約 956,913 件
https://w.atwiki.jp/monosepia/pages/8530.html
大東亜戦争 / 日米戦争(太平洋戦争) / 第二次世界大戦 + クチコミ検索 #bf + ブログサーチ #blogsearch + ニュースサーチ 太平洋戦争 開戦前の1年をたどる - nhk.or.jp 『虎に翼』寅子の母・はるの帳面が話題に「ハル・ノートが事件の流れを変えた」【ネタバレ注意】 - 中日新聞 チャウヌ「僕たちの復讐ノート」、「花郎」「偶然見つけたハル」ほか2月のABEMAで全話無料配信 - シネマカフェ 今週の本棚:佐藤優・評 『武藤章 昭和陸軍最後の戦略家』=川田稔・著 - 毎日新聞 それぞれの戦争を訪ねて⑦の下 メディアは何を伝えたか - 日高新報 作家・小川哲が小説『地図と拳』から考えた、戦争のメカニズムと平和のつくりかた - 現代ビジネス 『戦争の教訓為政者は間違え、代償は庶民が払う』著者/栗原俊雄 評者/森健 - FACTA ONLINE 真珠湾攻撃のとき、戦果を伝えた「新聞」が見せた「意外な誠意」(神立 尚紀) @moneygendai - 現代ビジネス ハルノートには日本経済にプラスの項目が含まれていた 真面目に交渉を続ければ…|保阪正康 日本史縦横無尽 - 日刊ゲンダイDIGITAL 東條内閣で公然と行われた「ハルノートのトリック」に対する吉田茂の怒り|保阪正康 日本史縦横無尽 - 日刊ゲンダイDIGITAL 東條英機はハルノートをどのように天皇に報告したのか|保阪正康 日本史縦横無尽 - 日刊ゲンダイDIGITAL ブルーノート3作目のリリースが決定! - ビル・フリゼール - Universal Music Japan 半藤一利が語る、昭和の日本が「身勝手な戦争」を始めた「本当の目的」(半藤 一利) @moneygendai - 現代ビジネス 憲法改正に対して自民党内は一枚岩ではない - 日経ビジネスオンライン 『日本国紀』で学ぶ日本黒紀 - 週刊金曜日 歴史に学ぶ経済制裁、なぜ日中・日米戦争を止められなかったのか? - 日経ビジネスオンライン 「こんな馬鹿な戦争」…未来を見通しながらも、運命に翻弄された真珠湾攻撃隊員の悲劇(神立 尚紀) @moneygendai - 現代ビジネス LoL パッチノート 12.5 アーリ、シン・ジャオ、グウェンなどがナーフ ハルブレイカーに調整 - e-sports-press [コラム]東郷茂徳と米国の戦線 社説・コラム - The Hankyoreh japan 日米開戦 なぜ避けられなかったのか(2ページ目)|みがく経営 - 日本経済新聞 (日米開戦80年)迫る戦争、苦悩にじむ天皇=訂正・おわびあり - 朝日新聞デジタル 日米開戦80年-プレミアムA - 朝日新聞デジタル 「俺の死に場所はここだ」――覚悟を決めた真珠湾攻撃 103歳の元搭乗員の証言 - Yahoo!ニュース 「ハルノート」はチャーチル、蒋介石の連携で強硬化した|保阪正康 日本史縦横無尽 - 日刊ゲンダイDIGITAL エイジ、美少女感染RPG『感染×少女』で新ストーリー「ハルノート -地獄の14日間-」を公開! ログインすると「UR:梔子毛糸(CV.96猫)」もらえる - SocialGameInfo エイジ、美少女感染RPG『感染×少女』で「ハルノート -地獄の14日間-」の続編となる「第二章」を公開 「私荷前不絵」のボイスが日笠陽子さんに決定! - SocialGameInfo 真島ヒロ先生原作「RAVE」よりハル、エリーをイメージした香水が発売です。 (2021年1月15日) - Excite Bit コネタ 真島ヒロ先生原作「RAVE」よりハル、エリーをイメージした香水が発売です。 - PR TIMES 「なぜ日本は真珠湾攻撃を避けられなかったのか」そこにある不都合な真実 根本原因は「ハル・ノート」にある (4ページ目) - PRESIDENT Online 「中国資本が入ってる?」 ミッドウェイ オリオンちゃんさんの映画レビュー(感想・評価) - 映画.com 「事実を正確に知ることが、次に進める唯一の方法」ミッドウェイ 七星 亜李さんの映画レビュー(感想・評価) - 映画.com 世界への義務と向き合う ハルの戦後秩序と「コロナ後」 - 朝日新聞デジタル (7ページ目)日本の運命を変えた太平洋戦争の裏側――東条英機内閣の書記官長が明かした「開戦前夜」 - 文春オンライン 「なぜアメリカ相手に戦争?」ペリー来航から“88年の怨念”が導いた太平洋戦争の末路とは - 文春オンライン 日本が 真珠湾攻撃 を決断した本当の理由 陸軍・悪玉、海軍・善玉はもう古い - PRESIDENT Online 外務省外交史料館 特別展示 日本外交の150年 - Ministry of Foreign Affairs of Japan 「感染×少女」日笠陽子さん演じる私荷前不絵がメインキャラとして登場!「ハルノート-地獄の14日間-」第二章が公開 - Gamer 「感染×少女」,シナリオ「ハルノート -地獄の 14日間-」の第2章が公開 - 4Gamer.net 真珠湾攻撃はローズベルトの罠だったのか - アゴラ 「感染×少女」の新ストーリー「ハルノート -地獄の14日間-」が開幕 - 4Gamer.net 真珠湾攻撃「だまし討ち」の責任は「大使館にあり」は本当か? - WEDGE Infinity 米国務長官演説は「ハル・ノート」だ - 日経ビジネスオンライン 学習院大学長が説く「日米開戦」回避の道(4ページ目)|みがく経営 - 日本経済新聞 米英、日本の軍事行動を予測、開戦誘導か ルーズベルト・チャーチル往復電報 (3/4ページ) - 産経ニュース 日本軍、ハワイ・真珠湾を攻撃:時事ドットコム - 時事通信ニュース 『日米開戦と情報戦』目的の不明確さが招いた悲劇 - HONZ ハル・ノートという「外圧」が意思決定を可能にした - アゴラ 真珠湾攻撃から75年、歴史家・加藤陽子氏は語る「太平洋戦争を回避する選択肢はたくさんあった」 - ハフポスト日本版 太平洋戦争は本当に避けることができなかったのか - ダイヤモンド・オンライン 言葉の威力が最も発揮されるとき - 東京大学 真珠湾攻撃は罠だったのか 『歴史とプロパガンダ』 - アゴラ 日米開戦:政治の未熟が招いた真珠湾 五百旗頭真さんインタビュー - 毎日新聞 アメリカはいかにして日本を追い詰めたか - アゴラ 日本経済新聞 朝刊 - 日本経済新聞 asahi.com:AAN発 - 朝日新聞アジアネットワーク - 国際 - 朝日新聞デジタル “靖国史観”とアメリカ - しんぶん赤旗 ● ハル・ノート〔Wikipedia〕 ハル・ノート(Hull note)は、太平洋戦争開戦直前の日米交渉において、1941年(昭和16年)11月26日(日本時間11月27日)にアメリカ側から日本側に提示された交渉文書である。交渉のアメリカ側の当事者であったコーデル・ハル国務長官の名前からこのように呼ばれている。正式には合衆国及日本国間協定ノ基礎概略(Outline of Proposed Basis for Agreement Between the United States and Japan)と称する。 ● 桐島騎也氏による、日米開戦経緯を巡るツイート〔togetter〕 ■ ハルノート/交渉をぶち壊した最後通告 【賢者の説得力】 ■ ハル・ノートを受諾していたらどうなっていたか 「トラッシュボックス(2018-03-07 22 50 54)」より / こんなツイートを見かけた。 平和を求めて1:「戦争は繰り返してはいけない」というのは誰でもわかるが、真珠湾攻撃をせずハルノートを受託していたらどうなっていたか、という考察は聞いたことはない。その場合日本は米国に石油を握られアジア他国同様植民地にさせられ、それは今でも続いていたかもしれない。それで良いのか? ハル・ノートを受諾していたらどうなっていたかという考察を聞いたことがないとすれば、それは当人の視野が狭いからだろう。 むしろ、歴史のifとして、誰しもが考えてみたくなることではないだろうか。 Googleで「ハルノートを受託していたらどうなっていたか」を検索してみると、Yahoo!知恵袋をはじめ、さまざまなコミュニティサイトで考察が展開されている。 (※mono....中略) / 私が愛読した大杉一雄『日米戦争への道(下)』(講談社学術文庫、2008、親本は『真珠湾への道』講談社、2003)には、次のようにある。 (※mono....中略) / ところで、冒頭で挙げたツイ主のように、ハル・ノートについては、受諾か開戦かの二者択一で論じる人が多いが、ハル・ノートの冒頭には「試案ニシテ拘束力ナシ」とあり、またこれをいついつまでに受諾しなければかくかくしかじかの措置をとるといった文言もないのだから、いわゆる最後通牒ではない。