約 2,380,715 件
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/460.html
戻る TOPへ 次へ 一回戦目はシルヴィアの粘り勝ちだった。 一撃離脱を繰り返すシルヴィアと、数少ない反撃のチャンスを物にする敵マオチャオ。時間経過と共に両者に蓄積されるダメージ。三度目の格闘戦にもつれ込んだ際に功を焦った猫型が迂闊なステップを踏み、そこをマグネティックランチャーで迎撃。接近の間合いで放たれた高速貫通弾は猫型の装甲を貫いた。 敵は一回戦目から持久戦に陥った事により焦れていたのだろう。だがおれ達のテンションは最高にクールだった。御影キョウジと《ミラー・オブ・オーデアル》マスターミラーを倒す。この目標を掲げるシルヴィアは焦りが生じやすい持久戦の中でも勝利を見逃す事は無かった。 二回戦目までまだ間がある。控え室に戻り、備え付けの自販機でホットココアを購入。シルヴィアには神姫サイズのアップルティーを買ってやる。コーヒーブレイク。二人とも珈琲飲んでないけど。 神姫サイズの紙コップにアップルティーが注がれていく様を見て、おれはまた昨日の出来事を思い返していた。 ツガル戦術論 鏡の試練 後編5 エルゴのバトルフロア。バトル観戦の途中でブレイクタイム。休憩スペースに備え付けられた自販機を認める。マスターミラーに飲食出来るのか確認し、ミラーの好みに合わせてドリンクを選ぶつもりだったが、その必要は無いと彼女に言われた。 飲食が出来る神姫と一緒に食事する際は、マスターの分量を神姫に分けてあげるのが普通だ。武装神姫と言うバトルサービスが市民権を得ているとは言え、神姫と食事をするユーザーが一般的に多いわけではない。神姫用フードサービスなどは見たことは無いし、もし現実的な状況になったとしてもコスト的な観点から普及はまだまだ難しいだろう。かと言ってマスターが神姫のために人間一人前を注文しては無駄な出費が多い。そんな重箱の隅に転がる要望にいち早く応えたのが通称「ちっちゃい物研」。彼らは神姫サイズまで小型化された自動販売機の製作に着手したのだ。自動販売機の概念発祥は紀元前の古代エジプトまでさかのぼり、国内に於けるメカトロニクスの元祖は二十世紀初頭に完成されていたが、新世紀から四半世紀を余裕で過ぎた今日のテクノロジーを以ってしても紙コップ自販機の、あの『飲み物が流れた後に紙コップが降ってくる』悲劇は健在だった。 神姫のドリンクを缶で提供するにはあまりに大掛かりな投資になる。紙コップ式の選択は必然と言えた。だが前述にある悲劇の存在が技術者達の行く手を阻む。神姫達にあの悲劇を味あわせてなるものか! かくして男達は立ち上がる。だが製作は難航した。突貫作業でこさえた試作一号はとても満足の行く精度は出なかった。そして失敗の連続。いたずらに過ぎて行く時間。無力感と絶望感が男達に圧し掛かる。 男達の神姫は彼らを思いやった。 「マスター、もういいんです。私はマスターの好きな飲み物は全部、大好きですよ」 「砂糖やミルクが入ってないコーヒーでも、私、飲めますから!」 「頼れる神姫にはブラックが似合うんです! …あれ? おかしい… な」 「やっぱり… まだ… 飲めませんでした。私、まだまだ、頼れる神姫じゃないみたい… です」 男達は再び立ち上がった。何度も試行錯誤を繰り返し幾度も挫折を味わい数々の困難と逆境が彼らを襲う。つらく苦しい長期戦となった。だが男達は一人として諦めたりはしなかった。何故なら男達の目は常に未来を見据えていたからだ! そしてついに神姫サイズの紙コップ自動販売機の先行量産型が完成した。 数少ない先行量産型は大規模神姫センターに先行モニターとして設置され、そのうちの一台は製作スタッフの熱意あるプッシュにより『ホビーショップエルゴ』に設置される事と相成った。 かくして、エルゴのバトルフロアには神姫サイズの自動販売機が設置され、休憩スペースにおいてマスターと神姫が個々の好みのドリンクを片手に、今まで以上に賑わう事となったのである。 だがこのマシン設置の裏側に上記の壮絶なドラマが存在する事を、多くの人は知らない。 「私にはグレープジュースを頼む」 氷は抜きで。 神姫サイズの紙コップに黄金色のドリンクが注がれてゆく。途方も無い技術の塊とは思えないほどの手軽さで神姫サイズのグレープフルーツジュースは完成した。こんな極小サイズで精巧に動くこの筐体を初めて目の当たりにし、製作秘話を知らないおれでも製作者に最大限の敬意を持った。 大会の二回戦目は大いにてこずった。 敵の武装構成は大幅に手を加えられており、コンセプトを一言で表せば突撃兎型。武装はバズーカ、フックショット、マイクロミサイルランチャーをひとまとめにした統合武装火器を一丁装備。全身を覆う重装甲に背面高機動ユニットを装着した出で立ちのバッフェバニーによる執拗な攻撃がシルヴィアを襲った。 一個の兵器を評価する際、一般的に重視される能力は『攻撃力・防御力・機動力』の三点である。この評価はバトルステージに立つ神姫にも当てはまる。これらの要素はお互いにバランスを取り合うように存在しているのだ。『攻撃力』と『防御力』を上げれば重量がかさみ『機動力』が落ちる。『機動力』を上げるためには『攻撃力』と『防御力』を削る必要がある。『機動力』をそのままに『攻撃力』を上げるためには『防御力』を削ぎ落とさなくてはならない。云々。あっちを立てればこっちが立たずのジレンマの連鎖、トリレンマが延々と付き纏うのだ。明確なコンセプトが見えるマスターは、この限られたリソースを神姫の戦術に合わせ、三点に的確に配分しているのである。 外部電源装置、パワーユニット装着などの手段を講じればリソースの底上げが可能である。だが、攻撃力の増強はある上限を超えれば過度の武装装着と言う手法を取らざるを得なく、複数火器扱いの煩雑さが足枷となり得る。防御力の増強は装甲過剰装備による可動クリアランスの低下、及び運動性の低下を招き、結果的に攻撃力と防御力の低下につながる。機動力の増強は、パワフルな機動ユニットの制御技術と高度な射撃及び格闘能力が無ければかなわない。 明確なコンセプトを打ち立て、余りあるリソースを適切に配分しなくては強化足りえないのだ。もちろん創意工夫と取捨選択により上記の欠点を抑えつつ強化する事は可能であるが、即ちマスターの武装選択センスと神姫の高い能力無しには無し得ないパワーアップなのである。手軽に取れる手段では無い。 だが今回の相手、敵兎型の装備する武装センスと、それらを操る神姫の手腕は洗練され尽くしている。重装甲により高い防御力を実現。パワーユニット兼機動ユニットを背負う事で機動力を確保、さらに複数火器を一つにまとめる事で総重量を抑え機動力低下の懸念を解決している。総合攻撃力こそ控えめなものの、右腕に装備された統合武装バズーカ『カリーナ=アン』のコンセプトは明確である。即ち、「マイクロミサイルで撹乱しフックショットで押さえつけバズーカで粉砕する」。脅威の度合いは、限りなく高い。 こんな敵に小細工は通用しない。真っ向勝負だ。 シルヴィア、飛翔。敵の唯一の弱点である低い運動性に付け入るために、近距離射撃戦を敢行する。 ホットココアを片手に、スクリーン上で繰り広げられるバトルの戦術分析を続行していると、こちらの度肝を抜く神姫が出現した。コートを羽織った犬型。カバンやコートの中に武装を仕込む暗器使いとして分析を続けていたのだが。彼女が劣勢に追い詰められると何と発光、そしていかにも戦闘には不向きな、こう、「ヒラヒラでフリフリ」とした衣装へと変身を遂げたのだ。いや落ち着け、あれは武装換装の一形態だ、と分析を続行したが、珍妙な名乗りを可愛らしい声で述べられると、おれは口に含んだホットココアを吹き出すしか無かった。なんだあれは。理解不能。だが顔を真っ赤に染めながら変身後の前口上を述べるハウリンタイプを見れば、マスターの明確な意図が心に響く。 おれは心の中で静かに親指を立てた。 グッジョブ。 心の栄養を補給し、引き続き戦術分析を続ける。 続く 戻る TOPへ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1765.html
私立龍ノ宮大学理事長室 そこが今現在俺、及びノア、ミコ、ユーナ(三人ともインターフェイスなんで正確には美子と優奈)の現在位置なんだが… 「はっ!ひっさしぶりだな明人!元気そうでなによりだ」 「いや、吟璽朗のじっちゃんよりは元気じゃねぇから…」 「ははっ、ちげぇねぇ!俺も兼房も若けぇのよりはなんぼも元気だからな。褒め言葉として受け取っとくぜ?」 そういって銀色の派手な扇子を片手にカラカラと大笑いする爺様との対談中であるのだ この爺様について少し説明しておこう 名は龍ノ宮 吟璽朗(たつのみや ぎんじろう) 年は75 職業は…まぁお解りだろうがここ、私立龍ノ宮大学の最高責任者、理事長 うちのジジイ、鳳条院 兼房とは若い頃からの付き合い…つまりはダチなのだそうだ そしてここ、私立龍ノ宮大学こそが今回の騒動の元になった葉月とアルが通っている大学なのだ… ついでを言えば 「しかし…ノアールさんに美子さん、優奈さんだったか?学生時代、そこそこ人気はあったのに誰とも交際していなかったお前が三人もいっぺんにたぁ驚いたな…」 三年前まで俺が通っていた大学でもあるんだ 「いや、こいつらはそんなんじゃねぇから」 「ん?そうなのか?もったいねぇな…三人ともベッピンさんなのによ」 「理事長、お戯れを…」 「理事長さんだってカッコいいよ~燻し銀?」 「おうおう、うれしいこといってくれるじゃねぇかw でも良かったぜ、お前が落ち着いたとなると涼が煩いだろうからなぁ…」 「涼さんか…元気にしてるのか?」 「お前、卒業以来全然顔ださなかっからな。多少のお小言は覚悟するんだな」 「…あ~、まぁ、なぁ…」 「一応元気にはしてらぁ。今は紅柳君の下についとる」 「薫…じゃない、紅柳教授にか?」 「アニキ、二人だけでしゃべってないで説明してくれって」 すこし拗ねたようにいう優奈 「ああ、すまない。紅柳 薫(くりゅう かおる)ってのは俺のダチで、去年からここの電子総合学部で教授をやってんだ。んで涼っていうのはじっちゃん、龍ノ宮理事長の孫でここの情報化学部の助教授をやってたんだが…なんで涼さんが電子総合学部に移ってんだ?」 情報科学部の講義は俺も取っていた うちのジジイと吟璽朗のじっちゃんの仲だから俺と涼さんも昔からの縁だったわけで色々と涼さんには世話になった いわば涼さんは大学時代の俺のセンセイだった ちなみに涼さんは香憐ねぇと同級生で同じ中学、高校を卒業した親友だったりする 当時から二人揃ってかなりの優等生、しかも美人ときたもんだ 勿体ない事に未だ二人とも独身なのが不思議でならない 「本人の希望だよ。もうそろそろ来るだろうから詳しくは本人から聞くんだな。」 「え゛ぇ゛!?呼んじゃったのか?」 「はっ、予想通りの反応だな」 じっちゃんめ、余計なことしやがって… 俺が頬を引きつらせていると控えめなノックの音の後に「失礼します」という大人しめな男の声が聞こえると共にドアが開いた 「明人、久し振り」 「お、おぅ…薫…いや、紅柳教授」 「はは、薫でいいよ」 やんわりとした笑顔、優しげな声で薫はそう言った 中性的な顔立ちは相変わらずだが少し長めになった髪を束ねていたり清潔感のある白衣姿は三年ぶりの再会であることを俺に認識させた 「ほんと久しぶりだな…」 「うん、電話やメールはしても直接会うのはほんと三年ぶりだよね。あ、彼女たちは…」 「あぁ…こいつらは」 「ノアール・H・アレッシアさんに鳳条院 美子さん、その妹さんの優奈さん…でしょ?」 「え?ええ?」 「な、なんでアタシ達の名前を?」 「ははは、葉月君から話は聞いてたんだ。それに…」 「それに?」 「あ、いや、この続きは涼さんたちが来てからにしよう」 なんかすっきりしない言い方しやがって…って、そうだ、忘れてた 「薫、り、涼さんは来るのか?」 