうのって決まった形があるものじゃないと思うし」「そうだ」「もっと仲良くなりたい」「今よりもっと」「誰よりも仲良くしたい」「ガキっぽいかな・・・」 荻「・・・」「それならわがるかも・・・」 ペンション。みんなが待っているところに笹と荻が帰ってくる。 荻上はベッドに直行。リビングに一人残った笹原に咲と大野が詰め寄る。 咲「で、どうだったの?」 笹「荻上さん?大丈夫だよ」 咲「そうじゃなくて・・・」 笹「うん・・・」「まあOKかな」 ガッツポーズする咲。安心した顔で荻上が寝ている部屋のふすまを見る大野。照れる笹の顔をじっと見る笹妹。関係無いという感じのクッチーと相手をする斑目。鉄板笑顔の高坂。 場面は変わって部室。 何かノートに書いている大野、格ゲーで遊ぶ斑目とクッチー、 クッチーに「肘キャンセルで」とかアドバイスしている高坂、 荻上を意識しながら漫画を読む笹原、頬を赤くして絵を描いている荻上。 そんな彼らを退屈そうに見ている咲。 斑目が時計を見て、「あー、そろそろ行くわ」「んじゃ」部屋を出て行く。 咲「おつかれー」 大野「私も授業行かないと」大野立ち上がって出て行く。 咲「おつかれー」 高坂「朽木くん、僕とやろうか」 クッチー「!・・・おてやわらかに・・・」 相変わらずお互いを意識しながら一言も口を聞かない笹原と荻上。 それを見て咲はもどかしそうな、呆れたような顔。 ため息をついて、咲「コーサカー、帰ろ」 高「え?(はじめたばっかり・・・)」 咲「行くよ」 高「う、うん・・・」「ごめんね」←クッチーに謝る ク「いえ・・・(ある意味助かった)」 相変わらず漫画から顔を上げない笹原、スケッチブックにかかりきりの荻上 クッチーは一人で「うおお」とか言いながらゲームしてる。 笹「・・・」 笹原が何気なく荻上のほうを見ると、荻上も笹原のことを丁度見ていて目が合う。 笹(あ・・・) 荻上は焦って目をそらすと、スケッチブックを閉じて部室を出て行ってしまう。 閉まったドアを見て、笹原「・・・・・・・・・」 笹「あ、俺も帰るよ」 ク「はい・・・」 一人残されるクッチー。 帰り道。 笹「どこだ・・・」 笹原がキョロキョロしながら走ってると前を行く荻上を発見。 追いついて話しかける。 笹「一緒に帰ら・・・ない?」 荻「あ・・・はい・・・」荻上顔真っ赤。 駅のホーム。楽しそうに何か話している笹と荻。 電車が来る。二人で乗る。 並んで座って向かいの窓を見る二人。外は夕暮れ。 笹「夏も終わりだねえ」 荻「・・・」「・・・そうですね」 よく見えないけど、どうも手を握りあってる感じ。 以下次号。 柱コメント:楽しいことを楽しいと言えるなんてすごく素敵なことじゃない? 予告:秋といえば学園祭!絶対見てくれよな!
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せんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/02】 せんこくげんしけん 長い廊下を歩く荻上。 戻れるのかどうか分からない不安感や、この時代に生きていた当時の自分のことを思い出さないように、笹原のことだけを想った。 (今、笹原さんは私より年下でねが……キャー!)視線を明後日の方向に泳がせて、思わず想い人の名前が口にでそうになる。(まあいいよね。ここは2002年だし)と自分を納得させた上で、甘えた声を出してみた。 「笹原サン(はあと)」 「はい?」 「!!」 ありえない返事に我に帰る荻上。気が付いた時には、正面に見なれた顔があった。2002年当時の笹原は、ちょうど通り過ぎざまに、見ず知らずの女子に呼び止められた格好になった。 斑目05は、ぶらぶらと廊下の手前まで来ていたが、前方を歩いている後ろ姿を見て、笹原であると気付いた。廊下の角に隠れ、行ってしまうのを待つことにしたが、思わぬ事態が起きた。 「笹原サン」「はい?」 笹原が誰かに呼び止められた。しかもその声は斑目にも聞き覚えのあるものだった。(荻上……さん?)目を凝らして笹原の前に立つ女子の姿を見ると、メガネをかけて髪を下ろしているものの、どうも荻上さんっぽい。 斑目は物陰に隠れたまま様子を伺うことにした。 笹原02を前にして、荻上は口をパクパクさせるばかり。脳内では、さながらマシン語のように高速で思考が展開していた。 (ササササササササササハラサン!?ウワー!偶然?運命?コレって再会け?それとも初めての出会い?あーよく見ると線が細くて頼りねー感じがするー…って吟味してる場合じゃねー!そんなコト考えてる場合じゃねぇってば!あーもーどうすりゃいいかヴァカンネー!) 頭の中がグルグルしてくる。脈打つ心臓の鼓動は、緊張とはまた違った感情によって動かされ、顔が上気してきた。 (頼りなさそうだども……かっ……カワイイかも……) 胸の内が苦しくなってきた。 「?」いぶかしげに自分を見つめる笹原の視線を、荻上は直視できない。不安と寂しさに苛まれていただけに、次第に我慢ができなくなってきた。 (ああ、だめだ、とまんね……) 荻上は両手を伸ばし、笹原の頬に手を当てた。それでも、自分の顔とその表情だけは悟られまいと、グッとうつむく。一方の笹原02は状況が飲み込めないまま、目が泳いでいる。 荻上はうつむいたまま、手に伝わる感触に意識を集中した。 (出会うずっと前の、笹原さんに触れた……) 愛おしい想いがわき上がってきた。このまま首に両腕をきつく巻き付けて、その場で崩れ落ちたい。しかし、彼女は、耐えた。 「え……あの、これ、あれ?」笹原02のうろたえた声に、我に返った荻上は意を決してスゥと軽く息を吸い、強く言い放った。 「もっとしっかりしてください!」 「あ、っは……ハイ!」 