約 830 件
https://w.atwiki.jp/gcmatome/pages/1726.html
「修正依頼」が出ています。対応できる方はご協力をお願いします。 依頼内容は「記事の分割」です。 D.C.III ~ダ・カーポIII~ 各バージョン簡易説明 概要 ストーリー キャラクター 評価点 賛否両論点 問題点(パッチで改善された点は除く) 総評 余談 アニメ版について USB版 追加要素 R版 追加・変更要素 D.C.III P.P. ~ダ・カーポIII プラチナパートナー~ 概要(FD) 追加キャラクター(FD) 評価点(FD) 賛否両論点(FD) 問題点(FD) 総評(FD) D.C.III ~ダ・カーポIII~ 【だ・かーぽすりー】 ジャンル 恋するアプリ 対応機種 Windows XP/Vista/7プレイステーション・ポータブル 発売・開発元 CIRCUS NORTHERN 発売日 DVD 2012年4月27日 USB 2012年9月28日 PSP 2013年2月28日 R 2013年5月24日 R X-rated 2013年5月31日 定価 通常版 9,240円 初回限定版 10,290円 USB(ダッシュ)版 9,240円 プラス(PSP) 6,090円 R(X-rated含む) 9,240円 レーティング X-rated アダルトゲーム プラス(PSP) CERO C(15才以上対象) その他 E-15(15才以上対象) 判定 なし D.C. ~ダ・カーポ~シリーズ 各バージョン簡易説明 多数のバージョンが出ているため、予めこちらに記載する。 無印版(Win) 全年齢対象向け。但しパッチ適用が必須。 USB版 無印のパッチ適用版。他、インストール不要という長所あり。 PSP版 USB版の完全移植版。 R版 USB版にIIと他の要素を追加。 R X-rated版 R版に18禁要素を追加。 概要 『II』から17年後の初音島から始まる正式な続編なのだが、本作はこれまでのシリーズと違い、非常に意欲的な要素が盛り込まれている。 メイン舞台が風見学園ではない。 シリーズ皆勤キャラである朝倉家、および白河家のキャラが登場しない(*1)。 魔法という、これまでは概念的要素だったものが本作で明確に顕在化した。 舞台がシリーズ最古の時代。 初出が18禁でない。また、ジャンル名に”こそばゆい”がついていない(*2)。 ストーリー 前作から17年後の2月、風見学園に通う芳乃清隆は公式新聞部に所属しながら、ヒロインたちと楽しくすごしていた。 ある時、部長の立夏の思いつきがきっかけで枯れない桜に触れたところ、枯れない桜が復活して島中の桜が満開となる。 その直後、新聞部の面々だけに「桜が咲いたら、約束のあの場所で…」というメールが届く。 後半部分は文字化けしていて読めなかったが、その送信日時はなんと1951年4月30日になっていた。 新聞部は調査を続けていたところ、桜の樹で謎の女性に出会う。その女性は、新聞部の面々に「久しぶり」といい、昔話を語り始めた。 キャラクター 偶然なのか意味を持って設定したのか、本作のヒロイン達は誕生日が非常に覚えやすくなっている。 また、ヒロインには歴代のキャラクターとの共通点が多い。 + 初音島編 芳乃清隆 付属2年生。シャルルという従姉と同棲しており、隣には幼馴染の妹キャラがおり、巨乳後輩から慕われていて、猫っぽい後輩とはスキンシップを欠かさない…と歴代最強のリア充キャラである。 また、E-15という制限があるものの、レートぎりぎりなエッチなハプニングにもしばしば遭遇する優遇っぷりである。 尚、初っ端のこのリア充ぶりには実は大きな理由がある。 森園立夏 付属3年生。容姿端麗、頭脳明晰、おまけに生徒会会長、と隙のない完璧ヒロインなのだが。 その正体は、自分で妄想した設定を頑なに信じて病まない厨二病を発症した、残念なヒロインである。 特に葵にはしばしば「設定」と馬鹿にされている。一応、初音島編のヒロインでは、唯一あることをやり遂げた猛者でもある。 金髪に碧眼、ツインテールに黒いリボンなど、IIのさくらと共通点が多い。 誕生日はその名の通り5月5日。 芳乃シャルル 付属3年生。容姿端麗、頭脳明晰、おまけに巨乳、と隙のない完璧ヒロインなのだが。 その正体は手料理という名の生体兵器で対象を葬る魔性のヒロインである。※一切の誇張なし。 一緒のお布団で寝ようと忍び込んだり、お風呂に入ろうとするなど、過剰なスキンシップは清隆の理性を限界まで追い詰めている。 尚、「シャルル」は本来男性の名前であるため、疑問に思ったプレイヤーは割と多いと思われる(*3)。 ただし、こっちのシャルルは「るる姉」と呼んでいるため、違和感は多少払拭できるかも。 銀髪に紅い瞳、緑のリボンと同じ声優など、アイシアと共通点が多い。ダダ甘お姉ちゃんな辺りは音姫とも。 誕生日は風見鶏のシャルルがサンタクロースという設定から12月25日。 葛木姫乃 付属2年生。見た目は朝倉系ヒロインなのだが、なんと料理の腕が良い。 清隆のことを「兄さん」と呼ぶが、血縁関係はなく、完全に幼馴染キャラとなっている。 出番は決して多いとは言えないが、ちらほら朝倉ヒロイン要素を見せつけてくる。 上記のように音夢と共通点が多い。 誕生日は3月3日。 瑠川さら 付属2年生。飛び級しているので、実際は年下。 毒舌な寡黙な猫キャラらしいが、どちらかと言えばクーデレ+ツンといった方がわかりやすい。 作中最強の絶壁を誇る。過去のちびっ子に比べれば、身長はそこそこ。残念だが初音島編では猫っぷりが無い。 小柄な体格にツインテール、動物に例えると猫なところなど、Iのさくらと共通点が多い。 誕生日は7月7日。 陽ノ下葵 付属1年生。典型的な妹キャラであるが、立夏にだけ口が悪い。 1年のくせにスタイルがやけにけしからんのだが、イベントも非常にけしからんことになっている。 しかも、自分の巨乳を遺憾なく利用してくる。ちなみに中の人のデビュー役。 暖色系の髪色、妹のような存在、後輩、わんこと呼ばれている事など、美春と共通点が多い。他、病弱なところや制服の下にスパッツを穿いている事など、音夢とまゆきとの共通点もある。 誕生日は4月1日。 以下、非攻略キャラ 杉並 ご存知名物キャラ。やっぱり過去の杉並との関係は不明。声優は同一。 今回は主人公が対極の位置にいるせいか、やや対立することになる。 美琴 愛すべき馬鹿。というか馬鹿デレ。ツン馬鹿とも言う。余りの馬鹿さに、杉並も苦労している様子。 髪型と言い髪の色と言い、容姿はななかに似ている。苗字が公開されていないため、今後の扱いに注目か? 江戸川耕助 本作の二十三区シリーズの悪友キャラ。性格などは渉と似ている。 姉の存在を示唆しているが…。 江戸川四季 耕助の姉。菩薩のような笑顔で毒舌を吐くらしいが、なにせ本編ではまさかの未登場なので実体は不明。 中の人やその名前などから、あのキャラを彷彿とさせるが、現状確認する術はない。 風紀委員長であり、その関係からかアニメでは生徒会の会議に参加していた。 天枷美夏 数少ない、前作からの続投キャラ。成長したせいか、見た目と声以外は歳相応の大人の女性となっている。 何をどうしたのか、探偵業を営んでいる。相変わらずバナナミンが必要な様子。 小日向ゆず 数少ない、前作からの続投キャラ。成長したせいか、口調以外は歳相応の大人の女性となっている。 小鳥遊夕陽 数少ない、前作からの続投キャラ。まひるの妹というだけあって、いつもの略しきれてない口調は健在。 + 風見鶏編 葛木清隆 8月から予科1年生となった。義理の妹である姫乃のために、自らの経歴を隠し、ある目的のために風見鶏へ入学する。 魔法の実力は折り紙つきで、後述のリッカからも高い信頼を得ている。 作中、シリーズでは恒例のあの魔法を開発することに成功する。リッカ程ではないが、ある秘密を隠している。 + ネタバレ あくまで一学生として風見鶏に編入したが、その実力はカテゴリー4という実力を持っている。 リッカ程ではないが、結構な年齢を重ねている。具体的にどの程度かは不明だが、20代くらいと思われる。 手から和菓子を生み出す魔法を作り、その能力は子孫である純一やさくらに引き継がれていった。 Iに続く話であることから、正ヒロインは恐らくリッカである。 リッカ・グリーンウッド 本科1年生。容姿端麗、頭脳明晰、おまけに魔法の実力が学園(それどころか魔法界隈でも)内ダントツ、と隙のない完璧ヒロイン。 早い内から清隆の正体を見破り、ティンカーベルという監視用ペンダントを押し付けた、俺様ヒロイン。 シリーズお馴染み「かったるい」の口癖を持つ者だが、純一や由夢ほどずぼらなわけではない模様。 カテゴリー5という希少な魔法使いであり、その実力は禁術ともいえる魔法も使える程。 それ以外でも、正体不明な学園長とも隔たりない付き合いをしていたりと、底知れぬ経歴を持つ。 ちなみに、何故か初音島編とはスリーサイズが違う。何故萎んだ。ついでに体重も少し違う。 + ネタバレ 実際は百数年生きている。魔法を使うことで、魔法に対する偏見を無くそうと日々奮闘している。 和菓子の魔法は清隆にせびった結果で、後にリッカも使用出来るようになる。 尚、清隆と結ばれてからは、相応に歳を取るように自身への魔法を解除した。 これまでに明かされた設定との一致やその口癖、作中でのいくつかの要素から、純一とさくらの祖母である事はほぼ間違いない。 シャルル・マロース 本科1年生。容姿端麗、頭脳明晰、生徒会会長、おまけに巨乳、と隙のない完璧ヒロインなのだが。 その正体は、手料理(以下略)は同様。エトというトナカイ(?)のようなものを連れている 魔力の素養は非常に高いのだが、中々その実力を拝むことは出来ない。 芳乃とは違い、こちらのシャルルは、特別清隆を意識したりはしていない。そのため、後述における問題が発生している。 リッカ同様、初音島編とは体重が違う。 + ネタバレ 成績は優秀だが、過去に弟を自らの魔法で命を絶ってしまったと誤解し、それっきり魔法が一切使えない状態となっている。 エトはシャルルの実弟の名前だが、その正体も正しくエトそのものである。会話が出来る理由は不明。 これまでに明かされた設定との一致から、アイシアの祖母である事はほぼ間違いない。 葛木姫乃 予科1年生。攻略ヒロインの中では、唯一名前に変化がない。 魔法自体はあまり得意ではないが、名門葛木家の「お役目」を引き継ぐ跡取りとして、風見鶏に入学する。 嫉妬深く、世話焼きなのは恐らく未来の朝倉家特有のものであろう。血縁関係は明確にされていないが、名前から察するに何かしらの関係があると思われる。 彼女のルートは、恐らく初代の音夢ルートを意識していると思われる。 リッカ同様、初音島編とはスリーサイズが違う。 + ネタバレ 葛木家の「お役目」を姫乃は「正義の魔法使い」と言っており、シナリオ内で語られる設定から、音姫とその母親である由姫の先祖であると思われる。 ちなみに、X-Ratedでは唯一HPに18禁CGが見本で使われていた。そういう立ち位置なんだろうか。 サラ・クリサリス 予科1年生。名門クリサリス家の跡取り。今では没落してしまったが、サラは珍しく魔力持ちとして生を受けたため、家族の期待を背負って風見鶏へ入学している。 グニルックという、ストラックアウトとゴルフを足したような競技に入れ込んでおり、並々ならぬ努力を見せつける。 彼女のルートでは、微妙なクオリティのCGムービーが挿入される。しかもこの時の清隆は何故か茶髪。お前はどこの純一だ。 陽ノ本葵 学園付近のレストラン「ケーキ・ビフォア・フラワーズ」(*4)で働く少女。 ヒロインの中では唯一学園生ではない(*5)。 彼女のルートは「Zero」と呼ばれており、強制的にプレ最終ルートとして位置づけされている。 この仕様に批判があったのか、後述の「Ver1.3」では改良されている。 + ネタバレ 本作の霧を生み出した張本人だが、それは自身が近いうちに死を迎えるのを防ぐためであり、悪用のためではない。 ただし、やってることは相当な禁呪なので、彼女の正体については多少賛否が分かれる。 尚、どのルートでも彼女のシナリオはバッドエンド確定。切ねぇ。 以下、非攻略キャラ 杉並 こっちでもやっぱりポジションは変わらない。清隆のことをリッカ同様高く買っているため、比較的協力的な位置になる。 だが、本質的な性格は変わらないので、特定のルートだととんでもないことをしたりもする。 清隆はタメ口に呼び捨てだが、初音島と同様に清隆の先輩であり、前作以上に出番が少なくなっている。ちなみにリッカとはクラスメイト。 システムボイスに彼を設定すると、漏れ無く腹筋崩壊級のシャウトを聴ける。 江戸川耕助 予科1年生。代々人形使いを仕切っている名家の御曹司であるが、やっぱりキャラは大して変わらない。というか、描写が増えているので 悪化している。 付き人である四季だけでなく、サラ等からの扱いも酷い。ただし、あるルートでは至極まともな考えを見せ、ミッション成功に大きく貢献したりもする。 探偵部に所属しているが、部員としての出番は正直多いとは言えない。 江戸川四季 耕助の付き人兼人形なので、耕助の所持品という扱い。耕助のことを大事に思う故、多少厳しい言動が目立つが、これも全て耕助を大事に思う故である。大事なことなので2回言いました。 何気に顔芸キャラであり、一枚絵は残念ながらないものの、ころころ変わる表情は見ていて和んだり恐怖したりする。 五条院巴 本科1年生。名門五条院家の息女。清隆と姫乃の幼馴染でもある。飄々とした性格で、生徒会役員にしてはかなりいい加減なところがある。 杉並が因縁の相手であり、前作の陸上先輩に通じる部分がある。 アニメでは初音島編にも登場しているが、現在セリフがないため、名前は不明。 メアリー・ホームズ 予科1年生。自称天才探偵を豪語する破天荒な少女。なのだが、空回りと自意識過剰が祟り、活躍の場は少ない。 若干だが美琴に近い位置にいる。というものの、それほど馬鹿ではない。 下記のワトスンとは付かず離れずの腐れ縁キャラ。 エドワード・ワトスン メアリーの腐れ縁であり、ストッパー。どっからどう見ても女の子(しかも制服も女子製)だが、実際は男性である。 メアリーと違って常識人であるが、見た目の割に女ゴコロがわかってない男の娘。 ちなみに、新キャラでは唯一の、前作に出演した声優(*6)が声をあてている。 イアン・セルウェイ 鼻持ちならない貴族。メアリー以上の自信家で、自惚れもプライドも高い。 当初は目的のためなら手段を選ばないヒール役だったが、あることをキッカケに、少しまともになった。 こう書くのは不本意だが、まっとうなツンデレキャラ。 瑠璃香・オーデット イアンのメイド。メイド服だが、一応生徒である。エドワードといい、校風が自由すぎじゃないか。 イアンのことをからかうことに生きがいを感じる淑女である。 後藤氏の演技も合わさって、相乗効果が非常に高く、なおかつ全キャラで最も胸が大きい。 エリザベス 風見鶏の学園長。見目麗しい女性だが、リッカとは古い仲らしい。年齢を詮索してはいかん。 並々ならぬ風格を持っているが、基本的に厳粛な空気を好まない、親しみやすい学園長である。親日なのか、茶碗を持っている。 アニメでは初音島編にも風見学園の生徒会長として登場している。 さくら 清隆とリッカが見つけた、記憶喪失の少女。幼い外見とは裏腹に、年不相応の言動をしたりと、謎多き人物。 シリーズファンであれば、誰だか速攻でわかるだろうが。 エト 本作の名物色物珍獣キャラ。一応トナカイらしい。くぴっ!と鳴く。基本的にはシャルルの頭に乗っている。 シャルル曰く「使い魔じゃなくて家族」とのこと。何故かシャルルとは会話が出来る。 評価点 シナリオは完成度が高い。前作までの因縁に決着をつけたという意味では、本作のシナリオでようやく(あるキャラの)ファンの悲願が達成された。 デフォルメキャラのアニメーションがぬるぬる動く。前作では落書きレベルだったが、本作では標準以上の水準になった。 しかも、後述のVer1.3では更にぬるぬる度が増した。 CGムービー キャラ造形は正直クオリティは低いが、テキストのみでは表現しにくい場面を描写するのには効果的。 相も変わらずOPは全てクオリティが高い。『ダ・カーポの歌は全部名曲』という方式は本作でも崩れず。 とりわけ人気が高いのは、1stOPであるyozuca*氏の「キミにささげる あいのマホウ」。歌詞から引用して、某動画サイトでは『10年も100年後も変わらない名曲』と名付けられている。 なお、OPがアニメなのは『1』以来であり、後述するがアニメ化もしている。 + アニメ風オープニング 賛否両論点 前作にもあった曲の使い回しはかなり多くなっており、前作の3曲から22曲に増えている。 曲自体に問題はないものの、D.C.時代の曲はどうしても古臭く聴こえ、人によっては場面に合ってないと感じる事も。 また、清隆の携帯着信音が義之と同じであり、手抜きとしか思えない。 同名の別人として毎回登場している名物キャラの杉並だが、上述のように今作では上級生となっている。 今作でも活躍自体はしているのだが、この設定によって従来より出番が減っている。色々と期待されている名脇役だけに残念に思う声は多い。 あまり評判がよくなかったのか、次回作以降は再び主人公の悪友に返り咲いている。 問題点(パッチで改善された点は除く) 誤字脱字が多い パッチである程度修正されたものの、依然完璧とはいえない状態。 演出上のミス 画面に映っていないキャラや画面に背を向けているキャラ、あるいはCGが表示されているときにキャラが喋る際、対象のキャラアイコンがメッセージウィンドウの左側に表示される(*7)のだが、清隆が喋っているというのに何故かアイコンがヒロインのものになっていることがあり、違和感バリバリ。日常シーンで起きてもあまり気にならないだろうが、クライマックスの山場でやたら見受けられるため、感動シーンに水を差してしまっている。 