約 6,645 件
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/231.html
数分後、魔術によって移動速度を上げたクレイルは、早くも山の頂上付近へ到着していた。 ティアラレイクの五つの山のうち、中央の山は一番標高が高い。 その為眼下には、見渡す限りの雲の床が広がっていた。 (……少し飛ばしすぎましたかね) 実際に魔術を使用してみて、セフィラの強化魔術は非の打ち所がないと断言できる程に完璧だった。 魔術の詠唱により魔力を身体から消費すると、通常なら身体への負担で疲労を感じることがある。 長時間の使用、または連続して異なる魔術の使用を繰り返せば、反動は魔術を使用する術者の身体に影響を及ぼす。 だが、魔力強化を受けているこの状態で移動速度を強化する程度なら、何度魔術を使用しても、全く身体への負担は現れなかった。 祖母に感謝しつつ、クレイルは再度周辺を見回してみるが頂上にはまばらに木が立つだけで、目的の実は見当たらなかった。 (…………) すぐに、再び詠唱を行って山を駆け下りる。 人目から守られているこの森は、魔女以外に登山者は訪れない。 整地されていない生い茂る木々の中、場合によっては木の枝を渡った方がスムーズに通過できる箇所もある。 クレイルがちょうど下り立った木の上から辺りを見回して呟いた。 「ハズレ、か」 魔力を帯びた足でそのまま木の枝を蹴り、登山してきたルートを下って行く。 下山したクレイルの目の前には再び水面を輝かせるティアラレイクが姿を現した。 結局、一つの山を往復したが、収穫はおろかヒントを得ることも出来なかった。 レオルスの行方を追う様に、ティアラレイクの山を眺める。 (彼が登っていったのは一番左の山……なら僕は反対の山を) すぐにその山に背を向け、クレイルは一つ右の山へと移動し、再び山道を駆け上がっていった。
https://w.atwiki.jp/giwfp/pages/18.html
ts
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/203.html
<ティファレット>と、クレイルにそう呼ばれたその白い魔女は、周りの四人の魔女を解散させる。 またしても音もなく魔女たちがその場から消えていった。 「あなた……何故ここへ?」 頭を下げたままのクレイルに、再び声をかける白い魔女。 「失礼ですが単刀直入に。僕の妹が<魔刃の傷跡>に苦しめられています」 「何ですって……その傷は消えたはずじゃ?」 クレイルはようやく立ち上がり、目の前の魔女と視線を交わす。 「僕もそう思っていました。母さんが消える前に治してくれていたものだと」 「可能性があるすれば……それは魔界のゲート開放前の影響でしょうね」 それも認識済みだ、とクレイルが頷いて言う。 「あなた方なら既にご存知だと思っていました。そしてそれを開放前に止める術もご存知のはずだ」 「…………」 クレイルの言葉は、ティファレットにとっては想定通りのことであった。 <魔界のゲート>とは、数百年に一度突発的に訪れる、この世界と魔界と言う名の異世界を繋ぐ空間の歪みである。 魔界のゲート開放に近い出来事が、既に数年前クレイルの目の前で発生したことがある。 今回の発生について、ゲートの存在とその発生周期を知る者たちにとっては予想外の出来事だった。 「ゲートの開放前にそれを封印するのは、確かに私たち魔女たちの仕事だわ。ただ……」 「…………?」 ティファレットは、申し訳なさそうに俯き、首を横に振って言った。 「封印を行う準備はまだ整っていないし、情報も錯綜している。それにあなたの妹の傷跡は、ゲートの開放で流れてくる向こうの魔力がこの世界に増すと共に大きくなるわ。それまでに封印が間に合うか保障ができない……」 「それなら……」 「それなら、傷を消す方法を教えてくれよ」 クレイルが言うより先に、ティファレットへ言葉を発したのはそれまで黙っていたレオルスだった。 「あなたは?」 ティファレットはもちろんレオルスに気付いてはいたものの、既に魔力量を知り、その程度の存在は警戒することもないと踏んでいた。 突然かけられた言葉に驚き、思わずレオルスへ聞き返してしまう。 「俺はレオルス。