約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6352.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 タルブ一帯は、アルビオンの軍勢で埋められていた。 村は焼き払われ、村人の姿は見えない。広い草原は兵士や傭兵、メイジなどでごった返している。更にその上空には竜騎兵や戦艦が陣取っている。 彼らは、やがて来るであろうトリステイン軍との戦闘を今か今かと待ち構えていた。 少なくとも初手はこれ以上ないほど上手くいっている。 騙し討ちではあるが完全に敵の不意を突き、今頃あちらの本陣は大混乱だろう。この期に及んでこの大部隊に散発的な攻撃しかしてこないのがその証拠だ。 浮き足立ってロクに統率も取れていない集団など、物の数ではない。そう時間をかけずにこちらの勝利で終わる。 それがアルビオン軍のほとんどの人間が抱いている、この戦争の共通認識であった。 そして、彼らの中から『もうこちらからトリスタニアに攻め込んだ方が良いのではないか』などという意見が出始めた頃に、それはやって来た。 最初に気付いたのは、一人の竜騎士である。 タルブ上空を哨戒していた彼は、上空約2500メイルほどのある一点に『影』を一つ見つけた。 その『影』は少しずつ大きくなっていく。こちらに接近しているのだ。 竜騎士は、その『影』を敵の竜騎兵だと判断する。 彼は味方に敵の接近を知らせると、その竜騎兵を迎撃するために飛び出していった。 ……随分と速度が早いようだが、所詮は一騎。この大軍団の前にかかれば、何の脅威にも成り得ない。 そのような『常識的な考え』を持ちながら、竜騎士は敵に接近して――― ―――その姿をハッキリと肉眼で捉えた直後、自分の乗っている竜と共にその命を散らしたのだった。 「……………」 機体に取り付けられている機銃を使い、ユーゼスは空を飛ぶ竜騎兵たちを次々と撃ち落していく。 (……もろいな、ハルケギニアの幻獣は) 連発とは言え、たかが銃程度で絶命するとは。 ユーゼスの知っている『怪獣』は機銃どころかミサイルやレーザーを食らってもピンピンしている場合がほとんどだったと言うのに、この『幻獣』はかなり脆弱である。 (……どういうことだ?) 宇宙怪獣などはともかくとして、自分の世界の地球怪獣が『天然』であれほどの脅威となっていたことに、今更ながら疑問を抱いた。 それともハルケギニアの幻獣が弱いのか。 『星や世界が違えば生物の性質も違う』と納得してしまうのは簡単ではあるのだが、それに簡単に納得が出来ないのがユーゼス・ゴッツォという人間である。 (人間に飼い慣らされるような個体がそれほど強力であるはずもないが、それにしても攻略が容易すぎる……) 生物は環境によってその能力を進化・強化・付随、あるいは退化させていくものだが、地球とハルケギニアの間にそこまでの違いがあるとも思えない。 最大の違いと言えば、やはり環境の汚染度だろうか。 (ふむ、やはりあの時の私の考えは間違っていなかったのか……) ……地球に赴任したばかりの頃の話になるが、ユーゼスはあの星に怪獣が生息しすぎている理由を『地球の環境汚染が原因である』と考えていた。 異常な環境が異常な進化を引き起こし、その結果として異常な生物を誕生させるのだ……と読み、よって大気を浄化し、環境を再生すれば、怪獣の出現も減るはず……と結論づけた。 その理論は、実際には地球の美しさに魅せられたユーゼスが大気浄化を強行するための方便に近いものだったのだが、しかし今でもそれなりに筋の通った理論だとユーゼスは思っている。 (やはりあの強靭さは、地球の環境汚染が原因だったのだろうか……) ほとんど環境が汚染されていないということは、異常な進化を遂げる可能性もほとんどないということである。 (……やはりハルケギニアに度を越えた超技術など必要ないな) 今後もコルベールあたりには自分やシュウの持つ技術が行き渡らないようにしよう、とあらためて決意するユーゼスであった。 「ちょ、ちょっとこの銃、強力すぎない!? 竜をアッサリ撃ち落とすって、どういう仕組みなのよ!?」 「すすす、すごいじゃないの! 天下無双とうたわれたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたいに落ちていくわ!」 横の座席のエレオノールと後部座席のルイズが興奮してまくし立てるが、取りあえず無視する。 戦闘中に余計な会話をしている余裕など、そうそう無いのである。 「……………」 と言うか、テンションの上がっているヴァリエール姉妹とは対照的に、ユーゼスのテンションは全く動いていなかった。 戦争に参加する。 引き金を引く。 他人を傷つける。 人殺しを行う。 断末魔の光景を目にする。 墜落の様子を眺める。 あるいは、ボタン一つで大量虐殺を行う。 これら直接的にせよ間接的にせよ『殺害』という行為に対して、ユーゼス・ゴッツォは良い感情を持っていない。 だが、だからと言って悪感情を持っているわけでもない。 好きでも嫌いでもない、『ただの行為』や『作業』として捉えている。 自分が狙いを定め、銃を撃つ。弾丸が発射される。その弾丸が敵に命中する。敵は傷付き、血を流す。そして生命活動が停止する。それだけのことだ。 奪う命の一つ一つに思いを馳せるような感傷や、その死に対しての悼み、哀れみなどは持ち合わせていない。 そもそも、『命を奪う行為』は誰もがやっていることだ。 生まれてから『人間以外の生命体』の肉を全く口に入れない人間など、ほとんどいまい。 生命として成立する前の鳥類や魚類の卵すら、食べる者は無数にいる。 また、『生命体としての形態』は異なるが、植物とてれっきとした生命体である。誰もがそれを躊躇なく摂取しているではないか。 道の上を歩いていて、小さな虫や微生物を踏み潰さない者など、いるはずがない。 このハルケギニアとて、それは同じだ。 水と光と二酸化炭素さえあればやっていける植物はともかくとして、『動物』である以上、他の生命体を殺すことは逃れられない宿命なのである。 それなのに、なぜ同じ人間だけを特別扱いしなくてはならないのだろう。 ……顔見知りの相手である場合や、何らかの思い入れのある相手ならばそれも理解が出来なくはないが、今自分が相手をしているのは何の縁もゆかりもない他人である。 ウルトラマンたちも宇宙刑事たちも、一度相手を『敵』と認識したら、ほとんどの場合は容赦などせず速やかにその相手を殺していたではないか。 例外として、『殺人が出来ない』というプログラムを植え付けられている良心回路や自省回路を持つ人造人間たちについては―――ある意味『理想的』ではあるが、だからこそ苦しみ、悩み、もがいていた。 感情ではなく理屈として、自分は『殺人』を嫌わないし、ためらわないし、苦しまないし、悩まない。もがく必要など全くない。 ……もっとも、『暴力』は嫌っているのだが。 「か、火竜のブレスを浴びてもビクともしないって、どうなってるの、この乗り物!?」 「む」 エレオノールの驚愕の声を聞いて、淡々と機械的に殺し続けていた精神がふと我に返る。 見回してみると、敵の竜騎兵は全滅している。 ユーゼスは残弾数を見てミサイルやレーザーを一発も使っていなかったことを確認しながら、ポツリと呟いた。 「……さて、艦隊に対してはどこまで通用するものか」 一方、縦横無尽に飛び回る改造ジェットビートルの中で、ルイズはガクガクと震えていた。 この機のスペックを全く理解していないので、竜騎兵程度の攻撃はまず当たらず、仮に当たったとしてもビクともしないことを知らないのである。 ……ちなみにユーゼスやシュウと一緒にビートルの整備をしていたエレオノールにはある程度の知識はあったが、それでも手を固く握り締めたり、ビートルの性能にいちいち驚愕したりしている。 ある程度知っているはずのエレオノールですらそうなのだから、知らないルイズはパニック寸前だった。 しかし恐怖に負けてなるものか、とルイズはポケットの中をまさぐり、アンリエッタから貰った『水のルビー』をはめる。以前の任務の際の報酬として受け取っていたのである。 「姫さま、どうかわたしたちをお守りください……」 今までずっと肌身離さず持ち歩いていた『始祖の祈祷書』を撫でながら、祈りをささげた。 (……そう言えば、もう結婚式は取りやめになったんだから、コレを持ってる意味もなかったのよね) 祈りをささげながら、そんなことを考える。 (…………一応は『“始祖の”祈祷書』なんだから、コレにも祈っておきましょうか) 気休めでも何でも、とにかく今は安心が出来る材料が欲しい。 ルイズはそう考えて『水のルビー』をはめた手で『始祖の祈祷書』のページを開き……。 その瞬間、ルイズの手の中にあったその二つが輝きだした。 「えっ!?」 その光に驚いたルイズは思わず声を上げる。 間もなく『水のルビー』からの発光は治まるが、『始祖の祈祷書』からの発光は依然として続いていた。 「ルイズ、どうしたの―――、!?」 後ろにいるルイズの様子がおかしいことを察したエレオノールが振り向いて妹に尋ね、その光景に度肝を抜かれる。 「ね、姉さま、『始祖の祈祷書』が……!」 「そんな、どういうこと……!?」 ユーゼスにも意見を聞いてみたいが、戦闘中でそれどころではないので話しかけることは出来ない。 一体どういうことなのよ、とやたらと光り輝いて存在をアピールしている『始祖の祈祷書』を見つめるルイズだったが、目を凝らしてみると光の中に文字を見つけた。 「……これ、古代ルーン文字……?」 「―――読んでみなさい、ルイズ」 呆然としたルイズの言葉を聞いて、神妙な様子でエレオノールがその朗読を促した。 「は、はい。えっと……。 『序文。 これより我が知りし真理を、この書に記す。 この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 その四つの系統は、“火”、“水”、“風”、“土”と為す』」 「『小さな粒』……? ユーゼスのレポートにあった『ブンシ』や『ゲンシ』のこと……?」 内容を聞いてエレオノールがブツブツと呟くが、ルイズは構わずに朗読を続ける。 「『神は我にさらなる力を与えられた。 四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。 我が系統は更なる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零(ゼロ)。 零、すなわちこれ“虚無”。 我は神が我に与えし零を“虚無の系統”と名付けん』……って、虚無の系統!? 伝説じゃないの! 伝説の系統じゃないの!!」 ルイズは鼓動を早めながら、『始祖の祈祷書』のページをめくっていく。 木造の艦隊に近付いていく改造ジェットビートルの操縦席に座りながら、ユーゼスは事態を楽観していた。 (……あれならばミサイルやレーザーを一発撃ち込めば、大破させることが出来るな) その分析に間違いは無い。 所詮は木造……いや仮に艦が鉄で造られていたとしても、このビートルに搭載されている兵器を使えば確実に致命傷を与えることが出来るだろう。 これは逆に言うと、『そこまでの威力を行使しても地球の怪獣には牽制程度にしかならない』ということになるのだが……。 ともあれハルケギニアに怪獣はいないので、気にせずユーゼスは最も巨大な戦艦に接近していく。 ……あのような巨大な戦艦は、大抵の場合は『旗艦』なのである。 艦隊司令や重要人物が乗っているのだから自然と武装や人員は満載になり、その武装や人員を収容するために艦の大きさは増大していく。明解な理由だ。 そしてその分かりやすい旗艦を狙い撃つためにミサイルのトリガーに指をかけて発射のタイミングを見計らっていると、艦隊がチカチカと光った。 「む?」 直後、機体にガツンと何かがぶつかる。 「……対空砲火か」 接近しているのだから迎撃されるのは当然である。今までほとんど一方的に攻撃するばかりだったので、そのことを失念していた。 だがハルケギニアの技術力による砲弾など、ジェットビートルには大したダメージには成り得ない。 『昔の物だから』というわけではないが、この機体はかなり頑丈に作られているのだ。 ……頑丈と言っても、『怪獣の攻撃を受けても辛うじて不時着が出来る』程度の頑丈さだが。 しかし攻撃を受け続けるのも気分が悪いので、機動性を駆使して回避することにする。 「………」 大きく旋回する改造ジェットビートル。 それにしても、先ほどまでワーワーキャーキャーとわめいていたエレオノールとルイズがやたらと大人しい。横や後ろを確認している余裕がないので彼女たちの様子は分からないが、どうしたのだろうか。 ……まあ、静かな方が集中もしやすいので構うまい。 「ふむ」 ともあれ、対空砲火のせいで少しやりにくくはなったが、それでもこちらの優位は動かない。 適当な位置まで移動したら手早くミサイルを撃たなくては……などと考えていると、大砲の砲弾とは別の『何か』が飛んできて、数発ほどカンカンと機体に当たった。 「……何だ?」 少なくとも砲弾ではない。音や衝撃が少なすぎる。 ならば小さい散弾か何かをバラまいたのか……と、ユーゼスは一瞬だけ艦に装備された砲塔に目をやる。 そして自分の眼球が捉えた情報が、予想と違うことに驚いた。 「アレは……」 敵艦の舷側からは、確かに金属の砲塔が突き出ている。しかし、装備されているのは大砲だけではなかった。 その細身の砲身―――いや、銃身を震わせて弾丸を吐き出し続けるそれは……。 「……機関銃だと?」 初歩的ではあるが、確かに固定式の機関銃だ。 よくよく目を凝らしてみると、後ろに銃を操作する人間が配置されている。いわゆる銃架というやつだろうか。 「どういうことだ……」 ハルケギニアの技術レベルではせいぜいマスケット銃が精一杯であったはずなのに、いきなり機関銃とは。 この短期間に発明されて装備されたのか……と考えるが、この魔法至上主義の世界でそんな『急激な技術の発展』や、まして『新装備の迅速な普及』などがなされる可能性は極めて低いはずだ。 予想外の攻撃にさらされて混乱しかけるユーゼスだったが、『大砲からの砲弾』や『機関銃からの銃弾』だけではなく、『別の攻撃』もビートルを狙っていた。 それにユーゼスが気付けたのは、持ち前の知的好奇心から敵の旗艦を観察していたためだった。 『鉛の弾丸とは明らかに別の物』が、敵艦から発射されたのだ。 ただ物理法則や慣性に任せて、真っ直ぐに飛んで来る物ではない。どう見ても『自力の推進力』を備えている。狙いはかなりあやふやだが、煙を巻き上げて迫るそれは、 「ミサイル―――いや、ロケット弾か!」 どうなっている、と回避行動を取りながら珍しく焦った様子を見せるユーゼス。 (唐突に軍事技術の革命でも起こったのか? それとも……) ……それとも、誰かが技術供与を行ったのか。 疑問は尽きないが、戦場においてそんな疑問を深く考えている暇などは、存在しない。 ユーゼスはいきなりの『新兵器』の登場に慌てていたが、ルイズとエレオノールの姉妹はいきなりの『伝説』の登場という事態にもっと慌てていた。 「ルイズ、その本を私に渡して……いえ、内容が書かれているページを私に向けなさい!」 これはまず自分が目を通しておくべきだと判断したエレオノールは、ルイズに祈祷書を見せるように命じる。 『渡せ』と言わなかったのは、自分が持ったら本からの発光が消えてしまうと考えたためである。 そして座席ごしにルイズに祈祷書を見せてもらったのだが……。 「見えない……!?」 ルイズのように光の中に文字を見つけることは出来なかった。 どうやらその文字とやらは、妹にしか見えないらしい。 仕方がないので、続きを朗読させる。 「……えっと……。 『これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者なり。 またそのための力を担いし者なり。 “虚無”を扱う者は心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし“聖地”を取り戻すべく努力せよ。 “虚無”は強力なり。 また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。 時として“虚無”はその強力により命を削る。 したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格なき者が指輪をはめても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は“四の系統”の指輪をはめよ。 されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ』」 「………!!」 エレオノールの頭の中で、急速に今までの情報が組み合わさっていく。 『通常の四系統の魔法』を失敗し続けた妹。 ユーゼス・ゴッツォに刻まれたルーン。 始祖の使い魔と伝えられている、ガンダールヴ。 それを使役する、自分の妹。 王家に伝わる、年代物の『始祖の祈祷書』。 妹にしか読めない、『虚無』に関する情報。 始祖からのメッセージ。 ……もう、答えは一つしか考えられない。 「『以下に、我が扱いし“虚無”の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。“エクスプロージョン”』……」 その後には古代後の呪文が続いているらしく、ルイズはそこで朗読を打ち切った。 そして呆れたように呟く。 「……ねえ、始祖ブリミル。アンタ、ヌケてんじゃないの? この指輪がなくっちゃ『始祖の祈祷書』は読めないんでしょ? その読み手とやらも……、注意書きの意味がないじゃないの」 その呟きにも一理はあるが、エレオノールは別の側面から『注意書き』について考えていた。 (……そこまで分かりにくい条件にする理由がある、ということ?) 注意書きによると、『虚無』は術者自身の命すら危うくしてしまう類の物らしい。 あるいは強力すぎて、使い方を誤れば取り返しのつかない事態になってしまうからか。 しかしハッキリと『聖地を取り戻せ』と明記されている以上、この力を使わねばエルフには勝てないとも考えていたはず。 とは言え、本当にブリミルがドジをしたという可能性も捨てきれないが……。 (…………頭がこんがらがってきたわ) もし6000年前に飛んで行けるのならば、今すぐに行って始祖ブリミルにこの件について問い質したい気分である。 まあ、そんなことは神でもなければ不可能だが。 「……!」 雨あられと撃ち込まれる弾丸や砲弾を回避するため、機体を大きく旋回させる。 使用されているのは、初歩的な大砲と機関銃とロケット弾。 頑丈さに定評があるジェットビートルとは言え、さすがにそんな攻撃にさらされ続ければ撃墜されてしまうだろう。 (……出所はともかく、あれらを存在させ続けるわけにはいかんか……!) ごく初歩的な銃火器では威力はそれほどでもないし、連射性や速射性も低く、命中精度も高いとは言えず、ハッキリ言って『単発では』ビートルの脅威には成り得ない。 だが、これがハルケギニアの竜騎兵や人間相手にならば、十分すぎるほどの脅威になる。 加えて、銃火器を作る技術力があるということは、どこかに必ずそれを製造するための工場があるはずだ。 技術力や工業力のむやみな発展は、自然や環境の破壊を引き起こす。 ……そのような愚にもつかない発展をする可能性がごく低いからこそ、自分はこのハルケギニアに高い価値を見出したのに、これでは何の意味もない。 アレは、ここで潰しておく必要がある。 (とは言え、どうする……?) こうも弾幕を張られていては、近付くことも出来ない。 ……出力を全開にして最大速度であるマッハ2.2を出せば話は早くなるのだが、ぶっつけ本番のプラーナコンバーターにそこまでの無茶が可能なのかは不明だ。 戦闘中でなければテストも兼ねて最大速度を試しても良いのだが、さすがに銃弾や砲弾が飛び交う中でそんなバクチなど打てない。 ユーゼスは『分の悪い賭け』というものが、大嫌いなのである。 それにコンバーターに問題が無いとしても、ただまっすぐに直進するのならばともかく、旋回や回避運動をしながらではそんな速度は出せない。 自分は戦闘機操縦の訓練など、全く受けていないのだ。 マッハで機動を行った際に生じる過負荷など、とても耐えられまい。 クロスゲート・パラダイム・システムを使ってそれをカット出来るかとも思ったが、そこまでフレキシブルな使い方など今までやったことが無いので出来るかどうか分からない。 最も手っ取り早いのは超神形態になることだが、『戦争』などという俗で下らないことのために自分の研究成果や光の巨人の力を使いたくはない。そもそも『ハルケギニアへの過度の干渉を控える』という自分のポリシーを逸脱しすぎる。 (ええい、ギャバンがいれば……) 思わず、とっくの昔に縁を切ったはずのかつての友人のことを思い浮かべてしまう。 あの男ならコンバットスーツを着ているのでちょっとやそっとの過負荷など全く気にしないだろうし、そもそも電子星獣ドルがあれば一網打尽に出来る。 ……そもそも、何故自分はこんなことをしているのだろう。 自分の担当は『現場』ではなく、『後方支援』や『研究』や『分析』のはず……と、ふと気付いてみると自分の思考が銀河連邦警察にいた頃のものに戻っていたことに気付いた。 (……かなり焦っているな) 回避運動を取り続けながら、内心で苦笑する。 