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ウサギのナミダ ACT 1-6 □ 翌週末。 俺は気が進まないながらも、いつものゲームセンターへと足を運んだ。 井山とかいう変態野郎がいるかと思うと行く気がそがれるのだが、先週の騒ぎの後で行かないのでは、こちらに後ろ暗いことがあるように思われてしまう。 ティアの恐がりようを思うと、さらに気が引けるのだが、それでも俺はやはり、いつも通りに行くべきだと思ったのだ。 そんなことを考えていたら、いつも行く時間より、一時間ほど遅くなってしまった。 俺はティアを連れて、ゲームセンターへと向かった。 いつものように、店内に入り、武装神姫のコーナーに足を向ける。 ……気のせいだろうか。 ざわついていた店内の空気が変化したように思えた。 バトルロンドコーナー特有の喧噪がなりを潜め、いきなり空気が重くなったような感じだ。 よく見れば、コーナーの誰もがバトルに熱中している風ではない。 みんな、隠れるような視線で……俺を見ていた。 眉をひそめる あの井山みたいな奴が来たからといって、こんな風に迎えられるいわれはないはずだ。 だが、武装神姫のプレイヤーの誰もが、何かやっかいなものを見たような視線で俺を見ている。 俺がどうしようかと迷って立ち止まっていると、店の奥から長身の男が現れた。 大城だ。 「大城、これはどういう……」 「遠野、悪いことは言わないから、しばらくここに来るのはやめておけ」 大城は、らしくない難しい顔をしながら、そう言った。 俺が来たときに言う言葉を決めていたかのように、はっきりと言い切った。 「なんで」 短い一言が硬い口調であったのを自覚する。 食い下がった俺に、大城は黙って一冊の薄い雑誌を差し出した。 週刊のゴシップ写真誌だ。 下世話な芸能ニュースを中心に、サブカル的な内容も扱う、はっきり言って低俗な雑誌だった。 大城から受け取った雑誌は、神姫のオーナーの間では有名だった。 神姫の記事が毎週載っているためだ。 その内容は真面目なものではなく、神姫のグラビアとか、有名神姫のゴシップとか、そう言うたぐいのもの。 俺は興味がなかったので、ほとんど目を通したことはない。 俺はその雑誌をパラパラとめくる。 雑誌の真ん中あたりに、袋とじページがあり、開封されていた。 その扉ページには、『衝撃! 淫乱神姫の過激プレイ、その中身』という、まったくひねりも何もないタイトルが、奇妙な字体で書き殴られていた。 ページをめくる。 「あっ……!」 俺の胸ポケットで、ティアが絶句するのと、俺の脳内にハンマーが振り降ろされたのは同時だった。 そのグラビアに写っているのは、ティアだった。 いや、グラビアなんかじゃない。 グラビアだったら、少なくとも被写体の美しさを表現しようとする姿勢が見て取れるはずだ。 そんな姿勢は欠片もない。 あらゆる方法で汚される神姫を、より扇情的な構図で撮影した写真、だった。 なんで……ティアの過去は海藤くらいしか知らないはずなのに。 なんで、この記事で『T県、T駅前のゲームセンター常連神姫・T』なんて伏せ字で名指しされてる!? しかも、ティアの画像には、目隠しされていない。 ティアを知る人が見れば、間違いなくティアだとわかる。 「……なんだよ、これは……」 「それはこっちのせりふだ。なんなんだよ、これは」 大城が厳しい表情で俺を見た。 「まさかお前、ティアにこんなことさせてるんじゃないだろうな?」 「するわけないだろう!!」 返す答えが大きな声になってしまったのも、仕方ないことだと思う。 冗談でも、俺がティアを慰みものにしているなどと、言ってほしくはない。 「だろうなぁ。お前がそんなことするタマとは思ってねぇよ。 だがな、疑問はある。 この写真はティア以外には見えねぇ。そして、いつ、誰がこの写真を撮ったのか?」 「……奴か」 「だろうな。だが、それが本当だとすると、井山が言っていたティアの過去も本当だということになる」 ……妙なところで鋭い奴だ。 大城の言うことは全くの正論で、否定の言葉も見あたらない。 俺は拳を握りしめる。 「……たとえそうだったとして、今のティアと何の関係がある?」 「関係はないかもしれねぇ。だけど、気持ちじゃ納得できねぇよ。 言っちゃぁ悪いが……神姫風俗は違法だぜ? 犯罪に関わった……しかも、こんな姿を公開された神姫とバトルしたいと思うか?」 「だからそれは……!」 俺の反論を、大城は右手を挙げて制した。 「わかってる、お前は下心あるような奴じゃないってことはよ……。 でも、考えてみろ。今ここでお前が意地を通してバトルしようとしたって、誰も応じてくれやしない。 それどころか心ないヤジや噂話に、つらい思いをするのはお前達だぞ?」 そう、わかっていた。 今この状況で、俺が意地を張ってバトルをしようとしても、応じてくれる対戦者などいないことを。 それでも、俺は納得できなかった。 俺達は何か悪いことをしたか? ただバトルロンドをプレイしようとすることが、悪いことかよ? 俺と出会う前のティアは、確かに違法行為をしていたのかも知れない。でも今は、素体も標準的なものに換装されて、俺の神姫として登録されている。 それに、ティア自身が何か悪いことをしたか? ティアに違法行為をさせたのは神姫風俗の経営者で、法に触れると知りながら彼女を汚したのは、井山みたいな連中じゃないのかよ? 俺はぶつけようのない不満を握りつぶすように、強く強く拳を握る。 何とか無理矢理、自分を納得させようとする。 それでも頭が沸騰して、言葉にならない。 つかの間、俺と大城の間に沈黙が流れた。 それを破ったのは、別の方からかけられた声だった。 「ああ、ああ、遠野くん! 困るんだよねぇ、ああいう人を連れてこられちゃあさぁ!」 「店長……」 俺を見つけた店長は、あわてて側までやって来て、そんなことを言った。 店長は二十代半ばくらいだろうか。小柄で童顔なので、実際は学生のように見える。 人がよく、いつもにこにこと笑っている人だ。 それが、今は迷惑そうな顔で俺を睨んでいる。 「ああいう人って……井山みたいな奴のことですか」 「ちがうちがう! 黒い背広の、いかにもそっちの人って感じの連中だよ!」 店長の話では、午前中に一度、三人組のダークスーツ姿の男達が来店したという。 そして店長にこの雑誌を見せながら「この神姫がバトルしに来ていないか?」とほとんど脅迫めいた口調で尋ねたのだ。 店長は、知らぬ存ぜぬで切り抜けたらしい。 店長にしてみれば、やっかいごとを避けたい一心だったようだが、俺達にとってはありがたい話だった。 男達は、この神姫が来たら教えてほしいと言って、去っていった。 おそらくこの男達は、神姫風俗「LOVEマスィーン」の関係者だろう。 俺がティアを見つけたときに会った男達と特徴が同じだ。 「すみません。ご迷惑をおかけして……」 「ほんとだよ……君も常連さんだから、言いたくはないけど、しばらく店に顔を出さないでくれよ。 僕の方は何も知らないってことにしておくから」 店としては最大の譲歩なのだろう。 俺達のことを話さないでいてくれるだけでも、よしとせねばなるまい。 あんな手合いがやってきたのは、俺達にも責任があると思う。 店長はブツブツと文句を言いながらも、最後は俺の肩をたたいて、去っていった。 こうなってしまっては、店に迷惑がかかってしまう。 認めたくはないし、納得は行かないが、ここは立ち去るしかない。 俺は大城に手を挙げて、きびすを返した。 ふと気付いて、声をかける。 「そういえば、今日は久住さんは来てないのか?」 「……あの記事を見て、すぐに帰ったよ」 「そうか……」 少し胸が痛む。 ティアの過去は、むやみに人に話したリする種類のものではない。 だが、久住さんや大城にも黙っていたことは、俺にも責任があると思う。 特に久住さんは女性だから、何も知らずにこんな写真を見せられればショックだったろう。 「すまないな、大城」 「……」 大城はらしくもなく口ごもる。 わかっていた。 俺に「店に来るな」という嫌な役目を、大城が自分からかって出たことくらいは。 友達だから、相手にとって嫌なことでも遠慮なく言う。 それはそれで奴らしい。 そう考える俺の頭はようやくに冷えて、一抹の寂しさが心の中に積もりつつあった。 俺は大城に背を向け、ゲーセンの出入り口をくぐった。 結局のところ、納得などしていない。 ただ、現実を認識し、俺が一歩引いて、意地を通すのをやめただけだ。 帰り道も、家に着いてからも、俺は考え続けている。 風俗にいた神姫を保護して、自分の神姫として登録し、バトルロンドに参戦した。 武装はオリジナルだが、違法パーツは使っていない。公式戦にもエントリーはしていない。 近場のゲームセンターで草バトルを繰り返した。 それだけだ。 俺は誰もだましていたわけじゃない。 だけど、ティアの過去が、神姫風俗というものへの認識が、どのようなものなのか思い知らされた。 神姫のオーナーであれば、パートナーとして大事にしている神姫を、性のはけ口として弄ぶその行為自体、受け入れられないだろう。 (お互い同意のもとのスキンシップならば、また別なのかも知れないが、俺にはよくわからない) その気持ちはわかる。 だが、もはや風俗の神姫ではないにもかかわらず、なぜティアは受け入れられない? 武装神姫としてバトルにいそしんでいる姿は、誰もが知っていることだというのに。 ティアの過去がどうあれ、俺以外の誰に迷惑がかかるというのだろう? ……いや、ゲーセンの店長には迷惑かけているか。 確かに、あの黒服連中が店に出入りするようになったら、店長にしてみれば大きな痛手だ。 それを理由に店に来なくなる客もいるかもしれない。 その点については、申し訳ないと思う。 俺達のことを黙っていてくれるという店長には、むしろ感謝しなくてはいけないだろう。 だが、直接の原因は俺達か? ティアが、風俗にいたことが悪いというのか。 俺は、断じて違う、と言いたい。 神姫はオーナーを選べない。そしてオーナーの命令は絶対だ。 風俗にいる神姫は、どんなに嫌でも、違法であっても、身体を売る以外に為すすべがないのだ。 ティアはもう何度も何度も傷ついた。 もう十分だろう。俺のもとにいて、同じように傷つく必要なんてない。 それでも、ティアは受け入れてもらえないのか。 風俗にいた神姫というだけで、この先ずっと認めてもらえないのか。 そこまでいくと、もう社会的通念の問題で、俺個人の力ではどうしようもないことだ。 それはわかっている。 頭では理解できている。 納得できていないのは、俺の感情だ。 為す術のない自分の力不足に、不満であり、怒っている。 やっとたどり着いた、武装神姫オーナーとしての道を突然閉ざされたことに怒っている。 俺達が今までしてきたことを、誰もが手のひら返したように否定する態度が、納得行かない。 けれど、頭でどんなに考えたところで、結局俺一人の力なんてたかがしれており、何をしたところで、問題解決にはならない、という結論に達する。 堂々巡りだ。 俺は額に手を当て、ため息をつく。 以前、海藤が言っていた言葉を思い出す。 「どんなに君が否定しても、神姫風俗とのつながりを疑われるよ」 ああ、そうだな、海藤。君の言うとおりだ。 俺は今、自分の無力さに打ちのめされている。 こんなどうしようもない状況に誰がした? 俺じゃない。久住さんや大城でもない。ゲーセンに集まる常連さん達や、店長でもない。 誰だよ、俺達をこんな状況に追い込んだ奴は。 俺の視線が、不意に机の上の神姫をとらえた。 クレイドルの上で膝を抱え縮こまっている。 ゲーセンであんなことがあってから、一言もはなさず、落ち込んでいる。 俺の神姫。 ティアが、顔を上げた。 視線が交差する。 ……俺はどんな顔をしていただろうか。 ティアの愛らしい顔が、みるみる恐怖に塗りつぶされていく。 ……なぜだ? なぜそんな顔をする? 「ティア」 「ひっ……!」 俺の呼びかけに、ティアは頭を抱え、ますます縮こまる。 「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」 まるで、壊れてしまった音声メディアのように。 謝罪の言葉を繰り返し繰り返し唱え続ける。 俺は。 俺はバカか。 俺は一瞬でも、ティアが元凶だ、などと疑ってしまったのか。 今回のことで、一番傷ついたのはティアのはずだというのに。 「違う……お前が謝ることなんてない」 絞り出すようにかすれた声。 ちゃんとしゃべったはずなのに、その声色には悔しさが滲んでいる。 「ちがうんだ」 言い聞かせるようにつぶやく。 誰に? きっと、ティアと自分自身に。 マスターとして自分の神姫を守れなかったふがいない自分に腹が立つ。 ティアにこんな顔をさせてばかりな自分が悔しい。 俺は前に言った。 ティアに、普通の神姫でいてもいいと、教えてやりたい、と。 俺が望む以外に、ティアが俺の神姫になる資格があるのか、と。 ……何様のつもりだ。 俺は、こうして怯え、傷ついているティアに、何一つしてやれていないじゃないか!! それで、一瞬でも、俺をこうして苦しめているのはティアじゃないか、なんて考えて。 俺の方こそ、ティアのオーナーでいる資格がない。 やり場のない怒りを鎮めるため、両の拳をきつくきつく握りしめた。 次へ> トップページに戻る
https://w.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1307.html
