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一体、何がどうなっているのか。 この状況下を理解できている奴がいるならとっとと俺の前に来てくれ。すぐには殴らないから安心しろ。 洗いざらい聞き出してからやるけどな。理解できるのは首謀者以外ありえないからな。 『一度しか言わないので、聞き逃さないようにしてください』 そう体育館内に聞き覚えのない声が響き渡る。 まず、状況を説明しよう。俺たちは今体育館にいる。外は薄暗く、窓から注がれる月明かりしか体育館内を照らすものがないが、 それで体育館内の壁に立て掛けられている時計の時間がかろうじて確認できた。1時だそうだ。午後ではなく午前の。 体育館内には北高生徒が多数いた。皆不安そうな表情を見せつつも、パニックを起こすまでには至っていない。 何でそうなる可能性を指摘しているのかと言えば、俺たちがどうしてこんな夜中に体育館にいるのかがさっぱりわからないからだ。 俺は確かベッドに潜り込んで寝たはずだ。次の瞬間、気が付いたら体育館の中と来ている。 夢遊病でも制服まで着込んでこんな遠くまでくるなんてありえないし、大体これだけの大人数が突然夢遊病に かかって同じ場所に集結するなんて絶対にあり得ないと断言できる。ならば、これは何者かがしくんだ陰謀と見るべきだろうな。 それも、普通の人間の仕業ではなく、いつぞやの雪山で起きた建物に俺たちを閉じこめてレベルの連中が仕掛けたのだろう。 俺もここまで冷静な思考ができるようになっていたとはうれしいよ。 『ルールは簡単です。今から3日間、あなた達が生き残れば何もかも元通りになります。しかし、全員死んでしまった場合、 この状況が現実になってしまいます。ようは一人でも生き残れば、例えその他の人が死んでもそれはなかったことになり、 一人も残れなかった場合は全員死んだままになると言うことです。あと助けを求めようとしても無駄です。 現在、この空間にはこの施設内以外には人間は一人も存在していません。電話も通じません』 一方的すぎる上に訳がわからん。どうしてこんなことになってしまったのか。前日を思い出してみるか。 ◇◇◇◇ 季節は春。3学期も半ばにさしかかり、残すイベントは球技大会ぐらいになっていた。 俺たちはいつも通りにSOS団が占領下においている部室に集まって何気ない日常を送っていた。 放課後になって、朝比奈さんのお茶をすすりつつ、古泉とボードゲームに興じる。 ワンパターンと言ってしまえばそれまでだが、平穏であることを否定する必要もない。 「おい、ハルヒ」 相変わらず激弱な古泉をオセロで一蹴したタイミングで、俺はあることを思い出してハルヒを呼んだ。 退屈そうにネットをカチカチやっていたハルヒは、 「なーに?」 「今度、球技大会があるだろ? おまえも参加しろよな」 「いやよ、めんどくさい」 とまあつれない返事を返されてしまった。ちなみにこうやって参加を促しているのは、 別にスーパーユーティリティプレイヤー・ハルヒを参加させてクラスに貢献!なんて考えているわけではなく、 クラスメイトの阪中からハルヒを誘ってほしいと言われたからである。 最初は戦力としてほしいから言っているんだろうと思ったが、もじもじしている阪中を見ていると どうも別の理由があるらしい。ま、いちいち他人のことに口を出してもしょうがないし、 阪中自身が言いづらいから俺のところに頼みに来ているのだろうから、快く引き受けておいたがね。 「おまえな……たまにはクラス行事に参加しろよ。いつまでも腫れ物扱い状態で良いのか?」 「べっつに構わないわよ。気にしないし。大体、球技大会ってバレーボールじゃない。そんなありきたりのものに 参加したっておもしろくもないじゃん。南アルプスでビッグフット狩り競争!ってのなら、喜んで参加するわよ」 「そんな行事に参加するのはお前くらいだ。おまけに球技大会ですらねえよ」 俺のツッコミも無視して、良いこと思いついたという感じにあごをなでるハルヒ。 このままだと春休みにはアルプスに連れて行かれかねないな。 「あー、でも一般客も見に来たりするんだっけ? それなら、クラスじゃなくてSOS団としてなら参加して良いわよ。 いいアピールにもなるしね。ユニフォームのデザインはまっかせなさい!」 「勝手に変な方向に話を進めるな!」 俺の脳裏に、開会式にSOS団が殴り込みを掛ける映像が再生される。それも全員がハルヒサナダムシ風ユニフォームを着込んで いや、朝比奈さんだけは別か。何を着せられるのやら。ハルヒなら本気でやりかねないから冗談にもならん。 「やれやれ……」 難しいとは思っていたが、こうも脈がないとハルヒ参加は無理みたいだな。阪中には明日謝っておこう。 で、その後は古泉とのボードゲームを再開。夕方になって全員で帰宅モードへ移行。何気ないいつもの一日だった。 ただ、少し気になったのは部室内にいる間、少し様子のおかしかった長門だ。何かを問いかけられた訳でもないのに どうも数センチだけ頭を傾ける仕草を頻発していたのが少し気になっていたので、 「……長門。どうかしたのか?」 帰り道でハルヒに気づかれないように聞いてみる。長門はしばらく黙っていたが、 「情報統合思念体とのアクセスが不安定になっている。原因不明。私自身のエラーなのか、外部からの妨害なのかも不明」 「また、やっかいごとか?」 「回答できない。情報があまりに不足している。帰宅次第、調査を続行する」 「そうか」 俺は嫌な予感を覚えていた。特に長門自身のエラーということについて、つい敏感に反応してしまう。 あの別世界構築騒動の再来になりかねないからだ。 と、長門が俺に視線を向け続けていることに気が付く。そして、俺の不安を察知したのか、 「大丈夫。前回と同じ事にはならない。私がさせない」 きっぱりと言い切った言葉に俺はそれ以上不安を覚えることはなかった。 で、その後は夕飯を食って、部屋で適当にごろごろして、ベッドに潜り込んだ…… ◇◇◇◇ 『校舎と校庭の方にはたくさんの武器が置いてあります。自由に使って構いません。あと、本日午前6時までは何も起こりません。 では、がんばってください』 そこまで言うと、声が止まった。生徒達のひそひそ声がかすかに聞こえるようになる。 昨日のことを思い出してみたが、おかしかったのは長門の様子ぐらいだ。確かに、雪山でも長門の異常とともに、 あの洋館に押し込められたっけか。今回も同じと言うことなのか? 「やあ、あなたも来ていましたか」 考え事をしていたため、目の前のスマイル野郎の急速接近に気が付かなかったことが悔やまれる。 古泉の鼻息が頬にあたっちまったぜ、気色悪い。 俺は微妙な距離を取りつつ、 「ああ、本意どころか、夜中の学校に迷い込んだ憶えもないがな。お前も同じか?」 「ええ、気が付いたらここにいたという状態です。してやられましたね。油断していたわけではありませんが」 そう肩をすくめる古泉だ。ニヤケスマイルはいつも通りだが。 「キョン!」 「キョンくん~!」 「やっほー!」 と、今度は背後から聞いたことのある声が3連発だ。最初のがハルヒで次に朝比奈さん、最後は鶴屋さんだな。 振り返らなくてもわかるね。で、その中には長門もいると。 「全くなんなのよ、これ! 誰かのいたずらにしては大げさすぎない? 人がせっかく暖かい布団でぬくぬくしていたのにさ!」 そうまくし立て始めるハルヒ。こいつにとっては燃えるシチュエーションのはずだが、 寝ていたところをたたき起こされた気分のようで、すこぶる荒れているみたいだな。 「こ、これなんなんですかぁ~。どうしてあたし、学校の体育館にいるんですかぁ?」 涙目でおろおろするばかりの朝比奈さん。これはこれで……ってそんなことを考えている場合じゃない。 俺は即座にこの状況を唯一理解できそうな長門の元へ行く。 相変わらずの無表情状態だったが、少し曇った印象を受けるのは闇夜の所為ではないだろう。 「おい、長門。これは昨日言っていた異常の続きって奴か?」 「…………」 俺の問いかけに長門は答えなかった。もう一度同じ事を聞こうとして、彼女の肩をつかむと、 「情報統合思念体にアクセスができない」 長門はぽつりと言った。あの親玉にアクセスができない? となると、ますます雪山と同じ状況じゃないか。 「ちょっとちょっとキョン! 何こそこそやっているのよ! まさか有希をいじめているんじゃないでしょうね!」 人聞きの悪いことを言いながら俺に詰め寄るハルヒ。こんな状況でいじめる余裕がある奴がいるなら会ってみたいけどな。 そこに、古泉が割って入り、 「まあまあ。けんかをしている場合ではないでしょう。それにこれ以上、体育館にいても仕方ありません。 とりあえず、外に出てみませんか? どうやら、これをしくんだ者からのプレゼントもあるようですし」 「そうね」 ハルヒは素直に古泉の提案を受け入れ、体育館の出入り口に向かう。 「ひょっとしたら、辺り一面砂漠になっていたりして! なんだかワクワクしてきたわ!」 もうハルヒはこの状況を受け入れつつあるらしい。らしいといえばらしいが。 ふと気がつくと、今までひそひそ話をする程度だった他の生徒たちも俺たちについてくるように、 体育館の出入り口に向かって歩き始めていた。一様に不安そうな表情を浮かべているものの、 特に錯乱するような奴はいない。なんだ? おかしくないか? どうして誰も泣いたりわめいたりしない? 「気づいたようですね」 またニヤケ男が急接近だ。しかも、耳元に。吐息が当たって気色悪いんだよ! 「何がだ」 「他の生徒の様子ですよ。まるで落ち着いている。ちょっと動揺しているように見えますが、 表面上だけです。訓練された人間でもこうはいかないでしょう」 「そのようだな。でも、ひょっとしたらみんな肝が据わっているだけかもしれないぞ」 「それはありえません。あなたが初めて涼宮さんに絡んだことに出くわした時を思い出してみればわかるはずです。 しかも、ざっと見回す限り1学年のみの生徒がいるようですが、それでも数百名のうち一人も錯乱しないわけがありません」 「何が言いたい?」 「まだ結論を出すには早いですが、何らかの人格調整を受けたか、あるいは――」 古泉は強調するようにワンテンポおいて、 「姿形だけ同じで、中身は全然別物かもしれませんね」 そこまで言い終えた瞬間、俺たちは体育館から外に出た。 ◇◇◇◇ 「なに……これ」 呆然とハルヒがつぶやく。俺も同じだ。驚きを通り越してあきれてくるぞ、これは。 体育館から出てまず気がついたのは、武器の山だ。体育館の周りに所狭しと銃器が山積みになっていた。 俺は思わずそれを一つとり、 「M16A2か。状態も良さそうだ」 そう知りもしないはずなのにつぶやく。さらに安全装置などを調べている間に、俺ははっとして気がつく。 「なあ古泉。俺はいつからミリタリーマニアになったんだ?」 「さて、僕もあなたのそんな一面を今までみた覚えはありませんが」 古泉も同じようにM16A2を手慣れた感じに、チェックしている。当然だ。俺は映画以外では鉄砲なんて みたこともないし、ましてや撃ったこともない。さわったことすらない。しかし、なんだこの手慣れた感触は。 使い方、撃ち方、整備の仕方までどんどん頭の中に浮かんでくるぞ。どうなっているんだ一体! 「みてください。弾丸の詰まったマガジンも山積みです。どこかと戦争になっても一年は戦えそうですよ」 しばらく古泉は表情も変えずに古泉は武器の山を眺め回していたが、やがてそばにいた長門となにやら話し始めた。 「キョンあれ見てアレ!」 ハルヒが興奮気味に指したのは、校庭だ。そこには10門の火砲――120mm迫撃砲と、 一機のヘリコプター――UH-1が置かれている。って、やっぱりすらすら知りもしない知識が沸いて出てきやがる。 「なによこれ、いつから北高は軍事基地になったわけ?」 なぜか不満そうなハルヒ。あまりこっちのほうは好みではないのか? そんな中、朝比奈さんは不思議そうに無造作に並べれられている迫撃砲の砲弾を突っついている。 「うわ~、何ですかこれ? 初めて見ましたぁ~」 「こらみくる、さわると危ないよっ! 爆発するかもしれないんだかさっ!」 「ば、バクハツですかぁ!?」 びっくりして縮こまる朝比奈さんとおもしろそうにマガジンの山をつっついている鶴屋さん。まあ、鶴屋さんがいれば 大丈夫だろ。 「おい、これって俺たちに戦えってことじゃないのか?」 突然、聞き覚えのない声が飛んできた。さらに、 「さっき、体育館で聞いたじゃない。3日間生き残ればいいって。きっと敵が襲ってくるのよ!」 「おいおい、俺は殺されたくねえぞ」 「そうよそうよ! 徹底抗戦あるのみだわ!」 突然俺たち以外――SOS団に関わりのない生徒たちが盛り上がり始めた。そして、次々とM16A2を手に取り、 構えたり、チェックをはじめやがった。何なんだ、何だってんだ。どうして、誰も疑問に思ったり拒否反応を示したりしない? おまけに俺と同じように知っているかのように扱っている。 さらに、狂った状況が続く。 「でも、ばらばらに戦っていちゃだめだ! 指揮官がいるな!」 「そうね!」 「誰か適任はいないのか?」 「そうだ! 涼宮さんなら!」 とんでもないことを言い出す奴がいたもんだ。よりによってハルヒだと? 一体どんな奴がそんなばかげたことを言い出したんだと声の方に振り返ると、そこには文化祭でドラムをたたいていた ENOZのメンバーの一人がいた。 当のハルヒはきょとんとして、 「あ、あたし?」 そう自分を指さす。さすがのハルヒでも状況が理解できていないらしい。 「そうだよ! 涼宮ならきっと俺たちを導いてくれる!」 「お願い涼宮さん! 指揮官になって!」 「俺も頼む! おまえになら命を預けられる!」 『ハルヒ! ハルヒ!』 「ちょ、ちょっと待っててば!」 と、最初こそしどろもどろだったが、やがて始まったハルヒコールにだんだん気分がよくなってきたらしい。 だんだん得意げな顔つきになってきたぞ。 「ふ、ふふふふふふふふ」 ついには自信に満ちあふれた笑い声まで発し始めやがった。 「わかったわ! そこまで頼られちゃ仕方がないわね! このSOS団団長涼宮ハルヒが指揮官としてあんたたち全員を 守ってあげるわ! このあたしが指揮する以上、どーんと命を預けてもらっていいわよ! アーハッハッハッハ!」 そうやって生徒たちの中心で拳を振り上げるハルヒ。あまりの展開に頭痛がしてきたぞ。 額を抑えていると、長門と密談を終えたらしい古泉がまた俺に急接近してきて、 「大丈夫ですか?」 「ああ、今ひどい茶番を見た」 微妙な距離を保ちつつ答える。古泉はやや困ったように表情を変え、 「それには果てしなく同意しますね。しかし、この強引すぎる茶番劇でしくんだ者の大体目的が理解できました」 「頭痛が治まったら聞いてやる……ん?」 ふと俺の目に二人の生徒がこの茶番劇な流れに逆行するようにこっそりと移動しているのが入ってきた。いや、正確に言うと、 一人が逃げるように移動し、もう一人がそれを追いかけているみたいだ。まあ、思いっきり見覚えのある奴なんだが。 「まずいよ、勝手に逃げ出しちゃ」 「馬鹿言え! こんなばかげた催しに参加してたまるか! おまけに総大将が涼宮だと? 冗談じゃねえよ!」 「でも、なんだかおもしろそうだよ? すごいものがいっぱいあるし」 学校の塀を必死に上ろうとするが、どうしてもうまくいかない谷口。そして、それをやる気なく止めようとする国木田。 何というか、この意味不明空間に閉じこめられてから、初めて正常と思える人間にであったな。 「おい、何やってんだ谷口。それに国木田も」 そんな二人に向かって声をかけると、谷口の野郎がまるで鬼でも見るような目で、 「く、くるなキョン! いや、別におまえに恨みはないが、セットで涼宮がついてくるかもしれないからな! 今は見逃してくれ! 頼む! 明日弁当をおごってやるから!」 もう谷口は今にも泣き出しそうだ。まさに普通の反応。安心するどころか癒されるね。まさかアホの谷口に 癒しを求める日がこようとは。 「まあ、落ち着け。いや、落ち着かないほうがおかしいけどな」 「どっちだよ」 すねた表情で谷口が抗議する。俺ははいはいと手を振りながら、 「とにかく、逃げだってどうにもならんだろ。ここがどこなのかもわからんしな。それにさっきの超不親切放送を信じるんなら、 3日間学校に閉じこもっていれば、何もかも元通りとのことだ。それなら学校のどっかに隠れていた方がマシだろ」 「僕もそう思うよ。別に殺されると決まった訳じゃないし」 国木田がうなずいて俺に同意する。しかし、谷口は聞く耳も持たず、またロッククライミングを再開して、 「うるせえ! そんなの信用できるか! とにかく俺は逃げる! 誰も知らないところで隠れて3日間逃げ切ってやるからな!」 わめきながら谷口はようやく塀を乗り越えようとした瞬間―― 「うわわわわわっ!」 情けない悲鳴を上げて、背中から落下する。 咳き込む谷口の背中をさする国木田を背に、俺もとりあえず塀を上ってみる。一応何があるのか確認しておきたいからな。 「……なんてこった」 塀を乗り越えた俺の目に広がったのは、絶望的に広がった暗闇だ。夜だからではない。学校の塀が断崖絶壁になり、 それよりも向こう側には何もなかった。崖のそこは暗く何も見えない。まさに底なしだ。落ちたらどうなるのか。 試してみたい気もするがやめておこう。 「畜生……なんてこんな目に……」 すっかり逃げる気も失せた谷口は、肩を落として地面に座り込んでいた。一方の国木田はいつものまま。 マイペースな奴だ。 俺はとりあえずハルヒの元に戻ることにした。谷口ももう逃げようとはしないだろうし、あとは国木田にでも任しておけばいい。 しかし、体育館入り口に戻った俺はさらに驚愕する羽目になった。 「ほらほらー! 時間がないんだからちゃっちゃと運びなさぁい! そこ! それ落としたら爆発するかもしれないから、 慎重に扱ってね! さあビシバシ行くわよ!」 校庭のど真ん中にたったハルヒが、メガホン片手に生徒たちを動かしていた。そこら中に散らばっている銃器や砲弾を 学校の校舎内や体育館に運び込ませさているらしい。実際、野ざらしだとどんなはずみで暴発するかわからんから、 ハルヒの判断は間違ってはいないが、すっかり指揮官なりきり状態にはいささか不安を覚える俺だった。 ◇◇◇◇ 「さて! じゃあ、SOS団ミーティングを始めるわよ!」 ハルヒの威勢のいい声が部室内に広がる。最初のとまどいもどこにやら、完全にいつものペースに戻っているようだ。 おまけに総大将とかかれた腕章まで着けている。すっかりその気になっているみたいだな。 全生徒総出での片づけがようやく終了して、現在午前4時の部室内にいるのは、 SOS団のメンバー+鶴屋さんの総勢6名である。 総大将ハルヒはどうやらSOS団関係者を中心としてこの事態を乗り切るつもりらしい。 「とにかく、このよくわかんない状況をとっとと終わらす必要があるわね! さっき体育館でなんて言っていたっけ? 古泉君」 「3日間一人でも生き残れば、その間にあったことすべてが無効となって、元の世界に戻ることができる。 しかし、全員死んでしまった場合はこの3日間の間に起こったことがすべて事実になる。ということのようでした。 あと、午前六時――あと一時間後までは何も起きないとも言っていましたね。それに我々以外の人間は存在せず、 助けを求めようとしても無駄だとも」 さわやかに答える古泉。ハルヒは満足げにうなずき、 「そう! それよ! さすが古泉君ね!」 なにが、さすが古泉なのかわからんが、そんなことはどうでもいい。 「おい、ハルヒ。ちゃんと状況を理解しているのか? 体育館で一方的に言われた内容だと、これから俺たちは 命をねらわれるということになるんだぞ。いつもの不思議探検ツアー気分でやっているんじゃないだろうな?」 「わかっているわよ、そんなこと」 当然だとハルヒ。さらに続ける。 「まあ、いつもならこんな訳のわからない超常現象に遭遇してワクワクしているかもしれないけど、 はっきりいってシチュエーションが気にくわないわ。仕掛けてきたのが宇宙人なのか未来人なのか異世界人なのか 知らないけどこんな不愉快な接触をしてくるなんてナンセンスすぎ! 説教の一つでもしてやらないと!」 これでハルヒが望んだからこんなけったいなことに巻き込まれたというのはなしだな。 ますます雪山の一件と同じになってきた。 ハルヒは仕切り直しというようにわざとらしく咳き込んで、 「まず、これからどうするかよね。有希、何か良い意見ある?」 何で真っ先に長門に聞くんだ。確かに一番適任かもしれないけどな。 話を振られた長門は、数センチ頭を傾ける動作をしたまま無言だった。 ハルヒはそれをわからないというポーズと受け取ったようで 「そっか、有希に聞いても仕方ないわね。じゃあ、古泉君は?」 今度は古泉に話を振るが、それに割り込むように鶴屋さんが大きく手を挙げ、 「はーい! やっぱさ、ここは偵察所を兼ねた前線基地を作ったほうがいいと思うねっ! 話を聞く限りだともうすぐこの学校は何かにおそわれるってことだけど、いきなり本拠地である学校への 襲撃を許したらまずいと思うんだっ! だから、少しでも敵を学校から引き離すためにさっ!」 「すばらしいわ、鶴屋さん! それ採用よ!」 はい、あっさりと終了。何気に息がぴったりな二人だな。しかも、鶴屋さん。 そんなことをすぐに思いつけるなんて、いくら名家の人とはいえこういった戦闘的な経験はあったりしませんよね? 話を振られようとしていた古泉も珍しく苦笑いを浮かべつつ、 「僕も賛成です。このままじっとしているだけでは、敵に叩かれるだけでしょうね」 俺はちらっと長門の方を見るが、相変わらずの無表情だった。とりあえず、口を開かないと言うことは 同意しているととっておくことにしよう。 俺も特に異論もないので、鶴屋さん案に同意する。 「なら決まりね! じゃあ、早速作戦を立てましょ」 そう言ってハルヒが机に広げたのは学校周辺の地図である。ただし、北高のすぐ左側を縦に黒いライン、また同じように 北高の敷地の南側に沿うようにも同じようにラインが引かれている。さっき谷口が腰を抜かした断崖絶壁を 表しているラインであり、屋上から確認したところ、北高より西側と南側はまるで何かに切り取られたように なくなっていた。よって、敵が襲ってくるなら北高よりも北西となる。 さて、こんな地理関係でどこに前線基地をつくればいいのかと考えてみる。というよりも敵がどこから襲ってくるのか 予測しなければ、前線基地の意味もないのでそっちが先決だな。 「北高の北側は住宅街です。見通しがききづらいので、民家を陰に接近されやすいでしょう。東側は森がありますが 幸い校庭に面しているため、即刻学校にとりつかれることはありません。校庭に侵入を確認した時点で 迎撃することが可能かと」 「なら北側しかないわね。でも、どこにするのがいいのかしら」 古泉の意見を取り入れつつ、ハルヒは北高の北側一帯を指でなぞる。そんな中、ちらちらとハルヒが目をやっているのは、 北山公園だ。そこそこ広範囲な森で隠れるならうってつけの場所だろう。 「そうなると、ここが最適じゃない?」 ハルヒが赤いサインペンで丸をつけたのは、北側に東西に延びるようにたてられているサンハイツと呼ばれる建物だ。 良い感じに北高をカバーする防壁のように立ち並んでいる。 「問題ないと思うよっ! ここなら建物沿いに学校へ移動してきてもすぐに発見できるんじゃないかなっ。学校からも すごく近いし、移動も簡単だと思うよっ!」 鶴屋さんが賛同するんで、俺も適当に賛同しておく。こういった頭を使うものは俺なんかよりもハルヒたちに任せておけばいい。 「ちょっとキョン! さっきから他人の意見ばっかりにハイハイしたがってないで、自分の意見を言ったら!?」 いつも人の意見を聞かないくせに、こんな時ばかり聞かないでくれ。どのみち、ハルヒや鶴屋さん以上の意見なんて 全く思いつかないんだからな。 「……まあ、いいわ。じゃあ、これで前線基地は決まりね! 次はお待ちかねのみんなの役割を発表するわよ!」 何がお待ちかねだ。一番胃が痛くなるやつじゃねえか。こいつが決めた物は大抵ろくな配分になっていないからな。 とくに俺と朝比奈さんは。 ハルヒは満面の笑みを浮かべて、懐から一枚のメモを取り出して机に広げた。 ● 総指揮官 涼宮ハルヒ(もちろん、すべての作戦を統括する一番偉い人!) ● 副指揮官 長門有希 (戦況を判断して的確に指示を出すSOS団のブレーン) ● 小隊長 古泉君 (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) ● 小隊長 鶴屋さん (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) ● 小隊長 キョン (30名の部隊を引き連れて前線で戦う人) 以上、これがメモかかれていたことである。総指揮官、副指揮官ときて次に小隊長かよ。階級差が飛びすぎだろ。 それになんか俺が前線で戦う人にされているし。 不満そうにしている俺に気がついたのか、ハルヒはしかめっ面で、 「何よ。 なんか不満でもあるわけ? いっとくけど、総指揮官であるあたしの命令は絶対よ! ハートマン軍曹より 厳しいからそのつもりで!」 放送禁止用語を連発するハルヒを想像してしまって吹き出しそうになるが、あわてて飲み込む。 「完全に数えた訳じゃないけど、体育館にいたのは一学年全員ぐらいはいたわ。となるとざっと数えて270人がいるわけ。 幸いみんな協力的だから、戦力として数えられるわけよ。で、そのうち5割を戦闘員として、キョンたちが指揮して、 残りは補給とか片づけとかの役割に回すわ」 続けるハルヒに少し安堵感を覚えた。さすがにSOS団VSコンピ研の対決の時のように突撃馬鹿になるつもりはないようだ。 ところでだ、メモ最後にかかれているのはいったい何だ? 「あのぅ……わたしは一体何をするんでしょうかぁ? 癒し系担当とかかかれているんですけどぉ……」 おそるおそる手を挙げて質問する朝比奈さん。メモには、 ● 癒し系担当 みくるちゃん (みんなを癒す係) とだけかかれている。確かにこれだけでは一体何をするのかさっぱりわからないな。 「それにみなさんは戦闘服なのに、なんでなんでわたしだけはナース服なんですかぁ?」 朝比奈さんの発言で思い出した。言い忘れていたが、今朝比奈さん以外の面々はみんなウッドスタイルな迷彩服を着込んでいる。 おまけに実弾入りの小銃のマガジンやら必要な物をすべて身につけ、肩には銃器を抱えていた。 これはとある教室に押し込まれていたものだったが、ハルヒ曰く、せっかくあるんだから使わないと損、と言って 男女問わず生徒たちに身につけるように指示を出した。むろん、俺たちSOS団+1も例外ではない。 おかげで全身が重くてたまらん。だが、それにすら慣れという感覚を感じてしまっている。 で、そんな中、朝比奈さんだけがナース服という状態だから、端から見るとコスプレ軍団が密談をしているようにしか見えんだろ。 「みくるちゃんは、その格好で歩いているだけでいいわ。それだけでみんな癒されるはずよ。 それに戦闘中に歩き回られても邪魔なだけだし」 ハルヒ、それは違うぞ。朝比奈さんはそんなけったいな衣装を着込まなくても十分癒しを提供してくれるんだ。 見てくれを気にしすぎるおまえには一生わからんだろうがな。 「じゃ、これで役割分担は終わり。さっそく実行に移しましょう」 「おい! これだけで終わりかよ!」 思わずハルヒに抗議の声を上げる。たとえばだ、俺が小隊長にされているが、分隊はどうするのかとか、 各装備はどうするのかとか―― 「そんなことは分隊長であるあんたが決めなさいよ。古泉くんと鶴屋さんも。あ、学校内の態勢とかはあたしと有希で決めるわ」 細かいところはやっぱり適当だな、おい。まあいいか、ハルヒにどうこういじられるよりかは、 俺が直接やった方が自由がききそうだ。やったこともない知識が頭の中にすり込まれているせいか、 どうすればいいかは大体わかるしな。 