初音島編について 序盤と終盤にちょこっと挿入されるだけで、他は全部風見鶏編となっている。公式サイトではさも舞台を遷移しながらシナリオが進むような作りになっており、拍子抜けしたプレイヤーは多い。 特に、シャルルは初音島と風見鶏とでは清隆への好感度に大きな差がある(*8)ため、初音島でるる姉とイチャイチャ出来ないのが不自然と思うことも。 しかも、初音島での美琴やゆず、夕陽等の良素材を全く活かせていない上、出番が少なすぎる。出番自体ない四季に比べればマシだろうか。 総評 続編ではあるものの、シナリオや設定はこれまでと一線を画するものとなっている。 舞台が古いためか、本作自体を『ダ・カーポZero』と言う人もいる(*9)。 初音島については、本作で楽しむことは出来ないものの、風見鶏もあまり変わらない学風であるため、違和感はそれほど感じることはないと思われる。 サーカスにしては珍しく無償アップデート版を配布しているので、曲芸商法が鳴りを潜めたか?(*10)と期待するファンも少なくないかも。 なお、最初期のバージョンでは凄まじい誤字脱字やフリーズなどの不具合があるため、これから始める人は下記のUSBメモリ版を買うか、修正パッチをちゃんとあててからプレイすることを推奨する。 余談 グランドOPムービーではアルバムを見て過去の出来事を回想しており、映像だけの断片的な情報ながら公式新聞部の思い出を垣間見ることができる。 これらのエピソードの詳細は後に発売されたドラマCDシリーズで明かされた。 風見鶏編OPムービーには作中で使われていないCGがある。 これは後述の追加シナリオ「邂逅のアルティメットバトル」で使われているCGであり、初期のバージョンでは見られない未使用CGとなっている。 完全新作の『D.C.III プラチナパートナー』が2014年4月25日に発売した。本編後の初音島が舞台となっている。こちらは最初から18禁での発売となる。詳細は下記参照。 2021年に『D.C.III~ダ・カーポIII~君と旅する時の魔法』として舞台化した。 2023年8月24日に新たなCS版として『D.C.III PS~ダ・カーポIII プラスストーリー~』が発売。 なお、このCS版の公式サイトでは上述のような一部キャラの身長などの違いが見られないため、無印公式サイトの数字は記載ミスの可能性が浮上した。 アニメ版について 2013年1月より、アニメが放映。ほぼ初音島編のみを描いており、原作再現をしつつもオリジナル要素を詰め込んだ内容となっている。 歴代のOPはアニメ版を含みyozuca*氏が担当することが伝統ではあったが(*11)、本作のアニメOPはヒロイン勢が歌い手となっている。第1話のEDだけだが、こちらはyozuca*氏が担当している。タイトルには「サクラ」がついているが、これまでとは毛色の違う明るいポップなノリである。 なお、最終話の終わり方から二期はやるつもり満々のようだ。 + 本作の評価には直接関係はないが…ネタバレ注意 プロローグに過ぎない初音島編をどのようにテコ入れするのかと視聴者をやきもきさせたが、結果は「初代準拠の姿であるさくらを登場させる」というものだった。 しかし、原作シリーズの重要人物に関するある設定を無視した描写があった事から評価は人によってかなり変わる。 USB版 IIIのアップグレード版。パッケージ版がある人は無償でアップデート可能 USBにプログラムが格納されているため、当然インストール不要。 追加要素 葵のルートが追加 本編では攻略順が限られていたが、自由に攻略が可能となった。しかも新規描き下ろしシナリオ。代償として、葵以外の新録がない。 また、本来の葵ルートである「Zero」は健在のため、Zeroありきのシナリオであることも覚悟しなければならない。 風見鶏の前日談『邂逅のアルティメットバトル』収録 風見鶏編の2ヶ月前のシナリオ。攻略後は自動的にプロローグ(初音島編)へ移行する。 各種サブキャラのシナリオ追加 攻略が熱望された3名のサブシナリオが追加された。 ただし、どれも非常に短く、あくまでおまけで作られた感は否めない。 グニルックのミニゲーム追加 本アプリのみ、別途プログラムから起動出来る。DDRや太鼓の達人のような音ゲーで、曲は5つのキャラソンと新規BGM2つ。 キャラソンのクオリティは高いが、そもそも本編で聴く機会がないため、馴染みが薄いラインナップ。人気の高いOPやEDの曲で遊べないのが少々物足りない。 アフレコモード実装 ニコニコ動画等の実況プレイ向けのモード。前作のアップグレード版にも搭載されている。 R版 元々は「D.C.III DASH Ver.1.35」で予定されていたバージョン。 『Da Capo 3 R』のタイトルでSteam版が配信されている。ただし、音声のみ日本語でテキスト/UIは英語という仕様。 追加・変更要素 前作IIのキャラクターによる完全新規シナリオ「桜風のアルティメットバトル」を収録。 イベントシーンの追加CG、新規オープニング及び楽曲の追加。 18禁シーンの追加(X-ratedのみ) 声優が無印、X共に変更(*12)。 D.C.III P.P. ~ダ・カーポIII プラチナパートナー~ 【だ・かーぽすりーぷらちなぱーとなー】 ジャンル こそばゆい学園恋愛アドベンチャー 対応機種 Windows XP~8 発売・開発元 CIRCUS NORTHERN 発売日 2014年4月25日 定価 10,290円 レーティング アダルトゲーム 配信 2016年8月3日/7,109円 判定 なし 概要(FD) 『III』の現代版、いわゆる風見学園編。ただし、メインキャラは『III』の記憶を受け継いで転生した設定なので、実質続編といえる。 こういった背景があるため、初っ端からヒロインの好感度はMAXなので、恋愛に関する葛藤やいざこざ等は一切ない、ある意味吹っ切れた感がある。 追加キャラクター(FD) 芳乃さくら 遂に成長したさくらんぼ。とはいっても実年齢は相当なものである。見た目上はゆずやまひると同年代。 清隆とうっかり苗字が被ってるが、前作の主人公のような関係ではない。 上野陽子 さらが所属するソフトボール部の部長。ものすごい小さい。 しかし、登場する生徒の中では最年長である。さらと若干キャラが被っている。 雪村すもも 前作のヒロイン、雪村杏の養女。 性格も義母の血を色濃く継いでいるが、毒っけは少し薄い。 正義の魔法使い 前作の音姫ルートでたびたび見かけたキーワードであり、謎の黒髪の女性。 どうやらさくらと何か関係があるようだが? 評価点(FD) 待望の風見学園 やはりファンとしては、最新の風見学園ストーリーを楽しめることは評価面。歴代キャラをなぞったキャラ(すももなど)が登場するのもファンサービスとしては上々。 安定したシナリオ ファンディスクなので本編ほどのクオリティではないものの、読み進める面白さは健在。 豊富なお楽しみシーン 控えめだった本編とは違い、なかなか充実している出来。特にあるヒロインでは立て続けにシーンが入り、それとない需要が見込める。もはや公式でエロ要員な妹。 賛否両論点(FD) 違和感のあるボイス シャルルと葵の声優が変更になったが、葵は声優の声質が元のそれとかなり異なっており、コレジャナイ感が強い。シャルルはなんとか似ているのだが、こちらは演技に違和感あり。R版からやっているプレイヤーには問題ないが、無印(USB)プレイヤーには少し辛い。 大幅に削除したキャラ数 当然のことながら、風見鶏の生徒は全削除。それだけならまだしも、風見学園の生徒会メンバーもほとんど登場しない。キャラの個性をもってしても、やはり本編よりも掛け合いのバリエーションが少ないのが物足りない。 問題点(FD) フルプライス 本編プレイほぼ必須、色々とボリューム縮小、にもかかわらず強気のフルプライスで手が出しにくい。 魔法の桜に関する設定の矛盾 まず大前提として、『I』の桜はリッカの作り出した桜であり、『II』の桜はリッカのものを元にさくらが作り出したレプリカ。つまり両作品における魔法の桜は別個体となる。そして『III』の桜は作中の描写から『I』と同一の個体と見るのが妥当。だが、『II』のヒロインである杏の願いを叶えたのは『II』の桜。 作中では杏の書いた人形劇の台本について、シャルルの記憶を見たのではないかと言う推測があるのだが、これが見事に成り立っていない。 総評(FD) ファンディスクという点を踏まえればそれなりのクオリティは期待できる。 ただし、フルプライスという点がやはり食指が動かない主な原因になりがちでもある。 今後『III』がどう展開していくかで、購入を検討するのも手だろう。
https://w.atwiki.jp/gfresearchmirror/pages/30.html
石(いし)田(だ) いすき ■プロフィール 基本データ 名前 石田いすき 読み いしだいすき タイプ POP 誕生日(星座) 5月10日(おうし座) 血液型 A型 身長 146cm 体重 45kg 3サイズ B 69cm/W 55cm/H 74cm 趣味 化石掘り、型抜き 好きなもの ぺろぺろキャンディー 嫌いなもの すいとん 部活・所属 地学部 得意科目 地学 その他のデータ 英記 ISUKI ISHIDA ヒトコトID @fossil_love クラス 2年B組 BMI値 21.1 乳関数 32.23287671232877(微乳) カップ AAカップ(微乳) 一部のデータはGF速報からの引用となります。 ■交友関係 ■呼称一覧 基本一人称 私 基本二人称 不明 主人公から→× 主人公に対し→[名前]くん [苗字]くん(恒常R第2進展まで)→[名前]くん(恒常R最終進展以降から現在まで) 呼び方 呼ばれ方 八束由紀恵 石田さん があるふれんど(かり) 櫻井明音 ■声優 小(お)見(み)川(がわ) 千(ち)明(あき) (Wikipedia) ソウルイーター(マカ=アルバーン) 花咲くいろは(鶴来民子) 長門有希ちゃんの消失(森園生) など ■その他の考察 地学部所属の2年生。 化石に目が無く、特にアンモナイトを好む。ヒトコトID「@fossil_love」からもそれが窺える。 頭の左右に飾った、アンモナイトを象った髪飾りが特徴。髪飾りは、進展していくほどに進化…もとい色使いがどんどん派手になっていく。 があるふれんど(かり)では、ビキニのトップスが流されてしまった八束由紀恵に借りられ、その代わりにされた。 元々は「ミュ~コミプラス」の番組内企画での一般公募から採用された。 名前の由来は「石・大好き」をもじったもの。『奇面組』や『ときめきメモリアル(特に1)』を髣髴とさせるような語呂合わせ系のネーミング。 現時点での実装カードの種類は少ないが基本攻援寄りで、ボーナスは「歴史より愛をこめて」(攻)「未知への探究心」(攻守)「ミクロズ☆チアフル」(守)のバランス型配置。 アニメでは、7話で夏目真尋の小説の読者になったり、11話でクロエ・ルメールの父セルジュ・ジャン・ルメールに送る学校紹介ビデオレターに古谷朱里と一緒に出ていた。
https://w.atwiki.jp/star_grail/pages/69.html
私の心は何時だって、薔薇の森の中に囚われていた。 芳しい香りが常に私の嗅覚を喜ばせる。空から燦々と降り注ぐ柔らかな陽の光が私の心を躍らせる。 何処に行っても薔薇があり、何処に行っても光が満ちる。私を遮る障害物も、私の行く手を阻む敵もなく。 薔薇も、香りも、地面も、光も、空も。その全てが、私の好きな人物。この、天国のような牢獄は、何時だって私の心を離さなかった。私自身も、離れる気もなかった。 ――習さま。 私の光。私の誇り。そして、私の大事な人。 喰種の中でも尊い血筋の者でありながら、私達は勿論、下等なヒトにすら、私達に向けるような笑みを以って接する、慈悲深いお方。 何れ月山家を継ぐ者でありながら、分家筋の私にも目を掛け大恩を与えて下さった、尊敬すべきお方。 ……ロゼヴァルト家再興の為、兄達の代わりとして、男として今後は振る舞おうと誓った私の中に、隠し過ぎて錆び付いた『女』を目覚めさせた人。 私の罪は、習さまの快復を本心から望まなかった事。習さまが治らなければ、あの安寧が自分の物になり続けると少しでも思ってしまった事。 だから私は、薔薇の森の中に不自然に転がっていた、林檎の果実の匂いに堪えられなかった。林檎を齧った私は化物になり、勝手に暴走し。 そして、罰が下された。快復しなければ良いと思っていた大切な人は、Borg(豚野郎)の赫子からルナ・エクリプスの屋上から投げ捨てられ、その命を終えようとしていた。 私だけが、死ぬ訳じゃなかった。私の犯した罪に下される罰、それに、大切な人が巻き込まれようとしている。 Rose(薔薇)を枯らせる訳には行かなかった。Sonne(太陽)を冷やしてはならないと思った。Licht(光)を、決してはならないと叫んだ。 喰種とは思えぬ化物に埋め込まれた力のせいで、私のものではない何かが頭の中に住み、それが囁き掛けているように頭の中が混濁していた私の思考は、習さまをどうにかしたいと言う一心で、彼と共に屋上から飛び降りた。 もう、私は習さまと共に終わる。今まで彼に合わせて日本語で話していた私は、思いの丈を、母国の言葉で、世界に刻んだ。 家族に、習さまに赦しを乞い、彼への愛を叫び、そして、わがままだと思いつつも、私の本当の名前を呼んでくれと。烏滸がましいと思いながらも絶叫する。 私が、どれ程醜い喰種であったのか。それを、あの人に伝える為に。私は、全てを洗いざらい、己の口から―― 「――Keine Sorge.」 私は―― 「Niemand wird dich bestrafen」 私―― 「Karren」 全ての力を振り絞り、赫子を作り、習さまを安全な所まで投げ飛ばす私。 遠くで習さまが、今まで私に見せた事もない、必死な表情で叫んでいる。私の名前を、何度も、何度も。 頭の中で囁き続ける誰かが、習さまの言葉に殺される。私の心をとらえ続けていた薔薇の森園が消え失せ、下から上に流れて行く高層ビルの風景へと様変わりする。 何て、私は馬鹿だったのだろう。醜い独占欲など、抱き続ける必要はなかったのだ。隠し通す必要性も、なかったのだ。 ただ、素直であれば良い。それだけで、良かったのだ。そうすれば、優しい習さまは、私に何かを示してくれたかもしれないのだ。 どうしようもなく私は愚かで、その愚かさのせいで、不幸な事も多かった一生だったけれど。幸福もあったのだ。 ああ、あれだけの罪を犯したと言うのに。あれだけ醜かったと言うのに。私……、こんな幸せでいいのかしら。 こんな幸福に包まれたまま死ねるなんて、私――――――――――――――――――――。 『カナエ=フォン・ロゼヴァルト』の一生は、こうして終わった。死因は、高層ビルからの転落死。 喰種と言う種族的特徴故に頑丈で、五体は砕け散っておらず、喰種としての形を留めている。その死に顔は、壮絶な死に方とは裏腹に、とても安らかな物だったと言う。 ◆ 冬木大橋の高架下で、カナエは、夜の星空を見上げていた。 夜の空は、好きだった。頻度こそ稀だが、月山と共に、夜の空を窓越しに見上げながら、読書や珈琲を嗜んだり、夜空の下でバイオリンを演奏して見せた事を、 カナエは思い出していた。彼女にとって、一番幸福だった時期の事を、この冬木の街で思い出す。 空の広さは、ドイツでも日本でも平等だった。何処でも空は変わらない。星の配置も、きっと同じなのだろう。 だが、この街は断じて、カナエの元居た日本ではあり得なかった。無論それが、カナエが今わの際に手にしていた星座のカード、 それが彼女の脳裏に刻み込んだ、聖杯戦争及びそれに付随する知識によって得た情報から理解している、と言う事もある。 しかしそれ以上に、この世界には、カナエが元居た世界では常識であった者達がいないのである。そう、此処には喰種がいない。 此処はきっと、初めから人しかいない世界だったのだろう。それとも、人が喰種を全て駆逐しきった世界なのかもしれない。 どちらにしても、この世界においてカナエ=フォン・ロゼヴァルトと言う喰種は、完全なる異物である事を、彼女自身は認識していた。 「……」 考えるカナエ。 当初は、孤独だと思った。この世界には月山は勿論、その父である観母も、松前を初めとした月山家の使用人、果ては、 自分と同じ喰種すら存在しない。真実カナエは、この世界におけるたった一人の希少種になってしまったのだ。 ――だがこれは、逆を言えば好機なのではないかと思っていた。 喰種と人間の運動能力の差は、子供ですら即座に、喰種の方が遥かに上だと答える程には、人のそれを超えている。 人の理解を遥かに超えた喰種の力を用いれば、聖杯戦争、勝ち抜く事だって訳はない。聖杯。如何なる願いをも叶える万能の願望器だと言う。 そんな物があるのなら、自分はきっと、月山習の幸せを祈るだろうと、カナエは初めから確信していた。彼女の罪滅ぼしは、未だに続く。 最愛の人物が存在しないこの世界ですら、彼女の抱く月山習への愛は、永遠であった。その愛を叶えるべく、カナエには、聖杯が必要なのである。 ……必要、であると言うのに。 「考えは改まったか、マスター」 それは、カナエの背後から聞こえてくる、バリトンの効いた低い男の声だった。 その方向に顔を向けると、其処には、高架下に背を預ける、カナエの引き当てたサーヴァント――バーサーカーと言うクラスらしい――がいた。 鍛え上げられた上半身を露出させ、その上に裏地の紅い黒マントを羽織り、ボトムスにカーキ色の長ズボンを選んだ、赤い髪をした眼鏡の青年であった。 日頃の不摂生や睡眠不足のせいかはしらないが、目の下には深い隅が出来ており、男の荒んだ生活ぶりがカナエにも伝わってくる。 くすんだ碧眼が、カナエを睨めつける。ゾッとする程剣呑な輝きを宿した、鋭い瞳。射すくめられたように、カナエの身体が動かなくなる。 ――たかがヒト如きに……―― 何故、喰種である自分が恐れを抱いているのだろうか。 クインケと呼ばれる道具すら持たない。男は完全な丸腰である。