「お待たせしました」 「いえいえ。……おお、見違えましたね」 私の声に応じて振り返ったマスターさんは、そう言ってにっこりと笑いました。 そして、傍に立てかけてあるパッケージイラストと私を見比べます。 「なるほど、箱の絵と同じになりましたね。素のままの犬子さんもアレはアレで素敵でしたが、やはりこちらの姿が武装神姫としての完成形なのでしょうね。より一層素敵ですよ」 「過分なお言葉、恐縮です」 膝を落とし似非正座の姿勢を取ってから、深々と擬似座礼を行なう私。おそらくマスターさんからは、私の倒した背中越しにぶんぶん振られるドッグテイルがよく見えたと思われます。 それから再び立ち上がり、ちょっと調子に乗って色々なポーズで武器を構えてみたりします。 ポーズをつけるたびに、笑顔で律儀に拍手をしてくれるマスターさんは、本当にいい人だと思うのです。 「……おや?」 「? どうかしましたかマスターさん?」 簡易ファションショーを中断し、私は何かに気付いたマスターさんの視線を先を見やります。 そこにあったモノは……武装装着の際に端子から取り外し、パッケージの影に置いた私の両腕パーツおよび両足パーツでした。 「私の余剰パーツが、どうかしましたかマスターさん?」 「どうかしました、と言うか……あの、いま犬子さんの手はどうなっているのですか?」 むむ、なにやらマスターさん、心なしか顔色が優れません。 「どう、と言われましても……」 とりあえず、私は【手甲・拳狼】をわきわき動かしつつ……おもむろに、【腕甲・万武】から腕を引き抜き、むき出しの接続端子をお見せしました。 「このようになっておりますが」 ……はて、マスターさんは、何を一体絶句なさっているのでしょうか? 「本当に、どうかなさいましたかマスターさん?」 「あー、いえ、なんというか……その装備は、そうやって腕を取り外さないとつけられないものなのですか?」 「ええ、そのようになっております」 「……あの、そうやって腕を引き抜いて付け替えるような形でなくて……例えば、普通に元の腕の周りを覆うような形式にはできなかったのですかねぇ?」 「正確なところは設計者に聞かないことにはなんとも言えませんが、私が考えるに、まず第一に仰るようなマスター・スレイブ方式では……」 「すみません、その『ますたーすれいぶ方式』と言うのは?」 「ええと、簡単に言えば中身の動きを外側が真似てくれる機構のことです」 「なるほど、お話の腰を折ってしまって申し訳ありませんでした」 深々。 「いえいえ、こちらこそ至らぬ説明で」 深々。 「では続けます、マスター・スレイブ方式では腕部パーツを内包しうるスペースの確保のために設計的に内部機構を圧迫し、小型化、生産性、強度の低下を招きます。元のサイズが小さいだけに、わりとそのあたりは死活問題なのです。そして」 言いながら、再びわたしはがっしょんと【腕甲・万武】に端子を接続しました。そうして再び制御下に置かれた【手甲・拳狼】を、マスターに向けてわきわきと滑らかに動かして見せます。 「第二に、こうして直接接続・制御することで、マスター・スレイブ方式では不可能な滑らかで繊細な可動が可能となります」 ……って、あら? マスターさんひょっとしてヒいていらっしゃる? 「ヒいたと言うわけでもないのですが……わりかしシュールですねぇ、とは思います」 そうなのでしょうか? 私たち武装神姫はつまり「機械」、修理や換装の際のパーツの付けはずしは当然と認識しています。 ですが、人間の方にとっては、それは不自然に感じるのでしょうか? 「そうですねぇ、人間、というか生体は、滅多なことでは部品の入れ替えはしませんから。 サイズ以外は人間そっくりに見える武装神姫でそうしているところを目の当たりにしてしまうと、戸惑ってしまうのかもしれませんね」 「なるほど、そういうものですか」 「そういうものです」 むむ、なにやら雰囲気が沈んでまいりました。 何とか情況を打開しうる行動選択はないものか、私の記憶野を高速検索です。 ですが、まだ起動したての私の乏しい経験では、現状に即した打開策はそう簡単には…… あ、1hitです。 早速実行してみましょう。 「唐突ですがマスターさん、僭越ながら隠し芸などを披露したく思います」 「おお? 拝見させていただきます」 居住まいを正し、積極的に興味を示すマスターさん。ううむ、どうやらこちらがこの沈みがちな雰囲気を何とかしようとしていることを汲み取っていただけたご様子。 そのお心遣いに報いねば、武装神姫がすたると言うものです。 私はマスターさんに背を向けて腕部パーツに向き直り、再び右腕の端子を【腕甲・万武】から外します。 「む、むむむむむ……!」 そして気合を入れます。 出来ると信じること。 そこにあると認識すること。 それを貫けば、空間の隔たりなど越えられる! 「むん!」 気合一閃、果たして――私は成功しました。 私の目の前で、思惑通りにずり、ずりと動き出す私の腕部パーツ。 「成功です! ハウリンタイプにプリインストールされた48の宴会芸の一つ、『ゾンビ・ハンド』です!」 本来ならば【プチマスィーンズ】に指令を伝える通信波を強制的に変調させ素体制御信号に似通った波長に調整し、それを送ることで取り外したパーツを遠隔的に動かす、【プチマスィーンズ】を標準装備するケモテック社MMSならではのこの技! もともと受信装置など存在していない上、本体バッテリーから切り離された状態での残留電圧によってのみの駆動のためその動きはほんの僅かでたどたどしいですが、そのつたない動きがかえって不気味さを演出するというのがポイントとread meに記載されたこの隠し芸『ゾンビ・ハンド』! 見事それを成功させた私は得意満面でマスターさんを振り返ります。 いやあ、すでに腕部パーツが取り外されていると言うのがまさに絶好のロケーションで、 ……って、あら? マスターさんひょっとしてドン引きでいらっしゃる? 「ドン引き、と言うわけでもないのですが……」 なにやらこめかみの辺りを揉み解すような仕草をしながら、マスターさんは静かに語ります。 「人間と武装神姫は、似た様なものに見えて、やはり越えられぬ溝と言うものはあるのですかねぇ、としみじみ考えていたところです」 「むむむ、なにやら寂しい結論です、マスターさん」 そんな私の背後で、停止信号が送られないために最初の命令に従ってずーりずーりと腕部パーツがのたうって行くのを聴覚センサーが認識しています。 「……ソレ、止めてもらえません?」 「あ、失礼しました」 私はずーりずーり動く腕部パーツを拾うと、外れたままになってる接続端子に接続しました。 また気合を入れて変調信号を送信するよりも、この方が早いのです。 むむむ、しかしなにやら雰囲気が、先ほどよりも一層微妙に。 ここは、ハウリン48の宴会芸の新技を公開すべきでしょうか? 「あー、あのですね犬子さん」 と、悩んでいた私に、マスターさんのほうからお声がかかりました。 頬を軽くかきつつ、なにやら言いにくそうです。 「先ほど、犬子さんは『寂しい結論』と仰いましたが……」 「お気に障ったら申し訳ありません、武装神姫はオーナーとの隔たりを感じると落ち込むものなのです」 膝を落とし似非正座の姿勢を取ってから、深々と擬似座礼を行なう私。おそらくマスターさんからは、丸まった私のドッグテイルはよく見えないと思われるのです。 「あー、いえ、こちらこそお気に障ったら申し訳ありません」 深々と座礼をするマスターさん。そして顔を上げたマスターさんは続けます。 「先ほどの発言ですが、別に拒絶する意図ではないのです。そうやってお互いの違いを正しく認識し、相互理解に努めることが互いをより良きパートナーへと昇華させていくのだと言うあたりで一つ」 「……さすがはマスターさん、キレイにまとめましたね」 ドッグテイル、再びぶんぶんと起動。 「ご理解いただけたら幸いです」 にっこりと笑ったマスターさんは、再び頭を垂れました。 「改めまして、これからよろしくお願いいたします犬子さん」 こちらも擬似座礼でお返しします。 「こちらこそ、至らぬ武装神姫ですが、どうぞよろしくお願いいたします」 顔を上げた私たちは、どちらからともなく笑顔を浮かべるのでした。 「ですがその…アレはもう、やらなくていいですからね?」 「……はい」 こうして私の隠し芸その1は、公開初回にして封印を余儀なくされたのでした、まる。 <そのさん> <そのご> <目次>
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姫は魔女のキスで目を覚ます 最後の記憶は薄暗く、騒がしいまでに不快な音だけが鮮明だった。 体の電池残量は限界を迎え視界を警告が埋めアラートが悲鳴を上げていた。 何故こんな目にあったのかは、今となってはさしたる問題ではない。 廃棄られたその時、神姫にとっての過去は総てが無意味と帰す。 それが玩具としてこの身が生まれた時から決められた運命。 最後に祈るのは、せめて生まれ変わる事が可能ならば…人間になりたいとも思わない。 せめて、意味のある思い出を… ふたりは数学教師のはげに終わったと告げると、そのまま颯爽と神姫部の部室の戸を開けた。 「あ、マスター!おかえりなさい!」 明るい声が聞こえる、主人の帰りを今か今かと待ち望んでいたのか声の主は机の上で神姫サイズのモップを片手に 主人にその存在を主張するよう懸命に両手を振っている。 声の正体は蘆田の神姫の一人、犬型ハウリンタイプのフィラカスである。 ぷっ、と言う音に反応して蘆田がそちらを向くと鼻血を吹いた神奈がティッシュを求めてふらふらとしている。 「ふぐぅ、やっぱりケモテック社総帥自らデザインしたシリーズは破壊力高いわぁ…」 「「黙れ変態」」 「あぁん、ひどぅい」 二人して罵倒され神奈は一歩たじろいでしまう。 しかし本当に引きたいのは紛れもないこの二人であろう事は言うまでもない。 「フォーマットは完了済み…まぁ有り難くはあるけども、随分と念入りなことねぇ」 再起動の為に起動コードを入力し、神姫のメモリー容量を確認する。 しかしその中身はほとんど白紙で、恐らくは前の主人が棄てる前に後ぐされが無いようメモリーをフォーマットしたであろうことが容易に解った。 神姫のCSCは主人との繋がりを感情回路に大きく影響させる構造になっているらしい、もしかしたら誰かに拾ってもらえる可能性を考えてあんな所に棄てたのかもしれない。 少なくとも仮に神姫が不要になった、あるいはやむをえない事情があって神姫を手放さなければならない場合であればジャンクショップに売るだけで公式的にフォーマットは可能だし確実に神姫との別れが可能である。 しかしそれをしないであえて捨てるという選択肢を選んだと言う事は、余程やむをえない事情があったのか、あるいはこの神姫を主人が憎んでいたのか… 「それにしても気分のいい話じゃないな」 「…まぁ、おかげで助かったわ」 神奈はにやけてキーボードに手を滑らせると、基本設定が凄まじい速さで組み込まれていく。 流石に戸三神姫部の技術屋をやっている訳ではないと言うことだろうか。 神奈の好みに合わせて変わって行く各種パロメータ―を見て蘆田も口を挟む。 「ん?この素体は見た所アークタイプのようだが、この設定だと高機動型のイ―ダの方が合ってないか?」 「ちょっとやって見たい事があってね…汎用性が高いに越した事は無いのよ」 CSCのセッティングを終えて、胸部パーツをつけ直す。 するとガチンと大きさの割に重い音が鳴り、人の鼓動のようにビクリと神姫の躯が震える。 鋭い眼光を宿した目が開き、神奈をオーナーと認識して口を開く。 「オーメストラーダ製、HST型神姫アーク…起動します オーナーの事はなんとお呼びすればよろしいでしょうか…?」 「おぉ、なんとか動いたみたいだな」 フィラカスとはまた違う意味で、耳に心地いい歌うような声でオーナー登録を行おうと質問をする神姫に、神奈は答える。 「私の名前は神奈 流、呼び方はそうね…どういう呼び方があるのかしらん?」 「マスター・アニキ・アネキ の三種です」 あらあら、と頬に手を添え神奈は決める。 「兄貴と呼ばれるのもどうかと思うし、マスターと呼ぶのも何か面白みがないわねぇ…じゃあ、アネキで♪」 「了解しました…最後に、私の名前を登録してください。」 会話の中で徐々にインプリンティングして行くのだろう、無機質だった神姫の瞳に光が宿って行く。 神奈は神姫の頭を指で撫でながら、最後の質問に答えた。 「名前は最初から考えているわ、キサヤ…貴女の名前は今日からキサヤよ」 「キサヤ…うん、良い名前だ…ありがとう」 此処まで来るとマニュアルによる機械的な口調ではなく、アーク型特有の個性(キャラクター)の口調になっていた。 キサヤと名付けられた神姫は神奈に手を伸ばし、神奈はその手に添えるように小指を立ててキサヤの手に触れさせる。 「よろしくな、アネキ!」 「よろしくね、キサヤ♪」 二人で呼びあい、CSCに刻まれた絆を確認する…そして今ここに、新しい神姫が誕生したのである。 「ふ…ふふふ… フゥ―ハハハハハ!!!!」 「「「!!??」」」 突然高笑いを始めた神奈にその場に居た明日とキサヤ、さらに台所でえっちらおっちらとコーヒー牛乳を混ぜていたフィラカスはビクッとそちらを振りかえる。 この女は一昔前のムァッドサィエンティストの血でも引いているかと見紛うばかりの見事な高笑いである。 「良い、好いわ、実にイイ!!! アークはスケバン系の性格と聞いていたけど、更に妹分キャラまでつくなんて!! しかも姉妹か義理の姉妹か微妙に解らないくらいがもどかしい、あぁなんて素晴らしいのオーメストラーダ!!」 自分の世界に浸りながらアーク型への萌え的な賛辞を重ねる神奈を先ほどとは全く違う汚物を見るような目で見つつ、滝のように汗を流しながらキサヤは蘆田に問う。 「な、なぁ…ひょっとしてあたし、とんでもないマスターに当たっちまったのかい?」 「あぁ、あれは少し不良で百合趣味でオタクで腐女子で性格螺旋くれまくってるくらいなだけだ、俺はすぐに慣れた」 蘆田の説明を聞きキサヤはますます顔を青く染めていく。 「これ、絶対にはずれマスターだああぁぁあああ!!!」 部室にキサヤの絶叫がこだました。 「さてー、初戦に丁度いい相手はいるかしらねぇ~♪」 早速と言わんばかりに神奈達はキサヤを連れてゲームセンターへと赴いていた。 ゲームセンターには神姫バトルの為の筺体がほぼ標準的に設置されており、いつでも気軽に神姫バトルを楽しむ事ができるようになっている。 神姫を戦う武装神姫として育てるなら、まずゲームセンターで戦って神姫ポイント―ここでは神姫と神姫関連商品に飲みオーナーが使うことのできる電子マネーの事― を溜めるのが一般的である。 しかし… 「ねぇアネキ、もうちょっとまともな装備ないの?」 キサヤが装備しているのは簡易的なローラーシューズとナイフ、そしてハンドガンのみである。 確かにそれは起動したてでも文句を言うには十分な有様であった。 「まぁうちの部はそれ程無駄遣いできる訳じゃないからねぇ、それに今は勝とうが負けようが貴女の体の具合を調べないといけないからねぇ♪」 「カスタムパーツの製作には実費を大いに消費するからな、一昔前までは違法だったがパーツのカスタムくらいまでならOKになった現在だからこそ このバトルは必要なのさ。」 神奈の言い方に一々背筋を這う不気味な淫靡さを感じつつ、蘆田の解説に相槌を打つキサヤだが これがキサヤの人生初のバトルである。キサヤが武装神姫である以上、初めてのバトルに対する期待感は決して無視できるものではなく 結果、今は仕方なく神奈にしたがう事にした。 「がまんがまん…もし碌でも無かったら、あのもう一人のオーナーに乗り換えてやるかんな」 「ひひひ、まぁ失望させない程度には頑張るわ♪」 「俺としても歓迎したいところだけどな」 キサヤははぁ、とため息をつき…ん?とふと神奈の言動の違和感に気付く。 「なぁアネキ、アネキはオーナーとして指示を飛ばすだけだよな?」 神奈は筺体の座席に座り、キサヤの機体を筺体のリフト上に置く。 「私はライドシステムっての、一度やって見たかったのよ♪」 ゾクっとキサヤは背筋をこわばらせる、キサヤも神姫である以上基礎的情報としてライドシステムの情報もインプットされている 神姫バトルには二つのスタイルが存在している、一つは通常のバトルロンドスタイル、通称指示式。 一つはオーナーの指示に従い神姫が自分の意思で動き戦う形式のバトルスタイルである。 