約 550,028 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/658.html
真っ直ぐに学び、ひたむきに語り 秋葉原を要する千代田区には、“一応塾”なる大学出資の学習塾がある。 どことなく安心出来ない屋号であるのだが……実績は確かと聞いていた。 私は戸籍謄本等を求められぬこの塾へ、実験的にクララを通わせている。 勿論“殻の躯”で門前払いされたので、HVIFを用いて審査を通った。 そこで彼女は高校生・槇野梓として、一般の“同年代の人間”と過ごす。 「ただいまなんだよ、お姉ちゃん。今日も宿題が一杯あるんだよッ」 「おお、御苦労だな梓……いや、クララ。HVIFを休ませるか?」 「ううん。今日は筆記問題もあるから、この姿でないといけないよ」 「この時代にプリントとはなぁ。電子データに統一すればいい物を」 そうなのだ。“当番制”を崩せない以上、毎日塾に通う事は出来ない。 とは言え進学塾故に、ノルマというか必要な単位はこなさねばならん。 従ってクララは当番日になると、法外な“宿題”を抱え込む事になる。 更に塾通いは深夜まで続く。だが聡明な梓は、決して夜遊びに奔らん。 「“書く能力”を維持するには、スタイラスだけじゃ不十分だもん」 「それもそうだが、環境問題を叫ぶならば工夫が必要にならんか?」 「その為に、来年度はフィルム型のスクリーンが支給されるんだよ」 「……レンタルか。もう少し早くても良さそうな気はしていたがな」 この現状を仕向けたのは私で、同意したのは他ならぬクララ本人なのだ。 寡黙で頭脳派に見えるクララだが、ハウリンタイプのサガと言うべきか、 実は外に出て目一杯“勉強”したかったらしい。それも人間の学問をだ。 だが今現在まで、日本国は神姫に人権を認めていない。海外も殆ど同様。 となればどうしても、学習の機会は通信教育が頼り……嘆かわしい事だ。 「そう言えば、今日は神姫を連れたクラスメイトが来ていたんだよ?」 「……確かにあの塾、神姫を持ち込む事自体に渋い顔はしなかったが」 「種型の“綺羅”さん。彼女もオーナーの勉強に興味有るみたいだよ」 ……名前に少々引っかかる物があるが、それはさておこう。有無。 梓の話ではないが、人間の行動に興味を持つ神姫は結構多いのだ。 だが大抵の場合、社会進出は認められぬ。ネット上で正体を隠して 活動している神姫がいないとは言い切れないが、殆どは玩具扱い。 『なら“肉の躯”はどうなるの?』……これが私の考えた疑問だ。 「どうだ、仮初めとは言え高校生としての勉学の日々は?……辛いか?」 「そんな事無いよ、お姉ちゃん。自分の能力を活かし、高められるから」 「流石はクララ。私の見立て通りだ……む、もう筆記は終わったのかッ」 そしてエルゴを訪れた際に、クララの言葉で思いついたのが“塾通い”。 “HVIFによる神姫の社会進出”実験……という名目で、行っている。 この企みにクララのニーズは見事当てはまり、周囲の誤魔化しも良好だ。 御陰で人間の社会常識を教え込む際に、ロッテよりも容易に会話が進む。 「終わったよ。後は全部データ処理……神姫素体で十分出来るもん」 「そうか。しかしこんな問題、私でも時間が掛かるというのになぁ」 「学ぶ事はとっても楽しいんだよ、お姉ちゃんが技術を磨く様にね」 「成程な……向上心は大事だ。今後もその調子で学ぶのだぞ、梓ッ」 神姫にもある“発展性”が、クララに於いては知識という方向性で 急速に成長している。これは良い傾向と言えた。己の才能を活かし 更に高めていく。人間としてそれを活かせずとも、可能性は増す。 そうして、人は更なるステージに到達していくのだからな。有無。 「……え、ええっと。梓ちゃん?これ、なんて書いてあるんですか?」 「なんだか難しすぎて、コアがオーバーヒートしちゃいそうですの~」 「アルマお姉ちゃん、ロッテお姉ちゃん……無理するとよくないよ?」 テーブルを登ってきたアルマとロッテが、その難解極まりない宿題に 音を上げている。神姫が学問を学ぶ機会などそう多くはない。大抵は こんな反応だろう……。故に、クララの特異性が目立つとも言える。 「今ハーブティーを入れてやる。皆飲んで、寝る準備をしろよ?」 ちなみに、これは物理学のプリントだった。成程、クララには重要。 学んだ事は“魔術”に転用する事で、具体的な力となる。これもまた 人間では為しえない……“武装神姫”だからこそ出来る事であるな。 「有り難うなんだよ、お姉ちゃん。躯があったまるもん」 「はふ……流石にHVIF用のサイズは、違いますの♪」 「人間とほぼ同様なのだ、アルマでもなければ飲めまい」 「うう、ひどいですマイスター!?……飲めますけどっ」 さて……ティータイムでくつろいだ所で、私は梓に質問する。 純粋に一人の“姉”として、最も気になる要素とすら言えた。 それは即ち、人間であれば十二分に有り得るだろう“話題”。 「ところで梓や、塾でお前に親しくする男性はいるのか?」 「結構いるんだよ?神姫だって言えないから苦労するもん」 「……ほう。例えばどんな奴だ?ヘラヘラ笑ってないか?」 「顔がデロって垂れ下がった人が、話しかけてくるんだよ」 ……今度そいつを連れてきてもらう必要がありそうだと思うな。 無論、私の“妹”である梓……いや、クララに変な蟲が付いては たまらん故、一度お灸を据える為だ。そこの貴様も、同様だぞ? この後を覗いたら、たっぷり仕置きしてやる。覚悟しておけッ! 「……さて、そろそろお風呂に入るか。寝る準備を始めるぞッ」 「うん。今日は疲れたから、たっぷり入ろうね……お姉ちゃん」 「う゛、うむ。背中を、その。流してやろうではないか、なぁ」 「マイスター顔がまっかっかですの♪……アルマお姉ちゃん?」 「あ、あのっ。あたしも、ロッテちゃんの背中……流したいな」 「ふぇ、ふぇえっ!?そんな事言われるの初めてですのッ!?」 ──────姿形が違うからこそ、毎日が楽しいのかな? 次に進む/メインメニューへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2724.html
負けた。これはもう、成す術無しだ。理由も全てわかってる。改善の余地はある。だから、やることも分かってるはずなんだけど、何故だか私は椅子から立ち上がることはおろか、ヘッドギアを外すことすら出来なかった。負けたと言う事実は思いの外私の中に深く突き刺さっているらしい。 その時、ヘッドギアが外された。華凛だ。 「華凛、負けた」 「そうね……」 「…………」 どうやら私は気持ちの切り替えがうまくないらしい。どうしても気分がすぐれない。 「……こんなこともあるよね」 「ま、そうね。神姫バトルなんてのは勝って負けての繰り返しだもの。まさか、一回の敗けで嫌になった?」 「そんなことないよ」 そう、課題も見付かった。だから、この敗けをバネにするだけ。問題は……。 「……ごめん、樹羽」 目の前ですっかり小さくなってしまっているシリアだ。 「気にしないで。こういうのはよくある」 「でも! 私、また樹羽の役に立てなかった! 私がバリアをしっかり張れていれば、まだ戦えたのに!」 軽い嗚咽混じりの吐露。華凛が何か言おうとするが、私はそれを手で止めた。 「シリア、じゃんけんして。出さなかったら負け」 「え……?」 了承を得る間もなく、私は握り拳を振る。 「最初はグー、じゃんけん、ぽん」 慌てて出したシリアはグー。対するこちらは指が二本のチョキ。私の負け。 「これが、どうしたの?」 シリアが怪訝そうに訪ねる。 「さっきのも、これと同じ。相手がパーを出すのか、グーを出すのか、チョキを出すのかわからない。出さなかったら負けだから、こっちは何かを出す。あの時、私たちはパーを出していた、相手がチョキだったから負けた。それだけ」 つまり、勝負は時の運と言うわけだ。元々あの状態にまで持っていかれたら負けも同然なのだが。 「それに、私の動きに合わせてアイオロスを動かしてくれた。十分役立ってる」 「そっか、そうだよね。ごめん、一番基本的なこと見失ってた」 シリアの顔が明るくなる。すっかり吹っ切れたようだ。 「華凛」 「ん、何?」 私は立ち上がった。もう体の重みは取れている。 「これから柏木さんの所に行くけど、一緒に行く?」 「そうねぇ、特に他にやること無いから行くわ」 「うん」 私はシリアをポーチに入れ、ゲームセンターを後にした。 目指すは柏木さんのホビーショップだ。 相変わらず客足のない扉を開ける。この扉は一日に何回開けられているのだろうか。 「いらっしゃいませ! あ、樹羽さん。こんにちは!」 カウンターの所で出迎えてくれたのは、いつもの眼鏡姿ではなくその神姫、エリーゼだった。 「あんれ、仁さんは?」 「店長はお得意様の所に行ってますよ。唯一の稼ぎ口ですからねぇ、時間もかかるってもんですよ」 その間、エリーゼが店番をしていると言うわけらしい。彼女は携帯をペタペタと操作している。入荷状況云々は大体彼女が管理しているんだとか。 「稼ぎ口は一つじゃない」 「ほえ? もしかしてお買い物ですか!?」 「ん」 私が頷くと、エリーゼは両手をあげてくるくると踊り始めた。 「うおぉぉっ、マジですか!? 本気と書いてマジですか!? ここで『もちろん嘘☆』なんて言われたら何にも信じられなくなりますよ!?」 「大丈夫、購入」 うおっしゃぁぁぁっ! やりました店長! 顔見知りのお客様とは言えついに商品が売れますよぉぉっ!! というエリーゼの魂の叫びを聞きながら、私は武装の棚を眺めた。この商品棚は大剣や小剣、槍など大まかにカテゴライズされている。だからどんな物が欲しいのかハッキリしていればピンポイントに探せるのだ。 私がまず向かったのは、ライトガンの中の短機関銃の棚だ。