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@未明 今回の事件の重要人物と思われる一人。こっちの世界でハルヒ的行動を起こして、サダキョンによって「クラスの女子がハルヒになった(゚A゚)」スレで状況報告されていた。 偽ハルヒが鍵となる人物に自らの存在を伝えることが今回の鍵だったと思われる。 17日になる直前に鍵となる人物にメールを送信。それによって改変はとまった模様。
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思わぬキョンの強引さに、あたしは少し眉をひそめつつ、諦めぎみに目を閉じた。いいわ、もう。煮るなり焼くなり、今度こそあたしの事をあんたの好きにしなさい、キョン――。 布団の冷たさとキョンの温もりとの狭間で、熱気を帯びたあいつの吐息が降りてくる。心持ち尖らせたあたしの唇の先が、やがて包み覆われていく。 なんだろう、初めてのキスなのに、初めてじゃない感じ。求めていたものが満たされていくような、そんな感じ。 できる事ならずっと、こうしていてほしい。開けば生意気な言葉ばかりポンポン飛び出すあたしの口なんか、このまま塞ぎ続けてほしい。ねえ、キョ…んっ? わ、わ。キョンの奴、一度唇を離して息を吸い直したと思ったら、今度はさっきよりも強く、こするように押し付けて、あたしの唇の間を割って舌先を入れてきた…。 いやあのその、あたしだって大人のキスがそーゆーものだって事くらい知ってるわよ!? でもちょっといきなりすぎっていうか、こっちだって心の準備ってものが、ねえ? う。あたしの前歯の上下の境を、キョンの舌がなぞってる。もっと奥にまで入り込みたいの? そうなのね? 仕方がない。そう、仕方がないので、あたしはあいつをもう少しだけ受け入れてやる事にした。――その数秒後、あたしは自分の判断および見通しが甘かったのを思い知る事になる。 ちょん、と先端と先端が触れて、それだけで怯えたように逃げるあたしの舌を、キョンの舌が追いかけて、押さえつけ、絡め取るように根元から舐め上げ、吸い上げて…。 ちょっと、ちょっと何よこれ!? なんかこれエロい! エロいわよこのキス! なんとなく口の中の出来事をあたしとキョンに置き換えて想像してみたら、体の奥の方が大変な事になってきちゃったじゃない。 あーん、前に見た夢だってリアリティありすぎだって思ってたのに! 現実はさらに凄いってどういう事よ!? もうっ、キョンのすけべぇ! ヤバい。いや本当に。これは少々ヤバいかもしんない。あたしは薄ら寒い恐怖さえ感じていた。キョンの事をあまりに過小評価していたのかもしれない。 単になりふり構わずっていうだけの感じだけど、こうも一気呵成に攻め込まれたんじゃ…好きにしなさいどころじゃないわ、まるで抵抗できない。このままじゃ、あたしがあたしでなくなっちゃいそう。だいたい、キョンの奴にいいようにあしらわれっぱなしっていうこの状況が気に食わないわ。キョンのくせに、生意気よ! なんとか主導権を握り返さなきゃ、と焦燥感に追われるあたし。しかしながら…いつも古泉くんとやってるボードゲームの成果なんだろうか、あたしはまたしても、あいつに先手を打たれてしまったのだった。 キ、キ、キスしながら耳を撫ぜるなあっ! あやうく、あたしは官能の波に飲まれてしまう所だったわ。けれどもその間際、頭の中にふっとひとつの疑問が浮かんで、あたしは精一杯の力でキョンに抗った。 「ぷはっ。ちょ、ちょっと待ちなさいよ、キョン!」 「あ…悪い、なんだか夢中になっちまって。息、苦しかったか?」 「それは別にいいのよ! いや良くないけど!」 「どっちだよ」 「だから、あたしが言いたいのはそういう事じゃなくて! …なんだかあんた、やけに手馴れてるじゃない。ひ、ひょっとして初めてじゃ…ないの?」 訊ねてから涙目になりそうになってしまっている自分に気付いて、あたしは内心でひどく狼狽した。 可能性として、あり得なくはない。でもキョンもあたしと同じように初めてのはずだと最初から疑って掛かりもしなかったのは、それは、別の答えを認めたくなかったからなんだ。知らなかった。あたしが、こんなに独占欲が強かったなんて…。 そんなあたしの葛藤を知ってか知らずか、キョンの奴はあたしの問いに、憮然とした表情で答えた。 「バカ言え。何の自慢にもならんが、俺は正真正銘たった今が青い春と書いて青春真っ只中だ」 「嘘! 嘘よ、だってあんた…」 「なんだハルヒ、お前『門前の小僧、習わぬ経を読む』という言葉を知らないのか?」 「へっ?」 「つまりは、見よう見まねって事だよ。 お前の朝比奈さんに対するセクハラ攻撃を、いったい俺が何度止めに入ったと思ってるんだ? あれだけ見せつけられりゃ、嫌でも目に焼きつくっての」 そうしてあいつは、あたしの耳元に顔を近づけて「本当はずっとお前にこうしてやりたいとか思ってたかもな」なんて小声でささやくと、あたしの耳を、はむっと甘噛みしてきたのだった。もう。キョンの奴ったら調子に乗って、ここぞとばかりに! でも安心感で満たされちゃったあたしの心と身体は、キョンの攻勢を受け入れざるを得なかったのよね。そっか。そこまであたしの事を見てるのか。うん。それならまぁいいわ。何が? 知らないけどまぁいい。 ここはあんたのお手並み拝見と行きましょ。たまにはあたしの事をきちんとリードしてみせなさい。ねっ、キョン――。 それからまあアレやコレやを経て、あたし達の最初のセックスは終わった。 別にごまかすつもりはないんだけれども、この後の事は断片的にしか記憶がない。お互いに初めてだったせいもあって、何というかおままごとみたいな? そんなつたないセックスだったと思う。 でもまあ、あたしは結構満足していた。右も左も分からない中を無我夢中で駆け抜けるような、あんな感覚って嫌いじゃない。誰かに手ほどきを受けるより、むしろその方が痛快じゃないの。 当然ながら、反省点も多々あるんだけどね。 えーと、ほら動物の世界で『マウント』ってあるじゃない。犬とかが自分の優位性を誇示するために他の犬にかぶさる、ってヤツ。 アレの最中は、やっぱり人間も動物みたいになってるんだか――その、あいつがのしかかって来るたびに「ああ、あたしは今、キョンのモノにされてるんだ」って思えて…それが何故だか嬉しくって…。 一個人としては「女の子をモノにする」っていうのはむしろ不愉快な表現なんだけども、でもあの時ばかりは不思議とあいつの体重を、ベッドのスプリングに分けてやるのが無性にもったいないような気がしたの。 で、キョンの奴が「もう少し力抜いた方がいいぞ」って言ってるにも関わらず、やたらと四肢を踏ん張ってしまったあたしは現在、首から背中にかけてアンメルツヨコヨコの匂いを漂わせたりしているのだった。あと実は、お腹の中もちょっとヒリヒリ痛い。生理用の痛み止めでなんとか紛らわしてるけど。 教訓。その場の感情に流されすぎちゃダメね。利用できる物はきちんと利用するべきだわ。そう日記には書いておくとしよう。 それにしても。 『涼宮ハルヒ秘密日記』のページ上にトントンと意味もなくペン先を振り下ろしながら、あたしは口をアヒルみたいにしていた。 今更ながらに思うけど、キョンの奴ってズルい! ううん、あいつがズルいのは前々から分かってたのよ。毎度あたしの後ろからひょこひょこ付いてきて、美味しい所だけご相伴に預かろうとするような奴だものね。 でも、今回ばかりはちょっと許しがたい。そうよ、あの行為の最中は気が付かなかったけど、こうして家に帰ってお風呂に入って夕食を済ませてから落ち着いて思い返してみるに――。 キョンの奴、あたしに「好き」とか「愛してる」とか、まだ言ってないのよ!? あたしに散々アレだけの事をしておいてッ! あたしの初めてを…あんな風に奪っといて…。 いやまあ、実はあたしの方も改まって告白したりするのは気恥ずかしくて、まだきちんと言葉にしてはいなかったりするのだけれども。ただ礼儀として、あーゆー事したからには男の方から言ってくるのが作法っていうか? 確かに『古泉くんとあたしがナニするのを邪推して嫉妬した』みたいな事はあいつも言ってたけど、でも「嫉妬した」と「好き」は微妙にイコールじゃ無いじゃない!? それとも…キョンはやっぱりあれは一時の対処療法みたいなものだとか思ってて、好きだの愛してるだのっていう形而上の言葉であたしを拘束してしまうのが嫌だったんだろうか。 確かに胸の話とか、「行動に枷をはめられるのはイヤ」みたいな事を言ったのはあたしの方なんだけども。でもどっちにせよ、キョンの奴ってばやっぱりズルいと思う! うん! …そこを含めて、好きになっちゃったから参ってるのよね。 机の上の小さな鏡を見ながら、左の頬を撫ぜてみる。あたしの頬をはたいた時のキョン…恐かったけど、格好良かったなあ。あんなに真剣に怒ってくれるのは、あたしの事が大切だから、だよね? まあいいわ、今回だけはキョンの無礼を見逃してあげるとしよう。一応、コトが終わった後に、 「ハルヒ…今のお前、反則的なまでに可愛かったぞ…」 なんて事は言ってくれたし♪ あ、でも調子に乗って、汗やら何やらでベタベタした手で頭を撫ぜたりしないでよねっ? リボンが汚れちゃったじゃない! ちょうど替えがあったから良かったけど。あ~あ、これ割とお気に入りだったのにな。一度染み込んじゃうと、洗濯したってこの匂いはなかなか落ちな……… ここは自分の部屋の中で、もちろん居るのはあたし一人だというのに、なぜだかあたしは左右をきょろきょろ見回して、それから机の引き出しに、そっとリボンをしまい込んだのだった。 そ、そうよ、このリボンはもう人前じゃ付けられないから、ずっとこの中にしまっておく事にするわ、うん! …いったい誰に向かって言い訳してるのかあたしは。 はあ、それにしてもまあ。たった一日の間にファーストキスから何から、我ながらずいぶんとコトを進めてしまったものだ。 ついこないだまで、恋愛なんてのは交通事故みたいなもので、きちんと注意さえしていれば回避できるものだと思ってたのになあ。今はもう、四六時中あいつの事ばかり考えてる。キョンの奴には、出会い頭に思いっきりハネられちゃったって感じよね。ほんと、不覚だわ♪ …って、あれ? ちょっと待って!? そういえばキョンの奴、昼間、喫茶店でこんな事を言ってなかったっけ? 『人間なんて明日どうなってるか分からないから、みんなもせめて事故とかには気をつけろよな。特にハルヒ』 それからあたしに向かって『お前は直情径行の向こう見ずで、後先考えずに動くから』とか何とか言ってたような…。 えっ、えっ? ひょっとしてアレって、いわゆる暗示って奴? キョンってもしかしてもしかすると、予言者!? なんてね。たかだか1回セックスしたくらいで、奴の事を特別に不思議な存在だとか勘違いするほど、あたしは愚かじゃないのだ。 だいたいアレを『予言』だなんて言うんなら、あたしにだってそのくらい出来るわよ。そうね、たとえば――。 言わせて貰うなら、セックスなんてのは単なる行為のひとつに過ぎない。少なくともあたしはそう思ってる。 愛情がなくったって出来るし、何の証明にもならない。セックスしたから彼はわたしの物♪なんて、おかちめんこな考え方は噴飯物だ。一時の気の迷いで、そうひょいひょいと人の所有権を移動させないでほしい。 結局その考えは、あたしこと涼宮ハルヒが実際にセックスを経験した後も、特に変わる事はなかった。だからやっぱり、セックスなんてただの行為なのだ。 ただ、これだけは断言しておこう。 客観的、一般的には単なる行為だけれども、このあたしにとってはあんなに痛くて恥ずかしいコトは、よっぽど好きな奴が相手じゃなければとても出来やしない、と。経験者として、それは確信できる。そして今のあたしにとって、その相手はただ一人だけ…。 そう考えている内に、あたしは無意識に携帯の通話ボタンを押していた。 「(ピッ)もしもし、ハルヒか? こんな夜更けにどうし」 「分かってんの、キョン!? あんたは50億分の1、ううん、宇宙人やら未来人やらを含めても、世界中でたった一人の存在なのよ!? すごくありがたい話でしょうが! 選考委員のあたしにはもっともっと感謝するべきよ! 違う!?」 「…違うも違わないも。いきなりそんな勢いでまくし立てられたって、話の筋が全く分からん」 ああ、もう。本当に理解力にとぼしい奴ね。手間が掛かる事この上ないけど、やっぱりあたしがリードしてやらきゃだわ。 「いいから! あんたはこれからもあたしについてくればいいの! それとすっとぼけてる罰として、次に逢う時の食事代から何からは、ぜ~んぶあんたのオゴリだからねッ!」 「いや待て待て。次ってお前、今日のホテル代も結局は俺が払わせられたし、そのあと合流した朝比奈さんと長門には、なぜか特盛りパフェをご馳走させられたし、さすがに財布の中身がだな」 「なに言ってんの! 今日のあんたはみんなに心配とか迷惑とか掛けまくったんだから、そのくらい当然でしょ!? 急用で帰っちゃった古泉くんにも明日、学校でちゃんとお礼言っとくのよ!」 「へーへー。って、お前は俺の母上様か」 「うっさい! 文句があるんだったら、あたしに有無を言わせないくらいの気概をまた見せてみなさいよ、このバカキョンっ!」 ふふっ、気概を“また”見せてみなさいよ、か。 はてさて、次の機会はいつになる事やら。まるで見当も付かないけど、それまではこの、肝心な言葉をきちんと口にする事さえ出来ないムッツリスケベ男の尻を叩き続けるとしましょ。 そうして、携帯を通じてあいつへの叱咤を続けながら、あたしはこっそり今日の日記に、最後の一文を書き込んだのだった。 『初めての相手がキョンで、本当に良かった』 ――ってね♪ 涼宮ハルヒの不覚 おわり
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第七章 「で、何でここにいる?」 一人と一匹に問いかけた。 「入れてもらった。大丈夫。情報操作でこの部屋は防音室。」 「いや、そうじゃなくてさ……」 「彼女は私を連れて帰ってくれたのだ。感謝したまえ。」 そういえば、また忘れてたな。 「ハルヒ。簡単に説明………ってあれ?」 ハルヒはのびていた。 「これまた好都合。」 全然、好都合じゃない。 「要件は?」 「答えは出た?」 「俺は帰らないつもりだ。」 「やはりな。」 何でお前まで知っている。 「それは、キミと一緒に話を聞いたからだ。」 つまり、お前は俺が取り憑いた時の事を覚えていると。 「無論そうだ。」 「古泉一樹もあなたがそう答えると予測した。朝比奈みくるは、逆の予測を立てた。」 「そうか。それを言いに来たのか?」 「違う。もっと大切な事。」 何だ。言ってみろ。 「お腹が空いたのだが。」 下行って妹に餌でもねだれ。 「ここは、あなたが想像する改変世界ではない。」 どういう意味だ? 「正確に言うと、朝倉涼子が創った情報制御空間。時空間を改変してはいない。 彼女は、あなただけをこのオリジナルに似せたこの空間に閉じ込めたと思われる。」 そんな事出来るのか? 「涼宮ハルヒの力を少し使えば可能。」 しかしあいつは、メモリ不足だって言ってたのだが。 「無いなら作れば良い。少量のメモリの増強は簡単。 それに、彼女が消える直前、自分の能力を多少捨てれば尚更の事。 他にも数種類の方法があると思われる。 わたしはあなたの話を聞いた後、色々と調べていた。 すると奇妙な事に、時空震の痕跡が見つからなかった。 朝比奈みくるに問い合わせても、やはり見つからない。」 そういう風に改変したとかは? 「その可能性があったので、ある実験を試みた。」 何だ、それは。 「実際に過去に遡れるかどうか。 朝比奈みくるの力と、あなたが前に使った緊急回帰プログラムを古泉一樹に使用した。」 結果は? 「成功。約1日以上遡れなかった。」 それが何を示唆するのか分からないのだが。 「この世界が改変されたのなら過去はある。しかし、この世界は過去が無い。 だから遡れない。 何故なら、この世界は昨日創られたから。」 「つまり、朝倉涼子君が創ったこの空間は過去が無い。そう言いたいのだな?」 ししゃもをくわえたシャミセンが横にいた。 「今日の夕食はししゃもだそうだ。キミの妹が言っていた。」 「そう。」 「シャミ。まさかお前妹に話しかけたのか?」 「いいや、キミが前に指導した通り、みゃーで済ませた。」 「そうか、悪いな。有難う。長門もな。」 「いい。」 そう言って長門は立ち上がる。 「気が変わったらまた。」 あぁ、何にせよまた会いに行くからな。 「出来れば、あなたには戻って欲しい。 涼宮ハルヒから進化の可能性を見つけたい。 また図書館にも行きたい。」 長門……… 「それじゃあ。」 「待て。ハルヒに話さなくていいのか?」 「………やっぱり今はまだいい。」 長門は帰って行った。 「キミは謝らなくてはならない。」 誰にだよ。 「元の世界の仲間達だ。」 元の世界? 「元の世界の仲間は、この世界と違い、キミの為に働いた。自分の使命に背いてまで。 そして、元の世界のキミの彼女が、キミの帰りを一番待っている筈だ。」 ハルヒが俺を待っている。 「私に宿る仲間も言っている。キミは戻るべきだ。そして、仲間に感謝しろと。」 宿る仲間? 「珪素がどうだとか言ってたな。」 阪中の犬のあれか。 「とにかく、もう一度考えろ。」 「有難うシャミ。」 「礼には及ばない。それより、これを取って欲しい。苦しくてたまらない。」 長門の付けたバイリンガルを煙たそうに引っ掻く。 「いいのか?もう話せないぞ。」 「構わない。」 「そうか。本当に有難うな。元の世界に帰ったら、高級キャットフードをやろう。」 「私には関係ない話だ。」 「そうか。横のボタンを押せ。」 「ここか?」 シャミセンがボタンを押すと、バイリンガルが取れた。 「みゃー。」 シャミセンは下に降りて行った。 さて、生理的なもので、俺も眠くなる。 ハルヒはそのまま熟睡して、いびきをかいていた。 このままこの世界にいると迷惑かけるな… ふと、家族や仲間達の顔を思い出す。元の世界の人々はどうしているだろう。 長門が上手くまとめているといいんだが。 無性に恋しくなる。 しかし………「この」ハルヒをどうする。 ふと、雪山で遭難した時に古泉が言った言葉を思い出す。 「僕が恐れているのは、これが消去プログラムではないかということです。」 「僕たちがコピーされ、シミュレーションによって存在させられているのだとしたら、 わざわざこの異空間から出ていく必要はありません。 オリジナルが現実にいるのであればそれで充分ですからね」 「………さて、ここで変化のない満ち足りた人生を歩むのと、 いっそのことデリートされてしまうのと、あなたはどちらがいいと思いますか?」 前は、俺まで消えてしまうかもしれないという異世界だった。 今度は、俺だけがオリジナルの世界の住民で、この世界の奴らはコピーの住民だ。 消せるか?「この」ハルヒを。 どうするよ俺? 「現実をみろ。」 現実?何処だよ。それは。 「元の世界だろ?