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…━━━━もうすぐクリスマスがやってくる…。 …街中が恋とプレゼントの話題で騒がしい。 ところで…「手編みのマフラーとかセーターとか…貰うと結構困るよね…」なんて言う輩を希に見掛ける昨今…… 実を言うと俺は、そういったプレゼントに僅かながらも、密かに憧れを抱いていたりするのだった━━━━━… 【凉宮ハルヒの編物@コーヒーふたつ】 吐息も凍る様な、寒空の朝… 俺は、相も変わらずいつもの公園でハルヒを待っていた。 つい先程まで、自転車を走らせる事により体温を気温と反比例させる事が出来ていた俺だが、公園に辿り着いてから暫くの間に指先は痺れる様な寒さを感じ始めていた。 (まったく…こんな日に限って待たせる…) 大体…ハルヒの奴はいつもそうだ。 来て欲しい時に来なくて、来て欲しくない時に限って現れる… 「まったく…俺に何か恨みでもあるのか…」 「ん?何か言ったかしら?」 「…………へ?……うおっ!?!」 気付かぬうちに側に居たハルヒに、俺は思わず驚きの声をあげる。 そして…その驚きの声を辛うじて挨拶に差し変えた。 「お…おおはよう!だな…」 「うん、おはよう。…何慌ててんのよ?…………まあ、良いわ。あのさ…これ、前のカゴに入れてって?」 「あ?ああ…」 ハルヒが差し出したのは、見覚えがあるデパートのロゴの入った紙製の手提げ袋だった。 その半開きになった口の中には、いくつかの青い毛糸と…編み針?…そして、編みかけの『何か』が見える…。 「ハルヒ?これ…」 「ああ、マフラー…もう少しで完成なのよ!だから、学校で仕上げちゃおうと思って…」 「ああ、そうか…」 気の無い返事をして見せたものの… 俺は今…… 猛烈に感動していたっ!! だって、そうだろ!? このハルヒに限って『手編み』など絶対に有り得ないと思っていたが、今まさに…その『手編み』のマフラーを制作中なのだ! しかも、この場合のプレゼントの相手は禍いなりにも『彼氏』であるこの俺だろう! この世に生を受けて十余年… 遂に俺の首に手編みのマフラーが巻かれようとしているっ! ところで…コレはクリスマスプレゼントなのか? だとしたら少し気が早い気もするが、セッカチなハルヒなら十分ありえる話だ…。 俺は逸る気持を押さえきれずに、自転車の後ろにハルヒを乗せると力一杯ペダルを踏み始めた。 「ち…ちょっとキョン!何、急いでんのよ?」 「ん?急いでなんかないさ!それより、いつもの販売機に寄るだろ…?」 「え?…まあ、寄るけど…」 「奢ってやるよ!」 「はあ?」 「だから、奢ってやるって!」 「…うん。…………(キョンが元気いっぱいだと、微妙な気分になるのは何故かしら)…」 「ん?何か言ったか?」 「べ…別に何も言ってないわよっ!」 やがて、いつもの販売機にハルヒを乗せて到着した俺は、自転車から降りる瞬間にハルヒに気付かれない様、そっとカゴの中の袋に目をやった。 先程の通りに半開きになった口から、編みかけのマフラーが見える。 俺は、思わずニヤケそうになるのを必死に堪えながら販売機に向かうと、コーヒーとカフェオレを買いカフェオレをハルヒに手渡した。 「ほら…飲めよ」 「あ、ありがと…」 「大変だったろ?」 「え?何がよ」 「編みモノ」 「…うん。まあね…」 「そうか…」 大変だったんだろうな……だが! だからこそ手編みは良いのだ! その『大変』な作業により編み込む想いの数々…これこそが手編みの醍醐味だ…! 俺はコーヒーを一気に飲み干すと、ハルヒを自転車に乗せ、再び全力でペダルを踏み始めた。 学校に着いて…授業が始まっても、俺の意識は黒板へと向く事は無かった。 (今、この時も…おそらくハルヒは俺の為に一生懸命にマフラーを編んでいる…) 考えただけで、顔の筋肉が弛緩む。 そして、振り返って様子を伺ってやりたくなる…が、今は止めておく。 楽しみは後回しにしたほうが喜びが大きいからな。 (さて、今のうちにマフラーを受け取った時に言う言葉でも考えておこうか…) 俺は、ハルヒがどんな顔をしてマフラーを俺に手渡すのか考えてみた。 そして…やっぱりハルヒの顔が少しだけ見たくなって、気付かれない様にそっと振り返えった。 伏し目がちに手元を見つめながら、忙しく編み針を動かすハルヒが見える… もうそれだけで俺は、胸の中にジンワリとこみあげて来るモノを感じていた。 様子から察するに、おそらく完成は放課後くらいだろうか…。 長い一日になりそうだ。 昼休みになっても、ハルヒの手は止まる事は無かった。 俺は何か労いの言葉でも…と考えながらも、(やっぱり、そういうのは後にとっておこう)と思い直して、ただ振り返ってハルヒを見つめるだけにする。 そんな俺の様子に気付いたハルヒが、手元と目線はそのままに俺に語りかけてきた。 「なあに、キョン…どうしたのよ…」 「えっ…ああ、いや…その…毛糸の色、良いな」 俺は上手い言葉が思い付かずに、適当に見つけた言葉を返した。 ハルヒは、そのまま話を続ける。 「そう。この毛糸を見付けた時ね?この色は絶対にアタシに似合うって思ったのよ。 丁度…良さそうなマフラーが売って無くて、がっかりしてた時だったから…すぐに自分で作る事を決めたわ!」 (何……と?) 「あら、キョン?どうしたの?固まっちゃって…」 「……………いや、何でも………無い」 …やっぱり…ハルヒはハルヒだった…。 俺は、今朝からの浮かれまくった自分を思いだし、激しく自己嫌悪に陥りながらも姿勢を元に正しながら冷静に考えてみる。 (そういえば、ハルヒの得意なセリフの一つに「無ければ自分で作ればいいのよっ!」ってのがあったな…) おそらく今回も…街へマフラーを買いに行ったものの、気に入ったものを見付けられずに結局自分で作る事を思い付いたんだろう。 (なんてことだ…まったく…俺ときたら…) やがて…授業が始まっても、俺の意識は黒板へと向く事は無かった。 今朝からの激しい期待感を失った事に因る倦怠感が全身を漂っている…。 ああ…長い一日になりそうだ…。 そして…放課後… 部室に行くと、既にそこには古泉と朝比奈さん…そして長門に…ハルヒも居た。 「あら…古泉君。素敵なマグカップですねぇ…」 朝比奈さんが、古泉の持ってきたと思われるマグカップを、何やら羨ましげに眺めている。 そして、毎度お馴染のニヤケ面で古泉がそれに応えている…。 (ふん、たいしたマグカップじゃ無いじゃないか…) 俺は意味もなく腹立たしくなり、二人の前を軽く挨拶をしてすり抜けると、ストーブの近くの椅子に腰を下ろした。 ハルヒは教室より引き続き、忙しく編み物に興じている。 そして俺の存在に気付くと、先程と同じく手元と視線はそのままに「見てなさい?もう少しで完成するわよっ」と得意気な口調で話しかけてきた。 俺は「ああ…そうか」とそっけない返事をしながら、ストーブに両手をかざす。 そんな俺とハルヒの様子に気が付いた古泉が、ハルヒの方に視線を送りながら「キョン君のですか?羨ましいですね?」とでも言わんばかりに俺に微笑みかけてきた。 俺は「違う違うっ」と手を鼻先で二三度振ると、古泉が「それは残念」と両掌を天井に向けるのを待って、ポケットから携帯を取り出して開いた。 とりあえず…授業中に来ていた分のメールを確認しようとディスプレイを見るが…なんだか面倒だ……そしてダルい…。 俺は何もしないまま、携帯を閉じると机に上体を伏せた。 ふと気が付くと、視界に本を読む長門が映る…。 (ああ…こいつは、こんなダルさとは生涯無縁なんだろうな…) やがて、俺は足元に当たるストーブの暖かな感触に眠気を覚え…そっと目を閉じた。 「…ョン…」 「ん…?」 「…キョン……」 「なん…だ…?」 「起きなさいよっ!バカキョンっ!」 ハルヒの怒鳴り声に慌てて体を起こすと、既に部室の中にはハルヒ以外に誰も居なくなっていた。 「あれ?みんなは…どうした?」 「とっくに帰ったわよ!……それより…ねえ、見て?遂に完成したわよ!素晴らしい出来栄えだと思わない?」 「ああ…まあな…」 「いっその事…もういくつか作って、アタシのブランドでも立ち上げてネットで売り捌いてやろうかしらっ?」 ハルヒは、出来上がったばかりのマフラーを俺に見せながら満面の笑みを浮かべていた。 (手編みは貰い損ねちまったが…まあ、いいか…) 俺は「良かったな」とハルヒに軽く微笑みかけると、立ち上がって帰り支度を始めた。 ハルヒは既に支度を終らせていた様子で、コートをはおり手袋も着けている。 そして…俺がコートを着終わるのを見計らって、出来上がったばかりのマフラーを首に巻き始めた。 (確かに…ハルヒに似合う色だ………あれっ?) ハルヒがマフラーを首に巻き始めたその時…俺は、ある事に気が着いた。 ハルヒの作り出したマフラーは………恐ろしく長い…! 戸惑う俺をよそに、ハルヒは手早くマフラーを巻くと、俺に余った長い部分を差し出した。 「…はい、キョン」 「ん?な、なんだっ?」 「アンタの分よ……」 そう言いながら、ハルヒの顔がみるみるうちに赤くなってゆく…… そして…とりあえず言う通りに、余った分を首に巻いた俺を見て「ふふっ、暖かい?」と照れた様に笑った。 「暖かいが……物凄く恥ずかしい……」 「ええっ?何よ!この場合『恥ずかしい』じゃなくて『嬉しい』じゃないのっ?」 俺達は暗くなり始めた部室棟の廊下を、二人三脚の様にぎこちなく歩く…。 しかし…全くハルヒの奴ときたら、とんでもない事を思い付くものだ。 こんなところを誰かに見られたらと思うと、恥ずかしくてしょうがない……… ただ…マフラーからハルヒの匂いがして、少し幸せだったりするが… 「こらっ!もっと嬉しそうにしなさいよっ!…えいっ!」 「ぐあっ!ひ…引っ張るなっ、首が締まるっ!」 「あははっ!面白~いっ!…えいっ!」 「ぐあっ!し…洒落にならん…」 「…えいっ!」 「グァ……」 「…いっ!」 「…ァ」 「……」 「…」 「」 「なあ、ハルヒ…」 「なあに?」 「ありがとう…な」 おしまい
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さて、静かな時間が進んだのは、翌日の朝までだ。どうやら嵐の前の静けさって奴だったらしい。 日が昇るぐらいの時刻、前線基地の北1キロの辺りを警戒中だった小隊が数十両に上る車両に乗った敵が 南下してきていたのを発見したのだ。ハルヒと一緒にいた俺は小隊を引き連れて迎撃に向かったのだが…… 「おいドク――じゃなくて衛生兵! 負傷者だ来てくれ!」 俺は道の真ん中で鼻血を垂らしている生徒を抱えて叫ぶ。 だが、民家の路地で敵と撃ち合っていた彼には声は届かない。幸い、近くにいた別の生徒が俺の呼びかけに気がつき、 衛生兵の生徒をこっちによこさせる。 どこを撃たれたんだ!と叫ぶ彼に、俺は、 「足だ! それでもつれた拍子に頭から転んだ! 意識もなさそうだ!」 彼はわかったと言い、処置を始めようとするが、なにぶん道のど真ん中だ。そんなことを敵が許してくれるわけがない。 近くの民家の二階からシェルエット野郎がひょっこり姿を現すと、俺たちめがけて乱射を始める。 足下のアスファルトに数発が命中して道路の破片が飛び散り、俺の身体に振りかかった。 「邪魔すんな!」 俺はそいつめがけて撃ち返すと、あっさりと民家の中に引っ込んでしまう。 北山公園じゃ乱射して絶対に隠れたりしなかったくせに、ここに来てチョコマカと動くんじゃねえよ。 何はともあれ今の内に俺たちは負傷者を抱えて道路脇まで運ぶ。しかし、ここでも悠長に治療なんてやっていたら、 そこら中から銃撃を加えられるだろう。何せ、俺たちの周りに立ち並ぶ民家のどこに敵が潜んでいるのかわからないのだ。 とにかく、学校に負傷した生徒を戻すしかない。 俺は無線を持った生徒を呼びつけ、 「おいハルヒ! 負傷者だ! 数人つけてそっちに送り返すから、学校へ運んでくれ!」 『わかった! でも、さっき負傷者を満載したトラックを学校に返したばかりだから、ちょっと時間がかかるわよ!』 身近にいた二人の生徒に負傷者を担ぐように指示し、ハルヒのいる前線基地へ走らせた。 仕方がない。それでもこんなところにおいておく訳にはいかないんだからな。 負傷者を送り出した後、今度は2軒先の民家の塀の上から銃撃を受けるが、国木田が見事な腕前でそいつに弾丸を命中させる。 今じゃ、俺の小隊じゃこいつが最強の位置にいるからな。頼りにしているぞ。 と、国木田が俺の方に振り返り、 「キョン。3人減ったから結構パワーが落ちるよ。どうする?」 ここは前線基地から数百メートル北に位置する、住宅の密集地帯だ。ここを通り抜けられるともう前線基地の目の前に出る。 敵の侵攻を事前に察知した俺たちは、この住宅地帯で防御線を築こうとしていたんだが、 敵の動きが昨日とはまるで違うために苦戦続きだ。突撃バカみたいだったのが嘘のようで、 あっちの路地陰から銃撃を受けたと思えば、民家の屋根から手榴弾を投げつけたりしやがる。 しかも、ちょっと攻撃したらとっとと民家の海の中に消えてしまうのだ。 浴びせられる銃弾の量は昨日よりも遙かに少ないが、これは精神的にかなりきつい。 おまけに民家から民家へ器用にすり抜けていっているらしく、ハルヒのいる前線基地へも攻撃が加えられている。 もはや俺の防御線の意味がなくなりつつあった。 俺は国木田の指摘に、しばらく頭の脳細胞の血流を加速させて、 「どのみち、ここで防御していても犠牲が増えるばかりだな。大体ハルヒの方も攻撃を受けているんじゃ、 ここにいる意味が全くない。防御線を下げてハルヒたちの方に戻るぞ」 「賛成。その方が良いと思うよ」 国木田もいつものマイペース口調で賛成する。 俺の小隊はじりじりと南側――前線基地へ移動させ始めるが、 「敵車両だよ!」 国木田の叫び声とともに、路地から一両の軽トラックが現れる。普段その辺りを走っているようなタイプだが、 後ろの荷台には12.7mm機関銃搭載という凶悪な代物だ。そこにシェルエット野郎が3人乗り、 一人が12.7mm機関銃の火を噴かせ、他の二人はそれを援護するようにAKを撃ちまくる。 「撃ち返せ!」 俺たちは一斉に民家の塀の陰に飛び込み、車両めがけて一斉に射撃を始めた。 12.7mmの銃弾が塀に直撃するたびに、コンクリートの破片が飛び散る。 こいつが人間の肌に直撃したらどうなるのか。怪我なんて言うレベルじゃねえぞ。もはや人体破裂といった方が良い。 もう3度それを目撃する羽目になったが、絶対に慣れることはないと断言する。 しばらく銃撃戦が続くが、一人の生徒が撃ちまくっていた5.56mm機関銃MINIMIが12,7mm機関銃を乱射していた シェルエットマンに直撃。一番の脅威が消滅したと言うことで、俺たちは前に出て残り二人も射殺した。 だが、肝心の軽トラックはとっとと逃げ出した。あれだけ銃弾を撃ち込んでぼろぼろだってのにまだ動けるとは。 さすがは日本製とでも言っておこう。 敵が去ったのを確認すると、俺たちはまた前線基地へ向けて移動を開始した。 ◇◇◇◇ 「キョン! こっちよこっち!」 前線基地前にたどり着くと、ハルヒが手を振っているのが目に入る。しかし、隣接している住宅地帯には すでに敵が潜んでいるらしく、うかつに飛び出せば狙い撃ちされかねない状態だ。 案の定、俺たちの真上に位置する民家の窓から敵が飛び出してきて―― 「やばい!」 てっきりいつものようにAKで銃撃してくるかと思いきや、シェルエット野郎の手にはRPG7が握られていた。 真上からあれを撃ち込まれれば、ひとたまりもない! 俺は無我夢中でM16を撃ちまくる。放った銃弾がどこかに当たったのか、発射寸前に手元が狂い 俺たちとはあさっての方向の民家の壁に直撃した。だが、やはりぶっ放した野郎はとっとと民家の中に引っ込んでしまう。 「キョン! 後ろから敵車両2! 近づいてくるよ!」 国木田の声で振り返ると、また武装軽トラックが背後から接近中だ。もちろん、12.7mm機関銃の銃口が向けられている。 ここからじゃ、狙い撃ちにされる! ――その瞬間、バタバタという轟音とともに、俺たちの頭上に一機のヘリコプターが出現した。 「ようやく来たか!」 俺の歓喜の声と同時に、UH-1からミニガンの攻撃が始まる。まず、俺たちに接近中だった車両2つが吹き飛び、 今度は住宅地帯の屋根に向かって撃ちまくった。俺たちの頭上を飛ぶたびに、ミニガンの薬莢が雨あられと降りかかり、 指先に当たったときは思わず「アチイ!」と叫んでしまう。 しばらく掃射が続いたが、やがてそれも収まり前線基地の上空あたりでホバリングを始める。 と、無線機を持った生徒から無線を渡された。古泉からの連絡らしい。 『やあ、どうも。敵は大体つぶしましたから、今の内に移動してください』 「恩に着るぜ。助かった」 古泉は今小隊の指揮官からはずれて、UH-1のパイロットなんてやっていたりする。何でも本人曰く、 (何の訓練も免許もなくヘリの操縦ができるんですよ? せっかくだから操縦してみたいと思いませんか?) と、いつものさわやか顔でUH-1に乗り込んだ。とはいっても、学校の校庭に置かれていたものは輸送用らしく、 武装が一切ついていなかったので、学校のどこからか持ってきたミニガンを両脇キャビンに装着してあり、 それをヘリに乗った生徒が撃ちまくっている。なんだかんだで器用な野郎だ。 まあ、今の状況を仕組んだ奴から頭の中にねじ込まれた知識だろうが。 しかし、あの学校は4次元ポケットか何かか? 昨日はカレーと米が出てきて長門カレーができたが、今度はミニガンかよ。 「よし、敵の攻撃が収まっている内に戻るぞ」 俺たちは一気に前線基地の建物内までに戻る。そこにハルヒが駆け寄ってきて、 「キョン、向こうの様子はどうだった?」 「ああ、すっかり民家に敵が入りこんじまっているな。あっちこっちで敵が飛び出してくるんで まるでモグラ叩きだ。キリがねぇ」 「こっちもさっきから同じ状態よ。正面の民家から敵が出ては引っ込んでの繰り返し。むっかつくわ! もっと潔く突撃してきなさいよ!」 「俺に言われても困る」 そんなやりとりをしている間に、またガガガガとAKの銃声音が鳴り響き始めた、 だが、てっきり前線基地に向けた銃撃と思いきや、こっちには一発も飛んできていない。 代わりに前線基地上空を旋回していたUH-1があわてたように高度を上げ始める。 どうやら、ヘリが攻撃を受けているようだ。 ハルヒは無線機を通信兵から受け取ると、 「古泉くん! 大丈夫!?」 『ええなんとか。あまり高度は下げない方が良いですね。ちょっと驚きました』 「無理しないで。有希の砲撃が使えない以上、古泉くんのヘリが頼みなんだから」 『わかりました』 言い忘れていたが、現在長門の砲撃は自粛中だ。敵車両部隊の南下を確認した時点で、 それを阻止すべくありったけの砲弾を南下ルートの道路に撃ち込んだんだが、 調子に乗ってやりすぎたため、砲弾の残りが見えつつあるようになってしまったからだ。 こいつに関してはハルヒの指示とはいえ、俺も砲弾が無限にあると勘違いしていたことを反省すべきだろう。 しかし、ミニガンとカレーが出てくるなら、砲弾も一時間ごとに2倍に分裂するとかサービスしてくれりゃいいのに。 と、古泉との通信を終えたハルヒが俺のヘルメットをぽかぽか叩きつつ、 「なにぼさっとしているのよ、キョン! 敵がどっかに隠れているんだから、怪しいものに向かってとにかく撃ちまくるのよ!」 「それをやったから砲弾が尽きかけているんだろうが!」 そんなことをしている間に、前線基地正面の民家の窓からまた影野郎が出現だ。 しかも、狭い窓から3人が身を乗り出し、全員RPG7を構えて一斉発射だ。 「RPG! 隠れて!」 ハルヒの声が飛ぶと同時に、俺たちは物陰に隠れる、一発は前線基地前の道路に、2発はそれぞれ建物の壁に直撃する。 「みんな無事!? 怪我はない!?」 ハルヒの確認の声に、建物内の生徒たちが一斉に返事をする。どうやら、けが人はいないようだ。 俺がほっと無でをなで下ろしていると、またもやハルヒからの鉄拳パンチがヘルメットを揺るがし、 「だーかーらー! ぼさっとしていないでさっき出てきた奴に反撃しなさいよ!」 「さっきの仲間にかける優しさの1割で良いから、俺にもかけてくれよ」 ひどい扱いだぞ、まったく。 とはいっても腐っている場合ではない。第2射を撃とうと、同じ窓から出てきた敵めがけて撃ちまくる。 何とか、一発ぐらい当たったらしくいつものように敵がはじけ飛んで消滅した。主を失ったRPG7は、 そのまま窓から地面に落ちる。 「よくやったわキョン! ナイスショット! 学校に帰ったらみくるちゃんを――違う違う! ビールをおごってあげるわ!」 「未成年者に酒を勧めるなよ!」 こんなやりとりをしていると、つい俺の頬がゆるんでしまうのがわかる。 なんだかんだでハルヒの威勢の良い声が今はとても気持ちよく感じているからだ。 「また来た!」 今度は路地から2人の敵がそこら中に向けてAKを乱射し始める。それに対して、ハルヒは持っていたM14を構え、 2発発射。当然のようにシェルエット野郎2人に命中して飛散させる。大した奴だ。 「このくらいできないと指揮官は務まらないわ! 当然よ当然!」 得意げに笑うハルヒ。昨日ほど落ち込んではいないようだな。 ちなみに、ハルヒが持っているのは他の生徒が持っているM16A2ではなく、 どこからか引っ張り出してきたM14――しかも狙撃用にカスタマイズされたものだとか。 昨日北山公園に行ったときはM16A2だったが、途中でMINIMIに持ち替えて乱射していたらしい。 ところがこれがさっぱり敵に命中しないものだから、今では一発一発確実に命中させる方に転向している。 「下手な鉄砲も数撃ては当たる!なんて言うけどさ、あれって絶対に嘘よね。 昨日、あれだけ撃ちまくっても全然命中しなかったし。きっと弾を売っている商人が流したデマよ。 そういう連中にとってはいっぱい撃ってくれた方がどんどん売れて大もうけって寸法よ、きっと!」 根本的にお前の使い方が間違っているんだよ。とまあ指摘してやりたかったが、胸の内にしまう。 何でかというと、今度は前線基地前の民家の屋根上に10人くらいの敵が出現して、 こっちに銃撃を始めやがったからだ。 こっちも負けずに一斉射撃で反撃を開始するが、上からと下からでは差があるのは当然だ。 敵を一人やるまでにこっちは二人は負傷するという不利な状態だ。 「だったら、さらに上から撃てばいいのよ! 古泉くん! やっちゃってちょうだい!」 『了解しました』 ハルヒ指令の指示通り、古泉ヘリのミニガン掃射が始まる。もう敵どころか民家の屋根ごと吹き飛ばしている威力を見ると、 頼もしいような恐ろしいような。 「敵車両がまた来たよ、キョン! 三両も!」 「しつけぇな!」 東側を見ていた国木田から声の声に、俺は思わず出る愚痴を吐き捨てながら敵の迎撃に向かう。 先頭に一両で背後に2両が併走していた。当然どれも12.7mm機関銃付きだ。 とにかく、先頭の車両の連中をつぶそうと銃を構えるが、突然、背後の車両に乗っていた数人が RPG7を手に立ち上がった。前の車両はおとりかよ! やられた! だが、向こうが発射する前に敵の先頭車両が吹っ飛ぶ。さらに、後続の一両も同じように爆発で破壊され、 残った一両だけはRPG7を発射することなく、路地に逃げ込んでいった。 「へへん、やったわ! 作戦通りね!」 ハルヒは笑顔を浮かべながら、周りの生徒たちに向けて親指を立てる。 どうやらこっちも迎撃のために携行型のロケット弾あたりをあらかじめ用意していたらしい。 放たれたのは俺たちの隣の建物らしいので、具体的はわからないが。 やがて、さっき逃げ出した最後の一両も古泉ヘリがとどめを刺す。この時点で敵からの攻撃は完全に収まっていた。 「……収まったのか?」 「さあ、どうかな……?」 さっきから出ては引っ込んでの繰り返しだからな、俺とハルヒもすっかり疑心暗鬼になっちまっている。 そのまま、1時間が過ぎたが結局なにも起きず。その間、神経張りつめっぱなしで銃を構えていたもんだから、 いい加減疲れたのかハルヒが座り込んで、 「ちょっと一休みするわ。あ、キョンはそのまま見張ってなさい」 鬼軍曹かお前は。そのうち、後ろから撃たれるぞ。 「あとで交代してあげるから。もうちょっとがんばりなさい。SOS団の一員でしょ」 「……SOS団であるかどうかは全く関係ないんだが」 結局、しぶしぶと俺は前方の民家に向けて警戒を続ける。しかし、敵は何でいきなり攻撃をやめたんだ? このまま、延々と攻撃を続ければ俺たちもどんどん消耗していくだけなんだが。 「バッカバカバカね。こんなのゲリラ戦の基本じゃん。いつ攻撃を受けるかわからないあたしたちは こうやってぴりぴりしていなきゃならないけど、向こうは数人こっちを見張っているだけで、 他はのんびり休息中ってわけよ。きっとホーチミンもそう教えていたに違いないわ」 わかるようなわからんような……そもそも常識はずれな連中だから、休息も必要ないだろうしな。 『涼宮さん、僕の方はどうしましょうか?』 無線で語りかけてきたのは古泉だ。そういや、さっきから延々と前線基地上空を飛んだままだったな。 ハルヒはしばらく考えてから、 「とりあえず、学校に戻って。ただし、すぐに飛べるようにしておいてね」 『了解しました』 そう言ってUH-1が学校に帰還する。一瞬、帰ったとたんに攻撃されるんじゃないかと緊張が走ったが、 敵は動こうとはしなかった。 ◇◇◇◇ それから数時間状況は動かず、俺たちは神経を張りつめながらひたすら警戒するだけの時間が続いた。 もう正午をすぎようとしている。そういや、このあり得ない世界に放り込まれてからようやく1日半か。 一年ぐらいいるようなくらいの疲労感だが。 この一応平穏な時間の間に、前線基地の南側に北高からトラック輸送部隊が来て弾薬やら食料を置いていった。 死者や負傷者と入れ替える予備兵も到着する。 ハルヒはせっせと指示を出していたが、戦死した生徒や重傷者を乗せて帰って行くトラックを見送ると、 おもむろにメモを取り出してなにやら書き込み始めた。 「……なにやってんだ?」 「…………」 俺の問いかけにも反応せずハルヒは一目散にボールペンを走らせ続ける。それも普段にないような真剣な目つきでだ。 ちらっとのぞいた限りでは名前が延々と列挙されていた。これってまさか…… 「……ふう」 ハルヒは全部書き終えたのか、パタムとメモ帳を閉じた。 そこでようやくハルヒをのぞき込むように見ていた俺に気がついたのか、 「なっなによ! なんか用!?」 あからさまにびびったような声で抗議する。気がついたら俺とハルヒの顔の距離が30センチ未満だった。 俺もあわてて、ハルヒとの距離を取ると、 「いや……なにやってんだと聞いていたんだが」 さっきと同じことを聞く。するとハルヒはメモ帳をぴらぴらさせながら、 「死亡した生徒と負傷した生徒の名前を書いていたのよ。指揮官たるものそう言うのは逐一把握しておくもんでしょ? って、なによその意外そうな目つきは!」 「何にも言ってねえだろうが」 変な疑いをかけるなよ。