「さて……」 ハルヒは忘れ物はないかとしばらく考えていたが、 「ちょっと顔を洗ってくる」 そういって早足で部室から出て行った。いつもよりも落ち着きのない足取りからガラにもなく緊張しているのか? と、鶴屋さんと朝比奈さんもハルヒに続くように、 「あっ、あたしも行くよっ!」 「わたしも行きます~」 そう言って部室から出て行った。ただし、鶴屋さんは俺にウインクをして。どうやら気を遣ってくれたらしい。 まあ、せっかくのご厚意だ。今のうちに聞いておけることは聞いておこうか。 「おい古泉。もう頭痛も治まったから、さっきの続きを言っても良いぞ。ただしハルヒたちが戻るまでだから手短に頼む」 古泉は待ってましたといつもの解説口調で説明を始める。 「この閉鎖空間に近いような空間――わかりやすく疑似閉鎖空間と呼びましょう。これはあきらかに涼宮さんが作り出した物では ありません。現に神人も現れず、また僕の能力も使えるようになっていない。となれば、別の何者かがこの空間を作り出し、 我々をそこに押し込んだと推測できます」 「それは俺でも予想ができたな。雪山の時と一緒だろ」 「ええ、その通りです。あと、疑似閉鎖空間を作った者の目的ですが、おそらく涼宮さんを追い込んだ状況に 陥らせて彼女の能力を使った何らかのアクションが起きることを期待しているのかと」 「何を期待しているんだ?」 古泉は首を振りながら、 「残念ながらそこまでは推測できません。情報が不足しすぎていますしね。しかし、涼宮さんに強烈な負荷をかけて 彼女の精神状態を乱すことが目的なのか確実です」 「それにしては、状況が甘すぎるんじゃないか? 不親切とはいえ状況説明をしたあげく、わざわざ武器まで渡している。 おまけに学校の生徒をハルヒの言うことを聞くようにして、俺たちにも軍人並みの知識と経験もすり込んでいるしな。 いっそ、生徒全員、あるいはSOS団メンバーだけで殺し合いをするようにすれば、さすがのハルヒでも おかしくなるだろうよ。そんなのはまっぴらごめんだがね」 「それでは、涼宮ハルヒがこの状況そのものを否定する可能性がある」 そこで割り込むように口を開いたのは長門だった。そういや、体育館以来声を聞いていなかったな。 「長門さんの言うとおりです。それでは涼宮さんは疑似閉鎖空間そのものを破壊してしまうでしょうね。 彼女の能力を持ってすれば簡単な話です。それをさけるためには、一定レベルで涼宮さんがこの疑似閉鎖空間の状況、 つまりこの仕組まれた展開を受け入れなければなりません。先ほどの茶番劇も涼宮さんに対して、 今この学校内にいる全生徒が自分を信頼してくれているという暗示をかけたようなものでしょう。 涼宮さんの性格からあそこまで持ち上げられると乗ってくるでしょうし、何よりも不満があるとはいえ、 彼女にとっては今まで味わえなかった奇怪なシチュエーションです。今のところ、この状況そのものを 否定するような要素は存在しません。完全に仕組んだ者の思惑通りに進んでいると思います。今のところ、はですが」 なるほどな。確かにあいつが興奮気味なのは見てりゃわかる。しかし、それが敵と言える奴らの思惑なら 腹立たしいことこの上ない。 と、俺は学校から逃げだそうとしていた谷口――とおまけで国木田――を思い出し、 「だが、妙なこともあるぞ。確かにここにいる大半の生徒たちはハルヒに従うように人格を調整されているみたいだが、 俺たちSOS団のメンバーや鶴屋さんはどうなる? 確かに軍事知識と経験は頭の中にねじ込まれているみたいだが、 ハルヒに盲目に従うようにはなっていないぞ。谷口に至ってはハルヒが総大将になったとたん、 学校から逃走しようとしたぐらいだ」 「その通り。SOS団や涼宮さんに関わりの強い人間は、人格調整的なものまでは受けていないようですね。 しかし、これからもわかることがあります。涼宮さんに従うようにされている生徒たちは、はっきりと言ってしまえば、 捨て駒のようなものであり、使いたいときに使える道具とされている。あ、とはいっても本当にロボットのように なっているかと言えばそうではありません。9組の何人かと話をしてみましたが、性格的なものは普段のままでした。 あくまでもベースは個人の人格を踏襲しつつ、涼宮さんと関わる際にその指示に必ず従うよう 何らかの暗示のようなものをかけているのかもしれません。 本題は涼宮さんに近い人間を通じて彼女に負荷をかけるということです。 しかし、僕たちがあまりにいつもと違う言動を行えばリアリティを損ない、 涼宮さんが姿形は同じな別人であると認識しかねません。それでは負荷も半減するというものです」 つまり、普段のままの俺たちがどうこうなることで、ハルヒに衝撃を与えようとしているって訳か。 俺を殺してハルヒの反応を見るとかいっていた朝倉の仕業じゃないかと疑いたくなるぜ。 「ん? となるとハルヒ自身には何も操作が行われていないってことか? にしちゃ、武器の扱いも 手慣れているように見えたが」 「涼宮さんは文武両道、しかも何でもそつなくこなせる非常に優れた方です。そのくらいできても不思議ではありません。 あるいは、涼宮さん自身がそう望んだからかもしれませんが。どちらにしろ、今までの推測から涼宮さんの能力には 制限がかけられていないと考えられます。僕や長門さんとは違ってね」 古泉は困りましたねと言わんばかりに肩をすくめる。そういや、長門は昨日から異常を察知していたようだが…… 「古泉はともかく長門もそうなのか?」 「現在のところ、情報統合思念体にはまったくアクセスできない。また、わたしの情報操作能力も完全に封鎖され、 今ではあなたと大して変わらない」 ここぞと言うときにはどうしても長門に頼ってしまうのが悪い癖だと思っているが、 今回は頼ることすらできないと言うことか。しかし、それでも普段と同じ無表情を貫いているのは、 ただ緊張や不安という感情を持ち合わせていないためか、それとも見せないようにしているか。 以前みたいに脱出のためのヒントも期待できないだろう。どうすりゃいいんだ。 「我々からこの状況を同行できる状態ではありません。今は仕組んだ者の思惑に乗るしかないでしょう。今はね」 古泉の言うとおり、どうにかする手段どころか手がかりすらない。腹立たしいが、今はこのバカみたいな展開を 乗り切ることを考えるか。 ふと、長門がじっと俺を見たまま動かないことに気がつく。表情もそぶりもいつものままだが、 俺は何かの感情を込めたオーラのようなものがこっちに向けられていることをひしひしと感じる。 「取り返しのつかない失態。すまないと思っている」 長門は慣れない単語を口に出そうとしているためか、口調がぎこちなかった。だが、 「今のわたしにはあなたを守ることができない」 彼女の意志だけはこれ以上ないと言うほどに伝わった。 ◇◇◇◇ 『あー。テストテスト』 時刻は午前5時半。場所は校庭、俺たちは朝礼台の上でトランジスターメガホンのマイクテストを行う 総大将涼宮ハルヒに向かって、現在朝礼のように全生徒が整列して並んでいる。あと30分ほどで何かが始まるということだ。 ちなみに、並び順はハルヒから向かって右側に戦闘部隊――つまり俺や古泉、鶴屋さんがいる。生徒たちはハルヒだけじゃなく、 どうやらSOS団に深い関わりを持つ人間の言うことには素直に従うように調整されているらしい。さくさくと 1-5組を中心に30人をかき集めて小隊の編成をくみ上げて、こうやって整列している。なんだかんだで谷口と国木田も 俺の小隊に入った。他の二人も同様に編成を終えている。細かい編成内容を説明するのは勘弁してくれ。 無理やり詰め込まれた知識を披露するようなもんで、大変腹立たしいからノーコメントとさせてもらうぞ。 向かって左側にはそれ以外の生徒だ。長門はこっちのグループに入っている。で、なぜか朝比奈さんだけはハルヒのいる 朝礼台の上と来たもんだ。衆目の目前に景気づけにとんでもないことをやらされそうになったら一目散に飛び出すつもりである。 『えー、皆さん!』 準備が整ったのか、ハルヒがトランジスターメガホン片手にしゃべり始めた。 『はっきり言ってなんかよくわかんない状況だけど、あたしについてくれば大丈夫! どっどーんとついてきなさぁい!』 あまりの言いように俺は肩を落としてしまった。もう少し言うことがあるだろうに。誰も見捨てないとか、 みんなで乗り越えようとか。ハルヒらしいといえばそれまでなんだが。 『んで、とりあえず作戦なんだけど、北高の北側に前線基地を作ります。そこの担当は鶴屋さんね! よろしく!」 突然の指名に一瞬きょとんとする鶴屋さんだったが、やがていつもの笑顔に戻り、 「へっ? あたし? りょーかいっ!」 おい、そんなことは初めて聞かされたぞ。前もって言っておけよな。そして、鶴屋さん。それを少しも動じずに 受け入れられるあなたは大物すぎます。 『他の人たちは適当に学校周辺を見張って。特に校庭側に注意すること! 今のところは以上!』 適当すぎる。今からでも遅くない。とっつかまえて再考させるべきではないだろうか。 「すがすがしいほどに簡潔でわかりやすいじゃないですか」 相変わらずのイエスマンぶりを発揮する古泉。もはやつっこみも反論する気にもならん。 『じゃあ、最後に癒し担当のみくるちゃんに、激励の言葉をお願いするわ!』 そう言ってトランジスターメガホンを手渡された朝比奈さんはただおろおろするばかり。 しばらく、ハルヒと言葉を交わしていたが、結局いつものように観念したのか、朝礼台の前に立った。 『ええーと、あのーですね……』 「みくるちゃん! そんな覇気のない声じゃ激励になんないでしょ!」 メガホンなしでもハルヒの声が聞こえてきた。朝比奈さんが不憫すぎる。今すぐにでも助けに行くべきか? しかし、俺が考えている間に朝比奈さんは決意したようで、 『みっみなさーん! がんばってくださーい! 一緒にかえりまひょー!』 その声に全生徒が一斉に腕を上げておー!と答える。ちなみに、男子生徒はやたらと張り切って手を挙げているのに対して、 女子生徒はいまいちやる気なく手を挙げているのは俺の偏見にすぎないのだろうか? ハルヒはとっとと役割を終えた朝比奈さんからトランジスターメガホンを奪い取り、 『よーし! じゃあ、張り切って作戦開始!』 黄色い叫び声が飛んだと当時に、並んでいた生徒たちの整列が解け、それぞれの持ち場に移動を開始した。 やれやれ、これからが本当の地獄だろうな。 と、俺の小隊の連中がぞろぞろと周囲に集まり始めていた。どうやら、俺の指示を待っているらしい。 そんなとき、学校から出て行こうとする鶴屋さんの姿が目に入る。俺は彼女の元に駆け寄り、 「すいません鶴屋さん、ハルヒの奴が勝手なことばかり言って。本来なら俺か古泉が行くべきなんでしょうけど」 「んー? いいよっ、別にさっ! 言い出しっぺはあたしだからちょうどいいよっ!」 変わらずハイテンションだな。ハルヒといい勝負かもしれん。 「じゃっ、あたしは行くよっ! みくるによろしくって言っておいてっ! じゃあ、またねーっ!」 まくし立てるように言ってから鶴屋さんは学校から小隊を引き連れて出て行った。無事を祈ります、鶴屋さん。 「キョンくーん!」 続いて一歩遅れて俺の元にやって来たのは朝比奈さんだ。ああ、そんな息を切らせて走ってこなくても。 呼んでくだされば、たとえ地球の裏からでも馳せ参じますから。 朝比奈さんは呼吸を整えるようにいったんふーっと息を吐き出すと、 「つ、鶴屋さんはもう言っちゃいましたか?」 「ええ、たった今。朝比奈さんによろしくって言っていましたよ」 何か伝えたいことでもあったのだろうか。残念そうな表情を見せる朝比奈さんだった。 「しかし、すごい人ですね。こんな状況だってのに全くいつものペースを乱していないんですから。 俺もあの度胸を少しだけ譲ってほしいかも」 「そんなことないです!」 俺の言葉を即刻否定されてしまった。見れば、普段とは違ったまじめな顔をした朝比奈さんがいる。 「そんなことはありません。鶴屋さんはこの事態を深刻に受け止めているんです。だって……」 朝比奈さんは強調するようにワンテンポをいてから、 「だって、鶴屋さん、ここに来てから一度も笑っていないんです。いつもは少しでも楽しいことがあればすぐに……」 言われてからはっと気がついたね。確かに口調とハイテンションぶりは変わっていなかったが、 一度も笑っていない。いつもあんなに心底楽しそうに笑う人なのに。 「すみません。俺がうかつでした。そうですよね、あの人なりにやっぱり考えることも当然あるでしょうし」 「いいいいえ、別にキョンくんを責めた訳じゃないんですよっ。ただ、鶴屋さんも真剣になっていると わかってほしかっただけなんです」 「それはもう、心の底から理解していますよ」 とまあ、なんだかんだで良い感じになっていた俺たちな訳だが、それをぶちこわす奴が登場だ。 「あ、朝比奈さん! どうも! 谷口でっす!」 おーおー、鼻の下をのばしきった下心丸出しのアホが登場だ。せっかく良い感じだったってのに。 「谷口さんですね。覚えています。映画撮影と文化祭の時はどうも」 丁寧にお辞儀をする朝比奈さんだが、そんな奴にかしこまる必要はありませんよ。顔にスケベと書かれているし。 そこで谷口は突然襟を正し始め、少し不安げな表情になる。そして、ねらい澄ましたような口調で、 「朝比奈さん。実は俺、怖くてたまらないんです。こんな世界に押し込まれてこの先どうなるかもわからない。 だから、せめてあなたの胸で抱擁させていただければ、この不安も少しは解消されて――ぶっ!」 「小隊長命令だ。とっとと朝比奈さんから離れろ」 堂々とセクハラしますよ宣言をしやがった谷口の襟をつかんで、俺のエンジェルから引きはがす。 一瞬息が詰まったのか、谷口は咳き込みながら、 「キョン! なにしやがる!?」 「うるせえ。小隊長命令が聞けないなら、キルゴア中佐命令まで格上げしてサーフィンさせるぞ。当然銃弾が飛び交う中でだ」 「職権乱用だ! 大体、サーフィンってどこでやるんだよ!」 なんてしつこく抗議の声を上げているが完全無視だ。幸い国木田が仲裁に入って、アホをなだめているので、 「ささ、朝比奈さん、ここには野獣がいますから戻った方が良いです」 「あ、はい……」 そう言って彼女は内股走りで去っていった。やれやれ、下劣な侵略を阻止したってことで俺の任務は終了にしてくれんかね。 谷口はまだ何か言って見るみたいだが、完全に無視。で、次にやることはっと…… 「……何をすれば良いんだ?」 俺はハルヒが引っ張り回している120mm迫撃砲を見ながら考え込んでしまった。 ◇◇◇◇ とりあえず、俺は東側からの襲撃に備えて校庭を警備していた。むろん、自分の小隊を引き連れて。 現在午前7時半――日数の期限があるからこういった方が良いか。1日目午前7時半である。 今のところ、全く異常はない。無事にサンハイツに陣を張った鶴屋さんの方にもそれらしいものはないらしい。 と、通信機を持たせているクラスメイトの阪中が、 「涼宮さんから連絡なのね」 そう言って無線機を差し出してきた。すぐ近くにいるのに、わざわざ無線で連絡しなくても。 俺はそれを受け取って――とハルヒと話すのは一時停止だ。 「阪中、すまないがこないだの球技大会の話なんだが……」 「……球技大会?」 何のことかわからないと首をかしげる阪中。覚えていないのか。いや、それともこの阪中は そんな記憶すら存在していないのか。ま、どっちでもいいか。 「いや、何でもない」 そう言って無線機を取る。 『あーあーあー、キョン聞こえる?』 「なんだハルヒ。こっちは特に異常はないぞ」 『オーケーオーケー。平穏無事が一番だわ。前線基地構築に敵もびびったのかしらね! このまま、何もしてこなければ良いんだけど』 相変わらずのポジティブ思考だ。そうなってくれることに越したことはないが。 だが、これを仕掛けた奴もそんなに甘くはない。突然、どこからともなくパーンパーンと 乾いた発砲音が耳に飛び込んできた。やがて、すさまじい連続発射音が鳴り響き始める。 「おい、キョン! なんだなんだ!」 至極冷静な小隊の中で、さっそくあわて始めたのは谷口だ。これが普通の反応なんだろうけどな。 「ハルヒ! 何が起こっている!?」 『鶴屋さんの方に攻撃があったのよ! 今わかっているのはそれだけ! 詳しくわかったらまた連絡するから、 そっちも警戒を怠らないで! オーバー!』 そこで無線終了。ちっ、早速戦闘かよ。鶴屋さんは無事なんだろうか? 俺は校庭の東側に対して警戒を強めるように支持をする。ほとんどの生徒は素直に従うが、 谷口だけはびびっておろおろするばかり。M60なんてデカ物を構えているのは、恐怖心の裏返しなのかもな。 激しい銃声音が響いたのは5分程度だろうか。やがて、それも収まり、辺り一帯に静寂が訪れる。 結局、学校東側からの攻撃もなかったな。 また、阪中が俺に無線機を差し出してきた。ハルヒからの連絡らしい。 『鶴屋さんの方は終わったみたいよ。けが人もなくあっさり撃退したんだって! さっすが、鶴屋さんよね。 SOS団名誉顧問なだけあるわ!』 SOS団は関係ないだろうが、あの人ならこのくらいは平然とやってのけそうだ。 『で、そのまま北山公園の方に逃げていったんだってさ。大体、20人ぐらいが襲ってきたらしいけど』 「20人? なら攻撃してきたのは人間なのか?」 『うーん、それがいまいちはっきりしないのよね。鶴屋さん曰く、人の形を何かが銃やらロケット砲やら抱えてきて 襲ってきたんだってさ。形は人間らしいけど、全身真っ黒でまるでシェルエットみたいな連中らしいわよ。 何人か倒したらしいけど、銃弾が命中すると昔のゲームみたいに飛び散ってなくなっちゃんだって』 なるほどね。ゲームだと思っていたが、本当にゲームの敵みたいな奴が襲ってくるのか。 じゃあ、俺が撃たれても大して痛くないのかもしれないな。それは助かる。 「これからどうするんだ?」 『ん、とりあえず、現状維持で。このまま、3日間学校を守りきるわよ!』 そこで通信終了。すぐさま、阪中に鶴屋さんに連絡を取るように指示する。 『やっほーっ! キョンくん、なんか用かいっ?』 いつもと同じ調子なお陰でほっとするよ。 「鶴屋さん、なんか大変だったみたいだけど大丈夫ですか?」 『へーきへーき! もうみんなそろってぴんぴんしているよっ!』 「そうですか……それはよかった――」 と、そこで鶴屋さんの声のトーンが少し変わるのに気がついた。いや、しゃべってはいないんだが、 息づかいというかなんというか…… 『んーと、おろろっ? なんだあれ――』 いやな予感が走る。なんだ…… 『――伏せてっ!』 無線機から飛び出したのは、今まで聞いたことのないような鶴屋さんの声だった。 恐ろしく緊迫し、驚いているのが表情を見なくても簡単にわかる。 次の瞬間、北高校舎の西側3階で大爆発が起こった。衝撃と音で全身がふるえ、鼓膜が破れるぐらいに 圧迫される。 「みんな伏せろ! とっとと伏せるんだ!」 俺は小隊の仲間をすべて地面に伏せさせた。とはいっても、見通しがよく物陰のない校庭では どのくらい効果があるのかわからないが、呆然と立っているよりも安全なはずだ。 そんな中、阪中は愚直に俺のそばにつき、無線で連絡が取れるような状態にしていた。 本来の彼女ではないのだろうが、こう忠実なのは今ではかえってありがたい。 「鶴屋さん! 何が起きているんですか!?』 『北高に向けて何かが飛んでいっているっさ! まだまだそっちに行くよ! ハルにゃんと連絡を取りたいから、 いったん通信終了っ!』 無線が終了して、阪中に無線機を返す。冗談じゃねえ、敵はミサイルかロケット弾か何かを 北高に向けて撃ってきているってのか!? 反則だろ! 反撃のしようがねえじゃねえか! さらに続けざまに2発が校舎側に直撃し、さらに一発が俺たちの目前に広がる校庭の東側に落ちた。 轟音で地面全体が振動している。 そんな中、器用に匍匐前進で谷口が近づいてきて、 「おいキョン! このまま、ここにいたらやべえぞ!」 「言われんでもわかっているさ!」 やばいのは重々承知だ。しかし、校舎側にも激しい攻撃――また3発が校舎に直撃した――が加えられている。 あっちに逃げても状況が変わらない上、人口密度が増えてかえって危険だ。なら、いっそのこと、 北高敷地外に出るか? いや、あわてふためいて逃げ出したところを敵に襲撃されたらひとたまりもない。 案外、学校周辺に敵が潜んでいて、俺たちが北高から飛び出すのを待っているかもな。校庭に塹壕でも 掘っておくんだったぜ。 どうするべきかつらつら考えていていたが、ふと気がつく。さっきの校舎に直撃した3発以降、 北高に何も攻撃が加えられていない。収まったのか? 俺は全員に伏せるように指示し――ついでに東側から敵が襲ってきたら遠慮なく撃てとも―― 俺自身は校舎に小走りに向かった。 ◇◇◇◇ 学校は凄惨な状況だった。学校の外壁には穴が開き、衝撃で校舎の窓ガラスがかなり割れてしまっている。 負傷者も出たようで、担がれて運ばれていく生徒もちらほらと見かけた。 と、状況確認のためか走り回っていたハルヒが俺に気がつき、 「キョン! よかった無事だったんだ!」 「ああ、おかげさまでな。俺の部隊も全員無事だ。負傷者もない。しかし、こっちは手ひどくやられたな」 「うん……。幸い、重傷者はでていないけど、窓ガラスの破片で数人が怪我をしたわ。今、みくるちゃんが手当してる」 朝比奈さんが看病? 当然膝枕の上だろうな? なんだか無性に負傷してきたくなったぞ。 「なに鼻の下のばしているのよ、このスケベ」 じと目で下心を見破るハルヒ。こういうことだけはほんとに鋭い奴だ。 「で、これからどうするんだ? このままだと、またさっきの奴が飛んでくるぞ」 「わかっているわよそんなこと」 ハルヒはあごの手を当て考え始めた。と、すぐそばを負傷した生徒が抱えられていった。 顔面に傷を負ったのか、激しい出血が迷彩服に垂れかかり、別の色に染め上げつつあった。 「状況は一変したわ。作戦の練り直しが必要だと思う」 ハルヒが取った行動は、SOS団メンバーを集めてミーティングを開くことだった。 さすがのこいつでも一人では決めかねるらしい。独断で何でも決められるのよりは何十倍もマシだが。 のんきに部室に戻るわけにも行かず、昇降口前での緊急会議だ。 ただし、鶴屋さんだけは前線基地から動けないので、無線越しである。 さらに朝比奈さんは負傷者の救護で手一杯らしく不参加。手当を求める『男子生徒』の長蛇の列を捌いているとのこと。 絶対に負傷していない奴も混じっているだろ、それは。 「最初に前線基地が攻撃されたかと思えば、今度は遠距離からの攻撃ですか。敵もいろいろと考えているようですね」 感心するように古泉はうなずいているが、そんな場合じゃないだろ。 さっきは十発程度で終わってくれたが、次はこれ以上かもしれない。校舎の被害は大きいが、 本当に幸いだったのは、砲弾やらなんやらが置かれているところに直撃しなかったことだ。 万一、誘爆なんていう事態になれば、どれだけの犠牲者が出たかわからん。 さすがのハルヒもまいってしまっているのか、いつものような覇気が50%カット状態だ。 真剣に考えてくれるのはありがたいけどな。 「このままじゃまずいわね。何とか反攻作戦を練らないとね。 有希、さっきのミサイルみたいな奴がどこから撃たれたか、わかった?」 「この建物の北東に位置している北山公園の南部。屋上で周辺を監視していた人間から確認した。 ただし、具体的な場所までは不明。範囲が広いため、砲撃による反撃を行っても効果は薄い。 かりに砲撃で向こうと撃ち合っても勝てる可能性はきわめて低い」 的確な答えを出す長門だ。宇宙人パワーを失っても、長門本人の能力は失われていないらしい。頼りになるぜ。 「なるほどね。鶴屋さん、さっきそっちを襲った連中も北山公園に逃げ込んだのよね?」 『そうにょろよっ! でも、公園の北側に逃げていったように見えたっさ!』 ん? 鶴屋さんの言うことが本当なら、前線基地を襲った連中が学校へロケット弾やらミサイルでの 攻撃をした訳じゃないってことか? 「でも、簡単よ! 敵は北山公園にあり! だったら、こっちから出向いて北山公園全部を制圧すればいいだけのことよ! そうすれば、さっきの奴もなくなるしね!」 ここに来て突撃バカぶりを発揮するハルヒと来たか。しかし、間違ってはいないな。 どのみち発射地点を制圧するなり、さっきの攻撃手段をつぶすなりしないかぎり、一方的に攻撃を受け続けるだけになる。 「罠の可能性もありますね」 唐突にそう指摘したのは古泉だ。 「鶴屋さん部隊への攻撃は非常に小規模のものでした。そして、あっさりと撤退しています。 その次に北高へのロケット弾攻撃ですが、これも十発程度で終わっています。 本気で攻撃するのならば、もっと大量に撃ち込んでくるでしょう。あきらかに北山公園に我々を呼び込もうとしています」 「最初の襲撃に関してはそうかもしれないが、ロケット弾攻撃に関しては弾が尽きただけかもしれないぞ」 俺がそう反論する。ハルヒもうーんと同意のそぶりを見せた。ただ、古泉は、 「確かにその可能性はゼロではありません。しかし、これだけ有効な攻撃手段であるものを 序盤で使い切ってしまうのは、明らかに不自然と言えます。切り札を使い切ってしまったのですから。 無論、あれ以上の効果的な攻撃手段を保有していて、今回のロケット弾攻撃は挨拶程度のものという可能性もありますが」 どっちなんだ。はっきりと答えろよな。 「僕が言いたいのは、誘い込むための罠という可能性があるということです。北山公園に攻め込むことを決定する前に、 考慮していても損をすることはありません」 確かに古泉の指摘する可能性は十分にある。しかし、ここにいてもどうにもならんのも確かだ。 そうなると、ハルヒが導き出す結論は一つしかない。 「確かに古泉くんのいうことには一理あるわ。でも、このままだと攻撃を受け続けるだけだし、 そんなのおもしろくないじゃない。相手がびびっているのか知らないけど、遠く離れたところからこそこそ攻撃してくるなら、 こっちからぶっつぶしに行くだけよ!」 ほらな。ハルヒの性格を考えれば、じっとしているわけがない。古泉もひょうひょうといつものスマイルで、 「涼宮さんがそう決定なさるのなら、僕もそれに従いますよ。上官の命令は絶対ですから」 そうイエスマンへと転じた。ただ、こいつの指摘も無駄ではなかったらしい。 「でも、少しでも罠っぽい状況だとわかったら、即座に撤退するわ。その後は別の方法を考えましょ」 ◇◇◇◇ 次の議題は北山公園攻略作戦だ。この公園は南北に2キロ程度広がる森林のようなものになっていて、 南北の中間地点のやや南側には緑化植物園があり、公園入口っぽくなっている。 「やはり、突入ポイントはこの植物園でしょう。部隊の輸送には北高敷地内にあるトラックを使うことになるので、 車両で入れる場所が理想的です。当然、敵も同じことを考えているでしょうから、植物園奪取には激戦が予想されますね」 淡々と古泉のプランを聞いているSOS団-朝比奈さん+鶴屋さん。わざわざ敵が陣取っているような場所に 正面からつっこむのか。ハルヒが好みそうな作戦だな。 「悪くないわね。植物園を取ってしまえばこっちのもんだわ! あとはロケット弾の発射拠点を制圧して完了ってわけね! さっすが古泉くん! 副団長なだけあるわ!」 ハルヒの賞賛を一心に浴びて、古泉は光栄ですと答える。やれやれ、本当に突撃になりそうだ。 「で、誰の小隊が北山公園での掃討作戦に従事するんだ?」 「あんたと鶴屋さんよ」 とんでもないことをいけしゃあしゃあと言いやがる。古泉の野郎はどうするんだよ? 「古泉くんはいざって時のために前線基地で後方待機してもらうわ。あんたたちがやばくなったら、 すぐに駆けつけられるようにね。あと、伏兵とかが学校に奇襲を仕掛けてきた場合はすぐに戻ってもらうから」 どうしてそうなったのか聞かせてもらおうか。 「わかんないの? まず、あんたには鶴屋さんたちを襲った連中を追撃するために北山公園北部に向かってもらうわよ。 初めて遭遇した鶴屋さんがあっさりと追い払ったんだから、あんたでも大丈夫でしょ。