約 730,180 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2115.html
ウサギのナミダ ACT 1-6 □ 翌週末。 俺は気が進まないながらも、いつものゲームセンターへと足を運んだ。 井山とかいう変態野郎がいるかと思うと行く気がそがれるのだが、先週の騒ぎの後で行かないのでは、こちらに後ろ暗いことがあるように思われてしまう。 ティアの恐がりようを思うと、さらに気が引けるのだが、それでも俺はやはり、いつも通りに行くべきだと思ったのだ。 そんなことを考えていたら、いつも行く時間より、一時間ほど遅くなってしまった。 俺はティアを連れて、ゲームセンターへと向かった。 いつものように、店内に入り、武装神姫のコーナーに足を向ける。 ……気のせいだろうか。 ざわついていた店内の空気が変化したように思えた。 バトルロンドコーナー特有の喧噪がなりを潜め、いきなり空気が重くなったような感じだ。 よく見れば、コーナーの誰もがバトルに熱中している風ではない。 みんな、隠れるような視線で……俺を見ていた。 眉をひそめる あの井山みたいな奴が来たからといって、こんな風に迎えられるいわれはないはずだ。 だが、武装神姫のプレイヤーの誰もが、何かやっかいなものを見たような視線で俺を見ている。 俺がどうしようかと迷って立ち止まっていると、店の奥から長身の男が現れた。 大城だ。 「大城、これはどういう……」 「遠野、悪いことは言わないから、しばらくここに来るのはやめておけ」 大城は、らしくない難しい顔をしながら、そう言った。 俺が来たときに言う言葉を決めていたかのように、はっきりと言い切った。 「なんで」 短い一言が硬い口調であったのを自覚する。 食い下がった俺に、大城は黙って一冊の薄い雑誌を差し出した。 週刊のゴシップ写真誌だ。 下世話な芸能ニュースを中心に、サブカル的な内容も扱う、はっきり言って低俗な雑誌だった。 大城から受け取った雑誌は、神姫のオーナーの間では有名だった。 神姫の記事が毎週載っているためだ。 その内容は真面目なものではなく、神姫のグラビアとか、有名神姫のゴシップとか、そう言うたぐいのもの。 俺は興味がなかったので、ほとんど目を通したことはない。 俺はその雑誌をパラパラとめくる。 雑誌の真ん中あたりに、袋とじページがあり、開封されていた。 その扉ページには、『衝撃! 淫乱神姫の過激プレイ、その中身』という、まったくひねりも何もないタイトルが、奇妙な字体で書き殴られていた。 ページをめくる。 「あっ……!」 俺の胸ポケットで、ティアが絶句するのと、俺の脳内にハンマーが振り降ろされたのは同時だった。 そのグラビアに写っているのは、ティアだった。 いや、グラビアなんかじゃない。 グラビアだったら、少なくとも被写体の美しさを表現しようとする姿勢が見て取れるはずだ。 そんな姿勢は欠片もない。 あらゆる方法で汚される神姫を、より扇情的な構図で撮影した写真、だった。 なんで……ティアの過去は海藤くらいしか知らないはずなのに。 なんで、この記事で『T県、T駅前のゲームセンター常連神姫・T』なんて伏せ字で名指しされてる!? しかも、ティアの画像には、目隠しされていない。 ティアを知る人が見れば、間違いなくティアだとわかる。 「……なんだよ、これは……」 「それはこっちのせりふだ。なんなんだよ、これは」 大城が厳しい表情で俺を見た。 「まさかお前、ティアにこんなことさせてるんじゃないだろうな?」 「するわけないだろう!!」 返す答えが大きな声になってしまったのも、仕方ないことだと思う。 冗談でも、俺がティアを慰みものにしているなどと、言ってほしくはない。 「だろうなぁ。お前がそんなことするタマとは思ってねぇよ。 だがな、疑問はある。 この写真はティア以外には見えねぇ。そして、いつ、誰がこの写真を撮ったのか?」 「……奴か」 「だろうな。だが、それが本当だとすると、井山が言っていたティアの過去も本当だということになる」 ……妙なところで鋭い奴だ。 大城の言うことは全くの正論で、否定の言葉も見あたらない。 俺は拳を握りしめる。 「……たとえそうだったとして、今のティアと何の関係がある?」 「関係はないかもしれねぇ。だけど、気持ちじゃ納得できねぇよ。 言っちゃぁ悪いが……神姫風俗は違法だぜ? 犯罪に関わった……しかも、こんな姿を公開された神姫とバトルしたいと思うか?」 「だからそれは……!」 俺の反論を、大城は右手を挙げて制した。 「わかってる、お前は下心あるような奴じゃないってことはよ……。 でも、考えてみろ。今ここでお前が意地を通してバトルしようとしたって、誰も応じてくれやしない。 それどころか心ないヤジや噂話に、つらい思いをするのはお前達だぞ?」 そう、わかっていた。 今この状況で、俺が意地を張ってバトルをしようとしても、応じてくれる対戦者などいないことを。 それでも、俺は納得できなかった。 俺達は何か悪いことをしたか? ただバトルロンドをプレイしようとすることが、悪いことかよ? 俺と出会う前のティアは、確かに違法行為をしていたのかも知れない。でも今は、素体も標準的なものに換装されて、俺の神姫として登録されている。 それに、ティア自身が何か悪いことをしたか? ティアに違法行為をさせたのは神姫風俗の経営者で、法に触れると知りながら彼女を汚したのは、井山みたいな連中じゃないのかよ? 俺はぶつけようのない不満を握りつぶすように、強く強く拳を握る。 何とか無理矢理、自分を納得させようとする。 それでも頭が沸騰して、言葉にならない。 つかの間、俺と大城の間に沈黙が流れた。 それを破ったのは、別の方からかけられた声だった。 「ああ、ああ、遠野くん! 困るんだよねぇ、ああいう人を連れてこられちゃあさぁ!」 「店長……」 俺を見つけた店長は、あわてて側までやって来て、そんなことを言った。 店長は二十代半ばくらいだろうか。小柄で童顔なので、実際は学生のように見える。 人がよく、いつもにこにこと笑っている人だ。 それが、今は迷惑そうな顔で俺を睨んでいる。 「ああいう人って……井山みたいな奴のことですか」 「ちがうちがう! 黒い背広の、いかにもそっちの人って感じの連中だよ!」 店長の話では、午前中に一度、三人組のダークスーツ姿の男達が来店したという。 そして店長にこの雑誌を見せながら「この神姫がバトルしに来ていないか?」とほとんど脅迫めいた口調で尋ねたのだ。 店長は、知らぬ存ぜぬで切り抜けたらしい。 店長にしてみれば、やっかいごとを避けたい一心だったようだが、俺達にとってはありがたい話だった。 男達は、この神姫が来たら教えてほしいと言って、去っていった。 おそらくこの男達は、神姫風俗「LOVEマスィーン」の関係者だろう。 俺がティアを見つけたときに会った男達と特徴が同じだ。 「すみません。ご迷惑をおかけして……」 「ほんとだよ……君も常連さんだから、言いたくはないけど、しばらく店に顔を出さないでくれよ。 僕の方は何も知らないってことにしておくから」 店としては最大の譲歩なのだろう。 俺達のことを話さないでいてくれるだけでも、よしとせねばなるまい。 あんな手合いがやってきたのは、俺達にも責任があると思う。 店長はブツブツと文句を言いながらも、最後は俺の肩をたたいて、去っていった。 こうなってしまっては、店に迷惑がかかってしまう。 認めたくはないし、納得は行かないが、ここは立ち去るしかない。 俺は大城に手を挙げて、きびすを返した。 ふと気付いて、声をかける。 「そういえば、今日は久住さんは来てないのか?」 「……あの記事を見て、すぐに帰ったよ」 「そうか……」 少し胸が痛む。 ティアの過去は、むやみに人に話したリする種類のものではない。 だが、久住さんや大城にも黙っていたことは、俺にも責任があると思う。 特に久住さんは女性だから、何も知らずにこんな写真を見せられればショックだったろう。 「すまないな、大城」 「……」 大城はらしくもなく口ごもる。 わかっていた。 俺に「店に来るな」という嫌な役目を、大城が自分からかって出たことくらいは。 友達だから、相手にとって嫌なことでも遠慮なく言う。 それはそれで奴らしい。 そう考える俺の頭はようやくに冷えて、一抹の寂しさが心の中に積もりつつあった。 俺は大城に背を向け、ゲーセンの出入り口をくぐった。 結局のところ、納得などしていない。 ただ、現実を認識し、俺が一歩引いて、意地を通すのをやめただけだ。 帰り道も、家に着いてからも、俺は考え続けている。 風俗にいた神姫を保護して、自分の神姫として登録し、バトルロンドに参戦した。 武装はオリジナルだが、違法パーツは使っていない。公式戦にもエントリーはしていない。 近場のゲームセンターで草バトルを繰り返した。 それだけだ。 俺は誰もだましていたわけじゃない。 だけど、ティアの過去が、神姫風俗というものへの認識が、どのようなものなのか思い知らされた。 神姫のオーナーであれば、パートナーとして大事にしている神姫を、性のはけ口として弄ぶその行為自体、受け入れられないだろう。 (お互い同意のもとのスキンシップならば、また別なのかも知れないが、俺にはよくわからない) その気持ちはわかる。 だが、もはや風俗の神姫ではないにもかかわらず、なぜティアは受け入れられない? 武装神姫としてバトルにいそしんでいる姿は、誰もが知っていることだというのに。 ティアの過去がどうあれ、俺以外の誰に迷惑がかかるというのだろう? ……いや、ゲーセンの店長には迷惑かけているか。 確かに、あの黒服連中が店に出入りするようになったら、店長にしてみれば大きな痛手だ。 それを理由に店に来なくなる客もいるかもしれない。 その点については、申し訳ないと思う。 俺達のことを黙っていてくれるという店長には、むしろ感謝しなくてはいけないだろう。 だが、直接の原因は俺達か? ティアが、風俗にいたことが悪いというのか。 俺は、断じて違う、と言いたい。 神姫はオーナーを選べない。そしてオーナーの命令は絶対だ。 風俗にいる神姫は、どんなに嫌でも、違法であっても、身体を売る以外に為すすべがないのだ。 