約 355,724 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2434.html
高校を卒業してから、はや1年。 あのうるさいハルヒと別の大学に行ったおかげで 俺はめでたく宇宙人も未来人も超能力者もいない普通の日々を手にいれた ハルヒいわく「SOS団は永久に不滅なのよ!」とのことだが、 活動の根城であった文芸部室では現在、北高の新1年生数名が文芸部として活動している。 あるべき姿に戻ったとも言うべきだが、いまの部室にはガスコンロや湯飲みはない。 朝比奈さんが着ていた華やかな衣装も、コンピ研からかっぱらってきたパソコンもない、 普通の部室になっている。 昔のハルヒなら「ここはSOS団のアジトなのよ!」と部室を強引に不法占拠しただろうが、 楽しそうに活動する現部員、つまり後輩の様子を見ているとそんな気にもならないらしい。 拠点を持たない現在のSOS団にはどこか勢いがないと言うか、ごく普通の仲良しグループとなっている。 いつもの喫茶店に集まり、みんなで市内探索をしたり、イベントに参加したり・・・ そんな活動からも、最近は遠ざかっている。 それぞれの団員が新しい環境で忙しいのだろうか、 あのハイテンションの団長様からは、もう1年も召集命令がかかってこない。 実際、俺も忙しかった。 溜まっていたレポートをようやく仕上げ、自室でシャミセンを抱えてベッドに倒れこんだ。 ああ、疲れたさ。 人間というのは考え込むと突然憂鬱になることがあるそうだが、今の俺もちょうどそんな感じで、 何か釈然としない気分となりながら、激動が続いた高校時代の思い出を頭に描いている。 何気なく外に出た俺は、ハルヒの支離滅裂な行動を苦虫を噛む様な顔で振り返りながら、 朝比奈さんの素晴らしいお姿をもっと堪能していればよかったと後悔の念を抱き、 木漏れ日が射す道を、高校時代、毎朝苦しめられたあの坂を上っていた。 平日の学校だというのにどことなく静かで、相変わらず安っぽいプレハブ校舎が風情を醸し出している。 桜舞い散る校門を、卒業式以来久しぶりに通る。 おもむろに懐かしくなってきた俺は、かつて騒然とした毎日を過ごした場所を1箇所1箇所巡ってみた。 教室に入ることはできないが、セキュリティの欠片もないこの学校を見回るのは造作もないことだった。 古泉に能力を聞かされた中庭のテーブル。文化祭でハルヒと長門が観客の度肝を抜いた体育館。 なんだ、ほとんど何も変わってないじゃないか。 自然と口元が緩む。何もかもが懐かしい。 様々な場所を歩き回った俺は、校門を出る前によく分からない気持ちに駆られ、あの扉の前に来ていた。 そう、現在はSOS団のプレートが外されて、正規の活動を行っているあの、 文芸部部室の扉の前に。 4月の上旬、今は授業中。 かつてのハルヒのように、授業をサボってまでクラブ活動に精を出すような奴はいないだろう。 部室に鍵がかかっているのは当たり前のことである。 しかし、憂鬱というよりは懐古の面持ちが強くなっていた俺は、かつての思い出の1ページをさらうように、 いるはずのない朝比奈さんの着替えを目撃しないために、軽く扉を2回叩いた。 当然、反応はない。 俺が1番に来るとは珍しいじゃないか、と自分に懐かしく言い聞かせ、ドアノブに手をかけた。 ガチャリ・・・ 鍵はかかっていなかった。 まったく、部活動時間外にはしっかり施錠するのが部長の仕事だぜ。 ハルヒもその辺だけはしっかりしていたんだから、そこは見習っておくべきだな。他はともかく。 扉を明けると同時に、懐かしい言葉が浮かんできたのでつぶやいてみた。 世界を大いに盛り上げるための、 「涼宮ハルヒの団。」 つぶやきを言い切る前に、 扉の向こうから俺の高校生活をクソ面白いものに変えやがった声が聞こえた。 どこか色っぽいような顔で俺に微笑みかけたそいつはまさしく、 涼宮ハルヒだった。 なにやってんだお前はこんなところで・・・ と言いたくもなったが、ハルヒの顔を見ていたらどうも言葉が出てこなかった。 どうやら俺が忙しい日常の中で、もっとも再び見ていたいと思ったのは、こいつの顔だったようだ。 おかしい話だよな、こいつと会ったらもっと忙しくて面倒なことに巻き込まれるんだぜ。 でも、ひとつ言えることは、忙しさの中にも楽しさと、そして心のやすらぎを得ることができたということ。 いろんな思いが交差する中、最終的に俺の全思考回路がハルヒに向ける言葉として選んだものは、 「よう」という一言だった。 「あんた、よく覚えていたわね」 とハルヒがつぶやいた。 どちらかと言えば勘が鈍いほうの俺だが、これが何のことかは一瞬で思い当たった。 少しの間をおいて、はにかみながらハルヒにこう返す。 「団長、1周年おめでとうございます」 ハルヒの目が、かつてのように輝いた。 「ふん、相変わらずあんたはバカね」 これは思わぬ反応だった。と、同時に久しぶりに聞くハルヒ節がなぜか心地よく感じた。 「どうせあんたは卒業して1周年とか考えてるんでしょうが違うわよ! 今日はSOS団設立からちょうど4周年でしょ!だいたい1周年だったら卒業式から逆算しても 日にちが合わないじゃないの。ふん、あんたにしてはいい事言ったけど詰めが甘いわねー!」 まぁ、そういわれてみればたしかにそうか。 ただ雰囲気的には1周年って感じはするがな。もう4年経つのか。早いもんだ。 あらためて部室を見回してみると、随分閑散としている気がする。 現文芸部の作成した会誌や読書コンクール作品などが整えられて机の上に置いてあり、 至極まじめに活動している様子が見受けられる。 そういえば俺たちもハルヒ編集長の指示によって文芸部(ではないが)の会誌を作ったっけな・・・ 朝比奈さんのかわいらしい童話や長門の淡々としたエッセイ、鶴屋さんの大爆笑必至のアレ。 コンピ研の部長氏が目を充血させてまで書き上げたようなパソコンゲームなんとかの記事。 そしてできれば忘れたい俺の恋愛(というのかどうか分からんが)小説。 「あんたの恋愛小説にはもうちょっと期待してたんだけどねー、期待して損したわ。」 余計なお世話だ 「そういやお前、大学の方はどうなんだ?また変な団作ってんじゃないだろうな」 相槌を打つ程度に聞いてみるが、返答の内容はだいたい見当が付く。 「作ってないわよ。あたしはSOS団の団長なの。新しい団を作るつもりも入るつもりもないわ」 恐らく、ハルヒの高校生活はとても楽しいものだったのだろう。 そのひとつがSOS団の存在、ひとつというより大きなウエイトを占めているのは間違いない。 はじめて会話したときの、あのどこか不満気で釣り上がった表情だったハルヒはもうどこにもいない。 あいつはおそらく、高校生になって劇的に日常が面白くなるとは考えてなかったはずだ。 期待はするけど、どこかで晴れない気持ちが芽生えてたはずだ。 でも。 それが、この3年間だったもんな。 個性的な仲間たち。数々の不思議な体験、胸が躍る冒険。 地味な事件のひとつひとつさえ、とても面白かったんだろ、なぁ、ハルヒ。 なんで分かるかって? 何度でも言うさ。 俺も楽しかったからだ。 「なーににやついてんのよ!また変なこと考えてるんじゃないでしょうねっ!」 「また」って、俺がいつお前の思う変なことを考えたんだよ。 だいたいお前が思う変なことってのは、一般人にとってどれだけ驚異的な発想なんだろうね。 ・・・とは思うものの、1年の時の冬に雪山で変な空間に閉じ込められたときに、 「風呂を覗くな!」みたいな主旨の事を言っていたっけな。 こういうところでは意外に乙女ちっくというか、古泉に言わせれば常識的な考えを持っているんだよな。 バレンタインデーでもそうだっけか。義理義理義理義理言っておいて毎年ちゃんとくれて、 年々チョコの内容がグレードアップしていったのはなんだったんだろうな。 最後の年のバレンタインデーなんて大きさも凄ければ、 団長様直々にお書きなされたカードみたいのまで入ってたっけな。 まぁ古泉のも同じ大きさでカードが入ってたみたいだが、何て書かれてたは知らん。 ただ、俺に宛てたカードに書いてあった言葉は今でも覚えてるぜ。 1年の時に貰ったのは、チョコにバレンタインデーとぶっきらぼうに書いてあっただけだったが、 あのカードに書かれた文字を俺は生涯忘れることはないんじゃなかろうか。 なんて書かれてたか?それはだな、 禁則事項。ずーっとな。 ちなみに俺はそのカードを今でも大切に財布に入れてる。 クレジットカードやどこぞの会員証よりも優先順位が上な、一番目立つところに。 「ふん、まぁいいわ。でも、あんたよく覚えてたわねぇ。ちょうど電話しようかなーって思ってたんだけどさ。 団長様は授業真っ盛りの学校に団員を集合させる気だったのかよ。 「ちがうわよ。集合場所はここじゃなくていつもの喫茶店。」 喫茶店か、あそこには色々とお世話になったもんだな。 おそらく俺は、この部室に来なかったら図書館か喫茶店に向かっていただろう。 その先でも結局こいつに会ってたことになるんだな。 巡りあわせ、か。 ハルヒに出会ってから、俺はこの言葉をつぶやく機会が減った。 理由はお分かりのとおり、「自分の思いを実現する力が涼宮ハルヒにはある」というバカげた話を、 一般人とはかけ離れた奴から耳にしてしまったからな。 俺の中で、ほぼ必ず「巡りあわせ」はこの言葉に置き換えられた。 ただ、今の状況はハルヒがそう願ったから、というわけではないような気がする。 それとは別に・・・、なんだろうな。言葉にはしづらい内容だ。 「とにかく、せっかくの記念日なんだからねっ!みんなで集まりましょうよ!」 ハルヒの目がまた輝きだした。ホント、楽しそうなときののこいつはいい顔するねぇ。 SOS団専用スマイル。俺は勝手にこう名づけてるんだが、その名のとおり一般生徒には なかなかお目にかかれない特上のハルヒスマイルだぜ。 「それじゃ、喫茶店行くか。みんな集まってのSOS団だからな。」 別に深い意味があって言ったわけでもなく、そんなすぐに急いで行こうという意図があったわけでもないが、 「えっ・・・ちょ、ちょっと待ちなさいって!えっと・・あの、その・・・ふ、風情のない奴ねあんたもっ!」 と、全力で部室から出ることをわざとらしく拒否しやがった。なにがしたいんだ、こいつは。 「とにかく・・・たまにはいいでしょ、あたしとあんた二人で懐かしむのも・・・。あんたは団員その1なんだし・・・」 ハルヒが顔を赤らめている様子を想像した諸君、残念。 いきなり後ろ向いて細い声になるんだから顔までは見れなかった。 どんな顔してたんだろうな。 間髪入れずにハルヒは振り返り、俺のいる方へと近づいてくる。 よくみると、紙袋を後手に隠しながら歩いてくるのが分かった。 「ハルヒ、お前後ろに何隠してんだ?」 頑張って俺に見られぬように隠している紙袋に入っている物体について、 わざと先に聞いてやった。 「!!!!・・・ちょ、ちょっとあんた、そういうのは気付いても言わないのが男心ってもんでしょうが・・・」 立ち止まってハルヒはそっぽを向いた。 予想通り。この反応が見たかった。 たまにはいいだろ?俺のほうがお前を困らせてやっても。 「・・・バカ。」 そう言いながら、ハルヒは紙袋から包装された物体を取り出した。 「なんだこれ?」 おそらく万人がそういう反応をせざるを得ない、意外な代物が飛び出してきた。 年季を感じさせる、例えるならば中学生が3年間一度も買い換えずに使い込んだ筆入れのような、 財布だった。 先ほど意外な代物と言ったが、俺はこの財布に見覚えがあった。 喫茶店の代金を払うのは大体が俺の仕事のようなものになっていたので、見かける機会は少なかったが、 それはハルヒが使っていた財布と見て間違いはなかった。 「・・・お、お礼の言葉はないのっ!?団長直々の贈与品なんだからおとなしく謝辞を述べなさいっ!」 なんだそのめっちゃくちゃな理屈は・・・。 と思いつつも、何でまた財布なんだろうな。それもハルヒ本人の使っていた。 その辺はまた後で聞くとして、まず最大の疑問を投げかけてみた。 なんでまた、これをわざわざ包装してるんだお前は。 「プレゼントってものは普通包装してあるでしょ!当然の事しただけよっ・・・。」 まぁ・・・たしかにプレゼントって物はだいたい包装してあるものだが、 そもそも渡す本人が日常的に使っていたものをプレゼントするってのはかなりのレアケースなんだろうか。 いや、そんなことより根本的におかしいだろ。なんというか。 つーかこいつはもしかして包装紙だけをわざわざ買いに行ったのか? 包装紙を売ってる店なんて聞いたことないから、 大方近所のデパートの店員を脅してかっぱらってきたんだろうな。 そう思ってくしゃくしゃになった包装紙を眺め、さてどこの店の包装紙だ?と店のマークを見回したが、 なかった。店のマークも、特徴も。 それにどこか、一般小売商などのものにしてはやけに包装紙にムラが目立つ。 まさかこいつは、わざわざ包装紙とリボンを手作りしたのか? ・・・聞いたらそっぽ向きそうなので、これは言わないでおくか。 「・・・大学の同級生が財布をくれたのよ。だからそれはもういいの。あんたにあげるわ。」 要するにいらないものを恵んであげますよってことか。 フリーマーケットに売りに行くって選択やそのまま放置しておくって選択肢はないのかよ。 俺ならたぶん捨ててるな。 「けっこう使い込んであるけど、あんたのそのボロい財布よりはマシでしょ」 お前に言われたくはねーな、と言いたいところだが実際俺の財布も年季が入ってるからな・・・ でも一応まだ使えるっちゃ使えるぞ。これでもけっこう愛着あるんだからな。 「えっと・・・今まであんたには色々お金出してもらってたからさ。 その・・・なんというかお礼よお礼。借りた恩はちゃんと返すのが義理人情の世界でしょ。」 いつからSOS団は義理人情の世界になったんだよ、と思いつつ、 俺のハルヒへの投資は金以外にも、睡眠時間とか平凡な生活の終焉とか色々あったな、 お返しは財布1個で足りるもんじゃねーぜ、という気もするといえばするな。などと考えていた。 「そのかわり、あんたの財布はあたしが預かっておくわよ!ちゃんとありがたくあたしの財布を使いなさい!」 ああ、そういうことか。要するに俺の財布が欲しかったんだな、こいつは。 そんな質のいいもんでもないが・・・こいつなりに何か考えがあるんだろう。 ってことは大学の同級生が財布をくれたってのもたぶんデマカセだな。 相変わらず素直じゃないヤツだ。 「まーた!なーにニヤニヤしてんのよ!・・・べ、別に深い意味があるわけじゃないんだからっ!」 ん、またニヤニヤしてたのか?俺は。 別に意識あっての行動ではないんだがな、どうもクセになってるらしい。 外の景色が春らしく、穏やかな陽気で静けさの中にあるように、 文芸部室もまた静かになっていた。この空間には俺とハルヒしかいない。 それにしちゃやけに静かだな。 「さっ!キョン!おとなしく財布を渡しなさいっ!ついでにあんたの財布の中身も拝見させてもらうわよぉ♪」 ハルヒは強引に俺のパーカーのポケットに入っている財布に向かって腕を伸ばしてきた。 全く、ほんとにむっちゃくちゃな奴だなこいつは・・・ ん?俺の財布の中身・・・ これはまずい。 俺が理性を最大限に働かせて、財布の略奪を必死に阻止しようとしたときにはすでに、 ハルヒの手を伸ばした先にあった。 「ふぅーん、さぁーてさてっ!雑用キョン君の財布にはなーにが入ってるのかしらっ!」 俺は一瞬目を覆いたい気分になったが、もうどうしようもないのでハルヒを見つめた。 そもそも略奪を阻止したとして、アレだけを財布から抜くのなんて無理だろう。 これはしてやられた。 「・・・ちょっ、あんた・・・これ・・・」 ハルヒの顔が紅潮していくのが分かった。もうホント、これ以上ないくらいに分かりやすかった。 「あ・・・あたしは別に、それ、本気のつもりじゃ・・・っと、その、冗談よ!2ヶ月はやいエイプリルフールなのっ! あ、あんたもそれ見て冗談にしちゃきついなとか・・・い、いってたじゃないの! もう1年以上経つのに・・・それを・・・財布に入れてるって・・・」 どうしよう、ほんとにこれ。 団長様直々のお言葉だったので入れておきましたとか? どう考えても言い逃れにしかならない。 俺は・・・ 俺が3日間意識を失っていたときに、寝ずに俺を看病してくれていたハルヒ。 世界が改変され、北高から姿を消したハルヒを全力で探し始めた俺。 バレンタインデーで年々グレードアップするチョコを俺にくれたハルヒ。 どこかでポニーテール姿のハルヒを望んでいる俺。 雨の日の帰り道、結果的に相合傘を望んだハルヒ。 ・・・鍵をそろえよ、か。 俺はこの状況とは無関係な、そんな言葉を思い浮かべていた。 あの時、俺は自分で意識したわけでもないのに、気が付いたら仲間を集めていたっけ。 気が付いたら。 もしかしたら、そんなはずはないとは思うが、 俺は全ての騒動や日常の中で、平行してもうひとつの鍵をそろえていたのだろうか。 涼宮ハルヒ、という鍵を。 「なぁ、ハルヒ」 「なによ」 口を開くまで時間がかかった俺の、やっとひねり出した言葉に、ハルヒは間髪入れずに返してきた。 この辺はこいつらしいな、とつくづく思う。 色々な言葉が思い浮かんできたが、なぜか俺は突拍子もないものを選び取ってしまった。 「俺、思うんだけどさ。曜日によって感じるイメージはそれぞれ異なるような気がするんだよ」 ハルヒが「はぁ?」という反応をしている。 まぁ、そりゃそうだろ。この場面でこんな言葉を投げかける奴は宇宙探しても俺ぐらいだろう。 「色でいうと月曜は黄色。火曜は赤で水曜が青で木曜は緑、金曜は茶色、日曜は白、だな」 ハルヒは変な顔を少しゆるませて、「ってことは、月曜が0で日曜が6になるわよね。」と返答する。 懐かしい会話が、立場を入れ替えて喋る形になったが、 俺はこの部分をあえて自分で言った。 「俺は月曜が1って感じがするけどな」 ハルヒはきょとんとした顔で、 「そりゃあんたが日曜になにもしてなくて、学校が始まる月曜が週の始まりのように感じたからでしょ」と答えた。 この場違いな問答で、俺は何かが分かったような気がした。 もちろん、そこまで深い意味を持って投げかけた質問なわけでもない。 「あんたの意見なんか誰も聞いてない、じゃないのな。」 ここら辺は俺の記憶力を素直に褒めるべきだな。 普通は4年前の会話を一字一句覚えているなんて、ありえないことだろうが。 その後のハルヒの一言が、後ほどかなり大きな意味を持つことになってしまったからな。 前後の会話はなんとなく覚えていたよ。ここまで鮮明だとは思ってなかったが。 「え、あたしそんなこと言ったっけ?」 ハルヒが首を傾げながら俺の問いかけに答えた。 ひとつ考察してみると、過去の記憶を探るうえで、局地的な言葉の存在を忘れることは 誰にでも多々あることで、それほど珍しいものでもない。 だが、俺にはハルヒがなぜ、その言葉を忘れてしまったのかがなんとなく分かっていた。 出会い、SOS団を作り、多くの出来事を越え、歳月が経った俺たちの関係。 そこには見えない信頼関係が出来上がっているように思える。 今のハルヒは、俺の意見を無視することはあっても全否定することはなくなった。 初対面と3年の付き合いでは、そりゃ内面の意識も変わるだろう。それは信頼関係とみて間違いない。 でも、ひとつひっかかることがある。それがさっきそろえた「涼宮ハルヒ」という鍵だ。 信頼関係というなら、俺と古泉の間にもあるようにハルヒと朝比奈さんの間にもある。 つまり、部員全員が信頼関係で繋がっているはずだ。それが、SOS団だろう。 じゃあ、俺とハルヒとの間には信頼関係をある意味で越えている何かがあるのだろうか。 そうでないと、ここまで鍵をそろえた理由が説明できない。 そして、何よりも謎になるのはこのカードを財布に入れていた俺である。 今思えば、俺はなんでこのカードを財布に入れているんだろうか。 まずそこが矛盾点になる。 ハルヒの顔が不意にうつむいた。 そして、おもむろにこう呟く。 「あんたも回りくどい奴よね。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」 強気に聞こえたその言葉は、どこか恥じらいの成分を含んでいた。 回りくどい、か。脳内の俺を説明するならこれほど端的な言葉もねーな。実に分かりやすい。 ・・・ どうして、もっとはやく気づかなかったんだろうな。 回りくどく考える必要なんてこれっぽっちもないじゃないか。 俺は、ハルヒと2人になった閉鎖空間のときと同じように、手をハルヒの肩に乗せ、ぐっと引き寄せた。 「な・・・なによっ」 ハルヒの顔が、凄く近くにある。 あの時よりももっと近く、遠めに見たら抱き合っているようにしか見えない距離にまで引き寄せた。 今までハルヒと過ごしてきた日常の中で、顔が今くらい近くに来たことは、何回かある。 ただ、今までと違うのは、体も凄く近くにあるということ。 いつぞやハルヒが言った「黙って溜め込むのは精神に悪いわよ」という言葉。 それを倣うように、左脳をフル回転させて思考した考えを忘れ、 ハルヒの言った「はっきり」の一言で浮かんだ思いをヘタクソな言葉に乗せて、俺は言った。 「ハルヒ」 「どうやら俺はお前の事が好きみたいだ」 ・・・ 結局少し回りくどい言い方になってしまった。 どうして俺はこうなんだろうな。まぁ、そこは個性として考えてくれればありがたいよ。 「・・・バカ」 俺の腕の中で、ハルヒはそう呟いた。 「すまん」 これ以上先、言葉は必要なかった。 あの時感じたときと同じように、ハルヒの唇は温かくも湿りをもっている。 ________________________ | |本命、かも。 |________________________ 回りくどくなく、やたらストレートだったこの言葉。最後にやや照れ隠しのように記された団長のキメ台詞。 そういえば渡される前の日にハルヒが国語辞典を読み漁ってたな。こいつに穏やかってのは変だが。 ともかく、こうして俺はここでハルヒを立ちながら抱きしめ、唇を重ねている。 時が止まって欲しいとも感じたさ。体中に幸せを感じていたからな。 そんな状況下で、全く予期せぬ事態が発生した。 ガチャッ! 扉が勢いよく開いた。 こういう間の悪い奴を俺は一人知っている。 そのT君はアホなので変な方向に勘違いしてくれて助かったが、この状況はそうともいかない。 ドアノブをまわす音から扉が開くまで幾分かの間があったので、ハルヒから体を離すには充分だった。 離れるハルヒの顔が、どこか名残惜しそうな、そんな雰囲気を醸し出している。 それにしても、誰だ。いきなり。 だいたい今は授業中だろ。文芸部は今でも実は地下で突拍子もない活動をしてるのか? 授業が終わるまでも、あと30分くらいは時間があるはずだ。 すると、 パァン!という小さな火薬音と共に、これまた見覚えのある顔の奴が出てきた。 今のはおそらくクラッカーだろう。 「おやおや、ちょっと入室するにはタイミングが早すぎましたかね?」 古泉だった。 すると、ガタリ、という音と共に掃除ロッカーから長門が出てきた。 こりゃまずい、古泉はともかく長門は顛末全部分かってるんじゃないだろうか・・・ 古泉の後ろからは、なぜかメイド服を着ている、(大)と(小)の間くらいに成長した朝比奈さんが出てきた。 朝比奈さんの位置づけはとりあえず(中)ってことにしておこう。 「これはいいアダムとイヴですねぇ」 古泉がいつものニヤケ面を100倍増長させたような顔で皮肉を言うと、 「涼宮さんにもこんなところがあったんですねぇ!キョンくんを部室に呼び出すなんてぇ」」 「んなっ!ち、ちょっとみくるちゃん、違うって!これは、あの、その!偶然よ偶然!」 朝比奈さん(中)がほほえみながらハルヒをちょんっと小突いた。 意外な光景だった。 というか、朝比奈さんはわざわざ未来からやってきたのだろうか。 それにしても、ハルヒにちょっかい出すなんて、朝比奈さんは色々と成長していくんだな、と感心した。 体の方も順調に朝比奈さん(大)に向かって邁進しておられるご様子。 「・・・これはドッキリだったのか?」 そうつぶやくしかなかった。そりゃそうだろ。 「いえ、僕たちは特に打ち合わせなんてしていませんよ。」 と古泉が答えた。 じゃあなんだっていうんだ、その準備のいいクラッカーといい朝比奈さんの姿といい。 「よく分かりません。ただ、なんとなくです。クラッカーを用意させていただいたのも、 ただの僕の気まぐれです。なんとなく、皆さんと会える気がする。ただ、そう考えて北高を訪ねただけです」 少し動機は違うものの、古泉がここを訪れた理由はなんとなく俺と似ている。 懐かしい気持ちもあったが、少しだけこいつらに会える気がしていた。 よくもまぁ、とんでもないタイミングで出てきやがったがな。 でもこの理屈じゃ朝比奈さんとお前はともかく、長門の説明が付かないだろ。 掃除ロッカーに入ってるとか、こうなることを知ってないと無理だ。 「長門さんは何かが起こる気はしていたようですよ。もしかして、お二人を驚かせたかったのでは?」 そんなはずがあるかい。 と思いながらも、無表情とは少し違った、どこか笑いの成分をわずかに含んでいる顔つきをしている長門を見た。 長門はピクリとも動かずに、一言 「子供が丈夫に育つ事を願う」 ・・・ こいつ、なかなか痛いツボを突いてきやがる・・・ ハルヒはまだ朝比奈さんとじゃれあってる。いい景色だ。 それはいいとして、この恥ずかしい状況を少しでも逸らすために、この偶然性への疑問を問いかけた。 「・・・古泉。ハルヒはたしかにお前ら全員を集めるつもりでいた。これは間違いない。 ってことは、いつもの通りハルヒがそう望んだからお前らと、そして俺がここに来たという理屈も通る。 だが、あいつはバレンタインデーの時のこともあったが、こういう恥ずかしい結末になるのを 一番嫌がるような回りくどい奴だぞ(俺が言えることではないが)。 だとしたら、この状況はなんなんだ?起こりえないことが起こっているんじゃないのか?」 俺の長い長い問いかけに対し、古泉は意味をすぐに理解したのか、こう返してきた。 「涼宮さんが完全な神ではないから、と説明することも可能でしょうが、私は違うと思いますね。」 じゃあなんなんだよ。いい加減頭が混乱してきた。 「簡単なことです。涼宮さんが望み、あなたが望み、僕が、そして朝比奈さん、長門さんが望んだから。 これで説明がつきますよ。望む、の捉え方を少し変えて考えてみてください。」 俺が望み、他のみんなが望んだこと。 ああ、そういうことなのか。 文芸部の部室。かつてここはSOS団の拠点であり、根城であり、我が家だった。 団員は、すでに全員がこの北高を卒業している。 SOS団は団長の「永久に不滅」の言葉どおり、解散はしていない。残り続けている。 いつもの喫茶店がいつもの喫茶店であるように、この部室もまた、姿かたちは変わっても、SOS団の「家」だ。 俺たちとって文芸部部室は、もう駅のホームのようにただ通り過ぎるだけの場所ではなくなっていた。 みんなで過ごした日々を、決して忘れたくない。 環境は変わっても、その思いがあるからこそ、この部室に来る意味がある。 SOS団の創立記念日。この日だからこそ、みんな特別な思いを抱いているはずだ。 ハルヒが現実にしたわけじゃない。それぞれ思っている思いが合致したからこそ、 こうしてSOS団の面々はここにいる。もう一度、部室でみんなと一緒にいたい。それが「望み」なんだろう。 この不思議な団結力が、信頼関係ってやつなのかな。 それにしても、思わぬ展開になってしまったけど。 「なぁーんだ!電話する手間がはぶけたじゃない!みんな来るなんて!」 ハルヒは何事もなかったように、元気な声で団員を見回した。 「ちょうどいいわ、こんな機会もうないでしょうしね。やーっぱSOS団の活動拠点はここじゃないと!」 そういってハルヒは部室の隅にあった勉強机を自分のホームポジションに移動し、 その机の上であぐらをかいて、「第何回か忘れちゃったけど、定例会議の開始よ開始!」と笑顔で言った。 現在の時刻は3時50分。あと30分もすれば、正規の部員が部室に戻ってくるだろう。 不法侵入で通報されないためにも、30分でここから立ち去らないといけない。 メイド服の朝比奈さんは、どこからともなく水筒と湯飲みを取り出し、団員についで回った。 長門は教室の隅でハードカバーの本を読んでいる。ページをめくる音以外たてずに。 古泉はこちらを向いてニコニコしながらも、ときどきハルヒの意見に相槌を打っている。 30分。わずかな時間であっても、SOS団の活動に支障はない。 団長の名言「時間より中身」、ってな。 この状況を作り出した巡りあわせ、というより団員の不思議な団結力。 俺は心から誇りに思うよ。 SOS団は、最高だってな。 おわり えぴろーぐ 楽しい時間は、あっという間に過ぎた。 チャイムの音が聞こえると、団長の声のもと一斉に俺たちは学校を出た。 ・・・誰かに泥棒と間違われていないことを切に願う。 当初の予定通り、市内探索を行うことになった。 久しぶりだな、この感覚。1人で出歩くことはあるが、団員みんなで回るのはやっぱり楽しい。 そういえば、学校前の坂を全員で下ったことはあんまりなかったな。 「さぁて、ひっさしぶりの探索だから、相手も油断しているでしょうね!チャンスだわ!」 ハルヒは先頭をいつもの大股歩きで邁進している。元気な奴だ、全く。 さらに「本日の予定を説明するわよぉ!」 と高々に声を張りあげ、気の遠くなるようなハードスケジュールを宣言した。 おいおい、喫茶店や図書館、公園はともかく阪中の家って完全に逆方向じゃねーか。 「大丈夫よ!もう阪中さんには連絡しておいて、快い返事をもらったわっ♪」 いや、そういうことじゃなくてな・・・。まぁいいか、ルソーは元気にしてるんだろうかな。 ハルヒの言う場所の1箇所1箇所がそれぞれ思い出の1ページのようで、思わず顔が緩む。 全ての箇所を回り終えたころ、すでに時計の針は9時を過ぎていた。 まだ4月も上旬ということもあってか、夜になると横風が冷たい。 もうちょっと着込んでこればよかったかな、とも思うが、そもそも家を出る時にはこんなことは想定してなかったな。 「今日は楽しかったわねー!やっぱSOS団はこうでなくちゃ!」 ハルヒの顔が今日一番の満面の笑みになっている。ああ、俺も楽しかったさ。 で、いつまでその白ひげを付けてるつもりだ? 「んなっ、ちょっとぉ・・・!あんたもっと早く教えなさいよねっ!」 そういってハルヒは恥ずかしそうな顔をしながら、 口元についているシュークリームの残りカスをぺろんと舐めた。 駅に着いた俺たちは、名残惜しい感情を隠しきれないような顔でそれぞれ別れを告げた。 朝比奈さんは大きく手を振りながら改札の向こうへ、古泉はニコニコしながら駐輪所へ、 長門はそのまま自宅の方角へとテクテク歩いていき、ハルヒは「じゃあねー♪」と言ってみんなを見回す。 「んじゃあな。」と俺は軽く手をあげ、振り返って歩き出した。 5分くらい歩いただろうか。路地を抜けて公園の前を通りかかったとき、 後ろから誰かが俺の服をつまんでいるのが分かった。 そこにいたのは、 さっき駅前で別れを告げたばかりの、 ハルヒだった。 部室の時のように、顔を赤らめながら俺を見上げたハルヒは、消え入るような声で、 「・・・財布、まだ交換してないでしょ。」とつぶやいた。 ああ、そういえばそうだったな。あの時はいきなり古泉たちが現れて・・・ 「それに・・・ま、まだ・・・答えてないでしょ、あ、あんたの・・・こ、こっ、こく・・・」 とりあえず、道の真ん中でそんな話するのもなんだから、どっか座ろうぜ。 そう言った俺はハルヒの手を引き、公園にある大きなベンチに座った。 ハルヒは俺の手を握ったまま、顔を逸らして言葉を続けた。 「まったく・・・あ、あんたもいきなりすぎるのよっ・・・。その・・・心の準備ってものがね・・・」 3年間、俺は心の準備を常にお前によって無視され続けたけどな。 「そ、それとはまた話が別よ・・・!その、あの・・・。」 吹く風にかき消されるような、ハルヒらしからぬ小さく弱い声。 ハルヒの萌え部位がポニーテール以外にもあったということを、もっと早く知りたかったぜ。 谷口の話では、中学生時代、こいつはされる告白をすべて承諾していたらしい。 2週間とか直後に「普通の人間の相手をしている暇はないの」と言ってフッていたみたいだが、 どんなにつまらない奴の告白も受け入れていた。 おそらく、そのときもハルヒらしくサバサバと受け入れていたのだろう。 ところが今はどうだろう。 中学時代のハルヒがいちいちこんな風に恥ずかしそうにしていたとはまったく考えられない。 俺は超能力者でも未来人でも宇宙人でもないから、 ハルヒの頭の中をインチキして覗くことはできない。できたとしても覗こうとは思わないけどな。 でも、ひとつ分かることは、 ハルヒが俺のことを特別な存在だと考えてくれているということ。 それが何よりも、 嬉しかった。 「もう・・・、ひ、ひとの言おうとしていた台詞を先に言うんじゃないわよ・・・」 ハルヒはそう言って、俺に寄り添ってきた。 「あ、あたしのほうが、あ、あの、あんたのことを・・・・」 それ以上は言葉が出なかったみたいなので、俺はちょっとからかってみたくなり、 「団長が団員の心配をするのは当然だよな」と冷静にツッコミを入れた。 「う・・・ち、ちが・・・。そういうことじゃなくて、その、団員とかじゃなくて、あたしは・・・」 これ以上はちょっとハルヒが恥ずかしすぎるみたいで可哀想なので、 そのままぎゅうっと抱き寄せてやった。 「あ、あたしはさっきみたいな中途半端なのは嫌いなんだから・・・ちゃ、ちゃんと心を込めなさいよ」 お前もな。 部室のときよりも、柔らかく。 俺たちは唇を重ねた。 「だ、団長と下っ端のヒラ団員だけで行う特別定例会議は・・・か、必ず週3回以上行うわよ!」 「都合が悪くて週2回しか無理だったらどうするんだ」 「んなことがあったら罰ゲームよ罰ゲームぅ♪団長の命令は絶対なんだからねっ!」 そんなことを話しながら、俺たちは寄り添って夜空を見上げた。 罰ゲームか。 どんな罰を受けることになるんだろうな。 できることなら、一度も罰ゲームを受けないで済むようであってほしい。 谷口よ。 お先に失礼させてもらうぜ、悪いがな。 お前のお得意の女子ランクの判断基準がどういうものなのかは知らん。 でもな、 俺はどんなランクよりも上に来るような、 自慢の子を見つけたぜ。 ハルヒを家まで送り届け、特上の笑顔を堪能したあと、俺は自宅へと向かった。 今ほど幸せな気分であったことは、人生においておそらくなかっただろう。 家に帰る道の途中、長門のマンションの横を通りがかった。 長門、卒業してからなにしてたんだろうな、と気にはなったが、 なにせ今は頭の中がハルヒでいっぱいなので、深く追求するのはやめた。 すると、マンションの入り口に誰かが立っているのが見えた。 遠目には誰だかほとんどわからなかったが、マンションの光で周囲が照らされている位置まで来て、 そこにいる人物が他でもない長門であると分かった。 「お前、なんでまた外に出てるんだ?誰かを待っていたのか?」 「私が待っていたのはあなた」 意外な言葉が返ってきた。 なんだ、せっかくいい気分だというのに、また情報思念統合体だか何だかの騒動に巻き込まれるのか? 