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涼宮ハルヒの出会い 『アイツノソンザイ』プロローグ 私はただの人間だった………… そう自覚してから何年がたったのかしら? もう3年もたったのね… 明日は入学式か~ 『…つまんない』 平凡な入学式、ホントつっまんない そしてこのクラスもホント見るからに平凡、なんでなの? なんで私だけ… そんなこと考えてるうちに自己紹介とかいう平凡な行為の時間になったらしい たんたんと終わっていく、前の奴の自己紹介なんて頭に入ってなかった 別に目立ちたいとかじゃない、けど気がついたら私はこういっていた 『東中学出身、涼宮ハルヒ』 『ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者 がいたら、あたしのところに来なさい、以上』 涼宮ハルヒの出会い 『アイツノソンザイ』エピローグ02 別にどう思われてもいい、でももしかしたら、って思うと… だからって別に後悔なんかしてない、平凡なことはいやなの! 数日後、前の席の奴に話しかけられた 「しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったんだ?」 やっぱりね…そうだよね、普通に考えたら誰でもそうだよね… わかってた、私は何度も自分に言い聞かせた だからかな、冷静に対応もできなかった、ただただ返事をしただけで… でもその後なのよね、なんかこいつは違うな~って思えたの 髪型に気がついたときはって思ったし、それに話も面白いのよ 合わせてくれるっていうのかしら?でも今までと違う感じがした すごく私は面白かった、それからSOS団を作ったのはすぐだったわね 終 第1章
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翌、土曜日。 ハルヒの一存で決定された市内パトロールに意気込んで、というわけではなく、早く会っておきたいやつがいるために俺は早く家を出た。今日ばかりは妹の必殺布団はぎもなしである。一人で起きた朝ってのは爽快感に満ちあふれているもんなんだろうが、俺の心は昨日のホームルーム前から陰鬱にまみれている。 ママチャリをこぎこぎ、駅前の有料駐輪場に自転車を止めてから俺が集合場所に到着するまでには十分とかからなかった。時計は八時三十分を指している。 あたりを見回してみたが団員は誰も見あたらなかった。この時間帯に来れば俺が奢るはめにもならなさそうだが、ハルヒのことだ、屁理屈をねじ曲げて理屈にした上で俺のサイフから金を徴収するに違いない。それに、どうせ今日は俺の奢りが確定しているのだ。木曜日に宣告された。五人分、いや四人分だっけ。 「やあ、おはようございます」 俺がサイフの中身を確認していると声をかけられた。 ハッとして振り向いた。 見飽きたような微笑がある。昨日閉鎖空間で青カビ野郎とバトルしていたとは思えないほどの颯爽さをまとうそいつは、見間違いようもなく古泉一樹だった。 俺は何を言ってやろうかとしばし思い悩んでから、 「姿を見れて安心した。とりあえず、そう言っとく」 「そうですか。そう言ってくれると嬉しいですよ。僕がいることであなたが安息を感じるのだったら、僕も努力のしがいがあるというものです」 何やら思惑のありそうな笑みをたたえている。誤解しているようだったら俺は即座に今の発言を取り消すぜ。 「いいじゃないですか。人間誰しも、他人に必要とされるのは嬉しいものなんですよ。僕が思うに、本質的に孤独が好きな人間というのはこの世にはいないと思いますね」 「そういう話は佐々木とやってくれ。そんなことを言われても、俺には何とも答えようがないぜ」 古泉は苦笑して申し訳ありませんと謝罪すると、ではと言ってあさっての方向を指さした。指先からレーザーでも出ているのか? 「違いますよ。僕は平常の状態ではそんな力は持っていませんからね。僕が指さしているのは喫茶店です。長門さんが消えたことについて、僕が知っているだけをお話しようかと思いまして。立ち話も何ですからね」 * 提案通りに喫茶店に入って腰を落ち着けたところで、ハルヒは朝比奈さんと一緒に来る、と古泉は言った。 「涼宮さんがいつもの調子だと、あと十分と経たずに到着してしまいますから。申し訳ないですが朝比奈さんに足止めをお願いしました。時間稼ぎしてください、とね」 ムチャな話だ。朝比奈さんにハルヒの足止めを頼んだところで三秒ほど遅らせられるかも微妙なところだが、そこの無用なツッコミは控えておく。 「本題に入ってくれ。なぜ長門がいないんだ。冬の時みたいに世界改変があったのか?」 「いいえ」 古泉は俺の説をあっさり否定した。 「と、僕は思っているんですがね。せっかくですから段階を踏んで考えてみましょうか。たとえば、今の状況とあの時の状況を比較してみればそういう答えにたどり着けます。思い出して下さい、冬に長門さんの世界改変があったとき、その世界は元の世界と何が違いましたか?」 古泉の問いに、俺は記憶を探った。つい半年前のことがかなり昔のことに感じられる。 「そんなもんは簡単だ。まず、俺の後ろの席にハルヒじゃなくてカナダに行ったはずの朝倉がいた。そしてハルヒはお前と一緒に光陽園学院にいて、長門や朝比奈さんは何も知らない眼鏡っ娘と上級生だった。SOS団がなくて、SOS団の部室はただの文芸部室で……」 「いえ、そんなところはいいんですよ。僕が言いたいのは、あの世界の涼宮さんや長門さん、朝比奈さん、僕に不思議な力があったかどうかというところなんです」 断言してやる。なかった。 「そうでしょう?」 古泉はウーロン茶の入ったコップをカチャカチャと音を立てて振りながら、 「では今の状態と比較してみましょうか。現在、少なくとも僕や朝比奈さんには超能力者や未来人といったプロフィールが失われていません。冬に世界改変が起こったときにSOS団の団員からそういう力がなくなったことを思えば、僕たちの力がまったく何も変わっていない状態は世界改変だとは考えにくいですよ」 そんな強引な。 疑わしそうな顔をする俺に、古泉は続けた。 「もう少し推理ゲームを続けてみましょう。今度は別の観点からです。あなたは昨日ずいぶんと学校を探索なさったようですが、その時違っていたものは何でしたか? 長門さんがいたときと、いないときで違っていたものです」 「長門の机と椅子、長門の本、長門の七夕の短冊とか、そんなところだな。全部なかった」 「他には?」 「特にない。ああ、マンションの長門の部屋が空き部屋になってたか」 俺の返答を聞いて、古泉はわざとらしく笑った。 「ものすごく単純明快ですね。もうお解りになっていると思いますが、変わっているのは長門さんに関するものだけなんですよ。いえ、正確に言うのならば、地球上に存在するTFEI端末に関するものだけ、ですね。考えてみて下さい、長門さんや喜緑さんのもの以外のものは何一つとして変わってなかったのではありませんか?」 その通りである。長門に関わる記憶と長門の所有物をのぞいて、木曜日と金曜日で変わっているものは何もない。偶然にしてはできすぎだというのは俺も思っていた。 今言ったことをふまえれば、と古泉がまとめをするように述べた。 「つまり、これは世界改変で世界ごと変わってしまったのではなく、むしろ正しい世界からTFEI端末だけがきれいさっぱり消え失せてしまったというほうが考えやすいですね。それ以外のものは以前と変わっていないのは不自然ですから。ようするに、TFEI端末なんてのはこの世界に最初から存在しなかったんですよ。だから誰も長門さんのことを知らない。そういう理屈です」 俺は大きく息を吸った。そして吐いた。 世界改変ではなく、長門たちだけがこの世界から消失したのだ。長門が最初から世界にいないのだから、それに関する記憶もそれに関する物も一切ない、と。 そんなバカなと思う一方で、俺は納得していた。 古泉の言うとおりである。変わっているのは長門に関するものだけで、他におかしなところはない。まるで長門有希という存在や喜緑江美里という存在が最初からなかったかのように扱われているのが現在の状況だ。それは世界改変が起こって長門たちがいなくなったのではなく、もっと単純に、長門や他のインターフェースが何かの事情で元の世界から消えてしまったということなのではないか。筋が通った理屈ではあるが、これでは何の解決にもなっていないぜ。 何らかの事情ってのは、何なんだ。誰かが意図して長門たちを消し去ったのか。だとしたら、それは誰なんだ。いや、誰かという部分でなら大方見当はついているのだが。 「ほう、もう見当がついているんですか? 奇遇ですね、実は僕もだいたいこれではないかという予測なら立っているんですよ。そしてもっと奇遇なことに、おそらく僕が思っている人物とあなたが思っている人物は同じです。当てて見せましょう、それは周防九曜です。違いますか?」 違わん。しかし、かといって俺は驚かなかった。奴の他に心当たりなどない。 「そうですね。長門さんのようなインターフェースたちを一気に片づけることのできる存在など、他にはありえません。それに彼女たちは前々から敵対していたため、いつ侵攻が再開されてもおかしくはありませんしね。ところが、ここで疑問が浮上してきますよ。そうですね、三つですか」 古泉は顔の前で手を組んで、おもむろに言った。 「一つ目は、なぜ長門さんたちがそのような圧力に簡単にやられてしまったかということです。長門さんたちのことですから、完全敗北などというのはまずありえません。それなのに情報統合思念体製のインターフェースはほとんど何の痕跡もなく一夜にして姿を消している。それはなぜかということです。 そして二つ目の疑問ですね。それは、存在を消去するなどということが本当に周防九曜にできるかどうかということです。長門さんたちのような強大な存在を元からいなかったことにするわけですから、これは相当の情報改変能力を持っていないと不可能ですね。 さらに三つ目ですが、これはちょっと種類の違う問題です。それは、なぜ僕たちだけが普通の人間とは違う記憶を持っているのかということです。普通の人間は消えてしまったインターフェースについての記憶を持っていないらしいですが、なぜか僕たちは持っている。長門さんが世界に存在していたことを知っている。どうしてでしょうね」 「いや、一つ目の謎なら解ったぜ」 俺は思わずにやけた。そうか、そういうことだったのか。 なぜ長門たちが九曜相手にそんな簡単にやられちまったのか。聞いた瞬間ピンときたね。 まず古泉の考え方が間違っているのだ。九曜は長門を相手に真っ向勝負などしていない。真っ向勝負なら長門だって互角か、勢力的にはそれ以上だ。それでも長門や他のインターフェースは抵抗できずに消されちまった。なぜか。 部室で聞いた長門の言葉が蘇る。 ――天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた。 ――天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくわけにはいかない。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定をしているところ。 そういうことだったのだ。やはり俺の勘は正しかった。長門は簡単にやられちまったんじゃない。敵がどこにいるか解らなくて防御できなかったのだ。九曜が行方をくらましたのもそのためだろう。自分の攻撃を見切られないために、長門たちの死角に回ったのだ。そして不意打ちのごとく奇襲を仕掛け、見事インターフェースたちの存在を消すことに成功した。 そんなところだな。 俺が話してやると、古泉は感嘆したように唸った。 「なるほど。不意打ちですか。確かに充分ありえます。まったく、考える役まで取られたら僕はどうしたらいいんでしょうかね」 「取る気はねえよ。それに俺にも二つ目と三つ目は解らん」 なんで俺らだけが正しい記憶を持っているのかとか、存在を消去するなんて芸当が九曜にできるのか。まず二つ目、存在を消去するということが九曜にできるかだな。 しかし、さすがに手がかりなしで解る問題ではない。できないんじゃねえか? 勘だけどさ。 「同感です」 意外にも古泉が乗ってきた。若干真面目っぽい口調で、 「たとえ話をしますが、朝倉涼子が長門さんと戦って敗れたときがあったでしょう。事実上はカナダに転校したことになっていますね」 その話はあまり思い出したくないのだが。朝倉と聞いただけで鳥肌が立つ。 「申し訳ありません。少しですから辛抱して下さい。ここで浮上する問題は、なぜ朝倉涼子はカナダに転校したなどと、事実をねじまげてややこしいことにしているのかです。もし長門さんが個体の存在を消す能力を持っているのだとしたら、朝倉涼子という存在を消して、そういう人間は最初からいなかったことにすればいいのです。そのほうが安全で、より確実ですしね。周りの人間の記憶にも、最初からいなかったわけですから、朝倉涼子に関することは何も残らないわけです。ちょうど今回の長門さんのようにね。しかしあの時の長門さんがそれをしなかったということは、つまり存在自体を消してしまうのは不可能だったんですよ。だから仕方なく、カナダに転校したということにしてすませたんです。無論、長門さんにできないことが周防九曜にもできないという保証はありませんが、彼女が長門さんと同程度の力を持っていることを考えればできない可能性のほうが高いですよ。どうです、解りましたか?」 …………。 ああ、まあ解ったと言えばそうなのだが、否定するだけ徹底的に否定されてもな。九曜には長門たちの存在を消せないだろうというのは理解したが、じゃあ現に長門が消えてるこの状況は何なんだよ。実は長門はどっかに隠れてるとか、そういうオチか? 「いえ、それはありません。我々の組織が世界中をくまなく調査しました。ですから長門有希という存在が消えていることは事実です。長門さんの消失に直接的または間接的に周防九曜が関わっているということも事実でしょう。しかしそれ以上は解りかねますね。それ以上を推理しようとすると、それはただの予測になってしまいます。何かヒントのようなものでもあればいいのですが……」 古泉がウーロン茶のグラスをかたむけながら俺に流し目を送ってくる。何だよその目は。 「あなたが何かヒントのようなものでも握っているのではないかと思いまして」 何だこいつ、さては知ってるんじゃないのか? 俺はせめて聞こえよがしにため息を吐いてポケットに手をつっこんだ。どうせこいつに見せるために持ってきたのだ。あるだろうと言われてあえて隠すほど俺は幼稚じゃないからな。 「ほらよ」 俺は古泉に例のコピーを手渡した。喜緑さんが書いたと思しき文書である。 古泉はにやりと笑ってコピーに目を通し、俺に出所と作者を言わせた。そのまま教えてやると、古泉は興味深そうな顔をしてあごに手を当てていたが、 「少々お借りするわけにはいきませんかね」 と言い出した。いいぜ。しかしそのパスワードは部室のパソコンのものじゃないみたいだ。起動させたところでロックがかかってるパソコンは一つもなかった。 「了解しました。鋭意努力させていただきますよ。場合によっては、二つ目の謎――周防九曜に存在抹消能力があるか――も解けるかもしれません。僕にはあなたのように涼宮さんをどうにかできる力はありませんから、僕は僕のできることをするまでです」 古泉は宝物を扱うような手つきでコピーをポケットにしまい、 「では、三つ目の謎に移りましょうか」 ふむ。 古泉が提示した三つの謎のうち最後の謎。 なぜ俺や朝比奈さんや古泉だけが、谷口や国木田とは違う記憶を持っているのか。つまり、なぜ俺たちだけが長門有希という人物が存在したことを知っているのか。 そういえば十二月に長門の世界改変があったときも俺だけが正しい記憶を持っていた。しかしあれは違う世界に俺が一人放置されたからであり、今回はどうも世界が違うわけではないらしい。元の正しい世界で条件は一般人と同じはずなのに、なぜか俺たちだけがいないはずの長門の記憶を持っている。 「いくつかの仮説が立てられますね」 古泉は言い、 「一つ目は僕たちが長門さんの近くにいたからという仮説です。長門有希という存在が消されるにともなって他の人間の記憶から長門有希という存在は抹消されたわけですが、長門さんに関する記憶をたくさん持っていた僕たちは、記憶が完全に抹消されずに痕跡が残っているという仮説です」 「それはダメだな。俺と同じくらい長門の記憶を持ってるハルヒは長門のことを完全に忘れちまってるみたいだ。昨日いろいろ話してみたが、ちっとも思い出さなかった。それに後半部分も否定させてもらうが、俺の長門に関する記憶はこれっぽっちも破損してない。痕跡なんかじゃなくてしっかり残ってるんだ」 だから世界のほうが変わっちまったんじゃないかと勘違いしたのだ。木曜日から金曜日になった時点で、俺の記憶は昨日とこれっぽっちも変わっていない。 「ううむ、では二つ目です。次の仮説は、この状態を創り出した人物が何らかの理由で僕たちの記憶だけを操作したのではないかということです。つまり長門さんを消した後に僕たちに長門さんの記憶を埋め込んだという仮説ですね。これは少し現実味があって、たとえばこういう状況下で僕たちはどういった行動を取るかなどというデータを採取するためとかいう理由も考えられます」 確かにそれはありえるかもしれん。どうせあの地球外生命体のことだから、俺たちのことは実験用モルモット程度にしか考えてないに違いない。いつか窮鼠になったとき噛んでやりたいものだが。 「あるいは」 と、古泉は重々しい表情で最後の仮説を口にした。 「これから僕たちの身に何かが起こるという可能性です。最初は僕や朝比奈さんのような能力者たちも統合思念体のインターフェースと一緒に消すつもりだったのが、何らかの事情で失敗してしまった。結果、僕たちは長門さんの記憶を持ったままこの世界にとどまることになった。しかし推理小説で真相を知ってしまった人物が殺されるように、僕たちもまた消されるのを待つ身なのかもしれません」 俺が何か言い返してやろうと模索しているとき、 「こらあーっ!」 耳が痛い黄色い叫び声が大音響でした。 同時刻に居合わせた店の客が何事かとそちらを振り返る。 ああ……。古泉が渋い顔になるのが解ったね。 客の視線を受け止めながらも傲然とこちらに向かって歩いてくるその女、周りの人間はその叫び声が自分に向けられたものでないと解ってさぞかし安堵したことだろう。ただしその中に必ず一人はどんよりしなければならない人間がいるわけで、それが俺と古泉であるのは言うまでもない。 Tシャツとデニム姿で憤然とした顔をしてこっちに歩いてくる女の横には、ワンピースにカーディガンを羽織って顔を赤らめる朝比奈さんの姿を見て取ることができる。俺を見つけると、ゴメンナサイと手を合わせた。 その朝比奈さんを従えるようにして、見物客の興味深そうな視線と下心ある視線を受け止めるそいつは、我がSOS団の団長に他ならないのだった。 * 「何でここにいたのよ」 周りの視線が痛くて非常に居心地が悪いためできれば場所を変えたいのだが、ハルヒがそんなことを聞き入れてくれるわけがなく、俺はただただ平身低頭するのみだった。 どうやら俺の予想通り、朝比奈さんのハルヒ引き留め作戦はまったく長持ちしなかったらしい。それでも時計を見ればもう九時五分なのだから、朝比奈さんにしては無理な敵相手に充分健闘したほうだろうね。 「いや、九時よりも三十分も前に来ちまったんでな。この暑い中で立ってるのも嫌だったから、一緒にいた古泉と涼ませてもらうことにしたんだ。悪かった」 当然ハルヒがそれだけで収まるわけもなく、目を三角形に吊り上げて、 「あたしたちはこの暑い中を五分も待たされてたのよ! ねえ、みくるちゃん?」 「え、ええと……あの、その……」 朝比奈さんはどうしていいか解らないらしい。いやいや俺なら構いませんよ。 「申し訳ありませんでした。副団長として失格ですね」 一方で、白々しいにも程がある言葉を平気で吐いているのは古泉であり、それにハルヒが納得顔でうんうんうなずいているのもなんかむかつく。 「古泉くんはいいのよ。働き者だし、SOS団の発展に大いに貢献してくれてるもんね。一回くらいのミスなら充分許せる範囲よ。けどキョン、あんたは一番古参のくせにいまだに平団員なの。恥ずかしくないの? もっと気を引き締めなさい」 誰に恥ずべきものか。むしろこの珍妙な団体に所属していること自体を恥じるべきなのではないかと思いながら、 「だからすまなかった。謝る。悪かった」 「口だけの謝罪なら受け取らないわ。そんな行動を伴わない謝り方じゃ全然ダメよ」 では他にどうしようがあるかと思い悩む俺にハルヒが言った。 「代償は今日のお昼ですませてあげるわ。今日のお昼、キョンの奢りだから!」 * 私服にエプロン姿の店員がアイスミルクティーを運んできてハルヒの前に置いた。他の二人は俺のサイフを気遣ってか何も注文していないのに。ハルヒ、空気を読め。 「じゃあクジ引きね。いつもみたいに二人と二人のペアで」 ハルヒはストローに口をつけると遠慮知らずに半分ほど一気飲みし、テーブルの容器から楊枝を四本取り出した。ささっと印をつけると俺たちの手元に楊枝をやり、古泉、朝比奈さん、俺の順番で楊枝を引く。最後に残った楊枝はハルヒが持った。楊枝は四本。これだけ。 瞬間、俺は目眩を感じた。 ああくそ、何だこの違和感は。 いや理由なら解っているのだ。 俺の対面にいるはずの誰かがいない。印入りの楊枝を珍しいものでも見るような目でじっと見つめている読書少女が。希薄のようで強い存在感を誇る長門が。まるで、ぽっかりと空いた底なし穴のようだ。決定的に違うのに誰も指摘せず、自分も指摘してはいけないというこのもどかしさ。長門の分を忘れるんじゃねえと叫んでやりたいのに。 「ふうーん。この組み合わせね」 ハルヒの一声で我に返った。 自分の手元にある楊枝を見ると、赤印入りだった。朝比奈さんを見ると無印の楊枝を握っていて、古泉を見ても営業スマイルを崩さないまま無印の楊枝を握っている。四人だから、ということは。 「あんたはあたしとねえ」 ハルヒが楊枝と俺を見比べて不気味に笑っている。 