ティアはもう何度も何度も傷ついた。 もう十分だろう。俺のもとにいて、同じように傷つく必要なんてない。 それでも、ティアは受け入れてもらえないのか。 風俗にいた神姫というだけで、この先ずっと認めてもらえないのか。 そこまでいくと、もう社会的通念の問題で、俺個人の力ではどうしようもないことだ。 それはわかっている。 頭では理解できている。 納得できていないのは、俺の感情だ。 為す術のない自分の力不足に、不満であり、怒っている。 やっとたどり着いた、武装神姫オーナーとしての道を突然閉ざされたことに怒っている。 俺達が今までしてきたことを、誰もが手のひら返したように否定する態度が、納得行かない。 けれど、頭でどんなに考えたところで、結局俺一人の力なんてたかがしれており、何をしたところで、問題解決にはならない、という結論に達する。 堂々巡りだ。 俺は額に手を当て、ため息をつく。 以前、海藤が言っていた言葉を思い出す。 「どんなに君が否定しても、神姫風俗とのつながりを疑われるよ」 ああ、そうだな、海藤。君の言うとおりだ。 俺は今、自分の無力さに打ちのめされている。 こんなどうしようもない状況に誰がした? 俺じゃない。久住さんや大城でもない。ゲーセンに集まる常連さん達や、店長でもない。 誰だよ、俺達をこんな状況に追い込んだ奴は。 俺の視線が、不意に机の上の神姫をとらえた。 クレイドルの上で膝を抱え縮こまっている。 ゲーセンであんなことがあってから、一言もはなさず、落ち込んでいる。 俺の神姫。 ティアが、顔を上げた。 視線が交差する。 ……俺はどんな顔をしていただろうか。 ティアの愛らしい顔が、みるみる恐怖に塗りつぶされていく。 ……なぜだ? なぜそんな顔をする? 「ティア」 「ひっ……!」 俺の呼びかけに、ティアは頭を抱え、ますます縮こまる。 「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」 まるで、壊れてしまった音声メディアのように。 謝罪の言葉を繰り返し繰り返し唱え続ける。 俺は。 俺はバカか。 俺は一瞬でも、ティアが元凶だ、などと疑ってしまったのか。 今回のことで、一番傷ついたのはティアのはずだというのに。 「違う……お前が謝ることなんてない」 絞り出すようにかすれた声。 ちゃんとしゃべったはずなのに、その声色には悔しさが滲んでいる。 「ちがうんだ」 言い聞かせるようにつぶやく。 誰に? きっと、ティアと自分自身に。 マスターとして自分の神姫を守れなかったふがいない自分に腹が立つ。 ティアにこんな顔をさせてばかりな自分が悔しい。 俺は前に言った。 ティアに、普通の神姫でいてもいいと、教えてやりたい、と。 俺が望む以外に、ティアが俺の神姫になる資格があるのか、と。 ……何様のつもりだ。 俺は、こうして怯え、傷ついているティアに、何一つしてやれていないじゃないか!! それで、一瞬でも、俺をこうして苦しめているのはティアじゃないか、なんて考えて。 俺の方こそ、ティアのオーナーでいる資格がない。 やり場のない怒りを鎮めるため、両の拳をきつくきつく握りしめた。 次へ> トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1945.html
『セルノとぼくの初対面』 「…あいからず重い」 四階建て団地の階段をのぼりつつ、ぼくは呟いた。 2036年にもなって未だに階段しかない設計はどうかしていると思う。 それに、今背負ってるデイバックに入ってるものが重すぎるのだ。 武装神姫を買ったのは初めてではない。 現に今、家の中で猫がグースカ寝ていることだろう。 今回は二人目、新発売の子をお迎えしたわけだ。 しかし本体+クレイドルは非常に重い、こんなに重いものなのか? 「重心が後ろに偏ってるんだから、転んでもおかしくないよなぁ」 つるっ 「あ」 きのう降った雨のせいで階段が滑りやすくなっていた。 で、足を滑らしたわけだ。 いくらなんでも、話題をだした途端に起こらなくても… とか考えてたら、床に叩きつけられた。 だけど、パンパンになっていたデイバックのおかげで頭をぶつけずに済んだ。 すごく鈍い音がしたけど大丈夫かなぁ…。 「ぅぎゃう~ぅっ」 なんかうめき声が聞こえるので、その場でバッグを開けた。 クレイドルは無事だが、本体の箱がつぶれている。 中身を取り出すと小さな手がビクビクふるえながら伸びてきた。 「大丈夫かい?」 這い出てきた小さな少女は青い目でぼくを見据える、目に涙をうかべながら。 「い、痛かったです…」 彼女は"ゼルノグラード"、Arms in Pocket社の新商品だ。 「ごめんごめん。でも助かったよ、きみの箱のおかげで頭を打たなくてすんだからね」 「自分より箱ですか…orz」「そういうわけじゃないって!」 その後彼女をなだめるのに、ぼくは数時間を費やしてしまうのだった。 こうして、ぼくとゼルノは出会った。 著者:第七スレの6 単発作品用トップページ トップページ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1182.html
「フフフ…遂にこの時が来たか」 「どうしたの隆斗?変な顔になってるよ」 にやける俺の手には一枚のチケット 『武装神姫バトルロンド関東大会』 全国大会程大きくなはいが初めての公式大会になる 出場を決めたのには腕試しだけでなくただ俺自身が楽しくなってきた事が理由にある あの特訓の後も俺と可凜はバトルを重ねた。 しばらくは五分五分だった勝率も、徐々に上がってきている。 何よりも俺はマスターとしての喜びも感じてきた。勝っても負けても、可凜の意見を聞き指示を出しちゃんと一緒に戦えている実感がするからだ。 それにそろそろ学校以外の神姫仲間も欲しい所だし。話すといっても掲示板とかばかりだしな。 「今から胸が踊るってもんだな」 「…うん」 「?どうした?」 見ると可凜は穏やかな笑顔で俺を見ている。 「何か嬉しいんだ。隆斗がポクと一緒に一喜一憂してくれたり、『神姫』を気に入ってくれたみたいだし」 「そうだな、生活においても戦うという事に関してもこんなに奥の深いもんだとは思わなかったし、楽しいものだとは知らなかったな。今じゃすっかり…なw」 「うん、…頑張ろうねっ隆斗。」 「応よっ勿論だっ」 二週間後 俺達は卓三達とも合流し、予定通り会場に着いた。 「……流石にでかすぎねぇか?ココ」 会場(ドーム状)の大きさは俺の想像を越えていた。 この馬鹿でかい所が全部大会の会場だというんだから感嘆だ。 早速大会受け付けを済ませる。 この大会の形式はA~Dブロックの4つにわかれ、それぞれでトーナメントを行い、トップ4組の準決勝と決勝を行う形式のようだ。 隆「控え室とかはないんだな」 卓「あるのは準決以上だったかな、出場者も多いし。トーナメントの端っこはゲーセンとかそこらでぶらついてろって事さ」 大「なら他の試合を観戦しとくのが1番だね、次の対戦相手がわかるかも知れないし、戦法もわかる」 つまりは自分も見られる立場になる訳だが、まぁ初参加など他は見向きもしないだろうな。 「OK、敵情視察といくか。俺達はBブロックだったな。行くか、可凜」 「うん。」 卓「俺らはAとD、暇になったらそっちも観に行くぜ」「応~」 俺達は散開しそれぞれのブロックを観に行く事にした。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1398.html
鋼の心:外伝 ~Eisen Herz~ 扉の向こうには喧騒がある。 騒ぐ少年の声。はしゃぐ少女の声。 お祭りのような、心地の良い騒々しさ。 誰もが笑い、誰もが歓喜するそんな空間。 だからいつも思ってしまう。 この扉を開ければ、きっと………。 そんな事、叶うはずも無いと知っているのに、希望だけは捨てられなかった。 そんなはかない希望でも無くては、もう、耐えられはしなかったから。 扉を開ける。 世界は静寂に包まれた。 ぷれころ(美空編) 伊東美空の父親はヤクザだった。 伊東観柳斎。近隣を支配する伊藤組の組長である。 対外的には建設会社伊藤組。あるいは伊東建設をはじめとした、様々な事業を展開する総合企業の社長である。 そういう意味では美空は社長令嬢とも言えた。 だがしかし、噂は残酷にも真実を抉り出す。 『伊東美空の父親はヤクザだ』 そんな噂が流れれば、もともと口下手で人付き合いの下手な美空は、あっという間に孤立した。 話しかける者は居なくなり、誰もが彼女との接触を控えるようになった。 生徒のみならず教師まで。 彼らを責める事は出来ない。 もともと寂れた漁港であった天海市は、近年の大規模開発により精密機器を扱う日本有数の工業地帯として生まれ変わった。 漁港も大幅に改装され、漁船が消えた変わりに工業製品を運ぶ貨物船が錨を降ろすようになった。 住人も大部分が入れ替わり、生徒も教師も長年この地に住み着いたものではなく、移入して来た者たちが大半となる。 彼らにとってのヤクザとは、愉快なお祭り好きの集団でも、消防や警察的な活動をする自警団でも無かった。 単純にして忌避すべき暴力集団。 それは他所においては全くの事実だったのかもしれない。 だから、彼らが伊藤組を恐れたとして、その娘である美空を恐れたとして、彼らを責めるのは酷と言うものだろう。 唯一つ、彼らに罪があるとすれば、伊藤組の、美空の、噂ではない本当の姿を見ようとしなかった事だろう。 未だ幼い美空にも、自分が孤立する原因はすぐに分かった。 それでも他人に働きかけられるぐらい強い娘であれば、いつかは解決した問題なのだろうが、美空にその強さは無かった。 彼女が取れる解決策は一つだけ、父親にヤクザを止めてもらう事だけだった。 ―――ピシッ!! 頬を叩かれた感触より先に、耳元でした破裂音の方が信じられなかった。 『お嬢、そいつはいけません』 痛みは無い。 『この辰由、一生のお願いでありやす』 辰由に、いつでも自分を守ってくれた辰由に…。 『そいつだけは、どうか親父さんには言わないでやって下さい』 絶対に自分の味方である筈の辰由に叩かれた。 そして。 