「うん、ちょうど今日から新しい教授がくるんでその出迎えと理事長室への案内もあるからって。もうすぐ来るんじゃないか…あ、来たみたい」 薫の言葉の途中で理事長室のドアをノックする音が聞こえる 先ほどの薫の様な控え目な感じなど一切しない遠慮なしのノックの音に俺の背中に鳥肌が立った 扉が開く時がスローモーションのようにゆっくりと感じる 俺の心の中でダースベーダーのテーマのBGMが流れていく 開かれた扉の向こうにはダースベーダーなどではなく銀縁眼鏡の白衣の女性が立っていた 「爺さん、失礼するよ」 俺にとってはダースベーダーよりも恐怖の対象なんだがな… 「おお、涼、やっと来たか」 「ああ、ここに来るまで少し頼道しながら来たからね。ね?ツクモ教授?」 「ツクモ?…ツクモ……」 なんかどっかで聞いたことのある…しかもかなり最近… なんてことを考えてると扉の向こうから飛んでもない人物が現れた 「なっ!?み、ミラ?」 「若様ではないか…なぜここに?」 アメリカ・カリフォルニア州神姫BMA・ロサンゼルス支部所属、違法神姫調査官にして第五回鳳凰杯・2037 春の陣 の大会中に起きた連続爆弾事件・『アルカナ事件』を見事に解決した救世主、ミラ・ツクモの姿がそこにはあった 「へぇ、そんなことがあったのか。大変だったじゃないか」 場所は移って現在地は電子総合学部の教授室 薫と涼さんの仕事場である ミラと少しばかり話をした後お邪魔にならないようにこっちに異動したわけだ 「大変だったのはミラ達と桜さんぐらいですよ」 「桜さんもか…だったら香憐も関わっていたのだろう?」 「ええ、といっても俺が事実を知った頃にはあらかた片付いちゃってましたから」 「へぇ…若いのに優秀なんだね彼女」 「それをお前が言うなよ紅柳教授、教え子に追い越されちゃった私の立場がないだろ…」 「あ…すいません…」 「お前の性格だから仕方がないが普通のやつならかなり厭味なタイミングで謝ったな…」 薫は俺と同い年だ なのに若くして大学教授 そう、薫は超天才なんだ うーん、どうしてもコイツとフェレンツェ博士が社会的に同じ部類だとは思えんのだが 「あ、や、えと、僕はそんな…」 「わかってるって。それよりも久しぶりだな馬鹿弟子…」 うお!!いつかは来るかと思ってはいたがついに矛先がこっちに向いた!! 「三年…挨拶もナシとはどういうことだ?」 「あ、いや…」 細められた目に睨まれて思わず口ごもる俺 「うおぉぉ…アニキが押し負けてるぜ?」 「お兄ちゃんがノアねぇ以外の人にこんな風になるの初めて見た…」 そらそうだ 俺にとってこの人は『天敵』そのものだからな 「ふ、まぁ顔を見せない間にもお前の事は葉月とフォレストから聞いていたがな」 「あ、アルティもか?」 「うん、二人とも僕の講義を取ってくれているからね。ここにも頻繁に足を運んでくれるし研究の手伝いもしてくれてるんだ。助かってるよ」 俺の質問に答えたのは薫だった 「へぇ…二人が電子総合学をねぇ…つか涼さんもなんでまた情報化学部からこっちに移ったんだ?」 「むっ…それは…」 俺の質問に苦い顔をする涼さん 「『僕の研究の対象が武装神姫だから』ですよね?涼さん」 「こ、こら薫!」 「へ?涼さんって神姫に興味ありましたっけ?」 「誰のおかげで興味を持ったと思う?」 「はぁるぅかぁ……」 「照れなくてもいいのに。弟子思いの素晴らしい師匠じゃないですか」 えっと、つまり俺が神姫を始めたから涼さんも興味を持って電総合学部に移ったってこと? 「…ただ知識の上で馬鹿弟師に負けたくなかっただけだ。こいつに教わるようなことがあっては師として悔しくてならん」 なんとまぁ意地っ張りな師匠なことで… 「そういや薫、お前の研究対象が神姫って…」 「そろそろ明人にも言っておかなくちゃね」 「そうだな」 「あ?なにをだ?」 「実は僕と涼さんはある科学者の一大プロジェクトに関わっているんだ」 「一大プロジェクト?」 「僕の研究とその人、その人のスポンサーの企業とは方針が会ってね、僕たちも及ばずながら協力してるんだ」 おいおい…まさかその科学者…その企業って… 「その科学者…まさか…」 「ふ、流石我が弟子だな。感は鋭い。私たちが協力している科学者の名はフェレンツェ・カークランド博士だ」 「えぇ!?」 「そんじゃアタシ達のこと…」 「もちろん知ってるよノア、ミコ、ユーナ」 「ですが私たちは研究所であなた方のお顔を拝見したことは…」 「私たちも大学の講義だなんだでこう見えて忙しいのでね。そう何回も研究所の方へは行ったことはないんだ」 「そうなんだ…」 「私と薫をスカウトに来るとはさすがは大物、いい目をしている」 うんうんと頷く涼さんを見てやはりこの人も相変わらずだと思う俺であった 「それで?今日は何しにきたんだ?」 「ああ……今週の金曜、何があるか知ってますか?」 「なるほど、その件か…」 神姫の関係に携わっているとなるとやはりこの二人の耳にも入っていたのだろう 「ふむ、やはりお前も出るのか?」 「まぁ一応…妹の危機なんでね。それで実際神姫サークルのやつらってどんな感じなんっですか?」 「うん…現在サークルのメンバーは8人、内サードが2人にセカンド中位が5人、残る一人、会長の今居がファーストと少ないながらなかなかの実力者が集まっている。少数精鋭といったところだな」 ほぅ…ファーストランカーもいるとは意外だな… 「どれ、敵情視察に来たのなら案内してやる。私も奴らのやり方は気に食わんのでな」 「こりゃまた心強い人が味方に付いたもんで」 「何を言っている。私はお前の師だ。いつだってお前の味方のつもりだが?」 しらっとそんなこと言いますけどね師匠、だったらもう少し弟子に優しくしましょうよ 席を立った涼さんを見ながらそう思うが口には出せないでいる俺であった そんでもって案内されたのが大学の敷地内では南東に位置する第三分館の二階 サークル関係は一から三の文館に分かれているが一分館の方が建物や部屋は大きく、人数が多かったり、世間に話題性があり大学側からして利益があるサークルの方が優遇されているのだ つまり、第三分館の二階に部屋を構える武装神姫サークルは下から数えた方がいい位ってなもんだ ちなみに大学時代の俺は無所属 前半はやさぐれ、後半はノアとミコに引っ掻き回され始めていたころでサークルうんぬんなんて状況じゃなかったからな 「発足はいつからだ?」 「確か…三年前か?ちょうどお前らの卒業と入れ違うかたちで入学してきた今の会長の今居が立ち上げて今年でちょうど三年だな」 「一回生がサークル立ち上げたのか?」 「まぁ何かと苦労はあったようだが奴はなかなか優秀でな。成績もかなりのものだ…まぁ後は本人に会って直接見極めてみろ。その方が何かと…」 「効率的でいい…ですか?」 「む…まぁな」 くすくすと笑う薫 その口癖、もとはと言えば涼さんの口癖だったんだ 俺にもうつっちまってたけど そう言っている間にお目当ての神姫サークルの部室前へと到着したようだ 扉を軽くノックすると「どうぞ」と声がする 意外なことに声は女性のものであった 「……失礼します」 「はいはい~、どちら様ですか…って、あれ?紅柳教授に涼さん?」 ドアを開けた手前には身長155㎝くらいに眼鏡に三つ編みのいかにもオタクな女の子が立っていた 「邪魔するぞ、今居」 「お邪魔します、今居君」 「はい~どうぞどうぞ、今お茶を入れますから…」 振り返る彼女を見て俺は何だか次の展開を予想してしまう 「あっ!」 振り返りざまに床に延びていたコードらしきものに足を取られる 「あああああっ!」 そのまま体制がぐらりと前倒しに… 「きゃぁぁぁ!!」 そして地面へとぶつかる 「…………あ、あれ?」 そこまで予測済みだったからそうなる前になんとか体を支えることが出来た 「あ、あの…」 眼鏡がズレて素顔がちらりと見えるが…なかなかに綺麗な顔立ちをしているじゃないか なんというか… 「君はあれか?」 「はい?」 「一昔前の少年誌のヒロインか何かか?」 「え、ひろ!?わ、私がですか!?」 「それは違うぞ馬鹿弟師!」 「涼さん?」 パニックになている彼女を前に涼さんは腕組みしながら会話に割り込んでくる 「一昔前ではない、それは今でも王道だ!!」 「はぁ…」 「何を隠そう私のこの眼鏡も…」 自分の銀縁眼鏡を指さして涼さんは宣言した 「伊達だからな!」 「…………それっておもいっきり邪道じゃないんですか?」 入り口での一悶着、もといコントを終えて部屋の中で茶を入れてもらう んでもって先にこちら側から自己紹介…毎度のことだから省くけどな 「それじゃ…葉月さんのお兄さんなんですか」 「まぁね、苗字が違ってややこしいけどあいつの兄貴です」 「そうですか…それじゃ今回の一件は…」 「ああ、知ってる。だから来たようなもんだし。だけどそんなことするサークルの会長さんが君みたいな子だとは思ってなかったけどね…」 「あ、あの…それは…」 「少し事情が違うんだよ明人。ほら、今居君、彼になら相談してもいいんじゃないかな?それと、自己紹介まだだったよね」 「あ、はい…私は今居 加奈子といいます。それと私の神姫、タイプ エウクランテの」 そこまで言うと今居さんのポケットから一体の神姫が飛び出し彼女の肩に乗る 「鷹千代です」 赤い翼のエウクランテだ 「赤……もしかして『紅羽の鷹千代』?」 ノアが問う 『紅羽の鷹千代』…う~ん、俺は覚えがないなぁ… 「そのとおり、彼女らはれっきとしたファーストランカーなんだよ」 「あの、その、ファーストといっても一番下位にいるので…ねぇ」 「いいえ、カナコはもう少し自信を持つべきかと…。下位とはいえファーストランカーはファーストランカー。そう多く存在するものではないのですよ?」 「で、でも…」 うん、いや実際鷹千代のいうことはもっともだと俺は思う 下位とはいえファーストの下にはセカンドの何百体、さらにその下にはサードの何千体もの神姫たちがいるのだから それにしちゃあやはりこの子は謙虚というか神姫を私利私欲のために使うような子には見えないんだが 「でもまぁ同じファーストランカーのよしみだ。何か事情がありそうってのは十分わかったし…話してくれないか?」 「は、はい…」 話は鳳凰杯の開始一か月前までに遡るそうな ある日、部室に集まっていつものごとくだべっていると会話の話題に葉月が出てきた 「実は鳳条院のお嬢様が神姫をやっているらしい」 もともと会員が少ないサークルだけに新会員として誘ってみてはどうかという話になった もちろんそれは会長として今居さんも賛成であった そして自ら勧誘しに行こうとすると、それは自分たちでやっておくと買って出たのが 「生田君と八代君です」 「ああ、なるほどな。あの二人なら話がわかる…」 「と、いうと?」 「生田 誠吾、八代 御影、二人ともセカンド中位の実力派だ。その上このサークルでトップ2と3の位置にいる。今居が大人し目の性格してるもんだからあいつら調子に乗っててね。これがまたタッグ組ませると厄介なんだよ」 「今回のことはあとから噂で聞きました。すいません…私…こんなことになってるなんて全然知らなくて…止めようとしてもここまで大きくなってしまっていては」 伏し目になりうなりうなだれる今居さん その眼にはじんわりと涙が… 「ふ、泣くな今居。お前が悪いのではない」 「涼さん…」 「それに過ぎてしまったことは仕方がない、今は次のことを考えるべきだ。なに、大丈夫さ。この馬鹿弟子がなんとかする」 「いや、そうなんの根拠もないことの責任を人に押し付けんで下さい」 「なに?ならお前は目の前の困っている女の子を見て見ぬふりしておくというのか?」 …まったく、この人は 「誰もそんなこと言ってないでしょうが。んで、忘れてません?俺がなんで今日ここに来たのかってこと」 「ん?私の顔を見に来たのでは…」 「はいはい、敵情視察ですよ。つまり、こちとらはなっからヤル気まんまんってこった」 「それじゃ、明人」 「要するにその二人とその他大勢、全員ぶったおしゃ解決なんだろ?」 「はっはっは!言うな馬鹿弟子、150体もの数だぞ?」 「まぁそりゃ数は多いですけど、今居さんもこっちに付いてくれそうですし」 「は、はい!こんなやり方は会長としてゆるせません!」 ノア、鷹千代、レイア、ミュリエルにミコ 正直あいつに借りをつくるのは癪だが冥夜にも手伝ってもらって… あとはユーナとラン、孫市 ファースト三人、セカンド三人、サードが三人とはまた奇麗にそろったな… 「うん、作戦によっちゃ何とかなるかも知れません」 メインページへ このページの訪問者 -
