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教師「えー本日を持ちまして、涼宮ハルヒさんは転校することになりました。」 …どいつもこいつもニヤケ面。 教師がいなかったら拳の1発や2発かましてるところよ。 ──そんな学校生活も、もう終わり。 唯一出来た思い出が楽しくなかったのが心残りかな? 教師の岡部がサラリと奇麗事を並べると、生徒の間からは拍手の音が聞こえた。 どうせ、万歳の拍手だろう。あたしを惜しむ者なんて一人もいない。 あたしの前の席にいるキョンが遠く見える。 …キョンは、どういう意味で拍手してるんだろう…? だけどもう、どっちでもいい、アンタともサヨナラよ。 ……少しだけ楽しかった。ありがとうね。 あたしはもう次の生活を思い描いていた。次こそ普通に生きれますように…。 そんな精神状態の中、ある音があたしの耳を刺激する。 ガラッ! キョン「どうしたんだハルヒ、お前らしくないぞ。」 ──えっ? ……キョン? 古泉「見て下さい、この体。機関のお偉い方さんからも好評なんですよ。」 ──嘘。キョンはあたしの席の前で拍手を送っている。 ただ、転校しようとしているあたしを、無関心な表情で…。 長門「…精神を攻撃する情報思念体。解ってしまえば、怖くない。」 突然現れた長門が教師である岡部に飛び掛る。 ──そんな光景に驚いている暇もなく、キョンがあたしの手を引っ張る。 キョン「いくぞ、こっちだ!」 その時のキョンの手は暖かかった。間違いない。本物だ。 あたしはふと顔に笑みを戻すと、そのまま倒れてしまった。 キョン「───おーい、ハルヒぃー。」 ん……ん? 気づけばあたしはキョンに抱きかかえられていた。 ──夢?だったの? キョン「お前相当悪い夢見てたんだな、ソファーから落ちるなんて普通はありえんぞ。」 普通の部室。普通の光景。普通の…キョン……。 ハルヒ「あ……あっ、そう! あたしたまにはだってこーいう事あるわよ!」 ──嬉しかった。夢でよかった。 そう思うと同時に、また眠気が誘ってくる。 ハルヒ「あたし、もっかい…寝る。 キョンも……。」 あたしは喉まで出かけた言葉を噛み殺した。 だけど、あの、手を引っ張ってくれた時のキョンは本当に頼もしかった。 ──そのうち、副団長も考えてやらなくはないわ。団長があたしでよかったわね、キョン。 古泉「さてさて…涼宮さんはまた眠ってしまいましたが…。」 長門「いい。……彼女に何らかの支障を出さない事、これが私達の役目。」 キョン「しっかしまぁ、やっぱり頼りになるよな、長門は。」 長門「………」 ───ハルヒ、お前は戦った。自分の精神に負けず、がんばった。 だから今は眠っていろ、SOS団の団長が倒れるなんて団員の俺達には、願ってもいない事だからな…。 ……お前が閉鎖空間にいる間、いろんな計画立ててたんだぞ。 お前が起きたら、どれから実行してやろう……っとと、それを決めるのは団長のお前だったな。はははは……。 Fin これを読んでくれた古泉萌えの皆さんありがとう 古泉「次週もマッガーレ!」
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム 「東中学出身、涼宮ハルヒ」 おいおい、やめてくれ。 「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」 俺は垂直にすれば月まで届きそうな深い深い溜息をついた。 最初にこのセリフを聞いてから、間違いなく一年が経つはずだ。 なのに、なんで俺の後ろにいる長い髪の不機嫌そうな美少女は、同じセリフを繰り返す? OK、認めよう。 ここは一年前だ。同じ一年を繰り返している。 おそらく、俺だけが。 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの憂鬱――』 なにかを後悔したとき、人は必ず、「ああ、時間が戻ってくれたらなあ」なんて溜息を漏らすものである。 もちろん、時間が戻ってしまったとすれば、本人の記憶も失われ、結局は、同じ行動をとることになってしまうはずであり、「いや、自分の記憶だけ残して云々……」などと言い出すと、願望は非現実的な方向へ、非現実的な方向へと突っ走っていくことになる。 このため、大人になるということは、過去を諦めるということである、と俺は悟りを開いている。 だからな、ハルヒ。 遣り残したこと、やり足りないこと、失敗を悔やむ気持ち。よーくわかるが、ほんとに時間を戻してどうする、このアホ。 しかも、俺の記憶を残してどうするつもりなんだ、お前は? 『涼宮ハルヒの意図がどこにあるのかは不明。現段階で、一年間の記憶を持っているのは、あなたと私だけ。朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの記憶は消去されている』 携帯に入れていた長門の番号は消えていた。四苦八苦して思い出し、宇宙人に助力を請う。 なんといっても、古泉はまだ転校していないし、朝比奈さんは、ハルヒが拉致ってくるまで、俺とは面識がない。 唯一、長門は、三年前に俺と会っている。それに、八月の時と同じなら、長門は記憶を保っているはずだ。 ……長門、まさか、これも一万回以上繰り返している、なんてことはないよな。 『ない。このループは、初めて観測される。涼宮ハルヒの能力は、次第に減少していたため、情報統合思念体は非常に興味を抱いている。しばらく、私は観測に専念する』 「そうか……もう一つ。朝倉のことだ」 教室で朝倉に「おはよう、私、朝倉っていうの。よろしくね」と微笑まれたときには血の気が引いた。 『情報統合思念体は、今回の時間の巻き戻しに影響されない。朝倉涼子は、情報結合を解かれ、存在していない。あれは、私が構成したもの。情報操作の能力を持たない、ただの女子高校生……安心して』 わかった……俺はどうすればいい? 『なにが涼宮ハルヒに時空改変を起こさせたのか、現時点では不明。現状維持が望ましい。だから、朝倉涼子も復元した』 つまり、この一年間を、なるべくそのままなぞるってことか? 『そう……どこかで、時空改変を直す鍵が見つかるはず。それまでは静観』 なるほどな。じゃあ、そのうち、ハルヒと一緒に文芸部室に押しかけていくことになるだろうから、そのときは頼む。 『……また』 切れた。俺はまた溜息をつく。前回は二週間で、夏休みにやり残したこと、という具体的なヒントがあった。今回はどうだ。一年間とは、ちと長いんじゃないか、ハルヒ? ともあれ、現状維持だ。なに、一年前の行動をなぞればいい。俺は一年前の記憶が消えていないんだから、まあ、楽勝だろう。 ハルヒに話しかける、最初のセリフといえば決まっている。古泉のような作り笑いも忘れてはならないな。 「しょっぱなの自己紹介、どこまで本気だったんだ?」 作り笑顔を浮かべ、ハルヒの方を振り返って言ってみる。 「全部」 ハエタタキを叩きつけるような答えが返ってきた。 ……アレ?なんか違わないか。 ハルヒはそのまま口をへの字にして、腕を組んで黙っている。これで会話終了なのか? 冷や汗が吹き出てきた。俺はセリフを間違えたのか。やばい。楽勝どころか、いきなり氷山にぶち当たった豪華客船のごとく撃沈しそうだ。 冷たい海に投げ出されたがごとく青い顔をする俺に、ハルヒは少し興味を示してきたようだ。 「なに、あんた深刻な顔して……もしかして、あんた宇宙人?」 「いや、俺は違う」 あわてて否定する。なんとか話を元の流れに戻さないと。このあと、ハルヒは、だったら話しかけないで、時間の無駄だから、と言う筈だ……。 「俺は?ふーん、知り合いには居るみたいな口ぶりじゃない」 げっ、食いついてきやがった! 「ち、違う、知り合いにもいないっ」 「妙に必死ねぇ……あんた、ますます怪しいわ」 こいつの驚異的なカンの鋭さを、すっかり忘れていた。まるでエスパー並だ。 ライオンに追い詰められたガゼルのように汗をだらだら流しながら沈黙する俺を見つめて、ふぅん、とハルヒはお宝を前にした海賊のような笑みを浮かべる。 直後、担任の岡部が入ってきたから救われた。 そろそろと辺りを見回すと、東中出身の奴らは、信じられない、と驚愕の目つきで俺を見つめていた。 うう、そんな、たまたま網にかかった珍奇な深海魚を見るような好奇の目で俺を見ないでくれ。 『……さほど問題はないはず。でも、なるべく、一年前を再現するよう努力して』 すまん、長門……。 だが、俺の失敗は続く。 昼休み、俺は屋上で長門に定期連絡を入れていた。 屋上に出るドアの合鍵は長門につくってもらった。ここなら、気兼ねなく長門に連絡できる。普段はしっかり鍵がかかっているからな。誰も来ない。 「ああ、いまのところは問題ない。順調だと思う。……ああ、じゃあ、また報告をいれる。じゃあな」 ふう、やれやれと俺が電話を切って、携帯をポケットにしまったときだ。 「見たわよっ!!」 突如、ハルヒが現れた。 「あんたが怪しいから後をつけてたら、鍵がかかっていて出られないはずの屋上で電話してるじゃない。それも三日連続!間違いなく、母船で待機している宇宙人との定時連絡だわっ!!」 ハルヒは脱兎のごとく逃げだそうとする俺にハイエナのように掴みかかった。ハルヒが、「とりゃー」と掛け声をかけて放ったあざやかな脚払いを喰らって、俺はあっさりとコンクリートに倒れこむ。ハルヒは倒れた俺に馬乗りになった。マウント・ポジション、逃げられん。 「これが端末ね……携帯電話に偽装してもわかるんだから!あたしによこしなさいっ」 「やめろ、正真正銘の携帯だ、ただ電話してただけだっ」 ハルヒは無情にも俺の手から携帯を奪い取る。 「どれどれ……なにこれ、発信履歴が『長門有希』ばっかりじゃない。ははあ、これが宇宙人の連絡要員に間違いないわね」 血の気が一気に引いた。なんたって当たっている、大正解だ。 必死にハルヒの手から携帯を奪い取ると、思いっきりハルヒのわき腹をくすぐってやった。 笑い出すハルヒが体を浮かせた隙に、ハルヒの体の下から脱出し、俺は逃げ出した。 「あ、こら待ちなさぁいっ!」 『……あなたと私が知り合いである、という設定にする。私たちは図書館で出会い、貸し出しカードの作成をあなたが手伝った。私はお礼を言おうとしていて、同じ高校に、偶然あなたを見つけた。先ほどの電話は、また二人で図書館に行く相談ということにする』 つくづく悪い。俺のミスばっかりだ。 『いい。一年前と同じにならないのは、涼宮ハルヒの意志とも考えられる。ならば、多少の変更があっても問題ではない。それより――』 なんだ? 『いつ図書館に行く?』 学校ではハルヒに追っかけまわされ、放課後には長門と図書館に行く、その繰り返し。そうこうしているうちに、ゴールデンウィークが明けた。 本来、俺とハルヒの間に、はじめて会話が成立する時のはずだ。 しかし、会話が成立するどころか、学校での俺は、すでに四六時中ハルヒに監視されている。俺は涸れた井戸の底のように暗い気持ちで教室のドアを開けた。 「おはよっ、キョン!!」 ……この調子だ。だが、一応、言うべきことは言わねばなるまい。満面に1000ワットの笑みを浮かべるハルヒに向かって、ボソボソと俺は呟いた。 「……曜日で髪型変えるのは、宇宙人対策なのか」 「そうよっ!どお、効果あるかしら?あんた、ビリビリと波動を感じたりしない?」 「しない」 「ふーん、じゃあ、切っちゃおっかな。あんた、ショートとロング、どっちが好き?」 「……ポニーテールが好きだ」 俺がそう言うと、ハルヒはげらげら笑い出した。 「あははは、だからあんた、火曜日になるとあたしのことをマジマジ見てるのね!」 俺がどう答えたものか困っていると、担任の岡部が入ってきて、その会話は終了。 だが。 翌日、ハルヒの髪型は、見事なポニーテールになっていた。 少し顔を赤くしたハルヒが、俺を見ながら照れたように言う。 「どお?」 「……似合ってる」 おい、これが、ハルヒの望んだ流れなのか? 『……おそらく』 やれやれ。 「全部の部活に入ってみたってのは……」 「そう、全部入ってみたけど、全然面白いのがないのっ!まったく、ようやく長い義務教育時代が終わって期待してたってのに、高校には失望だわ。 ホント遺憾をおぼえるわね。……まあ、部活なんかより、よっぽど面白いことがあるからいいけどね」 なに、それ? ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。 「あんたよっ!」 「付き合う男をみんな……」 「ぜーんぶ振ってやったわ!どいつもこいつもホンット普通の人間よ。 電話なんかで告白してきて、日曜日に一緒に映画館行って、暗闇の中で手つなごうとしてきてまるで馬鹿みたい!まったくつまんないったらありゃしないんだから。……ま、今度はなかなか退屈しないで済みそうだけどね」 なに、それ? ハルヒは満面に笑みを浮かべて指差した。頬が少し赤い。 「あんたよっ!」 いやいやいやいや、ちょっと待てよっ!! 谷口が、白昼堂々幽霊が歩いているのをみたような、驚愕の表情を浮かべて俺のところにやってきた。 「おい、キョン、お前、いったいどんな魔法を使ってるんだ?」 谷口、実のところ、俺にもまったく全然理解ができないんだよ……。俺が教えて欲しいくらいだ。何がどうなったらこうなるんだ?誰か知ってる奴がいたらここに来てくれ。説明願おう。 「驚天動地だ。空前絶後だ。国士無双だ。あの涼宮とまともに付き合える人間がいるなんてな」 おい、俺とハルヒが付き合ってることは既成事実か?決定事項なのか? 「キョンは昔から変だからなあ」 こら、国木田、デフォルトとセリフが違うぞ。俺が変になってどうする。 「あたしも知りたいな」 谷口ランクAA+の美人委員長、朝倉涼子が顔を出す。そうだ、そういえば、こんな流れがあったな。どうやったらハルヒと仲良くなれるのか、とかなんとか―― ……あれ、朝倉さん、心持ち、顔が赤くないですか?なんで? 「……キョンくん、涼宮さんのこと好きなの?」 朝倉、なんでそんな質問するんだ? 急に朝倉はまつげを伏せる。心なしか、少し表情が曇っているように見えるが。 「ううん、なんでもない……ごめん、気にしないで……」 だが。 翌日から、朝倉涼子の髪型は、これまた見事なポニーテールになっていた。 みんなアホばかりだ。 席替えである。引き当てた俺の席は窓際後方二番目。ハルヒは当然のようにその後ろに席を落ち着けた。 まあ、ここら辺は変更なしだ。いやあ、なんとなくホッとするな。 ハルヒがまったく憂鬱な顔をしていないで、「キョン、また前後ろの席ね!」とか言って、妙に嬉しそうなのが気にかかるが……。 さて、そろそろ、ハルヒが新しい部活を作ると宣言する時間だ。 俺は、いつ頭を机にぶつけるのか、電気椅子に座った死刑囚のように、ひやひやしながら英語の時間をすごしていた。 ………… あれ、いつまでたっても、ハルヒが手を伸ばしてこないぞ。おかしいな。 ………… 英語、おわっちまうぞ!まさか、SOS団は結成されないのか? 「ハルヒ!」 焦った俺は、振り返ってハルヒの肩を掴んだ。 「な、なによキョン。あ、まだ駄目だからね。あたし、キスは付き合ってから一ヵ月後まで許さないの。それで、三ヶ月目には……」 「いや、そうじゃなくて、その、ぶ、部活、部活はどうした?」 「へ?言ったじゃない。どれもこれもつまんなくて……」 「ないんだったら作ればいいんだ!」 思わず、俺は声を大きくした。SOS団だけは、なんとしても結成しなくてはならん。 「何を?」 「部活だ!!」 ハルヒは、軽く溜息をつくと、俺の肩に手をやった。 「……あとでゆっくり聞いてあげる。そのヨロコビを分かち合ってもいいわ。でもね、今は落ち着きなさい、キョン」 ……いかん、これじゃ俺とハルヒの立場が逆だ。また冷や汗がたれる。 「授業中よ」 ハルヒは、泣きそうな英語教師に向かって手を差し出し、授業の続きを促した。 「部室のあてはあるの?」 昼休み、ハルヒは俺の顔を覗きこんだ。ポニーテールが揺れる。 あたしが部室を確保するわっ……と一年前のハルヒなら叫んでいたはずだが。 ああ、お前は変わっちまったなあ、ハルヒ。なんだか悲しくなる。暴走族の先頭でブイブイいわせているようなお前はどこに行っちまったんだ? 俺はまたボソボソと言う。 「……文芸部に知り合いが居る。部員一名で、廃部寸前なんだ。そいつが唯一の部員で……朝倉ともそいつは知り合いだ……」 「ふーん……ま、いいわ。じゃ、いこっか、キョン」 ハルヒは笑顔で俺の腕をとって、自分の腕を絡めた。 恋人同士のように、ハルヒと腕を組んで部室棟に向かって歩きながら、俺はハルヒに引きずられて連行された一年前を懐かしんでいた。 なんだか、どんどんズレが大きくなっていくな……。 文芸部室のドアを開ける。 ああ、懐かしい光景だ。長門が椅子に座って分厚い本を読んでいる。眼鏡がないのを除けば、再現率は100パーセントだ。さすが、長門。 「この子が、キョンの知り合いの文芸部員?へえぇ、可愛い子ね」 「長門有希」 む、とハルヒの表情が変わる。ハルヒの全身から怒りのオーラが滲み始めた。 