意味も分からず返事する笹原、オタとしては(覚悟が必要だ)と思っている彼だが、男としての覚悟はわきまえてはいない。謎の少女に気圧されている。 これには廊下の角で様子をうがかう斑目も「?」と首を傾げた。彼はまだ笹原と荻上のカップル成立を知らない。 「あなたはもっとどっしり構えてていいんデス!」 この時期の笹原にそれを要求するのは酷だろう。 「今は無理でも、がんばってください……。そしてどうか……」 (……どうか、私を、救い上げてください) 最後の言葉は自分の心の中にだけ響かせた。 笹原02の頬に触れた手が離れる。離れぎわに荻上は、(いつかまた、会えますように)と、願った。 荻上は三歩、四歩と離れた。何が起こっているのか、まったく分からない笹原02。 「あ、あの……いつか、部室に包帯をした娘が現れたら……」 思わず口にした再会(?)予告。笹原02がようやく、「部室って? え? 包帯? あ、あの、君は……」と問いかけた時、荻上の後方から、田中の呼ぶ声が聞こえた。 「おーい、笹原いいところにいたな。部室来ないか。“あおい”のガレキ買ったんだ見せてやるぞー」 田中の言葉を合図に、荻上は弾かれたように廊下の向こうへと走り去った。 田中が笹原に歩み寄りながら尋ねる。 「誰? 知り合い?」 「いえ……なんだか分からないッス……包帯をした娘って何だ……」 「ホータイムスメ? エヴァか筋少の話か?」 「さぁ……。……包帯娘……」 荻上が走り去った廊下をいぶかしげに見つめた後、二人は部室へと向かった。 この出来事は笹原の中で、「変な人に会った」程度に思われ、記憶の中から次第に消し去られていった。しかし笹原は、2004年の冬コミ会場で、よく似た女性を見かけることになる。 「ん?」「んん?」 無意識に、変装した荻上に妙なひっかかりを感じたが、結局彼の中で、1年生のころの記憶と結びつくことはなかった。 2人の様子を廊下の角に身を潜めながら伺っていた斑目05は、あの女の子が自分の知る荻上千佳であることを確信した。 田中の登場とともに、荻上が駆け出した。 猛ダッシュで迫る荻上に気付いた斑目05は、「壁の掲示を見る学生」の振りをして、通り過ぎるのを見送った。2人を覗き見していた負い目がヘタレな行動に現れてしまったのだ。 (何やってんだ俺)あわてて荻上の後を追うが、もう立ち止まっていい距離なのに一向に止まる気配がない。斑目の方が先に息が上がってきた。 「お、荻上さんッ! ハァ ちょ と まった! ヒィ」 聞き覚えのある声に背後から呼び掛けられて、荻上は前につんのめりそうになりながら立ち止まった。 「斑目、さん?」一瞬体が硬直した。指先で眼鏡の奥をこすり、軽く鼻をすすり、アゴを引いて気丈に振り向く。 そこには、ヒイハアと息を切らせてガックリ肩を落とし、力なく手を振る斑目05の姿があった。 「なんで、“私のことを知ってる”んスか?」 荻上は、目の前にいるのは、この時代の斑目だと思っていた。 「やっぱりそうか……、僕の方も、入学もしていない荻上さんがなぜここにいるのかと思ったんだけど……」 荻上は安堵の表情を浮かべつつ、呼吸を整えた。 部室に到着した田中、笹原は、後に斑目02や久我山とともに、「第256回 今週のくじアン面白かった会議」で談笑。そこに咲が現れた。 咲は、コーサカの件を相談する前にメンバーの顔を見渡したが、斑目02と、少しばかりの間、視線を合わせた。斑目02は、2005年から来た自分の言動を思い起こして赤面した。 (確かによく見ればカワイイかも知れねー。でもこんな野蛮な女に俺の人生のエナジーを注ぎ込む訳にはいかんのだぁぁぁ! レジュメ通り、徹底して論破してやるっ!) しかし斑目02は、咲相手に高らかに持論をぶちながらも、咲と高坂が「幼なじみ」であることに萌えた。そして、「チュー」に動揺した。05作のレジュメでは、その展開を明らかにしていなかったのだ。 斑目02は、斑目05の出現によって、否定しつつもすでに咲を意識しはじめていたのかも知れない。それは彼の、「(彼女が)ほしくなくはない」という言葉に表れていた。 斑目05と荻上は、サークル棟近くのベンチに並んで座り、これまで何が起きたのかを語り合った。 斑目05は、(荻上さんの言う怪しい男って、初代のことか?)と思う。自分が2002年に迷い込んだのも、初代に会ってからのことだ。 また2人は会話を通じて、(そういえば、この人と、今までこんなにしゃべったことないな……)と互いに感じていた。 荻上の場合は、笹原と結ばれたことで精神的な落ち着き、ゆとりが生まれたことに起因するかもしれない。 それでも、いつもの自分であろうと思い、冷静さを崩さない荻上の様子に、斑目05は、「強いなあ、荻上さんは」と感心する。 「そんなこと ないデス」 孤立無援の中で仲間に会えたのだ。抱え込んでいた不安感、緊張感がほぐされてきて、ほんの少し、声が震えた。 「ホントに……会えてよかったですよ」 その瞳が泣いているのか、分厚い眼鏡に隠れて見ることはできないが、肩が小刻みに震える荻上の様子に、斑目05は動揺した。 沈黙が続いた。 (な、なんとかこの場を切り抜けないと士気に関わる)と思う斑目05。何の士気か自分でもよく分かっていないが、場を和ませるつもりで話を切り替えた。 「あー、このまま帰れなかったら、実家に帰って“生き別れの双子”ですって自己紹介して家に入れてもらうかなぁ~」 いきあたりばったりに語りながら(ヤベー、全然フォローになってネエよ。逆効果じゃねーのか)と後悔する。 荻上の動きが一瞬止まる。 ボソッと、「もともと親が生んでるンだから、説明不可能スよ」と突っ込まれた。馬鹿な発言に呆れて軽くため息をつき、落ち着いてきたようだ。 