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『この世の真実』 「涼宮ハルヒと私は普通の人間じゃない」 開口一番、妙な事を言い出した長門。 キョンは呆気に取られながら、首肯する。 「なんとなくだが、普通じゃないのは解るけどな」 「そうじゃない」 膝の上で揃えた指先を眺めるように伏せた長門から否定の言葉。 「性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通り純粋な意味で、彼女と私は あなたのような人間と同じとは言えない」 キョンは理解出来ず、眉根を寄せ怪訝そうに長門を見詰めていた。 そんなキョンに構う事無く長門は続ける。 「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイ ドインターフェース。それが、私」 (SF小説の読みすぎじゃないのか。長門) 「私に与えられた任務は涼宮ハルヒを観察し、入手した情報を統合思念体に報告する事」 淡々と、初めて饒舌に言葉を紡ぐ少女を真っ直ぐに、それでいて間の抜けた顔で見詰め続ける。 「生み出されてから三年間、私はずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は不確定要素がな く、いたって平穏。でも、最近になって無視出来ないイレギュラー因子が涼宮ハルヒの周囲に現 れた」 伏せた面を上げ、真摯な瞳で真っ直ぐにキョンを捉え、十分に一拍置き。 「それが、あなた」 (は……?俺が……?何だって?) キョンは狼狽を隠せなかった。与えられた情報は余りにも現実離れしていた為、容易に理解す る事が出来なかったからだ。 「情報統合思念体は地球に発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。もしかし たら自分達が陥っている自律進化の閉塞状態を打開する可能性があるかもしれなかったから」 情報統合思念体は発生段階から情報として生まれ、情報を寄り合わせて意識を生み出し、情報 を取り込む事によって進化してきた。 宇宙開闢とほぼ同時に存在し、宇宙の膨張とともに拡大し、情報系を広げ、巨大化しつつネッ トワークを構成し、発展していった。 全宇宙にまで広がると思われる情報の海から発生した肉体を持たない超高度な知性を持つ完全 無欠の存在である。 だが、情報統合思念体は自律進化の閉塞状態にあった。それは全にして一、一にして全である が為であろう。 「そして三年前。惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測。 弓状列島の一地域から噴出した情報爆発は瞬く間に惑星全土を覆い、惑星外空間に拡散した。 その中心に居たのが涼宮ハルヒ。 涼宮ハルヒから発生した情報フレアは、情報統合思念体にすら解析不可能であった。それは意 味を成さない単なるジャンク情報にしか見えなかった。 しかし、有機生命体としての制約上、限定された情報しか扱えないはずの地球人類の、そのう ちのたった一人の人間でしかない涼宮ハルヒから情報の本流が発生した事が重要。 そして、この三年間。あらゆる角度から涼宮ハルヒという固体に対して調査がなされたが、今 もってその正体は不明。しかし、情報統合思念体の一部は、彼女こそ人類の、ひいては情報生命 体である自分達に自律進化のきっかけ与える存在として涼宮ハルヒの解析を行っている」 「……」 最早、キョンは考える事すら不可能な状態に陥っていた。 しかし、長門有希は一向に語る事を止めないでいた。 「情報生命体である彼等は有機生命体と直接的にコミュニケートを取る事が出来ない。言語を持 たないから。 人間は言語を抜きにして概念を伝達する術を持たない。だから情報統合思念体は私のような人 型の有機体の端末を作った。それで、統合思念体は私を介して人間とコンタクトできる」 言い終えて、長門は湯飲みを手に取って口を付けた。 「……」 長門の話が一段落したのは解ってはいたが、キョンは二の句がつげないでいた。 「涼宮ハルヒは自律進化の可能性を秘めている。恐らく彼女には自分の都合の良いように周囲の 環境情報を操作し改竄する力がある。それが、わたしがここにいる理由。あなたがここにいる理 由」 「待ってくれ……」 すっかり混乱しきった頭を片手で支えつつ、ようやっと言葉を発する事が出来た。 「正直に言う。俺は長門が何を言っているのか、さっぱり解らない」 だが、長門は気に留めるでもなく、 「信じて」 紡がれた言葉ははっきりと力強く。黒曜石の様に輝く双眸はこれまでには無い程真摯だった。 「言語で伝えられる情報には限りがある。私は単なる対有機生命体用の端末でしかない。情報統 合思念体の意思や思考を伝達するには私個人での処理能力ではまかえない。理解して欲しい」 「大体、何で俺なんだ?長門がそのナントカ体?の端末だってのを信用したとして、それで何故 俺に正体を明かすんだ?」 「あなたは涼宮ハルヒに選ばれた。涼宮ハルヒは意識的にしろ無意識的にしろ、自分の意思に絶 対的な情報として環境に影響を及ぼす。あなたが選ばれたのには必ず理由がある」 「ない、と思うが」 「ある。多分、あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。あなたと涼宮ハルヒが、全ての可能性を握っ ている」 「本気で言ってるのか?」 「勿論」 キョンは真っ直ぐに捉えていた長門を再び怪訝な面持ちで見詰めていた。 (無口な奴だとは思っていた。それがようやっと喋る様になったと思えば延々と、到底信じられ ない話を持ち出した。まさか、ここまで変な奴だとは) 「俺がハルヒに聞いたままを伝えたらどうするんだ?」 「あなたが彼女に言ったとしても彼女はあなたがもたらした情報を重視したりしたない」 「言われてみれば……、そうかもしれないが……」 「地球にいるインターフェースは私一つではない。統合思念体の意識には積極的な動きを起して 情報の変動を観測しようという動きもある。あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機が迫るとし たらまずあなた」 正直、付き合いきれなかった。キョンは深い溜め息を付き、かぶりを振った。 * この二人の話を聞き耳を立て、動揺していた少女がいた。朝倉涼子だ。 涼宮ハルヒに対して、積極的にしろ間接的にしろ、感情の起伏を操作しその変動を計っていた 彼女は、自身の所属する急進派の上層部の動きが悟られている事に、明らかに動揺していた。 (嘘……、これじゃ計画が台無しじゃない……) 主流派である長門有希は、地球に置かれているインターフェースの統括者だ。彼女は自分達以 上の権限と、処理能力、情報操作能力を持っている。彼女に抗う事は、すなわち消滅に値する。 故に、動揺したのだ。 持ち上げていた御玉を落す。 (どう……すれば、どうすればいいのよ!?) 憤りを隠せない。処理不能のエラーが多数発生していく。 理解不能の情報の奔流の中、彼女の中で何か引っ掛かりを感じた。その感覚を発生させた言葉 を反芻する。 (「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機が迫るとしたらまずあなた」) 彼に危機が迫る。そう思ったら胸が締め付けられる様に苦しくなった。 (何……、これ?……そう、か。これがそうなのかな。だとしたら……私は……) 一人得心し、胸元をぎゅっと握り締めたまま、涼子は振り返りキョンを見詰めていた。 その表情は、以前の様に悪意など微塵にも感じられないほど、殊勝であった。 頃合いを見計らって、重苦しい沈鬱な空気が漂うリビングに、キョンが帰ると言い出す前に、 涼子は家主に声を掛けた。 「長門さん、お料理運ぶの手伝ってもらえる?」 「わかった」 長門は首肯し、席を立つ。 未だ混乱の中に在ったキョンはその後ろ姿すら追えないでいた。 「はい、これと……これ。お願いね」 涼子は取り分けたシチューの皿を載せたお盆を手渡し、長門はそれを受け取り首肯で返す。 足音も立てずにキッチンから去って行く少女の後姿を認めた後、涼子は三人分のガーリック トーストを乗せたお皿を両手に持ち、キッチンを後にした。 * 帰ろうと腰を上げた所で、朝倉に止められ、折角用意してくれた料理を頂かない訳にはいか なく、空腹を誤魔化すのも限界であった為、キョンはその場に留まる事にした。 朝倉が作った料理はシンプルだったが、想像以上に絶品であった。 料理に舌鼓を打ちつつ、正面の長門に目線をやる。淡々と、それでいて豪快に口の中に放り 込む動作は、機械的にも思える程乱れる事無く一定のリズムを保っていた。長門の皿はどんぶ りで、並々と注がれたシチューは瞬く間に減っていく。一体その小さな身体の何処に収めてい るのか、不思議でしかたなかった。 キョンから見て、左に位置する朝倉は至って乙女らしく、小振りな口に見合った量を丁寧に 運んでいた。一体この二人の関係は一体何なんだろう、とキョンは疑念を抱く。 「そういえば、何の話をしてたの?」 唐突に、食器が奏でる甲高い音色しかなかった空間に、朝倉の涼やかな声が響く。 「いや、なんていうか……俺にもよく解らない話で……」 そう答えるのがやっとだった。