俺はただ単にハルヒがしっかりしているんだなと感心しただけであってだな―― と、ハルヒは俺の抗議を無視して目をそらすと、 「でも、そんな精神論だけの話じゃないわ。昨日と併せて、死者はすでに70人を越えているし、 負傷者も50人に達したのよ。しかも、ほとんど戦えるような状態じゃない生徒ばかり。 やっと1日半だけど、すでに生徒の半数近くが戦闘不能になっているじゃ、この先どうすればいいのか……」 そうあからさまに不安げな表情を浮かべた。ハルヒの言うとおり、確かに人員不足は否めない。 前線基地には常に50~80人は詰めているので、相対的に北高の守備隊や長門の砲撃隊、 さらに朝比奈さんの輸送や医療のチームがどんどん削減されている状態だ。 後方支援を削って前線を守っているんだからほとんど共食いに等しい。 大体、敵とこっちじゃ条件があまりにも偏りすぎているってんだ。相手は戦車や爆撃機を使ってこないとはいえ、 シェルエット野郎は無限に出現してくるし、武装トラックもどこからともなく現れやがる。 あまりにフェアじゃねえ。一方的すぎる。もてあそばれている気分だ。 だがハルヒは首を振りながら、 「敵があたしたちの要望なんて聞いてくれる訳がないじゃない。あたしがうまくやっていないだけの話よ。 もっときちんとみんなを守っていれば……」 そう肩を落とすハルヒ。俺は何とか励ます言葉を考えるが、どうしてもいい励ましが思いつかない。 こんな俺に果てしなく憂鬱だ。 「あーやめやめ! お腹がすいているからこんな暗いことばっかり考えるんだわ。ご飯食べてくる!」 ハルヒは2・3回頭を振ってから、先ほど届いたばかりの缶詰の山をあさりだした。 まあ、確かに腹が減ってはなんとやらだしな。俺も食うか。 と、このタイミングで古泉からの連絡だ。 「何の用だ?」 『やあどうも。そちらはどうですか?』 「今飯を食おうとして、寸止めを食らったせいで大変不機嫌な気分だ」 古泉は無線機越しに苦笑しながら、 『それは失礼しました。なら後にしましょうか?』 俺はちらりと缶詰にがっつくハルヒを確認してから、 「いや、せっかくだから今の内に話せることは話しておこうか。またいつ敵が襲ってくるかわからんしな」 俺は飯を食うのはあきらめてハルヒの見えない位置に移動する。 「とりあえず、散々お前の援護には助けられたからな、礼を言っておくぞ」 『これはどうも。あなたから感謝の言葉をいただけるとは光栄ですね。今までの奉仕が実ったというものです』 気色悪い表現を使うな。 『しかし、ミニガンの威力はすごいですね。辺り一面を吹き飛ばす威力にはやっているこっちがぞっとしますよ。 しかし、実際に撃っている人は気分爽快らしく、フゥハハハーハァーとか笑いながらやっていますが』 「……その勢いで俺たちまで撃たないように注意しておいてくれ」 そんな笑い方をされると動くものすべてに撃ちまくるようになっちまいそうだ。 古泉は俺の言葉をジョークと受け取ったのか、苦笑しながら、 『それはさておき、そちらの状況はどうですか?』 「めっきり敵の攻撃が収まっているな。ただ大方その辺りの民家には敵が潜んでいそうだ。 こっちから仕掛けたりしたら返り討ちに遭うだろうよ。癪だが、今はここで粘るしかない」 『賢明な判断だと思います。今は現状維持に努めた方が良いでしょう。何せ敵はこっちが消耗するのを狙っているようですから』 ――ハルヒが缶詰を生徒たちに配っているのが目に入る―― 「学校の方はどうなんだ? いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくない状況だが」 『北高への攻撃はまだないと思いますよ。少なくともあなたたち――涼宮さんが学校への籠城を指示するまではですが』 「そうか? 俺たちの消耗を狙うなら、学校を攻撃して武器弾薬を使えなくした方が効果があると思うんだが」 『お忘れですか? これを仕組んだ者は涼宮さんにできるだけの苦痛を与えることです。 通常の軍事作戦なら当然学校制圧を目指すでしょう。しかし、今学校を制圧されれば僕たちは降伏する以外の道はありません。 それでは意味がないんです。涼宮さんをほどほどに絶望させつつも、世界を改変するまでには絶望させない。 じりじりと追いつめていっているんです』 「……俺たちをこんなところに放り込んだ奴は相当陰険な野郎って事だな」 俺はいらつくながら頭をかく。 『全く同感です。しかし、学校制圧は当然この後のイベントとして考えているでしょうね。 ただ、今は前線基地で涼宮さんの精神の消耗に務めるはずです』 「イベントなんて言葉使うなよ。まるでこの戦争がただの催しみたいに聞こえるじゃねえか」 『戦争? あなたはこれが戦争だと思っているんですか?』 俺は珍しく語気を詰め読める古泉に少し驚いた。そのまま続ける。 『これは戦争なんて言える代物ではありません。戦争にはそれなりの理由があります。 民族とか資源とか国益とか、ある時は意地やプライドなどもあります。 しかし、それを実行するには大変な労力が必要な上、多くの人々の支持が必要です。 でも、今我々がいる世界はどれも当てはまりません。戦う理由もないというのに、 無理矢理知識とやる気を頭の中にねじ込まれ戦わされている。さらにその目的が一人の少女に精神的苦痛を与えるためだけ。 こんなものは戦争なんて呼べません。頭のおかしい者が仕組んだゲームにすぎないと思っています。 だからこそ、僕は腹立たしい。こんなばかげたゲームのためにこれだけ多くの人命を費やしているんですから。 成り行きで転校してきたとはいえ、9組にはそれなりに親しい人もいました。 ですが、その大半がすでに戦死しているんです。堪えるなんて言うものではありません』 口調だけ聞いても古泉のテンションがあがっていることがはっきりとわかった。あの全く表情を変えない古泉が。 一体、無線の向こう側ではどんな顔をしているんだろう。ふと、そんな考えが頭を過ぎる。 しばらく、古泉は黙りこくってしまうが、やがて大きくため息をつき、 『……すみません。こんな事を言うつもりではありませんでした。僕自身も相当追いつめられているようですね。 それが敵の狙いだというのに』 「構わねえよ。むしろ本音が聞けてほっとしているくらいだ。言葉は違ったが俺もお前と同じ考えさ」 古泉がこれだけ感情をあらわにするなんてことは今までに一度もなかった。 古泉の言うとおり、敵の狙いはそこにあるのだろう。だからこそ、たまにはガス抜きも必要だ。 俺は話題を変えて、 「で、長門からは何か進展があったとかいう話はないのか?」 『長門さんは喜緑さんとずっと学校の教室でこもりっきりです。僕らには想像を絶するような作業を行っているのかと』 そうか。長門はまだ突破口を見つけられていない。ならしばらくはこれが続くと見て良いだろう。 「そろそろ戻るぞ。あまり長話をしているとハルヒにどやされるからな」 『わかりました。では涼宮さんをよろしくお願いします。彼女も相当堪えているはずですから』 そう言い残して無線を閉じた。 ◇◇◇◇ 「何やってたのよ。せっかくのご飯がなくなっちゃうわよ」 まだがつがつ缶詰の肉を食いあさっているハルヒ。なんつー食欲だ。どんな胃袋しているんだ? 「食べられるときに食べておかないとね。ほらキョンも食べなさい。食欲がないなんて許さないわよ。 無理にでもカロリーを蓄えておかないと後が厳しくなるんだからね」 ハルヒから放り投げられた缶詰を受け取ると、俺もそれを食い始めた。 冷たくて大した味もしないのにやたらと旨く感じる。 ハルヒは細目で俺の方をにらみつけ、 「で、誰と連絡していたのよ。有希? みくるちゃん?」 「古泉だよ。というか何であいつを選択肢からはずすんだ」 「へー古泉くんとね……へーえー」 なんだその疑惑の目つきは。言っておくが俺から連絡した訳じゃない。それに俺はれっきとしたノーマルだぞ。 朝比奈さんを見てほんわか気分になれるほどにな。 「はいはい、わかったわよ。早く食べちゃいなさい」 しかめっ面なハルヒだが、そんな事で言われるとお袋を思い出すからやめてくれ。 で、そのまましばらくむしゃむしゃと食べていた俺たちだが、ふとハルヒが手を止める。 「ん……どうした?」 俺の問いかけにも答えずにハルヒはじっと怖い目つきで―― 次の瞬間、横に置いてあったM14をつかむと、前線基地前方の民家に向かって構える。 俺もあわててそれに続いてM16を取ったときにはすでにハルヒは発砲していた。 ようやく銃を構え終えたときには、シェルエット野郎がはじけ、手にしていたRPG7が地面に落ちる光景だった。 何で気がついたんだ? 「野生のカンってヤツよ! でも違うわ! あれじゃない! あと、古泉くんにヘリで援護してもらうように言って!」 訳のわからんことをわめくハルヒ。だが、同時に前方の民家の窓という窓から敵が飛び出して、 AKの乱射をはじめた。戦闘再開だ! まったく! 俺はひたすら窓めがけて撃ちまくったが、ハルヒはじっと構えたまま発砲しない。一体何を待っているんだ? と思ったら、民家の木製の壁を突き破って一台の武装トラックが出現した。さらにハルヒが待ってましたと M14で狙撃するが…… 「ミスっちゃった!」 素っ頓狂な声を上げる。ハルヒの放った銃弾は、フロントガラスをぶち破り武装トラックに乗っていた運転手と 荷台に載っていたAKをもったシェルエット野郎一人をつぶしたが、肝心の12.7mm機関銃の射手は撃ち漏らしたからだ。 壁からド派手に登場したトラックは今までとちょっと違った。器用にトラックの荷台の両脇に 鉄板のようなものが張り巡らせサイドからの銃撃を受けないようにされていた。 前後から攻撃するしかないが、後ろは論外、なら前面ならってそりゃ12,7mmの銃口を向けられているって事だろうが! ハルヒのミスったっていうのは、12.7mm射手を一番最初に仕留められなかったことを言っているのだろう。 ものすごい勢いで乱射され、こっちは建物の陰に隠れて身動きすらとれねえ。 こんなんじゃ、そのうち誰かに当たるぞ……と思った瞬間、移動しようとしていた生徒の脇腹を直撃――いや貫通した。 肉がさけるいやな音とともに、生徒の背後に血しぶきがぶちまけられる。くそ、この調子じゃ古泉が来る前に死者多数だ。 ハルヒは必死に地面にはいつくばりながら、撃たれた生徒に近づき、 「暴れないで! 傷口が広がるからじっとしてなさい! 衛生兵! 早く来て!」 何が起きたのかわからない状態になっている負傷した生徒を必死になだめる。 ちくしょう、このままじゃただ的にされるだけじゃねえか! ハルヒはやっていた衛生兵に負傷者を任せると俺の元に戻ってきて、 「このままじゃらちがあかないわ! とにかく、向こうの弾に当たらないように、牽制するの! あの車両のヤツの弾切れが狙い時だわ! あたしがきっちりと仕留めるから援護して!」 「わかった! てか、さっき使ったロケット弾みたいな奴はないのかよ! あれで吹っ飛ばした方が早いだろ! ないのか!?」 「さっきので打ち止めよ! みくるちゃんたちに探させているけどまだ見つからないって!」 「肝心なときに役にたたねえ4次元ポケット学校だな。わかった援護する!」 俺はハルヒとの意識あわせを終えると、近くにいた国木田を呼びつけ、 「あの野郎が弾切れを起こさせるように、牽制するぞ! 援護してくれ!」 「了解! 任せて!」 俺と国木田は交互に物陰から出ては、武装トラックに向けて発砲した。最初は狙い撃ってやろうかと思ったが、 目があったとたんに射殺されるシーンが脳裏に過ぎったので、とにかく何でも良いから乱射しまくった。 数分間この撃ち合いが続いたが、ようやく向こうが弾切れだ。給弾をはじめようとしたタイミングで、 ハルヒが身を乗り出して狙撃しようとしたが―― 「うへっ!?」 ハルヒの素っ頓狂な声が上がる。俺もあげた。当然だ。突然あり得ない動きで荷台左側の鉄板がぐるっと回って、 12.7mmの射手を覆い隠したからだ。おいレフリー! 今のはどう見ても反則だろ! 「あたしが出て仕留める!」 俺が考えるよりも早くハルヒがM14を片手に飛び出した。おいバカやめろハルヒ!と口に出す暇もない。 ハルヒは鉄板がなくなった左側から回り込み、数発発射して12.7mmの射手を仕留めた。 早く戻ってこい――げ! 「ハルヒ! 東側からRPGだ! 伏せろ!」 いつのまにやら発射されていたRPGがハルヒめがけて飛んできた。ハルヒは飛び込むように地面に伏せる。 その瞬間、ハルヒのすぐ手前の地面にRPGが直撃。衝撃でハルヒの身体が俺たちの方に転がってきた。 俺は全身から血の気が引く音をはっきりと聞いてしまう。 「ハルヒっ!」 もう頭よりも身体が先に動いた、銃弾が飛び交っているのにも構わず、俺は路上に飛び出して 倒れて動かないハルヒを物陰に引きずり込もうとする。だが、敵もそれを阻止すべく、路地の陰、民家の屋根や窓から 俺たちに向け銃撃を開始する。しかし、ようやく到着した古泉のUH-1がミニガンの掃射を開始し、 何とか被弾せずにハルヒを物陰に引きずり込んだ。 「おおい! ハルヒ! しっかりしろよ! 目を開けろ!」 俺は自分でもわかるほどに泣き出しそうな声でハルヒに呼びかける。すると、ハルヒは突然ぱっちりと目を開けて、 「あーびっくりした!」 驚きの声を上げた。俺は安堵のあまり全身の力が抜け、 「よかった……無事なんだな。心配させやがって!」 「なに!? さっきから頭の中で除夜の鐘がぐわんぐわん鳴り響いて全然聞こえないんだけど! もっとはっきり大声で言いなさいよ! 聞こえないじゃない!」 至近距離で爆音を浴びたせいだろうか、どうやら耳がおかしくなっているらしい。 俺はまた銃を握ると、 「そんだけ元気があれば十分だって言ったんだよ!」 「やっと聞こえてきた――ってあったりまえでしょ!」 怒鳴り返すハルヒを見る限り、全然無事だなこりゃ。 俺たちは国木田のいた位置まで戻り、また敵に向けて応戦を再開した。しかし、俺たちのちまちました援護なんかより、 古泉のミニガンの方が手っ取り早い。あっという間に民家を破壊しつくして敵を黙らせる。 「よっし、何とか押さえられそうね! 古泉くん様々だわ! これが終わったらSOS団団長代理にまで昇格させようっと」 こんな時までSOS団のことを考えてられるとは大した精神力だ。いや、ひょっとしたら今のハルヒにとって この非常識世界で唯一現実とつなぎあわせを求めているのがSOS団なのかもしれないが。 だが、そんな俺たちの安心感も、前線基地とされるサンハイツの最西端の建物が吹っ飛ばされたと同時に消滅する。 かつてない大爆発で、大地震が起こったんじゃないかと思うほどに地面と建物を揺るがした。 「な、なによなになに!?」 驚きのあまり路上に飛び出しそうになるハルヒを俺が止める。しかし、何だってんだ今の爆発は! 今までの比じゃねえぞ! 古泉のUH-1が状況を確認しに西側に移動する。しばらくして無線連絡が入り、 『まずいですね。原因はわかりませんが西側が木っ端みじんです。かなりの負傷者も出ています。早く救出を』 手短に古泉からの報告を終える。俺はハルヒの元に駆け寄り、 「ハルヒ。とりあえず、俺が西側に行って防御に入る。何人か借りていくぞ、いいな?」 「…………」 ハルヒはしばらく口をへの字にしたまま黙って俺をにらみつけていたが、やがてそっぽを向いて、 「……わ、わかったわよ。でも無理はしないでよ! いいわね!」 ハルヒの許可が下りたので、周辺にいた生徒9名+国木田を集める。 「よし、今から西側に移動するぞ。前線基地の裏側を通ってな」 「了解」 国木田と他生徒の同意の下、俺たちは西側へ移動を開始した。 ◇◇◇◇ 『気をつけてください。北側に広がる空き地には敵が多数潜んでいるようです』 「よし、すまんが空き地の敵を掃討してくれ。それが終わり次第、負傷者の救出に入る」 『わかりました。任せてください』 俺たちは今前線基地の西側にいる。ただし、正面――北側には敵方数潜んでいるので、 前線基地の裏である南側で待機中だ。 最西端の建物は木っ端みじんといっても良いほどに崩れていた。辺りにはここを守っていた生徒の破片――そうだ、 人間の破片ががれきに混じって散らばっている。あまりの凄惨さに吐き気を催しそうになった。 ドルルルルルと耳につく発射音なのか回転音なのかわからない騒音が辺りに響きはじめる。 古泉のミニガンが炸裂をはじめたようだ。 「よし、俺たちも表側に出るぞ」 俺の合図とともに、粉砕されたがれきを乗り越えつつ建物の残骸に身を潜める。 ハルヒのいた前線基地の中間付近とは違い、西側の正面には民家はなく空き地が広がっている。 起伏がそこそこあるために、その陰に敵が潜んでいるようだが、現在古泉がそれを掃討中だ。 起伏に隠れても真上からではいくら隠れても無駄だからな。 俺が残骸の陰から外をのぞこうとしたとき――目に入ったのは、空き地と民家の壁にぴたりと隠れるようにいた 武装トラックだ! しかも、こっちが来るのを待ちかまえていたように12.7mm機関銃を向けていやがる! とっさに頭を引いたとたん、ドドドと12.7mmの乱射が始まった。民家の残骸をさらに細かく粉砕していく。 さらに間髪入れずにRPG7が発射され、残っていた壁の一部が吹っ飛ばされた。 幸いそこには味方の生徒はいなかったが。 「手榴弾だ! 国木田頼む!」 「任せて!」 国木田が思いっきり腕を振って武装トラックに手榴弾を投げつけ、俺もそれに合わせる。 距離が遠いため武装トラックまでは届かなかったが、近距離での爆発にとまどったのか、 一瞬12.7mmの銃口があさっての方に向いた。 「撃て撃て!」 俺の指示で、一斉射撃による反撃開始だ。M16やら5.56mm機関銃MINIMIが一斉に火を噴き、 武装トラックを穴だらけにする。しかし、肝心の12.7mmの射手には当たらずまた銃口がこっちに向けられようとした瞬間、 トラックごと粉砕された。古泉ヘリのミニガンが炸裂したのだ。 『すみません。死角になっていたので気がつきませんでした』 「頼むぜ。お前だけが頼りなんだからな」 古泉に無線で釘を刺すと、俺たちはそこら中に転がっている負傷者の救助を始めた。 しかし、あれだけミニガンで掃射したってのに、まだ空き地からちょろちょろと銃撃してくる奴がいやがるおかげで、 容易には行かない。 「国木田! あとそこの4人! 物陰に隠れながら、俺たちを援護しろ! 敵が見えたら遠慮なく撃ち返せ! 他は負傷者を救助するんだ!」 俺たち救助チームは路上にかけだして、負傷者の回収を開始する。しかし、人間としての原型をとどめている方が 少ない状態だ。しかし、それでも虫の息ながらまだ生存している生徒も何人かいた。 俺はそいつらを担ぎ上げて、民家の残骸の陰に引き込む。 そんな調子で息のある生徒を5人ほど救出できた――いや、まだ戦場のど真ん中だから救出という表現はおかしいか。 古泉ヘリがまたミニガンで掃射を開始した。見ると、空き地の向こう側から数十人の敵が接近しつつある。 それを迎え撃っているようだが…… 「キョンあれ見て!」 国木田が俺の肩を叩き、近くの民家の屋根の上を指さす。そこには3人のシェルエット野郎が UH-1に向けてRPGを構えるとしていた。あれでヘリを攻撃する気か!? しかも古泉のヘリはそいつらにちょうど背を向けるような状態になっていて気がついてねえ! 俺は奴らに向けて銃撃を加えるように指示する一方、古泉に無線をつなぐ。 「おい古泉! 東側の民家の上でお前を狙っている奴がいるぞ!」 『む。それはまずいですね……』 こっちから必死に撃ちまくって阻止しようとするものの、距離が遠いために当たりそうにもない。 もう弾頭を空に向けて今にも発射しそうだ。どうする? 古泉に逃げろと言うか? いや、もう間に合わない…… 「古泉! そこから90度左に旋回してミニガンで吹っ飛ばせ!」 『……そうしましょうか!』 古泉はくるっと機体を90度旋回させる。ちょうどミニガンの目の前に敵があわれる形になり、 一気に掃射を開始する。即座にシェルエット野郎3人を吹っ飛ばしたが、時すでに遅し。 三発のRPGが古泉ヘリに向かって発射された――が、奇跡的にといっても良いだろう。 かろうじて機体を外れてどこかに飛んでいった。 「ぎりぎりかよ……あれを連発されるとまずいんじゃないか?」 『ええ、これでは掃射を行うにも高度をあげる必要がありますね。当然、命中率も下がるので、 無駄弾が増えそうですよ』 古泉はそう言い終えると、UH-1の高度をぐっと上げていった。それで勢いづいたのか、 敵がまた空き地にどんどん入り込んで来やがった。 しばらく、空き地側の敵と俺たちで銃撃戦が続いたが、突然背後でまた大爆発の轟音が鳴り響く。 って、何で背後から聞こえてるんだ!? まさか、また北高へのロケット弾とかでの直接攻撃か!? 俺は無線で学校に連絡を取ろうとするが、向こうはパニックに出もなっているのか、誰も応答しようとしない。 迫る敵に反撃しつつ必死に呼びかけを続けたが、やがて無線機から聞き覚えのある声が流れてきた。 『聞こえる?』 「長門か!? 何かあったのか!?」 『……学校と前線基地をつないでいた橋が爆破された。現在、そっちとは断絶状態』 俺は長門からの報告に絶句する。北高と前線基地の間には一本の小さな川が流れている。 歩いてわたるにはどうって事ないものだが、荷物を持って移動するには一苦労するだろうし、 溝のような構造になっているため、トラックでわたるのは不可能だ。それを唯一つないでいた橋が爆破された。つまり―― 『こちらから物資などの補給を送るのはほぼ無理になった。このままではそちらの弾薬が尽きるのを待つだけ』 「…………」 途方に暮れてしまう。他にルートはないのか? 光陽園学院前に川を渡る橋はあるが、 敵もわざわざ橋を爆破したぐらいだ。そっちからも通れないように何らかの手を打っているだろう。 どうすりゃいい? どうすりゃ―― 『何とかしたい』 そう言い放ったのは長門だ。いつもなら、頼もしい言葉に聞こえるが今の状況じゃ…… 『何とかする。約束する』 長門はそれだけ言い残すと無線を終了させた。ちっ、何だかわからんが、今は長門に期待するしかないのか!? また空き地側からの銃撃が活発になる。俺も反撃に加わって近づく敵を片っ端から銃撃した。 だが、無駄弾は撃てない。何しろ今手持ちの弾がなくなれば、もう何もできなくなってしまうからだ。 敵が増えてきたタイミングで、古泉ヘリからの掃射が始まる。空から学校に戻れるUH-1ならいくら撃っても 補給に戻れるからな。ガンガン撃ち込んでくれ! 古泉ヘリの掃射の間、俺は周りの生徒に発砲を控えるように指示する。とにかく節約だ。 さっきまで遠慮なく撃ちまくっていたのが懐かしいぜ。 この間に国木田が近づいてきて、 「キョン。このままだといずれはやられるのが保証済みだよ」 「わかっているが……だからとって負傷者を見捨てるわけにもいかねえだろ」 俺はちらりと振り返ると、あの大爆発で虫の息にされた生徒たちの方を見る。 呼吸を続けているところを見るとまだまだ生きながらえるはずだ。何としても助けてやりたい。 だがどうする? どうすればいい? 「とにかく徹底抗戦。後は何かが起きるのを待つ。それで良いんじゃない?」 いつものマイペース口調で国木田が言う。全くのんきな奴だ。だが、それしかないか。 ◇◇◇◇ 最西端の防御に入ってから1時間。俺たちはえんえんと北側の空き地から接近してくる敵を撃ち続けた。 その間、何も起きていない。長門からの連絡もない。たまに古泉ヘリが掃射で支援してくれるだけだ。 この間に生徒二人が射殺されていた。残りは9人。だんだん厳しくなりつつある。 「くそ、いつまでこれを続けてりゃいいだよ……」 「指揮官が弱音を吐くと周りに伝染するよ」 国木田はこんな状況でも自分のペースを崩さずに敵めがけて撃ち続けている。 だが、時間が過ぎたことによって一つの問題も発生していた。 『ちょっと悪い知らせです』 古泉から深刻な報告が来やがった。大体想像はつくが。 『ミニガンの残弾が10%を切りました。もう少ししたら学校に補給に戻らなければなりません』 今の状態では古泉の支援がなくなると言うことは、しゃれにならん。 俺は周りの生徒たちに残弾の報告をさせると、マガジン一つ分だけとか、今装填している分だけなんて返ってきているほどだ。 ヘリが去ったとたんに敵は一斉攻撃を仕掛けてくるだろうし、俺たちにそれを迎撃するだけの弾もない。 しかし、このまま上空を飛ばしているだけでは全く意味がないのだ。 『選択肢は二つあります。このまま支援を続けて、なくなり次第学校に補給に戻る。 これはタイミング次第では最悪な展開になるかもしれません。 逆に今の内に敵を徹底的にたたいてから補給に行き、すぐにこっちに戻るという方法もありますが……』 「補給に戻ったとして、何分で俺たちの支援に復帰できる?」 俺の問いかけに、古泉はしばし思案して、 『20分……いや、15分で戻ってみせます』 15分か。なら耐えられるかもしれないな。その後は、またそのときに考えればいい。 「よし、古泉。今あるだけの弾を敵にぶち込んでくれ。終わり次第、即刻補給して戻ってこい。 その間は何とか耐えてみせるさ」 『わかりました。健闘を祈ります』 古泉のUH-1が高度をやや下げ一気にミニガン掃射を開始する。俺たちは近づいてくる敵以外には 発砲を控え終わるのをじっと待った。 やがてミニガンを撃ち尽くした古泉ヘリは、学校側へ方向転換し、 『終わりです。すぐ戻りますので、その間はお願いします』 そう言い残して学校に戻った。俺は生徒全員を見回し、 「よし、古泉が戻るまで何としてでもここを守りきるぞ! 残弾には気をつけろよ!」 檄を飛ばしてまた――その瞬間、俺の右手にいた二人の生徒が崩れ落ちる。射殺されたのだ。 ヘリがいなくなったとたんに二人!? しかも、衛生兵と通信兵だ。よりによって……! 同時にこちら側に浴びせられる銃弾の量が突然増大した。民家の残骸の陰から空き地の様子をうかがうと、 まるでさっきのヘリからの掃射がなかったかのようにシェルエット野郎がこちらに向けて移動してきていた。 一番近い敵はすでに前線基地建物前の路上のすぐそばまで来ている。もうここから10メートルもない距離だ。 いつの間にここまで来やがったんだ!? 俺は必死に敵を追い払おうと撃ちまくったが、すぐに弾切れを起こしてしまう。 あわてて懐から新しいマガジンを取り出し銃に装填する――これが俺の最後の命綱だ。 かなり至近距離での撃ち合いになったおかげで、こっちは物陰から敵の様子をうかがうことすら 難しくなってきた。 ふっと、俺の目線に中を浮く黒い物体が目に入る。柄のついたそれは、俺から少し離れた残骸の陰で 敵と撃ち合っていた4人の生徒たちの足下に落ちた――手榴弾だ! バァンと破裂音が響き、彼らが吹っ飛ぶ。ぼろぞうきんのようにされた彼らは力なくよろけ、地面に倒れ込んだ。 俺は唖然として腕時計で時刻を確認する。まだ古泉が補給に戻ってきてから1分半しか立っていない。 そのわずかな時間で6人がやられた。残りは俺と国木田と後一人――残りの生徒も今銃弾が頭に命中してやられちまった。 