長門が連れて行ってくれるさ。」 長門が信用出来るか?この世界の長門は、俺達を殺すきっかけを作ったんだぜ? 「今のお前に何の価値がある。死人に口無しだ。既にお前は利用価値は皆無だ。それに、何故この空間があると思う。」 知るか。そんなもん。 「おいおい、しらを切っても無駄だぞ。なんせ、俺はお前だ。お前の事なら全部分かる。」 あぁ、そうだとも。此処は俺の牢獄だ。 なんかムシャクシャする。 自分自身にこんな形で腹を立てるなんて滑稽極まりない話だ。 「どうせ、失う物なんて無いんだろ?この世界はお前の桃源郷じゃないんだ。」 「ハルヒと誓ったんじゃないのか。やる事があるはずだぞ。」 「足掻けよ。ウジ虫。」 「もう昼か。」 時計を見てハッとした。 ハルヒはまだ眠っていた。そろそろ起こすか。 「起きろハルヒ。もう昼だ。」 「ん、あと4年……」 そんなに眠っていては困るので、俺の自慢の歌で起きていただこう。 「おおーおきろー♪おきろおきろおきtッ……おきろー♪」 「うるさーい!!」 「昼だ。起きろ。」 「んー?もうそんな時間?たしか昨日は………」 あ、まずい…… 「キョン。有希と何があったの?正直に話しなさい。」 ハルヒは引きつった笑みを浮かべる。このままでは、俺は至上の苦しみを味わうだろう。 長門は宇宙人だと言って通じるわけないし、言い訳、何か良い言い訳はないのか!? 「えーと、長門は元々霊感の強い家系の生まれなんだ。だから、最後に何か話そうと思って………」 「ふーん。有希だったらありそうね。 ところであんたの猫、喋ってなかった? いいえ、喋ってたはずだわ。これは調べる価値があるようね。」 ハルヒは一目散に駆け出して行った。 「やれやれ。」 1時間程経っただろうか。ハルヒは不満そうな表情で帰ってきた。 「どうだった?」 「ダメね。うんともすんとも言わないわ。」 「だろうな。」 内心ほっとした。 「いいわ!!行くわよキョン。みんなに最後の挨拶しなきゃ。」 「あぁ。」 「どうしたの?元気ないわね。」 「………いや、何でもないさ。行こう。」 外に出る。今日はいい天気だ。雲一つ無い。 「ほら。」 何だ。 「手。繋いであげる。」 「ありがとう。ハルヒ。」 「ふん、どういたしまして。」 俺達は学校へ歩む。 太陽は俺を嘲笑うかの如く照りつけ、俺の心に陰を作る。 忌々しいが、どこか温かいかけがえのない存在者。 それはまるで、現在俺の横で鼻歌混じりで歩いている奴みたいだ。 「着いたわ。」 真っ先に部室棟へ向かう。 「待ってた。二人共。」 「有希!!」 ハルヒは長門に飛びつくが、虚しく体をすり抜ける。 「そっか……死んでるんだった。あたし。」 「朝比奈さんと古泉は?」 「もう直ぐ来る。その前にこれに入って。」 長門の指した先、二体の人形があった。 「これって……」 あぁどう見ても俺とハルヒそっくりだ。 瓜二つと言っても過言ではない。 「入って。」 ハルヒは混乱状態だったので無理矢理押し込んだ。 俺ももう一体の方に入る。 「え……あたし、生き返った!?」 人形に入ったハルヒが喋り出す。 「通常の有機生命体と同じ作り。内臓等の器官もほぼ100%一緒。」 そんな事いいから服くれ。今頃素っ裸な事に気付いた。 「あたしはみくるちゃんのでいいわ。」 「俺のは?」 「無い。」 「どうも。おや………これは。」 スマイルがにやけに変わった古泉がそこにいた。 よう、古泉。悪いが服くれ。 「僕はこのままが興奮しますがね。残念ですよ。本当に。」 と言いながらジャージを俺に手渡した。 「こんにちは、長キャー!!」 しまった。遅かったか。急いでジャージを着る。 「では、始める。」 「待て。お前らは、消えて良いのか?」 「愚問ですね。僕は世界の味方です。偽りの世界ではなく、本来在るべき世界のね。 あなたがこのままこの世界の住人を希望するなら、力ずくで押し返してあげますよ。」 「わたしは、キョン君と涼宮さんが幸せになる未来が見てみたいな。」 「わたしもあなたが生存した世界を望む。わたしのために。」 みんな、すまない。俺は、お前らの希望する世界を創る。絶対お前らの期待を無駄にしない。 どんな困難も乗り越える。2人……いや、SOS団全員で。 「そちらの僕達に言って下さい。」 「大切な仲間を。」 「裏切るな。」 あぁ、伝えとく。 「ハルヒ。悪いがお別れだ。」 「いやよ。」 銀色の斬撃が走る。 俺は、間一髪逃れる。 「いやよ。ずっとキョンと一緒なんだから。」 どこから出したのだろう。ハルヒの手には、ナイフが握られていた。 「キョンはあたしだけのものよ。だれにもわたさない。」 これが俗に言うヤンデレというやつか。よくは、知らんが非常に怖い。 「猿芝居は止して欲しい。わたしの目は誤魔化せない。」 長門の一言に、ハルヒの手が止まる。 「あら、またバレちゃった。 いかにもあたし、いや、わたしは、涼宮ハルヒでありながら、朝倉涼子でもあるわ。」 どういう事だ。 「まず、朝倉涼子の能力を使い、情報制御空間を造る。 そして、涼宮ハルヒの能力を使い、空間内部を現実そっくりに構築したわ。 その時、涼宮ハルヒと朝倉涼子を同化させれば良い。 そしてこの空間が生まれたの。分かってくれたかな? それにしても、あなた達がわたしの予測通りに行動しなかったのは、誤算ね。 まだ力が上手く制御出来ないみたい。」 ハルヒの容姿をした朝倉涼子は微笑んでいた。 くそったれ。俺はこんな奴と2日間連んでいたのか。吐き気がする。 「……わたしは、あなたにここに居て欲しいの。」 またハルヒの起こす情報爆発とやらを観測する為か? 「今のわたしは情報統合思念体から外れ、一個人として動いてるの。もうそんな必要は既にないわ。」 「なら、何故こんな事をした。」 「あなたを守るためよ。」 「意味分かんねぇよ。守る?殺すとの間違えじゃないのか?」 「先にこれを見てもらおうかしら。」 部屋が一気に暗くなり、壁や床に映像が映る。 そこに映るのは、平和な日常。俺がいる。 「これはあなたが生存した場合の未来。」 映像はだんだんとスピードをあげ、早送り状態となる。 途中から少しずつゆっくりとなる。 「ふえぇぇぇ!?」 「朝比奈さん。見てはいけません。」 古泉が朝比奈さんの目を塞ぐ。 「こりゃあ……なんと………まぁ。」 グロ表現たっぷりの映像だった。俺も見るべきではなかっただろう。 風貌から見て、数年後。ハルヒは暴走する。 俺や宇宙人、未来人、機関の人々が止めに入るが俺は死に、全て無駄に終わる。 正気に戻ったハルヒだが、自分の行いに苦悩し、発狂。 再度暴走を始め、世界中の人々を巻き込む。その後、誰か知らない野郎にハルヒは殺される。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 世界は改変され、俺達は蘇る。だけどそこにハルヒはいない。 「これはわたしの計算が導き出した未来。」 「冗談だろ?」 「情報統合思念体も同じ考えのはずよ。」 もしや、今まで長門の親玉が黙ってたのは…… 「彼女が確実に起こす情報爆発を待ち望んでいるからよ。 あなたを殺すつもりは無かった。長門さんが助けに来る事や、わたしが消される事くらい分かってた。 それでも、あなたにはこんな未来を歩んで欲しくない。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースじゃなく、 あなたを想う『人』としての希望なの。」 「それでも俺は帰る。」 俺は、約束したんだ。こいつらと元の世界のハルヒに絶対帰ってやるって。 「ダメ、絶対。後悔するのはあなたよ?この世界で安穏と暮らした方が良いんじゃない?」 「ハルヒがいないこの世界で俺に何が出来る?止めるならお前をぶっ飛ばす。」 「……そう。分かっているの?今のわたしに勝てる人はいない。例え倒しても、同じ方法で再生するだけよ。」 「「長門さん!!」」 朝比奈さんと古泉が叫ぶ。 「僕達に任せて行って下さい。」 「ここは、わたし達が死守します。」 「無理。この空間はただの情報制御空間ではなく、空間の隙間に強力なファイアーウォールが張ってある。 これを破るには、涼宮ハルヒの能力が必要。しかし、彼女が抵抗する今、それは不可能。」 2人からは諦めの表情が見える万事休すか。 その時、俺の頭のどこかがプッツンと逝ってしまった。 なんで俺がこいつ等に人生を制限されねばならん。 確かにハチャメチャな人生も良い。良いがそれは人間の基本的な倫理観においての話。 自分の今後の生活を脅かし、死亡時期まで決められちゃ困る。うざい。非常にうざい。 とりあえず、目の前の朝倉が一番邪魔だ。 「どけぇぇぇぇ!!!」精一杯のパンチをお見舞いした。 朝倉は一瞬怯むが、すぐ体制を整え、俺の首を絞める。 「女性に手をあげるなんて最低じゃない?」 苦しい。呼吸が出来ない。俺は朝倉を睨む。 「残念ね。いっそのこと、今すぐ楽にしてあげるからね。」 機械のように笑っている。顔はハルヒだが、こんな表情はしない。 急に力が緩み、解放される。俺の顔に血潮がかかる よく見ると、朝倉の手が切断されている。 グロい。血が脈打つように吹き出てる。 「わたし達が守る。」 その瞬間、長門が俺の目の前に青白い半透明の膜を張る。 膜はちょうど部室を2等分し、片方に俺1人の状態。 「よく聞いて。」 朝倉の相手をしながら長門は話す。 「あなたに会えて良かった。あなたはわたしに任せる。あなたは、彼女を守って。」 「何言ってるんだ?」 「さようなら。」 「待て長門!!」 「流体結合情報凍結。」 終章へ
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涼宮ハルヒの驚愕(前) 以下のデータは、前後編であることが発表される前のものが含まれています。 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:2011年5月25日(初回限定版)(当初予定は2007年6月1日発売予定だったが、その後発売延期となる。しかし、『ザ・スニーカー2010年6月号』にて一部先行掲載が行われた。) 初回限定版は5月25日、通常版は6月15日発売予定である。 本編ページ291P 表紙絵:涼宮ハルヒ(ザ・スニーカー2007年6月号付録の付替えカバーは朝比奈みくる) タイトル色:橙色(付替えカバーは緑色、全体色も緑色) 初出:書き下ろし 初出順第27話 裏表紙のあらすじ紹介 SOS団の面々が学年を上げたといって俺の魂に安寧が訪れることもなく、春らしい話題であるはずの旧友との再会についてはやっかいな事態の来訪を告げただけだったが、これらが引き起こすであろう事件は不確定な未来でしかありえなく、かつ過去に起きたことも磐石の一枚岩ではないという疑惑を振り払えず、つまり何が言いたいかというと面倒な立場に追い込まれてこんな独り言をぼやいてる俺の身になってほしいってことだの第10巻!涼宮ハルヒの驚愕付替えカバー(ザ・スニーカー2007年6月号付録)の裏表紙より。没バージョン。 SOS団の最終防衛ラインにして、その信頼性の高さは俺の精神安定に欠かさざる存在であるところの長門が伏せっているだと?原因はあの宇宙人別バージョン女らしいんだが、そいつが堂々と目の前に現れやがったのには開いた口も塞がらない心持ちだ。どうやら、こいつを始めとしたSOS団もどきな連中は俺に敵認定されたいらしいな。上等だ、俺の怒髪は天どころか、とっくに月軌道を越えちまってるんだぜ?待望のシリーズ第10巻! 目次 第四章・・・Page5 第五章・・・Page68 第六章・・・Page189 アニメ 全編未アニメ化 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第17巻に収録第82話『涼宮ハルヒの驚愕I』(P5-P40、何も起こらず通常通りに学校生活を送る(α7)SOS団が長門のマンションに向かう途中からキョンと九曜の会話中に朝倉が乱入する場面(β7)) コミックス第18巻に収録第83話『涼宮ハルヒの驚愕II』(P40-P60、朝倉がキョンにナイフを突きつけるシーンから九曜朝倉喜緑江美里が立ち去ったのちキョンが誰かからの『面白い冗談だわ・・・』という言葉を聞く場面まで。(β7)) 第84話『涼宮ハルヒの驚愕III』(P60-P102、長門のマンションへ戻るところから佐々木の留守電を受ける(β7)第5章の最初から入部試験のペーパーテストを終えた場面α8最後まで(α8)) 第85話『涼宮ハルヒの驚愕IV』(P102-P149、β8の最初から(火曜日朝)キョン・佐々木・橘・藤原・周防との喫茶店の会合で藤原の『好意で言ってやっている』後の九曜が発言するまで(β8)) 第86話『涼宮ハルヒの驚愕V』(P149-P169、キョン・佐々木・橘・藤原・周防との喫茶店の会合で佐々木の状況整理から佐々木・九曜・キョンが谷口と国木田に会うまで(β8)) 第87話『涼宮ハルヒの驚愕VI』(P169-P227、佐々木・九曜・キョンが谷口と国木田に会うところから、国木田・九曜と佐々木キョンの会話を経てキョンと佐々木の九曜についての特性について会話をする(β8)第6章に入り新入団員試験第一次適性検査を行うも、合格者が一人出るところまで(α9)) コミックス第19巻に収録第88話『涼宮ハルヒの驚愕VII』(P227-P282、新入団員試験合格者のヤスミが退出するところからヤスミの秘密に疑念を抱くキョンの場面(α9)β9の最初のキョンと国木田の会話から、キョンの家に佐々木が訪ねてきて佐々木が会いに来た目的を話す場面まで) 第89話『涼宮ハルヒの驚愕VIII』(P282-P295、キョンの家に佐々木が訪ねてきて佐々木が会いに来た目的を話す場面から(β9)佐々木が帰るまで(最後まで以降は驚愕後編へ)) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 朝比奈みくる 古泉一樹 長門有希 周防九曜 朝倉涼子 喜緑江美里 佐々木 橘京子 周防九曜 藤原 渡橋泰水(ヤスミ、わたぁし) ハルヒの母親(会話の内容のみ) あらすじ 長門有希が学校を休んでいることが分かったSOS団は、長門のお見舞いに行き、世話をすることになる。 しかし、長門は「心配するな」とキョンの携帯にメールを送る中で休止状態に入ってしまう。 キョンが怒りに任せてマンションを飛び出すとそこには九曜がいた… 後に繋がる伏線 刊行順 ←第9巻『涼宮ハルヒの分裂』↑第10巻『涼宮ハルヒの驚愕(前)』↑第11巻『涼宮ハルヒの驚愕(後)』→
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第六章 やろうと思えば、何でも出来るもんだ。 簡単に俺はシャミセンの体を乗っ取った。 どうでも良いが、動きづらい。 俺は、再び学校へ向かう。 今頃昼休みだろう。 途中、ある2人が目に入る。 制服を着た髪の長い女性とにやけ面のハンサムボーイ。 よく見えない。もっと近きへ行く。 「今回は、大変な仕事だったらしいね。古泉君。」 「えぇ、それは大変でしたよ。鶴屋さん。 準備から実行まで、かなりの金額と時間と労力を費やしました。 あなたの御父上には、大変なご迷惑をかけました。感謝しますよ。心の底から。」 「あたしに感謝を言われても困るよっ。見ての通り、あたしゃめがっさ怒ってるんだからね。」 何を怒ってるんだろうか。鶴屋さんは、怖いオーラを発していた。 絶対に近寄ってはならない。そんな雰囲気だった。 古泉は、顎に手をあて、顎を撫でるような格好をする。 口元は笑っているが、目は、じっと鶴屋さんを凝視している。 険悪なムードが漂う。 「こんなっ、こんなことっ許されると思ってるのかいッ!!!」 「申し訳御座いません。」 「あたしは干渉しない。いや、したくない。 でもッ!!! 行動しなきゃ、誰かを失うって初めて知ったよ。これだけは、言っておく。 誰が見ても、これは、倫理的な道程からは、外れてる。間違った行為さっ。」 「責任は取るつもりです。僕なりのね。」 「死んで詫びるなんて、言わないでよ。 それは、逃げるに他ならないんだからさっ。」 「分かりました。」 「………あたしは今から、学校に戻るよ。勉強しなきゃ。 次に誰かに手を出したら、あたしがキミを止めるからねっ。」 鶴屋さんは、走って帰って行ってしまった。 古泉は、しばらく呆けていた。 「そろそろ、僕も帰りますかね。」 「みゃー。」 待ちな、古泉。 「これはこれは、彼の家の猫。えっと、シャミセンでしたね。」 急に古泉は考えて、笑い出した。 「くっくっく、長門さんのおっしゃる通りですか。」 「みゃー。」 どういうことだ? 「申し訳ありませんが、あなたの言葉は私には、解りません。 放課後、部室へ来て下さい。全てお話しします。」 そう言うと、古泉は帰って行った。 どうやら長門は、猫である「俺」が来るのを予期していたらしい。話が早くて済む。 放課後 「みゃー。」 「来ましたね。」 校門で古泉と朝比奈さんが待っていた。 「ごごごごごごごめんなさいキョン君。何も言えなくて。」 朝比奈さんは、俺を抱きしめ、謝った。俺、一生猫のままで良いかも。 「行きましょう。長門さんが待っています。」 そのまま部室へ向かった。朝比奈さんの感触が気持ちいい。至福の時とは、まさにこのことだ。 部室へ入る。 「待っていた。」 「みゃー。」 話してもらおうか。 「分かってる。」 「長門さん。通訳をお願いします。」 「必要ない。」 長門は、俺の首に何かをかける。 「何だ?k……うぉ!?喋れる!!」 「猫用バイリンガル装置。」 「ふぇー、ドラ●もんみたいですね。」 「今回の事は、深く謝る。」 「反対勢力の暴走だろ?仕方ないさ。」 「違う。」 は? 「ユダはわたし達。全勢力があなたと涼宮ハルヒを抹殺する計画をした。」 おいおい、冗談は顔だけにしまじろう。 「な、どうして…?」 「わたしの場合は新たな情報爆発の期待。きっかけを作ったのは、わたし達情報統合思念体。 有機生命体の一般に「恋愛」と呼ばれる感情を利用し、新たな情報爆発を期待した。 しかし、失敗に終わった。彼女が情報爆発を行う機会は格段に増えたが、リスクもまた、高い。 彼女の力は落ち着いてはいるが、力自体は衰えてはいない。 むしろ、より強力な物へと変貌している。 一歩踏み違えば、地球だけではなく、宇宙空間まで被害が及ぶ。 情報統合思念体は失望し、『扉』である涼宮ハルヒ『鍵』であるあなたを抹消する方向で計画を続けた。」 「わたしの場合は未来の固定化です。今回の事件を邪魔する人の足止めをしたそうです。」 「機関の方では、最近無意識に発生する閉鎖空間の対処が不可能になりました。 神人の異常増加が原因です。進行の速さは緩やかなのですが、このままでは、いずれ世界は改変されます。 対抗策として、谷口君などを利用し、彼女の錯乱状態を抑えようとしましたが、逆に拍車を加えました。 閉鎖空間の拡大する速さが異常なまでに速く、神人の対処もままならぬ状況でした。 結果、涼宮さんを抹殺する事を上が決定しました。」 