長門は猫まっしぐらよろしく、シチューにまっしぐらといっ た様子で、朝倉の声に耳を傾ける事無く、口に運ぶ手を止めずにいる。答えてやれよ。 「そう、そんなに難しい話しだったの長門さん?」 ピンポイントで話しを振られ、ピクリと身体を揺らした後、ゆっくりとした動きで朝倉に顔 を向ける。キョンはその一連の動きに危うく噴出しそうになり、「ごふっ!……げほっげほ」 と咳き込む。 「多分、難解だと思う」 「そう、ごめんねキョン君。この子たまに変な事言うから」 朝倉の微笑に一瞬心を奪われ、惚けそうになる頭を必死で振った。 「いや、お前が気にする事じゃないし。別にそんなに変じゃない……と思う」 長門をフォローしつつ、誤魔化す様にガーリックトーストを口に運んだ。 「……ん。これ、美味いな」 素直に感嘆の声が漏れる。 その言葉に朝倉は嬉しそうに声を弾ませ、満面の笑みを浮かべていた。 「本当?良かった……。実はね、今日はね、いつもより上手く作れたの。何でだろ?」 首を傾げるその様は、実に愛らしく、お持ち帰りをお願いしたい欲望に駆られるも、咀嚼し たパンとともに飲み込む事に成功する。 「んー……、俺は料理の事は全然解らんからな。でも、これならこっちから弁当をお願いした いくらいだ」 自然と緩む口端。先程まで混乱していた頭はスッキリとしていて、穏やかな心持で居られた。 これは朝倉のお陰と言っても過言ではないだろう。と、キョンは得心し、一人頷く。 「本当?良かった……、断られたらどうしようって思ってたんだ。じゃあ、はりきってお弁当 作らせて貰うね。勿論長門さんの分も、ね」 弁当の話題が出てから、長門の視線は朝倉に釘付けであった事をこの時に知った。 長門は朝倉の言葉に満足したのか、一つ頷くとガーリックトーストを手に取って目一杯頬張っ た。 実は長門は物凄い食いしん坊じゃないんだろうか。一つ無駄な知識が増えたキョンであった。 * 晩餐まで振舞ってもらい、別れを惜しむ様に高級の分譲マンションを去ったキョンは帰途の中、 確かめるように反芻した。 涼宮ハルヒの持つ、望んだ事象をあらゆる物理法則を完全に無視して意識的にしろ無意識的 にしろ思うが侭にしてしまう能力。それに加えて銀河を統一する情報統合思念体なる者の存在 を知らされたキョン。 到底信じられる話では無かった。それもそうだ、非現実的な事柄を安易に理解するなど無理 な話だった。 「訳分かんねぇって……」 実際に自身の目で確認すれば話は少しは違えたかも知れないが、余りにも漠然としていた為、 終始呆気に取られていただけだった。 「涼宮が……ねぇ……」 事の真偽を疑う前に、傲岸不遜、猪突猛進の少女の不適な笑みが脳裏をかすめた。 だが、それらを打ち消す様にかぶりを振った。 「まあ、いっか」 幾ら自分が悩んだとして結果は自明であった為(内容が眉唾なだけに)、事の成り行きに身 を委ねる事にした。そう思うと、少しだけ胸中はすっきりとした。 然し、自転車のペダルが心なしか重かった。 涼宮ハルヒは、日々の不満が積み重なり憂鬱に陥っていた。 「まったく……、何も起きないのはどうゆう訳?」 苛立ちを隠せずにいたハルヒは乱暴にクッションをベットに投げつけた。 無口な眼鏡っ娘、萌え要素が満載のロリっ娘。それに加えて謎の転校生を引き入れたはずな のに、己の周囲で事件が起きる気配など皆無であった。 「何よ……、『何が信じていれば必ず逢えるさ』よ……」 その言葉をくれた、ある男の事を思い出していた。 ジョン・スミス。 そう名乗った男。一見日本人にしか見えないのに、わざわざ偽名を使ったおかしな奴。 「あいつは……今、何処にいるのかな?」 そう呟く少女からは、常の覇気は無く、何処にでもいる普通の少女であった。 ハルヒは窓から一眸出来る夜景を眺めては溜め息を溢した。どこか寂しげな表情をして。 古泉一樹は、けたたましく鳴る携帯端末からの呼び出し音に、酷くげんなりとしながらも 手に取った。 「古泉です」 『遅い、何度言ったらお前は改めるのだ!』 凛とした涼やかな女性の声が、開口一番怒号を放つ。 古泉は困った様に眉根を顰め、冷静に返答を返した。 「すみません、森さん。手が放せない事情がありまして」 『言い訳はいい、お前も感じただろう?』 「ええ、規模は小さいですが時空震動は確認しました」 『なら話は早い、新川を迎えに寄越した。さっさと支度しろ。以上だ』 「了解しました」 携帯端末を切ると同時に、外から車が停まった気配を感じた。 流石、新川さんだ。 老練のエージェントを誉め称え、しかし内心苦笑した。 「しかし、困った神様だ」 常の様に張り付けているペルソナを脱ぎ捨て、鋭く光る双眸、緊張からか引き締まった 凛々しい雰囲気から、これから赴く場所が如何に危険か見て取れる。 古泉はハンガーに掛けてある紺のジャケットを羽織、部屋から飛び出した。 朝倉涼子は困惑していた。 長門有希の発言が起因しているのは明白ではあるが、彼女が案じているのは事の一部に しろ打ち明けられた少年にあった。 異端にある者で無ければ到底理解の及ばない話を彼がどう解釈したのか、この後彼が涼 宮ハルヒに対してどの様に振る舞うのか。 そんな自分の心境を見透かしているかの様な口振りで、傍らで緑茶を淡々と飲んでいる 少女は、 「彼は平気」 と確信めいた一言だった。 だが、実際彼が関係する因果律は複雑に絡み合い明確な未来が確定出来ない。不確定 要素が多すぎる故、そう言い切るには早計ではないか。 だが、長門有希は全く揺るぎのない真摯な瞳で再び言い放つ。 「大丈夫」 涼子にはその言葉が含む意味が理解出来なかった。
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やらないで後悔するより、やってから後悔した方がいいと思うな。だけど、その前に練習しておけば、もっといいと思うんだけど、どうかな? (きれいな)朝倉さんと(かわいそうな)古泉君
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読む前にこのページにも目を通していただけると嬉しいです。 そんなこんなで目を覚ますと 「あーさだよー!!」 またまた妹が空中にいた。 ってかその構えは…フライングクロスチョッ「ぶはっ!!!!」 …これは…効いたぜ… 「あれ…キョンくん?」ペチペチ …頼む…頬を叩くのを止めてくれ… 「キョンくん動かなくなっちゃった…」バチンバチン 「…頭を叩くな」 「あ!キョンくん生きてた!!」 勝手に殺すな。 「…あのな、人を起こすときくらい普通に起こしてみたらどうだ?声をかけるだけでいいだろう?」 「えー…でもハルにゃんがキョンくんを起こすときはこうした方がいいって言ってたよ?」 …あのやろう。 まぁいい。どうせハルヒに注意しても無駄な気がする。 そういや今日は朝倉が計画を話すとかなんとか… そんなことを考えながらのんびりと学校へと向かう。 「お、キョンじゃねぇか!」 …何でまた谷口がいるんだよ。 「今日は偶然だ!」 ムッとするな。気持ち悪い。 「そんなこと言うなって。そういや朝倉は結局涼宮のやってる部活に入ったのか?」 「みたいだな」 「何か残念だな。運動部に入ってくれればあの健康的な太ももが見放題だったのに」 …そういう考えばっかしてるからナンパとか成功しないんじゃないのか? 「それとこれとは関係ないだろ!」 いや、なんか下心満載な顔してるぞ。 それと鼻息が荒い。 そんな感じで適当にあしらいながらげた箱を開けると… 「ん?どうかしたかキョン?」 「いや、何でもない」 靴の上に小さな手紙が置いてあった。 ここで普通の男子及び数ヶ月前の俺なら誰からの手紙かとか、もしや告白か!?みたいな考えに至るのだが。 「悪い、先行っててくれ。部室に用があるから」 「ん?そうか」 昨日の一件が一件なので誰からの手紙かは安易に想像がつく。 『この手紙を見たら、すぐ部室に来て』 あの時と変わらぬ明らかな女の子の字でそう書いてあった。 「遅いよ」 「無茶言うな。俺は睡眠時間を最大限に増やす為にギリギリまで家で寝てるんだ」 大抵は妹に叩き起こされるがな。 「で、その刺激臭のする液体は何だ?」 「何って、カレーよ?」 屈託なく朝倉は笑う。 …俺の目がおかしくなければヘドロにしか見えないのだが。 「これを何とかして長門さんの口の中に収めたいのよ!」 「いや、無理だろ」 少なくとも俺だったら絶対に口にしないがな。 「私だってこのままじゃ口にしないわ。だから何とかして色を戻して刺激臭も消す!」 「…ってかこれは酷くないか?」 「…本当にそう思う?私はこんなものを何度も食べさせられたのよ?」キラッ 「…わかった。わかったよ…ナイフをしまえ…ただし、手伝うのは今回だけだぞ?」 「ありがとう!」 …で?俺は何をすればいいんだ? 「えっと…放課後まで長門さんをこの部室に近づけないようにしてほしいの」 「…それだけ?」 「それだけよ」 …何だか拍子抜けなんだが… 「今から色々な情報操作を施してこのヘド…ゲフンゲフン…カレーの見た目をまともなものにする」 今ヘドロって…あ、何でもないです。ごめんなさい。 「でも前回の一件があるから私の能力は制限されてるの。だから作業にも時間がかかるし…何より長門さんに関して一切の妨害操作が行えなくなったわ」 つまり…時間稼ぎをしろと? 「そういうこと。といっても長門さんがこの部室にくるのは放課後以外だと…昼休みくらいかな?」 「…ちなみに阻止出来なかった場合は?」 