約 19,973 件
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/1049.html
ケモノ学校シリーズ:SS 9スレ目の作品 ケモノ学校シリーズ:登場人物 +一覧 名簿 教師 初等部 中等部 高等部 学外関係者 ケモノ学校シリーズ:絵 +一覧 1スレ目の作品一覧 2スレ目の作品一覧 3スレ目の作品一覧 4スレ目の作品一覧 5スレ目の作品一覧 6スレ目の作品一覧 7スレ目の作品一覧 8スレ目の作品一覧 9スレ目の作品一覧 ケモノ学校シリーズ:漫画 +一覧 1スレ目の作品一覧 2スレ目の作品一覧 3スレ目の作品一覧 4スレ目の作品一覧 5スレ目の作品一覧 6スレ目の作品一覧 7スレ目の作品一覧 8スレ目の作品一覧 9スレ目の作品一覧 ケモノ学校シリーズ:その他 ケモ学カレンダー ◆1スレ目の作品一覧 ◆2スレ目の作品一覧 ◆3スレ目の作品一覧 ◆4スレ目の作品一覧 ◆5スレ目の作品一覧 ◆6スレ目の作品一覧 ◆7スレ目の作品一覧 ◆8スレ目の作品一覧 ◆10スレ目の作品一覧 ケモノ学校シリーズ:SS 9スレ目の作品 題名 初出 作者 注意点など 若頭は12歳(幼女)外伝 隻眼の獅子編【起】【承】【転】【結】【終劇】 スレ8 438-540,スレ9 11-48 通りすがり◆/zsiCmwdl.氏 ケモノ学校シリーズのパラレルです あまがみ同好会の活動 スレ9 6 携帯 ◆4c4pP9RpKE氏 オトナの子ネコ スレ9 52-59 わんこ ◆TC02kfS2Q2氏 写真つかい 写真つかい わんこ ◆TC02kfS2Q2氏 ケモノ学校シリーズ TOPへ戻る
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/608.html
そよ風の悪戯 見慣れぬバイクが校門で止まっていた。 帰りがけのぼくを引き止めるネコの女性がいた。 「ヒカルくんだよね?覚えてる?わたしのこと…」 ぼくは大きく首を縦に振ると、彼女はバイクのエンジンを静かに黙らせた。 レトロチックなバイクに跨る彼女は確か名を『杉本ミナ』と言ったはず。 短い金色の髪が光りを受けて白く輝くヘルメットから顔を見せ、 古めかしい車体の大きなバイクは楽々と彼女の細い体で操られていた。 まるで荒れ狂う馬に跨るジャンヌ・ダルクのように。 「ねえ、どこに止めたらいいかな…。コイツったら」 「えっと、自転車置き場があるのでこっちにどうぞ。すぎも…」 「ミナでいいよ!」 気持ちいいくらいからっと澄んだ女の子らしい声が、端的に彼女の性格をよく表す気がする。 ミナはすっと尻尾を振り回しながらバイクから降りて、ぼくと一緒に自転車置き場へと愛車を押していく。 少し帰りが遅くなったぼくも一緒に自転車を押して、つい先程までいた自転車置き場へ付き合うことにした。 顔が映るほど磨かれたメーターが示すように、きれいに磨かれたレトロ調のミナのバイク。 ミナはこれでもかと自慢することなく、さりげなくぼくに見せ付ける。 「これ、『エストレア』だよ」 「エストレア?」 「そそ。のんびり走るにはコイツが最高なのね」 ぼくの細い自転車とは違い、荒々しいメカ丸出しのエンジンに上品に滑らかなボディは野性的でもあり、 女性的でもあった。そう、ぼくの横にいる杉本ミナのように。 自転車置き場に近づくと、きれいに並んだ自転車に紛れて大きなバイクが一台見えてくる。 ミナのものとは少し違い、精悍な体つきを持ちつつ大人の貫禄さえたたずむ大きなバイク。 それを見て鋭く反応したミナは少年のように声を上げた。 「あれ?あのZⅡさあ、誰の?」 「あのバイクですか?あれは現社の先生の…」 「男の先生?」 「いや…女の先生です。獅子宮先生って言う」 まじまじと獅子宮先生の愛車を眺めながら、なかなか年季の入ったヤツだよね、とミナが語る。 こんなに愛されながら乗ってもらえるなんて、ZⅡも果報者だと。 ミナのバイクに対する愛情がひしひしと伝わってくる、そんな優しい一言をかみ締めて、 頷き尻尾を思わず揺らしていると、ミナが声を上げる。 「あぶない!尻尾!」 いきなりの声で反射的にぼくは尻尾を丸めると、先程の気の強い顔は飛び去り、少し焦ったミナを見た。 ミナはぼくを心配する顔をして、まるで実の弟のようにぼくを叱った。 「ふう、マフラーで尻尾が焦げるところだったよ。 エンジン止めてもこいつだけはまだまだ熱いんだから気をつけてね」 ミナは自転車置き場の開いた場所にバイクを止めると、白いヘルメットを脱いでぶるると首を振る。 同じくぼくもその横に自転車をとめると、ミナはぼくにヘルメットを手渡してきた。 尻尾をブラシで梳くからちょっと持っていてとミナは言う。きょうは風が強いから、尻尾がちょっと乱れちゃった とぶつくさと言いながら、ミナは袈裟懸けしたバッグからブラシを取り出す。 そう言っている間に風がぼくらの間を通り抜ける。 バイクのシートに腰掛けて、器用に手元に風に晒された自分の尻尾を回し、丁寧に梳き始めた。 黙ってぼくはミナのヘルメットを抱えてその光景を見ていた。 「メットから、お姉さんのいいにおいがするかな…?ヒカルくん」 「……」 髪を梳きながらミナはぼくをからかう。ぼくはぎゅっとミナのヘルメットを両手で抱えていた。 尻尾を梳き終わったミナは辺りを見回し、きょうの授業を終わらせた学び舎を見つめる。 「サンはまだ?」 「サン先生?」 「そそ。サン・スーシだよ」 生憎、サン先生は追試の監督で教室にいるのだ。始まったばかりの追試が終わるのはあと30分後。 ぼくの帰りがちょっと遅くなったのはサン先生の命で、残されていたからだ。文系教科なら得意なのだが、 理科系独特の『理論』だの『理屈』と言う言葉はなかなか難儀なもの。 数学者の話しは好きでも数学の計算式ははっきり言って苦手。 放課後の学園は若者の自由と学生の義務が交錯する空間なのだ。そして、自由を持て余すお気楽三人組がここに集う。 そう。グラウンドでは中等部のおき楽三人組が野球をしているのである。 アキラが腕を風車のように回して暴走しているのがここからでもはっきり見える。 「オラオラオラオラオラ!!ナガレいくぜえええええ!!」 「……」 あっけなく風に乗せられ、セロテープで固められた紙の球はポカチーンと打ち上げられ、 球は腕を伸ばしたアキラの頭上を鳥のごとく飛んでいった。 「うおおおっ!オレのWBC仕込みの大リーグ球が打たれるとは!タスク!バックバック!!」 「ふわぁ!」 青い空にふわりと舞う球は地面に落ちて風に煽られて転がり、ぱたぱた走るイヌ少年に追い駆けられる。 球を見失ったタスクは「貴重な球を失くすな」とアキラからの怒声を浴びる。 一方、ナガレは彼らを横目にのんびりグラウンドを周り、楽々とランニングホームランを決めていた。 「ははは。アイツらバカでいいよね」 ミナは笑いながら、グランドで跳ね回るおき楽三人組を見つめていた。 風がぼくの毛並みをすり抜けてゆく。春風はぼくを冬の眠りから目覚めさせる。 「ところで、ヒカルくんさ。彼女はいるの?」 そういえば、この前も同じことを聞かれたような気が。ぼくはミナにからかわれているのか。 いきなりの質問に黙って横に首を振ると、ミナは自分の手の毛並みをペロペロと舐めていた。 きっとミナなりの照れ隠しなのだろうか。さっきまでの『お姉さん 』は『子ネコ』に移り変わっているではないか。 滑稽なことに子ネコは子ネコの姿のまま、オトナの返事をしている。 「そっかあ。きっとヒカルくんもいつか、いい子と出会うはずだよ」 「ぼくなんか、人と話すのは苦手だし…恋人なんかできませんよ」 「話しなんかできなくったって、好きになったら関係ないよ。例え、ずっと顔なんか見えなくてもね」 続いてバイクのシートに座ったままミナは尻尾の毛を指で摘み、恥ずかしそうに話している。 ぼくはさらにぎゅっとミナのヘルメットを抱え込むと、暖かくお姉さんの匂いがする。 「わたしってね、ネコってことが時々嫌になるんだよね。気まぐれだし、素直じゃないし。 ヒカルくんみたいなイヌに憧れるんだよ。わかるかな…これ」 ぼくと目を合わせずに話すミナは足元の小石をぽーんと蹴った。 グラウンドではタスクがぽーんと球を打ち、何も言わずにナガレがキャッチしていた。 「あのとき、言っとけばよかったのね。今考えたらさあ」 「あのとき?」 「うん。わたしがヒカルくんよりちょっと上の歳のころのことね。 でも…また、きょうここで会ったら言えなくなっちゃうかもな」 遠くでアキラの大きな声が響く。 「タスクー!今度アウトになったら、ここで好きな子の名前を叫べ!」 「そ、そんな!ぼく…」 毛繕いの手を止めて、ミナが呟く。 「そうね。わたしもあのときそうしときゃよかった。 だって、一緒に過ごす時間なんてあのときぐらいしかなかったじゃないの。 アイツったら、こういうのって鈍そうだし……ごめんね。愚痴っぽくなってるかな。わたしのバカバカバカ!」 アキラが球を投げる。構えるタスクは力いっぱいバットを振る。 タスクが球を打つ。バットに運をつけた球は気持ちよく跳ね、守るナガレをかすめて素早く転がっていった。 「わーっ!ナガレ!そんな球、ミスるなよ!ナガレのバカバカバカ!!」 ぼくはヘルメットを少女のように恋に恋焦がれるミナに返す。 するといきなり、 「よしっ!ヒカルくん。ヤツラと一緒に野球をするぞ」 ミナはヘルメットをバイクのミラーにかけて叫ぶ。 ダウンベストを揺らしながら、ミナはおき楽三人組に向かって走り出した。 ミナは少年のままだ。ミナは少年をオトナにしたような… いや、ミナは女性だから違っているような、でも強ち違わないような。 