「これ」 長門はそう言ってひとつの封筒を俺に渡した。 「家に帰ったらあけてみて」 そう言って長門は、自室へと帰っていった。 _________________________________ | | 無視できない重要な問題が発生した。 | あなたは明日の午後1時13分に、隣町の駅前から南南西徒歩10分の | 距離にある建物の裏口から中に入って、 | その建物の1階にあるコインロッカーを開けなければならない。 | | 涼宮ハルヒを必ず連れて行くこと。ただし、涼宮ハルヒに詳細を伝えてはいけない | |_________________________________ ・・・・・・・・・ ・・・マジかよ、長門。今度は何が起こるんだ? 今までもいろいろなことに巻き込まれてきたが、少なくともこの1年間は平穏だった。 久しぶりにゴタゴタ巻き込まれることになりそうだぜ。 ただ、なんだろう。 このワクワクする気持ちは。 ともかく、長門がそういうなら従うしかない。 それにしてもハルヒを連れて行かなければいけないって、珍しいケースだな。 部屋に戻り電気を消して布団に入った俺は、色々と忙しかった一日を振り返りながら、 枕の下にかつてハルヒとツーショットで撮った写真をおいて、眠りについた。 翌朝。 まずはハルヒを呼び出さないといけない。詳細は隠さないといけないそうだから、そうだな・・・ 名目上は・・・特別定例会議、か。 「もしもし、どしたのキョン?え、今日会いたいって・・・?え、うん・・・別にいいけど・・・わかった、12時半に駅前ね。」 これから何が起こるかはまったく予測がつかない。 ただ、ハルヒと一緒ならなんとかなりそうな気がする。 「おっまーたせっ♪ってあれ、あんたが先に来るなんて珍しいじゃないの」 まぁな。朝から落ち着かなかったから集合時間の30分前にはここに来ていた。 さて、団長さん。一番最後に来た者は罰金、だな。昼飯代が浮いたぜ。 「んなっ、ちょ、キョンズルいわよあんた!まぁ・・・別にいいけど、今日・・・お弁当作ってきたから」 なんという桃色の図式なんだろうかこれは。 ハルヒの料理の腕前がたしかなのはクリスマスパーティの頃から周知の事実なので、これは期待できる。 ありがとな。 「お、お礼なんて別にいらないわよ!それよりも、一体どこに行くつもりなの?」 どこへ、か。詳しくは俺もわからないんだけどな。 とりあえず長門の指示通りに動くしかない。 「はぁ?詳しくわからないってなんなのよそれ。まぁ、たまにはあんたの行きたいところへ行ってもいいけどね」 なんとかハルヒに詳細を話さないように説明し、俺たちは隣町行きの電車に乗った。 「隣町って特に目立つような店も遊ぶようなとこもないわよねぇ、どこかあったかしら」 そんなこと言われても俺も詳しくは知らないし、 そもそも隣町には滅多に行くことなんてないから地理も分からん。 「・・・どうしよっかな、「あーん」ってのはベタよねぇ。うーん、キョンが・・喜ぶような」 ぼそぼそと小さい声でハルヒが何かつぶやいていたようなので、 「ん、なんか言ったか?」と聞いてみたが、 「んな、な、なんでもないわよ、なんでも!」とお茶を濁される。 気になる。これは気になる。 そんな会話をしているうちに、電車は隣町の駅へと到着した。 さて、ここからが本番だ。 時間は現在ちょうど1時。あまりのんびりしているヒマはない。 南南西の方角、詳しい指定はされていないのでまっすぐ、とにかく直進すればいいのだろう。 長門、これからなにが起こるのかはわからないが、 できれば頭を使わなくて済むようにしてくれよ。 レポート仕上げの疲れで頭の方はあまり調子がよくないからな。 ハルヒから特に要求されたわけではないが、 俺たちはお互い手をぎゅっと握り締めながら、指定地点へ向かって歩いた。 1時13分。 おそらく、ここだろう。駅から歩いてきた方角にある建物で、 裏口がこちらを向いてるのはこの大きな教会のような外観の白い建物だけだ。 中に入ってみる。綺麗な内装だな、どこか神秘的な感じさえする。 これはなんの建物なんだろうか。 なぜか、ハルヒは中に入ってからやたらとそわそわしている。 「ちょ・・・ここって・・・ね、ねぇ、キョン、わ、わたしたちにはまだ早いってば・・・///」 ハルヒは突然顔を赤らめた。 ここはどこなんだ? 「バ、バカ・・・。こんなところに連れてくるんだったら、さ、最初からそういいなさいよぉ・・・」 ハルヒはやたらと恥ずかしそうにしているが、とりあえず一刻の猶予もない。 俺はハルヒの手を引いて、コインロッカーがあるというところへ向かって駆け出した。 長門から渡された封筒には同封物として、ここのコインロッカーに対応していると思われる鍵が入っていた。 コインロッカーを発見した俺は、封筒から鍵を取りだし、番号を照らし合わせる。 69番か・・・えーっと、69、69はっと・・・ あった。 コインロッカーというにはあまりに大きなサイズのロッカー。 大きな駅に置いてある、人間1人がなんとか入れるくらいの大きさのロッカー。 って、まさかここから人かそれに順ずる何かが出てくるってことはないよな。 というか、勘弁してくれ、そういうのは。 俺はおそるおそる、ロッカーの鍵を開け、扉を引いた。 とんでもないものが飛び出してくるとか、 異世界への扉が開くとか、何年か前へ遡行するとか、そんな予想をしていた。 中に入っていたのは、また封筒だった。 この中に過去と未来を繋ぐデバイスでも入ってんのか? それとも、また別の場所に行って何かをしろという指令書でも入ってんのか? なにが出てきても驚かない覚悟をもって開いた封筒の中には、 さらに小さな封筒が2つ入っていた。 そのうちひとつには、 「祝電 長門有希」 と書かれている。 封を開けて字面を読んでみると、短く1行でこんな言葉が書いてあった。 「子供が丈夫に育つ事を願う」 ・・・・・っておい。 ・・・そういうことかい。 「・・・なぁハルヒ、ここなんていう場所だか分かるか?」 俺はやれやれとした顔でため息混じりにハルヒに問いかける。 「え・・・あ、あんたが連れてきておいて・・・な、なに言ってんのよ・・・け、結婚式場でしょ・・・」 これは皮肉交じりなんだろうか、それとも、マジで祝福してるんだろうか・・・ 掃除ロッカーの中で顛末を聞いていたとはいえ、的確な皮肉と言うかなんというか。 これは長門の意思なんだろうか。あえてこんなドッキリ作戦で皮肉を言おうと思ったんだろうか。 それにしても、長門。 お前はなかなか痛いところをついてくるな・・・。 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3636.html
◇◇◇◇ 【一週間前に事故を回避した少年。また事故に巻き込まれ死亡】 惨劇を目撃した翌日の放課後。俺は谷口が床に引くために持ってきていた新聞に昨日の惨劇の記事が載っていたので、それをかっぱらって読んでいた。他にニュースがなかったのかそれとも珍しい事件だったためなのか新聞社がどう判断したのかわからないが、見事に一面トップを飾っていた。上空から落下した看板を写している写真も掲載されている。 もちろんその下に広がる血もだ。生々しい報道写真である。 昨日その事故に巻き込まれた男子生徒は、やはり先日に俺が助けた奴だった。事故現場にいた目撃者や警察発表によれば、事件性はなく偶然に偶然が重なったために起きたらしい。折れた標識は老朽化が酷く、近く交換される予定だったし、看板も隣接する道路の度重なる大型トラックの通過で激しく揺さぶられ続け、留め金の部分が壊れてしまっていたようだ。 実際に目撃していた俺はそんな偶然が続くものなのか?と思いつつも、そんなまるでシナリオのような筋書きで謀殺を図る意味なんてあるとは思えないと結論づける。誰かが仕組んでいた形跡もないと報道されているからな。 とはいえ偶然の事故でもそんな惨劇を目撃した俺が平気なわけがない。遠目だったとはいえ、一部始終がたまにフラッシュバックして蘇りダウナー状態が続いている。 ハルヒも同じようで特に昨日事件について何も言ってはいないが、ぼーっと憂鬱な目で何もしていないことが多かった。一応書道部に参加はしているが、いつもの熱血練習もどこへやら何もせずにただ外を眺めているだけである。 あと、昨日あまり反応を見せなかった朝比奈さんは、今日学校を休んでいる。やっぱりショックだったのだろう。あの後一言も言葉を発することもなく別れ際もただお辞儀するだけだったしな。元々気の弱いお方だ。学校を休むのも無理もない。 そんな憂鬱真っ盛りで新聞を読んでいると、横から谷口と国木田が顔を突っ込んできて、 「キョンよー、この事故にあった生徒ってお前がこないだ助けた奴なんだろ? まっ、あまり気にするなって。こいつがツいていなかったとしか言いようがねーんだから」 「そうだね。再度目撃しちゃったんだから、キョンのショックも大きいのはわかるけどさ」 「しっかし、運命ってのは残酷だぜ。せっかく命からがら助かったのに、また追い打ちをかける必要はねーだろ。そういうのを操る神様がいるって言うならそいつはかなり陰険な野郎だな」 「神様かぁ……この場合死神だろうね。一度首に掛けた鎌をキョンに邪魔されたから、リベンジでもしたのかな?」 最後の国木田の死神という言葉に俺は少し心臓が高鳴った。 考えて見りゃ元々ハルヒからもらった予知能力がなければ、あの男子生徒はすでに死んでいたはずだった。それを俺があり得ない力で、あり得ない救出劇を実行してしまった。つまりあの男子生徒の運命を変えてしまったって事だ。 しかし、本当に死神なるものが存在するならそんな茶々入れを見逃すだろうか? 死の予定表に書かれている人物が生きている事自体を許さないに違いない。だからこそ、再度偶然という事象を利用してあの男子生徒を殺害した。 そういやそんな映画があったね。同じように予知能力を発揮して災害から逃れたのは良いけど、結局死からは逃れれず、各々死んでいくって言う展開が。それと同じ事が起きているってことか。 ………… ……なーんてね。考えすぎにもほどがある。宇宙人やら未来人でいっぱいいっぱいだというのに、レイスやゴーストどころか死神なんていう得体の知れないものの登場なんて勘弁願いたい。 と、ここで書道部顧問がやってきた。部員、仮部員一同が挨拶を交わす――ぼーっとしたままのハルヒは除くが。 挨拶後、顧問は手に持っていたチラシっぽい紙を俺たちに配布し始め、内容についての説明を始める。 簡単に言えば、三日後の今週末に展覧会があるらしい。しかも鶴屋さん系列のものらしく、特別に入場料はタダにしてくれる。せっかくだから都合の悪いが悪くない人は言ってみないか?と。 「うちの方で主催するんだけど、せっかく書道部なんだからこう言うのに行ってみるのも悪くないと思ってさっ! 家の方で掛け合ってみたところ、これが快くOK! みんな気兼ねなく参加してほしいっさ」 鶴屋さんのフォローに部員の方は一同参加を表明した。さて、問題の仮入部群団の方だが…… 「俺は参加しますよ。せっかくだから芸術に触れて大いなる未知の世界に触れてみるのも悪くありませんからね」 谷口は参加を表明。何が芸術だ。お前のことだから、谷口的美的ランクの高い書道部女子部員の私服姿でも拝みたいんだろ。ついでに帰りがけにナンパを始めそうだ。 「僕も予定はないから行くよ。せっかくだからね」 そう国木田も賛同。こいつも女っぽい顔つきながら意外と女好きなのは、付き合いの長い俺はよく知っている。谷口のように露骨ではないが、内心は谷口と大して変わらないたくらみを持っていそうだ。 とりあえず俺も頷いておくことにした。朝比奈さんがいないとあまり意味はないんだが、どうせ休日やることもなく、ハルヒの呼び出しを受けない限りは家でごろごろしているだけになるだろうしな。 で、今日欠席している朝比奈さんについては、 「あたしの方で今日のうちにみくるに確認しておくよっ。あんな事があった後だから……あんまり無理強いはできないけどね」 そう鶴屋さんは悲しげな表情で言った。 となると残りはハルヒになるわけだが…… 「で、ハルにゃんはどうするにょろ?」 「……ん? ああ、みくるちゃんが行くなら」 どこか上の空でそう答えた。全くストレートに朝比奈さん目的を言えるのもこいつの性格ならでは、か。 結局、朝比奈さんの参加次第ということもあるので、最終参加確認は明日にすることにして、今日の書道部活動はこれにて終わりになった。 翌日、健気に復活した朝比奈さんは快くOKを出した。すっかりダウナーモードを脱して元気よく練習+朝比奈さんいじりに精を出しているハルヒも参加を即答。 そんなわけで参加者は顧問+書道部部員(部長、部員二人、鶴屋さん、朝比奈さん)+仮入部員全員の参加は決定した。ま、全員参加って訳だ。 とりあえず退屈そうにして芸術なんていうものに興味のないことを悟られないように、週末は朝比奈さんの私服姿の鑑賞に務めることにするかね。ってそれじゃ谷口とあまり変わらないか。 ――思えば、この時点で俺ももう少し死神の存在について考えてみれば良かった。 ◇◇◇◇ てなわけで週末だ。俺たちは市内の展覧会場に集合していた。てっきりもっと大規模なテーマパーク的な建物で行われるのかと思いきや、商店街の中にあった空き店舗を一つ改造してイベント会場にした小規模のものだった。どうやら個人展覧会ぐらいのノリのようだな。その会場はちょうど通行量の多い十字路の角に位置している。たまにトラックがガタゴトと通り過ぎて、路面を激しく振動させる。 現在会場前にいるのは俺とハルヒだけだった。なんせ予定時刻の30分前で、まだ会場すらオープンしていない状態だからな。SOS団の時の早出がすっかり癖になっているおかげで、一般人予定時刻よりも行動がすっかり早くなってしまったよ。まあ、ハルヒはSOS団団長の時と同じように一番手で来ているが。 「で、みくるちゃんから未来人であるって言われたの?」 唐突にハルヒから声を掛けられ、俺はしばらくあたふたとしてしまったが、 「……いや、まだだよ。タイミングを考えれば恐らくもうちょっと後になると思うが」 「そ」 素っ気ない返事を返すハルヒ。 そういや、俺の世界でカミングアウトをされたことを思い出すと、長門は俺の身に危険が迫ることを考えた上で告白、古泉はどっちかというと俺の方からきっかけを作ったようなものだったが、朝比奈さんは何であのタイミングで告白したんだろうか? あの状況を考えて、別にその必要性はあったとは思えないが。 ここで俺は問題が発生していることを認識されられた。このまま朝比奈さんが黙ったままだった場合はどうすればいいのか。まさかあなたは未来人ですか?なんて聞くわけにも行かない。だが、このまま隠された状態を続けられても…… ふと俺はハルヒに、 「そういや、お前朝比奈さんのことはどう思っているんだ? ぱっと見た目は気に入っているように見えるが」 「どうもこうも可愛くって仕方ないわよ。冗談抜きで持って帰りたいくらいにね」 ――話し始めは楽しそうだったが、すぐに憂鬱の篭もったため息を吐くと、 「でも古泉くんの時のことを考えるとね……例え個人と仲良くしても後ろにいる連中があんな感じじゃどうにもならないわ。みくるちゃんも未来人らしいけど、その後ろには特定の思惑を持った勢力がいる。そいつらが何を考えているのかわからない以上、素直に今の楽しさを受け入れにくいってものよ」 やはり前回の古泉――機関の件が少々トラウマ気味になっているようだ。せっかく古泉と仲良くしていたってのに、オチが核でドカンじゃ俺だってショックは大きかったさ。 だが、未来人の思惑か……。俺の世界じゃ朝比奈さん(大)は既定事項をこなそうとしていた。自分たちの未来を確保するためだそうだ。ならこの世界でも同じ事に務めるだろう。それだけなら別に機関のように突拍子もないことをやらかしたりはしないと思うが、どうだろうか。なにぶん禁則事項を連発されているからな。俺に知らされていないこともかなりあるはずだ。 そんなことをつらつら考えているうちに、俺の前には黒塗りでいかにもお金持ちが乗りそうなベンツが止まる。その後部座席からカジュアルな和服調私服姿の鶴屋さんと可愛らしいワンピース姿の朝比奈さんが現れた。 「やあやあっ。もうご到着だったんだねっ! 予定より早く動くのがハルにゃん行動原則かいっ? それともキョンくんと二人っきりになるのが目的だったりしてっ。そこんところどうなんだいっ?」 「こんにちわ、鶴屋さん。言っておくけどこのバカキョンが勝手に来ただけよ。あたしは一番乗りが原則ってだけ」 ぶっきらぼうに答えるハルヒだったが、その予定時刻よりも早く集合場所に来る癖を作ったのは他ならぬお前なんだが。 おっと、そういやなんで朝比奈さんも一緒に乗っているんですか? 「あー、途中でみくるを見かけてねっ。せっかくだから途中で拾ってきたんだよ。一人で歩いていると、ふらふらと迷子になっちゃいそうだしねっ」 「……実は本当に迷っていたんです。困って鶴屋さんに電話しようとしていたらちょうどばったり出会えて助かっちゃいました」 てへっと思わず俺もお持ち帰りしたくなるようなかわいさを爆裂される朝比奈さん。なんて事だ。俺に言ってくだされば、例え自宅でも駆けつけて場所案内をしましたよ。 朝比奈さんは俺の前に立つと、ぺこりと頭を下げて、 「お待たせしちゃってすいません。今日はどうぞよろしくお願いします」 「いいえいいえ、俺とハルヒが早く来すぎただけですから。こっちこそ、仮入部の新米なのでよろしくご指導お願いします」 礼儀正しいには、それ相応で返さないとな。腕組んでふんぞり返っているハルヒも俺を見習ったらどうだ―― って、何かすごい睨みジト目でこっちを見てやがる。なんだなんだ、朝比奈さんを取られたとでも思ったのか? お前みたいにどうこうしたりしないから大丈夫だよ。 そんなことをしている間に、顧問に引きつられた書道部部員一同・谷口・国木田がやって来た。これで全員勢揃いか。ただ開場まで少し時間があるので、適当に入り口前で時間を潰すことになる。 それぞれ和気藹々と雑談に興じるなか、俺たちの前にガスか何かを積んだトレーラーが信号待ちに入った。ゴゴゴゴとけたたましいエンジン音と一緒に、ディーゼル車特有の黒い煙をマフラーから吐きだしていた。全く信号待ちの間はエンジンを止めておけよ。こんな真っ黒い煙を朝比奈さんに浴びせたら体調を崩しかねないじゃないか。 俺はディーゼルの煙を浴びない位置に朝比奈さんを移動させようと、彼女の方に振り返って、 「あれ?」 さっきまで朝比奈さんが経っていたはずの場所にその姿が無くなっている。どこいったんだ? 俺は朝比奈さんの姿を探して辺りをきょろきょろと見回していると、 「キョンくん、どうかしたんですか? ――けほけほっ、排気ガスが凄いですね。口の中が真っ黒になりそう」 朝比奈さんの声。気が付けばさっきいなかったはずの場所に、朝比奈さんが立っていた。俺が心配したとおり、排ガスを避けようと手で口元を仰いでいる。 俺は首をかしげながら、彼女を俺の背後当たりに移動させた。ちょうど俺の位置は風の流れにより、排ガスの餌食にはならない。 ――さっきいなかったのは見間違えか? そろそろ時間だと顧問の声が聞こえる。俺は首をかしげながらも、開場の方へ移動しようとして―― ………… きっと気が付いたのは偶然だったのだろう。交差点を渡る必要なんてないから、信号機がどう変わったなんて普通は確認しないからな。 だが、俺ははっきりと見てしまった。交差点の片方の信号の青のまま、トレーラーの方の信号も青に変わった瞬間を。 俺は今から始まることに、一声すら上げることができなかった。 まず俺のすぐ横に止まっていたトレーラーが青信号になったため走り始めた。だが、もう一方の信号も青なのだ。当然の事ながら、止まることなく乗用車は交差点を通過しようとする。ちょうどトレーラーが交差点に入りかけた瞬間、交差側の道路から大量のガスボンベを積んだ小型トラックがかなり速い速度で突っ込んできた。言うまでもなく、トレーラーと小型トラックは接触し派手な音を立てた。しかも、両方とも積んでいるものが可燃物だったため、すぐに爆発を伴った炎上が始まる。その時の爆風で俺の身体は吹っ飛び近くの商店の壁に激突した。 そのすぐ隣に同じように書道部顧問も叩きつけられる。あまりの痛みに俺はしばらく言葉を失ったが、すぐにはっと気が付いた。俺たちに向けて爆発の衝撃でガスボンベが数本飛んできていることに。 俺は目をつむることもできずに、そのうちの一本を追っていた。俺のすぐ横数十センチの所に突き刺さった。だが、それとは逆側でグギャという気色の悪い音が聞こえる。見れば書道部顧問の腹にガスボンベが突き刺さり、だらだらと口から多量の血を吹き上げていた。 目の前で起きたスプラッタ劇。こないだの男子生徒の事故死のショックを遙かに上回る状況に、俺は戦慄を憶えた。 だが、それで終わりではない。今度は別の方角へ飛んでいったガスボンベの一本が近くのショーウィンドウに飛び込んだ。 程なくして何かの拍子で引火したのだろう、店舗の内側で大爆発が起きる。その時、ウィンドウガラスが一斉に飛び散り 周囲にまき散らされ、その無数の凶器が俺から数メートルの位置に立っていた谷口と国木田の全身に突き刺さった。 まるで狙いすましたように的確に首や胸など急所に突き刺さっていく。 「――キョンくん、ハルにゃん逃げ――っ!」 鶴屋さんの叫びは途中でとぎれた。玉突き事故状態になっていたため、別の乗用車が事故現場に突っ込みそうになり、 あわててハンドルを切ってその乗用車がスピンを始め、それが鶴屋さんを巻き込んだのだ。 はねとばされた彼女は―― ――次の瞬間、俺は鶴屋さんの行く末を確認する前に再度吹っ飛んだ。すぐ近くに落ちていたガスボンベの一つが爆発したのだ。 鶴屋さんが逃げ……と言っていたのはこれのことだったに違いない。 数メートル飛び、背中から落下して全身が酷いしびれを起こす。だが、どういう訳かこんな時に限って視覚だけは しっかりしていて、別の乗用車がまた一台トレーラに突っ込み、すぐに大爆発が起きた。その燃えさかる火炎に 書道部部員二人が巻き込まれていく。 「キョ……ン……」 聞き慣れた声が耳に届く。何とか首をそちらに向けると、俺と同じように道路に倒れているハルヒの姿が目に止まった。 同じようにさっきのガスボンベの爆発に巻き込まれたのだろう。身体のあちこちから焦げた煙が上がっていた。 辺り一面は地獄絵図のようになっていた。トレーラーの可燃物質が大量に漏れ、それから発生した炎が周囲の民家に 燃え移っていく。 その中、一人火だるまになって悲鳴を上げていた人間の存在に気が付いた。書道部部長だ。彼女が泣き叫びながら 身体中の炎を払おうと手をばたつかせていた。しかし、すぐに肺の中にも火が入ったのか、意識を失って倒れてしまった。 「もど……もど……っ」 ハルヒは動かない口で何かを訴えていた。 ああそうだ。朝比奈さんは? 朝比奈さんはどこに行った? 無事なのか…… 俺は彼女の姿を探すべく、身体を空に向けて見た――広がる空に馬鹿でかいトレーラーの一部。爆発の衝撃で 遙か上空まで飛び上がっていたのが、今まさに俺たちめがけて落ちてきているのだ。 戻れ――! そう叫んだのは、きっと軌跡だったに違いない。俺はそんな言葉なんて頭の中に全く浮かんでいなかったし、 この惨劇の中では自分の予知能力なんてすっかり忘れていたんだから―― ……… …… … 「うわっ!」 俺は唐突に大声を上げていた。 そして、辺りを見回す。展覧会の会場前。突然俺の上げた奇声に、顧問一同が俺を奇異の目で見つめている。 目の前にはディーゼルの煙を吐くトレーラが停止中――次に目に入れたのは信号機。さっき見たのと同じように、 交差する両車線ともの信号が青になっている。トレーラーは今まさに発進しようとしていた。 「――逃げろっ!」 俺は無我夢中で近くにいた書道部員一同を引き連れて、まだ未開場の展覧会場に押し入った。 何秒だ? あの惨劇を何秒間俺は見続けていた? 例えばあれが100秒間だったら、今逃げ切れるのは20秒しかない。 惨劇を止めるすべはもうないのだ。とにかく手近な人間を逃がすだけで精一杯だった。 会場の入り口にいた係員から、困ります!と止めに入ったか、そんなことお構いなしに会場内に侵入――いや逃げ込む。 「おいキョン! 何なんだよ!」 「どうしたのさ! キョン聞いているのかい!?」 「ちょっとちょっとキョンくんってばっ!」 「キョン! あんたまた――!」 「キョンくん、なんでまた――!」 みんなの声が交錯する。だが一つ一ついちいち答えられている余裕なんてない。俺はできるだけ展覧会の会場の奥に―― ――背後で耳を貫く接触音と爆発が発生した。俺たちはその衝撃に身を飛ばされた。 衝撃で会場内が激しく揺さぶられ展示物が落ちるどころか、壁もばらばらと崩れ落ちていく。 背後――交差点では次々と玉突き事故が起こり、さらにトレーラーの可燃物質と小型トラックのガスボンベが次々と 引火してさらに大きな爆発を続けていた。 しばらく俺は唖然としていたが、あわてて周りを確認し、全員の姿を見渡した。周囲には書道部関係者全員が腰を抜かして 座っている。その顔は皆恐怖に引きつっていた――いや、違う。 二人だけは異なる反応を見せていた。まずハルヒだ。じっと俺の方を見つめていた。理由はわかる。また予知能力を使っただろう ということについて何か言いたいのだろう。 そしてもう一人は俺に背を向けて事故現場の方を見つめてため、表情を確認できなかった……朝比奈さんの表情だけは。 ◇◇◇◇ 消防や警察が大騒ぎしてやっとこさ事故の状況が落ち着いた辺りで、俺たちは全員警察署に連れて行かれた。 いや別に連行された訳じゃない。事故の状況を知りたいために目撃情報を知りたいんだと。 ただし、事故を予知していた俺を除いて。家には事故に巻き込まれたが、無事だから安心してくれとだけ電話で伝えておいた。 警察からはいろいろ聞かれた。特にどうして事故を予見することができたのかについてである。 これに関しては素直に言うわけにもいかない――言ったらかえって怪しくなるだけだからな。 だからこう答えておいた。 信号が両方とも青になるのに気が付いた。そのままだとトレーラーとガスボンベを積んだ小型トラックが衝突するのは 確実だったのであわてて逃げた。トレーラーの運転手を止めようとも思ったが、気が付いたときにはもう発進していたし、 声が届くのは無理だと考えた。 「よう……」 「……長かったわね、キョン」 警察署の待合室で長々と聴取を受けていた俺を待っていてくれたのはハルヒだけだった。 顧問を含め全員が酷く動揺しているらしい。もちろん鶴屋さんや朝比奈さんもだ。かなり精神的に衰弱しているらしく 早く家に帰って休ませないと精神レベルで長期間の傷を残しかねないという医師の判断もあったとのこと。 俺とハルヒは警察署から出て、すっかり暗くなった外に出る。まばらに浮かぶ雲の間にきれいな半月が浮かんでいた。 二人はしばらくどこに行くまでもなく、暗い歩道を歩き始めた。時折、警察署脇を通る道路を走る車のテールランプが 俺たちを照らしていく。 ハルヒはすっと俺の方に振り返り、 「……警察はきちんとごまかせたんでしょうね?」 「ああ、そっちは問題ない。少なくても犯人扱いはされていなさそうだったよ」 「そう……」 ――それ立ちのそばをトラックが通っていく。その振動に俺は思わずあの大惨事を思い出し身を震わせる。 ハルヒも目の前の惨劇には相当堪えたらしい。かなり意気消沈した様子だった。 続ける。 「使った……のよね? 予知能力」 「……そうだ。あの事故が起きることがわかっていたんだ」 それを聞いてハルヒは、ふうっとため息を吐くと、 「何があったのか教えて」 俺は端的にどんな惨劇だったのか伝えた。完全に怒濤の状況だったため記憶が曖昧な点もあったが、 ひょっとしたら俺とハルヒも死んでいたかも知れないということも。 そのあまりの凄惨さにハルヒはしばらく閉口していたが、 「それじゃ仕方ないわね……ありがと、あんたのおかげで命拾いしたわ」 「俺の予知能力はこれでもう終わりなのか?」 「そうよ。これ以上は面倒事になりかねないし……それにあまり意味がないことに気が付いたから。 これから事故が起こるたびにこんな事を繰り返していても無限ループにはまりこむだけよ」 「意味がない? それは違うだろ。危うくお前まで死にそうになったんだ。お前が死んだら何もかも終わりさ。 リセットもできなくなる」 「ポジティブで良いわね、全く……」 ハルヒはやれやれと肩をすくめた。超ポジティブ思考はお前の専売特許だぞ。お前らしくもない。 ふと俺はリセットのことを思い出し、 「リセットはするのか? 俺は予定されてた二回の予知能力を使っちまったが」 「しないわ。今回のは情報統合思念体は全く関係のないただの事故だったし、リセットを連発するとその分奴らにばれる可能性も 増す一方だから。でも予知能力はなし。前回、今回と短い間に二回続けてだったから情報統合思念体があんたに興味を 持ち始めているみたいよ。変な能力を持っているんじゃないかってね」 「マジかよ」 ハルヒの代わりに俺が変態パワーの持ち主に認定されてはたまらん。とっつかまえられてキャトルミューティレーションは 勘弁願いたいからな。 「とにかく、明日からは今日の事故のことも忘れて、いつも通りの日常を続けるわよ。 今のところ、問題なく推移しているんだから」 「そうだな……とっとと忘れちまうのが一番か」 「じゃ、また明日、学校でね」 そう言ってハルヒは自宅へと帰っていった。 ……俺も帰るか。いい加減くたびれたからな。 ◇◇◇◇ 翌日。北高は昨日の玉突き事故の話題で持ちきりだった。校内を歩いていてもその話しか聞こえてこない。 耳に届く内容では相当尾ひれの付いたうわさ話になっていて、やれ陰謀説とかUFOとかの話まで混じっていた。 事故を目撃した谷口と国木田は学校を休んでいた。無理もない。あれを見た後で平然としている俺の方が貴重だろう。 ハルヒはダウナーモードながら来ていたが。 そんなこんなで放課後、俺とハルヒは書道部の様子確認もかねて部室を訪ねてみることにした。 予想通り誰もいない――と思いきや一人だけいた。鶴屋さんである。 「やあ、キョンくん、ハルにゃん。元気――ではなさそうだけど、学校に来れるくらいにはなったみたいだね。よかった」 そう言う鶴屋さんもショックは大きかったらしく、いつのものように口調にキレがない。 彼女に聞くところによると、やはり朝比奈さんは今日学校に来ていないとのこと。顧問も休み。部員に関しては、 一人の女子部員だけが学校に来ていたらしいが、やはり部活に参加する気力はないらしく、 ついさっき帰宅の途に付いたとのことだった。 「ま、部活する気分でもないしね。今日は解散にしましょうか」 「そうっさね……」 ハルヒと鶴屋さんはそう頷くと帰り支度を始める。 ふと、鶴屋さんが部室の窓の外に顔を出し、笑顔で手を振り始めた。俺もそれに続いて外を見ると、 校舎の出口近くで書道部の女子部員が手を振り替えしている。どうやら、俺たち以外で唯一登校して部員のようだ。 「また明日ねーっ! 気を落とすんじゃないっさ!」 窓を開けて鶴屋さんが元気よく――少々無理やり気味だったが――声を掛けていた。女子部員の方も何事か言い返してきたが 声が届かずにその意味までは聞き取れなかった。 ……ただ、俺の耳には別の音が飛び込んできた。野球部のバットとボールがぶつかるカキーンという音だ。 女子部員は特に不自然な動作もなく校門から出て行こうとする。 その時だった。 確率にすればどのくらいのものなのだろう。野球部の練習から放たれた大飛球が彼女の後頭部に直撃するなんて。 「あっ!」 「うそっ!?」 その様子を見ていたハルヒと鶴屋さんは唖然とした声を上げた。俺に至っては声すら上げられない。 昨日あんな事があったのに、今日は天文学的確率で野球ボールをぶつけられるなんて、この世に神っていうものはいないのか? だが、事態はそれで終わっていなかった。想像もしなかった後頭部のショックに女子部員は脳しんとうか何か起こしたのか、 ふらふらと校門から車道に向かってよろめき始める。 「ダメだよっ! そっちは危ないっ!」 鶴屋さんが必死に声を飛ばすが、恐らく頭痛で聞こえていないだろう。どんどん車道に向かって移動していく。 学校校門前の道路は信号がしばらくなくスピードを上げて通り過ぎる自動車も多い。突然、車道に入り込めば ブレーキの暇もなく轢かれるかも知れない。 ――だが、危機一髪のところで偶然近くにいた別の北高女子生徒がよろめくその身をキャッチした。 これに鶴屋さんがふーっと大きなため息を吐いた。昨日の今日でまた惨劇が発生するなんて最悪だからな。 悪いことは早々続かないってことの現れだ。 女子部員は助けた女子生徒としばらく話をしていたが、ほどなくして痛みも治まったのかその手を離し、 自力で歩き始める。ぶつかったショックは大したことはなかったらしい。しかし、大丈夫なのか? 一旦学校に戻って―― 次の瞬間、その女子生徒の身体が路上に突っ込み、ジャストタイミングで通りかかったバスにぶつかって吹っ飛んだ。 ここからでもドカッという嫌な音が聞こえ、彼女の身体が路面を転がっていく。 最初あまりの一瞬のため何が起こったのかわからなかったが、しばらくして理解できた。彼女が歩いていた先の地面に 転がる一つの物体。あの後頭部にぶつけられた野球ボールだ。ぶつかった後、できすぎたタイミングで彼女の進行方向に 落ちていたのだ。そして、まだ痛みが残る女子部員はそのボールの存在に気が付かず、それを踏みつけバランスを崩し、 車道に飛び出してしまった。当然、一瞬の出来事だったためバスの運転手が対応できるわけがない。 そのままブレーキすら掛ける暇なく、彼女の身体をはねとばしてしまった。 ………… ………… 俺たち3人はその光景を見ていたが、言葉一つ吐くことができない。 やがて鶴屋さんが腰を抜かすように床に座り込んでしまう。 ハルヒは机を思いっきり殴りつけ、どうなってんのよ!と叫んでいた。 俺もハルヒに同意だ。 一体何がどうなってやがる……!? ◇◇◇◇ 俺たちは書道部女子部員が駆けつけた救急車に載せられていくのを間近で見守っていた。 全身からの多量の出血がアスファルトの道路を汚している様子に、救急隊員も絶望的だと首を振るばかりだった。 あの様子では助かる見込みはないだろう。 事故現場は封鎖され、警察による実況見分が行われている。 俺たちは目撃者として何点か話を聞かれただけで、すぐに解放された。今回も確実に事故として処理されるだろう。 だがしかしだ。 偶然飛んできた野球の大飛球にぶつかり、あまつさえそのボールを踏んで車道に突っ込んで事故。 これは事故と言っていいのか? 滅多にあり得ない偶然が二つ重なるなんて現実起こりえるんだろうか? しかし、何者かによる故意が確認されなければ事故として判断するしかないだろう。それが現実だ。 昨日――俺とハルヒは先週も目撃したが――に引き続いての事故遭遇に鶴屋さんも完全に普段の元気がそぎ落とされ、 意気消沈しながら自宅からの迎えの車で帰っていった。 正直な話、俺も相当堪えているはずなんだがそれでもまだ正気を保っているのは今までのトンデモ経験と 前回の機関による無差別砲撃戦+核テロを間近に見たせいからだろうか。 