「あれっ、そーだねー、そーそーアハハ……」斑目05は、荻上のフォローに成功したような、失敗したような、微妙な気持ちで愛想よく笑った。 「おっ、いた! おい2005!」 斑目05と荻上のもとに、何と、「第4回コーサカはオタクじゃねーんじゃねーか会議」を早々に切り上げた斑目02が駆け寄ってきた。02は、驚きの表情を見せる荻上には目もくれない。 02「あんなことになるなんて一言も書いてなかったじゃないか!」 05「成功したんじゃないのか?」 02「成功したさ、お前の予定通りにな。でも何だこの妙な敗北感はー!お前のせいなんダヨォーコノヤロー!」 どうも、結局自分が2人を結びつけるピエロに成り下がっていたことが気に入らず腹が立ってきたらしい。「自分が腹立たしくなった」02は、手っ取り早く「近くにいる自分」に怒りをぶつけにきたのだ。 02「(あいつらは)チューでカップル成立だ! コノヤロー」 思わず斑目05のネクタイを掴んで引っ張る斑目02。 「ネクタイ」「チュー!」「カップリング」 3つの力が1つになって、傍観していた荻上の妄想に変なスイッチを入れた! 今が非常時だというのに、もつれ合う2人の斑目05を見つめながらワープが始まった。 (夢のカップリング「斑×斑」!) (しかも斑目さん、過去の自分に対しても受けなんですね……) (ああ、ここで強気に目覚めた若き笹原さんが現れて2人を○※△$~!!!!) 斑目02は、「キサマー、屋上まで来い! 暗黒流れ星で道連れだ!」と勢い良くタンカを切った直後、「あれ?……あの娘……」と荻上に気付いた。 すでに荻上は、過度の疲労と緊張感にさらされただけでなく、異常なカップリングを目の当たりにし、さらに妄想を果てしなく展開させて心がオーバーヒート。すでに目を回して倒れていた。 事情を飲み込めない斑目2人は、口論そっちのけで慌てる。 「おい、2002年バージョン、人呼んで来い!」 「誰を!? 現視研の奴ぁ呼べないぞ、説明ができん!」 「えー、あー、うー! サークル自治室にだれか居るだろ! 校外の人間が倒れてるって言えよ!」 「わ、分かった。そこに居ろよ!」 ホッとする斑目05。しかし、いざ自治会の人間が来た時に、どう説明するのかは全く頭になかった。 庭の長椅子に座り、荻上の頭を自分のひざに乗せて見守る斑目05。顔中汗をかき、うろたえていた。 「おいおい、どうしちゃったんだよ荻上さん」……よもや自分×2でホモ妄想されていたとは夢にも思わない。 それどころか介抱するためとはいえ、女性を自分のひざに乗せていることに緊張してきた。 (笹原ぁ、スマン……) その時、斑目05の背中に聞き覚えのある声が投げかけられた。 「大丈夫かい、斑目君」 初代会長だ。振り返って驚く斑目をしり目に、彼の隣に座って言葉を続けた。 「今日はいろいろと大変だったね」 「!?」 「時には辛かったり、耐えなきゃいけない事もあると思うけど、その経験があるからこそ、後々素晴らしい出会いや、幸せな未来につながることもある……」 初代は、気を失っている荻上に視線を向けた。 「……彼女が、そうであるようにね」 「初代……?」 「こういう経験の積み重ねで、より良い未来は創られると思うよ?」 斑目は考える。2002年に飛ばされた事態が全て、より良い未来とやらにするために仕組まれたことだとしたら……。 「もうじき自治会の委員長もくるだろう。じゃあ」 斑目は手を伸ばした。「待って下さい初代! 話はまだ半分……!」その瞬間、視界は再びブラックアウトした……。 約10分後のサークル自治会室。 委員長が浮かない表情で戻ってきた。書類をまとめていた北川副委員長が迎える。 「どうしました? 急病人が出たとか聞きましたけど……」 「いや、それが、いなくなっちゃったんだ」 「はぁ……。でも誰か付いてあげてたんでしょう?」 「うん、呼びに来た現視研の斑目君は、“あれ、俺がいない”とか、“帰っちゃったのか?”とか訳の分からんことをブツブツ言っててね……」委員長は状況を理解できぬまま、斑目02と分かれて帰ってきたというのだ。 北川は、ちょうど水虫がムズムズして苛立っており、攻撃的になっていた。 「委員長、この際、泡沫サークルは一斉に整理しましょう! 委員長に……いや、自治会に虚偽でメーワクかけるようなサークルなんて処分するべきです」 「いや、そんな急に……」 「やりましょうっ! 早速、各サークルを内定調査させます!」 「あ……うん」 北川さん主導によるサークルの取り潰し騒動が起きたのは、この後のことだった。 サークル棟の外で初代を呼び止めたはずの斑目05は、気が付くと現視研部室のドア前に立っていた。 ハッとして周りを見回す。 サークル棟の廊下は見なれた風景に戻っていた。ドア前の「ナ○ルル」のピンナップもない。腕時計に目を落とすと、部室で弁当を食べていた時間だった。 「夢か、夢だったのか……ハハハッ! 長ぇー夢だったなぁ。しかも立ったまま!」自分に言い聞かせるように笑い、ふと真顔になって「帰ろ」と、部室のドアを開いた。 「……夢、じゃなかったのか?」 部室のテーブル上には、ノートや雑誌を払いのけるように荻上の体が横たわっていた。気を失ったままの荻上は、メガネが外れ、髪が乱れて頬にかかるなど、何だか艶かしい。 斑目は動揺した。「今、部室のお昼の顔と言えば俺だよなぁ。このまま帰っちゃったら、俺すげー多方面から疑われそう……」もはや彼にとって、謎の真相よりも自己の保全が大きな問題になっていた。 (何とか、フツーに近付けよう) 斑目は、荻上の横顔に手を合わせて詫びた上で、バッグの中からメガネケースを取り出し、ド近眼メガネをしまう。続けてヘアゴムを探したが見つからないので、自分のコンビニ袋から輪ゴムを取り出して筆頭の復元に取り組んだ。 