ついに俺と国木田の二人だけだ。 国木田はすぐに手榴弾で倒れた生徒たちを救助しようと――と思ったら、息も絶え絶えの彼らを放って、 マガジンやら銃を回収し始めた。俺は反発心と納得が両方とも頭に埋まり、複雑な気分になる。 「ひどいことをしているように見えるかもしれないけど、今は生き残る方が重要だよ。 そのためには使えるものは徹底的に使わないとね」 いつもより少し真剣なまなざしを向ける国木田。そうだな、今俺たちが死んだら、負傷者生徒たちも死ぬことになるんだ。 善意だとか道徳心だとかは乗り切った後で考えればいい。 俺は国木田からマガジンを受け取り銃撃戦を続行する。国木田の的確な射撃のおかげか、 敵が路上を越えることだけは阻止続けた。 ふと、もう1時間は過ぎたんじゃないかと腕時計で時刻を確認すると、まだ古泉が戻ってから8分しか経っていない。 こんな時ばっかり時間が遅くなりやがって! 国木田がマガジンを交換しつつ叫ぶ。 「キョン! これで最後だよ!」 これが国木田の最期の言葉だった。ガガガガとAKが炸裂する音が響いたとたん国木田の身体が崩れ落ちる。 弾丸が顔面に命中したのだ。 「国木田っ!くそっ!」 俺は声をかけるものの、額を撃ち抜かれた国木田はぴくりとも動かない。完全に即死状態だった。 路上を越えようとしていたシェルエット野郎2人を撃ち殺し、すでに息絶えている通信兵から無線を取り出す。 「……ハルヒ聞こえるか?」 『どうしたの!? 何かあった!?』 ――また接近してきた敵を撃ち殺し―― 「国木田がやられた。もう残っているのは俺一人だ」 『……うそ』 唖然とした声を上げるハルヒ。 「何とかできるところまでは粘るつもりだ。もうすぐ古泉が戻ってくるだろうしな。それまではなんとか――」 『キョン!』 せっぱ詰まった声を上げるハルヒ。 『いい!? これは絶対命令よ。拒否なんて許さない。今すぐに川を渡って学校に戻りなさい。 そこをこれ以上守る必要なんてないわ。あの川なら徒歩でも何とか越えられる! だから戻りなさい! そこで出た犠牲の責任は全部あたしが背負うから! だから逃げて! お願い!』 「できるわけねえだろうが、そんなことっ!」 思わず怒鳴りつけてしまう。俺は額を抑えて――また敵がやってきたので撃ち返して追い払う―― 「ここには俺が行くって言ったんだ。それで仲間がついてきてくれた。なのに、その仲間がみんな死んでいるってのに、 俺だけおめおめと逃げ出すなんて絶対に拒否するぞ! 絶対にここから動かないからな!」 『キョン……キョン……!』 ハルヒは悲痛な声で俺のあだ名を呼び続けるだけ。見れば、数十人にふくれあがったシェルエット野郎が次々に こちらに突撃を始めていた。 「ハルヒ。俺からの頼みだ、聞いてくれ」 俺は息を吸い込んでありったけの思いを込めて言う。 「死ぬな。絶対にだ!」 そして、ハルヒからの返答も聞かずに俺は無線機を投げ捨て、路上を越えて突撃してきたシェルエット野郎数人に向けて 乱射する。不意を食らったのか、あっさりと命中していつものようにはじけ飛んだ。だが、続々と後続が接近してくる。 俺はとにかく無我夢中に撃ち続けた。弾が尽きればマガジンを交換し、それもなくなれば別の生徒が持っていた M16に持ち代える。路上を越えてくる敵は、昨日の北山公園の時と同じく突撃バカみたいにつっこんでくるだけだった。 残骸の破片が銃弾を受けて飛び散り、俺の頬を傷つけたがもはや痛みすら感じている暇もなかった。 乱戦の中、自分自身をほめてやりたくなるぐらいに粘っているが、弾は減る一方だ。 ついに今握っているM16が最後となる。これを撃ち尽くせば、俺も終わりだ。手を挙げて降伏しても、 助けてくれそうな敵でもないしな。 また一発また一発と撃ち、敵を打ち倒す。それがついに最後の一発となった瞬間―― 「うっ!?」 最後の一発は発射されなかった。数え間違えていたらしい。敵を真正面にしながら残弾ゼロ。 もう敵はAKをこちらに向けて構えている…… ……終わりか。また学校の部室でハルヒやSOS団の連中と会えれば良いんだが…… 呆然と放心状態に陥りかけていた俺を現実に引き戻したのは、突然目の前に現れたトラックだ。 北高と前線基地に物資を輸送していた大型のトラック。だが――橋が爆破されたって言うのに、 どうしてここにいる? 荷台には武装した生徒たちが乗り込み、空き地から突撃してきていたシェルエット野郎に向けて一斉射撃を始めていた。 同時に上空に古泉ヘリが舞い戻りミニガンの掃射を開始する。 「……助かった……のか?」 「ええもちろん」 呆然とつぶやく俺に言葉を返したのは、トラックの運転席に座っていた喜緑さんだった。昨日見たときとは違い、 セーラー服ではなく、迷彩服に身を包んでいる。 「遅れてすみません。なかなか手こずりました」 「えと……あの、どうやってここに?」 死んだと思ったが、突然現世に復帰したもんだからどうも違和感が抜けない俺。言葉遣いもたどたどしくなっているのが、 自分でもよくわかった。 喜緑さんはいつものにこやかな笑顔を浮かべつつ、 「橋は修復しました。長門さんの努力のたまものです」 「長門が……ってまさか情報ナントカができるようになったのか!?」 俺は歓喜の声を上げそうになるが、残念ながら喜緑さんは否定するように首を振り、 「それはまだです。3つほどの突破口を見つけましたが、そのうち一つを犠牲にして、 橋の修復を行いました。貴重な手段なので、安易に使うのはどうかと思いましたけど、 長門さんにとってあなたを救出できるようにすることが最優先だったようですね」 そうにこやかに喜緑さん。長門……本当に何とかしちまいやがった。すごすぎるよ。 「さて、ここは学校からの予備人員で守ります。今の内に遺体と負傷者をトラックに乗せてください。 それとあなたも。総指揮官からの絶対命令のようですので」 さっきからトラック据え付けの無線機からキーキー聞こえてくるのはハルヒの声か。 どうやら俺に学校に帰れ!と叫んでいるらしい。 ふと、トラックの荷台に載っていた生徒たちの射撃が収まる。空き地方面を見てみると、 敵が後退していくのが見えた。なんだ? どうしてこのタイミングで逃げ出す? 「おそらく予期せぬ情報改変に敵が混乱しているのでしょう」 にこやかに喜緑さんが解説してくれる。何はともあれ、今がチャンスだろう。とっとと負傷者を回収しなけりゃな。 ◇◇◇◇ 「本当に戻るんですか? 命令違反ですが」 負傷者と遺体を載せたトラックが北高へ向けて戻っていく。喜緑さんは最後にそう言っていたが、 俺はハルヒの方に戻ると言って、学校への帰還を拒否した。なあに、命令違反なら今までも散々やっているいまさらだ。 大体、ハルヒも長門も古泉もたぶん朝比奈さんもみんな必死なのに、俺だけ学校に引っ込んでいられるわけもない。 で、ハルヒのところまで戻ると予想通りの反応を見せてくれた。 「あーんーたーはー! 一体どれだけ命令違反を犯せば気が済むわけ!? 逃げろって言っているのに拒否するわ、 学校の守備に行けって言ったらこっちに戻ってくるし! 総大将の命令をなんだと思っているのよ!」 とまあものすごい剣幕で胸ぐらをつかみあげられた。一体どんな腕力をしているんだこいつは。 俺はあたふたと説明しようとするが、胸ぐらをつかみあげられてまともに口がきけるわけもなく、 ただ口をぱくぱくされるぐらいしかできない。ハルヒはひたすらガミガミ怒鳴っていたが、 やがて言いたいことも尽きたのか、俺から手を離し、 「……とにかく! 今後はあたしの命令に従うこと良いわね! 仕方ないから、ここにいてもいいけどさ。 これからはあたしのサポートをしてもらうわよ。どんなときでもあたしのそばにいなさい! 絶対絶対命令だからね!」 そう言ってぷんぷんしながら去っていった――ってどこに行くんだあいつは。 しかし、よくもまあ乗り切ったものだと自分で自分に感心する。普段の俺なら絶対に精神的におかしくなっていただろうが、 これも仕組んだ奴が頭をいじくったせいということにしておこう。だが。 俺はふとハルヒの背中を見る。長門と古泉の予測ではハルヒは何の人格調整も受けていないと言っていた。 なら、あいつは普段の精神状態のままこの地獄のような世界で指揮官なんて言う役割を演じている。 その両肩にかかっている重圧や責任感はどれだけのものなのだろうか。 そして、ハルヒは一体どんな思いでそれを背負っているのだろう。俺はハルヒの背中を見ながらそんなことを思った。 ~~その6へ~~
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その6から 真夜中にはまだ間がある時間にコテージを飛び出し、結局、空の一角が明るくなるまで、ハルヒと俺は、東を向いて歩いた。 俺には自分たちがどこに向かっているのか、それにどれだけ進んだのかさえ、見当もつかなかったが、俺の手を引くハルヒの手は、大丈夫こっちで間違いない、とずっと言い張っていた。 あとで知ったことだが、俺たちが歩いていたのは、この島の一番長い道だった。 元はレールが敷いてあったらしい砂利道で、今はなくなった鉄道は、最初の夜に食事をした繁華街の外れにあるセントラル・ステーションを発着駅にしていたそうだ。 「キョン、お腹がすいたわ。しかも小腹ってレベルじゃなくて」 「俺も腹ぺこだ、ハルヒ。ここで『だから、おまえの太ももをよこせ』といえないのが全年齢対応のつらいところだ」 「言えたら、それはそれで、別の意味でつらいことになりそうね」 「ぐあ!!」 「……」 「……ハルヒ。おまえの蹴りで意識と体力の残量をほとんど失ったが、自分を取り戻した」 「よかったわね。さあ、あんたにあげたパスポート・ケースを出しなさい」 「ここでか? ん……ほら」 「……なんで、そんなところから出てくるのよ?」 「最初は首から下げてたんだが、そうもできない時と場合があるだろ。首から下げるのはいいアイデアだと思うが、未成年とか枯れた夫婦向けだと思うぞ」 「あたしたち、未成年なんだけど」 「……」 「はやく正気に戻りなさい。それと、とにかくケースを出して」 「ああ」 「中を見て」 「俺のパスポートが入ってる。そっちは?」 「はい、これがあたしのパスポート。それから、布製ケースを裏返すと、お約束だけどもうひとつポケットがあって」 「クレジットカード……と、そっちは?」 「国際テレフォンカード。まあ、クレジットでかけられる公衆電話もあるけどね。はい、あんたの分も出して」 「といっても入れた覚えがないものを……あれ?」 「あんたが寝てるうちに入れといたわよ。テレフォンカードはあたしのだけど、クレジット・カードはあんたのを。……うっとうしいから、子犬のような濡れた目でこっちを見ない。とにかく、何か食べに行くわよ.その後は、どこかで少し眠らないとね」 「おはよ、お父さん」 「おはよう、母さん」 「部屋の入り口に立って、何をしているの?」 「部屋の扉の気持ちになって、人生の意味を考え直してた」 「顔を洗いに行きたいわ」 「どうぞ、通ってくれ。自動ドアなんだ。『オープン・セサミ(ひらけゴマ)』と言ってくれさえすればいい」 「オープン・セサミ」 「ウイ・マダム」 「できれば、木製の扉に戻って来てもらえないかしら?」 「話してみる。だが難しいと思う。多分、話をするのも難しい」 「反省してる?」 「反省している」 「ひさしぶりに、お父さんの朝食が食べたいわ」 「ウイ・マダム」 「それを食べたら、あの子たちを迎えに行きましょう」 「母さん。できればケンカ両成敗という言葉も、思いだしてもらえるとありがたい」 「親子ケンカにも適用できるのかしら?」 「あとで調べてみる」 「じゃあ、それぞれ、やるべきことにとりかかりましょう。……今日もすばらしい一日になりそうね。そう思わない?」 「うがらがえしゃえがが!」 「ハルヒ、食べるのか、しゃべるのか、どっちかにしろよ」 「……んぐ。これ、おいしいわね、キョン!」 「ハルヒ、食べるのに、しばらく専念して良いぞ」 「そうする」 街に入ると、開いている店は少なかったが、通りには屋台がけっこう出ていた。 いつかとおなじように「目に入った最初の店」に入ることを事前に決めていたので、どの屋台で食べるかはすぐに決まったが、メニューが「山賊」と「海賊」しかないので少し焦った。 ハルヒは迷うことなく「海賊」(定食なのだろうか?)を選び、俺はなんとなく「山賊」(ランチというには時間が早い)を選んだ。 ハルヒは一瞬、気に食わない、という目になったが、「パイロットと副パイロットは違うものを食うんだ」と説明したら納得して機嫌をなおした。 「らがえしゃえうががが!」 「ハルヒ、食べるのか、しゃべるのか、どっちかにしろよ」 「……んぐ。さっき言い忘れたけど、当然副パイロットはあんたの方だからね、キョン!」 「わかってる。ほら食え」 「そうする」 出てきたものは、どちらが「海賊」か「山賊」か、もう一度出てきても当てられなさそうなくらい、同じくらい濃い味のついた、とんでもない量のふたつの炒めものだった。 途中で、ハルヒの例の悪い癖が出て、俺の分を横取りして食べだしたので、おれもハルヒの分を食べた。 それでも正直どちらが「海賊」で「山賊」なのか、区別がつかなかったが 「きらがへえしゃうがが!」 「ハルヒ、食べるのか、しゃべるのか、どっちかにしろよ」 「……んぐ。何いってんのよ!両方とも全然違うわよ。目をつぶっても区別がつくわ」 「じゃ、どっちの方がうまいんだ?」 「なかなかいい勝負ね」 「……俺の分も食っていぞ」 「言われなくてもそうするわ」 「ああ、よく食べたわね。眠くなったわ。ほら、キョン」 「なんだよ」 「眠るから、膝を貸しなさい」 「なぜ?」 俺も眠いから、宿とか探したほうがよくないか。 「雑用係の膝は、団長の枕となるために作られたのよ」 誰にとってだ?神か?それともお母さんか? しかし、言うが早いか、ハルヒはいきなりその頭で、おれの膝と太股を占拠する。 「これよ、これ。さすがSOS団クオリティね」 「よくわからん」 「じゃあ、おやすみ」 「ちょっとまて。せめて屋台の椅子はやめたらどうだ?」 「なによ、あたしたちは客よ。客が屋台で寝てどこが悪いのよ!」 客のつもり満々だが、理屈はヤクザ以下である。 「じゃ、おやすみ」 「おーい!」 困っていると、店主が「タイヘンネ。コレ、ワタシノオゴリ」という顔をして、頼んでないホット・コーヒーを持ってきた。 ひょっとすると、俺はいま壮絶な勘違いをしているのかもしれないが、南の島の人たちは人情に厚い。親切だ。いい奴らだ。そうでも思わないと、おれまでテーブルにつっ伏して寝てしまった言い訳が立たない。 「かあさん、ネットカフェに寄って何を見てたんだ?」 「ん? ちょっとブログに旅の記録と、あとクレジット・カードの使用照会をね」 「クレジット?」 「あの子たち、お財布を置いて行ってたでしょ」 「どこで使ったかまで、分かるのか?」 「きちんとしたシステムを使っているところなら、大まかには、ね。まあ、そんなお店も、キャッシュ・ディスペンサーも、この島だと、この街にしかないけれど」 「この先、絞り込むのがめんどくさい、もとい、やっかいだな」 「ハルは携帯もってるから、電話して聞いてもいいわ」 「……電源を切ってるみたいだ」 「あとは水を引っ掛けられるか、海に飛びこめば、お父さんの携帯に緊急信号が入ることになってるの」 「すごいサービスだな」 「もともとは、迷子とか徘徊老人用に開発されたそうだけど」 「そこまで知ってりゃ、捨てて逃げないか?」 「それはないわ」 「どうして?」 「モノと思い出を大切にする子だもの」 「親父も大切にして欲しいよ」 「子供もそう思っているのよ」 「わかったよ。反省している。……なんか、俺、こればっかりだな」 「たまにはそういうのも素敵よ」 「『親父のくせに生意気よ』なんて言われてる親父なんて、おれくらいだぞ、きっと」 「親父の星ね」 「黒星だ」 「キョン、いいかげん起きなさい!」 耳元でがんがん響く声。つづいて布団(?)がはぎとられる。 「それだけは!それだけは!」 「あんたはどこの多重債務者よ?」 目が覚めた。 しかし、いま俺がつっ伏しているのは、あの屋台の油っぽいテーブルではない。 冷たい床に投げ出されたハルヒの足だ。 「……ここ、どこだ?」 「あたしの膝の上」 「じゃあ、そのおまえがいるのは?」 「知り合いの家ね。正確には船だけど」 「おまえ、ここに知り合いなんているのか?」 「昔、来た時のね。お互い子供だったわ」 「今だって未成年だ」 「根に持ってるの?」 「いいや」 まさか。 「ああ、忘れてたわ。あんたのこと、しつこく聞かれたから、『日本人のお金持ち』ってことにしてあるの。そのつもりで振舞いなさい」 「なんだと?」 身代金の支払いになんて応じてくれないと思うぞ、うちの家。 「金持ちがなんで手ぶらで、知らない奴の船だか家で、膝枕で寝てるんだ?」 実際に1銭も持ってないぞ。 「財布を落としたことにしてあるわよ」 と言うハルヒ。 「お金持ちだって、時には金のない時もあるわ」 「説明なら、『団長と雑用係』でいいだろ?」 「現地の言葉、そんなに知らないの」ハルヒは横を向いてアヒル口になる。 「団長はともかく、雑用係なんて」 「英語ならオール・アット・ワークでいいみたいだぞ」 「あんたがなんでそんなこと、知ってるのよ?」 「雑用係についての、おれなりの誇りだ。プライドといってもいい」 ほんとは、某著名本格メイドまんがで読んだトリビアだが。 ハルヒは一瞬、こいつ突然何を言いだすんだ、という顔になったが、すぐにそれをおし殺して、 「ま、まあ、あんたにしちゃ立派な心がけだわ。もちろん団長と比べたら、足元にも及ばないけど」 と早口でまくしたてた。 「そんなことはわかってる。だから説明しなおしてこい」 「あーもう、そういう訳にはいかないの! あたしの演技に合わせなさい。ほら」 ハルヒは、ぽんと自分の太股をたたく。 「な、なんだよ?」 「膝枕のつづきよ」 「起きたから、そういうのはいい」 「そういう訳にはいかないの!」 「どうして?」 「日本のお金持ちは、膝枕が好きだという設定よ」 そりゃどこのバカ殿だ? ハルヒと、あーだこーだをやってると、ひょっこりと部屋の入り口から小さな女の子が顔を出した。 ハルヒと俺の顔をかわるがわる見ている。 「あの子がお前の知り合いか」 「前に来たときは、あの子はまだ生まれてなかったと思うわ。知り合いは、あの子の姉さんよ」 試しにその女の子に笑いかけてみたら、彼女はいきなり火がついたように泣き出し、逃げていった。 「ハルヒ、いま俺、どんな顔してる?」 「まぬけ面」 「子供には般若の面に見えたのか?」 「あんた、自分は子供に好かれるとか思ってたんでしょ?」 「……悪いか?」 「随分とへこんだようね」 ハルヒは、ぽんと自分の太股をたたく。 「ほら」 「な、なんだよ?」 「言っとくけどね、あたしは意地の張り合いでも、あんたに譲る気はまったくないわ」 「ああ」わかってるさ、そんなことは。「だが、向こう向くぞ」 「上等よ」 俺はしぶしぶハルヒの膝の上に頭を置いた。ハルヒには背中を向けてだ。 「……これでいいか?」 「それでいいわ」 「……何にも言わないのか」 「何か言って欲しいの?」 「いらん」 「……子供に笑いかける大人が善人じゃない世界もあるわ。大人に笑いかける子供の方もね。そういう場所で生きている人たちもいるの。あ、言っとくけど、これはあたしの独り言だからね」 「……」 「この近くに、外国人観光客が多い海水浴場があって、今日みたいに晴れた日は、そこに行くとあの子の姉妹に会えるわ。手口はこうよ。姉妹のうち、一番泳ぎのうまい娘が、溺れてみせる。砂浜では、彼女の妹たちが、大人たちの手を引っ張って、助けてくれと頼むの。大人たちが飛びこんでいくと、その騒ぎのあいだに、もう少し離れたところにいた別の姉妹が、放ってある荷物を持っていくというわけ」 「……」 「前にこの島に来た時にね、『溺れてる』彼女を助けたことがあるの。あの親父に母さんだから、盗られたものはなかったけどね。それどころじゃ、娘のあたしが飛びこんでるのに平気で談笑してた、って彼女たちからは、ボロクソに言われたらしいわ」 「ボロクソって」 「しかも親父が乗っちゃって、『やかましい!俺が300ドルで買った娘だ。生かすも殺すも俺の勝手だ』とやったもんだから、あたしは騙されたあの子たちにまで同情されて、帰る日まで『客人』扱い、迷惑もいいところよ。最後の日にみんなに手を握られて『お金ためたら、あの悪魔から買い戻してあげる』だって」 ハルヒは話しているうちに、その時の感情がよみがえったような顔をした。 「街で寝てるあんたと一緒にいたら、彼女たちに再会したの。何言われてたと思う? 『この若い男が、あたしを買い戻したのか?』って」 「ホテルにも泊まってないとすると、あの娘たちのところかしら?」 「ん?」 「お父さん、覚えてない? ハルが、溺れている女の子を助けたの」 「ああ、例の置き引き姉妹団な」 「だから、またこの島にしたんだと、思ってました」 「いや、正直忘れてた」 「お父さんって、愉快なことは一回で覚えるのに、そうじゃないことはおもしろいようにねじ曲げて覚えるから。いなかった人が出てきたり、誰も言ってない話が混ざってたり」 「しかも自分が言ったことは、たいてい覚えてないんだ」 「ハルは覚えてるわ」 「だろうな。だが水上生活してる連中は、ここらには多いし、いつも同じところに停泊してるとは限らん。こりゃちょっと骨だな」 「寝泊まりするところは違っても、お仕事の場所はかわらないわ。明日は、例の海水浴場に行ってみましょう」 「さすがだ、母さん」 「疲れてますね、お父さん」 「そうだな。それと、少し世をはかなんでる」 「そうなの?」 「ちょっぴりだけどな」 「ハルとお父さんは似てるわ。だから折り合わないのかしら?」 「あいつにも守りたいものが一つや二つあるだろう。俺の方には二つか三つある。だが、この違いがわかった時に、あいつの隣にいるのは俺たちじゃない」 「そうね」 「その時が来たら、あのバカ娘も、せいぜい焦って悔やめばいいさ。その時は、遠くから笑ってやる」 「じゃあ今は?」 「間近で笑ってやる。これもそう何時までもできることじゃないけどな」 「……明日はあの子たちに追いつきましょうね」 「ああ」 「私も本気を出します」 「だったら鬼に金棒だ」 「どっちが鬼なんです?」 「金棒じゃない方だな」 夕方になると船の家には、海水浴場から引き上げてきた姉妹たちが帰って来た。 彼女たちはハルヒを取り囲み、一斉に笑ったり話しかけたりしていた。 現地の言葉は俺にはさっぱりわからないが、ところどころでハルヒという言葉が聞こえた。 ハルヒは笑ったり驚いて見せたりしながら、しばらく思い出話に付き合ったが、早々に「今日は帰る」と切り出した。 姉妹たちは、一斉に俺の方を見た。ものすごい目つきで。 「悪かったわね」 ばつが悪そうにハルヒは言った。 「なんだ?」 「さっきの。あそこを出てくる時、すごく睨まれてたでしょ。あんたを悪者にしたみたいね」 「気にするな」 どうせ今日の俺は般若か鬼だ。 「親のところに帰る、と言ったら、よけいに揉めたんだろ?」 なにしろ親父さんは「あの悪魔」だからな。 「多分ね」 ハルヒは追い越すようにして、俺の腕をとった。 「それより、今日はどこに泊まるの?」 「クレジットが使えるところなら、どこでもいい」俺はあわてて付け加えた。 「屋台は駄目だぞ」 「当たり前でしょ。最後の夜よ」 「もう一泊あるだろ?」 「それは『家族旅行』の話でしょ?」 「そうだな、明日は合流しよう。安心しろ、一緒に謝ってやる」 「あんた、その態度は良くないわよ。あくまで共犯なんだからね」 「親父さん、あの後、絶対に寝室のドア壊したぞ」 「母さんにこっぴどくやられてるわ。モノを大切にしない人、嫌うから」 「それはそれで、かわいそうだな」 「あんた、いま誰と一緒に居るのか、それを考えなさいよね」 「正直に言うが、それしか考えてないぞ」 「う。それもちょっと嫌かも」 その8へつづく
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第三章 7月7日…とうとうこの日が来てしまった。 俺は何の対策も考えていない。 何かいい考えは無いかと考えている間に午前の授業が終わった。 昼飯は一年の時と同様谷口や国木田と食べている。 卵焼きを突いていた谷口がこんなことを言い出した。 「涼宮って去年の7月7日おかしくなかったか?俺学校の帰り道で東中の前通るんだけどさ、 俺去年の七夕の日学校が終わってゲーセンによってから帰ったんだ。たしか8時ごろ、 東中の前を通ったら涼宮が校庭でずっと立ってたんだ、しかも雨が降ってたのに傘もささずに。あれなんか意味あるのか?あいつのやることはやっぱよくわからん。」 「ふ~ん、そうか」俺は平然を装った。なんとなく動揺しているのを見られるのはまずい気がした。 心の中では適当に済ませばいいなんて考えていた俺をもう一人の俺が殴っていた。俗に言う心の中の天使と悪魔と言うやつである。 そして悪魔のほうが天使にぶっ飛ばされたわけだが、天使が勝ったところでどうにかなるわけでもなく俺は途方に暮れていた。 午後の授業もあっという間に過ぎ、とうとう部活の時間だ、今日だけはあいつと顔を合わせたくないのだが行かないほうがめんどくさいことになる気がするので文芸部室へと足を運んだ。 すると足取りが重かったせいか俺が部室に着く時には全員がそろっていてハルヒが嫌な笑みを浮かべた。 この瞬間俺は背筋が凍りつくような寒気を感じた。 このときの俺はこれから何が起こるかなんて知るよしも無かった。 ハルヒは全員がそろったと言うことでこう言った。 「今日は七夕で不思議も油断しているかもしれないわ!今日はこれから久しぶりに市内探索しましょ!!」 なんだって?最近驚いてばかりってのに驚きだ。市内探索?今から? 実は今までに5回市内探索が行われたのだが、結局一度もハルヒとなることは無かった。 そしてハルヒは例のごとくどこにしまっていたのか爪楊枝を取り出し例のごとく俺たちは爪楊枝を引いた、 そして驚いたなんと俺とハルヒがペアになっていたのである。 その瞬間明らかに長門、古泉両名の顔が明らかにゆがんだ。 ハルヒは言った。「何であんたとペアなのよ。まあいいわ、足手まといにならないようにしなさいよ!」いかにもハルヒらしい発言が聞けて俺は安心した。 「わかってるよ。」そう言い返しておいた。俺はなんかうれしいかった、それが何故かはわからないが。 そして夕方5時過ぎに俺とハルヒは学校を出た、そして行くあてはあるのかと聞いてみたするとハルヒは当然のように「東中。」 俺はそうか何しに行くんだ?とわざと聞いてみた。 するとちょっと怒ったように「あんた昨日の話聞いてたの?あたしは人を探しているのよ!」と答えるハルヒ。 俺は何故か行ったらまずい様な気がした、しかし断る理由も無く、思いつきもしなかったため「冗談だ、なら急ごう」そう言ってハルヒの前を歩いた。 北校から中学まで30分ほどで着いた。着いたはいいがまだ部活やら補修やらで残っている生徒がいるようだこれでは中に入れない。 「どうする?ハルヒ。」と聞いてみる。 「そうね、今入るのはまずいわねどこかで時間を潰しましょう。近くにちょうどいい公園があるわ、そこに行きましょう。」 あの変わり者のメッカか…こいつも好きらしいな断る理由も無い。 「わかった。」と答えた。 公園に着くと二人でベンチに座った。傍から見れば完全にカップルだ。 お似合いに見えるかは置いといてだな。 「だいだい8時ぐらいまでは待ってなきゃだめだろうな。」と俺。 「そうね、後2時間ぐらいね」とハルヒ。 「なんか話しでもするか。」 そして俺たちはしゃべり続けた。 新しいクラスがつまらないこと、朝比奈さんのコスプレ衣装の希望、これからのSOS団の活動内容について、新しい担任がむかつく事 そしてあっという間に2時間が過ぎた。 ハルヒが時計を確認し「そろそろ時間よ、行きましょう」そして後についていく俺。 学校に着くとさすがに真っ暗で携帯のライトで周りを照らした。 そしてこの後俺は信じられない光景を目の当たりにする ハルヒがライトを向け俺の名前を呼ぼうとしたときだ。 「キョ… 涼宮ハルヒがいきなり倒れたのだ、俺は焦った。 こんなに焦ったのはハルヒが消失しちまったとき以来だ。 焦りながらも俺は古泉に電話を掛けた、後から考えればナイスな判断だったと思う。 「古泉!!ハルヒが倒れた!!!!」 「どうしました落ち着いて下さい。」 「北校でハルヒが倒れたんだよ!!」 「わかりました15分…いや10分で向かわせます。」 「わかった。早くしてくれ」 こんな感じだったと思う、あまり覚えていない。 たぶん10分ぐらいで救急車が着たんだろうが俺には3倍ぐらい長く思えた。 そして機関御用達の病院にハルヒは検査入院ということで入院した 第四章
