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キズナのキセキ ACT1-12「ストリート・ファイト その1」 □ 戦いが始まる。 四人は一斉に物陰へとダッシュした。 リアルバトルは実際に銃弾が飛び交う。そばにいたらただではすまない。 ティアを戦場に残すことにためらいを感じながらも、俺は物陰に身を隠す。 少し離れた壁際に、頼子さんの姿が見える。 「マグダレーナの方、頼めますか!?」 「了解よ。……三冬! マグダレーナを押さえなさい!」 「承知しました」 俺の無理なお願いに、頼子さんと三冬は即答してくれた。 相手は得体の知れない凶悪な神姫だというのにもかかわらず。しかし、頼子さんからはこの対戦を楽しんでいる節すら感じられる。 どちらにしてもありがたい話だった。 「ティア。ストラーフを引きつけて、マグダレーナと距離を取れ」 『了解です』 ティアの返事がワイヤレスヘッドセット越しに聞こえた。 今回は、今までに経験したことがない異質なバトルであるが、二対二の状況であればなんとかなるだろう。 勝てなくてもいい。 時間を稼ぐのが目的なのだ。 菜々子さんと接触する直前、大城に携帯端末からメールで連絡を入れた。 しばらく待てば、大城は警察を連れてここにやってくるはずだ。 ■ 今日のバトルはいつもと勝手が違う。 いつもはゲームセンターでのバーチャルバトルだから、試合後のダメージは気にしなくてもいい。 でも、今日のリアルバトルでは、そうはいかない。ダメージは自分の身体にも装備にも残ってしまう。いつも以上にしっかりと回避しなくちゃいけない。 でも、リアルバトルに気後れすることは、わたしはなかった いつもの訓練はだいたいマスターの部屋でやっているし、朝のお散歩の時には公園を全力で走ったりもする。現実で走り続けることには慣れている。 ただ、少し心細いのは、武装。 いつもはマスターがサイドボードから武器を次々に送り込んでくれるけれど、今はそうはいかない。 わたしは両手に持ったハンドガン一丁とナイフ一本だけで、ストラーフBisを相手にしなくてはならない。しかも、ハンドガンは弾を撃ち尽くしたらおしまいだ。 いつもより慎重に戦わなくては。 必ず隙を見せる瞬間はあるはず。その時にナイフを閃かせれば、勝つことができるかも知れない。 いいえ、きっと勝てる。 勝って、菜々子さんの目を覚まさせなくちゃ。 そうでなきゃ、ミスティがかわいそう。 だって、今わたしが相手にしているのは、神姫に見えなかったから。 ◆ 三冬とマグダレーナは対峙したまま動かない。 両者とも、お互いを強敵と踏んでのことか。 さぐり合うような時間、空間の緊張は刻一刻と増加する。 その空気を破ったのは、久住頼子の指示だった。 「三冬! 小細工は抜きよ! いきなりKOFモード!!」 「承知!」 短く応えた三冬。 その拳が炎に包まれた。 ハウリン型がデフォルトで身に付けている必殺技「獣牙爆熱拳」である。 三冬は、右の拳を肩と同じ高さに持ち上げ、肘を背中に引いた。 上半身を捻って半身になりながら、マグダレーナを見定めた。 「いくぞ……獣牙爆熱……」 右拳を前に鋭く突き出すのと同時、脚が地を蹴り、また同時に背部のスラスターを噴射、爆発的な加速で飛び出した。 「バアアアァァン・ナックルッ!!」 ……それは、往年の格闘ゲームの技であったという。 三冬は拳を突き出したまま、地表すれすれの超低空を翔け抜け、マグダレーナに突進した。 対するマグダレーナは余裕。 来ると分かっているパンチをかわせない神姫ではない。 わずかに身を翻し、燃えさかる拳をやりすごした。 しかし、三冬もそれだけで終わらない。 今度は左拳をフック気味に振るいながら、マグダレーナを追う。 「ボディが……甘い!」 ……これもまた、往年の格闘ゲームの技であったという。 左拳をなんなくかわされた三冬であったが、それだけでは止まらない。 右拳も同様にボディを狙うフック、そこからさらに右のアッパーにつなげる連続技である。 だが、マグダレーナは矢継ぎ早に繰り出される炎拳を、次々とかわした。 そして、大振りのアッパーをかわした瞬間に生まれる隙。 見逃さない。 マグダレーナは手にした燭台型のビームトライデントを上段に構え、振り下ろす。 しかし、三冬もただ者ではない。一歩踏み出し、燭台の根本を腕のアーマーで受け止めた。 「!?」 驚いたのはマグダレーナ。 燭台を受け止められた次の瞬間、マグダレーナの身体は宙に浮いていた。 燭台と三冬の腕の接点を軸に投げ飛ばされたのだ。 ところが三冬は、特に力を込めた風もない。 なにがどうなったのか。 疑問を覚えつつ、マグダレーナは空中で姿勢制御、背部装備のバーニアを噴射し、一気に距離を取る。 地表で、三冬の構えが見えた為だった。おそらくは対空攻撃の予備動作。 次の攻撃を悟られ、距離を取られた三冬であったが、そんなことは気にもとめない風に、悠然と構えを取る。 三冬にしてみれば、今の投げで大きな目的を果たすことができた。 マグダレーナに距離を取らせた。すなわち、マグダレーナと菜々子の神姫を分断することができたのだ。 マグダレーナと菜々子のストラーフは、ある程度のコンビネーションも可能だと考えられる。 対して、三冬とティアは今結成したばかりの急造ペアだ。コンビネーションなど望むべくもない。一対一の状況に持ち込むことが寛容である。だからこそ、ティアのマスターは、マグダレーナと距離を取るように、ティアに指示したのだ。 「なるほど……剛柔自在というわけか。むしろ、派手な技に隠された柔の技こそ、そなたの本質か」 マグダレーナがしわがれた声で感嘆する。 いままで、『狂乱の聖女』を投げ飛ばすことができた神姫など、何人いただろうか。 応えた三冬は、隙のない口調。 「我が奥様直伝の太極拳。最凶神姫と名高い貴様とて、見切れるものではない」 「確かに、受けてみなければ分からなかった……見切るのは骨が折れよう」 「技を見切る余裕など与えぬ」 「くくく……どうかな。その技、とくと見させてもらおうか……行け、スターゲイザー!」 マグダレーナが空いている左手をさっと振り上げる。 それと同時、彼女の両側に捧げられた十字架「クロスシンフォニー」が持ち上がり、銃火器としての役割を与えられる。 「クロスシンフォニー」を支えるのは細い腕。 それは背部の二つの大きな目玉のような装備につながっている。まるで、大きな目の形をしたランプの化け物が腕を持ち上げたかのようだ。 その巨大な目玉が光を放つ。 左右二体のランプ型がマグダレーナから分離した。 この二体こそが「スターゲイザー」……マグダレーナが使役するサブマシンである。 スターゲイザーは数瞬、その場で浮かんでいたが、不意に急加速し戦場に解き放たれた。 正面で構えるハウリン型に向かって襲いかかる。 □ マグダレーナが言い放った言葉……「スターゲイザー」を耳にして、俺は思わず視線を向けてしまう。 はたして、「スターゲイザー」の正体は、マグダレーナの背部にマウントされていた、二体のサブマシンだった。 神姫本体をサポートするサブマシンの存在は、武装神姫では珍しいものではない。ハウリンやマオチャオに付属するプッチマスィーンズや、エウクランテとイーアネイラの様に武装が変化してサブマシンになるもの、ランサメントとエスパディアの武装が合体して大型のロボットになる例もある。 だから、スターゲイザーの正体がサブマシンというのは、ある意味拍子抜けだった。 マグダレーナは、攻撃をスターゲイザーたちに任せて、高見の見物を決め込んでいる。 なんという余裕。 いくら二対一とはいえ、三冬がサブマシンに後れを取るとは思えない。彼女はファーストランカーなのだ。サブマシンを使う神姫と対戦した経験はいくらでもあるだろう。 サブマシンなど一瞬で蹴散らされてもおかしくはない。 ところが、三冬は苦戦していた。 スターゲイザー二体による波状攻撃に苦しめられている。 時には近接、時には銃撃。二体のサブマシンは、巧みな連携で三冬の動きを封じ込めていた。 三冬が攻撃に出ようとすると、途端に距離を取る。 三冬が前に出ようとすると、「クロスシンフォニー」の銃撃で牽制される。 冷静な三冬も苛立ちを募らせているのがよく分かる。 不意に、俺の胸に疑念が沸いた。 スターゲイザーは、サブマシンの動きにしては、巧み過ぎやしないか? サブマシンは、あくまでも神姫の補助に過ぎない。サブマシンを使う神姫がどんなに巧妙に戦いを組み立てても、相手神姫とサブマシンが互角以上の戦いをすることはないのだ。 だが、スターゲイザーはファーストランカーの三冬を相手に互角の戦いをしている。 強者相手に、なぜそこまで戦える? スターゲイザーの動きを注意深く見てみれば、明らかにサブマシンの範疇を越えている。 ケモテック社のプッチマスィーンズのように簡易AIを仕込んだサブマシンもあるが、それでもスターゲイザーの動きは異様だ。 操られているのではなく、まるで意志があるかのような、生物的な動き。 コントロールするマグダレーナの電子頭脳の要領が大きいとも考えられるが……。 そこまで走らせた思考に、俺は無理矢理ブレーキをかけた。 今はバトル中だ。しかも、初体験のリアルバトル。 ティアの戦いに意識を集中する。 ストラーフBisの動きは、イーダのミスティと違い、直線的で効率的だった。 『七星』の花村さんに聞いた、初期のストラーフのミスティがしていたのが、こんな動きだったのかも知れない。 だが、今のストラーフBisの動きは読みやすい。攻撃を「ジレーザ・ロケットハンマー」 に頼りきりだからだ。超重の、それもロケットブースター付きのハンマーであれば、攻撃方法は至極限定される。 縦に叩きつけるか、横に振り回すか、それだけでしかない。たとえストラーフの副腕であっても、一方向に振り抜くまでは切り返すことさえできないのだ。 当たれば致命的だが、回避が得意なティアには当たるはずのない攻撃である。 ティアの回避機動には余裕すら見える。 それでもティアが攻め手に欠けるのは、ストラーフBisの追加装甲が攻撃を阻むためだ。 よほどの隙を見いださない限り、有効なダメージは望めない。 ゆえに、この戦いは拮抗していた。 ◆ 「さすがはティアと言ったところね……でも、これならどう?」 菜々子がヘッドセットをかけ直し、指示を出す。 「ミスティ、踏み込んで!」 □ 「ティア、注意しろ。何か仕掛けてくるぞ!」 『はい!』 内容は聞こえなかったが、菜々子さんが何か指示を出した。 状況を打開する一手であることは間違いない。 こちらは時間稼ぎのバトルだが、菜々子さんたちは時間に余裕がないはずだ。なぜなら、裏バトルの自分たちの出番までに会場に入らねばならない。 それに、あんまり派手に暴れて見つかるのも得策ではないはずだ。特に桐島あおいは以前から裏バトルに出入りしているから、警察に捕まったりすればとても困るだろう。 だから、仕掛けてくるとすれば、向こうからなのだ。このバトルを早く終わらせるために。 ストラーフBisは縦横にハンマーを振るう。 ティアは余裕を持って避ける。 同じ展開が続く、と思ったその時。 「今よ!」 菜々子さんの鋭い指示がここまで聞こえた。 ストラーフBisは無言で突進してくる。いつもより一歩深く踏み込んできた。 「ジレーザ・ロケットハンマー」を振り下ろす。 それが避けられないティアではない。軽くバックステップしてかわす。 だが、ハンマーがアスファルトの路面を叩くのと同時。 ストラーフBisがさらに一歩前に出た。 この動きは想定外だ。 ティアはさらに下がろうとする。 しかし、それよりも早く、地面に叩きつけた反動を利用し、切り返したハンマーが、すくい上げるようにティアを襲った。 回避できないタイミングに俺は一瞬焦る。 「ティア!」 思わず自分の神姫を呼ぶ。 ティアは振り上げられたハンマーの一撃で宙を舞った。 しかし、空中で宙返りを決めると、何事もなかったかのように着地する。 「な……」 驚いたのは菜々子さんの方だった。必殺の一撃は命中したと思っただろう。 ティアはハンマーが激突する瞬間、自らハンマーの上に乗って、振り上げられる力に逆らわず後方に跳ねたのだ。 ひやひやさせる。 無事着地するまでは、俺も焦っていた。 「ティア、大丈夫か?」 『はい。大丈夫です。走れます』 「よし」 ティアの落ち着いた声を聞き、ほっとする。 そして実感する。 少しの不安でも心がすり減らされる。これがリアルバトルの緊張感なのだ。 ■ マスターにはああ言ったけれど、わたしは少し違和感を感じていた。 いまさっき、ロケットハンマーに乗った右のレッグパーツ。 どこが悪いとははっきり言えないのだけれど。 なんだか圧迫されているような、熱を持っているような、そんな感覚。 でも、走るのに支障なさそうだったから、大丈夫、と答えた。 相手のストラーフBisは、わたしがハンマーの一撃に乗って距離を取った後、追撃には来なかった。 躊躇した、という様子でもない。 ただ単純に、菜々子さんが驚いていて、指示を出していなかったから動かなかった、という感じ。 なんだか嫌な感じがする。 神姫であれば、マスターの指示がなくても、自分で考えて行動する。 指示と指示の間は、神姫が自由に戦える。 だけど、目の前の神姫はそうしない。 まるで、ただの操り人形みたい。 わたしは不気味に思いながらも、動き出す。 相手が動かないなら、好都合。 今度はわたしから仕掛けて、活路を探る。 自分で考えながら戦う。それがわたしとマスターの戦い方だ。 ◆ 『ねえ、あそこの人の胸ポケット、見える?』 「ええ、見えるわ」 『あそこに神姫がいるでしょう?』 「いるわね。何か叫んでいるようだけど」 『少しうるさいわ』 「そう? 何を叫んでいるのかしら」 『それこそどうでもいいことよ。あの神姫、うるさいから壊してしまいたいの』 「今はバトル中よ?」 『うるさくてバトルに集中できないわ』 「……あなたがそういうなら、仕方がないわね」 『それじゃあ、あのウサギの隙を突いて、指示をちょうだい』 「わかったわ」 □ 「ナナコ! 目を覚ましなさい! ナナコ!!」 俺の胸元で、ミスティが菜々子さんに呼びかけ続けている。 しかし、菜々子さんは反応する様子さえない。 