このまま撤退するのも一つの手かも知れないな、などと考えていると、後ろからガチャガチャと金属音が聞こえた。 先頭中に振り向くわけにもいかないので、声を上げて確認を取る。 「何をしている?」 すると、ポツリポツリとルイズが喋り始めた。 「いや……、信じられないんだけど……、上手く言えないけど、わたし、選ばれちゃったかもしれない。いや、なにかの間違いかもしれないけど」 「?」 「……いいから、コレをあの巨大戦艦に近付けて。ペテンかもしれないけど……。何もしないよりは試した方がマシだし、他にあの戦艦をやっつける方法はなさそうだし……」 「何を言っている?」 戦場の空気に当てられて、気でも触れたのだろうか。 「ま、やるしかないのよね。分かった、取りあえずやってみるわ。やってみましょう」 「ミス・ヴァリエール」 「…………悪いけど、今はひとまずルイズのいうコトを聞いて」 ワケが分からない。 これは本当に撤退した方が良いか、と理性を保っていそうなエレオノールに提案をしようとすると、ルイズは後ろからユーゼスを怒鳴りつけた。 「ああもう、近付けなさいって言ってるでしょうが! わたしはアンタの御主人様よ!! 使い魔は! 黙って! 主人の言うことに従うッ!!」 「……………了解した」 従わなければ後ろから首を絞められかねない勢いだったので、渋々だが引き受ける。 ……とは言え、どうやって近付いたものか。 砲撃は続き、回避運動も続く。 武装は両舷に設置されているので、側面は論外。 艦の底にも砲身を確認出来るので、真下も却下。 と、なると……。 「キャッ!?」 「ちょ、ちょっと、もう少しゆっくり出来ないの!?」 グン、と機体に負荷を受けながら、ジェットビートルは上昇する。 横も下も駄目ならば、上に行くしかない。 「……ふむ」 予想通り、そこは死角だった。砲弾も銃弾も存在していない。 「それで、この後はどうするのだ?」 と言うか、この位置からミサイルを撃てばそれで終わるのでは―――とも思うのだが、主人のやる気を削ぐのも何なので黙っておく。 そして、余裕が出て来たので振り向いてルイズの様子を確認したユーゼスは、そこにある光景を見て仰天した。 「えっと……、コレどうやって開けるのよ!?」 なんと飛行中だと言うのに、搭乗口を開けようとしているのである。 馬鹿かお前は、と言おうとしたが、どうせ言ってもまた怒鳴られて黙らされるのが目に見えているので、初めから黙っておく。 まあ、そう危険な場所でもないのだし……と搭乗口の開け方を教えようとしたら、ジェットビートルに衝撃が走った。 「!」 一体何だ、と驚くが、すぐに新たな敵だと思い至る。ここは戦場なのだ。 前方を見ると、素早く動く風竜に乗った騎士が一人。 その竜騎兵は小刻みに動いて、こちらに上手く狙いを付けさせてくれない。 ……顔の確認こそ出来ないが、相当な手練だろう。まともに戦えば、一筋縄では行くまい。 だが。 あいにくとこちらは、ハルケギニアの範疇の『一筋縄』ではない。 そして何より、ユーゼスは目の前の竜騎兵に対して『ある感情』を明確に感じていた。 これから事を成そうという時に現れた障害に対する感情とは、すなわち……。 「邪魔だ……!」 ユーゼスの苛立ちに反応して、左手のルーンが輝いた。 身体が軽くなり、反応速度が上昇する。 ガンダールヴの特殊能力を実感しながら、ユーゼスは引き金を引き、ミサイルを発射した。 「―――――」 そしてある程度ミサイルが離れた位置―――まだ敵には届いていないポイントで素早く機銃を撃ち、ミサイルを撃ち落とした。 すると盛大な爆発が発生し、しかしその爆風は敵には全く届かなかった。 「よし」 「どこが『よし』なのよ!?」 エレオノールがわめいて文句を言ってくるが、取りあえず無視。 ……このような至近距離であんな小さな的にミサイルを発射しても、スピードが乗らずに回避されるに決まっている。 どうせ回避されることが分かりきっているのならば、その逃げ道を限定させれば、行動も読みやすくなる。 今の行為によって、敵はミサイルのことを『飛んで来る爆弾』と認識したはずだ。 そして、『先ほどの攻撃は爆発させるポイントを誤ったのだ』とも。 「―――――」 続いてミサイルを3発ほど、“相手のやや下方に向かって”連射。 3発はそれぞれ左右と中央の3方向に向かっている。 爆発の衝撃力は、すでに見せ付けた。 直撃などしたら即死、中途半端な回避も意味がない、迎撃しても爆風の影響からは逃れられないかも知れない。 よって、敵の取る行動は1つ。 唯一空いている、上に逃げるしかない。 「っ!」 敵が上に方向転換した直後、ガツンという衝撃と共に風防の正面ガラスにわずかにヒビが入った。 どうやら風魔法を放たれたらしいが、このジェットビートルは音速を突破する機体なのだ。その際に生じる衝撃波に比べれば、ちょっとやそっとの風魔法などは大した問題ではない。 しかし何発も連発で受ければ危ないことは間違いないので、短時間で決着をつけるべくスロットルを操作して急加速を行う。 まずは直進。 ドン、という衝撃と轟音。 どうやら音速を突破してしまったようだが……この際だ、別に構わない。 先に発射したミサイルに追いついた(ミサイルはビートルの下を並行して飛んでいる)時点で機体底部のジェット噴射口に火を入れ、機首を垂直まで上げる。 続いてミサイルを遠隔操作で自爆させ、同時に背部のジェット噴射口を全力で噴射。 ミサイル爆発によって生じた衝撃と、ユーゼスの感情・生体エネルギー……プラーナを吸って得た推進力を使い、ビートルは急激な勢いで垂直上昇する。 横で『女性の絶叫』が、後ろで『少女の悲鳴』と『何か人間大の物が転がる音』がしたが、無視。 そしてそのまま上に向かって直進。 向かう先には、敵の竜騎兵。 「む?」 ……何か半透明な膜のような物が、カーテンのように機首にかかっている。 この時ユーゼスに現象を考察している余裕があれば、この『膜』は自分のプラーナがカタチになって展開されたものだと気付けたかもしれないのだが、今はいちいち考えている暇などない。 (この位置は砲撃の死角でもあるし……、最大速度を試してみるか) ある程度の安全が確認されたのならば、そうためらう必要もあるまい。 ユーゼスはそう判断すると、プラーナコンバーターの出力を上げていく。 「……!!」 ビートルは瞬く間に、当初の設計上の最大速度を突破した。 そして衝突する直前、敵の竜騎兵は見事な反応で自分の乗る風竜から飛び降り、脱出しようとしたが……。 「ぐ、うぉぉおおおおおおおっっ!!?」 機体を覆うプラーナの膜がその身体をわずかにかすめただけで、遠くまで吹き飛ばされてしまった。 飛ばされた際の叫び声に、どこかで聞いたような覚えがあったが……、特に思い出す必要も感じないので放っておくことにする。 「ふう……」 邪魔な敵を撃退したことで、ユーゼスはようやく一息をつく。ビートルを減速させて戦闘機動から通常機動に戻すことも忘れない。 それにしても今回は危なかった。 普通なら、急加速の過負荷などには耐えられなかっただろう。身体能力を向上させるガンダールヴのルーンの効力が無ければ、もっと別の戦法を考え出さなければならないところだった。 ともあれこれで主人も、心おきなく自分のやりたいことを行えるはずだ。 きっとヴァリエール姉妹の二人も満足げな、あるいは安堵した表情をしているに違いあるまい。そう思って、横のエレオノールと後ろのルイズの様子を確認する。 そして振り向いた瞬間に『乱暴すぎるわよこの馬鹿』、『わたしたちを殺すつもり』という賛辞の言葉を受け、姉妹そろっての平手打ちという祝福を受けた。 かなり痛かった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5448.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 コルベール研究塔前から飛び出して、エレオノールは脱兎の如く走る。その片手にはルイズの首根を掴んで。 ルイズに折檻していたエレオノールにギュスターヴが何とはなしに咎めると、エレオノールがビクッと震えて走り出したのである。 走って走って建物を駆け昇り、エレオノールはルイズの部屋に飛び込んだ。 「はっ、はっ、はっ……」 「きゅう~」 投げ出されたルイズはベッドに倒れこんで目を回していたが、さもありなん。 そんな様で、ルイズとエレオノールが話を出来るようになって、ギュスターヴが部屋に戻ってくるまで、たっぷり10分は無駄に慌しく時間は流れたのであった。 (あぁ…あんな…傭兵のような荒々しい風情に磨き上げたエメラルドのような澄んだ佇まいの殿方がいるなんて…しかもそれがちびルイズの使い魔なんて!) エレオノールは悶々と。 (頭がぐるぐるする…姉さまが走って…私は捕まって…ああ~ぐるぐるするぅ…) ルイズは昏倒して。 (あれがルイズの姉か…全寮制の学舎にやってくるんだから野暮用ではあるまい。ましてやルイズは大貴族の列席だというのだから…) そしてギュスターヴは黙考して、ルイズの部屋で談話が始まる。 ルイズの部屋にギュスターヴが戻ってくると、四方山話の最中でエレオノールの視線がギュスターヴへ流れていく。ギュスターヴは静かにルイズの傍に立ち、 外を半目で眺めながら二人の会話を記憶に留めようとしていた。その様がエレオノールには静林のテラスで憂う紳士に見えた。 「あのぉ…姉さま、聞いてます?」 「へ?…ぁ、コホン。聞いてるわよ。ツェルプストーの小娘の一件はとりあえず、貴方の言い分を飲んでおくわ」 ルイズは実は先ほどから延々と「キュルケなど学友でもなんでもない。勝手に声をかけ、あまつさえ使い魔にちょっかいを出し…」と、言い訳なんだか 釈明なんだかわからない話を続けていたのだ。 (どう言い繕っても十分学友だと思うのだが…) 恐らく本気で宿怨の敵、などとキュルケの一族は思っちゃいないだろう。国内で鉄火を時に交えながら合従や分散をしているらしい帝政ゲルマニアなら 恋人を掠め取られたなんて仲は安いものだ。無論、隣り合う別国なら戦も構えただろうが、敵視してるなら留学などするまい。と、ギュスターヴは考えていた。 「でもルイズ。私は今日は遊びに来たんじゃないの。貴方宛てに殿下から預かり物があります」 「アンリエッタ殿下から?」 傾げるルイズの目に、エレオノールは鞄から旧い装丁の本を取り出した。木板と厚紙、さらに上から皮を張った丈夫な装丁の本。にもかかわらず、 厚い装丁は年月を経てくすんで、何人もの手を介したことが判る、飴色の光沢を持っていた。影に翳すと、箔押しの題字が薄らと水色に光る。 「勿体無くも貴方に婚儀で祝詞を詠う祝いの巫女役を命ぜられたわ」 「わ、私が?!」 王族の婚儀への参加、しかも特別の役を与えられて。 それがどういう意味か判らないイズではなかったし、傍らのギュスターヴも耳を欹てた。 「覚え目出度いことに二代続けてラ・ヴァリエール家の人間が婚儀の巫女をされたのよ。これがどういう意味か貴方も判っているでしょう」 「わ、私が…巫女役を…」 ルイズは見るからに諤々と震えていた。顔は凍土のように強張り、冷や汗が張り付いて青くなっている。 「エレオノール女史。一つ質問してもよろしいかな」 「は、はい?な、なんでしょう?」 エレオノールは目の前の固まりきったルイズがまるで居ないかのように肩が浮いてしまった。 「先ほど『二代続けて』と言っていたが、そのくだりを自分にも判る様にお教えして頂きたい」 「は、はぁ。…今より凡そ20数年前、現在女王として玉座におわしますマリアンヌ陛下がトリステインの王妃として、アルビオンから渡ってきた 亡きジェームズ一世の弟君と婚儀を交わした時。私とルイズの母親であるカリーヌ・デジレは、既にラ・ヴァリエール公夫人となっていたのですが、マリアンヌ様との ご親交の篤さから巫女役を命ぜられた、という経緯があるのです」 ギュスターヴの与り知らぬ話であるが、カリーヌ・デジレという人物はトリステイン史に幾重にも名前を残す人物である。 今でも王宮官庁の重鎮らはカリーヌの名と功績に敬意を払っている。 歴年の重臣の一族。中央政治に名を残す女性の娘が、二代続けて役を拝命される…。 貴族足らんと常に自分に課しているルイズであっても、それは実に重くのしかかっているのだった。 「ルイズ」 振り向いて声をかけたエレオノール。その声でルイズの肩が跳ねた。 「貴方はこれから、この『始祖の祈祷書』を婚儀まで肌身離さず持ち歩きなさい。式では祈祷書にある祝福と祝祭の祝詞を諳んじる。それが巫女の仕事よ」 そういってエレオノールはルイズの両手に祈祷書を渡す。祈祷書はしっかりした装丁と、込められた重責でずっしりとしていた。 「これが『始祖の祈祷書』…」 「そんなに大事なものなのか」 ギュスターヴにとって名家の家宝といえば珍品名品のグヴェルしか知らないので、目の前の旧い本を珍しげに見ていた。 「始祖ブリミルが祈りを捧げた際に唱えた呪文や訓戒が記されている物よ。物なんだけど…」 言ってルイズは静かに祈祷書を開いた。古書特有の紙の匂いがほのかに、開かれた面は色褪せの感漂う白紙であった。 「…白紙じゃないか」 「…トリステイン王家の所有する『始祖の祈祷書』は、知られる限り世界で最も旧いものです。ですが、一字の文字も記されていないことで知られているのです」 エレオノールは少し苦しそうに話す。 世に『始祖の祈祷書』と名の付く品物は数多ある。贋物でも出自の知れたものは元より、真贋定かならぬものはそれこそ星の数ほどあるという。 歴代のロマリア教皇府が制定する始祖の教えは何処まで遡っても変化し続けており、歴代教皇の制定する祈祷書や、それの注釈書を並べるだけで 巨大な図書館が出来上がってしまうだろうという。 「というわけでルイズ。貴方はこれから婚儀で諳んずる詩を作りなさい」 「え、えぇー?!」 厳かな場で、失敗しては絶対いけない場所で、自作の詩を披露しろ。 いかなルイズとて、それは無理な要求だと言いたくなったが、エレオノールはそれを無視して鞄からまた、なにやら別の本を取り出した。 祈祷書がルイズの両手に余るほどならこちらは片手に収まるもので、同じデザインのされた2冊の本だった。 「参考になるように歴代の祝詞を編纂した詩集を置いていくから。あとオールド・オスマンにも話を通してあるから、相談にも乗るでしょう。 あの人はあれでもトリステイン有数の頭脳なのだから」 「は、はい…」 病人のように萎えはじめているルイズに、エレオノールは続けた。 「これはアンリエッタ王女殿下直々のご指名なのよ。光栄に思いなさい」 「殿下、直々…」 アンリエッタの名前がルイズの気骨を立てていく。恋人を失い、国と民のために一人孤独にたたずむアンリエッタの姿がルイズの脳裏によぎった。 アンリエッタはかけがえなき友人だ。例え望まぬものかもしれなくても、言祝ぎ、未来の希望を願うのが友人であり、臣下の義務であるべきだ。 ルイズの心にぐっと火が入っていく。 「判りました。…しっかりお勤めを果たして見せますわ。姉様」 「当然よ。…時間も時間だし、私はもう王都に帰るけど、学業をおろそかにしているようだとお母様に報告するから」 「は、はぃ…」 母を出されてルイズは再び青くなるのだった。 「そ、それと…」 盗み見るようにエレオノールはギュスターヴに視線を向けた。その様はきりっとした容貌とは裏腹に挙動不審である。 「あ、貴方」 「…自分が何か」 聖堂の大釣鐘のように響いている――と、エレオノールは感じていた――ギュスターヴの声に当てられそうになりながらも、ぐっとこらえたエレオノールは 胸を反らせて言った。 「お…王都に、用事があるようであれば、一声、かけなさい。…ほら、人の身で使い魔なんて苦労ばかりでしょう? 妹の使い魔がそれではラ・ヴァリエールの沽券に関わるし…」 言葉の先が霧消していくエレオノールを不思議そうに見ながら、ルイズはギュスターヴと王都のつながりを頭で追った。 「そうえいば、ギュスターヴ明日王都に行くのよね?」 「ああ」 「本当?!」 驚き立ち上がったエレオノールに驚くルイズとギュスターヴの視線が集まる。二人の目にエレオノールは…奇妙な事に『春先の野花』のようにパァ、とした笑顔だった。 わけもなくルイズは薄ら寒い、と感じる。 「え、えぇ。ねぇ、ギュスターヴ」 「ああ。出資している商店が開店するから顔を出せと言われている」 「そうなの…。あのっ、その…そのお店って何処にあるのかしら?」 「ブリトンネ街の×××‐×××の場所に」 「×××‐×××ね。わかったわ」 「興味有るんですか姉さま」 「えっ?!そ、そんなわけないじゃない!平民が出入りするお店なんてみだりに入るものじゃないでしょう」 そうは言うが肩がわずかに震えてそわそわした空気がエレオノールを包んでいる。明らかに動揺していた。 「じ、じゃあ、私はもう帰るわね」 「あ、はい。今日は有難うございました、姉さま。外まで見送りに…」 「だ、大丈夫よ!それよりほら、貴方は祈祷書と詩集でも広げて原稿でも作ってなさい!馬車も待たせてるから、もう行くわね」 ぴしゃりとルイズを机に向かわせて、エレオノールは一人ルイズの部屋を後にした。 部屋を出るとき、ふと振り返ってこちらをなんとも言いがたい目で一瞥して出て行ったのはなぜなのだろう。 突然の来客から、嵐のように過ぎ去った姉であった。 「変な姉さま…御領ではとっても厳しい人なのに。…王都で何かあったのかしら」 「さぁな……」 ギュスターヴは何も言えなかった。 二頭引きの馬車が街道を揺れる。5人は乗れる車内でひとり、暮れ始めた陽をカーテンで遮り、エレオノールはマントのすそを両手で引き寄せ、 少女のように浮かれあがっていた。 「明日…ブリトンネ街…かぁ…♪」 おそらく彼女を知るものは一人としてこのようなエレオノールは見たことが無いであろう。 親譲りの凛とした顔つきから緊張がすっぽり抜け、ぼんやりとあらぬ彼方に視線が飛んでいる。 勿論御者はそんなエレオノールなど露知らず、ぱっかぱっかとトリスタニアまで進むのだった。 その夜、トリスタニアにあるラ・ヴァリエール別邸では、謎の艶やかな呻き声が夜中に聞こえたとか聞こえなかったとか。 『歯車は外から回る?』 翌日。 周囲に漏らした通り、ギュスターヴはトリスタニアはブリトンネ街にやって来ていた。しかし、ただ一人ではない。 開店に際し協力してくれたシエスタが同伴していた。さらに言うと、冷やかしなのかキュルケとタバサがくっついていた。 「なんで二人も一緒に来たんだ?」 「興味有るもの。ねぇ?」 こくこくとタバサも頷いている。タバサはあの組み手以来、ロングダガーとタクトタイプの杖はベルトに収めて携帯するようになったらしい。 一人だけマントが剣の鞘にかからないようにたくし上げられている。 「どんな風になってるんでしょうね、お店」 「最後に見に行った時は改築中だったからな…」 一行は昼間のブリトンネ街を進む。人の流れを見ると、角の先の方へ集まっていくように見える。 「この角を曲がったところだ」 先導するギュスターヴとシエスタに連れられたタバサとキュルケは、角を曲がると目に周りの建物より一段立派な建物が目に飛び込んできた。 「あれだな」 「百貨店」店舗は元々小規模な貸し倉庫であった建物を上方向に建て増し、4階建てとしたものである。 一階――といっても、フロアの全体が地下に入っている――は石とレンガで出来たしっかりしたもので、そこには商人は入らず事務所が置かれている。 2階から上は木造で階段を軸に左右対称に仕切られた店舗スペースが置かれ、そこに契約した露天商達が店を構えているのだ。 露天商達は契約期間中はそこで商売をし、契約期間が切れれば仕入れのために店を開けるか、契約期間の更新を選択できる。 朝の6時から夕方の6時まで一階の扉は開かれていて、その間は一応事務所の目を通してではあるが、自由に出入りできる。 6時以降は扉が閉じられ、翌日まで特注の錠が掛けられるため、商人達は安心して商品を置いて家路につけるというわけである。 ギュスターヴ達が店に到着した時には、既に出入り口はさまざまな人が入って混雑していた。 「す、すごい繁盛ですね…」 「でもこれじゃ中に入れないわね」 大きく開けられた百貨店の出入り口。通りから短い下り階段になっていて、そこは人が行き交っているのだ。 おそらく大半の人々は物珍しさからやってくる一見客で、本当に買い物していく人はそれほどいないのだろう。 建物の脇でギュスターヴは路地に目をやった。 「裏から回ろう」 「裏?」 「やぁやぁギュスターヴさん、いや、ここは社長さん、オーナーさんというべきなのっかな?それっとシエスタもいらっしゃい。 面白い話に巻き込んでくれてありがとうね。それからそれから貴族のお嬢様方。むさ苦しい場所でございますが、どうか勘弁してくださいな」 裏手の出入り口から中に入れてもらうと、仕切り壁に格子窓の入った事務所では気さくな風情でジェシカが迎えてくれた。 その格好は『魅惑の妖精』亭で見た布地の少ない給仕メイド姿ではなく、茜で染めたややゆったりとした服だ。 腰帯とそこに指された鼈甲柄のナイフが商人らしさを出している。 「随分繁盛してるみたいだな」 「いやぁそれはもう。お父さんのお店でも宣伝してもらってたし、露天商の人たちも店がもらえるって頑張ってたからね。 でもさ、看板を上げたいんだけどなんて書きゃいいかわかんないから、白看板が残ってるんだよ」 事務所は概ね魔法学院の生徒寮並の広さがあり、棚には帳簿らしき紙の束が皮ひもで結ばれて置かれている。 机が三つあり、飾り気のないソファセットを囲むように配置されている。