うむ、俺はとことん運に見放されたようだ。いや別に俺がハルヒと一緒だからとかいう意味ではなく、古泉と朝比奈さんが一緒だからという意味でだ。一応釈明しておくが。 「都合がいいじゃないですか」 隣に座っていた古泉が耳打ちしてきた。顔が近い。 「大丈夫ですよ。あのメッセージについては僕と朝比奈さんでよく検討してみます。あなたはどうぞ、涼宮さんとゆっくりなさっててください」 「よく言うぜ。俺がハルヒといてゆっくりできた経験なんて数えるほどしかねえよ」 「数えるだけあれば充分ですよ。僕からすれば、そんな涼宮さんはえらく貴重ですからね。あなたにとってどうなのかは知りませんが」 俺にとっても何も、ハルヒはいつもああなんだろ。傍若無人とか猪突猛進とか、そういう感じの四字熟語で簡単に表現できる。 「さあ。あなたなら彼女の本質を見抜けているものだとばかり思っていたのですがね」 古泉は音もなく笑い、俺はハルヒに目をやった。朝比奈さんに意味もなく抱きついてひいひい言わせている。何が本質だ。 「じゃ、みんなそういうことでいいわね。みくるちゃんも、いい?」 「え? あ、はい」 朝比奈さんはハルヒに無理やりうなずかされ、古泉はイエスマンで、俺にはもともと反対票を投じる権利がなく、よって俺は午前中の間ハルヒと街をぶらぶらする権利もとい義務を負ったのだった。ハルヒは残っていたアイスティーをきれいに飲み干して、 「そうとなったら出発ね! さあみんな、じゃんじゃん不思議を見つけてきなさい!」 俺はそんなハルヒの声をバックに聞きながら、誰も手に取る気配がない伝票へひっそりと手を伸ばした。 * 俺が会計を終えて喫茶店を出たところで朝比奈古泉ペアと別れた。 「まずは服ね」 よくよく考えてみれば、ハルヒと不思議探索を行うのはけっこう稀なことである。ハルヒのチートパワーが無意識のうちに働いているのか、まあ二月頃に八日後から朝比奈さんが来たときには俺のほうから長門に頼み込んでイカサマをやってもらったときもあったわけだが、それにしてもハルヒと二人で市内ぶらぶら歩きを共にしたのは、以外と団員の中で一番少ないかもしれない。 故に俺はハルヒが普段どのような不思議探しっぷりをするのか知らない。当の団長様である。マンホールの中に侵入してUFOの破片を探せとか人気のない神社の裏側で幽霊とツーショットを撮れとか言うのだろうか、とりあえずメジャー運動部並の肉体労働程度は強いられるものだと思っていたが、意外なことにハルヒが俺の手を引いて真っ先に向かったのは駅の近くにある総合デパートだった。 食品、衣料品がメインの大型デパートである。俺が団活動外でもたまに足を運ぶほどの超一般的な場所ということに加えて、この街でもトップ争いに加わるほどメジャーな場所である。いったいここに何があるというのか。 「服よ」 ハルヒは言ってのけ、他の物には目もくれずにエスカレーターで衣料品売場に上がっていった。俺もハルヒの大股に置いて行かれまいとしてエスカレーターに足を乗せる。 到着した先は確かに衣料品売場であった。夏が近いからか、目一杯に広がった店内には水着の類の姿も見受けられる。どうせ俺には縁のないシロモノだな。朝比奈さんか長門あたりに着せてみたい水着ならいくつかあるが。 「おいハルヒ、こんなところに不思議があるのか?」 「あるわよ」 ハルヒは自信満々に答えた。 「最初は裏路地とかマンホールの中とか探してたんだけどね、でもおかしいくらいに何も出てこなかったのよ」 当然である。 「それで閃いたわけ。不思議のほうも、最近はあたしみたいな不思議探索者に見つかるまいとして、あえてマイナーな場所じゃなくてメジャーな場所に来てるんじゃないかってね。だって、見るからに怪しそうなところにいなかったんだもん。消去法的にメジャーなこういうところにいることになるのよ」 「それだったら、不思議は普通の買い物客にも見つけられちまうんじゃないのか?」 「普通の買い物客の目は所詮一般人並よ。あたしみたいな熟練した目を持ってないと不思議なんか見つかりっこないわ」 都合のいいハルヒ的理屈である。マイナーなところにもメジャーなところにもオトモのように従わせてハルヒが身をくっつけている長門や朝比奈さん、古泉が実は不思議の塊だったと気づくのはいつだろうね。 「じゃ、こっからは別行動で。みくるちゃんとかの新しい水着も見ておきたいしね」 と言い残し、ハルヒはさっさとどこかへ消えてしまった。 あいつは何だろう、こんなところで本気で不思議が見つかるものと思っているのだろうか。 いや思ってるはずがないね。目的が服の物色であることは明らかだ。 だったらなぜ不思議探しをするなどと言って休日に俺たちを集めるのか理解できないが、まあそれでいいんだろうよ。そうでなけりゃこんなSOS団とかいうハルヒが探す不思議以上に謎な団体があるわけないし、ありもしない幻想を追い求めるのが涼宮ハルヒという女の定義だからな。いまさら朝比奈さんや古泉の肩書きが一般高校生に戻されても俺を含む全員が困惑するだけだろうし、そう考えると現状維持ってのは大切なものだと思えてくる。何の不可抗力だろうと、長門だろうが朝比奈さんだろうが、たとえ古泉だとしても、団員の誰かが突然いなくなるなんて事態になってもらっちゃ困るんだよ。誰だってそう思うだろ? * 結局さっきの衣料品売場ではボロ雑巾製造器(シャミセンのことだ)に引き裂かれたGジャンの代用品になりそうなものは見つからず、その代わり去年の夏だったか長門が恐ろしく貴重なことに私服だったときのクロスチェックのノースリーブを売っているのを見つけた。だからどうしたという話だが、俺はそこに合わせて長門の小柄な姿がそこにあるような錯覚を受けて、いやもうこれは本当にヤバイのかもしれん。精神疲労が溜まりすぎて視覚情報がぶっ飛んじまってるのだろうか。 ところで、ハルヒは終始まともな女子高生を演じ続けた。話の内容がアレだったことは否めないわけだがデートしてますよと言われればそう見えなくもない状態であり、ついでに俺にはそんな意識などノミほどもなかったことを付け加えておく。 まあ楽しかったさ。 メガネ少年を助けたときに朝比奈さんと食った地下食品売場の団子もハルヒと一緒に食べたりした。不思議探しと名付けられた暇つぶしだ。 「あら、もう時間ね」 他の店を見たりして適当にぶらぶらしているうち二時間はあっという間に過ぎ、ハルヒのその一声で俺たちはデパートの自動ドアをくぐった。 ちょっと意外だった。ハルヒもけっこう常識人並の時間の使い方を知っているものだ、と。 * デパートから出ると俺はハルヒに無意味なダッシュを強要され、それに加えて夏の日差しのが容赦なく照りつけるために駅前に着く頃には全身汗まみれになっていた。そんな状態の俺を出迎えたのはスマイルの古泉と、それに伴われて買い物袋を提げている朝比奈天使である。古泉、てめえ朝比奈さんに寄り添うんじゃねえ。 「何か不思議なものは見つかった?」 訊くハルヒに古泉は苦い顔になって、 「いえ、何も見つかりませんでした。申し訳ありません」 「あっそう」 ハルヒはずいぶんとどうでもよさそうに反応する。 「ま、やってりゃそのうち何かが出てくるわよ。今まで一年やっても出てこなかったんだから持久戦になるかもしれないけど、絶対に諦めちゃダメよ。みくるちゃんも、お茶ばっか買ってるんじゃなくてしっかり不思議を探しなさい」 「え、あ、はい」 いきなり話を振られて動揺する朝比奈さんである。その顔がいつもより若干疲れているように見えるが、それは古泉と一緒だったからという理由ではなく、未来と接続を絶たれたからなんだろうね。俺がどうあがいたところで、朝比奈さんの故郷はあっちらしいからな。 「じゃ、お昼ご飯にしましょ」 ハルヒの一声で、SOS団の面々は駅前からファーストフードへと居場所を移すことになった。俺の財産を慮ってくれたのか知らないが、安上がりの店で助かった。 昼飯を食べている途中、ハルヒは楊枝を取り出してまたチーム分けしようと言い出した。 「また二人二人のペアでいいわよね」 ナポリタンスパゲティをズズズと口に収めると、ハルヒは朝と同じように二本の楊枝に赤印をつけ、俺たちの手元に持ってくる。 「おお」 俺の引いた楊枝には赤印が入っている。そしてどうだろう、向かいに座っている朝比奈さんがぽわっとした感じで見つめているその楊枝にもしっかりと赤印が入っているではないか。当然、残りのハルヒと古泉は無印である。 何ということだ、どこぞの神様が不運の果てに漂着した俺を見かねたのだろうか。 俺が思わずにやけでもしていたのだろうか、ハルヒは朝比奈さんと俺を見比べてペリカンのような口をした。 「ふうん、あんたはみくるちゃんとね。強運なことねえ」 ハルヒは目を細めて俺を見ると、伝票を俺に叩きつけて席を立った。
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第4周期 Dear my sister 卵の殻が向けるようにして真っ赤に染まった世界は崩れてゆき、現れた空の色は灰色だった。ハルナの精神世界が消滅して元の閉鎖空間に戻ってきたのである。 「なぜだ」 なんと目の前に神人がいるではないか。 しかもこちらを覗きこむようにしてじっと見ているではないか。 まさかのまさかとは思うが、狙われているのではないか? 蛇に睨まれた蛙の如く、神人に見られている俺は硬直してしまった。 「なーに固まってるのよ」 「いや、だって目の前に居るんだぞ……」 「そうね、でもまあなんとかなるんじゃない?」 そう言っているハルヒも、神人の意図がつかめないらしく、にらめっこが一分弱ほど続いた。 俺達を見たまま、腕をあげてとある方角を指をさしている。 「向こうに何かあるみたいね、行ってみましょ」 ハルヒは走りたいようだがハルナを起こさないことが優先されたらしく、早歩きで進んでいく。俺は慌る必要もなくその後をついて行った。 「古泉君!」 「お疲れ様です」 神人が指していた方角には、古泉を先頭に機関の御一行が俺達の帰還を待っていた。 ここにいたのが古泉だけだったら「何だお前だったのか」と言っていたが、今は森さん達がいるのでそう言えまい。 「約束を破って申し訳ありません。言われたとおりに待機していたのですが、神人が現れたので万一のことを考えて迅速に行動できるよう閉鎖空間で様子を見ていました」 「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、何とか今日のところは解決したわ」 「こちらは何一つ異変はありませんでしたから、うまくいったようですね」 その察しは正しいが、無駄に爽快なスマイルをいちいちこちらに向けるのは控えて頂きたい。 「ひとつ残念なことは、時間が巻き戻されてしまったということでしょうか」 「なんだって!?」 俺がそうリアクションをすると、森さんが加えるように言った。 「涼宮ハルナさんは昨夜11時以降存在していませんでしたから、それに合わせる形になったのでしょう」 「じゃああたし達はハルナが寝た時間に戻されちゃってるってことね。やれやれ」 そう言うとまたハルナの髪をなでた。 また一日をやり直さなきゃならんのか……。 「別にいいじゃない。また寝られるんだし」 ハルヒが眉間にしわを寄せ、口を尖らせて言う。そこまで不快だったのだろうか。 「そう言う考えでいいのか」 「そういうもんよ」 「とは言ったものの、どうやって戻るんだ」 「そうねぇ、普通にここから出てもいいんだけど、それだと家まで帰るの面倒だし」 確かにここから自宅まではかなりの距離がある。時間がかかりそうだ。 「よろしければ我々が家まで送りしますが」 「ありがとう、でも一番手っ取り早いのは……」 古泉の申し出を断ると、俺の顔を覗きこんで言った。 「前と一緒の方法でいい?」 「は?」 と言いますと……あれですか……。ハルヒは眠っているハルナを森さんに預け、準備万端といった面持ちである。 「SleepingBeauty」 「過剰なまでに分かりやすく言わないでくれないか、というか何で知ってるんだ」 「あたしをなめないで頂戴。じゃ、さっさと帰りますか」 そう言うとハルヒは俺の襟首を掴んで引き寄せる。当たり前のことだが顔が近い。 「ちょちょちょちょっと待て心の準備が」 「準備なんか要らないわよ馬鹿」 次の瞬間には、もう俺は言葉を発することが出来なくなっていた。 嗚呼、機関の皆さんの目の前で……。 「ぅはっ!?」 そして気付くと、自室の机に突っ伏して寝ていたわけである。 「ん、戻ったのか……」 目を開けて十数秒後、頬に張り付いていたのはよだれでしわくちゃになった数学のノートであると気付いた。そこから寝起きとは思えない素早さでティッシュペーパーを掴んで染みを拭き取ったが、健闘むなしくそこに書いてあった数式はもはや救いようのない状態となっていた。 ノートの救出を諦め、ティッシュを丸めてゴミ箱に投げた。時計を見ると、午後11時を過ぎたところであった。確かにハルナの寝た時間に戻されているようだ。 今改めて考えても、ハルヒのあれは強引過ぎやしないだろうか。いや、確かに俺の場合も……何を言わせるつもりだ。 嗚呼翌日古泉に何といわれるのだろうか。そしてどのように弁明すれば良いのだろうか。 「なんつうことしてんだよ俺……」 そしてまたあの時のように頭を抱えて一人悶絶していたのである。 「いや、したのは俺じゃないだろ! ハルヒが強引に……ぁぁ」 ダメだ、いくら言い訳したところで何も変わりはしない。思い出したら恥ずかしさ満点だ。 翌朝古泉にどのような措置を取ろうか対策案を考えるのは学校に行ってからでも十分間に合うだろうと考え、もう寝ることにした。 正直なところ、超絶リアルお化け屋敷を探検して心身ともに疲れていたのである。 そして俺はベッドに横たわり、目を閉じた。 「ん?」 ふと目を開けると、見上げた空は暗く、辺りは灰色に包まれている。 「ってまたかよ!」 勢いよく跳ねるように飛び起きると、しばし茫然としていた。 また制服を着ている。これで俺がいる場所は確定した。 「閉鎖空間……」 そう呟いた俺の声が半泣きだったのはなかったことにしてもらいたい、余りにも情けない。 もう一回寝られると言っていたではないかハルヒよ……。 確かに時間は巻き戻されていたわけだが、これじゃあ眠れなさそうだ。 「あ、キョン君が起きましたよ」 「おや、お目覚めになりましたか」 その声のした方向を向くと古泉と朝比奈さんがいた。 「……おはよう」 訂正及び追記、長門もいた。 勿論全員が制服姿である。みんなが閉鎖空間に集合するとは珍しい。 「俺達はどうしてここにいるんだ?」 「涼宮ハルヒに呼ばれたと考えられる」 まあその答えは全くもって予測通りであって。 「何のために1日に2回も連続で……」 「え? キョン君は2回目なんですかぁ?」 そのことを知らない朝比奈さんが見事なリアクションを見せてくれた。 「ええ、いろいろありまして彼と僕は2回目なんですよ」 こっちを見ながら『いろいろ』とか言わないでくれ頼むから。朝比奈さんのその視線からすると、間違いなく古泉のせいで勘違いしている。 「ハルナのことで一悶着ありまして」 誤解を解こうと弁明を始めたその時、青い光が灰色の世界を照らした。 「現れましたね」 学校のグラウンドに神人が姿を現した。下を向き、腕はだらんと下がったまま動かない。 「あれは一体何なんですかぁ……?」 朝比奈さんが不安で泣きそうな顔をしているが、前回同様あいつが何をするということもなければ大丈夫だろう。 「そう言えばハルヒはどこだ?」 「あそこ」 長門が指さした先、ハルヒがいたのはなんと神人の目の前だった。 「あんなところに、大丈夫なのか?」 その距離は20メートルあるかどうかという至近距離である。 さっきは大丈夫だろうと言ったが訂正する。今回の神人がアグレッシブではないとはいえ、あれだけ近いと流石に不安になってきた。神人が一歩でも歩き出せば大変なことになる。 「僕も懸念していましたが、あの状態から全く動いていないので、さほど危険ではないと思います」 「そうは言ってもだな、あれが動き出したら……」 「その時は僕が何とかしますのでご安心を」 長門がはっとした表情を浮かべた。 「どうした」 「情報フレア発生の予兆を感知、直ちに観測を開始する」 「あいつ、これを見せるために呼んだのか?」 ハルヒの周囲がやけに眩しい。 「……………始まる」 まるで長門のそれを合図にするように、神人が光の粒子となって消えていく。その粒子が渦を巻き、竜巻のように高速回転していた。 「これが、フレアなのか?」 「まだ。これから」 竜巻はしばらくすると消えてしまった。 ……。 「来た」 「?」 長門曰くもう始まっているらしいが、さっきまで眩しかった光はすっかり消えている。見た目では何も変わったことはない。 とてもフレア(爆発)が起こっているとは思えない静けさである。 「本当にフレアが起こってるのか?」 「情報は物質ではない。視覚化させなければ目視出来ない。でも、涼宮ハルヒを中心として膨大な情報が生み出されているのは間違いない」 今、グラウンドに立っているハルヒからとてつもない勢いで情報が生み出されている(らしい)のだ。 その情報量がどれくらいかは分からない。バイト数で表すとそれに必要な接頭文字はテラ(10^12)やペタ(10^15)では足りないだろう。もしかしたらヨタ(10^24)でもゼロがたくさん並んでしまうような量かもしれない。 長門のパトロンが待ち望んでいたような規模の現象なのだから、世界トップクラスのスーパーコンピュータでも処理出来ないような代物に違いない。 「今視覚化する。待ってて」 突然、目の前にガラス片のような物体が現れた。それらの量といったら、前方にいるハルヒの姿が全く見えないほどだ。しかもそれらが高速でこちらに飛んできているではないか! 「うわっ」 「ひゃぁっ」 「うおっ」 長門以外の3人はそれらから身を守ろうと重い思いの手段を講じていた。しかし破片はそのまま身体をすりぬけていった。 「これが、情報?」 「その人が最もイメージしやすい形になる。だから見え方は人によって異なるかもしれない」 俺には七色に輝くガラス片に見える。物質ではないのでぶつかることはないにしても真っすぐ飛んでくるのはやはり怖い。 その情報のかけらたちは四方六方に飛び散った後、はるか上空へと真っすぐに飛んでいき闇の中に消えていく。 どのくらい続いただろうか、次第にガラス片のような情報のかけらの数は減っていき、情報爆発とやらは終わった。 「観測終了」 長門がそう呟く。俺達は、目の前で起こった「すごいもの」が脳に焼き付き、言葉が出なかった。 どこか宙ぶらりんになっていた意識を戻したのは、ハルヒがこちらへ走ってくる足音だった。 ハルヒは息切れしていた。何もそこまでして走らなくても。 「どうだった? すっごいでしょ」 ああ、確かに超大規模な超常現象だったよ。 俺がそう答えると、ハルヒは高らかに言った。 「えー、この度は団長主催の第一回情報フレア観測会にご参加いただき誠にありがとうございましたー!」 主催って、やっぱりお前が呼んだのか。 「何よ、わざわざ招待したんだから有り難く思いなさい」 そう言って膨れっ面をするので、「はいはいありがとうな」と言って頭を撫でたら思い切り払い退けられてしまった。俺を一睨みすると視線を長門へ移す。 「有希、どうだった?」 「問題なく観測は完了。統合思念体に送信して分析を行なっている」 「そ、じゃあこれにて解散!」 そう言うと俺の襟首を掴んで引き寄せる。今にも顔と顔がぶつかりそうなほど近くに……、 え? 「なによ、文句ある?」 いや、文句ある無し以前にまたですか。俺だって何をしようとしているのかは分かってるぞ。 「なら尚更よ。この方が手っ取り早いんだからいいじゃない。それとも深夜の暗ーい住宅地をたった一人で帰れるのかしらー?」 こいつ、俺がハルナを連れて戻るのにどんな怖い経験をしたか知ってて言っているだろ。何という悪魔の笑顔。 「じゃ、2回目いきますか」 ……お前、顔赤いぞ。 「う、うっさいわね、あたしだってそれなりの準備はいるのよ」 古泉、期待するような視線は止めろ。長門と朝比奈さんも興味津々な表情をしないでください。 その視線がハルヒにも気になっているのか、しばらくこう着状態が続いた。 「……」 「しないのかよ」 「さっきはあたしがしたんだから、今度はアンタからしなさいよ!」 「無茶言うな」 しかしこの状況、生殺しだ。 「もーじれったいわね! するならする、しないならs……」 うるさいのでその口を俺が塞ぐことになってしまった。あくまでもそうなってしまったんだからな。 「うぐぉっ」 そして今度はベッドから転落して目が覚めたのである。 「さ、3時……」 時計を掴む手は震えていた。 「二度も……あんなことを……」 そして次の瞬間にはいつかの時と同様に頭を抱えて悶絶していた。 お陰で今月最高に眠れぬ夜となったのであった。 翌朝、俺は今シーズン最高の睡眠不足による強烈な眠気と戦いながら、通学路を歩いていたのである。 途上、何やら話しかけてきた谷口のトークを軽く流しながら昇降口に進み、止まることのない欠伸を噛み殺しながら上履きに履き替える。 廊下で待ち構えていた長門に会った。また報告があるらしい。 「貴方に報告すべきことがある」 「昨日のフレアについてか?」 「それはまだ分析中。今回は涼宮ハルナについて」 今度はどうなったのだろう。少し緊張しながら長門の報告を聞く。 「反対派は、涼宮ハルナの記憶修正を条件に賛成に回るとしていたがそれを却下した」 「どうしてだ、せっかく相手が譲歩してきたのにそれを突っぱねるなんて勿体無いぞ」 正直、俺も記憶修正には反対していない。あんな記憶を背負っていくなんて辛いだろうと考えているのである。 しかし長門は首を横に振った。 「記憶がフラッシュバックした場合を想定した結果、取り返しのつかない事態になると判断した」 「二の舞どころじゃ済まなくなるってことか?」 「そう。リセットできない可能性もある」 それを考えていなかった。フラッシュバックして凄惨な記憶が一気になだれ込んだらどんな精神状態に追い込まれるか、想像するまでもない。 