そうだ。泊瀬谷先生とは全く違うタイプの女性というのは間違いない。 泊瀬谷先生は言ってみれば、ぼくのような若輩者が見ていても何かをしてあげないといけないような人だ。 ミナの方はと言うと、ぼくのような若輩者を見ると何かをしてあげないといけないくなる人だ。 そんなミナはブーツをグラウンドの砂で埃まみれにしながら、お気楽三人組に向かって駆けて行く。 「おーい!きみたち中学生?」 「へえ、野球ごっこかあ。いいなあ」 「グラウンドで走り回ったら楽しいだろうなあ」 そんな会話が遠くから聞こえてくる気がしないか。 いつのまにかにミナはお気楽三人組に溶け込み、ぼくに向かって手を振っていた。 ぼくが駆け付けるとミナはお気楽三人組と掛け合い漫才のような会話をしていた。 その証拠にタスクが早速ミナに気に入られているのだ。 「きみにはお姉さんがいるね?多分!」 「ええ?そ、そうです!」 「やっぱり。おお、ヒカルくんも来たか。みんな揃ったところでポジションの発表をしようかな。 ナガレくんがピッチャー、アキラくんはファースト、タスクくんはライト、ヒカルくんはショート。 そして、バッターはわたし!いい?それじゃあ、みんなしまっていくよ!!タスクくん、声が小さい!」 バットを持って張り切るミナの振り分けの元、ぼくとお気楽三人組みはそれぞれのポジションに着く。 ナガレがじっとミナのバットを持つ構えを見つめている。太陽の光を受けてメガネが反射する。 そして、剣道の面を振り落とすがごとく鋭い動きで第一球を投げると紙くずとは思えない鋭い速さでバットに飛び掛った。 ミナがバットを振る。球が当たる。そして、ポカチーンとあっけなく打たれた球は天に虹を描くように空を切る。 「ヒカルくん!バック!バック!!」 ぼくは必死に球を追いかける。こんなに走るのは体育の時間以来。球は風に吹かれて距離を伸ばす。 地面に落ちる前に捕球しようとぼくはジャンプをするが、タイミング悪くぼくの方が地面に落っこちてしまった。 そして、ぼくを笑うように球はぼくの頭の上に落っこちた。 「ははは!ヒカルくん!ファインプレー!」 ミナはぼくに『賞賛』の言葉を与えてくれたが、無様な格好をミナに見せてしまって、少し心が痛い。 ミナの声とは別に、遠くで声がする。 子どものような大人のような、学園ではその名を知らぬ者はいない人気者。そう、ご存知サン・スーシ先生。 サン先生は泊瀬谷先生と取りとめの無い雑談を交わしながら、グラウンドの側を歩いている。 どうやら数学の追試が終わったようである。 いつものように目をらんらんと輝かせながら、泊瀬谷先生と歩く姿はまるで子どものよう。 その声にミナも動きを止めている。そしてサン先生の方はと言うと、持ち前の大声でぼくらに向かって叫んでいる。 「おお?ヒカルくんにアキラくんたち?球技はぼくの得意分野だってコト、知ってるよね?」 これはサン先生なりの「野球に参加させろ」の合図。 敏感なサン先生によってぼくらのお遊びを嗅ぎ取られてしまった。 サン先生は素早くグラウンドに入り込み、センターのポジションに着くと、さあ来い!と球を待ち構えた。 「おお?サン・スーシか。待ってたぞ」 「なんだと?杉本ミナ!ぼくに取れない球があると思ってるのか?」 「バーカ。サンなんかに取れっこないよ」 バットをブンブンと振り回し、約一名に限って挑発しているミナだった。 トントンとバットを地面に叩くと、ミナはぼくらに向かって声を飛ばす。 「よーし!わたし、本気出しちゃうからね。きみたち、覚悟しなさい!」 ミナはナガレにど真ん中に球をよこすように目で合図する。ナガレも渾身のスイングでミナのリクエストに答え、 まるで獲物を見つけたハヤブサのような球をミナに向かって投げた。 見事にバットの芯を捕らえた打球はきょう一番の放物線を描き、サン先生へと向かってのび続ける。 球が先か、サン先生が先か。勝負はこれから。 「もらったぞ!!」 サン先生の小さな身体は砂煙を上げながら地面を蹴って飛び上がり、 傾きかけた太陽と重なり小さな体のシルエットをぼくらに見せ付ける。 空中で手のひらに球が吸い込まれると、サン先生はもんどり打って再び地面に生還し、 ニヤリとぼくらの方に向かって雄叫びを上げる。 「あははは!どうだ!!学生時代『フリスビー連続キャッチ選手権』で優勝したのも伊達じゃないぞ!」 「初めて参加したときに、フリスビーを顔にぶつけて泣いてたくせにー!」 「泣いてないって!!」 ミナとサン先生とのやり取りに、アキラたちはどっと笑っていた。もちろん、ぼくも笑った。 フリスビーを顔にぶつけて泣いているサン先生、そんな姿が目に浮かばないか。 ―――遊び疲れたアキラとナガレは帰り支度へと校舎に戻り、ぼくは帰宅のため泊瀬谷先生と自転車置き場に向かった。 サン先生も自分の荷物を取りに職員室に戻る。もうすぐ下校の時間。現を抜かしている時間はお終いなのだ。 一方ミナはタスクが気に入ったようで、しきりにタスクの尻尾を追い駆けて遊んでいた。 逃げる尻尾を掴んでは離し掴んでは離しと、走り周る姿はまるで姉妹でじゃれ合う子猫のよう。 「や、やめてよお!」 「ははは!タスクくんは彼女はいるのかね?」 「い、いないよお!」 「じゃあ、彼女が出来たらこんなことされるのかなあ」 確かにタスクは年上の女性にかわいがられる(からかわれる)のが得意のようで。 アキラが「早く来い」と叫び、ナガレがメガネを陽に光らせている。 ぼくのそばでは泊瀬谷先生がくすくすとその光景を見ながら笑う。 「ヒカルくんって、やっぱり…ああいうお姉さんのほうが…」 「…え?」 「なんでもないですっ。ごめんなさい」 ふわりと髪を揺らし、泊瀬谷先生はすっとぼく横から駆けていった。 コツコツと大人の足音だけが逃げていった。 「こらーっ!ヒカルくん!下校の時間だぞー!」 白い尻尾と両手で握ったトートバッグを揺らしながら、泊瀬谷先生は自転車置き場でぼくを呼ぶので 急いでぼくは自転車置き場に走り、一緒に学校を後にすることにした。 「ヒカルくん。さっきのこと、気にしないでね」 「……」 「ほ、ほら!さっきの野球、カッコよかったよ」 必死に慣れないウソを吐く泊瀬谷先生は、正直すぎると思う。 こんなぼくにでも一発で見破られる、真っ白なウソしか吐けないなんて。 押されて自転車の車輪が回る音だけが、ぼくらの気まずい間を繋ぐ。やがて、ぼくらは校門に近づいた。 ぼくらは白いヘルメットを被ってバイクに跨るミナが、 校門の前でリュックを背負ったサン先生と何かを話しているのを目撃する。 愛馬と共にはやる気持ちを抑えきれない旅人と、一時の別れを惜しむ弟のように見える。 ミナは今から帰るところなのだろう。毛繕いをしていた繊細なミナと違って、からっとしたミナがぼくの目に映る。 「ねえ、ラビットはどう?」 「ああ、街乗りには最高だよ。ミナもエストレアに結構乗ってるよね」 サン先生はくんくんと鉄の馬の匂いを嗅ぎながら、傾きかけた陽を跳ね返すバックミラーに負けじと目を輝かせる。 ぐいっとミナはタンクに顔を近づけたサン先生の頭を押さえ込んだ。 「ZⅡに乗ってる先生、いるね」 「獅子宮センセ?は…はは」 「怖いんでしょ?獅子宮先生って人。いつも叱られてるんだ」 「うるさいよ!」 校舎からアキラたちがぼくらの側を通って帰宅して行く。言うまでも無く、三人の話題はミナのことで持ちきりだった。 特にタスクはミナに気に入られていたことに、二人から突っ込まれていた…というのは言うまでもない。 「サン先生、さよならー」 「おお!宿題忘れんなよ!」 「はーい。あっ!ミナさんもさよならー」 「あ…、カッコいいな。そのバイク」 「また、野球やろうね!タスクくん、しっぽ!しっぽ!」 タスクの毛の乱れた尻尾がアキラとナガレの笑いをクスクスと誘い、黙って彼らを見ている校門を潜っていった。 お気楽三人組の帰りを見届けると、サン先生はミナの足を軽く蹴りながら問い詰めた。 「ところで、ミナさあ。男子をかどわかして、何やってるんだよ。 あの歳の男子はコロッとミナくらいの子になびいちゃうんだよ」 「だって、男の子たちと外で遊ぶのが楽しいんだもん」 「ったく、アイツらを勘違いさせんなよ」 「なによ!まるでわたしが悪い女みたいじゃないの。 その気になんかさせてないもん!だって…弟みたいでかわいいんだもん!」 「ぼくはミナみたいな子が家にいたらやだなあ」 「わたしだってサンみたいな兄弟がいたら、毎日蹴り飛ばしてるよ」 学生時代もミナはサン先生をからかい、そして手のひらで踊らせていたのだろう。そんな姿が目に浮かばないか。 ミナはバイクに跨ったままサン先生の足を軽く蹴り返すと、 「また来るね」と、エンジンの音を立てて学校からの坂道を下っていった。 「あれ、サン先生もおかえりで?」 泊瀬谷先生は小柄な若き教師ににこっと微笑みかける。その教師は照れくさそうに微笑返し。 春風に乗って咲くことを恥ずかしがる、桜の花のようにも見えるというのは言いすぎだろうか。 サン先生は少し俯き加減でぼくらに話す。 「どうして女の子って…ねえ!ヒカルくん!」 「ええ?は、はい?」 「この間、ミナが旅に出かけてさあ、帰ってきたからてっきりお土産でもと思ったら…。 なんだい、ぼくに会っておしまいだなんて言うんだよっ。なんかお土産くれよお!けち!」 そういえば、ミナの顔がサン先生と会う前と会った後で、明らかに輝きが違う。 ぼくの瞳を信じれば、きっとそうだった。 まあまあ、とサン先生をぼくがなだめると泊瀬谷先生がポツリ。 「ミナさんって言うんですか?あの女の人。かっこいいなあ、わたしもバイクに乗ろうかな…」 「……」 「……」 「心配しちゃったかな。