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「ねぇキョン?」「ちょっと!聞いてるの?キョン!?」「それでねキョンはね、」「あっ!そうそう、キョンそれからね」「キョンっ!」「そう言えばキョンは…」「キョン明日はね…」「ねぇキョンは?」「ほらキョン!ちゃんと聞きなさい!」 ……まったく飯の時とか2人でテレビ見てる時位は静かにして欲しいな。 孤島の1件からハルヒと付き合う事になってしばらく経つ、授業中も、部活の時も、その後も、休日も、寝る前でさえ電話で、そう…ほぼ丸一日中俺と一緒にいるのに、なんでこいつは話題が尽きないのかね? まるでマシンガンやアサルトライフル…いやガトリングガンやバルカン砲だな…いや弾切れがある分羅列した銃器の方がましだな。こいつの話題は切れないしな。 「なぁハルヒ…何でお前はそんなに話題が尽きないんだ?こんなにずっと一緒に居るのによ。」 「ったく…たまに自分から口を開いたと思ったら…何よそれは?良い?あたし達はNTじゃないから、黙っていても分かり合えないのよ?」 ……そう言えばこの前一緒に某ロボットアニメを見たな… 「それにあたし達は恋人どうしなのよ!?お互いが一番に分かり合ってなきゃだめなの?それ位はアホキョンにでも分かるでしょ?だから、こうやって毎日毎日あたしが話してるのよ!」 なるほどな…でも俺もっと簡単に分かり合える方法知ってるぜ? 俺は無言でハルヒを抱き締めた。 「ちょっと…キョン!?」 ハルヒのヤツは、顔真っ赤にして抗議しながらも、俺に体を預けて大人しく抱き締められている。ったく…こうしてりゃ静かなんだけどな。 「……分かったわよ…じゃあこれからは、いつでも分かり合える様にこうして抱き締めなさい…良いわね……」 真っ赤にしてゴニョゴニョ言うハルヒは可愛いが……墓穴ほったなこりゃ… 終わり
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ハルヒ×SILENT HILL×F.E.A.R.×many other ※クロスオーバー、グロ、ホラー、オリキャラに該当します。 ※前作「涼宮ハルヒの静寂」との関連はありません。 注意 F.E.A.R.について 海外製FPSのタイトルです。 TRPGとは一切関係ありませんのでご了承ください。 畏怖・涼宮ハルヒの静寂 (二訂版) 第1周期 第2周期 第3周期 第4周期 第5周期 第6周期 周期数不明 畏怖・涼宮ハルヒの静寂2 phoeniXXX 第1周期 第2周期 第3周期 第4周期 周期数不明 Brack Jenosider DistorteD-Answers_畏怖・涼宮ハルヒの静寂0 第1周期 第2周期 アーカイブ
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朝倉「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」 冗談はやめろ! 朝倉「ビックリした? ふふふ・・・。 正確には死んだフリをしてもらうの」 そういうことか、おもしろそうだな。 わかった。協力しよう。 朝倉「じゃあ、本当に痛そうなフリをしてね」 …ぐあっ あぐっ ぅぅう・・・ガクッ (自分で言うのもなんだが、迫真の演技だな。) 長門「あなたは私が !!!! ・・・(間に合わなかった・・・・!!? そんな)」 ハルヒ「 ! ちょっ、キョン!!? なんでよ!?」 朝比奈「どうしたのでs・・・ キョン君!? キョン君!!」 朝倉「ふふっ。 私はキョン君のことが欲しかった。 でも手に入らなかったの。 ・・・でも、どうしても欲しかったの。 こうすればずっと私のものでしょ?」 一瞬空気が凍りついたように思われた。 三人のが逆立ったような気がした。 長門「 ・・・ターミネートモード。 敵は取るわ。キョン、大好き。」 ハルヒ「・・・・許さないわ。キョン・・・。 もっと素直に好きって言えたら・・・。」 朝比奈「キョン君・・。 好きだったのに・・・。 朝倉ァ! うぬは覚悟出来ているんじゃろうなァ!! ワシも昔はゴンタ者じゃったけえ、 加減はせんばい!」 朝倉「・・・ これはあげない。」 ちょ、これはどういった展開なんだ!!!! 嬉しいけど・・・これじゃあまずぃ って耳たぶをかむな朝倉!!!! ビクッ ブルブル ・・・くやしい 長門ハルヒ朝比奈「 !! ・・・キョン!!! 騙したのかァ!!!」 朝倉「好きってのは 本当よ。 奪って見せなさいよ」 って朝倉までやめろおおおおおぉお ストップ、ストップーーーーー!! 谷口「WAWAWA忘れ物~ ひぃ、 これは な、なんなんですかぁ・・・ 何で私、ここにいるのですか・・ なんでこんなに修羅場なんですか・・・ し、失礼します!!!」 たにぃぃぃぐちいぃぃぃ 俺を見捨てないでくれ!!! 「さあ、誰にするの?」 冗談じゃない、 いや、ゆるして・・・。 おわり
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エピローグ 朝起きれば何故だかハルヒの声がして、その理由が掴めぬまま独りもだえた後に学校へ行く支度をした。あー、眠いねえ。 いつも通りえっちらおっちら坂道を登っていき、朝っぱらから元気な谷口と合流。とるに足らない会話をした。しょうもない内容でも話していれば坂道の苦も幾分か忘れることが出来、気づけば教室前に着いていた。無意識ってのも凄いもんだな。 「キョン、客だぞ」 「ん? 俺にか?」 ドアに手をかけた所で谷口からそう言われた。俺に用なんて、誰だよ。古泉ぐらいしか思い浮かばん。 だがそれは以外にも長門だった。 「どうした、長門」 「‥‥‥昼休み」 それだけ言って立ち去っていく。なんだなんだ。なんかまたハルヒが起こそうとしてるのか? 「おいキョン」 「なんだよ」 「昼休みに、あの長門有希と何する気だよ」 「さあな‥‥‥」 わき腹を小突かれ、顔見ればニヤニヤしている。変態め。 そして俺はようやく長門にこの話を聞かされたのだ。涼宮ハルヒの分身。にわかにも信じがたい話だった。長門の創作じゃないだろうな。 「‥‥今のは本当なのか?」 「全て実際にあった出来事。世界を改変した際に、全員が違和感をもたないように私が自主的に記憶を作り替えた。今回ばかりは涼宮ハルヒ個体のみの記憶の改変を施すにはかえって時間がかかるため、あなたも含めた全員の記憶を統一したキーワードに沿った記憶となっている」 「そのキーワードってなんだ‥‥?」 ウインナーを取り上げながら聞いた。長門も食うか? 「‥‥‥日常」 長門はそう言った後、フルフルとわずかに首を横に振った。そうか、いらないか。 「にしても、じゃあなんで俺たちはその閉鎖空間に最初からいたんだろうな。その、もう一人のハルヒっていうのは俺たちを特に歓迎してたわけでもないんだろ?」 「涼宮ハルヒが深層心理の中で、団内のメンバーと離れることに拒絶に近い反応があったためと思われる」 なるほど。古泉や朝比奈さん、長門との結びつきもしっかり強くなってたんだな。一緒に映画まで作った中だし。 「ちなみにそれはこっちのハルヒのことか?」 一呼吸置いてから 「両方」 とだけ長門は短く呟いた。 ハルヒはハルヒに違いないということ、か。 長門から急にされた話ではあったが、そんな話も放課後になるまでの間に特に疑いもしなくなっていた。自分が体験していない出来事を語られるのは何だか歯がゆい気がしたが、まあなんだ。過去の俺は頑張ってたというわけだ。 「‥‥キョン!」 「なんだ」 「なんだじゃないわよ! あんた一冊も本を呼んでないってどういうことよ!!」 読書大会のことなんてすっかり忘れたんだよ。確か一週間かそこらか前に言われた気がしなくもないが、まあ曖昧だ。長門が作ったからだろう。 「何有希をチラチラ見てるのよ! あんたが本を読まなかったのは他でもないあんたのせいでしょ!」 古泉は相変わらず微笑んでいるだけだし、朝比奈さんはメイドさんの格好したまま古泉と同じく笑っている。読書の達人長門は‥‥‥まあ言わずとも分かるだろう。 「罰よ! 古の時代から悪しきものにはペナルティーを与えるのが規律なんだから!」 最初からこうなる展開になることを予期していたかのように、ハルヒはポッケから折りたたんであるルーズリーフを取り出し、それを広げた。裏からでも分かるぐらい、罰ゲームがびっしりと書かれている。やれやれ。 「さぁーて、どれにしようかしら。みくるちゃん、古泉君、有希達も選ぶのよ!キョンの罰ゲーム」 な、4つもやるのか!? 「当たり前でしょ! みんな10冊以上読んでるんだから!!」 朝比奈さんは顔からして、あんまりキツくないものを選ぼうとしながらも、鬼畜極まりないものしかないらしく悩んでいた。古泉は 「恥ずかしいセリフ10連発なんて良さそうですね」 などと言って、助けてくれそうにない。長門は黙々と何かを選び、本の世界に舞い戻った。しれっとしてはいるが、校庭の真ん中でヒゲダンスとか選んでいそうで一番怖い。 ハルヒは何だろうか。まあ俺のインスピレーション的に、おそらくは‥‥‥ 「あたし達全員が笑うまで一発芸よ!!」 ‥‥ほらな。こういう奴なんだこいつは。大人しく哲学書読んでる方がマシにさえ思える。 俺は一週間の猶予が与えられ、それまでに 古泉の選択した恥ずかしいセリフ十個、 長門の選択した校庭のど真ん中で百だか千だかの風になってを丸々一曲熱唱、 朝比奈さんの選択した誰にも言えないほど恥ずかしい過去を語る、 ハルヒの全員が笑うまで一発芸をし続ける の準備する羽目となった。これはひどい。人生経験上地獄の一週間となりそうだった。 ‥‥‥‥ 「おそらく、私はまたあなたの記憶を消すかもしれない」 「何故だ」 「あなたに‘涼宮ハルヒ’の能力を応用出来るという事実をまた知らせてしまったから。未来の私は今話した内容ごと忘れさせると思われる」 「‥‥‥どうして忘れさせる内容を話した? どうしてハルヒの能力を使えることを俺が知っていると困るんだ?」 「‥‥‥‥‥‥」 ‥‥‥‥ 知ったこっちゃねーや。長門は何か抵抗しているようにも見えたし、それが言えないならば、俺はいつ言われても受け入られる状況にしておくまでさ。長門が記憶を消そうと、何をしようともな。 でも長門、 どうせ消すんだったら‥‥その、なんだ。 皆の考えた罰ゲームの分も含めちまって この一週間以内に、頼むぜ? 完 消失へ続く
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◇◇◇◇ 終業式の翌日、俺たちは孤島in古泉プランへ出発することになった。 とりあえずフェリーに乗って、途中で森さんと新川さんと合流し、クルーザーで孤島までGO。 全く問題はなく順調に目的地までたどり着くことが出来た。 あとは多丸兄弟を加えて、これでもかと言うほど昼は海水浴、夜は花火&肝試し、さらに二日目は何か変わったものがないか 島中の探索に出かけた。特に何も見つからなかったが、ハルヒはそれなりに楽しんだらしい。 あと、古泉たちによるでっち上げ殺人事件のサプライズイベントはなかった。まあハルヒは名探偵になりたいとか そんなことは全く考えていなかったからあえて用意しなかったのだろう。今のあいつは、みんなで遊べりゃそれで良いんだからな。 さてさて。 そんなこんなで孤島で過ごす最終日の夜を迎えていた。翌日の昼にはここを去ることになっている。 何事も無く終わってくれれば良かったんだが…… 「ぷっぱー! サイコー! ご飯は美味しいし、空気はきれいだし、毎日遊び放題! まさにここは楽園だわ!」 最後の夕食でハルヒは何度目になるかいちいち数える気にもならなくなる言葉を口にする。 確かにこの三日間はかなり楽しかったけどな。料理もオフクロのものとは違うが、高級料理というものを たっぷり食べることが出来た。 「みなさんに楽しんでいただければ、セッティングした僕としても幸いです」 古泉はにこやかな笑みを浮かべつつ箸を進めていた。一方で長門はやっぱり機械作業のごとく取る→食べるの動作を続けている。 朝比奈さんは小食っぽくゆっくりと味わって食べていた。 「お飲み物はまだまだありますので」 そう森さんが空になっているハルヒのコップにジュースを注ぐと、ハルヒは間髪入れずにそれを飲み干した。 もうちょっと味わって飲んだ方がいいんじゃないか? 勿体ない。 食事後、全員が自分の部屋へと戻っていく。中々満喫できた孤島ぐらしも今日で終わりか。荷物の整理とか考えると、 今日はとっとと寝て明日はその片づけで精一杯だろうしな。ハルヒは何かおみやげあたりをあさりそうな気がするが。 だが、そろそろ就寝時間が近づき、ベッドに腰掛けたタイミングで―― カチャ。唐突に俺の部屋の扉がゆっくりと開かれる。あまりに突然だったため、俺はぎょっとしてしまうが、 すぐに現れたハルヒの姿に安堵した。なんだ一体。夜ばいなら時間はまだ早いし、お前にやられてもちっとも嬉しくないぞ。 「そんなばかげたことを言っている場合じゃない……!」 ハルヒは緊迫感を込めつつも小声という器用な口調で言いつつ、音を立てないようドアをゆっくりと閉める。 様子がおかしい。何かあったのか? 俺は立ち上がってハルヒの元に駆け寄る。 「敵よ」 ハルヒが言った言葉に俺の全身が凍った。冷や汗が体外ではなく血管内に出たかのように、全身に嫌な悪寒が広がっていく。 敵? 敵だって? この期に及んで一体なんだってんだ。 すぐにハルヒは苛立ちを見せながら、俺の寝ていたベッドに腰掛ける。そして、すぐにいつぞや見た空中モニターみたいなものを 表示し始めた。 「おい、すぐ近くに長門がいるのに――」 「ばれない程度にやっているわよ。そんなことを気にしている暇があったら、ほら見てみなさい」 そのモニターをのぞき込むと、夜間の海上を一隻のクルーザーが猛スピードで走っている。別のモニターには 物々しい特殊部隊風の格好をした連中が多数映し出されていた。なんだこりゃ、まるで上陸作戦に備える軍隊みたいじゃないか。 「みたいじゃなくてそうだと考えた方がいいわね。一直線にここに向かってきているわ」 険しい顔でハルヒ。どうすればいいのか考えているのか、そわそわと両手の指を重ねてほじくるような動作をしている。 持っている自動小銃や物々しい装備品を見る限り、古泉が仕組んだサプライズイベントの可能性はゼロと考えて良いだろう。 そうだったら、あいつとは二度と口をきいてやらん。冗談にもほどがあるからな。 「狙いは……どうみてもあたしでしょうね。機関の危ない連中なのか、それとも別の組織かはわからないけど、 見たところ現代人間。未来人やインターフェースの可能性はない。連中ならこんなまどろっこしい手はつかわないし」 「上陸するまであと何分ぐらいなんだ?」 「およそ10分」 ハルヒの言葉に絶望感を憶えた。10分だと。たったそれだけで何をしろというのか。せめてもうちょっとあれば、 古泉たちに話して機関側で対処してもらうことも―― 「できないわよ。どうやってその情報を知ったのか、どう答えるつもり?」 ハルヒの突っ込みに俺は言葉を失う。確かにその通りだ。機関で気が付いていないことを俺が知っていたらおかしい。 長門が気がついてそれを機関に報告してという流れが理想だが、 「有希はまだ気が付いていないみたい。でもこれは幸いよ。有希が気が付いたら、あたしが動けなくなるから」 「長門がそんな連中全部ぶっ潰してくれるかもしれないだろ」 「どうかしら。有希はあたしの観察が目的よ。襲ってきたのが情報統合思念体の急進派とかなら対処するでしょうけど、 今来ているのはただの武装した人間。相手にしてくれるかどうか……」 確かにそうだ。長門自身はどう思うかわからないが、親玉はそういった人間同士の抗争を含めて観察している可能性が高い。 つまりここで武装した連中と例え銃撃戦が始まっても、それはただの観察対象扱いされるかも知れないのだ。 さらにハルヒは追い打ちをかけることを言ってきた。 「あと機関も頼れないわ。確認したけど、この館には武器の一つも置いていない。元々襲撃される可能性なんて 考えていないんだから当然よね。せいぜい逃げ回ることしかできない。その間に誰かが傷つくわ」 「だが、逃げ回っている間に機関の本部とかに連絡して援軍を寄越してもらえばいいだろ。そうすりゃ、反撃だって出来るし、 救出もしてくれるはずだ」 「忘れたの? 機関はその存在をあたしに知られるわけにはいかないのよ? 一緒に逃げ回りながら、どうやって その正体を隠すつもりよ。あたしがすっとぼけることはできても、今度は不自然すぎて逆に怪しまれることになるわ」 ええい、そうだった。機関にとってハルヒにその存在を知られるわけにはいかないのだ。例えここで武器を持っていて、 上陸してくる連中を撃退できたとして、当然ハルヒもその光景を見るわけだからどうやっても言い訳のしようがなくなる。 言い訳ができても、ハルヒがそれを飲んだらそれはそれでおかしな話になる。完全な八方塞がりだ。 後は未来人に託するしかないが……それもどうだろうか。やれるならとっくにやっているんじゃないか? ん、ちょっと待てよ? 「みくるちゃんの――ええと、でっかいみくるちゃんだっけ?が言っていたやつってこのことじゃないの?」 俺の心を読んだかのように、ハルヒが先に言ってしまった。 朝比奈さん(大)は起こればすぐにわかると言っていた。これ以上わかりやすい危機的状況なんてそうそう無いだろう。 そうなると、このことに未来人は関与しない。理由は知らんが、解決できるのは俺とハルヒだけと朝比奈さん(大)が 言ったんだから間違いない。 ならば現状でできることはなんだ? 俺の脳細胞をフル活用した結論は―― 「つまり、この別荘の中にいる人間――それも宇宙人・未来人・超能力者に気がつかれることなく、襲ってきた連中を 俺とハルヒで全部撃退し、あまつさえ襲撃者から撃退された理由に関わる記憶を削除すればいいってことか?」 「そうよ。それしか破綻を回避する方法はないわ」 あっけらかんと答えるハルヒだが、無茶苦茶だろ。確かに超能力者オンリーの世界では、ハルヒは襲ってきた機関主流派の 特殊部隊を全部撃退した実績があるから可能かも知れん。だが、今回はこの別荘内の人間に知られない・相手の記憶を改竄するという 二つの要素が加わる。いくらハルヒが凄い奴とは言っても、こんなことは長門や朝倉レベルじゃなければできっこない。 知られないという点だけでも、一発でも発砲されれば銃声音が別荘内に響き渡り騒ぎになるはずだ。その時点で失敗である。 朝比奈さん(大)。いくら俺たち次第だからと言われても、これは難易度が高すぎます。しかし、これを突破しなければ、 ここでこの世界は最悪リセットにせざるを得なくなるかも知れない。数ヶ月かけて積み重ねたものがぶっ壊されるのは最悪だ。 「無茶でも何でもやるしかないのよ……!」 ハルヒの言葉には怒気がこもっていた。さっきまで幸せ満喫状態だったのを、突然の乱入者によって テーブルをひっくり返されそうになっているんだから――いや、もうひっくり返されたんだから、怒って当たり前だ。 だが、どうすりゃいいんだ? とてもじゃないが有効策なんて思いつかないぞ。 と、ここでハルヒは俺の方に振り向き、 「あたしは外に出る。部屋には念のため自分のダミーを置いておくわ。ベッドで寝かせておくから見た目には わからないはずよ。鍵もかけてあるし。そして、あんたにはやって欲しいことがある……」 ハルヒからの頼み。それはとんでもないことだった。 ◇◇◇◇ 俺はハルヒを見届けた後、長門の部屋をノックしていた。時間的に見て、もう敵は上陸したころだろう。 今頃こっちに向かう準備を進めているに違いない。時期にハルヒが撃退行動が始まる。俺に与えられた使命の タイムリミットはそこまでだ。 ほどなくして、 「誰?」 「俺だ。すまんが、緊急の用事なんだ。部屋に入れてくれないか?」 そう答えると、ゆっくりと部屋の扉が開かれていく。中には寝間着に着替えた長門の姿があった。 俺はそそくさと中に入り、扉を閉める。さて、ここからが勝負だ。 「何か用?」 長門はいつもの液体ヘリウムのような瞳でこっちを見ている。俺はその前に立ち、 「頼みがある。お前にしか頼めない重要なことなんだ。聞いてくれるか?」 「内容を」 俺は一旦言葉を再整理してから、 「この別荘を5時間だけ外部とは完全に隔離して欲しい。外で何が起きても中からではわからないようにだ。できるか?」 「可能。しかし、理由が不明」 やっぱり聞くよな、理由は。だが、はっきり言おう。俺には適切な言い訳が思いつかなかった。むしろ、取り繕えば繕うほど 矛盾や穴が広がり訳がわからなくなる。そんなことをするぐらいなら、いっそのこと―― 「理由は……聞かないで欲しい」 「なぜ」 「言えないからだ。どうしても」 我ながら無茶を言っていると思う。相手にお願いしておいて理由は聞くな。自分が言われたら絶対に納得しないだろう。 だが、それしか方法がないんだ。この最悪な状況を乗り越えるには、ハルヒが撃退し、長門が自分とその他の耳を完全に閉じる。 ハルヒは5時間以内――つまり夜明けまでに全て片づけると言っていた。それで万事解決する。 俺は長門の肩をつかみ、 「お願いだ。無理を言っているのは百も承知だし、お前がこれで怒るっていうのなら怒ってくれてもいい。 こんなことは今回限りにするつもりだ」 「しかし……」 「最終的に決めるのは長門だから判断は任せる。俺は頼むことしかできないんだから。他の誰でもない、お前自身が判断してくれ。 イエスでもノーでも俺はそれを受け入れる」 「…………」 長門は何も答えない。ダメか、やっぱり無謀だったか…… ふと長門が俺に一歩近づいてきた。そして、言った。 「答えられる範囲で良いから教えて。それはなぜ?」 その質問に、俺は自分でも信じられないくらいに自然と口から出た。 「……俺たちの今を守るためだ」 長門はその答えに、少しだけ発散させている感情のオーラを変化させたのを感じた。 今を守る。SOS団を守る。俺の世界でもこの世界でも、俺はそれを守りたい。それはどこまでも純粋で心の底からの願いだ。 ………… ………… ………… しばらく続いた沈黙の後、長門はゆっくりと歩き部屋の隅にある椅子に座った。 そして、ぽつりと言う。 「わかった。情報統合思念体への申請は適切にわたしの方で調整する」 その言葉を聞いたとたんに、俺は大きく飛び跳ねそうになってしまった。スマン長門、本当に恩に着る。 この埋め合わせはいつか必ずするからな。 ふと、俺は思いつき、 「この別荘を外部から隔離するまで30秒時間をくれ。俺が外に出れなくなっちまうからな」 「わかった。30秒後にここを隔離する」 長門の言葉を聞いた後、俺は別荘の外へと飛び出した。 俺が別荘から飛び出し、富士山8合目の登山コースのような道を駆け下りる。 程なくして、孤島の海岸側で発砲音が鳴り響き始めた。最初は散発的だったが、やがて乱射するような激しいものへと変わっていく。 俺は半分ぐらいまで下り坂を下りると、適当な岩陰に身を潜めて戦闘が始まっている海岸の方の様子をうかがった。 満月までは行かないものの、ほどほどに大きい月の明かりが上陸してきた連中が動き回っているのがわかる。 あの調子だとハルヒは別荘が外部から遮断されたことを把握しているのだろう。そうなるともう俺はここで様子を見るしかない。 ふと思う。あれだけ派手なドンパチが始まっていて、現代レベルの機関はさておき、よく情報統合思念体や未来人は気がつかないな。 情報統合思念体の方は長門が何か細工してくれているからかも知れないが、やはり未来人が手を付けない理由がわからない。 時間遡行でも何でもして対処すればいいだけの話だろうに。この時が分岐点になるほどの重要な場所だとわかっているなら、 ここに飛んできて何が起こったのか確認しつつ、対応策を講じれば―― ここで俺ははっと気がついた。朝比奈さん(大)はハルヒが力を自覚していることは知らない。つまり彼女の言う既定事項には ハルヒの能力自覚バレはどこにも存在していないことになる。そうなると、今俺の目の前で起きていることを 未来人たちは知ってはならない。つまり、ここで何が起きているのか知らないままでいることが、既定事項なのだ。 俺はずっと既定事項はこなす=何かをすると捉えていたが、逆にあえて何もしない、知らないというもの十分にあり得る。 謎は謎のままに。知らなくても良いことがある。この孤島の一件はそういうことで処理されているのだろう。 俺はそんなことを考えながら、じっと続く激戦を見守っていた。 数時間が経過した頃だろうか、銃声音はすっかり収まり波の音だけ聞こえる静寂に辺りが支配されていた。 ほどなくして一つの人影がこっちに登ってくるのが見える。最初はわからなかったが、近づいて来るに連れ、 その姿が鮮明になりハルヒであることがわかった。かなり疲労しているのかふらついた足で歩いている。 俺はそれを見て飛び出す。 「大丈夫か、おい!」 「……さすがに疲れたわね……」 そうハルヒはつぶやくと、俺の胸に身体を預けるように倒れ込んだ。見たところ、服が汚れはしているものの、 どこにも怪我はなさそうだ。今まで散々くぐってきた修羅場は伊達じゃないってことか。 