一方のハルヒは、気力を削がれるのとは逆に苛立ちを見せていた。男子生徒の偶然が重なりまくった事故死・ 信号機異常による玉突き事故・女子生徒の偶然の事故死……これだけ続けば、ハルヒでなくても不信感を感じるはずだ。 俺だってどうみても何かがおかしいことぐらいは気が付いている。 「これからどうするんだ?」 俺は難しい顔をしたままのハルヒに尋ねてみる。ハルヒはすぐに手帳を鞄から取り出し、何やら確認を始めた。 そして、歩き出して、 「嫌な予感がする。とりあえず他の書道部部員を訪ねてみるわ」 「おい、まさか同じことが他の部員にも起きるかも知れないってことなのか?」 俺の問いかけに、ハルヒは首を振ってから肩をすくめて、 「わかんない。ただ嫌な感じがするのよ。さっきの事故だって故意にしか見えないような事故よ。でも、その事故が起きたのは 全部偶然が重なったからだから、誰かの故意によるもののはずがない。訳わかんないわ。だから、ただ考えてもやもや しているよりかはマシだと思っただけ」 そうかい。ま、確かにぼーっとしているだけってのも嫌な感じが募るだけだしな。 で、どこに向かうんだ? ◇◇◇◇ ハルヒが言った目的地は、もう一人の書道部女子部員の家だった。場所は鶴屋さんから以前聞いていたらしい。 その辺りはしっかりしている奴である。 もう一人の女子部員の家は10階建てのマンションの最上階にあった。長門の住んでいるような高級そうなところである。 俺たちはエレベータで最上階まで上り、その部屋の前に立った。 ハルヒは部屋番号を確認してから数回チャイムを押してみた。団長様の方は問答無用に開けようとしたが、 こっちのハルヒはあっちよりも意外と常識的かもな、とか思ったりしてしまうが、今はそんなことはどうでも良い。 チャイムを鳴らしても一向に返事がないため、もう数回ならしてみた。ついでにノックを含めて、女子部員の名前を呼んでみる。 ――やはり返事がない。 「留守じゃないのか? 買い物にでも出かけているんだろ」 「昨日あんな事があったのに、ほいほい出歩けるようなタイプには見えないけど……」 ハルヒはあごに手を当てて思案顔を見せる。確かにこの女子部員はどっちかというと小心者的な臭いを漂わせていた。 昨日の事故でもかなり怖がっていたしな。 さて――どうしてものか。 と、ここでハルヒは念のためという感じで、扉のノブに手を掛けてる。すると、かちゃっという音とともにあっさりと開いた。 何だ鍵掛けていないのか? 不用心な―― ――と思ったら、突然扉が内側から引っ張られたように閉じた。ほどなくして鍵のかかる音まで聞こえてくる。 「えっ!?」 突然のことにハルヒは目を白黒させた。今のはどう見ても誰かが内側から開いていた扉を閉めたとしか思えない。 しかも鍵も掛けた。 「すいません! 書道部の涼宮ですけど!」 ハルヒはノックとチャイムを繰り返して叫んだが何も返事は返ってこない。さっき内側から鍵を閉められた以上、 誰かがいるのは確実なんだが何で返事が返ってこない? 何かおかしいぞ。 ふと、ハルヒは扉に耳を付けて内部の音を聞き取ろうと試み始めた。俺もそれのマネを始める。 「おい何か聞こえるか――」 「うるさい! ちょっと黙ってなさい!」 ――……っ…… 今なんか聞こえたような…… ――助け――て――! 今のは完全に聞き取れたぞ。中で誰かが助けを求めている! 「ハルヒ! 聞こえたよな!」 「わかっている!」 そうハルヒは叫ぶとドアに体当たりして、何とかこじ開けようとするが、防犯用に作られでもしているのかびくともしない。 俺も体当たりに加勢するがそれでもダメだ。こじ開けるのは無理だぞ、これは。 「なら一階に下りて管理人室から鍵を借りてくるか!?」 「そんな時間ないわよ! ああもうどうしよう!」 「ならドアごとお前の力で吹っ飛ばせよ! それくらいできるんだろ!」 「無茶言わないで! あとで警察になんて説明する気よ!? そこから奴らにかぎつけられたら台無しよ!」 んなこといっても、人命がかかってんだぞ……ってハルヒの能力バレは人類滅亡の鍵か。くそっ、情報統合思念体め、 邪魔ばっかりしやがって。 ハルヒはしばらく爪をかんで考えていたが、やがてドアのすぐ横の窓に気が付く。女子部員の部屋の窓だ。 ここから入れれば、入り口を通らずに部屋の中に入れるが、あいにく頑丈そうな格子が付けられている。 「このくらいなら……」 そうハルヒはつぶやくと両手を格子にかけて、そして、思いっきり力を込め始める。おい、いくらなんでも素手でそれを 壊すのは無理だろ……と思いきや、ガキンと留め金が折れたような音が鳴り、格子があっさりと取り外されてしまった。 馬鹿力にもほどがあるぞ、こいつ。 俺はハルヒが格子を片づけている間にその窓を開けようとしてみるが、鍵がかかっていて開きそうにない。 割れないかと数回拳でぶん殴ってみたが、防犯用のものなのかびくともしやしねえ。 「どいてっ!」 背後から聞こえたハルヒの声に振り返ったときには、すでにこいつは空中一メートルぐらいのところに飛び上がっていた。 そして、ジャンプの勢いを利用してそのまま窓ガラス、しかもちょうど鍵のある近くを的確に蹴る。 見事にがしゃんという音とともに、窓の一部が割れた。変な能力なしでも超人過ぎるぞ、こいつは。 俺はすぐにその割れた箇所から手を突っ込み、窓の鍵を解除した。ハルヒが窓を開け、 「行くわよ、キョン!」 そう言って部屋の中に入っていく。俺もそれに続いた。 部屋の中は女子部員の部屋なのか、普通の女子の香りのするものだった。しかし、一方で鼻につく嫌な臭いも感じる。 その正体は部屋の扉から廊下に出てわかった。猛烈な何かの焼ける臭い。しかもビニールとかそういう加工製品が燃えたあとに 発生する意識を狂わすようなものだ。 見れば、玄関から続く廊下の終着地点にはリビングへと通じるガラス張りの扉があった。そこから見えたリビングの中では めらめらと炎が立ち上がっている。 しかし、どういう訳だか火災報知器もスプリンクラーも作動していない。高級そうなマンションなのに 備え付けられていないとでも言うのか? 「火事が起きているじゃねえか! 早く消防に連絡しねえと!」 「その前に部員を助ける方が先よ! 助けを呼ぶ声が聞こえたんだからまだ生きているはず!」 俺とハルヒは急いでリビング内に入ろうと、扉を開けようとするが、 「あ、あれ? こいつ開かないぞ!?」 何度か俺がノブをひねってみるが、一向に扉は開く気配がない。ノブの軽さから言って、壊れちまっているみたいだ。 このタイミングで壊れるか、普通? 「キョン! あたしがぶち破るからどいて!」 ハルヒは数歩下がって助走距離を取り始める。俺はハルヒの邪魔にならないように廊下の壁に張り付いた。 その時だった。ちらりとガラス扉越しにリビングに人影が見えた気がした。炎があちこちから上がっているため 光の加減でシェルエット状態だったが、それがやや髪の長い小柄の人間であることはすぐにわかった。 女子部員か? まだ中で火から逃げ回っているのかも知れない。 ハルヒの体当たりが始まる。ラグビーのショルダータックルのように、勢いよくガラス扉をぶち破ってリビングの中に入った。 俺も残ったガラスの破片に注意しながらリビング内に入る。 リビング内はあちこちに火が燃え広がり、小火の状態を越えていた。このままでは他の部屋にも次々と引火してしまうだろう。 だが、消化器ぐらいでは押さえ込めそうにない。 ――助け――て―― 息苦しそうでか細い声。俺とハルヒはそれを聞きつけて、辺りを見回す。ふとリビングに隣接しているキッチンの床に 仰向けになっている片足が見えた。 俺はそこに駆けつけると―― 「うっ……」 「きゃあっ!」 俺は思わずうめき声を上げ、ハルヒは小さな悲鳴を出し口を押さえた。 そこには首からダクダク血を流した女子部員が仰向けに倒れていた。必死にタオルを押しつけてそれを止めようと しているようだが、致命的なところを損傷しているらしくタオルが完全に真っ赤になっても止まっていない。 次第にタオルで吸いきれなくなった血が床に広がり始めている。 助けないと――そう俺がキッチン内に入ろうとした時だった。突然、ガスコンロの近くで小さな爆発が起き、 周囲をがたがた揺らす。 その衝撃でキッチンの天井に据え付けられていた戸棚の一つが開いた。そこから数本の包丁が舞うように飛び出し、 女子部員の胸と腹に一本ずつ突き刺さる。 あまりのできすぎた偶然に俺は戦慄を憶えた。だが、一方のハルヒはそうなるよりも助ける方に頭が行っているようで、 「まだ息がある! 早く助けないと!」 そう彼女に近づき始めた。が、またも小規模な爆発と火炎が巻き起こり、うかつに近づくこともできない。 だが、女子部員は包丁が二つも突き刺さりながら、まだ苦しそうな息をしている。まだ生きている。助けなければ。 ――また起きる小さな爆発。俺は炎から起きた閃光に一瞬目を瞑ってしまった。そのタイミングでドカっ!と 何かが床に打ち付けられる音がした。 その音は俺に理由もなく嫌な予感を与えてきた。恐る恐る目を開けてみると―― 「……なんだってんだ」 あまりに酷い状況に俺は地団駄を踏みたくなる。さっきの爆発で女子部員の頭の方におかれていた冷蔵庫が、 事もあろうに彼女の身体の上に倒れたのだ。包丁が垂直に突き刺さっている場所に、あんな重いものが倒れればどうなるか。 釘を打つ金槌と同じ事になる。包丁はさらに深く彼女の身体にめり込んだだろう。 もう微かな叫びも吐息も聞こえなくなった。完全に意識をなくしたのかもしれない。 俺は必死にどうすりゃいいんだと思考回路を早める。隣のハルヒも焦りの表情を浮かべて動けない状態だ。 だが、【偶然】は俺に冷静さを取り戻す暇も与えない。今度はどこかでポンッという小さな破裂音が聞こえ、 続いてシューッという何かが吹き出す音、さらに今までとは違う何とも言えない嫌な臭いが辺り一面に充満し始めた。 これに気が付いたハルヒが、あわてて俺の手をつかみ、玄関に向かって走り出す。 「おい! 助けなくていいのかよ! まだ生きているかも――」 「それどころじゃないっ!」 ハルヒの声は焦りに満ちていた。何が起きようとしているんだ…… 玄関の扉の鍵を開けて、ハルヒと俺が外に飛び出すとそこには予想外の人物がいた。書道部顧問だ。 今日は学校を休んでいたはずなのに、何でここにいるんだ? ――そのとたん、女子部員の部屋でひときわ大きな爆発が起きて、その衝撃が通路を伝って出入り口から吹きだした。 熱波を含んだそれは通路の壁にぶつかり、そのままで上昇気流へと変わる。 俺はあぜんと目を見開くハルヒの顔を、高い位置から見ていた――すぐに気が付く。さっきの爆風で俺の身体は 思いっきり吹っ飛ばされ壁を越えてマンション十階から転落しようとしていた。 ここからは俺に目に入ってきた光景が全てスローモーションに見えた。まずハルヒが壁から身を乗り出し、 ぎりぎりのところで俺の腕を左手でキャッチする。そして、すぐにこっちへ引き寄せようとするが…… すぐにハルヒの顔色が一変した。同時に右手を伸ばしてくる。その方へ俺が首を向かせると、そこには同じように 空中を舞っている書道部顧問の姿があった。その顔は完全に白目をむいている。衝撃で気を失っているに違いない。 ハルヒはさらに壁から身を乗り出し、一番近いところにあった顧問の足をつかもうとした。だが、あと数センチのところで その手が届くことはなく、やがて顧問の身体はマンションの下に向かって落ち始めた。 何かをハルヒは叫んでいた。絶叫していたが、爆風で耳をやられているのか俺には聞こえない。 やがて、顧問を助けることを諦めたハルヒは俺の救出に力を入れ始めた。振り回すように左手でつかんだ俺の腕を 引っ張り、その勢いのまま十階通路に投げ入れる。 「ぐはっ!」 背中から通路に落下したため、俺の口から胃液が飛び出した。背中もじんじんと痛み、やけどを負ったのか 手のひらもジンジンとしびれるような痛みを発していた。 「キョン! キョン! 大丈夫なの!?」 「あ、ああ――何とか……」 とぎれとぎれにハルヒの呼びかけに答えるが、すぐにまた女子部員の部屋で大爆発がおきて、マンション全体を 激しく揺さぶった。 危うく死にそうになった。それも本当に危機一髪だった。ハルヒがいなければ、もう死んでいただろう。 一方のハルヒはすぐに携帯電話を取り出すと、消防への通報をしていた。なんて手際と判断の速い奴だ。 一体今までどれだけの修羅場を踏んできたんだ、こいつは。 ふと、俺は書道部顧問の存在を思い出す。恐る恐るマンション下を見ると、そこには仰向けに倒れぴくりとも動かない 顧問の姿があった。通行人が集まり、悲鳴がわき起こった…… ◇◇◇◇ その後、またもや警察の事情聴取を受けた俺たち。さすがにこうも最近の事故に立ち会ってばかりの俺に不信感を 持ち始めたらしく、いろいろなことを聞かれ夜中まで警察署に拘束されるはめになった。一方のハルヒも事情説明が続き、 なかなか帰らせてくれなかったらしく、二人が無罪放免で解放されたのは夜中の十二時を過ぎた頃だった。 待合室では心配して駆けつけてくれた家族がいた。疑惑はさっさと晴れたことを言うと、ほっとした様子で、 とっとと家に帰りましょうということになった。 ハルヒも家族の迎えがあったので、一足先に帰ったらしい。ただし、伝言があった。 明日話したいことがあるから、どんなことがあっても学校に来るようにと―― ◇◇◇◇ 翌日の朝、俺は通学途中の自転車の駐輪場で眉をひそめてしかめっ面のハルヒと落ち合った。 この様子じゃ昨日のことは堪えるというよりも疑惑を深めたという心情なのだろう。 俺たちはゆっくりと登校ハイキングコースに入りながら話を始める。切り出したのはハルヒからだ。 「どう思う?」 「いい加減、うさんくさいとは思っている。だが、俺の頭じゃ何が起こっているのかさっぱりなのが現状だ」 「おかしいわよ、絶対。いい? 一昨日の自動車事故で助かった十人のうち、三人が昨日立て続けに死んだのよ? しかも、全部事故。それもあり得ないような偶然がつながってね」 「昨日の事故は結局あの女子部員の火の不始末が原因だったというのが警察の調査結果だからな……」 「事情聴取の時に警察から聞き出したんだけどね……」 ハルヒは昨日得た女子部員の身に起こったらしい警察情報を話し始めた。ただしこれはハルヒと警察の推測も混じっている。 元々あの女子部員は料理する趣味があったらしい。ところが電子レンジに入れた料理材料の中に何かの異物が混じっていたのか、 突然それが爆発、その時にレンジの破片が首に刺さって出血となった。止血のためにタオルを探している間に、 火を書けっぱなしにしていたフライパンが引火して炎上、恐らくそれを消そうしたのだろうが、何らかの不手際で リビング中に引火してしまった。そして、やむえず消防局に電話しようとしたが、電話線が火に焼かれて不通に。 そんなことをしている間に出血が酷くなり意識が朦朧となってキッチンに倒れてしまった。そこに俺たちが駆けつけたが、 これまた運悪く爆発の衝撃で飛んできた包丁が身体に刺さり、さらにその上に冷蔵庫が倒れてとどめとなった。 おまけにどういう訳だか、火災報知器などの予防装置は全て故障してたらしい。これはマンション管理の責任問題に なるかも知れない話だが。 話を聞くだけでも人生嫌になりそうな運の悪さの連続だ。はっきり言って【偶然】なんて言える代物ではない。 だがよく考えてみればそうでもなかったりする。たまにあるだろう、運にめぐまれないなぁと思う瞬間が。 身近な例を挙げれば、家で居間を歩いていたら落ちていた画鋲を踏んづけあわててしゃがんでそれを足から取りだしたら、 屈んだはずみで胸ポケットに入れていた携帯電話を落としてしまい、むかつきモードで携帯を拾って歩き出したら テーブルの柄に足の指をぶつけて悶絶する。俺もこのコンボに遭遇したことはあるが、誰かの陰謀だろと叫ばずには いられなかった。 俺の助けた男子生徒、昨日の野球ボールがきっかけとなった書道部女子部員、刺殺・爆死した書道部女子部員の死因を 陰謀云々言うのはその感覚に似ている。【偶然】とは思えないが、【偶然】でしかないのだ。ややこしい。 そういや顧問がどうしてあそこにいたのか理由を俺は知らないんだが。 「あの女子部員の家に呼ばれていたそうよ。相談したいことがあるって言う内容でね。電話の記録も残っていたらしいわ」 意外と警察もしっかりと調べているな。そこまでちゃっかり聞き出すハルヒもさすがだが。 だが、呼ばれて巻き込まれたのも【偶然】か。誰かが故意に起こした事故ではない以上、巻き込まれたに過ぎない。 実際俺たちも危うく巻き込まれるところだったんだ。 と、ここで俺は女子部員の家の中に入る際に、内側から鍵を掛けられたことを思い出し、 「そういや、あの一回締め出しを食らったことは警察に伝えたのか? あれは明らかに誰か別の人間がいたとしか 思えないんだが」 「確かにそうなのよね。でも、その前に警察から言われたわ。女子部員以外が部屋の中にいた形跡はないって。 逃げ道は存在しなかったから、あの場にいたら死体がもう一つ増えていたはずよ」 「わかんねぇぞ。どこぞの怪盗のように小型のハングライダーで窓から脱出したのかも知れん。限りなく低いが、 絶対ってことはないはずだ」 俺の反論に、ハルヒは首を振って、 「それもないわね。だって隣の部屋の住人が焦げた臭いをかぎつけて、ずっとベランダから女子部員の部屋のベランダを 覗こうとしていたらしいわよ。火事になっているんじゃないかと確認しようとしていたらしいわね。 結局爆発の瞬間まで中の様子はうかがえなかったみたいだけど。万一、ベランダから誰かが脱出したらその時点で 気が付いているわよ。あと実はその証言をしている隣人が犯人ってのもなし。ベランダの窓は内側から二重に 鍵が掛けられていて完全な密室状態」 「だが、内側から鍵が閉められたのは事実だ」 「一応言ったけど、相手にされなかったわ。あのマンションオートロックになっているらしくて、最初はなんかのはずみで 旨く扉が閉じていなかった。あと中で火災が起きていたから気圧とかなんかが変わって、ドアを開けた瞬間に 部屋内に空気が殺到し、それに乗って扉が内側から引っ張られたように感じただけじゃないかって一蹴されたわ」 何かいやに的確な反論をする警察だな。ただ、たしかに扉を開けたら風の力で引っ張り返されるというのは 俺も自宅で何度か遭遇したことがある。中で火災が起きていたんじゃ、部屋の空気の状態はめちゃくちゃだろう。 首はひねりたくなるが、否定できる材料もないといったところか。 ――ん? ちょっと待て。今の今まで完全に忘れていたことを思い出したぞ。 「今更なんだが――ついでに警察に言うのも忘れていたんだが、リビングにお前が侵入する直前に、 確か人影を見たような気がするんだが。もちろんリビング内にだぞ」 「……なんでそんな重要なことを忘れているのよ」 ハルヒは口をとがらして抗議の声を上げるが、 「今言っても記憶違いで一蹴されるだけだわ。時間が経って記憶の方が改竄されているし、ぼうぼう火が燃えている中で、 はっきりと模写までできるぐらい鮮明に覚えているとは思えない。実際のところ、どうなのよ」 「いや……」 確かに警察がそこまでしっかり調べて、中にだれもいませんでしたよと言われてしまうと、俺の見た人影も ただの見間違えじゃないかと思えてくる。事実、記憶上残っている見えたものは女性のような人影だけだからな。 しかし、現代技術ではいないように見せられる存在もこの世界にはいるはずだ。 「情報統合思念体が何か関与している形跡はないのか? 連中なら偶然に見せかけた殺人や誰もいないところに 沸いて出てくることだってできるだろ?」 俺の指摘に対し、ハルヒは首をひねって、 「確かに絶対とは言えないんだけど、奴らが動いた形跡はないわ。そもそもこんな事やって何の意味があるのか さっぱりわからないしね。可能性は捨るつもりはないけど」 とのこと。確かに朝倉や長門――あいつにこんな事はして欲しくないが――がこんなことをしでかしても何の意味があるのか。 そうなると―― 俺ははっと気が付いた。もう一ついないはずの場所に現れることができる人間が。未来人である。 しかし、まず断言したい。朝比奈さんがこんなことをできるわけがない。あの気が弱くって愛らしいあの方は 目の前に死体――多丸さんの偽死体だったが――を見ただけで卒倒するほどだぞ。自分の手で実行できてたまるか。 あと他の未来人の仕業は十分にあり得るが、俺は何度もありえない【偶然】を目撃している。いくら未来人がTPDDとやらで 時間を超えられる装置か何かを持っていたとしても、【偶然】の発生まで制御できるとは思えない。 そんなマネができるなら、俺の世界の時でも何度か目にする機会はあったはずだ。これでも朝比奈さん(大)と行動をともにした 機会は多かったからな。 そんなわけで今のところは、未来人関与の可能性について俺の中で速攻却下だからハルヒにも言わないでおく。 こいつに言ってへたに疑いだしたら面倒事になるかもしれないから、胸の内に仕舞っておこう。 と、ここでハルヒは思い出したように。 「あと今日の放課後、関係者全員書道部の部室に集まるように連絡したから。あんたもちゃんと来なさいよ」 「……何でまた」 俺が疑問を投げると、ハルヒはにらみを返してきて、 「いい? 一昨日の事故を免れた十人のうち三人が昨日のうちにみんな死んだのよ? 全部事故で死因自体に共通点はない。 ただ唯一の共通点は生存者であるということ。しかも、ただ生き延びたんじゃなくて、あんたの予知能力のおかげで 生き延びた人ばかり。一回目の予知能力を使った男子生徒も同じだった」 十人……俺・ハルヒ・谷口・国木田・鶴屋さん・朝比奈さん・書道部女子部員三名と顧問か。 まさかこれと同じ事が起こり続けるかも知れないって言うのか? ハルヒは真剣かつ深刻な顔で、 「そうよ。偶然がつながりすぎている。今のところ他者の思惑は見えないけど、何かが起きていると考えるべきだわ。 あらかじめ各自話し合って意識しておくことは重要だと思うから。あ、もちろん予知能力の話はしないけどね」 確かにハルヒの言うとおりだろう。例え【偶然】であってもその【偶然】にはまって死なないように、気をつけておくことは 重要かも知れない。自動車事故と同じで、少し気をつければ回避できるレベルのものかも知れないからな。 ――そんなことを話しているうちに北高まで俺たちは到着していた。 ◇◇◇◇ そんなわけで放課後。 三名が欠けた書道部部室で対策会議が始まった。 「事情を知っている人、知らない人多分様々だろうから、今までの経緯を話しておくわ」 ハルヒが今日の朝俺と話した内容を掻い摘んで説明し始める。すっかり立場は部長の位置になっているが、 やっぱりこういうリーダー的立場がこいつにはしっくり来る。 俺は説明を聞きながら参加メンバーを確認した。 朝比奈さん。かなり意気消沈気味だが、参加してくれている。あの調子じゃ何があったのかもう知っているのだろう。 鶴屋さん。こっちも立て続けに起きる惨劇にすっかりいつものさっぱりぶりは消え失せ、どこか憂鬱な表情を浮かべていた。 谷口。こいつは状況をほとんど知らなかったらしく、ハルヒの説明に仰天の声を上げていた。いつものそれほど変わっていない。 国木田。谷口同様だったので、ハルヒの話を興味深そうに聞いている。さして落ち込んだ様子は見えない。 書道部部長(女子)。一昨日の事故のショックも冷めないうちに、部員全員と顧問が昨日一日で事故死した事に憔悴しきっている。 あと俺とハルヒ。計七名全員そろっていた。 ハルヒは練習もしていないのに、弁論大会の演説のごとくきっちりわかりやすく説明していく。こいつの能力の高さは天井知らずだ。 ただし、当然予知能力は伏せておく。ついでに一回目の予知能力で救った少年がその後死んだことも触れないでおいている。 これは話の焦点を一昨日の自動車事故にしておきたいというハルヒの意向からだった。いたずらに広げるとややこしくなるだけだから。 やれやれ、本当に予定外の行動で死を回避した生存者をひたすらストーキングしてくる死神の映画みたいになってきたな。 ………… 「――現況は以上よ。あたしの推測も結構入っているわ。何か質問があれば、じゃんじゃんしてちょうだい。 数十分に渡るハルヒの説明の終了後、質問タイムに入った。 説明後の一同の様子を見てみる。 谷口はいまいち信用していなさそうな顔をしている。 国木田、鶴屋さん、書道部部長(女子)はハルヒの言葉を大体受け入れているようだ。 朝比奈さんはうつむいたままなので、表情が読み取れない。 質問タイムでまず最初に手を挙げたのは谷口だ。 「涼宮の言うことをまとめると、事故を回避した俺たち全員は近日中に偶然死ぬかも知れないってことでいいのかよぉ?」 「そうよ。あくまでもあたしの推測だけど、昨日の三人の死を間近に目撃した身としては、事故死なのに故意としか思えない 不自然な死に方が連続している。そして、死んだ三人の共通点は全員生存者。ならあたしたちにも危険が迫っている可能性があるって事」 「確かにそうかもねっ。昨日あたしもあの子の事故死した瞬間を見ていたけど、偶然にしてはできすぎていたよっ。 その根本原因が一昨日の交差点の事故にあるっていうなら、あたしたちも危険が迫っていると考えるべきだねっ」 鶴屋さんの発言――少々無理しているしゃべり方だったが。 書道部部長(女子)がここで手を挙げて、今後どうするべきなのか、今日亡くなった三人の通夜に行くつもりだが言ってもいいのかと 質問してきた。 ハルヒは腕を組んで、 「対応策ははっきり言ってわからないわ。ただし三人の死因が偶然による事故から来ているものなら、そう言ったものに遭遇しないように 心がける事ね。例えば、料理をするときは一人でしない、道を歩くときは必ず車道から離れたところから歩く、 危険な場所には近づかない……あとすぐに誰かに助けを求められる状態にしておくってのもあるわ。常に携帯を所持しておくとか、 身近な人の電話番号にすぐ通じるようにするとか。ま、普段以上に慎重に行動するって事よ。 その程度で回避できるかも知れないんだから。あと通夜の参加は各自の判断に任せるわ。 家に閉じこもっていろとは言えないし、参加も強制しない。繰り返すけど、さっき話したのはあたしの推測であって、 確定した情報じゃない。ただ状況から考えて危険が迫っている可能性が高いって事を知らせておきたいのよ」 熱弁を振うハルヒに、書道部部長(女子)は力なく頷く。聞けば、部員は昔からの友達だったらしく、 その死は相当ショックだったらしい。通夜や告別式に参加するなと言うのはあまりに酷だろう。 顧問もそれなりに長い付き合いだっただろうし。 一旦全員がしんと静まりかえる。ハルヒも腕を組んで質問がないのか見回していたが、やがてもうないのだろうと判断し、 「今日はこのくらいにしておきましょ。今日は亡くなった人たちの通夜もある。ただし慎重な行動を心がける。いいわね?」 その言葉に全員がうなずいた。 そうして今日の部活動――もう書道部の活動なんてしていないが――も終わりぞろぞろと解散していく。 その途中で俺は谷口に教室脇に引っ張り込まれ、 「おいキョン。おまえ、あの超強力電波女の言うことを信じているのか? はっきり言って死神が追っかけてくるような話なんて 俺はとてもじゃねーが信じられねーぞ」 「俺だって100%信じている訳じゃないが、昨日一日で三人も死んでいるんだ。しかも、俺たちと共通点のある 立場の人間だったら注意するのは当然だろうが。別に不都合なんてないだろ。ただいつも以上に安全に 気をつけるってだけなんだから」 「それはわかっているんだがよー」 谷口は細めでウザったらしくハルヒを見る。どうやらこいつの問題は、ハルヒからの指示という点に 固まっているらしいな。外見とその妙な行動で変わり者に見えるだろうが、あいつはなかなか常識的な奴だ。 勘も良い。味方にすればこれ以上ないくらいに頼もしい奴だよ。俺も何度も助けられたしな。 「ハルヒの言い方や過去の行動についてはこの際頭の中から排除しておけ。実際に面倒なことが起きているってのは 事実なんだからな。ハルヒの言ったことは決して間違いじゃない」 「へいへい。気をつけることにするよ」 わかっているのいないのか、微妙な返事をすると谷口は国木田と一緒に帰路へと付いた。あと、念のためハルヒの判断で 国木田と家の近い書道部部長(女子)も一緒に帰らせることにした。複数人行動は確かに危険回避の第一歩だからな。 鶴屋さんは迎えの車が来ていたので、それに乗って帰って行った。 「じゃあ、ハルにゃん、みくる、キョンくん、気をつけて帰るんだよっ!」 そうハイヤーの窓から手を振って、学校から去っていく。とは言っても亡くなった三人の通夜には参加するって事だから、 あとで顔を合わせることになるだろうけど。 残ったハルヒ、俺、朝比奈さんは校門前に立っていた。 と、ここでハルヒは、 「悪いけど、あたしはちょっと用事があるから先に帰らせてもらうわ。キョン、みくるちゃんをしっかり守って帰るのよ」 「おい、一人で行動していいのかよ?」 と一応言っておいたが、大丈夫よと言ってハルヒは小走りに返っていった。まああいつなら最悪偶然ですら 操作できる力を持っているからな。 あと帰る前に俺の胸にぽんと一発叩いてきたことで、ハルヒが俺に何をさせようとしているのか気が付いた。 つまりは朝比奈さんと二人で帰り、その間に情報を聞き出せって言うことなのだろう。そうなると、ハルヒは今回の一件について 俺と同様に口には出さないが、未来人の関与も疑っているのかも知れない。 「……帰りましょうか」 「はい……」 朝比奈さんは力なく答え、俺に続いて歩き出す。 放課後、日が徐々に傾き始める時間帯になり、一歩一歩踏み出すたびに街の色が赤くなっていく気がする。 二人はしばらく黙ったままだったが、次第に俺はその空気に耐えられなくなり――ついでに黙りでは意味がないこともあるので、 「朝比奈さんはどう思っているんですか? ハルヒの言っていること、信じていますか?」 「わかりません……」 ぽつりと朝比奈さんが答える。 実のところ、朝比奈さんは未来人である以上、上の方の許可さえ取れれば何でも知ることができるはずだ。 知らないと言うことはない。 しかし、どうするか。あなたは未来人ですか?なんて聞けるわけがない。朝比奈さんが自分から言ってくれるまで 待つしかないんだが、とてもそんな空気には見えなかった。 仕方なく他の話をすることにする。全く朝比奈さんと二人っきりで一緒に帰るって言う悶絶寸前シチュエーションなのに 全然楽しくない。 「朝比奈さんは書道部に一年の時から入っていたんですよね」 「はい。鶴屋さんに誘われて入りました。あたし、入学してからしばらくあまり友達もできなくて……。 そんなときに初めて仲良くなったのが鶴屋さんだったんです。それから一緒に書道部に入って、他の部員の人たちとも すぐ仲良くなれました。全部鶴屋さんのおかげです。だからあたし凄く感謝しているんです」 朝比奈さんは柔らかな笑みを浮かべる。やっぱり鶴屋さんはこの人にとって特別な存在なんだな。 ま、一人にしておくと放っておけないっていう鶴屋さんの気持ちもよくわかる。朝比奈さんを見ていると 守ってあげたいという感情が生まれてくるし。 この時点で俺はますます今回の事に朝比奈さんが関与しているという考えが薄らいだ。 万一、あの自動車事故から逃れた人を再度全員抹殺しようとしているなら、その対象には鶴屋さんも含まれてしまう。 この朝比奈さんにそんなことができるか? できてたまるか――できるわけがない。 俺は話を続ける。 「でも最近は大変だったでしょう? あのハルヒが入部してからいろいろ騒がしくなりましたから」 「ええ、涼宮さん凄く強引ですから……ああっ、涼宮さんのことが嫌いって訳じゃないですよぉ? ただもうちょっとあの――その――」 「良いんですよ。あいつはもうちょっと自分の行動を抑制すべきですからね。全く今度しっかり言っておきます」 「いえいえ、良いんです。それにあたしちょっと涼宮さんがうらやましい」 「え?」 「凄いじゃないですか。行動力も実行力も。あたしなんかとは違って、何でも完璧にこなせて凄くうらやましい……」 いや、あいつは確かに能力的には完璧ですが人格に少々問題がありますよ? 確かにそれなりに常識は持っていますが。 行動は思いつきの突発ばかりだし、わがままだし、自己中で…… 「良いコンビですね。涼宮さんとキョンくんって。それだけはっきりと相手のことを言えるんだから」 唐突にとんでもないことを言い出す朝比奈さん。良いコンビというよりも腐れ縁というか向こうがかみついてきて話さないというか。 俺が憮然と考えていると、朝比奈さんは横でクスクスと微笑んでいた。やれやれ、勘違いをされるのは嫌だが、 朝比奈さんがこの笑顔を見せてくれるなら、悪い気分ではないな。 ――ここでしばらく二人の間に沈黙が流れる。俺は横目でちらりと朝比奈さんの表情を浮かべると、先ほどまでとは違って 少しだけ真剣な表情になっていた。落ち込んでいるのとは別の方向で。 ほどなくして、ここで朝比奈さんの方から口を開く。 「……キョンくんは運命って言うものを信じますか?」 唐突な質問だったため、俺はしばらく言葉を失ってしまったが、 「……ええ。たぶんあるんじゃないですかね。決められた出来事って言うのはあるような気がしますし」 「じゃあ、亡くなった三人は運命で決められていたといったらどう思います?」 運命。きっと俺の世界の朝比奈さんなら【既定事項】という言葉を使うだろう。つまり、あの三人が死ぬのは 決まっていた事なのだろうか。いや待て、勘ぐりすぎだ。この朝比奈さんは俺にまだ自分が未来人であることを カミングアウトしていないんだから。焦るな俺。 「そんな運命なら受け入れたくないですね。俺が万一事前にそれを知ることができたら全力でそれを回避しようとしますよ。 運命だからって死にたくはないですから」 「そうですよね……やっぱり……」 そう言って朝比奈さんは視線を下げた。何だ? 何を言いたいんだ? 「涼宮さんは言っていましたよね。あの自動車事故を回避したから、そのつじつま合わせのために あたしたちがまた死の危険にさらされているって。なら、きっと自動車事故で死ぬのがみんなの運命だったんです。 でも、それを回避してしまったからこんな事になっている」 と、ここまで言って朝比奈さんは自分の言っている意味に気が付き、 「あっ、えっと、キョンくんを非難しているんじゃないんです。あの時みんなを助けてくれたことは その……感謝……しています。ただ、涼宮さんの言葉をそのまま受け取ると、結局そうなってしまうって事なので……」 「そうですね……朝比奈さんの言うとおりです。だけど、俺はそれは決して無駄だったとは思いませんよ?」 「え?」 俺の言葉に、朝比奈さんが不思議そうな顔を見せる。 死を乗り越えても、また死が追ってくる。確かにそれだと最初に乗り越えた意味はないように感じるかも知れないが、 それは違う。なぜなら―― 「あの自動車事故を乗り越えられたから、俺たちは今こうやって立っていられるんです。そして、危機が迫っていることも 知ることができました。おかげで死ななくても済むかも知れない。これだけでも大きな意味があると思うんです」 朝比奈さんははっと顔を上げて、俺を見つめた。その目にはうっすらと涙が浮かび、何かを訴えようとしている。 だが口だけがぱくぱく動いて一向に言葉が出てこない。 すぐに朝比奈さんは口を押さえて、またうつむいてしまい、 「何でも……ない……です……」 そうつぶやく。だが、朝比奈さんの今の一瞬を俺は見逃さなかった。言おうとしているのに言えない。 このポーズは何度も見たことがある。あの禁則事項ってやつだ。つまり朝比奈さんは俺の知っている未来人と 同様の状態である証拠となる。 朝比奈さんは未来人。本人からカミングアウトされなくても、この確認だけはようやくできた。 ならどうにかして今の惨劇を食い止めるための協力を取り付けたい。 「朝比奈さん。俺は何とかして他のみんなを守りたいんです。手を貸してもらえませんか?」 「え、ふえ? でも、あたしにできることなんてほとんど……」 「できることは必ずあるはずです。一緒に考えましょう。どんな些細なことでもやってみる価値はあると思うんです」 俺なりに必死に説得したつもりだったが、朝比奈さんは目を合わせようとしなかった。 ダメか。いきなり言ってもそりゃ混乱するだけだよな。 俺は嘆息すると、 「すいません。何か迫るようなことしちまって。でもこの最悪の状況は何とか抜け出したいと思っているんです。 それは忘れないでください」 その言葉に、朝比奈さんはこくりとうなずいた。今日はここまでだな。これ以上せまると逆効果だ。 ちょうど駅前までついたし。 俺はすっと朝比奈さんから離れ、 「今日はいろいろすいませんでした。また明日――ああ後の通夜でもお会いしそうですね。じゃあ、その時まで」 「はい。キョンくん、さようなら」 そう言って俺たちは別れようとする――が、俺は一つだけ聞いておきたいことを思い出し、すぐに彼女を呼び止め、 「朝比奈さん! 一つだけ良いですか?」 「あ、はい。何でしょうか?」 「できるならあの事故が起きる前に戻りたいと思いますか?」 ――俺の言葉とともに、少し強い風が周囲を通過した。朝比奈さんの長い髪の毛がなびく。 そして、柔らかな微笑みを浮かべて言った。 「はい。キョンくんや涼宮さん、鶴屋さんたちと一緒にいたかったです」 俺はその言葉にほっと胸をなで下ろし、手を振りながら朝比奈さんと別れる。 よかった。朝比奈さんは今の生活を維持したいと考えている。贅沢は言えない。今はそれだけで十分さ。 ――俺はこの時どうして朝比奈さんは『一緒にいたかった』という過去形を使っていたのか、 もっと深く考えるべきだったのかも知れない。 ◇◇◇◇ 俺は通夜に何か起こるのではと警戒していたが、結局何も起きずに平穏に終了した。 さらに意外なことにそれから数日は何も変化の無い日常が続いた。 事態が急変したのは、週末になってからである。 ~~涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(後編)へ~~