「キョン、長門有希って……あんたの電話の履歴にあった子ね……同じ学校なのにあんだけ電話で話すなんて、よっぽど親しい間柄かしら?」 ハルヒが握っている俺の手が、ハルヒの握力に悲鳴をあげる。いたい、いたいから、ハルヒ! 「長門さん」 ハルヒが長門に向き直る。普段よりも半オクターヴほど下がった、非常に険悪な声だ。 「あなたとキョンの関係は……友達以上と捉えていいのかしら?」 「いい」 な、長門っ!? 「……わたしとキョンの関係は気にならないの?」 「別に」 まずい、まずいって!! 「ふーん……じゃあ、あなたをライバルと見なしていいのかしら?」 「どうぞ」 お前、他にセリフを用意してないのか!? ハルヒの目が、なんともいえない強烈な光をギラギラと放っている。部屋の体感温度が一気に5度は低下して、俺は寒気を感じた。 「ま、そういうことみたいね」 ハルヒは俺を親の仇のようにギロリと睨んだ。 「放課後、この部室に集合ね……あと、キョンは死刑だから」 わかったよ、死刑は嫌だから……って、決定事項かよ! 「先に行ってるわっ!」 ハルヒは、陸上部から勧誘を受けるのも頷けるほど、見事なスタートダッシュで教室を出て行った。その顔が引きつっているところを見ると、おそらく長門が気になるのだろう。 これから文芸部室で何が起こるのかと考えると、またまた溜息が出た。 『キョンのこと、どう思うの?』 『ユニーク』 『どんなところが好き?』 『ぜんぶ』 『……え、遠慮しないのね』 『わりと』 『……ふーん』 『……』 修羅場じゃねーか!そんな、引火寸前のガスが充満しているようなところに、俺は、聖火のトーチを持って突入しなくてはならんのか。 その、聖なる炎の名は、朝比奈みくるというわけだ。 あー、朝比奈さんですよね。 「そうですけど……あなたは誰ですかぁ?」 キョンとでも呼んで下さい。突然ですが、涼宮ハルヒって知ってますか? 「あ、時間だん……禁則事項です」 あなたは、未来人ですね? 「……禁則事項です」 ハルヒのせいで、時間断層ができたんでしょう? 「……禁則事項です」 その涼宮ハルヒと一緒に、部活を作ったんです。宇宙人の長門有希もいます。朝比奈さん、あなたも入ってくれませんか? 「……うう、詳しすぎますぅ……あなた、本当にこの時間平面の人間ですかぁ?」 まあ、事情があって、この一年間を繰り返しているんです。あなたに敵対する未来人ではないですから、安心してください。 「わかりました……これがこの時間平面での……」 「まあ、既定事項なんですよ」 きめのセリフを奪われた朝比奈さんは、ぷっと頬を膨らました。ああ、可愛らしい。久々に朝比奈さんを拝めたのは何よりの幸福だ。 さて、緊張の一瞬である。 文芸部室のドアの向こうに流れる気配は、尋常でなく重い。そして、絶対零度のように冷たい。敏感な小動物のように、朝比奈さんがふるふると震えだしたほどだ。 ええい、破れかぶれだ! 「よお、遅れてスマン!捕まえるのに、手間どっ…ちゃっ……て……」 な、なんなんですか、なんて空気ですか、ここ、レバノンですか? 凍りつくような沈黙に閉ざされたハルヒがツカツカとドアに歩いてきて、黙ってガチャリと鍵をかける。 なんで、かか鍵をかけるんですかっ、ハルヒさん!! 「黙りなさい」 ハルヒの押し殺した声に、俺はびくっとなって固まった。 「……すごい美少女を連れてきたのね」 ハルヒは、怯える朝比奈さんを眺め回す。 「しかも、すごい巨乳」 後ろから朝比奈さんの胸を揉みしだく。朝比奈さんは怯えてしまって、コブラに睨まれたアマガエルのように固まって動けそうもない。ハルヒのなすがままだ。 「ロリ顔で、巨乳?あんたの趣味?なんでこの子を入部させようというのかしら、キョン?説明が欲しいところね」 なんて言えばいい?まただらだらと冷や汗が……。 「こういう……マスコット的キャラも……必要かと……萌え要素が……」 ごっちーん!! グーで頭を殴られた。ハルヒは怒りに燃えて、顔が真っ赤になっている。 「真性のアホね、あんたはっ!!キスは二ヶ月延期、エッチは四ヶ月延期だから!!せいぜい、悶々と夏を過ごす事ねっ!このバカキョン!!」 ………… 「で、この集まりの名前はどうすんの?」 うむ、これだけはゆずるわけにはいかない。思い入れもある。一年経って、愛着さえわいてきた名前だ。 頭がじんじんと痛むが、それをおして俺は立ち上がって宣言しようとした。 「もう考えてある……いいか、俺たちの団の名前は……」 と、俺が言いかけたとき、横から長門がすばやく言った。 「SOS団」 ハルヒが眉をしかめる。 「なにそれ、センスないわね」 ……このやろう、一年前にお前が考えたんだよ、元はといえばっ! 「……世界を、大いに盛りあげるための長門有希および、涼宮ハルヒの団。略して、SOS団」 あれ、ちょっと違わないか?長門。 「ふーん、まあ、いいわ。有希、みくるちゃん、よろしくね……………負けないから」 なんだ、ハルヒ、最後にボソッと呟いたのは!? 「なんでもないわよ、アホキョン!帰るわよ!!」 顔を赤くしたハルヒが俺の腕を掴んで、自分の腕を絡ませた。 これにて、今日の活動、終了。 『とにかく、SOS団が発足した。これは前進。問題はない』 問題はありありだと思うのだが……やれやれ。 さて、パソコンである。 カマドウマ事件を引き起こしたり、閉鎖空間で、長門のメッセージを送ってきたり、世界改変での緊急脱出プログラムになるなど、非常に活躍が多いアイテムである。SOS団の活動には、なくてはならない、と言ってもいい。 だが、果たしてコンピ研から奪い取ってもいいのだろうか? 奪い取らないとすれば、射手座の日というエピソードがまるまる消滅してしまう。あれは、コンピ研の復讐が発端だったからだ。長門がその能力を遺憾なく発揮する機会も失われてしまう。 だが、奪い取ると、当然恨みを買い、朝比奈さんの胸がコンピ研部長氏にトラウマを生むことになる。 うーむ、どうしたものか。 『自分たちで買う』 それでいいのか?長門。 『問題ない。涼宮ハルヒが、パソコンを得るために、朝比奈みくるを利用することは、現時点では考えにくい。だが、パソコンは必要。だから買う』 まあ、長門がいうならそうだろう。だが、資金がないぞ。 『ある。十分な資金を私は持っている』 統合なんたらのくれた小遣いか? 『違う。競馬で当てた。超大穴、ハレハレユカイに10万円を投資』 こ、今世紀最大の大穴と言われていた、あの馬か!しまった、気が付かなかった。 『非常に儲かった』 ……長門、やることはきっちりやっているな。 『明日までにパソコンを設置しておく』 翌日、見事に最新機種のパソコンが設置され、長門の手によってホームページも作られていた。 やれやれ、これでカマドウマ騒ぎはしなくて済みそうだ。よけいな仕事がなくなって、きっと喜緑さんも喜んでいるだろう。 ある日のハルヒと俺の会話。 「あと、団に必要なものはなんだろうな、ハルヒ」 「さあね、これ以上女の子はお断りよ」 「ぐうっ……謎の転校生とかはどうだ?」 「それが女の子ならお断りよ」 「……安心しろ。イケメンのエスパー少年だ。ホモだが」 「あんた、そっちの気はないでしょうね。たとえ男でも、あたしは自分の彼氏に言い寄る奴はぶっ潰すからね」 「俺は真性のヘテロ・セクシュアルだよ。」 「そして真性のアホってわけね。ま、そこがいいんだけどね。キョン、あんたのお弁当もつくってきたから食べましょ。はい、あーんして」 「ちわー」 俺が部室に入っていくと、すでに長門と朝比奈さんが来ていた。ふう、と息を吐いて、俺は椅子に座る。 果たして、元の時間に戻れるのかね。最近、その目的を忘れがちだ。 なんたって、一年前の繰り返しのはずが、どんどんずれている。SOS団の活動二年目のような気さえしてくる。そのせいか、もとの時間に戻らなくては、という危機感がわかないのだ。 長門はいつものように本を読んでいる。こいつは記憶を持っているから、落ち着いたもんだ。一方、朝比奈さんは、ハルヒというより、むしろ俺を少し警戒しているようだ。狼にでも見えるのかね? 「やっほー」 ハルヒがでかい紙袋を提げて入ってきた。満面の笑み。はて、どこかで見た様な…… 記憶の奔流がフラッシュ・バックする。 しまった、今日はハルヒがバニーガールの衣装を持ってきて、朝比奈さんとチラシ配りに出かけ、朝比奈さんが泣き出すというあの日だっ! 説明的なセリフを心の中で叫ぶ。……あれ、ハルヒの持ってる袋が三つだ。 「ハルヒ、それ、中身はチラシか?」 「は、チラシ?そんなのあんたが作って配ればいいじゃない。あたしが持ってきたのは、こーれ。じゃああああああん」 やはりバニーだ。おや、バニーは一着だけで、次に出てきたのはメイド服、そしてチアガール、巫女さん、ナース、スチュワーデス、スクール水着、OL風の服、浴衣、ゴスロリ、ウエイトレス、鞭つきのは女王様、拘束具つきのは奴隷か。 「あんたが何属性なのかわかんないから、とりあえずいろいろネット通販で揃えたのよ。じゃあ、まずはバニーね。キョン、着替えるから後ろ向いてなさい。振り返ったら死刑だから。……ま、ちらっとだったら見てもいいわよ」 ハルヒは制服をするすると脱ぎだした。俺は慌てて後ろを向く。 おい、それ全部自分が着るのか?というか、どこからそれだけの服を揃える金が出た。 俺は後ろを向いたままハルヒに尋ねる。 「有希がくれたわ。活動費だって」 そろそろと視線を動かして、本に没頭する長門の方を見る。 「競馬。超大穴、エスパーマッガーレに、ハレハレユカイで得た資金を投資。また大儲け。」 あ、あの今世紀二番目の大穴の馬か! 「さらに、その資金を、超大穴、ミラクルミルクに投資。またまた大儲け」 あ、あの今世紀三番目……以下略だ。 「……笑いがとまらない」 ああ、長門も壊れていく。無表情で笑いが止まらないって、どんな状態だよ、長門。 「さ、できたわ、キョン!こっちむいて、欲望に悶えなさいっ!!」 やれやれ。スタイル抜群、完璧なバニーガールが、満足げに俺を見つめていた。 翌日、涼宮ハルヒの名前は、全校生徒の常識になっていた。 こともあろうに、ハルヒがバニーコスプレをいたく気に入り、その格好で俺と腕を組んで帰ったためだ。ハルヒの大きな胸が腕にあたって気分は上々、じゃなかった、俺は真っ赤になっていた。 「ウブねぇ、キョン!」 なーんて言いながら、ハルヒは俺の腕をとって嬉しそうに歩く。 ところで、朝比奈さん、なんでメイド姿で下校なんですか。 「なんだか気に入りましたぁ。これから、私、部室ではこれ着てますね」 長門、ちょこんとした巫女さんは可愛いが、それで帰るつもりか。 「……そう」 こうして、ぞろぞろとコスプレ集団が一斉に下校し、SOS団の名前は校内に轟いたというわけだ。 翌日の教室。 「キョンよぉ……、どうやったらあんなハーレムが作れるんだ?涼宮に朝比奈さんだけでもすげぇのに、俺的美的ランクAプラスの長門有希もいたじゃねえか……」 谷口が羨ましげに言う。眼鏡なしの長門は、Aマイナーから二階級特進したようだ。 「昨日は驚いたな。キョンが可愛い女の子三人に囲まれて、しかも、みんなコスプレしてるんだもの。メイド姿の朝比奈さんや、バニーガールの涼宮さんもよかったけど、巫女姿の長門さんも、素敵だったなぁ」 国木田も遠い目をする。 「なあ、キョン、ぜひ俺もそのSOS団に入れてくれ、頼むっ」 いや、まあ、すまん谷口。いろいろと厄介ごともあるんだ、こう見えて。そのうち、驚天動地の事件が起きて、俺は命を狙われたりするんだよ。 「ぶっそうなこと言わないで」 ポニーテールを揺らして、朝倉涼子までやってきた。いや、それはお前が……あ、この時間の朝倉は人畜無害なんだっけ。たしか長門がそう言ってたな。 「キョンくんに、なにかあったら……あたし……」 朝倉はそういって俯いた。 ……可憐だった。 そうこうするうちに、待望の転校生がやって来た。 まあ、そんなに待望していたわけではないが。ともかく、これでSOS団のデフォルトメンバーが勢ぞろいすることになる。いやあ、最近、お前のことをすっかり忘れてたよ、古泉。 とりあえず、九組にいって古泉を探す。 どれどれ……人だかりができている。あの輪の中に、古泉がいるんだろう。 「おい、古泉一樹」 俺は人だかりの方に声をかけた。 「なんでしょう?はて、あなたは、どなたですか?」 すぐ教えてやるさ、エスパー少年。 ……………… 「いやあ、驚きですね。この一年が繰り返しているなんてぜんぜん分かりませんでしたよ」 「まあ、そうだろうな。俺と長門有希以外は、みんな記憶を上書きされたから」 「なるほど……わかりました。僕もSOS団に加わらせていただきましょう」 ああ。そうしてくれ。これで役者がそろった、ってやつだ。 ……………… 「おまたせ、あー、こちらが謎の転校生君だ」 古泉は、例のハンサムスマイルを浮かべて挨拶した。 「古泉一樹です。よろしく」 じぃーっとハルヒが見つめる。 「あたしが涼宮ハルヒ。こっちで本を読んでいるのが有希で、この可愛い子がみくるちゃん。……古泉くん、ひとつだけ忠告しておくわ。」 「はい、なんでしょう?」 「……キョンに手をだしたら死刑ね」 やれやれ、実に物騒だ。 古泉も笑って肩をすくめる。 「ご心配には及びませんよ。僕には、ちゃんと決まったパートナーがいますから」 古泉の発言に、ハルヒはほっと胸をなでおろしたようだ。 「ふーん、そう、じゃあいいわ。それ、前の学校の人?」 「ええ、彼は教員でしたが。」 部室の空気が一気に凍りついた。全員、どうにも気まずくなって、その日の活動は終了した。 その晩、ハルヒから電話がかかってきた。 『キョン、明日土曜日でしょ、一緒にデートしない?』 ああ、そうか土曜日か……はっ、また忘れるところだった!不思議探索をやっていない。 『不思議を探しにいく?まあ、楽しそうだけど……あたしは単にデートがしたいんだけどな』 あー、それは日曜にしようぜ。 『ま、いいわ。あんたがそう言うなら!じゃ、駅前に集合でいいかしら?』 ああ。じゃ、また明日。 『じゃね、愛してるから、キョン。おーばー♪』 顔が赤くなっちまった。なんだか無性にテレながら、長門、朝比奈さん、古泉に連絡をいれ、不思議探索は決行と相成った。 とはいえ、たいしたことがあったわけじゃない。当たり前だが、特に不思議なことも見つからず、組み分けではハルヒが俺を独占した。ハルヒは実に上機嫌で、俺との散策を楽しんでいた。 長門、朝比奈さん、古泉の三人がどうしていたかは知らん。仲良くやっていればいいのだが。 翌日は、遊園地でハルヒとデートした。二人で乗り物を乗り回し、二人とも豪勢に買い物したが、長門が十万単位で活動費をくれるので、一向に苦にならない。 帰り際、少しはにかみながら、ハルヒが俺にキスをした。 うーむ。 閉鎖空間でファーストキスのはずなんだが。 予定がどんどんずれていくな……これでいいのだろうか? あるいは、閉鎖空間に俺とハルヒがいくことがないとか? さて、今日は、懸案事項を片付けなくてはならない。 下駄箱に入っていた、呼び出しの手紙だ。差出人は書いていないが、朝倉涼子であると考えて、まず間違いないだろう。 長門が再構成したので、普通の女子高校生になっているはずだが……こういう行動は一年前と変わらないから不思議だ。 『大丈夫。彼女があなたに危害を加えることは有得ない。私とは独立して行動しているため、その意図は不明だが、あなたの安全は保証できる』 ありがたい長門の言葉をいただいて、放課後、俺は教室に向かった。 「遅いよ」 朝倉涼子が教壇に立っていた。 「やはりお前か……」 「そ、分かってたの?……入ったら」 俺は教室に脚を踏み入れる。長門のお墨付きがあるとはいえ、やはり体は恐怖を覚えているのか、動きがぎこちない。 「人間はさあ、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよね、これ、どう思う?」 「ああ、よく言うな。」 たとえば、一年前のお前とか。 「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持するだけではジリ貧になるのは解っているけど、どうすれば状況がよい方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」 日本経済の話ではないな、もちろん。言ってみただけだ。 「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない?どうせ今のままでは何も変わらないんだし」 「まあ、そういうこともあるかもしれん」 「でしょう?」 朝倉は、なんだか泣き出しそうな顔で微笑んだ。 「だから、変えてみようと思うの」 朝倉が俺に向かって飛びついてきた。とっさに体が逃げようとするが、反応が間に合わない。俺は朝倉に押し倒され、床に倒れこむ。おい、長門、安全なんじゃないのか!? だが、朝倉はナイフを振りかざすでもなく、俺の体に馬乗りになっている。形のいいポニーテールが揺れている。朝倉涼子の顔が赤い。 「好きなの」 へっ? 「キョンくん、大好き。お願い、私のことを抱いてほしいの!」 朝倉が俺の体に抱きつく。大きな胸が押し付けられて、朝倉の体温が伝わってくる。 