「…………」 言葉が出なかった。 俺とハルヒは、こいつらの謀略にはめられたのだ。 こんな事許せるもんか。絶対許さん。 「ごめんなさい。ごめんなさいキョン君。」 朝比奈さんは崩れ落ちるように、床に顔を伏せた。 「泣いたって無駄ですよ。後の祭です。話は終わったな。俺は逝くぜ。」 「待って。」 小さな手が俺の尻尾を掴む。 「何だ?」 「あなたは、わたし達に言うべき言葉があるはず。だからこそ、ここに来た。違う。」 確かにその通りだ。しかし、 「今更お前らに話して何になる。」 「話して。」 「ふざけるな。こんな所に居てたまるか。帰るぞ。」 「離さない。」 「なら、シャミセンから出ていけば良いだけだ。じゃあな。」 「不可能。」 長門の言葉通り、俺はシャミセンから出れなかった。 「あなたが猫に憑依した行為は、本来してはいけない。 それを解くことが出来るのは、この中でわたしだけ。」 つまり、俺がシャミセンから出れないで困ると想定済みという訳か。 「そう。」 やれやれ、長門さんには、かないませんよ。 「今から、あなたを解き放つ。じっとして。」 「最後に良いか?」 「何?」 「おばけの俺は、お前には、見えないのか?」 「否、見える。」 俺が死んだ後、お前が来た時、近くにいたが、 まさか、気づかなかったなんて長門らしくないな。 「気付いてた。しかし、涼宮ハルヒもいた。 この場合、無理に言葉を交わさないのが妥当であると判断。」 なるほど。もう一つ。 俺をハルヒの夢に招待した理由が解らん。 わざわざ喜緑さんと古泉を用意してまで、朝倉を倒す芝居をする必要は無いだろう。 何故、一気に俺とハルヒを殺らなかった? 「何の事?」 長門の手が止まる。 「僕も知りません。」 おいおい、冗談キツいぞ。 「本当。した記憶は無い。」 何だこの違和感。どこかで感じた記憶がある。 「詳しく話して頂けますか?」 俺は、ありのまま話した。 ハルヒの夢に送られた事。 朝倉が出現した事。 朝倉の言葉「真実」「終わらせない」 勿論、俺がハルヒに不覚にも「愛おしい」と言った事は内緒である。 「あなたの言葉が本当なら、この世界は偽りの世界。」 つまり、改変された世界だと? 「多分そう。あなたの話からすれば、改変したのは朝倉涼子。」 穏やかに、しかし力強く長門は言った。 「あなたを元の世界に帰還させる事も可能。」 「これは興味深い話ですね。僕も協力しますよ。」 「わ、わたしもキョン君と涼宮さんのために、働きます。」 「すまん、助かるよ。古泉、朝比奈さん。だが、良いのか?」 「罪滅ぼしですよ。もっとも、これで償えるとは、思っていません。」 「それでも、有り難いよ。」 「但し100%戻るとは、限らない。」 「構うもんか。やってみるさ。」 「あなたが元の世界に戻ったとしても、あなた達が幸せになるとは、限らない。 他の勢力に狙われているのは当然。今回同様わたし達が敵に回る事もある。 あなたは一人でも、彼女を護れる?」 「…………。」 単純に考えれば答えはNOだ。 桁違いの頭脳と力を持った勢力とただの凡人一人が戦っても勝てるはずがない。 簡単に言うと、戦闘力5の地球人とフリーザ一味である。 「考える時間はまだある。ゆっくり考えて欲しい。それと一応、あなたが帰る準備をしておく。」 「分かったよ。気長に考えるさ。まだ、時間は残ってる。」 「次に来る時は、涼宮ハルヒと一緒に来て欲しい。」 「ハルヒ?」 「どうしても必要。」 「分かった。それとよ、何故俺の記憶だけ残っている?」 「解らない。だが誰かがあなたを守った可能性が高い。」 「そうか。まあいいや。」 「では、離す。」 スッとする気分と共に、目の前が真っ白になった。 目の前には朝比奈さん、長門、古泉がいた。 「じゃあな。」 長門にしか聞こえない言葉を吐き捨て、俺は部室を後にした。 家に着くとハルヒがいた。何しに来やがった。 「暇だから、来てやったわ。」 「俺は忙しかったがなぁ。」 「忙しい?あんたが?どこ行ってたの?白状しなさいよ。」 まずい。口が滑った。長門達に会いに行ったなんて言えないぞ。 「し、親戚の家にも行って来たのさ。」 「本当?それにしては、帰りが早くない?怪しいものね。」 「本当だとも。顔見てすぐ帰って来た。」 「まあいいわ。今更、どうこう言える立場じゃないし。 それよりキョン!!あたし暇なの。どっか行きましょうよ。」 「思い出巡りでもしょうか。」 「過去を振り替えるのは嫌。前をだけを見て行動したいの。」 俺達に未来は無いようなものなのだがな。 ハルヒには、思い出したくもない過去があるのだろう。 わざわざ俺がハルヒの傷をいじる必要はない。 「おし、映画でも見るか。」 「映画ならいいかな。」「じゃあ、行くか。」 「競争よ。キョン。」 ハルヒはふわっと浮かび上がり、繁華街の方へと飛んで行った。 「待てよ。」 俺も必死になって追いかける。 楽しい。今、俺は人生(死んでるけど)で一番幸せなのかも知れない。 誰にも邪魔をされず、平和で、近くには俺を導くハルヒがいる。 ここは、天国のような世界なのか。 気付いたら映画館だった。 「どれ見るか?」 「そうねえ。あれがいい。」 ハルヒが選んだのはSF映画だった。 ハルヒが好みそうな、いかにも宇宙人や超能力者が出てきますよ的な映画だった。 「入るか。」 「待って!!」 ハルヒは、俺の腕を引き寄せ、俺の腕と絡ませた。 「少しは、あたしの夫らしくしなさいよ。」 夫!? 「もう、婚約したのと一緒よ。夫婦なの。」 ふふふと笑いながら、ほんのり顔を赤らめるハルヒ。 俺は、かなり恥ずかしい。多分、顔が真っ赤だね。 周りに霊感の強い人が見ていたらどうしようかと思う。 どうしようも無いが……… 「タダで入るなんていい気分ね。VIP客みたい。」 俺は、罪悪感でいっぱいだった。小銭を探したが無い。 あっても払う気はないし、払えるわけもない。 映画はあまり面白い代物ではなかった。 ハルヒなんて、途中から眠っている。 なんか俺も頭がぼーっとしてきた。 俺は元の世界に戻りたい。 あいつが起こす問題。 それを試行錯誤し、解決する俺達。 ハルヒが消失した日。 あの時はそう思い、エンターキーを押したはずだったよな。 だけど………… だけど…… だけど!! もう疲れた。 横には、ハルヒの寝顔。性格とヘンテコな能力さえ除けば、ただの可愛い少女だ。 「あなたは一人でも、彼女を護れる?」 頭に響く言葉。 「否、俺はハルヒを助ける力なければ、気力も無い。」 虚しく呟く。 映画はいつの間にか、エンディングに入る。 綺麗な曲が流れ出した。 俺は、何故此処にいる。 朝倉は俺に何を望む。 己の無力さを教える為か? 俺はともかく、ハルヒまで殺す利点は何だ? 解らない。 俺は何をすれば良い? 「あれ、終わったの?映画。」 「ああ、起きたか。」 「帰ろっか。」 「そうだな。」 「おんぶ。」 「は?」 「何度も言わせるな!!おんぶよ。おんぶ。」 「はいはい。」 「今日は一緒にいよっか。」 「ダメ。家に帰りなさい。」 「だって暇なんだもん。どうせ幽霊だから、誰とも話せないし。」 俺にはシャミセンがいるけど。 そういえば、シャミセン連れて帰るの忘れた。 今頃どうしているだろうか。 「ね。いいでしょ?」 「わかった。わかった。」 家に帰って驚いた。 「お帰りなさい。」 「「え゛!?」」 シャミセンと長門がいたのだ。 長門は俺達が見えてるんだよな。 「ちょ……ハルヒがいるんだぞ。」 「好都合。」 「ちょっとキョン。これは何!?不倫?不倫なのね!?」 「MAMAMA待てハルヒ!!誤解だ。ご懐妊だ。」 時既に遅し。くだらない駄洒落を言うや否や、ハルヒの連続グーパンチが飛んでくる。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ。」 「痛い、痛い!!長門!!何とか言ってやれ。」 「………自業自得。」 どう見ても長門です。本当に有難う御座いました。 「あれ?何で有希としゃべってるの?」 今頃気付くな。 「わしもおるぞ。」 「ひっ!!猫がしゃべった?」 シャミセン。お前もか。 第七章へ
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さあ、SOSバンドのライブの始まりだ。 1曲目は――『パラレルDAYS』 ハルヒ書下ろしの新曲だぜ。 『パラレルDAYS』は1曲目に相応しい疾走感のあるロックナンバーだ。 しかしこの曲、ドラムの難易度は半端じゃない。 なんせ曲の入りが俺のドラムからなのだ・・・! しかし、思い切って叩き出したビートは、自分でもびっくりするくらい、素晴らしい出来だった。 ドラムをしばき倒す打撃音が体育館の壁に反響し、俺の鼓膜にまで返ってくる。 よし!イントロ成功だ。 即座にキーボードが、ギターが、ベースが、俺のビートに一気に覆いかぶさってくる。 長門のギターが流れるようなメロディラインを、ハルヒのギターが正確なリズムカッティングを刻み、 古泉の弾き出す重低音がそれを支え、そして朝比奈さんのキーボードが色とりどりの彩色を加える。 今まさに、バンドが走り出したんだ。 そしてハルヒがスタンドマイクの前に歩み寄り、歌い出す。 体育館の天井を突き破って、空の先まで、月まで、届きそうな程の伸びやかで美しい輪郭を持った声。 今日のハルヒはどうやら絶好調らしい。 ああ――この歌声を聴くために俺はドラムを叩いているんだ―― いつか思わずハルヒにこぼしてしまった失言も、この歌声を聴いた今は本音だって胸を張って言えるね。 観客はハルヒの歌声、長門の超絶ギター、朝比奈さんと古泉のプロ並みの演奏に驚いている。 俺のドラムも何とか4人についていけている。 そして曲はサビへと展開する。 『おいで忘れちゃダメ 忘れちゃダメ 未来はパラレル―― どーんとやってみなけりゃ 正しい? いけない? わからない!』 まさにハルヒを象徴するような歌詞だ。 俺は夢中にドラムを叩きながらも、最初は驚きに静まり返っていた観客が 曲に合わせ手拍子を鳴らし、拳を振り上げ、声をあげる様子を視界の端に認めることが出来た。 そして俺の真正面に立って、マイクに向かい、天上の美声を紡ぎだすハルヒが普段よりずっと大きく見えた。 そして曲は間奏の長門のギターソロパートへと進む。 ココは『パラレルDAYS』における最難関とも言えるパートである。勿論長門はどんなに難しいソロであろうと 完璧に弾きこなしてしまうだろう。問題は俺である。 ドラムのソロパート(しかも叩きまくり)がある上に、長門のソロのバックではツーバスという高等技術を披露せねばならない。 ツーバスとは、ドラムセットの中で最も大きく、足でペダルを蹴って低い音を出すドラムのことだが、 通常は1つのこのドラムを2つセットし、両足でドカドカ連打するのである。 (※こんなの http //www.cozypowell.com/images/kit1981.jpg) 要するにムチャクチャ高度なテクと体力が必要って訳だ。 正直、あのENOZの岡島さんですら「このパートはちょっと難しいね~」とおっしゃっていた。 つまるところ、1曲目から初心者ドラマーであるこの俺に最大の山場が訪れてしまったというわけだ。 ハルヒの歌が止み、古泉が軽やかなフレーズをベースで刻む。そしてドラムソロ―― 「うおりゃーっっ!!!!」 思わず声に出てしまう程の力を込めてドラムをしばき倒す。スムーズさはイマイチだったが何とか成功! するとハルヒが流れるようなピックスクラッチ(※弦に対してピックを垂直に当てて滑らせることにより独特の効果を得る奏法) を決め、それに呼応するかのように長門がスッと前に出てソロを取り始める。 さあ、こっから俺はツーバス連打だ。動け!俺の両足よ! 『ドカドカドカドカドカ・・・・・・』 自分でも不思議なくらい両足が動く!そんな俺に触発されたのか、長門のソロにも一層熱がこもる。 古泉も朝比奈さんもノリノリで身体を揺らしながら演奏している。 ハルヒは最大の難所を越えて見せた俺の方にちらりと顔を向けると満足そうな笑みを浮かべた。 そして、再びマイクに向かい、サビを熱唱する。 観客の熱気も1曲目にして最高潮だ。アウトロの『ラララ~』のパートもハルヒと共に合唱までしてくれている。 所謂シングアロングってやつだ。そしてそんな熱狂を保ったまま、長門の再びの超絶ギターソロと共に曲は終了する。 湧き上がる拍手と歓声。当初はその珍妙な名と衣装から好奇の目を向けられていた俺達SOSバンドは、 1曲目にして完全に観客に受け入れられたようだ。 間髪置かず、ハルヒの合図と俺のスティックのカウントから2曲目が始まる。 2曲目はこれまたハルヒ書下ろしの新曲『冒険でしょでしょ?』だ。 1曲目とは打って変わってのポップなミディアムナンバーである。 『パラレルDAYS』の主役が俺のドラムだとするならば、この曲の主役は朝比奈さんの表情豊かなキーボードプレイと ハルヒの情感のこもったボーカルが主役だ。 俺や古泉は黒子に徹し、堅実にリズムキープに勤める。長門は朝比奈さんのキーボードにあわせコードを鳴らす。 その朝比奈さんは何と左右2台!のキーボードを両手を使い、引き倒す。まさに神業だ。 (※こんな感じ http //www.messyoptics.com/bird/ELP-1.jpg) しかもキーボードを弾きながらバックコーラスまで付けている。ただし、歌声は相変わらずポンコツだがな。 そしてハルヒはあの閉鎖空間の神人でさえ、聞き惚れて破壊活動を止めてしまいそうな程の歌声を体育館中に響かせる。 『冒険でしょでしょ! ホントが嘘に変わる世界で―― 夢があるから強くなるのよ 誰の為じゃない』 とうとうあの長門までも、曲のリズムに合わせて微妙に身体を揺すり始めた。 俺にしかわからないぐらいに微妙な、小さな揺れではあるが。 あの長門をもノらせてしまうとは、音楽の力とは何と恐ろしいものだろう。 観客はハルヒの歌にあわせ、手拍子を叩く。大勢の人間が一度に手を叩くとこんなにも大きな音になるモノなのか。 正直、その微妙にズレた手拍子に何度かリズムを狂わせかけられた俺ではあったが、 その度毎に古泉が気味の悪いアイコンタクトを俺に送ってリズムを修正してくれる。 そういえばヤツは「バンドにおいてはベースとドラムのコンビネーションが大事」なんて言ってたが、こういうことだったのか。 まあ、さすがに一心同体にまでなる気はないがな。 そして、曲はエンディングを迎える。一層に大きくなる観客の歓声と拍手。 歌い終えたハルヒは肩で息をしている。2曲続けてあれだけの熱唱をしたんだ。疲労も当然だろう。 それと同じくらい疲労している俺も備え付けのペットボトルの水に口をつける。 そういえば懸念されていた腕の痛みは今のところ感じない。何とか持ったみたいだな。 ハルヒは息を整えると、再びマイクに向かって歩み寄る。事前の段取りではここで一旦MCが入るはずだが・・・。 「えー、こんばんは。SOSバンドです――」 ハルヒが観客に向かって語り出す。 「もしかするとあたしとこっちの有希は去年の文化祭の時に見たことあるっていう人がいるかも知れないけど、 そう、去年ENOZのステージに急遽出演させてもらいました。あの時はホントに急の出演で・・・ あまり準備する時間も無かったんだけど・・・今回は自分達のバンドでこうして出演しています」 ハルヒはウサミミを揺らしながら一言一言搾り出すように話す。何というか緊張しているみたいだ。 アイツでも緊張するなんてことがあるんだな。 「私達SOSバンドは殆どのメンバーが楽器初心者で・・・さっきの演奏も上手く出来たかどうか自信ないけど、 練習だけはしっかりしてきたからそんなに恥ずかしくない出来だったんじゃないかしら」 いや、あの観客の盛り上がりを見れば恥ずかしくない出来どころか、とんでもなく素晴らしい出来だったと言えるだろう。 「ああ、ちなみに今演奏した2曲、『パラレルDAYS』と『冒険でしょでしょ?』は・・・ 実は今回の文化祭のためにあたしが作ったオリジナルの曲です。 作曲なんて今回が殆どはじめてみたいなものだし・・・イマイチだったかもしれないけど、 皆凄い盛り上がってくれて・・・ホントにありがとう」 先の2曲が実はハルヒの作詞作曲だったことが判明し、観客は一様に驚いているようだ。 そりゃそうだろう。ハルヒ自身は珍しく謙遜しているが、 2曲共オリコンランキングに入ってもおかしくないくらいのクオリティであり、 そんな曲を一介の女子高生が作ってしまったことには驚きを隠せないってのが普通だ。 「えっと、それじゃあバンドのメンバーを紹介したいと思います!」 さて、文化祭バンドの定番、メンバー紹介である。 事前の打ち合わせでは、ハルヒにコールされたメンバーは各自自分の楽器で短いソロを披露しなければならない、 ということになっている。 「キーボードはあたし達SOS団の萌え萌えマスコット!未来からやってきた戦うウェイトレスにして 狂気のキーボードプレイヤー、みくるちゃん!」 「ふええ~!?いきなり私ですか~!?」 いきなりハルヒに振られた朝比奈さんはまさか最初に自分がコールされるとは思っていなかったらしく、酷く狼狽している。 観客席からは「ウオーッッ!!!」という主に朝比奈ファンクラブの男子連中が構成すると思われる野太い歓声が沸く。 その歓声の中には谷口の声なんかも聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。 朝比奈さんは戸惑いながらもキーボードの鍵盤に両手を添えると流麗なフレーズを弾いてみせた。 その音色はまさに天使の歌声のような甘さを持って、体育館中に響いた。 まあ、弾いているのが天使のようなお方だからな。 「みくる~っ!!めがっさかっこいいにょろよ~っ!!」 この歓声は鶴屋さんに相違ない。あの人もしっかり見に来てくれているようだ。 「ちなみにみくるちゃんは私達が制作した映画『朝比奈ミクルの冒険 EPISODE01』にも主演しているわ。 みんな是非是非見に行ってね!みくるちゃんの歌う『恋のミクル伝説~第2章~』も聴けるわよ!」 そしてちゃっかり映画の宣伝までしているハルヒであった。 「ベースはSOS団のクールな副団長!古泉君!」 朝比奈さんに続き、ハルヒのコールを受けた古泉は相変わらずのニヤケ顔でベースを構えると、 目にも留まらぬスピードでファンキーなフレーズを次から次に弾き出した。 いつかアイツが披露して見せたスラップ奏法というヤツである。 弦が古泉の指に弾かれる『バチン バチン』という音が響く。 そしてそれを受けて上がる歓声。その殆どが女子の黄色い歓声である。 やっぱりムカツクな。古泉ファンの皆さん、騙されないでくれ。 ソイツは全裸でステージに上がろうとした真性の変態だぞ。 「ギターはSOS団が誇る最強のオールラウンダーにして無口キャラ!有希っ!」 長門はコールを受けはしたものの、ピクリとも反応しない。 オイオイ長門よ、そこは何でもいいからギュイーンといつもの超絶ギターソロをかます所だぞ。 まあ、何と言うかその無反応は予想通りではあるが。