https://w.atwiki.jp/amezo11337205107/pages/40.html
ハルヒ(はるひ) SOS団ではない方の人。 久しぶり♥ 2017年08月15日(火)17時33分17秒(小学生) ハルヒです 2017年08月15日(火)17時28分33秒(広場) コメント一覧 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/24.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 ◇◇◇◇ 翌日、のんびりと一人で早朝ハイキングコースを上っていく。 前日のごたごたのおかげで少し緊張感がぼやけてしまっていたが、朝の職員会議が始まっていることを考えたとたんに、 それなりに緊張感が復活してきていた。 そんなそわそわ感を引きずりつつ、自分の教室まで行き席に座る。ハルヒはすでに俺の席の後ろでぼんやりと外を眺めていた。 ふと、俺のほうに視線だけを向けると、 「今日で良いんだっけ。文芸部の存続について話し合われているのは」 「そうだよ。今頃職員会議で話し合われているはずだ」 そんな話をするだけで俺はつい貧乏ゆすりを始めてしまう。 だがふと気がつく。俺も相当文芸部に思い入れができていることにだ。以前の俺ではとても考えられないようなのめりこみぶり。 変わったのは長門だけかと思っていたが、俺も実のところ相当変化しているんじゃないか? 自分からではよくわからんが。 ほどなくして、始業のチャイムが鳴り朝のホームルームが始まった。同時に岡部も教室へと入ってくる。 俺は今すぐ飛び出してどうなったのかを聞きたかったが、ここは我慢だ我慢…… ただし、今日のホームルームは長くなるに決まっていた。朝倉消滅の件があるんだから。 「急なことだと思うが、カナダに転校することになった」 そのことを岡部が言うと、クラスからざわめきが起こる。やっぱり長門は転校でかたをつけたのか。しかし、なぜカナダ? 何かこだわりでもあるんだろうか? 俺的にはそんなことはわかりきっていたので、貧乏ゆすりを続けつつ終了を待った。 高校生活最長のホームルームではなかったのかと思える時間が過ぎ、ようやく次の授業まで隙間の時間帯に入ると、 俺は一目散に教壇へと向かった。 「あの……文芸部について結局どうなりましたか?」 「ああ、その件についてなんだが――」 岡部は少し目をそらす。まずい、これは悪い知らせのサインか…… と思いきや、 「すまんが結局部活の統廃合については完全な結論は出なかった。いや、正確には大半は決まったんだが、 文芸部についてだけはお前たちの作ったHPの印象が強かったらしくてな、今一度再考してみようということになったんだ。 結論は数日後に出ることになっている。存続の確約ができなくてすまないと思っているんだが……」 岡部の言葉に俺は少し――いやかなり嬉しくなった。今の話だと、文芸部も廃部になる予定だったのが、 再考してみるという形に変わったのだ。まだ確定ではないが、風向きは大きく変わったと見るべきだろう。 確実に事態は好転している。 俺は頭を下げる岡部に手を振りながら、 「いえいえ、良いんですよ。廃部確定路線が一時的にでも変わったんだから、感謝します」 「……何とか存続できるように最大限努力するつもりだ」 岡部の言葉は、今まで味わったことのない教師への信頼感を持たせるには十分すぎるものだった。 と、ここでハルヒがやってきて、 「で、どうだったのよ結果は」 「ああ、一応数日後に再検討になったんだと。廃部路線が変わったから俺としては良しと思っているが」 「ふーん」 ハルヒはそうつぶやく。 ここで岡部が、 「何で涼宮が気にかけているんだ? お前部員じゃないだろ」 「今日部員になるのよ。後で入部届けを出しにいくから」 教師を目の前にして堂々とタメ口なところがハルヒらしい。そんなハルヒに岡部が、お前どんなマジックを使って 入部させたんだ?と言いたげな視線を向けてくる。そんなことを言われても、ハルヒが入るといったからとしか 答えようがありませんよ。 ここで岡部は少し厳し目の表情へと変わり、 「大体だな、涼宮はその前に授業態度や出席日数のことを――」 そう説教モードに入ろうとしたのを察知したのか、ハルヒはそれを無視してとっとと自席に戻ってしまった。 相変わらず身勝手なヤツだ。岡部の話もたまには聞いてやれよ。まあ、素直に受け入れるとは思えないが。 一方の岡部もやれやれとあきらめ顔である。 結局そこで授業のチャイムが鳴り、俺も自分の席へと戻った。 そのしばらく後の話だが、岡部は職員会議で文芸部存続への熱弁をふるってくれたらしいことを風のうわさで聞き、 とりあえず姿を見かけるたびに心の中でお辞儀をしておくことにした。 ◇◇◇◇ その日の放課後、ちゃっかり入部届けを済ませたハルヒとともに、俺たちは文芸部室へと足を運ぶ。 すでに長門は到着済みで部屋の付属物のように読書を始めていた。だが、俺の顔を見るや否や、すぐにこっちへと じっと無言の視線を向け始める。早く文芸部存続議論の結果を教えろと言っているようだ。 俺はかばんを置いて椅子に座りながら、 「今日のところは結論は出なかったそうだ。数日後に再検討らしい。ただ廃部確定が再考になったんだから 気に病む状態ではないことは確かだな」 「…………」 長門は無言でこくりとうなづいて返事をする。 一方のハルヒは殺風景な部室の中を歩き回った後、今度は本棚の本をぱらぱらとめくり始めていた。 「そうだ、今日からの新しい新入部員だ。紹介は不要だろうが」 「よろしく!」 ハルヒは元気よく親指を上げて返す。やれやれ、ハルヒ加入のおかげで文芸部は別の意味で活気づいてきそうだな。 しばらくハルヒは本とにらめっこをしていたが、やがてそれを本棚にしまうと、 「で、文芸部って何をするところなのよ」 ハルヒの問いかけに、俺はしばし考えた後、 「とりあえず本を読むだけだな。あと、最近だとHPと立ち上げているから、そっちの更新も」 「それだけ? 地味よ地味すぎるわ! もっと行動的な活動をしなさいよ!」 そう抗議じみた声を上げるハルヒだが、行動的な文芸部って何だよ。二宮金次郎のように薪でも背負いながら 読書に励めと言う気か? と、ハルヒは手近の本棚にあった推理小説を取り出し、 「例えばさ、この小説の舞台になっている場所に実際に行ってみるとかってどう? それならみんなで旅行気分を 味わえるし、活動も読書だけなんていうカビが生えてきそうな陰気なものから、健康的で明るいものに変わるわよ」 「無茶を言うなよ。どこにそんな金が……」 そう反論しかけたものの、確かにハルヒの言うことには一理ある。小説の舞台を視察してみることは 立派な文芸部の活動になるだろうから部費から旅費を捻出することは可能だろうし、部室に閉じこもりっきりという 状態になることもない。さらにそのレポートをHP上にアップしていけば、さらにコンテンツの充実が図れるだろう。 悪くはない活動だ。 俺の反応をまんざらでもないと受け取ったのか、ハルヒはその推理小説を片手に俺たちの方へやってきて、 「決まりね! ってなわけで善は急げよ! たぶん文芸部の存続について今週中には決まらないとあたしは思うわ。 だから、最後になるかもしれないしぱっと週末はみんなで旅行しましょう!」 「おいおい、そりゃただお前が温泉でも何でも行きたいだけなんじゃないのか?」 「なに? 不満でもあるわけ?」 俺の言葉に、ハルヒは口をとんがらせる。この様子だと別に何かの思惑があってのことじゃなさそうだ。 最近ハルヒもどたばたしていたから、ぱっとのんびり出歩いて溜まった鬱憤でも晴らしたいのかもしれないな。 確かに文芸部の活動と強弁できるし、俺もインドア生活がずっと続いていたから出歩きたい気分でもある。 長門も読書ばかりではなく、少しは違う空気も触れさせてやりたいしな。 俺はうんと決断してうなづくと、 「よし、俺はハルヒの意見を受け入れるぞ。週末はみんなで旅行に行くか。長門はどうする?」 話を降られた長門はしばらく首を二ミリほどかしげていたが、やがて、 「行く」 最低限の言葉だけを返す。ただし、発散されている感情は期待感に満ち溢れていた。すっかりこいつも人間らしくなったな。 その後、俺たちは週末の旅行プランを練ってその日の部活動を終えた。 ◇◇◇◇ その週末、俺たちはせっかくだからというわけでかなり遠出をすることにした。向かい先はよく推理小説とかで 出てくる近くに断崖絶壁がある観光地だ。もちろん、温泉つきの旅館もすでに手配済みである。 観光シーズンでもなんでもない時期だったから意外とあっさり予約が取れたのだ。 で、俺たちは今そこへ向かうための電車に乗っていた。目的地までは1時間ほどかかるんで、その間にハルヒが 用意していた「本日・明日の予定表」の説明をしている。 しかし、この内容がなんというか…… 「おい、これ全部やる気なのか?」 「もっちろんよ。せっかく元ネタがあるんだから、全部探して回らないとね!」 そう言いつつ今回の旅行先が舞台となっている推理小説をパンパンと叩く。おい本はもっと大切に扱えよ。長門が怒るぞ。 ハルヒの予定表はスケジュールが分刻みで設定されていた。しかも、徒歩で散策するだけではなく、推理小説の舞台となった場所を すべてめぐるめくあちこちへ電車での移動まで含まれている。これはかなり体力を要する旅行になりそうだ。 ここまで来るともう俺の出番はない。ハルヒに任せよう。あのSOS団団長様にくっついていくのと同じ要領で。 「ふふん、まっかせなさい! あたしが絶対に忘れられない旅行にしてあげるわ!」 ハルヒの威勢のいい声が電車内に響き渡る―― それから二日間、俺たちは徹底的に遊び倒した。 ――湿地帯の観光地を散策して ――小さな山の上までロープウェイで上り、展望台から絶景を眺め ――推理小説の舞台となった神社を探してあちこち歩き回り ――花畑に囲まれた場所でハルヒが長門を引っ張って走り回り(俺はミツバチの大群に追っかけまわされたが) ――推理小説内で殺人犯が通ったのと同じルートで電車に乗ってみたり ――もちろん旅館到着後は温泉でのんびりさせてもらった。ちなみにそのときにこんなやり取りが。 俺がのんびりと温泉に使ってデトックスの真っ最中に、隣の女風呂にハルヒと長門が入って来たらしく、 聞きなれた姦しい(ハルヒだけが)声が浴場に響き渡る。幸い、貸切同然の状態だったから誰に迷惑をかけることもなかったが。 「あれ、有希ってやっぱり肌白いのね。でもちょっと真っ白すぎない? 普段から部屋の中に閉じこもっているからよ」 「別に問題ない」 「へっへっへ、でもまだまだ発展途上な体つきがいいわね~。これならどうとでもいじりようがあるわ」 「別に不都合はない」 「あら言ってくれるじゃない。じゃあまず温泉に入って栄養素をたっぷり吸収して、老廃物を排出するわよっ!」 「急ぐ必要は――」 長門の最後の言葉は、ばしゃーんと水を叩きつけるような音にさえぎられた。あの調子じゃ、長門ごと温泉に 飛び込んだのだろう。そういやプールに行ったときも一目散に飛び込んでいたな。そんなに飛込みが好きなのかあいつは。 「よーし、じゃあ有希の身体からまず老廃物をたたき出すわよ。こうやって身体中をもめばいいのかしら? それそれ」 「……や」 「なんか言った?」 「なんでもない」 「遠慮なく行くわよ。ほらほら――って、ちょ、ちょっと有希くすぐったいってば!」 「相互にやったほうが効率がいい」 「あはははは! 有希やめてやめてー!」 そんな感じにばしゃばしゃと女風呂は大盛況だ。なにやってんだあいつらは。 しかし、壁一枚を隔てたところには全裸の二人がいるのか。いーやしかし、長門の裸はあまり見る気がしないな。 むしろなんだか罪悪感を感じてしまうような気がする。一方でハルヒは――そういや、あいつ朝比奈さんには劣るとはいえ、 バランスという面ではパーフェクトだったっけ。下着姿だけなら拝んだことはあるが全裸はさすがに―― ………… ………… ………… むういかん。妙な気分になって変な血が流れ始めたぞ。落ち着け落ち着け…… 俺は口元まで湯につかり、となりの馬鹿騒ぎをただ黙って聞いていた―― ――温泉に入った後は、定番だと言うハルヒの進言で卓球大会に。もちろん優勝ハルヒ・二位長門で最下位は全敗の俺。 ――それでも飽き足らず旅館の遊戯台(ビリヤードとか)を片っ端から遊び倒して ――さすがに24時を過ぎようとしたころには俺はくたくたになっていた。ハルヒはまだまだ元気満々で長門はいつもの無表情だが。 その日はそこまでにして、残りは翌日にまわすことになった。もっとも月曜は学校が普通にあるから、長居はできないが。 ところでこれだけ引っ張りまわされて楽しめたのか?と聞かれれば、こう素直に答える。 決まってんだろ、と。 その日の深夜、トイレに目を覚ました俺はその帰りがけに部屋の窓脇に置いた椅子座って、夜空を眺めているハルヒに気がついた。 「なにやってんだ? 明日も早いんだろ」 「……ちょっとね」 俺の問いかけにふうっとため息で答えるハルヒ。何か憂鬱そうな表情を浮かべている。 ちなみに部屋の奥にしかれた布団では、まるで安置されたミイラのように長門が不動の姿勢で眠っていた。 こいつもなんだかんだで眠るんだな。いや、それともハルヒと俺に寝ろといわれたから寝ているだけかもしれないが。 ふと、ハルヒもそんな長門をやさしげな微笑で見つめている。 「……いい子よね」 「ああ、そうだな」 俺は素直にそう返答した。長門は純粋無垢でまっさらだ。俺の世界のハルヒもずっと長門のことをいい子だと 表現していたが、まさしくその通りだといえよう。 「あたし、インターフェースのことを誤解していたわ。ただ情報統合思念体の言葉を発するだけの存在かと思っていた。 でもそれは違ったわ。今そこで寝ている有希は人間よ。本が大好きでやさしくて素直で……」 ようやくハルヒは長門のことを理解してくれたらしい。そうだ、長門は決して情報統合思念体の操り人形なんかじゃない。 連中からは独立しつつある普通の少女だよ。これに関しては古泉も言っていたことだから、俺一人の誤解じゃないのは確かだ。 ハルヒは続ける。 「今回のことであたしの考えが大きく変わったわ。今までも古泉くんやみくるちゃんでいろんなことがあったけどね。 それにあんたの存在も必要不可欠なこともわかったし」 「俺が? せいぜい文芸部で活動していたぐらいだぞ」 俺の言葉に、ハルヒはあきれたような顔を浮かべて、 「わかってんの? あんたが有希をここまで導いたのよ。あたしは以前にもこの子には何度か接触――というより 見かけたぐらいだったけど、本当に感情がなくて情報統合思念体の人形そのものだったわ。それをここまで変貌させたのは ほかならぬあんたよ、キョン」 「……確かにぼーっとしている長門を見てかわいそうに思ったから読書を進めてみたんだんだが、 それ以降は俺はただ見ていただけさ。俺が作り上げたんじゃなくて、長門が自分で独立独歩を始めたんだよ」 その俺の返答に、ハルヒはなにやら過剰に納得した表情を浮かべると、 「確かにそうかもね。あんたにそんな器量も才能もあるとは思えないし」 「悪かったな」 悪態を付き合った俺たちだったが、二人とも表情は笑顔のままだった。 ハルヒはうーんと大きく伸びをすると、 「さて、これからどうするかな……どのみちどこかでリセットかけて古泉くんとみくるちゃんもつれてこないとならないから 予定をきっちり立てておかないとならないし」 ハルヒの言うとおりだ。結局のところ、超能力者と未来人を欠いているこの世界はいずれリセットが必要になる。 この読書中毒で完全無欠な普通少女になりつつある長門との別れは惜しいが、やらなくてはならないことだ。 そして、次に作り出される世界こそがすべてが集う完全なものとなる。俺のSOS団の世界と一緒になるかどうかは ハルヒ次第になるが、今までの経験から言って三勢力がうまくつりあう世界になるだろう。それができれば俺の役割も終わる。 「まあ、今はゆっくりしていようぜ。まだ奴らが今後どう動いてくるかわからないしな」 「それもそうね。じゃ、今日の残りに備えて寝ましょ」 ハルヒはそういって布団にもぐりこんだ。そして、ものの1分もかからずに寝息を立て始める。なんて眠りつきのいいやつだ。 その寝顔は心地よさそうな笑顔で満たされているから、さぞかしいい夢を見ることだろう。 俺はふと旅館の窓から見える月を見上げる。満月に近いそれはさんさんとした明かりを俺たちに照らしてきていた。 情報統合思念体ってのはあの月よりももっと遠くの場所にいるんだろうか? その俺みたいな一般人では到底手の届かない 場所からじっとこちらを監視しているんだ。 ここで長門の役割について思い出した。そう言えば、長門は結局親玉にはハルヒの能力自覚を伝えていない。 それどころか朝倉の話を聞く限り、ろくに報告も出来ないと言っていた。ならば、今でもそれは継続しているのだろう。 そんな状態をよく見逃し続けているな。いや、まだ様子見しているだけなのかも知れない。そう考えれば、 この先長門が情報統合思念体から独立志向を強め続けていくと、いつかは長門自身がそれと決別すべきかどうかという 判断を下す日がやってくる。その時、連中は長門が普通の人間になることを容認するのか、あるいは排除しようとするのか。 俺はやりきれない想いに捕らわれ、その日はよく眠ることが出来なかった…… 翌朝、旅館を出発後、俺たちはハルヒの決めた日程表をこなしていく。昨日と同じく駆け回ってばっかりだったが、 楽しさのせいか不思議と前日の疲れは感じなかった。 そして、ラストを飾るべく推理小説――というよりサスペンスドラマのラストシーンで使われそうな断崖絶壁へと 俺たちはやってきた。強い潮風と激しい波の音がまさにがけっぷちという演出をかもし出している。 午後には帰宅する予定だからまだ昼前だが、今日はシベリア寒気団のいたずらか少々寒かった。 俺たちは崖伝えに歩き、その壮大な光景に見入っていた。長門も興味津々な様子でそれを眺めている。 程なく進んだところで、俺たちは昼食を取ることにした。内容はコンビニで買ってきたおにぎりとかだけどな。 「こら有希! そんなに急いで食べちゃだめよ! もっと味わって食べないと」 相変わらずの口にぶち込むだけの食い方に、ハルヒが注意の声を上げた。だがコンビニ弁当を味わって食べるって言うのも 変な感じがしないか? そんな俺の指摘にハルヒはそれもそっかとか言って、 「なら競争よ有希! どっちが先に食べられるか勝負を挑むわ!」 さっきとは正反対に長門同然のバカ食いを始めた。やれやれ、もう好きにしてくれ。健康云々は自己管理でよろしく。 俺はそんな二人を尻目に、のんびりいくら入りおにぎりを口に運んでいた。ふと辺りを見回すと、 どうやら地元の散歩ルートにもなっているのか、崖沿いの散策道をカップルや家族づれ、ペットの散歩といった さまざまな人たちが通り過ぎていく。 不意に――危うく俺は食べていたおにぎりを落としそうになってしまった。なぜなら、その歩く人たちの中に 見慣れた一人がいたからだ。学校ではないため普通の歩きやすそうな私服姿だったが、あの特徴のある髪型は 見間違えようがない。 ハルヒもその存在を察知したらしい。おにぎりを口にくわえたまま眉をひそめて、そっちのほうをにらみつけていた。 ただ長門だけは意図的に目を合わせないようにしているらしく、むしゃむしゃとコンビニ弁当を口に運び続けていた。 その人物は俺たちのすぐそばを通る際に、朝倉とは違うタイプの柔らかな笑みを浮かべ こんにちわとだけ挨拶しそのまま通り過ぎていった。俺とハルヒも頭だけ一応下げておく。 その人はあの喜緑江美里さんだった。もちろんインターフェースの一人である。しかし、この世界で俺はあの人と まだ一度も接触していない。ここで知っているような態度をとれば、かえって不自然だろう。 ここは赤の他人の不利をしてやり過ごすしかなかった。 一方のハルヒも喜緑さんの存在は知っているらしい。 「さっきのもインターフェースよ」 「ああ知っている……俺の世界でもそうだったからな」 そう言葉を交わしていく間に、喜緑さんの姿が次第に離れて見えなくなっていく。偶然こんなところで インターフェースに出会う可能性はどのくらいだろうか? ロト6の一等的中より低いのは間違いない。 そうなると何らかの理由により、俺たちの監視を行っていると考えた方が妥当といえる。 「ねえ有希。あいつ何しに来たのかわからない?」 ハルヒが長門に確認してみると、長門は口に含んでいたおにぎりの一部を飲み込み、 「……喜緑江美里はわたしに用事があったと推測できる。しかし、今は不要と判断したため無視した。 この散策に集中しておきたかったから。帰るまでが旅行」 抑揚ゼロの口調だったが、言っていることはもう普通そのものだ。そうだな。長門のいうとおり 帰るまでが旅行だ。厄介ごとは帰ってから処理することにしよう。 俺とハルヒはそう考え二人で笑みを浮かべた。 ◇◇◇◇ だが、意気揚々と帰ってきた俺たちを待ち受けていたのは岡部からの絶望的な知らせだった。 旅行帰りの翌日月曜日の放課後、俺たちは文芸部室に集まって、週末旅行の結果をまとめていた。 ハルヒ持参のデジカメで大量に写真は取ってきたし、相当の距離を歩き回ってきたおかげで、HPに反映する内容は 多すぎて困るぐらいだ。とりあえず、一日で纏め上げるのは無理だと判断し、今週かけてじっくりと作業しようと ハルヒ・長門と同意してのんびりと作業をしていたんだが、 「……ちょっといいか?」 そこに岡部が入ってきた。その顔はどう見てもいい便りを持ってきたように見えない。これは……まさか。 文芸部員全員に緊張が走る。岡部はそんな俺たちに入りづらそうな感じだったが、とにかく話してくれないと どうにもならんと考え、俺は椅子を用意して座るように促した。ほどなくして、肩を落とした岡部が 部室内へと入りその椅子に腰掛ける。俺たち部員もそれを囲うように椅子に座った。 岡部はぐっと頭を下げて、 「まずは謝っておこうと思う。すまない」 「やっぱり廃部なんですか……?」 岡部の謝罪で決定的だと悟りつつも、俺はそう聞き返した。 しかし、岡部から返されたのは予想外のものだった。 「結論から言えば、廃部は回避された。部活動の存続自体には問題はない」 廃部じゃない? ならさっきの謝罪はどういうことだ? 岡部は続ける。 「ただし、条件がついた。それは部室からの撤収だ。部員二人――今は三人か。この人数で新しい広い部室ひとつを 明け渡しておくのは無駄が多すぎるという意見が出された。HPの公開に関しては活動内容として高く評価されたんだが、 それならば部室からではなく個人の家から更新すれば良いと」 「なによそれ! 部室なしでどうやって部活動をしろっていうわけ!?」 ハルヒが激怒の表情を浮かべて立ち上がる。まったく同感だ。部活動はOKだが、部室の使用禁止だと? 嫌がらせか、活動内容があるから仕方なく廃部だけは回避してやったと言いたげな決定としか思えない。 しかし、岡部はずっと俺たちを擁護してくれたんだから責めるのは筋違いだ。 「まあ、落ち着けハルヒ。想いはお前と一緒だが、ここで騒いでも仕方がねえよ」 「だからといってこのまま廃部同然の扱いを甘んじて受けろって言うの!?」 ハルヒはさらにつばを飛ばして怒鳴るが、怒る相手が違うって言っているんだよ。どこのどいつだ。 そんな下らない妥協案を導き出した奴は。廃部にしてくれたほうがすっきりしたかもしれねぇ。 岡部は話を続ける。 「何でも同好会の新設依頼が来ているらしい。今までも個人レベルの集まりでやっていた活動を正式に学校の一部として 組み込みたいようだ。この活動自体はあまり深くは知らないんだが、ボランティアに属するものみたいで 新設された場合は十数人は集まる見込みになっている。さらに、これまた先生の中に活動にかかわっていた人がいるみたいで、 強く新設を後押ししているのが実情だ」 なるほどな……どうやら部室をひとつ空けたがっている奴がいるみたいだ。とはいえ、同好会の新設申請に関しては 校則さえ満たしておけばまったく問題のない行為だし、活動内容自体も至極まともなもののようである。 しかも、俺たちよりはるかに規模が大きく、社会的な貢献度も高そうで、さらに教師の中にその後押しをする人間がいる。 この状態では戦って勝つ見込みなどない。どうやっても部室没収は免れないだろう。 その後も岡部は謝罪を続けて、ハルヒは口をへの字に曲げている状態が続いていたが、 岡部はハンドボール部の顧問ということもあり、ここはいったん引き取ってもらうことにした。 どのみちこれは決定事項なのだそうで、岡部一人に抗議したところで何も変わらないからな。 「で、どうすんのよこれから。部室棟の立ち退き日はそう遠くないわよ。新設されるまではプレパブの仮部室棟が できるっていう話だけど、恐らくそこにも文芸部の場所はないでしょうね」 「…………」 俺はハルヒの言葉に何も言えずにいた。部室がなくなる。その時点で活動休止に等しい状態になるだろう。 いや待て、図書室の学習机を借りて活動するのはどうだ? しかし、それも難しいだろう。生徒の共有スペースを 一集団がずっと占拠しているのは好ましくない状態だ。 どうする……どうする…… 一向に結論が出せない俺は、長門にも意見を聞いてみようと振り返って―― ………… 気がついた。長門は俺たちとは背を向けていたが、その身体は小刻みに震えていた。同時に全身から怒りや困惑、悔しさが 入り混じった負の感情を発散させている。ここまでの長門を見た覚えは、俺の世界ですらない。生徒会長との対峙のときも 相当なものだったが、あれ以上に長門は感情をむき出しにしている。 それを見た俺とハルヒは、目だけで意思疎通を行いお互いにうなづく。 何とかしたい。長門のためにも何とかしなくてはならない。 考えろ。廃部にならなかった以上、どこかにまだ突破口が存在しているはずだ。どこかに…… 先に打開策に思いついたのはハルヒだった。ぽんと手を叩き、 「そうだ。部室をのっとればいいのよ」 ……ハルヒのその言葉に、俺はとてつもなく嫌な予感がした。 ◇◇◇◇ 「こんにちわー! 部室の間借りにきましたー!」 ハルヒは長門の手を引っ張りながら、隣のコンピ研の乗り込んだ。俺もそれに続くように、中に入る。 コンピ研一同何事かとハルヒに視線を集中させていたが、ほどなくして部長氏が立ち上がり、 「部長は僕だけど、何か用かな?」 ハルヒは部長氏に不敵な笑みをぶつけつつ、 「今度部室棟が新設されるって言う話があるのは知っているわよね?」 「ああもちろん」 「その新部室練の部屋の一部を文芸部に貸してほしいのよ」 「はあ!?」 素っ頓狂な声を部長氏が上げるのも無理もない。いきなり乗っ取ると言っているんだからな。 部長氏はしばらく困惑の表情を浮かべていたが、やがてやれやれと首を振って、 「何を血迷ったことを言っているんだい? 僕たちも新しい部室で心機一転広くなった部屋で活動できると 喜んでいるんだ。それを一部明け渡せなんてとてもじゃないけど容認できない。大体、新しい部室なら君たちだってできるんだろ?」 「うちの部活、部室を没収されちゃったのよ」 ハルヒのあっけらかんとした告白に、部長氏はマジ?と俺に向かって聞いてきた。とりあえず、俺はそれにうなづいて、 「ええ、廃部は免れたんですが、部室はだめという訳のわからない条件付でして。でも部室がないと活動なんて 不可能だからどこかに場所はないかと探しているんです」 「それは……お気の毒に……としか言いようがないなぁ」 他人事のように部長氏。そりゃそうだろう。ほかの部活の事なんていちいち気にかけている必要なんてないからな。 ここでハルヒはずずいと部長氏に詰め寄ると、 「そういうわけだから、部室の一部をさっさとよこしなさい」 「なに言っているんだ。だめに決まっているだろ」 一方的過ぎる言い回しに、怒りの表情を浮かべる部長氏。これも当然な反応だな。 しばらく二人のにらみ合いが続いたが、やがてハルヒはふーんと言いながら部長氏から離れると、 「あーそう、それならこっちにも考えがあるわ」 そう言って部室内を見回し始めた。なんだか俺の世界でコンピ研から新型パソコンを強奪したときに似た展開になって来たぞ。 だが、朝比奈さんはここにはいないし、かといってまともな反応が期待できない長門ではあの悲惨な役は務められない。 あいつのポケットにはデジカメが入れられていたはずだが、なら一体何を撮影する気なんだ? ハルヒはしばらくそのまま見回していたが、やがてにやりと危険な笑みを浮かべると、コンピ研の備品である 大きなステンレス製の戸棚の前に立った。しかし、本棚とは違い鍵付の扉が閉じられているために 中に何があるかはわからない。 何をする気なんだハルヒは? そう思っていたが、なぜかコンピ研一同の表情が引きつっていることに気がつく。 ひょっとして…… ハルヒはその扉に手をかけて開けようとするが、やはり鍵がかかっているらしく開くことはなかった。 そのタイミングで部長氏がハルヒの元に駆け寄り、 「ざ、残念だったね。何が目的は知らないが、そこにはコンピ研の大切な備品が入っているから厳重にロックしてあるんだ。 当然中は見せられないものばかりで……」 「ふふん?」 ハルヒは悪巧みをする無邪気な子供のような笑みを浮かべると、もう一度扉に手をかける―― 「あ、開いた」 あっけらかんとハルヒが言ったのとは対照的に、コンピ研一同の悲鳴が上がった。しかしハルヒはそんなことお構いなしに その扉を思いっきり開ける。その中にあったのは―― ………… ………… あー、なんと表現すればいいのだろう。ストレートに言うと下品っぽいし、かといって誤解を招く表現は避けたいし、 まあ何というかパッケージに○18というシールが張られている物体が大量に並んでいるわけだ。 いわゆるアダルトゲームって奴だな。 ハルヒはコンピ研が止めに入る暇もなく、その内部をデジカメで撮影しまくり始めた。 「待て待て! これはその誤解なんだよっ!」 そうハルヒにつかみかかろうとする部長氏をひらりとかわして、ちゃっかりそのアダルトゲームで埋まった戸棚が 背景となっている部長氏の姿も撮影する。 ふと、思い出す。俺はパソコンをもらったときにOSのクリーンインストールするとかあわてていたけど、 あのパソコンの中にもきっとこういう類のソフトが入っていたんだろうな。 さて、こうなったらもうハルヒのターンだ。そのアダルトゲームのパッケージとデジカメをつかむと、 「こーんなゲームを学校に持ち込んでいると知られたら教師はあんたたちの研究会をどうするかしらね? きっと廃部は確実よ。下手をしたら停学かも。だって法律違反だし。しかも分配されている研究会費で買っていたら 完全にアウト」 「いいいいいいいいや、ここここここれはそのあの! そう、コンピ研の純粋なゲームの考察活動に必要だっただけで 決して疚しい気持ちで購入したわけじゃないんだ!」 必死に弁明しようとする部長氏だったが、ハルヒはどこ吹く風。その悪魔の笑みはどこまでも純粋に部長氏を あざ笑い続けている。こりゃハルヒの勝ちは確実だな。 「さあ、どうする? いいのよ、これを教師に伝えても。そしたら部室がひとつ開くからあたしたちの安泰だし」 「ま、待ってくれ! それだけは! どうかそれだけは!」 部長氏と部員一同はもう泣いて懇願するようにハルヒにすがり付いてきている。 勝負あったか。だが、 「いい加減にしろ」 俺は隙を見計らってデジカメをハルヒから没収する。ハルヒはあっと声を上げて、 「ちょっと何するのよバカキョン!」 「こんなやり方で部室を強奪しても後腐れが残るだけだろうが。それにコンピ研にはパソコンをもらった恩がある。 それをあだで返すようなことをしたくない」 そういいながら、デジカメ内の証拠写真を削除した。気持ちはありがたいし、ハルヒなりに何とかしようと 考えた末の行動――団長ハルヒのパソコン強奪を見るとそう断言できない気もするが――だろうからあまり非難はしたくないが、 こればっかりはさすがによろしくない。まあ、こんなものを買った上に学校内に持ち込んでいるコンピ研に 問題があるのは当然の話ではあるが。 俺は消去済みのデジカメをハルヒに返して、あー全部消された!と騒ぐのを尻目に床に倒れこんでいるコンピ研一同のもとへ行き、 「大丈夫ですよ。証拠写真は全部消しましたから。学校側にも通報しません。でも持って帰ったほうがいいと思いますが」 「……ありがとう! 