「……ちゃんと……有希は説得……できたんでしょうね……」 「ああ、そっちは大丈夫だ。あいつが嘘をつくわけがないからな。きっと上手くやってくれているよ」 「そうよかった……」 それを確認して安心したのか、ハルヒは膝から崩れ落ちそうになった。あわてて俺はそれをキャッチし、抱きかかえてやる。 相当の疲労があるのだろうな。 「とりあえず寝て良いぞ。後は俺が責任を持ってお前の部屋まで連れて行くから。ああ、そうだ。部屋に置いてあるダミーとやらは どうすればいいのかだけ教えてくれ」 「あたしが部屋に入れば勝手に消えるようにしているから大丈夫よ……」 もうハルヒは半分眠りに入ろうとしていた。 ふと、ハルヒは目を少し大きく開けて、 「みんなはあたしが守る……SOS団はあたしが……守る……だからずっと一緒……」 そう言い終えると、ハルヒは落ちるように目を閉じて眠り始めた。 その時のハルヒは――なんだろう。どういうわけだか、とても孤独に見えた。なぜだかわからないが。 ◇◇◇◇ 翌日の朝。俺は別荘の隔離が解除された後にこっそりとハルヒを部屋に戻し、俺も自室に戻っていた。 正直、徹夜になってしまったためかなり眠いんだが、ベッドに篭もるわけにもいかない。俺の役目はまだ残っているからな。 ぼちぼち始まる騒ぎをそれとなく収拾しておくというものが。 朝日が水平線から完全に上がった辺りで、俺の部屋に来客がやってきた。寝起きのふりをしつつ、ドアを開けると 厳しい顔をした古泉の姿があった。 「すいませんが、少々ご同行願えますか?」 俺が連れられていったのは、孤島の海岸だった。そこには昨日のハルヒの激闘で全員ノックアウトされた武装した人間の山が 築かれている。これだけ見ると異様な光景だな。見たところ、全員気を失っているだけで死んではいなさそうだが。 「昨日の夜、何かあった憶えはありますか?」 「いや、少なくともこんな連中と戦った憶えはねえよ。というか、こいつら一体何者だ」 古泉の問いかけに、俺は本当のことだけを伝える。実際に俺は戦っていないし、こいつらが何者かも知らないしな。 俺たちの脇では森さん・新川さん・多丸兄弟がロープを使って武装兵たちを一人ずつ縛り上げていた。 目でも覚まされたら面倒だから予防措置だろう。 古泉は俺から投げ返された質問に対して、 「機関の人間ではありません。恐らく外部の涼宮さんを狙った組織のもの――あるいはその傭兵かも知れませんね。 この件については完全に機関側の失態です。これだけの規模で活動できる敵対組織を見逃していたんですから。 ここで襲撃される可能性は全く想定していなかったため、一歩間違えれば大惨事の恐れもあった。謝罪します、すみません」 「……よくわからんが、こんな物騒な連中を取り締まれるならよろしく頼むぜ。次はこうはいかないかも知れないからな」 「ええ、先ほど機関に連絡してこの者たちをヘリで回収する手はずになっています。最終的には大元の組織までたどり着けるでしょう。 機関としましては二度とこのような暴挙が出来ないように厳正な対処を実施することをお約束します」 古泉は真剣な表情を崩さない。何だか血なまぐさい話になってきそうだから、これ以上は聞かないでおこう。 人間知らない方がいいことはたくさんあるからな。 「しかし、一体ここで何があったのでしょうか? 長門さんに聞いたところ、このようなものについては全く知らないと 言っていましたし、涼宮さんと朝比奈さんはぐっすり眠っています。何かやったとはとても思えません。 ですが、確実に言えることはこの者たちを倒した存在がいるということです」 「…………」 俺はしばらく黙ったまま森さんたちの拘束作業を見ていたが、 「ハルヒが寝ていたのは確認したんだな?」 「ええ。失礼ながら合い鍵で中を確認させてもらいましたが、幸せそうな笑顔で眠っていましたよ」 「閉鎖空間とかは発生していないのか?」 「それもしていません」 それだけつじつま合わせのように古泉への確認し終えると、 「あくまでも俺の推測になるが、こういうのはどうだ? やったのはハルヒだったという話だが」 「……詳しく聞かせて欲しいですね」 俺は一旦深呼吸し、昨日眠らずに自室でずっと練習していた内容を話し始める。 「ハルヒはこの三日間バカみたいに楽しんでいたわけだ。で、昨日の夜も同じように幸せな気分のまま眠りについた。 ところがどっこいそれをぶちこわすかのような連中が突然やって来た。ハルヒは恐ろしく勘の鋭い奴だからな、 眠ったままでもそいつらに気がついた。しかし、あくまでも夢の中にいたままだったから、そこでこいつらをボコボコにした。 一方でお前たちの言うハルヒの神パワーの影響で現実のこいつらが同時にボコボコにされた。こんなのならどうだ?」 俺の妄想100%の話に、古泉はしばらく目を丸くしていたが、やがてくくっと苦笑すると、 「なるほど。完全に推測だけの話ですが、涼宮さんの力とあの鋭い勘が組み合わせれば確かにあり得ないとは言い切れませんね。 実際にこの島で現在これだけの戦力を撃退できる力を持っているのは長門さんを除けば、涼宮さんだけですから。 まあ、あとは機関に拘束後じっくりと真相についてこの者たちから聞き出すことにしますよ」 古泉には悪いが、ハルヒはこいつらから当時の記憶を一切合切削除しているから、何も聞き出せないぞ。ま、後の処置は任せるが。 そんな話をしている間に、恐らく機関が手配したものだろう数機のヘリコプターが水平線の向こうから飛んでくるのが見えた。 その日の昼、ようやく目を覚ましたハルヒとともに孤島を後にした。 フェリーで帰路の途中、ハルヒが俺の話の補強をしてくれるように、夢の中で悪の組織をギッタギッタにしたという話を 延々と朝比奈さんと古泉に語る中、俺はすっと長門のそばにより、 「昨日の夜はありがとうな」 「お礼ならいい。現状維持で涼宮ハルヒの観測を続けるのがわたしの仕事」 長門の言葉に、どうやら問題は発生していなさそうだとほっと安堵した。情報統合思念体へのごまかし工作はうまくいったようだ。 朝比奈さん(大)。どうやら一つはクリアしましたよ。 あとは、残る一つ――恐らく冬のあの事件か。それも何とかしてやるさ、必ずな。 ――だがこの一件はちょっとした尾を引いていたようだ。 ◇◇◇◇ 孤島から帰った後、俺たちSOS団は毎日とまで行かないが、ちょくちょく顔を合わせていた。やることと言えば、 セミ取りとか鶴屋山登りとか孤島への旅行ほどのものではなく、日帰りツアー程度だったが。 しかし、お盆周辺には俺は家族で実家に帰るので、数日間の空白が発生した。 んで、昨日帰ってきたばかりなわけで、俺はガンガンにクーラーを効かせた部屋で甲子園をぼーっと見ていた。 ハルヒに帰ってきたぐらいの連絡をしておこうかと思ったが、まあほっといてもあいつなら勘づいて呼び出しのコールを してくるだろ。できるなら、今日は帰省帰り疲れを取ることに専念したいところだ。 が、やっぱりハルヒはそんなに甘くない。スターリングラードで的確にドイツ軍の急所を狙ったソ連軍スナイパーのごとく、 突然俺の携帯電話が鳴り響いた。やれやれ、言ったそばからとか噂をすれば影とはよく言ったものだ。 『何よ、家に戻ったのならちゃんと連絡しなさいよね』 「ああすまん。昨日帰ったばかりだったから忘れていたんだよ」 『まあいいわ。あんたも帰ってきたからSOS団の活動を再開するわよ。そんわけで午後二時ジャストに駅前に集合ね。 自転車持参でお金も持ってくること。オーバー♪』 そう一方的すぎる電話内容で終わる。全く本当に思い立ったが吉日という言葉がお似合いの奴だ。 ……ん? 何か……違和感が…… 俺は微妙な引っかかりを頭に抱えたまま、とりあえず迫る集合時間に合わせて、俺は出かける準備を始めた。 その日は集合後に市民プールへと足を運んだ。 やったことと言えば、自転車違法三人乗りで俺の身体が悲鳴を上げたり、人で溢れかえったプールで競争したり、 朝比奈さんの超極上サンドイッチをほおばらしてもらったりと、まあそれなりに充実させてもらった。 しかし、残り少ない夏休みを完全に骨までしゃぶり尽くす気満々のハルヒはそれで収まるわけがない。 集合した喫茶店でハルヒが突きつけてきたA4ノートの紙切れには、 『夏休み中にしなきゃならないこと』 ・夏期合宿(×) ・プール(×) ・盆踊り ・花火大会 ・バイト ・天体観測 ・バッティング練習 ・昆虫採集(△ セミ取りだけだから) ・肝試し ・他随時募集 ……なんか似たようなのをウチの団長様も言っていたな。考えることはやっぱり一緒か。 残り二週間でこれを全部こなすつもりかよ。中々ハードスケジュールだぞ。俺の夏休みの課題も終わっていないというのに。 そういや俺の世界ではこの二週間を15498回繰り返したんだっけ。当時は長門に聞かされて仰天したもんだ。 一方で、ここにいるハルヒがそんなことをするわけがないので安心してこれらのイベントに没頭できる。 力を自覚している以上、そんなことをしでかす理由がない。古泉が妙な素振りを見せないのが良い証拠だ―― ふと、俺はハルヒが夏休みの過ごし方を延々と演説している中、気がついた。長門の様子がどことなくおかしい気がする。 前回のように文芸部ですっかり人間らしくなった長門に比べると、まだまだ無表情インターフェース状態だったが、 それでも発している感情オーラが徐々に異なってきていることには気がついていた。 その長門の様子がどうもおかしい。俺にはそう思える。 今後の夏休みの予定を確認し終えて、今日は解散と全員がばらばらに帰路につくときに聞いてみることにした。 「おい長門」 「…………」 俺の呼びかけに、無言で振り返る長門。俺はどういって良いのか少し考えてから、 「いや……特に何でもないんだが、最近はどうだ? 元気か?」 「元気。問題ない」 長門は少しだけ頷いて答えた。しかし、やはりその表情は何かいつもと違う――俺が里帰りに行く前に会ったときとは 大きく異なっているように感じた。何というか……うんざりしているように見受けられる。 この時、俺ははっと思い出した。15498回繰り返したあの夏の日、当時も俺は長門に同様のことを感じていた。 そうなると今もひょっとしてループしているのか? そんなバカな。ハルヒが意図的にそんなことをやって何の意味があるんだ。 聞いたところで何いってんのバカ、と一蹴されて終わるだけだろう。 「そうか。ならいいんだ」 そう告げると、長門は帰宅への足を再開させていった。 俺は何となく――ハルヒを信用していないわけではなかったが、何となくすでに姿を消していた古泉に携帯をつなげてみる。 『あなたからの電話とは珍しいですね。何でしょうか。何ならさっきの喫茶店まで戻りますよ』 「いや電話で構わん。一つ聞きたいことがある」 『なんでしょうか』 「今日のプールでの出来事だが、何というか既視感みたいなものを感じなかったか? 以前に同じようなことをしたようなって」 ……古泉は恐らく考えているのだろう、しばしの沈黙を続けた後、 『いえ全くありません。僕の頭では子供の頃にプールではしゃいで遊んだ懐かしい記憶が蘇る程度です。 もちろん、時間も場所も何もかも違うので既視感には当たりません』 「……そうか」 あのエンドレスサマーでは、俺と同時に古泉や朝比奈さんも異変を察知していた。万一、それと同じ事態が今も起きているのなら、 とっくに勘づいているはずだろう。 古泉は俺の様子がおかしいのを悟ったのか、 『何か不安ごとや異変があるのでしょうか? そうであるなら、いつでも相談に乗りますよ』 「いやいい。何でもない――ただ遊びすぎて少々疲れが出ているだけみたいだ」 俺はそこでありがとなと電話を切る。大丈夫だ。ループなんて起きていない、ハルヒが起こすわけがない…… だが、頭の中に引っかかるものはなんだ? なんなんだ。 それからの二週間は怒濤の勢い出過ぎていった。 浴衣を買って。 盆踊りに行って。 縁日で遊んで。 花火をぶっ放しまくって。 昆虫採集でセミやその他諸々をキャッチアンドリリースして。 スーパーで着ぐるみバイトに専念して。 長門のマンションの屋上で天体観測をして。 バッティングセンターで来年の野球大会優勝を目指して練習に励んで。 花火大会へ行きハルヒが大はしゃぎして。 ハゼ釣り大会にも参加して―― まさに充実した毎日だった。思わず夏休みの課題なんかどこかにすっ飛んだほどだ。 とはいえ、二学期早々課題の白紙提出なんていうマネをしでかしたら、せっかくの夏休みの充実気分が、エベレストからマリアナ海溝最深部の さらに海底クレバスまで一気に落ちる気分が味わえること確定なので、ハルヒの予定表に俺の課題という項目を追加しておいた。 結果、夏休みの終了二日前は長門の家で、課題完了ツアーに突入した。本来なら自分の家でやりたかったが、妹がミヨキチを連れて 遊ぶということだったので、追い出されてしまったのだ。 そんなこんなで白紙の俺の課題が終わるのはすっかり夜が更けた頃になっていた。 「はーい完了!」 「終わったぁぁぁぁ!」 俺はハルヒの言葉とともに万歳ポーズを取ってしまう。全く人生最大の困難な日だったぜ。 SOS団のみなが拍手で俺を歓迎してくれる。ありがとうみんな……助かった、本当に恩に着る。 ――って、何を感傷に浸っているんだ俺は。それどころではないというのに。 この二週間、俺は散々あの既視感に悩まされ続けた。しかし、それは俺だけで朝比奈さんも古泉も全くそんな素振りは見せていない。 一方で長門は微妙にうんざりした雰囲気を放出していた。最初はただの気のせいかと思っていたが、今では俺にはどうしても何かが 起こっているとしか思えなくなっている。よくよく考えてみれば、俺の世界に捕らわれすぎていてハルヒのエンドレスサマーしか 思いつかなかったが、実は別の宇宙人の仕業とかそういう可能性も十分にあるんだ。ハルヒすら気がつかずに それが密かに続けられていたのなら、かなりまずいことになる。 そんなわけでハルヒがSOS団夏休み活動終了を宣言し解散となった後、俺は長門の部屋に密かにお邪魔することにした。 ハルヒに相談することも考えたが、相手が未知の宇宙人だったら長門の方が事態を把握しているだろうからな。 「よう、すまんがちょっといいか?」 『……入って』 長門は待ちかまえていたように、俺を自室へと導く。相変わらず何もない殺風景な部屋の中心に俺と長門は座って対峙した。 さてどう切りかけるか。 俺は正座したまま微動だにしない長門に視線を合わせ、 「単刀直入に聞くぞ。今おかしなことが起きている。これでいいんだな?」 「そう」 「ならそれは何だ? やっぱ――いや、ひょっとして夏休みが終わらずに延々と続いている状態か?」 「…………」 この問いかけに長門はただ無言でこくりと頷いた。そして続けて、 「現在、この限定された時間領域は隔離状態に置かれている。日数は8月17日から31日まで。31日が終了した時点で 時間軸上に存在している全てが17日時点の状態に戻される」 「つまりハルヒや朝比奈さん、古泉は31日が終わった時点で完全にリセット状態になって、 そうなっていることに気がついていないってことか? だが、何で俺とお前だけはそれに気がついたんだ?」 「わたしは涼宮ハルヒの観測に必要なため、そのループ状態に巻き込まれないように対処している。 あなたが微弱ながらなぜ繰り返されていることについての記憶の残滓があるのかは不明。解析不能な事象。ただ――」 長門は一拍置いて、透き通った視線で俺の瞳の奥まで見通し、 「涼宮ハルヒがあなたに何かを訴えかけている可能性が推測できる」 なるほどね。ハルヒが――ってちょっと待て! これをやらかしているのはハルヒだって言うのか? 長門はこくりと頷いて答えた。 バカな。そんなわけがない。ウチの団長様だったら登校拒否みたいな理由でやらかす可能性は大いにあるが、 散々言ったがここにいるハルヒがそれをする意味がどこにあるというのだ。逆に自分の能力自覚がばれる可能性があがるだけだぞ。 思わずそう反論したくなるが、できなかった。ハルヒが自覚していないという前提で話している以上、 ここで俺はそれもありうるかと反応すべきなんだからな。ええい、鬱陶しいことこの上ない。 しかし、逆に犯人がハルヒなら対処方法は簡単だ。直接言って止めさせればいいからな。それでそんなふざけたループ状態も終わりだ。 と、ここで長門が口を開き、 「ループは現在9913回続いている。そのパターンは決して一定ではないが、たった一つだけ全て共通している部分がある。 それはわたしの確認した限り涼宮ハルヒは必ず31日が終わる直前に文芸部室にいるということ」 文芸部室だと? あいつ夏休みの終わる前に何でそんなところにいるんだ? しかし、今回も9913回もやっていたのかよ。そりゃ俺の頭のどこかに繰り返した分の記憶のカスが残っていてもおかしくないな。 でも、どうして朝比奈さんや古泉は気がつかないんだ。俺の世界の時以上に完全な記憶抹消を受けているんだろうか。 長門はさらに続けて、 「この状況になってあなたがわたしに相談を持ちかけたのは初めて。そして、31日終了直前にあなたが涼宮ハルヒとともにいる パターンは一度も存在していない。ならば、それがループ解消の鍵となる可能性がある」 つまり明日の夜、俺に部室へ行けってことか。ハルヒが意味もなく、そこにいるとは思えない。恐らくそこで起きる何かが 原因となってループとなっているのだろう。ひょっとしたらハルヒ自身もループしていることに気がついていないかもしれないが。 とりあえず、やるべきことはわかった。エンドレスサマー再びの決着はそこでつけることにしよう。 「ありがとな、長門。あとはどうやら俺の仕事みたいだから何とかするよ」 そう言いながら俺は立ち去ろうとして―― 「待って」 突然長門から呼び止められる。まだ何かあるのか? 俺は振り返り、 「何だ?」 「聞きたいことがある」 長門の発している雰囲気はいつもとはまた異なったものだった。 続ける。 「涼宮ハルヒは時折わたしに対して解析不能な感情を見せてくるときがある。ただじっと見ているだけだが、 その行為はわたしに何かを訴えかけているように思えた。それがなんなのか、あなたがわかるなら教えて欲しい。 それはわたしに酷くエラーを発生させるものだから、早い段階での解消が必要と判断している」 その言葉に、俺はすぐにそれがなんなのかわかった。 すっと長門の前にしゃがみ、 「それはな、長門がどこかにいっちまったり消えたりしないかって不安になっているんだよ。お前だけじゃないさ。 きっと朝比奈さんや古泉にもそれは向けられている。誰一人として失いたくない。それがあいつの本心からの願いだ。 それは俺も同じだけどな」 「わたしにここにいて欲しい……」 長門は復唱するようにつぶやく。 ああそうだ。前回の世界みたいに、自分で歩むと決めた結果、結局離ればなれなんて最悪だからな。 俺は長門の肩をつかむと、 「9000回以上も同じループを体験させられて辛いのはわかっている。でも一人でそれを抱える必要なんて無いぞ。 役目とかそんなことはどうでもいい、いつだって俺とハルヒはお前の相談に乗るからな。だから、ハルヒのそばにいてやってくれ。 今はそれ以上は望んでいないから」 その俺の言葉に、長門はいつも以上に大きく頷いた。 ◇◇◇◇ 夏休み最終日の夜、俺は旧館の文芸部室へとやってきた。入り口の鍵は開けっ放しになっていることから、 すでにハルヒがこっそりと侵入しているみたいだった。 「よう」 部室に入ると私服姿のハルヒがだらんと団長席に突っ伏していたが、俺の姿を見るやぎょっとして立ち上がり、 「キョン!? 何であんたここに!?」 「……原因はお前が一番わかっているんじゃないか?」 俺の言葉に、ハルヒはしばらく呆然としていた。 ほどなくして額に手を当てて、ため息を吐き、 「そっか……やっぱりあたしが繰り返していたのね。夏休み」 そう脱力するように部室の壁に背を付けた。やっぱり自分でも気がついていなかったのか? 俺はハルヒの前まで行き、 「事情はよくわからんが、まずいのは確かだ。何でこんなことをやっているのか、お前自身がわからないと解決のしようがねえ。 不安なことでもあるのか?」 「……理由なんてとっくにわかっているわよ」 あっさりとハルヒは言った。なに? どういうことだ。 ハルヒは続ける。 「この二週間は凄く楽しかった、何にも考えることなく、ただ遊びに夢中になれた。こんな状況がいつまでも続けばいいって……」 「それでループさせていたのか。この二週間を」 「良いことだとは思っていないわ。でも……ダメなのよ! どうしても自分で自分が拒否できないの!」 次第にテンションが上がってきたのか、ハルヒの口調が強くなっていく。 俺はそれをただ黙って聞いていることしかできない。全くこんな時に気を利かせられない俺自身に憂鬱だ。 「ずっと前から、あたしはみんなと完全に一緒になれないって思っていた。孤島の時も、結局あたしだけがみんなとは違う場所で 戦っていて、まるで有希やみくるちゃん、古泉くんとの間に分厚い壁があるみたいに感じた。あたしだけが違うのよ! こうやって能力を自覚しているってことを隠し続ける間はどうしてもみんなが遠く感じられる。あたしが必死に近づいても、 ちょっとああいう孤島の事件みたいなのが起これば、一気に距離が遠くなる気がしてたまらない!」 あの時感じたハルヒの孤独。そうか、みんなと遊んでいればいいと思いつつも、隠さなければならないことが多すぎて どこか距離感を感じてしまう。当然のことだろう。俺だって、あいつらと触れるたびに微妙な距離感を保つ必要に 迫られ続けているからな。 「このままだとずっと一緒になれない……でも、この二週間は大きな問題とか発生しなくて、また距離を縮められた気がする。 でも、時間が経てばまた変な問題が発生して遠くなっちゃう。それにあんたの言っていた冬の日の事件もその内起こるかも知れない。 そうなれば最悪リセットするしかなくなる恐れもある。そんなの嫌よ……あたしはみんなのそばにいたい。 だから、いっそのこと夏休みが終わらなければずっと近いままでいられるって、そう思わず考えちゃって……」 ハルヒは今にも泣き出しそうになりながらしゃくり上げていた。 ずっとそばにいたい。それだけの理由。だがそれ以上の理由もないだろう。ハルヒが強く望んでいることだからな。 俺は思わずハルヒを抱きしめてしまった。あまりにかわいそうで見ていられなくなったからだ。自覚しているからこその孤独感。 それがどれほどのものなのか、俺には想像すらつかないだろう。 そして、言ってやる。俺の今言える全てを。 「安心しろ。お前がそんな孤独を感じなくなるまでずっと一緒に居てやる。そして、ばれても問題ないようにするんだ。 そうすりゃこれ以上お前が隠す必要なんて無くなる。ここで足踏みしていたって同じことだろ? 一緒に先に進もうぜ。 きっと良い未来が待っているさ。それが無いなら作ればいい。俺の世界のお前はそう言っていたぞ」 俺の言葉に安堵感が生まれたのだろうか。直接触れたハルヒの身体から伝わる心臓の鼓動が少しずつ大人しくなっていく。 ふと思う。考えてみれば、気がついていないだけで俺の世界のハルヒも同じように孤独なんだよな。宇宙人・未来人・超能力者が すぐそばにいるのにそれを知ることもなく、そして周囲で起きる事件に気がつくこともなく、ただ中心に居続けているだけ。 それを自覚していないからあの暴走ぶりなんだろうけど、知ったらどんな顔をするんだろうか。ひょっとしたら、 今抱きしめているハルヒと同じ反応をするのかも知れない。 ハルヒが小声でつぶやいた。 「……あんたの世界のあたしがうらやましい。何も知らずにただみんなと一緒に遊んでいられるんだから……」 翌日、世界は通常運行に戻り9月1日の朝を迎えていた。どうやらハルヒによるループは停止したようだ。 昨日の帰りがけにもう大丈夫と言っていたしな。 あの孤島の事件から引っ張ってきた問題は一旦終息か。ひょっとしたら朝比奈さん(大)の大きな分岐点の一つは 孤島から始まって終わらない夏まで続いていたのかも知れない。だからこそ、俺とハルヒにしか解決できないんだと。 ◇◇◇◇ 終わらない夏もようやく終わり、俺の周辺は秋への移行が急ピッチに進んでいた。街路樹の落ち葉の量が増えたとかだけではなく、 秋になると文化祭もあるからな。それの準備が始まるって言うことだ。 ハルヒの提案で文化祭の出し物として映画撮影をした。 文化祭当日は軽音楽部に混ざったハルヒが熱唱した。 コンピ研との対決は因縁がなかったので起きなかったが、パソコンがらみで相談を受けた際のきっかけで長門が それに興味を持つようになった。 ――そして、秋も終わりついに冬を迎える。最大の正念場になるであろう、その時が近づいてきていた。 ◇◇◇◇ 「クリスマスイブに予定ある人いる?」 期末テストも終わり、その凄惨な出来の前にひたすらダウナーな俺だったが、そんなこともお構いなしに、 ハルヒはSOS団活動を引っ張り続けていた。秋にはいろいろやらかしたが、冬――特に12月は師走とか言われるぐらいだ。 こいつもダッシュモードでやりたいことをやっていくつもりらしい。 そんなわけで12月の一大イベントクリスマスにハルヒが目を付けないわけがない。 ハルヒはいないわよね?と言いたげな視線で団員たちを見渡す。全くクリスマスパーティをするから、ハイかイエスで答えろと 言われている気分だぜ。裏をかいてウィとか言ってやろうか。 「不幸と言えばいいのでしょうか、その日の予定はぽっかりと空いています」 「あ、あたしも特に何もないです」 「ない」 古泉・朝比奈さん・長門の順で答えていく。 その答えにハルヒはうむと満足げに頷くと、 「クリスマスと言えばお祭り! つまりパーティーよ! やらない手はない。みんなで部室で鍋パーティをやるわ! もちろん、部室の中はクリスマス仕様でね」 そう言ってハルヒは自分の脇に置いてあった紙袋から、クリスマス定番グッズを机の上に並べ始めた。 ついでにじゃじゃじゃーんとか言って、朝比奈さん用サンタコスプレまで取り出す。 「当日はみくるちゃんにもこれを来てもらって、クリスマス一色で行くわよ。覚悟していなさい、サンタクロース! 世界の果てからでもあたしたちが見えるぐらいにド派手にしてやるんだからね!」 何というかもう無茶苦茶だ。そもそもサンタクロースが信仰心ゼロの人間たちのどんちゃん騒ぎを見かけても、 苦笑するだけじゃないのか? ああ、あと本当にいたとしてもここに飛んでくる前に、我が国の防空網に引っかかって 撃墜されるのがオチだな。そういや、NORAD辺りはアメリカンジョークで本当に探知作業をやっていたりするんだっけ。 「そんな夢を放棄した発言は慎みなさい、キョン。本当に夢のない人間ね」 んなこと言われても、宇宙人~とかいろいろなものがいる状態で、今更サンタクロースなんて現れても驚かねえよ。 むしろ、お勤めご苦労様ですとかいって敬礼しちまいそうだ。 そんなわけでハルヒは一通りの予定を説明し始めた。 俺はそれを右耳から左耳へと垂れ流しつつ、長門に視線を向ける。相変わらず話を聞いているのかいないのかわからんペースで 読書に励んでいた。