ミスティを無視している……というより、ミスティの存在を最初から認識していないかのようだ。 一体、彼女の身に何が起こっているのだろう。 横道に逸れそうになる思考を、無理矢理引き戻す。 まだバトルの真っ最中だ。 今度はティアが自ら仕掛けた。 俺の思惑通りにティアは戦ってくれる。こんな小さなところに、いままで一緒に戦ってきたティアとの確かな絆を感じる。 立ち止まっているストラーフBisの背後から、頭に向けて牽制の射撃。 ようやく反応したストラーフがティアの方を向く。 ティアがさらに攻める。 ストラーフの副腕「チーグル」は防御のため、上げられている。 そこをかいくぐるように、姿勢を低くしたティアが滑り込む。 すれ違いざま、手にしたナイフが閃いた。 ストラーフBisの素体下腹部に裂け目が走る。 最接近したティアに対し、ストラーフの脚、副腕、ロケットハンマーが次々に襲いかかった。 「わっ、わわっ」 あわてた声を上げながらも、ティアは華麗なステップさばきで、ストラーフの断続的な攻撃を次々と避ける。 ティアならば、この程度の攻撃で後れを取ることはない、と俺は確信している。 いつものミスティや、『塔の騎士』ランティスの攻め方がはるかに厳しい。 ならば行けるだろう、このリアルバトルという状況であっても。 俺は心を決めて、指示を出す。 「ティア、ファントム・ステップだ!」 『はい!』 ◆ そのころ、三冬はいまだスターゲイザー二体による波状攻撃に苦しめられていた。 こうも間断なく仕掛けてこられると、鬱陶しくてかなわない。 しかも、操っている本人……マグダレーナは高見の見物を決め込んでいる。 何を企んでいる。 向こうの方が時間に余裕がないはずなのに。 三冬もいい加減、我慢の限界が来ていた。 「奥様! そろそろケリを付けましょう!」 「そうね……もう少し何を企んでいるのか探りたいところだったけれど……いいわ、蹴散らしなさい、三冬! ストリートファイター・モード!」 「はっ!」 三冬の気合い声が響く。 見た目に何か変わったようには見えない。 変わったのは、技の体系だった。 三冬は、二体の一つ目ランプのようなメカを、できる限り引きつけた。 「いくぞ……竜巻旋風脚!!」 ……それは往年の格闘ゲームの技であったという。 三冬はその場で飛び上がると、右足を振り上げる。同時に、背部のスラスターに点火、三冬の身体を持ち上げつつ、右方向に回転させる。 結果、三冬は高速回転による空中回し蹴りを炸裂させる。 さすがのスターゲイザーも、この動きには対応できなかった。 引きつけられていた二体は、まるで渦に吸い込まれるように、三冬の蹴りを食らったように見えた。 目玉のついたランプ型のサブマシンは、二体とも地面に弾き飛ばされる。 初めての有効打であった。 三冬のバトルスタイルのコンセプトは、頼子の趣味丸出しである。 頼子は学生の頃、それも菜々子が武装神姫を手にした歳と同じくらいから、ゲームセンターのビデオゲームが大好きだった。特に、対戦格闘ゲームというジャンルが。 以来、今の歳になるまで、一貫してゲームが趣味である。武装神姫にも、ゲームの一種という認識で手を出した。 頼子は考えた。 武装神姫のスペックを持ってすれば、現実には不可能な、格闘ゲームの超人的な必殺技の数々を再現できるのではないか、と。 結果、三冬は近接格闘メインの神姫となり、俊敏な動作重視のカスタマイズが行われ、頼子が健康と趣味のために学んでいた太極拳と、数々の格闘ゲームの技を修得した。 デビュー当時はキワモノ扱いされた頼子と三冬であったが、いまやそのバトルスタイルは、『街頭覇王』の二つ名とともに畏怖の象徴になっている。 回転を止め、空中から降下してくる三冬。 この瞬間は無防備だ。 その隙を突いて、黒い影が突進、ビームトライデントを繰り出してくる。 三冬はとっさに腕アーマーで払おうとした。 が、何かがそれを押しとどめ、かわりに背部スラスターを噴射した。 後方へと飛び退き、ビームの刃をかわす。 意識しての行動ではない。 積み重ねた戦闘経験がさせた無意識の行動だった。 繰り出されたビームトライデントを捌こうとするなら、ビーム自体ではなく、出力されているビームの根本……今の場合なら、燭台部分を払わねばならない。 しかし、マグダレーナの攻撃は、それを許さない間合いだった。 だから三冬は飛び退くしかなかった。 なんという絶妙の間合い取り。 三冬が戦慄する中、マグダレーナは不適な笑いを浮かべ、言った。 「くくっ……制空圏は把握させてもらった」 「……そう来たか」 三冬は苦い表情で、再び繰り出されるビームの刃を回避する。 制空圏とは、格闘家が持つ、有効な攻撃を放てる間合いのことだ。 達人クラスの格闘技者ともなれば、自分の周囲すべての間合いを把握しており、間合いの内に入れば、必殺の攻撃を繰り出せる。 三冬ならば、自分の有効間合いに入った相手を、太極拳の動きでからめ取り、地面に引き倒すことが可能だ。 その間合いはすでに結界に等しい。 それを制空圏と呼ぶのである。 マグダレーナは、三冬の制空圏を把握していた。 三冬は一つ舌打ちをする。 スターゲイザー二体に手こずり過ぎた。おそらくあのサブマシンどもで、三冬の制空圏を計っていたのだ。 今のマグダレーナは、初撃の時の迂闊さは見られない。 ビームの刃だけを制空権圏に触れさせ、三冬の攻撃が触れられないギリギリの位置で攻めてくる。 三冬はマグダレーナの攻撃をかわすたび、眉間のしわを深めた。 「くそ……」 「なるほど、よく持っているが……これならどうだ? スターゲイザー!」 マグダレーナの一声に、倒れていたサブマシンが再起動した。 まずい。 ただでさえやっかいなスターゲイザーの波状攻撃に、マグダレーナの巧妙なビーム槍の攻撃が加わっては、反撃もままならなくなる。 焦りが三冬の表情を険しくさせた。 それでも三冬は構える。 ピンチの時こそ冷静に。 ゆるり、と大型のアームが円を描く。 太極拳の螺旋勁。太極拳の動作の根幹をなす、基本中の基本だ。 頼子奥様と共に、毎日毎日鍛練を積んできた。 表情から焦りが消える。 襲い来る三つの影。 三冬は動きを止めない。自らの修練を信じ、迎え撃つ。 ◆ 三冬とマグダレーナが激しい戦いを繰り広げる中、久住頼子は物陰から少し顔を出し、桐島あおいの位置を確認する。 彼女もやはり物陰に隠れているが、その距離は意外に近い。 よし、と自分に気合いを入れ、声を上げて話しかける。 「あおいちゃん!」 「……頼子さん……公式ランカーのあなたがこんなところに来るとは予想外でした」 「わたしはね、ファーストランカーである前に、菜々子の家族なのよ」 「なるほど……」 頼子が今日ここに来たのは、ただマグダレーナの相手をするためだけではない。 頼子はこの二年間、あおいと会うことはなかった。 だからこそ疑問に思っていた。 菜々子から伝え聞いた、あの夏の豹変ぶりを。 あおいの本当の気持ちがどこにあるのか、確かめなくてはならない。 それはきっと、菜々子を助け出した後に必要になるはずだから。 「あおいちゃん、もうやめなさい。こんな戦いは不毛なだけだわ」 「仕掛けてきたのはそちらです」 「それだけじゃない。裏バトルへの参戦、そして壊滅。そんなことをして何になると言うの」 「わたしには……わたしとマグダレーナには、目的があります」 そう言うあおいの口調が、先ほどとは違うことに、頼子は気付いた。 うすら笑いしながらの穏やかな口調ではない。 しっかりと意志を持った、真剣な言葉。 あおいちゃん、あなた……。 彼女は狂っているのではない。正気だ。異常に見えるあおいの行動はすべて、彼女の正常な意志のもとに行われている。 あおいの……いや、あおいとマグダレーナ、二人の目的を果たすために。 頼子は眉をひそめる。 マグダレーナは、あおいの目的を果たすためにいるのではないのか? あおいの言葉からすると、マグダレーナもまた、自ら目的を持って、自発的に動いているということになる。 「目的って……復讐? ルミナスを壊されたことへの恨みなの?」 「復讐なんて……ルミナスを壊したエリアを壊滅させたところで終わっています」 あおいの言葉に苦笑が混じる。 復讐、ではない? 頼子は、あおいの行動原理が復讐だと思っていた。 最愛の神姫を破壊せざるを得なかった、裏バトル界すべてへの復讐。 「復讐じゃなければ、何だっていうの?」 「言えません」 「なぜ?」 「頼子さんはわたしと共に戦ってくれそうにはないからです」 「そんな理由で……わたしだけでなく、他の仲間たちも遠ざけて、たった一人で……そうまでしなくてはならないことなの、あなたの目的とやらは!?」 「同じ事を、菜々子にも言われましたよ」 ちらりと見えたあおいの顔。 一瞬苦笑していたが、眼は笑っていない。 「すみませんが頼子さん。わたしたちの行く手を邪魔するならば、たとえあなただろうと容赦はしない」 真摯で真っ直ぐな口調。強い意志を宿す瞳。 頼子は確信する。 狂っているのではない。 明確な目的意識を持って、最凶の神姫マスターを演じながら、裏バトル界を潰しにかかっている……! 頼子は一つ深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせる。 再びあおいを見る。 頼子の顔に、ベテラン神姫マスターの、凄絶な笑みが浮かんだ。 「ファーストランカー相手に、随分と余裕の発言ね、あおいちゃん」 「マグダレーナならば、たとえファーストリーグ・チャンピオンでも敵ではありません」 「大きく出たわね……痛い目見るわよ?」 頼子は三冬に視線を移す。 彼女のハウリン型は、サブマシン二体とマグダレーナを相手に苦戦中だ。 制空圏の範囲を測られ、防戦一方になっている。だが、三冬が防御に徹しているがゆえに、マグダレーナの方も攻めきれずにいる。 ならばやりようもある。 「三冬! 一気に蹴散らすわよ! サイコクラッシャーアタック!」 「承知!」 三冬の返事には、少しの安堵と開放感が混ざっていた。 次へ> Topに戻る>
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戻る トップへ 事の発端は、ほんの些細な思い付きだった。 何時もと同じ昼休み、いつもと同じ食堂で、いつもの面子で飯食ってた時だった。 「宗太のバカったらさぁ、昨日のバイトの最中、居眠りしちゃったのよぉ」 「あら、そうなの」 「そうなのよぉ。皿洗い中に立ちながら寝ちゃってねぇ」 「それで終わり、という訳では無いのだろう?」 「流石シルフィ、分ってるじゃない。このバカ、洗って無い皿を洗い終わった皿と一緒にしちゃったのよぉ!」 「まさか、そのまま料理載せちゃったの?」 「加奈美ぃ、私がいるんだからそんな事になる訳ないじゃないぃ。勿論このバカ引っぱたいて教えてやったわよぉ」 「そうか、それでパーシの昼食は豪華なのだな」 「そういう事よぉ~」 ……女三人寄れば姦しいとは良く言ったものだ。 前はパーシが加奈美に対して一方的に喋ってるだけだった。 加奈美は聞き上手で、パーシの注意をいい感じに引き付けてくれていて、俺はその隙にゆっくりと飯を食えた。 シルフィは、全く以て良く出来た神姫だ。 礼儀正しいし、真面目だし。アホのパーシに見習って欲しいくらいに。 ただ一つ、問題があるとすればシルフィは話し上手だと言う事だ。 絶妙のタイミングで相槌を打って、会話を発展させる。 そうなると、少し厄介な事になる。ていうかなってる。 「良かったわね、宗太。この程度の損害で済んで」 「そうよぉ、もし私が教えてなかったら給料から差っ引かれたんだからぁ」 「それに加え、不衛生な皿で料理を出したとすれば、店側としても大失態であろう。そうなってれば減給どころでは済まないかもしれないな」 「そういえばそうね。口に入れるものに対しては何時の時代も厳しいものね」 「そう言う事よぉ宗太。ま、今回は私のお陰で事なきを得たけどぉ、次からは気を付けてよねぇ?」 最近は毎日こんな感じだ。 四面楚歌とはこの事だと切実に思う。 「……そんなことより」 「あ、逃げたぁ」 この状況は精神上宜しくない。 適当な会話を振って、矛先を退けなくては落ち着いて飯も食えない。 「加奈美、シルフィはバトルしないのか?」 そう切り出したのは、我ながら賢明な判断だったと思う。 シルフィも、アホのパーシもあくまでも武装神姫、当然バトルも機能のうちだ。 「……主の意向により、未だバトルは」 「そうなのか、勿体ねぇな」 エウクランテは武装神姫の一弾、アーンヴァルの対抗馬的存在だと言う。 遠距離での砲撃戦に特化したアーンヴァルに対し、エウクランテは近距離での接近戦に主眼を置いた設計らしい。 「宗太ぁ、あんたもしかして起動間もないシルフィ苛めてポイント稼ぎする気ぃ?」 「……アホか。エウクランテ自体、あんま戦った事無いから興味あるんだよ」 パーシの言った事を、完全には否定出来ない。 だけど、エウクランテと、加奈美と戦ってみたいの本当だ。 「ま、加奈美が嫌だってんなら仕方ねぇな」 加奈美はああ見えてその実、かなり頑固だ。 一度言いだした事はそう簡単に取り消さない。 そのお陰で、何度も痛い目に遭った。 「シルフィ、バトルしてみたい?」 「……したくない、と言えば嘘になろう」 「じゃあ、やってみましょうか」 ……加奈美は頑固なトコがある反面、凄く気分屋だ。 何とも、面白い人間だ。 「良いのか?」 「ええ、シルフィがやりたいって言って、宗太もやりたいって言ってるもの。後は、パーシが良ければ、ね」 「私は全然構わないわよぉ」 話は、決まった。 「……おーい、まだか~」 時刻は放課後、ここは校舎の一角にあるバトルスペース。 「もうちょっと待って……あら、シルフィはサイフォスの装備も似合うわね」 「むぅ……主よ、そのように見られるのは……その……」 「あら、可愛いんだからもっとはっきり見せて頂戴?」 「あ、主のご命令とあらば……」 俺と加奈美は授業が終わった後、すぐにここに来た。 ポイントに左右されないフリーバトルをする為に、手頃なバーチャルマシンに陣取ったのが一時間前。 「……うん、ジュビジーのも似合うわねぇ」 「主よ……私にはこういう装備は……」 「そんな事無いわ。