本当にありがとう!」 部長氏一同は感涙して俺の手を握ってくる。異様なムードなので早々に離してほしかったが、まだ本題が残っている。 「それでですね。今のハルヒの一件はなしにするとしても、うちの部活の存続が危ぶまれているのは事実なんです。 どうにか手助けしてもらえませんか?」 「それは……」 さすがに即答はできないらしい。室内であんなゲームをやっていたんだからな。女子が同じ部室にいるのは いろいろと不都合な面が出てくるのだろう。 さてどうしたものか……ん? 長門は何を指差しているんだ? 見れば、一台のパソコンが青い画面のまま停止状態になっていた。長門はじっとそれを指差している。 「ああ、それなんだけどさっきから調子が悪くてね。地震のときに壊れたのが今頃出てきたのかと思っていたんだが……」 部長氏の説明に、長門はそのパソコンの前に立つと、 「再起動していい?」 「……ああ、別にかまわないけどたぶんOSの起動途中でまたおかしくなると思うよ。何度もやり直したし」 長門は部長氏の言葉を聞いているのかいないのか、さっさと電源ボタンを押してパソコンを再起動した。 するとどうしたことか。あっという間にOSが正常に立ち上がり、動作もまったく問題なくなっている。 これに仰天したコンピ研一同は、 「そ、そんな! 僕たちがあれだけやっても直らなかったのに! そういえば、こないだのあげたパソコンも……そうだ! こっちのパソコンもやってみてくれないか? 同じようにブルースクリーンが出て動かないんだよ」 部長氏が指差すパソコンを長門はぽちっとなと電源を押してみる。するとやっぱりまったく問題なかったかのように きれいにOSが立ち上がってきた。これは……もしかして? 次に部長氏は自分のパソコンを持ち出してきたかと思えば、そのカバーをはずし始め、 「じゃ、じゃあ最後にもうひとつ! 実はこれに新しくメモリを増設したんだけど、どうやら相性が発生しているみたいで メモリをさしたら動作しなくなるんだ。もう一度さしてみるから、今度は君が起動させてみてくれないか!?」 そう言ってがちゃがちゃとパソコンをいじり始めた。なんだかよくわからんことを言っていたが、どこまで長門にやらせる気だ? ほどなくして作業が終了したらしく、電源を押せば良いところまでセッティングされたパソコンの前に長門が立つ。 そして、ゆっくりと電源ボタンに触れると―― 『おおーっ!』 コンピ研一同の歓声。そのパソコンは見事にきちんと立ち上がり、正常な動作を開始した。 部長氏はしばらく念入りにソフトの起動などで異常がないか確認していたが、やがてまったく問題ないことを確認すると、 突然長門の手を握り締め、 「すばらしい! 一体どうやっているのかわからないけど、頼みがある! コンピ研に入ってみてくれないか!?」 今度は勧誘を始めやがったぞ。何だ、このコンピ研製作ゲーム対決後みたいな状態は。 それを聞いたハルヒは仰天して、 「ちょっとちょっと! なに勝手なことを言っているのよ! 有希は文芸部なの。あたしと一緒にいるのが 使命であってその役割なの! 勝手に勧誘しないでよね!」 部室の間借りの話がいつの間にか長門の奪い合いに変わっちまったぞ。やれやれ、何だこの展開は。 その騒動の中心に移動した長門は、しばらくハルヒとコンピ研にもみくちゃ状態にされていたが、やがてゆっくりと口を開く。 「わたしは文芸部に所属している。残念ながらあなたたちの要請に応じることはできない」 「ほらね。有希はそう言っているんだから」 強気にフォローするハルヒだったが、長門はそれを無視して続けた。 「しかし、仮に同じ部室内に文芸部とコンピュータ研究会が一緒にいれば、たまにであれば容易にそちらの活動に 参加することが可能。その条件が満たされれば、あなたたちの要請も一部受け入れることができる」 やっぱりそう来たか。まったくハルヒともども腹黒いことで。 部長氏はさっきまでの渋りようはどこへやら、即座に首を縦に振り、 「いい! もちろんOKだ! 君みたいな即戦力がいてくれるなら同居ぐらいなんてことはない。 文芸部の備品って本棚ぐらいだろ? そのくらいのスペースは確保できるよ!」 ……やれやれ、結局茶番劇で事態解決かよ。 そんなわけで、何はともあれ俺たちは新しい移動先の確保に成功したって訳だ。帰りがけに岡部のところにより、 コンピ研との同居の了承を取ったと部長氏ともども報告に行き、それなら問題ないということになって一安心。 これで地震発生から続いていた文芸部存続問題も解決したことになる。さらにコンピ研の部室ならインターネットも やりたい放題になるし、ソフトももっと使いやすいのを借りられるだろうからHPの更新も容易になるだろう。 いいこと尽くめのハッピーエンドといったところか。 しかし、やっぱり一応確認しておかなければならないが。俺は学校の帰り道に聞いてみることにした。 「なあ長門」 「なに?」 「お前、最後のパソコンはさておき、その前の動作異常の二台ってお前がなんか細工しただろ」 「そう」 やっぱりそうか。あらかじめコンピ研のパソコンを故障させておいて、それを長門が復旧させる。それを見た部長氏たちが 長門を勧誘に走り、部室同居の条件ならということで受け入れる。すべては長門が仕組んだことだったって訳だ。 結局宇宙的インチキで解決しちまったな。まあ、ハルヒの脅迫よりかはマシだと思っておくことにしよう。 長門は続ける。 「手段は正当とは言えないかも知れない。しかし、それでもわたしは文芸部の存続が行えるのならと判断した。 そのためならばいかなる手段も躊躇わない」 その目は純粋でまっすぐなものだった。ただ無表情によるものではなく、あのハルヒの見せるまっすぐ一直線な 視線によく似ている。 ……やれやれ、育て方をちょっと間違えたかな? これはあくまでジョークだが。 ◇◇◇◇ さて、それからしばらくは何事もなく平穏な日々が続いた。 コンピ研との同居が決まった後、実験的という理由で同居を開始していた。旧館からの立ち退き後も同じように 同居することになるから早い段階でやっておいたほうがいいというのが双方の合意だった。 結果として、部屋の隅で本を読みつつ、たまに長門はコンピ研のパソコン作業に参加するという形が整っていた。 いつの間にやらブラインドタッチを完全にマスターした長門は、読書と半分ぐらいのペースでパソコン作業に没頭するようになり それこそビルゲイツもびっくりなOSを構築するわ、コンピ研制作ゲームに多大な貢献をしたりと、大活躍の状態で もはやコンピ研の最高実力者に成り上がっていた。部活以外のときでもコンピ研の連中は長門に挨拶を欠かさないほどである。 俺とハルヒはこれまたコンピ研から借りたパソコンでインターネットをやったり読書したり程度の活動だったが。 ちなみにハルヒのほうはもっぱら週末の不思議探索ツアーならぬ、文芸めぐりの方が楽しみのようで、ネットを徘徊しては その週末の予定を組んでいた。 入学式から二ヶ月が経ちそろそろ新部室練の建設と旧館からの立ち退きが迫る中、事態が動いた。 やっとこさ平穏になったって言うのに、それは唐突に無神経極まりなく土足で俺たちの中に入り込んできやがったんだ。 その日も部活動を終えて帰宅しようと、俺たちは校門から学校を出ようとしていた。コンピ研の部員たちは 一足先にみんな帰ってしまっている。 ふと、いつものように三人で帰宅ハイキングコースへ入ろうとしたタイミングで、 「有希?」 長門が立ち止まり、不自然に思ったハルヒが呼びかける。 だが、俺とハルヒはすぐに息を飲んだ。長門の少し離れた背後にはあのインターフェースである喜緑さんの姿があったからだ。 「呼び出された。行ってくる。先に帰って」 長門の言葉。しかし、その身体はまったく正反対の行動をとっていた。俺とハルヒの腕を自らの手でつかんで 離そうとしない。これは明らかに一緒にいてほしいというサインだった。 ハルヒはたまらずに、 「有希! 一人で抱え込まなくて良いのよ! あたしとキョンが必要なら言ってくれればいつだって……!」 「いい」 しかし、長門の口はあくまでも身体の行動とは正反対だった。そして、続ける。 「この手は自分で離す。離さなければならない。わたしが決断しなければならないこと」 俺とハルヒをつかんでいる長門の手は、小刻みに震えていた。だが、それでもゆっくりとその手を離し始める。 何度もつかみなおそうとして、そのたびに強引に手を自らのほうへ引き戻すというもどかしい動作を繰り返して。 どのくらいかかっただろうか、やがて長門の手は完全に俺たちから離れ、自らの身体に戻った。 きっと喜緑さんからの呼び出しは、任務放棄についてのことなのだろう。長門はずっとハルヒのことを報告する義務を負っていながら それを怠り続けている――またはそれができないでいた。長門の親玉にしてみれば、いいことのわけがない。 よくこの長い間放置状態にされていたものだと思いたくなるほどだ。 長門は今その問題に自らケリをつけようとしている。しかし、どんな判断が下されるかわからない。 その恐れがさっきまでの俺たちをつかんでいた手。ひょっとしたら離れ離れになってしまうかもしれない。 だから離したくなかった。 ハルヒも俺と同じことを考えたのだろう。たまらなくなったのか、長門を抱きしめようとするが俺が腕でそれを静止する。 俺もハルヒもわかっていたことだ。口には出さなかったがいつかこんな日が来るだろうってことをな。 それを乗り越えられるのは長門自身だけであって、俺たちはその手助けをしてやることしかできない。 ここで抱きしめてしまえば、長門はもう俺たちを離せなくなる。同時に情報統合思念体はどんなことをしてくるかもわからないんだ。 奴らだって鬼じゃないと信じたい。長門が連中の一部から完全に脱して、独り立ちしたいといえばそれを受け入れられるかもしれない。 その可能性に賭けるしかないのだ。 ハルヒを静止しつつ俺は長門へ言う。 「最初に言っておくぞ。俺とハルヒはお前が必要だ。それこそ離したくないほどにな。だから、万一困ったことがあったり、 つらいことがあったらすぐに呼んでくれ。俺たちはすぐにお前の元に駆けつける。そして、相手が化け物だろうがなんだろうが 戦ってやるさ。なあハルヒ、そうだろ?」 「当たり前じゃない……!」 ハルヒは今にも泣き出しそうな声を上げた。俺だって泣きたい。下手をすればここでお別れかもしれないんだから。 そうなれば、恐らくリセットということになるだろう。長門がいなくなったなら、もうこの世界を続ける意味はない。 長門はしばらく黙っていた。そして、こう言った。 「……ありがとう。また明日学校で」 そのときの長門がわずかに微笑んでいたのは、絶対に俺の錯覚じゃないと断言しておく。 その日の夜。ああは言ったもののもやもや感を持ったままだった俺は、就寝時刻になっても眠ることができず 長門がどうなったかばかり考えていた。 信じたかった。明日もいつものように長門がいてコンピ研から称え崇められていて、無表情だけど 全身から感情オーラをむんむんさせている長門のがいることを信じたかった。 ――だが。 突如鳴り響く携帯電話の着信音。その番号は見慣れないものだったが、俺はワン切りや間違い電話ではないと確信し、 すぐに通話ボタンを押す。 『こんばんわ。喜緑江美里というものです。恐らくあなたと直接お話しするのは初めてだと思いますが。 名前ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?』 電話の主は喜緑さんだった。やはり長門絡みか。 「ええ、知っています。何かあったんですか?」 『長門さんからの伝言を伝えます。会いたい。学校に来て欲しいと。涼宮さんにもすでに連絡済みです。ではまた』 そう一方的に電話を切られる。だが、いちいちかけ直す必要などない。長門が呼んでいるんだ。だったら俺はすぐに 学校に行くだけだ。 俺は一目散に着替えをすませると、深夜なので家族に悟られないように家を出て、自転車で学校へと向かった。 ◇◇◇◇ 「キョン……有希が……有希がっ……!」 長門がいたのは、すでに引っ越しして無人となっていた旧文芸部室だった。すでにたどり着いていた私服姿のハルヒが そこで倒れている長門を抱きかかえている。そばには喜緑さんがあの笑みを浮かべたまま立っていた。 「長門っ……!」 俺も長門のそばに座り込む。見たところ外傷はなさそうだったが、あのいつもの感情オーラが非常に弱々しくなっていた。 それも徐々に小さくなっているように感じる。 なんてこった。やっぱり長門のパトロンの仕業なのか? 「わたしは……ダメ……だった……」 長門のつぶやき。 俺たちは悲痛な想いで叫ぶ。 「何がダメなんだよ! お前の存在なんて誰も否定できやしない! お前はお前だ!」 「そうよ有希!」 だが、長門は呆然とうつろな瞳を浮かべたまま、 「情報統合思念体……はわたしの独立を……認めなかった。わたしの役目は……涼宮ハルヒの……観察。 それができなくなれば……必要ないと……判断が下された。情報操作を行える……あるいはそれを知っているインターフェースを 野放しにすることは……情報統合思念体は決して認めない……」 「……道具扱いだって言うの!? 有希は……有希は自分で考えて行動していた! それを踏みにじるなんて最低よ!」 ハルヒの絶叫。 わかっていたさ。ああ、こうなる可能性があることはわかっていたつもりだ。それでも――少しでも良いから 奴らにも良心があることを願っていたんだ。 しかし結果は最悪だった。奴らにそんなものはない。ただ利害や反応で行動するだけの無機質な意識体。 今回連中の正体というものをこれ以上ないほどに思い知らされた。 ――だが、真相は違った。 俺はそばに立っていた喜緑さんに振り返り、 「……何があったのか教えてもらえませんか?」 そうダメ元で尋ねてみた。だが、喜緑さんは意外とあっさりと真相を語り始める。 「長門さんはご存じの通り、本来の役割を果たせない状態に陥っていました。最終的には情報統合思念体は 切り離す決断をしたんです。それは別に長門さんの抹消ではありませんでした」 俺は予想外の言葉に驚きを隠せない。長門がおかしくなったから排除したのではない? だったらなぜこんな結果になっているんだ。 喜緑さんは続ける。 「長門さんは切り離しを宣告された後ある行動を取ろうとしたんです。それは情報統合思念体の抹消」 「なんだって……!? ちょっと待ってください! 長門は情報統合思念体から切り離されたんでしょう? だったらそんなことは不可能に決まっているじゃないですか!」 「できます。その方法がたった一つだけあるんです。切り離される直前のタイミングを狙って」 「……涼宮ハルヒの能力を使って……実行できる。その時はまだ情報操作能力があったから……」 喜緑さんの言葉を遮って答えたのは長門だった。痛々しいほどにか細い声。次第に意識がなくなっていっているようだった。 その答えに俺ははっとハルヒを見つめる。だが、ハルヒは呆然と首を振るだけだった。自分は何も知らないと。 「涼宮ハルヒの能力は……情報操作能力があれば外部からでも……使用可能だとわかっていた。だからわたしはその方法で…… 情報統合思念体を抹消しようと試みた……」 「……何でそんなことを勝手にやろうとしたのよ! あいつらがそれをみすみす許すわけないじゃない!」 「一緒にいたかったから。ずっと一緒に彼とあなたと一緒に居たかったから……」 ハルヒの問いかけに、長門の答えは簡潔だった。 この答えにハルヒは我慢の限界を超えたのか、顔中くしゃくしゃにして泣き崩れる。 そうか。 長門はハルヒを敵視している情報統合思念体を消せば、問題が解決されると考えたんだ。 ただ独立して1人の人間として歩むだけなら奴らも認めたのかも知れない。 だが、それでは結局また新しいインターフェースが派遣されてきてハルヒの観察を続けるだろう。 そして、ハルヒが能力を自覚していることを露呈させてしまえば、長門が望んでいる一緒にいたいという願望も叶えられなくなる。 それでは意味がない。だから奴らを抹殺しようとした。 で、結果がこの有様だ。 だが、一つわからないことがある。俺の世界でも同じことを長門はやった。あの冬の日の一件の時だ。 あの時情報統合思念体はすぐに長門を消去したりはしなかった。正常に戻った後でも長門は存在し続け、 ただ長門の言葉をそのまま言えば「処分の検討」というレベルに過ぎなかった。その後なんの音沙汰もなかったのは 俺の脅迫じみた呼びかけが起因しているのかも知れないが、即座に行動を起こさなかったのはなぜだ? 一体何が違うんだ? 「……っく!」 俺は苦渋のうめきを漏らした。わからねえ。どうして俺の世界で許されて、この世界では許されない? それにやりきれない――やりきれねぇ。長門はただ一緒にいたかっただけなんだ。それなのに……! 何でこんな結果になっちまうんだよ……! 長門は長門を抱きしめたまま泣き続けるハルヒと、呻く俺の頬をそっと撫でてくると、 「苦しまないで……わたしはずっと楽しかった……三年前に作り出されたときからずっとわたしの中は真っ白だった。 でも、あなた達が少しずつ……色を与えてくれた……エラーだとしか認識できなかったものが……今ではそのエラーこそが わたしの意思なのだとはっきりと……わかった……」 「そうだよ! それはエラーとかそんなもんじゃない! お前そのものなんだ!」 俺の呼びかけに長門はすっと目を閉じて、 「さようなら……あなた達と一緒にいられて……とても楽し……か……った」 「有希っ!」 ハルヒは涙駄々漏れの顔で必死に長門を呼びかけたが、それ以降長門が言葉を発することはなかった。 完全に機能停止――いや、死んだ。長門有希は今1人の人間としてここに息絶えたんだ。 それを見届けたことを満足したのか、喜緑さんが部室から出て行こうとする。俺はそれをすぐさま呼び止めて、 「待ってください。あなたももうハルヒが自分の能力を自覚していることを知っているんですよね?」 「はい。存じています。長門さんが情報統合思念体の抹消に失敗した後、彼女の記憶情報全てを入手して解析後、 全情報統合思念体へ転送していますので」 「……ならやっぱり次にやることはハルヒの抹殺と人類の抹殺ですか?」 ここで喜緑さんはすっと視線だけをこちらに向けてきて、 「いえ、確かに涼宮さんの能力自覚の場合における対応措置は情報統合思念体全ての共通意識です。 ですが、それでも各派閥では温度差というものがあるんです。わたしの主はあなたの言うことをするように 指示を出していません。わざわざそうする必要がないからと言う理由が一番大きいのですが」 「何を言って――」 「有希!?」 俺の問いかけを遮ったのは、ハルヒの声だった。見れば、まるで亡霊のように長門がまたふらふらと立ち上がり始めている。 しかし、その全身からは何も感じ取れない。当然表情からもだ。こいつは…… 俺はとっさに叫んだ。 「ハルヒ離れろ! そいつはもう長門じゃない!」 「くっ――!」 ハルヒはとっさに身を離して後ずさった。 ゆらゆらと蜃気楼のように長門――元長門が立ち上がる。意思も感情も感じられない。あったとき同様の状態。 つまり長門は『初期化』されてしまったんだ。俺たちとともにずっと生きた期間を全てリセットされて。 ふと気が付けば喜緑さんの姿はすでになくなっていた。確か長門と喜緑さんは別の派閥に属していると古泉が言っていた。 恐らく喜緑さんの主が排除行動を取らないのは、放っておいても長門の主流派がやるからと言う意味なのだろう。 「ハルヒ!」 「わかっているわよ!」 俺たちの声が交差する。長門は俺には聞き取れない言語をぼそぼそとつぶやき続けていた。ほどなくして 激しい地鳴りと振動が部室を揺るがし始める。排除行動が始まったのだ。 だが、そうはさせない。その前にハルヒがリセットする。そして、長門が見せてくれた生き様を俺たちは次の世界に持って行く。 それが俺たちに出来る唯一のことだ。 情報統合思念体の排除行動に呼応するように、ハルヒを中心とした暴風が吹き始める。同時に世界が暗転を始めた。 その中、元長門がうつろな視線でこちらを見つめていた。またこの長門とは次の世界で遭遇することになるだろうな。 だが、俺は諦めねえぞ。何度だって長門を普通の文芸少女に変えてやる。ああ、何度でもだ。 長門。次の世界ではうさんくさい超能力者や可愛らしい未来人が加わる。だから待っていてくれ。 次の世界はこの世界以上にお前にとって楽しいものになるはずだ―― ……… …… … ◇◇◇◇ 次に目を開けたときは、俺はあの灰色の部屋の中にいた。随分久しぶりに戻ってきた気がする。 見れば、俺の目の前にはうつむき加減のハルヒが立っていた。そして、そのまま俺の胸に倒れ込むように泣きじゃくり始める。 「有希っ……あんなに……良い子だったのに……」 俺はそんなハルヒを抱きしめてやることしかできなかった。 これで全ての勢力が一通りにそろった。 古泉のいる機関。 朝比奈さんのいる未来人。 長門のいる情報統合思念体。 次の世界はこの三勢力が全てそろったものとなるだろう。今まで得た教訓全てを使い、今度こそ情報統合思念体による 排除行動が行われない世界を作り出す。 だが、俺の役目はこれでまだ終わったわけではない。先ほどの世界でたった一つの大きな問題を残してしまったからだ。 それを解決しなければ、例え三勢力そろったところでさっきの世界と同じ末路をたどる可能性は極めて高い。 すなわち俺の世界でいう冬の日の世界改変。今のままでは、これが実行されたとたんに長門は消されてしまう。 それが残された最後の問題だ。俺はそれを見届け解決しなければならない。 ハルヒは俺に胸にうずくまったままつぶやく。 「有希もみくるちゃんも古泉くんもあたしが守る……絶対に守ってみせる……」 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5762.html
あの日の午後。あたしは有希と映画を見に行った。 なんてことはないコメディ映画。 どうしても見たかったわけではないが、何かしらの理由をつけて有希と遊びに行きたかった。 もちろん有希は、いつも通りのなんともいえない反応。 そりゃそうよね、コメディ映画のくせに中途半端だったし。 面白ければ、有希は決まってこう言う。 ユニーク、って。 最近は暇さえあれば、有希を引っ張って色々出かけている。 動物園や遊園地、ウィンドウショッピング、今日の映画だってそう。 なんだかデートみたい。 分かってると思うけど、あたしに同性愛の趣味はないわよ? 一緒に行った場所は、本当はあいつに連れて行って欲しかった場所。 もう無理だと分かっていても望んでしまう。 あたしってばしつこい女よね。 でも胸の内くらいならいいじゃない。 もちろん有希をあいつの代わりにしているわけじゃない。 有希は大事な大事な親友。 みくるちゃんや古泉君、鶴屋さんだって大切な友達。 でも、今のあたしがほんとの意味で心を開けるのは、有希だけ。 寡黙で無表情。何を考えてるか分かるようになるまで、随分とかかったわ。 だけどそんな有希と一緒にいるときのあたしは、とても穏やかでいられる。 でもその日の有希は、最初から用事があったらしく、映画を見終わった後に帰ってしまった。 まったく、あたしを残して用事とはいい度胸ね?次はないんだから。 ……さぁて、暇になった時間で何をしよう。 そういえばこの間、新しい小物屋さんが駅前の外れに出来ていた。 とりあえずはそこを見てくることにしよう。 それからのことはその後決めればいい。 でも、それは間違いだった。 結論から言えば、おとなしく家に帰ればよかった。 なぜなら、あたしが一番会いたくない人に出会ってしまった。 そして最低な行動を。 嫉妬って、本当に醜いわよね。 あの日の午後。私は橘さんと一緒に休日を過ごしていた。 「あっ!これこれ!これは佐々木さんに似合いそうですよ」 ぐいぐいと橘さんに手を引かれ、店先まで連行される。 「本当だ。確かに可愛いね。でも私に似合うかな?」 今日は朝からずっとこんな調子。 以前は一緒に行動することが多かった。 でも近頃は休みになると彼と遊びに行くことが多くなった。 今日は彼とは会わない、そう言った途端に連れ出され、今に至る。 「佐々木さんなら何でも似合うのです!」 褒められてるのかどうかよく分からない。 けど、橘さんの感性は彼に近いものがある。もちろん悪い意味で。 「佐々木さん!これもこれも!」 そう言いながら次々に品物を持ってくる。 私が彼ならこう言う、やれやれ。 周辺の店をあらかた回った辺りで、橘さんの携帯が鳴った。 「はい、橘です!」 元気に電話に出た橘さんの顔は、みるみると不機嫌になっていく。 時間にして二、三分といったところかな?通話を切り、肩をガックリと落とした橘さんは、ゆっくりとこちらを向いた。 「……お仕事が入りました」 橘さんの言う仕事は、私に関連したもの。内容は聞いたことがない。 「なんで今?」 「……大人の都合なんて分からないのです」 うわぁ、すごい落ち込みよう。さっきのテンションから比べると、軽くマイナスには到達してると思う。 「せっかく佐々木さんと久しぶりに遊びに来れたのにぃ」 「また来ようよ、ね?なんだったらお仕事終るまで待ってるよ?」 落ち込む橘さんを慰めるように声をかける。 私と遊びに行くのをここまで楽しみにしていてくれたのは、正直悪い気はしない。むしろ嬉しい。 「どれくらいかかるか分かんないんで、今日は解散したほうがいいと思います」 溜息混じりにそう言う。 「でも!また遊びに行きましょう!約束なのです!」 「もちろんだよ」 そう答えてあげると、橘さんは嬉しそうに微笑んだ。 その橘さんの笑顔は相変わらず眩しい。 名残惜しそうな橘さんの背中を見送る。 ぶんぶんとこちらに手を振っている。 周りの視線が少し痛い…… 結局お互いの姿が見えなくなるまで、橘さんは何かしらのアピールをしていた。 今はまだ午後三時。 さて、どうしようかな。彼に連絡を取る? ダメ。彼は今日友達と遊びに行くと言っていた。 彼と一緒にいるのは、私の友達でもある国木田くんと、もう一人は……よく知らない。 今日は家の合鍵を忘れてしまったために、夕方まで家にも帰れない。 ……そうだ、駅の近くに新しく出来たお店に顔を出してみよう。 そして、せっかくだから少し装飾品を見てみよう。 彼の気に入ってくれそうなものがあればいいけど。 とはいえ相手は唐変木。そんなアピールも無駄になることだろう。 お店が私の視界に入ってきた。 可愛らしい小さな店。店構えは上々。 これは少しは期待していいかも。 中に入ると、装飾品というよりは小物が大半を占めていた。 しかしそれがなかなかいい。値段もお手頃。 これはいい発見をした。今度彼も連れてきてみよう。 小さな店だから店内も狭い。私の他にいるお客さんは三名。 カップルと、女の子。 ん?あの子どこかで見たことある。そう思っていると、その子がこちらを見た。 「あっ」 視線があった途端のこのリアクション。間違いなく向こうは私を知っている。 思い出さないと。こちらだけ覚えてないなんて相手に悪い。 あちらはあちらで、少し居心地悪そうな顔をしている。 ダメ。出てこない。喉まで出かかっているのに。彼女には申し訳ないが、名前を聞こう。 「あの、悪いんだけど、どこかで会った事あったけ?」 そう言うと彼女はとても困った顔をしてしまった。どうしよう。 「お、お互いに面識はないわ。でも、知ってるわ」 イマイチ分からない。 「えっと、デジャブ?」 私の言葉に彼女は首を横にふる。 「あたしは涼宮ハルヒ。あなたは……キョンの彼女よね?」 恐る恐る聞いてくる彼女。 どおりで知っているはずだった。名前を聞いてすぐに思い出した。 もうひとりの力を持つ少女。 世界を自分の思いのままに出来る、私よりも強力な力を持ち、彼が所属するSOS団なる部活の部長。 あれ?団長だったけ?この際どっちでもいいや。 それにしても何故私のことを知っているのだろう? 「私は佐々木。キョンに聞いたの?」 聞いた話だと彼女は自分自身の力のことを知らない。 それと同時に周囲の出来事も気付いていない。 「え?そ、そう。そんな感じよ」 ぎこちない笑顔を浮かべて返事をしてくる。 「涼宮さんってことは、キョンがお世話になってる部活の人だよね?」 「……そうよ」 もしかしたらこれはチャンスかもしれない。 彼女には興味があった。 同じ力を持った、つまり同じ境遇の人物。 普段は状況も立場も違うから直接は会えない。 以前、涼宮さんに会ってみたいと言ったら、橘さんに酷く怒られたことがあった。 彼女は危険だ、と。 でもどういう人間なのかを知るいい機会。 「涼宮さんはこの後予定は?」 「え?ないわ」 初対面でこんなことを言うの変だけど、お互いの取り巻きがいない今が、唯一の機会。橘さんごめんね? 私はダメもとで言ってみた。 「もしよかったら、そこの喫茶店で少しお茶でもしない?」 「あたしと?」 予想通りの反応。私も逆の立場だったら同じような反応をすると思う。 「無理にとは言わないけど」 「……別に構わないわ」 「よかった、それじゃ行きましょ?」 そう言って店を後にした。 買い物はまた後日。そのうち彼と見て回ることにしよう。 なんであたしはここにいるんだろう。 相手はいわゆる恋敵。 ううん。恋敵どころかすでに勝敗は決している。 あたしの完敗。 恨んでいるというわけではない。 ただ、羨ましい。あの人は私じゃ手に入れることの出来なかったものを手に入れている。 気持ちが揺れる。久しぶりに気持ちが不安定になる。 「私はアイスコーヒーで。涼宮さんは?」 「同じものを貰うわ」 おまけにここはいつも団活で使う喫茶店。複雑な気分にもなるってもんでしょ? 本来ならここはあたしのテリトリー。それでもなぜか居心地が悪い。 とっとと用件を聞いておさらばしましょ。うん、それがいい。 「で、何のようなの?」 少し口調が強かったかも。恋敵だと思ってるのはあたしだけなのに。 「大した事じゃないんだけど、普段部活でのキョンってどんな感じなのかな、って」 あたしにそれを言わせるの?そんなの本人に聞けばいいじゃない!? それともなんかの嫌がらせ?ふざけないで! ……だめ、落ち着かなきゃ。これじゃただの八つ当たりじゃない。 この人は……あたしがあいつのことを好きだったなんて、知らないんだから。 「どんなって、いつも通りじゃない?」 目線を外してぶっきらぼうに答える。 どうしてこういう態度をとってしまうんだろう。 「そうなんだ。キョンが部活が楽しいって言ってたから、少し気になってたんだ」 あっそ。それは良かったわね。 「それにしてもあたしとは初対面でしょ?よくお茶なんかに誘えるわね?」 「だってキョンが入ってる部活の部長さんでしょ?悪い人だとは思えないから」 部長じゃなくて団長よ!……あたしはこの人とは合わない。イライラする。 それ以前に、あたしの前であいつの話をしないでよ! 佐々木さんは確かに可愛い。 あたしと違っておしとやかに見えるし、なにより私があいつと過ごした一年間より、ずっとずっと長い時間を過ごしている。 ねえ有希?あたしはどうすればいいの? このままこの人のノロケ話に付き合ってあげたほうがいいの? でも無理よ、そんなのピエロじゃない。 じゃあ言ってやればいいのかな?あたしの方があいつを、キョンを好きだって。 そんなことを言えばきっと……今あるキョンとの関係も崩れる。 ただでさえギリギリのバランスの上に成り立っている。次に傾くことがあれば、それは修復不可能になってしまう。 そもそも、あたしがキョンにちょっかい出してたのは、迷惑をかけたいからじゃない。 あたしを見ていて欲しいから。それだけ。 「涼宮さんは学校楽しい?」 「……あんまり」 ここ最近はずっとそう。あいつに告白してからというもの、全てがぎこちなくなってしまった。 そういえばなんかの本で読んだっけ。 友情を超えてしまった愛情は、友情に戻すのは簡単ではない。 完全にそんな感じ。もちろん表面ではいつも通り。 そうしないと有希が心配する。 「……佐々木さんはキョンのどこが好きなの?」 あたしはなにを聞いてるんだろう。相手からノロケ発言を言わせるようなことを言って。 ほんと、馬鹿みたい。 「えっと、その、私にもよく分からないの。でもあえて言うなら、一緒にいた時間が長かったぶん、離れてみたら急に気付いた」 何よそれ。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃない。 「そんなとこかな。ほら、キョンは朴念仁だし、とりわけ容姿がいいわけじゃないでしょ?」 「それには同意だわ」 実際そうよね。変に達観したようなそぶりを見せて、でも抜けてて、優柔不断で、……あたしはそんなやつのどこが良かったんだろ? 「やっぱり他の人にもそう思われてたんだ。ほんと、変わんないだから」 「中学の時もあんな感じだったの?」 気付けばあたしはこの人の話に付き合っていた。 話を聞けば、中学時代のキョンも今と全く変わらない。あいつは体格以外で成長しているところないんじゃないの? 「……佐々木さんは、ほんとにあいつのことが好きなのね」 そう言われた佐々木さんは、顔を赤くして頷く。 だって、あいつの事を話している時の表情が嬉々としているもの。 かなわないなぁ。 有希、どうやらあたしの完敗で間違いないみたい。 でも、次に佐々木さんが言った言葉で一瞬にして空気が変わった。 あたしが変えてしまった。 佐々木さんはにこやかに言った。 その言葉には、嫌味も嘲笑もない。純粋な興味の言葉。 「涼宮さんは彼氏とか好きな人はいるの?」 あたしは次の瞬間、手に持った水を佐々木さんに浴びせていた。 佐々木さんは突然のことに呆けていた。 あたしも自分の行動にビックリよ。 でも、体が反応した。今思えば、あたしは少し泣いていたかも。 このときほど感情的になったことは、ここしばらくないと思う。 想像してみてよ。まるで昼ドラみたいな展開よ? あたしは佐々木さんに謝ることもなく、その場を後にした。 あの喫茶店には行きにくくなるわね。 どう考えてもあたしの行動は悪いことだと思う。 佐々木さんは嫌味な気持ちで言ったわけじゃないのは理解している。 でも、あの言葉をあの人の口から言われたら……我慢が出来なかった。 驚いた。こういうかたちで水をかけられたのは、生まれて初めて。 私の言葉が彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。 正直、怒るようなことを言ったとは思えない。 思えば彼女は、私の話を辛そうに聞いていたようにも見えた。 なぜ? 話の内容の大部分は彼のこと。 なら、答えは一つ。 ……好きだったんだ。彼のことが。 これは迂闊だった。自分の行動、言動を思い返す。 最低だ。本当に最低。人の気持ちも考えずノロケ話をして、挙句の果てのあの質問。 今日話して分かった。 彼女は私と同じ特殊な力を持つとはいえ、一人の普通の女の子。 それを身をもって知った。 喫茶店の店員からハンドタオル借りて、服を拭く。 これ以上ここにいる理由はない。会計を済ませ、店外へ。 外に出て人通りの少ないところを歩いていると、見覚えるのある顔がこちらに走ってくる。 「さ、佐々木さん平気ですか!?」 橘さんだ。ツインテールを振り乱し、息を切らしながら私の手を握る。 「え?平気だよ?」 