ごめんなさい」 「いつか、先生をバイクに乗せてあげますよ」 「え?」 泊瀬谷先生はぼくが初めて先生と一緒に帰った、秋の日のことを覚えているのだろうか。 そんなことをふと思いついた矢先、ぼくの口からそんな言葉が飛び出したのだ。 あの秋の日のせいだ。ぼくが泊瀬谷先生を困らせることを言わせたのはきっと、秋の日のせいだ。 泊瀬谷先生の足音が消えた。サン先生も歩みを止める。 風の音だけが聞こえてくる。花をまだ知らない桜の枝がぼくらに小さく腕を振る。 このときばかりは落ち着きの無いサン先生も黙ってぼくらを見ていた。 この沈黙はぼくが破る。 「風が大分暖かくなりましたね」 「うん…そうね!」 バイクに一緒に乗ったら、あのときの風がまたぼくらに吹くんじゃないかと。 あの秋の日に、泊瀬谷先生を自転車の後ろに乗せた日のことを毎日思い出せるんじゃないかと。 どうして、こんなことを考えているんだろう。きっと、ミナが仕掛けた悪戯に嵌ってしまったのかもしれない。 できることなら、満開に咲いた桜の花の中に飛び込み隠れてしまいたい。が、季節はそれを許してくれはしなかった。 泊瀬谷先生はぼくの顔を覗き込むと、尻尾を揺らしてぼくに尋ねる。 「ヒカルくん?バイク、乗れるの?」 「……いいえ」 「おや?ヒカルくん!バイクに乗りたいの?難しいぞお。数学が出来なきゃ免許は取れないからね!!」 ぼくのようなバイクの素人が聞いても、嘘っぱちだと分ることを平気で言い放つサン先生。 その目はシロ先生や英先生に仕掛ける悪戯を思いついたように、当然ながらキラキラとさせていた。 さらに泊瀬谷先生もサン先生と同じように目を輝かせて、ぼくに張り切って言い放った。 「野球の球も取れなきゃ、バイクの免許は取れないぞお!」 おしまい。 関連:犬上ヒカル 杉本ミナ サン先生 泊瀬谷先生 中等部お気楽三人組み
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/969.html
クイーンサイズの会 110 名前: 創る名無しに見る名無し [sage] 投稿日: 2010/01/27(水) 01 19 41 ID ocNzGwys
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/299.html
スレ3 174 レリ 174 名前: 創る名無しに見る名無し [sage] 投稿日: 2008/11/27(木) 22 48 37 ID 1vhNLTG+ 「あぁ。今年は夜しか寝ないかもしれねェ」 そして、描いてから気付いた。 私はリザードマンとドラゴンを混同している…… ごめんね。
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/373.html
コーヒーと保健室 ぼくが気付いたときには、保健室のベッドの中にいた。 そう言えば、「ヒカルくん!ヒカルくんがあ!!」って声が微かに聞こえた気がする。 お昼休みはとっくに終わっているのだろうか。 被さる布団を上げて起き上がろうとすると、シロ先生が無理するなとぼくを諌める。 「……ぼくは」 「ヒカル、聞いたぞ。風邪気味なのに無理してたなんて」 キャリアウーマンである母の出張が長引き、物書きをしている父と二人で家を守っている今。 人の良さだけがとりえの父は、ぽんぽんと安請け合いで仕事を引き受け、 椅子に根を生やしてしまったようにPCの前に座り続ける。 自分で自分のことを苛めているようにぼくには映る。しかし、父は笑いながら物書きに没頭する。 「ははは。わざわざ仕事を持ってきて頂いたのに、断っちゃ悪いよね…ヒカル」 それで、ぼくが家事を任されたのだが、このところの季節の変化についてゆけず、体調を崩してしまった。 父も心配をしていたのだが、学校だけは行っておきたいと父を振り切って、重たい身体を起こして家を出た。 しかし、そんな傷だらけの身体で無理して登校したぼくがバカだった。 「保健委員の…ほら、アイツが『ヒカルくんが図書室の前で倒れたッス!』って慌てていたぞ」 「…ぼく、ゴホン!!」 「無理するな。鼻も乾いているし、毛並みのつやが無いのを見れば、素人でもすぐ分かることだぞ」 シロ先生に言われてぼくの鼻を触ってみると、確かに濡れていない。ふと見た手の毛並みも酷いもんだ。 頭がくらくらして周りが見えていなかった。 それにかまけて、自分のことをずいぶんとなおざりにしていたのがよくわかる。 棚に置いてある魚の形をしたシロ先生の置時計は、 「お前は今、泊瀬谷先生の授業をすっぽかしているぞ」とぼくを責め立てる。 「そういえば…あの…」 シロ先生はコーヒーを入れながら、ぼくが聞こうとすることを答えてくれた。 ぼくの考えていることを見抜くシロ先生は、隙が無い。サイフォンの声だけ響く保健室にシロ先生の声が加わる。 先生曰く、ぼくが倒れたお昼休みに『保健委員のアイツ』が、 ぼくをここに連れてきたあと、ぼくのことを心配しながら 授業の為に教室に戻ったとのこと。そのときのことは、全く記憶が無い。非常に歯がゆい。 小さい体でここまで連れて来た『アイツ』に布団の中で感謝していると、「アイツは本気の目をしていた」と、 ぽたぽたと雫をたらすサイフォンを覗きながら、『アイツ』のことをシロ先生は振り返る。 もうすぐ、授業を終わらせる鐘が鳴る。 シロ先生は、先生の愛用する魚の絵のマグカップにコーヒーを注いでいると、ふと思い出したように呟いた。 「ヨハンのヤツ…、忘れてるんじゃなかろうか。 わたしの読んでいた詩集が読みたいって言うから持ってきたのに。一週間待ったぞ。 …ふう、ずいぶんとほったらかしにされたもんだな、わたしも。ヒカル、わたしは少し外に出るから」 用を思い出したのか、マグカップを置き、ぽんと机に置いてあった一冊の本を軽く叩き、 ガラリと保健室の扉を開けて表に出て行った。 シロ先生が外に出た隙に、ぼくは重い身体を起こし机の上の本に目を向けると、見覚えのある名前が飛び込む。 『いぬがみゆたか・詩集』 そう、いぬがみゆたか・犬上裕はぼくの父だ。 ヨハンは、知ってか知らずかぼくの父の本を読みたいと言っていた…か。 ヨハンのことだ。きっと尻尾を振って、出任せにシロ先生のご機嫌でも取ろうとしたんだろう。 そんな発想、ぼくにはない。 ただでさえ頭がぐらつくのに、ヨハンのだらしなさを思い出すと、余計に頭が痛くなってきた。 ヨハンも父の本のことなんか忘れているに違いない。ヤツはああいう男なんだ。 再び、扉の音が聞こえる。シロ先生か?いや、足音が違うことぐらいイヌ族なら直ぐに分かる。 「ははは!ヒカルくんも、医学の神・アスクレピオスも裸足で逃げ出すと言うシロ先生に診て頂いて果報者だな!」 あの能天気な声はヨハンだ。こんなところではち合うなんて、今日はとことんついてない。 やはり、ヤツの声を聞くと頭が痛い。いや、その上を行く『頭』の『頭痛』が『痛い』…か。 そんなくだらないことを考えながら、ヨハンに背を向けて布団を頭の上まで被る。 尻尾が寒い。ベッドからはぼくの尻尾だけがはみ出しているけど、面倒くさいので引っ込めない。 「ヒカルくんは、なかなか面白いね。白いイヌだけに…」 涙を誘うくだらな過ぎるヨハンの言葉を耳にしたので、急いで尻尾を引っ込める。 布団の隙間からヨハンの様子をこっそり見ているとヤツはコーヒーの香る保健室に入ってきて、 机の上の『いぬがみゆたか・詩集』を拾い上げ、ぱらぱらとページを捲っていた。 長い髪を揺らしながら、その本を心底嬉しそうに眺めるヨハンは、少女漫画に出てくるようなワンシーンに見えた。 もっとも、少女漫画のことはよく知らない。しかし、ヤツから放たれる何かは、そういう感じがするのだ。 「この作者の本はね、読んでいてとても豊かな気持ちになるんだよ。作者が『ゆたか』だけにね」 「……」 「いや、冗談で言っているわけじゃないよ。ぼくが好きなのは、作者の人柄のよさがよく現れているところだね。 言葉遣いが実に面白い。 そして、砕けすぎず固すぎず…ぼくは好きだな、この人の文は。作者は何かの縁できみと同じ苗字だ。 一度、きみも読んでおくことをオススメするね。女の子を誘うときのセリフの参考になるかもね」 ……こんな本、家に何冊も山積みになっている。同じ本が何冊も部屋を埋め尽くしている。 きっと、ヨハンは知らないのだろう、『いぬがみゆたか』がぼくの父であることを。 しかし、父の『人の良さ』だけは完全に見抜いてしまったヨハンの嗅覚には感心。 言の葉だけでの書いた者のことを見抜くヨハンは、隙が無い。 「ヒカルくん!」 飛び込んできたのは、授業を終えた泊瀬谷先生。抱えている出席簿が息苦しそうでもある。 シロ先生曰く、ぼくが休み時間にぐっすりと寝込んでいるとき、一度保健室にやってきたらしい。 が、休み時間が終わってしまい、先生は保健委員の『アイツ』と一緒に、授業の為に教室へ。 そして、再びここに戻ってきたのだ。 泊瀬谷先生の柔らかな手のひらがぼくの額に触れる。しかし、泊瀬谷先生のことを心配 させるような感覚がする。 動揺してか隠れているはずである泊瀬谷先生の爪が、ぼくの額に突き当たっているのだ…。 ヨハンは見かねたのか、泊瀬谷先生の肩を叩きいつものように、歯がゆい言葉をかける。 「泊瀬谷先生、ご心配なく。ヒカルくんの毛並みは、みるみるうちに光りを取り戻しています。 先生もお疲れでしょう。ささ、先生の為にコーヒーを入れておきましたよ。冷めないうちにどうぞ」 まだ湯気の立てている、魚の絵のマグカップを泊瀬谷先生に差し出した刹那、再び保健室の扉が開き、声が響く。 「それは、わたしのコーヒーだ!!」 おしまい。 関連:ヒカル シロ先生 ヨハン先生 泊瀬谷先生 保健委員