シルフィは何を来ても似合うわ」 「う……御褒めに与り……光栄だ」 そして、今の今まで加奈美がシルフィを着せ替え人形にして一時間だ。 俺には理解出来ないが、女はこういうのが好きなのだろう。 「シルフィは美人さんだから何着ても似合うわね」 「私は所詮エウクランテ……顔は他の個体と変わらないと思うのだが……」 「ふふ、人も神姫も、全く同じ存在は存在しないのよ?」 「……そうなのか」 「そうよ、そうなのよ。だから、次はツガルも着てみましょう」 スーパー着せ替えタイムはまだまだこれからのようだ。 「よぉ、パーシ」 「んぁ?……なぁーによぉ」 ただ待っているのも飽きたので、既にログインしているパーシに話を振る。 間抜けな声で返事したパーシは、バーチャルの木を背に転寝していたようだ。 「お前もああいうの好きなのか」 「……ねぇ、馬鹿宗太ぁ?」 選択したバトルフィールドは『草原』。 地面は背の低い雑草が茂ってて、所々に木が立っている。 空は綺麗な青空で、バトルよりも行楽に使われる方が多いフィールドだ。 「そういう事言えるなら、こんな詰まらない装備寄越さないでくれるぅ?」 今のパーシの姿は臨戦体制、即ちキャヴァリエアルミュールを装備した重装形態だ。 そしてその傍らには個人メーカー『k・k』製の剣、チェーンエッジが置かれている。 俺がパーシの為に考え、用意した戦闘装備だ。 「あのな、お前の為を思って用意してやったってのに、何だその言い草は」 「私の為ぇ? 自分の為の間違いじゃないのぉ?」 「お前、騎士型だろーが。騎士が鎧着て大剣持って何がおかしいんだよ」 「嫌ぁねぇ~固定概念に縛られた人間ってぇ・・・・・・」 「はん、一般常識すらないアホ神姫に言われたくねーな」 パーシは騎士型だ。騎士は剣を持ち、戦場で斬り合うモノだ。 だったら、今のパーシの装備は妥当なのは目に見えている。 それなのに、こいつと言ったら。 「だから宗太は馬鹿なのよぉ。騎士が剣だけしか使っちゃいけないって、誰が決めたのよぉ?」 「銃使う騎士なんて聞いたことねーけどな」 銃は銃でも、ベックの様なボウガンやアーチェリーものならまだ分る。 だけど、こいつはハイパーエレクトロマグネティックランチャーとかM16A1アサルトライフルみたいな銃火器を好む。 どう考えたって合わない。 「頭が悪いと、視野まで狭くなるのねぇ?」 「コーディネイトも分からないなんて、お前のAIを疑うぜ」 空気が変わるの感じる。 どうやら、お互いに導火線に着火したようだ。 こうなったらもう、止まれない。 「この馬鹿宗太・・・・・・!」 「んだよ阿呆パーシ・・・・・・!」 リアルとバーチャル、二つの世界の垣根を超えて俺とパーシは睨み合った。 一触即発。そんな状況だ。 「・・・・・・うん、やっぱり初めはデフォルトね」 「ああ、私のプリセットデータもこれに特化したモノとなっている。主の判断は正しいだろう」 「ありがとう。それに、デフォルトが一番シルフィに似合っているものね」 「・・・・・・主よ、その話は、もう」 「そう言わないでもっと良く見せて頂戴・・・・・・ねぇ宗太。スクリーンショットってどうすればいいの・・・・・・あら、お話中だったかしら?」 突如としてバーチャル空間に現れたシルフィと、それと会話するリアルの加奈美の乱入により、俺たちの導火線は一気に冷却された。 同時に、色んなものも冷却されたが。 「・・・・・・スクリーンショットなら、モニターのそこ押しゃ撮れんぞ」 「これね・・・・・・シルフィ、撮るわよー」 デフォルトのエウクランテそのままの姿で、加奈美の言う通りに様々なポーズを取るシルフィを見ていると、何だか不思議な気分になる。 「もっとこう・・・・・・腰を落として、そう。手は顔の横で・・・・・・」 「雌豹のポーズなんて、加奈美も好きねぇ・・・・・・」 「・・・・・・まったくだ」 それをぼけーと見ながら、俺たちの意見は珍しく合一した。 「加奈美、そろそろ良いか?」 「ええ、ばっちりよ」 加奈美の気が済んだのは、10GBのメモリーカードをシルフィのスクリーンショットで満載した後だった。 パーシは完璧に居眠りこいてるし、シルフィは既に満身創痍だ。 ただ一人、加奈美だけがやたら上機嫌で立っている。 なんだか無性に疲れた。 「……おい、パーシ。出番だ」 「んぅ……」 目を擦りながらゆったりとした動作で上体を起こすパーシ。 俺も寝れるのなら寝たかった。 「とっとと兜被れ」 「なぁに……やっとなのぉ?」 「ああ、やっとだよ」 大きく伸びを一回。次にあくびを一回。最後に伸びをもう一回。 そこまでやって、ようやくパーシは起き上がった。 そうして、枕代わりにしていた兜を被る。 「申訳ない、パーシ。宗太殿」 「気にしなぁい。どうせ困るのは宗太だけだしねぇ」 「……ま、俺も気にしてねーよ」 こういう事は慣れているからどうってことない。 そんな事よりも、今はシルフィと戦れる事の方が楽しみだった。 「ああ、そういえばバトルするために来たんだったわね」 本当に、加奈美には、ペースを崩されてばかりだ。 呑まれたら負けだ。 「準備良いならそこのボタン押せよ?」 「これね……私は何をすればいいのかしら?」 「基本は私が自由に戦わせて頂く。主は主の好きな時に好きなように命令を下されば」 今更だが、加奈美とシルフィは本当に初心者の中の初心者なのだと言う事を実感する。 パーシから視線を感じるが、無視しておく。 「……まぁ、私も対して強くないからお手柔らかにねぇ」 「こちらこそ、お手柔らかに頼む」 バトル寸前とは思えない呑気さ。 お互い、知り合って間もないけど、それなりに知り合った仲だ。 ついさっきまで一緒に並んで話していた様な状態で、いきなり剣呑な雰囲気になるのは人ではそうそう無理だろう。 だけど、俺は知っている。 『フリーバトル・スタート』 バーチャル空間に文字が踊るその瞬間、二人の気配が一変する。 シルフィは勢いよく羽ばたき、大空へ向かい跳ぶ。 そして、ある程度の高さまで到達すると、左手に持つボレアスの銃口をパーシに向けながら、旋回を始めた。 シルフィらしい、堅実なやり方だ。 「阿呆。何時まで突っ立ってんだよ」 「うるさいわねぇ」 口ではそう言いながらもパーシは無造作に投げ置かれていた大剣、チェーンエッジを握り占める。 「まぁ、やるなら勝ちたいしぃ」 両手で握ったチェーンエッジを大上段に構え、そして振り下ろす。 ぐしゃり、とバーチャルの地面をチェーンエッジが抉った。 長方形の刀身は神姫の全長を悠に超え、刀身の厚さは神姫の胴回りよりも一回り大きい。 円柱状の鍔には四つの細長いオイルタンクが伸び、柄は神姫が握るには長すぎる程に長い。 「最初から全力で行くわよぉ?」 右手で柄を握りしめ、左手で鍔の中にあるグリップを一気に引く。 その瞬間、羽虫が鳴くような音を何百倍にも増幅したような音が響いた。 刃が超高速で回転を始めた音だ。 「あら……」 向かいに座る加奈美が声を漏らした。 無理も無い。俺も初めてこれを作動させた時は本気でビビった。 この剣の名前はチェーンエッジ。 チェーンソーを剣の形に仕立て上げ、接近戦において絶大な破壊力を持たせた俺の秘蔵武器だ。 パーシはそのチェーンエッジを両手で握り、剣道の構えに似た中段で構える。 いつでも、どこからでも、攻撃に対処できる一番の構えだ。 空を飛ぶシルフィに対し、パーシは有効な武装を一つも持っていない。 対するシルフィはボレアスという飛び道具を持っている。 「シルフィ。とりあえず、撃ってみて頂戴」 「了解だ」 噂をすれば何とやら。 空中を旋回していたシルフィが、そのまま旋回しながらボレアスの引き金を引く。 ボレアスは二連式のパルスビーム砲。連射性能はかなりのものだ。 移動しながら撃たれただけあって、かなりの数のビームが広範囲からパーシ目掛けて殺到する。 「パーシ、弾き飛ばせ!」 「うっさいわねぇ」 パーシはチェーンエッジを横に寝かし、身体全体を捻ってまるで野球のバッターの様に引き絞る。 そして、ボレアスから撃たれたパルスビームがパーシに直撃する一瞬前。 チェーンエッジが、思いっきり振り薙がれた。 凄まじい羽音と、空気ごとビームを叩き壊す音が響く。 その後、振り抜いたチェーンエッジが地面に激突してまた音が響く。 「……パーシ、まだ残ってんぞ!」 ボレアスの連射性能とシルフィの技量をバカにしすぎたようだ。 タイミングをずらされて発射されたビームが、今度は全方位から降って来たのだ。 チェーンエッジは固く、威力は絶大だ。だけど、その代わり凄まじく重い。 パーシはチェーンエッジを無理やり構え直し、さっきとは逆の動きでビームを薙ごうとする。 だけど、間に合わない。 無理な動きで振り抜いたチェーンエッジはキレも速度も狙いも甘く、飛来するビームを捉えきれない。 仮に、さっきと同じように出来たとしても今度は全方位からの攻撃だ。どうせ庇えきれないだろう。 「ほんっとにうっさいわねぇ」 パーシの言葉は着弾の衝撃音でかき消された。 数えるのも億劫になる程のビームの雨。 それがパーシに降り注いだのだ。下手をすれば……。 もうもうと立ちこめる噴煙にパーシの姿は完全に隠されている。 そんな状況下ではシルフィも撃つに撃てないのだろう。上空を旋回しながら様子を伺っている。 やられたか? 考えたくは無いが、可能性としては当然考えるべきだ。 「馬鹿宗太ぁ、今私がやられたとか考えてたでしょう?」 と、噴煙の中からパーシの声が響いた。 それは当然シルフィにも聞こえた筈で、シルフィの表情が僅かに歪むのが見て取れた。 「大丈夫なのか?」 チェーンエッジの一薙ぎで噴煙を振り払い、パーシはその姿を再び現した。 全身を覆うキャヴァリエアルミュールには所々焦げた跡やヒビが見えるが、どれも致命傷とまではいかないようだ。 どうやら、ボレアスは連射性能に特化しすぎたせいで、威力はそんなに無さそうだ。 ボレアス自体、小型で取り回し重視なのだろう。 それに加えて、パーシはキャヴァリエアルミュールで武装している。 武装神姫随一の防御力を誇るその鎧は、ボレアスのビーム程度なら防げる事が分かった。 問題はこれからだ。 パーシの武装はチェーンエッジだけ。飛び道具の類は一切ない。 対するシルフィはボレアスに加え、見える範囲ではエウロスも装備している。 その上、シルフィは空を自由に飛べる。 空を飛ぶシルフィに対し、パーシは手も足も出ない状況だ。 そして、ボレアスの存在。 幾ら威力が低くても、相当な数を受ければキャヴァリエアルミュールも耐えきれないだろう。 結局のところ、状況は圧倒的に悪い。 ただじわじわと嬲り殺しにされるのがオチだろう。 嫌なイメージで頭が一杯になってる俺に対し、パーシの奴は再びチェーンエッジを構え直した。 「上段構えで行け」 「はぁーいはい」 今度は上段の構えだ。 これなら、上空からの攻撃に広く対応できる。 「分が悪りぃな」 思わず、呟きが口から洩れた。 加奈美に聞かれただろうか? 気になって盗み見る様に加奈美を伺ってみる。 「……あら、バトル中に余所見?」 そこにいたのは、何時もと変わらない加奈美だった。 戦況に浮かれる事も無く、ただ何時もと同じように加奈美は笑っていた。 それが、何と無く、心地よかった。 次に加奈美はいつもの笑顔でいつもの声音でいつもの調子でこう言った。 「隙あり」 その言葉に、一瞬反応が遅れた。 バーチャル空間の中では、シルフィがパーシの上空を高速で旋回しながらボレアスをこれでもかと連射していた。 さっきの比じゃない。 「ぼ、防御だ!」 「何ぼーっとしてんのよぉ、このバカぁ!」 パーシも俺の命令に注意を向けていたのか、反応が一瞬遅れた。 チェーンエッジを小振りで振り回し、飛来するビームをなんとか防御する。 しかし、タイミングが合わない。 当たり前だが、シルフィもただ出鱈目にボレアスを連射した訳では無さそうだ。 全方位から迫るビームは着実にパーシの死角を突いている。 前方から来るビームを防いだと思えば、背後からのビーム。 それを防ぐために動いた瞬間には左から。 ボレアスの残弾全てを撃ち尽すつもりか。凄まじい数だ。 「パーシ、とにかく耐えろ!」 これはかなりのピンチだ。 だけど、チャンスでもある。 パーシとシルフィの戦力差はボレアスの、飛び道具の有無だ。 もし、これを凌ぎ切れればシルフィは飛び道具を失った事になり、残るはエウロスのみ。 つまりは、接近戦しか出来なくなる。そうすれば俺達の勝ちだ。 シルフィはゼピュロスも装備していた。 ゼピュロスは攻撃を防ぐのでなく、逸らす装備だ。 大抵の攻撃では受け流されてしまう。 だけど、前にゼピュロスを使う神姫と戦った時はゼピュロスごと一刀両断した。 そう考えてる内にも、次々とビームは撃ち込まれている。 パーシから外れ、ビームが地面に直撃し噴煙を巻き上げて視界を奪う。 それは俺もパーシも、シルフィも同じだろう。 それでも、シルフィは撃つのを止めない。 空中を大きく旋回しながら、ボレアスの引き金を引き続けている。 これが加奈美の指示によるものか、それともシルフィ自身の考えによるものかは分らない。 だが、初陣でそれだけ出来るのははっきり言って脅威だ。負けるつもりはないが。 「……主、弾切れだ」 そして、弾幕が止んだ。 さっきまでの出来事が嘘のように、そこに響く音はチェーンエッジの羽音だけだ。 これで、パーシが戦えるのなら、俺の勝ちだ。 そうでなければ、俺の……負けだ。 「パーシ?」 「……死ぬかと思ったわぁ」 姿は見えないが、噴煙の中から確かに声がした。 このむかつく声は間違いない。パーシだ。 俺は内心、ガッツポーズを取った。 「よし、とっとと体勢を立て直せ」 「たくぅ、神姫使いが荒いわねぇ……」 もうもうと立ちこめる噴煙はさっきのよりも何倍も濃く、多い。 これではどうしようもない、暫く待つしかなさそうだ。 モニターを操作してパーシの損傷を目視確認する。 キャヴァリエアルミュールは輪郭を残してはいるが、それが機能するかは怪しかった。 兜は上半分が吹き飛び、目から下半分しか残っていない。 肩当ても吹き飛び、胸の装甲にもヒビが目立つ。 あともう少し、ボレアスの弾幕を浴びていれば危ない所だった。 「宗太ぁ、ちゃんと索敵してるぅ?」 