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/721.html
第5話 剣の舞姫(ソードダンサー) ついに来た。俺は、目前の多目的ホールの収まる建物を見上げていた。 今日、これからここで行われるのは”武装神姫ショウ”というイベントだ。 企業による次世代モデルの発表や会場限定品販売、個人ディーラーの自作品販売、新規ユーザー獲得の為の催しも充実している。 もちろんバトル大会も行われる。 バーチャルバトルで強くなったエルを公式戦に出すことを決意し、出場を申し込んだ。 会場前には、一般参加者の列が伸びており、今現在も伸び続けている。 俺はその列を横目で見ながら、メインゲートとは違う入り口へと向かう。 そこで大会招待状をみせ、入場証をもらい控え室へと案内された。 控え室はかなり広く、すでに数人の参加者が自分の神姫のチェックをしていた。 俺も与えられた一角に荷物を置き、持ってきたパソコンを起動させる。 「よし、出ていいぞ」 ペンケースのような箱を開けると、二人の神姫が起き上がる。 「マスター、いよいよですね」 「ああ」 アールの頭を撫でてから立たせてやる。 「あ、あたい……」 「緊張してるのか?」 無理も無い、この大会の模様はTVはもちろん、ネットにも配信される。 エルも同じように頭を撫でて立たせてやる。 「エル、ちょっとじっとしてて」 俺は、パソコンから伸びたコードをエルにつなぐ。 パソコンにさまざなな情報が表示されるが、異常個所は見られない。 「よし! OKだ」 コードを抜き、エルに答える。 それから俺たちは、パソコンに入れておいた簡易型ヴァーチャルバトルの対CPU戦用モードにてエルのウォーミングアップをした。 開始時間が近づいて、次々と参加者が入ってくるが、人数が少ない気がする。 「別にも控え室があるのでしょうね」 「だろうな」 アールに答える。 確かに、ここが広いといっても個人個人が持ち込む荷物がかなりあり、入れる人数が少なめみたいだ。 会場側もそのことを分かっているようで、個人に割り当てられたスペースがかなり広くなってる。 もちろん、俺のスペースも同様でパソコンとエルに使う武装一式と、メンテナンス用具しか持ってきていない俺にはかなり広い。 他の参加者を見回すと、およそ実戦向きでないようなドレスを着せている人、俺の用に2,3人の神姫を連れて来ている人などが居る。 「この全てがあたいのライバルなんですね」 俺が他の参加者を見ているのに気が付いたのだろう、エルがそう言ってきた。 「ああそうだ。こわいか?」 エルの頭を撫でると、ふるふると首を横に振る。 「ううん、マスターと姉さんがついてるから平気」 エルはニッコリと笑った。 控え室にスタッフが入ってきた。 「これより、武装神姫バトル大会が始まります。参加者の皆さんは、バトルに参加させる神姫を素体状態で持ち、順に廊下へ並んでください」 それを聞いた参加者が立ち上がり、神姫を連れて出て行く。 「じゃあ、行ってくるよ」 「はい」 アールにそう言って、エルを持ち廊下に出た。 スタッフに連れられて廊下を歩いていると、向こう側からも同じように歩いてくる集団があった。 二つの集団の合流地点で右に曲がり会場へと目指す。 ステージに全員が並ぶと、スポットライトが当たると同時に大歓声が巻き起こった。 『ここに集まった戦士たち。目指すは優勝という栄光。このステージに立てばルーキーもランキング一位も関係ない』 『あるのは、そう、今現在の能力の優劣のみ。さあ! 始めよう! 栄光を目指す挑戦者達の競演を!』 『注目せよ! これが栄光への階段だ!!』 大音量のナレーションと共に、俺たちの背後にある大スクリーンにトーナメント表が表示された。 バトル参加者に見えるように、ステージに置かれたモニターには同じ様子が表示されている。 『エントリーNo1』 ナレーションと共に個人にスポットライトが当たる。それと同時にトーナメント表に名前が入る。 名前が入るたび、ギャラリーから大歓声が上がる。そして、俺は一回戦最終組となった。 その後、俺たちは控え室に戻ってきた。 「まだドキドキしてるよ」 エルが胸を押えて興奮を隠しきれない様子だ。 「じゃあ、調べてやろうか?」 「やん」 俺がいやらしい指の動きでエルに迫ると、身を翻しエルが逃げる。 「あははは」 「うふふふ」 「くすくす」 俺たち三人は一斉に笑い出す。エルもリラックス出来たようだ。 しかし、異変は突然やって来た。 そろそろ準備をしようとしていたときだった。 「マスター!」 アールが叫ぶ。 アールの方を向くと、そこにはぐったりとしたエル。 「どうした! 大丈夫か?!」 エルの反応は無い。 急いでエルにコードを挿し、機能チャックする。 「原因不明の動力停止、それによりAIがスリープ状態か」 パソコンからエルに再起動指令を与える。 「反応なし。再起動できない……」 「マスター……」 心配そうなアールに説明する。 「エルは機能停止して、復帰出来なくなってる。AIはスリープしただけだから、起動さえ出来れば……」 「マスター、動く動力……ボディがあればいいんですよね」 「そうだが、そんなもの持ってきてないぞ」 最低限の物しか持ってこなかったことを悔やんだ。 「あります」 「え?」 俺はそういうアールに驚く。 「………ここに」 そういって自分の胸を押えるアール。 「使ってください」 「いいのか?」 コクンとうなずくアール。 「ごめんなアール」 俺はそういって、メンテナンスベッドにアールを寝かせ、機能停止させた。 ボディ破損などによる交換手順は知っていたが、いざ行うとなると違う。 胸部カバーを外し、CSCを引き抜き、壊れないように刺さっていたスロットをメモして紙で包む。 それから、アールのヘッドを外し、エルのヘッドと交換した。 エルのCSCをアールに刺し、カバーを閉じる。 「たのむ、起動してくれよ」 俺は祈るように起動指令を与えた。 「ん…んん」 エルが起き上がる。 「あれ? あたい、いったい」 「機能停止したんだ」 「そっか……え! どうして!」 自分の身体をみておどろくエル。 「起動できなくなったボディの変わりに使ってって言ってな」 エルに説明すると、泣きそうになった。 「エル、泣くな。エルは戦って勝つことだけ考えろ」 「うん……」 そういってエルは、頭だけのアールを抱きしめた。 「いくぞ」 「うん」 エルに武装をしていく。足にストラーフのレッグパーツ、太ももにアーンヴァルのシールドパーツ。 背中にサブアームユニットとアーンヴァルの翼にレッグパーツのブースター、肩にアーンヴァルのシールドパーツ。 頭にアーンヴァルのヘッドギアを付けた。 胸にストラーフのアーマーをつけたときエルが言ってきた。 「マスター、胸の名前のとこ、アール姉の名前も書いてくれよ」 「わかった」 そういって、胸に書かれた”L”の文字に重ねるように”R”を書いた。 背中にフルストゥ・グフロートゥとフルストゥ・クレインを取り付け、レッグパーツにアングルブレード。 手首にアーンヴァルのサーベルを取り付けて武装完了。 そこまで行った所で、スタッフの声がかかった。 「陽元さん、準備をお願いします」 俺は、不正パーツのないことを審査してもらう為、エルを提出した。 そして俺は戦いの舞台へと向かった。 ステージに上がると、再び大歓声に迎えられる。 バトル用のブースにつくとすでにエルが準備されている。 俺は、備え付けのインカムをつけて、エルとの交信状態を確認する。 「エル、聞こえるか?」 「おう、マスター聞こえるぞ」 「いいか、お前は一人じゃない。アールと一緒に二人で戦うんだ」 「マスター、その計算、間違ってるぞ」 「え?」 「あたいにはマスターの気持ちが注がれている。アール姉にもマスターの気持ち……いや、愛だな。アール姉の場合は」 「お、おい」 「あはは、気づいてないと思ったか? 相思相愛、熱いねぇ。とにかく、あたいとアール姉と、あたい達に対するマスターの気持ち。合わせて四人だ」 「……そうだな。だから絶対負けないさ」 「おうよ」 「いくぞ!」 「おう!」 バトル開始の合図が鳴った。 開始と同時にエルはヴァーチャルステージへと移る。 ゴーストタウンステージに光の柱が現れ、光が消えると同時にエルが現れた。 こちらのモニターでは確認できないが、相手もどこかに現れたはずだ。 エルは出現地点からまだ一歩も動いていない。 いや、動いていないわけではない。 その場で左右の踵を交互に上げ下げをしてリズムを取っている。 どこからともなく、猫型ぷちマスィーンズが襲い掛かる。 エルは尚も足踏み状態だ。 猫ぷちの砲撃がはじまるがエルには当たらない。 いつのまにかサブアームにフルストゥ・グフロートゥを持ち、くるくる回転させることにより弾をはじく。 猫ぷちが突撃してくると、エルは優雅に足を振り、足先の刃で突き刺し、地面に叩き落す。 しかし、身体の軸はぶれずに、サブアームのフルストゥ・グフロートゥを回転させたままだ。 「さて、そろそろ公演開始しようか」 「OKマスター」 にやっと笑いそういうと、エルは目を開き、アングルブレートを自分の両手に持ち、前方へ大きく飛び出した。 そして、身体を回転させると同時にアンブルブレードを振り、猫ぷちを斬ると光となって消えて、退場扱いになった。 「まず、2機」 身体の回転を止めると同時に、サブアームのグフロートゥを左右別方向に投げる。 刃の飛ぶ先に猫ぷちがそれぞれ位置して、貫通する。 「はい、4機」 猫ぷちの倒されたことによる退場を確認すると、アングルブレートをサブアームに持たせゆっくりと飛ばしたグフロートゥの方へ歩いていく。 辿り着くなり足先で思い切り蹴り上げると、そのまま回転し後方に回し蹴りを放つ。 足先の刃に今度は犬ぷちが突き刺さっていた。足を下ろすと同時に退場する犬ぷち。 エルはすっと腕を伸ばすと先ほど蹴り上げたグフロートゥが落ちてきて手に収まる。 驚いたことにグフロートゥには犬ぷちが刺さっていて退場していった。 「6機か、あと2機くらいいるだろう」 サブアームの手首を回転させアングルブレードを地面に突き刺した。 「7機目」 エルが呟くと、地面から退場の合図の光が漏れた。 突然エルが上を向き、身体を回転させてその場所から離れると、さっきまで居た場所に犬ぷちの乱射が降って来た。 サブアームのアングルブレードを軽く放り投げ、自分の腕で持つと、跳び上がり下から犬ぷちを薙ぎ払う。 「8機、これで打ち止めだろう」 エルは一旦全ての武器を収めた。 ここまでの戦いを見ていたギャラリーは静まりかえっていて、エルが武器を収めると同時に轟音と化した感性が沸き起こる。 見ていた誰もが同じ感想をもったことであろう。 それは戦いというより、”剣の舞い”だったと。 「エル、レーダーに反応は?」 「いまんとこ無しだぜ、マスター」 「そうか、こっちから動くか」 「OK! 恥ずかしがり屋さんを迎えに行きますか」 エルが探索の為に歩いていると、弾が落ちてきて煙幕を吐き出す。 「エル!」 「大丈夫だ! たぶんここから出たところを狙い撃ちっていうことだろうが、そうはいくか!」 エルはブースターを全開にして飛び上がる。 するとエルを追うようにマシンガンの乱射が迫ってくるが追いつかない。 エルが上空から確認した相手の神姫は忍者素体にハウリンのアーマー、両肩に吠莱壱式、背中からストラーフのサブアームを二対ついている サブアームには、STR6ミニガンを2門、シュラム・リボルビリンググレネードランチャーが2門装備されていた。 