こいつと同じ合成師だ。あいさつはこれで終わり」 強気に前へ出たレオルスが、クレイルへと振り返る。 そして睨み付けるようにして荒々しく言葉を吐いた。 「クレイルお前な! 全部一緒に解決しようと思ってんじゃねーよ! 妹が大変なんだろ!? 家族だろ!?」 問い詰めるようにして連続して言葉をぶつけてくるレオルスに、思わずクレイルが身体を引いてしまう。 「お前ゲートも封じて、妹も助ける方法を見つけようとしてるだろ!? 魔界のゲートなんか知ったことか! 魔女の仕事なら魔女に任せればいい! 他の方法で先に妹を助けてやれよ!」 一方的な発言で責め立てられたクレイルは目を見開いてしまった。 全くもって正論なのだが、根拠もなく、もしその別の方法がなかったらどうするのだろうと思いながらも、本当の優先順位を改めて気づかされたクレイルは、言葉を発さずに一度だけ頷いた。 そんなやり取りを見ていたティファレットが、微笑ましさからか、笑いながらレオルスへ声をかけた。 「フフ……初めまして、よろしくねレオルス。あなたの言うとおり、傷を消すだけなら何とかなるかもしれないわ。調べましょうか」 そう言うと、ティファレットは二人を町の一番北にある屋敷へと案内した。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/208.html
「何もそこまでしなくても! この子は魔女じゃないのよ!?」 「お黙り、ティファレット」 今は娘の言葉なぞ知らん、とばかりに、ティファレットを一言で黙らせる。 「魔女には魔女のルールがある」 相変わらずクレイルたちの方に顔を向けることさえせず、セフィラが続ける。 「言ったとおりだ、お前がまだ魔女の血を強く残す孫だからこその条件だよ。さぁ、どうするね?」 再度クレイルへ問いかけるセフィラ。 だが、クレイルの中で既に答えは決まっていた。 「構いません。僕の一年で事足りるなら……妹のために、大事な家族のために、喜んで差し上げますよ」 「クレイルお前……!」 レオルスが止めようとするも、こうなると恐らくクレイルは聞く耳を持たないだろうと瞬時に理解し、言葉を押し殺して小さく舌打ちをする。 「いい答えだ。それでこそ私の孫だよ」 そう言うと、椅子に座ったままのセフィラが左腕をそっと上げ、クレイルとレオルスが聞き取れない程の小さな声で呪文を唱えた。 瞬間、クレイルの身体には潜在していた魔力が表へ可視化されてしまう。 体を纏うように揺れ動く魔力。 そしてそれは吸い上げられるようにしてセフィラの左手の中に集まった。 「ぐっ!?」 クレイルは不意打ちによって思わず声を上げ、体制を崩してしゃがみこむ。 一瞬でそれは球体の塊となり、集まりきったところで、それはセフィラの左手の中に吸い込まれていった。 「おい、大丈夫かよ?」 「……この程度じゃ僕は死なない。所詮何十年のうちの一年ですから」 体制を崩していたクレイルは立ち上がり、寿命を奪った魔女を睨み付ける。 レオルスには、それがただの強がりには見えなかった。 一刻も早く妹を救わなければ……クレイルを駆り立てるその理由が、逆に彼を追い込んでいるようにも見えた。 「どうやら僕の性格は、あなたから引き継いでいる部分もあるようだ」 普段から何かしら一方的に優位に立っているクレイルが、これほどまでに翻弄されたことはない。 嫌味と賛美をこめて、祖母にそう伝える。 「フフ……自分が踊らされる側になったことはなかったか? さて、じゃあまずは魔術を授けようか」 「魔術って、傷を治す方法じゃないのかよ?」 「どちらにしろ必要なものだ。貴様にもくれてやろう」 セフィラがレオルスに向けてそう言うと、今度は右手を上げ、一言詠唱を行った。 「エクサクノシス・エニスキシス」 クレイルと今度はレオルスの身体も一緒に、魔力の波動を帯びる。 「な、なにすんだよ!」 「これは……強化魔術?」 二人の足元に魔方陣が出現し目の前を魔術の詠唱が文字となって飛び交う。 高速に移動する文字は常人には読みきれるはずもなく、次々に消え去って消費されていく。 だが、それは余すことなく二人の脳へと直接飛び込み、記憶として焼きついた。 同時に魔力の増強もされた二人は、身体が浮くような錯覚に囚われる。 「まずは下準備だよ。魔刃の傷なんてそう簡単には治せやしない。これから必要なものを揃える為の準備さ」 静かに腕を上げてセフィラが言う。 「ティファレット、道具をくれておやり。それから、端の書の中に傷の治癒についての本があるはずだ」 「えぇ、すぐに。二人とも、一緒に地下へ来て」 ティファレットが母の言葉にそう言い、クレイルとレオルスを地下の倉庫へと案内した。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/241.html
