約 3,140,702 件
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/31.html
<前4-5へ|次5スレ目へへ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」4-6 935 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 14 44 47.48 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地 片目司令官「何が起きているっ!? 何故止まるのだっ!」 将校「敵兵の抵抗かと……」 片目司令官「速度を行かして突破せぬかっ! 前進せよっ!」 将校「全軍前進っ! 敵は少数だっ! 押しつぶせっ!」 片目司令官「何をしているのだっ!」 わぁぁぁぁ!!! わあああぁぁぁああ!! 軽騎兵「し、司令っ! 前方には足止めの網がっ!」 片目司令官「網!?」 軽騎兵「はっ! 鉄線で強化された魚取りの網が街路に 配置され、それが馬に絡みついて足止めをっ! そこに石弓が飛来していますっ!」 片目司令官「敵数はっ?」 軽騎兵「未確認っ」 片目司令官「なぜ判らぬっ。撃たれているのだろうっ」 軽騎兵「敵はどうやら、地面に穴か溝のようなものを 掘って落ちているらしく、視認が困難ですっ」 片目司令官「っ!! 機動力を生かせ。 前線を押し上げると共に後列兵力を左右に回すのだっ!!」 943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 15 00 25.98 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地 ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! 軍人子弟「いま隠れているのは塹壕と呼ぶでござる」 鉄国少尉「はっ、はいっ」 軍人子弟「また、こういった人工の地形全般を 野戦陣地などというでござるね。 もっとも先生から聞いたことで、他で聞いたことはござらんから 先生の思いついたことかもしれないでござるが」 斥候「落馬多数! 前線は混乱していますっ!」 軍人子弟「敵の突破力を殺すための手法の一つとして 覚えると良いでござるよ。 ――連続射撃っ!! 装填係の即席兵はあらかじめの割り振りどおり、 防御と装填に班を分けよっ! 防御班は陣地に侵入した敵兵の排除、および落下してきた 馬などを邪魔にならぬように移動っ! 射撃兵と装填は右翼に攻撃を集中っ! 自由目標射撃でござるっ! 焦らず照準をすることっ。 おのおの方の隣では兵士ではないにも関わらず 勇気を持って参加してくれた仲間が石弓に鉄矢を 装填してくれているでござるっ! じっくり照準をしても、 普段よりずっと早く射撃できるでござるよっ」 944 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 15 01 49.05 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地 片目司令官「ええい、まだ突破できんのかっ!」 将校「はっ」 片目司令官「殺せっ! 殺すのだっ!! 前線を突破した兵士には金貨百枚の褒賞を与えるぞっ! 鉄の国の軟弱兵など、木っ端微塵に打ち砕いてしまえっ!」 軽騎兵「膠着打破っ!」 片目司令官「動いたかっ?」 軽騎兵「側面攻撃が効果をあらわしつつありますっ。 左翼の防御は固いようですが、右翼は手薄の模様っ。 まばらな林を抜ければ、敵の陣地の後背さえつけますっ!」 片目司令官「よっし! 全軍投入っ! 正面の落とし穴に圧力を加えつつ右翼重心で前進っ!!」 軽騎兵「「「白夜の勇猛をっ!」」」 ダカダッ! ダカダッ! ダカダッ! 将校「……いや」 軽騎兵「どうされました、副官殿?」 将校「こ、これはっ」 片目司令官「何だと云うんだっ」 将校「右翼の前進が早いのでは……と。 こ、これは……吸い込まれるようなっ」 946 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 15 05 38.28 ID 6HXLExsP ――鉄の国、国境付近の街道、山裾の平地 鉄国少尉「敵が左翼へ流れ始めましたっ」 軍人子弟「そもそも、この陣地は斜線陣地でござるからね。 前進を繰り返せば、主力軽騎兵ほど左翼へ流れるでござる。 しかし、一度混乱した前線を抜けた騎兵に突破力はない。 突破力はないが、後ろから押されるように狭い密集地帯に 圧縮誘導される。そういう陣地でござるよ」 鉄国少尉 ごくり 軍人子弟「さぁ、仕上げでござる。少尉も拙者も出番でござるよ」 鉄国少尉「はっ!」 ザッザッザッ 鉄国少尉「行くぞっ! 防御抽出部隊っ!! 長槍装備で、左翼に集中した軽騎兵を叩くっ! 恐れるなっ! 敵の数はもはや我らと変わらぬっ!」 軍人子弟(同数だなどと……。乗せるのが上手いでござるね) 鉄国少尉「農民兵の諸君!! 頭を低くして槍を突き出せっ! 馬を恐れるな! 相手の剣は馬を下りない限り、 塹壕の中の諸君には届きはしないのだっ!」にやり 鉄国少尉「行くぞっ! 大地のためにっ!」 鉄国兵士・即席兵士「「「大地のためにっ!!」」」 947 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 15 07 08.33 ID 6HXLExsP ザシュ! ザシュン!! ズビシャッ! ガシュッ!!! 斥候「左翼の長槍部隊、敵と接触。敵前線膠着、崩壊の兆し」 軍人子弟「右翼もどうやら敵が退いた様子。 おのおの方っ! 今一度石弓の確認をっ! ――総攻撃の時は来たっ!!」 鉄国兵士 ガチャ、ジャキッ! 軍人子弟「敵はこの陣地の攻略を半ば以上断念し、 左翼に向かって流れているでござるっ! この好機を生かすっ。照準! 馬の横腹、 および司令官が目視できれば司令官とおぼしき騎士! 連中は無防備に部隊の横っ腹をこちらに向けているっ! 転進中の後列から順次撃って、部隊を混乱に陥れよ! 左翼長槍部隊を助けるために、一兵でも多く倒すのだっ! 行くでござるっ! 一斉射撃ッ!!!」 ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! 軽騎兵「なっ!?」 ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! ヒュダダン! ヒュダダンッ!!! 軽騎兵「うわぁぁぁーっ!!」 973 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17 30 49.98 ID 6HXLExsP ――魔王城、最下層、冥府殿 メイド長「なぜ出てこないんですか……。まおー様」 オオオオン! オオオオオン! メイド長「もう、一月ですよ? ――もう十分です。 これ以上の吸収は魂の構成因子さえ汚染されます。 何をやっているんですか」 オオオオ……オン!!! オ……オオン オン…… メイド長「鳴動が……」 きぃ メイド長「止まりました……」 きぃ メイド長「……」 ギギィィィィィ 974 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17 32 14.96 ID 6HXLExsP メイド長「まおーさま……?」 魔王「良い気分だ」 メイド長「まおーさま?」 魔王「どうしたんだー? メイド長-。きょとんとした顔をして」 メイド長「まおー、様?」 魔王「おなかも減った、疲れた。まったく酷い目にあった」 メイド長「……」 魔王「ふふん。もう大丈夫だ。戻ろう」 メイド長「どこへ?」 魔王「――戦場へ」 にたぁり メイド長「うわぁぁぁっ!!」 ザシュッ! 魔王「くぅっ! 主人に手を挙げるとは、 しつけがなっていないぞ雌犬めっ」 メイド長「わたしのまおー様は! まおー様はっ! 魔王なんかじゃ、ないっ!!」 ヒュバッ! キンッ! キンッ! ギキンッ! 魔王「どこから出した、その長剣……」 メイド長「わたしのまおー様は、そんな下卑た、物欲しげで 下品に笑ったりはしませんっ!」 976 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17 33 51.10 ID 6HXLExsP 魔王「それは残念、可哀想に。これからはこの表情で笑うのだ」 メイド長「せりゃぁぁっ!!」 ザッ! シュバっ! ヒュインッ! 魔王「上級魔族並みか。 “技”とはすごいな、獣鬼にまさる我が筋力さえも凌ぐのか」 メイド長「まおー様っ! まおー様っ!!」 魔王「ええいっ! 間抜けな呼び方で我が名前を連呼するなっ!」 メイド長「あなたなどの名を呼ぶつもりはないっ。 わたしのまおー様は、マイマスターはただ1人っ」 魔王「こざかしいっ!」 ドシュっ! メイド長「まおー様はっ。賢くて、聡明で、理知的で、 合理的で、冷静で、シニカルで、嫌って云うほど現実的なのに はにかんだ笑顔は可愛らしいマイマスターっ。 だらしなくて着替えも洗濯もいやがって、 掃除も料理もろくに出来ない、わたしの選んだわたしの運命っ!」 魔王「これほどのっ……たかが魔族がっ」 メイド長「わたしはメイドですっ!!」 ギュバン!! 魔王「~っ!」 メイド長「はぁっ、はぁっ、はぁ……」 魔王「はっ。手駒になると手加減すれば……」 978 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17 34 36.24 ID 6HXLExsP メイド長「っ!」ぞくっ 魔王「ふふん。……執事やしもべなどいくらでも作れる。 貴様の血液で喉を潤し、城へ戻るとしよう」 メイド長「……」じりっじりっ 魔王「死ぬが良いっ!!」 ガキィィッ! メイド長「~っ!! ま、お……」 魔王「ふっ。何処を狙っているのだ。相打ち狙いか? ……はははは、残念だな。我は無傷で、貴様の腕は。 ほれ。ここだ」 どしゃ メイド長「はぁっ、はぁ……。まおー様?」 魔王「?」 メイド長「……ねぇ、まおー様? もう一回だけ、がんばりましょうよ……。 ね? だって、あんなに黒くて、もふもふで、 温かそうだったじゃありませんか?」 魔王「なにを笑わせる」 メイド長「きゃー」 魔王「きゃぁ?」 979 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 17 35 53.29 ID 6HXLExsP メイド長「そこでっ! あなたをっ! 投げるッ!!」 魔王「くっ、なんでっ。捉え……きれないっ!?」 メイド長「せぇい、やぁっ!!」 シュダン!! 魔王「突き飛ばし他くらいで何をっ」 ガチン! ゴゴゴゴ!! メイド長「はぁっ、はぁ……。もう一度出てきたら わたしは、死んじゃうのでしょうね……」 ギギギギギギギッ 魔王「ここはっ、玄室!? きさまっ!!」 ギギギギッ メイド長「まおーさま。それでも、わたし待ってますから」 ギギッ 魔王「時間稼ぎかっ! ばかなっ! 判らんのか、この身体は我の物だっ! 我が魔王なのだっ!!」 ドォォーン!! メイド長「はぁっ、はぁ……。痴れ者め……。うくっ。 まおー様は。……まおー様は。 あなたなんかより ――何十倍も強いのです」 ページトップへ <前4-5へ|次5スレ目へへ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/43.html
<前6-6へ|次7スレ目へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」6-7 916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 39 59.82 ID 0Bi87sEP 魔王「ええい。わたしがいないところで 余計なことをべらべらとっ」 メイド長「……」ぎゅっ 紋様の長「魔王殿っ」 銀虎公「魔王っ」 魔王「何時までも寝てはいられない。……こふっ」 メイド長「まおー様っ」 碧鋼大将「気をお確かにっ!」 魔王「見ての通りのざまだ。……やはり戦闘の出来ない そのつけが回ってきてしまった。笑ってくれ」 火竜大公「いや、魔王殿」 鬼呼族の姫巫女「笑う者などいようはずもない」 魔王「すまないな。……体力が持たない、手身近に済ませるとする。 わたしはこの通りのていたらくだ。わたしの意志は勇者が ここで喋ったと思うが、それは一事忘れてくれても良い」 勇者「……おまっ。せっかく俺がっ」 魔王「良い機会だ。魔界は魔族のふるさと。 その長の肩には氏族の重みが乗る。 そして長達の方々にのし掛るは全魔界の重みだ。 わたしは魔王としての権威を一時、この会議に預ける」 紋様の長「なん……ですとっ!?」 917 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 41 52.53 ID 0Bi87sEP 魔王「云ったとおりだ。火竜大公」 火竜大公「はっ」 魔王「会議の議長をお願いしたい」 火竜大公「承った」 魔王「妖精女王」 妖精女王「はい」 魔王「九大氏族以外の、小氏族のことも気にかけてやってくれ」 妖精女王「はい」 魔王「小氏族の件は妖精女王を後見とし、黒騎士に一任する」 勇者「……わかったよ」 魔王「重大事については、過半数の賛成を持って決と するのが宜しかろう。ただし、万端に配慮し交渉を 尽くして欲しい」 火竜大公「承りましたぞ」 魔王「二月、三月もあれば戻る」 銀虎公「魔王! 魔王殿っ!」 魔王「なにか? 銀虎公殿」 銀虎公「獣人族は今回の件には無関係だっ。 我らは暗殺などと云う卑劣な攻撃によって 武勲を得ようだなどと考えたことは一度もないっ。 今回の件は間違いなのだっ。俺はよい。 しかし、我が氏族に今回のような不名誉を与えないでくれ。 この雪華山、銀虎公。切にお願い申し上げるっ」 がばっ! 918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 43 50.64 ID 0Bi87sEP 魔王「銀虎公、手を挙げられよ」 メイド長「まおー様っ。傷に障られますっ」 銀虎公「魔王殿、どうかっ! どうか、切にっ。 我ら獣人は戦の民。誇りの民っ。 卑怯にも同胞を暗殺し、 しかも謀略によってその事実さえもなかったことにして ただ勝利をむさぼろうとは 我が民はそのような恥辱にまみれるくらいなら 死を選ばざるを得ないっ。 どうか我が一命を持って。 我が民の、我が氏族の恥を注ぎたまえっ」 魔王「銀虎公。銀虎公と獣人の一族を疑ったことは一度もない」 銀虎公「っ!」 魔王「それよりも、わたし自身が氏族の長がたに詫びねばならぬ。 偽りの死を持って長がたを謀った事についてだ。 ゆえあってとはいえ、誇り高き、魔族の中に大きな勢を 振るう長がたを騙し、偽るような仕儀となってしまった。 すまなかった。 あのときああせねば、今回の暗殺の犯人は誰なのか、 そして犯人は判ったとしても その背後には誰が立っているのか それを知るすべはわたしには無かった。 全ては賭けだった。長がたの助力無くば わたしの命はとうになかったものと思う……。 全てはわたしが、長がたの信頼を得るために すべきことをしなかったため起きたこと。 自身一人で全てを進めようと傲慢にも思っていたせいだ。 ……すまなかった」 920 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 45 44.76 ID 0Bi87sEP 碧鋼大将「いや、魔王殿はその器をしめされた」 巨人伯「……もう……小さいとは、見えぬ……」 鬼呼族の姫巫女「我ら一同は魔王殿の帰りを待とう」 東の砦将「ここは任せて、身体をいたわってくれ」 妖精女王「何かあれば、至急お耳に入れましょう」 銀虎公「魔王殿。魔王殿よ。 ……覚えておいてくれ。 我と我が一族は魔王殿に大きな恩義をおった。 戦場において、魔王殿の命を三度かばうまではこの恩義は消えぬ。 我ら獣牙の一族は、魔王殿に従い 常にその身命を護る盾となりましょう」 魔王「ありがたい……ことだ」ふらっ メイド長「まおー様っ!」 碧鋼大将「限界だ、すぐに寝所に運ばれよ」 メイド長「はいっ」 鬼呼族の姫巫女「癒し手を差し向けよう」 ばさっ ザッザッザッ 東の砦将「書状を書く。副官、お前は開門都市へと戻れ。 自治委員会への報告と、色々入り用なものもあるだろう」 副官「はっ!」 紋様の長「それにしても……。魔王殿不在の忽鄰塔とは」 火竜大公「さりとてこれは大きな課題を残されたものだ。 我らも我ら自身の大地と民を護れと? 魔王殿の仰ることもごもっとも。 我らもその責を果たす季節がやってきたということ。 この歳になって、負うた子に教わるとはっ。はははははっ」 927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21 03 32.41 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕、上部 ひゅんっ! 執事「そういう事情でしたか」 勇者「聞こえていたんだろう?」 執事「あなたがわざと聞かせたのでしょう」 勇者「あの場面を聞き逃すなんて事、 爺さんはするはずがないからな」 執事「にょっほっほっほ」 勇者「あーっ」とさっ 執事「どうされました?」 勇者「やっぱあれだよなー。俺って人間の裏切り者だよなっ?」執事「はぁ……」 勇者「指名手配だよなっ!? うぉおおお」ごろごろっ 執事「さようですなぁ」 勇者「おまけに魔族の中では外様も良いところじゃね?」 執事「はい」 勇者「今は魔王の懐刀って云うか黒騎士だから 見逃してもらえているけれど、そうじゃなくなったら ふるぼっこじゃね? っていうか、魔王だって勇者の 俺とつるんでいたら最悪殺されちまうよなっ? なっ!?」 執事「そうなっても逃げるくらいなら造作もないでしょう?」 勇者「そーいう問題じゃないじゃん」がくりっ 929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21 05 15.09 ID 0Bi87sEP 執事「ふむ」 勇者「だってそんなことになったらもてないじゃん?」 執事「それは仕方ないでしょう」 勇者「これからが勝負の年齢なのにっ!!」 執事「そう思っている内にこの歳ですよ」 勇者「だって女の子にちやほやされないんだよ!?」 執事「わたくしだってされてませんぞ」 勇者「だって爺さんは目つきがいやらしいから」 執事「勇者にだけは言われたくありませんなっ!」 勇者「はぁ……」 執事「結構本気で落ち込んでいますか?」 勇者「まぁ……」 執事「なぜです?」 勇者「……」 執事「……」 勇者「いや。やっぱし、嫌われたくは、ねぇよ」 執事「さようですか」 勇者「魔族の味方だもんな。 正直、爺さんに撃たれても文句は言えねぇよ」 執事「ふむ。好かれるために勇者をやっていたのですか」 勇者「それは違う。みんなを、世界を救いたかったからだ」 執事「では、そのままで良いではありませんか」 931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21 07 23.70 ID 0Bi87sEP 勇者「え?」 執事「勇者のままで。 人の世界を救うために魔族を討っていた勇者のままで。 だってそうでしょう? もうゲートはなくなった。 魔界は地下世界だったのですから。 二つの世界など最初から無かったですぞ。 世界は一つしかない。 いや、一つしかない故に世界と呼ぶのかも知れませんなぁ。 勇者。違いますか? 世界を救うのが、勇者の仕事なのでしょう」 勇者「――ああ。そうさっ。ったりまえだ」 執事「では、多少嫌われてもへこたれぬ事ですよ。 大丈夫です。 確かにわたし達はあまりにもちっぽけな存在で 持って生まれた邪悪で残虐な性質と云うよりは、 あまりにも盲いていて愚かなために 時に自分が何をしているかも判らずに 人を傷つけ害してしまいますが、 それでも、そんなに救いようがないほど 馬鹿なわけでもないと思うのですよ。 いつか判ってくれる時も、人も、あるでしょう」 勇者「爺さん……」 執事「それに、素晴らしいこともあるでしょう」 勇者「なんかあったっけ?」 933 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 21 10 10.72 ID 0Bi87sEP 執事「揉んだのですか?」 勇者「へ?」 執事「揉んだのですか、あのふよんふよんの大質量を。 心躍る魅惑の楕円回転運動体をっ!? 小悪魔的に跳ね回る我が儘なたゆたゆおっぱいをっ!」 勇者「えーっと、ね?」 執事「勇者、ぱふぱふ道の教えをお忘れか? ひとつっ!」 勇者「“ボインはお父ちゃんの為にあるんやないんやで~”!」 執事「二つっ!」 勇者「“会えば拝め、拝めば触れ、触れば揉めっ!”」 執事「三つっ!!」 勇者「“おっぱいは文学! おっぱいは人生っ!”」 執事「よろしい。で、揉んだのですか?」 勇者「いや……機会が無くて……」 執事「にょほっ。とんだ臆病勇者ですね」 勇者「うっわ、すげぇ上から笑顔!? まじでっ!?」 執事「免許皆伝にはほど遠いです」 勇者「でも、(腕を寝ている間に) はさんだ(はさんでもらった)し……」 執事「なんですとっ!?」 勇者「……さ、(偶然)触ったし」 執事「さぁ、裏切り者決定ですな。にょほほほっ!」 勇者「何で、云ってることがさっきと違うじゃん!?」 執事「人間世界のではなく、男性の裏切り者ですぞっ!!」 954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22 14 03.03 ID 0Bi87sEP ――重力の衰えるとき、ゲートのあった大空洞 ゴゥゥーン! 奏楽子弟「それにしても、壮観ね!!」 中年商人「はっはっは! わたしなんか何回きても 目がくらんでしまいますよ」 ゴォォーン! 奏楽子弟「何であんな巨大な岩が浮かんでいるのかしら? 不思議でしょうがないわ。それにこの鐘の鳴り響くような音!」 中年商人「ええ、まったく」 土木子弟「やー」しょぼしょぼ 奏楽子弟「やーって、あんた! 目の下真っ黒じゃない。 寝てないんでしょう!? まったく」 中年商人「調子はいかがですか?」 土木子弟「あはは。いやはや、すごいところですね」 奏楽子弟「もうっ! 土木馬鹿」 ゴォォーン! 土木子弟「そう言うなよ、こんなすごい場所なんだぞ? わくわくして当然だろう?」 奏楽子弟「そりゃ、すごいけれど」 土木子弟「まぁ、何とか目処は立ったよ」 955 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22 15 30.17 ID 0Bi87sEP 中年商人「ほほぅ、なんと!」 土木子弟「まず、この空中に浮かんだ岩は、引力のせいだ」 中年商人「引力?」 ゴォォーン! 土木子弟「ああーっと。そうか、聞き慣れないか。 モノが地面に落ちる力、みたいなものです。 それが地上世界と地下世界では反対方向に働いている。 我々は、一枚の板の表裏に住んでいるような関係にあるんです。 その板が全てのものを引き寄せているから、 どちらの側に立っていても、転がり落ちないで済む」 奏楽子弟「そう言うことだったのね……」 ゴォォーン! 中年商人「なんとこれはまた……。奇怪な話ですな」 土木子弟「で、この大空洞は差し渡し20里はある円筒状ですが いわば、その“板”にあいた穴のようなもの。 穴の途中で引力は弱くなって、方向が切り替わる。 そのせいであのような巨岩が、いわば “どちらにも落ちることが出来ない”状態で浮かんでいます」 中年商人「ほほう」 土木子弟「あの巨岩は小さなものでも 馬小屋ほどの大きさがあるけれど、 浮かんでいるから重さはないに等しい。 それがわずかな気流や接触に寄ってふれ合い、 おそらく金属質のこの空洞の内壁に反射して この鐘のような音を立てるんだ」 956 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22 17 35.28 ID 0Bi87sEP 奏楽子弟「で、予定の方はたったの?」 中年商人「おお。そうでしたな」 土木子弟「うん、これが図面だ。こっちは工程表。 もっとも、この図はおおざっぱなもので概略でしかない。 必要な橋はプランに寄るけれど、 大小合わせて12から30。 個別の橋の設計は大体は想像できているけれど 図面起こしにはもっと時間が掛かる」 中年商人「何故数に幅があるのですか?」 土木子弟「商人さんが通り抜けてきたとおり、 ロープを伝って危険な場所は荷物を手運びすれば、 この空洞は今でも通り抜けできます。 キャラバンではなく、徒歩の旅であれば、 危険はあるけれど普通の人でも通り抜け可能でしょう。 それに対して道と橋を整備するのは、 安全性の確保と、移動のしやすさを考えてです」 中年商人「そうですね」 土木子弟「地質も調べていくつかのルートを考えてみました。 概略図を見てください。この赤い線のラインならば 工期は約四ヶ月。造る橋は12。一カ所が石造で残りは木造。 最低限の手間で、おそらく中型の馬車が通れるようになる」 奏楽子弟「ふむ」 957 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22 19 03.80 ID 0Bi87sEP 土木子弟「こちらの二重線で示したルートは、 かなり大規模な工事が必要になります。 通す道も要所要所は二重にして崖崩れへの備えをするわけですね。 作る橋は30。 全て石造で作ったとして、おそらく工期は8年」 奏楽子弟「随分大規模だねー。お金もかかりそう」 中年商人「まずは四ヶ月でおねがいします」 土木子弟「随分即断即決ですね」 中年商人「ええ。金が惜しいわけではありませんが それ以上に時間が惜しい。一刻も早く馬車が通れる道が 欲しいのです」 土木子弟「職人と人夫が入れば、真っ先に安全索を 張りましょう。それで多少は楽になると思います」 奏楽子弟(なんだ、格好良い表情もするんじゃん) 中年商人「ありがとうございます! あなたに会えて良かった!」 中年商人「では一度開門都市へ?」 土木子弟「ええ、戻りましょう。俺も作業をする人を 見て選びたいですし、人数や細かい点についても 相談しなけりゃならない」 中年商人「そうですね。わたしもいくつか連絡を出さねば」 土木子弟「商談成立ですね」 中年商人「二つの世界へ渡る道を目指してっ!」 がしっ 962 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22 29 31.21 ID 0Bi87sEP ――外なる図書館、停時庫 ゴゴゥン!! 女魔法使い「……足りない」 ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン! 女魔法使い「……まだ、たりない」 ぽうんっ♪ 明星雲雀「ご主人、ご主人。そんなにしたら倒れちゃいますよぅ」 女魔法使い「でも、足りてない」 明星雲雀「そんなにしょんぼりしなくたって ご主人最強じゃないですか。ピィピィピィ! そんなに魔力あげなくたって勝てる人なんていやしませんよ!」 女魔法使い「……」 明星雲雀「また考え込むー」 女魔法使い「……すぅ」 明星雲雀「説明が面倒だとすぐ寝る」 女魔法使い「……うるさいピィピィ使い魔」 ピィピィバタバタ! ピィピィバタバタ! 明星雲雀「やっ! やめてっ! フライドはやめてっ!! せめてタツタにしてぇ! ピィピィ!!」 966 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 22 31 16.58 ID 0Bi87sEP 女魔法使い「瀬良は昴。昴は統ばる。その意は、集合。 束ね、一つになる結束点。収斂の先」 明星雲雀「??」 女魔法使い「収斂とは常に1点。それが何故2つも? “良き問いは、常に良き答えに勝る”。 それを問うべき」 明星雲雀「ご主人の云っていることはさっぱり判りません」 女魔法使い「……すぅ」 明星雲雀「寝てちゃ余計に判りませんっ! ピィピィ」 女魔法使い「……足りない」 明星雲雀「ピ?」 ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン! 女魔法使い「……まだ、たりない」 明星雲雀「そんなに鍛えたら、また倒れちゃいますよぅ! もうごめんですよぅ、あんなに血をおはきになって!!」 ドグォォン! ゴゴゥン!! 女魔法使い「……間に合わないかも、勇者」 ゴゴゥン……!! 女魔法使い「……許して」 ページトップへ <前6-6へ|次7スレ目へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/32.html
