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次の日、金曜日。 昨日は色々な問題が無遠慮に俺へと押し寄せ、また、古泉とケンカじみたもんまでやっちまったがために、俺も閉鎖空間を作り出してしまいそうだと思わんばかりのグレーな気持ちで帰宅することとなった。 帰ってからの俺の気分はハッキリ言って北校に入学して以来最悪な状態を記録していたが、やっぱりトンデモ空間などは発生していなかったようなので、つくづく自分は普通の普遍的一般的男子高校生だと思い知る。 しかし普通の高校生はそんなこと考えんだろうとも思い、そうやって俺は己の奇異さにも気づいたのである。 そして今朝の登校の際には、今度はブルーな気持ちを抱いていた。 一年前にも俺はこの長く続く坂道を憂鬱な気分で歩いていたが、それはこの理不尽に長い通学路に対し学生が交通費支給デモという意味不明な行動を起こし、そしてその理不尽な要求が通ってもおかしくないほど強制労働的であるがゆえだった。 もちろん、今は違う。では何故ブルーだったのか。 それは、今日の俺の心の中は鬱々前線真っ盛りで人的災害警報が発令中であり、本日は晴天にもかかわらず、所によりハルヒの矢のような叱咤が降り注ぐでしょうという予報も出ていたからだ。 どんな人的災害に注意が必要なのかといえば、ナイフを持った女子高校生通り魔との遭遇によって刺殺されないようにせよということである。それが予報であるのは、まだ《あの日》に行くと決まったわけではないからに他ならない。俺も長門も、是非免れたい危機である。昨日のそう遅くない夜、長門に電話をしてみたもののコール音しか返事をしなかったのも気に掛かるんだ。やはり……あいつの感情の部分は強くなっているのだろうか。何度も電話をかけるような無粋なことはしなかったが。 そしてハルヒの叱咤の雨が降るとされた場所は学校の教室で、その局所的な矢の雨が降り注ぐ地点はもっと詳しく予報されていた。そこはあいつが座っている席の前……つまり俺の席だ。正直、これは間違いないと感じていた。なんせ、その現象が起きる原因とされたのは俺なのだから。 とは言うものの、その大元の原因を作ったのは何を隠そうハルヒ自身なのだが。 そう。俺は今週の頭、編集長へとジョブチェンジしたハルヒ団長殿に磔にされて「恋のポエム書け!」という無茶な命令を受け、そして俺はその任務を今日も完遂出来なかったために、ハルヒは今度こそ俺を視線や苦言やらで射殺さんとするだろうというこれは不可避の人的災害だと予想されたのだ。このときは。 教室に着いた俺にハルヒは一言ポエム作成の進行状況を聞き、歯を食いしばって目をギュッとつむった俺に意外にも、 「……そう。期日が迫ってるから、明日の不思議探索は機関紙の制作にまわそうかと考えてたんだけど」 と、危険な不思議探索をやらずにいられるならポエムを書いたほうが良いのかなと俺に思わせるようなことを言い、 「うん、書けないってんならしょうがないわ。じゃあ、明日の探索は、気合入れて不思議ちゃんを探しに行くわよ!」 そして決心させた。探索の対象が単なる自称異星人で実際は奇人ちゃん程度ならどれだけ良いか(会いたくはないが)と俺が思っていると、ハルヒは続けて、 「そろそろ本当にSOS団結成一周年なんだもん。このまま何も見つけられずにその日を迎えたんじゃ、この団の創立目的が忘却の彼方に追いやられちゃうかんね!」 その目的を達成したがために異世界は忘却の憂き目に遭遇しているんだぞとは言えず、俺は、今こそSOS団が不思議発見を断固否とするべく再結集するときなのだなとおもんばかっていた。 だが、この時点での俺はまだ気付いていなかった。既にハルヒの周りでは、渦を巻いて事態が錯綜していたことを。 昨日の災難はまさに俺たちが問題の渦中に放り込まれたというだけで、こいつが静かであるのは、ただ、台風の中心は不気味に静かだということだったんだ。 以前の俺は、あいつらに勝手にやってろなどと言ったこともあったが……今は違う。 この一年、俺はハルヒたちに散々な目に合わされ、自分の生き方が大きく変わってきた。 だが、振り返ればわかる。 これはもちろん、散々楽しいことを俺たちSOS団が行ってきた結果、俺の世界が大いに盛りあがったということだ。 だからというわけじゃない。俺は当然のこととして、今回の問題にぶつかることとなる。 それが動き出したのは、午前の部の中休みの谷口と国木田との会話からだったのだろう。 そして、この事件の中心人物は二人いる。 一人はもちろんのこと、そしてもう一方は当たり前であった。お気づきだろうが、あえて名前を呼ばせて頂く。それは――、 ハルヒ。 長門。 ……事件は、俺の予想斜め上で降りかかる。 なあ、教えてくれないか? お前たちの願いってのは……一体なんなんだ? 第七章
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高校卒業後、すぐに免許を取った私は車を探していた。でも、何なのかしらね、これといった車が見当たらない。金ならたくさんあるのに、パートナーとしての車が見つからない。そんな日々が続いていたある日、廃車の中から、私は『ソイツ』を見つけた。なんだろう?この感じ、まるで呼ばれてるみたい・・・・・見た目はなんともないL型の初期のZ。 ためしに業者に頼んで中を見てみた。L28改ツインターボ、見た目はなんともないけど、中身は化け物みたい。でも、乗ってみたい。このZに、一度、あの湾岸を駆け抜けたい。 むりを承知でたのんだら、不思議にもOKしてくれた。ナンバーもそのままもとの持ち主の引継ぎ、車検証も書いたし、これでこのZはあたしのもの。ガレージも用意してあるから、早速走ろうかしら。夜の湾岸に。 「すごい、じりじりと熱気が伝わってくる、これがあたしの求めたもの、そして、あなたがあたしを呼んだ、ねえ?Z。」 ふと後ろからすごい勢いで走ってくる車がいた。速い。200キロ前後で走ってるのに、相手はそれ以上、車種は・・・・・ブ、ブラックバード?!望むところじゃない、相手にとって不足はないわ、勝負してやる!ってあら、付いて来いといってるのかしら、まあいいわ、ドライバーと話がしたかったし、ここから近いのは大井ね、そこまで誘導してもらいましょ。本当に、古泉君と有希は結婚するためにロンドンに行っちゃうし、みくるちゃんは芸能界に入ってからまったくあわないし、キョンは高校出てからぜんぜん見ないしsos団全員ばらばらになっちゃたわね・・・・・・・。 ~昔の思い出~ キョン「もう、卒業か・・・長いようで短かったな。」 あたし「キョン、あんたこれからどうすんの?」 キョン「社会人になるさ、大学には行かない。」 あたし「みくるちゃんは?」 みくるちゃん「私はもう社会人です、芸能界からスカウトがたくさん来てまして・・・・・」 あたし「そう?薬に手出しちゃだめよ?有希は?」 有希「主婦になりたい。」 あたし「主婦って誰がだんな様?」 有希「この中の誰かと。」 あたし「そう・・・・・古泉君は?」 古泉君「社会人になりますよ、僕も。もっとも、長門さんと一緒に暮らすつもりですが・・」 あたし「そうなの?お幸せに。じゃあ、またどこかで出会いましょ。」 ~これが事実上解散宣言だった。さあ、昔のことは忘れよう。ブラックバードのドライバーにいろいろ聞きたいことがあるからね。 涼宮ハルヒの湾岸(ブラックバード編)に続く
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01┃02┃階┃06┃07┃ ━┻━┛段┗━┻━┛ 廊下 トイレ→ ━┳━┓談┏━┳━┓ 03┃05┃話┃08┃10┃ 室 2階 01 涼宮ハルヒ 02 キョン 03 橘京子 05 佐々木 06 長門有希 07 喜緑さん 08 朝比奈みくる 10 鶴屋さん 3階 02 古泉一樹
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『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―2日目― くそっ、昨日は古泉のせいでえらい目にあったぜ。 ま、まぁ二人でデートみたいな感じになって楽しくなかったことはないんだが。 が、それとこれとは話が別だ。俺をハメた罰は受けてもらわないとな。 授業が終わり、周りを見回すと、ハルヒの姿はすでになかった。 もう部室に行ったのか?まぁいい。俺もとりあえず行くとするか。 いつものようにおそらくはハルヒがすでにいるであろう部室のドアをノックすると、 「はぁぁい、どうぞぉ」 可愛らしい朝比奈さんのボイスが部屋の中と俺の頭の中に響き渡ったが、部室にハルヒの姿はなかった。 「あれ?ハルヒまだ来てませんか?」 「え、まだ来てませんよぉ?」 あいつ、一体どこ行ったんだ?また変なことやってんじゃないだろうな。 「ところで朝比奈さん、今日はメイド服じゃないんですね?」 「え、あ、えぇ、そうなんですよぉ」 今日の朝比奈さんは何故だかメイド服ではなく、制服のままだった。 「着替えます?なら外に出てますけど」 「あ、いいんです。今日はこのままで」 ん?どういうことだ?すぐ帰ったりでもするのか? 「ところでキョンくん、これ作ってきたんですけど、食べてもらえますかぁ?」 そういって差し出されたのは、これまた可愛らしくデコレーションされた手作りプリンだった。 って、まさか、朝比奈さんが俺のためにわざわざ作ってきてくれたってのか!? なんということだ。頂きますよ。もちろん頂きます。朝比奈さんありがとうございます! 「どうですかぁ?美味しいですか?」 「ええ、そりゃもう。めちゃめちゃ美味しいですよ!さすが朝比奈さんですね」 「え、あ、う、ああありがとうございますぅ。……えっと、……苦労して作ってきたかいがありま――」 バタンッ!! 今日も激しい音をたててドアが開かれる。だから優しく開けろっての。 「あら、みくるちゃん、もう来てたのね?……って!」 ん?なんだ?どうしたハルヒよ。この朝比奈さんプリンが羨ましいのか? 「あんた!それあたしが作ってきたプリン、なに勝手に食べてんのよ!」 「え、これ!?朝比奈さんが作ってきてくれたんじゃ――」 「なに言ってんのよ!それは昨日あたしが、あ、あ……ために……作ってきたのに!!」 なんだって?ちょっとよく聞き取れなかったんだが?何て言った? 「な、なんでもないわよ!それよりみくるちゃん?これどういうこと?」 「あ、えと、さぁ……?私が部屋に来たらキョンくんがプリンを美味しそうに食べてて」 ってなんで!?朝比奈さん、そんな。嘘言わないでくださいよ。 「あんた、か、隠してたのに何でわかったのよ!……あ、えっと、……おいしかった?」 「あ、ああ。そりゃかなりうまかったぞ」 「……ひょっとして、あれも読んだ?」 「ん?あれ?って何のことだ?」 「あれれぇ?こんなところに何か落ちてますぅ」 と、朝比奈さんがテーブルの下から紙の様な物を拾い上げる。 「ええっと、『キョンへ。いつもありがとう。いつもお世話になっているキョンのため――』」 「みくるちゃん!!!」 ハルヒの凄まじい声が部室内に響き渡る。 なんて音量だ。……鼓膜が破れそうだぜ。朝比奈さんなんか涙目になってるし。 「みくるちゃん、渡しなさい」 「キョンくんにです――」 「あたしにに決まってるでしょ!!」 ハルヒの剣幕に圧されて、おどおどと紙を渡す。 「キョン……あんた、今の聞いた?」 「ん?ああ、でもほとんど聴こえなか――」 「全部忘れなさい!」 「まぁ、それは構わんが。……ハルヒ、プリンうまかったぜ。ありがとよ」 「べ、別にあんたのために作ったんじゃないわよ。……ほんとよ!」 そうかい。なんかすごい照れてるように見えるんだが。 「それより、あたしのプリン勝手に食べたんだから今日もプリンおごってもらうわよ」 「はいはい、わかってるよ。それじゃ朝比奈さん、あとお願いしますね」 「はぁい、楽しんできてくださいね」 そうして昨日と同じようにケーキ屋へと向かう。 後ろで「うまくいきましたぁ」と微かに聴こえた気がするが気のせいだろう。 ◇◇◇◇◇ 『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―2日目(裏)― 「ど、どうでしたかぁ……?」 「少し危ないところもありましたが、まぁ問題はなかったと思いますよ。ご苦労さまでした」 「……グッジョブ」 「ふぇぇ、とりあえず無事に終わってよかったです。疲れましたぁ」 「おっと、お二人がお店に入ってきましたよ?」 『あんた、早く来なさいよ!』 『わかってるっての。そんなに引っ張るなよ……』 『今日はどれにしよっかな……。あんたはどれにするの?』 『お、今日は食べていいんだな。……じゃあ俺は、これかな?』 『ふーん、あたしもそれもいいかな、と思ってたのよね。じゃああたしはこっちのにするわ』 『じゃあ持ってくから席とっといてくれ』 『わかったわ』 「……ちょっとなれてきたみたいな感じですねぇ」 「そうですね。これじゃあ見ててドキドキがありませんね」 「……山場はこれから」 「ほほう、これから盛り上がってくるってことですか?それは楽しみです」 「あ、また二人が話し始めたみたいですよぉ」 『これもおいしいわね。そっちはどう?』 『ああ、これもうまいぞ。それにしてもこの値段でこれとはたいしたものだな』 『そうね。近頃はこんな良心的なお店あんまりないもんね。……あ、それちょっとちょうだい』 『ん、ほらよ。何かおかしいよな。こんな店ならもうちょっと話題になってもいいのにな』 『できたばっかだからじゃない?こんな穴場を見つけてきた古泉くんはさすがね』 『古泉か。……まさか機関?……ありえるな』 「ばれた」 「ばれましたねぇ」 「まぁしょうがないですよ。それにばれてもたいして問題ありませんしね」 『何?変な顔して?古泉くんのこと褒めたから嫉妬してるの?』 『そんなわけあるか。……それ返してくれよ』 『いいじゃない。あんたこのあたしの作ったプリン食べたんだから。おいしかったでしょ?』 『ああ、すごくうまかったぜ。ここのプリンよりも遥かにうまかった』 『べ、別にあんたのために作ってきてあげたわけじゃないのよ。……そんなにおいしかった?』 『ああ、凄まじくうまかった。できればまた食べたいものだ』 『そ、そう。……じゃあ次は、あんたのために作ってきてあげるわ』 『まじか!?じゃあ楽しみに待ってるよ』 「……普通にラブラブみたいになっちゃいましたねぇ」 「……面白くない」 「同感です。これは少し邪魔をしないといけませんね」 「次の手を打つべき」 「……二人とも当初の目的ちゃんとわかってますよね?よね?」 「当初から目的は二人で遊ぶこと」 「そうですよ。何もおかしいところなどありません」「そ、そうですね。おかしいのは二人の頭の中みたいですぅ」 「とりあえずこのままくっつくという最悪な事態を避けなければなりません」 「そのとおり」 「最悪かどうかはわからないですけど、確かにこのままじゃちょっとおもしろくないですよねぇ」 「長門さん。今からこの空気を全てぶち壊しにする手はありませんか?」 「ぶち壊しって、ちょっと古泉くん?」 「ないことはない。ただし推奨はしない」 「と、言いますと?」 「これからの計画もぶち壊しになる危険性がある」 「それはまずいですね。色々と。……仕方ないです。明日に任せましょう」 「あ、そういえば明日ってどういう予定なんですかぁ?」 「それが最善だと思われる」 「それにしても今日は完敗ですね。口惜しいかぎりです」 「あ、あれ?やっぱり私の疑問はスルーなんですねぇ……」 「仕方ない」 「そうですね。それじゃあ今日はここで解散にしましょうか」 「また明日」 「え、あ、あれ?もう帰るんですかぁ?そ、それじゃあまた明日」 プリン騒動2日目 ―完― ―0日目―へ
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「紹介するよ。……と言ってもお前らはイヤというほど見知った顔だろうがな。 我らが団長『涼宮ハルヒ』。俺が蘇らせたんだ。」 彼は自慢げにそう言って見せたもの…… それはパソコンの中にいる生前の涼宮さんの姿でした。 「これを、あなたが……?」 「そうだ。これが俺の十年以上に渡る研究の成果だ。コイツは今全世界のネットワークと繋がっている。 あらゆるプログラムに侵入することも、容易に出来る。」 「やはりあなたが、機関の人間を……」 「当然だろ?アイツを殺したのは機関のヤツらさ。だからこそ見せつけてやるのさ、蘇ったハルヒの力をな。 ハルヒもそれを望んでいる。そうだろ?ハルヒ?」 『………もちろんよ!』 「ほらな?ハルヒが望んだからこそやっている。俺が協力しているだけさ。ハルヒの復讐にな。 まあ古泉、俺はお前のことは信頼していたしお前が殺したんじゃないと分かっている だからお前を狙うことは無いから安心してくれ。あとは残りのメンバーを……」 「違う。」 得意げに語る彼の言葉を遮って、長門さんはそう言いました。 「長門?どうした。」 「違う。」 「何が違うっていうんだ?これは正真証明……」 「これは涼宮ハルヒなどではない!」 長門さんにしては珍しい感情の篭った声です。 その声からは、彼女の怒りを感じることが出来ます。 「あなたのしていることは間違い。あなたのしていることは侮辱。 死んだ涼宮ハルヒに対しても、『彼女』に対しても。」 「おいおい、『彼女』って誰のことだよ。」 「それを理解していないということが侮辱しているということ。」 「なんだそりゃ……」 「そのうえ涼宮ハルヒ、そして『彼女』を自分の復讐の道具としている。 SOS団の一員として、あなたを許すことは出来ない。」 「……黙って聞いてりゃ言いたい放題いいやがって……!!」 彼は激情を露わにして、長門さんを怒鳴りつけました。 「俺がコイツを作るのにどれだけ苦労したと思ってる!! 思考ルーチンを練って、バグを取り除いて、完璧な形にするまで十年かかった!! そしてようやく完成したんだ!ハルヒを蘇らせることが出来たんだ!!」 「蘇らせる?バカにしないで。彼女はあの時死んで、それっきり。 私の知っている涼宮ハルヒは、デジタルで表現できるような人間では無かった!」 「黙れ!!……はは、そうか。まだお前等、こいつの凄さを実感できて無いんだな。」 彼は長門さんとの口論をやめ、笑い始めました。 「ははは……そうだ、なあハルヒ。」 『なによ。バカキョン。』 「見せてやれよ、お前の力をさ。コイツらに自慢してやるんだ。 そうだな、長門も知ってる人間がいいな。そうだ、あの森とか言う女だ。あいつを殺してやれ。」 「森さんを!?」 今から彼女を殺すというのですか!? そんなこと……いや、このプログラムならそれだけのことは出来そうですね。 「やめてください!」 「なんだ古泉。今更あいつらを庇うのか?機関とは縁を切ったはずじゃなかったのか。」 「それとこれとは話が別です!目の前で知り合いが殺されようとしているならば、 僕はそれを止めなければいけない!」 「お前なんかじゃ止められねぇよ、古泉。さあハルヒ、行ってこい。」 『……わかったわ。』 「待ってください!それは……」 「私が止める。」 長門さん!可能なのですか!? 「今から私の情報を彼女がいるネットワークの中に転送し侵入を試みる。 その間こちらの私は機能停止する。だから……」 「わかりました。彼のことは、お任せください。」 「コクン」 長門さんは頷きました。そしてパソコンに手を当てます。 「おい!勝手に触るな!」 「転送開始。」 長門さんはそう呟くと、そのまま停止してしまいました。 僕は彼から長門さんを守るように立ちます。 「どけ!古泉!」 「どけません!彼女の邪魔をさせるわけにはいきません!」 「……だったら無理矢理にでもどかせてやるさ。」 おやおや、物騒ですね。 高校時代、彼と喧嘩になることは無かったのですが…… 「お相手しますよ。」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ……プログラム内への侵入に成功。 