足はマオチャオのアーマーで、エルとは対照的な射撃に特化しているようだ。 轟音と共に両肩の吠莱壱式が火を噴く。 エルは上空に停止しフルストゥ・クレインを自分の腕で、サブアームにフルストゥ・グフロートゥを持つ。 四枚の刃を蝶の羽の用に合わせて防ぐ。 さらに、グレネードランチャーやミニガンをも合わせて撃ってくるが、四枚のグフロートゥとクレインで全て防いだ。 銃は効かないと思ったのか、忍者が飛び上がりハウリンの腕が下から襲い掛かる。 「気をつけろ! 射撃戦用が接近してくるのは、何か隠してるぞ」 俺はエルに注意を促す。 「分かってるって」 エルは上体を反らせてかわし、そこから地面へと急降下。 その一瞬後、エルの居た位置に相手の背中から伸びた、マオチャオの腕に取り付けたドリル空を切る。 エルより遅れて着地した忍者がマオチャオの腕を出すと、両腕にドリルがついていた。 ハウリンとマオチャオの腕、サブアームが二対、合計八本の腕が出揃った。 「まるで蜘蛛だな…」 正直な感想をもらす俺。 「マスター、作戦は?」 「んじゃ、蜘蛛の足から落としていくか」 「OK! 派手にいくぜ」 エルは相手に向かって飛び込み、発射間近だった吠莱壱式にアングルブレードを刺しこみ、バク転で逃げる。 大爆発と共に吠莱壱式とマオチャオの腕が吹き飛ぶ。 「まず二本!」 エルが叫ぶ。 爆発でうろたえる相手の頭を優雅に飛び越えの背後に回り、フルストゥ・クレインとフルストゥ・グフロートゥをサブアーム基部に突き刺す。 そして、ジャンプして足で押し込むとそのままジャンプして飛び越える。 「これで六本!」 倒れた忍者が起き上がると同時に、ビームサーベルを両手に持ち懐に飛び込んで相手を貫いた。 相手は、ヴァーチャルフィールドから消えてエルの勝利が決定した。 エルはビームサーベルを収めて左手を腰に当て、右手は頭上に高く掲げる。 そして、タンタンと大きく二回足踏みをして音を鳴らすと、キッとポーズをとった。 この日最大であろう、大歓声がエルと俺を祝福する。 控え室に戻った俺たちは、結果をアールに報告した。 「アール姉、勝ったぞ」 エルは武装をつけたままで、アールの頭を抱きしめる。 「よくがんばったな」 俺はエルの頭を撫でる。 「この調子で二回戦もがんばるぞ」 「おう!」 エルは勝ち進み、ベスト8まで行ったが、そこで負けてしまった。 そのときの相手が今回の優勝者だった。 俺の部屋の本棚の最上部に二つ目のアクリルケースが置かれることになった。 一つ目には、壊れたストラーフの素体。 二つ目にはストラーフの胸アーマーをつけたアーンヴァルの素体がストラーフの素体を抱きしめている姿になっている。 頭がない分ちょっとシュールになってしまっているが。 結局、エルの素体は起動しなくなったので新しいのを買った。 エルの使ったアールの身体をアールに戻すと、記念だから残して欲しいと言われ、アールの素体も新品にした。 それからもアールとエルは仲良くダンスをして俺はそれを眺め、エルをバトルさせるといういつもの生活が続いている。 大会を見ていた誰かが付けた、エルの二つ名”剣の舞姫(ソードダンサー)”が日本中に広まるには、あと少し時間が必要だった。 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/585.html
SHINKI/NEAR TO YOU Phase01-2 シュンにとってゼリスは初めての神姫だった。 もちろん神姫のオーナーになっていなくても、世間はまさに神姫ブーム。 興味の有無に関わらず情報は入ってくるし、ちょっと興味を持って調べればそれこそ山のように時事、伝聞があふれてくる。むしろ多種多様な情報を取捨選択する方が大変なくらいだ。 少なくともシュンたち今どきのティーンエイジャーにとって神姫とはそれくらい身近な存在だったし、すでに神姫を持ってる友人もクラスに何人もいる。 だからシュンも漠然と「神姫ってこんなんだろうなぁ」くらいのイメージは持っていた。 しかし、実際に神姫の――ゼリスのオーナーになってそうした想像はもろくも崩れ去った。 少なくとも彼女にはそうした一般的な価値観や想像は当てはまらない、その事を彼はゼリスと出会ってからのこの一週間というもの、痛感させられていた。 「ごめ~ん、待った?」 考え込むシュンの思考をふいにさえぎる能天気に明るい声。 どうやら待ち人がようやく現れたらしい。 やれやれと頭を掻きつつ、嫌味のひとつでも言ってやろうかと顔を上げたところで彼の動きはハタと止まった。 「……どうかしたの?」 目の前にはシュンの幼馴染である伊吹舞(イブキ マイ)が立っていた。 今日の彼女はいつも見慣れた学校の制服姿ではなく、オシャレな私服姿だ。 見ればうっすらとメイクもしているし、髪も普段より念入りにセットされているみたいでさりげなくバレッタで止めたりしている。 なんというか……気合が入っていた。 「ふふん、どう?」 そんなシュンの様子に気がついたのか、伊吹はその場でくるりとターンするとポーズを決め、いたずらっぽい視線で彼を見つめ返してきた。悔しいがそうした仕草がばっちり決まってる。 「……あれだな。孫にも衣装ってヤツ」 「あ~、何それすっごい淡白な反応。少しは素直に褒めてくれてもいいんじゃない、シュっちゃん?」 「……その国籍不詳系のあだ名は、いい加減やめろ」 「もう~、せっかくの休日なんだからもっと明るく行こうよ! 明るくネッ?」 「……とか言いつつ関節取るな。つーかイタタタタ……痛いっつの」 「別にぃ? ただスキンシップしてる、だ・け・だ・よ?」 そう顔では笑いながら、伊吹はしっかり間接技を決めてくる。結構本気で抵抗しながらシュンは思う。 こいつはいつもこうだ。子供の頃からこの変にアクティヴな伊吹に何度泣かされたことか知れない。さっきの私服姿を見たときは新鮮味を覚えたものだが、やっぱり全然変わってない。 というか何だか怒ってないか? 助けを求めシュンは視線を巡らせる。その目とベンチに座るゼリスの視線とが合った。 ゼリスはしばし見詰め返した後、興味なしといった感じで再び本に視線を落とした。 無視かよ。 久しぶりにマジで落とされるかも知れない。 覚悟を決めるシュンに、救いの手――いや救いの声は意外なところから出てきた。 「むぎゅう……苦しいの~っ」 ハッと気付いて伊吹が手をパッと離す。 開放された拍子に尻餅をついたジーンズの尻を払い、シュンはこの場の救い主に声を掛けた。 「助かったよ。サンキュー、ワカナ」 伊吹の胸のあたりがもぞもぞ動き、ポケットから呼ばれた相手が顔を出した。 「はふぅ~、びっくりだよ~」 「ごめんワカナ。あなたがポケットにいることつい忘れてたわ」 伊吹の胸ポケットから出てきたのは彼女の神姫、猫型MMSのワカナだ。ワカナは頭のネコ耳をぴくぴくさせながら目を回している。 「舞ちゃんひどいよ~。ボクがぽけっとでお昼寝してるときに、カンセツワザはダメ~っ」 「ごめんごめん、次からは気をつけるから」 伊吹は自分の頭をポカリと叩きながら「てへっ」と舌を出す。本当に反省してるのか。 「むぅ~、ボクはゴキゲンナナメだよ~」 「そんなこと言わないで、後でワカナの好きなもの買ってあげるから」 ふくれっ面をしていたワカナがその伊吹の一言でパッと明るくなる。 「ほんとう? だから舞ちゃん大好きっ♪」 「あたしだって、ワカナのことダ~イ好きだよ♪」 そして伊吹はワカナを抱きしめ頬ずりする。ワカナも心底嬉しそうな表情。なんというか、よく連携の取れた神姫とオーナーだ。 シュンがやれやれといつも通りの幼馴染に呆れていると、この段階にいたってようやくゼリスも本を閉じ腰を上げた。 「全く……騒々しい方々ですね。これではおちおち本も読んでいられないではないですか」 「……嘘つけ、さっきまで完全に無視してたクセに」 シュンの指摘に聞こえない振りをしつつ、ゼリスはジャレ合うふたりと向き合う。 「初めまして。あなた方がシュンのご学友である舞さんと、そしてワカナさんですか?」 「そうだよ~ん。へえ~、あなたが噂のシュっちゃんの武装神姫かぁ」 「ゼリスと申します」 そうしてゼリスはぺこりとお辞儀をした。それを見た伊吹の表情がパッと輝く。 「よろしくね、ゼリス」 笑いかけながら伊吹は握手しようと手を差し出た。しかしゼリスは差し出された手を見つめてキョトンとしている。 「なんでしょうか?」 「何って、ゼリスちゃんはまだこういう習慣知らない? 握手よ、親愛の握手♪」 伊吹に言われゼリスはポツリ「なるほど」と呟く。 「まずは初歩的なスキンシップという訳ですね。舞さんは優れた神姫オーナーであると伺っています。これも今日一日の私たちのコミュニケーションを良好かつ円滑に行うためのファーストステップということですね」 ゼリスは納得顔で伊吹の手を握り返す。 「さすがです。これで今日の必要諸用品の購入も、成功が保障されたも同然ですね」 「え……えぇ、そうね……」 洋々と話しかけるゼリスと握手を交わした終えた伊吹は、シュンのかたわらに身を寄せるとささやいた。 「なんていうか……あんたの神姫ってカワイイけど変わった娘ね」 そのままくるっとゼリスに向き直った伊吹は「さあ、それじゃいざ出発。レッツラゴー!」と腕を振りながら、互いに挨拶をしているゼリスとワカナを連れ立って改札に向かう。 後に残されたシュンは空を見上げながら心の中で呟いた。 そんなの、僕が一番よく知ってるんだよ。 ▲BACK///NEXT▼ 戻る
https://w.atwiki.jp/2chbattlerondo/pages/167.html
初回ログイン 無料パーツプレゼントKONAMI IDを作成し、武装神姫(バトルロンド・ジオラマスタジオ問わず)に最初にログインした時点で以下のアイテムがプレゼントされます。 忍者型フブキ 一体 忍装備 一式 武器「忍刃鎌“散梅”」 腰装備「忍草摺“紫蘭”」 胸装備「忍装束“紫苑”」 急速バッテリー充電器 10個(使うとなくなってしまう消費アイテム) 武装パーツ試用チケット 3枚(使うとなくなってしまう消費アイテム) その他補足他の忍装備は アチーブメント を達成すると貰えます大手裏剣“白詰草”はアクセスコードを入力すると貰えますhttp //www.shinki-net.konami.jp/info/tgs2006rpt.html 公式ページhttp //www.shinki-net.konami.jp/battlerondo/start/campaign.html
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/636.html