鶴屋さんは一度だけとはいえ、 敵と戦っているわ。敵について知っているのと知らないんじゃ大違いよ。だから、南部のロケット弾発射地点に 向かってもらうわ。おそらくそこの守りが一番堅いと思うし。学校からトラックで向かうから、 途中で古泉くんと入れ替わってもらうわね。いい、鶴屋さん?」 『りょーかいりょーかいっ! 任せちゃってほしいなっ!』 「古泉くんはあんたよりも運動神経も思考能力も遙かに上よ。状況に応じて臨機応変に対応する必要のある場所にいるのが 最適だわ。あと、有希は学校に残って砲撃での支援をお願い。こっちから指示した地点に遠慮なく撃ち込んで。 古泉くん、有希、いいわね?」 「もちろん異存はありません」 「問題ない」 あっさりと同意する二人だが、ん、ちょっとまて。 「それなら植物園には誰が陣取るんだよ。まさか、空っぽにするつもりじゃないだろうな?」 「そこにはあたし自らが行くわ。あとで、適当な人員を集めるから」 ハルヒ総大将自らがお出ましか。だが、指揮官がそんな銃弾が飛び交う場所にいて良いわけがない。 「あのなハルヒ。以前にも言ったが、総大将がずけずけと前線に出るモンじゃないぞ。 おまえがやられちまったら、生徒たちを誰が――」 「異論は許さないわよ」 俺の声を遮ったハルヒの言葉は、今まで聞いたことのないような鋭さだった。ただ、怒りやいらだちからくるものではない。 強烈な決意がにじみ出るようなものだ。わかったよ。おまえがそういいなら好きにしろ。 しかし、俺の中にあるこのもやもや感は何だ? ◇◇◇◇ さて、作戦も決まったことなのでいよいよ決行だ。ハルヒ小隊の編成が終わり次第、出撃と言うことになる。 俺たちは校門に並べられた輸送トラックの前でそれを待っている。 「正直に言ってしまえば、少々不安ですね」 突然、こんなことを言い出したのは古泉だ。おいおい、出撃直前に不安になるようなことを言い出すなよ。 「涼宮さんがあなたが敵と確実に一戦交えるような場所に送り込むとは思っていませんでした。 てっきり学校に残して後方支援をさせたり、最悪でも僕のポジションが与えられるものだと。 涼宮さんと一緒に植物園にいるならまだ納得ができますが、あなた一人をそんな場所に行かせるとはね」 「はっきりと言え。時間もないことだしな」 「涼宮さんが現状をきちんと認識しているかどうか、ひょっとしたらあのコンピュータ研とのゲーム勝負程度として 考えているのではないか、そう思っているんですよ。あなたを危険な場所に向かうように指示したと言うことは、 あなたが死んでしまうかもしれないということを考えていない証拠です。信頼といってしまえば、それまででしょうけど、 今はそんな状況ではありません。鶴屋さんが敵を撃ったときに、まるでゲームキャラクターが消えるかのようになったと 言っていましたね。あれで僕たちもそうなのかもしれないと思いましたが、先ほどのロケット弾攻撃で 負傷した生徒を見るとどうも違うようです。確実に僕たちに『死』が訪れるかもしれません」 「確かにな。そんなに甘くないことは、俺も理解しているつもりだ」 ハルヒが今の状況をどう考えているのか。それはハルヒ自身にしかわからないことだろう。 だが、一つだけ言えることはある。 「俺がいえるのは、どんな状況であろうともハルヒは、誰かが死ぬことなんて望んでいない。 SOS団のメンバーならなおさらさ。万一、誰かが傷けられたら、ハルヒはやった奴をたこ殴りにするだろうよ」 「それはわかります。しかし――」 俺は古泉の反論を遮って、 「さっきのおまえの言い方だと、まるでハルヒは鶴屋さんならどうなっても良いってことになっちまう。 だが、断言できるがハルヒはそんなことなんて思ってもいないだろうよ。古泉も別にかばいたくて、 一歩下がった場所に配置したんじゃない。ただそれが適切だと考えたのさ」 ――俺はいったん話を区切って、話すことを整理する―― 「ハルヒはハルヒなりに考えたんだろ。どうすれば、このくそったれな状況を乗り切られるかを。 で、結論は戦い抜いて乗り切る。そのためには、一番信頼のできるSOS団の人間をフル活用する。 どうでもいいとか、たいしたことじゃないとなんて理由で俺たちを前線に持って行こうとしているんじゃない。 それが乗り切るためにはもっとも適切だと判断したんだろうな」 ガラにもなく古泉調の演説をしちまったが、古泉は痛く感銘したのかぱちぱちと手を叩きながら、 「すばらしいです。そこまで涼宮さんの思考をトレースできるなんて。どうです? これからは 機関への報告書作成をしてみませんか? 僕よりも適切なものが書けると思いますよ」 「全身全霊を持って断る」 そんな疲れるものなんてこっちから願い下げだ。 「おっまたせ~!」 と、ここで30人ばかしを引き連れたハルヒ総大将が登場――と思ったら、いつもつけている腕章が『中佐』になっている。 いきなり降格かよ。 「バカね! 前線に出るんだからそれなりに適切な階級があるってモンでしょ。大将とかってなんだかデスクの上に ふんぞり返って命令しているようなイメージがあるし。中佐なら、映画とかなんかでも前線でドンパチやっているじゃん」 ……まあ、それは別にかまわんけどな。 ハルヒが編成した連中はみんなクラスもバラバラ性別もバラバラだった。 大方、その辺りを歩いていた奴を捕まえてきたんだろう。にしては、結構時間を食っていたみたいだが。 「あー、ラジカセと音楽を探していたのよ。景気づけにワルキューレの騎行でも流しながらつっこめば、 敵も混乱するんじゃないかって。でも、ラジカセはあったんだけど、肝心の音楽の方がね」 ヘリで突入する訳じゃないんだから、別に必要ないだろ。心理作戦が通じるような相手でもなさそうだし。 ふと、気がつくと朝比奈さんと長門も校門前にやってきていた。おお、朝比奈さんに見送っていただけるとは光栄ですよ。 「古泉くん……どうか気をつけてね」 朝比奈さんのありがたいお言葉に古泉はいつものスマイルだけ返していた。まったく価値のわからない奴である。 「キョンくんも気をつけてね。無事に帰ってきてくださいね」 「ええ、がんばってきます」 と、そこに長門が割り込むように、俺をじっと見つめ始める。表情は相変わらずだったが、漂うオーラみたいなものは はっきりと感じ取れた。 「心配すんな、長門。なるようになるさ。支援よろしくな」 長門は俺の言葉にこくりとうなずく。やっぱり、親玉とのつながりをたたれて不安になっているのだろうか。 ややいつもと違う雰囲気を醸し出している。 「こらキョン!」 せっかくこれから戦地に向かう兵士が見送りをさせられる気分を味わっていたのに、それをぶっ壊したのはハルヒだ。 「なにやってんのよ! まさか、有希やみくるちゃんに『帰ってきたら~』とか言ったんじゃないでしょうね! それはばりばり死亡フラグなのよ! いい? あんたはあたしの下でビシバシ働いてもらうんだからね! 勝手に死んだりしたら絶対に許さないんだから!」 言っていることがよくわからん。もっとわかりやすく説明してくれ。 「要約すると、とっととトラックに乗りなさい! 出撃するわよ!」 やれやれ、なんてわがままな中佐殿だ。 まあ、出征前モードはここで終了だ。俺は大型トラックに自分の小隊を乗せるように指示し、 俺もそれに飛び乗る。いよいよか。しかし、ちっとも緊張しない上に、慣れた感覚に頭が満たされるのは、 相当俺の頭の中をいじくられていることの証拠だろう。当然、戦地に向かうってのに、 まるで何も反応を示さない俺の小隊もだ。おびえた表情を浮かべる谷口をのぞいてだけどな。 「よーし、出撃! 一気に北山公園に突入するわよ!」 ハルヒの威勢の良い声とともに、北山公園に向けトラックが発進した―― ◇◇◇◇ この時、俺はハルヒは状況を理解していて、これからどんなことが起きるのかもわかっていると思っていた。 だが、それは間違い――いや、正確にはハルヒは理解していたのかもしれない。間違っていたのは、 俺自身の認識だったんだ。ハルヒがどう思っているか勘ぐる資格なんてないほどにな。 ~~その2へ~~
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瞼を開けると目の前に広がるのはいつもの自分の部屋の天井ではない。 昨日と同じくここはビジネスホテルの一室だ。 目を覚ました俺は、すぐさま昨日と同じく鏡の前に向かった。 俺が誰であるのか確認する必要があったからだ。 グレゴール・ザムザのように毒虫にはなってはいないことは確かだが、 人間のままなら安心かというとそうでもないのだ。 洗面台の鏡に映る自分の姿は…… 普段は頭もよく人当たりもさわやかなハンサム好青年。 しかしその実体は謎の組織の一員にして限定的超能力者、古泉一樹。 ──うむ、異常なし。 3日目ともなると何も感じないね。 むしろまた別の人になっていなかったことに少しの安心感を覚えていた。 ふと一瞬だけ、変な考えが頭をよぎる。 ──俺はもしかしたら本当は生まれつき古泉だったりしないか。 それを何かの勘違いや思い違いや記憶喪失などで今はそう思えないだけで、 本来はこの姿があるべき姿だったと考えられなくもないのか? 普段なら考えもしない気味の悪いことが頭の中に浮かんでは消えていった。 何をバカなことを……いや、本当はそういうことを一番恐れているんだろうな、俺は。 昨日の朝比奈さん(長門)の話によると俺たちを元に戻せない可能性が僅かではあるがあるらしい。 このまま俺は古泉として一生を過ごすことが確定的になったとき、 俺はいったいどのように生きていけばいいのだろうか。 もはや元より俺は古泉だったとして第二の人生を送らなければならないのではないか? はっきり言って今、俺は元々俺であると主張する自信はない。 つい二週間ほど前の終わらなかった夏休みを思い返してみてもそうだ。 あのときまさか俺は一万うんぜん回もの夏休みを経験しているとは体感では全く気づきもしなかったのだからな。 人間の主観性というものは意外と当てにならない物だ。 地下の食堂で朝食を取り、急いでホテルをチェックアウトし学校へ向かう。 外は9月だというのに朝から蜃気楼の立ち上るような暑さだ。 今日も30度を越える真夏日になりそうだ。 その中を必死に汗をかきながら坂を登っていく。 本当ならこんな日は休んでしまいたい。 今日はいろいろやらなければいけないことがあるのだ。 まだ学校の始まる時間には余裕で間に合うが、 早めにクラスに着いて、今日のやるべきことを考えなくては。 何せ長門(古泉)いわく、なんでもハルヒは今イライラの最高潮にあり、 早くハルヒ機嫌を直さないと俺たちが元に戻る前に世界が消滅する可能性もあるらしい。 この一見平和に見える街の風景が明日にも崩壊の危機に面しているとは誰が知るだろうか。 今日やらなくてはいけないこと。 まずそれはハルヒの機嫌を直すことだろう。 だが何が機嫌を悪くしてるのかはちっともわからない。 そのためにはまずハルヒの様子を伺うことが大切だ。 昨日の夜も機嫌が悪かったようだし、 もしかしたら学校に来ていない可能性もある。 まずはその辺りから確認することにした。 古泉(俺)のクラスの9組は3階の一番端にあるクラスだ。 1年5組の教室はさらにその1つ上の階にある。 まだ朝のHRまでは時間があるので5組の様子を伺いに行く。 まだハルヒは来ていないようだったが、いつも俺が座っている席に俺(朝比奈さん)がちょこんと座っていた。 なにやらおぼつかない様子で辺りをキョロキョロしていたが、 何もすることがなくただ時間が過ぎるのをじっと耐えているようである。 こちらの様子には気づいていないようだ。 あえて挨拶するのも変なのでそのまま通過することにした。 長門(古泉)のクラスはすぐ近くにある。 5組を通り過ぎてそのまま長門(古泉)のクラスを確認する。 窓側最前列の席が長門(古泉)の席であるが、 席に鞄も置いてある様子もなく、まだ長門(古泉)は学校に来ていないようだった。 そういえば長門(古泉)は昨日の話だと来れないかもしれないと言っていたな。 朝比奈さん(長門)も確認しておきたいが、おそらくあいつが休むことはないだろう。 それに二年生の教室はこの校舎の向かいにあり、特に用もなく二年生の校舎をうろつくことは ハルヒのような非常識人間を除けば普通はしないことだ。 今のところ確認できたのは俺(朝比奈さん)だけか。 階段を下りようとしたところで、バッタリとハルヒに出会った。 「あら、古泉くんおはよう。こんなところで何してるの?」 一瞬だけ心拍数が跳ね上がった。 古泉のクラスは下の階にある。 授業の始まる前の時間帯に古泉がこの階を通りがかることはたしかに不自然である。 「おはようございます涼宮さん。えー、ちょっと僕の友達に用があっただけですよ」 あっけなく「あ、そう」とだけ言い残しハルヒはそのまま5組の教室へと向かっていった。 このときほんの少しだけであったが、ハルヒの様子に違和感を感じた。 違和感といってもほんの微かな引っかかりであったが、 半年間この女の前の席に座って後ろからの強烈なオーラのようなものを浴びせられていた俺には、 なんだかそのオーラのようなものが少し減っているような、そんな雰囲気を感じ取っていた。 気のせいかもしれないが。 9組に入ると昨日と同じくクラスの女子のほとんどがこちらに挨拶してきた。 古泉(俺)はこのクラスでは全ての女子と仲がいいらしい。 これがコイツの本当の超能力は女にモテる能力に違いない。 特によく古泉(俺)話しかけてくるのが後ろの席に座るこのクラスの委員長である。 「おはよう、古泉くん」 「おはようございます。今日も朝から暑くて大変ですね」 挨拶を返し、にこやかに目を細める。 そして歯を見せるように笑いながら、ほんの少しだけ首を傾ける。 俺もそろそろ3日目になり、この古泉スマイルもなかなか様になってきていると思う。 「ねえ古泉くん、三時間目の数学の宿題ちゃんとやってきてる?」 「え?あ……」 昨日も一昨日もホテル泊まりでそれどころではなかったといいたいところだがこのクラスは特進クラスだ。 宿題をやっていないと後で教師に何を言われるのかわかったものではない。 「んもう、しっかりしてよね。……今回は特別だからね」 そういうと、委員長は自分のノートを取り出しそっと手渡してくれた。 綺麗な字で数式の証明と細かい式が書かれている。 宿題の範囲は完璧に抑えられているようだ。 彼女は古泉に対して好意を抱いているのだろうか。 俺としては彼女はとてもいい人なのでぜひともその思いを遂げさせてやりたいものではある。 この親切も委員長にとってのポイント稼ぎに繋がるといいんだが、 いかんせん俺は本当の古泉ではない。 あと数日したら元の俺に戻る存在なのだ。……99.9996%ぐらいの確率で。 この記憶はおそらく古泉には受け継がれず俺個人が抱えることになるのに、 俺は彼女に嘘をついているような心境だ。 本当に申し訳ない。 そんなことを考えつつも、とりあえず今はこのノートを写す作業に取り掛かった。 今はそれどころではないのだ。 サンキュー委員長。 あとで元に戻れたら何か礼くらいしようと思う。 戻れなくてもこれはこれでアリなのかもしれないが。 一時間目が始まり、俺はずーっと考えていた。 ハルヒのストレスの原因は何か…… 考えられる要因はいくつかある。 この数日間、俺たち4人は中身が入れ替わっている。 こんな怪しい状況にも関わらずハルヒにはそのことは当然のように内緒だ。 もしかしたら俺たちが何か隠し事をしていることを直感で感じ取っている可能性もある。 仲間はずれにされたような気になっているのかもしれない。 あるいは無限に続いていた夏休みが終わってしまい、いまさらながらに休みがまた恋しくなっているのか? ハルヒはあんだけ遊んでもまだ遊び足りないっていう態度だからな。 長かった休み明けで憂鬱になるのは誰にでもあることだ。 しかし何より一番大事なことはこの4人の入れ替えとハルヒのイライラが同時にほぼ発生したということだろう。 この2つはおそらく無関係ではない。 つまりその場合4人の入れ替えはハルヒのイライラと関連性があるということだ。 そして気になるのが昨日朝比奈さん(長門)が言っていたことだ。 朝比奈さんの言動がハルヒに影響を与えたかもしれないということ。 それは朝比奈さんが無意識的に思っているところで、 朝比奈さんに直接聞いてみてもすぐにはわからないかもしれないが、 数日前にハルヒと朝比奈さんの間で何らかのやりとりがあったということは考えられる。 とにかく俺(朝比奈さん)に事情を説明してここ数日間で何かあったか聞いてみるしかない。 一時間目の授業の終わりの鐘が鳴るのを聞いて、 俺は1年5組へと急いだ。 もちろん俺(朝比奈さん)話を聞くためだ。 5組を通りかかる振りをしながら軽く中の様子を伺う。 俺(朝比奈さん)とハルヒがなにやら会話していた。 二人はそこそこ話が弾んでいるらしく、 俺(朝比奈さん)がうふふと口の前に手を置きながら笑い、 ハルヒもそれにあわせてニンマリと笑っている。 楽しそうだ。 二人はとても自然な感じで話し合っていて、 そこにいる俺が少しオカマっぽい笑い方をしていることなど気にもかけていない様子であった。 いったい何の話をしているのか聞き耳を立ててみると、 妹がアニメに出てくるキャラクターの動きを真似しようとして壁に頭をぶつけただの、 どうしたこうしたというなんとも他愛もない話だった。 いつもの俺もこんな感じで話をすることはある。だが何もこんなときに…… 体の中に焦りとも違う何か妙な感情が浮かび上がるのを感じつつもそのまま様子を伺ったが、 なかなか俺(朝比奈さん)とハルヒの会話は終わりそうにない。 無理に連れ出すことも出来なくはないが、授業の合間の休み時間は短い。 それにここでハルヒの機嫌を損ねるのは余り得策とはいえない。 この調子ではまたの時間にするしかないようだ。 9組への帰りの途中、長門(古泉)のクラスを覗いてみた。 机の横のフックに鞄はかかっておらず、長門(古泉)の席は空席になっていた。 今日は来ていないのだろうか。 そうすると昨日からまだハルヒの精神不安定が続いているということになる。 今朝ハルヒに会った様子ではそれほど機嫌を悪くしているように思えなかった。 今もそうだった。 だが、現実としてハルヒが現在も閉鎖空間を頻繁に発生させているのであれば それに対して何かしらの処置を施さなければいけない。 こういうとき今までの俺たちはいったいどうしてきただろうか。 古泉は前に言っていた。 中学時代のハルヒは常に精神が不安定な状態で、 数時間おきに閉鎖空間で巨人を生み出しているハルヒは、 さぞ凄まじいまでのストレスの塊であったことだろう。 そのストレスによる発生する閉鎖空間から世界の崩壊を救うために組織されたもの、 それが古泉を含む人間たちで結成された『機関』であった。 今までの小規模な閉鎖空間であればSOS団内でなんとか解決できたかもしれない。 しかし『機関』ですら対処のしようのない規模の問題をいったいどのように解決すればいいのだ。 9組の手前の廊下に差し掛かったところで廊下の向こうに朝比奈さん(長門)を発見した。 隣にいるのはあの元気印の上級生鶴屋さんだ。 なにやら二人で楽しそうに話をしている様子だ。 いつもなら普通の光景だが、よくよく考えるとこれは少し不思議な光景であった。 あの朝比奈さん(長門)が人と話している。 それも僅かではありながらも笑顔を交えながら。 彼女の中身を知るもののみにわかるこの不思議さ。 あの長門が感情を表に出すという仕草を形なりにも出来るようになっているという変化は 成長と見るべきか異変と見るべきかこれは大いに興味が注がれるところであった。 長門にとって朝比奈さんの体に乗り移るという現象は 無表情な宇宙人にとって、感情表現を体得するいい機会になったのではないか。 とにかく長門は朝比奈さんに成りすますことに徐々に慣れてきているようであった。 「うわーお、一樹くんっ!久しぶりっ!元気してたっ?」 遠くからこちらを見つけて威勢良く右手を振りながら鶴屋さんが駆けつけてきた。廊下は走らない! 「次の授業は教室移動なのさっ。みくるもこのとおりっ! ……んんんん?あれあれっ今日はどうしたのかなっ? めがっさ重そ~な悩みを抱えた顔してるね!お姉さんにちょろ~んと話してみないかいっ?」 表情を読まれている。 しかしこれはちょろ~んと話せる内容ではないのだが。 「はは~ん、わかったっ! 一樹くん、ハルにゃんのことで何か悩み事を抱えているにょろ?」 このにょろにょろ語使いの上級生は他人の心が読めるのだろうか?少し怖くなってきた。 もういっそのこと全部ばらしてみたくなった。 この人ならなんとなくだが俺たちの秘密を最後まで厳守できるような気がする。 「だって一樹くんいっつもハルにゃんのことっばっかり考えて行動してるじゃないのさっ! 今回もきっとそうなんでしょっ?んっ?」 古泉がハルヒのことを第一に考えて行動していたとは知らなかった。 人の隠れた一面とはなかなか他者の視点からは見えないということか。 ここは一つ、元気属性ではハルヒに似ている鶴屋さんなりの意見を聞いてみるか。 「最近、涼宮さんの様子がおかしいんです。 何かに退屈してるのかずっとイライラしている様子でして…… 本人は普通に振舞っているのでなかなか聞きづらいのですよ。 ……どうしたらいいでしょうかね? まさにお手上げ状態といったところです」 「うぷぷぷ、うまっあーっはっはっはっはー。く、くくくぅ…… ごめんよう、いやぁっなんでもないっ!なんでないよっ!! こういうときこそ一樹くんの出番じゃないさっぷっ! ハルにゃんはきっとまた一樹くんが何か楽しいことをしでかすのが待ちきれないんじゃないのかなっぷぷぷ!」 なにがそんなにおかしいのか。 「じゃ!あたしはもう時間だからいくね!頑張ってねーっ! あ、何か面白いイベントをやるときはあたしも呼んどくれ!何でも協力するからさっ!」 元気よく言い放ち、鶴屋さんは奥にある美術室へとスタスタと歩いていった。 朝比奈さん(長門)が美術室の前でこちらを振り向いて小さく口元を微笑ませながら手を振っていた。 その仕草はまるで天使が初めて地上の人に出会ったかのように初々しく神々しかった。 とにかく鶴屋さんがいうにはこういうときは古泉(俺)がなんとかしなくてはいけないらしい。 ──そうだ。 思い起こせばこの前の夏休みの合宿もそうだった。 古泉たち『機関』の人間はハルヒの退屈しのぎにはとても積極的であった。 ハルヒの機嫌が悪くなることがないように、 またハルヒが変な思い付きを実行に移さないようにするため、 何か行動を起こす前にあらかじめ先回りしてこちらからイベントへ導いていたのだ。 さらに今冬には雪山で合宿するという企画まであるらしい。 古泉たちだけではない。 コンピ研の部長の家で巨大カマドウマを倒したこともあった。 あれがSOS団に持ち込まれた初めての相談依頼だったな。 あれは長門の企画だったらしいがSOS団の存在意義を世間に知らしめたおかげでハルヒは上機嫌であった。 朝比奈さんはメイド服を自ら着てお茶汲み要員になったりバニーやナースの衣装を着たりなど、 ハルヒの言いなりになりながらも機嫌取りに終始している。 ハルヒ自身も自分の退屈を紛らわせるために野球大会に参加したり、 夏休みに団員全員を連れて遊びまわしたりもしている。 元はといえばこのSOS団自体がハルヒの退屈しのぎのために作られた物なのだから、 そういうみんなが行動を取るのは当然ともいえる。 そして俺だ。 俺はどうだった? 俺はハルヒの退屈を紛らわせるために自ら何かを企画したことがあっただろうか。 別に俺はハルヒが進化の可能性だとか神様だとか時間の歪みだとは思わないし、 そのせいでハルヒのために何かしろという上からの命令はない。 だが、SOS団という組織が退屈な毎日を打破するためのハルヒの望みであるとするならば、 そこの一員はハルヒの退屈しのぎをするというのが使命…… つまり運命の神様がいるとすればこういいたいのだろう。 次は君の番だと。 全く、ふざけるな。 である。 ハルヒ、お前は何様のつもりなんだ? ちょっと気に食わないことがあるとすぐに機嫌を悪くする。 それは宇宙人いわく、情報爆発を引き起こし、 超能力者いわく、世界を存亡の危機に陥れ、 未来人いわく、時空間に大きな歪みを作る。 まるで超新星爆発クラスの超巨大駄々っ子だ。 そんなところまで面倒見切れん。 しかし、ここは俺がやらねばなるまい。 残された時間は余りない。 古泉の話ではもって明日までだという。 すると今日か明日には何かハルヒの退屈しのぎのイベントを起こさなければいけないのだ。 これはもういまさら論議しても始まらないことなのだ。 クラスに戻ってからも授業のことなど何も頭に入らなかった。 ──何かハルヒにとって楽しいこと…… 考えれば考えるほど俺の頭の中は深みに嵌まっていった。 もともと俺の頭は深く考えて何かいい案が出てくるようには出来ていない。 そもそも今この場所で今日明日に開催されるアウトドアイベント情報など知るすべなどなく、 俺の頭の中では古泉の企画したような殺人偽装事件などは考えられるはずもないのだ。 ハルヒの今までの行動パターンからいって季節ものの企画には食いつきやすい。 秋といえば……ベタなところでスポーツの秋とかはどうだろうか。 前にやった野球のように無茶苦茶な現象を引き起こすことになるかもしれないが、この際は仕方がない。 だが果たしてスポーツをやってハルヒのストレスを解消できるのかは甚だ疑問である。 大食いの秋は昨日やったがハルヒのストレスは増大しているようだし、 アイツが自分で言い出した企画にも関わらずストレスを溜めるとはいったいどういうことなんだ。 ぐるぐると考えだけが積み重なって螺旋状の複雑な図形を作りながら浮かんでは消えていった。 はっきり言ってこんなことをしているのは時間の無駄であった。 あっという間に時間は過ぎていき、 4時間目の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。 昼休みだ。 周りの席からこちらに向けて集中的な視線が浴びせられる。 昨日、一昨日のパターンから言ってお弁当攻撃が予想されていた。 誠にありがたいことではあるが、今はやらなければいけないことがある。 俺(朝比奈さん)にどうしてもハルヒのことを聞いておかなければいけない。 授業の合間の休み時間ではおそらく時間も足りないであろうし、 ハルヒが一緒では聞けないし呼び出しするのも不自然だ。 よってハルヒと俺(朝比奈さん)必ず別行動になるこの昼休みに狙いを絞ったのだ。 しかし周りの女の子たちは古泉(俺)の机を中心に周りを固め始めていた。 麗しき乙女たちに囲まれてみんなの持ち寄ったお弁当を食う。 こんな機会がこれからの人生でいったい何回訪れるであろうか。 とりあえず昼飯を食ってからでもいいかな?そんな不謹慎な考えが浮かび始めた瞬間、 「古泉くん」 ふとそのとき後ろの席から声が掛かる。 「ちょっと話があるの……すぐ終わるから一緒に来てくれないかな……」 助かった。冷静に考えれば楽しい時間は高速で過ぎていきあっという間に昼休みは終わる。 今朝宿題を見せてくれた恩もあるし、彼女のいうことに逆らう理由はない。 委員長の誘いに連れられた形でなんとか古泉包囲網を突破することができた。 教室を出て行くとき、背中に痛い視線を浴びていたが今はそんなこと気にならない。後で古泉に回しておくツケだ。 階段を登る委員長の後をついて行く。 着いた場所は屋上に出るドアの前だ。 四ヶ月前ここでハルヒに部活作りに協力しろと命令されたっけね。 滅多に人が来る場所ではない。 だからこそ内密の話、例えば愛の告白なんかをするのに向いているかもしれないな。 ただ周りに転がっている未完成な美術品のせいで少しムードは足りないが。 委員長は両手をもじもじとさせながら足元に転がっているマルス像に目線を落としていた。 「あ、あのね、古泉くん……」 委員長が上目使いでこちらに熱い目線を投げかけてきた。 