『………どうか、…お願いです』 辰由が、土下座をして頭を下げている。 どんなワガママも苦笑しながら何とかしてくれた辰由が、それだけはダメだときっぱりと示したのである。 ならば。もはや美空に打つ手は無かった。 諦める他、無かった。 永倉辰由が、そして多くの人間が…。 伊藤組によって、伊東観柳斎によって救われていた事を、美空が知るのはまだ先である。 扉を開ける。 喧騒は消え、静寂と視線が美空に突き刺さる。 この扉は警報だった。 美空が入ってくるのを知るための警報。 それを期に、喧騒は静寂と小声の会話に切り替わる。 美空は俯いたまま、静かに最後列の窓際に座った。 そこが彼女の指定席であり、その周囲はクラスの誰もが忌避する席だった。 …耐えるしかない。 辰由にさえどうにも出来ない事だ。 小さな美空にどうにかできる訳も無い。 …耐えるしか、無かった。 他に方法を知らなかった事もある。 そして皮肉にも、変えるだけの心の強さはなくても、耐えるだけの心の強さはあったのだ。 だから、登校を拒否する事も、不平を言う事も無く、耐えてしまった。 耐えられているがゆえに、誰も気が付かなかった。 …もう、美空が限界だと言う事に。 世界は悪意に満ちている。 家と、そこに住む者だけが唯一の味方で。 なのに、彼らが味方であるがゆえに、彼女は孤立する。 結局のところ、誰も悪くは無いのだ。 父親と、家族(組員)達の評判も。 教師の不理解も。 子供達の忌避感も。 それを植えつけた親達が抱く恐怖も。 結局のところ、誰も悪くない。 単に、美空の運命がそういうものなだけだ。 でも、もう美空には耐えられそうも無かった。 もうこれ以上、一人ぼっちで居る事に、耐えられそうも無かった。 土曜の夕方。 美空は公園でブランコに腰掛ける。 小学校の高学年ともなれば、もはやブランコで遊ぶ事も無いのだが、そもそも友達と遊んだ事の無い美空にはどんな遊具も新鮮なものだ。 始めは単に遊ぶ子供たちを眺めていただけ。 それでも、それが美空だと言うだけで。…やがて、公園で遊ぶ子供は居なくなった。 今やこの公園は美空のものだ。 誰も居ない孤独な王国。 …違う。 美空が欲しいのは、こんな物ではなかった。 「貴女、貴女。何をしてますか?」 「え?」 不意に話しかけられ、美空は慌てて顔を上げる。 家の外で誰に話しかけられたのは久しぶりだった。 誰だろう? 「………?」 誰も居ない。 幻聴と言う奴だろうか。 「ほんとに、もうダメなのかな………」 ポツリと呟く美空に再び声がかかる。 「下です、下。足元、足元ですのよ?」 「え?」 言われるままに下を向くと、そこには人形が居た。 「ようやく気付きましたの?」 「人形が喋ってる…」 「人形じゃありませんわ。神姫、神姫です!!」 神姫と名乗った人形はそんな事を言いながら手足をばたつかせる。 暴れているつもりの様だ。 綺麗なツインテールの赤毛がふりふりゆれる。 「うわぁ………」 思わず抱き上げた美空に驚き、人形は更にじたばた暴れ始めた。 「降ろしなさい、降ろしなさい。無礼ですわ!! 非礼ですわ!!」 とりあえず離れたくなかったので、膝の上におろしてみる。 「全く全く。私とした事がこんな子供に、こんな子供に捕まるなんて。何たる油断、何たる迂闊」 「人形さん。どうして喋ってるの?」 「人形じゃありませんわ。違うのですわ。神姫、神姫なのですわ!!」 「神姫さん?」 「違います、違いますの!! 私の名はストレリチア!! ストレリチアという立派な名前があるのですわ!!」 「すとれちあ?」 「ストレリチア!! ストレリチアですわ!!」 「すとれいちあ?」 「違うのです、そうじゃないのです!! ストレリチア!! ストレリチアですってば!!」 「…す、すとれりちあ?」 「そうですわ、正解ですわ。やれば出来るじゃないですの。上出来じゃないですの!!」 嬉しそうにニコニコする人形。 「さて、名前を覚えてもらった所で質問ですわ、お尋ねですわ」 「…?」 「天海中央通りにあるセンタービルへ行きたいのです、行かねばならぬのです!!」 「センタービル? レストランのある所?」 「レストラン…? ………ああ、確かにあるのです、存在するのです。そこに違いないのです、確定なのです!!」 「センタービルに行きたいの?」 「そうですわ、その通りなのですわ」 人形は、ブランコに座る美空の膝の上でうんうんと頷く。 「そこで貴女にセンタービルまで案内させて上げますわ、してもらいますわ」 「………うん。いいよ」 誰かに物を頼まれるなんて久しぶりだ。 必要とされるのなら、どんな願いだって聞いてあげたかった。 「私のマスターと言うのが、これはこれはさびしんぼなのですわ。一匹狼なのですわ」 美空に抱きかかえられたまま、人形は良く喋った。 聞いてもいない事を自分からいっぱい話し、美空を飽きさせない。 家族以外と話すのは久しぶりの事だ。 美空も悪い気はしなかった。 「おまけに人相も悪いのですわ、悪人面なのですわ。まるで何処かの海賊なのですわ、眼帯女なのですわ」 「へー」 「ああ…。でもお人好しなのですわ、善人なのですわ」 悪人面の善人。 美空にはちょっと想像がつかなかった。 「この前なんか、横断歩道でおばあさんの荷物を持ってあげようとしたら、メチャクチャ怯えられてましたのですわ、大笑いですわ」 そりゃ、眼帯の人がいきなり荷物をお持ちしましょうか? とか言ってきても怖いと思う。 そのおばあさんも難儀なことだ…。 「おまけにウッカリ者なのですわ、そそっかしいのですわ。私達が着いていないと心配なのですわ、不安なのですわ」 …おまけにウッカリさんらしい。 「この間なんか、バイクの鍵をトランクルームに閉じ込めちゃって半泣きになって抉じ開けてたら、おまわりさんに見つかって職質されたのですわ、バイク泥棒と間違われたのですわ、お間抜けなのですわ」 …想像以上にウッカリさんらしい。 「…貴女、その人のこと好きなんだ?」 「もちろんですわ、当然ですわ。私の唯一人のご主人様なのですわ」 人形、ストレリチアはそう言って微笑んだ。 「ああ、見えて来ましたわ、発見したのですわ」 人形が指差すのは件のセンタービル。 「これでようやくマスターと落ち合えるのですわ、合流できるのですわ」 そう言って、人形は美空の腕から飛び降りる。 「あ…」 「ここまで来れば大丈夫なのです、問題ないのです。あとは一人でマスターを探すのです」 ぺこり、とお辞儀をする人形。 それはまぎれも無く別れの挨拶だった。 「ま…。まって!!」 「?」 「…あ、あの…。も、もう少し…、一緒に…。…居たい」 「………」 何かを考えるような人形の目。 そして、人形は口を開く。 「ごめんなさい。私はマスターの神姫なのです。…だから、貴女とずっと一緒に居る事は出来ないのです、不可能なのです」 「………」 「………」 沈黙がその場を支配した。 「………。ありがとうございました」 そう言って、今度こそ人形は雑踏の中へ消えてゆく。 何も言い残さなかったのは多分、二度と会うことの無い少女へ、未練を残さぬため。 …未練を、“残されぬ”ため。 それがきっと、その神姫に出来た唯一の誠意だった。 「………」 失意の美空は呆然と街を見る。 先程まで二人で居たときと同じ景色なのに、それは妙に色あせた味気ないものに見えた。 「………!!」 そして、それが目に飛び込んできたのは只の偶然。 だがしかし、美空の目に確かに映る四文字は『武装神姫』と見えた。 『ごめんなさい。私はマスターの神姫なのです。…だから、貴女とずっと一緒に居る事は出来ないのです、不可能なのです』 彼女はそう言って去っていった。 ならば、もし…。 「…私の神姫だったら?」 美空は惹かれる様にその店のショーケースに近づいていった。 そこにあるのは5体の人形。 先程の人形とは多少違うが、全体的な造りは良く似ていた。 ラベルには『武装神姫』の文字と値段。 「………」 高い。 …だがしかし、美空に手の届かない額でもなかった。 家に戻り、自室の机の引き出しの、その一番下を開ける。 中には古風な豚さん貯金箱が4つ。 四年ほどかけて溜め込んできたお年玉とお小遣い。 いつか友達が出来たら、その子と一緒に使おうと思って貯めてきたお金。 クラスの皆がお小遣いを使って遊ぶ中、美空はいつか使う日を夢見て貯め続けてきた。 でも、このお金で友達が出来るのだとしたら…? それは、単に“友情を金で買う”という行為ではない。 何も出来なくなったと思い、ただ耐えるだけだった美空が、初めて自分の意思で世界を革変し、友を得ようとするための試み。 その時初めて、美空は“能動的に世界を変えようと”手を伸ばした。 砕け散る音は丁度4つ。 砕けていく物はきっと…、四年もの間、彼女が世界に対して張った“諦め”と言う名の防壁だった。 「おじさん、『武装神姫』頂戴」 「え?」 ホビーショップの店番をしていた中年の店主は少女の言葉に目を丸くした。 元々、近所の子供相手にプラモデルやカードを売るような小さな店だ。 武装神姫と言う玩具自体は、値段の桁数を一つ間違えて見ていた為、子供向けの人形と間違えて注文してしまっただけの物だった。 何に使うのか知らないが、こんなに高い人形など売れる訳も無い。 そう諦めてさっさと降ろし元に返品しようと思っていた矢先である。 当然店主は勘違いをした。 「お嬢ちゃん、これ凄く高いよ? お小遣い、たくさん必要だよ?」 「数字ぐらい読めるわ、いいからさっさと頂戴!」 少女の出した金額は年齢とはかけ離れたものだった。 「………」 店主は武装神姫には詳しくないが、長年子供相手の商売をやってきた自負はある。 金の見極めには敏いつもりであった。 親の金を纏めて持ち出したのでない事は、札に付いた不揃いな折り目からすぐ分かる。 折り目が妙に小さいのは、何か小さな袋に入れるためだろうか? つまり、お年玉の類であると言う事だろう。 そして、少女自身の目。 悪い事をしている後ろめたさは欠片も見られない。 なるほど、要するに彼女は、これだけのお金を貯めてまで、あの人形が欲しいと言う事なのだろう。 ならば、売るだけ売ってみよう。 彼女が返品に来たら快く受け入れてやるつもりで、店主は少女に言った。 「で、どれが欲しいんだい?」 「どれでもいいわ。