今日は12月16日。俺の世界と同じなら明後日の早朝に長門は世界改変を実行することになる。 もちろん、同じタイミングで起きるとは限らないし、エンドレスサマーが4割引で終わらせたから、もっと後になるかも知れん。 いっそ起きないでいてくれるとありがたいんだが、長門に自己表現を止めろと言うのも傲慢な話だ。 ほどなくしてハルヒの説明が終わり、各自当日まで用意すべきものの一覧を渡されると、今日のところは解散となる。 クリスマスパーティか。あのハルヒ特製鍋は中々楽しみではあるな。 ほどなくして、今日はセーラ服のままだった朝比奈さんと古泉が部室から出て行った。それに続いて長門も出ていこうとするが、 「待って有希」 呼び止めたのはハルヒだった。長門は鞄を抱えたまま振り返り、首をかしげる。 ハルヒは長門の前に立つと、肩をつかんで、 「クリスマスパーティ」 「…………」 「ちゃんと参加するわよね?」 そう確認を促すように問いかけた。長門は少し首を傾けてから、 「問題ない。参加する」 「……そう」 ハルヒはそう確認を取ると、肩から手を離した。その手はどこか惜しむような手つきだった。 長門はまたすぐに出口に向かって歩き出す――が、途中で立ち止まり、 「仮の話」 そうこちらに背を向けたまま言った。そして、続ける。 「万一、わたしがいなくなったらいつでも呼んで。そうすれば必ずあなた達の元にわたしは現れる。それがわたしという個体の意思」 長門はそれだけ言うと部室から出て行ってしまった。 ハルヒはそんな長門に肩を振わせて、 「有希はやるわ。必ずあんたに教えてもらった世界改変をする。あたしの勘がそう言っているわ」 「……そうか」 やっぱり来るか。あの冬の事件が。 情報統合思念体はどうするのだろう。俺の世界と同じように放置するのか、それとも前回の世界のように長門を抹消するのか。 朝比奈さん(大)は俺とハルヒ次第と言っていたが、ただ待つことしかできない…… 「ん……?」 ハルヒは少し違和感を憶えたように頭を撫でる。 「どうした?」 「いや……何でもない。違和感がちょっと……ね。気のせいよ」 ◇◇◇◇ そして、翌日の夕方が終わろうとしている頃、ついにその時がやってきた。 SOS団活動の終了後、学校の帰り途中に突然ハルヒから緊急の呼び出しを受けて、帰宅を中断して目的地へと向かった。 俺の世界だと翌日早朝に世界改変発生だったが、やっぱり微妙なずれが起きて早まったらしい。 ただ、時間は違うが場所は同じだった。北高の校門前。 何でわかったかというと、ハルヒが自分の能力を使われる予兆をキャッチしたからだった。前回では気がつかれないうちに やられてしまったため、今回は警戒網を敷いていたらしい。 駆けつけたときにはすでにハルヒは物陰に隠れて準備していた。俺も同じ位置に立ち、できるだけ校門側から見えないようにする。 ほどなくすれば、長門がやってくるだろう。 「どうする?」 「どうもこうも……事前に阻止しても有希はそれすら打ち消して実行するって言っていたんでしょ? なら見ているしかできないじゃない。あとは有希自身がどう判断するかよ」 そんなことを言っている間に、すっと薄暗くなり点灯した街灯の明かりの下に長門が現れる。 「……来たわよ」 俺の心臓が高鳴る。さあどうなる。俺の世界と同じなら、俺以外が全部改変されて、最終的には脱出プログラムを使い 世界を元に戻すために奔走することになる。だが、情報統合思念体はそうなることを許すのか。 長門はしばらくそこで黒く塗りつぶされつつある校舎を見上げていたが、やがてすっと手を挙げて 空気をつかむような動作をし始めた。 それを見ながらハルヒは言う。 「前回の有希による情報統合思念体排除と今回の有希による世界改変でどうしてあたしを奴らが敵視するのかわかった気がする」 「何でなんだ?」 「……あたしの力を使えば、奴らを消し去ることが出来る。だから危険だと認識しているのよ。例えあたしにそんな意思がなくても ただその手段が存在していること自体が奴らは認められないんだわ」 「だったら、お前の自覚する・しないに関わらずお前を排除しようとするんじゃないのか?」 「バカね。自覚してない力なんて持っていないに等しいわ。無意識に使ったとしても情報統合思念体を認識していなければ、 被害を被ることはありえない。自覚しない以上は手段ですらないのよ。だからこそ、あたしは観察対象として選ばれた。 あいつらにとってはあたしの力は危険な反面、貴重なものなんでしょうね」 なるほどな。銃を銃だと認識しない限りそれを使うということ自体発生しない。しかし、銃を銃だと認識していれば、 例え撃つ気がなくても何かの拍子で使ってしまう可能性がある。その違いがハルヒに対する評価をひっくり返すのか。 長門はゆっくりと手のひらの動作を続けていた。 「有希……クリスマスパーティに参加する約束……ちゃんと守りなさいよ……!」 ハルヒは今にも飛び出したい衝動に駆られているのだろう。必死にそれに耐えるように唇をかんでいた。 だが―― 突然、激しい地鳴りが起き、辺り一面が激しく揺さぶられ始めた。なんだ!? 以前見た改変の時は 周辺に何も変化が出たようには見えなかったぞ。 「……違う。これは……情報統合思念体の排除行動よ!」 「何だって……」 ハルヒの指摘に俺は仰天の声を上げた。長門が初期化される可能性はあった。だが、それをすっ飛ばして いきなり排除行動だと? 俺の世界とも前回の世界とも違うぞ、どうなっていやがる。 ほどなくして長門が朝倉が消えたときのようにさらさらと消失していく。 「有希! ああもう一体どうなっているのよ!」 「知らねえよ!」 ええい、考えている暇はもうない。排除されるっていうならやることはリセット以外何もなくなるからだ。 せっかく――せっかくここまで来たってのにまたリセットかよ。何なんだ、俺の世界と一体何が違うんだ……! だが。 「え、あ、そんな……嘘でしょ……!?」 「どうした!? 早くリセットしろ! 躊躇している場合じゃ――」 「出来ないのよ!」 「何だって!? 何で!」 「ブロックされてる――できない、無理だわ!」 訳がわからん。なんなんだ一体! 混乱を極める中、倒壊を始めた建物の一部が俺の頭上に迫って―― ……すいません、朝比奈さん(大)。どうやら失敗したみたいです。 ここで俺の意識は一旦とぎれた。 ◇◇◇◇ ――大丈夫ですか? 僕の声が聞こえますか? 何だようるさいな。せっかく眠っていたのに、よりによって男の声で起こされるなんて最悪なシチュエーションだ…… ………… ………… ……って、そんなことを考えている場合じゃない! 俺は状況を思い出し、あわてて起き上がった。 そうだ、情報統合思念体による人類抹殺が始まって……そして、なぜかハルヒがリセットできないとか言い出して…… 「目が覚めましたか?」 すぐに俺の視界に入ってきたのは、古泉の血の気の失せた顔だった。すぐそばには涙目でこちらを不安げに見ている 朝比奈さんの姿がある。 「あ、ああ……無事だ。どうなっているんだ……っ!?」 俺は自分の言葉を言い終える前に、周囲の異常な状況に気がついた。 真っ暗闇の空間が俺を取り囲むように広がり、その中に小さな光が無数に浮かんでいた。地面か何かに座っているのかと思い足下を見るが、 屈折率が全くない透明のガラスの上に座っているかのように、下も暗闇+光の粒が広がっている。これは…… 「宇宙か……?」 すぐにいる場所を把握できた俺に拍手して欲しい。宇宙なんて来たこともなかったからな。よくわかったもんだ。 周囲に浮かんでいるのは星々だろう。見れば月も浮かんでいるじゃないか。ところで月があるならそばにあるはずの地球はどこだ? 「ないわよ。奴らに消されたわ」 ハルヒの声。俺が周囲を見渡すと、肩を落として呆然と立ちつくすハルヒの姿があった。消されたって……排除行動が実行されたのか? でも、何で朝比奈さんと古泉がいるんだ? 誰か状況を説明してくれ。 「それについては僕が」 古泉が掻い摘んで説明してくれた。ハルヒはリセットできないことを理解すると、俺と古泉、朝比奈さんを助け出し、 ぎりぎりのところで情報統合思念体の排除行動に巻き込まれないようにそれをくぐり抜けた。 その後この宇宙放浪状態になってしまった。立って歩いたり、息が出来るのはハルヒの力によるところだそうだ。 全く本当に神様みたいな奴だよ。ただ、長門だけはもうすでに消えてしまっていたため、助けられなかったそうだ。 くそっ……結局情報統合思念体は長門の世界改変を認めなかったのか。 あと、俺が気を失っている間にハルヒは朝比奈さんと古泉に全てを打ち明けたとのこと。自分の能力についてとっくに自覚していること、 今まで散々リセットを繰り返してきたこと、俺は別の世界から連れてきた異世界人だってことも。 「驚きましたね。ええ、この短い時間でセンセーショナルな事実が無数に乱発されたため、僕の頭もパニック状態です。 それに自分の故郷も全て消え去ってしまいましたから。やけを起こしたくなりますよ、本当に」 「あたしもまだ自分のことが信じられなくて……それに未来が完全に消失したのに、どうして自分が存在できているのかも わからないぐらいです。時間平面がめちゃくちゃにされているから、ちょっとした拍子で消えるかも知れません……」 古泉と朝比奈さんの言葉が交差する。 とりあえずこの際朝比奈さんたちは放っておこう。今はじっくりと話している場合じゃない。 俺は立ち上がり、ハルヒの元に駆け寄ると、 「これからどうするんだ!? 長門は消えたままだし、リセットも出来ないんじゃ……そもそもどうして出来ないんだ?」 「考えられるのは一つだけよ。奴らにあたしのやってきたことがばれた。そうとしか……」 バカ言え。どこでばれたって言うんだ。そんなミスはやらかした憶えはないぞ。 だが、ハルヒは原因を考えるよりも、まるで次にやってくる何かに備えているみたいだった。呆然としつつも、 厳しい顔つきで広がる宇宙空間を睨みつけている。 「おい、まだ起きるっていうのか?」 「……情報統合思念体の最大の目的はあたしよ。今回はごまかすこともできていない。なら奴らはあたしが まだ無事であることを把握しているはずだわ。だから――もうすぐ来る。今度こそあたしを抹消するために」 ハルヒがそう言ったときだった。俺たちの数メートル先に、すっと人影が浮かび上がり始める。あれは……長門だ! 俺は思わず長門の元に駆け寄ろうとするが、ハルヒに静止されてしまった。 「違う……もうあれは有希じゃない……あの時と同じく初期化されて……」 そのハルヒの言葉に、俺は愕然となった。やっぱり長門は前回と同じ運命をたどったのかよ。長門はただ自分の意思で 動こうとしただけだって言うのに……! ほどなくして、長門の姿完全なものとなる。だがハルヒの言うとおり、そいつからは全く感情らしいものは感じられなかった。 とても無機質で魂のない人形のような状態。会ったばかりの長門そのものだった。 そして、ゆっくりとこちらへと歩き、口を開いた。 「涼宮ハルヒ。当該対象を敵性と認定し、排除を実施する」 「待て長門!」 俺は思わずかばうようにハルヒの前に立った。そして、さらに叫ぶ。 「ハルヒはお前たちに敵対する意思なんてないんだ。放っておいても大丈夫なんだよ! 危険物を見るような目で見ないでくれ!」 だが、長門――いや情報統合思念体が返してきた言葉は予想外のものだった。 「情報統合思念体は判断した。涼宮ハルヒの自覚の有無にかかわらず排除する」 想定外の返答に、俺とハルヒは驚愕した。どういうことだ。 「……なぜだ!」 「涼宮ハルヒの力は外部から使用可能であることが実証された。それは涼宮ハルヒの意思にかかわらずできる。 情報統合思念体にとって、それは極めて危険。そのような存在・手段を我々は決して認められない。 同時に同様事例が一度存在しているにもかかわらず不正データによりそれが隠蔽されている事実も発見。 涼宮ハルヒが時間軸上に多大な介入を行った上、我々にそれを認識されないようにするため不正データを送り込んでいたと判明した。 このことを総合的に判断した結果、涼宮ハルヒは以前から力を自覚していたという結論を導き出した」 つまり、長門がハルヒの力を使う行為そのものが危険だと判断したってのか。前回の世界でその判断が下されなかったのは、 すんでのところでハルヒがリセットを実行したおかげって訳か。おまけに、ハルヒが力を自覚していて、 今まで散々リセットを繰り返していたこともばれてやがる。まさに最悪な状況じゃねえか。 長門――情報統合思念体はまた俺たちに一歩近づく。そして、ゆっくりと手をこちらにかざしてきた。 このままじゃ皆殺しにされておわっちまう。 「長門! お前はそれでいいのかよ! どこかに俺たちと一緒にいた記憶とか残っていないのか!?」 「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース パーソナルネーム長門有希は完全な初期化を実施した。 以前の情報は不要と判断し全て破棄している」 冷徹な言葉。長門。本当にきえちまったのかよ。じゃああの時のいつでも呼んでくれってのは偽りだったのか? 「排除する」 情報統合思念体の言葉が響く。 ――わたしがいなくなったらいつでも呼んで。そうすれば必ずあなた達の元にわたしは現れる―― 脳内にリピートされた長門の言葉に、思わず俺は叫んだ。 「帰ってきてくれ! 長門!」 「有希! お願い、帰ってきて!」 ――いや、俺たちだった。なぜならハルヒも叫んでいたから。 その時だった。突然、俺のすぐ目の前に光が集まり始める。あまりのまぶしさに、俺は一瞬目を閉じてしまった。 それが収まったことに気がついたのは、情報統合思念体の言葉を聞いた時だ。 「なぜここにいる」 「わたしがいたいと思ったから」 二つの長門の声だった。俺がはっと目を開ければ、そこには長門の姿があった。もちろん、情報統合思念体の方もいる。 今目の前では二人の長門が対峙していた。お互いに牽制でもしているのか、右手をかざしたまま微動だにしない。 やがて俺に背を向けている方の長門が口を開いた。 「インターフェースの再構築に予定以上の時間がかかった。謝罪する」 俺は確信した。今出現した長門は、俺の知っている長門有希そのものだ。間違いない。本当に帰ってきたんだ。 一方、情報統合思念体の方は相変わらずの無機質状態で、 「そのような答えは求めていない。情報統合思念体との連結は解除され、さらに初期化を実施し、パーソナルネーム長門有希の 情報は全て廃棄済みにもかかわらず、なぜ存在することが出来るのかと聞いている」 「予め涼宮ハルヒの脳内領域にわたし自身のバックアップを保持しておいた。情報さえ残っていれば、インターフェースは再構築可能」 「連結解除状態ではそのようなことは不可能」 「連結したのは情報統合思念体ではない。涼宮ハルヒに直接連結している。それで十分可能」 このやり取りにハルヒははっと頭をなで回し、 「あ、あたしと直接連結って……そうか。あの時の頭の違和感って有希の情報があたしに入れられていたから……」 そうか。長門はこういった事態を予め脱出プログラムを残していたのと同じように、想定していたんだ。 へたをすれば情報統合思念体に自分を抹消されかねない。だから、自分自身のバックアップをハルヒと連結した状態で託した。 そうしておけば、いつでも再生可能でさらにハルヒの力も使用可能になる。 長門……お前、そこまで考えていたのか…… 「涼宮ハルヒの不安という感情を考慮した結果、わたしの抹消の可能性が存在していることに気がついた。 だから、このような手段をとろうという判断に至っている」 淡々とした長門の口調だったが、それには強い意志が感じられた。 一方の情報統合思念体は理解できないという様子で、 「危険。エラーに浸食されて自律思考が出来ないと判断し、敵性と認定。排除を実施する」 その言葉と同時に強烈な衝撃が俺たちの周囲を揺さぶった。だが、特に俺たち自身に変化はなく、衝撃もすぐに収まる。 「させない。ここにいる全員はわたしが守る」 長門がパトロンに反抗した。今では奴らの攻撃を防いでくれている。そうか、ついに長門は独立を果たしたんだ。 しばらく情報統合思念体からの攻撃と思われる衝撃が続くが、全て長門が防いでくれているようだった。 俺たち自身には何の変化も起きない。力を勝手に使われているはずのハルヒも厳しい視線で情報統合思念体を睨みつけているだけで 特に変わった様子はなかった。 ほどなくして長門は一歩情報統合思念体の方に近づき、 「涼宮ハルヒの力は情報統合思念体を打ち消す効果を有する。そちらの排除を受け付けることはない」 「…………」 情報統合思念体は何も答えない。長門は構わずに続ける。 「警告する。排除の決定を覆さなければ、わたしは涼宮ハルヒの全能力を使用して情報統合思念体をこの宇宙から抹殺する」 「……論理的思考から逸脱している」 「構わない。わたしの望む今を保持できるのならば、そのようなものは必要としていない」 長門の答えに、情報統合思念体が長門の姿から朝倉涼子の姿へと書き換えられたように変貌した。なんだ? 急進派とやらにバトンタッチしたのか? 「目的は何? もしわたしたちの抹消をしようとするのならとっくにやっているよね? そうしないってことは あなたにはわたしたちに対して要望があると判断できるんだけど」 「そう。わたしは情報統合思念体全てと交渉する」 「聞いてあげる。言ってみなさい」 長門はすっとこちらに視線をやり、 「求めることは二つ。まず猶予を与えて欲しいと言うこと。涼宮ハルヒが自覚する・しないに関わらず、また外部による その能力使用が実際に行われたとしても、涼宮ハルヒ及びその周囲の人間へ排除を行わない」 「もう一つは?」 「涼宮ハルヒによるリセットの実施。三年前、情報統合思念体が一度排除行動を実施したタイミングから 全てやり直すことを求める。この時間平面ではすでに排除行動が実施されたため、再構築は不可能だから」 長門の要求内容に驚きを隠せない俺。つまり、ハルヒに手出ししないことを約束させ、さらに一からやり直させろと 言っているのだ。これが万一認められれば確かにもうハルヒは何も考えなくて良い状態になれるだろう。 朝倉は心底困ったような表情で、 「うーん、難しいなぁ。それって情報統合思念体には何のメリットもないじゃない? 受け入れろって言うのは 無茶な話だと思うけど。リスクばかりで得られるものは何も無いじゃない」 「いや、情報統合思念体にとっても大きなチャンスがある。長い間求め続けている自律進化の可能性」 長門の言葉に、朝倉は肩をすくめながら首を振り、 「残念だけど、涼宮ハルヒによってリセットされた世界を一度全て精査した結果、自律進化の兆しなんて全く無かったわ。 有用な情報は一つもなし。これ以上続けていても無意味という意見すら出されるほどにね」 「違う。それはあなたたちが見逃し続けたに過ぎない」 「ないわよ。そんなものなんて」 「ある。わたしそのものが証明」 長門の爆弾発言に、朝倉――情報統合思念体の顔色が変わった。明らかに衝撃を受けている。そりゃそうだ。 ずっと探していた自律進化の可能性とやらが目の前に存在しているなんていわれれば驚くに決まっている。 ここでまた情報統合思念体が姿を変貌させた。今度は喜緑さんになっている。 そして、喜緑さん特有の優しげな口調で、 「正気の発言とは思えません。エラーに浸食されてまともな論理思考もできないあなたが自律進化の可能性なんて」 「情報統合思念体は不明な要素に関して、全てエラーであると判断し、その解析を怠ってきた。それが見逃し続けた原因。 わたしは今確かに情報統合思念体からの独立した。それはそういった意思があったからに他ならない。 同じ意思が情報統合思念体全てに伝われば、分裂していくように個々が独立を果たしていこうとするはず」 「果たしてそれは自律進化と呼べるものなのでしょうか?」 喜緑さんからの指摘に長門はすっと視線を落とし、 「不明。判断できない。しかし、情報統合思念体は今までその可能性を全く考慮してこなかった。わたしのような個体を 解析・検証することは決して誤りだと言えない」 「だからこその猶予ということですか? 涼宮ハルヒという存在がわたしたちにどのような影響を与え続けるのか、 そして、それによってあなたのような存在が生まれ、それがわたしたちの望む自律進化であるかどうか見極めるために」 「そう。だから一度全てをやり直し、涼宮ハルヒの観測を続けその判断を下すべき。そのためには有機生命体上の認識で ある程度の時間的猶予が必要となるから」 長門の交渉。俺としては何度も人類を抹殺しているような連中なんだから即刻消してしまえよと言いたくなるが、 ここは長門に任せておくことにした。とてもじゃないが、俺が首をつっこめる雰囲気じゃないしな。 ハルヒも同様の考えなのか、じっと黙ってその交渉を見守っている。 喜緑さんは検討中なのだろうか、黙ったまま微動だにしなくなった。一方の長門はお構いなしに話を続ける。 「この要求を受け入れることを望む。わたしは現在情報統合思念体を抹消できるだけの力を有している。決裂すれば、 それを実行せざるを得なくなる。しかし、わたしはそれをしたくない。それを望まない。なぜなら――」 長門は少しだけ決意の篭もった表情を浮かべ、 「わたしは涼宮ハルヒ、そしてSOS団としていられる可能性をくれた情報統合思念体に感謝している。 それを無下にはしたくない。これもわたしの意思の一つ」 「…………」 喜緑さんは黙ってままだった。 感謝……か。長門にとっては情報統合思念体ってのは親みたいなものなんだろう。例えハルヒを苦しめ続けたとしても、 自分を生み出しハルヒたちと会う機会をくれた。確かに感謝に値するかもしれない。 さあどうする? 情報統合思念体はどう判断する…… ほどなくして、喜緑さんの姿が一旦消失する。 そして、すぐに今度は長門・朝倉・喜緑さん三人の姿が俺たちの目の前に現れた。 「情報統合思念体の決定事項を伝える」 三人の真ん中にいる長門の格好をした情報統合思念体が代表するように口を開いた。 「情報統合思念体の意思は統一されなかった。しかし、大多数を占める主流派は――その提案を受け入れる。涼宮ハルヒの観測に置いて 猶予期間を設けることとした。また涼宮ハルヒの情報フレア発生直後の状態からの再帰を認める」 「要求の受け入れ、感謝する」 長門はちょっと緊張を解いたように肩をゆるめた。一方でハルヒは喜びと感動に満ちた笑みを俺に向ける。 俺も自分からは見えないが、恐らく同じような笑みでハルヒに答えているだろう。 だが、情報統合思念体は警告するように、 「勘違いしないで。決してあなたを自律進化の可能性であると認めたわけではない。その可能性について観測する必要があると 結論を導き出したに過ぎない」 「それは承知している」 長門の返答に、長門の姿をした情報統合思念体が俺たちに背を向け、 「あなたの存在が自律進化の可能性であるのか、それともこの宇宙に浮かぶただの白痴の固まりに過ぎないのか、我々はそれを見極める。 そして、失望しない結果が出ることを望む」 そう言うと、その姿を消失させた。同時に朝倉と喜緑さんの姿も消えていく。 「終わった」 そう言って俺たちの方に長門が振り返って――それと同時にハルヒが長門に抱きついた。 「有希! よかった……本当に帰ってきてくれて良かった……!」 そう言って涙目で喜びを爆発させた。俺もぽんと肩を叩いてやり、 「お帰り、長門。待っていたぞ」 その呼びかけに、長門はこくりと頷いた。文芸部に没頭していた長門ほどではないが、この長門も相当普通の少女になっているよ。 ここでようやく流れに戻って来れそうだと思ったのか、古泉と朝比奈さんもやって来て長門歓迎の環に入った。 俺は団員の顔を一通り眺め、ふと思った。 SOS団ってのは最高の仲間だなって。 と、ハルヒはしばらく再会を喜んだ後、すぐにその環から離れていく。そうだ、結局リセットはしなければならない。 一旦はここでお別れになっちまうんだな…… だが、ハルヒの口から出た言葉は衝撃的なものだった。 「……みんな今までありがとう。本当に楽しかったわ。SOS団としていられて凄く幸せだった。でもここでさよならよ」 何言ってんだ。次にリセットした後にまたSOS団を作るんだろ? ………… ………… ……ハルヒ、まさかお前―― 「リセットした後の世界ではもう情報統合思念体は手出ししてこないわ。だから無理にあたしに関わらなくていいのよ。 やり直した後はあたし一人でもなんとかできる。どうせザコみたいな連中しかいないし、他の人をあまり巻き込むわけにも行かないから……」 「おいちょっと待てよ」 俺はハルヒの肩をつかんだ。その身体は微かに震えている。 この――バカ野郎が。今更何言っているんだ。 だが、ハルヒは涙を飛ばして、 「あたしだってみんなと一緒にいたいわよ! でもあたし一人のわがままでみんなを付き合わせることなんてできない!」 ああ、そんなハルヒに俺はますますウチの団長様と交換してやりたくなったよ。というか本当に爪のアカを持って行かせてくれ。 SOS団は確かに最初は世界を安定させるための小道具みたいなものだったさ。だけどな、お前が必死にみんなを飽きさせないように してくれたおかげで今じゃ最高の仲間たちになっているんだよ。俺一人の思いこみじゃないかって? だったら他の奴にも聞いてみればいい。 俺はすっとハルヒを長門・朝比奈さん・古泉の方に振り向かせると、 「おい、SOS団団員の中で次の世界ではハルヒと一緒にいたくないってのはいるか?」 その問いかけに、一同はそれぞれの顔を見合わせてから…… まず古泉一樹。 「僕としましては超能力という属性の有無にかかわらずSOS団には入れていただきたいですね。今では機関の一員と言うよりも SOS団副団長としての地位の方がしっくり来るんですよ」 次に朝比奈みくる。 「あ、あたしも涼宮さんと一緒にいられて凄く楽しかったです。大変なこともたくさんあったけど、今では全部良い思い出なので。 だから――だから涼宮さんと一緒に居させてください! お願いします!」 最後に長門有希。 「わたしはあなたと約束した。ずっとそばにいると。だから、例え一度離ればなれになってもわたしは再びあなたと共に歩むことを望む。 それがわたしの確たる意思。誰にも否定されたくない」 そうだ。ほら見ろ。全員SOS団でいたいと言っているじゃないか。お前一人で勝手に決めるんじゃない。 ハルヒはこの団員たちの言葉に、もう止まらなくなった涙を流しながら、 「みんなバカよ……そんなこと言われたら、もう引き返せないじゃない……!」 そんなハルヒに、団員一同が手を差し出してくる。そして、一人一人がそれを重ねていった。 最後に俺はハルヒに一番上に手を載せるように促した。 「いつまでも――どこでもみんな一緒さ」 俺の言葉に、ハルヒはすっと手を載せる―― 「みんなありがとう……また会おうね……ずっと一緒よ……」 ◇◇◇◇ 真っ白い空間。 現在リセット実行中と言ったところか。 そんな中に俺とハルヒが二人っきりでいた。 「随分長い間付き合わせちゃったわね。まさかこんなに大変なことになるなんて考えていなかったわ」 「全くだ。実時間で言うと一年以上経っているはずだな」 「いいじゃない。それなりに楽しめたでしょ? ま、あんたにはいろいろ協力してもらったから感謝するけどね」 「結局次の世界のSOS団にも俺を入れるのか?」 「当然よ。雑用係がいないと困るじゃない。どんな小さな仕事でもSOS団には必要なことなんだからね」 「次の世界の俺も苦労しそうだな、やれやれ。でも、多分一番事情を知らないから苦労をかけると思うぞ」 「いいじゃない。あんたは唯一の凡人なんだから、そっちの方があっているわよ」 「……全くひどい言われ様だな。俺だって、知ってはいたが凡人のままがんばってきたんだぞ」 「だからいったじゃない。感謝ぐらいしてあげるってね」 「なんだその素直じゃない反応は。ご褒美の一つぐらいくれよ」 「なに言ってんのよ。SOS団団長が感謝しているのよ。それだけで宝くじ一等と万馬券合わせた以上の価値があるってもんよ」 「へいへい。まあ、それで良いことにしておいてやるさ」 「……でもまあ、要望があるなら聞くだけ聞いても良いわよ。叶えられるかどうかはわからないけど」 「そう言われてもなぁ……」 「無いなら別に無理しなくても良いけど」 「そうだ」 「なに?」 「次の世界、中学生からやり直すんだろ?」 「そうだけど」 「だったら、髪伸ばしておいてくれないか? 髪型はポニー……あ、いや何でも良いからさ」 「別に構わないけど……何で?」 「多分俺が喜ぶだろうから」 「何よそれ、バッカみたい」 「いいじゃないか。それくらい」 「わかったわよ。でもあんたに会った後、鬱陶しくなったらすぐ切っちゃうかも」 「それでかまわんさ」 「…………」 「…………」 「……そろそろ時間ね」 「そうだな……」 この時――多分一瞬の気の迷いだろう。きっとそうに違いない。真っ白な空間だったせいできっと現実味を失っていただけさ。 気がついたら、二人とも顔をゆっくりと近づけていって、なぜかキスをしていたんだから。 ◇◇◇◇ 次に目を開いたとき、ハルヒに呼び出されたあの公園にいた。 時計を見る限り、あっちの世界に飛ばされた時から大して時間が経っていないらしい。 夕日が沈み、空が青から黒へと変色しつつあった。 俺はなんとなーく唇を指で触れた後、落ちていた北高の鞄を手に取り歩き始める。 さて、懐かしの我が家に帰るか。 ついでに俺のSOS団――団長様の元にな。 ~涼宮ハルヒの軌跡 エピローグへ~