「ああ、言われなくてもやってる……」 パーシに注意が向き過ぎていた。 この間、パーシが身動きとれないからと言ってシルフィもそうであるとは限らないのだ。 再びモニターを操作し、上空を見上げシルフィを探す。 「……いない!?」 しかし、そこにはシルフィの影も形もありはしなかった。 ただ、輝く太陽と白い雲があるだけだ。 「はぁ!? 何やってのよぉ!」 「やかましい! それより警戒してろ!」 パーシに怒鳴り返しながら、俺も周囲を索敵する。 しかし、地上は相変わらず噴煙に塗れているだけだ。 木々も、草原もほとんど見えない。 「……!」 いた。 桃色の髪の毛、青と白の装甲。 間違いない、シルフィだ。 シルフィは噴煙の影をパーシの背後目掛けて低速で、低空で飛んでいた。 気付くのが遅すぎた。 「パーシ、後だ!」 俺の声が出るのと同時、シルフィとパーシが接触した。 シルフィは右手に持つエウロスを大きく突き出して、パーシの喉元を狙う。 パーシは咄嗟に左手で喉元を庇った。 エウロスはパーシの喉元では無く、左腕の真ん中に突き刺さった。 「つぅ……!」 神姫にも痛覚は存在する。 恐らく、パーシは今、人間なら失神するレベルの痛みを感じているだろう。 だけど、パーシはそれを堪えて、右手にもったチェーンエッジをシルフィ目掛けて叩き付けた。 シルフィはパーシと同じように左手でそれを防いだ。 「とったか!?」 破壊力でいえばパーシの方が数段上だ。 防御力の低いエウクランテなら、今の一撃で終わってもおかしくない。 ゼピュロスを使ったところで、チェーンエッジの威力の前には腕を落とされてもおかしくない。 おかしくない、それどころか、それが普通だ。 なのに、シルフィは顔色一つ変えてはいない。 普段は無表情に近いシルフィの顔が、今は違った。 それは一見するといつもと同じ無表情だ。 それは、恐ろしいまでも無表情だ。 それは意識の全てをバトルに向ける、戦士の表情だ。 それは、武装神姫の表情だ。 シルフィは、全くの無表情で、エウロスを更に深く突き刺した。 その度、パーシが小さな呻き声を上げるが、シルフィはそれを気にする事は無い。 それどころかエウロスが持つ微細振動機能をオンにした。 チェーンエッジに良く似た、チェーンエッジより数段か細い羽音が響く。まるで、ノコギリが何かを切断してる音だ。 「力比べならお前の方が上だろっ!」 パーシは無言で、チェーンエッジをシルフィに押し当てる。 それにも関わらず、チェーンエッジの音は変わらない。 耳障りな羽音。 シルフィがパーシの様に腕で防御してるのなら、何かを削るような音がしてもおかしくない。 それはつまり、シルフィにチェーンエッジが当たっていない事を意味している。 気付けば、噴煙が薄く拡散していた。 二人の姿が、白い太陽に照らされた。 草木萌える草原で行われているその光景は、少し奇妙だった。 出来れば、古戦場辺りの方がいい気がする。 最も、一番奇妙なのは、チェーンエッジがシルフィに当たっていない事だ。 まるで、見えない何かが防いでいるかのように……。 「……そういう事かよ!」 シルフィの左腕には、二基のゼピュロスが装着されていた。 ゼピュロスを二基同時に、同じ場所で起動させる事でその効果を増幅している。 先ほどまでは両腕に装着していたゼピュロスを、恐らくは噴煙の中で付け替えたのだろう。 しかも、シルフィはゼピュロスのアームを展開していない。 その効果を一点に集め、防御する為にあえて展開していないのだ。 まずい。 そう思った時だ。 エウロスがパーシの左腕を貫通し、パーシの喉元を突き破った。 直後、モニターに「YOU LOST」の文字が躍った。 「ウソだろ……」 負けた。 超・超初心者の加奈美とシルフィに、負けた。 「……この馬鹿宗太ぁ! アンタのせいで負けちゃったじゃないの!」 パーシはバーチャル用のクレイドルから起き上がると同時にそう怒鳴った。 「うるせぇ! お前のせいでもあるだろーが!」 「宗太が油断しすぎてんのが悪いんでしょぉ!」 「それはこっちのセリフだ!」 「こんな剣じゃなければもう少しはマトモに戦えたわよぉ!」 「言い訳すんな!」 「してないわよぉ!」 俺とパーシが言い争いを始めた向こう側、加奈美とシルフィは俺達とは正反対の状況だった。 「凄いわね~初陣を白星で飾るなんて~」 「そ、そんな事は無い。主の力があってこそだ」 「謙遜しなくていいのよ~戦ったのはシルフィなんだから~」 「……いや……私は……そんな」 「あらあらぁ~照れるシルフィも可愛いわねぇ~」 まさに、天国と地獄。 「そういえば、宗太。そろそろバイトの時間なんじゃないの?」 「……」 嬉しそうな加奈美の声に誘われて時間を確認する。 「……今日はこのヘンで勘弁してやる! 覚えてろよ!」 「ええ、また明日」 嬉しそうで、いつもと変わらない声に送られて俺は走りだした。 パーシは勝手にカバンに入り込んでいる。 「馬鹿宗太ぁ」 「んだよ」 「さっきの捨て台詞、あれはないわぁ」 「……畜生……ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 この時、俺はまだ気付いていなかった。 加奈美があんな事になるなんて、気付いていなかった。 トップへ 進む -
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SHINKI/NEAR TO YOU 良い子のポニーお子様劇場・オマケ 『ぶるーめんばいちゅの日常』 >>>>> ――人々に愛を笑いを振りまく神姫センターのアイドル、 ブルーメンヴァイス。 人々に感動を与える彼女らの影には、 人に語れぬ汗と涙のドラマがあった。 これはそんな愉快な出来事のゲシュヴィッツ(無駄話)。 それは夏が間近にせまった とある日―― ・ ・ ・ 目の前には神姫用の水着があった。 来客を楽しませることと、宣伝のための目引き効果を狙って一流デザイナーにプロデュースしてもらったという。そのデザインは先鋭的といいうか、コンセプトに忠実というか…… 「なんか、えちぃね~☆」 「そ……そんなことはないわ。これが最善で最良で、最先端で……つまりは一番ってことなのよ。す……素敵じゃ、ない?」 「なら、まずはフィシスが着てみるべき。リーダーの務め」 「!……そんなことはないわ。みんなで一緒にしましょ。チームワークが大切よ」 そのフィシスの反応を見て、白雪――にんまり。白夜――愉しげに。 「おやおや、そんなことを言うなんて……」 「フィたん、恥ずかしいの~? にやにや」 「そんなことはないわ。その……フィはただ、どうせならみんな一緒の方がいいかと……」 フィシス……平静を装うのが、返って動揺を証明。 白雪&白夜、にやにや。「素敵な水着なんでしょ☆」「まずは言ったものが実践するが常道」 *** 「ほ……ほら。やっぱり素敵な水着だわ。こ……これでビジターもきっと喜んでくれるでしょうね!」 流行の最先端で最善で最良な水着――きわどい黒と白のセパレート的超ハイレグ――を着たフィシス。 必要最低限の部分だけ隠した、ある意味では水着の機能を必要最低限だけ保持した――別の意味ではその機能を最大限に発揮したシロモノ。 自然に赤らむ頬に、押し隠した羞恥への可能な限りの抵抗としてボディの上や下のメリハリの効いた箇所に添えられる手。それでも隠し切れないものをどうにかしようと、手段を講ずる体――結果として、あっちにくねくね、こっちにくねくね。 流れる銀糸の髪、薄く上気した顔、潤んだルビーのように紅い瞳。その均整さ、美しさを爆発的に主張するような、肢体。まるで芳醇な果実を思わせる、艶に彩られたフィシス。 その姿に同じ武装神姫ながら圧倒された白雪と白夜は、しかしその過剰なまでの「攻撃」を何とか耐えしのぎ、持ち前の意地悪さと無邪気さを発揮する。 「だめだよ、フィたん☆ そんな風に隠しちゃ」「肝心の水着がよく見えない。問題あり」 「――――!」 ふたりに指摘されたフィシスは、カッと顔を真っ赤に染める。涙ぐんだ表情――観念と自棄とかそんないろいろなものがこう入り混じったカンジ――でキッをふたりを睨むと、 「これで、いいんでしょう――っ!」 「おおおう×2」 そこに現れたのは、完璧な姿だった。 美しき肢体と、芸術的な水着によって作り出される、物質的な色香と美。 羞恥、ためらい、そうした感情をすべて乗り越え、そして到達された何かを乗り越えるという気高き魂、凄絶なまでの精神的な高揚と美。 完璧だった。 すべての量子、非線形方定式、そのほか宇宙の神秘とかなんかこういろいろなものが複雑な焦点を結ぶことによって生まれた奇蹟がそこにあった。 白雪と白夜は泣いた。 読者も泣いた、筆者も泣いた。 オール・ワールド・ザ・スタンディング・オべーション! そのなか、フィシスだけは全てを越えた者こそが辿り着ける、無垢なる微笑をその身に称えていた……。 その日の夜。 フィシスは泣いた。 白雪と白夜のいないところで、影でこっそり泣いた。 身をくるめ、自らの身を抱きしめながら、しくしく泣いた。 全てを越えた代償がそこにあった。 *** 後日、なんかいろいろ関係各所からの意見とかで水着を使ったステージは保留。当分はやらない――水着も一転、無用の長物に……といったことが淡々と告げられた。 フィシスが眠りから起動した後のクレイドルは、何故か水に濡れていたという。 それはなんともキレイな、なんの不純物も要さない、無垢なる純水だったそうな――。 『ぶるーめんばいちゅの日常』良い子のポニーお子様劇場・オマケ//fin 戻る
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『"NOTRE-DAME" MARIE DE LA LUNE vs "ZYRDARYA" LALE SAITO』 仮想バトルフィールド上空に、文字が映し出された。 そしてその文字の横に数字が現れてバトルの開始時間をカウントダウンし始める。 「えっと、とりあえず、何したらいいのかな?」 私は目の前のクレードルで眠るマリーに聞いた。彼女の意識は今、筐体の中の電脳空間にいるのだけど、不思議なことに返事は現実の、クレードルの中のマリーから帰ってくる。 「まずはウォードレスを展開させてくださいませ。そうすればあとは私が美しく戦ってみせますわ」 「そっか。頑張ってね、マリー」 「はいっ」 マリーは目を閉じたままにっこりと笑った。 カウントダウンは最後の十秒を切る。電子音と一緒に数字はどんどん小さくなっていった。 開始三秒前、上空の文字は『READY』に変わる。 「いきますわ、のどか様」 私は軽く頷く。そして数字はゼロを示した。 「マリー、ウォードレス展開!」 そう言うと、マリーのドレスの裾のディティールが伸びて、前面ののこぎりのような形をした二本が、自由に動くライトセーバーのように、その他は小さな砲身を現して追撃用の機関砲になった。マリーはかなり可愛いものを選んだと思っていたけど、実際に展開したものを見ると意外とかっこいいものだ。 同時に相手は右手のポーレンホーミングを放つ。ハンドガンだというのにその弾は弧を描いて一つ一つがマリーを追う。その間にラーレはマリーとの間合いを詰めた。 マリーは飛びながらポーレンホーミングの弾を避けようとした。けれども高い誘導性能を誇るその弾は進行方向を百八十度変えてなおマリーを追った。そこへ猛スピードで間合いを詰めながら剣を構えるラーレがマリーの視界に入る。 「速いですわ」 関心しつつもマリーはウォードレスの機関砲をホーミングの弾へと向けて放った。そして両手で傘を持ち、ラーレの剣を受け止める構えを取った。 機関砲から発せられた弾幕は見事にポーレンホーミングを全て打ち落とし、とりあえずマリーは背後からの脅威から解放された。しかし次の瞬間、甲高い金属音と共にマリーとラーレは初めてお互いを至近距離で認識し合う。 「いいドレスですね」 鍔迫り合いをしながらラーレが言う。 「ありがとうございます。あなたのその銃も面白いですわ」 マリーがそう言い返すとラーレは不敵に笑った。 ††† カトー模型店の扉が開き、男が一人、入る。 「こんにちは、カトーさん。なんか盛り上がってますね」 「やあ、時裕君。今ね、のどかちゃんが戦ってるんだよ」 「あいつが?へえ、相手は?」 「斎藤香子ちゃん」 「...うちの妹に嫌がらせですか」 「いやいや、丁度女の子同士でいいと思って」 「のどかに香子ちゃんは倒せないでしょう。だって彼女は」 「それが結構頑張ってるんだよ、のどかちゃん」 「まだ香子ちゃんが手加減してるんじゃないですか?」 「そうだね...まだ"チューリップ"を使ってないところを見ると...」 「この店のオリジナルウェポンをあそこまで使いこなせるのは彼女だけですよ」 「うれしいことだねえ」 「ああ、哀れかな我が妹よ」 「君は本当にのどかちゃんのことが好きなんだな」 「そりゃあもう。アーニャの次に」 二人の男は再び視線を筐体に戻す。 ††† 数回、斬りあった後、ラーレはうしろに退いて、広めの間合いをとった。そしてまたポーレンホーミングを打つと、今度は腰から先にチューリップを模した飾りをつけた棒を取り出す。マリーは打撃系、もしくは投擲系の武装だと思って、傘をソードモードからライフルモードに構え直した。先のような急速接近で瞬時に懐まで迫らせないようにするためだ。 ポーレンホーミングから放たれた高誘導弾は例のごとくマリーのドレスに打ち落とされる。恐らくラーレはポーレンホーミングを決定力のある装備ではなく、間合いを取ったり、対戦相手を自分の思う場所に誘導するための補助的な装備であると考えているだろう。 手に持った棒を、ラーレは器用に片手でクルクルと回す。ジルダリアのスレンダーな体型も味方して、その姿はバトン競技のトッププロのようだ。 「今日が初めてのバトルのあなたに、こんな仕打ちはひどいかもしれませんが...マスターの記録を更新するために、全力で勝たせていただきます」 「光栄ですわ」 そう言ってラーレは回すのを止めた。そしてユピテルが雷を放つように、その棒をマリーに向かって投げた。 「ジャベリンですわね」 マリーは当然のようにそれを避けようとしたが、その前に飛んでいる棒の先のチューリップが開き、そこからさらに何かが発せられる。