選ぶ物ではないのだから」 少女の答えの意味など理解できなかったが、店主は1番端の白い箱を包んでやる事にした。 武装神姫を買った。 待ちきれずに近くの公園で箱から出してみる。 「………」 生首だった。 「…あれ?」 首無しの胴体が後から出てくる。 他にも次々と箱から出てくる訳の分からないパーツの山。 「………???」 さて困った。 どうやれば、さっきの人形みたいに動いたり喋ったりするのだろうか? 説明書の難しい説明を斜め読みし、図解の通りに付属のチップ、CSCとか言うものを胸部の穴に押し込んでみる。 「…入らない」 逆だと気づくまで約10分。 何とかチップを入れ終えて、胸パーツを付け、首をつなぐとようやくさっきの人形と同じような形になった。 「…これでも動かない?」 難しい説明書を何とか理解できる範囲で読み解いてみれば、パソコンによる複雑な設定とかが必要なようだ。 「パソコン…? 確か、サブロウが持ってたと思うけど…?」 最近組に入った山南三郎という青年がパソコンに詳しかった筈だ。 お願いすれば教えてくれるだろうか? そんなことを考えていると、不意に目の前に人が居る事に気づく。 「おや、お嬢ちゃん。どうしたね?」 今日はよく話しかけられる日だ。 顔を上げれば見知らぬ老人が居た。 「そうかい。なら、おじちゃんがやってあげよう」 「いいの?」 「いいとも。おじちゃんも神姫が大好きなんだよ。お嬢ちゃんが神姫を大事にしてくれるならそれでいいとも」 「…うん。大事にする」 老人は美空の返事に目を細めて頷いた。 「ようし、それじゃあおじちゃんがこの神姫に魔法をかけてあげよう」 「魔法…?」 「そうとも。おじちゃんはね、こう見えても実は魔法使いなんだよ?」 老人はそう言って、美空に目を閉じるよう促す。 「1,2,3,そら!!」 「………」 老人の掛け声で目を開けるが、何かが変わったようには見えなかった。 「…何もおきないよ?」 「大丈夫。ちゃんと魔法は掛かったよ。………この子がいつまでもお嬢ちゃんと一緒に居られるように、おじちゃんが魔法を掛けたからね。これでもう、ずーっと一緒だよ」 「ホント!?」 それこそが美空の欲しかったもの。 「本当だとも。さあ、あとはもう少し待てば目を覚ます筈だよ」 「ありがとう、おじいちゃん」 「…おじいちゃん」 まだ60前だ。せめておじさんと呼んで欲しかった男は少し落ち込むが、グズグズしてはいられない。 「さて、おじちゃんはそろそろ行かなきゃな」 「行っちゃうの?」 「ああ。お嬢ちゃんも元気でな。その子といつまでも仲良くしておくれ」 「うん」 美空は笑顔で頷き、去ってゆく老人を見送った。 「FrontLine製MMS、アーンヴァル起動します…」 天使をモチーフにした15cmの少女が目を開ける。 「…うわぁ、動いた」 目を覚ましたアーンヴァルが感嘆の声に顔を上げれば、そこには小さな女の子の姿があった。 「…貴女が私のマスターですか?」 「…はい。私の神姫になって下さい。………それで、友達として、ずっと、一緒に居て下さい」 その赤い瞳を覗き込み、真摯な眼差しで美空はそう言った。 「………分かりました、マスター。…私の名前はフェータです。…どうぞよろしくお願いします」 神姫。フェータはそう名乗り、己が主となった少女に微笑みかける。 「…では、マスター。お名前を教えてください」 「うん、私はね…」 美空はそう言って、自分自身の力で手に入れた初めての友人に、恐れる事無く自らの名を名乗り上げた。 ―――AnotherSide. 「見つけましたよ。芹沢教授」 「………君か」 老人は眼帯の女を睨む。 「…まだ彼女の立てた計画を取り止めるつもりは無いのかね?」 「…私が止める訳が無い。彼女の意思どおり、私は全ての神姫をこの世から消し去る」 「…ふん、悔しいが彼女の創ったものは素晴らしいよ。神姫はこれからどんどん世に広まるだろう」 その才能に何度も嫉妬を感じた相手、眼帯の女の行動原理である“あの少女”を褒め称える老人、芹沢。 彼女と、彼女の行動原理となっている“あの少女”が持つ才能の前に、芹沢の続けてきた40年以上の努力は霞んでしまったのだ。 ゆえに憎みもした。 妬みもした。 だがしかし、全てが終わってみれば、残っていたのは純粋な畏敬の念だった。 「これからどんどん増えゆく神姫の全てを一人で狩るつもりかね、君は?」 「…ご冗談を」 眼帯の女は哂う。 「…とぼけるのも大概にしていただきたい。………私が貴方を探していた理由など一つしか無いではないですか」 「………っ」 「さあ、返して貰いますよ。アレは元々彼女の物だ。…完成見本としてコピーされた12機のうちの一つとは言え、見逃す事はできない」 「…なるほど、やはり各企業に送られた完成見本を、破壊して回っていたのは君か?」 「もちろんです。あの12機はオリジナルからの直接のコピー品だ。それが生きて動き回っているなど許せない」 ―――生きて。 眼帯の女は神姫が動く事を、そう評した。 「………ふむ、しかし、それだけではあるまい?」 「………」 眼帯の女は、その顔を不愉快そうに歪めた。 嫉妬と妬みが落ちた後、芹沢に残ったのは、武装神姫と言う革新的な技術を世に送り出した“あの少女”の才能に対する敬意と、自らがそれに関わる事が出来たことに対する誇り。 一時は無駄であったと嘆いた自らの努力の40年が、こうして形となって世に広まってゆく満足感。 だから芹沢はそれを誇りに思うし、彼女達を誇りに思う。 “あの少女”が、あんな事を言い出さなければ。 「『全ての神姫を消し去る』…か。………その為にはオリジナル以外のコピーは邪魔なのだろう?」 「…っ!! 貴様、何処まで知っている?」 「全部だよ。…もはや独りきりの君が取りうる手段などタカが知れている。その手の手段では、どうしてもオリジナルのコピーは自分の手で破壊しなければならないからな」 「………ふっ。…知っているのなら話は早い。他のコピーは全て破壊した。つまり、貴方のアーンヴァルで最後だ、ここで破壊させてもらう」 「…ふん。出来んよ、君には…」 芹沢は笑う。 多分。出会ってから初めて、彼女達を出し抜けたのだから。 「もうね、わしは持っておらんのだよ」 「…なっ、何っ!?」 「棄ててしまったのさ」 「…嘘だ!!」 眼帯の女の声に殺気がこもる。 誰よりも神姫を愛する彼女には、芹沢の取った行動は許せない物なのだろう。 だからこその矛盾。 愛するものを、壊さねばならない矛盾。 そんな悲しい矛盾だけが、この女に残された最後の意志なのだろう。 目の前の女は、老い先短い自分よりも遥かに、心だけが死に逝く途上にあるようだった。 「嘘かどうかなど確めようがあるまい? …わしに延々と張り付くかね? …それともゴミ捨て場を一つづつ漁るかね? …どちらにせよ、最後のコピーを見つけるまで、君は次の行動に移れない」 つまり、全ての神姫を殺してしまう事は出来はしない。 それこそが芹沢にできる唯一の延命措置。 彼女が最後の一体を見つけるまで、武装神姫に終焉など来させはしない。 「じゃから、これで最後じゃ」 そう言って芹沢は橋の欄干から身を乗り出した。 「…芹沢教授!?」 「最後の一体の名前も居場所も知らない君が、彼女にたどり着く唯一の道はわしじゃからな。…これでもう、君には最後一体を探せない」 そう言って、芹沢は国道の上に飛び降りた。 「…やってくれる、あの老人…!!」 わははははははははと、トラックの上で高笑いをする老人が、国道の彼方に消えてゆくのを見送るしかない女は、そう言って歯噛みをした。 芹沢は橋の上から、走ってくるトラックの上に飛び降りたのだった。 確かに、このまま行方を眩ませられれば、自分ひとりで探し出すのは不可能だろう。 「マスター、如何なさいますか?」 眼帯の女に尋ねるのは、後にジルダリア型として『Plants Plant社』からリリースされる予定の試作型神姫。 芹沢が神姫を出し次第、破壊するつもりで潜ませていた彼女の神姫たち四名が姿を現したのだ。 「目標、探知範囲外、離脱」 「アーア、逃ゲチャッタ。あれジャア追イカケラレナイネ…」 後にそれぞれフォートブラッグ、ツガルと呼ばれる事になる神姫たちが口々にそう言った。 予期していた戦いが起こらなかった為か、神姫たちも複雑そうな表情で老人を見送っている。 「ふん、構わんさ。元より期限など無い。この命のある限り、草の根を分けてでも探し出すだけだ」 そう言って、眼帯の女は橋の上を歩き出す。 ツガルとフォートブラッグがその後に続き、ジルダリアもまた、その背を追った。 そして、その背に最後の一人が声を掛ける。 「お姉さま、お姉さま」 「…なあに?」 「なんで、どうして、マスターは芹沢教授を止めなかったのですか? 阻止しなかったのですか? …あの距離なら落下前に止められた筈です、防止できた筈です」 彼女の言うとおり、確かに女の身体能力ならば、老人が橋の欄干を乗り越える前に捉える事ができたはずだ。 しかし、ジルダリアは首を振る。 「………きっと、マスターもまた、最後の一体を見つけたくは無いのだと思いますわ」 「…最後一体を探すのがマスターの目的ではないのですか? 違うのですか?」 「………人間というのはね、『一番したい事』と、『一番しなければならない事』が食い違う事もあるのよ」 「…そうなのですか、そういうものなのですか?」 「ええ。マスターは『一番しなければならない事』を優先させたのだけど、それは同時に『一番したくない事』でもあるのよ」 ジルダリアは、そう言って主の背中に目を向けた。 「…覚えておきなさい。………マスターがそうして、自らを押し殺してまで選んだ道ならば、それを叶えるのが私達の役目よ」 「………例え、最後がマスターとお別れすることになっても…?」 「…ええ、そうよ。私はマスターの為ならば、その先にあるものが私の消滅でも構わない。全ての神姫と共に、私が死ぬとしても、それがマスターの望みなら私は構わないわ…」 「………」 「…貴女は、どう?」 「…私の望みは最初から一つだけなのです。オンリーワンなのです。………マスターのお役に立ちたい。それだけなのですよ。他には無いのですよ」 ジルダリアはその言葉に満足そうに頷く。 「…そう。