今回の敗因の一つである“実弾武装の未装備”。これをまずどうにかする。 たくさん並べられた商品の中で、取り回し易く段数が多い物。やっぱり沢山ありすぎてよくわからない。神姫カードを確認してみる。sptは軽く貯まっていて武装を買うには十分だった。 (出来るだけ使いやすいやつがいいんだけど……) どれもこれも似たような物ばかりでどれを選んでいいのかさっぱりわからない。 「短機関銃のオススメはこれ」 その時、華凛が一つの武装を手にとる。それはどの神姫の純正装備でもない無名の銃だった。一応メーカーはエウクランテやイーアネイラと同じマジックマーケット。 「弾数もお手頃、ちょっと大きいけど、そんなブレなくて結構使いやすいよ」 「使いやすい?」 華凛はハッとして慌てて手をぶんぶんと振った。 「そ、そう! 使いやすいって聞いたの! 使ってる人少ないけど割りとわかる人にはわかる武器ってわけ!」 「ふーん……」 手に取ってみる。確かに神姫には少し大きいかもしれない。だがそれも、この間楓さんが使っていたアサルトライフルより僅かに大きいぐらいだ。これで短機関銃というのだから安定制は抜群だろう。 色は白とメタリックバイオレットと黄色、ワンポイントで赤が入っている。 短機関銃はこれでいいだろう。あともう一つの課題である“圧倒的パワー不足”を解消出来る近接武器を探さなければならない。 エウロスは確かに強い。長さも小剣並にあるし、その形状から突いた時の威力は最高クラスだと思う。 だがしかし片手で一本しか装備できないと言う欠点がある。よって鍔競り合いに発展したり、切り合いになった際にパワー負けしてしまう。両手に装備出来るとは言え、どうあっても攻めがパターン化しやすいと言うのがある。 「シリアはどんなのがいいと思う?」 「そうだなぁ、槍……とか?」 私は円錐型の馬上槍を思い浮かべた。やることがエウロスより単調になる気がする。パワーがあるのは事実だけど。 だがヒントはもらった。槍は不味いが、これならいけるかもしれない。 私は一つの武装を手にとった。 「薙刀?」 これまた無名の薙刀。長さは13、4cmぐらいで刃が3cm程あり、さらに1.5cmほどプレート状になっている。後の部分は全て柄だが、最後の部分だけ刃と同じ向きに小さなピックのようなものが付いている。これのメーカーはよくわからない所だった。華凛曰くすごくマイナーだそうだ。 「シリア、どう?」 「いいんじゃないかな? 薙刀っていろんな使い方が出来るし」 と言うわけで購入確定。私はその二つを持ってカウンターへ行った。 そこでは既にエリーゼが準備万端と言った面持ちで待っていた。 「この二つ」 「はいはい、えっと番号はっと……」 携帯をペチペチと叩き、整理番号のような数字を入力していく。 「じゃあ、神姫カードをここに入れて下さい!」 指差す先にあったのは、カードリーダーのような装置だった。そこに神姫カードを通す。ピピッ、と言う短い音が鳴った。 「これで購入完了です! ついでに装備しておきましたから! またの御利用お待ちしておりますね!」 頼んでもいないのに装備までしてくれたらしい。願ってもないことだ。 神姫の武装はデータ管理である。だからフィギュアはあくまでオマケみたいな物らしい。 私はその足で練習用の筐体に向かった。筐体に神姫カードを入れてスタートボタンを押す。さすがに新しい武装をぶっつけ本番と言うわけにはいかない。 「華凛、私は練習してるけど華凛はどうする?」 「んー、練習の様子見たり武装見たり、まぁ適当に時間潰しておくわ」 その答えを聞いて安心した。これで心おきなく練習出来る。 「シリア、行くよ」 「うん。ちゃんと使いこなせるようになっておかなきゃね!」 シリアが筐体の中に入り込み、私も筐体の中にライドした。 樹羽がライドした事を確認して、あたしは一息ついた。よかった、ちゃんと良い方向に向かっている。 あたしは無意識の内にカレンダーを見ていた。今日は28日。もうすぐ7月が終わる。これなら完璧とは言わないものの、上出来クラスではあるだろう。 筐体の中の様子はパソコンの画面に映し出されている。画面内の樹羽は、短機関銃の反動が予想以上で慌てていたり、薙刀がリアパーツに当たったりしたりしていた。樹羽は割りと、と言うか結構器用な子だ。たぶん明日ぐらいにはマスターしているだろう。 時間に待ったは効かない。けれど速まりもしない。だから一定の速度で進むこの世界であがくしか、私たちには出来ないのかもしれないな、と思いながら、私は画面を見続けた。 第八話の2へ 第九話の1へ トップへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/363.html
前へ 先頭ページへ 畜生…。 畜生! 畜生!! 「畜生ッ!!!」 あの青瓢箪ッ! アタシの無敗記録に泥塗りやがって!! 絶対に、絶対に許さない……! 彼女はバーチャル・バトルマシーンの中から主人へと、思わず声をかけた。 「ご主人様……」 ハウリン型MMS、主から授かった名前は”トロンベ”。 ドイツ語で竜巻という意味だ。 「……何よ、まだ終わっていないじゃない。早く全部壊しなさいよ!」 「…了解しました、ご主人様」 とても少女のものとは思えない刺々しく、荒々しい言葉に視線を落として短く応えた。 0と1の信号の上に築かれた仮想現実の世界。 低く唸る用途不明の機械や、緑色の液体が充満するカプセルが密集する施設内部。 フィールド名”秘密工場”。 薄暗い工場に灯る明かりは赤と黄色のランプと天窓から差し込むか細い光。 そして、マズルフラッシュと爆炎のみ。 ハウリン型の基本武装は十手、棘輪そして吠莱・壱式とプチマスィーンズの四種。 近接型のストラーフ型やマオチャオ型、射撃型のアーンヴァルとは違ってそれなりに万能である。 アーマーも防御力を上げつつも機動性を殺しておらず、MMSの中でも汎用性が高いといえる。 その為、初心者であってもそれなりに勝ち進めるのがハウリン型の利点である。 一方で一点飛び抜けたものが無いのも事実。 よって、ハウリン型のオーナーはある程度実戦をこなすと一点に特化した装備に変更する傾向にある。 もちろん、水野アリカとこのトロンベも例外ではない。 アリカは”大出力・大火力を基に短期決着”のスタイルを選んだ。 その為に今のトロンベはデフォルトと程遠いものと成り果てている。 アーマー類はデフォルトと同一。 しかし、両腕にはGEモデルLC3レーザーライフルを三つ三つで計六門 腰から脚にかけてハイパーエレクトロマグネティックランチャーを四つずつで計八門 背中には吠莱・壱式を四門備え、全身のありとあらゆる部位に大中小のミサイルを無数に装備。 その見た目は、歩く砲台といった感じである。 ハウリン型の機動性を完全に殺し、射撃性能に特化した装備。 全てはあのストラーフに打ち勝つ為に。 ただ、それだけの為に。 トロンベは非情にゆったりとした歩みで薄暗い工場内を徘徊している。 現在のトレーニング・メニューは百人斬り。 即ち、100体のCPUMMSを撃破するまで終わらないトレーニングである。 現在撃破数は69体。 その間にトロンベが負った傷は極僅か。 致命傷は一つも無く、全て掠り傷程度である。 薄暗い工場に閃光が瞬く。 トロンベの、ちょうど真上から奇襲を仕掛けてきたマオチャオ。 しかしトロンベは慌てる事無く背中の蓬莱・壱式上に向けて、放った。 マオチャオがハウリンに到達するよりも速く、弾丸はマオチャオを貫いた。 四発の銃撃を胴体に受けたマオチャオはデータの塵へと化す。 完全に消え去るのを見届け、ゆっくりと歩み始めた。 「26分54秒……」 アリカはコツコツとディスプレイを指先で叩きながら呟いた。 「遅い」 「申し訳ありません…」 トロンベは主人の刺々しい視線を受け、深く頭を下げた。 「謝ったからってどうなるモンでも無いでしょう! 何でもっと上手く戦えないの!? あのストラーフだったらもっと速く終わってたわ! アンタはアレに勝たなきゃいけないのよ!?」 ヒステリックに叫ぶ主人に、トロンベはただ黙って頭を下げることしか出来なかった。 「いらっしゃいませー……って倉内君か。珍しいね、ウチに来るなんて」 「客に向かって珍しいとはなんですか」 「ははは、だって君はパーツとか自分で作っちゃうし、修理も大学で出来ちゃうでしょう?だから珍しいなぁ~、てね」 「まあ、用があるのは俺じゃなくて相棒の方なんですけどね」 「ああ、成る程ね」 ここは”ホビーショップ・エルゴ” 俺が今軽い雑談を交わしたのが店長の日暮 夏彦さん。 何年か前に親父さんの遺した模型店を神姫向けのホビーショップに転向して頑張っているらしい。 このホビーショップ・エルゴはそれなりに名の通ったショップでもある。 その理由の一つは品揃えの良さ。 個人経営の利点を活かした高品質・低価格でありながら武装・衣装を問わない品揃えの良さは大手ショップと同等だ。 その他にも店長の人柄の良さや大型バトルスペールなど。 それらの事からかなりレベルの高いショップだと言える。 「お久しぶりです、うさ大明神様」 「はい、お久しぶりです。ナルさん」 そして、忘れちゃいけないこのショップの目玉。 それが”うさ大明神様”と呼ばれるヴォッフェバニー型MMSだ。 彼女は何と言うか、とても個性的な出で立ちをしている。 頭は普通のMMSと変わらないのだが、身体が無いのだ。 というか、胸像? 本来EXウエポンセットに付属するヘッドパーツの彼女には、ディスプレイ用の胸像パーツが付属している。 彼女はその胸像のままなのだ。 しかも、店内に備え付けられた1/12スケールの教室、その教壇に備え付けられたハコ馬の上に。 その様子は正にシュール。 そして、このシュールなうさ大明神様が催す”神姫の学校”こそが、このショップの目玉である。 