左腕と左脚、左の乳房のみを「サイフォス」ベースの装甲で覆った姿でエルギールはヴァーチャルスペースに現れた 金管楽器の様な凄まじく派手な銀色の装甲は、今回のフィールドである湖畔の風景を見事に天地逆さまに写している 『随分軽装だな?まぁホントの白兵戦になりゃぁ神姫用の武器は「避けられない」方がヤバいって言うし、ある意味ありっちゃありか?でも所詮そんだけだろ?ビシッとキメてやろうぜ!華墨』 (確かに軽装だ・・・が・・・・) 武士の台詞を華墨は半分聞き流している ここ数回のバトルで、華墨は少しずつではあるが自らのデフォルト武装の取捨選択を始めていた 初戦の教訓と「どうせ相手に密着するのだから」という事で、十字戟もメインボードから外し、主力武装は腰の大小に、やや肩周りの可動を阻害する肩当を捨て、ジョイントを介して「垂れ」の部分だけを直接装備、鬼面と喉当ても外していた 最後の二つは今回のバトルに際して急遽実行したのだが、それというのもポッドに入る前にちらりと、エルギールの主力武装とおぼしきものを目にしたからだ それは剣呑な黒い刀身に、禍々しい朱い模様がうねうねと描かれた、非常に大振りなダガーだった(殆どショートソードと言っても良かったかも知れない) 神姫が外出する時に、手持ちの得物の中から携行に便利な物を選んで持ち歩くというのは聞いた事があるが、華墨には何故だか判らないがそれが「護身用の武器では無い」という強迫観念めいた確信があった それで、視界と装甲の二択に(勝手に)迫られて、結果折衷案で、「兜は残して仮面は外す」という結論に至った訳だ いずれにしても、未だに胸の奥をざわざわと撫でられる様な感覚はおさまらず、目の前の軽装な姿を、武士程楽観視出来無いのだった 第伍幕 「Merciless Cult」 自分と相手の戦力差がどの程度なのか?正確に把握するには結局ぶつかってみるのが一番良い。華墨は覚悟を決めた ざくざくいう足音と共に、バーチャルの下生えが踏み潰されてゆく。(いける、いつもの私だ)ポニーテールを地面に水平になるくらい迄浮かせながら華墨は走る。右手で太刀を抜き放ち、気合一閃、一気にエルギールに斬りかかる! 白刃が虚空に白い影を描き、華墨の天地は逆転する。遅れて知覚される苦痛 「ハン!速さと装甲にモノ言わせて真っ直ぐ突っ込んで殴るだけの、単なるゴリ押しじゃない!?案の定大した事無いわね?」 (なんだ!?何をされたんだ?今!?) 地面を抉る程に叩き付けられた華墨だったが、即座に立ち上がり、エルギールから距離をとる 「どうしたの?躓きでもしたのかしら?ホント情っさけ無いわね」 憎まれ口を叩くエルギール。その手に武器らしきものは握られていない。華墨が警戒していた短剣も、まだヒップホルスターの中だ 「・・・」 「つば」を鳴らして太刀を構え直す。いつもの様に、加速をつける為の攻撃型ではなく、切っ先を相手に向けた防御よりの型だ 「・・・アタシってそんな気が長い方じゃ無いのよね・・・来ないんなら」 ヒップホルスターから短剣を抜き放つエルギール。一瞬、朱色の模様が生物の様にうねった・・・様に感じた 「こっちからブン投げてやるまでよォ!!」 「!!」 明らかに短剣が届く間合いではなかった、が、エルギールの剣は鋼線で接続されたいくつかの節に別れ、異様な動きでもって華墨の左腕に巻き付いたのだ。食い込んだ刃が、華墨の人工皮膚を・・・裂く 「くそっ!!」 鋼鉄の毒蛇に腕を拘束されたまま切り込む華墨。だが、引き手を殺されたへたれた斬撃は、あっさりとエルギールの腕甲でいなされ、挙句そのまま首を掴まれる (・・・ぐっ!) くぐもった呻きが漏れる。それは人間的な条件反射だが、神姫が「人がましく」振舞う為に動きの基礎に組み込まれている 「けだものを捕らえるには罠を使うでしょう?アタシはその罠。さぁ、ホントのアタシのフルコンボってやつを見せたげるわ!!」 首を掴んだ左手が捻られる、同時に右足が払われ、左腕の拘束を引き外す動きでそのまま吊り上げられる (これが・・・!?) 「まずは天(転)」 異様な体勢で転ばされ、なんとか残った右腕で受身を試みる 「間に人(刃)」 ぞぶりだかどすだかいう様な汁っぽい音と共に、引き抜かれ空を舞っていた刃が右腕に突き刺さる たまらず、そのまま顔面から地に倒れ付す華墨。打撃系の衝撃が、装甲ごしにでも強烈なダメージを全身に及ぼした 「最期は地に血の花を咲かせて逝きなさいな!アンタの名前に相応しい幕切れじゃない!!」 エルギールの哄笑、無理矢理体を起こそうとする華墨だが、最早戦闘能力が無きに等しいのはいかなる目で見ても明白だ (立ち上がる・・・ちから・・・) 武士が何かを叫んでいた、残念ながら華墨には何を言っているのか全く判らなかったが・・・ (ここで立ち上がる・・・ちからが・・・) だが、そんな力は華墨の中には無かった。愛も、怒りも、不屈の意思も、未だ華墨は本当の意味で理解など出来て居なかった 虚ろに過ぎるジャッジのマシンボイスを、ヴァーチャルスペースに全く意識があるままに、華墨は聞いていた 「華墨・・・負けちまったのか・・・?」 武士は腰を浮かせて、呆然とディスプレイを見ていた その肩に琥珀の小さな、冷たい手が掛かる迄、武士は彼女が入ってきた事にすら気付いていなかった 「ね、判った?闘うってこういう事なんだよ。体はヴァーチャルでも、彼女らが感じる恐怖は本物なんだ。」 小さな、だがはっきりした声だった 「だって・・・武装神姫って、バトルする為に創られたんだろ?」 のろのろと首を回す武士。琥珀の、多分名前の由来なのだろう琥珀色の瞳は、感情を深い所に隠していて、思考を読み取る事は今の武士には不可能だった 「確かに彼女達は闘う為に創られた。でもね、闘争本能を持たされていても、彼女達が本当に闘いを望んでいるかどうかは判らないんじゃないかな?」 「・・・え?」 「判らない?君は彼女のマスターだけど彼女は本当の意味で『君の神姫』になっているのかな?」 「当たり前だ!神姫は登録した人間をマスターとする様に出来てるんだろ?」 語気を強める武士、だが琥珀の口調にも表情にも、僅かな変化も見られなかった 「プログラムされた知性、プログラムされた感情、なら、忠誠心だってプログラムされたものなんだろうね」 「・・・」 にこりともしない、が、別に怒りも悲嘆も、いかなる色も彼女の表情には現れないのではないかと、武士は思った 「・・・」 「プシュ」と空気の抜ける様な音がして、華墨のバトルポッドが開く ゆっくり顔を上げる華墨に一瞬目をやってから踵を返す琥珀 「じゃ、するべき事はしたから・・・縁があったらまたね・・・」 視線だけ二人に向けて言い放つと、もうそのまま、むにむにと柔らかい足音だけ残して琥珀は去っていった 「・・・負けてしまったよ・・・マスター・・・」 「・・・あぁ・・・」 ここで取って付けた様な労いの言葉を吐く事が出来るのか?吐く資格があるのか?労ってやるべき存在?神姫は・・・? 玩具にそれをするのか?人間にそれをしないのか? 「・・・無事でよかったよ」 武士は恐ろしくばらばらな表情でようやくそれだけ吐くと、華墨を抱え上げポケットに入れ、無言でブースから出るのだった 「見事な『壁』役だったね」 「僕は厭だよ。本当はこんな役なんて」 「買って出た苦労だろう?私は何も頼んじゃいない」 「・・・・・」 「・・・君にとってはどうなんだい?」 「何がさ?」 「神姫とは高性能な知性を持った玩具なのか・・・?身長15センチの人間なのか・・・?君が佐鳴武士に叩き付けた問いについて・・・だよ」 「・・・そういう話は川原さんとでもしてなよ。帰ろうか?エルギール」 主よりも遥かに派手な神姫を肩に乗せて去る少女を見ながら、皆川はいかにも意味ありげに不気味に微笑んで見せるのだった 剣は紅い花の誇り 前へ 次へ
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/303.html
そのじゅうよん「そして明日は笑おう」 「ティキ。いつまでもそんな所にハマってると、大好きなフィナンシェとマドレーヌがなくなっちゃうよ?」 僕は本棚の、本と本の隙間で僕に背を向けて体育座りしているティキに声をかける。 僕の部屋のテーブルの上には、ティキお気に入りの洋菓子と、温かいロイヤルミルクティーが用意してあった。 しかし当のティキの返事はと言うと、 「……要らないのですよぉ」 ……餌付け失敗、か? あの日の敗北以来、ティキは時折唐突にこんな風に落ち込む。 思い出しては、その度に自身の不甲斐なさを噛み締めている様だ。 そしてそれは僕も同じなのだけれども。 「そっ……か。じゃあ仕方ない。これは全部僕がいただくと言う事で」 僕はそう言って洋菓子に手をつけようとする。 がたっ 本棚から聞こえるその音に、僕は笑みを浮かべて手にした洋菓子を音がした方向へ差し出した。 「無理が持続しないなら、最初から素直になろうね」 「うにゅぅぅぅ~~~~ わかったですよぉ~」 しおしおと本棚から這い出てきたティキは、テーブルの上まで器用に色々と伝ってやってくると、ちょこんと音がしそうなくらい可愛らしく座る。 ティキがそうすることがわかっていた僕は、ティキが座った事を確認し、手に持った洋菓子を改めてティキに差し出す。 ティキは不機嫌そうな顔を隠すわけでもなく、黙ってその洋菓子を食べ始めた。 「……食べる時くらいは笑って食べようよ」 無駄な事は分かりきっているけど、それでも僕はティキに笑う事を薦める。 それに対し、もぐもぐと咀嚼しながらあっさりと無視を決め込んでくれた。 ……武装神姫ってのはオーナーの指示には従うものだろうに。 でも実際のところ、彼女たちにも擬似的とは言え意思があるわけだから、オーナーの全ての欲求に答える事は出来ないんだろうと僕は思っている。 感情、意思がそこに存在する限り、常に命令に従っていては彼女達自身にストレスが生じるわけで。 大体、オーナーと呼ばれるものが人間である限り、矛盾を内包しない命令を与え続ける事は出来はしない。 そんな負荷や矛盾からの安全装置として、『非絶対服従』が用意されていると僕は思っている。……あくまでも個人的な考えで、実際はそんなもの無いのかもしれないけど。 でも、もし『絶対服従』が根底に存在しているなら、神姫達にはなぜ感情があるのか? 完全に命令を遂行する為の機械でいいのなら、もちろん感情なんてものは障害にしか成りえない。 感情や意思がある事で柔軟な対応を求めるのであれば、絶対服従なんてありうるはずも無い。 しかし現実にはオーナーの命令に逆らえず、違法改造とかを受けてしまう神姫も居る訳で。 ……なんだか話がそれた。 「お……おいしいね」 無駄な努力を繰り返す僕。こういう時、女の子の扱いに慣れる人ならどんな行動を起こすんだろうか? だけど生憎と僕は、女の子の扱いに疎い一高校生で、その手合いの経験が圧倒的に不足している。付き合った女の子に一切手を出せないくらいに。 「マスタ」 「はい?」 「こういう時は黙って見守って欲しいのですよぉ」 「……ハイ」 神姫に諭されるオーナーって一体…… って、僕なんだけど。 「……………………」 「……………………」 「……………………」 「……………………」 「……マスタ、こういう時は慰めて欲しいものなのですよぉ~」 ……なんて理不尽な!! もちろんそんな事口に出したりしないけど。 「あー、なんて言うか、元気出せ?」 「心がこもっていないですぅ」 「ソンナコトナイデスヨ、マゴコロイッパイデス」 「なんで棒読みですかぁ?」 「それはね、牛肉が入っているからだよ」 「そんな昔の、しかもマイナーなCMネタ、誰もわからないですよぉ?」 「そんなツッコミが素敵なキミにはこのお菓子をあげよう」 「元々テーブルにあったのですよぅ」 「いやぁ、やっぱりフィナンシェはセブ○イレブ○に限るよね」 「誤魔化すにしてもミエミエ過ぎですぅ」 「イヤだなぁ、ティキ。まるで僕に誠意が無いみたいじゃないか」 「今まで一緒にいて、今が一番誠意が感じられないですよぉ!」 「それはきっとティキの瞳が曇っているからさ」 「今曇っているのはきっとマスタの性根ですぅ!!」 「そこまで言うと僕が可哀想でしょ?」 「自分で自分のことを可哀想って言っても説得力無いですよぉ!?」 「そうだね。……だからティキも自分が可哀想だなんて思っちゃダメだよ」 「――!!」 何も言えないティキ。 言葉を続ける僕。 「負けた事に対する悔しさも、それに囚われてるばかりじゃ意味が無いよ。だから…… だから僕達はその悔しさを糧にしよう。時には立ち止まることも、間違いじゃないけど、ただ失敗や敗北に落ち込むだけじゃ僕もティキもそこで終わっちゃうから」 僕をジッと見つめるティキに、ぎこちないながらも精一杯の笑顔を浮かべて。 「だから、我慢しないで今はいっぱい泣いてさ、そして明日からはまた一緒に前を見ようよ。ね?」 ティキは僕を見つめたまま、ぽろぽろと涙をこぼす。 そしてそのまま顔をクシャクシャにして、わあわあと声をあげて泣き出した。 僕はそんなティキの頭を、指でそっと撫でる。 その僕の指を両の腕で抱きしめ、ティキは泣き続けた。 ひとしきり泣いた後、ティキは僕に照れた様に笑いかけ、そして何も言わずに洋菓子を口にする。 それを見て僕も照れ笑いをすると紅茶をすすった。 紅茶はすでに冷め切ってしまったが、それでも悪くないと僕は思った。 終える / もどる / つづく!
