約 514,078 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2150.html
ウサギのナミダ ACT 1-25 ◆ 高村がCSCをセットし、目覚めたその日からすでに、雪華の目標はバトルロンドで頂点に立つことだった。 高村自身もバトルロンドに参戦するつもりでいた。 しかも相当本気でやるつもりでいたから、有名な神姫ショップにフルチューンを依頼し、素体ではほぼ最高レベルのパフォーマンスが出せるアーンヴァルを手にした。 素体が神姫の性格に影響したのか、CSCの組み合わせの問題なのかはわからない。 目覚めた雪華は誇り高く、バトルに勝利することを一番とした。 ただし、卑怯な振る舞いはしない。あくまで正々堂々、実力で勝つ。それが雪華の誇りであった。 しかし、それは茨の道だ。どんな神姫でも不得手な相手はいる。卑怯な戦い方をする奴もいる。真っ向勝負で勝とうというのは、なかなか難しい。 それでも、雪華は卑怯な真似は一切しなかった。 高村が感心するのは、雪華が努力を惜しまない姿勢だった。 フルチューンしたボディなら、性能差で渡り合うことができる。武装を選べば、並の神姫に負けることはない。 にもかかわらず、雪華はそれをよしとしなかった。 とにかく基本動作の反復練習を飽きることなく、今も続けている。 時には、近接武器だけ、遠距離狙撃用ライフルだけでバトルに出て、納得いくまで実戦経験を積むこともあった。 才能と努力。その二つが結実して、類稀な強さを手にした。 そして、どんな相手とでも真っ向勝負で勝利を収めてきた。 しかし。 いつの頃からだろう。 雪華は自らの成長に限界を感じていた。 雪華は大会に出て頂点に立つことを望んでいる。 故に、戦う相手は大会出場を目的とした神姫が多くなる。 だが、大会で勝てる神姫というのは、パターンが限られて似通ってくるのだ。 戦闘がマンネリ化してきた、とでも言おうか。 対戦するどの相手も、どこかで戦ったことがある武装神姫ばかりに見えるようになった。 もちろん、強い神姫もいる。 だが、想定の範囲内での攻撃しかしてこない。 限られた範囲での技を極め、純度を増す、というのも一つの強さなのだろう。 しかし、雪華はその範囲内での強さでは、もう限界を感じていた。 自分はこれ以上強くなれないのか。 そう思ったとき、雪華は焦りさえ覚えた。 彼女は頂点を極めるため、強くならなければならない。 どんな攻防にも勝てる強さを身につけなければ。 雪華はそれを戦闘での「引き出し」の多さに求めた。 それは大会出場の神姫とばかり対戦していては得られないもの。 大会にエントリーしていなくても、名の通った武装神姫はたくさんいる。 そうした神姫を求めて、雪華と高村はあちこちの神姫センターやゲームセンターに足を運んだ。 まるで武者修行だ。 だが、その武者修行はあたりだった。 思いもよらない変わり種の、強い神姫たちと出会い、対戦できた。 その対戦に勝つ度に、自分が少しづつ強くなっていることを実感する。 そして今日もまた、目の前に特別な神姫がいる。 ティアとの対戦は、今の雪華にとって、どんなことよりも優先されるべきことだった。 ◆ 「マスター。『レクイエム』の使用許可を」 「……いや、雪華。相手はもう動けそうにもない。『レクイエム』を撃つまでもないじゃないか」 マスターの逡巡する声に、雪華は厳かに告げる。 「いいえ。『ハイスピードバニー』は強敵です。ならば、手抜きは礼を失するというもの。我が最大の攻撃を持って、幕引きとしたく思います」 そう、雪華はティアを「強敵」と認識していた。 大会で出会った多くの神姫でも、ここまで食い下がった相手はほとんどいない。 武装がオリジナルで、見たことのない戦闘スタイルを駆使し、ノーデーターでの対戦であり、相手の得意なフィールドであることを差し引いても、これほど噛み合う対戦になるとは思いもしなかった。 雪華の胸は昂揚で沸き立っていた。 強敵と戦えることの喜び。そして、その戦いに勝利することで、私はまた一つ強くなる。 マスターの、あきらめたようなため息が、聴覚センサーに届く。 「……わかった。追加パーツ転送。『レクイエム』使用許可」 高村の声と共に、サイドボードから追加のパーツが転送される。 それと同時に、黄金の錫杖が変形する。 ビームガンを中心に再構成された錫杖は、航空機を思わせるシルエットに変わる。 追加のパーツの支持用のハンドルがドッキングする。 雪華の前に現れたのは、高出力のビームキャノンだった。 ノーマルのアーンヴァル・タイプとは異なる、鳥状の翼が大きく開く。 翼の縁が金色にまばゆく輝き始めた。 エネルギーの奔流が翼を伝い、雪華を通じて、ビームキャノン『レクイエム』に流れ込む。 溢れ出るエネルギーが光の粒子となって、雪華の周りを舞っている。 まるで高位の天使が光臨する様のように、観客の目に映った。 ■ 痛みは、わたしにとって、諦めを促す信号だ。 お店にいたとき、痛みや苦しみを受けると、「諦める」ことでそれらを適当に処理し、やりすごしてきた。 そうしなければ、耐えることができなかった、あそこでは。 落下の衝撃で体中がきしむ。 腹部には熱い痛みがある。雪華さんに撃たれたのだ。 わたしはお腹を抱えてうずくまり、その痛みに耐える。 ……もう、諦めてもいいですか? わたしは必死に戦ったけれど。 もう、立ち上がれません。 だって、痛いんです。 とてもとても痛いんです、体中が痛いんです。 痛くて痛くて痛くて泣いてしまいそうです。 だから、諦めてしまえば……。 心の中から、別のわたしが声を上げる。 ……何を? 何を諦めるというの。 この試合……? 負けてもいいでしょう? だって相手は全国大会の優勝候補なんだもの。 わたしはこんなに痛い思いをしているんだから……。 別のわたしは、何も言わず、ある画像を認識させた。 閉じたわたしの瞼に映る人の顔。 ……マスター。 わたしは、はっとなり、瞳を見開く。 思い出す。 あの時の、マスターの冷たい眼差しを。 マスターの右手に巻かれた包帯を。 マスターが手を差し出したときの、震えた声を。 ネットの掲示板に書かれた悪意の言葉を読んだときの気持ちを。 あのときの、耐え難い、心の痛みを。 いいはずない。 負けていいはずない。 諦めていいはずがない! わたしは拳を握り、地面の砂をぎゅっと掴んだ。 痛い? 何が? 撃たれたお腹が? 打ちつけられた身体が? こんなもの。 あの時の心の痛みに比べれば。 どれほどのものだっていうの!! そう、わたしは誓った。 すべてを賭けて、マスターに尽くすと。 マスターがわたしにしてくれたように、わたしもマスターのためにすべてを賭けると。 まだわたしは、このバトルですべてを賭けてはいない。 歯を食いしばる。 両腕をつっぱると、上半身をわずかに持ち上げた。 わたしはまだ走れる。 わたしにはまだ技がある。 マスターにも知らせていない、とっておきの技。 いま、ここで使う。 マスターに勝利を捧げるために。 ◆ 雪華はティアに照準を定める。 ティアは未だ動かない。うずくまったままだ。 先日の全国大会地区予選でも、使用することのなかった最大の技。 今こそ放とう。 ここで出会えた未知の強敵に、最大の敬意を払って。 「レクイエム……シュートッ!!」 雪華の叫びとともに、ビームキャノン『レクイエム』から虹色の光芒が放たれた。 埃にまみれたストリートを薙ぎ払う。 次の瞬間、メインストリートに光の絨毯が敷き詰められた。 放出されたエネルギーの光芒は、地面に着弾すると、無数の光弾になって炸裂した。 弾け飛ぶ無数の小さな光弾は、触れたものに確実な破壊をもたらす。 炸裂音が幾重にも重なり、轟音となって、廃墟の街に響き渡る。 はじけた光弾は、さらに細かい粒子となり、一瞬舞い踊る。 それによって、薙ぎ払われた攻撃範囲内のストリートは、光で膨れ上がった。 その下にあるものは完全なる破壊。 まさに鎮魂歌……その名に恥じない、美しくも無慈悲な必殺攻撃。 あまりの攻撃の美しさに、ギャラリーから感嘆のため息が漏れた。 虎実はきつく目を閉じて、観戦用の大型ディスプレイから顔を背けた。 「あんなの……かわせっこねぇ……」 ミスティは手で口元を押さえながら呟く。 「そこまで……する必要が……あるっていうの、クイーン……」 菜々子と大城は、厳しい表情のまま、大型ディスプレイから目が離せないでいる。 四人の少女たちも、口元を押さえて見入っている。 三強でさえ、呆けた表情でディスプレイを見入るばかりだ。 誰もが雪華の勝利を確信していた。 それは、雪華本人も、マスターである高村でさえも例外ではなかった。 □ そのとき、状況を正しく理解できていたのは、ティア本人だけであったかもしれない。 俺は信じられない思いでモバイルPCの画面を凝視していた。 自分を取り巻くギャラリーの気配さえ遠く感じる。 「……ティア……おまえ……」 ティアをモニターしているモバイルPCには、すべて限界を突破した数値が映し出され、画面は真っ赤に染まっていた。 そして、いまも刻々と数値は上昇を続けている。 ◆ 地表を覆っていた光の靄が晴れる。 風が砂煙を吹き払っていく。 後に残されたのは破壊の爪痕。 攻撃範囲内にあったものは、古ぼけた建物であれ、乾いたアスファルトであれ、何もかもが細かな瓦礫と化している。 『アーンヴァル・クイーン』雪華は、ゆっくりと地表に下降していく。 『レクイエム』は、彼女のエネルギーを大半使用する、まさに最終の必殺技だ。 アーンヴァルの飛行能力も、エネルギー低下の影響を否めない。 だからこそ、乱発できる技ではないのだ。 勝利を確実にするための必殺攻撃……それが『レクイエム』だった。 降下しながら、雪華は勝利を確認するため、自らの破壊の跡に目を向ける。 ……だがしかし、そこにティアの残骸は見受けられなかった。 雪華は怪訝な顔をした。 身動きの取れないティアが、あの攻撃をかわしたとは思えない。 瓦礫の下に埋まってしまったのだろうか? それもあるかもしれない。 だが、おかしい。 それならばなぜ、ジャッジAIから勝利のコールがなされない? あまりに低い一つの可能性に、雪華の思考が至るより早く。 「雪華、上だっ!!」 マスターの短い注意を、雪華が認識するよりも早く。 ティアの鋭い膝蹴りが、雪華の背中に降ってきた。 次へ> トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2603.html