なぜか顔が耳まで赤くなっている。 こっちまでなぜか顔が赤くなりそうだ。 「明日の夜にうちのお庭でお月見パーティーをやることになったの。 あ、明日は満月で暦の上でも中秋の名月の日だからってことでね。 うちは毎年この日に友達とかを呼んでパーティーをするの。 それで……それでね…… 古泉くんに来てもらえないかなぁって……」 委員長はそこまでいうと少しうつむき加減で目をそらした。 明日はもうそんな日だったか……中秋の名月ってたしか旧暦の8月15日だったかな。 ここのところ実家にも帰れない日が続いていたので気にもかけなかったな。 それどころではないのだからな。 しかし明日そんな時間があるのだろうか。 長門(古泉)の話ではハルヒの機嫌が持つのが明日くらいが限界だと言っていたが、 それまでに機嫌を直していたらいけるかもしれない。 だが……今ここでこれからどうなるかわからない明日の約束が出来るはずがない。 ここはうまく丁寧に断ろう。委員長には悪いが俺とお月見したところで本物の古泉と仲良くなれるわけではない。 それに古泉の知らない記憶をこれ以上増やしても古泉にも悪いだろうしな。 口に出すのをためらっているとこちらの言葉をさえぎるように委員長が先に声を出した。 「あ、あ……そ、それでね、古泉くんの他にも涼宮さんやSOS団の方々も一緒にどうかなって ……迷惑だった……かな?」 「え?ハルヒもですか?」 思わずハルヒと呼んでいた。 古泉ならここは涼宮さんと呼ぶところだ。 意外な展開につい言葉が漏れてしまった。 「うん……だって、古泉くん……涼宮さんと一緒じゃないとダメなんでしょ? それにせっかくだからたくさんの人に来てもらったほうが楽しいかなって思って……」 いや、むしろこれはありがたかった。 ハルヒと一緒でもいいのだったらこの提案は天の助けともいえる。 そう、このとき俺の頭の中に天啓ともいえるべきいい考えが思い浮かんでいたからだ。 真っ暗な夜道にポツンとある街灯の明かりのごとくいささか頼りない考えではあったが、 しかしそこに一筋の光明を見出したのだ。 これを利用しない手はない。 「いえいえ、そういうことでしたらぜひ喜んでご招待させていただきます。 そうだ! 何かパーティの宴会芸でもSOS団の団員達で披露させていただきますね。 あと一つご相談なんですがSOS団とは直接の関係者ではないんですが、 僕の友達の一人も一緒にお呼びしてもいいでしょうか?」 友達とは鶴屋さんのことだ。 委員長は満面の笑みで首を縦に振った。 「うん。みんなで来てくれるとうれしいわ。それじゃあ、いっぱいお料理作って待ってるからね!」 委員長は 階段を元気よく降りて行った。 俺は委員長が見えなくなるのを見届けてから5組の教室へと向かった。 5組を覗くと予想通り俺(朝比奈さん)と谷口と国木田が机を囲んで弁当を食っていた。 「ふぇ? 古泉くん? きゅ、急にどうしたの?」 箸にウィンナーを挟んだまま動かなくなっている俺(朝比奈さん)の背中を軽く叩き、急いで立つように促す。 谷口が疑うような怪しい目つきでこっちを見ている。 急いでいるので形にはあまりこだわってはいられない。 構わず俺(朝比奈さん)の腕を引っ張り強制的に教室から連れ出す。 さきほどと同じく屋上へと続く階段を駆け足で登っていく。 「古泉くんって……キョンくんですよね? な、なんだか私にはさっぱりで…… そんなに急いでどうしたんですか?」 「実は話したいことがあるんです……」 俺(朝比奈さん)が落ち着くのを待ってから昨日の朝比奈さん(長門)から聞いた話を聞かせた。 要点をまとめるとハルヒのことで何か思い当たることはないかどうかだ。 「そう…だったんですか………長門さんが私の記憶から……そんなことまでできるんですね」 俺(朝比奈さん)はおもちゃを奪われた赤ん坊のように今にも泣き出しそうな表情をしている。 長門に知られると何かまずいことでもあるのだろうか。 「それでハルヒに何か言った記憶はありますか」 「涼宮さんが不機嫌になる原因が私にあったとは知りませんでした。 無意識に自覚している、と言われましても私自身そんなきっかけになりそうなことを話した覚えなんてないんですけど…… それにわたし、涼宮さんと二人きりのときにそんなに長くお話しなんてしてないです……」 「長門は言っていました。それは朝比奈さんとして俺には話せないことだと。 たぶんそれはすごく言いにくいことなんです。 でもそれがわからないとハルヒのイライラの原因がわからないんです。 朝比奈さん、言いたくないことは重々承知しています。 でも今はどうしてもそれを知らなければならないんです」 「うーん……」 俺(朝比奈さん)は考え込んだままじっと目を瞑っていたが、 ときどき顔を赤くしてはそのたびに首を振るばかりで何か思いついたような表情は最後まで見せなかった。 どうやら本当に覚えがないらしい。 「そういえばこの前の日曜日……ハルヒと一緒になりましたよね?」 朝起きて俺たちの体が入れ替わっていることに絶望を覚えたあの9月8日。 その前日の日曜日に、俺たちSOS団の面々は恒例の不思議探検パトロールに全員で参加していた。 この探索自体はいつものとおり何事もなかったんだが、 午後の回でグループ分けをしたときに朝比奈さんとハルヒがペアになった。 このとき二人の間で何があったかはハルヒと朝比奈さんしか知りえないことだ。 「ええ、あのときはデパートに行ってきました。夏休み明けで新しいお茶が欲しかったのでそれを買いに…… その後は集合の時間までは近くの川原を二人でお散歩しました。特に変わったことは何も起こりませんでした」 「そのとき少しくらいは二人で話とかはしましたか?」 「ええ、しましたけど……どんな内容だったかはほとんど覚えてません。もちろん禁則に触るようなことは何も……」 まあ、いちいちそんな細かいことなど覚えていないのが普通だろう。 俺だって昨日どころか今日の授業だって先生が何を話していたかなんてほとんど覚えちゃいないぜ。 だが、記憶の奥底に眠っていたからこそ長門がそれを知りえたのだ。 「未来に教えてもらうことは出来ないんですか?」 「ええ……未来からは何の指示も……こちらの申請も全て審査中です。 おそらくこのまま……この申請は通らないと思います」 俺(朝比奈さん)はガックリと肩を落とす。 ここで朝比奈さん(大)が出てきて「これはこういうことだったのようふふ」なんて教えてくれれば早いのにな。 とりあえずここは手詰まりだ。 あとは朝比奈さん(長門)に直接教えてもらうしかない。 この俺(朝比奈さん)の直接の許可があれば朝比奈さん(長門)に教えてもらうことくらいは出来るだろう。 俺(朝比奈さん9はまだ考え込むような表情を見せていた。 「ああ、そうそう。明日古泉のクラスの友達の家でお月見パーティーをすることになったんですが……」 「あっ!!!」 ふと急に俺(朝比奈さん)の顔が急に血の気が引いたようになった。 もしかしたらハルヒのことで何か思い出したのか!? やっぱり朝比奈さんとハルヒの間には何か因縁のようなものがあるのか!? 思わず俺(朝比奈さん)に詰め寄り肩を握る。 次の瞬間背中が一瞬にして凍りついた。 「こんなところで何やってんの、あんたら」 氷点下273℃くらいの冷たい言葉が浴びせられた。 …………おい。 なんでこんなところにお前がいるんだ。 普段ならまだ食堂で残り物の恩恵にあずかろうという時間ではないか。 「なんか嫌な予感がして早めに教室に戻ってみたのよね。 そしたらキョンはいなくて食べかけのお弁当が置いてあるだけ。 谷口に聞いたわ。古泉くんと二人で出て行ったって。 それで何やってるかと思えば古泉くんと二人きりで暗い階段の踊り場で肩を寄せ合ってる。 ……あんたアナル萌えだったの?」 ハルヒ…… 仮にも若い女の子がいうセリフじゃねえだろ。 黙ってハルヒの方を振り返ると鉄板をも貫きそうな目でこっちを睨み付けていた。 主に俺(朝比奈さん)を。 俺(朝比奈さん)は古泉(俺)の体に隠れながら震えるばかりだった。 俺が何かを言わなくてはならない。 「違うんですよ。ちょっと話せば長くなるんですが……」 「うちのSOS団にガチホモ団員はいらないわ」 俺もいらん。 落ち着け。ここで取り乱してはいけない。古泉を思い出せ。 あのわざとらしいまでの芝居じみた笑顔を。 「誤解です。涼宮さんを不愉快にさせたのでしたら謝ります 僕はずっと前からも、そしてこれからも完全ノーマルですから」 ハルヒは疑いの目でじーっとこちらを見ている。 ここで焦ったら負けだ。 「明日の夜は中秋の名月なのをご存知ですか? 簡単にいうとお月見の日ですね。 その日に僕の友達に一緒にお月見パーティーをしないかと誘われましてね。 しかもSOS団の全員でいけるみたいなんですよ。 まあ、普通は月を見ながらおだんごを食べたりするだけのものですが、 僕たちなりに違う盛り上げ方ができればと思いまして……面白く宴会のような形で開催できないかと」 急にハルヒの目が強烈な輝きを取り戻した。 「へぇ~。 お月見パーティーねぇ……そんなものがあるのねー…… ねえ古泉くん! それはもちろんタダよね!? やっぱりお餅ついた杵でウサギ追っかけたりするの!?」 それはなんというふるさとの歌だ。 お月見が毎年そんな動物虐待のイベントだったらグリーンピースが黙っているわけがないだろう。 「せっかくパーティーに誘われたのなら、何か宴会芸の一つでもやらなきゃいけないわね。 キョン! ヘソで茶を沸かすくらいのことできるわよね?」 俺をなんだと思ってやがる。ヤカンか。 「ふぇ?え、え、えーっと……たぶん…できません……よね?」 そこはたぶんじゃなくていい。万一にでも出来るようになってほしくない。 未来の力でなんとかされても困る。 「実は僕たちだけでちょっとしたネタを考えてまして…… 今僕たちがしていたのはそれの打ち合わせだったんです。 パーティーはついさっき決まったことなので後で涼宮さんにもお話しようと思ってたのですが、 さきほどクラスにはいらっしゃらなかったもので……」 「ああ、そうだったのね。なーんだ。変な勘違いしてたみたい。ごめんね古泉くん。 そうよね、いくらなんでもキョンが急にホモになるわけないわよねぇ。 ところでどんなネタをやる予定なの?」 「中身は明日になってからの方が楽しみではありませんか? 先に知ってしまうと面白さが半減してしまうと思いますが……」 「それもそうね。ん? ははーん……ニヤリ。ま、期待してるわよー! なんせ古泉くんはSOS団の副団長兼宴会部長なんだからね!」 古泉のいないところで勝手な役職を増やすな。 ところでなんだその途中の含み笑いは。気になるじゃないか。 ハルヒは何かいいことを思いついた子供のようにニ段飛ばしで階段を降りていった。 「朝比奈さん、そんなわけで宴会芸をやることになってしまいました」 「ふ、ふぇえーー!? そ、そ、そんなの無理ですよー!! いきなり明日だなんて絶対無理ですー!!」 「大丈夫です。いい方法があるんですよ。これなら何も準備が要りませんし、 絶対に失敗しませんから。……おそらく。 それにこの宴会芸は最初から俺たちでやるつもりだったんです」 そう、このネタなら間違いなくこの朝比奈さんにも出来る宴会芸だ。 そして受け狙いも……まあ、おそらく大丈夫だろう。 そのためにお笑い要員の鶴屋さんを呼ぶんだからな。 俺は俺(朝比奈さん)に宴会芸の内容を教えた。 「……本当ですかぁ~? そんなのでいいんですか? そんなにこれってなにか面白い芸なんですか?」 面白いかどうかは別として悲しいくらいまでに完璧だ。 きっと鶴屋さんは大爆笑に違いない。 教室に戻るともう昼休みはもうあと一分で終わろうとしていた。 古泉(俺)の机の周りに出来ていたバリケードのようなハーレムは全て解散となっており、 周りの女子の視線もいくらかクールダウンしたものになっていた。 結局お昼は何も食っていないがここは仕方ない。 席に着こうとしたとき後ろの席の委員長が何か含みを持った視線を投げかけてきたが、 こちらは何も言わずにただうなずくだけにしておいた。 次の授業の準備をしようとしてふと気づいた。 机の上にサンドイッチが二つ置いてあったのだ。 誰が忘れて行ったかは知らないがありがたく頂戴する。 うまい。 腹が減るとなんでもうまいというがこれを作った人は天才だね。 放課後、部室に入るといつものメイド服姿の朝比奈さん(長門)が一人で分厚いハードカバーを読んでいた。 じっと目線を本に落としたまま、こちらの様子などまるで気にしていないようであった。 「長門……朝比奈さんはそんな本は読まないぞ」 そういって朝比奈さん(長門)の手からさっと本を奪い取って栞を挟む。 そのまま長机の向かい側に本を放り投げた。 一昨日と同じやり取りだ。 朝比奈さん(長門)はこちらを向いて何も語らない目でじっと俺を見つめていた。 そんな目で見ても無駄だ。 とにかく今はそれどころじゃないってことを理解してくれ。長門。 ゆっくりと扉が開き、次に入ってきたのはなんとハルヒだ。 いつも扉を親の仇のように壊さんばかりの勢いで扉に体当たりをかますこの女が 今日は珍しく普通にドアを開けて入ってきた。 ついに扉が親の仇ではないことに気がついたか。 最後に俺(朝比奈さん)がやってくるのを見てハルヒはキリッとした顔で団長椅子の上に立ち上がった。 「さーて、全員揃ったようね。……ってあれ?有希は?」 「今日は朝からお休みです。なにやら風邪を引いてしまったみ……」 「そんなことより!」 長門の風邪をそんなこと呼ばわりか! なら俺に聞くな! 「今は秋よね?」 そしてまたこのパターンか。 「ええ、秋ですとも。 夏でもなければ春でも冬でもありません。立派に秋と言えるのではないでしょうか」 「はい、みんな秋といえば?」 「読書の秋」 瞬時に返答した朝比奈さん(長門)は立ち上がり、さっき俺に奪われた分厚いハードカバーを読み始めた。 ハルヒは朝比奈さん(長門)の方をちらりと一瞥すると、 次にギラリと俺(朝比奈さん)の方を睨んだ。 「え……えっと~。お月見は明日だから……紅葉の秋……とかですか?」 俺(朝比奈さん)は自信のなさそうにうつむいている。 「みんなぜんっぜんわかってないわねぇ! 秋といえばスポーツの秋に決まってるでしょう! 我がSOS団がこんな小さな部屋に立て篭もって何もしないということはありえないのよ!」 俺が昼間に考えたベタな選択肢と同じものを選んできやがった。 「この四人でですか? 今日これからではメンバーを集めるのは難しいと思いますが……」 これが古泉(俺)としての精一杯の抵抗だった。 普段の俺だったら一人で外でも走って来いと言うところなんだがな。 「何言ってるのよ。卓球だったら二人でも出来るじゃない。 さ、みくるちゃんも着替えて着替えて! ほーらキョン立て! 早く準備して!」 もはや決定事項になってしまったようだ。 今日のSOS団の活動は卓球になりそうだ。 朝比奈さん(長門)は後から着替えてから来るらしいので、先に卓球台を確保しにいくことになった。 「そうだ、卓球するのにはラケットも必要ねえ」 用意してないんかい。 あいかわらず行き当たりばったりの団長さんだ。 まあ、ハルヒのことだから卓球部が練習してるところを無理やり奪うんだろうなと思っていたら、 目の前を行進していたはずのハルヒが急に視界から消えていた。 足元を見るとハルヒが廊下にうつぶせになって倒れていた。 ハルヒ!? こんなところで何してんだ? おい、しっかりしろ! なんとか動き出したハルヒは廊下に四つん這いの姿勢でまた立ち上がろうとしたが、 生まれたての小鹿のごとく足を滑らせるようにしてまた倒れこんだ。 見ると顔面は蒼白と表現するしかなく、しかめっつらで呼吸が荒くなってきていた。 「大丈夫か!? 救急車を呼ぶか!?」 「ん……大丈夫……。ちょっと立ちくらみがしただけだから…… あれ……? 目の前が暗くて……見えない……」 いったいどうしちまったんだ。 さっきまで元気に人の練習の邪魔をしに行こうなんて言ってたやつが。 こんな状態で運動など出来るはずがない。 ひとまず保健室に連れて行かなくては。 俺(朝比奈さん)は後ろでおろおろするばかりで役に立ちそうに無い。 「このままハルヒを保健室に連れて行くから朝比奈さん(長門)を呼んで!」 「え!? え!? でも……」 「いいから! 早く!」 ハルヒは担ごうとした俺の手を払いのけるようにして抵抗してきた。 「大丈夫。いいから……」 何を嫌がってるんだ。 こんなところで寝ているやつが大丈夫なわけ無いだろ。 だが抵抗する手にいつものハルヒほどの力は無い。 これなら無理やりにでも運んでいけるはずだ。 ハルヒの脚を左腕でささえ、首を右腕で支える。 いわゆるお姫様だっこの状態だがこれなら暴れられても運べる。 案の定ハルヒは微力な抵抗をしたが、すぐに具合の悪さが優先したかおとなしくなった。 保健室のドアのところに先生の不在を知らせる札が垂れ下がっていた。 中には寝ている病人もおらず、 ベッドが2台ほど空いたままになっていた。 その手前の方のベッドにハルヒを持ち上げて寝かせ、上から布団をかぶせた。 ハルヒの表情は苦しさを訴えていた。 すぐにも救急車を呼ぶべきかもしれないがひとまず保健の先生に診てもらってからにしよう。 「ちょっと先生いないか探してくる。このままおとなしく寝てるんだぞ」 「古泉くん……さっきからまるでキョンみたい」 ……やばい。 俺さっきこいつのことハルヒって呼んでなかったっけ? しかも口調も完全に俺の口調だったような気がする。 「……待って。行かないで」 弱々しくハルヒが声を出す。 ハルヒがこんなに弱っているのははじめて見る。 孤島で古泉の作った殺人ミステリーに巻き込まれたときより弱っている。 不意に保健室に無言の時が訪れた。 その静寂を打ち破って、急にガラリと扉が開かれた。 全身ピンクのナース服に身を包んだ看護婦さんが立っていた。 いや、今は看護婦じゃなくて看護士っていうんだっけ? どちらにせよその人は本物の看護士でもなんでもない人だ。 長い髪をたなびかせてハイヒールの足音をカツカツと立てながらこちらに歩いてくる。 頭に載せたナースキャップが少しだけずれているのもポイントだ。 胸の部分がこのナース服の規格にあっていないのか、今にも布がはち切らんばかりに張り詰めていた。 その姿にはどんな死人も一発で死のふちから呼び戻す魔力(男のみ)と、 どんな健常者でも退院の日を拒むような神々しさ(男のみ)がそこにはあった。 右手に持った不釣合いなコンビニ袋がなければ俺も思わずクラリと倒れるところだった。 それくらいこの人のナース服は攻撃力が高い。 「みくるちゃん……」 「動かないで。これを」 朝比奈さん(長門)がコンビニ袋から取り出したものは120円くらいの菓子パンと牛乳300ml。 しめて250円くらいの物であった。 ところで長門。どうしてナースのコスプレをする必要性があったんだ。 ハルヒに卓球するから着替えるようにと促されて着替えた服がこれですか? あとで詳しく事情を聞くとして、どこで買ってきたのかそのパンと牛乳をハルヒに与えるのはどういうわけだ? まるでハルヒのこの病状を最初から知っていたかのようだ。 「食べて。おちついてゆっくり」 ハルヒは朝比奈さん(長門)から手渡されたパンを躊躇いながらじっと見つめていたが、 少しずつちぎって口の中に放り込んでいった。 そんなにまずそうな顔をするな。 朝比奈さん(長門)の買ったパンだぞ? その120円のパンは売るところに売れば1000円以上の価値を持つパンなんだぜ。 「少しずつ。この牛乳と交互に」 そういわれるままにゆっくりとハルヒは食事を取り終えた。 飯を食えば治るのか? ハルヒは貧血か何かだったのか? とにかくパンを食べたハルヒはすぐにさきほどまでよりだいぶ顔色がよくなり、 目が見えないといっていたのも治ったようだった。 それにしてもなんで朝比奈さん(長門)はハルヒの倒れるところを見ていないのにそれがわかったんだ? それにそのコンビニ袋に書かれているコンビニはこの学校の近くにはなく、 坂を下りて駅の近くにまで行かないとたどり着かない。 まるであらかじめ準備していたかのようだ。 「ごめんなさい」 この場面でこのようなセリフを聞くとは思わなかった。 どうみても迷惑をかけているのはハルヒの方なのに、 謝ったのは朝比奈(長門)さんであった。 朝比奈さん(長門)がハルヒに向かってごめんなさいと言ったのだ。 「なんでみくるちゃんに謝られなきゃいけないのよ…… 別にあたしはなにも気にしてなんか無いんだから」 「先日のわたしの不用意な発言があなたの自尊心を傷つけたのならここに謝罪する」 「とにかくみくるちゃんは関係ないんだから……」 ハルヒは何も言わずに体を回転させ、ベッドに横向きに寝転がった。 ハルヒはそれ以降声をかけても何の反応も示さなかった。 朝比奈さん(長門)と俺(朝比奈さん)と3人で部室に戻り詳しく話を聞くことにした。 すると朝比奈さん(長門)の口から意外な事実が告げられた。 「涼宮ハルヒは今日の朝から何も食べ物を口にしていない」 「え……!?」 「その前の日も、口にしたのは朝に食べたリンゴ一かけら程度」 朝比奈さん(長門)はどうやらハルヒの毎日の食事まで観測しているらしい。 「わたしは涼宮ハルヒがなぜこのような自虐行動をとるのか原因がわからなかった。 しかし、朝比奈みくるの潜在意識の中からはこれに対する答えが導き出されてきた。 彼女は朝比奈みくるの発言を受けて以来、 自己の体重を減らすことを念頭に置いてそのような行動をとっているらしいということを認識するに至った」 そうだったのか……。 体重を減らす、つまり…… ハルヒはダイエットをしていたのだ。 ハルヒにとっての秋は大食いの秋でもスポーツの秋でも月見の秋でもない。 ダイエットの秋だった。あんまり聞かないが。 あのハルヒがなぜダイエットなんかしなくてはならないんだ? 何のために? 誰のために? しかもその方法がリンゴ一口しか食べないなんてふざけるにもほどがある。 素人にもわかる明らかに危険な減量法だ。 「しかしわからない。なぜ彼女はあのような行動にでるのか」 「長門、お前はこのことをずっと知っていたのか。 なんですぐに教えてくれなかったんだ? そうすれば閉鎖空間があんなに発生する前に止めることが出来たかもしれないじゃないか」 「そのことが閉鎖空間の発生と結びつかない。 なぜ食事を取らないと閉鎖空間が発生する?」 この宇宙人製の人間型端末は人間のストレスの仕組みを全然理解して無いらしい。 「長門、朝比奈さんの中でハルヒがダイエットするきっかけになったと推測するセリフって再現はできるか?」 朝比奈さん(長門)はじっと俺(朝比奈さん)の方を見つめていた。 話してもいいのかと聞いているようであった。 「お、お願いします。わたしにもなんであそこで謝らなければいけなかったのかわからないので聞かせてください」 「そう。了解した。 ただし推測される発言が幾多にも跨っている可能性があるので前後の会話と併せて聞かせる。 ……朝比奈みくると涼宮ハルヒが川原を散歩しているときのことだった。 並木通りのベンチに腰掛けた二人はしばらく何も話はしていなかった。 突然暇ねえと小さくつぶやいた涼宮ハルヒが急に後ろに回り込み朝比奈みくるの胸を揉みしだいてきた。 朝比奈みくるは必死に抵抗するも涼宮ハルヒの力には叶わずたちまち両胸は涼宮ハルヒの手に落ちた。 周りの通行人に聞こえるような大きな声で涼宮ハルヒが質問した。 あ~ら、みくるちゃんまた胸が大きくなったんじゃない? このこの。 涼宮ハルヒの問いに朝比奈みくるは顔を赤く染めるだけで何も答えない。 ただ揉んでいるだけの行動に飽きたのか涼宮ハルヒは指で乳首の」 「ちょ! あ、あああの~!……そ、その辺の描写は余り細かくしないでくれませんか?」 俺(朝比奈さん)が泣きそうになりながら朝比奈さん(長門)の腕にしがみついていた。 朝比奈さん(長門)は淡々と文章を読むがごとく平坦な口調で語っていた。 俺としてはもうちょっと臨場感溢れる演技を期待したいところだ。 「そう。了解した。 胸をひとしきりもみ終えた涼宮ハルヒは朝比奈みくるに質問した。 こんなに胸を大きくして地球をどうするつもり? 朝比奈みくるは答えた。 す、好きで大きくなったわけじゃありませんよう。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 今ブラジャーのサイズって何カップくらいあるわけ? 朝比奈みくるは答えた」 「答えちゃだめーー!! フツーにだめー!!」 フツーに!?? 俺(朝比奈さん)が必死に朝比奈さん(長門)の口を押さえた。 俺(朝比奈さん)はこっちの視線を感じたのか、その顔がどんどん赤く染まっていく。 でもまだどの部分がハルヒの機嫌を悪くしたのかがわからない。 ここで止めるわけにはいかないのだ。 今わかったことは朝比奈さんの胸がいまだに成長期であることだけだ。 続けてください長門先生。 これ以上続けるのを嫌がる俺(朝比奈さん)を必死になだめ、 朝比奈さん(長門)にはいつでもストップをかけられるようにゆっくりしゃべってもらうことにした。 「そう。了解した。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 みくるちゃんの前世って知ってる? ンモーって鳴いてた動物よ。 朝比奈みくるは答えた。 牛じゃないですよぅ。いじわるしないでください~。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 そういえばみくるちゃんの背ってわたしよりちょっと低いくらいだよね? 朝比奈みくるは答えた。 あ、たぶんそうかもです。 涼宮ハルヒはさらに質問した。 ちなみに体重って今何キロあるの?みくるちゃん。 朝比奈みくるは答えた。 え、わたしの体重ですか? 最近2キロも重くなっちゃたんですが、よんじゅ……」 「わわっわっわあわああ!ストップです! もういいです! わかりました! わかりましたからあ!」 俺(朝比奈さん)が目に大粒の涙を浮かべながら朝比奈さん(長門)の口を止めた。 誘導尋問というやつか。 ハルヒは最初に相手の嫌がる質問からだんだんと聞きやすい質問へと絶妙なタイミングで相手を誘導し、 朝比奈さんの体重を聞きだしていた。 もうこれでわかった。 誰の目にも明らかであろう。 ハルヒは朝比奈さんの体重を聞いて愕然としたのだ。 で、40何キロだったんだ? 「朝比奈さんはつまりこの部分がハルヒの不機嫌の原因になったと考えてたわけか」 おそらく最近2キロ増えたというその体重よりハルヒの体重が重かったのだ。 「そういえば確かにこんなやり取りでした。 あのとき涼宮さんの表情が一瞬曇ったような気がしたんです。 2キロも、という発言はいらなかったかもしれないって気づいたんですが、 その後の涼宮さんの態度はいたって普通だったのですっかり忘れてしまいました」 このハルヒの行動からはもう一つのことが考えられる。 それはハルヒが朝比奈さんとの入れ替えを願ったということだ。 ハルヒには常識的な部分と非常識的な部分が混在すると古泉は言っていた。 ハルヒは自分が朝比奈さんになりたいと心のどこかで願ったとしても、 そんなことが出来るわけがないともう一人のハルヒに否定されるのだ。 そんな矛盾がどこかで願いに捻りを起こし、 今回の俺たちの入れ替え騒動に繋がったのではないか。 ハルヒに直接聞くわけにはいかないので、あくまでこれは推測の域を出ないのではあるが。 「朝比奈さん……でもこれちっともいつもどおりじゃないですよ。 昼休みに聞いたときはこの日何事もなかったように言ってましたけど」 「え、でもでも……涼宮さんはわたしと二人きりになるとよくこういうことをしてくるんです。 ただこのときは体重を聞かれてたんですね。そこがいつもと違うなんて気づかなかったです」 俺は心に決めていた。 次にもし中身が入れ替わることがあって自由に相手を選ぶことが出来るならハルヒになろう。 その前にこの鼻血を止めなくてはならないな。 