元を辿れば店長の学生時代に遡ると言うが、詳しい事は知らない。 俺が知っている事は、小学生などの学校に神姫を伴えないオーナーに代わっての神姫預かり、人間社会の勉強サービス。 そしてその神姫の学校が大人気で、俺の相棒もそのファンであるということだけだ。 もっともナルは別に授業を受けに来た訳でなく、戦闘のアドバイスを聞きに来たのだ。 うさ大明神様は教育だけでなく、戦闘についての知識も豊富だ。 その為、上位ランカーの神姫がアドバイスを請うことも多々在るという。 俺の相棒はさっさと胸ポケットから飛び降りてうさ大明神様の講義をかなり真剣に受けている。 はてさて店長の言うとおり、俺はパーツやらなにやらの事はは全部自分で出来る。 だからショップに用はないのだが、冷かしというのも居心地が悪い。 仕方が無いので内部パーツ系の棚に向かう事にした。 シリンダーアクチュエータとサーボモータのスペアが減ってきていたので丁度良い、と自己完結する。 が、しかしだ。 このショップの品揃えにはやはり目を見張る物がある。 メーカー純正パーツは当然の用に揃えられており、その他メーカーのパーツ類等も一通り網羅されている。 ここは聖地”秋葉原電気街”の専門店と同等かそれ以上の品揃えを誇っている。 だからついつい俺も本気でパーツ選びをしてしまう。 あれやこれやと手に取って、性能と値段を見比べて自分の懐と睨めっこ。 男というのは何時までたってもこういうものが好きなのだと言う事を改めて実感する。 三十分くらいだろうか。 俺がパーツと睨めっこを続けていた時間は。 ようやく買うものを決めた俺はカゴを片手にレジへと向かう。 その途中、うさ大明神様と相棒の様子を見るがまだまだ談義は終わらない様子。 何時の時代も女というのはお喋りが好きだな、とか談義が終わるまでどうやって暇潰ししようか、とかその他諸々の思惑を頭の中で巡らせている間にレジについた。 レジには先客がいたのでそれを待つ。 なんとなく先客の買っている物に目が行って少し驚く。 ありとあらゆる銃火器パーツがカゴの中に山を作っていた。 どんなバカかボンボンかと思って、その先客に興味が沸いた。 興味が沸くのと同時に何か嫌な予感が頭をよぎった。 嫌な予感がよぎったが俺はそれを無視して先客の様子を探る。 身長は160cm前後といったところだろうか。 後姿しか解らないので何ともいえないが、多分女だ。 しかし、そんなに銃火器ばかり買ってどうするんだと俺は心の中で苦笑した。 「まいどありがとうございました~」 店長の声がした。 清算は終わったのだろう。 俺も清算を済まそうと歩を進めた。 先客は振り向いて出口に向かおうとした。 そこで、俺と先客は鉢合わせる形になった。 心底、後悔した。 「…っ! 倉内 恵太郎、アタシと勝負しなさいっ!!」 「ワタクシハクラウチケイタロウデハアーリマセーン」 「くだらないマネしてんじゃないわよっ!」 最悪だ。 俺の前にいた先客、それは水野 アリカだった。 彼女はこの前のサバイバル・バトルからというもの、俺を見かけるたびに勝負を挑んでくるのだ。 運悪く彼女と俺は同じ町に住んでいるらしく、遭遇率は割りと高い。 俺としては同じ相手と何度も戦いたくもないので会う度に何とか巻いているのだが……。 最近会うことがめっきり減って油断していたところで、また見つかってしまった。 というか、今回は俺の不覚だろう。 彼女は曲がりなりにも神姫オーナーだ。 そしてここはそれなりに名の知れたホビーショップだ。 ……欝だ、死のう。 「さあ、今日こそは逃がさないわよ!」 「だーかーら、俺は同じ相手とは二度と戦わないって言ってるでしょうに」 これだけで引き上げてくれれば苦労はしないのだが……。 「なら大丈夫よ」 「は?」 「アタシのトロンベは生まれ変わったのよ! 超攻撃型MMSとしてね!!」 もう何を言っても無駄だろう。 そろそろ腹を括るトキかしらー。 「……はいはいわかりましたよお嬢さん。そこまで言うならお相手致しましょう?」 「…相変わらず糞ムカツクわね」 凄まじく冷たい視線を感じるが、そんなもんはスルーだ。 「店長、バトルスペース借りますね」 個人経営にしては上等な四面体のバトルスペース。 俺は四面体の一辺、簡易クレイドルがある一辺でナルのセッティングを施している。 不幸にもバーチャルバトル用のデータを持っていたので今回はそれを使う。 ……データも装備も持ってない。って言えば巻けたんじゃないの? 何か聞こえてくる気がするが、そんなもんはスルーだ。 一方、バトルスペースを挟んで対面する形の彼女もセッティングを施していた。 あきらかに銃火器満載と言った感じで、思わず溜息が漏れる。 「ナル~、こっちの準備はOKですよ~。そっちの準備はOKですか~?」 「はい、準備はOKです、マスター」 「はい~、では健闘を祈ります~」 備え付けられたコンソールを操作してナルを仮想現実の世界へと転送した。 同じく備え付けのディスプレイにナルの姿が顕れる。 それから間もなく、彼女の準備が出来たのだろう。 彼女の神姫、トロンベがディスプレイに顕れた。 顕れて絶句した。 まるでハリネズミのように備え付けられた銃火器の数々。 もはや犬型とは言い難い風貌に俺は軽く鬱になる。 「覚悟しなさい、倉内 恵太郎!」 「……は~いはい」 彼女の咆哮とほぼ同時にバトルの準備が整った事を告げるアラームが鳴った。 それと同時にバトルフィールドが決定される。 バトルフィールドは”荒地” 見渡す限り不毛な大地。 空にはどんよりと薄暗い雲が居座っている。 まさに俺の心模様そのものだ。 そこにナルとトロンベが転送される。 「地の利はアタシに味方しているようね?」 勝ち誇るような彼女の台詞に俺はもっと鬱になる。 が、その台詞にも一理ある。 荒野のフィールドには遮蔽物の類は存在しない。 その為、有利なのは砲戦型か高機動型となる。 「……ナル、徹底的に叩きのめしといてちょ」 「イエス、マスター」 俺はもう疲れたので、一言指令を伝えてバトルスペースを後にした。 「ちょ、アンタ何処行くのよ!」 「喉渇いたから自販~」 トロンベの脚部に備え付けられた八門のハイパーエレクトロマグネティックランチャー。 それはレールガンと呼ばれる類の火器である。 レールガンは電力を供給すればするほどに弾丸の速度は上がり、理論的には光速すらも突破出来る。 が、一介の武装神姫たるトロンベにはそれほどの電力は持ち合わせていないので精々音速くらいが関の山である。 それでも武装神姫相手には充分過ぎる速度なのだが。 そのハイパーエレクトロマグネティックランチャーから放たれた弾丸が音速を超えて飛翔した。 大地を抉り、大気を裂いて、眼前に立ちはだかる物全てを打ち壊さんと飛翔する。 目標はトロンベの前方10sm位置するナル。 音速を超えた弾丸がナルを貫いて試合終了。 トロンベはそうなることを願っていた。 が、現実はそう甘くなかった。 八つの弾丸は確かにナルに直撃した。 が、それはナルの身体を後方に押し出す程度だった。 ナルは左手に握る刃鋼、それを地面に突き刺し、剣の腹で音速を超える弾丸を防ぎきった。 もっとも、無傷という訳ではなく刃鋼の表面には八つの弾痕が薄く残っていた。 先手はトロンベ。 後手は、ナルだ。 ナルは地面から刃鋼を振り抜き、大地を蹴って駆けた。 腰のブースターを全開にしての疾駆。 10smを縮めてトロンベを両断しようと駆けて行く。 だが、トロンベとて伊達に鍛錬を積んだ訳ではない。 距離を詰めてくるナル目掛けて全身のミサイルを掃射。 幾重にも重なる爆音と共に、無数の大小ミサイルが白い尾を引きながら飛来する。 文字通り雨の様な爆撃。 ナルとミサイル群とは直ぐに衝突した。 否。 ミサイルはナルと衝突することは無かった。 ナルは真っ先に飛んできた大型ミサイルの弾頭を刺激する事無く、踏み台にして跳躍。 踏み台にされたミサイルは地面と激突、多数のミサイルを巻き込む大爆発を巻き起こした。 ナルはその爆風を背に受けて更に加速し、トロンベへ一直線に突っ込む。 その後ろでは、目標を見失った中小ミサイルがあさっての方向へ飛び去り、地面と衝突している。 ―――一閃。 刃鋼の重量とナルの速度を乗せた一撃は、トロンベの左側を斬った。 が、トロンベ本体は左腕を多少掠った程度で主な被害はハリネズミの如く付けられた武装だった。 トロンベ本体のダメージこそ少ないものの、余波である衝撃はトロンベを震わせた。 「っく!」 多少よろめきつつも体勢を崩す事無く、次の攻撃―――背中に残った二門の蓬莱・壱式を背部に向ける。 銃口の先では、ナルがスライディングの要領で勢いを殺している。 その距離、およそ15sm。 ナルが再接近するにしてもそれまでに充分迎撃可能と見たトロンベは蓬莱・壱式に弾丸を装填し、発射しようとした。 が、それとほぼ同時。 ナルの右腕に装着された銃鋼から無数のビームが放たれた。 背後からの攻撃に一瞬反応が遅れるトロンベ。 だが、すぐさま回避しようとしたが重装備が祟り回避できず、ほぼ全弾を背中で受け止めてしまう。 その衝撃に耐え切れず、トロンベは前のめりに倒れてしまった。 「何してるのよっ! 速く立ちなさいよ!!」 アリカの叱咤がトロンベの通信ユニットに響く。 直ぐに体勢を立て直そうとして、そこである事に気付いた。 ハリネズミの如く備え付けられた火器の類。 その重量が邪魔して上手く立ち上がることが出来ないのだ。 「…っく……う……ぁ……」 何とか立ち上がろうと両腕に力を入れていた、その時。 「やはり負け犬は負け犬ですね」 ナルの刃鋼がトロンベを文字通り両断した。 「……そんな」 ディスプレイに踊る『YOU LOSE』の文字。 アタシはそれを前に言葉を失った。 荒野というフィールドに完全砲撃仕様のトロンベ。 