その場に集まった合成師たちに声をかけたのは、アイテムトレード管理人のローズだった。 腰の高さほどもある大きな麻の袋を運びながら手を振っている。 その後ろには、ローズと同じサイズの麻袋を二つも運んでくるフェインの姿もあった。 「お待たせー! 持ってきたわよ!」 家の前に到着したローズとフェインが、膨らんだ麻袋を地面に下ろす。 「見てください、いつもトレードへいらっしゃるお客様たちが協力してくれました」 そう言いながら、フェインが閉じていた袋の口を開くと、三つの大きな麻袋の中には、溢れんばかりのガーネットハーブが入っていた。 テンペストのそばに立っていたレオルスも、思わず袋の側に寄って中を覗き込む。 「すげーな! こんだけあれば余裕だろ」 「えぇ、あとは<グラトンポット>に任せれば大丈夫でしょう」 驚くレオルスの隣でクレイルも思わず頷く。 「お二人とも、ありがとうございます」 クレイルが深く頭を下げる。 ローズとフェインは顔を合わせ、同時に首を振る。 「私たちじゃないわ」 「お客様たちのご協力があったからこそですよ。皆さんがパピメルさんを助けたい、と」 フェインが再び袋の口を綺麗に閉じてから渡す。 こうして、二人は三つ目の素材である大量のガーネットハーブを手に入れた。 二人が袋を玄関の中へ入れると、帰ろうとしていたローズが何かを思い出し、クレイルに声をかけた。 「そうそう、さっきアルと甘菜が立ち話しをしてて、少しだけ聞いたんだけどさ」 「?」 「アルが近くの森に出かけたんだけど、入ろうとしたら何だか変な感じで、怖くて帰ってきたんだって」 ローズの言葉に、フェインが続ける。 「えぇ、『見間違いかもしれないけど、空気が赤かった』とも言っていましたね」 それを聞いたクレイルの表情が曇る。 「なるほど……彼は運が良かったかもしれませんね」 「運が良かった、って?」 クレイルの言葉に、ローズが聞き返す。 「詳しくは言えませんが、彼が向かおうとした森は危険な状態にあります。もし中に入ってしまっていたら、大変な事故が起きていたかもしれません」 「へぇ、伝えておくわ」 クレイルがローズの言葉に頷いて、付け加えるように言った。 「ローズさん、依頼があります。伝えるついでにアル君がもう一度その森に入らないように捕まえておいてもらえますか?」 クレイルの<依頼>にローズが一瞬きょとんとして、 「アハハ、わかったわ。見張っておくわね」 内容を理解したのか、笑いながら快諾した。 「じゃあ、私たちはこれで。頑張りなさいよ。『お兄ちゃん』」 ローズがクレイルにそう言いながら、レオルスとフラメルに手を振る。 クレイルが小さく一礼すると、フェインも小さく一礼してローズと一緒にその場から立ち去った。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/234.html
「っとっと、あっぶねぇ……」 レオルスの勘は正しかった。 直撃と感電、そのどちらをも避けるためにレオルスは空中へ跳んだ。 <カイロス・リグマ> レオルスが唱えたその魔術は脚力に作用して瞬間的な跳躍を得る術だった。 本来であればその超速で垂直に飛んで高い壁の上に登ったり、正面に対する敵との距離を一瞬で縮めたりするために使用する。 レオルスは飛び跳ねる瞬間、角度を調整して斜めに跳躍した。 周りを囲う木々より低く、かつ地を伝う稲妻に触れない様に数秒間空中へ滞在できる高さを保つ。 レオルスは直感で魔術を操り、見事に落雷を回避してみせたのだった。 着地してすぐ、レオルスは「今のは完璧だろう」と、自分で自分を褒めたい気分になっていた。 次の落雷に備えなければと、再度脚に力を入れて立とうとしたその時―― 「いっ!?」 レオルスの脚を鋭い痛みが襲った。 