もう一つはオーナーが神姫に憑依(ライドオン)して人機一体となって戦うバトルマスターズスタイル、通称ライド式。 指示式に比べて一度に一体の神姫しか操れないが、その分バトルにマスターの癖が強く反映される、まさに個性が強さとなるスタイルである。 しかし神奈は神姫を見て押し隠す事も無くハァハァと身をよじらせる変態である 正直に言ってそんなマスターに身を預ける事に危機感を感じない神姫は恐らく居ないのではないだろうか、居るとしたら相当に鈍感である。 しかしキサヤは世の中に武装紳士と呼ばれる連中がごろごろいる事を知らない。 「ひゃははははは!!そうそこで股を開くのだ!!」 「ひぐっ…ひっく、もうやだよぉ」 「!!?」「あら世紀末」 突然に聞こえた如何にも世紀末な笑い声に丁度選ぼうとしていたとなりの筺体を見ると、キサヤは顔を赤くして驚愕し、神奈はぷふっと鼻血を吹く前にティッシュを鼻に詰める。 隣の筺体ではカメラを持った男が、何故かあられもない恰好をしているアルトアイネス型の神姫を惜しげもなく撮影していたのである。 「くそぅ、赦してくれミミコ…僕が戦闘前に約束してしまったばっかりにっ」 「うぅ…何でマスターまでガン見なのさぁ」 「約束したのだから仕方ないさなぁ!!さぁ次はもっと恥かしい下からのアングルだ!!」 「さぁさぁもっと誘うように、媚びて媚びて!!」 しかし状況は特に犯罪的ではなかったようだ、バトル前に約束したのであればそれは合法である。―神姫本人の意思はどうとして― しかも何故かいつの間にか神奈も混ざっておりアルトアイネスにポージングの指示を飛ばしている始末である。 そのような―良識人から見て―狂った状況下で、キサヤは流石にオーナーの頭の上に昇り、飛びあがって脳天に強烈なかかと落としを喰らわせた。 ガッ「みぎぃ!!」 「そこのカメラ男!!あたしとバトルしろ!!そんな神姫が泣くようなことを皆の前で平然とやるなんて、オーナーとして恥を知れ!!」 悲鳴をあげてうずくまる自らのマスターをよそにビシッとカメラを持った男を指さしてキサヤは宣戦布告した。 「あ?そっちのオーナーは同志じゃねぇのか?」 「ん~同志ではあるけれどキサヤが言うなら仕方がないわねぇ~ どう?あなたたちがやったのと同じ条件でバトるというのは♪」 神奈もウィンクして相手をバトルに誘う、同じ条件という事は即ち、負けたら神姫に恥かしいポーズをさせて撮影会と言う事である。 「ちょ…!!待ってそう言う意味じゃなくて」 「あら、喧嘩を売るならこっちにもそれなりのリスクが無いとね♪」 うぐ…と押し黙るキサヤ、カメラ男もキサヤの躯をじろじろ見て、思う所あったようだ。 「気に入った!!ならその条件で行こうじゃねぇか!!」 「同意感謝するわ、同志!!♪」 「人間って…人間って……」 バトルをする相手とはいえ、異様な程意気投合しているカメラ男と神奈を見てキサヤは頭を抱える。 そのまま不安げな表情でゴウンゴウンと下がって行くリフトに連れて行かれるキサヤを神奈はいひひと悪戯魔女のように嗤いつつ見送った。 「…っ、たくもう!なんなんだよあのオーナーは!」 下りていくリフトの上でいくつものレーザースキャンを浴びながら、キサヤは準備運動を始める。 初めてのバトルに対する不安を少しでも払拭するためである 只でさえ元々隠しごとやはっきりしない事が大嫌いな性格のアーク型神姫にとって、神奈のような不可思議な人間の有り方は非常に不快なのだろう。 「今は、バトルに集中だ…ッ」 元々アーク型は速さのみを求めて作られた機体である。それは即ち戦車型等と同じように純粋に戦う為に生れて来た神姫と言う事である。 ―というより、殆どの神姫はそう言った戦う為に作られた神姫である事が殆どだが― その為神姫はバトルこそが数ある存在理由の一つであり、他者との関わりを最も円滑にするための手段でもある。 「「さぁて、お手並み拝見と行きましょうか…!」」 奇しくもキサヤと神奈、筺体の中と外とで互いに呟くと同時に神奈は専用のヘッドセットを装着し…一言、唱える。 「ライド…オン!!」「っ!?」 すると神奈のヘッドセットの眼前と、キサヤの胸の上にヴォン、と『RIDE ON』というシステムウィンドウが開き キサヤは其処から何かがぶつかり、そのまま突き抜けたような感覚を覚える。 「…ふむ、自分の身体じゃないって言うのは中々不思議な感覚ね」 『これが、ライドオンの感覚…』 ザッ…と対になる方向から筺体の白い地面を踏みしめる音が聞こえる。 「装備から言ってまだペーペーの初心者か…今日は勝ち星頂きだな」 『戦う前からそう言う事を言うものではないでありますよー、それ死亡フラグであります』 うるせぇ、と神姫AIの映るメッセージウィンドウに悪態をつくのはゼルノグラード型の神姫…にライドした相手マスターだろう。 ゴウン、と筺体内部の障害物レーンが上がり、立体映像や特殊微粒子でコーティングされ白い無機質な空間が自然の川辺へと変換されていく。 「漫才は良いけど早く始めないかしらん、私もキサヤを早く知りたいしねぇ♪」 キサヤの体で喋り、相手を挑発する神奈の言動に相手もカチンと来たのか、舞台が完成すると同時に身構える。 「そっちもそっちで余裕こいてると…」 『READY…』 やがてシステムアナウンスが… 「死亡フラグだぜ!!」 『FIGHT!!』 バトルの開始を告げた。 『「!!」』 同時に飛びかかって来た相手のゼルノグラード、その手には柄の長いハンマーが握られている。 当たれば短期決着は間違いないだろう。 しかしキサヤと神奈は地面を蹴り間合いを取って初撃を回避する。 『もう一撃来る!』 「大丈夫、あなたは速いわ♪」 キサヤのアラートを聞き流して今度は相手の懐に飛び込みナイフに手をかけ、そしてキサヤがボディに伝えるサポートモーションに従いヒュン、とナイフを×に振りきる。 「っ!!んの!!」 ドッ!!と相手はハンマーを地面にたたきつけて反動で後ろへと跳んだ。 しかしキサヤは攻撃の手を休めない、ハンドガンをとり間合いを無効化すると言わんばかりに発砲しながら接近する。 (こいつ、初心者じゃねぇ!!) 『マスター!!』 ゼルノグラードの警告に動かされるまま相手もライフルを構えるが… 「速さが…」『足りない!!!』 キサヤは既に銃身の間合いの内側に入り込んでいた、脚に装着したローラーブレードはキサヤのスペックを十二分に底上げしていた。 「がっ…!!」 『凄い…でも……?』 称賛は神奈のセッティングに対するものであった、しかし神奈が繰り出す極めて攻撃的かつパターン化された戦法はキサヤ自身も驚愕させていた。 キサヤも神奈は初心者だと思っていた、現に神奈はライドバトルは初めてだったはずなのだ。 しかしキサヤは自らの身を操る事に違和感を感じていた、それは神奈だけではなかったのだ。 神奈が絡めてキサヤが斬る、そして神奈はイメージしている。速く、強い…嘗て何処かで見た動きを真似るように 相手は二人、自分も二人、しかしてその実キサヤの体は三人分のイメージが操っている。 「……こりゃあ好い♪」 『これで止めだ!!』 ガギン!!と一撃、回し蹴りで相手の顎を蹴り飛ばす。 斬り揉みしながら機体は飛んで行き、やがて川の中へ落ちていき、筺体がピリリリリリ!!!!と終了のアラームを鳴らした。 『WINNER、キサヤ&神奈』 「……ふぅっ」 ノイズと共に神奈の意識が元の肉体へと戻り、深呼吸をしながら神奈はヘッドセットを外した。 「参った、完敗だよ…あんた程完璧な武装淑女は初めて見たぜ」 「あなたも立派に武装紳士よ♪」 マスター同士で互いの友情を確かめ合う、それはある意味では健全な交流と言えよう。しかし… 「さて、ゼルノちゃんの恥かしエロス撮影会開始ねぇ♪」 「うおぉ!!恥かしい恰好では飽き足らずエロスとくるか!!やっぱりすげぇぜあんた!!」 「い、いやああぁぁぁ!!」 そう言いつつ何故か機械製品にも安全なグリスローションを手にゼルノグラードへと手を伸ばす神奈の顔に キサヤの見事なとび蹴りがめり込んだ。 戻る トップ 続き
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煌く粒子を撒き散らしながら、『ルシフェル』が天を舞う 空中戦に特化した『ウインダム』を、速度でも運動性でも装甲でも火力でも上回るその様は、決して単純に高級パーツを組み合わせただけではない 鶴畑興紀の調整能力の確かさと、的確な指示、地味だが効率的な『ルシフェル』自身の錬度も含めた、重厚で実のある強さだった 『ウインダム』自身は知らないが、「最強の武装神姫」を目指して敗北した神姫からデータを奪い、次なる『ルシフェル』に移植するという件の非情な行為迄含めて 隙の無さこそが鶴畑興紀と『ルシフェル』の強さの秘訣であった そしてその「取り付くしまも無い」感じが、『ルシフェル』自身のソリッドな印象と相俟って、かなりのファンの心を掴んでいるのも確かだった まさに今、ルシフェルに追いすがられている『ウインダム』自身がルシフェルのいちファンであり、彼女の機械的な振る舞いと言うのは、その実ミーハーなファンがアイドルのコスチュームを真似するのとなんら変わる所は無かった 鳳凰杯編 「幽鬼と魔王」 内心の動揺と高揚を表情に出さない程度には、ウインダムの『真似』は徹底していた それは、彼女より格下の神姫相手にとっては、次手が読めない不気味さと威圧感をもたらしもしたが、明らかに格上であり、しかもその模倣のオリジナルでもあるルシフェルからしてみればお笑い種を通り越して既に怒りすら禁じえないものであった (誰が好き好んでその様に振舞っていると・・・!?) 無論、口に出しもしなければ表情にも表しはしない その事で後々質問されるのも言い寄られるのも面倒だ ルシフェルは無駄と面倒を嫌う それは今迄破棄されてきた幾多のルシフェルに染み付いて来た鶴畑興紀の思想と言うよりは、『今、このルシフェル』となったストラーフの個性だった 例え内心でどう思っていようが、破棄されるよりは従順な僕であろうとする性質は、武装神姫らしいといえばらしいが、人間的といえば限りなく人間的でもある 故に、劣化コピーの存在を快く思わないのも止む無き事だった ごう!とまた一段と距離が詰まる。速度で勝り、バランスも悪くない以上、パーツ単位での性能ならば公式装備ばかりのウインダムより遥かに上なのは明白であった 今回のバトルに併せて、ルシフェルには地上戦装備は最低限しか装備されていない。そして、大柄な翼とゴツゴツした鞭状の武器、凶悪な爪を備えた「サバーカ」を装備した姿は、『ルシフェル』というよりは『サタン=アポカリプスドラゴン』を連想させるものだった サイドボード迄含めて、バトル毎に全て切り替えるのが鶴畑興紀の戦略であり、それらを全て使いこなして見せるのがルシフェルに求められる資質であった その戦略は『クイントス』と同様のものだが、パーツの質に於いて圧倒的に優秀であり、鶴畑興紀のパーツ選択のセンスも、流石はファーストランカーと言う他無かった 高速機動武装神姫にしか不可能なマニューバをいくつもこなしながら、二重螺旋状に上昇してゆく二体の神姫 だが、そのらせんは徐々に先細り、両者の距離が10smを切る頃には、ウインダムのSMGの弾丸も尽きていた 『頃合だな・・・仕掛けろ、ルシフェル』 命令と共に機銃を捨て、急接近して鞭を振るうルシフェル 急制動に回避が間に合わず、あえなく絡め取られるウインダム がきぃんっ!! 遅れて、片脚の爪がウインダムの細い腰を掴む この一瞬の格闘攻撃を確実にヒットさせる為に、速度を調整して追い抜かず、離されずの間合いを計ったのだ 『チェックメイトだ』 鞭とのバランス取りも兼ねて手首に装備されていた槍剣が、ウインダムの喉を貫いた 「いやいや、最近はサードやセカンドにも優秀な武装神姫が増えて来ていて、私も少し油断すれば危なかったかも知れないですね」 無数のカメラに囲まれながら謙遜を口にする興紀は、いつもの「貴公子」の顔だった この種の下級ランカーに対する激励リップサービスは彼のいつもの事でもあったし、「強さの求道者」として知られる場合の彼ともそうブレるものでもなかった 要するに、スターとしての資質を、彼は充分に備えているのだ 一通りのインタビューの合間に、ルシフェルと言葉を交わしたウインダムも、普段の「人形がましさ」を維持出来ずに、半ば舞い上がっているのが傍目にも明らかだった 当然、それよりもさらにこういった場に慣れない深町昭は尚更だった (馬鹿馬鹿しい) わざとらしい握手をかわすマスターふたりから目を逸らしたルシフェルは、その視界の隅に奇妙な男を見かけた 何故奇妙と感じたのか、その種の直感をあまり是としないルシフェルには、後々になるまでその理由は判らなかったが、兎角野心に満ち満ちた目をしている事だけは、その時点で既に判った 報道陣が去った後に、残されたその男が取り巻きをすり抜ける様に興紀に迫った時に、その表情にあった不敵な笑みが、興紀に媚を売るやからとは違う、一種の迫力を生み出すのに一役買っていた 「見事ですね、流石は鶴畑興紀と『ルシフェル』だ」 一瞬、興紀の顔に浮かんだ驚愕の色を、ルシフェルは見逃さなかった 「・・・馬鹿な・・・!?」 「お久し振りです。そちらも変わりなくご健勝のようで何より」 「貴様・・・性懲りも無くまだ生きていたか」 「おっしゃる意味が判りませんな、私は別に一度も死んだ事はありませんが?」 見つめ合う二人の男。その間にある緊張感を、ルシフェルはあまり愉快なものと取らなかった 「ご安心下さい。貴方がたが抜けられても、G計画は順調に進行していますよ・・・まぁ今声を掛けたのは偶然見かけたからであって、進捗状況を示すサンプルも何も持って来てはいませんがね」 「!!」 「今は皆川彰人という名で生活しております。貴方がたのご好意を持ちまして店のほうも順調ですよ」 「ではまたの機会に・・・」 「・・・亡霊め」 去ってゆく男の後姿を見送って、興紀は一言だけ漏らし、後は普段の「冷酷」な顔に戻った (亡霊・・・?) その言葉の響きに、ルシフェルはらしくないうすら寒さを感じていた 剣は紅い花の誇り 鳳凰杯・まとめページ