それなのに男は、カナエの遥か上を往く強さを誇るのだ。 そうと知っている理由は、単純明快。一度カナエとバーサーカーは、意見の対立を見て、交戦状態に陥ってしまった事があるからだ。 結果は、カナエの惨敗。誰が信じられようか。如何に物理的特性として脆さのある鱗赫とは言え、カナエの赫子をただの手刀で大根みたいに切断し、 本人曰く手心を加えていたと言う右拳の一撃でカナエを気絶させてしまったのだ。そう、彼女は、ただのヒトに拳で敗北してしまったのである。 「お前の罪は、到底許されるべきものではない。だが、己の罪と向き合い、付き合って行くと言うのであれば、俺もお前を裁かない。いや、我々は安易に人を裁くべきではないのだ。況してお前は我がマスター。人を喰らう怪物であったとしても、俺は、お前が贖罪を続けると言うのであれば、お前に頭を垂れよう」 落ち着いた声音で、バーサーカーは喋り続ける。 本来的には言語による意思疎通すら難しいと言うバーサーカークラスであるのに、男の口調は驚く程闊達であった。 「だが――聖杯を獲得して願いを叶えようとする事だけは許せん。あれは、あの人の威光を汚す、汚物で満たされた唾棄すべき魔杯。あれは、俺の手で砕かれねばならない」 そう、カナエが己のバーサーカーと決別しかけた最大の理由は、此処に在った。 カナエは聖杯を使って叶えたい願いのヴィジョンがあると言うのに、この男はよりにもよって、聖杯の破壊を視野に入れて動こうとしている。 バーサーカーのそんな態度が許せなかったからこそ、カナエは令呪を切ろうとした。それを見てバーサーカーは動き出し、其処から交戦が起ってしまった。 結果は先程の言う通り、カナエの敗北。簡単に倒されてしまったのだ。今の実力では到底、バーサーカーを出しぬけないと判断したカナエは、 表面上はバーサーカーの意見を尊重するフリをし、後で如何にか処理しようと誓った。そしてそんな屈辱的な日から、一日が経過。 未だ聖杯戦争が本開催されたと言う情報は聞かないが、こうして夜に冬木を見回り、何処かにサーヴァントがいないかと捜索。 結果としていなかったが為に、こうして冬木大橋の高架下で、小休止を挟んでいた。これが、今の状況に至るまでのあらすじであった。 「Plauderer(おしゃべり)が。同じ事を何度も私に説教しなければ気が済まないのか? 貴様は」 「それもそうか。解っているのならば良い。愛に殉じたマスターよ。俺も、お前の気持ちはよく解る。愛の重さ、尊さを、俺も理解してるが故に」 ……愛か、と。カナエは考える。 勿論バーサーカーの言う通り、自分が最期の最期まで、月山習への愛で動いていた事。それは否定しないし、と言うより、この世界でも彼への愛こそが、 カナエ=フォン・ロゼヴァルトの行動原理、彼女を聖杯へと突き動かすガソリンである。この点で、バーサーカーは間違っていない。 だが、カナエにとって疑問なのは、この男が本当に、愛とその尊さを理解しているのか、と言う事であった。 彼の真名は、カナエも良く知っている。月山家の使用人の一人として生活して行くのなら、当然、ある程度の教養と言うものが叩き込まれる。 この男の真名は、その教養の範囲内であった。喰種の中ですら、この男は有名人であった。遥か二千年以上前、銀貨三十枚と引きかえに、 神の子を裏切ったとされる、歴史上最も有名な、裏切り者の代名詞。『イスカリオテのユダ』の名は、当然、カナエの耳にも届いていた。 「お前が、愛だと? 笑わせるな。お前はこの世界でどう扱われているのか知っているのか? Verrat(裏切り)の代名詞らしいぞ、貴様」 「知っている」 ユダは、平然と答えた。 「勿論、お前達の目からすれば、俺は裏切り者にしか見えるまい。俺もそんな事、重々承知だ。確かに俺は、一度はあの人を裏切った」 「だが――」 「俺は、あの人が嫌いだったから、憎悪していたから裏切ったのではない。俺は――あの人を愛していたから。好きだったから、裏切ったのだ。今でも、俺は胸を張って言えるぞ、マスター」 胸に手を当て、笑みを浮かべてユダは口を開く。 爛々とした狂気が渦巻く碧眼は、見ているだけで、その狂気がカナエに感染しそうな程の凄味で満ち溢れていた。 「俺は、他の使徒達に出来ない方法で、あの人に愛を示したのだと。俺こそが、十二使徒の中で、最もあの人への愛に溢れていた男なのだと」 一切の迷いも淀みもなく、ユダはカナエに思いの丈をぶつけて来た。 こんな男の宣う愛が、自分が嘗て月山にぶつけた愛が同一のもので括られるのかと思うと、カナエにはゾッとしない話であった。 そして、無言の時間が過ぎて行く。満点の星々だけが、この、喰種と人間が織りなすズレて狂ったやり取りの、観客なのであった。 ◆ 俺の人生は、退屈で平凡のまま終わるかと思っていた。 カリオテの村の豪農の下で働く会計係。それが、あの人に出会うまでの俺の仕事。 変化もなく、退屈で、それでいて、主であった豪農の気分次第で何時でも首を切られる立場。それが、今までの俺の仕事。 あの人が、俺のいたカリオテを訪れた時から、全てが始まった。 あの人は俺の目を見て行って下さった。「お前の瞳には、誠実の煌めきがある。私と共に、巡礼の旅に出ないか」、と。 俺は、帳簿と会計以外に取り立てた才能を持たぬ無能だと思っていた。そんな俺を、彼は求めてくれた。それが嬉しかったから、俺は、 十一人の兄弟子達と共に巡礼する道を選び、生まれ育ったカリオテの村を去った。 巡礼と救済の旅は、俺にとっては新鮮で、神聖で、善きものだった。 時にあの人と十二使徒どうしで語り合い、助け合い、そして、互いに互いを高め合っていたあの瞬間は、俺にとってこれ以上となく尊い時間だった。 そして、そんな時間が終わる時が訪れた。あの人は、自分は死なねばならぬと語った。パンとワインの供されたあの晩餐の場で、あの人が語った重い内容。 それを、十二使徒達は受け入れられなかった。敬愛し敬服する、あの人を自ら裏切り、磔刑に処させる。そんな事、出来る筈がないと誰もが言った。 「何かほかに出来る事がある筈」、そう言ったのはペトロだ。「我々が一丸となれば」、と嘆願したのはヨハネだったか。 だが、どう足掻いてもあの人は死なねばならなかった。師(ラビ)であり、愛する男であった彼を裏切り殺したと言う汚名を、誰もが被りたくないと思ったのは、当然の心理であったろう。 だからこそ、俺は、あの人を裏切る立場を買って出た。誰しもが、驚いた目で俺の事を見ていた。 俺は、使徒の中でも劣っていた。あの人が教えた術を、他の使徒が習得するのに必要とした時間の二倍、俺は習得に必要とした。 俺は、使徒の中でも一番最後に入っていた。だから、あの人の教えを学び取る事にいつも必死で、物覚えが悪かったせいで他の兄弟子にも迷惑をかけていた。 そんな、愚図で、鈍間の俺に出来る、最大最後の献身だと、俺は思っていた。俺よりも優れた兄弟子が、あの人を殺した罪を被る必要性などない。 俺だけが、その咎を負えば良い。嘗て、カリオテの村でひっそりとその生を終える筈だった俺に、素晴らしい世界を見せてくれた彼。 そんな彼に俺が見せられる、最後の献身。それは、今この瞬間を於いて他にないと俺は思った。だからこそ、俺は、あの人の提案を呑んだのだ。 「■■■よ。俺は、貴方を裏切り、貴方の思う理想を叶えます」 「……迷いはないのか。ユダよ」 優しげな声で。あの時、カリオテの村で俺を誘った時のような優しげな声音で、彼は問いかけて来た。 「貴方は俺に、考え得る最大の幸福を与えて下さった。ならば俺も、貴方が理想とした幸福の世界の成就の手助けをせねば、その釣り合いはとれますまい」 自信満面に、俺は、あの人に対して言って退けた。 ……喜ぶような表情を、俺は期待していた。よくぞ言ってくれたと、褒めてくれると信じて疑わなかった。 ――なのに、どうして。 ■■■よ。貴方は……酷く憐れむような、哀しげな表情で、俺の事を見つめて来るのだ? 何故、他の兄弟子達も、■■■と同じ様な顔で、俺の事を眺めて来るのだ? 俺には、その顔の意味が、今も解らない。 なんで? どうして? 俺は、ただ……貴方に喜んで貰おうと思っていただけなのに。■■■よ。その答えを、俺に、教えて欲しい。それさえしてくれれば、私は……。 【クラス】バーサーカー 【真名】イスカリオテのユダ 【出典】新約聖書、及び関連書籍 【性別】男性 【身長・体重】176cm、66kg 【属性】秩序・悪 【ステータス】筋力:B 耐久:B 敏捷:B 魔力:B 幸運:D 宝具:A+ 【クラス別スキル】 狂化:EX バーサーカーは理性と正気を保てている。その上、言語能力にも全く異常はない。 しかしバーサーカーは、基督教における神の子である『あの男』への尊敬と敬愛、敬服などと言った感情を隠しもせず、 バーサーカーの行動原理は、その男が喜んでくれるか、認めてくれるか。そして、自分を愛してくれるか、と言う事だけである。 『彼』の敵になる、不利になる事があった場合、バーサーカーはボイコットを起こすどころか、マスターにすら反旗を翻す事がある。 【固有スキル】 奇蹟:- 時に不可能を可能とする奇蹟。星の開拓者スキルに似た部分があるものの、本質的に異なるものである。適用される物事についても異なっている。 しかし、神の子を裏切った……『と言う事になっている』バーサーカーは、このスキルの発揮は出来ない。彼は当世の人間から見捨てられている。 十二使徒:- 神の子直々の高弟として生きた者達だけが有するスキル。聖人スキルの上位互換。 聖霊の加護、聖人、殉教者の魂の効果を兼ね備える特殊スキルであり、所有するだけでAランク相当の精神耐性を保証し、 洗礼詠唱よりも上位の奇跡である洗礼礼賛の使用をも可能とする強力なスキルだが、バーサーカーはこれを失っている。 無辜の怪物:EX 神の子である男を銀貨30枚で裏切った、世界で最も有名な裏切り者の代名詞として、人々に抱かれ続けた幻想。 バーサーカーは裏切りと不和の具現としてこの世界に現出している……筈だった。 本来なら、並のサーヴァントでは口調・性格どころか存在すら変貌する程の想念を一身に背負って尚、バーサーカーは己の性格や在り方が失う事がなかった。 バーサーカーの場合は己の宝具が変質してしまっている。このスキル(装備)は、未来永劫外せない。 信仰の加護:A+++ 一つの宗教観に殉じた者のみが持つスキル。加護とはいうが、最高存在からの恩恵はない。 あるのは信心から生まれる、自己の精神・肉体の絶対性のみである。……高すぎると、人格に異変をきたす。 洗礼詠唱:A+ キリスト教における“神の教え”を基盤とする魔術。その特性上、霊的・魔的なモノに対しては絶大な威力を持つ。 洗礼礼賛を使えぬバーサーカーは、嘗て『あの男』から教えて貰った洗礼詠唱を代用として使う。 ヤコブの手足:B+ ヤコブ、モーセ、そして様々な聖人へと脈々と受け継がれてきた古き格闘法。 極まれば大天使にさえ勝利する。伝説によれば、これを修めたであろう聖者が、一万二千の天使を率いる『破壊の天使』を撲殺している。 神性・悪魔・死霊の属性を宿す存在に対して常に特攻効果を得、この格闘法に則った型で動き、技を放っていると、 常時全ステータスに『+』が二つ追加されているものとして扱う。十二使徒の必修科目。当然バーサーカーもこれを扱う事が出来る。 【宝具】 『絆を知らぬ哀しき獣よ(イーシュ・カリッヨート)』 ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1 世界で最も著名な、裏切り者の代名詞たるバーサーカーが内在している性質と、彼の生前で最も有名なエピソードが宝具となったもの。 バーサーカーの霊基はそれ自体が、裏切りの代名詞であり、『裏切り』の属性を宿している。 彼の攻撃の一つ一つにはその属性がマスクデータとして付与されており、この攻撃に直撃し続けると、その裏切りが発動する。 対象となるのは『英霊と宝具の関係』、『サーヴァントとマスターの関係』、『発動させた神秘とそれによって本来起こる筈の結果』である。 バーサーカーの攻撃を受け続けると、英霊にとって半身とも言うべき宝具と、所有者である英霊との間に亀裂が生じ、所有者を裏切らせる。 裏切りが完全に発動してしまうと、当該英霊の宝具所有権を宝具自らが『放棄』、真名を唱えても発動せず、召喚にも応じない『裏切り』を再現させる。 また、サーヴァントとマスターの間にも、余りにも唐突かつ理不尽な不和が発動するだけでなく、宝具に拠らない、英霊やマスターが本来有している筈の、 様々な異能や魔術、スキルが、メリットとなるその結果が全く得られないと言う事すらも起ってしまう。この宝具を防ぐには対魔力等の防御スキルでは不可能。この宝具のランク以上の結界宝具及び、神性スキル、そして、裏切りが絶対に起こらない程の強い関係か、強固な精神耐性を保証するスキルが求められる。 【weapon】 【解説】 銀貨30枚で神の子であるイエスを裏切り、その応報を受けた(或いは自殺した)とされる、世界で最も有名な裏切り者。それが、イスカリオテのユダである。 今日ではユダと言えばそれだけで、自動的に裏切り者として認知される程影響力が大きく、後世の芸術・文学に与えた影響は計り知れない。 一方で彼の裏切りには謎が多い。その中でも最も有名な謎が、『全知』であった筈のイエスが何故、よりにもよって十二使徒の一人であったユダの裏切りを、 見抜く事が出来なかったのか、と言う物である。今日に至るまで様々な神学・哲学者がこの謎に取り組んで来たが、結局解釈は多岐に解れるがまま。 イエス及び、自分以外の十二使徒とユダの関係は、実際の所かなり良好な物で、十二使徒は互いに互いを尊敬しあい、そして助け合って生活していた。 だがある時イエスはついに、夕食の席で、自身が十二使徒の誰かの裏切りによって処刑されねば、この世から原罪と試練、悪魔を消滅させられない事を伝える。 敬愛するイエスを自らの手で、磔に処させる。そんな事を喜んで引き受けてくれる者など、誰もいなかった。 「他に手立てはないのですか」、「私達が力を合せれば」、と侃侃諤諤の議論に発展するも、遂にその貧乏くじを自ら引き受けてくれる者がいた。 それこそが、イスカリオテ出身のユダであった。彼は十二使徒の中でも一番最後に使徒になり、しかも実力もやや低めだった為、それがコンプレックスになっていた。 今まで自分が、イエスの為になった事はなかったと身の上を恥じていたユダは遂に、己自身の手でイエスの幕を引き、十二使徒の汚れ役となる事で、 他の面々の面子を保つ決意をする。それが、嘗てはカリオテで帳簿役として一生を終える筈だった自分を、 巡礼と救済の旅に誘ってくれ、素晴らしい体験をさせてくれたイエスに出来る最大の献身だと思っていたからである。 十二使徒達も、ユダの決意と思いをよく知っており、当初は彼の事を讃えていたのだが、使徒の死後になるにつれて、伝聞の行き違いか、 ユダが私利私欲で裏切ってしまったと言うエピソードに書き換えられてしまう。そちらの方がストーリー的に、盛り上がると教会や聖職者、語り部が考えたからである。 これが、世界で一番有名なユダの裏切りのエピソードの真相である。銀貨に纏わるエピソードなど嘘っぱち。イスカリオテのユダとは、己の捨て身の献身を後世の人間によって徹底的に歪められた末に生まれた怪物であった。 バーサーカーとしての召喚、そして、無辜の怪物による属性付与の中にあっても、イエスへの敬愛をユダは失っていない。 裏切りに関しては、己の身の上を全く恥じておらず、イエスを神の座へと祀り上げさせ、他の使徒に出来なかった事をして見せたと思っており、寧ろ誇っている程。 だが、己の人生に彩りを与えてくれたイエスに対してはある種の狂愛を抱いており、彼の事を馬鹿にし、けなす者に対しては容赦の欠片もない。 そしてユダにとって聖杯戦争の景品たる聖杯は、イエスの聖性を汚す汚物にしか映っておらず、これを破壊する為ならば彼は一切の容赦もしない。 従って、この男には聖杯に掛ける願いなどない。あるのはただ、嘗て愛した男の名誉に傷を付けん聖杯を、完璧に解体せんとする願望である。 【特徴】 鍛え上げられた上半身を露出させ、その上に裏地の紅い黒マントを羽織った、赤い髪をした眼鏡の青年。ボトムスには、カーキの長ズボンを選んでいる。 目の下には不健康そうな隅が出来ており、平素の不摂生、或いは、無辜の怪物によるストレスと変性を窺わせる。 【聖杯にかける願い】 聖杯に掛ける願いはない。彼の願いは、聖杯の解体である。 【マスター】 カナエ=フォン・ロゼヴァルト@東京喰種トーキョーグール re 【マスターとしての願い】 詳細不明。ただ、月山習が絡む事は確か 【weapon】 【能力・技能】 喰種: 食性が人肉のみに限定された肉食の亜人種。通常時は人間との外見的な差異が無く、条件付きで交配も可能であるなど、限りなく人間に近い。 極めて高い身体能力を持ち、数mを跳躍する脚力や素手で人体を貫く膂力を有する。程度の軽い擦過傷や切傷であれば一瞬、骨折でも一晩程度で治癒する回復能力を有し、 また銃弾や刃物などの一般武器では傷一つ付かないほど耐久性にも優れている。感覚器官も非常に鋭く、遠方から近づく人物の体臭を嗅ぎ分けられ、 雑踏の中から足音を聞き分けることも出来る。カナエの場合は、先の部分がが蕾のような形状をしている赫子(鱗赫)を持つ。 しかし、芳村エトの手によって何らかの処置を施され、本来のカナエが持っていた喰種としての運動能力や身体能力が爆発的に向上。首を斬り落とされても復活する程の、異常なまでの再生能力を有するに至る。 【人物背景】 月山家の使用人。登場時18歳。4月23日生まれのおうし座。血液型B型。 10年前、和修政も属していたCCGドイツ支部の捜査官達による屋敷の襲撃で父や母、そして逃亡中に兄達が死亡し、自力で総本家である月山家に辿りつく。 日本語が堪能であるがドイツ語を織り交ぜた発言をする事が多い。月山に心酔しており、彼の心を乱したハイセ(金木研)に対しては強い憎悪を抱いていた。 本名、カレン=フォン・ロゼヴァルト。実は男装の麗人とも言うべき女性であり、月山に対して抱いていた感情は、心酔ではなく愛情だった。 東京喰種:reの第06巻の時間軸から参戦 【方針】 聖杯狙い。己のバーサーカーはいつか出し抜く。彼女自身が人喰いの怪物である為、人を食する事も辞さない