そもそも黒魔術にご執心の不気味なギタリストって設定だし、 コレくらいの不気味さやナゾを抱えていた方がちょうどよいのかも知れない。 「ドラムはSOS団のヒラ団員にして雑用係!キョン!」 そして俺の名前がコールされるが・・・なんか随分他の3人と差があるな。 一応そのコールに呼応する形で、適当にドラムソロを叩く。 おお、それでも観客は沸いてくれているみたいだ。その歓声の中に国木田や谷口の声も聞こえる。 アイツらも見に来てくれていたのか・・・。 「そしてボーカルとギターはあたし。去年はギターは殆ど担いでるだけだったけど、今年は少し練習しました。 なので、去年よりはギターの方も少しはマシになっていると思うわ」 そして最後に自分の紹介をするハルヒ。いつもの傲慢な態度はおくびも見せず、 至極恐縮しきった自己紹介である。何かハルヒらしくないな。アイツもやはり緊張していたのだろうか。 そんなことを考えている内に、ハルヒは更にMCを続ける。 どうやら次に演奏する曲の紹介をするようだ。 「それじゃあまた曲をやります!次は・・・皆も知っていると思うお馴染の曲をやるわ。 今回の文化祭出演にあたり、オリジナルのENOZ本人達にも演奏の許可をもらいました。 あたしにとっても去年の文化祭ではじめて歌った思い出の曲です。 『God Knows...』と『Lost My Music』―― 2曲続けていくわよっ!!!」 『God Knows...』と『Lost My Music』―― 今回の文化祭で最もみっちり練習してきた曲だし、ENOZのドラムである岡島さんから アドバイスまで受けた曲だ。いくら俺でもこの2曲を失敗するわけにはいかない。 「シャンシャン」という俺のシンバルによるカウント。 それに反応した長門のギターが火を噴く――まさに神業と形容するに相応しいソロである。 去年より正確に、そして更に速くなっている。まさにギターの鬼だ。 そんな長門のフレーズにハルヒの刻むリズム、朝比奈さんの紡ぐメロディ、古泉の重いベースが覆い被さり、 まるで音が鉄の塊のような質量を持って体育館を揺さぶる。 俺はそんな音の洪水に流されぬよう、必死にビートを叩き出す。 『私ついていくよ どんな辛い世界の闇の中でさえ きっとあなたは輝いて―― 超える未来の果て 弱さ故に魂こわされぬように my way 重なるよ いまふたりにGod Bless...』 サビを熱唱するハルヒ。 観客のボルテージも最高潮に達している。地鳴りのような歓声が響く。 俺達5人の演奏に人々がこんなにも熱くなっている。 ――なんて快感なんだろう。音楽ってこんなにもキモチイイものだったのか。 そして、SOS団の5人で演奏することは――こんなにも楽しいものだったのか。 『あなたがいて 私がいて ほかの人は消えてしまった―― 淡い夢の美しさを描きながら 傷跡なぞる』 搾り出すように歌詞を吐き出すハルヒ。 もはや熱唱というより、絶唱という表現が相応しいかも知れない。 ドラムセットから見るその後姿には冗談じゃなく後光がさしているように感じられた。 そんなハルヒに引っ張られるように長門はギターを加速させ、朝比奈さんは鍵盤を叩き壊さんかという勢いで掻き毟る、 古泉はとうとうヘッドバンキングまで始めやがった。 俺も飛び散る汗を気にもせず、無我夢中で両手両足を動かす。 そして曲は再度長門の超絶ギターソロに導かれ、終わりを迎える。 俺は言葉に出来ない快感が体中を電撃のように走り抜けていくように感じていた。 俺の今までの十何年間のどちらかと言えば無難だった人生で、ここまで『自分が今何かを成し遂げている』、 という感覚を味わったことはない。 そんなこれまでの俺の人生の体たらくぶりが恥ずかしくなるような体験を、こうしてステージの上で、 長門や朝比奈さんや古泉、そしてハルヒと共有しているのだ。 こんな体験が出来るなら今までの苦労もどうってことはない、本気でそう考えていた。 次の曲は『Lost My Music』である。 『God Knows...』と同じく曲は俺のシンバルでのカウントから始まる。 長門の流れるようなフレーズで曲の開幕を告げる。まるで戦いの始まりを告げるファンファーレのようだ。 ハルヒが腕を回すようなストロークでコードをかき鳴らす。その動きに合わせてウサミミも揺れる。 古泉はそれまでの指弾きからピックに持ち替え、弦を力いっぱい叩く。 朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、彩りを添える。 『星空見上げ 私だけのヒカリ教えて―― あなたはいまどこで 何をしているのでしょう?』 ハルヒの歌声に導かれ、バンドは更に加速する――と、その時、 俺は急に自分の腕に違和感を感じた。収まっていたはずの痛みがここにきて再発したのだ。 まるで腕が千切れそうな、熱い、苦しい痛みが俺を襲う。 なんてんたってこんな時に・・・。さっきまでは何ともなかったハズだぞ? それともこれまで練習でも4曲ぶっ続けで演奏したことがなかったことが災いして、 とうとう限界が来てしまったのだろうか? とにかく痛い。腕の感覚がなくなりそうだ。 曲の方は今にもサビに入ろうかというその瞬間―― 自分でも全くその感覚がわからなくなってしまっていたが――気付けば俺はスティックを落としてしまっていた。 急に刻まれるのを止めてしまったビート。 最初にその異常に気付いたのは長門だった。ギターを引く手を止め、俺の方に振り返る。 ヤバイ・・・!!早く替えのスティックを取って演奏を再開させねば・・・!! 焦る俺であったが・・・全く持って腕が動かない。どうやら痛みで神経もマヒしてしいるようだ。 他の3人もドラムとリードギターの演奏が急に止まるという異常事態に気付いたようだ。 ビートを失ったバンドは失速し、とうとう演奏自体が止まってしまった。 急に静まり返るステージ。俺の落としたスティックはころころと転がっていき、 ハルヒのマイクスタンドにこつんと当たってその動きを止める。 観客もその異常事態を察知したのか、さっきまでの熱狂はどこへやら急に静まり返ってしまった。 腕の痛みに顔を歪める俺に最初に声をかけたのは古泉だった。 「大丈夫ですか!?」 いつもニヤニヤしている古泉の顔に恐々とした緊迫感が見て取れる。 「ふええ~!?キョンくん、一体どうしたんですか~!?」 そういって駆け寄ってきたのは朝比奈さん。 さっきまであんなに威厳たっぷりに演奏していた彼女も当惑している。 「ちょっとキョン!いきなり演奏止めるなんてどうしたのよ!? って、もしかしてアンタ腕を・・・」 その先は言うなハルヒよ。今まで隠していた俺が馬鹿みたいじゃないか。 長門は液体ヘリウムのような目で事の成り行きを見守っている。しかしその瞳の中には心配の色も見て取れる。 相変わらず静まり返ったままの観客。 そして、ハルヒ達は一様に当惑した表情を浮かべている。最悪の展開だ・・・。 チクショウ・・・俺のせいで・・・演奏が止まっちまいやがった。 しかもこんな最悪の形で・・・。 俺は胸の中を掻き毟られるような憤怒に駆られていた。 それは大事なところでスティックを落としてしまう不甲斐ない自分への憤怒であった。 それでも・・・俺は諦めきれない。こんな形でステージを・・・SOSバンドを終わらせてたまるか! クソッ!動け!俺の腕よ!あと2曲だ、それぐらい何とかなるだろう! それに俺はもう火がついちまってるんだ!腕がぶっ壊れたって構いやしない!最後までドラムをブッ叩いてやるんだ! 必死に俺は腕を動かそうと力を入れる。 「キョンッ!あんた腕を怪我してたんでしょ!?何でもっと早くそのことを言わなかったのよ!?」 と、俺を見つめ、怒鳴るハルヒ。俺はそんなハルヒを見つめ返し、言い放った。 「ハルヒ、演奏を続けるぞ。早くマイクに戻れ。他の3人もだ、早く演奏再開の準備をしてくれ」 そんな俺の発言を聞き、驚いたように目をひん剥いたハルヒは 「あんた馬鹿!?自分の状態をわかって言ってるの!?そんな腕じゃ演奏なんて無理に決まってるじゃない!」 しかし俺は止まらない。 「わかってるさ。俺の腕は限界だ。さっきから痛くて痛くて仕方ない。 でもあと2曲ぐらいなら何とかなる。だから演奏を続けるぞ、ハルヒ」 「何とかなるって・・・」 「そうですよ~キョンくん・・・これ以上演奏するのはムリですよ~・・・」 「僕もそう思います。これ以上は本当に危険です。早く病院に行くべきかと・・・」 朝比奈さんや古泉も俺を説得しようと言葉を投げかける。しかし俺の気持ちは揺らがない。 「俺が大丈夫と言ったら大丈夫だ。それにだ、ここでやめちまったら一生後悔が残る。そんなのは耐えられん」 俺の決意がよほど固いとみたのか、その言葉を聞くや否や長門はスッと黒装束を翻し、自分の立ち位置に戻る。 「アンタ・・・どうしてそこまで・・・」 「それはお前のほうがよくわかってるだろ、ハルヒよ。俺は今このバンドで、このメンバーで演奏するのが 楽しくて楽しくて仕方ないんだ。この瞬間の1分1秒たりとも無駄にしたくないんだ。本当だ。 その気持ちはハルヒ――お前も同じだろ?」 「・・・・・・」 ハルヒも俺の真剣さに気付いたのか、神妙な顔つきをして黙り込んでいる。 朝比奈さんと古泉は互いを見合わせて「どうしたものか」といった表情を浮かべている。 その時、静まり返っていた観客席から声が上がった。 「キョンくんっ!頑張れっ!!」 この声は・・・ENOZの岡島さんの声だ・・・! 見れば岡島さんはじめ、財前さん、榎本さん、中西さんのENOZ全員の姿が客席の最前列にある。 皆今日のステージを見に来てくれていたのか・・・。 「キョンくん負けるな~!頑張るにょろよ~っ!!」 この声は鶴屋さんだ・・・。 「キョン!頑張れーっ!」 この声は国木田・・・。 「立て!立つんだ!キョン!」 谷口まで・・・。 そしてその歓声はやがて観客全体へと広がっていく。 気付けば体育館中に響き渡る「頑張れ!頑張れ!」の大合唱だ・・・。 「ほら見ろ、ハルヒ。観客は俺達の演奏を聴きたがってるぞ。 ここまで来て止めるなんて選択肢は俺には存在しないが」 相変わらずダンマリのハルヒ。俺は更に続ける。 「それにハルヒ、お前の歌、やっぱりスゴかったよ。正直鳥肌が立ったくらいさ。 だからこそ俺はあと2曲、お前の歌が聴きたい。 そしてそんなお前の後ろで俺もドラムを叩きたいんだ。 ヘタクソな演奏だけど・・・それでもこのドラムでバンドを、お前を支えたいんだ。」 そう言いながら俺は痛みに震える腕を何とか動かし、替えのスティックを手に取り、握りしめた。 後から冷静に考えれば、自分で言っていて余りのクサさに卒倒するような台詞だったかも知れない・・・。 しかし、恥ずかしい話、言っていた俺は真剣そのものだった。 ハルヒは一瞬顔を赤らめたものの、頭をブンブンと振ってすぐに表情を戻した。 そしてこれまで以上に真剣な眼差しで俺を見つめ、一言、 「わかった」 とだけ答えた。 そして朝比奈さんと古泉に目配せをする。2人も状況を察したのか、ひとつ頷くとそれぞれの演奏位置に戻った。 長門は既にスタンバイしている。 最後にハルヒがもう一度マイクスタンドの前に歩み寄り、態勢は整った。 観客もその様子を見届けると再び熱狂を取り戻し始めた。 さあ、仕切りなおしだ! 再びビートを刻みだす俺。腕はヒリヒリと痛み続ける。 力が入らないためか、音も随分弱々しくなっている。テンポも遅れている。 しかしそれでも長門のギターが、朝比奈さんのキーボードが、古泉のベースが、 そしてハルヒの歌声が、そんな俺を盛り立てる。 『大好きな人が遠い 遠すぎて泣きたくなるの―― あした目が覚めたら ほら希望が生まれるかも Good night!』 ああ、ハルヒよ。本当に希望が生まれてるぞ。 今にも腕が引き千切れそうな俺だが、それでも何とか叩けているのはこの歌声に引っ張られてるからなのかも知れない。 『I still I still I love you! I m waiting waiting forever―― I still I still I love you! とまらないのよ Hi!』 ああ、本当に止まらないね。例え本当に腕が千切れてもな。 やがて曲は再度の熱狂に包まれながら終了した。 俺は放心状態だった。腕の感覚は正直言って、無いに等しい。 途中から自分がどんなフレーズを叩いていたのかも記憶に無い。 ただ、熱唱するハルヒと必死に楽器をかき鳴らす長門、朝比奈さん、古泉の後姿が見え、 熱狂する観客の歓声が耳に届いていただけだ。 ああ、今すぐにでも大の字になってぶっ倒れたいくらいだぜ・・・。 ハルヒは曲が終わるや否や俺のほうに振り返り、心配そうな視線を向けている。 意識も飛んでいってしまいそうなぐらいに疲弊していた俺だったが、 何とかハルヒの目を見据え、言葉を発することが出来た。 「さあ、最後の曲だ。思い切ってかましてやろうぜ、ハルヒ」 ハルヒは小さく頷き、振り返ってマイクに向かい、語りだした。 「演奏を止めてしまってごめんね、ちょっとトラブルがあったけどもう大丈夫! 気を取り直して・・・次が最後の曲です。今回SOSバンドで文化祭への出演を決めてから最初に作った曲で・・・ この曲をこのSOSバンドのメンバーで演奏することを本当に楽しみにしていました・・・。 歌詞もこのSOS団のことを思い浮かべて書きました・・・」 切々と語られるハルヒのMCに観客は静かに聞き入っている。 「今回こうしてこの曲を皆で演奏できることを本当に嬉しく思っています・・・。 それにこんな大勢の人の歓声まで受けて・・・本当にありがとう! そんな感謝の気持ちも込めて、一生懸命演奏します! それでは聴いてください!『ハレ晴レユカイ』!」 ハルヒがそう叫ぶや否や、沸き上がる観客。 ギターを構える長門、鍵盤に指を置く朝比奈さん、俺の方を見てタイミングを伺う古泉、 そして、メンバーを見渡し、ひとつ大きく頷いたハルヒ。 さあ、本当に最後の曲だ――思いっきりブチかましてやろうぜ!! ハルヒの合図に従い、感覚の無い腕で思い切り俺はドラムを叩く。 唸りを上げる長門のピックスクラッチ。朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、イントロのメロディを紡ぐ。 古泉のベースがステージの床を振動させる。 『ナゾナゾみたいに地球儀を解き明かしたら みんなでどこまでも行けるね』 ハルヒのパート、とうとう5曲通してこの伸びやかで張りのある歌声は輝きを失わなかった。 『ワクワクしたいと願いながら過ごしてたよ かなえてくれたのは誰なの?』 何と驚くことなかれ、ここは長門のパートだ。というかあの長門が歌えることは意外の極みだが、 もともとこの『ハレ晴レユカイ』はハルヒ、長門、朝比奈さんの女性メンバーが交互にボーカルを取るという 異色の一曲である。練習では殆ど歌ってくれなかった長門だったがここにきてやっとその神秘的な歌声を披露してくれた。 何と言うか・・・こんな歌声だったのか。地声と全然違うな・・・。 『時間の果てまでBoooon!! ワープでループなこの想いは――』 朝比奈さんのパート、正直言ってポンコツな歌声だが俺としては萌えるから別に良いのだ。 しかも2台のキーボードで主旋律を奏でながら歌うんだから、まさに神業である。 『何もかもを巻き込んだ想像で遊ぼう!!』 そして3人のユニゾンだ。観客の盛り上がりも最高潮。最前列ではとうとうモッシュの波まで起こっている。 ハルヒと長門のギター、朝比奈さんのキーボード、古泉のベース、俺のドラム、全ての楽器の音がひとつになりステージを揺さぶる。 まさに窓ガラスを割らんばかりの音圧だ。というかマジで割れてるし・・・。 『アル晴レタ日ノ事 魔法以上のユカイが―― 限りなく降り注ぐ 不可能じゃないわ――』 まさに魔法以上のサウンドだ。腕の痛みより先にこの高揚感でぶっ倒れてしまいそうだ。 『明日また会うとき 笑いながらハミング―― 嬉しさを集めよう カンタンなんだよ こ・ん・な・の――』 3人の歌声が体育館に響く。 後姿に汗が飛び散るハルヒ、意外に楽しそうに身体を揺らす長門、身体と一緒に胸も揺れる朝比奈さん。 俺と古泉は必死に3人の歌と演奏を盛り立てる。 古泉は何か変な境地に達したようで、光悦とした顔になってやがる。 ムチャクチャ気持ち悪いぞ。まあその気持ちはわかるがな。 『追いかけてね つかまえてみて――』 俺は感覚の無い腕で必死にドラムを叩く。感覚が無いから叩いたときの感触も手ごたえもわからない。 それでも俺は、今叩き出しているビートが、ハルヒ達の歌声に、そして演奏にジャストフィットしているという不思議な確信があった。 『おおきな夢&夢 スキでしょう?』 ああ、大好きだね。やっと認める気になったよ。 まさにこの瞬間、俺達の夢そしてハルヒの夢が叶ったんだ。 この5人で、バンドとして、ステージに立って演奏して、観客を沸かせる、という夢がな――。 とどまることを知らない大歓声。タカが外れたかのように腕を振り上げる観客。 俺達の演奏は止まることを忘れたかのように体育館に響き渡り続けた・・・。 あの文化祭の後、即刻病院へと担ぎ込まれた俺は、見事に腱鞘炎との診断を受け、 しばらくの間、ドラム演奏は禁止との旨を医者に宣告された。 まあ、俺としても限界だということはわかっていたんだがな。 しばらくはサポーターをつけて、腕に負担がかかることは避けて生活せねばならなくなってしまったわけだ。 あの後、俺達SOSバンドの評判は凄まじく、全校あらゆる所から演奏のデモテープを求める声がどこからともなく上がってきた。 それに気を良くしたハルヒは当初、 「こうなったらCDを作りましょう!そしてゆくゆくはメジャーデビューよ!」 なんて息巻いていたが、俺の怪我であえなくその案は立ち消えになってしまった。 俺としてはホッとしたのと少し残念なのが半々というところだ。 そんなこんなで今日も今日とて、放課後にSOS団の部室に出向き、 今こうして朝比奈さん特製のお茶を美味しく頂いているところだ。 うーん、やはりこうした何も起こらない安穏とした日常が一番落ち着くのかもしれないな。 「キョンくんがスティックを落としちゃったときは本当にびっくりしました」 いつものメイド服に身を包んだ朝比奈さんが俺に語りかける。 「ほんと、もうダメかと思ったんですよ?」 いやいや、あなたに心配をかけるくらいなら俺は何度でもゾンビのように生き返って見せますよ。 「でも、やっぱり楽しかったな~。 私、歌もあんまり上手くないし、昔から音楽の授業も苦手だったけど、文化祭での演奏は本当に楽しかったです。 それにあの時のキョンくん、凄くカッコ良かったです」 あなたにそう言ってもらえるのならば、腱鞘炎にまでなった甲斐があったというものです。 むしろいくらでもなってやりますよ。 「涼宮さんも凄く満足してたみたいですし。これも皆キョンくんのおかげですね。 やっぱりキョンくんは、涼宮さんの期待を裏切りませんでした」 いやいや、買い被りですよ。 