「シュミレーション結果を提示したところ、反対していた主要な派閥は折れた」 軽く反省していた俺に飛び込んだその言葉に、一瞬耳を疑った。 「…………なに!? つまりOKってことだな!?」 「そう。こちらの主張が通った」 「よくやった長門!」 「痛い」 歓喜のあまり、肩を掴んで激しく前後に揺さぶっていた。 「あ、すまん」 そうだ、ここは廊下だ。またしても「何してんだこいつ」という視線が四方六方から容赦無く突き刺さる。(心が)痛い。 「いい。また放課後に」 俺には大ダメージを与えた視線という名の矢は長門には効果がないのか、そう言うと背を向けて歩いていく。 「忘れていた」 立ち止まって振り返る。長門が言い忘れるとは珍しい。 「2人の『あれ』は非常に興味深い」 長門から放たれた矢がぐさりと突き刺さる、一番ダメージがでかかったのではないだろうか。既にボロボロだった俺の精神はオーバーキルされていた。 「ちょ、長門……」 「ジョーク」 あはは、冗談がきつ過ぎますよ長門さん……。 (半ば抜け殻の冗談で)教室に入ると、既にハルヒがいた。いつかの時のように外を眺めていて、着席した俺に気付いていないのかわざとなのか、こちらを見ない。 「ハルヒ」 「……なに」 聞いているのか微妙な返事である。 「寝不足か」 「……さあ」 「……」 「……」 会話が成立しない。 諸問題は解決したというのに、結局昨日や一昨日と変わらずセロハンのように薄っぺらな言葉のみを交わすだけであった。 放課後、部室に行くと俺はまたしても遅刻のようで、ハルヒがまたしても仁王立ちしていらっしゃる。 「遅い!!」 すっかりいつものテンションに戻っているらしい。一方の俺はといえば相変わらずである。 「どっかの誰かの所為で夜眠れなくてな、どうも素早い行動がとれないんだ」 「ばっかじゃないの?」 何で顔が赤いんだ、お前がみんなの前でやったんだろうが。お前も眠れなかったのが今朝ぼーっとしていた原因か? 「だっ、誰がそんなお間抜けと一緒なもんですかっ」 「……ツンデレ」 「有希!?」 「迂濶」 長門の二度目の爆弾発言の投下により、俺とハルヒはどこかに矢が刺さった状態になっていた。 「……まぁそれはいいとして、みんな揃ったことだし、第3回緊急会議を始めましょ」 「まず、何か新しい動きがあったらどんどん言ってちょうだい」 ここで、朝比奈さんが手を挙げた。 「今朝、報告がありました」 「ようやく未来人も動き出したのね」 「どうだったんですか?」 「ハルナちゃんの出現による未来への影響は、危惧されていたよりも少ないみたいです」 「そう、よかった。じゃあこれで心配する必要は無いってわけね」 これは一昨日には朝比奈さん(大)から聞いたことなのだが、それは知らないことにしているのだ。 「こちらも涼宮ハルナが提示した条件を呑むことで一致した」 長門のその報告に、ハルヒの顔は一気に眩しく輝いた。 「それホント!? ありがとう有希!」 「じゃあ、これで解決ってことでいいんだな?」 「揉め事が起こらなくてよかった、もうこれで安心ね」 「では緊急会議を開くことはしばらくなさそうですね。おや?」 部室の扉が開いた。そこには、赤いランドセルを背負ったハルナがいた。走ってきたらしい。肩で息をしているし、汗でぐっしょりになっている。 「昨日は、ごめんなさい」 俺達は軽く困惑していた。ハルナが謝る理由は分かっていたが、それは謝る必要があるのだろうか。 「私のせいで大変なことになって……それで……」 「あのなぁハルナ、別に謝……」 俺が言うよりも、ハルヒが立ち上がるのが早かった。そしてまたあの高い音が部室に響いた。 ハルヒがまたしても思い切りハルナの頬を叩いたのである。やり過ぎだ、と言いたかったが、ハルヒの物凄い剣幕に負けてしまった。 「よくもそんなことが言えるわね!!」 マジギレというものだろうか。ハルヒが烈火のごとく怒鳴っている。 俺と古泉は正直怖くてとても手が出ず、長門も硬直していた。 終いにはそのまま蹴飛ばしてしまうのではないかという程の怒りようであった。 朝比奈さんが勇気を振り絞ってハルヒを止めようとしたが、顔のまわりを飛ぶ虫を払うかのようにあっさり振り払われた。 「あたしが世界のためにやってきたと思ってるの!?」 ハルナの肩をしっかりと掴んでいる。もう一回叩かれると思ったのだろう、ハルナは目をぎゅっと閉じていた。 が、ハルヒはハルナを抱き寄せていた。 「ハルナのために決まってるでしょ!!」 「…………ありがとう……」 その週の土曜日、涼宮姉妹を除いた俺達は長門の部屋に集合していた。 長門が時計を見て言った。 「来る」 皆がうなずいた。俺は立ち上がり、準備を始めた。 ハルヒには、ハルナと一緒にここへ来るようにメールを送信してある。メールに書いた時間よりも早く来るのは想定の内である。 待機して5分と経たないうちに扉が開いた。 「キョン、あのメールはどういう……」 玄関で待ち構えていた俺は、二人が入って扉を閉めたタイミングを狙ってそれを構えた。 「え……?」 「ちょ、ちょっとキョン?」 喰らえ。 マンションの一室に火薬が炸裂する音が響いた。 「………………へ?」 身の危険を感じてハルヒの腕にしがみついて目をつぶっていたハルナは、予想外のことにちょっと間の抜けた声を出した。俺はそれに思わず吹き出しそうになった。 手荒い歓迎によって涼宮姉妹は金色のテープまみれになっていた。 大量のテープの束を頭に被ったハルナはその状態のまま目を点にしている。ほぼ同じ状態のハルヒは静電気で髪や服にまとわりつくテープをに不快感を露にしていた。 「うーわ……、ちょっと何よこれ」 バズーカ型クラッカー、2000円也。貴重な一発なんだぞ。 「あのねえ、そういうのを訊いてるんじゃないの。ここでするなんて聞いてなかったわよ」 「サプライズってのは重要だと思うんだがな」 「最初に提案したあたしを差し置いて計画を変更するなんていい度胸してるじゃないの」 パキパキと指を鳴らす音が聞こえる。 「すまん」 その眼光で凍りついた俺は反射的に謝罪の言葉を述べていた。どうか罰は無しの方向でよろしくお願いします。 「姉さん、これは……?」 妹の髪に絡み付いたテープを払いながら姉がネタバラしをした。 「遅れちゃったけど、ハルナの誕生日パーティーよ」 あの日を悲劇があった日ではなく、ハルナの誕生日にしようということが満場一致で決まったのだ。 そしてそのことはハルナには内緒にして各々がパーティの準備をしていたのだが、ここで行うことはハルヒにも内緒にしていたのである。 「涼宮さん、早く早く」 玄関にいる俺達に早く来るようにと、朝倉が催促をしている。 「ってぇ! 何でお前が!」 「あら、悪いかしら?」 「お前を呼んでないしそもそもお前はパーティーのことは知らないはずだろ」 「こういった場は賑やかな方がより盛り上がる」 「あ、長門が誘ったのか?」 「そう。何か問題でも」 「いえ全く」 朝倉も飛び入り参加し、大勢が集まった誕生日パーティーはそれはもうにぎやかなものであった。 ハルナは見事にロウソクの火を一発で消した、さすがである。 さて、ロウソクの火が消えたことだし、ケーキを切って……朝倉、ケーキを切るのにそのナイフを使うな。 「ダメかしら」 駄目だ、ちゃんとした調理用具を、って聞いちゃいない。長門、その横でイチゴの数を数えるのは止めなさい。 「こっちが多い」 後で均等になるように分けてやるから我慢しなさい。おい朝倉、切ったあとにナイフについたクリームを舐めるなよ行儀の悪い。 「いいじゃない。クリームが勿体無いもの」 わざわざ妖艶な笑み浮かべてこっち見んな、調子に乗って舌切っても知らないぞ。 「おやおや、世話好きですねえ」 お前はニヤニヤするのを一刻も早く止めて手伝え古泉。さもなくばお前に回ってくる食い物はないぞ。 「それは恐ろしい」 今上げてる両手に皿をのせてこい。 パーティーが始まると、みんな騒がしく会食していた。 その喧騒の中、ハルヒが飛び級の提案をしたがハルナはそれを拒否した。 「どうして?」 姉の問いかけに、下を向いて答えようとしない。 「怒らないから言いなさい」 その台詞ってかなり矛盾してるよな、と俺が呟いた瞬間、俺の視界は音速で繰り出された拳によって真っ白になった。酷くないかこれ。 「え、あ、大丈夫ですか……?」 「ぁぁ大丈夫、続けて……くれ」 「それで? 理由は何なの?」 「学校で友達ができたから」 なんとも微笑ましい理由であった。 「そこのロリコン、ニヤニヤしない」 なぜこうも冷たい。 「だーかーらー……」 哀れな俺を誰か救ってくれ。 パーティーがお開きとかなると、今回の一連の騒動の最後の仕事が始まろうとしていた。 「座標計算中」 ハルヒとハルナは、平行世界の「俺」に謝罪しに行くのだという。そりゃあ、一度殺そうとしているのだからな。 各勢力の協力の元、二人は別世界への小旅行に向かうのだ。 「準備ができた」 「ありがとう有希」 「確認する。貴方はこれが最初で最後であると言った。これに間違いはない?」 「勿論よ。これ以上迷惑をかける訳にはいかないしね」 「分かった」 二人は私服を着ているので制服に着替えたりしなくていいのか尋ねたが、曰く私服は別世界のハルヒであることの証明とのこと。もっと効果的な手段もあるらしいが禁則事項らしい、どこがどう禁則なのやら。 「向こうにも、アンタとあまり変わらないキョンがいるんだけどね。改めてみるとやっぱり別人かもね」 「そりゃあ全く同じということはないだろうな」 「あっちのキョンの方が勇敢で格好良かったわよ」 な、なんだと? 「半分冗談よ」 半分ってどういうことだよ半分って、俺が劣ってるのに変わりないじゃないかそれじゃあ。 「はぁ……思い出してきちゃった……」 頭に手をのせてしゃがんでしまったハルヒの肩に、ハルナが手を置いた。それに反応してハルヒが顔を上げた。弱々しい笑みを浮かべていた。 「ごめんね」 ハルナが首を横に振った。 「謝らないで」 「ありがと」 ハルナと手を繋いで立ち上がる。と同時に長門が告げる。 「戻るタイミングは貴方達で決められる。でも、長居は禁物」 「分かったわ。じゃ、行ってくるね」 長門が何やら唱えると、二人を光が包んだ。それが二人の影を見えなくするほどに眩しく輝くと消えていった。 二人がいなくなった部屋で、片付けを済ませていた俺達は何をするということもなくくつろいでいた。朝倉はくつろぐどころか、部屋の一角を占領して熟睡していらっしゃる。 「しっかし、俺達がどうなったのか詳しくは教えてはくれなかったな。長門、お前のところにそれに類する情報はあるんだろ?」 「涼宮ハルヒの記憶はごく一部のみ閲覧が可能だった。でも、私には許可が下りていない」 「どうしてだ?」 「理由を尋ねた。統合思念体からの答えは、想像を絶するという短いコメントのみだった」 想像を絶する、か。俺がハルナの精神世界で見せられたのはちょっとした記憶の片鱗に過ぎないから、それ以上なのだろう。 「そういえば、あの時の情報フレアはどうだったんだ?」 「統合思念体が観測出来た情報の多くは、未知の暗号化が施されていた。分かっているのは、同一の情報を複数回送り出していたということだけ」 「何で暗号化なんてしたんだろうな、発信した意味がない気がするが」 「恐らく、」 古泉が割り込むように言った。 「ストレス発散のようなものではないでしょうか。愚痴を紙に書き連ねて破って捨てるのと同じようなものだと思います」 確かにハルヒが経験したものはかなりの負担だろうからな、古泉の主張も一理ある。 「統合思念体は情報の解析を保留している。破棄する可能性もある」 「せっかく受信した情報フレアを調べないで捨てるのか?」 待ちに待った情報フレアを観測出来たというのに、それは勿体無いのではないかと考えるのは素人なのか。 「そう。仮に解読が出来たとしても、それが本当に重要なものであるかは疑問」 「そうか、じゃあ、完全になかったことにしてもいいのか?」 「そうはいかないかと思います。お二方共に記憶はしっかり残っているわけですし、闇も完全に消えたとは言えません。今後どんなことが起こるかは」 「闇の影響は報告されてないです」 再び割り込んできた古泉にそれ以上言わせない勢いで朝比奈さんが割り込んだ。 「ハルナちゃんはしっかりしてますし、大変な事は起こらないと思います」 「済みません朝比奈さん、ですがこれが我々の仕事ですから」 「古泉、お前のところの機関はどうなるんだ?」 「これからも我々の活動方針に変更はありません。しかし貴方に頼る回数が増えるかもしれませんね」 そうか、ハルナの精神世界が発生した場合、入れるのは現段階では俺とハルヒしかいないのか。あの空間は入る人を選ぶんだったよな。 「頼るのはいいが早くハルナに信頼されるよう努力するんだな」 「肝に銘じておきます」 「長門、因みにあの情報フレアの量はどれくらいだったんだ?」 「現段階での情報量をバイト数で表すとおよそ3GcB」 なんだか知らない単位が聞こえたような気がするのだが。 「ぐ、ぐるーち?」 「そう」 「それはどれくらい大きいんだ?」 「分かりやすく表現するならば、SI接頭辞ペタの1024倍の1024倍の1024倍の1024倍の1024倍」 その説明が果たして俺にとって分かりやすいのか分かりにくいのか……。ペタってのがテラの1000倍だったよな、つまり……。 「すまん、逆によくわからない」 「10の30乗」 「ああ、とりあえず馬鹿デカイってことはよくわかった」 「そう」 長門は読書を始め、古泉は持参してきたマグネット将棋で俺と対局している。朝倉は相変わらず寝ている。 朝比奈さんが煎れてくれたお茶を飲む。うん、うまい。 「いつ戻ってくるでしょうか」 急須を見つめながらそう呟いた。 「何か都合があるんですか?」 「いえ、お茶が一番おいしくなるタイミングがあるものですから」 「帰ってきてからでもいいんじゃないですか?」 「丁度のタイミングで出せたらかっこいいかなーと思ったんです。ちょっと無理ですかね」 そう言ってこちらに微笑みかける。そのスマイルのおかげでお茶が更においしくなる。 「賭けましょうか。俺は今から30分後だと思います」 「んー、25分後くらいでしょうか」 「では僕は35分に」 「40分」 どうやら全員(寝ている朝倉を除く)がこの賭けに乗ったようだ。 「勝った方はどうします?」 古泉のその言葉に俺は内心焦った。朝比奈さんはわたわたと慌てている。 「え? あ、いや、本当に賭けるんですか?」 「冗談です。あくまでも予想するだけですよ」 まさか古泉のジョークにここまで動揺するとは、不覚である。 もう一口飲む。朝比奈さんの煎れるお茶はたとえ冷めても十分においしい。それでも朝比奈さんにはこだわりがあるのだろう。 ようやくいつものSOS団に戻った。今後、ハルナがどんな騒動を起こしてくれるのか、少し楽しみである。世界を変えない程度にな。 「角は貰った」 「あ、ま、待って下さい」 「待ったは1回だけな」 二人が戻ってきた時に何と言ってやるべきだろう。 シンプルに「おかえり」でいいか。 周期数不明 Brack Jenosider
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そして翌日。 結局神になれなかった俺は、朝からハルヒの苦言を雨あられと背中に浴びる覚悟を決め、登校中も土砂降りの酸性雨に見舞われたために既に辛酸をなめるような気持ちでいた。 そして下駄箱でも憂き目に合いながら教室へ辿り着き自分の席へと腰を下ろすと、ハルヒから他の意味でぎくりとさせられる言葉を掛けられることとなった。 「ねえキョン」 「……何だ? ポエムなら、スマンがまだ少ししか出来ちゃいないぞ」 嘘をついた俺に、 「それは急いで仕上げなさいよね。学校は明日までなんだから。どうしても出来ないってんなら、土曜の不思議探検までなら待ったげる」 なんて、二十段の跳び箱が十九段になった所で無茶な指示に変わりゃしないぜ。 俺は失敗が怖くて動けないといった根性はないつもりだが、派手に転ぶとわかっていて「やります」とは到底言えず、そして当然の如く「出来ません」など言えるわけもなく、「ああ、ありがとう」という自分では何がありがたいのか分からんながらも感謝の言葉で対応した。しかしハルヒが聞きたかったのは別のことだったらしく、「それじゃなくて」と続け、 「佐々木さん、元気してる?」 「……ん、ああ。してると思うぞ」 「そう」 特にどうでもいいといった感じで静まるハルヒ。 ――俺は佐々木の名を聞いて、先日の、佐々木に群がる奴らとSOS団との衝突を思い出した。 佐々木は自分自身を別の位置から見つめられる聡明さと思慮深さを兼備した女の子なのだが、過去に行って自分と話してみないかという藤原の話に乗ってしまい、あいつらと行動を共にしていた。 そうなってしまうような会話が佐々木と藤原の間で交わされたのは、いつもの喫茶店で俺が最初に佐々木たちと会合した後、藤原と佐々木の二人を残して帰ったときだった。 もし過去の俺がもっと佐々木の話を聞いていたならば、あいつは俺たちの争いに巻き込まれずに、安定した閉鎖空間が灰色に染まる程傷付いたりもしなかったのではないかと思う。 佐々木を傷つけた、あの事件。 それについて語る前に その事態を招く原因となったもう一つの事件について話しておこう。 長門がダウンしていた間、俺たちSOS団(ハルヒ除く。長門の代わりに喜緑さん含む)は、佐々木たちと喫茶店でハルヒの能力についての議論を行った。もちろん意見は対立し、平行線のままに終了したのだが。 そして後日。橘京子の組織がハルヒにちょっかいを出しやがり俺はハルヒの誤解を解くために思い出したくもない真似をやるハメとなったのだが、そのすったもんだは平穏に終了し、俺はようやくその日の夜深い眠りについた。 そして翌朝。目覚めるとそこは異空間だった。なんじゃそりゃ。 俺はすぐには現状把握が出来ず、もしかしてまだ夢の中を放浪しているのかと思ったのだが、俺の寝ぼけ眼に飛び込んできたある人物の姿によって、意識は一気に、鳴り響くアラート音とともに覚醒した。 そこにいたのは、周防九曜だった。 それだけでその場所が天蓋領域によって作られた空間であったのを認知でき、また計り知れない危機が俺にせまっているかもしれないという予感も身を焦がすほどに強く感じられた。 だがいつまで経っても周防九曜はバタつく俺を無機質な瞳で見続けるのみだった。 しばらくして俺は落ち着いてモノを考え初め、長門の部屋に最初に行ったときあいつはお茶ぐらい出したぞなんて緊張感に欠ける思考が巡っていた頃、その異空間に新たな来訪者が訪れる。 その闖入者の姿をみた俺は一瞬ああもうこれはダメかもしれんなと思ったが、意外にもそいつは俺を天蓋領域の異空間から救い出してくれた。 なぜ意外だったかと言うと、俺を解放した人物は――未来人・藤原だったからだ。 藤原はいきなりやってきたかと思うやいなや周防九曜の後頭部に美麗な皐月の花姿のバレッタを取りつけ、その後の周防九曜は、藤原の命令を聞くかのように従順と異空間の解除を実行したのだ。 そして現実世界に戻った俺は、もしかして藤原に感謝しなければならないのだろうかと戸惑っていたのだが、藤原は俺に、 「……まったく余計なことをしてくれた。これは僕の予定にはなかった。忌々しき事態だ。計画を変えなけりゃならない」 まるで万引きの被害を受けた店の側を怒るような理不尽極まりない文句をつけられたが、まさにこの言葉こそが、俺たちと藤原たちとの、ハルヒの能力を巡る抗争の戦火を切ったんだ―――。 争いの概要はこうだ。藤原は周防九曜を操ってハルヒの能力を奪わんとし、俺たちはそれを阻止すべく交戦した。 面子は喫茶店で議論を繰り広げた際の顔触れで、この戦いは位相転移した空間で行われた。古泉は超能力が有効化されて喜緑さんと共に戦線に加わり、橘京子に戦う能力はなかったので、佐々木と共に傍観者となっていた。 俺と朝比奈さんは言わずもがな見ているだけしか出来ず、佐々木たちと共に傍観していた。 暫く戦況は拮抗していたのだが……正直、SOS団側に思わしくなかっただろう。 そんな中、藤原によって自身の任務に関する独白がなされ、あいつら側の未来人の目的は、時空改変能力を周防九曜に消去させるというものであったのが判明し、それについての問答によって別理論での時間遡行法の話や、本来の計画では佐々木を過去に赴かせることによって現在を変えようとしていたという事実も浮き彫りになったわけだ。 そして藤原の話も終わっていよいよとばかりにSOS団が敗北を喫しようとした……そのときだった。急に橘京子が震駭しながら、佐々木の閉鎖空間に突如として《神獣》が現れ、閉鎖空間がたちまち拡大し始めたと俺たちに訴えてきた。 このままでは能力がどうのという騒ぎではなく世界が破綻してしまうので、俺たちはすぐさま佐々木の閉鎖空間へと向かい……そこに生まれた《神獣》を撃退した。 そして、あいつの閉鎖空間が消滅する直前、少しゴタゴタしていたときに俺と佐々木で交わされた会話があるのだが、これは少し思い出して振り返ってみようと思う。 それは、俺から佐々木に話しかけて始まった会話で………… 「……佐々木。良かったら教えてくれないか? お前がなんで、過去の自分と話そうなんて思ったのか」 割れていく空。かつての穏やかな雰囲気とは一変して灰色に染まった空間。そして《神獣》。 それの崩壊を……諦観のような、それでいて納得したような面持ちで見つめる佐々木に、俺は問いかけた。 佐々木は俺の方へと顔を向け、泣き明かした後のような切なさが映る笑顔で柔らかに答えた。 「キョン。僕はね、山月記の李微によって教導されるように、心の中に猛獣を飼っていたんだ。それがこんな形で具象化するなんて……皮肉以外の何物でもないが、おかげで感得することが出来たよ」 そう話す佐々木からは、やはり何処かいつもとは違う覇気のなさを感じられる。しかし、 「心の中の猛獣だって? それこそお前には似つかわしくないし、俺はそんなことはないと思うぞ」 佐々木は少しだけ普段を取り戻したように独特の笑いを発して、そしてまたすぐに哀愁を呈し、 「まあ、李徴ほどの人物と僕なんかを比喩するのは相応しくなかったね。僕には彼ほどの才知は備わっていない。それに僕にあったのは、愚昧な臆病心だけだったのだから」 自嘲する様な笑いを挟み、 「まさか僕の嫌悪するところの人体(にんてい)と同じものを自ら抱いていたとはね。