「ままま、待てっ!!」 俺は何とか朝倉の体を押しのけた。 「すまん、気持ちはありがたいが、俺には応えることができない。誰かもっといい男をみつけてくれ、お前ならすぐに見つかるさ!」 「うん、それ無理。だって……私は本気でキョンくんのことが好きなんだものっ」 朝倉の瞳から一筋涙がこぼれた。 「もう、耐えられないよ……あなたは可愛い女の子たちに囲まれて……あたしのことなんか見てもくれないっ……えぐっ……あなたが好きだから、ポニーテールにもしたのに……えぐっ……気がついてもくれない……うわああああああん……」 朝倉涼子は泣き出してしまった。ど、どうする? とっさに、俺は朝倉を抱き寄せていた。頭を撫でて落ち着かせようとするが、朝倉はますます泣き出す。 「あ、朝倉、その、落ち着いて――」 がらっ 「ういーっす。Wawawa忘れ物……うぉわ!」 谷口……なんてまあ、お前はどんなタイミングで入ってくるんだ。 「すまん。……ごゆっくりぃぃぃ!!」 泣きながら谷口は帰っていった。ああ、どうすっかなぁ。俺はまた深い深い溜息をついた。 「キョンくん……」 いつの間にやら泣き止んでいた朝倉が、熱っぽい目で俺を見つめる。 「あたしも……SOS団に入れてくれないかな?お願い……せめて、あなたの側に居たいの……」 潤んだ瞳に見つめられて、思わず承諾してしまった俺を誰が責められよう。 こうして、SOS団に新たな団員が誕生した。朝倉涼子、AAランク+の美人委員長キャラである。 いいのか?やばいか?これは……。 翌日。 ハルヒはおもいっきり不機嫌オーラ全開だった。 原因は、言わずとしれた、朝倉涼子の加入である。 朝倉は、朝比奈さんとお揃いのメイド姿で、甲斐甲斐しくお茶を入れたり、部屋の掃除をしたり、お菓子を出したりと働きまわる。 そして、俺と目が合うと、照れたような微笑みを送ってくる……可愛い。なんといっても、AAランク+は伊達じゃないし、性格までいい。その上、ポニーテールだ。 一方、ウサギさんは非常に不機嫌である。 古泉が居ないのは、閉鎖空間が大発生しているのだろう。 このため、俺は、不機嫌なバニーと、忙しく働く二人のメイド、無口に読書を続ける文学少女に囲まれて、一人、椅子で体を固くしている。 「狭いわ、この部屋。ちょっと団員が多いんじゃないかしら?」 ハルヒ、そう露骨に朝倉をいじめるな。朝倉が俯いて泣きそうになってるぞ。かわりに古泉が居ないんだから、普段よりも多いことがあるかよ。 「問題ない」 長門が本から顔を上げた。 「コンピ研は、すでにSOS団の勢力下に入った。いずれ、夏休みまでには工事を行って二つの部室をつなげる」 「おい、いつの間に?コンピ研は承諾したのか?」 「問題ない。……すでに私が部長になっている」 長門のやつ、コンピ研を乗っ取りやがった!いつのまに。 ……まあ、それはいいとして、工事なんて、どこからそんな大金が出るんだ?まさか学校からじゃないよな。 「私が馬主となっている、サイレントユキがレースで活躍中。賞金が膨れ上がっている。工事のお金など、実に些細なこと」 最近、新聞を賑わしている無敵の競走馬が、まさか長門のものだったとは……。 道理で、この部室が豪華になっていくわけだ。エアコン、冷蔵庫、全員分のノート型パソコン、大画面の液晶テレビ、絨毯など、加わった備品を上げればきりがない。 長門の椅子も、粗末なパイプ椅子から、非常に豪華なふかふかの椅子に変わっているしな。 ちょっと機嫌を直したバニーさんが、俺のとなりに腰を下ろし、ぴったりと俺に体を寄せる。 「有希、だったらベッドも欲しいわね。夏といえば泊り込みだもの!あたしとキョンのは、ダブルベッドでお願いねっ」 朝倉が、ピクッと体を固くした。バニーとメイドの間で、パシッと火花が散る。 うう、毎日が修羅場だ。胃に穴が開きそうだよ、俺は。 SOS団の活動って、こういう感じだっけ?ある意味そうかも。 もはや軌道修正は不可能みたいだ。 『私は非常に満足している。サイレントユキも絶好調。獲得賞金額は鰻の滝登り』 いや、満足しちゃまずいだろ。まだループの原因がわかってないぞ。下手すれば、この一年をまた繰り返すことになるぜ。 『あなたに託す』 おい、面倒くさがるなよ、長門! 『まだ、消化すべきイベントが残っている。涼宮ハルヒの閉鎖空間。あなたがそこに行けば、ヒントがつかめる……そんな気がする』 なんだか適当だな、お前らしくもない。 『それより、今週の日曜は図書館。予定を空けておいて』 やれやれ、わかった。 それにしても、ホントに閉鎖空間は発生するのかね? だが、しっかりと閉鎖空間は発生した。 「キョン、起きて……起きなさいっ」 「う……ここ、どこだ?」 俺は制服姿のハルヒに起こされた。いや、まあ、見覚えはあるさ。文芸部室の窓の外に広がっている灰色の空。 閉鎖空間だ。 やれやれ、これでハルヒにキスすれば、全部のイベントが終了だ。なんというか、非常に長かったな。 「なんなの、ここ?なんであたしはキョンと二人きりなの?」 神人や古泉が出てくる前に、さっさと終わらそうか。 「ハルヒ」 俺はハルヒの肩をつかんだ。 「なに、キョン?」 「実は、俺、ポニーテール萌えなんだ」 「知ってるわよ。だからあたしがポニーにしてるんじゃない」 ぐっ、と詰まるが、言葉を続ける。 「お前のポニーは、そりゃもう反則なまでに似合っているぞ」 「そ、そうかな?ありがと、キョン。嬉しいな、そう言ってもらえると」 ええい、調子が狂いっぱなしだ!ままよ、と俺はハルヒにキスをした。 「んっ……」 ハルヒはどんな表情をしているのだろう。目を閉じているために、俺には分からないが。 「んくっ……」 そろそろ、ベッドから落ち、頭に衝撃が走って俺は目を覚ますのだ。 「んぷ……ちゅる……」 あれ、おかしいな……いつまでもハルヒの唇の柔らかい感触が消えない……。 「ちゅる……ちゅぷ……んん……ぷはっ」 俺は愕然として目を開けた。眼前には、顔を上気させたハルヒがいる。 「うれしい……キョン、とうとう自分からキスを求めてくるなんて……やっぱり、あたしのことを選んでくれたんだ……もう、どれだけ待たせたとおもってるのよ!」 ハルヒはしっかりと俺を抱く。おかしい、おかしい。 「キョン、大好きよ!!」 やばい、やばい、やばい。こいつはまずい、まずいぞ。ど、ど、どうすればいい? 「ちょ、ちょっとトイレ!」 「もお、じらすんだから……早くしなさいよ?」 ハルヒは、しゅる、とスカートを脱いだ。色っぽい目つきで俺を見つめる。 「……用意して、待ってるから、ね」 俺は部室を飛び出した。どうする、どうしたらいい? とりあえずコンピ研の部室に飛び込む。どこのパソコンでもいい、長門とコンタクトを取らなくては。 ふと、窓の外を見ると、赤い光が浮かんでいる。それは次第に古泉の形をとった。 「いやあ、仲間の力を借りて、やっとここまで――」 俺は窓をピシャッと閉める。いずれにせよ、古泉がトイレットペーパーで出来た傘並みに、まったく役に立たないことは間違いない。 窓を叩きながら、まだなにか言いたそうな古泉をほっといて、パソコンの電源をいれる。 黒い画面。やはり一年前と同じだ。カーソルが動いて文字を紡ぐ。 YUKI.N> みえてる? 『ああ』 見えてるぜ、長門……。 『どうすりゃいい?』 YUKI.N> 涼宮ハルヒは、あなたとのキス以上のものを望んでいる。これは確か。したがって、その世界から帰還するには、彼女の欲求を満足させることが必須。 『神人はどうする?あいつが部室を壊したら……』 YUKI.N> おそらく現れない。涼宮ハルヒは、行為の最中に邪魔が入ることを望まない。 『なるほど』 YUKI.N> まだ図書館に行ってない。約束。帰ってきたら、夕食にカレーを振舞う。 『楽しみにしておくさ』 YUKI.N> そして、そのあとは、私の部屋で 文字が薄れて消えていく。思わず、パソコンに手をかける。 「おい、長門っ!!」 最後に長門の打った文字が短く、 YUKI.N> sex 俺は頭を抱えた。 長門……これは、俺とハルヒのするべき行為の指示なのか?それとも、前の文章につながるのか? 俺は、震える手で文芸部室のドアを開けた。 「遅かったじゃない」 そこには、ハルヒが、一糸まとわぬ姿で立っていた。髪だけは、ポニーテールのままだ。 「ふふ、緊張してるの?」 してるとも。なんたって、俺に世界の運命がかかってるからな。 「やだ……そんなにまじまじ見ないでよ……」 ハルヒが恥ずかしそうに手で大きな胸を隠す。胸を隠して股隠さず…… 「す、すまん!」 無性に恥ずかしくて、俺は俯いた。急激に頭に血が上るのが分かる。 「キョン……こっち、こないの?」 すまん、足が緊張で固まっちまって動かないんだよ。情けない話だが。 「じゃあ……あたしが行くね」 ハルヒがゆっくりと近づいてくる。ハルヒの白い肌が妙にくっきりとして鮮やかだ。 顔を赤くしたハルヒが、俺のブレザーのボタンに手を伸ばした。 「ま、まて、自分で脱ぐから」 「……うん」 俺は震える指でボタンをはずし、服を脱ぎ捨てた。トランクスを脱いだとき、横目で見ていたハルヒが、ビク、と体を震わせて、あわてて後ろを向いた。 「お、男って、みんなそんなに大きいの?それとも、キョンのが特におっきいの?そんなの……は、入るのかしら……」 いや、特別俺のが大きいというわけではないと思うが……やっぱり初めて見るのか?ハルヒ。 「エロ本以外では、初めて……」 「……じゃあ、お前のも見せてくれないか?」 こうなったら、なるようになれだ。ハルヒは、神妙な顔でコクンと頷くと、ピョン、と机に座って、足をそろそろと広げた。手を伸ばし、自分でピンク色をしたそこを指で広げてみせる。 「触っても、いいか?」 「……やさしく、おねがい」 おそるおそる手を出す。熱くなったそこに触れた瞬間、んっ、とハルヒが呻き声をだした。 ……もうしっかり濡れているみたいだ。 「その……あんたを待ってる間、我慢できなくて……自分で……だから、もういつでも入れていいよ……準備、出来てるから」 「分かった」 俺はハルヒを抱き上げると、ゆっくりと床に下ろした。床には長門が買ってきたふかふかの絨毯が敷いてあるので、肌に心地よい。 「キョン……大好き。ほんとに大好き。……愛してるから」 ハルヒが目を潤ませて言う。 「俺もだ……ハルヒ、大好きだ」 ハルヒの両足を広げ、ハルヒのそこに自分の息子をあてがう。 ぬる、とハルヒの中に入っていく感触がある。すごく中は熱くて柔らかい。溶けてしまいそうだ。 「キョン……来て……中まで……」 「ハルヒ、行くぞ」 ズブ、と俺は腰を入れた。「ああああっ!!」と、ハルヒが叫び声をあげる。 ハルヒ、大好きだ…… ……って、あれ? 気がつくと、周りの景色が変わっている。 文芸部室じゃない。ここは、このベッドは…… 俺の部屋だ。 やれやれ、閉鎖空間から戻ったのか。 俺はふう、と息をついた。よかった、なんとか戻ってこれた。 ……む、俺の横にある柔らかい塊はなんだ? 「うぉわっ!!」 隣で制服姿のハルヒが寝てるじゃねーか!な、なんで俺はハルヒとベッドで二人なんだ? 「キョン……らめぇ……はげしいよぉ……あん……いっちゃうぅ……」 ハルヒ……どんな夢を見てるんだ……さっきの続きか? やれやれ。 ここから先は後日談となる。 といっても、時間のループについては何も解決していないがな。 夜中に目を覚ましたハルヒとの、熱い熱い一夜のせいで、俺もハルヒも寝不足のまま登校しなくてはならなかった。 朝から一緒に腕を組んで、どうみても一夜を共に過ごしたカップルそのものの姿で登校するとは思わなかったな。朝食の時の、母親と妹の視線が痛いところだった。 それにしても、俺のベッドで寝ていた理由を、「寝ぼけたかな?」の一言で片付けたところは、さすがハルヒというべきか。とてつもない大物の予感がするよ。 さて、今日は土曜日、SOS団不思議探索の第二回目だ。 誰一人休むと言い出さないんだから、みんなよっぽど暇なのか、職務に忠実なのか。 俺が駅前に向かうと、すでにほかのメンバーは揃っていた。 いつもの制服姿の長門。手に持っているのは……競馬新聞だな。 ふんわりした私服の朝比奈さん。俺を見ると、にこっと微笑んだ。 デニムのスカートが似合う朝倉涼子。こっちに気がついて小さく手を振っている。 ニコニコと笑う古泉。閉鎖空間でシカトしたことを、少し根にもっているようだが。 そして――涼宮ハルヒ。今日もポニーテールが素晴らしく決まっている。まあ、朝倉もだが。 「キョン、遅いわよ、しっかりしなさい!あんた、団長でしょ!」 そう、そして、SOS団団長――この俺である。 まだまだSOS団の活動は続くのさ。ハルヒの起こしたループの原因を解明しなくちゃならんしな。 まあ、万一、ループの原因がわからないまま、このメンバーで二年目に突入したとしたら…… それも悪くない、だろ? おしまい涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その7から シャワーの音が止まった。 少し経って浴室のドアがゆっくりと開く。 俺はベッドの端に、そっちには背を向けて座っていた。 「スケベなこと考えてる顔ね」 「そんなことはない」 「だとしたら失礼な話よね」 こっちに近づいてきた奴が、後ろから俺の首に両手を回してくる。 「だいたい、うしろからじゃ見えないはずだろ」 「あんた、背中までポーカーフェイスのつもり?」 「ただの仏頂面だ」 「ホテルの最上階。二人っきり。邪魔が入る恐れなし。タオル一枚の美女が背中に体重をかけてくる。これで何が不足か、聞こうじゃないの?」 俺はゆっくりと口を開いた。 「子供の名前を考えてた」 「うっ。……なかなかやるわね」 「うそだ。最悪のタイミングで、ムードぶち壊しのことを言うことになるかもしれんが、この旅行ももうすぐ終わりだ。だから率直に聞くぞ」 「……いいわよ。あんたが空気を読めないで不躾なことを聞くのは、べつに今に始まったことじゃないわ。どうせ……」 「あのケンカの後、親父さんはめずらしく本気で怒ってた。おまえ、『足で砂を目に投げた』って、意味わかるか?」 「その通りの意味でしょ。あのとき、あたしははだしだったし、足の指で少しくらいなら砂をつかめるわ。手でするみたいに、足を振って握ったものを離せば、投げるみたいなことはできるわね」 「それは、涼宮ハルヒがやることか?」 「どういう意味よ」? 「買いかぶりならそう言ってくれ。俺の知ってるハルヒは、そりゃ時にはめちゃくちゃなやり方をすることはあるが、それでもおまえなりの筋ってものを守る奴だ。あれは親父さんのいうとおり『汚い手』なのか?」 「そうよ」 ハルヒは挑むような目で言った。「だから、何?」 「何故だ?」 「勝ちたかったからよ、当たり前じゃない!」 「当たり前じゃない。お前と親父さんのケンカはそういうんじゃなかっただろ?」 「何も知らないくせに、勝手なこというな!」 「ああ、何も知らんさ。だけどな!」 「うるさい!うるさい、うるさい!」 「ハルヒ!」 「どうせガキっぽいひがみよ、あんたが!……あんたはひどい目にあっても親父をかばって……、あんたはそういう奴よ。あたしの親で無くても、そうするだろうって、分かってる、でも……」 「おまえの母さんや親父さんこと、俺は正直すごいと思ってる。まあ、おまえの親じゃなくても、そう思うかもしれないが……、あの人たちに会ったり話したり昔のことを聞く度にな、俺がまだ気付いてないハルヒに光があたって、今まで見えなかったハルヒが見えるような気がするんだ」 「あたしはあんたにむちゃくちゃ言って、むちゃくちゃさせて、でもそういう風に許されるのは、甘えられるのは、あたしだからだ、って思いたかった。だから、だからあんたが親父をかばって、あたしは完全に頭に血がのぼったわ。あんたをどんなことをしてでも取り返さなきゃ、どんな手を使っても勝たなきゃって。あんたにだってわかるように、親父とのケンカは勝つとか負けるとか、そういうんじゃなかったのに。親父が怒るのも、悲しく思うのも当然よ」 「あーもう、ぼろぼろ泣いて、めちゃくちゃ。……こっちみるな!」 「どうして?」 「あんた、変態? どS? 人泣かしといて、楽しむなんて」 「べつに楽しくはない。……ちょっと抱きしめていいか?」 「このエロキョン! いいに決まってんでしょ!!」 「雨になりそうね、お父さん」 「気圧の変化か。つらいのか?」 「少しはね。でも、起きられないほどではないわ」 「置き引きシスターズも雨天は休業か」 「人気のない浜辺も悪いものじゃないけど。一緒に歩く?」 「その前に朝飯だ。いや、起きなくていい。ベッドに持ってくる。フランス人も裸足で逃げ出すような、甘いカフェオレ付きだ」 「そんなの、いつ用意したの?」 「これからだ」 「ベッドで食べるのが好きね」 「だらしがないのが好きなんだ。このまま雨が上がるまで、ぐずぐずしていよう」 「帰りの飛行機が飛んでいっちゃうわ」 「それもいいな」 「ふふ。そうね」 「残念ながら明日には止むさ。いや、今日中かもしれない」 「天気予報?」 「いや、これ」 「てるてるぼうず。そんなの、いつ用意したの?」 「夜なべした。