<前4-6へ|次5-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」5-1 8 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 18 18 24.27 ID 6HXLExsP ――開門都市、自治議会、執務室 東の砦将「こいつぁ……。本当なのか?」 副官「はい」 魔族娘「……あの、ほ、ほ……。本当なんです」 東の砦将「……っ」ぎりりっ 副官「三日ほど前からゲート方向へと移動する 蒼魔族の部隊も目撃されています。規模は不明なれど 1000以下ということはないかと」 東の砦将「警告を送ることも出来ないのか」だむんっ 魔族娘「ひっ。す、す、すみませんっ」 東の砦将「いや、すまん。気が立っちまった」 副官「……」 東の砦将「問題はこの手紙の主か……」 副官「はい」 「――魔族に敵対をしていた南部諸王国三ヶ国は 中央の国家連合と戦争を行う事になった。 南部諸王国三ヶ国は目下防御が弱体化しており、 海岸部、および首都の後背は丸裸同然。 領土を増やし民を“黄金の太陽の大地”へ導くのには 絶好の好機かと、ご報告申し上げる」 9 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage_saga]:2009/09/13(日) 18 20 33.52 ID 6HXLExsP 東の砦将「こいつぁよ」 副官「はい」 東の砦将「人間だよな。ああ、人間だよ。 俺には判る、間違いないね。人間だ。 この手紙からは、人間くさい匂いが、腐った人間の放つ あのいやーな匂いがぷんぷんしやがる」 副官「……」 東の砦将「嬢ちゃん、そいつはどんなやつだったんだい?」 魔族娘「あの。わたしも見ただけで……。 その手紙は……掏摸の子供から、買ったんです。 で、でも……。 その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました……。 えっと、背は副官さんくらいで……。 でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて……。 なんか、その……呼吸音が、変で」 東の砦将「変?」 魔族娘「漏れるような……蛇みたいな……」 東の砦将「喉の裂傷か、病か?」 副官「手配しましょう」 東の砦将「もう街に残っちゃ居ないと思うが、そうしてくれ。 魔族も人間もかまわずチェックだ。 くそっ。いったい何がどうなってるんだ。 これ以上ドンパチ続けてどうなるってんだ!」 15 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 18 37 49.43 ID 6HXLExsP ――地下世界への旅 ヒュバァァァァァ!! 勇者「……魔界?」 「……魔界じゃない。地下世界」 勇者「地面の下に、魔界があったのか!?」 「そう」 勇者「……っ」 「……そもそも転移呪文は、瞬間移動呪文。 ……次元跳躍呪文では、無い」 ガクンッ! ガクンッ! 勇者「うわぁっ!?」 「高度を低く」 勇者「何でだよっ」 「地下には引力がない。斥力が代替している」 勇者「引力? 斥力?」 17 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 18 41 03.76 ID 6HXLExsP 「……引力は、大地がものを引く力。この力で、物は落ちる。 斥力は、物を押す力。地下世界では、碧太陽が斥力で 万物を地面に押さえている。 ……押さえないと、浮き上がるかもしれない」 勇者「なんで飛行呪が不調になるんだ? 関係があるのか?」 「……地下世界では、碧太陽に近づくほど斥力が強くなる。 高く飛ぶことは不可能」 勇者「本当なのかよ」 「本当」 勇者「……訳がわからない」 「判るべき」 勇者「なんでっ?」 「いまは魔王が大事」 勇者「何処にいるんだ? あいつはっ。どうなってるんだ」 「“魔王”になりかけている」 勇者「判らないよっ」 「魔王城、その地下深く」 20 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 18 43 28.39 ID 6HXLExsP 勇者「判った!!」 ヒュバァァァァァ!! 「……魔王の代わりは」ザリッ!「……わたしがする」 勇者「は? なんか変な音がしたぞっ」 「通信の、距離限界。……人間界の援護は、わたしがする」 勇者「出来るのか?」 「……まかせてちょんまげ」 勇者「……」 「……おまかせくださいこのくそ童貞」 勇者「……」 「……」 勇者「わ、わかった。深くは聞かない。頼んだ」 「了解」 勇者「あのさ」 「……」 勇者「来てくれて、ありがとうな。……すげー助かった」 「……いってきて」 ザリザリッ! 「まってる」 22 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 18 45 06.67 ID 6HXLExsP ヒュバァァァァァ!! 勇者「ここかっ。警備兵どもは居るのか? まぁいいさ。 強行突破だ、このまま行くっ。……“加速呪”っ!」 キュイィーンッ! 勇者「……魔法使い、おい」 勇者「……おいっ」 勇者「流石に通信限界か。 ――誰もいないな。 最下層、目指すぜ。たしか、こっちへ……」 キュイィーンッ! 勇者「宝物庫を抜けて、回廊を抜けて……三層……」 ドカッ! ガシャン! 勇者「あとで壊したの謝るからなっ! 五層っ!」 ガチャン! キュイィーンッ! 勇者「七層っ! なっ、なんだっ!?」 オオオーン! オオオオーン! 勇者「どす黒い……。こんな魔素、はじめてだぞっ。 魔王……なのかっ。こんなに戦闘能力があるのかっ」 27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 01 36.12 ID 6HXLExsP ――大陸草原、雪の集合地 女騎士「揃ったようか?」 将官「はい、中央征伐軍、どうやら予定数をそろえたようです。 中央の天幕に主だった貴族、領主が集合。全体軍議を始めました」 女騎士「総数は?」 将官「総数四万近いですね。うち、兵力は二万八千です。 そのほかは非戦闘要員と見えます。うち騎馬兵力は九千。 全て望遠鏡部隊により目視確認」 冬国兵士 ごくりっ 女騎士「気にするな。喧嘩にならなければ 数が多かろうが少なかろうが関係ない。 いや、少ない方が財布に優しい分、勝ちだ」 冬国兵士「はっ、ははは、はいっ。姫騎士将軍の仰せのままにっ」 女騎士「で、今日の付け届けは?」 将官「はい。氷酒30樽、猪三頭、豚六頭を手配しておきました」 女騎士「ん。それで今晩も宴会だろうな」 将官「はぁ」 女騎士「自信なさそうだな」 将官「いえ。カツアゲされてる気分がちょっぴりわかったり」 女騎士「考えたらダメだ。考えない方が強いんだ」えへん 将官「それはそれでどうかなぁ」 28 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 03 14.49 ID 6HXLExsP 女騎士「次は飼い葉だな」 将官「飼い葉、ですか?」 女騎士「ああ、あれだけの馬が居るとなれば、 大量の飼料が必要だろう? エン麦やカラス麦、干し草なのだろうな。 もちろん馬車でそれらを輸送してきた領主もいるだろうが 大半の領主は現地で買い上げるつもりだろう。 金貨の方が持ち運びやすいのは明らかだ」 将官「はぁ」 女騎士「付近の農家に根回しを続けろ。 今度はもうちょっと広範囲に広げるつもりがあるな。 商人風を装え。軍が来ているから、干し草を持っていないと 嫌がらせをされるかもしれない、と、それとなく云うんだ。 このあたりの農家は、三ヶ国同盟には同情的だ。 用意してきた干し草やカラス麦を買って貰え。 場合によっては、同情した態度で無料で分け与えても良い」 将官「どんな意味があるんです?」 女騎士「ああ。持ってきた飼料は腐り水を吸わせてあるんだ。 もちろん、馬が死ぬような物じゃない。 ただ体調は崩すだろうな」 29 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 04 56.20 ID 6HXLExsP 女騎士「馬の体調が崩れれば、開戦日の指定が困難になる。 もし会戦したとしても、突撃力が明らかに鈍る。 騎士の取る戦術ではないが、今回は許して貰おう」 将官「なんで飼料にしたんですか?」 女騎士「人間の口に入る物であれば、毒味もするだろうし、 毒物の選定にも気を遣わざるを得ないだろう? そこへ行くと、馬の飼い葉を毒味するやつなんていやしない。 馬にはちょっぴり可哀想だけどな。 戦争になれば、死ぬ馬も沢山出てしまう。 その件で許してもらえれば良いな」 将官「それはまぁ、流れ矢に当たった馬なんて 息絶えるまで血の泡を吹いて半日以上苦しんでいたり 軍人のわたしでさえ沈んだ気分になりますからね」 女騎士「よし、指示を伝えてきてくれ」 冬国兵士「はいっ」 将官「これで、数日は稼げますかね」 女騎士「粘るしかないな」 将官「次の手は?」 女騎士「まだ三つ四つは考えているのだが」 将官「ほう?」 女騎士「敵陣の前で熊と素手で戦ってみせるとか?」 将官「それだけは勘弁してくださいっ。イメージが壊れます」 41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 34 29.89 ID 6HXLExsP ――冬の王宮、謁見の間 女魔法使い「……くぴぃ」 女魔法使い「……すぅぅ……すぅぅ」 冬寂王「……」 女魔法使い「……んぅ。……くぴぃ」 冬寂王「あれは一応玉座だぞ?」 商人子弟「ええ」 従僕「変な女の子……」 女魔法使い「くふぅ……」くてん 冬寂王「我が王座に何でかような少女が寝込んでいるのだ」 商人子弟「さぁ……」 従僕「……」そぉっ つんつん 女魔法使い がぷっ 従僕「っ!?」びくっ 冬寂王「危険な刺客かもしれんっ」 商人子弟「……」こくり 42 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 36 05.88 ID 6HXLExsP 女魔法使い「っ!」 もそもそ 冬寂王「ぬっ」 女魔法使い「くかぁ……。んにゃむにゃ」 しーん 冬寂王「……」 かちゃ 執事「若。お茶が入りましたぞ。気を取り直して 書類などあああっっ~!?」 冬寂王「爺、どうしたのだ?」 執事「ま、魔法使いっ。ぬし、いままで何処にっ!」がしっ 女魔法使い「……」ぼへぇ 執事「どこにいってたんですかっ。 勇者も女騎士もさんざんに心配していたんですよっ。 多量のよだれを流している場合ではありませんぞっ」 女魔法使い「……ねていた」 執事「あなたって人はまったく。まぁ、勇者が居ないので いまはまだ正常のようですね」 45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 38 12.28 ID 6HXLExsP ――冬の王宮、謁見の間 執事「紹介しましょう。彼女がかつての勇者の仲間、 3人のうち1人。女魔法使いです」 女魔法使い こくり 執事「この状態の時は安全です」 女魔法使い ぼやぁ 冬寂王「この方も伝説の英雄なのか?」 商人子弟「まさかぁ」 執事「そのとおり。彼女こそパーティーの広域殲滅担当。 108の呪文を修めかつては“出来の悪い悪夢”“昼寝魔道士” と呼ばれた最強の魔法使いです」 女魔法使い「……わたしは“ごきげん殺人事件”っていうのが好き」 冬寂王(小声で)「間合いが取りずらいお嬢さんだな」 商人子弟(小声で)「僕も感じてました」 執事「いや、この娘、やる時にはやり過ぎてしまう娘ですぞ」 冬寂王「……あまり決まってないような印象だな」 商人子弟「凄さが判りずらい感じですね」 48 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 40 20.16 ID 6HXLExsP 女魔法使い「……寝る」 執事「いま寝られると困ります。勇者とは会ったんですか」 女魔法使い「会った」 執事「勇者は?」 女魔法使い「魔界と呼ばれていた場所へ向かった」 冬寂王「……やはり、そうか」 商人子弟「こちらはわたし達だけで持たさなければなりませんね」 執事「それで、勇者は何か? 何を知っておるんですか」 女魔法使い「まお……紅の学士から指示を預かってきてる」 冬寂王「っ!?」 商人子弟「学士様とお知り合いなのですかっ?」 執事「旅に出ていると聞きましたが……」 冬寂王「して、どのような?」 女魔法使い「……おしえない」 冬寂王「なにゆえだっ」 執事「学士様とは知り合いなのですか?」 女魔法使い「……学士は、ゆるいところがあるので。 胸とは言わない。胸はゆるいというより、たぷたぷ。 それから、わたしと学士は、同じ一族。親戚。姉妹?」 冬寂王「ご親戚だったのか」 50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 42 22.49 ID 6HXLExsP 女魔法使い「……それに」 執事「それに?」 女魔法使い「……すぅ」 執事「おきてくださいっ」がくがくっ 女魔法使い「……学士は、こちらの状況を、知らない。 戦争になっていると、思っていなかった。 ……だから、指示は、かなり。無駄」 冬寂王「そうか……。そういえばそうだったな……」 女魔法使い「……でも、手を打つ」 商人子弟「どんなです?」 女魔法使い「……偶蹄目の動物である家畜を用いて その危険性を弱毒化により減少させたウイルスを、 意図的に患者に罹患させることにより、 ……近縁種への排他的抵抗性、すなわち免疫を獲得させる治療法、 およびその一般への啓蒙と頒布、接種体制を確立させる」 冬寂王「?」 商人子弟「……えーっと、判ったか?」 従僕「さっぱり判りませんー」 うるうる 女魔法使い「……」ぽけぇ 冬寂王「もうちょっと判りやすく頼めるだろうか?」 女魔法使い「天然痘の予防体制を成立させる」 52 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 48 48.44 ID 6HXLExsP 冬寂王「っ!?」 商人子弟「何を仰っているのか、判っているんですか!?」 執事「天然痘と云えば……。この大陸の悪夢ですぞ!? 年間100万人とも、300万人ともいわれる死者を出す……。 全身に広がった疱瘡や膿、かさぶたは たとえ治癒したとしても、一生その傷跡を残す悪魔の病気。 罹患者を出した家は焼き討ちされるほどの業病ではないですかっ」 女魔法使い「……知ってる。研究したから」 冬寂王「女魔法使い殿は、学者でもあられるのか」 商人子弟「そうなのですか?」 女魔法使い「……専門は伝承学」 冬寂王「な、なるほど」 商人子弟「もし本当だとすれば、 これは全人類にとって未曾有のニュースになりますよ」 従僕「ぼくの、お父さんの弟も天然痘で死にましたー」ぐすっ 執事「身内を天然痘に奪われたことの ないものなどこの大陸には居ないはずですぞ」 冬寂王「うむ、うむっ」 54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 51 24.01 ID 6HXLExsP 女魔法使い「……治療法ではない。予防法」 冬寂王「それにしたって同じくらい意味のあることだ」 商人子弟「どうするのです?」 女魔法使い「……薬のような物を作って、 接種という方法で感染させる。 軽い病気になるけれど、天然痘にはかからなくなる」 執事「なるほど。一度天然痘の治った患者は、二度と 天然痘にかからないというのと似ているわけですな」 女魔法使い「……同じ仕組みを使う」 こくり 冬寂王「効果のほどは?」 女魔法使い「……約7年」 冬寂王「ふむ、素晴らしい吉報だ」 女魔法使い「を……」 冬寂王「?」 女魔法使い「三ヶ国同盟および協力諸国の国民は 1人金貨10枚で利用できます」 冬寂王「……っ!」 女魔法使い「そうなったら、いいなー」 56 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 54 04.47 ID 6HXLExsP 冬寂王「それで、風向きが変わるなっ」 商人子弟「ええ、確実に。停戦に向けた動きが可能です」 従僕「す、すすごいやぁ!」 女魔法使い「……そしてわたしは魔族です」 冬寂王「へ?」 執事「何を冗談を言ってるんですか。魔法使い」 女魔法使い「……みたいな」 冬寂王「……」 商人子弟「……」 従僕「?」 女魔法使い「……おね、がい」くてん 冬寂王「つまり、天然痘の予防方法は、 魔族から技術的に供与されたと?」 女魔法使い こくり 冬寂王「そのように広めてくれと云うことだな?」 女魔法使い こくり 58 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 56 26.35 ID 6HXLExsP 冬寂王「…………」 女魔法使い「……」 商人子弟「王よ……。わたしからもお願いします。 もう、王にだって、前線の兵士にだって少しずつ 判ってきているのではないですか? 確かに魔族は強大で奇怪な姿をしていますが、 言葉を持つ、知的な種族です」 従僕「……」 執事「……」 商人子弟「進んで友好関係を築くとか、そう言う事じゃないんです。 でも、一方的に精霊の敵呼ばわりして、 こちらから反感を煽らなくても良いのではないでしょうか? もちろん武力侵攻してくれば戦います。 そいつらは敵なんですから。 ただ、人間にも様々な国があるように、 魔族にも様々な国や派閥がある可能性があります。 魔族を知らないで、このまま戦ったとしても 勝つことはおぼつかないのではありませんか」 冬寂王「なぜ……。魔法使い殿はそれを望む?」 女魔法使い「……なぜ?」 冬寂王「なぜ、魔族と我らの仲を取り持とうとする」 60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 19 58 48.13 ID 6HXLExsP 女魔法使い「……すぅ」 執事「いちいち眠り込まないと話も出来なくなったかっ」 女魔法使い「……“出来の悪い悪夢”は飽きた」 従僕「……」 女魔法使い「……眠りには、良い夢が望ましい」 冬寂王「そう……か……」 商人子弟「……」 冬寂王「確約は出来ない。中央はともかく民の反応が気になる。 だがしかし、冬寂王の命ある限り、その言葉胸に留め置き 決して無為なる血が流されぬように尽力しよう」 商人子弟「ありがとうございますっ」 執事「魔法使い……」 女魔法使い「……魔族です。本当ですよ」 きゅるるっ 冬寂王「はははっ。腹ぺこ魔族のようだな! どうだろう。 我が城の厨房を襲撃しようではないか。 ここにいる全員で襲いかかれば、 何らかの食事にはありつけよう」 86 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21 29 03.95 ID 6HXLExsP ――鉄の国、首都周辺、修道院の建物 鉄国少尉「洗浄を急げっ! 水を絶やすなっ!」 軍人子弟「布は煮沸するでござるよっ! もっと布をっ!」 鉄国兵士「市民が支援に名乗り出ていますっ。 いかがしたらよろしいでしょうっ?」 鉄国少尉「いかがしましょう?」 軍人子弟「もちろん有り難いでござる。 水の用意を、それから炉をさらに作ってもらうでござる! 鍋を借りてきて湯を沸かせっ」 即席兵士「搬送入りますっ!」 白夜軽騎兵「うううっ!!」 鉄国少尉「白夜の……」 軍人子弟「考えるなっ!! 傷病者の手当は鉄腕王の裁可でござる! 分け隔てすることなく、重傷者から判別用ハンカチを結びつけよ! 軽傷者は野外テントへ搬送っ、市民に手当をしてもらうでござる。 中傷者は修道院内部へ、止血および蒸留酒による消毒っ」 鉄国兵士「はっ!」 ザッザッザッ 白夜軽騎兵「うううっ。死ぬっ、もうダメだっ」 軍人子弟「しゃっきりするでござる! その傷では死ぬどころか休暇にもならないでござるよっ」 87 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21 31 56.43 ID 6HXLExsP 鉄国兵士「報告しますっ!」 軍人子弟「聞こうっ」 鉄国兵士「集計終わりました。 我が軍は、死者18名、負傷者221名。 白夜国は死者304名、負傷者892名、捕虜450名。 なお、副指揮官と思われる死体は確認されましたが 指揮官と目される片目の男は、死体および収容者の中では 確認できませんでしたっ」 鉄国少尉「困りましたね」 軍人子弟「帰っていてくれれば、 それはそれで好都合でござるが……」 鉄国少尉「そういうものですか?」 軍人子弟「下手に隠れられるよりも、少ない兵で 出直してきてくれるなら、察知もしやすいでござるしね」 鉄国少尉「そう言えばそうですな」 即席兵士「あっ。将軍だっ!」 ああ、将軍だ! すごいだべ! 完璧だたぜぇ そうさ、将軍の命令で一列に矢が飛んでいったんだ! 軍人子弟「は?」 即席兵士「将軍! 大勝利! 万歳!!」 万歳! ばんざーい!! 万歳っ! ばんざいっ! 軍人子弟「ちょっとまつでござるよ。拙者は将軍では ないでござる。ただの街道防衛部隊指揮官でござるよ」 88 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21 33 38.24 ID 6HXLExsP 鉄国少尉「まぁ、良いではないですか」 軍人子弟「しかし、違うでござる」 鉄国少尉「一般の市民やこの間まで農奴だった開拓民に 軍隊内部の階級や呼称なんて判るわけがない。 あの将軍っていうのは “格好良い”っていう意味なんですよ」 軍人子弟「――格好……良い?」 鉄国少尉「ええ、そうですよ。 開拓民の倅の俺が言うんだから、まちがえっこありません。 それにね、そんな格好良い、 英雄みたいな将軍に“ありがとう”。って思った時 学のねぇ頭の悪い連中や、俺たちは 万歳って云うしかないんですよ」 軍人子弟「……そ、そうでござる……か?」 鉄国少尉「ええ。“将軍”! 今日の戦いは見事でした! 俺たちはきっと孫が生まれても語り継ぎますよ。 そのためにも、まだ続く戦、頑張っていきましょうっ!」 軍人子弟「そ、その……よろしくでござる」 即席兵士「将軍っ。あ、あれ? どちらに?」 軍人子弟「斥候が心配でござる。まだ行動可能な体調なものに 食事と休憩をてはい、その後再編成して巡回部隊を組織すること。 拙者、王宮への報告および、見回る場所があるでござる」 94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21 48 36.62 ID 6HXLExsP ――ふかいふかい、ねむりのなかで 「なんだ……寝苦しいな……」 「う……うん……」 「まったくべたつくような夜気だな。絞ったタオルでも メイド長に持ってきて貰わねば、やりきれ……」 「えっと」 「あれは、誰だ?」 ――。 「あれは、わたしじゃないか」 ――。 「うわぁ、これが幽体離脱という物なのか。初めてではないか」 ――。 「うーん、本体の方がああもすやすや眠っているところから 推察すると、この寝苦しさは何らかの霊現象もしくは精神的な 失調と関係があると推測して良さそうだな」 95 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21 49 37.98 ID 6HXLExsP ――。すぅ 「おお。本体が起きたぞ。 すると幽体離脱中でも本体の活動は別口なのか? 興味深い事象だなぁ」 ――。 「こうしてみると、わたしも捨てたものじゃないではないか。 どこぞのメイド長に虐められてすっかり卑屈だったが ぷにってるはぷにってるが、こう……よいのではないか? 人間界に出てみれば女性の胸は大きくても良いと云うではないか。 腰回りも無駄でなければ、多少肉がついていた方が 女らしいわけで……母性本能や癒しが足りないと云われれば それはそうだが、こうやって客観的に見ると色気だって おい。おっ、おいっ!」 ――。 「わたしの身体っ! 色っぽいのはかまわないが 何でそういやらしい仕草をするんだっ。 色んな方面への謝罪対応に追われるような表情をするなっ。 わっ、わたしの身体なんだぞっ! 調査しなくても知っているではないかっ! ど、何処を触っているんだっ。 っていうか、たのむ、その姿勢は止めてくれっ。 胸が揺れすぎるからっ」 99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21 53 14.78 ID 6HXLExsP ――しゃ。 「は?」 ――ゆうしゃ。 「はぁぁぁ!?」 ――ゆうしゃ。 「どっ、どこからとりだしたぁ、そのイメージっ! いや、わたしの中からだろうという想像はつくが どういうつもりだ身体っ! わたしをのけ者にして何をするつもりだ、はっきりとした 返答をして貰おう期限は二秒だ12終了だ、応えろっ!」 ――ゆうしゃ。 「待てっ。その手を止めろっ。 いくら身体が相手だろうがわたし自身が相手だろうが それはわたしの所有物だぞ、 一切手を触れることまかり成らんっ。 いまこそ云ってやろう!! この駄肉っ! そのえろっぽい手をどけろっ! それはわたしのだっ! わたしが先にもらったんだ! おまけにわたしは、それのものなんだっ! 駄肉風情が駄肉を捧げて手に入れられるなどと考えるなぁっ!!」 102 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 21 58 58.12 ID 6HXLExsP ――冥府殿、闇の奥底 きぃいっぃぃっいぃぃいっぃん!! メイド長「勇者ッ!」 勇者「どっけぇぇ!!」 メイド長「む、無茶ですっ! 勇者っ! この中は魔王しか入れない玄室っ! 歴代魔王の残留思念がうずまいているんですよっ!?」 勇者「無茶を通せない勇者なんて、存在の意味があるかぁっ!!」 ズガァアーン!! 魔王「――」 オオオン!! オオオオン!! 勇者「おいっ! 魔王っ! 魔王っ!」がくがくっ メイド長「だ、大破壊!?」 106 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 22 01 45.12 ID 6HXLExsP 魔王「――我の」 メイド長「勇者様っ! 殴って!!」 勇者「へ?」 魔王「――我の玄室へ」 メイド長「急いでっ!」 ぼぐっ 魔王「――」くたっ オオオン!! オオオオン!! 勇者「なんだってんだ?」 メイド長「昔の魔王の悪霊に取り憑かれちゃい かけてるんです! 中身が別物というか……」 勇者「ああ、そういうことか。理解した」 メイド長「いや、汚染でした。どうすれば良いんですかっ」 魔王「――我ヲ」 勇者「おい、魔王っ! 魔王っ! 正気に戻れ」 ぼぐっ 魔王「――」くたっ 116 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/13(日) 22 07 33.06 ID 6HXLExsP 勇者「おい、魔王っ! 何が“魔王にしかできない”だよ。 強がりやがって! 自分を生け贄にして天災静めようとか そういう聖人じみた行動とってんじゃねぇよっ しまいにゃ食べてまうぞ、このぷに肉っ! おまえが柄でもなくこんなところで身を捧げたから 偽者だったはずのメイド姉の方だって 勢い余って聖人になっちまったんだぞっ!」 ばしっ! ばしぃっ! 魔王「ゆウしゃ」 勇者「もどったかっ?」 魔王「――本物ダ」 勇者「嘘つけ、この旧世代っ!」 魔王「この我のものとなれ、勇」勇者「断る!」 魔王「我と共に来れば、貴様にはこの世の半」勇者「断る!」 魔王「ナ――ぜ――」 勇者「良いか、良く聞け時代遅れのポンコツ魔王っ! 何が半分だこの詐欺師! そもそもお前のものでも無いくせに 勝手に譲渡しようなんて片腹痛いんだよっ。 そういう誠意の無い態度で勇者が口説けると思ったら大間違いだ! そんな化石化した台詞はなっ “今時の魔王が言っちゃいけない台詞集”にも ばっちり収録されてるんだよっ!!」 魔王「ナっ――」 122 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/13(日) 22 12 31.22 ID 6HXLExsP 勇者「それになっ!」 ぎゅむっ 魔王「!?」 勇者「これは以前から俺の売約済みなんだっ。 俺のものなんだ。契約をしたんだよっ。 お前が占拠しようが、汚染しようが、俺のものなんだよっ!」 魔王「――何ヲ」 勇者「そうだよな、魔王っ!」 魔王「――云ッテ」 勇者「そうだよな、おいっ。聞いてるのか魔王っ!!」 メイド長「まおー様っ!!」 魔王「――何ヲ巫山戯タ」魔王「黙れ」 ……オオオン!! ……オオオオ……ン!! ……オオ……オオ……ンッ 魔王「黙れ、駄肉め……。 これでは甘やかな再会が台無しではないか」 勇者「甘いもなにもあるかっ。この強情魔王っ」 魔王「待たせたな――わたしの勇者」 勇者「寝坊しすぎだぞ――俺の魔王」 396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 30 03.82 ID 498vELIP ――鉄の国、ギルド街、職人通り 片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」 ズキィッ! 片目司令官「ッ!! ぐっふぅ、がふっ! がふっ! 疼く、疼くぅ……。ここまで我を苦しめるか。 砦将よ、冬寂王よっ。いや、この汚濁全てが我が目を喰らうのか。 ~ッふ! ガフッ! アハッ! ギャハッ!」 ズルン、ズルゥン 片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」 片目司令官「だがな、作戦は最後まで秘すべきものだ? そうだろう? 白夜王? ここに魔女が居る。 はぁっ、はぁっ。ふはっ。ギヒッ。 ここに、世界にあの地下牢で見た闇をぶちまけて、 暗黒に引きずり落とそうと企む背教者が……。 ギャハッ! ガフッ!」 ……コッコッコッ 通りすがりの職人「将軍の凱旋だっていうさ」 通りすがりの徒弟「大勝利かぁ!」 コッコッコッ 通りすがりの職人「怪我をした人も多いらしい」 通りすがりの徒弟「ああ、今度こそお手伝いしなきゃな」 コッコッコッ…… 片目司令官「……ぎひひひっ。……行ったか」 397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 31 09.42 ID 498vELIP ――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫 ガチャ、ズチャ…… 「おねーちゃん。もう遅いよぉー」 「もうちょっとだけ、ね?」 片目司令官「はぁっ、はぁ、はぁ……」 「それにこの姿の時は、お姉ちゃんなんて呼ばないの」 「ぶーぶー。もういいじゃない」 「だーめ。一応あの演説を聴いちゃった人だっているんだし。 当主様が帰るまではこの姿で居た方が、 すこしでもみんなのためになると思うの」 片目司令官 にたり 「はいっ。次これでしょ?」 「あら、よくわかったわね?」 「覚えるよぅ。左の棚からねぇ。f、u、d、a、r……。ね?」「よく出来ました」「えへへ~」 片目司令官「……紅の魔女にも、家族が居るのか。 ふふふっ。背教者が人並みの家族だと? 聞くに堪えん。 その絆もろとも闇淵へ沈むが良い」 「ん~」 「できたぁ?」 「ん。できました。――新しい活版よ」 「刷ろう! 刷ろう~」 「それは明日、職人さんが来ないとね」 「そっかぁ。じゃぁ、ご飯買って帰ろう? わたし、親方さんに云ってくるね♪」 398 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 32 31.96 ID 498vELIP ――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫 メイド妹「今日のご飯はなんだろー♪ 温かいスープに ちょっぴり黒パン、お豆の入った内臓煮込み~♪」 メイド妹「お宿のベッドはふかふかで~♪ おうちに帰るの待っている~きゃうっ!?」 片目司令官 にたぁり メイド妹「ごめんなさっ!? ……お、おじさんは ……だ、だ、だれですか?」 片目司令官「……」にやにや メイド妹「工房の人ですか? 工房の人は、 もう夜だからいませんよっ。お、親方に用ですかっ。 親方は母屋だからこっちにはいませんよっ」 片目司令官「我らに光と精霊の加護がありますように」 メイド妹「あ。修道会の人ですか?」ほっ ガシィッ! メイド妹「っ!?」 片目司令官「修道会? あんな異端と一緒にしないで貰おうか。 我は栄光ある第二回聖鍵遠征軍、駐屯司令官だよぉ。 ~ッふっふっふ! あはははっ! ギャハハッ!」 400 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 33 48.45 ID 498vELIP ――鉄の国、ギルド街、鋳造工房、印刷倉庫 メイド姉「妹~? 妹~? 片付け終わったわよ~。 おなかすいたんでしょー? 宿屋に戻りますよ~?」 カツン、カツン、カツン メイド姉「もう、親方さんのところで 何かご馳走になっているのかしら? うーん。あの要領の良さだけは、本当にすごいんだけれど」 ガゴンッ! ゴゥーン メイド妹「~ッ! ~ッ!」 片目司令官「お初にお目に掛かりますな、学士殿っ」 メイド姉「だっ、誰ですっ!」 片目司令官「は? あはははは。ひゃっはっはっは!! そうか、そうであったな。失敬失敬。 我を知っているはずもないのか。農奴出身の売女よ。 ――我はな。お前の死神だよ。あははははっ!」 メイド姉「なっ」 メイド妹「~ッ! ~ッ!」 片目司令官「何をするつもりかって? 知れているだろう?」 メイド姉「妹を離してくださいっ」 片目司令官「はっはっはっは。そのような顔をせずとも。 なぁ、異端者。くぁっはっはっはっは!」 401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 34 43.81 ID 498vELIP メイド姉「……」きっ 片目司令官「まずは跪くが良い。精霊に詫びるのだ」 メイド姉「わたしは精霊様を信じています。跪くくらい なんでもありませんっ」 ぺたっ メイド妹「~ッ! ~ッ!」 片目司令官「お前のような下賎な商売女が精霊様の 名をかたるなっ! 跪けっ! 許しを請えっ! 己の罪を告白し、恥辱に涙を流せっ!」 ドガッ! メイド姉「……なんのっ。ことですっ」 メイド妹「~ッ! ~ッ!」 片目司令官「この位倉庫の中が貴様の懺悔室だと云うことだ。 くぅっくっくっぅ。あっはっはっはっは! だがしかぁし、そこに許しはないがなぁ」 ジャキンッ! 片目司令官「どうだ? 学士? この剣は。 貴様の二つ名と同じだよ。 紅の名にふさわしいだけの血を吸ってきている。 そうさ。ギャハハっ! 貴様にはここで、精霊の許しも得られず、 惨めにのたれ死ぬという裁きがくだされるのだよっ。 我が瞳の中の赤黒い地獄に賭けてなっ!!」 ヒュバンッ!! 404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 39 19.25 ID 498vELIP メイド姉「っ!!」 メイド妹「~ッ!」 ギキィン!! 片目司令官「何者だっ!?」 軍人子弟「ただの軍人で、ござるよ。うぉぉぉっ!!」 ズダンッ! メイド妹 ずるっ、びりっ「お姉ちゃんっ!!」 メイド姉「妹っ!」 片目司令官「そこをどけぇ!!」 ビュッ! ビュゥッ! シャッ! ジャッ! 軍人子弟「――っ。はっ! やっ!」 メイド姉「あ、あっ」 メイド妹「弟子のお兄ちゃんだぁ!」 ズシャァッ! 片目司令官「見れば青二才ではないかっ! 貴様などとっ くぐり抜けてきた地獄と苦痛が違うわぁっ!」 ザシャァッ! メイド姉「あっ! 腕をっ!」 407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 00 40 24.23 ID 498vELIP 片目司令官「ふふふっ。なんだ、貴様? はぁん。英雄気取りか? あ? この商売女を助けに飛び込みそれでどうにかなるとでも 思っていたのかっ!? あははははっ。この小坊主がぁっ!」 ギィンッ! 軍人子弟「拙者、ただの軍人でござるよ。 ――英雄でも勇者でもないでござる」 じりじりっ 片目司令官「ならば上官に道を譲るが良いっ!」 ギィンッ! 軍人子弟「指令系統の違い理解せぬのは ――単一独裁になれすぎた悪癖でござるねっ」 ギィン! ギィンッ!! 片目司令官「猪口才なっ! どうした、左手が痛むかっ! 防御が甘いぞっ! それっ! それっ! アハハハッ!!」 軍人子弟「――っ!」 メイド妹「お兄ちゃんっ!」 (重心を崩すなっ。相手の爪先を観ろっ。視線を観ろ。 ――ちがうっ! この不器用者っ! 見るんじゃない、観るんだよっ! それじゃお前が隙だらけになってしまうだろうっ!) ページトップへ <前4-6へ|次5-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/13.html