それに加えて相手のマスター不在。 地の利、時の利はアタシに味方していた。 それなのに。 「あれ、負けちゃったの」 青瓢箪が缶コーヒー片手に戻ってきた。 「なんで…なんで……」 アタシの頭は混乱していた。 何か言いたい筈なのに、何も言葉に出来ない。 出てくるのは『なんで』という疑問のみ。 「なんで負けたのか理解できない。そんな顔だね」 「……当たり前よ。アタシのチューンアップは完璧だったわ! トレーニングでも完璧だったのに……!」 そう、何十何百何千回とトレーニングを積んだのだ。 それなのに。 「……そうだわ、神姫よ。神姫の性能が劣っているのよ! それ以外に負ける要素なんてありえないわ!」 アタシは一つの結論に達した。 トロンベとあのストラーフの元々の性能が違うからアタシは負けたんだ。 これ以外にアタシが負ける要素は見当たらない。 「…お嬢さん。そんな事を言っているようでは何百年経っても俺には勝てないよ」 「そんな事無いわ! 神姫の性能が悪いからアタシは負けたの! だからもっと良い神姫を買えば…!」 「機体の性能差が戦力の決定的差でない。という言葉がある。今回、お嬢さんの神姫の性能だけでみるならば、俺のナルと同等だったと思う。しかし、お嬢さんは負けた。しかもマスターのいない俺のナルに、だ。これが何を表すか解るかい?」 「…神姫の性能が同じ? だったら一体何が悪いのよ!」 本当にコイツは訳の解らない事を抜かす。 「二対一でも戦力で負けていたと言う事さ。そしてそれは経験に大きく起因する。もし仮にお嬢さんが新しい神姫を買ったとしても、それは赤子と同じ。まさに赤子の手を捻るが如し、てね」 まあ、確かにそれも一理ある。 「だったら、トロンベにもっと場数を踏ませれば…!」 「それでようやく相打ちといったところかな。お嬢さんが俺達に勝つためには、足らない物がもう一つある」 「なによ、勿体つけてなんでさっさと言いなさいよ!」 青瓢箪は一口缶コーヒーを口にした。 「それはお嬢さん自身で見つけないと意味が無いのさ」 「……はぁ?」 コイツ、本当は何も考えてないんじゃないの? 「しょうがない。最大唯一のヒントだ。神姫は唯の玩具じゃない。笑いもすれば、泣きもする……もっとも、受け売りだけどね」 「…訳わかんないわよ」 「それが解ったらもう一度戦おう。リアルでね」 リアルバトル。 その言葉に何故か身体が強張った。 上位ランカー戦の主であるリアルバトル。 仮想現実ではなく、現実でのバトル。 使用される武器は全てリアル。 即ち受ける傷もリアル。 最悪の場合、神姫本体すら壊れる可能性を孕んでいる。 だが、これはチャンスでもある。 あのストラーフを破壊できるかもしれないのだ。 「…良いわ。その勝負受けて立つわ」 「日時はそちらの好きに決めてもらって構わないよ。それじゃあ、失礼するよお嬢さん。」 そう言うと青瓢箪はさっさと出て行ってしまった。 後に残されたアタシはただ帰る準備をするだけだった。 先頭ページへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/959.html
―断片― 断片1―海神― 魔女っ子神姫☆ドキドキハウリン 神姫狩人 より設定等参照 断片2―きらり― おまかせ♪ホーリーベル ツガル戦術論 よりお名前拝借 断片3―僕とティキの番外編― リハビリ 戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/578.html
前へ 先頭ページへ 次へ ? コンタクトイエロー~第一ラウンド終了 1312時 諸島沖合 B3甲板上(VR空間) 「そんなに私の貞操が奪いたいんですかっ!?」 乱れた髪をなおしつつ素っ頓狂な内容で声を裏返して、途端に自分の言った言葉にマイティは顔を真っ赤にして口元を押さえた。自分はまだ混乱したままなのか。それにしても貞操がどうのとか、そんな言動がでてしまうなんて、自分は変人、いや変神姫なんじゃなかろうか? 「やっぱりマイティはシュリーク(金切り声)だよね」 ねここと一緒に正座して小さくなっていたシエンがおずおずと申し出て、マイティは再び叫んだ。内容は覚えていない。 オービルのおかげでフルコンディションになった装備を纏って、その場から逃げるように再出撃。クリムゾンヘッドに乗り込んだシエンと、簡易装備のシューティングスターのねここが僚機として後方についた。 ◆ ◆ ◆ 同時刻 11番コンソールルーム 誰が見ても一連の光景は単なるコメディにしか受け取れない。 だがマスターだけは、素直に笑えない状況にあった。 マイティはまだこの状況に適応し切れていないのではないか。その上にねこことのドタバタやシエンのどさくさにまぎれた告白が重なって、彼女は不安定になっているに違いない。そんな状態で、いま戦場で幅を利かせているという黄色い翼の五体と戦えるのだろうか。疲労は問題にならないほど回復しているし、装備もオービルという優秀なメカニックのおかげで新品同様になった。一見なにも不都合は無い。 アクセス直後に垣間見せたマイティの新たな問題。おそらく、新しい環境に適応するのに時間がかかる、という問題。これは自分が感じている以上に深刻なのではないだろうか? 神姫としてプリセットで含まれている人間そして人間空間との交流行動、武装神姫としてプリセットされているバトルという環境。 それら以外の部分で、マイティは戸惑う。今まで体験したことの無いほど多くの神姫がいる空間、同じ神姫から間接的にとはいえ「好きだ」と告白された状況。出てくればまだまだあるだろう。バトル自体に問題は無くとも、それ以外の混乱要素がバトルに影響を与えることは十分にありうる。 棄権、という選択肢がマスターの脳裏に現れかかった。 「――とにかく、まずは戦ってみる、か」 誰にともなく呟いて、マスターは椅子にもたれて画面を見つめる。 判断材料が足りない。危ないが――ここは様子を見ることにしよう。 ◆ ◆ ◆ 1315時 諸島上空(VR空間) レッド、ブルーどちらのチームも、すでにその戦力の半分を切っていた。 さっきより閑散としている。もう目と鼻の先に迫っている戦闘空域を望遠で眺めて、マイティは無感動にそう思った。 かといって、先ほどよりも戦いやすくなったわけではないだろう。後に残った者ほど、つまりは運が良い、強いということなのだから。それに双方ともにターゲッティングするべき敵が少なくなった分、自分が狙われる割合も高くなる。 結局、こうむる手間はそれほど低減しない。 しかしあと十五分ちょっとだ。 さすがに、もう過労でぶっ倒れることなどないだろう。 件の五機はすぐに見つかった。戦場の真っ只中で悠々と飛んでいる。うち一機がスノーボウを追いかけている。翼のマーキングまで判別できる距離に近づいていた。白い文字で大きく「4」。 シーカー、ターゲッティング。 「散開。黄色を狙うときはなるべくツーマンセルでやりましょう」 素直にシエンとねここが揃って離れる。二体とも重攻撃戦闘スタイルだが、コンビならその速度の遅さもカバーできるだろう。 マイティはぐんぐん距離を詰めて、イエローの後ろにつける。 BGM Sitting Duck(エースコンバット04・シャッタードスカイ オリジナルサウンドトラックより) 1317時 コンタクトイエロー 「サレンフェイス、援護します」 スノーボウのTACネームを呼ぶ。しかしどうしてサレンフェイス(仏頂面)なのだろうとマイティは疑問に思う。マイティは彼女の普段の性格を見たことがない。マイティと接したときだけ、スノーボウの感情は若干豊かになる。口数も増える。その事実をマイティはまだ知らないし、ましてやなぜスノーボウが感情を表に出さないのかなど思い当たるはずも無い。 《ラジャー、シュリーク。そいつは後ろに撃ってくるわ。マニューバーに気をつけて》 「了解・・・・・・」 といい終える間もなく、そのイエローの顔がこちらを向いた。 いや、全身ごと真後ろにくるりと反転しているのだ。航行軌道を変えずに。 「うっ!?」 ミサイルと機銃弾の雨あられが真正面から殺到してくる。推進力を前方に返して急激なエアブレーキ、武装神姫であるがゆえの機動。慣性を利用し機首を真下に振り向け、ブースト。ぎりぎりのところで射線から逃れる。 アラートが止まない。放たれた四発のミサイルのうち、二発が執拗に追いかけてきている。避けられた二発はノーマルのスティレットミサイルらしかったが、追いかけてきたほうは姿かたちは似ていても高機動にチューンされたまるきりの別物だった。以前の巡航装備ならその推力で振り切れるほどの速度だが、今の機動重視構成では逃げることはできない。迎撃するかミサイルの燃料切れを待つしかない。 が、迎撃しようにもマグネティックランチャーを後ろに向けることができない。自分の最大推力プラス大G旋回でなんとか相対距離を維持できるのである。頭を傾けて後ろを確認しようとすれば空気抵抗が増して危ない。シロにゃんに後ろを向かせてロックオン。スティレットミサイルを迎撃にあてる。 ガラガラガラガラン。翼に出ている四発を全部後ろ向きに落として断続的に発射。 しかし、 「だめです、全然当たってません」 シロにゃんが報告する。 今度はハンドガンで牽制射撃。アルヴォは速射性、カロッテは威力で補い合う。両方、ワンマガジンを撃ち切る。だめだ、当たっていない。 マガジンチェンジはしない。セミアクティブのサイドボードから直接、銃へ装弾される。銃の中からチキ、チキ、と弾が「生えて」くる。バーチャルだからこそできる芸当。 さらに撃つ。撃ち切る。当たらない。急旋回。一瞬ミサイルは目標を見失うが、すぐに振り返って追いかける。 再装弾。撃つ。撃ち切る。当たらない。 追いかけながら回避運動もしている、あのミサイルは。 