恥じ入るよ。でもそれに気付けなかったのは、今では当然のことのように思う。全部僕のせいだ」 「何言ってる。こんな事態が起きちまったのはお前を担ぎ上げた奴等と……俺が原因だ。すまなかった」 たまらず俺が口を出すと、佐々木は「それも遠からず起因しているね」と答え、継ぐ言葉を失った俺に、 「でも違うんだ、キョン。これは僕が中学生の時から存在していたものだったんだから。気付いたのが現在なだけであってね。むしろそれに気付かせてくれた彼ら……特にキョンには感謝しているよ」 ありがとう、という佐々木の言葉に俺はいたたまれなさを感じ、そして気付いた。 「……ちょっと待ってくれ。そもそも俺の質問に答えが出てないんじゃないか? 言いたくないのならもう聞きはしないが、はぐらかさずに教えちゃくれないか? 俺だって、お前の力になりたいんだ」 俺の言葉に佐々木は、見て取れる程度に微小な悲しみを顔に浮かべ、 「……中学の頃、僕が恋愛感情は精神病の一種だという見解の話をしていたことを覚えているかい?」 忘れやしないさ。今でも同じ考えの奴が俺の身近にいるからな。 「それは涼宮さんのことかな? ……だったら、僕がこれから話す内容を彼女にも伝えてくれないか? きっと彼女にとっても有用な情報になると思う。多分、それは君にとってもね」 「……わかった。すまないな」 それを聞いた佐々木は、目をつむりながらすうっと一息ついて、 「――僕はね、恋人のような関係性にはまるで意味がないと思っていた。互いを見つめ合って、周りが見えなくなるようなものにはね。ただ、人生の伴侶のように、二人が同じものを見つめて歩いていく関係に関してはその限りではなかった。実はね、中学生の頃にキョンと肩を並べて歩いていたときに、僕はそれに似た感情を持っていたんだよ。これは正直な気持ちだ。そして、僕はその状況に満足していた。その関係を変えることなど考えもしなかった。それは恋人というものに意味はないと思っていたのもあったが、そもそも、僕はキョンの誰に対してもどんな場所であっても不偏的な人柄が気に入っていたからね。自分にも無理に変わろうという気持ちは生じなかったんだ。……そしてそのまま、僕たちは高校に入ってそれぞれ違う道を進むこととなった」 佐々木は俺の理解度を確かめるような間を置き、続けて、 「……それから一年以上が経過して、先日僕たちが久しぶりに駅で鉢合わせた瞬間、僕としてはキョンの顔を見て沸き出でる喜悦の情を禁じ得なかったんだ。でもそのときですら、僕はそれを、好意を寄せていた君に対して生物としての本能が感じさせたものだと思っていた。そして正直なところ……あの時僕は塾の時間までには暫くの間があってね。もっとキョンと昔のように話をしたかったんだ。言い訳がましく学校の憂さ等を語っていたがね。実はそうなんだ」 「じゃあ俺たちと一緒に喫茶店まで来たら良かったじゃないか。あいつらだって佐々木なら喜んで迎え入れてくれるし、茶の支払だって俺がいつも一括して担ってるから佐々木の分が増えたところで変わらん。お前が来てたなら奢らせてもらったんだがな」 俺の言葉を聞いて、佐々木はくっくっと嬉しそうな声色で笑い、 「それは勿体ないことをした。唯一の心残りだ。でも僕はあのとき涼宮さんたちを目に入れて、そんな余裕や厚かましい態度を取れる程心が平静ではなかったからね。態度には出さないように努めたが、あれで結構戸惑っていたんだよ」 「そりゃあ全く気付かなかった。でも何に戸惑う必要があったんだ?」 「……僕自身も、そのときは何故そんな動揺を抱いてしまったのか分からなかった。でもね、今なら理解できる。僕はあのときキョンは中学生の頃とそう変わっていないと思っていたが、キミと彼女たちをみて、以前とは違うものを感じたんだろう」 俺がイマイチ得心出来ないでいると、 「これはキョンには分からないかも知れない。自分で見ているものでも、他人からの視点でなければ感じ取れないものというのがある」 それが何かと言えば、と続けて、 「つまり、キョンの視点が以前と変わっていたんだ。僕はそれを感じて、今まで並んで歩いていたと思っていたキミが何処か別の場所へ行ってしまったように思い、無意識の中で寂寥とした侘しさを抱いたんだろう。だが僕の自意識はその感情を否み、それらが心底で葛藤を繰り広げていたために僕は動揺していたんだと思う」 …………………。急に不思議な静寂が広がる。俺が何事かと尋ねようとした瞬間、 「……ここまで、キョンは何か気付かないか?」 いんや。まだ良く話を聞かんことには何とも言えんし、すまんが話の内容以上のものは分からん。 「そうか。じゃあ話を続けよう」と佐々木は、 「少しだけ話を戻そうか。恋愛は精神病の一種だという見解についてだ。……現在僕が考える所の恋愛感情による病的症状というのは、万人がそう言うように、盲目という障害を発生させるものなんだ。そして、それは何も恋愛にとりつかれることによって恋人にしか目を向けなくなるということや、それによって周囲の状況を正常に認識し得なくなることだけではない」 「それ以外になんかあるのか? 俺にはまったく想像がつかないんだが」 ……このとき佐々木が浮かべた笑顔に、俺は軽くてやわらかな音を聞いた気がした。 「――僕も想像すら出来なかった。それに、僕がそれら以外のものに気付いたのは本当につい最近で、しかもこれは僕自身が実際に体験することによって認知出来たものなんだ。……質問の答えが遅くなってすまない。僕は、『それ』を過去の自分に教えてみたかったんだ。僕はそれに気付けて良かったと思っているけど、時期が遅すぎたことに対しては率直に後悔の念を隠せない。でも、そんな僕の愚考による浅劣な行動を君たちが止めてくれて、嘘偽りなく心から感謝しているよ。おかげでもっと大事なものに気付くことができたからね」 皆にはすごく迷惑をかけてしまったけど、と佐々木は微笑みながら話していたが、俺にはまだ分からない点があったのでそれを言葉に表した。 「佐々木。そのお前が気付いた『それ』っていうのは何なんだ? あと、もっと大事なものってのも」 佐々木はキョトンとして俺を見つめ、すっかり元通りになった独特の笑い声を漏らし、 「……既に九十九パーセントの部分を言ってしまっているようなものなんだがね。しかし、それは僕が今となっても、出来ればその曖昧な段階のまま終わらせたかったということだろう。すまなかった。ちゃんと言葉にしよう」 いや、謝るべきなのはいつだって俺さ。それに聞いてばっかりで申し訳ない。 すると佐々木は、 「――いや、考え方によっては、これはお互い良い方向に進めるきっかけになるかも知れないな。『それ』を明確に答えることによって、僕が抱えてる九十九パーセント答えが判明している懸案と、キミが抱える疑問に答えを出すことが出来るからね」 「……他にも悩みがあるのか?」 俺の言葉に、 「なに、悩みという程のものじゃない。あえて悩みという言葉で表現するなら……そうだな、百五十億年かけて壁にぶつかれば、一回は素通りできるんじゃないかという希望を否定しきれない僕の弱さに悩ましさを覚えるよ。だが、それもすぐに解決する。キョンの疑問の『それ』に対する答えとなる……次の僕の言葉によってね。これには、今までのように錯雑に言語を交えて紛らわせたりはしない。キョンには、そのままの言葉を受け取って欲しい」 俺が教会で神の御言葉を代弁する教皇に向けるような厳粛な態度で沈黙すると――佐々木から、俺が持つ想像力を遥かに超えた言葉が飛び出した。 「わたしね、ずっと前からキョンのことが好きだったんだよ? ……今まで自分でも気付かなかったのは、きっとわたしがその気持ちに背を向けていたからなんだと思う」 突然佐々木らしくない言葉でこれまたらしくないことを言われては、俺の天地が崩壊して意識がブッ飛ぶ事態を起こすのに何ら障害はない。 ――が、俺は体の支えを失って倒れこむなんてな真似は到底出来なかった。出来る筈がない。やる奴がいるとしたらそいつは本当のフヌケだ。 ……佐々木の瞳はしっかりと俺の眼へと向けられ、その言葉に冗談なんてものは微塵も入ってないと訴えかけていたからだ。 くっく。不意に俺の耳にそんな音が届いた。目の前にはイタズラな笑顔を見せる佐々木がいた。 「そう固まってくれるなよキョン。まあ、そうなるのも仕方がないことだけどね。今の僕の台詞は投げっぱなしであるがゆえに、キョンは何とも答えようがいんだ」 脳がオーバーフロー気味に停止していただけであった俺は未だ反応できず、 「それに、僕も何かキミからの返答を求めようとは思っていなかった……いや、本当は聞きたくなかったのかもしれないな。僕はこの期に及んでも、臆病な心に噛み付かれたままだったようだね。まったく、どうしようもないとはこのことだ。……このように、どうしても僕は心の中に飼っているものに自分では抗うことが出来ない。それを踏まえて、一つ質問してもいいかい?」 若干の思考能力を取り戻しつつ、おもむろに首肯した俺に佐々木はうなづき返した後、少しの間を置き…… 「もしキミが、先程の僕の発言に言葉以上のニュアンスを感じこちらの意思を受け取ることがあったなら、それに対してのキョンの気持ちをそのまま僕へと伝えて欲しい。恐らくそれは一言で済むだろうし、それで十分だろう。僕はそれに含有された意味を正しく受け取とれる自信がある。これは、今までの僕たちが積んできた時間と関係性を根拠にして言い切れることだ。それは君だって同じだろう? ……そして別段思うところがないのであれば、このまま続けてキョンが抱く疑問に対しての答えを出すことにするよ」 ――さて、どうする? と俺に質問を投げかける佐々木。俺は…………。 わかってる。流石に気付かなければならない。佐々木の気持ちに、言わんとしているものに。 即物的なものを佐々木は望んでいるんじゃない。それもわかる。 だが、それは『そう』なのだ。俺がそれを受け入れてしまえば、『それ』になってしまうんだ。 そして、あいつもわかってる。そうなってしまうということを。そして、俺のそれに対する返答と……、 ――この言葉が、どういった意味なのかを。 「……すまない」 キュッ、と唇をむすぶ佐々木。……それを見て、俺は眼の裏側が熱くなるのを感じた。 それは俺の意識をうろんげにし、ふと気付けば、既に佐々木は言葉をつむぎ出していた。思い返せば、「ありがとう」と聞こえていた気がする。それに、俺が返答してから佐々木が話し出すまではそう時間は空いていなかったかもしれない。 「……僕は恋愛感情というものに目を当てることをしなかった。そんなものは存在しないとさえ思っていた。しかし、それは確実に僕の中に成立していたんだ。それを認めなかったがために、僕は自分の心底に潜む猛獣、愚昧な臆病心に自身が捉われていることにさえ気付けなかった。それはつまり、僕は恋によって盲目になっていたと言えるんじゃないか? 恋愛感情を否定することが、実はその存在を肯定する一つの証明になっていたなんてね。不覚にも、僕の確証バイアスは真逆の結論を導いてしまったわけだ。……そうだな、この僕の経験則は、まるで社会主義の効率性を立証せんとし、逆に経済の破綻を導き出してしまったコルナイのそれに似ているよ」 まるでミレニアム賞問題のいずれかを解き伏せたような喜色でくっくっと笑い、 「しかもそれによって、僕にもずっと以前から恋愛感情は存在していたという事実と、それの不変性にすら確証付けるまでに至るとは思いもしなかった。これにはもう一驚を喫するどころか感嘆の意すら覚えるよ。ああ、こんな情操的な感情を抱けたのは実に久方振りな気がするな。一番近いときでは、都心に原発を誘致することによって原発の実態を国民に垣間見させるよう目論んでいた、都知事の計画案に対してだったかな」 まあこれは映画の話だがね、と無邪気に手を振りながら、 「キョンも見てみると良い。キミの価値観や世界観に対してもすべからく影響を与えてくれるだろうから。……そして、僕はいま、心から過去になんて行かなくて良かったと思えている。なぜなら、こうなることによって、僕の世界は新たな変容をむかえられたからね。もちろんそれはトランジショナルなものではなく、リアライズされたことによってのものだ」 フリスビーを手首のスナップだけで放ったような手つきを見せ、 「――さて、キミが残すところの疑問もあと一つとなった。僕としてはこのまま話を続けてもいいのだが、」 上空に広がっている亀裂が加速度的に拡大していく様を指差し、 「長らく続いた僕の閉鎖空間とやらも、そろそろ終焉を迎えるようだ。なので、どうかな? 日を改めて、またあの喫茶店に前回のメンバーで会するっていうのは。歓談が出来るかは分からないが、きっと彼等らもキョンに言っておきたいことやらがあるだろうし、僕もキョンがそうしてくれるとありがたい」 「ちょっと待ってくれ」 なんだい? っと思いのほか早い反応を見せた佐々木に、 「おまえさ、過去に行こうなんて思い立ったのも、藤原と喫茶店で二人っきりになったときに何か言われたからなんだろ? ……あのとき、二人でどんな話をしてたんだ?」 佐々木は微妙に悩ましげな表情を顔に作り、思い立ったように、 「……もう隠す必要もないだろう。うん、教えよう。まず僕が過去に行きたかった理由は先に話したように、僕に潜んでいた感情を過去の自分に気付かせたかったからなんだ。それはもちろん、只の自己満足などではなく、それによって変化するものがあったためだ。それは今ではどうしようもなくてね。僕は卑しくも、あのとき彼からそれを変えられるという話を聞いて、みずからそれを望んだんだ」 どこか悲しげにそれを話す佐々木に、 「……変えるって、この世界をか?」 佐々木はゆっくり首を左右に振って、 「僕の行動によって、君たちのSOS団がこの世界からなくなってしまうなんて知らなかった。本当にすまない。今思い返すと、自分の思慮を欠いた軽率な行動に悔やみ入るよ。取り返しのつかない事態になっていたかもしれないのだから」 いや、お前が世界を変えるようなことをするなんて誰も思っちゃいないさ。 「佐々木、謝るのはナシにしよう。それは俺がすべきことだ。お前は何も気になんかしなくっていい。それにさっきの俺の言葉だってな、どうもお前が過去に行ってなにかをやるなんて信じられなかったから出ちまったんだ。気にさせてすまなかったよ」 でも、と佐々木はうつむき加減に、 「……確かに、僕が変えたものによって現在を違えてしまう予見はあったんだ。むしろそれが、僕の本当の希望だったのかな。すまな――」 俺の視線を受けて佐々木は言葉を中断し、 「……僕の過去での行動よって、変わるものとは何か? について述べよう。それは非常にシンプルで、かつ単純に意味が反転するだけのものなんだ。それに、答えは既に僕たちの今までのやり取りの中に紛れている。キョン、わかるかい?」 んー。正直に言えばサッパリわからん。……ヒントをくれないか? 「そうだね、中学生の僕たちが話していても何らおかしくはない、むしろそちらのほうが健全であろう会話の中の一文だ。……僕はもう言いたくないので、キミ自身で気付いてくれないか? おや、これもヒントになるだろうね」 暫く考えた俺であったが、佐々木がもう言いたくないこと、という言葉をそのまま考えて答えらしきものを見つけた。だが……。 「――それって、まさか……」 「わかってくれたようだね。ご名答。それだ。そして変わるのは――」 虚をつかれて戸惑っているような顔をしている俺に、 「……僕の告白に対する、キョンの返事なのさ」 正直、佐々木のこの言葉には納得しかねた。……それって藤原の嘘だったんじゃないか? 俺の佐々木に対する認識は過去を通してつい先程まで変わっちゃいなかったし、いつ言われたとして俺の意見が変わるとは……。 「ストップ。……そこまでにしてくれないか?」 佐々木から沈鬱な色で言い止められ、 「……すまん。考慮が足りなかった」 あいつの気持ちをまたもや意にかけていなかった事実に俺が自省していると、 「そういう顔をしてくれるなよキョン。僕は何もその後の言葉が聞きたくなかったわけじゃない。あのね、親友という立場の見解から言わせて貰えば、今の言葉はキョンの返事の理由としては若干の異存を残してしまう。今のキミは、もっと違った理由からあの返事を言っているはずなんだ」 お前が言うからにはそうなんだろうな。しかし、 「じゃあ、どんな理由からだと思うんだ?」 くっくっ、佐々木は事もなげに笑い、 「……それこそが、僕が最初に感じた過去のキョンとの相違点なんだ。キミは依然として気付いていないようだが、それを僕が教えてしまうのは無粋でしかない。それに言ってみたところでキョンは合点がいかないだろうし、これは己で気付くべきものだからね」 だから言わない。と、続けて、 「さて、僕にもまだ言い残したことがあるが――それもまた次の機会に回そう。それに、僕の心も今は……人並み程度には失恋の悲しみに打ち震えているんだよ? 存在しないといっていたものを失くしたことによってそう思うなんてバカげた話だがね。……だが逆に、そうであるからこそ、今の僕の悲哀は通常よりも大きいかもしれないな。それこそ、今ここで泣き崩れることだって容易に出来る程だ。しかし、僕はキミにそんなものは見せたくないし、キョンだって見たくはないだろう?」 そう言いながら揚々とした態度を取る佐々木に、俺はそうは思わないと言った。なぜなら…… 「……おまえが一人で泣いてる姿を想像するほうが、俺としては……ずっとやりきれん」 ――そっか。と、言い漏らすかのように佐々木は小さく呟き……しばらくは俺も佐々木も表情を崩さず、ただ、佐々木が何かを思っているだけのような静寂が二人の間に流れた。 「……優しいね。キョンは、いつもそうだったね」 まったく身に覚えがないことを言われたが俺は否定せず、 「ならば、それに甘えさせて貰おう。僕はここで泣かせてもらうよ。けど、やっぱり涙は見られたくないかな。そうだ、こういうのはどうだい? キョンが許すなら、キミの胸を貸し――」 ――その時、スウ、と佐々木の頬を一縷の水が伝った。 それは止め処ないようにサラサラとしたたり始め、佐々木はあわてふためくように、 「……す、すまない。こんなモノを見せるつもりはなかったんだが…………」 ひらいた手の平でそれぞれの頬をさすりながら、 「――ふ、あっあれ……? 僕は――」 「……佐々木」 ――俺は視線を横に流し佐々木へと近寄りながら、一歩手前で足を止めた。 そこにはもはや少女の泣き顔になっていた佐々木がいて、俺は、受身になった佐々木のその潤んだ瞳をしたたかに見つめ、視線を斜に落としながら一言、「すまなかった」と……俺には、これだけしか言えなかった。 佐々木は両方の手で顔を包み隠すように、ストン。と俺の体に倒れかかってきた。 胸の中でむせび泣く佐々木に、俺はその双肩に手をやる事だけしか出来ず、「――少しは、気付いてよ……」という佐々木がこぼした言葉に、ただ、俺は馬鹿野郎だったと、痛いほど……感じていた。 っと、まあ……佐々木が過去の自分と話したかった理由は、こうだったというわけだ。 そして佐々木は最後のあのとき、俺の鈍感さ加減に対して言葉を漏らしたんだと思われる。 ……だがしかし、俺はもっと別のことに対して気付いてやるべきだった。中学時代、佐々木自身も気付いていなかった……佐々木の心の中、その脆い部分に。 そこを俺が友人としてなにか助言でも出来ていたならば、あいつが自分の悩みに気付けずに、自分が悩んでいるということにすら気付いていないという状態になるのを回避出来たかも知れない。 ……しかし、後悔ばかりしているわけにもいかなければ、現在の俺と佐々木の関係は、以前よりも健康的に繋がっている。事件の詳細についても後日の喫茶店での会合でもう少し掘り下げれられているので、もう少し回想タイムを延長しようと思う。 SOS団お馴染みいつもの喫茶店、そこにいたのは、 「よ、キョン! お前恋のポエムなんか書いてんだってなぁ? ほぉー、早く見せて貰いたいもんだ!」 いや正確に言えば一文字だって書いちゃないが。ていうか谷口、いきなり声を掛けられると困るんだが、色々と。 「お前が似合わねぇツラ下げて、物思いにふけってやがるからだよ。てゆーか、なんだ、全然書けてねぇのか?」 もっと俺を見習えよ、と俺のシリアスな回想を邪魔しくさった谷口はなにやらのたまっている。 なになに? ほう。お前はポエムの麒麟児なのかもしれないってのか。谷口。五つ神童、十で天才、二十歳過ぎればただの人って言葉を知ってるか? だがまあ谷口の場合は、五つ残念、十でがっかり、二十歳過ぎたらああやっぱりって具合だろうね。 「なに言ってやがる。俺にはひがみにしか聞こえねえな とにかく、ちゃんと書いてみるこったな」 まさしくその通りである指摘をし、早くも谷口は「ま、せいぜい頑張れよ!」とスタスタと教室内を歩き去って行った。あいつはマジで俺の心配でもしに来たんだろうか? 「ちょっとキョン。あんた、まったく詩書いてないっての?」 ……そういえばハルヒが後にいたんだった。谷口、スマンがお前は余計な事態しか起こさなかったみたいだ。 が、それより……。 ――こいつ、今日はやけに大人しいな。メランコリックなのか? まさか、なんかの予兆じゃなかろうな。それは勘弁してくれ。ただでさえ俺は朝っぱらから別の不安材料も持たされてるんだから。 「どうすんのよ? タイムカプセル埋める余裕がなくなっちゃったら」 そりゃああなた、埋めないだけですよ。とは言わず、 「いつ埋めるかもう決めてるのか? あと、何処に埋めるのかも」 そうだな、俺んちはよしといた方がいい。なんせ俺の妹という自分で隠したヘソクリすら翌日に開けちまうヤツがいる。こいつは庭に俺たちが何か埋めたのを嗅ぎつけて掘り起こすどころか、タイムカプセルの中身の眠りまで覚ましちまうぜ。 「あんたが掘り起こすんじゃないの」 とハルヒ、あくまで淡々と。俺は肩をすくめつつ、 「しないね。正直ヘソクリは俺も一日しか我慢できなかったが、こればかりは勝手に掘り起こそうもんなら団長ってよりは組長みたいなヤツから俺が埋められちまう」 ……うん? 予想に反してハルヒからの反応がない。 俺の話を聞いていたのかどうか、ハルヒは頬杖をついたまま流し目で、 「……ゴールデンウイークの花見のときに、そのまま鶴屋さん家の庭に埋めようかな。