何度か目を覚まそうとする荻上にビビリつつ、作業を終えた斑目。 (荻上さんには合宿以来会わなかった事にしておこう)と思いつつ、いそいそと部室を出て行った。 しばらく後、テーブル上の荻上は、ボンヤリとした視界の中で目を覚ました。 ボーッと「あれ? 夢だったのか……コンタクトは……?」と呟く。気を失う前の記憶をまさぐろうとしていた時、部室のドアがガチャリと開いた。 誰が来たのかも分からなかったが、「荻上! 何してんのお前?」との一言で、咲であることが分かった。 「え、いや……寝てたみたいで……」 「大胆になってきたねぇアンタも」と呆れた口調だった咲は、ふと荻上を凝視し、次の瞬間「ぶひゃひゃはひゃやぁぁあ!」と爆笑した。 「なっ、何ですか?」 「だってお前、その頭……」 荻上の「筆」は、頭の右側に偏ってまとめられ、先っぽが花のように開いていた。しかも左右の耳にかかる「ブレードアンテナ」の髪は、両方とも2本に増えていたのだ。女の髪にまともに触ったことのない斑目では、完璧な荻上ヘアの再現など出来るわけがなかったのだ。 咲はもう一度じっくり荻上の頭を鑑賞する。 「パチモンみてー! 腹イテェー! タスケテェー!」 腹を抱えて笑う。ボー然とする荻上。 しかし、しばらく笑った咲は、ちょっと考え込んだ後、真顔で荻上に訪ねた。 「アンタのその乱れ方、ササヤンと……まさかココで!?」 「な、んな訳ないデスヨ! サササハラさんは研修です」 「サが一つ多いって。でも、まあ気をつけなよ……」 咲は近眼の荻上にも表情がハッキリ分かるほど顔を近付けた。荻上は思わず頬を赤くする。 「ひょっとすると、まだ“見ている”かもしれないからね……」 「???」 荻上には、何が何だか分からなかったが、悪い夢から現実に戻って来ていることが、ただただ嬉しかった。 しばらくして咲が、荻上が、部室を出た。 先刻(せんこく)までの喧噪が嘘のように、部室はひっそりと静まり返っている。 明日、また誰かが部室のドアを開く時、また新しい現視研の歴史が積み重ねられていくことだろう。 【エピローグ】 何日かが過ぎた休日。 荻上のアパートに、研修を終えた笹原が遊びにやってきた。 荻上は玄関のドアを開いて笹原を迎え入れた。 ドアが閉められる。荻上は玄関に立ったまま、2002年にくらべて少し背が高くなっていた恋人の頬に、両手を伸ばした。 「何? どうしたの?」 「何でもないデス。じっとしていてください」 目を閉じて、しばらく「3年越し」の感触を、かみしめた。 「“やっと会えた”」 「そんな大げさな……」 ゆっくりと目を開けて、そこに確かに立っている「今の笹原」を見つめて微笑む。笹原は意味が分からないなりに、いつもの優しい笑顔を返した。 やはり、愛おしくてたまらない。 今度こそ荻上は、笹原の頬に当てていた手を、その首に巻き付けた。 「お、荻上さんッ?」 「ここで……いいですから、一緒に居てください」 2人は玄関のフローリングの上にゆっくり崩れ落ちた。 <完> 【もう一つのエピローグ】 いつの時代かは分からない。 そこが今もサークル棟として役割を果たしているのかも、分からない。 ただ、その中は昼なお暗く、物音一つしない。 304号室、「現代視覚文化研究会」とプレートが貼られたドアの前に立つ人物がいた。猫背でなで肩、メガネの奥の瞳が黒く輝く。 「新しい未来がより良いものになるのなら、僕は協力を惜しまないつもりだよ……」 男はドアに向かって語り掛ける。手を伸ばすが、彼とドアとの間には、大きな板材が十字に打ちつけられ、封印されていた。 「……その未来が来れば、このドアも開かれると思うから」 ザアァァァァァァァーッ!……外の木立が風に吹かれて葉を揺らす。 「また、風が吹くな……」 ドアの前に立っていたはずの初代会長の姿は、すでになかった。 <完>
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あつい話 【投稿日 2006/08/26】 カテゴリー-笹荻 「あつ…」 夏のとある日、荻上は自分の部屋の床の上で溶けていた。 外から聞こえるかすかなセミの声。 テレビの中ではアナウンサーが「今日も暑くなりそうです」などと、わかりきった事を喋っている。 (そんな事!言われなくても!今現在!ものすごく!暑いのですが!) (むかつく!むかつく!) (地球温暖化なんてだいっきらいだ!!) 理不尽に怒る。 だがその怒りも暑さに溶けていく。 恨めしげにエアコンを見上げる。 うんともすんとも言わないエアコン。 故障しているのだから、当たり前なのだが。 理由はわからないが、エアコンが壊れたのは一昨日のことだった。 大家を通じて電気屋に連絡を取ったところ、この暑さでエアコンの売れ行きが好調で云々、とさんざん言い訳された上に、「3日ほど待って下さい」という一方的な通告をされてしまった。 (忙しいのはわかる。土日を挟むから3日待て、と言うのもわかる) (でもこっちは客だべ?客のためなら多少の無理をしてくれたっていいでねェか!!) 再び理不尽に怒るが、それさえ暑さに溶けていく。 テレビの中のアナウンサーは涼しげに、「この先一週間はとても夏らしい暑い天気が続きそうです」などと謳う。 (…) 荻上はもう怒る気力も出ないようだ。 「シャワーでも浴びよ…」 よろよろと風呂場へ向かう。 冷たいシャワーで汗と熱を流すと、いくらか気力を取り戻せた。 (だめだ。このままこの部屋にいたら、きっと死んでしまう。何とかしないと) 荻上は避暑地を検討し始める。 (部室は…あそこは冷房の効きが悪いし…この暑さじゃたどり着く前にやられてしまう) (某漫画家のようにファミレスで粘る…そんなことできるかー!) (図書館とかは…近くに無いし…) (買い物、という名目でショップ巡り…人ごみ嫌い) そんな中、この前笹原のアパートにお泊りした時のことを思い出した。 