彼女には全て筒抜けだと分かっていても、つい強がりを言ってしまう。 「平気なわけないじゃないですか!!相手はあの涼宮ハルヒなのですよ!会うんだったらせめて、せめて一言ぐらい言って下さい!」 「ご、ごめんね」 あまりの剣幕に少しひるんでしまう。 「情報が早いね」 なんとなくは見張られていると思っていたけど、こうも迅速に情報が伝わっていると少々不気味でもある。 「佐々木さんのことなら何でも知ってますよ!」 そう言って控えめな胸を張る。……これは人のことは言えないか。 でも、あまりにも堂々とストーキング宣言するのはどうかと思う。 「あっ!服が濡れてますよ!どうしたんですか!?」 濡れた上着を指さして言ってくる。 「す、少し落ち着いて」 興奮した彼女は扱いづらい。 「すぅーーはぁーー。……はい!落ち着きましたよ!それで涼宮ハルヒと何をしてたんですか!?」 変わらぬテンションで言ってきた。 仕方なく、私は洗いざらい話した。 たまたま会って、お茶をして、話をして、怒らせて、水をかけられた。要点を抑えるとこんな感じ? それを聞いて橘さんが言った言葉が、 「ただの逆恨みじゃないですか」 身も蓋もない。 「だってそうじゃないですか。佐々木さんは悪くないのです」 「……そう簡単な問題じゃな」 「そんなことより!」 私の言葉を無理矢理中断させると、彼女は言葉を続けた。 「分かっているのですか?佐々木さんは涼宮ハルヒを敵に回したのですよ?」 「敵って、そんな大げさな」 「大げさじゃないです!相手は佐々木さんが力を付けるまでの間だとしても、紛れもなく神(仮)なのですよ!」 詰め寄るようにそう言ってくる。話は止まらない。 「佐々木さんは涼宮ハルヒを怒らせたんですよ?もしかしたら、もしかしたら佐々木さん、消されちゃうかもしれないのですよ?」 そうだった。もし私のことが邪魔だと彼女が思えば、私はこの世界から消える。まるで最初からいなかったように。 「軽率です!軽率すぎます!」 「ごめん」 「どれだけ心配してると思ってるのですか!」 彼女は私の身を真剣に案じてくれている。とても嬉しい、けど…… 「……私は涼宮さんに酷いことを言っちゃったよ」 そのことが自分に重くのしかかる。 もし自分が同じことを言われたら? 水をかけたかどうかは分からないけど、憤りを感じるのは間違いない。 そしてきっと、好きだった、ではなく、まだ好きなんだと思う。 でも、どうしよう。 私個人としては涼宮さんに謝りたい。 でも、彼女の性格からすると、火に油を注ぐような行為だと思う。 「とにかく!涼宮ハルヒとはなるべく接触しないで下さい!」 橘さんの目尻に涙が浮かんでいる。 そのあと、少し話をして橘さんと別れた。 今夜また電話をすると言っていた。私がこの世界にいるかの確認らしい。 一人になった私は考えた。 涼宮さんは魅力的な女の子だった。 私よりも彼と一緒にいる時間が長い分、浮気をするかもと思ったけど、そこは彼を信用している。 一度彼に相談した方がいいのだろうか。 でもそんなことをすれば、涼宮さんは彼と会うのが辛くなると思う。 我が身可愛さで彼女を傷つけたままなのはいけない。 しかし下手な行動、言動をすれば、私どころか世界も終ってしまう。 けどこのまま謝らないのは悪い。 ただ謝ることさえも自分達の力が邪魔してくる。 橘さん、これが神様の力なの? この力を得ることで当たり前の人間としての行動すら制限される。 彼女に会ってたった一言、ごめんなさい、こう言いたいだけなのに。 結局私は彼に連絡を取らなかった。 当の彼は、遊びに行ったという証拠にと、三人で写った写メールを送ってきた。 そんなことしなくてもちゃんと信じてるのに。 そして予告どおり、日付をまたぐ少し前に橘さんから連絡がきた。 「……こんばんは……佐々木さん、ですよね?」 「そうだよ、橘さんは私に連絡したんじゃないの??」 泣きそうだった声を和ますために、軽く冗談を言う。 「だって、だって……」 そのまま泣いてしまった。 橘さんは私のことを神様だと言ってくるけど、こういう反応を見る限り、友達のそれだと思う。 このあとは泣きじゃくる橘さんをあやし続けておしまい。 おかげでなんだか少しだけ元気が出た。 後回しにしていいと言うわけじゃない。 でもいますぐ涼宮さんに会いに行くのはよくない。 だから少し時間を置いてみよう。 いずれ時が解決してくれる 映画で聞いた台詞。 でも、そんな考え方は絶対間違っている。 解決できるのはあくまで当の本人達。 最後は必ず自分の口から謝罪をしたい。 それしか私には出来ないから。 時間帯は夕方。さっきの出来事を思い出しながら足を進める。 フラフラと着いたところは有希のマンション。 まだ帰ってきているかは分からない。 インターホンを押して有希の部屋に繋げる。 用事があると言っていた。 それでも自然に足がここに向かった。 返事がないインターホンをもう一度押す。 お願い、出て……。 「……」 繋がると、いつも通りの無言が返ってくる。 「……あたしよ、上げてもらっていい?」 自分の声に抑揚がないのが分かる。 ガラス戸が開いた。電子ロックが外れたみたい。 エレベーターのボタンを押していつもの階へ。 エレベーターを降りると有希が目の前に立っていた。 「出迎えなんかいいのに」 有希は無言のままあたしの手を取って、自分の部屋に連れて行ってくれた。 部屋に入ったあたしは、無言で机に突っ伏した。 何も聞かずにお茶を入れてくれる有希。 ……ありがとう。 どれくらいたっただろう。まだ数分かもしれないし、一時間経っているかもしれない。 あたしは突っ伏した体勢のまま有希に話し始めた。 「……さっきね、あいつの、キョンの彼女にあったわ」 有希は何も言ってこない。これはいつも通り。 でもあたしの言葉には必ず耳を傾けてくれている。 「もちろん偶然よ?有希と別れた後に、たまたま店先でね。そしたらお茶しないかって」 一つ一つ話す。いつもの喫茶店で話した内容を順番に。 たまに有希は、そう、と相槌をしてくる。 「あたしね、その話を聞いてて辛かった。でも、段々あの人のこと認めていたのよ」 全部本心。あたしは有希の前ではウソはつかない。まぁ、くだらないのならいくらでも言うけどね。 「この人が相手なら仕方ないかって、でもね、最後の最後に我慢が出来なかった」 どうしよう、涙がこぼれてくる。近頃は涙腺が脆くって困るわ。 「だって、こう言ったのよ!あたしに彼氏いるのって!好きな人はいるのって!あたしがこれだけ我慢して聞いてやってるのに!」 顔を上げ、怒鳴るように言った。全部吐き出したかった。 有希に怒っているわけじゃない。 聞いてくれるのは、言っても許してくれるのは有希しかいないから。 「ふざけんじゃないわよ!どの口で言ってるの!?あたしがどんな気持ちでおとなしく身を引いたと思ってるのよ!」 感情が溢れる。有希も呆れていると思う。 今あたしが言っているのはただの愚痴。それも嫉妬にかられたつまらない愚痴。 涙で前がグチャグチャになる。正面にいるはずの有希は歪んで見える。 ひと通り愚痴を言うと、スイッチが切れたようにテンションが下がった。 「気付いたら水をかけてたわ。もう最低。キョンにあわせる顔もないわ」 言いたいことを言ったあたしは、また机に突っ伏した。 嗚咽をあげて泣いてるわけじゃない。でも今は確かに泣いている。 悲しいから?辛いから?悔しいから? 分からない。泣くことで何かが変わるわけでもない。 でも泣いた。今はそれしか出来ないから。 ふと、後ろから抱きしめられた。 「……」 何も言わずに、力強く抱きしめてくる。 有希は優しいわね。 どれくらい泣いたかしら。たぶんここ何年かで一番泣いたと思う。 みっともなく目元を腫らし、鼻をすする。 「いつも悪いわね」 「いい」 最近は辛いことがあると、いつも有希に愚痴っている。 その度にあたしの傍にずっといてくれる。 ほんとに助かる。 冷めきったお茶を一口で飲み干す。 泣きすぎたせいで水分が体からだいぶ抜けた。 それを見た有希が、すぐに次のお茶を入れてくれる。 飲むたびに入れてくる。 ゴメン有希、さすがにもう飲めないわ。 時間も遅くなってきた。有希にお礼を言って帰ると伝えた。 「そう」 わずかに頷きながら有希がそう言う。 あたしはヨロヨロとその場から立ち上がる。もう体中の力が抜けきっているって感じ。 「また明日」 有希のその言葉に苦笑いで返す。 「えぇ。また明日」 有希の部屋を出る。外はもう暗くなりだしていた。 気持ちがスッとしない。 明日からはいつもの学校。 たぶん……あいつの顔をまともに見ることなんか……出来ない。 もしかしたら、今日のうちに佐々木さんから聞いているかもしれない。 そう考えると、余計に会いたくない。 家に帰り、お風呂に入る。 今日は食欲がない。 夕食を食べずに布団に入る。 目を瞑ると、今日のことが自然に頭によみがえる。 そして、あたしは思った。 とても馬鹿げている。 でもこう思ってしまった。 キョンさえいなければ……こうはならなかったのに、って。 ~To Be Continued~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/200.html
ハルヒ「なに!?なんなのこれ?ちょっとキョン? 来なさい!3秒以内!!」 インターネットサーフィンをしていたハルヒが突然騒ぎ出した。やれやれ。 キョン「お前ももう少しパソコンの使い方覚えろよ・・・ って!なんじゃこりゃあ!!!!」 俺は思わず叫び出した。 パソコンがフリーズしたかと思ったら、なんとそこに画面いっぱいに朝比奈さんのメイド服と、長門のカメラ目線のアップと、ハルヒの指をこちらに向けて踊っている写真がポップアップで出ていたのである!! 朝比奈さんが万が一自分のこんな写真が全世界に流れていると知ったら、おそらく卒倒してしまうであろう。 キョン「ウイルスだな・・・しかし何だってこんな― 長門 「見せて」 カタカタカタカタ・・・ 長門 「行ってくる」 キョン「オイ行くってどこに!?待て!」 長門 「すぐそこ」 そう言うと、長門は部室を出て行ってしまった。 うーん。なにが分かったのだろうか。 直後、隣の部屋から声が聞こえてきた。 「いらっしゃい。あ!長門さん!待ってたよ!」 『ドカーン、バゴーン、ズガーン!!』 「長門さん!?止めてくれ!」 『ドガーン!』 「済まなかった!あやまr」 『ドーン!』 「ごめんなさいごめんなさいごめんなs」 『ドカーン!』 コツ、コツ、コツ。 長門 「ただいま」 キョン「よう、早かったな。久々のコンピ研はどう だった?」 長門 「ユニーク・・・」 ―翌日― コンピ研が無期限活動停止処分になったのは言うまでも無い。 涼宮ハルヒのウイルス 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3630.html
「はーい、おっじゃっましまーす!」 ハルヒは二年――つまり立場上上級生のクラスにノックどころか、誰かにアポを取ろうともせず、大きな脳天気な声でずかずかと入っていった。俺も額に手を当てながら、周囲の生徒たちにすいませんすいませんと頭を下げておいた。 ここは二年二組の教室で、今は昼休みだ。それも始まったばかりで皆お弁当に手を付けようとした瞬間の突然の乱入者に呆然としている。上級生に対してここまで堂々とできるのもハルヒならではの傍若無人ぶりがなせる技だな。 そのままハルヒは実に偉そうな態度のまま教壇の上に立ち、高らかに指を生徒たちに向けて宣言する。 「朝比奈みくるってのはどれ? すぐにあたしの前に出頭しなさい」 おいこら。朝比奈さんを教室の備品みたいに言うんじゃない。いやまあ、確かにあれほど素晴らしいものを 常にそばに置いておきたくなる必需品にしたくなるのは当然だと思うが。 突然の宣言に、誰もが呆然とするばかり。ちなみに俺の朝比奈さん探知レーダーはそのお姿をキャッチ済みだが、 とりあえずご本人の意向もあるだろうからハルヒには黙っておくことにする。何せまだ入学式から一週間だからな。 この段階で朝比奈さんがハルヒと接触を望むかどうかわからないし。 しばらく沈黙が続いたが、次第にクラス内の生徒たちがじりじりとにある一点に集中し始める。 もちろん、そこには他の生徒と同じように唖然とした朝比奈さん――そして、そのそばには見知らぬ女子生徒二人に、あの何だか凄い人、鶴屋さんの姿もある。どうやらクラスの仲良しグループでお弁当タイムに入ろうとしていたらしい。 やがて集中する視線に耐えられなくなったのか、朝比奈さんがゆっくりと手を挙げてようとして―― 「はーい! みくるはここにいるけどっ、なんかよーなのかなっ?」 それを遮るように鶴屋さんが立ち上がり、ハルヒの前に立ちふさがった。昔から何となく感じていたが、この人は朝比奈さんの防御壁の役割を果たそうとしているような気がする。 だが、ハルヒは鶴屋さんに構わずに、腕を組んで、 「じゃあ、とっとと教えなさいよ。朝比奈みくるってのはどこ?」 「おやおや、自分の名も名乗らない人にみくるを渡すわけにはいかないっさ。せめてキミの名前ぐらい教えてくれないかなっ? でないとみくるもおびえてちゃうからねっ」 相変わらず歯切れの良いしゃべり方をする人だ。それでいて、きっちり朝比奈さんを守ろうとしている。 この場合、どっからどうみてもハルヒが不審者だから、そんな奴においそれと朝比奈さんを渡せないということだろう。 正体不明の人間にほいほいとついていってはいけませんというのは、子供の頃からしっかりと学ばされている重要自己防衛策だし。 「あたしは涼宮ハルヒ。一年六組所属の新入生よ」 なぜかふんぞり返ってハルヒが言う。どうしてこいつは意味のなくこういう偉そうな態度を好むのかね。 さすがの鶴屋さんも驚きの顔を見せていた。だって下級生という話はさておき、入学式からまだ一週間しか経っていない。 つまりハルヒと俺はこないだ北高に入学したばかりの生徒であって――いやハルヒは何回目か知らんが、俺は3回目になるが―― そんなピッカピカの新米北高一年生がいきなり二年の教室に殴り込みに来たんだから、そりゃ驚くだろう。 しかし、やられっぱなしの鶴屋さんではあるわけもなく、ここで反撃の姿勢に転じる。 「おおっ、なるほど。今年の新入生かっ! じゃあ、せっかく二年の教室に来たんだし、あたしがあだ名をつけて上げようっ!」 「は? あ、えと、そんなことより……」 ハルヒは予想しない展開に持ち込まれて言葉を詰まらせているが、鶴屋さんはそんなことはお構いなしに、 うーんほーうと腕を組み頭を振るというオーバーリアクションで考え始める。 やがてぽんと手を叩き、 「ハルにゃん! うんっ、いいねっ。これで決定にょろ!」 「ハ……!? ちょ、ちょっと待ってよ!」 ハルヒはそのあだ名が相当恥ずかしく感じたようで顔を赤くして抗議の声を上げるものの、 鶴屋さんは胸を張って、いいよいいよ、のわはっはっはと愉快そうに笑い声を上げてそれを受け入れる気全くなし。 さすがのハルヒも困惑してきたのか、俺のネクタイを引っ張って顔を寄せ、 「ちょっと、この人何なのよ? あんたの知り合い?」 ここで知り合いというと違うというややこしい話だが、俺の世界の話に限定すると知り合いでSOS団名誉顧問だ。 ちなみにその役職与えたのはハルヒだぞ。鶴屋さんのことを偉く気に入っているみたいだからな。 ま、確かに竹を割ったような裏表がなく、かなりの大金持ちだってのに全く嫌味のない良い先輩だよ。 俺の返答に、ハルヒはふーんとジト目で返してくる。 が、ここでようやく向こうのペースに巻き込まれていることにハルヒは気がついたようで、あっと声を上げると 再度鶴屋さんの方に振り返り、 「ああもう、あたしのあだ名はそれでいいから朝比奈みくるって言うのはどこにいるのよ。あたしはその人に用があって来たの」 「ハルにゃんでいいのかよ」 「うっさい、キョンは黙ってなさい」 ぴしゃりと俺の突っ込みは排除だ。 鶴屋さんはフフンっと鼻を鳴らし、俺とハルヒの全身を空港の安全確認用赤外線センサーのごとく見て、 「みくるはここにいるけど何の用なのかなっ? 誘拐ならお断りだよっ!」 「そんなことしないわよ。ただどんなやつなのか見に来ただけ」 「見に来ただけ?」 「そ。見に来ただけ」 二人は顔をじりじりと近づけて威嚇しあっている。あの強力な自信に満ちた眼力をぶつけるハルヒ、それを疑いの半目視線で 応戦する鶴屋さん。うあ、なんか凄い攻防だ。いつの間にか、クラス内もしんと静まりかえって、二人のやり取りを 息を呑んで見守っている。 数分間に上る二人の静かな攻防戦は、鶴屋さんのふうっという溜息で幕を閉じた。どうやら彼女なりに 俺たちが朝比奈さんに害をなす不審人物ではないと判断したらしい。 いや……鶴屋さん? ハルヒはどうみても朝比奈さんに害を与えに来ているんですけど。 そんな俺の不安な気持ちも知らずに、鶴屋さんは朝比奈さんを指差しこちらへ来るように指示する。 朝比奈さんはしばらくおどおどしていたが、おぼつかない足取りでこっちにやって来て―― 「うきゃうっ!」 案の定、近くの机に脚を引っかけて倒れそうになる。しかし、それをまるで予知していたかのように 鶴屋さんが見事キャッチして床への落下を阻止した。ほっ、顔でもぶつけてその美しい女神の微笑みに傷ができたら、 俺も泣いて泣いて嘆きまくっただろうから、ナイスです鶴屋さん。 朝比奈さんはおずおずと鶴屋さんに抱えられて、ハルヒの前に立つ。しばらく腕をもじもじさせて下を向いていたが、 やがてゆっくりと不安げな表情をハルヒに向け、 「あ、あの……あたしが朝比奈みくるです……何かご用でしょうか……?」 か細く弱々しい声。しかし、久しぶりの朝比奈さんのエンジェルボイスに俺の脳の音声に認識回路は焼き切れる寸前だ。 いいなー、もうかわいくていいなー、もう! 一方のハルヒはそんな朝比奈さんの姿にしばし呆然と口を開けたまま、硬直している。 そして、次に短い奇声を上げた。 「か」 「……か?」 朝比奈さんは何なのか理解できず、首をかしげてハルヒの言葉を復唱した。 だが、すぐに悲鳴を上げることになる。なんせハルヒが飛びかかるように朝比奈さんに抱きついた。 「かわいいっ! 何これ可愛すぎ! ちょっとキョン、これどうなんてんのよ! うーあー、もう可愛くて抱きしめたりないわ!」 ハルヒは顔を真っ赤にして、感情を爆発させた。どうやら朝比奈さんの言葉にできない可憐さに脳みそが焼き切れてしまったか。 もうめっちゃくちゃにすると言うようにもみくちゃに抱きしめている。 一方の朝比奈さんはうひゃぁぁぁあと手を振り回して泣き叫ぶだけ。 ハルヒはそんな状態を維持しつつ俺の方に振り返り、 「ね、キョン。この子、うちに持って帰って良い?」 ダメに決まってんだろ。お前一人が独占して良い訳が――そうじゃなくて! 朝比奈さんをおもちゃ扱いするんじゃありません! 「じゃあ、せめてあたしのクラスに転入させましょう! 隣の席においておきたいのよ!」 朝比奈さんを勝手に落第させるな! その後、ハルヒの朝比奈さんいじりはエスカレートする一方だ。胸をでかいでかいとか言ってモミ始め男子生徒の大半が 目を背けることになり、または今度は耳たぶを甘噛みして女子生徒すら顔を真っ赤にして顔を背けるはめになったりと もう教室内はずっとハルヒのターン!って状態である。 やれやれ。世界は違うとは言え、趣味や趣向は全く変わらんな、ハルヒってやつは。しかし、これだけ弾けたハルヒってのも 久しぶりだ。前回の古泉の時は、相手が異性って事もあるんだろうがここまではやらなかったし。 一方鶴屋さんはうわっはっはっはと実に愉快そうに豪快な笑い声を上げているだけ。こういったことは、 鶴屋さんの考えでは虐待やいじめには含まれないようである。 この光景に俺はしばらく懐かしさ込みで呆然とそれを眺めていただけなのだが、いい加減これで話が進まないことに ようやく俺の思考回路の再稼働させて、 「おい、そろそろいい加減にしろ」 そう言ってハルヒを引きずり教室外へと移動する。だが、朝比奈さんをハルヒは決して離そうとしないんで、 結果ハルヒと朝比奈さんを廊下に引きずり出すはめになってしまう。とにかく朝比奈さんには申し訳ないが、 こっちにも目的があるんだからついてきてもらわなきゃならんし、これ以上上級生の教室内を フリーズさせたままにしておくわけにもいかんからな。 朝比奈さんをいじくり倒すハルヒを何とか廊下まで連れ出すと――一緒に鶴屋さんもついてきている―― 「おい、本来の目的を忘れているんじゃないのか? そんな事しに来たんじゃないだろうが」 「んん? おっと、そうだったそうだった」 ハルヒはようやく萌えモードから脱したのか、口に含みっぱなしだった朝比奈さんの耳たぶを解放すると、 ばっと朝比奈さんの前に仁王立ちになり、 「ねえ、あたしと付き合ってくれない?」 「はうぅぅぅ……ええっ!?」 ハルヒのとんでもない言葉に、朝比奈さんはいじくられたショックに立ち直るどころか、 さらなる追い打ちをかけられてしまった。 っておいおい。それじゃ別の意味に聞こえちまうだろうが。ああ、でもそういやこいつ最初にあったとき辺りに、 変わったものだったら男だろうが女だろうが――とかいっていたっけ。ひょっとしたらバイの気が……ああ、何考えてんだ俺は。 「ようはハルヒや俺と一緒につるみませんかって言っているんです。いえ、別にどこかの部に入ろうとかでなくてですね、 朝比奈さんの噂を聞きつけてぜひ友達になりたいと、このハルヒが――」 「何よ、あんたも鼻の下伸ばしてぜひとも!と言っていたじゃない」 人がせっかくフォローしている最中に余計な突っ込みを入れるな。 俺はオホンと一旦咳払いをして会話を立て直すと、 「とにかくですね。俺たちはあなたと友達になりたいんです。いきなり言われて困惑してしまうでしょうが。 ご一考願えないでしょうか?」 いきなり押しかけて友達になれなんて、頭のネジがゆるんでいるか社会的一般常識が著しく欠落しているやつの やることだと俺自身ははっきりと認識しているんだが、善は急げというのがハルヒの主張だ。 とっとと朝比奈さんを仲間内に入れて、未来人の動向を探る。その目的のためには、確かに朝比奈さんをそばに置いておくのは 間違っているとは思わないが、いくら何でも性急すぎるんだよ、こいつのやることは。 さてさて。こんな不躾で無礼で一方的な頼みに朝比奈さんはオロオロするばかり。保護者代わりと言わんばかりに 立ち会っている鶴屋さんも笑顔で見ているだけ。彼女の判断に任せると言うことなのだろう。 だが、そんなもじもじした姿勢を続けていたら、脳神経回路が判断→行動→思考になっているハルヒが黙っているわけがない。 「ああっもうじれったいわね! とにかく最初が肝心なのよ、最初が! ってなわけで今から一緒に学食でお昼ご飯を食べない?」 また唐突なことを言いだしやがった。最初のコミュニケーションとしては間違っていないと思うが。 だが、朝比奈さんはちらちらと鶴屋さんと教室内のお弁当グループに視線を向けて、 「でもでもそのぅ……あたし一緒に食べる約束をしたお友達がいますので……」 そりゃそうだな。朝比奈さんとしては、クラス内の関係維持のためにもクラスメイトとのお弁当の方が何かと都合が良いだろう。 ハルヒはちょっといらだつように髪の毛をかきむしり、 「じゃあ、今日学校が終わったら一緒に帰るって言うのはどうよ?」 「あ、あたし実は書道部に入っているんで帰りは少し遅くなるんです……」 ハルヒはその初耳だという情報に、何で教えなかったと俺を目で睨みつけてきた。 ああ、そうだすっかり忘れていた。朝比奈さんは書道部だったんだっけ。その後ハルヒに拉致られて、結局SOS団入りしたが、 その理由が長門がいたからだったはずだ。そうなると、SOS団もなく長門もいない状況で朝比奈さんに書道部を辞めてもらうのは かなり難しいだろう。元々ハルヒに直接接触するつもりじゃなかったようだからな、朝比奈さんは。 さーて、面倒になってきたぞ。どうする? ここで鶴屋さんが朝比奈さんの肩を叩き、 「あたしとみくるは一緒に書道部に入っているんだよ。一年生の時からの付き合いさっ。現在も部員絶賛募集中!」 ほほう、確かに朝比奈さんに――失礼ながら、ちょっと書道というものは路線が違うんじゃないかと思っていたが、 鶴屋さんとのつながりがあったのか。確かに彼女が和服姿で筆と墨を持って正座で達筆な字を書いているのは容易に想像しやすい。 と、ここでハルヒがぽんと手を叩き、 「わかったわ。じゃあ、あたしとキョンも書道部に入部させてもらう。それなら文句ないでしょ?」 ……本気か? しかも俺まで巻き込まれているし。正座して字なんて書きたくないんだが。 だが、この提案に鶴屋さんが同意した。 「おおっ、それなら話は早いさっ。これでみくるともお付き合いできるし、うちも書道部も新入部員をゲットできて 両者ともに目的が果たせるよっ。でも入部するからにはきちっと部活動に参加してもらうからねっ」 あーあ、話が勝手に進んでいる。 俺はぐっとハルヒを引き寄せ、 「おい、いいのかよ。お前字なんて書けるのか?」 「大丈夫よ。あんなの墨と筆があれば何とかなるわ」 根拠もないのに自信満々に語るな、書道をなめるんじゃないと説教してやりたい。 が、字の汚さで有名な俺の俺が言えるはずもなく。 やれやれ。今回は書道部入部決定か。こんな調子じゃSOS団への道のりはアメリカフロンティアの進んだ距離より長いぜ。 と、ここでハルヒは腹をなで下ろしたかと思うと、 「あ、何かお腹空いて来ちゃった。じゃ、あたし学食に行ってご飯食べてくるから。じゃあまた放課後! 入部届を持って行くから待っててね!」 そう言ってばたばたと学食に向けて走っていってしまった。なんつー自己中ぶりだよ。まるでスコール大襲来だな。 俺はとりあえず朝比奈さんと鶴屋さんに頭を下げつつ、 「いきなりとんでもない頼みをしてすみません。あいつ、一旦思いついたら誰も止められなくなるんですよ」 「良いって良いって! みくると友達になりたいって言うなら大歓迎だよっ、それに書道部も新入部員を会得しないと いけなかったからねっ!」 「あ、はい。あまり人気のない部活なので、人が増えるのはちょっと嬉しいです。涼宮……さんが入ると にぎやかになりそうですし」 「そう言ってもらえると助かります」 全く寛大な心を持った人たちで助かったよ。一般常識が厳しめの人ならどんな文句を言われていた事やら。 「じゃあ、朝比奈さん、鶴屋さん。すいませんが、また放課後よろしくお願いします」 「はいわかりました、キョンくん」 「じゃあまた放課後にっ。じゃあねキョンくん!」 俺たちはそう言葉を交わすと、それぞれの教室に向かって歩き出した。しかし、一つ重要な問題が起きてしまっている。 ……やれやれ。自分で名乗る前に、あだ名で呼ばれるようになっちまったよ。 さて、何でこんな展開になっているのかまるっきり説明していなかったから、とりあえず俺が昼飯を食っている間に 回想モードでどうやってここまで来たのか振り返ってみることにしようかね。 ……… …… … ◇◇◇◇ 「未来人?」 「そうだ、未来人。お前が俺を見つけたときに一緒にいただろ? 茶色っぽい長い髪の小柄な女の人が」 「ああ、あのちっこくて可愛い子のこと。ふーん、あの子が未来人ねぇ……全然そういう風には見えなかったけど」 お前にとっての未来人ってのはどんな姿をしているんだ。やっぱりリトルグレイか謎のコスチュームに身を包んでいるのか。まあ、俺としても何で朝比奈さんが未来から送り込まれてきたエージェントなのかさっぱりわからん。失礼ながら言わせてもらうと、どう見てもそういった危険の伴う任務には不釣り合いだろ。俺がどうこう言っても仕方がないが。 機関の反乱により崩壊した世界をリセット後、俺とハルヒは時間平面の狭間で次についての打ち合わせを進めていた。幸いなことにリセットは無事成功し、情報統合思念体もハルヒの力の自覚を悟られていない状態に戻っているとのこと。 だが、ふと思う。 あんな地獄絵図の世界が確定したらたまらなかったから良かったと言える。しかし、考え方を変えれば、機関は人類滅亡を 阻止したとも言える。それは成功例と言えないか? 少数を切り捨てたとは言え、大多数は生存できたんだから…… いや、あんなことが平然と行われる世界なんて許されて良いわけがない。一体機関の攻撃で何千人が 死ぬことになると思っているんだ。 「ちょっとキョン。ちゃんと聞いているの?」 ハルヒの一声で俺はようやく目を覚ます。今更どうこう考えたって無駄だろうが。リセットしちまった以上は、 次の世界をどうするのかに集中すべきだろ? 俺は自問自答を終えると、ハルヒとの話に戻る。 「えーとどこまで話したっけ?」 「あんたの世界には未来人がいたって事だけよ。しっかりしてよね」 ハルヒはあきれ顔を見せるが、俺は無視して、 「とにかくだ。前回の機関を作った世界には未来人――正確には朝比奈みくるという人物はいなかった。 これも機関の超能力者と同じように、何かお前が手を加える必要があるって事になる」 「それがなんなのかわからないと話にならないわよ?」 ハルヒは団長席(仮)に座り、口をとがらせる。 確かにその通りだ。機関の超能力者はハルヒの情報爆発と同時に発生したと言うことを古泉から耳にたこができるぐらい 聞かされていたからわかりやすかったが、未来人が誕生したきっかけは何だ? 何度か朝比奈さん(大)の既定事項とやらを こなすためにいろいろ手伝わされたが、あれはハルヒとは直接関係のない話ばかりだった。ならそれ以外で何か…… ――俺ははっと思い出した。学年末にSOS団VS生徒会を古泉にでっち上げられて作った文芸部の会誌。 あの最後にハルヒが書いていた難解極まりない意味不明な論文が載っていたが、朝比奈さん曰くあれが時間移動の基礎理論に なったと言っていた。そして、朝比奈さん(大)の既定事項を考えると、やるべき事は一つだ。 「なあハルヒ、お前の近所に頭の良い年下の男子はいなかったか? たまに勉強とか教えていたり」 「んん? ああ、ハカセみたいな頭の良い男の子はいたわよ。家庭教師ってほどの事もないけど、確かにたまに勉強を 教えてあげていたわね。それがなんかあるわけ?」 よし、ならいけるはずだ。 「そのハカセくんに時間移動の理念を示した――なんだ論文みたいなのを書いて渡してくれ。それで未来人は生まれるはず」 「ちょ! ちょっと待ってよ! あたしだって情報操作とか情報統合思念体について理解している訳じゃないのよ!? ただ何となく使えるってだけで、それを字にして表せなんて無理よ、絶対無理無理!」 ここまで仰天するハルヒも珍しい。良いものが見れたと思っておこう。だが、それをやってもらわないと あの秀才少年に時間移動の理論が届かず、朝比奈さん(大)の未来も生まれない。亀やら悪戯缶、メモリーについては 朝比奈さん(大)の方から動きが出るだろうよ。あっちも既定事項とやらをこなすのに必死みたいだしな。 大元さえきっちりしておけば、後は勝手に広がる。機関と同じだ。 「そんなこといわれてもなぁ……どうしよ」 いつの間にやら紙とペンを用意したハルヒは、ネームに困った漫画家のように頭を抱えている。 なあに深く考える必要はないんだよ。俺の世界のハルヒだって、どう見ても思いついたまま書き殴っていたし、 俺が呼んでも耳から煙が立ち上るだけで全く理解不能な代物だったし。 「そりゃ、あんたがアホなだけじゃないの?」 「うるせぇ。さっさと書け」 そんなちょこざいな突っ込みをしている間に、がんばって書いてくれ。それがなきゃ始まらん。 ハルヒはうーんうーんと本気で唸りながら、得体の知れない図形や文字を落書きのように紙に書き始める。 だが、すぐにわからんと叫びくしゃくしゃに丸めては書き直し。 この調子だと当分かかりそうだな。やれやれ…… どのくらいたっただろうか。暇をもてあましたため、いつの間にやら椅子の上で眠っていた俺の脳天に一発の強い衝撃が走った。 完全な不意打ちだったため、俺の目から火花が飛び散ったかと思うほどに視覚回路に光の粒が発生し、 思わず頭を抱えてしまう。 「何しやがる……ん?」 抗議の声を上げるのを中断して見上げると、そこには仏頂面のハルヒの姿があった。その手には数十ページの紙の束が 握られていた。 「全く……人が頭を抱えているのにぐーすか眠っているとは良いご身分ね。ほら、あんたのご注文通り作ったわよ。 人が読めて理解できる代物かどうか保証はできないけど」 相当疲れがたまっているのか、半分ドスのきいた声になっている。俺はハルヒの書いた時間移動の論文をざっと見てみたが、 ………… ………… ……こ、これは確かこんな感じだったような憶えがあるが、今読んでもさっぱり意味不明だ。謎の象形文字と ナスカの地上絵もどきが大量に並びまくる宇宙からの電波をキャッチしてそのまま文字化したような得体の知れない カオスさである。あの少年は本当にこんなものから一瞬のひらめきを見つけられるのか? 全く天才ってのは 得体の知れない生き物だ。 ハルヒは達成感に身を任せうーんと一伸びしてから、 「何か疲れちゃったわ。それを使うのは一眠りしてからにするわね」 そう一方的に言い放つと、そのまま団長席(仮)に突っ伏してしまった。ほどなくしてかすかな寝息が聞こえ始める。 全く何だかんだで努力は惜しまないやつだ。どんなことでも全力投球、中途半端は大嫌い。わかりやすいったらありゃしない。 俺はとりあえず制服の上着をハルヒに掛けてやると、暇つぶしにハルヒの意味不明カオス論文の解析をやり始めた。 ◇◇◇◇ … …… ……… 以上回想終わり。そんなこんなでハルヒがあの少年にこっそりと論文を渡した結果、うまい具合に北高二年生に 朝比奈さんがいましたってわけだ。 ただし、それを少年の手に渡したのは、俺の世界では学年末ぐらいだったがハルヒが善は急げ!とか言って とっとと渡してしまった。ハルヒ曰く、高校一年のその時期まで情報統合思念体の魔の手から逃れて無事に過ごせる可能性は かなり低い――というか一度もなかったそうな。中学時代を乗り切るのはもう完全に可能になったものの、 高校になってからの情報統合思念体やその他の勢力――俺の知らないいろいろな勢力がいたりしたらしい――がちょっかいを出して それで結果ご破算になってしまうということ。朝倉の暴走もその一つに含まれているらしい。 結果予定を繰り上げて、入学前にあの少年に論文を渡すことになったわけだ。まあうまくいったから良いんだが。 「よっし、じゃあ乗り込むわよ!」 「そんなに気合いを入れて、殴り込みにでも行くつもりか?」 元気満々のハルヒに続いて、俺は嘆息しながらそれに続く。ドアの向こうは書道部の部室だ。 放課後、俺たちは約束通りここに入部するためにやってきたってわけさ。 「こんにちわ~! 入部しに来ましたー!」 でかい声でハルヒが部室に入ると、数名の書道部部員たちの注目の視線がこちらに集中した。 その中にはすでに朝比奈さんと鶴屋さんの姿もある。二人とも手を振っていた。 中には朝比奈さんたち二人を含めると、あと三人しかいない。まあ書道部っていう地味な活動を考えると 最近の若いモンには不人気な部活かも知れないから無理もないか。活字離れどころか、ワープロやパソコンの普及で 手書き文字すらなくなっている時代である。かく言う俺も相当な悪筆だけどな。 しかし、見れば全員女子部員ではないか。しかも容姿のレベルも中々高い。