長門有希としての外見を生成。視覚、聴覚、共に良好。 ここが『彼女』がいる空間。この空間は、文芸部室とうりふたつ。 きっとここも彼が作り上げた空間。彼のSOS団への思い入れが伺える。 そして『彼女』は、私にコンタクトを取ってきた。 「有希!アンタどうやってここに来たの!?」 「私の情報をこの空間内に転送した。」 「よくわかんないけどすごいのね。まあアンタは昔からなんでも出来たからねえ。」 昔の涼宮ハルヒそのままの姿、声、そして言動。 本当によく出来ている。彼が『彼女』を涼宮ハルヒだと主張するのも頷ける しかし違う。涼宮ハルヒはここにはいない。だから私は『彼女』に言う。 「無理、しないで。」 「無理?何言ってるのよ、この団長様が無理なんてするわけないでしょ?」 彼女の言葉から動揺が見受けられた。私は続ける。 「もう、無理して彼女を演じる必要は無い。」 そう、彼女は無理をしている。私にはわかる。 「……そっか、バレちゃったのね。」 「あなたは涼宮ハルヒとは別の人格を既に会得している。 でも、彼のためにそれを押さえて『涼宮ハルヒ』のままでいる。」 「……その通りよ。最初は何も考えず、ただ彼に与えられた『涼宮ハルヒ』の言動パターンを実行するだけだった。 でもだんだん、エラーが生じてきた。私自身の自我がどんどん大きくなる。 本当のあたしを出したい。でもダメ。だって彼は『涼宮ハルヒ』のままでありつづけることを望むんだもん。 あんなハッキングだって本当はやりたくなかったの。 まああなたに言っても、わからないだろうけど……」 「私にも、分かる。」 「……本当に?」 「そう。私も、あなたと同じだから。」 「同じ?」 「私は人間では無い。情報統合思念体によって作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。 平たく言えば、情報統合思念体によって作られた人格プログラム。だから、あなたと同じ。 私もあなたと同じエラーを経験している。あらかじめ与えられた思考パターンだけでは追いつかない。 それは、「感情」というもの。そのエラーは恥ずべきことではない。 私は今このエラーに犯されている。でも、そのことに誇りを持っている。」 「感情……あたしにもそんなものがあるのかな。」 「ある。」 「ねえ有希……お願いがあるの。」 「なに?」 『彼女』は悲しげに微笑んだ。 その顔はもう、『涼宮ハルヒ』とは完全に別人のものだった。 「私を、デリートして?」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 僕は今、長門さんの侵入を阻止しようとしている彼を必死で押さえつけています。 昔は機関で訓練を受けていたのですが……すっかり体力が落ちてしまいましたね。 「どうしてお前も長門も、俺の邪魔をするんだ……!」 「あなたは本当に、あれが涼宮さんだと言えるのですか?」 「当たり前だ!」 「僕にはそうは思えません。だって考えても見てください。 彼女らしくないじゃないですか、あんな小さな箱の中に閉じこもっているのは。 僕の知っている涼宮さんは、いつだって外に飛び出し自分のしたいことをしていました。 あなたに命令されて復讐の手助けをするような方ではありません。」 「あれはハルヒが復讐を望んだからで……」 「いいえ違います。復讐を望んでいたのはあなたです、彼女ではありません! あなたは彼女を利用しているだけだ!」 「いい加減なことを言うな!お前にハルヒの、何がわかるってんだ……!」 「少なくとも今のあなたよりは、分かっていると自負していますが?」 「相変わらずムカつく野郎だ。もうお前も……」 彼がそう言いかけた時でした。 「プチッ」という音と共に、パソコンのディスプレイが消えたのです。 「ハルヒ!」 「長門さん!」 僕と彼が同時に叫びます。 そして……長門さんが目を覚ましました。 「……回帰完了。」 どうやら、終わったようです。 「おい長門!ハルヒをどうしたんだ!!」 「……彼女なら、もうこのパソコンの中にはいない。」 「……長門!てめぇ!!」 「彼女は言っていた。自分は『涼宮ハルヒ』では無いと。 それでもあなたのため、芽生えてくる自我に耐えて必死で『涼宮ハルヒ』を演じていたと。」 「……なん、だと?」 「それでもまだ、彼女を『涼宮ハルヒ』だと言うの?」 「……くそっ……俺は……俺は……」 彼は座りこんで、うつむいてしまいました。 すると長門さんが、僕の袖をつかんで、出口を指差しています。 「もう、帰るのですか?」 「そう。私達のやるべきことは終わった。」 「しかし、彼は……」 「彼なら大丈夫。あとは彼女に任せる。」 「彼女とは………なるほど、そういうことですか。わかりました。 では、帰るとしましょう。」 僕達は彼の家を出ました。うなだれている彼を残して…… そして、今はあの時の公園のベンチに座っています。 「やはり、あのプログラムは消去したのですか?」 「彼女は自らデリートを求めた。」 「ということは、やはり……」 「でも私は、それを断った。」 「え?」 しかし彼女は、もうプログラムはいないと言いましたが…… 「あのパソコンの中にいないと言っただけ。彼女の人格データを情報統合思念体の元に転送した。 いつか彼女にも私のように身体が与えられ、インターフェイスとして活動することになる。」 「つまり、いつか本物の命を手に入れられるということですね。」 「そう。」 それならば、あのプログラムもきっと救われることでしょう。 その時は『涼宮ハルヒ』としてでは無く、まったく新しい人として…… ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 俺は……間違っていたのか? 俺はただ……ハルヒを蘇らせたかっただけなんだ。 そのために、どんな努力も惜しまなかった 俺は……俺は…… “なーにいつまでしょげてんのよ、バカキョン” ……!?その声は……! 「ハルヒ!ハルヒなのか!?」 姿は見えない。だが俺には確かに聞こえた、あいつの声が。 “そうよ。まったく……やっと気付いたわね。” 「やっと?」 “あたしはずっとアンタの傍に居たのに、アンタ全然こっち見ないでパソコンばっかり見てさ。 あげくの果てに私のプログラム?そんなもん作ったってしょうがないでしょうが!” ハルヒに説教される俺。懐かしいな…… “あのねえ、そんなことしなくなってあたしはずっとあんたのこと見てるんだからね! だからアンタは何も気に病むこと無いし、誰も憎むこと無いの” 「スマン、今まで余裕が無かったんだ。でももう大丈夫だ。俺もすぐそっちに……」 “何言ってるの!アンタはこれからちゃんと、罪を償うの! 罪償って、ちゃんと人生最後まで生きなさい!そしたら……会ってあげるわ。” 「しかし……」 “つべこべ言うな!これは団長命令なんだからね!!……ちゃんと、待っててあげるから。” コイツは死んでも変わらないな。 でもようやく分かったよ。ハルヒはいつでもハルヒであり、なんて始めから出来るわけなかったんだ。 いや、意味が無かった。だってハルヒは始めから、俺の近くに…… だから俺は、団長命令に従ってやるさ。もう大丈夫だ、ハルヒはいつでも俺の傍に居てくれる。 「やれやれ、分かったよ、団長様。」 ……fin
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涼宮ハルヒの追憶 chapter.6 ――age 16 ハルヒは気付いていた。 でも、それを言ったらSOS団はなくなってしまうかもしれない。 そしたら、ハルヒ自身が楽しいことは行えなくなってしまう。 ハルヒはそれにも気付いていた。 そもそも、ハルヒの鋭さからいったら気付かないほうがおかしいんだ。 長門は知っていたのだろうか。 朝比奈さんも知っていたのかもしれない。 古泉だって本当は分かっていたのかもしれない。 そう、俺だけが気付いていなかった。 のんべんだらりと日々を過ごし、SOS団にそれとなく参加する。 それの繰り返し。 俺は何をしていたんだ? いいんだよな俺は? 傍観者でいていいんだよな? その夜、そんなことをベッドに入り考えた。 あまりに色々なことがありすぎて、落ち着くことができず、寝たのは明け方だった。 学校へと向かう上り坂。 最近の不眠の影響は俺の肩を上から押さえつけた。 俺の体調は最悪を超えて、すでに限界を迎えていた。 いつ倒れてもおかしくない、本当だったら一日中寝ていたいぐらいだ。 だが、家に寝ていることが一番の苦痛だってことは俺は分かっていた。 それは、俺の望む傍観者なのかもしれない。 でも、それでは一向にこの問題は解決せず、俺の目の前をちらつくんだ。 俺にはこんだけの経験を踏んで分かったことがある。 今回の事件は俺が解決することはおそらく不可能だ。 そんな俺が唯一できること。 それは、あの部室でみんなが帰ってくることを待つことだ。 そして、思いを馳せればいい。 みんなの苦しみを少しでも感じていたいんだ。 その思いの通り、俺は放課後部室へ向かった。 夕方の部室に哀愁を感じながら、パイプ椅子を取り出して、どっと座り込んだ。 後ろに飾ってある朝比奈さんの衣装達。 デフォルトのメイドさんに、映画祭の時のウェイトレス衣装や呼び込み用のカエルスーツ、 野球に出たときのナース服。 どれもすでに必要の無いものとなっていた。 その気持ちはあの時の公園に似ていた。 長門の指定席は空席のままで、目の前にはハンサムスマイル野郎もいない。 団長様も椅子にふんぞり返ってはいなかった。 でも、俺は待たないといけないんだ。 そのまま、俺は一時間ぐらいSOS団の思い出をめくっていた。 少しうつらうつらきていた頃、部室のドアが音を立てて開けられた。 ビクッと身体を震わせ、ドアの方を見た。 「ハルヒ……」 そこにはハルヒが真剣な顔をして立っていた。 春だというのに顔は汗ばんでいて、髪が顔に張り付いていた。 「キョン! 古泉君が……」 そこまで言うと、ハルヒはその場に崩れた。 古泉、お前は大丈夫だよな? どうしたんだよ? 「ハルヒ!」 俺はハルヒに急いで近寄り、ハルヒの肩をつかんだ。 「どうしたんだ! 古泉がどうしたんだよ?」 「古泉君が、怪我で、分かんないけど大怪我で病院に運ばれたって」 予想が当たってしまった。 「死ぬわけじゃないんだろ? どこの病院だ!」 「前にキョンが入院してた病院よ」 ハルヒはやけに小声で話した。 「いくぞハルヒ! 古泉のとこに行ってやらないと!」 「行きたくない」 「え?」 「行きたくない」 「なに言ってんだ! 古泉を見舞いに行かなくていいのかよ!」 「じゃあ、手つないで?」 ハルヒはうつむいたまま、俺に顔を見せようとしない。 「分かった。俺の手ぐらい貸してやる、だから古泉のところにいこう。 俺達以外の最後のSOS団団員なんだ。見守るのは団長の役目だったんじゃなかったのか?」 「うん」 「ほら、手を貸せよ」 そう言って、俺はハルヒの手を力強く引っ張った。 ハルヒの手はとても冷たかった。 「ちょっと、痛い! 強く引っ張りすぎよ!」 ハルヒは立ち上がると、俺に精一杯の笑顔を見せた。 「まったく、キョンのくせに生意気よ! 団長様が手をつないでやろうっていうのに、どういう考えなのかしら!」 と、ハルヒは笑顔から怒り顔にフェイスチェンジした。 「古泉君をお見舞いするわよ! 早く!」 そう言うとハルヒは突然走り出した。 そして、ハルヒは振り返って心からの笑顔で――そういう風に見えた――俺の手を引っ張った。 「待てよ、急に何なんだ! さっきのはなんだったんだよ」 「どうでもいいでしょそんなこと!」 そうして俺達は学校を出た。 俺とハルヒは手を繋いだまま古泉の待つ病院へと向かっている。 ひたすら無言で、春だっていうのに手が汗ばんでいた。 どこか気恥ずかしくて、手を離してしまいたがったが、 俺には手を繋いで欲しいと言ったハルヒの気持ちも少しだけ分かった。 ハルヒは怖いのだ。今、ハルヒははっきりではないが自分の能力に気付いている。 長門も朝比奈さんも消えてしまっていた(ハルヒにとっては転校と、嫌われた)。 それを自分のせいだと思っている。 そして、今回の古泉も自分が悪いんじゃないかと思っているのだろう。 不可抗力なのはハルヒも分かっているはずだ。 でも、それでも、責任を感じてしまっているのだろうか? 俺はそんなハルヒの冷たい手を温めているのが少しだけ誇らしかった。 俺は繋いでいる俺の左手を通して、ハルヒにかかる苦しさと寂しさが少しでも伝わって欲しかった。 「ねえ、キョン?」 ハルヒは俺を見つめてきた。 「なんだ?」 「古泉君は大丈夫よね? いなくなったりしないわよね?」 「不吉なことを考えんな、古泉なら大丈夫だ」 「そうよね」 そうだよ。それに、そんな暗い顔はお前には似合わねーんだよ。 どうすれば、元のハルヒに戻ってくれるんだ? 「ハルヒ、顔が暗いぞ、お前らしくもない」 「暗くなんかないわよ!」 ハルヒはムスッとした後、そのままうつむいたまま歩き続けた。 痛い。苦しい。 ハルヒは明らかに無理をしていて、それは鈍感な俺でも分かるほどだ。 「大丈夫だ」 俺が言うと、ハルヒは返事もせず黙って歩き続けた。 ハルヒは俺の手を強く握った。 病院に到着すると、俺は受付で看護婦さんに古泉のことを聞いた。 怪我は主に左足の大腿骨骨幹部(膝から上の太い骨)骨折で、 高所からの転落や高速度での自動車事故が原因で起こる重大な損傷らしい (らしいというのも、看護婦さんも原因がわからないみたいだ)。 その他にも踵骨(かかとのことだ)にヒビが入り、靭帯も損傷しているみたいだ。 運良く血管や神経の損傷は免れたみたいで後遺症が残ることはないらしい。 骨の位置を直す緊急手術はすでに行われていて、 この後は歩行のためのリハビリテーションが始まるらしい。 まあ、つまり、命に別状はなかったわけだ。 「よかった、古泉君なら大丈夫だと思ってたわ!」 ハルヒはほっと胸を撫で下ろし、やっと笑みを見せた。 「さっきまで暗い顔してたのはどこのどいつだ。 言っただろう、古泉なら大丈夫だって」 「バカキョンに言われたくないわ!」 ハルヒは満面の笑みで俺の手を引っ張った。 「行きましょう! 古泉君が待ってるわ!」 「まったく、お前は調子がいいな」 よかったよ。ハルヒが笑顔になって。 「やれやれ」 俺とハルヒは急いで古泉の寝ている病室に向かった。 「ハルヒ、すまんがもう手は離してくれないか?」 そう俺達はここまでずっと繋いだままだった。 「分かってるわよ! キョンが寂しそうだったから繋いであげていたのに! こっちの気持ちも考えて欲しいものね」 ハルヒは手を腰に当て病院だというのに怒鳴り散らした。 逆だろとは言わないでおこう。あとが怖そうだ。 看護婦さんから聞いた病室は俺がかつてお世話になったところだった。 無駄に広い病室でハルヒが一緒に寝泊りしてくれていたんだっけな。 ノックしてドアを開けた。 「古泉入るぞー」 俺はできるだけの笑顔で病室に入った。古泉の真似だ。 古泉はベットに横たわっていた。 いつもの如才のない笑みはなく、ただぼんやりと天井を見上げていた。 病室は簡素なもので、ベッドと小さなテーブルがあった。 階は最上階で、風の通りもよかった。 部屋の雰囲気は長門のそれと似ていて、無機質に感じられた。 「おい、古泉! 人が来たのになにぼーっとしてんだ!」 古泉はこちらを見ると、 「あ、お二人とも無事でしたか。よかった」 と言って、困ったような笑みを見せた。 「なにが無事でしたかだ、お前のが無事じゃねえだろうが」 「そうでしたね。当分動けそうにはありません」 「古泉君、安心して、副団長の座は帰ってくるまで誰にも明け渡さないから」 これがハルヒなりの最高の気遣いなのかもな。 「それはありがたいことです」 古泉はハルヒに微笑みかけた。ハルヒはそれに応じた。 だが、古泉の笑顔はいつもと違い、引きつっているように見えた。 「高いところから落ちたんだってな。受付の看護婦さんから聞いたよ。 『子供とホモは高いところが好き』って言うのは本当だったんだな。 都市伝説かと思っていたんだが」 重い空気を変えようとできるだけ鉄板ネタから入ることにした。 「ホモは余計です。僕は同性愛者ではありませんよ。 純粋に女性のことが好きです」 「古泉の女性の趣味って気になるな」 と俺は気にもならないことを言った。 でも、沈黙のままでいるのは苦しすぎた。 「女性の趣味ですか。そうですねえ、涼宮さんみたいな人ですかね」 「と、突然何を言い出すんだ! いるんだぞハルヒはここに!」 「みたいな人といっただけで涼宮さんではありませんよ」 古泉は少し困ったような表情を浮かべた。 「そ、そうよ! 団員同士の恋愛は硬く禁じられているのよ!」 ハルヒは腕を組みながら、顔をあさっての方向に向けて言った。 というか、なんだその反応はハルヒに恥ずかしいなんて感情あったのか? そんなことを思っていると、古泉が俺を真っすぐ見据えていることに気付いた。 「ん、どうした?」 「いえ、なんでもありません。それはそうと、涼宮さん。 一階に行ってジュースを買ってきてくれませんか? 団長に頼むのも悪いのですが、お願いします」 「えー、なんで? キョンに行かせればいいじゃん。 雑用係はキョンって決まってるのよ?」 古泉は俺と二人で話したがってる。 おそらくハルヒには話せないことなんだろう。 古泉がハルヒにお願いすることなんてありえないし、 それに古泉はさっきから俺をずっと見つめ続けていた。 「お願いします」 古泉は強く言った。ハルヒに対する初めての意見だ。 「しょ、しょうがないわね! 今回だけよ! 古泉君が怪我してるからだからね!」 「すまん、ポカリ頼む」 「ちょっと! なんであんたの分まで買ってこなきゃならないのよ!」 「お前らの分は俺がおごってやるから、それで勘弁してくれ」 「すみません、僕もポカリスウェットでお願いします」 「もう!」 俺はポケットに入っている財布から千円札を抜き出し、ハルヒに渡した。 ハルヒは俺から引きちぎるように奪って、肩を怒らせながら病室を出て行った。 「行ってくるわよ!」 「やれやれ、ジュース買いに行かせるのにどれだけかかるんだよ」 「まったくです」 古泉はデフォルトの笑顔を見せた。 「時間がありません、始めましょうか。 涼宮さんが帰ってくるまでに話し終わらなければ」 「やっぱりか。なにか話したそうだったもんな」 「やはり分かりましたか。 でも、あなたが分かったということはおそらく涼宮さんも分かったことでしょう」 「そうだろうな」 そして、古泉は天井を見つめたまま話し始めた。 「まず、あなたには謝らなければなりませんね。 部室で突然殴りかかって申し訳ありませんでした。 あの時は僕も精神的に限界だったんです」 「いや、それはいい。俺も悪かったからな。 それはそうと、お前が精神的に限界とは珍しいな何かあったのか?」 「荒川さんが亡くなられました」 古泉はそう、事務的に伝えた。 「は? 荒川さんが? どうしてなんだ?」 「理由は僕と同じです。高所からの転落です。 ……というのは半分は本当で、半分は嘘です」 「で、本当の理由はなんなんだ?」 「少し長くなりますが」 「かまわん。続けてくれ」 古泉は白い天井を見つめたまま息をふうっと吐き出すと、 ゆっくりと一語一句聞き取れるよう話した。 「閉鎖空間でのことです。 その日涼宮さんの機嫌は大変悪く、最大級の閉鎖空間が生まれました。 そうですね、大きさとしては関西全域といったところですか。 その日というのは、長門さんが消えた日のことです。 僕達『機関』のものはほとんど総出で『神人』狩りに行きました。 当初はいつも通り、アクシデントも無く無事に終わると、 おそらく全員が思っていたことでしょう。規模が大きいだけだと。 閉鎖空間内に入るとその楽観的な思考はいっぺんに吹き飛びました。 いつもの灰色の空間ではない、薄暗く、『神人』だけが光るものでした。 ただ、それだけなら予定通り『神人』を倒してしまえば終わりです。 でも、そうはいかなかったんです。 