そしてジェシカの言うとおり、確かに事務所の脇には看板らしき板が白地のまま置かれていた。 「それなら決まったぞ。『百貨店』だ」 「それはまた、大きく出た名前だね。まぁいいや。早速書いちゃってよ」 「私にやらせてくれる?」 手を上げたのはキュルケだった。燃え立つような髪が揺れている。 「これでも字は得意なのよ」 言うと杖を抜いて短くルーンを唱える。白地看板の脇に置かれたペンキ壷と刷毛が動いて、看板に大胆な筆致で字が入ってゆく。 『百貨店 ギュス』 『筆 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ』 「こんな感じでいいでしょ」 「うわっはぁ!お嬢さんお上手!」 最後に自分のサインを入れる辺りがキュルケらしい。 ペンキが乾くまで事務所ではキュルケがジェシカに開店までの話を聞いたり、看板に書かれたキュルケの筆ぶりを話した。 八分ほど乾いてペンキが垂れなくなった頃、巧い具合に人の出入りが落ち着いてきたので一行は看板上げを手伝う事とした。 出入り口の真上に取り付けられた看板が、陽光に照らされている。 「これでいいかな」 「ばっちしばっちし。まぁオーナーさんは私にドーンと任せておけばいいよ。ばっちり売り上げ上げて見せるからさ。と言っても、実際に売るのは店の皆なんだけど」 そう自分で言ってジェシカは笑う。 「さーて。今から店内の見回りに行くんだけど、一緒に来る?」 「勿論」 建物の中心を貫くような螺旋階段は無骨な鉄製で、昇るたびに金属の音がする。 2階には織物と干し肉や干し魚を扱う店、3階には紙や冊子を売る店、地方の工芸品を売る店が入っていた。 特に紙屋の前ではタバサが浮遊霊のように吸い寄っていって離れるのに苦労するのだった。 「さ、次が4階だよ。香水の量り売りに散髪屋が入ってる。特に香水売りの人は一番高い所がいいってごねてさー」 「どうしてまた」 「何でも、見晴らしがいい方が綺麗なお客さんが集まるとか何とか」 到着した最上階は他の階より気持ち大きめに窓が取られ、前言の通り中々の見晴らしを持っていた。 やってきた客の一部は商品を見ないで外の景色を愉しんでいるようだった。 メイジならともかく平民にとって高い所から景色を見るということ自体が娯楽性を感じるのだろう。 「これはこれはジェシカさん、それにオーナーさん。いらっしゃいませ」 香水の置かれた店から壮年の男がやってくる。柄は違うが、服の構成がジェシカに近く、一目で商人だとわかる格好だ。 「こんにちわ香水屋のおじさん。どうだい客足は」 「おかげさまで結構な具合です。オーナー、そちらのお連れは…」 「魔法学院に在籍している貴族の令嬢と、ジェシカの親族だ。何か用立てるようだったら贔屓にしてやってくれ」 「貴族のお嬢様なんて!いやお恥ずかしい。私のような露天商上がりが買って頂けるような品などありませんよ」 「あら、そうでもないわよ?」 挨拶をしていた二人を置いてキュルケはサンプルのガラス瓶が並んだ棚から一つを選び取ってラベルを眺めていた。 「ふーん…貴方、なかなか悪くない趣味ね。ついでだしどれか頂こうかしら」 「ほ、本当ですか?!」 「嘘は言わないわよ。ついでにこの子に合いそうな物も用立ててくれると嬉しいんだけど」 そういってキュルケにくっついて猫のように棚を眺めていたタバサを指す。シエスタはおのぼりさんもいい所で、きょろきょろとしている。 「ありがとうございます!オーナーさん。このようなお客様を連れてきてくれるなんて、感謝しても足りませんよ」 「いやなに、喜んでもらえるなら越した事はない。頑張って商売してくれれば、それでいいよ」 「ええ、是非とも!ではお嬢様方、こちらへ…」 そういって香水屋は、キュルケとタバサに香水を調合する一角で接待するのに夢中になるのだった。 キュルケの香水の用立てが済み、タバサが渋々香水の代金を払うのを一同は待っている。シエスタは香水を見るだけで済ませるのだった。 「凄い感謝されてますね、ギュスターヴさん」 「みたいだな」 代金の引き換えに瓶を受け取るタバサにぺこぺこと香水屋は頭を下げているのが此処からでも見える。 「…それにしてもミスタ。貴方って前から思ってたけど、結構物怖じしないのね」 「うん?」 キュルケは手に収まる香水瓶を透かしていた視線を向ける。 「普通、ああやって頭下げられたら結構落ち着かないもの。貴族ならともかく…ね」 「ん…まぁ、俺も若くないし、色々と、な」 半目で濁すギュスターヴだった。 「とりあえず一月ごとに様子を見て、仕入れに出たいって人だけ店を畳んでもらって、空いたところには別の人が入れるようにしてみるよ」 店も一通り見た一行は螺旋階段を下りている。ジェシカは自分なりに考えた今後の展開についてギュスターヴに語っていた。 シエスタとそう変わらないはずの年で、ジェシカは世間慣れした一端の商人であった。『魅惑の妖精』亭でしか彼女を知らない人が見たら変貌振りに驚くかもしれない。 「とりあえず備品とかを置いておける倉庫か何か用立てるつもりでさ…あれ?」 「どうした…ん?」 ちょうどそこは3階。見えるは紙や冊子を売る店なのだが、不自然な人だかりできてなんだか騒がしくなっている。 「なんでしょう?」 「気になるからちょっと見てくるね」 足音高くジェシカは階段から走って人だかりに飛び込んでいった。 紙冊子売りの店先では、店主が冷や汗をダラダラと流しながら、金髪を揺らす女性に頭を下げていた。 「一体、どういうつもりなのかしらね?」 「いや、その、どうか許していただけないかと」 「貴族にこんなものを売りつけようなんて意地の悪い平民を許せるほど私は心が卑しくないのよ」 「そこをどうにか、どうにか…」 女性は凛とした顔筋にめがねを掛けている。その身には貴族の証であるマントと魔法の杖を持っている。 マントにはアカデミーのシンボルである『百合の葉と羽根ペン』といわれる刺繍が施されていた。 エレオノールである。彼女は今、憤怒に燃えている。 人ごみを掻き分けてジェシカが二人の間に立った。 「はいはいどいてどいてー。おやおや貴族のお嬢様、果たして一体何がご不満なんでしょうか」 「下がりなさい娘。お前に用はないわ」 「そうは言っても私は一応ここの管理を任されていますので、店先でこんな具合じゃ色々と困ってしまいますから」 「ああ~ジェシカさ~ん」 大の男は泣きながらジェシカにすがり付いてくる。ジェシカはぺしぺしと紙屋の頭をはたきながらあしらいつつ、仁王立ちのエレオノールに向かい直す。 「ほらほらいい男が泣くんじゃないの。で、お嬢様、なにが不満なんでしょうか」 「これよ!」 どん、とエレオノールが突き出したのは古ぼけた羊皮紙の束。つらつらと書き綴られた字は経年によって少し読み辛くなっている。 「そこの男に何か古い本や書き物は無いかって聞いたら、男は自信ありげにこれを私に出して売りつけようとしたのよ」 「なんなんですかこれは」 「ゲルマニアの女性メイジ『ドラングフォルド』が遺した魔法研究書の欠けた部分だっていうのよ、そこのは」 睨むエレオノールに紙屋はジェシカの影に隠れる。ジェシカ自身は古書に通じているわけでは無いので、答えようがない。 「はぁ」 「ところがこれ、私の見立てじゃ真っ赤な偽物。第一こんな場末の紙屋で伝説の書物の欠落部分を売っているはずなんて無いとは思ってたんだけど、 まさか偽物を売りつけられるとは思って無かったわ。こんな不届きな考えの商人に罰を下そうとしていたところよ」 「はぁ、なるほど。…で、紙屋さん。本当にあれ、偽物なの?」 「い、いいや。仕入れのときは確かに魔法書の欠落部分だって聞いて仕入れたのさ」 「はぁ?貴方、字が読めないのかしら?大メイジの本の欠落部分に、なんで杖を使わない戦闘方法や空想御伽噺が書いてあるのよ!」 バシッ、とエレオノールは床に紙束を叩きつける。すっかり紙屋は脅えきっててエレオノールの勢いと睨みで恐慌状態になっている。 「ひぃぃっ!」 「貴族を謀ろうとした罪は重くてよ」 「ちょっとお待ちくださいな。何とか許していただけないでしょうかね」 「駄目よ」 「そこを何とか!」 「絶対に駄目!」 「もう一声!」 「駄目ったら駄目って言ってるでしょう!あんまりつっかかるとギルドに言いつけるわよ!」 ジェシカがぽんぽんと言葉を積むのに比べてエレオノールはどんどんと声量が上がり、合せてどんどんと視野が狭くなっていく。 だから人だかりからギュスターヴがやってきてジェシカの後ろから声を掛けた時も、掛ける直前まで彼女は塵芥ほども気が付かなかったのである。 「随分とお怒りの様子で。エレオノール女史」 もう、今に振り上げた杖から魔法が飛び出そうだったエレオノールは、狭くなった視界の外から入ってきたギュスターヴに対して、まったく無防備だった。 具体的には振り上げた腕のまま、顔に浮かべた憤怒の表情が吹き飛んで呆然としていた。 「ギュ、ギュスターヴ…………さん」 無意識の語尾は小さくて恐らく誰にも聞こえなかっただろう。それはエレオノールにとって幸いだった。 「ああ、オーナーさーん!」 ジェシカにまとわり付いていた紙屋は今度はギュスターヴにすがりつく。ギュスターヴも困り顔でとりあえず紙屋を引き剥がした。 「おお、どうか泣かずに。…エレオノール女史。どうか一つ杖を納めてくれないだろうか」 ギュスターヴの目はすっと直刃のようにエレオノールを見ていた。 エレオノールは、その視線に耐えられなくて視線を逸らした。上がったままの腕がしおしおと下がっていく。 「えと…その…」 「弁償、というわけではないが、何か償うことはできないだろうか」 この場を収めるためのギュスターヴの施策で、ギュスターヴ本人は至極真面目に提示した案だった。だったのだが、提示されたエレオノールは、なぜか ……もじもじしている。 「そ、そうね…」 その空いた手は無意識にマントのすそを引き寄せている。視線を逸らしたエレオノールの先に、工芸屋が見える。 ロマリアやゲルマニアの辺境部、ガリアの工房などで作られたアクセサリーが所狭しと並べられていた。 「!そ、そうね。じゃあオーナー。私にあちらの店で一番高価な品を譲ってくれますかしら」 「は?」 エレオノールが人の輪の外側を指したことで、ギュスターヴも一瞬、集中が切れて間の抜けた声が出てしまう。 「ここの一番の責任者は貴方でしょう?なら貴方自身に罰を受けてもらうと思いますの」 「はぁ…」 生返事のまま、ギュスターヴは答えた。 結局、ギュスターヴは工芸品屋で「深海の秘石【ディープブルー】」と名札の付いた首飾りを購入して譲渡したことで、エレオノールは溜飲を下げた。 その価格、8エキューと50スゥ。 「あっ、ありがとうございます。大切にいたしますわ」 「それは、どうも」 代替案で本来なら渋々納得するはずなのに、エレオノールはなぜか凄く嬉しそうである。 「しかし、エレオノール女史はなぜここに?先日は来る気が無いと聞いたのですが」 「え?!いや、その、あの…」 当然の疑問なのであるが、エレオノールは目が泳いでいる。 「あっ!もうこんな時間じゃない。それではギュスターヴ殿。私はこれで失礼」 まくし立ててそれだけ言うと、エレオノールはさっさと階段を下りて百貨店から出て行ってしまう。ちなみに3階には何処にも時計に類するものは置かれては居ない。 「……なんだったのかしら、あの人」 人だかりの外側で、騒ぎを見物していたキュルケはため息混じりにつぶやいた。 脇に座り込んでいたタバサは、メガネをハンケチーフで拭きながら答えた。 「はた迷惑。妹に似てる」 「むしろ姉に似たんじゃない」 一方、外に出たエレオノールはブリトンネ街を全力疾走していた。 全速力でブリトンネの外、貴族の市街生活用の別邸が立てられている区域の境界を目指していた。 エレオノールは馬車でブリトンネに入らず、御者を境界に待たせて一人でやってきたのだった。 (言えないっ!お店に行けばギュスターヴさんに会えるかも、なんて思ってたなんてっ!) 「言える訳無いじゃないのよーッ!!」 叫び声は遠く町を駆け抜けるだけだった。 さて、なんとはなしに騒動が終わり、人だかりがなくなると紙屋はギュスターヴ一行に深深と頭を下げていた。 「助かりましたオーナーさん、ジェシカさん。どうにか商売を続けられそうです」 「散々だったねぇ紙屋さん。ま、これからもがんばりなよ!」 ぱしぱしとジェシカが背中を叩く。 「お礼に皆さんには商品の中からどれでも好きなものをお持ち帰りになってください」 「…大丈夫なのか?」 「ええ。さっきの文書以外は値段もそれほど高いものを持っておりませんから…」 「私達もいいの?」 キュルケとタバサが問うと、紙屋の主人は自信気に答えた。先ほどとは随分な違いである。 「ええ、どうぞどうぞ。本当は貴族様が買い物されると箔が付きますんで、さっきも頑張ったんですけど、あんな様になってしまいましたし…」 「この文書は幾らなんだ?」 エレオノールに地面に叩きつけられた『ドラングフォルドの魔法書』をギュスターヴは拾い集めた。 なるほど、経年で古くなっているせいか、書かれている文章が若干かすれている。 字体が旧いのか、字自体が綺麗じゃないのか、ギュスターヴには明瞭に読み取れなかった。 「50エキューと45スゥです」 「へぇ、こんな古い紙束がねぇ…」 「寺院の使う古い説法書や地方の領主が趣味で作った研究書なんかは大体これくらいの値段なんです」 キュルケはギュスターヴの手にある文書を一度眺めてから、店の中に入っていった。 「オーナーさん。これをお求めで?」 問われて気が付くと、タバサもキュルケもシエスタも、各々で店の棚を物色している。問われたギュスターヴは再び、手の中の古文書をまじまじと見た。 「ん…どうしようかな。高いんだろう?」 「いいえ。先ほども言いましたが、ただで結構ですよ。なに、此処を貸していただければ十分稼いで見せますから」 時間は3時も過ぎた頃、一行は百貨店を後にしてシルフィードの背中にいた。 結局、タバサは古い本棚から『イーヴァルティの勇者』の異説本、シエスタは冊子から小咄集を紙屋より貰っている。 「随分お土産もらっちゃいましたねぇ…」 ちょっとシエスタは気を咎めている。貧乏性ともいう。 「持ち主がいいと言ってるんだから、ここはありがたくもらっておこう」 ギュスターヴも他に之といったものに目がつけられず、『ドラングフォルドの魔法書』を貰ってきてしまっていた。 「ミス・ツェルプストーは何をもらったのですか?」 話を振られたキュルケは不敵に笑うと、しまい込んでいたものを取り出す。 「ふふふ。見なさい」 じゃらり、と見せたのは古い紙の束。それには、何やら抽象的な地図に印が付いている。 「古紙片の中に紐で纏めたままだったのをもらってきたのよ。これきっと宝の地図ね。お宝が見つかれば一財産築けるわ」 うきうきとしてキュルケの弾む声に対し、ギュスターヴは渋い顔をした。 「そういう眉唾なものはどうかと思うが…」 「あら、思ったより夢が無くてねミスタ」 そんなやり取りでブリトンネ街からの帰路は進んでいくのだった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2880.html
前ページ次ページゼロと聖石 空を占拠したアルビオンの軍艦から降りてくる兵隊。 大よそ五千の軍勢は大体半分に別れ、片方はラ・ロシェールに、もう片方はタルブ村に向かってくる。 上空、黒チョコボから見た規模で、6:4くらいの割合。 それに対して、タルブ村周辺に並ぶ志願軍、約五百人。 百人ぐらいが外の冒険者で協力してくれた人たち。 それらを勘定に加え、大雑把に計算しても大体四倍の戦力差。 この戦いは、いかに技術を生かして戦うかが最大の焦点だ。 そのつもりで皆準備を進めている。 会戦まであと一時間位。 組み上げられる足場、そこに並ぶタルブ村の弓使いたち。 ルーンソードを持って並ぶ、ナイトの洗礼を受けた人たち。 道具袋に剣や槍を詰め、投擲準備に入る忍者達。 入念に準備運動するモンクたちに、刀を構える侍。 非戦闘員の避難も終わり、村から人が消える。 準備は万端だ。 決死の覚悟で落としに来い、このタルブ村、そう易々と占領はさせない! 地図に書かれているタルブという小さな集落。 こんなところは本来落とす予定は無かった。 あのワルドとか言う貴族が、攻撃目標に含めろという言葉を通達してきた。 たかが一集落がなんだと思っていたが、レキシントン号から眺めた景色が物語っていた。 トリスタニアよりも広いメインストリートに、強固な防壁。 村という言葉で片付けてはいけない、都市があった。 ボーウッドは乗り気のしない作戦に対して少しだけ興味を抱いた。 そして制圧部隊の内、約二千を村の制圧に回した。 ラ・ロシェールの軍に対抗するに当たって、三千の兵と船からの砲撃で蹴散らす。 混乱しているトリステイン軍にはこれで問題ないだろう。 親善訪問を装っての奇襲、その混乱を狙っての攻撃。 人としては最悪だが、命令を実行するのが軍人。 ウェールズ様の命とあっては逆らうことすら許されない。 「全軍、攻撃開始! レコンキスタの威光を見せ付けろ!」 それにしても、司令官とかいうジョンストン。 正直邪魔だ。 大雑把にしか命令していない男を横目に見つつ、小声で副官に細かい指示を出していった。 タルブ村襲撃の任に当たったメイジは憮然としていた。 最初は自分が指揮をとることに喜んでいたが、向かう先はただの集落。 たかが集落に、二千の兵を使って攻め落とせという話自体がありえない。 全軍に命令をし、とっとと片付けてラ・ロシェールを攻める側に回ろうと思っていた。 村の守備隊と前線がぶつかり合う。 自身も魔法で援護しようと考え、詠唱を開始する。 しかしその行動は、一本の矢によって阻まれた。 バキン、と小気味いい音が響く。 自分の手元を見る。 真っ二つに折れて、無残な姿を晒している杖。 足元には一本の矢。 それをきっかけに、あちこちで響く破壊音。 前線で戦っていた兵達の武器がどんどん破壊されてゆく。 村の守備隊によって、だ。 ―――ブレイク系の技を覚えている人たちは、真っ先に武器を破壊しろ。 タルブ村のまとめ役であるお父さんから出された第一の指示。 敵を無力化し、少しでも有利な状況を作る。 私も冥界恐叫打で武器を破壊する。 弓使いをやっている人で、ウェポンブレイクを使える人は結構いる。 その人たちにはメイジの杖を破壊してもらっている。 後方に控える、杖の無いメイジなど怖くない。 全員が一丸となって、武器を破壊し続ける。 少しでも負担を減らすため、私は剣を構える。 「天の願いを胸に刻んで心頭滅却! 聖光爆裂破!」 一直線に走る光が、前線に穴を開ける。 タルブ村の長い一日は始まったばかりだ。 ええい、杖が一本だと思っていたか! 予備の杖を出し、詠唱。 五メイル位のゴーレムを作り出し、突撃させる。 周りのメイジたちも予備の杖を出し、魔法を使い始める。 その光景に、村の守備隊は後方へ下がる。 代わりに現われたのは、黄色い羽を持った巨大な鳥。 こちらめがけて一直線に走りこんでくる鳥に魔法を浴びせる。 しかし、それでも勢いは止まらない。 ゴーレムに張り付いて各部をくちばしで抉る。 傷ついた鳥が数匹集まって、光を発して傷を癒す。 その間にもゴーレムは削られ、前線の兵士達は鳥によって蹂躙される。 何なんだ、この村は!! 何なんだよ、こいつらは!? ―――ゴーレムとかそういった類が出てきたら、チョコボを前線に出すんだ。 チョコボの何たるかを知らないヤツ等には衝撃を与えられるだろう。 武器を破壊され、チョコボの出現に浮き足立っている敵に動揺を与えるために私は叫ぶ。 「全員、騎乗! 大将首を討ち取ります!!」 全員が一斉にチョコボに跨り、突撃。 私もトウホウフハイに跨る。 同時に弓と、槍や剣の投擲による援護。 これによって突撃の威力を引き上げる。 陣が乱れると同時にチョコボに乗っていない人たちも突撃。 戦力差の関係から全滅させることは不可能だが、少なくとも撤退まで持ち込むことは出来る。 剣を振るい、不動無明剣でなぎ倒しながら進む。 トウホウフハイの速度に物を言わせ、一番奥に陣取っていたメイジの元へ。 軽い恐慌状態に陥っているメイジを見つけた瞬間、私はデルフを掲げる。 「幾多の戦場と時を駆け抜けた、魔殺しの名を解き放て! デルフリンガー!!」 刀魂放気。 今まで使う機会の無かった、デルフリンガーの魂開放。 ほかの刀でもよかったが、あくまでも撤退させるのが目的だ。 魔法吸収能力を、刀身という楔から解き放つ。 その力を解放されたデルフリンガーが行った行動は、 『周囲の魔力を全て喰らい尽くす』 メイジの杖から、大気から、魔力という魔力が喰われる。 周囲に魔力が一切無い空白が出来上がった後、デルフが満足して戻ってくる。 「ふっはぁ、久しぶりに使ったなぁ」 「ちなみにやり方を間違えると壊れるんですよ」 このとき、初めてデルフはシエスタのことが本気で怖いと思った。 そんなことはさておき、メイジの無力化に成功。 長続きはしないので、杖だけを破壊してすばやく離脱する。 その間にも武器破壊攻撃や槍の投擲が続く。 「全員、篭城します!!」 私の掛け声を合図に、門の所に撤退。 全員とチョコボが収容されると同時に閉門。 第一戦はなんとか成功。しばらくの間、篭城で時間は稼げる。 問題はこれから来る戦艦たちだ。 でも、私は信じていた。 ルイズ様が、何とかしてくれるという確信が。 「ちょっとばかりのんびりしすぎたわね」 ラ・ロシェールでのんびりとティータイムを過ごしていたら、トリステイン空軍が壊滅した。 始祖の祈祷書を抱え、ミメットに跨る。 