リビングのソファは占拠したぞ」 「お父さんって、何でもありね」 「『一途』と『馬鹿』は、ちょっとした綴りの違いなんだ」 「キョン?」 「ああ、すまん。起こしたか?」 「うん、ううん、ああ、そうね」 「どっちだよ?」 「もしかして雨降ってる?」 「ああ。窓から外見ると、水の中にいるみたいだぞ。……調子よくないのか?」 「そうじゃないわ。昔のことを思い出しただけ。……夢を見たんだけどね」 ハルヒは言葉をつづけた。 「小さい頃、溺れたことがあってね。親父が飛びこんで、母さんが人工呼吸してくれたんだって。覚えてるわけじゃないけど」 「……だから、おまえも助けに飛び込んだのか?」 「そうじゃないわ。泳ぎは得意だと思ってたし、そんなことで泳げなくなるのも悔しいから、ちょっとムキになってたこともあるけど。助けたのには理由なんてない。気付いたら、やっちゃってた、って感じね」 「そうか」 「溺れたのは覚えてないけど、その後、自分が謝ったのは鮮明に覚えてる。親父に謝ったのなんて、あんたからしたらバカみたいだと思うかもしれないけど、あれっきりよ」 「……」 「親父があたしの頭にぽんと手を置いて、『間違えたと気付いたら、ごめんなさいと言えばいい。それだけだ』って。どれだけ泣いたか分かんないし、どれだけ謝ったかもわからない。ただ延々と涙が止まらなくて、繰り返し繰り返し『ごめんなさい』って言ってた」 ポットから聞こえる音が変わって、お湯が沸いたことを知らせていた。 二人分のコーヒーを入れて戻ってくると、ハルヒはベッドの端に座って、窓の外を見ていた。 ホテルはこのあたりで一番高い建物で、座ったまま窓から見えるのは雨雲と窓ガラスを叩く水滴だけだった。 「飲むか?」 「ん」 「……あとで、海に行かないか?」 「どうして? 今日みたいな日に行ったって、あるのは砂と水だけよ」 「こっちに来て、まだおまえと泳いでない」 「でも水着も何もないわよ」 「水着どころか傘だってないぞ」 「買いにいく? でも、この土砂降りの中、泳ぐの?」 「泳がなくてもいいさ」 「何しに来たのよ、あたしたち」 「さあな。だが、なんでここにいるかは俺にだって分かる」 「なんでよ?」 「おまえがここにいるからだ」 ハルヒは軽く衝撃を受けたように軽く口を開いて、すぐに、このバカ何を言い出すんだ、という顔になった。 「キザキョン」 はて、おれは何かキザなことを言ったか? おまえが連れてきたから、おれはこんな亜熱帯の島に来たんだろう。 「はあ。わかんないのが、あんたよね。それはもう、よーく知ってるはずなんだけど」 ハルヒは、となりの部屋にいたって聞こえるくらい、大きなため息をついた。 「もう、こうなったら海でも何でも行くわよ!」 「ごちそうさま。おいしかったわ」 「朝からカツカレーはなかったかもしれんが」 「ベッドでとる朝食向きじゃなかったかも。出張中、いつもこんなの食べてるの?」 「海外旅行も7合目くらいになると、急に日本食を食べたくならないか?」 「カツカレーを?」 「よそでまずい寿司なんか食うよりはな。どういう訳だかトンカツよりもうまいと感じる」 「おいしいと思うものを食べる方が、食事は楽しいわ」 「何を食べるかより、誰と食べるかじゃなかったか?」 「時には一人で食事をしなきゃならないこともあるもの」 「それはそうだ」 「故郷を甘美に思う者はまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」 「なんだ、それ」 「昔の誰かが言った言葉ね、きっと」 「俺のくちばしは黄色いな」 「誰だって、完璧にはほど遠いわ」 「完璧な奴は、どこからも何からも遠い訳か」 「そして誰からも、ね」 「好きなものくらい、好きに食わせろ、だ」 「お腹もふくれたわ。仕事にかかりましょう」 「雨なのにか?」 「雨だからよ。人が少ない方が探しやすいわ」 「母さんだけが分かってることがある気がするんだが。教えてくれないか?」 「そうかしら? 私が思ったのは、意外と簡単なことよ」 「というと?」 「溺れている真似というのは結構難しいわ。何しろ泳げる人相手に嘘をつく訳だから」 「そりゃそうだな」 「ぶっつけ本番では無理だと思わない?」 「なるほど」 「練習するなら、カモになってくれる観光客のいないときにむしろ、やりたくないかしら」 「合点がいった」 「今日は私を信じてみません?」 「いつだって信じてる。出掛けよう」 「で、なんなのよ、このデカイ傘は?」 「ゴルフ用らしいぞ」 「あたしが言ってるのは、そういうことじゃなくて」 「ホテルが貸してくれたんだ。傘なんて、この辺りじゃ売ってないとさ」 「だから、そういう……」 「ゴルフをやる外国人ぐらいしか、この島じゃ傘なんてささないんだと。雨が降ったら街も道も人も濡れる。当たり前じゃないか、と言われた」 「その通りだわ」 「その通りだけどな」 「あんた、泳ぎにいくんじゃないの? どうせ濡れるじゃないの」 「水着も売ってないそうだ」 「この辺りじゃみんな裸で泳ぐ訳?」 「さっきからビービー鳴ってるのは何だ?」 「持たされたケータイよ。電源は切ってあるけど、濡れると救難信号が出るそうよ」 「それくらいの音で周囲に聞こえるのか?」 「ずぶぬれになれば、ワンワン鳴り出すらしいわ。雨くらいじゃ周りも助けようがないでしょ?」 「やっぱり傘があって正解じゃないか」 「音だけなら、ビニール袋にでも入れておけばいいのよ」 「ケータイをか?」 「そう」 「この辺りじゃ、雨の日は、みんな着衣で泳ぐんじゃないのか?」 「どうせ濡れるから?」 「そうだ」 「晴れの日は、大抵トップレスだけどね」 「なんだと?」 「水着の跡が残るように日に焼けるのが嫌なんじゃないの?」 「俺が言ってるのは、そういうことじゃなくてな」 「じゃあ、どういうことよ?」 「……目の毒だ」 「はあ? 毒はあんたの頭にたまってんじゃないの?」 「かあさん、当たりだな。おきびきシスターズだ。雨なのにご苦労なこった」 「あら、ほんと」 「びっくりしてるのか?」 「少しね。あてずっぽですもの」 「母さんのあてずっぽが外れたことなんてあったか?」 「そりゃありますよ。じゃないと、生きていても楽しくないでしょ?」 「人生には他にも楽しいことがいろいろあるぞ」 「そうね。『たとえば?』って聞いていい?」 「もちろん」 「じゃ、たとえば?」 「水泳とか」 「お父さん、泳げたの?」 「海外か、でなきゃ人命救助のとき限定だけどな」 「そういえば、小さい頃ハルが溺れたこと、ありましたね」 「自分の指や腕を無くしても、最初から無かったことにすればいいし、忘れる自信もあるが、女房や娘はそうはいかん。だから、ちょっと本気出したんだ」 「どうして、いつもは本気出さないの?」 「知ってる奴に見られたら、恥ずかしい。あ、水泳の話だぞ」 「わたしも、お父さんとこうして話すのは楽しいわ。これも人生の楽しみのひとつね」 「俺がどういうことを話すかくらい、母さんなら分かるだろ?」 「いい映画やお芝居は、結末が分かっていても、何度見たって、楽しいのよ」 「ちがいない。……車はこの辺りにとめておくか」 「彼女たちがいる波打ち際まで、砂浜を歩いて行くの?」 「うん。なんか、まずいかな?」 「お父さん、遠くからでもすぐ分かる方だから、多分彼女たち、蜘蛛の子散らすように逃げて行くと思うわ」 「悪魔の親父だからなあ。『ハルヒを出せ〜。隠すとためにならんぞ〜』って感じか?」 「うずうずしてる。やってみたいのね?」 「悪役ほどおもしろいもんはないぞ、母さん」 「人生、楽しくって仕方がないって感じね」 「悩み事は、時間と精力があり余ってる若いやつらにまかせよう」 「とりあえず、どうします?」 「やっぱりこの手しかないか」 「何に使うの、このバット?」 「やりたいのは「矢ぶみ」だったんだが、拳銃はそこいらでいくらでも買えるのに、弓矢とか手に入らなくてな。とりあえず、このバットをあいつらの近くまでぶん投げるから、バットに油性マジックでハルヒ宛のメッセージを書いてくれ」 「なんでバットなの?」 「非常識だし目立つだろ。あと重心が端のほうにある長いものは遠心力をその分使えて、より遠くへ投げられるんだ」 「文面はどうします?」 「そうだな。『ハルヒへ、夕刻、この浜で待つ。おまえも女なら一人で来い。親父』でいいだろう。そうそうハルヒはHARUHIと書いといてくれ。でないとシスターズの連中が、あのバカ娘のことだと分からんかもしれん」 察するに、災難だったのは、置き引きの姉妹たちだった。 彼女たちは、この街の路地という路地、水路という水路を知り尽くしていたが、大きな街でたった二人の人間を(たった半日で)捜し出すのは相当な苦労だった。 俺たちを最初に見付けたのは、昔ハルヒが「助けた」このある少女だった。彼女が姉妹たちを呼び、一番小さい女の子が俺たちにバットを差し出した。 ハルヒはそれを左手で受け取った。 「来たわよ、バカ親父。なんか用?」 「よく逃げずに来たな。ご褒美にハンデをやろう。泳ぎで勝負なら、そっちも異存あるまい。但し、俺は「人命救助」じゃないと本気が出せんから、誰かに『溺れる役』を頼むことにしよう。指名はおまえにまかせる」 さすがに悪魔と呼ばれるだけの親父である。罠が何重にも仕掛けてある。 相手に選ばせるように見える個所はすべてまともな選択肢ではない。しかも選択の前提として、一方的な条件が提示されている。選ぶためにはそうした前提を飲まねばならず、普通なら自由意思を発揮できる選択という行為自体が、どちらの選択肢を選んだにせよ選択者を拘束していくのだ。 最後の「おまえにまかせる」も同様にえぐい。その含んだ意味は「まかせる」とは名ばかり、この勝負を受けるなら、危険な目に合う役割をハルヒが選ばなければならないという、命令なき命令、強要なき強要だ。 ハルヒの母さんは、親父さんの言葉を、おきびきシスターズに同時通訳していた。ワンテンポ遅れて、その意味を理解したシスターズたちは激高し、そして二人の少女が前に歩み出た。 ひとりは、ハルヒが「助けた」ことのある、ベテランの「溺れ役」だった。 もうひとりは、ハルヒとシスターズたちの家である船にいたとき、部屋を覗いていた、あの少女だった。 ハルヒの母さんが事情をおれに説明してくれた。 「人見知りらしいの、彼女。だから浜で大人たちの手を引くより、泳ぎがうまくなって、次代の「溺れ役」を目指しているそうよ。今日も先代のあの娘に稽古をつけてもらってたですって」 気付くと、おれも一歩前に出ていた。どう考えても、彼女たちを巻き込む話じゃない。シスターズの義侠心には心打たれるが、その手のものこそ、悪魔親父に狙い打たれるだろう。 ハルヒは前に出た3人を見て、ため息をついた。 「落ちたものね、他人を巻き込まないと勝負もできないなんて」 「ふん、さすがに引っかからんか。頭は冷えたようだな」 「おかげさまでね」 「その目……泣いたか。なるほど、ちっとは見れる面になった訳だ」 「言ってなさい。わかってるだろうけど、ハンデはいらないわよ」 「母さん、風向きが変わった。こりゃ、ひょっとすると、ひょっとするぞ」 「お赤飯なら準備してありますよ」 「だそうだ。思いっきり来い」 「言われなくても!」 勝負は一瞬でついた。それが勝負と呼ぶべきものだったとすれば。 いつもはハルヒのすべての攻撃を受け切ってから動く親父さんが、先に突きを放った。 ハルヒはそれを知っていたかのように左側に倒れながらよけ、親父さんの腕が伸びきったところで、それを鉄棒の要領でつかみ、腕を軸にして一回転した。回転の最中にもハルヒのカカトは、親父さんの顎とみぞおちを打った。親父さんは膝を突き、後ろ向きに倒れた。 「親父、ごめん」 「おいおい、マウント・ポジションとってから言うセリフじゃないぞ」 と言いながら、親父さんはハルヒの打ち降ろす掌打を、残った腕一本で奇跡的にさばいてる。 「あたし、あいつといっしょになる。そして幸せになる」 「まさか、こんな情けない状態で聞くことになるとはなあ。娘の顔とセリフは感動的なのに」 ハルヒは打ち降ろす手は止めないまま、涙を流していた。期待と不安と感謝の気持ちでいっぱいになった、明日の式を控えた花嫁のように。多分、ハルヒと親父さんの間で何かが終わり、また変わろうとしているのだろう。 掌打がひとつ、ふたつ、とクリーン・ヒットした。さすがの親父さんも、表情を歪ませる。 とどめだった。ハルヒの両手が親父さんの側頭部をつかむ。親父さんもこの機会を待っていたのか、ハルヒの手を払うかわりに、ブリッジのため頭の横に手をつく。ハルヒが自分の頭を、親父さんの鼻先に叩きつけた、ように見えた。ハルヒの体重がその瞬間前に移るのに合わせて、親父さんは足を突っ張り脱出をはかろうと目論んでいたのだろう。しかし親父さんの全身から力が抜けた。ハルヒの唇が、親父さんの額に「決まった」ので。 「やれやれ、おでこ、か」 「あ、あたしとしては最大限の努力と妥協の結果よ」 ハルヒは跳ね起きて、ぱっと立ち上がった。 「さあ、敬意は払ったわよ」 「オーケー。それで手を打とう」 親父さんは仰向けに倒れたまま、肩をすくめた。 「あー、もったいねえ。こんないい女に育って他人にやることになるんなら、あの時、死ぬ気で助けるんじゃなかった」 「なによ、それ」 「しかたがないか。思わず飛びこんじまったんだから」 「ツンデレよ、ハル」 ハルヒの母さんが、あの透明な笑顔で笑った。 「お父さん、照れてるのよ」 「母さん、あっさりとどめを刺さないでくれ」 いや、それはここにいる誰もが知ってると思います。 「あー、もったいねえ、もったいねえ」 「うるさいわよ、そこ。もっと他に、先に言うべき言葉があるでしょ?」 「ちぇっ、わかったよ……。ま・い・り・ま・し・た。 ……これでいいか?」 「結構よ……それと」 ハルヒがちらっと俺の方を見た。おれはうなずく。ハルヒもうなずき返す。 「それとね。……ふう、あの、いろいろ、その……ありがとう、お父さん」 その日の夕食は、すばらしいものだった。ハルヒの母さんが「本気」を出したのだ。 「赤飯まで!ほんとに準備してあったんですか?」 「昔の人の知恵って偉いわね。ほら、お手玉。」 「へ?」 「あれの中って、小豆が入ってるの。もち米だとか、蒸すためのせいろとかは、中華街に行くと手に入るし。中華街なら世界中の大抵の都市にあるわ」 「ってことは、お手玉をいつも?」 「旅行って、待ち時間ばっかりでしょ。手を動かすとまぎれる退屈さもあるの。うるさいのが二人もいて、私は退屈しないと思ってた?」 「いや、そんなことは」 「キョン君は、明日みたいにお天気のいい朝を寝坊するのが幸せなタイプね」 「ははは。そうですね」 「ちょっと、キョン!いつまで食べてんのよ! 花火するって言ってあったでしょ!」 いつもの奴が、いつものようにズカズカとやって来た。 「ほらほら」 とハルヒの母さんは笑う。 「もう食べ終えたさ。ちょっと話をしてただけだろ」 「なに、母さんに見とれてたの? 何度もいうけど人妻よ」 「おまえはおれに、あの人と死闘しろっていうのか」 「悪魔の親父よ。手加減しないわよ」 「花火をやろう。その話は、夢に見そうだ」 俺はハルヒの手を引いて、コテージのベランダから、夜の砂浜へ出た。コテージの光が落ち着くくらい暗くなるところまで言って、なにかずるい手で持ち込んだのだろう、火薬の固まりの袋を取り出した。 「あんた、線香花火なんてベタなもの、いきなり出してどうするつもりよ」 「どうするって、火をつける」 「それは最後にするもんでしょ。で、じーっと火の玉を見て、自分のが落ちたらがっかりして、相手のが落ちたらバカにすんの」 「それこそベタだろ」 そして、「家族旅行」の最後の日の朝。 目が覚めると、ベランダにひとり親父さんが残っていた。 「何か、食うか? サンドウィッチなら作れるぞ。あと時間さえあれば大豆から豆腐もつくる」 「親父さんが?」 片手でか? 「人間、不便すると、なんとかするもんだ。実をいうと、ここに作った奴がある。サンドウィッチだけだが、好きなの食え。……母さんの大好物なんだぞ」 親父さんは、トレイを俺の前に置いてくれた。俺はひとつ食い、二つ目に取りかかろうとした。 「うまいです。……あれ、その本?」 「ん?ああ。昔、読んだことがあるんだがな。昨日、置き引きシスターズにもらったんだ。連中は、悪魔がいつも日本語に飢えていると思ってやがる。つまりお供え物って訳だ」 「おもしろいんですか?」 「穴があったら飛び越えて、どこかに走り去りたくなるほどだ。猫マニアのロリコンが、コールド・スリープとタイム・マシンを使って、出会った時には6歳だった女の子を『俺の嫁』にする話だ。今なら発禁ものだな。福島正実入魂の訳だと、こうだ。『もしあたしがそうしたら——そうしたら、あたしをお嫁さんにしてくれる?』。萌えるだろ?」 「ええ、まあ」と俺はあいまいな返事をした。誰だって、この場合、こうするだろ? 「なんだ、つまらん」 俺が乗ってこないのがわかると、親父さんはテーブルの上に本を投げ出した。 「食えるだけ食ったら、ちょっと歩かないか? ここの海もしばらくは見おさめだ」 「また来たいです」 「今度はおまえらが、おれたちを連れて来い。