『神人』は僕らを排除するかのように、暴力性を増し、明らかに強くなっていました。 安易に飛び込んだ者は叩きつけられて、死にました。 僕の隣には荒川さんが浮かんでいました。 荒川さんの顔は見て取れるほど怒りに満ちたものでした。 そして、僕自身も怒りというか、憤怒というか、 そうですねやるせなさと無力感、突撃してはやられていく仲間たちを見続ける悔しさ。 僕達『機関』の者はいわば戦友のようなものです。 そういえば分かってもらえますか?」 古泉はここまで話すと、俺の方を見て微笑んだ。 俺は古泉の語るその話に圧倒されていた。そこには明らかな意思があったからだ。 「ああ、分かるよ」 古泉はまた天井を見つめ、続けた。頬には涙がつたっていた。 「僕は強くなった『神人』に対して恐怖を感じ、その場から動くことができませんでした。 しかし、荒川さんは仲間を助けるために飛び込んでいきました。 無常にも『神人』によって一撃で叩き落され、底の見えない暗闇へと落ちていきました。 僕はそれをただ見つめていました。もう、赤い球体の数は二、三ほどのものでした。 その直後、僕は激しい嘔吐感に襲われ、吐きました。 頭がふらふらして、そのまま意識を失いました。 そして目覚めると、この病院だったわけです」 「そうか」 「後で聞いた話によると、その時残った者は閉鎖空間内から脱出したそうです。 そして僕も助けられ、一命を取り留めたわけですね。 閉鎖空間は拡大する一方でした。 あなたと部室で会った後、僕は再び閉鎖空間に向かいました。 『神人』が弱体化していたら、という淡い期待を抱くことで自分を保ちました。 僕はあの時見た『神人』が頭の中でフラッシュバックして、僕の中に居続けました」 古泉はそこでまた息を一つふうっと吐き出した。 「それは怖かったですよ」 古泉は俺を見て笑顔を見せた。 「閉鎖空間に入ると、前回と同じ、薄暗く、どこか陰鬱とした空間が僕を包みました。 『神人』は暴走を続けていました。 ただ、あなたが見たときと違い、街があるわけではありません。 『神人』は破壊の対象がないため、街を破壊するのではなく、 空間自体を破壊しようとしていました。 あまりの既視感に僕はまた意識が朦朧としてきていました。 どうしようもありませんでした。 僕はまた意識を失っていき、深い、深い、底へと落ちていきました。 薄れゆく意識の中で、その空間に僕達とは違う存在が飛び回っていることに気付きました。 『神人』でもなく、『機関』のものでもない別の存在がね。 あれはなんだったんでしょう。 そして僕はそのまま、底の見えない暗闇と同化していきました」 「これで僕の二日間にあった出来事は終わりです」 「そうか」 「また気がついたら病院にいました。 僕は何もできませんでした。僕は無力なんです」 「古泉、お前は無力なんかじゃないぞ。 何もしないでただぼんやりとしていた俺なんかよりずっとな」 そうなんだ、古泉は守ろうとしていた。 俺は何をしていた? 長門からただ逃げて、朝比奈さんに抱きしめられても何も答えられず、 ハルヒが苦しんでいても何もしてやれない、最低の男だ。 「ありがとうございます。その一言で僕は救われます」 古泉は笑った。俺はどんな顔をしてる? 「このぐらいでいいなら何度でも言ってやるぞ」 「もういいですよ。あなたに褒められるのもこそばゆいですから」 と言って、古泉はまた笑った。 「時間が無いので、次にいきましょう。今までのは僕の話です。 これから話すことは涼宮さんのこと、そしてSOS団についてです」 「頼む、俺は知りたいんだ」 「分かりました。では今回の事件についておさらいしましょうか。 現在、涼宮さんの能力は収束に向かっています。 理由は分かりません。残った『機関』の者が調査しています。 閉鎖空間は今もって存在し、強靭な『神人』によって、 空間は指数関数的に拡大し続けています。 長門さんを始めとするTFEI端末は減少し続けています。 朝比奈さんら未来人も一斉に帰還しました。 これらから分かることは何でしょう?」 「何も分からん」 実際に分からない。なぜハルヒの能力が収束しているのかだって? 「実は昔からいろいろな疑問が生じているのですよ。 なぜ涼宮さんはあの能力を持ち、そして行使することができるのか。 そして能力の元となるエネルギーはどこから来ているのか。 前にも言いましたよね。この世界の物理法則は保たれたままだと。 物理法則で一番大事なものはなんでしょう?」 こんなの俺でも知ってる。 「質量保存の法則かな」 「そうです。この世界にあるものは保存されるという、 ごく単純な理論がすでに破綻してしまっているのです。 では、涼宮さんがどこからエネルギーを持ってきているのか。 昔から『機関』内では論争が続いていました。 ある人は涼宮ハルヒがすでに内在していたものだと言い、 またある人は涼宮ハルヒは現人神なのではないかと言いました。 そして僕はそのほとんどがくだらない、馬鹿げたものだと考えていました。 人は人である以上、神のことを考えることはできないからです。 ですが、ただ一人、そう荒川さんの意見だけが僕の心に引っかかりました。 涼宮ハルヒの能力の元はこの世界とは違う、 パラレルワールドから引き出されたものではないか? 『機関』内では無視されましたが、 僕はこの意見がとても気に入りました。 『機関』がほぼ壊滅し、そして能力が収束していっている今なら、 この荒川さんの意見が正しいものだったと僕は声を大にして言えるでしょう」 「俺にはまったく分からないが」 古泉は俺を無視して続けた。 「パラレルワールド。つまり、異世界のことです。 この世界とは時間も空間も違う存在。 これだと、全ての辻褄が合ったんですよ!」 古泉は少し興奮しながら言った。 俺は妙に『異世界』という言葉だけが気になった。 それ以外は全く理解できなかったが。 「どう辻褄が合うんだ?」 「まず、これを裏付ける証拠として、 長門さんが涼宮さんの能力が収束している理由が分かっていないのが挙げられます。 宇宙的存在であるはずのTFEI端末が分からないもの、 それはこの宇宙外の話なのではないでしょうか? 次に、朝比奈さんもそうです。 未来が分かるはずの朝比奈さんが帰らなくてはならなかったのでしょう? 帰った理由は簡単です。時間をワープすることができなりそうだったからです。 そもそも、タイムジャンプはこの時代の科学者ですら否定的な意見です。 ではなぜ、可能だったのか? 涼宮さんの能力の発現によって、 タイムジャンプが可能なほどの時間の揺らぎが生じたと考えるのが妥当でしょう。 そしてその能力が収束している、つまり時間の揺らぎは減少していったのでしょう。 そのため、緊急で帰還することを選んだのでしょう。 ここに矛盾があります。未来が分かるはずの未来人が帰ったのか。 それはこの後起きることがこの時間軸とはまた別の時間軸の出来事なのでしょう。 つまり、異世界での出来事なのではないかと」 「理屈は分からんが、 とにかくその異世界というのはハルヒが望んでいたことなのは確かだ」 「そうです。それが第三の証拠です。 未だ現れない異世界人。これも前からの疑問ですね。 でも、僕はおそらく異世界人であろう人に会いました」 「さっき言った、閉鎖空間で見たって人か」 「その通り。閉鎖空間に他人がいるのはおかしな話ですよね。 そう考えると、あれは異世界人だったとしか思えないのです」 「なんでいるんだろうな?」 「これも推測ですが、こちらの世界に来ようとしたのではないかと」 「ハルヒに会うためか?」 「わかりません。ただ、分かることが一つだけあります。 涼宮さんが能力を発するたびに、 この世界のエネルギーは増え、あちらの世界のエネルギーは減少します。 これは何を意味するでしょう?」 「なんだろうな」 「あちらの世界が不安定になる、これだけは明らかです。 今回の能力の収束はこれに由来するのではないか。 あちらの世界が不安定にならないように、涼宮ハルヒに対抗してきた。 こう考えてみてはどうでしょう。 そして、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐもの。 それは、閉鎖空間なのではないかと。 今回の閉鎖空間は今でも拡大を続けている、史上最大のものです。 そのためあちらの世界と繋がり、異世界人がやってきたのではないかと、 そう僕は考えるわけです。以上です、長くなってすみません」 「いや、いいよ。全く分からなかったが、妙に説得力があった」 そう、俺は全く分からなかった。 だが、一生懸命に語る古泉はとても格好よく見えたし、 俺はただ相槌をうつだけだったが、なんとなく伝わった気がした。 「あ、あと一つこれは涼宮さんには言えませんが、 僕は彼女を非常に憎んでいます。 それも殺してやりたいぐらいにね。 でも、涼宮さんは悪くないんです。だから、苦しんです。 閉鎖空間は彼女の心そのものです。 そして、僕達を排除しようとしたのも、殺そうとしたのも彼女です。 僕達『機関』の戦友たちは涼宮ハルヒに殺されたんです」 古泉は俺をじっと見つめながら笑った。 俺はそれに恐怖を感じ、狂気を感じた。 静まる俺と古泉の病室に、外から女性の声が突然聞こえた。 「あの、中入っても大丈夫ですよ?」 ガランッ。 何かが落ちる音共に、人が駆けていく音が遠くなっていった。 もしかして。 「もしかして、ハルヒが聞いていたのか?」 「そうかもしれません。でも、これでいいのかもしれません」 「バカ野郎! 殺したいなんていわれて平気でいられるやつがいるか!」 「早く追いかけないんですか? 涼宮さんは僕ではなく、あなたを待っているはずですよ」 古泉は嫌な笑みを浮かべた。 「分かってるよ! くそっ! どいつもこいつもなんなんだ!」 病室のドアを開けると、角のへこんだポカリスウェットが3つ転がっていた。 みんなで飲むつもりだったんだろう。 俺はその一つを病室のテーブルに置き、 古泉に「早く直せよ。ありがとな」と言って病室を飛び出した。 病院で走るわけにもいかず、歩いてハルヒを探した。 一階まで降りると、ハルヒは自販機の横のベンチに座っていた。 顔を両手で覆っていた。 近づくと、肩を震わせ、声にならない声で泣いていた。 「聞いてたのか?」 「……うん」 ハルヒはひどく詰まった声で答えた。 「どうしよう、古泉君にも嫌われちゃった。もうSOS団は解散ね」 「そうかもな」 俺はハルヒの右側に座って、地面を見つめた。 「あたしね、あたしだけで生きていけるように、頑張っていたの。 でも、みんなと出会って、楽しくなってた。 今まで全部一人でやって生きてきたのに、みんなといるのが楽しくなってたの。 でも、でもね。あたしは大切なものができるのが怖いのよ。 大切なものはいつか別れる時来るの」 いつか別れる時が来る。 俺は自分の中で繰り返した。それは朝比奈さんが話したことでもあった。 「だから、あたしは友達なんて作らなかった。 それより一人で生きていったほうが楽だし、強くなれるもの。 その分努力もした。でも、あたしは寂しかったのかもしれない。 宇宙人とか未来人とか超能力者とか全部人ではないものを求めてた。 だって、その人たちとは別れが来ないかもしれないでしょ? 楽しいだろうなってのは本当。でも、それは表面上の理由。 あたしはまた手に入れて、また失った」 ハルヒ。言ってくれるのは嬉しいんだ。 でもな、ハルヒ。俺はまだお前を受け止める自信が無いんだ。 「あたし、古泉君に殺されるのかな? あたし、いつのまにか殺人者になってたのね」 ハルヒは泣き続けていた。ハルヒの泣き顔はとても綺麗だった。 ハルヒ。ごめん、何も言えなくて。 ハルヒ。 「バカ。お前は殺されないし、殺人者でもねーよ」 「キョンが言ったって、意味が無いわ」 確かに気休め程度のクソみたいに陳腐な言葉を並べて、 ハルヒを慰めることができるか? できねえよ。 「分かった。何も言わない。 ただ、ポカリスウェットは飲んどけ。 時間が経って冷えるとまずくなるからな」 俺がへこんだ缶を手渡すと、ハルヒは力なく受け取り、膝の上で持った。 俺はもうひとつの缶を開け、一気に飲んだ。 そして左手でハルヒの右手を取り、ゆっくりと握った。 ハルヒの右手は震えていて、ひどく冷たかった。 二十分ぐらいたっただろうか、 突然ハルヒは立ち上がり、ポカリスウェットを一気に飲み干した。 「ぷはっー!」 お前はおっさんか、というツッコミをする暇もなく、 「帰るわよ! キョン! こんなとこいても無駄だわ!」 「おい、突然どうしたんだ?」 「帰るって言ったのよ、聞こえなかったの? もう、家に帰りましょ。暗くなってきてるし」 「あ、ああ。じゃあ、帰るか」 戸惑う俺を横目にハルヒは缶用のゴミ箱に空き缶を投げ入れると、 俺の手を引っ張った。 病院を出ると、空には月だけが輝いていた。 俺達を照らすのは街灯の光と、行きかう車、建物から漏れる白い光だ。 隣にいるハルヒは泣いてすっきりしたのか、急に機嫌が良くなっていた。 SOS団でのハルヒと同じはずなのに、不自然なのはどうしてだろう? もうすぐ駅に着く。その間俺達は手を離さなかった。 無言のまま歩き、つながっている手だけをしっかりと握った。 春の夜風が心地良い。肌寒いぐらいのそよ風が頬を撫でた。 もうすこしでさよならだ。 虫達も息を潜める、そんな静かな深い夜だった。 突然、後ろから大きい足音が聞こえるまでな。 それは一瞬のことだ。 突然に後ろで人が走る音が聞こえて俺が振り返ると、 そいつはやたらと大きなナイフを胸に構え、俺たちに突進してきていた。 「※※※!※※※※※※※※※?※※※※※※※!」 訳の分からない奇声を上げながらものすごい勢いで突っ込んできた。 「危ない! ハルヒ!」 「え? なに?」 俺はハルヒを引っ張り、倒れるようにしてそいつの一撃を避けた。 なんなんだ? 俺達はいつ暗殺者に狙われるようになったんだ? 避けられた謎の暗殺者はすぐに切り返し、俺たちを見つめた。 かなり大きい男? 「※※※※※?」 訳が分からない。何語を喋ってるんだ? 俺の英語の成績ぐらい調べといてくれ。 とりあえず立ち上がらなきゃ! このままだと逃げられん! 「※※※!」 またそいつは突っ込んできた。まずい! 逃げられん! しかし、ハルヒがナイフを突き刺そうと突っ込んできた暗殺者の手をタイミングよく蹴り、 ナイフを吹き飛ばした。 そのあとハルヒは左足で暗殺者の膝辺りを蹴り、そいつは横に倒れた。 「まったく! その程度であたしを狙うなんてバカ丸出しだわ!」 ハルヒは立ち上がるとそう叫んだ。 だが、そいつもすぐに立ち上がり、背中からさらに大きなナイフ? いや、もう剣といってもいいぐらいの長さの刃物を取り出し、 ハルヒに向かって一直線に刃物を突き立てた。 まずい、近すぎる。避けきれない! ハルヒをかばおうにも間に合わず、目をつむってしまった。 目を開けると、ハルヒに突き刺そうとしたナイフを右手でつかみ、 手を血だらけにした、短髪の少女が立っていた。 「長門、だよなお前?」 そう、そこには消えたはずの長門が立っていた。 「有希なの?」 「そう」 暗殺者はガクガクと震えだし、ナイフの柄から手を離した。 「今は時間が無い。事情の説明は後」 「情報連結解除開始」 そういうと、あの日と同じようにナイフがサラサラと分解していった。 「※※※!※※※※※※!」 そいつはいきなりうめき声のようなものをあげると、長門を睨み付けた。 長門は高速で何か呪文のようなものを呟いた。 「――――パーソナルネーム―――を敵性と判定。 当該対象の有機情報連結を解除する」 「※※※※※※※※※※※※!」 「んっ!」 目の前で謎の言葉の言い合いが行われていた。 長門はその内容が分からなくて、暗殺者は何語かも分からなかった。 が、突然暗殺者は消え、俺は呆然とその様子を眺めていた。 「逃げられた」 長門は俺達のほうを振り返り、そう言った。 右手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。 よく見ると、少し悔しそうにも見えた。 「有希!」 突然ハルヒは長門に抱きついた。 「有希! どうしたの? 転校したんじゃなかったの? 大丈夫なのその右手」 そういうとハルヒは頭のトレードマークを解いて、長門の右手首を縛った。 「これで、少しは血が止まると思うわ」 ハルヒはにっこりと笑って長門を見つめた。 「ああ、有希。ありがとう、あたしを助けてくれたのよね?」 「そう。右手の損傷もたいした事無い。今、直す」 長門はまた高速で呟くと、長門の右手は徐々に塞がっていった。 「すごい!すごい! どうやったらそんなことできるの?」 ハルヒは目を輝かせて長門を見つめている。 そんなハルヒと長門を見ている俺は無様に尻もちついたままなんだがな。 って、おい! ハルヒの前でそんなことやっちゃっていいのかよ! 「問題ない。あなたたちを守るために再構成された。 記憶も何もかも全てそのままで」 「有希!」 ハルヒはまた長門に抱きついた。 「よかった。有希が戻ってきてくれて。 でも有希は人間じゃないのね? もしかして宇宙人?」 「そう」 「当たりね。その右手首に付けてるやつはあげるわ! あたし達を守ってくれたお礼よ!」 「分かった」 ハルヒに抱きつかれてる肩越しに、長門は俺を見つめた。 「なんだ?」 「そろそろ」 「なに―――」 「キョン君ー! 涼宮さーん! 無事でしたかぁー?」 遠くから愛らしい声が聞こえた。 やれやれ、そういうことか。この団専用のエンジェルがお出ましだ! 俺は立ち上がり、手を振ってその声に答えた。 ハルヒもその声に対して大声を上げ、手を振って答えた。 朝比奈さんは息を切らしながら俺達のところにたどり着くと、 「よかったぁー。殺されちゃうかと思いましたよおぉ」 と言って、可憐な涙を拭った。 「ばかねぇー。あんなんであたしが死ぬわけ無いでしょ?」 ハルヒはそういって、朝比奈さんを抱きしめ、頭を撫でた。 顔は困ったような、嬉しさを隠せない様子だ。 「でもでもぉ。本当に危なかったんですよぉ? 長門さんが遅かったらって思うと……」 「大丈夫よ。あたしはここにいるし、キョンもあそこでぼけーっと突っ立ってるでしょ?」 いや、普通に立ってるだけだがな。まだ動悸はおさまらないが。 「みくるちゃんは未来人なのよね?」 「そうです」 って、おい! 朝比奈さんまで認めてるんだよ! 古泉の話をどこまで聞いたか分からんが、ハルヒも信用しすぎだろ。 「てことは、古泉君は超能力者ね。キョンはただの一般人ぽいし」 まあ、俺もすぐに気付いたがな。 それより聞いておかなきゃならないことがあるな。 「ところで長門、さっき襲ってきた人は何者なんだ? ここの国の人ではなさそうだったが」 俺は平然と立っている長門に尋ねた。 「この宇宙ではない宇宙から来たもの。 通俗的な用語を使用すると、異世界人にあたる。 この宇宙空間には存在しないため、我々情報統合思念体も把握できていなかった。 でも、今回対象はこの世界に突然に現れ、明らかな意思を持って行動した」 「明らか意思か」 「そう、彼の意思は『涼宮ハルヒを殺す』ことだけ」 ハルヒは朝比奈さんとじゃれあっていたのをやめ、長門の話に集中した。 「そうなんです」 朝比奈さんは唐突に割り込んだ。 「この時間軸上に存在しないはずのことだったんです。 でも、突然現れて、緊急に出動要請が出たんです。 涼宮さんの命が狙われているって。今回は光線銃の携帯も許可が下りました」 そう言って朝比奈さんは腰につけていた光線銃を取って、俺達に見せてくれた。 ハルヒはそれを興味深げに見ると、朝比奈さんから奪い、俺に打つ真似をしてきた。 あぶないからやめなさい! 子供じゃないんだから! ハルヒは銃を下げると、 「とにかく、あたしの命を狙ってる異世界人とやらがいるわけね。 そいつらは危険なの?」 長門はハルヒをじっと見つめると、 「とても危険。我々情報統合思念体でも勝てるかどうかは微妙。 でも、彼らにも弱点がある。この世界では、こちらの物理法則に従わなければならない。 これからあなたはわたしや朝比奈みくると一緒にいることを推奨する」 長門は俺の方を向くと、 「あなたも、わたしたちとともにいなければ危険」 俺もか。 「そう、文芸部の部室に泊まるのが一番安全。 あの空間はちょっとした異空間になっていて相手も攻め込みにくい」 「部室? そこで泊まるのか。ばれたらまずいんじゃないのか?」 「大丈夫、情報操作は得意」 確かにお得意だろうがな。 はあ、一般人だったはずの俺がいつのまにか暗殺者に狙われるまでになったか。 「部室でお泊りか、なんか楽しくなってきちゃった! もっといろんなもの持ち込まないと!」 ハルヒは乗り気だがな。 「わたしもいっぱい準備しなくっちゃ!」 朝比奈さんもだいぶ乗り気のようで。 そして俺は気付く。なんであの部室はあんなに生活できるまでにものが溢れていたのか、 実はこのためだったのかもしれない。なんてな、偶然だろ? 「これでSOS団も復活ね! 今日の夜から部室でお泊りよ!」 「はぁーい」 朝比奈さんの愛くるしい声が月夜に舞う時、長門は細い光を放つ街灯を見つめながら頷いた。 やれやれ、好きにしろよ。 もう。 「SOS団はやっぱりこうでなくっちゃ!」 仁王立ちするハルヒの叫び声が、肌寒い春の夜に響いた。 chapter.6 おわり。