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」1 9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 16 50 11.37 ID s4r1gUtjP 魔王「どーしてもか?」 勇者「アホ云うな。お前のせいでいくつの国が 滅んだと思ってるんだ」 魔王「南の森林皇国のことか?」 勇者「空は黒く染まり、人々は貧困にしずんでいった」 魔王「考え無しに森林伐採して木炭作りまくって 公害で自滅したんだろう」 勇者「公害……?」 魔王「あー。えーっと。そうか、まだ判らないか」 勇者「誤魔化すなっ! 聖王国の大臣憑依だって 魔族の仕業じゃないかっ!」 魔王「欲の皮の突っ張った大臣が政権奪取と 王族の姫君大集合ハーレムを作ろうとして失敗しただけだ。 そもそも逮捕された後に魔族の洗脳とか言い出すのは 人間の悪人の悪い習慣だと思うぞ」 10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 16 55 18.10 ID s4r1gUtjP 勇者「ごまかすのか……許せん……」 魔王「誤魔化してない」 勇者「南部諸王国と戦争はどうなんだ。俺は戦場で 何百という人間が魔族の軍勢に倒されているのを この目で見てきたんだ」 魔王「それで?」 勇者「は? 人間世界を侵略してきた魔王、貴様を 許しはしない!」 魔王「どちらが侵略したかという点については見解の相違だ。 こちらにはこちらの言い分はあるが、まぁ、戦争してるのは 事実だなー」 勇者「貴様は悪だ」 魔王「じゃぁ、悪でも良いけど。当然私を殺した後には 南部諸王国の王族も全部抹殺して回るんだろうな?」 14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 16 59 14.49 ID s4r1gUtjP 勇者「は? 悪はお前だけだ」 魔王「人間が魔族を殺していないとでも? 魔族は悪で人間が善だって誰が決めたんだ?」 勇者「……っ」 魔王「そこで『俺が法だ!』とか『俺が神だっ!』とか 『俺がガンダムだっ!』とか云えたら、お前も もうちょっと生きるのが楽なのになぁ……」 勇者「うるさいっ!!」 魔王「勇者は好きだから、この話はやめてやる」 勇者「好きとか云うな」 魔王「この資料を見ろ」 勇者「なんだ、これ……羊皮紙じゃないのか? 薄くて白くてつるつるだ……」 魔王「プリンタ用紙だ。それはどうでもいい。書いてある ことが重要なんだ」 勇者「……えっと、需要爆発……雇用? 曲線? 消費動向……経済依存率?」 16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 06 53.97 ID s4r1gUtjP 魔王「わかったか?」 勇者「なんだこれは。邪神の儀式か?」 魔王「違う。経済的視点から見た巨大消費市場としての 戦争の効用だ」 勇者「……効用?」 魔王「そうだ」 勇者「戦争に意味なんてあるものかっ。 貴様ら魔族が人間世界を滅ぼすための侵略だ」 魔王「勇者がどーシテもと云うなら、ちゃんと戦ってやる」 勇者「っ」 魔王「話によっては、討たれてやっても良い」 勇者「その首差し出せ」 魔王「だから、半日ほど話を聞け」 勇者「……」 魔王「これは100年ぶりのチャンスなのだ」 18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 11 55.79 ID s4r1gUtjP 勇者「良いだろう、話せ」 魔王「じゃぁ、説明する。手元の資料の一ページ目を」 ぺらっ 勇者「表だ」 魔王「グラフというのだ。……これは中央大陸のこの 50年の消費量と景気を可視化したものだ」 勇者「……え」 魔王「気がついたように、我らが戦争を始めた15年前 から中央大陸の景気は上昇局面に入った」 勇者「……嘘だっ」 魔王「嘘ではない。2ページ目を見るが良い。 こちらには各種統計資料が添付されている」 勇者「戦争で数多くの死者が……」 魔王「戦争を始めてから人間世界の人口は順調に増加を始 めている」 勇者「そんなのは理屈で考えておかしいだろうっ。 戦争で人が死ぬことはあっても、人が増える道理など あるものかっ」 19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 15 50.07 ID s4r1gUtjP 魔王「まぁ、一般解はそうだな。 しかし、この世界における戦前の常識では違う。 戦前の――まぁ、この戦前は数百年続いたわけだが 世界では、人間の死因は疫病と飢餓だったのだ」 勇者「……」 魔王「この二つは非常に強大な敵で 人間はこの二つを結局500年以上克服できなかった。 人口は増えるどころか、時に疫病が猛威を振るい 国単位で滅亡することも少なくなかった」 勇者「疫病も飢餓も人間には御し得ないものだ。 神が人間に与えた試練と行ってもいい。 魔族の侵略と一緒にするなっ!」 魔王「まぁ、降りかかるについてはそうかも知れないな。 しかし、だから克服できないとか、克服してはいけないと いうものでもなかろう?」 勇者「それは……」 22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 23 52.82 ID s4r1gUtjP 魔王「現に戦争が開始されてからこれら二つの 原因にする死者は30%まで低下した」 勇者「理由は? ……なぜ? 魔族の暴威を見かねた神の恩寵か」 魔王「私は結構長生きしてるが、神など見たことはないよ。 理由は明白だ。最大の原因は中央大陸危機会議の設立だよ」 勇者「……?」 魔王「つまり、魔族との戦争に対して、人間の王国 連合を組んだからだ」 勇者「それで、なぜ死者が減るんだ……?」 魔王「食料の多い国が少ない国へ送ったり、医療の 進歩した国や農業技術の進歩した国が指導を行なった からだな」 勇者「それこそ人間の手柄じゃないかっ!」 魔王「その程度のことも魔族と喧嘩しなければ 実行できない人間が大きな事を言ってはいけないよ」 25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 31 05.78 ID s4r1gUtjP 勇者「……」 魔王「そんなに悔しがるな。魔族だって大差は ない事情だった」 勇者「そう……なのか……?」 魔王「戦国だったからな。地方豪族や領主が次々と 王を名乗っては一族郎党血まみれの戦いを送っていた」 勇者「……」 魔王「まぁ、そんな事情で、戦争は人間と魔族を救った」 勇者「……」 魔王「そんなに唇をかむな。血が出てしまうぞ?」 勇者「触るなっ!」 魔王「……君が望まない限り、触れないよ」 勇者「……」 魔王「私の言い分も判ってくれるか?」 勇者「……」 27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 35 13.26 ID s4r1gUtjP 勇者「戦争に意味が……結果的にあったかも知れない」 魔王「そう言ってもらえるとほっとするよ」 勇者「だが続けて良い理由にはなってない。 始めて良い理由にもなっていない。 お前は戦争犯罪人だ。いますぐ戦争を中止して 戦争犯罪者として法廷に立つんだ」 魔王「んー」 勇者「私利私欲でやった訳じゃないってのは いまの話で、ちょっとだけ判った。 俺が付き添ってやるから投降しろ」 魔王「それは難しいな」 勇者「なぜだ?」 魔王「理由は二つある。6ページ目の資料を見てくれ」 ぺらり 魔王「ここに消費市場としての『南部諸王国』と 『中央大陸』の物流の関係が記してある」 29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 41 53.98 ID s4r1gUtjP 勇者「物流……?」 魔王「まぁ、早い話、物の流れだ。食べ物や着るものや、 生活用品から武器、鉄、木材に至るまで全てだな」 勇者「これは『南部諸王国』でどんどん使ってるのか?」 魔王「そうだ。戦争は何でも大量に消費されるからな」 勇者「……『南部諸王国』はどうやって支払ってるんだ?」 魔王「ん?」 勇者「だって物を買ったらお金が必要だろう?」 魔王「ああ、良いところに気がついたな。偉いぞ」 勇者「撫でようとするなっ」 魔王「うっかりだ。そう、許可がない限り触れない。 私は契約を重視するタイプなのだ」 勇者「どうやって購入してるんだよ」 魔王「中央大陸危機会議決議による、戦時支援基金でだ」 勇者「……?」 魔王「わからないか。つまり、全世界が戦争中の 『南部諸王国』に義援金を送ってるんだ」 勇者「そうだったのか!! 人間の善の心に祝福を! どうだ魔王、これが人間のもつ優しさだ」 31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 46 14.18 ID s4r1gUtjP 魔王「まぁ、そのお金で中央大陸の数多くの国は 自分の国の品物を買ってもらってるんだ。 つまり、お小遣いを上げて自分の店の商品を 買わせているだけさ」 勇者「……?」 魔王「このランクの説明は多少難しいかな。……つまり、 富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても 『豊か』にはなれないんだ。 お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが よどみなく太いことが豊かなんだよ」 勇者「……難しい」 魔王「まぁ、そう言う物なんだ。 全部を自分でやったりせずに、得意な分野で協力する。 これは理論的に正しいことだ。 麦と塩、木材と鉄を交換することで国も人々の暮らしも 豊かになる」 勇者「それはまぁ、何となく判る。王立広場の市場みたいな もんだろう?」 魔王「うん、そのとおりだ」 33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 49 30.81 ID s4r1gUtjP 勇者「でも、この場合、違うだろう」 魔王「違うとは?」 勇者「中央大陸の国家は、戦争で疲弊した『南部諸王国』に 善意からお金を送ってるんだ。結果として、その物流? が良くなったとしても、送ったお金は自分の物じゃないか」 魔王「ふむ」 勇者「つまり特産品同士を交換してるわけじゃない」 魔王「してるんだよ」 勇者「与えているだけじゃないのか?」 魔王「『南部諸王国』は、中央大陸に安全を 輸出しているんだ。つまり、戦争で血を流して 人間世界を防衛することでお金を得ている。 ――見たことがあるんだろう? 人間世界の『全て』が戦火にまみれていたのかい?」 勇者「……」 魔王「新しく発明された馬車、豊かな光、豊富なご馳走 毎晩のように舞踏会を開いている国はなかったかい? ブドウ畑で酔いしれている貴族はいなかったかい?」 35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 53 30.25 ID s4r1gUtjP 勇者「……それは」 魔王「つまり、そういうことだ。人間社会は 『南部諸王国』の巨大消費と防衛ラインという存在に 現在依存しているんだ」 勇者「い、ぞ……ん?」 魔王「そうだ、頼っている。溺れているというような意味だな」 勇者「でも、大多数の人間は戦う力なんて持っていないんだ。 そのためには、『南部諸王国』の戦士団や騎士団に 守ってもらい、せめて食料を送るしかない。 その何処がいけないって云うんだよっ!!」 魔王「まぁ、感情的にはそれが真実だろう。 そこまで否定したりはしない。 でも同時に、経済的にこの市場が無くなると 人間社会の物流や為替が破滅するのも確かなことだ」 勇者「破滅……?」 魔王「そうさ。その資料にあるだろう? これだけの 巨大消費がなくなったら、中央大陸の生産者は 大ダメージを受ける。特に鉄鋼業や造船業がね。 このダメージは波及して、数十万の死者がでる」 36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 17 56 58.63 ID s4r1gUtjP 勇者「そんな……」 魔王「まぁ魔王の云うことだから嘘かも知れないけどね」 勇者「嘘なのか?」 魔王「少なくとも私は本気だ。もしかしたら避ける方法が あるかも知れないけれど、私は知らない」 勇者「……」 魔王「さて、この物流と依存型のいびつな経済構造が 二つの理由のうち、一つだ」 勇者「まだ……あるのか」 魔王「もう一つは比較的簡単に説明できる」 勇者「……」 魔王「説明が簡単なだけで問題が簡単なわけではないが」 勇者「どういう理由なんだ?」 魔王「魔族との大戦争で人間社会は結束した。 物流が改善されて、医療技術もひろまって 疫病と飢餓は少なくなったと云っただろう?」 勇者「ああ、云ってたな」 38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 00 13.15 ID s4r1gUtjP 魔王「アレは説明の半分なんだ。確かに物流が以前よりは 活発になった。以前は国民の半分が餓死するような国の 隣では大豊作の国があり、協力なんてしなかったからね」 勇者「うん……」 魔王「だが、物流が改善されたとはいえ、この世界の 食料生産そのものが劇的に向上した訳じゃない」 勇者「……?」 魔王「判らないのかい? ……つまり、まだ餓死者は いるんだよ」 勇者「ああ。旅の途中でいくつもの村で、飢えた子供を見たよ」 魔王「そんな世界で、『大戦争による死者』が居なく なったらどうなる? 長い戦争で剣を振るう以外に 生きる術を知らない何十万人もの人間が中央大陸に あふれるんだ。彼らは生きているから食料を必要とする。 人間は増えるぞ? ――でも、食料はそこまで増えない。 この世界にはまだ輪作の概念すらないんだ」 勇者「そんな……」 魔王「それが現実なんだ」 41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 04 32.19 ID s4r1gUtjP 勇者「だって、だって」 魔王「だいたい、何で君は1人でここにいるんだ?」 勇者「……へ?」 魔王「腐っても魔王城だぞ。そりゃ警備をくぐり抜けて こんな所まで来れちゃう君は突然変異というか、 それこそ冗談みたいな奇跡だけど」 勇者「何を言ってるんだ?」 魔王「戦争を終わらせるのは、軍の仕事だろう? 君は勇者じゃないのか?」 勇者「勇者だよっ。それが俺の天命だっ」 魔王「敵の王の命を単身仕留めるのは 暗殺者の仕事じゃないのかい?」 勇者「……っ!?」 魔王「多分ね。……人間の王たちも判っているよ」 魔王「この戦争が終わったら、勝っても負けても 人間は滅びてしまうって」 勇者「……」 魔王「だから君を1人で送り出したんだよ」 44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 07 55.85 ID s4r1gUtjP 勇者「……」 魔王「一方的なことを云ってしまったけれど、それは 魔族の側も事情は一緒でね。知っていると思うけれど 一口に魔族といっても、その内情は様々なんだ。 有角族や飛翼族、鉄蹄族。スライムや遊びコウモリ なんていう低級なヤツらも沢山いる。 悪戯好きなだけの種族も多いけれど、有力な氏族は ひどく好戦的だし、種族中心主義だ」 勇者「そうなのか……」 魔王「うん、そうなんだ。 私はね……見ての通り、腕も細いし、ひ弱で華奢だろ?」 勇者「魔法で戦うんじゃないのか?」 魔王「そりゃまぁ、使えるけれど。 大魔法使いというほどじゃない」 勇者「なら、どうして魔王になれたんだ?」 魔王「要領とタイミングと、なんだろう。 ……多分、偶然で」 49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 18 08.19 ID s4r1gUtjP 魔王「私の一族は変わり者が多くて、魔界の端っこで 長年研究をしていてね。私の専門は経済なんだ」 勇者「経済ってなんだ?」 魔王「信じられないなぁ、人間の文明の程度は」 勇者「なんかむかつく」 魔王「魔族も人のことは云えない。 この戦争が終わったら、たとえ魔族の側が 勝ち残ったとしても、前にも増した乱世が始まるよ。 今度は人間の土地を舞台にして、奴隷を奪い合う 恐ろしい時代が幕を開けるだろう。 有力な魔族は人間の王国を次々と勝手に略奪して それぞれを自分たちの『植民地』と呼ぶ時代だ。 裕福になった戦闘的な氏族は その富で弱小氏族を従えたり、より大きな戦力を 調えて魔族統一を目指すだろうけれど いまよりもっと混沌とした魔界はたやすく統一なんか 出来るわけが無くて、いまよりずっと多くの 血が流れるだろうね」 52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 22 11.68 ID s4r1gUtjP 勇者「植民地?」 魔王「他人の土地に攻め込んで支配して、 自分たちの場所であるかのように利益を吸い上げること」 勇者「許されるわけ、無いっ」 魔王「人間が勝ったら魔族の土地に同じ事をするだろうね」 勇者「人間は、そんなことっ」 魔王「……」 勇者「……」 魔王「しないって、云えないだろう?」 勇者「……」 魔王「まぁ、いろんな世界がそうやって滅びていったんだ」 勇者「世界?」 魔王「ああ、それは私たち一族の研究だよ。 気にしないで。でも、私は……」 53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 26 43.76 ID s4r1gUtjP 魔王「私は、まだ見たことがない物が見たいんだ」 勇者「……」 魔王「勇者になら、判るかも知れないと思ったんだよ」 勇者「何を、だよ」 魔王「言葉では言い表せないけれど」 勇者「お前学者なんだろ?」 魔王「学者……? ああ、うん、そんな物だ」 勇者「じゃぁ、説明しろよ」 魔王「うーん、つまり」 勇者「……」 魔王「『あの丘の向こうに何があるんだろう?』って 思ったことはないかい? 『この船の向かう先には 何があるんだろう?』ってワクワクした覚えは?」 勇者「そりゃ……あるけど。わりと、沢山」 魔王「そうだろう? 勇者だものな!」 勇者「何でそんなに嬉しそうなんだよ」 54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 30 05.56 ID s4r1gUtjP 魔王「だから、そう言う物が見たいんだ」 勇者「……勇者になりたいのか?」 魔王「近い。でも、違う。だって私は学者 なのだろうし、いまのこの身は魔王だ……」 勇者「……」 魔王「やってて幸せとは云えないけれど 責任を感じるし他の誰かに押しつける気はない。 勇者じゃない私が、勇者になりたいなんて そんな夢物語で時間を浪費するつもりはないんだ。 けれど」 魔王「見たことがない物は、見てみたい」 勇者「……そか」 魔王「だから、もう一度云う。 『この我のものとなれ、勇者よ』 私が望む未だ見ぬ物を探すために 私の瞳、私の明かり、私の剣となって欲しい」 勇者「断る」 57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 34 02.22 ID s4r1gUtjP 魔王「だめか?」 勇者「だめ」 魔王「絶対か?」 勇者「絶対」 魔王「交渉の余地はないのか?」 勇者「ない」 魔王「……」 勇者「……ないぞ? ほんとだぞ」 魔王「あると見た」 勇者「くぁ、なんでそこで上目遣いなんだよ。 学者がとって良い態度かよっ」 魔王「学者であると同時に私は経済屋なんだ。 経済屋は決して諦めない。どんなことにでも 妥協して明日を目指すんだ」 勇者「なんだか俺より勇者っぽい」 59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 39 17.01 ID s4r1gUtjP 魔王「故事によれば『世界の半分』を交渉材料にするらしい」 勇者「へー」 魔王「余裕たっぷりだな」 勇者「そんなので転ぶ勇者がいるかよ。 もしいたらそいつは勇者でも何でもない。 1から出直せって話だ」 魔王「うん、私の知っている故事でも 結末はそうなっていた」 勇者「ださっ」 魔王「私もそう思う。そもそもその魔王だって 世界征服が終了していた訳じゃないだろうに。 自分が所有していない物件の50%を譲渡するなんて 商道徳にてらしても法的観点から見ても 契約の有効性に疑問を持たざるを得ない」 勇者「そういう嘘つきだから勇者にふられるんだよ」 魔王「仰せの通りだ」 61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 44 23.58 ID s4r1gUtjP 勇者「だからといって魔界の50%譲渡とか云ったって 俺は絶対うんなんて云わないからな。 そんな見知らぬ土地なんかもらったってちっとも 嬉しくない。そもそも賄賂や金品で転ぶなんて 勇者のすることじゃないぞ。 人間ってのは、ベッド一個のスペースと、 毎日腹が満ちる程度の食い物があればそれで充分なんだ」 魔王「清貧の志だな」 勇者「貧しいとか云うな。魔王のクセにっ」 魔王「私としても領土の割譲をテーマに交渉する気はない」 勇者「そうなのか?」 魔王「領土割譲は、後世の統治から見た場合、 民族問題やプライド上の問題があって、紛争の火種に なることもしばしばなのだ。眼前の交渉が重要とはいえ 後世に禍根を残すのは気が進まない」 勇者「ふぅん……。そういうものなのか」 魔王「そうなのだ。それにだいたい『50%』という 言い方が良くない。それでは結局『こちらとそちら』が 再生産されるだけではないか」 66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 50 17.49 ID s4r1gUtjP 勇者「どうゆうこと?」 魔王「つまり、世界を分割するのが問題だ、ということだ。 その分割という発想は、結局現在の問題である 『人間世界と魔族世界』という対立を 『勇者の支配地域と魔王の支配地域』という対立に 問題をすり替えただけだという話だ」 勇者「あー。もっともな話だ」 魔王「だろう? それは交渉でも妥協でもなく ただの時間稼ぎに過ぎない」 勇者「ふむ」 魔王「故にその種の論法は却下だ」 勇者「じゃぁ、交渉も失敗だな。時間もちょうど半日だ。 ……戦闘するような気分じゃなくなっちゃったけれどさ」 魔王「いや、ちゃんと提案はある」 勇者「あるのか?」 魔王「半分などとけちくさいことは云わない。 でも大地は私の物ではないから差し出せない。 勇者が欲しい。代価は私にはらえる全て。 つまり、私自身だ。 これだけは私の意志で勇者に捧げられる。 お願いだから私の物になってくれ」 68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 55 56.79 ID s4r1gUtjP 勇者「……お、お、おまっ」 魔王「口をぱくぱくさせると間抜けに見えるぞ」 勇者「なっ何をっ」 魔王「交渉の提案だ」 勇者「何言ってるか判ってるのかっ?」 魔王「判っている」 勇者「しょ、正気かっ!?」 魔王「もちろんだ」 勇者「もうちょっと物考えて発言しろ! わ、わ、わ、わきまえろっ!!」 魔王「そんなに驚かないでも良いではないか。 人間世界では15にもなれば農夫の息子だろうが 宿屋の娘だろうが、そこら中でこのような睦言と 甘やかな契約を交わして乳繰りあっていると聞く」 勇者「聞くなよっ」 魔王「正確には書物で読んだわけだが。 ――読んだだけで実体は不明で経験もない。 これも一つの『未だ見ぬ物』だな」 71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 18 59 54.23 ID s4r1gUtjP 勇者「何を」 魔王「優れた提案とは提案した時点で 提案者の目的の一分を達せられるのだ。 『純潔を捧げる願い』を告白するなどと 私の人生に訪れるとは思っていなかった知見だ。 精神的に平静ではいられないなんて貴重だな」 勇者「まるっきり平静に見えるよ」 魔王「ダメか?」 勇者「だっ、だめっ!!」 魔王「絶対か?」 勇者「ぜ、ぜ、ぜ」 魔王「前回よりもさらに余地があるように見える」 勇者「近寄るなっ」 魔王「許可無い限り触れたりしない。私は奥手なんだ」 勇者「契約主義者ってさっきまでは云ってたじゃないか」 魔王「それは真実だ。『奥手』というのは 真実にかぶせる演出上の工夫だ」 75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 05 18.00 ID s4r1gUtjP 魔王「勇者」 勇者「何だよっ」 魔王「んぅ。話づらいな」 勇者「あんだけ悲惨な未来をぺらぺら解説して やがったじゃないか」 魔王「あれは専門分野の講義だったから」 勇者「どんだけ死にものぐるいな専門分野なんだよ」 魔王「経済というのは血が流れない戦争なんだ」 勇者「おっかないよ。戦闘能力のない魔王を 初めておっかないと思ったよっ」 魔王「怖がらせるのは本意ではないし……。 混乱させたら申し訳ないと思うけれど」 勇者「……」 魔王「少しセールストークをする」 勇者「うー。押されてる」 魔王「私を独占すると色々便利だぞ?」 勇者「たとえば?」 魔王「家計簿を付けるのが得意だ。完璧を約束できる」 80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 09 56.32 ID s4r1gUtjP 勇者「なんだかなぁ。家計簿か」 魔王「それにね」 勇者「?」 魔王「この戦争の向こうに行ける」 勇者「それは出来ないって云ってたじゃないか」 魔王「もちろん、すぐには無理だ。人間の王たちも 納得はしまい。私が投降しても、それは秘密裏に 処理されて、偽魔王が立てられるだろう。 それくらいこの戦争は、人間社会に必要になって しまっている」 勇者「……」 魔王「でも、だからこそ、それが『別の結末』を 迎える事ができるのならば、 それは私にとってだけじゃない。 三千世界にとって『未だ見ぬ物』じゃないだろうか?」 勇者「……」 魔王「どうだ?」 88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 17 09.59 ID s4r1gUtjP 勇者「それが」 魔王「ん?」 勇者「おまえなんだ」 魔王「うん、これが私なのだ」 勇者「ずっとそんなこと考えてきたんだ」 魔王「戦争を終わらせるのが軍だとすれば 終わる着地点を模索するのが王の役目だ」 勇者「そのために俺を欲しがったのか?」 魔王「うん、まぁ。そうとも云える」 勇者「……」 魔王「いや、誤解しないでくれっ。 勇者が欲しいのは本当だぞ? 向こう側を一緒に見に行く連れが欲しいだろう? 朝の散歩に一緒に出かけるような気分なんだっ。 それから家計簿も本当だ。偽りはない。 なんだったら賃借対照表や生涯賃金提案書も書けるぞっ。 足りないかっ? 足りないのか? そうだな。……あまりにも粗末な粗品だが 一緒にいるのも得意だ。私は静かな魔王だからな。 部屋に置いておいても邪魔にはならないことに定評がある 添い寝とかも多分役に立たないほど下手だろうが セット商品についている細々とした備品程度でいいならな 付けることが出来る」 92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 24 09.48 ID s4r1gUtjP 勇者「あー」 魔王「契約詐欺にならないようにあらかじめ 告げておかなくてはならないのだが、 私は料理は不得手だ。料理は科学なのだろう? わたしにはゲル化や乳化を行なうための 洗練された手先の技術が欠けているようで 調理に関して期待してもらっては困る」 魔王「それから、あー。 世間の、ほら。大多数の一般的な性別において 男性を有する成人の人間が望むような外見的 肉体的な美しさには欠けていると思われる。 運動不足だしな」 勇者「そうか? そ、そんなことないだろ」 魔王「いいや、そんなことはあるのだ。 これは侍女たちの用意した魔王のお仕着せであって 欠点が隠れて、と言うか、見えないだけで、 二の腕とかつまめるのだっ」 勇者「泣きそうになるなよ」 魔王「ぷるぷるなのだぞ!?」 97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 29 31.81 ID s4r1gUtjP 勇者「いや、その……大変美味しそうに見えます。 ……特に胸とかおっぱいとか」 魔王「いや、いいんだ。無用な慰めだ。 それに地味すぎて、こればかりは申し訳ない。 思うに我が一族の頭部は長い伝統で 見てくれよりも中身を重視してきたはずで」 勇者「そうか?」 魔王「私も娘時代、つまり150年ほど前だが その時代にもうちょっとこう、何というか 身なりやお手入れに気を配っておけば こんな一世一代の交渉時、リコールにおびえる経営者の 気分を味合わないで済んだはずなのに……」 勇者「用語が難しいな」 魔王「世の中は色々難しいのだ」 勇者「まったくだな」 100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 34 36.34 ID s4r1gUtjP 魔王「とにかく、そう言った外見的な物については あまり満足のいく案件ではないのだが、経済を 中心にした知識と……知識と……。 それくらいしか誇れないのか、私は」 勇者「……」 魔王「あと誇ることが出来るのは、貞淑さくらいだ。 私は長命種で、学者の家系の出だからな。 それに純然たる契約主義者でもある。 私にとっていったん締結されれば この種の契約は魂にまで食い込み 過去も未来もその一転において鋼に勝る強度を持つだろう。 ――側近く侍る。健やかなる時も病める時も寄り添おう。 