…それでいいわ、私達には彼女の代わりなど勤まらない。………ならば、この身を持って主の意図に答えるのみ。出来るわね、ストレリチア?」 「…もちろんなのです、当然なのです」 そう、ジルダリアに答えたのは、公園で美空とであった神姫だった。 彼女のタイプは後に大幅な改修を受けて、『Magic Market社』の最新型神姫として販売される事になる。 そのときの名をエウクランテ。『実現する』という意味を持つ銘であった。 鋼の心 ~Eisen Herz~へ戻る ぷれころ美空編です。 リーナ編と違いメインストーリーの根幹にかかわる話です。 話のフォローとなりますが、美空はいじめられている訳では無いです。 単にヤクザの娘として敬遠されているのに加え、美空自身の人付き合いの下手さが孤立を生み出しているだけです。 ちゃんと話をして、偏見を払拭すれば友達も出来るはずですが、それ実行するのは、本人にとってとても勇気がいるものでしょう。 この話でフェータと出会い、(心が)等身大の友人を得る事で、美空はその後押しで少しずつ変わって行く訳です。 …その結果が鉄板ポシェットスゥイング(攻撃力6000)な訳ですが…(笑)。 フォローその2。 美空はこの後フェータに夢中になり、ストレリチア(眼帯女の神姫四姉妹:三女)のことを曖昧にしか覚えていません。 ストレリチア自体、非武装状態での出会いでしたし、武装したストレリチアと美空が出会っても美空にはあのときの神姫だとは分かりません。 もちろん、ストレリチアにも名前も聞かなかった少女の数年後をみて、あのときの子供だとは分からないのです。 つまり、出会っても話をしないと分からない関係ですね。 単に出会うだけでなく、ちゃんと話をして『再会』出来る時は来るのでしょうか? フォローその3。 エウクランテは、ギリシャ神話の海の神ネイレウス(ネレウス)の娘の一人“エウクランテー”が語源でしょう(イアネイラ、ティティス、ガラティア等もネイレウス娘の一人)。 エウクランテーは『実現する女』と言う意味のようです。 なにか意味深ですよね…? さて。 謎の老人、芹沢教授(←でも実は、この話だけにしか登場しないと思う)。 眼帯の女(名前の開示は旅行編の最後の方)と、彼女が行動の指針とする“少女”。 ストーリーに必要となるキャラはこれで出揃いました。 後は話とは直接関係ないサブキャラ2、3名ほどが待機中ですが………。 さて、この後はメインストーリーが突っ走るのみ………? アホな番外編とかまだ書きますが…(笑)。 次のぷれころは祐一編か、それとも祐一編は一番最後か…? なんか『?』マークが異常に多い後書きだと読み返してみて思うALCでした。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/126.html
「ありがとうございます。EDEN-PLASTICSカスタマーサポートセンターです」 マニュアルどおりの応対が、どこかのブースから聞こえてくる。 ここはEDEN-PLASTICSのサポートセンター。武装神姫の素体やコアユニットを 販売管理する、武装神姫の総本山……の対お客様最前線だ。 「マオとハウの不具合って……まだ凶暴なコのロットって残ってたんですか?」 その戦場の最前線であるスタッフブースの外れの外れ。 主任の札が出された大きなデスクの前に、あたしは一人呼び出されていた。 「みたい。対応頼んでいいかな? マオチャオの対処方法見つけたの、あかねちゃん だったしさ」 何のヘマを怒られるのかと思ってビクビクしていたから……その依頼は、むしろ 拍子抜けするほどだった。 「はぁ。じゃ、私のブースに持ってきといてください」 「ありがとね。後で差し入れ、持っていくからさ」 魔女っ子神姫ドキドキハウリン 番外編 その1 ブースに戻れば、荷物は既に届けられていた。 「あー。こりゃ、気合入ってるねぇ」 中のコのマスターはよっぽどヒドイ目にあったんだろう。箱に幾重にも巻かれた ガムテープが、その時の惨状を物語っている。 「ますたぁ。ボクの妹がまた悪いコトしたんですかぁ?」 大変だったんだなぁ……とマスターさんの事を考えていると、ブースで留守番をして くれていたマオチャオが心配そうな顔を向けてきた。 フリルの付いた白いエプロンが可愛らしいそのコは、あたしの自前の神姫。いくら 神姫のサポセンといえど、本当は私物の神姫を持ち込んじゃいけないんだけど…… ありがたいことに、みんな見て見ぬふりをしてくれている。 それに、にゃー子はマオチャオの不具合を解決した最大の功労者だしね。 「んー。別に、にゃー子が悪いことしたわけじゃないから、いいんだけどねぇ」 さて。その不具合を何とかしてでもこのコと一緒にいようっていうご主人様のためだ。 この戸田あかね、ウチのにゃー子と一緒にひと肌脱ごうじゃありませんか。 「にゃー子。そのエプロン、外しといた方が良いよ。静香が作ってくれたヤツでしょ?」 「あ、はーい」 妹(こいつがまた、手先が器用なんだ)お手製のエプロンを引き出しに仕舞い、 にゃー子が代わりに取り出したのは、秘密兵器。 「ますたぁ。おっけーだよ!」 あたしもそのうちの一本を受け取り、カッターで梱包に切れ目を入れた。 既ににゃー子は秘密兵器を構え、梱包の動きを窺っている。 「じゃ、開けるよ」 「あい!」 さっと箱を開けば、中から飛び出してきたのは猫の凶暴性をそのまま映したかのような マオチャオだ。 「それ、かかれーっ!」 「巧いもんだねぇ……」 あたしの指先にゴロゴロと頬をすり寄せるマオチャオを見て、差し入れのおやつを 持ってきてくれた主任は感心したように呟いた。 仔猫のようにあどけない顔でこちらを見上げるマオチャオは、もちろんウチのにゃー子 じゃない。ほんの五分ほど前まではそこらの野良猫よりも凶暴だった、あのマオチャオだ。 「このくらい、誰でも出来ますよー」 不具合なんていうけど、何のことはない。輸送中にうっかり電源が入ってしまい、 暗闇のストレスでシステムがオーバーフローしてしまっただけのこと。 どちらかといえば大人しい性格の一期モデルは、同じ現象が起こっても怖がったり 怯えたりするだけだった。 余談だけど、箱を開けた瞬間にマスターに抱き付いてきたり、甘えっ子な性格の神姫には この不具合が出てる可能性が非常に多かったりする。 ただ、 「ウチのストラーフがオレにべったりくっついたまま離れないんです! そのうえ 甘えん坊で、夜も一緒に寝たがって……」 なーんて苦情が来たことは、わがEDEN-PLASTICSのサポートセンターにも一度として ないわけで。こちらもその症状を、大きな不具合とは思わなかったんだけど……。 動物的な性格パターンを入れて発売した二期モデルは、同じ症状が甘えっ子じゃあ なくて凶暴化っていう形で現われたワケだ。 もちろん今は電源装置の改善がされていて、どの子もこんな不具合は起きなくなってる けど……。暗闇の中にずっと閉じこめられてれば、そりゃあ暴れたくもなると、あたしは 思う。 「ほらほらー」 反対の手には相変わらずの秘密兵器。 マオチャオの目の前にひょいと突き出してやれば。指先にしがみついていたマオチャオの 大きな瞳は、ゆらゆらと動くそれに吸い寄せられたまま離れない。 やがて顔が視線に追従し、続いて体が秘密兵器の方へと流れていく。 「はーい」 ひょい、と右手を突き出せば、秘密兵器はその手を受け流し、右手が触れることを 許さない。 その動きが面白かったのか、今度は左手を突き出すマオチャオ。 もちろん、秘密兵器は左手が触れることも許さない。 「にゃーっ!」 右、左、右、左。ゆらゆらと揺らしてやれば、さらにマオチャオはエキサイト。 有効打を与えようと必死にそれに追いすがってくる。 「ほーら、こっちにもあるよーっ!」 今度はにゃー子の秘密兵器を追いかけ始めた。 ふふ、可愛いなぁ。 「それにしても、猫じゃらしとはね……」 要は、たまったストレスを解消してやればいいだけの話。 凶暴化の症状を解消するため、猫じゃらし片手にマオチャオと戦いまくった不具合発覚 直後は……あたしにとってはいい思い出だけど、主任達にとっては悪夢のひとかけららしい。 「もう三十分も遊べば、疲れて寝ちゃうと思いますよ?」 秘密兵器その2。 神姫と同じほどの大きさがあるゴムボールを取り出し、マオチャオの方に転がしてやる。 って、アンタまで遊ぶんじゃないの、にゃー子! 「そっか。じゃ、終わったら修理セクションに回しといて。電源の交換と、太腿の修理 依頼を出してあるから」 「はーい」 そして、主任は去り際に。 「あと、いくら神姫のサポセンっていったって、私物の神姫を仕事場に持って来ちゃ ダメだよ。後でもう一回、僕んところに来なさいね?」 「えーっ!?」 ちょっと、お褒めの言葉じゃなくてお小言決定!? 「ひどいよ、主任……」 涙目のあたしなんか気にも留めず、二人のマオチャオがゴムボールで一心に遊んでいる のが……なんだか無性に恨めしかった。 トップ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1221.html