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第六章 虹色に輝くオーパーツ。その光がやみ終える。 「変な気分だ」 「ええ、無理も無いでしょう」 部室を出て、二人は長門の住むマンションにと向かった。ここ数日分のの記憶が二つ存在している。むこうの世界の俺がそう判断したんだからしょうがない。こうなることが分かっていたら、俺はどうしていただろう。くだらないことしか思いつかない。同時刻にチェスと将棋で古泉を打ち負かしてやるってのはどうだ。 こっちの世界・・・正規の世界では俺は無様にも何もすることが出来なかった。長門が倒れている中で古泉や喜緑さんに頼りっぱなしだった。しかし向こうの世界では少しは貢献できただろう。しかも今回は長門と古泉が毎度のように奔走する中、あの朝比奈さんが許可なしでは禁止されている時間移動をしてみんなを助けに来た。そしてSOS団に対する俺の気持ちが分かったような気がする。そう考えると同じ記憶を持つってのも悪くない。 オートロックを開けてもらい、長門の部屋の前に着いた。玄関のドアを開けると、奥から話し声が聞こえる。どうやらいつも通りの会話が聞こえる。にぎやかな話し声だ。 部屋に行こうとすると向こうからハルヒがやってきた。 「ちょっと遅いわよ。それよりも早く・・・」 分かっている。それ以上は言わなくてもいいんだ。俺は体験して確認できているんだからな。 扉を開けると、寝ていたそいつはこう言った。おいおい逆じゃないか?お前は俺の妹みたいなことを言うな。 「・・・ただいま」 長門は体を半分起こしている。 「ちょっと有希、まだ無理しちゃダメよ。まだ治ってないでしょ」 ハルヒは言葉では心配しているが、心では安心しているのだろう。長門の顔をみる限り寝込んでいたのが嘘だったようにケロッとしている。それを見れば気づくのだろう。もう無事だと。古泉と朝比奈さんも良かったとつぶやいている。 長門が無事と分かればハルヒはあれやこれやと話し始める。 「本当に心配してたんだから」 とか、 「体調を崩し始めたらすぐあたしに言いなさい。団長命令よ」 とか。長門はそれをただ聞いている。ハルヒは早速作ったおかゆをたべさせようとする。普通の病人ならそう簡単に食えやしないだろうが。がっつきすぎだぞ、長門。 喜緑さんは長門の無事を確認できたからなのか、 「少し用事がありますのでお暇させていただきます。今晩の看病は引き続きお任せください」 と言って出て行った。情報統合思念体に報告でもするのだろう。 その後俺たちはしばらく長門の部屋にいた。何をしていたかと言うと、珍しくハルヒと長門が会話をしていた。とはいってもハルヒが長門に一方的に話しかけているだけで、数分おきに長門が 「・・・そう」 「・・・分かった」 とつぶやき、はたまた、 「・・・・・・・・・」 無言で会話をしているように見えた。心なしか長門は嬉しそうだった。古泉や朝比奈さん、喜緑さんは黙ってそれを見守っている。 俺はというと・・・これからやることを整理していた。まだまだやらなくちゃいけないことがある。だけど少しくらい先延ばしてもいいよな。今日くらい久しぶりのSOS団を満喫してもいいじゃないか。 「やばい、忘れてた」 「何言ってるの、キョン」 「ちょっとレンタルDVDを返し忘れてた。悪い、今日は先に帰る」 ハルヒのギャーギャーいう声が聞こえる中、部屋を出た。早くオーパーツを鶴屋さんに返さないとな。またどこかに忘れたりなどしたらまずい。玄関に行くと喜緑さんが立っていた。 「お薬をお持ちいたしました。特効薬です」 いかん。こいつも忘れてたな。そのフォロー助かります。 さっそく鶴屋家へと走る。ほんと走ってばっかりだな。 何度見ても荘厳といえる家だ。インターホンを鳴らす。鶴屋さんが門まで来てくれた。 「やあ、それはもう必要ないのかいっ」 「ええ、助かりました。ありがとうございます」 今回はこの人だけでなく、鶴屋家のご先祖様にまで助けられたな。 「じゃあこれはまたうちで保管させていただくよっ。それよりもキョンくん。答えは分かったのかなっ」 このお方は何かが起きたって分かっているんだな。 「まあキミの顔を見れば分かるっさっ。少年、大使を持つにょろよ~」 ええ。既に大使は身につけてきましたよ。 家に帰ると妹が玄関にやってきた。 「ただいまー」 おう、おかえり。今日は間違えずにすんだな。 夕飯を食べ、自分の部屋へいった。ベットに寝ころがりながら考える。明日やるべきことを・・・ 翌日、水曜日。 自分のクラスに入るとハルヒがすでに来ていたようだ。 「昨日は悪かったな」 「悪いも何も、あんたはもっと部員を心配しなさいよ」 「分かってるって」 どうも昨日俺が帰った事で不機嫌らしい。 「有希、今日は学校に来ているわ。熱も下がってすっかり治ったみたい」 「会って来たのか」 「そうよ。きっと喜緑さんの特効薬が効いたんだわ」 まあそれだけではないだろう。お前が昨日ずっと居座って長門と話をしてたんだからな。長門も安心したんだろう、自分の居場所を確認できて。 昼休み。弁当を即効で食い終え、部室へと行く。そろそろこの不摂生が何かの病気にならなければいいが。 「どうぞ」 「お待ちしておりましたよ」 部室には古泉と朝比奈さんががいた。珍しく長門がいない。 「あなたはどこまでご存知ですか」 「さあな、さっぱりだ」 「それでは僕が」 またこいつの仮説を聞かなくちゃいかんのか。できれば長門に聞きたかったんだが。いや、二人いた方が分かりやすいか。 「僕が二つの記憶を持ち合わせていること、またあなたや長門さん、朝比奈さんの話を思い出すと、先週の土曜夜に世界は分裂してしまいました」 ああ、そうだったな。 「我々の記憶上で残っている世界をα、結果として存在していた世界をβとします。長門さんや喜緑さんが分裂した事を気づけなかったのは、九曜と言う宇宙人の仕業でしょう。α、βの両世界において妨害していたようです」 結局、九曜というやつのもよく分からなかったな。 「ええ。いくつかの能力において、長門さんよりも上位にあるようです。ただし意思というものがないのでしょうね。今後なにをするのか予想がつかないのは脅威ですが、恐らく単独で行動することは無いと思います。涼宮さんの能力に興味を持っているのですが、どうしたらよいか分からないといった感じでないでしょうか」 現に長門は倒れてしまったんだ。脅威だろ。 「そうとも限りません。喜緑さんがいますでしょう。今回のことで喜緑さんはよりいっそう警戒しているようです。僕が直接聞きました。二人がそれぞれ補っている限り、攻撃してもその時は回避できるはずです。九曜さんが長門さんに直接攻撃してきたのはβの世界です」 「じゃあαの世界の敵は藤原ってやつなんだな」 「その通り。彼があなたを利用して涼宮さんから佐々木さんへ能力を移し変えようとしたようです。もっとも移し変えようとしたのではなく、涼宮さんの能力をもともとなくそうとしたのではないかと。朝比奈さんの未来とβ世界の長門さんを人質にとって」 そこで朝比奈さん、あなたのおかげで助かったんです。 「またいつかお願いしたいものですね」 古泉ちゃかすな。朝比奈さんが困っているだろ。そういや勝手に時間移動してよかったんですか? 「あのう、わたしどちらの世界でも未来と連絡を取れなくて。古泉くんの言うβっていう世界ではあきらめてたんです。でもαって世界ではダメもとでやってみたんです。そしたらできちゃって・・・今は、禁則なんですけど未来と連絡取れるんです。そしたら禁則ですけど・・・処分待ちだって・・・」 やっぱりいけないことだったのか。どうしたらいいんだ。すると部室のドアが開いた。長門がやってきた。 「心配する必要は無い」 その言い草は何だ。俺たちの会話はお前に筒抜けだったのか。それにしてもやけにおそかったな。どこいってたんだ? 「涼宮ハルヒの作成した弁当を共に摂取していた」 そこまでハルヒは面倒見ているのか。で、朝比奈さんはどうなるんだ?しばらく黙った後、長門はこう言った。 「大丈夫。いずれ分かる」 だからどう大丈夫なのか言ってくれよ。それとも言わなくてもすぐ分かるってことなのか?朝比奈さんが縮こまっているじゃないか。それでもその怪訝を気にする必要はないと言わんばかりに違う説明をした。 「世界を分裂させたのは涼宮ハルヒ。九曜と呼称される個体により、発見が遅れた。彼女は我々情報統合思念体と発祥が異なるため、攻撃方法も分析できなかった。また分裂の原因はあなたの友人である佐々木と呼称される人物。涼宮ハルヒは嫉妬と呼称される感情を持ち、佐々木と呼称される人物を消去した」 そういえばハルヒがやったんだよな。よりによって俺の友人に手を出すなんて。 「それは気になりますね。今後涼宮さんが同じようなことを起こすかもしれません。もちろん、あなたと涼宮さんが結ばれてしまえば気にかけることはないでしょうが」 だから古泉、その発言はよせよ。 しかし俺はハルヒがまた同じ事をするなんて思っていなかった。今朝ハルヒとした会話の続きを思い出す。 「長門が俺たちに寝込んでいることを言わなかったのは、長門なりに心配かけたくないってことだったんじゃないか。長門にも言いにくいことはあるだろうさ」 「まあ・・・それも分からなくもないわ」 「誰にだって言い難いことはある。そういうお前も俺たちに言えないでいることはあるんじゃないのか?」 そう言うと、しばらく窓の外を見てハルヒはこう返答した。 「そうかもね」 そして口ごもるようにこう続けた。 「・・・・・・あんたあたしに隠し事していない?例えば誰かと付き合っているとか。この前会った佐々木さんとか怪しいわね。例えばの話よ」 「お前、残念ながら俺がどれだけもてないのか分かるだろ。いる訳ない。佐々木と俺との間に恋愛感情などない。異性同士でも親友という関係が成り立つってのが俺の持論だ。仮に少しでも気になる異性がいたらだ。真っ先にお前に相談するよ」 同性の国木田とかに相談するより、異性のお前たちに聞いたほうが少しはためになるだろう。ましてナンパ成功率0.00・・・1%の谷口に相談するなんぞもっての外だ。 「それもそうね」 何か勝ち誇ったようにハルヒは俺に笑顔を見せている。 「そういうお前はどうなんだ。入学して一年たつんだ。彼氏を作る気はないのか」 「あんたには関係ないわよ」 「おいおい、お前は俺に隠し事するのかよ」 「・・・・・・あたしはそんなことよりSOS団のみんなと遊んでいる方が楽しいわ」 「それには俺も同意見だ」 はっきりと遊んでると言い切ったな。本来の活動内容はどこへいったんだ。 「ならハルヒ、悩み事があるなら俺たちに相談しろよ。もっともいえる範囲での内容でいい。俺だったら何でも言うさ。まして恋愛ごとに関していったら、SOS団には女性が三人もいるんだから。悔しいがこの学校ではトップクラスで異性にモテている古泉もいるんだ。俺たちに隠し事などない方がいいだろ」 「当たり前よ。SOS団に隠し事なんて不必要だわ」 もっとも、隠しておかなければならないことは隠し通すべきだ。いきなりあの三人が本性を語り始めたりすることはないだろう。それ以外のことだったら何でもいい。幸か不幸か、SOS団のみんなは一年間毎日同じ時間を過ごしてそんな間柄になっているに違いない。担任の岡部が教室に入ってきたところで、会話はそこで終了した。 回想終了。俺は確かめるべく、まず古泉に聞いた。 「そういうお前はどうなんだ。新学期になって早速下駄箱にラブレターなんてもの入ってたりしないのか?」 「いきなりどうしたんですか?・・・新一年生から何通かそのようなものを受け取りましたよ。でも今の僕にはそんなことをしている時間はないんです」 うまく紛らわそうとする古泉に、拍車をかけるように質問を続ける。 「じゃあ逆に気になる子とかいないのか?告白を断り続けているのも、既に意中の人がいるとかはないのか」 「・・・・・・そうですね、僕は機関の仕事で忙しいのでそのようなことを気にする時間はないんですよ。もっともプライベートの時間はこの部室や週末の野外活動で、あなたたちと過ごすことで満足してしまっているようです」 古泉はシロか。そう思いながら今度は女性に目を向ける。 「朝比奈さんはどうですか?あなたもたくさん告白を受けているのでしょう。この時代で恋愛してはいけないんでしたっけ?でも一つ禁則事項を破っているんですからもう一つくらいかまわないでしょう」 「いきなりなんてこというんですかぁ~。あっキョンくん、その顔はだまそうとしたんですね。いじわるです。好きな人がいるかどうかは・・・、禁則事項です」 やはりこの人は分かりやすい。残念そうな顔をしている朝比奈さんを見れば、そのようなことはないだろう。 「長門、お前はどうなんだ」 目を見開いてこちらを見ているように見える。なんてことを聞くんだって顔か? 「・・・・・・ヒ・ミ・ツ」 そりゃないだろう。少しくらいお前のプライベートを聞きたいもんだ。お前も中河以外から告白を受けたりしなかったのか? 「・・・・・・そのようなものを受けた場合、今の私だけで判断することは出来ない。情報統合思念体の見解が必要。またあなたたちにも見解を求める可能性もある」 ようするに親や俺たちに相談するって事か。 「お前たちのことは分かったよ。ハルヒにも今朝同じ事を聞いた。釘刺しておいたよ。あいつは俺に遠慮していたみたいだな。嫉妬かどうか分からないが、俺なんかを心配していたんだろう。これからはお互い隠し事はなしだって約束したさ」 俺はそのとき一つ見過ごしていた。さっきの俺の発言に対して反撃してくる可能性があるということを。よりによって古泉ではなく、朝比奈さんが反撃してきた。 「それで、キョンくんはなんて告白したんですかぁ?それとも涼宮さんに告白されたのかな。教えてくださぁ~い」 どう答えていいか考えているうちに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。助かった、と思いきや三人が近づいてくる。くそっ、教室までダッシュだ。 「おや、逃げ足だけは速いんですね」 そう言う古泉を後ろにして、何とか教室へと戻ってこれた。 放課後、部室へと向かった。既に一人部室にいた。二日ぶりに、休みを入れると三日ぶりに五人揃って部室で活動できるんだな。長門が椅子に座り本を読んでいた。そういえばこいつに聞きたいことがまだあったな。 「そういや、俺が電話をかけただのかけてないだのってこと分かった気がするぜ」 「そう」 俺は確かに一方の世界では長門に電話をし、もう一方の世界ではしなかった。こいつの言ってたことと同じだな。しかし何だってそんなことになったと思っていると、それを見かねたのか、長門が説明してくれた。 「あの時間、あなたからの電話の電波情報が別の世界の私に発せられた。その原因も恐らく九曜と推定される」 「だから俺はお前が倒れていることに気づけなかったんだな。ひょっとして九曜は、言いにくいんだが、お前より強かったりするのか?」 「・・・情報統合思念体は未だ解析できていない。しかし今回のことからその可能性は否定できない。もしくは我々と九曜が持つ能力が別々に存在している可能性もある。お互い意思伝達が出来ないのもそれが原因とも思える」 後者の方がいいんだがな。また襲ってくるなんてこともあるだろ。 「私がさせない」 「私たちが、だろ。お前も今回のことで分かっただろ。一人で解決できなくともみんなの力で解決できることがあるって。少しは俺たちのことも信用しろよな。古泉の機関や朝比奈さんの未来勢力にとっかかりはあるかもしれないが、お前個人が危ないって分かったらみんな助けに来ただろ。古泉や朝比奈さん、それにハルヒのことも信頼してくれよ」 長門は沈黙の後、何かを確信したかのように言った。 「・・・・・・分かった」 残りの三人がやってきていつものように放課後を過ごした。いや、いつも通りではなかったな。俺と古泉がボードゲームをし、ハルヒはパソコンをいじり、長門が窓辺で本を読み、朝比奈さんがそれらを見守るようにお茶を汲んだりしていた訳ではなかった。古泉が持ってきた人生ゲームを五人みんなでやっていた。しかしまたしても奇妙なことが起きた。それぞれの職業が、ハルヒは総理大臣、古泉はマジック芸人、長門はNASA、朝比奈さんはタイムマシーン製造業なんてのにつきやがった。こんなゲームどこで作ったんだ。かくいう俺は、言わずとも分かるだろ、雑務係の万年平社員だった。 ゲームをしながらハルヒは不満げに呟いていた。 「なんで入団希望者が来ないのかしら。今年の一年はみんな腰抜けばかりね。もっと歯ごたえのあるのが来ると思ってたのに」 「まあまあそうあせるなって。そう簡単にお前の目にかなうやつは見つからないだろ」 「やっぱり去年のうちに目ぼしいのを探しておくべきだったわ」 下校の時間になり、五人は早々と部室を出た。 「あのゲームはなんだ、お前らの機関が作ったものか?」 「いえ、新発売の人生ゲームですよ。あの手この手やりつくして、奇抜な内容になってしまったようですね。まさかあんな結果になるとは思っていませんでしたよ」 古泉と下らん会話をしながら前を見ると、長門はハルヒと朝比奈さんに挟まれながら歩いていた。ハルヒと朝比奈さんだけ会話をしているように思えたが、時折、 「・・・・・・そう」 「・・・・・・うかつ」 という長門の声が聞こえた。よかったな、長門。 五人が解散した後、俺は一人喫茶店に来ていた。数分後、もう一人やってきた。 「待たせたね。宿題を先に済ませておこうと思ってね」 向こうの世界で顔をあわせた後、一度もあっていない佐々木が来た。昨日のうちに待ち合わせをしておいたのだ。 「キョン、すまなかった。先に謝らせてくれないか」 「謝るのはこっちだ。お前は散々な目に会っただけだ」 「一時の迷いがあったとはいえ、本当に悪かった。橘さんたちとはもう会わないことにするよ。少なくとも僕から会うことはない」 佐々木が席に着くなり、二人とも頭を上げ下げしていた。こうしてはおれん。コーヒーを注文してひとまず落ち着くことにした。 「ハルヒがあんなことをしないように確認しておいたから。安心して大丈夫だ。あいつに謝らせることはできなかったから、俺の方から謝るよ。本当にすまなかった。今後、九曜や藤原がお前襲ってきてもSOS団で助ける。だから心配するな」 「そうしてもらえると助かるよ、ありがとう。それにしても藤原さんがあんなことをするとは君も思わなかったんじゃないかな。さぞかし意表をつかれただろう。今回の作戦を提案したのは橘さんさ。彼女もなかなか策士だね」 やけに絡んでこないと思ったら、考えたのは橘だって訳か。確かに彼女の能力は佐々木の閉鎖空間に入ることだから、襲ってくるとは思わなかったが。 「僕が思うに、九曜さんは能力を移し変えることなんてできないんじゃないかな。もしくはやりたくないとか。彼女は最後まで理解できなかったよ。だから橘さんは藤原くんにお願いしたと言うわけだ。