『汚い部屋だけど、何かあったら自由に使って』 そう言われて、合鍵をもらったのだ。 財布に大事にしまっておいた鍵を取り出す。 (迷惑かな…でも、鍵をくれたってことは迷惑じゃないってことだよね…) (それに部屋を片付けてあげて、料理なんか作って、『お帰りなさい、笹原さん』なんて…) (それくらいやってもいいよね…) その時の笹原の顔を思い浮かべて、荻上はにへらと笑った。 「よし!決まり!」 そう宣言すると、幾ばくかの荷物と供に、荻上は部屋を飛び出した。 …実は笹原の部屋は、部室以上に遠いのだが。 買い物袋を携え、荻上は笹原の部屋の前にいる。 高鳴る胸を押さえながら鍵を差込み、回す。 軽い金属音と供に、鍵が外れる。 荻上は一つ深呼吸をすると、ノブを回した。 「お邪魔します…」 小声で呟きながら部屋に入る。 この時間に笹原がいない事がわかっていても、やはり緊張する。 人気の無い部屋はしんと静まり返り、…そして暑かった。 ズカズカと部屋を横切り、エアコンのスイッチを入れる。 かすかな音とともに冷風が吹く。 ほっとした表情でしばらく風に当たった後、買い物袋の中身を冷蔵庫にしまうと、荻上はようやく安堵のため息をついた。 ベッドに腰掛ける。そのまま横になる。 急に眠気が押し寄せる。 (あ…そうか。夕べも熱帯夜でほとんどねむれなか…った…んだ…) (笹原さん…の匂いが…する…) (笹原…さん…) 部屋に穏やかな寝息が響きだす。 「ん…?」 荻上が目を覚ますと、すでにだいぶ日は傾き、夕方特有の赤い日差しが差し込んでいた。 (うわ!寝ちゃった!今何時?もうこんな時間!?) 荻上は飛び起きると、忙しく動き出す。 脱ぎっぱなしの笹原の服を洗濯機に突っ込み、思い切って窓を開け、夕方になってもちっとも涼しくならない空気に不機嫌になりながら掃除機をかける。 そして荻上は、ベッドの下から、いわゆるエロ同人誌を見つけた。 (笹原さんこんなトコに隠してたんだ) 妙に微笑ましく思いながら、とりあえず机の上に置く。 好奇心から2・3冊ほど流し読みする。 (ふうん。こういうのが趣味なのか…んん?) 何かが荻上の脳裏に引っかかった。 全部に軽く目を通す。 机の脇に積まれたゲームの箱を見る。 くじアンのDVDや格闘ゲームに混じって置かれた、いわゆるエロゲーの箱を引っ張り出す。 (…やっぱり) 荻上は確信した。 そこにあったのは、背が高くて巨乳でグラマーでナイスバデーで年上な女性がたくさん。 つまり、自分とは正反対の… (むかつく) (むかつくむかつく、ムカツクーーー!!!) 荻上はそれらを机の上にきれいに積み上げると、怒りを胸に秘めたまま、家事の続きを始めた。 「つかれた…」 家路をたどりながら、笹原は呟く。 今日は定時に帰れたものの、一筋縄ではいかない漫画家とのやり取りは酷く疲れる。 (荻上さんの声が聞きたいな…) そんなことを思いながら鍵を外し、ドアを開けた。 「ただいま」 投げやりに呟く。しかしその声に答えるものがあった。 「おかえりなさい」 慌てて顔を上げると、そこには微笑む荻上がいた。 一瞬幻覚か?と思ったが、それは間違いなく現実だった。 笹原は疲れが一瞬にして吹き飛ぶのを感じた。 「どうしたの?荻上さん。急に…」 「来ちゃいけなかったですか?」 「そんなことないよ。嬉しいよ!」 「そうですか」 そんな微妙にテンションの違う会話をしながら、笹原は鞄を机に置こうとして…固まった。 ゆっくりと振り返る。そして気付く。 荻上が微笑みながら、その背後に真っ黒なオーラを背負っている事に。 冷房の効いた部屋の中で、笹原の全身に汗が滲む。 「あの…荻上さん?」 「何ですか?」 「見ましたか?」 「見ましたが、何か?」 荻上の放つ圧力がさらに強まる。 「いや、その、確かにこういうのが好きなのは確かだけど、それは決して荻上さんを嫌いだ、なんて事じゃなくて!」 「…」 「こういうのはあくまで二次元として好きなのであって、二次元と三次元は全然別物で…」 「…」 「でも、前にこういうのの話をしたときには、荻上さんも時間制限つきならいいって…」 「…」 「だから、その…」 「…」 「…ごめんなさい」 笹原は深深と頭を下げる。上目使いに荻上を見る。 荻上は顔を伏せている。よく見ると、肩が小さく震えている。そして。 「クスクス…」 「?」 「アハッ、アハハ!」 「ど、どうしたの?」 「アハハハハハハハ!」 「荻上さん!」 ひとしきり笑った後、荻上は笑いすぎて流れた涙を拭きながら、笹原に話し掛けた。 「ごめんなさい。笹原さんがあんまり必死なんで、ついおかしくなって…」 「…」 笹原は憮然としている。 「わかりました。許してあげます…って、笹原さん?」 笹原は無表情のまま近づくと、 「そんなに笑いたいなら…もっと笑え~っ!!」 そう叫んで荻上をくすぐり出した。 「ちょっと、笹原さん!やめてって、くすぐった、あは、あはは、あはははは!」 「もう、調子に乗らないで下さい!それならこっちだって!」 「まだまだ!ここならどうです!?」 笑い疲れ、くすぐり疲れた頃、二人は互いに見つめあうと、どちらからとも無く唇を重ねた。 「「ん」」 おまけ 「あの、荻上さん。よければこれからもお願いできるかな?」 「何をですか?」 「あの、『おかえりなさい』っていうやつ。本当に嬉しかったんだ。疲れが吹き飛ぶくらいに」 「いいですよ」 「ごめんね、面倒かけて。たまにでいいから」 「たまに、でいいんですか?」 「…できれば毎日」 「わがままですねえ」 「だめかな?」 「そんな訳ないじゃないですか」 おまけ2 大野・咲「「それって遠まわしなプロポーズじゃないの?」」 笹・荻「「あ」」