霧のようなそれは僅かにマリーの足に付着した。 乾いた音をたてて棒は着地した。その様子を見届けてラーレはまた手に剣を握る。 「さっきのは一体なんなんですの?」 「すぐにわかります」 二体の神姫は再び剣による近接格闘戦を始めた。マリーは傘で攻撃しつつも、ドレスで細かく間合いを取り、ラーレも主となる攻撃は剣であるものの、ポーレンホーミングを巧く使い見事に隙を埋める。単純な斬り合いのように見えるが、実際は双方が一瞬の隙を伺い合う頭脳戦であった。 しかしそれがしばらく続いたあと、マリーは異変に気づいた。足の動きがだんだんと鈍くなっていったのだ。sそれもさっきの霧のようなものが付着したあたりから。 「これは...?」 「効いてきたようですね。あの杖――トライアンフは麻痺性の液体を高圧噴射するものです。こっちのフレグランスキラーと違ってあの杖は遅効性。ゆっくりと、気づかないうちに機能を停止させるのです」 ラーレが説明する間も、非常に遅いスピードで、しかし確実にマリーの足は動きを遅くしていった。 『マリー!大丈夫!?』 「大丈夫ですから、のどか様は今と同じ指令を続けてください」 『左だよっ、マリー!』 気がつかないうちに、気づけない間にラーレが放った最後のポーレンホーミングの弾がすぐそこまでマリーに迫る。咄嗟にドレスの機関砲を向けたが、間に合わなかった。七発中の二発がマリーに直撃し、マリーの体が飛ぶ。胸元の赤いリボン状のディティールが煤けた。 「んっ...」 初めてマリーが苦痛の声を上げた。 『ねえ、もう止めようよ!もう少し強い装備にしてからまたやればいいからっ!』 「それは...ダメですわ...」 『マリー...』 「わたくしは人形型武装神姫。この姿で勝てるようにならなければ意味がないのですわ!」 マリーは再び立ち上がった。足はすでにただ体重を支えるだけの棒となっていたがなんとかバランスをとって傘を構える。 「...次が最後ですね」 ラーレが言う。彼女もまた剣を構えた。 その数秒後、ラーレが風を斬る。 ――ほんの刹那の後、ラーレの剣の切っ先はマリーの首筋に迫っていた。 ††† 「えっ?神姫バトルを始めてからずっと無敗だった!?」 香子ちゃんは静かに頷いて、彼女の肌理細やかで白い頬がうっすらと桃色に染まる。私はそんな仰天事実に開いた口が塞がらなかった。 「カトーさんの勧めで始めたんですけど...」 「そう。一戦目からずっと負けなし、四十七戦連勝。この店のオリジナルウェポン"チューリップ"を使いこなす戦い方は毒を持つ可憐な花そのもの。いつしか『プリンセス・オブ・ワイトドリーム』の通り名で呼ばれるようになった俺たちのアイドルだ!」 私と香子ちゃんはその声の主のほうへ顔を向けた。いや、私はその声が誰のものかわかっていたのだけれど、あまりのバカっぷりに向きたくなくても向いてしまったのだ。まわりで同調してる男の子たちもちょっとアレな感じだけど、こんなバカなことを堂々と言えるのはお兄ちゃんだけだろう。 「いつからいたの?」 「お前が負けそうになってたころから」 お兄ちゃんの肩に乗ったアーニャがお辞儀をした。 「あ、あの...のどかさんと時裕さんってお知り合いなんですか?」 香子ちゃんは私とお兄ちゃんの顔を交互に見て言う。その様子が少しおどおどとしていて、私は不思議に思った。 「うん、知り合い、兄妹。ていうか、香子ちゃんがお兄ちゃんの名前知ってるほうがびっくりだよ」 「そりゃお前、俺は香子ちゃんファンクラブ(ナイツ・オブ・ワイトドリーム)の会員ナンバー一番だからな。当然だろ」 「よかった...」 『よかった』...?えーと、この何気ない彼女の言葉からとてつもなく危険な香りがする。 それだけはダメな気がする。なんというか、香子ちゃんの将来的に。 とりあえずお兄ちゃんのほうに警告しておこう。 「ダメだよっ!妹と同級生の娘に手を出すなんて、大人として!」 私はお兄ちゃんの耳元で小さく言った。お兄ちゃんは何のことだ、という顔をしたのでそれ以上は何も言わなかった。 「しかし、俺は悲しいぞ、妹よ。そんな我らのアイドルをあんなふうに倒してしまうなんて。お前は香子ちゃんが可哀想だと思わんのか」 「いえ、負けは負けですし、私も調子に乗ってたんです。それにマリーさんはとっても強かったです」 香子ちゃんの制服のポケットからラーレが顔を出してそう言った。 ††† ――確かにラーレの剣の切っ先はマリーの喉に迫ろうとしていた。 しかしそれはあくまで迫ろうとしていたのである。 数ミリ手元を動かせば切っ先は間違いなく突き刺さる位置ではあったが、ラーレはそれ以上動けなかった。彼女の腹にはマリーの傘の先がピッタリと、一ミリの隙間もなく触れて、さらに両脇を、二本のクワガタの角のようなウォードレスの武装が挟み込んでいたからだった。 「少し、手元がブレましたわね」 マリーが言った。 ††† 「人形は少しも狂いのない精密な造りであって初めて、価値があるのですわ」 マリーが私の頭の上をふわふわと浮きながら得意気にそう答えた。 「うむ、素晴らしい。それでこそ人形型武装神姫ノートルダムだな」 「細かい設定と調整はみんなお兄ちゃんでしょ」 「だから素晴らしいって言ったんだ」 私は深くため息を吐いた。お兄ちゃんの無駄に自信満々な言葉に呆れたのもあるけれど、それをキラキラと輝く目で見つめる香子ちゃんにもちょっと呆れたからだ。 「さて、のどかちゃん、マリーちゃん。どうだった初めてのバトル、しかも勝利の味は?」 カトーさんが私たちにそう尋ねた。 私はマリーの顔を覗く。彼女もまた私のほうに顔を向けた。 「楽しかったですわ」 「そうだね、楽しかった」 それはよかった、とカトーさんは笑った。 「香子ちゃん、今度またバトルしようね」 「ええ。次は負けませんよ」 作品トップ | 前半
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十話 『十五センチメートル程度の死闘 ~1/2』 「あららん? その後姿はもしかして鉄ちゃんと姫ちゃんじゃないかしら。それとも私の気のせいかしら。 うん、きっと気のせいよね、失礼しました~」 背後から声をかけてきて一方的な納得をされ、そのまま私達とは別方向へ行ってしまおうとする紗羅檀さんに、私はなんとなく 『見覚え』 があった。 私の知る神姫なのだから 『見覚え』 があって当然なのだけど、ここで私が言いたいことは、そういうことじゃない。 その紗羅檀さんは人間サイズだった。目線が私より少し高いくらいだ。 腕と足は指先まで黒く染まり、胴体にあしらわれた金の意匠が微妙に安っぽく光を反射して眩しい。頭部をクワガタの鋏のように囲むアクセサリーもちゃんと再現されており、薄紫の長い髪も、武装神姫の紗羅檀と同じように整えられていた。 歩き去ろうとする紗羅檀さんの後ろ姿もやはり本物を再現されていて、だだっ広い改札口前を歩く老若男女の視線が、大きく開かれた背中に集中していた。 私達はただ、ポカンと口を開けたまま、その方を見ていることしかできなかった。手作り感溢れる艶かしいその姿に目を奪われるというより、感心していいやら呆れていいやら分からないといった感じだ。 よく出来ているのは認めるけど、人が行き交う日常に紛れ込んでいい姿じゃなかった。 恥じ入ることなく堂々とした紗羅檀さんの肩の上には、同じ格好をした身長15cm程度のオリジナルがいた。 「どこに行くのよ千早さん、そっちは神姫センターじゃないし、さっきの方達は気のせいでもなく鉄子さん達だし――ああもう! だからついて行きたくなかったのよ!」 チンピラシスターだったコタマでも軽くあしらってしまうミサキの、頭を抱えて取り乱す姿は新鮮だった。 「あらホント。鉄ちゃんと姫ちゃんと、それにボーイフレンズじゃない。あなた達も鉄ちゃんに謝りに行くの? あら、でも鉄ちゃんはここにいるのよね。あ、もしかして鉄ちゃんの双子のお姉さん?」 こちらに向き直り近づいてくる千早さんから、私以外は少し後ずさった。連れている神姫達も、神姫なのに大きいというチグハグさに少し怯えている。 「い、妹君、何ですかこれは」 「これ、とか失礼なこと言わんの。私がバイト先の物売屋でお世話になっとる千早さんよ。どうもです、どうしたんですかその格好」 「バカ、な~に話しかけてんの。他人のふりしろよ」 日頃の恩すら覚えておけない哀れなコタマを鞄の底に押し込んで、私は快く千早さんに近づいた。 背比と貞方、それに傘姫について来てもらっても、神姫センターに対する不安は拭いきれるものじゃなかった。電車に乗って、あとは神姫センターまで歩くだけ、というところまで来ても、いや来たからこそ、引き返したいと思う気持ちは強くなるばかりだった。千早さんの姿を見るまでは。 「奇遇ですね千早さん、私達も丁度神姫センターに行くとこやったんですよ。いやあ、ここでお会いできて嬉しいです。でも千早さんとミサキが神姫センターに行かれるとは知らんかったです。そのコスプレも良う出来てますし、なんか用事があるんですか」 「やあねえ、今日は鉄ちゃんに謝りに行くんじゃない。でも良かった、肝心の鉄ちゃんがいつ来るか分からないらしいじゃない? だからタロットで占って今日この時間だって見当つけたんだけど、どう? 私の魔術的才能はすごいでしょ」 「す、すごいです! 今度教えてください!」 (おい背比、なんで竹櫛さんはあの人と普通にしゃべれるんだ) (知らねーよ俺に聞くな。姫乃、竹さんとあの人って……) (尊敬してるって聞いたことある、けど、うん。えっと、私も千早さんは、す、すごい方だと思う、わよ?) (姫乃さん顔がひきつってますよ。マスター、あんまりあの人を見ちゃだめです。目の毒です) 私の背後で背比達がコソコソと話してるけど、どうせ千早さんの凄さを目の当たりにして尻込みしてしまってるんだろう。恥ずかしながら私も最初はそうだった。でも物売屋のバイトで度々千早さんとお茶を飲むことで私は、この人が21世紀のジャンヌ・ダルクと呼ぶに相応しい人物であることを知ることができた。この人と同じ年代に生きていられることに、感謝感激雨霰。 「ところで千早さん、私に謝りにってどういうことです? 千早さんに謝られることなんて何もされとらんです」 「さあ。それが私にもサッパリ。ミサちゃんは分かる? 私、なにか鉄ちゃんに悪いことしたかしら」 「……神姫センターに、鉄子さんに謝罪するという方が多くいると聞いて、じゃあ自分も行くと言い出したのは千早さんでしょうに。理由は聞いてないわよ」 ずいぶんと投げ遣りな物言いをするミサキだった。 「あらそう。でも何だか急に、鉄ちゃんに悪いことをした気になってきたわ。……本当にごめんなさい。私、ついカッとなって……」 「そ、そんな、頭を上げてください! 千早さんは全然悪くないですし、私のほうがいつも千早さんに迷惑ばっかりかけてます!」 千早さんに負けないよう頭を下げた私の肩に、優しく手がかけられた。そしてゆっくりと私の体を起こしてくれた千早さんは、いたずらっぽく笑いかけてくれた。 「じゃあ、別に悪いことをしたわけじゃない者同士、謝りっこはこれでお終いにしましょう。私と鉄ちゃんの間は前より4ミリも縮まったわよ」 「千早さん……!」 誰が見ていようと、私達は全然気にすることなく、改札口の前で熱い抱擁を交わした。紗羅檀コスプレのゴツゴツした部分が当たって痛かったけど、構わず千早さんに甘えた。 「妹君、そろそろ……」 マシロに促され、名残惜しみながらも千早さんから離れた私は、躊躇うことなく神姫センターへの歩みを進めた。すぐ後ろの千早さんが集める視線と、少し遅れてついて来る背比達が、私を得意な気分にしてくれた。 体が軽い。 こんな幸せな気持ちで歩くなんて初めて。 もう何も怖くない! ドールマスターがリアルドールを連れて来た。 人間大の紗羅檀の登場に、神姫センターはイベント時のような賑わいを見せた。 パーツを物色していたお客も、私を見るなり店長を呼んでくると言う店員も、その目は千早さんに釘付けにされていた。 小走りでやってきた冴えないおじさん店長は千早さんに驚きつつも、私の前でペコペコと頭を下げた。そして懐から封筒を取り出し、中身を私に見せた。 「こちらをお出し頂ければ、武装神姫1体をお持ち帰り頂けますので、はい」 もうコタマはレラカムイとして復活したと告げても、店長は引換券の入った封筒を無理やり私に握らせた。 「貰えるもんは貰っとくもんだよ鉄子ちゃん。いらないんだったら隆仁にでもあげたら? アタシのこの体でストックが無くなっちゃったらしいし」 それもそうか。コタマの言うとおり後で兄貴に渡すことにして、封筒を鞄にしまった。 店長の話だと “あの時” 居合わせた神姫オーナーの数人が2階に来ているらしい。 “あの時” に誰がいたかなんて覚えているはずないのに、それでも顔だけ出してくれ、と言う。昨日、貞方が見せた写真に映っていた神姫は明らかに “あの時” にいた神姫の数を上回っていたことだし、戦乙女戦争のように無関係な神姫までノリで筐体に立てこもっているのだろう。 そういえば店内にはお客の対応とディスプレイを兼ねた神姫達がいるはずだけど、今は一体も見当たらない。彼女達も恐らく、2階の筐体の中にいる。店長の平身低頭ぶりはこのためかな。 「じゃあ竹さん、行こうか」 湿った手を握りしめ、私達は2階への階段を上がった。 神姫が集まった森の筐体の中は、画像で見るよりもずっと酷い有様だった。バッテリーを切らしてしまっった神姫が半分ほどいて、起きている神姫達は私が近づくなり 「ほら、ドールマスターが来たよ! 早く謝れ! ハリアッ!」 とかなり焦っているようだった。 名前も顔も知らぬオーナーに謝罪されても、私は曖昧な返事しかできなかった。いくら千早さんの登場で気分が高揚していたって、ハーモニーグレイスだったコタマの無残な姿を忘れることなんて、できるはずがなかった。 沈黙する私と、気まずそうに目を泳がせる名も知らぬ悪者。 「さっさと土下座するですぅ!」 と煽る神姫達。どうしようもない雰囲気が流れ始めた時、鶴の一声が私の鞄から響いた。 「な~にゴネてんだ面倒臭え! いつまでもウジウジやってんじゃねぇよ鉄子ちゃん。