あそこなら、この先もずっと残っていきそうだし。そこで作った短歌を入れるのもアリね。うん。そうしましょう」 他人の家で実行される計画案にも関わらず、今この瞬間ハルヒの中で決定されたような口振りだ。確かにそれには誰も否やはないだろうし、鶴屋さん邸が何世代にも渡って受け継がれていきながら益々の発展を遂げていくだろう予見にも疑いようは皆無だろう。だがハルヒ、そこは人の良心としてだな、まず鶴屋さんにお伺いを立てるべきなんだぞ。 「わかってるわよ、そんなの」 いやぁどうだかね。お前ほどそこら辺が怪しいヤツはいやしないし、恐らく元より備わってないだろうし。 「あんたね」ハルヒは机の方へ体を少し沈ませて、「それもこれも、詩が出来てからじゃないとダメなの。余計なもんにあたま回してないで、ちゃっちゃと書きなさいよね。花見まで出来なくなったらどうすんのよ」 それは困るなと思いながら、 「……だいだいだな、恋の詩ってのが無茶なんだ。下手したらお前、それ、下手なラブレターより始末が悪いじゃねえか。しかもだな、ハルヒよ。それを掲示板に貼り付けられちまうってんならまだしも、自ら印刷して全校生徒に配ってどうする」 ピクリ。ハルヒの頬から杖の役割を果たしていた腕が離れる。 そしてハルヒは腕を組みながら背もたれに寄りかかり居直すと、何故かその表情は数学教師が難問を寝ている生徒に問いかけて狙い撃つ際の偽悪的に作られたニヤリ顔を呈しており、かと思えばシタリ顔で教鞭を振るうかの如く右手人差し指をクルクル回し、明快な声調で、 「キョン? いい? 宛名のない恋文になんか言葉以上の意味はないのっ! そんなんじゃ、あんたはラヴソングすら歌えないわ。世界中のシンガーソングライターを敵に回すつもり? あたしはそんなくっだらない戦いは所望してないわ。どーでもいいから書くのよ! ほら、テキパキと済ませちゃいなさいよねっ!」 「……そっ、そうか?」と圧倒される俺。 ――いやはや、今までさんざ俺が呼び水を差していたのにも関わらず、コイツはなんだかよくわからん場所で元気を取り戻した。一体さっきの俺の言葉のどこに元気の素があったと言うのだろうか。それより先にもっと噛み付くところがあったじゃないか。 しかし結果オーライだ。ハルヒはどうやら鬱々としていたわけじゃなく軽度の感情の浮き沈みで意味もなくホウけていただけだったようである。そうであって欲しい。なんせ現状は団員の原稿の仕上がり位しか危惧するところはなく、他の事情によって憂鬱な色が出ているのであれば、それはそのままハルヒ以外のSOS団員(特に俺)に憂慮すべき事態が発生し東奔西走するという過程を辿ってしまうということが、今までの経験からして疑いようもないんだから。 そんな思考を巡らしながら、「てゆうかさ」と俺。「お前、なんで今回の機関誌の内容をポエムなんかにしたんだ? 単純にページ数が少なくていいからだってのか?」 今更な質問に、ハルヒはさも当たり前のことを言わんとするかのように鼻を鳴らし、 「それもあるけどね。モチロンそれだけじゃないわ。いいキョン? 詩っていうのはね、作者の人間性を計るのにはベストな創作活動なの。人としての魅力ってぇのは結局、その人物のインプットとアウトプットがどれ程のレベルで成り立っているかってことだから」 「どういうこった」 「一つのモノから、どれだけ情報を得られるのか。それをどれだけ伝えることが出来るのかってこと。詩を作る際にはこれに情報を変換する作業が加わるの。これは人間にしかない文化なのよ? そして、いかにそれらに富んでるかってのがイコールその人の魅力度数で、それが人間性の豊かさって言葉になるわけ」 「じゃあ長門はどうなる?」 「有希はあんた、寡黙で知性的な所があの子の魅力じゃない。多くを語らずとも有希の人間性は溢れ出てるの。むしろ、有希は背中でモノをありありと語ってるわね。そういうこと」 ふむ……まあ、わかる気はする。長門はアウトプットこそ微小だが、そのままハルヒの言葉通りに行動から長門らしさが顕然と現れるし、内包しているものはそれこそ計り知れない程だ。 それに、その理論を体現しているのは他ならぬハルヒ自身であろう。 世の中の事象全てを己が内にせしめんとし、コメットハンターばりの瞳で宇宙を見つめながら実際にその目の吸引力で彗星をも引き寄せそうなハルヒの求知心は本当に珍妙なエトセトラを呼び込む程であるし、こいつがアウトプットするモノは物理的概念的な意味でも途方もない。 ……って、これじゃあハルヒが魅力度トップって話になっちまうんじゃないか? 魅力的ランキング争い大本命の朝比奈さんはどうした。 俺の脳内で何故か陸上競技のビブスを着用したSOS団三人娘(ハルヒ赤、長門青、朝比奈さん黄色)が激烈なレースを繰り広げていると、 「それにね。今回の機関誌製作は、昨今のテレビ制作やミュージックシーンに対するアンチテーゼでもあるの」 それは気付かなかった。まさか、特に別条のない一学校組織の中でもおぼろな一団のポエム誌に、そんな大仰な意義が付属していたなんてさ。 ハルヒは未だ腕を組んだまま、若者がフェミレスで姿の見えない何かに対して実体のない怒りをぶつけているような感じで、 「家族と夕飯喰ってるときに流れてるテレビ位はあたしの目にも入るんだけど、なんでどの局もテンプレートに似たような番組しか作ってないの? 制作スタッフが大衆を愚鈍だと思ってるとしか思えないわっ! それに音楽だって、癒しだのなんだのばっかで逆にウンザリしちゃうってのよ。もっとあたしたちみたいに、面白さがなんたるかを突き詰めてクリエイトしていくべきね!」 その面白さの基準は全てハルヒ視点からなるものでありそれによって俺と朝比奈さんが被害を被る事が非常に多い件については、じゃあ面白くないのかという問いに対して俺はあの日キッパリと答えを、明言しているので言及しない。それには長門、朝比奈さん、そしてどうやら古泉すらも同じ答えを出すであろうから、なんら問題はないんだ。まあ……毎回事件は起こるんだが。 そして俺は音楽業界に明るくはないのだが、確かに近頃メディアで流れているインスタントなミュージックよりは親の部屋から流れてくるロカビリーでジャジーな野良猫たちの音楽や、メンタイコが好きな雄鶏が歌うロックンロールの方が心に触れるモノがある気がする。だが多分、つまびらかに調べて行けば現在もそういったミュージシャンたちは存在するんだろう。そういえば谷口がリンゴがどうだのピローがどうしただのと絶賛してたっけ。 しかしテレビについては一つ俺の考えをハルヒに示してみようと思い、実際に提言してみた。 「ハルヒ。確かにお前のその意見には俺もほとんど同調する。しかしだな、テレビに関しちゃそんな手法を取っているのは他にも原因が考えられるんだぜ」 「なによ? まさか効率性重視な商業の打算的な考えだとか、興行だからとかいったツマンナイ理由を言い出すんじゃないでしょうね」 それも言おうと思っていたのでちょっぴり悔しくなり、「そうじゃない」と負け惜しみ的に前置きして、 「つまるところ、民放のテレビってのは単なる看板でしかないんだ。制作側がどんなに新鋭的で良質な番組を作ろうが、それを見る人が少数派ならスポンサーの付き手が少ないから成り立ちにくい。言うなれば、それは砂漠のオアシスみたいなモンで、見定めることができるヤツにとっちゃあまさに楽園だが、悲しいかな人が少ない場所には看板が立ち難いし、立たなけりゃ広告宣伝料も入らないがゆえに番組は潰れちまうというわけさ。しかしだ、そんな番組は当たれば視聴率が安定して得られるし、成功例が往々にして長寿番組になるんだ。と、そうは言ってもそれは難しい。それより、魚群の中にその時々で効果的な仕掛けを放ったほうが成果としては確実に望めるだろ? でもだな、そんな打算的なツマラナイ手段を取るハメになるのは、時勢に飲み込まれている視聴者側が、鋭気溢れる制作者たちの番組に目を向けられないからというのも起因してるんだ。つまり似たようなテレビ番組が増えてるのは、我々民衆の意識の程度にも問題があるわけで――――」 と……ここまで言いかけて、俺はどこかこの状況に既視感と違和感を覚え、ハッとするようにピタリと止まった。 「どうしたの? ちゃんと最後まで言いなさいよ。気になるじゃない」 「あ、ああ。そうだな……」 俺はハルヒに余した話を言い終え、先程感じたものについて考察し、それはすぐに判明した。 ――そう。さっきの風景は、ハルヒがSOS団結成を思い立つキッカケになった一年程前の俺とハルヒの会話の風景に似ていたんだ。 そして、あの頃とは決定的に違うものがある。 それはまあ、俺とハルヒが話している姿が周囲から見てなんら不思議ではなくなったということと、俺の演説をハルヒが止めなかったこともそうだな。思えば、会話の内容がハルヒ的には死ぬほどつまらない話であったはずにも関わらずだ。 ついでに言えば今は雨が振ってるし……朝倉もいない。 だがしかし、一番変化していて、しかも一番重要な以前との違いはそんな目に見えてわかる事柄じゃないんだ。一体それは何か。 わかるだろ? ハルヒは今、この世界を心から楽しんでいる。 そしてそれは、俺だって一緒だ。もちろんSOS団のみんなだって。 でもまあ、それには気付いているつもりだった。だったんだが……。 見えているものが違う――。俺は、佐々木があのとき言っていた言葉の意味が今、何となく実感出来たような気がした。 第二章
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涼宮ハルヒの驚愕(前) 以下のデータは、前後編であることが発表される前のものが含まれています。 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:2011年5月25日(初回限定版)(当初予定は2007年6月1日発売予定だったが、その後発売延期となる。しかし、『ザ・スニーカー2010年6月号』にて一部先行掲載が行われた。) 初回限定版は5月25日、通常版は6月15日発売予定である。 本編ページ291P 表紙絵:涼宮ハルヒ(ザ・スニーカー2007年6月号付録の付替えカバーは朝比奈みくる) タイトル色:橙色(付替えカバーは緑色、全体色も緑色) 初出:書き下ろし 初出順第27話 裏表紙のあらすじ紹介 SOS団の面々が学年を上げたといって俺の魂に安寧が訪れることもなく、春らしい話題であるはずの旧友との再会についてはやっかいな事態の来訪を告げただけだったが、これらが引き起こすであろう事件は不確定な未来でしかありえなく、かつ過去に起きたことも磐石の一枚岩ではないという疑惑を振り払えず、つまり何が言いたいかというと面倒な立場に追い込まれてこんな独り言をぼやいてる俺の身になってほしいってことだの第10巻!涼宮ハルヒの驚愕付替えカバー(ザ・スニーカー2007年6月号付録)の裏表紙より。没バージョン。 SOS団の最終防衛ラインにして、その信頼性の高さは俺の精神安定に欠かさざる存在であるところの長門が伏せっているだと?原因はあの宇宙人別バージョン女らしいんだが、そいつが堂々と目の前に現れやがったのには開いた口も塞がらない心持ちだ。どうやら、こいつを始めとしたSOS団もどきな連中は俺に敵認定されたいらしいな。上等だ、俺の怒髪は天どころか、とっくに月軌道を越えちまってるんだぜ?待望のシリーズ第10巻! 目次 第四章・・・Page5 第五章・・・Page68 第六章・・・Page189 アニメ 全編未アニメ化 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第17巻に収録第82話『涼宮ハルヒの驚愕I』(P5-P40、何も起こらず通常通りに学校生活を送る(α7)SOS団が長門のマンションに向かう途中からキョンと九曜の会話中に朝倉が乱入する場面(β7)) コミックス第18巻に収録第83話『涼宮ハルヒの驚愕II』(P40-P60、朝倉がキョンにナイフを突きつけるシーンから九曜朝倉喜緑江美里が立ち去ったのちキョンが誰かからの『面白い冗談だわ・・・』という言葉を聞く場面まで。(β7)) 第84話『涼宮ハルヒの驚愕III』(P60-P102、長門のマンションへ戻るところから佐々木の留守電を受ける(β7)第5章の最初から入部試験のペーパーテストを終えた場面α8最後まで(α8)) 第85話『涼宮ハルヒの驚愕IV』(P102-P149、β8の最初から(火曜日朝)キョン・佐々木・橘・藤原・周防との喫茶店の会合で藤原の『好意で言ってやっている』後の九曜が発言するまで(β8)) 第86話『涼宮ハルヒの驚愕V』(P149-P169、キョン・佐々木・橘・藤原・周防との喫茶店の会合で佐々木の状況整理から佐々木・九曜・キョンが谷口と国木田に会うまで(β8)) 第87話『涼宮ハルヒの驚愕VI』(P169-P227、佐々木・九曜・キョンが谷口と国木田に会うところから、国木田・九曜と佐々木キョンの会話を経てキョンと佐々木の九曜についての特性について会話をする(β8)第6章に入り新入団員試験第一次適性検査を行うも、合格者が一人出るところまで(α9)) コミックス第19巻に収録第88話『涼宮ハルヒの驚愕VII』(P227-P282、新入団員試験合格者のヤスミが退出するところからヤスミの秘密に疑念を抱くキョンの場面(α9)β9の最初のキョンと国木田の会話から、キョンの家に佐々木が訪ねてきて佐々木が会いに来た目的を話す場面まで) 第89話『涼宮ハルヒの驚愕VIII』(P282-P295、キョンの家に佐々木が訪ねてきて佐々木が会いに来た目的を話す場面から(β9)佐々木が帰るまで(最後まで以降は驚愕後編へ)) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 朝比奈みくる 古泉一樹 長門有希 周防九曜 朝倉涼子 喜緑江美里 佐々木 橘京子 周防九曜 藤原 渡橋泰水(ヤスミ、わたぁし) ハルヒの母親(会話の内容のみ) あらすじ 長門有希が学校を休んでいることが分かったSOS団は、長門のお見舞いに行き、世話をすることになる。 しかし、長門は「心配するな」とキョンの携帯にメールを送る中で休止状態に入ってしまう。 キョンが怒りに任せてマンションを飛び出すとそこには九曜がいた… 後に繋がる伏線 刊行順 ←第9巻『涼宮ハルヒの分裂』↑第10巻『涼宮ハルヒの驚愕(前)』↑第11巻『涼宮ハルヒの驚愕(後)』→
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第七章 俺たちは30分ほどで学校に着いた。 そしてやっぱり神人が暴れていて校舎もめちゃくちゃだったし、校庭には神人に投げ飛ばされたと見られる校舎の残骸が投げ捨てられていてこの世の風景とは思えないようだった。 ハルヒはもうどうしていいのかわからないようにこう言った。 「ねえ、キョン。いったい学校に来てどうするつもりなの?」 「わからん。とりあえず校庭のど真ん中に行こうと思う。」 ど真ん中とはお察しの通り俺とハルヒが昔キスをした場所だ。 そこに着けば恐らく何らかのアクションが起きるはずなのだ、そうでなければあの未来人や朝比奈さんが止めるはずである。 俺はハルヒを半分無理やりど真ん中に連れて行った。 そのとき、ポケットに入っていた金属棒が金色に柱のように光りだし、ハルヒと俺を光の中に入れた。何がどうなってるんだ。 俺は慌ててポケットから金属棒を取り出した。 これでハルヒが普通の人間に戻ったのか? もちろんそんなわけは無く、その金属棒にひびが入った。 ピキピキ…割れていく。 中から茶色い棒が出てきた。 俺の嫌な予感は的中し、金属棒の中からポッ○ーが… やはりそうか。 ポッ○ーゲームか、それでキスしろってのか。 ハルヒは察したのか俺からポッ○ーを奪い取り口に加えて目を閉じた。 俺も目をつむりポッ○ーをくわえたそのとき、前のときのような光が世界を包み俺たちを元の世界に返した。 たまたまグラウンドはどの部活も使用してはいなかった。 あれ?朝比奈さんやら古泉やら長門やらはどこに行ったんだ? 閉鎖空間に閉じ込められたのか?だとしたら神人が全部消滅するまで空間は消滅しないはずである。 だとしたら朝比奈さんたちはどうなる。 いやハルヒの能力が消えたのだから閉鎖空間も消滅したのか?古泉は何も言ってはいなかった。 その時、後ろで俺を呼ぶ声がした。 「キョン君!」 朝比奈さんである。あの未来人と(小)方もいる、気絶したまま(大)にかつがれてるが…。 「朝比奈さんたち、どうしてここに?」 「古泉君に言われたんです。学校に向かってくださいと。これも規定事項ですし。」 「そうですか。」 この時ハルヒがあることに気付いた。 「有希は?」 そうだ長門は?朝倉と交戦中のはずのやつはどこに言ったんだ。 その問いには朝比奈さんが答えた。 「長門さんはあと1分ほどでここに現れるはずです。朝倉さんって人を倒して。」 よかった。 じゃあ古泉はどうなったんだ。 まさかあのとんでも空間に閉じ込められたままなのか? 長門がやってきた、古泉の事を聞いてみる。 「古泉一樹は閉鎖空間に残り、自爆して全て倒すつもり。」 自爆?自爆ってあれか?ボーンってなって死んじまうあれか? 「そう。」 古泉はどうなるんだ。 「死ぬ。」 どうにかならないのか。 「ならない。そうしなければ世界が滅ぶ。古泉一樹は世界を守るために死を選んだ。」 くそっ、俺の許可なしで死にやがって。 ハルヒは悲しい顔で「私のせいよ、私が転校生が来て欲しいなんて思ったから。だから古泉君は…」 落ち着けハルヒ。お前は何も悪くないし古泉のことは悲しいが今はこの状況を何とかすることが先決だ。俺たちを助けてくれた古泉のためにもな。 長門。朝倉はどうなった。 長門はいつぞやのカマドウマのとき同様、校門を指を刺した。 「すぐそこ。すぐ倒す。もう余裕は無いはず。」 その直後、校門から高速で何かが走ってきた。勿論。朝倉である。 朝倉は長門めがけて突っ込んできた。 不謹慎かもしれんがターゲットが長門でよかった。 ターゲットが俺なら一瞬でことは終わっていたからな。 長門は校庭のど真ん中で戦闘をおっぱじめた。 轟音が鳴り響く。 轟音で朝比奈さんが目を覚ました。 「ふえ?ここどこですか?あれ?この人私にそっくり。誰なんですか?そっちの男の人も。古泉君はどこいったんですか?」 なんというか、どっから説明していいのか。 とりあえずここで目を覚ますのは朝比奈さん(大)にとって来てい事項なんだろうか。朝比奈さん(大)に目配せしてみる。 朝比奈さん(大)が頷いた。 俺はいまいち状況を理解できていない朝比奈さんに説明した。 「この人は今の朝比奈さんよりも未来から来た朝比奈さんです。恐らく今まで朝比奈さんに命令を出してたのもこの人です。」 「え?そんな、まさか。」やっぱりと言うかなんと言うか、やはり混乱した。一応孤島のときのこともあるので古泉のことは伏せておいた。 朝比奈さん(大)が口を開く「そうです、私は未来のあなたです、いろいろな指令をいつも出していたのも私です。それからキョン君、この騒動が終わったらこの子にこの子がするべきことを全て教えてあげてください。」 「え?わかりました。」どういう意味だろう。七夕のときや一週間後の朝比奈さんが来たときの手紙のことを教えてあげればいいのだろうか。 長門が交戦中にも関わらずこっちを向いて叫んだ。「ダメッ!!」 すると「確かに頼みましたよ。」といって朝比奈さんの後ろで盾になるように大の字になった。 その瞬間である。鉄砲か何か、もしかしたら光線銃のようなものかも知れない。 一線。 俺の盾となってくれた朝比奈さんは倒れた。飛んできたであろう方向からは何も見えない。 血まみれになって倒れた朝比奈さん(大)を支えてあげる。「これも規定事項ですから…」 そう言って朝比奈さんは目を閉じた。 俺はハルヒに叫んだ。「朝比奈さんに見せるな!!!」 ハルヒは急いで朝比奈さんに抱きつき視界をふさぐ。 だが何もかも遅い。朝比奈さんは泣きじゃくり倒れこんでしまった。 ここで突っ立って傍観していた未来の俺が地団駄を踏み口を開いた。 「まさか!クソっ!それで未来を守ったのか。クソっ!」 そうか。朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで現在と未来がつながったのか。 それなら俺と未来人の時でも同じことが言えるのだが恐らくハルヒが生み出した不安定な未来なので朝比奈さんが朝比奈さん(大)を認識することで上書きされたのか。 恐らくこの未来人の規定ではここで朝比奈さんが死に、朝比奈さん(大)の存在に矛盾を出すためだったのであろう。 と言うことは未来人戦はこちらの勝利である。大きな犠牲を払ったが。 とち狂ったように未来人が言った。「もうお前ら全員殺してやる。」 おいおい未来の俺よ。なに言ってやがんだ。 その時、突然空が無数の点により暗くなった。 なんだありゃ。いろいろありすぎてわけがわからん。 第八章