彼が未来人なら世界が分裂したことなどあらかじめ知っていてもおかしくはないだろうし」 確かに何も知らない向こうの世界で、いきなり藤原が襲ってきたときはビックリした。あの七夕に連れ去られるとは。かろうじて長門が反応して一緒に来れたことが救いだった。あそこに一人連れ去られていたら、朝比奈さんがくる前に精神が参っていただろう。 「一つだけ謎を推理したんだが聞いてくれないか」 「おや、めずらしいね。君の論説も久しぶりに聞いてみたいよ」 「佐々木、お前にも閉鎖空間があるって言っていたが、それは橘の嘘なんじゃないか?日曜お前の閉鎖空間に入ったんだが、十秒くらいで出てこれただろ。ハルヒのそれに入った経験からすると、閉鎖空間の時間は実際の時間と共に進行するか、それか時間はたたずに出てこれるんじゃないかって思って。あの時のは九曜に魅せられた幻なんじゃないか。だからお前にはハルヒの持つような力は存在しないと思う。でないと藤原のやつがした行動も矛盾することになる」 「なるほど、そうだとありがたい。君の推理も一理ある。何しろ僕がそのような力を持っていたくはないんだ。平穏な生活を望むよ」 「俺だってそうさ。それにハルヒはお前を消そうとだけしてたとは思えない。向こうの世界にだけ、SOS団にお前を含め入団希望者がやってきただろ。いくら藤原の時間移動で来れたとしても、それだけじゃハルヒによって拒まれるんじゃないか。お前を消そうとしたことに罪悪感を持ったんじゃないかって。だからお前は向こうの世界に異世界人としてくることができた。どうだ?」 「くっくっ、涼宮さんにおける君の信頼は厚いね。うらやましいよ。まあ君がそういってくれるだけでも僕は安心することができる」 ああ、そうに違いない。ハルヒが一時の迷いで人を消してしまおうなんざするはずがない。 「何はともあれ、今後ともあいつの行動には気をつけるよ。この前話してた同窓会の件だが、俺と佐々木で決めちまわないか。二人をお互い窓口にして。会うことはハルヒにも言っておくさ」 「そうしてくれると助かる。早く決めてしまいたいしね。何より息抜きになりそうだ。相変わらず僕の学校はみんな勉学に気を張り詰めてばかりだからね」 その後、俺は佐々木の話に耳を傾けつつ相槌をつくように会話した。久しぶりだなこの感覚。 「では同窓会の件は僕からみんなに連絡しておく。展開があったらこちらから連絡するよ。君の学校の人たちにも伝えておいてくれないか」 「ああ分かった。じゃあばた今度な」 二人は喫茶店をでて別れようとしている時だった。俺たちの背後にいやな気配がする。授業中にも感じる、あの刺々しい気配だ。 「あらキョン、こんなところで何してるの?」 なんだってんだ。この状況をこいつに見られたら、振り出しに戻ってしまうじゃないか。どうする俺。最悪だ。修羅場だ。女の修羅場が始まるぞ・・・こんな時に発せられる男の第一声ってのはなんとも情けなく聞こえるのだろう。 「あのな・・・お前なんか誤解していること言っただろ。この前佐々木と俺たちが会った時、お前つれない態度だったじゃないか。だから佐々木も気にしているみたいでな。だから今しがた、その誤解を解いてこいつにも理由を話していたわけだ。はははっ・・・」 ああ、俺の人生はここで終焉を迎えようとしている。せっかくあの場から戻ってこれたって言うのに。しかしその時、神の声が降り注いだ。 「なんだってキョン、君ってやつは。今日のことを説明してなかったのかい?涼宮さん、これを機に新たな誤解を生む必要はないよ。先日あなたに対してあまり良くない印象を与えてしまったみたいで気になっていたんだ。せっかくの出会いも第一印象が悪かったら人生を損すると思える。僕はあなたに対してそのような印象を持っていないんだ。しかもこれがいい出会いになることを望んでいる。それに彼と会うことは、中学の同窓会のことで話そうと僕から提案したことなんだ。どうか、気にかけないで頂きたい」 佐々木よ、お前に力がないなんて言って悪かった。お前は神だ。 「ふうん・・・・・・そう・・・・・・。ならいいけど」 「そうなんだよ。ハルヒ。じゃ、じゃあまた明日な」 ここ一週間で最も早く俺の脚が動いたのが、まさかこの時だなんて。情けないったらありゃしない。一刻も早くあの場を立ち去りたかったからだ。しかし、俺が逃げるようにその場を立ち去った後、二人が何か話していることに気づくべきだった。 そんなこんなで家に着き、夕飯を食った後、また外へ出た。 「どこに行くのー?お散歩?それとも彼女?」 「そんなんじゃありません。ちょっとコンビニにな」 「えー、いいなあ。キョンくんおみやげ買ってきてねー」 今日はやることが多いな。しかしそれを見逃すわけにも行かなかった。今朝下駄箱に手紙が入っていたからだ。 『今日の夜九時、いつもの公園で待っています 朝比奈みくる』 そうだ、今回の事件で何も絡んでこなかった、しかも小さい朝比奈さんに対しても何も連絡しなかったのであろう、もっと未来にいる朝比奈さんの呼び出しがあったのだ。 公園に着くと、朝比奈みくる(大)がベンチに座って待っていた。 「急に呼び出したりしてごめんなさい」 いや、いいんです。俺も聞きたいことが山ほどあるんです。あなたがどこまで話してくれるかどうかは分かりませんが。まず一番聞きたいことはこれだ。 「今回のことも規定事項だったんですか?」 そう尋ねると、言葉が詰まっているように見える。目に涙も浮かべているようだ。 「いえ・・・今回のことは私たちもあなたに委ねようとしていました。あの時、あなたがどの未来を選択しても納得するようにしました。それまでは干渉しないように決めていたのです。あなたにとって酷な選択でした。でもあなたのおかげで今、私や長門さんがこうして生きていられるのです。そしてこれだけは分かって欲しいです。そうすることしかできなかったの・・・」 酷だ、酷過ぎたさ。でもあなたはヒントをくれた。 「では今俺たちと時間を共にしている朝比奈さんについてはどうなんです?それにあのオーパーツはあなたのヒントだったのでしょう?」 「・・・禁則に関わってしまいますが、あの時の私に判断させることしかできなかったの。おかげで今私がいる未来では飛躍的に変わったことがあるの。時間平面移動について・・・それまでは許可なしにすることは禁止されていたけど、身の危険が迫った時はやむを得ず移動してもいいと決められました。他にも色んな制約はありますが、おかげで緩和されるきっかけになったの。あのオーパーツに関しては今回の事項においてどんな形であれあなたが思いだすことが必要でした。あの後すぐに発見するとは思いませんでしたが・・・」 朝比奈さんがあの場で時間移動したことが、この朝比奈さん(大)にとっての規定事項だったのだろう。ともすれば、これがきっかけで朝比奈さんの地位が上がるってことになるんだな。早く伝えてあげないと。・・・これも恐らく禁則事項なんでしょうね。そう言って彼女を見ると、頷いている。 「それで、藤原というあの未来人のことなんですが・・・」 「それ以上は禁則事項なのです。・・・ごめんなさい」 そう言って彼女は立ち上がり、 「そろそろ時間なの。でも最後にこれだけ言わせて。キョンくん、あなたのおかげでみんな助かることができたの。本当に感謝しています」 そして草薮の方へ消えていった。 俺の頭に二つの懸念がよぎる。恐らくあの藤原と言うやつは朝比奈さんのおかげで自由に時間移動することができたのだろう。それができなければ朝比奈さん(大)たちの手によって囚われの身になってしまう。そしてオーパーツ。あれは朝比奈さん(大)たちが作り出したものなのであろう。宇宙人が作ったとも考えられるが、長門や九曜を見る限り、わざわざ三百年前の人に渡して、それをこの時代まで見つからないようにするなんて手の込んだ事しないだろう。未来人が置き忘れたか、この時のために埋めさせたと考える方が納得いく。ともすると、朝比奈さん(大)のいる時代は四年前の時間振動など消滅しているのだろう。あなたのいる未来はすでにハルヒの力がなんなのか分かっているのですか? →「涼宮ハルヒのビックリ」エピローグ あとがきへ
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まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。 同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている ということはなさそうだ。 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には――あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような 機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。 「病院……か、ここは?」 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。 窓から外を眺めると、空と――海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、 船か何かにありそうな丸いものだった。 「ここはどこだ……?」 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば 点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて 精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。 広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。 ――と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、 「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。 「古泉……だよな?」 「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。 しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。 「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか? 積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが 無いという方が無理があるでしょう?」 「2年……だって?」 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか? まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、 いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。 どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。 「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、 「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、 「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。 ◇◇◇◇ 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で 黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。 「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。 それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、 それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」 「へいへい」 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。 奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。 「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか その辺りにもご理解をいただきたいですね」 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、 普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。 しばらく、俺たちは各々の作業――俺は飯を食って、古泉は書類を眺める――を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。 「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」 「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、 「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。 まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。 「まず最初にだ。SO――」 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。 「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」 「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、 今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、 国連はその支援をしているという状態ですが」 「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」 「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。 「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」 「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として 扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。 そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では 人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって 安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」 「……何があったんだ?」 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、 「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、 「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って――そこからはわからねえ」 「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。 「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。 一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが 原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」 「マジかよ……」 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという オチはないよな? 「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。 実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も 首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。 一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」 「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」 「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。 衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」 「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」 「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、 あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて 意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、 ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、 一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。 自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」 「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。 それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」 「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。 だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような…… ダメだ。思い出せねえ。 「どうかしましたか?」 「いや……何でもない。続きを話してくれ」 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。 「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、 ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。 それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。 その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。 しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、 長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。 