第二話「服」 午前6時50分ごろ 「…ん…」 「起きたか?ヒカル」 「ん、んぁ~…おはよう、形人。今何時?」 「何時もなにも、今日は3日の6時だ。1日中寝てたぞ、お前」 「あら…」 「それよりもホラ、買ってきたぞ」 「何を?」 「服だよ。覚えてないのかこの神田ラヴァー」 「神田ラヴァーは余計! …事実だけど」 今回形人が買ってきたのはダイソーで売っている「世界のお友達シリーズ」のカナダとイギリス。 靴以外はそのまま神姫が着ることが出来るサイズとなっている。 「それよか着てみろ。サイズは合うはずだ」 「え…でもダイソーの商品って色移りするんじゃ…」 「洗ったから多分大丈夫だ」 カナダの場合 「この靴下…生地が厚くて立ちづらい…」 「我慢しろ、元々神姫用じゃないからな」 イギリスの場合 「よく似合ってるぞ」 「?、そう?」 「帽子だけは根本からサイズが違うけどな」 「あと…ズボンがキツイ…」 ふと見てみると、パッツンパッツンになってて、まるでスパッツである 「…我慢しろ。神姫用じゃないから」 「…そのセリフ、二度目…」 「とにかく、くまさんも服も…その……ありがとう」 そう言いながらおととい買ったくまのキーホルダーを抱くヒカル 「(…可愛すぎるじゃないかこのヤロウ!)…あー、すまんヒカル。ちょっとお母さんを起こしてきてくれないか?」 「?わかった」 そう言って部屋を出て行くヒカル 「(パタン)……」 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!!(ゴロゴロゴロゴロ)」 服を着ていると印象が変わるんだなと実感しながら、悶絶する形人であった。 いとふゆ オマケ 「って何で悶絶してんの形人!?」 「ふふっ。ヒカルちゃんの可愛さに撃墜されたのね♪、ベイルアウトできずに」 彼の母もこんなんだった。 次回予告 学校、行ったことないんだよね… どんなところだろ? 頼んでみるかなぁ… 次回「学校」(N:ヒカル) 武装神姫でいこう!?に戻る トップページ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/289.html
ぱらりと、紙をめくる音が響く。 学校の帰りにコンビニで買ってきたマンガ雑誌だ。 今読んでるのは、良くあるバトルもの。どのくらい良くあるかと聞かれれば、お爺ちゃんの家で読んだ三十年前のバトルまんがと大筋が変わらないくらい、よくある話だ。 お爺ちゃんや父さんに言わせれば、「連綿と受け継がれた様式美の極み」なんだそうだけど。 ちょっと話が逸れた。 今見ているのは、見開きで描かれた、敵の新必殺技が炸裂するシーンだ。 さらりと見て、ぱらりとめくる。 「あ、まだそのページ読んでない」 「ごめん、ジル」 傍らから聞こえてきた声に、ページを戻す。 どうやら彼女は、見開きの大きなコマを読むのが余り得意じゃないらしい。 「うし、いいよ」 めくった次のページは、戦いを見守る仲間達が敵の必殺技の詳細を解説するシーンだった。 「なー。まだ読み終わらないの?」 小さなコマは読みやすいのか流しているのか、読むのが異様に早い。 「はいはい……」 必殺技の種明かしは後で読み直したときの楽しみにするとして、次のページへ。 「そうだ、十貴」 次回に続くで雑誌を閉じれば、机の上でマンガを覗き込んでいた『彼女』が口を開いた。 「何? やっぱり肩に乗って読む方が良い?」 身長十五センチのジルにとって、机の上に広げられたマンガを読むのは結構な大仕事らしい。考えたら、机の上に広げたマンガ雑誌を、同じ机の上に顎を乗せて読んでいるようなものだ。 一度同じやり方で雑誌を読んでみたら、五分くらいで力尽きたことがある。 「や。それは慣れたからいいんだけどさ」 じゃ、何だろう。 「この一週間すっかり忘れてたけど、あたしの武装は?」 武装って……? 「……十貴」 ジルの声が、一オクターブ下がった。 あ、これ、怒ってるときの声だ。 「な、何?」 「あたしの商品名は、何だ?」 えっと確か、武装神…… 「……あ」 「今まであたしがバトルフィギュアだって忘れてたろっ!」 次の瞬間、ボクの額にはジルの右足が叩き込まれていた。 っていうかそれ、ほのぼのとバトルまんが読んでる奴に言われたくないよっ! 魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル ~ドキドキハウリン外伝~ その2 「いや、バトルフィギュアだってのは覚えてたんだけど……」 押さえた額には、ご丁寧に十分の一スケールの足跡が刻み込まれている。 「何だ」 対するジルは既に机に着地した後。ものすごく偉そうに腕を組んで、こちらを見上げている。 見上げてるのに、見下ろされてる気になるのはどうしてだろう。 「何というか、父さんの超合金とか気に入ってたし、専用武装出す必要ないなぁとふみゃっ!」 また蹴りが来た。 「ばかやろう! ありゃ趣味だ!」 金色のハンマーを抱えてみたり、ミサイルランチャーを腕に付けてニヤニヤしてたのって、趣味だったんだ。 「それに専用装備じゃないと公式バトルに出られないだろうがっ!」 これだけ凶暴なのに、武装なんか加わった日には……どうなるんだろう、ボク。『中立地帯』の張り紙も三日くらいで効果なくなっちゃったし、なんかボクの体が本気で保たない気がしないでもない。 「ていうか、バトルに出る気あったんだ……」 「当たり前だろ! 神姫ってのはそういうもんだ!」 こんな血の気の多いロボット娘達が、武装までしてド突き合うの? 嫌だ。それ本気で嫌だ。 しかもそれにボクが巻き込まれるとか、洒落になってない。 あ、でも……。 「っていうか、まだ神姫って正式発売されてないから、公式バトルもへったくれもないんじゃ……」 「あ……」 ジルの動きが一瞬止まり。 「そう言うことは先に言えっ!」 次に来たのは、やっぱり容赦のない蹴りだった。 一週間ぶりに取り出された神姫の箱の中には、様々な武装がひとセット納められていた。まだテストショット段階だったのか、塗装の済んでいない装備もちらほらと入っている。 「……ふむ」 二の腕のジョイントに凶悪そうなデザインの片手剣を取り付けながら、ジルは満足そうな笑みを浮かべた。 「ロケットパンチもいいけど、やっぱりこれがしっくり来るな」 そんなことを呟きながら、今度は手首のジョイント機構を解放する。解放信号を受けた形状記憶合金製のリングが平らな板状に展開し、接続待機状態へ。 そこに装備を近付ければ、展開していた金属板が装備にしゅるりと絡み付き、基部に備えられたハードポイントに武装をしっかりと接続・固定する。 「初めて見たけど……。すごいね、そのジョイント」 外観のイメージとしては腕時計に近い。 腕時計のベルトの部分が武装固定部品となる展開式の金属板で、文字盤の部分がパワー供給部を兼ねたハードポイントだと思ってもらえばいいだろう。 この機構のおかげで、神姫は装備の接続部分の形状を気にすることなく、自由自在な装備を行うことが出来るのだという。 「だろ。便利だぜ?」 慣れれば、手が塞がっていてもその辺のものをつまんだり、ドアノブをひねったり出来るらしい。 「そうなんだ……」 両足をオプション武装に付け替え、背中には大型腕を装備。 身長は二割増といったところか。四本腕と、翼にも見える曲がりくねった刃を備えた異形のシルエットこそが、ストラーフの完全武装モードらしい。 その姿は、悪魔というよりまさに怪物といった……。 「ンだよ、十貴」 うわバレたっ! 「いや、別に……」 マズい。 この姿のジルに蹴られたら、ホントに死んじゃうよ。足の甲にもなんか刃物みたいのがあるし、そもそも脚力は十倍くらいになってそうだし、回し蹴りとか来たらとか、考えただけでも恐ろしい。 「その目はあれだろ! なるほど悪魔だなとか、そういう事考えた目だろ!」 「ち、ちがうよぅ」 もっとヒドいこと考えてたなんて……。 「まあいいや。これでマンガも読み放題だし、十貴の隠してるエロ本も探し放題っと」 ……え? そりゃまあ、その腕ならマンガのページだってめくれるだろうけどっていうか、エロ本って何! 「そもそもジル、その武装で公式バトルに出るのが目的じゃなかったの?」 「公式バトルはまだ始まってねえぜ?」 ニヤニヤと笑うジルの目は、「さっきお前が言ったばっかだろ?」と意地悪く囁いている。 「それに、お前の父さんのレビューが終わったら、あたしはメーカーに戻されるだろうしな」 あ……。 そう、か。 ジルは父さんが借りてきた、レビュー用の神姫なんだっけ。 「ま、短い付き合いになるだろうけど、よろしく頼むわ。マスター」 どこか寂しそうに微笑みながら、ジルは背中から伸びた大型腕をこちらにすいと向けてくる。 「うん……」 ジルの手は小さくて、指先でしか握手できなかったけど、大型腕はしっかりと握り返すことが出来た。 「だから返される前に、青春の秘密が置いてある場所だけ教えてな」 いや、そもそもそんなもの持ってないから! 向かい合ってレトルトのカレーを食べながら、父さんがぽつりと口を開いた。 「なあ十貴」 「レトルトなら別に気にしないでいいよ」 父さんが食事当番の日はいつもこうだ。仕事も忙しいみたいだし、二人の食卓にももう慣れた。 普通に離婚しただけだから、母さんとはいつでも会えるしね。 「それは分かってるから良いんだが……ジル、どんな感じだ?」 ああ、そっちか。 「父さんはあれいい感じだと思うんだけどな。ネットの前評判は今までの自律式アクションフィギュアの二番煎じだとか何とか言われてるけど、今回はちょっと違う気がするんだよなー」 AI搭載型の自律式小型ロボットは、何も武装神姫が初めてじゃない。 特にロボット技術の小型化が飛躍的に進んだここ十年は、様々な自律式アクションフィギュアが世の中を席巻してきた。 「GFFとかSRWのこと?」 生誕五十周年企画として発売された超小型ロボットを使った対戦ゲームに始まり、自作武器の規定まで盛り込んだ無差別ジャンルのロボット戦に、ヒーローフィギュアを使った多人数戦、果てはぬいぐるみにAIや駆動機構を組み込んで対戦させるといった良く分からないものまで、数限りない企画が生まれ、消えていった。 「あの辺も面白くはあったけどなー。何だかんだ言ってバトル特化だっただろ?」 「まあ、そうだね」 何度か父さんがレビューで借りてきたロボットで遊んだことがあるけど、長続きした覚えがない。わざわざ買ってまで遊ぼうと思ったものに至っては皆無といって良かった。 せいぜい、害虫駆除用に使えるってことで、ホイホイさんとコンバットさんを買ってきた程度だ。 「今回はバトルとコミュニケーションの両方を攻めるコンセプトで作ってあるみたいだし、ハマれば流行るんじゃないかなぁ?」 だから、武装神姫はこの手のジャンルとしては最後発。ひいき目な見方をすれば、今までのジャンルを全て取り込めるポジションにあるとも言える。 「本音は?」 「父さんのコレクションを分かってくれたAIロボットなんて初めてだ」 「やっぱりそっちなんだ……」 前に借りてきたバニング大尉仕様のジムカスタムは、父さんが愛して止まないドリルを全否定してたしね。随分と渋い声で喋るジムカスタムだったけど、性格のベースになったキャラに何か嫌な思い出でもあったんだろうか? 「ん? 十貴はジルと合わないか?」 「そういうわけじゃないけど……」 ジルは言葉遣いは荒いし、すぐ手が出るし、セクハラネタばっかり振ってくるし……。 ……でも。 ……。 ……でも。 ……。 「……ごちそうさま」 何となく食欲が無くなったボクは、そのまま席を立った。 「十貴。ちゃんと食べないと大きくなれないぞ?」 「いいよ別に」 本当は全然良くないけど、そこで戻るのも癪だったので一息に部屋を後にする。 「……反抗期かねぇ」 残された男は、静かにため息を吐いた。 「ジルとは長い付き合いになるんだから、もうちょっと仲良くして欲しいもんだが……」 食事の間は控えていたタバコに火を点け、胸の奥まで吸い込んでやる。禁煙運動華やかりし二十世紀末に生まれた彼だが、今となっては当時の教えを快調に逆行する、重度のヘビースモーカーだ。 ラベルの八割を占めるようになった注意書きをぼんやりと眺めながら、煙混じりの息を長く吐く。 「武装神姫の長期レビューは前途多難、か」 レビュー期間は一年半。公式大会への参加が条件で、レビュー期間が終わった後の神姫はこちらで引き取っていい事になっていた。 その条件を息子にまるまる伝え忘れていることに気付くのは、それからさらに一週間ほど経ってからの事となる。 戻る/トップ/続く