俺は一人でハルヒのいる保健室へと向かった。 今いるSOS団の団員を代表して団長に直訴するためだ。 ハルヒはベッドに寝っ転がったままではあったが、 眠ってはいなかったようだ。 不機嫌そうに天井を見つめている。 「ダイエットでもしてたのですか? どうやらまともに食事も取っていないように見えるのですが」 「……そうよ。わるい?」 「なんでこんな無茶なことをしようなんて考えたんですか?」 ハルヒは寝たままムスっとした表情で憮然と答えた。 「知ってた? みくるちゃんってあたしより4キロも軽いのよ」 えええ!? ハルヒより4キロも軽いのか! ちょっと前は6キロも軽かったのか! ってあぶねえ。 思わず口を割りそうになった言葉をごくりと飲み込んだ。 あとはハルヒの体重を聞けば朝比奈さんの体重がわかってしまうな。 そんなもの聞く勇気は俺には無いが。 「朝比奈さんは涼宮さんよりも背が低いですから」 「でもあんなに巨乳なのに……それで4キロよ? しかもあんなに可愛い顔してるのに!」 顔は体重に関係ないだろ。 それだからこそお前が勝手にSOS団のマスコットに選んだんだろうに。 可愛いからって拉致ってきたのに今度は可愛いからって嫌いになるとか意味がわからないぞ。 やっぱりお前朝比奈さんに嫉妬しているのか? 「みくるちゃんは嫌いじゃないわよ。むしろ好きなくらい。 ただ……キョンが……」 俺? どうしてここで俺が関係あるんだよ。 そこでハルヒはまた黙ってしまった。 ハルヒは別にスタイルは悪くない。 むしろかなりいいほうだ。 かなり力はあるくせに意外なほど筋肉はついてないし、 背も高くはないし女子の中では体重は平均からやや軽い方だと思われる。 もしこの状態からいきなり4キロもの減量をしたら体調を崩すのは当たり前だ。 とにかくこいつのダイエットと世界が均等な価値であるはずがない。 頼むからやめてくれ。 「涼宮さん……彼も僕と同じことを願っています。 みんなすごくあなたのことを心配しているのです。 どうか無理に体調を崩すような真似はしないでください。 あなたは我がSOS団の団長なんですからね」 この瞬間頭に浮かんだセリフを言うべきかどうか、 俺は悩んでいた。 このままではハルヒを説得できるとは限らない。 もう一押しが必要なんだ。 言うぞ! 言え! 言え! 言っちまえ! 「それに……涼宮さんはそのままでとっても可愛いですよ さっき持ち上げたときもビックリするくらい軽くて驚きました。 むしろこれ以上やせてしまわない方がずっと素敵です」 うおぉぉぉぉぉ! やめろおぉぉぉぉぉ! しゃべった口ががムズ痒くなるようなセリフだ。 歯が浮くとはこのことだ。 もし目の前にどこでもドアがあったら今すぐオホーツク海に飛び込んでカニに体を切り刻んでもらいたい。 この体が古泉の体でなかったら絶対に言えないだろう。 もしこんなことを俺が言ったら次の瞬間にはハルヒの強烈な右フックをお見舞いされる。 古泉ならこんなことをいうこともあるだろうというSOS団の共通認識がこんなセリフを可能にした。 長門に元に戻してもらう際に記憶の消去をお願いできないだろうか。 「ちょ、ちょっとぉ、どこからそんなセリフが出てくるわけ? もうわかったわよ……恥ずかしいから変なこというのはやめて」 さすがのハルヒも顔を赤くしていた。 俺は自分がどんな顔をしていたのかわからなかったが、 きっと古泉(俺)のハンサムなニヤケ顔も真っ赤だったに違いない。 「でも……キョンもやめてほしいって思ってるのは本当?」 「ええ、本当ですとも。涼宮さんが体調を崩したのを見てとっても慌てていましたよ。 まるで我を忘れてしまったかのように焦っていました」 嘘ではない。 だからこそこうして目の前でお前を説得しているのだからな。 「そうね。もうこんな無茶なダイエットはしないわ。 あ~あ、悔しいけどスタイルではみくるちゃんには勝てないみたい。 それにいきなりあんな巨乳になるなんてできないしね……ところで」 ハルヒは急に顔を赤くしてこっちを睨み付けた。 「キョンにはこの話絶対にしないでよ!」 うん、それ無理。 なぜそこにこだわるのかはしらんがとにかくよかった。 ハルヒはもう無茶なダイエットをやめると言ってくれた。 本当にやめるかどうかは知らないが、ここはこいつの言うことを信じてやらないといけないだろう。 「でもこのままじゃなんか物足りないわ。 ねえ、もっと何か食べるものないの?」 いきなりだな。おい。 帰り道で偶然一緒になった鶴屋さんを誘って全員で駅前のお好み焼き屋に行った。 ハルヒの命令で俺(朝比奈さん)のおごりになったのは言うまでも無い。 後でこっそり長門(古泉)からもらった三千円を渡しておいたので正確にはおごりではないが、 ハルヒと朝比奈さん(長門)が物凄い勢いで追加注文するので会計はあっという間に三千円を軽々とオーバーしていた。 ちょうど食い終わってお店を出たところに長門(古泉)がいた。 俺たちが食い終わるのを待っていたのだろうか。 「あら、有希。今日は病気で休んでたみたいだけど大丈夫? 外から見かけてたのなら入ればよかったのに。キョンのおごりが増えたのにさ」 ハルヒはいじわるそうに笑うと長門(古泉)に手を振ってそのまま走って帰っていった。 走るのは食後の運動のつもりだろうかね。まったく。 長門(古泉)が話があるようなので俺たちは近くの公園へ行き、 近くの自販機で缶コーヒーを買ってから適当なベンチで腰掛けた。 座った瞬間長門(古泉)がふーっと息を吐きコーヒーを一口飲んだ。 「疲れたので今日はいつものしゃべり方で失礼しますね。 さきほどようやく涼宮さんの精神状態が安定してきました。 昼間はあっちで閉鎖空間を潰したと思ったら次はこっちでといった感じでして、 今日は一日中閉鎖空間の中でした」 おかげでこっちも大変だったんだ。愚痴はお互い様だぜ。 そして俺は今日あったことを長門(古泉)に説明した。 長くなりそうだったので朝比奈さん(長門)の乳揉み話は全て省略した。 「涼宮さんが体を壊すほどのダイエットをしていたと……なるほどね、ふふふ……」 「何がおかしい」 「失礼しました。彼女にそんな女の子らしい一面があるとは思いもよりませんでしたから。 以前ならダイエットなんて考えられないようなことです。 彼女は他人の目を気にするとかそういうことに関しては特に無頓着でしたからね。 これも女性としてきちんと成長してきた証として見てあげるべきでしょうね」 世の中の女性がみんなこんな無茶なダイエットを経験してるわけじゃないだろう。 「いえいえ、結構よくある話なんですよ。 ダイエットは女性なら誰でも一度は通る道です。 あの朝比奈さんだって2キロ増えたことを気にしてたみたいじゃないですか。 女性はみんな少なからずそのような意識を持っていると思うべきですよ」 古泉が得意げに女を語っていた。 まあ、だからこそあんなにモテるんだろうけどな。 「思えば涼宮さんからそれを伺わせるシグナルはいろいろと出ていたのです。 それに気づかなかった僕たちにも責任はあるでしょう。 そしてそれはこれからの僕たちの研究課題です」 僕たちの『たち』の部分には俺は入らないからな。絶対。 「大食い大会も朝比奈さんを太らせたいと願っていたのでしょうかね。 全く動じない朝比奈さんを見て逆に腹を立てていたとは。 それに自分はかなりの空腹状態にも関わらず、 みんながカレーを思いっきり食べているのをただ見ているだけというのはさぞかし辛かったでしょうね。 僕は涼宮さんの心理状態はかなり読めているつもりでしたがまだまだでしたね」 長門(古泉)に明日のお月見パーティーのことを告げると、 そのことを知っていたのか、あるいはなにやら思いついたのか、 こちらの提案を断り自分ひとりでやりたいことがあると言ってきた。 裸芸でもなんでもいい。とにかくハルヒの機嫌を損ねないもので頼むと言ったら、 任せてくださいと自信満々であった。 それから俺は今日泊まる部屋の鍵をもらい、長門(古泉)とその場で別れた。 その夜は体が入れ替わって以来、最も落ち着いた夜であった。 そうさ、明日はお月見じゃないか。 明日くらいは古泉の姿も思いっきり楽しもう。 窓から夜空を見上げるとほぼ満月に近い丸い形の月がこうこうと街を照らしながら光っていた。 月は何も飾りつけをしていないのに、ただそこにあるだけで十分美しかった。 ──4章へつづく── 第4章
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涼宮ハルヒのOCG③ (2008/9/1の制限改訂です) 「やっほー! みんな、新しい制限改訂が出たわよーーー」 団員全員が机に座って向かい合ってるという、いつもと少し違う日常を過ごしていた俺たちだが、その日常を変えるのが、ドアを蹴破るようにして部室に入ってきた我らが団長涼宮ハルヒ。まったく、もう少し静かに入ってきてくれ。ドアが壊れても俺は知らんぞ。 「さっきコンビニ行ってVJ買ってきたわ、みんな見ていいわよ?」 なんかえらくハルヒが上機嫌だな。とはいえ制限改訂となれば俺も気になる。前回は死者蘇生が戻ってくるなんていうハプニングもあったしな、どれどれ・・・。 新禁止が・・・早埋、混黒、次元融合とかか、まあ妥当だな。インスタントワンキルはもうこりごりだ。サイドラも制限か、世界大会での採用率が高かったらしいしこれも普通かな? 準制限と制限解除が・・・・ 「裁きの龍はライトロードというファンデッキのエースカードのはず、準制限は疑問。」 長門、それは流石に無理があるぞ。制限にならなかっただけでも喜ぶべきだ。 「・・・そう」 「ダムドが準制限でよかったあ。それに増援とディアボリックガイが解除です。これは私の時代が・・」 朝比奈さんがいつものメイド服のままはしゃいでいる。というか朝比奈さん、未来人ならこの制限改訂の結果も知ってたんじゃないですか? 「ふふ、禁則事項です☆」 朝比奈さんはいたずらっぽくウインクしながら、ハルヒのお茶を淹れる為に食器棚に向かっていった。今回の制限改訂、うーんまあ風帝が緩和されなかったのが俺としては残念だ。邪帝が無制限なら風帝ももう少し緩和を・・・、んっ、ちょっと待て、ダムドビートはダムドが準制限、ライトロードは裁きの龍が準制限。剣闘獣はどうしたんだ? 「どうやら○ナミも剣闘獣の規制に関してはお手上げだったようですね。」 頼んでもいないのに古泉がしゃべりだした。お手上げなんてことはないだろ、ガイザレスなりベストロウリィなりチャリオットなりを規制することはできたはずだ。 「そうは言われましても、もう発表されてしまったものはしょうがないです。僕としては、これで今日は閉鎖空間へ行かなくて済みそうなので大歓迎ですが。」 といいつつハルヒを見ると満面の笑みを浮かべている。やれやれ、この改訂もハルヒが願ったからなんて言わないでくれよ。 「さあみんな!デッキを新制限にむけて組みなおすわよ!キョン、あんたは大してデッキ変わんないんだから、有希やみくるちゃんが組みなおしてる間にあたしと勝負しなさい!」 よーし受けてたってやる。環境最前線ばかりが強いわけじゃないてことを教えてやるぜ。 「キョンのくせに生意気ね、マッチで勝ったほうがジュースおごりよ。ジャンケン、ポン!あたしの先攻!」 こうしてやたら白熱した放課後は過ぎていった。正直に言おう、けっこう楽しい。 カバンをとって部室をでようとすると誰かに袖をつかまれた。こういうことをやるやつは1人しかいない。 「どうした?長門。」 振り返ると黒曜石のような目をして俺をみているヒューマノイドインターフェイスがいた。何かいいたそうだな。 「今日、7時にいつもの公園に」 長門は透き通るような声でそれだけをいうと、すたすた歩いていった。またなんか事件か?ハルヒは今日終始ご機嫌なように見えたのだが。もしかしたら長門自身のことかも知れない。まあいずれにせよ、長門の頼みを断る理由なんてあるわけない。俺でも長門の役にたてるなら、なんだってやるさ。 家族には適当な言い訳をして俺はいつもの公園へとチャリをとばしていた。あの公園もいろいろあったものだ。まだ眼鏡だったころの長門との待ち合わせ、朝比奈さんとのタイムトラベル、さて今度はなんだろうか。とまあいろいろ考えてるうちに公園に着いた。だが、珍しいことに長門はまだ来ていなかった。まさか時間か場所を間違えたか?だが、まだ時間前だったのでベンチに座って待っていると、 「久しぶり」 背後から聞き覚えのある声がかけられた。と、同時に俺は身震いして声のした方へ身構えた。この声は・・・ 「5月以来?それとも冬以来かな?」 クラスの元委員長にして情報統合思念体急進派のインターフェース、消えたはずの朝倉涼子が立っていた。 「どういうことだ、なんでお前がまたここに?」 俺は少しずつ後ずさりながら言った。くそっ、部室にいた長門は偽者だったのか?いや表情を見る限りそんなことはなかったはずだが・・・ 「あれ、長門さんから聞いてないの?」 朝倉は微笑みながらゆっくりこっちへ近づいてきた。その手にはいつのまにかナイフが握られている。そして周りの風景はいつかの情報封鎖空間と化していた。やばい、マジでやばい。長門、来れるなら来てくれ・・・・ 「彼に説明するのを忘れていた。・・・うかつ。」 長門が俺のすぐ横にいた。長門、頼むからどういうことか分かりやすく説明してくれ、俺では理解できん。 「今目の前にいる朝倉涼子はあなたに害意をもっていない。彼女は一度情報連結を解除された後、思念体に回帰し派閥を変えて穏健派となった。穏健派になって以降の彼女とは私は定期的に連絡をとっていた。最近の活動内容を話したところ、彼女も興味をもち、今日はあなたとデュエルするためにここに私が呼んだ。だが彼女はまだインターフェースを持たない為、通常空間では長く存在することが難しい。よってこの空間を生成し、現在に至る」 長門にしては分かりやすい説明だ。だがなんで朝倉はナイフをもっているんだ? 「それは・・・」 「演出、そうよね?長門さん」 「そう。」 まったく勘弁してくれ。こっちは寿命が3年ほど縮まったような気がするぞ。 「驚かせてごめんね。で、さっそくデュエル始めない?」 朝倉は悪びれた様子も無く笑い、ナイフを捨てて(ナイフはすぐに消えた)言った。いや、別にやるのは構わないんだが、机も椅子も無いこの空間でどうやってやるんだ?というか俺はデッキをもってきてないぞ。 「私が今作成した。こっちがエキストラ。」 長門がデッキを俺に向かって差し出していた。スリーブの色までまったく同じだ。ちなみに茶色だ。朝倉は濃紺のようだ。 「方法は・・・せっかく情報封鎖空間にいるんだし、ちょっとリアルにやってみない?」 朝倉はそういうと例の高速詠唱を始めた。3メートルほど離れて対峙していた俺と朝倉それぞれの前に、半透明で空中に静止しているデュエルフィールドが現れた(なんかスペースがいつもより1つ多いと思ったら除外ゾーンだった。○ナミより気がきくんだな) 「やり方はいつもあなたたちがやってるのと全く同じ。ただ、モンスターや魔法・罠がCGで私たちの間に実体化されるだけ。それじゃ、準備はいい?」 こうなったら俺も男だ。売られた勝負は買ってやるぜ。それに今回は命の危険があるわけでもないしな。いざとなったら長門がいる。どうにでもなるさ。よし、いつでもいいぞ朝倉。 「ただ決闘普通に決闘やっても面白くないから、何か賭けをしない?」 賭けだと?別に構わないが、互いの命を賭けるとかは無しだぞ。 「もう、そんなこと言わないって。信用無いなあ、私」 とはいっても俺は二回もお前に殺されそうになってるんだ、そのくらいは警戒して普通だろ? 「二回目はここにいる私の意志と関係ないんだけどな・・・。まあいっか。負けたほうが勝ったほうの言うことを一つだけ有機生命体ができる範囲でなんでも聞く。これでいい?」 了承だ。ならジャンケンだ朝倉、先攻後攻を決めないとな。 「先攻はあなたにあげる。5月のおわびも兼ねて。」 少々詫びる観点がずれてる気もするが、くれるものはありがたくもらっとくぞ。俺の先攻、ドロー! ハーピイ・クイーンを攻撃表示で召喚。カードを一枚伏せてターンエンドだ。 「私のターン、ドロー。豊穣のアルテミスを攻撃表示で召喚。カードを3枚伏せてターンエンドよ。」 俺のターン、ドロー。やたら伏せカードが多いのが気になるな・・召喚権は残しておこう。バトルフェイズ、ハーピイ・クイーンで敵モンスターに攻撃だ。 「攻撃宣言時に伏せカードを発動するわ、次元幽閉。」 そうはいくか、こっちも伏せカードオープン、ゴッドバードアタックの効果でハーピイ・クイーンをコストに・・・ 「うん、それ無理。チェーンして魔宮の賄賂を発動。ゴッドバードアタックは無効ね。」 くっ・・・魔宮の賄賂の効果で1ドロー。逆順処理終了か。しかしこのCGシステムはリアルだな、本当に次元の裂け目にハーピイ・クイーンが吸い込まれていきそうになりやがった。ダイレクトアタックの時はどうなるのか、考えたくも無いね。 「魔宮の賄賂で罠カードをカウンターしたことにより、手札より冥王竜ヴァンダルギオンを特殊召喚するわ。残念ながらあなたのフィールド上にカードがないから効果は不発だけどね。」 なんだって、これは予想してなかったぜ。というか朝倉のデッキはパーミッションか。けっこう頭使うんだよな、このデッキは。 「さらに豊穣のアルテミスの効果で1ドロー。あ、安心して。このデュエル中、私は一切の情報操作は使えないわ。普段なら読もうと思えばいつでも読める有機生命体の情報をあえて読めなくすることによって駆け引きがうまれる。こんなに面白いことはないわね」 朝倉はニコリと微笑んだ。1学期当初に見ていた笑みとは違って、心から楽しんでいるような笑みだった。こいつもこんな笑い方するんだな。メイン2、裏守でモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドだ。 「私のターン、ドロー。ねえキョン君、私は派閥を移して長門さんと定期的に連絡をとるようになってから、昔はわからなかった感情とかがいろいろと理解できるようになったわ。パーミッションのデッキを組んだのも、相手との駆け引きがしたかったから。ただ単純にモンスター効果で攻めて倒すのは私にとってつまらないの。」 今日はよくしゃべるんだな、朝倉。別にしゃべるのは自由だがお前のターンだぞ。 「普段は長門さんとしかしゃべらないからね・・。少し嬉しくて。バトルフェイズ、ヴァンダルギオンで裏守に攻撃よ」 裏守は魂を削る死霊だ。こいつは戦闘では破壊されない。どうする朝倉? 「どうしようもないわね。1枚伏せてターンエンドよ」 俺のターン、一枚ドローして、メイン入るぞ。霞の谷の戦士を召喚。7シンクロで呼び出すのは、ブラック・ローズ・ドラゴン。誘発効果で全体除去を・・ 「モンスター効果にチェーンしてコストを払い天罰を発動。効果は無効に・・」 あまいぜ朝倉、こっちも天罰にチェーンして伏せカード発動!神の宣告だ。ライフを半分払って天罰を無効にする。 「そんな・・・。」 ブラック・ローズ・ドラゴンの効果は有効。よってフィールド上のカードは全て破壊だ(全体除去は爆発するんだな・・。これもなんかリアルだ)。俺はこのままターンエンドだ。 「アルテミスの永続効果でドローするわ。全体除去をした後にフィールドに何も伏せないの?こっちがモンスター召喚したらダイレクトアタックをうけるわよ?」 ああ、かまわん。これしかなかったんだ。パーミッションならモンスターもそう多くはないだろう。大丈夫だ、多分。 「私のターン、ドロー。残念、いいモンスターはひけなかったみたい。裏守をセット、カードを2枚伏せてターンエンドよ。」 正直助かった。ライオウとかでてきたらどうしようかと思ったぜ。やれやれ。俺のターン、ドロー、よしいいカードを引いたぜ。手札から(今ドローした)死者蘇生を発動、墓地のハーピイ・クイーンを蘇生させる、ハーピイ・クイーンをリリースして邪帝ガイウスを召喚、効果で裏守を除外するぜ。裏守は・・・・おっと危ねえ、マシュマロンだ。さらに墓地の風闇2体を除外してダーク・シムルグを特殊召喚!2体で攻撃だ。 「両方とも通すわ。けっこう痛いわね」 これで朝倉のライフは2800.俺は4000.どうなるかはまだ微妙なところだな。ターンエンドだ。 「ドロー、豊穣のアルテミスを攻撃表示で召喚、ターンエンドよ。」 俺のターン、朝倉の場には伏せカードが2枚。1枚はさっきの召喚・攻撃のときなにも発動しなかったからおそらくブラフだろう。問題はもう一枚だが・・・。あれが何かのモンスター破壊だったとしても、もう1体の攻撃は通る。伏せが少ない時にパーミッションは叩いとかないとまずいからな。ちなみに聖バリはさっきブラックローズの除去のときに墓地へ行ったのを確認してあるぜ。よし行くか、邪帝でアルテミスを攻撃! 「ダメージステップに速効魔法、収縮を発動するわ」 くっ・・・400のダメージか、だがこれは想定内だ。ダルシムで豊穣のアルテミスに攻撃だ! 「それも無理、ダメージ計算時、手札からオネストを墓地に捨てて効果発動よ」 うおっ・・これはやばい、やばすぎる。俺のライフは残り2000。オネストめ・・ああ忌々しいカードだ。だがまだ召喚権が残っていたのが幸いだったな。裏守を一枚セット、カードを一枚伏せてターンエンドだ。 「オネストは忌々しいカードではない。非常に有用。」 今まで黙っていた長門が急にしゃべりだした。どうやら俺が忌々しいって言ったのが耳に入ったようだ。まあそりゃ長門もライトロード使ってるんだし有用なのは分かるが・・・こっちとしては嫌なもんなんだぜ。 「・・・そう。でも環境を破壊するカードではない。」 そうだな。仕方ないなオネストは。分かったからこっちを微妙に睨まないでくれ長門。 「えーっと私のターンに入っていいかしら?」 ああすまん朝倉、デュエル中だったな。どうぞやってくれ。 「アルテミスで裏守に攻撃よ」 攻撃宣言時に聖なるバリアミラーフォースを発動だ。チェーンは・・ 「あるわ。罠にチェーンして神の宣告を発動。聖バリは無効にするね」 マジでくたばる5秒前、ずっと伏せてあったカードはブラフじゃないかったのか。やられたぜ朝倉。だがまだ俺のライフポイントは残るはすだ。 「罠カードをカウンターしたことにより、手札からヴァンダルギオンを特殊召喚。これで終わりね、キョン君。ヴァンダルギオンの攻撃!死になさい。」 まだだぞ朝倉、さっき破壊された裏守モンスターはネクロ・ガードナー。こいつを墓地から除外してヴァンダルギオンの攻撃は無効だ。間一髪、助かったぜ。 「惜しかったわね。ターンエンドよ。」 朝倉のライフは1400、俺のライフは400。朝倉のフィールドに伏せカードはない。だが、今の俺の手札では次のターン確実に終わりだ。朝倉の言うことを何か一つ聞かなくちゃいけなくなる。・・・長門がいるからそう無茶は言えないはずだが、そんなことより俺は負けたくないね。なんとかして勝ちたい。いくぜ、俺のラストターン、ドロー! きた。悪いな朝倉、この勝負俺の勝ちだ。 「手札にオネストがあるっていっても?」 朝倉はニコリとわざとらしく笑って言ったが、今の俺には関係ないね。オネストがあろうがなかろうが俺の取るべき方法は1つしかない。手札から魔法カード、地割れを発動。アルテミスを破壊するぜ。そしてハーピイ・クイーンとデスカリバーナイトを手札から除外して、ダーク・シムルグを墓地から特殊召喚! 「ヴァンダルギオンの攻撃力は2800。ダルシムじゃ勝てないわよ。」 ああ、わかってる。だが俺はまだバトルフェイズに入ってないんだな。ダーク・シムルグをリリースして、風帝ライザーをアドヴァンス召喚!起動効果でヴァンダルギオンをデッキトップに戻す。バトルフェイズ、風帝ライザーでプレイヤーにダイレクトアタック! 朝倉のライフが0になった瞬間、俺らの前に展開していたデュエルフィールドが消滅した。 「あ~あ残念。まさかあの状況から負けるとは思わなかったな。」 俺だって風帝を引かなかったら負けだったさ。まあデュエルの勝負はこういう逆転劇があるからこそ楽しいんだ。 「私の負けね。キョン君、何か1つ私に命令していいよ。賭けだからね。」 朝倉は柔らかく微笑んで言った。谷口がAAランク+をつけただけのことはある。心から笑ってる朝倉は朝比奈さんやハルヒにも劣らないほど可愛いね。さて、朝倉に何か命令・・・か。まあ言うことは決まっているんだが、どう伝えるか。 「あなたの思うことを言えばいい。私も賛同する。」 長門がそういってくれると心強いな。よし、なら言うぞ・・・ 「朝倉、命令だ。俺とまたデュエルしてくれ。」 朝倉はキョトンとして首をかしげた後、言った。 「今日はもう無理だけど、長門さんに頼んで情報封鎖空間をつくってもらえば私はいつでも・・・・」 そうじゃない。俺はこんな妙な空間でお前とデュエルしたいわけじゃないんだ。お前がまた北高に戻り、俺たちと一緒に普通の生活をしてほしい。ハルヒが世界改変を行ったとき、俺はみんなに会いたいと思った。そのみんなの中に、朝倉、お前も入ってたのさ。まあ教室でやるわけにもいかないだろうが、SOS団の部室に来ればいつでもできるさ。ハルヒには俺と長門から言っておけばなんとかなる。もしかしたらお前をSOS団に勧誘するかもしれない。これが俺の命令だが、どうだ?朝倉。 「私はそうしたいんだけど・・・統合思念体は・・・」 「今許可が下りた。一両日中に以前使用していたインターフェースを用意するとのこと。ただし能力は非常時を除いて制限される。」 決まりだな。長門、北高に転入してくるときはお前のクラスにしとけよ。 「なぜ?」 長門は黒曜石のような目でこっちを見てきた。何故かって?お前もSOS団にいる時だけじゃなく、クラスにも友達がいたほうがいいだろ? 「・・・・そう。」 長門は僅かにうなずいた。俺の目の錯覚じゃなければ、少し嬉しそうにみえた。 「この空間はあと33秒で崩壊する。」 長門は視線を朝倉へと移すと、淡々と告げた。周りを見ると、よくわからん幾何学模様が渦巻いてた空間が、徐々にいつもの公園の風景になっていく。 「今日はいろいろありがとう。キョン君、長門さん。私は楽しかった。」 見ると朝倉も徐々に光の砂になって消えていた。もう上半身しかない。 「じゃあね。それと・・・・・また明日。」 消える直前に朝倉は微笑み、消滅した。同時に空間も消えて、いつもの公園とベンチがそこにあった。 「・・・あなたのおかげ、感謝する。」 長門はそれだけ言うと、俺に背をむけて歩き出した。感謝するのはこっちの方だぜ、長門。お前が会わせてくれなかったら、朝倉は戻って来なかった。それにな、気を許せる同姓の友達ってのはどんなやつにもいた方がいいんだ。改変世界での朝倉は、お前のことをいろいろと気づかってた。最後に俺を殺そうとしたのも、長門を守る為だったんだろう。今となってはそう思う。 「パーミッションか・・・。やれやれ、明日も部室は決闘祭りだな。」 そう呟いて、俺は自転車にまたがって帰路へついた。 END