第二章 2038/2/17 04:35 同基地 私室 “『特技兵』” 「テーンッ、ハッ!(気をつけ!)」 あれから作戦評価報告書やデブリーフィングに忙殺され、私が寮の自室にたどり着いたのは軽く日をまたいで、そろそろ朝日も登ろうかという時間……にもかかわらず、私の『小さな部下』のうち数体は机の上に直立不動の姿勢でこちらに視線をよこしていた。 「まだ起きてたの?」 「ええ、まだお褒めの言葉をいただいておりません」 気だるく尋ねた私に、ダガーワンチャーリーことC分隊の指揮官を勤めるベックウィズがいたずらっ子のような笑顔を浮かべながら答える。 「褒めろって言いたいのかしら?」 「ええ、私の分隊が間違いなく一番戦功であります」 いけしゃあしゃあと言い切ったベックウィズを一日分の苛立ちを込めてひと睨みすると、彼女はやっと口を閉じた。 心底おかしそうに笑いをこらえてはいたが。 「申し訳ありません、中尉。 ベック、いい加減にしなさい」 隣にいたA分隊の分隊長。 ウェストモーランドがあまりに態度の悪いベックを注意する。 「そうね、ベック。 あのまま死んでもおかしくなかったわ」 「死なないわよ」 B分隊の分隊長。 エイブラムスがモーラに続いて苦言を呈したが、ベックは途端真面目な顔になって答える。 「あのクソッタレな戦場で何度死んでも、バックアップがある。 ですよね、中尉」 彼女の言うクソッタレな戦場……民需用のホビーである彼女たち、武装神姫の戦闘およびフィールド生成システムをDARPA(国防高等研究計画局)が軍需用に改良した最新鋭戦術・戦略シュミレーター『テキサス』の事だ。 サーバーから提供される15エーカー四方の立方体内に想定されるあらゆる条件……地形や気候だけではなく砂や埃による装備の劣化や、一体一体の体調といった概念までも再現するそれは『第二の現実』といっても過言ではなく、ウェストポイント(陸軍士官学校)でも試験的にこのシステムを利用した演習が行われているし、現在の士官教育を一変させるとまで言われている……のだが…… 「それでも、その瞬間までそこでにいた人格は消滅するのよ、ベック?」 バーチャルな死の概念。 それをシステムではデータの消去という形で表す。 彼女たちはある種本能的にそれを恐れ……結果、よりリアリティのある戦闘状況が再現される、というわけだ。 それでも、軍用である彼女たちは民需用では強固なプロテクトがかけられている情報記憶分野のバックアップが可能となっている。 早い話が演習終了時に演習開始前の状態で生き返る。 といえばわかりやすいだろうか? 「一時的な記憶喪失なんか怖くないでしょう? とかく、お褒めの言葉がいただけないようでしたら私はこれで失礼させていただきます」 ベックはかかとを合わせて敬礼すると、すばやく割り当てられたクレイドルへ潜り込み、スリープモードへと移行した。 「……中尉、そろそろお休みになられないとお体に触ります」 少々、あっけにとられていたが、モーラが心配そうに見上げているのに気づき彼女の頭を指先でなぜてやる。 「ベックは悪い奴ではありません。 ですが……」 「戦友を失ったと聞いてるわ。ヒネているというより拗ねてるのよ」 モーラが言葉を詰まらせたあとをエイラスが引き継ぎ、同じ顔をした二体の視線がクレイドルで眠る同胞に注がれる……彼女の名はベックウィズ。 消えかけた特技兵の階級章を付けた、部隊唯一の実戦経験者。
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/269.html
第2話 好きなものは? それまで武装神姫というものを知らなかった俺は、あちこち調べてみた。 神姫にも好き嫌いがあり、バトルしたがるのとか、服で着飾りたいのとかが居ること。 それらの性格の違いが、本体に登録されている基本性格とCSCの組み合わせで生まれるということ。 驚いたことに、食事もできるらしいということ。 そして、しばらくたったある日のこと。 その日、俺は予定よりも早く帰ってこれた。 手にはアールが好きだと言った食べ物の入った袋がある。 自室の前に立つと、中から音楽が流れているのが聞こえてくる。 アールが音楽が好きなことが分かり、プレイヤー類は自由に使っていいと言ってある。 せっかく楽しんでいるアールを邪魔しないように、ドアをそっと開けて中に入る。 俺の机の方に目をやると、そこで釘付けになった。 歌を聴いていると思っていたのだが、現実は予想のはるか上だった。 プレイヤーから流れる歌に合わせてを口ずさみ、器用に踊るアールの姿がそこにあった。 金色の髪をなびかせ、腰をぷりぷり振って手足でポーズを取って踊るアールに俺は見入ってしまった。 (可愛いもんだな) そう思っていると、アールがターンをしてこちら側を向く。 「あ」 「あ」 アールと俺の目が合った。 すると、アールの顔がみるみる赤くなり、小刻みに震え出した。 「み、みてたんですか?……」 「あ~……うん、可愛かったよ」 にっこりと微笑んでやると、アールの目に涙がたまりだす。 俺は涙を流す技術に感心すると、アールは側に置いてあったレーザーキャノンを持ちこっちを涙目で睨む。 「マスターのばかぁぁぁぁ!!」 そう叫ぶと、LC3レーザーライフルを乱射してきた。 神姫用に作られた武器類は、人間に致命傷を与えることは無いといっても、結構痛い。 「おい、こら。やめろ」 レーザーライフルを取り上げ、アールを握って暴れないようにする。 「ふぇぇぇぇん」 俺の手の中で顔を両手で覆って泣いている。 「落ち着けって、泣くなよ」 反対の手でよしよしと頭を撫でてやると、ゆっくり泣き止んできた。 「落ち着いたようだな」 撫でるのをやめて、机に座らせてもアールは顔を覆ったままだった。 「いつも踊ってるのか?」 アールに問い掛けると、ビクンとなった。 「ああ~、無理に言わなくてもいいよ」 「……マスターに」 「うん?」 手で覆いながらもアールはゆっくりと話し始めた。 「マスターに見られないように、見られたくなかったから……帰ってくる時間には終わらせてました」 「どうして? アールの踊り、可愛かったよ。俺は見てみたいな」 「恥ずかしいんです!」 アールは覆っていた手をどけてこっちを見たが、顔は真っ赤のままだ。 「だって……こんなのが好きだなんて」 「いいんじゃないか? それは、アールがアールだっていう証拠なんだし」 「え?」 「神姫にもいろいろ好みがあるってことさ。だから見せて欲しいな」 「マスターは、わたしを嫌いになりませんか?」 少しおびえた表情で見つめているアールの頭をなでた。 「どうしてそう思う?」 「だって……」 「むしろ、もっと好きになったよ」 「マスター」 今度は別の意味で顔を赤くするアール。 「しょ、しょうがないですね。マスターがそう言うならみせてあげます」 顔を真っ赤にしてそういうアールをにっこり笑って答えた。 「ところで、さっきの歌はなんだ?」 「はい、私の好きなたいやきの歌です」 「そ、そうか……たいやき買ってきたから一緒に食べよう」 袋を持ち上げてアールに見せる。 「はい!」 輝くような笑顔でアールが返事した。 俺は存分にアールの踊りをし、買ってきたたいやきを二人で食べた。 たいやきを食べていると、突然アールの顔が般若のようになり、俺の方を向く。 「マスター! これ、尻尾まであんこが入っていません!」 「え?」 「マスター、いいですか? たいやきというのはですね…………」 このあと、たいやきについて延々とお説教されるとこになりました。 アールの新たな一面がみえたと同時にちゃんと選んでたいやきを買うことを誓いました。 TOPへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1265.html