まるでハーレム気分だっぜ。 事前に朝比奈さんたちから話を聞いていたのか、部長らしい三年生が俺たちに仮入部の紙を手渡してくる。 さすがにいきなり入部って訳にはいかないらしい。大体、先週入学式があったばかりだしな。一年の大半もまだ部活を 探している生徒は大半だが、いきなり本入部っていう人間はスポーツ推薦でやって来た奴ぐらいで、大抵は仮入部だろう。 俺たちはさっさと仮入部の用紙にサインを入れると、とりあえず部室内を一回りしてどんな活動なのか紹介を受ける。 やっていることは単純で、普段は習字の練習を行い、たまに校内の掲示板に作品発表を行ったり、市で開催されている 展覧会っぽいものにできの良い作品を送ってみたりと、まあごく普通の地味な活動内容だ。ああ、そういえば、 今日北高の入り口におかれていたでっかい看板の文字もこの部で制作したものとのこと。書いたのは鶴屋さん。 すごい美しく見栄えのある文字だったことを良く憶えている。 「いやーっ、そんなにほめられるとテレるっさっ! でも、あのくらいでもまだまだにょろよ」 鶴屋さんは照れ笑いを続けている。一方のハルヒは部長の説明も聞かずに朝比奈さんをいじくりまわしている始末だ。 さすがに見かねた書道部部長(女子)が俺の耳元で、彼女は大丈夫なの?と聞いてくるが、 「あー、あいつはああいう奴なんて放っておいて良いですよ。むしろ関わるとやけどするタイプですから」 俺があきらめ顔でそう答えると、書道部部長は不安げな表情をさらに強くした。こりゃ結構心配性のタイプだな。 ハルヒには余り心労をかけるなよとこっそり言っておこう。 ついでにそろそろ止めておくか。 「おいハルヒ。朝比奈さんを弄って部活動の妨害はそれくらいにしておけ。余り酷いと退部にされるぞ」 「えー、でも凄いのよ。フニフニなのよ! あんたも触ってみればわかるわ」 何がフニフニなんだ。いやそんなことはどうでも良いからとにかくやめろ。 俺は無理やりハルヒの襟首をつかんで、朝比奈さんから引き離す。ハルヒはえさを止められた猫のようにシャーと 威嚇の声を俺にあげているが、 「まあいいわ。別に今日一日だけって訳じゃないしね」 「ふええぇ、毎日これやるんですかぁ?」 いたいけな朝比奈さんのお姿に俺も涙が止まらないよ。とにかく、仮入部とは言え入部したんだからきっちり部活動に 専念するんだぞ。朝比奈さんいじりは決して部活動の内容に入っていないんだから。いいな? 「部活動ねぇ……ようは墨で字を書けばいいんでしょ?」 子供の頃に中々うまくいかず、オフクロと一緒に泣きながら夏休みの課題の習字をやっていた俺から言わせると、 習字をなめるなと一喝してやりたい余裕ぶりだ。 ハルヒは手近な部員から習字一式を借りると、さっさと軽い手つきで書き始める。 そして、できあがったものを俺の方に掲げてきた。 「これでどうよ?」 まあなんだ。素直に言えば旨いな。しかし、書いてある文字が『バカ野郎』なのは俺に対する当てつけのつもりか? もう少しマシな書く内容があるだろう? ハルヒは俺の反応を受けて再度別の文字を書き始める。 そして、得意げな笑みを浮かべて掲げた作品『みくるちゃんラブ』――だからそうじゃねえだろっ! 「あのな、もうちょっとふさわしい文字があるだろ? 例えば、『祝入学』とか『春一番』とか」 「なによ、そんな普通の書いてもおもしろくないわ」 真性の変りもんだこいつ。普通の人と同じ事をやるのは自分のプライドでも許さないのか? ただし、その字は確かにうまい。俺の捻り曲がった不気味な字に比べれば雲泥の差だ。 俺はてっきり字の内容はさておきその技術には他の部員も感心していると思いきや…… 「うんっ、なかなかのないようだと思うよ。もうちょっと練習すればかなりうまくなるんじゃないかなっ」 鶴屋さんの言葉。決して絶賛ではない。どちらかというと、もうちょっと努力しましょうという意味である。 朝比奈さんや書道部部長(女子)も同意するように頷いていた。 ……つまりハルヒのレベルは実は大したことない? そこにちょうど顧問らしき教師がやってきた。部員の様子を見に来たらしい。 仮入部の俺たちの紹介を書道部部長(女子)が説明すると、ふむといってハルヒの書いたものをまじまじと見始めた。 そして、こう論評する。 まだ慣れていない部分が大きいね。そのために全体的に荒く自己流の悪いところが出ている。 さあこれを聞いたハルヒがどうなるかは、こいつの性格を知っていればすぐにわかるだろう。 世界一の負けず嫌い、相手に自分を認めさせる、あるいは勝つためにはどれだけの努力も惜しまない。 それが涼宮ハルヒという人間の性格である。 即座に習字に必要な一式をそろえるために専門店の場所を聞き出し、何を買えばいいのか、どこのメーカがお勧めか 顧問・部員に聞き出した後、俺もほっぽって学校から出て行ってしまった。店が開いているうちに、道具を買いそろえに 行ったんだろう。全く発射された弾丸みたいな奴だ。本来の目的忘れていないだろうな? 一同唖然とする中、さすがに居心地の悪くなってきた俺も帰宅の途につかせてもらうことにした。 その前に一応朝比奈さんに挨拶しておくことにする。 「今日はいろいろお騒がせして済みませんでした。しばらくご厄介になりそうですけど」 「ううん、大丈夫。きっとこれがこの時間――あ、えっと、そのとにかく大丈夫です」 危うくやばい話を暴露してしまいそうになってもじもじする朝比奈さんのもう可愛いこと可愛いこと。 ハルヒ、一度で良いからお前の身体を貸してくれ。そうすりゃ朝比奈さんを本気で抱きしめて差し上げられるからな。 あと朝比奈さんはすっと俺の耳に口を寄せて、 「それからどうぞあたしのことはみくるちゃんとお呼び下さい」 以前にも聞いたその言葉に、俺はめまいすら憶えるほどの快楽におぼれてしまった。 ◇◇◇◇ さて翌日の朝。俺は駐輪場前でハルヒと合流して、北高への強制ハイキングを開始する。しかし、この上り坂も 入学した当時は本気でうんざりさせられたものだが、今では慣れっこになっている自分の適応能力もなかなかのものだ。 ハルヒの片手には昨日買い込んできたと思われる書道部必需品セットが詰まった紙袋が握られていた。 本気でやる気になっているらしい。 「あったり前よ。あんな低評価のままじゃあたしのプライドが許さないわ! それこそ世界ランキング堂々一位に輝くほどの ものを書いてやるんだから!」 おいおい。熱中するのは構わんが、本来の目的を忘れるんじゃないぞ。 「何言ってんのよ。あたしは情報統合思念体がちょっかい出してこないように平穏無事に暮らせればそれで良いのよ。 だから書道部で世界一位を取ったって別に何の不都合もないわ。あたしから何かやるつもりはさらさらないんだからね」 その言葉に俺ははっと我を取り戻す。確かにそうだ。ハルヒの目的はそれであって、別にSOS団結成とか 宇宙人・未来人・超能力者を集めて楽しく遊ぶことではない。むしろそっちにこだわっているの俺の方じゃないか。 いかん。すっかり目的と手段が入れ替わっていることに気がつかなかった。 とは言っても俺の目的にはそいつらと一緒に仲良くすることは可能だと証明する事もあるんだから、なおややこしい。やれやれ。 と、ハルヒは思い出したように、あっと声を上げると俺に顔を近づけ、 「前回のことを考慮して、あんたに予防措置をやってもらうことにしたから」 「……嫌な予感がするが、その予防措置ってのが何なのか教えてもらおうか」 「簡単にわかりやすく言ってあげるから、一度で頭の中にきっちり入れなさい。まず、あんたの意識を2分先の未来と 常に同期しておくようにするわ。つまりあんたの意識は常に2分先の未来を見ていて、あんたが望めば元の時間に戻れるってこと」 うーあー、全然わからん。もうちょっとわかりやすく教えてくれ。歴史的などうでも良い雑学は昔にはまった関係で そこそこあるがSF科学についてはさっぱりなんだ。 ハルヒは心底呆れたツラを見せて、 「厳密には違うけど、あんた予知能力を与えたって事。それならわかるでしょ?」 おお、それなら俺でもわかったぞ。ってちょっと待て。 「何で俺がそんな役目を担わなきゃならんのだ? お前がやった方がいいだろ」 「あたしが予知能力なんて堂々と発揮していたら、即座に情報統合思念体に感づかれるわよ。だからあんたなら、 偶然、あるいは本当に未知の能力を持っているとして片づけられるはずよ。ただし、無制限って訳にもいかないから」 「なんかの条件とかあるのか?」 「予知能力が使えるのは二回まで。仮にも時間平面の操作を行うに等しい行為なんだから、余り連発すると 情報統合思念体も不審に思い始めるだろうから。二回予知したら、自動的にあんたからその能力は削除されるわ。 だからこの予知能力は切り札よ。安易には使わないで。宝くじとか競馬とかなんてもってのほか、論外よ! 二回目を使ったときはリセットを実行するときだと思っていなさい。わかったわね」 「使い方がわからんぞ」 「簡単よ。戻れって強く念じればいいだけだから」 ついに俺までハルヒ的能力者の仲間入りかよ。限定的だから情報統合思念体に抹殺されるって事はないだろうが、 どんどん一般人から離れていくことに自分に対して哀愁を禁じ得ない。さらば凡人の俺、フォーエバー♪ 俺たちはどんどん坂道を歩いて北高に向かっている。考えてみれば、意識はもう北高間近まで迫っているところにあるが、 俺の身体自体はまだ数十メートル後ろを歩いているって事になるのか。なんつーか、幽体離脱でもしている気分だ。 ところで、予知ってのはどういうときに使えば良いんだ? 前回の機関強硬派反乱みたいな自体だったら即座に 阻止するべき行動を取るが、今回の世界は機関はいないし時間という概念が俺たちとは異なる情報統合思念体に通じるのか わかったものじゃない。せいぜい、目の前で事故が発生したらのを阻止するぐらいしか…… ――唐突だった。俺の前方百メートルぐらいを歩いている一人の男子生徒が突然北高側から走ってきた乗用車に はねとばされたのは。しかも、その男子生徒はただ歩道を歩いていただけなのに、その乗用車がねらい澄ましてきたように 歩道に割り込んできたのだ。 しばし一帯が沈黙に包まれる。あまりに突然のことだったので、誰も何が起きたのか理解できなかったのだろう。 やがて、はねた自動車は止まることなく車道に戻ると、猛スピードで俺のそばを通り抜けていった。 同時にようやく事態を飲み込めた北高生徒たちの悲鳴が辺り一面にわき起こる。 はねられた男子生徒はその衝撃で車道まで転がり、中央分離線辺りで間接が崩壊した人形のようにありえない形で 倒れ込んでいる。辺り一面にはじわりと多量の血がアスファルトの上に広がって言っていた。 俺はしばらく呆然としていたが、とっさに戻れ!と叫んだ。思考よりもさきに感覚的反射でそう言った。 ――唐突に起こるめまい。そして、次の瞬間、俺の視界には二分前俺が見ていた光景が広がっている。 まだ事故も発生せず、北高生徒たちが和気藹々と坂を上って行っている。 俺は自然と足が動いた。さっき――いや、もうすぐはねられる予定の男子生徒まで百メートル。俺はそいつに向かって一目散に 走り出す。 「――あっ、ちょっとキョン! どうしたのよっ!」 突然の俺の行動に、ハルヒは声を上げて追いかけてきた。事情なんて説明している暇はねえ。目の前で起きる予定の事故を 阻止するだけで俺の頭は精一杯だった。 俺は事故を目撃してから数十秒――多分一分ぐらい思考が停止していたに違いない。そうなると、事故発生からは 一分ぐらい前までしか戻れない。あの男子生徒とは百メートル離れている。自慢じゃないが、帰宅部を続けてろくに運動していない 俺の足だと何秒かかる? ようやく半分の距離まで詰めた辺りで、北高側から一台の乗用車が走ってきているのが見えた。あのひき逃げをやった乗用車だ。 いかん、思ったよりも俺の呆然としていた時間は長かったのか? 「キョン! あんた一体なにやってんのよ!」 俺が全力で突っ走って息も絶え絶えになっているのに、俺の隣にはあっさり追いついてきたハルヒが大した疲労も見せずに 併走していた。だが、説明している暇も余裕もない。 ハルヒは必死に走る俺の姿に勘づいたらしい、 「あんたまさか……!」 「その通りだ!」 俺はそう言い返すと、震え始めている足をさらに加速させた。乗用車はすでに歩道へと割り込みを始めている。 もう少し。もう少しで……! ぎりぎりだった。本当にぎりぎりのタイミングで俺はその男子生徒の身体をつかむ。目の前に迫る乗用車に呆然としていた 男子生徒はあっさりと俺の腕に全く抵抗することなく身体を預けた。 俺は悲鳴を上げる足首を完全に無視して、車道側へと大きく飛び跳ねる。 その刹那、乗用車が俺と抱えている男子生徒の数センチ横を通り過ぎていった。 回避した。間一髪のところでこの男子生徒のひき逃げを阻止することに成功した―― だが、甘かった。歩道は車道の反対側は壁になっていたため、とっさに車道側に飛び跳ねてしまったが、 狙ったかのように俺たちの前に後続車である大型の引っ越し屋のトラックが迫っていた。 嘘だろ。せっかく避けたってのに、なんてタイミングが悪いんだよ―― 俺は観念して次に来るであろう全身への強烈な衝撃に備えて目を瞑った。 痛みはすぐに来た。しかし、全身ではなく俺の背中に誰かが思いっきり蹴りを入れたようなものだった。 その衝撃で思わず男子生徒が腕から抜けてしまっていることに気がつく。あわてて目を開いて状況を確認しようとするが、 その前に路面に身体が落ちたらしく勢いそのままに身体が転がり続け、固い何かが俺の背中にぶつかってようやく回転が止まる。 痛みと衝撃に耐えながら目を開けて振り返ると、俺はさっきまで歩いていた歩道の反対側のそれの上にいた。 背後には電柱がある。こいつのおかげで止まったのか。 だが、助けた男子生徒はどこに行った? それを確認すべくあたりを見回すと、俺のすぐ目の前を滑るように ハルヒが着地するのが目に止まる。勢いを減速するかのように、両足でしばらく路面を滑っていたが程なく摩擦力により その動きも停止した。見れば、ハルヒの脇には轢かれる予定だった男子生徒の姿もある。 つまり最初の轢き逃げを避けた俺たちだったが、さらに今度はトラックにはねられそうになったのを、 ハルヒが俺を蹴飛ばして逃がし男子生徒をつかんでかわしたってことか。あの一瞬でそれをやってのける――しかも、神的パワーを 使った形跡もなくできるなんて心底化け物じみているぞ、こいつは。 ハルヒはすぐに俺の元に駆けつけ、 「大丈夫、キョン!? 無事!?」 「あ、ああお前に蹴られたのが一番いたかったぐらいだ」 俺は別に抗議したつもりじゃなかったが、ハルヒは顔をしかめて脇に抱えた男子生徒――どうやら気絶しているらしい――を さすりながら、 「仕方ないじゃない。あんたとこいつ、二人を抱えるのは無理だったんだから。助けてもらった以上、礼ぐらいは欲しいわね」 「ああ、すまん。そしてありがとな、ハルヒ」 ハルヒはアヒル口でわかればいいのよと、男子生徒を歩道の上に寝かせる。やがてこの一瞬の大アクション劇に、 一方からは惨劇寸前だったための悲鳴と、見事な救出劇に対する拍手喝采が起きていた。 やれやれ、これでしばらくは注目の的だな。 だが、ハルヒはぐっと俺に顔を近づけ、 「あんだけ慎重に使えって言ったのに……使ったわね? 予知能力」 あっさりと見破ってくる。 仕方ないだろ。目の前で事故が起きようとしているのを阻止するのは、一般常識を持った人間なら当然の行為だ。 だが、ハルヒは納得していないのか、何かを問いつめるように言おうとしたがすぐに口をつぐんだ。代わりに、背後を振り返り 北高生徒たちが並んでいる歩道の方へ視線だけを向けた。そして言う。 「とにかく! この件の続きは後で話す。今は一切余計なことをしゃべらないで。事後処理に努めなさい。多分もうすぐ 警察や救急車も到着するだろうから」 ハルヒの言葉には強い警戒心が込められていた。それもそのはずで、俺たちを見ている北高生徒たちの中に、 あの朝倉涼子と長門有希――情報統合思念体のインターフェースの姿があったからである。やばいな、救出劇を切り取って 今の俺の行動を見てみれば、明らかに俺は不審な行動を取ったと誰でもわかることだろう。ハルヒはこれ以上のボロを出すなと 言っているんだ。 「それから、恐らく朝倉あたりはあんたに接触してくるはずよ。やんわりと予知したんじゃないかみたいなって事を言ってね。 学校についてそれを言われるまでにきっちり納得できる説明をでっち上げて起きなさい。いいわね」 ハルヒは俺の耳元にさらに口を寄せて話した。 程なくして誰かが通報したのだろう、救急車のサイレンがけたたましくこちらに近づいてくるのが聞こえてきた―― ◇◇◇◇ 俺とハルヒは警察とかの事情聴取――逃走中の乗用車の特徴・ナンバーは見ていないかとか――をようやく終え、昼休みに 自分のクラスの席に座ることができた。助けた辺りの状況についてはハルヒがうまい具合にごまかしてくれたおかげで、 予知能力についてボロを出さずに乗り切ることもできた。 ハルヒは程なくしてどっかに出て行ってしまうが、俺は机の上に弁当を取り出してとっとと昼食を取ってしまおうとする。 そこにここ一週間ぐらいでぼちぼち話す頻度も増えてきた谷口が国木田を伴ってやって来て、 「おいキョン、何か今朝は大変だったみたいだな」 「ああ、事故に巻き込まれて散々だった。ま、けが人もなくてよかったけどな」 しかし、谷口はどっちかというと事故よりも別のことについて興味津々らしい。突然にやついた表情に フェイスチェンジしたかと思えば、 「ところでよー。お前涼宮と一緒に朝登校しているらしいんだってなー。まさかお前らつきあってんのか? いや、そうでないと説明がつかねーよなぁ?」 「何でそんな話になるんだ。別にあいつと付き合っている訳じゃねぇよ。ただ一方的に振り回されているだけだ」 だが、俺の反論を完全に無視して今度は国木田まで、 「キョンは昔から変な女が好きだからね。そう言えば、彼女はどうしたんだい? てっきりあのまま続くと ばっかり思っていたんだけど」 「なにぃ!? お前二股してんのかよ!? 許せねえ奴だ。今すぐ俺が成敗してやる」 「違うって言っているだろうが。国木田も誤解を招くようなことを言うんじゃない」 勝手な妄想を並べて推測のループに突入する二人を諫める俺だが、こいつら全く俺の話に耳を傾けるつもりがねえ。 しかし、この世界でもあいつはいるんだな……一応、連絡ぐらい取っておくか? 俺の世界の時のように正月まで 放置っていうのもなんつーか後ろ髪を引かれる思いだからな。 さて、ここで真打ちの登場だ。俺と谷口、国木田の馬鹿話の間に、あの朝倉涼子が割って入ってくる。 あいつもあの現場にいたから確実に何か聞いてくるだろう。 「あら、あたしもてっきりあなたと涼宮さんが付き合っているものばかりだと思っていたけどな。 毎朝一緒に登校してくるぐらいだし」 それに対する反論はさっきしたばっかりだからもういわんぞ。 朝倉はお構いなしに続ける。 「でも、実はあたしもあの現場にいたのよね。突然あなたが背後から走ってきたかと思ったら、突然すぐ目の前の男子生徒を つかんで大ジャンプするんだもん。さらに、飛び跳ねた方に今度はトラックが突っ込んできたときはもうダメかと思ったけど、 涼宮さんが凄いファインプレーで二人を救出。まるで映画でも見ているようだったわ」 いつもの柔らかな笑みを浮かべる朝倉。さてさて、そろそろ言ってくるかな。いいか俺。慎重にだぞ、慎重に…… そして、朝倉は核心について話し始める。 「でも、どうしてあの男子生徒が事故に巻き込まれるってわかったの? あなたが走ってきたときには はねようとした車に不審な動きはなかったわ。まるであなたは事故が発生するのをわかっていたみたい」 「へー、キョンって予知能力があったんだ。中学時代から付き合いがあったけど、知らなかったよ」 国木田が言ってきたことは冗談めいているから相手にする必要なし。問題は朝倉の方だ。そのために、ハルヒの知恵も借りて それなりの理由を事前に準備してある。 「最初に言っておくが、俺があの男子生徒を助けられたのは完全な偶然だぞ。俺は朝ハルヒに言われて宿題をするのを忘れていた 事に気がつかされて、あわてて学校に向かっていただけだ。一時限目のものだったからな。早く言って適当に 少しでもやっておかないとどやされるし。それで途中で突然自動車が突っ込んできたら、とっさに近くにいた生徒を抱えて 逃げようとしたんだよ。だから走っていたのは別に事故を回避するためじゃない。まあ幸い――けが人がなかったからと言って 仮にも事故が起きかけたことを幸いって言うのもアレだが、警察の事情聴取とかで一時限目は出れなかったから、 宿題の問題は回避されたけどな」 「ふーん、ただの偶然だったって訳なんだ。だったらますますファインプレーよね。予測もしていないのに、あんな行動が取れる あなたに脱帽しちゃう」 これは嫌味なんだろうか。それとも正直な感想? 朝倉の変わらぬ笑みからは真意を読み取ることはできなかった。 ただこれ以上その件で追求するつもりはないらしく、それだけ聞き終えるとまた女子グループの中に戻っていった。 やれやれ、一応バレ回避はできたようだな。 と、ここで谷口が俺の前に割り込み、 「そうだキョンよ、お前部活どうしたんだ?」 「ん、書道部にすることに決めた。いい加減オフクロからも汚い字を何とかしろって言われていたからな。ちょうど良いと思って」 だが、谷口はお前が?と疑惑の視線を向けると、すぐに懐から一つのメモ帳をパラパラとめくり始めた。 そして、あるページを見てにやりといやらしい笑みを浮かべると、 「……なるほどな。キョン、お前の真意は読めたぜ」 何がだ。 国木田も不思議そうな顔で、 「何か良いことでもあるのかい、書道部にはいると」 「俺がチェックしたこのマル秘ノートに寄れば、書道部には女しかいない。しかも全員俺的ランクAA以上で、 その中には上級生では最高峰に位置する朝比奈みくるさんの存在もある」 「ああなるほど、キョンは部活と言いつつ可愛い女子目当てに入部したって訳か」 おい待て。勝手に人の目的を捏造するんじゃない。俺はただ単にこの煮えたぎる文字という魅力に―― 「んなことはいいから」 あっさり人の抗議を無視しやがった。 谷口はうんうんと頷き、 「確かにキョン、お前の見る目は間違っていない。あの書道部は美人揃いのパラダイスだ! ってなわけで俺も入部したいから 是非とも紹介してくれ」 「あ、それいいね。僕も混ぜてよ」 おまえら。女目的で入部する気かよ。ハルヒとは違う意味で習字をなめるなと言ってやりたい。 しかし、結局二人の熱意に押されまくり仮入部の紹介をしてやることを強制された辺りで、 「ちょっとキョン。話があるからこっち来なさい」 そう教室の入り口から俺を睨んでいるハルヒに、話を中断された。 ◇◇◇◇ 俺がハルヒに連れて行かれたのは、あの古泉と昼飯を食べていた非常階段の踊り場だった。 何のようかと聞くまでもない。今朝のことについてだろう。 「あんたね、あれほど言っていたのにあっさり切り札を使うなんて何考えてんのよ。残り一回は同じ事があっても 絶対に使わないこと。いいわね!」 ハルヒはそう説教するように睨みつけてくるが、正直なところ今後も同じ事があった場合自重できるかどうか はっきり言って自信がない。大体、目の前で人が死のうとしているのに、それを放置するなんていうのは 俺のポリシー――いや人としてのポリシーに反していると思うぞ。 だが、俺の思いにハルヒは呆れの篭もった嘆息で返し、 「あんたね、ちょっとは考えてみなさい。確かに本当に目の前で息絶えそうな人がいたら助けるのは当然のことよ。 でもあんたは通常知り得ない情報を元にそれを実行しようとしている。それは一種の反則技だわ」 「命がかかってんだぞ。守るためなら反則だろうが何だろうがすべきじゃないのか?」 「じゃあ、その行為で確かに目の前で死ぬはずだった人は生き延びたとして、その結果別の人が事故に巻き込まれたらどうする気? 最初に死ぬはずだった人は、その死因を作った人間の責任になるけど、その人を助かったばっかりに死んでしまった別の人の死の 責任はあんたが背負うことになるのよ? その覚悟はあるわけ?」 俺はその言葉にうっとうなるだけで反論できない。確かにその場合は、俺が責任を負うべきだろう。 助けたばっかりに別の人が不幸になる。十分にあり得る話なんだから。それはあまりに本末転倒な話と言える。 しかし……しかしだ。 「だったら使いどころがわからねぇよ。どうすりゃいいんだ?」 「あと一回だけにしているから、使いどころは簡単よ。リセットを実行する必要が明らかに発生した場合のみ。 前回で言うと、町ごと核でドカンっていう事態が発生した場合ね。言っておくけど、前回は古泉くんが口を割ってくれたおかげで 助かったようなものよ。一歩間違えれば、あたしとキョンも巻き込まれて死んでいたんだから。 あくまでもそんな事態を回避する――その一点に絞りなさい」 ハルヒの指示は明確でわかりやすかった。取り返しのつかない事態、そしてそれは個人の事情とかそんなのではなく、 ハルヒがリセットを実行するための助けとなる場合のみか。 わかる。それはわかる。だけどな、 「でも、自信ねぇぞ。もう一度同じ事が起きた場合にそれを見て見ぬふりなんて」 「わかっているわよ。だけど――あんたしか頼れる人がいないの。悪いとは思っている……」 ハルヒの言葉に、俺はどういう訳だか心臓が跳ね上がった。 目線こそ合わせないが、ハルヒが俺に対して明確な謝罪を意思を示すのを目撃する日が来るとは思ってもみなかった。 それもこれも自分の能力のおかげで世界の危機に招いてしまっていることへの罪悪感――あるいは世界を救わなければならいという 使命感がなせる技か。 これが力を自覚したハルヒ、ということなのだろう。全く俺の世界の脳天気唯我独尊傍若無人SOS団団長様が懐かしいよ。 ◇◇◇◇ 翌日の放課後。 俺とハルヒ+谷口・国木田コンビを連れて俺たちは書道部部室やとやって来た。すでに朝比奈さんや鶴屋さん、 その他部員たちは勢揃いしている。 ハルヒは谷口たちがいることに最初は不平を漏らしていたが、やがてそんなこともどうでもよくなったのか、 昨日買ってきたばかりの書道部必須アイテムを使って、とっとと習字の練習を始めた。やれやれ、やる気全開だな。 一方の谷口と国木田は朝比奈さんのお美しい姿にしばし鼻を伸ばしていたが、俺がとっとと仮入部の手続きをしやがれと 背中を叩いて促しておいた。全く、これから毎日こいつら――得に谷口の視線が朝比奈さんに向けられるかと思うと 気が気でならないね。 ちなみに俺も一応入部したわけだから、この機会に字の練習をしておこうと道具を借りて練習していたわけだが、 ――君の字には覇気がないな。まるで老人のようにくたびれていないか? そんな顧問からの痛烈な評価をいただいてしまった。まあ俺の悪筆は自分でもしっかり自覚しているから、 別にどうこう思ったりはしないんだが、こっそりと朝比奈さんにまで同意されてしまったのは、ショックだったのは言うまでもない そんな俺に谷口が腹を抱えて笑いやがるもんだから、ならお前が書いてみろとやらせてみたところ、 ――君の字は煩悩でゆがんでいる。 まさに的確な指摘に、部室内が大爆笑に包まれてしまった。当の谷口は口をへの字にして顔をしかめていたが。 だが、鶴屋さんの豪快なのわっはっは!という笑いに加え、朝比奈さんも可愛らしくクスクスと笑みを浮かべていたのを 見れたことに関しては谷口に大きく感謝しておこう。口には出さないがね。 ◇◇◇◇ そんな日々が一週間続いたある日のこと。 俺とハルヒ、それに朝比奈さんは部活動を終えて下校の途に付いていた。すっかり日も傾き、周囲がオレンジ色に包まれている。 3人は和気藹々と談笑しながら――まあ、ハルヒは相変わらず朝比奈さんにことあるごと抱きつく・いじくりまわすなどの 破廉恥行為を加えながら――歩いていた。 「でも涼宮さんは凄いです。入ったばっかりなのに、もう他の部員の人たちと同じレベルになっているんですから。 顧問の先生もあと今のペースで旨くなっていけば、あと一ヶ月もかからないうちに完璧な作品が描けるようになるって 言っているぐらいですから」 「当然よトーゼン! あたしは一番でないときが済まないの。それがあんな墨で字を書くだけの地味なものであっても 妥協は一切なし! 絶対にコンクールだろうが何だろうが一番を取ってみせるわ!」 やれやれ。こいつのスーパーユーティリティプレイヤーぶりを発揮すれば、本気で書道家級に達しかねないから なおさらたちが悪い。ま、こういう才能のある人物というのはどこかしら人格に欠点があったりするものだから、 ハルヒにぴったりと言えるかもな。いや、ハルヒは最低限の常識はきっちりわきまえているから、真の意味での芸術家には なれなかったりするのか? よくわからん。 「それに比べてキョンや谷口の成長しないことったらもう。あんたたちやる気あるわけ? 国木田を見習いなさいよ。 あたしには及ばなくても着実に腕を伸ばしているわよ。あいつ、何だかんだできっちりやるタイプだから」 「お前と一緒にするな。ついでに部活動の目的を完全にはき違えている谷口とも一緒にしないでくれ、マジで」 俺とハルヒも朝比奈さんに近づくという点では、谷口と大差ないように見えるかも知れないが、あいつは煩悩100%で 入部したんだから根本が完全に違う。大体、一応まじめに練習している俺とは違って、ぼーっと女子部員の姿を 鼻の下伸ばして追いかけている時点であいつは論外と言っていい。 ……まあ、朝比奈さんに関してはそのお姿をフォーエバーな視点で見つめていたいという気持ちは、大きく同意しておくが。 「そう言えばみくるちゃん。今日は部活に遅れてきたけどなんかあったの?」 「ふえ? え、ええっと大したことじゃないんですけど、クラスで用事があったので……」 「ふーん」 聞いてみたものの、どうでも良さそうな返事を返すハルヒ。 そういや、珍しく朝比奈さんが部活に遅れて顔を出していたな。まあ、ここの書道部は体育会系みたいに 時間厳守だとかそんなのはないからとがめられるような話ではないが。 そんな話をしながら、俺たちは長い下り坂も中盤にさしかかった辺りで気が付く。この下り坂の終着地点には 自動車通りの多い交差点があるんだが、そこの歩道で一人の北高男子生徒が中年ぐらいのおっさんと言い争いをしている。 なんだトラブルか? 若いから血の気が多いのは結構だが、マスコミ沙汰にするのは止めろよ。学校の評判――ひいては 生徒たちの迷惑になるからな。 「ん? アレってこないだ助けた男子じゃないの?」 「なに?」 ハルヒの何気ない一言に俺は目を細めてそいつの姿を追う。しかし、俺には北高生徒ぐらいしか判別できないぞ。 一体どんな視力をしてんだ、お前は。 「これでも視力には結構自信があるのよね」 フフンと得意げに胸を反らすハルヒ。まあ、ここでハルヒが嘘を言う意味なんて無いし、そういう事はしない奴だから、 あれはこないだ助けた男子生徒なんだろう。何をやっているんだ? しばらくするとケンカ別れするようにその男子生徒は悪態を付きながら、横断歩道を渡ろうとする――いやまて! 今、その横断歩道の信号は赤だぞ。しかもでかいトラックが接近中だ。 しかし、男子生徒も危うくそれに気が付いたようで、飛び跳ねるように歩道まで戻った。あぶねーな。 一歩間違えれば俺が何で助けたのかわからなくなったところだった。 だが、まだ終わりではなかった。驚いたのに合わせて、さっきの言い争いによるイライラ感が増幅したのか、 近くにあった時速制限の標識――数メートルの高さに丸い奴がくっついているアレだ――を思いっきりけっ飛ばした。 なんだあいつ、実は素行の悪い野郎だったのか? それが仇となった。蹴ったことにより少しイライラが解消されたのか、そいつはまた横断歩道の前に立ち、 信号が青になるのを待ち始めた。そこでそいつは気が付いていなかったが、俺の場所からはあることが見えた。 けっ飛ばした時速制限の標識が不自然に揺れ動き、めりめりと音を立てて男子生徒の方に倒れ込んできたのだ。 しかも、ギロチンか斧のように標識が盾となった状態で襲いかかる。そういや、犬のションベンで標識やミラーの根元が 腐食して勝手に折れたという事故を聞いた憶えがある。 その音に気が付いたのか、男子生徒がちょうど振り返ったのと同じタイミングで、そいつの真正面を標識が通過した。 豪快な音を立てて、標識が歩道の上をバウンドする音が耳をつんざく。 俺は息を呑んだ。あの重さのものが頭や身体に接触すればただでは済まない。最悪命を落とす可能性も…… ふとそいつがあまりのことに驚いたのかふらふらとおぼつかない足で動き始めた。一瞬こちら側を振り返った姿を見ると 本当に数ミリ程度の誤差で身体には触れず、制服の腹の部分が避けているのが見えた。どうやら無傷らしい。 なんて運の良い奴だ。 だが、相当驚いたようで錯乱状態になって千鳥足で事もあろうか車道に侵入して、そこに通りかかったトラックに ぶつかってしまう――とは言っても、正面からではなく走っているトラックの側面に男子生徒の方から接触したと言った方がいい。 そのため致命傷にはならず勢いでくるくると回転して車道に倒れ込んでしまった。 そこに今度は普通の乗用車が突っ込んでくる。 「きゃあ!」 誰かの悲鳴が聞こえてくる。恐らく近くを歩いていた通行人のものだろう。このままでは自動車にはねられる―― キキーッとタイヤの鳴く音が一面に広がった。運転手が必死にハンドルを切りブレーキをかけたため、あと数十センチの というところで男子生徒を轢かずに停止した。 まさにぎりぎり。危機一髪。もうどんな言葉を並べても表現しがたい状況だろう。死の危機の連鎖をあの男子生徒は 全て乗り切ったのだ。 「……よかった」 ハルヒの声。俺たち3人とも気が付かないうちに立ち止まり、それを見つめていた。 男子生徒はようやく正気に戻ったのか自力で立ち上がり、ふらふらと歩道の方へ戻っていく。やれやれ。 自分のことでもないのに寿命が何年分も縮まったぞ。勘弁してくれよ。 ――がちゃん! 突如不自然な金属音が辺り一面に広がった…… 俺もハルヒも唖然として固まる。 男子生徒がふらふらと立った歩道。突然、そこに鉄の板が降ってきたのだ。見れば、男子生徒の正面にあったビルの屋上に あった看板がなくなっている。 ……つまり突然看板が落下して、男子生徒を押しつぶした。これが今目の前で起きたのだ。 そこら中から悲鳴が巻き起こった。度胸のある数人の通行人が男子生徒の無事の確認、あるいは救出のために 落下した看板の周りに集まってくる。中にはすでに携帯電話で救急車の手配をしている人もいた。 だが、もう無理だろう……看板の周囲には漏れだした男子生徒のおびただしい血液が広がり始めていたんだから。 俺はこの結果を見ても、決してハルヒにもらった予知能力を使おうとは思わなかった。昼間に受けた説教のためじゃない。 次々と襲ってきた危機からとどめの一発まで完全に二分を超えていたからだ。つまり今二分前に戻っても、 もう惨劇の序章は開始されている。しかも、場所が離れているためどうやってもまにあいっこない。 ここで俺ははっと気が付いた。呆然としているハルヒはさておき朝比奈さんがこんな過激なスプラッタ劇を見たら、 卒倒すること相違ない…… だが。 朝比奈さんは何も反応していなかった。 うつろな目でその惨劇の現場をただじっと見つめているだけで。 ~~涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(中編)へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2419.html