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ハルヒが雨を降らせた2時間目の後も、奇妙な出来事は続いた。 何故かチョークが虹色になったり、校庭に突然小規模な竜巻が出現したり、何も無いとこで谷口がコケたり。 その度にクラスメイトが驚いたり笑ったりしていたが、ハルヒだけはただ静かに笑っているだけだった。 そして俺の疑念は、確信へと変わっていく。 ハルヒは完全に、自分の能力を自覚してやがる。 昼休み、俺はいつも一緒に飯を食う谷口と国木田に断りを入れた後、部室へとダッシュした。 こんな状況で頼れるのは、やっぱアイツだからな。 息をきらせながらドアを開けると、やはり居た。寡黙な宇宙人、長門有希。 しかし今日は長門だけでは無かった。古泉もいる。 その古泉はいつものニヤケ面を封印して、シリアスな顔つきで居た。 これだけでも、ただごとじゃないと理解できる。 「古泉、お前も来てたのか。」 「ええ。その様子を見るとあなたも既に気付いているでしょう。 はっきり申し上げます。緊急事態です。」 「……涼宮ハルヒが自分の能力を自覚した。」 やはりか…… 「恐らくトリガーは、彼女自身の能力によるもの。」 「ハルヒの能力?」 「ええ。恐らく涼宮さんは、僕達が隠し事をしていることを前々から感付いていたのでしょう。」 マジでか………まあ前々から勘は鋭いヤツだったからな。 「そして彼女は願ってしまった。『全てを知りたい』とね。 その瞬間能力によって、彼女は自らの能力を自覚した。」 「それだけではない。恐らく彼女は情報統合思念体のことも、古泉一樹が所属している機関のことも、 朝比奈みくるが未来人であることも全て理解している。」 おいおい、本当に『全て』じゃねぇか。 俺でさえ理解するのに数日かかったというのに、あいつは一晩でそれを全部受けとめたのか。 「昨日の深夜、大規模な閉鎖空間が発生しました。 当然と言えるでしょう。突然大量の情報が彼女の脳に降りそそいだ。 涼宮さんで無くてもパニックになるはずです。 あまりも膨大な閉鎖空間で我々も苦戦を強いられました。ですが、その閉鎖空間は突然自然消滅したのです。 きっと彼女は、閉鎖空間も自由にコントロールできるようになったのでしょう。」 「能力を自覚した今、涼宮ハルヒに出来ないことは何一つ無い。」 そうだ。今のハルヒに不可能という文字は無い。なんだって出来る。 さっきの雨程度で済むなら問題無いが、もっと大きな願いを叶えようとしたら? 街中に宇宙人を光臨させるとか、動物園に不思議生物を入れるとか、メチャクチャな世界を望んだら? ハルヒに限ってそんなことはしないと思うが、その気になれば一国を滅ぼすことすら出来てしまう。 ……まったく、ほんとにとんでもねぇ能力だ。自覚したとあっては、尚更だ。 「だ、だがハルヒはあれでも常識的な部分はある。 孤島の時にも言ったが、不思議のために人が死ぬことを望むようなヤツじゃないはずだ。」 「ええ。僕もそう信じていますよ。しかし、彼女の願いが今のイタズラ程度で収まるとも考えにくい。 そのうち、僕等に関わる大きな願いをしてしまうでしょう。例えば……」 古泉が例を挙げようとしたその時だった。 部室のドアが控えめに開かれ、入ってきたのは朝比奈さん。 だがいつものエンジェルスマイルは影を潜め、暗くうつむいている。 「朝比奈さん?どうかしたんですか?」 俺が声をかけると、彼女の目に涙がたまっていく。 「ふぇぇ、キョンく~ん……」 そして朝比奈さんは、俺の胸に飛び込んで泣き始める。あ、朝比奈さん!? 「ど、どうしたんですか朝比奈さん!」 「未来が……未来が消えちゃったんですぅ!」 なんだって……未来が!? 「どういうことですか朝比奈さん。説明していただけますか? 「はい……」 彼女は涙をぬぐい、口を開いた。 「未来との通信が一切出来なくなったんです。時間移動もしようとしたけど出来ませんでした。 未来が完全に書き換わっちゃったんです。だから私が元々居た世界はもう存在しません。 お父さんもお母さんも……ふぇぇぇ……」 朝比奈さんはまた泣き出して座りこんでしまった。 これも、ハルヒの仕業か……おいハルヒ。これはシャレの限度を超えているぞ。 お前は間接的に、だが確実に、朝比奈さんの世界を滅ぼしたんだ。 「あら、みんな集まって何してるの?楽しそうね。」 その声にハッとして顔をあげると、そこにはハルヒが居た。 「お前にはこれが楽しそうに見えるのか?」 「ええ、とっても。」 俺は怒りをこめた返事をした。だがハルヒは、静かな笑みを崩すことは無い。 「あたしも、混ぜてよ。」 続く
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「長門…もう一回言ってくれないか?誰だって…?」 「藤原。」 …… 嘘だろ? 「長門!何かの間違いじゃないのか!?」 「あなたがそう思いたくなるのもわかる。でも、これは事実。」 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 事実 …頭の中でこだまする二字熟語…今にも目の前が真っ暗になりそうな俺。 「おい…だっておかしいだろ??仮にも朝比奈さんは以前、藤原たちに誘拐されかけたことあるんだぞ? 被害者だぞ?なのに…何でその被害者が藤原と連絡とってんだよ!?」 「落ち着いてくださいキョン君…我々も気持ちは同じです…。」 …そうか。そういうことかよ。 「長門…お前ら二人が話をためらってた理由、ようやくわかったぜ。昼のときお前らが話さなかったのは… 単に俺がハルヒのとこへ行こうっていう意志を、朝比奈さんの話題で潰したくなかったから…だよな?」 「…そう。」 「そして今躊躇ったのは…未来人犯人説に朝比奈さんを、否応にも結び付けたくなかったから…そうだよな?」 「…そう。」 「でもな…それでも俺はいまだに朝比奈さんは仲間だと信じてる。疑おうなんて微塵も思わない。」 「しかし、彼女には犯人と疑われても仕方がない多くの側面をもっている。」 「長門…お前まさか朝比奈さんを…!」 …また、何熱くなってんだ俺…これじゃさっきの古泉の二の舞じゃねえか。長門だって本当はそんなこと 思いたくねえんだ…可能性を示唆こそしているが、本人だってつらくてそれを言ってる…それを察してやらねえと。 「いや、何でもない、続けてくれ長門…その側面とは何だ?」 「…涼宮ハルヒが倒れた時、もっとも彼女の近くにいた未来人…それが朝比奈みくる。」 「ちょっと待て長門…朝比奈さんはハルヒが倒れたとき、 俺たちと一緒に部室にいた。それはお前も見てるだろう?」 「それだけでは朝比奈みくるを無実とするには到底成しえない。 例の電磁波にしても、遠隔操作等使えば涼宮ハルヒの側にいなくとも何とでもなる。」 …… 「…他には?」 「朝比奈みくるが涼宮ハルヒの家の場所を知っていてもおかしくないということ。 さらには、未来経由でステルス機材をも入手できる環境にあるということ。」 「…ハルヒのあとをつけてた犯人まで朝比奈さんだと言うのか?」 「もちろん確証はない。しかし、彼女にはそれが可能。」 …… 「そして、極めつけは未来人藤原との会話記録。」 …こればかりはどうしようもねえな…。 「言いたいことはこれで終わり。あなたにはつらい思いをさせていまい、本当に申し訳なく思ってる。」 「いや…お前だって相当苦しかったろう。多々に渡る説明、ありがとな長門。…古泉もいろいろとありがとな。」 「いえいえ…とんでもないです。」 …… 慣れないな…これはあまりにショックが大きい。ついさっき 『氾濫する情報の取捨選択に徹して、なんとしてでもハルヒを守り抜く』と決心したばかりだってのに…。 情報の取捨選択だと?一体何が正しい情報で何が間違ってる情報なのか…俺にはもうわからない…。 ハルヒを守り抜く… っ!ハルヒを一人にさせておいたんだ…!それも、随分長いこと長門や古泉とは話してたから 相当時間が経ってしまっている。…嫌な汗が流れた。不審者がいないか見て回ると言い外へ出ただけに、 俺がそいつにやられてくたばったとか…妙な勘違いを起こしててもおかしくないんでは…!? せめて家にいることを願いつつ、俺は急いでハルヒに電話をかけた。 「もしもし、俺だ。」 「…キョン!?キョンなのね!?あんた…どこ行ってたのよ!?襲われたとか、そういうのじゃないわよね??」 案の定、最悪のケースを想定してたらしい。 「あのな、襲われてたら今こうやって悠長に電話かけたりはできないだろ?」 「じゃあ、今何してんのよ??」 「ええっと…なに、散歩してただけさ。」 「…呆れた。心配して損したわ!すぐ戻ってくるって言ったくせに…っ」 「とりあえず、今すぐ戻る!だから…機嫌直してくれ、な?…もちろん、お前は今家にいるんだよな?」 「当たり前でしょ?っていうか、そういう連絡はもっと早くよこしなさい!?本当キョンってバカなんだから…!」 「わかったわかった!すぐ戻るから、家でじっとしててくれな。」 俺は電話をきった。 「涼宮さん大丈夫ですかね?今の調子だと、だいぶ焦ってるようでしたが…。」 …お前もそう思ったか古泉。そりゃ、威勢だけはいつものハルヒだったよ。 だが、何か取り乱してるような感じがしたのは、決して気のせいじゃないだろう。 「そうであるならば、あなたは一刻も早く行ってあげるべきですね。」 「もちろんだ。だがな、お前らもくるんだよ!そもそもだ、こんな公園で待機しとかなくても… ハルヒに断って家に入れさせてもらえばよかったんだろうが!ハルヒだって、決して拒否はしなかったはずだぞ?」 「あなたと涼宮ハルヒが二人きりでいるところを私たちは邪魔したくなかった。それゆえの話。」 …… 変に配慮を利かせてたんだなお前ら…。 「とにかく、もうそんなことはいいから俺と一緒に来い! みんなと一緒のほうがハルヒだって喜ぶさ!仲間だろ?SOS団だろ!?」 「…その通りですね。我々も行くとしましょう、長門さん。」 「了解した。…しかし、それでは…SOS団は揃わない。」 …長門の言うとおりだ。 …… 俺は朝比奈さんのことをどう思ってる?あんな情報を聞いてしまった上で、一体どう思ってる? …敵? …… バカ野郎が!仲間が仲間を信じてやれないようでどうすんだ!? そうだ…朝比奈さんは、俺たちの仲間だ! 「長門、今朝比奈さんはどこにいる!?」 「!?本当に彼女を涼宮さんのところへ連れて行くつもりですか??」 「古泉よ…気持ちはわかる。でもな、それでも俺は朝比奈さんを仲間だと信じたいんだ。 愚かな人間だと笑い飛ばしてくれても構わない。それでも…俺は信じたいんだよ…仲間だと!」 「…そこまで言うなら、僕からは特に何も言うことはありませんよ。むしろ、あなたの考えに 賛同させていただきます。彼女のことを仲間だと信じたい気持ちは、僕も同じですから。」 「私も…仲間だと信じたい。だから、彼女を呼ぶことに異論はない。朝比奈みくるは…ここから近くのスーパーにいる。」 …俺とハルヒがカレー粉を買った所だな。よし、早速電話だ。 「もしもし。」 「もしもし…って、あれ?キョン君ですか!?どうしたの?!」 「今からSOS団みんなと一緒にハルヒの家へ行ってやろうと思ってましてね。朝比奈さんも一緒にどうですか?」 「も、もちろん行きます!そうだ、私今スーパーにいるんで お菓子やジュースを買ってそっちに持っていくね♪」 「それはさぞかしハルヒも喜びますよ!」 「だといいな…って、そういや私涼宮さんの家どこにあるか知らないんです…どうしよう…。」 「本当ですか!?ええっと、そうですね…そこのスーパーから一番近くにある公園はご存じですか?」 「え?ああ、黄色いベンチや象さんの滑り台がある公園のことですよね?わかります!」 一旦電話から口を遠ざける俺。 「古泉…すまんが、ここの公園で朝比奈さんを待っていてはくれないか。」 「お安い御用です。しかと導きますから、ご安心を。」 再び電話に戻る俺。 「ええっと、もしもし。古泉がそこの公園で待っているんで、 合流したらそいつと一緒にハルヒの家まで来てください!」 「ありがとう!後で古泉君にも礼を言っておきますね。」 「じゃ、そういうことで!」 「あ、はい♪」 …… ふう… いつもの朝比奈さんだ。電話なだけに声しか聞こえなかったが… それにしたって、あれはいつもの朝比奈さんだったように思う。 「じゃあ古泉、任せたぜ。」 「承知しました。」 古泉に一時の別れを告げ、俺は長門と一緒にハルヒ宅へと向かう。もちろん、走ってな。 「…長門さ、俺にはやっぱ朝比奈さんが犯人のようには思えねえわ。 さっきも電話で言ってたしな、ハルヒの家がどこかわからないって。」 「…でも」 「ああ、言いたいことはわかる。彼女が嘘をついていたとしたら?だろ。だがな、朝比奈さんに限ってそれは ありえねえよ。あの方に巧妙な演技が務まると…お前は思うか?仮に嘘をついていたとしたら彼女のことだ、 取り乱したり動揺したりだのですぐばれちまうさ。つまりだな、『涼宮さんの家どこにあるか知らないんです…』 ってのを自然体でしゃべった時点で、すでに彼女のシロは確定しちまってるんだよ。」 「!」 「…?どうした長門?」 「朝比奈みくるに関して…私は数時間かけて熟考したが確固とした答えは出せなかった。対して、 あなたはたった数分の会話一つで物の見事に彼女の白黒を判断してしまった。私はそれに驚いている。」 「なーに、難しいことじゃないさ。単に朝比奈さんの人柄を考慮したってだけの話よ。」 「…人柄。」 「そうだ、人間ならみんなもってるぜ。あ、もちろんお前にもな。」 「…そう。」 さて、着いたぞ。 カギは閉めるように言っておいたからな…インターホン鳴らすとするか。 「ハルヒ…俺だ!」 …… 玄関へと向かって走ってくる音が聞こえる。そしてガチャリと…カギの開く音がする。 「…キョン!!遅すぎッ!!覚悟はできてんでしょうね!?」 やはりハルヒは怒っていた。当然か…。あんな状況で一人残し、散歩に行った(ってことにした)んだからな…。 「本当にすまん…別に悪気があったわけでは」 「言い訳なんか聞きたくないわ!ホント、何が『すぐ戻ってくる』よ??」 「…まことに弁解の余地もない。」 言葉通りだ。何にせよ、結果的に嘘をついたのは間違いない。叱咤されても文句は言えんだろう? 「待って。彼を怒らないであげて。」 「ゆ…有希!?え?ど、どうしてキョンと一緒に!?」 俺の後ろから発せられた声に、ようやくハルヒはその存在に気付いたらしい。 「先程、外を歩いていたところを偶然彼と出会い、あなたの相談を受けていた。」 「あたしの相談を??」 「そう。そして、その答えというのが、SOS団の集合。」 ハルヒはポカンとしていた。何が起こったのかわからない、といった顔をしている。 …実は俺もその一人だった。長門よ?密談していたことを…奴に話しても大丈夫なのか?? 事情が事情だっただけに、ハルヒには本当のことを言わない方がいいと思ったのだが… 当たり前だが、知れば奴は大混乱である。 「SOS団って…みんながこれから集まるってこと!?こんな夜遅くに??ど、どうして??」 「彼はあなたに元気になってほしかった。だからみんなをこの家へと呼んだ。 もうじき古泉一樹と朝比奈みくるも来る。彼が戻るのが遅くなってしまったのは、このため。」 「…キョン?有希の言ってることは本当なの??」 「あ、ああ。そうだ。だから遅れちまって…」 「…そうだったんだ。」 なるほど、そういうことか。言われてみれば、俺も最初から長門のように取り繕えばよかったのか。 言ってることは事実だが、別段それが俺たちにとって不都合となるような情報は、彼女は一切話してない。 言うなれば、過程をすっとばして結論だけ述べたようなもの。実際問題、俺は古泉・長門との話し合いを重ねた上で 結果として、朝比奈さんを加えたSOS団全員でハルヒに会いに行こうって、そう結論付けたのだから。 「…バカキョン。そうならそうと言えばよかったのに。」 「なんというか、つい照れくさくてな。とりあえず…お前が思ったより元気でよかった。」 「当たり前でしょ!?あたしを誰だと思ってんの?」 「2人とも仲が良さそうで何より。」 …今日の長門はどこかおしゃべりだな。はて、こんなにお茶目な奴だったか? 「有希も変なこと言わないッ!別にそんなんじゃないわ!…とりあえず、せっかく来たんだから 上がっていきなさい!キョンも、いつまでもそこでボサっとせずさっさと入りなさい!」 「へいへい、わかりましたよ。」 まったく、ホント人使いが粗い団長様だ。その様子だと、俺がいない間に変なことがあった ってわけでもなさそうだな。とりあえず、家にいてくれただけでもよかったと言っておこう。 …今更ながら思った。外へ出ず、家でおとなしくしてくれてたその行動…これって、直情実行型のハルヒにしては かなり頑張ったほうなんじゃないか??一体…どういう心境で俺の帰りを待っていてくれたんだろうか。 電話越しの、あの微かに震えてた声を思い出す。…ハルヒには無駄に心配させちまったのかもな。 「ええっと、古泉君やみくるちゃんも来るのよね?なら、みんなの分のコップも用意しておかなくちゃ!」 そんなハルヒはというと…もはや隠すつもりもないのか、それはそれは生き生きとした表情をしていた。 さっきまでの様子がまるで嘘のごとく。…そんなにみんなが来てくれるのが嬉しかったのだろうか…? そのままキッチンへフェードアウトしていくハルヒを見送りながら、俺も不思議と気分が高揚していた。 …奴がいないのを確認し、俺はそばにいた長門にボソっとつぶやいた。 「長門、さっきはありがとな。正直、お前がフォローしてくれて本当に助かった。」 もちろん、先程の件である。 「礼を言われるようなことはしていない。私はただ、事実を言っただけ。 涼宮ハルヒのことを考えての行動、そして決断。それらは決して後ろめたいものではないはず。違う?」 「…いや、違わないな。まったくもってお前の言う通りだ。…たまには正直に言ってみるもんだな?」 「そう。」 その後、遅れて古泉と朝比奈さんもやってきた。5人ともなると、さすがに雰囲気的にも賑やかだ。 「ところでさ、みんなはもう夕食は食べた??…9時過ぎてるからさすがに食べてるんだろうけど。」 ハルヒが口を開く。 「いやー、実はまだ食べてないんですよ。」 「わ、私もです…。」 「私はどちらにせよ問題ない。しかし、何か食べられるに越したことはない。」 古泉…お前が公園で食ってた弁当って…ありゃ昼飯だったのか?それから9時まで…飲まず食わずで ずっと公園で待機していたというのか?…とりあえず乙と言わせてもらおう。一体どこの特殊部隊だ。 朝比奈さんもまだなのか。となると、あのとき彼女がスーパーにいたのは、 大方夕食の食材でも買う段取りだったってとこなんだろう。で、そこに俺が電話をかけてきたと。 長門は…まあ…その、なんだ、情報操作とかいうインチキまがいなことをすりゃ、食さずとも生きていける体質では あるんだろうが…。『食べられるに越したことはない』って発言が彼女の食事に対する甲斐性を裏付ける。 基本大食いだからな長門は。食べることに人間とは違う… 一種の喜びみたいなものを感じてるのだろう。 「それはよかったわ!せっかく来てもらったんだし、今からみんなにカレーをご馳走するわ!」 「それは恐縮です。感謝して、いただくとしますよ。」 「涼宮さんのカレー… 楽しみだなあ♪ありがとうございます涼宮さん!」 「カレー……っ …ありがたくいただくとする。」 各々が感謝の意を言葉に含ませているわけだが、一人だけ 異色のオーラを身にまとっているように見えるのは俺の気のせいだろうか。 「ハルヒ、あのカレーはまだ残ってたのか??」 「もともと4、5人ぶんの分量はあったからね。 明日にでも帰ってきた親に振る舞おうと思ってたんだけど…この際どうでもいいわ!」 どうでもいいのかよ!って突っ込みは無しだ。何よりも、 俺たち仲間のことを大事に思ってくれていることの表れだろう。 「火にかけてくるからちょっと待っててね。そうそう、これあたしだけが作ったんじゃないのよ? キョンとの共同作業の賜物!だから、ま、楽しみにしててね~」 「え、キョン君も一緒にカレー作ってたんですか!?ますます楽しみです♪一体どんな味に仕上がってるのかな?」 「あなたが料理ですか。いえ、特に他意はありませんよ。 涼宮さんと家で何をしているのかと思えば、夕飯の手伝いをしていたというわけですね。」 「あなたが作ったカレー…気になる。」 おいおいハルヒさんよ…何が共同作業だ。そんな誇れるようなもんをやり遂げた覚えはねえぞ… 単に野菜を切って退場したってだけだろ!? …しばらくして古泉、長門、朝比奈さんの眼前にカレーが運ばれてくる。 「さー、召し上がってね!麦茶と紙コップここに置いとくから!」 「では、ありがたくいただくとしましょう。…ふむふむ、色合いが良いですね。なかなか整ってます。」 「にんじんやじゃがいもの形が個性的です♪もしかして、これキョン君が切ったんですか?」 「朝比奈さん!?どうしてわかったんです??」 「ほーらキョン!だから言ったでしょ?この大雑把な乱切りはキョンらしさが出てるって!」 「そうやるよう指示したのはお前だろが!」 「でも、そのほうがキョン君らしいですよ♪」 朝比奈さん。その発言の真意は何でしょうか…?プラスの意味ってことで取っていいんですよね? そうに決まってる。なんせ、あの朝比奈さんだからな。 「味のほうも…悪くないです。十分おいしいですよ涼宮さん、そしてキョン君。」 「私も同感です♪」 「ありがとう、古泉君にみくるちゃん!」 だから…俺はそこまでこの料理に介入していないのだがな…。 ふと長門のほうを見る。 「……!」 何やら目を丸くしている。あれは…何だ?驚いているのか? 「長門?どうした…まさか口に合わなかったか?」 「…たまねぎの形が、ユニーク。」 ! 「え、やはりこの小さなツブツブした物はたまねぎだったんですか!通りで、何かそんな味がすると思ってました。」 「言われてみればそうですね…!」 長門の言葉を受け、それに古泉と朝比奈さんが呼応する。 「ゴメンね、みんな。キョンがみじん切りしちゃったみたいなの… でも、これもキョンの趣味らしいから許してあげてね!」 ちょっと待てハルヒ 「キョン君はカレーを食べる時たまねぎはいつもこんな感じなんですか!? …あ、いや、個性があって私はいいと思いますよ♪!」 「なかなか独特な感性をお持ちですね。御見それいたしました。」 「…ユニーク。」 ハルヒよ…いくら俺のせいだからとはいえ、その仕打ちはあんまりだ…。見よ!すっかり朝比奈さんと長門には 誤解されてしまっているではないか!?古泉は空気を読んだ発言をしただけで、誤解はしてない感じだが。 とにかくだ…彼女たちにジョークが通じないというのは、お前もわかっていたはずだろう…!? あ、わかってたからこそ敢えて言ったのか。鬼の所業だ… 「あ、そうだ…私お菓子やジュースを買ってきたんです!みんなで食べましょう♪」 おお、これは…なんとも豪勢だ!チョコレートに砂糖菓子、おつまみにスナック、マシュマロ、クッキー、そして ファンタ、カルピス…選り取り見取りとはこのことだ。さっきの鬼の所業云々についてなど、もはや忘れたぜ。 しかし…これだけの量、少なくとも1000円はしただろう。さすがに、彼女に全額支払わせるわけにはいくまい。 「皆さん、お代のほうはいいですよ?私、基本いつも皆さんのお役には立てませんから…これくらいいいんです。」 「何言ってんのよみくるちゃん!?役に立たないなんて…いつどこの誰に言われたのよ!?」 「あ、いえ、そういうわけじゃぁ…」 「なら別にいいじゃないの!そんなこと言うやつがいたら…あたしがぶん殴ってあげるから安心しなさい!」 「涼宮さん…。」 同感だハルヒ。俺もそのときは助太刀してやろう。 「レシート見せて、みくるちゃん。」 「あ、はい。」 「…みんな、みくるちゃんに300円ずつ渡して!」 「ふぇ、ふぇえ!?これ5人で割ったって240円とか250円とか、そのへんですよ? これじゃ私だけ額が余っちゃいます!」 「そんな誤差気にしない!余った分はあたしたちからの気持ちだと思っときなさい!」 ハルヒ…良いこと言うじゃねえか。SOS団メンバー全員揃ったおかげか、すっかりハルヒは 団長様気分で元気を取り戻している。朝比奈さんも呼んだのは正解…いや、そもそもこの考えがおかしい。 彼女は俺たちの仲間だから呼ばれて当然の存在だ。そうだろう? とりあえずハルヒの号令に従い、俺たちは朝比奈さんにそれぞれお金を渡した。 「皆さん…ありがとうございます。」 「いいっていいって!じゃ、みんな飲むわよ~食うわよ~!!」 飲み物がジュースで結果的に助かった。もしこれが酒やビールでもしたら… おそらく俺たちは朝まで酔いつぶれてしまっていただろう。…それくらいのテンションだった。 …… しばらく食うだの話すだので盛り上がってた俺たちだったが… 急に立ちあがる二人。長門と古泉だ。 「ん?どうしたの二人とも?」 「夜風に当たるべく外に出る。」 「僕は…ちょっとコーヒーを自販機で買ってこようかと。」 「ちょ、ちょっと待ちなさい!あんたたちキョンから事情は聞いてるんでしょ?? 外はやめたほうがいいわ。誰かいるかもしれないし…。」 「?」 何のことかわからず、きょとんとする朝比奈さん。 そういや彼女にはまだ話してなかったんだっけか…適当な時に彼女にも話すとしよう。 「大丈夫ですよ涼宮さん。何かあったらすぐ戻ってきますので…同様に、長門さんもね。」 「そ、そう?ならいいけど…。」 そう言い残し、颯爽と外へ出ていく二人。 …… 「…古泉君がコーヒー買いに行くって言ったの…おそらくあれはウソね。」 おお、ハルヒもそう思うか。それもそのはず、飲み物なら朝比奈さんの買ってきたジュースで十分事足りるからだ。 それでいてこんな寒い中買いに行くなど…重度のコーヒーオタクでもない限り、まずないだろう。 もちろん、古泉がそういう性癖をもってるとの記憶もない。つくづくウソをつくのが下手なやつだ。 「あたし的にはね…有希と一緒に外に出てったってのがポイントなのよ!」 そうだな…普通の人間ならともかく、それが長門となれば話は別だ。彼女の場合、外出という行動一つとっても たいてい何かしらの意味は孕んでいる。そして、それを古泉は察した。で、ヤツも同様に外に出てったと… まあ、そんなとこだろう。 「有希と古泉君…いつから仲が良くなったのかしら?最近よく一緒にいるわよね?」 この辺りからか、俺とハルヒとで思惑が違うことに気付く。 「もしかして…二人ともできてちゃったりして。」 え? 「ふぇえええええええええ!?」 何いいいいいいいいいい!? 驚愕する俺と朝比奈さん。ハルヒよ…その発想はなかった。一瞬反応が取れなかったじゃないか。 「だって、こんな夜中に男女二人が適当な理由つけて外に出るなんて… それくらいしか思いつかないじゃないの!」 …言いたいことはわかる。…ただし、それが一般人の男女であるならの話だがな。 「団員は恋愛禁止とか言っておいたのにあの二人ときたらまったく…。 ま、別にいいわ。あの二人お似合いだと思うし!」 おいおいおい…話を勝手に、いや、妄想を勝手に進めるんじゃない! 「ほ、本当に長門さんと古泉君は付き合ってるんですか??私、今の今まで気が付きませんでした!!」 「だー!朝比奈さん、ハルヒの言うことを鵜呑みにしないでください!ヤツは何か勘違いをしてるだけです!!」 まったく…、一体ハルヒはどこまで本気で言ってるのやら…。 それにしても、二人は本当になぜ出て行ったんだろうな?ハルヒの横から聞こえてくる 暴論はほっといて、とりあえず俺は落ち着いて考えをめぐらせてみるとする。 …そもそも、俺たちが今日ここに集まったのは外敵からハルヒを守るためだ。 それがまず最優先事項のはず。とすれば、二人が外へと出た理由は何だ? …… 敵の迎撃…? だとすると、今ってもしかして非常に危険な状況なんじゃ… だが、もしそうなら長門…ないしは古泉が俺にそのことを伝えるはずだ。いや…ハルヒがこの場にいたから 話せなかったのか?…もしかしてアレか、俺も一緒に外へ来いってことか?で、そこで事情を話すと。 「ねえねえ、みくるちゃん!有希と古泉君ってお似合いよね!?そうよね??」 「そ、そんなのわかりませえええーん!」 「みくるちゃんさ、愛を確か合う方法って知ってる!?」 「ななななななな、何でそんなこと聞くんですかああー!?恥ずかしいですうぅー!」 …相変わらずのんきな会話である。もはや朝比奈さんをからかってるようにしか見えないのは…決して 気のせいではないだろう。どうやら今のハルヒにとって、古泉と長門の関係はさほど重要なものではないらしい。 …… うーむ…外に出て二人に話を伺ってきたいとこだが、さすがに俺まで行ってしまうのはまずい気がする。 3人もの人間が外へ出たとなると、間違いなくハルヒも異変に気付き外へと出てしまうだろう。 ここは…おとなしく静観しとくとするか。それに、長門と古泉なら何かあったって大丈夫だ。 それだけの知識と能力を、あいつらは身に付けているからな。 …ん?電話が鳴ってる。玄関のほうからだ。 「あら、誰かしら。ちょっと行ってくるわね。」 