花は、散り逝く瞬間が最も美しいという。 例え我が家の燃える姿であろうと、巨大な炎に人は惹かれる。 兵器は、破壊される瞬間、最も誇らしいと謳われる。 死に幻想を抱く人間は尽きない。 崩壊、それは美しきもの。 降雨、流雨、冷雨、泪雨。 「しゅーこちゃん、だって、つーが大好きだと、みんな、壊ちゃうですよ? それなら、つーが壊れた方が、まだ・・・」 「ツクハっ!!」 どうしてこうなる?誰が悪い?何が悪い? 泣きそうに問いかけても、誰も答えない。雨がツクハを虚ろにしていく― 第2章 月下美人 「・・秋子、それでさ、その変な神姫、一昨日も昨日も夕飯にまで居座ってさ、人の作ったご飯に文句ばっか言うクセに殆ど食べないし」 「神無・・、神姫とは言え、そんな怪しい人をほいほい家に上げていいの?」 「・・・いや、そうなんだけどぉ、番犬代わりのロウが懐いちゃってるもんだから追い出すに追い出せなくて」 神無の話を要約すると、一昨日の騒ぎの後、家に帰るとその見知らぬ神姫が主人も連れず我が物顔で居座っていたという事らしい。しかもそれから毎日来ているという。 「それで、結局その神姫は何者なの?」 「さあ? ロウが言うには“先生”なんだって。でも何教わっているかは秘密だっ!って言って教えてくんないし。あいつ最近ナマイキなんだから」 「じゃあ、誰の神姫なのかも判らないの?」 「あ、それは八木内科だって」 「隣町の? そういえば、最近賑やからしいって聞いたけれど・・その神姫の事かな?」 「多分」 兎にも角にも、私の親友はまた面倒事を抱え込んでしまったみたいだ。 「ねえ、ところでさ、この前言ってた秋子の神姫ってなんて名前なの?」 「何? 騒がれたら、神無も武装神姫に興味が沸いたの?」 「いや、そういう訳じゃないよ。ただ秋子が連れてる娘ってのが、気になっただけ」 「・・・まあ、いいわ。でも、少し覚悟してね」 「へ?」 放課後の教室には静かだった。それでも少し前までは、神無に神姫の事を聞きに来た男子達が居たけれど、あまりのしつこさに激怒した神無に気圧され、今はもう誰も残っていない。一応もう一度周囲を確認して、鞄に手をかける。 「ツクハ、起きて」 「・・ふわぁ~。あれ? しゅーこちゃん、もう家ですかぁ? それともまたあの犬ヤロー?」 鞄から這い出る小さな影、眠そうに目を擦る。白緑色の髪、緑系で統一されたボディカラーのジュビジータイプ。それが私の神姫、ツクハ。 「え・・・これが秋子の神姫? っていうか真面目な秋子が学校にこんなの持ち込んでたなんて・・・」 「事情で、家に置いていたくないの。ツクハ、ここはまだ学校。友達が貴女に会いたいって言うから起こしたの」 「え!? 友達って、もしかしてカンナちゃん!?」 「あれ? アタシの名前知っているの?」 「うん! しゅーこちゃんの友達で、しかも美少女の名前、忘れるわけ無いですよ! 初めまして! つーはツクハです! お友達になって欲しいです♪ てゆーかお友達から初めてねです♪」 「え? あの・・うんまあ」 「こら、ツクハ。神無が困っているからそれ位にしなさい。神無、これが言い辛かったから隠していたのだけど・・・」 ツクハは限定品カラーらしいけれど、普通の神姫と変わらない。ただ、一つを覗いて。それは・・・ 「ツクハって、女の子好きなの、ものすごく」 「れ、れずっこ!?」 「うんっ♪ あ、でもつーのはプラトニックだから安心です♪」 「いやどう安心なの、それ」 ツクハの“左手”に振り回された神無の右人差し指が、困惑して語る。無理もない。私もツクハには振り回されっぱなしなのだから。 「あれ? もしかしてそれが法善寺の神姫? 学校に持ってくるなんて勇気ある!」 「わっ!? いつの間にいたの!?」 「あ、相原君・・・」 突然飛び込んできた笑顔。動揺してしまう。しどろもどろに言葉を見つけられずに居ると、急にツクハが躍り出て、“右手”で彼を指差す。 「あ~!! もしかしてうちのしゅーこちゃんをたぶらかそってゆーのです!? しゅーこちゃんは渡さないですよ!」 「ちょ・・ちょっとツクハ!」 「な、なんか意外に激しい性格の神姫だな。俺のフォトンと気が合えばいいけど」 食いかかるツクハに、意外にも怯まず、相原君が携帯の画像を見せる。映っていたのはフォートブラッグタイプ。・・と、一瞬前まで私の前で立ちはだかっていたツクハがすぐさま画面にかぶりつき、画像を覆い隠してしまう。現金ね。 「え!? この子がアンタの神姫ですか!? かーわい~♪」 「ん? 俺のフォトンを気に入ってくれたのか?」 「フォトンちゃんかあ・・。まあ、しょうがないですねえ、ちょっと位なら、しゅーこちゃんとのオツキアイ認めてあげてもいいですよ」 「ちょっ!? ツクハっ!!」 “お付き合い”の言葉に、声を張り上げてしまう。すぐに恥ずかしくて相原君から目を背ける。きっと今顔が強張っている。変な子と思われた。 「本当か! フォトンも喜ぶよ!!」 でも、相原君はその言葉の意味に気づかなかったらしい。・・・でも私は・・・。 「それじゃあさ、何時法善寺の家に行こう? 家近いの?」 「いや、あんまり・・・」 動悸が止まらない。 「じゃあ休みのほうがいいよな。今週末空いてる?」 「・・ええ、でも、私の家、散らかっているし親もうるさいから・・・」 上手く話せない。 「あ、じゃあ外で会う方がいい? 隣町のヒメガミ神姫センターとか。場所判るだろ?」 「・・・うん」 目を合わせられない。 「じゃ、日曜な。時間は後で教える。それじゃ!」 「あ、ちょっと相原君! 秋子がツクハちゃん持ってきてるのは内緒だよ! 事情が・・」 「判ってるって豊島。じゃあまた明日な!」 「言うだけ言って帰っちゃったよ・・・。でも相原君の方もさ~、秋子に気があるよね。アタシも神姫持ってるって言ったのに秋子しか呼ばないし」 「うんうん。でもいきなりデートなんてフトドキモノですよ!!」 「デートだなんて、そんな・・・」 彼の笑顔が焼きついて、まだ、頬が熱い。 帰宅するまでの間中、胸のざわめき治まらない。ツクハはまた寝かせておいて良かった。起きていたら「まだしゅーこちゃんがふやけてるです~!! あんのスケコマシ~!!!」なんて五月蝿そうだから。 ・・・そう思っている内にもう自宅前。惚けていた割にバスは乗り間違えなかったようだ。我ながら可愛げがない。そうだ、神無やツクハはあんな事を言っていても、相原君はきっとそうは思っていない。だって私に可愛い部分なんて無い。目が悪いからいつもしかめっ面をしているし、最近笑った覚えも無い。それなら、ずっと神無の方が可愛い。だから、そんな事は無い。ただ神姫に興味があるだけ。 「可愛くなんて・・・」 「秋子、遅かったな」 身の毛が弥立った。玄関の先に居た、悪夢に。 掻き切られ気味に取り戻した理性が、声の主を凝視する。醜い、醜い、醜い、男。私の兄、法善寺冬次。どうして・・こんな時間に家に居る? 「仕事が、早く上がった。それに、おまえに用があったからな。また、神姫が1“台”調子悪くなったんだ。貸せよ、お前の神姫」 「・・・もうツクハは戦わせない、絶対に」 「はあ? 戦わせるのが武装神姫の使い方だろ? そいつが居れば、負けは無いんだ、貸せ。今週の日曜だ」 低く崩れた声が強制する。けれど絶対に屈しはしない。日曜は相原君との約束の日。それだけじゃない。この男が私とツクハにしてきた事を思えば、従う理由はひとつも無い。 この男はツクハを捨てた、ひどくモノのように。けれど私が彼女を拾えば、卑しい強欲で返せと叫ぶ。それだけでは済まなかった。私がツクハを置き学校に行っている間に、この男はツクハを連れ去って、そして戦いを強制した、何度も、何度も。きっと私に何かすると脅迫したのだろう。昔、私にしたのと同じに。私がその事実に気付いた時、彼女が右腕を失って帰ってきたその時には、何年かぶりに嗚咽した。だから・・・ 「お前の言う事なんて、聞けないっ!!」 ツクハの入った鞄を抱えて階段を駆け上がる。鍵は三重に閉めて、そして、力が抜けて蹲る。 「ううっ・・・」 出来れば、この身の全ての血を抜いて、取り替えて、あれと他人になりたかった。 「それは尾行ね絶対。初デートなんて面白・・重大なイベント、影ながら助けてあげるのが親友ってモノじゃない? あ、このフライドチキン、下ごしらえ足りないわね。ハーブ少し刷り込むだけで、違うものよ?」 「むぐむぐむぐ」 「・・・アニーちゃん、絶対面白がってるでしょ。それから味に文句があるなら手伝ってよ、小食のただ飯食らいサン」 何故かすっかり定着しちゃった、この銀髪中性神姫(オカマとは違うんだって)を含めた我が豊島家の夕食。ロウと2人よりは間が持つとは言え、毎回ヒトの味付けにとやかく言われるのは的確なだけに結構ストレス。・・と、それはともかく。 「そんなにしたいなら、アニーちゃんがすればいいでしょ、尾行」 「う~ん、そうしたい所だけど、場所が神姫センターじゃ無理ねえ」 「どうして? 神姫センターなら神姫が居たって平気じゃないの?」 「こっちには、こっちの事情があるのよ。金、土・・あと丸2日じゃロウの【ジャミングパック】も出来上がらないし、神無ちゃんしか出来ないのよ。準備はしてあげるから」 「むぐむぐむぐ」 よく判らないまま言いくるめられてしまう。そりゃあまあ、アタシだって秋子と相原君がどうなるのかは知りたい。秋子って男の子にはアタシ以上に免疫少なそうだし、心配な気持ちも確かにある。 「・・・まあ、日曜は晴れるし暇だから、いっかぁ・・・」 「むぐ・・ごくん。カンナっ! にくっ! おかわり!!」 「もう無い!」 その時は、漠然とした気持ちだけで、結果なんて見えてなかった。想像も出来なかった。 目次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/732.html