それは約束できる」 勇者「……」 魔王「どうだ? 私の物にならないか? 私はあんまり我が儘は言わないぞ。 『丘の向こう側』に一緒に行ってくれれば それだけで満足だ」 103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 40 31.38 ID s4r1gUtjP 勇者「沢山殺すことになるんだろうな」 魔王「ああ。……うん。誤魔化さない」 勇者「河が血で染まるほどかな」 魔王「うん、終わるまでは。手を血で汚さない約束は できない。私も、勇者も、非道なことを 沢山することになるだろう」 勇者「裏切り者と呼ばれるかな」 魔王「それは、正体を隠すことも出来る。 私の誇りにかけて、勇者の伝説は綺麗なままに 出来るはずだ」 勇者「必要なのか?」 魔王「それは違う。このままワルツのように戦争を 消耗を繰り返し、屍山血河の平和を享受することも この世界に許された選択肢の一つだ」 勇者「それはそれでおびただしい犠牲だろう」 魔王「でも勇者が直接的手を汚さないで済む」 104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 46 44.08 ID s4r1gUtjP 勇者「なんだよ契約したくないのかよ」 魔王「騙して契約したくないんだ」 勇者「そか」 魔王「騙して手に入れたものは、一夜で失われる」 勇者「信義に厚いんだな」 魔王「善悪の話じゃない。ゲーム理論で証明された 商道徳レベルでの話だよ」 勇者「よし、お前の物になる」 魔王「いいのか?」 勇者「いいんだよ。……あー、いっとくけどなっ」 魔王「?」 勇者「おっぱいのためじゃないからなっ!」 魔王「こんなものがいいのか?」 ふにふに 勇者「自分で揉むなっ」 魔王「勇者」 勇者「何だよ、魔王っ」 魔王「触れたい。触って良いですか?」 110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 19 57 12.81 ID s4r1gUtjP 勇者「……」 魔王「信用してないな?」 勇者「口調がいきなり丁寧でびっくりしただけだ」 魔王「少しだけだから、触らせてくれ」 勇者「判った」 魔王「……」 おずおず 勇者「魔王、手がひんやりしてるな」 魔王「冷たいか? 済まない」 勇者「いや、気持ちよい」 魔王「私は、勇者のものだ」 勇者「俺は魔王のものになる」 魔王「契約成立だ」 勇者「契約成立だな」 魔王「嬉しいぞ」にこっ 勇者「……。くぁっ。は、はなれろっ」 魔王「そうか?」 勇者「で、最初の一手はどうするんだよ」 魔王「そうだな……まずは、麦から手を付ける」 勇者「麦か……。長い旅になるな」 魔王「もちろん。わたしは勇者と一生離れる気は ないんだからなっ」 133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23 39 08.74 ID s4r1gUtjP ――冬越しの村 勇者「うぉ、寒くなってきたな」 魔王「これから冬に向かっていくからな」 勇者「こんな中途半端なところで良いのか?」 魔王「中途半端とは?」 勇者「いや、だからさ。魔王の話によれば いまの人間、中央大陸にとって麦は食料として大事だ。 ってことを基本にしてるんだろう?」 魔王「ああ、そうだ」 勇者「だったら、もっと農業大国の湖の国とか 紫旗女王国とかさ、そっちに行った方が良いんじゃね?」 魔王「話が聞いてもらえるならな」 勇者「あー」 魔王「勇者もしばらくは姿を見せない方がよいと思う」 勇者「そうか?」 魔王「ああ。あんな風に私の所へよこされたんだ。 誰かが勇者を疎ましく思っていたのかも知れない」 勇者「んなことないって」 137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23 45 31.80 ID s4r1gUtjP 魔王「それに何処に行って紹介するにしたところで 説得力を出すためには実際の実験と資料が必要だ」 勇者「そりゃそうだ」 魔王「この村でそのための手はずを整える」 勇者「そう、なのか?」 魔王「うむ。手の者を忍び込ませているのだ」 勇者「手回しが良いな」 魔王「何事も根回しと調整が必要だ」 勇者「この村か」 魔王「ああ、何の変哲もない村だろう?」 勇者「うん、こんな村は沢山知っている」 魔王「『南部諸王国』辺境部では典型的な開拓村だな。 複合的な大規模農業を中心に小作農や職人たちが 緩やかな村を形成している」 勇者「魔王軍との戦いもあるだろうになー」 魔王「それでも大地にしがみついて生きてゆくんだ。 人間はそこがすごいところだ」 139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23 49 39.59 ID s4r1gUtjP 勇者「で、手の者ってのは」 魔王「ああ。小さな一軒家を用意してもらってるんだが。 どこなのだろうな。この村としか聞いてないんだが」 勇者「あー。そうなのか? 探せば判るんだろうけれど そろそろ陽も暮れるし、こんな寒い中をうろつき回るのは ぞっとしないなぁ」 魔王「うむ、もっともな指摘だ」 勇者「だよなぁ」 メイド長「まおー様ぁ~まおー様ぁ~♪」 勇者「ば、ば、ばっ」 魔王「おお。この声は」 メイド長「まおー様~♪」 魔王「おお、紹介しよう。勇者!」 勇者「この馬鹿っ。一応人間の村だぞっ! まおーまおー叫んでどうするっ!」 魔王「む。そう言えばそうだ。以後注意するように」 メイド長「はい、まおー様!」 142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/03(木) 23 55 53.42 ID s4r1gUtjP 魔王「まぁ、大丈夫だ。そんなに怒ってくれるな」 勇者「むー」 メイド長「怒りすぎると皺が取れなくなりますよ」なでなで 勇者「こいつは何なんだ?」 魔王「これは私の側近で、メイドを束ねるメイド長だ」 メイド長「ご紹介にあずかったメイド長です。 まおー様のことは幼い頃から世話をさせていただいて おりますわ。この度は勇者様とまおー様のご結婚 まことに喜ばしく、お見守りさせていただいてきた この身、この胸の内も震えんほどです」 勇者「突っ込みどころはたくさんあるんだけど、 最大のものは結婚なんてしてないって事だぞ」 メイド長「そうなんですか?」 魔王「期間無制限の相互所有契約だ」 メイド長「あらあら、まさに結婚じゃないですか」 魔王「白詰草とクローバーほどに違う」 メイド長「それじゃ同じものじゃないですか」 145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 02 31.05 ID AIDyRnsCP 魔王「あえて名前を変えることによる風情の違いがある」 メイド長「ああ、そうでしたか! メイドと召使いと側女と寝室奉仕奴隷のようなものですね」 魔王「それも風情か?」 勇者「……」 メイド長「風情は大事ですよ。男女間の機微の80%は 風情で構成されていると言っても過言ではありません」 魔王「なんと! それでは殆ど具材がないではないか?」 メイド長「そこがミソなんですよ」 勇者「あのー。寒いんだけど」 メイド長「おやおや、まぁ!」 魔王「勇者が寒いと云っているんだ。どうにかならんか?」 メイド長「では、こちらへ。ご案内しますわ」 魔王「おお、首尾はどうだ?」 メイド長「さほど大きくはありませんが、 村はずれの古い館を改修してございます」 魔王「でかしたぞ、メイド長」 147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 12 08.05 ID AIDyRnsCP ――古びた洋館 勇者「なんだよなんだよ。充分でかいじゃないか」 メイド長「とんでもない。魔王城の1/100以下です」 勇者「あれはダンジョンだろ。一緒にするな」 魔王「いや、私はあそこに住んでたんだがな」 勇者「ああ、そっか」 メイド長「こちらへどうぞ。 ただいまお茶をお持ちしましょう」 魔王「すまんなー」 勇者「側近って、どんな関係なんだ?」 魔王「うむ。ああ見えてメイド長はわたしの親戚なのだ」 勇者「学者なのか?」 魔王「んー。学者というと語弊があるな。 学者一族と云うより『好奇心を抑えられない一族』なのだ。 しかも専門ジャンルを追求してしまう類の。 彼女は、私から見ると年上なのだが、 なんだか『メイド道』とやらに目覚めてしまってな」 勇者「ふむ……」 149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 17 39.88 ID AIDyRnsCP メイド長「殿方における騎士道と似たようなものですわ」 魔王「早いな」 メイド長「紅茶でございますよ。 蜂蜜をたっぷり入れておきましたから」 魔王「まぁ、そんなわけで、ずっと一緒に育ったし 魔王軍の指揮なんかを任せたこともある」 勇者「おいおい、メイドってそんなことも出来るのか!?」 メイド長「主人のどのような求めにも応える。 それが私の『メイド道』ですわ」 152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 25 10.69 ID AIDyRnsCP 魔王「これは、この館はどういう物件なんだ?」 勇者「そうだ、気になってた」 メイド長「さる貴族の別邸だったらしい建物でございます。 その貴族……騎士家だったそうですが、その家そのものは 跡継ぎを戦争で亡くされ、この館は手放されたとか」 魔王「正規の手段で手に入れたのだろうな?」 メイド長「ええもちろんです。 修繕を依頼した職工の方々への支払いも現金で行ないました」 魔王「うむ」 勇者「……穏当だな、以外に」 魔王「いずれ実力行使でなければ意を通せない相手も出てくる。 穏やかに通るところで無駄に暴力は使いたくない。 ……嫌われると困る」 勇者「?」 魔王「なんでもない。 ……で、我らはこの館に逗留して。んー身分は どうしたものかな」 153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 32 06.31 ID AIDyRnsCP メイド長「村長以下主立った方々へのご挨拶は すませております。聖王都の神学院で研究なされた 高名な学者の姫君だと」 魔王「そんなんで通るのか」 勇者「格好さえどうにかすれば余裕だろう?」 魔王「この白衣とローブではだめかな」 勇者「ダメっぽいんじゃね?」 メイド長「ダメでしょうね」 魔王「着心地が良いんだが」 勇者「姫君ってのは着心地度外視で服選ぶんじゃねぇかな」 メイド長「そうですね。視線を意識せざるを得ない服で 緊張感を維持しているのかと思われます」 魔王「緊張感がないと!?」 メイド長「そうは申しておりません。しかし……」 魔王「なんじゃ」 メイド長「お耳を拝借いたします」 魔王「ふむふむ……」 158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 35 41.98 ID AIDyRnsCP 魔王「勇者、勇者」 勇者「どうした?」 魔王「緊張感のない肉は駄肉か?」 じわぁ 勇者「なんで半べそなんだよ」 魔王「そう言われたのだ」 勇者「あー」 魔王「駄肉か? 駄肉なのか!?」 勇者「あー。そのー」 メイド長「お茶のお代わりはいかがでございましょう?」 魔王「ゆるんでぷにってしまうのか?」 勇者「コメントしづらいな」 メイド長「冬場は特に運動が不足しますからね」 魔王「うううう」 勇者「……その、たまには着飾るのも良いんじゃないか? 目先が変わって。その、風情とか云うヤツだ」 メイド長「さようでございますよ、まおー様」 魔王「そ、そうか……」 ページトップへ 次1-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/80.html
<前13-7へ 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」13-8 710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 14 18.34 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 湖の国、修道会 修道士「清拭を」 修道士補佐「はい。腕を出してくださいね」 貧しい農民「お願ぇします。お願ぇします。 この娘っ子は身体が弱くて、どうしても病気なんかには やりたくないんです……」 農民の娘「あの……」 修道士「ああ。お金ですか? 良いんですよ、寄付ですから。 無いならないで無理に寄付なんかしなくても」 修道士補佐「安心してください。こaこは王立の修道院ですから。 この種痘は女王の私費で行なわれてるんですよ」 貧しい農民「ありがとうごぜぇます! 精霊様! 女王様!」 農民の娘「ひゃっ」 修道士「冷たいけれど、我慢してくださいね。 ちょっと痛いですよ。刺しますから。 でもこれをしておくと、疱瘡にかからなくなるんです」 農民の娘「がまん、する……」 修道士「ちょっとだけですよ」 農民の娘「っ!」 びくんっ 修道士「はい、もう終わりです」 農民の娘「おわり」 修道士補佐「はい。もう平気ですよ」 農民の娘「だいじょうぶだったよ」 修道士「良くできましたね」 にこり 713 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 23 35.31 ID KvXPKcsP 修道士補佐「では、お名前だけ記載しますので、教えてください」 貧しい農民「へぇ、では」 農民の娘「ねー。おとーさん、おとーさん?」 貧しい農民「どした? おらは、修道士さんと話があるだよ」 農民の娘「きらきらしてるよ?」 修道士補佐「あれは……」 貧しい農民「へ?」 きらきらきら…… 農民の娘「とり、だよ?」 修道士「あれは、不死鳥では」 修道士補佐「精霊様のっ?」 貧しい農民「なんて綺麗なんだろう」 農民の娘「きれーだねぇ! すごい!」ぴょんっ、ぴょんっ! 修道士「精霊よ」 くたっ 修道士補佐「修道士様」 修道士「祈りましょう」 修道士補佐「は、はいっ」 ぺたっ 貧しい農民「あ、ああ……。こら」 農民の娘「あ、はい!」 修道士「精霊よ。貧しき我らの行く末に、ひとときの平安と 一日の糧を。我らが克己が力となり、力が優しさとなり、 優しさが明日の支えとなりますように……」 修道士補佐「感謝と共に祈りを捧げます……」 貧しい農民「捧げます」 農民の娘「ささげます……」 714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 25 58.55 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 聖王国、冬薔薇の庭園 辣腕会計「こちらが今月分の収支報告となっております」 聖国王「ほう! 早くも黒字転換か」 国務大臣「それはそれは!」 ほくほく 辣腕会計「元々仕組みは出来上がっておりましたからね」 聖国王「しかし、これは。これだけの利益は大きいな」 国務大臣「ええ……」 辣腕会計「はい、自負しております」 聖国王「これだけ儲かるとなると、教会も黙っていないであろう」 辣腕会計「そうですか?」 聖国王「これは元来教会が行なっていた税収や金貸しの業務と 一部被っている事業だ。教会の収益を奪って上げた利益と 云うことになるのではないか?」 国務大臣「そうですのう……」 辣腕会計「そんな事はありませんよ」 聖国王「とは?」 辣腕会計「この業務を開始してから日が浅いですが、 王都に訪れる商人の数は前年同月比で+45%となっています。 わが“同盟”で行われる幾つかの金融審査を求めて 商人の流入が大きくなっているのです。 彼らは利にさとい商売人ですから、 移動を空荷で行う事はありません。 自然に王都には荷が集まり、新しい商売が始まる。 人々も集まりますし、街には活気が戻ります。 現に、この期間中は、教会の利益も増加しています」 聖国王「戦争中なのにか?」 辣腕会計「全ての民が魔界へ行ったわけではありません。 効率よく工作をするためにも、流動的な労働力が 多少あった方がよいのですよ」 聖国王「ふむ……」 715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 30 04.28 ID KvXPKcsP 国務大臣「そうであれば、こんなに素晴らしいことはありませんな」 辣腕会計「今回の提案は、こちらの書状にも書きましたが 免税特権、および河船税の撤廃についてでして」 聖国王「ふむ」 国務大臣「馬鹿な! そのようなことをすれば 我が国の国庫は破綻してしまうわ!!」 辣腕会計「それは固定観念による思い込みです。 この試算書に眼を通してくだされば判るはず。 いままでどおりの輸出入量であっても、 荷揚げ税だけで税収はまかなえるのです。 むしろ、河船税の撤廃すれば大河を用いた交易は活発になり」 国務大臣「それは机上の計算というものであり」 辣腕会計「計算は机上で行なうものです」 聖国王「やれやれ。かしましいことだ。 ……しかし、このような改革。 自分が国元を離れた間にやったと知ればあいつは怒るかな。 いや、笑うか。あいつなら。 出来ることを出来ぬと云い、逃げるわたしを誰よりも軽蔑し、 誰よりも守ってくれたあいつならば……」 国務大臣「そもそも河船税を廃止と云うが それには領主会議の内諾が必要であり……え?」 辣腕会計「あ……」 聖国王「なんだというのだ?」 国務大臣「へ、陛下っ! あれをご覧下さいっ!」 聖国王「おおっ!!」 きらきらきら……。きらきらきら……。 辣腕会計「なんですか、あれは! なんて大きく、美しい!」 聖国王「吉兆か……。あれは、瑞兆であるな?」 国務大臣「御意でございます」 聖国王「美しいな、なんて美しいのだ。 ……あれはまさにこの世界を守護するものに違い有るまい。 あれを見よ。ははははっ。聖王国だ、伝統だと云ったところで あの鳥の美しさにはとても敵わぬ。ははははっ。 素晴らしいな。ああ、気分が晴れるようだ。 誰ぞ! 誰ぞっ! 祝いの酒を持つが良いっ!」 716 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 32 38.15 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 大陸の全て ……なんて綺麗なんだろう ……きっと精霊様の御使いよ。お祈りしましょうね。 ……うん、ママ。おいのり、する。 ……綺麗だぁ。よぉし、もうひとがんばりするべぇ。 ……ほーぅい、ほーぅい! 休憩にしよう。あの鳥を見て。 ……やめた。こんなところで戦うなんてばからしい。 なぁ、あんたもやめにしないか? 俺は故郷で牛を飼って暮らしているのが性に合ってるみたいだ。 ……うわぁ! 鳥だ! 奇跡だ! 恩寵だ! む、キた! ひらめいた! この直感を曲にしなければ! どこだぁ、羊皮紙はどこだぁ!? ……ありがとうございます。今日も馬鈴薯が沢山取れました。 ……うわぁ、帰って母ちゃんにも話そう。すげぇ……なぁ……。 ……ばあさんや、すごいものがみえるよ。 ……いやですねぇ、わたしだって見ていますよぅ。 ……ありがとう、お祈りします。 ……ありがとう。 718 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 40 33.35 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 世界の果て、青空の彼方 光の精霊「あ……。こんなに。こんなに……。 ありがとうが、祈りが……。 くるくると舞って、溢れて、こぼれて……」 勇者「な?」 魔王「うむ」 にこり 光の精霊「はい。……嘘じゃなかった。 無意味じゃ……、無かった。 罪だったかも知れないけれど 間違いだったかも知れないけれど……。 不必要じゃ、無かった」 ぽろぽろ 勇者「うん」 魔王「そうだ。……出会いだから。恋も、戦も。 そこで何かは起きてしまうけれど、あなたは最善を尽くした」 光の精霊「はい……っ」 勇者「俺たちもな」 魔王「うん」 光の精霊「ごめんなさい。……最期まで巻き込みました」 勇者「いや、まぁ。織り込み済みだ。こうなっちゃうと思ってたし」 魔王「まぁ、あの塔が無くなれば上空千里だしな。 死ぬ覚悟は出来てたさ。……勇者と一緒だし問題はない。 いや、女騎士に悪いか」 光の精霊「でも、それじゃっ!」 勇者「まぁまぁ。済んだことはがたがた言わない」 魔王「そうだぞ。気にしすぎるのはよく無い。 わたしはそれを勇者と出会ってから学んだのだ。 料理と気配りは“適当”が一番だ」 光の精霊「……っ」 勇者「それに、ほら!」 魔王「うん、あなたにだって、迎えが来たよ?」 719 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 42 05.83 ID KvXPKcsP 黒髪の少年「――」 光の精霊「え。あ……」 黒髪の少年「――」 にこり 光の精霊「ああっ! そんなの……。そんなのってっ!!」 勇者「あの男の子が、彼なのか?」 魔王「この鳥は、本来彼の持ち物なんだそうだ。伝説ではね」 黒髪の少年「――」こくり 光の精霊「はいっ! ……はいっ!」 ぽろぽろっ 勇者「何を話しているんだろう?」 魔王「なんだって良いではないか。 わたし達が世話を焼かなくたって。 あの顔を見れば、嬉しい話だってすぐわかるだろう?」 勇者「そりゃそうか」 魔王「うん」 黒髪の少年「――?」 光の精霊「ええ。……ずっとずっと謝りたかったです。 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。 何千回謝っても赦されないかも知れないけれど」 黒髪の少年「――」 ぽくっ! 光の精霊「ひぇっ!?」 勇者「あ、殴った」 魔王「容赦ないところも似てるな」 勇者「誰に?」 魔王「無自覚だ」 720 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 44 07.41 ID KvXPKcsP 黒髪の少年「――」 光の精霊「はいっ! お供します。 いえ、どこまでだって! この世界の果てにだって。宇宙の彼方にだって。 ええ。はい……。 この世界は大好きだけど、愛しいけれど。 哀しくて寂しくて、別れがたいけれど。 でも、ちょっとだけ……。 それは、きっと……少しだけですから」 黒髪の少年「――」 光の精霊「ううん。違うんです。みんな優しかったですから。 きっと、いいえ。絶対に。 これは幸せな終わりなんです」 勇者「……」 魔王「……」 ぎゅっ 黒髪の少年「――」 光の精霊「最善じゃなくても良いんです。 最善なんかじゃなくても幸せなんだって。 失われたものは還ってこないけれど 犯した罪は消えないけれど でもそれは無駄じゃなかったって。 後悔を肯定する訳じゃないけれど 赦すべき時が来たんだって。 そう、教えて貰いました。 彼らが歩き出すのなら、わたしも立ち止まってちゃいけないって。 “明日”が好きならば、歩かなきゃいけないって」 黒髪の少年「――」ぶんぶんっ 勇者「おうっ! なんだか判らないけどしっかりやれ!!」 魔王「何を言ってるのか判るのか?」 勇者「いや、なんとなく。妙に親近感を感じるぞ、あいつに」 722 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 46 29.28 ID KvXPKcsP さらさらさらさら…… 勇者「この藍色の光は?」 魔王「おそらく、お別れなんだろう」 黒髪の少年「――」 光の精霊「勇者、魔王。……あなたたちに、無限の感謝を」 勇者「気にするな。俺は頼まれたことを、やっただけ。 でもさ。俺は……。 俺は、精霊の願いをかなえられたのかな。 世界は、救われたか? いや、精霊は、救われたか?」 光の精霊「はい。勇者よ。 あなたはわたしの願い以上をかなえてくれました」 勇者「良かった」ほっ 魔王「我らは祖先の恩を返すことが出来たのか? あの災厄の時、なんの罪もない一人の少女を生け贄にして 自分たちの命をあがなった欲望の民の恩を」 光の精霊「最初から借りなどなかったのです。 ですが、はい。魔王よ。 あなたの言葉を借りるのならば、この上なく。 わたしは全てを返して頂きました」 魔王「その言葉は嬉しい。自分でも意外なほどにだ」にこり 勇者「じゃぁ、貸し借りは、無しだな」 魔王「この世界はきっとやっていける」 黒髪の少年「――」 光の精霊「はい。……ええ。 ……名残は尽きませんが、わたし達は行きます」 勇者「うん」 724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 48 10.44 ID KvXPKcsP ――にょほほほほほ。勇者、勇者もお元気で!! おっぱいの道は、まだまだけわしーのですぞ! 勇者「え? えっ!?」 ――なぁ、あれはよい戦だったなぁ! あっはっはっは。 我が胸の誇りは輝きながら星になって魔王殿を見守ろう! 魔王「え!? ああっ。そんな」じわぁっ 黒髪の少年「――」 光の精霊「さようなら。勇者、魔王。ありがとう」 勇者「うん……。うんっ!! うんっ!!」 魔王「お別れだ。……ありがとうっ」 黒髪の少年「――」 光の精霊「はい……。ずっと……。 ずっと一緒……です……」 きらきらきら…… きらきらきら…… 勇者「……」ごしっ 魔王「……」 きら……きら…… 勇者「……行っちゃったな」 魔王「ああ。辛かったけれど……楽しかったな」 勇者「だな。……ここって、どれくらい持つのかな」 魔王「じきに崩壊するだろう。疑似空間か、結界だろうし」 勇者「そか」 魔王「勇者。あの……」 勇者「?」 魔王「そのぅ、お願いが……あるのだけど」 ピシッ。 ……ジャキン。 魔王「最期に……」 726 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 56 23.94 ID KvXPKcsP ――それから 冬寂王――南部連合会議の初代議長に。早く妃を! と云う声が耳に痛いらしいが未だに独身。 英断の王の誉れ高く、南部を繁栄に導いている。 聖国王――南部連合と正式に国交を樹立した初めての 中央諸国の王として、遅咲きの執政を開始する。 中央集権国家として保守に属しながらもゆっくりとした 改革を進める。 王弟元帥――遠征軍立案の戦争犯罪者として一時拘留されるも 結果としては無罪となる。その後蒼魔族の領地にて戦後復興の ために辣腕を振るい、交易路建設や鉱山業の発展に尽力する。 戦役の責任者として厳しい批判も多いが、身近に接した 領民にも部下にも大きな信頼を得ている。 火竜大公――初代大氏族会議の議長として長い間その豪腕を 振るうが、開門都市戦役の2年後、病にて床につき、翌年死亡。 大勢に見守られた大往生を遂げる。晩年は鬼呼の姫巫女と共に 教育のための学舎を多く作り、人間界との関係正常化に寄与する。 青年商人――およそ一ヶ月の間魔王として復興のために昼夜を 問わぬ激務をこなすが、その後自治への道をつけると 性に合わないと言い置いて商人へと戻る。魔王としての激務の 代価として一人の魔界氏族の姫を連れていったとのことだが 商業的守秘義務により詳細は知れない。 東の砦将――その後、開門都市にて魔界大氏族、衛門族の長として 自治委員会を切り盛りして政治家としての非凡な才覚を見せる。 副官と共に行なった開放政策は、開門都市を大きく発展させた。 いち早く活版印刷を地下世界へ運び入れるなどその業績は 高い評価を受けている。 メイド姉――開門都市南部の荒れ地を開拓し、村を創る。 その後村は一年もたたずにふくれあがり、幾つかの私塾や 学院を中心とした学究街に。 人間も魔族も受け入れる教育、研究施設は王族や身分有る 子弟達の武者修行や出会いの場として留学先の筆頭候補になる。 727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 57 23.95 ID KvXPKcsP 商人子弟、軍人子弟、貴族子弟――それぞれに国に尽くして 活躍をする日々を送る。最近では誰が最初に結婚するかについて チキンレースの様相を呈してきた(妖精侍女と商人子弟という 観測が下馬評である)。三人の協力で出来た南部を貫く石造りの 街道は、なぜか“学士の道”と呼ばれている。 土木子弟、奏楽子弟――皆の予想を裏切り、結婚はしなかった模様。 しかしいつでも一緒に暮らし、どう見ても出来ている。 周囲の追求は笑ってかわしているが幸せそう。商会の依頼で魔界や 人間界のあちこちに橋を架ける事業に着手している。 奏楽子弟の作った曲は各地の吟遊詩人に歌われ、開門都市の戦いを 繰り返させない強力な抑止力となった。 メイド妹――なんと冬の宮殿にて宮廷料理長に就任。 しかし生来の食いしん坊が顔を出すと、魔界の果てでも 聖王国でも食べ歩きの旅に出てしまうので、いままでの料理長 (いまでは副料理長)を泣かせている。将来は王妃に? なんていう予想もあるが本人は至って暢気な様子。 メイド長――戦いが終わった後、冬越し村に戻り、 屋敷を掃除して静かに暮らす。たまの来訪者を迎える以外 何もせず、何も語らず。何も明かそうとはしない。 屋敷はいつでも清潔で彼女の仕事は完璧だが、 彼女を召し抱えようとするどのような貴族や王族も 彼女を得るには至らない。 執事――開門都市戦役後、勇敢な従軍司祭の証言により 大きく損傷した遺体が発見される。 最期まで微塵もひるまなかった様子がうかがえ、 冬寂王の希望により、その亡骸は冬の国の王宮庭園に葬られる。 女魔法使い――行方不明。しかし、ごきげん殺人事件シリーズは 未完ではなく、続刊である。 一説によると原稿はすでに完成しており 挿絵作者の都合で遅れているとか、 活版商人の都合で遅れているとか様々に云われている。 もちろん、あんな狂った作品を好む一部の好事家には、だが。 女騎士――行方不明。 魔王――行方不明。 勇者――行方不明。 731 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04 11 35.06 ID KvXPKcsP ――えぴろーぐ そよそよそよ……。そよそよそよ……。 魔王「って」 勇者「おい。なんだここはっ!?」 女騎士「何だここはとは、そんなのわたしが聞きたいぞっ!?」 勇者「どうなったんだよ、魔王っ!」 魔王「何でわたしに聞くのだっ!?」 女騎士「わたしより頭が良いだろうっ」 魔王「なぜそこで胸を張るっ?」 女騎士「張ってないとただでさえ負けてるのに、見栄えが悪い」 勇者「いや、負けても良いと思うんだけど……」 魔王「ふむ。土も、風も本物だ。 ――どうやら、現実的な世界のようだな」 勇者「女騎士はどうしてたんだ? 身体は大丈夫なのかっ!?」 魔王「そういえばそうだ。なぜここに?」 女騎士「いや。わたしにも判らない。 ……大きな鳥にさらわれたと思ったら気が遠くなって。 気が付いたらここにいたんだ」 勇者「そっか……。まぁ、積もる話は後にして。 ここはどこなんだ? どういう場所なんだ。草原みたいだけど」 魔王「太陽からして地上界であることは間違いないが」 女騎士「見覚えのない場所だな……」 732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04 13 20.31 ID KvXPKcsP 勇者「まぁいいや。転移呪文で帰ればさ。 うぁ!? 魔力不足でつかえないっ!」 魔王「む。……それじゃわたし。 あ、あれ? こっちもだめだぞ。なんでなのだっ」 女騎士「どうもわたしも、戦闘能力が下がったような感じだな」 勇者「……後遺症かな」 魔王「バックアップが大量発生したから、 世界の容量的な問題かも知れないな……」 女騎士「話が見えないぞ」 勇者「まぁ当面の問題は解決したってことさ」 魔王「うん。女騎士、世話を掛けた」 女騎士「いや。いいんだ……。 わたしは、自分の大事なものを守れただけで、満足だ」 魔王「では、勇者の残りの人生はわたしが責任を持って」 女騎士「ちょっと待て。それは話が別だ」 勇者「あぅあぅ」 魔王「……ふむ。草からして、どうも冬の国があったのとは 別の大陸ではないかな。植生がまったく違う」 女騎士「大陸?」 魔王「ああ。別の陸地だよ。理論的には存在したはずだろうが 確認するには至らなかった。 転移で飛ばされたのか 不死鳥の背から降ろされたのかは判らないが。 どうやらわたし達は生きているようだ」 734 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04 15 21.46 ID KvXPKcsP 女騎士「そう、か……。よかった」ぎゅっ 勇者「うぉ!」 魔王「ゆ、勇者に抱きつくなっ!」 女騎士「抱きしめるさっ! 魔王も抱きしめてやるっ」ぎゅぅっ! 勇者「うわっ!」 魔王「うわぁっ!」 ずでんっ! 女騎士「生きてるんだ! 生きてるんだぞっ! それだけですごいじゃないかっ! ここがどこだって構うもんかっ! だって生きてるんだっ!」 勇者「あははははっ! 全くだぜっ!」 魔王「まったく、子供のようにはしゃいでっ」 女騎士「魔王だってにこにこしているじゃないか」 魔王「それは、その……嬉しくないはずがない」 女騎士「ふふぅん。勇者を独り占めできると思ってたのか?」 魔王「それは違うぞ。そういう抜け駆けはしないのだ。 それに、その……。もし女騎士がいなかったら、 きっと罪悪感で勇者とくっつけなくなってしまう……」 女騎士「ふふふっ。そう言うことにしておいてやる。 はっはっっはっ! なんだか嬉しいな! 嬉しくて、楽しくて……弾けそうだ。 子供の頃の祭日の朝みたいにっ」 勇者「ああ。良い風と、日差しだ……」 魔王「終わったからな。……やっぱり、世界は綺麗だ」 737 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 04 18 54.71 ID KvXPKcsP 女騎士「なぁ、二人とも。実はさ……」 勇者「ん?」 魔王「なんだ?」 女騎士 くぅぅ。きゅるる…… 勇者「ぷくーっ」 魔王「あはははははっ」 女騎士「仕方ないではないかっ。緊張してたし、 わたしはずっと下の方で戦っていたんだぞっ?」 勇者「悪い悪い。なんかあったっけ?」 魔王「いや、荷物は手持ち以外何にもないな」 女騎士「困ったな」 勇者「ま、いいさ」 女騎士「へ?」 勇者「なぁ、お二人さん」 魔王「?」 勇者「あの丘の向こうに、何があるか知りたくはないか? ――もしかしたら森があるかも知れない。 でなければ小川なんかあったりするかも知れないし、 動物が居るかも。 人がいたりするかも知れないし、街があったりするかもだぜ?」 魔王「……ああ。そうだ。それは、まだ見ていないな」 ぱぁっ 女騎士「うん、行こう。一緒に!」 にこっ 勇者「何があるかな?」 女騎士「そうだなぁ……」 魔王「なんだって良いんだ。 一緒に行ければ、どんなことでも乗り越えられるさ。 それに何が起きたって幸せだけは約束できる。 丘の向こうには、きっと“明日”があるんだから」 //The over side of that hill. //End of log. //Automatic description macro "Marmalade" is over. ページトップへ <前13-7へ