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3265.html
泣き喚いて森に掴み掛かるように、その言葉を即座に現実のものとして当て嵌め、喪失への激情を露にすることのできた者はいなかった。――彼等は放心していた。長門有希までもが、そうだった。 「私は皆様に、謝罪しなければなりません」 森の声はあくまで起伏のない、義務を読み上げる事務員のような代物だったが、其処にどんな感情が眠っているのか、少年には読み取ることができなかった。泣き腫らした痕跡でもあれば、分かり易く彼女の悲しみを察せられたのかもしれない。けれど、保護対象としてきた彼等の前でそんな醜態を晒すような愚を犯す森園生ではなく、また彼女が機関のプロフェッショナルであることを彼らはよく知っていた。 「昨夜のことです。機関内部で、大規模なクーデターが発生しました」 「クー、デター……?」 みくるの鸚鵡返しに、森は肯定を返す。 「我等も長い時をかける間に、一枚岩ではなくなっていました。派閥が絡み合って牽制し合っているような状態が続いていた。クーデターの主犯は、涼宮ハルヒを殺せば超能力から解放される、と主張する者たちで、機関内でも少数派だったのです。問題視されるレベルではなかった。ですが……」 言葉を切って、爪を掌に食い込ませる。 「涼宮さんの力が間もなく消滅しようとしている――そんな時期を契機と見たのか、何時の間にあれだけの人員を抱え込んでいたのかは私どもにも不明です。全く突然のことでした。圧倒的な武力で一時機関は制圧され、応戦した同士達の間に多数の犠牲が出ました。……古泉も、そのときに」 森は語尾を落とすと、立ち上がり、深々と頭を垂れる。軍式の様な洗練された礼だったが、そんな彼女の所作に気を払う者はいなかった。 「古泉の、超能力者達の保全の為に機関は在りました。申し訳ありません」 最後に能面のように動かさなかった面を歪め、 「あなたたちの、古泉を――護れなくて、ごめんなさい」 素の一言を、彼女は吐いた。 森はそれから、反乱分子は駆け付けた応援によって無事「殲滅」を終えたこと、涼宮ハルヒ及びSOS団に今後危害が加わることはないと約束した。古泉を転校扱いにしたのは、ゆるゆると消滅に移行している涼宮ハルヒの力を古泉の訃報で不安定な状態にし、情報改変能力の発露が起きるのを防ぐためだという補足も行った。 我慢の限界を迎えたのは、堪える様に唇を噛み締め、森の話の一部始終を聞いていた少年だった。それは、おかしいんじゃないか、と。 「転校の処理を取る前に、出来ることはまだあるでしょう!そうだ、ハルヒに全部ぶちまければいい!あいつが望めば古泉は助かるかもしれない。俺が切り札を使えば――」 「それで大規模な情報爆発が発生し、世界改変が起こり、此の世が此の世のものでなくなっても?」 容赦のない、断絶の溝に、少年はたじろいだ。私情より世界を重んじた、あくまで冷徹な響き。森園生がわざわざこの部室にまで出向いた理由を、彼等は遅れて悟った。 彼女は釘を刺しにきたのだ。 「私達が最も恐れているのはそのことです。涼宮さんの力は減少傾向にあった、それを揺さぶり起こせばどんな反動が来るか。力の消滅は『機関』、そして所属の超能力者達にとって悲願でした。古泉一人のために、あなた方は世界を狂わせても構わないと仰るのですか」 絶句した彼に、女は仮面を払って悲しい微笑を刻む。面々から反論がないことを見て取った森は、長居は無用と判断したものだろうか、目を伏せた。 「御無礼を申しましたこと、お詫びします。――お茶、ご馳走様でした」 「い、いえ……」 きゅっと目元を潤ませたままのみくるが、強く森を睨むように視線を押し返す。可愛らしい敵意に、森はまた笑みを消失させ、一礼した。 踵を返し扉の向こうに消えてゆくまで、誰も、何も、言わなかった。 ――果たして、森園生の試みは正しかったと言えたろうか。 彼女が述べたのは機関の総意であったにせよ、それを直に、彼等に律儀に報告する義務もなければ、利点も薄かった。恨みつらみを一身に引き受けつつ、古泉一樹を諦めろと勧告する。随分と拙いやり方ではないか? 事実、諦念には早かった。彼は、森とのやり取りに逆に意思を貫く覚悟を固めたように、扉から眼を離した。内心をせめぎ合った迷いもあったろう。だが、彼は古泉の明暗を分けるかもしれぬ貴重な時間を、その葛藤に割かなかった。 出し抜けに、佇んでいた少女を呼ぶ。 「朝比奈さん。過去に飛ぶことは、できませんか」 狼狽を見せたみくるはしかし、少年の一本槍を背負った眼に、屈み気味の姿勢を正した。涙の滲んだ跡を拭う。 「……許可が、下りません。申請はしてるんですけど……ごめんなさい、キョンくん」 「長門、お前は」 静かな、落ち着いてさえいる少年の明瞭な声色に、長門は、自分が想像を超えて衝撃を受け動揺していることに思い至った。森との会話の間もそうだ、内容を分析して然るべきところで、思考を停止していた。 古泉とは酸いも甘いも分け合った親友同士とはいかず、場合によりけりではあるが一時期には煙たがってさえいた筈の少年は、それでも、補充の効かない唯一無二の仲間として古泉一樹を救う気でいる。 「俺は機関の都合なんか知ったことじゃない。あれで止められると思ってたんなら、SOS団も見縊られたもんだ。――うちの我儘な団長様をサポートできる副団長は、古今東西探し回ったってあいつくらいしかいないってのに」 最後まで、あらゆる手を尽くす。長門は、その「何が何でも」の彼の決意に――たったひとつ、縋るものを見つけた。希望、という名の。 「わたし個人の力で出来る事は少ない。現在は異時間同位体との同期も封じられている」 「……そうか」 「でも、わたしは古泉一樹を助けたい」 少年は、誰もが挫けるだろう其の極地に、力強く笑ってみせた。 「勿論だ。今日は、とんだバースデーになっちまったが――絶対、あいつを助ける。それで、お前のパーティーのやり直しだ」 ハルヒと朝比奈さんのお手製のケーキを全員で食って、古泉を冷やかしながら腹抱えて笑う一日のやり直しだ。誓いのように放たれたその言葉を、長門は永劫忘れないだろうと、思った。 日の暮れ時が接近すると、鮮烈な色彩を宿す空。昨日の下校の折も、こんな夕焼けに色付いていたことを長門は記憶に照らした。差し込む光の先に、昨日は、夢のように綺麗な雪が降っていた。長門への祝福だと古泉が言った、すぐに融解して儚く水に還る白い結晶に、見守られるようにして別れた。――今日こんな事態に陥るとは、長門自身、予想出来なかったことだった。 ケーキは空気に晒した侭では悪くなってしまうと家庭室の冷蔵庫に速やかに戻され、少年とみくるがそれぞれ去った後、人の減った部室内は閑散とした印象を強めた。賑やかな日常が一人の死にあっさりと転化してしまう、その脆さを、まだ彼女は知らなかった。SOS団の誰かが欠けた事はなかった。ましてや、「付き合いませんか」と交際を申し入れられて以降、限りなく近しくあった少年が喪われることなんて。 一先ずは今もあちこちに飛び込み、教師やら生徒やらを質問責めにしているだろうハルヒの回収に少年が赴き、みくるはパーティーに誘う予定だった鶴屋に事情を釈明に戻っている。部室に残ったのは長門だけだったが、直に合流の手筈だ。実際は、彼らが長門に気を遣い、独りきりの時間を持てるようにと席を外したというのが正しかったのだが。 長門は、つい先日この部室で交わした台詞の逐一を巡らせた。 『ご一緒してもよろしいですか』 にこり、と笑んで手持ちの書物を長門に掲げて見せた。古泉の微笑は何時の間にかいつでも長門の傍に、当たり前に在るものになっていた。意識せずとも、古泉を捜せば笑顔に出遭う。長門にとっての、安らぎの一つに変わっていた。 『今度、近場に大型の書店が出来るそうなんです。日曜日、予定が合いましたら行ってみませんか?』 あの日重ねなかった掌が、もう、此処にない。取り戻す。取り戻さなければ。けれど、どうやって。 独りの問答が、懐かしい声を呼び覚ます。 『――長門さん』 「――長門さん」 対有機生命体インターフェースにも、人間を模した「鼓膜を震わせる」という表現が可能なら。長門は震えた鼓膜が得た音情報の真偽を、――己の耳を、疑った。 腰掛けた椅子から、窓へと注いでいた視線を長門は振り向かせる。陽の色に染まる部室。キィ、と軋んだ扉の音。 立つ影は、古惚けた白壁に濃く延びて。 制服姿の古泉一樹が、長門に向け、冗談めかして優しげに微笑みかけた。 「こんにちは。……幽霊の、古泉一樹です」 それはまるで、日頃の部室での一ページのように。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4585.html
涼宮ハルヒ挙国一致内閣 国務大臣(敬称略) 内閣総理大臣 涼宮ハルヒ 内閣官房長官 古泉一樹 総務大臣 国木田 法務大臣 新川(内閣法制局長官兼務) 外務大臣兼沖縄及び北方対策担当大臣 喜緑江美里 財務大臣兼金融担当大臣 佐々木(内閣総理大臣臨時代理予定者第一位) 文部科学大臣 周防九曜 厚生労働大臣 朝比奈みくる 農林水産大臣 会長 経済産業大臣 鶴屋 国土交通大臣 藤原 環境大臣 谷口 防衛大臣 長門有希 国家公安委員会委員長 森園生 国務大臣以外の主な役職(敬称略) 内閣官房副長官(政務) 橘京子 内閣情報官兼内閣危機管理監兼内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当) 朝倉涼子 内閣広報官 妹 内閣広報室企画官 吉村美代子 内閣総理大臣秘書官(政務担当) 俺 ああ、なんというか、呉越同舟という言葉がぴったりな状況に陥ってしまった経緯については省略しよう。 まあ、要するに未曾有の国難ということで、対立していたSOS党と佐々木党が連立して挙国一致内閣を作ったということだ。 じゃあ、とりあえず、上から順番に説明しようか。 ハルヒが総理大臣なのは、当然だわな。何でも一番が好きなハルヒが二番以下の地位に甘んじるわけもない。SOS党は衆参両議院で第一党だから、その党首が総理大臣に選ばれるのは、普通に考えても当然だしな。 古泉は、どこまでいっても、ハルヒのフォロー役というわけだ。実質、この内閣を取り仕切っているのは、こいつということになる。ご苦労なことだ。 国木田は、総務大臣の役目を飄々とこなしている。昔からできるやつだったし、任せておいて問題はなかろう。 新川さんは、年齢構成が若すぎるこの内閣においては、御意見番的な存在だ。 喜緑さんは、あの薄い微笑で対外交渉をこなし、諸外国からはタフなネゴシエーターとして認識されている。 佐々木のところの括弧書きは、俗にいう「副総理」というやつだ。この国難の中で、財政金融をつかさどるのはかなりの激務だが、よくやってくれている。 九曜に文部科学大臣を任せるのは、日本の将来を担う子供たちのためを思うとおおいに不安なのだが……。教育行政が滞りなく遂行されることを祈るばかりだ。 朝比奈さんは、まさに適役だと思うね。ただ存在しているだけで、国民の福利厚生に絶大なる効果がありそうだ。 会長さん(俺はいまだに彼の本名を知らん。みんな会長って呼ぶしな)は、生徒会長時代に培った実務能力で、農林水産大臣の職務を難なくこなしている。 財界の重鎮である鶴屋さんは、まさに適材適所といったところ。あの明るい振る舞いで、日本の景気も明るくしてくれそうだ。 藤原とは個人的にはそりが合わんが、この国難の中ではそんなこともいってられん。嫌味なやつだが、仕事は真面目にこなす。ただ、協調性が足りないのが問題だわな。国土交通省は防災担当機関でもあるから、いざというときは他省庁との連携が重要なんだがなぁ。 なんで谷口が大臣なんぞになれたのか。まあ、ハルヒの気まぐれなんだろうが。環境行政が停滞しないことを祈る。 長門が防衛大臣を担う限り、日本の国防は安泰だ。ひたすらに頼もしい。ただ、仕事をさっさとすませて、国会図書館によく出没するという噂が絶えない。 森さんは、警察組織のトップ。彼女がにらみをきかせれば、日本の治安は安泰だぜ。一方で、「機関」を通じて裏社会も仕切っているという黒い噂が聞こえてきたりも……。 橘京子は、古泉と一緒に内閣を取り仕切っている。SOS党と佐々木党の呉越同舟状態をうまく切り盛りしていくためには、この二人の連携は非常に重要だ。だから、佐々木を異常なまでに持ち上げて、ハルヒの機嫌を損ねるのはやめてほしいのだが。 朝倉涼子は、内閣官房の中では、古泉、橘に次ぐ相当な実力者である。情報・危機管理・安全保障を一手に握ってるからな。本人は防衛大臣をやりたがってたんだが、暴走して他国に戦争でも吹っかけられたら困るので、裏方に収まった経緯がある。 最近朝比奈さんにそっくりになってきた俺の妹は、内閣広報官。これが意外に天職だったらしく、毎日楽しそうに仕事をしている。 ミヨキチは、妹の補佐役といったところだ。妹と仲良くやっているようで、大変結構なことである。 で、俺はハルヒの秘書官というわけだ。ハルヒに振り回される雑用係というポジションは、どこにいっても変わらないものらしい。まったく、やれやれだ。 首相官邸。 「佐々木さんが、涼宮さんに使われる立場なんてありえないのです。佐々木さんこそが首相にふさわしいのです」 「また蒸し返すんですか、あなたは」 橘京子と古泉一樹が、また口論している。 ここ最近、すっかりお馴染みになってしまった光景で、もはや口をはさもうとする者はいなかった。 「第二党が何をいったって、しょせんは負け惜しみですよ」 「今度の選挙では、必ず勝って見せるのです」 橘京子は、ほおを膨らませて不満顔だ。 「せいぜい、頑張ってください。それよりも、例の件、佐々木党内の取りまとめはしてくれたんでしょうね?」 「もちろんです」 国家公安委員会・警察庁。 森園生は、極秘とスタンプが押された報告書を読んでいた。日本国内を跳梁跋扈する国外の諜報員を「非合法に処理」した記録である。昔はスパイ天国などといわれた日本国であるが、森園生が陣頭指揮をとって対策を進めた結果、状況はだいぶ改善されつつあった。 もう一枚の紙を取り上げる。こちらは何もスタンプは押されてないが、極秘文書には違いなかった。なぜなら、それは「機関」の文書だから。 TFEIの動向。天蓋領域の端末には変化は見られないが、情報統合思念体の端末は増員され、政府組織の中に潜入していた。いつでも政府を乗っ取れる体制でありながら、彼女たちは何もしようとしない。観測任務を第一とする態度は不変である。 現在、政府を乗っ取っている立場である「機関」と橘京子の組織としては、TFEIたちのそのような態度は不気味ですらあった。 政府の国防・外交・危機管理を押さえているTFEIトップスリー、長門有希、喜緑江美里、朝倉涼子ですら、人間レベルでなしうる以上のことをしようとはしていない。そして、そのレベルですら完璧人間に近いのだから、文句のつけようもないのだ。 森園生は、二つの文書を丸めて灰皿に置くとライターで火をつけた。情報流出を防ぐ最も手っ取り早い方法だ。 「宇宙人たちは不干渉ということね。なら、未来人たちはどうかしら……?」 そのつぶやきを耳にした者は、誰もいなかった。 厚生労働省。 真面目に書類仕事をこなしている朝比奈みくるのもとに、藤原がやってきた。 彼は、入ってきた途端に盗聴防止装置を稼動させると、口を開いた。 「あんたは、このまま状況を座視してるつもりか?」 「当然でしょ。介入は許可されてないわ。藤原くんだって同じじゃないかしら?」 「何百万人もの人間が犠牲になるんだぞ。それを黙って見てるつもりか?」 朝比奈みくるは、簡易シミュレーターを取り出し稼動させた。 無数の曲線と数式と記号で構成された光の三次元樹形図が空中に展開される。 「実際、それを阻止しようと思えば、介入しなければならない時点は1249箇所。二人だけじゃ、手に負えないわよ。あからさまな規定事項破壊行為だし、介入が全部終わる前に私たちが始末されちゃうわ」 朝比奈みくるは、簡易シミュレーターをポケットにしまった。 光の樹形図が消え去る。 「あるべき未来を守るためには仕方ないわよ」 「そんな未来なんぞ糞食らえだ」 「藤原くんだって分かってるはずでしょ。私たちはこの悪しき世界を守るために存在する悪党だってことは」 「……」 藤原の顔が渋面を形作る。 「それが嫌なら、未来に帰って組織を抜けることね」 国立国会図書館。 読書にいそしんでいた長門有希のもとに、喜緑江美里と朝倉涼子がやってきた。二人とも半ステルスモード。図書館という空間に同化している長門有希はともかく、二人はこのような場所では目立ちすぎるからだ。 長門有希も、半ステルスモードに移行した。 「大規模な情報操作をしない限り、戦争は不可避。その旨は、既に報告済みである」 「私も同じです」 「私も同じよ。三人とも意見が一致するなんて、つまんないわね」 「情報統合思念体からの指令は、観測の継続。積極的な干渉の禁止、つまりは、不干渉原則の維持である」 「穏健派はしぶしぶ同意したみたいですけどね。戦況が悪化した場合に、涼宮ハルヒの力が暴走して危険を招くことを懸念しているようです」 「その方が情報爆発を観測できていいじゃないの」 朝倉涼子はあっけらかんとそう発言した。 「主流派は、今のところ急進派と同意見。ただし、情報統合思念体に危険が及ぶことになれば、穏健派とともに阻止することになるだろう。むしろ、気になるのは天蓋領域の動向」 「周防九曜は、相変わらずのようです。あちらも、不干渉という点ではこちらと変わらないのではありませんか。むしろ、未来人の方が干渉してくる可能性は高いと思いますけど」 「戦争の発生自体は、彼女たちにとっても規定事項であると思われる。そうでなければ、そろそろ動きがないとおかしい」 経済産業省。 鶴屋大臣は、いろんな方面に電話をかけまくっていた。 