戦うことを忘れた武装神姫・番外編 ちっちゃい物研・鳳凰カップ編-02 鳳凰カップ特別編便乗企画 「だー!! Mk-Z、手が空いてるんなら手伝え!!」 朝、開場したばかりの鳳凰カップ会場の一角。 CTaが相変わらずの油くさいメイド姿でわめきたてていた。 と、CTaのポケットに入っていたヴェルナがひょいと顔を出し、 「マスター、妙案があります。」 混乱するCTaに声をかけた。 「まもなく、久遠さんがこの付近を通過する模様です。いっそ、 臨時要員として使ってはいかがですか?」 「ふむ・・・そうだな、拉致るか。」 「拉致るってマスター、久遠さんなら言えば手伝ってくれるっ すよ・・・。」 傍のテーブルで物販の伝票に半ば埋もれながら整理をする沙羅 が言った。 東杜田技研として久々のイベントでの展示。 メインには、ちっちゃいもの研こと小型機械技術研究製作部の 製品展示を据え、脇では現行品の即売コーナーも。ついでに、 他の部署の紹介コーナーを設け、ちゃっかりリクルートまでも やろってしまおうという大胆ぶり・・・が仇となり、いつの間 にか責任者にされていたCTaは見事なまでの混乱っぷり。 「CTaさん、ダメです! 僕はこのあと相談コーナーに張りつか なくちゃいけないんですからっ!!」 Mk-Zも珍しくカリカリしている。 彼は神姫のメンテナンスに ついての相談コーナーを任されていた。 午前の部の整理券を配り終え、まもなく開始する相談コーナー の準備に手一杯・・・ 「マーヤ、機材は?」 「おにーさま、サーヤが機材に埋まりました~!!」 「うをー! 早く掘り出せ!! リーヤは?」 「展示のデモ神姫として、朝からあっちにかかりっきりです!」 「しまったー! そうだったー!!」 一人絶叫しながら、技研の他のスタッフとともに急ぎコーナー を整える。。。 「お、押さないでくださーい!!」 一方の物販コーナー。 早くも行列ができていた。 お目当て はポケットスタイルの先行販売。 整理券の配布をするは、半 強制的にバイトをさせられているかえで。 小柄であるが故、 声を張り上げてもなかなか認識されない・・・そんなかえでを フォローするフィーナ。 「整理券はお一人様一枚! はい、はいどうぞー!」 CTaから借りた特装セットからフライトユニット(イオが持って いるアレと同等品)を選び、かえでの頭上でプラカードを手に 飛び回る。。。 ・ ・ ・ 屋台コーナーの片隅の休憩スペースにて、まったり休憩の久遠 と彼の神姫たち・・・と。 「あ、マスター。あちら・・・八御津さんではないですか?」 イオが久遠の袖を引っ張った。 「ありゃ、ホントだ。」 久遠が気づくとほぼ同時に、向こうも気づいたようで、久遠の ところへやってきた。 おそらくUSアーミーの放出品であろう ジャケットの胸のポケットの部分には「碧空のスナイパー」の 異名を持つ兎子が収まっていた。 「こんにちは、久遠兄ぃ。」 「やっほぉ、みなさーん。」 明るく挨拶をする二人に、久遠たちも応える。 「もしかして試合出たんですか?」 シンメイの問いに、兎子のブリッツは神姫みかんストラップを 取り出した。今大会の参加者全員に配られたという、東杜田の 提供品だ。。。 「いやぁ、予選落ちっすよ。でも、いい試合ができたんで悔い はないっす!」 八御津はそういいながら久遠にフリーのコーヒーを渡した。 「いいところまで行ったんですよー。 ですが、あと一歩の所 で力負けしてしまって・・・。 おそらく、あの方たちは相当 の上位までいくと思います。」 相変わらずのさわやかさで、試合の顛末を語る兎子のブリッツ、 そして八御津。 ・・・やはり軽装に近い兎子だと、いざ力の 勝負となった際に押し負けてしまうらしい。 話のところどころに、二人の悔しさもにじみ出る・・・。 「そうだ、パワーアップと言えば、ちっちゃいもの研でパワー ユニットの試作機デモをやってるとかいってたなぁ。」 久遠が言うと、 「どうですか、東杜田のブース行ってみませんか?」 ロボビタンの試供品をすするイオも続けた。 「もちろんですよ。ポケットスタイルの先行販売も気になって いるんで。。。」 八御津と久遠は、それぞれの神姫をそれぞれに収めると、連れ だって東杜田へのブースへ向かった。 >>続くっ!!>> <<トップ へ戻る<<
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2256.html
ウサギのナミダ・番外編 黒兎と塔の騎士 中編 □ ランティスの瞬発力に、俺は目を見張る。 一瞬とはいえ、ティアが反応できていなかった。 初撃はからくもかわしたが、油断はできない。 あの瞬発力を持ってすれば、たとえティアの高速機動を持ってしても、打ち込むチャンスは何度も作れるだろう。 ランティスは今、油断なく構えている。隙は見えない。 俺からティアへの指示はない。今はまだ。 ゲームは始まったばかりなのだ。 ◆ 一方、鳴滝もまた、ティアの機動力に舌を巻いていた。 ランティスの踏み込みをかわした神姫はそういない。あのクイーン・雪華でさえ、ランティスの攻撃を捌くのがやっとだったのだ。 「あれをかわすか……」 『我が女王が推挙するだけのことはある、ということでしょう』 ランティスの言葉に、鳴滝は頷き、そして笑みを浮かべた。 そう、こういう相手を求めていた。 ランティスと同じ土俵で戦ってなお、互角に戦える好敵手。 鳴滝はディスプレイに目を移す。 構えているランティス。 対してティアは、腰を落とした体勢から加速しようとしていた。 ■ わたしはランドスピナーをフル回転させ、一瞬にして加速する。 塔の壁の輪郭が崩れ、流れていく。 わたしはトップスピードに乗り、ランティスさんの周囲を走り回る。 ランティスさんは動かない。 わたしの動きにあわせ、身体の向きを変えるだけ。 わたしは、ランティスさんの左右に飛び違うように走ったり、大きくジグザグに走ったりして揺さぶりをかける。 やりにくい。 塔の最下層は、ただ何もない円形の平面だ。 廃墟ステージと違って、身を隠す場所もウォールライドできる壁もない。 だから、自分の走りだけで、ランティスさんに隙を作らなければならない。 だけど、ランティスさんに油断はない。 常にわたしに意識を集中している。 この状況で、相手に隙を作るのは、とても難しい。 わたしはさらに加速する。 とにかく動き、ランティスさんの背後をとろうと揺さぶりをかける。 その速度は彼女が振り向くよりも速くなる。 「くっ……」 そしてついに、ランティスさんがわたしの動きを追いきれなくなる。 今! 彼女はまだ、肩越しにわたしを見ているだけ。 振り向きはじめたばかり。 わたしはランティスさんに向けてダッシュする。 右手のコンバットナイフを閃かす。 でもさすが、近接格闘最強の神姫。 振り向きざまの籠手で、わたしのナイフを受け止めた。 さらにわたしの機動。 さっきのお返しとばかり、ナイフを振った勢いを殺さず、そのまま身体を回転させる。 右足を振り上げ、回し蹴り。 「くうぅっ!」 わたしのレッグパーツがランティスさんを襲う。 でも、ランティスさんは、両腕の手甲を揃えて構え、わたしの蹴りを受けた。 いくらライトアーマー並とはいえ、レッグパーツは神姫の通常素体以上のパワーがある。 受けたランティスさんは後ろに大きく弾かれた。 □ だが、ランティスの弾かれ方は、俺の想定と明らかに違っていた。 ランティスは予想よりも大きく後方に弾かれている。 衝撃を吸収するために、自ら後方に跳んだのか。 その証拠に、ランティスは体勢を崩さず着地した。 すぐに両腕をおろすと、構えをとり、臨戦態勢を整える。 ダメージは見られない。 さすがは近接格闘戦で秋葉原最強クラスというだけのことはある。 それにしても。 ランティスの動きは不思議だ。 ランティスはサイフォス・タイプをベースにしたカスタム機であることは疑いない。 サイフォスは確かに近接戦闘が得意な神姫だが、ソードやランスで戦うのが一般的だ。 徒手空拳で戦うサイフォスなんて、聞いたこともない。 それに、先ほど見せたランティスの踏み込みは、普通のサイフォス・タイプの機動と明らかに違っている。 どちらかといえば、ランティスの動きはキックボクシングのように見えた。 いまもまた、構えるその姿は立ち技を得意とした格闘家のようだ。 「なるほど……だから、ナイト・オブ・グラップル……格闘騎士というわけか」 俺は思わずつぶやいていた。 ◆ 「なんていうか……地味な戦いだなあ」 安藤が何気なくつぶやいたその言葉に、涼子は額を押さえてため息を付いた。 「これだから素人は……」 「なんだよ」 「ランティスの動きは、標準のサイフォス・タイプの動きじゃないわ。ということは、マスターが神姫に教え込ませた技ってこと。それをあそこまで練り上げているなんて、どれほどの修練だったのか……想像を絶するわ」 涼子は合気道をたしなむ武道家である。 だからこそ、ランティスの動きが尋常でないことが分かる。 それに、涼子の神姫・涼姫は、オリジナル装備を使う。だから、技の修練については人一倍思うところがあるのだった。 ティアとランティスのバトルは、弾丸やレーザーが飛び交うバトルに比べれば、確かに派手さにはかけるだろう。 だが、あの至近距離での攻防は、まるで薄氷を踏むがごとき緊張感と危うさをはらんでいる。 「しかも、まだ両マスターとも、指示らしい指示は出していない……神姫が思うままに戦ってるってことは、純粋に、練り上げた技同士の応酬ってことだわ」 「はあ……」 安藤はアルトレーネ・タイプのマスターで、現在自分のバトルスタイルを見つけようと研究中である。 涼子ほどにはまだ、バトルロンドを見る経験を積んではいない。 だから、このシンプルな戦いを、なぜ涼子たちが真剣に観戦しているのか、わからないのだ。 「安藤くん。このバトルはしっかり見て。きっとティアがすごいってことがわかるはずだから」 美緒にそう言われてしまっては、大人しく観戦するほかない。 自分たちの窮地を救ってくれた男はどんなバトルをするのか? それにはとても興味がある。 安藤が大型ディスプレイに視線を戻す。 「えっ……?」 画面の中。 ランティスが構えていた両腕を降ろすところだった。 腕の力を抜き、だらりと下げる。 顎を引き、肩幅に両脚を開いたまま、直立している。 そして、ランティスは目を閉じた。 「心眼……?」 「そんなこと、できるわけないでしょ!?」 安藤の言葉を即座に打ち消したのは涼子だった。 目を閉じ、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませる、という手法は確かにある。 しかし、実戦において視覚を閉ざすということは、自らハンデを背負うことに他ならない。 「武道の達人だって、戦闘中に目を閉じてガードを解くなんて真似……できるはずない」 そもそも、神姫が感覚や勘に頼ってバトルするということが、涼子には納得が行かない。 