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第2話 ~ヒーローと目撃~ はっ!!今の夢は…一体?……あれは…ハルヒか?どこかの学校の校庭にいたのは分かったが一体何処の…… 「あぁ~!!キョンくん何でもう起きてるの?」 「ん、ああ。ちょっとな。」 俺は今朝の夢のことが気になってずっとぼーっとして歩いていた。 何だったんだろうな?あの夢は。ハルヒが出てきたような気がするが… 教室に着くとドアを開けた途端太陽のような笑顔のハルヒが俺に突撃してきた。 「キョン!!今すぐ一緒に来なさい!さぁ行くわよ!!!」 「おぉわっ!!ちょっと待て、授業はどうすんだ。」 「そんなもんサボるに決まってるでしょ!」 そう言ってハルヒはいつかのように俺のネクタイを引っ張って無理矢理俺を部室まで引っ張っていった。 ドカン 「ヤッホー!キョン一丁お待ちぃ。」 お待ちって誰が待ってるってんだ…って何でお前ら… そこにはSOS団全員+鶴屋さんが揃っていた。 「それでは皆さん!これよりSOS団七夕緊急ミーティングを開始します!!」 「おいおいそんなもん放課後にやればいいだろ、 何で今授業をサボってまでやる必要があるんだ?」 「必要な事なの!!大体、あんたはどうせ授業何ていつも寝てるんだから関係無いでしょ。」 ま、まあ確かに殆どの授業で寝てるのは確かだが… 「それでは今日の議題は、七夕についてです。」 「で、七夕がどうしたんだ。」 「はいそれじゃあキョン、七夕と言ったら何?」 そりゃあ天の川とか、短冊とかだろ。 「確かにその通りね。じゃあその短冊を掛ける物は?」 そんなん笹に決まってるだろうが。 「そうよ!短冊は笹に付けるものよ。それは万国共通の事だわ。 そんでもって幾ら織り姫と彦星でも全ての人の願いを叶えてあげる事は不可能だわ。」 だからそれが一体どうしたって言うんだ。 「そこで笹よ!!やっぱり彦星もどうせなら 良い笹に掛かってるお願いの方が叶えてあげたくなるもんじゃない? いえ、そうに決まってるわ。」 ……相変わらずこいつの理論は訳が解らん。朝比奈さん、そんな貴重な事を聞いたみたいな顔する必要無いんですよ。 全部デマなんですから。それとも未来には七夕が無いのか? 「と、言う訳で、今日はSOS団プレゼン!!笹取り大会を開催します!!」 あー何だ、ツッコミたいとこは色々あるが 「おいハル「意見のある人は挙手をして発言しなさい!!」 ったく、コイツはそんなに俺にしゃべらさせたくないのか? 「は~い。」 「はい!鶴屋さん!!」 俺が挙げる前に鶴屋さんが挙げてしまった。 「笹取り大会って具体的に何をするんだい?」 確かにそれは気になるな 「そうね…じゃあ2人1組に分けて、それぞれ笹をとって来て一番良い笹をとって来たペアの勝ちってのはどう!」 じゃあって、今考えたのかよ! 「ちなみにペアはくじ引きで決めるわよ。それじゃあ有希から順番に行くわよ!はいっ…」 今回はいつもの爪楊枝に3色の印を付けていた。 しっかしハルヒもまた面倒なことを思い付いたもんだ。 まあしかし、今日の俺は余程ついているらしい。 「…青……」「緑だ。」「青ですね。」「赤にょろっ!!」「ぁ、緑です。」「赤だわ!!。」 今の会話で分かってもらえたかどうかいささか不安だが、 そう俺はなんと俺の天使様、つまり朝比奈さんとペアになったのである。 当の朝比奈さんはと言うと、自分の楊枝の先を少し赤くなりながら見ていたが、 暫くして俺の方を見て、はにかみながら会釈をしてくださった。いや~、心がどんな宝石よりも綺麗になる気がするね。 …ん?いつもだったらここで我がまま団長様がアヒル口で文句の1つや2つ言ってくるのに、何も言ってこないなんて珍しいな。 「それじゃあ皆!時間が無いから早く行くわよ。」 「行くって何処に行くんだ?」 「鶴屋山よ。」 何でも「この前ハルにゃん達が宝探しした山にさ、竹の密生地帯があるからそこを使うにょろ!」だそうだ。 んでもって俺達は今バスに乗っている。俺は朝比奈さんと鶴屋さんと一緒に座ってるハルヒから距離を取り、 古泉と長門に昨日休んだ理由を聞いてみた。 「近頃情報統合思念体は涼宮ハルヒという個体を2体観測した。しかし、涼宮ハルヒの近辺での情報改変は観測されていない。その真相を調査するため休んだ。」 何だと!?ハルヒが2人ってどういう事だ? 「詳しくは解っていない、涼宮ハルヒの能力が人格化し、涼宮ハルヒ本人から離別し行動している。」 え~とつまり、ハルヒの能力に人格が出来てそれはハルヒ本人とは別の意思を持っているって言うことか? 「その通りです。そしてその別の人格が涼宮さん本人とは別の肉体をもち、別の行動をしているようです。」 なる程、じゃあ元のハルヒは能力を失ってるのか? 「はい。しかし今そこにいらっしゃる涼宮さんが能力を持っていない訳ではありません。 なぜなら、彼女、つまり能力を持った涼宮さん、ここでは、そうですね…涼宮さん(能)とでも呼びましょうか。 彼女が現れるのは、涼宮さんが夜中に眠っている間だけだからです 。それ以外の時間は涼宮さん(普)の中で眠っているようです。」 何でそんな事になってんだ? 「それはまだわかっていません。しかし「3年前の七夕が関係している。」 今の今まで空気のように振る舞っていた長門が突然割り込んできた。 独りで歩いてて寂しくなったのか? 割り込まれた古泉はやれやれといったように肩をすくめてみせた。ちっ、様になってやがる 「彼女が出現したのは4年前の七夕のジョン・スミスが深く関わっていると思われる。気をつけて。」 「どう気を付けろというんだ。」 「それは………」 長門は急に俺から目を逸らし、明後日のほうを見ながら 「あなたに託す。」 はぁ、誤魔化したって無駄だぞ長門、要は分からないんだろ。 「やれやれ。」 しかしそんなごまかしたりする長門も珍しくて、なんだか可愛かった。 「さぁ、着いたにょろ!」 そして今俺達は鶴屋山の裏側の中腹くらいにいる。 「こっから山の麓近くまでずっと竹藪になってるっさ!!気にった竹を見つけたら好きに採ると良いよ!!」 採るったって、一体何で採るんです?まさか素手なんて事は…「あっ、そっかそっかぁちょろんと待っててね。」 そう言って鶴屋さんは、山の上の方に向かって歩きだした。ちょろんとっていうのはまた30分程なのだろうか? しかし俺の懸念も空振りに終わり鶴屋さんは2分程で戻って来た。のだが… 「皆さん、お久しぶりでございます。」 何故かその隣に新川さんが居た。何故だ?意味が分からん。 俺がよほど怪訝な顔をしていたのだろう、古泉が突然解説しだした。 「新川さんには良い笹の審査員をして貰います。僭越ながら僕が先ほど呼ばせていただきました。かまいませんか?涼宮さん。」 「ええ、構わないわよ。確かに審査員無しじゃ誰が一番か決められないわね」 じゃあお前はどうやって勝負を決めるつもりだったんだよ。 「ありがとうございます。それでは新川さん。」 「かしこまりました。」 そう言って新川さんは何処から出したのか、 ちょっと大きめの鉈を3つそれぞれ俺と古泉とハルヒに渡した。そして 「それで竹を切って下さい。」 といって、もう1つ鉈を取り出し、 「この様にしてください…」 と言った。そしてふーっと息を吐いたかと思うと、突然カッと目を見開いて 「SUNEEEEEEEEEEEEEEKU!!!!」 と叫びながら鉈を一振りした。 一瞬だった。そして気付くと、新品のトイレットペーパー並みの太さの竹が真っ二つになっていた。スネークって一体…? ハルヒは目を爛々と輝かせ 「スッゴいわねぇ!!どうやったらそんな事が出来んの?」 と嬉しそうに言っていた。 鶴屋さんは爆笑していたし、長門と古泉はいつも通りだった。しかし朝比奈さんはよほど新川さんの顔が恐かったのか、殆ど半泣き状態だった。因みに俺は声一つ出せなかった。 「じゃあみんな!!1時間後にまた此処に竹を持って集合ね。さあ、行きましょう鶴屋さん!!」 「ラジャーっさ!!」 そう言ってハルヒと鶴屋さんはものすごい速度で竹藪に消えてった。 「それでは長門さん、僕達も行きましょうか。」 「………」 長門は3ミクロン程頷いて古泉と歩いていった。 さて、俺達もそろそろいこうかね。 「さ、行きましょうか、朝比奈さん」 「…あ、はい。」 そうして俺達も竹探しに向かった。 しばらく歩いてからのことだった、突然朝比奈さんが俺の方に向き直り、潤んだ上目遣いで俺を見て 「キョ、キョンくん!あ…ぁあの、昨日はごめんなさい。せっかくキョンくんが遊びに来てくれたのに…本当にごめんね。」 と言いながら、頭を腰より下まで下げて謝った。 「そんな謝らなくて良いんですよ。俺は気にしてませんから。」 俺は出来るだけ朝比奈さんをなだめるようにいった。 「でもぉ、自分から呼んでおいて部屋に入れた途端に寝ちゃうなんて、わたし…最低です。」 そういえば朝比奈さん(小)は朝比奈さん(大)に眠らされた事は知らないんだもんな。 そりゃあ朝比奈さん(小)本人にしてみれば、突然寝ちまったようにしか思えないよな。 しかしまずいな、朝比奈さんはもう顔を上げては居るが、今にも泣きそうな顔をしている。 朝比奈さん(大)のことをいうわけにもいかないし……しょーがない。 「じゃあこうしましょう朝比奈さん。今度また改めて俺を家に招待して下さい。それでどうですか?」 「ぇ、で、でも…キョンくんはそんな事で良いの?」 「ええ勿論ですよ。その代わり、その日は朝からお邪魔させてもらいますよ。それでおあいこです。良いすよね?」 俺はこれ以上朝比奈さんに文句を言わせないように言った。 「あ、じゃあ…そんな事で良かったら、今度の日曜にでも、また遊びに来て下さい。」 勿論かまいませんよ。来週の日曜ですね。たとえハルヒの奴が何を言おうが、遊びに行きましょう。 「うふ、ありがとう。キョンくん」 朝比奈さんはもう涙目では無く、とてもこの世のものとは思えない天使のような笑顔で俺を見つめて言った。俺も朝比奈さんを見つめ返した。 ガサガサッ 「ひえっ!!」 突然俺達の横にある茂みから音がして朝比奈さんは俺に抱きついてきた。あ~、このまま天に召されても悔いはないね。 「にょろにょろーん!!」 茂みの中からは鶴屋さんが出てきた。あれ?ハルヒが居ないようだが… 「おーいキョンくん。みっくるぅ!!ハルにゃん見なかったかい?はぐれちゃったんだよ~。」 ハルヒですか?見てませんが… 勿論かまいませんよ。来週の日曜ですね。たとえハルヒの奴が何を言おうが、遊びに行きましょう。 「うふ、ありがとう。キョンくん」 朝比奈さんはもう涙目では無く、とてもこの世のものとは思えない天使のような笑顔で俺を見つめて言った。俺も朝比奈さんを見つめ返した。しかしそんな良い空気の時に…… ガサガサッ 「ひえっ!!」 突然俺達の横にある茂みから音がして朝比奈さんは俺に抱きついてきた。あ~、このまま天に召されても悔いはないね。 「にょろにょろーん!!」 茂みの中からは鶴屋さんが出てきた。あれ?ハルヒが居ないようだが… 「おーいキョンくん。みっくるぅ!!ハルにゃん見なかったかい?はぐれちゃったんだよ~。」 ハルヒですか?見てませんが… 「そおかぁい。そんじゃスモーk「持ってません。」 「にょろーん。まあそんな事より…お熱いねぇお二人さん。はっはっはぁぁ!!」 「ひょ!!だ、だ、だだめです。また同じ穴の二の舞ですぅ」 朝比奈さんはよくわからない事を言って俺からパッと離れ、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。あぁ俺の至福の時が… 鶴屋さんさんは気付いたら消えていた。 5分後朝比奈さんはまだそっぽを向いていた。これじゃ笹が取れないまま帰ってハルヒにどやされちまうな。 「朝比奈さん、そろそろ行きましょう。時間がきちゃいますよ。」 「うぅ。」 顔を真っ赤にして唸りながら振り返り俺の方へ寄ってきた。 その時 「朝比奈さん!危ない!!」 「ふぇ?」 朝比奈さんは小さな崖から足を滑らせバランスを崩していた。 俺はとっさに朝比奈さんを抱き止めたが、結局2人して落ちてしまった。 こうなったら朝比奈さんへのダメージを出来るだけ減らすしかない! そう思った俺は自分の体を下にして朝比奈さんを包み込むように抱き締めた。 「ひょえぇ~~~~~!!!!」 恐怖のあまり朝比奈さんはとんでもない音量の叫び声を上げていた。 崖は10メートル以上もあったが、幸い地面に落ちる直前に一度木に引っ掛かってクッションになったため、大した怪我はしなかった。 しかしこれは暫く動けそうに無さそうだ。 それに俺は今仰向けに倒れており、朝比奈さんは俺の上にうつ伏せに倒れていた。 そう、俺達は今抱き合っているような構図になっている。 いや~何で今日はこんなについているんだろうね? 「ふぁ!!ぁ、ぁ、ごめんなさい!!」 と朝比奈さんは言ってガバッと体を起こした。 あぁ朝比奈さんそれでも今度は馬乗り状態になって別の所がものすごく気持ち、いやっな、なんでも無い!!只の妄言だ。 「ああ、朝比奈さん、大丈夫ですか?怪我は有りませんか?」 俺は朝比奈さんに手を差し向けながら言った。 「ぁ、はい。勿論大丈夫です。」 それは良かった。怪我をしてまで守った甲斐が有ったというものだ。 それから朝比奈さんは俺の差し向けた手を両の手で包み込むようにして取って、 「キョンくんが…守ってくれましたから。……すっごくかっこ良かったですよ。ありがとう」 と言って朝比奈さんは真っ赤になった。きっと俺の顔も真っ赤だろう。 「キョンくんはわたしのヒーローですね。いっつもわたしを助けてくれて、励ましてくれるし。それに今だって、ね?」 朝比奈さんは既に赤くなっている顔を更に真っ赤にして、やっぱりまだぎこちないウィンクをした。 余りの可愛いさに俺は朝比奈さんをどおしようもないほど愛おしく思い、 思わず朝比奈さんの手を引き、また俺の胸の上に倒して、抱き締めてしまっていた。 いかんな。いつもは抑えられるのにな… 「ふ、ふぇ?キョンくん?」 「すいません朝比奈さん。暫くこのままで居させていて下さい。」 「ぁ……はい。」//// そして朝比奈さんは俺の胸に顔をうずめて気持ちよさそうな声をあげた。 俺はそんな朝比奈さんの頭を撫でながら抱き締めていた。 最高だ~。死ねる!!今ならラオウのポーズで死ねる。 しかしキョン達はこの時自分たちを見撃して去っていった存在に気付いていなかった。 そう、鶴屋さんとはぐれたハルヒの存在に。ハルヒが自分たちを見ていた事に。 ハルヒは鶴屋さんを探している時にキョン達が崖から落ちたのを見て、崖の下に大慌てで降りてきたのだが、キョンとみくるが抱き合って居るのを見て走って逃げていったのだ。 ハルヒは普段なら確実にキョンを怒るのに、気付いたら逃げ出していた自分に困惑していた。 「…キョンと……みくるちゃんが?……そんな…なんで?………嘘でしょ?」 誰も気付きはしなかったがハルヒは独り涙を流していた。 涼宮ハルヒの方舟 第2話 ~ヒーロー・目撃~ おわり 第3話へ
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涼宮ハルヒのOCG(ハルヒ×遊戯王5D`S OCG) 今回初投稿させていただく者です。よくわからないことが多くて、更新履歴をややこしくしてしまってすいません。これからもよろしくお願いします。 ・涼宮ハルヒのOCG① ・涼宮ハルヒのOCG② ・涼宮ハルヒのOCG③ ・涼宮ハルヒのOCG④
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第4話 ~計画~ 「何なんだよ…何だよお前は…」 おれは突然現れたもう一人のハルヒに驚きの色を隠せなっかた。そういや古泉と長門がハルヒがもう1人現れ たみたいなこといってたな… 「何言ってるの?キョン。私がわからない?ハルヒよ。」 もう1人のハルヒは本物と違いかなり静かな雰囲気だ、それに長門みたいに無表情だ… 「違う。本物のハルヒはそこで伸びてるやつだ。お前なんかじゃない。」 俺がベッドで寝てるハルヒを指差してそう言っても、もう1人のハルヒはやはり無表情だった。 「そうね、確かにあんたの知ってる『あたし』はそれだけど、あたしもハルヒよ。偽者なんかじゃないわ。ど っちが本物かどうかなんて無いわ。どっちも本物よ。」 「じゃあ一体お前の正体は何なんだよ?ハルヒの何なんだ?おまえも本物なら何で今まででて来なかったんだ ?」 「あたしは『あたし』の能力と欲求がが具現化した姿。」 一気に聞く俺に対しても大して文句も言わずに無表情にもう1人のハルヒはかなりの衝撃的な事実を淡々と語 りだした… 「あんたも知ってるでしょ、『あたし』には願望を実現する能力が有ることを、私はそれにそのまま意思がつ いた存在。簡単に言えばあたしは『あたし』の本能、そして願望。」 そこまで言ってハルヒは一旦言葉を切った。 「だからあたしは『あたし』の望んだものを全部実現しようとしてきたわ。でもその度に『あたし』はあたし の邪魔をしてきたわ。『そんなものいるはず無い。あたしは信じない』ってね。そんな風に思われるとあたし は能力を使えないの。そうね、あたしを本能とするなら、そこにで寝てるのは理性ってところね。理性に抑え られてあたしはずっと外に出てくる事も無かったし能力を使う事も無かったわ。それ程『あたし』の理性は強 いわ。普段あんたが見てるのも理性のほうよ。」 あの迷惑暴走娘が理性とは驚きだな、本能のままに生きてるやつだと思っていたしな 「それでも時々理性が弱まる時にはあたしは少しだけ能力を使う事位は出来たわ。」 それは恐らくハルヒがキレた時の閉鎖空間や長門や朝比奈さんや古泉達の事だろう。 「で、今回に限って何でお前は姿まで現したんだ?」 「言ったでしょ。理性が弱くなれば本能のあたしは出てこれるって。まあ、いくら弱くなったって『あたし』 が寝てる間しか出てこられなかったけどね。」 ああ、それも古泉が言ってたな… 「理性が弱くなったからあたしは理性を押しのけて無理やり出てくる事も出来たわ。」 「なに!?じゃあハルヒが突然倒れたのは…」 「そうよ、無理に眠って貰ったの。もうそれ位あたしたちの力関係は逆転してるわ。」 「なんでだ?なんで急におまえの方が強くなったんだ?」 俺は本能的にこのハルヒをこのまま放って置いてはいけない気がした。 「今日は七夕よね。七夕が近づくにつれて『あたし』のジョンに会いたいって気持ちが強くなってきてね、そ れで『あたし』は無意識の内にあたしの能力を頼るようになっていったわ。滑稽よね、毎日ジョンに会ってる って言うのに。」 やっぱりハルヒ(本能)は俺の…とゆうかジョンの正体を知っていやがったのか。 「まあそれでもここまで逆転するにはもう少し時間がかかったんだけどね、やっぱりあんたとみくるちゃんの おかげね。」 そこでハルヒ(本能)はやっと微妙にだが、かなり邪悪に微笑んだ。かなり皮肉な笑い方だ。 「俺と朝比奈さんのおかげって、いったい俺達が何をしたってんだ。」 「何あんた、さっき『あたし』に問い詰められたばっかりなのにまだ白を切るつもりなの?」 「あ……」 そうか、俺と朝比奈さんが抱き合ってたのが… 「分かったみたいね…そうよ、あんたとみくるちゃんがいちゃついてるのを見て『あたし』はますますジョン に会いたくなったの。で、とどめはあんたがそのことを否定しなかった事でもうあたしのほうが力が強くなっ たわ。」 そんな…まさか俺がこのハルヒを表に出すきっかけになってたなんて… もうおれはまともにハルヒ達を見れなかった。 「まあ、それでもあたしが完全に力を持って『あたし』と入れ替わるにはまだ少しだけ時間がかかるんだけど ね。」 そう言ってハルヒ(本能)は机の上にある笹から何かを取ってそれを俺に差し出した。 「もう一度『あたし』に会いたいんならこれをしっかり持ってなさい。」 顔を上げると邪悪な笑みを浮かべたハルヒ(本能)が持ったハルヒの短冊があった… 翌日…俺はかなり落ちた気持ちで俯いて北高の心臓破りの坂を上っていた。 結局あのまま俺はハルヒに何の対応をすることも出来ないまま追い返されてしまった。古泉と長門に電話した が2人とも電話には出なかったし、朝比奈さんには…あんな事があった後なのでとても電話なんてできなっか た。くそっ。偉そうな事言っておきながらまた俺は何も出来なかったじゃねぇか。 「それに…ハルヒから渡されたこれも、結局持ち歩いちまってるしな…」 俺の手の中には昨日ハルヒ(本能)から渡されたハルヒの短冊があった。そんな風にハルヒ(本能)の言葉を 律儀にも守っている自分に更に憂鬱になった。 「そういや学校はどっちのハルヒが来るんだ…?」 しかしハルヒは今日は欠席だった。 そして鬱々状態で授業中もずっと考え事をしていて気付けばもう昼休みだった。俺は昼飯も食わずに歩き出し た。もちろん部室に向かって。俺は早く長門か古泉に会いたかった。 だが部室には鍵がかかっており誰も居ない様だった。それなら直接教室に押しかけてやる… 「え?長門さん?長門さんなら昨日から来てないけど。」 … 「古泉くんなら今日は休みだけど…あなた、何で休みか知ってる?」 … 何てこった…2人とも休んでるとは、こうなりゃ朝比奈さんでも… 「やあキョンくん!みくる知らないかい!?」 突然後ろから俺に声を掛けてきたのは鶴屋さんだった。 「え?朝比奈さんも今日休みなんですか?」 「うん?そうだよっ!朝から来てないんだよぉ。キョンくんなら知ってると思ったのになぁ~。」 鶴屋さんはにやにやしながら言った。変な邪推しないで下さいよ…ん、予鈴か… 「あ~、もう時間かぁ~。それじゃあまたねっ。キョンくん!」 「あ、はいさようなら…」 まさか朝比奈さんまで来ていないとはな…予想外だぜ。おっと、岡部のやつもう来やがった。これじゃ抜け出 せん。 おれは今すぐ抜け出したいのを必死に我慢し授業に望んだ。といってもちっとも聞いていなかったがな。 そうして放課後俺は急いで長門の家に向かうためにHRの終了直後に駆け出していた。 「待ってください。」 ん?そこには意外なやつが立っていた。 「古泉…どこ行ってたんだよ。」 そう、古泉がそこで俺を待ち構えていた。そして追求しようとする俺を遮って古泉は言った。 「待ってください。詳しい話はこちらで…付いて来て下さい。」 そう言って古泉は歩き出した。当然俺も付いていく。その間に何か少しでも聞きだそうとするが、 「もう少し待ってください。ここではまずいです…」 と言われてしまう。仕方ないか…こいつの目的地に着くまで待ってやるか。 そして俺たちは黙って歩いていった。 古泉に連れられて着いたのは坂の途中の少し大きめの公園だった。 「で、こんな所まで連れて来ないと話せない事って何だ?」 「その前に貴方の方こそ話さなければいけない事が有るんじゃないんですか?」 うむ、この回りくどい言い方こそまさに古泉だ、 「実はな…」 俺は昨日起こった事を全て古泉に話した。ハルヒが倒れた事、もう1人のハルヒのこと、そしてそれらが俺が 朝比奈さんを抱きしめたところをハルヒに見られたせいだと言う事も。全部言い終わると古泉が難しい顔をし て俺を見ていた。 「やはりそうでしたか。恐れていた事が起こってしまったようですね…」 「で、お前の話ってのは何なんだ?そして何でお前は学校を休んだんだ?」 「はい、実は涼宮さんが地上から消えました。」 は?