リビングを出るハルヒ。 「二人になってしまいましたね、朝比奈さん。」 「そうですね~」 「まったく…ハルヒは本当にけしからんヤツですな。 さっきの会話、もしあいつが男なら間違いなくセクハラで訴えられますよ。」 「ははは、いいんですよ。確かに恥ずかしかったですけど、涼宮さん楽しそうでしたし…私も私で面白かったですし。」 「なら、いいんですけどね。」 …… 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいた時だ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 …そういえば長門と古泉によるマシンガントークの嵐だった気はする。 「しかし朝比奈さん…それは相手が悪すぎですよ…、例えば長門なんかは人間的能力を超越してる時点で すでに論外ですし、古泉も古泉で…長門ほどではないですが一高校生としては異常なくらいの博識の持ち主です。 一方の朝比奈さんは普通な人間であると同時に、何より未来人だというハンデがあります。 最近のことを知らないのは当然ですし、逆に未来のことを話そうとすれば禁則事項がかかってしまう。 俺としては、朝比奈さんは凄く頑張ってる方だと思いますよ。だから…どうか気を落とさないでください!」 「キョン君ありがとう。でも、慰めならいいの…実際昨日どうだった? 私はいてもいなくても同じじゃなかったかしら…?」 朝比奈さんの目は真剣だ。 …あのとき、本当に朝比奈さんはいてもいなくてもどうでもいい存在だったのか? いや、そんなはずはないだろう…よく思い出せ…! …… 『私も頑張りますから、キョン君も一緒に頑張りましょう!』 『ちょっとくらいなら良いと思いますよ私は♪息抜きには、こういうのも必要だと思います。』 『あ、キョン君もう飲んじゃったんですね。私が新しいの汲んできましょうか?』 『はい、キョン君!白ぶどうです♪』 『…キョン君、大丈夫ですかぁ?きついようでしたら仮眠でもとります?』 『そうですよ。私たちも協力しますから!絶対にそんな未来になんかしちゃいけません…!』 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 よかった…幾分か調子を取り戻してくれたようだ。 「自然体か…、じゃあ昼にあそこまでやっちゃったのは私らしくなかった…のかな。」 「昼?何かあったんですか?」 「あ、え、ええっとですね。」 「ああー!ようやく終わった…まったく、久々の長電話だったわ…!」 電話が終わったらしい。ハルヒさんが再び戻ってきた。 「おお…ハルヒか。相手は誰だったんだ?」 「…親よ。今日は何食べただの、どこ行っただの、誰と会っただの聞かれたり…あと、 冷蔵庫や戸棚に入ってるおかずやオヤツの位置を教えてくれたりだの…ホンット、面倒な親よ!」 …大変だったんだなハルヒ。 「まあ…しかし裏を返せば、それほどお前は親に大切に思われてるってこった。 娘を一人で家に残せば、そりゃそうなろうて。」 「ふーん…そういうもんなのかしらね。」 …そういや、朝比奈さんの話を聞きそびれてしまったな。話の文脈上から察するに…昼の時間帯、 いろいろと何かを頑張ってたみたいだ。その『何か』…が聞けなかったわけだがな。 …ん?昼? …… 『今日の午前11時47分、朝比奈みくるがこの世界の時間平面上から消滅した。』 『午後1時24分、彼女は再びこの時間平面上に姿を現した。』 『行き先はもともと彼女がいた世界…未来だということは判明している。』 …そういや、ちょうどこのとき、彼女は未来へと時間移動してたんだっけか。 しかし、そこ(未来)で何をしてたかまではわかっていない。…今ハルヒが来なかったとして、 果たして朝比奈さんはその暗部を、俺に打ち明けてはくれたのだろうか?それともくれなかっただろうか? くれなかったとしても、それは打算的なものではないと…俺は信じている。 大方いつもの禁則事項とやらであろう。だが… 『この世界は危機に瀕してるのですよ。我々だって…最悪の場合死ぬかもしれない。 そんな時期に際してまでも、彼女は我々より【禁則事項】とやらを優先しようとするわけですか?』 あのとき、俺はこの古泉の発言に対し取り乱してしまったわけだが。あいつは…朝比奈さんを悪く 言いたかったんじゃない、仲間であるなら話してほしいと…信じたかったのだ。ただ、それだけの理由。 今更だが…ヤツのあのときの気持ち、少しはわかった気がする。 「あれ、そういえばまだ有希と古泉君帰ってきてないの?いい加減戻ってきてるとばかり思ってたけど。」 …あの二人はまだ外にいるわけか。一体全体何をしているのだろうか。 …… ん?俺の携帯が鳴ってる…メールか。差出人は…古泉か。どれどれ。 (長門さんが敵に対して一斉攻撃を始めます。急ですみませんが…涼宮さんを連れて逃げください。) …… は? 何かの冗談か? …… …マジで言ってんのか…? 一斉攻撃??この住宅街で今から攻撃??敵??敵って誰だ?? ……?? あまりに急すぎて思考が働かない。 …… ただ、事の重大性は理解していた。ハルヒをここから連れ出してやらねえと!! …だが、行動に移すには間に合わなかった。 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ オオオオオオオオオオオオオオオン…… 「「「!?」」」 突然の爆発音 慌て慄く俺たち 「な……何よ!?今の音!?」 「そ、外から聞こえましたよ!?!な、何ですかぁ今の!??」 …… 長門…マジで始めやがった。 「あたし…外見てくる!」 玄関へ向かって走り出すハルヒ…っておい!ちょっと待て!お前は行くな!! …しかし、あまりに凄い爆音だったせいか…体が怯んでしまったのか。 思うように四肢が動かせない。…くぅ…情けねえ…!それでも…俺はハルヒの後を追う。 「す、涼宮さん!?キョン君!?」 一人残されるのが不安だったのか…同じく俺たちの後を追いかける朝比奈さん。 外に出て唖然とする俺たち。 …隣の家がまるでダイナマイトで爆破されたかのごとく…木端微塵になっている。 辺りには火の粉や粉塵が蔓延している。 「な…長門!?これはいくらなんでもやりすぎだろ!? 隣に住んでる人はどうなったんだよ!?まさか殺したのか!?」 長門に詰め寄る俺。事態が全く呑みこめず、その場に立ち尽くすハルヒと朝比奈さん。 「そもそも、もともとあの家屋にいた住人は情報の操作と改変で…今はいないことになっている。」 「それは…長門がやってくれたのか??そりゃよかったぜ…。」 「私ではない。やったのは敵。」 「…どういうことだ??」 「住人の存在を情報操作によって消すことで、彼らはこの家への潜伏を可能とした。 そして、私が隣家にただならぬ気配を感じたのは先ほどの午後9時21分のこと。」 「僕が長門さんと一緒に外へと出て行ったのは…このためです。敵を掃討すべくね。」 ふと、側に古泉がいることに気付く。何やら…大きな鉄の塊を両手に抱えている。 「こ、古泉…それは…本物か…??」 「ええ、正真正銘、本物の…機関銃です。」 さっきの大爆発といい今はっきりわかった。こいつらに【手加減】の文字はない…本気で殺るつもりでいる。 「しかしだな…いきなり爆破はやめてくれないか…?心臓が止まりそうになったぜ!? 警告のメールも前もって送ってくれ…いくらなんでも直前すぎだろ??」 「それに関しては謝ります…すみません。その証拠に、 涼宮さんを連れ出すこともできなかったようですね…あそこで唖然としている彼女を見ると。」 …… 「仕方がなかったんですよ…というのも、敵に動き出そうとする明確な気配が感じられましたので。 やむをえず、長門さんからの提唱で先手を打たせていただきました。あのメールも… 僕なりに速く打ったつもりなんです。どうかご勘弁を。」 「…それについてはわかった。で、もう終わったのか?? そりゃそうだよな?さすがに、今の攻撃喰らって生きてるなんてことは。」 「先ほどと同数の熱源を確認している。つまり、敵はまだ生きている。」 ふと気づいた。大破した家屋の破片が宙を舞っている。 なぜ? 次の瞬間 それらは弾丸のごとく 雨となり 俺たちに降り注いだ 「……!?」 何が起こったのか、一瞬よくわからなかった 「…とっさの迎撃で対抗しましたが…、くそ!!守りきれませんでしたか…!!」 来襲する破片めがけ機関銃をぶっ放した古泉。おかげで今、俺は無傷でいる。 だが …… 角膜に映しだされている光景を、俺は夢だと思いたかった ハルヒと朝比奈さんが …… 血まみれで伏しているというのは 一体どういう冗談だ…? 目の前が真っ暗になった
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「キョンくーん、ハルにゃんが来てるよー」 日曜日の朝っぱらから妹に叩き起こされる。いい天気みたいだな。 いてっ、痛い痛い、わかった。起きるから。いてっ、起きるって。 慌てて準備をして下に降りると、ハルヒはリビングでくつろいでいた。 「あんた、何で寝てんのよ」 「用事がなかったら日曜日なんだから、そりゃ普通寝てるだろ」 「普通は起きてるわ。こんないい天気なのに。あんたが変なのよ」 たとえ俺が変だったとしても、こいつだけには絶対変とか言われたくねぇ。 「で、今日はどうしたんだ。お前が来るなんて聞いてないぞ」 「んー、今日はなんかキョンが用事あるらしくって、暇だから遊びに来たのよ」 今のを聞いて何をわけのわからないことを、と思った人間は間違いなく正常だ。なら俺は何だ?変人か? そうだな、わかりやすく説明すると、この涼宮ハルヒは異世界からやってきた涼宮ハルヒなのだ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグ― もうあれから数ヶ月が過ぎ、俺たちは基本的には落ち着いた日々を過ごしていた。 あの日、異世界から『俺』とこの涼宮ハルヒが、初めてやってきた日、病室はとんでもない混沌状態だった。 俺たちの方のハルヒが病室に帰ってきて、この二人の存在がばれそうになった瞬間、俺は諦めて目を瞑った。 その後、ハルヒの声に目を開けると、二人の姿は消えていて、ハルヒは何も見ていないようだった。 一瞬、今までのことは全部夢なんじゃないかとも思ったが、周りの連中の顔色からそうでないことは明らかだった。 後で古泉に確認したところ、二人はドアが開いた瞬間にふっ、と消えていったそうだ。 そういうわけで、なんとかその日は乗り切ったのだが、なぜかこいつは度々こっちに遊びに来るようになった。 ハルヒにだけは絶対にばれないようにと頼みこんだのだが、こいつはわかっているのかいないのか。 ちなみにこっちのハルヒとこのハルヒの違いは、顔を見ればなんとなくわかるようになった。 俺の部屋にハルヒを連れて行き、尋ねる。 「で、どうしてお前はちょこちょここっちの世界に来るんだ?向こうで遊べよ」 「せっかく来れるんだからその方がおもしろいでしょ、なんとなく」 別にどっちもたいして変わりゃしないだろ。 「それとな、お前らわざわざこっちの世界にデートするために来るのはやめてくれ。 こないだ鶴屋さんに見られてたらしく、やたらとにょろにょろ言われて大変だったんだぜ」 ハルヒはしたり顔になる。 「こっちの世界ならなにやってもあんたたちのせいにできるし、人目を気にしなくてすむのよ。 あ、犯罪行為とかは今のところするつもりないから安心していいわよ」 くそっ、お前らが町でめちゃくちゃするせいで俺らが学校でバカップル扱いされてるっていうのに。 何度かその様子が谷口と国木田にまで目撃されて、かなり冷やかされちまったんだぜ? いや、まぁこっちの俺たちの学校の様子に原因がないとも言えないが。 「で、あんた今日は暇なのよね?ホントに?」 だからさっき用事はないって、……あ! 「やべっ、忘れてた。もう少ししたらハルヒが来る」 「あんた何やってんのよ。あたしが来てなかったらまだあんた寝てるわよ。せいぜいあたしに感謝しなさい」 言ってることが当たっているだけに何も反論できん。 「それにしてもどうしようかな。有希のところにでも行こうかしら。それともみくるちゃんで遊ぼうかな」 みくるちゃんで、ってなんだよ、で、って。 「帰ればいいだろ。向こうのSOS団で遊べよ」 「そんなこと言ったって、こっちの有希とじゃないとできない話とかもあるのよ。 あたしのところの有希とは、お互いまだ秘密が守られてるっていう暗黙の了解があるし。 それをわざわざ自分から崩すなんて無粋なことしたくないし」 いや、お前から粋なんて感じたことはないから安心しろ。 「どっちにしろ早く行かないとまずいんじゃないのか?お前は長門の家までワープで行くのか?」 「そんなことできるわけないでしょ。もちろん徒歩よ」 「だったら早くしないと、もうハルヒが来るぞ」 「そうね、じゃあ有希のところに行くわ。またね」 「ああ、それじゃ……ってやっぱ待て。時間がまずい。行くな。最悪玄関でハルヒと鉢合わせになる」 「じゃあどうすんのよ。……あ!三人で遊ぶってのはどう?楽しそうじゃない?」 「却下だ却下。考える間でもない」 全然楽しそうじゃない。間違いなく俺の負担が数倍になってしまう。 「……とりあえず帰ってくれないか」 「嫌よ。それ結構疲れるのよ。って言ったでしょ」 だから疲れるんならいちいちこっちに来るなよ。 「……わかった。なんとかしてみる」 仕方なく携帯電話に手を伸ばす。 なかなかでないな……。コール音が8回程度のところでやっと声が聞こえる。 『……もしもし、どうかしましたか?』 「都合悪いのか?ならやめとくが」 『結構ですよ。それよりご用件は?』 「ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?」 『先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?』 3分?ってもうすぐそこじゃねぇか。 「今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ」 『……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど』「くそっ、無理だ。他に何か――」 ピンポーン。 ああ、間に合わなかった。何が3分だよ。1分もなかったじゃねぇかよ。 「……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――」 『ご武運を』 プツッ。 ってまじかよ。あいつ切りやがった。信じられねぇ。 下で妹が何か言ってるのが微かに聞こえる。 「とりあえずどこかに隠れるか、帰るかどちらかにしてくれ」 「そうね。おもしろそうだからちょっと隠れてみるわ」 おもしろそうとかで行動するのはまじで勘弁してくれ。 「キョンくーん。なんかまたハルにゃん来たみたいだよー。なんでー?」 いや、妹よ。お前は知らなくていいんだ。 「とりあえず待っててもらうように言っててくれ。準備ができたら行くから」 くそっ、どうすりゃいいんだ? 長門に頼むか?しかし、長門はハルヒには力が使えないって言ってたな。 ピンポーン。 「はーい」 誰か来たのか?また妹が相手をしているようだが。 しばらくすると再び妹が部屋に来た。 「みくるちゃんが来たよー。それでね、『10分間涼宮さんを連れだします』って伝えてって言ってたよー」 どういうことだ?でも朝比奈さんナイスだ。助かりました。 このチャンスに、再び携帯電話を手にとる。……今回も長いな。何かやってんのか? 『……もしもし、どうにかなりそうですか?』 なりそうですか?じゃねぇよこのヤロー。 「説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む」 『わかりました。すぐに新川さんを向かわせます』 「サンキュー、よろしくな」 電話を置いてハルヒに話しかける。 「とりあえずなんとかなったぞ。5分で古泉からタクシーが来る」 「あたしもう来たんじゃないの?どうして助かったの?」 「事情はよくわからんが朝比奈さんに助けられたようだ。どうしてわかったんだろうな」 「みくるちゃん?……なるほどね。たぶんあんた後でみくるちゃんに連絡することになるわ」 なんだって?どういう意味だ? 「そのうちわかるわ」 そう言ってニンマリ笑う。 「まぁわかるんならいいさ。それより長門の家に行くんだよな?なら連絡するが?」 「あ、そうね。やっぱいきなり押し掛けるのは人としてどうかと思うしね」 お前は何を言ってるんだ?お前は今何をやってるかわかってないのか?それとも俺ならいいってのか? 「……じゃあ連絡するぞ」 長門の携帯に電話をかける。 『何?』 って早っ!コール音なしかよ。 「あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?」 『いい』 「迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?」 『問題ない』 「……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな」 『だいじょうぶ。……私も楽しみ』 「そっか、ならいい。じゃあまたな」 『また』 ふうっ、と、電話を置いて一息つく。 「だいじょうぶみたいだ。長門も楽しみだってさ」 「そう、それは良かったわ」 「それにしても、お前長門に変なこととか教えるなよ」 「変なことって何よ。あたしは人間として当然のことを有希に教えてあげてるだけよ」 俺はお前に人間として当然のことを教えたい。 ピンポーン。 三たびチャイムが鳴らされる。 今度は妹がすぐにやってくる。 「キョンくんタクシー来たよー。ってあれー、どうしてハルにゃんがいるのー?」 頼むから気にしないでくれ、妹よ。 タクシーで長門の家に向かうハルヒを見送った後玄関先で待っていると、すぐにハルヒと朝比奈さんが現れた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 ちょっと照れてるみたいだ。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 すると、朝比奈さんは近づいてきて、俺の耳元でささやく。 「私は実は少し未来から来ました。後で私に伝えておいてください」 あっ!なるほど。さっきハルヒが言ってたのはそういうことか。 「今日の午前10時にキョンくんの家に行って、涼宮さんを10分ほど連れだすように伝えてくださいね」 「わかりました。後でやっておきます。今日はありがとうございます。助かりました」 「お願いね」 そういって極上の笑顔を浮かべると、少し手を振り、朝比奈さんは去って行こうとして再び戻ってきた。 「あの……今日はちょっと都合が悪いの。できたら連絡は明日以降にしてもらってもいいですかぁ?」 「はあ、構いませんけど。用事でもあるんですか?」 「えぇっと、この時間の私は今は古いず……あっ!な、なんでもないですぅっ。禁則事項ですっ。それじゃあ」 そう言うと、朝比奈さんは大慌てで走って行った。 何だって?古いず……?古いず、古いず。まさかその後には『み』が来るんじゃないでしょうね? そんなばかな。いくらみくるだからってそこに『み』は来ませんよね? 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 こんな感じで、ドタバタしながらも異世界との交流はまだ続いている。 『涼宮ハルヒの交流』 ―完― エピローグおまけへ
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ハルヒ /' / / / | ! !ヽ ヽ、 | | |\ ! |、`ゝ | //~‐--、_ v | | ! \ ! ! |~~| / ̄ヽ | |\、//~/ ´| !/ ~Y、 !、.! ! \ ! ! / | / | | |、 ヽ ゝ、_.| | /´~ ̄`ヽ、! \ ヽ \ | !/ ̄~|/ヽ | ! |ヽ/´ヽヽ/ /、| | イ、 /〇。 1\ \ヽ イO。 ! \ .|イ |〃ヽ / / ∧ | \ ! 色 ! | 欲 / | | | ヽ ヽ./ / / |\ | ヽ '! ´ ! | |、 ! ! / / ||! \ | ヽ~ ̄´ , ~ ̄~` /! / } / ! ヽ| \ ,--――――--、 /! //ヽ ! ! 从、 |/´ `\| /-/ / ヽ! !、 ヽ | | ノ/ /. | ! ヽ \ \ ヽ / / / / | ヽ ヽ \ \ \ / //// / | \ \ \ "''‐ 、_ -'" ─────────────────────────────────────── 【名前】 【職業】 【ランク】 涼宮 ハルヒ SOS団の団長 レベル 18 こうげき A HP 550 ぼうぎょ B 総カロリー 500 すばやさ A 装備 武器 超団長の棍棒 たまに物理耐性を無視して攻撃できる 防具 超団長の服 斬撃に耐性がある アクセサリ 【技】 魔神斬り 思いっきり殴る 消費カロリー100 単体 盗人斬り 稀に何か盗む 単体 【必殺技】 大魔神斬り 全力で殴る 消費カロリー200 単体 【スキル】 『極端富豪』 自動 得意なものは成長が早いが苦手なものは成長しない 『特攻団長』 任意 攻撃力が2倍になるが、受けるダメージも2倍になる 『神様の言うとおり』 自動 攻撃を外した場合、次の攻撃を必中にする 『破天荒勇者』 自動 素早さが上がるが、かばうなどの対象に出来なくなる 【備考】 美食屋組織SOS団の団長 キョンにイワンコフ牛を食わして女にした張本人 ある意味刹那に負けないくらいの変態 スキル『極端富豪』持ち
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━━━━最近、冷え込みが厳しくなって来たせいだろうか、起きぬけの布団の中の温もりが愛しくてしょうがない。 目覚めてからの数分間の至福の一時・・・ そして日曜日の朝の今、俺はこの愛しき温もりを存分に堪能するのだ。 忙しい平日の朝には叶わない、細やかな贅沢。 しかし、この至福の一時には日曜と言えども、僅ながら制限が課せられている。 ほら、その『制限』が廊下をパタパタと走りながらそろそろ来る頃だ・・・ 朝のアニメを目当てに、無駄に早起きな『制限』がっ! ・・・「キョン君~おきろぉ~っ!」━━━━━━ 【凉宮ハルヒの休日@コーヒーふたつ】 俺は、毛布の裾を強く握りしめ、来たるべき妹の猛攻に備えた。 (だいたい「一緒にマイメロ観ようよ~」とか言いながら布団をひっ剥がすか、布団越しに俺の上に乗って飛び跳ねるんだよな・・・) ここで持ち堪えれば、昼までぬくぬくと布団の中で過ごせる。 俺は体制を保ちながら、布団の中で息を潜めた。 部屋のドアが開く音が聞こえ、妹の近付く気配がする。 (寝てるふり、寝てるふり・・・) 「キョン君~っ!寝てるの~?凉宮さんから電話だよっ?」 えっ? 俺は「たった今、目が覚めた」様な素振りをして見せながら、電話のある台所へと向かった。 まったく・・・携帯に電話してくれれば良かったのにな。 台所じゃ話し辛いし、しかも寒いだろうが。 やれやれ・・・と思いながら受話器を耳に当てると「もしもし」とも言い終わらないうちに、ハルヒの怒声が俺の耳を貫いた。 「ちょっとっ!何時間待たせんのよっ!」 「待たせたのは悪かったが『何時間』は大袈裟だろ!だいたい、携帯にかけてくれれば・・・」 「携帯が通じないから家にかけたのよ! どうせ寝る前にウェブでもやりまくって、電池切れになったまま寝ちゃったんでしょうけどっ?」 「ぐっ・・・(そう言われると、そんな気がする・・・)」 「しかも、どうせ観てたのはエロサイトね?あ~嫌だ嫌だっ!」 「おいっ!それは違うっ!・・・馬鹿な事言ってないで、さっさと用件を言えよ!」 「大至急、ウチに来て!」 「はぁ?」 「緊急なのよっ!わかったわね?大至急よっ!遅かったら死刑だからねっ!」 そう言い終えると、ハルヒは電話機にトドメを刺す様な勢いで、電話を切った。 (一体、何だってんだ?) さっぱり訳が分からないまま、俺は出掛ける支度をする。 適当にクローゼットの中から洋服を探し出し、着替えようと目の前に並べたところで、ふと重要な事に気が付いた。 (ハルヒの家に行くって・・・当然、日曜日だから親父さんやお袋さんも居るんだろうな・・・) 俺は、用意した「普段通りの服装」を元の場所に戻して、滅多に着ないジャケットと地味目な色のパンツを取り出す。 まあ、第一印象が肝心だからな。 そして、早々と着替えてコートをはおると、自転車に飛び乗りハルヒの家へと急いだ。 天気の良い日曜日だというのに、ハルヒの家の周りは静かだった。 いや!天気が良いからこそ、みんな何処かに出掛けたんだろうな。 それに比べて俺ときたら、ハルヒに都合よく呼び出されて・・・ とりあえず俺は、ハルヒの家族に対する挨拶の言葉を必死に探しながら、彼女の家の玄関へと向かう。 少しばかりではあるが、手土産も用意した。 (まあ、いずれこんな日が来るだろうとは思っていたが・・・緊張するな・・・。) 少し躊躇いながらインターホンを押すと『はい』とハルヒの声がした。 「ああ、俺だ。」 『ちょっと待って?今出るから』 やがて玄関のドアがガチャリと開き、ハルヒが顔を見せた。 「あがって・・・って、あれ?何でお洒落して来たのよ!」 「い、いや・・・ほら、親父さんとかに挨拶・・・」 「・・・アハハッ、馬鹿ねぇ!アタシ以外誰も居ないわよ。あ・・・そうとも言いきれないんだけど。」 「なんだ?それ。」 「まあ、いいわ!とにかくあがって!」 ハルヒは俺の手を引き、玄関からリビングへと導き入れた。 そして、リビングに入るなり自分の鼻先に人指し指を立てて「シーっ」と言う仕草をしながら、ソファーのある方を指さした。 ソファーの上には大きめの籠が在って、その中には・・・ ・・・赤ん坊が眠ってるっ! 「ど、どうしたんだ?それ!」 「あ・・・馬鹿っ!静かにって言ってるでしょっ?起きちゃうじゃないのよ!」 「す、すまん・・・」 「ちょっと、こっちに来て!」 ハルヒはそう言うと、今度はリビングからキッチンへと俺を引っ張った。 一息ついてから、再びハルヒに訊いてみる。 「で、どうしたんだ?」 「うん・・・。今朝ね?隣の祥子姉ちゃんが来て、午後まで預かってくれないか?って。」 「ええっ?お前、赤ん坊の世話なんかやった事無いだろ?しかも、どう見てもアレは0歳児だぜ?」 「ちがうの!親父も母さんも留守だったんだけどね? そこのスーパーの朝市に行くって言ってたから、すぐに帰ってくると思ったのよ。 母さんさえ帰って来れば別に問題無いと思ったし、祥子姉ちゃんもそのつもりで預けて行ったんだと思うんだけど・・・」 「思うんだけど・・・どうした?」 「さっき、親父から電話があって『天気が良いから、このまま母さんとデートしてから帰る』だってさ。 コッチの話なんか聞かずに、言いたい事だけ言って電話を切っちゃうのよ?困ったもんだわね!」 なるほど!その親にして、この娘在り・・・と言うところだな。 「それで、俺に電話をしたと?」 「ふふん、そういう事。まあ、二人でやれば何とかなるでしょ!」 何とか・・・って。 やれやれ、とんだ日曜日になりそうだ。 しかし、赤ん坊の世話なんて何年ぶりだろう。 妹が生まれた時は・・・とにかく嬉しくて、母親に色々訊きながら子供ながらにも一生懸命世話をしたっけ。 はたして今、その内容を覚えているものだろうか。 俺は、かつての記憶をなんとか思いだそうとしてみる。 すると、ハルヒが突然声をあげた。 「あれ?ねぇ、キョン! 赤ちゃんの声が聞こえない?」 「ん・・・ああ、本当だ!おそらく、起きたな。」 (たしか・・・起きたらオムツを替えて、ミルクをあげるんだったよな。) 「おい、ハルヒ!