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/36.html
<前5-4へ|次6スレ目へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」5-5 881 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13 17 41.28 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、客室・姉妹 メイド妹「すごいすごーい! お布団ふっかふかぁ!」 ぼふんっ! ぼふんっ! メイド姉「こら。いもーと。そんなことしないの」 メイド妹「だって、ふっわふわだよぉ? すっごいよ?」 メイド姉「そ、そう?」 メイド妹「うんっ♪」 メイド姉「そうなんだ……」 メイド妹「お姉ちゃんもしようよっ!」 ……ぼ、ぼふっ メイド姉「わ、すごいっ」 メイド妹「でしょー? これ何で作るのかな? 綿かな、藁かな」 メイド姉「鳥の羽で布団を作るって読んだことがあるわ」 ぼふんっ! ぼふんっ! メイド妹「そうなんだ! すごいねぇ。鳥さんの羽で こんなふわふわ布団になるのかなぁ。――あ」 メイド姉「どうしたの?」 メイド妹「こっちにドアついてる」 とてて、ガチャ メイド妹「わぁーっ!」 メイド姉「どうしたの?」 882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13 18 33.66 ID z6GJxeoP メイド妹「なんかね、洋服が一杯掛かってる。 あと、リネンとか、お風呂もついてるよー」 メイド姉「温泉? 広間くらい広いの?」 メイド妹「ううん。お屋敷のと同じくらいだよ」 メイド姉「そうよね。メイド長も人が悪いから……。 大広間ほどのお風呂があるなんて、大げさよ」 メイド妹「だよねっ!」 とてて メイド姉「でも、とっても素敵なお風呂ね」 メイド妹「うんっ。あ、お姉ちゃん!」 メイド姉「なに?」 メイド妹「この石鹸、薔薇の花の形してるよ?」 メイド姉「わぁ……」 メイド妹「すっごいね!」 メイド姉「うん、うんっ」 メイド妹「後で入ろうね!」メイド姉「そうね。二人で入るには大きいくらい」 メイド妹「お姉ちゃんとお風呂だぁ」 メイド姉「そんなにはしゃがないの」 メイド妹「髪も洗って~♪」 メイド姉「はいはい」 にこっ 887 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 13 34 15.13 ID z6GJxeoP ――魔王城、最下層、冥府殿の扉 女魔法使い「……」 メイド長「どうでしょう?」 女魔法使い「……反応はない」 メイド長「消失しましたか?」 女魔法使い「……判らない。でも」 メイド長「はい」 女魔法使い「この扉を破ったのは、勇者?」 メイド長「そうです」 女魔法使い「……」 メイド長「……」 女魔法使い「……残留思念の止揚結界も、破壊されている」 メイド長「やはり……」 女魔法使い「おそらく、もう継承は行えない。もしくは」 メイド長「もしくは?」 女魔法使い「……世界全てで無秩序に継承が行われる」 メイド長「では、魔王の霊は?」 女魔法使い「世に、放たれた」 893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 03 21.90 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、客室・姉妹 こんこんっ 魔王「おーうい、姉~。妹~」 ぱたぱたっ 魔王「わたしだ」 ガチャ メイド姉「あ、はい当主様っ」 メイド妹「当主のお姉ちゃん、どうしたの-?」 魔王「なにをしていたのだ?」 メイド姉「いえ、お風呂に入って、着替えようかと」 メイド妹「うん。あのね、あのねっ。石鹸が可愛いんだよっ」 魔王「丁度良かった。お風呂に入るぞ」 メイド姉「はい?」 魔王「風呂は、少し離れた場所にあるのだ。案内に来た」 メイド姉「え? ……そのぅ、別の場所?」 魔王「そうだ。着替えだけ持ってゆこう」 メイド姉「は、はいっ」 メイド妹「ぱ、ぱんつー。ぱんつどこやったっけー」 メイド姉「妹のは、こっちの袋っ」 魔王「ふふふっ」 894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 04 22.81 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”、大温泉 ドドドドドド! メイド姉妹 ぽかーん 女騎士「んぅ。熱くて心地よいな」 メイド長「手前に行くほど浅くて温くなっていますよ」 女騎士「わたしは熱い湯が好みなのだ」 女魔法使い「……茹で騎士」 ドドドドドド! メイド姉妹 ぽかーん 魔王「何を硬直しているのだ?」 メイド姉「だ、だって。お風呂に滝がありますよっ!?」 メイド妹「お風呂なのに天井がないよぅっ!?」 魔王「そんなことを云われても。それが温泉なのだ」 メイド姉「そ、そんな」おろおろ メイド妹「湯気で真っ白でふわふわだよぅ」わたわた メイド長「これ。取り乱さないで落ち着きなさい」 メイド姉妹「はいっ」びしっ 895 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 05 28.33 ID z6GJxeoP メイド姉「温かい……」 メイド妹「うん、熱々~」 メイド長「真っ赤ですよ、妹」 メイド妹「でも、平気~」ふらふら 女騎士「こらこら。ふらついているじゃないか」 女魔法使い「……南方寒冷地に住む人々は、 普段このような熱い湯に長時間つかる習慣がない。 それだけに耐性が低い」 魔王「そうなのか。風土的なものなのだな」 メイド姉「妹ったら、みんなと一緒のせいではしゃいでるんです。 ごめんなさい。ちょっとあがってれば平気だよね?」 メイド妹「うー」 女魔法使い「……“氷の息吹”」ひやっ メイド妹「ひゃうっ!?」 女魔法使い「……回復した」 ざざーん 魔王「うん。久しぶりだが、心地よいな」 女魔法使い「……」じぃっ 魔王「どうした? 魔法使い殿」 女魔法使い「なんでもない」 魔王「同じ一族ではあるが、入れ違いになり、 あまり話も出来なかったな」 女魔法使い こくり 896 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 07 41.63 ID z6GJxeoP 魔王「わたしは魔王で、専門は経済学と金融史だ」 女魔法使い「……魔法使い、伝承学」 魔王「そうか。勇者の、仲間だったのであるな」 女魔法使い こくり 魔王「勇者は、どんな人だった?」 女魔法使い「ばか」 魔王「そうか」 女魔法使い「……人を救うばか。損ばかりしている」 魔王「そうか……」 女魔法使い「魔界の勇者」 魔王「ん?」 女魔法使い「――人界の魔王は、好ましい?」 魔王「勇者のことは……。うん、大事な人だ。 ……勇者は、なぜ王にならなかったんだろう? あれだけの戦闘能力、行動力、優しさ、 そして勇者であるという、その名前の価値からすれば 王になっていて当然なのに」 女魔法使い「……」 魔王「魔界に勇者がやってくる時、それはわたしの予想では まだ5年は先だったけれど、その時はきっと地上の王として やってくると思っていた」 897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 08 37.17 ID z6GJxeoP 女魔法使い「……ばかだから」 魔王「そうか」 女魔法使い「……」 魔王「勇者が人間の、地上の世界を統べる王となり、 地下世界に攻め込む。 わたしは魔族の希望を一身に背負う一人の勇者として 地上世界にいる勇者を目指して討伐の旅に出る。 ……そんな物語もあったのかな」 女魔法使い「意味はない」 魔王「ない、か」 女魔法使い「……その旅にきっとあなたはいない」 魔王「そうだろうな。わたしは、戦闘はからきしだ」 女魔法使い「……」 魔王「……」 女魔法使い「……」じぃっ 魔王「どうしたのだ? 魔法使い殿。わたしの内側に、 何か見えるのだろうか」 女魔法使い「……でかい」 魔王「は?」 女魔法使い「……」 魔王「こっ、これは。い、いや。見ないでくれ」 899 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 11 49.92 ID z6GJxeoP メイド長「いえいえ、そうは参りません」すちゃ 女魔法使い「……こっちは美乳」 魔王「なっ」 メイド長「彼我戦力差を考えた上でも、 ここは物量による飽和攻撃を敢行すべきかと存じます。 駆け引きや、胸を温めるような幼い想い。 そのようなものは圧倒的な戦力における理性の蹂躙の前には 小枝で支えた抵抗線です」 女騎士「小枝とか云うな」 女魔法使い「……ちっぱい」ぷくっ 魔王「そうはいっても、わたしはこの胸にそこまで自信が 持てないのだ。たゆたゆして落ち着かないし、形だって ちょっともったりしているというか……」 女騎士「重力に魂を引かれるのがそんなに自慢かっ」じわっ メイド妹「お胸のはなし?」 メイド姉「わたし達は年齢なりだから。 ほら、向こうで髪の毛洗おうね」 メイド長「いーえっ。男性の好みは女性の美意識とは 自ずと違うものっ。指ののめり込むような柔らかさの中に 殿方を引きつけてやまない甘い毒があるのですっ」 女騎士「~っ。一部の大国の専横が価値観を歪める。 そのような無法がまかり通って良いのかっ!? 我が湖畔修道院はそのような横暴には断じて抵抗するぞっ!」 901 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 14 17.71 ID z6GJxeoP 魔王「そ、そうなのか? こんな駄肉でも価値があるのか?」 女魔法使い「……魔王は、だいたい傾城将軍たゆんと同じくらい」 魔王「第3巻で負けたではないかっ」 女魔法使い「……人気に応えて5巻で再登場」 女騎士「虐げられた、貧しい暮らしに甘んじている 心優しき人々の切なる願いを貴様はむげにするのかっ!」 女魔法使い「……大丈夫。そういう趣味の人もいる」 メイド長「あらあら、まぁまぁ。 せっかくの機会を設けましたのに、 審判たる勇者様がいませんと話にオチがつきませんね」 魔王「む、む、胸で人の価値を計るべきではないっ!」 女騎士「おお! 珍しく合意点が見つかったな!! そうだ! 人間の価値は胸のサイズで計られるべきではないっ」 女魔法使い「……理知の光で真実を照らす。啓蒙主義」 メイド妹「お姉ちゃん達、難しい話をしてるね」 メイド姉「そうね。ほら、お耳に水が入っちゃうわよ?」 ざざー。 メイド妹「ううっ」ぶるぶるっ メイド姉「あのお話は皆様に任せましょうね」 メイド長「こうなっては、決着は次の勝負に持ち越しでしょうか」 魔王・女騎士「勝負?」 メイド長「はい、宴席を用意しておりますから」にこっ 905 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 14 24 09.44 ID z6GJxeoP ――辺境の森 きつね「きゅーん」 勇者「た、たのむっ。俺の友達になってくれっ!」 きつね ダダダッ たぬき「もっきゅー」 勇者「お友達からお願いしますっ!」 たぬき ビク くま「がぁぉ! ぐぉふぐぉっふ」 勇者「この際何でも構わんっ! ともだーちーぃ、ぼしゅぅぅぅぅ~ちゅぅ~!!!」 くま びくっ。だだだだっ 925 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15 32 31.82 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間 魔王「勇者は遅いなぁ。冷めてしまうぞ」 メイド姉「どうしたんでしょうか?」 メイド妹「おぃひぃのにね♪ わぁ、こっちのお肉も美味しい!」 メイド長「援軍要請に手間取っているのですわ」 女騎士「宴会に遅れるとは間の悪い」 女魔法使い「……来た」 とっとっとっと、ガチャ! 勇者「待たせたなっ! ばぁあーんっ!」 東の砦将「……」 副官「……」 メイド姉「お帰りなさいませ」 メイド妹「お帰り、お兄ちゃん」 メイド長「あら、お二人ですね? すぐ食事とお酒を用意させますわ」 女騎士「勇者、遅いぞ~」 女魔法使い「……もぐもぐ」 魔王「話はともかく、まずはお酒だ。 せっかくの慰安旅行だからなっ!」 927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15 33 59.26 ID z6GJxeoP 勇者「だよなっ! さぁ、座ってくれ。飲もうぜっ」 東の砦将「ちょ、お、おい」 勇者「なんだよ?」 東の砦将「ちょっとこい」 勇者「どうした?」 東の砦将「こっ、ここはまさか」 勇者「うん? 魔王城」 東の砦将「だって、お前。 黒騎士が、珍しく酒を驕るって云うから」 勇者「おう。おごり、おごり。無料宴会」 東の砦将「何がどうなってるんだよ。 ってか、どういう集まりなんだよ」 勇者「家族旅行みたいなものだよ」 メイド長「まずは一献どうぞ」 東の砦将「は、はい。……おおっと、ありがたい。 これは……鬼呼族の米の酒ですね。珍しい上物だ」 メイド長「わたくしは、当主様の世話をさせて頂いております メイドの束ねメイド長と申します」 東の砦将「はぁ、これはご丁寧に。……やい、黒騎士」 勇者「?」 東の砦将「魔王の側近ってのはふかしじゃなかったんだな。 こんな美人さんのメイド長がいるのか、 お前、実はすごいやつだったんだな」 928 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15 36 26.42 ID z6GJxeoP 勇者「俺のメイドじゃないって。魔王のだよ」 東の砦将「そうか、魔王か……。 もちろんあんな場所で執行委員なんてのをやってるから 疑ったことなんか無かったが、魔王がいるんだよな。 当たり前だが。 俺も様々な戦場をくぐってきたが あのクラスの美女をメイドとして使う魔王か。 やっと魔界の広大さが実感できた気がするぜ」 勇者「魔王か? 話すか? おい、魔王。魔王ー」 魔王「なんだ勇者? この魚も美味いぞ」のこのこ 東の砦将・副官「え?」 勇者「話してただろ? こいつが、東の砦将。 開門都市で自治政府のとりまとめをやってくれてるって。 こっちはその副官。いつも世話焼いて貰ってる」 魔王「おお! そうであったか! お初にお目に掛かる! 砦将どの。あの都市の最近の安定ぶり、復興発展ぶり、 全て聞き及んでいます。確かな手腕をお持ちのようだ」 東の砦将・副官「え?」 東の砦将「ちょっとまてやぁ!?」がしっ 勇者「いきなりなにするんだよ。 魔王城なんだから魔王がいたって仕方ないだろうっ」 東の砦将「サプライズアタックかよ! 心の準備させろよっ」 勇者「傭兵だろっ! 出たとこ勝負で行けよっ」 副官(副官で良かった……) メイド姉「ほら、こぼしちゃだめよ?」 メイド妹「はぁい♪」 929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15 38 28.09 ID z6GJxeoP 勇者「で、こっちが湖畔修道委員長でもある女騎士。 時たま暇つぶしに将軍業もやってたりする」 女騎士「お目にかかれて光栄だ。東の砦将殿」 勇者「こっちは魔法使い。あー。眠そうに見えるが これでも結構強い。“出来が悪い悪夢”で判るかな」 女魔法使い「……もぐもぐ」ぶい 副官「そ、そ、それって」 東の砦将「救世の勇者の一行じゃないかっ!? なんでその英雄達が、魔王城で、し、しかも 魔王と酒を飲んでいるんだっ!? どこの世界の家族旅行がこんな状況になるってんだよっ!!」 女騎士「おい、勇者。何の説明もしていないのか?」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 副官「ゆ、ゆうしゃ?」 勇者「悪い、悪い。おれ黒騎士だけど勇者もやってるんだ。 いや、正確に言えば、勇者が黒騎士にスカウトされたんだよ。 魔王倒しに云ったら、一緒にやらないかーって」 東の砦将「……」 副官「……」 937 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15 54 13.03 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間 ~♪ ~~♪ メイド妹「んっみぃはよ~♪ んみぃだよぉ~♪」 女騎士「――飲まれているか? 砦将殿」 東の砦将「先ほど情けのないところをお目にかけました。 すいません。女騎士様。頂いております」 女騎士「騎士様はよしてくれ。わたしのほうが年下ではないか。 砦将殿の長年の経験や、将軍としての姿勢を聞かされて 一度は会いたいと思っていたのだ」 東の砦将「は、はぁ……」 女騎士「さぁ、杯を交わそう。わたしのことは騎士と呼んでくれ」 東の砦将「じゃ、騎士殿」 とくっとくっとくっ 女騎士「……はぁっ!」 東の砦将「良い飲みっぷりですなぁ! ぷは!」 女騎士「そちらこそ、やるではないかっ」 東の砦将「はっはっは。傭兵ですからね。 剣の腕、度胸、気っ風。その次に大事なのが、酒の強さです」 女騎士「あははははっ。もう一杯行こう!」 東の砦将「はっ!」 女騎士「あの街の様子はどうなのだ?」 東の砦将「開門都市ですか?」 939 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15 56 17.51 ID z6GJxeoP 東の砦将「近頃では、随分人も増えましたよ。 最初は行商人ばっかりでしたけれどね。最近じゃぁ、 逃げ出した人や新しい人もぼちぼち戻ってきています。 人間の商人もね」 女騎士「人間の? ゲートは破壊されて大空洞になったのだろう? 正式な通行許可はどこも卸していないと思うのだが」 東の砦将「商人ってやつは逞しい。 許可があろうが無かろうが、商売のチャンスさえあれば、 やってきますよ。 もちろん見つかりゃぁ密貿易ってことになるんでしょうがね」 女騎士「ふぅむ」 東の砦将「……それにしてもね」 女騎士「ん?」 東の砦将「そうかぁ、勇者だったんですかい」 女騎士「どうしたのだ?」 東の砦将「いやいや。あの黒騎士ってのは、酒を飲むたんびに なんでこんなにいい加減なやつが、あんなに強いのかとも 思ってましたが、勇者だったんですかい」 女騎士「ああ。勇者だ」ふわり 東の砦将「……」 女騎士「……」 東の砦将「……」 女騎士「ん?」 東の砦将「いや、騎士殿は」きりっ 東の砦将「勇者を見つめる時はとても良い眼差しをされますな!」 女騎士「か、からかうなっ!」 943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 15 58 11.67 ID z6GJxeoP 東の砦将「ってことは、勇者達はやっぱり戦争を?」 女騎士「したくはないと云うことだ」 東の砦将「そうでしょうなぁ。黒騎士はあの都市でも、 随分そのことだけは口を酸っぱくしていっておられた。 “魔族が嫌いな人間は俺の所へ来い。代わりに殴られてやる” “人間が憎い魔族は俺の所へ来い。代わりに俺が憎まれてやる” ってね」 女騎士「……そうか」 東の砦将「どうしたんで?」 女騎士「いや、地上世界もぐちゃぐちゃでな。 魔族を許さないと燃え上がる中央と、 三ヶ国同盟は対立を続けている。 平和に暮らしたいはずなのに、誰もが手に剣を持っている時代だ」 東の砦将「そいつはぁ、仕方ありませんやね。 あんな物騒な街に住んでいるから思うのかも知れませんがね。 誰か偉い人が来て、全員から武器を取り上げれば そりゃ平和になるかも知れない。 けれど、そんなものはお父やお母にゴチンとやられて 喧嘩を止める子供のようなもんでしょう? そんなのは、本当に平和って云うんですかね? 武器を持ったままでも握手を出来るから 平和って云うんじゃないですかね」 女騎士「……」 東の砦将「いや、差し出がましい事を云っちまいましたね」 女騎士「出来ると思うか?」 東の砦将「魔族との共存ですか?」 944 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/17(木) 16 00 45.74 ID z6GJxeoP 東の砦将「それは出来るでしょう」けろり 女騎士「そうかっ」 東の砦将「そんなことは自明ですよ。 もう穴っぽこだってあいちまってる。 今はまだ細い流れだけど、この流れが途絶えることは もう無いですよ。共存しなきゃ滅ぼしあいだ。 共存するっきゃないでしょう。 そんなものは『開門都市』を見ればすぐ判ります。 ええ、共存できますよ。 魔族だって人間だって、本当はたいした違いなんて無いんだ」 女騎士「うん」 女魔法使い「……問題は損害許容限界」 東の砦将「そうですな」 女騎士「どういうことだ?」 東の砦将「いずれ共存は出来ますよ。それは保証できる。 問題は、それまでに、どれだけの血が流れるかって事です。 その共存は五年後か、十年後か、百年後かは判らない。 それまでに流れる血は年月に比例して大きくなるでしょう。 もしかしたら、人間か魔族かどちらかの血を 全て流し尽くすほどの血が必要かも知れない。 共存は出来るでしょうが、それまで人間や魔族が 『保つ』かどうかは別問題です」 女騎士「……」 東の砦将「キツイでしょうが、それが傭兵の見立てです。 明日は来るけれど、今日流れる血の量は判らない」 947 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16 11 06.40 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間 副官「美味しいですね、これは何でしょうね?」 メイド姉「これは、野菜?」 メイド妹「にんじんだよぉ」 副官「にんじんはこんなに甘いのですか!?」 メイド妹「多分、蜜で煮てあるの」 副官「初めて食べましたよ」 メイド姉「わたしもです」 メイド妹「わたしも~♪」 副官「やぁ、なんかすごいメンバーですねぇ」 メイド姉「そうですか?」 メイド妹「お兄ちゃん? お姉ちゃん?」 副官「いやいや。皆様すごいですよ」 メイド姉「あまり気にしたことはありませんが……」 メイド妹「ねーねー。これ! これすごく美味しいよっ!!」 副官「どれです?」 メイド妹「この赤い枝みたいなの」 副官「ああ、これは大沢カニですよ。割ると中身が美味しいです」 メイド姉「へぇ……わたしも」 メイド妹「うんうんっ。たべよう!」 ぱきっ! ほじほじ。 ぱきっ! きゅりきゅり。 副官「何か落ち着きますねぇ」 メイド姉「はい」 メイド妹「美味しいもんねぇ~」 949 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16 18 45.22 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”畳の広間 ~♪ ~~♪ 東の砦将「んっなみぃがおっどるぜぇ♪ っぽをたてろ~♪」 魔王「うむ。勇者」 勇者「どした?」 魔王「飲んでるか」 勇者「飲んでるよ」 魔王「わたしも飲んでいる」 勇者「知っているよ」 魔王「いや、知っていると云うことは知っている」 勇者「な、なんだそれ」 魔王「しかし、わたしは わたしが知っていると云うことを知っているか 勇者が知っているかについて確認したかったんだ」 勇者「こ、こんがらがってきた」 魔王「そんなことはどうでも良いんだ」 勇者「魔王が言い出したんだろうっ!?」 魔王「多数の耐久財、資本財がある経済でしか成り立たない 限定解などこの場合どうでも良い」 勇者「どうでもよさが難解になったっ」 魔王「勇者っ」 勇者「は、はいっ」 魔王「勇者、勇者、勇者っ」 勇者「さ、三連突撃ときたっ」 954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 16 22 52.29 ID z6GJxeoP 魔王「ほ」 勇者「ほ?」 魔王「ほーわこうげきっ!」 のしっ! 勇者「っ!?」 魔王「う。ダメだ。ここは譲らぬ、ぞ……。くぅ」 勇者「……えっと」 メイド長「あらあら、まぁまぁ。膝枕が気に入ったんですかねぇ」 魔王「……すぅ」 勇者「寝ちまったのか? 魔王」 魔王「……すぅ……すぅ」 メイド長「寝てしまいました?」 勇者「そうみたいだ」 メイド長「よっぽど思うところがあったのでしょうね。 ……たぬき寝入りかも知れませんけれど」 ぎく 勇者「?」 メイド長「いえ、勇者様。魔王様を寝室に連れて行って 差し上げていただけますか?」 勇者「うん、ああ」 メイド長「では、よろしくお願いします」にこっ ページトップへ <前5-4へ|次6スレ目へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/17.html