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/515.html
けしからん 281 名前: 創る名無しに見る名無し [sage] 投稿日: 2009/02/01(日) 00 08 03 ID EVpDWZTv ≫258 ルルの話、もうすぐにでも結末まで読みたいけど、でも終わって欲しくない 気がするよう。 何だかだんだん、「あずまんが」だけじゃなく「ヒャッコ」のテイストが。
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/1091.html
彼は誰時 冒頭で朝チュンにびっくりwww 挿絵描いてみました
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/996.html
てんやわんやのバレンタイン 「あれって如何言う事でしょうね……?」 「もしかすると……何かの天変地異の前触れかもな」 「いやいや、ひょっとするとそれ以上の可能性もあるかも?」 「……あり得ない、とは言い切れないから怖いな……」 二月も中旬へと入り、そろそろ春の足音も聞こえ始める佳望学園の家庭科室前。 時刻も下校の時刻へ差しかかり、部活をしていない生徒達がオレンジ色の夕日に急かされる様に家路に付く中。 佳望学園の教師、泊瀬谷、帆崎、サン・スーシ、そして白の4人が、 何やらひそひそと話し合いながらドアの隙間から家庭科室の中を伺っていた。 教師が四人も揃って家庭科室をのぞきこむ様子は、端から見れば何かしらの異常があったとしか思えぬ光景ではあるが、 生憎、四人はそれを気にする事もなく、家庭科室を不安げに覗き込みつつ、互いにそれに至った経緯を推測しあう。 「しかし、一体何の考えがあってこんな事を……」 「さぁな、俺にも良く分からん……」 「うん、流石のボクもこればかりは良く分からないよ……」 「ああ、私も皆と同感だ」 そう、彼らにとっては今、家庭科室に広がっている光景はその異常とも言える事態が繰り広げられている最中なのだ。 「ほら、そんなに荒く削ってはチョコがきちんと溶けませんよ」 「む、むぅ…意外に難しい物だな…なんかコツは無いのか? 英先生」 「そうですね、こうやって包丁をゆっくりと押し付けて削り取る様に…分かりますか? 獅子宮先生」 「あ、あぁ、こうか?」 なにせ、四人が不安げな眼差しを向ける家庭科室には、 英先生の手ほどきを受けながら、難しい顔でチョコレートを刻む獅子宮先生の姿があったのだから。 ※ ※ ※事の始まりは、授業が終わって夕日が差し込むようになった職員室、 既に教師の何人かは帰宅し、残った教師たちも思い思いにこの日の残務処理に精を出す最中。 珍しく報告書を手早く仕上たにも関わらず、難しい顔で頬杖を付いていた獅子宮先生がやおら立ち上がった事から始まった。 「…………」 勢い強く立ちあがった為か、彼女の座っていた椅子ががたりと大きな音を立てる。 その物音に驚き、背筋と頭の毛を若干逆立てて獅子宮先生の方を見る職員室の教師たち。 しかし、彼女は同僚たちの視線を意に介する事無く、ただ無言でゆっくりとある方向へ歩みを進める。 その先には、本日の小テストを採点している最中の英先生が座る席。 そして、突然の獅子宮先生の行動に、にわかにざわめき始める職員室。 PCと睨めっこしていた泊瀬谷先生も、ルルへのメールを打ち込んでいる最中だった帆崎先生も、 余ったテスト用紙で紙飛行機を作ってたサン先生も、そしてたまたま職員室でコーヒーを注いでいた白先生も 今はその手を止め、ゆっくりと歩を進める獅子宮先生へ不安げな眼差しを向けるしか他がない。 ――獅子宮先生と英先生。 この二人は佳望学園の教師達の中では、とても良好とは言い難い関係にあった。 元が不良な上に未だにアウトロー気質を貫き通す獅子宮先生。 そして、有名女学校出の生真面目で自分に厳しく他人にも厳しい英先生。 そんな対極とも言える気質を持つ二人が、同じ場所に尻尾を揃えればいがみ合うのも最早宿命みたいな物で。 時折、瑣末な事で英先生のお叱りを受けた獅子宮先生が席に戻る間際、憎憎しげに「ババァが」と漏らしている所や、 不真面目に仕事をしている獅子宮先生を前にした英先生が、苛立たしげに「全く、困った人」とこぼす所が良く見られた。 しかし、だからと言って目に見える形でいがみ合っている事は少なく、むしろお互いに干渉し合わない事の方が多かった。 そう、今の二人の関係は、言わば東西冷戦時代のアメリカとソ連のような関係にあった。 無論の事、今までにこの二人があわや衝突寸前に至る事は一度や二度ではなく、 その度に、校長先生をはじめとする他の教師たちの胃痛の種となるのは、最早珍しい事ではなかった。 (幸い、猪田先生の取り持ちもあって、本格的な衝突へ発展する事は過去に一度たりとも無かったのだが) そんな二人の関係を知っている教師達からしてみれば、この突然の獅子宮先生の行動に不安を感じるのも無理も無く。 おまけにこの日の昼頃、獅子宮先生は授業を行う際の態度の事で英先生と言い合ってたばかりである。 それを考えれば、この状況で何も起こらないと楽観できる方がむしろおかしいと言えた。 しかし、かと言って迂闊にこの二人の衝突を止めようとすれば、間違い無く余計なとばっちりを食らう事になりかねず、 更に言えば、何時も獅子宮先生のブレーキ役となる猪田先生も、この日は出張の為、今の職員室に姿は無く。 その場の教師達に今、出来る事といえばただ、大事にならない様に天へ祈る以外に術が無かった。 「…………」 上機嫌でもなく、かと言って不機嫌でもなく、歩みに合わせる様にゆらりと揺れる獅子宮先生の尻尾、 その尻尾の動きからは、今の彼女の思考を読み取る事は出来ない。 やがて英先生も、足音で獅子宮先生の接近に気付いたらしく、耳をピクリと動かして獅子宮先生の方へ顔を向ける。 其処で、歩みを止めた獅子宮先生の尻尾が、立っているとも垂れているとも言えないポジションで動きを止める。 「…………」 「…………」 そして、獅子宮先生も英先生も、視線を交差させたまま沈黙する。 二人ともお互いに無表情に近く、更に尻尾に動きすらなく、これから何が起こるかは誰にも予想は出来ない。 そんな余りの不気味な静けさに、誰ともつかぬ唾を飲みこむ音がゴクリ、と聞こえてくる様な気もさせる。 そして、その場の教師にとって永遠とも言える数秒が過ぎた後、最初に口を開いたのは獅子宮先生の方だった。 「英先生、仕事中悪いが今から少し話をしても良いか?」 「……ええ、そろそろテストの採点も終わりですし、別に構いませんが…それで、話とは?」 「そうか…話と言うのはだな…その、先生に少し、手伝って貰いたい事があるんだ」 (…え?) (う…うそだろ!?) (あの獅子宮センセが……) (英先生へ頼み事!?) 泊瀬谷、帆崎、サン、白の四人は思わず我が耳を疑った。 そう、あのアウトローで人の手を借りたがらない獅子宮先生が、あろう事か粗利の合わない英先生へ頼み事をしているのだ。 今起きている事が夢ではないかと髯を引っ張ったり頬を抓ったりしたが、感じた痛みも今の状況も紛れも無く現実であった。 と、そんな同僚四人の反応を余所に、獅子宮先生と英先生は話を続ける。 「手伝ってもらいたい事、ですか……物によっては私に出来る事と出来ない事がありますが?」 「ああ、いや…その、これは英先生だからこそ頼む話でな…」 英先生の問いかけに対し、獅子宮先生は何故か珍しく口を濁らせ、中々話そうとしない。 何時もの堂々とした彼女を知っている者ならば、今の彼女は明らかに何かあったとしか思えない態度である。 無論の事、興味津々な同僚四人は耳を二人の方へ目一杯に傾け、一語一句聞き逃さぬ様に神経を集中させる。 「……? 良く分かりませんが、その、獅子宮先生の言う『手伝ってもらいたい事』とは何ですか? はっきりと声に出して言ってもらわないと私も分かりませんよ?」 「う、その……」 英先生の再度の問いかけに、 獅子宮先生の尻尾は困った様にくねり、隻眼の瞳は横へ逸らされ、耳は縮こまる様に伏せられる。 そして数秒ほどの間を置いて、ようやく意を決したのか獅子宮先生は唾を飲みこみ、ハッキリとした声で告げる。 「その、英先生、今からバレンタインの為のチョコレート作りを手伝って欲しいんだ」 …………。 ――静寂。 今の職員室を包む空気を一言で言い表すならば、その一言に尽きた。 それだけ、獅子宮先生が言った言葉が、職員室にいる英先生を除く教師達には到底信じられなかったのだ。 泊瀬谷先生はPCの画面を『ああああ』で一杯にして硬直し。帆崎先生の手から零れ落ちた携帯がゴミ箱へジャストミートする。 サン先生は作り掛けの紙飛行機を思わず握りつぶし。白先生に至っては手にしたカップからコーヒーをどぼどぼと零していた。 そして、暫しのフリーズ状態が解けた四人は四者四様に、心の中で驚きの声を漏らす。 (…え? え? えぇぇぇっ!? うそっ!?) (ま、マジかよっ!?) (獅子宮センセがバレンタインのチョコだって!?!?) (まさかあの怜子が……信じられん) 去年のバレンタイン、たしか獅子宮先生は「バレンタインなんぞ、軽々しい騒ぎは好まん」と言って関わろうとしなかった筈だ。 無論の事、そんな彼女がわざわざ自ら勧んで義理チョコを配るなんて真似もしない筈である。 そして、今まで知る限りでは、獅子宮先生に男の気配があったなんて話は、それこそ白先生以上に皆無だった筈だ。(失言) なのにも関わらず、獅子宮先生のこの行動である。