「あと・・・実は鍵盤にナイフを突き刺すタイミングをずっと伺ってたんですけど・・・結局出来なかったですね」 やっぱり本気だったんですか・・・朝比奈さん。 「実はですね、僕達のあのパート配置は偶然ではなく必然だったのかもしれません」 ニヤケ顔で古泉が話しかけてくる。必然って何がだよ。 「僕達のパート配置はそのままSOS団での僕らの役割とリンクしてしていた、ということです。 団長の涼宮さんが花形のボーカル、天才型のオールラウンダーである長門さんがリードギター、 団に彩りを添える朝比奈さんがキーボード、そして彼女達を影から支える僕とあなたががベースとドラムです」 まあ、たしかに考え方によってはそうかも知れんな。 「特に、涼宮さんがあなたをドラムに抜擢したのはまさに必然ですよ。ドラムはバンドにおける根幹、 縁の下の力持ちです。あなたはまさにSOS団を支えるキープレイヤーであり、その認識が涼宮さんにも勿論あります。 だからこそ、あなたはドラムを担当したのですよ」 偶然だろ、偶然。 「良いですか?バンドというものはいかにボーカルが上手かろうと、ギターが超絶テクニックだろうと、 ドラムがしっかりしていないと全く魅力のないものになってしまう、と言われています。 だからこそ、あなたがいかにこのSOS団にとって大切な存在か、ということです。 言い換えれば涼宮さんにとって大切、ということでもありますけどね」 いい加減、お前の薀蓄は聞き飽きたぜ。 「まあ、何にせよ、あなたのおかげで僕にしましても非常に有意義な文化祭になりましたよ。 前も言いましたけど、機関の思惑は抜きにして、楽しみたいと思っていましたからね。 涼宮さんの精神状態も安定していますし、言うことなしですよ。これ以上のハッピーエンドは望めません」 そうかい、そりゃあ良かったな。 「ただ、ひとつだけ後悔しているのは、やはり何としても全裸でステージにあが(ry」 五月蝿いぞ、変態。 「・・・マッガーレ・・・」 長門は今日も相変わらず、部室専用の漬物石のようにパイプ椅子に鎮座し、静かに本を読んでいる。 俺は何となしに文化祭の話題をふってみることにした。 「長門、文化祭のステージで演奏した感想は?」 俺の急な質問に、本に向けていた視線を上げる長門。 しかしじっと答えを待つが、沈黙が流れるのみ。俺は質問を変えてみた。 「楽しかったか?」 長門は本に視線を戻ってしまったものの、ポツリとした声で、 「それなりに」 と答えた。 俺は更に続ける。 「というかお前歌えたんだな、なかなか良かったぞ。お前の歌」 長門は表情を変えず、コクンと小さく頷いた。その頷きがどういう意図かはわからん・・・。 「また、来年も出てみたいと思うか?」 その質問に対する答えは返ってこなかった。 しかし俺は、長門の手が時折本から離れ、その指がステージで見せたように―― 目にも留まらぬ速さで動いているのを見逃さなかった。 その日、SOS団の部室にはいつになってもハルヒがやってこなかった。 今日は掃除当番でもなんでもないはずだし、一体どうしたのだろう? いつものアイツならいの一番にこの部室にやってきて、朝比奈さんをオモチャにしたり、 ネットサーフィンに励んでいるというのに・・・。 「涼宮さん、今日は遅いですね・・・」 心配そうな朝比奈さん。 「俺、ちょっと探してきますよ」 そう言い残し、俺はハルヒ探索の校内行脚へと向かった。 結論から言うと、ハルヒは中庭の芝生にゴロンと寝転がって空を見つめていた。 こんな光景は確か去年も見たような気がする。 「よう。こんな所で何してるんだ?団長ともあろうものが活動に顔を見せなくてもいいのか?」 そう声をかける俺にハルヒは空をボーっと見つめたまま答える。 「何よ、あたしの勝手でしょ。 それよりキョン、あんた腕の具合はどうなのよ」 「どうもこうもない。前に言ったとおり腱鞘炎で絶対安静だ。ドラムなんかしばらく叩けんぞ」 俺は苦笑しながら答える。 「あっそ」 そう呟くとハルヒはまた空をボーっと見つめ始めた。 俺はふとハルヒにこんな質問を投げかけてみた 「なんでバンドなんかやろうって言い出したんだ?」 ハルヒは少しムッとして、 「何よ、あんたまだ不満でもあるの?」 「いや、別に。何となくだ」 それからしばらく黙って空を見つめ続けていたハルヒだったが、 急に思い立ったように語りだした。 「去年、あたしと有希が飛び入りでライブをやったでしょ――」 ああ、そんなこともあったな。 「あの時、ろくな準備も出来てなくて、本物のENOZに比べたら全然稚拙な演奏だったかもしれないけど――」 そんなこともなかったと思うけどな。 「凄い楽しかったのよ。それで『自分が今何かをしてる』って、心底そういう気分になれたの――」 「お前はいつも何らかの騒動を巻き起こしているし、十分何かをしてる気分を味わってるんじゃないのか?」 「そうだけど・・・っていちいち揚げ足取るんじゃないわよ!」 スマンスマン。 「とにかく、あんなに楽しくて充実感を味わった経験はこれまでになかったのよ」 ハルヒは一層遠い目をして空を見上げる。 「それで単純に、あの楽しさと充実感をあたしと有希だけじゃなくてSOS団の皆で味わいたいなって。 そう思っただけよ」 なるほどな。 俺はやっとなぜここまでハルヒがバンドに熱意を注いだのか、俺にドロップキックを食らわせるまでに夢中だったのか、 その理由が完全に理解できた気がした。だからこそその後の台詞もすんなりと吐き出せた。 「俺は楽しかったぜ。腱鞘炎も気にならなかったくらいに、な。 長門も朝比奈さんも古泉もきっと俺と同意見さ」 ハルヒはフンと鼻を鳴らし、 「当たり前でしょっ!この私の完璧な計画に狂いはないのっ!」 と言い放つ。 起き上がるハルヒ。俺は続けざまに言葉を投げた。 「それでお前は――楽しかったか?」 「当たり前でしょ!!」 満面の笑みである。 ぶっ倒れそうなくらいの疲労と腱鞘炎の代償がこの笑顔だって言うなら―― きっとお釣りが来るぐらいだね。 立ち上がり、急に俺に顔を近づけるハルヒ。 オイオイ、顔が近すぎる!息がかかるって! 「今回の文化祭であたし達SOSバンドの評判はうなぎ上りだわ! キョン!あんたの腕が治ったら早速デビューアルバムのレコーディングよ!」 マジかよ・・・。 「そうすると、スタジオを借りなきゃいけないし、レコーディングの仕方も学ばなきゃね。 早速軽音楽部に言って色々聞いてきましょ」 オイオイ、いくらなんでも気が早いんじゃないのか? 「何よ、今度はあたし達SOSバンドが日本の音楽シーンを変革させるときが来たのよ! あんたもドラムが叩けないならその間機材の使い方でも勉強しなさい!」 んな無茶な。 「さあ、SOSバンドの活動はまだまだこれからよ!!」 ハルヒが俺の手首を掴み、引きずっていく。コレも去年と同じ光景だ。 ただ去年と違うのは、俺の手首を握るハルヒの力が少し強かったことと、 俺がどうしようもなく気恥ずかしかったことだがな。 この後、SOSバンドのデビューアルバムがレコーディングされることは無かった。 別に、ドラマーが一生ドラムを叩けないほど腱鞘炎が悪化したからとか、 ベーシストがワイセツ物陳列罪で逮捕されたからとか、 そんな理由からではない。 要はハルヒの興味が完全に別のことに移ってしまったからなのである。 俺達がステージで最後に演奏した『ハレ晴レユカイ』は、 5曲の演奏曲の中でも最もその反響が大きかった。 それに目をつけたハルヒがこの曲のPVを作成してDVDに焼いて売り出そうとか言い出したのだ。 そもそも音源が無いじゃないかという俺の主張は、後に演奏を別取りして被せるということで却下されてしまった。 まあ、別にPVを作るのはよい。ドラムを叩くよりはラクだしな。 ただ・・・なぜに俺達がPVで珍妙なダンスを踊ることになってしまったのであろう!? ハルヒ考案の振り付けは正直無茶苦茶恥ずかしい・・・。 そして今日も今日とて、部室では振り付けの特訓が行われている。 「ちょっとみくるちゃん!今のタイミング遅れてたわよ!」 「ふええ~、振り付けなんてムリですよ~、身体が動きませ~ん・・・」 「古泉君!最後のジャンプは画面のフレームから首から上が外れるくらい高く跳躍しなさい!」 「団長の仰せのままに」 「有希!あんた振り付けは完璧だけどその無表情をもうちょっと何とかしなさい!画面栄えしないわよ?」 「・・・・・・」 こんな感じである・・・。 「ちょっと、キョン!また間違ったわよ!やる気あるの!?」 ハイハイ、真面目にやってますよ・・・。 この珍妙なダンスを収めたPVがどういった形で世に出るのか・・・。 そしてそれが出てしまったら最後、本格的に俺達は変人の烙印を押されてしまうのではないか・・・。 そんなことを考えながら、今日も元気な団長様の声に耳を傾けている。 古泉は俺が、『SOS団の縁の下の力持ち』だと言った。 ああ、そうさ。俺はこのSOS団を、ドラマーのように、後ろからしっかり支えていく運命にあるんだよ。 だからな、ハルヒ。お前がどんな無理難題を言い出そうと俺は後ろから支え続けるぞ? 無論、腕がぶっ壊れようとな。覚悟しとけよ? そして、まあそんな日が万が一、億が一にも来るかはわからんが、 いつの日か、お前の後ろじゃなくて―― お前の隣に立って―― どこまでも支えていってやりたいなんて―― そんな柄にもない恥ずかしいことを考えたりして、な。 ―――END―――
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二人と別れた俺は、おそらく一人しか中にいないであろう部室へと向かう。 今まではずっと不安だったが、とりあえずハルヒに会えることが嬉しい。 いつものようにドアをノックしてみるが、中からは返事がない。ハルヒはいないのか? 恐る恐る俺はドアノブに手をかけ静かにドアを開けてみる。 『涼宮ハルヒの交流』 ―第五章― 「遅かったわね」 ……いるんじゃねえか。返事くらいしろよな。ってえらく不機嫌だな。 「当然よ。有希もみくるちゃんも古泉くんも、用事があるとかで帰っちゃったし。それに……」 ドアの方をビシッと音がしそうな勢いで指差す。 「なんでか知らないけど部室の鍵が開きっぱだったし」 あっ、すまん。それ俺だ。 などとはもちろん言うことはできない。 「なんでだろうな。閉め忘れたとかか?」 キッ、と睨まれる。まさかばれてんじゃないだろうな。 「おまけにあんたは……」 俺が何だ? 「なんでもないわよ」 何だ?わけがわからねえぞ。まさか『俺』の方が何かしたのか? とりあえずやることもないが、立っているままもどうかと思い、いつもの椅子に腰を降ろす。 なんか落ち着かねえ。緊張してるのか?俺。まぁ実際ずっとハルヒに会いたかったわけだからな。 「で?」 顔を上げると、ハルヒがこっちをじっと見ている。 「で、って?」 「なんか言いたいことでもあるんじゃないの?そんな顔してるわよ。 いつも言ってるでしょ。言いたいことを言わないのは精神衛生上良くないのよ」 言いたいことねえ。あるにはあるんだが、なんと言えばいいやら。 「ああ、そうだな。とりあえず昨日の昼は悪かったな」 「昼?何のこと?」 ハルヒの頭の上に?マークが浮かんでいる。 「いや、だから昨日の昼につい……」 ちょっと待てよ。ひょっとすると、昨日の俺の昼間の出来事はないことになっているのか? そういえば古泉も昨日は閉鎖空間は発生してないようなこと言ってたし。 「あんた、あたしに何したのよ」 ハルヒはじとーっとした目でこちらを見ている。 「いや、お前にはわからないかもしれないな。まぁそれでもいいさ。謝らせてくれ」 「………」 「昨日は少し言い過ぎた。つまらないことで怒ってしまって悪かった」 そう言って軽く頭を下げる。 「………」 ハルヒは話は聞いているのだろうが、何も喋る様子はない。 というよりも、おそらくはこの状況がわかってないんだろうな。 俺は椅子から立ち上がり、ハルヒに近付き、ハルヒの正面に立つ。 「けど、お前にとっては確かにつまらないことかもしれないが俺にとっては大事なことだったんだ。 ……なんでかって言われると少し困るが、たぶん俺はお前のことが――」 「違うわ!」 ハルヒは声を荒げて俺の言葉を遮る。 ……違う?何がだ? 「どういう意味だ?何が違うってんだよ」 「何がって、言う相手が違うに決まってんでしょ。それはあたしに言うことじゃないわ」 は?どういう意味だ?ますます意味がわからん。 「お前は涼宮ハルヒだろ?じゃあ間違ってないじゃないか」 じゃあ他の誰に言うんだ?長門か?朝比奈さんか?それとも古泉か?いやいやそんなわけあるか。 「そうだけど、あたしはあんたの思ってる涼宮ハルヒじゃないのよ」 何を言ってるんだこいつは?ハルヒはハルヒだろ? 「何の話だ?お前はハルヒだけど違うハルヒだとでも言うのか?」 「そうよ。だってあんたはあたしの知っているのとは違うキョンなんでしょ?」 ――ッ!?何でだ?何でわかる? 「どうして知ってるんだ!?」 ハルヒは得意満面といった笑顔を浮かべる。 「あたしに知らないことなんかないのよ!」 嘘吐け。 いや、待てよ。俺がここにいるのがこいつの力によるものなら知っている可能性もあるのか。 「ていうか一目瞭然よ。このあたしがまさか自分の好きな男を間違えるわけないでしょ?」 ……今なんてった? 「ちょっと待ってくれ。てことはお前は『俺』、というかあいつとそういう仲なのか?」 「そういうってどういうよ。今はあいつからの告白待ちね。でもあいつヘタレなのよね」 おい、ひどい言われようだぞ、『俺』。 それにしてもやっぱり俺が知っている世界とは微妙に違うみたいだな。これは違うハルヒだ。 「だからあんたはさっきの話は元の世界に戻って、そこのあたしにしてやりなさい」 なんだって?元の世界?どういうことだ?俺に帰る場所があるのか? 「無駄に質問が多いわね。仕方ないから説明したげるわ。ここは簡単に言うとパラレルワールドってやつ? あんたから見ると異世界ってことになるのかしら。あたしからすればそっちが異世界だけど」 じゃあ、ハルヒの言ってることが確かなら俺は元の世界からこの世界に飛ばされて来たってことなのか? 飛ばされて来たっていうかこいつに引っ張ってこられたんじゃないか?いや、そうだろ。間違いない。 古泉、長門、お前らの推理は大外れみたいだぜ。やれやれ、ドキドキさせやがって。 とにかく、俺にはまだ元の居場所に帰れるってこてなのか?でも、それなら、 「なんで俺はここにいるんだ?」 「そんなの知らないわよ。あ、別にあたしの力であんたを連れてきたわけじゃないわよ」 このハルヒの仕業じゃないってのか?……じゃなくてそんなことより、 「お前……自分の力を知ってるのか?」 「まぁ薄々はね。正確には良くわからないわ。いちおうみんなには知らないふりで通してるけど」 確かに、古泉も長門もそんな話はしてなかったような気はするが。 二人ともハルヒには自覚がないってことを前提に話してたよな。確か。 これはまずいんじゃないのか?いや、でも特に危険なことは起こっていないみたいだし。 「別にあんたが心配することじゃないわよ」 まぁそりゃそうかもしれんが。 「他のみんなのことも知ってるのか?」 「みんなのこと?ちょっと普通じゃないっぽいなー、くらいにしか知らないわ」 「そっか、まぁそれでいいと思うぜ。ちなみに俺は至って普通な――」 「ま、そんなことはどうでもいいわ。帰りたいなら元の世界に戻ったら」 くそっ、またこいつは俺の話を……。それにそんな簡単に言われてもなぁ。 「それが出来りゃ苦労はしてない」 「そうなの?帰ろうと思えば帰れるはずよ。少しくらいなら手伝ってあげるわ」 何だって?そんなことまで出来るのか?出来るのならぜひとも頼みたいものだが。 「そんなこと出来るのか?そのためには俺はどうすりゃいい」 「どうって、帰りたいんでしょ?帰ればいいじゃない」 ダメだこいつ……。全く会話にならん。俺の話ちゃんと聞いてんのか?聞いてないんだろうなあ。 まぁ会話にならんのはいつものことか。 「あのなぁ。だから、どうすりゃ帰れるのかって話だよ」 「知らないわよそんなこと。帰りたいって思ってりゃ帰れるのよ」 こいつはまた無茶苦茶言ってるし。 「仕方ないからヒントをあげる。昔の人は言ったわ。Don t think,feel.よ」 いや、全くわからん。とりあえずこいつ適当なこと言ってるだろ。 てことは考えてもわからんってことか?わかりそうにはないが。なら勘で動いてみるか? それとも時間が経てば勝手に帰れるのか?だったらいいな。 「まぁいい。なんとかするさ。無事に帰れることを祈っててくれ」 とは言ってみたもののどうすればいいやら。 「ぶっちゃけ言うと返そうと思えば返せるのよね。具体的にどうするとは言えないけど」 こいつはまたとんでもないことを言い始めた。 なんだと。じゃあ今まででの会話は一体なんだったんだ? というか俺の扱いが物みたいになっている気がするんだが、気のせいか?気のせいだよな? 「このままでも面白いかなと思ったけど、本気で帰りたいみたいだから帰らせてあげるわ それに……向こうからも呼び出しがかかってるみたいだし」 ハルヒがそう言った瞬間、俺の後ろ、ドアの向こうから気配を感じる。 うわあ、本当に気配って感じるものなんだな。……なんて感心している場合じゃない。 これは、ハルヒか? 「ハルヒが……呼んでる?」 「そうね。向こうのあたし。っていうか向こうのあたしってホントに無意識で力使ってんのね」 変なところで感心しているハルヒを後ろに、俺は自分の世界の気配をはっきりと感じていた。 この世界ともお別れか。たった一日だが、かなり長い時間過ごした気がするぜ。 少しばかり名残惜しいな。 「色々と世話になったな。助けてくれてありがとよ」 「別にいいわ。たいしたことはしてないし。もうちょっとあんたで遊びたかったけどね」 あんたで、ね。やれやれ、勘弁してくれ。 その言葉とは裏腹に寂しそうな表情を浮かべるハルヒを見ていると、それも悪くないと思えるから不思議だ。 だが、かといってここにずっといるわけにはいかない。 「すまんな。気が向いたら『俺』にももう少し優しくしてやってくれよ」 「気が向いたらね。……あ!」 突然何かを閃いたのか、ハルヒが急に異常なほど嬉しそうな顔を見せる。 「どうした?」 「……ん、なんでもないわよ」 おいおい、そんな顔でなんでもないってことはないだろ。何を企んでんだか。 まぁおそらくは『俺』が何らかの苦労をするんだろうなあ。頑張れ、『俺』。異世界から応援してるぞ。 「じゃあそろそろ帰るわ。あ、そういえば一つ頼みがあるんだがいいか?」 「頼みによるわ」 「俺がお前に正体をばらしたことはできたら内緒にしておいてくれ。特に長門には」 「別にいいけど。なんでよ」 当然だが不思議そうな顔で聞いてくる。 「いや、ちょっと大見得きってきたからな。かなりカッコ悪いことになってしまうのさ」 今になって思い返してみるとかなり恥ずかしいこと言ってた気がする。いや、言ってたはずだ。 「わかったわ。けどどうせ何したってあんたはたいしてカッコ良くないわよ。」 「へいへい、わかってるよ」 ドアの前まで来て首をひねり背中越しにハルヒに顔を向ける。 「じゃあな。案外楽しかったぜ」 じゃあな。こっちの『俺』、古泉。もう会うことはないかもしれないが元気でな。 長門。お前の期待には答えてやれなかったな。すまない。俺にはまだ帰れるところがあるみたいなんだ。 朝比奈さん……は会ってないけどお元気で。 ハルヒからの返事も聞かず、ドアに手をかけ、一気に開ける。 するとドアの向こうにあるはずの廊下は見えず、全身が真っ白な光に包まれる。 何も見えん。 意識があるのかないのかもはっきりしないまま、後ろからハルヒの声が微かに聞こえた気がする。 「じゃあ、―――でね」 最後にハルヒが何と言ったのか、最後までは聞き取れなかった。 いや、聞こえてはいたのだが、意識が朦朧としていたせいか、はっきりと理解できなかった。 おそらくは別れの挨拶だろう。じゃあな、もう一人のハルヒ。 そして俺の意識はゆっくりと薄れていく。 ……ような気がしただけだった。 目の前には同じように白い景色が浮かんででいるが、これは……天井? 「ここは……どこだ?」 わけもわからないまま、口からはとりあえず口にすべきであろう言葉が溢れる。 「おや、お目覚めになりましたか」 ◇◇◇◇◇ 第六章へ