したがって、大杉も述べているように、受諾も拒否もせずに交渉を続けるという選択肢も有り得た。 わが国がそうしなかったのは、このブログの以前の記事でも述べたように、交渉不成立の場合に開戦する期限をあらかじめわが国が決めていたからだ。ハル・ノートの内容があまりに堪えかねるものだったから開戦したのではない。もっと穏当な返答であったとしても、交渉不成立であれば開戦することになっていた。 そうした事情を抜きにして、ハル・ノートの内容のみをもって米国は不当だと断じる主張に、私は今や説得力を覚えない。 ■ ハル・ノートは「最後通牒」だったのか 「池田信夫 blog(2017.4.10)」より / 日本が開戦を決意したきっかけは、1941年11月26日にアメリカ政府から出された日米協定案(ハル・ノート)だといわれている。特にその第3項の撤兵条件が問題だった。 The Government of Japan will withdraw all military, naval, air and police forces from China and from Indo-China. 日本語訳でも「日本の支那及び仏印からの全面撤兵」となっているが、東條英機はそれを「支那全土(満州を含む)からの撤兵」と解釈し、これを「最後通牒」だと考えて戦争を決意した(東京裁判の供述)。パル判事の意見書もそういう解釈で、安倍首相も同じだと思われる。 ところがハル・ノートの原案(11月22日案)では"China (excluding Manchuria)"と明記されていた。外務省(野村大使と東郷外相)もそう解釈しており、アメリカの要求が満州からの撤兵を含まないのなら日本にも受け入れる余地はあった。ところ軍は「満州を含む」という存在しない言葉を挿入して理解し、戦争を決意したのだ。 その原案となったモーゲンソー財務長官の案では"China (boundaries as of 1931) "と書かれており、これは「1931年以降の国境」つまり満州国を除く中国という意味だ。モーゲンソー案を書いたのは財務長官の特別補佐官バリー・ホワイトだが、彼はソ連の工作員と接触していた証拠がある(ヴェノナ文書)。このため「ホワイトがソ連の意を受けて最後通牒を書いて日本を戦争に追い込んだ」という説があるが、本当だろうか。 続きは4月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンでどうぞ。 ◆ ハルノートは太平洋戦争の原因ではない。 「Yahoo!知恵袋-kouyouchinbutaiさん(最終更新日時 2017/1/6)」より / 山本五十六はアメリカとの戦争について「負けるに決まった戦争するバカがいるか!」といっていたそうですが、その「負けるに決まった」戦争を日本が始めたのは、ハルノートを受けて、これでは戦争しかない、と日本が立ち上がざるをえなかったという説があります。しかしこれは根拠がないというより、間違いです。 日本政府がハルノートを受け取ったのは昭和16年11月27日。しかし日本海軍機動部隊は既にその前日に真珠湾に向けて出撃していました。また、マレー半島奇襲上陸を目指した陸軍の大部隊を乗せた輸送船団も南方に向けて航行中でした。つまり和平交渉中に、そしてハルノートを受け取る前に日本は強大な攻撃部隊を出撃させていたのです。 当時ワシントンで日米和平交渉が進められていましたが、日本の計画は昭和16年10月上旬までに日本の要求が受け入れられなければ米英蘭と戦争を行う、と9月6日の御前会議で決められました。ハルノートの二ヶ月以上も前の事です。和平交渉の継続を主張する外務大臣を東條英機陸軍大臣が怒鳴りつけ、日本の要求が必ず通るというのでなければそんな外交はやめてしまえ!と。 そして11月5日、東條が総理大臣になって最初の御前会議で、12月1日零時までに日本の要求が通らなければ12月上旬に真珠湾攻撃、英領マレー半島上陸に始まって対米英戦争を開始、と最終的に決められました、「帝國は迅速なる武力戦を遂行し、東亜及び西南太平洋における米英蘭の根拠を覆滅し、戦略上優位の態勢を確立すると共に、重要資源地域並びに主要交通線を確保して長期自給自足の態勢を整う。あらゆる手段を尽くして適時米海軍主力を誘致しこれを撃滅するに勉む」、と。ハルノートはまったく関係ありません(ハルノートを日本が受けとったのはもっと後の11月27日) + 続き 陸軍では、陸軍大臣や参謀総長に対して圧倒的な影響力を持つ佐官クラスの中堅層を中心に戦争気分濃厚で、外交交渉が失敗して開戦になる事を期待していました。日本政府のいわゆる「乙案」にしても、外務省の折衷案、妥協案に陸軍が強烈な横槍を入れ、「妥協」から程遠いものになってしまった。「大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌」という資料がありますが、「外交交渉が失敗する事を熱望する」などと、ものすごい内容です。陸軍は戦争がしたくて仕方がなかったのです。 ハルノートは当時のアメリカの意見をまとめた外交文書に過ぎません。宣戦布告はもちろん、最後通牒からも程遠いものでした。冒頭に「暫定的」「拘束力のない」「提案」「草案」と書かれています。そんな最後通牒はありません。それを日本語に翻訳する時に消してしまった。誰がやったかは謎ですが、日本は戦争やる気満々だったのです。 ハルノートの中でアメリカの唯一の要求は、日本が中国と仏領インドシナから軍隊・警察力を引き揚げる事だけです。これは当然ですね、日本がパリ不戦条約、九ヶ国条約を破って満州侵略に始まって中国侵略を拡大し、フランスがナチ・ドイツに負けたどさくさに仏印を侵略していたのですから。ただし「いつ」「どんな方法で」などは書いていない(「即時撤退」を要求したという説もあるがそんな事は書いていない)日中戦争は既に泥沼化して日本軍は速戦即決の勝利を既にあきらめており、日本経済に深刻な悪影響を与えていました。陸軍部内ですら撤退の意見がありましたが、東條英機は陸軍次官、陸軍大臣、総理大臣と一貫して絶対にそれを許さなかった。 欧米諸国も中国に軍隊を駐留させていたじゃないかという人もいますが、アメリカは上海に海兵隊を1500人、イギリスは上海と天津に一個大隊、それぞれの居留民保護の為の警備員みたいなもので戦力などと呼べたものではない。もちろん中国と戦争などしていない。日本は百万の大軍隊で中国各地を攻撃、占領、、、まったく違います。しかも英米とも昭和16年にはみんな撤退しました。 ハルノートはあの当時としては穏健でむしろ日本の顔を立てたものでした。「日米政府が音頭を取って関係各国に働きかけて不戦条約を結びましょう」とか、「日米政府がお互いに最恵国待遇を基本として通商を行い、貿易上の障害を取り除く為の協議を始めましょう」とまで提案している。三国同盟を解消しろと言っていない。 中国大陸における日本の権益や満州についてもまったく書いていない。日本軍の中国撤退の条件として相当の権益は確保出来たと思います。にも拘わらず日本は質問も交渉も一切しないでいきなり戦争を始めました。というか、日本はハルノートを受け取る前に既に攻撃部隊を出撃させていた。それが以前からの国策だったのです。 真珠湾攻撃の数時間前に陸軍の大部隊が英領マレー半島に上陸。そしてマレー上陸、真珠湾攻撃の直後に日本軍によるフィリピン、香港、グアム、ウェーク島への攻撃が続きます。11月27日にハルノートを受け取って「ああ、これでは日本は戦争しかない」とたった10日ほどの短期間でこの様な一連の大攻勢作戦が計画・準備・実行が出来るわけがないのです。ハルノートの相当前からの周到な準備に基づいたものでした。そういう事すら理解出来ない人がいますね。 「アメリカは日本との戦争を決意していた」と言う人がいますが、米政府の決意は侵略を拡大する日本に対する警戒感に過ぎない。そして決意するのと実際に攻撃を仕掛けるのとでは雲泥の差があります。アメリカとソ連(ロシア)の「冷戦」では両国とも戦争を「決意」しながら、にらみ合いはスターリン死後の「雪解け」から数えても30年の長きに及び、一発のタマを撃つ事もなくソ連の敗北に終わりました。 世界史上、国同士が戦争を決意して長い間にらみ合っている事はいくらでもあります。太平洋戦争はアメリカが攻めてきたので日本が反撃して始まった戦争ではない。日本の国策は南方侵略で、その邪魔になりそうな米英を叩いておこう、と始めたのが太平洋戦争でした。当時の政府の資料に明確に書かれています。 日本が太平洋戦争を起こした主因の一つとしてアメリカによる対日石油禁輸が言われます。当時の日本の国策は南方を侵略して資源を奪う事でした(この計画を聞いて、東條英機ですら「泥棒をしろと言うんだな」と笑ったそうです)対日石油禁輸でそのタイミングが早まったとは言えますが、それまでは石油を始め重要戦略物資も欲しいだけ獲得出来ていた。