こんな連中ホントはどうでもいいんだろ、さっさと追い返せよ。オマエらもいつまでも筐体で森林浴してんじゃねぇよ、この森ガール共が! バトルできねえだろうが!」 甲高い声でやいのやいのと騒ぐレラカムイに不審の目が集まった。でもその乱暴な口調には覚えがあったらしく、私が新生コタマを紹介すると、みんなドールマスターの復活を喜んでくれた。これで神姫達はようやく溜飲を下げてくれた。 神姫達がゾロゾロと筐体から出てきたけど、バッテリーが切れた神姫をおぶる者や、オーナーが一時帰宅していて帰れず、筐体の中に留まる者も多くいた。事の収束にはもう少し時間が必要みたいだ。 千早さんとミサキの即席撮影会が賑わう間、1階のショップでは急速充電器が飛ぶように売れ、それを2階のフリースペースに持ってきて使うオーナーが多数いた。帰宅せず神姫センターに残るオーナーのやることは、2つ。 まず1つは当然、大きな紗羅檀の姿を目に焼き付けること。 紗羅檀の際どい衣装は単細胞なオーナー達をあっという間に虜にしてしまった。 鼻の下を伸ばして不躾な視線を送り続ける単細胞共は不愉快でしかなかったけど、囲まれた千早さんは寛大で、カメラに向かってグラビアのようなポーズをとっていた。 「どうしましょうミサちゃん。一度でいいからモデルをやってみたかったんだけど、それが叶っちゃった。後でヤコくんに自慢しなくちゃ」 「八幸助さんには絶対に言わないで頂戴。自分が既婚者ってことをもう少し――そこ! カメラを下から向けない! ほら千早さん、胸の武装がズレかかってるじゃない、早く直して! 何見てるの、見世物じゃないのよ! こ、こら、私を撮影してどうするの! やめなさい! あああああもう! これだから外に出るのは嫌なのよ……!」 この日を境に千早さんが神姫センターで神格化され、物売屋のお客が少し増えたのは、また別の話。 そして、もう1つ。今日のメインイベント―― 「『グレーゾーンメガリス!』」 多数の神姫に紛れて助走をつけたマオチャオが、大きなハンマーを振りかぶって飛び出した。セカンドのライフルで近づく神姫を一掃していたコタマの虚をついた、上手い一撃だ。見ている俺達が、コタマのなぎ倒される姿まで想像したその一撃を、 「おっと」 の一言でファーストを送り出して、片手のガントレットでハンマーを容易く止めてしまった。 「クソッ、技のキレが増したなシスター!」 「もうアタシはシスターじゃないよん。それとアンタのその技は一度見てるからね、実は最初からちょっと警戒してたもん」 ファーストにハンマーを掴まれたマオチャオがハンマーから手を離して離脱するより早く、セカンドのライフルが火を吹いた。 ファーストとセカンドの両方が一匹のマオチャオの方を向いた瞬間、コタマの背後から多数の神姫が襲いかかった。その気配を察してなお、コタマの余裕の笑みが崩れることはなかった。 蘇ったドールマスターとの勝負を望む者は多く、せっかく人数が集まっているのだからと、大規模なチーム戦……とは名ばかりの、モンスター狩りが始まった。 竹櫛家 VS 機械少女連合軍 15cm程度の死闘トップへ
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引きずり込む深海聖堂 ダゴンちゃん戦記 それは、ありえない現象だった。 フィールドは1VS1。 敵は一体で、タイプは新型機であるテンタクルス型マリーセレス。 こちらは現行最強の火力と装甲を誇る戦車型ルムメルティアだ。 確かに言うまでも無く、索敵に優れた機種ではない。 だがそれは、ルムメルティアもそのオーナーも重々承知。 ヘッドユニットの発煙筒を肩に移植し、中身は高性能のセンサーに換装済みだ。 流石に火器型やヴァッフェシリーズには及ばないにせよ、今まで索敵に困ったことは無い。 そもそも彼女のスタイルは豪快な近接格闘を重視しつつも、センサーと大砲による遠距離精密砲撃もこなせるマルチアタッカーだ。 防御は分厚い装甲に一任し、リソース(能力)は大半を格闘戦に注ぎ込む。 遠距離では高性能なセンサーから得た情報で狙いの甘さを補いつつ、当たれば一撃と言い切れる3.5mm砲で一撃を警戒させ真に得意とする近接格闘の間合いへ誘い込む戦法を得意とする。 敵からしてみれば厄介だろう。 射撃に自信があっても、戦車型の装甲を貫ける火器は限られる。 数を撃って攻撃力を稼ごうにも敵からの射撃は一撃当たれば終わりで、こちらは何十発も打ち込まねばならない。 かと言って近接格闘に持ち込んでも腕力と装甲にモノを言わせた戦法に対処する方法が無い。 言ってみれば、格ゲで言う所のスーパーアーマー状態が常時だ。 しかも腕力は真鬼王以上。 さて、攻略法を。 と言われても大半のオーナーは困惑するだろう。 それこそ基本性能として、彼女の装甲を打ち抜ける火力が備わっていないとどうしようもない。 そして、彼女の装甲は重装甲で名高い戦車型のそれである。 神姫によってはどう戦っても勝ち目が無いのだ。 この戦法で彼女は中位ランクのトップクラスにまで上り詰めている。 あと数戦で上位ランクに達し、更に上を目指す。 その為に獲物を探していたが、既に彼女を知るオーナーが多くなり、対戦が滞り始めていた所だ。 だからこそ、あまりポイントにならない中位に上がったばかりの新型からの対戦を受け入れたのだが…。 「そもそも『見つからない』と言うのは、どういう事でありますか!!」 『―――』 宥めるマスターの声がするが、苛立ちは押さえられない。 冷静にならねばいけないと分っていても、感情はそう簡単に制御できないのだ。 なにしろ、そう。見つからないのだ。 戦闘開始から既に10分。戦闘時間の三分の一が経過している。 確かにフィールドは薄暗く、視界は全てに行き渡らない。 だが障害物の数は多くなく、たとえ光学迷彩を使用したとしても発煙筒で作り出した結界の中では無意味だ。 機体が存在する限り、それはどうしても煙を押しのける。 更には煙の成分は容赦なく装甲表面に付着し、その迷彩精度を奪い、隠れる事など許さなくなる。 仮にも上位に挑み、勝つつもりの神姫なのだ。 カメレオン如きに苦戦など論外。 搦め手など蹴散らして当然。 負けるとすればより強い神姫のみだ。 だが。 「見つからなければ勝てないのであります!!」 『―――』 「負けなければ良いと言う問題ではないのであります!! 格下相手に引き分けになればそれは敗北と大して変わらなく―――!!」 それだ!! 「それが狙いでありますか!? 引き分けてポイントを稼ごうと?」 天海のシステム上、勝った神姫は負けた神姫のポイントを奪う事が出来る。 要するに勝てばランクアップ。 負ければランクダウンと言う単純なシステムだ。 これは、上位の神姫に勝てば大きくポイントが動き、下位の神姫に勝っても変動は少ない。 下位の神姫にしてみれば、上位の神姫を相手に負けてもさして痛手ではなく、チャレンジが容易に出来る仕組みだ。 勿論上位の神姫が下位の神姫を相手に負ける事を想定するなどありえない。 上位の神姫が下位の神姫を相手にするのはハイリスク・ローリターンであるが、そもそも負ける要素が無いのだからリスクはゼロに近い。 これがランクの差が縮まればそうでもなくなるが、その場合にはリスクとリターンのローハイも極僅かだ。 だが、今回のように中位最高クラスの神姫と、中位最低クラスの神姫ならばその差は明白。 負ければ大打撃だし、引き分けでも大きくポイントが動く。 敵の狙いがその引き分けだとすれば、このような消極的な戦闘も頷ける。 つまり敵は最初から勝負をする気が―――。 べちゃ。 何か落ちてきた。 戦車型の頭の上に。 「むぐぅぅ、れありまふぅ!?」 出番が残り少ない事を察してか、こんな状況でも律儀にキャラ立ては忘れない戦車ちゃん。 そんな彼女の頭の上。 否。 頭を包み込むように鎮座したテンタクルス型神姫、マリーセレス。 「ふんぐー、であります!!」 力づくで引っぺがして地面に叩きつけるが、まるで応える様子も無いマリーセレス。 「ちゃーお」 なんて挨拶までしてくるが、戦場でその隙は命取りだ。 シングルアクションで素早く3.5mm砲を構えると、そのまま接射!! 「まだまだぁ!! であります!!」 砲身をパージし、3.5mm砲の基部にサブアームで用意しておいたパイルバンカーユニットを接続。 砲煙の中に突っ込んでそのままトリガー!! 「トドメでありますぅ!!」 最後はパイルバンカーも捨て去り、サブアームの手のひらを祈るように組んで頭上に振り上げる。 「どっせーい!! でありますよーっ!!」 一発一発が必殺に値する威力の3連コンボだ。 たとえガード状態の種型でもガードの上から削り殺す!! 「時間ばかりかかったでありますな」 ふぅふぅ、と息を荒げながら最初の砲煙が晴れるのを待つ。 と。 「奥歯から鼻の穴突っ込んで指ガタガタ言わせてやる~」 煙の中から突き出してくるRPGが二本。 「え?」 距離は至近。 回避が間に合うようなタイミングではなく。 そのまま吹き飛ばされる戦車型。 と、その脚をつかまれ強引に引き寄せられる。 「コイツまだ生きて…。え?」 「本日のお天気は晴天、所により武装神姫が降るでしょう」 発言もトンチンカンだが、それ以上に解せないのが敵の状態。 “あの”3連コンボを喰らったと言うのにほぼ無傷。 精々装甲表面に焦げ目が付いている位で、パーツの欠損どころか目立った損傷すらない。 「貴様、何者でありますか!?」 「あたし?」 くき、っと小首を傾げるテンタクルス型。 「ダゴンちゃん。……カタカナみっつでダゴンちゃん」 「そこは『通りすがりの武装神姫だ、覚えておけ!』って言う所であります!!」 「軍曹さんはよく分からないことを言う」 「じ、自分の階級まで知っているでありますか?」 得体の知れない新型に、最早勝ち目が無い事を悟る戦車型。 テンタクルス型の由来ともなっているスカート状の触手が、一本大きく振り上げられるのを見ても最早打つ手が無い。 触手の先には長戦斧。 「ゲッゲーロ」 「軍曹って、ケロロ軍曹かぁーーーーーーーーーーっ!!」 叫び終わるや否、振り下ろされた戦斧がその勝負に決着をつけた。 敗北した戦車型が、最新鋭即ち“起動したての神姫”が僅か数日で下位クラスを突破したと言う事実に気づくのはこの後だった。 ◆ さて、その十分後。 ◆ 「嘘つきぃ~~~っ!!」 「ちょ、泣かないでよ人聞きの悪い!!」 件のテンタクルス型神姫、ダゴンちゃんが、神姫センター内にあるショップのショーウィンドゥにへばりついていた。 それはもうべったりと。 テンタクルス型の触手の裏に増設された吸着機をフル活用し、ガラス面にペッタリ張り付いて、引き剥がそうとする少女に抗っている。 「買ってくれるって言ったのに、言ったのに~~~っ!!」 「そりゃ言ったけど!!」 以下、回想シーンである。 「ちょっと、ダゴンちゃん。ちゃんと戦いなさいよ。チャンスなのよ勝てば丸儲け、負けても大して痛くないし」 「今日はお日柄が悪く天中殺の日です。主にますたーが」 「あたしがかい!?」 「それに。こうやって天井にへばりついてるの、好きかもですし~」 「戦えっつーの!!」 「んじゃ~、勝ったらご褒美下さいな」 「戦乙女型の武装をフルでとか言われても無理よ。何万も出せないわ」 「500円位です」 「まぁ、それなら」 「1000円位かもでしたが~」 「1000円までなら出します。勝ちなさい」 「頭の中でこーふん剤の特売ですぅ!!」 喜色満面、真下の戦車型に向かって落ちてゆくダゴンちゃん。 「いつの間に移動してたのよ?」 「会話中に動くなと言われなかったのか!! 動くのは神姫で、動かないのは良い神姫だ~ぁ」 「あー、ホントなんでこんなキチガイ神姫になっちゃたのかしら」 以上、回想終了。 「これ650円です~。1000円以下です~。お前のかーちゃんより安いです~ぅ!!」 「あたしもね、服やら武器やら防具ならやぶさかじゃないわよ。むしろ今日は頑張ったし漱石さん2人位ならお別れできる気分よ」 「やたっ!! 3個も買えるですか!?」 「“これ”は買わない」 「なんで~」 「あんたが買おうとしているのが『首輪』だからよ!!」 非常にSMチックなデザインで、ご丁寧に鎖まで付いている。 「これをつけてご主人様こんなの恥ずかしい、って皆の前で言うのがついさっきからの夢だったのに~ぃ!!」 「捨てちまえ、そんな夢!!」 「それじゃぁあっちのボンテージでも良いですよ」 「あっちはもっとエロいでしょうが!! ……って嘘!? こんなのが1万もするの!?」 「その謎を解明するのだぁ」 「しない、って言うかお金無い」 「お財布の隠しポッケに困った時の諭吉さんが」 「なんで知ってるのよ、アンタ!?」 「お金大好き」 「人間はみんなアンタ以上にお金が好きよ!!」 「齧るの?」 「齧らんわい!!」 「しゃぶる?」 「しゃぶらん!!」 「舐める?」 「舐めんな!!」 「犯す?」 「おk―――、花も恥らうJCにナニ言わすんじゃこのエロ神姫!!」 「せっくす」 「言うかぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「性別って英語」 「知ってるわよそんぐらい、脱ゆとり世代舐めんな!!」 「りぴーとあふたーみぃ“せっくす”」 「言えるかアホぉ!!」 「せっくす、せっくす!!」 「言わないわよ」 「せっくす、せっくす!!」 「……黙秘権を行使します」 「せっくす、せっくす!!」 そろそろ周囲がザワついて来た。 「せっくす、せっくす!!」 「だぁー、もう!! せっくすせっくす連呼すんな恥ずかしいでしょうが!!」 「ぱぁ~っ」(満足げ) 「あ!!」 かなりの大声で叫んでしまった。 「えっと、その」 周囲の視線が刺さる刺さる。 「違うんですよ。ほら」 あんな若い内からやーねー的な白い目の包囲網。 「これにはその、深い事情が」 メール打ってるやつ複数確認。 「逃げるわよダゴンちゃん!!」 「やだ」 逃走に移ろうとした手を引っ張るテンタクルス。 その触手はいまだベッタリとガラスケースに密着中だ。 「買ってくれたら離れてあげます」 「あんたは~」 「せっくす、せっくす」 「分ったわよ、買う。買います。買うから黙っててぇ!!」 こうしてダゴンちゃんは戦車型のみならず己がマスターにすら打ち勝ったのである。 対戦成績 引き摺りこむ深海聖堂:ダゴンちゃん。 VS戦車型:あっしょー。特に記載する事もない10分間。実質1分でケリついたし。 VS貴宮湊:しんしょー。流石にますたー超強敵。エロスに耐性があったらやばかった。 ダゴンちゃん戦記・姦!! 「字間違った」 ダゴンちゃん戦記・完!! テンタクルス型発売記念SS。 続くかどうかは未定。 しかしマリーセレス以上にラプティアスとアーティルの完成度が異常。 テンタクルス型も充分以上に楽しんですがね。 鷲&山猫はSS書きたいですが書くとアスカ以上の長編になりそう。 マリーセレス買った勢いでSS書いたALCでした。 -