「まぁこの鍋の存在がバレるわね。しかも情報操作の真っ最中。まぁ被害はでないから怒られはしないでしょうけど…計画は全部パーね」 「…俺長門のこと止められるのか?」 「まぁキョンくんなら大丈夫だと思うわ。昼休みまで時間もあるし」 それもそうだな…って 「…一限始まってるじゃねぇか」 …やれやれ、だ。 結局朝倉は休みだということにするらしい。 鍋に付きっきりじゃないといけないようだ。 キーンコーンカーンコーン チャイムが鳴って昼休みの開始を伝える。 「キョンが遅刻なんて珍しいわね」 「…珍しいというか初めてな気もするが」 …まぁ休日で散々遅れてきてるがな… 「それもそうか…じゃああたしは食堂に行くわ」 そう言って教室を出て行くハルヒを見送る。 …なんか描写が適当になってきてないか? 「…まぁ気にしないでおくか」 と、そうだ長門だ長門。 結局阻止する方法は浮かばなかったが…とりあえず会いに行かなくては。 「あれ?キョン、昼食は?」 「スマン、用事があってな」 ハルヒの後を追うわけじゃないが、俺も慌てて教室を出た。 長門は…いた。 丁度教室を出たところのようだ。 「おい!長門!」 「………」 気付いてくれたようだ。 「…何?」 …気付いてくれたのはいいが…どうしようか… 「あー…とだな…あれだ、最近本でも読んでみようと思って図書館に行こうとしたんだがどんな本があるか知らんのだ」 「………」 「だからオススメの本があったら教えてほしいのだが…駄目か?」 「…いい」 そう言うと図書館へと歩き出した。 これでいい…のか? 「そういや飯はいいのか?」 「…既に食べた」 …現在時刻昼休み開始4分後。 …早いなおい。 「…これと…あれ…それもオススメ…あと…」 「…スマン…少し待ってくれ長門」 今俺の手元には数10冊の本が置かれている。 しかも全部ハードカバーの分厚い本ときたもんだ。 普通に腕が痛い。 やっぱり図書館…というか本が好きなようでいきいきとした顔で本棚と本棚の間を歩き回っている。 無表情にしかみえない? 俺には何となくわかるんだよ。 とりあえずこの量の本を持ったままぼけーっとしてるのもアレなので近くの椅子に腰掛けることにした。 「…よっこいせ…というか一度にこの量を借りきることができるのか?」 「…大まかなあらすじを読んで気に入ったものだけ選べばいい」 それもそうだな。 「…最近どうだ?」 「…最近とは?」 「んー…学校生活とかさ。朝倉も帰ってきたことだし、何かしら変化は無かったか?ってことだ」 そう言うと長門は少しだけ考え… 「…ユニーク」 とだけ答えた。 …とりあえず楽しいってことか? 「…そう」 とりあえず昼休みの間は長門が選んでくれた本を読んでみることにした。 …3分と持たず寝てしまったのは言うまでも無いことだが。 長門が起こしてくれなかったらまた授業に遅れるところだった。 そんなこんなで放課後。 何とか長門が部室に行くのを阻止できたようだが…朝倉のやつ一体どうやってあのカレーを食べさせるつもりなんだろうな。 …とりあえず部室に行ってみるか。 「あ、キョン!」 「ん?どうしたんだハルヒ」 「あたし今日寄るところがあるから少し遅れるわ!だから先に行ってて!」 「あぁ。わかった」 …また何か面白そうなものでも見つけたのか? まぁいい。とっとと部室に行って朝比奈さんのお茶でも飲もう。 …ん?あれは… 「………」 部室の前に小さな人形が… 「やぁキョンくん」 喋った!?というかこないだも出現したらしいなこの人形! たしかスモークチーズがどうとか… 「あの…とりあえずお名前を」 「ちゅるやさんだよ!」 なんかもう雰囲気といい外見といい鶴屋さんにそっくりだな。 「えっと…アニメ化おめでとうございます」 「ありがとうなのだよキョンくん!ところでお祝いといっちゃなんだけど「スモークチーズならありませんよ?」 「………」 「………」 「…にょろーん」 寂しそうに歩いていったな… 「あ、キョンくんやっと来た」 お、朝倉。 ってかそこはコンピ研の部室じゃないのか? 「ちょっと情報操作で借りたの。さ、入って入って」 「は?俺も行くのか?」 「まぁまぁ、とりあえずこのパソコン見てよ」 これは…SOS団の部室? まだ誰もいないのか… 「そうよ。カメラを仕掛けておいたの」 「しかし何でまた」 「ほら、長門さんの席に置いてあるものをよく見てよ」 …カレー? 「これなら間違いなく長門さんは口にするわ!」 確信。こいつ真性のアホだ。 「え?今何か言ったかしら?」キラッ 「いや、何も言ってない。だからナイフをしまってくれ」 …というか普通怪しむだろ。 「大丈夫!そこは長門さんよ。間違いなくカレーを口にするわ!」 数分後 「お、長門が入ってきた」 「ついに復讐の時が…ってあれは何をやっているのかしら…」 パソコンの中の長門は両手を広げて走り回ってる。 「あぁ、ブーンって。なんでも自分だけ言えなかったのが悔しかったらしい」 というかまだ気にしてたのかあいつは。 「へぇ…なんか意外…」 「意外って?」 「あんな長門さん始めて見たから…結構楽しそうにやってたのね」 そんなものなのか? 「長門さんったらSOS団に入るまでカレーの研究してる時しか楽しそうにしなかったのよ」 「あいつも変わったんだな…」 「あ、そうだカレー…長門さん気付いてないみたいね」 「…夢中で走り回ってるな」 「あ、走るの止めたわ。満足したのかしら」 どうやら定位置について本を読むつもりらしい。 「カレーに気付いたわ!」 「…ガン見だな」 画面上の長門は椅子に手をかけたままの状態でテーブル上のカレーを見つめている。 「ほら!私の作戦完璧じゃない!」 「いや…机の上にいきなりカレーが置いてあったら俺もああなるぞ」 ちなみに今長門は本棚と机の間をウロウロしている。 まさかとは思うが… 「食べるかどうか悩んでるのよ」 「…マジでか」 …怪しさ満点なのにな。 「ほら、スプーンを持ったわ」 そしてついに 「…食べたわ」 「…物凄い勢いでむせてる様に見えるんだが」 …一体どんな材料使ったんだ。 「これで長門さんも私の苦しみがわかったでしょうね」 「…まだせき込んでるぞ…朝倉?」 あれ?あいつどこ行きやがった? ―きゃああああ! パソコンから声が…ってえぇ!? 朝倉が部室にワープしてる!? 「長門にバレたのか…」 朝倉縄でぐるぐる巻きにされてるよ…あ、連れてかれた。 …部室行くか。 机の上には朝倉の顔の後が付いたカレーと「急用があるので帰宅する」と書かれた長門の書き置きがあった。 「…よし。忘れよう」 次の日HRで朝倉がカナダに転校したことが伝えられた。 またカレーの実験台にされまくって発狂したようだ。 ちなみに発狂した朝倉がまたまた俺を刺しにくるのは「涼宮ハルヒの消失」でのお話になるらしい。 …迷惑な話だ。 ちなみに俺が朝倉が発狂した事実を知るのは放課後の事になる。 どういう経緯かというと、朝、下駄箱にひとつ手紙が入っていた。 『次はあなた』 ワープロで印字したような綺麗な字でそう書いてあった。 「…もしもし…あ、お袋?あぁ、うん。学校には着いたけどしばらく帰れなそうだ…理由?こっちが知りてぇよ」 おわり
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謎の少女――橘京子の襲撃から二週間が経ったが、あれから命に障る事件は起きなかっ た。一方、不可思議な現象等は、端に涼宮の精神状態が安定している為か、はたまたその 力の発生自体が稀有な為か、涼宮は垣間見せる事は無かった。 だが、古泉曰く。 「涼宮さんは発言や行動こそ奇天烈ですが、彼女が悪戯に世界の秩序や構成を乱さないの は、彼女が現実と空想の類の境界線を明瞭に把握し、理解しているからですよ。でなけれ ば、今頃世界は酷い有り様になっているはずです」 などと、豪語したからであり、しかし信憑性の薄い話でもあった。贔屓目で見ても、あ いつ――涼宮が人格者であるとはとても思えない。しかし、涼宮の精神や心理と少なから ずともリンク出来ると言っていた能力者である古泉が言うのであれば、あながち間違いで はないのかもしれない。現に涼宮は悪戯に世界の法則を覆す事象は起こさなかったが、相 変わらず閉鎖空間は発生させているらしい。その辺りも、北高に入学前と比べれば比較に もならない程、発生の頻度が著しく低下しているとの事だ。 それはさて置き、俺の日常は取り敢えず平穏さを取り戻し始めてたのは間違いなく、穏 やかな日々が――涼宮の我が儘を除けば――続いていたのは、誰憚る事の出来ない事実で ある。 しかし、平穏な日々などそう長くは続かない訳で。俺の平凡で穏やかな日常は瞬く間に 終焉を迎えたのである。一体何があったのか――俺にも未だに信じ難いのだが、とある人 物がSOS団に入団希望を出したのが事の発端になったのだ。 そう、あれはほんの数日前の事だ――。 断章『心、通わせて』 放課後になれば文芸部室に足げなく通っていた俺だが、相変わらず特に何もする事は無 く、朝比奈さんの煎れてくれた緑茶に舌づつみを打ちつつ、古泉相手にトレーディングカ ードゲームに暇を潰している時だった。 コンコン、とSOS団が占拠している文芸部室の扉が叩かれたのは。 「みくるちゃん、お客さんよ」 偉そうに椅子の背もたれにふんぞり反りながら涼宮が言った。 「あ、はいはい」 朝比奈さんはそれに応えると、愛らしい仕草で愛読している茶葉に関する専門書を椅子 に置き、小走りに扉に向かい、「どうぞ」と扉を開いた。 