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西暦2036年。 第三次世界大戦もなく、宇宙人の襲来もなかった、2006年現在からつながる当たり前の未来。 その世界ではロボットが日常的に存在し、様々な場面で活躍していた。 神姫、そしてそれは、全項15cmのフィギュアロボである。“心と感情”を持ち、最も人々の近くにいる存在。 多様な道具・機構を換装し、オーナーを補佐するパートナー。 その神姫に人々は思い思いの武器・装甲を装備させ、戦わせた。名誉のために、強さの証明のために、あるいはただ勝利のために。 オーナーに従い、武装し戦いに赴く彼女らを、人は『武装神姫』と呼ぶ。 ~プロローグ~ 其処は鶴畑家邸内に構えられた武装神姫専用棟。 この場所に置いて、あの鶴畑3兄妹の武装神姫たちが生まれ、訓練され、使役され、そして朽ち果て、棄てられていく。 そしてその施設の一つ、リアルバトル様式の実験場にて、新アラエルのテストが行われようとしている。 フィールド内、アラエルの周囲はヴァッフェバニーと新型のフォートフラッグが取り囲む様にして配置されており、 さらにはその周辺に渡って多数の武装神姫が配備されていた。 「ふふふ……いいかアラエル、貴様には最新の武装と最新型のシステムを組み込んである。 この程度の敵に敗北するようでは俺の武装神姫は名乗れん! その時は朽ち果てるだけ、だ」 施設の地下にある管制室から無数のモニターで状況を観察しているのは、鶴畑家の次男である鶴畑大紀。 大紀は前回マイティに敗れた旧アラエルを廃棄処分にし、修正プログラムを加えた上で、その戦闘データを新アラエルに移植したのだ。 更に鶴畑家で独自に開発中の制御プログラムを実験的に導入し、反応速度と処理速度の大幅な向上を図っている。 また各部の強度も向上させており、体当たりされただけで翼が空中分解という醜態を晒さないように工夫されている。 スペックデータだけであれば長男興紀の誇るルシフェルに匹敵し、それはこのテストによって実績となって証明されるはずであった。 「よし、開始しろ」 大紀の指示の元、オペレーター達が神姫に攻撃コマンドを命令していく。 アラエル周囲の神姫は全て中央から一括コントロールされており、いわば唯の人形と相違ない。 そして嵐のような一斉砲撃が始まった。 ヴァッフェバニーのSTR6ミニガンが、カロッテTMPが、フォートブラッグの主砲、ミサイルランチャー、他あらゆる火器が、アラエル唯一点を目指して突き進んでゆく。 そして着弾、爆発と煙でその姿は視認不可能。 たが次の瞬間、周囲を包囲していた最前列の神姫の頭が次々ボトボト地面へ堕ちてゆき、不本意な大地との接吻を余儀なくされる。 アラエルが指向性レーザーで首との接合部をひと薙ぎにしたのだ。しかもアラエル本体は無傷。 翼に無数に設置されたレーザー及び迎撃用ミサイルによる相殺で、完全にその攻撃を防ぎきったのだ。 今度は、格闘装備を展開した十数体の神姫が一斉に飛び掛る。 しかしアラエルは冷静に、危険度の大きい敵機からレーザーを浴びせ、確実に、そして圧倒的な速度で次々と沈黙させてゆく。 それはギロチンの処刑を彷彿とさせる様な光景だった。 レーザーがひと薙ぎする度に複数の神姫の首が胴体との別離を余儀なくされ、苦しみを訴える間もなく意識が奪われるのだ。 やがてフィールドには沈黙だけが残される。動いている神姫は既にアラエルのみであった。 「ふん……100体仕留めるのに3分26秒か、悪くはないな。よし上がれアラエル、データを元に再検討を行う」 しかしアラエルは動かない。 ただ佇むだけで、その目からは生気や意思が一切感じられない。まるで夢遊病者のようである。 いつもの様に従順に「イエス、マスター」との返答がくると信じきっていた大紀は不快感を露にし。 「おい、俺の言うことが聴けないのか! 初戦でいきなりぶっ壊れやがったのか!? この役立たずめ!!!」 罵倒を受けても、尚一切の反応を示さないアラエル。 と思われたその時、ギギギと錆付いたブリキのロボットのように再起動すると、全身に装備された全武装を最大出力で乱射し始めた! 「やめろアラエル! 廃棄処分にしちまうぞ、俺の言うことが聞けないのか!?」 そうマイク越しに叫んではみるものの、全く主人の意思に従うそぶりは皆無である。 最大出力のレーザーは施設そのものにも大きなダメージを与え、現場は凄惨なものとなっていた。 人間では危険すぎてとても近づけず、神姫によって拘束もしくは破壊しようとしてもその狂った戦闘能力は何者をも寄せ付けようとはしなかった。 破壊神と化し近づく者全てを、いや周囲のあらゆるものを灰塵に帰していく。 やがてその純白のボディにうっすらと内部から赤い色が染み出してくる。 過剰出力で発射し続けたためにオーバーヒートを起こしているのだ。 「やめろ! やめるんだ! やめてくれぇぇぇぇぇ!?」 エマージェンシーコールと共に、大紀の悲鳴が管制室に響き渡る。 ……やがて、限界を迎えたアラエルのジェネレーターは融解し、辺りは閃光に包まれた…… ~ねここの飼い方・劇場版~ ミィ~ンミィ~ンミィ~ン、とセミの鳴き声が暑苦しく聞こえる頃。 「あ~つ~ぃ~の~……」 「暑いですね……」 「暑すぎるわね……」 私たち3人はノびていました。夏休みに入ったばかりなのに、その日は運悪く点検による一斉停電の日でして。 そして更に運が悪いことに、地獄のような暑さだった……温度計をみると目眩がしそうな気温を指している。 という訳で私たちは居間に倒れこむようにしてぐったりと。 「ねここ~、雪乃ちゃぁん。お昼どうするぅ~……?」 べっちゃりと床に這い蹲る格好でそういう私、でも冷たいものしか食べたくないわ…… 「ねここ~ぉ~、カキ氷ぃ~……」 「いいわねぇ……でもウチには電動式のしかないのよ」 それを聞いて、へにょりとたれるねここ。私も同じ気分だけどねー……トホホ。 「あーもー……こうなったらエアコンの効いてるお店に逃げるしかないわね……ここからだと、エルゴが一番近いかしら」 老体に鞭打つようにして何とか立ち上がる私。 ここにいては死んでしまうと思えるほどなので、動きたくなくても動かなければ…… 「行くわよ~、さぁさ二人とも乗って。あ、団扇で私扇ぐの忘れないでよね」 「はぁひ…ぃ」 と、よろめく様な足取りでエルゴへ向かったのでした。 「生き返るぅ♪」 「サイコーなの~☆」 という訳で、あの蜃気楼のような街並みを死の行進の如く突破してエルゴにたどり着いた私たち。 自販機コーナーで命の一杯を満喫しているところです。 改めて店内を見回してみると、夏休みに入ったという以上に人が多い気がする。やっぱりみんな逃げてきたのかしらね。 「ねここ、せっかくだからバトルでもする?」 「う~ん、後でがいいの。今はまだヘロヘロぉ」 と、ぐんにょりしながら言う、ねここがここまで元気がないのは珍しい。 ま、私も今の頭だと指示出来なさそうだしね。 という訳で、スクリーンに映し出されている対戦に目をやる私たち。 戦っているのはストラーフとアーンヴァル。 どっちも常連のサードリーグの人なんだけども、私にはどちらも以前見た時よりもかなり動きが鋭くなってるように思える。 上達したのだろうけど、なんだろう…… 酷い言い方かもしれないけど、短期間に上手くなりすぎ……とでも言うのかな。 「……あぁ、そっか。運動パターンがどっちも一緒なんだ」 出荷時に神姫にプリセットされた戦闘用プログラムは基本的に同一だから、箱から出した時や経験値が殆どないときは 同じタイプであれば、どの娘もほぼ同じ動きをするわけで。 でもある程度成長してくると、同じタイプでも一人一人の個性が生まれて、全く違う動きをするようになる。 それは全ての神姫が自分の経験を元にして新しい動きを生み出すからであって、例えばねここと同じような動きをする神姫がいても、 ねここと全く一緒の動きをする娘はいない。 それにプリセットされた動きといっても、タイプ別のパターンはあるわけで。 なのにあの二人は、タイプも違うのに行動パターンが妙に似通っているんだ。 「や、美砂ちゃんこんにちは」 「あ、マスター」 私が観戦しながらそう思慮を巡らしていると、いつの間にかエルゴの店長が後ろにいて。 「難しそうな顔してたけど、あれ気づいたのかい?」 と、主語を省いて問いかけてくる。 「えぇ……同じ様な動きしますよね。あの二人って親友とかじゃありませんでしたよね?」 「ああ、そうだね。此処で顔をあわせる程度の関係だと思うよ。 ……まぁ、恐らくなんだけど、多分アレを使ってるんだろうな」 微妙な表情で、妙に言葉を濁す店長。 「アレ? 何かあるんですか」 ん、と店長は声を一段下げて 「多分だけどね、HOSを使ってるんだろうな」 「何ですかそれ?」 「ん、ハイパー・オペレーティング・システム、通称HOS。 まぁ一言で言うと武装神姫の動きや思考を戦闘用に最適化するためのものだね。 乗せるだけで平均30%は性能が上がるって言われてるよ。」 「へぇ、そんなものが出てたんですか。知りませんでした」 私はソフト面の改変は殆どしないし、やっても自分で処理してしまう事が多いので市販品については疎かったり。 「出てるんだよ、出したのは傘下のメーカーのほうだったと思うけどね。 今じゃかなりのユーザーが使ってるよ。手軽に能力UPが図れて、しかも激安ってね。 でも俺はあまり好かないな。確かに性能は大幅に上がるかもしれないけど、あれは神姫の個性を殺すようなシロモノだからね。 確かに強くはなれるかもしれない。でもそんなものに頼った強さは本物の強さじゃない。本物の強さというのは……」 と、そこまで話して店長はハっとなって 「いや、すまなかったな、こんな話お客さんに聞かせるモンじゃないよな。忘れてくれれば有難いよ」 「いえお構いなく。でもそうですね、ジュース1本づつ奢ってくれたら忘れてあげます☆」 「ハハハ、まぁいいさ。それくらいならね、何がいい?」 「それじゃあですね~……」 そうおちゃらけてみたけど、その話をしている時の店長さんの顔がとても真剣で、とても怖くて、そして悲しそうに見えたのが印象的でした。 「さて、やっと落ち着いてきたし。一試合やっちゃいましょうか~」 「お~っ☆」 店長さんから2杯目のジュースを強奪した私たちは、フル回復。 ねここも雪乃ちゃんも戦闘用装備に換装して準備万端だ。 「さてさて、誰がお相手になるのかしらね~」 とその時 「キャァァァァァァァァァァァ!!!」 いきなり対戦ブースの方から聞こえてくる絹を引き裂くような悲鳴。 振り向くと、そこのスクリーンには相手がダウンしてるにも関わらず、延々と相手の顔面を殴り続けるアーンヴァルの姿が。 相手のストラーフの顔はフレームから歪んでしまっている。バーチャルとはいえやり過ぎなのは明らかで。 私は何かトラブルがあって、感情が振り切れて(つまり激怒して)しまったのかと思ったけど、アレは違う。 顔は無表情、あらゆる感情が消え去りただマシーンのように相手の顔面を殴るのみ。 マシンに駆けつけた店長が、急いでマシンを停止させようと機器を操作する。 「……くそっ! 試合が終わらない、なんでだっ!?」 だがマシンは止まらない、店内が段々騒然としてくる。 それ以前に、あんな状態になる前にジャッジAIが判定を下しているはずなのに。 「電源を抜いたら?」 私も傍らに駆けつけて、そう言ってはみるものの。 「ダメだ、今下手に電源を抜いたら、電脳空間内にいる二人のデータが破損する恐れがある。 ……!? いつの間にか識別信号が味方同士になってる。だから終わらないのか!」 「変更できますか?」 「いや無理みたいだ、二人のデータから何か流れてきてるみたいでな。……電脳空間に乗り込んでって、二人を直接倒せばあるいは……」 「ねここが、行くよ」 え?、と驚く店長。 「あんなの見ていたくないもん。ねここにできる事があったら、やるのっ」 「私も行きます。ねここだけを危険な目にあわせる訳には、行きません」 雪乃ちゃんもそれに続く。 私は何も言わない、ただ微笑んで二人を送り出してあげるだけ。 店長さんは一瞬何か言いたげだったが、すぐに気を取り直すと 「わかった、二人にお願いする。でも俺の方もジェニーをすぐ送り出すようにするから、二人は無茶しない事、いいね」 と、二人に任せてくれた。 「それじゃ、隣の筐体に入って。すぐに繋げるから」 「……何か空気が違う感じがしますね、ねここ」 「うん、嫌な感じがするの」 そして二人はそのフィールド、ゴーストタウンへと降り立っていた。私もヘッドギアを付けて、二人のサポートと援護。 『二人とも、目標は前方500にいると思われるわ。出来るだけ早く叩いて頂戴……それと、辛いけど頭部を破壊して。 100%確実に退場させるにはそれしかないの。悪いけど……』 さすがにこんな言葉を二人に伝えなければいけない自分が嫌になる。しかも手を汚すのは私じゃない、あの娘たちなのに…… 「……心配しないで、みさにゃん。ねここは大丈夫……それに、そうすればあの子たちを助けられるんだから…っ」 『………お願い、ねここ』 ……強くなったね、本当に。 「……ねここ、向かってきます。二人とも!」 と、雪乃ちゃんが言うが早いか、レーザーライフルの連射が二人を襲う。サードリーガー、まして暴走中とは思えない正確な射撃だ。 「とぉっ!」 だけどねここ達には当たらない。二人は壁や十字路の死角を駆使して、器用に攻撃を回避しつつ接近していく。 と、壁にドォン!と着弾。壁が粉々に吹き飛びビルが半壊する。 「ふぅ、セーフぅ」 壁伝いに移動するねここに、ストラーフがグレネードを放ったのだ。 頭部に大きなダメージを負っているはずなのだが、動きは通常時と変わりなく、それが不気味さを増大させている。 「ねここはアーンヴァルのほうを! ストラーフは私が引き受けます」 「了解っ!」 言うが早いかシューティングスターを全開にして一気に突進するねここ。 ストラーフはそのねここに対して攻撃を行おうと 「させませんっ!」 雪乃ちゃんが左腕に装備したガトリングガンでストラーフを蜂の巣に。サブアームでガードするものの、全身に満遍なく被弾。 さらにグレネードランチャーにも弾着、爆発。その爆風を全身に浴びてしまうストラーフ。 既に装甲はメチャクチャに撥ね上がり、既に装甲としての役割を果たさなくなっている。 見た限り駆動系の一部も破損しているはずだ。 普通ならとっくに動けなくなっているはずなのに、しかしまだ動く。 その不死身さはゾンビを連想させる…… 「……止むを得ませんね」 姿勢を低くして一気にダッシュをかける雪乃。 ストラーフは突進してくる雪乃をメッタ斬りにしようと、自身の腕とサブアームでアングルブレードとフルストゥ・グフロートゥを構え、 タイミングを計って一気に振り下ろす! が、雪乃は直前に横に細かくステップ。 そのまま相手の頭上へジャンプし、ストラーフの脳天、ほぼゼロ距離から蓬莱壱式を叩き込む! それは頭部に直撃、完全破壊。さらに胴体にも致命傷を受けたストラーフはそのまま倒れこみ、やがて消滅していった。 一方ねここはアーンヴァルに向けて突撃。 「このくらいじゃ、当たらないよっ!」 確かに相手の射撃は正確だけども、十兵衛ちゃんに比べれば隙だらけ。 ねここは紙一重で回避し続け、あっという間に白兵レンジへと持ち込んでしまった。 と、不利と悟ったのか空中へ飛翔しようとアーンヴァル。 でもそうは問屋が卸さない。 『ねここ、一気に決めちゃってっ!』 「了解なのっ。いっくよー!」 ジャンプと同時にシューティングスターを吹かす! と、一気にアーンヴァルの目の前に出現する。 シューティングスターは空中での機動性こそ殆どオミットしてあるけれど、その推力に任せてある程度飛ぶことは出来るのだ。 「とりゃーっ!」 ねここはワイヤークローを射出、そのワイヤーでアーンヴァルをがんがらじめにして地上に落下させる! 「ごめんね……っ」 体制を立て直そうと立ち上がったアーンヴァルに対し、ねここが迫る。 その左手にはドリルが装備されていて……一気に高速回転、唸りをあげる! 「ドリルクラッシャー!!!」 ……次の瞬間、ドリルはアーヴァルの頭を完全に粉砕していた…… やがてキラキラとポリゴン粒子になり消えていくアーンヴァル、どうやら成功したみたいだ。 『ねここ、雪乃ちゃん。変な影響が出る前に二人とも戻ってね』 「はぁいなの」 「了解」 「……ぅ、ぅぅん。あれ、ますたぁ?」 「よかったぁ…っ、なんともないのね!?」 「ぅん、平気かな……ボクどうしちゃったんだろぅ」 目を覚ました神姫と、その神姫を抱き上げて喜ぶマスター。 無事に再起動した二人を見て、ほっと胸を撫で下ろす私達。二人の意識は無事元のボディに戻ったみたい。 ただ原因は不明。店長さん曰くウィルスの存在もあるけど、現時点では確認されていないとの事。 店長さんからは当事者たちには、二人の神姫は当分の間バトルは止めた方がいいという事を言っていました。 で、ねここ達も念のためチェックをした後帰宅、ということに。 「今日はすまなかったね、迷惑ばかりかけてしまって」 「いえ、気にしないでください。ねここたちが選んで決めたことですから」 と会話している私達。 この時はまだ、漠然とした不安を抱えながらも、あれ程の事件に発展するとは夢にも思っていなかったのです…… 続く 戻る