海外でやると余計な奴を呼ばなくていいから、意外に手間も楽らしいぞ。ちなみに俺の兄貴は神主をやってる、本職は教師だが。よくある話だな」 「実家、神社なんですか?」 「俺も資格だけはとったぞ」 絶対にちがう神様のにしようと、この時の俺が硬く誓ったとしても、誰も責められまい。 親父さんと二人、海に添って歩いた。 「あれで腕、折れてなかったんですね」 「途中で手を離しやがったんだ。娘に手加減されるようじゃ、おしまいさ。まあ、いい時期だ。子離れ、親離れ。俺たちにも時間はたっぷりある」 親父さんはにやりと笑って言った。 「ボコられながら、あんなセリフを聞いた親父なんて、世界で俺くらいだぞ。ほんとに、あんな奴でいいのか?」 「はい」 「まあ、どうしようもないバカだが、あれでも大事な娘なんだ。よろしく頼む。……返すといっても、引き取らんぞ」 「はい」 その後、聞いた話をひとつだけ記しておきたい。 いつもはハルヒに先手を取らせる親父さんが、なぜあの時に限って先に動いたのか? 「勝ち急いだんだ。小便に行きたかった」 親父さんがゲラゲラ笑ったので、おれもつられて笑った。この話はこれで終わりにした方がいいという意味だと思ったので、俺は思うところはあったけれど、それ以上聞かなかった。 「まあ、なんといおうと負けは負けだ。そうだろ?」 砂浜をしばらくいくと、二人分の足跡が残っていた。足跡の先には、美しい母親とその娘が歩いていた。おおきな身振りをまじえて、髪をくくった娘の方が何かを熱心に話している。 「ハルヒたちだ」 「キョン君、伏せろ」 親父さんに、いきなり砂浜に押しつけられるように倒された。 「ててっ。……どうして隠れるんですか?」 「あー、つまり……」 親父さんは小さく咳払いした。 「いい絵はな、少し離れて見るのがいいんだ」 そして横を向いて、アヒルの口になる。どこかの誰かにそっくりだ。 「……つぶされて倒れてる俺一人カッコ悪いですね」 「ひがむな。そのうち、おまえの時代が来る」 「……」 「その時がきたらメールででも教えてやる」 * * * * 旅から帰った次の日はもちろん、一日中眠った。 ハルヒからは再三、俺の安眠を妨害するメールや電話が矢のようにかかってきたが。その度、眠そうに対応したせいか、ハルヒの電話の声はいつも怒っていた。 「なんで、あんたは、そんなにグーグー、いつも寝てるのよ! どんなのび太よ! 今のあたしほど、暗記パンとどこでもドアを必要としている人間はいないわね。もちろん食べるのはあんたよ!」 まあ、いつもと、ホンの少し違っているという程度だと、その時は思ったのだが。 「要するに、端的に言い換えて、短く言えば、独り寝がさびしいって言ってんのよ、あたしは! ……げ、親父、なんでそんなとこに立ってんのよ!」 「よお、キョン。時代がきたな!じゃ」 「こら、親父!待ちなさい! キョン、いまのどういう意味? 後でしっかり聞くからね!」 「そのうち」ってのは、早速ですか! というより、帰ってきていきなりですか、親父さん。 電話の向こうで、遠ざかる二人の足音を聞きながら、あの親父さんに一矢報いるためにあいつにまた「逃避行」でも持ちかけたらどうだと、不意に頭を占拠したアイデアを、俺は心の中で両手をクロスしながら、懸命にダメ出しするのに忙しかった。 ーーーおしまいーーー ハルヒと親父3 — 家族旅行プラス1 シリーズ ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その1 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その3 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その4 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その5 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その6 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その7 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その8 家族旅行で見る夢は (家族旅行プラス1のスピンアウト作品)
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森園生の電子手紙 国木田君と森さんと野良猫さん それは森さんが退院して入院から通院に切り替わった時のお話。 その日、たまたま僕は森さんの通院に付き合っていて、森さんからお礼に一緒に夕食でもと誘われ繁華街を2人並んで歩いていた。 隣を歩く森さんは僕に勿体無いほど美人で可愛くて少し緊張してしまう。本当に僕みたいな子供が彼氏でいいのかな?と不安になるよね……っとか考えてたら……森さんが隣に居ない? 焦って辺りを見回すと少し後ろでしゃがみ込んで何かしている。 「…可愛い…あっそうだ猫さん、これ食べる?」 どうやら野良猫に構っているみたいだった。 「クスっ…美味しいかった?……そう、良かった。」 猫の頭を撫でニッコリ微笑む………可愛い。猫もだけど森さんが可愛い過ぎる。この人と別れる事になったら…僕は発狂するんじゃないだろうか?改めて彼女の素敵さを実感し側に寄るのも忘れて彼女に見入っていた。 「国木田君?どうしたんですか?」 じっと自分を見つめる僕に気が付いたらしく、猫の頭を数回撫でて、じゃあねと言うと此方に歩いてきた。 「国木田君も一緒に撫でれば良かったのに…猫さん可愛いかったですよ?」 「見ていましたよ。でもそうですね…僕にとっては野良猫と話す貴女の方が可愛いかったですよ。」 森さんがはっとした表情で真っ赤になる「もっもう、急に変な事言わないで下さい!恥ずかしいじゃないですか……」 へっ?あっ……思わず言った自分のセリフを思い出し僕赤くなる。ついと言うか何故か自然に言ってしまったが…まるで口説き文句だ。恥ずかしい。 「違うんです。その口説き文句とかじゃなくて、その森さんがあんまり可愛いくて自然に出たって言うか…」 「仕方ないですね…国木田君?その言い訳の方が口説き文句臭いですし、真っ赤になって弁明する貴方の方がさっきの猫さんや私の何倍も可愛いですよ?」 そう言って、森さんは変な言い訳を始める僕の頭を優しく撫でると、少し赤い顔のまま微笑んだ。 僕は改めて思う本当にこの人を好きになって良かった……と。 FIN
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エピローグ 終業式の日は、雨だった。去年は快晴だったな。 俺は今更ながら、1年前にも大きな選択をしたんだということを思い出した。 あのときは世界そのものの選択。 今回は、誰に世界を託すかの選択。 結局、どちらにしても俺は自分の苦労する選択をしちまったわけだ。 ハルヒが暴走して、俺が振り回される。 この図式はこれからも既定事項なんだろう。 でも、それもいいだろう? 雨でも早朝サイクリングを続けている俺は、今日もハルヒとともに登校だ。 俺の後ろで傘を差しているハルヒも結構濡れるはずなのに、送迎を免除してくれはしない。 ──まあ、俺も休む気はないのだが。 こんな雨では自転車で会話もままならないので、無言のまま駅に着いた。 「さ~て、今日は午前中で学校も終わりよ! 放課後は楽しみにしてなさい!」 1週間ほど前まで意識不明だったとは思えない元気さで、ハルヒは言った。 そう、放課後は去年と同じくクリスマスパーティin部室らしい。 「去年より美味しい物を食べさせてあげるから!」 俺は去年の鍋を思い出した。あれは旨かったな。 ハルヒがあれより旨いって言うんだからここは素直に楽しみにしておこう。 「ああ、期待してるぜ」 俺がそういうと、にんまり笑って俺を見たが、ふと目を伏せて言った。 「みくるちゃんも鶴屋さんも、今年で最後ね……」 ハルヒは寂しげな表情をしていた。 あの事件の前までは触れることのなかった話題だが、退院してからは話すようになっていた。 俺はと言うと、俺の前では素直に不安なことも話せるのか、と内心自惚れている。 そんなハルヒも何というか、まあかわいげがあるしな。 「まだ直ぐ卒業式って訳じゃないから、今のうちにたくさん楽しめばいいさ」 受験生のお二人、すみません。ハルヒに付き合ってやってください。 特に、いつかは本当に分かれなくてはならない朝比奈さんは。 「お前なら『もう充分』って思わせるくらいに楽しませるだろうさ」 俺のセリフにハルヒは笑顔を取り戻した。 「そうよ! だから今年はほんとに豪勢にするんだから! みくるちゃんと鶴屋さんにもびっくりしてもらわなくちゃ!」 今年は朝比奈さんには手伝ってもらわない気か。 「手伝ってもらうわよ! そっから楽しまなくちゃ損じゃない!」 準備も楽しみのうちね。確かにそうかもしれないな。 「あんたは今年は一発芸を免除してあげるわ。あんたがやっても寒いだけだし」 団長様のありがたいお言葉に俺は苦笑した。俺がお笑いに向いてないことにやっと気がついたか。 「その代わりキリキリ働くのよ!」 そう言って、100Wの笑顔を俺に向けてきた。 それからふと何かに思いついたような、頭の上に電球がともったような顔をすると、突然話を切り替えてきやがった。 「あたしが意識なかったときの夢なんだけどさ」 この話をされると俺も警戒する。ボロを出すわけにはいかない。 「何だ?」 なるべくさりげなく答える。 「どう考えても不思議なのよね。夢なのに、細かいところまではっきり覚えてるのよ」 うっ やっぱりそうか! なんと言って誤魔化す?? 俺が焦っていると、ハルヒは勝手に続けた。 「だから、あれは夢じゃなくて、宇宙人からのメッセージじゃないかしら」 はい? なんとおっしゃいました? 「そうよ、きっとあの山にUFOが墜落したのは本当なんだわ! それで助けて欲しくて、あたしにあんな夢を見せたのよ!!!」 おい、ちょっと待て! 「SOS団にSOSよ!! これは助けに行かなくちゃならないわ!!」 何だそのおやじギャグは!!! 「冬休みは裏山探検よ! 宇宙人を捕まえに行くんだから!」 助けに行くんじゃなかったのか? ……やれやれ、さて、どう止めようかね。 しかし、嬉しそうなハルヒの笑顔を見ていると、まあいいかという気にもなってくる。 俺が今回の事件で頑張ったのは、この笑顔を取り戻したかったからなんだ。 だったら、ハルヒの気の済むまで付き合ってやってもいいか。 ──それが今、俺にとっての大切な日常なんだから。
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SOSならだいじょーぶ God knows… パラレルDays First Good-Bye Lost my music
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第二十ニ章 ハルヒ ビジネスジェット「Tsuruya」号は、滑走路に滑り込んだ。 機体が制止すると共に、お馴染みの黒塗りハイヤーが側にやってきた。 「とうちゃ~~く!さあ、客室の皆さんは、とっとと降りるにょろよ!」 通常の旅客機ならば1時間半は優に掛かる行程を、僅か50分でかっとんで来た「Tsuruya」号の搭乗口に立ちながら、客室乗務員姿の鶴屋さんは俺たちを促す。俺たちはぞろぞろと昇降口から滑走路に降り立ち、黒塗りハイヤーに向かった。だが、その前に。 俺は、昇降口に立ちこちらを見送っている鶴屋さんのところに駆け寄った。 「鶴屋さん?」 「何かなっ?」 「今回はご協力ありがとうございました。このご恩は一生忘れませんから」 「……良いってことさ。こんな事しか、あたしは出来ないからねっ!そんな事改めて言われると照れるっさ!キョン君もこれから頑張ってねっ!あ、それから」 鶴屋さんは、とびっきりの悪戯を思いついた子供のような笑顔でウィンクしながら、こう言った。 「ハルにゃんをよろしくねっ!もう離しちゃだめだぞっ!」 黒塗りハイヤーは俺と古泉、長門を乗せたまま高速道路を滑るように走っていく。運転手は新川さんだ。 以前俺が3日間入院していた『機関』御用達の病院が目的地だ。そこに、ハルヒはいる。あの時、駅で倒れ昏睡状態になったハルヒは、一旦ホテルに運び込まれたものの意識が戻らず、現在は件の病院に入院しているのだという。ハルヒの両親も、入院した当初は昼夜通して看病していたとの事だが、全く覚醒の兆しがない事から、最近では日中のみ、母親のみの付き添いになったと、古泉が説明してくれた。 「ということは、今行くとハルヒのお母さんに会う事にならないか?」 「そうですね。ではこうしましょう。緊急検査のためということで、涼宮さんを別の病棟に移し、そこであなたと涼宮さんを引き合わせる様に手配します」 「そっか。だが、俺がハルヒに出来る事なんて限られてるぞ。しかもアイツは意識がないんだろ?」 「大丈夫です。涼宮さんはあなたをずっと待っているのですから、必ず何らかの反応があります」 いつものスマイルで俺にそう断言した後、古泉はぽつりと呟いた。 「……悔しいですがね」 その言葉を忘れようとするように携帯を取りだし、いずこかへ電話する。多分、病院への手配だろうな。 高速から見える風景が、段々と馴染み深いものに変わってきたとき、ハイヤーは高速を降り一般道に入った。窓から見える風景が、懐かしい。あの引っ越しからもう1年経ったのか。ぱっと見は全く変化がないようにも見えるこの町だが、自分の記憶と違う部分もあちこちにある。僅か一年とはいえ、変わっていることを実感した。そんな俺の個人的な感慨を無視したように、ハイヤーは病院の裏口に滑り込んだ。 「こちらです」 先導する古泉の後を歩く俺と長門。既にハルヒは特別病棟の個室から検査室に移動しているとの事だった。 俺たちは一般入院患者や見舞客の目を避けるように、検査室とやらのある病棟に向かった。 「現在、涼宮さんの状態に変化はありません。身体、脳波共に異常ありません。ただ、未だに目を覚まされておりません。『閉鎖空間』も現状維持のままのようです」 「……現在、涼宮ハルヒに特別な異常は認められない。肉体的には全く正常。精神的な乱れも特に無い」 古泉の報告を長門が補強してくれた。分かった。あとは俺が何とかするしかないんだな。 「……そう」 「期待してます……ああ、こちらですね」 古泉が『第3検査室』と書かれたプレートが下がったドアを開けると、そこにはベッドに横たわるハルヒが居た。若干痩せた感じはするが、まるで眠っているかのようなハルヒの顔。しかし、その腕には点滴用のチューブが刺さり、長期間意識が戻らないという古泉の話を裏付けていた。 「……ハルヒ」 思わず俺は、目の前に横たわっている少女の名前を呼んだ。反応は、無い。 「ハルヒ、俺だ」 ベッドの脇の簡易なパイプイスに座り、ハルヒの手を取る。その手は冷たかった。 「戻ってきたぞ」 ハルヒの手が、以前よりも小さく細く感じる。 「そろそろ起きろ」 トレードマークのカチューシャは付けておらず、ベッドの脇に掛けられている。 「遅刻するぞ」 綺麗な寝顔。あの時見たロングヘアは短く切りそろえられ、見慣れたショートカットになっていた。 「今回の罰金はお前だからな」 そんな俺の行動を見ていた古泉と長門だったが、しばらくすると俺とハルヒから視線を外した。 「僕たちは、席を外します。後はあなたにお任せします」 「……頑張って」 そう言って退室する古泉と長門に、俺は目線で感謝の合図を送った。 まるで眠り姫のように微動だにしないベッドの上の少女。一年前にコイツに告白したときも、寝顔を見ながら色々考えていたっけ。少女の寝顔は、その時と同じで綺麗だ。ただ、目を覚まさないことを除けば。 いつの間にか、そんな少女に俺は語りかけていた。 なあ、ハルヒ。お前、いつまで寝てるんだよ?腕からチューブ生やしてさ…… しかも医者が異常なしって言ってるんだぞ?端から見てればギャグだぜ、これ。 そろそろ目を覚ましてくれないか?俺、お前に謝らなければいけない事が一杯あるんだよ。 古泉とお前のことを誤解してたこと。お前と同じ大学行けなかったこと。パーティをすっぽかしたこと。 それから、それから…… 俺の言葉にも全く反応を示さないハルヒの手を握り、いつの間にか俺は泣いていた。 何が『神の鍵』だ。俺は、今こうやって目の前に横たわっているハルヒに、何にも出来ないじゃないか。 ちくしょう、ちくしょう…… どのくらい経ったのか。泣き疲れた俺は、涙を拭きながら改めてハルヒを見た。ハルヒは俺が入ってきた時と全く変わらない。華奢なその身を俺の前に横たえている。 ただ、一つだけ違いがあった。ハルヒが……泣いている?閉じられた両目から、涙が流れていたのだ。 反応してくれた! 俺はハルヒの頬に手をやり、耳元で呟いた。 「ハルヒ。俺はここだ。お前の側にいるから、早く起きろ。起きて、いつもの笑顔を見せてくれよ」 ぴくり、とハルヒの体が反応した。 未だ瞑ったままのハルヒの両目からは止めどなく涙が溢れ、その端正な口から譫言のような言葉が漏れた。 「……キョ……カキョン……んと…に……」 ハルヒ!気付いたのか??ハルヒ??俺は必死になってハルヒの耳元でハルヒを呼び続けた。だがハルヒは譫言を繰り返すだけで、一向に目を開けようとはしない。 「ハルヒ!ハルヒ!」 いくら耳元で叫んでも、目を覚まさない。ハルヒの口からは、意味の成さない譫言が流れるばかり。 「どうかしましたか?」 「……」 おそらく部屋の外で待機していたであろう古泉と長門が慌てた様子で入ってきた。ぶつぶつと譫言を繰り返し涙を流し続けるハルヒを見て、古泉は「担当医を呼んできます!」と廊下に走り出ていった。 「……涼宮ハルヒの体内反応の活性化を確認。体温上昇中」 まるで計測機器のように、正確に現状を報告する長門。 だが俺は、そんな彼らの行動など気にも留めず、ひたすらハルヒの耳元でハルヒを呼び続けていた。 『白雪姫って、知ってます?』 『Sleeping Beauty』 突然、頭の中にこの言葉がひらめいた。もう2年半以上前、初めてコイツの作った『閉鎖空間』に二人きりで閉じこめられたときに、脱出のヒントとなった言葉。朝比奈さん(大)と長門のヒント。 これか。これしかないか。 「……宮さん…反応を……っちです……」 開け放たれたドアから、古泉が医者を伴って近づいてくるのが分かる。俺のすぐ脇には長門がいる。 だが、かまうものか。 俺は、譫言を繰り返すハルヒの口を強引に自分の口で塞いだ。 ハルヒ、戻ってきてくれ……その想いと共に。 第二十三章 スイートルームへ