誰かのお陰ですっかりと痛んでしまった木製の扉が、キィ……と耳障りな音を起てて開 く。 この部室に用があるなんて、余程の暇人か変人だけだろう。それとも、つい最近始めた 事なのだが、存在意義すら不明の団体に、少しでも生産性を持たせる為に始めた 何でも 屋 の記念すべき第一号の客かも知れん。無論、無償だが。 しかし、俺の予想は呆気無く打ち砕かれた。そこに立って居たのは意外な人物だった。 一同一様に目を丸くして唖然としていた。役一名を除いて。 「お邪魔するわね」 涼やかな声で断り、少女は部室に足を踏み入れた。 朝比奈さんはアパレル店の店頭に並ぶマネキンの如くフリーズしているし、古泉は含み 笑いをしている。何を企んでいるんだ、お前は。 「あ……、朝倉!?」 膠着状態にあった部室内に、椅子を蹴倒しながら立ち上がった涼宮の素っ頓狂な声が響 く。 部室に入って来た少女――朝倉涼子は、北高に通う男子ならば知らぬ者はいない容姿端 麗、成績優秀で定評のある人物であり、俺と涼宮のクラスメイトだ。 しかし、その正体は人間ではない。 彼女は長門と同じ情報統合思念体が、涼宮を観察する為に送り込まれた対有機生命体コ ンタント用ヒューマノイド・インターフェースである。 彼女の正体を知ったのは、先日の橘京子事件だ。 思い出すだけで戦慄してしまう程の恐怖を味わされた俺の窮地を救ってくれたのが、朝 倉であり、長門だ。 しかし、その朝倉がこの様な辺境の地へ一体何の用が――。 そんな思考を巡らせている内に、事態は進展を迎えていた。 朝倉が涼宮の前まで来ると、普段の柔和な物腰で話し掛ける。 「今日はお願いがあって来たんだけど」 一体、何のお願いだ。 朝倉に相対する涼宮は、警戒した面持ちで朝倉を見据えている。 「あんたがあたしにお願い?寝言は寝てから言ってくれる?」 「寝てたら会話は不可能だと思うけど」 全く以ってその通りだ。 しかし、この二人は気が付いた時には犬猿の仲になっていた。 入学当初、涼宮は朝倉からの熱烈なアプローチに対して、全くと言っていい程興味を示 さず――他人はじゃがいも程度にしか思っていなかったのかも知れないが。いつからだろ う。涼宮は朝倉に対して食って掛る様になったのは。 ――特に思い当たる節が見当たらない。この辺り、古泉辺りに訊けば応えてはくれそう だが、それも憚られる。彼奴にだけは借りを作りたくない。 「ふん、まあいいわ。で、何よ。言ってみなさい」 仏頂面の涼宮。不機嫌、というのはこいつの為に生まれた言葉かも知れない。 「何か随分な扱いな気がするけど……」 朝倉は眉根を顰め、怪訝な面持ちで呟いた。 ふと、俺を一瞥し――目が合ってしまった――涼宮に向き直り、微笑を浮かべた。そん な朝倉を見てか、涼宮は苛立ちに顔を歪ませた。 そして、朝倉が驚愕の一言を放った。 「私も、SOS団に入れて貰えないかしら」 ――空気が死んだ。 涼宮が絶句していた。否、朝倉を除く全員が絶句していた。 それもそうだろう。誰が好き好んで訳の解らない活動に従事する連中と肩を並べたいと 思う?俺だったら嫌だね、もう巻き込まれてるが。 それに宇宙人枠は長門がいるじゃないか。何も朝倉まで入る必要性は無いと思うが。 俺が呆然としている間にも、平静を取り戻しつつあった涼宮が口火を切った。 「あっ……あんた何言ってんの?」 「あら、入部希望を申し出ただけなんだけど。何かおかしな事言った?」 「そういう事じゃない。あんたが此処に居る事自体がおかしいのよ!」 「何で?部活動の入部希望者の意思を尊重するものじゃない?」 いかん、何やら険悪な雰囲気になってきた。 ほら、古泉お前の出番だぞ。 俺は古泉に一瞥した。それだけで意図を汲み取り、奴は頷くと席を立った。 「二人とも、少し落ち着いてみては如何でしょうか」 「うるさい!」 「部外者は黙ってて!」 一蹴された。 古泉は珍しく狼狽していた。椅子に腰を下ろし、若干乱れた澄まし顔を取り繕う様に、此 方を向いて肩をすくませた。 「これは……、黙ってた方が良さそうだ。どうぞ、続けて下さい」 既に聞く耳を持たずといった感じの二人に、その言葉が届いているのかは定かではない。 俺は少なからずとも同情を孕んだ視線を古泉に送った。 『次は貴方の出番ですよ』 だが、明瞭な意図を孕んだ目線を送られ――ちょっと待て。何で俺が古泉とアイコンタク トで意思の疎通が出来ているんだ。これは何かの陰謀か、はたまた既に古泉の洗脳が始まっ て――などと下らない思考は即座に排除し、俺は重い腰を上げた。 「おい……」 「あんたには悪いけど、もう定員は一杯なの。悪いけどあんたに席は無いわ」 「あら……そう。なら、私は文芸部員になるとしましょうか」 聞いちゃいねえ。 二人は俺の存在に目もくれず、言葉の応酬を繰り返す。 どうしようか。もう放って置いても、いいんじゃないか。 そんな俺を置き去りにして、二人のやり取りは続いて行く。 「なっ……、すっ好きにすれば良いじゃない。でも、あんたにはSOS団の活動に参加する資格 は無いわ!」 ビシッと指差して、涼宮は不敵な笑みを浮かべた。だが、朝倉は怯む様子は見せない。 「ふぅん。そう、じゃあ何で長門さんは活動に参加しているのかしら?」 負けじと脆い部分を的確に崩しに掛る朝倉。 「有希は特別なの!」 「そう、なら一つ聞きたいんだけど。文芸部の部費はどうしているのかしら」 雲行きが危うい方向になってはいないだろうか。 そう思った俺は見かねて制止に入った。 「いい加減にしろ!二人共落ち着けって!」 俺も古泉の二の舞いになるかと思ったが、二人は意外にも口論を止めた。 「なあ、涼宮。何で朝倉の入部をそんなに頑なになってまで断るんだ?」 「それは、こいつがあんたに……。べっ、別に何でも良いでしょ!とにかくあたしは嫌なの!」 涼宮は頬を朱に染めて顔を伏せる。 何だか、微妙な雰囲気になってきたな。 「そんな子供みたいな理由で……、大体部活動としての体裁も何も無いんだ。それに、仲間が 増えるのは悪い事じゃ無いだろ?」 諭す様に涼宮をなだめると、彼女は渋々と頷いた。 「分かったわよ。あんたがそこまで言うなら……。でも、一つ条件があるわ」 「何だ」 「あんた、今度の日曜一日あたしの言う事を聞きなさい」 思わず呆気に取られていた俺を誘う様に、満面の笑みを浮かべる谷口の生き霊が、俺の魂を 虚空の彼方へと誘い――って言うのは嘘ピョンで、萱の外にいた筈の俺が当事者の如く扱われ ている。 嗚呼――そうか。これ、笑う所? 取り敢えず、俺は涼宮に訊き返してみる。 「すまん、何だって?」 「はあ?」 まるで、それは馬鹿、という人間を目の辺りにした表情だった。侮蔑を孕んだ視線が、遠慮 無しに俺に突き刺さる。 「あんたのその頭に付いている耳は飾りな訳?一回で聞取りなさいよ!……あんた、今度の日 曜あたしの奴隷だから。それが条件よ」 「……成程な。で、何で俺なんだよ?」 「そうよ、その条件は真当じゃないわ」 俺の後に続いて朝倉が加勢する。良いタイミングだ。 それが功を奏したのか、涼宮は黙然としていたと思いきや、肢体をわなわなと震わせ激昂し た。 「うるさい!つべこべ言わずに言う通りにする!じゃなきゃ朝倉の話は無し!良いわね!?」 柳眉を吊り上げ、怒号を浴びせる涼宮に気圧され、俺は首肯を繰り返していた。 背後で朝倉が盛大に溜め息を洩らしていたのは――気のせい、という事にしておく。 * かくして、俺達SOS団に新たな仲間を迎える事になった。 朝倉が入団した後も、涼宮との犬猿の仲は飽く事なく続いている。 今も二人で何かに付いての討論を始めている所だ。 朝比奈さんが仲裁に入ったが揉みくちゃ にされ、スカートの端やら胸許やらから、純白の――いや、何でもない。俺は断じて見てない。 まあ、嫌よ嫌よも好きの内と、どこぞの悪代官も言っていた事だし、物事は前向きに捉えな ければいけない。 涼宮の感情の起伏が激しいはいつもの事だとしても、朝倉のそれは殆ど見た事は無い。 今思えば――以前の朝倉からしたら、飛躍的な進歩なんじゃなかろうか。 以前は、作った表情を張り付けていただけの様に感じてはいたが、今は――良い顔をしてい る。それだけで、この身を悪魔に売った価値があると言えるだろう。 俺は二人の討論に巻き込まれる前に席を立ち、窓辺に立っていた。 ふと、傍らで脳の仕組みやらが書かれている医学書のハードカバーを読み耽っている長門に 声を掛けた。 「なあ、長門」 「何」 「これで良かったのか、朝倉」 「恐らく」 「そうか」 「そう。情報統合思念体も彼女の変貌を自律進化の可能性の一つとして見ている」 長門はそう言うと、俺を見上げた。彼女は無表情が常だ。だが、今は――寂しげな顔をして いた。錯覚かも知れないが。 長門は眼鏡をするのを止めた。橘京子の襲撃の際、俺を身を呈して護った際に壊れてしまっ た。正直、俺は眼鏡属性なんぞを持っていないし、眼鏡の奥に隠された素顔を見れた時、不覚 にも可愛いと思ってしまった俺を誰が責められよう。 しかし、それ以降長門が眼鏡をしない理由は知る由も無い。 「何だ?」 「朝倉涼子は人間でいう、感情を持ち始めたのかもしれない」 「そうか。それは良い事なんだろうな」 「良い」 コクりと頷く長門は、小さな子供みたいで愛らしかった。 ふと、思考の端に一つの疑問が浮かんだ。 「お前は――、お前はどうなんだ?」 気が付いたら言葉にしていた。 