涼宮ハルヒのデリート 誤解なんてちょっとした出来事である。 まさかそんなことで自分が消えるなんて夢にも思わなかっただろう。 キョン「あと三日か・・・。」 キョンつまり俺は今、ベッドの上で身を伏せながらつぶやいた。今を生きることで精一杯である。 なぜ今俺がこんなことをしているのかというと、四日前に遡ることになる。 ハルヒ「キョンのやつ何時まで、団長様を待たせる気なのかしら?」 いつもの集合場所にいつもと変わらない様子で待っているメンバーたち。 団長の話を聞いた古泉が携帯のサブディスプレイをみる。 古泉「まだ時間まで五分あります。」 と、団長に伝える。 ハルヒ「おごりの別に、罰でも考えておこうかしら。」 っと言ってSOS団のメンバーは黙り込んだ。誰一人として口を開こうとしない。その沈黙を破ったのは、ベタな携帯の着信音だった。 ハルヒ「あとどれぐらいで着くの?団長を待たせたんだから・・・」 っと言われ「一方的に電話をきった。ベタな展開だったら俺が切るのだが、なにしろ相手があのハルヒだから仕方がない。 かわりに古泉に電話をかけた。 古泉「僕に電話とは、あなたも罪な人ですね。涼宮さんが嫉妬しますよ。」 ウザイ、何勘違いしてんだこのホモ男。 古泉「冗談です。僕に電話をかけたぐらいですから、何か理由があるのでしょう?」 やっぱりコイツと話すのは少し気が引けるな。 キョン「今日は、急用があるから探索にはいけないとハルヒに伝えてくれ。」 古泉「その用とは?何の事ですか?」 キョン「どうしても言わなくてはいけないのか?」 古泉「・・・。まあ別にいいでしょう。あなたの休日まで追及はしません。」 キョン「じゃ、頼むぜ。」 電話のやり取りを終えた古泉はハルヒに用を伝えた。 ハルヒ「仕方がないわね。じゃあ、今日は二人のペアで北と、南に分かれて不思議を探しましょう。」 ~ハルヒ視点~ ハルヒとペアになった、いやなってしまった朝比奈さんは午前中ずっとハルヒの不機嫌オーラを感じ、おびえながらハルヒの後についていったそうだ。 午前中の散策が終わりいつもの場所へ向かう途中朝比奈さんがあるものを発見してしまった。 みくる「あれって、キョンくんじゃないですか~~?」 ハルヒは朝比奈さんの指す方向に素早く振り向いた。 ハルヒ「散策をサボっておいて、何をやってんのかしら?」 しばらくハルヒが何かを考えていると思うと、頭の上の電球が光った。 ハルヒ「キョンを尾行するわよ、みくるちゃん。キョンの休んだ理由がわかるし、不思議なところへいけるかも知れないし。」 みくる「で、でも~~、長門さんと、古泉くんのことはどうするんですか~~?」 ハルヒ「そんなの後で電話しておけばいいじゃない。」 っと言って、彼の尾行を始めた。何度かみくるちゃんから「やめましょうよ~~。」っと言われたがすべて無視した。 彼の行き先はいつもの駅から一駅離れたところだった。 ハルヒ「なんでわざわざこんなところにくるのかしら・・・。」 みくる「やっぱり、やめませんか~?キョンくんには彼なりの事情があると・・・。」 言いかけていた彼女の口をふさいだのは、ハルヒの手だった。 みくる「何するんですか~?」 ハルヒ「誰かに手を振っているわ。ここからじゃよく見えないから別の場所へ移動しましょう。」 っといってハルヒは朝比奈みくるの手をとり移動した。 みくる「あれって、女の人じゃないですか~?」 ハルヒの目に移ったのは、キョンが親しげにその女性と話しているところだった。 そして、気づいたらそこから走って逃げ出しているところだった。 走るのをやめて歩いていると、後からみくるちゃんが追いついてきた。 みくる「きっと彼女じゃないと、思いますよ・・・。」 ハルヒ「あったりまえじゃない、あのキョンに彼女ができるわけないじゃない。ただ少し暗くなってきたから早く帰りたいなと思って・・・。」 わかりやすい嘘をついてしまったと思い、すこし悔しがった。駅あたりで二人が別れた。 ハルヒの後姿はどこか悲しげな表情にみえたそうだ。 ~キョン視点~ 妹のダイブによって起こされた俺は、いつもの強制ハイキングコースを心行くまで楽しんでいた。 学校にいく間、谷口のナンパ話を聞かされた。まったく飽きないやつだ。 谷口「でだな、やっぱりゲーセンのやつらを狙うのはよくなくてでなあ・・・。」 キョン「お前のそのナンパ話はこうで96回目だ。」 っと口を挟む。まったく朝から暑苦しいやつだ。熱心に語ってきやがる。 谷口「そういや、お前なんで土曜日の探索に行かなかったんだ?」 キョン「・・・。なんで、お前が知ってる?」 谷口「ギクッ!!!忘れてくれ・・・。」 そんな話をしているとすぐに学校に着いた。靴を履き替え教室に向かうと、何から話そうか考えた。誰にって、そりゃハルヒにきまってんだろ? 絶対追求してくるに違いない。 しかし、予想に反してハルヒは何を言ってこなかった。それどころか、教室に入ってきた俺をまるで何もいないかのような反応を見せた。 キョン「ど、土曜はすまなかったな。急に休んだりなんかして・・・。」 しかし、ハルヒは何の反応もしない。気まずい、ククラス全体が注目してる。 キョン「休んだ事を怒ってんのか?」 ハルヒ「・・・・・・。」 無反応のハルヒに気まずさを感じていたら、チャイムがなりホームルームが始まった。 まったく、休んだぐらいでそんなに怒るかよ・・・。 結局午前中はハルヒと何も話さず、不機嫌オーラを受け続けていた。 昼休みは教室を抜け出しどこかへいってしまった。 谷口「お前、涼宮になんかしたか?」 キョン「いや、何もしていない。何で怒っているか知りたいぐらいだ。」 本当に何を怒っているんだろうな、ハルヒのやつ。 そして授業の終わりに二人のムードに耐え切れなくなった谷口が、あろうことかハルヒに話しかけてしまった。 ハルヒ「何よ谷口。あんた宇宙人でも見たの?」 じとっとした目で、谷口を睨む。 谷口「キョンと喧嘩するのはいいが、クラスのムードまで暗くするな!」 っと強気で言った。ああ、谷口、お前死んだな。相手を考えろ、相手を。 しかし返ってきた返答は、最悪なものだった。 ハルヒ「キョンって、誰?」 教室が完全に凍りついた。その中を凍らせた原因のハルヒが通りすぎていった。 マジかよ? なにかあったかも知れんと思い、逸早く部室へ向かった。 キョン「長門!これは一体どういうことなんだ?」 俺は部室の隅で静かに本を読むインターフェイスに問いだした。しかしまた返って来た返答は最悪だった。 長門「あなたが悪い。」 ・・・・。俺は言葉を失った。一体何をしたんだというのか。あの長門からこの言葉を言われると正直つらい。 すると後ろから古泉が入ってきた。 キョン「お前ならわかるか?俺がハルヒから無視されている理由。」 よく考えてみれば、長門がああ言っているのだから古泉に聞いても仕方がなかった。 ふわりと自分の体が倒れるのを感じ、殴られたとわかった。我ながら格好悪い。 古泉「あなたがそんな人だったとは、失望しました。涼宮さんが無視するのもよくわかります。」 一体どういうことだ。何が起こっている?これもまた異世界なのか? とりあえずこの日は家に帰った。あんなことを言われてあの場にいれるほど、俺も狂っちゃいない。 一体何が悪いのか考えているうちに眠りに入った。 朝だ・・・。妹のプレスを食らう前に起きた。とりあえず再びハルヒに誤っておこうと思い学校へ向かった。 向かう途中ずっと考えていた。そもそも俺をいないものだと言うほど嫌っているのに、どうやって誤ればいいのか。 それに理由もわかっていない。・・・そうだ、朝比奈さんに聞こう。 昼放課に朝比奈さんを呼び出した。 キョン「あの、俺って何かハルヒに悪い事いしましたか?」 真剣な口調で話す。彼女なら何か知っているのだろうか? その言葉に驚いたような様子をみせ、真剣な顔つきで話始めた。 みくる「あの、始めに言っておきます・・・。」 キョン「はい?」 みくる「ごめんなさい。」 パ~ンという音が響いた。そう、ビンタされた。そして朝比奈さんはどこかへいってしまった。 あの、朝比奈さんに殴られたのは相当ショックだった。 結局午後の授業にはでずに欠席した。この日は何もかもにやる気がでず。ベットで眠ることにした。 朝、自分の体の異変に気づいた。 -あと3日で自分は消える 何でわかるかって?分かってしまうからしょうがない。これしかないな。 今の状況に絶望した自分は学校を休んだ。だってあと三日で死ぬとわかっていて何をすればいいかなんかわからん。 夕方、古泉が家を訪ねてきた。しぶしぶ話を聞くことにする。 古泉「いい加減にしてください。とにかく明日、涼宮さんに謝る事です。何度閉鎖空間を潰したことか・・・」 キョン「・・・。俺が何をしたっていうんだ?」 古泉「とぼける気ですね。まあ、いいでしょう、言ってさしあげますよ。先週の散策あなたは休んだ。そしてわざわざ僕たちから離れるようにして彼女に会った。それに対して涼宮さんは失望しているのですよ。」 キョン「待て!それは・・・。」 古泉「ともかく、明日は学校に来て謝ってください。それで済むことですから。」 俺は終始まともな話ができず、家に戻った。 「あと三日か。なんとしてでも・・・」 彼女に会っただと。とんだ誤解だ! 次の日は一日中ハルヒにかけた。全て無視されて、だんだん自分が消えていくのを感じ、孤独感に襲われた。 手紙をつかってみたりもしたが、やはり無視された。 ・・・。一体全体どうなっているんだ? 帰り際、しかたなく古泉と少し話をすることにした。 キョン「全て無視されている。もう俺が消えたみたいに。」 古泉「どういうことです?もう、とは?」 キョン「古泉、俺はあと二日、いや明日いっぱいまでしか生きられない。」 古泉「・・・。なんで分かるのですか?」 キョン「分かってしまうのだからしょうがない。っということだ。」 古泉「・・・なるほど、どうですか。僕の憶測ですが・・・、土曜にあなたが彼女にあったことが原因でしょう。」 キョン「そのことなんだがな・・。実はそれお袋なんだ。俺の。」 古泉「!?・・・それが本当ならものすごい間違いですね・・。」 キョン「まあ、俺の親は若いときに俺を生んだからな。」 古泉「で、その誤解により、あなたに失望し悲しんだ。あなたがいなければ悲しまなかったのに、とでも考えたのでしょう。」 キョン「だったら、すでに消えているべきじゃないのか?」 古泉「そうですね、あなたに謝ってほしかったのではないんですか?」 キョン「・・・(違うだろ)。まあそんなことよりこれからどうするかだな。」 古泉「そうですね。今のままでは、この世界にも失望して改変されかねませんからね。」 キョン「しかし、俺の書いたものまで目にはいらないとなると、どうすればいいんだ?」 古泉「分かりません。でも、あなたのやる事を信じたいと思います。」 いつまでも本当にクサいやつだな。しかも顔が近い、キモイ。どけろ 古泉「僕にできることがあれば、何でも協力しますよ、親友として。」 キョン「わかった。」 っといって別れたのはいいがさっぱりどうしたらいいのかわからん。 このままでは、本当に消えてしまう。何かいい方法はないのか? 長門に頼るか?いや、今回は自分で考えるべきか? 人間はこういう大事な日に限ってすぐに寝てしまうものだ。 次の日結局何も浮かばず、半日をすごしてしまう。 今いるのは部室だ。ここでなんとかしなければ、消えてしまう。 ふいに長門が何か語ってきた。 長門「あなたはもう答えを知っているはず。答えは過去にあり、現在に関係する。」 そのことを信じていいんだな、長門。・・・。 最後になるかもしれない部活は、ハルヒに俺が認識されないまま終わった。 帰り際、あるひとつの答えにいきついた。唯一の接触できるチャンス、そして最後の切り札。 キョン「古泉、親友としてのお前にひとつ頼みがある。」 古泉「なんでしょう?できる限りのことをいたしますよ。」 キョン「それはだなぁ、夜に東中にきてくれと手紙にかき、渡しといてくれ。」 古泉「なんのことだか、分かりませんが、それが望みならやっときます。」 そう答えは今日という日つまり七夕。答えは三年前。 東中に着くとハルヒをベンチで待つ。懐かしいな、この場所。丁度暗く顔をしっかりと見えない。 しばらくするとフェンスを乗り越え、ハルヒがやってきた。 ハルヒ「やっぱり、ジョン・スミスだったのね。」 そう、最後の切り札はこれだ。そして予想どうり接触することができた。 ジョン「どうだ、高校は?」 するとハルヒ今までの活動を話始めた。 ハルヒ「やっぱり、宇宙人はみあたらないわね。でも、SOS団っていうね・・・。」 俺も、(俺は話から消えていたが)今までの活動を思い出していた。 ハルヒ「ジョン泣いているの?」 俺の顔には涙が流れていたらしい。あと十五分の命だ。 ハルヒ「私何か大事なことを忘れている気がする。」 ふいにハルヒが言ってきた。思い出してもらうチャンスかもしれない。 ジョン「今からいうことを真剣に聞いてくれ。」 ハルヒはキョトンとした顔だったが、気にせず話をつづける。 キョン「昔、キョンと呼ばれていた男がいた。彼は普通の人生に飽きていた。そこに自分と同じ考えの女の子が現れた。 彼女は不思議を追い求めて彼を振り回した。しかし彼はそれを迷惑と思わず、むしろ自分の人生が楽しくなるのを感じた。・・・」 もう涙が止まることはない。 ジョン「しかし、ちょっとした誤解で二人はもう二度と会わなくなってしまった。」 ハルヒ「それがジョンあなたなの?」 ジョン「ああ、SOS団か・・・楽しかったな。」 嘘と真実がまざりメチャクチャになってきた。 ハルヒ「わたしが忘れていることって、まさか?」 ばらばらだったピースが合わさった。しかしもう時間がない。 ハルヒ「女の子はわたしなのね。」 キョン「ああ、誤解が解けないのが残念だったな。」 ハルヒ「・・・。」 キョン「ハルヒ、約束してくれ。俺がいなくてもこの世界に失望しないことを。」 ハルヒ「・・・、わかった。って、何その死ぬ前みたいな言葉。それに体が・・・」 体が消えてきた。くそ!時間がない。 キョン「じゃあな、ハルヒ。消える前にお前のポニーテールが見たかった・・・。」 こうして俺、キョンはこの世界から消えていった。 思えば、普通の高校生として生きていくよりはよかったんじゃないのかと、思えた。 その後ハルヒは古泉から誤解について説明された。 俺が消えた世界では、俺の体は残っていないので失踪っということになっている。 妹よ、兄が消えた事に悲しんでいるか? 世界が改変されることが起こらず、いやそれどころか閉鎖空間すら発生しなかったそうだ。 SOS団は今も健在しており、ポニーテールの団長様はなんとかやっているようだ。 ハルヒ「・・・。あれから一ヶ月ね。本当にどこへいったのかしら・・・。」 ハルヒが俺の席をみてつぶやく。 みくる「・・・・。きっと帰ってきますよ。」 ハルヒ「でも、目の前で消えていくのを見たのよ!わたしだって信じたい、帰ってくると。」 古泉「いい加減にしてください!] 急に叫んだ古泉に、二人は意表をつかれた。 古泉「そんなこといっていたら、彼が帰りづらいじゃないですか。」 部室が静まりかえった。・・・・。どういうことだ? 古泉「実はですね。先日警察に身柄を確保されましてね・・・。」 っといって、ハルヒに新聞を渡す。確かに新聞には俺の写真がうつっている。 古泉「いると信じなくては、いるものもいあくなってしまいますよ。」 するとハルヒの顔にいつもの120ワットの笑顔が戻った。 次の日、俺はベットの上で横になっていた。 なぜ俺がこの世界に戻ったのかというと簡単なハルヒの思い込みだ。 まったく便利な能力だな。まあそれのせいで、消えていたわけだが・・・。 さてまずは最初に一ヶ月の幽霊生活。これでもハルヒ話してやろうかな。
https://w.atwiki.jp/yuriharuhi/pages/102.html
その日、文芸部に一番乗りでやってきたのはこの私、涼宮ハルヒだった。 最初は有希よりも早く来たことが新鮮だったけれど、それだけだった。 「あーあ、早く誰か来ないかしら」 足をバタバタと動かしながら、暇を持て余す。 パソコンを起動してはみたけど、ネットサーフィンなんて気分でも無い。 結局、すぐに電源を落とすとマウスを置き、一人で愚痴を口にする。 「だいだい、この団長であるこの私を待たせるなんて、みんな弛んでるわ。 全く、これはお仕置きが必要ね!」 言い終えて、はあ、ため息を漏れた。 無理矢理にテンションを上げようとしたけど、どうやら無理のようだ。 待たされる腹立たしさよりも、一人の寂しさが勝ってしまっている。 自分で思っていたよりも、ずっと自分が寂しがりやなんだと気付いてしまった。 「本当に、誰か来てよ」 そんな呟きが、自然に口から出てしまう。 その時、それまでの静寂を打ち破るかのように、ドアが勢いよく開いた。 「やっほー、鶴屋さんが遊びに来たっさ!」 宣誓でもするかのよに右手をあげ、元気よく入ってきたのは鶴屋さんだった。 「あっれー、ハルにゃん一人かい? めがっさ珍しいねっ」 予想外の人物だったけど、嬉しい来訪であることには間違いない。 いつの間にか笑顔になっていた私は、鶴屋さんを歓迎する。 「そうなのよ! 全くみんな弛んでるわね。そう言えば鶴屋さん、みくるちゃん知らない?」 確か、鶴屋さんはみくるちゃんと同じクラスだったはずだ。 鶴屋さんだけ来たということは何かあったのかもしれない。 「みくるなら先生に用事を頼まれて連れて行かれたよっ! だから鶴屋さんが代わりに遊びに来たわけさっ」 私よりも教師を優先するなんて、やっぱり弛んでる。 しかし、理由はどうあれ鶴屋さんが遊びに来てくれたことは嬉しかった。 「まあ、立ったままじゃなんだから座ってよ」 「それよりも聞きたいことがあるんだけど、いいかなっ?」 鶴屋さんは私が勧めたパイプ椅子を拒否する。 「聞きたいこと?」 「みくるに聞いたんだけど、女の子が好きって本当かい?」 「な、な、なんでそれを!」 あの子、なんてこと言ってるのよ! そりゃあ、秘密にしようなんて言ったことなかったけれど。 みくるちゃんの性格からして人に話すとは思わなかったけど、どうやら私の予想は外れていたらしい。 「ふふん、その反応を見ると本当みたいだね!」 鶴屋さんを八重歯を見せて、にやり、と口に出して笑って見せた。 「そ、それは、その」 なんと言って誤魔化すべきか、それとも素直に認めるべきか。 動揺から言葉が上手く出てこない。 「いやあ、お姉さんにも早く言ってほしかったね! そしたらもっと早くハルにゃんとこんなことできたのに」 鶴屋さんは慣れた手つきで私の首に手を回すと、抵抗する間も無いほどの早業で私の唇を奪う。 「ぷはあ、奇遇だねハルにゃん。実は私も女の子めがっさ大好きなのさ!」 鶴屋さんはあっけらかんと自分の宣言すると「さて」と私の制服に手をかけた。 「ちょっと、鶴屋さん!」 「大丈夫っさ。さあ、観念するにょろ」 胸のリボンが片手で器用に外された、その時だった。 「観念するのはあなた」 いつの間にか開かれていたドアの向こうには有希の姿がそこにあった。 心なしかわずかに怒っているように見える。 「あっちゃー、有希っ子が来ちゃったか。ハルにゃん、お楽しみは次回に持ち越しだねっ!」 「次回は無い。彼女は私のもの、あなたのものにはならない」 「んー、言うねえ。でも残念だけど、ハルにゃんは私が盗っちゃったのさ」 有希は無言で私に向かって歩いてくる。 「有希、これは、その」 弁明しようとする私を無視して、私の首にかけられた状態になっているリボンを引っ張る有希。 当然、私も首も一緒に有希の方へと引っ張られる。 そして、私と目線が同じ高さになると、そのまま唇を合わせてきた。 「取り返した」 ちょっと、待ちなさい! なんでキスしたら自分のもの、みたいな流れになってるのよ! 「じゃあ、間をとってみんなのものってことにするにょろ」 「認めない。私のもの」 「うーん、有希っ子は以外に独占欲が強いねえ」 「違う。涼宮ハルヒは独占されたいと願っている。私は彼女の意志を尊重しただけ」 どう考えても私の意志が尊重されていないそのやり取りに口を挟もうとしたその時、 こんこん、と控えめに扉を叩く音が聞こえてきた。 「あのう、お取り込み中でしょうか?」 わずかに開いた扉の隙間から、みくるちゃんがこちらを覗いていた。 「お、ちょうどいいところに来たねえ。今、ハルにゃんの取り合いをしてたところさっ! みくるも参加するにょろ」 鶴屋さんは今の事態を完全に楽しんでいるらしく、愉快そうに私を背後から抱きしめた。 「え、涼宮さんの取り合いですか?」 「みくるちゃん、そんなの本気にしちゃだめよ。って、鶴屋さんどこ触ってるのよ!」 「ハルにゃんのおっぱい! いい形だねっ!」 悪びれもせず、背後から私の胸を勝手に揉みしだく鶴屋さん。 みくるちゃんがその様子を羨ましそうに見ているのは気のせいだと思いたい。 「はわあ、涼宮さん、すごいです」 止めさせようと口を開こうとしたが、それは有希の口によって強引に塞がれてしまう。 こうなったら無理矢理にでも振りほどこうとするも、口内と胸への心地よい刺激が私から反抗の意思を奪っていく。 頭が蕩けていくように、今自分が何をされているのかが分からなくなっている。 有希の下が引き抜かれたときには、私はすっかり快楽で腰の抜けた状態になっていた。 同時に、口内に物足りなさを感じていた。 「朝比奈みくるは行為の参加を拒否している。よって涼宮ハルヒは私のもの」 ずっと見ているだけのみくるちゃんに気がついたのか、有希がまた私の所有権を主張し始めた。 「そ、それはダメです!」 「何故?」 「決まってるっさ!みくるもハルにゃんが欲しいからっさ」 「そ、そうなんです」 「諦めるべき」 「いやです!」 私を置いて繰り返される私の所有権論争。 いや、そもそもSOS団の団長である私が団員の所有者であるべきじゃないかしら。 腰の抜けて歩けない私が現実逃避気味にそんなことを考えていると、 いつの間にか話がまとまったのか、みくるちゃんが私の前まで来ていた。 「ごめんなさい!」 みくるちゃんはそう言うと、両手で支えるように私の頬に手を当て、口を触れ合わせた。 最初は恋人同士が始めてするように初々しく、次にゆっくりと舌が私の唇をこじ開けてくる。 先ほどまでの有希とのキスで物足りなさを感じていた私は求められるままに、舌を絡め合わせた。 「これで、私のものですよね?」 長々と続いたキスが終ると、みくるちゃんが有希と鶴屋さんに向って言った。 しかし、すぐに有希が私を取り返そうとばかりに、キスを求めてくる。 みくるちゃんはそれに負けじと、私を抱きしめ、便乗して鶴屋さんと体をいやらしく触ってくる。 そんな行為が延々と繰り返される中で、私の堪忍袋の緒が切れた。 「いい加減にしなさーい! 私は誰のものでもないのよ、私は私のもの! あなたたちがSOS団団長である私のものなのよ、わかった!?」 途端に静まり返る三人。 少し可哀想かとも思ったけど、このまま物扱いされてセクハラ地獄なんて冗談ではない。 そんな中、最初に口を開いたのは有希だった。 「わかった。団員として、あなたに奉仕を行う」 はい? 有希はそう言うと、先ほどまでより少しだけ優しく私の唇を奪ってきた。 「じゃあ私も奉仕させてもらうかなっ!」 「がんばります」 それに続けてばかりに、自称奉仕を行う二人。 結局、私が誰のものであろうと何一つ変わることは無かったようである。 いい加減、抵抗する気も失せた私は素直に快楽に身を任せながら、 こんな団長生活も悪くないのかもしれない、などと思うのだった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1298.html
長門ふたり 第六章 ハルヒ、古泉に恋す。 とある日曜日。僕は長門さんのマンションに呼び出された。何の用事かは 知らされていない。今朝、起きるといきなり長門さんから携帯に電話が入り、 「来て」 とただ一言告げただけで切れた。かけてきたのが長門さんAなのかBなのかは 電話では知りようが無いが、とにかく、呼び出されたからには行くしかないだろう。 マンションの入口で長門さんの部屋のルームナンバーを押し、オートロックの 鍵を解除してもらってからマンションに入る。エレベーターで上り、 部屋のドアをノックして入れてもらう。部屋の唯一の調度であるこたつの右に 長門さんAが左にBが座り、真中に僕が座った。 長門さんAが切り出す。 「あなたの言う通り、わたしたちは彼を共有した」 「助かっています」 「しかし、この状態は問題がある」 「と言いますと?」 「彼の注意のほとんどが涼宮ハルヒに向いている」 はあ、それはそうだろうな。壁でおとなしく本を読んでいる地味目の 美少女と、放っておいたら世界を破壊しかねない派手目の美少女の どっちが気になるか、といえば後者だろうし。 「お気持は解りますが、こればっかりはなんとも」 「わたしたちもそう思っていたが間違いと気づいた」 「どう間違っているのですか?」 「彼の注意を涼宮ハルヒからそらす方法がみつかった」 「それはそれは。彼の脳を改変しますか」 「それはあまり好ましくない」 「では、どうされるのですか?」 「彼の注意が涼宮ハルヒに集中しているのは 涼宮ハルヒが彼に固執していることの裏返し」 確かに。ヒューマノイドインターフェイスも有機生命体の心理について 研究がかなり進んだんだな。 「涼宮ハルヒの注意を他に向ける」 「なるほど、それは考えませんでした。それならば...」 「涼宮ハルヒの注意があなたに向くように脳の改変を行った」 「今、なんと言われましたか?」 「通俗的な言語で言うと『古泉一樹が好きで好きでたまらない』状態に誘導した」 「ちょっと待ってください、そんなことを勝手に...」 僕はつい最近、長門さんがダブル改変した世界での僕と涼宮さんの 関係を思い出した。みんなが見ているところで弁当を食べさせあう仲。 放課後に毎日、あんなことやこんなことを繰り返す仲。 「あなたが心配しているようなことは何も起きない。大丈夫」 「しかし...」 「これは、朝比奈みくる流に言えば『既定事項』。拒否するなら 彼を共有すると言うあなたの提案も拒否する」 僕は彼の二重化を思い出した。それはそれでひどく困る。 「これで話は終わり。帰って」 僕はマンションを追い出されてしまった。 涼宮さんの様な美少女と「深い仲」になるのはほんとうは 満更でもないことなのかも知れないが、こと、相手が涼宮さんとなると ちょっと大変すぎる。毎日、弁当を食べさせあわないといけないのだろうか? みんなが見ている前で。頭がいたい。 次の日、うわべではいつもと同じ作り笑いを浮かべながら、その実、 緊張しながら文芸部室のドアを開けた僕の目に飛び込んで来たのは、 僕の姿が目に入った途端、にやりと笑うと僕の方にとんでやってくる 我等が団長さまの姿だった。 「古泉くん、次のみくるちゃんの衣装、何がいい?」 いまだかつて、僕は意見など求められたことなど一度もない。 いつも何か意見を求められているように見えないでもないかも知れないが、 実際には同意しか期待されてないのだから、あれは違う。 それにしても、顔近付けすぎですよ、涼宮さん。 「考えといて。あと、ホームページのメンテは今日から古泉くんに やってもらうことにしたから。そうそう、忘れるとこだったけど、 副団長は今日からキョンにやってもらうことにしたわ。 悪いけど古泉くんは格下げね」 何か話がおかしい。涼宮さんは『僕が好きで好きでたまらなく』なったんじゃ なかったのか?じゃあ、なぜ、僕に次々とつまらない用事をいいつけるのだろう? 僕に恋しているようには全く見えないが....。 「古泉くん、早速だけど、今日、有希の部屋で鍋パーティをすることに決まったから このリストにある食材を買って有希のマンションに持ってきてくれる? あ、代金は立て替えておいてね」 渡されたリストはA4サイズの紙一枚分あり、その全てを買い揃えて 長門さんのマンションに持っていくのは半端ではない大変な作業だった。 にも関わらず、長門さんのマンションに青息吐息でやっとたどりつた僕に 涼宮さんは一言 「古泉くん、遅い!」 と言い放っただけだった。 次の日から涼宮さんの挙動はすっかり様変りした。まず、朝比奈さんをいじめるのを わざわざ僕がいるときを選んでやるようになった。僕が止めにはいると本当に うれしそうに僕にくってかかった。彼はと言えば 「いいアイディアだと思うぞ、ハルヒ」 とか 「全くそのとおりだな、ハルヒ」 などとお気楽に、先週まで僕が口走っていたセリフそのままに口走っている。 そう言いながらにやりと僕の方をみて笑う彼をみるとむかっ腹がたった。 それでやっと、なぜ彼がしょっちゅう僕の方を見て苦虫を噛みつぶしたような 渋い顔をしていたのか解るようになった。本当、これって頭に来るな。 「古泉くん、あれやって」 「古泉くん、これやって」 と涼宮さんはなんでもかんでも僕に言いつけて僕をこき使うようになった。 僕はとうとうへとへとに疲れ果てて、どう頑張ってもいつもの作り笑いすら できなくなり、彼がよくしていたように文芸部室の机につっぷして 居眠りをするようになった。 おかしい。絶対に変だ。涼宮さんは『僕のことが好きで好きでたまらなくなった』 んじゃないのか?だったら、なんで僕にこんなにつらくあたるんだ。 彼はと言うとすっかり時間を持て余し、長門さんの目論見通り、 彼女の隣に座ったりするようになった。よく解らないが、 無駄話などとも交わすようになったようだ。 涼宮さんの脳の改変は何かが間違って失敗したようだけれど、 彼ともっと交流したいと言う長門さんの希望は見事に 適っていた。 長門さんが涼宮さんの脳を改変してから二度の目の金曜日が来る頃には 僕は歩けない程へとへとに疲れきっていた。 涼宮さんの僕に対する要求は留まるところを知らず、エスカレートする ばかりだった。もう限界だ。その日、涼宮さんが 「古泉くん、ちょっとあれと....」 と言いかけたとき、僕はとうとうこう言わなくてはいけなくなった。 「すみません、涼宮さん。僕はへとへとです。今日は勘弁してくれますか?」 その時の涼宮さんの顔ったらなかった。よもや、僕が断るとは 夢にも思っていなかったようで、 横っ面を思いっきりはたかれたようなポカンとした顔をした。 次の瞬間にはこれ以上の不快は無い、という不機嫌な顔になり 「あ、そう。じゃあ今日は帰っていいわ」 と言った。僕は早々に文芸部室を引き上げた。 今日こそはゆっくり休まねば。死んでしまう。 そのとき、僕の携帯がコールされた。携帯を取り出して読んだ僕の目に 飛び込んで来たのはこんなメイルだった。 「最近、まれにみる巨大な閉鎖空間が発生。急速に増大している。 至急、出動されたし」 .....もう、死にたい。 その日の閉鎖空間はいつになくやっかいで、倒しても倒しても 神人が出現し、僕等は全力で戦わなくてはならなかった。 やっと閉鎖空間が消滅し家に辿り着いたときには夜中の2時を回っていた。 あと一人神人が出現していたら、間違いなく、僕の心臓は悲鳴をあげて 停止していただろう。家にたどりついた僕は着替える元気すらなく そのままベッドに倒れこんだ。あとのことは全く覚えていない。 翌日の土曜日、僕は長門さんのマンションに向かって歩いていた。 僕は涼宮さんが誰かを「好きで好きでたまらなく」なったらその相手に どういう態度をとるか、という点で根本的なあやまちを犯していた。 ダブル改変世界で僕とバカップルを演じてみせた涼宮さんは本来の 彼女ではないのだ。あれは僕をつなぎ止めるために長門さんが つくり出したフィクションだ。 誰かが「好きで好きでたまらなく」なった場合に涼宮さんが することはあんなことじゃない。 考えても見ろ。涼宮さんは、あの5月の日、世界を消滅させかけたあの日に、 たった一人、彼だけを選んで連れていったのだ。 本人が自覚的にどう思おうと、彼女くらいの年格好の女性が 世界でたったひとりだけ男性を選んだら、それが何を意味するかは 聞くだけ野暮だろう。でも、涼宮さんは彼にどんな仕打を していただろうか?まさに、今、僕が涼宮さんにされているのと同じことをそっくり そのまま彼にしていたではないか。長門さんは目論見通りに涼宮さんの脳を 改変したのだ。僕がとんでない勘違いをしていただけのことだ。 長門さんのマンションに着くと僕は彼女達にお願いした。 「すみません、元に戻してください。もう体が持ちません」 長門さん達はお互いに顔を見合わせると言った。 「それは残念。涼宮ハルヒから開放された彼は、私達と 頻繁にコミュニケーションをするようになった。彼も 幸せ、私達も幸せ、涼宮ハルヒも幸せ。完全な解決策と 思っていた」 「あなたは、涼宮ハルヒの脳を改変すると告げたとき、 強く反対しなかった」 「いや、それは長門さん達が問題ないと言われたので...」 「私達は、『あなたが心配しているようなことは何も起きない』と言っただけ」 確かに。僕が心配したようなことは起きなかった。心配しなかったことが 起きてしまったわけだが。 「そのとおりです。ですが、予想外の事が起きて、対応に苦慮しています。 長門さん達はこうなると知っておられたのですが」 「知っていた」 「しかし、彼は問題なく耐えていたので、有機生命体の男性は常に 女性の理不尽な要求に耐える能力を備えていると判断した。 間違っていたのか?」 いや、間違ってませんよ。ただそれには重要な条件があります。 きっとあなたたちには理解できないような、ね。 「とにかく、限界です。あと一週間この状態が続いた場合、 僕は自分の精神を正常に維持する自信がありません。 お願いですからもとに戻してください」 「とても残念な結論」 「彼も涼宮ハルヒもそう思っていると思う」 「お願いします」 僕はそう頭を下げてマンションを後にした。 長門さん達は僕の願いを聞き入れてくれるだろうか? もし、聞き入れてくれなかった場合には..。自分でも自分が 何するかちょっと自信が持てない...。 週明けの月曜日、涼宮さんはまるで手の平を返したように、こう宣言した。 「やっぱり、副団長はキョンじゃ役不足よね。古泉くんに副団長を やってもらうことにするわ。キョンは格下げね。じゃあ、さっそくだけどキョン...」 こうして彼の平穏な日々は2週間足らずで終息し、彼はまた 希代の変人涼宮ハルヒによる無限地獄に叩き落とされ、僕はと言えば 傍観者の立場に戻った。この境遇に何ヶ月も耐えていたとは驚嘆に値する。 早晩、長門さんのストレスが限界に達して、またなんらかの行動を起こすのは 間違いないだろうけれど、とりあえず、しばらくは大丈夫だろう。 長門さん、有機生命体の男性が女性の理不尽な要求に耐える能力を 備えているための条件を教えてあげましょうか? それはね、男性が女性にこれ以上無いくらい惚れ込んでいる場合なのですよ。 勿論、彼は自分がこの条件を見たしていることを強く否定するでしょうけどね ....。 第七章