<前1-4へ|次2スレ目へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」1-5 730 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 08 18.18 ID 5kaffl9OP 魔王「そんなに褒められては何を話して良いのか、 言葉を失ってしまいますな」 青年商人「いえいえ、学士様はその英知だけでなく 美しさでも我らに光を与えてくれるようですよ」にこにこ メイド長(商人のお世辞とはいえ、すごい威力ですね) 魔王「交渉を有利に進めようと思う女の浅知恵だ どうか笑って許して欲しい」 メイド長(おお。まおー様。気合いの入った防御ですねー) 青年商人「いえいえ。……あのような羅針盤を送られては 駆けつけないわけには参りませんよ」 魔王「それにしては一月もの時間がかかったのは?」 青年商人「ははは。これはお恥ずかしい。 私のような駆け出しの商人が、『同盟』において 今回のような大規模な案件をこなすにあたっては 様々に根回しが必要でして」 辣腕会計「お待たせして申し訳ありません」 732 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 14 09.35 ID 5kaffl9OP 魔王「さて、では交渉に入りたいと思うのだが まずはこれを見て欲しい」 青年商人「これは……?」 辣腕会計「穀物ですか? 見たことはありませんが」 魔王「これは玉蜀黍という植物だ」 青年商人「ほほう」 辣腕会計「玉蜀黍、ですか」 魔王「この食物の特性については、 こちらの書類にまとめてある。 これはお持ち帰りいただいて結構だ。 いまとりあえず、この場では口頭にて説明させて いただこう」 青年商人「窺いましょう、学士様」 魔王「この玉蜀黍は一年草でな。最大の特性は水が 少なくとも順調な生育が望めることだ。むしろ水が多い 場合は生育に悪影響がある。もちろん最低限の水分は 必要だがな。発芽の温度として30度が必要となる」 青年商人「30度、ですか」 辣腕会計「かなり高い温度ですね」 734 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 19 17.89 ID 5kaffl9OP 魔王「ああ、そうだ。小麦とはまったく栽培の思考を 切り替える必要がある」 青年商人「ふむ」 魔王「つまり、この玉蜀黍は、いままで植物の耕作に 適さないとされていた大陸中央部の荒れ地に ふさわしい作物なのだ」 青年商人「……」 魔王「食用として利用する場合は、完全に完熟させて 乾燥させた粒を製粉してパンのようにすることも出来るし、 饅頭のようにすることも出来よう。 この粉には香ばしくてわずかな甘みがある。 乾燥させることにより、貯蔵、保管にも優れている。 畜産のための飼料としては、 大麦やカブの数倍の効率が見込める」 魔王「また、食用外への利用も幅広い。 油分の多いこの食物は、油を取り出すことが可能だ」 青年商人「……油ですか」 辣腕会計「……」 魔王「うむ。玉蜀黍馬車一台あたり、ビン二本ほどだがな。 しかも、この油は製粉するのと同時にとることが出来る。 つまり、両方取れると云うことだ。 油は食用に用いることはもちろん、様々な用途で使えよう」 736 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 25 56.13 ID 5kaffl9OP 青年商人「たしかに……。油の需要は年々増える 傾向があります。『同盟』でもとりあつかっていますが」 魔王「商人どの、これは新しい商売の形だと考えて欲しい」 青年商人「……」 魔王「確かに巨大な資本が必要だ。 その資本をもちいて、いまは全く役に立っていない荒野に 人を送り、バックアップすることにより開拓を行なう。 玉蜀黍を栽培するための開拓村だ。 まったく開拓されていない場所は確かに開拓に 手間も資本もかかろうが、その分、計画的に物事を 行なうことが可能だ。整地して区画整理を行なった 農地での大規模栽培は、現在中央大陸の各所で見られる ような小さな農地でモザイクになってしまったような 農場による農業より遙かに集約的な体制での 栽培を可能にするだろう」 魔王「しかも、そこで新しくできた開拓村は 完全に『同盟』の影響下にある巨大な市場になるだろう。 玉蜀黍以外の作物を始め、木材や塩、鉄、布、 ありとあらゆる消費物を購入する新しい顧客となる」 青年商人「……」 739 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 31 01.22 ID 5kaffl9OP 青年商人「それは、つまり……」 辣腕会計「……」 青年商人「商品でも、栽培方法でもなく 『同盟』に、新しい『概念』を売る、と?」 魔王「そうだ」 青年商人「判ります。私には。 ……いまの話を聞きましたから、その価値が判ります。 貴女の言葉は……。 この中央大陸の都市の全てより……。 いや、既知世界の全てよりも金になる」 魔王「あははは。良い顔だな」 青年商人「はい?」 魔王「女におべんちゃらを言っておる時より数段良い」 青年商人「そうですか? まぁ、しかし。 いまの話を聞いては真面目にならざるを得ませんよ。 しかし良いのですか?」 魔王「なにがだ?」 741 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 35 38.45 ID 5kaffl9OP 青年商人「いまの言葉、そして送っていただいた羅針盤。 すべて『考え方』を基本にしたものです。 技術でも品物でもない。 つまり、複製できない物ではない」 魔王「そうだな」 青年商人「私たちがそれらを複製して、貴方とは無関係に 計画を進めるとは考えないのですか? 貴方の利益は? 貴方の権利をどうやって守るつもりなのですか?」 魔王「それについては諦めておる」 青年商人「はい?」 魔王「技術も品物も素晴らしい。利益も結構。 私もお金はあれば欲しい。 研究したいことがたくさんあるからな。 しかし、単一技術や独占可能な品物では、 この世界に与える影響は限定されざるを得ない。 必要なのは転換と突破だ」 辣腕会計「それは神学的な話でしょうか? 複雑すぎて、判らないのですが」 青年商人「……」 742 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 39 04.44 ID 5kaffl9OP 魔王「そちらの商人の方は判っているようだ」 青年商人「……」 魔王「どうした?」 青年商人「だとすれば……貴女は……」 魔王「……」 青年商人「選ぶ必要が、あると?」 魔王「選びに来たのだろう? 交渉という言葉の意味はそれだと心得ている」 青年商人「しかし、それは。貴女は何を望んでいるんですか?」 魔王「戦争の早期終結」 青年商人「……」 魔王「しかも、その形は勝利でも敗北でもない 形態でなければならない」 青年商人「……それは」 魔王「『同盟』が魔族との大戦における、中央大陸最大の スポンサーだと云うことは心得ている」 744 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 43 56.82 ID 5kaffl9OP 青年商人「魔族は人類の敵です。魔族との戦いに 人類陣営の一翼である我らが全てをなげうって 協力するのは至極当たり前のことではありませんか」 魔王「それは公的な見解であろう」 青年商人「正式見解です」 魔王「高きと低きを、北と南を、炎と氷を、 相容れない光と影を仲介し、妥協し、取引することで 利益を上げるのがお主ら商人ではないか?」 青年商人「あ、貴女は……」 魔王「なんだろう?」 青年商人「『同盟』の味方ですか、敵ですか?」 魔王「取引相手だ」 青年商人「……っ」 メイド長(まおー様~っ! がんばって!) 749 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 51 37.42 ID 5kaffl9OP 青年商人「私は二つの道のあいだで悩んでいます」ぎりっ 魔王「なにを?」 青年商人「人間として、貴女の先ほどの発言は 裏切り行為です。教会の方針においても異端だ。 私は貴女をこの場で断罪し、告発すべきかもしれない」 メイド長(まおー様、まおー様っ。森の中に 黒装束に黒塗りの剣を持った傭兵団がっ) 魔王(控えておれっ) 魔王「敵と味方の2分割では、 この世界はあまりにも惨めに過ぎよう」 辣腕会計「……部隊の配置が」 青年商人「良い。……試されてるんだね、僕らは」 魔王「……」 青年商人「この先もあると?」 魔王「もちろんだ。大陸中央部の乾燥地帯において 水車の代わりに利用できる『風車』というものも 開発してある。森林資源を消費してしまうが 羊皮紙に変わる新しい筆記資材もめどは立った」 青年商人「貴女は何を見ているんですか?」 753 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 57 23.24 ID 5kaffl9OP 魔王「私は学者だが、専門は経済学でな」 青年商人「経済……?」 魔王「耳慣れぬ言葉だろうな。 物と金の流れ、利益と損害、 魂持つものが生み出す社会において たゆまず流れる交流の歴史と未来がその専門だ」 青年商人「利益と損害、ですか」 魔王「そうだ、商人殿。 商人殿とおなじものを見ているだけだよ」 青年商人「それをもって、人類全てを裏切れと? この戦争を終結させようとする 貴女の見る夢がどのような色をしているか 判らないわたしではないっ」 魔王「信じている」 青年商人「わたしの。……『同盟』の。 我ら人間の、何を信じると言うのです?」 魔王「損得勘定は我らの共通の言葉であることを。 それはこの天と地の間で二番目に強い絆だ」 756 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23 00 56.56 ID 5kaffl9OP 青年商人「あはははははは!」 辣腕会計「……商人っ」 青年商人「いや、いいんだ。 そうだ。まさにその通りだ! 人間である前に商人たれ。 教会の敬虔な信徒である前に商人たれ。 まさに『同盟』の訓辞通りじゃないかっ」 辣腕会計「それは……」 魔王「わたしは純粋な契約主義者なのだ」 青年商人「奇遇ですね、わたしもなんですよ。 作りましょう。我らが未来を照らす光となる 契約書を」 辣腕会計「……それでは」 青年商人「ああ、退かせてかまわない」 魔王「冷や汗が吹き出る思いであったよ。商人殿」 青年商人「いやはや。本場の東方商人と渡り合っても、 これほどの緊張感を味わった事はありません。 貴女が学士であり、商人でなくて本当に良かった」 758 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23 07 17.43 ID 5kaffl9OP 魔王「私は無力で腰抜けの存在だよ」 青年商人「いえいえ、王侯貴族だってあそこまでの 迫力はなかなかにある物じゃない」 メイド長(あったり前ですよ。まおー様は これでも王族なんですからねっ!) 青年商人「それにしても……二番目に強い絆、ね」 魔王「……」 青年商人「玉蜀黍の件はいつうごけます?」 魔王「すまないが、いくつかの実験と、苗の 栽培を残している。動けて次の春から、だろう」 青年商人「充分に早いでしょう。私もこの計画を 聞いたからには『同盟』内部での地盤を 固めなくてはならない。 この巨大利益です、動かすことはたやすいが コントロールが聞いてこその権力ですからね」 魔王「あの羅針盤が役に立ってくれれば良いな」 青年商人「せいぜい、利用させていただきましょう」 760 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23 12 13.90 ID 5kaffl9OP ――冬越しの村、村はずれの館、玄関 メイド長「日も傾いております、お気をつけを」 魔王「近くに隊商をまたせてあるのだろう?」 青年商人「“隊商”ね。ははは」 魔王「それがお互いのためだとしよう。わたしも 警戒はしていた。お互い様だ」 青年商人「まったく、今日は驚きの連続だ」 魔王「心臓に悪い」 青年商人「そうそう。……二番目に強い、と おっしゃいましたね。一番はなんなのです?」 魔王「知れておる。愛情だ」 辣腕会計「――それは」 青年商人「あははははは。ああ! すごい! 素晴らしいな。一日に二回も、こんな気持ちに させられるとはっ!」 魔王「子供でも知っておることだ」 青年商人「たしかに! 私はあなたに言いました。 二つの道で迷っていると。 あなたを殺すことはすっかり諦めましたからね。 これはもう……求婚するしかありません」 765 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 23 16 11.13 ID 5kaffl9OP 魔王「そ、そ、そ、それはなんだっ!?」 青年商人「なんだって。結婚の申し込みですよ」 魔王「なんて軽率なことを言うんだ。恥を知れ!」 青年商人「おやおや。貴女があまりにも明晰な 思考をなさるんで、世間並みのたしなみを 忘れてしまっていました。 たしかに。持参金も贈り物も無しに求婚するなんて 先走りすぎましたね」 魔王「わ、わ、わたしには、その」 青年商人「いえいえ。 このようなことは腰をすえて取り組むタイプですからね。 粘り強さは決断力とともに商人の重要な武器なのです」 魔王「いやっ。いくら時間をかけられてもそんな事はっ」 青年商人「では、またお会いしましょう! 次は都か、船の上か。契約は急ぎお届けします。 愛しの君よ。……そう呼ぶのはかまいませんかね?」 魔王「だ、ダメダメだーっ!!」 810 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 03 26.96 ID Lbanm5QNP ――冬越しの村、村はずれの館、小さな部屋 メイド妹「~♪ ~♪」 メイド姉「ご機嫌だね」 メイド妹「うんっ。みがくの楽しいねー」 メイド姉「そうね。こんなにあったかくて、 きちんとした仕事があって。幸せね」 きゅっきゅっ メイド妹「そうだよねー。去年の秋は、毎日、 夜が来るのがこわかったもんねっ」 メイド姉「うん」 メイド妹「あたしねー。今度は、せーれー様の本で 勉強するんだよー」 メイド姉「そうなの? がんばってるね」 メイド妹「おねーちゃんもやった?」 メイド姉「やったわよ、結構難しい単語があるわよ?」 817 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 10 38.23 ID Lbanm5QNP メイド妹「大丈夫だよぉ。 ちゃんとした言葉を覚えるとモテモ? えっと……」 メイド姉「『殿方に好意を持っていただける』でしょ?」 メイド妹「うん、そうそう。それ! 眼鏡のおねーさんがいってた」 メイド姉「メイド長様は、面倒見が良いから」/ メイド妹「怖いよ? すぐ怒るよ」 メイド姉「怒ってないよ。叱っているだけ。 本当はとっても優しい人だよ?」 メイド妹「そうかなぁ? お尻叩かれたとき、 ひりひりして椅子に座れなくなったもん」 メイド姉「拾い食いなんかするからです」 メイド妹「昔はおねーちゃんもやってたくせに」 メイド姉「ご飯ちゃんと食べさせてもらってるでしょ?」 メイド妹「うんっ」 メイド姉「じゃ、恥ずかしいことは、しないの」 820 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 14 40.19 ID Lbanm5QNP メイド妹「おねーちゃんは、年越し祭はどうするの?」 メイド姉「どうするって?」 メイド妹「村の真ん中で、踊るらしいよ?」 メイド姉「だれが?」 メイド妹「村の男の子と、女の子、たくさん」 メイド姉「私は良いわ」 メイド妹「そーなの?」 メイド姉「メイドの仕事があるもの」 メイド妹「でも、踊って来ていいって、 眼鏡のおねーさんがいってたよ?」 メイド姉「そう……」 メイド妹「当主のお姉ちゃんも、元気ないね。 勇者のおにいちゃん、帰ってくればいいのにね」 メイド姉「そうね。――そうだ」 メイド妹「?」 メイド姉「年越しの祭には、何かプレゼントを用意 しましょうね。館のみんなに」 メイド妹「そうだねっ!」 822 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 18 24.98 ID Lbanm5QNP ――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋 魔王「えー『試験場の数を増やしたく思う。 追加の人員の手配をお願いしたい。 対価は西方貨幣で支払う用意あり』と」 メイド長「……」さらさら 魔王「これは蜜蝋で封をしてくれ」 メイド長「かしこまりました」 魔王「んー。これは?」 メイド長「狩人さんからの手紙ですよ」 魔王「おー。そうか、そうか。望遠鏡を渡したんだった」 メイド長「ええ」 魔王「なになに。使用するに便利、極めて快適か」 メイド長「役立っているようですね」 魔王「精度が低いかと思ったが、固定観測でないなら かえって手ごろのようだな」 メイド長「はい」 魔王「よし、では返信だ。『素早い報告、うれしく思う。 森番の仕事、大変かと思うが、当家では付近の地図測量に 興味あり。相談したきことがあるので、一度ご来訪願う』 これで、よしっと」 823 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 23 28.21 ID Lbanm5QNP メイド長「こちらもお願いします」 魔王「これは、うん。修道会からの報告か」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 魔王「馬鈴薯の収穫は順調に増加しているらしいな」 メイド長「そのようですね」 魔王「だが、土壌実験によれば そろそろ栄養枯渇の兆候が出るはずだ。 そうなると抵抗力が低下して虫害が出やすくなる」 メイド長「ふむ……」 魔王「この件では修道会へ、再度警告が必要だな」 メイド長「お手紙にしますか?」 魔王「いや、次行ったときでよかろう。 覚え書きに追加しておいてくれ」 メイド長「かしこまりました」さらさら 魔王「どうだ『紙』は」 メイド長「羊皮紙よりずっと書きやすいですね」 魔王「早いところ量産体制を整えないとな」 メイド長「作るのは簡単ですけれど、 たくさん作るとなるとまた別問題ですからね……」 826 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 27 54.45 ID Lbanm5QNP 魔王「うわ、なんだこの束は!?」 メイド長「そちらの束は、『同盟』からですよ。 納品書、請求書、支払い所、明細書……」 魔王「あー。銅、鏡、ガラス、海砂? それに胡椒に、絹に、釘なんていうものもあるな」 メイド長「みんなまおー様が購入リストに入れたんですよ」 魔王「判っておる。 ちょっと思い出せなかっただけだ。 必要としているのは誰か判っているか?」 メイド長「それはまぁ、帳簿につけてありますが」 魔王「んー。しっちゃかめっちゃかだな、これは」 メイド長「まさかここまで仕事量が増えるとは」 魔王「しかたない。メイド姉にやらせよう」 メイド長「彼女にですか?」 魔王「無理か?」 828 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 31 42.53 ID Lbanm5QNP メイド長「……いえ」 魔王「……」 メイド長「大丈夫です。彼女なら出来ます」 魔王「そうか」 にこっ 「では、この書類整理は、今日からあやつの仕事だ」 メイド長「悪のメイド軍団が結成できそうな勢いですね」 魔王「どうかしたのか?」 メイド長「いえいえなんでも。……そうだ、 お茶でも入れましょうか? 丁度、聖王都から オレンジの香りの葉がとどいたんですよ」 魔王「うむ、疲れた」 メイド長「でしょう」 魔王「私は疲れたのだぞ」 メイド長「そんなにつっぷして。どうしたんですか?」 魔王「むー」 830 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 34 56.75 ID Lbanm5QNP メイド長「膨れているんですか?」 魔王「もう秋だぞ」 メイド長「そうですねぇ、実りの季節です。 栗がおいしいですねぇ。今年のベーコンも出来が良いようで」 魔王「秋なのに」 メイド長「はい?」 魔王「半年も音沙汰無しだぞ」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 魔王「ちょっと応えにくい会話だとすぐその決め台詞で 流そうとするのは止めにしたらどうだ」 メイド長「これはメイドの特殊技能なんです」 魔王「連絡くらいくれても良いではないかっ!!」 メイド長「来てるじゃないですか」 魔王「そんなもの、妖精族を助けただの、 鬼腕族を討伐しただの、そんなことばかりではないか」 833 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 39 54.63 ID Lbanm5QNP メイド長「無事で、活躍されているんですよ」 魔王「勇者なのだぞ。こうしている間にもあっさり 美人が自慢の村娘とか…… いや、歌姫族のハーピーあたりと いちゃいちゃしているかもしれんではないかっ!?」 メイド長「そうですか? 勇者様は童貞ですからね。 童貞って言うのは変なところで義理堅くて夢見がち ですから、きっと大丈夫ですよ」 魔王「ちっとも安心できんではないかっ」 メイド長「そんなにいらいらしていると、 眉間のしわが取れなくなってしまいますよ?」 魔王「ううう、そんなことになったら勇者に噛みついてやる」 メイド長「さぁさ。談話室の暖炉が暖められています。 今日はこのあたりにして、甘い紅茶をおいれしますから。 そちらの方でお待ちになっていてください」 魔王「しかしな」 メイド長「これ以上書類と根をつめていては それこそお身体を悪くしてしまいますよ?」 837 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 45 30.54 ID Lbanm5QNP 魔王「むぅ。判った。お茶を頼む」 メイド長「かしこまりました。まおー様♪」 がちゃん。 とっとっとっ…… メイド長「なーんて。……魔王様はおっしゃってますが?」 勇者「うわ、ばればれですね」 メイド長「メイドの勘です」 勇者「毎回ばれてるなぁ」 メイド長「今回のお手紙は?」 勇者「ここで書いていきます」 メイド長「では、こちらにもお茶をお持ちしましょう」 勇者「すんません」 メイド長「いえいえ。メイドの仕事ですから」 勇者「さってと、インク壷と~羊皮紙あっかな これでいーか」 840 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 50 51.46 ID Lbanm5QNP ――冬越しの村、村はずれの館、当主の部屋 ガチャリ メイド長「おじゃまします。いかがですか?」 勇者「あ、報告は書き終えました」 メイド長「そうですか。……こちらはお茶と 簡単な夜食になります。今回は馬鈴薯が ことのほかよく出来ておりますよ。 これはクリームで甘く煮たものなのですが」 勇者「旨そうっすねー」 メイド長「……」 勇者「わ、熱っ。んまっ! 今回はぁ火竜族と なんとか手打ちで、でもそのためには『開門都市』 をなんとか奪還しなきゃならなくてですね」 メイド長「……勇者様」 勇者「ん?」 メイド長「やはり今回も?」 843 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 02 53 59.28 ID Lbanm5QNP 勇者「あー。うん」 メイド長「魔王様を避けてますよね?」 勇者「うー」 メイド長「避けてらっしゃいますよね?」 勇者「うー、うん」 メイド長「……使用人の分際で差し出がましいかと思い 今まで訊ねずに参りましたが、埒が明きません。 魔王様には内緒にしておきますから 何か問題があるのなら相談くださいませ」 勇者「うん……」 メイド長「煮えきらない態度ですね。 あれですか。酒場の鳥娘に言い寄られたり 半透明のスライム娘に告白されたり 爆乳自慢の牛娘に婿宣言されたりしたんですか?」 勇者「うがっ!」 メイド長「どうなんですか?」 勇者「そのう、そういうのがないとは言いませんが」 850 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03 01 16.21 ID Lbanm5QNP メイド長「大体転移呪文があるのなら 毎日は無理でも、毎週程度には帰ってこられますよね?」 勇者「うん」 メイド長「魔王様がそれに気が付かないくらい お間抜けで今回は助かっていますが……」 勇者「うん……」 メイド長「どういうことなのですか?」 勇者「いや、その。さ」 メイド長「はい?」 勇者「……魔王が、あんまりにも俺に頼らないから」 メイド長「……」 勇者「最初にさ、あの魔王の間で『我のものになれ』 なんていわれてさ『まだ見ぬもの』なんていわれたからさ」 メイド長「……」 勇者「てっきり、勇者の力で、魔族の反乱分子を 粛清してさ、たとえばゲートを閉じちゃったりして そうやって戦争を終わらせると思ってたんだよ」 853 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03 05 27.68 ID Lbanm5QNP 勇者「そういう意味で、勇者の力が欲しいのだと」 メイド長「……」 勇者「なのに、あいつ、俺の戦闘能力は当てにしないでさ、 それどころか、戦わないように戦わないようにしてさ」 メイド長「はい」 勇者「なんかまるで俺のことが大事みたいに ……好きみたいにさ。するから」 メイド長「……」 勇者「だって所有契約だろう? 俺はあいつのものだしあいつは俺のものだ。 気に入らなかったら命をとられてもいいんだ。 そういう契約じゃないか」 メイド長「そうですね」 勇者「それなのにさー。あいつさ。挙動不審だし 言い訳も説明も過剰だし、おっかなびっくりだしさ」 メイド長「……」 勇者「……上手く言葉にならねぇや」 854 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03 08 45.40 ID Lbanm5QNP メイド長「魔王様は、勇者様のことを――」 勇者「判ってるんだ。 そこまで馬鹿じゃない。 相手の好意が信じられないから、 自分の好意を与えられないだなんて そんな腰抜けの言い訳じみたことを言うつもりはないんだ」 メイド長「では、なぜ?」 勇者「だって、俺、死んじゃうしさ」 メイド長「……」 勇者「今回のことがどう転ぼうがどう成功しようが それでも俺は人間だから、魔王よりも先に死んじゃうしさ」 メイド長「それはっ」 勇者「そんな俺が魔王と想いを重ねるって それはなんだかすげぇ不実な気もするんだよ」 メイド長「そんなことはありません」 勇者「そうかなぁ」 856 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03 12 06.98 ID Lbanm5QNP 勇者「そりゃ、まぁ。本当かもしれないよ? 終わりがない関係はないけれど 終わるために出会うわけじゃないからさ」 メイド長「……」 勇者「でも、なんだかなぁ」 勇者「俺、最後のときに、魔王の困ったような 泣きそうな顔ばっかり思い出す気がするんだよ」 メイド長「そんな」 勇者「これもびびってるっていうのかなぁ。 でも、魔王がそういう顔すると思うとつらい。 勇者って言うのはさ、 もしかしたら幸せになっちゃいけない職業なのかも しれないって。そう思うんだよ」 メイド長「……」 勇者「今の俺は、あんまり勇者って感じじゃないなっ!」 857 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/06(日) 03 15 40.56 ID Lbanm5QNP メイド長「メイド如きに口を挟める問題でも ないのでしょうが、一つだけ」 勇者「うん」 メイド長「勇者様は、魔王様のもの。 勇者様のすべては魔王様の、我が主の所有物」 勇者「ああ、そうだ」 メイド長「そのことをお忘れなきよう」 勇者「うん」 メイド長「だとすれば、 勇者様の感じるためらいも思いやりも、 押し殺している願いや 憧れるような希望も、 触れたいという祈りも。 言葉にならない、魔王様への気持ちさえ。 それらもすべて魔王様のもの」 勇者「……」 メイド長「それをお忘れなきように」 ページトップへ <前1-4へ|次2スレ目へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/71.html
<前11-4へ|次12スレ目へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」11-5 892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22 16 29.57 ID quxpU4cP ――5年前、魔界の小さな村 ガチャリ 勇者「……」 きしり、きしり…… かちゃり 勇者 そぉっ 執事「……こんな夜更けに、どちらに夜這いですかな~」 勇者「ちょ。爺さん、なんてことをっ」びしっ 執事「もがっ。もがっ。こ、呼吸がっ。げふっげふっ」 勇者「あ、ごめん」 執事「危うく殺されてしまうところでしたぞっ!」 勇者「良いじゃないか、もう十分生きただろう?」 執事「さっぱりした顔をして鬼も顔負けな恫喝台詞をっ!?」 勇者「あ、いや。すまん。悪気はないんだ」 執事「一般会話へたくそですからね。勇者は。童貞ですから」 勇者「童貞で悪いか」 執事「いえいえ、にょっほっほ。……さてはぱふぱふに? こんな小さな村にはぱふぱふ酒場もありませんぞ」 勇者「えっと、ちょっと、星を見に」 執事「ほしぃぃぃ?」じとー 勇者「いや、すんません。嘘つきました」 執事「判れば宜しい。さ、庭にでも出ましょうか」 893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22 25 32.97 ID quxpU4cP 執事「……良い風ですな。確かに星も綺麗だ」 勇者「そうだな。綺麗だ……」 そよそよそよ…… 勇者「……」 執事「……」 勇者「んじゃ」 執事「……」 勇者「えっと、さ」 執事「ええ」 勇者「行くよ」しゅたっ 執事「はい」 勇者「止めないのか」 執事「止めて良いのか、考えているのです」 勇者「……」 執事「わたし達は、あなたに科せられた枷のようなものですから。 あなたにとっては、やはり重荷なのか、 窮屈なのかとも考えます。 そもそも……この際ですから聞いてしまいますが あなたが世界を救う理由は、無いような気さえする」 勇者「……」 執事「聞いて良ければ。……どうしてですか?」 勇者「他にやること無いからだよ」 執事「……」 勇者「だってそうじゃん。魔法使えるし、剣技も使えるけれどさ。 こんな化け物、学院でも騎士団でも雇ってくれないよ。 どこに行っても歓迎されるけれど、 ずっと住んでくれなんて云う村も町もなかっただろう? “有り難いには有り難いけれど、 ずーっといられても困っちゃうのよね~”とか。 勇者って、そういう感じじゃん?」 897 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22 38 38.56 ID quxpU4cP 勇者「おれ、頭悪いから、よく分かんないだけどさ。 ――多分、おれ人間じゃないんだ。 だって人間は俺に優しくはないもの。 でも人間じゃなかったらなんだろうって考えると、 俺ってやっぱり勇者なんだよね。 しかたない。 人間に生まれたこと無いから、なんで嫌われるかは よく判らないんだけどさ」 執事「……」 勇者「弱いってさ。弱くて一杯いるってさ。 すげー暴力的だよ。 弱い奴らが不幸になると、 それが真実かどうかなんてお構いなしに 近場にいる強いやつを一斉に指さして、お前が悪だって言うんだ。 そんでもってそれに抗議をすると、 “ほら、やっぱり私たちを責めるんだ! こいつは悪だ!” って大喜びしてさ。そう言うのってすごい暴力的だ。 そういう意味では、俺はたしかに、救う理由なんて無いけどさ」 執事「……はい」 勇者「でもさー、やっぱりさー」 執事「……」 勇者「全部を嫌いになるのは、無理」 にかっ 執事「……」 勇者「だって、みんな健気なんだもん。優しいし、温かいしさ。 ただ、そういうのが、俺に向かってないってだけでさ。 基本的に人間は良いやつばっかりだ。 じいちゃんが、最後には帳尻があったって言ってたけれど 幸せだけなんてないんだよな。 たぶん、帳尻が合うだけ。 全てはモザイク模様で、白と黒とのコントラスト。 白だけとか、黒だけとか、そういう手に入れ方は出来ないんだな。 たぶん“全部もらう”か“全部要らない”かしか 選べないセットメニューなんだよ。 ……だから、俺がどんなに辛くても、 誰かにとっては大事なこの世界は、壊しちゃいけない」 898 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 22 41 16.74 ID quxpU4cP 執事「勇者……」 勇者「爺さんとか、あの二人と一緒にいるとさぁ」 執事「……」 勇者「なんか、人間みたいな気分で、楽しいわけだ」てへっ 執事「……」 勇者「だから倒してきてやるよ。魔王を。 それくらいの幸せは、受け取った」 執事「……」 勇者「それにさ。やっぱ、もてたい訳よ」 執事「そう、ですか……」 勇者「童貞だから」 執事「童貞ですからね」 勇者「期待しちゃう訳よ」 執事「そりゃしますな。期待こそ青春ですから」 勇者「だから」 執事「?」 勇者「そのうち、なんつーか。ほらよ、なんつーかな!」 執事「はい」 勇者「“わたしのものになってくれ”なんて云ってくれる人が ……俺にだって現われるかも知れないじゃん? 魔物殺すのと都市壊すのくらいしかできないけどさ。 俺は人間じゃないから、仲間はずれだけどさ。 そんなのは、俺のセットメニューに 入ってないなんて判ってるんだけれどさ。 そう言うこと云ってもらえるのは、人間なんだろうなって。 ――でも、 そういうの、期待しちゃうんだよ。馬鹿だから」 911 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23 17 20.66 ID quxpU4cP ――開門都市近郊、聖鍵遠征軍本陣内、豪奢な天幕 ザザザアアアーーーー!! ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ 大主教「落ちたな」 従軍大司祭「は?」 大主教「黒騎士が落ちた。……勇者と呼ばれていた男だ」 従軍大司祭「勇者が!?」 大主教「勇者は光の精霊を裏切ったのだ。その証拠に精霊の 祈りの力を受けて身動きも叶わなくなり、地に落ちたではないか」 従軍大司祭「そ、そんな」 大主教「騎士団よ」 百合騎士隊員「はっ! 猊下」 ちゅぷ、くちゃぁ。 ――ころり、ころり。 大主教「勇者は激しい雨と落雷を呼び寄せたが、 祈りの結界に閉じ込められて戦場に落ちた。 