羽ばたき、空を舞う。 その時、違和感を感じて祈祷書を開く。 今まで白紙だった本に、文字が書かれている。 レキシントン号の近くまで飛ぶ。 私は祈祷書に集中し、攻撃と回避は全てミメット任せる。 ふむふむ、祈祷書と使い手と王家のルビーが揃ったときに読めるわけね。 レキシントン号周辺になると、接近してくるルイズとミメットに対して直援の竜騎兵が寄ってくる。 こちらを敵とみなした火竜が炎を吐き、それをミメットがバレルロールで避ける。 お返しとばかりに謎の球体―――チョコボールを放ち、火竜を打ち据える。 そのままバランスを崩して落ちてゆく竜騎兵。 最大速度で火竜に劣る黒チョコボだが、その旋回性能と運動性の高さで竜騎兵を翻弄する。 ミメットは己の主人をちらりと見る。 相変わらず本に集中している。 やれやれと首を振り、進行方向とは逆向きの力を掛けるように羽ばたく。 翼は広げたまま固定し、滑らかな円を描きながら降下する。 背面に張り付いていた竜騎兵はこちらの姿を探している。 消えたように見えるだろうが、失速と降下を利用した黒チョコボの空戦テクニックだ。 速度を上げ、一気に上昇。同時に竜騎兵の背面を取り、チョコボールを放つ。 二体目、この調子で攻撃を繰り返す。 今、空の勢力図が変わろうとしていた。 ミメットが二十体打ち落としたところで本を閉じる。 眼下の地上部隊と、砲撃を続けるレキシントン号。 レコンキスタとトリステインの地上部隊規模は同じ。 差があるとしたら、空を押さえる戦艦がいるということだ。 地上ではアンリエッタ姫が陣頭指揮を取っている。 だったら空中をつぶすのは私の役目だ。 「ショウタイムよ」 ミメットが高度を上げ、レキシントン号に肉薄しようとする。 その途中で急減速、ひねり込むような機動を始めた。 文句を言おうとした瞬間、耳元を空気の槍が通過する。 背後を見る。 グリフォンでは無く、風竜に跨ったワルドがいた。 彼の手には杖が構えられている。 私は杖ではなく、アルテマから貰った剣を構えた。 同時に小石を投げ、錬金。 ワルドのエアスピアーと、失敗魔法が交差する。 まずい、まさか風竜に乗ってくるなんて。 最高速度、運動性の高さ、空の王者とも言える存在。 運動性能と旋回半径は勝っているが、総合能力ではどうしても劣ってしまう。 あまり魔力を消費するわけにも行かず、全力で回避に徹する。 それに私が出て行ったのを知ったら、絶対来るはずだから。 「来た…!」 先ほどやった失速降下―――木の葉落としを繰り出し、視界から消える。 それでもワルドは見失わずにこちらに風竜を向ける。 それが命取りとも知らずに。 「ヒィィィイイイイヤッホォォォーーーーー!!」 凄まじい勢いで突撃してくる風竜。 そして奇声を上げるキュルケ。 その横で杖を構えるタバサ。 ワルドの風竜の真横を通り過ぎ、方向転換するシルフィード。 「援軍に来た」 「気付くのが一時間遅かったら間に合わなかったわ」 「遅い! ―――ありがとう」 ワルドの風竜も体勢を立て直し、構える。 「ルイズ! とっとと落としてきなさい!」 「ここは引き受ける」 その言葉に、私はミメットをレキシントン号へ向ける。 ワルドがエアスピアーを放つも、キュルケがブラストガンで撃ち落とす。 「そういうわけで、通さないわよ。オ・ジ・サ・マ?」 「残念ながらオジサマと呼ばれるには早い年齢なのでな。通してもらうぞ!!」 今、空中における決戦が始まった。 前ページ次ページゼロと聖石
https://w.atwiki.jp/mitamond/pages/113.html
江戸前期の浪人軍学者。江戸で軍学を教え、旗本や大名の家臣など多くの弟子を集めた。1651年に幕政批判と浪人救済を掲げて弟子と共に謀反(慶安の変)を企て、自身は駿府城の乗っ取りと久能山の家康の遺金を狙うが、事前に発覚。駿府で自害した。 伊賀の影丸 慶安の変に失敗して死んだのは影武者で、本人は陰流忍者に守られて、伊賀六忍の追撃を躱しつつ東海道を西に向かった。実は自身も忍者で、最後には自ら影丸と対決。無数の布を舞わせて身を隠す忍法ぬのかくれなどで影丸を苦しめるが、敗れて自刃した。 ガラシア祈祷書 正雪と名乗る前の由比富士太郎の名で登場。森宗意軒の軍学の弟子で好奇心旺盛な小男。ゴロリア善馬と共に、捕らえられた天草四郎の母親らを救うために奇計を巡らす。 神変麝香猫 由井正雪の名で登場。幕府転覆の野望を秘めて黒縄巻を狙い、金井半兵衛ら正雪七人衆を率いて、麝香猫のお林一党、夢想小天治らと三つ巴の戦いを繰り広げる。剣を取っては小天治をたじろがせるほどの老獪さを見せた。 忍者からす 石田三成?の娘・木美と鴉の間に生まれた子供。十歳の時に母が徳川家康の行列に斬り込んで果てるのを目撃し、その遺言である幕府転覆を実行する決意をする。 魔界転生(石川版) 島原の乱終結直後の戦場で、宮本武蔵と共に天草四郎の魔界転生の瞬間を目撃。その力に魅せられてそのまま森宗意軒に弟子入りし、魔界衆と共に幕府転覆を目論む。
https://w.atwiki.jp/menegg/pages/35.html
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール MENSeggNIGHTのメインヒロイン。 桃色がかったブロンドの長髪と鳶色の瞳を持つ、ヴァリエール家の三女で16歳。身長153サント、スリーサイズはB76/W53/H75と小柄で細身のため、スタイルの良い同性に対してコンプレックスがあるが、細身にも関わらず腕っ節は強い。 トリステイン屈指の名門貴族であるヴァリエール公爵家(始祖は王の庶子)に生まれ、トリステイン魔法学院に進学する。「ゼロのルイズ」の蔑称は、幼少の時から魔法に失敗し続けたため、魔法の才能が皆無であるとされたことから付けられた。だが魔法が使えなかったのは、四系統のメイジとは異なる系統の使い手だったせいであり、幾つかの事件によって「水のルビー」と「始祖の祈祷書」を手にしたことから、「虚無」の魔法に目覚める。彼女の虚無は、“攻撃”を司るもので、使える魔法は「爆発(エクスプロージョン)」「解除(ディスペル)」「幻影(イリュージョン)」「瞬間移動(テレポート)」。強力な破壊力と威力を持つ一方、初歩の魔法でさえすぐに精神力が尽きるほど消耗が激しい。虚無に目覚めた後は、簡単なコモンマジックは使えるようになっている。 出来の良い姉たちの存在や、魔法を使えないなどの理由から両親から全く期待されていなかったと思い込み、強いコンプレックスを抱いていた。そのため、他人に認められたいと思うあまり無茶をすることが多かった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8342.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十二話 伝説を受け継いだルイズ 幽霊船怪獣 ゾンバイユ ミイラ怪人 ミイラ人間 登場! ウェールズは、信じられないような光景を目にしていた。 今まさにウルトラマンにとどめを刺そうとしていた怪獣の傍らに、ぽつりと小さな光球が現れた。 「あれは……」 なんだ? という言葉をつぶやく前に、光は自らの存在感を変えていった。はじめ夜空の星のような 儚げな点であったものが、みるみるうちに真昼の太陽のように膨れ上がって、瞬く間に怪獣の巨体を 覆いつくした。 白の世界、そのときに彼らが見たものを表現するとしたらその言葉しかないであろう。 とどまることなく膨張する光は、本物の太陽以上の輝きを持って人々の網膜を焼く。 とても目を開けていられなくなったウェールズや、艦隊の将兵たちは目をつぶり、手のひらで目を覆った。 それでも太陽の中に投げ込まれたような錯覚が襲い……唐突に、光は消滅した。 まぶたを開けたとき、目の前の景色は一変していた。 怪獣の体の半分……光に包まれた部分が、溶岩に触れた大木のように焼け焦げていたのだ。 悲鳴をあげて、怪獣はがくりと地面に崩れ落ちた。砂塵が舞い上がって、一呼吸遅れて地響きが鳴り響いてくる。 「やった……のか?」 ウェールズは、目の前で見たものをそのまま言っただけのつもりだったが、自分で自分の言ったことが 信じられなかった。あれだけ傍若無人を尽くした、悪魔のような怪獣が、ほんの一分前には考えられなかった ような無残な姿をさらしている。いったい何が……? その疑問に答えられるものはいなかった。 一方、ゾンバイユがダメージを受けたことにより、同時にウルトラマンヒカリを拘束していたビームも 解除されて、解放されたヒカリはかろうじて着地して、苦しそうにひざをついた。カラータイマーは限界で、 全身に激しいダメージがあるが、どうやらギリギリのところで助かったようだ。 ヒカリが無事だったことで、艦隊から離れたところでことの推移を見守っていたキュルケたちも、 シルフィードの上で胸をなでおろした。が、ルイズはただ一人、杖を振り下ろした姿勢のままで立ち尽くし、 その視線を怪獣へと向けている。ルイズの目的は、まだ果たされていないからだ。 ゾンバイユの、城砦のような胴体の左側に直径十数メートルの大穴が開き、そこから煙が噴き出していた。 中には、生体に埋まるようにしてメカがのぞいて火花を散らしている。あれは、ゾンバイユがどこかの星の 宇宙船だったころの名残だろうか。 そのとき、もだえていたゾンバイユの様子が変わった。まるで食べすぎた人間が、胃袋の反動を受けた ときのように、短い腕で腹をかきむしって苦しみだした。そして、ついに耐え切れなくなったとき、傷口から 蛍のように輝く光が大量に漏れ出しはじめた。 「あの光は、まさか!?」 周囲一帯へと散らばっていく光を見て、タバサははっと気がついた。光はそれ自体が意思を持っている かのように、それぞれがゾンバイユに襲われた街のほうへと飛んでいく。そうして、タバサが予想したとおり、 光は魂を奪われた人々の体に吸い込まれていった。 「う……」 「あれ……わしは」 「ど、どうしたのかしら」 思ったとおり、光を得た人々は次々に意識を取り戻していった。 当然、街の人々だけではなく、魂を奪われていた学院の生徒たちも皆蘇生している。 「あ、あれ。俺?」 「なんか、すげえ冷たいところに行ってたような」 「ギーシュ! ギーシュ目を覚まして」 「う、ううん今行くよレディたち……あれ、モンモランシー? おかしいな、きれいな川の向こうにたくさんの 美女たちが待ってたはずなのに」 「こんのぉ、やっぱり地獄に落ちなさい!」 約一名、生き返ったはずなのに死に掛けている者がいるが、生徒たちは誰一人欠けることなく現世に 舞い戻ってきた。 そして、シルフィードの上にやってきた光が才人の体に宿ったとき、蝋人形のように血色を失っていた 彼の肉体に肌色が戻った。同時に、固く閉ざされていた瞳が動き、喉からうめくような声が漏れる。 「う……ああ」 うっすらと目を開いた才人は、陽の光のまぶしさに思わず眉をひそめた。それでも、光をさえぎっている 影から、自分を見下ろしている誰かがいることにだけは気がつくと、見慣れた髪型から無意識にその名を つぶやいていた。 「ルイズ?」 「サイト! サイトぉ、生き返ったのね。よかった、よかったあ!」 「わっ! お、おいどうしたんだ」 突然抱きついてきたルイズに、才人は目を白黒させるばかりであった。そりゃ、何があったのかなど 知っているわけはないので当たり前ではある。でも、一部始終を知っているキュルケとタバサは、ほっとして 顔を見合わせていた。 「ほんとに、見てるこっちの寿命が縮むカップルなんだから」 「昔から……それと、あっちも」 タバサが杖で指し示した先を見て、キュルケも息を呑んだ。 怪獣ゾンバイユは、どてっぱらに風穴を開けられただけでなく、エネルギー源として取り込んだすべての 魂を解放されて、明らかに弱体化していた。鋭い爪を生やした太い腕はだらりと垂れ下がり、四本の足は 酔っ払いのようにおぼつかない。飛行能力も失ったと見えて、致命的なダメージを受けたというのに 逃げる気配も見せない。 これを、ルイズの……あのルイズの魔法がやったのかと、二人は信じられない思いだった。確かに ルイズの魔法はすべて爆発する。しかし、軍艦の砲撃やウルトラマンの打撃でさえ大きなダメージを 負わなかった怪獣の体をえぐるとは、いくらなんでも度を越えすぎている。 死に体のゾンバイユに向かって、ウルトラマンヒカリは最後の力を振り絞ると、右手を空に向かってかざした。 「ムゥン!」 気合とともに、ナイトブレスにエネルギーが稲妻のようにスパークし、スペシウムエネルギーがチャージされる。 とどめだ! ヒカリは片ひざをついたまま、腕を十字に組んでエネルギーを解き放った。 『ナイトシュート!』 青い光芒がゾンバイユを撃ち、単眼を打ち抜いて体内でエネルギーが荒れ狂う。 断末魔の遠吠えをあげ、倒れこんだゾンバイユは次の瞬間、巨大な爆炎をあげて吹き飛んだ。 「や……やった!」 炎が立ち上がり、火花が舞い散る噴火口のような光景に、艦隊から、街中からいっせいに人々の 歓声が轟いた。ゾンバイユは、もうあとかたもなく、煙となって炎の中へと消え去っている。宇宙を荒らし、 魂を貪り歩いて恐れられた伝説の怪獣は、異世界の土となって本当の伝説のかなたへと消えたのだ。 被害を受けた人々も皆回復し、火災を発生させている市街地も、早くも銃士隊や衛士隊が避難誘導から 消火活動に切り替えつつある。それに、フェヴィス艦長の進言でラ・ラメー提督は護衛艦数隻を降下 させていった。バラストや飲料水タンクの水を放水すれば、消火にはかなり助けになることだろう。 ウルトラマンヒカリは、そんな人間たちのたくましさを見届けると、ぐっと力を込めて立ち上がった。 それだけで目がくらみ、よろめきそうになるけれど、なんとか体を支える。そして、視線をめぐらせて シルフィードのほうを見、才人の無事を確認すると、視線をルイズに移した。 「……」 時間にしたら、多くて二秒というところだろう。そのときのヒカリは、結局最後まで何も言うことは無く、 ただじっと才人の無事を喜んでいるルイズを見つめると、やがて無言のままで空に飛び立った。 「ショワッ!」 あっというまに艦隊の上空を飛び越え、雲のかなたへとヒカリは飛び去っていった。 人々は、ウルトラマンを初めて見る人もそうでない人も、大きく手を振って見送った。 街の火災も艦隊の応援を得て急速に鎮火に向かい、ラ・ロシュールは危うく壊滅の危機から救われた。 戦艦『レゾリューション』は再び桟橋に接岸し、ウェールズ王は世界樹に降り立った。これから、誤射の 件も含めてしばらくは事後処理に当たらねばならないだろう。悪くすれば、結婚式の予定も数日遅れる ことになるかもしれない。 それでも、民間人への被害だけは最低限に抑えることはできた。これで犠牲者が多数出るような 事態になっていたら、婚儀の中断もあったかもしれない。ウルトラマンだけでなく、艦隊や地上で人々を 逃がすために奔走した、大勢の勇敢な人たちがいてくれたおかげなのだ。 地上の騒ぎが一段落したことを確認したルイズたちは、やっと力を抜くとシルフィードの上にへたりこんだ。 疲れた……今回は、本当に疲れた。体だけでなく、心の底から力をしぼりつくしてしまったように思える。 このまま、ホテルに帰って寝てしまいたいと思ったくらいだ。しかし、今ごろは魂の戻ったギーシュたちが 心配しているかもしれない。まだ少々くたびれるが、帰ろうか。ルイズにそう言われたタバサは、シルフィードを 世界樹に向けさせた。 だが、すべてこれで終わったと思いかけていたルイズの元に、突然暗い女の声が響いた。 「ふっふふふ、見たわ、確かに見せてもらったわよ。偉大なる虚無の担い手殿」 「っ! 誰!?」 聞き覚えの無い声に、ルイズたちは周りを見渡したけれど何も見つけることはできなかった。すると、 ルイズの目の前にひらひらと一羽の蝶が飛んできた。 「蝶?」 「違うわ、これはガーゴイルの一種よ」 怪訝な顔をするキュルケに、ルイズは落ち着いた様子で指摘してみせた。形はどこにでもいる蝶 そのものだが、今は真冬。それに蝶がこんな高度にまで来るはずがない。それを裏付けるように、 蝶から先程の女の声が、今度は抑揚を下げて響いた。 「ご明察、なかなか賢いわね。とりあえず、はじめましてと言っておきましょうか」 「あなた、誰?」 「ふふふ、そうね。呼び名がなくては不便だから、とりあえずはシェフィールドとでも呼んでもらおうかしら」 「っ! ふざけないで」 明らかに本名ではない名を告げた相手に、ルイズは怒鳴り返した。キュルケとタバサは周囲を 見渡しているが、まず無駄だろう。恐らくここから見下ろせる一帯のどこかに相手はいる。けれども、 地上には何万もの人があふれていて、とても見つけ出すのは不可能だ。 ルイズは、怒りをおさめると目の前の蝶のガーゴイルに問いかけた。 「わたしに何の用? わたしが、虚無の担い手ですって」 「そうよ。すでに気づいているはずでしょう? あなたは始祖の指輪を身につけ、始祖の祈祷書を 読んだはず。それは、虚無の担い手しか読むことはできないのだから」 その言葉に、ルイズは手の中の祈祷書と風のルビーを見つめた。 気が落ち着いてくると、漠然とした不安がルイズの中に生まれてきた。先程は、才人を助けるために 一心不乱で、手段のことなどは気にも止めていなかったが、自分が使ったのは…… 「虚無……虚無って」 始祖が使ったという伝説の系統ではないか。授業をまじめに受けていたルイズは、それが失われた 伝説の魔法であることを知っていた。それを自分が? あらためて思うと実感はないけれど、そういえば 才人の使い魔としてのルーンは、伝説の使い魔ガンダールヴのものであった。ならば、その主人で あった自分も……明晰なルイズの知性は、彼女の意思とは無関係にパズルのピースを組み上げていく。 戸惑うルイズに、才人もキュルケもタバサも話しかけることができずにいる。いらだったルイズは、 その激情を、ガーゴイルの向こうの女に向けた。 「それで! わたしが虚無の担い手だからどうだっていうのよ」 「ふふふ、怒らない怒らない。可愛い顔が台無しよ。今日は、ただあなたにあいさつをしたいだけよ。 わたしはね、さる高貴なお方に仕えているのだけれども、そのお方があなたとお友達になられたいと おっしゃられているの」 「わたしと?」 「そうよ、かつてはエルフとさえ対等に渡り合ったという伝説の魔法、それが虚無の系統。そんなすごい人と、 友好を結びたいというのは当然でしょう?」 「ふざけるんじゃないわよ!」 ルイズはシェフィールドの言葉が終わらないうちから、自分の歯を噛み潰してしまいそうなほどに激昂した。 なんのことはない、こいつらは自分を利用しようとしているのだ。そんなこと、断じて認めるわけにはいかない。 経過を見守っていた才人たちも、口々に武器を手にして言う。 「おい、シェフィールドだかなんだかしらねえが、ルイズに手を出したらただじゃおかねえぞ」 「誰だか知りませんが、あなたはわたくしたちの敵なのだけは間違いないようですわね」 「……帰れ」 今にも木っ端微塵にしそうな敵意がガーゴイルに向けられる。しかし、シェフィールドは軽い口調を 崩さずに、むしろ楽しげに言った。 「うふふふ、よいお友達をたくさんお持ちでうらやましいですわね。では、今日のところはそろそろ おいとますることにしましょう。あなたという虚無の担い手を探し出すという、本日の目的は充分に 達成できましたからね。今日のサプライズはお気にめしたかしら?」 「なんですって!? まさか、あなたがあの怪獣を……まさか、ヤプールの手先!?」 「失礼ね。わたしをそんなものといっしょにされては迷惑ですわ。わたしはれっきとしたハルケギニアの 人間よ。ふふ、でもそれなりのことをできる手段は有していることだけはお教えしておきましょう。 では、近いうちにまたうかがいにまいりますわ」 「あっ! ま、待て!」 叫んだとき瞬間、ガーゴイルは自爆して粉々の塵となった。破片を捕まえるまでもなく、残骸は あっという間に風に吹かれて消えていき、後には何も残らなかった。 「逃げられた……」 これで、もうシェフィールドを追跡する手がかりはなくなってしまった。 もはや、誰の声もなくなってしまった空の上で、憮然としてルイズはつぶやいた。 「シェフィールド……いったい、何者なの」 それに答えることができるものは誰もいなかった。わかっていることは、ヤプールとは別の新たな敵が 現れたということだ。それも、ハルケギニアの人間だという。そう、自分たちと同じ人間だと。 「わたしたちは、人間とまで戦わなくてはいけないの……?」 これまで、自分たちが命をかけて戦ってきたのは人間のためではなかったのか? なのに、その人間が 自分たちの敵となる? なぜ……? どうしようもない脱力感がルイズの全身を包んだ。そして、抗うことも できないままで、ルイズは才人の腕の中にくずおれていった。 「ルイズ!? どうした!」 「ごめんサイト……すっごく、眠いの……」 激しい睡魔に襲われて、ルイズは意識を深い闇の中へと沈めていった。 ゆるやかな寝息をたてはじめたルイズを見て、才人はほっとしたようにルイズを優しく抱きかかえた。 しかし、キュルケとタバサは、気を失ったルイズと、彼女の指にはめられた風のルビー、そしてただの 古書に戻った始祖の祈祷書を見て、自分自身に確認するように憮然とつぶやいていた。 「虚無の系統……ルイズが……」 翌日、ルイズと才人、それにキュルケとタバサはトリスタニアの王宮に姿を見せていた。 