「……戦争ともなれば鉄鋼の増産は不可欠だからねっ。……生産ライン増強の補助金? いやぁ、お国の財政が厳しくてねぇ。……あっ、そんなこと言っちゃっていいのかなぁ? あのことをバラしちゃうよっ。……うん、理解してくれて助かるにょろ。じゃあ」 電話を置き、次の話し相手の電話番号を確認する。 「ええっと、次は、○○商事だったかな?」 鶴屋大臣の脅迫電話は、その日一日中続いていたという。 首相官邸。 「ああもう! 今日もくだらない仕事ばっかりだったわね!」 「仕方ないだろ。一国の首相ともなれば避けられない仕事はいくらでもあるさ」 俺は、文句たれるハルヒをなだめる役目だ。この役目は昔から俺のもので、いまだに免れることができてなく、おそらく将来もずっと続くだろうと思われた。 なんたって、俺は、栄えあるSOS党党首殿の夫だからな。今さら免れることは不可能だろうし、その気もない。 「ねぇ、キョン」 ハルヒは俺の背中に手を回して抱きついてきた。 「なんだ?」 「あたし、そろそろ子供ほしい」 「いきなり何言い出すんだ、おまえは」 「いや?」 ハルヒの表情は真剣そのものだった。 「あのなぁ、ハル……」 俺が言いかけた瞬間に、背後から声が降ってきた。 「涼宮内閣腐敗の現場、そんなところだね」 振り向くと、そこには佐々木がいた。 「腐敗といってもこの程度でね。申し訳ない。でも、部屋に入ってくるときはノックぐらいはしてくれよ」 「したよ。ただし、お二人とも自分たちの世界に没頭するあまり、ノックの音を認識することを脳が拒否していたようだけどね」 俺たちは二人して顔を赤くするしかなかった。 「何の用だ?」 「酷い言い方だね。僕は、ここ一週間ほとんど寝ないで、この『戦時財政計画』をまとめていたというのに。ねぎらいの言葉ぐらいほしいところだ」 佐々木は、右手に握っていた分厚い書類を、近くのテーブルの上に無造作に置いた。 「すまん。それはご苦労だったな」 「ありがとう。君にそう言ってもらえると、僕の苦労も報われるというものだ」 何を大げさなと思っていると、背後に寒気を感じて振り向いた。 ハルヒが、剣呑な視線で佐々木をにらんでいる。 「涼宮さん。そんな目でにらまないでよ。別にあなたの夫をとろうなんて思っちゃいないわ。私だって、その辺はわきまえているつもり。キョンは誰にだって優しい人、涼宮さんだって分かってるでしょ?」 「分かってるわよ!」 ハルヒは不機嫌な顔のままだ。 「涼宮さん。お互い、この内閣が続く間だけでも仲良くやりましょう」 ハルヒはしぶしぶ頷いた。 「なあ、佐々木」 「なんだい?」 「この内閣が終わったら、おまえたちはまた野党に戻るのか?」 「当然だよ。キョンだって分かってるはずだ。涼宮さんには、常に張り合える敵役が必要なんだ。今は外敵がいるからいいけど、それがなくなったら、張り合いがなくなる。ならば、その役目は僕が果たそう」 「でも……」 「僕自身も、そういう役回りを結構楽しんでるのでね。おかげで、涼宮さんと出会えてからの人生はとても充実している。では、馬に蹴られないうちに退散するとしよう」 佐々木は去りかけて、再びこちらを向いた。 「キョン。君が愛妻家なのは結構なことだが、自重してくれたまえよ。この未曾有の国難の時期に、首相閣下が産休では、国民に示しがつかない」 俺たちが何かをいう暇すら与えず、佐々木は足早に去っていった。 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3137.html
泣き喚いて森に掴み掛かるように、その言葉を即座に現実のものとして当て嵌め、喪失への激情を露にすることのできた者はいなかった。――彼等は放心していた。長門有希までもが、そうだった。 「私は皆様に、謝罪しなければなりません」 森の声はあくまで起伏のない、義務を読み上げる事務員のような代物だったが、其処にどんな感情が眠っているのか、少年には読み取ることができなかった。泣き腫らした痕跡でもあれば、分かり易く彼女の悲しみを察せられたのかもしれない。けれど、保護対象としてきた彼等の前でそんな醜態を晒すような愚を犯す森園生ではなく、また彼女が機関のプロフェッショナルであることを彼らはよく知っていた。 「昨夜のことです。機関内部で、大規模なクーデターが発生しました」 「クー、デター……?」 みくるの鸚鵡返しに、森は肯定を返す。 「我等も長い時をかける間に、一枚岩ではなくなっていました。派閥が絡み合って牽制し合っているような状態が続いていた。クーデターの主犯は、涼宮ハルヒを殺せば超能力から解放される、と主張する者たちで、機関内でも少数派だったのです。問題視されるレベルではなかった。ですが……」 言葉を切って、爪を掌に食い込ませる。 「涼宮さんの力が間もなく消滅しようとしている――そんな時期を契機と見たのか、何時の間にあれだけの人員を抱え込んでいたのかは私どもにも不明です。全く突然のことでした。圧倒的な武力で一時機関は制圧され、応戦した同士達の間に多数の犠牲が出ました。……古泉も、そのときに」 森は語尾を落とすと、立ち上がり、深々と頭を垂れる。軍式の様な洗練された礼だったが、そんな彼女の所作に気を払う者はいなかった。 「古泉の、超能力者達の保全の為に機関は在りました。申し訳ありません」 最後に能面のように動かさなかった面を歪め、 「あなたたちの、古泉を――護れなくて、ごめんなさい」 素の一言を、彼女は吐いた。 森はそれから、反乱分子は駆け付けた応援によって無事「殲滅」を終えたこと、涼宮ハルヒ及びSOS団に今後危害が加わることはないと約束した。古泉を転校扱いにしたのは、ゆるゆると消滅に移行している涼宮ハルヒの力を古泉の訃報で不安定な状態にし、情報改変能力の発露が起きるのを防ぐためだという補足も行った。 我慢の限界を迎えたのは、堪える様に唇を噛み締め、森の話の一部始終を聞いていた少年だった。それは、おかしいんじゃないか、と。 「転校の処理を取る前に、出来ることはまだあるでしょう!そうだ、ハルヒに全部ぶちまければいい!あいつが望めば古泉は助かるかもしれない。俺が切り札を使えば――」 「それで大規模な情報爆発が発生し、世界改変が起こり、此の世が此の世のものでなくなっても?」 容赦のない、断絶の溝に、少年はたじろいだ。私情より世界を重んじた、あくまで冷徹な響き。森園生がわざわざこの部室にまで出向いた理由を、彼等は遅れて悟った。 彼女は釘を刺しにきたのだ。 「私達が最も恐れているのはそのことです。涼宮さんの力は減少傾向にあった、それを揺さぶり起こせばどんな反動が来るか。力の消滅は『機関』、そして所属の超能力者達にとって悲願でした。古泉一人のために、あなた方は世界を狂わせても構わないと仰るのですか」 絶句した彼に、女は仮面を払って悲しい微笑を刻む。面々から反論がないことを見て取った森は、長居は無用と判断したものだろうか、目を伏せた。 「御無礼を申しましたこと、お詫びします。――お茶、ご馳走様でした」 「い、いえ……」 きゅっと目元を潤ませたままのみくるが、強く森を睨むように視線を押し返す。可愛らしい敵意に、森はまた笑みを消失させ、一礼した。 踵を返し扉の向こうに消えてゆくまで、誰も、何も、言わなかった。 ――果たして、森園生の試みは正しかったと言えたろうか。 彼女が述べたのは機関の総意であったにせよ、それを直に、彼等に律儀に報告する義務もなければ、利点も薄かった。恨みつらみを一身に引き受けつつ、古泉一樹を諦めろと勧告する。随分と拙いやり方ではないか? 事実、諦念には早かった。彼は、森とのやり取りに逆に意思を貫く覚悟を固めたように、扉から眼を離した。内心をせめぎ合った迷いもあったろう。だが、彼は古泉の明暗を分けるかもしれぬ貴重な時間を、その葛藤に割かなかった。 出し抜けに、佇んでいた少女を呼ぶ。 「朝比奈さん。過去に飛ぶことは、できませんか」 狼狽を見せたみくるはしかし、少年の一本槍を背負った眼に、屈み気味の姿勢を正した。涙の滲んだ跡を拭う。 「……許可が、下りません。申請はしてるんですけど……ごめんなさい、キョンくん」 「長門、お前は」 静かな、落ち着いてさえいる少年の明瞭な声色に、長門は、自分が想像を超えて衝撃を受け動揺していることに思い至った。森との会話の間もそうだ、内容を分析して然るべきところで、思考を停止していた。 古泉とは酸いも甘いも分け合った親友同士とはいかず、場合によりけりではあるが一時期には煙たがってさえいた筈の少年は、それでも、補充の効かない唯一無二の仲間として古泉一樹を救う気でいる。 「俺は機関の都合なんか知ったことじゃない。あれで止められると思ってたんなら、SOS団も見縊られたもんだ。――うちの我儘な団長様をサポートできる副団長は、古今東西探し回ったってあいつくらいしかいないってのに」 最後まで、あらゆる手を尽くす。長門は、その「何が何でも」の彼の決意に――たったひとつ、縋るものを見つけた。希望、という名の。 「わたし個人の力で出来る事は少ない。現在は異時間同位体との同期も封じられている」 「……そうか」 「でも、わたしは古泉一樹を助けたい」 少年は、誰もが挫けるだろう其の極地に、力強く笑ってみせた。 「勿論だ。今日は、とんだバースデーになっちまったが――絶対、あいつを助ける。それで、お前のパーティーのやり直しだ」 ハルヒと朝比奈さんのお手製のケーキを全員で食って、古泉を冷やかしながら腹抱えて笑う一日のやり直しだ。誓いのように放たれたその言葉を、長門は永劫忘れないだろうと、思った。 日の暮れ時が接近すると、鮮烈な色彩を宿す空。昨日の下校の折も、こんな夕焼けに色付いていたことを長門は記憶に照らした。差し込む光の先に、昨日は、夢のように綺麗な雪が降っていた。長門への祝福だと古泉が言った、すぐに融解して儚く水に還る白い結晶に、見守られるようにして別れた。――今日こんな事態に陥るとは、長門自身、予想出来なかったことだった。 ケーキは空気に晒した侭では悪くなってしまうと家庭室の冷蔵庫に速やかに戻され、少年とみくるがそれぞれ去った後、人の減った部室内は閑散とした印象を強めた。賑やかな日常が一人の死にあっさりと転化してしまう、その脆さを、まだ彼女は知らなかった。SOS団の誰かが欠けた事はなかった。ましてや、「付き合いませんか」と交際を申し入れられて以降、限りなく近しくあった少年が喪われることなんて。 一先ずは今もあちこちに飛び込み、教師やら生徒やらを質問責めにしているだろうハルヒの回収に少年が赴き、みくるはパーティーに誘う予定だった鶴屋に事情を釈明に戻っている。部室に残ったのは長門だけだったが、直に合流の手筈だ。実際は、彼らが長門に気を遣い、独りきりの時間を持てるようにと席を外したというのが正しかったのだが。 長門は、つい先日この部室で交わした台詞の逐一を巡らせた。 『ご一緒してもよろしいですか』 にこり、と笑んで手持ちの書物を長門に掲げて見せた。古泉の微笑は何時の間にかいつでも長門の傍に、当たり前に在るものになっていた。意識せずとも、古泉を捜せば笑顔に出遭う。長門にとっての、安らぎの一つに変わっていた。 『今度、近場に大型の書店が出来るそうなんです。日曜日、予定が合いましたら行ってみませんか?』 あの日重ねなかった掌が、もう、此処にない。取り戻す。取り戻さなければ。けれど、どうやって。 独りの問答が、懐かしい声を呼び覚ます。 『――長門さん』 「――長門さん」 対有機生命体インターフェースにも、人間を模した「鼓膜を震わせる」という表現が可能なら。長門は震えた鼓膜が得た音情報の真偽を、――己の耳を、疑った。 腰掛けた椅子から、窓へと注いでいた視線を長門は振り向かせる。陽の色に染まる部室。キィ、と軋んだ扉の音。 立つ影は、古惚けた白壁に濃く延びて。 制服姿の古泉一樹が、長門に向け、冗談めかして優しげに微笑みかけた。 「こんにちは。……幽霊の、古泉一樹です」 それはまるで、日頃の部室での一ページのように。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/269.html
ここには普通の日常系とかのSSを置いてください。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 【題名付き・短編保管庫】 1 2 小説 Please tell a final lie こわれてしまった少女のはなし 五月の風、ふぁいなる 艦長ハルヒ保守 寝ぐせ byキョン 長門有希のカラオケ 谷口と国木田の恋 長門有希の密度 ある日の活動 スタンド・バイ・ミー うちゅうせんそう 雨と傘 新しい過去から君への招待状 夜行性の超能力者とインターフェイスのブギー who I hug? 非退屈的日常 恐怖 にぃた 長門有希の夏色 たなぼた―Now,that taste is bittaer― 宙の恋人 長門有希の白痴 足りない誰か ノーコミュニケーション 缶コーヒー あのスイッチを切るのはあなた 全知全能の神 コックリさん 克暑の宴 スーパーハルヒ 夏の夜の風物詩 ウルトラハルヒ 『傷つける』ということ 長門有希の計算 夢 two maniac 長門有希の遭難 RESOLVE 九月一日、月曜日 1/365の一欠片 悲恋 長門有希の秋色 悲愛 悲情 悲嘆 悲痛 混ぜてみるとこうなってしまった jino 平々凡々? 冬×街灯×公園 キョン 落日の夢 I am teacher 長門有希の冬色 初花凛々 ある寒い日の部室で 雪のきらめき キョンの面影 Before 5 years their deaths. 宿願写真 ソロハルヒ キョン転倒 デリバリー どうって事ない日常「偏屈ね 、」 Welcome to the beutiful world! 涼宮ハルヒの消失前日 めがっさ貯古齢糖 箱 熱すぎる季節 涼宮ハル○の性別 (キョン・ハルヒ性転換) 立場 わたしのあなた お茶会へようこそ! 長門の湯 明日に向かう方程式実践編 森園生の苦労 鶴屋の湯 夜と吹雪 部室でアイツとの会話 キョン「年中絵にしたいんだ、ここを」 (日常 掌編) 綺麗な夕焼け 羽 キュウリ 放課後の魔法使い(長門) 15498のはじめの1(長門) メルトインザレター インピーダンスマッチング 誰も知らない二人のためのフィルム 格付け 空に太陽が赤いから 涼宮ハルヒの解散 年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ ある暑い日の部室で 緊急脱出プログラム設置の真相 一樹の湯 テディベア みくるの湯 今夜はブギー・バック恋図mix 笹mix ハルヒの湯 お弁当 キョンの湯 想い出の卒業式 喪失 俺だけ一般人 エレベータ Luge 宇宙人じゃない長門 宇宙人じゃない長門2 宇宙人じゃない長門3(朝倉も宇宙人じゃない) 宇宙人じゃない(?)長門4 長門VSみくる 廃戦記念日 ラスト・ダンス 柑橘空にレモンのあわを 444回目のくちづけ 時の超越 橘さんと午後 驚愕後の断章 橘さんと午前 夜と街灯 夏を涼しく、気持ちよく ハカセくんと佐々木さんとハルヒの時間平面理論 渡橋ヤスミの下準備
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4177.html
気まぐれに打ち始めた物語は佳境に入った。そこで、指が止まる。プロットなんてない、展開も決めていない。無心でただ、場面場面を繋ぐように文を補足していけば、どうしたって、ラストに近付くにつれ進捗は下がっていった。とにかく先へ進める為にキーを押そうとしても、指は思う様に軽快に動いてはくれない。至って当然の話だ。だってわたしは白雪姫がどうなるのかをまだ、決めかねている。毒林檎を食べて伏せてしまった哀れな白雪姫が、王子様に出遭えず仕舞いで、どんな結末を迎えるのか。 「愛しいひと」にも巡り合えぬままに、生涯を閉じようとする、薄幸の少女。 ――ハッピーエンドに、してあげたいのに。 「長門さんどうしたの?こんな時間まで居残りなんて、珍しいわね」 「あ……」 部室の扉を開けて、堂々と踏み込んできたのは、朝倉涼子――朝倉さん。セミロングの綺麗な髪。優等生らしく背筋の伸びた、頼れる女性を思わせる温和な微笑。クラスでもリーダーシップのある才女で、泰然自若としていて人望も厚い。わたしとは何もかもが違うのに、あなたはそれでいいと笑ってくれる、密かにわたしの憧れの人。 「どうして」 「もし帰るのなら、一緒にどうかと思って捜してたの。まだ下駄箱に靴があったから……ああ、それ。書き掛けの小説ね?前に話してた」 「……そう」 PCの前からウィンドウを覗き込むようにした彼女は、ワード文書の打ち掛けのファイルに眼を落とした。白地の上に点滅する、一向に右へ走り出さないカーソル。 「ふうん。途中までよく書けてるじゃない。何か悩んでるの?」 わたしは、素直に打ち明けることにした。幸せな終わり方にしたいけれど、毒林檎を食べてしまった白雪姫がどうすれば幸せになれるのかが分からないのだと。発想が貧困なのか、辻褄合わせが苦手なのか、どうしても思い浮かばない物語の結び。 彼女は、そんなことで悩んでたの、と暗がりを吹き飛ばすように一笑した。 「それなら、書き直しちゃえばいいじゃない」 「え……」 「だってこれは、長門さんの物語なのよ?不都合を消しちゃえ、とまで乱暴なことは言わないけど。どんな風にだって物語は変えられるわ。例えば――」 彼女はにこりと大勢の男子生徒を恋に落としそうな微笑みを浮かべて、 「白雪姫が林檎を食べる前に、急にお妃様に娘を愛しいって想う気持ちが沸いて止めに入ってくるかもしれない。王様がお妃さまが追い詰められているのに気付いて、兵を差し向けて、王様の愛に触れたお妃さまが改心するかもしれないわ。林檎を食べた白雪姫も、王子様のキスじゃなきゃ目覚めないなんて決まってることでもないし。――そうね、他に……もしかしたら目覚めないままの終わりもあるかもね」 「それが、ハッピーエンド?」 「だって、そうじゃない。何がハッピーエンドで何がハッピーエンドじゃないって、誰が決められるの?