なんだって?こいつは何を言ってるんだ? 「今日の未明に大規模で強力な閉鎖空間を発生させ、そこに入りました。僕たちにはそれを感知する事が出来 ても侵入する事は出来ません。入る事が出来るのは貴方だけです。」 ハルヒが消えた?いや、そんな事よりこいつは今なんて言った?強力な閉鎖空間?侵入不可?俺しか入れない だと?どういうことだ? 「なんで俺がお前らですら入れない空間には入れるんだ?だいたい何でハルヒはそんなもん作ったんだ?」 「涼宮さんはジョン・スミスに、つまり貴方に会い、その上でこの世界の自分とあなたの関係を邪魔する要素 を一切消し、洗浄するためにその空間を作った。恐らくその空間にいれば涼宮さんの世界の洗浄を受ける事を 避ける事が出来るんでしょう。まさに旧約聖書の『ノアの方舟』ですね。そしてその方舟に乗る権利を持つノ ア、それこそ貴方なんですよ。貴方はそこに入るための鍵も持っている。違いますか?」 鍵だと?何の事だ一体……いや、待てよ… 「もしかしてその鍵ってのはコイツの事か?」 俺は古泉にハルヒの短冊を見せた… 「ええ、恐らくそれが涼宮さんの方舟に乗り込むための鍵ですね。」 そうか、それなら話は早いな。 「ところで、貴方は涼宮さんの所に行くおつもりですか?」 今更何言い出すんだコイツは… 「当たり前だろ、俺しか行けないんろ、だったら俺が行ってハルヒを連れて帰ってくるしかないだろ。古泉、 ハルヒのところに行く方法を教えろ。」 俺は真剣に古泉に聞いた。しかし古泉は突然笑い出した。 「はは、やはり貴方は思った通りの方だ。」 「何だいきなり。俺は真剣な話しをしてるんだぞ。」 「いや失敬、確かにその話も重要ですが、その前に今回の件の機関の方針を聞いて貰えませんか?」 そんな事言ってる場合ではないだろうに、 「仕方ないな、手短に頼むぞ。」 だが俺は拒否しなかった。何故だかそうした方がいいような気がしたからだ。 「ありがとうございます。実は今回の件…機関は貴方が涼宮さんのところに行くのに反対しています。」 なんだと?今日はコイツに驚かされっぱなしだな。 「それと言うのも貴方がそこに行っては状況が悪化するんではないか?そもそも貴方がそこに着いたら、そこ で涼宮さんはすぐに世界を洗浄してしまうんではないのか?それこそ貴方が涼宮さんを連れ帰る暇も無く。と 言うのが機関の意見でしてね。」 「何で俺が状況を悪化させるなんて言えるんだよ!」 「それは現にあなたが朝日奈さんとあんな事をしたせいでこんな事になったと言っても良いんですよ。そんな 人が行けば何が起こるか分かりませんからね。」 「ぐ…」 反論なんて出来なかった。それは紛れも無い事実なんだから…それでも俺は反抗した。 「でもそれじゃあ何の解決にもならないだろ!」 「たしかにそうかもしれませんね。ですが、貴方が涼宮さんのところに行きさえしなければ彼女の目的である ジョン・スミスが揃いません。だから放っておけばその内諦めて帰ってくるかもしれません。」 「そんな訳あるか!ハルヒがそんな事で諦めないのはSOS団の一員であるお前もよく知ってるだろ!!」 「ああ、そうでした、SOS団のことでももう1つ話が有るんですよ。」 これ以上何が有るってんだよ… 何故だか俺はその時古泉からいつかの朝倉のようなもの感じていた。 「実は僕に機関から新しい指令が来たんですよ。その指令とは……ジョン・スミスの暗殺、つまり貴方を殺す 事です。」 は?何だって? 今俺はとんでもないアホズラを晒してるかも知れない。そりゃあそうだ、今俺は多分今までの人生の中で一番 驚いているかもしれないからな。 「驚くのも無理は有りません。しかしもう決まった事なのです。SOS団などというものが有るから涼宮さん はこんな事を起こした。こんな事になった以上SOS団にもう存在意義はありません。むしろあリスクが高す ぎます。」 「残念ですが、SOS団はもう終わりです……危険な芽は早目につまねばなりません。いや、むしろもう遅い 位です。だから、あなたには死んでもらいます。」 そう言って古泉は懐から黒光りする銃を取り出した。しかし古泉が撃つ前に古泉の後ろの茂みから突然現れた 男たちが俺に向かって撃って来た。ああ、俺、こんなとこで死んじまうのか… ズガンッ、ズガンッ…ギンギンッ…… しかし俺は死んではいなかった。何故か銃弾は俺の前に小さなナイフと共に全部落ちてたし、俺を撃った男達 は胸にナイフが刺さって倒れていた。ナイフ? 「な!!?」 古泉もびっくりした様に振り向いてた。 ー今だ!!ー 古泉がよそ見している間に俺は走って公園を抜け出した、幸い公園のすぐ横に俺の自転車を停めてる駐輪所が 有った。 今はすぐに長門に会おう! そう思った俺は全力で自転車をこいで長門の家に向かった。 死ぬ思いで自転車を漕いだおかげか、機関の奴等に追いつかれる事は無かった。 しかし古泉がSOS団を裏切るとは…………ちっ、今はこの事は後だ!早く長門のところに… そう思うが早いか、気付けばもう長門のマンションはすぐそこだった。後はこの公園を抜ければ… ん?あれは…長門か? いつものあの公園のベンチに長門が座っていた。そして俺が近づくと長門はすぅっと立ち上がった。 「おい長門。何やってるんだ?こんなところで…」 「貴方が来るのを待っていた。」 さすがは長門だ。この異常事態を察知して俺が来るときに通るであろうこの場所で待機してたって訳か。って ことは、こいつの事だから古泉の事も知ってるんじゃないのか? 「なぁ長門…古泉の事だが━━」 「知っている。古泉一樹の所属する機関は貴方を敵性と判断し、古泉一樹もそれに従いSOS団を裏切った。」 本当に、こいつは…長門に分からない事なんて世界中何処探したって無いんじゃないか? 「それなら話は早い。俺は古泉たちに捕まる前にハルヒのところに行かなきゃいけないんだ!ハルヒの空間に 行く方法を教えてくれ長門!!」 「涼宮ハルヒの特殊閉鎖空間に入るには本来貴方の持つその短冊さえ有ればすぐに入れるが、今では古泉一樹 の機関の者たちが特殊閉鎖空間への侵入を妨害しているため不可能。」 「な!?でもお前なら何とかできるんじゃないのか?」 「不可能。涼宮ハルヒの作り出す閉鎖空間において直接干渉できるのは古泉一樹の機関の超能力者達のみ。そ れに…たとえ出来たとしても、統合思念体の許可が下りない。」 「どう言うことだよ?」 「今回私達は統合思念体の判断によりあなたに協力することは出来ない。統合思念体は今回の件に限り、古泉 一樹の機関とほぼ同意見。」 おいまさか… 「それはつまり…」 「我々も貴方を危険と判断した。統合思念体は貴方の暗殺を我々インターフェースの最優先事項に決定してい る。」 いつの間にか傾いていた夕日に真っ赤に染められ淡々と俺に死刑宣告をする長門は、いつかの朝倉よりはるか に不気味に見えた… 「じょ、冗談だろ…」 「……全て事実。」 「じゃ、じゃあ、長門はどうなんだ?本気で…俺を殺すつもりなのか?」 「……………」 長門は何も言わずに俺の目を見続けていた…… 大体二分くらいだろうか…俺と長門は何も言わず、ただお互いの目を見続けていた。が、ついに長門が少しだ け動き喋りだした。 「私は貴方を殺すつもりは無い。」 「長門。」 良かった。長門は俺の仲間で居てくれるようだ。古泉の事が有った後なだけに余計に嬉しかった。 「私は貴方を信じている。だから貴方が涼宮ハルヒを連れて戻って来ると思っているている。」 「ありがとう、長門……そういえばお前は統合思念体に逆らっちまって大丈夫なのか?」あの統合思念体の事だ、 そんな事をしたら長門は消されてしまうんじゃないのか? 「平気。今の私は統合思念体と接続していない。代わりに涼宮ハルヒの能力に接続し、機能も拡大している。」 いや全く、こいつには隙というものは無いのか? と、突然長門が俺の視界から消えた。ん?急にどこいっ━ってうぉ! 見ると長門は俺のすぐ横に片手を突き出して立っていた。そして長門の2メートル程前に誰かが倒れていた。 ん?あのふわふわの栗色の髪は… 「あ、朝比奈さん?」 「ぃ、痛いですよぉ。ぅっく…っく…」 そう、それは長門が吹っ飛ばしたと思われるその人物は、半ベソかいた朝比奈さんだった。とゆうか何故長門 は朝比奈さんを吹っ飛ばすんだ? 「おい長門。何で朝比奈さんを吹っ飛ばすんだ?可哀相だろ。止めてあげなさい。」 「断る。」 「おいおい長門。おまえはいつからそんな虐めっ子になったんだ?」 すると長門はまだ半ベソ状態の朝比奈さんを指差した。 「彼女は貴方をナイフで刺殺しようとした。」 ………は?…何だって?朝比奈さんが俺を?………ナイフだって?そんな朝倉みたいな… 「な、何言ってんだよ。冗談にしては笑えなさ過ぎるぞ。」 「冗談ではない。その証拠に朝比奈みくるはナイフを右手に持っている。」 確かに朝比奈さんはナイフを持っていた。 「そんな…冗談ですよね。朝比奈さん…」 俺がそう言うと朝比奈さんはまだベソをかきながらだが立ち上がった。 「っう、ぐすっ、長門さんの言ってる事は本当です。ひっく、わたし達の組織もキョ…うっく、キョンくんを …こっ、殺すつもりです。」 俺は今日三度目の衝撃を受けた。そして今回のが一番の衝撃だったのは言うまでもない。 「だ、だから…わたしは、うっく…キョンくんを、ひんっ…ころっ、っぐ…殺さなきゃいけません。ぅう。」 もはや朝比奈さんはベソで無く、本当に泣いていた。 しかし俺は朝比奈さんにそんな事を言われようとも全く反応する事ができなかった。 本当に、本当にショックだったのだ…古泉や長門のときもかなり動揺したが、これとはまた違う気持ちだった。 あの時は信頼とかそういうのがごちゃごちゃした気持ちだったが、今はもっと、なんだか胸の辺りが引き千切 れそうな…そんな気持ちだった。 「させない、彼は私が守る。」 「ながっ、うくぅ…な、っく…長門さん…」 長門が俺と朝比奈さんの間に立ち俺を守ろうとする。この状況では嬉しい事だが、今の俺はただ立ち尽くして 驚いている事しか出来なかった。何にも考えられなかった…考えたくも無い… 「貴方は我々の計画の邪魔。……これ以上彼を狙うなら…消えてもらう。」 「…ぐすっ、ひっく………うっ、ぅうぅぅ…」 「貴方はSOS団に所属していた。それでも彼を殺すと言う。貴方にとってあの日々は偽りだったと…貴方の 行動はそういうことになる。」 長門がそう言うと朝比奈さんは涙を浮かべた目でキッ!と長門を睨み付けた…いや、別に怖くは無いが…いや むしろ可愛い位だ。こんな時に何言ってるんだ俺は! 「なっ!長門さんはっ!うっく、ほんとにっ!そっ、そう思うんですかっ!?っくぅ…」 朝比奈さんは涙をぼろぼろ零しながら長門に向かって叫んでいた… 「あ、あ、あのっ!ぅぐっ、楽しかった日々がっ!わたしには偽りだったなんて、そんなっ、ぐすっ、ぇぐ、 そんなっ!そんな酷い事っ!ほんとに有ると思うんですかっ!?」 「………」 長門は、俺の見間違いじゃなかったとしたら、少しバツの悪そうな表情になっていた。 「ほっ、ほんとは!こ、こんな事したくないんです!ぅっぐ…出来るのなら、SOS団と…キョンくんといつ までも、ぅう…一緒に居たかったんです!!うっく、ずずぅ…それでも…それでもわたしには!禁則事項が有 るからっ!ぅぐっ、わたしは指令には逆らえない暗示にかかっているんです!……ひんっ…逆らえないんです よ。…どんな指令でも……たとえそれがっ!一番大切な人の暗殺であっても!!」 朝比奈さんはもう涙も枯れてしまった様だ。それでも未だにぇぐぇぐとベソをかいている。 しかし待て、今朝比奈さんはなんと言った?暗示?まさかこれは朝比奈さん自身の意思と全く関係なく従わさ れているのか?とゆうことは… 「朝比奈さん…貴方は本当に俺を殺したいんですか?」 「そっ、そんな訳っ…っえぐ……無いじゃないですかっ!ぅうう…」 しまった、また泣いてしまいそうだ… 「長門、禁則の暗示ってのは一体なんだ?」 俺は取り敢えず一番気になった事を聞いてみる。ひょっとしたらこれが突破口になるかもしれない… 「朝比奈みくるはこの時代に来るときに、強力な暗示を掛けられている。とても強力。」 「強力って、どのくらいだ?」 「その暗示に逆らった動きをする事が不可能になり、結果的には体の主導権すら奪えるほど…」 つまり物理的に指令には逆らえないって事か。それじゃあさっきの朝比奈さんも仕方ないな…因みに朝比奈さ んは泣きじゃくっていて、襲ってくる気配は無い。 「じゃあ長門。その暗示を取り除く事は出来ないのか?」 「出来ないわけではない。しかし今の私の状態では無理。」 「なんでだ?ハルヒの力を使って機能を拡大したんじゃないのか?」 「機能は拡大したが、それでも最低あと一体高性能なインターフェースが必要。」 なんとそれはいくらなんでも無理じゃないのか?長門は統合思念体を逆らって俺の味方に成っている訳だから な、インターフェースが協力するわけが無い。 「何で2人必要なんだ?」 「朝比奈みくるの暗示は二重構成になっている。そしてそれは片方ずつでしか解けない。片方を解き、もう片 方を解くには最初に解いたほうをそのままの状態を保持しなくてはならない。しかし両方の暗示に同時に干渉 する事は不可能。そこで暗示が解けた状態を保持する為のインターフェースが必要。」 「ほかに手は無いのか!?」 「…………私の知る限りではない。」 くっそ万事休すか… 「困ってるみたいね。私の出番かしら?」 突然かけられる声、そいつを見て俺は本日四度目の驚愕をする。 そこには…
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第二章 cruel girl’s beauty ――age 16 俺を待っていたであろう日常は、四月の第三月曜日をもって、妙な角度から崩れ始めた。 その日は、憂鬱な日だった。 朝目覚めると、すでに予定の時刻を過ぎ、遅刻は確定していたので、わざとゆっくりと学校へ向かうことにした。週明けの倦怠感がそうさせたのかもしれない。風は吹いていないものの、強い雨の降る日だった。ビニール傘をさし、粒の大きい雨を遮った。昨晩からの雨なのか、地面はすでに薄暗いトーンを保っており、小さな水溜りからはねる水が俺のズボンの裾を濡らした。急な上り坂は水を下にある街へと流し、留まるのを拒んだ。 学校に着いたのは一時間目が終わった休憩時間だった。雨で蒸しかえる教室はクラスメイトで満たされ、久しぶりの雨音は教室を静穏で覆った。俺の席――窓際の後ろから一つ前だ――の後ろを見た。ハルヒは窓ガラスの外側を眺め、左手をぴたりとガラスにくっつけていた。進級したことで、階が一つ下がり、窓からの景色は変わった。外ではグラウンドが水浸しになり、小さな川を作っていた。 一年前のあの日。 俺がハルヒと会ってそう経っていなかった頃、ハルヒの表情は怒りで満たされていた。無矛盾な世界への怒りなのか、自分自身への怒りなのかは分からない。だが、SOS団の活動を通して、ハルヒは少しずつ感情を取り戻していった。取り戻すというのは、ハルヒが持っていたであろう――抑えていたであろう――感情を開放していったというのが正しいだろう。 俺がハルヒと会ってからずっと引っかかっていたのは、ハルヒがなぜ普通の人間を嫌うのだろう、ということだ。一般人を代表したような俺は谷口や国木田とそう変わるところはあるまい。国木田より頭は悪いし、谷口みたいにバカ丸出しでもない。健全な高校生を演じていた俺になぜあいつは目をつけたのか。確かに俺は七夕に一度会っている。だが、俺の名前は知らないし、他人の空似程度にしか思っていないだろうよ。ではなぜ? おそらくそれはハルヒにしか知りえないことであった。しかし、一つの推測を述べたい。ハルヒは普通の人間を嫌っているのではなく、人と仲良くなることを避けているように見えるということだ。 今、ハルヒは陰鬱な表情であやふやな視線を泳がせていた。 椅子に座ると、ハルヒに倣い、窓の外を眺めることにした。雨は激しさを増し、窓ガラスに伝わる水滴が水へと変わった。特別変わったことはない。世界の普通さに慣れ、そしてSOS団にも慣れた。日常と非日常を繰り返す毎日が日常になってしまった。かつて望んでいた非日常が日常へと変わってしまっていた。あまりにも奇妙なことがありすぎてそれに慣れてしまったわけだ。 そんな憂鬱な世界とハルヒ、そして俺を崩していったのは谷口の一言だった。 そうそれは、本当に妙な角度からの一撃だった。 谷口は近づいてくるなり、いつものデカイ声を倍にして唾を飛ばしながらこう言った。 「おい、長門有希が転校したってよ」 「へ?」 俺は間抜けな声を漏らした。 「本当だよ。さっき六組のやつが言ってたぞ」 谷口は語気を強めていった。 ガタンという音ともに後ろに座っていたハルヒが立ち上がった。 「谷口! 本当なのそれ? 嘘だったらただじゃおかないわよ!」 ハルヒは谷口のネクタイをもの凄い勢いで引っ張りながた怒鳴った。 「そんなに怒るなって。言ったことは本当だよ」 「ちょっと、キョン!」 なんだ。 「隣のクラスに確認に行くわよ!」 ハルヒはネクタイが引きちぎれそうな勢いで俺を連行した。 長門が転校したって? どうして? 俺にはそんな事一つも言ってなかったぞ。ハルヒもこの様子じゃ何も知らされてないみたいだな。 ハルヒは隣のクラスに入るやいなや壇上に上がり、 「有希が転校したって本当なの?」 ハルヒはクラス全員に向かって大声で尋ねた。 「本当ですよ。朝、ホームルームで先生が言ってましたし」 近くにいた大人しそうな女生徒がおずおずと言った。 「そう」 ハルヒは礼も言わず教室を飛び出した。ネクタイを引っ張られたまま俺も飛び出した。こりゃ傍から見たら犬と飼い主だろうな。かっこ悪いぞ俺。 教室から出るなり、俺と向かい合うと、 「職員室に行くわよ!」 「とりあえずネクタイから手を離してくれ。大丈夫逃げたりしないから。長門のことだしな」 ハルヒはネクタイを思い切り下に引っ張って、手を離した。そして、職員室のあるほうへ一人で走っていった。締まる簡素なネクタイに苦しめられながら、俺は必死にハルヒを追いかけた。 俺とハルヒは教室に戻り、ドカッと自席に座った。 結果は同じだった。俺が遅れて職員室に入ると、ハルヒは教師を馬鹿でかい声で問い詰めていた。教師は住宅街を歩いていたら突然犬に吠えられたような驚きと疑問を顔に浮かべながら、ハルヒをいなそうと必死だった。ハルヒハ教師が長門の転校の理由が分からないと見るや、「役に立たないわね! 無駄に年食ってるんじゃないわよ!」それを捨て台詞に職員室を出て行った。職員室の入り口から事の成り行きを見守っていた俺を無視してハルヒは階段を登っていくので、俺は仕方なくハルヒを追いかけることにした。 俺はおそらく長門がどこに行ったかなんて分からないだろうと踏んでいた。しかし朝倉の時とは違い、行き先も不明だった。確かに行き先を教えたらハルヒはそこまで会いに行くだろうからこれでいいんだろうな。俺だってカナダにいると分かれば、泳いででも行くつもりだったさ。 打つ手はない。おそらく長門のことだろうから、情報操作をしているはずだ。しかし、なぜ? 「なあ、ハルヒ。なんで長門は転校したんだと思う?」 俺が振り返り尋ねてみるとと、ハルヒはバンっと机を叩き、 「分かるわけないでしょ! なんで有希は言わないのよ!あたしたちってその程度の仲だったの?」 「そんなことはないだろ。何かしらの理由があるんだろ」「キョンもよく落ち着いてられるわね! 何かしらの理由って何よ!」 ハルヒはヒステリックな声を張り上げた。 「それは俺にも分からん。放課後、朝比奈さんや古泉にも聞いてみよう。なにか分かるかもしれない」 ハルヒは何も答えなかった。そのまま崩れるように椅子に座り込んだ。そして、聞き取れないほど小さな声で「もう失うのはいやなの」と呟いた。そしてハルヒは机に突っ伏したまま放課後まで起きることはなかった。 授業はいつにもまして、手がつかなかった。もんもんと長門のことを考え、窓の外を見ていた。上の空というのをこれほど実感したことはない。昼食を一人で済ませ、あてもなく学校をうろついた。そうでもしないと落ち着いていられなかったし、どこかに長門が隠れているかもしれなかった。無意識に歩いたのに、行き着く場所は一つだった。 部室棟、通称旧館の文芸部部室。 ドアをそっと開け、部室を眺めた。パイプ椅子に腰掛け、分厚いハードカバーをめくり、陶器のように佇む長門有希を期待したが、いるはずがなかった。パーツを失った部室は空回りをしているように見えた。これ以上見ていることはできず、教室へと逃げ帰った。 放課後、部室には長門を除く全員が揃っていた。 今日の古泉は笑ってはいなかった。沈痛な面持ちで、心ここにあらずといった様子だ。なぜこんなありきたりの表現かといえば、意識的な表情に感じられたからだ。葬式の時に笑って手を合わせてはいけないのと同じだ。ハルヒは団長椅子に浅く座り、教室の時と同じように机に突っ伏していた。朝比奈さんは健気にもメイド服に着替え、お茶の準備をしていた。しかし部室内に流れる異様な空気に気づいたのか、朝比奈さんは困惑しているようだ。 「あのぉ、キョン君。みなさんどうなされたんですかぁ?」 朝比奈さんは耐え切れずに俺に小声で尋ねてきた。 古泉は『機関』とやらから情報が流れているだろうが、朝比奈さんは上級生であり、なにも聞かされていないのは明らかだ。俺は静まりかえった部室で、朝比奈さんの質問に答えることにした。 「長門が転校したんですよ。理由もいわずにね」 「ひぇ?」 朝比奈さんは驚きとも悲鳴とも取れない声をあげた。 「な、長門さんがですか?いっ、いったいどうして?」 「それは分かりません」 俺はいい加減に答えた。もう、朝比奈さんのかわいらしさを堪能している余裕はなかった。メイド服を着た朝比奈さんでも無理なら、何がこの動揺を抑えることができるか。俺はひどく追い詰められていた。すぐにでも自分の部屋のベッドに身をうずめ、長門のことを考えたかった。 それからどれだけ時間が経ったのだろうか、突然ハルヒは立ち上がり、俺達を見つめた。 「じっとしてても何も始まらないわ。明日は学校を休んで、有希を探すわよ。まだ、何か手がかりがあるかもしれない。