特殊装備の絶対的な性能アドバンテージ。 マイティの意識に影が差す。 いやな感覚を振り切って、もう一度、再装弾。撃つ。 五発目で一発に命中、迎撃。間を置いて撃ち切る寸前で、もう一発に命中。ミサイルは爆散。 その間にシロにゃんが黄色の4を探し当てていた。推力全開、インメルマンターン。イエロー4は執拗にスノーボウを追い掛け回している。自分が寝ている間に敵から恨みでも買ったのだろうか。 再びイエロー4の後方につく。さすがのスノーボウといえど、そろそろ引き剥がさなければまずい。 《・・・・・・チッ》 通信混戦。それを分かっているかのような舌打ち。まん前の黄色から。 今度は目を離さない。相手がくるりと体をこちらに向けるのが分かった。 その回転している一瞬が大きな隙だった。 この距離ならば当たる。 スティレットミサイルを四発全弾発射。 黄色はちょうど背中を見せている。 当たった。マイティは確信した。 その確信を打ち砕く信じられない光景が、マイティの目の前で繰り広げられた。 相手の反転速度がいきなり上がった。あの速度ではこちら、真後ろで止まれない。止まる必要が無いのだとすぐに分かった。 イエロー4の両手から赤い光条が伸びたかと思うと、迫り来るミサイルをひと撫でした。ライトセイバーだった。 あっけなく四発のミサイルが真っ二つに切られ爆発。 炎の合間から、鬼のような形相をした色黒のアーンヴァルの顔が覗いた。 背筋が凍った。 同時にマイティは、不思議なことにイエロー4の顔を事細かに捉えていた。 インド系に整形されたマスク。つややかなブルーブラックのウィッグ。よく手入れされた整形。オーナーの愛情が込められている。 が、マイティはその愛情がイエロー4自身ではなく、どこかあさっての方向を向いているような気がしていた。 相対距離が同調し、二体の間がぴたりと止まる。 しまった、隙を与えた!? 気づいたときにはイエロー4は赤いライトセイバーを振りかざして、マイティの目前にいた。 やられる! 間に何者かが割り込んだ。 ヘッドセンサー・アネーロの後ろに白い猫の耳が隠してあった。彼女がねこみみを付けていることを、マイティはいまさら知った。 セイバーの熱。切り裂かれる音。マイティは間近で感じた。あまりにもリアリティのあるエフェクト。VRの高性能。 スノーボウがマイティの目の前でポリゴンの塵と化し、消えた。 マイティの瞳から戦意が消えた。 もはや倒す価値も無い。そう判断したらしいイエロー4は、フンと鼻を鳴らして飛び去った。 その後のことは、マイティは覚えていない。ただ、生き延びたことは確かだった。第一ラウンド終了の合図がけたたましく鳴って、われに返った。 世界が消失する。次に出るのはまたあのブリーフィングルームだろう。だがマイティは、このまま消えてしまいたい心持ちだった。 1330時 第一ラウンド終了 中間制空権報告 レッドチームの若干有利 第二ラウンドフィールド選定 「海岸線」 前へ 先頭ページへ 次へ ?
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/484.html
天の妙なる響きに、しばし身を委ね 夜の東京……と言っても、いかがわしいゲームの発売日でもない限り 真夏と暮れの魔境現出時以外、アキバの夜はおよそ静かなのである。 ましてやここは外れでしかも地下、換気さえ注意すれば快適な物だ。 と言うわけで今晩は、昼に虫干しを兼ね整頓した蔵書を読んでいる。 「ふぅむ、この配線パターンはこれが効率的か……なるほど」 「むにゃ……マイスター、起きてらしたですの~?ふぁ……」 「ん……?おおッ。起こしてしまったかロッテ、すまないな」 「いえ、充電も問題ないですし……わたしは構いませんの♪」 「そうか、なら曲でもかけてやろうか……パイプオルガンだ」 OK、そこの貴様。人を怪物でも見る様な目で眺めるんじゃない。 クラシックは私の好みだ、文句あるか?それに、その……ロッテも 実はクラシックを気に入っていてな?──少し違う意味で、だが。 少し待っていろ、すぐに分かるぞ……ほら、聞こえてくるだろう? 「♪普く星々は、空を照らし……」 「♪風はそっと、夢を運びて……」 「♪人は幸せに、夜を越える……」 のびのびとした明るい即興詞、透き通った水晶の様なボイス。 パイプオルガンの重厚で荘厳な音色に負けぬ、彼女の存在感。 そう……これは、ロッテが自らの意思で奏でている歌なのだ。 “プロテクト”を外されたCSCは、人と同じ感受性を宿す。 それが故に、彼女はこの様な美しい歌を唱う事が出来るッ!! 「♪……お粗末ですが、一曲マイスターに差し上げますの」 「粗末なんて、とんでもないッ!……可愛い娘だ、ロッテ」 「きゃっ?えへへ~……ありがとうございますですの~♪」 私の為に唱ってくれたロッテを抱きしめながらも、思う固有名詞。 その名は“アシモフ・プロテクト”。神姫という“魂”を縛る枷。 普通のユーザーならば極初期の段階で解除処置を受けているのに、 その現状を以てなお搭載されているのは、人のエゴ故であろうな。 社会が神姫達人工知性体を、対等のパートナーと見ていない現状。 なんとも嘆かわしい限りだ。彼女らの本質……魂、そして“心”! 「本当にお前達は、人と何も変わりがないのにな……」 「いつかみんなが、仲良く唱いあえたら幸せですの♪」 「有無、だなぁ。その為に、出来る事はせねばなッ!」 「きゃ?!ま、マイスターわきわきはだめですの!?」 「ダメだッ、私は今ロッテが愛おしくてたまらんッ!」 「きゃ、きゃぁ~っ♪くすぐったいですの~っ!?!」 胸元に優しく抱きしめた“妹”を、私は心を込めて撫でてやる。 ロッテはいかがわいい愛玩用ではないのだが、何故か喜ぶのだ。 本人曰く『メモリがいっぱいになっちゃいますの』だそうだが、 センサーが感じずともそのCSCとコアが“幸せ”を覚える…… 躯は人造でも“魂”が天然自然に備わる証と、私は思っている。 「は、はふぅ~……マイスター、もうギブアップですのぉ~」 「う、うむッ。今日はこの辺で勘弁してやろうか、ロッテ?」 「……はい。だって、マイスターもお顔が真っ赤ですの~♪」 「う゛ぁ!?き、気のせいだ照明のせいだなんでもないっ!」 本に顔を埋める。いかん、昔からどうにも私は素直になれない。 特に神姫……しかもロッテの事となると、胸が締め付けられる。 でもこれじゃ、検査後に戻ってくるクララに嫌われちゃう……。 ……って貴様、人の心の声を聞くなッ!言い訳は、無用だッ!! 何、『自分で言ってるんだろう』だと?ええい、そこに直れぇ! 「ごほんごほん、げふげふ……いかんいかん、暴走寸前だ」 「もう。マイスターってば、クララが驚いちゃいますのっ」 「うむ、分かってはいるんだが“妹”への想いが……なぁ」 「それはちゃんと、クララも分かってくれると思いますの」 事実その通り、こういう暴走をするのはロッテと打ち解けてからだ。 クララとも最初の内はぎこちなかろうが、ロッテが証言するのならば きっと判ってくれるのだろう。無論私が彼女を理解するのも重要だ。 久々に挫けそうになったが、すぐ持ち直した。これは私の長所だな。 「眠気が冴えてしまった……これをもう少し、読むとするか」 「じゃあわたしももう一曲、マイスターに捧げますの……♪」 「ああ、頼む。冬の夜は長いからな、良い歌が聴きたいぞ?」 「はいですのっ!……♪華咲く心、踊る私、愉快な調べ……」 ──────あなた達がいるだけで、私は満たされるの。 次に進む/メインメニューへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/995.html
歌声、響いて──あるいは茜の日常 こうして手を動かしメロディを口ずさんでいると、時間を忘れます。 ふぇ……あたしですか?ええっと、マイスター・槇野晶の“妹”たる 神姫のアルマですッ……と言っても今日はHVIF当番の日なので、 “茜”として台所に立ち、お姉ちゃんが起きるのを待ってるんです。 あ、目が覚めたみたいです……もう、武装作るのに根詰めちゃって。 エアコンで冷えない様に、設定温度を上げて毛布も掛けたんですよ。 「ん、むぅ……くしゅっ。くそ、冷えてしまった様だな……む?」 「ふんふふんふ~ん……♪あ、起こしちゃいましたマイスター?」 「いや、構わぬ茜。ロッテとアルマは、今はどうしているのだ?」 ずれた眼鏡を掛け直しつつ整った黒髪を手櫛で直し、毛布を畳む少女。 これが、あたし達の“姉”である晶お姉ちゃん。“職人”を名乗るのは ハッタリじゃないんですよ?さっきまで突っ伏していた作業台の上に、 フレームと思しき金属と強化プラスチックの塊が、幾つもありますし。 ちなみにロッテちゃんとアルマちゃんは、あたしの“妹”たる神姫達。 「クレイドルのバスタブでお風呂に入っていますよ。仲良く洗いっこ」 「こ、こらッ!?想起させるような事を言うんじゃない!それよりッ」 「……意識ですね?ええ、大丈夫。しっかり認知する様にしてます♪」 「ならばいいのだが……“現実感に乏しい”というのは気になってな」 お姉ちゃんが言うのは、この“肉の躯”……HVIFを使い続けていて 分かってきた副作用の事です。こうして“茜”として過ごした記憶が、 神姫素体の“アルマ”に戻った時、僅かに“感じ方”が代わるんです。 フェレンツェ博士とお姉ちゃんの改良で、一応は緩和したんですが…… 多分あたし達に“魂”があるなら、それを元の躯から例え擬似的にでも 引き離した事で起きているんじゃないかな、って……そう思うんです。 「お前達の神姫素体をその体内に接合するという手法もあるが……」 「“素体を完全に捨て去ってまで人に近付く必要はない”ですね?」 「有無、やるとしても多種多様な問題が付きまとう。