幸福の道なんて、きっと幾らだってある。それに大概の人が気付かないだけよ。そういう全部を、ご都合主義で片付けちゃうのは寂しいと思うの」 けれど、白雪姫が目覚めない結末は、わたしにはハッピーエンドには成り得ないような気がした。お妃様は、白雪姫を屠って、空っぽの心を胸に埋めて生き続けていく。 ――林檎を食べた白雪姫は硝子の棺の中で眠り続ける。小人は王子の現れない白雪姫の傍で、ずっと、白雪姫を護り続ける……。 「でも、それは……」 「長門さんがそんな小人を不憫だと思うなら、それはハッピーエンドじゃないと思うなら、きっとそれも正解。あなたのハッピーエンドを書けばいいの。姫を蘇らせるのは王子様?誰がそれを決めたの?」 わたしのハッピーエンド。 朝倉さんは、微笑っている。独り立ちする子を見護る親のような――そんな喩えを持ち出したら、流石に、叱られてしまうだろうか。彼女は誇り高く、勇ましく、それでいて愛情深い姉のような人だ。 彼女の助言に、胸の支えが取れたような気がした。わたしの望むように、願うように、物語を紡げばいい。その結末に責務はあるだろうけれど、それがわたしの選んだ最終章ならば。 「……やってみる」 わたしはそっと、キータッチを、再開した。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 --------------------------- 雪解けの水から、掬い上げられたような穏やかな覚醒。 蕗の薹が溶け込んでいた夢から覚めた、――比喩を用いるなら、そんな静かな目覚め。古泉は眠りっ放しで上手く機能しない頭を小さく傾ける。夕暮れの陽に彩られたくすんだクリーム色の天井。枕に沈んだ後頭部を持ち上げると、「よお」、と随分と懐かしいような気もする声を聞く。 「やっとお目覚めか」 仏頂面の少年の、それでも安堵感を散りばめた、帰還を教示する一言。古泉が遣った視線の先に、椅子に腰掛け慣れた手つきで林檎を剥いている少年の姿が反転して眼に入る。 現実感を取り戻すのに、長くはかからなかった。――戻ってきた。彼等の居ない封鎖世界から。その安心感が、どんな感慨より先に立って、古泉が初めにした事といえば腹底に貯めこんでいた溜息を自由にする事だった。知らずのうちにシーツを掴んでいた指の端から力が抜ける。 数日間顔を合わせなかっただけのことで大袈裟なことだ、と笑う者もあるかもしれないが。古泉にとってのSOS団は、もう、そうやって笑い飛ばせる程度のものではなかった。 「なんだ、まだ夢見心地か?ここは何処、私は誰とか言い出すんじゃないだろうな」 今一に反応の鈍い古泉を訝しむ少年――キョンに、古泉は苦笑を返す。 「はは、それはそれで中々面白い観測が出来そうですね。いえ、冗談です。意識の方ははっきりしていますよ。機関の……病院ですか、此処は」 「ああ。俺が前に運ばれた時と同じ処だ。その減らず口なら心配は要らなそうだな」 キョンは一端手を止めたナイフを軽く上下に振りながら、疲れた顔を窓の外に向ける。古泉は、上体を起こして彼と視線の先を同じくした。 窓辺は夕暮れ時の光の明澄さに染められている。 数羽の鴉が山なりに並び、夕闇の果てに優艶に飛び去ってゆく、日常の風景。眼に痛いほどに赤い。――古泉が神人を狩ることで護り続け、キョンが昨年にエンターキーを押し込んで明確に選んだ、それは彼等の生きる世界だった。 「……先程の仰り様から察するに、僕が意識を途切れさせてから、何日か経過しているようですが」 「お前と長門が一緒に階段から落ちて、っていう、何処かで聞いたようなシチュエーションでな。意識不明に突入して今日で七日目だ。外傷もゼロなのにお前も長門も眼が覚めないってんで医師もお手上げ状態だった」 「長門さん」 僅かに力の制御が効かずに跳ね上がった声を、聞き咎めた少年が意味ありげに古泉を見る。だが間もなく俺は何も察知しちゃいないと素知らぬふりをする老人のように惚けた表情に戻ると、彼はナイフの切っ先を垂直に立てて、壁面を示した。 「長門なら隣の病室だ。今はハルヒと朝比奈さんが付き添ってる。まだ目覚めちゃいないがな。 お前はともかく、長門が階段から足を滑らせて意識を失うなんてドジっ娘みたいなポカをやらかすとは到底思えん。というか、有り得んだろ。――何があった?」 「それは、……」 語ろうと思えば幾らでもできる。大本の原因から顛末まで。ただそれは、長門の内面を無遠慮に彼に晒すことだ。 「追々、説明します。ですが今はまだ、諸々の整理がついていませんので。……待っていて下さいませんか。長門さんのためにも」 「やっぱり、長門も纏わってのことなのか」 少年は気難しい思案顔になり、けれどすぐに、「分かったよ」と嘆息して応じた。 「俺はどうやら、今度ばかりは蚊帳の外だったみたいだからな。何があったか知らんが、当人同士の話し合いなら任せる。ただ、事後報告はしろよ」 「了承しました」 「ま、お前の目が覚めて長門が覚めないなんてことはないだろうからな」 その言葉には大いに、古泉も同感だった。大丈夫の筈だ。浄化されてゆく空間で彼女に与えられた声は今も、古泉の耳に残っている。 キョンはやれやれと肩を落とすと、林檎の皮むきを再開した。赤皮がピューレを利用するよりずっと綺麗に、くるくると回転しながら解けるように剥けていく。露になる白い果実を手にとって眺めると、彼は剥き終えたそれを躊躇いなく自分で齧り付いた。汁が少し飛んで、瑞々しい果肉の芳香が漂う。 「おや、僕に剥いて下さっていたのではないのですか」 「其処に積んであるから、食いたいなら自分で剥け」 つれなく突っ撥ねてから、言い訳のように一声。 「……お前が去年のあの時、俺が起きるまで林檎剥いてた理由がよく分かった」 ベッド横に、編み籠にこれでもかとジェンガの如く積まれた林檎の山から、古泉は一つを手に取った。よく熟れた赤い林檎だ。 彼の遠回しの小言が、酷く可笑しかった。 「物を考えたくないときに、手作業が一つでもあるとなかなか便利でしょう?」 「森さんが大量に届けてくれたから、何をするかに悩むことはなかったな。……お前が寝てる内に何個食ったか分からん。今の俺はお袋より早剥きできる自信があるぞ」 「早剥き勝負でもしてみますか」 「いらん。一生分は食ったから、当分林檎は見たくもないな」 少年の目許には、黒い隈が浮いている。 少年の裏表のない悪態は、古泉には何より薬だった。有難いと思う。長ったらしい謝辞を彼が不要としていることは分かったので、古泉は声を抑えながらも笑って、手元の林檎を皮上から齧った。皮の少量の苦さと新鮮な果実の甘酸っぱさが、口の中に広がる。 古泉は思う。 ――毒でない林檎の方が、世の中にはきっと、多いのだ。 人の感情の擦れ違いなんて、それに気づくか気づかないかの差でしかないのだろう、と。 「古泉くん……!眼が覚めたのね!」 長門の病室を訪ねた古泉を、沈黙の支配する一室にて椅子に腰掛けていたハルヒとみくるが、立ち上がって出迎えた。何所かしらに困憊の有様が見て取れて、古泉はやつれた二人の姿に胸を痛めた。――七日間に及ぶ団員二人の欠落。少女たちに、この上ない無理を強いたことは間違いない。 古泉の心境を露知らぬ、二人娘の驚愕は笑顔に取って代わった。ハルヒの歓声は悲鳴じみていたし、みくるに至っては笑顔が半泣きへと移り変わって、「よ、かっ…!もう眼を覚まさないんじゃないかって、ふ、ふぇえ」と、ぼろぼろと玉の涙を零れさせる。 「お二人とも、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。僕の方はもう、大丈夫ですから」 「うん、でも、まだ安静にしてなきゃ駄目よ!再検査してみなきゃ、何所が悪いのかだって――キョン!古泉くんが起きたら真っ先に知らせなさいって言ったでしょ!」 「だから、真っ先に連れてきたろうが。あと声量を落とせ、此処は病院だ」 「僕が無理を言って連れてきて頂いたんですよ。――長門さんの様子が気になったものですから」 あ、とハルヒが口を噤む。傍らで眠りに就いたきりの長門のことを思い出したのだろう。ハルヒは肩を竦め、少女を振り返った。 「有希は……まだ眠ってるわ。ちょっとやかましいぐらいで起きてくれるなら、寧ろ願ったり叶ったりなんだけどね」 「で、でも!古泉くんが…起きてくれたんなら、きっと長門さんも起きてくれます」 みくるが涙を服の袖で拭って、そう綺麗に笑う。ハルヒも同調して、「そうよ!そうに決まってるわ!」と吊り上げた眼差しに力強く頷いた。 古泉は、長門に眼を移す。個室のベッド、あたりは見舞いに持ち寄られた色とりどりの花で溢れ返っていた。長門有希は寝息さえ微弱で、呼吸をしているのかすら一見しては分からない。白皙の姫君のような、静謐な眠り姿。まるで氷の棺に横たえられたかのような。 ベッド横に立つと、古泉は囁くようにそっと、眠り姫に呼び掛ける。 「――長門さん」 世界は戻りましたよ。 これから、また、始めましょう。 ――あなたの、恋する一人の少女としての生を。 長門を注視する古泉の眼前で、変化は克明だった。 ハルヒが息を呑み、みくるが掌で口を抑え、キョンは瞠目して、ただその光景を見つめていた。 少女の瞼が、まるで悪しき魔法が魔法使いの手によって解呪されたように、宝石箱がやっとぴったり口に合う鍵を差し入れられたように、―――ぱちりと、開く。 少女は、冷や水のように凛と、雪の柔らかな触感に覚えるような優しさで応えた。確かに、古泉一樹に合わせた双眸を瞬かせて。 「―――おはよう」 「はい。……おはようございます」 お帰りなさい、という言葉は彼等の眼を憚って告げなかったけれど。古泉はただ愛しさだけで、そんなありふれた小さなやり取りさえ、心に刻み付けられるような思いがした。 白雪姫でもお妃様でもない、 『長門有希』は、微かに、古泉の意図するところを汲んで、笑ったようだった。 /// 『身体検査』の名目で、もう一晩の病院の滞在を命じられた古泉と長門を残し、SOS団の面々は帰宅の途に付いた。ハルヒなどはまだ心配だから最後まで付き添う、とまで言い放っていたのだが、キョンと古泉による渾身の宥めで渋々ながらも引き下がった。 医師が、恐らく大事はないだろうから間もなく退院できると、彼女に太鼓判を押したことも功を奏したようだ。珍しく立場を逆転させてキョンに引き摺られるように仲睦まじく去っていくハルヒを見送る、長門の感情の読めない瞳が、古泉には気懸かりではあったのだが。 みくるは愛らしい笑みを添えて小さく手を振り、二人の後を追って小走りに駆け出していく。早いうちに彼女が淹れるお茶が飲みたいですね、漏らした言葉には長門も相槌を打った。 実質、検査のし直しは形式的なものに留まった。古泉と長門の意識が一週間に渡って昏迷していた事は、古泉の証言で身体的な異常が原因でなかったことがより瞭然としたものになったからだ。森、新川、多丸兄弟らの訪問もあった。二人が昏睡中の折、閉鎖空間が発生の兆しを見せることもあったが、本格的に展開されるまでには至らなかったという報告に古泉は安堵の息を深めた。どうやらキョンが気を遣い、ハルヒを励まして発生を寸でのところで食い止めていてくれたらしい。それでいて古泉と長門を見舞い、当人は表層では平気な顔を貫いてみせていたのだから、「彼」も随分と豪胆になったものだ。 感謝状の贈呈式を「機関」で演出してもいいわね、と本気混じりの冗談を吐いた森に、古泉はひとしきり笑って同意した。 やがて上司等も去り、独りきりになった病室を脱け出して、古泉は長門に誘いを掛ける。 ――夜、二人は屋上にいた。 「少し夜風が冷たいですね。……長門さん、大丈夫ですか」 「平気。あなたは」 「僕も大丈夫ですよ。『病み上がり』扱いとはいえ、身体の方は何ら問題ありません。――今晩は、星が綺麗ですね」 夜天に煌々と星屑。一度にはとても掴み切れない、無限の空の宝玉。 昨年夏に行った天体観測の記憶を蘇らせて、古泉は感慨に耽った。エンドレスサマーに翻弄された暑い暑い、夏休み。あの頃は、こんな思慕の情に振り回されるようになるとは、思っても見なかった。世界の安寧を何より願いながら、傍らに控える少女に堆積したエラーのことなど、僅かにも、思い馳せたことはなかった。 それが此処まで来てしまうのだから、人というものは分からないものだ。日夜、その考えは流転し、消長し、移り染まる。確かなものなど無いのかもしれないと思いながら、それでも「確かさ」を得ようとして苦しむ。 ――それがきっと、長門有希の抱え始めた、面倒な人間の在り方でもあるのだろう。 人故に、持ち続けねばならないもの。長門は着実に「人」に近付き始めている。 「……依然として、エラーはある。『わたし』は統合され元に戻ったに過ぎない。わたしはいつか、また同じ事態を引き起こすかもしれない」 口を暫し閉ざしていた長門が、不意に、忠告のように古泉に投げ掛ける。 「そのとき――」 「それが、どうかしましたか?」 古泉は不遜な調子で、何を敵に回そうとも決してたじろがぬ不敵さで笑った。古泉一樹が垣間見せた笑い方としては初出の、彼の本質を一端覗かせた微笑だった。 「あなたが何度エラーによって世界を改変したとしても、僕が、『彼』が、朝比奈さんが、涼宮さんが――必ず救いに行きます。あなたを取り戻す為に走ります。先程も言いましたが、長門さんの生きたいように生きればいい。己の能力を疎ましく想うなら捨て去っても構いません。その分だけ、僕等があなたを護ります。あなたの想いが均衡を崩すほどSOS団は柔じゃありませんよ」 あなたの力になりたい、手助けを、させて下さい。 どうか僕の傍に居てください。 ――最後の一句を、古泉は飲み込んだ。 僕等の、じゃない僕の傍に――などと、気障極まりない台詞を素面で吐けるほど、古泉一樹もまだ心情整理は出来ていない。 彼の上司の森園生くらいの人生経験を積めば、それくらいの積極性も生まれるのかもしれないが。 「わたしは以前から、あなたの視線を知っていた」 「……」 「『わたし』があなたを召還した、それも、恐らく理由の一つだった」 唐突に随分な爆弾発言だ、と思ったのは意識し過ぎだろうか?古泉は格好付けた笑みは何処へやら、少々赤らんだ頬を誤魔化すように咳払いを一つした。 「そ、うなんですか」 「そう」 「では、僕の気持ちなんて、とっくの昔に知られていたということですか」 「そう」 「……そうですか」 どうしよう、気まずい。 古泉は余所見をする振りをして、何時になく激しい音を立てる心臓を押さえつけた。――落ち着け鼓動。 けれども今回の騒動で、大いに吹っ切れていたこともある。古泉は息を吸う。 「『彼』には、どのように話しますか」 「……今回の改変についてはわたしから、説明をする。……わたしの、想いについても決着をつける」 「それは、『彼』に告白をする、ということですか」 直球に直球を返す。長門有希は首を、はっきりと横に振った。「違う」 「そう、ですか。――もしそうなったとしても僕はあなたを応援できませんから、少しほっとしてしまいました」 無機質だった黒の瞳が、コーヒーにホットチョコレートを溶かしたような、ゆるい温度を宿して渦を巻いている。古泉はその瞳に訳もなく口付けたい、という衝動にかられた。触れれば、五臓六腑を丸ごと溶かし尽くすくらいの激しい感情に心が水没 するに違いない。古泉は一握りの勇気を、日常会話するような気軽さに溶け込ませて、 「僕は、長門さんが好きですから」 「……そう」 古泉は気恥ずかしさから逃れるように天を仰ぎ、少女は、煽られる風に任せて髪を遊ばせながら、微かに何事かを呟いた。 古泉の耳にまでは入らなかったその極小の言葉は、白く曇った吐息に混ざる。 「そう」 ――それはとても、静かな夜だった。 /// 退院から数日。 取り戻したごく真っ当な学生生活に、身体はすぐに馴染み、何事もなかったように古泉と長門は復帰した。当時はちょっとした騒ぎであったというが、古泉の目には特にそんな雰囲気を引き摺る様子もない、懐かしい日常だ。 「なあ、古泉。頼んどいたアレできたか?」 昼休み時間。拝むような仕草でやって来たクラスメートに、古泉がしれっとプリントアウトされた紙束を差し出すと、文化祭の劇作家担当である少年は「おー、サンキュ。やっぱ出来る奴に頼むと違うよな!」と調子の良い声を上げ口笛を吹き、古泉 の背を痛めつけるのが目的かと疑うほど激しく叩き、古泉の制止が入るまでそうしていた。クラスのムードメーカーとしての役回りを心得た彼は、一年時から古泉とは見知った仲で、持ち前のテンションの高さで委員長役を務めている。今度の文化祭劇でも誰もやりたがらなかった脚本作業を一手に引き受ける形になり、お陰であちこちで奔走しているようだ。 翻訳を任されていた『Snow White』原版。退院後、数日の間に纏めて翻訳作業を仕上げ、字が汚いとよく指摘されることも考慮してわざわざPCに打ち直した古泉だ。英語は不得手ではない古泉も古い活字を相手に苦戦したが、約束は約束と、期日通りに纏め上げてきたのだった。 「構成の方は出来上がったんですか?」 「いんや、まだまだ。やっぱ原書の方も合わせてみないとなあ。そういうわけで、これから読む。煮詰まってたからマジ助かったぜ」 「……まだ脚本の下敷きが出来ていない状況なのなら、少し、提案があるんですが」 少年は受け取って読み掛けていた紙を捲る手を止めた。 「なんだ、お前から改まって提案なんて珍しいじゃん。――何?」 「この『Snow White』なんですが……優しい話に、出来ないかと」 言葉を区切って、古泉は真摯に語る。 「原書そのまま、でも勿論いいとは思いますが、物語が酷に成り過ぎるのではないかと思いまして。文化祭という場で公表する演目ならば、見終わった人が微笑ってくれるようなものを望みたいのです」 昨年演じたものは、そういう意味では失敗だったと思いますから、と付け加えると、少年は「はーん」と悩んでいるような感心しているような妙な奇声を出した。 「……なんか、あったみたいだなあ。先週の入院から様子変わったなー、とは思ってたけど」 「そう……ですか?余り自覚はないのですが」 「おう。俺の目は確かだね!まあでも、言ってることは最もだ。