長門はピタリと動きを止め、珍しく逡巡でもしたのだろうか? 長門はたっぷり十秒間を開けてから、言葉を紡いだ。 「私には無い」 「俺はそんな事は無いと思うぞ」 確信なんて無い。ただ、そう感じただけだ。それが感情――いや、人間だと思うから。 それに、こんなにも長門が饒舌に語る事は滅多に無い事だ。それはきっと、長門も変わって きている証拠だと思う。 長門は俺を見据えていた。無表情に怪訝さを孕ませて。 「長門は変わったよ。少なくとも俺はそう思う。今のお前は――そう、何て言うか前より可愛 いぞ」 言った後に気付いた。俺は今とんでもない事を口走った気がする。後悔先に立たずと言うが、 まさに今の俺の心境だ。 「そう」 長門は顔を伏せ、噛み締める様に再び、「そう」と呟いた。 不揃いの前髪の奥に覗かせる精徴な面立ちの頬を赤らめていた――かもしれない。それは端 に俺の願望だろう。 俺が窓を開け放つと、涼やかな風が頬を撫でた。梅雨も終盤に迎え、気候も安定している。 いよいよ待ちに待った夏が来るのだ。 俺は季節の変わり目を肌で感じながら、空を仰いだ。 入道雲が茜色に染まっている。最近は、日が暮れるのが早く感じてしまう程、退屈せずに済 んでいた。 「だから、お前もそのうち笑えるだろう。その時が待ち遠しいな」 虫の羽音が心に案寧をもたらす。そのせいか、自然と気障な台詞が言えてしまう自分に驚嘆 する。虫の羽音や遠くに聞こえる運動部の威勢の良い掛け声に、掻き消されてしまいそうな声 で長門は――。 ありがとう。 そう言った気がした。 涼宮に一日奴隷を言い渡された日の事は、また別の機会に。今は、この余韻を楽しみたい。 ――朝倉涼子の奇跡 断章『心、通わせて』END――
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謎の少女――橘京子の襲撃から二週間が経ったが、あれから命に障る事件は起きなかっ た。一方、不可思議な現象等は、端に涼宮の精神状態が安定している為か、はたまたその 力の発生自体が稀有な為か、涼宮は垣間見せる事は無かった。 だが、古泉曰く。 「涼宮さんは発言や行動こそ奇天烈ですが、彼女が悪戯に世界の秩序や構成を乱さないの は、彼女が現実と空想の類の境界線を明瞭に把握し、理解しているからですよ。でなけれ ば、今頃世界は酷い有り様になっているはずです」 などと、豪語したからであり、しかし信憑性の薄い話でもあった。贔屓目で見ても、あ いつ――涼宮が人格者であるとはとても思えない。しかし、涼宮の精神や心理と少なから ずともリンク出来ると言っていた能力者である古泉が言うのであれば、あながち間違いで はないのかもしれない。現に涼宮は悪戯に世界の法則を覆す事象は起こさなかったが、相 変わらず閉鎖空間は発生させているらしい。その辺りも、北高に入学前と比べれば比較に もならない程、発生の頻度が著しく低下しているとの事だ。 それはさて置き、俺の日常は取り敢えず平穏さを取り戻し始めてたのは間違いなく、穏 やかな日々が――涼宮の我が儘を除けば――続いていたのは、誰憚る事の出来ない事実で ある。 しかし、平穏な日々などそう長くは続かない訳で。俺の平凡で穏やかな日常は瞬く間に 終焉を迎えたのである。一体何があったのか――俺にも未だに信じ難いのだが、とある人 物がSOS団に入団希望を出したのが事の発端になったのだ。 そう、あれはほんの数日前の事だ――。 断章『心、通わせて』 放課後になれば文芸部室に足げなく通っていた俺だが、相変わらず特に何もする事は無 く、朝比奈さんの煎れてくれた緑茶に舌づつみを打ちつつ、古泉相手にトレーディングカ ードゲームに暇を潰している時だった。 コンコン、とSOS団が占拠している文芸部室の扉が叩かれたのは。 「みくるちゃん、お客さんよ」 偉そうに椅子の背もたれにふんぞり反りながら涼宮が言った。 「あ、はいはい」 朝比奈さんはそれに応えると、愛らしい仕草で愛読している茶葉に関する専門書を椅子 に置き、小走りに扉に向かい、「どうぞ」と扉を開いた。 誰かのお陰ですっかりと痛んでしまった木製の扉が、キィ……と耳障りな音を起てて開 く。 この部室に用があるなんて、余程の暇人か変人だけだろう。それとも、つい最近始めた 事なのだが、存在意義すら不明の団体に、少しでも生産性を持たせる為に始めた 何でも 屋 の記念すべき第一号の客かも知れん。無論、無償だが。 しかし、俺の予想は呆気無く打ち砕かれた。そこに立って居たのは意外な人物だった。 一同一様に目を丸くして唖然としていた。役一名を除いて。 「お邪魔するわね」 涼やかな声で断り、少女は部室に足を踏み入れた。 朝比奈さんはアパレル店の店頭に並ぶマネキンの如くフリーズしているし、古泉は含み 笑いをしている。何を企んでいるんだ、お前は。 「あ……、朝倉!?」 膠着状態にあった部室内に、椅子を蹴倒しながら立ち上がった涼宮の素っ頓狂な声が響 く。 部室に入って来た少女――朝倉涼子は、北高に通う男子ならば知らぬ者はいない容姿端 麗、成績優秀で定評のある人物であり、俺と涼宮のクラスメイトだ。 しかし、その正体は人間ではない。 彼女は長門と同じ情報統合思念体が、涼宮を観察する為に送り込まれた対有機生命体コ ンタント用ヒューマノイド・インターフェースである。 彼女の正体を知ったのは、先日の橘京子事件だ。 思い出すだけで戦慄してしまう程の恐怖を味わされた俺の窮地を救ってくれたのが、朝 倉であり、長門だ。 しかし、その朝倉がこの様な辺境の地へ一体何の用が――。 そんな思考を巡らせている内に、事態は進展を迎えていた。 朝倉が涼宮の前まで来ると、普段の柔和な物腰で話し掛ける。 「今日はお願いがあって来たんだけど」 一体、何のお願いだ。 朝倉に相対する涼宮は、警戒した面持ちで朝倉を見据えている。 「あんたがあたしにお願い?寝言は寝てから言ってくれる?」 「寝てたら会話は不可能だと思うけど」 全く以ってその通りだ。 しかし、この二人は気が付いた時には犬猿の仲になっていた。 入学当初、涼宮は朝倉からの熱烈なアプローチに対して、全くと言っていい程興味を示 さず――他人はじゃがいも程度にしか思っていなかったのかも知れないが。いつからだろ う。涼宮は朝倉に対して食って掛る様になったのは。 ――特に思い当たる節が見当たらない。この辺り、古泉辺りに訊けば応えてはくれそう だが、それも憚られる。彼奴にだけは借りを作りたくない。 「ふん、まあいいわ。で、何よ。言ってみなさい」 仏頂面の涼宮。不機嫌、というのはこいつの為に生まれた言葉かも知れない。 「何か随分な扱いな気がするけど……」 朝倉は眉根を顰め、怪訝な面持ちで呟いた。 ふと、俺を一瞥し――目が合ってしまった――涼宮に向き直り、微笑を浮かべた。そん な朝倉を見てか、涼宮は苛立ちに顔を歪ませた。 そして、朝倉が驚愕の一言を放った。 「私も、SOS団に入れて貰えないかしら」 ――空気が死んだ。 涼宮が絶句していた。否、朝倉を除く全員が絶句していた。 それもそうだろう。誰が好き好んで訳の解らない活動に従事する連中と肩を並べたいと 思う?俺だったら嫌だね、もう巻き込まれてるが。 それに宇宙人枠は長門がいるじゃないか。何も朝倉まで入る必要性は無いと思うが。 俺が呆然としている間にも、平静を取り戻しつつあった涼宮が口火を切った。 「あっ……あんた何言ってんの?」 「あら、入部希望を申し出ただけなんだけど。何かおかしな事言った?」 「そういう事じゃない。あんたが此処に居る事自体がおかしいのよ!」 「何で?部活動の入部希望者の意思を尊重するものじゃない?」 いかん、何やら険悪な雰囲気になってきた。 ほら、古泉お前の出番だぞ。 俺は古泉に一瞥した。それだけで意図を汲み取り、奴は頷くと席を立った。 「二人とも、少し落ち着いてみては如何でしょうか」 「うるさい!」 「部外者は黙ってて!」 一蹴された。 古泉は珍しく狼狽していた。椅子に腰を下ろし、若干乱れた澄まし顔を取り繕う様に、此 方を向いて肩をすくませた。 「これは……、黙ってた方が良さそうだ。どうぞ、続けて下さい」 既に聞く耳を持たずといった感じの二人に、その言葉が届いているのかは定かではない。 俺は少なからずとも同情を孕んだ視線を古泉に送った。 『次は貴方の出番ですよ』 だが、明瞭な意図を孕んだ目線を送られ――ちょっと待て。何で俺が古泉とアイコンタク トで意思の疎通が出来ているんだ。これは何かの陰謀か、はたまた既に古泉の洗脳が始まっ て――などと下らない思考は即座に排除し、俺は重い腰を上げた。 「おい……」 「あんたには悪いけど、もう定員は一杯なの。悪いけどあんたに席は無いわ」 「あら……そう。なら、私は文芸部員になるとしましょうか」 聞いちゃいねえ。 二人は俺の存在に目もくれず、言葉の応酬を繰り返す。 どうしようか。もう放って置いても、いいんじゃないか。 そんな俺を置き去りにして、二人のやり取りは続いて行く。 「なっ……、すっ好きにすれば良いじゃない。でも、あんたにはSOS団の活動に参加する資格 は無いわ!」 ビシッと指差して、涼宮は不敵な笑みを浮かべた。だが、朝倉は怯む様子は見せない。 「ふぅん。そう、じゃあ何で長門さんは活動に参加しているのかしら?」 負けじと脆い部分を的確に崩しに掛る朝倉。 「有希は特別なの!」 「そう、なら一つ聞きたいんだけど。文芸部の部費はどうしているのかしら」 雲行きが危うい方向になってはいないだろうか。 