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promise 【投稿日 2006/08/07】 カテゴリー-笹荻 もうすぐ冬が過ぎ、春が訪れそうな季節の頃。 大学の卒業式も目前に迫る中、笹原と荻上の二人は道を歩いていた。 夜もふけ、人通りもない。歩道もない狭い路地をのんびり進んでいた。 まだ残る寒気を帯びた風が吹くたびに、震える二人。 「まだ寒いね。」 「そうですか?実家の方じゃこのくらい・・・。」 そのタイミングで寒い風が吹く。 それにつられて荻上は体を震わせた。 「ははは。やっぱり寒いよね。」 「・・・ですね。」 恥ずかしそうに顔を背ける荻上に、笹原は優しく笑う。 「やぁ、しかし早かった、もう卒業かあ。」 「・・・そうですね。もうですよ。」 二人はその後、言葉もなく歩く。 これが普通になってもう半年近くがたつ。 慣れてきたともいえるこの状況は、二人にとって幸せに違いない。 だが、それももうすぐ変わる。 「卒業したら、もうこんなふうには・・・。」 そう独り言のようにボソッと呟いてしまい、目を見開いて口を覆う荻上に、 笹原は困った顔で苦笑いを浮かべるしかなかった。 「んー・・・。ごめんね?」 「何謝ってるんですか。笹原さんは別に何も悪くないでしょう。」 「でもね・・・。」 「・・・すいません。謝るのは私のほうでしたね。」 「・・・それもなんか違うと思うんだけど・・・。」 卒業も間近になり、少し今までと違う雰囲気になっていたのは確かだ。 今後のことを、不安に思う気持ちが、彼らを覆っていた。 「・・・でも・・・。」 「まあ、なんとかなるよ。うん。」 「・・・ですね。」 頭では納得はする。しかし、何かすっきりはしない。 また無言。二人は歩く。どんどん歩く。 少し時間がたった後、笹原は後ろに気配を感じ、振り向く。 車の音が近付く。 「危ない!」 叫びと共に押された荻上は壁に叩きつけられる。 「いたっ・・・。」 一瞬何が起こったのかは分からなかった。 目の前で、笹原が車にぶつかり、倒れる様が見えた。 車は一瞬速度を落としたようだったが、そのまま走り去って行った。 「え・・・。」 その場に、ぺたんとへたり込む荻上。 人気もない路地。目の前には一人の男が倒れている。 「笹原・・・さん?」 動かず、返事もない。 一瞬、呆然として何をすればいいのか分からなかった。 「笹原さん!」 飛び出すように笹原に近付く。目は閉じられたまま。頭からは・・・。 「血・・・!・・・きゅ、救急車・・・!」 手が震える。鞄の中の携帯を探す時間も長く感じた。 「えっと・・・。」 119。この三桁を押すのでさえなかなか手が動かなかった。 心臓が絶え間なく動く。鼓動が、大きく聞こえてくる。 『はい、救急センターですが。』 「あ、あの、事故が!事故がありまして!」 急がなくてはという想いが心を占め、口が早くなる。 『はい、住所をお願いします。』 「えっと、えっと・・・。」 住所なんて分かるはずもない。焦りだけが募り、頭が真っ白になる。 『近くに電柱はありませんか。落ち着いて。』 周りを見渡すと、すぐに目的のものは発見できた。 ようやく住所を告げ、電話は切られた。 「笹原さん・・・!」 涙目になりながら、笹原の手を握る荻上。遠くから、救急車の音が聞こえた。 「軽い脳震盪?頭の傷も深くはないって?」 荻上の連絡で駆けつけたメンバー達。 咲が、荻上の言葉にホッとしたような顔をした。 「ふぅ。荻上の連絡があったときには驚いたけど・・・。 まあ、不幸中の幸いだね。」 「ええ・・・。意識はまだありませんが・・・。 4、5日検査入院だそうです。」 「ひき逃げだって?全く・・・。いやな世の中だな。」 田中が神妙な面持ちで話す。 「全くです!犯人は絶対に見つけて欲しいですね!」 大野が怒りに満ちた表情で声を荒げる。 「・・・。」 荻上は俯き、言葉を発しない。 「家族には連絡したの?」 「・・・はい。一番最初に恵子さんに。」 「・・・あのバカ、何でこんな時にすぐ来ない・・・。」 その言葉を咲が全て出し切ろうとしたその時、恵子が姿を見せた。 「・・・兄貴、どうなの?」 いつもない真剣な表情を見せる恵子に、咲は少し戸惑う。 足が、小刻みに震えているのが分かる。 「・・・なんだ、あんたどうなったか知るのが怖くてすぐ来れなかったのか。」 「う、うるさい!で、どうなんだよ!」 「・・・軽い脳震盪だそうです。傷も・・・浅く・・・。」 「じゃ、じゃあ命は・・・。」 「大丈夫ってこと。親御さんは?」 咲が笑顔で言うと、恵子はその表情を崩す。 「・・・一応留守電に入れといた。二人ともまだ仕事だろうし・・・。」 「そう。じゃあ、もう一回入れておきな。命に別状はないって。」 「ん。分かった。・・・よかった・・・。」 携帯を取り出し、電話をする恵子の呟きに、咲が笑う。 「ぷふっ、あんたもなんだかんだ言って・・・。」 「うー、うるさいって!・・・あ、お父さん?うん。大丈夫だって。 お母さんも一緒?これから来る?わかった。」 段々緊張も解けてきた皆のなかで、荻上はふっと足を外に向ける。 「・・・どうした?荻上さん?」 その姿に気付いた斑目が声を掛ける。 「・・・すいません。ちょっと風に当たってきます。」 「・・・あ、ああ。」 そのまま、外へ出て行ってしまう荻上。 ただならぬ雰囲気にちょっと腰が引けた斑目。 それを見ていた咲が、すっと前に出る。 「まーたあの子、何か抱え込んでるな。」 「・・・どうしましょう?」 「・・・ここはあたしに任せてよ。」 恵子が咲と大野に告げる。 「あんたが?喧嘩しないでよ?」 「だ、大丈夫だって。