時間はいつもと同じ九時だから」 いつものような勢いは感じられない、淡々とした語り口だった。 「そうだな。マンションとかに行ってみるのもいいかもしれない」 ハルヒはそれだけを言うと、部室から早足で出て行ってしまった。 「古泉」 「なんでしょう」 「お前はなにも知らないんだな?」 「もちろんです。前に約束したように、長門さんには危害を加えることはありません。というより、不可能でしょう」 古泉はいつものハンサムスマイルを見せた。 「じゃあどうして長門は転校、いや長門のことだからおそらくこの世界から消えてしまっているんだろうな。理由は分かるか?」 「分かりません。ただ、長門さんの転校は上が決定したことでしょう。それに長門さんは従った、推測ですが、おそらく正しいでしょう」 「それは分かってる。あいつが命令を聞くのは情報なんとかだけだろうさ。問題はハルヒっていう観察対象がいるのになんで消えちまったかってことだ」 「すいません。分かりません」 古泉は困ったような顔をして、肩をすくめた。 やれやれ、古泉が駄目なら誰に聞けばいい。俺は、なぜ長門が消えなくてはならなかったのか、その理由を知りたかった。理由があっても納得できるかは分からないが、正当な理由以外はハルヒと結託して、この世界を変えたっていい。 「あの、キョン君」 朝比奈さんがおずおずと話しかけてきた。 「ひぇ! そんなに嫌そうな顔しないでくださいぃー」 そんな顔をしてたのか。 「すみません。ちょっと考え事をしてたもんですから」 「いえ、いいんですけど……」 「で、なんですか?」 明らかに俺は苛立っていた。 「いえ、その……」 「何も無いなら帰りますよ?」 「だから、その……」 「帰ります」 「あ、キョン君」 朝比奈さんが呼び止める。だが、俺は朝比奈さんにかまってる余裕は無かった。古泉ともこれ以上話しても無駄だろう。俺は朝比奈さんを無視して帰るという、男としてあるまじきことをした。鞄を肩にかけ、部室を後にした。 帰りには雨はやんでいた。それにかわって、蒸発した水によって街は蒸しかえっていた。 家に着くと、妹がキャンディーを口にくわえながら出迎えてくれたが、無視して階段を上がった。一刻も早くベッドに身をうずめたかった。 部屋に入ると、鞄を投げ、ベッドに飛び込んだ。そして身体を丸め、もがいた。 「どうして長門は消えちまったんだ? せめて俺に一言ぐらい前もって言ってくれたっていいじゃないか」 そう自分に問いかけても虚しくなるだけだったし、俺は長門がなぜ転校したのか、考えることは断念した。しかし何も考えないでいると、長門との思い出がフラッシュバックしてきて、それを断ち切ろうと、また頭を抱えてもがいた。まだ、長門は消えたとは決まってはいない。明日には見つかるかもしれない。ひょっこりと現れたりするかもな。 長門だって風邪を引くんだぜ。長門達と敵対する存在にまた妨害されているだけかもしれない。長門だって週明けの倦怠感がいやになることだってあるだろうさ。そう、俺だって月曜日の朝は憂鬱になるさ。長門だって落ち込んで、ブルーな日だってある。 その日、俺はそのまま、満たされない気分のまま眠りについた。 次の日。 予定より一時間も早く起きると、昨晩から部屋にひきこもりっきりで何も食べていないことを、軽くなりすぎた胃の不快感が告げていた。リビングに行くと妹がすでにソファーでテレビを見ていて、いつもこんなに早く起きているんだなと感心した。 「あ、キョン君おはよぉー。今日は早いんだねぇ」 「まあな。ちょっと用事があって」 母親がトーストと目玉焼きという朝食の定番を持ってきたところで俺は今日学校を休んで出かけることを告げた。男には一生に一度やらなければならない時が来るとどこかで聞くありふれた理由を切々と説明すると、案外素直に了承してくれた。 「ふふっ。そういうことにしておくわ」 どこか含みを持たせた笑みで俺を見る。 「それなら早くご飯食べちゃいなさい」 「ああ」 言われなくても食べるさ。俺は昨日から何も食べてないんだからな。 俺は疑惑の判定で世界チャンピオンになったボクサーよりあっけなく食事を済ませ、自室に行って手早く服を着替えた。ちょうどリビングから出てきた妹と鉢合わせになり、妹は不思議そうな顔で 「いってらっしゃーい」 と言って、俺を見送った。俺は妹の頭を撫でてから玄関を出た。ママチャリをとばし、集合場所の駅前へ向かった。予定より一時間も早かった。 駅前に到着すると、SOS団の面々は揃っていた。 ハルヒの「遅い!罰金!」の定型句はなかった。遅刻はしてないしな。というか、お前ら何時間前に来てんだ。俺はこれでも一時間も早いんだぞ。 「今日はお早いんですね」 いやみか。 「いえ、そういうわけではありませんよ。あなたのことだから長門さんのことを考えていて眠れなくなり、睡眠不足で来るだろうなと思っていただけです」 てことは、それを見越して早く来たってわけか。 「それもありますね。それはそうと涼宮さんを見てください。彼女の精神はとても不安定です」 そんなの見なくても分かるし、あいつはいつも精神不安定だろうよ。 「そして、彼女は今日一番早くこの場所に来ていました。僕が来たのが今から十分前ですから、それより前に来ていたことになりますね。僕の言いたいことがわかりますか?」 分からん。でも、俺は古泉が何を言いたいのか分かっていた。古泉は俺を非難している。 「長門さんがいなくなって悲しいのはあなただけじゃないってことです。昨日あなたは朝比奈さんを無視して帰りましたね? 彼女、あの後一人で泣いていたんですよ? 『わたしキョン君をおこらせちゃったかなぁ? ごめんなさい』って」 「……」 「涼宮さんはきっとあなたと同じで夜も眠れずにここに誰よりも早く来たのでしょう。でも、僕がここに来たとき彼女は不安な顔一つ見せずに『遅いわよ、古泉君』って笑顔で言いました。さすがの僕でも胸が苦しくなりましたね」 「……」 「僕も同じです。僕だってSOS団のメンバーと色々と時間を共有してきましたし、突然長門さんがいなくなるのは悲しいんですよ」 「……」 俺は何も言えずに、ただ呆然と古泉の顔を見つめていた。「キョン達何してんの? ほら喫茶店行くわよ! 班決めしないと」 タイミングよくハルヒが俺達の間に割り込んでくれた。「ああ、行くよ」 俺達はいつもの喫茶店に行った。俺はコーヒーを、ハルヒはアイスティーを頼んだ。 「じゃあ、班分けしちゃいましょうか」 ハルヒは爪楊枝を取り出し、俺達に差し出す。 「んー、キョンとか面白くなさそう」 班分けは俺とハルヒの組、そして古泉と朝比奈さんの組に決まった。アイスティーを飲むハルヒの顔はいつになく真剣だ。古泉が言っていた通り、ハルヒは俺達の中で一番真剣なのかもな。もちろん俺だって真剣さ。あれだけ俺を助けてくれて、信頼までしてくれていた長門を見捨てるわけにはいかないからな。 「じゃあ、行きましょ。時間もないし。それとキョン! 今日遅れたでしょ?」 ハルヒは俺をじとっと睨みつけると、 「罰金。分かってるんでしょうね?」 言わないと思ったら今頃かよ。しかも今日は遅刻してねえよ。と思いながら、呆れながら、不承不承ながらもきっちりと払う俺を褒め称えてくれるやつはおらのんか。神様が見てる? そんなの嘘っぱちだ。 一度駅前に戻り、俺達は二手に別れた。今回は範囲の指定はなかった。別れ際にハルヒは、 「真剣に探すのよ! でないと全裸で市中引き回しの刑だから!」 朝比奈さんに向かって言った。それから俺のほうを向き、 「さあ、いくわよ。キョン。絶対見つけてやるんだから!」 ハルヒはいつになく真面目な顔で言った。 「分かってるよ。今回は俺も本気だ」 俺はハルヒの真面目な様子を見て、若干気にかかることがあった。それは、長門がいなくなることをハルヒは望んでいたのかということだ。そうじゃないのに長門が消えたとなれば、神様であるハルヒはいったい? 俺達はまず、長門の住むマンションに向かうことにした。ハルヒは怒っているのか不安なのか、初めてみる表情でややうつむきながら大股で歩いた。俺も自然と早歩きになっていた。一秒でも早くマンションに着いて、何か手がかりを得たかったからな。 「ねえ、キョン?」 「なんだ、突然」 「あたしあの後、有希がどうして転校しちゃったのか考えてみたのよ」 「何か分かったのか?」 ハルヒに分かるはずはないだろうが、一応聞いてみる。 「まずね、教師も行き先を知らないような転校なんてあると思う?」 「普通に考えてないだろうな」 「そうなのよ。それに有希は転校するなんて素振りを一度も見せたことはないし」 「そうだな」 「続きは後で。有希の家に行ったら何か分かるかもしれないしね」 ハルヒ、すまんがおそらく長門のことだから何も分かんないだろうよ。まあ、俺はそれでも行ってみる価値はあると思うぞ。 長門のマンションは駅から近く、気まずくなる前に到着した。中から出てくる住民を待ち、閉じかけの自動ドアを通り抜け、長門の住む階へ向かった。もちろん、ドアは開かず、鍵がかかっており、仕方が無いので管理室へ向かった。管理人のおっちゃんによると、まだ708号室からの届出は出ておらず、未だに長門名義の家になっているとのことだった。おっちゃんとの会話を終了させ、708号室の鍵を借り、また七階へと向かった。部屋に入ると、そこは変わらずに無機質なものだったが、本やら缶詰カレーやら、その他いろいろなものが残されており、本当に長門は消えたのかと感じさせた。結局何の手がかりも見つからず、その場を後にし、マンションから出た。その間、終始ハルヒは俺に対して無言を通し、俺も同様だった。 俺達はこれ以上に行くあてもなく、意味も無く歩き続けた。ハルヒの大股歩きについていくのは堪えたが、それ以上に立ち止まっているのは苦痛だった。歩いていると長門のことを考えないで済むからな。住宅地をぐるぐると徘徊していると、 「駅前の公園に行きましょ」 ハルヒがそう言ったので、それに従うことにした。 光陽園駅前公園のことだ。延々と長門の電波話を聞かされたあの日の集合場所である。 公園に着くと、誰もいない公園でベンチに並んで座った。 俺の左側にハルヒが座った。なにか思い詰めた表情で、斜め下を見つめていた。覇気のないハルヒはあまりにも不自然だった。 「やっぱりおかしいわ」 ハルヒは話を切り出した。 「何がだ。昨日考えてたってことか?」 「それもある。でも、有希が転校したって何か辻褄が合わないのよね」 「それは、お前の中でのことだろう」 「そうだけど。キョンは有希が転校した理由は分かるの?」 「いや、さっぱりだ。長門はこういう時、探しても見つからない気がする」 「なんなのよ! あんた有希のこと大事にしてたんじゃないの?」 「急に怒鳴るな。確かに長門は大事だが、それは団員いうか一人の友達としてだ。ハルヒが思ってるほど大事に思ってねーよ」 「そう、なの? あんたもっと有希のこと好きなのかと思ってた」 「そういうことにしといてくれ。それより、お前の辻褄が合わないってやつを教えてくれないか?」 「そうね」 ハルヒは少し間を空けてから話し出す。 「まず、さっき有希の部屋に行った時なんであんなに物が残ってるのか不思議に思ったの。普通、転校っていったらも家を移動することでしょ? なのにあの部屋はまだ全てが残ったまま。それに管理人に鍵を預けているわけでもない。こう考えると有希って本当に転校したのか怪しくなってくるわよね」 「確かにそうだな」 「でね、思ったの有希は何か事件に巻き込まれたんじゃないかって」 「巻き込まれたとしても転校はできないんじゃないか?」 「うーん、そうなんだけど。有希って一人暮らしなのよ。それに親もどこにいるか分からない。誰でも偽装できると思うけど。あたしは団員のプライベートについては聞かないほうがいいと思って今まで聞いてこなかったから、有希については詳しくは知らないけど」 「長門については俺も詳しくは知らないな」 もちろん、それは嘘だ。 「事件に巻き込まれてないといいんだけど」 「そうだな」 俺は素直に頷いた。 そのまま俺達は三十分ほどそのまま座り続けた。隣に座るハルヒは甘美な匂いがした。横から眺める真っすぐとした黒髪と、整った目鼻立ちは見慣れているはずの俺を緊張させた。 誰もいない公園は、自らの存在価値を失い、泣いているようにも見えた。俺達がいることで存在の瀬戸際を保っていた。そして、俺達がいなくなることでまた価値を失うのだ。そんななんの変哲も無い哲学を考えていると、ハルヒはまた話しかけてきた。 「ねえ、キョン」 「なんだ」 「あたし、一つ謝らなくちゃいけないことがあるのよ」 「誰にだ」 「あたし自身に、それに探してくれてるSOS団のみんなにも」 「そうか。お前が謝るなんて珍しいな」 「珍しくなんかないわよ! あたしだって悪い時はあやまるわ。ただあたしはあんまり後ろを見ないだけよ。あたし過去って嫌いなの。過去っていいところだけを鮮明に覚えてるから、見てるとずっと過去に浸っていたくなるでしょ。そんなのあたしの性格に合わないわ。だって、未来にはもっと楽しいものがあるかもしれないじゃない」 そうだ。俺はこんなハルヒの未来志向が好きだった。そして、憧れていた。ハルヒは俺には無いものを持っている。が、話がずれてるだろ。話はハルヒが謝ることじゃないのか? 「で、お前の主張は分かったが謝らなければならないこととは何なんだ?」 「うん。あたしね、有希が転校したって聞いたとき、それは驚いたわ。なんで?ってね。でも、一瞬あたしは楽になった気がしたの。そして、そう感じた自分に失望した」 「なんで楽になったんだ?」 「それは言えない。あたしにも分からないの」 俺とハルヒは公園を後にして、駅前に戻った。 すでに、朝比奈さんと古泉はいて、二人でなにかを話し合っていた。 「こちらは何も収穫なしです」 古泉は残念そうに言った。 「そう。あたしとキョンは有希の家に行ってみたんだけど、 誰もいなくて、手がかりなしね。ホント、どこいっちゃったのかしら」 「残念です。それとすみませんが、バイトが入ってしまったので 午後からの捜索には参加できそうにありません」 ハルヒは少し考えた後、 「それじゃあ、仕方ないわね。 どうせもう探すところなんてないから、これで解散でいいわね?」 俺と朝比奈さんにむかって言った。 「しょうがないよな。一度帰って、各自で探す方法を考えてみるか」 「そうですね。わたしもそれがいいと思います」 朝比奈さんは頷いた。 「それじゃあ、解散ね。明日の放課後話し合いましょう」 ハルヒはそれだけ言うと、駅に向かって歩き出した。 「それでは僕はこのあとバイトがあるので」 「バイトって、閉鎖空間か?」 「そうです。この件で涼宮さんの精神状態は悪化していますからね」 「そうか」 俺は朝比奈さんが手を振って帰るのを見送ると、 「頑張れよ」と古泉に言って、帰宅した。 家に着くと、すぐにベッドに横になり、また長門のことを考えた。 なにか手がかりはないのか、必死に求めた。 今まで、長門はどんな時でもヒントを出してくれていた。 根拠は無かったが、今回もあるはずだということを確信していた。 そして、俺は今までの長門との思い出をめくった。 そして気づく。 ははっ、なんだ簡単じゃないか。 昨日は気が動転していて気づかなかった。 俺と長門をつなぐもの。 そう、あの本だ。そしてそれは栞という形をとって俺に伝える。 そう思う前に、俺は駆け出していた。 学校をサボったことを忘れ自転車で、全速力で学校に向かった。 息が切れた。 全速力といっても自転車の最高速度はせいぜい四十キロ。 速く、もっと速く。 ペダルは空転し、それ以上を拒んだ。 学校に着くやいなや、部室棟に向かった。 階段を駆け上がり、勢いよく部室のドアを開けた。 すぐに『あの本』を探した。 ――――あった。 素早くページをめくり、栞を探した。 はらりと足元に落ちた、長方形の紙。 それを慌てて拾い上げ、読んだ。 『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』 あの時と同じ、ワープロで印字されたような綺麗な手書きの文字が書いてあった。 俺は栞をポケットに入れると部室を後にした。 そしてそのまま、今日ハルヒと座った、あのベンチへと向かった。 長門を待たせたくなかったからだ。 公園につくと、俺はベンチに座り、辺りを見回した。 公園の時計は三時をさしていたが、それでも遅すぎる気がした。 そのあと俺はじっと長門が来るのを待った。 夜風が肌に凍みた。 こういうときの時間は永遠にすら感じるものだ。 長門はどうしてるのだろうか。 昨日の衝撃が、肉体と精神を限界へと向かわせていた。 長門にもう一度会いたい。 せめて、さよならぐらい。 そして、また会おうなって言ってやりたいんだ。 「来たか」 日が沈み、辺りが暗くなった頃、制服姿で長門は現れた。 時計を見ると、七時一分をさしていた。 無機質な表情のまま、俺の前で立ち尽くしていた。 そして一言だけ。 「こっち」 長門は無言のまま歩き出し、マンションに向かっているようだ。 足音のしない、忍者のような歩き方は変わっていない。 歩き出した長門の横を歩いた。 夜風に揺れるショートカットが鮮明に映った。 マンションに着くと、手押ししていた自転車を適当に止め、 今日三度目のガラス戸を抜け、エレベーターに乗り込んだ。 エレベーターの中で俺は長門を見つめていたが、 無表情のまま立っている以外のことを発見することできなかった。 708号室のドアを開けると、 「入って」 長門は俺をじっと見つめ、言った。 「ああ」 玄関で靴を脱ぎ、リビングへと歩いた。 年中置いてあるこたつを指差すと、 「待ってて」 「いや、お茶ならいいぞ。話を聞かせてもらおうか」 「そう」 長門がこたつの前に座ると、俺も向かい合って座った。 「それじゃあ、聞かせてもらおうか。なぜ転校することになったのかをな」 長門は俺を真っすぐに見つめた。 「情報統合思念体はわたしの処分を決定した」 「そうか。思ったとおりだ」 「ただし、今回の決定は私自身の過失に起因するものではない。 涼宮ハルヒの情報を生成する能力が収束に向かっていることが主な原因。 現在の涼宮ハルヒの能力は、 かつて弓状列島の一地域から噴出した情報爆発の十分の一にも満たない。 大規模な情報改竄は不可能になり、情報統合思念体の無時間での自律進化の可能性は失われた」 ハルヒの能力が収束? 「これからのことは最近になって明らかにされたこと。 わたしのような端末には与えられていなかった情報」 長門は一呼吸おいて続けた。 「わたしはわたしの存在理由を涼宮ハルヒを観察して、 入手した情報を情報統合思念体に送ることだと考えていた。 しかし、それだけではなかった。 そもそもそれだけでは矛盾が生じるのは明らかだった。 情報生命体である彼らは宇宙中の情報を無時間で入手することができるからだ」 長門はまた間を空けた。 「彼らは情報生命体である以上、時間という概念を持つことはない。 それゆえに、人間でいう死の概念、そして記憶というものを持たない。 わたしが十二月に異常動作を起こしたのもこれに起因する。 記憶は彼らの中に本来的に存在しないため、 情報として置き換えるのには曖昧さが残った。そのため、バグが溜まっていった。 十二月に実行された世界改変は、 インターフェースのなかでわたしが最も長い時間を生きているために発生した事故」 「それゆえに、わたしの処分は決定的なものとなった」 「で、結局なんで処分は決定されたんだ?」 「涼宮ハルヒの能力の収束に伴い、地球上で活動する、 インターフェースの絶対数を減らす必要がある。 それに加え、記憶によるバグは危険を伴う。 だから、最も時間を経たわたしから順に処分を開始する。当然の処置」 「だとして、いなくなることはないじゃないか」 「……仕方がない」 「仕方がなくなんかない!」 俺は憤慨していた。すでにこの二日で限界を迎えていた。 「長門、お前はどう思ってるんだ?」 「わたしはこの世界に残りたいと感じている」 「なら!」 「わたしには決定権がない」 「なんでお前の意思は尊重されないんだ!」 「……仕方がない」 「ハルヒに俺が『俺はジョン・スミスだ』だということを明かすと 情報なんたらやに伝えてくれ!」 「涼宮ハルヒにはもう時間を改変するほど力は残されていない」 「くそっ。どうすればお前を助けられる? 俺にできることはないのか?」 「ない」 「……仕方がない」と長門は呟いた。 「……どうすればいいんだ」 「……仕方がない」 俺は立ち上がると、長門に近づき、抱きしめてしまった。 それがいいことなのかは分からない。 ただ、強く抱きしめた。 細い身体は今にもサラサラと砂になりそうだった。 長門は抱きしめ返すことはなかった。 ただ、正座したまま動かなかった。 無機質な有機アンドロイド、長門有希。 寡黙な文学少女、長門有希。 そして俺たちはそのまま。 しばらくすると長門は俺の胸を押し、離れようとした。 「あ、すまん。つい勢いで」 俺は長門から離れ、謝った。 「帰って」 「へ?」 俺は間抜けな声を出した。 「帰って。もう時間」 長門は俺を強く見つめた。これ以上はできないぐらいに。 「帰らないと言ったら?」 「あなたのわたしに関する記憶を消すことになる」 「そうか」 俺はしぶしぶ同意し、リビングを出ることにした。 それ以外ないだろ。長門の記憶が消えてもいいのか? 去り際、長門は言った。 「あなたがわたしのことで本気になってくれたことを嬉しく思っている」 「でも、もう時間がない」 そして最後に、 「ありがとう」 長門ははっきりと言った。 俺は何も言わず、玄関を飛び出た。 エレベーターを待てず、階段で降りた。 マンションの前に放置してあった自転車に乗り、走り出した。 輝かない空を見上げ、自転車を全速力でとばした。 「くそっ。どうして俺は何もしてやれないんだ」 そして俺は逃げ出したのだ。仕方がなかったでは済まされない。 だが、自分を責めることはできず、長門を責められるわけでもなかった。 俺は圧倒的な暴力の瀬戸際に立たされていた。 忘れていたのだ、自分が何もできない普通の人間だということを。 揺らぐ意識の中で、長門のことを思った。 せめて、 長門がバグだというその記憶が、 幸せで満たされていることを、ただ、祈った。 chapter.2 おわり。 chapter.3