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古泉が病室を出て行き、部屋の中には俺とハルヒの二人っきりとなった。 ……何だ、この沈黙は? なぜだか全くわからないが微妙な空気が流れる。 おそらくまだ1、2分程度しか経っていないだろうが、10分くらい経った気がする。 やばいぜ、ちょっと緊張してきた。何か喋らないと。 『涼宮ハルヒの交流』 ―最終章― 沈黙を破るため、とりあえずの言葉を口にする。 「すまなかったな。迷惑かけて」 「別にいいわ。けどいきなりだったから心配したわよ。……もちろん団長としてよ」 「なんでもいいさ。ありがとよ」 再び二人とも言葉に詰まる。 「……あんた、ホントにだいじょうぶなの?」 「どういう意味だ?」 「だってこないだ倒れてからまだ半年も経ってないのよ。何が原因なのかは知らないけどちょっと異常よ。 ひょっとして、あたしが無茶させすぎちゃったりしてるからなの?」 確かに、普通はそんなにしょっちゅう意識不明にはならないよな。 けど今回の原因はハルヒだなんて言えねぇし。 どうでもいいが無茶させてる自覚があるならもっと優しく扱ってくれ。 「だいじょうぶさ。もうピンピンしてる。別に体に問題があるわけでもない」 「そう……、ならいいけど」 ハルヒに元気がないな。そんなに心配してくれてたってのか? それともここも実は異世界で、これは違うハルヒだったりするのか?いやいや、そんな馬鹿な。 ……ん?そうだな、そういえば言わなきゃいけないことがあったな。 「ハルヒ、昨日はすまなかったな」 ハルヒは不思議そうな顔で目を向ける。 「だから、別にいいって言ったでしょ」 「……ああ、いや、そのことじゃない。昨日の昼のことだ」 「ああ、……あれね」 途端に不機嫌な顔になる。やっぱかなり怒ってんのか。 「つい、つまらないことでムキになっちまったな。すまん。 けどな、お前からはつまらないことかもしれないけど、俺にとっては結構大事なことだったんだ」 「………」 あのハルヒと同じように黙ったままだ。 「別にSOS団として不思議を探すのは構わん。宇宙人、未来人、超能力者を探すのも構わん。 お前が手伝って欲しいってんならできる限りのことはやってやりたい。できる限りはな。 けど、な。……そいつらを見つけたら、俺は用済みになるのか?」 「そんなことは言ってないでしょ!」 「言ってはないかもしれんが、ひょっとしたらそうなんじゃないかって思ってしまったんだ。 そうしたら、きっと怖くなっちまったんだろうな」 「そんなことあるわけないでしょ。あんたあたしが信じられないの?」 「そうだったのかもしれない。いや、信じられなかったのは俺自身なのかもしれない。 そんなやつらがいる中で、いつまでもお前の側にいられるような資格がないと思ったのかもしれないな」 「そんなことないわ。だってキョンは、……キョンはあたしにとって……。あたしはキョンが……」 「でも、もうそんなことはどうでもよくなった」 ハルヒは驚いて悲しそうな顔になった。心なしか、涙が浮かんでいるようにも見える。 「まさか……もうやめるって言うの?なんでよ!?」 ああ、そういう風に捉えますか。というか言い方がまずかった気はしないでもないな。すまん。 「いや、すまん。そういう意味じゃない。俺はこれからもSOS団の一人としてやっていくつもりだ。 俺が言いたいのは、そのなんていうか……簡単に言うと自信が付いたってこと、か?」 「何言ってるのあんた。全然意味わかんないわよ」 だろうな。俺もよくわからん。どうやって話を進めたらいいやら。 「昨日言っただろ。普通じゃない人間なんて見つかりこないって。あれは本当のことだ。 けど、それはそういうやつらがいないって意味じゃない。こっちからは見つけられないって意味だ。 だっていきなり『お前は宇宙人か?』って聞かれて、はいそうです、って、本物だとしても答えるわけないだろ?」 「じゃあどうしろっていうのよ!」 「別に何もしなくていいと思うぞ。強いて言うなら、そういうやつらが現れるのを願い続けることだな。 そうすれば、お前の周りにいるそいつらは、時がくれば自分からそのことをお前に告げてくれるさ」 「あのねぇ、あたしには気長に待ってる暇はないのよ。時っていつよ?こないならこっちから探すしか――」 俺はハルヒの小さな肩に手をやり、ほんの少しだけこちらに引き寄せる。 「その時ってのは今だ」 「あんた何言ってんの?」 「あのな、ハルヒ。実は俺、異世界人なんだ」 「は?」 さすがに目が点になってるな。そりゃそうか。 「俺は異世界人なんだ」 「ちょっと、あんた。本気で言ってんの?んなわけないでしょ」 「本気だ。俺は異世界人なんだ。まぁそりゃあ普通の人間には簡単には信じられないかもしれないだろうがな。 それにしてもせっかく待ちに待った異世界人が現れたってのに、信じないなんてもったいない話だよな」 「わ、わかったわ。仕方ないから信じてあげるわよ」 なんて簡単に挑発にかかるんだ。こいつは。 「だからな……」 「だから何よ」 ハルヒの肩に置いていた手に、ギュッと力を込める。 やべぇ、めちゃくちゃ緊張してきた。 「俺は普通の人間じゃない異世界人だから、俺と付き合ってくれないか?」 ああ、ついに言っちまった。 「は!?あ、あんたちょっとまじで言ってるの?」 「ああ、俺は大まじだ。お前言ってただろ?普通の人間じゃないやつがいたら付き合うって。ありゃ嘘か?」 「嘘なんかつかないわよ。けど……、まぁあんたが異世界人だってんならしょうがないわね。 わかったわ。そこまで言うなら付き合ってあげるわよ」 意外とすんなりいったな。『あんたが異世界人だっていう証拠は?』とか言われたらどうしようかと思ってたが。 証拠なんてないしな。行き方も知らない。まぁハルヒは実は自分で知っているわけだが。 俺が本物かどうかなんてたいした問題じゃないってことなのか? まぁなんでもいいさ。 「一つ聞いてもいい?」 「なんだ?質問にもよるぞ」 「あんたの言う異世界ってどんな世界?」 どんな世界、か。どう言えばいいものか。ここと変わんねぇんだよなぁ。 「基本的にはこことほとんど同じだな。よくいうパラレルワールドってやつか?人もほとんど同じだ」 「ふーん、てことはあたしとかもいるわけ?」 「ああ、いるぜ。ちゃんとSOS団もある」 「じゃあ、何が違うの?全く一緒ってわけじゃないんでしょ」 そうだな?何が違うんだ?あまり違和感がなかったからな。 「なんだろうな。人の性格とかに微妙に違和感があるくらいか?」 「例えば?」 例えば、か。何かあったかな。 「あ、長門の料理がうまかった。昼の弁当もうまかったし」 ハルヒの目付きが変わる。 「へえー、有希に弁当とか作ってもらってたんだぁ」 いや、まて、それはだな。いろいろあって、とりあえず落ち着け。な。 「……まぁいいわ。そっちのあたしはどんな感じ?」 どんなって言われてもなぁ。確かにちょっと違ってはいたが。力のこともあるし。 「……お前をさらに強気にした感じだ」 としか言いようがない。 「なるほどね。まぁいいわ」 「というかお前案外簡単に信じるんだな」 「嘘なの?」 「いや、そういう意味じゃないが」 「ならいいじゃない。あんたが本当って言ってるならそれでいいのよ。何か問題あるの?」 「いや、ちょっと話がうまく行き過ぎてて。ハルヒ、本当に俺でいいのか?」 「あたしがいいって言ってんだからそれでいいのよ。何?取り消したいの?」 「そんなわけあるか!俺はお前のことが、……本当に好きなんだから」 空いているもう片方の手もハルヒの肩に置く。 「ならさっさと好きって言いなさいよね。全く。こっちだって不安なんだから」 「そうだな、すまん。……ハルヒ、好きだ」 「あたしもよ。……キョン」 両の手に少し力を入れて引き寄せると、それに従いハルヒも近づいてくる。 ……あと20cm。 俺が顔を近付けるとハルヒも顔を近付ける。 ……あと10cm。 残りわずかのところでハルヒが目を瞑る。 ……あと5cm。 顔を少し傾け、目を閉じているハルヒの唇に俺の唇をそっと重ね―― コンコン! バッ!! ドアがノックされる音に慌ててハルヒの体を引き離す。 「入りますよ」 そういって古泉が入ってくる。そういえばジュースを買いに行ってたんだっけ? というか手ぶらじゃねぇか。どういうことだ?その満面の笑みは何だ? 「いえいえ、なんでもありませんよ。」 古泉の後ろには隠れるようにしている二人の姿が見える。 お見舞いのフルーツセットと、それとは別にお見舞いの品の袋を持った朝比奈さんとなぜか大量の本を持った長門の姿が。 「長門、それに朝比奈さんも。来てくれたんですね」 「……来ていた」 「キョ、キョンくん、具合はどうですかぁ?」 ん?なんか様子が変だ。朝比奈さんに至っては顔が真っ赤だし。 ってハルヒも顔が真っ赤になってるな。しかも口を開けたまんま固まっている。どういうことだ? 「古泉、何かあったか?ジュースはどうした?」 「ああ、そういえば飲み物を買いに出たのでしたね。うっかりしてました」 「は?じゃあお前はジュースも買わずに今までどこ……って、お前まさか!?」 「いやあ、この部屋を出たところで偶然このお二方と会いましてね。中に入ろうかとも思いましたが……ねえ?」 と、長門の方に振る。 「……いいところだった」 嘘だろ?まさかこいつら全部聞いてたんじゃ。 「……古泉、どこからだ?」 「そうですね。『すまなかったな。迷惑かけて』からですね。最初の方でしょうか?」 最初の方っていうか一番最初だぜこのヤロー。 ……そこから全部聞かれてたってことなのか?そんな馬鹿な。ぐあっ、死にてえ。 思わず頭を抱える。ハルヒはまだ固まっている。 「キョンくん、気を落とさないでください。だいじょうぶですよぉ。カッコ良かったですぅ」 いえ、朝比奈さん。それ全くフォローになってませんから。 「まぁいいじゃないですか。一件落着ですよ」 くそっ、こいつに言われると腹立つな。 どうでもいいけどお前間違いなく開けるタイミング狙ってただろ。 「さて、なんのことでしょう?」 くそっ、いまいましい。 ハルヒいい加減正気に戻れ。 「わ、わかってるわよ。うっさい」 まぁいいさ。これでこの一件は無事に終わったってわけだ。やっぱりこういう世界が一番だな。 あんな悪夢のような時間は出来ればもう過ごしたくないものだ。 俺はここでこのSOS団のみんなと俺は楽しく過ごしていくさ。 だからそっちのSOS団もそっちで楽しくやってくれ。そっちの俺たちも仲良くな。頑張れよ、『俺』。 「とりあえず元気そうで良かったですぅ」 「安心した」 二人からちゃんとしたお見舞いの言葉をもらっていると、 「やっぱりキョンを雑用係にして酷使し過ぎたのがまずかったのかしらね」 だから自覚あるならやめろっての。 ハルヒは朝比奈さんが持ってきた俺へのお見舞いのメロンを食べ終えて言った。 ってお前、そのメロン全部食ったのかよ。それ俺のだろ? 「そうかもしれませんね」 古泉、お前思ってないだろ。とりあえずその手に持ったバナナの束を置け。 「だからキョンには新しい役職を与えて、雑用はみんなで分担することにするわね」 そう言ってハルヒはどこからともなく腕章とペンを取り出した。 って、どこから出したんだよ。ってかなんでそんな物持ってんだよ。 キュキュっとペンを走らせ、それを俺に突きつける。 「これでどう?嬉しいわよね」 渡された腕章には大きな字でこう書かれていた。 『団長付き人』 やれやれ、これからも大変そうだな。 今日からは俺も異世界人、これでSOS団の一員として新しくスタートってわけだ。 確かに向こうに行ってた時間は悪夢のような時間だったかもしれない。 けど、こうなってみると、この結果になったのは間違いなく異世界のおかげと言えるだろう。 異世界でのSOS団の出会い、ハルヒとの出会いがなければ俺はハルヒに告白なんてできなかったたろう。 ハルヒ。ひょっとしてこれもお前の望んだとおりの結果なのか? 異世界との交流を通して、俺に答えを出すことを望んだのか? まぁなんでもいいさ。 お前も望んでくれるなら、俺はいつまでもハルヒの隣にいたいと思う。 「ああ、ありがたく頂くよ。これからもよろしくな」 さて、これからはどんな新しいものとの交流が待っていることやら。 今から楽しみだぜ。 「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」 「いや、それ朝比奈さんが俺のお見舞いに持ってきたやつだから。しかも俺は食ってないぞ」 周りを見渡す。長門が食べていた。 長門はハルヒの方を向いて僅かだけ微笑みを感じさせる顔で言う。 「プリンくらいはあなたから貰ってもいいはず」 ◇◇◇◇◇ 最終章後編へ
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ATTENTION SSを御覧の際は 部屋を明るくし、画面に近づきすぎないよう、 ご注意ください。 ・第一話 長門有希の憂鬱 ・第二話 古泉一樹の溜息 ・第三話 キョンの動揺 ・第四話 鶴屋さんの退屈 ・第五話 一年五組劇場 ・第六話 喜緑江美里の陰謀(※未掲載) ・第七話 朝比奈みくるの暴走 ・最終話 涼宮ハルヒの深淵 ・おまけ挿絵1 おまけ挿絵2