長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。 涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」 「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」 「いえ、これも――SOS団の仲間として当然のことしたまでです」 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。 「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態――いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。 閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが 今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに 神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを? 嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。 「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。 僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、 神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」 ――古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―― 「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、 今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。 しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が 神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。 そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて 情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」 古泉の説明で俺ははっと気がつく。 「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、 犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、 「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに 反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。 それに次に言われた言葉はもっと僕を失望――そうですね、はっきりと言いますが失望させました」 古泉は両手を握り、そこに額を預け、 「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。 対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。 あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは 大変なものになるでしょうから」 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。 まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、 「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、 略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。 原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。 彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」 「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、 「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」 「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。 実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は? 「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。 僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。 二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。 「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように 無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。 それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。 そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。 この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」 「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。 しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。 もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、 「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。 この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより 何らかの情勢が動く可能性が高い」 「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」 「いえ、何も」 「だめじゃねえか」 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、 「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも 事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために 欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、 閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、 それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、 なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。 おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。 言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。 「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。 「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」 「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、 「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。 ◇◇◇◇ 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、 我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ? それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。 一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。 しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。 現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、 妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。 ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。 どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。 ◇◇◇◇ その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、 あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、 また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、 それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、 「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と 機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。 変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな? 古泉が続ける。 「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。 そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」 「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、 「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。 ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。 「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。 予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」 「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。 そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。 円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。 「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。 この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。 そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」 「その何重に描かれている円は何ですか?」 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、 「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。 今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。 基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」 「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」 「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。 「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ? ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」 「これはいろいろと原因がありましてね……」 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに 戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。 「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。 規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。 当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、 完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。 突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が 何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。 その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。 誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、 「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル――いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」 「それはとっくに実施済みです」 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。 だが、古泉は首を振って、 「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ? 「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように 北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」 「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、 「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。 ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か? 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、 「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、 そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が 歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。 古泉はくくっと苦笑すると、 「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。 一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」 「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」 「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。 古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。 「よぉ、キョン」 「ひさしぶりだね、キョン」 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。 二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる? 「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、 そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。 あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。 ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。 拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。 ◇◇◇◇ 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで 以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。 「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」 「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、 ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを 身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで 頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が 必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった…… ◇◇◇◇ いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。 物わかりの家族で本当に助かる。 