すでに、ラ・ロシュールでの事件のあらましはアンリエッタの元へと報告がされていた。ガリア艦 『シャルル・オルレアン』から怪獣が出現し、ラ・ロシュールの街を破壊し、駐留艦隊やウルトラマンの 迎撃も撃退して暴れまわったが、正体不明の謎の光によって倒された。 「その、光を作り出したのがあなただというのですか、ルイズ?」 アンリエッタの、テーブルの上に置いた報告書から視線を移しての質問に、ルイズは深くうなずいた。 緊急の用があると、謁見を申し込んできたルイズを、アンリエッタは公務を中断させてまで招きいれた。 だが、人払いをさせた上で親友の口から語られた話は、覚悟していたはずのアンリエッタの想像を はるかに超える内容だったのだ。 「信じられないと思いますが、そのとおりなのです。わたしは、この始祖の祈祷書に書いてあった文字を 読むことができました。これには、始祖ブリミルが直筆で、後世にあてた文書が残されていたのです」 どこまでも真面目な顔で驚くべきことを告げるルイズに、アンリエッタはただうなづいた。ルイズは、 自分の知る限り、こんな嘘をつく人間ではない。それに、同行してきたゲルマニアの大家ツェルプストー家の 子息と、公言はしていないがガリア王家に由来する青い髪を持つ少女も証人と言っている。 ルイズは、一呼吸をおくと、一気に続きの用件を伝えた。 「むろん、これはわたしたちにとっても晴天の霹靂でした。ですが、虚無といえば伝説上の系統…… 容易に調べるわけにも他言するわけにもいかず、考えました結果、始祖の祈祷書と始祖のルビーが 伝わってきた王家になら、なにか手がかりがあるかもと愚考いたした次第です」 テーブルの上には、艦隊から届けられた映像の記録水晶が置かれている。それには報告書のとおりに、 怪獣の出現から撃破までの一部始終が映し出されており、荒唐無稽な話だと退けるわけにはいかなかった。 しかし、いくら幼少からの親友とはいえ、確証もないことをおいそれと信じるわけにはいかない。 「言っていることはわかりました。しかし、わたくしにはその始祖の祈祷書は、ただの白紙の本にしか 見えませんが……」 「ごもっともです。では、これより証拠をお見せいたします」 そう言うとルイズは風のルビーをはめ、始祖の祈祷書を開いた。すると、風のルビーと祈祷書が、 あのときと同じように神秘的な光を放ちだし、アンリエッタは息を呑んだ。 そして、ルイズは最初のページに記された輝く古代文字を読み上げていった。 『序文。 これより、我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒よりなる。四の系統は、 それらの粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統を『土』『風』『水』『火』と為す』 光に照らされて、憑かれたように朗読を続けるルイズを、一同は無言で見守った。 『さらに、これらの四にあてはまらざる系統の力を我は持った。四の系統が影響せし粒は、より小さき粒より 成り立つものである。我が系統は、この極小の粒に影響を与え、変化させし呪文なり。四にあらざれば それすなわち『零』、よって我はこの力を『虚無の系統』として後世に伝えるものなり』 そこには疑いようも無く、虚無の系統と明記されていた。誰とも無くつばを飲み込む音が鳴る中で、 ルイズはさらにページをめくり、読み進める。 『我と、我の同胞がなし得なかった目標を、我はここに書き残す。我の果てる地を、『ハルケギニア』と 名づけて我は逝く。我の唯一の心残りは、『ハルケギニア』のはるかな東方、『聖地』を取り戻すことが 叶わなかったことにあり。これを読みし者は、我の『虚無』の力を受け継ぐ資格を持つ。その力は強大なり、 そして『聖地』を目指す鍵である。ただし、汝にその意思なくばそれもよし。『虚無』は詠唱は長きにわたり、 多大な精神力を消耗する。時として命すら削る諸刃の刃、我の理想と目標を受け継ぐもののみが、 この力を手にするがよし。そのため、我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪をはめても この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪をはめよ。されば、この書は開かれん』 ページをめくり、ルイズは深く息を吸って読み上げた。 『最後に、我の目標を受け継ぐものが後世に現れることを切に願う。我の子たちは、我が第二の故郷に それぞれ国を作った。将来、我の力を受け継ぐものたちはその血筋より現れるだろう。しかし、我は 同時に子孫たちに詫びねばならない。我と、我の同胞の犯した罪は『聖地』より、いずれこの地にまで 厄災をもたらすやもしれぬ。その日が未来永劫来ないことを願い、万一のときに備えてこれを残す ものとする。我が末裔よ、意思あらば書を開き続けよ。時いたらば、すべてを語ろう。 ブリミル・ル・ルミル・ユリ・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』』 読み終えたルイズは祈祷書を閉じた。アンリエッタは唖然として言葉もない。 半信半疑だったアンリエッタも、国宝の祈祷書と、アルビオンの秘宝が放つ光を目の当たりにしては 考え込まざるをえなかった。ルイズが虚無? 幼馴染であり、今でも姉妹のように思っている親友が 伝説の系統の担い手だというのか。 「わかりました。正直、わたしも気持ちの整理がつきませんが、事実に間違いないようですわね。 ですが、虚無とは……いいえ、考えてみたら当然かもしれませんわね。世界が危機に陥り、破滅へと 突き進んでいるこの時、始祖の力を受け継ぐものが目覚めるのは……かつて、始祖ブリミルは三人の 子供に王家を作らせ、指輪と秘宝を残した。それらの一つがその祈祷書とルビー」 「はい」 「そして、王家には、こんな言い伝えがあります。始祖の力を受け継ぐものは、王家に現れると。 今、ルイズが読み上げた内容とも一致しています」 「わたしは王族ではありませんわ」 「いいえ、ラ・ヴァリエール公爵家は王家の庶子。あなたにも王家の血は流れているのですよ」 はっとしたルイズに、アンリエッタはうなづいてみせた。 「話してくれますね。わたくしにすべて」 「はい」 ルイズは迷うことなくすべてを告白した。 昨日、意識を失ったルイズが意識を取り戻したのはすでに日も落ちた時刻になってからであった。 それでも、自分のやったことについてはしっかりと覚えていた彼女は、気持ちを整理するとまず才人に、 続いて才人の勧めでキュルケとタバサに相談した。 いくつかの憶測と仮説が提示され、実験を重ねた結果、少しだがわかったこともあった。 まず、祈祷書に注意書きされていたとおり、文字は風のルビーをはめたときでないと読めないこと。 ルイズ以外の人間には、祈祷書が発光するのまでは見えるが、文字は見えないこと。 エクスプロージョン以外のページは、どうやっても白紙のままなこと。 また、もう一度、実験のためにエクスプロージョンを唱えてみようとしたのだが、途中で意識を 失って唱えきることができなかった。 「推測ですが、虚無の魔法は使用する精神力が膨大なために、あの一撃で力を使いきってしまった というのが、まず正解だと思います」 「と、いうことは回復するまではしばらくは虚無の魔法は使えないということですか?」 無言でうなづいたルイズに、アンリエッタはほっとした様子を見せた。 「そうですか、それはかえって幸いだったかもしれませんね」 「どういうことですか?」 「よいですかルイズ、過ぎたる力は心を狂わせ、身を滅ぼします。今のあなたにその気が無くても、 必要に迫られれば力を行使せざるをえないことにもなるでしょう。人は、よくも悪くも『慣れ』やすい 生き物です。そして慣れは、警戒や恐怖を薄れさせます。なにが言いたいのか、わかってくれますね?」 「はい、わかります。いえ、わかっているつもりです」 ルイズは、もしもあの力が行使することに失敗し、トリスタニアの真ん中や魔法学院で炸裂させて しまったときにはどうなるのかを想像して身震いした。あのときは、相手が怪獣であったからよい。 しかし、あの魔法はその気になったら数万の人命をも一瞬で消滅させてしまうような凶悪なことにも 使用できてしまうのだ。 アンリエッタは、手に入れてしまった強すぎる力におびえるルイズの肩を抱き、優しく話しかけた。 「次に、虚無の魔法を使えるようになるかにどのくらいかかるかわかりませんが、それまでのあいだに じっくりと考えておくことです。わたしとしては、あなたにはその力を二度と使ってはほしくありませんけれど、 これが始祖のお導きならば、あなたが担い手になったのは、きっと何か意味があることなのでしょう。 悩みなさい。自分に問いかけ続けなさい。その苦しみがある限り、あなたは自分を見失うことはないでしょう」 あえて、迷いをぬぐうことをアンリエッタはしなかった。悩みの無い人間を人はうらやましがるけれど、 実はそういう人間は、ほかの人間にとって大変危険なのである。なぜなら、例え誤った考えを持っていた としても、自分のやることを疑わないから過ちに気づかない。正確には、自分を妄信するというべきであろう。 確かに悩みはないだろうけれど、自分の正義のためなら他のすべてを犠牲にして平気な最悪の 人間となってしまう。 「姫さま、ですがわたしはご存知のとおり、すべての魔法を失敗させてきました。嘲りと侮蔑の中、 ついた二つ名は『ゼロ』、姫さまと祖国のために尽くしたいと考えてもなにもできぬ口惜しさに、 常に身を震わせてまいりました。運命が、わたしに力を与えてくれた今、この力を正義のために、 姫さまのためにもお役に立てたいと考えます」 「ルイズ、結論を急いではいけません。虚無には、まだ謎が多すぎます。あなたは、いわば初めて 自分の足で立った幼児のようなもの、いきなり跳んだり駆けたりすることができますか? 第一、 あなたのその力を狙っている敵がいるとのこと。なによりもまず、自分を守ることを考えなさい。 これは主君としての命令です」 「はい……」 命令という形をとられては、ルイズは貴族として従うしかなかった。アンリエッタとしても、こんな手段は 使いたくはないのだが、親友ゆえにルイズの向こう見ずさはよく知っている。内心では、心配で 仕方が無いけれど、それを知ればルイズは逆に強がるであろう。 「よろしい。それから、このことは当分のあいだはここにいる者だけの秘密としましょう。人は欲深い 生き物……あなたのその力を知れば、よからぬことを考えるものも出てくるでしょう」 ルイズは無言でうなづいた。才人は当然のこと、キュルケとタバサも異存のあろうはずもない。 皆の意思を確認すると、アンリエッタは始祖の祈祷書をあらためてルイズに渡した。 「これは、しばらくあなたに預けておきましょう。虚無の謎を解くのには、欠かせないでしょうからね。 それから、風のルビーはアルビオンに返還しなければいけませんから、代わりにわたしの水の ルビーを預けておきます」 「姫さま! ですが、これらは姫さまの結婚式のために」 「式典用のイミテーションがありますから、それで代用することにいたします。ウェールズさまは、 わたしが何とかごまかしておきましょう」 軽くウィンクをして、まかせておけという仕草をしたアンリエッタの顔は、幼少のみぎりにルイズと いたずらとしてまわったおてんば娘の、それそのものであった。 「ただし、あなたに頼んでおりました詔と巫女の役目は下りてもらわねばなりませんが、よいですね?」 むろん、ルイズに異存のあろうはずはない。破格の配慮に比べれば、安すぎるくらいである。 「姫さま、何からなにまでありがとうございます」 「よいのです。誰よりもまず、わたくしに相談にきてくれたあなたの友情に、応えないわけにはいきません。 しかし、独力で虚無の謎を探るにも限界があるでしょう。誰か、優秀で信頼のおける学者に心当たりは…… そういえばルイズ、あなたのお姉さまは王立アカデミーで主席研究員をしておられるとか」 「え゛っ」 ルイズが露骨にいやそうな顔をするのも無理はない。本来の筋で言えば、真っ先に相談に行くべきなのは 母のカリーヌか姉のエレオノールなのだけれど、パスしたのはこの二人が苦手だからだ。 「姫さま、それはちょっと……」 「なにか問題でも?」 「いえ、そういうわけではないのですが」 苦手だから嫌だとはさすがに言えない。でも、秘密を厳守してくれて、且つ優秀な学者といえばほかに 思いつかないのも事実だ。それはわかっているのだけれど、あの姉と四六時中顔を突き合わせて、 でなくとも見張られたり観察されたりするのは、まるで牢屋に入れられてるような気がする。 というより、小さいころにはヴァリエール家にもよく遊びに来ていたアンリエッタは、ルイズがエレオノールを 苦手としていることは知っているはずだ。なのに、平然とエレオノールを推すとは。ルイズは、「どうしたの ルイズ?」といわんばかりに微笑を浮かべているアンリエッタを見て、気づいてしまった。 ”姫さま、わかってて楽しんでるわね” 内心でルイズは、この方は幼い頃のままなのねと頭を抱えた。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。 しかも昔に比べて知恵がついてるから、なお性質が悪い。背中に天使の羽がついてるけれど、スカートの 中には先のとがった黒い尻尾があるらしい。 それでも、どうせいつかは話さねばならないことだからとルイズは自分に言い聞かせた。 「わかりました。エレオノールお姉さまに頼ってみます」 「賢明ですわ。辞令のほうは、わたくしからアカデミーにまわしておきます。とはいえ、調査といっても 古代の文献を調べたりするようなことが大部分でしょうから、あまり会う機会はないかもしれませんが。 まあ、あなたの体を直接いじりまわすわけにはいきませんからね」 「姫さま、冗談になっていません」 正直、ぞっとするのである。エレオノールは性格的にはもっとも強く母の血を受け継いでいると言って いいだろう。妹相手でも何をしでかすか、保障はどこにもない。 「カリーヌ殿には、ルイズの護衛をお願いいたしましょうか?」 「いえ、母に余計な心配をかけたくありません。今の母は、騎士として教師として重責を担う身、 いずれ虚無のことが少しなりとてわかったときに、打ち明けることにいたしたほうがよいと思います」 暗に、護衛は才人がいるからほかにはいらないとルイズは言っていた。 アンリエッタはうなづくと、ペンをとってテーブルの上の公文書用紙にサインを書き込んだ。 「ルイズ、あなたをわたくし直属の女官ということにいたします。この許可証で、王宮を含む、国内外に おけるあらゆる場所への立ち入りと、公的機関の使用が可能です。万一のときには使いなさい。 ただし、このようなものを一学生が持っていると不審を呼びますから、濫用してはいけませんよ」 「はい、お心遣いに感謝を返す術もありません」 「わたくしには、これしかできることはないだけですよ。でも、銃士隊準隊員の彼がいれば、大抵のことには 困らないでしょう」 アンリエッタに視線を向けられた才人は、どきりとすると姿勢を正した。 「本当は、そばでルイズを助けてあげたいのですが、わたしはこの国を背負う身、代わりにどうかわたくしの 大切なお友達を守ってあげてくださいね」 「それはまあ、これまでもやってきたことですから」 素直に「はい」と答えられないのが才人の未熟なところだろう。けれど、虚無だろうがなんだろうが、ルイズを 守ろうという才人の決意はいささかも変わるところはない。すると、アンリエッタは声をひそめて、才人にだけ 聞こえるようにつぶやいた。 「お気持ちはけっこうです。ただし、守るだけでなくて男性として責任は持たないといけませんよ。先の ことだからと後回しにして、女の子を泣かせるような真似をしちゃいけませんからね」 才人は、背中からいきなり氷の剣を刺されたように錯覚した。やっぱりこの人は、敵に回すと恐ろしい。 「き、肝に命じておきます」 「よろしい。女の子を泣かす男はアルビオン大陸につぶされて死ねばいいと母も言っておりました。 忘れないでくださいね。女が男に惚れるということが、どれだけ重大なことなのかを」 言葉は優しいが、アンリエッタの目は笑っていなかった。ルイズのことを親友というだけでなく、才人に 関わったすべての人も、裏切ることは許さないと言っている。女性と付き合うとは、一介の高校生であった 才人が想像していたような、甘く甘美なものばかりでは、ないようだ。 それからアンリエッタは、控えていたキュルケとタバサに「これからも、どうかルイズを助けてあげてください」 と、頼んだ。二人はそれぞれうなづくと、キュルケは「気の抜けたヴァリエールなんて見るに耐えないから」 など、憎まれ口を少々口にし、タバサは無言のままで可能な限りの協力を約束した。 そうして、ルイズたちはもうしばらく話し合いを続け、心配そうなアンリエッタに見送られながら王宮を出た。 しかし、ルイズはずっと何かを考えているように押し黙ったままで、才人も今のルイズにどう話しかけたら よいのか思いつけない。 怪獣にすら致命傷を負わせえる伝説の魔法『虚無』、それを担わされてしまった自分、なぜわたしが? わたしでなければならない理由があるのか? 始祖ブリミルは『聖地』を目指せと書き残していた。『聖地』には いったい何がある? さらに、謎の女シェフィールドと、彼女の後ろで糸を引く『虚無』の力を狙う何者か。 わからないことが多すぎる……解決の糸口すら見つからず、思考の迷路の中をルイズはさまよった。 その途中、ルイズと才人に、テレパシーでウルトラマンヒカリが直接語りかけてきた。 (どうやら、ただならぬ事態が生まれてしまったようだな) (セリザワさん……気づいていたんですか) 精神世界で、ヒカリ・セリザワはうなづいてみせた。ルイズが実質怪獣を倒したことは、彼女たちの会話を ウルトラヒアリングで聞いていたことで知っていたのである。二人は事情を説明すると、ヒカリは憮然として つぶやいた。 (そうか、とうとう姿を現したのか。しかし、まさか君たちのもとへと現れるとは予想外だった) (セリザワさん、なにか知ってるんですか?) (うむ……) ヒカリは迷ったが、先日に水の精霊から語られた邪悪な存在のことを打ち明けた。 (アンドバリの指輪……思い出したわ) 磨耗しかけていた記憶から、ルイズはラグドリアン湖での戦いを思い出した。そういえば、あのとき水の 精霊は、アンドバリの指輪を盗んだやつはクロムウェルと呼ばれていたと言っていた。クロムウェルと いえば、レコン・キスタの指導者だった男の名前だ。あのときは、まさかと思い同名の別人と考えたけれど、 シェフィールドの黒幕の強大さを想像すれば、もしやと思えてくる。 (わたしたち、もしかしてとんでもない相手を敵にしようとしているのかも) その予想が当たっていたら、敵は国すら動かせるような力を持っているのかもしれない。いったい、 虚無を手に入れて何をするつもりなのだろうか? いや、レコン・キスタのしたことや、虚無を探すためだけに 怪獣に街を襲わせたことからしても、ろくなことではないだろう。 ルイズは、見えない敵のプレッシャーに押しつぶされそうになった。だが、縮こまって怯えていては なにも始まらない。ヒカリは気休めの言葉をかけはせず、あえて厳しくルイズに告げた。 (俺も、敵の正体を探るために動くことにする。きたるべき時が迫る今、容易ならざる事態だ) ヤプールの復活、地球との再結合の時期が近づく今になっての未知の敵の出現は、放置しておいたら どんな不測の事態が起きるかわからない。奴らは、どんな方法かは不明だが、怪獣をも操る術を持っているのだ。 (あの怪獣のパワーは並ではなかった。俺はしばらくこの国を離れるが、君たちも油断しないようにな) (ええ……あなたも、気をつけて) ヒカリの声は去り、現実の静けさが戻ってきた。 王宮を出た後、城外で待っていたシルフィードの元に一行は帰った。きゅいきゅいと、深刻な空気の中でも 彼女だけは元気よく主人の帰りを喜んで迎える。けれど、シルフィードにルイズと才人は乗らなかった。 「じゃあルイズ、わたしたちはいったんラ・ロシュールに戻るから」 怪獣出現のどさくさにまぎれて出てきたが、いつまでも行方をくらませてはいられなかった。無断で飛び出した ことはさておいても、三人もいっぺんにいなくなっては仲間たちにも迷惑がかかる。ルイズは、シルフィードに 乗ったキュルケとタバサを見上げた。 「みんなによろしくね。わたしたちは学院に戻って、エレオノールお姉さまを待つから」 「ええ、みんなには、あんたは急病で学院に帰したって説明しておくから。ともかく、早めに抜け出すつもりだから、 それまでシェフィールドとかいうのに襲われても無茶しちゃだめよ」 ルイズに対して、ここまで深刻な表情を向けるキュルケはまず見られない。それだけ、ルイズの使った 虚無の力がキュルケの中にも大きな戦慄を残しているのだろう。二人は、後ろ髪を引かれる思いながら、 学院の仲間たちの待つ街へと飛び去っていった。 残るルイズたちは、馬車を借りて学院へと帰ることにした。空には、昨日までの晴天とは嘘だったかのような、 黒く分厚い雲が立ち込めている。才人は、言葉を忘れて人形になってしまったかのようなルイズの肩を、 軽く叩くと、顔を上げて小さくつぶやいた。 「ひと雨、来そうだな……」 まるで、二人の行く手を、この世界の未来を暗示しているような光景。二人は、何事も起こらないでほしいと、 ただ願うことしかできなかった。 だが、彼らの知らないところで、すでに異変は始まっていたのだ。 王立魔法アカデミーが発掘を続けている、トリスタニア郊外の古代遺跡。その深部で見つかった石棺。 学者たちは、好奇心の赴くままに石棺を開けて、中の遺体を確認しようとした。 ところが、石棺の中に収められていた古代のミイラは突如として息を吹き返し、発掘チームを 恐怖のどん底に叩き込んだのである。 「ぎゃあああっ! ミイラ、ミイラが生き返ったあ」 「た、助けてくれぇっ!」 「ひっ、来るな! エア・ハン……うぎゃあっぁ!」 生き返ったミイラは、荒い息のようなうなり声をあげつつ、遺跡の中を徘徊した。青黒い皮膚と、 サルの様な顔を持つミイラが動くのを目の当たりにした発掘チームの人々は、口々にミイラの呪いだと 叫びながら我先にと地上に逃げ出していく。メイジの中には魔法で攻撃を試みようとする者もいたが、 ミイラは目から怪光線を放って、それらをことごとく返り討ちとしていった。 地下のパニックはミイラが地上に上がってきたことによって、一気に地上にも拡散した。 戦う術の無い平民や学者は逃げ惑い、戦闘の心得のあるものも貴重な発掘資材のある場所では 思ったように魔法を使えない。いや、むしろ古代人の生き残りかもしれないから捕まえろと、無茶な命令が 出されて飛び掛っていった工夫が、ミイラの怪力によって次々と倒されていった。 上下の区分も無く、右往左往の混乱を続ける人間たちを尻目に、ミイラは発掘テントの中を 何かを探しているかのように歩き回った。そして…… 「大変だあっ! ミイラが、昨日発掘したばかりの赤いカプセルを持って逃げたぞぉ!」 暗雲から雨粒が落ち始める中を、ミイラは森の中へと消えていく。 彼がいったいなんなのか、知っているものは誰もいない。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6823.html