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暑くて、厚くて、熱い。 容赦なく降り注ぐ砂漠の太陽は、容赦なく廃熱を阻害し、揺らめく分厚い蜃気楼のせいで体感500m先はわからない。そのうえデザートイエローのシートで覆われた『彼女』の装甲板は際限なく過熱され今や、手袋無しで触ることすら億劫になろうかというところである。 「あつぃ~です」 シートの下の装甲版のさらに下、彼女はけだるげに愛機に腰掛けていた。 周囲には遥かの昔に放棄されたのであろう廃ビル群が立ち並び大きな日陰も目立つのだが彼女はあえてその場所を選んだのだ。 周囲に遮蔽物がなく、前方に軽くビルの残骸や、土を盛るだけで塹壕となり、また……背後から急襲される可能性の少ないバトルフィールドの端。 そこはまさに格好のアンブッシュポイント、いや、むしろ絶好の砲兵陣地といえるだろう。 彼女は砲台型フォートフラッグのスチール・ブリゲード、愛称は「キャロル」。武装神姫である。 通称『一人旅団のキャロル』 とはいえ、これは彼女が自分に付けられた名前の意味を理解した際に皮肉を込めて名乗っているだけで、知名度もなにもない。 キャロルという愛称も彼女がゴネて付けさせたもので、英語圏の苗字であるキャロルよりはむしろ米陸軍第18砲兵団の本拠地であるところのノースカロライナの意味だと彼女が理解したのもつい最近。 「いくらフォートブラックだっていっても……ふんっ! いいんですから、ジョーとかアーノルドとかつけられなかっただけでも良しとしてあげ……あぁっ、もうっ!あのミリオタぁっ! 少なくともジェーンとかいろいろあったでしょう!? もうっもうっ! リセットせずに改名できたらぁっ!!」 ガンッと力任せにレストパットの装甲版を殴りつけ、殴りつけた拳の痛みに悶絶。なんだかよけいになさけない気分になったのか、大きくため息をついた。 そのとき、ヘルメットの出力部分から彼女の聞き知った声が流れた。 「はいはーい、こちらブラボーワン、感度は良好ですよ?」 その直後、キャロルはヘルメットの上から片耳を押さえて顔をしかめた。 「了解しました! わかってます! 小さな声で送信音量を限界まで上げて怒るのやめてください!」 いいつつ左手で流れるようにコンソールを弄り、愛機の獲物を「目標」に定める。 「試射時との気象条件の変化なしっと、射角よし、準備よし! デンジャークロースですよ、注意してください!」 細い指がポンっ、と踊るようにコンソールを弾いた次の瞬間、バンッと今までの停滞を打ち払うかのような爆音が響き、砲身が一瞬大きく後退する。 「発射しました、弾着まで2、1、弾着……今。 砲撃評価願います」 遠くの方から遠雷のように爆発音が響き、続けてブゥーンという相棒の発生させている機械音がここからでも聞こえる。 「Rog、マップグリッド、ヤンキー-ワン-シックス-ゼロ ホテル-ツー-セブン-ファイブ エックスレイ」 再びコンソールの上を指が踊り、にやりと笑う。 「ふふっ、デルタロメオエネミー(ディアエネミー)です」 バンッ……バンッ……バンッ 続けて三発、続く遠雷に先ほどのブゥーンという機械音と何かが炸裂する音。 「フィニッシュパターンですねー、敵さんも気の毒です。アリスちゃんトリガーハッピーですから 動けなくなってもひとマガジン撃ちつくすんですよね~ っと、こちらはどうでしょう? これだけ派手にやれば……」 そう呟くとキャロルはヘルメットにマウントされたヘッドマウントディスプレイを下す。 「ビンゴですっ! ふふんっ、バカがかかりましたね?」 相棒がオーバーキル気味の制圧射撃を加えている一方、敵方の相棒が彼女を探している。 もっともさっきから派手に発砲音を響かせているので、よほどのトンマでもない限り彼女の居場所は見つけるだろう。 即席のカモフラージュでは突き出した……その黒光りする砲身はフォートブラックの純正品ではない、海外メーカー製というか、彼女のマスターがアメリカのユナイテッド・ディフェンスとの知り合い(どうせ海外モノのFPS友達に違いない)から譲り受けたという1.55mm榴弾砲。 流石に榴弾砲すべてをカモフラージュシートで覆うわけには行かないので、どうしても砲身が目立つのだ。 そんな、図体だけ大きく、更に自ら周りを埋めてしまっている為身動きさえ取れない一見完全に無防備な砲兵陣地であったが……接近戦で一気に片をつけようとしていたのであろうストラーフ型の神姫が、陣地までたどり着くことはなかった。 「随伴歩兵もいない砲兵陣地付近が無防備なわけないじゃないですか。 州兵だってもう少し警戒してますよ?」 キャロルは右手に握ったスイッチ。 すなわち外周部に設置された神姫用の指向性爆弾の起爆スイッチを投げ捨て、やれやれと肩をすくめて見せた。 ≪WIN≫ TOP
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第壱幕 「朔-saku-」 佐鳴 武士(さなる たけし)、つまり俺が神姫の購入を決定したのは必然からだった 偶然出た街で、偶然当てた宝くじで、偶然手に入った纏まった金・・・ 偶然立ち寄ったホビーショップで、偶然していた神姫バトルを見た(余談だが、この時戦っていたのが「シルヴィア」という著名な神姫だと後で知った) 何事も無く帰途に着く・・・つもりだった。「何事も無い」と思っていた だが、既にこの時点で、俺の中に種が蒔かれたのだろう 親父も祖父も、アニメオタクや漫画マニアがそのまま大人になったような人達だった事から、土壌はしっかりあった 親父達の所有していた90年代や2000年代初頭の漫画やアニメやゲームに囲まれて育った世代だ。その後も肥料は、我ながら大量に収集した様に思う。 だから憧れが芽吹き、翌日には神姫の事で頭が一杯になっていた 原因が無ければ結果は無、種を蒔いても、土壌と肥料が悪ければ育たない 纏まった金とたまたま見た神姫バトルは偶然蒔かれた種だっただろうが・・・土壌と肥料を捨てずに持ち続けていた事は、何時か来る種を蒔く為の努力をしていた事に、この場合は相違無い それは最早「必然」と言って過言ではないだろう・・・要は、遅かれ早かれこうなっていただろうという事だ 自動ドアがのろのろと開く。何故こんなにのろいのか?俺の心は急いているのに つまりそれは俺の為にこのドアがある訳ではなく、誰に対しても平等な、機械的な反応だという事だ 「神姫」の肝はAIであると聞いた 神姫は、高性能なパソコンを搭載した玩具ではなく、身長15センチの人間だという話だ 俺にはそれはもうひとつピンと来ない表現だ。この自動ドアと違うってのは判るし、昔読んだ漫画でよく出て来たガジェットって事は判ってるが (AIなんて言われてもなぁ・・・よく判らんな?対話型ATMの凄いようなやつか?) 少なくとも「神姫が凄い玩具である」事は俺にだって判ったし、シンプルな事と格好良い事は俺にとって極めて善性だ だからその一点にのみ着目して、俺は数万円を散財するべく、普段滅多に立ち寄らない近場の家電量販店に足を運んだのだ 田舎住まいの上に土地勘が無い。加えて出不精だから、ここしか思いつかなかったのだ 看板が古臭くて、多分「ヤマシタ電器」とかそんな名前なのだろうが、文字が欠落して「ヤマシ 器」になってしまっていた (意外と中はまともだがな) やたら元気の良い店長が、近所の婆さんと世間話をしているのを尻目に店内を散策。さてMMSのコーナーは・・・と あった、結構大きくコーナーを取ってある様だ。何か同じ絵柄の箱がずらずらと山積みされている 「侍型MMS 紅緒」 いいねぇ俺好みだ。朱いパッケージが男心を程好く刺激するぜ なんでこんなに山積みなのかは・・・問わない方が良いのか?えらい安いし まぁ良いや 「すんませーん。コイツ貰えますかー?」 手近にあったやつをひとつ手に取り、店長の世間話を打ち切る 購入手続きを済ませた彩に手渡されたレシートにははっきりくっきりと 「サムライMMSベニモロ」 と打ち込まれていた …… …………… 『TYPE 紅緒 起動』 うっすらと目を開ける人形 生気の薄いマシンの瞳 「武装神姫」が起動する ゆっくり上体を起こし、周囲を見渡す『紅緒』 「登録者設定を行ってください」 おお・・・喋った・・・! と、感心している場合じゃない。マニュアルを読もうとしたが、文字が多くて面倒臭かったのでつい先に神姫を起動させてしまったのだ 「え~と・・・次はどうすりゃ良いんだ?」 「貴方が私のマスターか?」 どっかで聞いた様な台詞だな 「ちょっと待っててくれ、確かこのへんのページだった様な気がするんだが・・・」 がさがさページをめくる俺の足元に、つと近付いて来る神姫。をを・・・自分で歩いてる 「マスターの登録は声紋を取らせていただければ現状では充分です」 「あぁ・・・そうなの?面倒臭い設定とかしなくて良いのね。そりゃ助かるぜ」 振り向いた先に立っている姿・・・んぁ?太股がなんかおかしいぞ 「どうかされましたか?」 「お前・・・その足どうしたんだ?」 小さな声を上げて自分の左太股に目を落とす・・・結構際どいデザインだな、このデフォルトアンダースーツは 左の内腿から尻側にかけて、彼女(?)には痣の様なものがあった。綺麗な皮膚に薄く墨を流した様な・・・見様によっては花霞に見えなくも無い 「・・・うわ・・・どうしようこれ・・・欠品かこれ・・・その・・・」 AIとは人口知能であり、神姫とは身長15センチの人間である その事の本当の意味の一端を、俺はその時の「彼女」の表情の変化、狼狽から読み取った 羞恥、怒り、そして不安・・・ 「・・・返品・・・ですか・・・?」 マスターとして神姫に正式に登録されるには名前をつけてやる必要があるのか・・・成程な。俺はマニュアル本を閉じた 「俺の名前は佐鳴 武士。で、お前の名前は華墨(かすみ)だ・・・問題、あるか?」 泣きそうだった「彼女」は、一瞬びっくりした顔を見せたが、次の瞬間には、至高の微笑を浮かべてくれた 「はい、マスター。私は・・・華墨です・・・!」 TOPへ 次へ
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武装神姫のリン 第18話「アキバ博士登場」 今日は神姫バトルの公式戦の日。全国で一番神姫センターが賑う日。 そしてウチもそれの観戦に向かおうとしている。いちおう今日の大会からリンの出場停止期間(開発にかかわっていたためだ。)も終わりを告げたのだが、今回は花憐に生のバトルを見せようということになった。 リンもまだ感覚(セカンドで中盤以上になったために最近はリアルバトルが多めになってきている。)が花憐の世話やらで鈍るというかなんというか、まあ以前の100%の力を発揮することがまだ難しい。 そんな状態でバトルに出たとしても勝てる見込みは少ないし、またリンが傷つく所を花憐にはあまり見せたくない。 花憐も同じ武装神姫であってバトルについての知識はあるが、まずはホンモノを見て慣れさせていこうということになった。 で会場へはやっぱり公共機関が最適ということで今回は大きめ会場を目指す、その過程で"あの"秋葉原駅に来たわけだが… 「おとうさ~ん、人がいっぱいだよ~~」 俺の肩の上ではしゃぐ花憐が前方を指差す、たしかに人が多い。なんかイベントでもあったっけか?? 「マスター、アレを。」 花憐の横に座るリンがその右側の看板を指す。 「武装神姫第1弾のパワーアップユニットN-01,02入荷。本日分は300個限り。」 そういえば、アレの発売日だったっけな今日は。 見たところ並んでいるのは学生とか俺ぐらいの会社員だった。売れ行きは好調らしく、それをみたら安堵の息が漏れた。 「ああ。アレ発売したんだ~亮輔の血と汗の結晶だね。」 と茉莉も喜んでくれているらしい。 「もちろんですよ、茉莉。だってマスターが3ヶ月もひっきりなしにトライアルや改良にいそしんだ物です。」 「トライアルはリンの仕事だったろうに。普通に考えてリンの功績の方が大きいだろ?」 「そんな。マスターこそ~」 「いやいや、ここはやっぱりリンが…」 そのとき俺は気付いてしまった、俺の背中にささる視線、とても鋭く強いソレに。 ふと辺りを見回す。しかし人が多すぎてその視線の主がドコにいるのか判らなかった。 しかし数分でその視線は消えた。 そうして駅から歩くこと数分。ヨド○シアキバの最上階にある特別会場にたどり着いた。 ここで大会が行われる。予選は無論バーチャルだが準決勝以上は中央の特設リングで行われるため、この時点でもリングを囲む客席は空席がまばらな状態だった。なんとか2人分のスペースを見つけて場所取りを終える。 で茉莉、ティア、花憐に席を任せて俺とリンは飲み物を買いに席を離れる。 やっぱりさっき感じた視線が感じられる。そいつは明らかに俺、もしくはリンを狙っていると思えた。 心身は全く健康なのになんとなくいやな感じ、もしくは怖気とかそういうものを感じるのはたいてい見られてる時だと茉莉から聞いている。 まあアイツは高校時代、日々痴漢と戦っていたらしい。その茉莉が言うのだから間違いはないだろう。 でそろそろ戻ろうかと思ったとき、また気配が消えた。 そして自販機でも買い物を追えた俺は違和感に気付く。家を出るときは何も入れていないはずの上着のポケットに手紙らしきものが入っていた。 それを開く。 ~~ 午後13時までにBブロックナンバー12にエントリーしろ、そうでなければ家族の安全は保障できない。 