ならばなぜ、ランティスは目を閉じた? ティアは動かない。 ランティスは明らかに、ティアを迎え撃とうとしている。 あえて隙を作って誘っているのだろうか。 ギャラリーもざわめく中、状況はしばし膠着していた。 ■ わたしには、ランティスさんの意図が読めなかった。 構えを解き、目を閉ざすなんて。 自ら不利な状況に追い込んでいるだけなのではないか。 だけど、油断はできない。 動かないランティスさんを前に、わたしも動けずにいる。 わたしのAIがマスターの言葉を反芻する。 『いつも考えながら戦え』 わたしは考える。 彼女は今まで出会ったどんな神姫とも違っている。 ランティスさんの今の状態は「隙」ではない。 おそらくは、「誘い」であり、「待ち」の状態。 わたしの動きに対応しようとしている、と思われる。 つまり、わたしの出方次第。 なおさら迂闊には動けない。 だけど、このままでは二人とも動けずに終わってしまう。 やはり、銃火器を装備するべきだったんじゃ……。 そう思いながら、手にしたナイフを見る。 ここぞという時に、わたしの力になってくれた武器は、ナイフだった。 初勝利の時も、雪華さんとの対戦でも。 だから、銃火器がないことに納得は行かないけど、弱音は吐かない。 きっとマスターには考えあってのことだから。 ナイフでできることを考えて……わたしはつぶやいた。 「……マスター」 『なんだ?』 「正攻法で行きますけど……いいですか?」 『それでいい』 「はい!」 マスターが同じ考えでいてくれたことに嬉しくなる。 わたしは腰を低くして、再び全力で走り出す。 ◆ ティアは先ほどと同様、ランティスのまわりを縦横無尽に走り抜ける。 その動きは鋭さを増しているが、ランティスは微動だにしない。 表情さえもかわらない。 ティアはフェイントを混ぜ、左右に飛びちがい、ランティスを混乱させて隙を作ろうと動き回る。 だが動かない。 ランティスは彫像のように動かないままだ。 静と動の膠着。 それを破ったのはティアだ。 左から右へ、流れていくかと思った瞬間、一瞬にして方向を変える。 ティアならば刹那で届く距離。 ランティスのほぼ真後ろから、コンバットナイフを振り上げる。 そして、一歩。 跳ねるように刹那の距離を駆け、銀色の刃が閃めいた。 その刹那をついて、ランティスが動く。 振り向きざまに、右拳を振り上げつつ、バックナックル。 それは頭上へと伸び、ティアのナイフを根本から引っかけて、跳ね上げる。 しかし、ティアも止まらない。 腕ごと上体を跳ね上げられながらも、身体の勢いを利用して、右膝蹴りを送り込む。 ランティスは身体を回転させ、左の手でティアの膝を捌いた。 一瞬、空中で無防備になる。 ランティスの回転は止まらない。 膝を畳んでミドルに構えた脚を振るう。 狙いは、ティアのわき腹。 「あぐっ!」 バニーガール型神姫の小さな悲鳴。 意に関せず、彼女は動く。 畳んでいた膝を鋭い動きで伸ばす。 脚に乗っていたティアの身体を、思い切り弾き飛ばした。 「うああああぁっ!!」 ティアの身体は、宙を舞って地面に激突、横転する。 しかし、三回転もすると、回転力を起きあがる力に変え、あっという間に前屈みの姿勢で立ち上がった。 再びランティスと対峙する。 ランティスはゆっくりと構えをとりながら、冷たい目でティアを見据えていた。 ◆ 「なんで……ランティスは何であんな正確に、ティアの攻撃を捉えられるの!?」 涼子は驚愕していた。 あのティアの動きを、聴覚と勘で捉えるなんて、達人でも不可能だ。 だが、優しげで、いっそ暢気な口調が、彼女にあっさりと答えをもたらす。 「ああ……ランティスは聴覚でティアの動きを測定していたのですよ」 「高村さん……測定、ですか?」 「蓼科さん、でしたか……そう、彼女は視覚を閉ざした、のではなく、聴覚を最大限に利用して、ティアの動きを捉えようとしたのです。 つまり、ソナーです」 「ソナー……ですか?」 狐に摘まれたような顔の涼子に、高村は頷いた。 「ネット上で公開されている、武装神姫の運用プログラムには、耳をパッシブソナーのように運用するためのプログラムがあります。それを使ったのです。 さらに、電子頭脳の働きを聴覚に集中するために、視覚を閉ざして、十分なリソースを確保したのです。 もちろん、ランティスのように、ソナー化した聴覚に連動した動きをさせるには、熟練というデータの蓄積が必要ですけど」 フル装備の武装神姫であれば、わざわざそんな技を使うまでもない。 ソナーを装備すれば、素体の耳よりもよほど正確な測定結果が得られるし、装備の動作も簡単に連動させられる。 レーダーを積めば、全方位の視界を得ることも可能だ。 だから、ランティスのような素体運用は異端だし、まわりくどいやり方だった。 雪華は言う。 「マスター蓼科、神姫は人ではありません。人には不可能と思えることでも、神姫には工夫次第で可能となるのです。 人の常識にとらわれてはいけません。柔軟な思考こそが新たな可能性を切り開くのです」 涼子は改めて、大型ディスプレイに目を移す。 今バトルをしている二人の神姫は、そうした工夫を重ね、新たな可能性を突き詰めた神姫たちだ。 その結果、特別な装備がなくても、フル装備の武装神姫と渡り合える。 それは涼子が神姫マスターとして目指す境地であった。 ◆ 苦しそうに身体を折り曲げていたティアが、なんとか立ち上がる。 その様子を、ランティスは冷たい視線で見つめていた。 「所詮、貴様もその程度か……」 たとえクイーンの推挙であったとしても。 結局はこの塔で自分にかなう神姫などいないのだ。 「わたしは師匠の夢を託されている。その想いを背負って戦っている。 貴様のように、身体を売り、快楽を求めた神姫なぞに、負けるはずもない」 対峙するティアは、ひどく悲しそうな顔をしていた。 何が悲しい。 身体を売ることをよしとした、汚れた神姫のくせに。 走り回ることしか能のない神姫のくせに。 いや、彼女に限らない。 わたしと対戦する神姫は皆、ティアと変わらない。 ランティスの装備を見ては侮り、安易な武装で挑んでくる。 高火力によるエリア攻撃、高高度からのレーザー攻撃、手数とパワーに頼った格闘戦……。 うんざりだ。 どいつもこいつも、武装にばかり頼った、惰弱な神姫だ。 マスターとの絆を技に変えて挑んでくる神姫などいない。 ただ一人、『アーンヴァル・クイーン』雪華を除いては。 だからこそランティスは、雪華を敬愛する。 しかし、雪華は言う。 ランティスのバトルは卑しい、と。 そして、ティアの戦いこそ、自分が学ぶべきものだと。 だが、結局はこの程度。 塔の中では自分にかなう神姫などいようはずもない。 学ぶところなど、ありはしない。 今回ばかりは女王の見込み違いだろう。 「だが、我が女王の推挙なれば、せめて我が奥義を持って、終わりにしてやろう」 そう言うと、ランティスは両腕を軽く身体から離し、叫んだ。 「師匠、サイドボード展開! 装着、雷神甲!!」 ランティスの両腕が光に包まれる。 一瞬の後、ランティスの両腕は新たな手甲が装備されていた。 形は前のものとそう変わらない、無骨なデザイン。 その装甲の外側を青白い火花が走っている。 そして、ランティスの右手には、銀色の金属球が握られていた。 「受けるがいい……我が奥義……!」 金属球を両手で掴み、そのまま腰だめに構える。 ランティスの手甲が、青白い光を放ちはじめた。 □ 「遠野くん、君はレールガンを知っているか?」 唐突な鳴滝の問い。 戸惑いながらも俺は頷いた。 レールガンは、砲身となる二本のレールの間に、伝導体の砲弾を挟んで電流を流し、磁場を発生させて砲弾を加速、発射する武器である。 火薬を炸裂させて弾丸を発射する火器に比べ、弾丸が撃ち出される速度が高いという特徴がある。 「ランティスのあの籠手……雷神甲は強力な電力を発生する。 ランティスはあの籠手を使って、金属球をレールガンのごとく撃ち出す技を修得してる。 どの方向にも、意のままに撃てる。 破壊力は折り紙付きだ。なにしろ、重装甲で身を固めたムルメルティア・タイプを、サブアームごと破壊したほどだからな」 鳴滝の言葉に、ギャラリーがどよめく。 なるほど、塔で最強というのも合点がいった。 それほどの破壊力の飛び道具があれば、飛行タイプでも重装甲タイプでも相手にできるだろう。 これはランティスの要の技と言える。 俺は改めてディスプレイのランティスを見つめる。 雷神甲の表面に、青白い火花が走っている。 上下に合わせていた掌の間に金属球がのぞき、そこからも紫電が散っていた。 「いいのか、手の内を見せるようなことを言って」 「知っていたところで、ランティスのあれはかわせない。初速は通常の射撃武器の数倍だ。あれより速いのはレーザーくらいだろう」 不適に笑う鳴滝。 彼がそう言うなら、遠慮することもあるまい。 俺は耳にかかったワイヤレスヘッドセットを摘む。 「ティア、まだ走れるか?」 『はい、大丈夫、です』 「よし。それなら……」 俺はただ一言、指示を出す。 いつものように素直な返事が短く返ってきた。 ◆ 金属球を挟んだ両手に、電流が流れていく。 腰の位置においた両手の隙間からは、溢れ出た電流が、バチバチと音を立て放電している。 力が両手に溜まってくるのを感じる。 頃合いだ。 「くらえ、一撃必倒……」 ティアが動く様子はない。 バカにしてるのか。 だが、動いたところで、この技はかわせない。 ランティスが動いた。 大きく一歩踏み込む。 その動きに連動させて、身体の後ろから前へと、金属球を挟んだ両手をなめらかに伸ばす。 「雷迅弾! ハアアアアアァァァッ!!」 裂帛の気合い。 同時に両手が開かれ、必殺の金属球が射出された。 それはまさに雷光のごとき迅さ。 超速度の弾丸は、塔内部を一直線に駆け抜けた。 正面の壁に着弾。 そして爆発。 大音響と共に塔の壁が崩れ、爆煙が膨れ上がった。 雷迅弾の翔けた痕が地面に一直線に残り、その尋常ではない速度を物語る。 その直線上には何もない。 はずだった。 「な……! んだとぉ……っ!?」 腰を浮かせたのは鳴滝の方だった。 彼が見つめるプレイヤー用ディスプレイ。 雷迅弾の軌跡の上に影が見える。 「……なにをした……遠野!」 鳴滝は正面に座る対戦相手を見る。 そこに、表情を変えずに戦況を見つめる遠野を発見した。 ばかな。 これは奴の想定の範囲内なのか。 ランティスの正面。 雷迅弾の爆煙を背景に。 ティアは困ったような顔をして、立っていた。 後編へ> Topに戻る>