日本の中国侵略がピークに達した1940年度ですら、日本の石油需要量の86%をアメリカが供給した。このどこが「アメリカによる経済圧迫」でしょうか?? そしてその対日石油禁輸も日本の侵略拡大に対する「警告」で、日本が侵略政策を改めていたら再び石油も重要資源も入ってきたのですが、日本は戦争を選びました。それが石油禁輸やハルノートなどのかなり前からの日本の国策だったのです。 日米交渉での日本の要求は「侵略はやめない、口を出すな、しかし石油はよこせ」というものでした。 どんな内容の要求でも相手が受け入れないのは相手が悪い、と。 そんな事が通るわけがありません。当時、山本五十六はのちの海軍大臣・嶋田繁太郎にこう書き送っています、「現政府のやり方はすべて前後不順なり。今更米国の圧迫に驚き、憤慨し困難するなどは、小学生が刹那主義にてウカウカと行動するにも似たり」、と。 そして小学生並みの刹那主義でウカウカと行動した当時の日本政府・軍部は世界史上最強の軍事超大国アメリカに戦争を仕掛け、明治の先達が営々と築きあげた日本をつぶしてしまいました。 ハルノートを受け入れていたら日本はアメリカの奴隷になっていたと言う人がいますが、とんでもない勘違いですね。こちらから仕掛けた戦争に完敗し、連合国の降伏条件をすべて受け入れて降伏したあとですらアメリカの奴隷、植民地にならなかったじゃないですか。 連合国としては天皇も戦犯として死刑にし、日本を米、英、中、ソで分割支配する事は可能だった。ドイツは四分割占領され、完全に再独立するまでにはソ連の為に45年もかかっています。しかし日本の場合はたった6年のアメリカによる寛容な占領ののちに主権を回復し、植民地化されるどころか民主主義、平和主義を基礎にアメリカの産業すら圧倒する先進経済大国に成長しました。アメリカの奴隷から程遠いですね。 ハルノートを受け入れ、中国、仏印にいた百万の大軍隊を日本に戻し、海軍は引き続き世界第三位(あるいは第二位)の精強な大艦隊、そしてアメリカとは最恵国待遇の通商関係を結ぶ。日本経済に深刻な悪影響を与えていた日中戦争が終わって日本の景気は活性化し、更に大国になる、、、そんな日本が外国の植民地になるわけがありません。 日本がドイツと組んで米英を中心とする自由主義世界に対抗しようとしたのはドイツの勝利が大前提になっていました。しかし昭和16年11月末の時点ではドイツの敗勢はそろそろ明らかでした。その様な世界情勢の中で軍事大国・日本が中立を保っておれば国際社会における発言力、影響力は相当なものになっていたでしょうね。国際連盟に常任理事国として復帰、米英ソなどと対等に付き合っていく、と。しかし経済や国際情勢が理解出来ず、好戦主義、侵略主義で暴走した東條に付き合わされた日本人は地獄を見ました。 ーーーーー ◆ ハルノートは最後通牒ではなかったという意見をよく見掛けますが、パル判事だけでなく、米国のグルー駐日大使なども「戦争ボタンが押されたのは日本がハルノートを受け取った時点だというのが私の確信である」と証言し、英駐日大使も同様の証言をしています。彼らも日本が改ざんした文章を読んでそのような結論に至ったのでしょうか。 「Yahoo!知恵袋(2010/12/26)」より 【日米戦争(太平洋戦争)】 ★■ 太平洋戦争は本当に避けることができなかったのか 「ダイヤモンド書籍オンライン(2016.8.15)」より / 近刊『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社新書)が発売4日でたちまち重版・4万5000部突破の気鋭の戦史・紛争史研究の山崎雅弘による新連載です。日本の近現代史を世界からの視点を交えつつ「自慢」でも「自虐」でもない歴史として見つめ直します。『5つの戦争から読みとく日本近現代史』からそのエッセンスを紹介しています。第7回は経済的には相互依存をしていた日米が開戦に至るまでの道程を解説します。 対日宥和か、対日強硬か?揺れ続けたアメリカ (※mono....詳細略、サイト記事で) / 実は最後通牒ではなかった「ハル・ノート」 1941年11月の時点で、米政府は「全面協定案」(「ハル・ノート」の原型)と「暫定協定案」という2つの提案のいずれかを日本に提示する検討を進めており、後者は日米双方の譲歩を前提とする事態打開の方策を列記した内容でした。しかし、11月26日の朝、陸軍長官スティムソンから、日本軍の輸送船団が上海を出発し、台湾南方を航行中であるとの誤った情報を知らされたルーズベルトは、「(中国での)休戦と撤兵の交渉をしている最中に、新たな軍事侵攻の準備に着手するとは、明らかな背信行為だ」と激怒して、日本に対する態度を一挙に硬化させました。 その結果、同日午後5時にハルが日本側代表へと手渡した文書は、相互譲歩を前提とする「暫定協定案」ではなく、日本に対する一方的な撤兵要求を書き連ねた「日米間総括的基礎提案」(いわゆる「ハル・ノート」)でした。ハルが日本側に提示した「ハル・ノート」の内容は、日本軍の中国からの撤兵、汪兆銘政権(南京政府)の否認、日独伊三国同盟の空文化に加えて、全ての国家の領土および主権の尊重、内政不干渉、通商上の機会均等、紛争の平和的解決などで、その多くは日本側がそれまで進めてきた対外政策をことごとく否定するものでした。 そのため、日本軍上層部は「わが国が決して受け入れられない条件ばかり突きつけてきた」と激しく反発し、対米開戦はもはや不可避だとの意見が大勢を占めました。しかし実際には、「ハル・ノート」はアメリカ政府から日本政府への正式な要求文書ではなく、単にハル国務長官の覚書に過ぎず、書類の冒頭には「一時的かつ拘束力なし」との文言が記されており、戦争を前提とした「最後通牒」ではありませんでした。 それゆえ、例えば「中国からの撤退」という項目には満洲国が含まれないとの解釈も可能であり、日本軍上層部の意向を無視して考えれば、この「ノート」を土台にして、さらに日米交渉を続けるという選択肢もあり得たはずでした。また、もし日本軍上層部に「今までの日中戦争の進め方は誤りだった」と反省する合理的な思考力があったなら、この「ハル・ノート」を逆に利用して、中国からの撤退の口実にするのと同時に、「我々も言うことを聞いたのだからアメリカ側も他の分野(石油禁輸の撤回など)で譲歩せよ」との要求を突きつけ、日中戦争終結と対米戦回避の両方を実現できたかもしれません。 (※mono....以下略、詳細はサイト記事で) .
https://w.atwiki.jp/politik/pages/15.html
愛知和男をお気に入りに追加 愛知和男のリンク #bf Amazon.co.jp ウィジェット 愛知和男の報道 戦時中は存在隠された捕虜…80年経て石碑に 真珠湾で出撃、特殊潜航艇部隊唯一の生き残り - 東京新聞 真珠湾攻撃から80年 各地で平和への思い 新たに - NHK NEWS WEB 一般|「常勝企業がなぜ負けた」JR東海、リニア中央新幹線工事でトラブル続出(前)|NetIB-News - NET-IB NEWS 帰らない日は家賃がかからない「unito」に「R&Bホテル大塚駅北口」を新規掲載 - PR TIMES 資生堂ジャパン、組織の一部改正および人事異動を発表/2022年1月1日付 - 国際商業オンライン 富山に就労支援型チョコレート専門店「QUONチョコレート」 北陸初出店(みんなの経済新聞ネットワーク) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース 高校野球と社長業のつながりを高校球児に伝える物語。社長チップス × 高校野球ドットコム コラボweb連載が書籍化!!【人生で大切なことはすべて高校野球から教わった】 発売:時事ドットコム - 時事通信 明海リサイクルセンター 金属高度選別ライン稼働式(日刊産業新聞) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース スーパー「アルビス」名古屋進出、好発進 重点施策に「社会視点」加わる 池田和男社長に聞く - 食品新聞社 「任期満了による総選挙」不透明に 菅首相退陣で政治日程流動化 - 河北新報オンライン 「せんだい自民党」に名称修正 仙台市議会、分裂の7人会派 - 河北新報オンライン 「菅首相では勝てない」東北の議員ら焦燥感 自民総裁選の動き本格化 - 河北新報オンライン 政治家のスケール小さく 元環境庁長官・元防衛庁長官 愛知和男氏<小選挙区制25年> - 河北新報オンライン 真珠湾攻撃、最初の日本人捕虜 酒巻和男さんの手記復刻 - 中日新聞 【富山】アルビス 愛知に初出店 池田社長、東海での拡大意欲 - 中日新聞 【改憲再出発】愛知和男元防衛庁長官 「国民投票、1度経験を」 - 産経ニュース 元防衛庁長官に降りかかった愛人スキャンダルと横領事件(伊藤 博敏) @gendai_biz - 現代ビジネス 愛知和男とは 愛知和男の94%はかわいさで出来ています。愛知和男の4%は利益で出来ています。愛知和男の1%は記憶で出来ています。愛知和男の1%は祝福で出来ています。 愛知和男@ウィキペディア 愛知和男 掲示板 名前(HN) カキコミ すべてのコメントを見る ページ先頭へ 愛知和男 このページについて このページは愛知和男のインターネット上の情報を集めたリンク集のようなものです。ブックマークしておけば、日々更新される愛知和男に関連する最新情報にアクセスすることができます。 情報収集はプログラムで行っているため、名前が同じであるが異なるカテゴリーの情報が掲載される場合があります。ご了承ください。 リンク先の内容を保証するものではありません。ご自身の責任でクリックしてください。