前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 49.感謝の詩 ルイズが学院長の部屋で説明を受けているとき、マーティンは図書館にいた。 分からない事を調べる際にここ以上に最適な場所は早々無いが、 そんな知識の集積場でも、分からない事はある。死霊術師の魔術について等はその内の一つだった。 「ま、ある方がおかしいんだが」 と一通り教師専用の棚と目録を覗いてから、図書館を後にした。 何でこんなことをしているかといえば、原因はマニマルコである。 マーティン自身はこの国の人間では無いのだから、トリステインの為に戦ったりしようという気はそんなにない。 しかし、タムリエル帝国の敵にして死霊術師の長たるマニマルコが戦争に関わっているのなら、話は変わってくる。 もし、かの死霊術師がこのハルケギニアを手中に収め、何らかの手段でタムリエルに戻ったとしたら。 ただでさえ邪神との戦いで疲弊しているタムリエルに、彼の蠱の王が宣戦布告をしてきたならば。 あらゆる国が死霊に包まれ、アンデッドが住まう地になるだろう。 ゾンビが墓の中から這いだし、スケルトンが昼夜関係なく街という街に現れる。 メイジが変化したリッチダムが伯爵となり、帝都の玉座には蠱の王が座って高笑いを上げる。 考えただけで寒気がする。どうにかしなければならない。 つまるところ倒せば良いのだが、問題がある。 「どうすれば倒せるかということだ」 マーティンはメイジギルドにおいて優れた召喚魔法の使い手であった。 タムリエルにおける召喚魔法は、アンデッドの召喚もその内に含む。 学術上「広義の意味での死霊術」に分類されるそれは実験目的でのみ使用を許可される。 戦闘目的で使っているメイジの方が多いが、気にしてはいけない。今のメイジギルドにそんな事を気にする奴はいない。 だからマーティン本人もアンデッドに対して一定の知識を持っているが、 かといってゾンビの作り方や自身をリッチにする方法、更に言えばマニマルコの様に死んでもまた蘇る方法なんて知るはずがない。 一度(正確には二度)倒されても蘇ったマニマルコに対して、普通に挑んでも意味が無いことはマーティンも理解しているが、 死霊術そのものの知識が無い彼には、その対策を練る事ができなかった。 そんなわけで異世界の図書に頼ってみたが、 予想していた通り、そんな事について書かれた書物は見あたらなかった。 「ただのアンデッドなら、それなりにどうにかする自信はあるんだけどなぁ」 遺跡や洞穴、様々な場所でゾンビやスケルトンといったオーソドックスな物から、 実体の無い死霊、メイジや古代の王が変化したリッチ等と対峙した経験のあるマーティンは、 このやっかいな問題をどう片付ければ良いのか、悩みながらルイズの部屋に戻っていく。 名目上、マーティンの主人であるルイズも、二つの月が窓から綺麗に見える自分の部屋で、 詠みあげる詔について悩んでいた。四大系統に対する感謝の辞を、 詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげなければならないのだが、ルイズは何も浮かばなかった。 「炎は熱いので、気を付けること、とか?」 韻を踏むどころか、詩的のしの字すら踏めていない。 しかしルイズはそれに気が付いていない。まったく詩の才能がないらしい彼女は、 それらは後で考えることにしてベッドにぽてっと寝ころび、始祖の祈祷書を眺める。 国宝だというのに、固定化がかかっていないのかぼろぼろで、中身には何も書かれていない。 「これ、本物なのかしら」 乱暴に扱えば、すぐに破れそうな紙を丁寧にめくっていく。 こういった始祖由来の品には偽物が多い。ルイズもそれくらいは知っている。 偽物か本物かを見分けようにも、リコードは下手に使うと危ないって、 ちいねえさまの日記で嫌というほど思い知ったし。 そこまで考えて、ルイズはオルゴールの事を思い出した。 「あの時は、指輪をはめたら音が聞こえたわね」 返すのを忘れてそのままもらってきた水のルビーを指にはめて、再び祈祷書を見る。 もしも本物だとしたら、何か反応があるに違いない。 そう思って見ていると、突然水のルビーと始祖の祈祷書が光り輝いた。 「……本物だわ」 故意にしたとはいえ、急に光り出したら普通驚く。 ルイズは光る祈祷書に、何か書かれている事に気が付いた。 古代のルーン文字で書かれていたが、ちゃんと授業を受けているルイズには読む事が出来た。 序文 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、神によって創られた小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その4つの系統は、 『火』『水』『風』『土』と為す。 ルイズの頭脳は知的好奇心に支配され、詔なんてそっちのけでページをめくる。 我は神より力を奪った。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 我が神から奪いしその系統は、四の何れにも属し、さらなる小さな粒にも干渉し、 影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四でありまた始祖。始祖すなわちこれ『虚無』なり。 我が神より奪いし力を『虚無の系統』と名づけん。 「力を、奪う?」 その神とは夢の中で歌われたロルカーンの事だろうか、思わずつぶやいてページをめくる。 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり 『虚無』を扱うものは心せよ。いずれ再び来る災いを呼び起こす者が、異界への『門』を 開けさせぬよう努力せよ。『虚無』は強大なり。また、その詠唱は永きにわたり、 多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。時として『虚無』は強力な力故に命を削る。 したがって、我はこの注意書きから封印されし書の読み手を選ぶ。 たとえ資格なきものが指輪やシシスの力を用いても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は我とオリエルが創りし『四の系統』の指輪を嵌めよ。さればこの書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 文章はそこで途切れて、後には白紙が続いている。 ルイズは、呆然として呟いた。 「オルゴールにリコードをした時に出会ったあんたも、どことなく頼りなさげだったけど。 いくらなんでも、注意書きまで封印しちゃ意味ないでしょうが」 「そう言ってやるなよ。色々大変だったんだよ」 部屋のインテリアとして扱われつつあるデルフリンガーが、ブリミルを庇った。 ルイズはその言いぐさにカチンと来た。そもそも、この剣が何も言わないから昔の事がよく分からないのだ。 今だって祈祷書について何も言わずに部屋の隅に転がっていたのだ。本物かどうかくらい教えてくれてもいいだろうに。 「ならいい加減口を割りなさいよあんたは」 「やだ、ぜったいやだ」 そのどこか人を馬鹿にした様な物言いにルイズは尚更腹を立てた。剣のくせに、ただしゃべるだけの剣のくせに。 人様にたてつこうなんて6000年早いわ。キッとルイズはデルフをにらみつける。 そして立ち上がり、ふところから杖を取り出す。 「ど、どしたね娘っ子」 デルフは怯えてルイズにたずねる。 「ねぇデルフ。あんた本体どこ?」 「どこだろう、刃かな…」 この後の行動が何となく予想出来たので、デルフはしれっと嘘をついた。 「ふうん」 ヴァリエールの女の血を思わせる表情で呪文を唱え、今正に放とうとした時、ドアが開いた。 マーティンが帰ってきたのだ。彼は怒り顔のルイズと怯えているらしいデルフを見比べる。 「えーと……ルイズ、何かあったのかい?」 ぷいっと顔をそむけて、ルイズはベッドに寝ころんだ。 「た、助かったぜ相棒」 「デルフ、また何かいらない事でも言ったんじゃないだろうね?」 そこまで言ってないとデルフは言ったが、マーティンはあまり信用せずに視線をルイズに向ける。 ルイズは怒りを表せずにむすっとしたままだったが、 無関係なマーティンに当たる訳にもいかないので、 むすっとしたまま先ほどの事について話す事にした。 「神の力を奪う……か」 ぼろぼろの祈祷書を調べるマーティンは、そんな話を聞いた事がなかった。 だが、実際にその系統を受け継ぐルイズがいるのだから、どうにかして奪ったのだろう。 マーティンは祈祷書をルイズに返す。 「序文以外は、何も見えなかったのかい?」 「ええ、その後は白紙が続いていたわ。必要になったら見えるのかしら?」 多分そうだろうと頷いてから、マーティンはどうやって祈祷書を手に入れたのかを聞いた。 「あ、そうだったわ。詔を考えないといけないの」 ルイズは、学院長から聞いた話をそのまま伝えると共に、 詩についてとても困っていると話した。 「なんも思いつかない。詩的なんていわれても、困っちゃうわ。私、詩人なんかじゃないし」 マーティンは頷く。そして優しげな声でルイズに話し始めた。 「なるほど。たしかに大変だね。けれど、君は一番大切な事を忘れているよ」 「大切な事?」 「アンリエッタ姫が君に頼んだという事だよ。素晴らしい詩を作らせて読ませるだけなら、 そういった事が得意な人を指名すれば良い。でも、姫様はそれをしなかった。 友達である君が作り、君が詠む詩を聞きたかったんだ。だから、そこまで難しく考える必要は無いよ。 思いつくまま、君が考える感謝の詩を綴れば良い。多少不格好でも問題無いさ」 ルイズはハッとした。考えてみればマーティンの言う通り、詩自慢な誰かに任せても良いのに、 アンリエッタは自分を選んだ。 きっと適当に選んだのだろうなんて思ってしまった自分が恥ずかしくなり、顔が赤くなる。 「そ、そうか。そうよね。別に完璧にしなくても良いわよね。炎は熱いので、気を付けること。 とかでも気持ちが伝わってたら構わないわよね!」 しかし、その言葉を聞いたマーティンの顔は驚愕に満ちた。 友達がスリを行っている現場を目撃した時のように引きつった表情で。 「……ルイズ、今なんて?」 マーティンは油断していた。というのも、ルイズはできる子である。 やればできるではなく、できる、なのだ。元々学業は実習を除いて優秀で、 それらの知識もただ暗記しているのではなく、理論と法則を理解した上で覚えているのだ。 そんな彼女であるならば、貴族のたしなみとして詩歌の一つや二つ、そらんじて言える程度には学んでいるに違いない。 そう思ったからこそ、さっきのような助言をしたのである。 本当にできないとは考えていなかった。 ルイズは何も悪くない。教えなかった親が悪い。ヴァリエール公爵は教えようとしたのだが、 奥さんに却下され、貴族の子女としてはそこまで必要にならない事柄しか教わっていないのだ。 尚、カリーヌ・デジレは詩的、とか雅、とかが全く分からない鋼の人である。 ルイズは何故マーティンがそんな顔をしているのか分からないまま、 言われた言葉に返事する。 「炎は熱いので、気を付けること」 「結婚式は、内々でやるんだよね?」 「王族の式よ。大々的にやるわね。観客もたくさん」 「その中で……ううむ。いかん。それはいかん」 そんな大層な式でこれに近い「何か」を「詩」として詠みあげれば、 彼女はトリステインとゲルマニアの両国で笑い者にされるだろう。 下手をすれば、末代まで語られる笑い話になるかもしれない。 どちらにせよ、ヴァリエール家の名前に泥を塗るのだけは間違いない。 マーティンはとりあえず死霊術について考えるのをやめ、深刻な面持ちでルイズを見る。 ルイズはきょとんとした顔だった。 「いけないの?」 「先ほど言った手前、少し言いにくいけれど。ルイズ、程度の問題だ。もう少し上手いと思っていたんだ」 ルイズは小首を可愛らしくかしげながら、マーティンを見る。 「そんなにダメ?」 「おそらく、君の家名に傷が付くくらいには」 「……なんですってぇええええええ!?」 家名を出されて、ようやくルイズは事態の深刻さを理解した。 大勢の観衆と結婚する二人が見守る中、巫女として詔を詠む自分。 詠みあげた後、背後から怒りの表情で自分を迎えに来る母と長姉の姿を想像して、 ルイズの顔は真っ青になった。 「どどど、どうしようマーティン!安請け合いしちゃったけれど、 考えてみればとんでもないことを引き受けてしまったわ!」 「ああ、確かにとんでもないことだね」 静かなマーティンと対照的に、ルイズは表情をころころ変えている。 不安で顔を青くしたり、臆面もなく引き受けた自分を恥ずかしく思って赤くしたりと大忙しだ。 ルイズはどうしようどうしようとベッドをごろごろ転がっていたが、 急に止まってマーティンを見た。 「代わりに作ってくれたりとか、しない?」 いつもの彼女なら、絶対にしない行為である。 自分でやらなければ気が済まない性質であり、 自分が任された仕事を他人に頼むなんてとんでもないと考えるのだが、 家名に傷が付くと言うのならば、話は別である。 ここ最近色々あったおかげで名誉欲は減ったが、 だからといって自分の行いで家族やご先祖様に恥をかかせるなど、 ルイズにとって恥ずべき行為だ。 上手い詩が考えられるのなら、一ヶ月の間に自分で考えて作るだろう。 だが、全く思いつかない。そして、彼女が信頼をよせるマーティンが、 いつも失敗を励ましてくれる彼が、それを撤回する程自分の技量は低いらしい。 なら、頼んだっていいじゃない。いっぱいいっぱいのルイズはそう考えた。 雨の日に、拾って下さいと書かれた箱の中に座る犬のような、 哀愁や悲しみや嘆きといった感情を詰め込んだ目つきで、 ルイズはマーティンをすがるように見る。 「こことタムリエルでは魔法について、そもそもの成り立ちやとらえ方が全く違う。 私はまだ、この世界の魔法を詩で表せるほど詳しく理解出来ていないし……そう言えば結婚式はいつだい?」 「確か一ヶ月後だったかしら。タルブでアンリエッタに聞いたわ」 一ヶ月で出来るだろうか。人々を感心させる程でなくてもそれなりに認められる詩を作れるだろうかと考えると、 マーティンは首を横に振りたくなった。 「一ヶ月、四つの詩、各系統についての理解……すまないルイズ。正直自信が無い」 「そ、そんな……」 ルイズの頭の中は真っ白になった。宮中からの草案についても少しだけ考えたが、 もらったとしても、それはあくまで草案であり決定版ではない。 そこから編修しなくてはならない。もしかしたらその草案もあんまり良くないかもしれない。 良くなかったら作るのは私よね?ガックリとうなだれるルイズは、両手を額につける。 「なんてこと。終わりだわ人生の。ああ、なんてこと」 そのまま顔を左右に振り始め、そして泣きだした。 不憫に思ったマーティンは、何か方法は無いだろうかと考える。 名案がひらめいた。 「そうだ!先生達に頼んでみるのはどうだろうか?」 ルイズはピタリと泣きやみ、マーティンをじっと見る。 目が少しばかり赤くなっていた。 「学校で各系統について教えている先生達なら、それぞれの系統について私達より理解しているだろう。 それに、ある程度は詩についても学んでいるだろうし」 「そうと決まれば早速行くわ!ついてきて!」 今まで以上にお家の名を汚す等、ヴァリエール家の娘としてあってはならない。 ルイズは早速部屋を飛び出し、とりあえず思いついた先生の所へ向かうのだった。 「なるほど。それでこんな時間に私の所へ来たのだな」 疾風のギトーは、必至な様相のルイズからではなく、 落ち着いているマーティンから事情を聞き取った。適切な判断である。 ルイズの判断が適切だったのかは分からない。 風といえばこの人くらいしか思い浮かばなかったのだ。 ギトーは眼光鋭くルイズを睨む。 「ちなみに、風についてはどう言うつもりだったのだ?」 ルイズは臆面無く言った。 「風が吹いたら、樽屋が儲かる」 「ミス・ヴァリエール。私は君の生まれについていつも疑問に思っていたが、今確信に変わった」 いつも通り胸をえぐる一言を添えたギトーは、涙目のルイズを見ながらため息をもらす。 ルイズが先ほどの返事を否定と受け取り、ドアノブに手をかけようとすると、ギトーはニヤリと笑った。 「よろしい。一週間で風の詩を書いてみせよう……私の詩が結婚式で詠まれるとはなんたる名誉か! 風を賛美する素晴らしい詩を姫様に送らねば!さ、考えなければならんのだから出て行ってくれ、早く出るんだ」 結局のところ風について書きたいギトーは、早々に二人を追い出して自室の扉を閉めた。 「次は土ね……シュヴルーズ先生に聞いてみましょう」 約束を取り付けて、少し落ち着いてきたルイズは小走りで駆け、 マーティンはその後をゆっくりと追いかける。 シュヴルーズは自室で、急にやって来たルイズの話を静かに聞き終えてから口を開いた。 「あらまぁ、それはそれは。けれどミス・ヴァリエール。よろしいのですか? あなたが作るはずだった詩を、私が作るのですよ?ためしに何か、土で詩的な言葉を言ってごらんなさい」 ルイズは、考えられうる限りの詩的な言葉を探し、口に出す。 「土崩瓦解」 「なるほど、分かりました。あなたには詩の勉強が必要のようですね」 先ほどからダメ出しばかりを浴び続け、ルイズは色々ヘコんできていたが、 シュヴルーズはそんな彼女を励ますかのように優しげな表情を浮かべている。 「聞くところによると、最近魔法が使えるようになったとか。あなたの努力のたまものですよ」 「先生……」 先ほどのどぎつい風の教師と違い、暖かな視線でルイズを見つめるシュヴルーズは、 間違いなくちゃんとした教師の心を持っていた。 「私を吹き飛ばしたのも、無駄では無かったと思ってほっとしています。 詩は一、二週間で書き上げましょう。この年になってこんな大役を仰せつかるなんて、 人生とは何があるか分からないものね」 シュヴルーズに優しく撫でられてから、ルイズは礼を言ってゆっくりとドアを閉めた。 見送ったシュヴルーズは羽ペンと紙を用意し、眠る前に詩の始めを考えることにした。 「歌心が……無いって何?」 シュヴルーズの部屋から出て既に数時間が経過している。 水系統で顔見知りでも、そうでなくても全ての先生に当たってみたが、 結局全て断られた。曰く、歌心が無いから結婚式の詔なんて考えられない、とのことであった。 「案外、君の様な人が多いという事じゃないだろうか?」 「多くても詔を詠みあげて笑われるのは私よっ!そしてヴァリエールの名も!!あああどうしようどうしよう」 また頭を抱えながら、ルイズは立ち止まらずに歩く。別にどこか目的地があるわけではない。 失敗を考える事による焦りから、とりあえず動いていないと落ち着かなかったからだが、それが上手く働いたようだ。 「何してるの?」 どこかの廊下を歩くルイズは、声が聞こえた方に視線を向ける。最近それなりに仲が良くなったタバサが、 自身と同じくらいの大きさの袋を、レビテーションで宙に浮かせている。浮かんだ袋からは良い匂いが漂っている。 「タバサ。それ、何?」 「夜食」 それだけ食べるのか、とか何でそんなに食べてそんな体つきなのかとかを問いただす前に、 ルイズの頭に閃きが起こった。そう言えば、この子はたくさん本とか読んでるわよね。と。 「タバサ!歌心っていうか詩心っていうか、そういうの持ってる?」 タバサは何も言わず、頭を左に30度程傾けた。 上手く説明したいが伝わらない。焦っていつもの思考でないルイズに代わり、マーティンが話しかける。 「ミス・タバサ。君は詩を作ったりしたことは?」 「よく作る」 「実は詩について困っているんだ。力を貸してもらっても?」 「分かった」 タバサは、信頼できる友人を大切に扱う。ルイズはキュルケほど信用しているわけではないが、 友人ではある。彼女の行動によって自分は薬を手に入れる事が出来たのだから、 詩くらいなら作っても良いかな、とタバサは考えた。 「ああ、ありがとうタバサ!それで、こういう訳なんだけど」 笑顔で説明するルイズを見て、引き受けた事自体が間違いではないか。 とタバサは思ったが、それを口には出さず、何も言わず頷いた。 「あなた、確か水と風を得意としていたわよね?水の詩を作って欲しいんだけど」 「風は誰に?」 「ギトー先生」 「風の詩も作っておく」 表情を変えずそう言って、夜食を浮かしながらタバサは去っていった。 「ギトー先生は、ダメな類なのかしら?」 ルイズは、なんとなく呟いた。 「出来を見るまで分からないさ」 なんとなく予想は出来たが、マーティンはそう答えた。 「これで三属性は頼めたから、後は火だけね」 ルイズは、夜の暗い廊下をマーティンと共に歩いている。 後一つで終わる事もあって、足取りが先ほどよりも軽い。 「誰かいい人はいないかしら……思いつかないわね」 「ああ、火か……」 マーティンはそういえば、と塔の外に出る道を進む。 「当てがあるの?」 「まぁ、多分」 本塔と火の塔に挟まれた一角にある、見るもボロい掘っ立て小屋に着くと、 マーティンはその戸を叩く。中から現れたのはルイズも良く知る火の教師だった。 「こんな時間に誰かね。おや、これはこれは……」 「どうも。ミスタ・コルベール」 「ここにいらっしゃったということは、暇が出来たということですかな?マーティンさん」 暇とは何のことだろうか、ルイズにはよく分からなかったが、マーティンは微笑んでいた。 「ええ、そんなところです。それと少し別の件で……」 「ええ。構いませんとも!その『タムリエル』について色々聞かせてもらうのですから。 ささ、ちらかっておりますがどうぞ中に」 真夜中の来訪者である二人を、コルベールは部屋の中に招き入れ、ドアを閉めた。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4650.html