そう思った俺は見かねて制止に入った。 「いい加減にしろ!二人共落ち着けって!」 俺も古泉の二の舞いになるかと思ったが、二人は意外にも口論を止めた。 「なあ、涼宮。何で朝倉の入部をそんなに頑なになってまで断るんだ?」 「それは、こいつがあんたに……。べっ、別に何でも良いでしょ!とにかくあたしは嫌なの!」 涼宮は頬を朱に染めて顔を伏せる。 何だか、微妙な雰囲気になってきたな。 「そんな子供みたいな理由で……、大体部活動としての体裁も何も無いんだ。それに、仲間が 増えるのは悪い事じゃ無いだろ?」 諭す様に涼宮をなだめると、彼女は渋々と頷いた。 「分かったわよ。あんたがそこまで言うなら……。でも、一つ条件があるわ」 「何だ」 「あんた、今度の日曜一日あたしの言う事を聞きなさい」 思わず呆気に取られていた俺を誘う様に、満面の笑みを浮かべる谷口の生き霊が、俺の魂を 虚空の彼方へと誘い――って言うのは嘘ピョンで、萱の外にいた筈の俺が当事者の如く扱われ ている。 嗚呼――そうか。これ、笑う所? 取り敢えず、俺は涼宮に訊き返してみる。 「すまん、何だって?」 「はあ?」 まるで、それは馬鹿、という人間を目の辺りにした表情だった。侮蔑を孕んだ視線が、遠慮 無しに俺に突き刺さる。 「あんたのその頭に付いている耳は飾りな訳?一回で聞取りなさいよ!……あんた、今度の日 曜あたしの奴隷だから。それが条件よ」 「……成程な。で、何で俺なんだよ?」 「そうよ、その条件は真当じゃないわ」 俺の後に続いて朝倉が加勢する。良いタイミングだ。 それが功を奏したのか、涼宮は黙然としていたと思いきや、肢体をわなわなと震わせ激昂し た。 「うるさい!つべこべ言わずに言う通りにする!じゃなきゃ朝倉の話は無し!良いわね!?」 柳眉を吊り上げ、怒号を浴びせる涼宮に気圧され、俺は首肯を繰り返していた。 背後で朝倉が盛大に溜め息を洩らしていたのは――気のせい、という事にしておく。 * かくして、俺達SOS団に新たな仲間を迎える事になった。 朝倉が入団した後も、涼宮との犬猿の仲は飽く事なく続いている。 今も二人で何かに付いての討論を始めている所だ。 朝比奈さんが仲裁に入ったが揉みくちゃ にされ、スカートの端やら胸許やらから、純白の――いや、何でもない。俺は断じて見てない。 まあ、嫌よ嫌よも好きの内と、どこぞの悪代官も言っていた事だし、物事は前向きに捉えな ければいけない。 涼宮の感情の起伏が激しいはいつもの事だとしても、朝倉のそれは殆ど見た事は無い。 今思えば――以前の朝倉からしたら、飛躍的な進歩なんじゃなかろうか。 以前は、作った表情を張り付けていただけの様に感じてはいたが、今は――良い顔をしてい る。それだけで、この身を悪魔に売った価値があると言えるだろう。 俺は二人の討論に巻き込まれる前に席を立ち、窓辺に立っていた。 ふと、傍らで脳の仕組みやらが書かれている医学書のハードカバーを読み耽っている長門に 声を掛けた。 「なあ、長門」 「何」 「これで良かったのか、朝倉」 「恐らく」 「そうか」 「そう。情報統合思念体も彼女の変貌を自律進化の可能性の一つとして見ている」 長門はそう言うと、俺を見上げた。彼女は無表情が常だ。だが、今は――寂しげな顔をして いた。錯覚かも知れないが。 長門は眼鏡をするのを止めた。橘京子の襲撃の際、俺を身を呈して護った際に壊れてしまっ た。正直、俺は眼鏡属性なんぞを持っていないし、眼鏡の奥に隠された素顔を見れた時、不覚 にも可愛いと思ってしまった俺を誰が責められよう。 しかし、それ以降長門が眼鏡をしない理由は知る由も無い。 「何だ?」 「朝倉涼子は人間でいう、感情を持ち始めたのかもしれない」 「そうか。それは良い事なんだろうな」 「良い」 コクりと頷く長門は、小さな子供みたいで愛らしかった。 ふと、思考の端に一つの疑問が浮かんだ。 「お前は――、お前はどうなんだ?」 気が付いたら言葉にしていた。 長門はピタリと動きを止め、珍しく逡巡でもしたのだろうか? 長門はたっぷり十秒間を開けてから、言葉を紡いだ。 「私には無い」 「俺はそんな事は無いと思うぞ」 確信なんて無い。ただ、そう感じただけだ。それが感情――いや、人間だと思うから。 それに、こんなにも長門が饒舌に語る事は滅多に無い事だ。それはきっと、長門も変わって きている証拠だと思う。 長門は俺を見据えていた。無表情に怪訝さを孕ませて。 「長門は変わったよ。少なくとも俺はそう思う。今のお前は――そう、何て言うか前より可愛 いぞ」 言った後に気付いた。俺は今とんでもない事を口走った気がする。後悔先に立たずと言うが、 まさに今の俺の心境だ。 「そう」 長門は顔を伏せ、噛み締める様に再び、「そう」と呟いた。 不揃いの前髪の奥に覗かせる精徴な面立ちの頬を赤らめていた――かもしれない。それは端 に俺の願望だろう。 俺が窓を開け放つと、涼やかな風が頬を撫でた。梅雨も終盤に迎え、気候も安定している。 いよいよ待ちに待った夏が来るのだ。 俺は季節の変わり目を肌で感じながら、空を仰いだ。 入道雲が茜色に染まっている。最近は、日が暮れるのが早く感じてしまう程、退屈せずに済 んでいた。 「だから、お前もそのうち笑えるだろう。その時が待ち遠しいな」 虫の羽音が心に案寧をもたらす。そのせいか、自然と気障な台詞が言えてしまう自分に驚嘆 する。虫の羽音や遠くに聞こえる運動部の威勢の良い掛け声に、掻き消されてしまいそうな声 で長門は――。 ありがとう。 そう言った気がした。 涼宮に一日奴隷を言い渡された日の事は、また別の機会に。今は、この余韻を楽しみたい。 ――朝倉涼子の奇跡 断章『心、通わせて』END――
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その1 その2 その3 その4 外伝(甘) GW編 夏休み編 夏休み・花火編 夏休み・プール編 夏休み・ハイキング編 夏休み・自宅訪問編 新学期編 新学期・他キャラ登場編 ○○の秋編 クリスマス編 新年編 日常編
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爽やかな風 香る森の匂い 足を包む清流が気持ちいい ありがちな山のキャンプ地 家族連れの極端に少ない穴場 川のせせらぎ 鳥のさえずり 「涼子!飯作るぞ!」 彼が呼びにきた わかった!キョンおじさん! 河から足を上げ、呼びにきた彼に抱きつく 「おじさんはやめてくれ」 彼は苦笑する アハハ、そうね 今の彼と私は結構年が離れている 「遅いじゃない!もう皆待ちくたびれてるわよ!」 「すまん、ハルヒ、古泉、手伝う」 「ありがとうございます」 「私スイカとってきますね?」 「……私も行く」 「有希さんはいいですよ、一つだから一人で運べますから」 「そう」 「涼子ちゃん、お皿並べるの手伝って!」 わかりました! ‐ End of End ‐
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新章:reasonable 日常という言葉は、つまるところ日々の繰り返しを指す言葉だと俺は考える。それはつまり、朝起きて学校に通い、部室で朝比奈さんの淹れたお茶を楽しみつつ古泉とのゲームに興じ、家に帰って晩飯を食って風呂に入って宿題やって寝る。 それが俺にとっての日常であり、そこに何かしらのイレギュラーな出来事が発生すれば、それがどんなに些細なことであっても非日常なのだ。だから、その日常の一因子となる放課後の部室に、SOS団のメンツ以外が乱入していれば、それだけで非日常な出来事なのだ。 今、部室には俺を含めて七名の人間がいる。その中の一人が俺なのは言うまでもなく──。 一人はハルヒ。団長席に腰掛けて、頬杖を付きながら雌雄同体のクワガタでも見るような目で俺を睨んでいる。 一人は古泉。治療方法が見つからない難病患者を前にした医者のような目で、これまた俺を見ている。 一人は長門。いつもと変わらないのはこいつくらいだろう。目に見えない壁で世間と自らを隔離しているように、無関心無感動を貫いて本を読んでいる。 一人は朝比奈さん。どれだけ日々が過ぎても見飽きないキュートなメイド服に身を包み、猫の子を相手にするように俺の妹と戯れつつも、チラチラと俺に視線を投げかけている。 朝比奈さんと遊んでいるように、七名のうちの一人が俺の妹なのは言うまでもない。何をしているのか、などとはあえて言うまでもないが、それでも言及するなら、朝比奈さんのふくよかな胸部にうずめている顔を、せめてこの兄と交代してくれないか? と言いたいくらいだ。 そして、最後の一人。俺のささやかな日常を非日常にしてくれた、妹の親友にして猫をかぶっている虎、ミヨキチこと朝倉涼子が俺の正面でニコニコしていた。 「それで……ええと、もう一度、ここまでやってきた理由を話してくれないか?」 「キョンくん、物覚え悪いなぁ~。今日、学校の宿題で家族のことを作文で書くことになったの。でも、パパ帰ってくるの遅いから、キョンくんのこと書こうって思ったの。でもキョンくん、学校で何やってるか知らないから、見学に来たんだよ」 最初の一言だけは余計な付け足しだが、まったく同じことを妹は言う。 何を言ってるんだおまえは? と問いつめたいのは俺だけじゃないはずだ。学校の宿題と言うのなら、とっとと家に帰って片付けておけ。そもそも、見学してどうする。