オムツを用意してくれ! あと、お湯で濡らして絞ったタオルもな。」 「え?ああ、わかった。」 俺は、赤ん坊に近付くとハルヒからオムツを受取り、それまで赤ん坊が着けていたオムツを手早く外す。 タオルが冷えてない事を確かめると、赤ん坊の股をサッと拭き新しいオムツを履かせた。 「随分、手慣れてるのね・・・」 「ん?ああ。妹が生まれた頃によくやってたからな。 ところで、ミルクは?」 「一応、「作り方」見ながら作ったけど・・・」 ハルヒはそう言いながら、珍しく自信無さげに捕乳瓶を差し出した。 俺は、それを受取りながら温度を確かめる。 「もう少し冷ます様だな。捕乳瓶ごと振って、人肌の温度くらいまで冷ますんだ。なかなか冷えなかったら、水道の水で冷やしてくれ。 でも、冷やしすぎに注意するんだぞ?」 「う、うん!」 ハルヒに言い終えてから、俺は少しだけ自分自身に驚く。 我ながら意外と・・・記憶に残っているものだ・・・。 しばらくすると、ハルヒが捕乳瓶を持って戻って来た。 俺は、赤ん坊を抱きかかえながら、ミルクを飲ませる。 そして、飲ませ終ると赤ん坊を横に抱いた状態から静かに縦に抱き直し、赤ん坊の背中をトントンと指先で軽く叩いた。 その様子を、ハルヒが不思議そうに見ている。 「ねえ、キョン?何やってんの?」 「こうやって、ゲップをさせてやらないと吐いちゃうんだ。赤ん坊は自分でゲップが出来ないからな。」 「ふ~ん。」 ハルヒは、頷きながら何か考えている様な素振りをすると、急に納得した様な表情を見せた。 「ん?どうした?」 「うん。なんとなく、妹ちゃんがキョンにベッタリな理由が解る気がしただけ。」 また訳の解らん事を・・・と思いながら、俺は抱いている赤ん坊に幼い頃の妹の表情を思い出して重ねてみる。 (帰ったら、少しだけ妹のゲームの相手でもしてやるかな・・・) 気が付くと、赤ん坊は再び眠りについていた。 俺は、元の場所に赤ん坊を寝かせると、ハルヒと一緒にリビングから先程のキッチンへと場所を移した。 ハルヒはキッチンに立つと「まあ、適当に座ってよ。」と言いいながら、お茶の用意を始めた。 俺は、そんなハルヒの姿を見ながら「思った程、悪くない日曜日だな・・・」と思う。 しかし、そんな気持ちは次の瞬間に脆くも崩れ去った。 「ふぎゃ~ぁぁああっ!」 リビングから赤ん坊の泣く声がする! ひと息いれようとキッチンに来た俺達は、ものの数分でリビングへと呼び戻されてしまった。 (やれやれ、お茶くらい飲ませて欲しいぜ) 激しく泣いている赤ん坊を見ながら「何で泣いてるのかしら?まさか、もうお腹がすいたとか?」とハルヒが首を傾げる。 俺はオムツが濡れていない事を確かめると、「何かオモチャみたいなヤツは無いか?それかオシャブリとか・・・」とハルヒに訊いた。 ハルヒは「ちょっと待って?」と言いながら、赤ん坊の母親から預かったと思われるトートバックをガサガサと覗きこむ。 「おかしいわね・・・。オシャブリがあったと思うんだけど。」 「無いのか?」 「んー、見当たらないわ・・・」 まったく、ハルヒはいつもそうだ。 いつぞやの課題のノートも然り、とにかく無くし物が多い。 俺は少しイヤミを込めて「無ければ自前でなんとかしたらどうだ?」と言ってみる。 「あ、そうか。それは名案ね!」 (いっ?冗談のつもりだったのに・・・) 「ちょっと!キョンは向こう向いてんのよ? アンタを喜ばせる為に片乳出す訳じゃないんだからねっ!」 そう言うと、ハルヒはシャツのボタンを外し始めた。 「ほら!向こう向いてなさいよっ!エロキョン!」 エロキョン・・・とはあんまりだ。 俺は仕方無く壁と向き合い、耳のみでハルヒの様子を伺う事にした。 赤ん坊は・・・泣きやんだ様だ・・・。 「うふふっ・・・いゃだ、くすぐったいわね・・・」 なんとなく気になって、ハルヒにバレない様に少しづつ振り返る。 すると、昼下がりの柔らかい陽射しに包まれたハルヒと、ハルヒに抱かれながら乳房に顔を埋める赤ん坊が、まるで本物の親子の様に俺の視界に飛込んできた。 ハルヒが優しく、赤ん坊に微笑みかけている。 なんだか、胸の奥がじんわりと暖かくなる。 (もしも、俺とハルヒが結婚したら・・・こんな光景に、また巡り逢えるのだろうか・・・) 俺は、ぼんやりとそんな事を考えながら、こっそりと二人を見つめ続けた。 しばらくして赤ん坊も落ち着きを取り戻し、ハルヒも今更ながら「もう、こっち向いていいわよ!」と言うので、俺は元の姿勢に体を戻した。 気が付くと、時計の針は午後の1時を回っていた。 「そろそろ、祥子姉ちゃんが迎えに来るわね・・・」 ハルヒが寂しそうに呟く。 たしかに、こんなに大変だったにもかかわらず、いざ居なくなると寂しいものだな。 「携帯でさ、赤ん坊の写真でも撮るか?」 そんな気やすめを言ってみた瞬間、インターホンが「ピンポーン」と鳴った。 ハルヒは「ちょっと待ってて?」と俺に告げると、赤ん坊の眠る籠を静かに持ち上げながら、玄関へと向かった。 そして数分後、がっかりした顔でリビングへ戻って来た。 「あーあ、帰っちゃった。・・・つまんないの。」 「仕方が無いだろう?まあ、将来に向けて育児の予行演習が出来たと思えば、このうえないじゃないか!」 「予行演習・・・ねぇ。」 そう呟いた途端に、ハルヒは少し頬を赤らめながら『いい事思い付いたっ!』の時の顔をした。 「な、なんだ?」 「ふふっ、ねえキョン?育児の予行演習の後は、その前の段階の予行演習をやるって事でどう?」 「はあ?」 「もうっ!鈍感ねっ!親父も母さんも、夜まで帰って来ないのよ?」 ハルヒはそう言いながら俺の側に詰め寄り、肩に頬をすり寄せる。 (なんだ・・・そういうことか。) 俺はハルヒの顔を、覗き込むように見つめながら「ふん、さっきは人の事をエロキョン呼ばわりした癖に。」と意地悪っぽく囁く。 そして、ハルヒの唇が小さく「ゴメン」と動くのを確認して、少し長めのキスから始めた。 おわり
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プ ロ ロ ー グ 俺たちの高校生活最後の冬。 俺とハルヒの意地の張り合いがもたらした、二度目の世界崩壊の危機。 そうだ。俺が弾を装填し、ハルヒが引き金を引いた、全宇宙を一方的に巻き込んだあの大事件。 あれから既に長い歳月が過ぎているというのに、今思い起こしても平常心ではいられなくなる。関係各位には、誠に申し訳ないことをしたという気持ちでいっぱいだ。 未来の機密組織がハルヒを抹消しようと潜入してきた、その中に自称涼宮ハルヒの子孫がいたが結局、改心したらしく計画は見事中止になった、まぁその後SOS団の準団員って形で学校に留まってたがな。 しかしこれはハルヒにとってただの演習ぐらいにしかすぎなかったと思う。その後 全宇宙規模で発生した閉鎖空間。その内部では、ハルヒを知る存在たちが一堂に会し、好意的に見ればそれは、ハルヒ杯争奪全宇宙オールスター対抗大運動会(強制参加型)とも言うべき様相を呈していた。 閉鎖空間内では、現状維持派と急進革新派とのあいだで様々な思惑が入り乱れ、熾烈な戦いが繰り広げられた。 情報制御すらままならず物理的攻撃が不可能な敵対的広域帯宇宙存在たちは、以前の雪山のような方法でSOS団への精神的攻撃を試み、未来を予測可能である敵対未来人組織たちは、俺たちを内部分裂させるべくハルヒと俺に対してあらゆる工作活動をおこない、閉鎖空間内でその力を存分に振るえる敵対的超能力者たちは、赤い光となって俺たちに攻撃を仕掛けてきた。 長門は制限を余儀なくされた能力をなんとか駆使して抗戦し、朝比奈さん(大)が未来人の知識をもって俺たちに助言を与え、朝比奈さん(小)はおろおろしつつも時間移動を応用した空間移動と長門によって解禁されたフォトンレーザーやら超振動性分子カッターやらの超科学的兵器で俺たちを何度も危機から救い、そして古泉はその能力を遺憾なく発揮して敵対勢力の物理的攻撃に対抗した。 当然の反応として、この超常的展開に一人狂喜するハルヒは、以前俺が見たものよりも質、量ともはるかにパワーアップされた神人軍団を無意識的に生み出し、敵対勢力を次々となぎ倒しはじめた。 だが神人の活躍もむなしく、一人また一人と倒れてゆくSOS団員。 そうしてハルヒはついに、これが自分の望む世界の在り様ではないことを受け入れた。 閉鎖空間の終焉は、やはりというべきか、俺とハルヒのキスによるものだった。 以前のような、成り行きまかせのものでも一方的なものでもない。 俺たちはこの騒動のおかげで、お互いに対する気持ちを確かめ合うことが出来た。 俺の場合は、なによりも俺自身の想いをはっきりと認識し、覚悟することになったわけだが。一度目と同じ、あのグラウンドで、俺たちは永遠とも思えるほどの長い時間を共有していた。 唇を重ね合わせ、お互いをしっかりと抱き寄せて。 絶対にこの手を離したくないと思った。 ハルヒだってそう思っていたはずだ。 俺は、本当に心から時間が止まって欲しいと感じていた。 世界が変わったとさえ思える瞬間だった。 いつしか閉鎖空間は消滅し、俺はまた自室で目覚めた。 今回はベッドから転げ落ちることもなかった。 フロイト先生もきっと祝福してくれていたに違いない。 その後、立て続けに携帯が鳴った。 最初の電話は長門からだった。 「六年前の涼宮ハルヒによる情報爆発、それを超える二度目の情報爆発が観測された。それと同時に、情報統合思念体は自律進化の糸口を得た。情報統合思念体主流派は、あなたと涼宮ハルヒに感謝している」 と、いつもの淡々とした口調でそれだけを述べ、ぷつりと電話は切れた。 なんてことだ。それはあのキスが原因なのか? まさかそんな大それたことが起こっていたとは。 ところで長門、お前自身は感謝してくれないのか? 長門の電話が切れるなり、続けざまに古泉から連絡があった。 「機関の方がかなり混乱していまして、手短にお話しします。僕の能力が消滅しました。ですが、これはむしろ喜ばしい状況と言えます。我々の能力の消滅と同時に、涼宮さんが二度と閉鎖空間を生み出さず、世界も改変しないという確証を得ました。なぜ解るのかと言うと、残念ながら説明出来ません。解ってしまうのだからしょうがない、としか。僕のアルバイトがなくなってしまうのは少々寂しいですが、これで世界が永遠に救われたと思えば、それもまたよしです」 その口調の端々に本心からの喜びがうかがえた。 どうやら、キスの瞬間に感じたことは事実だったようだ。 本当に世界は大きくその様相を変化させてしまったのだ。本来あるべき姿に。 それから数分後、最後は予想どおり朝比奈さんからの電話が鳴った。 「キョ、キョ、キョン君っ!」 明らかに混乱していた。当然ながら、俺には朝比奈さんが次に何を言うのか想像出来る。 「すすす涼宮さんからの、じじ時空振動が、けけ検出されなくなりましたっ!」 「朝比奈さん、解りましたからとにかく落ち着いてください」 電話口からゆっくりとした深呼吸が数回聞こえた。落ち着きを取り戻した朝比奈さんは、 「涼宮さんに関係する時空の不確定要素が消滅しました。つまり未来が確定されました」 そして、少なからず寂しそうな声で、 「私の役目もこれで終わっちゃいました。名残惜しいですが、もうすぐお別れのときがくると思います」 そうか。ついに朝比奈さんともお別れなのか。 あなたのお茶が飲めなくなるかと思うと、俺も本当に寂しいですよ。 このようにして、唐突に始まった涼宮ハルヒを取り巻くありとあらゆる不思議な現象は、唐突に終わりを告げたのだった。 そう思っていた。これが実は終わりなどではなく、本当の意味で全ての始まりになることなど、当時の俺には全く想像出来ないことだった。 第一章
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ハルヒに巻き込まれて数ヶ月、日々起こる非日常の連続に俺の精神は多少の事では動じない強靭さを手に入れていた。 つもりだったんだがな……。 休日、いつものようにハルヒに呼び出されていた俺が駅前に辿り着くと、そこにはいつもの4人と……誰だ? あの黒人 ハルヒ「この可愛いのがみくるちゃん、こっちの静かな子が有希。彼は古泉君で……あそこに居る、まぬけな顔をしてるのがキョンよ」 黒人「ハジメマシテ、キョンサン。ニャホニャホタマクローデス」 やたらフレンドリーに俺の手を握りしめるのは、ニャホニャホタマクローさん……らしい。 えっと……どうも。 おい、この人誰が連れてきたんだ? っていうかこんなことをするのは ハルヒ「あたしよ!」 やっぱりか。 ハルヒ「あんたは遅いし、そこでふらふらしてたから捕まえてきたの」 文書の前後で意味が繋がってないんだがな。 で、この人がどうかしたんだ。道案内とかか? ハルヒ「ちょっと違うわ。彼は日本の文化を知りたいんだって」 日本の文化? タマクロー「ソウナンデス。ニホンコライノセイギノミカタ、ミトコウモンヲサガシニキマシタ」 ハルヒ「じゃ、行くわよ。みんなついてきて~」 3人「は~い」 ……お、おい?! なんでみんないつも通りなんだよ? 数時間後――俺達は映画村に来てしまっていたわけだが…… タマクロー「スバラシイ、コレガシタマチブンカデスカ」 ハルヒ「そうよ~。古き良き時代って奴よね」 みくる「ふぇ~……タイムスリップしたみたいです」 それ、随分前からですよね。 で、ハルヒ。俺達をここに無理やり連れてきた理由ってのはなんだ。 ハルヒ「そんなの決まってるでしょ? 今からあたしたちでタマクローに水戸黄門を見せてあげるのよ。あんたは意味もなく殺される町民Aね。 古泉君は同心で、みくるちゃんは越後屋の一人娘で有希はその妹って設定でいきましょう」 1人娘なのにその妹ってなんだ。 ハルヒ「じゃあ、有希は後妻の連れ子って事で」 古泉「心得ました」 みくる「が、がんばります……」 長門「把握」 ……まあ、朝比奈さんと長門の着物姿が見れそうだからいいか。 タマクロー「タノシミデス」 ハルヒ「何言ってるの? あんたもやるのよ」 タマクロー「ワタシモ?」 ハルヒ「あんたは……そうね。凄腕の素浪人、珠九郎ね!」 お題は水戸黄門じゃなかったのか? ――なんて俺の突込みが聞き入れられるはずもないわけで、それぞれに着替えを終えた俺達は……高校生にもなって何やってるんだ? 俺。 珠九郎「おや、お似合いですよ、キョンさん」 そりゃどうも……あ、あれ? 珠九郎さん今、普通に話してませんでした? ハルヒ「みんな着替えたわね!」 ん、お前も着替えてるって事は今回は監督じゃないのか。その格好で何の役をやるつもりなんだ? ハルヒ「決まってるじゃない、水戸黄門よ! さ、朝比奈みくるの冒険 EP江戸を撮るわよ!」 ……かくして、日本史上類を見ない『新解釈水戸黄門』のはじまりはじまり~……。帰っていいかなぁ~。 ところでハルヒ、お前水戸黄門ってどんな話しなのか知ってるんだろうな。 ハルヒ「もちろんよ! 印籠片手に敵を行動不能にする本格派老人アクションでしょ?」 前半はどう考えて間違ってるが、後半は意外にあってるな。 それはいいとして……全員が町人とかじゃ悪人役が居ないじゃないのか?。 ハルヒ「甘いわね、本当の悪は身近に潜んでいるものなのよ~」 なるほどな。納得だ。 珠九郎「……」 ハルヒ「あんたもやっとわかってきたじゃない! じゃあ最初のシーンは……みくるちゃんと有希が悪事を企んでて、それをあんたが見つけるの」 一応最後まで聞いてやろうか。 ハルヒ「とりあえずそこまでよ。ほら、有希とみくるちゃんはそこの店から適当な箱を持って出てきて。出番が無い人はカメラとレフバン!」 みくる「は~い」 お団子頭の朝比奈さんも可愛いなぁ……。 ハルヒ「で、二人が裏道を歩いてる時に路地から出てきたあんたがぶつかるの」 へいへい。 シーン1 町で評判の美人姉妹、有希とみくるが怪しげな箱を何やら大事そうに持って歩いている。 ――そんな二人が裏路地を歩いていると おっとぉ。 みくる「きゃっ!」 ガッシャン。 急に飛び出してきた町人A――つまり俺――とぶつかり、二人は箱を落としてしまう。 ……で、次は何だ? え~なになに古泉からのカンペによると…… おっとすまねぇお嬢さんがた、怪我はないかい?(何だよこの口調は) みくる「だ、だいじょうぶです! なんともないんです!」 有希「平気」 あ、大事そうな箱が壊れちまったじゃないか。すまねぇ、こいつは大変な事を……ん、これは。 みくる「ああ! そんな」 有希「見られた以上、生かしてはおけない」 まってくれ、俺は何も見なかった! だから命だけは! 有希「問答無用」 白昼堂々、ちっこい娘さん相手になんの抵抗もせずに、胸にかんざしを深々と刺された俺は早々に出番を終えた。南無。 シーン2 ――川原のそばで寝ている俺の隣で、古泉が何やら難しそうな何も考えていなさそうな顔をしている。 古泉「鋭い刃物で一突き、これはかなり腕の立つ人間の犯行でしょうね」 おい古泉、なんで俺の着物をそこまではだけさせるんだ。傷口の所だけでいいだろ。 ハルヒ「こら! 死体が喋るな!」 へいへい。 古泉「これだけの事ができる人間は、そう多くはありません。例えば……そう、最近よく聞く流れの浪人……とか」 なるほど、ここで珠九郎の出番なのか。 ――場所は変わって下町の長屋。 珠九郎「で、私に御用とは」 やっぱり普通に喋ってる。 古泉「先日、殺しがありまして。その下手人を探しているんです」 珠九郎「なるほど、それで私が疑われていると」 古泉「端的に言えばそうなります。かなりの達人でなければ、人を一瞬で殺す事何てできませんからね」 珠九郎「買いかぶりでは? 私にそんな腕があれば、こんな浪人家業なんてやっていないでしょう」 なんであんた浪人にそこまで詳しいんだよ。 古泉「――もっふ!」 突然刀を抜いた(そもそも同心は簡単に刀を抜かないはずだが)古泉の一撃を、あっさりと珠九郎は避けてみせる。 珠九郎「……何の真似ですか」 古泉「失礼ですが試させて頂きました。やはり……貴方は強すぎます。ですが、それだけではお縄にする訳にもいきません」 珠九郎「……」 古泉「暫くの間、貴方を監視させて頂きます。それでは……また」 ――立ち去っていく古泉を、珠九郎はじっと見つめている。 おお、シリアスな展開だな。 シーン3 越後屋の店先でのんびりと団子を食べている珠九郎。 みくる「お茶が入りました~」 珠九郎「アリガトウ、ミクルサン」 何で今更カタコトなんだよ。 みくる「それで、さっきのお話ですけど……」 珠九郎「ドウシンサンノコトデスカ? ダイジョウブ、ボクハムジツデスカラ。キットシンハンニンガミツカリマスヨ」 よりによって長文がカタコトってのはどうなんだ。 ――店を出る珠九郎、みくるはそれを見届けると店の中へと入っていく。 みくる「……ふぅ」 店の奥に戻ったみくるの表情は晴れない。 そこにやってくる有希。 有希「姉さん。今のお客」 みくる「……珠九郎さんの事?」 有希「彼にも死んでもらう」 みくる「えええ! そんな、どうして?」 有希「役人は彼を疑っている。このまま彼に失踪してもらえば、私達は安心」 みくる「そんな?! そんなの駄目です!」 有希「そうしなければ、この店を守れない」 みくる「だからって、何の関係もない珠九郎さんにそんな酷い事を」 有希「もう、後戻りはできない」 ……なんだか話の雲行きが怪しくなってきたな。 シーン4 ――下町の長屋、あばら家同然の珠九郎の家。周囲を見回してから、長門は家の中へと入っていく。 珠九郎「おや、貴方は……確か越後屋の」 有希「……」 無言のままかんざしを構えて飛び掛ってきた長門を、珠九郎はなんとかかわす。 珠九郎「何をするんですか!」 有希「貴方には死んでもらう」 珠九郎「何故です?」 有希「問答無用」 狭い部屋の中で長門から逃げ惑う珠九郎、しかし追い詰められてついに転んでしまう。 有希「覚悟召されよ」 その時、窓から飛んできた風車……――が、カメラを持っていた俺の足元に刺さった。 ばか! 危ねぇだろ? 本当に投げるな! ここは後でエフェクトで誤魔化すって言ってただろうが! ハルヒ「だってそこでちょうどいい風車が売ってたんだもん。ま、そんな事はどうでもいいのよ。 ……まちなさぁい!」 無駄で長い口上と共にその場に現れたのは、それっぽい杖を手にしたどうみても町娘にしか見えない着物姿のハルヒだった……。 なあ、やっぱり黄門様が町娘って違わないか? ハルヒ「水戸黄門って何人も居たんでしょ? 1人くらい女の子も居たわよ。きっと」 いるわけないだろ。 有希「貴女は」 ハルヒ「あたしは越後のちりめん問屋のご隠居よ! 越後屋の娘、有希。観念してお縄につきなさい!」 ちりめん問屋のご隠居にそんな権限があるのか? 古泉「ここからは僕からお話しましょう」 もったいぶってハルヒの後ろから現れたのは、説明したくて仕方ないといった顔をした元超能力者、現同心の古泉だった。 古泉「この事件にはあまりにも手がかりが少なかった。ですから僕は、犯人がこのまま隠れていられないように準備をしました」 有希「準備」 古泉「そうです。犯人はかなり腕の立つ存在、それがそもそも嘘なんです。そう触れ回れば、真犯人は疑いを掛けられた人に興味を持つ。その人を失踪でもさせれば 濡れ衣を着せられるかもしれない、とね。その結果、目ぼしい人物が見つかればいいと思っていましたが……まさかいきなり殺そうとするとは」 珠九郎「では、僕を試したのも」 古泉「すみません。貴方を囮にしてしまいました」 有希「でも、何故私の動きが。この周辺に役人は居なかった事は確認済み」 ハルヒ「そこであたしの出番な訳よ! 古泉君……じゃなくて同心さんに頼まれて、珠九郎さんの様子をあたしが見守ってたわけ!」 古泉「ご隠居様でしたらどこに居ても目立ちませんからね」 いや、目立つだろ。 有希「……迂闊」 ハルヒ「さあ! 年貢の納め時よ!」 有希「ここで捕まるわけにはいかない」 ――部屋の奥にある勝手口から外へ逃げていく長門 古泉「逃がしません!」 ハルヒ「まちなさ~い!」 シーン5 ――大通りに出た3人が睨みあっている。その様子をたまたまその辺に居た観光客は携帯やカメラ片手に見守っていた。 有希「こうなったら仕方ない。ここで貴方達を始末して、自分の安全を確保させてもらう」 古泉「手荒な真似はしたくありませんが……止むを得ません」 十手を構える古泉と、かんざしを持つ長門がじりじりと距離を詰める。 ハルヒ、お前は何もしなくていいのかよ? ハルヒ「あんたね~。正義の味方が1:1の勝負に手出しするわけないじゃない」 水戸黄門は普通に袋にすると思うが。 睨み合う2人――長門は無表情だが――先に仕掛けたのは古泉の方だった。 せめて怪我をさせないようにとの配慮なのか、十手を片手に組み付こうとする古泉の腕をすり抜け 古泉「しまった!」 すれ違いざまに、長門は古泉の腰にあった刀を奪い取っていた。 有希「公務中の事故により殉職」 不吉な事を口走りつつ、刀を手にした長門が一歩踏み出したかと思うと――次の瞬間、古泉の体は通りの先まで吹き飛ばされていた。 観客「おおおおーーー!!!」 い、今何をしたんだ? ……っていうか古泉、生きてるか? 普通に切られた様に見えたぞ? 古泉「ご安心を。ちゃんと寸止めしてもらえましたから」 何で寸止めで吹っ飛ぶんだよ。 古泉「僕の脇腹に刀が触れた瞬間、長門さんは一回刀を止めてくれたようです。ですが、その後に振り飛ばされた様ですね」 まあ、今更長門が何をやっても驚かないが……。っていうか、このシーンは長門が捕まって終わりだったんじゃ? ハルヒ「いいアドリブね。でも、最後に勝つのは正義の味方なのよ!」 杖を両手で構えてご機嫌なハルヒと、 有希「その意見には同意。勝った方が正義となる」 それを迎え撃つ刀を構えた長門。 ……おいハルヒ、ところでどうやって杖で刀と戦うつもり ハルヒ「先手必勝ー!」 聞けよー! 飛び掛ったハルヒの杖はあっさりと避けられ、次の瞬間 ハルヒ「あああ!!」 長門の刀を受けた杖は、あっさりと分断されてしまった。 ハルヒ「なんで? これって中に刀が入ってるんじゃないの?」 それは違う時代劇だ。 ハルヒ「こうなったら奥の手よ! 必殺の印籠を……あ、あれ? 印籠は?」 印籠は普段角さんが持ってるはずだぞ。 ハルヒ「角さんはどこ?」 っていうかお前、助さんも角さんも八兵衛もお銀も弥七も飛び猿もキャスティングしなかっただろうが! ハルヒ「……飛び猿って誰よ」 そろそろ新キャラに馴染めよ! 有希「覚悟」 みくる「待って!」 絶体絶命のピンチにやってきたのは、有希の姉であるみくるだった。 みくる「もういいの! お店なんてどうなっても。だからお願い、これ以上罪を重ねないで!」 有希「……それでは困る」 みくる「え?」 有希「私の目的は越後屋を手に入れること。その為に、私はここに居る」 長門、随分ノリノリだな。 みくる「な、何を……言ってるの?」 有希「ご禁制の品に手を出したのはお店の為ではない。貴女に罪を被せて、店を手に入れる為」 みくる「そんな? そんな事をしなくても私達は姉妹なんだから」 おお、朝比奈さんも役に入りきってらっしゃる。 有希「違う、私は後妻の娘。お父様の跡を継ぐのは貴女。どれだけ店の為に尽くしても、それは変わらない」 有希は刀をハルヒからみくるへと向ける。 有希「貴女に罪を被せるよりも、こうすれば早かった」 みくる「そんな……」 有希「さよなら、姉さん」 振り上げられる刀。 ハルヒ「だ、だめ! 誰か!」 雰囲気に呑まれて悲鳴をあげるハルヒ。 古泉「く……どうすれば?」 役に立たない古泉。 振り下ろされた刀は――ガキッ!! 有希「!」 珠九郎「サセマセン」 颯爽と現れた素浪人、珠九郎の刀によって防がれたのだった。 みくる「珠九郎さん!」 有希「邪魔立てするつもり」 珠九郎「ユキサン、アナタハマチガッテイル」 有希「間違ってなどいない、越後屋は私にこそ相応しい」 珠九郎「チガイマス。エチゴヤノホントウノカチハ、ミクルサンノエガオトマゴコロアフレルセッキャクデス」 聞き取りにくい事この上ないな。 珠九郎「ソノコトニキヅケナイアナタニハ、エチゴヤヲツグシカクハナイ!」 有希「なんと」 狼狽する長門の手首に、珠九郎の一撃が飛ぶ。 有希「くっ」 刀を落とした有希は、その場に崩れ落ちるのだった。 エピローグ ハルヒ「本当にいいの?」 みくる「はい。妹が戻るまで、ここで頑張ろうと思います」 古泉「ですが、彼女は貴女の事を……」 みくる「それでも、あの子は私の妹なんです。それに、珠九郎さんも居ますから」 珠九郎「ユキサンガモドルマデ、ミクルサンハボクガマモリマス」 ハルヒ「そっか……。じゃあまたね! 近くを立寄ったらお団子食べにくるから!」 みくる「はい! 待ってます!」 看板娘の健気な笑顔とそれをそっと見守る珠九郎を見て、越後屋の未来は明るいと感じたご老公の足取りは軽かった。 めでたしめでたし ハルヒ「か~っかっかっか~~!」 ハルヒ、お前それが言いたかっただけだろ。 後日談―― ハルヒ「それにしても有希、ずいぶんノリノリだったじゃない」 長門「時代劇は毎日ラジオで聞いている」 みくる「迫真の演技でした~」 確かにいい絵が撮れたな。 ついでに、これで今年は映画の撮影で悩まされずに済みそうだ。 みくる「それにしてもあのタマクローさん、嬉しそうに帰って行きましたね」 ハルヒ「国に帰ったらみんなに話して聞かせるって言ってたから、SOS団の名前もいよいよ全世界に知れ渡ったって事よね!」 それは勘弁して欲しいんだけどな。 古泉「それにしても変わったお名前でしたよね、ニャホニャホタマクローさん」 みくる「あの、パソコンで見つけたんですけど、タマクローさんって有名な人みたいで歌まであるみたいですよ」 ハルヒ「そうなの? どんな曲?」 みくる「え、えっと。……ガーナのサッカー協会会長♪ ニャホニャホタマクロ~♪」 長門「ニャホニャホタマクロ~♪」 ハルヒ「ニャホニャホタマクロ~♪」 古泉「ニャホニャホタマクロ~♪」 ……ふぅ……やれやれ………………医者で政治家、結構偉い。ニャホニャホタマクロ~♪ おしまい お題「ニャホニャホタマクロー」「水戸黄門」