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4 章 朝、職場のドアを開けようとしたらカギがかかったままだった。いつでも出社一番乗りのはずのハルヒはまだ来ていないらしい。俺は自分の合鍵でドアを開けた。 「誰かハルヒ見なかったか」 昼近くになっても部屋が静かなので聞いてみたのだが、三人とも顔をブンブンと横に振った。あいつが遅刻するなんてめずらしい。ヘンなもん食って腹でも壊したかな。 「おっはよう!今日も気分爽快!」 そうかい、なんてくだらないダジャレはやめておくとして、我が社長様は午後五時を過ぎてやっと顔を見せた。 「やっと来たか。連絡くらい入れろよ」 「したわよ。これでも仕事してたんだから」 ハルヒの机の上にある内線兼留守電は留守番モードになったままだった。忘れていた。 「今日打ち合わせとかあったっけ」 「特許庁よ。弁護士雇って特許庁に行ってたの」 ハルヒは鼻を高々と上げてフフンと俺を眺めた。なんだその人を小ばかにしたような態度、俺だって特許庁くらい知ってるさ。早口言葉にもあるくらいだしな。 「待て、特許庁って東京だろ。そんなとこまで何しに行ったんだ」 「決まってるでしょ、タイムマシンを特許申請してきたのよ」 「ってまだ実験段階なのに気が早すぎんだろ」 「なにいってんのよ。特許申請なんてものはねえ、実現の見込みさえあればどうでもいいのよ」 それは言いすぎだろう。特許庁のお役人が聞いたら顔真っ赤にして怒るぞ。 「ともかく、特許は先に取ったモン勝ちなのよ。タイムトラベルだけで十二件も公開されてるんだから。自分で調べてみなさい」ハルヒはパソコンのモニタをペンペンと叩いた。 「まじかオイ」 「そのうちの数件には実際に物理学会で発表された理論も含まれてるわ」 世の中には俺たち以外にも酔狂なやつがいるもんだな。 「仮によ?この理論が実用化したらこの特許権を持ってる人は技術独占状態にできるわけよ」 いつになく現実的なハルヒに俺は少しだけ感心した。 俺はハルヒの机から申請書類の控えを取って読んだ。ゼニガメを利用した時間移動技術なんて、こんな無茶苦茶な理論が審査通るはずが……、 「おいハルヒ、発明の名称が間違ってるぞ。time planeじゃなくてtime membraneだ」 朝比奈さんがハッとしたような顔をしていた。既定事項がひとつ成立したようだな。 「あら、そうだっけ?まあいいじゃない似たようなもんだし。取ってしまえばそれまでよ」 プレーンとブレーンじゃ月とスッポンくらいの意味の開きがある気がするが。結局訂正するのを忘れていて、TPDDとして特許公開されてしまうのはもっと先の話である。 コーヒーに垂らした銀河をスプーンでぐるぐるとかき混ぜる規模の長門の試算とやらが終わり、俺もかなり記憶が混乱しているところだが、タイムマシンを作る方向性というか安全対策というか長門のパトロンがしぶしぶOKを出した方法で進めることになったようだ。ハルヒの訳分からん願望とやらに付き合わされる思念体もご苦労なことだ。 ゼニガメがタイムトラベルという芸当を見せてから、ハルヒはソフトウェアの営業もろくにしないで研究室にこもっていた。 「くーっ!いったいいつになったら成功するのかしらね」 このところ機嫌が悪い。それもそのはず、失敗が続いた実験が通算で一万回を超えたのだ。そのうち成功したのがたった二回。0.02パーセントの確率かよ、ぷっ。 「まあそう簡単には無理だろ。俺たちが簡単に作れるならNASAやらCIAやらが黙っちゃいないって」 「それはそうだけど。一万回よ一万回。あんた、どれだけ経費かかってるか知ってる?試したゼニガメは五百匹、水槽が五十個、スッポンの養殖してるわけじゃないのようちは」 そうそう。わが社の歴史に残る珍イベントで取締役から社員共に総出でゼニガメ買い出しに行かされた。近隣のペットショップやらホームセンターだけでは飽き足らず、鶴屋さんちの庭の亀まで総動員されたのだ。どんどん納入される亀と水槽の数に会議室だけではスペースが足りず、たまたま空室になったお隣さんを借りて亀専用ルームにあてた。実験の結果タイムトラベラー失格の烙印を押されたかわいそうな亀たちは、スペース節約のため近所の小学校やら近隣の動物園やら水族館やら、水のある施設には手当たり次第に寄贈として養子に出されている。 爬虫類に少なからず親近感のある俺は、亀に番号をふってその後の成長を記録していけばいい生物学的統計が取れるんじゃないかと言ったのだが、そんなことタイムマシンができたら簡単にやれるわよと言われてがっくりと肩を落とした。 「世紀の大発明なんだ。いくらかかっても十分すぎるくらいの見返りはあるだろうさ」 まあ会社の経費で払っている月々のエサ代と、室温を維持するために二十四時間フル稼働させてるエアコンの電気代は半端じゃなかったが。 「もう、早いとこタイムマシン作って時間旅行したいのにぃ」 ハルヒは唸り声を上げて机に突っ伏した。そう簡単に完成なんかされたら俺も朝比奈さんも困ったことになるのだが、いったいいつの時代に行きたいんだろう。 古泉の携帯が鳴った。長門が宙を見つめた。 「すいませんが、顧客と打ち合わせに行って来ます」 「おう、気をつけてな。直帰でもいいぞ」 古泉があたふたと出て行った。たぶん閉鎖空間の始末だろう、ご苦労だなまったく。 それに加えて、ハカセくんがそろそろ試験前なので実験は二ヶ月間中止することになった。併せてハルヒのダウナー度も増した。 「もう、タイムマシン作るのやめようかしら……。ハカセくんもいつまでも付き合えないだろうし」 こんなことを言い出すのはハルヒらしくない。今までずっとこいつは、目標に向かって全速力で突っ走るイノシシみたいなやつだったからな。 「ここでやめちまったら、出資してくれた鶴屋さんに申し訳ないだろう」 「今ならまだふつーの事業をやる会社に戻れるわ」 「それが嫌だから自分で起業したんじゃなかったのか?」 「まあ……そうだけど」 「俺は別にやめてもかまわんが、お前がやめちまったらたぶん人類は時間移動技術で数世紀遅れてしまうことになるだろうな」 そう。こういうとき、俺の出番なのだ。ハルヒが道に迷ったり、暴走して崖から落ちそうになったり、疲れて道端に座り込んだりしたとき、フォローにまわるのは俺なのだ。 「あんた、ほんとにタイムトラベルなんかできると思ってんの?」 「おうよ。だからお前に付き合ってこんなわけ分からん会社やってるんじゃないか」 「ホーキング博士が言ったわ。タイムトラベルが不可能であるという根拠は、未来からの観光客が未だに現れないからだ、って」 「UFOは未来人が乗ったタイムマシンなんじゃないかって説もあるぜ。オーパーツは未来から送られてきたんじゃないかって説も」 それを聞いてハルヒは、うーんと唸った。 「そうだ、思いついたわ」 またか……。そのフレーズはいい気分で飛ばしていた車のルームミラーに突然映った白バイ並みに、俺の寿命を縮めてる気がするぞ。 「今度はなんなんだ?」 「タイムマシンはなくてもタイムトラベルはできるわ」 「どうやってだ」 「タイムカプセルよ」 なるほど。超低速時間移動か。俺も長門のマンションでやったことがある。三年間、いわばカチンカチンに凍ったまま時間を超えたのだ。 「未来のあたしに手紙を書くわ。これなら確実に届くでしょ」 「ま、まあ、昔からやる手だがな。なにを書くんだ?」 「タイムマシンが完成したらすぐ迎えに来なさい、または手紙をよこしなさい、よ」 分かった。ハルヒは今すぐタイムマシンを手に入れたいのだ。開発までの道のりがいかに長くても、完成してしまえば一足飛びに自分のところに来れるはず。そう考えたのだろう。まるで漫画のネタみたいな、今から貯金をはじめてタイムマシンで未来に行き、貯まった金を自分から奪うような話だ。そんなことをしなくても朝比奈さんに頼めばメッセージくらい簡単に届けてくれそうだがな。 まあハルヒがやるというんで黙ってやらせることにしよう。タイムカプセルなら放っておいても勝手に届いてくれるだろう。 「みんな、ちょっと聞いて。我が社はタイムマシン開発の予備段階として、タイムカプセルを作ることにするわ。開封条件はタイムマシンが完成したときね。みんな、自分宛てになにかメッセージを書きなさい」 まるで七夕の願い事を書くようなノリである。そんないつになるか分からん未来になにを伝えろってんだ。 「ちゃんと封をするのよ」 用意のいいことに封緘紙まで持ってきた。 ── 俺へ。犬が洗えるくらいの庭付きの一戸建てを買ったか?長門とはうまくやっているか?さっさとハルヒを誰かに押し付けてしまえ。 さして願い事もない俺が書いたのはそれだけだった。いつかの七夕にも似たようなことを書いた気がするが。 ハルヒは台所用品のシュリンクパックに手紙を突っ込み、空気を抜いて真空にした。A4用紙に開封条件を書いてるようだが、開けちゃだめと金庫の中に書いてあったらどうやってそれを知るんだ?やたら安易な気もするが、まあハルヒのやることだ。ほかに開けるやつもいないだろうし。 「タイムカプセルってどうやって作るんだ?」 「核攻撃下でも耐えるファインセラミックスで固めて地中深くに埋めたいところだけど。もしかしたら数年後かもしれないから、簡単でいいわ」 「金庫にでもしまっとくか」 「それじゃ味気ないわね。大理石の板で作りましょう」 「そんなもん、どこで手に入れるんだ」 「墓石屋にいけばあるでしょ」 墓石は大理石じゃなくて御影石だが。機関が墓石を扱ってるとか言ってたんで古泉に頼もう。 「僕そんなこと言いましたか?」 「言った言った。ゆりかごから棺おけまで何でも揃うと」 「すいません。あれは言葉のアヤです」 口からでまかせだったのかよ。古泉は照れて額をペンと叩いた。しょうがないので二人でホームセンターを探しまわり、墓石屋にもなく建材店でやっと見つけた。歩道や公共施設なんかで見かける敷石らしい。一辺が六十センチの正方形で、厚さ五センチの大理石を手に入れた。 会社に戻ると部屋の奥からガンガンとやかましい音がしていた。なにやってんだろうと覗いてみるとハルヒがタガとカナヅチで壁を削っている。壁紙がひっぺがされてセメントが剥き出しになっていた。 「おい、会議室でなにやってんだ」 「見て分からないの。穴を掘ってるのよ」 「ビルのオーナーに怒られるぞ」 「タイムカプセルを埋め込むためよ。バレなきゃいいの」 ハルヒが壁を叩くとセメントのくずがボロボロとこぼれてきた。意外にもろいのな。ここが刑務所なら爪切りで削ってでも脱走できそうだ。もしここで監禁されたら脱走する方法として覚えておこう。 「おい、先に帰るぞ」 退社時間になってもガンガンと工事の音が続いていた。ハルヒの足元に、朝比奈さんがおにぎりを、長門がポカリスエットとカロリーメイトを置いていた。古泉はサロンパスを置いた。 「あら、ありがと。もうそんな時間?先に帰っていいわ」 セメントの粉をかぶってホコリまみれになったハルヒがいた。一日かけて大理石の板と同じサイズの凹みができたようだ。 ハルヒはさらに二日掘りつづけて、それより縦横が十センチほど狭い奥行きのある凹みを作った。もっと深く掘ろうとしてたようなのだが、途中でビルの骨組みのようなH型の鉄骨が現れ、そこで断念したらしい。 「できたわ!」 安全第一のヘルメットを被り、ヘッドライトをつけたハルヒが叫んだ。どうやら徹夜だったらしい。額の汗をこすった跡が汚れて青函トンネルの二十年の穴掘りから帰ってきたような顔をしていた。こういう作業だけはまめにやるんだなこいつは。長門に頼めばレーザーかなんかでさくっと掘ってくれそうなのに。 掘った穴のでこぼこを石膏で塗り固め、平らにならした。赤いビロードの布を貼り、ちょっと豪華な埋め込み式の金庫が出来上がった。 「さあ、未来にメッセージを託すわよ」 古泉、長門、朝比奈さんも付き合って手紙を納めた。長門の手紙の内容を聞いてなかったな。あとで尋ねてみよう。 その上から買ってきた大理石をはめ込み、溝をパテで埋めた。手紙を取り出すときはハンマーかツルハシでぶっ壊すしかないだろうな。未来へのメッセージは無事封印され、ハルヒはなにを勘違いしたか、かしわ手を打っていた。神棚じゃないっての。 昼飯の弁当を食っていると、突然カメラのストロボを十台くらい光らせたような閃光が走った。 「キタワー!!」いつもより二オクターブくらい高いハルヒの声が響いた。 「なにがだ」 「手紙よ手紙。たった今、あたしの机の上に現れたのよ」 俺を含めた四人は何が起こったのかピンと来ず、とくに驚いた様子も見せなかった。 「なによあんたたち、もっと驚きなさいよ」 「それで、誰からなんだ?」 「もちろん、未来のあたしからよ」 「お前のことだから突っ返してきたんじゃないか?」 「違うわよ。真新しい封筒よ」 まじで返事が来たのか。俺は朝比奈さんと長門の顔を見た。二人ともかわいい目をまん丸にして、唖然としている。 「なにが書いてあるんだ?」 「これから読むわ。古泉くん、カメラの用意をお願いね。今日は我が社にとって、いえ、人類にとって記念すべき日よ」 「かしこまりました」 古泉が機材ロッカーを開けてゴソゴソとビデオカメラとライトを取り出した。しょうがない、俺が照明をやってやる。 「撮影スタンバイオーケーです」 「カメラ回して」 カメラの液晶モニタに赤いRECのマークが入った。 「えー、あたしは株式会社SOS団の社屋にいます。予てより、我が社はタイムマシンを開発中である。昨日、未来に向けてタイムカプセルを送った。そして今、未来から返事が来たのであります。読み上げる」 微妙に語尾が混在したセリフを吐きながら、ハルヒが封筒の封を切って手紙を取り出した。 ── 前略、あたしへ。あんたの手紙は読んだわ。おめでとう、あたしたちはタイムマシンの開発に成功しました。でもまだ、質量の小さいものしか送れません。成功率もなかなか低くて、まともに送れるのは二十回に一回ってところね。成功率が八十パーセントを超えたら、ハカセくんが論文を書いて世界に向けて発表するわ。 ── タイムパラドックスの危険があるから、今のあんたから見て何年後かは言えないけど。まあ、気長に待ちなさいね。ハカセくんの話では、人を送れるようになるまでにはあと十数年くらいはかかりそうってことよ。 ハルヒはそこで深呼吸をして文末を読み上げた。 「株式会社SOS団代表取締役社長、涼宮ハルヒ」 「すごいわ涼宮さん。とうとうやったのね」 朝比奈さんが拍手した。なんかすごくデジャヴを感じているのだが俺だけか。 「あ、待って。まだあるわ。追伸、このメッセージは十秒後に消滅す……」 ハルヒの手にあった手紙は、まるで急に発火点に達したあぶり出しのように燃え広がった。 「おわーっ!!火事よ火事、あたしの手が火事!」 「キョンくん、消火器!消火器!」 「はいっ」 よほど慌てていたのか、俺は粉末消火器のホースをハルヒに向けてぶっぱなした。十五秒間、わき目もふらず一心不乱に消化剤を撒いた。あまりの壮絶さに誰も止めなかった。 部屋に充満する甘酸っぱい匂いのする消化剤を吸い込んで、全員咳き込んだ。ハンカチを口に当てた長門が慌てて窓を開けた。 「バカキョン!もう、なに考えてんのよあんた」 「す、すまん。大火事にならないかと心配で」 ゆっくりと霧が晴れるように部屋の中が見えてきた。真っ白な髪に全面おしろいを塗りたくったかのような四人が立っていた。 モウモウと立ち込める真っ白な煙の中から、これまた真っ白なゾンビのようなハルヒが現れた。昭和アニメ風に言うなら、そしてハルヒは真っ白な灰になった、とでも表現しようか。俺たちは互いの顔を見た。一瞬の後、大爆笑に見舞われた。全員がパンダみたいに目だけを残してミイラになっちまってる。 鼻の穴まで真っ白になったハルヒは涙を流して笑いながら怒鳴った。 「バカキョンにアホキョン、まったくもう!腹立つわ。あたしったら何考えてんのよ。消滅するなら最初に書いときなさいよね」 これぞひとり突っ込みだな。 片付けは当然俺がやらされた。ちなみに、ハルヒの手の上で燃え広がるシーンまでの映像はちゃんと撮れており、公式社史に残されている。 雑巾でせっせと部屋を掃除するというサービス残業をしていると、ハルヒが壁に大きな額縁を飾っていた。四つ切くらいの額の中央に、紙のきれっぱしのようなゴミが貼り付けてある。 「ハルヒ、なんだそれ?シュールレアリズムかなんかか?」 「さっきの手紙に決まってるじゃないの。我が社の記念すべき書類よ」 ハルヒは不機嫌極まりない様子で叫んだ。そういえば、なんとなくだが書類の燃えカスっぽいな。ところどころ粉っぽいのは消化剤か。封筒は全部燃えてしまったらしく、“ルヒ”と、ちょうど手紙の右下の署名の文字部分だけが残っている。 それから数日してのこと。こないだ頼んだ石材店から、もう一枚同じ大理石が届いていた。頼んだ覚えはないんだが、なにかの間違いだろうと電話をかけようとしたところ、ハルヒが土木作業員のような格好で現れた。家を壊せそうな、でかいハンマーを背負っている。黄色い安全第一ヘルメット、ランニングシャツ、腹巻、ニッカポッカに地下足袋をはいていた。その様子があまりに似合いすぎていて、口の周りに丸く黒ヒゲでも描いてやろうかと思ったほどだ。 「労働者ごくろう。だがあんまり腹が立ったんでビルを壊すとかいうなよ」 「そんなことしないわよ。手紙を追加するだけよ。あんないたずらされて黙っちゃいられないわ」 自動発火装置付きメッセージが相当頭に来たらしい。 「古泉くん、カメラお願い。この情報化時代に手書きの文字なんか古すぎるわ。映像を直接送るの」 「未来に再生装置がなかったら読めないだろ」 「あんた知らないの?どんな未来でも骨董品屋があって、古い電子機器が売られてるのよ」 そりゃ映画の話だろう。ガソリン車だったのがバナナの皮と飲み残しの缶ビールで走る核融合エンジンになったんだったか。