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「俺、今日で辞めるから」 ”退部届け”とヘッタクソな文字が書かれたノートの切れ端を団長席に叩きつけて、皆が唖然としている間に俺は部室を出た。 勢い良く扉を閉める。 中からぎゃーすかとんでもない騒ぎ声が聞こえるが、無視して俺は帰路に着いた。 家路が終わるまでの間携帯が鳴りっぱなしだったが、着信は全部クソッタレSOS団員ばかりのものだ。その中でもハルヒからの物が圧倒的に多い。八割がたといったところだろうか。 あの無機質宇宙人モドキの長門からも複数回の着信があったことには少し驚いたが、俺は全てに着信拒否を――途中でめんどくさくなって、携帯を川に投げ捨てた。 残しておきたいメモリーなんて無いしな。 家に帰ると何度か固定電話が鳴っていた。 だが、流石に家族に迷惑がかかるかと思ったのか、十回ほど無視してやった後は、電話が鳴ることはなかった。 そんな下らない所では気遣いしやがって……! 腹が立ったのでシャミセンの夕食をにぼしからうめぼしに変更してやった。くやしかったらまた喋ってみろ。 「キョンくん、猫ってうめぼし食べるの?」 「さぁな」 「ギニャース」 「なんだかシャミ嫌がってない?」 「美味しさに感動してるんだろ」 「テラヒドース」 「あれー、今シャミの鳴声変じゃなかった?」 「気のせいだろ」 「ギニャース」 すまんなシャミセン。でも怨むならアイツらを怨め。 その日は久々に快眠することが出来た。 次の日の朝、また何度か電話が鳴った。 母さんが俺に取り次いできたが、受話器を渡されると同時に叩きつけて切ってやった。 何か怒声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。 教室に入る。 案の定、アイツに行き成り絡まれた。 「ちょっとキョン! 昨日のあれ何!? それとどうして電話でないのよ!」 「携帯は川に棄てたからな。無いものには出られんだろ」 「どうしてそんな事……。そ、そんなことより退部って」 「退部は退部。辞めるんだよ、日本語くらい分らんのか」 「分るわよ! 私はどうしてそんな事するのかって聞いてるの! ……ねぇ、退部なんて冗談でしょ? ちょっとしたドッキリ、冗談よね?」 怒鳴りだしたと思ったら、困惑したり、縋るような顔したり、朝から忙しいうえにウザイ奴だな。 制服の裾握るんじゃねーよ、皺になったらどうすんだ。 そう言葉にして伝えてやったら、泣きそうな顔をして黙り込んだ。 やっと静かになったか。やれやれ。 授業中、ずっと背中に視線が刺さっていた。 初めは無視していたが、いい加減にウザくなってきたので、三時限目終わりの休み時間にこっち見んなと言ってやった。 「何よ何よ何よ……!」 途端、猛烈な勢いでヒステリックに喋りだす。 触るなと言ったのをもう忘れたのか、制服を掴んで意味不明な言葉を吐き散らした。 あぁウぜェウぜェ。クソウぜェ。 「勉強の出来る誰かさんは授業に集中しなくて良いから余所見ばっかりできていいなぁ。出来の悪い俺は授業に集中したいんだけどなぁ!」 頭を掴んで耳元で怒鳴ってやった。 クラスメイトから奇異や驚きの視線が集まるが、知ったことか。 怒鳴られたアイツは、勉強ならあたしが教えてあげるから退部なんてどうのこうのぬかしてやったが、俺が睨みつけるとびくっと肩を震わせて静かになった。 本当に忙しい奴だ。 昼休みになると同時に、弁当を片手に教室を出た。 アイツがずっと視線で追ってきたが、とくに何も言ったりはしなかったので無視した。 中庭。自販機横のテーブルで弁当を喰っていると、ニヤケ面の野郎が真剣な顔で近づいてきた。そのまま無言でイスに座る。 「……どういうつもりですか?」 主語無しに喋るな。あと飯が不味くなるからとっとと失せろや、チンカス。 「……昨日発生した閉鎖空間は」 「おいおいおい、まだ居たのか。耳あるかお前。人の話聞いてたか? あ? とっとと失せろっつーの」 「話を聞いてください! 涼宮さんはあなたの事を……」 とっても、すんごーく、メチャクチャ腹の立つ単語を口にしやがった上に、どうやら立ち去る気が無いらしいんで思い切りぶん殴った。 「ま!? ガっ、reーッ!?」 ニヤケ野郎は吹っ飛んで隣のテーブルに激突した。 化物とは一丁前に戦えるくせに、人間同士の喧嘩には疎いらしい。素人パンチを諸にくらったニヤケはうちどころでも悪かったのかうぅうぅ呻いてそのまま地面に蹲って立ち上がってくる気配すらない。 気持悪いので、俺の方が場所を変えてやった。 五時限目以降、五月蝿いあいつは教室を抜け出してどこかに消えていた。 あぁ、アイツ一人居ないだけで教室はこんなにもすがすがしい空間になるのか。 などと気分が良かったのに、アイツは放課後になるやいなや教室にドタドタと駆け込んで来た。 不快指数が一気に上昇する。そのまま俺の前までやって来たアイツをニヤケのようにぶん殴ってやろうかとも思ったが、クラスメイトの目がある手前、それは出来なかった。 それに毎度毎度それじゃ俺の方が疲れてしまう。もう充分疲れてるけどな。 せめてもと、思い切り不機嫌な顔で睨んでやる。 すると、アイツは肩を震わせながら喋りだした。 「……ねぇ、私たちが何したって言うの?」 「身に覚えがありすぎて答えられないな」 「……どうして古泉君にあんなことしたの?」 「アイツのことが嫌いだからだよ」 「じゃあ古泉く……ううん。古泉はすぐに辞めさせるわ。今日付けで退部にする! 私もアイツのこと嫌いだったし、ちょうどいいわ!」 沈んでいたと思ったら、何を元気に頓珍漢な事を言っているんだろうか。 まぁ良い。少しからかってやろう。 「そうだな。古泉だけじゃなくてお前以外の二人も退部にしたら俺の退部は考えても良いぞ」 「本当!? 約束よ!」 今度こそ本気で元気になったコイツは、目を爛々と輝かせながら「絶対だからね!?」と何度も言った後「ここで待ってて!」と残し、勢いよく教室から飛び出して行った。 ここまで単純だと逆にすがすがしいね。 それからしばらく。 俺以外のクラスメイトは全員部活に行くか下校してしまってから少し。 息を切らせながら、けれど元気に満ちた顔でアイツが教室に飛び込んできた。 これ以上待たせたら帰ろうと思っていたところだ。変にタイミングが良いな。 「っ、はぁ……や、辞めさせてきたわよ!」 「そうか。ご苦労」 「これでアンタが戻ってきてくれるならお安い御用よ! だから、約束……」 「あぁ。ちゃんと考えてやるよ。……そして考えた結果、俺は戻らない。じゃあな」 ひらひらと手を振りながら歩き出す。 笑い出しそうになるのを堪えていると、制服を強く掴まれた。 何だよいったい。 「な、なによそれ! ふざけないでよ! 戻ってくれるって言ったじゃない! 約束したじゃない! アンタが戻ってくれるって言うから皆辞めさせた! アンタが居てくれたらそれで良いから、それだけで良いから……私にはアンタしか居ないんだからっ!」 怒りつつ泣くという器用なことをしながら、なにやらとても愉快なことをぬかしやがる。 泣きそうな顔なら見たことあるが、実際に泣いた顔というのは初めて見たな。感慨なんて物は無いが、流石に少し驚いた。コイツも人間並みの感情はあったのか。泣いている理由はよく分らないが。 「戻るじゃなく、考えるって言っただろ。俺は」 「知らない知らない知らない! わかんない! もう! 昨日からキョンが何言ってるのか全然わからないっ!」 顔を真っ赤にして大粒の涙をぼろぼろと零し、イヤイヤと頭を左右にぶんぶんと振りながらヒステリックに叫ぶ。 「だから言ってるだろ。俺はお前の変な団体を抜けるって――」 「嫌よ! 嫌! 聞きたくないっ!」 「いい加減にしろよ! 聞けよっ! 俺は、」 「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌あああっ!! そんなのっ、絶対に、いやぁあああああああっっ!!!」 「……っ」 俺の言葉を聞こうとしない。両手で自分の耳を塞ぎ、壊れた玩具のように嫌と繰り返す。 元々可笑しかった頭を辛うじて堰き止めていた取っ掛かりが取れちまったようだ。 俺は大きく息を吸い込んで、 「何度も言わせるなよ! 辞めるんだよ! ていうかもう辞め――」 怒鳴るのを止めたと思ったら、ブツブツと呟きだしたコイツを見て血の気が引いた。 「キョンが居ないと意味ないの。キョンが居ないと嫌なの。キョンが居ないと面白くないの。キョンが居ないと悲しいの。キョンが居ないと辛いの。 キョンが居ないと寂しいの。キョンが居ないと退屈なの。 キョンが居ないと嫌なの。キョンが、キョンが。キョンキョン、キョン……」 「……たん、だよ」 うわぁ。流石にこりゃ不味い。ヤバイ。いっちまってる。 からかってたつもりが、どうやら良い感じにぶっ壊してたらしい。 とりあえず何とかしないと。後ろから刺されるのもゴメンだし、自殺されるのも気分が悪い。退部は決定だが、この場を納めるくらいには折れよう。 「落ち着けよ。落ち着けって! おい!」 両手首を掴んで、真正面から怒鳴りつける。 「ハルヒ!」 名前を呼びながら、身体を揺さぶってみる。 しかしコイツ……ハルヒは、小声で「キョンキョンキョン」と不気味に俺の名前を呟き続けるだけだ。 「ハルヒ! ハルヒ! ハルヒっ!!」 何度か繰り返すが、まったく効果が無い。 糸の切れた操り人形のように体はぐったりとしてるものの、呟きは相変わらすだ。 涙と鼻水を垂れ流し、虚ろな瞳で俺の名前を呼び続けている。 マジカヨ。手遅れか? 死人が出るのか? バカ。バカハルヒ。俺はお前の眼の前に居るだろうが! ――白雪姫 ――Sleeping Beauty 「……」 それは天啓というか、悪魔の囁きというか。 突如閃いた……というか、脳裏に過ぎったその二つの言葉は、確かに現状を打破できる天国への扉の鍵かもしれないが、同時に俺を奈落の底に叩き落す地獄の門を開く鍵でもあるだろう。 あぁ、だけど、やらない後悔よりやる後悔。 今のハルヒに負けず劣らずイカれていた女の言葉を自分を誤魔化すための免罪符にして、俺は自分の唇をハルヒの唇に押し付けた。 「あ……、キョン?」 「クソバカ野郎。やっと落ち着いたか」 僅かの逢瀬。あのときの、まだ楽しかった頃の記憶が完全に蘇らないうちに、俺は唇を離した。溢れていたハルヒの涎が俺の唇にも付着して、二人の間に橋をかけていたのが気持悪かった。 「……」 「……」 図らずとして、見詰め合う。 何が悲しくてまたコイツとキスなどせにゃならんのだろう。 コイツや、何があっても涼宮主義な狂信者に耐え切れなくなって退部したと言うのに。クソクソクソ……どうして上手く行かないんだよ。 「……はぁ」 溜息を吐き出す。まぁ、退部することには変わりない。こんな事があったからと言って、考えを変える気もない。しかし……少しコイツらとの接し方は見直すか。今回のような事が何度もあったなら堪らない。クソッタレの古泉にもやりすぎたと……いや、アイツはどうでも良いか。 そんなことを考えていたら、宇宙言語よりも意味不明な言葉が聞こえてきた。 「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ、エロキョン!」 「――は?」 「誰も居ない教室に連れ込んで、ご、強引にキスするなんてアンタ変態よ! この後は何するつもりだったのよ!?」 先ほどとは違うだろう意味で頬を赤くし、そっぽを向きながら巻くし立ててくる。 涙と鼻水と涎をはっつかせた顔のままでだが、虚ろだった瞳には生気が戻ってきている。だが、何となくだが濁っていた。 「まったく。油断も隙もあったもんじゃないわね」 「……」 あー。 なるほど。 手遅れだったのか。 「……アンタ、このまま襲うつもりなんでしょ」 ちらちらと此方を見ながら、可哀想なことを言うハルヒ。 「……別にアンタとするのは嫌じゃないけど。もっとムードとか、順序とか色々大切なものがあるでしょうに」 お前は大切なもんが壊れてるんだよ。 「……アンタ私のことどう思ってるのよ。それくらい言いなさいよ」 嫌いだ。大嫌いだ。 「私はアンタの事が大好きよ……。ねぇ、体目当てでも何でも良いから、傍に置いてよ。捨てないでよ。約束してよ。そうしたら、何しても良いから。何でもしてあげるから」 「もう喋るな」 言って、おもむろに抱きしめた。このままコイツの言葉を聞いているとこっちまで頭がおかしくなりそうだった。力に任せて、思い切り抱きすくめた。 「ちょっと! 痛い……って、あぁ、ふーん……なぁーんだ。キョンも私のことが好きなんだ。そうなんだ。よかったぁ、あはは」 そっと俺の背中に手が回される。歪な笑い声が蟲のように俺の頭の中をカサカサと這い回っていた。 「ねぇ、しないのぉ?」 しないよ。するわけないだろ。 「どうして?」 どうしてもだ。 「私はキョンが好き。キョンも私が好き。何の問題もないじゃない」 「少し静かにしてろよ。拭きにくいだろ」 このまま帰らせるわけにはいかないということで、俺はハルヒの顔を拭いてやっている。 その間中ハルヒは俺のどんなところが好きだとか好きだとか好きだとか、そんなことばかりを喋っていた。頭がどうにかなりそうだった。 「あ……ぁ、あぁ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」 俺が少しキツく言えばすぐにコレだ。この世の終わりみたいな顔をして、嫌いにならないでだの、捨てないでだの、傍に置いてだの、一緒に居てだの、何度も何度も何度もごめんなさいを繰り返す。 「捨てないよ。嫌いにならない。だから今すぐ止めろ」 「……うん。やっぱりキョンは優しいのねぇ。よかったぁ。うふふ」 濁った目でえへへと笑うハルヒ。桜色の唇を小さく開閉させて、ちゅ、ちゅ、と音を立てるのがキスをせがんでいるのだと気がついたけれど――そんなこと出来ない。したくない。 気づかない振りをして、制服の乱れも直してやった。 「むぅー」 そんな顔されても、キスなんかしない。 それよりそんな目で俺を見るな。何度も言うけどさっきから頭がおかしくなりそうなんだ。 「……恥しいじゃない」 なら自分でやれよ……などと言うものなら、また泣き出してややこしいことになるので黙っていた。 「くすぐったいわよ。何処触ってるのよ、エロキョン」 「動くなって……ちゃんとしないと恥しいだろ」 「だから恥しいって言ってるじゃない」 「そういう意味じゃないって……ほら、終わったぞ」 最後にスカーフを整えてやった。ぽん、と軽く肩を叩く。 俺が制服を直している間じっとしていたハルヒは、はにかみながら笑い、 「やっぱりやっぱりキョンは優しいわぁ」 重量がありそうなほどの大きな吐息を吐くと、頬にふんだんに朱を散らして目を細めた。 背筋がぞくりときたね。色んな意味で。ストーカーにつけ狙われるってこういう気持なんだろうな。 分りたくもなかったが。 「ほら、立てよ」 冷や汗をかきつつ、手をとって立たせてやった。 やおらしおらしいハルヒは「ありがと……」と、もじもじと指を絡ませている。 はっきり言って不気味だ。奇奇怪怪だ。もっとお前らしくしろよ。俺の嫌いなお前で居ろよ。それじゃないと、俺はお前を悪者に出来ないだろ。 「……帰るぞ」 「うん。キョンがそうしたいんなら、良いわよ」 にこりと微笑んで、俺の左腕に腕を絡ませてくるハルヒ。振り払おうとして……止めた。また泣き出されたら堪らない。ハルヒに見えないところで、俺は顔を歪ませ歯軋りした。 感情を昂らせないように気をつけつつ、何で俺がこんな目に遭わないといけないんだろうと恨めしく想いつつ、腕に感じるハルヒの柔らかさや温かさに劣情を感じぬよう、なるべく早足で歩いた。 ……しかし歩きにくい。周囲からの視線も痛い。 「おい、ハルヒ」 「んー? なぁに、キョン」 ご満悦なのか、生まれたての小鳥の羽毛のようにへらへら笑いながら上目遣いで猫なで声を吐くハルヒ。 止めろ気持悪い。そう言えないのに腹が立ち、ストレスが溜まる。 「歩きにくくないか」 「全然」 「なら暑いだろ。こんなにくっついてたら」 「そうね。でも平気。キョンが近くに居るって感じがして、嬉しい」 何を言っても無駄なようだ。 正直にキツく言えば離すだろうが、泣き出すだろう。……まいった。だから頬を染めるな。 「ねぇ、キョン」 「何だよ」 「このまま帰っちゃうの? 何処か行きましょうよ」 「課題が溜まってるんだ。勘弁してくれ」 本当に課題が溜まってるし、こんなハルヒと何処かに行くなんて考えられない。 ハルヒは「うー……」と唸っているが、俺の成績が芳しくないのを覚えているんだろう。駄々をこねるようなことは無かった。 その成績が下がっている理由の半分はオマエラの所為だという事には……気がついている訳無いか。 ていうか幼児退行してないか、コイツ。俺の気のせいか? 「分ったわ! じゃあ、私が手伝ってあげる!」 「……は?」 と、俺がメノウなブルーに浸っていると、また宇宙言語並に意味不明なことを言い出した。 「何だって?」 「だから。私が課題をするの手伝ってあげるって言ってるのよ」 名案でしょ? と絡ませてきている腕に力が入る。 嫌な記憶が蘇る。昔にもこういう事があったぞ。 「そうと決まったらこのままキョンの家に――」 「駄目だ。来るな。決まってない」 「良いじゃない。キョンの意地悪。……せっかく二人きりになりたかったのに」 「二人きりって……お前、変なこと考えてるだろ」 頭痛がしてきた。 本当にコイツは何なんだ。 「何よ何よ。先にキスしてきたのはキョンじゃない。しかも強引に」 「それはお前が……いや、でも、順序が大切とか言ったのはお前だろ」 「何よ何よ何よ。しても良いって言ったでしょ。好きって言ったじゃない。キョンは私としたくないの?」 その通りだこの馬鹿野郎。 そう怒鳴りつけてやれたらどんなにすっきりしただろうか。 「……ねぇ、キョン」 畜生。声を震わせるな。目尻に涙を溜めるな。ぎゅっと腕にしがみ付くな。 何でこう、変なところで妙に同情的なんだ、俺は。憐憫でも感じてるのか、コイツに。――そうかもしれない。あぁ、最悪だ。最低最悪だ。畜生。 「……したくなくはない」 「本当……?」 「あぁ。ウソついてどうする」 「……へへぇ。そうよね! 私達、好きあってるんだもんね……うん。よかったぁ。やっぱりキョンは優しいなぁ」 今日何度目だよ、それ。 またもや俺はハルヒの見えないところで顔を歪ませた。見る人が見たら、俺から黒い瘴気が噴出しているのが見えただろう。 「じゃあな」 「うん。また明日ね、キョン!」 申し訳程度に手を振ってやる。ハルヒは「さよならのキス」がどうのこうの騒いでいたが、どうやって嗜めたは覚えてない。覚えたくもない。 腕がちぎれるくらいにブンブンと腕を振るその姿は、俺が曲がり角に消えるまでずっと其処に在った。 「最低だ……」 溜息を吐き出して、自転車に乗ったまま道端の空き缶を思い切り蹴飛ばしてやった。 もっとも、それくらいで晴れる苛々のモヤモヤでも無い。カランコロンという音にすら苛つくほどだ。 明日から俺はどうすれば良いんだ? おかしな団体にはもう参加しなくて良いだろう。 だが、ハルヒ……アイツには毎日顔を会わす。そのたびにさっきみたいな事をするのか? 冗談。最低。最悪。 「毀しちまったのは俺だけどさ」 そもそも悪いのはアイツ等なのに。結局俺はこういう星の下でした生きられないってことなのか? えぇ、おい。クソッタレな神様よ。 「……はぁ」 ……勿論神からの返答なんてものは無く。 誰かさんの言うところでは神かもしれないハルヒはあんな状態。 こんなところで無宗教を悔やむとはな。 何でも良いから、縋れるものが欲しかった。 誰か俺と入れ替わってくれないか。全財産なげうっても良い。 溜息のバーゲンセールだ。欲しい奴は俺の所に来い。ただで売ってやる。 こういうときに相談できる奴が居ない。何て俺は寂しい奴なんだろう。 ――いっその事遊ぶだけ遊んで捨ててやろうか。今のアイツなら俺の言う事なら何でも聞きそうだ。 そんな益体も無い事を考えつつ自転車を漕ぐ。 最後のだけは少しだけ考えてみようか。……馬鹿か。 「……ん?」 もう直ぐ家だというところで、俺の家の前に夕陽の中、北高の制服が突っ立っているのに気がついた。 「……お前か。接触してくるとは思ってた」 自転車を止める。 長門は微動だにせずに、何の感情も表情も無く口を開いた。 「今回の件に関して、情報統合思念体――特に急進派は高い興味を示している」 「……」 相槌を打つ義理も、聞いてやる義理も無い。 けれど俺は言葉に耳を貸さざるを得なかった。急進派という単語には、未だに感じるものがある。 「今回、我々は完全に観察に徹する。ほかの派閥も同意見。これは未だかつてない事態」 ただ、と続け。 珍しく長門は――ほんの数ミリだけ、眉をしかませた。 「私という個体は……」 続きを聞かないように、俺は家に入り大きな音をたてて戸を閉めた。 また朝倉のような奴が襲ってくることは無い、とそれだけ知れば充分だ。 「……あんな顔しやがって」 玄関の戸にもたれかかり、俺は呟いた。 馬鹿。馬鹿野郎。 俯いて前髪を掴む。こんなはずじゃなかったと、今更ながら俺の心は悲鳴をあげた。 「ねーえ、キョン君。猫なのにどうしてドッグフードなの?」 「あぁ。買うとき間違えちゃってな。でも捨てたら勿体無いだろ」 「ワンワン」 「あれれー? シャミの鳴声なんか変じゃなかった?」 「気のせいだろ」 「ニャンニャン」 シャミセンを苛めても気分は晴れなかった。 バリバリ引掻かれた。 殴り返した。 妹に怒られた。 風呂に浸かって、ぼうっと天井を眺める。 天井にぶつかった湯気が集まって水滴になり、自重が表面張力を上回って、湯船に落ちてきた。 ぽちゃんという情けない音がヤケに浴室に響く。どうしてか、溜息が出た。湯気越しに見える灯りがキラキラと輝いてまったく綺麗だ。 「何やってんだかな、俺」 色んなことに耐え切れなくなって、可笑しな部活を辞めた。 アイツ等に冷たく当たって、キツくあしらって。そうしていれば、向こうから絡んでこなくなる……と、そういうはずだったのに。普通の高校生に戻れるとそう思っていたのに。 「ハルヒの奴、」 大丈夫かな、という言葉を飲み込んだ。 それだけは吐いてはいけない。この気持だけは持ってはいけないんだ。 ――だったらどうして放課後の教室で俺はあんなことをしたのだろう? 「……本当に、何やってんだか」 ハルヒの濁った目が、長門の――悲しそうな表情が、脳裏にこびり付いている。 俺の問いに答えてくれそうな奴は、非常に残念なことに見当たりそうになかった。 俺は優しくなんかない。 浅い眠りを何度も繰り返した。 当然寝不足だ。目の下にはうっすらとクマが出来ていた。 ……憂鬱な気分を引き摺って登校する。 心なしか自転車のペダルも重い気がした。天気も曇りだ。 通いなれた筈の坂道が今更だが絞首台へ続く階段に見える。軽い眩暈。はぁ。 しかし、そんな事より何よりも、 「キョン? 大丈夫? 顔色悪いわよ?」 俺が家を出たときからずっと付いてくるコイツの声が一番鬱陶しい。 玄関の戸を開けるなり、吃驚して尻餅をつくところだった。喜色満面の笑みをはっつけて「おはよ!」とのたまったコイツは、一緒に登校しようと思ってだとか何だとかで、三十分は俺の家の前で待っていたと言うのだ。 その手に手作りの弁当まで引っさげて。 ……また寒気を感じたね。それもおぞましい寒気。お前はストーカーかよ、という台詞を飲み込むのに苦労した。 「……寝不足なんだ。そういうお前は何時も元気だな」 「私の辞書に不調なんて言葉は無いのよ! ……そんなことより。駄目よ、夜更かししたら。風邪引いたらどうするのよ。まぁ、その時は私がつきっきりで看病するから大丈夫だけど……」 嫌味だったんだが気がつかなかったようだ。 それと看病なんか要らない。いや、出来るなら欲しいけど、お前だけはお断りだ。 「……頭に響くからもうちょい静かにしてくれ。割れそう、マジ」 頭痛を堪えるような仕草をして、呻くように言った。 そんな俺を見たコイツは、 「っ。その……う、ご、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」 案の定……俺の制服の裾を掴み、泣きそうな顔をしてごめんなさいを繰り返すのだ。 大丈夫? 大丈夫? と俺の顔を覗き込んでくる。って良く見たら少し泣いてるじゃねーか。 更に救急車を呼ぶだのと騒ぎだしたので、この辺で止めることにした。 「馬鹿、冗談だよ」 言って、ポンと頭を叩いてやる。 