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/6101.html
643: 635 :2020/03/04(水) 07 28 25 HOST 119-171-231-231.rev.home.ne.jp 銀河連合日本×神崎島 一発ネタ 第三次ハワイ作戦演習 日本国択捉島単冠湾 AM12 08 "空母赤城航空甲板上" 日本へと復帰後資本が投下されて発展をしつつある択捉島、北方の良港である単冠湾などは艦隊受け入れ設備等も整いつつある。 なお未だ択捉島等の旧北方領土にはロシア人も多く居住しており、そうしたロシア人は建設業等に従事し、以前より収入が増えたと喜ばれている。 そこに排水量十万噸を超え米国以外では唯一日本のみ存在する超大型航空母艦(スーパーキャリアー)の一隻である空母赤城はいた。 「あいも変わらずゼル演習とは米軍も熱心なことだ。」 「マア、ゼルシミュレートハ再現シテルダケデ実際ハ被害モ何モナイカラナ。オ金モ掛カラナイカラナ。」 多川シエコンビは空母赤城の航空甲板から日本の国土に回復した択捉島単冠湾を見回した。 隣には空母加賀、離れた場所には戦艦Iowaや空母Intrepidの姿が見える。 一部では駐留するロシア太平洋艦隊の艦艇も見える。 何故赤城が単冠湾にいるのかといえばまあ米海軍との演習に向かうためなのだが…。 「しかしアメリカもなんで神崎島との演習なんぞ求めたのか…。」 「ナンデモアメリカ海軍ノ高官ガ真珠湾モ事前ニ準備シテレバ逆ニ日本海軍ヲ壊滅サセテタトカ発言シタカラトカ。」 「色んな意味で大丈夫か?(汗)」 「別ノ高官ニ是非ソイツノ鼻圧シ折ッテクレト言ワレタゾ。ナンデモ増長シガチダカライイ薬ダトカ。」 「アメリカも大変だな…。」 米海軍高官の中に神崎島の艦艇を第二次世界大戦のオンボロで現代戦では通用しないとか老朽艦なババアは引っ込んでろとか発言したのがいたのである。 ついでに真珠湾攻撃は迎撃が間に合っていれば日本軍は壊滅、半年後ぐらいには日本が51番目の州になっていたとか言ったとか。 戦艦大和に沈められた空母機動部隊関係者からは侮るのは如何なものかと諌められたのであるが、 「お前らの練度が低いから負けたんだろ?」 流石に空母機動部隊関係者全員がカチンときた。 動かせる所全部動かしてその高官を神崎島と演習をさせることを決意した。 通常の演習を兼ね神崎島や日本とも調整がつき演習実施までトントン拍子に進んだのであるがあることが起きてしまった。 その高官の発言が流出、神崎島が知ることになったのである。 赤城達はマスコミだとか野党の旧帝国海軍艦娘達に対する発言がいつもアレなので何処吹く風であったが、 IowaやSaratoga、米艦娘達や米海軍妖精達が自分達が戦った相手がそんなに弱いわけないだろとキレたのである。 決して米艦娘がオンボロ発言に自分らも含まれるとか老朽艦なババアとか原因ではない、多分。 神崎島と米軍の演習準備会議にてイイ顔したSaratogaが米側に言い放った。 「こちらがオンボロなら何隻投入しても構いませんよね?(威圧)」 某突撃バカにして大人気ないと言われた過剰戦力の投入が決定された瞬間であった。 なお、海軍上層部は慢心を叩き直す良い機会と神崎島の戦力を拒否しなかった。 ついでに残りの陸と空も綱紀粛正のために便乗、沿岸警備隊も動員された大規模演習と化した。 ちなみに米海兵隊は上陸戦の経験値稼ぎに神崎島側である。 断じて間宮や鳳翔がいるからではない。たぶん。 そして演習内容であるが初戦の舞台設定をよりによって米海軍最大の失点を指定してきた辺り米国の本気を伺えた。 舞台はハワイ州オアフ島、 演習名米側呼称「TORA・TORA・TORA」。 日神側呼称「第三次ハワイ作戦」 所謂、真珠湾(パールハーバー)だ。 644: 635 :2020/03/04(水) 07 29 12 HOST 119-171-231-231.rev.home.ne.jp 神崎島側の主要参加艦艇は 空母 赤城 加賀 蒼龍 飛龍 翔鶴 瑞鶴 戦艦 比叡 霧島 これに加えて 戦艦 BB-61Iowa BB-45Colorado 空母 CV-3Saratoga CV-11Intrepid CVE-73Gambier Bay 巡洋艦 CA-30Houston CL-51Atlanta 駆逐艦 DD-445Fletcher DD-557Johnston DE-413Samuel B.Roberts 以上の稼働状態の全米艦娘が神崎島側で参加した。 実に大人げない。 米艦娘全員が後輩をKEIKOつけてやるとあの赤城が引くくらいイイ笑顔であった。 「やっぱり空母乗りたる者それぐらい訓練しなくちゃね♪ね、Saratogaさん。」(100%善意) 「そうですねHIryu、先達として見本を見せてあげななくては。」(イイ笑顔) ちなみに全艦艇現代戦用改修完了済である。 ちなみに米海軍側は空母三隻、つまり倍以上の同規模の空母と相対せにゃなんらんのだ。 ちなみに艦隊名であるSaratogaの提案によりナグモタスクフォースと提案されたが赤城により却下された。 いくらなんでもそれはないだろうという判断である。 まあ色々あった結果赤城が日本海海戦とかつての真珠湾攻撃にちなみZ旗と同じ意味を持つDG旗よりDG機動部隊とすることとした。 なお某兵装実験軽巡と陽炎夕雲型の会話 「やっぱりダイナミックなガーディアンかしら?」 「いやいやバリさん、そこはアルティメットな細胞でしょう?」 後詰めとして大和を旗艦とし陸自と海兵隊を乗せたあきつ丸、神州丸有する輸送揚陸部隊が存在し上陸戦も行われることとなっている。 645: 635 :2020/03/04(水) 07 29 46 HOST 119-171-231-231.rev.home.ne.jp 「お二人ともここにいましたか…。」 「神崎中将、お疲れ様であります!」 「神崎中将、オ疲レ様デアリマスデス!」 「シエさんは慣れない敬語を使わなくても構いませんよ。」 「スマナイ、助カル。ドウモ敬語ハ苦手デナ。」 二人を探していたのかDG部隊の総指揮を任されている赤城が姿を表した。 赤城に多川とシエは見事な敬礼をするがシエさんの敬語はおかしかったので赤城は苦笑した。 「さて、明日は単冠湾を発ち真珠湾に赴くのですが気分はどうですか?」 「いやあなんとも言えない気分ですな。」 「ダーリン怖ジ気付イタノカ?」 「ちげえよ。俺が単冠湾から空歩赤城に乗りこんで真珠湾攻撃に参加するというのが現実感なくてな…。」 「貴方たち日本人にしてみれば真珠湾は七十年以上も前の事ですからね。空母同士の決戦も半世紀以上行われてませんから緊張しているかと思いましたが杞憂でしたか…。」 どうにも赤城は初めて空母機動部隊による決戦に参加する二人の様子が心配だったようだ。 「ではお二人共、今日は明日の出撃に向けて英気を養って下さいね。」 「「了解(ダ)しました。」」 そう言うと赤城は懐から何かを取り出し多川に渡す。 「それではこれをどうぞ。」 「何故にカレー煎餅!?」 「コ、コレハマサカ…!」 「まさか!」「なのです!」 「知っているのか雷電!というかなんで二人いるの!?」 「多川さん、私達は第一水雷戦隊よ!」 「そうなのです!空母の直衛も仕事なのです!」 「いや、真珠湾攻撃だと陽炎型と朝潮型だろ!?」 「「気にしちゃダメよ(なのです)。」」 「ウム、コレハ赤城特製カレー煎餅、シットリナノニサクサクデ美味イトイウ幻ノ逸品ダ。」 「そう!赤城さんが特別な時に御茶請けとして出す幻の品なんだから!」 「今まで食べたことあるの提督や彼の方以外だとほんの一握りなのです!」 「ウム、フェルモ食ベタコトナイゾ。コレハ故郷ヘノ良イ土産話ニナルナ…。」 「それ程の物なの!?」 646: 635 :2020/03/04(水) 07 32 42 HOST 119-171-231-231.rev.home.ne.jp 以上になります。 転載はご自由にどうぞ! 最近の報道とか見ててムシャクシャしてやりました(加賀さん並感) 今は退きません!!こびへつらいません!!反省しません!!