同僚四人が心の内で本気で驚くのも無理も無かった。 しかし、そんな動揺しまくる四人に気付く事も無く、獅子宮先生と英先生は更に話を続ける。 「バレンタインのチョコレート作り、ですか……何故、私に?」 「その……私が自分で作ろうとするとな、何故か焦げ付いたり変な色で固まったりで、中々上手く行かないんだ。 それでその、今回こそ失敗しない為、菓子作りが上手い英先生に手伝ってもらおうと、恥をしのんでお願いする訳だが……」 「獅子宮先生、それならば先日に行っていたチョコレート製作の講習に出席していれば良かったのでは……? と、あなたの事ですから、大方恥かしくて出る気にならなかった、と言った所ですね?」 「う……その通りだ……」 図星を突かれ、ばつの悪そうに尻尾を垂らしてうめく獅子宮先生。 其処には、何時もの食わせ者な女教師の姿は無く、何処か気弱に振舞う年相応の女性の姿があった。 そんな不安げな彼女を前に、英先生は溜息一つ漏らすと、何か考え込む様に天井の方を見やる。 その動きを獅子宮先生は余り良い物として受け取らなかったのだろうか、何か諦めた様に英先生から視線を逸らし 「……いや、まあ、英先生が嫌だと言うなら、私も素直に諦める事にするよ。 今の私の頼みはどう考えても、先生にとってはただの迷惑にしかならないからな……。 英先生、くだらない事で時間を無駄にして悪か――」 「獅子宮先生、『今から』と言う事は、材料はもう用意しているって事ですよね?」 「――え? ……あ、ああ。そうだが……?」 謝罪の言葉を遮ってまで英先生が聞いた事の意が掴めず、獅子宮先生はきょとんとした表情で答える。 それを気にせず書類を纏めた英先生はゆっくりと丁寧な所作で立ちあがり、立ち尽くす獅子宮先生へ肩越しに言う、 「それならば、今からその材料を持って家庭科室まで来る事。良いですね? ……それと先に言わせてもらいますが、私の指導は結構厳しいので、獅子宮先生もあらかじめ覚悟して置いてくださいね」 「…………」 そして、職員室の鍵掛けから家庭科室の鍵を取って去って行く英先生の尻尾を見送った後。 獅子宮先生はようやく我に返ると、慌てる様に自分の机から何かの入った包みを取り出し、 そそくさと足早に英先生の後を追って職員室から出ていった。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 その後に残されたのは、呆然と成り行きを見守るしか出来なかった泊瀬谷を始めとする同僚達四人。 彼らはすばやい動きで職員室真中に据えられた石油ストーブ前に集まると、お互いの顔を見合わせながら口々に言う。 「……気に、なりますよね?」 「……ああ、あんな光景、それこそ滅多に無いからな」 「これで見逃したら、ボク達一生後悔しそうだよね?」 「よし、私達も行ってみるか」 直ぐ様やる事を決めると、彼らもまた、家庭科室へと足早に去っていくのだった。 そう、シャットダウンされる事無く付けっぱなしのPC、何やら着信したのかゴミ箱の中で必死にバイブレーションする携帯、 そして机の上でくしゃくしゃで放置されたテスト用紙に、机に零しっぱなしのコーヒーも片付けることも無く……。 ※ ※ ※ そして、話は冒頭へと戻り家庭科室。 獅子宮先生は英先生の指導の元、なんとかチョコレートを刻み終え。 これからチョコレートを湯銭に掛けて溶かす所へと差し掛かっていた。 「チョコレートはこげやすいので直接火に掛けず、60度前後のお湯に浮かべたボウルに少しずつ入れて、 こうやって玉にならない様に気を付けながら、ヘラで丁寧に掻き混ぜる様に溶かして行く事。…分かりますね?」 「なるほど……湯銭なんて今まで全然知らなかったな……」 石油ストーブ上のヤカンがコトコトと小さな音楽を奏でる中。 英先生の手によって、硬い荒削りの粉から液体へ魔法の様に溶け行くチョコレート。 甘い香りを漂わせるそれを、まるでうら若き少女みたいに興味津々に尻尾を立てて眺める獅子宮先生。 そんな彼女を横目にした英先生は、心底意外に感じていた。 元ほ佳望学園のOBで、あの猪田先生も手を焼くほどだった筋金入りのライオンのスケバン。 それもあって教師になった今でもアイパッチに咥え煙草、そしてへそだしルックとアウトローなスタイルを貫き通し、 更にはプライド高いライオンなだけあって全然素直ではない上に口も悪く、時には暴力沙汰をも辞さない喧嘩っ早さが在る。 しかも年上相手だろうと保護者相手だろうと敬語を一切使わず、挙句に校長やPTA会長相手でもタメ口を聞く始末。 おまけにスロースターターなのか中々仕事を進めず、急かされたら文句漏らしながらのろのろと仕事を始める不真面目ぶり。 しかし、それでいながらも生徒の面倒はしっかりと見ており、何だかんだ言いつつも困っている人は決して見捨てず、 気がつけば仕事の方もやるべき事をしっかりとこなしている。 そんな自分とはある種正反対の経歴、気質を持っている彼女故か、如何してもサン先生の次に目に付いてしまう。 おまけに注意すれば明らかに反抗的な態度を取る為、如何してもこっちの態度も硬化しがちになってしまう。 これでもう少し素直になってくれれば……と常日頃から願ってやまない。 ――それが、英先生の獅子宮 怜子と言う後輩教師に対する、今までの人物評であった。 しかし今、横で悪戦苦闘しつつも自分の教えを素直に聞き入れチョコレートを溶かしに掛かる獅子宮先生の姿は、 少なくとも自分の頭の中にあった『彼女の対する人物評』を少し改めなければ、と考えさせるには充分だった。 そう思うと、自然と彼女のマズルから漏れてくるのは笑い声、何処となく尻尾も左右に振られる。 それに気付いた獅子宮先生は手を止めて不思議そうな顔一つ。 「……英先生? 何かおかしい事でもあったのか?」 「ええ、ちょっとだけ昔の事を思い出しまして、それで思わずと言った所でしてね」 「……? そうか」 獅子宮先生は妙に腑に落ちない気分を感じていたが、すかさず「手が止まってますよ」と注意され、慌てて作業に戻る。 何だかはぐらかされた様な気もしないが、今は教えてもらってる以上は深くは突っ込まず、無理やり納得する事にした。 教え通りにやってきたお陰か、やがて獅子宮先生の手によって溶けたチョコレートが粘性を持った滑らかな液体へと変わる。 家庭科室を満たすはチョコレートの甘く優しい香り、ふと横を見やると優しい眼差しでこちらの手の動きを眺める英先生。 獅子宮先生は甘い香りを鼻腔一杯に感じながら、何処か不思議に感じていた。 元は校則厳しい女学校出身で、成績優秀容姿端麗才色兼備を絵に描いて立体化したような令嬢。 それは教師になって十数年経った今でも変わらず、自分は元より他人にも礼儀正しく規律正しくを貫き通し、 その手腕で何処か問題有り気な学園の教師達を纏め上げてきた事で、教師生徒問わずに恐れられ、または敬われてきた。 更に口も達者であり、下手に彼女を怒らせよう物なら、穏やかながらも辛辣な言葉で長時間に渡り責められる事となる。 しかも仕事の方も完璧と言っても良く、隙と言って良い隙が殆ど見当たらない。まさに才媛と言っても過言ではないだろう。 しかしだからと言って決して嫌味なケモノではなく、むしろある種の面倒見の良い母親的な(厳しい所もあるが)存在であり、 学園の教師や生徒は、良い意味でも悪い意味でも彼女の愛情を感じて過ごしてると言っても良いだろう。 だが、アウトローなスタイルを貫く元不良の自分にとっては、規律を重んじる彼女の存在は決して面白い物ではなく。 些細な事で注意されるたびに、何時かその上品な顔の丁寧に整えられた髯をこっそりちょん切ってやろうかと考えた物だ。 これでもう少し言葉の厳しさを控えてくれれば、こちらとしてもほんの少しは歩み寄り様もあるのに、と思えなくもない。 ――それが、獅子宮先生の英 美王と言う先輩教師に対する人物評であった。 しかし今、チョコレート作りに苦戦している自分を、優しい言葉を交えつつ手取り足取り手伝ってくれる英先生の姿は、 何処か遠い記憶にある厳しくも優しかった母の姿と重なって見え、その所為かほんの少しだけ心を許せそうな気がした。 そう思うと、英先生へ一方的に反感を感じていた今までの自分が小さく思えて、思わず自嘲の笑みを零してしまう。 そんな獅子宮先生を、英先生は何も言うことなく優しい眼差しで眺めていた。 ※ ※ ※ 「……意外と和気藹々とやってますね?」 「てっきり、何かの切欠でいがみ合うかと思ったんだが……」 「ねえ、3人とももうちょっと詰めてよ、ボクからじゃ良く見えないんだけど?」 「シッ、静かにするんだ、サン。気付かれたら説教どころの話じゃないぞ?」 そしてその頃、ほのかにチョコレートの匂いが漂い出した家庭科室前の廊下にて。 こっそりと家庭科室の中を伺う同僚四人は、今も尚戦々恐々と言った面持ちで二人の様子を見ていた。 ……ただ背の小さいサン先生だけはと言うと、邪魔な他三人の身体越しに見ようとピョンピョンと必死なようであるが。 「それにしても、気になりますよね」 「ん? 何がだ?」 そんな最中、ふと泊瀬谷先生が漏らした疑問に、ピクリと耳を動かした白先生が聞き返す。 泊瀬谷先生は尻尾を揺らしながら、何と気無しに答える。 「いえ、獅子宮先生は手作りしたチョコレートを誰に渡すのかなって」 『…………』 ――静寂再来。 どうやら泊瀬谷先生以外の三人は、獅子宮先生がチョコを作ると言うかなり珍しい事態に目が行っていた事もあって、 肝心のチョコを渡す相手の事までは考えていなかったらしく、一往に毛を逆立て驚いた表情を浮かべて凍り付いていた。 そして数秒ほどのフリーズの後、四人はそそくさと家庭科室前から離れてヒソヒソと話し合う。 