今度の話し合いんときに議題に出すから、意見提示してくれれば俺も支持するわ。脚本書いてて思ったけど、やっぱ暗い話は性に合わないっていうかさ」 陽気な少年はそうやって翻訳文書を抱えて何処へか、やはり何か打ち合わせがあるのだろう、慌しく去っていった。古泉はほっと一息をつき、腕時計を見遣る。 昼休みは、まだ時間があった。 部室へ寄ってみようかという気まぐれを起こしたのは、古泉自身、錯綜した感情の行く果てを見届けていないからだ。 古泉はあれから、長門とキョンの間にどんなやり取りがあったのかを知らない。事後報告も少女が請け負い、それきりだ。彼の態度にも一見変化はなく、総てが元の鞘に収まったような、そんな日々が続いていた。 変わったのだろうか。あの一連の事件に、幾らか変わることが出来たのだろうか。 少年の、おどけたような言葉が耳に痛い。 ――ただ古泉は、優しい話を、少女に見せてあげたかった。裏方担当だろうと何だろうと。文化祭の日に、「どうぞ、見に来てください」と微笑んで長門を招待できる、そんな物語を、彼女に贈りたかったのだ。 ――文芸部室の読書愛好家の少女は、其の日、稀なことに書物を手にしては居なかった。 「……何をして居られるんですか?」 「執筆活動」 珍しい――少女は、普段は隅に仕舞われて見向きもされないノートパソコンを立ち上げて、人並みの調子でタイピングをしていた。ホワイトボードに赤い水性ペンで走り書きをされているのを古泉は目敏く見つけ、事態を理解する。「締切・来週まで !ジャンル自由、原稿20枚分」と、かなりの達筆で大きく書かれているそれは、見慣れた団長涼宮ハルヒの直筆。 「これは……もしかして文化祭にも、機関誌の発行をすることになったんですか」 事前にハルヒから聞き及んでいなかった古泉の当然の疑問を、長門があっさりと回答する。 「今朝涼宮ハルヒに遭遇し、わたしが提案した」 「……長門さんが?」 益々予想外だ。ハルヒが独断専行してのことなら、キョンを始めとした面々も言い訳を交えつつ抗議する所だが、それが長門有希たっての提起。古泉が眼を丸くすると、少女は人らしい印象を強めた柔らかな瞬きをして、「書きたいものがあった」と古泉に告げた。 書きたいもの。その察しがつかないほど、古泉は愚鈍でもなければ不敏でもない。 零れ落ちた古泉のその笑みは、古泉も己で意識が追いついていない、ただ、蕩けるように甘やかなものだった。ミーハーな女子ならば、黄色い悲鳴を上げたかもしれない。唇を綻ばせた古泉が、そっと長門に囁く。 「――タイトルを、お聞かせ願えますか」 長門は、淡々と打ち進めていた指を止めると、既に印字されていた一枚の原稿を摘み上げて、ひらりと古泉に翳した。窓から差し込む射光に浮かび上がる、黒インクで刻まれた一文。 題名のみがプリントされた、原稿の表紙を飾る一枚。 「これが、わたしの決着」 わたしのあなたへの答え、と。 その声が何処か満足気に、強く胸を打つような感情を湛えて響いたのは―― 多分、気の所為ではないのだろう。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 レクイエムは要りません。 白雪姫は、小人と笑い合って、最後にそうお妃様に告げました。 「わたしを葬るための歌も、お義母様を葬るための歌も、今は必要ありません」 何故なら皆が皆、生きて、泣いて、恨んで、――恋をして、誰かを愛して。 幸福を選び取って、わたしのためにあなたのために生きてゆくのだから。 Snow White Restart. ――この物語終わりが、わたしたちの、お義母様の、始まりになりますように。 --------------------------- ―――Snow white Requiem. 賑やかな人の群れを縫って、古泉が紛れて消えてしまいそうな小さな少女に大声を張り上げる。鮮やかなビラが撒かれ、ポップが至る所に立ち並ぶ、活力に漲った高校生たちの祭典。一般客も含め、笑い声が、談笑が、そこかしこ溢れる中、波に揉まれながらも彼女の元に辿り着いた演劇衣装を身に纏った古泉。 その格好は、彼の容姿にはそぐわない、道化師のようにカラフルな小人の衣装。 古泉はそっと少女に、何処から持ち出したのか手土産の林檎を差し出し、 「――とても、よく似合う」 窓際にて立ち止まった少女は、仄かに首を傾けて、少年に微笑んだ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3867.html
クリスマスイブ、独り身の女二人 川沿いの桜並木。 朝比奈みくるは、ベンチに座って、空を眺めていた。 空からは、ふわふわと雪が舞い降りてくる。 この時間平面はいわゆるクリスマスイブ。 そんな日の夜に、こんなところにいる人間は多くない。一般的にいえば、桜は春に愛でるものだ。 彼女がここに来たのは、特に理由があるわけでもなかった。この時代に遡行したときは、許される限りは、ここに来ることが習慣化している。ただ、それだけのこと。 あえて理由をつけるなら、ここがとても思い出深い場所だから、とでもいうべきだろうか。 彼女の今回の任務は既に完了している。部下たちは、原時間平面に帰還させた。 彼女がこの時間平面に無駄に滞在することが許されているのは、組織内での彼女の地位が確固たるものであり、多少のわがままが通るからにほかならない。 ふと見ると、人影が見えた。徐々に近づいてくる。 探知デバイスが、その存在を人間外だと提示してきた。物体識別パターン、TFEIコードネームNとの一致率97.23%。 その姿がはっきりと識別できるほど近づいてきたところで、朝比奈みくるはこう話しかけた。 「お久しぶりです、長門さん」 「久しぶり」 長門有希は、相変わらずの平坦な口調で応じた。 「今日は、どうしてこちらに?」 長門有希は、涼宮ハルヒとキョンの夫妻が暮らしているのと同じ街のマンションに住んでいる。ここからは結構遠い。 「あなたと情報交換をするため、あるいは、単なる世間話をするためといってもいいかもしれない」 「涼宮さんのところでは、今ごろはクリスマスパーティでもしてるんじゃないですか? 涼宮さんもキョンくんも、長門さんなら喜んで混ぜてくれるでしょうに」 「それが許されたのは、二人の間に子供ができるまで。今でも、私が行けば彼らは歓迎してくれるとは思う。でも、家族の団欒によそ者が入るのは、野暮というもの」 「独り身の女二人で、寂しいクリスマスイブですか。ある意味では、風情がありますね」 朝比奈みくるは、微笑を浮かべた。 「その風情を理解できるようになったということは、年をとったということでもある」 長門有希も、わずかばかりの微笑で応える。 「まだ、年寄り扱いされるような年齢ではないつもりなんですけどね」 「それは私も同様」 ここで、朝比奈みくるは、話題を切り替えた。 「涼宮さんとキョンくんの近況はいかがですか?」 「特に述べるようなことは何もない。すべては順調。彼らの子供たちも含めて」 「つまりは、幸福な家庭を築かれているということですか。子孫の私としては、喜ぶべきことですね」 「そう」 「森さんと古泉くんは?」 「こちらも順調。先日、森園生の妊娠を確認した」 「それはおめでたいですね。お子さんが生まれたら、お祝いにいかなくちゃ」 「彼女が歓迎してくれるかどうかは微妙だと思うが」 朝比奈みくるの組織の時間工作のターゲットは、涼宮ハルヒの周辺から「機関」にシフトしている。「機関」が反発するのは当然のことで、その中でも森園生は反未来人の急先鋒だった。 「そうですね。でも、古泉くんは拒絶したりはしないでしょう」 ここで、長門有希が話の矛先を変えてきた。 「他人のことばかり気にしているが、あなたにはそういう話はないのか?」 「ありません。交際の申し込みは全部拒否してきましたから、最近では言い寄ってくる人もいませんよ」 「もったいない──涼宮ハルヒなら、きっとそういうと思う」 「そうでしょうね。でも、初恋が禁則でがんじがらめにされたまま終わってしまってから、どうしてもそういう気分にはなれないんです」 「それはあなたの組織の大罪といえるのではないのか?」 「そうかもしれませんけど、それでも組織を恨む気はありません。そういう部分も全部知ったうえで、それでも組織に残ることを決めたのは、ほかならぬ自分自身ですから」 「そう……」 「そういう長門さんこそ、その手の話はないんですか? もしかしたら、TFEIは恋愛禁止とか?」 「それはない。私の指揮下にあるインターフェースには、人間との間にそのような関係を築くことを許可している。私が情報統合思念体に強く要望して認めさせた。しかし、実際に人間との間でそのような関係を築いているインターフェースは多くはない」 「なぜですか?」 「我々は生殖機能をもたない。子供を生めないということが、多くのインターフェースに、ためらいを生じさせている」 「情報統合思念体なら、長門さんたちに生殖機能を付与することも簡単なんじゃないですか?」 「そのとおり。それは容易なこと。しかし、情報統合思念体は、それだけは許可しようとしない」 「なぜです?」 「私の親たちは、孫の反乱を恐れている。子である我々でさえ、完璧にコントロールできているとは言いがたい──それは自律的進化の可能性を探るため我々にある程度の自由意思を付与した結果なのだが──状況の中で、さらなる危険を冒すつもりはないということ」 「酷い親ですね」 「それでも、私の親ではある。子である私としては、どこかで折り合いをつけなければならない。その妥協点が現在の状況である」 「でも、子供ができないとしても、恋愛関係は許可されてるんですよね? なら、長門さんご自身はどうなのですか?」 「私の初恋はいまだに終わっていない。永久にかなわぬことは分かってはいるのだが……」 沈黙があたりを支配した。 「……そうですか。それこそ、涼宮さんにもったいないって言われますよ」 「既に何回も言われている。それでも私の気持ちは変わらない」 「頑固ですね」 「こればかりは生まれつきのもの。いまさらどうしようもない」 朝比奈みくるがふと顔をあげた。 「帰還命令が出ました。長居しすぎたようです。世間話はここまでですね」 「また、いつか」 「今度は、バレンタインデーにでも会いましょう」 二人が同時に苦笑した。 そして、TPDDが起動し、朝比奈みくるの姿が掻き消えた。 長門有希は、空を見上げた。 空からは、ふわふわと雪が舞い降りている。 この懐かしき街を少しばかり歩いてみようか。 彼女は、そう思った。 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4478.html
気まぐれに打ち始めた物語は佳境に入った。そこで、指が止まる。プロットなんてない、展開も決めていない。無心でただ、場面場面を繋ぐように文を補足していけば、どうしたって、ラストに近付くにつれ進捗は下がっていった。とにかく先へ進める為にキーを押そうとしても、指は思う様に軽快に動いてはくれない。至って当然の話だ。だってわたしは白雪姫がどうなるのかをまだ、決めかねている。毒林檎を食べて伏せてしまった哀れな白雪姫が、王子様に出遭えず仕舞いで、どんな結末を迎えるのか。 「愛しいひと」にも巡り合えぬままに、生涯を閉じようとする、薄幸の少女。 ――ハッピーエンドに、してあげたいのに。 「長門さんどうしたの?こんな時間まで居残りなんて、珍しいわね」 「あ……」 部室の扉を開けて、堂々と踏み込んできたのは、朝倉涼子――朝倉さん。セミロングの綺麗な髪。優等生らしく背筋の伸びた、頼れる女性を思わせる温和な微笑。クラスでもリーダーシップのある才女で、泰然自若としていて人望も厚い。わたしとは何もかもが違うのに、あなたはそれでいいと笑ってくれる、密かにわたしの憧れの人。 「どうして」 「もし帰るのなら、一緒にどうかと思って捜してたの。まだ下駄箱に靴があったから……ああ、それ。書き掛けの小説ね?前に話してた」 「……そう」 PCの前からウィンドウを覗き込むようにした彼女は、ワード文書の打ち掛けのファイルに眼を落とした。白地の上に点滅する、一向に右へ走り出さないカーソル。 「ふうん。途中までよく書けてるじゃない。何か悩んでるの?」 わたしは、素直に打ち明けることにした。幸せな終わり方にしたいけれど、毒林檎を食べてしまった白雪姫がどうすれば幸せになれるのかが分からないのだと。発想が貧困なのか、辻褄合わせが苦手なのか、どうしても思い浮かばない物語の結び。 彼女は、そんなことで悩んでたの、と暗がりを吹き飛ばすように一笑した。 「それなら、書き直しちゃえばいいじゃない」 「え……」 「だってこれは、長門さんの物語なのよ?不都合を消しちゃえ、とまで乱暴なことは言わないけど。どんな風にだって物語は変えられるわ。例えば――」 彼女はにこりと大勢の男子生徒を恋に落としそうな微笑みを浮かべて、 「白雪姫が林檎を食べる前に、急にお妃様に娘を愛しいって想う気持ちが沸いて止めに入ってくるかもしれない。王様がお妃さまが追い詰められているのに気付いて、兵を差し向けて、王様の愛に触れたお妃さまが改心するかもしれないわ。林檎を食べた白雪姫も、王子様のキスじゃなきゃ目覚めないなんて決まってることでもないし。――そうね、他に……もしかしたら目覚めないままの終わりもあるかもね」 「それが、ハッピーエンド?」 「だって、そうじゃない。何がハッピーエンドで何がハッピーエンドじゃないって、誰が決められるの?幸福の道なんて、きっと幾らだってある。それに大概の人が気付かないだけよ。そういう全部を、ご都合主義で片付けちゃうのは寂しいと思うの」 けれど、白雪姫が目覚めない結末は、わたしにはハッピーエンドには成り得ないような気がした。お妃様は、白雪姫を屠って、空っぽの心を胸に埋めて生き続けていく。 ――林檎を食べた白雪姫は硝子の棺の中で眠り続ける。小人は王子の現れない白雪姫の傍で、ずっと、白雪姫を護り続ける……。 「でも、それは……」 「長門さんがそんな小人を不憫だと思うなら、それはハッピーエンドじゃないと思うなら、きっとそれも正解。あなたのハッピーエンドを書けばいいの。姫を蘇らせるのは王子様?誰がそれを決めたの?」 わたしのハッピーエンド。 朝倉さんは、微笑っている。独り立ちする子を見護る親のような――そんな喩えを持ち出したら、流石に、叱られてしまうだろうか。彼女は誇り高く、勇ましく、それでいて愛情深い姉のような人だ。 彼女の助言に、胸の支えが取れたような気がした。わたしの望むように、願うように、物語を紡げばいい。その結末に責務はあるだろうけれど、それがわたしの選んだ最終章ならば。 「……やってみる」 わたしはそっと、キータッチを、再開した。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 --------------------------- 雪解けの水から、掬い上げられたような穏やかな覚醒。 蕗の薹が溶け込んでいた夢から覚めた、――比喩を用いるなら、そんな静かな目覚め。古泉は眠りっ放しで上手く機能しない頭を小さく傾ける。夕暮れの陽に彩られたくすんだクリーム色の天井。枕に沈んだ後頭部を持ち上げると、「よお」、と随分と懐かしいような気もする声を聞く。 「やっとお目覚めか」 仏頂面の少年の、それでも安堵感を散りばめた、帰還を教示する一言。古泉が遣った視線の先に、椅子に腰掛け慣れた手つきで林檎を剥いている少年の姿が反転して眼に入る。 現実感を取り戻すのに、長くはかからなかった。――戻ってきた。彼等の居ない封鎖世界から。その安心感が、どんな感慨より先に立って、古泉が初めにした事といえば腹底に貯めこんでいた溜息を自由にする事だった。知らずのうちにシーツを掴んでいた指の端から力が抜ける。 数日間顔を合わせなかっただけのことで大袈裟なことだ、と笑う者もあるかもしれないが。古泉にとってのSOS団は、もう、そうやって笑い飛ばせる程度のものではなかった。 「なんだ、まだ夢見心地か?ここは何処、私は誰とか言い出すんじゃないだろうな」 今一に反応の鈍い古泉を訝しむ少年――キョンに、古泉は苦笑を返す。 「はは、それはそれで中々面白い観測が出来そうですね。いえ、冗談です。意識の方ははっきりしていますよ。機関の……病院ですか、此処は」 「ああ。俺が前に運ばれた時と同じ処だ。その減らず口なら心配は要らなそうだな」 キョンは一端手を止めたナイフを軽く上下に振りながら、疲れた顔を窓の外に向ける。古泉は、上体を起こして彼と視線の先を同じくした。 窓辺は夕暮れ時の光の明澄さに染められている。 数羽の鴉が山なりに並び、夕闇の果てに優艶に飛び去ってゆく、日常の風景。眼に痛いほどに赤い。――古泉が神人を狩ることで護り続け、キョンが昨年にエンターキーを押し込んで明確に選んだ、それは彼等の生きる世界だった。 「……先程の仰り様から察するに、僕が意識を途切れさせてから、何日か経過しているようですが」 「お前と長門が一緒に階段から落ちて、っていう、何処かで聞いたようなシチュエーションでな。意識不明に突入して今日で七日目だ。外傷もゼロなのにお前も長門も眼が覚めないってんで医師もお手上げ状態だった」 「長門さん」 僅かに力の制御が効かずに跳ね上がった声を、聞き咎めた少年が意味ありげに古泉を見る。だが間もなく俺は何も察知しちゃいないと素知らぬふりをする老人のように惚けた表情に戻ると、彼はナイフの切っ先を垂直に立てて、壁面を示した。 「長門なら隣の病室だ。今はハルヒと朝比奈さんが付き添ってる。まだ目覚めちゃいないがな。 お前はともかく、長門が階段から足を滑らせて意識を失うなんてドジっ娘みたいなポカをやらかすとは到底思えん。というか、有り得んだろ。――何があった?」 「それは、……」 語ろうと思えば幾らでもできる。大本の原因から顛末まで。ただそれは、長門の内面を無遠慮に彼に晒すことだ。 「追々、説明します。ですが今はまだ、諸々の整理がついていませんので。……待っていて下さいませんか。