かわいい十六ビットパソコンが出てたな。 「カメラ、スタンバイオッケーです」 「いくわよ」 ハルヒはお触れを読み上げるお役人のようにA4レポート用紙を広げた。 「これは未来へのメッセージである。開封条件は一通目の手紙を読み終えること、タイムマシンが完成すること」 ハルヒは読むのを止めて、カメラに向かって指さした。 「あんたの自動消滅する手紙ではひどい目にあったわよ!いたずらもほどほどにしなさいよね」 白ゾンビを思い出したのだろう、古泉が笑いをこらえていた。 「未来に対し、以下の四点を要求する。 ひとつ、そのへんで撮った写真を送りなさい。 ふたつ、あんたの髪の毛を送りなさい。本物かどうかDNA鑑定するわ。 みっつ、一週間分の新聞を送りなさい。 よっつ、タイムマシンの設計図を送りなさい。以上。 追伸、もしこれらの要求が受け入れられない場合は、時限発火装置を送るからそう思いなさい」 なに物騒なこと言い出すんだ。相手は自分だぞ。 「カメラ止めていいわ」 「この映像、どうやって送るんだ?」 「編集してDVDに焼いてちょうだい」 「それはかまわんが、DVD-RはふつーのDVDビデオと違って寿命が短いらしいぞ」 「そうなの?じゃあビデオテープでもいいわ」 「磁気テープもあんまり長くはもたんだろう」 「じゃあどうすんのよ」 「半導体メモリとかのほうがよさそうだ」 「携帯とかデジカメとかに入ってるあれ?なんでもいいわ。送れるようにしといて」 メモリといえば俺が朝比奈さんに言われて花壇で拾い、知らない誰かに送ったあれもそうだったが、なにか関係あるんだろうか?朝比奈さんに疑問符を投げてみるが、にっこり笑っただけだった。禁則事項らしい。 ハルヒはハンマーを抱えてのっしのっしと部屋の奥に歩いていった。 「おい、なにするんだ」 「二通目を入れるから大理石を壊すのよ」 ビルが倒壊するんじゃないかと思うような音がげしげしと聞こえてきた。その場にいた全員が耳を塞いだ。ハンマーを大きく振りかぶって大理石をぶっ壊している。まったく激しいやつだな。 俺はビデオカメラをパソコンに繋いで、映像を抜き出した。こないだの自動発火装置付きメッセージのシーンを再生して何度も笑わせてもらった。 「あれっ、ないわ」 ハルヒの声が響いた。なにごとかと奥の部屋へ行ってみると、足元には大理石の板が粉々に砕け、タイムカプセルの穴に顔を突っ込んでわめいている。 「どこにもないわ、キョン!手紙どっかにやったでしょ」 「知るかよ、最後に石を封印したのはお前だろう」 「そうだけど……」 覗き込んでみるが空っぽだった。長門を見てみるが首を横に振っていた。朝比奈さんは、こめかみに指を当てて考え込んでいる。 「向こうで手紙を受け取ったのだから、なくなったのでしょう」古泉が口を挟んだ。 トンネルじゃあるまいし、そんなはずがあるか。手紙がないってことはこの時間でタイムマシンが完成したってことじゃないか。……って、え? 「それもそうね。まあいいわ、次の手紙を入れるから。キョン、今日中に編集しといて」 ハルヒは、手紙が消えても何の不思議もないかのような顔をしている。そんなんで納得していいのか。 「じゃ、ちょっと早いけどお昼にしましょ。あたしは健康ランド行ってくるわ。いい汗かいたし」 ハルヒはSOS団建設とでも名称変更できそうな勢いで、すがすがしいんだかよくわからない労働の汗をタオルでごしごしと拭きながら出て行った。 ここで緊急会議である。四人は顔を突き合わせてあれやこれやと意見を出し始めた。 「これはミステリーですね。密室にあったはずの手紙はどこへ消えたのか?」 推理好きな古泉が安っぽいサスペンスドラマっぽく仕立て始めた。 「壁の向こう側から盗まれたんじゃないかしら?」 朝比奈さんが穴の奥の壁を探っていた。 「向こう側は廊下ですよ。それに穴は鉄骨で止まってますから」 「……」 長門だけはじっと考え込んでいた。 「どうした?」 「……この穴の内壁」 穴の内側をなぞっている。指先に、微妙に光を反射する粉がついていた。でこぼこを埋めたときの石膏かと思ったが、そうでもないようだ。 「……微量だが、エキゾチック物質が残っている」 「なんですって」 「どういうことだ?」 「……ワームホールが発生した形跡がある」 「ということは、手紙はほんとにタイムトラベルして向こうの時間に行ったんですか」 「……そう、推測する」 まさか、ありえないだろ。今日はエイプリルフールか。お前ら、俺をかついでんだよな。 「どうやったらそれが可能なんですか?」古泉が興味津々だ。 「……時間移動の方法はいくつかある」 前にもそんなことを言ってたな。 「原始的な方法として、エキゾチック物質で粒子-反粒子間のトンネルを押し広げ、質量のある物体を移動させるやり方がある。今回の現象は、それに該当する」 「それはかなり不安定だと聞いていますが」 「……涼宮ハルヒが、それを成功させた」 「これもまた涼宮さんの能力ですか……」古泉が考え込んだ。 「俺にはなにを言ってるのかよく分からんのだが」 俺が割り込んでも、古泉は説明もしない。 「長門、俺にも分かるように説明してくれ」 「……うまく言語化できるか分からない」 長門はホワイトボードに、蜘蛛の巣を二つ、その中心を貼り合わせたような図を描き始めた。俺は何度も何度も小学生のような質問を繰り返し、ようやく飲み込めたところでは次のような説明だった。 ── 宇宙を作っている素粒子、原子よりずっと小さい物質の大元みたいな小さな粒は、二つのペアになっている。粒子がプラスで反粒子はマイナスだと考えればいい。その二つのペアの間は不思議な力で繋がっていて、それがワームホールになる。そのトンネルを大きく広げてやれば、人でも猫でも、宇宙船でも通り抜けられるという理屈だ。 さらに、反粒子は時間を逆行して存在してるらしいので、ワームホールを抜けると時間を超えることもできる、らしい。ただし穴の壁は壊れやすく不安定なので、エキゾチック物質という負のエネルギーを持つ物質で内側を支えてやらないといけない。 なんだか前にも似たような話を聞いたような覚えがなくもないが。 「それをハルヒが無意識にやっちまったってのか」 「……それ以外、妥当な答えがない」 なるほど。ほんとかどうかは知らんが、やっぱ物理学は俺の頭じゃ無理だわ。 「あの……」 いちばん時間移動に詳しい朝比奈さんが、やっと口を開いた。 「これは歴史の転換点かもしれません。わたしの知る歴史とはまったく違う時間移動技術の発明過程です」 「これって朝比奈さんの所属する時間移動の組織と関わりがあるんですか」 「もう違う流れに変わってしまったので話しますけど、この会社は時間移動技術研究所の前身なんです。その、はずなんです」 「SOS団がタイムトラベルを管理?」 「いえ、涼宮さんがはじめて、もっと後の世代でやっと実用化した技術なんです。ここは、ほんの始まりに過ぎないの」 「ハルヒが開発を前倒ししたってことですか」 「まだ正確なところはなんとも言えないです。こんなのははじめてで……」 朝比奈さんは長門に尋ねた。 「長門さん、ひとつだけ分からないことがあるんです。涼宮さんはどうやって時間を指定したんですか?」 「粒子の存在する時空、つまり、目的の時間の粒子ペアを持つ反粒子を使った」 「その粒子を見つけられる確率は?」 「……見つけたのではない。涼宮ハルヒは自ら反粒子を作り出した」 長門は両手をパンパンと打ち合わせた。 「あの、かしわ手?」 「……そう」 まさかあの仕草にそんな意味があったんだとは。 ハルヒの命令で俺は、動画を編集するために昼休みを潰すはめになった。メモリカードを渡すと、うやうやしくアルミホイルで包んで小箱に入れ、ラッピングしてご丁寧にリボンまで付けてタイムカプセルに収めた。こないだと同じ手順で重たい大理石の蓋をし、隙間をパテで埋めてかしわ手を打った。ついでに祝詞でも唱えりゃ効果倍増するんじゃないのか。 二通目の返事は同じメモリカードで来た。部屋が一瞬閃光に包まれ、封筒がハルヒの机の上にぽとりと落ちた。続けて、赤い筒型の何か、それより細いスプレー缶みたいなもの、黒いレバーらしきもの、最後にホースが落ちてきた。赤い筒だと思ったのは消火器のようだった。中身が空で、部品ごとにバラバラに送られてきた。組み立てろってことらしい。未来のハルヒはここのハルヒより一枚上手なようだ。 ハルヒは突然目の前に降って沸いたガラクタに眉毛をひそめ、机をドンと叩いて怒鳴った。 「まったくもう!ムカつくわね。しょうもないイタズラしてないで大人になりなさいよ」 ハルヒは自虐的な突込みをいれつつ、メモリカードをパソコンに挿して動画を再生した。 『あたりまえだけど、若いわね。感動しちゃったわ』 広告の使用前使用後みたいで、見ていた四人がオオッと声を上げた。この映像のハルヒを見る限り、向こうはだいたい十年くらい未来ってことだな。もしかしたらずっと未来で、メイクか若返り治療の効果かもしれんが。 『あんたも欲張りね。駅前の写真を何枚か入れといたわ。なにも変わってないわよ。髪の毛は何本か入れといたから、勝手に分析でもしなさい。言っとくけど、今じゃDNAなんていくらでもごまかせるんだから。新聞はねぇ、未来の情報を過去に送るのは有希に止められてるの。分かるわよね。あんたが下手に情報を使ったりしたら、未来が変わっちゃうもの。同じ理由で設計図もダメ』 「チッ。サッカーくじで大儲けしようと思ってたのにぃ」ハルヒは舌打ちした。 お前そんなせこいこと考えてたのか。俺もだ。 『お詫びに消火器も送っといたから、そっちで組み立てなさいね。これ重いから、分けて送るのたいへんなんだからね』 ハルヒを見ると怒りに打ち震えているのか、プルプルと震えていた。頭にやかんが乗っていたらシュンシュンと音を立てていただろう。 「ちょっと古泉くん、相談があるんだけど」 「なんでしょうか」 「メモリカードくらいの小さい爆弾作れる知り合い、いる?」 「す、涼宮さんそれだけは」 機関なら爆弾職人くらいいるだろう。冗談なのか本気なのかハルヒは古泉ににじり寄った。いっそのこと紹介してやれ。 5章へ
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時は進んで翌日、土曜日の午前。 俺は今、いつもの不思議探索の際の集合場所である北口駅前で、ハルヒが訪れるのを待っている。 とまあ昨日の今日なので、もしやハルヒを待つ俺の心境は伝説の木の下で待ち合わせている女子のそれと同じなのではないかと思う者もいるかも知れない。 なので説明しておくが、俺は別に告白をするためにここにいるんじゃない。 俺がここでハルヒを待っているのはもちろんこれから不思議探索を行うからであり、そして自分に課せられた責務を果たすためだ。そう。俺は遂にポエムを完成させることが出来たので、それをハルヒに渡さなければならないというわけだ。これの完成までの経緯は、今から昨日のその後を話す予定なので、そこで説明しようと思う。 だから現時点で普段と違うことといえば、俺が待ち合わせに一番乗りしているくらいだろう。 と……ハルヒを含めSOS団のメンバーはまだやってきそうにないので、ここで昨日のあれからを振り返ってみることにしよう。 あの後、俺と古泉と長門は学校へと戻り、小さい方の朝比奈さんは『機関』と未来側との諸々の調整のために元々学校を休んでいたので、そのまま自らの仕事を全うするため公園にて別れることとなった。 そして俺達学校組は、放課後の文芸部室で大人の朝比奈さんと朝比奈みゆきを交えて異世界問題の解決策を講じていたのだが、ここを俺の言葉のみで語るのは少々難儀しそうなので、少しばかり回想して時を遡ってみることにする。 あれは授業が終わってすぐ、掃除当番のハルヒを除いた俺達が文芸部室へと集まったとき、そこには大人の朝比奈さんとみゆきが待っていて………… 「本題に入る前にお聞きしたいのですが」 古泉は朝比奈さん(大)に真面目含有率八十パーセントの微笑を向けると、 「……正直、今日のあなたと『機関』の動きには驚かされてばかりでしたよ。僕の関知せぬところでのTPDDの製造、そしてあなた方未来人との協力体制。組織内でこれほどの重大かつ主要な出来事が僕の与り知らぬ場所で展開されていたなど、機関で僕が占める立場からすればとても信じられません。これはどういうことなのですか?」 返事をちょうだいするように手の平を差し出す古泉。その手を一瞥もせずに大人の朝比奈さんは、 「それを語るのには時間が足りないけれど、そう遠くないうちに彼……藤原くんが、古泉くんの疑問を解消してくれるはずです。だからごめんなさい、それまで待っててね」 その返答に古泉はスッと手を引っ込めると、 「ええ、そうすることにしましょう。これは機関の人間に問いただせばある程度は判明し得えることだ。ですが、あなたの口から是非聞いておきたいこともあります。それは未来側から現代の僕達に、あの次元理論をもたらしたことについてね」 「……古泉、そういった理論に対する質問は後でいいんじゃないか」 特に俺がいない場所で行うことをオススメするぜ。っと古泉はほのかな笑いを作り、「そういうことではありません」と言った後で少し難渋な顔を浮かべると、 「……未来の次元理論では、次元とは性質の足し算によって形成されるものであるとされ、それらは『流れ』という概念によって説明されていましたね。これは確かに、次元の要素が『広がり』という概念によって捉えられ、『縦×横×高さ』……つまりXとYとZの掛け算によって立方体という三次元が形作られるという現在の理論と違っているように思われます。ですが、僕には未来の次元理論に対し疑い問う程の能力は備わっていません。僕が疑問を抱いているのは、未来から現代にその理論がもたらされた、というそのままの事柄についてです」 「その論法で行くと、未来から指示を受けることだってまずいんじゃないか?」 「いいえ、それとも違います。未来側から指示を受ける場合、こちらからは未来を予察できない様に考えられていますから。ですが……次元理論は違う。公理を分出することが出来、その真偽を明らかにしてしまう次元理論とは……いわば人類にとって善悪を知る樹そのものであり、それから知識をもぎ取ることは、まさに禁断の知恵の果実に手をかける行為に等しいと言えるでしょう。……我々にとって未来の次元理論は、知るに時期尚早なのではないでしょうか」 そう言い切るとピッと前髪を弾き、 「そして世界人仮説。次元に関する理論を、人間に関わるものへと置換して考察されているこの理論は実に興味深い。世界人仮説は、矛盾の存在するこの世界を上手く表していますから」 どういうことかと聞けば、 「まず人間の進化において、その身体の進化は原始生命から延々と受け継がれてきたアナログな流れだといえます。ですが、人間の精神……人の心においてはそうではありません。個人の人格、例えるなら僕の思想は、この世界上で新たに組み上げられた全く新しいものです。なので身体の進化とは違い、その過程で発生する人の心の繋がりは、0から1という現象が続くデジタルな流れだと考えることが出来ます」 「それがどうしたんだ?」 「このように人間の『心』には、偽とされる連続体仮説が当てはまるということですよ。そして世界人仮説が矛盾を認めた理論だというのは、まさに世界人仮説が提唱する新概念を表す言葉なのです」 と、古泉は右手の指を一本ずつ開きながら、 「例えば四則計算において、足し算のみならば何も問題は発生しません。1に2を足しても3ですし、2に1を足しても同じく3という答えです。ですが……引き算となるとそうともいかない。何故ならば、1から1、もしくは1から2を引いてしまった場合には自然数では答えを表現し得ませんからね。なので人は、そこで生まれた0やマイナスなどの新しい概念を記号で表すようにしたのです。掛け算と割り算にも同様の流れがあり、このように人間は、算数や数学が展開されていくにつれ様々な概念を発見してきました。そして次元理論とSTC理論によって生まれた世界人仮説は、矛盾を認めるという概念を論じていますね。……いえ、これは『互いを認め合う概念』と言い表したほうが適切でしょう。ですがそれは哲学的見地から表されている世界人仮説の姿で、数学的には……今まで人類にとって不変の法則であった、『イコール』の概念に切り込んだ理論だと言えるのではないかと僕は考えます。これは絶対的な神の摂理である『イコール』で結ぶことの出来ないもの同士が『矛盾』として否定されずに、『認め合う』という人間的な概念によって結びついているという物理法則に対する新たな考察になる。そうであるからこそ、世界には矛盾というものが存在出来るのかもしれませんね」 ……互いを認め合う、ね。なんだか長門と同じようなことを言ってるような気がするな。 「ええ。だって世界人仮説は……長門さんが構築した理論だから」 「は?」 大人の朝比奈さんから飛び出した言葉に疑問符を飛ばしていると、 「……次元理論の姿は『箱』で、STC理論の姿は『紙』だとするなら、世界人仮説の姿は何だと思います?」 「……只の勘なんですが、そりゃあ『人』なんじゃないですか?」 「あたりです」 と朝比奈さん(大)は微笑み、俺達に視線を配ると、 「世界人仮説は、全ての理論を統合した理論なの。世界の全てのモノが混ぜ合わされば、純粋な溶媒と溶質という二つのモノが生まれます。それらを一つの存在として考え、溶媒を『体』、溶質を『心』と置換して生み出される『人』の姿こそが……世界人仮説を総括する姿。それでね、世界人仮説の中での有形の次元理論は、無矛盾な物理法則からなる『人の体』。そして……無形のSTC理論は、時には矛盾を起こしてしまう『人の心』なの。次元理論とSTC理論は本来、お互いを矛盾として否定しあってしまうもの。だけど、それらがお互いを認め合うことによって、初めてわたし達の世界は作られていくんです。そして、そうやって異なる存在が繋がりあうことで『進化』という現象が形作られていく……と、世界人仮説では論じられています」 話を聞いて、沈黙する古泉。俺はそんな古泉を視界にいれながら、 「……よくわからないんですが、その理論を長門が構築したってのはどういうことなんですか?」 それは、と、大人の朝比奈さんが話し出そうとしたときだった。 「……この世界の歴史を成立させるためには、朝比奈みくるの時代まで情報創造能力を維持していかなければならないから」 「………?」 長門が横から言葉を出してきた。長門は続けて、 「また、歴史を知る者による世界の調整も不可欠。だから……誰かが情報創造能力の寄り代となり、この世界を見続けていくことが必要となる。それを実行する際、最も適切と思われるのは……わたし。そして、これから人と共に歩むわたしがその理論を構築していくのだろう」 「――なるほど。世界人仮説……解析するまでもなく、それは長門さんが構築した理論だったというわけですか。そして長門さんは、これから世界の維持と調整を担っていくことになる。となると、僕の機関の成すべきことは……。