「言われてみれば、あの獅子宮先生が手作りチョコを渡すほどの相手って……何者なんだろうな?」 「そうですよね。あの獅子宮先生の事ですから…ひょっとしたら家族の誰か、とか?」 「う~ん、それはないと思うよ? 確か獅子宮センセ、忘年会の時に『実家とはかなり昔に縁を切った』って言ってたし」 「ならば……多分あの怜子の事だ、ひょっとすると意外な相手の可能性もあるかもな。例えば校長とか」 白先生の何気に挙げた例えに、更に弾みが付く四人の会話。 「いやいや、ひょっとするとベンじいって可能性もあるかもな?」 「無い、とは言いがたいな……ああ見えて怜子はフケ専っぽい気がするからな。そうなると教頭の可能性もあるか」 「いえ、多分私の予想だと猪田先生って事もあるかと。 猪田先生は妻子持ちですけど、獅子宮先生にとってかつての恩師ですし」 「ここは大穴でドラキュラか水島先生が来るかも? かも?」 「ドラキュラ…大稲荷先生はまだしも水島先生は流石に無いだろ? ここははづきちか白倉先生かもな?」 「ザッキー、はづきちは彼女持ちだって」 「あ、そういやそうだったな」 四人の口から佳望学園の男性教師の名が次々と挙がる中、 一向にヨハン先生の名前だけが挙がらないのは、ヨハン先生の人と成りを表している何よりの証拠なのだろう。 まあ、そんな事はさて置き、話がある程度終息してきた所で。話題は再び獅子宮先生のチョコ作りの事へと移り変わる。 「けど、本当に意外ですね。 獅子宮先生って何でも出来そうな感じがしてたんですけど、まさかチョコレート作りが苦手だったなんて…」 「ああ、言っておくが泊瀬谷。怜子はチョコレート作りどころか料理自体が苦手だぞ? 同じマンションに住む私だから分かる」 「へぇ、さすが白先生。同じ独身のネコ科なだけは……ア゛」 「やっぱり、同じ穴のムジナだからこそ分かる物が……ヴ」 つい何気に言いかけて帆崎先生とサン先生は気付く。今、自分達は対戦車級の大型地雷を踏んでしまった事に。 ある方を見る泊瀬谷先生の表情が凍り付き、尻尾が膨れ上がってる事から見ても、その予感は確かな物であろう。 しかしそれに後悔する間も無く、とてもイイ笑顔を浮かべた白先生が懐から独特の匂い漂わせる瓶を取りだし、二人へ言う。 「お前ら二人とも、覚悟は良いな?」 ※ ※ ※ 同僚四人がちょっとしたひと悶着を起こしているその一方。 英先生と獅子宮先生は、溶かしたチョコレートを型に入れた後。 冷蔵庫へ入れたそれが固まるまで、英先生の用意した紅茶とクッキーを交えたティータイムを楽しんでいた。 ゆったりとした空気の中、チョコレートの香りの代わりに家庭科室を満たすは、質の良い茶葉の香りとクッキーの甘い香り。 それを鼻腔と舌で堪能していたその矢先、獅子宮先生が何かに気付き、耳を傾ける。 「如何しました? 獅子宮先生」 「いや、何か廊下の方から声が聞こえたが……?」 「声? 一体如何言う感じのですか?」 「いや、それが吹奏楽部の練習の所為で良く聞こえなくてな……」 だが、二人が声を良く聴こうと耳を傾けるも、生憎外の中庭では吹奏楽部が春のコンクールに向けての練習中。 幾ら耳を傾けようとも、肝心の声が吹奏楽部の見事な演奏に掻き消されてしまい、良くは聞こえなかった。 「部活をしている生徒の声、でしょうか?」 「それにしてはなんだか悲鳴も混じっていたような……気の所為か?」 獅子宮先生と英先生が首と尻尾を傾げている丁度その頃、 泊瀬谷先生が必死に止める中、帆崎先生とサン先生へ白先生の怒りのオキシドールが炸裂しまくっている所であった。 しかし、そんな騒ぎも吹奏楽部の演奏が終焉を迎えると同時に収まり、家庭科室は静けさを取り戻した。 再び流れる夕暮れ時特有のゆったりとした時間。窓から差し込む夕日が家庭科室を黄昏色に染める。 獅子宮先生は今の家庭科室と同じ色の紅茶をひと啜りした後、夕暮れに染まる窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。 この時の彼女は珍しくトレードマークの咥え煙草をしてはおらず、夕日を眺める隻眼の瞳は何処か寂しげな物を感じさせる。 そんな彼女の横顔を眺めている内に、英先生はある事を聞きたくなった。 聞き出す理由は特に無かった。強いて理由を挙げるなら、ただ何となく、それだけだった。 「獅子宮先生、一つ聞いてよろしいですか?」 「……なんだ?」 「今作ってるチョコレート、獅子宮先生は誰に渡すおつもりで?」 「……英先生。この私が、素直に話すと思っているのか?」 言って、そっぽを向く獅子宮先生、少し不機嫌そうにくねる尻尾。 それは彼女の性格を知っている英先生にしてみれば、ごく当然の反応と言えた。 だから英先生は苦笑一つ返すだけにしておいた。どうせ元から良い返答に期待していなかったのだ。 しかし、そんな英先生に対して、獅子宮先生は少しだけ何か考えるように顔を俯かせた後、顔を上げて言う。 「だが、英先生はチョコレート作りの手伝いをしてくれている。 ……これで教えないというのは、借りを作りっぱなしで私のスジに反してしまうな」 「……と言うと?」 聞き返す英先生へ獅子宮先生はふっ、と軽く笑い掛けて言う。 「話すさ。チョコレート作りを手伝ってくれた礼の代わりと言っては難だがな」 如何言った心変わりですか? と問おうとした所で、 英先生はある事に気付き、マズルから飛び出そうとした言葉を喉元へ押し留めた。 どうしようもなく悲しい色を湛えた獅子宮先生の隻眼の瞳、それを目にして理由を聞くことが躊躇われたからだ。 獅子宮先生はそんな英先生を一瞥すると、少しだけ俯き気味になって話し始める。 「実は言うとな……私の作ったあのチョコレートを贈る相手は、もうこの世には居ないんだ」 「……え?」 獅子宮先生の口から出た思わぬ言葉に、英先生は思わず戸惑いの声を漏らす。 ひょっとすると悪い事を聞いてしまったのだろうか? 英先生の心に満ちてくるそんな罪悪感。 それを尻尾の動きで察したのか、獅子宮先生は「気にするな、どうせ何時か話す事になる話だ」と言って、話を続ける。 「アイツは……高校卒業と同時に家を飛び出し、行く宛も無くさ迷い続け荒み切った私の心へ、再び暖かさをくれた人だった。 もし、私がアイツと出会わなかったら多分、私は何処かの道端で野垂れ死にしていた事だろうな」 「獅子宮先生にとっては、その人はいわゆる命の恩人、と言う訳ですか……?」 「まあ、そうだな……それと同時に、私の初恋の人でもあったんだが」 獅子宮先生はふぅ、と小さく溜息を漏らした後、 カップに残った紅茶をひと呷りで飲みきると、何処か自嘲するような笑みを浮かべて言う。 「けど、その初恋は実らなかった。……自分自身のやった、バカな事の所為でな」 「その、バカな事。とは……?」 「言うのもばかばかしい事だよ。止せば良いのに何も考えず一人先走りした結果、 やらなくて良い事をやってしまった、そのバチが当たったんだ。 それ以来……私は怖くなった、誰かを愛する事が、誰かと肩を寄せ合う事が。 また、自分の所為で全てを台無しにしてしまうと思ってしまって」 そう語る獅子宮先生の頭の中に浮かぶは、 もう物言わなくなった大切な人の身体が、自分の腕の中で徐々に体温を失っていくと言う、二度と忘れられぬ感触。 それは見えない足枷の様に彼女の心へ重く圧し掛かり。巻きついた茨の棘の様に常に彼女の心を苛んでいた。 幾ら後悔しようとも、幾ら反省をしようとも、あの暖かく優しかった日々はもう二度と返ってこない。 ……だけど、それでも私は、前を向いて生きなくてはならない。 大切な物を失い、絶望に打ちひしがれた自分を、親身になって励ましてくれたダチ(親友の意)の為にも。 「……獅子宮先生?」 「―ーあ? ああ、済まん。私とした事が話の最中に考え事をしていた様だな」 英先生に声を掛けられて、獅子宮先生はようやく今、自分が感傷に入り浸っていた事に気付いた。 咄嗟に誤魔化しはしたが、こちらを見る英先生の眼差しから見て、今考えていた事を読まれている可能性は高かった。 その様子に、何だかばつの悪いものを感じた獅子宮先生が何か言う間も無く、英先生が真摯な眼差しで言う。 「獅子宮先生、あなたも……相当辛い過去をお持ちだったのね。 私にはその辛さの全てを理解する事は出来ないけれど、あなたのその顔と尻尾を見れば、どれ程の物だったかは分かる」 「……いや、英先生には分からないさ、あの時の私の絶望は……」 「いいえ、私には分かる。だって、私も自分の所為でたった一度きりの恋を駄目にしてしまった経験があるから。 獅子宮先生とは違ってあの人には今も会えるけど、もう二度と想いは通じないし、手の届かない存在にもなってしまった。 だから、それがどれだけ辛い事か、どれだけ悲しい事か、私には痛いほどに分かるのよ」 「…………」 儚げに笑う英先生を前に、獅子宮先生は何も言えなくなった。 昔に想い人と死別してしまった私とは違い、彼女の想い人は話によれば今も健在。 しかし、だからこそ余計に辛いのだろう。そう、幾ら想えどその想いが通じない事は、何よりも辛いのだから。 それに比べれば、死別はしたが想い人と一時でも通じ合っていた私はある程度諦めが付く分、まだマシと言えるのだろうか? そう思っている内に、獅子宮先生は自然と、英先生へ問いかけていた。 「なあ……英先生、私も、何時かは前の様に誰かを愛する事が出来るかな……?」 「そうね…獅子宮先生は私と違ってまだ若いから、幾らでも何とだって出来る。 それに、あなたは一度、絶望の淵に沈んだけれど、其処から立ち直る事が出来たじゃない。 それくらいの強さがあれば大丈夫よ。