兄貴のこと、礼も言いたいしさ。」 そういって、荻上のあとを追いかけていく恵子。 「・・・こんなところにいたんだ、お姉さん?」 少しおどけるように、荻上に声を掛ける恵子。 病院の中庭で、荻上は空を見上げていた。 その声にはっと振り返って、恵子の顔を見る荻上。 「・・・お姉さんじゃありません。」 「まあまあ、いいじゃないの。ありがとうね。」 「・・・・・・なんのことですか?」 その言葉に、面食らったように言葉に詰まる恵子。 「いや、兄貴のことに決まってんじゃん。」 「・・・助けてもらったんです。こっちが・・・礼を言わなきゃ・・・。」 「ああ、そういうこと・・・。」 思いつめたような荻上の言葉に、恵子は少し笑う。 「何がおかしいんですか。」 「なんとなくどういう状況だったかは分かったよ。 兄貴ならそうするだろうなって思ってさ。」 「・・・そうですか。」 ふいっと、恵子から視線をはずす荻上。 「それで気に病んでんの?」 「それもあるんですけど・・・。 ・・・今の自分がどれだけ幸せか、認識したんです・・・。」 「はぁ?」 何を言っているのか恵子には分からなかった。 しかし、それに構わず荻上は言葉を続ける。 「笹原さんが本格的に仕事を始めたら、今までのように会えなくなる。 そのことに、少し不安を感じていたんです。」 振り返り、恵子のほうを見る荻上。 その視線は、あくまでも真剣だ。 「でも・・・。そんなこと、今までに比べれば大した事じゃない。 今回のことで・・・、笹原さんがいなくなったら、って思ったら・・・。 一人だった頃のことを思えば・・・。 私、幸せすぎて、そのことを見失ってたんです。 ・・・自分が、すごくイヤになりました。」 その言葉に、恵子は不思議そうな顔をし、頭をかいて声を発した。 「・・・まー、人間そんなもんじゃねーの? 一つ手に入れたら次ってなるじゃん? あたしはそーなるけどね。 でも、そんなに怒られたりしないよ? やりすぎてしかられることはあるけどね。」 笑って荻上に近付く恵子。 「いいじゃん、少しワガママでもさ。 あんたちょっと自分に厳しすぎない? 今回もさ、無事だったからいいじゃん。」 「・・・あなたは、もう少し責任感を持った方がいいんじゃありませんか?」 「あー、いったね!?」 そういった後、二人は笑う。 「・・・さ、ここ寒いじゃん、向こういこうよ。」 手を伸ばし、恵子は荻上の手を取る。 「・・・はい。」 「そー言えばそろそろお父さんたち来るかな? あ!もしかして初対面!?」 その言葉にドキッとする荻上。 「え、あ、そ、そういえば・・・。」 「大丈夫大丈夫だって、二人ともゆるいからさ~。」 この恵子にゆるいといわれる二人の両親とはどんな人なのだろうと、 少し想像しておかしくなった荻上であった。 「あ~、ごめんね。」 翌日。目覚めた笹原の横には荻上がいた。 無言で、不機嫌な顔をする荻上に、言葉が出せなかった笹原だったが、 ようやく声を出すことが出来た。 「・・・なんで謝るんですか?」 少し棘のある言い方で、荻上は視線を手に持ったりんごに向けている。 りんごは綺麗に剥けて行く。 「あ~、心配かけたかなって・・・。」 「でも、それは私を助けたからじゃないですか。」 「ま~、それはそうだけどさ・・・。」 荻上がどうして不機嫌なのかをつかめずにいる笹原は、 物凄い居心地の悪さを感じていた。 「・・・約束してください。」 りんごを剥き終えて、それを皿にそろえた後、 荻上はようやく声を自分から発した。 「え?」 「次こういうことがあったときは、私だけを助けないで下さい。」 「え、で、でも・・・。」 「わたしひとりになったら、それもいやですから。」 「・・・あー、でもなあ・・・。」 「二人とも助かる方法を考えてください。」 あまりに真剣な表情で話す荻上に、笹原は戸惑う。 「でも・・・。」 「ここは、うん、と言ってくれればそれでいいんです! もし仮にそういうことがあって、出来なくてもいいんです! いま、そういう約束をするってことが大切なんです!」 少し涙目になりながら荻上は捲くし立てる。 「・・・うん、わかったよ。」 「・・・はい。」 そうして、二人はようやく笑って、いつもの状態に戻った。 「あー、りんご食べようかな・・・。」 「・・・はい。」 荻上の手が、フォークを持ち、りんごを刺す。 そして、そのまま笹原の口の方へ・・・。 「あーん・・・。」 「うぇ!・・・うぁ!!」 (こ、こいつは夢にまで見た「あーん」ですか?) ベタと言えばベタな展開に、笹原は興奮する。 荻上も、顔を真っ赤にしてやっている。 そして、笹原が口をあけて、 「・・・あーん。」 「よう!元気してるか笹原!見舞いに・・・。」 大きな扉の音と共に現れたのはMr.バッドタイミング・斑目氏である。 「・・・。」 「「ま、斑目先輩・・・。」」 無言のまま後ずさり、外に出て、扉を閉める斑目。 「「な、何か言ってくださいよ~~~~~!!」」 二人の叫びを扉の外で聞きつつ、心で呟く斑目。 (病院でカップルがいちゃつく・・・。寒い時代だと思わんか・・・・。) 呆然とした顔をして、斑目はその歩を病院の外へと向けた。 オマケ 「で、お父さんとお母さんとは?」 「・・・普通に挨拶しただけですよ。」 「ほんとー?」 「本当です!!」 「なんだー、 『完士のことよろしくお願いします』 『はい、任せてください』 みたいな会話を期待してたのに~。」 「何を言ってるんですか! ・・・今度遊びに来てね、とは言われましたけど・・・。」 「をを!マジで!」 「・・・何を大げさに・・・。」 「いや、お父さんがさ、 『今度我が家の新しい一員が来るよ。』 みたいな事いってたから・・・。てっきり新しいペットかと思ってた。 お姉ちゃんの事だったんだね~。」 「!!」