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/502.html
「無茶苦茶なコンセプトだな。私が言うのも何だが……正気とは思えんぞ?」 「店長にもそう言われました」 「だが、そこまで否定されてもやる気なんだろう?」 「そっちのほうが面白そうですから」 「……気に入った。調達してやろうじゃないか。連絡先は日暮の所で構わんか?」 「あ。携帯の番号でもいいですか?」 店の奥から静香と店長が出て来たのは、私とロッテの話がひと段落した時だった。 「終わったんですか? 静香」 「ええ。晶さんのおかげで、目処がつきそう」 店と言っても、いつものエルゴじゃない。静香と一緒に出て来た店長も、エルゴの日暮店長じゃなくて、こど……。 「……ココ。それ以上言ったら、マイスターの膝が飛びますの」 「神姫に対しても容赦無しですか」 人のモノローグ読まないでくださいロッテ。 「いくら私でも、そこまで情け無用じゃないぞ?」 うわ聞こえてた。 とにかく。 ここはエルゴじゃなくて、秋葉原のMMSショップ『ALChemist』。静香の隣にいるのは、ALChemistの店長さんこと槇野晶さんだ。 静香と並ぶと姉といも……っと。これ以上言うのも問題がありそうなので、このくらいにしておく。 「賢明な判断だ」 だからモノローグ読まないでくださいって。 「とりあえず、イメージ通りの物が出来そうよ」 「新兵器……ですか?」 それは、私が望んだ『遠近両用で使えて、空も飛べる装備』のこと。いつものことだけれど、静香はその全貌はおろか、概要されも話してくれていない。 「ココが宿題の答えを出してくれたら、すぐにでも使えるんだけどなー」 私は静香から、ひとつの『宿題』を出されている。 『静香が私に何をさせたいか?』 それの答えが分かるまで、新装備は使わせてはくれないのだという。 「……」 宿題を出されて既に半月が過ぎた。 静香は椿さんのスーツを納品し、私は武装トランクで新しい戦い方を模索していたけれど、宿題の答えだけは見えてこない。 私の『静香は私にドキドキハウリンをさせたい』という考えは、完全な的外れだったようだし。 「そうそう。近くに面白いお店が何軒かあるから、帰りに少し回っていきましょう」 私がこんなに悩んでいるのに、この人は憎らしいほどいつも通り。 まったくもう。誰が私とそっくりなんですか? 静香。 「ほぅ。どこに寄るつもりだ?」 晶さんの問いに、静香は私の知らない、いくつかのお店の名前を口にしていた。三つ目あたりを過ぎたあたりで、晶さんの顔が渋るような、困ったような、微妙な表情に変わっていく。 片手を上げて遮ったのは、五つ目だった。 「もういい。十分だ。アレの話を聞いたところで予想は付いていたが……貴様の趣味は良く分かった」 そう呟いて、ため息を一つ。 「……?」 静香の趣味だから、相当変なセレクトだったんだろう。まあ、いつものことだ。 「じゃ、行くわよ。ココ」 いつものトートバッグを取り上げて、静香は外へと歩き出す。 「はい。またね、ロッテ」 私もその後を追い、私の定位置へともぐり込んだ。 「またですの。ココちゃん」 静香の顔が見える、サイドポケットへと。 魔女っ子神姫ドキドキハウリン その15 お昼ご飯を武士子喫茶……武士子喫茶というのは、紅緒みたいな甲冑を着た人間の女の人がウェイトレスをしている軽食屋のことだ。私には理解できなかったけど、今の秋葉原の『最先端』らしい……で済ませ、私達がやってきたのは秋葉原の外れにある小さなお店だった。 秋葉原に林立する雑居ビルではなく、ログハウス風の、喫茶店を改装したような建物だ。 「静香。これ、何て読むんですか?」 入口に掛かった大きな木製の看板には『真直堂』とある。 しんちょくどう? 「ますぐどう、って読むのよ。ごめんくださーい」 静香は何度か来たことがあるらしい。慣れた様子でドアを押せば、カランとベルの音が鳴る。 「ここ……」 足を踏み入れた瞬間、木と布の匂いがした。 周りを見れば、ずらりと並んでいるのは神姫サイズの服と家具。店の隅の方には、見慣れたアクリルケースや金属缶も置いてある。 神姫素体や神姫用オイルまで置いてあるここは……。 「神姫ショップ……ですか?」 品揃えだけ見れば間違いない。 けれど、私は疑問符を外すことが出来なかった。 エルゴ、ALChemist、駅前の神姫センター。神姫ショップには必ずあるはずの物が、見当たらなかったからだ。 対戦筐体じゃない。それよりも必須と言うべきあれが、ここには一つもない。 「ちょっと違うけど、まあそうね」 静香の答えも、私の疑問を解かすには至らなかった。 木と布、プラスチックとオイルの間を進んでいけば、やがてカウンターが見えてくる。 「やあ、君か」 そこにいたのは、大柄な男のひとだった。 エルゴの店長さんよりは少し年上だろうか。もしかしたら、ヒゲのせいでそう見えるのかもしれないけれど。 「お久しぶりです」 どうやら静香は彼とも顔見知りのようで、軽く頭を下げてみせる。 「静香、お知り合いなんですか?」 「ココは初めてだったかしら? TODA-Designでお世話になってる、武井さん」 もちろん、初めてだ。 けれど、TODA-Designは静香の個人ブランドのはず。師匠は別にいるし、それ以外にお世話になっているということは……答えは一つしかない。 彼こそが静香の服を量産している『業者さん』なんだろう。 「ココです。いつも静香がお世話になっています」 サイトポケットからカウンターに降りて、丁寧に頭を下げる。 「そうか。君が……ココか」 「?」 武井さんの言葉に、私は首を傾げた。 不本意だけど、ここでドキドキハウリンの名前が来るなら分かる。何というか、アレの知名度の割に、私の本名は知られていないのだ。酷い時には、私の本名がアレだと思っている人もいるくらいで……。失敬な話というか、正直泣きたくなる。 ……話が逸れた。 「私に、何か?」 武井さんの目つきは、どこか不自然だった。 いやらしいとか、気持ち悪いとか、そういう悪い感じじゃない。どちらかといえば、私を見て懐かしむような、優しい雰囲気だ。 私とは初対面のはずなのに、どうしてだろう。 「……いや、エルゴでモデルやってる神姫がいるって聞いてたからね。どんな子か気になってたんだ」 「そう、ですか」 本当にそれだけなんだろうか。 でも、今の武井さんはごく普通の男のひとだ。さっきまでの懐かしむ視線はもうどこにもない。 「では、改めてはじめまして。武井隆芳です。こっちは、僕の神姫のタツキさん」 その言葉に、カウンターの上にある揺り椅子に腰掛けていたドレス姿のツガルが、軽く頭を下げてくれた。 「本当はもう一人いるんだけど……」 「彼女は二階ですか?」 「うん。仕事中だろうから、また後で紹介するよ」 仕事をしてる子なんだ。すごいなぁ。 そんな事を思っていると、さっきのドレス姿のツガルがこちらに寄ってきていた。 「よろしくね、ココ」 ドレス姿に合わせたファッションなんだろうか。ツガルのトレードマークのツインテールが、左だけしかない。 「よろしく、タツキ」 伸ばされた手をそっと握り返せば、柔らかい笑顔。 「ココ。あたしは少し、武井さんと話があるから。タツキ、ココを案内してくれるかしら?」 「ええ。任せて」 静香の言葉にも、穏やかに微笑み返す。 私の知っているツガルタイプは勝ち気で尖った性格の子が多いけど、タツキはそれとは対照的なおっとりとした子だった。どちらかといえば、アーンヴァルに近い気さえする。 「戸田君がいる君には必要ないと思うけど……お客もいないし、ウチの商品もゆっくり見ていってくれ」 「はい、ぜひ」 そして、静香は武井さんと二階へ上がっていき。 一階の店舗には、私とタツキだけが残された。 長手袋をはめた細い手が、ハンガーに掛けられた服をすいと採り上げる。 「まだ寒いから、長めのコートなんかどうかしら? ココももう少し可愛い色のほうが似合うわよ。きっと」 「可愛い色、ですか……」 そういうの、苦手なんだよな……。 タツキはふわふわのドレスを嬉しそうに着ている辺り、可愛いのも平気なんだろう。 「そういえば、TODA-Designの服ってもっと可愛いのが多い気がしたけど……ココの服は、何て言うか……随分地味なのね?」 機能的って言ってください、タツキ。 それにこのモスグリーンのコート、気に入ってるんですよ? 「可愛いのって、あんまり好きじゃないんですよ。ひらひらとか、動きにくくありません?」 「ああ。そっちが好みなんだ」 はいと答えながら、渡された淡い桜色のコートをフックへ戻す。 「じゃあそれ、静香のオーダーメイドなんだ?」 「ええ。まあ」 静香が私にくれる服の半分はエルゴで売る商品の試作品だけど、残りの半分は専用に作ってくれる。もっとも、専用の大半はレースやフリルがたっぷり付いた可愛すぎる服なんだけど。 あの人の場合、私の服の好みを分かっててやってるからなぁ……。 「武井さんはタツキの服は作らないんですか?」 私の問いに、タツキは苦笑い。 「その代わりに、この店の服は全部私のだから」 あー。言っちゃいましたね。 「まあ、縫製工場の管理とか、こっちでの販売とかデザインとか、オーナーも色々忙しいし。なかなか私やお姉ちゃんのためだけってわけにもねー」 「なるほど……」 プロでお店の経営もするとなれば、色々とする事が多いんだろう。学生兼業とはいえバイトの身分である静香とはかなり状況が違うらしい。 「じゃ、こっちのジャケットは?」 次にタツキが取ってくれたのは、淡い草色のジャケット。 「ああ、そのくらいなら……」 そんなに派手じゃないし、割と好みのデザインだ。 「あれ? この服」 タツキから受け取ったところで、気が付いた。 「どうかした?」 「これ……防弾繊維、使ってないんですね」 静香の服よりも手触りが数段柔らかい。 神姫産業の恩恵で、対刃・対弾性能を併せ持つ防御素材も驚異的に薄く、柔らかくなった……らしい。とはいえ小さな神姫の服に装甲素材を組み込むわけだから、服の肌触りは木綿や絹に比べて当然悪くなる。 私はあの少し硬い感触が好きだから、普段も結構着るのだけれど……戦闘用とおしゃれ用を完全に切り分けている神姫も多いという。 「この店の服はバトル用じゃないからねー。外の看板、見なかった?」 私の言葉に、くすくすと笑うタツキ。 「看板……」 真直堂って書いてあった、あれですか? 「神姫だけじゃなくてね、ドール全般専門のお店なのよ。だから神姫ショップって付いてないでしょ?」 ああ。そうか。 だからこの店には、木と布とプラスチックはあっても、鉄……即ち、武装は売っていないんだ。 「まあ、最近は神姫の服を買いに来るお客さんが一番多いんだけどね」 確かにタツキを見ても、武装神姫といった雰囲気は微塵も感じられない。 「タツキはバトルはしないんですか?」 私の質問にも、笑顔ですぐに答えが来る。 「みんながする分には否定はしないけれど……私は殴り合うより、みんなでお茶したり、可愛い服を沢山着る方が何倍も楽しいわね」 戦っていても、お茶をすることは出来る。戦っていても、プライベートで可愛い服を着ている神姫は沢山いる。 戦う神姫を喜ばせるため、可愛い服を着せたいと願うマスターも、沢山いるはずだ。 「……あ。戦闘兼用服のモデルさんに言う台詞じゃなかったわね。ごめんなさい」 「いえ、気にしないでください」 タツキの言葉に悪気はない。腹も立たない。 ただなんとなく、『勿体ないな』という感想だけが浮かぶ。 そんな事を話していると、玄関のベルがカランと鳴った。 「いらっしゃいませー!」 「いらっしゃいませ!」 ……あ。ついいつものクセで。 「ふふっ。今日はココはお客様でしょ?」 もう。そんなに笑わなくても良いじゃないですか、タツキ。 「今日は賑やかだねぇ」 入ってきたのはスーツ姿の男のひとだった。 糊の効いたシャツに、品の良いネクタイ。どこからどう見ても、これから仕事に出掛けるビジネスマンだ。 