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1518.html
ネコのマスターのクリスマス・買い物編 家を出た俺と礼奈は近所にある大きなデパートを目指して歩いていた。 「んで、何で俺だけお前の買い物に付き合わなきゃならんのだ?」 「だって、クリスマスプレゼント買いに行くんだもん。タマちゃんの好みは兄さんに聞くのが一番でしょ?」 あぁ、そういう事か。そういえばもうそんな時期だったなぁ。12月は誕生日だのクリスマスだの大晦日だのイベントが多いからなぁ。 なんて個人的な事を思いつつ、俺はサイフの危機をどう乗り切ろうか悩んでいた。 そんなこんなでデパートに到着。ここら辺では一番大きいデパートだしクリスマス間近という事もあって、店内は人で埋め尽くされている。 「うわぁ、凄い人!ケーキとか残ってるかな?かな?」 一瞬礼奈が別の世界の礼奈に見えた気がするが、気のせいだろう。 それより本当にこれではケーキはもちろん普通のプレゼントだって相応しい物が見つかるか不安だ。俺達はまず一番心配なケーキを見に行った。 タマと俺が好きなチョコレートケーキと礼奈が好きな生クリームケーキはあったが、キルケが好きなフルーツケーキは既に予約がいっぱいだった。 仕方なくキルケの分も生クリームケーキにする事にして、予約をする。 次にプレゼントだ。礼奈はキルケに服を買ってやるつもりらしい。タマには何が良いか聞かれたが去年何を渡したか思い出せない。 仕方なくタマも服で良いんじゃないか?と言っておいた。 「そういえば兄さんはプレゼントどうするの?」 「ふっふっふ。実はもう買うものを決めてある」 「本当?楽しみだなぁ♪」 そうは言ったがさて困った。本音を言えばまだ誰の分も決めていない。 礼奈に鉈なんて送ったら怒られるか?あ、いやもちろん冗談だが。 自然に目が刃物のコーナーに行きそうになるのを押さえ、真面目にプレゼントを考える。 デパートは広いのでとりあえず別行動する事にした。 そして一人になった和章を遠くから見つめる影がひとつ。 「ターゲットを捕捉。ターゲットは妹と別れ一人で行動を開始した模様。」 影の主は武装神姫、タイプはヴァッフェバニー。手に持つ無線を介して誰かと会話をしている。 「了解。引き続き追跡、監視せよ。」 無線機からの声の指示を受け、その神姫は影へと姿を消した。 そのころの山田家。 「~♪」 私がマスターの帰りを待ちながら鼻歌を歌っていると、タマがこっちに来て 「ねぇ、ますたーとレナちゃんはなんでわたしたち置いてっちゃったのかな?」 と聞いてきました。タマはわかっていなかったんですか。 「それはですね、二人がクリスマスプレゼントを買いに行ったからなんです」 「くりすます・・・あ、そっか!そういえばもうすぐくりすますだったね!」 クリスマスすら忘れかけていたようです。そう言えば前和章様からタマは物忘れが多いと聞きました。何でも誕生日すら忘れられていたとか。 マスターはきっと和章様にとても凄いプレゼントをあげるでしょうね。あんな顔でしたから。 「ぷれぜんと、たのしみだな~♪」 タマがニコニコしながらそう言ってます。確かに楽しみですね。私はクリスマスプレゼントを貰うのは初めてなので、尚更楽しみです。 そう言えばマスターのお母様の神姫のペルシスらしき神姫が二人の後をつけていたようでしたが・・・何だったのでしょうか? 何者かの視線を感じ、俺は周囲を見回す。しかし俺を見ているのはレジ打ちをしている店員だけだ。 「・・・気のせいか?家を出てからずっと誰かに見られてる気がするんだが・・・」 「お会計21894円になりまーす」 「うぅ高い・・・家族持ちニートにこの季節は辛いぜ・・・」 そんな事を呟きながら俺は会計を済ませ、今買ったみんなへのプレゼントを袋に詰める。 すると同じく買い物を済ませたであろう礼奈が俺の所に来た。 「さ、あいつらが待ってるだろうし、帰るか」 「うん!」 タマ達の喜ぶ顔が目に浮かぶ。そのせいで一度電柱にぶつかったが、そんな痛みも気にせず俺は礼奈と一緒に家に帰った。 第六話につづく 第四話に戻る ネコのマスターの奮闘日記
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/190.html
前へ 先頭ページ 次へ 第三話 エイダ クエンティンは混乱していた。 まばゆい光に包まれたと思ったら、ボディが今までのとぜんぜん違うものにすげ変わっていたのだから混乱しないはずがない。いや、すげ変わっていたのではなく、これは本来のボディそのものが変化したのだ。見たこともないエネルギーラインが体を取り囲み、見たこともない装甲が全身に取り付けられている。というよりは装甲そのものも体の一部のようだった。 あまつさえ当たり前のように空中に浮遊している。アーンヴァルのような推進器の類はなく、背中に生えた小さな羽根からしゃわしゃわと出ているエメラルド色の粒子だけで、轟音も地面に吹き付ける風圧も無く、ただ浮いているのだ。 こんなことになった原因はすぐに分かった。あの銀髪の変な神姫だ。あの変な神姫が自分の頬を触ったと思ったら、消えて、なぜかその神姫の声が今は自分の中から聞こえてくる。 ということはその神姫は自分の中にいるという解釈がごくごく自然に成り立つが、ちょっと待った、とクエンティンは類推を引き止めた。 ありえない。そもそも自分の中にいるというその事実こそがありえない。純然たる世界の物理法則からして、二つのものが一つになるなんて絶対に起こらない。いや、一つになって質量が単純に二倍になるならいい。それは合体であり、物理法則になんら抵触していない。 一つになったのに質量が二倍に達していないのが問題なのである。たとえあの神姫自体がこの珍妙なアーマーに変形したのだとしても、二倍には程遠い。せいぜい一.三、四倍くらいだ。残りの六、七割はどこへ行ったのか。消えるということは無い。なら、融合したとしか考えられないのだが……。 『そのとおりです』 あの声がまた中から聞こえた。頭ではなく、胸の中、心臓の辺りから聴覚センサーを経由せず、陽電子頭脳の意識レベルに直接響いてくるらしかった。 「ちょ、ちょっと待ってってば、どーゆー原理でそうなってるわけ? そもそもアンタ誰?」 声に出して、クエンティンは訊いた。理音を含む周囲には独り言にしか聞こえないのではないかと彼女は思った。 『いま説明している時間はありません。ボギー、総数一二機。包囲されています。危険度レッド。脅威度イエロー。今すぐ戦闘行動を開始してください。ボギー1、8、来ます!』 「ええっ!?」 キルルルルッ 包囲している一つ目どものうち二体が、小さな羽根からオレンジの粒子を撒き散らして接近してくる。 クエンティンは慌てた。フロストゥ・クレインは足元はるか下に置き去りにされており、取りに行く暇は無い。 「ぶ、武器は!?」 『使用可能武装情報および取り扱いマニュアル、オープン』 声がそう言った途端、クエンティンはいくつかの武器がこの体にあることと、その使い方を思い出した。教えられたのだ、口頭ではなく情報として、やはり直接、陽電子頭脳へ。 右手を前方の一つ目、識別名ボギー1へかざす。 ツ、ツ、ツシュッ! 胸部の球体から右手へ伸びるエネルギーラインが点滅し、手のひら下のスリットから、全身を走ったり羽から出たりしているエネルギー粒子と同じ色をした粒子の塊が高速で三連射された。 三つのエネルギー塊は突進してくるボギー1にすべて命中し、足止めを果たす。 その流れで、手首にフォールドされているあの細長いブレードを展開、上体を右に回転させ、右後方へ切りつける。 シュパンッ! そこに丁度接近していたボギー8が、胴体から真っ二つに切り離された。 『ボギー8撃破』 そのままの流れで、もう眼前に肉薄していたボギー1へ、返す刀を真上から脳天へ振り下ろす。 シバッ! 刃を受けたボギー1は縦に半分にされて地面に落下、そのまま爆発した。 『ボギー1沈黙、8を除くボギー2から12、来ます』 残りの十体が一斉に突撃する。 衝突寸前、クエンティンは左手でボギー7をがっちりと引っつかむ。吸い付くような感触。グラブ機能だ。 そのまま最大出力で真下へ離脱する。小さな羽根からエメラルド色の粒子が大量に放出され、クエンティンは猛スピードで地面へ接近する。思わぬ加速に彼女は面食らった。 『衝突警告!』 「ぐうっ……!」 むりやり推進ベクトルを真横に切り替える。 バ、シャウッ! 地面すれすれで、たいしたGも無くすんなりと、クエンティンは真横に移動することができた。 そのまま真上を振り返り、敵集団へ左手のボギー7を力任せに投げつける。 目にも留まらぬ勢いでボギー7は敵集団へ衝突。それを含む三体のボギーはその衝撃で爆砕。 『ボギー2、7、12、撃破』 続いてクエンティンは背中に意識の一部を集中。 視界の生き残ったボギーにそれぞれロックオンシーカーが表示される。 ガシォーン! ロックオンレーザーである。