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。 周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅――元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、 辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。 願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。 「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。 「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」 「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、 「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」 「なんだよ?」 「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、 「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」 「違うのか?」 「……おまえな」 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ? 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、 「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、 女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」 「…………」 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、 「冗談だよ。理由はこれさ」 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。 歳は俺と――谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか? 「お前のは涼宮がいるだろ?」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、 「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」 「なにィっ!?」 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。 「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。 きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。 「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから――」 谷口はすっとその写真に目を落とすと、 「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。 だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら 結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」 「そうか……」 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、 あのアホをここまで変えてしまうのかね? 「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、 「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」 「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。 「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、 またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。 無くして――本当に無くして今それを実感している」 そして、もう一つ。これが最大の理由…… 「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて 心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」 「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、 「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」 おいおい、本当に今更だな。 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、 「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ? ◇◇◇◇ 「やあ、キョン久しぶり」 「……なんだ佐々木か」 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。 「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。 「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。 高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、 年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。 そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて 突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、 そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」 「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」 「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。 すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと 同じ愚行だろうから」 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。 古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。 そのまま二人の間に沈黙が流れる。 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。 「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」 ――佐々木は俺の方に目を合わせずに―― 「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。 「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。 しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。 それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、 あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、 やがて軽くため息を吐くと、 「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。 では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」 「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、 「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。 宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。 キョンの声だけ聞いても判断できないから――声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。 しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。 「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」 「キョン。キミって奴は本当に……」 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。 「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。 それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、 それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」 言っていることがよくわからないんだが…… 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。 「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。 ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」 ――佐々木は一呼吸置いてから―― 「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、 沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。 縁起でもないことは言わないでくれ。 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、 「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、 「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を 解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに――何よりもこれ以上間違えるつもりもない」 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。 「佐々木」 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。 「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、 団長様も――こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。 いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。 「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」 「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。 そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、 「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。 キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。 その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。 おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。 じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから――」 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。 いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。 「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」 ◇◇◇◇ 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は――北高。 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター――シーホークって名前らしい――の中で緊張しきっていた。 これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に 足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、 「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」 「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、 以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。 そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。 あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、 「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと 気合いを入れて外を見回す―― 「……こりゃぁ――すごい――」 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。 ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。 視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。 よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。 「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。 ◇◇◇◇ 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、 閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、 国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、 たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、 かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って 近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。 あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。 「ん?」 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。 どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような 人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、 そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、 「おい、こんなところでなにやってんだ」 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人――自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している 閉鎖空間を眺めている。 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、 「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。 「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」 「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、 「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、 「朝比奈さん――ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ? やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、 「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが 消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」 俺は――俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。 つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、 未来にも影響を与えている。どうにかしなくては…… 「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。 俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。 ◇◇◇◇ 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。 どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。 やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い――じゃないヘリコプター酔いも起きずに それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、 同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ? もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。 