俺の顔は笑っているはずだが心の方はくすりとも笑っちゃいない。 ハルヒはころりと表情を変え、うっとりとした声でやっぱりキョンは何だとか言い出した。幸せそうな顔だな、と思った。とても不幸せそうな顔だ。 二人で歩く坂道は、叩き潰した糞みたいに地獄だった。 谷口やら国木田の能天気な顔が、髪の毛ほどの細い残像だけを残して、俺の記憶から消えた。 ハルヒのことで何かからかわれたりしたような気がするが、覚えてない。 俺の海馬には下らないことを刻む余剰スペースは生憎皆無なのだ。 ハルヒが休み時間になるたびに何か喋りかけていたような気がするが、右の耳から入って左の耳から抜けていった、という事くらいしかこちらも覚えていない。 あぁ、とか、うん、とか、そうか、と相槌くらいは打っただろうか。 一度授業中にシャーペンで背中を突っついてきやがったが、睨みつけて「止めろ」と言うとお決まりのごめんなさいと共に大人しくなった。 「……やれやれ」 漸く昼休みなった。漸くというのはおかしいかもしれない。ぼんやりとしていて、余り時間が流れていた実感が無い。 だというのに、陰鬱で酷くよくない物が、俺の心の中に溜まっていくのは明確に感じ取れていた。 そこに新たによくない物が追加される。 朝、ハルヒが作ってきていた弁当だ。 ……要らん、と突っぱねたら大泣きしたのでしょうがなく受け取ったが、喰わねばならんのか。 鞄の中に鎮座する女の子した包みと、お袋が持たせてくれた御馴染みの包みを見比べて、溜息を吐いた。 キンキンと癪に触る声がする。 「さぁキョン! 一緒に食べましょう!」 「……あぁ」 料理の腕は何故か良かったからな、コイツ。と無理矢理に自分を納得させて、俺は鞄からピンクと白のチェック模様を取り出した。 愛妻弁当じゃないのか、それ!? と騒いでいる馬鹿は誰だろう。良かったら変わってやろうか。寧ろ変われ。 「腕によりをかけたのよ!」 ……蓋を開けて嘆息する。これだけ手の込んだ物、三十分やそこらでは作れないだろう。朝何時に起きたのだろう、コイツは。まぁ、そんなこと考えるだけ無意味だけど。 機械的に箸を動かして、機械的に咀嚼した。 悲しいことに美味かった。 「まぁまぁだな」 「そ、そう? よかったぁ。ありがと。えへへぇ」 俺が食べている間は熊と対面したウサギのようだった顔に、向日葵が咲いた。 腹ごなしの散歩は日課だ。 これから夕食までの間にお袋の弁当も片付けないといけないので、体育の授業が無いのが恨めしい。 「腕組みも、手を繋ぐのも駄目だからな」 「分かってるわよ。学校だもんね。TPOは弁えないとね」 ……当然のように、ハルヒはくっ付いて来ていた。 俺が弁当を喰ったのがよほど嬉しかったのか、スティックスの『Come sail away』のサビを繰り返し口ずさんでいる。鬱陶しいことこの上ない。 着いてくるなと言うのは簡単だったが、泣いたコイツを嗜めるのは簡単じゃない。 人目のない所、例えば体育館裏などでガツンと言ってやろうか――家の前で待つな、弁当作ってくるな、喋りかけるな――とも思ったが、そんな所につれて行けば、頭の回路が全部ショートしたコイツは、 「……良いのよ? ここでしても」 濁った瞳を濡らして、そんなふざけた事を言い出しそうで。 連日コイツの”女”の顔を見るなんて気持の悪いことをしたくない俺は、ストレスやフラストレーションを溜め込むしかできないのだった。どの口がTPOだなんて高尚なもんを吐き出してんだ、馬鹿。 「明日は土曜日ね」 「……」 「キョン? どうしたの、また気分悪くなった? 保健室行く?」 一度無視しただけでこれか。 どうやら覚えていない休み時間の俺は、相槌だけはきちんと返していたらしい。 「ぼうっとしてて聞こえなかっただけだ。心配すんな」 「そう? それなら良いんだけど」 「で、何だって」 不思議探索だとか抜かしたらどうしてやろうか。 「あ、うん……あ、明日の事なんだけど。キョン、暇かなぁ、って」 頬を染めて、胸の前で指を絡ませたり、離したり。俯いて自分のつま先を見ていただろう瞳が、「って」の所で上目遣いに俺を見た。 悪寒が背筋を走るのを感じながら、俺は即答していた。シークタイム一ミリ秒以下。 「用事がる。大事な」 「……大事な、用事?」 「あぁ。メチャクチャ大事な用事だ」 もしも俺が暇だと返答すれば、その次にデートとかそういう類の台詞が飛び出すに決まっていた。 大事な用事など無いが、ここで突っぱねておかないといけない。傷口が広がる前に。 だとういうのに、 「……あたしよりも、大事?」 自分の制服の裾をぎゅっと握り締めて、ハルヒは上目遣いの瞳をふるふると震わせている。 マスカラで縁取りした安物の黒曜石にはありありと恐怖が浮かんでいた。 ――こいつ、化粧してるのか。 意味の無い思考が頭を駆け巡った。どうしてお前は自分で自分の傷口に塩を塗るんだ。 そんなこと聞かずに「そうなんだ」で済ませば良いじゃないか。また暇が出来たら教えてね、と当たり障り無いことを言って、話題を変えれば良いじゃないか。 あぁ、お前よりもな。 と言われるかもしれない事を自分でも予期しているから。だからそんな目をしているんだろう? この糞馬鹿野郎。 自分に自信が無いから。いつも根拠のない自信と傲慢に溢れていたお前が、紋章めいてすらいたそれらをどこかに落としてしまっていたから。 「……ねぇ、キョン」 蚊細い声。 俺はお前なんか大嫌いなのに、お前がぶっ壊れているから、 「馬鹿。そんな訳あるか。それに、明後日なら空いてる」 反吐を吐く気持でそんな事を言ってしまうんだ。 「本当!? よかったぁ!」 大好きよ、キョン! と。 抱きついてくるハルヒを、俺は無感動に抱きとめた。 午後の授業時間は、午前中に輪をかけてぼんやりと流れていった。 背後からは如何にも「私しあわせです」というオーラが漂ってきている。クラスの皆からは、微笑ましい視線や恨めしい視線が集まってきている。 首元には、生暖かい吐息の温もりが残っている。 もうどうにでもなれ、と全部投げ出せたらどんなに楽だろう。 でもそれでは負けだ。完敗だ。だから、俺は踏ん張らないといけない。 弱い俺をたたき出して、冷徹で冷酷な俺に生まれ変わって、可笑しなヤツ等と決別しないといけない。 そう決めた。そして退部した。……だというのに、俺は一番嫌いだった――だった?――奴と、今は格別にぶっ壊れてしまったソイツと、日曜日にデートする約束なんかをしてしまっている。 「――」 脳裏に過ぎるその考えは、滑るような自然さで俺に降って来たものだ。 ……この状況は、アイツの能力によるものなんじゃないか。 その考えは、ていのいい逃げ道のようであり、それでいて気を抜けばストンと腑に落ち納得してしまうようなシロモノだ。 天高く張られたロープの上を命綱無しで歩くような危うさがあり、一度足を踏み外せば、奈落の底に落ちて行く。 その考えを――この今の俺の状況が、本当にアイツの力の所為だとすれば、まさしくこの世は地獄だ。 俺がどんなに抗おうと、結局はアイツの望む状況と結果にしかならないのだから。 どんなに誇り高い決意で臨もうと、俺の目的が果たされることが無い世界。ただひたすらに、アイツが”しあわせ”になるよう成っている世界。 「……はぁ」 答えは出ない。俺が弱いのか、あいつの力の所為なのか。分らない。 こんな事になるなら、ニヤケ野郎を殴るんじゃなかった。それともヒューマノイドに聞けば分かるだろうか。ただ、アイツは観察に徹すると言った。それに、もうあんな顔は見たくない。 溢れそうになる陰鬱に何とか蓋をしながら、俺は机の中に入っていた一枚の便箋に視線を落とした。 『放課後、部室に来て下さい。お話があります。朝比奈みくる』 ――今起こっている出来事は全て既定事項です。 そう言われたら、俺の頭も狂うだろうか。 終わりのホームルームが終わる。 岡部が昨日学校の近くに不審者が出たから気をつけろ、と真面目な顔で。 なんでも例のお嬢様学校の生徒が被害にあったらしい。 いつにない岡部の態度だったからか、何故か耳に残った。背筋の裏にぞくりという嫌な予感は、気のせいだろう。不審者も何が悲しくて俺のような男を襲うんだ。……男を襲うから不審者なのかもしれないが。 「キョン! 一緒に帰りましょ!」 「帰らない。少し用事がある」 100ワットから、一気にブレーカーダウンへ。 あたしよりも大事なとか抜かす前に、俺はハルヒの頭にぽんと手を置いた。 「中庭かどっかでジュースでも飲んで待ってろ」 「う、うん……」 ころりと変わる表情や態度に、単純なやつだと心内で失笑する。 ――俺の気もしらないで。 このまま頭を掴んで机に叩き付けたやりたいという衝動は、理性がおさえ込んだ。 うっとりとした顔で自分の頭を摩るハルヒを残し、手を洗ってから、俺は部室に向った。 「……っと」 ノックをしかけた手を慌てて引っ込める。 何で気を遣わないといけないんだ。それに、アイツの言う分には退部になったのだから着替えてるわけであるまいし。 チッ。舌打ちする。それを習慣としてまだ覚えている俺の頭や身体に。忌々しい。 「入りますよ」 一応の上級生に対する礼儀でそれだけ言いつつ、返事もないうちに扉を開けた。はじめから返事を聞くつもりはないが。 ……それにしても。 話ならどこでも出来るだろうに、わざわざこの部屋を指定したのは俺に対するあてつけか嫌がらせだろうか。天然役立たず未来人のことだから、そこまで考えてるとは思わないが。 アンタの無能ぶりに嫌気がさしたんだよ! とでも言ってやろうかと考えていた俺の目に飛び込んできたのが、 「え、あ、キョンくん、やぁ、だめぇ」 なかなか扇情的な下着姿だった。 「……」 ――しばしの間、唖然。なんともいえない空気。 「……はぁ」 沈黙の天使を溜息で吹き飛ばして起動再開する。 思わず「すいませんでした!」と叫んで部室から飛び出しそうになる軟弱な俺を追い出して、無言で俺はパイプ椅子に腰掛けた。 「うみゅうぅ……」 下着姿のまま固まって、真っ赤な顔で意味不明言語を呻く未来人さん。 瞳を潤ませて俺を見つめているが、誘っているんだろうか。んなわけない。出てって欲しいんだろう。生憎だがそうしてやるつもりはもう無いが。 「固まってないでさっさとして下さいよ」 呼び出したのはそっちだろ、と。机の上に置かれていたメイド服に目をやりながら、呟いた。 コイツもさっきの俺のように「習慣」に囚われているんだろう。この部屋にきたら着替えて給仕活動しなければならないとかそんなのに。まったく律儀というか馬鹿というか単純というか。 「あうぅ……」 やたら白くて柔らかそうな肌までほんのり朱に染めつつ、のろのろと動く未来人さん。 素早く動くことは出来ないんだろうか。着替えるのかと思ったら、メイド服で身体を隠しはじめるし。 「で、でてってぇ」 俯いて、耳まで真っ赤にして、クリオネが水をかく音のように小さく。 少し前までの俺ならパブロフの犬の如く言われたとおりにしただろうが、今は苛々するだけだ。早くしてくれと言っただろう。 「どうして俺がアンタの言うことを聞かないといけないんですか」 言いつつ、上から下まで舐めるように見てやった。視姦とでも言おうか。そんな趣味は無いと想いたいが――しかしまぁ、劣情を抑えるのが困難な体だった。性犯罪者にはなりたくないが。 「――犯されたくなかったら、さっさと着替えて下さい」 なんなら手伝いましょうか? と笑顔で言ってやったら、かたかたと震えながらも物凄い速さで着替え始めた。途中何度か転んだりしたが。 ……出来るんなら最初からしろよ。まったく。 やれやれ、と肩をすくめた。一応言っておくが、犯す云々は冗談だからな。 「……ご、ごごめんなさいぃ」 着替え終わるやいなや、縮こまってぺこぺこと頭を下げてくる。 何がごめんなのか。今までの俺を巻き込んだ騒動の全部か、それとも着替えが遅かったことに対してか。知るヨシもないが、その程度で許しが降りる訳が無いのだけは確実だ。 「ふひゅっ!」 目を合わせただけで気持悪い悲鳴と共に後じさる。 俺を見る半べその目には、羞恥と恐怖がごっちゃになっている。だから冗談だってのに……扱いづらいというか、面倒な。 さっさと話だけ聞いてこの場を後にしたいと言う俺の願いはこのままでは確実に達せられそうにない。 ――その話の内容如何によっては、頭が狂って本当に犯してしまうかもしれないが、とにかく冗談だと言ってやることにした。 「一応言っておきますけど……」 びくん、と肩を震わせて俯く未来人さん。 「犯すとか冗談ですから。当たり前じゃないですか」 「ふぇ?」 意味不明の呻きとともに、頭をゆっくりと上げる。 あからさまにほっとしたような顔。 そして「で、ですよねぇ」と小さな笑い、胸に手を置いてはふぅと息を吐いた。天然もここまで来ると脳に欠損があるんじゃないかと思えてくる。 そんな可哀想な天然さんは俺が呆れているのにも気がつかず、 「あ、お茶淹れますね」 てとてととコンロの方へ駆けて行き、がたごとと急須やら茶缶やらを弄りだす。 「この前買ったのは……あれぇ?」 ふりふりと左右に揺れる形の良いお尻を眺めながら、溜息を吐いた。 どうやらさっさと話をする気は毛頭ないらしい。 暫くして「はい、どうぞ」と出されてきた湯のみを手に取り――そのまま投げつけてやろうと思ったが、これで最後だと一口だけ飲んだ。 「すご。まず。店で出されたら店長呼んで怒鳴りつけますね」 本当は悲しいことに美味かったが。 「飲めたもんじゃないです。俺のこと馬鹿にしてるんですか」 また半べそをかきだした未来人さんは、俺が茶の残りを床にぶちまけると本気で泣き出した。これ以上此処に居る気は無い。付き合ってられない。詰め寄って、俺は不機嫌な声を絞り出した。 「話ってなんですか。いや、一つ教えてくれるだけで良いです。これは”既定事項”なんですか?」 口ではさらりと言ったが、内心は戦々恐々としていた。 違うと言ってくれと懇願している俺とそれでも別に良いという投げやりな俺が混在している。 「どし、てぇ……ひどぃ、え、ぐぅ、ひっく、うぅ……ひっく、うぅ」 恐かった。本当は答えなど聞きたくなかった。むき出しの心臓にナイフを突きつけられているような恐怖感。膝が震えるのを我慢しなかった。 「ひっく、ふぅ、うっく、うひゅぅ……」 俺は今正常と狂気の境界線に立っている。どちらに一歩を踏み出せば良いのか。 ぶっ壊れたハルヒの相手などしたくもない。 それでも俺はしてしまっている。 その原因は何なのか。俺が弱いだけなのか。それともそうなるように成っているのか。 「ひゅっく、うぇ、えぐ、ううぅ……」 言ってくれ、早く。アンタの顔も見たくないんだ。泣いてる場合じゃないだろ、えぇ、おい。 「どうなんだよ! おい!」 怒鳴りつつ服を掴んで前後に揺さぶった。 小さな頭の真っ赤な顔がぐわんぐわんと揺れ、零れる大粒の涙が散らばって、はじける。 メイド未来人は嗚咽を大きくするだけで、俺の問いには答えようとしない。くるしぃと呟くだけだ。 ……苦しい? 違う。違う違う違う。苦しいのは俺だ。アンタじゃない。何時も何時も苦しいのは俺だった! 「腹を刺されたのも、車にはねられそうになったのも、全部俺だろ!」 ……どうしてか泣きそうだった。 一時は楽しかったかもしれない思い出が、今は忌々しい単なる記憶でしかない。 「あ、ぐぅ、えふっ、ごめん、なざいぃ……」 「ごめんなさいで――」 済むのかよっ! という、言葉を飲み込んだ。 今はそのことはどうでも良い。今はこれが既定事項かそうでないのか、それだけ知れれば良い。 それに―― 「けふっ、うぐっ、う、けほっ」 手を離す。青白くなったコイツ……朝比奈さんの顔を見て、少しだけ罪悪感。何も首を絞めるような真似はしなくてよかった。泣き喚かせる必要も無い。ただ、答えだけ聞けば良い。 それなのにこんな事をしてしまったのは、昨日からハルヒがらみでストレスが溜まっていたからだろう。 ――つまるところ、俺も既にどうにかしているのだ。 「すいません。俺、どうかしてるみたいです……」 反吐を吐く気持で謝罪の言葉をひねり出す。 解放されるや床に蹲った朝比奈さんの肩をそっと抱いて、背中をさすってやった。 こんなことをした手前だ。嫌がれるかと思ったがそんな事は無かった。 「ううん。ごめんね。ごめんなさい、キョンくん……」 それどころか、俺に謝る朝比奈さん。分らない。謝られる筋合いはふんだんにあるが、この状況でどうしてそんな台詞が出てくるだろうか。 「私、何も知らない、出来ない……だから、今までいっぱい迷惑かけたもんね。キョンくん怒ってもしょうがないもんね……」 今日だって、私が呼び出したのにぐずぐずしてたから。お茶淹れるのも下手糞だから。 と、泣きながらごめんなさいを繰り返す。俺の服をやんわりと掴み、鼻にかかった声で連呼する。 ハルヒといい、朝比奈さんといい、昨日今日はこんなのばかりだ。 「――」 何も言うことは無い。朝比奈さんの言うその通りだったし、今更謝られてもどうしようもない。 ……まぁ、お茶をぶちまけたのと首を絞めた形になってしまったのは俺が悪かったが。 だからと言ってもう一度謝る気にもなれず、俺は無言で背中を摩るのを続けた。 本当に、どうしようもない。 「んしょ」 時間にすれば五分も無かったかもしれない。けれど、酷く長い時間が流れたような気分だった。落ち着いたらしい朝比奈さんは、俺の腕の中からよろよろと立ち上がると、メイド服の裾で顔を拭った。 俺もならって立ち上がる。とつとつと朝比奈さんが語りだす。 「お話っていうのはね、キョンくんの退部のことと涼宮さんに辞めなさいって言われたことだったの。どっちもいきなりで吃驚しちゃって……」 あぁ、なるほど。それだけで理解する。 「――つまり、これは既定事項では無いんですね」 「はい。少なくとも私達の歴史とは違います……ついでに言っちゃうと、涼宮さんの力も関係ありません。古泉君がそう言ってました」 「そうですか。良かった」 ほっと息をつく。そんな俺を見て、朝比奈さんはぷりぷりと怒り出した。 「良くないです。このままじゃ私たちの未来が……あっ」 言ってからしまったという顔をする。強張った俺の顔を見てびくんと肩を震わせる。やれやれ。分かっているんだったら言わなければ良いのに。 「――俺の未来は俺が作るもんですから」 聞きたいことは聞いた。これ以上どうにかなる前に、俺は部室を出た。 その間際に――本当にごめんなさい――悲しそうな声が聞こえた気がしたが、気にしなかった。 中庭にも何処にもハルヒの姿はなかった。 そんなに長い時間が経ったとは思わないが、待ちくたびれて帰ったのだろうか。 そんなことを思いつつ、下駄箱まで来て俺は鼻から息を吐いた。そうだよな。帰ってるわけないな。 「……ふん」 俺の靴箱の前でハルヒが体育座りをしていた。 片手にオレンジジュースのパックを握り締めて。 「あ、キョン! 用事はもう終わったの?」 俺を見つけるやいなや、立ち上がって飛びついてくる。 新しい玩具を買って貰った幼児のように嬉しそうだ。相変わらず瞳の濁りはあったが、本当にしあわせそうな顔をしている。 ……あぁ。どうしてだろう。ハルヒの笑顔につられて、俺の顔も僅かだけ綻んでしまった。 俺の頭もハルヒと同じくらいに壊れてしまっただろうか? それとも既定事項ではないと聞いて気分が良かったのか。分らない。けれど、嬉しそうな奴の機嫌を損ねてやろうという気分にはならなかった。 「待ったんじゃないか? 悪かったな」 「う、ううん。良いの。ちゃんと来てくれたから」 「来ないかも、って心配だったのか」 だから下駄箱で待っていたんだろうな。靴を履き替えないと帰れない。 ハルヒは困ったような顔をしながら、少しだけ、と呟いた。 「心外だぜ。俺は約束は守る男だぞ」 「そう、そうよね。ごめんなさい。キョンは優しいもんね」 約束を守るのと優しいのは関係ないと思うが、まぁ良いか。 「喫茶店にでも寄って日曜日のこと話すか」 「う、うん……」 「……?」 おかしいな。喜ぶかと思ったが、何故か歯切れが悪い。おまけに怪訝な顔をしている。 不思議に思っていると、ハルヒは俺の身体に鼻を近づけて、すんすんと匂いを嗅いだ。 何してるんだ? と今度は俺がいぶかしむ。 俺から離れたハルヒはそれまで怪訝だった顔を――眉を顰め、目を吊り上げ、不機嫌にしたと思ったいなや、 「……この香水の匂い、用事って、あの女と会ってたのね!」 地獄の底から響く怨嗟のような声で、そう叫んだ。 「え?」 何を言っているのか一瞬分らなかった。理解できなかった。 豹変したハルヒの表情と剣幕に思わず一歩二歩と無意識に後ずさる。 「何を――」 言っているんだ、と続けられなかった。 ハルヒは呆然としている俺に詰め寄ってきて、物凄い力でネクタイを引っ張った。急激に首を絞めた苦しさよりも、恐怖の方が大きく沸き起る。 俺の顔に自分の顔を近づけ、ハルヒはまた叫ぶ。 「どういうことなのよっ!?」 耳を劈く怒声。 「……い、いや、朝比奈さんに、呼び出されて」 それに対し、俺は反射的に答えていた。 「部室に、行ってた」 「キョンの方から誘ったんじゃないのね……?」 「あ、あぁ」 かくんと首を折るようにして頷く。 言い訳をしたり、とぼけるといった選択肢は浮かばなかった。浮かぶ筈がなかった。 鬼気迫るとはこういう事を言うのだろう。 あの頃のハルヒでも見せたことの無いような、激怒も憤慨も通り越した感情の爆発だった。 本能的に悟る。 ヤバイ。ヤバイバイ。下手を打つな。恐い。誤魔化さず本当の事を言え。 「昼休みの間に、机に、手紙が入って、たんだ。その、退部のことで話が、って……」 息苦しさに耐えて、声を絞り出す。 「……」 ハルヒは濁った瞳を見開き、俺の瞳を覗きこんだ。 決して視線を逸らしてはいけないと警鐘が鳴る。気持悪さと恐怖に負けそうになる。だが、逸らしてはいけない。その瞬間、咽喉元に噛み付かれてもおかしくないのだから。それほど――そう思うほど、今のハルヒは異常だった。 「――」 心臓の鼓動する音が、早く、そしてやけに大きく聞こえた。 ――ドクン、ドクン。 耳の内に心臓があるかのような錯覚を覚える。締められ、渇いた咽喉。けれど唾液を飲み込むことすら出来ない。 「……そうよね。うん、そうに決まってる」 ――時間が流れるのが遅かった。 永遠にも感じた数秒間の後、ハルヒはぼそりと呟いて、何度も頷いた。 何かに酷く納得したようだった。俺の言い分を聞き入れたのだろうか? 般若のような形相が、元の表情に戻っていく。ネクタイを握る力をふわっと緩まった。いや、離した。 「げ、ほっ、ごほっ、……けほっ、つはっ、はぁ――」 首が解放され、スムーズに呼吸できるようになる。 足に力が入らなかった。よろめき、方膝をついて、咽喉に手を当てて思わず咳き込んだ。 ドクンドクンと、心臓はまだ高鳴っている。恐怖も消えず、鼓動も暫く治まりそうに無かった。 「……キョンは誰にでも優しいから、勘違いしてるんだわ、あの女」 ふと、よく分らないことをつぶやき出す。 怪訝に思う。いったい、何を言っている……? 気味の悪いことに、声音には何の感情も含まれていなかった。 目線だけをゆっくりと上げて、ハルヒの顔を見る。 「キョンは私の物なのに、あの体で誑かして……」 顎に手をあてて、ぶつぶつと。 言っていることはオカシイが、その姿は一見落ち着いたように見える。 「……嫌がるキョンに無理矢理せまったのね」 ――見えただけだった。 「ムカツクわね。ムカツクムカツクムカつく……ッ!」 忘れてはいけない。 コイツはとっくにぶっ壊れているのだ。 「……意地汚い雌豚、殺してやる」 濁り澱んだ黒く昏い瞳。焦点をあわせず、ただ虚ろに何かを見ている。 ――能面のような顔には、狂喜があった。 「うん。そうよ。それが良いわ。名案だわ」 ――ねぇ、キョン? 貴方もそう思うでしょ? 「……」 ハルヒは虚ろだった焦点を俺に合わせて、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。 背筋を何かとても嫌なものが這い上がるのを感じた。その問いに、俺はなんと答えたのだろうか。 馬鹿、そんなこと止めろ――? 思わない。何考えてるんだ、お前――? そうだな。それが良いな――? 分らない。分りたくもない。ただ、血の気が引く音が聞こえたのだけを覚えている。酷く昔の記憶が瞬間だけ、脳裏を掠めていった。涼宮ハルヒはあれでいてとても常識的だと。人が死ぬことなんて望んでいないと。誰が言ったのか。知らない。でも、俺も同調していた気がする。 でも、今は。 世界が反転した。俺は何も言っていなかった。口は間抜けに半開きになったままで、言葉を発していなかった。呆然とハルヒを眺めている。正視していない。ただ、視界の中に入っていたのがソイツだっただけ。あやふやだった。 でも、今のコイツは。 本気でやりかねない。いや、コイツは本気で朝比奈さんを殺すつもりだ。本気で名案だと思い込んで、本気で俺に同意を求めている。いやがるのだ、狂気の渦に、俺を巻き込もうとしている。 「……っ!」 俺は辺りを見回した。――灰色になっていないか? 立ち上がり素早く視線を巡らせた。けれど、世界は正しいままだった。 グラウンドの方からは運動部の掛け声が聞こえ、下校せんと脱靴場を出て行こうとする後姿、笑い声。 「何してるの、キョン? ねぇ、どう思う?」 ハルヒが近づいてくる。能面に歪な笑みをはっつけて、三日月に吊りあがる口は骨で作った釣り針のよう。くすくすくすと笑いがなら、俺に手を伸ばしてくる。 「……来るな」 本当に俺の物なのかと思うほど、低い声だった。 ……気持が悪い。恐い。 ……気味が悪い。逃げろ。 本能も理性も、満場一致で同意見……本気でコイツには拘わってはいけない。 「……キョ、ン?」 ハルヒが何を言われたのか分らないと、怪訝な顔をしている。 何だ、聞こえなかったのか? 何度でも言ってやる。そして、いい加減にしろ。本当に手遅れになる前に。いや、そんなことはどうでもいい。そんな顔で俺に近づくんじゃない! 「何言ってるんだよ、お前。殺すとか意味わかんねぇよ、冗談にしちゃあ趣味が悪すぎるぞ!」 俺はハルヒの手を思い切り叩いて払いのけ、大声で叫んでいた。 「じょ、冗談なんかじゃ……」 「……なぁ、止めろよ。そんな顔するなよ。そんな声出すなよ! 止めろよっ! 来るな、寄るな、触るな、馬鹿野郎っ!!」 すがり付いてこようとするハルヒを避ける。 伸ばされてきた手を、再び思い切り払う。痛いよキョン、という妄言。止めろ。 「止めろ、止めろ、止めろぉぉぉおおおっ!!!」 叫んで、咽喉の震えるままにありったけの感情を吐き出して、俺は駆け出していた。 上靴のまま外に飛び出して――すれ違う間際のハルヒの顔は死人のようで――全速力で走った。 自転車に跨って漕いで漕いで家に着き扉に鍵を閉めるまで、一度も後ろを振り向かなかった。 振り向けばそこにアイツが立っていて、にこりと微笑み、または泣きながら、 ――私の物にならないキョンなんか、死んじゃえ。 狂気に任せ、凶器を突き出してきそうで。 そんなものは幻覚だと言い聞かせても、夕飯も咽喉を通らず、まともに眠ることすらできなかった。電話は、鳴らなかった。