見たまま、ありのままに書いたところで、俺の日常なんてどう頑張っても面白おかしくなるわけがない。原稿用紙何枚がボーダーラインか知らないが、俺のことなんて書いても、せいぜい頑張って話を延ばしてもワンセンテンスで事足りるじゃないか。 まぁいい。それはいい。妹が家族の誰を題材にしようが知ったこっちゃない。 「それならなんで、ミヨキチも一緒に連れてきてるんだ」 「ああ、その子がミヨキチちゃんなのね」 俺の言葉にかぶせるように、事の成り行きを珍しく黙って眺めていたハルヒが声を上げた。そのまま静かにしていて欲しかったが、案の定、そうもいかないらしい。 「何を今更そんなことを言ってるんだ、おまえは」 「今更もことさらも、あんた、勝手に妹ちゃんとそのお友だちを連れてきて、ひとっことも説明なしに黙り決め込んでたじゃない。説明した気になってたの? もしかして、健忘症?」 健忘症にかかる原因を知ってるか? 人間関係でのストレスによるものが原因のひとつと考えられているらしいぞ。俺がそうだとしたら、間違いなくおまえのせいだ。 「へぇ、あなたがそうなのね。ふぅ~ん、なるほどね」 ハルヒは不躾なくらいミヨキチの姿をした朝倉──ええい、紛らわしい。今のこいつはミヨキチとか朝倉じゃなくて、美代子って本名で統一するか。 そんな美代子を見つめたかと思うと、ふと俺に視線を戻し、ニヤニヤと締まらない顔を見せた。何が言いたい。 「べっつにぃ~。あんたがあたしの言いつけ破ってまで、くっだらない自慢話を文芸誌に載せるのも納得って思っただけ」 何が自慢話だ。人に無理難題をふっかけて、苦労して形にしたのはどこの誰だと思ってるんだ。おまけにそのままボツにもせずに通したのは自分じゃないか。 「あったりまえでしょ。スケジュールも考えずにちんたらしてるんだもの。あれをボツにしたら〆切に間に合わないじゃない。本音で言えば書き直しをさせたかったんだけどね。無理そうだからそのまま通してあげたのよ。心優しいあたしに感謝なさい」 優しさを見せるなら、もっとわかりやすい優しさを示してもらいたいもんだ。意味もなく胸を張るハルヒに、俺はため息しか出ないね。 そんな俺とハルヒのやりとりを見て、美代子はくすくすと笑い声を漏らした。 「本当にお二人って仲がいいんですね。聞いていた通りです」 「仲がいいも悪いも、キョンはSOS団の従僕なの! って、誰から何を聞いたの?」 また妹からあること無いことを聞いているのか。どうやったらお喋りな妹を黙らせることができるんだろうね。 「わたしが聞いたのは朝倉涼子さんからで」 正直なところ、お茶を口に含んでいなかったのは不幸中の幸いだ。もし何か口の中に含んでいたら、そりゃもう盛大に目の前の美代子にぶちまけていただろう。 よりにもよってこいつは、本当に突然何を言いだすんだ。朝倉に聞いた? 自分のことじゃないか。そりゃこいつがハルヒのことを知っていても何ら問題はないが、今の自分の姿を忘れて……ないから『朝倉から聞いた』なのか。 だったらそんなことを何故急に言いだすんだ? 自分の正体を自らバラすつもり……だったら、『朝倉に聞いた』なんて言わないな。 何が目的だ? 「朝倉って……あの朝倉涼子? ミヨキチちゃん、あなた彼女の知り合いなの?」 「はい。涼子さんとは遠縁ですが親戚で、近所に住んでいましたからよく連絡を取ってたんです。急にカナダへ転校することになって、とても残念がっていました」 その転校も自分のせいだろう。 俺は転校の理由を作った長門に、ちらりと目を向ける。話を微塵も聞いていない風に、ただ黙々と本を読んでいる。ここに美代子がいても、まったく無関心なのは昨日の宣言通りか。 「あまりにも急で、わたしも転校してから連絡を受けて、はじめて知ったくらいで」 「本当にただ転校しただけなのね」 さもつまらなさそうに、ハルヒはそう言った。こいつはまだ、朝倉の転校に何らかの疑いを持っていたのか。もう素直に「転校した」と思っておいてくれ。 「涼子さん、わたしとお兄さんが知り合いだって知って、涼宮さんのことも話してくれましたよ。クラスで孤立してたけど、お兄さんとだけは仲が良かったって、」 饒舌な美代子の言葉を遮るように、パタンとひときわ大きく音を立てて、長門が本を閉じた。 全員の視線が長門に集まる。長門は、そんな視線を気にする風もなく立ち上がると、本を自分の鞄にしまい込んだ。下校時間にはまだ早い。 「どうしたの有希?」 ハルヒが訝しんで声を掛けると、長門は「コンピ研に呼ばれていた」と一言。そのまま自分の鞄を手に取り、部室を出る前に朝比奈さんの肩をつんと突いた。 「……え? 長門さん、あの」 明らかにキョドってる朝比奈さんは、どうしてここまで長門が苦手なんだろうね。別に取って喰うわけでもなく、長門は朝比奈さんにに向かって「二人にお茶を」と言うだけ言って、そのまま出て行ってしまった。 わからん。今日の長門はいつもにも増して、何を考えているのかさっぱりわからん。 「えーっと、とにかく」 一人減った部室で誰も喋らずにいるので、仕方なく俺が口を開く。 「ミヨキチも、おまえも、とっとと帰れ。校内は部外者の立ち入りは禁止だ」 「えー、や~だ~」 「やだ、じゃありません。宿題なら帰った後に手伝ってやるから、」 「いいじゃない、別に」 このふざけた状況を脱する俺の申し出を、団長さまは何も考えていなさそうな脳天気な声音で却下した。本当になんつーか……ハルヒは俺の言うことがすべて気にくわないのだろうか。こいつと意見が一致したことなんて今の今まで一度もないな。一致すりゃ、それはそれで自分的にオシマイな気もするが。 「あんたの妹なんだし、部外者ってわけでもないでしょ? せっかく学校の宿題であんたのこと書いてあげようとしてるんだから、協力してあげなさいよ。まっ、あんたのこと書いても仕方ないと思うけど……そうだ妹ちゃん、もし何だったらあたしのこと書いてもいいわよ」 ハルヒ。なぁハルヒ。おまえは妹の話をちゃんと聞いていたのか? 俺の記憶が確かなら、妹は普段の俺のことを知るために、わざわざハイキングコースを歩いて北高までやってきたんだろ? そもそも人の話を聞く耳をおまえは持っているのかと問いたい。問いつめたい。もう少し考えてから口を開いたほうが身のためだと思うぞ。 「でもハルにゃん、家族じゃないし。それともわたしのお姉ちゃんになってくれるの~?」 「へっ?」 だから、季節はずれのリンゴみたいに赤くなるくらいなら、もうちょっと考えてから喋ったほうがいいと言ったんだ。 「そ、そうね。家族のことを書かなきゃダメなんだっけ。じゃ、仕方ないわね。それじゃ変わりに、キョンがいつも何をしてるか教えてあげるわ」 何を吹き込むつもりかと思えば、どういうわけかハルヒは妹を連れ立って部室を飛び出して行った。あいつをあのまま放っておくとヤバイ気がする。 慌てて後を追いかけた俺だったが、無駄に手回しのいいハルヒは、まず真っ先に担任の岡部のところに向かって事情を説明し、妹と美代子が校内を歩く許可を取り付けた。続けて、何を考えたか生徒会室へ乱入したかと思えば、会長を指さして「あれがSOS団に敵対する諸悪の根源よ!」などと宣い、下駄箱で帰ろうとしていた谷口と国木田を捕まえて「これがキョンとつるんでるクラスの三馬鹿トリオよ!」と断言し、ここ最近、校内で起こった騒ぎのほとんどを俺のせいにしやがった。 「あなたも大変ですね」 と、辟易している俺に、古泉が珍しく同情の念を含めてねぎらってくれる。 「あの会長には、あとで適当に言い訳しといてくれ……」 「おや、珍しい。貸しひとつと考えてよろしいんですか?」 俺が睨むと、古泉は肩をすくめて「冗談です」と言い、ふと表情を引き締めた。 「あの妹さんのお友だちですが」 無駄にいろいろなことへ首を突っ込みたがる古泉のことだ、美代子のことについても調査済みだろう。わざわざ俺が答えるまでもないね。 「大切なことなのですよ。彼女が本当にあの朝倉涼子だとすれば、涼宮さんによからぬ入れ知恵をするとも限らない。彼女が自分の力を自覚してしまえばどうなるのか……あなたはそれが見たいのですか?」 「俺としては、おまえがいまだにそんなことを考えていた、という方が驚きだ。がっかりさせないでくれ」 そう言うと、古泉は驚いたような表情を浮かべて、いつも以上にしまりのないニヤケ顔を浮かべた。 「なるほど、愚問でしたね。では質問を変えましょう。彼女の目的は何なのですか?」 「情報フレアの観測と言っていたが、長門曰く感情のコントロールらしい。訳が分からん。俺の方があいつの本当の目的を知りたいところだ」 「そうですか」 何か思い当たることでもあるのか、それともよからぬことでも企てているのか、手を口に当てて考える素振りを見せる古泉に、俺は言うべき肝心なことがひとつあったと思い出した。 「あいつは、中身も完全に朝倉ってわけじゃないぞ。ミヨキチと半々らしい。おまけに外見はそのままだし、長門のような能力も何もない。部外者とは思えないほど内情を知っているただの一般人……でいいんじゃないのか? 鶴屋さんと一緒みたいな」 「そうですね。僕はそう、思っていますよ」 笑って俺の言葉に同意する古泉だが、どこか胡散臭いものを感じたのは……まぁ、こいつの日頃の行いのせいだろうね。 「ですが、彼女が何を企んでいるのか聞き出しておいたほうが無難ですね。普通の人間と変わりないのでしょう? 多少、強引な手を使っても聞き出しておくことをお勧めします」 「忠告のつもりか」 「助言ですよ」 「……考えておく」 古泉の言葉を素直に聞き入れるのは癪だが、言ってることはもっともだ。相手の中身が朝倉とは言え、問いつめるような真似をするのは気が引けるが……そうも言ってられないよな。 やれやれ……困ったもんだ。 次のページへ