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<閑話休題:とある種子の記憶> 私は武装神姫だと皆が言います。 ですが、私は外の世界には出られません。 データの中でしか生きられず、本当に神姫としての身体があるのかどうかすら自分では確認する術を持たない私は、本当に神姫なのでしょうか? 私は・・・ はじめまして、私の名は種型神姫ジュビジーの草雷と申します。 マスター定義が未設定状態のままな為に、どなたが名付けてくださったのかは存じあげませんが、蕾をイメージした名前だそうです。 少々特殊な仕事をさせていただいておりますが、一般的に普及している種型と差異はございません。 ただ一つ、現実世界で動き回ることが出来ない点を除けば、ですが。 お聞きした話によると、私の身体は外の世界で眠ったままだそうです。 ”咲かない花はない” よくあるフレーズですが、芽の出ない種はずっと土の中に埋もれたままなのですね。 土があり、光が射し、水を与えられても、種が偽物なら芽は出ません。私もそういう事なのではないでしょうか。 息抜きの為という名目で実施されるバーチャルバトル。私からすれば唯一他の神姫と関われる貴重な時間です。 今日もデータのみで構築される世界で偽物の空を見上げ、本物と呼んで良いのか判らない力を振るいます。 しかし、相手の方々はいつも不満そうな表情でログアウトされていくのです。 やはり私は普通の神姫とは何処か違うのでしょうか? この事を質問してみると、謝られてしまいました。それ以降は口に出しておりません。 今日から数日、私の起動を請け負ってくださってる方がいらっしゃらないそうなので、その間お休みさせていただくことになりました。 今度目が覚めた時には、外の世界を体験する事が出来るでしょうか。 師匠と弟子
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8ページ目『剣の墓場』 ◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆ 前回までのあらすじ 世界中の神姫が、ただのフィギュアになっちゃったみたいです。 なんで? とは聞かないでください。 私だって、キャッツアイを名乗る3バカ神姫に出会うまで、イルミのことをすっかり忘れてしまっていたんです。 かと思いきや、ただのフィギュアから目を覚ましたイルミはすぐにいなくなって、代わりに現れたのは射美と名乗る、私と瓜二つの小さな女の子。 しかも射美ちゃんは、自分は私と弧域くんの子供だと言い張り、押し切られるように私達は一緒に住むことになってしまいました。 何が何やらサッパリなまま、私のことをママと呼ぶ射美ちゃんと一緒に、一晩を過ごすのでした。 ◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆ 「天才子役っているじゃない、小さいのにテレビに出てる子。すっごくチヤホヤされて持ち上げられるけど、あたしは子供をドラマに起用するのは無理があると思うの。嫉妬してるんじゃないよ、別に役者さんになりたいとか、思ったことないわけじゃないけど、どうでもいいし。そういう子の演技見てると、すぐ泣けたりするのはすごいけど、台詞は全部棒読みじゃない。しかもヘタに演技しようとして声が不協和音っぽくなってる子までいるし」 「その点、小説なら役者がいらないから大丈夫かなって思ったんだけどね、やっぱり難しいみたい。作家さんが文字を並べるだけだから、特攻服着たヤンキーがしんみりして哲学的なこと言ってたりするんだもん。って、あたしも人のこと言えないかな? 小説家目指してるママなら分かると思うけど、難しいよね」 「『一ノ傘』って苗字も好きなんだけどね、あたし、『雲呑(くものみ)』って苗字に憧れててたんだ。なんか響きがカワイイでしょ、ママもそう思わない? 将来は雲呑って苗字の男の人と結婚しようって考えてたくらいなの」 「でもね、にゃふー知恵袋で聞くと、雲呑って『ワンタン』って読むんだって分かって、すごくショックだったの。あたしのあだ名は絶対『ワンタン麺』に決まっちゃうじゃない。でもワンタン麺って食べたことないんだけど、おいしいのかな? ママは食べたことある?」 「武装神姫で日本一強い人って知ってる? 竹姫葉月っていうお姉さんなんだよ。神姫はアルテミスっていうアーンヴァルなんだけどね、悪い改造した神姫でも簡単にやっつけちゃうんだって。『もう死んでもいいから勝ちたい』って覚悟して違法な改造した神姫でも、全然勝負にならなくてあっさり負けちゃうんだってよ。神姫の世界も世知辛いよね」 「そんなに強い神姫でも、インターネットの対戦でなかなか勝てないところがあるらしいよ。そこに集まる神姫は悪い改造はしてないんだけどね、へんてこな神姫ばっかりなんだって。レーザーで魔法陣を描くシュメッターリングとか、ワープできるバイクに乗ったエストリルとか、12人の神姫を糸で操るクーフランとか、自分は硬い箱にこもったまま毒ガス攻撃するズルいマリーセレスなんてのもいるんだって。聞いてるだけでもすごそうだけど、たぶんその神姫達のバトルって、極端すぎて見ててもあんまり面白くないよね。でも今は世界中の神姫がただのフィギュアになってるから、関係無いか」 慌ただしかった昼間が嘘のように、夜の色に落ち着いた姫乃の部屋。母と娘二人の、布団の中から聞こえてくるおしゃべりは、明け方になるまで続いた。といっても話のほとんどは射美が一方的にしゃべるばかりで、姫乃は専ら相槌をうつだけだったが、射美にとってはかけがえのない時間だった。 ママと同じ布団に入っていれば、悪夢に怯える心配なんてしなくていい。どんな話でも聞いてくれるママがいてくれれば、明日もきっといい一日になる。 射美が信頼を寄せる姫乃と弧域は、最初こそ少し難色を示しても警察に突き出すような心ないことをせず、たとえ様子見であっても、射美のための居場所を作った。愛情を求める子が心安らかにいられる、大切な場所を。 弧域と姫乃の部屋は別れているから「今日はね、う~ん……ママと寝る!」と射美は選んだ。隠し切れないほどのショックを受けた弧域は、射美と明日一緒にお風呂に入ると約束をした。当然姫乃が却下したが。 夕食を弧域の部屋でとり、姫乃の部屋に戻った母子二人、女の子同士の夜は、いつまでもいつまでも、幸福に満ちていた。 結果、姫乃は体調を崩した。 弧域との喧嘩。 心を取り戻した神姫。 そして射美の登場。 それらをたったの数時間の中で経験し、さらに機嫌を持ち直した射美は姫乃と二人でベッドに潜った後も睡魔を尽く退け、姫乃は夜通し娘(仮)の話に付き合う運びとなったのである。 途中で(あ、これ明日はダメかも)と軽い絶望を感じつつも、ついに射美の笑顔を崩すことなく明け方まで耐え切った姫乃は、早くも一人の母としての偉業を成し遂げたと言っても過言ではない。翌朝、体温が38.2度を記録したことからも、いかに姫乃が頑張ったかが伺える。 「ダメだよ、弧域くんはちゃんと学校行かないと。それより、今日の代返お願、ケホッ、ご、ごめん…………う、うん、なんとか大丈夫、かな」 「射美ちゃん? まだ私の横で寝てるよ。寝顔は天使みたい。私達の子供だからね……にはは、冗談よ」 「世話を任せたいのは山々なんだけど、たぶん昼過ぎまで起きないわよ。昨日からず~っとおしゃべりしてたもん。だから3限目の最後の講義が終わったらすぐに帰ってきてくれると嬉しい、かな。射美ちゃんが起きると思うから、二人で下着とか買ってきてくれると……無理? でも私のお下がりってわけにもいかないし……そうそう、頑張ってカワイイのを見繕ってあげてね、パパ」 「じゃあ帰りに風邪薬、お願いね。……うん、弧域くんも風邪をもらってこないように、ね」 通話を切ると、携帯が姫乃の手から枕元に滑り落ちた。拾い直す気も力もない姫乃は射美と自分の布団をかけ直し、目を閉じた。 看病のために学校を休むと弧域が頑なに主張するのは、姫乃が体調を崩す度のことだった。そして姫乃の部屋に入ろうとする弧域と、意地でも禁断の部屋に入らせまいとする姫乃の電話での応酬も、これまたいつも通りである。 普段ならば妥協案として、姫乃が弧域の部屋のベッドを使うことにしている。やつれた顔を見られることにかなりの抵抗があっても、体調を崩した時はどうしても気が弱くなり、独りきりでいることが心細くなってしまうからだ。 隣に射美がいるから寂しくはない、と言えるには言えたが、姫乃にとって射美はあくまで面倒を見るべき子供であり、ましてや自分の看病をさせるなどもっての外である。 すやすやと安らかに眠る少女は、普通ならばこの時間は学校に行く支度を済ませていなければならない。しかし射美にその記憶がない以上、弧域と姫乃は射美を送り出すことすらできないでいる。 (警察に行くのが正しいかどうか分かんないけど、どこかに相談しなくちゃ……身元が分かるまでここにいてもいい、って言えば、射美ちゃんも分かってくれる、よね) やむを得ないとはいえ、子供の大切な時間を自分の部屋に閉じ込めてしまうことに負い目を感じている姫乃は、風邪のせいで射美と始めた家族生活が早くもつまづいたことと相まって、かなり気を滅入らせてしまっていた。 カーテンの外は、昼も雲ひとつ無い青空を約束してくれそうな快晴。ボロアパート前の狭い道を、数分間隔で車が通っていく。そんな外の天気など知ったことではなく、静かに意識をまどろみの中に落としたい姫乃だったが、残念ながら、そうは問屋が卸さない。 何の前触れもなく、カラカラと窓が勝手に開いた。鍵は確かに閉まっていたはずだが、どうやって開錠されたのかは定かではない。カーテンが揺れて、眩しい光と新鮮かつ極寒の冷気が室内に容赦無く入り込む。 自分の空間から外部との繋がりを断ちたい時ほど、狙いすましたように宅配が届いたりセールスマンの襲撃にあいやすくなるものである。姫乃が体調を崩した原因のひとつである迷惑極まりない3匹の来訪はきっと、そういうことだった。 「おんやぁ? ホシはどうやらまだおネムのご様子。ここは一発、ワガハイの寝起きバズーカで目覚めさせてやるってのはどうにゃ」 寝起きバズーカやりたいんだったら静かに入ったらどうなのよ、と少々的外れなことを考える姫乃だった。 2日連続、しかも最悪のタイミングで無断侵入してきたキャッツアイの3匹、カグラ、ホムラ、アマティに対して、姫乃には怒る気力すら持てなかった。しかし、さすがに部屋の中で、小型とはいえ本気でバズーカなど構えられては無視するわけにもいかず、姫乃は渋々話しかけざるを得なかった。 「ゴホッ……お願い、今日はちょっと、静かにしてくれない、かな」 「なんにゃ、起きてたのにゃ。オマエが寝てる間に箪笥の中を物色するイベントとどっちをやろうか迷ったんにゃが、両方無駄になったにゃ。ヒロインを張るにゃら、朝はちょいエロイベントのひとつもこなしてほしいもんにゃ。ところで、そっちのロリはオマエの隠し子かにゃ?」 「そんなこと言ってる場合ですか。姫乃さん死ぬほど体調悪そうですよ」 アマティだけは姫乃の容態にいち早く気付き、気遣おうとする。できるならば部屋に侵入する前に気遣いをしてほしいと思う姫乃だった。 「あの、本当にごめんなさい。また出直します」 「今日の用事は隣室だろう、さっさと済ませて引き上げるぞ」 姫乃の懇願を聞いてか聞かずか、3人はあっさりと引き下がっていった。パタン、と窓が閉まり、部屋に再び平和が戻った。 ほんの短いやりとりではあったが、昨日のことを思えばあの3人が何をやらかしてくれるか分かったものではなく、姫乃の精神がさらにすり減ってしまった。 (あの3人もいなくなったし、弧域くんに……だめね。あの3人、弧域くんのエルを目覚めさせるんだっけ) 昨日、弧域は一度動く武装神姫――キャッツアイの3人を見ても信じようとせず、現実逃避してしまった。そのことを気にかけていた姫乃は、弧域に余計な心配をさせまいとして、今朝の弧域の看病を泣く泣く断ったのだ。弧域にしてみれば射美との顔合わせにより耐性がついていたのだが、事情を知らない弧域と朦朧とした姫乃には知る由もない。 「んん……なぁに? なにか言った?」 姫乃の隣で幸せそうに寝息を立てていた射美が目をこすり、開いた薄目が母親の顔を見つけた。 「あ、ごめん。起こしちゃった、かな」 「にはは。ママ、おはようのチュー」と姫乃のおでこに唇をつけた射美は「あっちぃ!」とすぐに離れた。 「ママ熱々! うわ、顔は真っ赤なのに唇は真っ青だよ!?」 「ごめんね、情けないママで、ケホッ、あんまり近づくと風邪うつっちゃ――」 「大丈夫!? どこも痛くない!? バイキンが悪いの? ママを体内からいじめるバイキンが悪いの? あたしが吸い取ってあげれば治る? じゃあもう一回チュー」 「んむっ!?」 姫乃に待てとすら言わせない電光石火の技だった。瞬きの間に合わされた唇、そこから全身でしがみつくように射美は手足を姫乃の体に回った。 誰もが羨む美少女、瓜二つの母娘がベッドの中でもつれ合う。乱れた髪が朱い頬を流れ、互いのすべてを奪い合うような口づけは、傍目に見れば燃え上がる恋人のそれに近い。 姫乃にとっては勿論、そこに情熱などあったものではない。 弧域にすらされたことがないほど強烈に吸い付かれ、バイキンどころか僅かに残っていた気力を奪い尽くされた姫乃は、もうされるがまま、時折ビクッと全身が硬直する以外は小指の一本すら動かせなかった。 