前ページ次ページBrave Heart 「すすす、すごいじゃないの!天下無双と歌われたアルビオンの竜騎士が、 まるで虫みたいに落ちてくわ!」 十騎の竜騎士をあっと言う間に撃墜したゼロ戦に ルイズが感嘆の声を上げた。 「ああ、そろそろあの親玉を……なっ!」 他の竜騎士を振りきり、雲の隙間に見える戦艦を狙おうとしたマミーモンが 突如として焦ったような声を上げる。 「ど、どうしたのよ?!」 「燃料が切れちまいそうだ! 早く着陸させないと墜落しちまう!」 燃料の残量が少なくなっていることをルーンの力で把握して、 舌打ちと共に悔しげに吐き捨てる。 「な、何よそれ! ちゃんと考えて飛ばしなさいよ!」 「そんな余裕あるかよ! ここに来るまでで必死だったんだ!」 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を見てデルフリンガーは どこだか分からない頭を痛めながら告げる。 「んなことより、上から三騎だ。どーするよ、相棒?」 「げぇっ!」 その声に慌てて上を見上げれば、火竜が三騎、彼らへ向けて 今まさに、ブレスを放たんとしているところだった。 間に合わない、と彼の直感が告げた。 咄嗟にルイズを庇うようにして抱え込む。 目を閉じるその一瞬前に、ちらり、と目の端に黒い物体が映った。 はっとして、目を開いた。 マミーモンはその影が自分達と 竜騎士達の間に立ち塞がったのを視界にとらえた。 「……ガイアフォース!」 凄まじい熱量を持った赤い球体が、一瞬にして火竜とその乗り手達を撃ち落す。 「!!」 「相棒、今の内にコイツを降ろせ!」 「わ、分かった!しっかりつかまってろよルイズ!」 デルフリンガーの声を聞いて操縦桿を握りなおす。 「きゃあっ! もっと丁寧に操りなさいよ!」 無茶言わないでくれ、と叫んで一気に降下すると、 草原だった場所にゼロ戦を着陸させる。 「この辺りに敵はいないようね……」 きょろきょろと辺りを見回しながらルイズがほっと安堵する。 「けど、村の奴らも見当たらない……!」 左手に握ったデルフリンガーに、ぎりり、と力を込める。 「あんたたち、無事かい?」 飛行音と共に降りてきた人物とそのパートナーを見上げる。 「フーケ!」 ルイズが咄嗟に杖を構える。 風になびく緑の長髪を押さえながらフーケは答える。 「今はお嬢ちゃんとケンカしてる場合じゃないよ。 くそっ、アルビオンの奴らめ! アタシとブラックの居ない間に村を襲うなんて……!」 ラ・ロシェールの遥か上空にあるであろう戦艦を睨むようにして、 フーケは忌々しげに声を荒げる。 「どうする、マチルダ。私ならあの戦艦を吹き飛ばせるかもしれんが……」 「いや、いくらアンタが頑丈でも、無事で居られるとは限らないよ」 案外直情径行にある自身のパートナーをたしなめる。 「マチルダ! マミーモン!」 立ち尽くしていた彼らの下へアルケニモンが姿を現す。 「アル!」 「アルケニモン! よかった!無事だったんだな!」 駆け寄って彼女を抱き締めたマミーモンを殴り飛ばす。 放物線を描いて跳落下した彼のことは無視して、フーケが村人の安否を尋ねる。 「テファや村のみんなは?」 「大丈夫、森へ避難してるよ」 「そう、無事なのね……よかった」 フーケとルイズは胸を撫で下ろす。 「……うぅ」 その後ろで、ひっくり返ったままのマミーモンがピクピクと震えている。 「おーい、相棒ー、大丈夫かー」 飛ばされた拍子に取り落とされたデルフリンガーが呼びかける。 ひらひらと手を振りながら彼は起き上がる。 「あー大丈夫大丈夫。慣れてる慣れてる。ヒヒヒ。 やっぱ、アルケニモンに殴られると胸がときめくなあ」 頬に手を当てて顔を朱に染めながら、 嬉しげに笑うマミーモンに一体と一振りはヒいた。 「なあ、あんた。相棒は、前から……『こう』だったのか?」 「……さぁな」 呆れたように、彼がぐねぐねしているのを見つめるばかりだった。 「それより、どうすんのさコレから」 「ゼロ戦が飛べれば、まだどうにかなったかもしれないけど……、 燃料、切れちまったんだよなぁ……」 「何だって? 肝心な時に役立たずだね、アンタは!」 「ああ、ごめんよぉアルケニモン」 げしげしとアルケニモンに足蹴にされ、情けない、 しかし何処か嬉しそうな声を上げるマミーモンをルイズが冷ややかな目で睨む。 「……この非常時にあんたはー!」 手に持った始祖の祈祷書で殴りかかろうとして、 ルイズは祈祷書と、指にはめていた水のルビーが光を放っていることに気づいた。 「な、何これ?」 思わずパラパラと光るページをめくっていく。 光の中に、文字を見つけた。 それは……古代のルーンで書かれていた。 ルイズは光の中の文字を追った。 「『序文。これより我が知りし真理をこの書に記す。 この世の全ての物質は、小さな粒より為る……』」 ぶつぶつと読み上げ出したルイズをフーケ達は怪訝な顔で見る。 ひょい、と後ろからその本を覗き込んだフーケが叫ぶ。 「ちょっと、何も見えないじゃないかい、一体何を読んで……!」 フーケは、その光景にはっとする。 ルイズには見えるのに、自分には、見えない。 テファには見えるのに、自分には、聞こえない。 「まさか……」 ルイズも、テファも同じように四系統の魔法が使えない。 そして、テファの能力は先住でも四系統のいずれの魔法でもない。 その事実に思い当たって、フーケは息を飲んだ。 「『四にあらざれば零。零はすなわちこれ『虚無』。 我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。』 虚無……虚無、ですって? 伝説じゃないの! 伝説の系統じゃないの!」 ルイズは思わず呟いてページをめくる。鼓動が高鳴った。 声を出すのも惜しくて、必死で目で追うだけに留める。 そこに書かれていたことを信じるのなら、 自分には、虚無を使う『資格』があるのかもしれない。 誰も、自分の魔法が爆発する理由を言えなかった。 それは……誰も知らない、伝説の系統である『虚無』だったからではないか? 信じられないけど、そうなのかもしれない。 だったら、試してみる価値はあるのかもしれない。 だって……そうしなければ、私は何も守れない。 この使い魔達のように、守るために命をかけてみよう。 「どうにか……出来るかも、しれない」 ルイズがそう呟いた時、皆が一斉にルイズを見つめた。 「……どういう、ことだい?あんたが、さっきから読んでるソレは……」 「始祖の祈祷書よ」 「始祖の……!」 フーケが目を見開いて、祈祷書とルイズを交互に見つめる。 「戦艦に近づければ、どうにかなるかもしれない……!」 「近づくって言っても、アレはもう飛べないんだろ?」 「……お前を乗せて、戦艦に近づけばいいんだな?」 「え? きゃあ!」 その大きな竜に似た手で、フーケのパートナーはルイズを抱きかかえる。 「ま、待ちな!」 フーケが慌てて彼を制する。 「そいつを抱えてたんじゃ、あんたは攻撃できない! 竜騎士共に狙い撃ちにされるのが関の山だよ!」 フーケが彼と行動を共にする際には、 魔法を使って振り落とされないようにしている。 けれど、ルイズはそういった類の魔法が使えない。 竜騎士は、およそ半数がマミーモンによって撃ち落とされていたが、 残りはまだ戦艦を護衛するために飛んでいる。 「だったら……そいつらを、俺が引き付ける」 「引き付けるって、どうやって……」 「えっとそれは……」 考えなしに叫んだマミーモンの言葉に、アルケニモンが続く。 「アタシがいる。アタシがマミーモンと一緒に竜に乗って操ればいい。 丁度、おあつらえ向きのが一頭来たみたいだしね」 こちらへ向かってくる風竜に乗った騎士を視認し、アルケニモンはニヤリと笑った。 いつの間にか右手に握っていたフルートをその形のいい唇に押し当て、奏でる。 右手のルーンの力が甲高い笛の音に乗って竜の下へと届く。 瞬間、竜が勢いよく体を揺り動かして、乗り手を振り落とすのが見えた。 竜は笛の音に導かれるままに、彼女の傍へ舞い降りた。 グルル……とじゃれつくような声を上げ身を擦り寄せてくる。 「よぉし、いい子だ。私の指示に従うんだよ?」 その竜を撫でてやった後で、アルケニモンは手綱を取る。 「とっとと乗りな!」 「へへっ! 了解」 マミーモンが心底楽しそうに笑った。 ぐにゃり、と体を歪ませると全身に包帯を巻いた怪物めいた姿になる。 右手には愛用の銃『オベリスク』を持ち、 左手にはデルフリンガーを携え、竜の背にまたがる。 「一緒に戦うの、久しぶりだな、へへ」 こんな時だというのに彼は、はずんだ声でアルケニモンに喋りかける。 「……馬鹿言ってんじゃないよ!」 「はは、悪ィ! フーケ、悪いけどゼロ戦を見ててくれねえか? 壊されちまったらコルベール先生が悲しむからよ」 フーケに笑顔を向けた後で、ルイズに向き直る。 「ルイズ、準備はいいか?」 「も、勿論よ! 国家に仇なすアルビオンなんか吹き飛ばしてやるわ!」 少し青白い顔をしながらも、懸命に声を張り上げる。 「それでこそルイズだ! 行くぞ!」 「あいよ!」 マミーモンの号令に合わせ、アルケニモンが手綱を振るう。 風竜が咆哮し、翼を羽ばたかせ空へ舞い上がる。 「使い魔が命令するんじゃないの! とにかく、行くわよ!」 「……分かった」 武装した黒い竜人、とでも形容すべきフーケのパートナーが、 その後を追うようにルイズを抱えて飛び上がる。 「……死ぬんじゃないよ」 彼らを見送りながら、フーケは呟く。 祈るように、胸から下げた奇妙な形のペンダントをしっかりと握り締める。 異なる世界で、『デジヴァイス』と呼ばれていたペンダントには、 使い魔のルーンが刻まれている。 同じものが、彼女のパートナーの翼に良く似た盾の部分にも刻まれていた。 「生きて帰るんだよ。ヴァリエールの嬢ちゃん、 アルケニモン、マミーモン……ブラックウォーグレイモン」 かつて、トリステイン魔法学院の宝物庫に封じられていた、 『破壊神のタマゴ』から姿を現したパートナーの名を最後に呟く。 彼らの無事を祈りながら、フーケは、空を見上げ続けていた。 前ページ次ページBrave Heart
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7014.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 神聖アルビオン共和国、嘗てのアルビオン王国の王都ロンディウムの宮殿に設えられた地下室の一室に、ランプの光とは明らかに違う発光が、閉じきられた扉より漏れていた。 古の大神殿も斯くやという広い場所であった。一面の石畳に、巨大な柱が等間隔で聳えていて、高い天井を貫いて地上の旧王城を支えているのだった。 その巨大な地下空間を、淡い緑色の発光が満たしている。発光源らしきものは石畳の上に立てられた一本の柱だった。 それは他の柱よりも低く、細く、ちょうど人一人が中に入れる程度しかない。その柱が今、液体の揺れる音を漏らしながら、不気味な発光を続けていた。 その傍では、ローブに身を包んだ人物が柱の根元に寄り添い、柱から張り出した石碑を規則的になぞっていた。 不思議なことに、ローブの者が石碑の上で文字をなぞるごとに、柱の発光は波をつけて強弱し、それは次第に早鐘打つ心臓のように激しくなっていった。 やがてローブの者…この城の現在の主である、アルビオン共和国皇帝クロムウェルから『シェフィールド』と呼ばれている女性が、石碑の字をなぞり切ると、発光していた柱に切れ目が走った。そしてその切れ目から、人の嫌悪を誘う異臭漂う液体が噴出した。液体の噴出圧力が切れ目を大きくしていく。 柱一杯に走っていった切れ目が最後、氷が砕けるような音とともに割れた。それとともに柱の『内側』より、ドロドロとした液体と、それに包まれた人の形をした何かが、ぐたりと石畳に広がった。 「アアァッ…アッ…アアァッ…」 ドロドロの人形が聞くにおぞましい声を上げて石畳の上をのたうった。傍らに立つシェフィールドはそれを暫く見守っていたが、その後人形に布切れを投げつけた。 「身体を拭きなさい。それくらいの知恵はついているはずよ」 人形がその声に反応して震え、やがて吐き出す声が徐々にだが、人の声らしきものに聞こえるようになっていく。 人形が布切れに噛み付くように顔を擦り付ける。粘液がこそぎ落ち、そこから整った顔が現れた。まだ眉や髪の生えそろわないながら、わずかな毛髪は金色のものだ。 「あ゛ぁ…ぼぐ…はぁ……いったい……」 たどたどしい発音だが、知るものがいるならば、その声が嘗ての人物を思わせるものである事を認めただろう。生えそろわない歯が唇から覗き、目は地下空間の深遠を惑っていた。 ・・・・・ 「おめでとう。貴方は生まれ変わったのよ。ウェールズ」 シェフィールドは冷ややかに、粘液に塗れたモノに語りかけるのだった。 『The servant of steel 2nd season/前夜篇』 『王命拝命』 アンリエッタはその日も、執務と謁見を精力的にこなしていた。 杖、冠、そしてマントを継承して正式にトリステインの国主として即位したのがすでに2週間ほど前。 女王となって最初に彼女がしたのは、トリステイン全国土を対象とした再検地であった。 王政府の手元にあった土地の情報は毎年の徴税結果のみが更新され、細かい部分については情報の精度がまちまちで、酷いものでは先々代から更新していない、というものまであった。 王の交代を期に推し進めてしまおう、というマザリーニの献策だった。 そして現在は即位の挨拶と同時に手ずから検地の報告にやってくる貴族を相手にしつつ、軍の再建に向けて八法を尽くしているのだった。 今日もアンリエッタは朝起きると身支度をさせて、朝食の前に前夜に届けられた百官の報告に目を通し直し、朝食の後執務をこなしてから昼食を過して、現在に至る。 謁見に参った貴族達はまず最初に、アンリエッタの放つ雰囲気に驚く。 トリステインの白百合と、まさに蝶よ花よと歌われた可憐な娘が、転じて女王となったことから、さぞかしかわいらしい王になったのだろうと思って顔を合せれば、氷の彫像のような厳しい空気を纏って玉座に鎮座しているのである。 そこで面食らってしまえば、謁見の名を借りたアンリエッタからの質疑応答を、満足に自分の益するところに持っていけず、言わなくてもいいようなことまで言ってしまう。 謁見を済ませて帰る頃には一張羅をよれよれにして去っていくというのが、ここ暫く王宮に勤める侍従下男の間での物見種だった。 「やはりお前の想像通り、目方が幾分か目減りしているようね」 ある貴族の謁見を済ませて小休止している中で、アンリエッタはマザリーニに言った。 「むしろ予想より目減りが少ない分僥倖と言えましょう。王領の耕作面増加の件、干拓の再計画を合せれば、翌年の歳入は幾分か増える見通しになるでしょうな」 小休止の間も二人は今日の分の文書に目を通していた。そうでなくてもやることは多いのだから。 例えばゲルマニアとの軍事協約。嫁入りを条件としていたが、タルブ戦役の戦果に合せてアンリエッタが即位することから先の条件はお流れになったが、その代わりトリステイン国内におけるゲルマニア利権を部分的に認めることで協約は固まった。例えば塩や砂糖などの関税に関するモノ、空白となったトリステイン空軍の穴を埋めるためにゲルマニアの艦隊を派遣すること、その際の費用の多くをトリステイン側が負担する事、などなど…。 例えばトリステイン空軍の再建。トリステイン国内の造船所だけでは足りないので、ゲルマニア、ガリアに注文すると共に、造船を含めた建造業、製造業を集積させた区画を王領の一つに作る計画を立てた。成功すれば1級戦列艦クラスの風石船が作れる造船所と、それを自由に飛ばせるだけの風石が用意できる精製所が出来上がるだろう。 小休止を済ませたアンリエッタとマザリーニを前に、謁見待合室付の文官が書き付けた帳面を広げて伝えた。 「次の者はラ・ヴァリエール公爵家三女ルイズ・フランソワーズになります。陛下に…返却したい御物があるとのことです」 口はばかるように文官が言葉端を濁らせたが、それとは別にアンリエッタの表情が初めて揺れた。 「ここへ」 やがて文官の響く声と共に一人の少女が謁見室に通された。 貴族の証でもあるメイジ特有のマントを帯び、その下にはトリステイン魔法学院の制服を清楚に着こなしていた。 何より目を引くのは雲のように波立つチェリーブロンドの髪だ。表情は大きな目を伏せがちに臣下の礼をとって傅いている。 「ルイズ・フランソワーズにございます。陛下の御即位を重ねてお祝い申し上げます」 以前であれば互いにもう少し砕けた空気で接し合えたのだろうが、事情はめまぐるしく変わってしまった。 アンリエッタは深窓の有閑な姫君から厳格なる女王へと、自分から進み出たのだから。そう思うと以前と同じように友人と語らえないのか、と複雑な思いも浮かぶのであった。 一方下座のルイズは静かに拝礼したままアンリエッタの言葉を待っていた。一見してアンリエッタには、ルイズは以前と変わりないように見えた。 実はそれは、大きな間違いであるのだが…。 ふと、アンリエッタはルイズの後に控える大柄の影を見た。確か、ルイズの使い魔になったとかいう男のはずだ。 こちらも以前と変わらず、平服に剣を吊る為の帯を巻いている。当然謁見室に武器を持ち込ませるわけもなく、帯の中に剣は挿されていない。 その代わり、男の傍らには更紗に覆われたなにやら包みが用意されていた。 あれは何かと疑問を置きつつも、アンリエッタは答えた。 「先の戦役の最中に逐電したと聞きましたが健在と見て何より」 「はい。…つきましては、陛下よりお預かりしていた物を返却したく、参上しました次第」 こちらを、とルイズは控えている男を促した。 促された男は包みを盆に置いて持ち、アンリエッタの前に指し示した。するとアンリエッタの側に控えていた文官が進み出て包みを開く。 開かれた包みの中には一冊の色褪せた書物が収まっていた。木板に皮を打ち、金色の文字で表紙が飾られている。 それは人に『始祖の祈祷書』と呼ばれている。 世に数多ある「始祖ブリミルの言行を記録した」と称する祈祷書のうち、トリステイン王国所蔵の祈祷書はブリミル信仰の総本山ロマリアが認める世界最古のものだ。 だが、その中身が一切の文字なき白紙の本であることはよく知られている。研究者の中には真の信仰に目覚めたもののみにその文章が浮かび上がるのだ、とか、王族がその危機に瀕した時、始祖の威光を世界に降臨させる義務を負った時に自ずからと理解できるのだ、など諸説あるが、事の真相はロマリアの長である歴代の法王以外知る事はない。 アンリエッタは祈祷書の載せられた盆を認めると、文官が盆を受け取り奥へと下がっていった。 「確かに受け取りました。学業の合間に足労をかけました」 「勿体無いお言葉にございます」 果たしてルイズの声はわずかに震えていた。アンリエッタはそんな親友の様に申し訳ないような気持ちさえした。 思えばせっかく、婚礼の巫女役に叙したのに、自分が王になったことで有耶無耶になってしまった。 「…陛下」 つかの間の沈黙を破ったのは控えていたマザリーニだ。