https://w.atwiki.jp/nameless_city/pages/179.html
ハーマン・ウォーク(Herman Wouk)(1915年~ ) 略歴 ニューヨーク出身のユダヤ系作家で、両親はロシアから移住したユダヤ人。幼少期はブロンクスで過ごした。コロンビア大学で比較文学と哲学を学んだ。卒業後ラジオ脚本家となり、戦時中は羅時を広告で戦債を販売し、政府に貢献した。真珠湾攻撃が起きると、自ら志願して米海軍に入隊、太平洋戦争に従軍し、掃海艇に通信士官として搭乗した。その任務の合間に小説を書いていた。戦後結婚し、全てを執筆に捧げ、1952年にはピューリッツァー賞を受賞した。彼は執筆の際正確を期すために若手の歴史研究家を雇って参考にしていたために、歴史的な記述はかなりの部分で正確であるという。 作品 『オーロラの夜明け』(Aurora Dawn,1947)は広告業界を風刺した作品。『町の子』(The City Boy,1948)はニューヨークを舞台に子供の姿を共感をもって描いた作品。 代表作は『ケイン号の叛乱』(The Caine Mutiny,1951)。掃海艇ケイン号の常軌を逸した偏執狂の艦長に、船員たちは不満を募らせていた。そしてケイン号は艦隊からはぐれて嵐に巻き込まれ、精神に異常をきたした艦長に対し、副長以下の船員たちは選択を迫られる。この作品でピューリッツァー賞を獲得し、また後に映画化された。 『マージョリー・モーニングスター』(Marjorie Morningstar,1955)では芸能界を夢見るユダヤ人の娘を描いた。『ヤングブラッド・ホーク』(Youngblood Hawke,1961)では南部の若い作家の成功と堕落を描いた。『カーニバルを止めるな』(Don t Stop the Carnival,1965)はカリブ海の観光地を舞台とするコメデイ。 『戦争の嵐』(The Winds of War,1971)はベルリンに赴任することになった米軍の海軍中佐とその家族が、次第に戦乱の渦に巻き込まれていく姿を描いた。時代は独ソ不可侵条約調印前から真珠湾攻撃までとなっている。テレビドラマ化された。続編に『戦争と追憶』(War and Remembrance,1978)がある。 『内と外』(Inside, Outside,1985)はユダヤ系アメリカ人一家の歴史をたどった作品。『希望』(The Hope,1993)はイスラエル共和国建国を描いた作品。他に戯曲や映画台本の小説化などもあり、変わったものとしては『ロモコメ報告書』(The Lomokome Papers,1968)というSF小説がある。小説以外ではユダヤ教について書いたものとして『これぞ我が神』(This is My God,1959)、『生き抜く意志』(The Will to Live,2000)がある。
https://w.atwiki.jp/warshipbattle_info/pages/49.html
ZUIKAKU(瑞鶴)はレベル5に位置する航空母艦である。この船はその安さから一マッチに一回見かけるくらいの人気艦艇で、船自体優秀なので結構脅威である。 史実では真珠湾攻撃や珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦などなど日本海軍の艦艇にしては結構活躍している。 ゲームでの性能は、発艦までの時間は長いものの、そこまで使いにくいとは感じない。つまりちょっと使いにくい 戦い方 母艦は後ろに航行させて飛行機を飛ばす絶対前に出ないように! 航空攻撃には基本的に雷撃機(魚雷)しか使わない(爆撃機は対空砲火で残機数が減るから)。敵艦の対空圏内の外から魚雷を落とすと良い。 性能(フル強化時)(誰か書いて)
https://w.atwiki.jp/wadaisenryaku2/pages/463.html
旧式戦艦(真珠湾) 戦艦 移動力 0 索敵範囲 1 燃料 0 索敵海中 1 生産資金 900 搭載 不可 防御力 対空 30 対地 50 対艦 50 搭載武器 武器名称 対司 対空 対装 対非 対艦 対潜 射程 優先 1 2 3 4 380mm砲 19 0 80 95 150 0 6 30 0 - - - 380mm砲 19 0 80 95 150 0 1 30 0 - - - NOT - - - - - - - - - - - - 20mm機関砲 0 40 0 0 0 0 1 10 2 - - - 単なる的、というか撃破しなくても問題ない真珠湾の戦艦。 旧式戦艦らしく対空防御が低い。 対艦攻撃力は脅威だが、発砲することはないだろう。
https://w.atwiki.jp/earthruinfes/pages/1757.html
日記/2011年12月08日/ニュース記事 2011-12-10 中国 人身売買グループ摘発 NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111208/k10014486381000.html +記事コピペ収納 中国 人身売買グループ摘発 12月8日 7時48分 中国の警察は、人身売買を行っていた犯罪グループを摘発したと発表し、これまでに600人以上を拘束したほか、誘拐された幼児を含む子ども178人を救出しました。 中国の警察によりますと、摘発したのは、福建省と四川省を拠点に人身売買を行っていた2つの犯罪グループで、警察では先週、関与していた608人を拘束しました。犯罪グループは、中国全土に張り巡らせたネットワークを使って、誘拐した子どもなどを売買していたということで、摘発によって、幼児を含む合わせて178人の子どもを救出したということです。警察では、犯行グループのメンバーが四川省で5月に起こした交通事故を足がかりに、捜査を進めていたということで、「人身売買の摘発では、過去最大の勝利を収めた」と話しています。中国では農村部を中心に、跡継ぎや労働の担い手として男の子を欲しがる風潮が残っているほか、結婚相手として女性を売買するケースが相次いでいて、警察では2年前からキャンペーンを展開して、こうした犯罪の摘発に力を入れています。 ロシア“下院選で不正”映像 NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111207/k10014483251000.html +記事コピペ収納 ロシア“下院選で不正”映像 12月7日 23時18分 今月4日のロシア下院選挙を巡って、投票や開票作業で不正が行われたとされる映像が、インターネットの動画サイトなどに投稿され、野党の支持者らの間で、政権側に対する批判の声が強まっています。 インターネット上には、4日の投票日から、不正を指摘する映像の投稿や書き込みが相次ぎ、このうち、アクセス数の多いビデオ映像では、投票所の責任者が投票用紙の束に勝手に何かを記入している様子が映されています。責任者はその場で不正を追及されましたが、記入していた投票用紙を見せることを拒否したうえで、「出て行け」と追い払うやり取りが、そのまま記録されています。また、厳重に管理されているはずの投票用紙の、与党を選ぶ欄に、何者かによって印が付けられたものが束で見つかったとされる映像なども投稿されています。このほか、ブログでも、モスクワ市内の投票所の開票結果を比較して、いくつかの投票所で与党の得票率が90%近くに上っているのは不自然だとする書き込みなども見られます。これについて、メドベージェフ大統領は6日、詳細な調査が必要だとしながらも、「必ずしも決定的な証拠になるとは言えない」と述べ、野党側によるでっち上げの可能性も示唆しました。野党勢力は、今月10日に首都モスクワなどで大規模な抗議集会を開き、選挙での不正を追及する構えを示しています。 チリ 氷河1年で1キロ後退 NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111208/k10014503611000.html +記事コピペ収納 チリ 氷河1年で1キロ後退 12月8日 18時36分 南米チリの民間の研究グループが、チリ南部の氷河の様子を定点観測したところ、1年でおよそ1キロと極めて速いペースで溶けたことが分かり、グループでは地球温暖化の影響を指摘しています。 調査を行ったのは、30年近くチリ南部の氷河の観察を続けている地元の研究グループです。グループでは、氷河の変化を知るため、チリ南部のパタゴニア地方にあるホルヘ・モント氷河の様子を去年2月からことし1月にかけて、同じアングルから毎日4回撮影し、7日に1445枚の写真を公開しました。それによりまと、氷河は1年間におよそ1キロ後退し、特に先端部分が大きく失われました。ホルヘ・モント氷河は、昔の地図と比較したところ、過去110年間で20キロ近く後退したとみられており、研究グループでは、今回の観測によって溶けるペースが極めて速くなっていることが分かったとしています。その理由について、グループでは、氷河の下に海水が流れる特有の地形に加えて、地球温暖化の影響を指摘しています。世界各地の氷河を巡っては、国連が3年前、地球温暖化の影響で2000年に入って年間に溶け出す速度が平均で倍になったとする調査結果を発表しており、飲料水や農業用水を氷河に頼っている人たちに深刻な影響を与えるとして対策を呼びかけています。 真珠湾攻撃の元兵士 実態を語る NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111208/k10014504621000.html +記事コピペ収納 真珠湾攻撃の元兵士 実態を語る 12月8日 19時22分 70年前の12月8日、旧日本軍がハワイの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入しました。戦争経験者の高齢化が進むなか、真珠湾攻撃に参加した90歳の元兵士が戦争の実態を証言しました。 70年前の昭和16年12月8日、旧日本軍の空母部隊などがハワイの真珠湾にあるアメリカ軍の基地を攻撃しました。東京・世田谷区の前田武さん(90)は、空母「加賀」の艦上攻撃機のパイロットとして真珠湾攻撃に参加し、アメリカの戦艦「ウエストバージニア」を爆撃しました。前田さんは当時の状況について「アメリカは私たちが接近したことに全く気付かなかったようで、すぐには応戦してきませんでした。戦争が始まる最初の一撃なので、とにかくよかったと喜びました」と述べました。しかし、このあと徐々に形勢が逆転し、3年9か月におよぶ戦争の末、日本は敗れました。