また家族に参戦の理由を聞かれた場合もこの手紙の件は伏せること。その場合も安全の保障は無い。 なおエントリーする神姫は燐とする。それ以外は認めない。 T.A ~~ 見たところ脅迫されているみたいなんだが…午後13時ってなんだよ。 まあ午後1時か13時の間違いだろうとは思うが…しかし燐の装備は家においてあるわけで。 一応ココはヨド○シだ、神姫にパーツを買うことはできるが手入れが行き届いていないパーツでどれだけやれるか… と思案をめぐらせて見るがいい答えは出ない。 っと、リンが俺の耳を引っ張る。 「っつ、リン。なんだ?」 「マスター、あの人です。」 リンが指差した先にいるのは…小山。そう、茉莉の(元)先輩にして俺のライバル(思いっきりあっち側の一方通行だが)だ。 そいうえばアイツ、遂にセカンド昇格らしい。レオナ装備パターンも意外にも洗練されてきてるし。 手入れも俺並かそれ以上の丁寧さだと聞いている。 アイツなら…いや、アイツに頼むのだけは勘弁してほしいんだけど。背に腹は代えられなかった。 小山が人ごみに入った。あの中なら多少は声を出しても気付かれないだろう。幸いにもあの視線は感じない。 しかし遠くから監視してるかもしれないため、注意して小山の横に着き小さめの声で呼びかけた。 「おい、小山。」 「あっ、とう…」 スッと先に書いたメモを見せる。 『茉莉が危ない。力を貸してくれ。あまり大きい声は出すな。』 「おい、どういう…」 「なぜかわからんが脅迫されてる。試合に出ないと家族の保証は無いぞってな。で、装備を貸して欲しいんだ」 「なんで茉莉ちゃんに危険が迫るんだ。」 「理由がわかれば苦労はしない。だた俺かリンにそいつは何かあるんだろう、ここまでして試合に出させようとしてる。ご丁寧にブロックやナンバー指定でな。」 「最初から大会に出るために来たんじゃないのか?」 「ああ、今日は観戦目的だったんだ。けどこういうことになっちまった。下の階で新しく買うこともできるがチューニングするヒマがない。でレッグユニットだけでいい。貸して欲しいんだ。」 「……わかった。茉莉ちゃんのためだ。1式を喜んで貸そう。」 「ありがとうございます。このお礼は必ず。」 リンも俺の上着の影からスッと小山に頭を下げる。 「とりあえず今日の大会はキャンセルして、茉莉ちゃんのそばに居てやる。だから席の場所を」 小山と茉莉が2人きり(ま、ティアが居るから大丈夫だと思うけど…なんか癪だな。)になるのはいやだが今は頼れる人間が居ないのでしかたない。 「東スタンドのH-12番だ、あと茉莉には参戦の理由は会場をみたらウズウズしてきたらしいとか言ってくれ。真実を言ったらやばいかもしれない」 「OK、20分後にレオナを西トイレの奥から2番目の個室に待機させる。そこで受け取りを。」 「ほんとうにすまない。」 「いや、気にするな。茉莉ちゃんのためだからな。」 「じゃあ1度離れるぞ。」 「ああ、レオナ。」 「うん、ボクがんばるよ。」 そうして人の流れにそって別々の行動を取る。 オレはまず下の階に向かい、公式のストラーフ付属のリボルバーを1丁調達する。これぐらいなら残りの時間でも調整は可能だった。多少扱いがパイソンより難しい(というよりは銃身の長さの関係でバランスが違うのが違和感を生む)が燐は基本的に2丁拳銃使いだ。神姫の状態をいつもと同じに近づけてやるのが俺に出来る数少ないことだ。 その後にレオナから時刻どおりにストラーフの装備1式(ご主人様によって徹底的にメンテナンスされた特別版 レオナ談)を受け取って受付へ、さすがに登録カードはどんなサービスを受けるときも必要なので常に持っている。 そして手紙の指示どおりにBブロックのナンバー12へのエントリーが終った。あとは試合を待つだけだが…そこに小山が走ってきた。おい、見つかったらどうす…あ。 「藤堂亮輔!!」 装備を受けとったときにレオナから聞いていたことを思い出す。 「ご主人様が今茉莉さんと接触して"頼まれて貴方を探してる"。適当な時に接触してくるから適当に話しをあわせて、って」 タイミングが向こうもちとはいえ、俺も多少テンパってるらしい。 「なんだよ、小山。」 「いや~偶然茉莉ちゃんに会ってね。そしたらお前がリン君と共に失踪したと聞いたから探していたのさ。」 おい、そっちもいつもと口調が全然違うぞ。どこのお坊ちゃん系キャラだ。と突っ込みはナシ適当に話をあわせる 「…すまない、茉莉には会場を見てたら俺もリンもウズウズして、結局出場しちゃったって伝えてくれ。」 「お、おい! 伝えろって…」 「よろしく~」 そのまま走り去り、俺は演技を終えた。小山はいかにもそれらしくふんぞり返って帰っていく。 これで安全とはいえないけど、なにもしないよりはマシだと思えた。そうして燐の試合開始時間が近づいてくる。 そして約半年振りの燐の公式戦が始まった。 初戦の相手は関係なさそうだった、いつもと違う地域のために初見の相手だったがマスターが女の子だったので違うと思う。試合は燐の勝ち。なぜかレオナ向けにチューンしているはずのパーツが今の燐にはとてもフィットするらしい… 確かにほんの少しの調整は加えた(せいぜいビスの締め直しとか)がここまで合うとは思わなかった。 そのまま意外なほど順調に燐は準決勝へ…つまり中央の特設リングでの試合となる。 なんでだ、この大会はちゃんとセカンドレベル設定なのに簡単にココまで(今までと比べて)上がっていいものか?と思っていた。 しかしの理由も次の試合で明かされることになった。 即ち、あの手紙の主が次の相手だった… 「それではセカンドリーグのBブロック準決勝戦、第2試合。選手の入場です!!」 俺は反対側に立つ男…じゃない リングの脇にあるオーナー用の机…神姫の状態をモニターするディスプレイとサイドボードが設置されている、サイドボードに現地調達した武装を入れて、ディスプレイに掛けられていたインカムを装着して俺は向こう側の神姫のマスターを見る。 コートのように長い白衣を着込んだ、まさに博士だった。 ランクを見ると…ヤツの神姫であるヴァッフェバニーのコロン…兎型の標準アーマーが緑に着色されており、右手にソードオブガルガンチュアを持っている。バックパックにも標準のミニガン等がマウントされている。かなりバックパックが大きいがスラスターもあるみたいなのでバランス型と見るほうが良さそうだった…はリンより上位だった。その差は3桁に上る。 このランクならファーストでもある程度は闘えるレベルだろう。 コロンの鋭い眼光は俺…ではなくまっすぐにリンを見ている。 「エエエエェェェェクセレントォォォォォォ!! その黒い肢体、流れるような空色の髪、穏やかな中に確かに強い意志を秘めたる瞳、己のマスターを愛する心。ドレをとっても最高の芸術…実にすんばらしいぃ!!!!」 いきなり"博士"が叫びだした…アイツなんだ? 「おおっと!! アキバ博士の十八番の相手神姫品評が早速飛び出したぁ! しかし対戦相手の藤堂亮輔氏は事情が良くわかっていないようです!!」 実況の言うとおり全く事情の飲み込めない俺だったが、リンをなんか侮辱されたような、なんとも言えない不快感が胸の辺りにたまっているのを感じていた。これがアイツの十八番…プロレスとかの試合前の挑発とかと同じものか? 「さて、悪魔型のリンさん。この試合で貴女をボクのモノにしてあげるのであ~る。」 プッツン。基本的に温厚な俺でも切れた。 「うっせぇ!! 人の神姫を勝手にいやらしい目で見るな!! お前なんだろ?俺のこの大会に出るようにし向けたのは!!」 「ご名ィィ答ゥゥ!!! このアキバ博士、山田隆臣がであぁぁぁるぅ!もちろんキミの愛するリンさんを貰うためにぃぃぃね。」 「勝手に決めるんじゃねえ!こっちは頭にきてるんだ、あと手紙にかいてるイニシャルと本名違うぞ!!」 「はて…3時間も前のことなど覚えてないのである…見たところ家族云々を気にしてる様であるが、あれは全くのうそなのであ~~~る。」 …ここまでコケにされたことはさすがに人生を二十数年やってるが無かったぞ。これはもうアレか…アレなんだな。よし。 「あ、そうであった、リンさんが今まで闘っていたのは私の部下で、もちろんわざと負けるように仕向けていたのである。」 ………もう俺に言葉は要らない、アイツをにらみつけるだけでいい。そう思った。リンもさすがに怒ってるらしい。 「マスター、私どころかマスターをも侮辱しているあの態度…気に食わないです。」 「ああ、俺も同じだ。叩き潰してやろう。さあ行こうか、リン」 「はい、マスター!!」 空高くジャンプ。そのまま宙返りを決めてフィールドに立つ燐。これを見る限り燐は絶好調の様だ。 ブランクも取り戻せたのか、はたまた先ほどの挑発で微妙な緊張が切れたのか…それはどっちでも良かった。 燐の意志を確認し、次に俺は実況および司会に試合を早く開始するように伝えた。目線だけで。 「おっと、時間が押しているので早速試合開始です。 『黒衣の戦乙女』燐VS『緑の恐怖』コロン…試合開始です!!」 やっとのことで試合開始だ、俺は敵の位置を確認する…全く動いていない。それだけの自身があると見た。 そういえばアイツは曲がりなりにもこの地区で最強の部類に入る(セカンドリーグで)だろう、ランキングで3桁の差だから無理も無いのかもしれない、でも…燐はその間にべーオウルフとの戦いや強化パーツのトライアルのためのトレーニングを初め、公式戦に出られなかった半年間はバトルではないにしろさまざまな経験を積んでいる。だから本来の意味でランキング分の差が絶対的なモノでは無いと思っている、それは燐も同じだと思う。 そうでなければ、上位ランカー相手に一直線に迫っていくことは無いだろう。 ただ、俺とて燐の精神状態が完全に把握できているわけではない、だから指示を出しておく。 「燐、確かにむかつくヤツだが実力は折り紙つきだ、わかってるとは思うけど怒りのままに突っ込むな。冷静にだぞ。」 「わかっています、ただ相手を視認しない限り安心は出来ないので…」 「ああ、ギリギリの距離で止まってまずは適当にSRGRでもぶっ放してやれ。」 「はい。」 そうして燐は疾走する。フィールドは久々のゴーストタウン仕様。この会場はコロシアムフィールドを使わないことで有名でいつも何かしらの障害物が存在するフィールドが設置されている。で今回はそれがゴーストタウンだっただけのこと。 多少足場が悪いが今の燐には気にならない。なぜなら完全に足をつけるわけではなく、次々と小さなジャンプをする要領で走っているからである。事実燐の走った地面にはサブアームのヒールの形はつかず、一点の穴が存在するのみ。 燐はつま先のみを地面に接することで力の加わる範囲を小さくしてその力を全てジャンプ力に変える術を身に着けた。以前はどうしても地面と接する時間が多く、その分パワーのロスが起こっていたそうだ。 それゆえに、今の燐の速度は半年前の公式戦の時に比べ1.3倍になっている。 バサーカ装備の神姫としては最高レベルであり、スピードが持ち味のであることの多いセカンド以上のハウリンにもなんとか追いすがることが出来そうだった。 そいて遂に敵のコロンを目視できる距離になる、燐は走り幅跳びのように両足を前に投げ出して着地、ソレと同時にSRGRを発砲。 2発のグレネードランチャーがコロンに向かっていく。しかしそれは着弾することも無く、ソードオブガルガンチュアで叩き切られていた。 しかしそれでもコロンは動かなかった。 「挑発しているのですか?」 そう言って燐は一足でジャンプ。一気に距離を詰め、フルストゥ・グフロートゥで切りつける。 しかしことも無げにそれは受けられ、しかもそのまま押し返された。質量では明らかに燐の方が重い。そのはずなのにこうして力負けしていることが信じられない。 「燐、一度距離を取れ。」 自分でも力負けを感じていた燐はすぐにバックステップ。そのまま体操の競技のように後方に宙返りを行って後退する。 「…弱いですね。」 無機質な声、感情を押し殺している…漫画とか映画で見る暗殺者とかに似ている声を出してコロンは言う。 「まだこれからです!!」 そして燐は側にあったビルの残骸を蹴って加速。何回かの水平ジャンプでコロンの裏を取る。 「ハッ」 そしてセカンドアームで手刀を作って突き出して突っ込んだ。 「押しが弱いと言っている。」 またコロンに弾き返された。吹き飛ばされるということは無いがどうしても力負けしている…どういうことだ。 推測しているヒマも無く、すでにコロンはミニガンを構えていた。 「さあ、これを抜けられますか!!」 ミニガンからは通常弾では無く、散弾が発射される。 威力自体は弱いが重要な可動部に当たればそれで燐の最大の持ち味である機動性が失われてしまう、それはなんとしても避けないといけなかった。 「燐、大幅に後退。出来るだけ距離を置くんだ。」 「は…はい!!」 回避行動がギリギリで間に合って燐の素体や可動部のダメージはゼロだが、弾を受けるために前に突き出したセカンドアームの装甲には無数のヘコミが出来ていた。やはり威力は弱いようだが弾をばら撒かれると辛い。 いまはビルの物陰に身を潜めているが時間の問題だろう。 しかし俺は燐が物陰に待機するような状況をあまり経験したことが無い、どちらかというと相手が隠れることが多かった。やはり強い。 完全に燐の得意なクロスレンジに持ち込ませない上に、なんとかクロスレンジに持って行ってもパワー負けするのだ…負けはしないが埒が開かない。 「燐、やっぱりあっちの対策は完璧だな。しょうがない。サイドボードのアレを使うぞ。」 俺は苦肉の策として燐にアレを装備させることを決めた。 ~燐の19「覚醒」~
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武装神姫達のソード・ワールド2.0【第2-2話】 http //www.nicovideo.jp/watch/sm19081331 クーガのステータス 魔物データ/クーガ なお、本来なら『骨組みだけの試作品で、稼働していることは稀』という設定。 なのだが、メカニックな雑魚敵として手頃なデータではある。 グルガーンのステータス 魔物データ/グルガーン