玉座に寄り、アンリエッタに何やら耳打ちをする。大またで五歩は距離があり、ルイズの耳には何を言っているのか聞こえなかった。 しかしアンリエッタはマザリーニの言葉を受けて俄に驚きと感心を顔に浮かべると、軽く手を振ってマザリーニを下がらせた。 「ルイズ・フランソワーズ。汝に一両日、王都への滞在を命じます」 「は……?」 言われたルイズは礼を抑えながらも意味が飲み込めない様子で聞き返した。 「明日、今日と同じ時間に王宮へ参上するように。魔法学院へは早馬をこちらから飛ばすのでそのまま下がってもよろしい」 「は…」 よく分からないまま、ルイズは退室の口上を述べて、使い魔の男と共に謁見室を出て行った。 「預かってもらっていたものを返してもらいたいのだが」 ギュスターヴは王宮の門衛が詰めている小部屋に寄って、休んでいた兵士に声をかけた。 「ちょっと待ってな」 兵士は面倒くさそうに立ち上がると、机に置かれた帳面と棚を往復する。暫くして、兵士は二振りの剣を持って戻ってきた。 一本は片刃の長剣、一方は両刃らしき石で出来た剣だ。どちらも立派な刀身を持っている。ただ、石で出来た物は、鞘を持たないのか裸に布を巻いた姿になっている。 「こいつでいいのかい」 「助かる」 ギュスターヴは剣を受け取ると、財布の紐をあけて銀貨を一枚、机に置いた。 「世話賃だ。取っておいてくれ」 応対した兵士が口笛を吹いて銀貨を指で遊ばせていた。 王宮の門前は整備され石畳に覆われた街道の交差点の一つであり、他方巨大な広場としての性格も持っている。 昼間はちょっとした露天や大道芸人が起っていて賑やかしい。 そんな中でルイズは置かれたベンチの一つに腰掛けていたのだが、謁見室で見せていた姿と少しばかり様子が変わっている。 華奢な身体に合わせた魔法学院の制服とマントはそのままだが、その上から武器を吊るための革帯を、背中から腰にかけて袈裟懸けに締めているのだ。 その目は暫くの間王宮の門を眺めていたのだが、門からギュスターヴが出てくると、その姿を目で追った。 「おかえり。さ、私の剣を返して頂戴」 挨拶もそこそこにルイズはギュスターヴに手を差し出し、ギュスターヴも何も言わずルイズに石の剣―ファイアブランド―を渡した。 填められた『水のルビー』に反応してファイアブランドの刀身が一瞬色づいたが、すぐに元の白い姿に戻った。 ルイズは今日、ただアンリエッタに祈祷書を返しに来たわけではなかった。 タルブの夜空に誓ったあの日以来、ルイズには公に出来ない秘密が生まれた。ハルケギニアの魔法体系を外れ、ギュスターヴの故郷『サンダイル』からやってきたアニマの術を習得するという大願である。 それは貴族社会の保守に位置するべきルイズの在り様にとっては、まさに劇薬のような決断だった。 しかし、ルイズはアニマの術を得るという道を辿る決意をしたが、また貴族としての精神を棄てたわけではない。 系統魔法に拘泥するようなことをしなくなったということだが、それを表明しても世間は理解してくれないだろう。 まして、貴族社会の頂点である王国の主であれば、たとえ旧来の友人でも、明かすことは出来ない。 ルイズは今日、アンリエッタの前で自らを『ハルケギニアの一貴族』として欺いたのだった。 そして、欺いたることがもう一つ…。 「さて、王都に一日いることになっちゃったけど、これからどうしようかしらね。『練習』は出来そうにないし…」 ギュスターヴとルイズはならんでブリトンネ街を歩いた。戦勝の気分がいまだ抜けないと見て、商店は活気がある。 「寄りたいところがいくつかあるんだがな。…ついでに宿の手配もやってもらおう」 貴族のマントに剣を背負ったルイズは人目をいくらか引いているが、それに共するギュスターヴは気にも留めずに歩いていた。 「例の『百貨店』って店かい?戦の後帰りに寄ったきりだねー」 軽口を叩いたのはギュスターヴの腰に吊られた長剣デルフリンガーだ。彼は始祖の時代から存在する意思ある魔剣『インテリジェンスソード』の一種である。 「そうね、…まだ別邸にはちょっと顔出しづらいし。でもギュスターヴ。言っとくけど平民が使うようなやっすい宿には行かないわよ。そうねぇ、トリスタニア・インのブランスイートくらいは取ってもらわないと」 「善処はしよう」 苦い顔をしてギュスターヴは可憐でわがままな主人と共にブリトンネ街を行く。 『ギュスターヴ百貨店』は今日も雑多な人が行き来して盛況の様子だった。ルイズは前回と同じように裏口から百貨店の事務所に入れられた。 「おやこんにちわオーナーとお嬢様。今日は訪問の予定は聞いてなかったですけど、何か御用ですか」 すっかり女主人が板についたジェシカが机越しに応対し、テーブルとソファに招いた。 「邪魔するわ」 ルイズは当然のように上座に座った。 「いくつか仕事を頼みたい。とりあえず今日の宿を頼む。あと、前に頼んでいた物をここに持ってきてくれ」 はいよ、と元気に答えたジェシカはまず下働きの男に書付を渡して宿を取りに行かせ、次に自らは腰に引っ掛けてある大きな鍵束を取り出すと、机の下にもぐりこんでごそごそと何かをし始めた。 ルイズは何事かしらと思いながらも、テーブルに置かれた焼き菓子をつまみながらぼんやりと事務所の風景を眺めていた。 ルイズはタルブから学院に帰還する時、一時期この百貨店に潜伏していたのだ。 考えてみればルイズはヴァリエールの別邸でメイドを一人昏倒させ、学院でもコルベールに対して同様の状態に陥らせた上で逃走したのだから。 まずジェシカが百貨店運営で拡げた人員網を使い、ヴァリエール別邸と学院のキュルケ、コルベールに向けて手紙を送った。 「突然の開戦を受けて心身に混乱を来し、自分は周囲の者に甚大な迷惑をこうむった為、暫くの間身を隠す」といった内容で綴られ、続けて「市井が落ち着き次第学院に戻る」と締められていた。 アンリエッタが戴冠した後まで、ルイズは潜伏地から手紙を送り続け、学院には或る日の夕刻頃こっそりと戻った。 帰還した翌日から隣室のキュルケやタバサ、さらにまだ床を離れられなかったコルベールから質問攻めを受け、加えて別邸からエレオノールが飛んできて厳しく詰問と叱咤を浴びせた。 幸いにも父ヴァリエール公爵は政変に忙殺されていた為か仔細に関知できないまま、この事件は一部の人々の記憶に残るのみになったのだった。 ジェシカが机の下の床板を外し、そこに隠してあった金庫の一つを開ける。二人の前に彼女が持ち出したのは鈍色の光沢を持つ金属の箱だった。 「ふーっ。重たいから取り扱うのに苦労するよ」 よいしょ、とテーブルに乗せる音も重々しく、それはルイズの目に映った。 「なにこれ…?」 金属の箱は一切の装飾がない。無規則的な筋彫りが何本か施されているだけで、詳しい寸法は分からないが縦長の直方体であった。 「さて…」 ギュスターヴがやおら、箱の上面に手をかけて力を込めると、筋彫りに添って箱がゆっくりと割れていった。 「ふむ。物を入れても図面どおりに開封できるな」 ギュスターヴは一人満足そうに頷いた。そして割れた箱の中には手のひらに載る程度の大きさの何かが、布に包まれて収まっているようだ。 ルイズはその布に覆われたものを直視すると、肌を舐めるような悪寒と共に、それが何であるのかを理解できた。 「ギュ……ギュスターヴ!それは…」 冷や汗と震えが収まらないルイズを脇に、ギュスターヴは布を半分あけて中身を空気に晒す。そこには無機質だが、どこか怪しげな風情を見るものに感じさせる、石質の卵が収まっていたのだった。 「その箱を作らせるのは結構大変だったんですよ。鉛の板を五枚重ねて、鍵の要らない箱を作ってくれ、なんて言うんだから」 「図面は俺が書いたんだから、後は職人の腕だな。これが作れるのなら、トリスタニアは十分な腕の職工がいると考えていいだろう」 何やら商いの薫りがする話であったが、ルイズは晒された怪異の卵を怯えた目で見ていた。 今こうしてソファに座っているままでも、卵から吸い寄せられるような魅力と古齢の魔獣に睨みつけられているような恐怖が同時に感じられ、とてもじゃないが冷静で居られない。 発汗と動悸、過呼吸と眩暈を俄に感じ始めるルイズだった。 そんなルイズを認めたギュスターヴはすぐに箱を閉じてテーブルから遠ざける。するとルイズは徐々に平静と取り戻して、ギュスターヴに声をかけることができた。 「ギュスターヴ…あれは…」 始祖の祈祷書…だったものよね? 言外に含ませてギュスターヴに聞く。 「…アンリエッタが、返却した品物に気付かなくてよかったな」 ギュスターヴは直接には答えず、事務机に戻っていたジェシカに目を向けた。 「急ぎで二つも品物を用意させて悪かったなジェシカ。代金は俺の蓄えから取っておいてくれ」 「なーに良いってことですよぉ。その箱はともかく白紙の祈祷書はすぐ手に入りましたし」 実にアッケラカンとジェシカは答えた。 ルイズは贋物の『始祖の祈祷書』を用意してもらった時、変化した本物の祈祷書はどこかに打ち棄てられたのだと思っていた。 あんな卵…いや、卵に見える不気味で危険な代物を、お借りした『始祖の祈祷書』ですとアンリエッタに言えるわけもない。 「まさかどこぞに棄てておくわけにも行かなかったからな」 百貨店に遣された宿付の迎え馬車に乗せられたルイズにギュスターヴはそう答えた。 「そ、そうよね。あんなのでも『始祖の祈祷書』だしね?」 本心では存在して欲しくないのだがよくよく考えればたしかに、いつまでも贋物を渡したままでいいはずが無い。恐らくトリステインを取り巻く情勢が安定するまではこのまま秘されてゆくだろう。そしてアンリエッタにこのことを話す時は、自分の在りたい自分でいたいと、ルイズは思った。 馬車はルイズの希望通り『トリスタニア・イン』の手前で止まり、御者の案内で宿に通された。 ノーブルタウン(貴族邸宅街)の一角に営まれる、辺境貴族を相手にした高級宿である『トリスタニア・イン』は廃嫡されたさる有力貴族の大邸宅を改造して作られ、嘗ての主の私室にあたる『ブランスイート』は名にあるように白亜の石で床壁天井が葺かれている。 たった一晩限りとはいえ、ここを借りる事ができるのだから、『百貨店』は相当の財力影響力を身に着けているのだろう。 「露天商の胴元でよくこれだけ用意できるものねぇ」 皮肉気にルイズが聞くと小荷物を下ろしていたギュスターヴが下男にチップを渡し終えて振り向く。 「別の商売もさせてるからな。ジェシカがゲルマニアと商売がしやすくなると言って何隻が船を船員ごと買っていたんじゃないかな」 「船員ごとって、あんまり派手にやると目をつけられるわよ」 「心配ない。念書証紙の類には偽名を書くからな」 「偽名ねぇ…」 いぶかしげなルイズを置いてギュスターヴはそそくさと外出の支度をして出て行こうとした。 「ちょっと、どこいくのよ?」 「寄りたいところがあるって言っただろう?」 行ってくる、と振り返ることもなく、ギュスターヴは部屋から飛び出していってしまった。広い部屋にひとり残されたルイズは、地団駄を踏んで叫んだ。 「もう!主人の相手くらいしなさいってのー!」 吊り下げられたランタンの明かりしかない、薄暗い店舗だった。煤けた壁にはいかつい造形の斧や槍が引っ掛けられ、隅の樽には使い古したような剣が束になって突っ込んであり、その脇には箍のさび付いた大小の盾が並べてあった。メイジが使うような杖は置いていない。あれは専門の店があるからだ。また所謂銃の類も見かけなかった。このようなうらぶれた武器屋では置いてあっても買い手がいないからだ。 そんな店にギュスターヴがやってきたのは、今日で二回目になる。前に来たときは、ルイズに連れられてきたことを思い出す。その時に、今腰に下がっている陽気な魔剣と出会ったのだった。 「いらっしゃい…なんだ。いつだかの」 「その時には世話になったな」 愛想よく返事を返すと店主は渋面でギュスターヴを見返した。デルフを買った時にしなくてもいい賭けを受けて損をした事を、どうやらまだ覚えていたようだった。 「悪いがうちは返品は受け付けてないんだ。そのぼろを突っ返しに来たのなら出て行ってもらうぜ」 無造作に壁に掛かった片手斧を取り上げて布で拭きつつも、いかにも胡乱な剣幕で見上げる店主に、ギュスターヴは懐から金貨の詰まった袋を取り出して何気なくカウンターに置く。 「買い物に来たんだが時間が悪かったかな?」 カウンターに肘を着いて、ニヤリと笑ってやると、店主は顔色を変え咳払いを一つし、手の物を元に戻して話し始めた。 「いらっしゃいませお客様、うちで何を用立てましょうか」 媚を浮かせながら目配せする店主を、内心で辟易しつつもギュスターヴは腕を組んで鷹揚に答えた。 「古剣を5,6本、纏めて見繕ってくれ。刃の欠けたようなぼろでいいんだが」 「……あいよ、ちょいとお待ち」 注文を聞いた途端店主は気分を悪くした声で答え、店隅の樽から適当に剣を選び始めた。 「儲け話じゃなさそうで残念だったな親父」 「なーに気にすんなよ相棒、親父がタメはるにゃあんたの目利はよすぎらーな」 「ちったぁ黙ってろこのくそ剣が!…ほらよ、どれも錆の効いた奴だが負けといて七本にしといてやるよ」 店主が一抱えの剣をカウンターに乗せる。悪態をつきながらも商品を突きつけるだけの理性は残っていたようだ。 「じゃあそれを…この書付先の荷運び屋に送ってくれ。手間賃が欲しいなら、幾らか出せるが…」 紙切れを渡された店主は憮然としながらも手元から紙片とインク壷を取り出して何かを書き込み、縄で剣の束を縛り付けて紙切れを挟んだ。 「手間賃は要らんよ。その代わりもう二度とうちの敷居をまたがんでくれ」 「善処しよう。じゃあな」 「あばよ親父、長生きしろよ」 「うっせぇ!さっさと出て行け!」 悪態と呪詛を吐き散らすのを背中に受けながらギュスターヴとデルフは店を後にするのだった。 翌日。今日もトリスタニアは昨日と続いて晴天。空気は澄み、陽も暖かだ。 先日と同じく、武具の類を預けたルイズとギュスターヴは控え室のソファに座り、係官からの声を待っていた。不機嫌な空気を漂わせ、毛足の長い敷物の上でルイズの足がパタパタと揺れている。あまり行儀のいい振る舞いではないが、控え室にいるのは二人だけなので気にしてないのかもしれない。 対面するように座っていたギュスターヴは一方、丸腰ながら静かに腕を組み、眠っているように動かないでいたのだが、ルイズの直らない機嫌に少し困った声を上げた。 「いい加減機嫌を直してくれないか?その顔を女王に見せるつもりか?」 「機嫌なんて悪くないわよ」 嘘だ。ルイズは昨日、部屋に一人残されてギュスターヴが出掛けてしまい、自分の相手をしなかったのを怒っているのであるから。 「…分かった。お前は機嫌は悪くない。だがもう一度言うけど、その顔を親友で、主君のアンリエッタ王女に見せるのか?」 そう聞いて、ルイズは年嵩に合わぬ深いため息をうなだれながら吐いた。 「…帰ったらみっちり稽古に付き合ってもらうわよ」 「ああいいとも。帰る前に好きなベリーのパイをご馳走してもいい」 「なら、いいわ」 話の途切れた頃合に係官から呼び出しを受け、二人は謁見室に向かった。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。右の者を女王アンリエッタの専属女官とする」 謁見室に通され、形式上の挨拶を互いに済ませると、アンリエッタは次の文章を傍に控えたマザリーニに読ませた。 「また、先の任命に際し、以下の物を授ける。一、アンリエッタの署名により発行せし、関所の無審査通行、公機関利用、警察権による公人の捕縛権を貸与する書類。この許可証に記載されし諸権を行使せし時は逐次この許可証を提示し、自らの行動をアンリエッタの名の元に行うものであることを宣誓するものである」 それを聞くルイズも、その後にいたギュスターヴも、予想だにしていなかった発言にただ呆然として、マザリーニの朗読を聞いていた。 「聞いたとおりです、ルイズ。貴方には私専属の女官になっていただきます。といっても、それも形式上のことで、実際には私に直接情報を流す諜報員のようなことをしてもらうつもりですが」 マザリーニを下がらせてアンリエッタはそう話した。 「…陛下。過分な任命には痛み入ります。しかし僭越ながら、私には荷の重いお役目かと存じます」 何とか吐き出すようにルイズが答えると、アンリエッタはふぅ、と年相応に息をついてから、身を軽く玉座から立ち上がった。 「陛下?」 そしてルイズの伏する下まで続く段をゆっくりと降り、ルイズを立ち上がらせた。 「立って、ルイズ。これは貴方へのせめてもの償い。私の決断が多くの人を動かしてしまったことはもう仕様が無いから…」 「姫様…」 シルクに包まれた指先がルイズの手を包み、アンリエッタは昨日見せてくれなかった、見慣れた暖かな微笑みを浮かべていた。 「人は貴方を魔法の使えぬゼロと嘲るかもしれないけれど、私は貴方を大切に思っています。それにね…」 と、アンリエッタは一瞬だけ視線を外して続ける。 「正直なところ、情報を集める手駒が足りないの。それも他の官吏を通さないで集められるものが。だからルイズ、貴方にもこの国のために働いてもらいたいのよ。…困るなんていっても無駄よ。もう書類は通したから、貴方には働いてもらうわ」 つまりルイズの有無を言わさず、アンリエッタの従僕として動けと言っているのである。 傍で聞いていたギュスターヴはルイズの様子を窺った。果たしてなんと答えるのか。以前のように感情的に返事をするかもしれないと、思った。 ルイズはアンリエッタの手を解き、そしてすぅっと微笑んだ。アンリエッタはその眼を見て一瞬、胸が跳ねる様な緊張を感じたのだ。炎の塊を覗き込むような熱気を錯覚した気がした。 「姫様は、即位されてから人の使い方を覚えられたようで、私は嬉しく思いますわ。…不肖ルイズ・フランソワーズ。微力ながら、陛下の政に尽くさせていただきます」 学院へと戻るルイズとギュスターヴは、馬首を並べて街道を進んでいた。太陽が徐々に沈む兆候を見せて、空は蒼い中にほんの僅かに赤いものを混じらせて、小魚形の雲が縞模様を作っていた。 「なぁ、ルイズ」 「なによ」 見渡す街道は起伏にうねっているので、鞍の上のルイズの髪や、背中に括ってあるファイア・ブランドの揺れ動くのが横目に見える。 「結局お前は、アンリエッタの影になるつもりなんだなと、思ってな…」 「そんなつもりはない…とは、言わないけど。外道でも私はトリステインの貴族よ。国のために大命を下されたと思えば誇りにもなるわ」 「公に出来ないとしてもか?」 問われてルイズはしばし沈黙した。軽快な馬の足音が聞こえる。 「私が使い棄てられる可能性はあるでしょうね。もっとも、その時は全力で抵抗するわ。トリステインの貴族としては納得できるけど、『私』としては納得できないから」 不遜な物言いだ。以前のルイズなら出る事のない言葉だろう。ギュスターヴはそれを聞いてどこか安心した。 「向こうっ気が強いな。いっその事簒奪でもしてみろ」 「何馬鹿なこと言ってるのよ」 ギュスターヴの提案にルイズは心底馬鹿にしたような風情で答えたが、ギュスターヴは呵呵と笑った。 「良いじゃないか別に。言うだけなら只だ。そうだな…俺ならまず、王宮の向かい側に立ってる偉そうな建物を吹っ飛ばしてだな…」 「下手な所で言ったら不敬につき手討ちにされるわよ」 口の軽いギュスターヴを見て、ルイズはなんとも居心地を悪くするのだった。因みに、トリスタニア王宮の正面には、トリステインで最も大きなブリミル信仰の寺院が立っている。王都に住むあらゆる階層の民草は勿論、トリステイン各地から寄進と財貨の集まり、信仰と教育を広めている。 「ふざけてないで飛ばすわよ。日が暮れる前に学院に入りたいわ」 「まったく、忙しい娘だ…」 ぼやきの出るギュスターヴを置いて、ルイズの馬が歩速を上げる。 ギュスターヴも不慣れながらに馬に活を入れ、それを追う様に駆け出していった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/mitamond/
検索 古今東西の伝奇時代フィクションに登場する人物、用語のデータベースです。 ○文中赤字は、登場する作品名です。 ○内容にはネタバレを多々含みますので、ご注意下さい。 収録作品(H17.12.16時点) 小説: 「十二神貝十郎手柄話」「ガラシア祈祷書」「ガリヴァー忍法島」、木暮月之介シリーズ、「血太郎孤独雲」「信玄忍法帖」「神州纐纈城」「神変麝香猫」西海水滸伝」「忍者からす」「幕末屍軍団」「魔剣士 黒鬼反魂篇」「MASK THE RED 赤影」「妖説五三ノ桐」、「近代異妖編」「青蛙堂鬼談」収録作 漫画: 「伊賀の影丸」「仮面の忍者赤影(漫画)」「新仮面の忍者赤影」「からくりの君」「虚無戦史MIROKU」「黒の獅士」「神幻暗夜行」「忍者旋風」「真田剣流」「風魔」「変身忍者嵐外伝」「魔界転生(石川賢版)」「魔空八犬伝」 ゲーム: サムライスピリッツシリーズ、月華の剣士シリーズ、「心霊呪殺師太郎丸」「東京魔人學園外法帖」「藤丸地獄変」「羅刹の剣」 映像作品: 「獣兵衛忍風帖」 基礎知識篇 歌舞伎・講談・読本etc.に登場する人物・用語から、現在の伝奇時代劇にもしばしば登場するものをピックアップして紹介 時代伝奇blog 時代伝奇夢中道 主水血笑録 最新記事 「鬼滅の刃」遊郭編 第一話「音柱・宇髄天元」 久正人『カムヤライド』第6巻 激走超絶バイク! そしてそれぞれに動き出すものたち 『半妖の夜叉姫』 第34話「決戦の朔(前編)」 3 item(s) Last-Modified 2021/12/07 20 50 17