落雷の速度と同等の超高速を生み出せる力を使って地を蹴り、自分の全ての体重を空中に滞空させたのだ。 一瞬で多量の魔力を消費し、酷使してしまった脚部からは反動が痛みとなって使用者の部位に襲いかかる。 「いででで……って、マズイ!」 痛む足を押さえ、なんとか立ったまま、できる限り近くの木の根からも距離をおく。 身に降りかかる雨や雹は大した問題ではない。 濡れるより心配しなければならないのは再度落雷に襲われることである。 レオルスが構え、祈る様にして空を見上げた。 「ん?」 見上げてすぐに、レオルスは安堵する。 予想に反して空の状態は穏やかであり、雨が弱まり、雲がゆっくりと風に流されて薄れ、やがて消えていった。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/243.html
二人は道具を準備するため、庭にある倉庫へとやってきた。 クレイルが重厚な扉を開けて中に入ると、そこには梱包された箱がいくつも収められている。 倉庫から取り出した箱の蓋を外すと、そこには様々な色の薬品が入った試験管が、いくつも並んで入っていた。 レオルスも箱を覗き込む。 <コンポジションウエポンズ(混合薬品武器)> 合成師が所持している、「武器として使用する薬」である。 合成によって作り出した特殊な液体をそのまま使って対象にダメージを与えるものから、自らの魔力を注ぐことで形状を変化させて凝固させ、刃物や棒状の武器として使用することもできる。 複雑な形状を生成するには、注ぐ魔力の調整が必要となるため、使用者の鍛錬が必要である。 鍛錬を続ければ、長身の刀や斧などの大型の武器や、液体を空中に散布させて小さな防護壁を発生させ、対象からの攻撃を受ける盾の様な強固な物体に変化させることも可能だ。 ただし、形状を変化させた薬品は元に戻せないので、基本的には使い捨ての武器として使用する。 クレイルとレオルスには使い慣れた道具であり、今の二人はセフィラの支援で魔力量も増大している。 その魔力を有効利用するため、そしてこれから向かう先では武器が必須と考え、クレイルとレオロスはそれを使うことにしたのだった。 二人は箱から数本の試験管を取り出し、自分の服から取り出しやすい位置に配置する。 クレイルは次に、倉庫の隅にあった小さなケースを二つ取り出した。 「<シャドウリザード>と<ブラッドローズ>は見つけ次第この中へ」 ケースを一つ、レオルスに投げ渡す。 「わかった。途中で蓋が開かないように気をつけないとな」 レオルスが受け取ったケースの蓋を強く押すようにして確認する。 ガラスで作られているそのケースの蓋は、一度しか開け閉めすることができないケースである。合成師や魔女が生きた素材を捕獲する際に使われる特殊なものだ。 中味を取り出す際には、ケースを破壊する必要があり、何度も使用できない点は不便であるが、その代わりに一度開いて閉じた後は内側から開ける事も不可能であり、中に入った素材が逃げ出すことはない。 「準備はこんなもんか」 レオルスが再度、自分の服に配置した武器を確認しながら言う。 「えぇ、行きましょう」 クレイルが倉庫の重い扉を閉じると、少し離れた位置で待機していたテンペストが二人を乗せるために体勢を低くする。 二人はテンペストに騎乗し、再び空へと飛び去った。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/226.html
囁く声とは裏腹に、目の前の母親の形相は家族を愛する母ではなく、敵に対して怒りに震える魔女のそれだった。 「バシリス・クリシ――」 激昂したイヴが静かに唱えた一言の詠唱と共に、掴んでいた刃を通して魔獣に全力の魔力を注ぎ込んで攻撃する。 一瞬にして、魔獣の刃とそれを握っていた右腕・右肩までが吹き飛び、醜い翠の肉片は白く輝いて消えた。 「GUAAAAAA!!」 強力な魔力攻撃を受け、片腕を失った魔獣が激痛に大声を上げる。 だが、イヴにとってそれは予想外の展開だった。 彼女の最大魔力を持って、捕らえた状態で攻撃したなら、魔獣は跡形も無く消し飛んでいたはずである。 魔獣は驚異的な反射神経で、魔力が腕を伝った瞬間右腕を捨てて後ろへ退いていた。 