「今日は遅かったんですね。お休みかと思ってました」 「ああ、午前中は営業先に直行だったからね。一度家に帰って、これから会社でひと仕事さ」 慣れた手つきでカウンターにカバンを置き、フタを開ける。このカバン、どこかのブランドの最高級品だったはず。 近所のオフィス街の人なのかな? 「こんにちわ。タツキ」 「ご機嫌よう、ベルベナ」 でも、最高級のカバンの中から出て来たのは、なぜかヴァッフェバニーだった。 一流のビジネスマンが神姫オーナーっていうのは、エルゴでもよくある話だけれど……。 「それじゃ、みんなに迷惑掛けるんじゃないぞ? ベルベナ」 「イエス、マスター」 そのベルベナをひとり残し、ビジネスマンは真直堂を出ていった。これから会社に戻って仕事をするんだろう。 「それじゃベル、二階に行っててくれる? 私、お客さんの相手をしなきゃいけないのよ」 「ええ。大丈夫ですよ、タツキ」 タツキにもベルベナにも、いつものことらしい。軽い様子で、ベルベナは静香達が消えていった二階行きの階段へ向かう。 「……二階に何があるんです?」 「あら。気になるなら、行ってみる?」 もちろん、私に選択肢は一つしかなかった。 その光景に、私は目を疑うだけ。 「ようこそ、こびとの靴屋へ」 真直堂の二階は、巨大な縫製工場だった。 次々と断ち切られる布、唸りをあげるミシンの群れ、驚くべき速さで仕立てられていくドール服。 それだけなら驚くに値しない。 驚くべきは、その全てを神姫が行っている、という一点だった。 それはまさしく、絵本で読んだ『こびとの靴屋』と形容するのが相応しい光景だろう。 見れば、さっきのベルベナも他の神姫達に混じって布の裁断に加わっていた。裁ちバサミではなくハグタンド・アーミーブレードを使っているあたり、らしいといえば……らしい。 「この神姫達は……?」 私の頭に浮かんだのは、神姫レンタルブースの事だった。あそこの神姫達は、捨てられていた所を…… 「全員アルバイトよ」 ……は? 「アルバイト!?」 神姫が、アルバイトですか? 「エルゴに神姫の学校ってあるじゃない。あれと似たようなものよ」 「はぁ……」 神姫オーナー最大の悩みといえば、今も昔も変わらない。自分がいない間、神姫の面倒を誰が見てくれるかの一点に尽きる。 私のように静香のお母様がいたり、隣にジルがいたりすればいい。一人暮らしのマスターが寂しがりの神姫を一体だけ買ってきた、というケースは数知れず。 そこの需要を直撃した神姫の学校は、成功を収めたわけだけれど……。よりにもよって、バイトですか。 「ウチの店って、前は神姫の預かり所も兼ねてたのね」 「はぁ」 どうやらこの広いスペースは、その時からの物らしい。 「でもそれじゃ、オーナーの手間ばっかり増えてね。だったら、みんなでオーナーを手伝えばいいじゃない、って事になったのよ」 確かにフロアは明るいし、みんなおしゃべりしたり、歌を歌ったりしながら楽しそうに仕事をしてる。少なくとも、働かされてる、って感じはどこにもない。 「手伝いに入る時間はマスターの都合に合わせて自由。まあ、そのぶんバイト代はそんなに出せないけど……私達の維持費の足しくらいにはね」 「……じゃあ、裁縫の出来ない子は?」 もしかして、面接なんかもあるんだろうか。 それはそれで、何か違う気がする。 「別に、縫製だけが仕事じゃないもの。最低、近接武器がちゃんと使えれば仕事はあるしね」 よく見れば、フロアにいるのは裁縫や裁断をしている神姫ばかりじゃなかった。 試作品の服を着て走り回るマオチャオや、大鎌で家具用の材木を叩き斬っているハウリン、まかないらしき料理を作っているアーンヴァルもいる。 「あのマオチャオは、耐久テストですか」 「さっすがモデル経験者」 静香にもよくやらされますから。 ……なるほど。本人は遊んでるつもりでも、ちゃんと周りの役に立っているわけだ。 近接武器は、武装神姫なら使えない子はいないし。素材を高精度で斬るのはそのまま実戦訓練にも繋がるから、バトル系の神姫でも嫌がりはしないはずだ。 「それにみんな覚え早いしね。第一……」 その続きは、私達の上から来た。 「神姫の着る服は、神姫が作った方が正確だしね」 そこにいたのは、静香と武井さんだった。 「静香。お話、終わったんですか?」 「ええ」 この間エルゴで、この間作ったスーツをエルゴのラインナップに加えたい、という話が持ち上がっていたはず。おそらくはその算段だろう。 「どうだい? こびとの靴屋の感想は」 「びっくりしました」 そうとしか言いようがなかった。 「まあ、普通そうだろうね」 武井さんは私のひねりのない感想にニコニコと笑っている。 「そうだ。ウチのもう一人を紹介しとこう。タツキ」 そう言うと、傍らにいたタツキが、作業台の前に陣取っている神姫の一団に大声を投げ付けた。 「お姉ちゃん! オーナーが、ちょっと来てって!」 「何だいオーナー? 今、仕上げで手が離せないんだけどさー」 そう言いながらやって来たのは、一体のツガル。 タツキと鏡合わせの右だけのおさげに、白いツナギを着込んだ子だ。広い工房を移動するためだろうか。本来のツガル装備ではなく、翼を短く切り詰めたアーンヴァルのウイングユニットを背負っている。 「アギト……じゃない、アキさん。こちら、戸田さんとこのココ」 「ココです。よろしくお願いします」 そっと右手を伸ばせば、ふわりと包み込むタツキとは反対に、力強く握りしめられた。 「そっか。あんたが……」 「……?」 明らかに私のことを知っている口ぶりだ。 「どこかで、お会いしましたっけ?」 「いや。気にしないでくれ」 武井さんのように、静香あたりから聞いていたんだろう。どんな話を聞いていたのかについては、あまり聞きたくなかったので軽く流す事にする。 「アキだ。オーナーんとこで『こびとの靴屋』の現場監督をしてる。よろしくな!」 戻る/トップ/続く
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1566.html
ハウリングソウル 第一話 『廃墟にて』 今はもう誰もいない。かつてはそれなりに賑わっていたであろう街中を、一つの影が疾走していた。影は両の手にカロッテTMP・・・通称サブマシンガンを握っている。 影が向かう先にはマスクをつけた特殊部隊の隊員のような人影・・・・一体のMMSが立っていた。 そのMMS・・・兎型MMSヴァッフェバニーは走り寄る影に向かって両手で構えたSTR6ミニガンを連射する。 その弾丸の嵐を影は僅かに身を捻るだけで回避した。 「(・・・・・・・・馬鹿な)」 兎型MMS、ヴァッフェバニーは心の中で舌打ちをした。 「(私が今まで戦ってきた犬型はここまでのスピードを持った者はいなかった。一体奴は何者なんだ!?)」 ヴァッフェバニーはミニガンを的確な狙いと速度で連射する。今は何よりも、奴を近づかせないことが先決だ。 事実、先程から疾走する影・・・・犬型MMSハウリンは彼女に近づくことが出来なかった。付かず離れずの距離を保ちながら右へ左へとこちらを翻弄している。 「(奴の狙いは・・・・・こちらの消耗か?)」 だとすると敵の犬型は彼女を見くびっている。彼女はSTR6ミニガンを二挺装備している。事実上、弾が切れる心配は無い。その前にタイムアップでドローとなるだろう。 彼女は突撃せず後方支援を目的としていたのだ。その分装備も重装備である。 しかしつい先程、仲間の反応が消えた。恐らく目の前の犬型にやられたのだろう。 彼女達はタッグで勝負を始めたはずだった。にも拘らずこちらの損害は大きくあちらは事実上無傷である。 「・・・・・面白いじゃないか」 マスクに隠された顔で不適に笑う。ならこいつを倒せば仲間の敵も討てると言うことだ。だが今へたに動けばこちらがやられる。二人揃ってやられるよりも、まだ引き分けのほうが戦略的にましだろう。だが向こうが何かミスをしたならば一気に畳み掛ける。取りえず今はこの拮抗状態を崩さずに制限時間まで持ち込めば ――――――――――― と、動き回っていた犬型が突如として停止した。 彼女はその隙を逃さずにミニガンの掃射を食らわせる。 銃口から盛大なマズルフラッシュが瞬き一瞬、その場にいた全員の視界を遮った。 そしてマズルフラッシュが納まった後・・・・ヴァッフェバニーが掃射を止めた後には、ボロボロのテンガロンハットだけが残されていた。 「・・・・・中身はどこに行った!?」 右、左と辺りを見渡してみるもあの犬型はどこにもいない。まるで消えてしまったかのように。 「(消えた?・・・・そんなはずは)」 困惑する彼女の頭上が突如として曇った。 太陽に雲がかかったのだろうか? 否、このゴーストタウンは仮初の町。空はコンピューター制御の虚像である。確かに雲も太陽も存在するがそれはただあるだけで動いたりなどはしないはずだ。 ならば一体・・・・・・・? 彼女は上を見た。 そして廃墟となったビルの屋上に、巨大なガトリングを四問備えた巨体を見つけた。 悪魔型MMSストラーフ。 確か犬型とタッグを組んでいた神姫である。悪魔型の背面ユニット、チーグルと呼ばれる機械式副腕に取り付けられたガトリングは全てがこちらを狙っていた。 彼女は完全に失念していた。こっちがタッグである以上、向こうもタッグであることを。 「ハウ・・・・・・時間稼ぎ、ありがと」 屋上の悪魔型がそう呟く。 「結構辛かったよノワール。あとでたっぷり休ませて貰うからね?」 いつの間にそこにいたのか、フィールドに配置されているゴミ箱のオブジェの傍にハウと呼ばれた犬型MMSが立っていた。 ・・・・ハウリンだからハウなのだろうか? 「くくっ・・・・はははははっ」 ヴァッフェバニーは思わず吹き出していた。 今の状況とそこに追い込まれた自分。そしてこの二人の手腕に。 「兎型の人、降参しますか?」 ハウと呼ばれた犬型がこちらにTMPを向けている。そして屋上からはノワールと呼ばれた悪魔型のガトリングが自分を狙っていた。 「ハウと言ったな? 私が一ついいことを教えてやる。・・・・諦めないことが勝利への近道だ!!」 ヴァッフェバニーはミニガンを放り出し腰のカロッテP12に手をかける。この距離なら彼女は外さない。手をかける速度がもう少し速ければ。 ハウとノワールの銃は彼女はミニガンを放り出した瞬間に火を吹いていた。 TMPはP12を弾き飛ばし、ガトリングはヴァッフェバニーの体に命中していた。 ヴァッフェバニーは声も無く倒れこむ。それと同時に試合終了を告げるブザーが鳴った。 「マスター! 試合終わりましたよ!」 試合を終えたハウとノワールが神姫センターに設置された専用筐体から出て来た。私はそれを見て思わず笑ってしまう。 何と言ったってハウの後ろにノワールが隠れるように出て来ているからだ。妙に微笑ましく思った私は彼女達に笑いかけてこういった。 「二人ともお疲れ様だ。今日は時間も遅いしもう帰ろう」 「そうですね。ノワールも疲れてる・・・ノワール?」 「・・・・・・・マイスター」 と、ハウの後ろに隠れていたノワールが一歩進み出る。 「もっと・・・・遊びたい。・・・・今度は、神姫バトルじゃなくて・・・・普通のゲーム・・・」 あまり表情を変えずに、でも控えめにノワールは言った。 ああもう。 なんでこの子等はこんなに可愛いんだろう。私が結婚適齢期を逃したらきっとこの子達のせいだ。 「しょうがないな・・・・ハウもそれでいいかい?」 「マスターがそれでいいなら。お姉ちゃんの意見には逆らえません」 そういってハウは軽く舌を出す。畜生、可愛いよ。 私は二人を手のひらの上に乗せ、そのまま胸ポケットに入ってもらった。 入るときに二人が少し窮屈そうにしていたのはもうしょうがないだろう。だって私だって女だし。 「それじゃあ行こうか。二人は何がしたい?」 「アレがいいです! レーシング!」 「・・・・・競馬」 「「はい!?」」 2036年、Multi Movable System------MMSと呼ばれる全高15cmのフィギュアロボが当たり前に存在する世界。 中でも一般的なのが『神姫』と呼ばれる女性型MMSである。 人々は彼女達に思い思いの武装を施し、互いの神姫を戦わせていた。 様々な武装を付け、戦場へと赴く彼女達を、人は『武装神姫』と呼んだ。 NEXT