前田さんは戦友たちとともに国内の各地やハワイなどを訪ねて戦争経験を証言してきました。しかし、真珠湾攻撃から70年。戦争経験者の高齢化が進み、空母「加賀」から真珠湾攻撃に参加したパイロットも健在なのは前田さん1人になったということです。前田さんは、元気なうちはできるかぎり戦争の実態を訴え続けたいとしたうえで、「戦争になればこちらは相手を殺さなければいけない。そうしなければ相手から殺されてしまう。いろいろな理屈をつけても戦争はお互いに殺し合う、人殺しです。戦争は何も解決しません」と話していました。 真珠湾70年 戦没兵士を追悼 NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111208/k10014502321000.html +記事コピペ収納 真珠湾70年 戦没兵士を追悼 12月8日 17時49分 旧日本軍による真珠湾攻撃から70年を迎えて、現地のハワイで7日、亡くなった兵士を追悼する式典が開かれました。式では、攻撃を受けながら生き残った元兵士たちの組織の解散が発表されるなど、関係者にとって節目の年となりました。 真珠湾を望む公園で開かれた追悼式典には、真珠湾攻撃で生き残ったアメリカ軍の元兵士およそ120人をはじめ、犠牲者の遺族や軍関係者らおよそ5000人が参加し、攻撃が始まった時刻に合わせて黙とうをささげ、犠牲となった2300人余りを悼みました。式では、真珠湾攻撃の生存者で組織する協会が、ことしいっぱいで解散されると正式に発表されました。1958年に設立された協会は、真珠湾攻撃の経験を語り継ぐなどの活動を行ってきましたが、元兵士たちの高齢化が進み、メンバーが当初の10分の1以下に減って、これ以上、十分な活動を続けることが困難になったということです。一方、式典が行われた公園にある真珠湾攻撃の博物館も、70年を機にアメリカ側の被害が中心だったこれまでの展示内容を見直し、当時の日本が戦争突入にいたった経済的な背景や、戦前の庶民の暮らしや文化など日本側の視点にも配慮した展示が新たに加えられました。これについて、展示の責任者は「多角的な視点で真珠湾攻撃を伝えようと考えました。この展示で日米間の理解が深まり、それが和解や平和へとつながればと思います」と話しています。 宮城県 60漁港に集約の方針 NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111208/k10014491341000.html +記事コピペ収納 宮城県 60漁港に集約の方針 12月8日 12時3分 宮城県は、東日本大震災で大きな被害を受けた水産業の復興のため、県内142の漁港のうち、4割に当たる60の漁港の復旧を進める一方、残りの82については、復旧する漁港に機能を集約する「漁港再編」の方針を決めました。水揚げなどは集約先を利用するよう促すことから、漁業者からは反発も予想されます。 東日本大震災で宮城県は県内にある142の漁港のすべてが津波の被害を受け、小型漁船の90%に当たる1万2000隻が使えなくなるなど壊滅的な被害を受けました。これを受けて宮城県は、基幹産業の水産業をいち早く復興させるため、漁港の機能を集約して再興を図る「漁港再編」の具体的な方針を決定しました。それによりますと、気仙沼、石巻、塩釜、女川、志津川の5つの漁港を最重要の「水産業集積拠点漁港」と位置づけ、年内に応急的な工事を終わらせ、早急に震災前の機能の回復を図るとしています。また、55の漁港を「沿岸拠点漁港」に指定して優先的に復旧を進め、平成25年度中に復旧させるとしています。これら60の漁港については、拠点漁港として復旧を進める一方で、142の漁港のうち6割近くに当たる82の漁港については、拠点漁港に機能を集約するとしています。この82の漁港について、宮城県では、漁船を係留するための防波堤などの復旧工事は今後、5年間かけて行うものの、水揚げなどは集約先を利用するよう促し、漁港としての機能は持たせない方針です。宮城県では8日に県漁業協同組合の幹部に、この方針を説明していますが、漁港の再編には漁業者からの反発も予想されます。「漁港再編」の方針について、宮城県の村井知事は、NHKの取材に対し「漁業者の人たちは急激に減り、高齢化も進んでいる。今までと同じ状態で漁業を続けることは極めて難しく、10年先、20年先の漁業を見据えれば、集約化は避けて通れないと判断した。厳しい競争に勝ち抜けるような足腰の強い漁業を作りたい」と述べました。 僧侶を逮捕 暴力団幹部に便宜か NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111208/k10014486731000.html +記事コピペ収納 僧侶を逮捕 暴力団幹部に便宜か 12月8日 7時22分 東京の寺の僧侶が、知り合いの暴力団幹部が車を購入するのを隠して、代わりにローン契約を結んで車を購入したとして、警視庁は、2人を詐欺の疑いで逮捕しました。暴力団排除の動きが強まるなか、警視庁は、ローン契約を結べない暴力団員に便宜を図ったものとみて調べています。 逮捕されたのは、東京・江戸川区にある廣済寺の僧侶、武田英勢容疑者(48)と、山口組系暴力団幹部、渡邉直樹容疑者(47)です。警視庁の調べによりますと、武田容疑者は、ことし3月、実際には渡邉容疑者が使う車であるのに、自分が購入するように偽って、都内の金融業者とおよそ200万円のローン契約を結び、車を購入したとして、詐欺の疑いが持たれています。警視庁によりますと、車を購入後、寺名義の銀行口座から毎月数万円が金融業者に返済されていましたが、同じ金額が渡邉容疑者から寺の口座に入金されていたということです。暴力団排除条例が各地で施行されるなど、暴力団を排除する動きが強まるなかで、この金融業者も暴力団員と契約を結ばないという社内規定を設けていたということです。警視庁は、ローン契約を結べない暴力団幹部に便宜を図ったとみて、詳しい経緯を調べています。廣済寺のホームページによりますと、寺は江戸時代初期に建てられた禅寺で、およそ350年の歴史があるということです。 作曲家の三木稔さん 死去 NHKニュース ttp //www3.nhk.or.jp/news/html/20111208/k10014499341000.html +記事コピペ収納 作曲家の三木稔さん 死去 12月8日 16時16分 日本の歴史をテーマにしたオペラ作品で知られる作曲家の三木稔さんが、8日朝、東京都内の病院でがんのため亡くなりました。81歳でした。 三木さんは徳島市に生まれ、東京芸術大学で作曲を学び、日本の歴史をテーマにしたオペラの連作を発表してきました。このうち、遣唐使をテーマに、瀬戸内寂聴さんが台本を手がけた「愛怨(あいえん)」や、源氏物語を題材にしたオペラは、アメリカやヨーロッパでも上演され、高い評価を受けました。また、大島渚監督の「愛のコリーダ」など映画音楽も数多く手がけました。こうした功績で、平成6年には紫綬褒章を、平成12年には勲四等旭日小綬章を受章しています。三木さんは、平成12年に前立腺がんと診断されたあと、治療を受けながら音楽活動に取り組んできましたが、7日、体調が急変し、搬送された東京都内の病院で8日朝、亡くなったということです。 警視庁がたくらむ「2ちゃんねる撲滅作戦」 (週刊朝日) - Yahoo!ニュース ttp //zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111208-00000301-sasahi-inet +記事コピペ収納 警視庁がたくらむ「2ちゃんねる撲滅作戦」 週刊朝日 12月8日(木)14時45分配信 裏社会のみならず芸能界をも揺るがす「暴力団排除条例」の施行は、改めて警察組織の“権威”を誇示する結果となった。世論を武器に勢いに乗る警察が次のターゲットにしたのは「ネット」。それも警察トップの“特命”で着々と捜査が進行しているのだ。 本誌は11月24日早朝から、札幌市の雑居ビル2階にある事務所を、少し離れた場所から注目していた。“ガサ入れ情報”を事前にキャッチしていたからだ。だが、動きはない。昼を過ぎて、空からは小雪が落ちてきた。空振りだったか、と事務所の周辺を歩くと、十数人が乗り込んだレンタカーのバンが止まっていた。 情報は確かだった。 彼らは間もなく、本誌が注目していた事務所に入っていった。そして、午後4時すぎ、スーツ姿の刑事たちは、続々と押収した書類などを詰めた段ボールを持って外に出てきた。さらに、大量のパソコン機器、ジュラルミンケース、紙袋などを路肩に停車したバン2台と普通車1台へ、次々と運び込んだ。予想以上に押収物が多く、車に積み切れなかったのだろう。「書類」と書かれた段ボール4箱は、民間業者が集荷して運んでいった。“ガサ入れ=家宅捜索”が終わったのは午後6時すぎだった。 この“ガサ入れ”中の午後4時、インターネット上では、ある「騒動」が勃発していた。1カ月に約1千万人が利用している巨大掲示板「2ちゃんねる」の一部が、サーバーダウンのために、見ることができなくなったのだ。 2ちゃんねるの中に、「現在強制捜査受け中」とのスレッドが立ち、運営担当者のユーザー名で、ノートパソコンや携帯電話が押収されたとの書き込みがされた。2ちゃんねるの利用者の間では、「2ちゃんねるに捜査が入ったらしい」と騒ぎになった。 そう、この二つの出来事はリンクしている。冒頭の“ガサ入れ”先は「株式会社ZERO」。2ちゃんねるのサーバー管理会社だったのだ。では、ガサ入れしたのは誰なのか。 札幌だから北海道警と考えがちだが、実は違う。この捜査員たちは、東京都を管轄する「警視庁」の刑事だった。だから、刑事たちが乗っていたバンはレンタカーだったのだ。 この家宅捜索は、警視庁が威信をかけて取り組んでいる「2ちゃんねる撲滅作戦」の始まりを告げる一幕だったのである。 どれだけ警視庁が「2ちゃんねる潰し」に威信をかけているか。それは、本誌がつかんでいる経緯を見れば明らかだ。 警視庁の内部に動きがあったのは10月下旬のこと。突然、トップダウンの命令で、警視庁管内の各部署から、精鋭の「ハイテク刑事」たちが都内某所に集められたのだ。 捜査関係者が語る。 「サイバー犯罪対策課の刑事を中心に20人以上も招集された。全員がそれまで担当していた仕事を別の人に引き継いだり、やめたりして集まった。『2ちゃんねるを潰すこと』のみを任務とする専従捜査員です。こんな異例の招集は警視庁のトップ、樋口建史・警視総監からの指示でした。