流れる込む攻撃魔力に対抗しながら自らの身体を防御する様に傷口に魔力を施し、右肩のみを犠牲にして生き延びたのだ。 恐怖と憤怒の混ざり合った形相で目の前の魔女を睨む魔獣。 左手で失った右肩を抑えながら、何とかバランスを保ちながら後退し、逃げ帰るように森の中へ向かって飛び去った。 魔獣が離れたことを確認し、イヴがその場に倒れこむ。 美しい白の装いは、もはや見るに耐えないほど赤と翠に侵されていた。 「ママ!」 今まで必死に妹を庇っていたフラメルが、パピメルを抱きかかえながら倒れた母に近づく。 鮮血に染まりながら、魔女は力なく娘たちへ手を伸ばした。 「ごめんね、クレイル……フラメル、パピメル……」 母の手がパピメルの頭を撫でる。 直接注ぎ込まれた聖なる魔力は、パピメルの髪に侵食していた翠色の魔力を中和していく。 だが、既に定着してしまった色を完全に元の状態に回復させるには到らなかった。 翠色は徐々に薄められ、負の翠色は優しい浅葱色へと変化する。 やがてイヴの腕からは力が抜け、ごめんねと、最後に一言だけ呟いて草原の上に倒れた。
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/224.html
「ママのおともだちっていつくるの?」 「そうね、もう少ししたら着くんじゃないかしら」 それを聞いたクレイルが、立ち上がって母に言う。 「母さん、それまで僕は森の中を見てきます」 「わかったわ。気をつけるのよ」 「はい、いってきます」 少年は楽しそうに、駆け足で森の中へ消えていく。 静まり返った森の中は冷ややかな空気が流れていた。 クレイルが森に入って少し歩いた時、その異変は起きた。 森の奥深くから響いてきた、ガラスのようなものが割れる音。 「?」 次の瞬間、クレイルの頭上、森の木々の上を何かの影が通過して森の入り口方面へと飛んでいく。 それを目で追えなかったクレイルだが、彼の直感が進行方向から何かが襲ってくるのを感じていた。 同時に彼を身の毛もよだつ恐怖と不安が襲う。 クレイルは歩いて来た方向、森の入り口へと全力で走り出した。 彼の背後から襲ってきているのは彼が感じたことのない、負の魔力。 当然、生まれてから今まで一度もその魔力に遭遇したことはない。 襲い来る未知なる力は、少年に更なる恐怖を与えていた。 (入り口が見えた!) 背中からの魔力が進行する速度は、初めに彼が感じた速度より遅くなっている。 追いつかれるかと思っていたほど大量に流れていた魔力の量も、いつのまにか減少して消えかけている。 ここまで来ればもう追いつかれることもない。 クレイルは森の入り口を勢いよく飛び出して、一刻も早く母の元へ戻ろうとした。 「母さん! ……?」 母を呼んだ少年の目の前に広がるその光景は、あまりにも悲惨だった。 「え……?」 目の前の光景を理解できないクレイルから声が漏れる。 唖然と立ち尽くした息子が目を釘付けにする中、母はフラメルへ声を上げた。 「離れてっ……フラメル、……ッ! 早く!」 クレイルはまだ、目にしているものが信じられなかった。 母を貫通する翠色の巨大な刃、普段聞いたことのない声で妹へ向けて叫ぶ母親。 母の背後から刃と化した片腕を突き刺しているのは、クレイルが初めて見る<獣>だった
https://w.atwiki.jp/atogefan20110504/pages/221.html
フラメルは、横になっている妹をじっと見守っていた。 時折呼吸の荒くなる妹の顔を、冷水で濡れたタオルで何度も撫でる。 冷たくなった手で、そっと額に触れると、熱を持ったパピメルの額はすぐにフラメルの手の温度を奪っていく。 「あの頃は髪の毛の色お揃いだったんだよね……」 自分の手にかかる浅葱色の前髪を見て、思わず呟くフラメル。 パピメルが生まれたその日から、まだ幼かったフラメルの生活は一変した。 自分の「妹」と言う存在はそれほど大きかったのだ。 ある日を境に、パピメルの髪色はフラメルと同じ桃色から、現在の浅葱色へと変化した。 本当にあの時はまだ幼かったんだ、と痛感させられたりもする。 「でも……この色、母さんがここまで変えてくれたんだっけ……」 眠りにつく妹の顔を見て解けた緊張感に合わせて、精神的な疲労感がフラメルを襲う。 パピメルの眠るベッドの隣でフラメルはそっと目を閉じた。