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俺は目を覚ました。 ん?ここは… 俺の部屋だ。 携帯で時刻を確認する。 ……14時20分… なんと、俺はこれほどまでに爆睡してたというのか。いや、違うな…昨夜はファミレスでSOS団メンバーと ずっと話してたんだっけか。そして寝たのが朝の6時くらいだったことを考慮すると、然しておかしなことでもないな。 …そういや、俺は先ほどまで船上にいたんだよな。そして、ハルヒからいろいろと悩みを打ち明けられたんだ。 いつもの俺なら【あれは夢だ】と断じてそれで終わりだろう。が、今の俺には到底そうは思えない。 おそらくあれは実際に起こったことなんだ。あの世界の【俺】が最後に泣きこぼしてた言葉が… 鮮明に頭に残ってる。転生…即ち生まれ変わるって意味だが、一般常識で捉えた際に、まず前世の記憶は なくなるというのは間違っていない。つまり、本来なら2012年という時代に生きる俺が過去の【俺】の記憶を 取り戻すなんてことは絶対にありえないのだ。そのありえないことが現に起こってしまっている。 言わずもがな、ハルヒの能力があってのことだろう。連日俺が見た夢…いや、正しくは 実際に未来で起こりうる最悪のケース、そして世界が崩壊する様…それらをハルヒは無意識の内に 俺に見せてくれた。ならば、俺がさっきまで見ていたあの世界の記憶も…造作ないことなのであろう。 『普通の一人間として生きたいから、神に通じる能力は全て消し去りたい』そんな趣旨のことを ハルヒは言っていた。だが、ヤツのそういうとんでもパワーがなかったら、そもそも俺は過去の【俺】と… いや、俺だけじゃない。過去のハルヒのこともそうだが、一生知らぬまま生きていったに違いない。 そう、何も真相を知らぬまま… だから、俺は深く感謝したい。過去の記憶を垣間見ることができたハルヒの能力に。 …… ん?電話だ…古泉からか。何の用だろうか…まさか…!? 「もしもし!」 「おや、さすがにこの時間帯となると起きてらっしゃったみたいですね。ぐっすり眠れましたか?」 「俺のことはどうでもいい!それより何の用だ?ハルヒに何かあったのか!?」 「いえいえ、別にそういうわけではないですよ。とりあえず落ち着いてください。」 取り乱すような由々しき事態ではなかったらしい。とりあえず腰を下ろす俺。 「少々あなたとお話したいことがありましてね…急で申し訳ないのですが、 今から学校近くの公園に来てはいただけませんか?すでに長門さんもいらっしゃってます。」 「ん?昨日のことで何か話し足りないことでもあったか?」 「まあ…そんなところですね。」 今電話で話せよ…と言いたくもなったが、長門もいるとなると話は別だ。 おおよそ専門的なことでも話すのだろうから、みんなとしたほうが都合が良いって流れだな。 三人寄れば文殊の知恵…いや、ちょっと意味が違うか。 「そうそう、俺のほうでもお前らに話したいことがあったんだよ。だからちょうどいい。」 「そうなのですか?それは楽しみです。」 もちろん話すこととは、【あの世界の記憶】である。 真相を語ってやるのは、これから協力していく仲間にとっては当然のことであろう。 「じゃ、すぐ行くから待ってろよな。」 電話をきって、ただちに着替える俺。腹ごしらえに朝飯…いや、今は昼だから昼飯と言うべきか。 昼飯でも食ってから行こうと思ってたが、いかんせん目覚め時なんでいまいち食欲が沸かん。 まあ、後回しにしてしまっても大丈夫だろう。死ぬわけじゃないしな。 洗顔、歯磨き、髪の手入れ…とりあえず、最低限の身だしなみを整えた俺は 自転車に跨り、公園へと走るのであった。 「よう、待たせたな。」 「いえいえ、むしろ急に呼び出したこちらが悪いんですから。」 「……」 とりあえず、ベンチに座る俺たち三人。 「…昨日は眠れた?」 「え?」 「昨日は眠れた?」 なんと、長門さんが人間味ある暖かい言葉を俺に投げかけてくれているではないか。 「ああ、大体8時間睡眠ってところだな。ぐっすり眠れたぜ。」 「そう…よかった。」 「それで、そんときに見た内容なんだがな…。」 俺は記憶の一部始終を話した。 …… 「「……」」 長門はともかく、古泉まで黙ってしまっている。あまりの内容に面喰ってしまったのだろうか。 「これは…素晴らしいですよキョン君。涼宮さんのお気持ちがこれでようやくわかったのですから… 自称涼宮さんの専門家としては、情けないことこの上ないですけどね。」 「…私もここまでは把握していなかった。 涼宮ハルヒのカギたるあなただからこそできた所以。感謝する。」 「いやいや、感謝とかそんな大袈裟な。」 だが、長門と古泉の言いたいこともわかる。確かに俺たちは昨日涼宮ハルヒの軌跡を辿っていたわけだが、 あくまでそれは史実…つまり単なる事実に過ぎなかった。その過程の中でハルヒがどんな思いで 神の代行者として奔走していたのか…それを無視して結果論にしがみつくだけでは、 事実こそわかれど真実には到底辿り着けないだろう。 「それにしても驚きです。まさかあなたの前世がノアの一族の一人だったとは…。」 「なあ古泉、まさかとは思うが…もしかしてこれはアレか、 いわゆる世間一般で知られてる【ノアの方舟】ってやつなのか??」 「その通りです。旧約聖書の『創世記』、6章-9章に出てくるかの有名な洪水伝説のことですね。」 「あの洪水がまさか第三世界崩壊時のそれだったとはな…って、ちょっと待て。そういやノアの方舟って… あれは神話じゃなかったのか??もっとも、記憶を確かめた今となっては今更な疑問かもしれねえが…。」 「確かに、神話と捉える説が学会では有力です。しかし実際は…、長門さんお願いします。」 「【ノアの方舟】で知られている大洪水は…約3000年周期で地球を訪れる地球とほぼ同じ大きさの氷で 組成された彗星天体Mによるもの。地球軌道に近づくにつれ、天体Mは水の天体となり、地球に接近した時には 大音響と共に地球に約600京トンの水をもたらした。その津波は直撃地点付近で8750メートルとなり、 地球全域を覆い、地球上の海面を100メートル以上上昇させた。」 …… 実際にありえたってことかよ… 「3000年周期で地球を訪れる…これ自体は単なる自然現象であって涼宮さんの力とは 何ら関係なのでしょうが…問題は、それが地球軌道に大接近してしまったということでしょうか。」 「つまり、それが涼宮ハルヒこと、神の力によるものだと。」 「そういうことですね。それと、その話を聞いて2つ、わかったことがありますよ。」 …新たな情報を入手した途端にこれか。相変わらず、その理解力には脱帽と言っておこうか。 ヤツがわかったということは、おそらく長門も気付いてるんだろう。 「1つはフォトンベルトの正体…といったところでしょうか。」 「正体?どういうことだ??」 それについては散々昨日お前たちが説明してくれたじゃないか?まさか、またあのバカ長い 理解不能な 難解講座を受けるハメになるんじゃなかろうな…?それだけは勘弁してもらいたい… 「まあまあ、そう陰鬱そうな顔をなさらないでください。さすがに一から フォトンベルトの定義をしようなどとは思っていませんよ。話はごく単純です。ねえ?長門さん。」 「そう。」 まるで答えが決まってたかのごとく、長門は即答した。古泉もそれを確信していたようだし、なんとも凄まじい ツーカーの仲だな…頭の回転が速い者同士、ゆえの結果なのだが…そういう意思疎通能力が羨ましくもあった。 ちょっとでいいから俺とハルヒにも分けてほしいもんだな。というか、とりあえず話は単純そうで安心した。 「昨日長門さんがおっしゃったように、本来フォトンベルトというのは涼宮さんの力無しでは物理的には 存在しえない…しかし、そんな涼宮さんの意志とは別にフォトンベルトに近しい何かが接近している、 というのもまた事実でした。」 そういやそんな話だったな。 「僕が言いたいのはこの『近しい何か』の部分です。これについて、僕も長門さんも予兆こそできていましたが… ただ一つ、肝心な涼宮さんとの関連性が…どうしても見いだすことができなかったのです。なぜこんな得体の 知れないものが涼宮さんの意志とは別に存在しているのか?最大の謎でもありましたし、同時に戦慄さえも 感じていました。しかしここで大切なのは…涼宮さんは神というよりはむしろ、その代行者的性格のほうが 強かったということです。特に、あなたと出会ったときがそのピークだったといえるでしょう…精神的な意味でもね。 彼女自体は世界崩壊を望まないどころか神そのものに嫌悪さえ感じてたわけですし、 なれば涼宮さんと神は全く別の、独立した存在だと考えても差し支えはないわけですよね?」 古泉が確認をとるように聞いてくる。まあ…そうなんだろうな。というか、間違いない。 ハルヒと神が全くの別々の個体だということはまさに、俺がハルヒに対し説いた言葉そのものなのであるから。 「一方は世界の崩壊を望み、一方はそれを望まない。相殺されてるように見えますが… しかし、どう考えても力は神本体のほうが強いはず。すると、どうなりますか?」 「!」 ようやく気付いた。というか、なぜあのハルヒとの夢を見てこれに気付けなかった? それもそのはずなんだ、だってハルヒがそれを望まなくたって… 「宇宙のどっかにいる神が、勝手にフォトンベルトを作っちまうってことかよ??」 「その通りです。」 …なんてハタ迷惑な話なんだ…。 「しかし、かといって神の思い通りになる…というわけでもない。」 ここで長門が口を挟む。 「どういうことだ?」 「確かに、数値的にも総合的にも神の能力が涼宮ハルヒのそれを上回るのは明白。だからといって、 涼宮ハルヒの力そのものがゼロになったというわけではない。少しながらでも神に影響を与える。 その過程が、結果として不完全な疑似フォトンベルトを作り上げるのに至ったのだと、私はそう考えている。」 「…それが『近しい何か』の正体だと?」 「そう。」 なるほど、聞いてみれば確かに単純だった。しかし…神からしてみればそれは計算外だったんだろうな。 ハルヒの能力だって、元々は神がハルヒを代行者として縛りつけるための代物だったはずだ。それが、 まさかめぐりめぐって自分の首を絞めることになろうとは。滑稽とは、こういうときに使う言葉なのかもしれん。 「それと、これは憶測ですが…佐々木さんのことです。」 …… 古泉よ…急に話題を変えるのは無しだぜ?予想外の人物の名前に、 思わず心臓が跳ね上がりそうになったじゃないか!!? 「おいおい…どうしてそこで佐々木の名前が出てくる??」 「あなたは一連の話を聞いてみて思わなかったのですか?彼女のことを。」 「いや、だから俺には意味が…。」 …そういえば。なぜあいつがハルヒと類似した能力を有しているのか、それについて俺は今まで考えたことが あったろうか?ハルヒの能力、いや、ハルヒの正体が明らかになった今、当然ともいえる疑問が佐々木に向かう。 ヤツは一体何者なのか?という問い…どういうことだ?あいつも代行者なのか??いや…ハルヒから 自分以外にそういうのがいるなんて話は聞いたことがない。じゃあ何なんだ??まさか… 「まさかとは思うが…神が自分の言うことを聞かないハルヒを見限って、別の新たなる 代行者的存在として佐々木を選んだとか、そういうオチじゃねーだろうな!?」 そんなことになったらどうする…??佐々木がハルヒの前に立ちふさがることになるのか!? 当然、ヤツが全面に出てくれば橘、周防、藤原たちとも衝突せざるをえなくなる。ちょっと待て、 まさか藤原はこのために暗躍を…などと、底なし沼のごとくどんどんネガティブな方へと 発想をめぐらしていた俺を…古泉・長門の一言が現実に引き戻す。 「ははは、それは考えすぎというものです。」 「そこまで思いつめる必要はない。」 「……」 脱力する俺。しかし、次の瞬間にはこう言っていた。 「よかった…。」 当然だろう?最悪ともいえるケースが否定されたんだ。歓喜の一言も言いたくなるさ。 「というか、それまたどうして?なぜ2人はそう思うんだ?」 「落ち着いて考えてみればわかると思いますが…誰かを自分の傀儡に仕立て上げ、それを操るというのは まさに人間の発想ですよ。長門さんの話を聞く限り、神には創造・維持・破壊の3概念しかないように思われます。 大方、細かいことは全て涼宮さんに一任していた、と言ったところでしょうかね。いや、そもそも概念なる存在が あるのかどうかも疑わしい。生き物というよりは、一種のプログラムだと見なしたほうがいいのかもしれません。」 そう言われればそうだが…少し抽象的なような気もするぞ? 「長門はどう思うんだ?」 「人間的行為の是非は私にはよくわからない。しかし、古泉一樹のそれとは別に、私には考えうる理由がある。 内面的にも外見的にも涼宮ハルヒと神は互いに独立した存在とはいえ、それはあくまで最近の話。 元々は、双方は一つの存在だったはず。客観的役割で見れば彼女は代行者といえるが、 実質はもう一人の神、分身といってもいい。裏を返せば、それこそが代行者たる資格だといえる。」 「つまり、神の代行者というのは涼宮さん以外には存在不可能というわけですよ。 彼女の記憶から自分以外のそういった存在がなかったことからも、それは明らかです。 もちろん、佐々木さんがその縁者というわけでもありません。彼女はごく普通の一般人ですから。」 『彼女はごく普通の一般人』それをすぐさま確かめたかったのか、俺は長門に食いかかっていた。 「長門!それは本当か!?あいつは… 一般人でいいんだよな??」 「彼女は一般人。涼宮ハルヒと似た能力こそ持ち合わせているが、 私たちのような特異的存在とは明らかに異なる。」 「…そうか。」 …安心した。ひどく安心した。どうやら、佐々木は本格的にこの事件には関わっていないらしい。 これだけでも、俺の中で1つの不安材料が消えた。あいつをこんな得体の知れない事件に、 巻き込みたくはなかったからだ。しかし、そういうわけで結局話はふりだしに戻ってしまう。 「じゃあ、一般人なのなら、あの能力は一体どこからやってきたんだ?? まさか、自らそれを習得したわけでもあるまいし…。」 滝に打たれ、四書五経を丸覚えし、断食をし、仏道修行に励み等…様々な苦行を重ねたところで、 とてもではないが閉鎖空間構築といったトンデモ能力が開花するとは思えん…ましてや佐々木が そんなことをしてたなんて話聞いたことない、というか、個人的願望としてそんな佐々木は見たくない。 「結論から申しますと、彼女の能力は涼宮さんにより分け与えられたものなのではないか、僕はそう考えてます。」 「は??」 過程をすっとばして結論だけ聞く、その恐ろしさをまじまじと体感できた瞬間だった。 『ウサギとカメが競走しました、結果カメが勝ちました、めでたしめでたし。』 と、先生に二言で昔話をしめられた幼稚園児のごとく心境だったと言っておこうか? 「おっと、少し誤解があったようです。正確に言えば、涼宮さんにその意図はないわけです。 分け与えたという表現も不適切でしたね。水平面下で望んでいたというのが正しいです。」 「いや、訂正されても意味わからんが…というか、ますますわからなくなったんだが!?」 長門ーッ!助けてくれーッ!!と、期待をこめ彼女を見てみる。しかし 「心理的領分というのは私にとって専門外。残念ながらあなたに助け舟を出すことはできない。」 と一蹴されてしまった。まさか長門でもわからないことがあったとは…って、ちょっと待てよ?心理的領分?? 「もしかして古泉、お前は憶測だけで佐々木のことを言ってるんじゃあるまいな?」 「だから最初に断っておいたじゃないですか。これは憶測ですが…と。」 確かにそんな記憶がある。しまった、やられた… 「まあまあ、そんなに悲観しないでください。僕だって何も無責任にこの持論を展開しているわけではありません。 確固とした根拠こそありませんが、この推論でいくならば佐々木さんの能力についてもすんなり説明が 通りそうなのですよ。もちろん、証拠がないので可能性の1つとしてしか成りえないのもまた事実ですが。 とりあえず、非難されるのは聞いてからでも遅くないと思います。」 …そこまで言うからには聞いてやろうじゃないか。 やれやれといった表情で、とりあえず俺は首を縦に振ってやった。 「ありがとうございます。では、お話ししますね。まずは…いつから佐々木さんにその症状が現れ始めたのか という点について。それは4年前、あなたが過去へ時間遡行し中学時代の涼宮さんと会われたときだと 考えてます。そして、そのとき彼女の意識に何らかの変革が起こった。」 ああ、例の七夕の日か。そういや、あのときからハルヒはすでに団長様だったな。 俺を不審者だと罵ったり、白線引くのにコキ使ったりだとか…とにかく忙しかった印象しかない。 「で、ハルヒの意識がどうしたって?っていうか佐々木との関連性が見えんぞ。」 「あの世界の夢を見て、まだお気付きになりませんか?彼女からすれば、あの出会いは 一種のターニングポイントです。いかにそれが重要で衝撃的なものだったか…あなたにはわかるはずですよ。」 「……」 鈍感な俺でも、さすがに古泉の言わんとしてることはわかる。 ------------------------------------------------------------------------------ 「言葉通りの意味よ。あんたも転生できれば…!」 「ちょ…ちょっと待て。それは神と縁あるお前だから成せる技であって俺みたいな人間なんか…」 「そうね…でも、やってみる価値はあると思うの。…まあ、どれほど無謀な行いかってのはわかってる。 仮にあんたをあたしと同時代に転生できたとしても世界は広い…会えなきゃそれで終わりよ…だから、 そういった意味では可能性はゼロに近いのかもしれない。でも、あたしは諦めない。神の束縛に甘んじて 自身の意志で生きることを諦めていたあたしに…勇気をくれたキョンのことを、あたしは絶対諦めたくない!」 ・ ・ ・ 「言わんとしていることはわかるさ、そこまで俺も鈍くない。それでもし 何か悪いことが起こったって…そんときはその世界の俺がきっとハルヒを助けに来るはずだ… だからさ、お前は安心して転生に専念してりゃいいんだよ。」 「キョン…ありがとう。」 …… 「神の代行者としての最期にあなたのような人間に出会えて あたしは幸せだったわ…!次の世界でも会えるといいわね…いや、会いましょう!」 ------------------------------------------------------------------------------ 気が遠くなるような悠久の時を経て、俺とハルヒは七夕の日再び出会った。同じ世界、同じ時間平面上で。 俺はともかく、ハルヒからすれば…まさに【初めての再会】だったといえる。これも因果ってやつか? なぜあの日が七夕だったのか…なんとなくわかったような気がした。偶然っちゃ偶然なんだけどな。 「…ああ、そうだな。さぞかし感動的な場面だったろうよ。けどな、当の本人であるハルヒには 第三世界時の記憶がない。意識に変革も何もあったもんじゃねーだろ?」 結局これに尽きる。現に、昨日ハルヒがぶっ倒れるまでそんな予兆は一切なかったんだからな。 「ところが、本人は気付いてなくとも眠っていた記憶が呼応した可能性はあります。あなたにもさっき話したように、 例の不完全なフォトンベルト等がそうですよ。