それも、片桐裕・警察庁長官が警視総監経由で指示を出した“特命事件”だったのです」 樋口警視総監は8月に、片桐警察庁長官は10月に就任したばかり。警察の“両巨頭”がタッグを組んで最初に手がけた事件、それがこの「2ちゃんねる事件」となった。 精鋭ハイテクチームは、11月初め、都内某所に特別に設けられたスペースで、2ちゃんねるをくまなくチェックし、犯罪の“萌芽となる事実”の洗い出しを始めた。 「現場のヤル気は相当なもので、万が一失敗したときには捜査幹部が責任を取ることが決まっているとも言われている。捜査員の士気を反映してか、11月上旬には、『麻薬特例法違反』で令状を取ることが決まり、11月24日に北海道と東京で一斉に“ガサ入れ”を行うというハイペースで捜査は進んでいます」(同) 家宅捜索の容疑となったのは麻薬特例法違反。法律で規制された薬物を買えるような環境を放置しておくことも、「幇助」に当たるため、罪に問える。今回の「2ちゃんねる事件」でも、精鋭ハイテクチームは、違法薬物を売買できる書き込みを放置したこと自体が違法だと見ているようだ。 いまだ逮捕者は確認できていないが、ある警察庁関係者は今回の家宅捜索の狙いをこう語る。 「まずは、2ちゃんねるがどういう運営実態なのかを明らかにするのが目的のようだ。今はまだ証拠集めの段階。個別の事件で身柄を確保することよりも、犯罪の温床を潰すことが目的のようなので、しばらくは、そのための実態解明に時間をかけるはずだ」 犯罪の温床--たしかに、ネット掲示板への書き込みが「違法行為」と見なされる事例は増加傾向にある。警察庁から依頼を受け、ネット上の違法情報などの統計を取っている「財団法人インターネット協会」によれば、2011年度上半期の「違法情報」件数は1万9286件で、前年同期よりも約4%増加しているという。そのうち、海外案件などを除く1万2403件が警察に通報されている(内訳は下の表参照)。 同協会はプロバイダーを通じて、違法情報の削除を要請しているが、約42%は要請に応じていない。削除依頼に応じないうちの半数以上が、「2ちゃんねる内の書き込み」だとも言われているのだ。 その理由をIT業界に詳しいジャーナリストの津田大介氏はこう語る。 「2ちゃんねるでは、『削除依頼』というスレッドから申し込みをして、それを管理人が承認しないと削除されない特別な仕組みになっているので、削除に関するトラブルは多い」 10月に全国で施行された暴力団排除条例が国民的支持を得たのを追い風に、警察当局は、今まで手がつけられなかった“聖域”にメスを入れようとしているのだろうか。 2ちゃんねるは、00年に起こった「西鉄バスジャック事件」で、犯人が犯行予告を書き込んだことで飛躍的に知名度を上げた。04年には電車で出会った女性への恋心を綴った書き込みが話題となり、「電車男」として書籍・ドラマ・映画化され社会現象にまでなった。 その一方で、前述のようにトラブルも多く、00年時点で、殺人未遂、威力業務妨害などで逮捕者が出ている。直近では、11月10日に2ちゃんねるで客を募り、違法薬物を密売して約4千万円を売り上げたとして神奈川、香川両県警などが男女11人を逮捕している。 前出の津田氏は言う。 「震災後は特にネット言論への規制が顕著です。警察庁が東日本大震災に関する書き込みに削除依頼を行い、経産省が広告会社と一緒に原発などに関するネット情報をチェックするために、約8千万円の予算をつけています。こうした動きは気をつけるべきです」 たしかに、震災後は警察当局がネットに向ける目は厳しくなっている。3月末、警察庁は被災地での外国人犯罪や火事場泥棒など“デマ情報”をネット上から削除する要請を行った。また4月1日、「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」が国会に提出され、捜査当局は裁判所の令状がなくても、プロバイダーに通信記録の保全を要請できるように法改正が行われた。こうした「ネット規制強化」の流れが、「2ちゃんねる潰し」にもつながったと解釈することはできる。 だが、こうした規制強化は常に「言論統制」へとつながる危険性をはらんでいる。捜査当局の介入はどこまで許されるべきなのか。 2ちゃんねるの“創始者”である西村博之氏は著書『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』の中でこう書いている。 〈法解釈というものに疑問を感じることは少なくありません。無料ファイル共有ソフトのウィニーを開発した金子勇さんが逮捕されたことも、疑問のひとつです。(中略)ウィニーを作ること自体は違法ではありません。ウィニーが違法な用途で使われることは予見でき、その制限を行わなかったことで、直ちに有罪としてしまうのは、どうなのでしょうか?〉 元警察庁キャリア官僚で、麗澤大学教授の大貫啓行氏はこう語る。 「震災後の流言飛語、原発事故の風評被害を食い止めるために、ネット社会に対して警察権の発動を強めたことは確かでしょう。しかし、ネット言論に刑罰権を行使することに対して、警察当局はもっと慎重になるべきです。自由な言論社会に対して、警察組織は打つ手がなくなるまで表に出るべきではない。IT分野なら経産省や文科省が前面に出て行政指導をすべきで、警察はその後方支援でいい。国民がすぐに警察に頼ろうとする姿勢、それを受けて警察が安易に刑罰権を行使しすぎていることに懸念を抱いています」 前出の警察庁関係者は最後にこうつぶやいた。 「この事件は来年に持ち越して長くなりそうだ。威信がかかっている。展開があれば人員を増強する可能性もある」 どうやら、様相は「警視庁対2ちゃんねる」という構図にとどまりそうにない。当局の動き次第では、ネット社会は2012年、“激震”に見舞われるかもしれない。(本誌・作田裕史) <ネット上の違法情報は、その後どうなった?> 【違法情報と処理結果件数】 (数字左から)警察庁へ通報/削除依頼/削除完了の順。単位は件数。 わいせつ物公然陳列 6186/3273/3187 児童ポルノ公然陳列 1055/464/438 売春あっせん目的の誘引 2/2/2 出会い系サイト規制法違反の禁止誘引行為 456/218/211 薬物犯罪等の実行又は規制薬物の乱用を、公然、あおり、又は唆す行為 159/81/23 規制薬物の広告 3785/2899/305 預貯金通帳等の譲渡等の誘引 501/436/117 携帯電話等の無断有償譲渡等の誘引 259/155/72 計 1万2403/7528/4355 (財団法人インターネット協会調べ) 【関連記事】 バンダイ御曹司がハマった愛欲と金欲 「さらばナベツネ、私はかく戦う」清武・前巨人軍代表、独占直撃 高岡早紀「内縁の夫」逃走中!多額の借金を抱えて雲隠れ 追悼・立川談志さん 語録でたどる「破天荒」な75年 蓮舫行政刷新相と野田首相のウソをすっぱ抜く 最終更新 12月8日(木)14時45分 <群馬大>教授処分 福島の農家をオウム信者にたとえる | ニコニコニュース ttp //news.nicovideo.jp/watch/nw159763 +記事コピペ収納 <群馬大>教授処分 福島の農家をオウム信者にたとえる 毎日新聞:記事一覧 2011年12月8日(木)21時30分配信 東京電力福島第1原発事故による放射能汚染マップを4月に公表した群馬大教育学部の早川由紀夫教授(火山学)が、短文投稿サイト「ツイッター」で、福島県の農家をオウム真理教信者にたとえる書き込みをしたのは不適切だとして、同大が7日付で訓告処分にしていたことが分かった。 早川教授はツイッターに「セシウムまみれの水田で稲を育てて毒米つくる行為も、サリンつくったオウム信者がしたことと同じ」などと書き込んでいた。早川教授は「放射能の危険性を多くの人に迅速に広めるため、過激な発言で注目を集める必要があった」と説明している。【喜屋武真之介】 名前 コメント ◇◆前へ/次へ/目次へ
https://w.atwiki.jp/bsp_matome/pages/28.html
項目数:55 総ポイント:1150(追加実績含む) ブリキ缶の艦長 駆逐艦の魚雷を使用して、20隻の敵艦を撃沈する 15 瞬殺 巡洋艦を使用して、15秒以内に敵を轟沈させる 15 長距離砲手 2800メートル以上離れた敵を、戦艦で撃沈する 15 空母司令官 支援マネージャーで50機の航空機を離陸させる 15 眼下の死神 潜水艦で敵戦艦を撃沈する 15 ファイター・エース 撃墜されることなく、30秒以内に5機の敵機を撃墜する 15 ハットトリック 1機の雷撃機で、魚雷を3回命中させる 15 超精密爆撃手 急降下爆撃機で20発、弾薬庫に直撃させる 15 ダブルパンチ 1回の爆撃で、2つ以上の敵にダメージを与える 15 補給線 支援マネージャーを使用して航空機を1機発進させるか、1隻の艦を要請する 5 有利 特別補給マネージャーを使い特別補給をする 5 高速特攻 600km/h以上の速度で敵艦に体当たりをする 15 奇襲 「真珠湾攻撃」において、地上に駐機されている航空機を全て破壊する 10 ターニングポイント 「ミッドウェイ侵攻」において、敵空母を全て撃沈する 10 先制攻撃 「ソロモンの遭遇戦」において、敵の増援が到着する前に敵戦艦を撃沈する 10 闇にまぎれて 夜戦に勝利する 10 女王の死 「南太平洋海戦」において、放棄されたホーネットを撃沈する 10 ターキーショット 「マリアナ沖海戦」で20機の敵を撃破する 10 損害なし 「レイテ島の神風」において、味方艦に神風を1機も命中させない 10 捕虜などいらぬ 難易度Veteranにおける「南太平洋海戦」で、全ての敵ユニットを撃破する 50 アメリカン・ベテラン アメリカ海軍で25回オンラインマッチに参加 20 アメリカン・ヒーロー アメリカ海軍で100回オンラインマッチに参加 50 帝国の鉄槌 帝国海軍で25回オンラインマッチに参加 20 帝国の逆襲 帝国海軍で100回オンラインマッチに参加 50 戦争部屋 オンラインマッチにおいて、ホストおよびプレイを50回行う 10 覇者 オンラインマッチで50回勝利する 20 いかさま元帥 島争奪戦のオンラインマッチで、マップ画面をユニットや地上施設の攻撃のためだけに使用して勝利する 10 前線の元帥 島争奪戦のオンラインマッチを、マップ画面に切り替えることなく勝利する 10 日章旗 難易度Veteranにおいて、日本軍キャンペーンをクリアする 60 星条旗 難易度Veteranにおいて、アメリカ軍キャンペーンをクリアする 60 潜水艦キラー 潜水艦を使用し、敵潜水艦を魚雷で撃沈する 20 圧倒 難易度に関わらず、日本軍キャンペーンをクリアする 25 衝撃と畏怖 難易度に関わらず、アメリカ軍キャンペーンをクリアする 25 飛び石作戦 全ての島争奪戦を、それぞれ最低1回ずつクリアする 30 連戦連勝 競争、単独戦闘、護衛戦闘、包囲戦マップ全てを、1度はクリアする 30 艦隊司令官 「大尉」の階級に到達する 50 艦隊本部長 「海軍元帥」の階級に到達する 100 上陸作戦 揚陸艦を使用して基地を占領する 5 降下作戦 落下傘部隊を使って基地を占領する 10 戦艦の威力 戦艦で敵空母を撃沈する 10 命を賭けた修理 最低限の耐久力を残した状態で、致命的なダメージから回復する 10 起死回生 自艦よりも強力な艦を撃沈する 10 まだ終わらんよ! 