直進しかしないはずのレーザーが、何十本、生き物のように曲がりくねって、数本ずつ一つ目どもに向かってゆく。 命中。 衝突でダメージを受けていた二体がそれで機能を失い落下した。 『ボギー4、5、撃破』 残り五体は距離をとって態勢を立て直す。 「何、この機動性……」 ここまでかかった時間は五秒にも満たない。性能を極限まで追及したアーンヴァルでさえ、こうはいかない。 「アンタ何者?」 クエンティンは声の主に訊ねる。 『独立型武装神姫総合戦闘支援システムプロトタイプ、エイダです』 エイダと名乗った声の主は、抑揚の少ない口調で答えた。 「ンなの聞いたこと無いわよ」 『公に対する情報開示はまったくなされていません』 「じゃあ聞くけど、アンタどこ製?」 『回答不能』 「同郷? BLADEダイナミクス? 少なくともカサハラインダストリアルじゃないわよね」 『回答不能』 「……もしかしてEDEN本社?」 『回答不能』 クエンティンは頭に来た。 「アタシのボディ間借りしといて回答不能は無いでしょ!?」 『申し訳ありません。情報プロテクトがされており、責任者の許可が無ければ開示できません』 そっけなく、エイダは答えた。 だったらなんで、独立型うんたらかんたらプロトタイプって自己紹介できたのよ。 クエンティンは憤りを禁じえなかった。 まったく、とんだ災難に巻き込まれちゃったわ。 「こんな道端のど真ん中で氷雪浴してた理由も回答不能?」 『申し訳ありません』 「もういいわよ」 はあ、とクエンティンはため息を吐く。本当に災難だ。 「そうだ、お姉さまは!?」 あたりを見回す。電柱の影で手を振っている理音の姿が見えた。 良かった、無事だわ。 キリキリキルッ それにつられたのか、残った五体の一つ目どもが理音のほうを向いた。 そのまま彼女へ近づいてゆく。 「なんで!?」 クエンティンは反射的に飛び出した。 明らかに一つ目どもはお姉さまを襲おうとしている! ロボット工学三原則、改名、人工知能基本三原則にばっちり抵触しちゃってるじゃない! なのになんで!? 簡単に一つ目どもを追い越し、クエンティンは立ちはだかった。 「アンタたち、人間を襲うの!?」 一つ目どもは答えない。発声器官が無いのだ。 突撃が答えだった。 「ちくしょー!」 クエンティンはブレードを展開、一番近いボギー10に急接近し袈裟懸けに切りつける。主エネルギーラインを断ち切られたボギー10は力を失って墜落。 切りつけた勢いを反転させ――やはり不思議なことに反動は無かった――正反対を飛んでいたボギー6の頭部を貫き、ブレードに挟ませたままその場で八の字にぶん回す。ボギー3,11がぶつかり、三体はまとめて爆発四散。 『ボギー10、6、3、11、撃破。敵、残り一体です』 「きゃああ!」 理音の悲鳴。 唯一残ったボギー9が、もう理音の目の前まで近づいていた。両手を真上に掲げている。 両手の先からオレンジ色のエネルギーカッターが伸びる。 「しまった!」 クエンティンは彼女の元へ飛ぶ。 だめだ、間に合わない! ボギー9が理音へカッターを振り下ろす。 パンッ、パンッ! まったく予想外の方向から甲高い破裂音が響き渡った。 ボギー9は何か強烈な勢いを持ったものに弾かれ、電柱に激突し破裂した。 理音とクエンティンは音のした方向を振り返る。 高級そうな白いスーツを着た、金髪オールバックの、眼鏡をかけた長身の青年が、煙を吐いている拳銃を持って立っていた。本物の拳銃である。 彼の後方には頑丈そうな真っ黒いサルーンが停まっている。 「こんなところで貴様に会うとはな」 「あなた……」 理音はその青年を知っていた。 以前とあるセンターの、リーグ無差別エキシビジョンマッチにおいて戦い、すんでのところでクエンティンが敗北した、「ルシフェル」という武装神姫のオーナー。 鶴畑コンツェルンの御曹子、長男、鶴畑興紀である。 「まさか拳銃で壊せないとは。たいした新型だ」 鶴畑興紀は地面に転がっている一つ目の残骸を見ながら、ひどく感心した様子で言った。 キルキルキルキルキルキル キリキリキリキリキリキリ さらに生糸を引っかくような音が何重にも聞こえた。 理音たちの後ろの道から、吐き気を催すような大量の一つ目 どもが現れ、近づいてきたのだ。 「こんなにいるなんて!?」 「チッ、乗れ!」 興紀は二人に手招きをし、サルーンへ乗り込んだ。 理音とクエンティンは一瞬迷ったが、選択の余地は無かった。このままこの場に居たのでは確実に嫌なことになる。 「何をしている!」 興紀は怒鳴った。 二人はバックを始めているサルーンへ飛び込んだ。 ドアが自動で閉まる。 「じい、出せ」 興紀は運転席の執事に命じた。 「かしこまりました。お二人とも、シートベルトをきちんとお締めになってくださいませ」 興紀も理音もベルトを締め、理音は懐へクエンティンを忍ばせた。 「行きますぞ!」 白髪の執事はシフトレバーを切り替え、アクセルを踏み込む。 狭い道路を、大型のサルーンがぶつかることなく颯爽と走り抜ける。 サルーンは逃走に成功した。 しばらくその場でうろうろしていたが、ややあって、一体残らずどこかへ飛んでいってしまった。 裏路地に静寂が戻った。 つづく 前へ 先頭ページ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1995.html
授業 さぁーて困った事になりました。 突然の放送で困惑しながらも考え込む私。 ある意味簡単な事ですが簡単故に悩んでしまう。 いえ、私一人だけの事だったらすぐに終るでしょうが、今回は他の神姫の方々が居ますので私の独断は決める事はできません。 やはりここは話し合いをしなければ。 「サラ、アイゼン、犬子さん。ちょっと集まってくれませんか」 私の掛け声に集まってくるサラ達。 輪を作るように、というよりゲームコントローラについてる方向キーの十字キーのように集まる。 並び方的には上がアイゼン、下が私、左がサラ、右が犬子さん。 ご主人様の神姫は私含めて四人とパチモン私(シャドウの事)、合計で五人いるのでその内の私が代表で出ます。 この面子で決めないといけません。 先生役を誰がやるのかを! 「え~と、さっきの放送通りに先生役を誰がやるか、という事なんですが…どうしましょうか?」 「どうするといわれましても」 「………なんでも」 「どうしましょうか?」 やっぱりサラ達も困惑しているご様子。 アイゼンは無表情で『なんでも』と言ったのであんまり困ってないのかな? それに『なんでも』って『なんでもいい』の略? 「…あ…でも…マスターを誘惑できる…かも…」 誘惑? アイゼンのマスターって確か男性の…島田祐一さん、でしったけ。 私のご主人様より年下に見えたので高校生あたりかな。 「衣替えの時期…失敗した……次こそ…」 「次こそ女教師姿でアイゼンのマスターを誘惑するの?キャーッ!アイゼンちゃんたら大胆!!」 「……ウザッ…」 いきなりヒョッコリ、とアイゼンのバックをとりつつ天使の如くの笑みをむけるシャドウ。 ちょっと何勝手に来てるのよ! 貴女は邪魔だからクリナーレ達の所に居てよ! それにアイゼンに迷惑かけないで! あからさまに嫌がれてるよ! ていうか、ハッキリと『ウザッ』って言われたから! このKYシャドウ! 「『KYシャドウ』って言うけど、自分の事も言ってるんだよ。半分アタシなんだから♪」 「キィーーーー!!!!黙らっしゃい!」 「まあまあ、落ちついて」 「そうですよー」 シャドウに掴みかかろうとした私をサラと犬子さんが左右から掴み止める。 はっ私とした事が取り乱してしまいました。 いけない、いけない。 「そうそう、冷静になるのよ♪クールになれアンジェラス♪♪」 「その台詞は某アニメの著作権に触れそうだから言うな」 「硬いこと言いっこなし~♪」 ウザイ…本当にウザイ。 殴り飛ばしてやりたい。 そんな衝動にかられてると犬子さんが。 「とりあえず、先生役をどのように決めるかを考えましょう、なるべく公平な方法で」 「まぁ、それなら」 「……意義無し…」 犬子さんが建設的な意見を出してくれました。 正直な話、助かりますー。 というかスミマセン。 このパチモン私の所為で話しを進める事ができなくて。 サラと犬子さんが私から離れ、また最初の陣形になる。 「それで、公平な決め方とは?」 サラが犬子さんに質問すると犬子さんは困った表情になり、そして重々しく口を開いた。 「いえ、そこまではまだ考えていませんが」 「…やっぱし……」 サラの質問にあっさりと答える犬子さんに、ツッコミを入れるアイゼン。 意外とアイゼンって容赦ない? 「申し訳ありません……といいますか、何故私が謝っているのでしょう?」 律儀に謝る犬子さん、でも最後の言葉に疑問を言う。 ええぇ、それは正しい言い方だと思いますよ。 でも公平の決め方かぁ~。 実際に公平な決め方と言われてもそう簡単に出てくるものでじゃないし。 一応、この面子で話しをしてみましょう。 一方、その頃のオーナー達は。 龍悪の視点 「あいつ等、いったい何やってんだが…」 その後に『はぁ~…』と溜息をつく。 今までの一部始終を見ていてドキドキハラハラさせられてきたもんな。 オマケにシャドウも出てくるし。 でもシャドウもこの企画を楽しんでるみたいだし、殺伐みたい事はしないだろう…多分。 一時はどうなるかと思ったけど。 あ、それと。 「スマンな、島田君。シャドウの所為でアイゼンに迷惑をかけてる。謝る」 「あ、いえいえ。あの時のバトルは驚かせれましたが、今はアイゼンと仲良くやってると思います」 「…アレ、本当に仲良くしてるかな。ただたんにアイゼンにウザイと思われてるだけと思うんだが。あ、それとアイゼンが先程言ってた、『誘惑』についてだがー、何かあったのか?」 「エッ!?