そして、未来人が僕達にあんな理論をもたらしたのは……つまり……」 何やら呟いている古泉はそれっきり思考の海にダイブしてしまったようで、あいつからこれ以上の質問は出ないようだった。 それはともかく……俺には、一つ気になったことがある。 先程の会話から察するに、長門は朝比奈さんの未来まで長い時間を過ごしていくってことだよな。それは長門が自分らしく――思念体に属したまま――ありのままを生きる道を選んだということによるのだろうが、それでも相当辛いことなんじゃなかろうか。感情を持つ……長門にとって。 そして俺は、中学生のハルヒの言葉を思い出す。 何でも叶っちまう能力ってのは、実はそれを持つ者の自由を奪ってしまうものなんだ。そして長門は、それに程近い能力を自覚的に持ってしまっている。だから…………、 「――長門、」 俺は大人の朝比奈さんから貰った金属棒を長門に差し出すと、 「これ、良くは知らないんだが……花言葉をこの金属棒に書き込むと、お前の能力を制御する髪飾りになるらしい。だからSOS団で不思議探検なんかをするときくらいは……その髪飾りをつけてさ、肩の荷を降ろして遊んだっていいんじゃないか?」 まさに気休め程度にしかならないが、俺が持っているよりは意味があることだろう。……これでいいんですよね? 朝比奈さん(大)。 長門はマジマジと金属棒を見つめ、交互に朝比奈みゆきを見やると、 「……取り扱いは、わたしに任せてもらっていい?」 いいとも。ぶん投げられたら流石にショックだが、それはもうもう長門のモノだからな。 そして俺は朝比奈さん(大)に視線を移し、 「ところで、異世界の問題はどうするんですか? 長門が何か知ってるって聞きましたが、長門、お前何か知ってるか?」 長門は目をパチクリさせると、 「……異世界の状態を打開するヒントは、喜緑江美里と涼宮ハルヒ、そしてわたしの小説の一ページ目によって既に示されている。それらを複合的に読み取って私達が成すべきことは、記憶を取り戻す『鍵』を異世界へと持ち込み、あちら側のわたし達に自ら問題の解決を促すこと」 言いながら長門は俺に前回の機関紙を渡し、俺がそれに目をやると、切り取られていた長門の小説がすっかり元通りになっているのが確認された。長門の小説を読んでいる俺に長門は、 「その小説の二ページと三ページは、わたしが世界を改変した後で生じたエラーデータを不完全ながら解析し、その結果を書き綴ったもの。そのデータの正体は、今回の出来事によって……もう一人のわたしの記憶だったことがわかった。そして一ページ目は、あの世界でのわたしが書いた小説の一部をサルベージしている。尚、これもあの世界のわたしがもう一人のわたしの影響を受けて作成されたものと思われる」 俺の頭の中で七人の長門が騒ぎ立て始めていると、 「つまり二ページ目と三ページ目は彼の小説を見ていた長門さんの記憶であり、一ページ目は、その長門さんから今の僕達に向けられたメッセージだったというわけですか。つまり異世界の問題を解決するためには、完成型TPDDによって閉鎖された異世界へと渡れるようになった朝比奈みゆきさんに『鍵』を送り届けてもらい、まずはあちらの長門さんの記憶を取り戻すことが必要ということですね」 ……よう分からんが、古泉の解説によってやるべきことは判明したみたいだな。 「ええ、流石にあなたも気付いたのではないですか? これから、あなたがやるべきことにね」 スマイル古泉に対し俺は全てを納得した顔を向け、確認するまでもないだろうが、俺の出した答えを伝えることにした。 「ああ。どうやら俺は『いばら姫』の話になぞって、閉ざされちまった異世界を開放するためにあっちに行かなきゃならんらしいな。だから俺が鍵なんだろ?」 ………………。 静寂が広がった。 「ん? どうしたんだみんな? 驚いた顔なんかして」 古泉も朝比奈さん(大)も、長門でさえも目を丸くして信じられないといった表情を浮かべている。 俺はなにか間違ったこと言ってしまったのかなと不安になっていると、 「そうではない」 間違っていたようだ。否定句を飛ばした長門の横から古泉が、 「……一つお尋ねします。あなたが涼宮さんと共に過ごしてきた時間には、実は普遍的なピュアラブコメディの側面があったことにお気づきですか?」 「何言ってる。それはお前が、俺達に内緒で密かにそんなのを繰り広げてたっていう話か? 世界存続のかかった野球大会だったり無限ループの夏休みが、一体どんな見方をしたらラブコメになるってんだ」 「説明しましょう」 古泉はどこか若干嬉しそうに、 「時系列的に順序立ててお話すれば、涼宮さんは、野球大会ではあなたの活躍を見たいと思い、あなたを四番にしましたね。そしてエンドレスエイトの無限ループはあなたの家で遊んだ後に開放されていて、それはつまり、涼宮さんはあなたの家で遊びたかったということを示しています。……そして前回の機関誌では過去のあなたの恋愛話を知りたいと願っており、つまりこれまでの涼宮さんの行動には……恋する少女特有の、複雑な心境が反映されていたのですよ。しかも涼宮さんの望みは、時を経るにつれて順調にあなたへと近づいてきている。そうやって考えてみたうえで、今回の異世界の創出では何を望んだのだと思いますか?」 …………沈黙する俺に、古泉はハッキリとした声調で、 「ズバリ、自分に対するあなたの『気持ち』を知りたかったのです。そして異世界は、これを涼宮さんが知ろうとした結果、情報創造能力のパラドックスに陥ってしまったがために生まれてしまったのだと考えられます」 「……それは佐々木も言っていたような気がするが、そのパラドックスというのはなんなんだ?」 「簡単なことですよ。告白する際、それを行う側としては、嘘偽りのないちゃんとした相手の本音を聞きたいものであると同時に、自分を拒否されたくはないとも願っている。いえ、むしろ受け入れてもらいたいという方向への考えが強いでしょうね。そこで自分が、己の願望が叶ってしまう能力を持っていたとしたらどうです? その者は、好きな人の本音を聞きたいがノーという返事は聞きたくないという願いによって、結果的に相手の本当の気持ちを知り得なくなってしまいます。好きな人と心から結ばれるためには、惚れ薬を飲ませて返事を貰うようなことでは自分が納得出来ませんからね」 「……つまり、ハルヒは俺の、あいつに対する気持ちを知りたいってことなのか?」 「恐らくはね。そしてそれこそが、今回の涼宮さんの願いだったというわけです」 今になってようやく僕も気付きましたよ、と自らを揶揄するように言って古泉は言葉を終えた。 そして……俺は考える。 「じゃあ、俺のやるべきことは……」 「あなたの気持ちを、涼宮ハルヒに伝えること。そしてその方法は、喜緑江美里が生徒会側からこちらに行動を促したことによって、涼宮ハルヒ自身が既に提示している。これを達成すればこちらの問題も解消され、異世界の問題を解消する『鍵』にもなり得る」 「…………」 ――どうやら俺は、幸せの青い鳥の居場所に気付いていなかったみたいだな。 答えはいつも、俺の胸の中にあったんだ。 「……これで全部繋がった気がするよ。ハルヒが俺達に自分の詩を書かせようとしていたこと、そして、これまでの一連の流れがな」 そうさ。俺は自分に課せられたポエムを完成させなけりゃならないんだ。 それは、他の奴らにやらされることじゃない。 俺が自主的に、そう望んでやることだ。 ハルヒはずっと待っていて、待たせていたのは俺であり、今だってあいつは俺を待っているんだ。 だから俺は、俺にとってハルヒってやつはどんな存在なのかってのをそろそろ伝えなきゃならない。だってさ………、 これ以上ハルヒを待たせちまったら、どんな罰ゲームが俺を待っているかわからないだろ? 「……そうか。じゃあ長門、今日は二人そろって遅くまで居残り決定だな」 やっと見えてきた目標に向かって頑張ろうと長門に求めると、 「わたしはしない」 と言われた。目が点になった。 「わたしの分はもう完成しているから。でも、あなたが付き合ってくれというのなら拒否はしない」 その台詞は別の機会に言って欲しいね。お前からそう言われて喜ばないやつなんかいやしないぜ。 「あ、先輩ひどいっ。早速浮気してちゃダメですよっ? 涼宮先輩に言っちゃいますからねっ」 ひどく恐ろしいことを朝比奈みゆきが言っている。すると古泉が、 「ふふ、まだ厳密には浮気だと決まったわけではありません。それに、例え彼の意思がなんであろうと涼宮さんは納得してくれるでしょう。彼女は強いようにみえて脆くもありますが、全てを認め受け入れることの出来る聡明さを備えている人ですから」 とか言いながら、あなたの答えは既に分かっていますよといった顔で俺を見てくる古泉。 「……長門。良かったら、お前の完成した詩を見せてくれないか?」 俺は古泉に対してなんの反応も出来なかったため、古泉の視線を無視することにして長門へと話しかけた。 そして俺は長門から渡された一枚の用紙に目を向ける。 ついぞ完成した長門の詩の内容は、これまたなんとも独創的で俺の理解が及ぶものではなかったのだが、それは以前の長門の小説を締めくくっているように感じられた。 ……あと、一つ言い忘れていたことがある。 これは俺が先程元通りになった機関誌を読んでいたときに気付いたのだが、長門の小説のページからは無題という文字が消え、三枚それぞれに、極短い単語ながらもちゃんと題が記されていた。ページ順にどう書いてあったのかを言えば、それは――――。 『雪、無音、窓辺にて。』 そして今回の長門の詩の題名は……。 何となく、長門が自分の意思で己の歩む道を決めたことの大きさと決心を物語っているような気がした――。 「…………」 と、回想はここまでで十分だろう。 そんなこんなで昨日、俺は自宅に帰ってからも夜遅くまでポエム制作に身を乗り出し、やっとの思いでポエムの完成にこぎつけたってわけさ。 ちなみに、俺は完成したポエムを読み返していない。 それはポエムが書きあがったのと同時に封筒に入れて机の中に仕舞い込んだためであり、なぜそんなことをしたのかといえば、これは深夜のラブレター作成理論に由来する。 恋という題目で俺が書いたポエムは、その、なんだ。はっきり言ってしまえば……今までの生活で、俺がハルヒのことをどう思っていたのかってな内容になってるんだ。 そんな恥ずかしいものを朝の俺が見てしまえばそれは世界の終わりを見るようなもので、顔を真っ赤にした俺が「さよなら世界!」と言いながら紙を破棄し、世界との運命を共にする方を選んでしまう恐れがあったからな。 ……あと、これは言わなくても良いことかもしれないが、俺のポエムは妹が持っていたパステルカラーの便箋に書かれており、封筒もそれにあわせた若干可愛らしいものとなっている。 どうしてそれを選んだのかといえば……まあ、なんとなくとしか言いようがないのだが。 「……あら、キョン。早いじゃない。珍しいこともあるもんだわ」 ――ハルヒがやってきた。 「……ああ、前に一回あったくらいだっけ。俺が一番乗りだったのは」 「たしか、あんたが妙なことを言いだしたときよね。有希やみくるちゃんが……」 「俺が何か言ったのか? まるっきり思い出せないんだが」 鮮明に、かつ明確に覚えている。 あのとき俺はハルヒにみんなの正体を語っていたんだ。 今思うとなんて迂闊だったんだろうと恐ろしい思いでいっぱいになるね。 「まあいいわ」 とハルヒは周囲を見回し、 「他のメンバーは? いつもこの時間には全員揃ってるはずだけど。なにか知ってる?」 「いや、俺も知らん。一体どうしたんだろうな」 と、これは本当だ。俺はいつもより早めに着いた方ではあるが、あいつらの姿は欠片も見かけなかった。何処かで待ち伏せしてるわけでもなさそうだ。 「ま。集合時間までにはもうちょっと余裕があるし、そのうちやってくるでしょ」 それより……、とハルヒは眉間にしわを作って、 「あんた、ちゃんと詩は書いてきたんでしょうね? 昨日の宣誓がちゃんと果たされているか、あたしが早速確認したげる。ほら、早く提出しなさいよね」 「そう急かすなよ。ちゃんと書いてきてるからさ。これでいいか?」 ほい、と俺は封筒を差し出す。ハルヒはそれを見ると、 「ふうん? やけに可愛らしいわね。レターセット? どうしたのよこれ?」 「妹から貰ったんだ。コピー用紙を持ち歩くのもなんだと思ってな。別にいいだろ?」 「いいけど、なんだかこれって……」 ――やっぱりなんでもない。と何やらはぐらかすハルヒ。 そして俺の手から手紙をひったくるのと変わらぬくらいに封筒を開き、中に収納されていた便箋に注視する。 「…………」 俺の書いたポエムを読むハルヒはどこまでも無表情だった。 やがて顔を上げると、 「……んー、見た目もそうだけど、中身もやっぱりラブレターっぽいわね」 「なんでだ?」 「だってそうじゃない。これが告白以外の何になるのか、逆にあたしが聞きたいくらいだわ」 ポエムの内容が……と言いながらハルヒは視線を手元の便箋に落とし、 「……あなたとの日常を振り返ってみたら、ようやく、あなたのことが好きだっていう自分の気持ちに気付きましたなんて……」 「……確か、宛名のないラブレターには何の意味もないんじゃなかったか?」 からかうような口調で答える俺に、ハルヒは納得出来ない自分を納得させるように、 「……そうね。まるで夜更けに書いたやつみたいに言葉を羅列しただけの支離滅裂な出来だけど、これはこれで恋のポエムって感じなのかな。でも……」 ハルヒは片手に便箋と封筒を持ち、ポエムの書かれている文面を俺に突きつけて、 「……これ、誰に言ってるの?」 「誰とはなんだ」 「う……」 ハルヒは少し怯んだ様子を見せた。 ――まあ、ハルヒが言いたいことはよく分かる。前回のミヨキチの小説と同様にこれは俺の実体験を元にしているであろうから、このポエムの登場人物にもモデルがいるのではないか? ということだろう。実際、それは間違いじゃないしな。だから、俺は………。 「ハルヒ?」 「な、なによ……」 「お前が手に持ってる封筒なんだが、ちゃんと見てみたらどうだ?」 「………?」 ――こういうときは、意外と相手の言葉の意味に気付かないものだ。 ハルヒは全くの受身で俺の言葉に従い、手に持っていた封筒をヒラリと裏返す。 そしてそこに書かれている文字に視線を落とし、しばらくそのまま押し黙っていた。 さて。 俺がそこに書いたのは、恐らくハルヒ自身が一番見慣れているものだ。 ハルヒは今、封筒の裏側に書かれているそれを見ながらどんなことを思っているのだろうね。 ――宛名の欄に記されている、自分の名前をさ。 「……キョン?」 「なんだ?」 ハルヒは視線をそのままに、小さく俺へと話掛けてきた。 ……そして、今まで自分が抱えていた不安を一気に押し出すかのように、ハルヒは語り出した。 「……あたしね、今まで、自分の存在っていうのはとてもちっぽけなものだって感じてた。自分が沢山の人間の中の一人に過ぎないんだっていうのを実感したとき、自分の世界がいかに普通かってことに気付いたあたしは、逆に世の中にはあたしの想像もつかないような面白い出来事を体験してるような特別な人がいるんじゃないかって考えたわ。……だからあたしは、宇宙人や未来人や超能力者なんかと友達になりたいってずっと思ってた」 ここで顔を上げ、俺をその大きな瞳で捉えると、 「けどね、SOS団のみんなと出会ってから、その考えは変わったの。実は最近、もしかしてあたしには特別な能力があるんじゃないかって思うようなことがあったんだけど、でも……それはあたしが望んでたことだったはずなのに、なんだか嬉しくなくて、むしろ不安になった。なんでそんな気持ちになったんだろうって考えたら、意外と早く答えは見つかったわ。あたしが特別な存在になる、それってね、今までの普通だったあたしを否定しちゃうことになるのよ。特別な存在なんかを求めることだって、今まで好きだった友達を否定しているのとなにも変わらない。――まあ、つまり何が言いたいのかって言えばね……」 ここまでを話し終えたハルヒからは憂鬱な感情が消え、そして、俺の目が眩んでしまいそうな程の微笑みをこちらに向けて――――、 「あたし……SOS団のみんなと、キョン。あなたに出会えて良かった」 ふんわりと作られた笑顔の端には一粒の涙が零れ出し、それはまるで、灰色の雲に覆われた空の後に訪れる晴々とした太陽のように眩しく、輝いていた。 ……俺がしばらく見とれるばかりであったとき、ハルヒは手で自分の目元を一回だけ拭うと、 「ちょっとキョン! ぼーっとしてるヒマなんてないんだからねっ! ほら、早く探しに行かなくちゃ!」 今まで以上に元気な声で言い放つと、ハルヒは踵を返してそそくさと歩き出してしまった。 「ちょっと待ってくれ」 この言葉でハルヒは進むのを止め、俺はその場に立ったまま、 「それって、宇宙人や未来人や……超能力者をか?」 手を伸ばしたまま質問する俺に、ハルヒは何を言ってるのよといった表情を浮かべ、そして今までよりもためらいのない百ワットの得意顔を作り――心地の良い意気を込めて、こう言い放った。 「有希とみくるちゃんと、古泉くんに決まってるじゃない!」 エピローグ
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ハルヒの2回目の世界改変、それは全ての終わりを意味していた。でもまぁ俺にとっちゃあどうって事も無いんだが。 宇宙人、未来人、超能力者。ハルヒが願い、集めた奴等。 ある日、俺は団活をして普通に帰った。別に、普通に古泉とチェスをしただけだがな。帰り道俺はふと思い出した。長門がカミングアウトした次の日に、朝倉が俺を殺そうとしたこと、それを長門が命を懸けて阻止してくれたこと。俺は長門に頼り過ぎている。分かりきった事なのだがほとんどの事件を長門の力が解決しているような気がする。そんなことを考えている内に後数十メートルで家に着く距離まで来ていた。 俺の目は信じられない物を見た。目の前の少し離れたところに“朝倉”が居た。今まで気付かないのがおかしい。 「あっ!」 俺は声を出してしまった。だが、こちらに気が着いていない様だ。このまま立っていれば見つけられ、何かのアクションを起こすだろう。逃げなければ。すぐさま反対方向へと駆け出し、回り道をして家に帰った。不思議な事に、家に着くまで朝倉は追って来なかったし、おかしな事にもなっていない。 「明日長門に聞いてみよう。って何も反省できてないじゃないか、俺!」 いつあいつが来るのか脅えながらも俺は数時間を過ごした。寝る前に気付いたのだが、あいつは俺の記憶が読めているのだろか。長門によれば数十メートル程の近い距離ならば有機生命体の記憶をいつも感じ取れるって言ってたが、それならば俺が朝倉に気付く前にあいつは何かする筈だが、何も無かった。何なんだ。俺に興味が無くなったのならそれで良いが、宇宙人、いやTFEI端末というべきか、まぁそのTFEI端末についての記憶があるのならすぐさま記憶操作をする筈・・・考えれば考えるほど矛盾してくる。もう考えるのをやめよう。明日にゃあ明日の風が吹く~ってな。