当分は無しだ」 「ですねぇ……その時もすぐ元の素体に戻れる様でないと、嫌です」 神姫は神姫として誇りを持って生きていきたい。それが、あたし達姉妹と 晶お姉ちゃんの、共通の考えです。別に“人類”になりたくてHVIFを 使っている訳じゃないですからね……垣根をどこまで取り払えるか、要は それを知りたいだけですし。あたし達は、あくまでも“神姫”なんです。 「それで構わぬ。むしろ、そういう想いを持ってくれる方が嬉しいぞ」 「いえ。お姉ちゃん達こそあたし達の事考えてくれて、嬉しいです♪」 「そうか……む?何やら良い香りがするが、これは……紅茶か、茜?」 「淹れましたっ。ほら、時間見て下さい……とっくに深夜ですよ~?」 お姉ちゃんに紅茶を渡した後、あたしも自分のを持って席に着きます。 ちょっと根を詰めると、徹夜でもなんでもしちゃうのが晶お姉ちゃん。 だからあたし達周りの神姫が、適当にブレーキを掛けないとダメです。 『何故神姫か?』……ですか?ほら、お姉ちゃんは偏屈ですし……ね? 「ふぁ~、いいお風呂でしたの~♪クララちゃんも性徴しちゃって」 「……神姫素体でそんな変化しないもん、ロッテお姉ちゃんってば」 ちょ、ちょっと漢字変換が気になりますけど……“妹達”が別室にある クレイドルから出てきました。長風呂らしく、気持ちよさそうですね。 真っ赤になったクララちゃん、可愛らしいです。ロッテちゃんってば♪ 紅茶を飲み干し、晶お姉ちゃんが肩に飛び乗った神姫二人を撫でます。 「む?風呂上がりか二人とも……有無、人工頭髪の発色も良しッ!」 「マイスターも、お風呂戴いてくださいですの♪疲れたでしょう?」 「ぐーぐー気持ちよさそうに寝ていたんだよ?知らないだろうけど」 「う゛……そ、そんなはしたない寝方はせん!ともあれ、良いか?」 あたしは微笑み肯きます。ティーカップも洗わないといけないですし、 なんだかいい歌詞が浮かびそうで……ちょっと思考を整理したいです。 「では、リフレッシュしてこようか……覗くんじゃないぞ、お前達?」 「ひょっとしたら覗いちゃうかも、って冗談ですの~マイスター?!」 「からかっちゃダメだよロッテお姉ちゃん……大丈夫だよマイスター」 「全く……この娘を頼むぞ茜。私が出たら、お前も入ると良いだろう」 「もう皆元気ですね……わかりました。ごゆっくり、お姉ちゃんっ♪」 晶お姉ちゃんは『仕方ない娘らだ』と笑って、下階に降りていきました。 神姫素体でもHVIFでも代わらない……変えたくはない、日々の幸福。 その目線や視点は違っても“あの人の神姫”として、楽しく過ごす毎日。 小さくて大切な喜びが、ついつい即興の歌になって口から零れてきます。 『♪あたしはとっても小さくて、でも命-想い-はハートに一杯なのよ 魔法使いが躯大きくしても、ココロまで大きくなんてならないわ だって何があってもあたしは常にあたし、巨人なんか無理な話ね この宝物小人のままでずっと大事なの、大きくなっても大切なの だから夜が来ても、あたしは常にあたし-自分-でいられるのよ♪』 ──────題名は“A little little jem”って所で、どうですか? メインメニューへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/421.html
前へ 先頭ページへ 次へ 参加手続および第一次作戦会議 2036年*月*日1144時 ホビーショップエルゴ二階 入り口をくぐったときから妙な熱気が漂っているとマスター達は感じていたが、二階への階段を上がりきらないうちにその熱気の発生源を見つけて、思わず気圧されそうになった。 エルゴの二階はもともと武装神姫バトルスペース専門で、仕切りなどなく全体がひとつの空間である。イベント当日の今日は本来の筺体は脇にどけられ、一方の壁には二十台の特設コンソールルームが並び、さらにその上の壁にはギャラリーのための巨大なペーパーディスプレイが張られている。ゆうべほとんど徹夜でマスターたちが設営したものだから、コンソールルームの手前は広い空間があるはずだった。 その空間を、人が占めていた。数百人のギャラリーが、ほとんどすし詰めになっているのである。もちろんちゃんと椅子も用意してはいたのだが、まったく足らず、半分以上が立ち見であった。 純粋に史上初の大規模バーチャルバトルを楽しみに来た者、他企業の偵察としてきているようなピチッとしたスーツを着込んだ者、抽選にもれたため参加者に託して応援しに来た者、様々であるが、たぶん神姫のことをまったく知らない人々もいるだろう。これほどまでに話題性のあるイベントなのだとあらためて知って、マスターとケンは心が躍った。 「これは、凄いな」 「で、オレたちゃどこ行きゃアいいんだ?」 ケンがきょろきょろと見回す。なにしろすし詰めであるから道が無いのである。 と、彼らから見て一番奥、つまりもっとも窓側に近いところで声が上がった。 『大会参加者は窓側の集合場所に集まってください』 エルゴ店長、夏彦の声であった。 二人はそれぞれ所定の場所(コートの胸ポケットとニット帽の中)にいる自分の神姫を振り落とされたり押しつぶされたりされないよう気をつけつつ群集をかき分けかき分け、そちらへ向かった。階段が店舗の一番奥にあることを少し呪った。ケンの風体におののいて自ら道をあける人が多かったことに、マスターは少し複雑な気持ちになる。 集合場所はギャラリー席とは分割されていて余裕があった。もう参加者全員が集まっていた。マスターとケンを入れてちょうど二十人である。 「やあ、すまない。大変なギャラリーだな」 「こんなに集まるなんて思ってもみませんでしたよ。兎羽子さんと澟奈さんが列整理に行ってくれたんですけど、行ったっきり戻ってきません」 「大丈夫なのか」 「ご心配なく。ああ見えて頑丈ですから」 「頑丈?」 妙な形容をするなとマスターは思った。 「あ、いや、何でもないです。さて、時間も押してますし、最終登録してルームに行きましょう」 最終登録は本人確認と神姫の装備確認である。装備確認はあらかじめ郵送されてあるエントリーシートに構成を書き込んでおき、ショップのイベント管理担当(多くはそのショップの店長が行う)に渡すのである。その後、コンソールにて最終審査に入る。ここで弾かれればもちろん参加不可能であるが、イベント主催側にも事前に予定装備を電信し許可されてあるから弾かれることはまず無い。 イベントの癖にずいぶん参加手続きが面倒だなと思う読者もいるだろうが、しかし実際にランクポイントや褒賞パーツが授与されるのであればその扱いは通常のオフィシャルバトルと同等なのである。 マスターはこの時になっても、参加資格にあった「一部自由」がどこまで自由なのか気になっていた。そもそもほとんどオフィシャルバトルに参加していないどころか裏バトルの常連であるケンが参加できたというのが、マスターをいっそう混乱させた。 「ケン」 「あ?」 「お前、シエンにどんな装備をさせたんだ?」 「そいつぁ・・・・・・」 少し考えるふりをして、ケンはにやりと笑った。口元のピアスがきらりと反射した。 「見てのお楽しみだ」 そう言い残して最終登録に向かって行ってしまった。 「あなたが公式武装主義者(ノーマリズマー)ね」 年季の入った声をかけられ、マスターは振り返った。 小柄でスレンダーな老婦人が立っていた。 銀色の長い髪を後ろで結んだその顔は、「苦労して勝ち取った」であろう皺が刻まれている。パリッとしたワイシャツの上に黒いベストを着ている。下はスカートではなく、フォーマルパンツである。豪奢さをひけらかさず、きつく内に秘めたまさしく老練な人物が感ぜられた。どこか大きなカジノの名ディーラーといった雰囲気だった。 適度に化粧の施された顔の、瞳の色は青い。日本人ではない。 「あなたは?」 めったに言われることの無いほど知名度の低いその名前を呼ばれて、マスターはややうろたえた。 「ごめんなさい。私はバセット・スキルト。ファーストランカーをやらせてもらってるわ。こっちは・・・・・・」 と言って胸元から神姫を取り出した。優雅さのにじみ出る仕草だった。 「はじめまして、忍者型MMSフブキの『シヅ』です」 バセットの手のひらで、シヅと名乗ったその神姫は深々とお辞儀をした。マスターは慌ててポケットからマイティを引っ張り出して挨拶させた。首根っこを掴まれたマイティは金色のボブヘアーを振って不機嫌そうにしながらも、三つ指ぞろえでこうべをたれるシヅを前にして慇懃に応じた。普段そんな礼儀正しいことことなどやっていないから、マイティの動きはぎこちなかった。後で礼儀を教えてやらねばいけない。 「この子があのマイティちゃんね。可愛い子だわ」 微笑を浮かべるバセットの後ろで、他の参加者達がなにやらざわざわと沸いていた。どうやらこの老婦人のことを話しているらしかった。それほど有名な人物なのだろうか。一人を除いてファーストランカーのことなどまったく知らないマスターは、少し申し訳ない気持ちになった。 「ファーストランカーの方が、どうして私たちを知ってるんですか?」 マスターが質問しにくくなっているところへ、率直な疑問をマイティはぶつけた。 バセットはいやな顔ひとつせず答えてくれた。 「私たちも、あなた達と同じように公式装備しか使っていないからよ」 これにはマスターが驚嘆した。 ファーストリーグで公式装備を使っている。当たり前のように響くその言葉だが、ファーストリーグを少しでも知っているオーナーならばその意味がどんなに過酷な限定条件であるかすぐに分かる。 あの鶴畑、は極端な例だが、そうでなくても勝つために手段を選ばないのは至極当然としてまかり通っている所である。違法すれすれのあらゆる装備を万全に使いこなすのが実力、もちろん運も実力のうちで、その運を思い通りに操作するのも実力。