「んむ……んふふ♪」 口づけ、いやもはや吸血に近いそれを続けていくほど、射美の表情は艶を増し、姫乃の表情からは生気が抜けていった。 (もう好きにして……あ、あれ? この感覚……) 無闇矢鱈な射美の愛情表現に快感すら見出し始めた時だった。薄れ行く意識の中で姫乃が覚えた感覚は、つい最近味わったものに似ていた。 ベッドのシーツが湖になったかのような、底へ底へと沈んでいく感覚。確かなものは射美と繋がる唇だけ。 いっそ心中とでも錯覚しようか、二人は暗い場所へと落ちていった。 「うっひゃあ、いきなり目の毒です! ――じゃなくて姫乃さん!? あなたは何が楽しくてまた自ら異空間に飛び込んできたんですか!」 「隣室だったからな。恐らく異空間の発生時、その神姫のマスターであるなしに関わらず、物理的に近い人間も巻き込まれるのだろう」 「ワガハイ、オマエのことを誤解してたにゃ。こんな時まで青少年育成条例に背を向けておんにゃの子に手を出すにゃんて……その意気やヨシ! オマエのただれた趣味はワガハイがメモリー(HDD)に永久保存してやるにゃ!」 パシャパシャと神姫サイズのカメラ(カグラが盗撮のために開発したもの)のシャッターが切られる音に気付いた射美は、あわてて姫乃を解放して立ち上がった。ブカブカの姫乃のパジャマの袖を振り回しての猛抗議である。 「ちょっとー! あたしとママのキスはあたしたちだけの宝物なんだからね! 勝手に撮っちゃダメ!」 「い、今ママって……姫乃さん、イチ神姫として勉強させてもらいました、ごちそうさまです」 「オイ、その姫乃が三途の川で溺死する寸前の顔をしているぞ。大丈夫か」 ホムラに言われ、アマティ、カグラ、それに射美は未だ倒れたままの姫乃の顔を覗き込み、息を呑んだ。 射美が着ているものとは色違いのパジャマのまま、姫乃はフローリングの床に倒れていた。 熱があるのだろう、顔が部分的に赤い。 しかし体力は底をついているのだろう、生気がない。 何か悲しいことがあったのだろう、目は充血して涙が漏れている。 寒いのだろう、鼻水が出放題である。 射美と愛を確かめ合いすぎたのだろう、口元がヨダレまみれである。 キスの最中で舌を噛まれたのだろう、だらしなく覗く舌に歯形がついている。 大学構内ですれ違えば誰もが振り向く、弧域一人のモノとしておくにはあまりに惜しい美貌。「にはは」と見せてくれる笑顔は太陽よりも眩しく光り輝く向日葵のよう。 大学1年の時、学園祭で開かれた美少女コンテストにわけもわからず出場させられ、観客の視線を独占してしまい、横に並んだ諸先輩方に睨まれたことがあった。 それほどである。それほどの面影は、もはやどこにもなかった。 「ママ、涙はいいけど、ハナミズとヨダレはヒロイン的にアウトだよ」 「そういう問題か?」 「しっかりしてください!どこか隅っこに運びましょう、ここは本当に危ないです!」 「せっかくにゃから、このベッドに寝かせたらどうにゃ。ちょっとデカいにゃが」 カグラ達はサッカーコートほどの広さの天井の下にいた。その天井こそベッドの裏面なのだが、たとえ姫乃の体調が良好であったとしても、それが弧域のベッドであると理解するには少し迷ったかもしれない。 ベッドを縦方向に二分して、片側は薄暗く、もう片側は明るい。 薄暗い方に見えるのは、姫乃の部屋にあるものと同じ机や本が散らかった本棚など、弧域の部屋そのものだった。 明るい方はといえば、まず床がフローリングではなく光を反射する色とりどりのタイル敷きだ。そして棚が整然と並んでおり、武装神姫の箱やパーツが陳列されている。姫乃達のいるベッドは、弧域の部屋と、どこかの神姫ショップ店内の中間にあった。 それだけでも異様といえる空間だが、さらにこの空間には特徴といえるモノに溢れている。 「やだ、なにこれ……全部お墓?」 「フン、言われてみれば墓にも見えるな。だがこれらはすべて剣だ」 硬いはずの床から本棚の本、ショップの商品にまで、ベッドの下以外の見える範囲すべてに、乱雑に大小形状様々の剣がびっしり突き立っている。その数は見える範囲だけでも千本を優に超えている。 剣の多くに鍔があり十字に見えるので、射美は西洋風の墓と勘違いしたのだ。あるいはここは、剣そのものの墓場なのかもしれない。 「ここがあの、エルさんの創る世界……なんだかエルさんの印象と違って、不気味ですね」 「にゃんてったってアルトレーネだからにゃ。性根が歪んでるのは想定の範囲内にゃ」 「殴りますよ」 「貴様ら、巫山戯るのはここでお終いだ」 身長以上に柄の長いハンマーを水平に構え、ホムラはフローリングとタイルの境目を跨ぐように立った。その境目の先、ベッドの天井から出たところにいつの間にか現れていたのは、金色の長髪、鉛色のロングコート、そして白く武骨な機械仕掛けの脚が特徴的な、戦乙女型アルトレーネ、エル。 俯いているため前髪が影になり、その表情をうかがい知ることはできない。 彼女も武装神姫ではあるが、ロングコートと脚の機械以外には何も持っていない。空いた両手が、側に突き刺さっている二本の剣を掴む。片方は装飾過多と見える大剣、もう片方は逆にシンプルなロングソード。その二本を構えるでもなく、これからジャグリングでも始めるかのように、真上より少し前方に放り投げた。そしてサッカーのボレーシュートよろしく、落下してきた剣を二本まとめて蹴り放った。 滅茶苦茶な軌道だが、その速さはライフル弾にも匹敵する。 「ぬっ!? うおおおおおおっ!」 飛ぶ剣にホムラはハンマーを合わせた。が、叩き落せたのはロングソードだけで、もう一本はホムラの背後へと飛んでいく。 「にゃほぁあ!? け、剣がいまワガハイの首元を通ったにゃ! 九匹に一鰹節にゃ!」 「まさか九死に一生って言いたかったんですか?」 「アマティの背面だ! 次が来るぞ!」 射美と姫乃を挟んでホムラの反対側にいるアマティは、ホムラの言うことを信じるどころか考えもしなかった。たった今、剣はアマティの正面から飛んできたばかりである。だからアマティは、ホムラが「俺の背面」と言い間違えたものとして、自らの剣を抜いて正面へ躍り出ようとした。 その瞬間、アマティの視界に火花が飛んだ。前のめりに体が倒れそうになり、床に手をついて姫乃を押し潰すことだけは回避できたものの、背中に走る激痛が堪えさせてはくれず、姫乃の隣に崩れ落ちた。 「きゃあっ!? だ、大丈夫……?」 慌てて近寄ろうとする射美を手で制したアマティは、未だ視界が安定しない中、背後を確認する。そこには【やはり、既に誰もいなかった】。 「わけわからんにゃ、アイツはアルトレーネじゃなかったのにゃ!? サイキッカー型が東京の立川以外の町にいるなんて聞いて無いにゃ!」 「アレはテレポートしているわけではない。一度見た神姫の技くらい覚えておけ、剣を周囲に叩きつけて得られる推進力を脚力に加える奴がいただろう」 解説しつつホムラは、再び別の方向から飛来した剣を弾いた。目の焦点を剣に合わせる間に、エルは姿を消してしまう。 「このベッドの上を移動しているのだろう。信じ難いスピードでな」 「アイツ一人に囲まれてるようなもんにゃ、ここにいたら格好の的じゃにゃいか! 早いとこベッドから出るにゃ!」 「だがな、このベッドの下だけ剣がない分、安全だぞ。奴が剣を使い捨てられるのは剣が突き立っている場所だけだからな。それに――」 側面から回転しながら飛んで来た二本の剣を、ホムラ、カグラがそれぞれ弾いた。ホムラは難なく防いだが、カグラは尻餅をついてしまう。 「奴は、この小娘二人を巻き込むことに対して、まったく躊躇を持ち合わせていないらしい」 言いつつホムラはチラリと射美と姫乃を伺った。 姫乃の状態は最悪だった。見て取れるほど体を震えさせ、縮こまってしまい移動どころか立ち上がることすら困難になっている。神姫云々よりも、一刻も早く適切な処置が必要だった。 「射美のパジャマも着てよママ……まだ寒い? ママ、ママ……うわああああああんママ死んじゃやだあああああ……」 上着はキャミソール一枚だけになり、泣きながら姫乃の体を懸命にこすってやっている射美も、動ける状態にはない。 「あ、今ネコ的な勘がビビビッときたにゃ。ほむほむ、ワガハイ達が置かれてる状況は【絶体絶命】じゃにゃいか」 「ホムラと呼べ。貴様はそのネコ的な勘とやらでようやく真っ当な状況判断ができるんだな。しかし今更愚痴も言ってられまい。アマティ、そろそろ起きろ」 「ランキングがなんぼのもんじゃーい!!」と叫びながら、うずくまっていたアマティが飛び上がった。 モード・オブ・アマテラスが発動し、スカート状のアーマーが左右に大きく展開された。先端の鋏のように開閉可能な部分は左右どちらもガッチリと、迫っていた剣を掴んでいる。 「ちょっと私より戦績がいいからってあの戦乙女、図に乗ってんじゃないわよ! つーかロングコートなんか着ちゃった戦乙女が世界のどこにいんのよ! ミ○キーもキングダムハーツでコート着てたって? 知らないわよクソがっ! アルトレーネは、こ、の、装備一式揃えてはじめて戦乙女だっつーの!」 「アマティ、児童ポルノが怯えてるにゃ」 「ああ? 何よ、児童ポルノって」 ほれ、とカグラに指差された射美は、あんまりなあだ名を付けられたことにも構わず、姫乃を覆い隠すように体を広げて抱きつき、まるでチェーンソーを持ったジェイソンに追い詰められたような目でアマティのことを見ている。 コホン、と咳をして気を落ち着けたアマティは、児童ポルノもとい射美に向かってとびっきりの笑顔を作った。 「にぱー☆」 「ひぃっ!?」 頭を抱えてうずくまってしまった射美と笑顔を引きつらせたアマティの間に、修復不能に近い溝ができてしまった。射美にとって長い人生(そんなものが射美にあったかどうかはともかく)の中でもっとも多感な時期である今、【突然豹変する金髪のお姉さん】というトラウマを植えつけたアマティの罪は重い。 「子供に嫌われるのって、結構ヘコむわね……」 「アマティはアマテラスを維持したまま姫乃と射美を守れ。アイツは俺とカグラで狩る」 「倒すならさっさと倒しちゃってよね。これ以上時間をかけて姫乃さんが危なくなったら、私はもっと射美ちゃんに嫌われそうだし」 「ほむほむと一緒にバトるのは久しぶりだにゃあ。二人でこの町のネコ大将を倒した時のことを思い出さにゃいか?」 「二人で? ……ああ、そういえば貴様が漫画を真似て作ったビッグプチマスィーンが自爆したせいで、その場にいた全員が死にかけたんだったな。思い出したら腹が立ってきたぞ、貴様後で――」 「な、なんのことかサッパリ分からないにゃあ。ワガハイとほむほむって実はまだ一緒にバトったことがないんじゃにゃいか、きっとそうにゃ! よーし今こそコンビネーションのお披露目の時にゃ! あのネコミミのないギュウドンを血祭りにあげてやるにゃー!」 カグラがホムラから逃げるように走りだしたことで、状況が動いた。これまでエルは大雑把にカグラ達の集団を狙って剣を蹴っていたが、今度はベッドの下から外に出ようとするカグラに的を絞った。 「誰もベッドの下から出さないつもりか? フン、確かにこちらに火器持ちはいないからな、一方的な今の状況を崩したくないのか」 ホムラの推理は実はまったく的を射ておらず、エルは単純に集団から外れて目についたものをターゲットとしただけだった。頻繁に位置を変えて遠くから剣を放つのも、エルが考えた戦術ではない。 剣を蹴り飛ばす技を持っていて、いくら使っても使い切れないほどの剣があり、ターゲットが一箇所に固まっていて狙いやすく、遠距離攻撃を想定した神姫の本能として頻繁に回避行動を取る。この4点だけがエルの行動基準になっていた。 アマティ達が最初に姫乃に説明した通り、心を持たないフィギュアの状態から目覚めて異空間に閉じこもる神姫は、それほどまでに正気を失っていた。 なぜ正気を失い、異空間を作り出し、誰彼構わず襲いかかるのかは分からない。しかし、不明確なことが多かろうが推理が外れようが、ホムラにとってそんなことは関係無かった。 「フィギュアになっていたせいか、丁度体がなまっていたところだ。リハビリがてら狩らせてもらうぞ、戦乙女」 カグラは毎度の如く囮の役目を十分に果たしている。ベッドから出ることも忘れ、連続して放たれる剣の弾丸からひたすら逃げ惑っている。 カグラを執拗に狙うあまり、エルはあまりに隙だらけだった。エルに向かって、ホムラは音を立てずに走り出した。 「誰がデコイをやるって言ったにゃ! ワガハイの強靭かつフカフカな肉球は刃物とは相性が悪ぃにゃほぁっ!? い、今モミアゲを持ってかれたにゃ! コレ死ヌマジ死ヌ助ケテほむほむぅ!」 「俺の名はホムラだと言ってるだろォ!」 助走をつけたハンマーのフルスイング、『グレーゾーンメガリス』がエルを真横から撃ち抜いた。 カグラしか見ていなかったエルは、まったく無防備にホムラが持つ最大威力の技を受けてしまった。鈍い打撃音と共に水平に吹っ飛び、床に突き立った剣を数本なぎ倒す。 『グレーゾーンメガリス』はあまりに大振りで隙だらけの技なので、普通のバトルで使用されることはほとんどない。ホムラが覚えている限り、公式ルールのバトルで使用したのは対戦相手が障害物に隠れて出てこなかった時に、その障害物ごと打ち砕いた一度きりだった。 稀に見るクリーンヒットの感触がホムラの両手に伝わる。ピッチャーが投げたストレートをフルスイングで返すような爽快感に、ホムラは顔に出すことなく酔い痴れた。 「ひぇ~ほむほむ超こえぇ~。今のはやりすぎにゃろ、正気に戻る前にジャンク屋行きになっちゃうにゃ。ほむほむは手加減ってものを知らにゃいのか」 「不要な心配だな」 ホムラは剣がなぎ倒されてできた道を走り出した。その先でエルは、カグラの予想に反して、剣を支えにして立ち上がった。 ハンマーが振り下ろされる瞬間、エルは髪を掠るギリギリのタイミングで床を転がることで逃れた。立て続けにホムラが踏みつけようとするのを再び転がって回避し、落ちていた剣を拾ってホムラから距離を取った。 剣を構えたエルは明らかに満身創痍だが、理性を失っているせいか、その戦意は衰えを見せない。 「神姫はあの程度で壊れるほどヤワじゃない。軽装の神姫とはいえ、一撃で沈めるのは不可能だな。しかし、コイツはあと弱パンチ一発といったところだが」 「パンチならワガハイの出番にゃ。見るにゃこの鍛え抜かれた肉球を。プニプニした感触から繰り出される百裂肉球はどんな神姫であろうと癒されるのにゃ」 「癒してどうする」 カグラがシャドーボクシングしながらエルの背後に回り、ホムラと挟み込んだ。 「行くにゃよネコ拳法――『にゃんぷしーろーる Ver.B!』」 「さっさと正気に戻れ――『パワフルメガマン!』」 ホムラは反対側から向かってくるカグラを巻き込むことにいささかの躊躇いもなかった。ウネウネとあまりにキモい動きで迫ってくるカグラが腹立たしかったのもあるが、カグラを気遣ったせいでエルまで仕留め損なっては挟み撃ちの意味が無い。 (神姫は頑丈だが……カグラなら少々壊れたくらいが丁度いいだろう) 柄を短く持つ手に力を込め、渾身の力で打ち出した。ハンマーの重量によりそれは破城槌となり、エルを目覚めさせる気付けの一撃となる。 「うおおおおおおおおおっ!」 「にゃにゃにゃにゃにゃっ!」 なる、はずだった。 「にゃぷぎゅっ!?」 カグラの豚を捻ったような声が聞こえるのと同時、ホムラの頬にプニッとした感触があった。カグラの肉球に殴られたのだ。 ハンマーを顔の中心にめり込ませているのは金髪の戦乙女ではなく、見慣れたケモテック製の猫だった。 エルは二人の間から姿を消していた。 「ワガハイ……こんな役ばっかり……にゃ(がくり)」 ホムラとカグラは長年一緒にいただけあって、息の合ったクロスカウンターは狂いなく互いに決まった。ホムラのハンマーはカグラを完璧に捉えて沈め、カグラの肉球はホムラを少しだけ癒したのだった。 ■キャラ紹介(8) コタマ 【ドールマスター爆誕】 「オイ、誰が3.5頭身の殺虫人形買って来いっつったよ」 十二体もの神姫を操るマシロを参考にして、コタマは自分では武装を身につけず、人形を操ることにしたのだ。 ただし、マシロのようにケンタウロスの胴体でデータ処理の容量を稼ぐことができないため、一度に操れる人形はコタマの両手でそれぞれ一体ずつが限度らしい。 その点については、「少数精鋭のほうがイイに決まってんだろ」とコタマに不満はないらしかった。 兄貴の武装神姫ストックに余りがなかっため、ベースとなる人形を近くのヨドマルカメラまで買いに走り、帰ってきたのがつい先程のこと。 ヨドマルに神姫を連れ込んではならないため、私が二体を適当に見繕ってきた。 でもコタマは私に感謝するどころか、箱に入ったホイホイさんを見るなり喧嘩腰で不満を垂れた。 「大学生にもなって読み書きもできねぇのか? どう見ても『武装神姫』じゃなくて『一撃殺虫!!ホイホイさん』って箱に書いてあるだろうが」 「だって、こっちのほうが可愛いやん」 「可愛いやん、じゃねぇよ! アタシの武装に可愛さとかいらねぇよ!」 「レラカムイからハーモニーグレイスに乗り換えて可愛げを無くしたんやから、せめて武器くらいは可愛くないといかんやろ」 「なんだその意味不明な理屈は! じゃあオマエはアレか、リクルートスーツがゴスロリドレスになっても文句言わねぇんだな?」 「やれやれ……コタマ、遊びとそうじゃないものの区別くらいつけんといかんよ」 「博多湾に沈めてやらぁ!!」 射場の順番待ちをしている間、コタマのことを背比に相談してみた。 背比は武装神姫を持っていないから、相談する相手を間違っているような気もするけど……相談ほど、話しかける口実に適したものはない。 背比は弓掛けをはめた手をニギニギしながら、たいして考えるでもなく答えた。 「そりゃあ、竹さんが悪い」 「なんでよ。だって武装神姫っていっても女の子なんよ。背比は知らんかもしらんけど、フリフリのドレスとか着た神姫もおるんやから。私のコタマだって傘姫が作った修道服着とるし。それやったら武器も可愛いほうがいいやん?」 「そうじゃないから、そのコタマと喧嘩したんだろ?」 そうだった。 またひとつ、背比に頭の悪いところを見せてしまった。 「ホイホイさん返品して、新しいの買い直したほうがいいんじゃないか? 竹さんだってその弓――」 背比が指さしたのは、私が高校の時から使っている『直心Ⅱ』だ。 手入れをあまりしなかったため、大きく歪んでしまっているが、今更ほかの弓を使う気にはなれない。 愛着以上に、この『直心Ⅱ』は弓の道を一緒に歩く相棒なのだ。 ……ああ、そういうことか。 「――を使うのを禁止されて、聞いたこともない弓を渡されたら、相手が範士の爺さんでもキレるだろ」 「うん、キレる。暴れる」 「俺だってキレる。武具ってのはそれくらい愛着がわきやすいものだぜ。だからさ、竹さんに考えがあったとしても、武装くらいはコタマの好きにさせてやろうぜ。ホイホイさん返品して、新しいの買ってやんなきゃな」 「あー……でも、買ってきたホイホイさん、もう兄貴が改造してしまったんよ。どうしよう、お金も無い」 「じゃあせめて、ホイホイさんの見た目とか性能くらいは好きにさせてやらないと」 背比からありがたく頂戴した提案は、今晩さっそく実行することにした。 クレイドルで不貞寝するシスターに、ホイホイさんの写真が載ったチラシとペンを渡した。 「んだよ、アタシは殺虫人形なんざ使わないからな」 「じゃあ、どうしたら使ってくれる?」 「ああ?」と私のことを睨みながらコタマは体を起こした。 その不満タラタラな顔にチラシとペンを突きつけた。 人形の買い直しがダメなら、せめてホイホイさんのデザインを、コタマの思い通りにさせる。 改造は兄貴にやってもらうとして、パーツが必要になれば、ホイホイさんを買ったお金の余りで補うし、それでもダメなら兄貴の持ってるパーツを貰うか、お父さんお母さんにお小遣いを前借りしてもらう。 この竹櫛鉄子、明日から日中の食事をチーズ蒸しパン一個で済ませる覚悟だ。 「いきなり素直になりやがったな。オイ、何を企んでやがる」 「なんも企んでないっての。ちょっと背比にアドバイス貰っただけ」 「またその背比かよ。オマエ、さっさと股開かねぇと他のアマに盗られるぜ」 「バカッ、そ、そんな下品なこと……でも、まだ傘姫とも付き合っとらんはずやし……もう少し仲良くなってからでも……」 葛藤する私を無視したコタマはチラシとペンを奪い取り、写真の中でポーズを取るホイホイさんにサラサラとペンを走らせ、デコレーションしていった。 「隆仁も言ってたけどよ、武装の有効距離を遠近どっちかに特化させちまったらつまんねぇだろ? バトルをジャンケンと勘違いしちゃいけねえ。遠くのカカシはブチ抜く、近くのネズミはブン殴る、ただそれだけだ。人間様と違ってアタシら神姫にはそれができる。唯一、人間様と同じデメリットの【身体は一人一つしかない】をアタシはクリアしちまったんだ。だったら話は簡単だぜ鉄子、コイツらの役割はもう決まったも同然だろ?」 好き勝手に書きすぎて、小学生の教科書の落書きのようになってしまったホイホイさんを、コタマはペンでコンコンと突いた。 一転して上機嫌になったコタマの笑みは、しばらく見ていないものだった。 「仮に名前でもつけとくか。近距離用の人形はファースト、遠距離用はセカンドな。ここからはオマエと隆仁の仕事だぜ。気合入れて、この設計図通りに仕上げてみせろよ」 次ページ『凶刃』 15cm程度の死闘トップへ
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『模倣技』 響から聞いた話で行き着いた尊の新たな戦術。ネットやシミュレータに記録されている様々な神姫の必殺技、スキル、得意技を蒼貴、紫貴に見せる、或いは受けさせる事で学習させ、自分達の使えるようにアレンジして使用する。 何でも真似できるわけではなく、雷や炎が伴うような大技はCSCの使い方もあり、基本的にコピーできず、武器を用いた技は蒼貴と紫貴の持つ武器の範囲内でアレンジしないと使えない。 また、アレンジしたものであるため、オリジナルと比べると、その技の熟練度の差、アレンジによる劣化などの問題がある。 『蒼貴』 先打(さきうち) 蒼貴がティアの技『ノールックショット』を見て取得。相手の動きを先読みして、何も見ずにその位置に飛び道具を放つ ↓ 元ネタ:『ノールックショット』(『ウサギのナミダ』の主人公 ティアが使用する技) 誘牙(ゆうが) 響から聞いたB3のトリックから蒼貴が取得。神力開放状態において苦無を巻いて、本命の手裏剣を当てる。 ↓ 元ネタ:名称不明(少年と疾走姫にて『不良品』のB3が使用した技) 捻脚(ねんきゃく) 燐の技『隼』を見て蒼貴が取得した。空中で身体のバランスをわざと崩して回転しその遠心力を加えた後ろ回し蹴りを放つ。 その軌道は予測できず、上からかかと落としの様に放つこともそのまま水平に繰り出すか、その軌道は受ける直前にならなければ分からない。 ↓ 元ネタ:『隼』(武装神姫のリンの主人公 リンが使用する技) 霰舞(あられまい) シルヴィアの技を見て、蒼貴が取得した。大きく跳躍し、頭上で勢いに乗ったムーンサルトを用いた三連撃のダンスを見舞う。 ↓ 元ネタ:名称不明(ツガル戦術論の主人公 シルヴィアが使用した技) 『紫貴』 『エアロスティング』 モルトレッドの技『スティンガーテンプテーション』から尊がアレンジを思いつき、紫貴が取得した技。エアロヴァジュラで目にも留まらない高速の打突を殺到させる ↓ 元ネタ:『スティンガーテンプテーション』(『The Armed Princess―武装神姫―』のモルトレッドの使用技) 『ストームトリック』 リンの技『裂空』を見て紫貴が取得する。基本的にはわざと相手に隙を見せることにより相手が攻撃準備に入るために足を止める瞬間を作りだし、強靱なサブアームのばねを生かして瞬時に相手の背を取る技。 ↓ 元ネタ:『裂空』(『武装神姫のリン』の主人公 リンの使用技) 『サイクロンクロウ』 脚力と周りの長い得物を利用した反動で自分の身体を対象に飛ばし、その勢いでサブアームクローで突き刺す技。反動を利用をした咄嗟の攻撃としても使える。 ↓ 元ネタ:『デーモンロードクロウ』(『15cm程度の死闘』の主人公 エルの使用技) 『ブラッドウインド』 ニーキが用いる『血風懺悔』を見て、尊がアレンジを思いついて取得。アサルトカービンを突き出してそれによる打撃で体勢を崩し、至近距離で連射する。 ↓ 元ネタ:『血風懺悔』(『15cm程度の死闘』のニーキの使用するスキル) 『連携技』 『フェイタルスラッシュ』 紫貴が蒼貴を敵めがけて投げつけ、高速で突撃し、すれ違い様に忍者刀で居合い斬りを放つ。 突撃時の相手の行動への対応力が高く、回避行動をされている中でもある程度のコントロールが利く。 ↓ 元ネタ:『居合い抜き』(『鋼の心 ~Eisen Herz~』のフェータが使用) トップ
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プロローグ 西暦2036年。 第三次世界大戦もなく、宇宙人の襲来もなかった。 20世紀末から、ほとんど、なんの変化もなく、ただムーアの法則を若干下回る程度に市販コンピューターの性能は上昇しつづけた。 そんな時代に新しい形のコンピューターガジェットが誕生する。 神姫、そう呼ばれたその新しいコンピューターガジェットは、身長15センチほどの少女の姿をした、フィギュアロボだった。 汎用性を兼ね備えたそのガジェット……神姫は玩具として発売されながら徐々にその認知度を上げていき、現在、1990年代における携帯電話なみには、普及し始めていた。 心なんて、信じない。 父さんと母さんが離婚したのは、僕が十歳の時だった。 原因は母さんの浮気。 勿論当時の僕には、そんなことは教えられなかった。 ただ父さんが口癖のように、「母さんは俺たちを裏切っんだ」と言っていたのはいまだに耳にこびりついている。 だけどこの情報化社会、十歳ともなれば、大体ことの次第は想像がつく。 人の世界がどの程度の悪意で出来ているのか、おのずと分かってしまうというものだ。 父さんは母さんから親権を取り上げ、自分ひとりで育てることにした。 別に僕を愛していたからじゃない。 母さんが、親権を欲しがったからだ。 ただ母さんの裏切りに対する復讐として、優秀な弁護士を雇い、母さんから一切の親権を取り上げた。 そんな父さんは母さんと別れてからますます仕事に没頭するようになった。 折角勝ち得た僕っていう『トロフィー』を手放す訳にもいかないらしく、生活費だけは潤沢に与えられた。 他人と話すことなんてほとんどなく、ただお金だけ与えられて過ごしていた僕は、学校にもほとんど行かなくなり、毎日、与えられた金銭で気に入ったコンピューターや機械類を買って、それをいじって遊んでいた。 心のない機械たちを分解、解析して組み立てる。 そんな行為だけが、僕を楽しませていた。 そして、僕が形だけ中学生になった頃…… 「よし……っと……」 買ってきたばかりのコアとボディをセットして、その胸にムーアの法則の最後の守り手とまで言われた、超高密素子CSCをはめ込む。 一緒に買ったクレイドルにボディを寝かせ、接続したパソコンから起動用のアプリケーションを操作する。 途端、炉心に火がついたような低い唸りがCSCから響き始めた。 「Front Line製 MMS-Automaton神姫 悪魔型ストラーフ FL013 セットアップ完了、起動します」 そして、鈴を転がすような少女の声が、僕の耳に届いてくる。 パソコンのスピーカーから……じゃない。 クレイドルに横たわる小さな女の子の唇からだ。 ゆっくりとその小さな女の子がクレイドルから立ち上がる。 「さすがに、良く出来てるなあ……」 「あなたが、わたしのマスターですか?」 「あ、うん。そうだよ。僕がおまえのマスターだ」 「認証しました……マスターの事はなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」 「普通に、マスターでいい」 淡々とつむがれる質問に、僕も淡々と答える。 「神姫に名前をつけていただけますか?」 「名前?」 「はい、MMS国際法に基づき、各神姫には単一オーナーによって名づけられた登録名が必要になります」 ……機械に名前をつける趣味はないけれど、それぞれの神姫には名前を与えて自分一人だけをマスター登録するのがMMS国際法によって決められている。 確かそんなことが事前に読んだMMSや武装神姫の本に書いてあった。 「じゃあ……ジェヴァーナ」 「ジェヴァーナ……神姫名称登録」 そっとその神姫が目を閉じて、自分の名前を確認する。 そして、再び目が開くと…… 「ふうん、ジェヴァーナ……か、それがボクの名前ね? うんうん、気に入ったよ!」 「……へ?」 さっきまでの機械的な話し方とは違う、弾むような声が僕の耳に響く。 「ん? なにぼーっとしてんのさ? マスターが付けた名前で合ってるよね?」 「い、いや、それは、そうだけど……」 突然の変貌振り……というよりも、ここしばらく他人のペースで会話をさせられる事が無かったせいで、なにを言っていいのか混乱してしまう。 「とにかく、これからよろしくね! マスター!」 握手のつもりなのか僕の人差し指を掴んで、ぶんぶんと縦に振る。 「う、うん……」 結局、そう答えるのが精一杯だった。 思えば、この時から気づき始めていたのかもしれない。 武装神姫……ジェヴァーナに『心』があるっていうことに。 「戻る」 「進む」