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/970.html
前へ 先頭ページへ 朝。 朝が来た。 マスター風に言うならば清々しい朝。もしくは、爽やかな朝。 とにかく、私は内蔵された自動起動機能によって目を覚ました。 起きたからにはやる事がある。 ベッドであるクレイドルから上体を起こしての状況確認。 玄関―――朝刊が届いているのを確認、鍵もチェーンもかかったまま。異常無し 窓―――カーテンの隙間から天気を確認。予報通り快晴。鍵も閉まっている。異常無し。 ちゃぶ台―――マスターの財布を確認。休止前との異常は検出されず。異常無し。 ベッド―――マスターが眠っている、今のところ異常無し。 時刻―――現時刻、午前7時30分。講義開始が午前9時30分。マスターの行動予想。このまま起こさない場合の起床時間、9時。 行動、開始。 私はぴょいん、とクレイドルから飛び降りる。クレイドルはマスターのベッドの枕元に置いてあり、飛び降りた先はマスターの顔の直ぐそばだ。 何時もは気難しげな表情をしているが、この時だけはいつも穏やかだ。まるで死んでるみたい。 ……心なしかマスターに睨まれた気がする。次は潰されそうだから本来の仕事に移るとしよう。 ベッドの隅に立てかけられた30cmの鋼尺、それを両手で抱えるように持つ。 人間からしたらそれ程でもない重量だろうが、神姫である私からしたら結構な重量を感じるそれを、肩に担ぐように構える。 そして、腰を軸に上体を回転させる。 「―――ッ!」 ばこん、という音と共にマスターが飛び起きた。 頭を押さえて涙目でこちらを見ている。 その視線を受けながら、私はこう言うのだ。 「おはようございます、マスター。今日も良い天気ですよ」 それが私の日課。 武装神姫、ナルの一日の始まりなのだ。 今日も今日とて大学へ向かうマスター。 そしてマスターの胸ポケットの中に納まる私。 マスターが一歩歩くごとに身体が数cm程上下する。 これが人間換算だった場合、人は酷く酔ってしまうと聞いた事がある。 全てを人間に準じて作られた私がそうならないのは機械的に制御が成されているからか、それとも個体差なのだろうか。 そんな事を考えていると、空が翳った。 「……ハトか。珍しい」 マスターが呟いた。 人には聞こえそうもない小さな呟き。しかし、私の耳はそれを捉えた。 それは私の聴覚が人間よりも優れているという点もあるが、マスターの身体から声の震動が伝わったというのもある。 「このご時世、こんなところで鳩を見れるとは思いませんでした」 私は率直な感想を言った。 私に内蔵されている基本データの鳩に関する項には2036年現在、鳩の生息数が激減しており、絶滅危惧種一歩手前であると記されている。 そして、日本で野生の鳩が生息しているのは浅草だけだとも記されている。 ここは浅草から少し距離がある。飼われた鳩にしろ野生にしろ、少々貴重な体験だと言えた。 「餓鬼の頃はそこそこ見かけたんだがなぁ」 そう言うと、マスターは空を仰いだ。 その表情を窺い知ることは出来ないが、きっと私の知らない遠くを見ているのだろう。 私がマスターと出会ってもう5年になる。 この5年間、色々な事があった。 だけど、まだ私はマスターの全てを知っている訳ではない。 マスターが見たもの、マスターが感じたもの、マスターが知ったもの。 私が知らない、マスターの要素。 マスターという人間を構成するピース。 それを、私も共有する事が出来るのだろうか。 「……暇があったら実家にハト探しに行くか」 さっきよりも小さな声、だけど、はっきりとした声でマスターが言った。 その視線は真っ直ぐ前を向いている。 だけど、私にはその先にあるものがわかる気がした。 「楽しみです」 大学は、目と鼻の先だった。 今日の講義は一限から五眼までフルに入っている。 一限目は工業数学。マスターが最も苦手とする教科で、マスターは今にも死にそうな顔をしている。 私はというと、教室の机の上にぺたりと座り、周囲を伺っている。 この教室はそれほど広くは無く、人と人が接触しやすい。周囲を見れば3,4人のグループで固まってるのが殆どで、一人で難しそうな顔をしているマスターは少し浮いている。 元々人づき合いが良い方では無いので、大学内の友人は研究室の方くらいしか見た事が無い。 他愛無い雑談のざわめきの中、マスターは一人教科書を睨んでいる。 少しでも頭に入れておかないと刺されたときマズイそうだ。 暫くして、教授が現れた。その瞬間に水を打った様に静まり返る様は何時見ても面白い。 講義が始まった。 教授は説明を交えながら黒板にチョークを滑らせている。生徒はと言えば、黒板の例題や問題を写し、それを解く為に頭を絞っている。 無論、マスターもその一人だ。 シャーペンをくるくる回しながら、左手で頬杖をしている。その眼はノートに突き刺さっており、とても鋭く、険しい。 暫く微動だにしなかったマスターだが、目だけが動いた。 その先にいるのは、私だ。マスターの言わんとする事は手に取るように分かる。 確かに私は機械の類だ。計算は得意中の得意。朝飯前だ。 しかし、だ。 「マスター、こういうのは自力でやらねば意味がありませんよ?」 マスターは苦虫を噛み潰した様な表情をし、再びノートを睨んだ。 何事も経験ですよ、マスター。 講義を終えたマスターは随分と憔悴している様に見える。 覇気が無いというか、精気が無いというか。とにかく元気がない。 マスターの胸ポケットの中で揺られながら私はそう思った。 しかし、それも仕方ないのかもしれない。 その理由は次の講義がマスターの苦手科目No.2、文章演習だからだろう。 この講義、平たく言えば作文の講義なのだが、マスターは文字を書くとか本を読むとかそういう類の事が大の苦手なのだ。 レポートにおいてもそれは健在で、毎回必ず再提出の烙印を押されている。 そういう訳でマスターはこの講義が苦手という訳だ。 重々しい足取りで教室移動をするマスターは、さながら亡者だ。 瞬間、身体に衝撃が走った。突然の事だが、頭は冷静に動いている。 とりあえず、私の身体は空中にある。身体は一回転していて、頭から真っ逆様に落ちる格好だ。 とりあえず状況を確認すると、マスターが尻餅をついていて、その上に人が覆いかぶさっている。 マスターは後頭部を押さえていて、覆いかぶさってる人間はぐったりとしているのが上下逆さまに見える。 「…わわっ、大丈夫ですか~!」 何ともマヌケな声が聞こえてきた。 その声の主はマスターに覆いかぶっている人間だ。 「いいから、どいてくれ」 マスターが不機嫌そうに言った。それを聞いたその人はあたふたしながらやたら危なっかしくマスターの上からどいた。 それは女の人だった。 そして、床と私の距離はもう無い。ぶつかる。 何時もなら直ぐに体制を立て直す事が出来るのに、反応が遅れた。どうしよう、とか思ってたら、 「……ゎっ」 思わず変な声が出た。それは身体に慣性の力が働いた事による反作用だ。 視界は未だ上下逆転したままだ。前髪が床についている 足首を見ると、誰かに掴まれている。 白い手、白い腕、白い身体、白い髪。 「……ストラーフ?」 思わず疑問が口に出た。だって、そこにいたのは白い神姫。 白い神姫と言えばアーンヴァルな訳だけど、その顔はどう見たって私と同じ顔。ストラーフなのだから。 しかし、このストラーフ無表情である。目が合っているのにあちらさんは瞬き一つしないで私をじっと見ているのだ。 なんて事考えていたら、彼女は唐突に私の足首から手を放した。 手を付いて一瞬逆立ちの体勢、今度は身体全体を使ってくるっと周る。よし、上下正常な世界だ。 私は改めてストラーフを見た。私は量産機なので私と同じ顔を見るのは少なくない。その中には様々なカラーバリエーションのストラーフがいたが、ここまでまっ白いストラーフは初めて見た。 「わ、私ぼー、としてて、その、あの……」 頭上からマヌケな声が降ってくる。その声の主はマスターに対し平謝りだ。 「……今度から気を付けてくれ」 マスターはバツが悪そうに言うと、私を拾い上げた。 「大丈夫か?」 「あのストラーフのお陰で」 私はマスターの手の中、視線をあのストラーフへと向けた。 そのストラーフはマヌケな女の人に抱きかかえられている。 マスターの逡巡する気配が漂った。 「……名前を聞いても良いかな?」 その視線はマヌケな女に人に向けられている。 当の本人は、一瞬ポカーンとした後、金魚みたいに口をパクパクさせている。 かと思えば大きく深呼吸をし始めた。3度深呼吸をした彼女はようやく口を開いた。 「えと、その、わた……私、環境心理学科の、君島、です」 まるで息も絶え絶え、死にそうな様子で君島さんとやらは言った。 「それで、この子は、アリスって、言います」 そういって胸に抱える白いストラーフ、アリスを一瞥した。 しかし、このアリスとやら、マスターである君島さんと違い本当に無表情だ。 「僕は倉内 恵太郎。君島さんと同じ環境心理科です」 マスター自慢の猫被りが発動した。さっきまでの不機嫌ぷりは何処へやら、今は完璧な爽やか系好青年だ。 「この子はナル」 「どうも」 私は軽く会釈した。 「アリスちゃん、僕のナルを助けてくれてありがとう」 マスターの言葉を無表情で受け止めるアリス。それに対して君島さんはやたらおどおどしている。ここまで来ると面白い。 「……いい」 アリスがようやく口を開いた。にしても驚くほど無機質な反応だ。……CSC入ってないんじゃないだろうか。 その時である、場違いな声が響いたのは。 「おはよう! けーくん!」 どっから顕れたのか、孝也さんがマスター目掛けて飛び付いてきた。 「おはよう……っと!」 そしてマスターは孝也さんの顔面に右フックを叩き込んだ。 孝也さんは派手な音と「ぐべぇ」みたいな呻き声を上げてゴミ箱に突っ込んじゃった。 「ふぇ?…え? え?」 案の定、君島さんが目を白黒させている。 「ああ、いつもの事ですよ」 マスターは相も変わらず爽やかを装っている。 「そう、僕とけーくんのスキンシップは何時でも過激なんだ……」 何時の間にやら孝也さんがマスターの傍らに寄り添っている。相変わらず復活が早い。 「そ、そう、なんですか」 駄目だ、完全に怯えている。 「マスター」 「……じゃあ、次の講義がありますんで僕はこれで」 私の言わんとする事が伝わったようだ。 マスターは孝也さんの首を鷲掴むと、笑顔で歩き始めた。 「ところでけーくん、今の人は? ……けーくん、首が痛いよ~。……けーくん、絞まってる! 何か凄い締まってるよ!? 何! 僕が何かした!? 嫌だ! 離して! 話せば解る!……アーーーッ!」 残された君島は暫し茫然としていた。 まるで嵐のような出来事に頭の処理が着いて行っていないのだ。 「……ましろ」 「ふゃいっ!?」 普段は全くの無口&無表情なアリスが君島を、君島ましろの名を呼んだ。 その事に君島は飛び上るほど驚いた。自分の神姫なのに。 「……紅」 一言。言葉ではなく単語。 アリスのその短い説明でも、君島はすぐに理解出来た。 「あ、あの人が、そう、なの?」 口調は変わらない。しかし、その目の鋭さは先ほどまでの少女とは到底思えない鋭さだ。 その鋭い視線を恵太郎が去って行った方向へと投げかける。 見えない何かを見るように、見えない何かを値踏みするように。 「じ、じゃあ、やっつけなきゃ、あの人」 まるで近くのコンビニに買い物に行くような気軽さ。 反して、命を賭けた血戦に赴くような切迫さ。 奇妙で歪んだその少女の名は君島ましろ。 ましろを知る人間は彼女をこう呼ぶ。 白の女王、と。 先頭ページへ 次へ