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ある朝の風景-おまけ- 【投稿日 2006/01/11】 カテゴリー-笹荻 朝食が用意されたテーブルの前に二人座る。 目の前に並んだ皿からは、湯気と共に食欲を誘う香りが漂う。思わず唾を飲み込む笹原。 「あ…、荻上さん、料理上手だね」 「まあ一応。これでも一人暮らししてますんで」 照れているためか、やや赤面した様子で荻上は素っ気なく答える。 何だかまるで新婚家庭のようだ、という思いが脳裏をよぎったのは果たしてどちらだったのか。 落ち着くために視線を逸らしお互いに小さく息をついた後、 二人、いただきますと手を合わせ、笹原はゆっくりと箸をのばした。 (…まさかここで実は見た目はちゃんとしてるけど、本当はそりゃあもうすごい味でしたー、 なんてどこぞのゲームみたいなオチはないよな) 頭の中をそんな妄想が駆けめぐる。そんな笹原の様子を緊張した面持ちで見つめる荻上。 (さっき味見した時はちゃんと出来てたっぽいけど…。笹原さん、美味しいって言ってくれっかなぁ) 微妙な緊張感に包まれながら、ゆっくりと料理が笹原の口へと運ばれる。 自分の箸を動かすことも忘れ、笹原の様子を見守る荻上。 そんな視線にも気付かず、笹原はもごもごと咀嚼した後、ゆっくりと飲み込んで口を開いた。 「うん、美味しいよ。荻上さん」 にこりと笑って言い終わると同時に、箸はすでに次の皿へ伸びている。 実に美味しそうに目の前で箸を進める笹原の様子に、荻上はようやくほうっと息を漏らして安堵した。 「…あれ? 荻上さん、お箸動いてないみたいだけど。食欲ない?」 「あ、いえ! 私、ちょっと食べるの遅ぐっで。ええ」 慌てて箸を動かす荻上。急いだためか、思わず喉につかえて噎せて咳き込む。 「ごほっ、ごほっ」 「だ、大丈夫? そんなに慌てなくても別に誰も取ったりしないよ」 飲み物を差し出しながら、優しく背を撫でる。 辛うじて飲み物で喉のつかえを流し込んだ荻上は、涙目になっていた。 「す、すみません…」 「いや、気にしないで」 苦笑しながらそう言うも、自分の失態が余程気になるのか縮こまったままの荻上の様子に、 何とか場を和らげようと思いつくままに笹原は言葉を続けた。 「でも、あれだね。荻上さん」 「…はい?」 「これだけ料理出来るなら、いい奥さんになれそうだよね」 「――――――ッ!!!!!!」 それはそれは見事な噴水だった。野外でならば虹がかかってもおかしくないくらい。 しかし、もしそうなったとしても笹原が目にすることは出来なかったであろう。 荻上が吹いた水は、物の見事に笹原の顔面に浴びせかけられたのだから。 「う、うわっ! え!? 何? 一体何が!!!?」 「ちょっ! な、何言ってんすか、笹原さん!!!!」 思わず顔を真っ赤にして抗議するも、笹原はそれに答えるどころではない。 毒霧ばりの目つぶしを喰らって、前後不覚に陥り、まるで阿波踊りのように手をばたばたとさせるのが精一杯だ。 その様子を見てようやく我を取り戻したのか、荻上は慌てて何か拭くものを探すために立ち上がった。 「え、えっと、タオル…、タオル」 とりあえず傍の棚にかけてあった物の中から一番近くにあった布巾を取って笹原へ渡す。 「と、とりあえずこれを」 「あ、ありがとう」 助かった、そう思ってひとまず目元を拭い、ようやく人心地ついた笹原は、 もう一度顔を拭おうとして手にした布をしげしげと見つめた。 タオルと一緒に何やら淡い色をした小さな布きれが見え隠れしている。 「…………荻上さん」 「はい?」 「ひょっとしてこれ…」 ぎぎぎ…、と首を回して差し出された笹原の手にあるのは、見間違うはずもない荻上自身の下着であった。 「――――――ッッッきゃあああああああああああああああああああああっっっっ!!!」 文字通り目にも止まらぬ速度で笹原の手から引ったくるようにして奪還を図る。 二人ともこれ以上赤くなる箇所が見当たらない程赤面している。 「そういう行為」に及んだ関係であるにしては、実に初々しい反応であると言えた。 「み、見ましたか?」 分かり切っている答えをあえて訊ねる荻上。 その目は笹原の顔面を突き刺して更に向こう三軒両隣に行き渡るほど据わっており、 ここで選択肢を誤れば確実に即「DEAD END」だ、と笹原のゴーストが囁くくらい鋭かった。 「い、いや…、その」 脳裏にいくつもの選択肢が浮かんだ。しかし、どれもこれも即死の匂いがもの凄い勢いで漂っている。 脳内カーソルがめまぐるしく動く。 (…せ、正解はどれだ) 笹原の背筋に冷たい汗が流れる。 「見ましたよね?」 じり、と迫る荻上。笹原を追いつめているようで、実は自分を追いつめていることにはまるで気が付いていない。 「えーと、その、ね? 見たと言うか…」 「見たんですね?」 (ああっ、タイムテーブルが今にもアウトゾーンへまっしぐらでGO!!) 目の前の荻上から発せられる恐ろしいほどの重圧に、 焦りのあまり頭の中が真っ白になった笹原は、蚊の鳴くような声で答えた。 「…淡いブルー?」 「――――ッッ!!!!!!!!!!!!!!!」 同時にまるで瞬間移動のようなタイミングで窓辺へ駆ける荻上。振り向く間もあらばこそ、 笹原は大慌てで荻上の腰へタックルを敢行した。 「待って! 荻上さん!! だから窓から飛び出しちゃダメだって!!」 「~~~~~~~~~~~ッ!!」 そんな笹原の制止の言葉も耳に入らず、荻上は半泣きでじたばたと窓へと手を伸ばす。 そしてやはり窓の外は快晴で、二人を暖かな日差しが優しく見守っていた。 これもまた、一つのいつまでも消えることなく心に残る、ある朝の風景。めでたしめでたし。