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その1 その2 その3 その4 外伝(甘) GW編 夏休み編 夏休み・花火編 夏休み・プール編 夏休み・ハイキング編 夏休み・自宅訪問編 新学期編 新学期・他キャラ登場編 ○○の秋編 クリスマス編 新年編 日常編
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私の席が、この世界では、以前涼宮ハルヒの席だった場所にあるということは、私の手帳に記されていた席順表で、あらかじめ把握しておいた。 今後、この世界で、クラス委員の朝倉涼子として生きてゆくのだから、できるだけ奇妙な言動はしたくなかった。下調べは入念にしておくべきだ。 さて、久しぶりの登校の瞬間だ。私はなんだか不思議な高揚感を感じ、ニヤけた顔を引き締め、教室のドアを開けた。 その瞬間、室内の生徒たちが、一度に私に視線を向ける。 ……一瞬。その視線が、謎の人物を前にした奇異の視線だったら、どうしようかと不安になる。 しかし、次の瞬間、クラスメイトたちは表情を緩ませ、歓声を上げながら、私を迎え入れてくれた。 「風邪よくなった?」 一番に駆け寄ってきた女生徒が、私にそう問い掛けてくれる。 「うん、もう大丈夫よ。午前中に病院で点滴打ってもらったらすぐ良くなったわ」 「よかった、さびしかったんだから」 見覚えのある女生徒が、笑顔で私に両手の平を向けてきた。私はあわてて鞄を持ち替え、手を合わせて、指を絡ませる。ああ、そういえばしたなあ。こんな握手。 「家にいてもヒマだから、午後の授業だけでも受けようと思って」 よし。違和感ナシ。誰も私を不審がってなんか居ない。 幸いなことに、涼宮さんの消失を除いて、このクラスに、私を戸惑わせるような異変は起きていなかった。 私はごく自然に生徒たちと会話をし、自分の席を目指す。私の席に、クラスメイトの一人である国木田君が座っているのを見つけ、一瞬、私の下調べが間違っていたのかと肝が冷えたけれど 「あ、どかないと」 彼は私の姿を見ると、すぐに小さなお弁当箱を持ち上げ、席を開けてくれた。 よし。セーフ。 あとは自然に…… 自然に……やばい。 私の席の前に、約一名。明らかに自然でない表情を浮かべている人物が居る。 ああ、できれば何も見なかったことにしたい。 どうしよう。とりあえず、常套句を口にしておくべきなのかしら。 いいよね、それで? 「どっ」 やばい、どもるな、朝倉涼子。できるだけ不自然でないように振舞うの。 そうよ。この男は、ただ寝ぼけているか何かで、私を凝視しているだけかもしれないじゃない。そうよ、きっとそう。 落ち着きなさい。ね、涼子ちゃん? 「どうしたの?」 よし、言えた。そのまま続けざまに、目の前でクチをぽかんと開けたまま硬直している間抜け面にまくし立てる。あくまで自然に。 「幽霊でも見たような顔をしてるわよ? それとも、わたしの顔に何かついてる?」 よっし。噛んでない。 更に此処で、自分は何も後ろめたい記憶などない、純真な女学生であることのアピールをするのよ。そう。心の広い女学生、朝倉涼子をアピールするの。私は国木田君に視線を向け、目一杯の、でも自然な笑顔で口を開く。 「あ、鞄を掛けさせてもらうだけでいいの。そのまま食事を続けてて。私は昼ご飯食べてきたから。昼休みの間なら、席を貸しておいてあげる」 一発オーケー出ました。 あとは言葉どおりに、国木田君の座っている席のフックに鞄を掛ける。そして、教室の前方で、すでに私の分の席を確保しておいてくれている女学生たちに向き直り、あくまで自然な足取りで、その輪の中へと入ってゆく。 完璧よ。どこからどう見ても、何の変哲もない女学生だわ。 この完璧な振る舞いにけちをつける奴がいたとしたら、それはきっと生まれてこの方、猜疑心以外の感情を抱いたことのないネクラ人間か何かよ。人生嘘で生きている猜疑心の塊ね。 「待て」 ……アウト。 私の背中に、無駄に渋い声がかけられる。 どこも自然じゃない、昼休みの教室にはこの世で一番似合わないセリフと声色。私の必死の演技がすべてパア。空気読みなさいよ。良くそれで女子から総スカンを食らわないものだわ。 ああ、もう。聞こえないフリをしよう。このまま振り返らずに、昼休みの談笑の中に逃げてしまおう。それで万事オーケーよ。うん、大丈夫。完璧。彼だってわかってくれるはずよ。 「どうしてお前がここにいる」 あーもう。 ◆ ……正直、彼には申し訳のないことをしたとは思っている。 あの日、思念体に操られた意識とナイフをぶら下げて、私は彼に襲い掛かった。それはもう、いい感じに。芝居めいた口調とシチュエーションの中で、本気で殺そうとした。 人間に近い感覚を手に入れた今だから分かるけど、クラスメイトに夕暮れの教室で殺されそうになるというのは、きっととんでもなく怖いことだし、忘れがたいことだろう。 それも、分かる。 しかし。 何も今。世界中の誰もが、以前の私を忘れてしまっているような、このうたかたの夢のような中で。 あなただけが、それを覚えていてくれなくたっていいじゃないの。 ねえ、キョン君? ……彼の言い分を聞く限り、どうやら彼だけは、すべてを覚えているようだった。 彼は間違いなく、私があの日、ナイフをむけた、あの彼なのだ。 そしてどうやら、彼は私が現れる瞬間まで、自分がこのむちゃくちゃな世界に迷い込んでいることに気づかなかったらしい。多分、長門さんにも会っていないのだろう。 彼は良くわからないこと―――私には実際のところ、全部わかっていたんだけど―――を大声でまくし立てた挙句、私から逃げるようにして、教室から出て行ってしまった。 彼が帰ってきたのは、午後の授業が始まって数分が経ってから。教師に小言を言われながら、席に着く寸前、まるで親の敵をにらむような視線で私を一瞥した。そして午後の授業の間中、困惑と嫌悪の入り混じったような負のオーラを、えんえんと背中から滲み出させていた。 ……午後の授業の内容なんて、ほとんど覚えていない。 私は目の前の陰鬱な背中に負けないよう、全身から可能な限り陰鬱なオーラを発しながら、キョンという新たなパーツの存在を考えつつ、この世界についての思考をめぐらせていた。 ていうか、本音をいうなら、こいつが居ようと居まいと、私は長門さんとラブラブな日々を過ごせればそれでいいんだけど。 この男が居る以上、どうせ、きっと、余計なことをしてくれちゃうんだろうし。 もう殺ってしまおうか。 ……それはさすがにやばいか。今の私は、普通の女学生なんだし。 ◆ キョンが以前の世界の記憶を所持している。 この時点で、俄然あやしくなってくるのは、やはり涼宮ハルヒ原因説である。 しかし、さきほどこの男が大騒ぎをした際、私たちはクラス名簿を持ち出して確認したのだ。 涼宮ハルヒなどという人物はこのクラスに存在しないし、クラスメイトたちも、そんな人物は知らないのだということを。 ・私がインターフェースの記憶をそのままに力を失い再構築され ・キョン君も以前の記憶を所持したままで ・長門さんは普通の女の子と化し ・自分と九組が北高に存在しない世界 そんな世界を、果たして、涼宮ハルヒが望むだろうか? というか。涼宮ハルヒの望んだことでこの世界が今のように変化しているというのなら、やはり、この私。朝倉涼子が組み込まれていることが、どう考えてもおかしいのだ。 彼女にとって、私はそんなに重要な存在ではないはずなのだから。 ……たぶん。 ◆ …… ああ、思い出したくないなあ。 私はこの時点で、うすうす分かっていた。 もう一人。もしかしたら世界ぐらいならなんとかできそうで この男、キョン君の記憶をそのままにする動機が、もしかしたらありそうで ついでに、私という存在を組み込む動機も持ち合わせていそうな人物が。 いるじゃないか。 「キョン君のこと好きなんでしょ、分かってるって」 何故私はあんなことを言ったのだろう。 ああムカつく。 ◆ 放課後、私はできるなら、長門さんの下に向かいたかったのだけれど、友人たちに捕まってしまい、彼女たちと共に街に行くことになってしまった。 教室を後にする際、私は精一杯の皮肉を込めて、私の前の席で気分を腐らせている間抜け面に向けて、目一杯に心配そうな表情を見せてやった。 せいぜい困惑すればいいんだわ。 バーカ。 クラスメイトたちと町を巡りながら、それとなく、私の知る町並みと異なる部分がないか気にしてみたものの、その日確認した限りでは、私が今日何度目かのエクスクラメーションを浮かべなければならないような、決定的な変更点は見つけられなかった。 フルーツパーラーでオレンジケーキを食べ、新しく出来たというファンシーショップを巡った後で、私は女生徒たちと別れ、一人となった。 時刻は午後四時半。若く活気ある少女たちが数人集った割には、手早く訪れた開放の時だ。 すでに空は薄暗く、街のあちこちでは電飾に明かりが点り始めている。 ……帰ろうか。 そう思った矢先、私の携帯電話が振動した。 長門さんだろうか。鞄から電話を取り出し、モニタに表示されている名前を確認する。 メールでなく、通話である。 >古泉一樹 誰これ? つづく