長門さんのためにも」 「やっぱり、長門も纏わってのことなのか」 少年は気難しい思案顔になり、けれどすぐに、「分かったよ」と嘆息して応じた。 「俺はどうやら、今度ばかりは蚊帳の外だったみたいだからな。何があったか知らんが、当人同士の話し合いなら任せる。ただ、事後報告はしろよ」 「了承しました」 「ま、お前の目が覚めて長門が覚めないなんてことはないだろうからな」 その言葉には大いに、古泉も同感だった。大丈夫の筈だ。浄化されてゆく空間で彼女に与えられた声は今も、古泉の耳に残っている。 キョンはやれやれと肩を落とすと、林檎の皮むきを再開した。赤皮がピューレを利用するよりずっと綺麗に、くるくると回転しながら解けるように剥けていく。露になる白い果実を手にとって眺めると、彼は剥き終えたそれを躊躇いなく自分で齧り付いた。汁が少し飛んで、瑞々しい果肉の芳香が漂う。 「おや、僕に剥いて下さっていたのではないのですか」 「其処に積んであるから、食いたいなら自分で剥け」 つれなく突っ撥ねてから、言い訳のように一声。 「……お前が去年のあの時、俺が起きるまで林檎剥いてた理由がよく分かった」 ベッド横に、編み籠にこれでもかとジェンガの如く積まれた林檎の山から、古泉は一つを手に取った。よく熟れた赤い林檎だ。 彼の遠回しの小言が、酷く可笑しかった。 「物を考えたくないときに、手作業が一つでもあるとなかなか便利でしょう?」 「森さんが大量に届けてくれたから、何をするかに悩むことはなかったな。……お前が寝てる内に何個食ったか分からん。今の俺はお袋より早剥きできる自信があるぞ」 「早剥き勝負でもしてみますか」 「いらん。一生分は食ったから、当分林檎は見たくもないな」 少年の目許には、黒い隈が浮いている。 少年の裏表のない悪態は、古泉には何より薬だった。有難いと思う。長ったらしい謝辞を彼が不要としていることは分かったので、古泉は声を抑えながらも笑って、手元の林檎を皮上から齧った。皮の少量の苦さと新鮮な果実の甘酸っぱさが、口の中に広がる。 古泉は思う。 ――毒でない林檎の方が、世の中にはきっと、多いのだ。 人の感情の擦れ違いなんて、それに気づくか気づかないかの差でしかないのだろう、と。 「古泉くん……!眼が覚めたのね!」 長門の病室を訪ねた古泉を、沈黙の支配する一室にて椅子に腰掛けていたハルヒとみくるが、立ち上がって出迎えた。何所かしらに困憊の有様が見て取れて、古泉はやつれた二人の姿に胸を痛めた。――七日間に及ぶ団員二人の欠落。少女たちに、この上ない無理を強いたことは間違いない。 古泉の心境を露知らぬ、二人娘の驚愕は笑顔に取って代わった。ハルヒの歓声は悲鳴じみていたし、みくるに至っては笑顔が半泣きへと移り変わって、「よ、かっ…!もう眼を覚まさないんじゃないかって、ふ、ふぇえ」と、ぼろぼろと玉の涙を零れさせる。 「お二人とも、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。僕の方はもう、大丈夫ですから」 「うん、でも、まだ安静にしてなきゃ駄目よ!再検査してみなきゃ、何所が悪いのかだって――キョン!古泉くんが起きたら真っ先に知らせなさいって言ったでしょ!」 「だから、真っ先に連れてきたろうが。あと声量を落とせ、此処は病院だ」 「僕が無理を言って連れてきて頂いたんですよ。――長門さんの様子が気になったものですから」 あ、とハルヒが口を噤む。傍らで眠りに就いたきりの長門のことを思い出したのだろう。ハルヒは肩を竦め、少女を振り返った。 「有希は……まだ眠ってるわ。ちょっとやかましいぐらいで起きてくれるなら、寧ろ願ったり叶ったりなんだけどね」 「で、でも!古泉くんが…起きてくれたんなら、きっと長門さんも起きてくれます」 みくるが涙を服の袖で拭って、そう綺麗に笑う。ハルヒも同調して、「そうよ!そうに決まってるわ!」と吊り上げた眼差しに力強く頷いた。 古泉は、長門に眼を移す。個室のベッド、あたりは見舞いに持ち寄られた色とりどりの花で溢れ返っていた。長門有希は寝息さえ微弱で、呼吸をしているのかすら一見しては分からない。白皙の姫君のような、静謐な眠り姿。まるで氷の棺に横たえられたかのような。 ベッド横に立つと、古泉は囁くようにそっと、眠り姫に呼び掛ける。 「――長門さん」 世界は戻りましたよ。 これから、また、始めましょう。 ――あなたの、恋する一人の少女としての生を。 長門を注視する古泉の眼前で、変化は克明だった。 ハルヒが息を呑み、みくるが掌で口を抑え、キョンは瞠目して、ただその光景を見つめていた。 少女の瞼が、まるで悪しき魔法が魔法使いの手によって解呪されたように、宝石箱がやっとぴったり口に合う鍵を差し入れられたように、―――ぱちりと、開く。 少女は、冷や水のように凛と、雪の柔らかな触感に覚えるような優しさで応えた。確かに、古泉一樹に合わせた双眸を瞬かせて。 「―――おはよう」 「はい。……おはようございます」 お帰りなさい、という言葉は彼等の眼を憚って告げなかったけれど。古泉はただ愛しさだけで、そんなありふれた小さなやり取りさえ、心に刻み付けられるような思いがした。 白雪姫でもお妃様でもない、 『長門有希』は、微かに、古泉の意図するところを汲んで、笑ったようだった。 /// 『身体検査』の名目で、もう一晩の病院の滞在を命じられた古泉と長門を残し、SOS団の面々は帰宅の途に付いた。ハルヒなどはまだ心配だから最後まで付き添う、とまで言い放っていたのだが、キョンと古泉による渾身の宥めで渋々ながらも引き下がった。 医師が、恐らく大事はないだろうから間もなく退院できると、彼女に太鼓判を押したことも功を奏したようだ。珍しく立場を逆転させてキョンに引き摺られるように仲睦まじく去っていくハルヒを見送る、長門の感情の読めない瞳が、古泉には気懸かりではあったのだが。 みくるは愛らしい笑みを添えて小さく手を振り、二人の後を追って小走りに駆け出していく。早いうちに彼女が淹れるお茶が飲みたいですね、漏らした言葉には長門も相槌を打った。 実質、検査のし直しは形式的なものに留まった。古泉と長門の意識が一週間に渡って昏迷していた事は、古泉の証言で身体的な異常が原因でなかったことがより瞭然としたものになったからだ。森、新川、多丸兄弟らの訪問もあった。二人が昏睡中の折、閉鎖空間が発生の兆しを見せることもあったが、本格的に展開されるまでには至らなかったという報告に古泉は安堵の息を深めた。どうやらキョンが気を遣い、ハルヒを励まして発生を寸でのところで食い止めていてくれたらしい。それでいて古泉と長門を見舞い、当人は表層では平気な顔を貫いてみせていたのだから、「彼」も随分と豪胆になったものだ。 感謝状の贈呈式を「機関」で演出してもいいわね、と本気混じりの冗談を吐いた森に、古泉はひとしきり笑って同意した。 やがて上司等も去り、独りきりになった病室を脱け出して、古泉は長門に誘いを掛ける。 ――夜、二人は屋上にいた。 「少し夜風が冷たいですね。……長門さん、大丈夫ですか」 「平気。あなたは」 「僕も大丈夫ですよ。『病み上がり』扱いとはいえ、身体の方は何ら問題ありません。――今晩は、星が綺麗ですね」 夜天に煌々と星屑。一度にはとても掴み切れない、無限の空の宝玉。 昨年夏に行った天体観測の記憶を蘇らせて、古泉は感慨に耽った。エンドレスサマーに翻弄された暑い暑い、夏休み。あの頃は、こんな思慕の情に振り回されるようになるとは、思っても見なかった。世界の安寧を何より願いながら、傍らに控える少女に堆積したエラーのことなど、僅かにも、思い馳せたことはなかった。 それが此処まで来てしまうのだから、人というものは分からないものだ。日夜、その考えは流転し、消長し、移り染まる。確かなものなど無いのかもしれないと思いながら、それでも「確かさ」を得ようとして苦しむ。 ――それがきっと、長門有希の抱え始めた、面倒な人間の在り方でもあるのだろう。 人故に、持ち続けねばならないもの。長門は着実に「人」に近付き始めている。 「……依然として、エラーはある。『わたし』は統合され元に戻ったに過ぎない。わたしはいつか、また同じ事態を引き起こすかもしれない」 口を暫し閉ざしていた長門が、不意に、忠告のように古泉に投げ掛ける。 「そのとき――」 「それが、どうかしましたか?」 古泉は不遜な調子で、何を敵に回そうとも決してたじろがぬ不敵さで笑った。古泉一樹が垣間見せた笑い方としては初出の、彼の本質を一端覗かせた微笑だった。 「あなたが何度エラーによって世界を改変したとしても、僕が、『彼』が、朝比奈さんが、涼宮さんが――必ず救いに行きます。あなたを取り戻す為に走ります。先程も言いましたが、長門さんの生きたいように生きればいい。己の能力を疎ましく想うなら捨て去っても構いません。その分だけ、僕等があなたを護ります。あなたの想いが均衡を崩すほどSOS団は柔じゃありませんよ」 あなたの力になりたい、手助けを、させて下さい。 どうか僕の傍に居てください。 ――最後の一句を、古泉は飲み込んだ。 僕等の、じゃない僕の傍に――などと、気障極まりない台詞を素面で吐けるほど、古泉一樹もまだ心情整理は出来ていない。 彼の上司の森園生くらいの人生経験を積めば、それくらいの積極性も生まれるのかもしれないが。 「わたしは以前から、あなたの視線を知っていた」 「……」 「『わたし』があなたを召還した、それも、恐らく理由の一つだった」 唐突に随分な爆弾発言だ、と思ったのは意識し過ぎだろうか?古泉は格好付けた笑みは何処へやら、少々赤らんだ頬を誤魔化すように咳払いを一つした。 「そ、うなんですか」 「そう」 「では、僕の気持ちなんて、とっくの昔に知られていたということですか」 「そう」 「……そうですか」 どうしよう、気まずい。 古泉は余所見をする振りをして、何時になく激しい音を立てる心臓を押さえつけた。――落ち着け鼓動。 けれども今回の騒動で、大いに吹っ切れていたこともある。古泉は息を吸う。 「『彼』には、どのように話しますか」 「……今回の改変についてはわたしから、説明をする。……わたしの、想いについても決着をつける」 「それは、『彼』に告白をする、ということですか」 直球に直球を返す。長門有希は首を、はっきりと横に振った。「違う」 「そう、ですか。――もしそうなったとしても僕はあなたを応援できませんから、少しほっとしてしまいました」 無機質だった黒の瞳が、コーヒーにホットチョコレートを溶かしたような、ゆるい温度を宿して渦を巻いている。古泉はその瞳に訳もなく口付けたい、という衝動にかられた。触れれば、五臓六腑を丸ごと溶かし尽くすくらいの激しい感情に心が水没 するに違いない。古泉は一握りの勇気を、日常会話するような気軽さに溶け込ませて、 「僕は、長門さんが好きですから」 「……そう」 古泉は気恥ずかしさから逃れるように天を仰ぎ、少女は、煽られる風に任せて髪を遊ばせながら、微かに何事かを呟いた。 古泉の耳にまでは入らなかったその極小の言葉は、白く曇った吐息に混ざる。 「そう」 ――それはとても、静かな夜だった。 /// 退院から数日。 取り戻したごく真っ当な学生生活に、身体はすぐに馴染み、何事もなかったように古泉と長門は復帰した。当時はちょっとした騒ぎであったというが、古泉の目には特にそんな雰囲気を引き摺る様子もない、懐かしい日常だ。 「なあ、古泉。頼んどいたアレできたか?」 昼休み時間。拝むような仕草でやって来たクラスメートに、古泉がしれっとプリントアウトされた紙束を差し出すと、文化祭の劇作家担当である少年は「おー、サンキュ。やっぱ出来る奴に頼むと違うよな!」と調子の良い声を上げ口笛を吹き、古泉 の背を痛めつけるのが目的かと疑うほど激しく叩き、古泉の制止が入るまでそうしていた。クラスのムードメーカーとしての役回りを心得た彼は、一年時から古泉とは見知った仲で、持ち前のテンションの高さで委員長役を務めている。今度の文化祭劇でも誰もやりたがらなかった脚本作業を一手に引き受ける形になり、お陰であちこちで奔走しているようだ。 翻訳を任されていた『Snow White』原版。退院後、数日の間に纏めて翻訳作業を仕上げ、字が汚いとよく指摘されることも考慮してわざわざPCに打ち直した古泉だ。英語は不得手ではない古泉も古い活字を相手に苦戦したが、約束は約束と、期日通りに纏め上げてきたのだった。 「構成の方は出来上がったんですか?」 「いんや、まだまだ。やっぱ原書の方も合わせてみないとなあ。そういうわけで、これから読む。煮詰まってたからマジ助かったぜ」 「……まだ脚本の下敷きが出来ていない状況なのなら、少し、提案があるんですが」 少年は受け取って読み掛けていた紙を捲る手を止めた。 「なんだ、お前から改まって提案なんて珍しいじゃん。――何?」 「この『Snow White』なんですが……優しい話に、出来ないかと」 言葉を区切って、古泉は真摯に語る。 「原書そのまま、でも勿論いいとは思いますが、物語が酷に成り過ぎるのではないかと思いまして。文化祭という場で公表する演目ならば、見終わった人が微笑ってくれるようなものを望みたいのです」 昨年演じたものは、そういう意味では失敗だったと思いますから、と付け加えると、少年は「はーん」と悩んでいるような感心しているような妙な奇声を出した。 「……なんか、あったみたいだなあ。先週の入院から様子変わったなー、とは思ってたけど」 「そう……ですか?余り自覚はないのですが」 「おう。俺の目は確かだね!まあでも、言ってることは最もだ。今度の話し合いんときに議題に出すから、意見提示してくれれば俺も支持するわ。脚本書いてて思ったけど、やっぱ暗い話は性に合わないっていうかさ」 陽気な少年はそうやって翻訳文書を抱えて何処へか、やはり何か打ち合わせがあるのだろう、慌しく去っていった。古泉はほっと一息をつき、腕時計を見遣る。 昼休みは、まだ時間があった。 部室へ寄ってみようかという気まぐれを起こしたのは、古泉自身、錯綜した感情の行く果てを見届けていないからだ。 古泉はあれから、長門とキョンの間にどんなやり取りがあったのかを知らない。事後報告も少女が請け負い、それきりだ。彼の態度にも一見変化はなく、総てが元の鞘に収まったような、そんな日々が続いていた。 変わったのだろうか。あの一連の事件に、幾らか変わることが出来たのだろうか。 少年の、おどけたような言葉が耳に痛い。 ――ただ古泉は、優しい話を、少女に見せてあげたかった。裏方担当だろうと何だろうと。文化祭の日に、「どうぞ、見に来てください」と微笑んで長門を招待できる、そんな物語を、彼女に贈りたかったのだ。 ――文芸部室の読書愛好家の少女は、其の日、稀なことに書物を手にしては居なかった。 「……何をして居られるんですか?」 「執筆活動」 珍しい――少女は、普段は隅に仕舞われて見向きもされないノートパソコンを立ち上げて、人並みの調子でタイピングをしていた。ホワイトボードに赤い水性ペンで走り書きをされているのを古泉は目敏く見つけ、事態を理解する。「締切・来週まで !ジャンル自由、原稿20枚分」と、かなりの達筆で大きく書かれているそれは、見慣れた団長涼宮ハルヒの直筆。 「これは……もしかして文化祭にも、機関誌の発行をすることになったんですか」 事前にハルヒから聞き及んでいなかった古泉の当然の疑問を、長門があっさりと回答する。 「今朝涼宮ハルヒに遭遇し、わたしが提案した」 「……長門さんが?」 益々予想外だ。ハルヒが独断専行してのことなら、キョンを始めとした面々も言い訳を交えつつ抗議する所だが、それが長門有希たっての提起。古泉が眼を丸くすると、少女は人らしい印象を強めた柔らかな瞬きをして、「書きたいものがあった」と古泉に告げた。 書きたいもの。その察しがつかないほど、古泉は愚鈍でもなければ不敏でもない。 零れ落ちた古泉のその笑みは、古泉も己で意識が追いついていない、ただ、蕩けるように甘やかなものだった。ミーハーな女子ならば、黄色い悲鳴を上げたかもしれない。唇を綻ばせた古泉が、そっと長門に囁く。 「――タイトルを、お聞かせ願えますか」 長門は、淡々と打ち進めていた指を止めると、既に印字されていた一枚の原稿を摘み上げて、ひらりと古泉に翳した。窓から差し込む射光に浮かび上がる、黒インクで刻まれた一文。 題名のみがプリントされた、原稿の表紙を飾る一枚。 「これが、わたしの決着」 わたしのあなたへの答え、と。 その声が何処か満足気に、強く胸を打つような感情を湛えて響いたのは―― 多分、気の所為ではないのだろう。 --------------------------- 白雪姫は王子と出遭いはしませんでしたが、小人と共に幸せになりました。 お妃様は白雪姫に赦され、白雪姫を赦して、心から笑えるようになりました。 もう誰も白雪姫を傷つけず、お妃様の心を蝕みません。 皆が皆、――幸せに。 幸せになるために、生きられるのです。 レクイエムは要りません。 白雪姫は、小人と笑い合って、最後にそうお妃様に告げました。 「わたしを葬るための歌も、お義母様を葬るための歌も、今は必要ありません」 何故なら皆が皆、生きて、泣いて、恨んで、――恋をして、誰かを愛して。 幸福を選び取って、わたしのためにあなたのために生きてゆくのだから。 Snow White Restart. ――この物語終わりが、わたしたちの、お義母様の、始まりになりますように。 --------------------------- ―――Snow white Requiem. 賑やかな人の群れを縫って、古泉が紛れて消えてしまいそうな小さな少女に大声を張り上げる。鮮やかなビラが撒かれ、ポップが至る所に立ち並ぶ、活力に漲った高校生たちの祭典。一般客も含め、笑い声が、談笑が、そこかしこ溢れる中、波に揉まれながらも彼女の元に辿り着いた演劇衣装を身に纏った古泉。 その格好は、彼の容姿にはそぐわない、道化師のようにカラフルな小人の衣装。 古泉はそっと少女に、何処から持ち出したのか手土産の林檎を差し出し、 「――とても、よく似合う」 窓際にて立ち止まった少女は、仄かに首を傾けて、少年に微笑んだ。