きっと、何時かは誰かを愛し、愛される事が出来ると思う」 英先生の優しい励ましの言葉、だけど、獅子宮先生は首を横に振る。 「いや、私は全然強くないさ……口じゃ何時も強がりを言ってるけど、その実際は怖がりの子ライオンなんだよ、私は。 それにだ……あの時の私は独りじゃ決して立ち直れなかった。もしあの時、お節介焼きのダチが居なかったら、私は――」 「獅子宮先生」 「――……!」 言ってる最中に割って入った強い調子の声に、驚いた獅子宮先生が思わず振り向き見れば 其処にはさっきまでの母親のような優しい表情から一転、何時もの厳しい表情へと戻った英先生の顔があった。 その刺すような厳しい視線を前に、まるで母親に叱られた子ネコの様に尻尾を丸め、耳を伏せる獅子宮先生。 だが、英先生は厳しい叱咤の言葉を投げ掛ける事もなく、ふっと優しく微笑みかけて 「独りでやるのが怖いのだったら、誰かを頼れば良いじゃない。無理して独りでやろうとするから怖くなっちゃうのよ。 そう、今の獅子宮先生には頼りになる人が一杯居る。私や猪田先生に帆崎先生、泊瀬谷先生や白先生、そしてサン先生、 その他にもいっぱいいっぱい頼りになる人が居るわ。だから何も独りで全部抱え込む事はないのよ。 誰かを頼りたい時は遠慮しないで良いの。そうすれば、あなたの言うそのダチ? の様に、あなたを助けてくれると思う」 「……だが、私は……」 「それに、ここの人達はお節介焼きが多いのよ。それこそもう鬱陶しいくらい。 多分、あなたが何も言わなくとも、何かに悩んでいると見れば、彼らは頼まれてもいないのに助けようとするでしょうね?」 「…………」 ……そう言えば、私が全てを失い、死ぬ事ばかり考えていたあの時。 誰にも頼まれていないにも関わらず、ダチの織田が独り絶望に沈んでいる私の部屋へ勝手に上がり込み、 挙句には、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、涙声の所為で殆ど判別不能になった言葉で私へ叱咤激励していたな。 そんな織田の酷い顔を見ている内に、私は何だか死ぬのも馬鹿らしくなって、気が付けば少しだけ気が楽になっていた。 今の私が、困っている人を放って置けない性分なのも、それに影響されたからなのだろうか。 ……多分、あいつらも私が何かに悩んでいると知ったら、頼まれてもいないのに私へアドバイスやら何やらしてくるのだろうな。 特にあの『とっつあんぼうや』なら、いきなり家に上がり込むなリ私への激励を名目にパーティーでもおっぱじめそうな気がする。 そう思うと、意地を張って独り抱えこんで居た頑なな自分が、なんだか馬鹿らしく思えてくる。 「だから獅子宮先生、悩んでいる時は――」 「もう良い。分かった」 「――……獅子宮先生?」 「私の負けだ、英先生。流石に頼んでも居ないのに一方的に親切を押し付けられるのは勘弁して欲しいのでな。 …だがその代わり、もしその時が来る事があったら、遠慮なくこき使ってやるから覚悟しろ」 「ふふ、その時は覚悟しておくわ」 何処かばつの悪そうに腕組をしながらそっぽを向く獅子宮先生。 そんな彼女の左右に揺れる房付き尻尾に向けて、英先生は安心した母親の様な優しい笑みをうかべた。 やがて、周囲を黄昏色に染めてた夕日も、その日の役目を終えて山の向こうへと消え。 家庭科室を満たしていたチョコレートの匂いもだいぶ薄まった頃。 頃合を見て冷蔵庫から取り出したチョコレートを、少し苦労しつつ型から取りだした獅子宮先生と英先生は、 そのハート型のチョコレートを箱へと詰め、ラッピングする所までに来ていた。 何時もの不真面目な態度とは違う、真剣な眼差しで丁寧にチョコのラッピングをする獅子宮先生。 英先生はその様子を横目で見ながら、もし自分に娘が居たなら、ひょっとするとこう言う事もしていたのだろうかと考える。 しかし、それは飽くまでif(もしも)の事でしかない。それに、かつて道ならぬ想いを抱いてた私がそんな事を考えた所で……。 と、彼女は独り心のうちで自嘲する。 「英先生」 「へ? 何でしょう、獅子宮先生」 考えていた所でいきなり声を掛けられ、英先生は思わず毛を逆立てて眼鏡をずらし、尻尾もピンと跳ね上げてしまった。 しかし、ラッピングに悪戦苦闘する獅子宮先生は英先生の様子に気付いてなかったらしく、手を動かしながら話を続ける。 「……もしも、そう、もしもだ。 英先生が誰かに恋心を抱き、その結果悩む事があるなら……私が勝手に手助けしてやる。 前も言ったが、借りを作りっぱなしなのは私のスジに反するのでな。だから何と言おうとも”勝手に”助けさせてもらうぞ」 「…………」 ……誰かに恋心を抱く事。 そんな事、私にはもう二度と訪れない筈だ。そう、それはバレンタインのあの日から分かっている事だから。 ――だけど、何故だろうか? 獅子宮先生に言われたその一瞬、私はあの小さな数学の教師の事を思い浮かべていた。 どうして彼の事を思ったのか、私自身にも良く分からない。以前のあの時、何時もとは違う彼の表情を知ったからだろうか? そう、何処か遠い遠い手の届かない何かを見る様な、酷く物悲しい横顔の彼……―― 「フリードリヒ…」 「……英先生? フリーが如何した?」 「っっ!? あ、いえ、来週の手芸部の講習はフリー素材で行こうかなと考えていたので」 「……?」 咄嗟の誤魔化しが通用したのか、それともラッピングに夢中になっていたのか、 獅子宮先生は不思議そうに首を傾げるも、英先生へ深く追求する事も無くチョコレートの梱包作業へと戻った。 危なかった……考えている内についつい思考がマズルから漏れ出していた様ね。これから気を付けないと。 ほんの少し耳が熱くなる感覚を感じつつ、英先生は先ずは言うべき事を言う事にした。 「獅子宮先生、言っておきますけど、恋をするにしても私はもうこんな歳よ? 誰かに恋をした所で相手にも迷惑だろうし、どうせ無駄に終わるのが目に見えているから」 「……さて、それは如何かな? この世の中は何が起こるか分かったもんじゃないんだ。 そう、ある日突然、って事も強ちあり得ない話とは言い切れないからな」 「そうは言ってもね……」 「英先生」 いきなり強い調子で名を呼ばれ、顔を向けた所でぷに、と英先生の額に押し当てられる獅子宮先生の柔らかい肉球。 突然の事で困惑する英先生へ、隻眼の鋭い眼差しでずいと詰め寄り、言う 「『この世に女として生を受けた以上、骨となる最期の一瞬まで女として全うせよ』 これは前にダチの織田に読めと押し付けられた、池上なんとかって作者の本に書いてあった一文だ。 英先生はなんだ? 男なのか? それとも両性か?」 「お、女ですが……」 「だったら、英先生も女として生まれたならば、墓場へ行く最期の時まで女として生きる決意をしておくんだ。 まだ人生の半分ちょいしか生きてもいないと言うのに、早々に女である事を捨ててしまって如何するんだ。 私へ偉そうに説教しておいて自分は駄目だって決め付ける、そんなムシの良い話は私には通用しないぞ。 とにかく、恋する事を諦めるな。諦めたら、其処で全部終わりなんだ」 其処まで言った所で獅子宮先生は腕組をしてそっぽ向いて、尻尾をくねらせながら「それに」と続ける。 「さっき、英先生がフリードリヒって呟くの、ばっちりと聞こえていた」 「っ!?」 どうやら、さっきの呟きをばっちりと聞かれていたらしい。これは拙い。 自分の耳がかぁっと熱くなる感覚を感じる、もし私が人間なら顔面を真っ赤に紅潮させている所だろう。 それに、あの話は彼から『みんなには内緒ですよ』と言われている、ここで話す訳には……。 「そのフリードリヒが英先生にとって何者かなんて私には分からんし、知ろうとする気も無い。 そもそも私はそう言う事には興味は無いんだ。更に言えば、私も色々と話したくない事を話している以上、 この事を誰かへ触れ回る事もしないから安心しろ」 そう言う獅子宮先生の尻尾は、明らかに何かを我慢する様にもどかしく複雑にくねっていた。 多分、彼女は彼女なりに聞き出したいのを必死に堪えているのだろう。其処が獅子宮先生らしいというか。 そう思うと何だか安心したと同時に、獅子宮先生の意外な心遣いを嬉しくとも思えた。 「それなら、この事はみんなには内緒ですよ」 そっぽを向く獅子宮先生に後ろ姿へ向けて、英先生は口に指を当てて合図する。 そう、あの時、彼が去り際にやっていた様に。 獅子宮先生はふんと鼻を鳴らし、尻尾を揺らして「当然だ」と小さく一言、つっけんどんに返した。 そして、夕暮れ色だった景色が星空きらめく夜の景色と代わり、生徒の声も全く聞こえなくなった頃。 英先生の手助けもあってラッピングも完璧、とは行かないが小奇麗に出来あがり。 二人だけの突発的な手作りチョコレート教室も終わり、人気の無い職員室で戻った二人は帰り支度を始めていた。 獅子宮先生は出来あがった完成品のチョコを後生大事に鞄へ仕舞いつつ、英先生に言う。 「所でさ…英先生。食べてもらう人も居ないのに、私がなんでチョコレートを作るんだって思うだろ?」 「そうですね……如何してですか?」 聞き返す英先生にふっと笑い掛けると、窓の外の星空を見やり、 「……約束、かな。毎年バレンタインデーには手作りチョコを贈るって言う。 ごく他愛も無く、守るべき必要も無いくだらない約束。だけど、私にとってはアイツと交わしたとっても大事な約束だ。 まあ、だけど英先生に教えてもらう今まで、ろくでも無い出来のチョコレートのような物しか墓へ贈れなかったんだがな」 そう言って苦笑する獅子宮先生は頭の中では、今までの出来損ないのチョコレート?でも思い浮かべているのだろう。 そんな出来では、獅子宮先生の言う『彼』も、困ったように苦笑いを浮かべるしか出来なかった事だろう。 