その能力は、祈りの続く限り、腕の立つ騎士の一人と大差ない。 聖なる祈願を込めたマスケットと百合騎士隊で 捉えることが出来るだろう。 良いか、必ずや捉えろ。 むしろ、殺してしまえ。 ただしその首は持ち帰るのだ……」 従軍大司祭「まさか勇者が……」 ザザザアアアーーーー!! ゴゥゥン! ゴロゴロゴロゴロ 912 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23 19 13.90 ID quxpU4cP 大主教「勇者はもはや闇に堕ちたのだ。 漆黒の鎧をまとい、魔族に味方をし 精霊の遠征軍に雷の刃を向けたのが、その証し……。 教会は、精霊の御名により、彼の者に異端の烙印を押す」 従軍大司祭「お、御命をうけたまわりましてございます」 百合騎士隊員「ははぁっ」 ふわり 大主教「行けっ。すぐさま伝えよ」 執事「そうはいきません」 ひゅばっ! キィン! 大主教「行け」 従軍大司祭「はっ、はいっ」 ダッダッダッ!! 大主教「そなたは……。見覚えがある。聖王国の」 執事「勇者の仲間です」 大主教「背教者め」 執事「その黒い呪力。……魔王になりましたなっ」 ひゅん! ひゅわんっ! ビキィッ! 執事「その魔力っ。防御力っ。大主教ともあろうものがっ!」 ちゅぷ、くちゃぁ。 ――ころり、ころり。 大主教 にまぁ 執事「……っ!? それは、刻印王のっ!?」 915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23 24 06.52 ID quxpU4cP 大主教「われは人間だ。 徹頭徹尾、ただの、無力な、か弱い人間だよ。 はぁっはっはっは」 執事「偽るおつもりかっ! あなたが黒い意志ではないですかっ!?」 ガギンっ! ヒュドンッ! キン、キィン! 大主教「見えない魔弾か。造作もない」 執事「人間に弾けるはずもないっ」 大主教「人間に撃てるものは、みな人間に防げるのだ」 執事「その力は、魔王の力だっ」 キュン、キィン! 大主教「だが我は人間だ。この眼球を我が眼窩に移植をすると? それは。くっくっく。 確かに魔王の資格も得るだろうが、 それでは“勇者の敵”になってしまう」 執事「……っ!?」 大主教「勇者は強い。魔王が弱いこの時代において、 その力は、世界でもっとも強大なもの。 それが赦せぬ。 この世界は人間のものなのだ! あのような超人の闊歩する 箱庭ではない、我らが、この世界の王なのだっ! くっくっくっく。はぁーっはっはっは! 何が悪い!? 人間が人間のまま、魔王を! 勇者を! あやつら人外どもを越えて何が悪いというのだ!」 執事「だとしたら同じ人間としてあなたを 生かしておくわけにはいきませんぞっ!」 ギィン! 大主教「“鉄甲祈祷”、“魔盾祈祷”、“光輪祈祷”っ」 執事「……っ! おされるっ!?」 大主教「たかが弓兵ごときが、我にかなうと思っているのか。 勇者は光の縛鎖にて――“人間の悪意”にて縛った。 もはや我を越える力を持つ者は、この世界にはいない」 執事「っ!?」 大主教「次は、『聖骸』を。そして世界は真の平和を得るのだ」 926 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23 41 53.21 ID quxpU4cP ――地下城塞基底部、地底湖 ブゥウンッ! メイド長「今の映像は……」 女魔法使い「……遠隔視の術式」 メイド長「あれは、あの男はなんなのですかっ!」 女魔法使い「……」 メイド長「あのような人間など。 なぜ今まで隠していたんですかっ。女魔法使い様」 ゆさゆさっ 女魔法使い「汚点」 メイド長「え?」 女魔法使い「……一族の、ミス」 メイド長「とは……?」 女魔法使い「……遙か昔、1400年前に人間世界へと出た図書館族。 その、子孫。末裔。……それが、あれ」 メイド長「そんな、図書館……わたし達の、一族?」 女魔法使い「……存在の可能性は認識していた。 幾つかの事象から、その実在が高い確率で想定できた。 でも、正確に誰がそうなのか判ったのは、今が最初」 メイド長「そんな……」 女魔法使い「あれが、魔王と勇者がやろうとしていることの、 もう一つの側面。眼をそらしては、いけない」 930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/13(火) 23 47 22.82 ID quxpU4cP メイド長「……」 女魔法使い「……人々を善導する意志が、歪み、腐り、淀む。 善意はやがて支配へとすり替わる。 全ての革命の行き着く先。その、なれの果て。 魔王と勇者が産もうとしているのは、あれかもしれない」 メイド長「だからといって、歩みを止めるわけにはいかない。 それは死です。全てが腐敗するとしても、だからといって 腐敗するために生きるわけではない」 女魔法使い「……」 メイド長「違いますか?」 女魔法使い「……“仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明”」 メイド長「なんですか、それは」 女魔法使い「……明滅している現象だけが、生だと。 永遠の光も、永遠の闇も。永遠という意味では透過。 永遠は死。なぜならそこに時間の経過はないのだから。 明滅だけが永遠ではない。永遠でないと云うことは、 つまり、明滅の許容」 メイド長「わかりません。そんなことは。 ――それより、まおー様は!? 勇者様はっ!?」 女魔法使い「魔王は死地に向かっている。勇者は死にかけている」 メイド長「何をしているんですかっ。お助けしなくては」くるっ 女魔法使い「いかせないっ」 がしっ メイド長「っ!」 女魔法使い「勇者は、全部を掛けると云ったっ。 何でも払うと云ったんだ。だから、行かせない。 あなたは回路を調査する。わたしはそれを修理する。 それが役目。絶対だ。 ……いいか? 最初から不可能だったんだ。 可能性はゼロだ。今さら、魔王が死のうが、勇者が死のうが、 ゼロはゼロ以下にならないっ。 それでもっ」 934 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 23 51 15.48 ID quxpU4cP 女魔法使い「あの二人は微笑みさえ浮かべて即答した。 それでも構わないから、賭けると即答した。 だったら生き延びる。いや、死んでいたって生き返る。 二人が生きていたってそれだけ駄目なんだ。 最初から不可能だった。 この開門都市全てが、生け贄の祭壇。 勇者か魔王の魔力全てを注ぎ込み、その命を絶つことによって 起動する、天空への架け橋。『天塔』。 片方の死を持って残り一人を『終幕』へと導く崩壊装置。 『ようせいのふえ』にて封印されたと 古の歌は語る伝説の中の幻の塔だ。 それでもあの二人は、その『終幕』を拒絶するつもりなんだ」 メイド長「そんなっ」 女魔法使い「最初から奇跡の五つや六つ揃わないと 駄目な賭けだったんだ。だからわたしはここを動かない。 いいか? 勇者はわたしに奇跡を望んだ。 奇跡を、望んだんだ。 “お前なら出来る”ってなぁ! だからメイド長、あなたも逃亡は許さないっ。 この世界には奇跡が溢れている。 あの二人がそう言ったのだからわたしは信じる。 たとえ、それがどのような荒唐無稽な話であっても。 だからあなたにも信じてもらう。 わたし達の知らない、どこかの奇跡があの二人を救うことをっ」 メイド長「まおー様が、そんなことを?」 女魔法使い「云ったさ」 メイド長「判りました。――宜しいでしょう」 女魔法使い「……」 メイド長「まおー様が言うのならば、そうなんでしょう。 奇跡なんて信じないで奇跡みたいな冗談を言う人ですからね。 冗談は胸だけにして欲しいと云ったら、 冗談を言ってるつもりはないなんて云うほどの人です」 女魔法使い「……」 メイド長「まおー様を信じましょう。それが必要なのならば。 わたしはあの人のメイド。主人を助けるための無限の力です」 941 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/14(水) 00 05 11.60 ID NoxjAlgP ――開門都市、戦乱の市街 ヒュルルルル…… グシャァァッツ!! 勇者「っ!!」 夢魔鶫「主上っ。主上……お気を確かに」 勇者「っぁく。な……んだ、この痛みは」 夢魔鶫「おそらく、体力低下の呪詛かと」 勇者「……っく」 夢魔鶫「動いては駄目です。“小回復術”」 ザァァァーザザザー 勇者「どこだ、ここは……」 夢魔鶫「おそらく開門都市の市街部かと」 勇者「周辺の偵察を」 夢魔鶫「しかし……」 勇者「行け」 夢魔鶫「はっ」 パタパタパタっ 勇者(っく! 雨が……。それでも雨だけは降ったか) ドォオォォン!! ドォォオン!! キィン! ガキィン! おおおお、精霊は求めたもうっ 勇者「近いな……」 943 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/10/14(水) 00 10 50.64 ID NoxjAlgP 夢魔鶫「主上、どうやら一街区先では、激しい戦闘が」 勇者「マスケットはどうだ?」 夢魔鶫「そろそろ、火薬が湿り、火も消えて使い物には ならなくなった模様ですが……」 勇者「?」 夢魔鶫「いかんせん、外の遠征軍の数が多すぎます。 都市防衛軍は良く防いでいますが、この豪雨では マスケットももちろんですが、弓矢も殆ど役には立たず 援護のない大通りでの白兵戦、しかも乱戦状態となっています」 勇者「行って援護をしてくれ」 夢魔鶫「しかし」 勇者「いいからっ」 夢魔鶫「……御命、承りました」 ぱたぱたぱたっ 勇者「……っ」 勇者(こりゃ、ちっと動けないな……。しばらく休憩しないと) キィン! ガキィン! 押せ! 引くな! ドゴォン! この都市には一歩たりとも入らせんっ! 勇者(魔王は、無事なんだろうな……) 勇者(再生が始まらない。出血制御も組織封鎖もままならない……、 なんだこれ、毒……なのか? いや、でも解毒酵素も動かないぞ。身体が重い。 神経の伝達速度が二桁も落ちてる……) 勇者「ってな。これっくれぇ、なんだってんだ」 ズキィッ ぼたっぼたっ…… 勇者「これくらい……血が……」 ぐしゃっ ページトップへ <前11-4へ|次12スレ目へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/59.html
<前9-4へ|次9-6へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」9-5 728 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 04 24.44 ID F.ztGjEP 土木子弟「元々開門都市は片目の神や無名の神を始め いくつもの神殿やほこらがあります。 ことに都市を囲む九つの丘に建てられた神殿は作りも強固で 要塞と言っても通用するほどですよ。 さいわい、例の街道を通すはずだった山の切り通しから 石材はいくらでも出てきますからね。 まずは神殿の補修です」 中年商人「しかし、そんなことをしていて間に合うのですか」 土木子弟「この図を見てください」 火竜公女「ふむ」 中年商人「この近辺ですな?」 土木子弟「この九つの神殿とその敷地を防壁で囲み、 それらの防壁を重ねるように、都市そのものの防壁を 伸ばしていくのです。 確かに距離は多少長くなり、作業量も増えますが 元から有る神殿の壁を利用できるために全体での 作業量は減るはずです。 神殿の補修と言うことであれば、それぞれを信じている 氏族の方にも手伝っていただけますしね。 寄付もあつめやすい。 いただいた資金は、全て食料を買ってしまいましたよ。 働いていただいた方には、日当よりも、 食事を腹一杯食べてもらう。そう言う方式にしました」 火竜公女「働いている方も、楽しそうだ」 中年商人「何とか動き始めましたか……」 土木子弟「ええ。自治委員会を説得するにしろ ある程度形や現場がないと難しいようですしね」 火竜公女「見通しが立たぬと計画書も提出できぬゆえ」 729 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 06 29.40 ID F.ztGjEP 中年商人「それにしても、この図だと神殿を 抱き込むような構造ですね」 土木子弟「神殿を鐘楼代わりに用いる事になりますから」 火竜公女「ふぅむ。この部分は?」 土木子弟「掘ります」 火竜公女「なにゆえ?」 土木子弟「空堀ですよ。見かけ上防壁の高さを 増すためのものですね。この地方はさほど水が 豊かではありませんし」 中年商人「随分壁が厚くはありませんか?」 土木子弟「ええ」 中年商人「個々までの厚さが必要ですか? 石にしろ土にしろ、これだけ積み上げるには 相当の手間がかかるのでは無いかと思いますが……」 土木子弟「これは、まぁ。うん」 火竜公女「?」 土木子弟「必要になるでしょう。 この世代でも、次の世代でも。 そもそも相手は魔族じゃないのでしょう? ……で、あればこの防壁が意味を持つこともあるでしょう。 聞いている話が真実であれば、なおさらに」 731 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 28 43.43 ID F.ztGjEP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 ガチャ、ポイッ 勇者「うーん」 ガチョン! キュィィンっ! 勇者「ちげぇ、これじゃねぇや。……どこやったかなぁ」 ギュイイイン!! 勇者「刃の鎧とか、今考えると迷惑装備だよなぁ」 ポイッ。ポイッ 勇者「水鏡でもなくて……」 「おーい」 勇者「こっちだぞー。なんだー?」 がちゃ 女騎士「……何をやってるんだ?」 勇者「装備の整理をな」 女騎士「整理どころか、ぐちゃぐちゃじゃないか」 勇者「いくつか捜し物があってさ-。祈りの指輪とか エルフの飲み薬とか」 女騎士「ふむ……」 733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 30 03.68 ID F.ztGjEP 勇者「それよりどうしたんだ? めし出来たか?」はうはう 女騎士「そればっかりか。勇者は」 勇者「いや、べつに。そんなに卑しくはないぞ」 女騎士「ほんとうかー?」 勇者「本当だ」 女騎士「いずれにせよ、あと二時間は煮込まないとだめ。 それから、今日はわたしは、 修道院で大事なミサがあるから。 夜ご飯は作りに来れないんだ。悪いな」 勇者「そうなのか?」 女騎士「そんなに困った顔をしてはだめだ。 シチューをいっぱい作ったのはそのためだし。 夜になったら、温めなおして食べればいい。 チーズもパンも足りてるだろう?」 勇者「おう。そのくらいなら任せておけ!」 女騎士「勇者」 勇者「なんだ?」 女騎士「どうどう」なでなで 勇者「どうしたんだ? 女騎士」 女騎士「ふむ。撫でても平気か」 勇者「?」 女騎士「頃合いや良しっ!」 すくっ! 737 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 33 13.90 ID F.ztGjEP 勇者「なっ。何がどうしたっ!?」 女騎士「勇者」ビシッ 勇者「はいっ」正座 女騎士「この件に関しては、いささか乙女としての 恥じらいに疑問を覚えないでもないのだけれど 話が錯綜するのも、混乱するのも、 誤解を受けるのも、曖昧になるのも困る。 故にはっきりという」 勇者「あ、ああ」 女騎士「魔王が戻り次第、勇者と褥を共にしたい」 勇者「……」ぴきっ 女騎士「大丈夫だ。勇者は心配することはない。 私たちだって初心者だが その辺はうまく乗り越えてみせるさ」 勇者「あー」 女騎士「冗談ではないぞ? それから夜のおしゃべり会とか言う びっくりどっきりでもない。 私たちは、勇者と、しとねを共にしたい。 ――お互い判らない年齢でもないよな?」 勇者「う、うん」 女騎士「そ、それからなっ。 いやだったら事前に断るのがマナーだからな?」 勇者「そうではないんですけれど」 女騎士「うん……」 なでなで 勇者「なにこれ?」 女騎士「いや、作戦行動の一環だ」 740 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 37 47.06 ID F.ztGjEP 勇者「えーっと、さ。その、さ」 女騎士「無理にコメントしなくていい」 勇者「……うう」 女騎士「っていうか、しないで欲しい」 勇者「……」 女騎士「こっちだって顔から火が出そうだ。 無理矢理押さえつけてるんだぞ」 勇者「う、うん」 女騎士「この件は一応魔王も了承済みだからなっ」 勇者「そうなのか」 女騎士 こくり 勇者「すっげー口がへの字じゃない?」 女騎士「い、要らない突っ込みだ」 勇者「……」 女騎士「どうしてもだめなのか? その……。 こんな事言いたくないけれど、やっぱり。 “次”は大勝負というか、 すごく大きな戦争になってしまう気がするし。 そう言うつもりではけしてないのだけれど……」 勇者「いや。……うん。判った」 女騎士「良いか?」 ぱぁっ 勇者「判った。ばっちりだ。覚悟完了だ!」 女騎士「それでこそ勇者だ!」にこっ 748 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 54 54.75 ID F.ztGjEP ――聖王国某所、秘密大鉄工所 ガァン! ゴォン!! 労働者「おうっ! あぅっ!」 作業監督「どうした! 炉の動きが重いぞぉ! 木炭を持ってこぉい!!」 ガァン! ゴォン!! 作業監督「ガンガン炊くんだ!!」 ガァン! ゴォン!! 職人の長「なんだって?」 技術者「いえ、ですから、木炭の備蓄が 底をついてしまったのでして……」 職人の長「どうしてこうなったのだ? 会計、会計はおらぬか!」 会計官「ギルド長、こちらにおります」ぱたぱたぱた 職人の長「木炭が足りぬではないかっ!」 会計官「はぁ。しかし、ギルド長の許可された分は 全て購入し倉庫に入れておきましたが」 職人の長「そうなのか?」 技術者「このところの増産ペースで、 備蓄分を使い切ってしまったようなのです」 750 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 57 43.51 ID F.ztGjEP 熟練技師「木炭は元々鉄鉱石ほどの大きさの倉庫では ありませんから、本気で使えば一週間と持ちませんよ」 会計官「そうでしたなぁ。ふぅ、熱い」 職人の長「では新たに商人に運ばせよ」 会計官「それが、少々難しい雲行きでして」 職人の長「ん?」 会計官「連日の木炭買い付けで、 木炭の価格が急騰しているのです。 先週の三倍にも達しようかというほどに。 さらに今までは夏でしたが、今や季節は秋も半ば。 どの村でも、冬越しのために木炭を貯め込む季節となり なかなかたやすく買い付けも……」 職人の長「しかしそれでは、王弟閣下の望むだけの マスケットも過ノー根も、弾薬も送れないではないか。 うぅむ。そうだ! この間話してていた策はどうだ? 石炭から取れるコウクスなるものは?」 熟練技師「あれは、長の方で一回却下なさったでは ありませんか。林業ギルドとの関係が悪化する、とかで」 職人の長「だがしかし、情勢が変わったのだ。 木炭がなければ仕方有るまい。 今ひとつ信頼しきれぬ新方式だが、試す価値はあるだろう」 熟練技師「であれば、試すにやぶさかではないのですが 砂丘の国も、礒岩の国も石炭の採鉱権は譲渡したと 聞きました」 職人の長「どういうことだ?」 751 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 21 59 44.98 ID F.ztGjEP 熟練技師「商人が高額で権利を押さえたとの話です」 職人の長「なぜそのような! いや、それ以前になぜ阻まぬ!」 熟練技師「お忘れなのですか? 長よ。 我々は当分石炭を使用しない決定を下したんですよっ。 購入しない、金も払わないで どうして権利だけを押さえることなど出来ますっ!!」 会計官「まぁまぁ」 技術者「だがしかし。と、なれば木炭を買うしかないでしょう。 国家備蓄を進めている国はどうですか? 我々は王弟閣下の口添えをいただいているわけですし。 貴族や領主に木炭を出させる、というのは」 会計官「それならば出来るやも知れません」 職人の長「よかろう! ではわたしが早速手紙を出す。 会計官は使者を用意させろ。隊商を作り、近隣の 領主や王国から、木炭を送ってもらうのだ」 技術者「ええ、梢の王国などは、以前から林業に 置いて大きな実績があります」 熟練技師「梢の王国の木炭であれば、きっと立派な 鉄を作り出すことが出来るでしょう!」 会計官「早速手配して参ります」 たったったった 職人の長「フリントロックの方はどうだ?」 熟練技師「やはり精度が高いですが、 何とか月産50丁のラインには乗って参りました」 職人の長「よし、今月の荷として、港から船で運ばせよ!」 763 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22 31 04.32 ID F.ztGjEP ――白夜の国、港 メイド姉「やはり、気が緩んでいる感じですね。 警備もろくにしていませんし、これだけの軍が集まると 敵が来るはずはないと言うことなのでしょうか?」 生き残り傭兵「元々はどうあっても農民だ。 夜になったら寝るって言う暮らしをしてきた。 そこまで敵の怖さってものが骨身にしみていないんだろうぜ」 ちび助傭兵「しっ!」 かつん、かつん、かつん…… 「ふわーぁ。早く宿舎で寝てぇよ」 「ぼやくなよ。酒を持ってきてあるんだ」 「いいね、身体が温まる」 ……かつん、かつん、かつん 若造傭兵「……いったみたいだ」 傭兵弓士「よし」 貴族子弟「流石にドキドキしますね」 メイド姉「ええ、聖王都の大聖堂に忍び込んだ時以来です」 生き残り傭兵「このお嬢ちゃんはどういう 経歴の持ち主なんだ?」 貴族子弟「この度胸と思い切りの良さは、生まれつきかなぁ」 メイド姉「そんなことはありませんよ」むぅっ 764 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22 32 49.34 ID F.ztGjEP 生き残り傭兵「で、どうすんだ?」 メイド姉「はい。貴族子弟さんは、 打ち合わせ通り本隊80人を率いて船を接収してください。 出来れば荷下ろし前の食料が載っている船がよいです。 私たちは操船技術がないので、 当直含め船乗りさんが乗っている船を選んでくださいね」 貴族子弟「人使い、荒いなぁ」 メイド姉「おねがいします」ぺこり 貴族子弟「やりますけどね」 メイド姉「で、私たちの部隊は、 あちらの税関に忍び込みます。 ここ数日調べた感じでは、この時間あの建物の中には 5~8人が寝泊まりして居るのみ。 可能な限り血は流さない方法で無力化してください」 生き残り傭兵「ふむ」 ちび助傭兵「判った」 生き残り傭兵「俺はそっちでいいか?」 メイド姉「はい、お願いします」 ちび助傭兵「じゃぁ、さっさと済ませるとしようか」 若造傭兵「おう」 765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22 33 53.48 ID F.ztGjEP ――白夜の国、港、税関の建物 がちゃがちゃ 生き残り傭兵「鍵がかかってるな、流石に」 メイド姉「出番ですよー」つんつん 器用な少年「俺かよっ!?」 メイド姉「はい、お願いします」 器用な少年「何で俺がこんな事を……」 ちび助傭兵「さっさとやれ」こんっ! 器用な少年「くっそう。こんな鍵がなんだってんだよ」 ぴんっ! 器用な少年「おら、出来たぞっ!」 メイド姉「お見事です。良くできました」にこり 器用な少年「朝飯前のこんこんちきだ。ちきしょう」 かちゃり 生き残り傭兵「入るぞ」 ちび助傭兵「後方確認、担当する」 若造傭兵「前方制圧行く」 傭兵弓士「援護了解」 器用な少年「むちゃくちゃプロじゃねぇか」 766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22 35 15.20 ID F.ztGjEP 光の衛兵「うぐっ!!」 どさっ 生き残り傭兵「ふぅ」 ちび助傭兵「こっちの部屋もふんじばったぞ」 光の衛兵「だれだ、きさまらっ!」 ひゅばっ! 光の衛兵「ぐぅっ!」 若造傭兵「よし。こっちも問題ない」 傭兵弓士「周辺の建物に気付いた様子はない。 この税関に何の用事があるんだ?」 器用な少年「とっととずらかろうよ」びくびく メイド姉「少し待ってくださいね。 このあとは船をお借りして移動する予定なのですが あいにく、わたし持ち合わせが少なくて……」 器用な少年「わかった! 聖王国からぶんどろうって腹だな!」 メイド姉「とんでもない。それは非道ですよ。 まぁ、危急の事態なので多少犯罪的な手法を とる覚悟はあるのですが、そこまで悪辣なことは 出来ません。盗みは良くないことです」 生き残り傭兵「じゃぁ、何でこんな所に」 メイド姉「借ります」 767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 22 36 42.40 ID F.ztGjEP 器用な少年「はぁ?」 メイド姉「ですから、資金を少々お借りしようかと」 生き残り傭兵「……」 ちび助傭兵「……?」 器用な少年「盗みと何が違うんだ?」 メイド姉「借用書を書きます」 サラサラサラ、サラサラサラ 生き残り傭兵「……」 若造傭兵「……」 器用な少年「なぁ、この姉ちゃんまじなのかなぁ?」 生き残り傭兵「貴族の旦那が言うには本気なんだろうな」 ちび助傭兵「良いのかなぁ。こんなのが代行で」 若造傭兵「乗りかかった船だ。諦めるしかない」 メイド姉「出来ました。この借用書を、机の上に置いて。 えーっと、金貨を運び出しましょう。 数えている暇はないので、その箱五つで良いでしょう。 重いのにしましょうね。軽いのは使っている最中かも 知れませんし、二度手間もいやですし」 生き残り傭兵「やることは結構豪快だな」 ちび助傭兵「うんうん」 メイド姉「この資金で、船員さん達へせめてものお詫びに 支払いをします。食料も買い上げて、極大陸へ」 生き残り傭兵「え? 極……!?」 メイド姉「混雑しないうちに魔界へと行きましょう。 あちらでやるべき事が山積みですから」 783 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 07 02.11 ID F.ztGjEP ――鉄の国、職人街、ギルド会館前 しゅわんっ! 魔王「っふぅ」 メイド長「くらくらしますね」 勇者「3連続転移はきついか」 魔王「うむ、ちょっと頭が痛くなるな」 メイド長「わたしは目が回っています」 勇者「慣れの問題なんだけどな~」 魔王「悪いな。迎えに来させた上に、足代わりに使って」 勇者「気にするなって。急ぎなんだろう?」 魔王「ああ、今回、大量生産するつもりはない。 おそらく、充分な硬度の刃さえ作れれば、 一ヶ月もあれば試作品は出来るはずなんだが……」 勇者「それもこれも職人に話さなきゃ始まらないぞ」 魔王「う、うん。行ってくる。行くぞ、メイド長っ」 メイド長「はい、まおー様っ」 勇者「いってこーい!」 785 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 10 01.95 ID F.ztGjEP 魔王「ああ、勇者っ!」てってってっ 勇者「なんだ?」 魔王「今日は、鉄鋼工房の職人と打ち合わせがあるだけだ。 夕方までには終わる。そこらの酒場で食事でもしているか、 見物でもしていてくれ。今日こそ屋敷に戻りたい」 勇者「わかった」 メイド長「あまり沢山は食べちゃだめですよ? 勇者様。 今日は腕によりをかけてご馳走を作りますからね。 留守番のご褒美と、送迎の埋め合わせです」 勇者「わかったよ! ひゃっほう!」 魔王「じゃぁ、いってくる。待っていてくれ!」 たったったったっ 勇者「ふぅ……」 勇者「それにしても……」 ――魔王が戻り次第、勇者と褥を共にしたい。 勇者「もしかして……。それって今夜か?」 勇者「ってなんかすげぇ焦ってきたぞ。 やばいな。変な汗が出てきた。 刻印王とやった時でもこんなに戦慄はしなかったぜ。 ど、どうするんだ。どうすればいいんだ? ――落ち着け? ですよね。そうですよね。まずは落ち着くべきですよねー」 女魔法使い こくり 791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 16 51.62 ID F.ztGjEP ――鉄の国、職人街、裏路地 勇者「何処にいたんだよ、お前っ」 女魔法使い「……用事があった」 勇者「なんのっ」 女魔法使い「……入稿?」 勇者「訳判らないよ」 女魔法使い「……すぅ。……くぅ」 勇者「寝るな」 がくがくっ 女魔法使い「……はっ」 勇者「起きたか?」 女魔法使い こくり 勇者「なんだかなぁ」 女魔法使い「……勇者は」 勇者「うん」 女魔法使い「ごきげん?」 勇者「ぼちぼち」 女魔法使い「……へへ」 勇者「女魔法使いは、ご機嫌か?」 女魔法使い「……。ふつう」 勇者「そっか。ご機嫌になるといいな」 798 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 19 37.57 ID F.ztGjEP 女魔法使い「……」 勇者「?」 女魔法使い「……」ぽけぇ 勇者「女魔法使いは、普段なにしてるのさ」 明星雲雀「ピィピィピィ! ご主人は長い長い間 苦しい修行ぴっ! ピィピィ! なにするですかご主人っ」 女魔法使い「……タツタバード」ぼひゅん 勇者「それ、相棒か?」 女魔法使い「……目覚まし時計」 勇者「目覚ましあっても起きないじゃないか」 女魔法使い「……鳴らなかったって言い訳できる」 勇者「お前賢いな!」 女魔法使い こくり 勇者「……」 女魔法使い「……」 勇者「なんかあるのか?」 女魔法使い こくり 勇者「困り事か?」 女魔法使い「……ある意味、そう」 802 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 25 46.31 ID F.ztGjEP 勇者「話、聞くぞ」 女魔法使い「……経済的な均衡状態、また発展状態を 作り出すためには、該当する経済レイヤに対して 政治および技術レイヤから健全な影響が無くてはならない。 またこの健全な影響が充分に経済機構に行き渡るためには 一定の時間が必要とされる。 一方、政治、技術により不健全な影響を受けた周辺レイヤの ひずみは、そのまま外交や政治そのもののレイヤに逆照射し 他の分野や領域をもまきこんだ引き攣れを見せる。 これらの引き攣れは、 軽度のものであれば時間と共に拡散していくが、 重度のものである場合たわみを反発材料として、 主に軍事的レイヤにてその緊張を解放しようとする」 勇者「……?」 女魔法使い「軍事的な衝突は、周辺レイヤに大きな爪痕を残す。 技術レイヤには比較的ダメージが少ない。 なぜならば知識とは本質的に無形であり破壊不可能だから。 戦争により技術が発展するというのは、 必要によって技術が発展するという点と 技術が破壊不可能だから戦争によって消費されにくいという 二点から導き出される結論。 しかし、軍事的衝突は、政治レイヤ、経済レイヤには 深いダメージを残すことがままある。 また、これらの軍事的抗争は政治および技術レイヤから、 経済レイヤへの転換を、大きく後退させる。 なぜなら“財”と言う形で蓄積されたドライブフォースを 無為に消費してしまうから。 文化レイヤにおいては、民族的鬱屈から回復不能なまでの ダメージを受けることすらあり得る。 ゆえに軍事レイヤに何らかのアクションを行なわせる ことなく滑らかに周辺レイヤを発展させるべき。 ――これが魔王の出した回答」 勇者「……」 804 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 28 22.78 ID F.ztGjEP 勇者「どういうことだ?」 女魔法使い「“優れた問いは、優れた答えに勝る”」 勇者「……」 女魔法使い「“なぜ、勇者と魔王という特別な存在が この世界には1人ずつ存在するのか?” たとえば魔王が2人で勇者は居ないであるとか、 その逆であるとか。また勇者が3人いて、 魔王は2人であるとかいう状況は、なぜ無いのか?」 勇者「へ?」 女魔法使い「そのような状況は歴史上 かつて一回も記録されていない」 勇者「……なぜ」 女魔法使い「“なぜ勇者と魔王は戦うのか?”」 勇者「俺たちは戦ってなんか居ない」 女魔法使い「……このような例は今回が初めてで 今までは常に戦ってきた。 今回は特殊な例外と考えた方がいい」 勇者「話が見えてこないぞ」 女魔法使い「……」 勇者「おい、魔法使い」 806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 30 16.04 ID F.ztGjEP 女魔法使い「勇者と魔王の近似」 勇者「え?」 女魔法使い「魔界における勇者が、魔王。 人間界における魔王が、勇者。 模倣子を造り出す経路が違うけれど、 本質的には同じもの。 同じものが、二つ。 なぜ二つしかないのか? なぜ同じものなのか? 特異点的存在とは一体何を目的として“ある”のか?」 勇者「そんなのに答えなんてあるのかよっ」 女魔法使い「答えは常にある。 人によって同一とは限らないけれど」 勇者「なんでなんだよ」 女魔法使い「……」 勇者「……いや、聞いたらまずい気もする」 女魔法使い「教える」 勇者「ちょっとたんま」 女魔法使い「またない」 勇者「だからっ」 女魔法使い「2人の勇者、もしくは2人の魔王は 有る存在の二つの終端、切り口だから」 807 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 31 28.40 ID F.ztGjEP 勇者「切り口……?」 女魔法使い「そう。特異点が二つあると言うことはあり得ない。 この世界にそれが二つも存在する確率はあまりにも低すぎる。 両者は二つの特異点ですらない。 一つの特異点。 現世においてそれが二つの存在として見えている」 勇者「わかんないぞ」 女魔法使い「いわば、ひも。 ひもの右端が、勇者。 ひもの左端が、魔王。 ――これが答え。 常に両者がセットで存在し、2人にも3人にも増えず 一つの時代にあつらえたように対峙する理由。 そして同時に戦う理由でもある。 二つの端子が接触した時から、このひもは収斂を開始する。 端子同士が接続し、ひもは円環となり、世界が完成する。 世界を縛るひもは、世界ごと小さくなり、世界と共に “始まり直す”」 勇者「はぁ!?」 女魔法使い「炎のカリクティスの古から続いてきた あのやりきれない伝説の正体がこれ」 809 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 35 37.14 ID F.ztGjEP 勇者「……頭がついていかない」 女魔法使い「今の世の魔王はそのあまりある力を 戦闘には全く用いなかった。 どのような奇跡か判らないが、 歴代魔王を継承するという魔王の模倣子相続システムから 自由だったゆえに、別の道を夢見た。 もしかしたら、夢見た故に自由だったのかも知れない。 そしてその能力を、世界の拡張に当てた。 また、偶然か必然か、勇者も魔王を殺害して良しとせずに その拡張に力を貸した。 拡張は技術や経済から始まったが、やがて次々と 隣接レイヤに波及し、政治、外交、文化、 はては伝承の域にまで影響を与えようとしている。 端子同士がたどのような形であれ接触した今、 収斂力は作動している。にもかかわらず、 魔王と勇者は世界を拡張させようとする。 この拡張する速度と縮退する速度が均衡して 世界は停止しかけようとしている。 魔王の出した答えは間違っては居ない。 けれど、それを実行するためには、 この世界は根本的な病理を抱え込んでいる」 勇者「病理? 停止?」 女魔法使い「そう。それは罪ではなく、病理。 そのために現実的な事象はおそらく次々と立ち現れる。 助長系の歪みもその一つ」 勇者「何か、起きるのか」 女魔法使い こくり 勇者「ひどいことか?」 女魔法使い「……おそらく全員死ぬ」 勇者「……っ!」 女魔法使い「……」 817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/03(土) 23 41 20.28 ID F.ztGjEP 勇者「嘘、じゃないんだよな?」 女魔法使い「……」 勇者「どうしたらいい? 解決策はあるんだろうっ」 女魔法使い「……」 勇者「おい、魔法使い」がくがくっ 女魔法使い ぐらんぐらん 勇者「おいっ」 女魔法使い「機構上の要素のひとつが、 機構を変更することは出来ない。 現象とは機構が許容する状況の一切片にすぎないから。 ――それが従来の答え、でも」 勇者「なんだよっ」 女魔法使い「……」 勇者「何でもするから言ってくれよっ!」 女魔法使い「絶対?」 勇者「絶対する」 女魔法使い「……」 勇者「頼むよ。お願いだ。……お願いだからさっ」 女魔法使い「……勇者は、いつもずるい」 勇者「え?」 女魔法使い「…………」ぎゅっ 勇者「魔法使い……?」 女魔法使い「そのときが来たら、躊躇っては、いけない」 ページトップへ <前9-4へ|次9-6へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/70.html
<前11-3へ|次11-5へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」11-4 738 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01 34 18.87 ID quxpU4cP 魔王「……」 青年商人「違いますか?」 魔王「済まなかった。その通りだ」 火竜公女「魔王どの……」 鬼呼執政「魔王さまっ!?」 青年商人「宜しい」 魔王「二分時間をくれ」 青年商人「……」 火竜公女「……」 鬼呼の姫巫女「……」 魔王「――優れた問いか。 忘れていた。最初の問いは常に “いま問えばよいのは何か?”だ」 青年商人「そうです」 魔王「その答えにして次の問いは“わたしはこの戦役の 着地点をどのような位置にしたいのか?”だな」 青年商人「はい」 魔王「だとすれば、答えは決まっている。 ……人間にも魔族にもこれ以上の被害を出させないように、 双方に矛を収めさせる。そして平和条約だ。 もしこの都市が落ちれば魔族は人間を恨む。 人間は魔界をただの新しい植民地と見なすだろう。 それは千年にわたる争いの幕開けだ。 この開門都市こそはその瀬戸際。 血に染まった歴史を見ぬためにこの都市を守らなければならない」 青年商人「しかし守るだけでは意味がない」 魔王「そうだ。守りきりさえすればば、 聖鍵遠征軍が軍を引くというのは希望的観測に過ぎない。 なんとしてでも、あの軍に我らが希望を理解させ、 交渉のテーブルにつかせる必要がある」 739 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01 36 06.72 ID quxpU4cP 青年商人「承りました」 火竜公女 こくり 魔王「は?」 青年商人「このことを話すのは非常に気が重く、 わたしとしても痛恨の出来事であり、汗顔悔悟の至りなのですが とある権謀術柵に巻き込まれた結果、 現在わたしは魔王を名乗るに至っているのです」 火竜公女「身から出た錆でありまする」 魔王「それは……」 青年商人「ええ、理解しなくても構いません。 むしろあまり深い理解はわたしを傷つけると察してください。 ともあれ、そのような事態で、 わたしにもこの都市を救う義務があります。 ですから、もちろん救う、などというお約束は出来ませんが それでも、この場は――お任せあれ」 魔王「……」 青年商人「この執務室は私と公女が借り受けます。 ふむ……」 ぺらっ、ぺらっ 魔王「それらの報告は……」 青年商人「このような報告、庁舎の職員と砦将に 任せればいいのです。魔王どのには、魔王どのの仕事があるはず」 火竜公女「妾も覚悟を決めました。 この都市を救うために全てを賭けて戦う覚悟を」 740 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 01 38 18.91 ID quxpU4cP 魔王「しかし、わたしがここでっ」 青年商人「足手まといだと云っているのです」 火竜公女 にこり 魔王「あしで、まとい?」 青年商人「はい。勇者のいない魔王は、足手まといです」 火竜公女「ゆえに妾達が、ここは支えまする」 魔王「――」 青年商人「探しに行ってください。見ていられません」 魔王「しかし。わたしたちは……。 わたしと勇者は、いずれあの祭壇の前で……。 それが、契約で……。 だからわたしと勇者は、もう。 もう……」 バタンっ!! 伝令兵「魔王様っ!!!」 火竜公女「何事ですかっ! 云いなさいっ!」 伝令兵「ただいま、防壁、南部大門が突破されましたっ!!」 魔王「なぜだっ!? 南側の壁は確かに亀裂が入っていたが、 それだとしても、一挙に大門まで粉砕されたというのか? いったい何があったというのだ!?」 伝令兵「聖鍵遠征軍は、想像も出来ない行為をっ。 あ、あいつらは、その……。人間を……。人間が……」 青年商人「落ち着いてください」 伝令兵「人間が、爆発したんですっ。 何十人かのいつもの狂信者が槍で突撃をしてきたかと思ったら その身体ごと、巨大な爆発がっ。 砦将はすぐさま防御軍を結集され南通り一帯は 市街戦になっています! なにとぞご避難を、魔王様っ!」 806 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 18 54 05.04 ID quxpU4cP ――開門都市、南大通り、六番街 東の砦将「隊伍を組めっ! 長槍兵! 戦列を崩すなっ」 竜族軍曹「左右の商店を崩せっ!」 人間衛兵「しかしっ」 東の砦将「いまは防ぎきるのだ! そうでなくても略奪にあう。 くずせ! バリケードを作れ!!」 竜族軍曹「そうだっ! 弓兵配置は終わったかっ!?」 耳長弓兵娘「配置完了しましたっ!」 東の砦将「矢の尽きるまで撃ち込めっ! 地の利はこちらにある。 街路を封鎖して、敵をここで足止めするんだっ! 全ての通用門封鎖っ! 防備部隊を配置っ!」 ゴウゥゥン!! ゴォォン! 光の銃兵「左右へ散開しながら前進っ!!」 光の突撃兵「精霊は求めたもうっ!」 ゴウゥゥン!! ゴォォン! 東の砦将(展開がにぶい……?) 竜族軍曹「どうやら遠征軍も攻めあぐねている様子」 東の砦将「指揮がなっちゃいないな。どういうことだ」 竜族軍曹「マスケットの砲声も少ないですな」 東の砦将「……。押し戻せ! 何はともあれ、 連中はまだ統制が取れていないようだっ! いまならまだ押し返せる。――短弓で左右の家の上から 応戦しろ! 小刻みに動けっ」 807 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 18 56 08.50 ID quxpU4cP 竜族軍曹「足を止めるな!! 槍兵中隊、前進っ!」 ザッザッザッ! 人間槍兵「我らに自由をっ!」 蒼魔槍兵「我が地に平安をっ!」 キィン! ガキィン!! 隻腕の獣人男「うぉぉ!!! どけどけぇぇ!! 命が惜しければ逃げるがいいや。ここは一歩も通さねぇ! のど笛噛みちぎってでもお前達を進めさせはしないぞ」 中年の義勇兵「押せ! 押せ!」 ゴウゥゥン!! ゴォォン! ゴウゥゥン!! ゴォォン! 東の砦将「八番切り込み隊! 紫神殿通りを迂回して、 南大通りの左翼から敵に突っ込め!! 射手は援護を! 獣牙族の動ける範囲を増やせ、屋根の上の自由を奪われるな」 竜族軍曹「動け! 足を止めるな!! 敵は多いのだ、こちらが遊兵をつくると押し込まれるぞっ」 東の砦将「おい、副官。門の外の状――ちっ!」 人間衛兵「は? 砦将」 東の砦将「なんでもねぇ。不便を実感していただけだ。 防壁はどうなっている?」 竜族軍曹「南門近くの防御用司令部に遠征軍が 群がっているようだ。あそこには義勇兵しか居ない、まずいぞっ」 東の砦将「俺が行くっ。鬼呼抜刀隊、ついてこいっ!!」 811 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19 24 28.31 ID quxpU4cP ――魔界、白詰草の草原、開門都市、西方2里 タカタ、タカタ、タカタ、タカタ メイド姉「お気を悪くされてはいませんか?」 勇者「なにが?」 メイド姉「いえ、その。わたしが勇者を名乗るだなんて」 勇者「ああ。びっくりしたけどさ。面白かった」 メイド姉「はい。あの……」 勇者「……」 メイド姉「勇者様が、1つじゃなくても良いんだって」 勇者「え?」 メイド姉「昔、仰ったじゃありませんか。 教会は1つじゃなくても良い。って。 そして湖畔修道会が冬の国では正式な教会として認められて」 勇者「うん」 メイド姉「だから、思ったんです。 勇者も、一人でなくても良いんじゃないかって。 ……すみません。なんだか、何を云えばいいかよく判らなくて」 勇者「勇者の力が欲しかったの?」 メイド姉「いいえ。……むしろ勇者の苦しみを」 勇者「?」 メイド姉「わたしにも背負える荷物があるのではないかと。 わたしが流せる血があるのではないかと、そう思いました。 わたし達は、自らの負債を勇者様や当主様に 押しつけているのではないかって。 目には見えないから、実感できないから 罪の意識もなく罪を重ねているのではないかと」 勇者「……」 812 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19 26 41.78 ID quxpU4cP タカタ、タカタ、タカタ、タカタ メイド姉「当主様も勇者様も優しいから。 もしかしたら、払いすぎてはしまわないかと。 それが心配です。 あの冬の夜、凍り付くような納屋の中で 別に特別なことでもなんでもないかのように わたし達姉妹を救ってくれたように。 特別なことでもなんでもないことのように、 世界を救ってしまうかも知れないのが心配です。 そんなお二人だから、 それがあんまりにも当たり前のことのように感じてしまって。 どんなに大事に思っているか、どんなに感謝しているかを 伝えることも忘れて、当たり前になってしまうのが心配です。 当主様も勇者様も、血を流すことに馴れすぎているから」 勇者「そんなことは、ないよ」 メイド姉「それを確認したいんです。勇者になって。 勇者でいると云うことが、どれだけの痛苦を要求されるか。 どれだけの恐怖を強いられるか」 勇者「……」 メイド姉「膝がガクガクしますよね。 喉は干上がって、身体は木で出来たかのように 思い通りに動かないし、 頭は熱に浮かされたようにぼやけている割に、視界は鮮やかで。 みんなの不安そうな顔も苦しそうな呟きも いやになるほどはっきり聞き取れて。 手綱を握る手のひらは、汗で滑って。 滑稽で臆病ですよね、わたし。 全然向いてないって、よく判ります」 勇者「相当に場慣れして見えたよ」 メイド姉「それはもう。自分のお葬式に参加してる気分で 生きていますからね。ふふっ」 815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19 29 19.10 ID quxpU4cP タカタ、タカタ、タカタ、タカタ メイド姉「止めないで、下さいね」 勇者「……」 メイド姉「チャンスがあるのならば、賭けてみたい。 わたしはやはり、 わたし達がそこまで馬鹿だとは思いたくないんです。 わたし達は自由なのですから。 縛られたままでいる幸福も、世界にはあるって知っています。 でも、それでも飛び立ってゆく鳥を留めることが出来ないように わたし達は明日を探しに飛び出してゆける。 本当は誰だって知っているはずなんです」 勇者「うん」 メイド姉「そのために血が必要なら、 その席を譲るわけにはいきません。 たとえ相手が勇者様にであっても、当主様にでも。 その席は、言い出しっぺであるわたしの座るべき場所なんですよ」 勇者「……」 メイド姉「元帥さまだって判ってくれますよ」 勇者「……」 傭兵弓士「おいっ! 開門都市が見えたぞ!」 ちび助傭兵「煙が上がっているな」 貴族子弟「持ちこたえている証拠ですよ」 メイド姉「間に合いましたか」ほっ 勇者「――っ!」 キンッ 傭兵弓士「え?」 メイド姉「どうしたんですか?」 勇者「なっ。……死? 火薬? 破裂、血、硝煙、破壊」 817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 19 30 57.09 ID quxpU4cP 貴族子弟「どうしたんです!? なにが?」 勇者「死んだ。何かが……。な、これっ……。 気持ち悪いぞ、なんだこの真っ黒なのはっ」 傭兵弓士「黒煙が発生。大規模攻撃か!?」 ちび助傭兵「斥候に出るっ! 若造、フォローっ」 若造傭兵「判った、行けっ!」 生き残り傭兵「何が起きているんだ。どうする、代理?」 メイド姉「進みましょう」 勇者「悪いな」 貴族子弟「え?」 勇者「つきあえるのは、ここまでだ」 勇者「“飛行呪”っ! “加速呪”っ! “雷鎧呪”っ! 術式展開っ、“天翔音速術式”っ!!」 キュゥンっ! メイド姉「勇者さまっ!」 勇者「縛りプレイだとかそんな事、もう知るかっ。 俺の目の前で、お前らいったいどれだけっ……。 やるなって云ってるのにっ。 なんでお前らはそうなんだ。壊したり、殺したりっ。 そういうのはさっ!」 ひゅばっ! 器用な少年「すげぇ、なんだ、それっ」 勇者「いい加減飽きたって云ってるんだよっ!!」 839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20 15 17.00 ID quxpU4cP ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、南部連合軍、丘の上 ……オォォン!! うおおおっ!! 鉄腕王「なんだっ」 斥候兵「報告申し上げます! 前方遠征軍で大きな動きがありっ」 鉄腕王「見れば判るっ! 詳細をっ」 斥候兵「それは現時点ではっ」 軍人子弟「何か動きがござったな。 こちらではない、とすると……。 開門都市防備軍との戦いに何らかの動きが」 鉄国少尉「防壁が破られたのでしょうか」 将官「その可能性はあるな」 冬寂王「いや、前方の陣ぞなえにも変化が」 鉄腕王「なんだと?」 軍人子弟「これは、突撃陣形……」 鉄国少尉「王弟元帥は持久戦を望んでいたのではありませんか?」 女騎士「王弟元帥の望みとは別に、そうせざるを得ないのだろう。 おそらく、防壁の一部が崩れたのだ。 前方の遠征軍が市街への侵入を開始した。 そうなれば、我らは、撤退するか、 突撃を仕掛けて援軍に向かうかの二択を強いられる。 あれは、意思表示だ。 近寄るならば、食らいつき、蹂躙すると云うな」 冬寂王「うむ……」 鉄腕王「仕方あるまい。どだいここまで来て 一戦も交えぬと云うことに無理があったのだ」 840 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20 16 28.93 ID quxpU4cP 軍人子弟「鋼盾の準備をさせるでござる」 鉄国少尉「了解しました。……馬車に装甲板を取り付けよ!」 羽妖精侍女「魔王サマ……」 女騎士「何かが、おかしい……」 軍人子弟「どうしたでござるか?」 女騎士「いや、おかしい。違和感がある。ここまで露骨な。 ……余裕のない動きをする司令官か? 何が起きている?」 冬寂王「何が気になるのだ?」 女騎士「わかりませんが……。 遠征軍の陣地で、何か大規模な問題が発生していると見えます。 突破のチャンスなのか、罠なのか……」 冬寂王「チャンスだ」 鉄腕王「気にしたって仕方がねぇ」 鉄国少尉「装甲馬車、第一波準備良しっ!」 将官「――それは?」 軍人子弟「堡塁と車両の両方を兼ね備えた策でござるよ。 樫で作られた丈夫な馬車を鉄の装甲板で強化したものでござる。 8輪を持ち、多少の砲撃でも移動可能なうえに、 その気になれば人力で押してゆくことも出来る。 この車両20台を弾よけとして押し上げてゆくでござる」 女騎士「ふっ。考えたじゃないか」 軍人子弟「誰一人、死なせたくないでござるからね。 しかし、それも、騎士師匠が約束を守ってくれていれば、 の話でござる」 845 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20 22 30.40 ID quxpU4cP 女騎士「任せて欲しいな。 ――ライフル部隊! 多少狭いが馬車に乗り込めっ! 射撃準備をして火薬も持ち込めよっ!」 将官「それは……?」 軍人子弟「あの部隊は、狙撃用の銃兵部隊でござる。 数は少ないでござるが騎士師匠が鍛えた勇士でござるね。 その射程距離と攻撃力を生かすためには、 安心して銃撃が出来る砲座が必要でござる。 あの馬車は重装甲でござるが、 銃眼とよばれる小さな窓がついているでござる。 いわば、移動用の小さな砦といえるでござろう。 防御に安心が出来るからこそ、 狙撃などと云うことが可能になるのでござる」 鉄国少尉「こちらの兵を守る砦になりつつ、武器にもなるのです」 女騎士「数が少ない銃兵を生かして、敵の力を発揮させない 方策というわけだ。この程度の事はさせてもらわないと」 将官「そうかっ。うむ!」 軍人子弟「そして歩兵部隊には、下部の尖った鉄の盾を運ばせる。 この杭のように尖った部分は、地面にさして即席の壁を 作り出すことが出来るでござる」 女騎士「この2つで、こちらの陣地は柔軟に運用する」 冬寂王「……やるな」 鉄腕王「よっし! 鉄腕国、遠征部隊っ! および南部連合、連合軍!! 眼前の聖鍵遠征軍後方防御部隊との間に戦端を開くっ 命を無駄にするなっ! 敵はマスケットだ。 鉄壁と装甲馬車を弾よけにしろ! 敵に突撃戦力はないか あってもごく少数だ! 第一射を撃たせろっ!」 軍人子弟「皆の味方を信じるでござる! この盾も車両も、鉄の国の鉄工ギルドが 総力を挙げて研究したもの! マスケットの弾は20歩離れた場所から撃っても 貫くことは出来ないでござる! 工兵は縦線塹壕の準備! 急ぐでござるっ!!」 853 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20 42 44.57 ID quxpU4cP ――聖鍵遠征軍、本陣上空 ひゅばぁぁぁぁああっ!! 勇者「つぐみっ!」 夢魔鶫「御身の側に」 勇者「魔王は!?」 夢魔鶫「判りません。しかし、防壁の一部が破られ、 聖鍵遠征軍は開門都市内部に侵入した模様」 勇者「こんな事になったら約束も糞も関係あるかぁっ!」 ――転移は禁止。上級呪文も禁止。勇者呪文もダメ。 とにかく、勇者としての力を使ってはいけない。 それを狙っている相手がいる。 最後のその時まで、勇者は力を使ってはダメ。 そうでないと……止められる人がいなくなる。 勇者「知ったことかっ。招嵐っ!!」 夢魔鶫「これは……」 勇者「気象制御だ。あいにくこれだけの広域となると、 ごっそり魔力使っちまうが。そんなんどうでもいいっ」 夢魔鶫「ですが、御身が」 勇者「温度低下系は苦手なんだ、離れてろ」 夢魔鶫「はい……」 ぱたぱたぱたぱたっ (……大気中の水分を凝固させる。 中心だけ冷やすと、雪や霙になってしまうから、 全体を攪拌してゆく。 暖かい空気の流れから水を絞り出すイメージが重要) 勇者「雷鳴よ、大気を切り裂き、黒雲を呼べっ。 全てを包む豪雨をもって結界とせよっ。“招嵐万雨呪”っ!」 857 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20 50 57.31 ID quxpU4cP ――開門都市近郊、聖鍵遠征軍中枢 地方領主「行けっ! 突撃だぁ!」 小国国王「防壁は崩れたのだ、数で押せ! 攻めこめぇ!!」 光の銃兵「うわぁぁぁ!! 精霊は求めたもうっ!」 光の槍兵「勝った! 勝ったんだ!! 食い物をよこせぇ!!」 カノーネ兵「撃てぇ! 敵は弱っているぞ。撃ちつくせっ!!」 小国国王「団長、構えて乗り遅れまいぞっ!」 小国騎士団長「ははっ!」 小国国王「開門都市が陥落したとなれば、 その財貨はいかほどになろうか? こたびの遠征には多大な費用がかかっているのだ。 城にいち早く乗り込み、全ての宝物を略奪せよっ」 ドォオォォン!! ドォォオン!! 地方領主「進め! 進めぇ! 今回の遠征第一の功は我らのものだ! 王弟元帥閣下と大主教猊下に覚えて頂くためにも、農奴どもよ! 死にものぐるいで進め! 死体なぞ放っておけ、そいつらは犬の餌にもなりはせぬ! 進んで進んで、火薬の尽きるまで魔族どもを撃ち殺すのだっ!!」 ドォオォォン!! ドォォオン!! ゴォォォォン! ズドォォーン!! 農奴槍兵「もう、ダメだ……。俺は我慢できないっ」 農奴突撃兵「なっ。どうするつもりなんだよ?」 農奴槍兵「このどさくさに紛れて、領主様の糧食を盗むんだ」 農奴突撃兵「えっ!?」 農奴歩兵 ごくり 農奴槍兵「領主様だけは毎日肉やミルクやパンをどっさり 食っている。俺たちから巻き上げた食料でだ。 王弟元帥閣下が奪ってきてくれた食料を奴らは俺たちから 取り上げて、これ見よがしに浪費しているんだ」 859 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 20 52 48.98 ID quxpU4cP 農奴突撃兵「そ、それは、反乱っじゃ……」ごくり 農奴歩兵「おい、い、いいのかっ」 農奴槍兵「反乱なんかじゃない。 だってこのままじゃ、俺らは突っ込まされて、 結局は戦いで死ぬだけじゃないか。 死ぬくらいなら、最後にパンを食って死にたい……」 農奴突撃兵「……」 ドォオォォン!! ドォォオン!! 農奴槍兵「それに、いま領主の騎馬部隊は 開門都市に突撃をしていて、食料をたっぷり詰め込んだ 天幕も馬車も、見張りを数人置いているだけだ。 これは反乱なんかじゃない。 褒美を前払いしてもらいたいだけなんだ」 農奴突撃兵「う、うん」 ドォオォォン!! ドォォオン!! 農奴歩兵「そうだ。食料を奪って配ろうじゃないか」 農奴突撃兵「えっ!?」 農奴歩兵「だって、開門都市はもう陥落するんだろう? そうすれば、食料だってどっさり手に入るはずだ。 だとすれば、俺たち兵士が少しくらい食ったって 問題ないじゃないか。 どうせ俺たちだけじゃない。みんなだって腹が減っているんだ」 農奴槍兵「そうだなっ。精霊様だってお許しになるはずだ」 農奴突撃兵「奪って、食料をばらまきながら軍の反対側に抜けよう」 農奴歩兵「そうだな。それなら他の奴らにも、声を掛けないと」 866 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21 25 08.46 ID quxpU4cP ――開門都市近郊、聖鍵遠征軍本陣内、豪奢な天幕 ちゅぷ、くちゃぁ。ころり、ころり。 大主教「……動いた」 従軍大司祭「は?」 大主教「至急、司祭を集めよ。全てのだ。 かねてから用意させていた祈祷を行なわせる」 従軍大司祭「対黒騎士の、ですか?」 大主教「急がせよ」 従軍大司祭「は、はいっ! ただいま!」 大主教「司祭よ」 見習い司祭「はっ、はいっ!」 大主教「天幕の布を二重に。雨が降る」 見習い司祭「え? 今日も良い天気ですけれど」 大主教「いいや、降るのだ」 ちゅぷ、くちゃぁ。 見習い司祭「は、はいっ。そ、そ、それは?」 がくがくがく 大主教「精霊の光を見せてくれる、わしの眼だ。 口蓋は脳と通じる髄液を出すという。 舌の上でころがす度に、 我が心は清澄なる恩恵の光で満たされるだよ。 くっくっくっ。ふぅっふっふっふ」 見習い司祭「す、す、すっ。すみませんっ」 大主教「やはり、これだけの“死”に我慢しきれずに 誘われいでたか。……黒騎士よ。 魔王の首で門を開けることになるかと思ったが、 もはやどちらでも構わぬ。 いや、“勇者”であればさらに都合がよい。 その力も我が使いこなして見せよう。 必ずや捕縛祈祷で捉え……その力の全てを奪い取るのだ」 871 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21 31 35.37 ID quxpU4cP ――聖鍵遠征軍、本陣上空 ゴォォォオオオオ!! 勇者「気圧低下……。こっから冷却して……っ」 ゴォォォオオオオ!! 勇者「招雨っ!! 来たれぇ!!」 ザアァァァァアア!!! 勇者「よっしゃ。――んじゃま、今度は落雷でもサービスすっか」 勇者(……当てたくはないな。適当な鐘楼とか、地面とかにでも) ビギィン!! 勇者「なっ。んだ……これっ」 ギリギリギリっ 勇者「力が……。吸われ……っ」 夢魔鶫「主上っ!! 主上っ!」 勇者「逃げろ、つぐみ……」 夢魔鶫「主上っ。このままでは落下してしまいますっ。 飛行を、魔力をっ!! このままでは、嵐に巻き込まれてっ」 ギリギリギリっ 勇者「……だめ、っぽ。……うっわぁ、二回目。 かっこわる……。痛いなんて……もんじゃ……」 夢魔鶫「主上~っ!!」 勇者「……魔王。……だって……こんな……」 874 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21 35 54.77 ID quxpU4cP ――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線 軍人子弟「急げ! まだ馬が使えるっ」 ザッザッザッ 鉄国少尉「まだマスケットは届かないぞ! 落ち着いて作業と進軍を進めろっ!」 女騎士「マスケットの射程ぎりぎりまで装甲馬車を進めよう」 軍人子弟「了解したでござる」 鉄国少尉「馬車と馬車の間は五十歩の間隔を守れ。 前線に到着したら鉄盾の配置を忘れるな! 命を守る盾だぞっ」 ザッザッザッ 将官「医療部隊の配置完了」 女騎士「……」 鉄腕王「どうしたい? 騎士将軍」 軍人子弟「まだなにか?」 女騎士「いや。なんでもない。ただ……」 軍人子弟「?」 女騎士「胸の奥がざわざわするんだ」 ゴゥゥン!! 878 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/13(火) 21 40 51.64 ID quxpU4cP 伝令兵「前線接触!! 遠征軍のマスケット銃撃が始まりました! しかしまだ遠距離なことと我がほうの装備もあり、実質被害無し」 軍人子弟「威嚇でござる! 進め! いまのうちに有利な位置を取るのでござる!」 冬寂王「はじまるな」 鉄腕王「ああ。大丈夫だ。あの男は、人一倍小心者だ。 だから勝つためならこすっからいことでもやる」 冬寂王「ずいぶん褒めるではないか」 鉄腕王「女に弱いところ位だな。ダメなのは」 冬寂王「はっはっはっ。貴君と一緒だな」 ゴォォン! ドオッォン! 軍人子弟「よしっ。車止めにて固定っ! 合図を」 女騎士「……」 軍人子弟「宜しいですか、騎士師匠」 女騎士「ん。ああ。すまない」 軍人子弟「……師匠っ」 女騎士「なんだ?」 軍人子弟「采配をよこすでござるよ」 女騎士「え?」 軍人子弟「……大丈夫でござる。ここは任されたでござる」 女騎士「子弟……」 軍人子弟「今は駆け出す時でござるよ。 心配で心配でたまらぬのでござろう? 今ならば騎士団を都市の反対側に迂回させることも 不可能ではござらん。ここはいいでござる。騎士師匠」 女騎士 こくり 軍人子弟「ご武運をっ!」びしっ 女騎士「感謝するぞ! 我が弟子よっ!」ばっ 「お前は、まだまだだっ。終わったらまたしごいてやるから 死んだりしては駄目だからなっ」 軍人子弟「それはお互い様でござるよ。 ……街を人々を頼むでござるっ。そして再びっ」 ページトップへ <前11-3へ|次11-5へ>