意識せずとも力を行使できる、それが涼宮さんです。 元々神の分身だったということも手伝って、やはりその能力は伊達ではありませんね。」 …古泉の言う通りだ。あいつの力は生半可なものじゃない。神に抗ってまでも転生した…証拠ならそれで十分だ。 『やっぱり物事ってのはやってみるに越したことはないと思ったわ…あたしの潜在能力って案外凄かったみたい。』 何より、自分の口からそう言ってるのを確かに聞いたんだ…俺は。 「僕が言いたいのは、4年前の七夕、涼宮さんがあなたに出会ったことで… 呼応した深層心理が佐々木さんに何らかの影響を及ぼしたのではないか?ということです。」 話が1つとんだような気がする。 「いや、だから…なぜそこで佐々木が出てくるのかと??あの時点じゃまだハルヒはヤツのことを 知ってもいなかったはずだし、それに今だって佐々木の名前こそ知ってるが…ほとんど接点がない といってもいい、それくらい互いの関係は希薄なものなはずだぞ??」 「すみません、言葉が足りませんでしたね。つまり、これから佐々木さんについて話すこと。 それこそが僕がさっき言っていた『憶測』の該当範囲です。その証拠に…長門さん。 今まで僕が彼に話していたことに、何か矛盾はありましたか?」 「ない。理にかなっていた。」 「というわけです。これまでの部分は、憶測という名の非論理的なものではなかった… ということがおわかりいただけましたでしょうか?」 まるで示し合わせてたと言わんばかりに即答する長門と古泉。意志疎通か以心伝心かは知らんが 仲良すぎだろ常識的に考えて…超人的な意味でな。って、そんなこと常識的に考察してる場合じゃなかった。 「長門の保証付きならば、俺から言うことは何もないさ。話を続けてくれ。」 「では。結論から申しますと」 また結論からか! 「涼宮さんは、あなたと過去の自分との関係に、あなたと佐々木さんとのそれを 重ね合わせたのではないか?僕はそう見てます。」 案の定、意味はわからなかった。古泉よ…お前は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだ…!? 「あのな、だからっさっきの俺の質問に答えろっての!!どうしてそこで佐々木の名前が出てくるよ??」 「別に、涼宮さんは『佐々木さん』という特定の個人を敢えて選んだ、 というわけではありませんよ。偶然そうなったと言うべきか。なぜなら当時… あなたが中学生だったとき、一番仲の良かった異性が佐々木さんだったからです。違いますか?」 「な!?」 つい間抜けな顔をしてしまったかもしれない。ここにハルヒがいなくてよかった…二重の意味で。 「なんてことを聞くんだお前は??誤解ないように言っておくが…決して俺と佐々木はそんな関係じゃねーぞ!?」 「とりあえず落ち着いてください。誰も、付き合ってるなどとは言ってないではないですか。」 「むしろ動揺するほうが…変。何もやましいことがないのなら、あなたは毅然としているべき。」 「……」 あろうことか長門に諭されてしまった。これを驚かずして何と言う。というか長門… 『心理的領分というのは私にとって専門外』って、あれ嘘だろ?どうみても今のお前は…裁判にて無実の被告が ついつい検察に熱くなったとこを諌める弁護人そのものだったぜ…!?心理学の『し』の字も知らない人間が (正確には人間ではないが)どうしてそんなこと言えようか?いや、言えるはずがない…んじゃないか? 「では質問を変えましょう。友達として考えてみてください。そういう意味であるならば、 あなたは佐々木さんと…異性の中ではかなり口数が多かったほうなのではないですか?」 「まあ…否定はしないが。」 「ならば、それだけで十分です。さて…話は戻りますが、もし涼宮さんに記憶があったと仮定した場合、 果たして彼女はあなたと出会ってどういう反応をとると思いますか?彼女の立場になってみて考えてください。」 「記憶があったらだと?そりゃ…まずは喜ぶだろうな。 んで今までどうしてたとか、今何やってるのかとか…互いに質問攻めに遭うんだろう。」 「そうですね。それが常人のリアクションというものでしょう。 しかし…そんな彼女に涼宮さん自身は気付いていないわけです。」 不意に、その言い回しが気になった。 「え…?まさかハルヒの中に過去の自分と今、2つの人格があるってのか??」 「いえいえ、言葉通りの意味で受け取らないでください。今のはあくまで比喩、そういうふうに2人の人物に 分けて考えたほうが理解しやすいと思ったからです。かえってあなたを混乱させてしまったようですね、 すみません。それで話の続きですが…その過去の自分は、即ち傍観することしかできないんですよ。 自らの意志で動くことはできないんです。その場合あなたならどうします?」 「どうします?って…何もできないんじゃどうもこうもねーよ。昔の思い出に馳せるくらいしか」 「ご名答、正解です。さすがですね。」 いや、普通に答えただけで『さすが』って一体どういうことなのかと…それ以前に『正解』の意味もわからん。 「あなた同様、過去の涼宮さんもおそらくは昔を懐かしんだはずです。 懐かしんだ、この時点である意味願望とはいえませんか?」 「…懐かしんだところで何か起きるのか?過去にタイムスリップできるわけでもねえし、 何よりハルヒ本人が気付かんのだから、俺と以前のような関係に戻ることも不可能だ。」 そうだ。ましてやそんな状況でどうして佐々木を… …待てよ?ようやくだが、関連性が見えてきたかもしれない。ここまでくるのに随分かかったな…。 仮にだが、過去の俺たちの立ち位置を…無理やりにでも現在へと投射したらどうなる? あの世界の俺とハルヒは…とりあえず、【仲が良かった】のは事実だろう。そして、そのハルヒは 過去の記憶は失ってる。当人がその立ち位置に入れない…だからこそ、その代わりとなる人物に。 時間遡行してハルヒと出会った時点において…つまり、中学時代の俺が最も【仲が良かった】異性、 そんな彼女に偶発的にも影響を及ぼしてしまったのかもしれない。立ち位置を重視するのであれば、 後は佐々木が神の代行者たる機能を具えていれば完璧だ。俺は昔も今も一般人だから 何も影響が出なかったんだろうが…。 「古泉、お前の言いたかったことはわかったよ。ただ、この推論はちょっと苦しくないか? 仮定に仮定を重ねたようで、少し強引なような気がするんだが。」 「だから言ったではないですか。これは憶測だと。」 開き直ったぞこいつ!?いや、確かにお前はそう言ってたが… これではまるで予防線を張っていたみたいで気分が悪い。 「不完全なフォトンベルト…その生成の過程を見ても、この説はそれなりに良い線いってたとは思うのですけどね。 佐々木さんの能力が涼宮さんのように完成されていないのも、それで説明がつきます。」 「……」 それについては、俺は古泉とは違う見解だった。そりゃ、佐々木の能力が不完全なものだってのは知ってるさ。 橘京子や佐々木本人から散々説明くらったからな。その理由についてだが…俺は知ってんだ。 あいつが…ハルヒが第三世界終焉時、どれだけ自分の境遇、そしてその重圧に打ちのめされてきたのかを。 ならば、その代行者の証ともいえる能力を他の誰かに分け与えたりするだろうか?誰よりもその苦しみを 知ってるハルヒに、果たしてそんな真似ができるのだろうか?佐々木の能力が不完全なものとなったのは、 そんなハルヒの切実な思いが交錯した結果…少なくとも、俺はそうみてる。 「以上で僕の推論は終了なのですが…そんな僕の憶測も、一つだけ証明する手立てがあるのですよ。」 「?どういうことなんだ?」 「即ち、涼宮さんの能力が消滅したときです。それと同時に佐々木さんの能力も完全消滅するのであれば、 この説も、少しは信憑性を帯びるといったものです。」 …なるほど。ハルヒの力に誘発されての結果なのだとしたら、 確かに古泉の言う通り佐々木の能力は消えてしまうことであろう。 「さて、それで2つ目なんですが…」 「は?」 佐々木の話が終わったと思ったら、こいつはいきなり何を言い出すんだ?? これで奴の話は終わったんじゃないのか?さっきの佐々木云々はどうした?? あれは2つ目にはカウントされないのか??まさか、奴は簡単な算数さえできなくなってしまったか?? いや、それか、この歳にしてまさかの痴呆か??お前はそんな奴じゃなかったはずだぞ古泉… とまぁ、今、俺の頭の中は大量のクエスチョンマークで爆発炎上を繰り返していたのさ。 「すみません。さっきのは厳密に言えば憶測だったわけで、2つ目ではないんです。 すぐ終わる話だと思って軽く切り出したのですが…思ったより長くなってしまいました。」 なんて紛らわしい奴なんだ…と、いつもの俺なら怒りでワナワナ震えているんだろうが… 今日は佐々木の件に免じ、特別に許してやる。憶測には違いないが、可能性を示唆できただけでも… 一歩佐々木に近付けたような気がするからな。あいつのことは…大切な友達として、できる限り 知っておきたかった。何か有事が起こった際、何も知りませんでしたじゃ済まされないからな。 能力的にも立ち位置的にも、事件の当事者となりうる可能性は決して低くはないんだから尚更だ。 「で…だ。2つ目だったか?」 真剣な話の連続だったせいか、少々聞き疲れを起こしてしまってる自分がいる。 いかんな…こんな調子で、果たして奴の話をまともに聞けるのか?? 「実はその2つ目とは、あなたのことなんですが…」 一気に目が覚めてしまってる自分がいる。 「あなたって…俺か??俺が一体どうしたと??」 「涼宮さんがこの時代へと転生できたように…あなたも転生できた。それは自覚してますか?」 「…信じられないことではあるが、まあそうなんだろうよ。ハルヒが俺に見せた記憶を…俺は信じてるしな。」 「なら話は早いです。…高校入学時の涼宮さんの自己紹介…あなたは覚えてますか?」 「おいおい、いきなり話が変わりすぎじゃないか??なぜいきなりそんなことを??」 「そう思われるのも無理ありません。しかし、これでも一応話はつなげてるつもりですよ。」 うーむ…そこまで言われては仕方ない。こいつの示唆しようとしてることが いまいちわからんが…とりあえず思い出すとしようか。自己紹介、自己紹介… 確か… 『東中出身涼宮ハルヒ!ただの人間には興味ありません。 この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしの所に来なさい!以上!』 「今ので合ってるか?」 「よくそこまで鮮明に覚えていらっしゃいますね。感服します。」 「そりゃ、あそこまでインパクトある自己紹介はそうそう忘れたりはしないさ…って、お前俺のクラスじゃないのに 何で知ってんだ?いや、それ以前に、そんときはまだ俺の学校にはいなかったよな??」 たまに忘れがちになるが、こいつは一応転校生だった。 「簡単なことです。長門さんに聞いただけですよ。」 長門も同じく俺のクラスではないが…まあ、この長門にかかれば何でもありだ。 なんせ元はと言えばハルヒの監視役としてやってきたようなもんだったし… ならば、あの席での問題発言を傍聴していたとしても何らおかしくはないだろう。 「で、思い出したのはいいが、一体これが何だってんだ?」 「今の自己紹介…何かひっかかるような所はありませんか?」 何を言ってんだ…確かに常軌を逸した自己紹介なだけに 突っ込みどころは有り余るほどあるんだろうが……ひっかかるトコ? …… そういや…このハルヒの言葉は一連の流れとつながってるって、さっき古泉は言ってたよな。 一連の流れ…とは俺が二人に話してた【あの世界の記憶】のことだよな。いや、違う… 古泉はその後、転生の話題を出してきたじゃないか。転生… 『この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしの所に来なさい!』 結果として宇宙人である長門、未来人である朝比奈さん、そして超能力者である古泉がハルヒのもとに集った。 しかし、一つだけ欠けていた…まあ、前々からこれについては疑問に思ってはいたのだが。 異世界人 願望を実現させるハルヒの能力を考えたとき、なぜ異世界人だけハルヒの目の前に 現れなかったのか…それが不思議でならなかった。まあ、特に憂慮すべき問題ってわけでもなかったから 俺自身深く考えようともしなかったが。 そして異世界人たる人物がいないまま今日まで時を迎えてしまったわけだが… …… もし異世界人がSOS団に実はいたとしたら? それは誰だ? …… 転生… 「古泉よ、お前の言いたいことを当てていいか?違うのなら思いっきり笑いとばしてくれ」 「もう察しがついたのですか?さすがキョン君ですね。」 「…言うぞ」 …… 「俺は異世界人だったのか…?」 …… 俺はこれまで自分をごく平凡な人間だと思ってた。どこか変わったところはあったかもしれないが、 それでも自分は長門や古泉、朝比奈さんとは違うごくごく普通の人間だと思っていた。 この時代に生きうる普通の人間としてな。だが…もう、そうも言ってられないだろう。あの記憶を見た 今となってしまっては。俺という人間が…あのときの【俺】の生まれ変わりだとしたら。転生だとしたら。 俺は間接的ではあるが、別世界から来た人間ということになる。つまり、言葉通りの異世界人だ。 古泉は静かに口を開く。 「それがわかったとき、どんな気分でしたか?」 「別にどうもこうもねえさ。ああ、やっぱりな…って思っただけだ。」 どうやら、俺は古泉の言いたいことを当ててのけてやったらしい。 「いつからお気付きで?」 「さあな…微々たる気配とかでもOKなら、それは俺が朝倉に襲われたときだろうか。とはいっても、 それ自体は別にどうでもいいんだ。あの一件以来、俺はあのとんでも話を信じるようになった… マンションに呼び出されて聞かされた…そう、お前の話をな。」 俺は長門の方を見つめる。 「長門よ、涼宮ハルヒには願望を実現させる能力があるって…以前そう言ってたよな? 改めて、お前に確認しときたい。その能力ってのは…実は、この世界に限ったものだったんじゃないか?」 「…そう。」 まさかの当たりか。…なるほど、これで全てに合点がいった。 「となれば、この世界の住人ではないもの…即ち 異世界からの人間は、その影響下には入らないって認識でいいんだよな?」 「…そう。」 「わかった、ありがとな。今まで何か抱いていた…モヤモヤが消し飛んだぜ。」 …… 涼宮ハルヒという人間が願望実現という特異的な能力を有してる時点で、自身の意志でハルヒを どうこうできていた俺の存在そのものがそもそも規格外だったのだ。…まあ、おかしいとは思ってたんだが。 ただの凡人である俺が涼宮ハルヒに選ばれた人間だとか、涼宮ハルヒのカギだとか… 後、唯一ハルヒに意見や口出しできる人間が俺だったってのも…、今となっては納得できる。 俺がハルヒの能力を受け付けない、異世界人だったのだとしたらな。 …… 「おやおや、大丈夫ですか?どうか気落ちしないでください。」 なんと、今の俺は古泉から見て…どうやら気落ちしてるように見えたらしい。 「あなたが涼宮ハルヒの影響下に内包されなかったのは、決して【異世界人だから】という理由だけではない。」 長門が意味深なことを言ってきた。 「そうですよ、考えてもみてください。もしそれだけの理由であれば、極論かもしれませんが… あなたは涼宮さんの単なる他人という独立した存在でも全然問題なかったわけです。 そうである場合、決して涼宮さんのカギたる存在には成り得ません。」 「しかし、あなたは過去の世界で誓った。涼宮ハルヒと再び会うことを。」 そうだ…あの世界の俺はあんなにもハルヒに会いたがってたじゃねえか。ハルヒも同様に…。 「それも当然ですよ。なぜなら、あの世界のあなたが 涼宮さんに対して思っていたように、涼宮さんもまたあなたのことが…」 ? 「いえ、ここは言葉を濁しておくとしましょう。とにかく、あなたと涼宮さんの関係には 論理や理屈では説明できないこともある…どうか、そのことを忘れないでください。」 いつもの俺なら、古泉の言いかけた言葉などわからず仕舞いだったんだろうがな…。あの記憶の中の… 【俺】が遂げられなかった思いを克明に覚えている今の俺には…。容易く予測がつく。 …… なぜだろう?急にハルヒに会いたくなってきた自分がいる。 「…俺は」 「もう僕たちのことはほっといて、涼宮さんの所に行ってあげてはどうですか?あなたもそんな気分でしょう。」 俺が言はんとしてたことを先に言いやがった。洞察力が鋭いってレベルじゃねえぞ…。 「だがな…俺はまだ、お前らの要件を聞いちゃいねえわけで…。」 「そんなことはどうでもいい。今はあなた自身の思いに従うのが賢明。私はそう考える。」 長門… 「わかった。二人とも、どうもありがとな!行ってくる!」 俺は自転車をこぎ出した。 …… おっと、急がば回れと言うじゃないか。 俺は発進していた自転車を一旦ストップさせ、携帯電話を片手にメールを打ち始めた。 「さすがにいきなり来られても迷惑だろうからな…行くってのは一応前もってメールで知らせとかねえと…。」 よし、送信完了。じゃあ再びこぐとしよう。