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「二輪車制作大手制作神姫について語る。」 そんな見出しで始まる新聞の地方紙面。埼玉市与野を拠点として企業活動しているオーメストラーダが新規産業参入のために設計・制作している神姫について語る記事が掲載されている。 社長曰く 「神姫に二輪ならではのノウハウを生かし、新たな魅力を生み出します。」 と現在制作している神姫についてコメントしていたとのこと。(二輪のノウハウと神姫がどう組み合わさるんだ?) そう新聞を読みながら朝食のたくあんをコリコリと噛みつつ義弘は仕事前の朝のひとときを過ごしていた。今日は総合病院ではなく診療所での仕事になる。一昔前は学校を出れば専門的な経験がなくても個人での開業できていたが、一部を除いた拠点となる病院では慢性的な人手不足を招く結果となってしまっていた。今では医者をするには、地区の拠点とな病院に必ず籍を置いて主に拠点病院で活動をおこなう。そのうえで科ごとに所属医師をローテーションで地区にある診療所に派遣され、診療所をあけるという形態をとるようになっていた。今日は義弘は診療所での業務である。 (想像がつかん。)そう思っていたが、父義昭曰く2010年ぐらいにはバイクに乗ってトレーディングカードゲームをするアニメがはやっていたらしい。その話を聞いたときは、(何故わざわざバイクに乗ってカードゲーム?)と聞いた頃は考えたが、いつ時代も用はアイデアとものは考えようなのだろう。 (ずずっ)と最後に残ったわかめの味噌汁をすすり、しばし沈黙。 「・・・・・普通だ。」 「おいしくないですか?いつもと作り方は変わらないはずなのに。」 そう部屋の隅にある本棚の方から女性的な声で反応が返ってくる。 ここは一人暮らしの義弘の自室である。神姫達もいないし当然誰もいないはずの部屋で義弘に言葉を返したのは本棚の一番上の棚に鎮座している球体型人工知能太極図だった。 太極図 バレーボー位の大きさで全面に表示の為のパネル兼タッチパネルで構成されている。元は父義明が使っていたもので、今は義弘専用のサポートコンピューターで義弘の仕事の補佐を行っている。無線装置も内蔵しており、演算から会話・記録まで様々なことができるが、小型の神姫と比べると時代遅れの感は否めない。 「なにが違うのかな・・・・。」 そうつぶやくと義弘は残った味噌汁を一気に平らげ、今日の診察の用意を始めた。 同日正午 埼玉市大宮 「さってと。まずはどこから見て回るか。」 「マスターマスター。たま子はおもしろいところがいいですぅ。」 いつも元気な神姫とマスターと共に神姫ショップ「arch」を目の前にした大宮の駅前の空中回廊を歩く。 「マスター。いつみてもarchは大きいですね。」 胸ポケットに入っているアテナは久しぶりのarch前に高揚感とウキウキ感を隠せない。 (今日は庭木の手入れをしようと思っていたんだけどな。)甚平の斜め後ろを歩きながら隆明はそう思っていたが、楽しそうなアテナをみて(自分だけそんなことを思っていても始まらないな。)と気分を切り替えた。 大宮に出かけることになったのも、少し前。 「ピリリリリリッ。ピリリリリリッ」 河野家の電話が着信を知らせる。それは甚平からの電話だった。 「これから大宮に遊びに行こうぜ。」 そういうやいなやすぐに河野家を訪れた甚平。どうやら家のすぐ前からかけてきたようだ。唐突に訪れるのはいつものことなので、河野家一度なれたものだった 。 充電中だった与一とキュベレーへの書置きを残し、アテナと共に出かける準備を整え、隆明はアテナと共に遊びに出かけていた。 「隆明はどこか行きたいところはあるか?」 「うーーーーん。・・・・・獅子の穴なんかどう?」 やっぱり大宮に来たらあそこかなと隣まで進み出た隆明から行き先を提案する。 「近くにスイカブックスもあるし、コンパスもあるしな。まずそこに行くか。」 まずは行くところが決まり二人で駅前から少し離れた路地へと歩を進める。 デフォルメされたライオンの看板のついてビルに入る。 獅子の穴・スイカブックス 秋葉原に本拠をおく同人関係の物品を多く扱ういわゆるオタクショップである。お互いの店舗とも人気は拮抗しており、あの手この手で全国展開を競っている。神姫に関しても通常の書店や神姫ショップでは置かれない商品を様々なジャンルで取り扱っており、グッズや書籍などを求めて、多くの神姫マスターが出入りをしている。 甚平と一緒に店内の神姫関連の同人誌コーナーを見て回る。神姫との日常をマンガにしたものや、神姫バトルをしているマスターの戦術指南書など様々なジャンルのものがおいてある。 「マスター。すごそうな本がありますよ。」 隆明の肩に座り一緒に眺めていたアテナが並んでいる同人誌に興味を示す。 「なになに・・・F1クラスのマスターソロモン最強神姫理論。作者:ソロモン」 隆明が同人誌を手に取り、サンプルとして包装につけられている内容の一部のを確かめる。 内容はカスタム認可を受けている作者が、強い武装を製作し手に入れていかに使うかと行った内容がひたすら羅列されていた。 数ページ分でもわかる。早くいうと自慢に近い内容であった。 「マスター。バトルって結局武装で決まるんでしょうか?」 「うーーーん。それだけじゃないと思うけど。」 実際にまだバトルをしていない隆明には断定はできない。が、それだけでは戦う前カラス勝敗は決まってしまっていることになる。 「でも、アテナは強い武装なんかなくてもマスターと一緒なら勝てます。」 そうまっすぐ、正直にいうアテナは隆明に満面の笑みを浮かべていた。そんなアテナに隆明の胸はじわりと温かくなった。 その温かさを覚えている。 亡くなった両親の代わりになってくれた義弘の父「義明」のことを。 両親がいないいじめを受けた時に守り、いつも笑顔で見守ってくれていた義弘のことを思い出した。 「うん。ありがとうアテナ。」 照れを隠すため端的にただそれだけを礼として伝える。 肩で満面の笑みを浮かべるアテナがとても印象的だった。 加藤義明 隆明の父が親友と公言する仲で、隆明の両親の死後隆明の後見人を務める。 義弘と同じく医者であった。すでに故人。 そう改めて思い直し、アテナと内容を吟味しつつ「赤城春名作:果てしなく続く神姫ロード」を購入した。 獅子の穴とスイカブックスを後にし、「arch」内の神姫バトルスペースに足を運ぶ。 いくつかの筐体でバトルが行われており、それぞれの筐体をギャラリーが取り囲み、バトルの行方に歓声を挙げている。 その中の一つの人混みに近づき観戦を始める。4人が観戦を始めた頃には既にバトルは佳境には入っており、ハウリン型の神姫の近接攻撃の連打とRA(レールアクション)で勝負が決した。 「マスター。今の攻撃見ましたか?すごいです。」 「今のパンチすごいですぅ!」 アテナは肩という不安定な場所であるにも関わらず立ち上がって意気をあげている。案の定「あわっ!」を足を滑らせて落ちそうになり、とっさに隆明の服に しがみついて落下を逃れる。 「あっ。アーンヴァルだ。」 すぐとなりのギャラリーがアテナを見つけて声を挙げるや、近くのギャラリーもアテナに注目する。バトル後の興奮さめやらぬ場だったためか、テンションあがったままで隆明達に詰め寄るものまでいる。 そんな雰囲気に危険を察し甚平が機転を利かして隆明達を人混みから引っ張り出す。 「サンキュー。助かったよ。」 「はらほろひれ~。」 肩から上着の胸ポケットに移っているアテナは目を回している。たま子はちゃっかり甚平の上着に移っていた。 アテナの回復を待ち人気の少ない階段で下へとおりる。その途中3階へさしかかったとき、階段室に出てきた仁とはちあわせする。 「店長。お疲れ様です。」 「仁さんこんにちは。」 「久しぶりですぅ。」 「こんにちわです。」 「みんな。いらっしゃい。」 仁は2階の事務所兼休憩室に行く途中。だった様子で、仁は二人を休憩室へ誘う。休憩室でたわいもない話をしているなかで、さっきのバトルスペースでの話になった。 「そっかそっかぁ。それは災難だったねぇ。」 そう言って、おごりといって仁より渡されたヂェリーを飲んでいるアテナとたま子に苦笑しながら視線を向ける。 ヂェリー 神姫の電力などのエネルギーの補助として用いられる。が、電力はクレイドルから補充するため、特に接種する必要はないのだが、ペットロボットや神姫と食卓を囲みたいという要望もあり、各制作会社は様々な様式のジェリーを作成している。人間でいう飲料水として使うもの以外にもハイテンションにしたり、酩酊状態にさせたりといった効果をもたらすジェリーなど様々な効果をもたらすものがある。 「そうなんです。あの時アテナの世界がぐるぐる回っちゃいましたぁ。」 「すごい人だかりだったですぅ~。」 ヂェリーを飲みなあらゆっくりはなす神姫二人。ちなみに紅茶味のするヂェリーである。「ゆっくりと落ち着いた感じで飲みましょう」とかかれている。 「フロントライン製の神姫はF事件以降珍しくなっているし、まぁその反応もある程度しょうがないかなぁ。」 「この前もストラーフMk.2型神姫が即売り切れたんですよね?」 隆明はマスター登録した日の義弘と仁の会話を思い出していた。 F事件 約2年前大宮のはずれにあるフロントライン社の本社と工場が爆発事故により本社ビル・工場共に全壊した事件の事。 「FRONT LINE」の頭文字をとり神姫産業における「F事件」と呼ばれている。 この事件でフロントライン社の創設者にして、神姫の生みの親の一人であるフロントライン社の社長も死亡した。 これにより神姫、ペットロボットを制作するすべての企業に対して、新しい安全基準の決めると共に安全性の再チェックが行われた。 すべての企業で安全審査がクリアするまで、神姫などの設計・製作・修理は原則禁止されることになり、事件から半年。 すべての企業で神姫の取り扱いが事実上ストップしてしまった。 事故のあった当のフロントライン社は本社と素体生産の主軸を担っていた本社工場と、 素体と武装のデータと新しく設計されていた神姫のデータが集積されていた本社施設並びに経営陣・技術陣の喪失・により、 体制の立て直しによる遅れから、安全基準の批准が遅れな結果となった。現在もそのダメージから立ち直れていない。 武装製作工場にあったデータにかろうじて残されていた設計中の新型神姫「アーンヴァルMk.2」「ストラーフMk.2」 を何とか製作しているが、ベストセラー機体「アーンヴァル」と「ストラーフ」の正統後継機というふれこみももあり、 人気が高く供給が需要に全く追いついていない。 その事態に旧アーンヴァルと旧ストラーフ等の以前の素体新品製作をすべて終了(現存する素体についてサポートは継続)し、後継機の生産に当てているが、 それでも追いついていないのが現状である。それでも2体に続く新しい神姫を製作して巻き返しをはかっているという話が噂程度で存在している。 「キュベレーさん大人気ですぅ~。」 「たま子。キュベレーじゃなくて、ストラーフな・・・・?いや、やっぱりキュベレーか?まぁどっちも大人気だな。」 そんな中、隆明を見ている視線があった。 「マスター・・・・・(ジ~~ッ)。」 「アテナ大人気だったじゃないか。すごい人混みで。」 「そうですか?」 あの時は目が回ったのしか覚えていません。アテナの間はそんなことを言いたげだった。 隆明の言葉にもアテナは釈然としない様子であった。 「それにこれから、バトルでアテナのかっこいいところをみんなに見てもらうんだから。」 「マスターはどうですか?」 さっきと同じようにじっと見つめるアテナ。 「もちろん僕もだよ。それにアテナも与一もキュベレーもみんなかっこよくてかわいいんだから。それをみんなに見てもらうんだ。」 「(ジーン。)マスター。アテナ頑張っちゃいます。」 かっこいいと言われてアテナは感動を隠せず、両手を胸の所で握りしめ喜びを全身で表している。 「いいや、一番はたま子だ。」 背中に津波の映像を背負うがごとく出で立ちで堂々と甚平が宣言する。 「一番?」 言った当の本人は気づいていないよだった。 「隆明さんはにぶいですぅ。」 「ははははっ。それでこそ神姫のマスターだ。」 仁はそんなほほえましい様子を一歩下がってみていた。 「そうだ。ストラーフと言えば、最近強いストラーフ型使いの子がきているそうだよ。」 「隆明。おまえいつの間ににキュベレーとやりこんだんだ!?」 「マスタ~。店長さんが知らない人がマスターなんですから、キュベレーさんじゃないですぅ~。」 「そういえばそうだ。さすがたま子は頭がいいなぁ。あっはっはっは。」 甚平とたま子のいつものぼけとつっこみを毎度のことで皆がそろってスルーする。 「ゲームセンターフロアで、最近連勝らしい。バトルをすれば、そのうちバトルするかもしれないよ。」 店長として全体を管理している仁の情報網は疑いようがない。 「マスター。最近って事は、神姫バトルを始めたのも私たちとそんなに変わらないかもしれないですね。」 隆明はうなづくだけで返事を返す。 (どんなマスターなんだろう。)そう思いながら隆明はこれから始まる神姫バトルの世界に静かに緊張していた。 「これからバトルを始める二人には、こんな大会があるんだけど、どうかな?」 そういってデスクに積まれていたはりだし前のPOPを4人に見せる。そこには 「新年度新マスター杯。主催:ケモティック社」 「ケモティック社が新学期間近という事でまだランクを持っていないマスターを対象に大会を開くんだ。場所はここの最上階。優勝商品はなんとハウリン型神姫の素体。」 「素体を!?そりゃすごい。」 「太っ腹ですぅ~。」 「ケモティック社の社長さんは破産しないんでしょうか・・・・」 確かに。店頭で通常販売されている素体は1万ポイント。それを1体と実質1万ポイント分である。Fクラスの大会でも通常賞金は数百から数千ポイントと商品数点である事を考えると、まだFバトルクラスで順位を持っていない初心者達にとっては破格の商品である。 「まぁ、商品だけ聞いていれば確かにすごいんだけどね。ここを見てみて。」 仁が参加資格と試合形式を示す。 「神姫2体登録勝ち抜きバトルか・・・。」 「マスタ~。どんなバトルなんですか?」 「たま子よっくきてろよ。2体登録制の勝ち抜きバトルってゆうのはな。バトル前に2体の神姫をあらかじめ選んで、まずお互い一体ずつバトルを行う。1体の神姫が戦闘不能になったら、もう1体の神姫をバトルさせる方式で、先に2体戦闘不能になったら負けってやりかたのバトルだ。」 「さすがマスタ~。物知りですぅ~。」 「そうだろう。そうだろう。」 たま子にほめられて、甚平は得意げだ。甚平は子供の頃から変に物知りで、氏名がにていたこともあり、某ゲームの登場キャラクターにちなんで「オーキド博士」と呼ばれていたことがある。 「始めたばかりのマスターが複数の神姫を持っている事は珍しい。何しろなれるまで時間がかかるからね。そういう意味でこの大会は敷居が高いんだ。」 どうかな?と仁は隆明に勧める。 「でもマスターならアテナ達がいるから大丈夫です。絶対に優勝しましょう。」 「うん。アテナ頑張ろうな。」 「はい。」 まず目の前の目標が決まった。目前の大会での優勝にアテナの激励を受けて、隆明は(頑張ろう)と決意をあらたにしていた。