だが、今回は違う。今、彼女の鞄の中に入ってるのはたっぷり想いの篭った美味しいチョコレート。 多分、天国に居る『彼』も喜び、そして満足してくれるに違いない。 「それで…一つ聞きたいんだが、英先生は何故、私へチョコレート作りを教える気になったんだ? 今までが今までだったからさ、多分、八割九分は断られるだろうと思ってたんだが」 「そうね…」 獅子宮先生の問いかけに、英先生は何処かもったいぶる様に職員室の天井を軽く仰ぎ見て。 数秒ほどの間を置いて優雅な所作で振り向き、柔らかな笑みを浮かべて言う。 「何となく、かしら。深い理由なんて特にないわね」 「ふっ、何となく、か……まあ、それもアリだな」 それに答える様に、獅子宮先生も穏やかな笑みを返した後、何時もの皮のコートを羽織る。 「随分と遅い時間までやってたんだな…英先生、こんな夜遅くまで付き合わせて済まなかったな」 「いえ、私も獅子宮先生と色々な話が出来た事ですし、こちらこそお構いなく」 「それと、紅茶とクッキーは美味しかった。機会があったらまたご馳走になりたい所だ」 「ええ、その時はまた」 「それじゃ英先生、私はお先に失礼する」 ヘルメットを片手に提げ、もう片手をひらひらと振って職員室を立ち去る獅子宮先生の後ろ姿を見送った後。 英先生は独り、窓の外の星空きらめく夜空を見上げ、心の奥で噛み締める様に呟く。 「恋する事を諦めるな…ね」 その呟きに星空は何も答える事無く、静かにきらめいていた。 ※ ※ ※「あ~あ、結局分からずじまいだったなぁ」 「…如何したんです? サン先生。何が分からずじまいだったんです」 それから翌週の授業前の職員室、月曜日朝特有の何処か気だるい空気の中。 身体を椅子の背もたれへ預けて一人残念そうにぼやくサン先生に、たまたま通り掛った資料片手のヨハン先生が声を掛ける。 サン先生ははぁ、と溜息一つ漏らすと、尻尾を力無くだらりと垂らして話す。 「いやそれがね、先週の土曜日にさ、獅子宮センセがバレンタインのチョコレートを作ったらしいんだけど。 獅子宮センセってあれでしょ? 白センセ以上に男の気配がないからさ、誰に渡すのか全然分からなくってさ」 「はぁ……確かに、言われてみればそうですけど……って、手作りチョコを? あの獅子宮先生が?」 「ああ、しかもその時の獅子宮先生、英先生に作り方を教わってたんだよ。しかも意外にも喧嘩する事もなく和気藹々とな」 獅子宮先生の意外な行動にヨハン先生が驚いた所で、同じく通り掛りの帆崎先生が話に加わる。 と、其処でヨハン先生は二人の毛並みが若干おかしい事に気付き、二人へ問いかける。 「……所で、サン先生にザッキーも何で毛並みが荒れ荒れになってるんです?」 「え? あ、ああ、それは……ちょっとね?」 「少し言っては行けない事を言った結果と言うべきか……まあ、そんな訳だ」 ヨハン先生の問いかけに、引きつった笑みを浮かべてはぐらかすサン先生と帆崎先生。 その二人の様子に何となく事情を察したヨハン先生は敢えて深くは聞く事はせず、話題を元の物に戻した。 (実の所、帆崎先生はそれに加えて携帯を無くした事でルルに追求されたのもあったりするが) 「それにしても意外ですねぇ。あのバレンタインとは無縁だった獅子宮先生が手作りチョコレートとは。 しかもあまりソリの合わなさそうな英先生にチョコレート作りを教わるだなんて、彼女は一体如何したんでしょうね?」 「さぁな……もう何か悪い物を食ったとしか」 「それより気になるのは獅子宮センセが手作りチョコを渡した相手なんだ。 あれからボクもいろいろと可能性を考えたんだけど、どう考えてもさっぱりなんだよね」 「はあ、そうですか……でも、ひょっとしたら――」 ヨハン先生がある可能性を口にしようとした矢先、不意に誰かに肩をポンと叩かれる。 「おはよう男共、相変わらず雁首並べてる様だな」 「――あ、獅子宮先生。来てたんですか? 相変わらず朝からワイルドで美しいお姿で」 「おう」 振り向いてみれば其処に居たのは当の獅子宮先生! 突然の本人の登場に、ヨハン先生は内心驚きつつも、持ち前の機転の早さで何とか冷静を装って挨拶を返す事が出来た。 無論、サン先生も帆崎先生も獅子宮先生の接近に気付くや、即座に他人のフリを決めこみ素知らぬ顔で挨拶を返す。 その素早い対応のお陰か、獅子宮先生も何ら突っ込む事もせず、そのまま尻尾揺らしながらスタスタと通り過ぎて行った。 「あ、危なかったな……」 「う、うん、もしも獅子宮センセに話聞かれてたら、どうなってた事やらだね……」 ふう、と帆崎先生とサン先生の二人が安堵の息を漏らした所で、 サン先生はヨハン先生が何かを言いかけていた事を思い出し、振り向き様に問いかける。 「あ、それと話変わるけどヨハンセンセ、さっき言おうとした事って…――」 「ちょ!、二人とも……あ、あれを見てください!」 「――……え?」 だが、当のヨハン先生は何かに驚いた様子。 その目線の先へ二人が顔を向けてみると、其処にはあり得ない光景が広がっていた。 「英先生。昨日、ダチから映画のタダ券を二枚貰ったんだが、良かったら今週の日曜にでもどうだ?」 「そうね…その日はやる事も無いし、先生のお言葉に甘えましょうか」 「良し、決まりだ。今週の日曜の10時ちょうど、駅前の東口で待ってるぞ」 「ええ、その時を楽しみにしておきます」 獅子宮先生が英先生へ映画鑑賞の誘いをしている所だった。しかも友人相手に言うように。 おまけにここは断ってきそうな筈の英先生も、軽く尻尾を振って乗り気だったりする。 それは今までを知る者にとっては、まさにあり得ない光景だった。 「 」 「( Å ) ゚ ゚」 「…………」 それを前に三者三様に驚愕する男達三人。尻尾も驚きに逆立ち、膨れ上がっていた。 そして、何処かぎこちない動きでストーブ前に集まると、声を潜めてヒソヒソと話し合い始める。 「一体、あの二人に何があったんだ?」と……。 ……それから春になるまでの僅かの間。 佳望学園の教師の間で、一つの噂がまことしやかに囁かれ始める事となる。 英先生が魔法を掛けて獅子宮先生を従順にした、と言う、 当人達が聞いたら間違い無く噴き出し、そして思わず苦笑いを浮かべる内容で。 その名は……『真・英先生 魔女説』 ―――――――――――――――――――――了―――――――――――――――――――――
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/94.html
老狐と狸 675 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/08(水) 20 06 14 ID bao4RQWP ≫672 なんか、ワタシひとりで描いてて申し訳ないです。
https://w.atwiki.jp/jujin/pages/528.html
イタズラを届けに サン先生は思い付きで行動した。 ──ガチャ! 「こんにちは帆崎ルルちゃん!ボクはザッキーのマブダチ・サンスーシです! 突然ですがザッキー・サプライズセレモニーのご相談に上がりました!」 「/////」 ルルは玄関に飛び込んで来たサン先生を見ず、耳まで赤くしてそっぽを向いた。僅かに震えている。プルプル。 「あれ?なんで恥ずかしがってるの?」 「ほ、帆崎って呼ばれ慣れてないから、なんかムズムズするの」 「ああ、わかるわかる。ボクも時々本名で呼ばれるとムズ痒いよ」 サン先生は勝手知ったる何とやら状態で、足の肉球を自前のタオルで拭ってスタコラと上がり込んだ。 「わー、ザッキーの愛の巣に土足で踏み込んじゃったー」 イタズラを仕掛けて居る時が何より楽しいサン先生。 帆崎姓をコールされた羞恥ショックから立ち直ったルルが、楽しげなサン先生をやっとまともに視認した。 そして──またプルプルと震えだす。 ──な、何?なんなのこのちっさいモフモフ?犬?犬よね?いや……ぬいぐるみ? 「キ……」 「ん?どうしたのルルちゃん?」 「キャー、可愛いーッ!なにこれ?ぬいぐるみ?」 ルルはサン先生の中身が青年だとも知らず抱き付いた。まぁ知ってても抱き付いたが。 可愛いから。 「うわ、ちょっ!ルルちゃんダメ!そっちの悪戯は信義則に反します! ボクはカタカナのイタズラをザッキーに仕掛けたいの!やめ、や、ぐえっ」 割と強い力で絞められた。 《十五分後》 可愛いもの抱き締めたいシンドロームの発作が治まり、サン先生とルルはティータイム真っ最中だった。 「へー、あいつと同じ歳なの?全然見えない」 「うんうん、よく言われる。成人コーナー立ち入りお断りされるもの。 ドーベルマン捕まえてちっさいから子供扱いだなんて酷いよね」 「あなたドーベルマン?弁護士の枯れおじ様と同じなの?わー全然見えない」 「それもよく言われるんだなぁ。ここだけの話、これでもボク、由緒正しき血統書付きの御家柄なんだよ?」 「ふーん」 「でも、なんか馬鹿らしくなっちゃって大学卒業してすぐ家出しちゃった!アハハ!」 「……」 「あれ?普段はこんな話しないんだけどなぁ。もしかしてルルちゃん、家出経験ある?」 「え?えと、私は……「ただいま~」 ザッキーの声。ルルは反射的にザッキーの出迎えに立上がった。 あ、サン先生どうしよう。 ふと思いだしてサン先生の方を振り返ると、窓が開いてカーテンがはためいていた。そこから脱出したらしい。 ──なんか面白い人(犬?)だったな。 ルルはザッキーにお帰りを言った。 「鍵と財布、忘れた……」 サン先生はザッキーとルルの部屋のを見上げ、帰る電車賃もなく途方に暮れた。 終 関連:サン先生 帆崎先生+ルル