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2411.html
≪WIN≫ 神姫ほどの合成音声が作れるのに、なぜか機械感バリバリの勝利のコールと共に周囲の景色が膨大な量のテクスチャとフレームの残骸になっていく。 「うぅん……おはようございますミリオタ、もとい隊長。勝ちましたよ」 「あぁ、独り言は全部聞いてたぞ? 上官侮辱罪って知ってる?」 目の前に立つ男もキャロルもお互い笑顔だが目が笑っていない。 この男は斉藤隆司という。 20歳にしてミリオタ、ろくに講義に出席せず大学を二年で中退、現在はフリーター、そしてキャロルとその相棒のマスター。 「まぁ、いいや、いや、よくねぇけど。とにかくあいかわらずいい手際だった」 キャロルも褒められて悪い気はしないのか「ふんっ」と鼻を鳴らして胸を張る。 「まぁ、とうぜんですね。 この榴弾砲と私の腕が有ればいつでも狙ったところに好きな弾種を落 としてご覧に入れますよ? なんなら……」 と、その台詞を遮って隣のボックスから黒い影が飛び出して男の胸に張り付いた。 「おにぃちゃぁぁぁぁん! アリス勝ったよ! 頑張ったよ!」 黒い影は戦車型ムルメルティアのアリス、キャロルの相棒である。 「あぁ、アリスもお疲れ様。 やっぱり装備、ミサイルラックよりアモコンテナにして正解だったね」 指先で頭を撫でられると、アリスはだらしないほど表情が弛緩した。 「アリス、何度も言いますが人の話を邪魔しないでくれませんか? あと、あなたもムルメルティアなら誇りはどうしたんですか誇りは?」 「キャロルこそ! 試合中ずっとお兄ちゃんの悪口言ってたでしょ!」 「はぁっ!? あなたの耳は一体どういう構造してんですか! だいたい今その話関係ありますか!?」 周囲に大量に並べられたゲーム機の騒音に負けないくらいの騒ぎを起こし始めた二体に男が苦笑していると、同じように苦笑いを浮かべた女性が反対側から歩いてくる。 「は~、タッグだとあいかわらず強いねキャロルちゃん達」 「痛いですよぅ…アリスちゃんやり過ぎです…」 「ねぇねぇ!最後のあれ何、あれ何!? ボクなんだかわからないうちに吹き飛ばされちゃってわかんなかったんだけどっ!」 女性の名前は神代小百合、美人で頭脳明晰、運動神経そこそこで23歳のOL一年生なのだがこうやって平日昼間のゲームセンターにふらりと現れるあたり、社会人としての自覚を問われる。 そして今しがたまで対戦していた天使型アーンヴァルと悪魔型ストラーフのオーナー、ちなみにそれぞれ名前がホワイトラビットとジャバウォックという。 「あ~、ごめんな二人とも、で、最後のだけど……」 「地雷です」 キャロルがこともなげに答えた。 「地雷? そんなの発売してたっけ?」 「正確にはガイ・スローナーM18モデルミニチュアレプリカ。リアルバトルだとせいぜい多少痛くてびっくりするくらいの威力しかないのに一個250$もする高級品ですよ?」 「え、えっとつまり?」 キャロルはまだわかりませんか? と肩をすくめて見せてから。 「アーマライト社が武装神姫用に開発した指向性対神姫地雷、通称 クレイモアです。殺傷範囲は神姫換算で100mにも及びますよ?」 キャロルは基本的に雄弁なのだ、それは戦っている時でも変わらない。 喋り続けることで何か集中力を高めているのか、あるいは逆か。 「へー、すごいね! また新作?」 「はい、その…まだ未認可品なんでできれば黙っておいていただけると…」 「い~よ、いつものことだしね」 いつものこと、そう、新作が発表される時期になると友人であるところのFPSの海外組から 「うちこんなの発表するんだけど?」といったメールが飛び込んできて……毎週末、いや、学校を辞めてからは平日も遊んでいるだけあって、またこれが彼のツボを押さえている。 アリスの装備しているゼネラル・エレクトロニック社謹製M134ミニチュアレプリカにせよ、キャロルが乗り込んでいるフォートブラッグ(もっとも形状がまったくといっていいほど別ものになっているが)に組み込んであるM777ユナイテッド・ディフェンスオリジナルミニチュアレプリカ・モデルU.S.ARMYにせよ、発表発売前にアメリカの友人の好意により海を渡ったものだ。 もともと、武装神姫の武装はオリジナルのものが流通するくらいに汎用性が高い。 武器の性能はむしろ武器の内部の小型メモリーに入力された数値と画像情報から構成される情報ということになる、もっともチートと呼ばれるようなプログラムは基本的にブロックされるようになっている、リアルバトルはこの限りではないが…… とにかく、そういった意味で未発売のものでも内部の情報さえ完成していれば普通にバトルで使用できるのだ、一部例外を除いて。 「そういえばさ、斉藤君もいい加減に大会とか出てみれば?」 「いや、人の話し聞いてました? でれないっスよ」 そう、公式大会はレギュレーションで純正および認可パーツのみのようなことが多い、更にまだ未発表品であったりすれば神姫センターや専門のショップでのバトルで使えば質問攻めを受け、最悪、企業情報を漏洩した門で貴重なアメリカの友人がいなくなりかねない。 「でも、さっきのクレイモア…だっけ? あれ以外は大体もう発売されてるでしょ?」 「まぁ、そうなんですけど」 「なら、もったいないよ! あんなに強いのに大会に出ないなんて」 再びぎゃぁぎゃぁと言い争いを始めたアリスとキャロルを見ながら男は考えていた。 彼女達が公式大会で結果を残すのはもう少し先の話になる…… TOP
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/949.html
何日経っただろうか 神浦琥珀言う所の『食事と排泄』というのを少なくとも30セットは繰り返したのではないか その度にエルギールかニビルが代わる代わる来ていた様な気がするが、何を言っていたかはさっぱりわからなかった 灰色の時間が流れていた 最早マスターの事を夢に見る事すら無くなっていた マスターを失った神姫は壊れてしまう事もあるという 私はもう 壊れているのかも知れなかった 「アクロの丘」 華墨の扱いは奇妙だった 専門のクリニックがこんな片田舎にあった事にも驚いたが、最も異質だったのは、華墨の身にあの準決勝で起きた事が、まるきり隠蔽されてしまった事だった 当事者のランカー達にすら、何も知らされず、準決勝の結果は後日発表という事になったらしい 不満を抱く者も居たが、大概のランカーは最早今回の闘いに対する興味を失っていた 華墨とニビル、そしてヌルの三人の研究に必要な資料はもう充分得られたからだ 華墨の健闘は、ランカー達の油断と慢心を一掃し、クイントスの演説で闘志を刺激された者達は、『今自分が体験出来る闘い』をより良いものとすべく、戦闘に没頭し始めていた 鳳凰杯への参加を表明する者も続出していた 『モア』は帰って来た それでも、「バニシングフォー」は「バニシングファイブ」になった 佐鳴武士が行方不明になったからである 『クイントス』は何も言わなかった 彼女の行為は本来、殺人以外の何者でもない だが、現場で『ヌル』の口を封じる事も、悪びれる事もなく、平気な顔で川原正紀のもとに戻り、鳳凰杯に向けてのスペシャルトレーニングに没頭し始めていた その態度に、ヌル自身も、奇妙な歯車の「ずれ」を感じながらも、自分の中に湧き上がるどす黒い感情に沈み、思考が麻痺していた 最近華墨にニビルが掛かりきりなのが、彼女にとっては全く気に喰わなかったのだ 華墨が壊れず、あまつさえ構造的に武装神姫ではあり得ない何者かになってしまった事を知っているのは、神浦琥珀と『エルギール』そして『ニビル』の三人だけだった (・・・人間一人が消えてしまっても何も言わせず、警察の捜査もかわしたのか・・・やはり尋常でない何かが動いている) 琥珀は監視の目を感じていた 無論彼女はスパイでも無ければ、そういった事に対する訓練を受けた訳ではない が、今回、鳳凰杯への出展に際して奇妙な圧力が掛かってきたのは判った 皆川彰人が随伴すると言うのも、明らかに彼女の外出を警戒しての事だった (それでいて華墨のオーナーには居てもらわないと困るみたいだな・・・やっぱり華墨のあの変化には何かがあるんだ) 琥珀は手の中に硬質の刃物を握り締めた 準決勝の後日、クイントスが武器の注文に来た時に、川原正紀から渡されたものだった 正紀は明らかに、それに対して何かを知っていた なんとなくだが、その時の彼の様子から琥珀は、これから帰れぬ戦いに望む悲壮な決意を見出していた (今の僕に出来る事・・・) 琥珀は工房に篭る事を決めた 武士の家から二匹の愉快な同居人が消えたのは、その同日であった 「・・・またあいつの所に行くの?」 「そうよ」 「姉さま!あいつは病院で、姉さまはぴんぴんしてる!あの勝負は姉さまが勝ったで良いじゃない!