あ、あれはーそのー…スミマセン」 「何で謝るんだよ」 「ちょっとその話しはー…」 「あ、なんとなく解った。いいよ、言わなくて。誰にでも喋りたくない事なんてあるもんさぁ」 「そうですね」 喋り終わった後、二人で一緒に溜息を吐いたのは言うまでもない。 そして戻って神姫の方。 アンジェラスの視点 「…はぁ~なかなか決まりませんねー」 「…もう何でもいいでしょう。頭にコップを乗せて一番長く落とさなかった人の勝ち、とか」 私が言った事に相づちうちながら言うサラ。 にしても困りました。 色々な案が出ましたが、あーでもないこーでもない、と皆言ってどっちつかずになってしまい、結局の所決まってない。 『あみだくじ』『多数決』『じゃんけん』その他もろもろ…って、そんなに無いんですけどね。 でもこのままでは埒があきません。 時間も結構経ってしまったし…。 「そんなに悩んでるなら『じゃんけん』でやればいいのに♪」 再びヒョッコリ、と顔を出すシャドウ。 このお邪魔虫をまずどうにかするのが先決かな? 「まぁまぁ、そう怒りに身をまかせちゃダメよ。アタシが何故『じゃんけん』を選んだか分かる?」 「分からない」 「分かりませんね」 「………」 「申し訳ありません、判りかねます」 一斉に『分からない』コール。 アイゼンだけは顔を左右に振ってジェスチャーする。 するとシャドウが何気ないセクシーポーズの格好しながら。 「私達は何で出来ている?『身体は素体でできている』なんて答えた人には、エクスカリバーをあげる♪」 「だからそういうネタは止めなさいって、ていうか、そういうのどっから覚えてくるのよ」 「マスターのパソコンにインストールされてるエロゲーから閲覧したの♪」 「…あっそー、で結局の所何が言いたいのよ」 「私達は武装神姫。人間より細かく動作を見れるじゃない。故に誰が『後だし』したか分かる、という事よ♪」 あーなるほど、確かにそうですね。 人間の反応速度と武装神姫は違います。 神姫同士ならバトルで鍛えられた反射神経みたいのが作動して瞬時に動くはず。 これなら『じゃんけん』でも構わないかもしれませんね。 「それを言うならばシャドウさん、一つ疑問があるのですが」 「はい、そこのプリチーな犬子さん。何かな?くだらない事言ったら、もれなくアタシからR‐18の世界に連れて行くプレゼントをあげる♪」 「疑問一つ挟んだだけでそこまでリスクを負わねばならないとは、どこの圧政地区ですか」 「はい、そこでチャカさないの」 ポカっとシャドウの頭を叩く。 まったくこのシャドウはマジでどうにかなんないかな。 いっその事、何かに頭を打ち付けて死ねばいいのに。 「冗談、冗談よ♪で、何?」 「あの、私たちは今現在、このヴァーチャル世界で能力制限されていて、通常の人間と同じ程度の能力しか発揮できないはずです。当然、反応速度も」 「ん~…やっぱりくだらない質問だね。そんな犬子さんにR‐18指定世界に突入♪」 「い、いえ貴女先ほど、冗談と仰っていたはずですが」 犬子さんは、じりじりと後ずさりしながら答えた。 さすがの私も『仏の顔も三度まで』です! 「いい加減にしなさい!」 今度はグーでシャドウの右を殴り犬子さんを助ける。 というか殴り飛ばしってやった。 殴り飛ばされたシャドウは勢いよく机と椅子を巻き込みながらゴロゴロと転倒する。 これ以上犬子さんに迷惑かけるなら本気で潰すよ! 「も~、容赦ないなぁ~アタシの半身は。分かったわ、ちゃんと説明するからカッカしないで。犬子ちゃん、アタシを誰だと思う?」 殴りとばされたのにも関わらず涼しそうで平気な顔しながら起き上がるシャドウ。 やっぱり、あの程度じゃダメなのね。 「は?ええと、アンジェラスさんのシャドウだとお伺いしましたが」 「正解♪そしてアタシはこのヴァーチャル世界、基、この筐体システムを掌握してるのよ。つまり『じゃんけん』する時だけ本来の皆の反応速度を元に戻す事ぐらい造作もないって事よ」 「…チート野郎……」 「あら、可愛いアイゼンがそんな乱暴な言葉を使っちゃだめよ♪因みに女に向かって言っているから『チート野郎』じゃなくて『チートアマ』って言わないと♪♪女に対しては『アマ』だから♪♪♪」 さりげなくアイゼンが嫌味を言った。 それをどうでもいい事でシャドウが訂正する。 訂正するのは良いとして、文句言われてる事に腹立たないのかな。 まぁ常に機嫌を良くしてるみたいだからいいか。 「では、やりましょうか?」 「…やる」 サラとアイゼンはもうじゃんけんの構えをとっていた。 「最後に負けた人が先生役をそれでいいね!」 私がそう言うとサラ達が無言で頷く。 よし、準備は整った。 あとは運のみ! 「いくよー!じゃんけん!」 パーを出す チョキを出す グーを出す 銃を出せばいいんじゃないの
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2686.html
全く、神姫なんてつまらないよね。こんなにお金をかけていい装備をかってあげてるのに勝てないし。最新型だって言うからかってあげたのに弱っちいのよあなた。それに何、戦いたくないって、あなた武装神姫でしょ。戦わないと意味ないじゃないのよ。はぁ、ママは何でこんな子買ってくれたのかしら。あとパパが帰ってきたら神姫バトルのこと教えてもらうんだ。もっと強い神姫も買ってもらわなくっちゃ。ちょっと、オモチャのくせに泣かないでよ、うっとおしい。はぁ、パパもママも早く帰ってこないかしら。 連続神姫ラジオ 浸食機械 7:人形の家 「全く物好きなのだわ。せっかくの脱出する機会を見逃すなんて」 <そういうグレーテルさんこそ島に残ってるじゃないですか。おまけに生身で神姫と戦うなんて無茶苦茶ですよ> 結局僕が怪しいとにらんだ場所に着くまでグレーテルさんと行動を共にすることになった。相手は数で押してくるのでお互い一人は避けたかったからだ。 <それにしてもすごいですね> ステッキを指さしながら話しかける。 「自分で言うのも何ですが、普通の人が完全武装した神姫と渡り合えるなんて考えられないですよ」 「だがらぐれーでるはずごいんだよ」 「ヘンゼル、余計なことは言わなくていいわ」 言葉を遮ったグレーテルさんの表情はどこかつらそうに感じた。 しばらく歩くと森の木立が切れてきた。もうすぐ目的地だ。そう思っているといきなり足下が崩れた。 「きゃあ」 グレーテルさんの足下を中心に地面に穴が開いて僕たちはその中に落ちていった。とっさにブースターをかけて上に上がろうとするが上から何かが降ってきて結局グレーテルさんの上に落ちてしまう。 「あなたたち、無事なのかしら?無事ならどいてくれるとうれしいんだけど」 「ぐれーでる、だいじょうぶ?」 慌てて動こうとしたが体が動かない。ヘンゼルも武装が網に絡まって動けないでいるようだ。 「全く、網まで落としてくるなんて念の入ったことだわ…もっとも足をくじいてしまったようだからこれが無くても自力ではあがれないけど」 「あはははは、反応があったから来てみたらまたニンゲンがかかったのだ」 穴の上から声が聞こえる。見上げると穴の縁を神姫が取り囲んでいた。そのうち一体が身を乗り出してくる、先ほど声をかけてきたのはこのマオチャオ型のようだ。 「お姉さん、よかったら助けてあげようか?ただしお姉さんの神姫は私たちがもらっていくのだ」 「ほんど?ほんどにぐれーでるたずけでくでるの?」 「ヘンゼル!みっともないまねをするんじゃないのだわ」 グレーテルの言葉に穴の上の神姫達全ての目つきが変わるのが分かる。それでも変わらぬ口調でマオチャオ型が話しかけてきた。 「あったりまえなのだ。あたしは約束は守る神姫なのだ。お姉さんも神姫の言うことは聞いた方がいいのだ。イーダ型が欲しければまた買い直せばいいのだ。」 その言葉にプルミエもヘンゼルも曇る。上の神姫達は何かを期待した目でこちらを見ている。 「お断りよ」 グレーテルさんが短く答えた。その途端上の神姫達が騒ぎ出した。恨むような悲しんでいるようなあきれているような何ともいえない表情を向けてくる。 「ふざけるんじゃないのだ。お前達ニンゲンは助かりたいはずなのだ。神姫なんて買い直せばいいのだ。そんな言葉のおかしくなった神姫になんかこだわる必要ないのだ」 マオチャオの叫びはとても痛々しかった。他の神姫達も偽善者だの嘘つきだの暴言を吐きかけていた。誰かが小石をグレーテルに投げつけてきた。石の数は多くなっていきグレーテルの肌はあちこち赤く染まっていった。 「やめで、ぐれーでるをいじめないで!」 ヘンゼルがグレーテルを石から庇うために駆け出した。網に武装が絡まって動けなかったので四肢と武装を強制パージして。ヘンゼルの背中を石が打っていた。小さな石と入っても神姫にとっては拳より大きな石でずっと殴られているようなものだ。 「ぐれーでる。やっぱりあだじをずてでよ。わるいごだったあだじをずでてよ」 「…ばか、あんたを守ってあげられなくて何の意味があるのよ」 泣き顔で懇願するヘンゼルにグレーテルがきっぱり言い放つ 「ふざけるななのだ!お涙頂戴はいらないのだ!なんでそんな欠陥神姫を捨てないのだ!!何でそんな神姫を大切にするのだ!!!」 マオチャオが石を投げる。それはヘンゼルの背を打つ。あっと声を上げヘンゼルが倒れ込むのがスローモーションで僕の目に映った。グレーテルの目が大きく見開かれる。 「どうしてお前みたいな神姫にマスターがいるのだ…」 マオチャオが石を投げ続ける。みんなの視線がヘンゼルに注がれている。恨みで神姫が殺せたらといわんばかりの勢いだ。誰も僕達に注意を払っていない。後一本もロープを切れば逃げられるとしても。こっそりバーニアの暖気を進めていたとしても。 「マスター、準備完了です」 プルミエの言葉が合図だった。 次回:蟲毒の底に続く・戻る