自艦の耐久力が3%以下で、敵艦を撃沈する 20 ピュア・ゴールド 最初のゴールドメダルを獲得する 10 ミッドウェイの英雄 バトルステーション:ミッドウェイをプレイしている 10 秘密の実績 過ぎ去りし思い出 真珠湾において、ヘンリーの艦およびドナルドの機体を撃破する 10 変心 神風特別攻撃隊を率いて、マニュアルで飛行場もしくは空母に着陸する 10 秘密の隠れ家 シドニー湾にある秘密の隠れ家を発見する 10 トレイン・キラー インドシナ空爆において、精油所を爆発させて列車を破壊する 10 フライング・フィッシュ 水上機もしくは飛行艇で水上に着水する 5 追加実績Carrier Battle Map Pack(800MSP) 150 守護者 マップ12における護衛戦闘モードで、日本軍として空母を2隻とも守り抜く。 20 北洋の波 マップ14における大規模な島争奪戦に勝利する。 30 戦艦封鎖 マップ13における戦艦同士の単独戦闘で、日本軍として損害を受けずに3ラウンド連続で勝利する。 30 ミッドウェイの包囲 マップ11における包囲戦に勝利する。 20 生きてこそ マップ12における競争で、潜水艦を失わずに勝利する。 50 実績解除のコツ 命を賭けた修理 島争奪で駆逐艦と揚陸艦を生産して揚陸艦に魚雷一発ぶち込んで ギリギリで浸水処理が手っ取り早い 損害なし 詳しい攻略はキャンペーンの同項にて。 ファイター・エース 日本軍ミッション「真珠湾攻撃」の一番最初、飛行場にとまってる目標を連続で破壊すると解除しやすい。 空母司令官 1ミッション中に達成で解除。正確には50機離陸ではなく50編隊離陸。つまり150機離陸させる。 お勧めは日本軍最終ミッションの「ハワイ侵攻」 艦隊を一切が動かさずその場で迎撃だけにさせる。 敵を片付けてひと段落したら発進→海に激突で自殺→また発進の繰り返しで解除 ブリキ缶の艦長 1試合、1ミッション中ではなく通算。魚雷でトドメをさせばおk。 眼下の死神 ミッション「フィジー包囲」でボーナスユニットの潜水艦を使い、大破して動けなくなっている敵戦艦を狙うと良い ダブルパンチ 一回の爆撃であって、一発ではない点に注意。 帝国海軍のトレーニングで3隻目に出てくる輸送船が空母のすぐ脇を通るので、一式陸攻で2隻が並んだ時に横切るように爆撃すれば良い 超精密爆撃手 累計ではなく1ミッション中に20回やる必要がある 弾薬庫に命中すると爆弾の爆発の他に衝撃波のようなエフェクトと砲塔が吹き飛ぶような演出が入るのでこれを目安にするとよい。 同一の艦に対して繰り返し爆撃しても修理されるまではノーカン。そんなときは別の艦を狙うといい お勧めは日本軍ミッションの「真珠湾攻撃」 高速特攻 神風か桜花でなければ解除不可 起死回生 ミッション「ハワイ侵攻」などで、敵戦艦の耐久力があとわずかになったら 自操作を巡洋艦に切り替えて撃っていれば簡単に解除できる 奇襲 黄色マーカーの敵機の他、青マーカーの偵察機等も地上にいるのでそれも全部破壊 飛行場の対岸にも偵察機が何機が停まっているので、じっくりと潰していこう 先制攻撃 「敵の増援が到着する前に敵戦艦を撃沈する」とあるが正しくは敵ではなく「味方の増援がry」である。 駆逐艦を倒す必要はなくサウスダコタ級を沈めた瞬間解除。味方の増援が来るまで5分しかなく時間的に余裕はない。 捕虜などいらぬ 難易度Veteranにおける「南太平洋海戦」で、全ての敵ユニットを撃破する となっているが、最初の空母の随伴艦は倒さなくても良い TBFアベンジャーをTBM(タイニーティム装備)にアップグレードすればかなり楽になる 飛び石作戦 島争奪戦ですべてのマップをすべてのサイズで勝利する。8マップ×大中小=最低24戦必要 どちらかの軍で勝てばおk。両方で勝利する必要はない。 スカーミッシュでも達成可能。 連戦連勝 上記の飛び石作戦と同じ要領で解除できる。どちらかの軍で勝利しなければだめ。 8マップ×4ルールで最低32戦必要 こちらもスカーミッシュでも達成可能。 ミッドウェイの英雄 http //www.spike.co.jp/midway/ トレイン・キラー 線路を辿っていくと、トンネルの手前にタンク施設があるのが判る そこまで列車が進んでくるのをひたすら待って、近くに来たら白い円柱状のタンクを撃てばOK 「要塞」と書かれたターゲットを狙う必要は無いし、一発で吹き飛ぶので事前に列車にダメージを与えたりもしなくて良い フライング・フィッシュ 米軍ミッション「パトロール任務」か日本軍ミッション「ドイツ海軍との接触」進行上で自然に解除 過ぎ去りし思い出 ミッション「真珠湾攻撃」で、ヘンリーが乗る魚雷艇とドナルドが乗る戦闘機を撃破する ヘンリー・・・地上にある航空機を破壊する目標の時に出現する魚雷艇(PT-23)を撃沈する ドナルド・・・敵機5機を撃墜する目標の時に出現する「ドナルドの機体」と表示される敵航空機を撃墜する。飛行場上空に初めから飛んでいるので注意。 ちなみに彼らは前作の登場人物でヘンリーは主人公、ドナルドは彼の旧友の航空兵である。 秘密の隠れ家 ミッション「シドニー湾攻撃」で、戦術マップ左上の位置にある洞窟に入ると解除 湾入口の網を抜けてそのまま西へ、河口に敵PTが2隻いる川の上流の行き止まりまで進む 洞窟内に立派な額が飾られているので必見 変心 ミッション「ハワイ侵攻」で開始直後に加賀から神風を発進させる⇒自操作を神風に移してそのまま加賀に着艦で解除 X長押しのコマンドで着艦を選んでおかないと車輪がでないので注意
https://w.atwiki.jp/mrstudy/pages/31.html
小峯一郎 Midnight Radio Space内の「地域密着ヒーローを応援しよう」というコーナーで登場したキャラクター。 熊本市小峯在住のチェリスト。 小峯一門を取りまとめる。 1917年生まれ。 妻と娘に先立たれ、小峯に1人住んでいた。 2009年4月に死亡確認。 略歴 1917年 熊本県熊本市に生まれる 1927年 日本放送協会が初めて放送したオペラに感動する。 1941年 真珠湾攻撃に参加する。 甲板でこけて負傷、戦線から離脱する。 1942年 日本海軍に復帰。 ジャワ沖海戦に参戦。 着艦してきた戦闘機に轢かれ、負傷。戦線から離脱。 1945年 熊本市内の自宅で終戦を迎える。 1946年 演歌歌手を志す。 1948年 小峯一門を開く。門下生は近所の子どもと猫。 1955年 黒髪四郎、大江五郎と戦う。 1986年 月出三郎が門下生となる。 2007年 近所の病院に入院する。 2009年 死去 楽曲 「熱血大陸」
https://w.atwiki.jp/aspirin-marcov/pages/21.html
『太平洋戦争とは何だったのか(The issue of war)』クリストファー・ソーン 年表 前書き 極東戦争という呼称の理由 太平洋戦争、では地理的・地政学的側面の性格付けがなされない 極東、であれば東アジア、東南アジア、西太平洋、オーストラリアを含むことができる(ほんとかね?) 第1章 最初の反応 特になし。開戦当時の世界の反応を述べている。 第2章 国際的状況 イギリスと日本の戦い 極東戦争の起点 いくつか説がある。1931年の満州事変、1937年の中国に対する日本の攻撃、1928年の張作霖爆殺事件 著者は明確な起点をあえて挙げず、衝突が不可避となったのは真珠湾攻撃までの2年間であったとだけ指摘 この間にナチスドイツがヨーロッパで軍事的勝利を挙げ、(このようなドイツの1870年代からの動きにより)ヨーロッパ体勢の均衡が完全に破壊された フランスが敗れ、極東の領土が本国の庇護を失い、日本軍が1940年9月北部仏印、1941年7月南部仏印に進駐した 南部仏印進駐が、戦略的情勢を大きく変えた。西欧諸国は日本に対し石油禁輸措置を行い、日本国内では権力バランスが変化し開戦派が力を握った 1940年9月に三国協商が成立 1941年4月 日ソ不可侵条約、6月 ドイツがソ連を攻撃 この時期の日本の動きが直接国益を損じたのは、アメリカではなくイギリスであった。 直接的な極東のイギリス領への攻撃だけでなく、インド・香港での投資・貿易の冷え込み、オーストラリア・ニュージーランドを含む各地域へ保護を保障できないという権威の低下がみられた イギリス政府はなんとかアメリカの援助を得ようとしており、既に世界帝国の面影はなかった 人種的偏見、帝国主義的戦争 開戦前、ヨーロッパではそれほど関心の高い事柄ではなかった また、開戦自体が可能性の低い事柄であると考えられていた→多くは人種的偏見による このように白人の人種差別主義者は一般に避戦論であったが、日本人の人種主義者は逆にきわめて好戦的だった 特に日本の差別観は中国に向けられ、おさまるものもおさまらない戦争の原因となっていた 真珠湾攻撃前に、誰もが明確な態度を示していたわけではなかった オランダは態度を保留し、共栄圏への加入も検討していた ネルーは1942年にはファシストとの戦争を強く支持したが、1940年にはイギリスの帝国主義戦争に巻き込まれることに強い反対を表明していた インドネシア、インドシナの民族主義者はオランダやフランスの植民地主義者が日本によって罰せられることを望んだ 東京はこの時期、特にイデオロギーに支配されていたわけではなく、生存のための戦争と捉えていた 1941年の秋ごろになると、日本はほぼ戦争に突入しようとしているだろうと認識されるようになった アジアでは、一部の民族主義者が日独のファシズムを批判する一方、イギリスは帝国主義にも重要な注文をつけた。一方一部の民族主義者は、日本の引き起こす戦争を歓迎した。それはヨーロッパ帝国主義の駆逐という意味だった。 そのような情勢の変化の中、アメリカの存在感はますます増大していった。 白色人種と黄色人種