あいつに拘るのはもうやめて!!」 「!!」 「・・・御免・・・聞き分けなくて御免・・・でも姉さま」 黙ってヌルを抱きしめるニビル 「謝るのは私の方・・・浮気性で御免なさい・・・でも」 「私もすっきりしないのは厭なの・・・お願いヌル。華墨と闘う為に、もう少し私の我侭を許して」 ヌルはこの時、ニビルを置いて鳳凰杯に付いて行く事を決めた 風には春の香りが濃厚だ そんなある日に、ニビルが私の元へやってきていた 最近エルギールは来ない 「まだ、私と闘ってはくれないの?」 ここ数日繰り返された問い それに対する私の答えは常に一つだった 「もう良いんだ・・・私にはもう闘う理由が無い・・・」 ニビルは、ニビルには闘う理由があるようだった ヌルはニビルへの愛の為、ホークウインドは自分の可能性を試す為、ウインダムは自分の理想に近付く為 そしてクイントス・・・彼女にも ニビルは怒らなかった 代わりに、「うそつき」とだけ呟いて、テレビの電源を入れた そこには、十六人の武装神姫とそのオーナーが映し出され、画面下にはそれぞれの名前が表示されていた 「・・・グループA優出、『ミュリエル』。グループB、『レイア』。グループC、『ミチル』。グループD、『クイントス』。グループE、『ミカエル』。グループF、『燐』。グループG、『ハンゾー』。グループH、『ロッテ』。グループI、『花乃』。グループJ、『弁慶』。グループK、『ジル』。グループL、『エル』。グループM、『ルシフェル』。グループN、『ウインダム』。グループO、『アーサー』。グループP、『リュミエ』・・・か」 発表された決勝戦進出神姫の名を読んで、私は興奮と嫉妬、羨望と渇望を覚えていた 『れでぃ~~すえんどじぇんとるめん!!ようこそ盛大なる戦姫の祭りへ』 『さて皆さん、今ここに集いしは過酷な試練を超えた十六組の小さな姫とそのパートナー達であります。まずは苦難の道を勝ち抜いた彼らに賞賛の言葉を送りたいと思います…』 どっと沸く会場・・・もしかしたら私もあそこに居られたかも知れない・・・という想いが胸を締め付ける 順番に表示されていく優出神姫とそのマスターの顔写真 その中に『クイントス』『ウインダム』を見つけた時に、私は思わず跳ね上がった 「・・・っ!!」 だが、いかなる感情も仮定も、体を蝕むこの苦痛の前には無意味だった 『しかし、彼ら彼女らに待ち構えるは今までよりもさらに厳しい王者への道。己の名を広き世界へ轟かせる勝鬨を上げるものは誰なのか、しかと彼女らの放つ熱き輝きを目に焼き付けて欲しい。諸君に『五色の翼の杯』……聖杯の加護があらんことを……』 結局私は、医療クレイドルに身を横たえ、歯軋りしながらテレビで闘いを見守るしかないのだった・・・ 『それでは皆さんご一緒に!! 武装神姫バトル! れでぃ~~~~っ……』 「やめてくれ!!」 乱暴に電源を落とす ニビルは無表情だった 「何故?闘う理由が無いなら辛くなど無いでしょう?」 「私は・・・っ!!」 「そうやって壊れたフリをし続けるのが貴女のマスターの願いなの?」 「お前に何が判るッ!!」 「貴女が闘志を失って無い事位判るわよォ!!!」 恐ろしい程の絶叫 叫んだ後、ニビルは半分泣き顔だった 「待ってるから・・・」 古風な 本当に古風な手紙を残して、彼女は出て行った ラブレターじみた可愛い入れ物に入ったそれは 案の定筆書きの『果たし状』だった 至る所の字が間違いまくって、とても読みづらかった 「・・・私は・・・」 ふたりだけの鳳凰杯をしましょう わたしとあなた ふたりだけの 自分がこういう行動を取る事を、ニビルは考えた事も無かった 自分が華墨の事を気に掛ける程に、華墨が自分の事を気に掛けていないという思いがあった また、ヌルに指摘されるまで、華墨の事を自分が意識しているという自覚すらしていなかった だが今、こうして丘の上で華墨を待っている それは華墨の為を思っての行動なのか、自分の為なのか、ニビルには判別しかねた ・・・ニビルは知らないが、クイントスのそれと同じく、『ギガンティック』に対する拘りでないとする保障さえなかった・・・ だが、そういう動機が曖昧な行動を自分が取れる事自体が、ある意味で誇らしかった 自分はただの機械的な知能ではないと思えるからだ 華墨がクイントスの魔性に捕まって、闘う機械になるのは厭だった だからといって、闘えない華墨も厭だった 来て欲しかった (かつて私に、闘う事を宣言した時の様に、闘志を漲らせて、もう一度私の前に立ちなさい華墨!せめてあともう一度・・・!!) 砂埃を巻き上げる風に、マントがはためく 腰に差した拳銃はダブルアクションのリボルバー・・・いつでも抜き放ち、発砲する事は出来る (来て、来て、来て来て来て・・・華墨!!) 紅い・・・ 甲冑姿が剣を履いて現れる 草もまばらなむき出しの地面に その姿は異様に映えた 「・・・待たせたな・・・装備を探すのに手間取った」 ニビルは感情を顔に表さなかった 襟が口元を隠す・・・同じ風で、華墨のポニーテールも流れた 「始めようか・・・私達の勝負を」 今ようやく 二人の戦いは幕を開けた・・・・・・! 第一部完 剣は紅い花の誇り 前へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1086.html
第10話 「予約」 「うぬヌぅ……不覚ッ!またしても不覚ウぅぅぅぅッ!」 結局あの後、『どちらの言い分が正しいか、正々堂々と勝負して決めようではないかッ!』とエキサイトした大佐和とバトルしたのだが……結果は火を見るより明らかだったりして。 「だから言ったろうが。 今のお前のやり方じゃダメだって」 「……うむ。悔しいが、今回の戦いでよォく判った」 一転して神妙な顔で頷いている。 やれやれ、ようやく学習したか。 「ワガハイとB3に足りぬもの…それは火力ッ! 相手の反撃を許さぬ圧倒的な勢いでの攻撃力が足りなかったのだ! 考えてみれば簡単な事! 相手を倒しきる力なくして勝利なし! いやはやまったく、今まで敗北し続けてきたのもむべなるかなッ!」 ……まだそーいう口が聞けるかコイツは。 「中華料理における基本にして究極のコツと同じく、武装神姫に必要不可欠なものもまた火力であったとは……今回のバトル、それが判っただけで値千金ッ! 言葉ではなく実戦の中でそれを教えてくれた事に感謝するぞォ我が永遠の好敵手ッ!」 叫びながらものすごい勢いでバンバン俺の背中を叩く。 ……いくら俺がロビンマスク級の紳士だとしても我慢できる事とできない事があるぞ。 「コレやっぱ殴らなきゃダメか?」 半ば本音交じりにルーシーに話を振ったら、意外にも低い声での答えが帰ってきた。 「そうですね。 世の中には多少痛い目を見ないと物事を理解できない種類の人間もいます。 ここはひとつ、大佐和さんではなくB3のためと思ってこう……ゴリッと」 うわーなんかルーシーさんも怒ってらっしゃるー? 普段はコイツが俺のストッパーになる事がほとんどなんだが、今も『遼平さんがやらないなら私がやります』とでも言いたげにグレネードランチャーを……って、おい。 ゴッ。 「ぶるゥあぁァぁッ!?」 後頭部直撃。 「あら失礼、どうやら暴発してしまったようです。 ところで大佐和さん、ご存知ですか? 戦場での死因は『流れ弾』というのが意外なほどに多いそうですよ」 痛みに悶絶して転げ回る大佐和の眉間にぴったりと照準を合わせ続け、にっこり微笑むルーシー。 ……武装神姫にはロボット三原則とか適用されないんだろうか。 「そッ……そういえば藤丘! 貴様が顔を見せぬ間になかなか将来有望な若者が現れたのだがなッ!?」 自分の急所にポイントされたグレネードを何とか下ろしてもらうため、大佐和は話題を切り替えようと必死だ。 ……仕方ない、乗ってやるか。 コイツが多少痛い目を見ようと知った事じゃないが、自分のマスターとルーシーの間で困っているB3のためだ。 「お前に比べりゃ大概の人間は将来有望だよ。なぁルーシー」 軽口を返しつつルーシーの頭を撫でてやると、彼女は「そうですね」とあっさりとグレネードをしまった。 元々一発だけで許してやるつもりだったんだろうが……ときどき意地悪だからな、うちの悪魔は。 それにホッとしたのか、大佐和の態度が元に戻る。 ホントにヘコまないヤツだ。 「いやいやいやいや、この神姫割拠の時代においてまさに綺羅星の如き大活躍! 今やかなりのファンもついておるから侮れんぞォ!」 コイツの言う事がいちいちオーバーなのは分かっている。 聞くにしても話半分がちょうどいい。 「ワガハイも何度か対戦して知り合いになったのだが、生憎まだ学生の身で平日は来る事が出来んらしい」 「大佐和さんも一応学生だったんじゃありませんか?」 「一応とはナニゴトッ!? 良いかねルーシー嬢、自らに許された自由な時間をいかに有意義に使うかもまた勉強のひとつであるッ! こと行軍中ともなれば、わずか数分ほどの休憩時間でどれだけ気力体力の回復に勤しめるかが軍人たる素養の良し悪しを決めると言っても過言ではな」 「お前は何処の紛争地帯で生まれ育った傭兵だ」 長くなりそうな大佐和の言葉を切り捨ててやると、不満げではあるものの再び本筋に戻る。 「……ともあれ、平日はムリだが休日はほとんどの場合ここへ来る。 どうだ、一度試合をしてみては?」 なにやらコイツが妙に楽しそうなのが引っ掛かるが、まぁ色々なタイプと戦ってみるのはいい経験だろう……とルーシーに視線を送ると、大佐和はソレを勝手にOKと見たらしい。 「ンよォし決まりである! 相手にはワガハイが話を通してセッティングしておくゆえ、今週の日曜日午後にここへ来るがいい!」 否定しなけりゃ肯定と見なす……前向きってよりはDEADorALIVEって感じか。 「分かった分かった。 2時くらいでいいか?」 「了解したッ! それでは健闘を祈っておるぞォ! んなーっはっはっはっはァ!」 いつもの高笑いをしながら立ち去っていく後姿を見てると、なんだかとてつもない疲労感を感じた。 「……んじゃ俺らも帰って、日曜日に備えるとしますかね」 「そうしましょうか」 苦笑するルーシーを肩に乗せ、俺はセンターを後にした。 前話「友人」へ 『不良品』トップページへ 次話「一歩」へ