裏で八百長をやっているのはさすがに鶴畑の次男坊と長女くらいなものだが、それを抜きにしたところで、ただのオーナーが飛び込んでいってまともに戦える世界ではない。 そこで公式装備のみを用いて戦ってゆくというのは、正直「自虐」といっても良いくらいであった。 マスターは質問しにくい空気を無理に切り裂いて、一番訊きたいことを訊いた。 「ミズ・バセット。失礼ですが、ランクは?」 「72位よ」 自慢する風はまったく無かった。ただ事実のみを告げるように言って、事実、そうだった。 ファーストでトップ100位以内に入っていることが告げるのは、彼女のノーマリズムは自虐ではなく、れっきとした実力であるという証であった。 このときマスターの中には、あの片輪の悪魔へのリベンジとは別に、ファーストへ向かう動機がもう一つ生まれた。だが今の彼はまだそれに気が付いていない。 「ほら、あなたの番よ」 バセットに言われて、マスターははっと我に返った。気がどこかに飛んでいた。背中の方で店長が呼んでいた。 「失礼」 あわただしく手続きに向かおうとして、マスターは一度振り返って、 「あなたと共に戦えて光栄です。ミズ・バセット。たとえ敵でも味方でも」 この先仲間になるかどうかは分からない。チーム分けは完全にコンピュータ任せのランダムなのだ。 「ミセス、よ。夫はもう天に召されてしまったけれど」 何の屈託も見せずにバセットは言った。マスターは一瞬どう返してよいか迷ったが、 「頑張りましょうね」 その言葉に深々と礼をした。 手続きを済ませ、割り当てられたコンソールルームへ向かおうとすると、 「あーっ、マイティちゃんなのーっ」 丸っこい声が斜め後ろからぶつかった。 びっくりして振り向くと、そこには見覚えのあるマオチャオと、長いポニーテールの少女。 「ねここちゃん!?」 マイティも目を見張った。が、飛びかかられるところまでは回避できなかったようである。気が付けばすでにマスターの腕の上でマイティはねここに抱きつかれていた。 「また会えたの、感激~っ」 「ちょっと待って落ち着いて。あっ、だめ、そんなとこさすらないで、あっ、揉んじゃだめえぅっ」 本物のネコばりにじゃれ付くものだから、もうマスターの腕の上は喧々である。時折妙につややかな叫びが上がるのは気のせいにしておく。 「風見美砂さんか。君もこの大会に?」 腕の上は完全に放っておいて、マスターはこの猫の飼い主に挨拶した。 「ええ、ねここが『どうしても飛びたい』って言って聞かないものですから。まさか受かっちゃうなんて」 「空対空戦闘の経験は」 「正直、まだちょっと不安なんです。マイティちゃんがいてくれれば心強いんですけれど」 「同じチームになれることを祈っているよ」 「はいっ」 まだごろごろと懐いているねここを引き剥がさせて、マスターは別れた。美砂の肩でハウリンがものすごい形相でこちらを睨みつけていたのはわざと無視した。シエンでもあんな顔はしないな。 彼らが割り当てられたルームは十一番。一番真ん中、ディスプレイの真下である。 ルームは移動式の個室であった。ドアを閉めるとギャラリーのざわざわした喧騒がふっと消えた。耳を澄ませばかすかに聞こえる程度だが、気にはならない。かなりの防音機能である。床は絨毯で、一角に見慣れたバーチャルバトルコンソール一式が置かれ、一時間腰を据えて挑めるようリクライニングシートが設けられている。設営のときから感じていたが、かなり金のかかった設備である。意外に閉塞感が無いと思ったら、天井が透明なアクリル張り。見上げれば巨大なペーパーディスプレイが一面に広がっている。店長の計らいで小型の冷蔵庫まで設置され、その中には清涼飲料水が何本かストックされていた。 ここで七時間半戦うのである。ラウンド中にやられても、次のラウンドには参加できるルールである。もし撃墜されたとしてもその間はただ待っているつもりは無かった。そういう時間こそ有効に使うべきだとマスターは考えた。 だが、肝心のルールの詳細がまだ分からない。負けた後に戦いを観戦できるのかどうかも。まあここで見られなくなっても、見上げればドでかいディスプレイである。情報収集に困ることは無いだろう。 十二時までまだ数分あった。コンソールを起動し、コネクティングポッドにマイティを座らせ、メインボード、サイドボードのそれぞれにあらかじめ申請していた武装を設置してゆく。サイドボードにはさらにオフィシャルのマークが入った紙箱を入れた。中には何かがぎっしり詰め込まれているようだった。ボードの窓を閉める。 これで時間が来たら即座にアクセスできる。他にやることもなくなったので冷蔵庫を開けようとすると、コンソールのテーブルの上に一枚の白いビニールパックが置いてあるのを見つけた。 手にとって見ると、中にカードが入っているようだった。パックの表面には赤文字で大きく「許可されるまで開封しないでください」との注意書きがある。コンソールの脇には増設されたカードスロットもあった。何か特別なことをするのだろう。考えるのは開けてからで良い。 パックを傍らに置いて、時間を待った。冷蔵庫の中身は全部スポーツドリンクだった。いま季節は冬だが、空調が利いているとはいえルーム内は余計に熱を持つだろう。この選択は賢い。 一口飲んでいるところで時間が来た。マイティを寝かせ、激励の言葉をかけ、ハッチクローズ。 アクセス開始。 ◆ ◆ ◆ BGM Operation(エースコンバット04・オリジナルサウンドトラックより) 1200時 114サーバー・ブリーフィングルーム(VR空間) ブリーフィングルームはまるで宴会場だった。マイティはその騒がしさに圧倒されて、まるでどこか知らない土地に放り出されたような気持ちになった。 神姫スケールに縮小された大部屋だった。くぐもった轟音がひっきりなしに響いてくるので、ここはどこかの航空機の中なのかもしれないとマイティは叫びだしたくなる衝動を抑えて冷静に分析した。ずいぶん凝ったVR構築である。 全ての神姫が素体状態で騒ぎ合っている。カスタムタイプの神姫はひどく目立っていた。が、マイティを含むほとんどの神姫たちは姿かたちだけでは誰が誰だか判別できないから、オンラインゲームよろしく頭の上に名前が浮かんでいる。マイティは不安に耐え切れずに頭上の名前たちを見渡した。まるで自分が人間になったような雰囲気だった。自分のを含むオーナー達の姿が見えないのも不思議な感覚を覚えさせた。 見覚えのある名前は見つけられなかった。いよいよわめき出しそうになるところへ、まさにタイミングよく真後ろから抱きつかれた。 「ぃひゃああーっ!?」 素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。水を打ったように喧騒が静まって、周囲の神姫たち全員の視線がマイティに注がれる。二百体以上はいる。マイティという名前のアーンヴァルは一躍みんなの知るところとなった。 「ごろごろ」 後ろから抱きついてきたのはもちろん、ねここである。 「マイティ!?」 集団から抜き出て近づいてきたハウリンは、シエンである。その後ろからはフブキ。シヅであった。 さらに次々と何体かの神姫が集まってくる。なんと同じエルゴ接続の神姫たちであった。彼女らはマイティとシヅそして彼女達のマスターの会話を見てすでに二体を見知っていた。他の二百体弱の神姫がほぼばらばらの場所から集まっている中、奇跡的な確立で、あの場にいた二十体全員が同じチームに割り振られたのである。 マイティを中心にして、彼女らに奇妙な連帯感が湧いた。自然と一つの飛行隊が出来上がった。 エルゴ飛行隊(ERGO Spuadron)の結成である。 間もなくアナウンスが聞こえ、第一次ブリーフィングが開始された。 前へ 先頭ページへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/906.html
職人気質は遺伝か、努力の賜物か 初めての3on3は見事“私の妹達”が勝ち星を収めた。実にめでたいな。 そう言う訳で、近所の天丼屋にて本日は祝勝会だ……『豪華だな』だと? いや、仕方有るまい。私達四人だけならもっと適当な場所があるのだが、 今日は遠方の親戚も同席するのだ。しかもあろう事か、今日の対戦相手。 「というわけでだ……まずは公約通り、これをくれてやるぞ灯ッ!」 「うあうあ、痛い痛いですがッ。ギャアー、そここめかみーっ!?」 「灯さん……そのボイスチェンジャーはオフにしてほしいですの~」 そう。渋いバリトンで喚くこの幼女・碓氷灯が、一応私の従姉である。 人が怖いと言って声を変えたり大きなサングラスを常に装備する変人、 山奥に年中引っ込んで、こんな所になど来るはずもないと思っていた。 だが現に此奴めはアキバの神姫バトルランキングに、名を記している。 故に不可解は転じて不愉快となり、どうしてでも真実を知りたくなる! 「そもそもだ、何故貴様がここにいる。転居の話は聞いていないぞ」 「うん、してないですな。春休みでちょっと遊びに来ただけだから」 「……ミラさん、この人って何時もこうなのかな?どうみても……」 「言っちゃダメよ。当人はいつも気にしてるんだから、人間の目を」 「え、ええっと~……却ってこれは逆効果の様な気がしますけど?」 ロッテの溜息・クララの疑問・アルマの当惑、いずれも一々もっとも。 だが、病的な程に人を畏れる彼女は、人混みの中では必ずこうなのだ。 私は勿論彼女の親族も止める様に言うのだが、どうしようもない様だ。 この様な“病的な拘り”は、恥ずかしながら私の一族共通の物らしい。 「で、でもさ。晶ちゃんだって色々と変な所に拘ったりするですぞ~?」 「それを突かれると痛いな。お互い、治らん性癖であると言う事か……」 元を正せば、私の“職人気質”とてこういう所が発端なのかもしれぬ。 “灯の神姫”であるミラ・イリン・ティニアの三人は、その辺に理解が ある様で、ツッコミを入れる“我が妹達”を先程から制してばかりだ。 「で、“春休み”だと?まあ深くは追求せぬが、その様子だと……?」 「そうよ!先月の中程に登録して、どこまでいけるか挑戦したのよ!」 「私達が頑張る事で、少しでも“姉様”が外に出やすくなれるならね」 「でも、“姉様”の春休みも明日で終わりだから。今日がラストなの」 ミラ達、“灯の妹達”は口々に私達を挑発する。だが、姉への想いは どうやら本物らしい。全ては灯を案じての提案で、一応は奏功したが “有終の美”を阻止されたのは、そう言う意味で度し難いのだろう。 とは言うが、そんな理由があっても戦いの手を抜く事は……ないな。 「それは悪い事をしましたけど、わたし達に負ける気はないですのッ!」 「ロッテちゃん……そう、ですね。彼処で温情を見せるのは、失礼です」 「……うん。ティニアさん達だけじゃなくて、灯さんにも不義理だもん」 「え゛、わ……私にも?……あーあー、そう言われるとそうかも……?」 「そう言う事だ。灯を慕う神姫を侮辱する事は、貴様にも悪いからな!」 「む、むううう……でもラストで勝てないのはやっぱり悔しい~ッ!?」 灯とて、臆病ではあってもバカではない。彼女自身は理解出来た様だが、 彼女の“妹達”三人は、やっぱり最終戦に負けた事が大変悔しいらしい。 “私の妹達”は未だここまで敗北を引きずった事は無いので、新鮮だな。 「なら、また灯さんの都合がいい時にこちらへ来てくださいですの♪」 「え?何それ、再戦しよう……って事で良いの?ロッテ……ちゃん?」 「はいですの、イリンさん!わたし達も、また戦ってみたいですから」 「後悔しても知らないわよ貴女達。まだ姉様の神姫はいるんだから!」 「そうよ。セティ姉様に茶織(チャージィ)姉様に……後、穂積姉様ッ」 ……聴いた事もない名前がぞろぞろと出てくるがそれは後にして、だ。 再戦の約束はあっという間に神姫間で結ばれ、12の瞳が私達に向く。 当人達で決まってしまっては、私と灯が却下する事は……到底出来ぬ。 「そう言う訳でだ、また東京に出てこい。秘蔵の神姫を連れてなッ」 「い、いいの……ごめんなさいですなんでもないですコワイ顔!?」 不要に怯える灯に再び梅干しをかましつつ、そのサングラスを外して 首輪型ボイスチェンジャーのスイッチを落とす。うむ、つぶらな瞳に 鈴の鳴る様な声。勿体ないな……まあ、幼女では男も限られようが。 ──『お前もな』とか言った奴、この場で素揚げにしてやろうか!? と、ともかく!私は疑問だった事を口にする……すぐ後悔したがな。 「しかし、何故神姫オーナーになったのだ?しかも“姉様”とは……」 「あうあう……あー、それは晶ちゃんと“歩さん”に触発されてだね」 「──────もういい。そうか、それはきっと喜ぶだろうな。むッ」 私はすぐに灯の話を止める。『誰だ?』……まだ語るつもりはないッ! ……すまん、少々苦い過去なのでな。時がくれば、貴様らにも話そう。 ともあれ、そう言う人が居たのだ。それだけ覚えてくれれば構わない。 っと、頼んでいた天丼が三人前届いたか。そう、“彼女ら”の分もだ。 「って、貴方達神姫なのになんで天丼が食べられるのよーッ!?」 「……少々訳ありでな。彼女らは食事が出来るのだ、ティニアよ」 「ずーるーいー!?姉様、私達にも何か食べさせてくださいッ!」 「え、えう。ちょっくら無理ですな、どういう原理かさっぱりッ」 「ううぅ……姉様を責めるのは筋違いだし、あーもー悔しいッ!」 喚くミラ達“灯の妹達”を余所に、ロッテ達“私の妹達”は、一杯の 天丼を三人で分け、器用に食べ始めている。実に旨そうではないか! そうと決まれば、早速食べ始める事としよう。ミラ達には悪いがな。 「ほら、灯も食べるが良い。ここはアキバでもなかなか有名なのだぞ?」 「う、うん……いただきますなのだ。海老に目が無くて……あむっ、む」 「おいしいですの~……♪って、クララちゃんは食事が進まないですの」 「うん、脂っこい物はね……ボクは少しで良いよ、アルマお姉ちゃん?」 「あ~、ひどいですクララちゃん~!?で、でも……美味しいですッ!」 ──────それでも久しぶりの邂逅、本当に楽しかったよ? 次に進む/メインメニューへ戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2713.html
私にも敵が見える気がしたが別にそんなことはなかったZE☆ 「樹羽……」 「何、顔近いよ」 私は絵美ちゃんとのバトルに勝った。 華凛のことだから、てっきり抱きついたりしてくるかと思っていたら、なぜかすごい顔をしてこちらに迫ってきた。 「樹羽、今までまともに神姫バトルやったことないでしょ」 「ううん、ない」 「じゃあ、小さい頃に空手とか」 「幼稚園から小学一年まで合気道をy」 ガッと肩を捕まれる。 「なんであんなに手慣れてるのよ! ていうかレールアクションまで防ぎ切ったわよね!? どういうことなのよ! 訳言えわけぇぇぇぇっ!!」 ガクガクと揺さぶられ、まともに会話どころか呼吸まで危うい。 「華凛さん落ち着いて! 樹羽が死んじゃいますよ! 白眼剥きそうですよ!」 シリアの声が遠くに感じる。もう、だめかもしれない。 「はい、言いたくなる気持ちもわかりますが、まずは落ち着いてください。へたをすると本当に死にますよ?」 柏木さんに諭され、ようやく華凛は放してくれた。ちょっと首が痛い。 「で、説明してもらいましょうか?」 勝ったのに尋問されるってどういうことだろう。 「何に関して?」 「うん、まずはレールアクションをかわしたことについて」 イーアネイラの固有RAと、槍のレールアクションのことについてだろうか? 「……なんとなく」 「はぁっ!?」 「空気、というか気配みたいなもの」 「ありえない……神姫を始めてまだ数日の人がレールアクションをかわす。しかもなんとなくその場の空気で二回も……」 華凛が部屋の隅でぶつぶつと何か言っている。 「華凛?」 「……次の質問」 しばらくして、華凛がようやくこちらにやってくる。 「樹羽、仁さんと何回練習した?」 「数えてない。でも、一日に二桁はやった」 「まぁ、朝から晩まで文字通り神姫漬けでしたからねぇ」 柏木さんもうんうんと頷いている。 確かに、大抵神姫にライドして実践形式の練習で、疲れたら柏木さんに神姫の話を聞いたりしていたから、神姫漬けと言っても過言じゃない。 「だからって、あたし樹羽があそこまでアグレッシブに動けるとは思ってもみなかったわよ……神 姫に触れて少しは私以外の人とのコミュニケーションを学んでもらおうと思ってただけだったのに……何? とんでもない原石掘り出しちゃったのあたし?」 また華凛は隅でぶつぶつ言っている。 まぁ、華凛の目測は決して外れではなく、他人とのコミュニケーションは取れてきたと自負している。ただ、神姫バトルが思っていたより面白かったから、ついついのめり込んでしまっただけだ。 「華凛お姉ちゃん、なんでそんな隅にいるの?」 絵美ちゃんは心配そうに華凛に駆け寄る。 「うん……ちょっと理解しがたい問題があってね。それを理解するために時間がかかるの」 「??」 絵美ちゃんはまだよくわかっていないようだ。 「でも、そこまで神姫漬けだったなら……まぁ、百歩譲って理解できるか……」 華凛がふらふらとこちらに戻ってくる。 「でも、まだバーニアの制御はうまくいかない。落ち着けばなんとかなるけど」 空気が死んだ 「……仁さん、知ってた?」 「……いえ、さすがに知りませんでした」 「……??」 何かまずい事でも言っただろうか? なにやら2人とも部屋の隅に行ってしまった。 「樹羽、悪いけどもう一回言ってみてくれない?」 「だから、バーニアの制御はまだうまくいかないって……」 「すみません、僕は彼女を甘く見すぎていたようです……」 柏木さんがぐったりと椅子にもたれかかっている。 何故? 「バーニアの制御って、いつもアイラがしてくれるやつだよね?」 「……そうね、その通りよ」 アイラまでもが、筺体の上でぐったりしている。 何故? 「シリア、何か変?」 「さぁ……私にもよく分からないけど……」 「マスターが天然なら、神姫が天然ってことね……」 華凛はさっきにも増してぐったりしている。 何故? 「樹羽、バーニアの制御ってどうやってるの?」 「えっと、自分が行きたい方向を決めて、バーっと」 「無意識に緻密な計算ガン無視ってこと? 天然もここまでくると、呆れる通り越して感服するわ……」 「これは、磨けばとんでもない大物になりますよ……」 「??」 樹羽は『荒削りな原石』の称号を得た! 後から聞いた話だが、普通のバーニアの制御とは口で言うほど簡単ではないらしい。 まず噴射角度を決め、そこからバーニアを噴射する時間と強さを計算するんだとか。その計算は、やろうと思ってできないことはないが、近接戦闘中や、咄嗟の回避などの時にはとてもじゃないができない。 そこで、それを神姫にやってもらう訳だ。 神姫の演算システムがあれば、さっき挙げた場合でも対応できる。ただし、マスターとの息があってないと、その後が続かない。 他にも武器の取り出しや、火器管制なども神姫が――リアライド時にはマスターが担当する。 が、私の場合その計算を抜きにしてバーニアを動かしていた。 ライドしている時、神姫の体は人間の脳からでた電気信号を各部位に送って動かすという。人が右手を動かす時に右手に電気信号を送るが、その信号をそっくりそのまま神姫の右手に送るというわけだ。 つまり、私は普通にバーニア制御をしていたが、あれはすごいことだったらしい。レアスキルとかνタイプとか言われた。 第五話の2へ トップへ戻る