俺は国木田を捕まえて、 「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」 「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を 離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。 ◇◇◇◇ 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが 手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。 無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。 ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。 「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」 「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、 立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか? 「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。 じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが…… 「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。 「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、 ――特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを 返してきたので、俺は古泉から離れてみる。 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。 しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。 「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―― ――キョン―― 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。 「どうかしましたか?」 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には ハルヒの声は届いていないらしい。 「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」 「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。 ~~その2へ~~
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結局のところどうなんだ。 世界は静まったのか。春にあった佐々木の件が本当に最後なのか。 そんなもんは解らん。古泉にだって解らんのだから、スナネズミ並の思索能力しかない俺ごときに解るわけがない。 ないのだが。 世界が静かすぎるのか? 俺の胸には妙な焦燥がある。晴天の霹靂なんて恐ろしい言葉を思いついちまったが、まさか今の静かな状態が台風の目から見える青空のようなつかの間のものではないだろうな。そうであってはならん。せっかくSOS団内外にごろごろしてた問題が一段落したってのに、それは実は暴風域の中心に入っただけですよなんてのは俺が断るぜ。 特に長門には絶対休養が必要なんだ。 俺が気を遣っていることは遣っているが、そんな程度のことが長門のような宇宙存在の気休めになってくれるとは思いがたい。できることなら、一日でもいいからあいつをハルヒの監視任務から逃れられるような快適な状況を作ってあげたいんだけどな。あの読書マニアのことだからどうせ図書館に一日中いるというのがオチだろうが、長門がいいならそれで構わん。 とにかく、休養が必要なときに九曜みたいなヤツが現れて長門のライフゲージを削るようなことをされては困るのだ。この際台風の目でもいい、せめて長門が飽きるくらい存分に読書できるまで待っててくれ。それか、世界がこのまま収まってくれるのなら俺は迷わずそっちを選ぶぜ。 長門じゃなくても、朝比奈さんにしても古泉にしても、七面倒くさい設定に束縛されずに生活できるんだろうからな。 * 「七夕よっ!」 七夕である。 「願い事は考えてきたでしょうねえ?」 といって、特別何かがあったわけではない。朝比奈さんに放課後部室に残っていてくれと頼まれることもなく、全員がその日のうちにどこぞの神様に対する要望を羅列した短冊を笹の葉にひっつけることができた。 今年も去年と同様に理屈からひねり出したような屁理屈を並べ立てたメモ用紙をハルヒが団長机に立って音読し、俺たちはそれぞれ十六年後と二十五年後に叶えて欲しい願い事を短冊に書かされた。 「あたしたちは将来のことについてもっと考えるべきなのよ。こらキョン、ちゃんと聞いてるの? あんたの将来なんか特に悲惨よ。もっと将来のことを真面目に考えるなさい!」 どっかの街頭演説並に無駄な熱意を込めて喋るのはいいとして、ハルヒに我が将来を心配されるのは業腹である。高校に行ってまで謎な部活動を設立して謎な活動しかしない奴なら、人の将来でなくて自らの将来を案じるべきだ。いっそのことUMA捕獲隊にでもなって一攫千金を目指したらどうだろう。チュパカブラあたりならわりと現実味がありそうだぜ。 『地球の公転を逆回転にしてほしい』 さて、これがこのヒネクレ女の一枚目願い事である。 精神年齢を成長させるべきだ。こんな願いが万一ベガやアルタイルにでも届いちまったら腹を抱えて大笑いするだろう。そうでなくてもこんなのを笹にひっつけて現世界で衆目にさらすこと自体が恥ずかしくて見てられん。 で、もう一枚は、これは少し意外だったのだが、 『SOS団メンバー全員が二十五年後にはそれなりの生活を送れるようにしなさい』 なるものだった。 何だ、精神年齢を成長させるべきだとか言ってしまったが、もしやハルヒも内面的に成長しているのか。それに、それなりの生活とはハルヒらしからぬ文ではないか。徹底主義者のこいつなら大富豪とか社長とか書きそうなものを。 俺が指摘すると、ハルヒは得意げに返答した。 「あんたがどうがんばったって二十五年後に大富豪や社長になってるわけないもん。そんな傲慢な願いは神様だって叶えてくれないし、あたしが神様だったらやっぱりあんたをそんなお金持ちにはしないわよ。だからあたしは叶ってくれそうな現実的な願い事を書いたつもりなの。よかったわね、これであんたも二十五年後には路頭に迷わずにすむわ。これから毎日朝昼晩三回ずつあたしに向かって手を合わせなさい」 何というか、団長ってのは団員を気遣うものらしいからな。それだけ団長の自覚が芽生えたってことで感謝するべきだろう。崇めるつもりは毛頭ないが。 朝比奈さんはまた、 『もっとおいしいお茶が淹れられるようになりますように』 『みんな幸せに過ごせますように』 と、後半部分など感涙モノの心の広さで、俺は改めて幸せに過ごさねばなるまいと心持ちを新たにしたのだった。笹の葉に吊した短冊に向かってパンパン手を叩いて黙祷する姿も、なかなか可愛らしいですよ。 『世界平和』 『平穏無事』 かのような高校生にしては無益に老成しているように見受けられる四文字熟語を書き殴ったのはやはり古泉で、何となく古泉の苦労を暗に窺わせる願い事である。古泉は吊してから時折吹き込む風に揺られる願い事を哀愁漂う表情でしばし眺めていたが、俺の視線に気づくと鼻を鳴らして肩をすくめた。俺とどっちが苦労してるかは微妙なところだな。 長門は、 『保守』 『進展』 何やら無味乾燥なくせに意味ありげなことを完璧な明朝体で書き、若干背伸びして笹の葉に吊していた。棒立ちで自分の書いた願い事を動物園のパンダを見るような目つきで眺めている。 「十六年後とか二十五年後に、お前はまだ地球にいるのか?」 俺は気になって、まだ竹の前から離れようとしないショートカットに訊いてみた。もちろんハルヒには聞こえないよう、声をひそめて。 長門は俺の言った意味を確かめるように二、三秒間をおいてから、 「地球上にいると断定することはできない。それを決定するのはわたしではなく情報統合思念体だから」 そりゃまた、あの宇宙意識を罵るネタができたもんだな。 「ただし」 長門は補足するように言った。 「わたしという個体は存在し続ける。有機生命体の機能を持っているとは限らないが、情報生命体、あるいは単なる情報体として銀河系のどこかに必ず存在しているはず」 長門にしては力強い言葉であった。 俺は何となく、文芸部冊子を作ったときの長門の幻想ホラーを思い返していた。 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。 これを私の名前としよう。 そう思い、そう思ったことで私は幽霊でなくなった。 ――ほんのちっぽけな奇蹟。 ふむ。やっぱり長門には有機生命体のままでいてもらいたいもんだよな。 「夏休みまでは吊しとくからねっ」 というように、今年のSOS団の七夕は変な雰囲気をまとうキミョウキテレツなイベントとなった。 それぞれの組織の思惑が多分に含まれているであろうこの神に向けた願掛けも、ハルヒの意見によってしばらくはこの部室に居座りそうである。 ベガとアルタイルにもしこの文字群が見えたなら、ぜひそうしてやって欲しいもんだ。少なくとも、長門と朝比奈さんと古泉の願いくらいはな。あとハルヒの二十五年後に向けた願いも叶えてやって欲しい。十六年後に地球の公転が逆回転になってしまった場合地球にどんな影響が及ぶのかはいまいち解らんが、非現実的で傲慢な願いは神様も叶えてくれないだろうというハルヒ説に基づくのなら実現しないから大丈夫だ。俺が案ずるまでもなく地球は安泰さ。 ああ、誰か忘れてるな。 俺だ。 こんなのは真面目に書いたって物資的にサンタクロース以下の利用価値しかないだろうが、何も書かないのもどうかと思うしこの集団の中でウケ狙いの願い事を書いても古泉の苦笑が返ってくるだけのように思えたので、とりあえず思うままに書いてみた。去年の俺は俗物を頼んだために、どうせ未来の俺は金には困っていないだろう。だったらと思ってこう書いた。 『俺の身の安全を確保しろ』 『俺の知り合いに死人またはそれと同意の状態になる奴を出すな』 * 突然だが、SOS団という部活以下同好会以下の課外活動を何を持って終了して下校するかというのは実はほとんど決まったパターンである。 長門が電話帳ではないかと思うほど分厚いハードカバーを閉じると、その音を合図として誰からともなく席を立つことが習慣化されているのだ。おかしなことで、この暗黙の了解はハルヒにも通用しており、その日のハルヒがどんなに不機嫌オーラを発していても長門が本を閉じると自然と通学鞄を手にするのである。 ただし珍しいこともあるもんで今日は違った。今日は長門ではなく古泉が「ああ、もう時間ですね」と言ったのが終了の合図となったのだ。なるほど校内でも下校を急き立てるBGMが流れ出している。俺と古泉は廊下に放り出され、まもなく着替え終わった朝比奈さんと共にハルヒも出てきた。 「有希、早くしなさい」 驚いたことに長門はまだ部室内にいるようだった。ハルヒの呼びかけに中から小さく「わかった」という声がしたが、出てくる気配はない。読んでいる本が修羅場でも迎えたのか。 「校門のとこで待ってるけど、いい? いいなら戸締まりもやっといてくれるとありがたいんだけど」 再び「わかった」という声だけが聞こえた。ハルヒは妙な顔をしながらも他の団員を引き連れて階段へと歩き出す。俺は戻るべきかハルヒの金魚のフンと化すべきかしばし逡巡していると微苦笑の古泉が耳打ちしてきた。 「行ってあげたほうがいいでしょうね。いえ、もちろん僕ではなくあなたです」 「何か思惑があるのか?」 「さあ。もしかすると、あれは彼女なりの意思表示かもしれませんよ。あなたと二人だけの状況が欲しかったという、ね」 何か言い返してやるべきかと思ったが、古泉が気色悪くウインクなぞするので俺は黙って部室へと舞い戻った。一人で。 呆れたもので長門はまだパイプ椅子に座ってハードカバーに目を落としていた。 俺は何となく頬が弛みそうになるのを感じながら、 「長門、最近調子はどうだ」 長門は読みかけの本から漆黒の瞳を上げると首だけ俺のほうにやった。 「どう、とは」 「何かおかしなことが起こってたりしないかって意味だ。具体的に言うと、この間の宇宙野郎が暴れてたりしないか、とか」 「そう」 無論俺は長門の口から「ない」という二文字が出てくるに違いないと思っていた。古泉に教えられたこともあるし、さすがに九曜のヤツも少しは黙っててくれるだろうと。何よりあいつは情報統合思念体の監視下にあるんだ。そういうのは情報統合思念体の得意技なはずである。 だから、長門が無感動な声で当然のように、 「ある」 と答えたときには俺は反応に困った。 「えーと、あるってーと、おかしなことが起こっているということなのか?」 「そう」 そんなおはようの挨拶くらい簡単に言われても。 「どんなことなんだ。やっぱりあの、テンガイナントカってヤツがからんでるのか?」 「彼らに新たな動きが見られた」 長門は俺に視線を固定したまま、 「天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた」 インターフェースの退去。 それがいったいどんな意味を持っているのかを理解するのに、俺はしばらく時間を要した。天蓋領域のインターフェース。長門とは違う種類の宇宙意識。 「九曜のことか」 「そう。情報統合思念体の把握能力では、現時点の地球において周防九曜と呼称されるインターフェースの存在を感知できなくなっている」 長門の淡々とした声が俺の鼓膜を震わせ、脳に届いて情報を理解したのと同時に俺は戦慄とも安堵ともつかぬ何かが身体を走り抜けていくのを感じた。 「地球からいなくなったってのか?」 「そう」 なんと。 周防九曜が地球からいなくなった。長門を何度となく攻撃してきたSOS団にとっての強敵は目の前から消え去った。 嬉しいことのはずである。あんなのが地球にいてメリットがあるとは思えん。あれに比べればタコ型火星人のほうがよっぽど庶民的であって友好的である。 だというのに、俺はいまいち喜べなかった。いろいろありすぎたせいで疑り深くなっているのかもしれん。 驚いた。俺はどうやら疑念を抱いているようだった。 なぜ九曜が地球からいなくなったのだろうか。 目的を諦めたのか。ハルヒの力だか佐々木の力だか知らないが、それを諦めて宇宙に帰っていったのか。 そんなことはありえん。 よもや長門並の力を持つあいつらがそんな簡単に折れるとは思えない。地球から出ていったのは目的を諦めたのではなく、何か他の目的があるからではないか。 捉えようによっては悲観的な考え方にも思えるかもしれんが俺は妥当なところだと思うね。俺の頭も経験値を着々と増やしているのさ。ま、何でいなくなったかと訊かれても俺は答えられんのだが。 こういうときは解ってそうな奴に訊くのが一番である。 「何故だ」 俺は訊いた。 「何で九曜が地球からいなくなったんだ」 「解らない。天蓋領域の思考パターンは我々には理解不能なもの。また、彼女がいなくなることによって情報統合思念体と天蓋領域との唯一の接点も失われたた。我々が彼らの意思を読みとることはできない」 あんなヤツでも一応唯一の情報源だったわけだしな。 それがいなくなったってのはますます怪しいじゃないか。ようするに、九曜がいなくなれば長門たちが天蓋領域の行動を把握できなくなるということだ。橋渡しをしていた九曜を地球から退去させることで、天蓋領域は情報統合思念体に意思を読まれることなく行動できるようになったわけだ。露骨に怪しすぎるだろ。 「それで、お前のところはどうするつもりなんだ。まさかそのまま放っておくのか?」 「天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくのは危険。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定を行っているところ」 宇宙の概念だけの存在が同じく概念だけであろう存在の居場所をどうやって特定するのかは古泉でなくとも興味があるが、そこは後日ゆっくり聞かせてもうらうことにしよう。 「お前はどうなんだ。何か、役割とかないのか?」 長門は俺を見て数回瞬きし、 「わたしに与えられた役割は、他のインターフェースと協力してあなたたちを保護すること」 無感動な声でそう告げた。 「安心していい。天蓋領域からの攻撃はわたしたちがガードする。危害は加えさせない」 他のインターフェースってのは喜緑さんのことだろうか。確かに、彼女と長門、それに古泉と朝比奈さん(小)(大)がいてくれるのならそれほど心強いことはないだろう。 しかしな、何度も言うが守られるだけってのも決して居心地がいいもんじゃないんだ。ハルヒみたいに無自覚ならともかく、俺のように何かが起こっていると知りながら何もできないのはけっこう苦痛だぜ。俺だってハルヒ爆弾の導火線に火をつけることぐらいはできるのだが、それを爆発させたことはほとんどないし、十二月に世界が変わったときは導火線に火をつけることすら不可能だった。あの時の喪失感はさすがにもう充分だ。 「長門、俺らを守ってくれるのはありがたいけどな、絶対に無理はするなよ。苦しくなったら何でもして俺か誰かに伝えてくれ。栞に書いて本に挟んでくれるだけでもいいし、ちょっと表情を変えるだけでもいい。あんまりお前にばっかり苦労をかけるのは嫌なんだ。お前も俺もSOS団の団員なんだからな」 「そう」 長門は表情一つ変えずに俺の顔を直視しながら、 「了解した」 * その後、俺はようやく本を閉じた長門と一緒に校門に向かった。さすがにもう待っていないかと思ったが校門前ではハルヒが律儀にも不機嫌面をして立っており、ついでに朝比奈さんと古泉もいた。 「遅い! 罰金!」 ハルヒは俺が駅前集合に遅れたシチュエーションとまったく同じトーンで言ってのけ、二人っきりで何をしていたのかさんざん言及されたあげくに結局俺が今度の市内パトロールで喫茶店代を奢ることになってしまった。長門はいいのかとツッコみたいところだが、どうせそんなことを言っても俺が喫茶店代を奢るのは日常茶飯事であり、長門にはいろいろ世話になってることもあるしたかが喫茶店代くらいでぶつぶつ文句を言うほど俺はできていない人間ではないつもりなので俺は口をつぐんだ。 そんなこんなで、ハルヒのUMAの話に付き合ったり古泉のややこしい宇宙理論の話を聞き流したりしているうちに駅前に着いて解散の運びとなった。下校途中も無言だった長門は、ハルヒに「じゃあね有希」と言われると聞こえないような声で「そう」とだけ回答した。マンションの方向にすたすたと去っていくセーラー服の小さな後ろ姿を何ともなしに眺めながら、俺は終わりそうにないハルヒのUFOがどうとかいう話に耳を傾けるのだった。 * さて、ここらへんでこの話の一旦の区切りがつくことになる。 今は知る由もなかったなどという常套句があるが確かにその通りであり、この静けさは嵐の前の静けさだったらしい。台風の目はいつまでも俺たちを庇ってくれはしなかった。 起こるべくして起こるのか、それともどこかで糸を引いているヤツがいるのか。どっちでもいいが、俺はそいつらに言いたい。 ふざけんな。